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吉備国際大学大学院臨床心理学研究科 2010年度修士論文題目一覧

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吉備国際大学大学院臨床心理学研究科 2010年度修士論文題目一覧
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2007年度修士論文要旨
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科
2010年度修士論文題目一覧
学生番号
氏 名
M410901
石田興三
通常学級の授業場面において行動問題を示す児童への支援
―機能的アセスメントに基づく支援計画からの検討―
高山 巌
M410903
尾崎光司
社会的相互作用を指標とした社会的スキル訓練の効果の検討
―適応指導教室における実践―
高山 巌
M410904
小野舟瑛
スクール・コネクテッドネスと精神的健康の関連
津川秀夫
M410905
川上克樹
Computerを用いた問題解決プログラムの作成とその効果の検討
―ユビキタスな心理療法を目指して―
久保義郎
M410907
杉原聡子
発達障害のある子どもの親支援
―ビデオ・フィードバックによる相互作用の改善―
高山 巌
M410909
中川 薫
大学生活および進路選択に関する認知と生起感情との関連
―自罰性・他罰性に着目して―
渡辺由己
M410910
西村亮輔
関係性攻撃に焦点をあてた攻撃行動尺度の作成および臨床的応用の
可能性
小西賢三
M410911
野崎祥世
親についての対人態度の認知と子どもの社会的スキルとの関連性
渡辺由己
M410912
馬田夕貴
母子生活支援施設における職員―利用者間の相互作用改善の試み
―「ほめスタンプラリー」を使用して―
小西賢三
M410913
松原未歌
高齢者ケアにおけるぬり絵活動の活用の試み
―視覚構成能力に着目して―
古田知久
題 目
指導教員
49
50
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
通常学級の授業場面において行動問題を示す児童への支援
―機能的アセスメントに基づく支援計画からの検討―
M410901
目 的
通常学級において、知的な遅れはないが学習面か行
石田 興三
支援場所 通常学級の国語と算数の授業場面。
標的行動 行動問題:授業中の関係のない発言、私語、
動面で著しい困難を示す児童生徒の割合は6.3%である
離席。関係のない発言は「授業の内容と関係のないこ
と報告されている(文部科学省,2002)。今後、特別
とを先生または児童に話すこと」、私語は「授業中、
支援教育の発展に伴って現状よりもさらに多様な問題
許可なく教室中に聞こえるような声で話すこと、隣り
を抱える児童が通常学級に在籍することが予想される
や後ろの児童に話すこと」、離席は「席から離れて立
(山口・金子,2004)。つまり、どの教師にも担任する
ち歩く、その場で席から立つこと」と定義した。授業
児童生徒の行動上の問題に直面する可能性があること
参加行動:On-task行動、授業準備行動、ノート書字。
を示している。このような課題に対して、環境とのか
On-task行動は「求められている課題や作業をしてい
かわりの中で行動問題をとらえる応用行動分析学の研
る」と定義した。
究からは、機能的アセスメントに基づいて個人と環境
記録方法
の双方にアプローチする効果が示されている(平澤・
は30秒以上生起した場合に記録した。
藤原,2000)。
支援手続き
一方、小学校の通常学級においては、実践の効果が
示され始めたばかりであり、特に、学校場面に対する
1分間インターバル記録法。On-task行動
機能的アセスメント:直接観察による分
散点査定とABC分析によって、行動問題の機能を推
定した。「関係のない発言」、「私語」は逃避の機能、
教師の実行条件や文脈適合性、そして社会的妥当性に
「離席」は逃避と注目の機能をもつと推定した。行動
ついて検討した研究はほとんどなく、今後の研究が必
支援計画の立案:機能的アセスメントに基づき行動支
要であると考えられる。
援計画を立案した。「状況要因への方略」では、算数
以上のことから、本研究においては、小学校の通常
の個別課題の提示を行った。「直前の状況への方略」
学級において行動問題を示す児童に対して、機能的ア
では、遂行しやすい課題の促しを行った。「行動への
セスメントに基づく行動支援を行い、その効果につい
方略」では、代替行動として個別課題または漢字ドリ
て検討することを目的とする。また、行動支援におけ
ルの遂行を選定し、望ましい行動として授業準備行動
る教師の実行可能性、そして社会的妥当性という要因
とノート書字を選定した。「結果への方略」では、代
について検討を行うこととする。
替行動と望ましい行動に対して注目や言語称賛といっ
た社会的強化を随伴させることとA児が静かにして着
方 法
参加者
対象児:公立小学校の通常学級に在籍する3
席しているところに注目し言語称賛を与えることを行
った。行動支援計画の実施:ベースライン期では行動
年生の男児1名(以下、A児)。授業中の関係のない
問題に対して具体的な支援は実施されていなかった。
発言、私語、離席が問題とされていた。
介入期Ⅰでは、担任教師の実行条件を検討し、確実に
担任教師:20歳代の新任の女性教師。
できる介入として、A児の着席行動に対する言語称賛
補助教員:60歳代男性で自閉症児などの支援に携わっ
を行った。また、望ましい行動として選定した「板書
た経験があった。
をノートに書く」行動を形成するために、主に補助教
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
51
員が段階的な声かけ(例えば「まずは、めあてから書
が、介入期Ⅰで平均11%に減少したものの介入期Ⅱで
こう」「今日はここまで書いたらオッケー」)を行い、
は平均16%とわずかに増加した。算数の関係のない発
少しでも板書をノートに書く行動が生起したら、言語
言・私語の生起率は、ベースライン期で平均52%であ
称賛による社会的強化を行った。算数では個別課題を
ったのが介入期Ⅱでは平均27%に減少した。
提示し、代替行動を積極的に強化することを行った。
社会的妥当性の評価
介入期Ⅱでは、授業準備行動に対する指導手順を提案
る項目においてどちらかというと負担であったと評価
し実行した。具体的にはA児の自発的な準備行動に対
した以外は、すべての項目において2名の教師から肯
して即座に言語称賛と「OKサイン」の提示を行う。次
定的な評価を得た。
補助教員が支援の実行度に関す
に教師による声かけによって準備行動が生起したら、
考 察
言語称賛と「OKサイン」の提示を行う。言語指示に
よって準備行動が生起しない場合は、段階的な声かけ
通常学級において行動問題を示す児童に対して機能
を行い準備行動を促す。その後、準備行動が生起した
的アセスメントに基づく行動支援を実行した結果、A
場合は即座に言語称賛と「OKサイン」の提示を行う。
児の授業中の課題従事行動をはじめとする適切な行動
準備行動が生起しない場合は、できるだけA児ととも
が増加するとともに、行動問題が減少した。行動支援
に準備を行う。教科書とノートの該当ページを開く行
計画の実施によってベースライン期と比べて、介入期
動に対しても同様の指導手順によって実行した。
Ⅱでは行動問題が減少したことから、行動支援計画に
基づく介入が、A児の行動問題の低減に対して効果的
結 果
行動問題の生起率の推移
であったことが示されたといえる。また、A児への行
国語における関係のない発
動支援の実行を支えた要因として、行動支援計画の立
言・私語の生起率は、ベースライン期で平均67%であ
案において教師の実行可能性を考慮し、すぐに実行可
ったのが、介入期Ⅱに入ると33%まで減少した。
能な介入方法を選定し、実行することで効果が示され
離席の生起率はベースライン期で平均29%であった
1
たことがあげられる。
52
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
社会的相互作用を指標とした社会的スキル訓練の効果の検討
―適応指導教室における実践―
M410903
問題と目的
近年、わが国における不登校生徒数の推移はやや減
尾崎 光司
場面
対象生徒が2名でランダムに選ばれたテーマに
ついて会話をする場面(生徒には「おはなしの時間」
少傾向にあるが、依然として中学校では学級に1人の
と呼称)を設定し、ICレコーダーによって10分間録音
割合で不登校生徒が存在する(文部科学省,2010)。不
した。
登校の要因の1つとして、社会的スキルの欠如が挙げ
研究計画
られる(江村・岡安,2003)。そして、社会的スキルの
デザインを組み合わせて用いた。
「おはなしの時間」の
獲得や不適切な行動の変容は、ストレス反応の軽減に
みを行うベースライン(以下、BL)期3回、SST(生
役立ち(戸ヶ崎・岡安・坂野,1997)、ストレス反応の
徒には「おはなしの練習」と呼称)のあとに「おはな
表出と学校不適応状態とは強い関連性がある(坂野・
しの時間」を行う介入期3回、「おはなしの時間」の
嶋田・岡安,1994)とされている。したがって、不適
みを行うフォローアップ1回という構成で実施した。
応状態にある児童生徒に対する社会的スキル訓練(以
アセスメント
下、SST)の有効性が期待できる。しかしながら、子
点をあてて社会的相互作用の分析を行った。BLでは、
どものSST研究では幼児・児童を対象とした予防的視
生徒は選ばれたテーマを弁別刺激として報告を行うこ
点からの研究が多く、反対に思春期以降の生徒や不登
とはできていたが、他者が報告したことに対しては反
校を対象とした研究は少ない。
応を示すことが少なかった。
また、これまでのSST研究のアセスメントは、社会
ABAデザインと行動間多層ベースライン
BLの録音データから、行動連鎖に焦
その結果、お互いにそのテーマについて単語を列挙
的行動の連鎖を構成する一部の特定行動(標的行動)
し合うパターンが多かった。例えば、「夏と言えば海
の測定によって行われることが多かった。これについ
です」の後しばらく沈黙して「私はかき氷です」と続
て大月ら(2006)は、「対象生徒の社会的反応がどの
き、
「他には?」を互いに繰り返したあと、
「もうない」
ように他者に機能しているか、また、他者の反応がど
と言うパターンなどであった。そのため、まずは他者
のように対象生徒に機能しているかといった行動連鎖
が行った報告に対して何らかの反応を示す段階が必要
の分析が必要である」と主張している。
であり、そこから徐々に他者の報告に関連した「質問
そこで本研究では、先行研究の少ない不登校中学生
をする」などの行動を形成する必要があると推察した。
を対象として、行動連鎖に焦点をあてた社会的相互作
そして、標的スキルは「あいづち」、「感じたことを言
用のアセスメント、およびそのアセスメントに基づく
う」、
「質問する」を選定した。
SSTを実施し、標的スキルの形成(標的行動生起率の
介入
増加)が、社会的相互作用(ターン数)に与える効果
からなる、コーチング法によるSST(30分)を著者と
を検討する。
大学生の2名で行った。
教示、モデリング、ロールプレイ、社会的強化
行動の指標
方法
対象者
適応指導教室に在籍する中学生8名(男子6
名、女子2名)
。
あいづち:相手が行っている報告に対し
て、文章にすれば句読点のタイミングで、例えば「へ
ぇ∼」、「うん、うん」などを発する。ただし、直前の
相手の言語行動が要求や質問で、それに対する応答の
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
53
場合は除かれる。感じたことを言う:相手の報告に関
りも、「おはなしの時間」を実施した前後で教員の評
連する感想を述べる。これも文章にすれば句読点のタ
定に大きな変化がみられた(Table1)。これらの結果
イミングで発せられる。例えば「すごいなぁ」、「おも
から、不登校生徒に対しては社会的相互作用の機会を
しろいなぁ」などである。質問する:相手が行ってい
積極的に提供する取り組みが重要だと考えられる。
る報告に対して、「誰と」、「いつ」、「どこで」、「何を
また、生徒に実施した社会的妥当性のアンケートで
した」、「何で」などの疑問を発する。ターン数:一方
は、全体的に肯定的な結果が得られた。しかしながら、
の社会的行動に対し、もう一方が対応したとき、これ
介入の受け入れやすさについては、否定的な結果が得
が1ターンとされる。ターンは8秒以内の対応の不生
られた。その要因としては、生徒の動機づけに働きか
起によって区切られる。なお、ここでの社会的行動は
ける工夫が足りなかったことが考えられる。
文脈上有意味な言語行動に限定された(高下・杉山,
1993 ; 大月ら,2006)
。
観察者間信頼性
著者と大学生の2名の観察者による
評定者間一致率を算出した。一致率は、分析対象とな
った全データの43%から測定した。「あいづち」は
99%、「感じたことを言う」は93%、「質問する」は
99%、ターン数は99%の一致率が確認された。これら
の結果から、高い信頼性が確認された。
教師評定
金山・小野(2006)の「心に残る聴き方」
と「積極的な聴き方」を参考に作成した17項目につい
て、生徒に対する教員の評価を5段階で求めた。時期
は、BL期に入る前、介入期に入る前、フォローアッ
プ測定後に計3回実施した。
結果と考察
本研究では、行動連鎖に焦点をあてた社会的相互作
用のアセスメント、および、そのアセスメントに基づ
くSSTを実施し、標的スキルの形成(標的行動生起率
の増加)が、社会的相互作用(ターン数)に与える効
果を検討した。その結果、8名中5名の生徒が介入期
に入ってから、明らかなターン数の増加を示した。こ
の5名の生徒は、当該スキル訓練後にそれらのスキル
において増加を示しており、その結果がターン数の増
加に関係していると考えられる(その一例、生徒Aの
結果をFig.1とFig.2に示す)。つまりこれは、標的スキ
ルの形成(標的行動生起率の増加)が、社会的相互作
用(ターン数)に与える効果性を支持する結果である
と考えられる。
教師評定は、「おはなしの練習」を実施した前後よ
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吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
スクール・コネクテッドネスと精神的健康の関連
M410904
不登校問題において、再登校援助に加え未然防止の
小野 舟瑛
全18項目で、回答形式は3件法であった。
重要性が指摘されており(国立教育政策研究所,2004)
、
結果と考察
不適応生徒の早期発見・早期対応が求められている。
津川他(2010)は、スクール・コネクテッドネス
(School Connectedness; SC)から生徒の適応状態を把
握し、不登校の未然防止につなげることを目的とした
1. SCと不安・抑うつとの相関
むすびスケールと
STAIC、DSRSの得点を用いて相関係数を求めた
(Table 1)。
「中学生版むすびスケール」を作成した。スケールの結
果から、SCが高い生徒は適応状態が良く、弱い生徒は
不登校傾向を示すことが示唆されている。
学校での適応状態と生徒の精神的健康が関連するこ
とが指摘されている(岡安他,1992)。では、SCと精
その結果、DSRS得点と〈友人〉および合計得点との
神的健康にはどのような関連がみられるのだろうか。
間に有意な中程度の負の相関が認められ、
〈学業〉
〈部活〉
そこで本研究では、精神的健康のうち不安と抑うつ
に注目し、これらとSCとの関連について検討した。
〈教師〉
〈規範〉との間に有意な弱い負の相関が認められ
た。STAICとSCとの間はいずれも.20未満であった。
ここから、SCが強いと抑うつの程度が低いと言える。
方 法
対象者
2. 適応状況別の比較 津川他(2010)に基づき、むす
中学生1108名(男子577名, 女子531名)を対
びスケールの合計得点が平均よりも1SD以上高い者を
象とした。各学年の内訳は、1年生381名、2年生387
High群、1SD以上低い者をLow群、それ以外をMiddle
名、3年生340名であった。
群に分類した。群を要因とする一要因分散分析をおこ
調査時期 2010年5月末から6月上旬に実施した。
ない、STAICとDSRS得点の比較をおこなった
調査手続き
対象校に質問紙と実施マニュアルを配布
(Table2)
。
し、担任教師がマニュアルに従い学級ごとに実施した。
質問紙 a中学生版むすびスケール(津川他,2010)
:
SCを学校での活動に関する〈学業〉
〈部活〉
、対人関
係に関する〈友人〉
〈教師〉
、生徒がもつ価値観に関す
る〈将来〉
〈規範〉の3領域6分野から測定するもので
ある。全18項目で、回答形式は5件法であった。
STAICおよびDSRSの主効果に有意差が認められた
s児童用状態-特性不安尺度(STAIC; 曽我,1983)
:子
ため、多重比較検定(Bonferroni)をおこなった(Figure
どもの不安を測定する尺度で、本研究では特性不安に
1-2)。その結果、STAIC得点において、Low群はHigh
関する20項目を用いた。回答形式は3件法であった。
群やMiddle群よりも有意に得点が高くなることが明ら
d子ども用抑うつ自己評定尺度(DSRS; 村田他,1996)
:
かになった。したがって、SCが低い生徒はその他の生
子どもの抑うつを測定する自己評定式の尺度である。
徒よりも不安が高いと言える。また、DSRS得点におい
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
55
てLow群はHigh群やMiddle群よりも有意に得点が高く
高いことが示された。不安群はうつ群やAD群よりも
なり、Middle群はHigh群よりも有意に得点が高くなる
有意に得点が高いことが示された。うつ群はAD群よ
ことが示された。これらより、SCが低い生徒はそれ以
りも有意に得点が高いことが示された。これらより、
外の生徒よりも抑うつが高く、SCが中程度の生徒は高
抑うつが高い生徒はSCが全般的に弱くなると言える。
い生徒よりも抑うつが高いと言える。
s活動領域(学業・部活動):〈学業〉〈部活動〉にお
いて健常群の方がうつ群やAD群よりも有意に得点が
高いことが示された。ここから、抑うつが高い生徒は
学校での活動に興味や関心が薄れ、SCが弱くなると
言える。
d対人関係領域(友人・教師):〈友人〉〈教師〉にお
いて健常群の方がうつ群やAD群よりも有意に得点が
高いことが示された。以上より、抑うつが高い生徒は
学校での対人関係において悩みやトラブルを抱えやす
3. 不安・抑うつ傾向別の比較 STAIC、DSRSの平均
くなり、SCが弱くなると言える。
得点から1SD以上高い者を算出した。そして、STAIC
f価値観領域(将来・規範):〈将来〉において健常群
のみ高い者を不安群、DSRSのみ高いものをうつ群、
の方がうつ群やAD群よりも有意に得点が高いことが
STAICとDSRSが高いものを不安・うつ群(以下AD
示された。よって、抑うつが高い生徒は将来について
群)、それ以外を健常群に分類した。分野ごとに群を
否定的に捉えるため、SCが弱くなると言える。また、
要因とする一要因分散分析をおこなった(Table3)。
〈規範〉において健常群はその他の群よりも有意に得
点が高く、不安群とうつ群はAD群よりも有意に得点
が高いことが示された。このことから、精神的健康の
状態が悪いと、登校への意識が低下し、SCが弱くな
ると言える。
むすびスケールの6分野および合計得点の主効果に
有意差が認められたため、多重比較検定(Bonferroni)
をおこなった(Figure3-4)
。
まとめ
以上より、SCが強く、学校での適応状態が良い生
徒は不安や抑うつが低いことが明らかになった。その
反対に、SCが低く、学校において不適応傾向を示す
生徒は不安や抑うつが高いことが明らかになった。
a合計得点:健常群はその他の群よりも有意に得点が
56
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
コンピュータを用いた問題解決支援プログラムの作成とその検討
―ユビキタスな心理療法を目指して―
M410905
川上 克樹
はじめに
13名、女性17名)を実験協力者とした。協力者は
CAC Computer Mediated Communicationやインター
CPST群、口述群、イライザ群の3群に各10名ずつと
ネットに関する心理学的な研究が行なわれる中、心理
した。
療法も従来の対面の形に留まらず、コンピュータやイ
2.使用したプログラムについて
ンターネットを用いる試みが行なわれてきており、こ
は、認知行動療法・技法別ガイド(中野,2009)など
れらはComputer Assisted Counseling(以下、CAC)
を参考に、執筆者本人が作成したものである。CPST
と呼ばれている。
プログラムは「Nscripter」によって作成された。
問題解決療法
CPSTはPCでの起動後、ウィンドウ上に表示されるテ
問題解決療法における「問題」には、
CPSTプログラム
大きなライフイベントに限らず、ありふれた日常生活
キストの質問にしたがって、キーボードで質問の回答
上の出来事も含まれる。また、様々な対象に応用でき、
を入力することで、プログラムを進めていく。イライ
適用範囲が広い治療法であることが実証されている。
ザプログラムは、日本語版がウェブ上で公開されてお
ユビキタス
り、本研究では、それを使用した。イライザはもとも
ユビキタスとは、それが何であるかを意
識させず、しかも「いつでも」
「どこでも」
「だれでも」
と、1965年にJoseph Weizenbauが開発したプログラ
が恩恵を受けられるインターフェース、環境、技術の
ムであり、キーボードで入力された文章を、文法にし
ことである。CACは、簡便性や、カウンセリングと
たがって構造解析し、入力された単語を用いて、質問
組み合わせることで、経済性の向上、時間的・空間的
を返すのである。
制約からの解放など、十分にユビキタスな利点がある
3. 測度
と言える。しかし、メールや電子掲示板を用いる場合
実験後(ポスト)、実験後1週間(フォローアップ)
は、時間的な制約は問題として残存し、我が国で使用
の時点で評価された。実験に使用した質問紙を以下に
可能なCACプログラムは少なく、また対象を限定し
示す。
実験による効果の測定は、実験前(プリ)、
ているために、「だれでも」が使えるプログラムとは
フェイスシートフェイスシートは、実験協力者の主
言い難い。問題解決療法は、適用範囲が広く、日常的
観的な悩みに対する「重要度」「どのくらい大変か」
な問題に対しても適用できるという点で、ユビキタス
「どれくらい解決したいか」「どれくらい解決できそう
な心理療法であると言えよう。そこで、本研究では、
か」を10段階で聞くものとなっている。SPSI-R(佐藤
コンピュータの利点を活かした、「いつでも」「どこで
ら,2006) SPSI-Rは、社会的問題解決能力を測定す
も」「だれでも」が使用できる、問題解決支援プログ
るための自己評定式尺度である。下位尺度として、
ラム(Computerized Problem-Solving Therapy:以
「ポジティブな問題解決志向(以下、PPO)」「ネガテ
下、CPST)の作成、及びその効果の検討を目的とす
ィブな問題志向(以下、NPO)」「合理的問題解決志
る。
向(以下、 RPS)
」
「衝動的/不注意型問題解決(以下、
ICS)」「回避型問題解決(以下、AS)」の5因子、計
方 法
1.対象
大学生、及び大学院生を含めた30名(男性
50項目から構成されており、5件法で評定される。さ
らに、
「RPS」は、
「問題の定義と定式化(以下、PDF)
」
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
57
「さまざまな解決法の案出(以下、GAS)」「意思決定
結果、CPST群における測定時期の単純主効果に有意
(以下、DM)」「解決法の実行と検証(以下、SIV)」
な傾向がみられた( F(2,54)=2.53, p < .10 )。また、イ
の合計20項目からなっている。また、全体的な問題解
ライザ群における測定時期の単純主効果が有意であっ
決能力の程度を表す「社会的問題解決得点(SPS)」
た( F(2, 54)=3.56, p< .05 )
。そこで多重比較を行なっ
を公式によって算出することができる。POMS短縮版
たところ、CPST群では、実験前に比べ、実験後に有
(McNair, Lorr, Droppleman, 1992 : 横山,2005)
意な得点の低減が見られた( p < .05)。イライザ群では、
POMS短縮版は「緊張―不安(以下、T-A)」「抑うつ
実験前に比べ、実験後に有意な得点の上昇が認められ
―落ち込み(以下、D)」「怒り―敵意(以下、A-H)」
た(p < .01)。DMの変化 測定時期の主効果が有意であ
「活気(以下、V)」「疲労(以下、F)」「混乱(以下、
った( F(2, 54)=3.27, p < .05)。測定時期の主効果にお
C)」の6因子、30項目。5件法で回答を求める。それ
ける多重比較を行なったところ、実験前に比べ、1週
ぞれの得点を合計し、T得点に換算する。
間後において有意な得点の低減が見られた(p< .05)。
4. 手続き
T-Aの変化 測定時期の主効果に有意な傾向が認められ
実験が行なわれた場所は、口述群は面接
室において行われ、CPST群はPCを設置した面接室、
た(F(2, 54)=2.84, p< .10)
。測定時期の主効果における
イライザ群は、インターネットに接続可能なPCが設置
多重比較を行なったところ、実験前に比べ、1週間後に
された部屋で実施された。各群の実験協力者は、プリ
全群において、
有意な得点の低減が認められた
(p< .05)
。
テストに回答した後、口述群には実験者に対して、現
Dの変化 測定時期の主効果が有意であり( F(2, 54)=
在の悩み(問題)を話してもらい、CPST群、イライザ
5.21, p < .01)、多重比較を行なったところ実験前と実
群はPC上で現在の悩み(問題)を記述してもらった。
験後(p < .05)、実験前と1週間後(p < .01)に有意な得
その際に、イライザ群は、実験実施時間を10分間と設
点の低減が見られた。Cの変化 測定時期の主効果が有
定した。これは、使用者が回答を続ける限り、プログ
意な傾向が認められた( F(2, 54)=2.93, p < .10)。多重
ラムが終了されないためである。実験終了後、ポスト
比較を行なったところ、実験前と1週間後に有意な差
テストを行った。その後、実験後の効果維持を測定す
が認められ(p< .05)
、全群において得点が低減した。
るために、1週間後、フォローアップテストを行った。
考 察
結 果
群の等質性の確認
プリテストの値に基づいて、群を
要因とする1要因の分散分析を行った。その結果、有
本研究の目的は、「いつでも」「どこでも」「だれで
も」使用できる、ユビキタスな心理療法としての
CACプログラムの作成とその検討であった。
意な主効果は認められなかった。そのためプリテスト
協力者の感想から、CPST群では悩みが整理された
の回答は、3群とも等質とみなすこととした。解決で
との感想が多く見られることと、実験後のNPOの得
きそうかの変化 測定時期の主効果が有意であり( F
点が低減していることから、CPSTプログラムは問題
(2,54)=3.60, p < .05 )、測定時期の主効果における多重
の整理に一定の効果があったと考えられる。しかしな
比較を行なったところ、実験前に比べ、実験後、1週
がら、「解決できるか分らない」「実際の行動に移せる
間後で全群に得点の上昇がみられた( p< .05)
。PPOの
かどうか」といったネガティブな感想も見られること
変化 測定時期の主効果が有意であり
( F(2,54)=7.12,
から、今後、更に改良を重ねる必要があることも示唆
p < .01 )、多重比較の結果、実験前に比べ、実験後、
された。
1週間後のPPOの得点が全群で上昇した( p < .01)。
NPOの変化 群×測定時期の交互作用が有意であり
( F(4, 54)=3.29, p < .05 )、単純主効果の検定を行った
58
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
発達障害のある子どもの親支援
―ビデオ・フィードバックによる相互作用の改善―
M410907
杉原 聡子
近年、発達障害のある子どもの親支援は、多くの機
ルの生起場面)の子どもの標的行動の選定と、介入場
関や団体で行われている(免田ら,1995; 大野ら,
面のみ指導手続きを作成し、ビデオ撮影の教示を行っ
2005)。しかしながら、プログラムの効果測定は、質
た。ベースラインは、介入場面、般化場面、自由遊び
問紙等による親の報告にもとづくものが多く(伊藤・
場面の各5分間の撮影のみ行った。セッション2:介
石附・前岡,2009)、親や子どもの家庭内での行動変
入Ⅰは、標的行動に対するプロンプトの提示の仕方、
容を、定量的に測定した研究は極めて少ない。そこで、
構造化に関する講義と、介入場面の標的行動に対する
親が特定場面をビデオカメラによって記録すること
課題分析等の話し合いであった。セッション3∼7:
が、行動変容に関する現実的な測定方法となる。同時
介入Ⅱは、ビデオ撮影と視聴、そしてシート記入をホ
に、その映像を指導者に提出することは、従来の親支
ームワークとした。また、撮影したビデオと記入済み
援における宿題や記録の提出に代替するものともなる
シートは、郵送で受け取り、セッション事前に評価し
(上野・野呂,2010)。実際に、ビデオを主に用いた介
た。セッションは、ビデオ映像をもとに良かった点と
入は、親支援においても有効な介入方法として実践報
改善点の話し合いであった。
告されているが(Reamer et al., 1998; 財部,2000,
2001; 近藤ら,2009; 上野・野呂,2010)、介入手続き
はそれぞれ異なる。
そこで、本研究では、発達障害のある子どもの親を
対象とし、ビデオ・フィードバックを用いたより簡便
なプログラムを作成・実施することとした。そして、
親の指導行動改善や子どもの行動変容、親子の相互作
用に与える影響について測定し、本プログラムの効果
と問題点について検討することを目的とした。
評価方法
介入場面および般化場面のビデオ映像を評
価した。親の指導行動は、不連続試行法の指導技法で
方 法
ある「弁別刺激」、「プロンプト」、「強化」、「不連続試
参加者 自閉症の特徴がある3歳4ヵ月の男児(以下、
行」について評価基準を設け達成率を測定した。子ど
A児)の母親と、自閉症である6歳3ヵ月の男児(以
もの標的行動は、予め定めた基準により「正反応」、
下、B児)の母親であった。
プログラムの構成
「プロンプト付正反応」、「誤反応」で測定した。また
X年6月から12月にかけて、個別
母親による主観的評価として、子どもの標的行動の達
で1回1時間のセッションを7回と、介入終了から約
成度と母親自身の対応についての満足度をそれぞれ
1∼2ヵ月後にフォローアップ(以下、FU)を実施
100点満点で参加者が報告した。親子の相互作用は、
した(Table1)。セッション1:オリエンテーション
親子の自由遊び場面について、親から子、子から親へ
では、介入場面(標的行動への母親の指導スキルの生
の行動をポジティブ/ネガティブで評価した。質問紙
起場面)と般化場面(標的行動以外の母親の指導スキ
による評価は、セッション1、セッション7、FU時
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
59
に、ベックうつ評価尺度(BDI-Ⅱ)、養育の資源とス
ったわけではない。項目①は、必ずしも強化を効果的
トレスについての質問紙(QRS)、障害児育児ストレ
に機能させるための必要条件ではないのかもしれない
ス認知尺度、親の行動変容法の知識習熟度の評価
が、十分条件であることは間違いなく、その操作が正
(KBPAC短縮版)を実施した。プログラムへの満足度
の強化であることの強力な証拠と考えられる点で重要
は、FU時に自作の満足度アンケートで測定した。
結 果
介入場面における親の指導行動の達成率をFig.3、
Fig.4、子どもの標的行動の正反応率をFig.5、Fig.6、
親子の相互作用の変化をFig.7に示す。
考 察
2組の親子において、母親の指導行動と子どもの標
的行動の改善がみられた。獲得された母親の指導スキ
ルは介入後も維持され、他の場面(般化場面)でも子
どもへ適用されたことが示された。親子の相互作用で
は、ネガティブな働きかけの減少がみられた。また、
ストレスやうつ状態の軽減もみられた。プログラムに
ついては、参加者から肯定的な評価が得られた。しか
しながら、ホームワークの負担が報告されたことから、
参加者にとっての実践可能性により配慮した手続きの
考案が必要であると考えられる。
一方、母親の指導行動では、他の指導技法に比べ
「強化」の、①強化に子どもが喜んでいる、の評価項目
の達成率が低かった。しかしながら、②社会的強化子
の随伴、③即時強化、④強化/非強化の対照、の他の
3項目の達成率の増加に伴い、子どもの標的行動に改
善がみられたことから、母親の「強化」が機能しなか
であろう。
60
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
大学生活および進路選択に対する認知と生起感情との関連
―自罰性・他罰性に着目して―
M410909
はじめに
中川 薫
れか特定の1項目の得点が低く、その他の3項目の得
近年、18歳人口の減少に伴い4年制大学への進学者
点が高い者、②ポジティブ群:いずれの項目において
が増加し、大学は進学志願者すべてが進学可能となる
も得点が平均点より高い者、③ネガティブ群:いずれ
大学全入時代を迎えつつある。では、現代の大学生は、
の項目においても得点が平均点より低い者。分けられ
大学での学業と将来の職業を結び付けて捉えているの
た3群より各5名ずつにインタビュー調査協力への依
だろうか。
頼を行った。
現代の大学生において生活の主要と考えられる領域
(学問の領域、人間関係の領域、趣味・遊びの領域、
2.インタビュー調査
目的
大学生において生活の主要と考えられる領域
社会活動の領域)について、これまでをどう認知し、 (学問の領域、人間関係の領域、趣味・遊びの領域、
どのように感じているか、現状をどう感じているか、
社会活動の領域)に対する認知と生起感情を明らかに
そこから将来的な進路について、どのような認知の仕
する。
方や感情が生じてくるのかということを用いて、現代
方法
の若者の特徴として指摘されている点との関連を考慮
ぞれの領域について「どのように捉えているか」、「行
し検討する。大学生が進路選択において感じる認知と
っているときあるいは携わっているときにはどんな気
生起する感情との関連を、特に精神的健康の指標とし
持ちが強くなるか」、「良かった経験と悪かった経験」
て重要であるうつ状態との関連を考慮しながら考えて
等、いくつかの質問を基盤とした半構造化でのインタ
いきたい。
ビュー調査を実施した。生起感情に関して、発言内容
学業、友人関係、趣味・遊び、社会活動のそれ
から推測される感情をポジティブな感情とネガティブ
方 法
な感情に判定し、感情状態としてはポジティブ、ネガ
1.質問紙調査 ティブ、ニュートラルで評価した。また、各領域(学
目的
業、友人関係、趣味・遊び、社会活動)の状態につい
グルーピングとインタビュー候補者の選定のた
め、質問紙調査を行う
ての帰属が自罰的であるのか他罰的であるのかの判定
方法
も行った。また、質問は現在と過去のそれぞれで行い、
大学生活において主要であると考えられる学
業、友人関係、趣味・遊び、社会活動の4領域におい
回答を求めた。さらに就職活動における、自信の有無
て、多面的感情状態尺度を用いて感情状態を測定した。
や関与の有無などを尋ね、回答を求めた。
尺度の各因子をポジティブな感情とネガティブな感情
結 果
に分類し、ポジティブ因子の合計点とネガティブ因子
の合計点をそれぞれ4つの領域で求め、その平均点を
疑新型うつ群から5名、ポジティブ群から5名、ネ
算出した。平均点の高低により算出し、グルーピング
ガティブ群から1名の計11名に調査協力を得ることが
を行った。
できた。
グルーピング
①疑新型うつ群:学業、進路選択の得
点が低く、友人関係、趣味・遊びの点が高い者といず
1.「学業」領域
現在と過去の帰属のあり方の変化
を比較してみると、疑新型うつ群では現在に比べ過去
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
61
では自罰が少なく、ポジティブ群では自罰が増加して
来仕事というのは、自分の興味や適性に合ったものを
いた。しかし、各群に共通して、帰属のあり方として
選択するように迫られる。実際にキャリアの考え方は
は現在も過去も無罰と感じる人が多かった。
いまだに興味・適性と仕事内容とのマッチングが重視
また、疑新型うつ群はポジティブ群と比べて、現在
される。本来マッチングでは自分がやってみたいと思
の帰属のあり方が自罰的であっても、過去のことに関
った職業を選択したにもかかわらず、それがうまくい
しては同様に自罰というわけではなかった。3群間で
かないという事態になれば、それはもっと自分が努力
大きな相違点はみられなかった。
しないといけないという思いに陥るであろう。しかし
2.「友人関係」領域
生起感情は全体的にポジティ
それでは自尊心を傷つけられてしまうと判断した結
ブなものが多くみられた。いずれの群も過去の帰属の
果、他罰的になってしまう。その結果、新型うつで指
あり方で他罰が多かったことが分かる。3群間で大き
摘されているような特徴がみえてしまうのではないだ
な相違点はみられなかった。
ろうか。本研究の結論として、新型うつの特徴という
3.「趣味・遊び」領域
この領域における帰属のあ
点から分類を行った結果、そのグループの一部に特定
り方に関して、疑新型うつ群内で他罰的に帰属をした
領域での他罰性というものが、インタビューでも得ら
者が複数みられた。それ以外の群では自罰の帰属をし
れたということは、この研究がある程度、新型うつの
ていた。
特徴を捉えていたということでもある。もちろんその
4.「社会活動」領域
疑新型うつ群とネガティブ群
人たちが将来的に新型うつの診断が下されるかどうか
との間に類似点がいくつか見つかった。過去から現在
は分からない。また、新型うつは新しい概念であり、
までを考えたとき、帰属のあり方が他罰的であったの
診断基準等は不十分な段階である。本研究をさらに詳
に対し、将来のことを考えると自信が持てず、抑うつ
細に検討し,新型うつの症状とその原因との関連付け
症状を示していた。
につなげることが必要である。本研究の課題として、
被験者が少なく、3群間に人数のバラつきが生じてい
考 察
たことや、インタビューにおいて客観性が乏しかった
本来趣味や遊びの活動というものは、自分がすべて
という点が挙げられるが、発展的な部分として、なぜ
引き受けていい場面であるにも関わらず、疑新型うつ
自分が好きだと思ったり興味を持ったりしているもの
群のみが他罰的な帰属をする人が出てきたことは大き
に対して、うまくいかないときには他罰的になるのか
な特徴であるといえる。自らの興味や好みに基づいて
については、考察で仮説的検討を行ったものの、実証
主体的に行う活動について、うまくいかない場合には
的に明らかにされたわけではない。今後はそういった
常識的にもっと努力するなどの自罰的な帰属が生じて
点を考慮し、検討する必要がある。
いるはずなのに、疑新型うつ群では他罰的になるとい
う特徴を持つものが含まれていた。そのことについて
仮説として考えられるのは、速水・木野・高木(2004)
の仮想的有能感のようなものを持ち合わせており、そ
れに基づいて興味や趣味をしようと考える一方で、い
ざうまくいかなくなるとそれを自分がもっと努力をす
ればと考えると有能感が傷ついてしまう結果となる。
そのため自分に帰属することが困難となり、他罰的な
感覚を持ってしまうということが考えられるのではな
かろうか。この考え方を職業選択に当てはめると、本
62
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
関係性攻撃に焦点をあてた攻撃行動尺度の作成及び臨床的応用の可能性
M410910
問題
近年、学校現場では不適応行動が問題となって
おり、文部科学省(2008)はネット上のいじめやイン
西村 亮輔
Table 1 関係性攻撃経験を問う尺度の項目および因子負荷量
NO.
項 目
F1
F2
F3
F1:サイバー攻撃・情報操作(α=.93)
ターネット上の掲示板等への書き込みなどが原因で暴
26.
偽のホームページをつくり、
気に入らない人の個
人情報や画像などを掲載した。
1.01
.07
-.30
24.
トイレなどに気に入らない人の住所や電話番号
を書いた。
.87
-.03
-.10
21.
根拠のない悪い噂を流した。
.81
.06
-.13
20.
嫌いな人の悪い噂を先生に流した。
.79
.04
-.05
いじめとして捉えられている部分は関係性攻撃である
29.
スパムメールを知り合いに送ったことがある。
.78
-.14
.09
場合が多い。
27
サイトに本人の望まない画像をのせた。
.74
-.08
.10
25.
その人の信用を落とすようなチェーンメールを流
した。
.74
-.21
.20
33.
コンピュータウイルスを送りつけたことがある。
.72
.09
-.05
の因子のみで構成されている。関係性攻撃には「無視」
19.
嫌いな人が発信源だと嘘をついて、
別の人の悪
い噂をたてる。
.61
.09
.19
と「仲間はずれ」に代表される関係を遮断する攻撃方
30.
裏サイトに悪口を書いたことがある。
.61
.06
.26
13.
怒りを感じた人の悪い噂を流したことがある。
.55
.19
.00
28.
特定のブログを炎上させたことがある。
.49
.03
.16
2.
相手のいないところで悪口を言った。
.08
.92
-.11
6.
気に入らない人がいないところで友人と悪口を
言ったことがある。
.06
.90
-.08
4.
誰かの悪口を本人の知らないところで言った。
-.09
.89
-.02
9.
誰かの陰口を言ったことがある。
-.03
.86
.01
1.
笑って本人の前では接しているが、
その人のい
ないところで悪口を言った。
.06
.84
.00
8.
表では仲良くしていて、
本人のいないところで悪
口を言った。
-.14
.75
.16
3.
嫌いな人と表では仲良くしているが、
その人が
いなくなったら悪口を言った。
.12
.75
.08
5.
陰で気に入らない人をばかにしたことがある。
.00
.66
.16
15.
うざい相手をみんなで無視したことがある。
.12
.02
.74
17.
特定の人が来たら席を立ってその場を離れたこ
とがある。
.
03
-.04
.70
の計26項目の関係性攻撃経験尺度(RAE尺度)を作
12.
みんなで話しているときに、
嫌いな人が来たの
で、
その人が入れないような話しをわざとした。
-.09
.08
.61
成した。この尺度の特徴は、関係性攻撃の下位概念で
16.
何か話しかけても知らない振りをした。
.06
.13
.58
ある間接的攻撃にあたる悪い噂や陰口と従来、名称が
31.
携帯アドレスをかえたとき、
うざい人には伝えなか
った。
-.04
-.06
.54
ついていなかった無視や仲間はずれを分割し、メディ
23.
遊びに行くときに特定の人だけ誘わなかったこと
がある。
-.01
.18
.49
力事件にまで発展した事例を紹介し、ネット上のいじ
めの対応策について提言している。教育場面において、
いじめとして発展した形態が攻撃行動であり、陰湿な
関係性攻撃に関する従来の尺度では大きく分けて、
「無視」,「陰口」,「仲間はずれ」,「悪い噂」の4種類
法と「陰口」と「悪い噂」に代表される「間接的攻撃」
という二側面が混在しており、関係性攻撃の特徴が把
F2:陰口(α=.95)
握しにくい。
研究1
目的
「陰口」と「悪い噂」を中心とした間接的攻撃
と「無視」,「仲間はずれ」を中心とした新たな概念に
分類した尺度の作成を行った。
方法
122項目を大学生に行い、129名を分析対象者と
した。
結果と考察
プロマックス回転、主因子法による因子
分析の結果3因子26項目が抽出された。第1因子は
“サイバー攻撃・情報操作”で12項目、第2因子は
“陰口”で8項目、第3因子は“関係遮断”で6項目
F3:関係遮断(α=.80)
アを用いた攻撃行動を加えた部分である。Cronbach
のα係数はそれぞれ.93,.95,.80であった。因子分析
の結果をTable1に示す。
因子間相関
F1
―
F2
.05
―
F3
.50
.41
―
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
研究2
目的
63
かった。このことから、陰口による攻撃を行う者は感
関係性攻撃の先行研究が十分ではないことを踏
情を抑制していることが示唆された。遮断群において
まえ、RAE尺度を用いて、関係性攻撃の生起に影響
は、共感性の“視点取得”で遮断L群の方が遮断H群
を与える要因として関連が予想される共感性,社会的
よりも有意に高かった。このことから、関係遮断を行
スキル,社会的制御との関係について検討した。
っている者は相手視点で物事を見ずに、自分の立場を
方法
重視するため、自己中心性も高い可能性が示唆された。
大学生129名を分析対象者とした。
結果と考察
“サイバー・情報操作”は社会的スキル
臨床的応用
日比野・吉田(2006)は、怒りの喚起や
の“関係維持”と負の相関があり、“関係維持”でサ
攻撃行動の生起を減少させる方法には限界があり、怒
イバーL群の方がサイバーH群よりも有意に高かった。
り感情を適切に処理する方法や怒りに伴う攻撃的な行
このことから、メディアや噂を用いた攻撃は長期的な
動の抑制を行うための具体的方法の探求の重要性を述
関係の維持を阻害していることが示唆され、“サイバ
べている。そこで、単に怒りを抑制するのではなく、
ー攻撃・情報操作”の得点が高い人はいじめられるリ
自分の怒りについて冷静に見つめなおすことで自己コ
スクが高いことが考えられる“陰口”は社会的スキル
ントロール感を得ることを目的としているアンガー・
の“感情統制”と正の相関があり、“感情統制”で陰
マネイジメントを紹介する。岡山県教育センター
口H群の方が陰口L群よりも有意に高かった。このこ
(2003)は中学校におけるアンガー・マネイジメント
とから、陰口による攻撃を行う者は感情を抑制してい
について独自にプログラムを作成・実施している。そ
ることが示唆された。陰口を行う人は、感情は抑制す
の成果として、感情への興味・関心の高まりや怒り感
るが、被攻撃者の立場に立って物事を判断せずに周囲
情に対する理解が深まったことが挙げられた。一方で、
に表出する傾向が高いことが考えられる。“関係遮断”
怒りへの対処法について理解が不十分な点や時間的制
は共感性の“視点取得”と負の相関があり、“視点取
限が課題となった。
得”で遮断L群の方が遮断H群よりも有意に高かった。
また、Williams & Barlow(2007)は認知行動療法
また、“自己指向的反応”についてH群とL群などで性
に基づくアンガー・コントロール・トレーニングを作
差が見られた。このことから、関係遮断を行っている
成している。この二つのプログラムに共通する要素と
者は相手視点で物事を見ずに、自分の立場を重視する
して、アサーションと感情教育をうまく含んでいるこ
ため、自己中心性も高い可能性が示唆された。“関係
とが挙げられる。感情の分化や感情に対する知識の獲
遮断”を行ってきた人は“陰口”と近い特徴を有して
得等の心理教育と自分の感情を言語化して主張するア
いることが考えられる。しかし、物事を判断しない部
サーションを含んだ介入が関係性攻撃などの攻撃行動
分は共通するが、その後の行動として被攻撃者との関
に対して有効であると考える。また、攻撃行動に関し
わりを避ける傾向が高いことが考えられる。性差と各
て発達障害児・者に対する介入も行われており(福
因子のH/L群を独立変数、各尺度の因子を従属変数と
田・井上,2007;藤野・小倉・中井,2003)、発達障
した2要因分散分析を行った。各下位因子を平均によ
害児・者に対しても宮地・神谷・吉橋・野村・辻井
りH/L群の2群にそれぞれ分け、それぞれサイバー
(2008)や吉橋・宮地・神谷・永田・辻井(2008)の
H/L群、陰口H/L群、遮断H/L群とした。サイバー群
ように感情に関する心理教育とアサーションを含んだ
においては、社会的スキルの“関係維持”でL群の方
介入が重要だと考えられる。さらに、成人に対する感
がH群よりも有意に高かった。このことから、メディ
情コントロールに焦点を当てた介入についても今後、
アや噂を用いた攻撃は長期的な関係の維持を阻害して
吟味していく必要がある。
いることが示唆された。陰口群においては、社会的ス
キルの“感情統制”でH群の方がL群よりも有意に高
64
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
親についての対人態度の認知と、子どもの社会的スキルとの関連性
M410911
野崎 祥世
問題と目的
子どもは親の背中を見て育つという言葉があるよう
方 法
予備調査
既述したように、本研究では大学生を対象
に子どもは親を社会的モデルとし、その行動を観察・
としているため、現在の大学生を対象とした本研究に
モデリングしている。社会的モデルとの接触や交渉に
適用するため新たに項目を追加することを目的とし、
よって、子どもの反応がモデルの反応と類似すること
予備調査を行った。調査対象:岡山県内の私立大学に
は広く知られている。このことから子どもが親の行動
在籍する大学生106名を対象に調査を行った。調査期
を観察することでどのような影響を受けるかは、子ど
間:2010年5月31日。手続き:庄司・小林・鈴木
もが親の行動をどのように認知しているか、というこ
(1989)庄司・小林・鈴木(1990)の先行研究におけ
とが子どもの行動に重要な影響を与えていると考えら
る社会的スキル尺度の選定の方法と同様に質問紙法を
れる。
用いた。
そこで本研究では子どもが認知している親の対人関
質問紙調査
作成した社会的スキルの質問紙を実施
係における社会的スキルが子どもの社会的スキルにど
し、その結果を基に調査協力者をPP(親の社会的ス
のように影響しているかを検討する。すなわち、親が
キルをポジティブ・自分の社会的スキルをポジティブ
子ども自身とは異なる第三者に向けた対人態度におけ
と捉えている)群、PN(親の社会的スキルをポジテ
る社会的スキルを子どもがどのように認知している
ィブ・自分の社会的スキルをネガティブと捉えてい
か、また、認知の仕方の違いが子ども自身の対人態度
る)群、NP(親の社会的スキルをネガティブ・自分
における社会的スキルにどのように関連しているか調
の社会的スキルをポジティブと捉えている)群、NN
査する。
なお先行研究において社会的スキル尺度は児童を対
(親の社会的スキルをネガティブ・自分の社会的スキ
ルをネガティブと捉えている)群の4群に分類した。
象とした項目のもの(庄司・小林・鈴木,1990)と大
その結果を基に各群から2名ずつ抽出し、インタビュ
学生を対象とした項目のもの(庄司,1991)があった
ー調査を依頼した。調査対象:岡山県内の私立大学に
が、本研究では大学生を対象としているため、現在の
在籍する大学生164名(男子98名、女子66名)を対象
大学生を対象とした本研究に適用するため、新たに項
に調査を行った。調査期間:2010年6月28日、2010年
目を追加する必要があった。そこで先行研究の項目作
7月2日。手続き:作成した質問紙を用い、①自分自
成の手法にならい、「友だちから、どんな時に、どん
身の社会的スキル、②自分が認知している親の社会的
なことをされると嬉しいと感じますか?」「友だちか
スキル、③KiSS−18(菊池,1988)の項目に回答し
ら、どんな時に、どんなことをされると嫌だと感じま
てもらった。調査時間は約20分であった。
すか?」という2項目で自由記述の質問紙を行い、先
インタビュー調査
行研究の項目と重複しない項目を抽出し、新たな社会
対象者を4群(PP、PN、NP、NN)に分類し、各群
的スキル尺度として使用した。
から対象を抽出しインタビュー調査を行った。調査期
調査対象:質問紙の結果から調査
間:2010年9月17日∼2010年11月26日。手続き:イン
タビュー調査は半構造化面接法を用い、その回答の内
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
65
容によって適宜質問を追加し、ある程度の自由度を持
ていても、全て反面教師的にモデリングされることは
たせることにより調査協力者の語りを引き出すように
ないともいえる。親の社会的スキルを良くないと認知
した。調査時間は約30分であった。
していてもそれが自分の社会的スキルに反映されてい
インタビュー調査による対象者の分類はTable.1に示
ることも具体的に見られた。これは今回の調査では明
す。
確には出てこなかったが、子どもは親の対人態度を両
価的に見ることが出来ていることがわかる。また、本
Table 1 4群の分類の詳細
PP
Cさん
Hさん
PN
Bさん
Gさん
NP
Aさん
Dさん
NN
Eさん
Fさん
研究ではインタビュー調査協力者は全員が母から影響
を受けたと回答をしたことから、子どもは母親からの
影響を受けやすいことが考えられた。基本的に母のこ
結 果
親の社会的スキル得点の平均は58.63(SD=10.90)、
とをポジティブに捉えているため、漠然とした質問で
はポジティブな回答が想起されやすいと考えられる。
自分の社会的スキル得点の平均は60.41(SD=11.43、
しかしながら、ネガティブなことも想起できるという
KiSS-18の得点の平均は55.86(SD=11.92)であった。
普遍的な両価的感情が内在していることがわかる。以
結果の評価(P、N、Neutral)の違いによる分布:
上のことから、親の社会的スキルをどのように認知す
全体的な結果として、PP群は他の群に比べると基本
るかは、親をモデリングする際の子どもとの関係性と
的にポジティブな回答が多いことが目に付く。PP群
いう要因の一つに過ぎないということが言える。
はどの質問に対しても比較的ポジティブな回答をして
いる。
本研究においては、協力者自身の社会的スキルはも
ちろん、親の社会的スキルについても子ども自身が行
時期について質問の回答における分析:インタビュ
う他者評価という評定であった。更に親への対人態度
ー項目ごとの回答には明確な規則性はなかったが、
の認知が子どもの社会的スキルに影響を与えているか
NN群とDさん(NP)を除くその他の群については、
ということだけではなく、親子の性差による違い、子
はじめに親の対人態度を気にするようになり、次に自
ども自身の気質やパーソナリティによる影響のされ方
分の対人態度を気にするようになる、その後に親から
などの因果関係を明らかに出来ていない。また、親か
の影響を意識する、若しくは同時期に起こっていた。
らの影響だけでなく、学校や仲間などからの影響が社
具体的な回答における分析:他者に対して積極的に
会的スキルを獲得していく中でどのような影響を与え
関わるということはポジティブに捉えられやすく、良
ているかということも考慮すべきである。本研究は回
いと認知していることはモデリングされやすい。
顧的研究であるため、断続的に子どもが親の対人態度
をどのように認知し取り込んでいくかということも考
考 察
えなくてはならない。また、小学生くらいの自己中心
子どもが親の社会的スキルをポジティブに認知して
的な視点が強い時期の親に対する見方から、どのよう
いても、子どもの社会的スキルに親の社会的スキルが
な変化が見られるのかということについても研究の余
そのままモデリングされることはないといえる。親の
地があると考えられる。
社会的スキルを良いとしながら、親に比べると自分は
出来ていないと感じたり、自分には必要のないスキル
であると意識的に取捨選択するということも考えられ
る。これについては、親と比べて出来ていない自分に
対しての防衛機制であるという可能性も十分に考えら
れる。また、親の社会的スキルをネガティブに認知し
66
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
母子生活支援施設における職員−利用者間の相互作用改善の試み
―「ほめスタンプラリー」を使用して―
M410912
問題と目的
馬田 夕貴
ほめ行動に与える効果を検討することを目的とした。
母子生活支援施設は、児童福祉法によって規定され
方 法
た児童福祉施設である。その役割と機能は、母子の保
護および自立支援である。そして入居理由は、夫など
対象者 施設に入居する児童4名と職員7名。
の暴力がほぼ半数と最も多い。
標的行動
下村・日下部(2008)は、母子生活支援施設に入居
①18時または17時になったら遊びをやめ
る、②18時または17時になったら自室に戻る、③11時
する子どもは、認められる、ほめられるという経験が
45分になったら掃除を始める(土曜のみ)
。
少ないことを指摘している。また、加藤(2008)は、
研究計画 行動間多層ベースラインを用いた。
DV環境等において子育てをしてきた母親たちは、ま
ベースライン期
ず自分を守ることが最優先で、子どもと向き合うこと
または筆者が記録シートに記録した(介入後も継続)
。
ができていない人が多いことを指摘している。ほめる
介入1期(「ほめスタンプラリー」開始)標的行動①
ことの効果としては、ほめられた側の有能感が高まる
が生起した場合に、職員または筆者がそのことを「ほ
ことや、全体的な能力や人格よりも、具体的な行動を
めスタンプラリー」に記入した。その他、標的行動以
ほめるのがよいことが知られている(桜井,1984; 1991
外の対象児の良い行動が生起した場合も同様に記入し
など)。武蔵・高畑(2003)は、「ほめたよ日記」とい
た。介入2期
う支援ツールを用いるとともに、対象児の担任教師が
が生起した場合も、その内容を「ほめスタンプラリー」
対象生徒の問題行動に極力注目しないことにより、対
に記入した。介入3期
象生徒の問題行動の改善を図った。そして「ほめたよ
加えて、標的行動#が生起した場合も、その内容を
日記」が、対象生徒の自己を統制する力を高めたとし
「ほめスタンプラリー」に記入した。職員のほめ行動
ている。しかしながら、「ほめたよ日記」は、対象生
スタンプラリーへの記入も含め、1日に何回くらい子
徒だけではなく、保護者、先生の「ほめる行動」の弁
どもをほめたかを記入する欄を記録シートに設け、職
別刺激になっていたとも考えられる。
員に記入を依頼した。
これらのことから、母子生活支援施設に入居する子
スタンプ
対象児の標的行動の生起時間を職員
介入1期の内容に加えて、標的行動②
介入1期と介入2期の内容に
職員が押す他者確認手続きと、各対象児が
どもの「ほめられる機会」を増やすことは、子どもが
押す自己確認手続きの2パターンが、ランダムに実行
自分の行動を統制するという点と、ほめる側の「ほめ
された。Table1に、介入1∼3におけるスタンプ獲
る行動」を増やすという点で重要であると考えられる。
得の対象となる行動を示す。
しかしながら、母子生活支援施設で働く職員は、日々
結 果
の業務をこなしながら入居者と関わるという点で、ほ
めることに時間的な限界があることが予想される。そ
標的行動
こで、本研究では母子生活支援施設において、職員の
移について、A児が0.1分から1.1分に増加し、B児が3.0
勤務・支援形態を考慮した「ほめスタンプラリー」を
分から1.7分、C児が3.4分から1.96分、D児が4.5分から
導入し、入居する子どもの時間遵守行動および職員の
1.73分に減少した。介入2期では、A児が1.2分から3.5
ベースライン期と介入1期の超過時間の推
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
67
分に増加し、B児が16.6分から5.4分、C児が16.1分から
事前に職員に説明する機会を設ける必要があろう。ま
7.2分、D児が15.5分から6.5分に減少した。介入3期は
た、職員のほめ行動、記録行動に対して随時にコメン
累積生起数が、A児が2回、B児が9回、C児が9回、
トするなど、その強化を試みる、標的行動の変化をグ
D児が8回生起した。A児は、介入3期の途中で退所
ラフ化してフィードバックするなどの対策が有効であ
したため、介入3期の標的行動の累積生起数が、他児
ると考えられる。
より少なくなった。
記録行動
Table 1 スタンプの対象となる行動
職員における、記録シートへの記録行動の
推移をFigure1に示した。その結果、ベースライン期
介入1 介入2 介入3
・18(17)時に遊びをやめる(1個)
○
○
○
では最高11回、介入1期では最高8回、介入2期では
・18(17)時に自室に戻る(1個)
×
○
○
最高2回、介入3期では最高3.5回の記録行動が生起
・11時45分に掃除を始める(1個)
×
×
○
・良い行動(子どもの自己申告:1日最大3個) ○
○
○
し、介入が進むにつれて減少した。
・良い行動(職員による申告:1日最大3個)
○
○
○
職員のほめ行動
・良い行動(母親による申告)
○
○
○
・掃除をする(1個:介入3より2個)
○
○
○
・勉強する(1個)
○
○
○
職員のほめ回数得点の平均値の推移
をFigure2に示した。ほめ回数得点は0∼5回を1点、
5∼10回を2点、10∼15回を3点、15回∼20回を4点、
20回∼25回を5点、25回以上を6点として算出した。
BL
1
その結果、ベースライン期では最高4.5点であったの
が、介入1期では8点、介入2期では7点、介入3期
考 察
0526
0531
0607
0614
0621
0628
0705
0712
0719
0726
0802
0809
0814
0816
0823
0830
0906
0913
0920
0927
1004
1011
1018
1025
1101
では8点に増加した。
「ほめスタンプラリー」の導入によって、対象児の
Figure 1 職員の記録行動の推移
時間遵守行動はほぼ改善された。武蔵・高畑(2003)
では、対象児の担任が問題行動に極力注目しないとい
BL
う対応もとっていたが、本研究では、そのようなこと
1
がなくても問題行動が減少した。また、「ほめスタン
プラリー」の導入により、職員のほめ行動も促進され
の母親から子どもの話が聞かれたり、対象児が自分や
0526
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1101
た。また、「ほめスタンプラリー」実施後に、対象児
家の話を頻繁にするようになったりしたとのエピソー
ドが報告された。こうした対象児の自発行動の増加は、
武蔵・高畑(2003)とも一致する。
課題として、①「スタンプやご褒美を目的に対象児
が行動していた」との指摘が職員よりなされたこと、
②ポイントの配給数に職員間で大きく差があったこ
と、③記録行動の減少、などが挙げられた。
良い行動が、当初は外的強化子によって維持された
としても、やがては達成感や行動自体に内在する刺激
によって維持されるようになると予測されることを、
Figure 2 職員のほめ回数得点の推移
68
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
高齢者ケアにおけるぬり絵活動の活用の試み
―視覚構成能力に着目して―
M410913
はじめに
認知症は、後天的に生じる慢性・進行性の病態であ
り、記憶障害に加えて、失語、失行、失認または実行
松原 未歌
したため、対象者をランダム化できなかった。群分け
をこのように行なったのは、デイケアの運営上、対象
者の不公平感や不満を引き起こさないためである。
機能の障害が持続するために社会的機能の低下が生じ
る状態である。認知症と正常の境界状態として軽度認
Table 1 対象者の検査結果と分類
群
知障害(Mild cognitive impairment、以下MCI)が臨
床的にも研究上でも注目されている。高齢者では、身
人数
健常高齢者群
3
MCI高齢者群
2
健常高齢者群
2
MCI高齢者群
3
実験群
体的機能、認知機能、心理的機能がさまざまな程度に
低下し、それらが相互に影響することで、社会的機能
統制群
が低下する。つまり、高齢者において、様々な機能を
性別
男性0名
女性3名
男性1名
女性1名
男性1名
女性2名
男性0名
女性3名
年齢
MMSE得点平均 CDR評価
86.66
29.66
0
74
22
0.5
81
27.66
0
85.33
16
0.5
維持することは、社会的機能の維持に重要である。そ
こで、身体的リハビリテーション、認知リハビリテー
選別 2010年7月に対象者をMini-mental State Exami
ション、心理療法の芸術療法的要素を持つぬり絵活動
nation(以下、MMSE)と臨床認知症尺度(Clinical
に着目した。高齢者ケアには長期的な継続が必要であ
Dementia Rating、以下CDR)を用いて評価した。
り、「試験」や「訓練」的な要素を含むものは継続性
MMSE24点以上でCDR 0を健常高齢者、MMSE20点
に問題があるが、ぬり絵は「遊び」の要素が強いため
以上でCDR 0.5、さらに臨床的にMCIの診断基準を満
長期の継続が期待できるという利点もある。視覚構成
たすものをMCI高齢者とした。
能力は「視覚機能を用い、対象を適切に把握し、適切
実施時期
に認知するのみならず、行為として表現できる能力」
週1回計9セッション行った。
で、模写と自発描画の要素を含むぬり絵活動には視覚
プログラム内容
構成能力が関与すると考えられる。
教室と自宅で最大3枚のぬり絵を行う宿題の2つで構
2010年8月中旬から11月中旬の3ヶ月間、
デイケアの自由時間内に行うぬり絵
成した。逐次インタビューを行い、ぬり絵教室の感想
目 的
上記の観点から、健常およびMCI高齢者の2群にリ
や自宅での宿題の際の様子について聴取した。
研究スケジュール
ぬり絵プログラム実施前(プレテ
ハビリテーションの一環としてぬり絵活動を行い、若
スト)と約3ヶ月間のプログラムの終了後(ポストテ
森(2009)のぬり絵活動の効果における認知リハビリテ
スト)に評価を行った。統制群では、実験群と同一時
ーション的要素を視覚構成能力の観点から検討する。
期にプレテスト、ポストテストを実施し、実験群のプ
ログラム実施中は通常のデイケア活動を行った。
方 法
対象者
岡山県内の病院に併設するデイケアセンター
に通所している高齢者10名(Table1)。
群分けはこのプログラムへの参加希望の有無で決定
評価
認知機能の評価にはMMSE、心理、意欲面の
評価には、標準意欲評価法(Clinical Assessment for
Spontaneity、以下CAS)、SF-8、視覚構成能力の評価
には時計描画テスト(Clock draw test、以下CDT)
吉備国際大学大学院臨床心理学研究科2010年度修士論文要旨
69
と日本版WAIS-」成人知能検査法(Wechsler Adult
相関
Intelligence Scale−Third Edition、以下WASI-Ⅲ)積
ケールの検査間で相関関係を検討した結果、プレテス
木模様課題、ぬり絵の評価には、塗り絵評価スケール
トにおけるMMSEと積木模様との間に正の相関がみら
を用いた。また、CDTにおいては、一致率の算出によ
れた。CDT、WAIS-Ⅲ積木模様課題、塗り絵評価スケ
ってデータの信頼性の確認を行った。一致率の算出方
ールでは、どの検査間でも相関が認められなかった。
CDT、WAIS-Ⅲ積木模様課題、塗り絵評価ス
法は、一致率=[(一致数)/(一致数+不一致数)]×100
考 察
で行い、一致率は94.6%であった。
本研究の目的は、「ぬり絵活動が認知リハビリテー
結 果
ションの要素を持ちかつ、視覚構成能力への影響を及
プログラム実施前後の実験群の変化を検討するため
ぼしている可能性がある」という仮説を検証すること
1要因分散分析を、プログラムの効果を検討するため
であった。この目的で、健常およびMCI高齢者を対象
に実験群と統制群のプレテストとポストテストにおい
に、ぬり絵プログラム実施前後に、認知機能検査の
て2要因分散分析を行った結果、統計学的有意差は得
MMSE、心理機能検査のCASおよびSF-8、視覚構成
られなかったが、以下の結果が得られた。
能力検査のCDT およびWAIS-」積木模様課題を行い、
MMSE
統制群と比較したが、両群間に統計学的有意差はみら
実験MCI群において、得点の上昇があり、
統制MCI群ではそれが見られなかった。
れなかった。しかし、MMSEでは実験MCI群で得点
CAS
の上昇がみられ、心理機能検査では、CASで実験健常
実験健常群と実験MCI群において、CAS得点
はともに低下した。
群と実験MCI群のCAS得点はともに低下したことか
SF-8
ら、実験群で意欲の上昇がみられた。また、SF-8でも
実験健常群では「身体機能」、「日常役割機能
(身体)
」
、
「身体の痛み」
、
「身体的サマリースコア」が、 「日常役割機能(身体)」、「身体の痛み」、「社会生活機
統制健常群では「活力」「社会生活機能」「心の健康」
能」、「日常役割機能(精神)」、「心の健康」、「身体的
「精神的サマリースコア」でQOLが上昇した。実験
サマリースコア」の項目で実験群で得点の向上がみら
MCI群では「身体の痛み」、「社会生活機能」、「心の健
れた。若森(2009)はMCI高齢者や健常高齢者におい
康」、「日常役割機能(精神)」、「身体的サマリースコ
て「ぬり絵」活動を実施することで、心理機能である
ア」が、統制MCI群では「全体的健康感」
、
「心の健康」
意欲や自発性を向上させることができると論じてお
でQOLが上昇した。また、実験MCI群と統制MCI群
り、本研究では対象者数が少ないため、統計学的有意
を比較すると統制MCI群で低下している項目が多い。
差は証明できなかったが、同様の傾向が示された。
CDT・WAIS-Ⅲ積木模様課題
CDTでは、実験健常
視覚構成能力検査として用いたCDTでは実験群全
群と実験MCI群のCDT評価得点はともに上昇した。
体で、WAIS-Ⅲ積木模様課題では実験健常群のみに評
WAIS-」積木模様課題では、実験群全体では評価点が
価点の上昇がみられた。以上の結果から、ぬり絵活動
上昇し、群別にみると実験健常群では評価点が上昇し、
は従来の研究結果と同様、認知リハビリテーションと
実験MCI群では上昇はみられなかった。
して有用である可能性が示されたとともに、その一要
塗り絵評価スケール
因として、視覚構成能力が関与している可能性が示唆
作業環境の調整やぬる作業に関
する助言を各対象者に行うことで、ぬる面積が増加し、
ぬりのはみ出しがなくなり、色づかいにおいて推奨色
を用いる部分が増え作品の印象が良好になり、参加者
全体の評価点の総合得点と平均点が上昇した。
知能検査・視覚構成能力検査・塗り絵評価スケールの
された。
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