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2015年度 博士学位論文審査資料

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2015年度 博士学位論文審査資料
2015年度
No.1
提出期限:2015年12月10日(木)17:00厳守
日本言語文化
氏名
専攻
論 文 題 目
要
博士学位論文審査資料
中尾
莉奈
学生
番号
G13213
『豊饒の海』論
―三島由紀夫による「世界解釈」の視点―
旨 ( 2 0 0 0 字 ) 学 生 が 記 入 ( ワ ー プ ロ で 清 書 し て く だ さ い 。)
三 島 由 紀 夫 の 『 豊 饒 の 海 』 は 、「 春 の 雪 」「 奔 馬 」「 暁 の 寺 」「 天 人 五 衰 」 の 四 巻 か
ら な る 長 編 小 説 だ 。『 豊 饒 の 海 』 は 、 そ の 経 緯 や 内 容 か ら 三 島 の 死 と 関 連 付 け て 論
じられてきた。
本 論 で は 、 発 表 当 時 、 三 島 が 「『 豊 饒 の 海 』 に つ い て 」( 初 出
毎日新聞一九六九
年二月二十六日)において『豊饒の海』を「世界解釈の小説」と評したことから、
三島が『豊饒の海』で行った「世界解釈」の方法及び、その結果について明らか
にしていくことを目的とした。
第 一 章 で は 、「 春 の 雪 」 を 中 心 に 嘘 を 核 と し た 作 品 構 造 と 題 し 論 じ た 。
嘘 を 核 と し た 作 品 構 造 と は 、清 顕 と 聡 子 を は じ め と す る 登 場 人 物 が 嘘 を つ く こ と
で展開する小説であったことから定義した。
ま た 、嘘 は 女 性 優 位 の 象 徴 で あ っ た 。 そ れ は 、作 中 の 嘘 が 女 性 主 導 で つ か れ る 上
に 、女 性 の 手 に よ っ て 暴 か れ て い る か ら だ 。こ の 嘘 に よ る 女 性 優 位 の 構 図 は 以 降 に
も引き継がれている。
嘘を核とした作品構造によって、輪廻転生という全巻を貫流するモチーフの提
示 、輪 廻 転 生 に よ っ て 物 語 を 繋 ぐ た め に 必 要 な 観 察 者 本 多 を 生 み 出 し た 。こ れ ら は 、
『豊饒の海』全巻を繋ぐ役割を担っており、輪廻転生が起こっていない「春の雪」
において、嘘が重要なモチーフであることが明らかになった。
第 二 章 で は 、「 奔 馬 」 の 主 題 が 純 粋 を 貫 く た め の 死 で あ っ た と 結 論 づ け た 。 こ こ
で の 死 と は 、「 自 刃 」 だ 。 何 故 、「 自 刃 」 が 純 粋 を 貫 く た め の 行 為 と な り え る の か 。
そ れ は 、勲 が 周 り の 人 物 た ち と の 繋 が り に よ り 、彼 の 純 粋 が 汚 さ れ る 可 能 性 が 高 く 、
純 粋 に 生 き る と い う こ と が 困 難 な 状 況 に あ る か ら だ 。勲 が 純 粋 な ま ま で い る た め に
は 他 者 と 隔 絶 し た 孤 独 に 身 を 置 く 必 要 が あ っ た 。 そ れ が 、 究 極 の 孤 独 、「 自 刃 」 だ
った。
第 一 章 で も 取 り 上 げ た 嘘 の 問 題 は 、槙 子 が 勲 の 計 画 に つ い て 隠 す と い う 嘘 を 見 抜
き 、嘘 の 証 言 の た め に 入 念 な 準 備 を し た 姿 に 聡 子 と 同 じ 嘘 を 見 抜 く 女 、嘘 に よ っ て
優位に立つ女だと結論付けた。
「 春 の 雪 」を 経 て 輪 廻 転 生 の 観 察 者 と な っ た 本 多 は 、 勲 に 対 し 、 清 顕 と 共 に 居 た
時 と 同 様 、彼 を 救 う 弁 護 人 と な っ た 。 清 顕 と 勲 、 二 人 に 対 し て 同 様 の 態 度 を 見 せ る
No.2
氏名:中尾
莉奈
学 生 番 号 : G13213
という態度を持って、勲が清顕の生まれ変わりであると本多は証明した。このよう
に、本多は輪廻転生の証明者の役割を得た。
第 三 章 で は 、「 暁 の 寺 」 を 中 心 に 論 じ た 。『 豊 饒 の 海 』 に お け る 法 、 唯 識 や 阿 頼 耶
識といった要素が前面に押し出されたことに着目し、法をその身に宿すジン・ジャ
ンを法の受肉者、法を模倣する本多を法の模倣者と定義した。二人の関係を整理す
ることで、唯識や阿頼耶識という法の出現の過程を明らかにした。
「暁の寺」では、本多に認識と行為の矛盾が生じた。本多は、見るという行為に
「情熱」を宿したことで「覗見」を行った。それと同時にジン・ジャンに「恋」を
するなど、二律背反の欲求を満たそうとする矛盾。法の模倣者と定義した根拠は、
この矛盾が法の連続性の希薄さと通ずるものがありながら、決して法そのものを体
現していないからだ。
嘘が象徴する女性の優位性は、慶子がジン・ジャンと信頼関係を結び彼女の秘密
を本多より先に知ったことを隠す嘘によって示された。
第 四 章 で は 、「 天 人 五 衰 」 を 中 心 に 論 じ た 。 中 で も 本 多 と 透 の 自 意 識 に 注 目 し た 。
本 多 は 、 門 跡 ( 聡 子 ) に よ り 、「 運 命 」 を 人 が 認 識 す る と い う 行 為 を 否 定 さ れ た 。 一
方 透 に つ い て は 、透 と 他 者 と の 関 係 を 考 察 す る こ と で 、彼 の 複 雑 さ を 明 ら か に し た 。
嘘による女性優位の構図は、慶子が透に転生者の「贋物」であると本人に伝える
ことで現れた。慶子の嘘の誘いに透が応じたことで「天使殺し」が起こり、嘘が引
き起こす事柄が女性主導であることからも窺えた。
第 五 章 で は 、第 四 章 で 示 し た 透 の 複 雑 性 の 理 由 を 明 ら か に す る と 共 に 、
『豊饒の海』
全体を総括するような視点で論じた。
透 の 複 雑 性 は 、前 三 作 で は 別 々 に 付 与 さ れ て い た 役 割 を 一 手 に 引 き 受 け る こ と で 、
複雑かつ矛盾を孕む存在となったことで生じたと結論づけた。
最 後 に 、『 豊 饒 の 海 』 で 行 わ れ た 「 世 界 解 釈 」 の 視 点 を 明 ら か に し た 。 清 顕 を 起 点
と し た 輪 廻 転 生 。ジ ン・ジ ャ ン が 示 し た 唯 識 、阿 頼 耶 識 と い う 法 。
「 春 の 雪 」か ら「 天
人五衰」までに流れた時間。本多と聡子の対比による世界の違い。この四つの視点
は、
「 天 人 五 衰 」の 本 多 と 門 跡 に 収 束 さ れ た 。老 い の 醜 さ を 持 つ 本 多 と「 老 ひ の 美 し
さ」を持つ門跡との対比である。この対比は、門跡に「老いの美しさ」という三島
の理想を付与し、老いの醜さという三島の憎むものの敗北という形で、三島由紀夫
の 望 む 世 界 を 浮 き 彫 り に し た 。 つ ま り 、『 豊 饒 の 海 』 に お い て 解 釈 さ れ た 世 界 と は 、
三島の理想世界であった。そして、解釈された三島の理想世界は、三島の憎むもの
の敗北、理想の勝利で幕を閉じたと結論づけた。
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