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分光画像撮影技術による文化財デジタルアーカイブ

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分光画像撮影技術による文化財デジタルアーカイブ
分光画像
超高精細画像
R&D
デジタルアーカイブ
分光画像撮影技術による文化財デジタルアーカイブ
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
つ ち だ
まさる
土田
かわにし たかひと か し の
く に お
や ま と
じゅんじ
勝 /川西 隆仁 /柏野 邦夫 /大和 淳司
NTTコミュニケーション科学基礎研究所では,超高精細の色表現を持つ画像撮影
技術(分光画像撮影技術)をいくつかの貴重な文化財に対して適用し,デジタル
アーカイブを作成するとともにデジタル美術館としての展示を行っています.ここ
では,これらの適用事例と技術的課題について報告します.
文化財デジタルアーカイブ
現は,人間の視覚機能を模倣している
ています(1) .
ものの,文化財のデジタル表現としては
2ショット型分光撮影では,市販の
文化財デジタルアーカイブとは,美術
正確性に欠ける部分があります.このた
カメラを用いることができるので,特殊
品などの文化財をデジタルデータで保存
め,色を記録する方法として,3原色
な装置を用いる分光撮影方式に比べ,
することです.例えば,美術品の色は時
表現で記録するのではなく,光のスペク
安価に分光撮影を行うことが可能です.
間がたてば色あせてしまいますし,なん
トルに近い表現で記録することが重要に
また,撮影者にとっても自身のカメラを
らかの事故が起こって破損した際には復
なります.
そのまま用いることができるため,撮影
元することが難しくなります.そこで,
あらかじめ詳細にデジタルで記録(アー
分光画像撮影技術
場所・被写体に応じて自身のカメラを調
整し,撮影者の技量を十分に発揮して
分光画像を撮影できます.
カイブ)する技術が注目されています.
分光画像撮影技術は赤・緑・青など
いったんデジタルアーカイブしておけば,
の3つの素子の反応で色を記録するので
これらの特徴から,本技術はさまざま
補修作業を行う際にも重要な情報とし
はなく,多様な波長感度を持つセンサを
な環境下での文化財アーカイブに適用可
て役立ちます.また,いったんデジタル
用いて,物体表面からの反射光スペクト
能です.さらに私たちは実際の文化財
アーカイブしておけば,現地の美術館に
ルをより正確に記録する方法です.多様
アーカイブへの本技術の有効性や撮影し
行かなくても,ネットワークとディスプ
な分光感度を持つセンサから得られる多
た画像の価値を確かめるために実証実験
レイを通じて詳細にそれらの美術品を鑑
くのバンドの画像情報を分光画像と呼び
を行いました.
賞・調査することも可能になります.
ます.観察される物体からの反射光スペ
色再現の重要性
クトルと,ディスプレイの特性が分かれ
大規模な文化財への適用
ば,ディスプレイの性能の範囲で誤差の
私たちはインド考古局と東京文化財
鑑賞や復元・調査のような目的には
少ない色の表示が可能になります.この
研究所の調査研究事業において協力依
通常のカラーデジタルカメラで撮影した
方法では,反射光スペクトルを物体表面
頼を受け,世界遺産アジャンタ石窟の壁
画像では十分とはいえません.カラーデ
の分光反射率と照明光スペクトルに分離
画を撮影しました.この撮影では暗い環
ジタルカメラでは赤・緑・青の光に反応
することもできるので,撮影した照明光
境下での広い被写体の撮影に対する2
する素子の感度で色を表現しますが,そ
だけではなく,観察時の照明光のスペク
ショット型分光撮影の有効性を確認し
れぞれの感度はカメラの機種ごとに異な
トルでの画像を再現することもできます.
ました.壁画への影響を最小限に抑える
り,人間が感じる赤・緑・青の3つの
感度とは必ずしも一致しません.また,
モニタも赤・緑・青の3原色で 色を表
現しますが,この発色特性もモニタごと
に異なります.このように3原色での表
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NTT技術ジャーナル 2011.10
2ショット型分光撮影のメリッ
トと実証実験への取り組み
私たちは簡便な分光撮影方法として,
2ショット型分光撮影システムを活用し
ため,床置きした照明のみの70ルクスか
ら150ルクス程度の明るさの中で,超高
感度撮影が可能なカメラによる分光撮影
を行いました(図1 ).これまでは分光
放射輝度計のみでの分光測定のため,撮
R
&
D
ホ
ッ
ト
コ
ー
ナ
ー
図1 アジャンタ石窟壁画の撮影結果
影した画像とスペクトル情報との関連付
けが難しかったのですが,今回分光画像
撮影を行ったことで,画像全体のスペク
トル情報が記録できました.撮影した分
光画像によるスペクトル情報を用いた非
接触・非浸蝕での物理的解析への利用
が期待されています.
伝統技法専門家への聞き取り
調査
分光撮影による文化財デジタルアーカ
イブを伝統技法へ 適用し,その記録価
値を確かめるため,京都祇園祭の船鉾
図2 船鉾の装飾品の撮影結果
で用いられている懸装品の撮影と織物の
専門家による評価を行いました(2) .この
実証実験は文部科学省の「デジタル・
いただき,研究資料としての有効性を
を使って4K動画に変換し,シャープ株
ミュージアムの展開に向けた実証実験シ
確認できました.
式会社の協力を得て,60インチの5原
ステムの研究開発」事業の一環として,
財団法人祇園祭船鉾保存会の協力のも
とに立命館大学と実施しました.実証
多原色デジタル動画展示の実
証実験
色4Kモニタ上(4) に表示しました.5原
色モニタでは,従来の液晶モニタでは表
現が困難だった海の色(エメラルドブ
実験では,例えば,400 cm ×80 cm の
最近ではデジタル美術館への応用の検
ルー)や,金管楽器(黄金色),バラ
被写体を3.6億画素の高精細6バンド画
証のため,著名な絵画を高精細分光撮
(赤色)などを含めて,ほとんどすべて
像として記録しました(図2 ).これら
影し,多原色モニタに表示する実証実
の自然界の色が忠実に表現できます.こ
の撮影画像を専門家に提供し,聞き取
験を行っています.具体的には,事前に
れらの最先端の色再現技術・デジタル表
り調査を行い,「本画像から微妙な色
撮影した本物のフェルメール絵画の高精
現技術を組み合わせることで,美術品の
のグラデーションが,さまざまな刺繍技
細分光画像(図3 は模写絵画を使って
高品質なデジタル再現が可能になり,例
法による3次元的な織りの構造に由来
事前に撮影したときの様子)を,N T T
えば,フェルメールブルーと呼ばれる,
していることが分かる」とのコメントを
(3)
未来ねっと研究所の4K動画配信技術
フェルメールの柔らかな青の表現を色鮮
NTT技術ジャーナル 2011.10
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図3 フェルメールの模写絵画を事前に撮影したときの様子
やかに表示できることを確認しました.
これらの動画は,現在京都市美術館で
開催中の「フェルメールからのラブレ
ター展(2011年10月16日まで)」 (5) に
て来場者に実際に鑑賞いただいており,
これまでのアンケート結果からは「市販
のデジタルテレビ・モニタと比べ,本物
画像撮影,”信学技報,Vol.110,No.382,
pp.377-381,2011.
(3) 白川・野村・石丸・山口・藤井:“デジタ
ルシネマを支えるNTTの技術,”NTT技術
ジャーナル,Vol.18,No.4,pp.51-55,2006.
(4) K. Tomizawa,A. Yoshida,K. Nakamura,
and Y. Yoshida:“Multi-primary color display
systems,”ACM SIGGRAPH 2010 Emerging
Technologies,No.19,2010.
(5) http://vermeer-message.com/
の絵画と色合いが近く,細部まで見るこ
とができ,楽しめた」などの好意的な感
想が寄せられています.
今後の予定
NTTコミュニケーション科学基礎研
究所では,実証実験により得られた知
(後列左から)大和 淳司/ 柏野 邦夫
(前列左から)土田
勝/ 川西 隆仁
デジタル映像の色の忠実性を向上させ,
高品質映像コミュニケーションを利用した
新しいサービスの創造に取り組みます.
見・課題を検討し,色再現技術の研究
をさらに進めていきます.
■参考文献
(1) 土田・川西・大和:“色を忠実に再現する高
精細分光画像撮影技術,”NTT技術ジャーナ
ル,Vol.22,No.9,pp.10-14,2010.
(2) 土田・田中・矢野・川西・柏野・大和:“京
都祇園祭における船鉾懸装品の超高精細分光
50
NTT技術ジャーナル 2011.10
◆問い合わせ先
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
メディア情報研究部
メディア認識研究グループ
TEL 046-240-3572
FAX 046-240-4708
E-mail tsuchida.masaru lab.ntt.co.jp
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