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昆虫における絶滅危惧種情報の 収集と保全への活用
昆虫における絶滅危惧種情報の 収集と保全への活用 国立科学博物館 動物研究部 神保 宇嗣 発表内容 1. 種多様性とレッドリストからみた昆虫類 2. 絶滅危惧種情報の収集と活用の現状: データを「作る」「まとめる」「つかう」 3. 今後の展望: 情報を生かして使うために必要なこと (Digital Moths of Japan) 1. 種多様性とレッドリスト からみた昆虫類 日本の昆虫類 • 2002年の種数調査で 30,747種 • 比較的解明が進んでい るが、実際はまだまだ残 されている 昆虫類 3万1千種 (35%) 全生物 8万9千種 http://www.kahaku.go.jp/research/symposium/bd2011.html http://research2.kahaku.go.jp/ujssb/search レッドリストにおける昆虫類 • 現行:第4次レッドリスト – 2012年に改訂 – 掲載種数 • 9分類群 4564→5405種・亜種 絶滅種 野生絶滅 絶滅危惧I類 – 昆虫類では… • 絶滅危惧種 239→358種・亜種 (全体 564→868種・亜種) • ガ類 13→106種・亜種 • 絶滅危惧IA類とIB類を分離 絶滅危惧IA類 絶滅危惧IB類 絶滅危惧II類 準絶滅危惧種 情報不足 新たに加わった蛾類の例 • コンゴウミドリヨトウ (絶滅危惧IB類) – 日本では中国地方の一部からのみ 知られるが記録がほとんど無い – ヨーロッパで単子葉草本から知られ る • ギンモンアカヨトウ (絶滅危惧II類) – 日本各地に分布 – 近年減少している? – 幼虫はヤナギタデを食べる (Digital Moths of Japan) 新たに加わった「身近な蛾類」 • コシロシタバ (準絶滅危惧) – クヌギを主とした落葉樹林に多 い – 幼虫はクヌギを食べる • オナガミズアオ (準絶滅危惧I) – ハンノキ林でみられる – 幼虫はハンノキを食べる (Digital Moths of Japan) レッドリストから見た昆虫類の特性 哺乳類 鳥類 爬虫類 両生類 昆虫類 貝類 その他無脊椎 全種数 掲載種数 160 63 700 150 98 56 66 43 32000 868 3200 1126 5300 146 (39.4%) (21.4%) (57.1%) (65.2%) (2.7%) (35.2%) (2.8%) レッドリストからみた昆虫類 • 他のグループと比較して種数が少ない • 専門家だけでは現状を把握しきれない – 非職業的研究者や愛好家の役割が大きい – 人気や専門家の存在による差 例:チョウとガ チョウ類: 250種中 91種・亜種 ガ類 :6000種中 106種・亜種 情報が不足していると… • どの種が危機に瀕しているかがわからない • どのように保全すればいいのかがわからない 2. 絶滅危惧種情報の収集と活用の現状 多様性情報活用の三段階 作る まとめる 使う 昆虫調査・データ作成 情報システム構築・公開 レッドリスト作成の 基礎資料 どんなデータが必要か? • 種名データ(学名・和名) • 分布データ(標本・観察) • 種の特徴(かたち・生活史…) 種名データ レッドリストの対象となる「日本の生物台帳」 =日本に分布する生物の一覧表 「標準的な」リストの必要性 環境省「野生生物目録」 http://www.kahaku.go.jp/research/symposium/bd2010.html 昆虫全体の種名目録 • MOKUROKUデータベース(九州大学) http://konchudb.agr.agr.kyushu-u.ac.jp/mokuroku/index-j.html – 日本産昆虫総目録(1989, 1990)に基づく – 情報のアップデート はごくわずか • 日本昆虫目録(日本昆虫学会) – 上記「日本産昆虫総目録」の後継 – 現在編集が進められている 日本産蝶類和名学名便覧 • 日本産蝶類和名学名便覧 http://binran.lepimages.jp/ (猪又ほか, 2011) – 日本産蝶類の簡易種名デー タベース – 日本昆虫目録の著者が編集・ 先行公開 List-MJ:日本産蛾類総目録 • 日本産蛾類全種の最新の種名データベース • 新旧2つの体系 – 「大図鑑体系」(井上ほか, 1982) – 「新体系」(Kristensenほか, 1999) • 現在大幅な修正中 – 重要な書籍の発刊 • 「日本産蛾類標準図鑑 1,2」(岸田編, 2011) • 「日本の鱗翅類」 (駒井ほか編, 2011) (神保, 2010, 昆蟲ニューシリーズ) 種名リスト本体 更新履歴 昆虫の種名情報整備の現状 • MOKUROKUデータベース • グループごとの目録 • 問題点 – データの形式がまちまち – バラバラで運営、情報共有はこれから – 一覧表がダウンロードできる所は少ない (紙媒体しか無いものも) 分布データ • 学会誌の論文・同好会誌などの印刷物 • 都道府県や市区町村の生物誌 – 各地の昆虫同好会が中心 • 地域昆虫相調査の報告書 • 官公庁による調査 – 種の多様性調査・河川水辺の国勢調査… • GBIFにより公開されているデータ – 各地博物館の標本情報 地域調査の例:皇居の生物相調査 • 国立科学博物館が中心 • 1996年開始、現在も継続中 • 昆虫類 – 1996-2000年の調査:約3050種 (武田ほか, 2000) • 蛾類 – 1996-2000年の調査:514種 (大和田ほか, 2000) – 1996-2005年の調査:756種 (大和田ほか, 2006) (大和田ほか, 2006) 統合データベースからの公開 h t t p 分布データ • 都道府県や市区町村の生物誌 – 各地の昆虫同好会・愛好会が中心 • 地域昆虫相調査の報告書 • 官公庁による調査 – 自然環境保全基礎調査・河川水辺の国勢調査など • 学会誌の論文・同好会誌の報文 • GBIFにより公開されているデータ – 各地博物館の標本情報 GBIFが目指すもの 文献 文献 文献 データ ベース 標本 集約 GBIF 検索ページで 一元的に検索 どの程度の情報が集積されて いるのか? • サイエンスミュージアムネットのデータ – 昆虫類 約10万件 – 蛾類レッドリスト種 27種181個体 – レッドリスト掲載種の身近な蛾類は… コシロシタバ 13個体 オナガミズアオ 8個体 (Digital Moths of Japan) 新たな情報源 • 過去の情報 – – – – 現存するものから集めるしか無い 博物館の標本→ラベル情報の電子化 印刷物→電子化・データの取り出し 各研究者・愛好家の観察情報・標本 • 未来の情報 – – – – 生息地・生態の調査 緯度経度情報の取得も容易 ターゲットを絞った調査プロジェクト より広い市民参加型の調査 アンケートによる専門家調査 • 日本鱗翅学会自然保護委員会による • 委員によりアンケート対象種を選定 – レッドリストに掲載される可能性 – 草地性の種類が中心:チョウの現状を参考 – 13科84種→56種が第4次レッドリスト掲載 • 都道府県毎にとりまとめを依頼 • 収集したデータ – 市区町村・確認した日付 – 生息地の変化 (残っている・人手が入った・消滅したなど) (日本鱗翅学会自然保護委員会ガ類小委員会, 2009) アンケート調査の結果 • 計2253件の情報を収集 1 キシタアツバ 2 ハイイロボクトウ 3 フチグロトゲエダシャク 4 カギモンハナオイアツバ 5 ベニモンマダラ 6 スゲドクガ 7 キスジウスキヨトウ 8 ヒメスズメ 9 スキバホウジャク 10 オオチャバネヨトウ 204 (準絶滅危惧、新) 138 (準絶滅危惧、新) 104 89 (準絶滅危惧、新) (絶滅危惧II類(北海道)・ 86 準絶滅危惧(本州)) 84 (準絶滅危惧、新) 84 (絶滅危惧II類、新) 77 (準絶滅危惧、新) 71 (絶滅危惧II類、新) 70 (絶滅危惧II類、新) (日本鱗翅学会自然保護委員会ガ類小委員会, 2009) (Digital Moths of Japan) 情報の集計例: ハイイロボクトウ (Digital Moths of Japan) 1979年以前 1989年以前 1999年以前 2000年以降 情報無し 最終記録年 1件 2-5件 6-10件 11件以上 情報無し 記録数 (日本鱗翅学会自然保護委員会ガ類小委員会, 2009) アンケートから見えてきたこと • データが比較的集まる種も多い – レッドリスト策定の傍証 • 系統だったデータでは無い – 人気の無いグループの情報は少ない – 確認された生息環境の変化が把握できない • 絶滅危惧種の設定に決定的なデータにはなりづらい 今後はターゲットを絞った調査が必要 新たな情報源 • 過去の情報 – – – – 現存するものから集めるしか無い 博物館の標本→ラベル情報の電子化 印刷物→電子化・データの取り出し 各研究者・愛好家の観察情報・標本 • 未来の情報 – – – – 生息地・生態の調査 緯度経度情報の取得も容易 ターゲットを絞った調査プロジェクト より広い市民参加型の調査 「市民参加型科学」 citizen science • 一般の方々と研究者が協働で行うプロジェ クト • 研究者の立案で行う場合から一緒に立案 する場合まで様々 • 多様性や環境のモニタリングで行われるこ とが多い • イギリス:市民参加型の多様性モニタリグ プロジェクトのレポートとワークブックの発 行 http://www.ceh.ac.uk/news/news_archive/Citizen-Science-Review-Guide_2012_59.html (2012年11月) 日本における市民参加型調査 • いきものみっけ(環境省) – 特定の種類を中心 • 自然しらべ2011(自然保護協会) – 年ごとにテーマが変わる • 市民参加による生き物モニタリング調査「いき モニ」(東京大学・パルシステム) • 博物館・NPO・自然公園… 力点は普及活動 海外の事例 フィンランド昆虫データベース (Hyönteistietokanta) • 昆虫の観察情報データベース – データベースに登録した人が自分の観察した 虫の情報を入力する • 現在登録されているチョウ・ガの観察数 – 約120万件(2009年9月現在) →約220万件(2012年12月現在) チョウ・ガが200万件 Poecilocampa populi (ウスズミカレハ近縁種) (http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Poecilocampa_populi01.jpg) http://www.fmnh.helsinki.fi/insects/main/EntDatabase.html 2009.9 ● -1949, ● 1950-1999, ● 2000- 2012.12 ● -1949, ● 1950-1999, ● 2000- 海外の例 2 Butterfly Conservation • 1968年設立、16000人の参加者 • 各地の支部ごとに活動 – 市民参加型の調査、勉強会… • ミッション – 絶滅が危惧されるチョウ・ガ類の保全プラン作成 – チョウ・ガ類保全のための科学的調査を推進 – チョウ・ガ類を楽しむための普及活動 • 蛾類のモニタリングプロジェクト「Moth Count」 http://www.mothscount.org/ イギリスの大型蛾類の現状 • イギリスの蛾類 – 2500種、大型は900種 – 20世紀に62種が絶滅 – 1968年から毎晩のモニタリングを実施 • 結果 – 印刷物「The state of Britain’s larger moths」 http://butterfly-conservation.org/files/sobm-final-version.pdf – 飛来する個体数が2/3に – 「普通種」のうち71種(21%)がIUCN基準でレッ ドリストの要件を満たす→レッドリスト追加 日本チョウ類保全協会 • 2004年設立 会員約600名 • チョウを中心とした生物多 様性・生息地保全 • シンポジウムの開催 • 出版物の刊行 モニタリングのテキストとして 使える図鑑 http://japan-inter.net/butterfly-conservation/ 昆虫の分布データ整備の現状 • 共有は少しずつ進んでいるが課題も多い – どこまで共有し公開するか? • これまでのデータの発掘 • これからのデータ共有 – 市民参加型プロジェクトの可能性 普及+モニタリング – 海外における事例 3. 今後の展望: 情報を生かして使うために 必要なこと ここまでのまとめ • 昆虫類のレッドリスト – 第4次リストにおける精度の向上 – 情報不足種の評価の難しさ – より多くの情報が必要 • 昆虫類のデータ集積 – 種名データ・観察データ – 共有は進みつつある – 市民参加による新しいアプローチ 作る まとめる 使う 昆虫調査・データ作成 情報システム構築・公開 レッドリスト作成の 基礎資料 日本のレッドリスト作成・保護政策決定のため +世界の絶滅危惧種政策の決定のため 専門家 研究機関 公的機関 情報の集積 非職業的 研究者 学会の 調査活動 市民 一般参加 モニタリング 絶滅危惧種 ポータル フィードバック 活用 足りないピースは何か? 色々なデータをまとめて使うには… • 情報精度 – データ形式をどう統一するか – 同定の正しさをどう担保するか – 使われている種名の違いをどう吸収するか • 公開制限 – 公開できないデータの特定 • 公開方法 – 実際のシステムをどのように構築するか – どのような技術が使えるか 情報精度と公開制限 • データ形式をどう統一するか – 多様性情報の標準形式「Darwin Core」 – GBIFや日本の生態学における分布記述など • 同定の正しさをどう担保するか – 写真による担保 – 専門家によるチェック(+一般のレビュー) • 使われている種名の違いをどう吸収するか – 標準的な種名目録に従う • 公開できないデータの特定 – ガイドラインの策定 – データを標準形式にしておくことは重要 GBIFによる絶滅危惧種情報公開の ガイドライン • 重要度のカテゴリを決定 • カテゴリ別に、情報の公開制限 方法を規定 • GBIFのウェブサイトからダウン ロードできる(英語) http://www.gbif.org/orc/?doc_id=1233 • これに対応する必要は無いが、 何からのガイドラインは日本に も必要かどうかは 公開方法に関する課題と提言 • 一般に使える「データ置き場」が無い – プロジェクトごとに開発費用をかけて開発 – 非効率的 • 「みんなで使えるデータ管理ソフト」 – 図書館におけるCode4Libに対応 – ニーズを満たすソフトをみんなで作る 例)図書館の業務管理システム Next-L Enju – 共有のためのサーバーを構築する 多様性調査のための情報技術 • 海外 – iRecord(観察データ共有のデータベース) – iSpot(生物同定・データ共有のSNS) – BioTracker(データ収集・活用ワークベンチ) • 日本 – ここピン!(スマートフォン:調査データ集約) 生物多様性情報を専門で扱う 人材の必要性 • • • • • • 調査からのニーズ 生物学的な知識 評価・政策決定の知識 様々な情報技術 コミュニティ構築 最新のトレンド などなど… 様々なアウトプット 多様性情報活用の三段階 作る まとめる 使う 昆虫調査・データ作成 情報システム構築・公開 レッドリスト作成の 基礎資料 多様性情報活用の三段階 作る まとめる 使う 昆虫調査・データ作成 情報システム構築・公開 データ・技術・人材 レッドリスト作成の 基礎資料 謝辞 • • • • • • • 福田知子氏(国立科学博物館) 石川 忠氏(東京大学大学院) 岸本年郎氏(自然環境研究センター) 倉島 治氏(東京大学大学院) 間野隆裕氏(豊田市矢作川研究所) 中尾健一郎氏(日本蛾類学会) 矢後勝也氏(東京大学総合研究博物館)