...

未来創発 Vol.19 2005. 8 未来創発 Vol.19 2005. 8

by user

on
Category: Documents
3

views

Report

Comments

Transcript

未来創発 Vol.19 2005. 8 未来創発 Vol.19 2005. 8
ユビキ
ビ タス
ビキ
ネットワークの
時代へ
─ 「すべてがつながる」新たな社会実現に向けての動き
──
ユビキタス、あるいはユビキタスネットワーク
という言葉をあちこちで目にします。
ユビキタス(Ubiquitous)とはラテン語に由来する英語で、
もともと「いたるところにある」
「あまねく存在する」の意。
そこから、あらゆるものがネットワークにつながった環境
という意味で使われています。
ユビキタスネット社会の実現が、現在、急がれています。
なぜ、ユビキタスネットワークが重要なのか、それによって
何が変わるのか。ここで改めて見直してみます。
写真 ── 羽切利夫、菊地健(P2 - 3)
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
未来創発 Vol.19 2005. 8
1
ユビキタスは日本を豊かにする
携帯電話をはじめ、デジタルカメラ、車のエンジン制御などに組み込まれている OS「TRON」の開発者である坂村健教授。
早くから「どこでも(ユビキタス)コンピューティング」という考え方を提唱し、ユビキタスの第一人者としても広く知られています。
ユビキタスは今、どのような状況にあるのでしょうか。
東京大学教授/ YRP ユビキタス・ネットワーキング研究所所長
坂村 健
氏
ブームのユビキタスに不安
── 最近あちこちで「ユビキタス」が盛んにいわれる
ようになりました。
世の中が未来の「ユビキタスネット社会」に期待し、注
「ユビキタス
目しているからでしょう。ここ1、2 年の間に、
戦略」を提唱したり「ユビキタス事業部」を設置したりす
る企業もどんどん出てきました。20 年以上も前から「ど
こでもコンピュータ」=ユビキタスを提唱してきた私とし
ては、これまで繰り返してきた主張がようやく世の中に理
解され受け入れられるようになったと、感慨深い思いです。
しかし、どこもかしこも「ユビキタス」という、さなが
らブームのような今の状況に、やや不安も感じています。
ユビキタス化の流れに、企業がビジネスチャンスを求め
るのはわかります。しかし「3 年後の売上を見込んでユビ
というようなものではないのです。
キタス製品を開発する」
── 坂村先生が意味するところの「ユビキタス」とは、
どういうものなのでしょうか。
ユビキタスというのは、社会が抱える重い課題を解決
し、誰にとっても暮らしやすい環境を提供する基盤技術
なんです。その技術において私が目指しているのは、モ
ノや場所など現実の空間に存在するすべてのものを完璧
に区別できる体系をつくりあげることです。現在に限ら
ず、過去にあったものもこれから生まれるものもすべて
識別可能。あらゆるものを一元化してとらえ、コンテク
スト(状況)で認識できます。これによって、例えば、今ま
でできなかったようなレベルでの高齢者や障害者の支援
や、
「安心・安全」の実現、豊かな暮らし、といったこと
が可能になります。
── そうしたことを実現するためには、乗り越えるべ
き課題がいくつもありそうです。
坂村 健
さかむら・けん
工学博士。専攻はコンピュータ・アーキテクチャー。1984 年から TRON
して、①電子タグ、②それを読み取るリーダー/ライタ
プロジェクトのリーダーとして、新しいコンピュータ体系を構築。今では
ー、そして③ネットワーク環境があります。これらについ
コンピュータを使った電気製品、家具、住宅、ビルなど広範なデザイン展
開を行っている。組み込み OS を用いたユビキタス環境実現を目指して
ては、もちろんまだまだ開発が必要ですが、間違いなく
研究開発、標準化、普及啓発活動を目的とする「T-Engine フォーラム」の
進歩していくと思います。
「未来社会ではあらゆるモノの
会長も務める。ここには 460 を超える団体が参加している
2
技術的なことでいえばユビキタスに欠かせないものと
未来創発 Vol.19 2005. 8
中にコンピュータが入り込み、それらがネットワークで結
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
新しいインフラ
ユビキタス・コミュニケー
タ。離れたところからさま
ざまなモノの 情 報を必 要
なときに読み取る端末
ばれるようになる」と私が言っていた 20 年前には、小さ
いこう。そんな意識が今、高まってきているように思い
なコンピュータをつくることが条件でした。当時「そん
ます。 なこと実現できるわけがない」と多くの人は思っていまし
── 日本の「ユビキタス」が、世界でどのように役立つ
たが、技術はだんだんと追いついて、今ではコンピュー
でしょうか。
タは数ミリのサイズにまで小さくなりました。何をする
この新しいインフラが日本で成功すれば、世界でも日
必要があるかが分かれば、技術は黙っていても進んでい
本を追って少子高齢化を迎える国々に通用するインフラ
くものなのです。
として、他国でも重要視されるはずです。それがまた、日
本の産業強化にも結びついていくと思います。
仕組みづくりが大切
それともう一つ、全世界的なテロや自然災害が発生す
る不安な世の中で、
「安心・安全」を可能にするユビキタ
むしろ乗り越えるべきは、技術では解決できない問題
ス技術で成果を挙げていくことは、日本にとって重要な
です。例えば、電子タグ技術が進んでいるから、今役立
強みになっていくはずです。この技術によって日本が世
つからと、中途半端なままどんどん広げ、一つの業界にし
界に貢献していくのは大切であり、それがまた、日本の安
か適用しないものを作り上げてしまうと、後でたいへん
全を保障することにもなると思います。
な不都合が起きます。分かりやすい例が、家電製品のリ
モコンです。家に帰れば、室内には電化製品の数だけリ
モコンがゴロゴロしているでしょう。最初から規格を統
実現に向けての協力体制を
一しておけばリモコンは一つですんだかもしれないのに、
── ユビキタスネット社会の実現に向けて、国の施策
それができなかった。
も動いています。
これと同じことにならないよう、ユビキタスネット社会
国 の インフラに相 当するも の を 新しくつくるには、
の構想を戦略的にきちんと考えて、そのための仕組みや
「u- Japan
「産官民学」の協力が不可欠です。今やっと、
制度を整えていくことが重要です。後々生じる不都合に
(ユビキタスネット・ジャパン)」プロジェクトに代表される
よって「ユビキタス」に人々が拒否反応を示したり、普及
国のユビキタス施策が意識される時期に来たのだと思
が大幅に遅れてしまっては、元も子もありません。
います。その意味で、野村総合研究所(NRI)の村上さん
── 仕組みとは、例えばどのようなことでしょうか。
(理事長の村上 輝康)が、ユビキタスネット社会実現に向
例えば、電波や通信、認証制度などに関する新たな法
けた国の施策づくりにかかわられ、新しいインフラを生
整備や、役所や企業、業界の垣根を超えた標準化の推進
み出そうと呼びかけられていることを尊敬しています。
などです。特に標準づくりは、これまで日本が不得意と
村上さんは、いろいろなものをネットワークしていこ
してきたものです。自分たちでうまくできないからと、安
うという「ユビキタスネットワーク」を提唱されてきまし
易に欧米のものを利用してきた経緯があります。それが
た。私のいう「ユビキタス・コンピューティング」とは別
日本の産業に、結果としてどれだけの経済的、技術的な
のものですが、この考え方は普遍的で非常に大切だと思
損失を与えることになったか……。そういうことを、日本
います。今日では、村上さんの「ユビキタスネットワーク」
はそろそろ認識してもいい時に来ています。
や、私の「ユビキタス・コンピューティング」の意味すると
1990 年代のバブル崩壊以降、修羅場をくぐってきた日
ころが混ざり合って、
「ユビキタス社会」という言葉が定
本の産業界は今、こうしたことに気が付き始めています。
着したのではないでしょうか。それで人々に広く受け入れ
来るべき次の時代は、日本が「ユビキタス」という新しい
られて、新しいインフラをつくっていける協力体制が、一
インフラに乗り換えて、世界の中でイニシアチブをとって
層、強固になればいいと思います。
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
未来創発 Vol.19 2005. 8
3
ユビキタス
ネットワークの今
さまざまなところで目にする「ユビキタス」。
なぜ今、ユビキタスが重要なのか。
ユビキタスネット社会実現への動きはどこまできているのか。
それによって何がもたらされるのか。
改めてとらえてみました。
インタビュー
株式会社
1
「いつでも、どこでも、何でも」で変わること
NTTドコモ
プロダクト&サービス本部
執行役員マルチメディアサービス部長
夏野 剛 氏
生活リモコンとなる携帯電話
その便利さを実感できる社会へ
ユビキタスネットワークで提供される各種サー
ビスへの、アクセス端末として注目される携帯
電話。i モードの立役者の一人である夏野剛氏
4
ユビキタスネット社会はどのように実現していくのでしょうか。実際に、何が変わっていくのでしょうか。
「ユビキタス」とよく言われますが、特別な
高機能化していく中で、外出時に身につけて
ことではないと捉えています。ユビキタスは
いるものを、次々と携帯電話の中に入れると
結果として起こることであり、ユビキタスな
いう感 覚でサービスを考えてきました。す
状態をつくろうと目指すものではありません。
でに、時計、インターネット接続機能、メー
お客様である一般消費者が便利になること
ル、メモ、目覚まし時計、電話帳、スケジュー
は何だろうと、どんどん突き詰めていった結
ル表が携帯電話の中に入りました。さらに
果、お客様が便利だとか、楽しいとか感じ
持っているモノは何かというと、サイフ、ク
られるサービスが、テクノロジーを意識せず
レジットカード、現金、会員証、ポイントカー
に具体的な生活の中で使えるようになれば、
ド……。これを携帯の中に入れるというのが
それがユビキタスなのだと思います。
最近の「おサイフケータイ」の発想です。
に、携帯電話が今後の社会にどうかかわってい
その視点は i モードを開発する時点から一
今後は家電との連係が強まっていくでしょ
くのかをうかがった。
貫しています。我々は携帯電話がどんどん
う。すでに携帯電話にはリモコン機能が入
未来創発 Vol.19 2005. 8
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
ユ
ビキタスビジネス、ユビキタスサービス、ユビキ
ビキタス・コンピューティング」や「ユビキタスネットワー
タスソリューション……。最近、
「ユビキタス」と
ク」の概念が混在しながら、さまざまなユビキタスが広
いう言葉を、さまざまなメディアで目にします。
「いたる
まっています。
ところにある」を表すラテン語由来の英語「ユビキタス」
。
「ユビキタスネットワーク」に関する動きを整理すれば、
これをそれぞれが解釈し、おおむね「ネットワークにつな
NRI が 初めて発 信した 2000 年がいわば「提 案 期」。02
がっている状態」の意味で使われているようですが、中
年からは「ユビキタスネットワーク」が IT の技術トレンド
には「IT」に置き換わる新しいトレンドの言葉としても用
のように広まっていった「叢生期」といえます。各省庁で
いられています。
は、
「ユビキタス」を冠した委員会や研究会などが相次い
IT の世界で初めて「ユビキタス」を登場させたのは、
で組織され、産業界では、特に IT 関連企業を中心に、ユ
1988 年に「ユビキタス・コンピューティング」を提唱した
ビキタスという言葉が頻繁に使われるようになりました。
米ゼロックス・パロアルト研究所のマーク・ワイザー博士
ユビキタス関連の組織を設置する企業が増えていったの
だといわれています。しかし、日本で最初に「ユビキタ
もこの頃です。
ス」を実現しようとしたのは、TRON プロジェクトのリー
ダーとして「どこでもコンピュータ」を推進してきた東京
大学の坂村健教授です。坂村教授は、あらゆるものにコ
ンピュータが入り込んだ「ユビキタス・コンピューティン
ユビキタスネットワーク実現への
最初のステージに立ったところ
グ」という概念を提唱しています。
言葉は広まったものの、言葉の意味や使われ方が多様
これとは別に、NRI は 2000 年に日本で初めて「ユビ
だったこの時期、ユビキタスネットワークの本来の目指す
キタスネットワーク」という概念を提唱しました。ちょう
ところが曖昧になり、言葉は聞いたことがあるけれども何
どインターネットが日本で本格的に普及しはじめた当時、
やら漠然として、個々の将来イメージだけが一人歩きして
NRI は「どこからでもネットワークに接続でき、何にでも
いる感がありました。ところが 2004 年以降、曖昧だった
つながっている状態にある」ことの重要性を認識し、以降、
ユビキタスネットワークの概念が、徐々にはっきりとして
日本の IT 産業のパラダイムを変えるものとして「ユビキ
きます。その理由の一つが、総務省の「u-Japan 政策」と
タスネットワーク」を発信し続けてきました。今では「ユ
いった国の IT 戦略に、ユビキタスネットワークが取り込ま
。各分野の識者の見解を紹介します。
っていますが、最近では携帯電話を鍵代わり
ますが、すべてが受け入れられるわけではあり
にするマンションも販売され、子どもの帰宅
ません。重要なのはビジネスモデルです。お
をメールで親に知らせるというサービスも出
客様もお店もメリットがある
“win-win”な関
ています。ネットワークにつながるサービス
係を構築できるビジネスモデルでないと、い
が多くなればなるほど、便利さは相乗的に伸
くら優れた技術が使われていても普及しま
びます。そういう意味で、家の中でも携帯電
せん。
話が活躍できる部分は多く、今後、生活リモ
ユビキタスネット社会が実現するには、方
コンとして利用されていくことは間違いあり
向性についての理想論とともに、それを支え
ません。当社も来年から、家電 製品を携帯
る現実的なメリットが、お客様と推進する企
電話でより簡単にコントロールできるように
業それぞれにもたらされる必要があります。
していきます。
この二つが伴ったときに、本当に次なる新し
携帯電話には、さまざまな機能が搭載でき
い社会へと進んでいくのだと思います。
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
未来創発 Vol.19 2005. 8
5
インタビュー
2
「いつでも、どこでも、何でも」で変わること
株式会社
イプシ・マーケティング研究所
代表取締役社長
野原 佐和子 氏
日常生活の延長上で広がる
ユビキタスネット社会
例えばネットショッピングをするとします。
ネットワークをまたいで時間・場所を選ば
自宅のパソコンでショップサイトにアクセス
ずいろいろなサービスを利用できるのがユ
し、商品を見て購入候 補を絞り込 んでおき
ビキタスネットワークといわれています。も
ます。外 出 先 で 携 帯 電 話 から そ の 購 入 候
ちろん、今述べた例が完全にイコールではあ
補商品を開き、同僚や友 人に見せて購入商
りませんが、現在の日常生活において、ネッ
品を相談したり、店舗に出かけて実際の商
トワークを介してシームレスに利便性を提供
品と 比 較・検 討したりして、十 分 に 納 得し
している、または今後提供していくサービス
た 上で、携 帯からいつでもどこでもいい商
は、すでにユビキタスネットワークの兆しな
品を購入することが できます。こうしたシ
のだと思います。
ョッピ ングの 仕 方 は、あ る意 味、ユビキタ
特別な技術によって一般消費者のニーズと
戦略や消費者動向に詳しい立場から、生活者の
スネット 社 会 の 実 現 とい える の で は な い
かけ離れた「利便性」が提供されたり、ある
視点で新たな社会像をとらえています。
でしょうか。
日突然、未来のユビキタスネット社会が実現
IT 戦略などを検討する国の審議会や委員会に
委員としてかかわり、IT ビジネスに関する市場
調査や事業戦略コンサルティングを行っている
野原佐和子さん。IT ビジネスのマーケティング
れるようになったことです。また、ブロードバンド化の進捗
った内容を見直し、03 年には「e-Japan 戦略Ⅱ」として
や電子タグに代表される技術の進歩によって人々が実現
IT 利活用推進に重点をシフトしました。このとき、次の
イメージを実感できるようになったこともあるでしょう。
IT 環境の目標像として初めてユビキタスネットワークと
国が社会を根底から変えようと積極的に関与し始めた
いう言葉が、国の IT 戦略に登場します。
ことで、ばらばらだった概念がまとまる方向にある現在、
20 0 4 年には総務省が、10 年までに世界のフロントラ
ユビキタスネットワーク実現に向けての次なるステージ
ンナーとしてユビキタスネットワーク社会を実現させる
へ、やっと上がったところだといえます。
「e - Japan 戦略」から
「u- Japan 政策」を発表。NRI は、
「u - Japan 政 策 」まで、ユビキタスネットワークの重 要
「e - Japan」から「u-Japan」へ
施策としてのユビキタスネットワーク
性を提言し、国の IT 戦略策定に貢献してきました。
「u-Japan 政策」の柱には、有線・無線をはじめとする
各種ネットワークを含めた「ユビキタスネットワークの
政府は 2001 年に、05 年までに日本を世界最先端の IT
整備」、ユビキタスネットワークを社会のさまざまな課
国家にするという目標を掲げた「e-Japan 戦略」を策定。
題 解決に利用していこうとする「 ICT(Information and
実質的にブロードバンド化を目指した IT インフラ整備だ
Communication Technology)利活用の高度化」
、セキュ
インタビュー
3
「いつでも、どこでも、何でも」で変わること
富士ゼロックス 株式会社
開発生産統括本部
ヒューマンインターフェースデザイン開発部
研究/戦略チーム長
知的生産性、すなわち創造性を高めていくこ
戸崎 幹夫 氏
コラボレーションを増やし
知的生産性を上げる
働できる環境や、新たな知を生み出すプロセ
れには、多様な考え方や価値観を持つ人が協
るのでしょうか。使いやすいオフィス機器の開
発にデザインの面で長くかかわってきた戸崎幹
未来創発 Vol.19 2005. 8
をすればよかった時代は終わり、これからは
とが企業経営に重要だといわれています。そ
ユビキタスネットワーク時代の働き方はどうな
6
生産性を上げるために単純な業務効率化
スの効率化が必要です。これを実現するの
がユビキタスネットワークなのだと思います。
「いつでも・どこでも・誰とでも協働し創造す
る」スタイルへ。私が参画した「次世代オフィ
夫氏は、多様な考え方や価値観を持つ人たちと、
スシナリオ委員会」では、そのような新たな
協働し創造していくようになると見ています。
時代のオフィスコンセプトを打ち出しています。
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
したりするものではないと思います。人々の
けれど、最初からそのように規 定したサー
生 活に密着した従 来 のサービスに、新しい
ビ スは、案 外、広 がらないも ので す。例 え
サービスがプラスされ人々に受け入れられ
ば 携 帯 電 話 は、最 初 に 20 代、30 代 の人 た
ながら、ユビキタスネット社会へと進展して
ちが使いこなし、徐々に上の世代に使 用さ
いく。それが現 実的なユビキタスネット社
れていきました。今後も新しい IT 系サービ
会への道筋なのだと思います。国の施策を
スは、そんなふうに広がっていくのではない
検 討する会議 などでは、このような生 活 者
でしょうか。
に根ざした視点で発言することを心がけて
10 年後、ユビキタスネット社会が実現した
います。
頃には、メディアの種類、仕事のツールなど
一方、生活者の立場を重視しようとすると
は確かに変化しているでしょう。でも人間生
き、
「お年寄でも誰でもが使えるわかりやす
活の本質は、案外変わらないのではないか
いサービスを」ということがよく言われます。
と思っています。
リティやプライバシー問題の解消を図る「利用環境整備」
人やモノがネットワークによってつながることで、人々の
の三つがあります。これらの実現によって、日本は、2010
暮らしをサポートするのがユビキタスネット社会の姿で
年に世界最先端のユビキタスネットワーク国家として先
す。例えば、高齢者に優しい住宅、交通渋滞・事故の削減、
導的役割を果たすことを目指しています。
診療情報の効率的利用、労働形態の多様化、生涯学習の
普及など。また、ユビキタスネットワークは、さまざまな
社会のさまざまな課題を解決
日本経済再生の起爆剤にも
分野・階層で多大な事業機会を提供します。そのインパ
クトの大きさゆえ、日本の社会構造を転換すると同時に、
日本経済再生の起爆剤としても大きな期待が寄せられて
2010 年には、日本は本格的な少子高齢化を迎え、医
います。
療、福祉、交通、雇用、教育などのさまざまな課題に直面
現在、国際的な展開も始まっており、すでに、韓国や中
します。それらを解決するとともに、日本の産業を強化
国などアジア諸国をはじめ、ヨーロッパでの取り組みも
するインフラとして、ユビキタスネットワークの実現が期
スタートしています。国際競争に遅れをとらないために
待されています。
も、統一された概念のもと、国を挙げての早急なユビキ
ブロードバンドネットワークを基盤としつつ、あらゆる
タスネットワークの確立が求められているところです。
「いつでも、どこでも」というインフラが整
エリアごとにチームを編成して動いています。
うになりました。ネットワークでつながった
うと、これまでのオフィスにとどまらず、働く
以前は中央にある指令塔のような場所から
ことで、お客様との対応の仕方を工夫してい
人に適した環境、都合よいタイミングで仕事
個々に指示が出されていましたが、あるとき、
く姿勢が生まれたのです。これも創造性の
ができるようになります。そうなれば、企業
i モードでお客様からのコールをエンジニア
一例なのだと思います。
にとっては(例えば育児のための退職などに
が確認して自律的に対応するスタイルに変わ
「いつでも、どこでも」の環境によって仕事
より)優秀な人材の流出を防ぐことができ、
り、同じチームのエンジニアたちが、どのお
量が増えることを危惧する声がありますが、
働く人にとっては仕事のモチベーション維持
客様を訪れているかもわかるようになりまし
それは運用と働く側の意識の問題だと思い
を図ることが可能です。また、多様な考え方
た。すると、メンバーの働く状況を把握でき
ます。ユビキタスネットワークを支えるイン
や価値観を持つ人たちと協働することで、創
るようになったエンジニアたちは、自分が過
フラやツールは、あくまで道具でしかありま
造性も高まっていきます。
去に対応したお客様の機械の稼働情報を別
せん。また、それは人が苦労して使えるよう
創造性はどのように生まれていくのでしょ
のエンジニアと共有するなどして、チーム全
になるのではなく、人や状況に合わせて使い
うか。例えば当社のカスタマーエンジニアは、
体でよりきめ細かにお客様をサポートするよ
やすくあるべきなのです。
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
未来創発 Vol.19
Vol.18 2005. 85
7
ユビキタスネット社会の実現に
ユビキタスネットワークという概念を初めて提唱し、その理解と普及に努めてきたのが、NRI 理事長の村上輝康です。
新しい概念の構想は今、国の施策と結びつき、日本の社会を大きく変革するものとして注目されています。
新しい社会に何がもたらされるのでしょうか。また、実現に向けての課題は何でしょうか。
野村総合研究所 理事長
村上 輝 康
ユビキタスネットワークの
定義を明確に
──ユビキタスネットワークという言葉は広く普及して
いるようですが、その意味するところはバラバラです。
ユビキタスネットワーク、あるいはユビキタスという言
葉は、あちこちで頻繁に使われるようになりました。ユ
ビキタスという言葉自体が広く理解されていくのは望ま
しいことです。しかし、あまりに多様な意味合いで手軽
に使われると、コンセプト自体が風化していく危険性が
あります。
ユビキタスネットワークを新たな IT パラダイムとして
活用するためには、ユビキタスネットワークという言葉を
キャッチフレーズ的なあいまいな表現で使うのではなく、
定義を明確にして共有することが重要です。国がネット
ワーク社会を根底から変えようと積極的に関与し始めた
ことで、バラバラだった概念がまとまりだし、それによっ
てユビキタスネットワークの実現に向けた次のステージ
へと、大きく一歩を踏み出し始めたところです。
── NRI が考えるユビキタスネットワークというのは、
具体的にはどのようなイメージなのでしょうか。
簡単に言えば「どこでもつながる」
「いつでもつなが
る」
「何でもつながる」ネットワーク利活用環境です。家
庭、オフィス、外出中、移動中の四つのステージに分ける
と、インターネットは机の上のパソコンの前でつながるよ
うにしてくれた。次は机だけでなく、室内やオフィスのい
ろいろな場所でもつながる。さらには外出先でも、移動
中でもつながる。つまり、生活シーンを問わずどこでもネ
ットワークに接続でき、何にでもつながっている状態に
あることです。
私たちが提唱したユビキタスネットワークの概念は、
村上 輝康
むらかみ・てるやす
京都大学経済学部卒業後、NRI に入社。社会システム・技術戦略両研究
ユビキタスネットワークを介して、パソコン以外の情報
部長、研究理事、取締役専務などを経て、2002 年より現職。これまで、イ
家電、携帯電話、PDA(個人用の携帯情報端末)などがつ
ンターネット関連事業、コンサルティング、海外、研究開発等を担当。総
務省の「u - Japan 政策懇談会」や経済産業省の「産業構造審議会」など
ながっているイメージでした。当時は日本経済の落ち込
の座長を務めるなど、情報通信関連分野における国の施策づくりに広く
みが激しかったため、日本経済の強みをどう生かすかと
かかわっている
8
時代とともに徐々に変化しています。2000 年時点では、
未来創発 Vol.19 2005. 8
いう企業サイドの視点で捉えていたからです。
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
向けて
しかしその後、多様なユビキタスの概念が生まれる中
さらに、今年 5 月には「東京ユビキタス会議」が開かれ、
で、私たちが注力したのが、利用サイドの視点からユビ
WSIS の枠組みの中で、ユビキタスネットワークをテーマ
キタスネットワークを明確にすることでした。その結果、
に話し合いが行われました。85 ヵ国、約 600 人が参加し
生活シーンを問わず、どこでもネットワークにつながって
たこの会議では、アジアとヨーロッパが独自に進めてき
いる状態にたどりつきました。現実社会、日常生活をネ
た概念が、実は同じ方向を目指していることが確認され
ットワークによって支援していく発想です。
ています。
──ユビキタスネットワークが普及すると、どのような
ことが起こるのでしょうか。
ユビキタスネットワークは、非常に広範囲に事業機会
をもたらします。まず、最初の出発点はインフラの整備
「ユビキタスネット社会憲章」
の共有を
です。有線系、無線系、ITS(高度道路交通システム)系、
── ユビキタスネットワーク普及のための課題は何で
放送系、さらに電子タグやセンサーネットワークなどの
しょうか。
実物系が整備されるでしょう。次に、ユビキタス端末が
課題のうちもっともやっかいなのは利用環境整備、つ
必要です。これだけ多様なネットワークへのアクセスの
まりセキュリティやプライバシー確保の問題です。ユビキ
ためには、接 続 する数 だけコントローラーを持つわけ
タスネットワークが定着すると、生活や仕事などの利便
にはいきません。おそらく一つか二つになるでしょうが、
性が大変向上し、人々にとって暮らしやすい状況になり
有力なのは携帯電話だと見ています。
ます。しかし一方で、負の面も生じます。
さらに、認証や決済などのプラットフォームの開発や、
私たちがこれから出てくるであろう負の側面の問題を
コンテンツ産業も活発になるでしょう。エレクトロニク
洗い出してみたところ、100 の課題が出てきました。す
ス分野(ユビキタス家電、自動車、住宅、オフィス)が一
でにスパムメール、ウイルス、フィッシング詐欺、スパイ
つの産業として成立し、最後に、少子高齢化に対応する
ウェアなどの問題が出ていますが、それはほんの出発点
サービス、教育や研修サービス、環境サービスなどが生
の問題にすぎません。100 の問題に一つ一つ対応するこ
まれていくはずです。その結果、日本の産業構造が変わ
とはできませんから、最 終 的には人のモラル意 識やセ
ると同時に、活性化することを期待しているのです。
キュリティ認識に委ねざるを得ません。そこで総務省の
「u-Japan 政策」では「ユビキタスネット社会憲章」とい
海外に浸透し始めた概念
うものを提案しています。
ユビキタスネットワークは、息の長い取り組みです。将
── 海外でもユビキタスネットワークという概念は定
来、ユビキタスネットワークの歴史を振り返れば、今は、
着しつつあるのでしょうか。
その実現に向けて関係者がやっと一歩を踏み出そうとし
ユビキタスネットワークということで重要なのは、国
ているところです。ですから企業経営者は短期収益だけ
連世界情報社会サミット(WSIS)です。第 1 回は 2003 年
にとらわれることなく、ビジョンを持って取り組んでほし
にジュネーブで行われ、第 2 回は 05 年 11 月にチュニスで
い。個々の企業が努力を重ねていく一方で、国は相互接
開催されます。
続性や相互運用性といったユビキタスネットワークの確
このサミットは、国連の全組織が参加して情報化社会
立に必要な課題に取り組んでいくでしょう。国際的にも
の問題を議論する場となっています。ジュネーブのサミッ
産業競争が激化しつつある今、一体となって早急にユビ
トでは、日本政府が主導となって「ユビキタスネットワー
キタスネットワークを実現することが、これからの日本に
ク社会の展望」というシンポジウムも開催されました。
とって大変重要なことなのです。
当
「未来創発」
に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2005 Nomura Research Institute,Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
未来創発 Vol.19 2005. 8
9
Fly UP