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「適合性の原則」 を巡って

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「適合性の原則」 を巡って
「適合性の原則」を巡って
-その諸相、生命保険契約の場合-
村田 敏一
(日本生命保険相互会社)
一.はじめに-問題の所在と本稿の射程
二.金融審議会等における議論に即しながら
三.我が国実定法令に見る適合性原則
四.適合性原則の諸相(概念整理)
五.生命保険契約の特質と適合性原則
-.はじめに一間題の所在と本稿の射程
金融・保険法制における「適合性の原則」 (適合性原則)とは、一般
に「業者が利用者の知識・経験、財産力、投資目的等に適合した形で
勧誘(あるいは販売)を行わなければならないというルール」 (「広義
の適合性原則」)あるいは「ある特定の利用者に対してはどんなに説明
を尽くしても一定の商品の販売・勧誘を行ってはならないルール」 (「狭
義の適合性原則」)とされる1)。少なくとも「広義の適合性原則」につ
-153-
「適合性の原則」を巡って
きそれが販売倫理あるいは販売姿勢の次元で存在することを疑う向き
は一保険あるいは生命保険の領域も含め-おそらく無いであろう。し
かし、この原則を一度、法的な次元で、即ち一定の要件、効果をある
いは権利、義務関係を伴うものとして把えるとき、議論の様相は一変
し、あたかも迷宮の中に迷い込んだかのような風景が現出することと
ma
その一方で、近時の「投資サービス法」構想をはじめとする金融・
保険法制の見直しの動きの中で、適合性原則に-そのことの当否はさ
ておくとして一相当大きな光が当てられていることも否定し得べくも
ない事実である.平成17年12月22日の金融審議会金融分科会第一部会
報告「投資サービス法(仮称)に向けて」の中では、 「投資サービス業
(仮称)」の行為規制としての適合性原則につき、これを事前説明義務
と並ぶ利用者保護のための販売・勧誘に関するルールの柱となるべき
原則と位置付ける中、その強化(考慮要素の追加)と投資サービス業
-の横断的適用の方向性が謳われている2)。もっとも同報告に基づけ
ば、 「投資サービス法(仮称)」の販売・勧誘ルールの及ぶ対象範囲は
保険領域については「投資性」が強い商品としての変額保険・年金や
外貨建て保険に限定され、保険業法において免許制などのより高度の
業規制が課されていることも相侯って、前記以外の一般の保険につい
ては-当然のことではあるが-新法の規律の外に置く方向性が示され
ている。従ってこれに則った立法がなされた場合、変額保険・年金等
以外の大部分の(生命)保険については、直接的には適合性原則の強
化、横断化の影響を被らない訳であるが、やはり、少なくとも投資性
の強くはない一般の保険商品については「投資サービス業」同等の当
該規制(ルール)を及ぼす必要がない点につき保険の商品特性に照し
た合理的根拠付けが求められるであろうという意味において一定の間
-154-
「適合性の原則」を巡って
接的影響は免れないものとも言えよう。こうした金融審議会を舞台と
する検討に雁行し、保険商品に的を絞った検討もまた当局(金融庁)
サイドで進められている。すなわち、平成17年4月より金融庁監督局
保険課において開催されている「保険商品の販売勧誘のあり方に関す
る検討チーム」では、同年7月8日、保険商品の販売・勧誘時におけ
る情報提供のあり方につき「中間論点整理」を取りまとめ公表した後、
同年9月7日開催の第9回会合以降その検討テーマを「保険契約にお
ける適合性原則の遵守について」に移行させ議論が継続されていると
ころであるが、逐次、金融庁のホームページで公開されている同検討
チームの議事要旨を見る限り活発な議論が展開されている一方で、本
稿脱稿時点(平成18年1月末)において委員間の意見の相違が収飯を
見せる状況には至っていないものと認識される3)0
何故、このように販売・勧誘ルールの中にあってもこと適合性原則
については見解が複雑に対立し、容易に意見の一致が見出せないのだ
ろうか。このことは同じく販売・勧誘ルールの大きな柱とされる販売
業者の説明義務の法的あり方についての議論が-もちろんその細部に
亘っては見解の隔たりを内包させつつも-一定程度のコンセンサスを
得てきた事実と対比する時、一層際立っものと言えよう。この点に関
しあえて誤解を恐れず筆者の印象を述べるならば、まず第一には「適
合性原則」の名辞の下に過去、講学上議論され、また一部実定法令化
され、あるいは一部の判例法理に摂取されてきたものが相当程度その
内容において幅のある、多様な法的機能、態様の事象を包合してきた
ことに起因する理解の困難さである。そして第二にはそのことと表裏
の関係を成す訳であるが、論者によって適合性原則に求め、期待する
水準に相当の懸隔が生じているため、ややもすると議論が噛み合わず
単なる平行線を辿る傾向にある点である。要するに従来、適合性原則
-155-
「適合性の原則」を巡って
の名で総称されている諸事象につき関連・周辺事象との関係整理を行
う中で再度、明確な概念整理が行われる必要性が痛感される訳である0
適合性原則の概念を法的に純化させていった時、そこにはパターナ
リスティックなその本質が立ち現れてくる。この事は説明義務との対
比において鮮明化される。 「-・適合性原則はいわば説明義務が尽きたと
ころで始まるのだ・-」というのは川浜教授の至言であるが4)。説明義
務の本質が、事業者(売り手)と消費者の情報等格差の解消によって
消費者の自己決定権を実質化させ、その基盤の整備を図る点に、すな
わち消費者の自己責任原則(買い主注意せよ。)を実質的に担保する点
に、一般的な存在意義が見出される一方で、適合性原則はいかに十分
な説明が尽くされ当事者がその商品のリスク特性等を十分に認識しそ
の商品購入に納得したとしてもなお、一定領域(当該消費者の属性と
商品のリスクの程度等のマトリックスの中で決定される。)について契
約締結を認めないという点でむしろ自己決定原則を侵害する憤れすら
その本質に内在させている事に注意を払うべきであろう5)。勿論、こ
うした適合性原則の本質につき自己決定原則-の背馳性を見出す見解、
すなわち説明義務と適合性原則を原理的に対虎的なものとして把握す
る考え方に対しては幾多の異論、反論が生じ得よう。例えば説明義務・
情報提供義務と適合性原則を共に「自己決定原則の機能不全と、それ
に対処するための法技術」として統一の場で抱え、前者を「自己決定
原則の機能回復に向けられた原理に支配されている。」とし、後者を「自
己決定原則の妥当額域からの排除の原理に支配されている。」とし、さ
らに後者につき二つの領域(財産権保護型投資者保護秩序と生存権保
障型投資者保護秩序)を弁別する見解が主張される6)。一定の属性の
消費者に対しては不適合な商品はいくら相手方が求めても販売しては
ならないという規制は、その領域ではそもそも自己決定原則は機能し
-156-
「適合性の原則」を巡って
得ないものとして自己決定原則が機能する場から排除する事により逆
に実質的に自己決定原則を擁護するというロジックであろうが、こう
した説明はいかにも技巧的であり、結局のところ説明義務と適合性原
則は自己決定原則を軸として対立関係にある原理であるということを
単に言い換えているに過ぎないようにも思われる。
さて、こうした適合性原則を巡る原理的ないわば大上段に構えた議
論の他に、とりわけ広義の適合性原則につきより実務的、プラグマテ
ィックな議論が展開されてきたことは事実である。その次元にあって
はどの程度の情報収集を行い(knowyour customer)、それに基づきい
かなる商品を当該顧客に対して適合的として販売していくかというま
さしく実務プロセスの構築が課題となり得る訳であるが、その際には、
とりわけ生命保険商品の特性を踏まえた議論が必須と考えられる。そ
して、また実務構築に当っては徒らに煩墳な設計を行うことが本当に
消費者利益に繋がるのか、コストの一般的な上昇を通じて少額の契約
を排除する事に結びつかないのか、通常の販売プロセスの中で不適合
な需要が渡過される仕組みが既にビルト・インされているのであるな
らばあえて別途の実務構築を行う必然性はあるのかといった視点での
検証が必要と考えられよう。本稿の構成であるが、第二章では過去、
金融審議会等の場で適合性原則につきどのような議論が展開されてき
たのか、若干の批判的視点も交えながら概観し、本稿の導入部分とし
たい。第三章では証券取引法をはじめとする我が国の金融・保険関係
実定法令における適合性原則の規定ぶりとその解釈につき確認する。
第四章では適合性原則の呼称のもと総称されてきた諸概念につき例え
ば狭義と広義、法的効果(民事効の有無等)、行為規制か体制整備等義
務かといった幾つかの観点から類別しその多様な諸相につき考察する0
そして最後に第五章では生命保険法制の特質との関係で固有の適合性
-157
「適合性の原則」を巡って
原則が機能する余地が極めて限定される点を明らかにしたいo このよ
うに本稿は我が国の実定法令を基礎に適合性原則の法的本質を考察す
る事に主眼を置くものであり、実務的見地からの提言はその射程に含
まない。また判例分析や諸外国法制との比較についても、必要最少限
の範囲でしか行わなかった点、予めお断りしておきたい7)0
注1)金融審議会第-部会「中間整理(第一次)」平成11年7月6日、PP.17-18。
の定義による。
2) 金融審議会金融分科会第一部会報告「投資サービス法(仮称)に向け
て」平成17年12月22日、 P.14。
3) 同検討チームの位置付けは金融庁監督局長の私的研究会であるO第1
回(平成17年4月1日開催)の議事要旨によれば検討論点は大きく3つ
のテーマ(①募集時における説明等のあり方、 ②保険契約における適合
性原則の遵守、③公正な競争を促す比較広告の容認)に分類されている。
この中で②の適合性原則関連については小項目として i)社内規則等
の体制整備は十分機能しているか、の適合性原則の遵守の実効性を担
保するための何らかの方策が必要か。が挙げられており、この論点を見
る限り、同原則の実定法令上の存在を前提にそのエンフォースメントの
あり方につき検討する事が少なくとも当初は意図されていたことが窺
える。
4) 州浜 昇「ワラント勧誘における証券会社の説明義務」 『民商法雑誌』
113巻5 ・ 6号、 1996年、 P.168。
5) 川浜教授は「適合性原則は厳格に適用すると自己責任原則と対立する
可能性がある。」 (「前掲」 P. 170。)とされつつ、一方で適合性原則が情
報開示と結びつくことにより、その内容がパターナリスティックなもの
から自己決定原則と整合的なものへと変容する傾向を指摘される。 (「前
掲」 p.169J
6) 潮見 佳男「投資取引・消費者契約に見る民法法理の現代化」 『契約
法理の現代化』所収、 2004年、有斐閣、 PP. 119-122。
7) 法制化の作業に当り、しばしば「縦・横・斜め」の検討が必要と言わ
れるように、我が国各金融・保険諸法間の比較検討と並んで各国法制の
比較検討も重要であることは論を待たない。しかし、リーテイル領域で
の販売・勧誘ルールの検討に際しては、そのウェイトは市場法等の領域
-158-
「適合性の原則」を巡って
に比して相対的に限定的である。国際的整合性よりも、当該国の諸法刺
(訴訟制度を含む。)との整合性確保が優先課題となるからである。
二.金融審議会等における議論に即しながら
1. 「新しい金融の流れに関する懇談会」
金融システム改革(日本版ビッグバン)進展のなかでのそれに相応
しい金融法制・ルールのあり方を検討すべく関係省庁等の共同勉強会
として開催された「新しい金融の流れに関する懇談会」はその報告(「論
点整理」平成10年6月17日)の中で適合性原則に言及している。 (同報
告4 3①ii)同報告は「市場ルール」、 「取引ルール」、 「業者ルール」
の3分法を示した事でも知られるが、興味深いのは、適合性原則が他
の販売・勧誘行為に関するルール(説明義務、勧誘規制、広告規制)
とともに「業者ルール」 (業者に対する行為規制)に分類されている点
である。これは同報告が行政規制から私法的な事後救済の強化-のシ
フトを指向し、 「取引ルール」を当事者間の権利義務関係の明確化に係
るルールと位置づける中、これを民事責任、私法上の効果(無効、取
消あるいは損害賠償責任)が生ずる場合に基本的に限定し、 (因みに情
報開示・説明等とリスクの移転については「取引ルール」にも含まれ
ている。)逆に言えば同じく業者を名宛人としていても、民事効を生じ
ないもののみを「業者ルール」として把握したことに起因するように
思われる。要するに報告書は、 (説明義務とは異なり)適合性原則を私
法上の効力を直接的に生じさせるルールとして構築していくことは、
さすがに無理であるとの認識の共有化のもとに形成されたものと理解
し得る。こうした前提のもと報告は行政規制としての適合性原則のあ
159-
「適合性の原則」を巡って
り方につき数々の論点を提示したo説明義務との関係については、 「説
明義務のみによっては情報の非対称性を十分に軽減できないような場
合が」適合性原則の対象となるか、とされ両者の連続性と領域分担性
が示唆されるとともに、適合性原則のパターナリスティックな性格
(「利用者の多様な商品・サービス-のアクセスの阻害」の可能性等)
も踏まえ、説明義務の強化の必要性との比較感の中で、その適用範囲
を最小限にしていくべきとの意見があったことも紹介されている。な
お、 (荏)の形ではあるが、欧米で説明義務をappropriateness,適合
性原則をsuitabilityとして概念的に区別し、前者が「買い手責任」に
後者が「売り手責任」に立脚する考え方であるとの説明がなされてい
るが、概念整理としては粗雑に過ぎよう。適合性原則を「売り手責任」
に結びつけ、業者の受託者的な注意義務の文脈で理解する考え方は、
おそらく米国証券取引法理で発達した証券業者をfiduciary theory
に基づく顧客の黙示の代理人(implied agency)と見倣す考え方に依
拠しているものと思われるが、こうした理論を仮に肯定するとしても、
それは専門家の助言義務(いわゆるbest advice)との関係で論じら
れてき、かつ論じられるべきものであって、少なくとも適合性原則と
直結させるべきものではなかろう。因みに同報告は適合性原則と助言
義務の関係についても触れており、一応両者を併存的に把える中(黙
示の助言義務の存在も容認するようである。)、助言義務の本質につき
消極的に利用者に適さない取引は排除するという意味での「注意義務」
を超え、最適なアドバイスを行う義務を(業者が)負う場合として理
解している。黙示の助言義務が安易に認められるべきでないことをさ
て置けばこうした適合性原則と助言義務を別次元のものと把える考え
方は妥当であり、であれば前述のような適合性原則をfiduciaryduty
-助言義務との連続性の中で把える考え方はその矛盾性を顕わすこと
-160-
「適合性の原則」を巡って
となろう。報告書はさらに適合性原則と業者の利用者属性に関する調
査義務の関係、情報利用とプライバシー保護の関係についても整理す
る必要性を指摘する。このように「新しい金融の流れに関する懇談会」
では適合性原則につき、十分な概念整理と方向感の打出しはなされな
かったものの、その後の議論展開-の萌芽は見出せるとともに、取り
分け報告が全体として私法ルールの強化を目指す中にあっても同原則
の民事効を伴うルール化には言及しなかった点は注目に値しよう。
2.金融審議会第一部会「中間整理(第一次)」 (平成11年7月6日)
金融審議会第一部会は傘下に「ホールセール・リーテイルに関する
ワーキンググループ」 (以下WGと略称。)を設置し、適合性原則を含
む販売・勧誘ルールのあり方についての検討が行われた。その成果は
経過的に、 WGのレポートおよび中間整理(第一次)の形で公表され
た。 WGレポートは説明義務を「販売」行為(取引・契約の成立に直
結する過程の部分)に関するルールとし、一方で適合性原則を主に「勧
誘」行為(販売行為の前段階となる過程の部分)に着目したルールと
する。その上で、今や古典的とも言える「狭義」と「広義」の適合性
原則に関する定義を置き(本稿第一章注1)参照)、広義の原則につい
ては説明義務の延長線上にあるものとして位置づける一方で狭義の原
則についてはその説明義務からの独立性を認める中で、判例等がやや
もすれば適合性原則を広義にのみ把えっつ説明義務と混同する傾向に
あった点を批判する(P.30)c こうした分析は相当程度、妥当性を有す
るものと言えよう。 (もっとも、一連の販売・勧誘行為の中で、 「販売」
段階と「勧誘」段階が規制対象として現実に切り分け可能かという点
については疑問が残ろう。)そして同レポートは、狭義の適合性原則に
ついては、まずその違反時の効果につき「取引ルール」としては無効
-161-
「適合性の原則」を巡って
を、 「業者ルール」としては一定の場合の勧誘、販売行為の禁止としつ
つ、少なくとも「取引ルール」としては(リスクの高い商品も含め)
法令で規定する事は「私的自治の原則や選択の自由の基準等から困難
である」との認識を示す。蓋し、正当な認識と言えよう。もっとも「莱
者ルール」としての狭義適合性原則については、 「極端にリスクが大き
い金融取引」に限定するのならば私的自治の原則に抵触しない可能性
も示唆される(P.44)。この点に関しては、レポートに「意見」として
紹介されているように基本的に(業者ルールとしての)説明義務で対
応可能であり、例外的事例については、公序良俗、信義則、権利濫用
といった民法上の一般法理で対処可能との考え方が妥当であろう。 (そ
の場合、業者ルールの限界的部分を民事(取引)ルールで代替するわ
けであるが、行政規制と私法的救済の相互補完のあり方からは特に矛
盾があるとは評価し得ない。)レポートは一方の広義の適合性原則につ
いては相当詳細な検討を加える。これを要約すると、まず広義の原則
の基本的性格につき、利用者と取引属性に応じ販売時の提供必要重要
情報に差が生ずることからこれを説明義務の拡張概念に相当するもの
とする。その場合、エンフォースメントは二つのレベルで図られるこ
ととなる。すなわち、業者ルールとしての法令に依るレベルと業者の
自己規律のレベルである。自己規律のレベルについては業者は必要コ
ストとリーガルリスク低減効果を比較考量するものとされ、その際、
民法上の一般原則が重畳的に適用され、また業者としてのレピュテー
ション確保のため相応の動機づけがなされる。しかしこうした自己規
律のレベルにはやはり限界性もあるため法令による「業者ルール」化
が検討され得るものとされる(P.45)c広義適合性原則を「業者ルール」
化する際には、業者が利用者の属性について知ることがポイントとな
るが、レポートはその態様の諸レベルについても分析を加えた上で業
i lt!蒔
「適合性の原則」を巡って
者に調査義務まで課すことは時期尚早としつつ、業者にそのための体
制整備(法令遵守、コンプライアンス体制)を求めることが適当とさ
れ、さらに属性に応じて説明されるべき内容についてもケースバイケ
ースにならざるを得ず一律のルール化を行うことは困難として、業者
の自主的な対応を重視するのが適当とされた(P.46)cまたレポートは
業者ルール違反の民事効について、違反時に行政上の処分がなされる
可能性はあっても私法ルールに連動させて考えるのは困難との意見が
大宗を占めた旨指摘する(P.46)c このように同WGレポートにおいて
は、相当程度理論的にも突っ込んだ検討がなされており、狭義適合性
原則導入-の否定的な見方、広義適合性原則の本質を説明義務との連
続性の中で把握する考え方、業者の顧客情報調査義務の否定、業者ル
ールの民事効への直結の否定等我が国の法体系を踏まえたバランス感
のある議論が展開されていたものと評価出来る。
WGレポートを踏まえた「中間整理(第一次)」は同レポートのエッ
センスを要約したものとなっており(P.17から18。)、 「業者ルール」と
しての広義適合性原則につき、民事効-の連動や、業者の情報調査義
務を否定的に解する中、業者の十分な体制整備や、内部的な行為規範
を重視する方向性が示されている。
3.金融審議会第一部会「中間整理(第二次)」 (平成11年12月21日)
と「金融商品の販売等に関する法律」の立法(平成13年4月1日施行)
ホールセール・リーテイルに関するワーキンググループでは引続き、
金融商品の販売・勧誘ルールの整備につき、具体的立法を視野に入れ
た集中的検討が行われ(平成11年10月15日∼12月3日)、その成果は同
WGの報告「金融商品の販売・勧誘ルールの整備について」 (平成11
年12月7日)として公表されるとともに、そのエッセンスは、金融審
-163-
「適合性の原則」を巡って
議会第一部会「中間整理(第二次)」に組み込まれるとともに、所要の
法制的修正を経て、 「金融商品の販売等に関する法律」として結実した
8)o この一連の過程で適合性原則はどのように取り扱われたのかo W
Gの報告では、適合性原則を説明義務を補完するものというよりは、
勧誘における基本原則の一つとして位置付けることを適当とする
(P.60)cこれは広義適合性原則を説明義務の延長で把えることを必ず
しも否定するものではなく、民事効を伴う(民法の特則を定める)私
法ルールとして説明義務を立法化(実定法化)するに当りその中に適
合性原則的要因を明文で織り込むことは困難との認識を示しているも
のと解される。その上で、適合性原則を顧客に不適合な勧誘の禁止の
形態をとる「業者ルール」、あるいは違反に対し民事上の効果を伴う「取
引ルール」として制度化(立法化)することについては、意見の収飯
を見なかったとし、メンバー間でコンセンサスが得られた適合性原則
を踏まえた社内規定整備とその遵守のみを法的に義務付ける方向が適
当と判断された(P. 60)c 報告は、業者の自主取組に基本的には適合
性原則のエンフォースメントを委ねつつも、あらゆる業者が何らかの
取組を行うことを最低限、担保するため(その具体的内容やレベルに
まで法は介入しないものの)法が勧誘方針の策定、開示を求めるとい
うある意味でユニークかつバランス感ある手法の採用を提言したので
ある。そして、適合性の原則は民事効を伴う説明義務に関する立法提
言の箇所からは切離され、不招請の勧誘と並んで「不適切な勧誘等に
ついて」として一括され、販売業者のコンプライアンス体制の整備、
規定化の義務付けの必要性という形で整理された(P.51)。 WG報告を
受けた部会の「中間整理(第二次)」では、より直裁に適合性原則を「販
売業者が勧誘活動において自ら実践することが求められる重要な事
項」と位置付け、販売業者のコンプライアンス(内部統制)体制の整
-164-
「適合性の原則」を巡って
備が求められた(P.16)c さて、 「金融商品の販売等に関する法律」に
′ぉける適合性原則関連の具体的な規定振りであるが、同法8条は業者
に勧誘方針を定めることを義務付け、その項目の一つとして「勧誘の
対象となる者の知識、経験及び財産の状況に照らし配慮すべき事項」
を盛り込むことを必須とする(8条2項1号)。さらに同法は定めた勧
誘方針の一定の方法による公表を業者に義務付ける(8条3項)とと
もに、方針の策定、公表義務に反した業者を過料に処する(同法9条)0
当該立法があくまで民事ルールとして、すなわち行政規制とは異質な
ものとして実現された結果、勧誘方針に関するエンフォースメントも、
手続法的には非訟事件手続法に依る過料によって図られることとなっ
た訳である。こうした同法による適合性原則に関する立法姿勢につい
ては、学説からは、説明義務と異なり、その意味内容が必ずしも明確
でなくまた違反の効果を法定することが困難であるという事情から、
直接法定せず、自主的な業者の遵守ルールにとどまったものとの説明
がなされ9㌧ また立法担当官の解説の中でも、適合性原則違反の勧諺
を民事効と直結させることは、抽象的規定により民事効を生じさせる
ことの法律の予見性の点からの問題性、具体的に細かく場合分けして
規定することの現実的不可能性、当該立法が業者側の調査義務に結び
つくことから来る顧客のプライバシー保護上の問題性から否定的とな
らざるを得ない旨が述べられている10)。
4.金融審議会答申「21世紀を支える金融の新しい枠組みについて」
(平成12年6月27日)
平成12年6月の金融審議会答申は、それまでに産みおとし方式で実
現されてきた各wGや立法の成果を集大成しつつ、その後の取組み方
向につき若干の示唆を与えたものである。既に直近のホールセール・
165-
「適合性の原則」を巡って
リーテイルに関するWGの活動もADR 裁判外紛争処理制度)にそ
のテーマはシフトしており、適合性原則-の対応についても「業者に
勧誘方針の策定・公表を義務づけ、適正な勧誘を確保するための業者
による自主的な取組みを促すこととした。」(P.6)と記されるに止まる。
なお、 「新しいルールの枠組みに向けた今後の取組み」の中で、不適切
な勧誘につき各業法の見直しなど業者ルールの強化により対応するこ
とも可能である旨の記述があることが、 -これは適合性原則を直接名
指すものではないものの一注目に値する P.lOc
5.金融審議会金融分科会第一部会報告「投資サービス法(仮称)に
向けて」 (平成17年12月22日)
金融審議会は平成17年12月、投資サービス法(仮称)の立法に向け
た報告を取り纏め公表した。包括的な投資サービス法制の方向性に関
する金融審の成果物としては前回の平成12年6月答申から実に5年辛
ぶりのことであり、ともかくも平成18年1月開会の通常国会-の法案
(仮称「投資サービス法」)提出が視野に入れられたこととなる。その
中で適合性原則についてはいかなる立法の方向性が提言されているの
か。報告はまず適合性原則を事前説明義務と並ぶ利用者保護のための
販売・勧誘に関する柱となる原則と位置づける。そしてその上で、二
つの具体的改正方向が、 「投資サービス法」の適用対象商品につき示さ
れる。一つは、行政的措置の対象としての適合性原則につき、現在各
リスク性商品(投資リスクによる元本欠損性商品)に関する各実定法
令の立法態度を見渡した場合、そこに規定振りについての二つの類型
が存在することを踏まえ、これを投資サービスに関する包括的な単一
規制法が立法されることを機に同一のレベルに収欽させようとするも
のである。すなわち、証券取引法や、金融先物取引法等が採る業者を
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「適合性の原則」を巡って
名宛人としつつ、 「-業務を営まなければならない。」あるいは「・-行
為をしてはならない。」等の規定振り(これは「行為規制」とされる。)
と銀行法および同法施行規則や保険業法および同法施行規則が採る、
同じく業者を名宛人としつつも「-ための措置を講じなければならな
い。」あるいは、 「-ための十分な体制を整備しなければならない。」等
の規定振りの併存状況につき、その前者-の一本化が提言されている
訳である。 (この両規定振りの関係については本稿第三章で考察する。)
今一つは、適合性原則における考慮要素として現行証券取引法の「知
識、経験、財産」に加え、 「投資の目的」又は「投資の意向」も追加す
ることであるOもっとも一つ目の提言が「適当と考えられるO」とされ
るのに対し、二つ目の提言については「検討することが適当と考えら
れる。」とされている(P.14J 点で両者の位置付けに差があることに
ついても留意を要しよう。また、報告は、 「顧客の理解」についても考
慮要素に追加すべきとの意見を紹介しつつも、これについては、業者
が顧客の理解力を正確に把握することは困難であり、実務上支障が生
ずるおそれがあるとの反論も同時に記載し方向性を示していない。ま
た適合性原則についての実効性確保策については引続き検討すること
が適当とされ特段の具体的方策についてまでは言及されていない。な
お、実効性確保策に関連し「金融サービス・市場法」適用下の英国に
おいて業務行為規範として業者にその送付が義務付けられている「適
合性レター」 (suitability letter)を本邦において導入することにつ
き、やはり賛否両論があるため、引続き検討する取扱いとされている
(P.140)また報告は「不招請勧誘の禁止」の項目においても、適合性
原則の遵守との関係について言及している(P.15JC そこでは不招請
勧誘禁止の守備領域を「適合性原則の遵守をおよそ期待できないよう
な場合」に求め、利用者保護の観点から機動的に対象にできる一般的
-167-
「適合性の原則」を巡って
な枠組みを設けることが適当とされつつ、当面は現行どおり金融先物
取引のみを適用対象として維持する方向性が示されている。適合性原
則(広義のものと思われる。)と不招請勧誘禁止原則が言わば垂直的関
係において把えられている訳である。
では、今次の「報告」の方向性をどのように評価すべきであろうかll)。
まず、適合性原則の位置付けを説明義務と並ぶ販売・勧誘に関するル
ールの柱とする点については、特段報告において説得的な根拠が示さ
れている訳でもなく、若干の唐突感を覚える向きもあろう。もちろん
その背景としては-これは報告の全体について妥当することであろう
が一今回、部会の下にワーキング・グループが設置されず専門的、法
技術的観点からの詳細な検討がなされなかったことも一因として存在
しようが、いずれにせよ、過去のホールセール・リーテイルWGの成
果物が、相当に踏み込んだ法制的、本質的議論を踏まえたものであっ
たこととの比較感の中でも、十分な従来の意見整理を承継したもので
あったのか疑問の残るところであろう。特に「金融商品の販売等に関
する法律」立法時に、適合性原則の微妙な法的位置付けに鑑み、それ
を業者の自主的ルールとしつつも法がそれを裏付けるという苦心の処
理をした経緯からは若干の飛躍が感じられるところである。もっとも
「金販法」が一般の預金や保険商品をも規律する法律であるのに対し、
今回の(仮称) 「投資サービス法」はその適用対象が投資性の強い、す
なわちリスク性の商品に限定されるであろう事からは適合性原則の扱
いについても、現行の証券取引法の規定振りを単に普く投資性の強い
商品に及ぼすのみであり、過去の議論との一定の連続性も保たれてい
るとの見方も出来よう。報告は具体的には現在、投資性の強い商品に
つきその規定振りが二分している点につき、その証券取引法の規定振
り-の統一化を提言する訳であるが、これとても直接的行為規制と、
-168-
「適合性の原則」を巡って
体制整備の差こそあれ、広い意味では共にそのエンフォースメントを
監督上の処分に求める業者を名宛人とする行為規制(業者ルール)内
での統合化の話であり、現行ルールからの質的な転換までも意味する
ものではないとの評価も可能であろう。このように考えると、逆に今
回の報告が適合性原則に与える位置づけに過大感が生ずるものとも言
えよう。こうした過大感は、一方の説明義務につき、具体的に、投資
性の強い商品につき一現行、保険業法に規定されているような一直接
的に監督上の処分を発動し得る行為規制を課すという重要な改正方向
が示されていることを踏まえると一層、際立って見えるのであるO
「投資の目的」又は「投資の意向」とは、具体的に何を意味するの
か必ずしも明らかではないが、それが顧客のリスク選好度を意味する
とするならば、凡そリスク性商品にあっては、顧客は「ローリスク・
ハイリターン」を求めるものであり、実務的にこうした要素を適合性
原則の対象に組み込むことについては、その実効性の観点からも慎重
な検討が求められよう。さらに、 「顧客の理解力」に至っては、到底そ
の定型的な実務イメージが観念しづらいし、そもそも理解の問題は平
均的あるいは大多数の者が理解するレベルの(客観的、定型的)説明
を業者が実行することにより、免責されるという説明義務の履行態様
の問題として整理すべきであろう。
次に報告が適合性原則と不招請勧誘の禁止の両者を垂直的関係とし
て把えることにも疑問が生ずる。確かに両者には、その運用いかんで
は消費者の自己決定権に阻害的に機能するというパターナリスティッ
クなその本質において共通する点があるものの、前者を広義に理解す
る時、それが、意思確認のための行為(プロセス)規制であるのに対
し、後者は一定のリスク度の高い商品につき、一定の販売形態を絶対
的に禁止する点でその本質的性格は相当異なっている。従って両者の
169
「適合性の原則」を巡って
関係性は理論的には垂直的というよりも、むしろ水平的に理解するこ
とが妥当であろう。
注8) 筆者はホールセール・リーテイルに関するワーキンググループのオブ
ザーバーとして「金融商品の販売等に関する法律」立法へ向けた議論に
参画した。
9) 山下 友信『保険法』2005年、有斐閣、 P.195、 P.201。
hl\ し 部.滝・IU か ,"i -答:ト凪削.'蝣iftfV.j.-; ・ -'A-1二川 蝣s'H'如
法務研究会、 p. 156。
ll) 今次「報告」の全体像の評価については、もとより本稿の射程外であ
り、別途詳細な吟味が必要なところであるが、ここでは一点、その適用
対象に関する構造的問題につき触れておきたい。報告は、金融商品(投
資商品)の一般的(経済学的)属性として、 ①金銭の出資、金銭等の償
還の可能性を持ち、 ②資産や指標などに関連して、 ③より高いリターン
(経済的効用)を期待してリスクをとるもの、の3点を基準としつつ
(P.6。)、その③のリスクの内容として、いわゆる市場-リスクといわゆる
信用リスクのいずれかのリスクがあることを中心に整理するものとし
ている(P.7。)o その上で、具体的な(仮称)投資サービス法の通用範
囲としては、 「投資性」が強い商品(例えば保険分野では、変額保険・
年金や外貨建て保険)にそれを限定し(P.37J、さらに業規制の範境の
中で免許制などのより高度な業規制の存在や投資性のない商品も規制
対象としていることを理由に銀行業や保険業等をその規律対象から除
外する(P.45。)という構成を採る。これはいかにも回りくどいロジッ
ク展開である。まずそもそも抽象的属性の②の段階で広義元本確保性商
品である・般の預金や生命保険は除外されるようにも考えられるし、ま
た(参のリスクの内訳として、信用リスクまで取り込んだことにも疑問が
感じられる。何故なら元本確保性商品とは換言すれば業者が市場リスク
の大宗を引受けている商品であり、従って業者の信用リスクをコントロ
ールするために健全性規制等厳格な業規制が課されているからであるo
(もっとも信用リスクを商品発行者のものに限定すれば話は異なろ
う。)いずれにせよ、いわゆる市場リスクに基づく元本欠損が生ずるお
それの有無のみをもって適用対象を導いた方がはるかに簡明であった
ものと思われる。
170-
「適合性の原則」を巡って
≡.我が国実定法令に見る適合性原則
次に現行の、すなわち(仮称) 「投資サービス法」立法前の我が国金
融・保険関連実定法令の適合性原則に関する規定振りとその解釈につ
き確認することとしたい。 (商品取引所法、農業協同組合法等の金融庁
所管外の法律や商品ファンド法等の金融庁と他省庁の共管法律を含
む。)まず、諸法令を見渡して確認出来ることは民事効(法律行為法に
よる無効・取消や、債務不履行法・不法行為法による損害賠償責任に
関する民商法の特例丁要件の拡大や立証責任の一部転換、損害額の推
定等-)を定めるものは皆無ということである。従って、適合性原則
に関する現行法令はすべてその違反の効果として何らかの行政処分を
伴い得る監督法規、行政法規としての性格を有しているものと言えよ
う。 (なお、保険業法300条の一部のように刑事罰を課し得る行為規制
もあるが、適合性原則違反につき刑事罰を定める法律は-当然のこと
ではあるが-皆無である。)因みに、 「金融商品の販売等に関する法律」
は幅広い業者につき(金融庁所管法律および共管法律のすべて。およ
び他省庁所管法律の中、商品取引所法、海外商品市場における先物取
引の受託に関する法律以外。すなわちいわゆる制度共済に関する農業
協同組合法、消費生活協同組合法、中小企業等協同組合法が規律する
もの)、勧誘の対象となる者の知識、経験および財産の状況に照らして
配慮すべき事項を記載した勧誘方針を定め、公表することを義務付け
ている(同法8条)訳であるが、当時、同法律が監督規制と徹底的に
切り離された形で立法されたこともあり、そのエンフォースメントは
過料により、かつ非訟事件手続法に則ることとされ(同法9条)、その
意味では監督法規、行政法規には分類し得ないものの、かと言って前
述した民事効を定めるものでもないことに留意を要しよう。同法律は
-171-
「適合性の原則」を巡って
少なくとも市場リスク性の低い商品については、直接的な行政処分を
適合性原則違反の勧誘行為について課すことは同原則の性格から適当
ではないとの判断のもと、業者の自主的取組みを法律が後押しすると
いう、ある意味ではユニークではあるものの妥当な立法がなされたも
のと評価される。
金融審議会の審議に供された資料によれば、適合性の原則に関する
販売・勧誘規制はA.行為規制とB.体制整備等の措置義務に二大別
されている。前者(A)に分類されているのは、証券取引法による有
価証券(証券会社につき43条1項、証券仲介業者につき66条の14で43
条1項を準用)、有価証券デリバティブ取引、有価証券店頭デリバティ
ブ取引(ともに43条1項)、金融先物取引法による金融先物取引(77条1
項)、信託業法による信託(信託会社につき24条2項、信託契約代理店
につき76条で24条2項を準用、信託受益権販売業者につき96条で24条
2項を準用)、商品取引所法による商品先物取引(215条)、商品ファン
ド法による商品投資契約商品投資受益権(販売業者業務命令7条3項)、
不動産特定共同事業法による不動産特定共同事業契約(施行規則19条
4項)とされる。なおこの中で前4法に基づくものは法律レベルの規
刺(類型A-①)、後2法に基づくものは命令、省令レベルの規制(類
型A-②)である。一方、体制整備等の措置義務(B)とされるもの
は、銀行法による預金(12条の2、 2項の委任による施行規則13条の
7)、保険業法による保険(保険会社につき100条の2の委任による施
行規則53条の7)、農業協同組合法による預金(11条の3、 2項の委任
による信用事業命令15条)、共済(11条の12の委任による施行規則30
条)がある。これらはすべて法律の委任による命令、省令レベルの規
制であるとともに、その規律対象商品の全てに一律の態様で適用され
るものではなく、 「営む業務あるいは事業の内容及び方法に応じ」すな
-172-
「適合性の原則」を巡って
わち事業等特性に応じ一定の濃淡をもって体制整備等を求める点で共
通の特色を有する。なお、行為規制、体制整備等の措置義務のいずれ
も規定しないものとして(類型C)は、抵当証券業法にもとづく抵当
証券、無尽業法にもとづく無尽、中小企業等協同組合法による共済、
消費生活協同組合法による共済がある。これらC類型の存在について
は、市場リスク性商品が全く取り扱われていない限りにおいて整合的
と解される余地があろう。今回の金融審議会報告は、 (仮称) 「投資サ
ービス法」の規律対象商品取扱業者に対し、類型Aをベースとした規
制を課す方向をすなわち、その範囲において類型BをAに収欽・総合
する方向性を提言する訳であるが、その妥当性と影響を検証するため
には、そもそもの両類型の沿革に遡り、その解釈を試みるとともに、
本質的に類型A、 B間で決定的な相違があるのかにつき確認する必要
があろう。まず類型Aを代表する証券取引法の規定につき見てみるこ
ととする。証券取引法における適合性原則は平成4年の同法改正(い
わゆる公正確保法)の中で新たに規定された(旧54条)。それまでは法
令には直接規定されず、民法644条に基づく受託者の善管注意義務の解
釈として、専門家としての証券会社には高度な善管注意義務が課され、
これが有価証券の売買委託のみならず投資勧誘にも要請されるとされ
てきたものと指摘される12)。
平成4年の法制化以前は昭和49年に発出された通達「投資者本位の
営業姿勢について」が適合性原則の遵守を要請していたところ、証券
取引審議会が、 「証券監督者国際機構(IOSCO)の七つの原則の我が国
-の適用について」とする報告書を取りまとめた(平成3年6月19日)
ことをうけ、平成4年の法改正において、その法令上の根拠の明確化
と行政処分による実効性の担保の観点から(旧) 54条の是正命令の対
象とすることとされたものと説明される13)もともと証券取引法(旧)
-173-
「適合性の原則」を巡って
54条は、昭和40年改正で証券業が一旦、登録制から免許制に移行する
中で全面的改正を経たものであり、経営健全化を図るための予防的手
段として業務、財産の状況により経営保全を命じるという証券会社の
健全性維持に主眼を置く規定であった。そこに適合性原則が挿入され
た訳であり、その規定振りも、主務大臣の行政処分(業務の方法の変
更命令、期間を定めた業務の全部又は一部の停止等)の対象として「顧
客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を
行って投資者の保護に欠けることとなっており、又は欠けることとな
るおそれがある場合」 (旧54条1項1号)と定められており、あくまで
一件ずつの違反行為(その認定は困難である。)ではなく体制的・組織
的な不適正行為の頻発をもって処分対象としたものと解することが妥
当であろう。その後、平成10年の改正により、 (旧) 54条は全面的に改
正され、 (旧) 54条1項は(堤) 43条に継受された。経営保全命令の対
象とされた事項の一部は、内容修正の上で52条、 56条等に移されたも
のとされる14L方で43条の定める適合性原則の遵守については、その
要件については(旧) 54条1項1号の規定振りを全くそのまま踏襲し
つつも、 「-・のいずれかに該当することのないように、業務を営まなけ
ればならない。」ものと改正され、これをもって会社を名宛人とする行
為規制としての性格が明確化されたものと解されるとともに、その違
反の効果としては罰則は規定されず、またもとより私法上の効果が直
接生ずるものでもないことから、単に行政上、監督上の処分対象とな
り得るものにすぎない15)このようにむしろそのエンフォースメント
は(旧) 54条時よりも弱められたものと解する余地もあるとともに、
その規定振りの変化から直ちに体制的、組織的な違反行為の頻発の範
囲を超え、個別的な違反をもって行政処分の対象とするものに法意が
変容したものとは必ずしも言い難いように思われる。なお、 (旧) 54
-174-
「適合性の原則」を巡って
条下のコンメンタールではあるものの、証券取引法が適合性の原則を
規定する趣旨につき、「不十分な投資判断による需給が市場に参加して、
公生な価格形成を阻害することを防止する」ことにあると解し、本条
が「投資者の保護」との文言を使用することを根拠に、顧客の不適合
な有価証券投資運用における損失発生を可及的に防止するために証券
会社が尽くすべき義務を定めたものと解すべきではないとの見解が存
在することも注目に値する16)。けだし当該条文の趣旨(法益)をこの
ように理解すれば、流通性あるマーケットを形成しない商品(例えば
典型的には生命保険商品)については適合性原則を適用する余地は無
くなるからである。
一方の類型Bであるが、その根拠条文は、銀行法(12条の2)、保険
業法(100条の2)とも、いわゆる「金融システム改革法」 (平成10年
12月施行)の中で、銀行や保険会社に対し証券関連業務をはじめとす
る法定他業、付随業務が広く認められつつあった事に伴い同時に新設
されたものである。従って委任省令が各々適合性原則に関する「体制
整備等の措置義務」を定めるに際しても、その規定振りは、 「業務の内
容及び方法」に応じとの限定が附されたものとなっている(銀行法施
行規則13条の2、保険業法施行規則53条の7)。すなわち兼業が可能と
なった一部証券業務やデリバティブのように市場リスク性の強い商品
や、固有業務に於いても、まさしく今回(仮称) 「投資サービス法」の
一部規律対象となるような外貨預金、円建てデリバティブ頭金(以上、
銀行法)や変額保険・年金、外貨建て保険(以上、保険業法)が、 「業
務の内容及び方法に応じ」の解釈としてこれに該当するものと解され
よう。また「体制整備等の措置義務」と概括されるものが、すべて省
令レベルの規定によることも、当該業法の規律対象業務の全てではな
くその一部のみが適合性原則の適用対象であることを踏まえれば単に
-175-
「適合性の原則」を巡って
法技術的な(証券取引法等との)差異に過ぎないものとも理解されよ
う。結局のところ、金融・保険諸法の現行の適合性原則に関する規定
振りを通観するに、市場リスクに伴う元本欠損性商品(中途解約によ
る違約金により実質的に元本欠損が生じ得るものを含む。)に限定して
法令で行政規制としての同原則を定めているものと理解されるo いわ
ゆる「行為規制」と「体制整備等の措置義務」の差異についても、同
じく市場リスク性商品に対する行政規制として、あまりにこれを過大
視することは適当ではなく、 -もとよりその規定振りの差が具体的行
政処分に当り掛酌されることはあり得るものの一相当程度、相対的な
差と理解する余地があるものと考えられる17)。
注12) 河本一郎、関 要監修『逐条解説 証券取引法』 1995年、商事法務、
P.438。
13) 前掲『逐条解説 証券取引法』p.438。
14) 『神崎克郎先生還暦記念、逐条証券取引法一判例と学説』平成11年、
商事法務研究会、志谷匡史執筆部分、 PP.187-] 。
15) [新訂版] 『逐条解説証券取引法』 2002年、商事法務、 P. 457e
16) 神田秀樹監修『注解証券取引法』平成9年、有斐閣、 P.624。
17) 適合性原則と説明義務の関係という文脈の中では、いわゆる現行の
「体制整備等の措置義務」の規定振りは、 「-の状況を踏まえた重要な
事項の顧客への説明その他の・-」となっており適合性原則を説明義務の
履行態様として、即ち適合性原則の独立した地位を認めず説明義務の中
に包摂する一元説の立場に親和的なものと理解されるo Lかしだからと
言っていわゆる「行為規制」がその反対解釈的に適合性原則を説明義務
から独立のものと考えているかどうかについては即断出来ない0
-176-
「適合性の原則」を巡って
四.適合性原則の諸相(概念整理)
一般に適合性原則の名辞の下に議論されているものが法律概念とし
て多様、広汎なものを含んでいる事は周知のとおりである。本章では
幾つかの観点から適合性原則を分類し、その諸相につき考えてみる。
1.狭義の適合性原則と広義の適合性原則
最も基本的な分類である。各々に対し金融審議会が与えた定義につ
いては第一章で既述した(中間整理(第一次))。自己決定原則との関
係では、狭義の適合性原則が決定的に制約的に機能するパターナリス
ティックな本質を有するのに対し、広義のそれはその運用、理解のし
かたいかんでは必ずしも自己決定原則とは対立せず、むしろ自己決定
原則を実質的に支え、その基盤整備に資する余地もある-常にそうで
はない-ものとされる.しかしこのように広義の適合性原則の性格を
把握していけばいくほど実はその独自の存在意義は縮減し、説明義務
の中や(一元説)、あるいは契約締結過程における消費者の意思決定の
慎重性を確保するための業者側の配慮(場合によっては警告18)¥ とい
った趣旨の中へ吸収、包摂されていくものとも理解されようo さて一
見は明瞭のように見える「狭義」と「広義」の概念区分ではあるが、
実はこの点についても一筋縄ではいかない面がある訳で、この事は一
般的には広義の適合性原則を定めたものと解される一筆者もそう解す
る一現行証券取引法43条の規定をもって狭義のそれと解する見解があ
ることからも明らかであろう。例えばやや極端な設例かも知れないが、
金融商品の販売等に関する法律(第8条)に基づき、仮にある業者が
極めて明確な要件の下、ある特定の属性の者に特定の商品を販売しな
い(例えば満80才以上の者に外貨預金を販売しない。)という勧誘方針
-177-
「適合性の原則」を巡って
を策定したとして、これはいったい広狭いずれの適合性原則に該当す
るのであろうか。要件(勧誘禁止の対象商品と対象顧客)の範囲が客
観的に限定されているという点では「狭義」のようにも理解されるし、
一方で法律の裏付けはあるものの、あくまで業者の自主ルールであり、
その履行が法令(民事、行政法)で強く担保されていないという観点か
らは、 「広義」とも考えられる。要するに、その要件が、客観的に確定
し、かつそのエンフォースメントが強く法令のレベルで担保されてい
るものが、 「狭義の狭義」ルールとも理解される訳であるが、こうした
自己決定原則を強く制約する純粋な「狭義ルール」の導入に慎重性が
要求されることはまた言うまでもない。いずれにせよ、 「狭義」と「広
義」の区分は絶対的なものではなく、要件の客観的確定性とエンフォ
ースメントの強度のマトリックスの中で相対化されるのである。
2.根拠法令等のレベルによる区分
適合性原則に関する規律根拠法令の最上位には憲法が位置する。説
明義務・情報提供義務につきこれを自己決定権(意思決定の自由)の
観点から正当化しようとする学説の立場からは、憲法上の自由権的基
本権(幸福追求権ほか)が持ち出され、その権利保護のために他方当
事者(業者)に行為規範(禁止規範、命令規範)を課すことを正当化
しようとする見解も見受けられ19)、適合性原則につき自己決定原則を
実質化する機能を有するという理解を行った場合には、この領域でも
幸福追求権(日本国憲法13条)を根拠とし得るとの主張もあり得るか
も知れない。しかし、一定年齢以上の高齢者にハイリスク商品の勧誘
を禁ずるといった規制を行うケースを想定すれば容易に理解されるよ
うに(高齢者は一般に自発的な業者-のアクセスも困難な場合が多
い。)、そもそもかかる規制(国家による介入)自体が幸福追求権の同
-178-
「適合性の原則」を巡って
-射程の範囲内においてすらそれに制約的に機能する倶れも強いし、
また財産権保護(私権としての契約締結の権利、憲法29条)の文脈の
もとでも、疑念が生ずる余地もある。このように常に憲法原理間の衝
突の観点から事象を把える必要がある訳であるが、その意味で少なく
とも適合性原則の根拠として憲法論を視野に入れる実益は乏しいもの
と言える。次のレベルとしては法律がある。また基本的に政省令につ
いても、 (特に法律の委任のある場合)その規定レベルは法律と同様と
考えられる。 (但し、違反に関する制裁として刑事罰を課すことは法律
または、その厳格な委任による場合に限定される。)法令の性格として
は、訓示規定、努力義務を定めるものといったレベルから、違反時の
効果として民事効の発生、行政罰、行政処分の対象となるものと様々
なヴァリエーションが考えられる。 (刑事罰は実際には問題とならず、
またすべきでもない。)エンフォースメントの観点からの分類について
は後述する。なお、現行金融商品の販売等に関する法律の規定振りは
もとより法律レベルのものであるが、業者の自主的取組みを間接的、
ソフトに法が側面支援するものであり、適合性原則の本質に照し、ユ
ニークではあるが、妥当かつ合理的な規制態様である旨は前述した。
法令以下のレベルとしては、主務官庁の監督指針や、業界団体による
いわゆる自主規制によるものがある。確かに欧米では自主規制機関に
より適合性原則に関するルールが定められるケースが見られるし20)、
我が国でも証券の分野では、法律(証券取引法)に根拠を有する自主
規制機関とされる日本証券業協会がその定める公正慣習規則の中で会
員の努力を促してきたという沿革がある。しかし少なくとも任意加入
団体である生命保険協会等は法律に直接根拠を有する自主規制団体で
はなく、その定める指針等に会員拘束力はないはずであるし、また適
合性原則の本質に照し、そもそも自主規制団体が一努力義務程度なら
-179-
「適合性の原則」を巡って
格別-ハードな内容の規則を定めることは各社の自主性を制約するも
のとして適切とは言えないであろう。いずれにせよ、明確な法令に依
らずして、要件、効果の明確な適合性原則を定めることは本来法令に
よるべきものを浸食するものとして規制体系上、不適切であるし、ま
た逆に法令で要件、効果の明確な適合性原則を定めることも過度にパ
ターナリスティックな規制として不適当と考えられる。さらに法令が
要件、効果の暖味な適合性原則関連の規制を導入することも、これま
た法的安定性、予見可能性の確保の観点から排されるべきものと言え
よ蝣")。
3.工ンフォースメントのあり方による区分
訓示規定や自主的努力目標を定めるものはともかくとして最も基本
的なエンフォースメントの観点からの分類は民事効力を定める否かに
ある。民事効を規定する弊害についても認識しつつ、明らかに不適合
な金融商品を販売勧誘された結果、損害を被った投資者が損害賠償請
求することを容易化するような立法論も見られる21)ところであるが、
従来の金融審議会での議論を振り返っても、こうしたソフトな形での
民事効も含め、適合性原則違反に民事効を付すべきとの主張には一貫
して大勢の賛同は得られてこなかったし、また今回の(仮称) 「投資サ
ービス法」 -向けた提言も含め、現実にもそうした立法はなされてこ
なかった。蓋し、要件・効果が不明確であり、また性格上不明確なら
ざるを得ない同原則に関しては、当然の立法態度と評価されよう。な
お民事効に関しては、取消、無効といった法律行為法や不法行為責任、
契約責任(債務不履行責任)以外に、適合性原則が契約締結前の勧誘
段階に於いても問題となり得ることから、「契約締結過程の(締結上の)
過失論」との関係も一応考慮対象となる。しかし当該規範を、契約交
-180
「適合性の原則」を巡って
渉中の当事者が十分な理由なくして契約を中断した場合、契約が成立
すると信頼していた相手方が被った損害を賠償する責任を中断者に負
わせるものと理解したとき22)、適合性原則違反との関連性を論ずる余
地は無い。民事効付与以外のエンフォースメントのあり方としては、
広く行政法的規範に属するものとして、行政罰や行政処分(業務改善
命令、業務停止命令、登録取消等)の対象とするものがある。現行諸
法のとる立法態度が、 「行為規制」と「体制整備等の措置義務」に二分
して論じられていることは前述したが、そのいずれもが行政処分の対
象となるという意味では共通の性格を有し、違反行為の頻発性等が処
分に当り勘案されるに過ぎない点で相対的な差に止まる。さらに他の
エンフォースメントの手法としては、 「金融商品の販売等に関する法
律」が採る独自かつ妥当な手法、自主規制によるもの、刑事罰による
ものがあり得る。刑事罰によるものは適合性原則についての違反行為
の外形的確定性が一般に存在しないことからあり得ないし、自主規制
によるものも各業者の自主性が最大限尊重されるべきという観点から
は、極めて限定されるべき(特に保険分野では)ェンフォースメント
手法と言えよう。
4.説明義務との関係に基づく区分
適合性原則と説明義務の関係の整理のし方は同原則の本質をどう理
解するかにも直結し、重要な論点であるが、我が国の学説や判例は錯
綜を極めてきた。(もっとも立法の態度はこれらに比べ一貫してきたと
も言えるが。)学説や判例の分類整理の試みを紹介すると、学説につい
ては、 ①危険、かつ勧誘者にとっても誘惑的で十分な後見的判断の期
待できない証券の場合につき、本来の自己責任原則に再び戻り、未経
験者自身に危険を判断させて同人の保護を図るべきとするもの、 ②投
181-
「適合性の原則」を巡って
資者に投資適格がない場合、すなわち適合性原則違反の場合に説明義
務違反がまず推定されているとするもの、 ③適合性の原則の考え方を
活かせば、説明をすれば足りるというものではなく、投資者の属性に
よってはそもそも勧誘したこと自体が違法になるという考え方も出き
うるとするもの、 ④証券取引の公序違反による適合性原則違反により
説明義務違反に言及するまでもなく違法性が肯定されるケースがある
とするもの、 ⑤適合性原則の本質を投資家の投資決定より勧誘する側
の判断を重視するパターナリスティックな原則とする見解、 ⑥当該金
融商品を勧誘すること自体不適格な投資家に対しては、そもそも勧誘
自体を禁止し、その勧誘禁止の法理を「適合性の原則」とする見解、
という6つの類型を提示するものがある23)一方、判例については、
(ア)大「説明義務」説、 (イ)説明義務優位説、 (ウ)並存義務説、 (エ)
入り口義務説、に分類する試みが見られる24)
適合性原則の概念を純化していった時、そこにパターナリスティッ
クな本質が立ち現れることは否定し難いし、このように純粋な狭義の
適合性原則を観念するときに、はじめて説明義務とは峻別されるその
独自の存在意義が明らかとなる(二元説)。しかし、であるからこそ少
なくとも国家の介入によりこうしたパターナリスティックな規制を行
うことには極度の慎重性が要請される。とすれば現実には広義の適合
性原則が金融商品につき機能させ得る余地がある訳であるが、その場
合、顧客の属性と販売商品のリスク度等とのマトリックスを勘案し、
説明の態様等を変化させる必要性があるという意味で適合性原則の独
自領域は失われ、説明義務等に対する補助的位置付けに止まることと
なろう(一元説)。 「適合性原則は説明義務の尽きたところで始まる」
(州浜教授)という学説の理解や、説明義務とは別個に適合性原則違
反の有無を判断しようとする判例の態度を是としつつ、自己決定機能
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「適合性の原則」を巡って
も有すると推認される投資者像を前提に、適合性原則・説明義務両者
の守備範囲を明確に区別することは困難とし、説明義務の十全な履行
を要求する方向のほうが投資家保護の観点から妥当とする志谷教授の
見解25)が基本的に支持されよう。さらに言えば、ここで言う説明義務
についても、適合性原則が支える対象としては、民事効や行政規制の
対象となるいわゆる「説明義務」と言うよりは、より一般的に顧客が
十分に納得した上で契約を締結することをプロセス的に担保するため
の仕組みと理解することも可能と思われる。
注18) 山下教授は情報提供の機能、目的として①誘引、②説明、③理解促進、
④警告の4つがあるものとされるO山下友信「保険募集と情報提供規制」
『損害保険研究』第63巻第1号、 2001年、 P. 15。
19) 潮見佳男「説明義務・情報提供義務と自己決定」 『判例タイムズ』 No.
1178、 2005年、 pp. 12-13。
20) 欧米の自主規制の状況については、証券に関し、山下友信「証券会社
の投資勧誘」 『河本一郎先生還暦記念証券取引法体系』昭和61年、商事
法務研究会。
森田 章「投資勧誘と適合性の原則」 『民商法雑誌』 122巻3号、 2000
年、有斐閣。を参照のこと。
また生命保険に関しては、例えば小西修「英米における適合性原則規
制の動向」 『生命保険経営』 2003年5月。
青山麻理「英国における保険販売と適合性原則」 『ニッセイ基礎研
REPORT』 2005年11月。
21) 『金融サービスと投資者保護法』平成13年、中央経済社、 p.201。 (近
藤光男執筆部分)
22) 四宮和夫、能見善久『民法総則』[第5版]、平成11年、弘文堂、P.19。
23) 潮見佳男『契約法理の現代化』 2004年、有斐閣、 Pp.80-83。
24) 『金融商品取引法ハンドブック』 2002年、日本評論社、 PP.242-248。
25) 『神崎克郎先生還暦記念、逐条・証券取引法一判例と学説-』平成11
年、商事法務研究会、 P.212D 志谷匡史執筆部分。
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「適合性の原則」を巡って
五.生命保険契約の特質と適合性原則一結びに代えて一
最後に生命保険契約の特性が適合性原則論にどのような影響をもた
らすかにつき何点かの指摘を行い本稿の結びに代えたい。
1.まず指摘されるのは、広義適合性原則の適用範囲を考える上で最
大の切り口となる商品のリスク度、特に市場リスクによる元本欠損
リスクの程度という観点からは生命保険商品は一般に銀行預金と
並び、優れてリスク度の低い商品に分類されるということである。
(損害保険についてはその実損填補性から全く別次元での考察も
必要となる。)投資性が強いとされる変額年金等についても、最低
保証の存在等から、その投資リスク度は相対的には高くない。この
ため生命保険商品は、狭義適合性原則のその一部-の強制的適用は
論外として、広義のそれに関しても、強い行政処分対象とするには
馴染まない。
2.通常あまり指摘されないが、生命保険商品、就中、家計向け商品
等につき行政による基礎書類(普通保険約款、事業方法書等)の認
可制が堅持されていることも適合性原則との関係で見逃せない。認
可制のメリットとしては、オンサイト、オフサイトの監督・検査を
通じて収集された当該会社の健全度、コンプライアンス態勢情報に
即し肌目細かな判断が可能な点があげられる。例えば高齢者向けの
リスク度の高い保険商品の販売につき、 「金融商品販売法」の解釈、
運用を通じ説明方法等の加重として一定規制していく方向も有力
に主張される26)訳であるが、こうした方向についてはやはり法的安
定性の面での困難性も指摘されよう。当該会社の健全度等を反映さ
せながら、事業方法書のコントロールを通じ、一律適用ではなく、
当該会社のみにつき、高齢者向けのリスク度の高い商品の販売を制
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「適合性の原則」を巡って
約していくという事前規制的手法も、そのエンフォースメントの強
さと個別柔軟な適用可能性、予見可能性の高さから再評価可能なも
のと考えられる。
3.生命保険契約法制には常に加入者のモラルリスク排除の問題がつ
きまとう。加入者情報の収集に基づき仮に適合性原則に関する判断
を行う場合、もしその判断基準が開示されると逆にそれを逆手にと
る者が現われモラルリスクが助長される懸念も存在する。
4.生命保険商品の加入目的は一般に多様であり(遺族保障、老後資
金確保、自らの疾病-の備え等)、しかもそれらが、しばしば複合
する。基本的に投資の対価としてのハイリターンを求める投資商品
と異なり、単純な適合性判断の枠組みは機能しない。
5.一般に生命保険商品の販売チャネルは対面型のもの(営業職員、
代理店)が圧倒的比重を占める。こうしたチャネルでは、会社によ
るシステムサポートも相侯って、顧客のニーズを踏まえた商品選択
(契約)がプロセス的に整備、担保されていることが通例である。こ
のようなプロセスを通じ適合性ある契約締結が一般になされてい
る以上、形式的な適合性確保のための新規帳票や事務の加重はコス
トの上昇を通じ、顧客利益に相反する結果をもたらす懸念もある27)
適合性原則につき基礎的概念整理を行うことを企図した本稿ではあ
るが、結果的にはその周辺を妨径するに止まったものとなったかも知
れない。実定法令等の動向も踏まえ、今後さらに考察を継続したい。
なお、本稿脱稿後、 「保険契約の販売勧誘のあり方に関する検討チー
ム」は保険契約における適合性原則のあり方に関する中間論点整理を
公表したが、本稿には反映させ得なかった。
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「適合性の原則」を巡って
注26) 野村修也「高齢社会における保険法のあり方」 『保険学雑誌』第584号、
平成16年、 pP.53-63。なお、 (仮称) 「投資サービス法」の立法に際し、
同時に「金融商品の販売等に関する法律」についてもその見直しが検討
される旨、立法担当官の解説の中で述べられている(松尾直彦「「投資
サービス法(仮称)に向けて」 -金融審議会第一部会報告の概要-」 『金
融法務事情』 \0.1761、 2006年、 P.24J。その中では、説明義務を尽く
したかどうかの解釈基準として、適合性原則の考え方を取り込み、説明
の方法・程度が顧客の属性に照らして顧客に理解されるために必要なも
のでなければならないことを明示する方向で検討しているものとされ
る。かかる金融・保険の民事法制の根幹にかかわる見直しが金融審での
本格的議論も経ず、提示されることに非常な唐突感を覚えるものである
が、そもそもの「金販法」の立法趣旨が、法的安定性確保、訴訟経済的
観点にあったことを忘れてはなるまい。すなわち、同法は、一部立証責
任転換と損害額推定を導入する一方で、業者の説明事項、説明方法につ
いては、それを限定、定型化することによりバランスを図ったのである。
説明方法等への適合性原則の考え方の取り込みはこうした法の全体構
成、バランスを歪めるとともに、再び両当事者の立証合戦により訴訟を
遅延させる倶れも生じさせよう。確かに判例には、説明義務に適合性原
則の要素を取り込むものもあるが、それらは民法(信義則、不法行為)
の判例であり、 「金販法」の判例ではないし、そもそも、金販法と民法
は重畳的に適用される点に留意を要しよう。
27) 英国における状況につき、青山「前掲」を参照のこと。
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