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「台湾の美意識と日本の美意識」 2年 磯村ことの

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「台湾の美意識と日本の美意識」 2年 磯村ことの
<論文1>
持っているのか
見ていきたい。
「台湾の美意識と日本の美意識」
2年 磯村ことの
はじめに
みなさんは何を見たときに美しいと感じるだろうか?
有名な画家の絵や彫刻だろうか?はたまたより身近な
道端の草花、晴れた日の青空に美しさを見出すだろう
か?それは人それぞれだと思うが、誰でも何かに「美
しい」と感じた経験があるはずだ。美意識とは人が美
しいと感じる心である。美意識とは人が生まれ育つ過
程の中でまわりの文化に適応しながら育まれていくも
のだ。したがって、美意識には自然環境、文化、宗教、
慣習が大きく関わっている。当然民族によって差異が
生じるはずだ。ここでは日本と台湾の伝統的な美意識
を比べていこうと思う。そして最終的にはその美意識
は今の我々にも通ずるのか、変化があるのかを考えて
いきたい。ただ、この二つの美意識を比べるのは優劣
をつけるためではなく、この二つをより深く知るため
である。美意識の差異や共通点を見つけていくことで
より深くその背景の文化や歴史にもまたアイデンティ
ティも知ることができるのではないか。美意識には当
然目に見えない精神的な物と目に見える物があるがこ
こでは目に見えるものを中心に見ていくものとする。
冒頭でも触れたとおり何を美しいと感じるかは人それ
ぞれ変わってくる。同じ民族でも集団、地域、年齢に
よっても変わってくるだろうし、あげたらきりがない
だろう。美とはワンパターンに当てはまるものではな
く、例外もある。しかしここではあくまでも一般的に
いえるものについて扱うこととする。
また、台湾は非常に複雑な民族構成を抱えている。
これらをすべて一括りにして語ることは難しいだろう。
したがって台湾の中でも大多数を占める漢民族の文化、
美意識を中心に見ていくこととする。また便宜上中国
と示す場合もある。
本稿では美意識の中でも色彩、庭園、陶磁器につい
て見ていこうと思う。
前半では主に伝統的に何が好まれてきたか、後半で
は今の私達の価値観も含め考察していく。
1 色彩
台湾を訪れたとき、まず目を見張ったのは街に出て
いた看板の色鮮やかさだった。黄色地に赤色の字であっ
たり、赤地に白であったり、とにかく目立つものが多
かった。やはり、日本のものとは違った色彩感覚を感
じた。色彩観というのは場所、環境、その時代の流
行、個人の好みが色濃く反映される。このような色彩
感覚はどのような歴史・文化の中で生まれてきたのか、
また台湾と日本でその色に対してどのような色彩観を
写真1
(1)台湾の赤
赤の世界共通
の連想は、「血」
「火」「内臓」
などで、警告を
表す色である。
しかし中華文化
では、赤は慶事
に欠かせない色
である。
台湾では赤は
婚礼の際や新年
の祝いの際に使
われる場合が多い。結婚式では招待状も赤ければ、祝
儀袋も赤、花嫁のドレスも赤である。結婚慶事は「紅
喜」または「紅事」(赤い喜び事)とされてきた。台
湾での新年のグリーティングカードである「賀年卡」
も赤地に金文字があしらわれたものばかりだ(写真
1)。また、寺院にも目の覚めるような鮮やかな赤が
使われている。
現在、台湾には、赤色を表現する言葉として「殷」、
「紅」、「朱」などがある。「殷」は黒味がかった赤
色のイメージ、「紅」は日本で言う赤を指し、通常
「赤」は使われず、「紅」が使われる。先ほど挙げた
「紅喜」「紅事」「紅娘」など喜び事に使われること
が多いようだ。「朱」は伝統が重要とされる場面や部
分に使われ、例えば宮殿の大門、柱に使われる。やや
黄味がかった赤で鮮やかで明るい。
このように結婚式や宮殿の柱、大門に赤が使われて
きたのは、赤い血を使って「避邪」する(邪気を避け
る)という考え方からだ。上古より、中国では「避
邪」、「除悪」(悪を取り除く)の儀式があった。日
本の禊や祓いとの最大の違いは、日本では自分自身を
清めるのに対し、中国では邪悪や不浄の物を払い、禊
や祓いでは水が使われたが、「避邪」では血が使われ
たことである。神事に生贄と血が使われたのである。
この赤い血を使って「避邪」する慣習から宮殿や門や
柱に「朱」が塗られ、また結婚式で新婦は赤い服を着
たのである。
伝統的に中華圏では赤は光明・温暖・喜び・邪気除
け・吉利・活気の象徴であると同時に血や戦いを意味
していた。今日において、赤は情熱・吉祥・熱烈・激
情・闘志・革命・流血など、戦争をイメージする色彩
ともされてきたようだ。総評して台湾では赤はめでた
くお祝いの色というイメージが強いようだ。
ー1ー
(2)日本の赤
日本語の赤の語源は、「明し」の「アカ」にあるの
ではないかと言われている。そして日本では赤は太陽
の色ともされている。太陽の色が赤で表現されるのは
世界的にも少数派で、台湾の国旗である「青天白日旗」
では太陽は白色で表現されている。一説によると赤の
語源が「明し」からきていることから、赤は本来、夜
が明け、明るくなるという意味で「明るい太陽」と
「赤い太陽」が結び付けられたという説もある。
一方、日本でも赤は魔除けの色として使われている。
神社の鳥居が赤いのも外から入ってくる悪霊の侵入を
拒むためのものだ。この魔除けの意味としては別に、
赤は生命の色として赤塗りの鳥居には豊年の意味も込
められている。この他にも赤を魔除けの色として使っ
ているものは数多く存在する。例えば赤いふんどし、
これは海難から身を守るためのものであるし、おめで
たい席での赤飯も赤い小豆の力にあやかったものだ。
なお、神社の鳥居は厳密に言えば、朱色である。これ
は中国伝来の赤といえる。
(3)紅白 台湾と日本の違い
紅白の組み合わせは日本では縁起がいいとされるこ
とが多く、さまざまな祝い事で使われる色である。台
湾でも「紅白事」という言葉がある。紅事が慶事で白
事は弔事を意味する。つまり白は台湾では喪色で紅白
はおめでたい色の組み合わせではないのである。台湾
では葬式の際には白木綿や麻の白い服に白い帽子を身
に纏う。会場も白いテントに白い花壇、哀悼用の対聯
こと輓聯も白い紙や布に筆で黒い文字を書いて霊前に
飾るという、白色づくしである。近年、欧米の影響で
結婚式に白いウェディングドレスを着ることも増えた
が、いまだに年配者の抵抗感は強く、会場に赤を飾っ
たりお色直しで必ず一回は赤の中国風の恰好をしたり
するなど妥協を図っているようだ。
台湾人から見たら日本の紅白は一応、慶事の紅が入っ
ているものの弔事の白が混ざり、祝いの色としては中
途半端に映るかもしれない。
一方、日本でも戦前までの一般的な喪服は白だった。
日本でも白は喪色(死を表す色)としても使われてい
たのだ。それなのになぜ紅白は縁起がいいとされてい
るのだろう。実は紅白の組み合わせは縁起がいいとさ
れる理由ははっきりとは分かっていない。一説による
と紅白は生を表す「赤」と死や別れを意味する「白」
を合わせて人の一生(=ハレの舞台)を表すという。
確かに白は死装束にも使われるが、それと同時に赤ちゃ
んの産着やいずれの家風にも染まるようにという願い
も込めて花嫁衣装にも使われる。色は必ずしも一つの
意味を表すとは限らず多面性がある。日本では紅白で
使われるときによりおめでたいというイメージが広ま
り、台湾では弔事のイメージがより強いということだ
ろう。また紅白には対抗する二つの色としての意味も
ある。そのルーツは源平合戦にあり源氏が白旗を平氏
が赤旗を掲げたことからきているとされる。「紅白」
という同じ色に対する価値観が二つの国で全く違うこ
とはとても興味深い。
(4)正色と間色 ―大切にされてきた色―
中華文化では、陰陽五行説という考え方がある。こ
の陰陽五行説は、紀元前一世紀ごろの前漢の時代に成
立したとされている。これは、この世のすべてのもの
は陰と陽の二種類の気によって生じたとし、この陰陽
の二つの気を帯びた五つの元素、木、火、土、金、水
の相互作用で自然界の事象から人間関係まで説明する
説である。そしてこの流動する五つの元素の相互作用
のことを五行という。この五行に対応する色として「青
赤黄白黒」が五色とされた。水が黒色であることは日
本人からしてみると少し違和感を覚えるかもしれない。
日本は四方を海で囲まれているため、水というと青い
海を想像しがちだ。これは漢民族発祥の地である黄土
高原の景色をイメージすると分かりやすいかもしれな
い。内陸部で発達した漢民族は海の水よりも川や湖の
浅い水底の水色のイメージが強かったのだろう。やが
て、中国の南北朝時代になると梁皇侃という儒学者が
この五色を正色と称した。唐の時代になると梁の説が
正論の地位を得て「青赤黄白黒」が正色、他は雑色と
されるようになった。この五色は「正色」という言葉
からも分かるように非常に重んじられてきた色である。
特に黄色は長い間、正色の長とされてきた。唐の時代
から「柘木」から取り出した混じりけのない正黄は皇
帝の正装に使われ、最も尊い服色とされたのである。
先ほどの漢民族発祥の地である黄土高原の景色を想像
してみよう。土埃が舞う灰黄色の世界である。このよ
うな世界で暮らす人々が目の覚めるような正黄色を見
たら、どんなに鮮やかに見えただろう。漢民族がはっ
きりした原色を好んできたのはこういう背景もあるの
かもしれない。
一方、日本では間色が日本的色彩を生み出してきた
といえる。唐の皇帝の正装が黄色であったことは紹介
したが、日本でも天皇の正装の色として禁色となった
黄色がある。その名を「黄櫨染」という。ただ、この
黄色は正黄色ではなく複雑な複合黄色であった。鮮や
かではなく、深く落ち着いた黄褐色または赤褐色、つ
まり黄色に褐色や赤が混じった間色であったのである。
なぜ日本の職人は正黄を作り出す「柘木」を使わなかっ
たのか。一つは柘木が手に入らなかった可能性がある。
それでもやはり職人達が正黄を作ろうとしなかったの
は、黄櫨染の色をより日本的な色彩と捉え、彼らの美
意識が反映されているのではないだろうか。
ー2ー
また、日本の間色の種類は、世界でも類を見ないほ
ど多いとされている。福田邦夫氏の著書「日本の伝統
色」には、赤系の色だけでも茜、緋、紅、紅梅など三
十九色、黄色系では蒲公英色など三十三色、茶系には
鳶色、雀色など四十一色、紫系には藤色、江戸紫など
十九色、白黒系では金銀系を含め三十色ある。もちろ
んこれだけではないが、日本の色彩には間色が多く含
まれていることがよく分かる。また、江戸時代には渋
い茶や鼠系の間色が庶民の間で流行した。鼠がついた
色は利休鼠や深川鼠、梅鼠など百種にも及んだという。
このように日本では伝統的に正色とされたはっきりと
した色よりも落ち着いた深みのある間色を好んだよう
だ。
2 庭園
庭園とは人々が理想とする姿が映し出されたもので
ある。美しいとされる景観はどのようなものだったの
か見ていきたい。
(1)台湾の庭園の様式 林家花園を例にして
中国では庭は用途によっていくつか分けられるが、
人工的に造園された場は「園林」とされる。ここでは、
造園の意匠を見るためこの「園林」を見ていく。
台湾で最初の園林が作られたのはオランダ統治時代
だった。富を成し遂げた商人が娯楽のために作るよう
になったものだ。清の時代になると豪族や官僚、名士
はこぞって園林を作るようになった。その中で最も有
名なのが「台湾の四大名園」と呼ばれる園林で、その
中で最も保存状態が良いのが林家花園である。
林家花園は台湾の五大家族とされる林家によって
1893年に造園された。構造は優美で繊細、江南式園
林の特色に富んだものだ。中国では特に私的な園林は
南部の江南である蘇州や杭州で発達した。林家花園は
亭、台、楼、閣、堂、屋、軒、榭、斎、陸橋、回廊な
どの建築で構成されている(写真2)。江南式園林の
特色に富んだ林家花園には以下の技法がみられる。
・水池…園林造景には「三分の水、二分の竹、一分の
建物」という言い方があり、池は重要な構成物であ
る。形はなるべく自然に近いように曲折としている。
林家花園では小型の池の周りに築山を水面に反射さ
せ、山水の縮景を表現している。
・仮山…林花家園の築山は林家の故郷の漳州の山景色
を模倣したものだ。ごつごつとした岩肌からは水墨
画の風情が感じられる。中国園林では太湖石を使用
することが多いがここでは使われていない。日本の
石組みのように斜めに据えられるものはなく、ほぼ
軸を垂直にして据えられているため意外にも整然と
した印象を受ける(写真3)。
庭園で築山と池を造るのは、自然に対する憧れだ
けではなく、神話的な要素もある。道教の思想には
不老不死の象徴とされる蓬莱島がある。池と築山は
この神仙の島を象徴しているものでもある。
・青嶂遮屛…借山(築山)、竹林、壁屛を入口に設け、
一目で庭全体が見られないようにしたもの(写真
4)。
・曲径通幽…園内に続く曲がった小道。遊覧経路は必
ず直線で辿りつけないようになっており、道に従い
進むと美しい景観が目に飛び込んでくる。
・漏窓窺景…壁の各所に彫り窓・透かし窓があり、向
こう側の景色を覗き見ることができる(写真5)。
視線に遮りがなく空間につながりを感じさせる反面、
景色が見え隠れしより景観に深みが増す心地がする。
写真の窓は双銭形といって、福を表すとされる。
写真2
写真3
ー3ー
写真4
写真5
写真7
写真6
てくる。
・框景…さまざまな形をした装飾窓から景色を額縁に
収めるようにして観賞する。小さな所から大きな物
を見る、対比させることによって際立たせようとし
ている(写真6)。
・碑扁題字…石碑や、建物に「対聯」や「横扁」がか
けてあり、漢字の美を鑑賞することができる。
・廊亭楼閣…長い廊下、庭や仮山の上に建てた小亭、
住居や書斎、応接間からなる。
・対景…園林の景観を対抗させることによって、さま
ざまな視覚効果が得られる。
水池、仮山からもわかるように中国式園林は自然
への憧れを感じさせるものだ。園内は写真2のよう
に細かく区切られており、それぞれ綿密な意匠が施
され密度の濃い空間を施している。例えば、園内に
はさまざまな彫刻が施されている。写真7などがそ
うである。
この綿密な彫刻が園内の構造物に数多く施されて
いるのも中国式園林の特徴であろう。
また「青嶂遮屛」や「曲径通幽」の技法からは美
しい景観を眺めた時の最初の感動を大切にしている
ことが推察される。経路を進む中で、山や池であっ
たり、林の奥に辿り着いたかと思えば満開の花が出
迎えたりと緩急に富んだ園林である。中国式園林は
観ているこちらを驚かせようとしているのが伝わっ
(2)日本庭園の様式
日本庭園の様式は複雑であるが、大きく分けると、
池泉庭園、枯山水庭園、茶庭(露地)に分けられる。
簡単に特徴を下記にまとめた。
・池泉庭園…優美な池泉を伴った庭園の総称。寝殿造
り庭園や離宮庭園、大名庭園などが含まれる。巧み
な海洋表現(島、出島、岩島)などが見られる。不
老長寿を願い伝説の風景を模したものや大陸の景色
や海洋風景を再現している。歴史的にも意匠的にも
多様性を持つ。
・枯山水庭園…いっさい水を使用しない庭園の総称で
砂・小石・苔などを用いて滝や急流を表現した。こ
れまでの池泉庭園の優美な自然を表現したものとは
違い、禅の精神に通じる険しい山岳を表現するよう
になった。建物からの観賞を主とする。
・茶庭(露地)…茶人の発案によるもので茶事のもて
なしの一つとして市中に山間の侘びた風情をつくる。
山岳を思わせる従来の石組みを避け、山中に現れそ
うな石を置いて身近な自然を表した。燈籠や蹲踞や
鹿威し、水琴窟などは茶庭の誂えである。
池泉庭園も枯山水庭園も、水を使う、使わないの違
ー4ー
いはあるが、池・枯池を大海とし、そこに浮かぶ島々
を作り築山や石組みで丘陵や山、険しい山岳を表現し
た。これらは大自然の美しい景観を縮めて表現してい
る。石は一切加工を行わず、そのままの色や形を見て、
選び定める。これを「見立て」という。日本庭園が極
力人工的なものを排除し、人工の痕跡を感じさせない
ようにしていることが分かる。この三つの様式はそれ
ぞれ形式が違うが自然を手本にし、自然を尊重する点
は同じである。枯山水庭園は禅宗の影響を強く受けて
おり、禅僧が修行の中で石庭の美しさを感じ広まって
いった庭である。禅は中国にもあったがこのように庭
で表現されたのは日本独自のものだろう。水を使わな
い、石や砂だけで表現された枯山水は自然を表現する
が日本庭園の中でも象徴的で、日本庭園は自然をその
まま具現化するだけでなく、象徴的に抽象化してきた
ことが分かる。
が存在するのだ。これは中国式園林の綿密な彫刻やす
かし窓に現れていると感じる。また、優れた庭園を「巧
奪天工」と言って褒めたたえた。優れた意匠は天をも
超えたと表現するのだ。中国式園林は自然と人工が共
存することにより自然を超えた超自然に美を見出すの
かもしれない。一方日本では庭園に加工の跡は見られ
ない。使う石も一切加工されず、そのままだ。なるべ
く人工であっても自然に近く、自然に回帰するという
ことに美を見出したのだろう。
(3)中国式園林と日本庭園を比べて
日本の庭園の草創期は中国や朝鮮半島による影響が
強く、道教や仏教の思想に影響を受けながら発展して
きた。したがって、日本庭園には中国式園林から影響
を受けたと見られるものも見られる。蓬莱神仙思想が
そうである。中国式園林でも築山や池で蓬莱島が表現
されることを紹介したが、日本庭園でも蓬莱島を表現
した庭園が存在する。また、日本では見られない水墨
画の大陸の風景、例えば桂林や廬山が表現された庭も
存在する。中国式園林も日本庭園も上記で見てきた特
徴から考察すると、自然を素材にし、憧れの風景や神
話の風景を縮図にして再現しようとした点では共通し
ている。この両者の違いはなんであろう。
(1)歴代中国の陶磁器
台湾にある中国歴代の名宝を所蔵した国立故宮博物
院には数多くの陶磁器が収められている。故宮博物院
に所蔵された品々は清王朝の所蔵品を接収したものが
中心である。各時代の陶磁器が年代順に並べられ、各
時代によって多種多様な様相を示す。その中で私の目
を引いたのは宋代の陶磁器と清代の陶磁器であった。
この二つの時代の陶磁器は一見対照的である。宋代の
陶磁器は中国の陶芸が最高潮に達した黄金時代である
と言われている。この時代で最高と言われているのが
青磁の焼き物だ。少し白味がかった青緑の釉薬の色は
漢民族が好んできた翡翠の色を彷彿とさせる。形は滑
らかで優美な曲線を描く。表面のほのかな光沢を帯び
た釉薬の色は均一で一分の隙もないように見えた。こ
の宋代と対照的に見えたのが清代の琺瑯彩の鮮やかな
絢爛燦然たる磁器である。琺瑯彩とは琺瑯(エナメル)
で絵を描いた磁器のことである。赤・青・黄など色彩
は多彩で描かれている物は花や草木や山水など多種多
様である。この時代の陶磁器は全体として一番発色が
よく、より色鮮やかに紋様も細かく緻密なものが多い。
a 動と静
中国式園林は上記にも紹介した通り、景色は容易に
は一望できず前に進むにつれて次第に景色が見えてく
る。つまり動くことが前提になっており、動くことで
隠された景色が見える。中華的な美はダイナミックで
静の中を動くことで景色を堪能するのだ。対して日本
庭園はどこを切り取っても素晴らしいものがある。移
動せずに佇んで景色を眺めるズームアップ型である。
無論、中国式庭園も佇んで眺めるスポットがあり日本
庭園にも回遊式庭園がある。ただ、中国式園林はより
「動」が、日本庭園は「静」が強調されていると感じ
る。
b 目指す景観美の差
中国式園林では「人工天成」を目指す。人工であり
ながら人が作ったと思えないほど、奇抜で天が作った
ように天然であるという。しかし、人工であるから加
工の跡は残さなくてはならない。天然の中に必ず人工
3 陶磁器
漢民族は陶磁器製作に長けた民族である。欧米人が
陶磁器のことを「china」と呼ぶのも、中国が陶磁器
の国だからである。中国製の陶磁器は日本にも大きく
影響を与えてきたが、ここでは差異に着目してみてい
きたいと思う。
(2)茶陶のゆがみ 利休が愛した黒樂茶碗
日本が作り出した独創的な形の一つがゆがんだ茶碗
である。長次郎(16世紀の陶工)が創始した樂焼茶碗
はその典型であろう。均一な茶碗を作る技術がなかっ
たわけではない。陶工たちは意図して、ゆがんで不規
則な茶碗を作り出したのである。この美の価値観は「わ
び・さび・幽玄」といった日本的な美意識の存在が無
視できないだろう。「わび」は簡素で落ち着いた風情、
閑寂な風情、「さび」は寂しさのなかの枯淡な情緒、
「幽玄」は艶を失った静寂で枯淡な美しさを表す。こ
と茶陶の世界では千利休が「わび茶」を確立し多大な
ー5ー
写真8
影響を与えた。利休はそれまでの豪奢なものや珍しい
ものではなく、一見貧しく、質素で地味なものに美を
見出したのである。その利休が愛した茶碗に前述した
長次郎の黒樂茶碗がある(写真8)。この茶碗は銘を
「俊寛」という。観てみるとわかるが、形はゆがみ、
左右非対称で釉薬の色、光沢は部分によって違って不
揃いである。表面は凸凹があり、ある部分は粗く、あ
る部分は滑らかである。茶碗の形は完成形ではあるが、
いまだ形成過程であるかのような印象を受ける。これ
は均一さを求めた宋時代の磁器とは対照的だ。
(3)完全性と不足の美 ∼対象と非対称∼
中国の陶磁器と日本の陶磁器を比べるといっても、
一概には言えないが、少なくとも桃山時代から数世紀
にわたり日本の支配層が歪んだ茶碗を好んだことは日
本特有ではないだろうか。樂焼はろくろを使わず、手
とへらだけで成形する。他の天下人が好んだ茶椀を見
て歪んでいたり、小石や砂がついたりしたものがある。
人間の手で作られるからこそ歪み、またその自然さを
尊んだのではないだろうか。不完全であるからこそ美
しい。この美意識は日本特有だろう。一方、中国の陶
磁器は宋代の青磁にみられるように左右対称で表面は
滑らかで均質、まさに完璧で完全である。完全と不完
全、対称と非対称、この二つは正反対で対照的だ。
4 伝統的美意識と現在の私達の関係
これまで台湾と日本の伝統的な美意識がどのような
ものであるかを見てきた。しかし現在はグローバル化
が進みインターネット、テレビなどを通じて様々な価
値観に触れることができる時代だ。伝統的な美意識は
今の我々にどの程度受け継がれているのか。
(1)台湾・日本の高校生へのアンケート調査
この問いを調べるために台湾の師範大学付属高級中
学校の生徒16人、日本の愛知県立旭丘高等学校の生徒
32人にアンケート調査を行った。質問、回答は下記の
写真9
通りである。
<質問1> A(写真8)とB(写真9)どちらが好
ましいと感じるか?
A:色:黒、形状:左右非対称、表面::粗い、柄:
なし
B:色:黄色、赤、青、形状:左右対称、柄:花、龍
<回答>
・台湾A…9人、B…6人、どちらでもない…1人
・日本A…27人、B…5人
<質問2> A(写真10)とB(写真11)どちらが好
ましいと感じるか?
A:色:肌色、ほんのりと桜色、表面:ざらざらとし
ている、柄:ひび焼
B:色:白、赤、緑、オレンジ、表面:滑らか
<回答>
・台湾A…8人、B…8人
・日本A…21人、B…11人
<質問3> あなたはA(写真12)、B(写真13)、
C(写真14)のどの庭園が一番美しいと思うか?
・台湾A…7人、B…6人、C…3人
・日本A…8人、B…8人、C…16人
(2)考察
質問1では「3 陶磁器」でも紹介した黒樂茶碗の
「俊寛」と清の雍正帝が使用した「銅胎画琺瑯黄地牡
丹紋蟠龍瓶」を例にした。台湾人は派手なものを好む
と予想していたので、日本の黒樂茶碗に票が多く入っ
ー6ー
写真11
写真10
たことは意外であった。対して日本側は圧倒的に黒樂
茶碗が多数を占めている。わび・さびの美意識は現在
の高校生にも通じるという結果が出た。
質問2では日常用品ではどのようなものを好むのか
を見たものだ。Aは愛知県瀬戸市の瀬戸焼の湯飲み、
Bは台湾の陶磁器の産地である鶯歌の茶器である。こ
れは、台湾客家花布柄と呼ばれる柄である。台湾と日
本の陶磁器でも、より対照的なものを選んだ。美意識
というのは育ってきた環境で決まる。台湾で有名な柄
であるのではっきりとした結果が出るかとも思ったが、
結果は台湾側で半々だった。Aを好む理由として「シ
ンプルで使いやすそう」という実用的な理由が多く、
Bを好む理由としては「Bは美しい」、「Aはみすぼ
らしいから」などが挙げられた。Aの意見としてBを
美しくないといった回答は一つもなく、Bの意見では
Aを否定するような意見が出たことからBに対しての
方がより美を感じているのだろう。一方、日本側では
ここでもほぼ2:1でAという圧倒的な結果が出た。
この結果では、日本側はよりシンプルで落ち着いた色
合いを好むという結果になった。
質問3ではAに「2 庭園」で紹介した林家花園、
Bにフランスヴェルサイユ宮殿の平面幾何学式庭園を
挙げた。この庭園は直線的で左右対称、中国式園林や
日本庭園とは反対の位置にある庭園だ。Cには龍安寺
の枯山水庭園を挙げた。グローバル化により西洋の価
値観に触れるふれる機会は多い。よってフランス式の
庭園を選択肢に加えたが、やはり西洋への憧れという
のもあるようだ。台湾側では僅差で中国式庭園に次ぐ
二番目だ。一方、日本側ではここでも圧倒的に枯山水
庭園を選んでいる。
データが少ないのではっきりとした結果は出なかっ
たが、総じて、台湾側の方が他文化からの価値観への
影響が強く出た結果となった。美を感じるということ
ー7ー
写真13
写真14
はそれだけ慣れ親しんでいるということも関係してい
ると思う。台湾側の方が他文化への興味や関心が強い
のかもしれない。また、日本側の方がはっきりした結
果が出たのはアイデンティティがはっきりしているか
らかもしれない。自分は日本人だから日本のものを選
ぼうという意識が働いた可能性もある。対して台湾は
複雑な民族構成と歴史背景でアイデンティティに対し
て揺れている。このような社会背景も結果に影響した
のではないか。
5 まとめ
∼これからの台湾と日本の美意識が向かうところ∼
これまで台湾と日本の伝統的な美意識を見てきた。
漢民族の文化では、超自然、完全な美を追求し、日本
文化では自然への回帰、非対称で不完全な美を追求し
たことが分かった。
グローバル化によって国際交流が増えた今、自国の
文化と他文化の差異を理解し合うことは非常に重要に
なってくるだろう。それを今回は美意識という観点か
ら見てみた。
また、21世紀はネットの時代である。インターネッ
トやSNSの普及により私達は容易に他文化を目にする
ことができ、異文化の交流はますます増えた。また、
台湾は2014年の訪日外国人旅行者数のトップの国で、
また2012年度日本人海外旅行者数国別の第4位の国
である。よって台湾と日本で交流が増えることにより
下記のような認識が深まると考える。
日本においては
・台湾の伝統文化に対する美への理解
・原色的で派手な色彩、赤青黄白黒に対する解釈への
理解
・「巧奪天工」の景観の美
・完全で対称な物の美
台湾においては、
・日本的な間色の色彩の豊かさに対する理解
・わび・さびといった和の美意識
・非対称で不完全な「不足の美」に対する理解
・瞬間的でワンカット的な造形美への理解
・自然へと回帰しようとする美意識
参考文献
・加藤隆三木『中国の美意識 日本の美意識』小学館
スクウェア、2013年。
・21世紀研究会編『色彩の世界地図』文春新書、2003
年。
・吉岡幸雄『日本の色の十二か月』紫紅社、2014
年。
・財団法人日本ファッション協会監修、財団法人日本
色彩研究所編『日中韓常用色彩小辞典』株式会社ク
レオ、2007年。
・中島尚志『 美しい ってなんだろう』風詠社、2015
年。
・重森千靑『図解雑学 日本庭園』ナツメ社、2010
年。
・西佳『日本の庭園文化―歴史と意匠をたずねてー』
学芸出版社、2005年。
・岡田憲久『日本の庭 ことはじめ』TOTO出版、
2008年。
・三杉隆敏『やきもの文化史―景徳鎮から海のシルク
ロードへー』岩波新書、1989年。
・加藤周一『日本その心とかたち』徳間書店、2005
年。
・国立故宮博物院監修 林正義編『故宮名品案内』香
港商雅凱電脳語音有限公司、2014年。
参考ウェブページ
・旅々台北 「林本源園邸」http://www.tabitabitaipei.com/html/data/10496.html
・林本源園邸 http://www.linfamily.ntpc.gov.tw/
・国立故宮博物院 「雍正帝 清・世宗文物大展 雍
正朝の文化と芸術」http://www.npm.gov.tw/
exh98/yongzheng/jp0302.html
・一般社団法人 日本旅行業協会 「海外旅行者の旅
行先トップ50(受入国統計)」https://www.jatanet.or.jp/data/stats/2015/05.html
台湾と日本の美意識には多くの差異があり、グロー
バル化によって根本的なそれが急に変わることはない
だろう。それは第4章のアンケート結果にも示されて
いる。だが、長い歴史を通して両国の美意識には相通
じる部分も多く持っている。両国のさらなる交流によ
りこの二つの美意識はさらに身近なものとなってくる
のではないだろうか。
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