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ナノプローブ電子分光型電子顕微鏡 (JEM

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ナノプローブ電子分光型電子顕微鏡 (JEM
ナノプローブ電子分光型電子顕微鏡
(JEM-2010FEF)
◆講習会テキスト◆
I. 利用の基礎
1.電子顕微鏡の構成
2.電界放射電子銃の特徴(Field Emission Gun)
3.電子の非弾性散乱(Inelastic Scattering)
4.電子分光装置(Spectrometer)
5.電子線エネルギー損失分光法(EELS: Electron Energy Loss Spectroscopy)
6.電子分光結像法(Electron Spectroscopic Imaging)
7.電子分光回折法(Electron Spectroscopic Diffraction)
平成 9 年(1997)5 月 第 1 版
平成 15 年(2003)3 月 第 2 版
編
集
九州大学
超高圧電子顕微鏡室
〒812-8581 福岡市東区箱崎 6-10-1
092-642-4026∼4028
[email protected]
1
1.電子顕微鏡の構成
1-1 構成
図 1-1 ナノプローブ電子分光型電子顕微鏡(JEM-2010FEF)の構成.
2
§1−2
電子顕微鏡本体の基本性能
電 子 銃:電界放射(ショットキー型)
輝
度:4 x 108 A/cm2・strad
加速電圧:80∼200kV(最小可変幅:0.05 kV)
倍
率:高倍 5,000 ∼ 1,500,000、低倍 200 ∼ 100,000
カメラ長:200 ∼ 2,000 mm
ビーム径:2 ∼ 5 nmφ(TEM モード)、0.5 ∼ 2.4 nm φ(XEDS, NBD,
CBED モード)
像分解能:0.23 nm(粒子像)
試料傾斜:±30o (2軸傾斜) + 60o 回転(鏡筒外で手動にて)
試料冷却:クライオトランスファーホルダー(-165oC ∼ 室温)
§1−3
エネルギー分散型 X 線分光装置 XEDS
機種
日本電子製
点分析、線分析
元素マッピング(ASID 使用)ソフト
1024 x 800 画素、ドリフト補正(ソフト)
X 線検出器 Si(Li), 極薄窓(UTW)型
検出立体角 0.13strad
§1−4
電子エネルギー分光装置(EELS,イメージングフィルター)
エネルギー分光装置
:Ω型(内蔵:In-column 型 )
エネルギー分散
:1.15μm /eV
エネルギー選択像分解能
:20eV(80mmφ)
エネルギー選択回折分解能
:10eV(±3.5o)
エネルギースペクトル分解能 :2eV
表 1-1
従来の分析電子顕微鏡(JEM-2000FX)との主な違い.
3
§1−5
ビーム走査・ロッキング装置 ASID
最小ビーム径
0.5nm
最大ビームロッキング角
15°
・元素マッピングが可能(前述のソフトが必要)
・ 定存波励起 X 線分光法 ALCHEMI(Atom Location by Channeling
Enhanced Microanalysis)実験が可能(詳細は分析電顕講習会テキ
ストを参照のこと)
・ 高角度分解能電子チャンネリング X 線分光法 HARECXS (High
Angular Resolution Electron Channeling X-ray Spectroscopy)
が可能
・高角度環状暗視野 HAADF 像観察可能(後述の暗視野像検出器が必要)
§1−6
TV カメラ
レーザー社
フレーム数
高分解能像がその場で観察できる
ほぼオンライン観察が可能(1コマ撮影時間1/30秒)
§1−7
HAADF 像検出器
機種
日本電子製
EDS(X)分析
分析感度:検出器の立体角に比例、
:照射電子流密度が高いほど感度も高い
X線検出効率(P/B 比):取り出し角が大きいほど高い
図1−2
ビーム走査装置 ASID と走査透過電顕の原理.
4
2. 電界放射電子銃の特徴
(1)輝度が高い(従来の LaB6 に比べて約 2 桁高い)
○高倍率でも像が暗くならない
露出時間を短縮できるので試料ドリフト,振動の影響を低減できる。
○微小プローブでも大きなプローブ電流が得られる。
EDX, EELS 分析の空間分解能と検出限界が改善される
マイクロビーム,収束電子回折の空間分解能が向上
(2)エネルギーゆらぎが小さい
○EELS の分解能が向上する
エネルギー変動が小さい上に輝度が高く照射角度を小さくできるので,
位相コントラストの情報伝達限界が向上する
(3)電子線の干渉性が高い
○電子線ホログラフィーが可能,位相の情報が入手できる
○コヒーレント収束電子回折が可能,位相の情報が入手できる
○磁性体観察に有利
(4)電子流照射密度が高い(高輝度)
○電子励起,格子励起(非弾性散乱)による照射損傷が起きやすい
○弾性的原子弾き出しが起こる電圧以下であっても非晶質化や相変態が起こることがある
○スパッタリングによる表面の凹凸化や,ビームドリリング(穿孔)が起こりやすい
表 2-1
電子銃の特徴.
5
3.電子の非弾性散乱
3-1 主な非弾性散乱の素過程
内殻電子励起:特性 X 線放出,オージェ電子放出
2 次電子放出:
プラズモン励起:電子集団の時間的・空間的振動
フォノン励起:格子振動励起,温度上昇
電子・正孔対の生成:紫外光,可視光の放出[カソード ルミネッセンス]
図 3-1 にクーロン相互作用による内殻電子励起の様子と固体内電子のエネルギーレベルを示す(Disko
et.al.)。図 3-2 に内殻励起(2 次電子あるいはオージェ電子放出)の緩和過程および X 線放出の様子を示す
(Disko et.al.)。
図 3-1
クーロン相互作用による内殻電子励起の様子(a)と固体内電子のエネルギーレベル(b).
図 3-2
内殻電子励起と緩和過程における特性 X 線放出.
6
非弾性散乱によって失われるエネルギーは図 3-3 に示すように素過程によって異なり,フォノンロスは∼数
eV,プラズモンロスは∼数十 eV,コアロスは数 keV∼数十 keV に及ぶ。
図 3-3 非弾性散乱の素過程とエネルギー損失スペクトル.
4.電子分光装置
4-1
分光マグネット
電子線に磁界をかけると電子は偏向する。磁界の強さが一定であれば電子の持つエネルギーに応じて偏向
の度合いが異なるので,電子は分光される。試料を透過した電子のエネルギー分光には磁界型電子レンズが
使用される。分光装置はレンズの設置場所によってポストコラム型とインコラム型に大別される。図 4-1 に
その代表的なものを示す。このような分光装置はイメージングフィルターとも呼ばれている。図 4-1b は磁
界型レンズを 4 個組み合わせたもので,電子の経路がギリシャ文字のオメガに似ているのでオメガ型と呼ば
れている。本学に設置されているナノプローブ電子分光型電子顕微鏡はこのオメガ型分光装置を内蔵してい
る。
7
図 4-1 イメージングフィルターの模式図
(a)ポストコラム型(GIF), (b)インコラム型(オメガフィルター).
4-2 電子エネルギー分光法
図 4-2 に示すように,オメガ型分光装置のエネルギースリットの位置には分光された電子が到達している。
利用の立場から見てエネルギー分光法には次の 3 種類がある:(a)スリットの位置に生じるエネルギースペ
クトルを利用する方法,(b)スリットで特定のエネルギーを持つ電子のみを取り出して結像する方法,およ
び(c)特定のエネルギーを持つ電子のみを用いて電子回折を行う方法。これらはそれぞれ次のように呼ばれ
ている。
(a)電子線エネルギー損失分光法(EELS: Electron Energy Loss Spectroscopy)
(b)電子分光結像法(ESI: Electron Spectroscopic Imaging)
(c)電子分光回折法(ESD: Electron Spectroscopic Diffraction)
8
図 4-2 ナノプローブ電子分光型電子顕微鏡とそれによって得られる情報.
9
5. 電子線エネルギー損失分光法(EELS: Electron Energy Loss Spectroscopy)
ナノプローブ電子分光型電子顕微鏡では,分光された電子強度分布(エネルギースペクトル)を蛍光板上に
投影することができ,これをスロースキャン CCD カメラやイメージングプレートに記録して,コンピュータ
でエネルギー損失スペクトルを取り出すことができる。これはパラレル検出型 EELS(PEELS)と原理的に同じ
である。したがって,従来の PEELS と同じように元素分析や状態分析ができる。
5-1 元素分析,EELS と EDS(EDX)の違い
図 3-2 に示した放出 X 線は元素に固有なエネルギーを持つ特性 X 線であり,このエネルギー値から元素名
を知り,その X 線強度から元素量を求めるのが EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)である。一方,
X 線放出の原因となった内殻電子励起に消費されたエネルギーの閾値(エッジエネルギー:電子の結合エネ
ルギー)をスペクトルから読みとって元素を同定したり,あるいは損失電子の強度から元素量を求めるのが
EELS による元素分析である(図 5-1)。図 5-2 に Cu の L 殻励起の場合の EELS と EDS のエネルギースペクトル
の模式図を示す。図には参考のために XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)のスペクトルも示してある。
EDS と EELS とではエネルギー分解能とスペクトルの様子が違う。図 5-3 はステンレススティールの酸化物
領域の EDS および EELS スペクトル(Egerton
et. al.)を示したものである。検出効率の違いにより EELS
は軽元素の検出に,EDS は重元素の検出に適している。
図 5-1 EELS による元素分析の模式図.
10
図 5-2 Cu の L 殻電子励起のエネルギースペクトル
図 5-3 ステンレススティールの酸化物の内殻電子励起によるエネルギースペクトル.
(a)窓無し検出器を使用したときの EDX スペクトル,(b) EELS スペクトル.
11
5-2 状態分析
図 3-1, 3-2 で示したように,内殻電子が原子核との結合を断ち切って最終的にどのエネルギーレベルま
で励起されたかによって入射電子の消費エネルギーは異なる。したがって,エネルギー損失スペクトルは低
エネルギー側に鋭いエッジを持ち高エネルギー側にすそを引いた特有な形をしている。エッジ近傍のスペク
トルは ELNES(Energy Loss Near Edge Fine Structure)とよばれ,エネルギーバンドの占有状態(状態密
度:Density of State)に関する情報を含んでいる。
もっと高エネルギー領域のスペクトルは EXELFS(Extended
Energy Loss Fine Structure)と呼ばれ,励起された電子がもと居た原子の隣接原子に関する情報を含んで
いる(図 5-4,倉田博基)。
図 5-4 固体のエネルギーレベル(バンド構造)と EELS スペクトル.
12
6.電子分光結像法(ESI: Electron Spectroscopic Imaging)
エネルギー選択スリットの位置に現れるスペクトル像を見ながら,スリットの位置および幅を動かして結
像に取り込む電子を選択することができる。このようにして得られる像はエネルギー選択像と呼ばれ,余分
な電子を除去する操作はエネルギーフィルタリングとも呼ばれている。図 6-1 はその様子を模式的に示した
ものである。オメガ型レンズの上下で結像の光線図は対称になっている。つまり,オメガレンズの中心の高
さに関して上下に同じカメラ長の回折図形あるいは同じ倍率の像ができている(図 4-1(b)参照)。オメガレ
ンズの上には 3 個の中間レンズ,下には 3 個の投影レンズがあり,これらの組み合わせにより拡大像と回折
図形の切り替えおよび倍率とカメラ長の設定ができるようになっている。スクリーンで拡大像を観察してい
るときにはエネルギースリットの位置にはクロスオーバー状に収束した回折図形(カメラ長が非常に短いの
で透過波と回折波は識別できない)ができている。
図 6-1 いろいろなエネルギー選択像.
13
6-1 ゼロロス像
エネルギーを失っていない電子,つまりゼロロス電子(弾性散乱電子)をスリット(フィルター)で選択すれ
ば非弾性散乱バックグラウンドのほとんどない像が得られる。エネルギー選択スリットの位置はビームのク
ロスオーバー位置になっているので,ここにスリットを入れれば電子線はほぼ単色化され,通常の対物絞り
の操作でゼロロス電子の明視野像,暗視野像,多波干渉像(高分解能像)を得ることができる。非弾性散乱電
子の大部分が除去されているので,バックグラウンドが低く,コントラストの高い明瞭な像が得られる。こ
の方法は特に厚い試料の観察に有利である。
ゼロロス像は明瞭であるが,当然のことながらバックグラウンドが低い分全体的に暗くなる。また,実際
にはエネルギースリット幅をゼロにすることはできないので,熱散漫散乱電子やプラズモンロス電子の混入
を避けることができず,非弾性バックグラウンドを完全に除去することはできない。
6-2 コアロス像
内殻電子励起のためにエネルギーΔ Ecore を失った電子をスリットで選択して得られる像はコアロス像と
呼ばれている。収差の影響のないコアロス像を得るには,入射電子のエネルギーをΔEcore だけ加算(加速電
圧をΔEcore 分昇圧)しなければならない。これは暗視野像を撮るとき対物絞りは光軸中心に固定しておいて,
入射ビームを傾けて必要な回折ビームを取り込むのと似ている。エネルギー選択スリットは光軸中心に固定
しておき,入射電子のエネルギーを増加させてコアロス電子がちょうどスリットに取り込まれるようにする。
このためにナノプローブ電子分光型電子顕微鏡には加速電圧を上昇させるモードがついている。
内殻電子励起のためのエネルギーΔEcore は元素に固有な値なので,コアロス像は元素分布の情報を含んで
いるはずである。従来の分析電子顕微鏡でコアロス電子による像を得るには入射電子線を 2 次元的に走査し
ながら EELS スペクトルを得なければならなかった。イメージングフィルターの開発により,2 次元の元素
分布像が短時間に容易に得られるようになった。
しかし,図 6-1 からも明らかなように,コアロス電子の強度はゼロロス電子に比べて何桁も小さく,しか
もバックグラウンドが相対的に強いのでこのままでは明瞭な元素分布像は得られない。元素分布を 2 次元可
視化(元素マッピング)するためにいろいろな工夫がなされている。
元素マッピング
(a)Two-window 法
内殻電子励起による損失スペクトルのエッジよりも高エネルギー側の電子を選択した場合の像をポスト
エッジ像,低エネルギー側の像をプリエッジ像と呼んでいる。これらの像は試料厚さや回折コントラストな
どの影響を含んでいるのでこのままでは,明瞭なコントラストは得られない。スロースキャン CCD カメラか
IP で撮影した情報は各画素毎にディジタル信号として記録されているのでコンピュータ処理に適している。
ポストエッジ像の強度をプリエッジ像の強度で割ることにより,定性的な元素分布像を得ることができる。
比較,演算する像は当然同じ条件(電子線の入射方位,取り込み角,エネルギースリットの幅や位置など)
で撮影されなければならない。適当な近似を使ってバックグラウンドの影響を除いた像で同様な処理をする
ともっとよいコントラストが期待できる。これが Two-window 法の概略であり,その模式図を図 6-2 に示す。
14
図 6-2 コアロス像と 2 次元の元素分布像の原理.
図 6-2 では炭素鋼の粒界析出物を想定している。炭素の K 殻励起のプリエッジ像,ポストエッジ像ではコン
トラストは明瞭ではない,しかし両者の強度比をとった炭素組成像では,析出物が明るいコントラストを示
し,粒界析出物は炭素を多く含んでいることが分かる。同様にして鉄の L 殻励起による組成像を撮ると析出
物は暗いコントラストを示しており,粒界析出物のところでは,母相に比べて鉄が不足していることが分か
る。粒界析出相は炭化物であることが示唆される。
15
(b)Three-window 法
もっと定量的な元素分布像を得るにはバックグラウンドをさらに精度よく除去する必要があり,各元素の
部分散乱断面積を考慮する必要がある。
図 6-3 に示すように,プリエッジ像を 2 カ所(それぞれ①,②とする)で撮り,これを使ってバックグランド
強度を推定して,ポストエッジ像(③とする)からバックグラウンド成分を除去する。これが Three window
法である。バックグラウンドの近似はいろいろな方法がある。一例として以下の手法がある:③の像の成分
D を①,②の像から類推する。つまり,B × (B/A)から D の像を求め③の像(C+D)から差し引く。これで C
の像,すなわち求める 2 次元の元素分布像が得られる。しかし,この像には試料厚さの変動,回折コントラ
ストの情報なども含まれている。元素分布像の定量化を行うには部分散乱断面積などを用いてコアロス像の
強度を原子数や濃度などの定量値に変換しなければならない。たとえば,各画素の X 元素と Y 元素の比は
NX / NY = { σY(Δ, β) / σX(Δ, β) }
× { IX(Δ, β) / IY(Δ, β) }
により求めることができる。σは部分散乱断面積,I はバックグラウンドを除去したエッジ強度(図 5-1 参
照)
図 6-3 Three-window 法によるコアロス像の撮り方.
バッ ク グラ ウン ド 強度 : IB = AE-r
コ ア ロ ス 像 強 度 : IS = I3 - IB
(c) スペクトラム・イメージング(EFTEM-SI)法
スペクトラム・イメージング法とは、試料位置(x,y)及び損失エネルギー(E)から成る3次元データを
一度に測定する手法で、STEM を利用する方法と EFTEM を利用する方法とがある。EFTEM-SI 法は、図6−4に
示すように、ある損失エネルギー値付近でウインドウ巾 δe、露光時間 τ でロス像を撮り、エネルギーの関
数として n 枚連続記録する方法である。これを使うと例えば、256 x 256 ピクセルにわたってあるエ
ネルギー範囲の像強度 I (x,y)と EELS スペクトル I (E) が3次元のデータセットとして得られる。従って、
10∼15枚の多重プリエッジ像からのバックグラウンド除去と言った柔軟な処理が可能となるだけでな
く、ある局所領域における EELS スペクトルの再構築が可能となるため、場所による元素の存在を確認しや
すい。
16
図 6-4 Spectrum imaging 法の原理.
17
7. 電子分光回折法(ESD: Electron Spectroscopic Diffraction)
スクリーン上で回折図形を観察するときはエネルギースリットの位置には分光された低倍の像が形成さ
れている。スリットでエネルギー選択を行えば,ゼロロス電子の回折図形,プラズモンロス電子による回折
図形,コアロス電子による回折図形を得ることができる。
ゼロロス電子による回折図形では,非弾性散乱バックグラウンドが除去されているので,明瞭な図形が得
られる。図 7-1 に示すように非弾性散乱電子の大部分はプラズモン電子であり,試料が厚くなると弾性散乱
電子よりも非弾性散乱電子の割合が大きくなることがある。金属に限らず,半導体や絶縁体でもプラズモン
ロスは起こり(図 5-4),試料が厚くなるほどその割合は増加する。したがって回折図形の場合も試料が厚い
ほどバックグラウンド除去の効果は上がる。
図 7-1 Al2O3 の EELS スペクトル。加速電圧 200kV,
試料厚さ約 150nm.
プラズモンロスの多重散乱が起きている.
18
エネルギーフィルタリング電子回折は以下のような応用に最適である。
(1)ゼロロス電子による回折
○弱い回折強度,散漫散乱強度分布の観察が可能・・・相変態,照射損傷の解析
○回折強度の定量的解析が可能・・・収束電子回折による結晶構造の精密化
○厚い試料の観察が可能・・・HOLZ パターンによる厚い試料の格子歪みの解析
(2)エネルギーロス電子による回折
○非弾性散乱素過程の解析
○チャンネリング電子とそのエネルギー損失の解析
表 7-1
電子分光法(EELS, ESI,ESD)の特徴.
表 7-2
装置の特徴と応用法.
19
8.HAADF-STEM 法
図8−1に HAADF( High Angle Annular Dark Field )-STEM の原理図を示す。
走査コイル
入射電子線
∼0.2 nmφ
薄膜試料
HAADF-STEM
検出器
CRT モニター
BF-STEM 検出器
図8−1
HAADF-STEM 法の原理.
HAADF-STEM 像では試料の下に結像レンズはなく、また回折波同士の干渉項を考慮しなくてよいので、細
い電子線が原子コラムに照射されたときに、ある角度範囲に散乱される電子の強度が像強度に対応するとい
われている。像コントラストの成因として、
(1)単原子のラザフォード散乱による Z2 コントラスト、
(2)
多重回折効果を含んだ弾性散乱によるもの、
(3)格子の熱振動による非弾性散乱によるもの、等がある。
円環状検出器の内側端と外側端の角度を図の様にβ1 ,β2 とすると、1個の A 原子からの弾性散乱強度
IA は次の式で与えられる。
IA ∝ 2π∫{fA(θ)}2θdθ
・・・(8-1)
ここで、fA(θ) は A 原子の原子散乱因子である。 B 原子一層からなる支持膜上に一個の A 原子が乗っ
ている場合の暗視野像のコントラスト C は次式のようになる。
C = 1 + IA / IB = 1 +{1/(Nδ2P) }・(ZA/ZB)2
・・・(8-2)
ここで、Z は原子番号、N は B 原子の面密度、δは像の分解能、P はラザフォード散乱からのずれを示す
因子で、高角度散乱電子を用いた HAADF-STEM では1に近い値になるといわれている。10nm 程度の薄い試
料では実際に、Z2 に比例したコントラストが得られている。
試料が単結晶の場合にも、晶帯軸入射では一個の原子コラムに沿って電子は伝播し、Z2 に依存したコント
ラストが期待される(運動学的近似が成り立つ場合には)。結晶が少し厚くなると、格子振動による熱散漫
散乱(TDS: Thermal Diffuse Scattering)の影響が無視できなくなり、Z2 からはずれてくると言われてい
る(13)。
20
参考文献
(1) R.F.Egerton: Electron Energy-Loss Spectroscopy in the Electron Microscope (2nd Edition), Plenum
Press, New York, 1996.
(2) M.M.Disko, C.C.Ahn and B.Fultz (Eds.): Transmission Electron Energy Loss Spectrometry in
Materials Science, TMS EMPMD Monograph Series 2, Louisiana, 1991.
(3) D.C.Joy, A.D.Romig Jr. and J.I.Goldstein (Eds.) Principles of Analytical Electron Microscopy,
Plenum Press, New York, 1986.
(4) D.B.Williams, J.I.Goldstein and D.E.Newbury(Eds.), X-ray Spectrometry in Electron Beam
Instruments, Plenum Press, New York, 1995.
(5) J.C.H.Spence and J.M.Zuo : Electron Microdiffraction, Plenum Press, New York, 1992.
(6)第 5 回電顕サマースクールテキスト(1994),EELS の基礎と応用に関する項目有り,学際企画(株)発刊
(7)第 7 回電顕サマースクールテキスト(1996),エネルギーフィルタリングに関する項目有り,学際企画(株)
発刊
(8)日本金属学会シンポジウム「最新の電子顕微鏡技術で探る材料の構造と物性」予稿集 1996, 東京工大,
EELS およびエネルギーフィルタリングに関する項目有り
(9)倉田博基 電子エネルギー損失分光法(EELS) 第 3 回電子顕微鏡大学講義テキスト,(日本電子顕微鏡学
会),(1993), 114
(10) R.Holmestad: Ph.D Thesis, (1995), Univ. Trondheim-NTH, Norway
(11) L.Reimer: Transmission Electron Microscopy, 4th Edition, Springer-Verlag, Berlin, 1997.
(12) L.Reimer (Ed.): Energy-Filtering Transmission Electron Microscopy, Springer-Verlag, Berlin,
1995.
(13)田中信夫:電子顕微鏡、Vol.34, No.3(1999)211-216.
21
○余
録
オメガ TEM の特徴
(1)オメガ型分光装置とは太陽光線を 7 色の虹に変える水滴のようなもの,収差の大きい電磁レンズと見な
すことができる。レンズが軸対称でないから収差が大きい。
(2)オメガフィルターの下であまり拡大すると収差の影響が目立つので得策ではない。
(3)オメガフィルターから下のレンズをひとまとめにして1個の投影レンズと見なすことができる。
(4)拡大像と回折図形の切り替えはオメガフィルターよりも上のレンズで行う。拡大像や回折図形とエネル
ギースペクトルへの切り替えは PL の条件のみを変えることによって行う。
(5)スクリーンに像を出したときはエネルギー選択スリットの位置には回折図形が,回折図形を出したとき
にはスリットの位置には像ができている。
(6)スクリーンに像ができているときはオメガフィルターの入射像面の位置には拡大像ができている。スク
リーンに回折図形ができているときはオメガフィルターの入射像面の位置には回折図形ができている。
(このとき入射絞りの位置には回折図形と拡大像の中間のパターンができている)
(7)像モードでエネルギースペクトルを見るのは,選択スリットの位置にできた回折図形を見ることになる。
なるべく分解能のよいスペクトルを得るには像の倍率を高くして,できるだけ縮小された回折図形(カ
メラ長の短い回折図形)をつくってやる。このとき入射絞りを入れてやるとよい(制限視野絞りと同じ
役割)。
(8)電子回折モードからエネルギースペクトルを得るのは,選択スリットの位置にできた拡大像を見ている
ことになる。カメラ長をなるべく大きくしてやればスリットの位置にできる像は小さい。(制限視野絞
りを使って像の視野そのものを狭くしておくとよい)
回折モードでは PL の倍率をわざわざ小さくし
て,HOLZ 反射がスリットの中に入るようにしている。
(9)大きな対物絞りを使って多くの波を取り込む高分解能像において,なぜゼロロスイメージがとれるの
か?
答え:高倍率の時は選択スリットの位置に非常に縮小された回折図形ができており,対物絞りで選択された
スポットはすべて一点に集中しており,ほとんどの非弾性散乱電子をスリットで除去できる。非常
に低倍率像の時は非弾性散乱電子が混入しやすいが,低倍率の時は対物絞りで透過波か回折波を選
択するのであまり問題にはならない。
(10)なぜゼロロス電子の明視野像,暗視野像が撮れるのか?
答え:明視野像,暗視野像の選択は対物絞りで行う。エネルギー選択スリットの位置には対物絞りで選択さ
れたスポットのみを含む小さな回折図形ができており,スリットで非弾性散乱電子を除去できる。
(11)なぜゼロロス電子の回折図形が撮れるのか?
答え:回折図形を撮るか拡大像を撮るかはオメガフィルターよりも上のレンズの励磁条件によって決まる。
スクリーンに回折図形を出すときはエネルギー選択スリットの位置には低倍の像ができている。制
限視野絞りを入れておけば微小領域のスペクトルができているので,スリットで非弾性散乱電子を
除去できる。
22
電子分光結像(ESI)、電子分光回折(ESD)、電子エネルギー損失分光(EELS)の原理.
23
弾性散乱、非弾性散乱の散乱角度分布.
24
Fly UP