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犯罪、行動異常、犯罪被害等の現象、原因と、 治療、予防の

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犯罪、行動異常、犯罪被害等の現象、原因と、 治療、予防の
重要課題解決型研究
事後評価
「犯罪、行動異常、犯罪被害等の現象、原因と、
治療、予防の研究」
責任機関名:東京医科歯科大学
研究代表者名:野田 政樹
研究期間:平成17年度~平成19年度
目次
Ⅰ.研究計画の概要
1.課題設定
2.研究の趣旨
3.研究計画
4.ミッションステートメント
5.研究全体像
6.研究体制
7.研究運営委員会について
Ⅱ.経費
1.所要経費
2.使用区分
Ⅲ.研究成果
1.研究成果の概要
(1)研究目標と目標に対する結果
(2)ミッションステートメントに対する達成度
(3)当初計画どおりに進捗しなかった理由
(4)研究目標の妥当性について
(5)情報発信 (アウトリーチ活動等)について
(6)研究計画・実施体制について
(7)研究成果の発表状況
2.研究成果:サブテーマ毎の詳細
(1)サブテーマ1
(2)サブテーマ2
(3)サブテーマ3
Ⅳ.実施期間終了後における取組みの継続性・発展性
Ⅴ.自己評価
1.目標達成度
2.情報発信
3.研究計画・実施体制
4.実施期間終了後における取り組みの継続性・発展性
5.中間評価の反映
Ⅰ.研究計画の概要
■プログラム名: 重要課題解決型研究 (事後評価)
■課題名:犯罪、行動異常、犯罪被害等の現象、原因と、治療、予防の研究
■責任機関名: 国立大学法人東京医科歯科大学
■研究代表者名(役職):野田 政樹(難治疾患研究所 所長)
■研究実施期間:3年間
■研究総経費: 総額 222.2 百万円 (間接経費込み)
1.課題設定
凶悪な犯罪が多発する中で、犯罪者の治療・教育や再犯予防、犯罪被害者への治療的援助の問題など、
司法精神保健学の領域には重要な研究課題が山積している。本研究は、これら重要課題のうち、とく
に対応に急を要する触法精神障害者の暴力のリスク評価、性犯罪者の治療、犯罪被害者の PTSD 治
療、の三課題に焦点を当て、研究体制を整備して重点的に研究を進めるとともに、司法精神保健学の
総合的な研究拠点形成を目指そうとするものである。
これらの領域では、我が国の研究と治療水準は欧米諸国に大きく遅れている。我が国では関連領域の法
整備が遅れたこともあって、これまでは、研究の成果を活用することにも限界があった。しかし、心神喪
失者等医療観察法(平成 17 年 7 月施行)、犯罪被害者等基本法(平成 17 年 4 月施行)等の法整備に
加え、性犯罪者等の処遇改善を目指す刑事施設法の改正も行われ(平成 18 年 6 月 8 日公布)、研究
と治療実践をめぐる環境は、大きく改善されることになる。これに伴って、この領域の研究と教育に関す
る社会的ニーズも急速に高まってきており、本研究は、この強い社会的要請に応えて、我が国の研究レ
ベルを国際水準に引き上げる役割を果たすことが期待される。
2.研究の趣旨
本研究の目的は、①触法精神障害者の暴力のリスク評価、②性犯罪者の治療、③犯罪被害者の PTSD
治療という、我が国では発達の遅れてきた司法精神保健学上の重要課題の研究を、新たな法整備の
機会をとらえて推進し、その成果を臨床実践の場に還元することで、これらの領域における我が国の研
究と臨床の水準を国際水準に高めることにある。
全課題の目標として掲げられるのは、実際の治療や鑑定診断に応用できる評価基準をつくることにある。
そのために、まず、精神医学的鑑定・診断、および治療研究の場を確保し、非常勤スタッフを拡充して
体制を整える。その上で、実際に鑑定、治療研究に当たりながら短期間で多数の臨床例を収集し、触
法精神障害者のリスク評価基準の確立、性犯罪者の治療法の確立、重症 PTSD 患者の治療法確立を、
それぞれ目指してゆく。
司法精神医学・医療、性犯罪者処遇、被害者支援ならびにPTSD研究の、いずれの研究領域でも、わが
国は欧米諸国に比べ、大きく遅れをとっている。触法精神障害者の医療については、欧米諸国には質
の高い司法精神医療システムが既に20年以上前に確立されている。性犯罪者の治療への取り組みも、
同様に大きく遅れてきた。被害者支援とPTSD研究についても、我が国は欧米諸国に比して20年ほど
遅れ、数年前より徐々に取り組みが充実してきた段階にある。
東京医科歯科大学難治疾患研究所の犯罪精神医学教室は、この領域ではわが国唯一の専門的研究組
1
織として、研究・実践両面で指導的役割を果たし、必要な法整備を促してきた。心神喪失者等医療観
察法と、犯罪被害者等基本法という、二つの新法の施行と、刑事施設法の改正を迎え、急激に高まる
社会的要請に応えて、犯罪と被害をめぐる司法精神保健領域に関連する評価基準の確立と、実証性
のある有効な治療法の確立を、急ぐ必要がある。
3.研究計画
(1)触法精神障害者のリスク評価に関する研究
1.1再犯リスク評価方法の開発および検証
精神科医を中心に、心理士、精神保健福祉士等多職種よりなる研究チームを構成した上で、精神鑑定の
場を確保し、事例の調査、検査等を通して、鑑定人の鑑定業務に協力しながら、リスク評価に関連する
データを蓄積する。また、法務省の協力を得て、心神喪失者等医療観察法の対象とされた触法精神障
害者のデータを収集する。これらのデータを整理、分析して、触法精神障害者の暴力に関するリスク評
価基準を確立する。
全研究過程を通して、精神鑑定業務への協力により、司法精神医療の新たなスタートを円滑にすると共
に、精神鑑定の質的向上に貢献する。
1.2再犯評価方法検討のための臨床データ処理等の研究
医療観察制度に基づいて、指定入院医療機関に入院した触法精神障害者の臨床データを収集・分析す
るために、新たに国立精神・神経センター精神保健研究所司法精神医学研究部が参画する。カナダの
Webster らが開発し、触法精神障害者のリスクアセスメント・ツールとして世界各国の司法精神医学の研
究領域で使用され、実証研究が進められている HCR-20(Historical Clinical Risk management 20 items)
を用いて、入院医療機関である国立精神・神経センター武蔵病院第8病棟入院患者のリスクを評価し、
蓄積されたデータを解析することで HCR-20 の妥当性および信頼性の検証を行う。
(2)性犯罪者の治療法の研究
精神科医と臨床心理士よりなる研究チームを構成し、この領域で充実した治療環境を整備して効果をあ
げているカナダ等に赴いて、その実践を学び、さらに、法務省の矯正・保護関係機関の協力を得て、我
が国の実情にあう治療・教育プログラムを開発し、実践の場を確保する。次いで、仮出獄や執行猶予処
分を受けた性犯罪者に対する外来治療研究を開始し、同時にデータを集積する。実証的な治療効果
判定を行うために、生理的反応を指標とする検査等も導入する。
また、全研究過程を通じて、矯正・保護関係機関の治療・教育プログラムの開発・実施に協力する。
(3) 犯罪被害者の PTSD 治療法の研究
3.1 PTSD治療法の開発
東京医科歯科大学難治疾患研究所に PTSD 専門ケア・ユニットを開設し、重症の PTSD 症例を対象に、
認知行動療法、薬物療法等を用い、エビデンスに基づく治療戦略を構築する。さらにその成果を、被
害者支援に活かし、犯罪被害者が安心して治療的援助を速やかに受けられるようなシステムを構築す
る。
3.2治療前後における評価方法に関する研究
東京医科歯科大学で収集した臨床データの解析と治療法の検証を行う。また、一般人、被害者、公的お
よび民間支援者の意識調査を行い、その分析結果を元に被害者支援システムのモデルを構築する。
2
4.ミッションステートメント
(1)触法精神障害者のリスク評価に関する研究
1.1精神鑑定の場を整備し、その場を用いて、精神障害者の暴力に関わる要因について詳細なデータを
収集する。また、法務省の協力を得て、平成17年度医療観察法対象者の全数調査を実施し、触法精
神障害者の関連データを収集する。これらのデータを整理・分析して、暴力のリスクの評価基準を確立
する。
1.2精神科医を中心とする研究チームが、精神鑑定に関わることで、医療観察法制度施行の円滑なスタ
ートを促すとともに、精神鑑定の質的向上に貢献する。
2.性犯罪者の治療法に関する研究
2.1精神医学的査定に基づく、性犯罪者の客観的評価・分類法を確立し、類型ごとの特性に応じた、有
効な再犯予防プログラムを開発し、その有効性の検証を行う。
2.2通所者を対象とする治療研究を開始するとともに、矯正・保護機関等の性犯罪者に対する教育・支援
活動に協力、施設内外を通しての一貫した治療的援助体制の実現を目指す。
3.犯罪被害者の PTSD 治療法の研究
3.1PTSD ケアユニットを開設し、犯罪被害に基づく重症の PTSD 症例を対象に、認知行動療法、薬物療
法等を用い、エビデンスに基づく治療戦略を構築する。
3.2エビデンスに基づく治療を、被害者支援に活かし、犯罪被害者が安心して治療的援助を速やかに受
けられるようなシステムをつくる。
4. 司法精神保健学の振興
上記研究遂行の過程で、司法精神保健学の領域で先駆的な研究を進める海外の専門家を招いて公開
のシンポジウムを開催する等して、研究者間の国際交流を密にするとともに、公開講座の開催等により
これら重要課題についての啓発活動を行う。
3
5.研究全体像
研究内容
犯罪、行動異常、犯罪被害等の
現象、原因と、治療、予防の研究
社会の精神保健福祉の向上
犯罪と犯罪被害の最小化
リスク評価基
準の確立
触法精神
障害者のデ
ータ集積と
分析
性犯罪者の
有効な治療
プログラム
PTSDの
治療戦略
の構築
性犯罪者の
重 要 PTSD
データ集積
症例の治療
と分析
と効果判定
司法精神保健学研究センターの確立
4
6.研究体制
研究体制図
○課題分類
「犯罪・テロ防止に資する先端科学技術研究」
○課題名
○研究代表者名
○責任機関名
「犯罪、行動異常、犯罪被害等の現象、原因と、治療、予防の研究」
「山上 皓」
「東京医科歯科大学」
東京医科歯科大学に「司法精神保健学研究センター」を設立し、精神鑑定研究部門、
性犯罪研究部門、PTSD研究部門、神経外傷心理研究部門の4部門で研究を推進
国立精神神経センター
触法精神障害者の治療と
評価及び精神鑑定の研究
暴力のリスク評価
基準の共同作成
国立大学法人東京医科歯科大学
精神鑑定の場
の確保と、協力
① 触法精神障害者の精神鑑定と、
暴力のリスク評価に関する研究
治療教育
プログラム
共同開発
川越少年刑務所
② 性犯罪者の治療に関する研究
③ 重症PTSDの治療法の研究
東京都精神医学総合研究所
PTSD治療法の
開発と、被害者支
援ネットワークの
共同構築
被害者支援こころのケア・
ネットワーク東京モデル
の構築
事例紹介への協力
被疑者支援活動での協力
性犯罪者教育プログラム研究
外来における治療
的支援での協力
東京保護観察所
性犯罪者の保護と援助の研究
国立大学法人東京医科歯科大学
①触法精神障害者の暴力のリスク
に関するデータの蓄積
②性犯罪者の人格と行動に関する
データの蓄積
③犯罪被害による重症PTSD症例
に関するデータの蓄積
全国被害者支援ネットワーク
(民間被害者援助団体連合体)
犯罪被害者の支援方法の研究
各サブテーマで中心と
なる研究開発機関
その他の研究開発機関
1) 触法精神障害者の暴力に関するリスク・ファクターを分析し、暴力に関するリスク
の評価基準を確立するとともに、精神鑑定の質的向上を図る。
2) 性犯罪者の客観的評価・分類法を確立して、類型ごとの特性に応じた治療プログラ
ムを開発し、社会復帰後の治療的援助体制の実現を図る。
3) 犯罪被害による重症PTSD症例を対象に、認知行動療法等を用いてエビデンスに
基づく治療戦略を構築し、その成果を被害者支援の実践に活用できるようにする。
4) 上記研究遂行の過程で、これらの領域で先行する海外の専門家を招き、シンポジウ
ム等を開くなど、研究者間の国際交流を深め、公開講座等も開催する。
5) 研 究 成 果 を 関 係 各 機 関 お よ び 社 会 に 、 有 効 に 活 用 で き る よ う な 形 で 還 元 す る 。
5
実施体制一覧
研 究 項 目
担当機関等
研究担当者
1.触法精神障害者のリスク評価に関する研 東京医科歯科大学難治疾患 ◎野田 政樹
究
(1) 再犯評価方法の開発および検証
研究所
(教授、所長)
東京医科歯科大学難治疾患 山上 皓□□ (非常
研究所プロジェクト研究室
勤講師)
犯罪精神医学
(2) 再犯評価方法検討のための臨床データ 厚生労働省国立精神・神経セ 吉川 和男
処理等の研究
ンター精神保健研究所司法 (部長)
精神医学研究部
2.性犯罪者の治療法の研究
東京医科歯科大学難治疾患 小畠 秀吾
研究所プロジェクト研究室 (特任准教授)
犯罪精神医学
3.被害者のPTSD治療法の研究
(1) PTSD治療法の開発
東京医科歯科大学難治疾患 山上 皓□□
研究所プロジェクト研究室 (非常勤講師)
犯罪精神医学
(2) 治療前後における評価方法に関する研 東京都精神医学総合研究所、 飛鳥井 望
究
東京医科歯科大学難治疾 (参事研究員、教授)
患研究所
4. 研究進捗管理
◎ 代表者
6
7.研究運営委員会について
研究運営委員会委員一覧
氏名
所属機関
役職
◎野田 政樹
東京医科歯科大学 難治疾患研
所長
究所
山上 皓
東京医科歯科大学 難治疾患研
非常勤講師
究所
吉川 和男
国立精神神経センター 精神保
部長
健研究所
飛鳥井 望
東京都精神医学総合研究所、東
参事研究員、教授
京医科歯科大学 難治疾患研
究所
坂本 徹
東京医科歯科大学 医学部付属
院長
病院
西川 徹
東京医科歯科大学 医学部付属
教授
病院精神科
高橋 清久
財)精神神経科学振興財団
理事長
樋口 輝彦
厚生労働省国立精神・神経セン
院長
ター武蔵病院
平尾 博志
法務省 保護局精神保健観察企
企画官
画官室
柿澤 正夫
法務省 保護局
総務課長
廣田 耕一
警察庁 長官官房給与厚生課犯
室長
罪被害者対策室
◎研究運営委員長
運営委員会等の開催実績及び議題
(a) 運営委員会
第一回(平成19年3月30日)
議題: 1.平成18年度の計画および実施状況について
2.平成19年度の計画、および最終年度目標の達成度について
3.平成19年度研究体制変更について
第二回(平成20年3月30日)
議題: 最終年度の計画および実施状況について
(b) 研究成果報告会
第一回(平成18年4月25日)
7
第二回(平成19年10月25日)
第三回(平成20年2月20日)
(c) 研究連絡会
開催なし
8
Ⅱ.経費
1.所要経費
(直接経費のみ)
(単位:百万円)
研 究 項 目
研 究
担当機関等
担当者
1.触法精神障害者のリスク評価 東京医科歯科大学
所要経費
H17
H18
H19
年度
年度
年度
16.1
23.8
37.0
76.9
1.9
1.2
3.1
4.6
30.9
20.7
56.2
11.6
6.8
10.0
28.4
5.1
1.6
6.7
68.5
70.5
171.3
合計
野田 政樹
に関する研究
(1) 再犯評価方法の開発および 東京医科歯科大学
山上 皓
安藤 久美子
検証
大澤 達哉
(2) 再犯評価方法検討のための
臨床データ処理等の研究
2.性犯罪者の治療法の研究
厚生労働省国立精 吉川 和男
神・神経センター
東京医科歯科大学
小畠 秀吾
東本 愛香
3.被害者のPTSD治療法の研究
(1) PTSD治療法の開発
(2) 治療前後における評価方法に
関する研究
東京医科歯科大学
山上 皓
東京都精神医学総 飛鳥井 望
合研究所、
4. 研究進捗管理
所 要 経 費
(合 計)
32.3
9
2.使用区分
(単位:百万円)
サブテーマ1
サブテーマ2
サブテーマ3
計
設備備品費
1.7
4.8
0.6
7.2
試作品費
0
0
0
0
消耗品費
7.4
4.5
5.3
17.2
人件費
65.4
30.1
15.4
111.0
その他
12.8
9.6
13.6
35.9
間接経費
25.6
14.7
10.5
50.8
計
113.0
63.8
45.5
222.2
※備品費の内訳(購入金額5百万円以上の高額な備品の購入状況を記載ください)
【装置名:購入期日、購入金額、購入した備品で実施した研究テーマ名】
高額備品の購入なし。
10
Ⅲ.研究成果
1.研究成果の概要
(1)サブテーマ1 触法精神障害者のリスク評価に関する研究
1.再犯評価方法の開発および検証。
医療観察法の運用の実態と医療観察法対象者の概要で、法務省の協力により心神喪失者等医療観察法案対象
事例に関する貴重な資料を入手し、本法の運用の実態と対象者の特性について概観、整理してデータベース化
した。対象行為では傷害や殺人・殺人未遂などの暴力犯罪が約7割を占めており、疾患名では統合失調症が7割
を占めていた。また、全体の約半数が入院処遇による治療が必要と判断されていた。本データベースの完成により、
今後、触法精神障害者の再犯のリスクを明らかにしていくための解析の基礎データが構築された。
医療観察法鑑定における処遇決定に関する要因分析では、処遇の要否に関連する主な要因としては、「統合失調
症であること」「医療保護入院あるいは措置入院歴があること」や「生活能力」「個人的支援」の有無が主な決定因
子となっていた。また、処遇の分類にあたっては、「男性」「低年齢」などの人口統計学的データのほかに「対象行
為の種類」「治療へのコンプライアンス」などの因子が入院処遇群で有意に高いことがわかった。これらの結果から、
医療観察法の導入により、従来までの疾病性を重視した治療必要性の判断に加えて、社会復帰後の生活環境や
社会支援の有無などの長期的な視点に基づいた処遇の決定が行われるようになったことが明らかになった。
対象行為別リスク要因の検討では、多種にわたる精神障害のうち、審判対象者の7割強を占める統合失調症圏の
事例 158 例を対象とし、他害行為をその質により「放火群」、「性犯罪群(強制わいせつ)」、「凶悪・粗暴犯群(殺
人・強盗・傷害」の3群に分け、これらの行為3群別に対象者の属性や犯行形態の特徴をχ2 検定により比較検討し
た。
その結果、放火群では、抑うつ感情や自殺目的が他害行為の原因となる場合が多く、幻覚・妄想が原因となった者
は少なかった。凶悪・粗暴犯群では、前科前歴を持つ者は少なく、対象行為は幻覚・妄想に起因しており、そのた
め鑑定時や審判時にも反省せずに行為の正当性を主張する者が多かった。性犯罪群はすべて男性であり、また
前科前歴を持つ者が多く、対象行為は、幻覚や妄想ではなく性衝動に基づく場合が多く、そのために、鑑定時や
審判時には行為に対する後悔や反省を示していた。このことから、凶悪・粗暴犯では他害行為において統合失調
症圏という精神障害の影響がかなり強いと思われるが、性犯罪群は、一般犯罪と同様に再犯の高いことが示唆され、
その処遇に際しては精神障害の治療に加え性犯罪特有のプログラムが求められると思われる。
このように統合失調症圏という、類した精神障害によって他害行為を行った者であっても、その行為の質により彼らの
属性や行為の原因は異なっており、精神障害が他害行為に及ぼす影響を検討する際には、行為の質の違いを踏
まえて行う必要があることが示唆された。
医療観察法鑑定における処遇決定に関する要因分析では、多種にわたる精神障害のうち、審判対象者の7割強を
占める統合失調症圏の事例 158 例を対象とし、他害行為をその質により「放火群」、「性犯罪群(強制わいせつ)」、
「凶悪・粗暴犯群(殺人・強盗・傷害」の3群に分け、これらの行為3群別に対象者の属性や犯行形態の特徴をχ2
検定により比較検討した。その結果、放火群では、抑うつ感情や自殺目的が他害行為の原因となる場合が多く、
幻覚・妄想が原因となった者は少なかった。凶悪・粗暴犯群では、前科前歴を持つ者は少なく、対象行為は幻覚・
妄想に起因しており、そのため鑑定時や審判時にも反省せずに行為の正当性を主張する者が多かった。性犯罪
群はすべて男性であり、また前科前歴を持つ者が多く、対象行為は、幻覚や妄想ではなく性衝動に基づく場合が
多く、そのために、鑑定時や審判時には行為に対する後悔や反省を示していた。このことから、凶悪・粗暴犯では
他害行為において統合失調症圏という精神障害の影響がかなり強いと思われるが、性犯罪群は、一般犯罪と同様
に再犯の高いことが示唆され、その処遇に際しては精神障害の治療に加え性犯罪特有のプログラムが求められる
11
と思われる。このように統合失調症圏という、類した精神障害によって他害行為を行った者であっても、その行為の
質により彼らの属性や行為の原因は異なっており、精神障害が他害行為に及ぼす影響を検討する際には、行為
の質の違いを踏まえて行う必要があることが示唆された。
医療観察法における審判対象者と被害者との関係では対象者と被害者の関係・特性の検討、対人暴力が誘発さ
れやすい状況等についての検討、被害者や対象者に対する有効な支援、以上 3 点についての検討を行った。そ
してその結果、対象者と被害者の関係・特性の検討については、被害者は『親族』『被害者と面識のない人』が多く、
年代は高年代傾向にあり、性別に男女比に大きな差は見られず、対象行為被害の質も一般犯罪被害者の傾向と
異なっていた。さらに二大疾患別に被害者属性を見てみると、F2.統合失調症群の被害者『親族』では「親」が、F3.
感情障害群では「子ども」が被害者となっており、従来の結果と同様だった。対人暴力が誘発されやすい状況等に
ついての検討については、妄想、幻覚等精神疾患症状の多さ、問題行動歴の高さ、福祉サービスの利用の少なさ
が顕著であり、家族間機能の問題も浮き彫りになった。被害者や対象者に対する有効な支援については、精神症
状の治療だけでなく、パーソナリティや家族機能への関与を医療関係者が積極的に行い、また保健所の役割の促
進など、福祉分野も積極的にこれら家族に関与、介入していく必要があると思われる。
医療観察法鑑定における「共通評価項目」の有用性に関する予備的検討では、医療観察法鑑定における「共通評
価項目」の有用性を予備的に検討した。因子分析の結果、「共通評価項目」は「現実検討能力」「社会適応」「行動
の障害」「環境要因」の 4 因子が抽出され、おおむね良好な信頼性と妥当性を有していた。特に「現実検討能力」
は信頼性・妥当性ともに高く、有用な因子であった。しかしながら、下位因子のなかには必ずしも十分な信頼性が
確認できなかったものもあり、また、評価者間信頼性などは本研究で検討できておらず、今後さらなる検討が必要
である。
一般裁判事例の責任能力判断に関する調査として鑑定人および裁判官の刑事責任能力判断に関わる要因の研
究をおこない、診断という純粋な医学的判断に関して、裁判官は精神科医である鑑定人の判断を尊重していること
を示している事、責任能力に関しては、鑑定書の判断に関わらず裁判官が独自に判断していたもの 31 例
(48.4%)、鑑定書の判断を採用した上で裁判官が判断したもの 29 例(45.3%)であり、合計 60 例(93.8%)にお
いて裁判官が主体性をもって判断していることがわかった。と同時に、半数近くの裁判官が鑑定結果をその責任能
力判断の根拠としたことが示された。同時に、鑑定後の証人尋問では、鑑定人は責任能力について明確な判断を
要求されることもあり、現実には鑑定人に判断が委ねられているともされる。鑑定人は診断のみならず、十分な精神
医学的知見に基づいた責任能力判断を示すことで、裁判官の責任能力判断に寄与することが出来ると考えられる。
今回の結果は、可知論的判断が実際に全国規模で浸透していることを確認したものである。可知論は鑑定人と裁
判官双方のコンセンサスを得られていると考えられ、今後も可知論に基づく責任能力判断が求められていくと考え
られる結果となった。
司法制度に関する社会意識調査および国際シンポジウム開催による本分野の現状と課題についての周知のため
に、犯罪(社会安全)・医療観察法・裁判員制度などに関するアンケーにより、一般社会でおこりうる犯罪に関する
質問や、新しい司法制度や精神鑑定のあり方に関する一般社会における認識を明らかにしようとした。その結果、
通常、多くても 25-40%と予測されるアンケート回収率を大幅に上回り、最終回収率は 70%を越えた。これは、本
分野に対する社会的関心の強さを反映していると同時に、実際に 64%が犯罪が増加していると回答していること
からも、社会における犯罪への不安が高まっているものと思われた。一方、司法制度全般や精神鑑定については
概ね正しく認識されているものの、医療観察法に関する認知度は約 1 割強にすぎず、他害行為を行った精神障害
者の社会復帰に関しても消極的な意見が多いように思われた。平成 21 年に裁判員制度が開始されると、今後は
選出された一般の方が、刑事裁判に参加して審理に臨むことになる。したがって、新しい司法制度の情報につい
12
て正しく広く周知し、また、一般にもわかりやすい精神鑑定書を作成していくこともわれわれの重要な課題であると
思われる。その点においても、調査の結果が、一般社会にも広く理解の得られるような司法制度改革の一助となる
だけでなく、精神鑑定に携わる専門家にとっても精神鑑定のあり方を再考する契機となるものであることが期待され
る。
2.再犯評価方法検討のための臨床データ処理等の研究
カナダで開発され、触法精神障害者のリスクアセスメント・ツールとして世界各国で使用されている、
HCR-20(Historical Clinical Risk management 20 items)が、我が国の触法精神障害者に対しても用いうるか
否かを検証する目的で、HCR-20 の日本版を作成し、国立精神・神経センター武蔵病院入院患者の医療観察法
対象者 35 例に実施した。
結果として、ヒストリカル項目、クリニカル項目、リスクマネ-ジメント項目から、特徴的なパタ-ンが抽出されることか
ら、今後の再犯リスク評価の一方法として有効であることが示唆された。また、HCR-20 が単なるリスク評価に留まら
ず、その後の治療やマネージメントに対して有用な情報を提供してくれる可能性が判明した。今後、さらに症例数
を増やし、妥当性および信頼性の検証を行っていくことが重要であると考えられた
(2)サブテーマ2 性犯罪者の治療に関する研究
本研究の第一の目的は、わが国の性犯罪者の評価・分類法を確立することにあったが、分類し類型化を行うに足る
だけの充分な事例数を集めることができなかったため、この目的を果たすことはできなかった。
しかし、対象者個々の事例に即して検討したところ、MMPI のプロフィル分析が性犯罪者治療における対象者の逸
脱的性的空想の存在の検討に有益である可能性が示唆された。また、他者の表情認知に関する研究では、一部
の性犯罪者において健常成人と異なる表情認知パターンを示す場合があり、とくにある種の否定的な感情の読み
取りが欠如していることが被害者への共感性の乏しさや、犯行の合理化といった認知の歪みの形成に影響してい
る可能性が示唆された。また、対人態度や原因帰属スタイルを把握できる K-SCT(構成的文章完成法テスト)が、
プログラム受講による性や犯罪、対人関係に関する認知の変化・修正を客観的に捉える方法として有効である可
能性も示唆した。さらに、リスク・アセスメント・ツールである FOTRES の我が国への導入可能性について、実際の事
例に基づいて検討を行い、対象者の包括的な評価に役立つ可能性を明らかにした。
事例数は少ないものの、対象者の性質上、事例を集積することには多大な困難が伴うこともあって、これまで我が国
では性犯罪者の基本的属性に関する調査・研究はほとんど行われてこなかった。その点でも、本研究の結果は、
限定的ではあるが意義の有るものと思われる。
日本では、性犯罪者に対する治療的関与は行刑施設や保護観察所など司法関係機関でしか行われていない。し
かし、概して、我が国では服役期間や保護観察期間は充分な治療効果をあげるには短いことが多く、性犯罪者の
再犯予防のためには司法的な処遇が終了した後にも社会内で治療を継続できるような資源が充実することが必要
である。本研究の二番目の目的であった「性犯罪者の矯正に関する教育支援等、一貫した治療援助体制の構築」
についても充分に達成されたとは言えないが、本研究において、非行政機関における性犯罪者の再犯予防のた
めの治療的環境が整備されたことは、これからの我が国での性犯罪者の社会内処遇のあり方を考える際に一つの
モデルを提供するものであり、貴重な取り組みであったと考えられる。
(3)サブテーマ3 PTSDの治療法の研究
本研究は、深刻な犯罪や重度事故の被害者や被害者遺族を対象として、本邦におけるエビデンスに基づいて治療
法の検証を行うことを目指したものである。欧米各国の PTSD 治療ガイドラインでは、曝露療法に代表されるトラウ
13
マ焦点化認知行動療法は、エビデンスに基づいた治療の中核的技法として強く推奨されている。しかしながら本邦
を含め非西欧諸国では PTSD 治療のエビデンスはほとんど得られていない。そこで本研究では、トラウマ焦点化認
知行動療法の中でも定評のある PE 療法(長時間曝露法: Prolonged Exposure Therapy)を用いた治療研究を進め
た。具体的には東京医科歯科大学難治疾患研究所・心的外傷ケアユニットにおいて、深刻な犯罪や重度事故被
害を原因とした PTSD を対象として PE 療法を実施し、得られた治療前後の症状評価データの解析を行った。
予備研究症例(対象 12 例、治療終結 10 例)の 6 ヶ月後経過を評価した結果、PE 療法は治療前後で有意に PTSD
症状が改善するだけでなく、治療効果は 6 ヶ月後も良好に維持されていることがわかった。この研究結果は PE 療
法に関するアジアからの初報告となる。
PE 療法の有効性をさらに科学的に検証するため、ランダム化比較試験を実施し、研究期間末までに治療前後の効
果検証を終了した。最終組入れ症例は 24 例であり、出来事内容は性暴力被害 13 例、他の暴力被害 5 例、事故 6
例である。組入れ症例はランダムに PE 群と TAU 群(対照群)に振り分けた。PE 群は薬物療法や支持的精神療法
などの通常治療を継続しながら PE を実施し、対照群は通常治療(Treatment As Usual)のみを継続した。TAU 群に
ついても 10 週間の待機期間の後に症状評価し、その後に PE を実施した。治療前後の症状評価は、被験者がどち
らの群に属するかをマスクし、評価法のトレーニングを受けた 2 名の臨床心理士が独立評価者として実施した。症
状評価尺度としては CAPS(PTSD 臨床診断面接尺度)と自記式質問紙法である IES-R(改訂出来事インパクト尺
度)、CES-D(抑うつ症状評価尺度)、GHQ-28(一般健康質問紙)を使用した。治療前後の評価を混合モデル法に
より解析した結果、いずれの尺度においても TAU 群に比べ PE 群では有意に優れた症状改善が認められた。この
結果、PE 療法は我が国の PTSD 患者に対しても有効な治療法であることを実証できた。
また別に、犯罪・事故被害者遺族の PTSD を伴う病的悲嘆を対象として、PE を応用した複雑性悲嘆治療
(Complicated Grief Treatment: CGT)プログラムの予備研究を進めた。被害者遺族の悲嘆はしばしば複雑性悲嘆
として遷延化・困難化の経過をたどることが知られているが、これまで有効性を検証された治療技法は現在もなお
乏しい。被害者遺族 12 例を対象として CGT を実施した結果、11 例(全員女性:殺人 5 例、交通事故 4 例、過失事
故 2 例)がプログラムを終了した。症状は CAPS、IES-R、CES-D、GHQ-28 のほかに悲嘆の程度を測定する自記式
外傷性悲嘆尺度(ITG)により測定評価した結果、すべての尺度において、治療前後で有意に症状が改善している
ことを確かめられた。この結果により、殺人や事故など暴力的死別を体験した被害者遺族の PTSD 及び複雑性悲
嘆に対して、PE 療法を応用した CGT の有用性を示唆することができた。
(1)研究目標と目標に対する結果
①「触法精神障害者のリスク評価に関する研究」の目標は、精神鑑定の場や医療観察法病棟の場等における実践を
通して、医療観察法の対象とされる多数例のデータを収集し、さらにそれらの事例を追跡調査する中で、触法精神
障害者の暴力のリスク評価基準を確立すること、および、このような研究活動を通して、我が国における司法精神
医療の円滑な運用を促し、また、司法精神鑑定の質的向上に寄与することであった。
結果:
医療観察法の対象とされる多数例のデータについては、極めて困難な手続きを経て法務省の協力を得、法施行当
初より 10 ヵ月余の 225 例についての詳細なデータを入手し、その解析によって、医療観察法の運用実態、改善す
べき点などを明らかにすることで、法の円滑な運用を促すとともに、これらの事例の罪種別のリスク要因や、被害者
との関係別のリスク要因等、触法精神障害者の暴力のリスクに関する新知見を得た。ただし、入手資料は連結不可
能・匿名性のものであり、追跡調査をするには、あらためて法務省の許可を要する上、他の情報によれば、法施行
後これまでの再犯例はまだ全国で数例程度に留まっていることなどの事情もあり、追跡調査は実施されていない。
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いずれにせよ、本資料は医療観察法対象者の基礎データとして、将来に向けて貴重な価値を持ち続けるものであ
る。
臨床事例のリスク調査としては、世界で汎用されている HCR-20 の妥当性、信頼性を検証する目的で、その日本語
版を作り、国立精神神経センター医療観察法病棟入院事例を対象にこれを実施し、これが我が国の触法精神障
害者においても、リスク評価ツールとして有効であるだけでなく、その後の治療やマネージメントに対して有用な情
報を提供してくれる可能性のあることが明らかにされた。
精神鑑定については、鑑定センター的な場を確保することはできなかったが、研究期間中に重大事件多数を含む
20数件の精神鑑定を実施し、また、最高裁判所が把握していた、過去に精神鑑定が裁判上の重大な争点となっ
た全国 50 例の詳細な分析に基づく指摘により、我が国の精神鑑定の質的向上に貢献できたと考える。
これらの研究活動に加えて、欧米の司法精神医療先進国より専門家を招いて講演会やシンポジウムを開催するな
どし、医療観察法による医療の質的向上に貢献することができた。
②「性犯罪者の治療法に関する研究」の目標は、性犯罪者に対する客観的評価・分類法を確立し、その類型毎の特
性から有効な治療プログラムを開発した上で、 性犯罪者の矯正・保護季刊における教育支援等と連携した、一貫
した治療援助体制の構築を目指すこと、および、このような研究活動を通して、我が国において開始されて間もな
い矯正・保護機関における性犯罪者に対する教育・支援活動に協力し、その充実を促すことであった。
結果: この領域で先行するイギリスやカナダでの調査資料等を基にして、性犯罪者の治療プログラムを開発し、応
募した 19 名を対象に事前評価・審査を行い、7 名を対象に、東京医科歯科大学において治療研究を実施し、対象
者の認知特性(とくに対人認知)の理解に有効な構成式文章完成法テスト(K-SCT)が、自身の性犯罪のサイクル
を構築し理解するための情報として役立つことを明らかにし、日本の処遇状況に適した評価方法となる可能性を示
唆することができた。また、表情認知能力に関する研究からは、一部の性犯罪者では他者の否定的感情の読み取
りが欠如しており、これが被害者への共感性の欠如や犯行の合理化を反映している可能性が示唆され、これも日
本の文化的特性を考慮した評価方法となりうることを明らかにした。また、海外での先行研究と同様に、日本でも、
ミネソタ式人格目録(MMPI)が倒錯的性的空想傾向を有する対象者の検出に有効である可能性を明らかにするこ
とができた。
本治療研究の対象とすることのできた性犯罪者の数が比較的少数であったことなどもあって、日本独自の新たなプ
ログラムの開発とその効果検証という、当初の目標は充分に達成することはできなかったが、文化的背景を考慮し
た治療上有用な情報の検出方法を提案することができた。これは今後、日本の状況に見合ったプログラムの改良
を行う上で有益な知見となることが期待されるものである。
本研究活動を進める過程で、法務省矯正局や保護局関連諸施設より多くの協力要請が寄せられ、法務官軽食員
の研修・教育に協力することによって、我が国における性犯罪者教育実践の円滑なスタートを支援することができ
た。また、この間に二度に亘って開催した、性犯罪者の再犯防止をテーマとする国際シンポジウムには、全国より
多数の法務省職員、精神医学や心理学の専門家が参加し、この領域で先行するカナダやイギリス、スイスなどの
専門家との間で、情報交換やディスカッションを行うことができたが、これは我が国の専門家の教育に有益であった
だけではなく、この問題の重要性を広く国民に発信する機会ともなった。
(2)ミッションステートメントに対する達成度
研究領域の特殊性もあって、多数の事例や資料の収集には困難が伴ったことや、研究体制を途中で大きく変更せ
ざるを得なかったという事情があるが、そのような制約のもとで、ミッションステートメントは、よく、かなりの程度まで達
15
成されたと考える。
(3)当初計画どおりに進捗しなかった理由
本研究では、性犯罪者の再犯予防プログラムへの自発的参加者をその対象として行う計画であったが、研究開始
時に予想していたよりもプログラムへの参加希望者および実際の参加者が少なく、統計的検証に充分に耐えるだ
けのケースを集めることができなかった。
また、当初の研究計画にあった性犯罪者治療のためのネットワーク構築の構想は、本研究開始と同時期に法務省
による施策的取り組みが開始されたこともあり、民間レベルでの実現は困難となった。
すなわち、本研究を進めるにあたっては最も重要となるデータの入手の段階で困難を来たし、法務省によるデータ
使用許可が得られたのが平成 18 年 11 月 13 日となった。このため、詳細な解析を行う時間的余裕がなかったこと
が最も大きく影響した結果になったと思われる。
(4)研究目標の妥当性について
本研究申請時点では、本研究計画とその目標は妥当なものであったと考える。具体的には、近年の凶悪犯罪の増
加や、めまぐるしい司法制度の変革などの社会情勢からも、再犯防止のためのリスクアセスメントの確立は、非常に
重要で有意義なテーマと目標であったと思われる。
(5)情報発信 (アウトリーチ活動等)について
性犯罪者に対する治療教育的取組みの有効性や海外での動向およびわが国の課題などに関する一般国民への
啓蒙活動として、二度にわたり国際シンポジウム(「性犯罪者の再犯防止のために-トリートメントとアセスメント-」平
成 19 年 2 月 18 日、「性犯罪者の再犯防止への社会的取り組み-司法、行政、医療の視点から-」平成 19 年 11 月
10 日)を開催し、有意義な成果をあげることができた。
また、本研究で専任の研究員を配置したことにより、性犯罪者の治療やアセスメントの専門家を育成することができ
た。本研究のスタッフが性犯罪者治療の専門家として、川越少年刑務所や東京保護観察所などの第一線の処遇
機関と連携をとることで意義のあるアウトリーチ活動を展開することができた。現在も各研究者が講演や学会活動を
通して、本研究成果に関する広報活動を続けている。
(6)研究計画や実施体制について
研究計画そのものは妥当なものであったと考える。本研究が当初の予定通りに進まなかったのは、予想外にプログ
ラムへの参加希望者が集まらなかったためであり、その対処策として、性犯罪者処遇プログラムを実施している刑
務所に研究協力依頼をして対象者数の確保を図ったが、協力を得られず、この問題点の解決は得られなかった。
また、医学と司法、社会の問題が密接に絡み合うテーマであったため、多省庁との連携がもっとも困難であった。ま
た、データの取り扱いについては、個人情報保護の観点や倫理面でも十分に配慮しながら慎重に進めていく必要
があった。
そのため、具体的には、法務省、厚生労働省、警視庁等が管轄する多くの主要機関が主催する数々の研究会に参
加したり、専門家の視点から互いの業務活動を支援する行うことにより、連携体制を確立した。さらに、本プロジェク
トチームの代表者らが、20 年かけて行ってきた研究の成果が高く認められたことも、連携体制を強化することができ
た重要なポイントであったと思われる。
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(7)研究成果の発表状況
1)研究発表件数
原著論文発表(査
読付)
左記以外 の 誌面
口頭発表
合計
発表
国
内
9件
13 件
19 件
41 件
国
外
1件
0件
6件
7件
合
計
10 件
13 件
25 件
48 件
2)特許等出願件数
「該当なし」
3)受賞等
小畠秀吾
2006 年度 日本犯罪学会学術奨励賞
安藤久美子 2007 年度 日本犯罪学会学術奨励賞
4)原著論文(査読付)
【国内誌】(国内英文誌を含む)
山上皓 「医療観察法が目指すもの」 臨床精神医学 35(3):245-249, 2006
大澤達哉 「鑑定人および裁判官の刑事責任能力判断に関わる要因の研究−裁判所等を通して実施した全国 50 事
例の関係記録の分析より−」 精神神経学雑誌 109(12):1100-1120, 2007
東本愛香、野口博文、Endrass J.ら 「スイスにおけるリスクアセスメント」 臨床精神医学 36(9):1165-1171, 2007
安藤久美子ら「自らの加害行為による PTSD 類似症状—医療観察法の実子殺害例の検討から−」 臨床精神医学
36(9): 1181-1189, 2007
和田久美子ら 「医療観察法申し立て対象者 225 例の特性と処遇決定の現状」 臨床精神医学 37(4):415-423, 2008
飛鳥井望 「エビデンスに基づいた PTSD の治療法」 精神神経学雑誌 110: 244-249, 2008
飛鳥井望 「暴力的死別による複雑性悲嘆の認知行動療法.」 トラウマティック・ストレス 6:59-65, 2008
飛鳥井望 「精神療法はトラウマ記憶をどう処理できるか: 長時間曝露法の経験から」 精神療法 33:182-187, 2007
齋藤梓, 鶴田信子, 飛鳥井望 「レイプ被害者の心理と対応: 主にリエゾン医に求められる初期対応について」 総
合病院精神医学 19:195-202, 2007
【国外誌】
Asukai N, Saito A, Tsuruta N, Ogami R, and Kishimoto J. “Pilot Study on Prolonged Exposure of Japanse Patients
with Post Traumatic Stress Disorder Due to Mixed Traumatic Events” Journal of Traumatic Stress 21:340-343,
2008
5)その他の主な情報発信(一般公開のセミナー、展示会、著書、Web等)
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【口頭発表(国内)】
東本愛香、小畠秀吾、山上皓 「日本における性犯罪者専門外来の開設に向けて」 第 25 回日本社会精神医学会、
東京 [2006/2/26]
東本愛香、小畠秀吾、山上皓 「性犯罪者治療におけるアセスメント−K-SCT テストによる試み」 第 43 回日本犯罪学
会総会、大阪 [2006/11/25]
小畠秀吾、東本愛香、高橋由利子、山上皓 「東京医科歯科大学における性犯罪者再犯予防の試み」 第 43 回日本
犯罪学会総会、大阪 [2006/11/25]
安藤久美子 「発達障害をともなう事例への対応」 第 1 回通院医療等研究会,明治製菓会館,東京 [2007/02/03]
安藤久美子 「早期退院となった統合失調症事例」 東京地方裁判所判定医研究会,東京 [2007/03/09]
田中奈緒子、和田久美子、大澤達哉、森澤陽子、中屋淑、高田裕光、安藤久美子、山上皓 「医療観察制度におけ
る審判の現状及び審判対象者の特性等に関する分析」 第 26 回日本社会精神医学会、横浜 [2007/03/23]
東本愛香、和田久美子、小畠秀吾山上皓 「性犯罪者処遇のあり方に関する意識調査—仮想市場評価法を用いた予
備的研究」 第 26 回日本社会精神医学会、横浜 [2007/03/23]
小畠秀吾 「性非行の理解と調査方法-リスクアセスメントの観点から-」 裁判所職員総合研修所平成 19 年度事例分
析研究会 [2007/10/25]
安藤久美子、小山明日香、田中奈緒子、中屋淑、森澤陽子、高田裕光、和田久美子、大澤達哉、山上皓 「医療観
察法制度における処遇決定に関する要因分析」 第 44 回日本犯罪学会総会、東京 [2007/12/01]
東本愛香、野村和孝、小畠秀吾、山上皓 「性犯罪者治療におけるアセスメント−K-SCT テストの結果から−」 第 44
回日本犯罪学会総会、東京 [2007/12/01]
安藤久美子 「鑑定人尋問」 東京地方裁判所模擬裁判研究会.東京地方裁判所, 東京 [2008/01/16]
飛鳥井望, 鶴田信子, 齋藤梓 「暴力的死別による複雑性悲嘆を伴う PTSD に対する認知行動療法の有効性.」 第
27 回日本社会精神医学会、福岡 [2008/02/28]
東本愛香、野村和孝、和田久美子、小畠秀吾、山上皓 「性犯罪者処遇のあり方に関する意識調査—仮想市場評価
法を用いた研究(1)」 第 27 回日本社会精神医学会、福岡 [2008/02/28]
野村和孝、東本愛香、和田久美子、小畠秀吾、山上皓 「性犯罪者再犯防止プログラムの有効性—社会内トリートメン
トの視点から—」 第 27 回日本社会精神医学会、福岡 [2008/02/28]
中屋淑、安藤久美子、、田中奈緒子、森澤陽子、高田裕光、和田久美子、大澤達哉、山上皓 「医療観察法における
審判対象者と被害者との関係」 第 27 回日本社会精神医学会、福岡 [2008/02/28]
小山明日香、安藤久美子、田中奈緒子、中屋淑、森澤陽子、高田裕光、和田久美子、大澤達哉、山上皓 「医療観
察法における「共通評価項目」の有用性に関する予備的検討—精神鑑定書分析その 1−」 第 27 回日本社会精神
医学会、福岡 [2008/02/28]
安藤久美子、小山明日香、田中奈緒子、中屋淑、森澤陽子、高田裕光、和田久美子、大澤達哉、山上皓 「医療観
察法における入通院の処遇判断に関する分析—精神鑑定書分析その2−」 第 27 回日本社会精神医学会、福岡
[2008/02/28]
安藤久美子 「医療観察法の概要と実際〜PTSD 類似症状を呈した入院対象者の事例を通して〜」 臨床心理研究
会[2008/03/01]
齋藤梓, 鶴田信子, 飛鳥井望 「PE 療法の治療過程における患者のナラティブの変化にみる非機能的認知の修正」
飛鳥井望, 鶴田信子, 齋藤梓, 西川徹, 山上皓「PTSD に対する長時間暴露法(PE)の有効性: ランダム化比較
試験による検討」第 104 回日本精神神経学会、東京 [2008/05/31]
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【口頭発表(国外)】
飛鳥井望ら、Asukai N, Hamanaka S, Kamijo Y, Hatta K 「The prevalence of acute stress disorder and post-traumatic
stress disorder among severely injured patients in motor vehicle accidents (MVA) in Japan.」 IV World Congress on
Traumatic Stress, Buenos Aires, Argentina [2006/06/24].
東本愛香、主藤、簑下、小畠秀吾、山上皓 「Usefulness of the K-SCT test in Assessment of Sexual Offenders」 9th
Conference of the International Association for the Treatment of Sexual Offenders(IATSO)、Hamburg [2007/09/07]
小畠秀吾、東本愛香、山上皓ら 「How Japanese Sex Offendres recognize amibiquious facial expression?-Using the
Noh-mask test-」 26th Research and Treatment Conference of Association for the Treatment of Sexual
Abusers(ATSA) San Diego [2007/11/02]
飛鳥井望、齋藤梓、鶴田信子 「Prolonged exposure therapy for Japanese PTSD patients: does it work for
non-Western traumatized people?」 The 22th Annual Meeting of the International Society for Traumatic Stress
Studies (poster), Los Angels, USA [2006/11/17]
飛鳥井望、齋藤梓、鶴田信子 「Cognitive Behavioral Treatment for Post Traumatic Stress Disorder with
Complicated Grief in Bereaved Family Members Exposed to Violent Death:A Pilot Study」 The 23rd Annual
Meeting of the International Society for Traumatic Stress Studies, Baltimore, USA [2007/11/15]
齋藤梓、鶴田信子、飛鳥井望 「The Relationship between Narrative Changes and the Cognitive Correction in
Prolonged Exposure」 The 23rd Annual Meeting of the International Society for Traumatic Stress Studies,
Baltimore, USA [2007/11/15]
【その他の紙面発表】
小畠秀吾 「性犯罪者の精神鑑定.」 犯罪学雑誌 72(3) : 81-86,2006.
飛鳥井望 「外傷後ストレス障害」 In: TODAY'S THERAPY 2007 今日の治療指針, pp704-705. 東京, 医学書院,
2006.
飛鳥井望 「PTSD の治療法」 こころの科学 129:48-53, 2006.
飛鳥井望 「外傷後ストレス障害:概念・診断・心理社会的研究」 臨床精神医学 35:849-856, 2006.
安藤久美子ら 「心神喪失者等医療観察法」 武田雅俊ほか(編)コア・ローテーション精神科,pp362-369,金芳堂,
京都,2007
安藤久美子 「触法精神障害者への処遇プログラム−医療観察法指定入院医療機関における心理臨床的アプロー
チ」 生島浩ほか(編)犯罪心理臨床,pp192-207, 金剛出版,東京, 2007
小畠秀吾 「性犯罪者処遇プログラム」 精神療法 33(2):63-65, 2007.
飛鳥井望 「犯罪被害者の精神的被害」 In:藤岡淳子編「犯罪・非行の心理学」,有斐閣ブックス, 東京, pp229-238,
2007.
鶴田信子, 飛鳥井望, 齋藤梓 「PTSD 治療と心理教育」 現代のエスプリ 483: 96-104, 2007
齋藤梓, 鶴田信子, 飛鳥井望 「長時間曝露法を用いた PTSD 治療の実践について」 心と社会 39 (1):88-92, 2008
安藤久美子 「7.発達障害(広汎性発達障害、アスペルガー症候群など). II.各論:各種疾患の精神鑑定例」 五十
嵐禎人ほか(編)中山書店,東京, 2008
安藤久美子 「8.発達障害(Asperger 症候群). 専門医のための精神科臨床リュミエール1.刑事精神鑑定のすべ
て」 五十嵐禎人(編)pp160-172,中山書店,東京, 2008
小畠秀吾 「虐待の後遺症-特に性犯罪者における被虐待体験を中心に-」 トラウマティック・ストレス 6(1): 43-49,
19
2008.
【その他、シンポジウム、講演等の活動】
(国際シンポジウム開催)
国際シンポジウム 「司法精神医療の現状と課題」 パメラ・テーラー、パー・リンドクヴィスト、ジョン・ガンら、東京
[2006/05/26]
国際シンポジウム 「性犯罪者の再犯防止のために-トリートメントとアセスメント-」 ウィリアム・マーシャル、デニス・ドー
レン、マーガレット・デイヴィーズ、藤岡淳子ら、東京 [2007/02/18]
国際シンポジウム 「性犯罪、行動異常の再犯防止への社会的取り組みー司法・行政・医療の視点からー」 ソフィー・
バロン・ラフォレ、ダニエル・ジョジュル・コンダミナス、ジェローム・エンドラスら、東京 [2007/11/10]
(講演)
小畠秀吾 「性犯罪者の理解と処遇」 矯正研修所第 37 回研修、幕張 [2005/11/24]
小畠秀吾 「「精神医学の立場から」 シンポジウム「性犯罪対策の今日と将来」」 第 42 回日本犯罪学会総会、東京
[2005/11/26]
小畠秀吾、東本愛香 「性犯罪者への認知行動療法(再発防止法について)」 法務省保護局 性犯罪者処遇プログ
ラム導入研修会、幕張 [2006/04/26]
飛鳥井望 「被害者への共感」[講義]. 平成 18 年度性犯罪者処遇プログラム導入研修, 法務総合研究所, 東京
[2006/04/26].
飛鳥井望 「トラウマ記憶に対処する」[講演]. NPO 法人市民事務局かわにし主催, JR 福知山線列車事故被害者支
援・トラウマ回復プログラム, パレットかわにし, 川西 [2006/05/14, 05/21].
飛鳥井望 「性犯罪被害者と PTSD」[講義]. 警視庁警察学校教養・性犯罪捜査専科, 警視庁警察学校専科教養部,
東京 [2006/06/09].
安藤久美子 「PTSD—外傷性記憶—.釧路地方裁判所」,釧路 [2007/01/19]
安藤久美子 「「気分障害をもつ医療観察法対象者における PTSD 類似症状」.シンポジウム「加害者に認められる
PTSD 類似の症状」」 第 6 回日本トラウマティックストレス学会,東京 [2007/03/10]
飛鳥井望, 齋藤梓, 鶴田信子, 大上律子 「被害者及び被害者遺族に対するエビデンスに基づいた治療の取組.」
第 6 回トラウマティック・ストレス学会[シンポジウム講演], 武蔵野大学, [2007/03/10]
飛鳥井望, 齋藤梓, 鶴田信子, 大上律子 「被害者及び被害者遺族に対するエビデンスに基づいた治療の取組.」
第 6 回トラウマティック・ストレス学会[シンポジウム講演], 武蔵野大学 [2007/03/10]
大上律子, 飛鳥井望 「警察支援活動と連携した性暴力被害者への長時間曝露法の適用」 第 6 回トラウマティック・
ストレス学会[シンポジウム講演], 武蔵野大学 [2007/03/10]
飛鳥井望 「被害者とその遺族の方の精神的症状(トラウマ・PTSD 等)」[講演]. 被害者支援セミナー, (社)被害者支援
都民センター, 東京 [2006/07/13, 12/01].
飛鳥井望 「トラウマがもたらす子どもの危機」 日本コミュニティ心理学会第 9 回大会[シンポジウム講演], 御茶ノ水
大学 [2006/07/02].
飛鳥井望 「テロ・犯罪被害者支援対策研修」[講演]. 平成 18 年度関係機関職員研修, 中部総合精神保健福祉セン
ター, 東京 [2006/07/14].
飛鳥井望 「PTSD に対する最近のアプローチ」 第 8 回日本サイコセラピー学会([ワークショップ講演], 立教大学
[2007/03/17]
20
飛鳥井望 「PTSD に対するトラウマ焦点化認知行動療法の有効性」 関東子ども精神保健学会第 4 回学術集会[教
育講演], 白百合女子大学 [2007/03/18]
飛鳥井望 「エビデンスに基づいた PTSD の治療法」[教育講演]. 第 103 回日本精神神経学会総会, 高知
[2007/05/17]
飛鳥井望 「PTSD の理解とケア」[講演]. 平成 18 年度「災害・事故時のこころのケア対策事業関係職員向け研修」,
北九州市総合保健福祉センター, 北九州 [2006/07/28].
安藤久美子 「加害者の外傷後ストレス障害(PTSD).シンポジウム「医療観察法における心理社会的処遇の実際と
課題」 第 45 回日本犯罪心理学会,福島,郡山 [2007/09/02]
飛鳥井望 「エビデンスに基づいた PTSD 治療—Prolonged Exposure(PE)法の手技の実際」 日本心理臨床学会第 25
回大会[特別講演], 関西大学, [2006/09/18]
安藤久美子 「発達障害と犯罪」 法学シンポジウム 平成 19 年度警察庁カウンセリング講座 警察庁,東京,
[2007/10/31]
安藤久美子 「医療観察法における処遇鑑定の現状と課題」 東京, [2007/12/16]
安藤久美子 「精神鑑定」 釧路地方検察庁,釧路 [2008/01/28]
安藤久美子 「非行少年の心理ー児童精神医学の視点からー」 平成 19 年度警察大学校高等研修,東京
[2008/03/03]
(講義)
飛鳥井望 「日常臨床で使える PTSD の認知行動療法」[講義]. 平成 18 年度こころの健康づくり対策研修会・PTSD
対策専門研修会(日本精神科病院協会主催・厚生労働省補助金事業), 千里ライフサイエンスセンター, 豊中
[2006/10/03, 04].
飛鳥井望 「正常な悲嘆と複雑性悲嘆: 理論と介入戦略」 [司会]. キャサリン・シア教授学術講演会 (文部科学省科
学技術振興調整費研究事業), 総評会館, 東京 [2006/10/06].
飛鳥井望 「被害者支援に関する心理教育等について」 [講演]. 平成 18 年度内部及びボランティア研修会, (社) 被
害者支援都民センター, 東京 [2006/10/25, 2007/01/17].
飛鳥井望 「総論: PTSD の概念・診断及び症状」 [講義]. 平成 18 年度こころの健康づくり対策研修会・PTSD 対策専
門研修会(日本精神科病院協会主催・厚生労働省補助金事業), 第一ホテル東京, 東京 [2006/10/30].
飛鳥井望 「犯罪被害者の心理状態と対応する際の留意事項について」 [講演]. 東京都犯罪被害者支援連絡会第
9 回総会, 警視庁, 東京 [2006/11/15].
飛鳥井望 「犯罪被害者の心理と支援」 [講義]. 第 42 回保護観察官高等科研修, 法務総合研究所, 東京
[2006/12/06].
飛鳥井望 「Treatment and intervention strategies for PTSD」 [講義]. Training for mental services after disasters
(JICA 主催), 兵庫県こころのケアセンター, 神戸 [2006/12/08].
(学会プロシーディング)
齋藤梓, 鶴田信子, 飛鳥井望 「長時間曝露法による PTSD 治療過程におけるナラティブの変化: プロセッシングに
おけるクライエントの陳述の分析」 日本心理臨床学会第 26 回大会発表論文集, pp260, 2007
鶴田信子, 齋藤梓, 飛鳥井望 「長時間曝露法の効果とその後の回復について」 日本心理臨床学会第 26 回大会
発表論文集, pp77, 2007
21
2.研究成果:サブテーマ毎の詳細
(1)サブテーマ1
触法精神障害者のリスク評価に関する研究
(研究責任者:安藤久美子、東京医科歯科大学難治疾患研究所プロジェクト研究室)
(分担研究者:田中奈緒子、中屋淑、小山明日香、森澤陽子、高田裕光、大澤達哉、和田久美子、山上晧、
所属機関:東京医科歯科大学難治疾患研究所プロジェクト研究室/吉川和男:国立精神・神経センター精
神保健研究所
)
触法精神障害者の他害行為に関するリスク評価基準を確立することを目的とし、サブテーマ1では「1.
再犯評価方法の開発および検証」と「2.性犯罪者の治療に関する研究」を行った。
1.再犯評価方法の開発および検証
「1.1 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下、医療観察法と
する)における精神鑑定書および審判決定書等のデータ解析」、「1.2 一般裁判事例の責任能力判断に関す
る調査」、「1.3 司法制度に関する社会意識調査および国際シンポジウム開催による本分野の現状と課題に
ついての周知」、「1.4 再犯評価方法検討のための臨床データ処理等の研究」の4つのテーマに分けて研究
活動を行った。
1.1「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」における精神鑑定
書および審判決定書等のデータ解析
平成 17 年の「心神喪失者等医療観察法」施行により、わが国における「司法精神医療」は大きく変革しつつ
ある。とくに触法精神障害者に対して手厚い専門的な治療を提供し、社会復帰の援助をすることを目標と
している医療観察法は、再犯を防止とするうえでも非常に有用であると思われるが、本法をより適切に運
用していくにあたっては、本法適応の要否や入退院の決定、治療目標の設定等の判断の基準となる、触法
精神障害者の再犯に関連するリスク評価が極めて重要な意義を持つものと思われる。
本研究の当初の目的としては、医療観察法対象者を対象とした追跡調査を通じて、その再犯の実態を明らか
にするとともに、再犯に関連するリスク評価基準を確立することをあげていた。しかし、本研究を進める
にあたって最も重要となるデータの入手に困難を来たし、法務省によるデータ使用許可が得られたのが、
平成 18 年 11 月 13 日であった。そのため、十分な追跡調査の期間が設けられず、現時点での再犯事例は数
件にとどまっていることから、リスク評価基準の確立には至らなかったが、これまでに解明することがで
きた分析結果を、以下に報告する。また、収集したデータが膨大であるため、その整理に長期間を要し、
未だ分析しきれない点も残されているが、その点については、追って報告させていただきたい。
本研究にご理解、ご協力いただき、大変貴重なデータを提供してくださった法務省刑事局の関係者の皆様に、
改めて深く感謝を申しあげるとともに、本研究成果が、今後のわが国における触法精神障害者の処遇水準
の向上と再犯の防止に幾分でも役立つことを、心より願っている。
以下、1.1.1~1.1.5 に分けて報告する。
22
1.1.1 医療観察法の運用の実態と医療観察法対象者の概要
分担研究者:安藤久美子、田中奈緒子、中屋淑、小山明日香、森澤陽子、
高田裕光、大澤達哉、和田久美子、山上皓
所属機関:東京医科歯科大学 難治疾患研究所 プロジェクト研究室
犯罪精神
1)要旨
本研究では、法務省の協力により心神喪失者等医療観察法案対象事例に関する貴重な資料を入手し、本法
の運用の実態と対象者の特性について概観した。対象行為では傷害や殺人・殺人未遂などの暴力犯罪が約
7割を占めており、疾患名では統合失調症が7割を占めていた。また、全体の約半数が入院処遇による治
療が必要と判断されていた。本データベースの完成により、今後、触法精神障害者の再犯のリスクを明ら
かにしていくための解析の基礎データが構築された。
2)目的
本研究では、触法精神障害者の再犯のリスクを明らかにするための基礎データとして、法務省の協力により
心神喪失者等医療観察法案対象事例に関する貴重な資料を入手し、精神科医師、心理士、精神保健福祉士
からなる多職種チームによってデータベースを作成した。本項では、このデータを用いて医療観察法の運
用の実態および医療観察法対象者の基礎的な背景について明らかにすることを目的として解析を行った。
以下に基礎データの概要について報告する。
3)対象と方法
本研究の対象は、医療観察法施行日である平成 17 年 7 月 15 日から平成 18 年 5 月 31 日までの間に、本法に
基づく審判によって処遇が決定した 227 名のうち、移送 1 名、重複ケース1名を除いた 225 名である。解
析にあたっては「審判の決定書」「精神鑑定書」
「環境調整結果報告書」の3資料から、生活環境、疾病、
対象行為等に関連した 200 以上の項目を抽出し、データベース化した資料を用いて行った。
なお、本研究は東京医科歯科大学倫理委員会の承認を得た後、法務省刑事局の管理のもと、個人を特定でき
ないように全てのデータを暗号化して解析を行った。
4)結果
①人口統計学的背景
人口統計学的背景の概要を次に示す。
性別では男性が 160 例(71.1%),女性が 65 例(28.9%)であった.対象行為時の平均年齢は 42.3±13.7 歳,
最高年齢は 90 歳,最少年齢は 20 歳であった.年代別に見ると,30~39 歳が最も多かった.対象行為時の
家族構成をみると,家族と同居が 152 例(67.5%)であり,単身生活者は 56 例(24.9%)であった.婚姻状
態は独身が 166 例(73.8%)で最も多かった.対象行為時の就労状況については、無職の者が 173 例(76.9%)
と最も多く、常勤職の者が 23 例(10.2%)、アルバイト等が 18 例(8.0%)、その他が 11 例 (4.9%)と続いて
いた。逮捕歴を有するものは 40 例(17.8%),受刑歴を有するものは 25 例(11.1%)であった.
②対象行為別分類
医療観察法では、殺人、殺人未遂、放火(未遂を含む)、強制わいせつ(未遂を含む)、強盗(未遂を含む)、
23
傷害の 6 つの罪種を「重大な他害行為」として定義し、本法適用の対象としている。本研究における対象
行為別の分類を表1に示した。
最も多かった対象行為は「傷害」で 85 例(37.9%)であった。次いで「殺人/殺人未遂」が 61 例(27.2%)、
「放火/放火未遂」が 47 例(21.0%)、「強制わいせつ/強制わいせつ未遂」が 16 例(7.1%)、「強盗/強盗
未遂」が 15 例(6.7%)と続いていた。
なお、1例については、対象行為の事実が認定されなかったため本解析からは除外しており、総数は 224 例
となっている。
表1.対象行為別分類
対象行為
事例数(%)
殺人
31 (13.8)
殺人未遂
30 (13.4)
放火
35 (15.6)
放火未遂
12 (5.4)
強盗
6 (2.7)
強盗未遂
9 (4.0)
強制わいせつ
強制わいせつ未遂
傷害
合計
13 (5.8)
3 (1.3)
85 (37.9)
224(100.0)
事例数(%)
61 (27.2)
47 (21.0)
15 (6.7)
16 (7.1)
85 (37.9)
224(100.0)
③疾患名別分類
対象行為時の疾患名のうち、主たる診断名を取り上げて ICD-10 に基づいて分類したところ、最も多かった
ものは「F2:統合失調症圏」161 例(72.0%)で約 4 分の 3 を占めており、次いで「F3:気分障害」
が 23 例(10.2%)、
「F1:物質使用傷害」18 例(8.0%)、
「F0:器質性疾患」10 例(4.5%)と続いていた。
また、極少数ではあったが「F7:精神遅滞」6 例(2.7%)、
「F6:人格障害」3 例(1.3%)、
「F8:発達障
害」1 例(0.4%)と診断されたものも含まれていた。
次に、疾患名別に対象行為との関連をみてみると「F2:統合失調症圏」では傷害や殺人が多く、
「F3:気
分障害」では強制わいせつを除いては、いずれの対象行為もほぼ同様の割合でみられた。また、
「F1:物
質使用障害」や「F7:精神遅滞」では傷害が、
「F0:器質性精神障害」では放火の割合が他の対象行為
に比較して多い結果となった。
疾患名別にみた対象行為の割合を表2に示した。
24
表2.主診断名による対象行為別分類
主診断名(ICD-10)
為
強盗
合計
F7
F8
4
4
31
7
1
0
0
0
47
(40.0)
(22.2)
(19.3)
(30.4)
(50.0)
(0.0)
(0.0)
(0.0)
(21.0)
1
0
12
1
0
0
1
1
16
(10.0)
(0.0)
(7.5)
(4.3)
(0.0)
(0.0)
(16.7)
(100)
(7.1)
2
3
49
6
0
0
1
0
61
(20.0)
(16.7)
(30.4)
(26.1)
(0.0)
(0.0)
(16.7)
(0.0)
(27.2)
3
9
62
6
1
1
3
0
85
(30.0)
(50.0)
(38.5)
(26.1)
(0.0)
(33.3)
(50.0)
(0.0)
(37.9)
0
1
2
3
0
2
1
0
15
(0.0)
(11.1)
(11.1)
(13.0)
(0.0)
(66.7)
(16.7)
(0.0)
(6.7)
10
18
161
23
2
3
6
1
224
(100)
(100)
(100)
(100)
(100)
(100)
(100)
(100)
(100)
発達障害
傷害
F6
精神遅滞
行
F4
人格障害
殺人
F3
神経症
象
F2
気分障害
強制わいせつ
F1
統合失調症圏
対
物質関連障害
放火
器質性精神障害
F0
合計
④責任能力による分類
医療観察法の申し立ての前提条件となる“責任能力判断”について、審判決定書に基づいて分類すると、
「心
神喪失」と判定されたものが 129 例(57.0%),「心神耗弱」と判定されたものが 89 例(40.0%)であった。ま
た、その他には、心神喪失か心神耗弱かどうかについては触れられておらず「本法を適用すべきである」
とだけ記載されたものが 2 例(1.0%)、
「心神喪失でも心神耗弱でもない」と判定され、却下となったものが
5 例(2.0%)みとめられた。
⑤処遇決定別分類
処遇決定の内訳は入院処遇となったものが 121 例(53.8%)、通院が 60 例(26.7%)、不処遇が 35 例(15.6%)、却
下・取り下げが 9 例(4.0%)であった。入院処遇の割合が最も多く、通院との比は2対1であった。ただし、
本調査は本法施行からまだ間もない時点で行われた調査であるため、指定入院医療機関の偏在や収容力の
限界などの要因が処遇の決定に影響を及ぼしている可能性があると思われた。
次に決定書における責任能力との関連をみてみると、心神喪失と判断された 129 例中 83 例(64.3%)が入院処
遇となっていた。一方、心神耗弱と判断された 89 例のうちで入院決定が下されたものは 37 例(41.5%)とな
っており、心神喪失と判断された場合により入院処遇決定が下されやすいことがわかった。
25
責任能力と処遇決定の関連の詳細については表3に示した通りである。
表3.責任能力と処遇決定の分類
決定書における責任能力判断
心神喪失
心神耗弱
決定内容
本法を
心神喪失/
適用すべき
入院
通院
83
37
1
0
121
%
64.3
41.6
50.0
0.0
53.8
N
35
25
0
0
60
27.1
28.1
0.0
0.0
26.7
11
23
1
0
35
8.5
25.8
50.0
0.0
15.6
0
4
0
5
9
0.0
4.5
0.0
100.0
4.0
129
89
2
5
225
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
N
%
却下
N
取り下げ
%
合計
N
%
合計
N
%
不処遇
耗弱ではない
5)まとめ
本調査によって明らかになった医療観察法の審判対象者の特性を次にまとめる。性別ては、男性が約 7 割を
占めており、さらに無職で家族と同居しているものが約 7 割を占めていた。対象行為は傷害が 37%で最も
多く、次に殺人あるいは殺人未遂が 27%を占めていた。疾患名では、統合失調症圏が 72%と最も多く、次
に多かったのは気分障害 10%であった。また、今回の調査では入院処遇と判断された例が 54%と約半数を
占め、通院処遇と判断された例は 27%で約4分の1を占めていた。責任能力との関連では、心神喪失と判
断されたものは 64%が入院処遇、27%が通院処遇となっており、心神こう弱と判断されたものでも 41%が
入院処遇、28%が通院処遇となっていた。
6)結語
本調査は本法施行からまだ間もない時点で行われた調査であるため、申し立ての地域差や判断基準の不均一
などの点でいくつかの限界はある。しかし、医療観察法の施行により、これまでの責任能力判断だけでな
く、疾病性、治療可能性、社会復帰促進/阻害要因などの多角的な視点から処遇が判断されるようになっ
たことは非常に有用であると思われる。本研究では医療観察法が適切に運用されていることが示唆された
が、今後もデータを蓄積し、定期的に本法の運用の動向や対象者の特性などを把握していくことが重要で
あると思われた。
7)研究発表
この調査検討の概要は、第 26 回日本社会精神医学会(2007 年 3 月 22 日、横浜)において、田中奈緒子らに
よって発表された。また、その詳細については、和田らが学術雑誌に報告した。
26
和田久美子ら:医療観察法申し立て対象者 225 例のの特性と処遇決定の現状.臨床精神医学 37(4):415-423,
2008
また、研究協力機関である国立精神・神経センター武蔵病院(現センター病院)医療観察法病棟に入院処遇
となった対象者の処遇の実際および治療過程について得られた知見を以下の学術雑誌に報告した。
安藤久美子ら:自らの加害行為による PTSD 類似症状―医療観察法の実施殺害例の検討から―.臨床精神医学
36(9),1181-1189,
2007
27
1.1.2 医療観察法鑑定における処遇決定に関する要因分析
分担研究者:安藤久美子
所属機関:東京医科歯科大学 難治疾患研究所 プロジェクト研究室
1)目的
2005 年7月から施行されている「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する
法律(医療観察法)」とは、殺人や放火などの重大な他害行為を行った時点で、精神の障害のために、心神
喪失や心神こう弱の状態であったと判断され、不起訴、あるいは無罪判決等を受けた者の処遇に関して定
められた法律である。医療観察法第一条第一項によれば、その理念は「心神喪失等の状態で重大な他害行
為を行った者に対し、その適切な処遇を決定するための手続等を定めることにより、継続的かつ適切な医
療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様
の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進すること」とされており、処遇の決定にあたって
は、
「疾病性」
「治療可能性」
「社会復帰阻害要因」の3要素について検討することが定められている。しか
し、各要素を判断するための明確な基準などは設けられておらず、裁判官、判定医(精神科医師)からな
る合議体が、審判員(ソーシャルワーカー)の意見を聴取しながら、個々の処遇について判断している。
そこで、われわれは、医療観察法の運用の実態について調査するとともに、対象者の処遇の決定に関与す
る要因について明らかにすることを目的として本研究を行った。
2)方法
本研究では、法務省からの委託により入手した平成 17 年7月から平成 18 年 5 月 31 日に行われた医療観察法
における審判における決定書,社会復帰調整官によって作成された生活環境調査報告書、治療必要性を判
断するための精神鑑定書を用いて大きく2つの分析に分けておこなった。
なお、本研究は東京医科歯科大学倫理委員会の承認を得た後、法務省刑事局の管理のもと、個人を特定でき
ないように暗号化したデータを用いて解析を行った。
①対象
・分析1
上記調査期間に裁判所の審判によって処遇が決定した医療観察法対象者 227 例(移送ケース1例,重複ケー
ス 1 例を含む)のうち、人口統計学的データ、処遇や対象行為の種別、精神科診断名などの主要な項目デ
ータに欠損がなかった 216 例を対象とした。
・分析2
分析1の対象者のうち、治療必要性を判断するための精神鑑定書に「共通評価項目」を用いた評価得点が記
載されていた 187 例を対象とした。
②解析方法
処遇の決定に関与する要因を探るため、分析1、分析2のそれぞれの対象者を、審判の結果、通院処遇にな
った者(通院群)、入院処遇になった者(入院群)、医療観察法による処遇が不適あるいは却下された者(不
処遇群)に分けて、一元配置分散分析を行い、3群間を比較した。
28
3)結果
①分析1
・対象者の概要
分析1の対象者 216 人の内訳は、男性 156 人(72.2%) 女性 60 人(27.8%)で、平均年齢は 42.9±13.7 歳
(20 歳~90 歳)であった。また、処遇決定の内訳は、入院処遇となった者は 121 人(53.8%)、通院処遇
になった者は 60 人(26.7%)、不処遇あるいは却下となった者は 35 人(15.6%)であった。
・対象行為別の処遇分類
対象行為別の処遇分類を表1に示した。
最も多かったのは傷害 79 人(36.6%)で、次に殺人 60 人(27.8%)、放火 47 人(21.8%)と続いていた。
処遇別にみると、入院処遇群では傷害 42 人(34.7%)と殺人 38 人(31.4%)がほぼ同率であった。通
院処遇群では放火が最も多く 17 人(28.3%)で、不処遇群では傷害が 14 人(40.0%)と最も多かった。
表1.対象行為別の処遇分類
罪種
殺人
放火
強盗
強制わいせつ
傷害
総数
処遇別人数
入院
通院
不処遇
総数
N
38
15
7
60
%
31.4
25.0
20.0
27.8
N
25
17
5
47
%
20.7
28.3
14.3
21.8
N
7
3
4
14
%
5.8
5.0
11.4
6.5
N
9
2
5
16
%
7.4
3.3
14.3
7.4
N
42
23
14
79
%
34.7
38.3
40.0
36.6
N
121
60
35
216
%
56.0
27.8
16.2
100.0
29
・疾患別の処遇分類(ICD-10)
疾患別の処遇分類を表2に示した。全体をみると統合失調症が 159 人(73.6%)で最も多く、次に気分障
害が 23 人(10.6%)と続いており、いずれの処遇においても同様の傾向を示していた。
表2.患別の処遇分類
疾患名
F0(器質性疾患)
F1(物質使用障害)
F2(統合失調症圏)
F3(気分障害)
F4(神経症圏)
処遇別人数
入院
通院
不処遇
総数
N
1
6
3
10
%
0.8
10.0
8.6
4.6
N
7
5
3
15
%
5.8
8.3
8.6
6.9
N
102
42
15
159
%
84.3
70.0
42.9
73.6
N
11
7
5
23
%
9.1
11.7
14.3
10.6
N
0
0
1
1
2.9
0.5
2
2
5.7
0.9
5
5
14.3
2.3
1
1
2.9
0.5
%
F6(人格障害)
N
0
0
%
F7(精神遅滞)
N
0
0
%
F8(発達障害)
N
0
0
%
合計
N
121
60
35
216
%
56.0
27.8
16.2
100.0
・処遇別の 3 群間の比較
処遇を決定する要因について探るため。主な人口統計学的データ、対象行為の種類、精神科疾患名などの
主要な項目を用いて分析を行い、3 群間で有意な差がみとめられたものについては、その詳細を表の最右
列に示した(表3)。その結果、男性の場合、入院処遇となる割合が有意に多かった。年齢では低年齢ほど、
入院処遇、通院処遇になりやすかった。対象行為が殺人の場合、入院処遇になりやすいことがわかったが、
通院処遇と不処遇の間には有意な差はみとめられなかった。また、疾患名が統合失調症であることや、過
去に医療保護入院や措置入院歴がある場合には、より入院あるいは通院処遇になりやすいことがわかった。
30
表3.処遇別の 3 群間の比較
因子
入院
通院
不処遇
男性
96
36
24
女性
25
24
11
年齢
低年齢
121
60
35
入院>通院>不処遇
対象行為
殺人
23
4
4
入院>通院・不処遇
その他
198
56
31
F2*
102
42
15
その他
18
18
20
あり
47
11
6
(医療保護/措置) なし
74
49
29
性別
疾患
入院歴
入院>通院
入院>通院>不処遇
入院・通院>不処遇
*F2:統合失調症群
②分析2
分析1の対象者のうち、精神鑑定書に共通評価項目による評価が記載されていた 187 名について処遇別の 3
群間の比較を行った。
「共通評価項目」とは厚生労働省による「入院処遇ガイドライン」に示されている評
価スケールで、生物学、社会学、心理学的視点からなる5つの要素を基盤とした 17 項目によって構成され
ている。それぞれの項目はさらに最大 8 つの下位項目が設定されており、それらの評価ポイントを総合し
て、0=「問題なし」、1=「軽度の問題あり」、2=「明らかな問題点あり」の 3 段階で評点する。この「共通
評価項目」の信頼性、妥当性についてはまだ検証されていないが、本研究班では予備的な検証を行ってお
り、その結果については、別項を参照されたい。
なお、共通評価項目に示されている 17 項目を表4に示した。
表4.共通評価項目
主要要素
精神医学的要素
下位項目
精神病症状
主要要素
環境的要素
下位項目
個人的支援
非精神病症状
コミュニティー要因
自殺企図
ストレス
物質乱用
現実的計画
個人心理的要素
対人関係的要素
内省・洞察
治療的要素
コンプライアンス
生活能力
治療効果
衝動コントロール
治療・ケアの継続性
共感性
個別項目
非社会性
対人暴力
31
・対象者の概要
分析2の対象となった者の内訳は、男性 135 人(72.2%)、女性 52 人(27.8%)で、平均年齢は 42.5 歳(SD =
13.5)であった。それぞれの処遇別の内訳は、入院処遇 105 人(56.1%)、通院処遇 49 人(26.2%)、不処遇・
却下 33 人(17.6%)であった。
・共通評価項目による 3 群間の比較
共通評価項目を構成している 17 項目のうち、どのような要因が処遇の決定に影響しているのかについて探
るため、分析1と同様に入院処遇群、通院処遇群と不処遇・却下群に分けて 3 群間の比較を行った。その
結果、全 17 項目のうち、11 項目において入院処遇群、通院処遇群と不処遇・却下群のいずれかの間に有
意な差が認められた。とくに、精神医学的要素のなかにある「精神病症状」と環境的要素の「現実的計画」
については、入院処遇群と通院処遇群、通院処遇群と不処遇・却下群の両群間において有意な差が認めら
れており、これらの点数が高いことが処遇の決定に何らかの影響を与えていることがわかった。
共通評
価項目の全 17 項目の結果を表5に示した。
表5.共通評価項目による3群間の比較
主要要素
精神医学的要素
個人心理的要素
対人関係的要素
環境的要素
治療的要素
下位項目
精神病症状
入院群>通院群>不処遇群
非精神病症状
n.s.
自殺企図
n.s.
内省・洞察
入院群>通院群・不処遇群
生活能力
入院群・通院群>不処遇群
衝動コントロール
n.s.
共感性
入院群・通院群>不処遇群
非社会正
入院群・通院群>不処遇群
対人暴力
n.s.
個人的支援
入院群・通院群>不処遇群
コミュニティー要因
入院群>通院群・不処遇群
ストレス
n.s.
物質乱用
n.s.
現実的計画
入院群>通院群>不処遇群
コンプライアンス
入院群>通院群・不処遇群
治療効果
n.s.
治療・ケアの継続性
入院群>通院群・不処遇群
4)考察
①処遇の決定に関する基準
医療観察法では、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った対象者に適切な処遇を決定するための基準
として「疾病性」「治療可能性」「社会復帰阻害要因」の3つの要素を大きな柱としてあげており、審判の
32
際にはこれらの視点を踏まえて合議体によって判断される。
「疾病性」とは、精神障害の有無とその重症度
を指しており、対象行為時の精神疾患が現在も持続しており、その疾患に対して専門的な治療が必要であ
るかどうかを医学的に判断する基準である。
「治療反応性」とは、その対象行為時の精神疾患が現代の精神
医学的な専門治療により改善が見込まれるものであるかどうかを判断する基準である。そして「社会復帰
要因」とは、対象者が社会復帰をする際に必要な住居の確保や経済的な支援、また生活上のさまざまな場
面における援助者の有無などについて、ソーシャルワーカなどの専門家の意見も参考にしながら社会復帰
を促進する因子、もしくは阻害する因子について判断していく基準である。これらの 3 軸の全てにおいて、
一定の基準を満たす場合、医療観察法における医療の必要性があると判断されることになる。これらの基
準を参考に、以下に分析結果との関連について考察する。
②対象者の背景からみる処遇の決定に影響する因子
分析1の結果、処遇の要否に関連する主な要因としては、人口統計学的データとしては、「男性」「低年齢」
があげられた。これらは、先行研究によってリスク要因として指摘されている「男性」「低年齢での犯罪」
などの生物学的要因や環境的要因を示唆するものと思われた。また、「統合失調症であること」「医療保護
入院あるいは措置入院歴があること」も入院処遇あるいは通院処遇の決定に影響していたことから、前項
にあげた 3 要因の「疾病性」
「治療可能性」をあらわしているものと思われる。さらに、対象行為が「殺人」
である場合には入院処遇になりやすいことがわかった。これは、一見、暴力性や危険性が高いと判断され
た結果、入院処遇につながっているようにみえる。しかし、別項に示した研究では、統合失調症者による
他害行為はその攻撃性が家族内にむけられることが多かったことから、むしろ社会復帰を援助する際のキ
ーパーソンである家族が被害者となっているために十分な援助が望めないことが入院処遇となる最も大き
な要因であることが想定された。
③共通評価項目からみる処遇決定に影響する因子
次に共通評価項目について検討する。本研究では、共通評価項目にあげられている17の項目のうち、11 項
目において何らかの有意な差がみられた。これは、共通評価項目が処遇の決定にあたって非常に有用な指
標になっていることを表していると思われた。
次に下位項目をみてみると、
「精神病症状」や「現実的計画」の項目では、入院処遇、通院処遇、不処遇のそ
れぞれの間で有意な差が認められており、処遇の判断に有用な項目であることがわかった。また、
「コンプ
ライアンス」や「治療・ケアの継続性」を含む治療的要素に問題がある場合や病識の有無を表す「内省・
洞察」を欠いているような場合には、より入院処遇となりやすく、一方、
「共感性」や「非社会性」、
「個人
的支援」といった対人関係的要素や環境要因に問題がある場合には、入院あるいは通院処遇にかかわらず、
本法による手厚い社会復帰のための援助が必要であると判断されやすいことがわかった。つまり、これら
は、
(1)であげた処遇を決定するための3つの基準「疾病性」
「治療可能性」
「社会復帰阻害要因」のうち、
前者は「疾病性」や「治療可能性」を、後者は「社会復帰阻害要因」に該当するものと思われた。これら
の結果から、医療観察法の導入により、従来までの疾病性を重視した治療必要性の判断に加えて、社会復
帰後の生活環境や社会支援の有無などの長期的な視点に基づいた処遇の決定が行われるようになったとい
える。
本研究の分析で用いられたデータは、医療観察法が施行後、初期の期間において入手されたデータであるた
め、処遇の判断基準にばらつきがある可能性や、共通評価項目における評価者間の一致率や評価ツールと
33
しての信頼性や妥当性の検証が行われていないことなどのいくつかの限界がある。しかし、本法施行から
約 10 ヶ月間にわたる全国の全ての医療観察法の審判に関するデータを入手することは通常では極めて困
難であり、こうした貴重なデータの解析をはじめて行った本研究は非常に有用であると思われる。これら
の研究結果は、今後、触法精神障害者のリスク要因を明らかにするための一助となるだけでなく、2010 年
に予定されている医療観察法の改正にも大いに役に立つものと思われた。
⑤結語
処遇の要否に関連する主な要因としては、「統合失調症であること」「医療保護入院あるいは措置入院歴が
あること」や「生活能力」
「個人的支援」の有無が主な決定因子となっていた。また、処遇の分類にあたっ
ては、
「男性」
「低年齢」などの人口統計学的データのほかに「対象行為の種類」
「治療へのコンプライアン
ス」などの因子が入院処遇群で有意に高いことがわかった。これらの結果から、医療観察法の導入により、
従来までの疾病性を重視した治療必要性の判断に加えて、社会復帰後の生活環境や社会支援の有無などの
長期的な視点に基づいた処遇の決定が行われるようになったことが明らかになった。
5)研究発表
この調査検討の概要は、第 44 回日本犯罪学会(2008 年 12 月 1 日、東京)において、安藤久美子らによって
発表された。
34
1.1.3 対象行為別リスク要因の検討-統合失調症を中心に-
分担研究者:田中奈緒子
所属機関:東京医科歯科大学 難治疾患研究所 プロジェクト研究室
昭和女子大学大学院生活機構研究科
1)目的
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に適切な医療を施し、その社会復帰を目指した「心神喪失等
の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下、医療観察法)」が平成 17 年 7
月 15 日に施行された。
本研究は、触法精神障害者の精神障害の特徴を概観した上で、多種にわたる精神障害のうち大半を占める統
合失調症圏の触法精神障害者を対象とし、その他害行為の質により放火群、性犯罪群(強制わいせつ)
、凶
悪・粗暴群(殺人・強盗・傷害)の3群に分け、彼らの特徴や行為形態の特徴を3群間で検討することに
よって、統合失調症圏の精神障害者における他害行為へのリスク要因についての知見を得ることを目的と
する。
2)方法
医療観察法施行から平成 18 年 5 月 31 日までの約10ヶ月の間に、全国の地方裁判所で終局決定がなされた
医療観察法対象者 227 例のうち、移送/重複ケース各 1 例、却下/取り下げケース9例、データ不足1例の
計 12 例を除外した 215 例を対象とした。分析は、法務省の協力のもと入手した3資料(①社会復帰調整官
が作成した生活環境調査報告書、②当初審判における決定書、③治療必要性鑑定書)に基づいて行った。
3)結果
①全体の他害行為時の精神障害
・主診断
前述の資料から調査メンバーである精神科医師複数名が合議の上、 ICD において該当する診断名に当てはめ
たところ、主診断では統合失調症圏が 158 例(73.5%)と大半を占めた(図1)。
F6(人格障
害), 2例, 1%
F7(精神遅
滞), 5例, 2%
F0(器質),
10例, 5%
F1(物質),
15例, 7%
F4(神経症),
1例, 0%
100%
F8(発達障
害), 1例, 0%
3例
8例
9例
80%
60%
F3(気分),
23例, 11%
5例
F2(統合失調
症), 158例,
74%
40%
133例
F28
F25
F23
F22
F20
20%
0%
図1
統合失調症圏 158 例の内訳
他害行為時の精神障害(主診断)
35
(1)―2.併存疾患
次いで、併存疾患をみていく。併存疾患を持つ者は、38 例(17.7%)であり、うち 4 例は 3 種の精神障害を
併存していた。併存疾患のうち 24 例(63.2%)は主診断が統合失調症圏であり、統合失調症圏との併存疾
患が多かった。また副診断では、精神遅滞の 16 例(42.1%)、人格障害の 14 例(36.8%)が多かった(図2)。
2種類 n=34
あり
(3種),
4例, 2%
あり
(2種),
34
例,16%
F0
F1
1
F2
2
3
2
2
6
0
F0(器質)
F1(物質)
F2(統合失調症圏)
主 F3(気分)
診 F4(神経症)
F5(生理的)
断
F6(人格障害)
F7(精神遅滞)
F8(発達障害)
計
なし,
177例,
82%
副診断
F3 F4
F5
1
3
5
2
1
1
1
2
F6
0
10
F7 小計
1
2
6
9 20
1
6
0
0
0
0
1
1
13 34
3種類 n=4
F3/F6
1
主診断 F2
図2
F6/F7
3
計
4
他害行為時の精神障害(併存疾患)
②統合失調症圏対象事例
精神障害と他害行為との関連を見るため、多種にわたる精神障害のうち全体の 74%を占める統合失調症圏の
事例を取り上げた。統合失調症圏の対象事例は 158 例であり、それらを放火群(n =31)、性犯罪群(n =12:
強制わいせつ1)、凶悪・粗暴犯群(n =115:殺人 n =47、強盗 n =7、傷害 n =61)の3群に分け、3群間に
おけるカテゴリー属性の分布の違いについてχ2 検定あるいは正確確率検定を行い、有意差が見られた場
合は引き続き残差分析を行った。
・対象者の特徴
対象者の特徴について、併存疾患の有無、性別、年齢(年代)、職業、居住形態、婚姻歴、精神科治療歴、前
科前歴について調査し、3群間で比較した。
併存疾患:併存疾患のある者は 15.2%であり、その半数は精神遅滞であった。他害行為別の3群間では、放
火群において精神遅滞の比率がやや高いものの有意差はみられなかった。
性別:性別では、男性が全体の 74.1%と多数を占めていた。また、他の2群と異なり性犯罪群では全員が男
性であった。
審判時年齢:審判時における平均年齢は 41.1 歳(SD =12.6)であり、最小値は 20 歳、最大値は 78 歳であった。
また、年齢を 20 代、30 代、40 代、50 歳以上の4つに分類すると、30 代が 34.8%と最も多く、20 代が 18.4%
と最も少なかった。平均年齢および年代間の分布について3群間で差はみられなかった。
行為時職業:無職者が 80.4%を占めていた。放火群では 93.5%と高く、性犯罪群では 66.7%と低いが、有意差
はみられない。
行為時の居住形態:同居者と共に住んでいる者が 65.8%を占めており、3群間に差はみられなかった。
婚姻歴
1
「強姦」事例はなかったため「強制わいせつ」のみとなっている。
36
婚姻歴のある者が 68.4%を占めており、性犯罪群でやや比率が高いものの、3群間に差はみられなかった。
精神科治療歴
治療歴のある者が 80.4%を占めており、性犯罪群でやや比率が高いものの、3群間に差はみられなかった。
前科前歴
放火群や凶悪・粗暴犯群では前科前歴を持つ者は 20%を下回ったが、性犯罪群では 91.7%に及び突出して高か
った(χ2 (2)=35.13, p <.001)。
表1
対象者の特徴-放火群、性犯罪群、凶悪・粗暴群間の比較-
総数
215人
人数
%
うち
統合失調症圏
n=158
人数
%
①放火群
n=31
人数
%
②性犯罪群
n=12
人数
%
③凶悪・粗暴犯群
n=115
人数
%
併存疾患あり
なし
あり
うち精神遅滞
うち人格障害
177
38
16
13
82.3
17.7
7.4
6.0
134
24
12
9
84.8
15.2
7.6
5.7
23
8
6
3
74.2
25.8
19.4
9.7
10
2
1
2
83.3
16.7
8.3
16.7
101
14
5
4
87.8
12.2
4.3
3.5
性別
男性
女性
155
60
72.1
27.9
117
41
74.1
25.9
19
12
61.3
38.7
12
0
100.0
0.0
86
29
74.8
25.2
37
66
48
64
17.2
30.7
22.3
29.8
41.1(12.6)
29
18.4
55
34.8
34
21.5
40
25.3
行為時職業
無職者
有職者
学生
169
40
6
78.6
18.6
2.8
127
27
4
80.4
17.1
2.5
29
1
1
93.5
3.2
3.2
8
3
1
66.7
25.0
8.3
90
23
2
78.3
20.0
1.7
居住形態
単独
同居者有
施設
不定
52
148
11
4
24.2
68.8
5.1
1.9
41
104
10
3
25.9
65.8
6.3
1.9
11
20
0
0
35.5
64.6
0.0
0.0
4
8
0
0
33.3
66.7
0.0
0.0
26
76
10
3
22.6
66.1
8.7
2.6
婚姻歴
あり
なし
132
83
61.4
38.6
108
50
68.4
31.6
19
12
61.3
38.7
11
1
91.7
8.3
78
37
67.8
32.2
精神科治療歴
あり
なし
167
48
77.7
22.3
127
31
80.4
19.6
25
6
80.6
19.4
11
1
91.7
8.3
91
24
79.1
20.9
前科前歴***
あり
なし・不明
38
177
17.7
82.4
26
132
16.5
83.5
6
25
19.4
80.6
11
1
91.7
8.3
19
96
16.5
83.5
年齢層
(平均年齢, SD)
20代
30代
40代
50歳以上
37.9(8.40)
4
12.9
15
48.4
2
6.5
10
32.3
41.2(12.6)
2
16.7
4
33.3
5
41.7
1
8.3
41.4(13.0)
23
20.0
36
31.3
27
23.5
29
25.2
註:χ2検定の結果としては、†は p <.10, *は p <.05,**は p <.01,***は p <.001 を示している。
②行為形態・行為後の感情
他害行為のきっかけ
全体では 120 例(55.8%)が幻覚・妄想によって他害行為を行っており、統合失調症圏の対象者では、63.3%
とやや高くなっていた。また3群別にそれぞれの比率をみると、幻覚・妄想は凶悪・粗暴犯群で、悲観・
37
抑うつが放火群で、衝動が性犯罪群で有意に高くなっていた(χ2 (6)=30.10,p <.001)。
自殺目的
放火群では 32.3%が自殺目的であったが、性犯罪群では全くみられず、凶悪・粗暴犯群においても低かった
(χ2 (2)=14.14, p <.01)。
行為時の飲酒・服薬
11.4%が行為時に飲酒あるいは服薬をしていた。3群間に差はみられなかった。
凶器
性犯罪群では凶器を用いた者はいないが、凶悪・粗暴犯群では 46.1%が刃物等の鋭器を用いていた。
行為後の感情
反省や後悔の念を示す者は半数強であり、正当性を主張したり否認する者も 4 割を超えた。3群間では性犯
罪群が反省や後悔を示したが、凶悪・粗暴犯群ではその比率は低く、むしろ正当性を主張する傾向があっ
た(χ2 (4)=9.30, p <.10)。
表2
行為形態・行為後の感情-放火群、性犯罪群、凶悪・粗暴群間の比較-
総数
215人
人数
行為のきっかけ***
幻覚・妄想
悲観、抑うつ
(拡大自殺含)
衝動、反応性
その他
%
うち
統合失調症圏
n=158
人数
%
120
55.8
100
26
12.1
55
14
25.6
6.5
自殺目的**
あり
なし・不明
31
184
被害者数
なし
1人
2人以上
行為時の飲酒・服薬
あり
なし・記載なし
①放火群
n=31
人数
%
②性犯罪群
n=12
人数
%
33.3
③凶悪・粗暴犯群
n=115
人数
%
63.3
14
45.2
4
82
71.3
14
8.9
8
25.8
0
0.0
6
5.2
36
8
22.8
5.1
8
1
25.8
3.2
8
0
66.7
0.0
20
7
17.4
6.1
14.4
85.6
20
138
12.7
87.3
10
21
32.3
67.7
0
12
0.0
100.0
10
105
8.7
91.3
48
140
27
22.3
65.1
12.6
31
107
20
19.6
67.7
12.7
31
0
0
100.0
0.0
0.0
0
9
3
0.0
75.0
25.0
0
98
17
0.0
85.2
14.8
36
179
16.7
83.3
18
140
11.4
88.6
6
25
19.4
80.6
0
12
0.0
100.0
12
103
10.4
89.6
凶器
使用せず
刃物等鋭器
鈍器
紐状物
火器
その他
64
66
15
11
48
11
29.8
30.7
7.0
5.1
22.3
5.1
51
53
12
5
31
6
32.3
33.5
7.6
3.2
19.6
3.8
0
0
0
0
30
1
0.0
0.0
0.0
0.0
96.8
3.2
12
0
0
0
0
0
100.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
39
53
12
5
1
5
33.9
46.1
10.4
4.3
0.9
4.3
行為後の感情†
反省・後悔
正当性主張
否認・不明
128
64
23
59.5
29.8
10.7
88
50
20
55.7
31.6
12.7
22
6
3
71.0
19.4
9.7
10
2
0
83.3
16.7
0.0
56
42
17
48.7
36.5
14.8
註:χ2検定の結果としては、†は p <.10, *は p <.05,**は p <.01,***は p <.001 を示している。
38
4)考察
本研究においては、触法精神障害者の大半を占める統合失調症圏の対象者について、彼らの他害行為の質
別に放火群、性犯罪群、凶悪・粗暴犯群の3群に分け、対象者の特徴や行為の形態や行為後の感情につい
て、それぞれ比較検討した。
①統合失調症圏対象者の特徴
・性別と年齢
性犯罪群は全て男性であるなど、男性の占める割合は全体で 74.1%と高かった。しかし、これは一般犯罪者
に比べて低い値であり、精神障害が他害行為に与える影響は男性よりも女性に顕著であるとのこれまでの
知見と一致する。特に、放火群での女性の比率が約 4 割と高いことから、他害行為の中でも暴力行為とは
一線を画す「放火」という行為への影響が強いことが示唆された。年齢は 20 歳から 78 歳までと広範囲に
わたっており、対象行為による平均年齢および年代間の分布には差がみられなかった。
・社会適応状況
統合失調症圏対象者全体では、同居者のいる居住状況(65.8%)や婚姻歴がある者が多い(68.4%)などの家
庭状況に比べ、無職である者が 8 割を超えるなど職業的・経済的状況の悪さが目立つ。また、精神科治療
歴のある者が多い(80.4%)にもかかわらず他害行為を行なってしまったことから、精神科治療の中断や服
薬を遵守しないなどの問題があることが推測される。前科前歴を持つ者は、性犯罪群に突出して高率
(91.7%)となっており、性犯罪における再犯の高さは精神障害者においても同様であることが示唆された。
②行為形態・行為後の感情
統合失調症圏の精神障害を持つという特質により、対象者の6割強の者が幻覚・妄想により他害行為を行っ
ていた。ただし、他害行為の質により行為のきっかけは異なっており、幻覚・妄想は凶悪・粗暴犯群で、
悲観・抑うつは放火群で、衝動は性犯罪群で主となっていた。これに関連して行為後の感情においても、
幻覚・妄想にもとづいて行為を行なった凶悪・粗暴犯群では行為の正当性を主張したり行為を否認したり
する者が半数を占め、衝動から行為を行った性犯罪群では大半が反省や後悔を示していた。
5)結論
多種にわたる精神障害のうち、審判対象者の7割強を占める統合失調症圏の事例 158 例を対象とし、他害行
為をその質により「放火群」、
「性犯罪群(強制わいせつ)
」、
「凶悪・粗暴犯群(殺人・強盗・傷害」の3群
に分け、これらの行為3群別に対象者の属性や犯行形態の特徴をχ2 検定により比較検討した。
その結果、放火群では、抑うつ感情や自殺目的が他害行為の原因となる場合が多く、幻覚・妄想が原因とな
った者は少なかった。凶悪・粗暴犯群では、前科前歴を持つ者は少なく、対象行為は幻覚・妄想に起因し
ており、そのため鑑定時や審判時にも反省せずに行為の正当性を主張する者が多かった。性犯罪群はすべ
て男性であり、また前科前歴を持つ者が多く、対象行為は、幻覚や妄想ではなく性衝動に基づく場合が多
く、そのために、鑑定時や審判時には行為に対する後悔や反省を示していた。このことから、凶悪・粗暴
犯では他害行為において統合失調症圏という精神障害の影響がかなり強いと思われるが、性犯罪群は、一
般犯罪と同様に再犯の高いことが示唆され、その処遇に際しては精神障害の治療に加え性犯罪特有のプロ
グラムが求められると思われる。
このように統合失調症圏という、類した精神障害によって他害行為を行った者であっても、その行為の質に
より彼らの属性や行為の原因は異なっており、精神障害が他害行為に及ぼす影響を検討する際には、行為の
質の違いを踏まえて行う必要があることが示唆された。
39
1.1.4 医療観察法における審判対象者と被害者との関係―両者間における社会復帰を阻害する要因(リス
ク要因)と支援の検討―
分担研究者:中屋
淑
所属機関;東京医科歯科大学 難治疾患研究所 プロジェクト研究室
1)目的
平成 17 年 7 月 15 日に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以
下、医療観察法)」が施行され、現在、この法律に基づく審判と医療の実践が開始されている。
本研究では、この医療観察法における審判対象者と被害者との関係、とりわけ二大疾患別に対人暴力を行っ
た審判対象者との関係を明らかにする事を第一の目的とし、第二の目的として、両者の関係の中から審判
対象者の社会復帰を阻害する要因(リスク要因)の検討を、第三として、これらに対する支援方法につい
て検討する事を目的としている。
なお第二、第三の目的については、バックグラウンドの均一さを図るため統合失調症群のみを対象として検
討する事とする。
医療観察法における触法精神障害者に対する専門的な治療が開始されている中で、これら指標犯罪となる対
象者と被害者の属性や関係性等を調べ、併せて社会復帰を阻害する要因(リスク要因)や支援方法を明ら
かにする事は、行為そのもの低減や処遇の場における再犯リスク評価、及び治療等々への資質向上の手立
てとなり得る可能性があると考える。
2)方法
①利用資料
法務省刑事局および保護局協力のもと入手した、以下 3 種類の資料を使用している。
社会復帰調整官が作成した生活環境調査報告書
当初審判における決定書
治療必要性鑑定書
②対象者
施行日から平成 18 年 5 月 31 日までの間に地方裁判所において処遇決定された全 227 例。
うち、移送ケース、重複ケース各 1 例、却下、取り下げケース 10 例、計 12 例を除外した 215 例を研究対象
としている。
なお、対象行為としては「放火(47 例)」を除く 5 大罪種であるが、
「強姦」ケースが 0 件であったため 4 罪
種となっている。
③変数
被害者特性、加害者特性、対象行為の種類や行為への動機等々に関する情報のコーディングを行った。ま
た、さらにそこから対人暴力被害を受けた被害者をグループ化し、その中から対象者の各種疾患別に分析
を行った。
なお、診断名について、資料の多くで ICD-10 により診断がなされていた為、本研究でも ICD コードによる
分類を行った。また、ICD コードが記載されていなかった事例については、調査メンバーである精神科医
師複数名が合議し、ICD-10 で該当する診断名に当てはめて再分類を行っている。
④統計解析
40
SPSS for Windows version 14.0 を使用した。
3)結果
①性別による分類
対人暴力(本研究では、放火を除くものを「対人暴力」と定義する)被害者全体では、男女比率ほど同数で
あったが、そのうち「親族」
「その他親族・友人・知人」
「見知らぬ人」の三群で比較すると、
「親族」群で
は4罪種のうち「殺人」被害者が多く、その中でも男性(40.3%)に比べ女性(59.7%)の方が被害に遭
っていた。
「その他親族・友人・知人」群では「殺人」と「傷害」の被害がほぼ同数であり、男女比では女性(45.2%)
に比べ、男性(55.8%)の方が多く被害に遭っていた。
「見知らぬ人」群については「傷害」被害が約半数を占めており、性別では女性(41%)よりも男性(46%)
の方がやや多く被害に遭っていた。
「親族」という近い存在ほど女性に向きやすいようで、
「見知らぬ人」という社会的に遠い存在になるほど
男性に向きやすいようである。
表 1 対人暴力被害者別
性別
対人暴力被害者
その他の親族、
親族
見知らぬ人
友人、知人
対人暴力
合計
強制
被害者
性別
全体
殺
人
傷
害
全体
殺
人
傷
強
害
盗
強制
わ
い
全体
せ
殺
人
傷
害
強
盗
つ
男
女
不明
合計
度数
25
%
40.3
度数
37
%
59.7
度数
0
17
8
23
10
13
0
0
55.8
25
12
19
0
%
0
11
7
0
1
62
%
100
42
20
42
全体
せ
つ
46
4
35
7
0
94
41
1
13
6
21
97
1
5
8
0
14
6
53
21
21
205
41
0
0
0
0
0
度数
い
46
45.2
0
わ
14
14
21
20
0
100
1
101
100
・「親族」:親またはそれに代わる人物・子ども・配偶者/「その他親族」:祖父母・兄弟・親戚等 /
「見知らぬ人」:面識のない人
・「親族」の中でも近親性をより明確にする為に、ここでは「その他親族」と分けて区分した
・対象行為被害者が複数人の場合、その人数分を計上している
41
100
②年代による分類
年代別に対人暴力被害者を見てみると、60代以上が最も多く被害に遭っていた。
次いで 20 代から 50 代、10 代未満から 10 代であった。
各年代別に見てみると、10 代未満、10代といった低年齢群ほど強制わいせつ被害に多く遭っており、中
高年代は暴力被害に、高年代は殺人被害の傾向にあった。
「親族」
「その他親族、友人、知人」
「見知らぬ人」の 3 群ごとに見てみると、
「親族」群では「殺人」の被害
で高年代群ほど被害に遭っている。「その他親族、友人、知人」群でも同様の傾向にあり、「見知らぬ人」
群に限っては「傷害」や「強制わいせつ」被害で低年齢群から中高年齢群が被害に遭う傾向にあった。
表 2 対人暴力被害者別
年代
対人暴力被害者
その他の親族、
親族
*
対人暴力被
害者別年
全体
代
10 代
度数
10
%
16.1
度数
3
%
4.8
度数
13
%
21
度数
35
%
56.5
度数
1
%
1.6
度数
62
殺人
見知らぬ人
友人、知人
傷害
10
0
全体
1
殺人
0
傷害
0
合計
強制
強制
わ
わ
い
全体
殺人
傷害
強盗
い
せ
せ
つ
つ
1
20
全体
0
3
4
13
31
1
24
9
8
54
3
18
8
0
52
2
5
2
0
66
未
満
10
2.4
19.8
代
20 代
-30
代
40 代
-50
代
60 代
以
上
不明
合計
χ2 検定
0
3
9
3
6
0
21.4
7
6
9
41.6
2
7
0
21.4
24
11
23
0
16
7
0
20
0
42
9
8.9
0
0
42
29
28.7
54.8
1
42
1
0
0
1
0
0
2
6
53
21
21
205
1
21
20
1
101
*p<.05
・各三群間の「全体」でχ2 検定
・「親族」の中でも近親性をより明確にする為に、ここでは「その他親族」と分けて区分した
42
・対象行為被害者が複数人の場合、その人数分を計上している
③二大疾患による分類
次に、二大疾患である F2.統合失調症群と F3.感情障害群を中心にその被害者特性について検証する。F2.統
合失調症群では、「親族」「友人・知人」「見知らぬ人」の中でも「見知らぬ人」「親族」が多く被害に遭っ
ている。
「見知らぬ人」では、
「傷害」や「強制わいせつ」被害に遭っていた。
「親族」では「殺人」の被害
に、「友人・知人」は「殺人」と「傷害」の被害に遭っていた。
F3.感情障害群でも「見知らぬ人」
「親族」が多く被害に遭っており、F2.統合失調症群と同様であった。被害
対象行為でも、「親族」では「殺人」被害に遭っており、これも F2.統合失調症群と同様であるが、「見知
らぬ人」では「傷害」や「強盗」といった被害に多く遭っていた。
F2.統合失調症群、F3.感情障害群の被害者はともに「親族」や「見知らぬ人」に向きやすいようである。そ
して、両被害者とも、「親族」では「殺人」被害者に、「見知らぬ人」では両疾患ごとにその対象被害行為
に違いが見られた。
表3
F2.統合失調症群と F3.感情障害群別対人暴力被害者特徴
対人暴力被害者
その他の親族、
親族
F2、F3
全体
F2
F3
合
計
度数
46
%
36.2
度数
6
%
37.5
度数
52
殺
傷
人
28
見知らぬ人
友人、知人
害
18
全体
27
殺人
15
強制
強制
わ
わ
傷害
い
12
1
2
19
29
殺人
傷害
強盗
い
せ
つ
つ
0
54
4
31
7
12
42.5
1
0
1
12.5
33
全体
せ
21.3
5
合計
8
12
1
62
127
100
0
5
3
0
50
16
全体
16
100
4
36
10
12
143
・「親族」の中でも近親性をより明確にする為に、ここでは「その他親族」と分けて区分した
・ここから以下は、被害の質をより明確にする為、主要対象行為に対し 1 被害者で検証している
ここで、「親族」と「見知らぬ人」の各属性について明らかにする。
対人暴力被害者の「親族」内訳について、F2.統合失調症群では「親」が被害に多く遭っていた。
F3.感情障害群では、全体の数として少ないながらもその傾向をみてみると、
「子ども」が被害に遭っており、
同じ「親族」でもその対象に違いが見られた。
43
表4
F2.統合失調症群と F3.感情障害群の対人暴力被害者「親族」内訳
対人暴力被害者 [親族]属性
F2,F3 別
対人暴力
親
被害者
「親族」
全体
内訳
度
F2
27
数
%
1
数
%
28
数
計
%
傷
人
害
17
10
全体
8
配偶者
殺
傷
人
害
6
2
13.1
0
1
14.3
度
合
殺
44.3
度
F3
子ども
3
11
100
11
10
殺
傷
人
害
5
5
16.4
3
0
42.9
27
全体
それ以外の親族
2
2
2
100
12
16
0
1
傷
全
人
害
体
11
5
61
100
1
0
14.3
7
5
100
17
計
殺
26.2
28.6
9
全体
合
7
100
12
5
100
68
100
F2.統合失調症群では、偶然的にその場の居合わせた者が多く被害に遭っていた。
一方 F3.感情障害群では、偶然にその場の居合わせた者と併せ、窓口業務といった接客業の者も同様に被害
に遭っており、両者間の交流の際のトラブル等々で反応的に生じた結果と言えるものも多かった。
表5
F2.統合失調症群と F3.感情障害群の対人暴力被害者「見知らぬ人」内訳
F2,F3 別
対人暴力被害者[見知らぬ人]属性
対人暴力被害者
『見知らぬ人』
居合わせ
属性
F2
F3
合
計
窓口業務(接
公務員
客業含む)
(警察等々)
近隣住人
その他
合計
度数
32
12
4
2
4
54
%
59.3
22.2
7.4
3.7
7.4
100
度数
3
3
1
1
0
8
%
37.5
37.5
12.5
12.5
0
100
度数
35
15
5
3
4
62
%
100
100
100
100
100
100
次に、社会復帰阻害要因について検討する。なお今回は、バックグラウンドの均一さを図るため、F2.統合失
調症群のみを取り上げ検討する事とする。
「親族」「親族以外の者」への行為動機として、「幻覚・妄想」(全体 67.7%)といった事が原因となってい
る事が多かった。これは、統合失調症群における「症状」への治療の必要があると言える。
44
また、
「親族」に対しては「悲観・抑うつ」(9.8%)、
「親族以外の者」については「衝動・反応性」(22%)
といった動機理由も特徴的である。これは、いわゆる疾患だけでなく対象者自身のパーソナリティの問題
も示唆していると言える。
表6
F2.統合失調症群における動機
F2 対人暴力被害者
*
動
親族か否か
機
幻覚・妄想
悲観・抑うつ
(拡大自殺含む)
衝動、反応性
親族
親族以外
合計
度数
43
43
86
%
70.5
65.2
67.7
度数
6
0
6
%
9.8
度数
9
19
28
%
14.8
16.7
度数
1
0
1
%
1.6
度数
2
4
6
%
3.3
3.1
度数
61
66
(怨恨・興奮・憤怒・「性」
衝動,欲動含む)
その他
不明
合計
χ2 検定
127
*P<.05
・以下からは、関係の質の違いを明確にする為に「親族」と「親族以外」に区分した
次に、疾病以外の原因を検証する事と、被害者と対象者との両者の関係性や家族機能をみるために、「親族」
を対象者との同居と別居、
「親族以外の者」の三群に分け問題行動歴の有無を検証し、またさらに、その中
で問題行動歴の有無別に福祉サービスの利用状況について検証する。
45
表7
F2.統合失調症群対象者と被害者間の居住状況別問題行動と福祉サービスの利用状況
「親族」
福祉サービス
の
利用有無
あり
なし
合計
「親族」
対象者と同居
問題行動歴 問題行動歴
あり
なし
現在
14
2
%
40
過去
「親族」以外
対象者と別居
不明
問題行動歴 問題行動歴
あり
なし
2
5
0
28.6
33.3
45.5
13
2
1
6
%
37.1
28.6
16.7
54.5
現在
21
5
4
6
1
%
60
71.4
66.7
54.5
過去
22
5
5
%
62.9
71.4
現在
35
%
不明
問題行動歴 問題行動歴
不明
あり
なし
17
1
1
37
5.9
33.3
21
3
1
45.7
17.6
33.3
1
29
16
2
100
100
63
94.1
66.7
5
1
1
25
14
2
83.3
45.5
100
100
54.3
82.4
66.7
7
6
11
1
1
46
17
3
100
100
100
100
100
100
100
100
100
過去
35
7
6
11
1
1
46
17
3
%
100
100
100
100
100
100
100
100
100
0
0
0
被害者「親族」と対象者が同居している関係で、その対象者に問題行動歴があったのが 72.9%であり、
「対
象者との別居していた親族」が 84.6%、被害者が「親族以外の者」の場合では対象者に問題行動歴があっ
たのは 69.7%であり、どの群においても約 70%を越える者に問題行動歴が認められている。
問題行動の質として、
「暴力行動」が約7割弱、
「違法行為」
「物質乱用」といった事も半数以上見られ、疾病
だけでなく暴力性や反社会的行動といった元来のパーソナリティの特徴がある事も伺われた。
これらパーソナリティにおける問題行動について、問題行動既往ある対象者と家族との同居率は 61%(図表
は割愛。以下同様)であり、その中で被害者が「親族」である際の同居率が 64.6%であった。また併せて、
被害者「親族」の中で対象者と別居しているにもかかわらず被害に遭っている者が約 3 割弱いる。
さらに核家族の割合を見てみると(図表は割愛。以下同様)、被害者「親族」では 75.4%が、
「親族以外の人」
では 78.5%が核家族であった。
これら要因を考慮すると、家族間における関係の問題や対象者の抱える疾病性への管理といった機能不全が
影響している事も考えられる。
これらに加え、各群ごとの福祉サービスの利用状況について検証すると、
「同居親族」が被害に遭っていた対
象者に対する福祉サービスの利用率は 37.5%で、そのサービスの内容は公費負担、障害年金、生活保護が
主であった(図表は割愛)
。これらの福祉サービスは、制度上家族関係への関与や管理指導といった事には
なり難いと推測される。一方、福祉サービスの利用していないそれら家族は 62.5%であり、そのうち、問
題行動があるにもかかわらず過去も現在も福祉の関与がなかったのは、62.9%、60%と 6 割を超えていた。
つまり、福祉の関与もなく社会の中で家族が孤立化していたことが伺える。
46
「親族・別居」では、その対象者ほとんどに問題行動歴があったが、この群における福祉サービスの利用有無
は約半数に二分されており、そこに大きな差は見られなかった。
「親族以外」に行為を向けた対象者のうち問題行動歴のある者は 70%と高い比率を占めていた。そして、そ
れらの者のうち福祉サービスの利用を行っていない者が過去、現在併せ 5 割から 6 割であり、対象者及び
その家族への社会的関与は希薄だったと思われる。
4)考察
①被害者特性
―性別と年代―
本邦対象行為の被害者特性を一般犯罪被害者との比較で検討する。
平成 17 年度犯罪白書によると、一般犯罪被害者で男性(62.5%)、女性(37.5%)と、男性がより多くの被
害に遭っているが、一方、本邦対象行為の被害者は前述したとおり男女比に大きな差は見られなかった。
その要因としては、「親族」被害者における女性の被害率の高さにある。
属性においても、本邦対象行為被害者と一般犯罪被害者では違いが見られた。
一般犯罪被害者では「見知らぬ人」が全体の被害数では三群間の中で一番多くの被害(64%)に遭っている。
その内訳としては、強制わいせつ被害(89%)
・強盗被害(85.2%)
・強姦被害(74.3%)
・傷害被害(58%)・
殺人(28.1%)となっている。次いで「その他親族・友人・知人」が殺人被害(35.2%)・傷害被害(33.3%)
等、全体で 29%の被害に、残り 7%が「親族」の被害者(殺人被害 36.7%、傷害被害 8.6%等)であった。
本邦対象行為被害者も「見知らぬ人」が最も多く被害(49.3%)に遭っているが、その内訳は「傷害」被害
が大半を占め、一般犯罪被害者とは違う結果となっている。
また、「その他親族、友人、知人」が殺人、傷害が半々、「親族」が殺人の被害に最も遭っていた点では一般
犯罪被害者と本邦対象行為被害者も同様であるが、全体の被害者数という点では、一般犯罪被害者では
10%と最も少数だった「親族」が本邦対象行為では 30.2%となっており、「見知らぬ人」に次いで多く被
害に遭っている。これは、後述するが対象者との何らかの家族間の問題等々が一般犯罪者とその家族より
も多いことが推測される。
年代では、一般犯罪被害者全体では 20 代から 30 代が最も多く被害(46.4%)に遭っており、60 代以上が
最も被害に遭っていた本邦対象行為被害者とは違いが見られる。
また、年代ごとにみたその内訳も 20 代から 30 代では強姦(52.7%)
・強盗(46.8%)が最も多くなっている
ことに比べ、本邦被害者の 20 代から 30 代では傷害(57.1%)が一番多くの被害に遭っている。
これらの犯罪被害行為や被害年代の違いについて、本邦対象者の疾病性や対象者を取り巻く状況に大きく
起因しているように思われる。
②F2.統合失調症群、F3.感情障害群別対人暴力被害者特徴
F2.統合失調症群、F3.感情障害群共に「見知らぬ人」と「親族」が多くの被害に遭っているが、その被害
者の内訳に違いが見られる。F2.統合失調症群の「親族」群では「親」が、F3.感情障害群では「子ども」
が最も被害に遭っており、
「親族」でもその対象に違いが見られ、山上(1992)ら従来の結果と同様になっ
た。
F2.統合失調群において「親族」内で最も被害に遭っているのは「親」であり、かつ全体で「親族」に限ると
「女性・高年代」が被害に遭っている。この事を考慮すると「母親」が多くの被害に遭っていると考えら
47
れるが、Greenberg et al.(2006)が指摘しているように、家族間でキーポイントとなる母親との関係が
患者本人に影響しやすい事を考えると、その関係が不良だからこそその被害の矛先が母親やその家族に向
きやすいのかもしれない。
F3.感情障害群の被害者「親族」の中で「子ども」が多く被害に遭っている。田口(2006)が指摘しているよう
に、未成年の子どもを持つ母親がうつ病に罹患した場合、母親の希死年慮は拡大自殺に結びつきやすい事
を指摘しているが、本邦被害者も拡大自殺を含む悲観や抑うつ感(83.3%)が元となり被害に遭っている。
これについて、本研究では検証しなかったが、対象者自身の脆弱性や家族内サポートの問題などが要因と
なっている事は十分に想像できる。
③F2.統合失調症群における社会復帰阻害要因について
図表 6 のように、F2.統合失調症群におけるその対象行為被害のきっかけとしては「妄想・幻覚」がその大
半を占め、まさに本邦の特徴である精神疾患が原因となり対象行為を起こし、
「親族」
(70.5%)
「親族以外
の者」(65.2%)ともに多くの被害に遭っている。
また図表 7 のように、被害者「親族・同居」、被害者「親族・別居」、「親族以外の者」の 3 群に対して対象
行為を行った者に約 70%を超える問題行動歴が認められ、その質も、暴力性や物質乱用といった反社会的
行動等パーソナリティ上の問題があることが伺われた。
なお、対象行為直前の問題徴候傾向として「暴力性」よりも「治療拒否」や「異常行動」、
「引きこもり」と
いった症状の悪化を疑われるものが約 50%前後見られており、対象行為に至る経緯としては、元来のパー
ソナリティに加え、症状悪化が引き金となり対象行為へとなっている事が示唆される。そのため、何より
もその疾病への管理・対応が第一に重要である。
Baxter(2001)らは、親への殺人行為以前に約 4 割がその親に対する攻撃行動を示していた事を指摘しており、
少なくとも被害者「親族」においては家族以外の何らかの関与があれば回避できる可能性はあったと考え
られるが、その対象者に問題行動歴があるにもかかわらず多くの者が福祉サービスの利用もしていない事
を考慮すると、核家族内での不適切な凝集性と社会から孤立していた様子が伺われる。
同様に、被害者「親族以外」に対象行為を行った者においても家族との同居率が高く、問題行動も多い。また、
福祉サービスの利用率も低い事を考えると、同じようにその対象者と家族の不適切な凝集性や家族機能の
不全さ、社会からの孤立といった問題を抱えていた可能性が高い。
渋谷(2007)が統合失調症者とその家族におけるコミュニケーションの困難さについて指摘しているように、
統合失調症を抱える本邦対象者とその家族においても不適切な凝集性や家族機能の不全さが示唆される。
対象者の抱えている疾病への管理・対応という点、パーソナリティに関する問題行動の高さという点、福祉
サービスの利用の少なさという点、これらが起こる一因として考えられる家族関係の問題や機能不全とい
う点について、Munro and Rumgay(2000)は 27.5%の殺人が予測可能であり、65%の殺人が未然に予防する
事が可能であった事を報告しているが、本邦対象者の精神科治療歴のあった者が 80.3%である事から、医
療関係者は、対象者に対する症状への治療に加え、前述した前兆行動にも配慮していく必要がある。また
さらに、その対象者のパーソナリティの把握と再形成、つまりは家族間機能の促進も積極的に行っていく
事の重要性があると思われる。
そして福祉サービスについて、井上(1996)が指摘しているように、金銭面へのフォローだけでなく、保健所
の役割の強化など積極的かつ能動的に家族全体、およびその生活に介入していくような制度を設けていく
必要があるように思われる。
48
5)結論
対象者と被害者の関係・特性の検討、対人暴力が誘発されやすい状況等についての検討、被害者や対象者に対
する有効な支援、以上 3 点についての検討を行った。
そしてその結果、対象者と被害者の関係・特性の検討については、被害者は『親族』
『被害者と面識のない人』
が多く、年代は高年代傾向にあり、性別に男女比に大きな差は見られず、対象行為被害の質も一般犯罪被
害者の傾向と異なっていた。
さらに二大疾患別に被害者属性を見てみると、F2.統合失調症群の被害者『親族』では「親」が、F3.感情障
害群では「子ども」が被害者となっており、従来の結果と同様だった。
対人暴力が誘発されやすい状況等についての検討については、妄想、幻覚等精神疾患症状の多さ、問題行動
歴の高さ、福祉サービスの利用の少なさが顕著であり、家族間機能の問題も浮き彫りになった。
被害者や対象者に対する有効な支援については、精神症状の治療だけでなく、パーソナリティや家族機能へ
の関与を医療関係者が積極的に行い、また保健所の役割の促進など、福祉分野も積極的にこれら家族に関
与、介入していく必要があると思われる。
6. 文献
Baxter,H
et al
Fazel S,
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藤岡淳子
犯罪・非行の心理学
有斐閣ブックス
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藤森和美
被害者のトラウマとその支援
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統合失調症患者の受け入れに対し
服部真澄
否定的な態度を示す家族への援
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触法精神障害者の再犯についての
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医療観察法における通院医療・地域
処遇の特徴と問題点
Interpersonal Forgiving in Close J of personality
49
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犯罪被害者の心理と支援
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渋谷菜穂
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統合失調症患者を支える家族のコ
ミュニケーションにおける困難
感
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ナカニシヤ出版
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日本看護医療学
会雑誌
2000
176
116-120
2007
186(6)
301-304
2007
9(2)
41-50
2004
田口寿子
子殺し:犯罪と犯罪者の精神医学
中山書店
2006
山上
精神分裂病と犯罪
金剛出版
1992
犯罪学雑誌
2007
73(6)
174-207
Psychopathology
2002
35(6)
355-61
皓
355-363
1994 年の殺人犯 603 例に関する 10
渡邉和美
年間にわたる暴力犯罪の再犯追
跡研究
Weizmann
HG et al
violent women,blame
attribution,crime,and
personality
7.研究発表
なお、本研究は第 28 回日本社会精神医学会総会(2008.2.28 福岡)において、中屋淑らによって報告された。
50
1.1.5 医療観察法鑑定における「共通評価項目」の有用性に関する予備的検討
分担研究者:小山明日香
所属機関:東京医科歯科大学難治疾患研究所
プロジェクト研究室
国立精神・神経センター精神保健研究所
1)目的
「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)」における申
立て後に実施される精神鑑定は、医療観察法による治療を必要とするかどうかを決定するための重要な根
拠となる。厚生労働科学研究研究費補助金こころの健康科学研究事業「触法行為を行った精神障害者の精
神医学的評価、治療、社会復帰等に関する研究(主任研究者:松下正明)」研究班は、平成 17 年に「心神
喪失者等医療観察法鑑定ガイドライン」を作成した。ガイドラインでは、鑑定書に記載すべき内容や留意
点等についてまとめられているが、その中に「共通評価項目」について言及されている。「共通評価項目」
は厚生労働省が作成した「入院処遇ガイドライン」に依拠したものであり、鑑定の際にも使用できる評価
項目としてガイドラインのなかで使用が推奨されている。
「共通評価項目」は、PCL-R、FOTRES などに代表
される海外のリスクアセスメントツールのなかでも、臨床的に最も広く用いられている HCR-20 の項目を参
考にして作成された評価基準である。医療観察法医療の必要性の判断根拠や基準をより検証可能にし、ま
た治療後の経時的変化についても評価することができ、
「精神病症状」
「共感性」等の 17 項目からなり、そ
れぞれ 3 段階で評価する。
「共通評価項目」は鑑定では広く用いられているものの、評価尺度としての信頼
性・妥当性の検証は必ずしも十分でなく、その使用においては各項目の個別評価にとどまっている。信頼
性・妥当性が検証され、有用性が確認できれば、尺度として得点化して使用することが可能となり、より
幅広く使用することが可能になる。
そこで、本研究では、「共通評価項目」の尺度としての有用性を予備的に検討した。
2)方法
①対象
本研究の対象は、 2005 年 7 月から 2006 年 5 月に、裁判所の審判によって処遇が決定された 225 人のうち、
精神鑑定書に「共通評価項目」得点が記載されていた 187 人である。
内訳は男性 135 人(72.2%)、女性 52 人(27.8%)で、平均年齢は 42.5 歳(SD = 13.5)であった。主診断は、
F0 が 7 人(3.7%)、F1 が 15 人(8.0%)、F2 が 139 人(74.3%)、F3 が 18 人(9.6%)、F4 が 2 人(1.1%)、F6
が 2 人(1.1%)、F7 が 3 人(1.6%)、F8 が 1 人(0.5%)であった。罪種は、殺人 28 人(15.0%)、放火 29
人(15.5%)、強盗 5 人(2.7%)、強制わいせつ 11 人(5.9%)、傷害 68 人(36.4%)、殺人未遂 27 人(14.4%)、
放火未遂 11 人(5.9%)、強盗未遂 6 人(3.2%)、強制わいせつ未遂 2 人(1.1%)であった。
裁判によって決定した処遇は、入院 105 人(56.1%)、通院 49 人(26.2%)、不処遇 29 人(15.5%)、却下 4 人(2.1%)
であった。
②尺度
「共通評価項目」は、図1に示す 17 項目よりなる。ガイドラインでは各項目について評価のための基準や
注意点などが記載されている。
51
図1.「共通評価項目」
精神医学的要素
対人関係的要素
治療的要素
1) 精神病症状
7) 共感性
15) コンプライアンス
2) 非精神病症状
8) 非社会性
16) 治療効果
3) 自殺企図
9) 対人暴力
17) 治療・ケアの継続性
個人心理的要素
環境的要素
個別項目
4) 内省・洞察
10) 個人的支援
5) 生活能力
11) コミュニティ要因
6) 衝動コントロール
12) ストレス
13) 物質乱用
14) 現実的計画
1)~17) それぞれの項目について、0=問題なし
1=軽度の問題
2=明らかな問題点あり
で評価する
③解析
まず、因子妥当性の検討のために「共通評価項目」の 17 項目について因子分析を行った。因子の抽出には最
尤法を用い、因子数は Kaiser の基準(初期の固有値が 1 以上)で決定した。回転は斜交回転のひとつであ
るプロマックス回転法(κ=4)で行い、回転後の因子負荷量をもとに因子を抽出した。因子数は、固有値
および累積寄与率を参考に、4 とした。17 項目すべての因子負荷量が 0.30 以上であったため、すべての項
目を使用した。
次に、内部一貫性の検討のために Chronbach のα係数を算出した。
さらに、予測妥当性の検討のため、一元配置分散分析を行った。予測妥当性の検討では、共通評価項目の結
果が、鑑定の結果を予測するのに役立っているかを検討するために、鑑定後に入院になった群、通院にな
った群、不処遇となった群で得点に差があるかを 3 群で比較した。対比較には Bonferroni 法を用いた。
3)結果
①因子妥当性の検討
因子分析(最尤法)を行ったところ、固有値 1 以上の因子として 4 つの因子が抽出された。プロマックス
回転後の因子負荷量 0.30 以上を基準にすべての項目を分けたところ、解釈可能な因子が構成された(表1)。
第 1 因子は「治療・ケアの継続性」
「内省・洞察」「コンプライアンス」
「現実的計画」「精神病症状」からな
り、「現実検討能力」と命名した。第 2 因子は「共感性」「非社会性」「生活能力」「治療効果」からなり、
「社会適応」と命名した。第 3 因子は「非精神病症状」
「自殺企図」
「衝動コントロール」
「対人暴力」から
なり、
「行動の障害」と命名した。第 4 因子は「コミュニティ要因」
「個人的支援」
「物質乱用」
「ストレス」
からなり、「環境要因」と命名した。
52
表1.「共通評価項目」の因子分析(n = 187)
共通性
因子 1
因子 2
因子 3
因子 4
(抽出後)
因子 1 現実検討能力
17)治療・ケアの継続性
.431
0.78
-0.10
0.01
0.19
4)内省・洞察
.718
0.73
0.23
-0.03
-0.21
15)コンプライアンス
.124
0.73
0.15
-0.02
-0.09
14)現実的計画
.655
0.60
0.01
-0.01
0.26
1)精神病症状
.446
0.56
-0.11
0.34
-0.19
7)共感性
.460
0.10
0.89
-0.11
-0.16
8)非社会性
.713
-0.06
0.65
-0.09
0.14
5)生活能力
.435
0.18
0.32
0.24
0.11
16)治療効果
.162
0.13
0.32
0.03
0.05
2)非精神病症状
.372
0.02
0.10
0.79
0.00
3)自殺企図
.365
0.01
-0.17
0.39
-0.01
6)衝動コントロール
.161
-0.18
0.33
0.37
0.30
9)対人暴力
.115
0.12
-0.01
0.34
0.00
11)コミュニティ要因
.553
0.18
0.10
-0.05
0.46
10)個人的支援
.627
0.16
0.20
-0.21
0.45
13)物質乱用
.205
-0.16
0.00
0.04
0.36
12)ストレス
.657
0.26
-0.24
0.10
0.30
因子 2 社会適応
因子 3 行動の障害
因子 4 環境要因
最尤法 太字はプロマックス回転後の因子負荷量が 0.30 以上を示す
KMO の標本妥当性の測度 = 0.861, Bartlett の球面性検定:χ2 = 984.3, df = 136, p < .001
②内部一貫性の検討
17 項目および下位尺度「現実検討能力」「社会適応」「行動の障害」「環境要因」について Chronbach のα係
数を算出した。その結果、17 項目でのα係数は 0.84、
「現実検討能力」は 0.84、
「社会適応」は 0.72、
「行
動の障害」は 0.50、「環境要因」は 0.60 であった。
③予測妥当性
裁判の結果、入院になった群、通院になった群、不処遇になった群で「共通評価項目」得点(17 項目合計
得点および下位尺度得点)に差があるかを一元配置分散分析で比較した。裁判の結果、却下となった 4 人
については解析から除外した。17 項目合計得点および下位尺度については、各因子に含まれる項目の平均
得点を算出した。その結果を表2に示す。17 項目合計得点および下位尺度得点で有意差があった。17 項目
合計得点および下位尺度得点で入院群は通院群および不処遇群よりも有意に得点が高かった。通院群と不
53
処遇群で有意差があったのは「現実検討能力」のみであった。
表2.3 群の「共通評価項目」合計得点および下位尺度得点(n=183)
入院群
通院群
(n =105)
(n =49)
17 項目合計
1.32 (0.28)
a
現実検討能力
1.77 (0.31)
a
社会適応
A
1.15 (0.49) ,
行動の障害
1.13 (0.46)
環境要因
1.11 (0.44)
不処遇群
a
A
A, a
p
b
29.4
< .001
B, b
47.1
< .001
8.1
< .001
(n =29)
1.00 (0.37)
1.24 (0.57)
F (3, 180)
b
0.84 (0.48)
A, b
0.94 (0.67)
0.90 (0.54)
B
0.76 (0.63)
b
0.91 (0.57)
B
0.86 (0.56)
B
5.1
.007
0.88 (0.35)
B
0.76 (0.49)
b
10.4
< .001
同一項目における異なる肩付き文字は対比較(Bonferroni 法)で差があることを示す.
A, B
p < .05
a ,b
p < .01
4)考察
本研究では、「共通評価項目」の有用性の一部を予備的に検討した。
因子分析によって得られた 4 つの因子は、もともとの下位分類とは異なるものである。しかしながら、我々
の研究で得られた下位分類は臨床的にも解釈可能な分類であり、また治療的観点からも重要な要素を表し
ていると思われる。第 1 因子「現実検討能力」は状況を正しく理解し治療に同意し継続することができる
かを測る項目からなり、精神医学的介入の必要性をあらわす。第 2 因子「社会適応」は共感性や生活能力
といった社会で生活していくためのソーシャルスキルの獲得の必要性をあらわす。第 3 因子「行動の障害」
は衝動的な行動の危険性を測るものであり、アンガーマネジメントなどのような認知行動療法的介入の必
要性をあらわす。第 4 因子「環境要因」は、支援体制が整っているかどうか、違法な薬物を容易に入手で
きる環境にないかどうかなど、社会資源の調整の必要性をあらわす。
これらの下位因子はおおむね良好な信頼性と妥当性を示した。α係数は 0.50 から 0.84 を示しており、また、
予測妥当性の検討でも、17 項目合計得点およびすべての下位因子において、入院群・通院群・不処遇群の
3 群間で有意差があった。
4つの因子のうち「現実検討能力」は、α係数が高く、予測妥当性の検討でも3群を判別するのに有効であ
り、特に有用な因子であるといえる。17 項目すべてについて評価することが困難な場合に、この因子のみ
を評価することも、一定の意義があるかもしれない。
この 4 つの下位因子のなかには、必ずしも十分に高い信頼性と妥当性を有するとは言えない因子もある。特
に「行動の障害」はα係数が 0.50 とやや低い数値である。本研究では、因子分析を行う際に、可能な限り
すべての項目を生かすために、抽出後の共通性および因子負荷量が必ずしも高くない項目も除外しなかっ
たことも一因と考えられる。また、予測妥当性の検討では、
「現実検討能力」以外の因子で通院群と不処遇
群間で得点に有意差がなく、処遇の予測が十分であるとは必ずしもいえない。これらの点については、引
き続き検討が必要であり、また、実際に尺度として使用する場合には下位因子についての解釈は慎重に行
うべきである。
本研究の限界として以下の点が挙げられる。まず、予測妥当性についてである。本研究では精神鑑定のデ
54
ータを解析しているため、予測される結果(処遇)は、裁判官によって「共通評価項目」を含む精神鑑定
等の情報に基づいて決定されている。厳密に予測妥当性を検討するためには予測される結果と尺度の評価
が独立して行われるべきであり、本結果はあくまで予備的なものと理解すべきだろう。また、評価者間信
頼性や再テスト信頼性など本研究で検討できなかったものについても、模擬事例などを用いて今後検討が
必要であろう。
5)結論
医療観察法鑑定における「共通評価項目」の有用性を予備的に検討した。因子分析の結果、
「共通評価項目」
は「現実検討能力」
「社会適応」
「行動の障害」
「環境要因」の 4 因子が抽出され、おおむね良好な信頼性と
妥当性を有していた。特に「現実検討能力」は信頼性・妥当性ともに高く、有用な因子であった。しかし
ながら、下位因子のなかには必ずしも十分な信頼性が確認できなかったものもあり、また、評価者間信頼
性などは本研究で検討できておらず、今後さらなる検討が必要である。
5)研究発表
小山明日香、安藤久美子、田中奈緒子、中屋淑、森澤陽子、田中裕光、和田久美子、大澤達哉、山上皓:医
療観察法鑑定における「共通評価項目」の有用性に関する予備的検討-精神鑑定書分析その1-.第回日
本社会精神医学会総会.2008.2.28 福岡.
55
1.2一般裁判事例の責任能力判断に関する調査-鑑定人および裁判官の刑事責任能力判断に関わる要因の
研究‐裁判所等を通して実施した全国 50 事例の関係記録の分析より‐
分担研究者:大澤達哉
所属機関:東京医科歯科大学 難治疾患研究所 プロジェクト研究室犯罪精神
1)要旨
わが国に標準化された具体的な責任能力判断基準は存在しないが、その確立のための客観性に配慮した多
数の裁判事例に基づく研究は行なわれていない。本研究では、平成 8 年以降 10 年間に、公判中に責任能力
鑑定が行なわれ、既に刑の確定した全国の裁判事例 50 例を刑事確定訴訟記録法に基づいて調査し、鑑定書
71 例と裁判書 64 例を対象に、責任能力に関わる因子を抽出してその傾向を明らかにするとともに、鑑定
書別及び事例別に鑑定書と裁判書を比較し、鑑定人と裁判官の責任能力判断過程等を検討した。
その結果、鑑定人は裁判官の判断に影響を与える立場にあること、可知論的判断が全国に浸透していること、
鑑定人と裁判官の責任能力判断一致率は 56.3%であったことを明らかにした。また、責任能力判断の根拠
となる検討事項を精神医学的因子と犯行状況因子に分類し、鑑定書と裁判書の2群間で比較した結果、裁
判官は鑑定人より多くの犯行状況因子を検討する頻度が有意に高く、鑑定人は精神医学的因子に依拠して
責任能力を判断する傾向にあった。そして、鑑定人の責任能力判断の表現は統一されていなかった。
これらの結果から、鑑定人は責任能力を判断する際に、少なくとも、裁判官の重要視する「動機・原因」、
「計画・準備」、「方法・手段」、「逡巡・躊躇」、「通報・自首」、「隠滅・逃走」、「違法性の認識」、「供述状
況」、「犯行前行動」、「犯行中行動」、「犯行後行動」、「犯行前心理状態」、「犯行後心理状態」、「記憶障害」
の 14 因子を検討事項として考慮し、精神医学的視点に基づいて評価する必要性を指摘した。また、鑑定人
の責任能力判断の分類と表現の標準化のため、ドイツにおける 5 段階の分類
責任能力の可能性は除外できない
③限定責任能力
<①完全責任能力
④責任無能力の可能性は除外できない
②限定
⑤責任無能
力>は、わが国の刑事司法制度に導入されるべき有益な分類であることを指摘した。
近年、重大な事件が起きるとしばしば被告人または被疑者の精神鑑定が行われ、これが社会の関心を集める
ことも多い 22)、62)。また、2005 年に施行された心神喪失者等医療観察法の適切な運用のために、その第一
段階となる責任能力鑑定の重要性が改めて指摘されており 33)、64)、2009 年までに導入される刑事裁判員制
度においては、裁判官のみならず一般市民にも理解される精神鑑定のあり方が望まれている 12)、13)、43)。そ
の一方で、これまで精神鑑定に関して様々な問題がくり返し指摘されてきた
2)
、7)
、9)
、12)
、15)
、16)
、32)、40)
、41)、
42)、56)、58)、63)
。精神鑑定の本質的な目的が責任能力判断であることを考えると、その中で最も重要な問題
は同一事例において専門家間の責任能力判断が一致しない場合があることである
8)
、10)
、14)、18)
、20)
、45)、53)
。
このことは被鑑定人や被害者の利益を損なうとともに、司法制度の適切な運用を妨げ、さらには精神鑑定
および精神医学に対する信頼を揺るがすものである 30)。責任能力鑑定の質的向上を図り、その信頼性を確
立する試みは、今日の司法精神医学領域における最も重要な研究課題の一つと考えられる。
責任能力判断の不一致の原因のひとつとして、責任能力判断に関わる基準が不明確な点が挙げられる
39)、42)、43)、50)
。現在、責任能力判断は個々の鑑定人の認識や経験に頼っているのが現状で
8)
、9)、
42)
、責任能力の
基本的概念である可知論と不可知論のいずれの立場に立つか、なにをどのように具体的に評価すべきかな
どについても統一された見解はみられていない 43)。
今まで、個々の事例において、鑑定人同士や鑑定人と裁判官の間に責任能力判断の不一致が見られることが
56
しばしば問題視されてはいても 10)、14)、18)、20)、53)、その原因や対策についての研究はほとんどなされていな
い。従来の報告は、高度なプライバシーを含む精神鑑定事例の性質上、それに直接関わった鑑定人しかそ
の事件および事例について知る機会が与えられないことから、そのほとんどが自験の鑑定例や自己の経験
に基づくものである。そのため、学派や党派性の問題、あるいは再鑑定としての Battle of expert の問題
が指摘されるこの領域では 40)、42)、53)、客観性が十分に担保されたものではなかった。そして、偏りの少な
い多数の鑑定事例を検討し、責任能力判断について司法側の判断と比較した報告もごく一部にはあるが 8)、
58)
、それらは起訴前の簡易鑑定例が多数を占め、責任能力判断の根拠がまったく明らかにされない検察官
の判断(起訴、起訴猶予、不起訴)と比較していたため、責任能力判断に至る過程を明らかにするもので
はなかった。また、その検察官の判断も、責任能力以外の様々な要素を含めて決定されるものであり、結
論の比較においても限界があった。さらに、裁判官の責任能力判断は、判決のための他の要素とは独立し
て検討されるため、鑑定人と異なる領域の専門家がまったく同一の事柄を判断するという点や、その根拠
が判決の理由のひとつとして司法側で唯一公開される点などから、検討に値すると考えられるが、それを
検討した報告はほとんど見られない。責任能力判断という鑑定人の技術や作業に関する問題について論じ
るためには、まず客観的に偏りのない多数の精神鑑定書と判決等の記載された裁判書から、責任能力が実
際にどのように判断されているのか、その実態を知ることが重要である。そして、それに基づいた検討に
よって、初めて有効な対策を講ずることが出来ると考えられる。しかし、著者が知る限り、わが国では客
観性に配慮した多数の裁判鑑定事例についての研究報告はなく、いまだ責任能力判断の実態さえも十分に
明らかにされているとはいえないのが現状である。
本研究の目的は、従来、入手が非常に困難とされていた自験例以外の精神鑑定書と、今までほとんど検討さ
れたことのない、それに対応する判決等が記載された裁判書を、可能な限り多く収集して、責任能力判断
の実態を明らかにするとともに、その結果を検討することで、鑑定人の責任能力判断の標準化を目指し、
その精度および信頼性の向上に寄与することである。今回、刑事訴訟法第 53 条「訴訟記録の公開」を根拠
に、その手続きを定めた刑事確定訴訟記録法に基づいて全国規模の調査を実施した。そして、平成 8 年以
降の 10 年間に刑事訴訟過程において責任能力が争点となり、公判中に責任能力鑑定が行なわれ、既に刑の
確定した裁判事例 50 例の、精神鑑定書 71 例と判決等の記載された裁判書 64 例を対象として、責任能力判
断に関わる項目を抽出し、それらに関し鑑定人と裁判官の比較を行い、得られた結果から鑑定人が責任能
力判断を行なう際に考慮すべき点について考察を加えた。
2)方法
①対象
対象は、平成 8 年 1 月 1 日から平成 17 年 12 月 31 日までの最近 10 年間に、わが国の刑事訴訟過程において
責任能力が争点となり、公判中に責任能力鑑定が行なわれ、既に刑が確定した事例のうち、最高裁判所(以
下、最高裁と略す)が把握する事例の、証拠採用されたすべての精神鑑定書(以下、鑑定書と略す)と判
決等の記載された裁判書(以下、裁判書と略す)である。
これらの事例の抽出に当たっては、まず最高裁に問い合わせをし、同裁判所が把握する「責任能力が争点と
なり精神鑑定が行われた事例」120 例の取り扱い裁判所名と事件番号を入手した。ただし、これらは著者
が問い合わせた時点で、最高裁がたまたま把握していた事例ですべてを網羅しているわけではない、との
説明を受けた。その中には昭和 40 年代の事例も含まれていたため、責任能力判断の現状を反映させるため、
平成 8 年 1 月 1 日から平成 17 年 12 月 31 日までの最近 10 年間に刑事事件として扱われた 68 例を抽出し、
57
平成 7 年以前の事例は除外した。そして、その 68 例について、後述する閲覧申出の際に必要となる判決日
もしくは確定日を、その事件を取り扱った第一審裁判所に文書または電話で問い合わせをした。この時点
で係争中と判明したものは除外した。それから、各訴訟記録を保管する第一審裁判所に対応する地方検察
庁に研究の趣旨等を文書で説明し、刑事訴訟法および刑事確定訴訟記録法に基づいて、その閲覧・謄写を
申請した。最終的に法律上の保管年限を過ぎていたものを除外した 51 例について、本研究における鑑定書
および裁判書の目的外使用に関して刑事確定訴訟記録法を遵守することを条件に、各保管検察官の許可を
得て、著者が該当する全国 31 地方検察庁(支部を含む)に赴き、鑑定書と裁判書を入手した。いずれも各
地方検察庁の基準で被告人や関係者の氏名、生年月日、前科などの個人情報が消去されており、一部の検
察庁には個人情報の取り扱いについての誓約書等を提出した。調査期間は平成 18 年 4 月 26 日から同年 9
月 21 日までである。
以上の手続きにより入手できた 51 事例(鑑定書 73 例、裁判書 68 例)のうち、公判鑑定で処遇に関する鑑
定が行われていた1例(鑑定書 2 例、裁判書 1 例)を除外し、50 事例(鑑定書 71 例、裁判書 67 例)を対
象とした。さらに、最高裁まで争われた 3 事例の第 3 審裁判書がいずれも上告理由に当たらないとされ、
責任能力のみならずその事件について改めて検討されていなかったことから、それらを除外し、最終的に
50 事例の鑑定書 71 例と裁判書 64 例を本研究の対象とした(表1)。
②方法
鑑定書と裁判書のいずれか一方または両方から、罪種・鑑定事項・診断・鑑定書採用または不採用の理由・
責任能力判断・責任能力判断の根拠となる検討事項などを抽出した。なお、鑑定書と裁判書はいわゆる自
由記述であり、抽出項目によっては一定の基準を定めて分類をする必要があった。
鑑定事項は、鑑定書から抽出し、それらを①現在の精神状態
②犯行時の精神状態
③現在の責任能力
④
犯行時の責任能力 ⑤その他の 5 類型に分類した(表 2-1)。なお、この責任能力には弁識能力および制御
能力と表現されていたものも含めた。
診断は、鑑定書からは犯行時の診断に限定して抽出し、現在(鑑定時)の診断は除外した。犯行時診断が複
数あるものは全てを抽出した。裁判書からは採用された犯行時の診断を抽出した。診断方法は鑑定書によ
り異なり、伝統的診断・DSM‐Ⅳ・ICD‐10 などが混在していたため、本研究では ICD‐1054)に対応させ統
一した。
鑑定書採用または不採用の理由は、裁判書から抽出した。裁判官によりその表現は多様であるため、その内
容に従って分類して集計した。
責任能力判断は、鑑定書および裁判書から抽出した(表 2-2)。鑑定書の責任能力の表現は、心神耗弱、心神
喪失などの法律用語を用いているもの、完全責任能力、限定責任能力、責任無能力と表現されているもの、
また、責任能力、弁識能力、制御能力などに「著しい」「中等度」「若干」などの程度を表す形容詞を付し
て表現しているものなど多岐にわたるため、①完全責任能力に相当するもの(以下、
「完全に相当」と略す)
②完全責任能力と限定責任能力のいずれかに相当するもの(以下、
「完全または限定」と略す)③限定責任
能力に相当するもの(以下、
「限定に相当」と略す) ④限定責任能力と責任無能力のいずれかに相当する
もの(以下、
「限定または無能力」と略す)⑤責任無能力に相当するもの(以下、
「無能力に相当」と略す)
⑥
①から⑤のいずれにも分類できないもの(以下、
「その他」と記す)の6類型に分類した。裁判書の責
任能力判断は、完全責任能力、限定責任能力、責任無能力のいずれかに分類した。一部の裁判書で責任能
力に関する記載のないものも見られたが、いずれも刑法 39 条は適用されておらず、完全責任能力として取
58
り扱った。また、責任能力が可知論と不可知論のいずれに基づいて判断されているか区別した。
責任能力判断の根拠となる検討事項は、鑑定書および裁判書から抽出した。鑑定書からは、鑑定主文および
責任能力判断に関する根拠が明確に記載されている考察・結論などの部分に限定して抽出した。ただし、
一部の簡易鑑定書に関してはそのすべてを参考とした。裁判書においては、主に「理由」の中の「弁護人
の主張に対する判断」
「責任能力に対する判断」など、責任能力について裁判官の判断とその過程が明確に
記載されている部分から抽出し、事例によっては「犯罪事実」
「量刑の理由」などの項も参考にした。抽出
した検討事項は、鑑定書および裁判書ともに精神医学的因子と犯行状況因子の 2 つに分類し、さらにそれ
ぞれに下位項目を設けた(表 2-3)。
精神医学的因子は、
「意識障害」、
「記憶障害」、
「見当識障害」、
「知的障害」、
「幻覚妄想状態とのみ表現されて
いるもの」、
「幻聴」、「その他の幻覚」、「妄想」
、「妄想様観念」、「思路の障害」、「自我意識の障害」、「陰性
症状」、
「現実検討能力等の低下」、
「躁状態」、
「抑うつ状態」
、
「自殺念慮」、
「過去の物質使用の影響」、犯行
時の物質使用の影響(「アルコールの影響」、
「覚せい剤の影響」、
「有機溶剤の影響」、
「その他の薬物等の影
響」)
、「人格・性格」、「性嗜好障害」
、「病識の有無」、「その他の精神症状」、「日常生活状況」の 26 項目に
分類して集計した。
犯行状況因子は、動機・原因・経緯に関するもの(以下、「動機・原因」と略す)、計画性・準備に関するも
の(以下、「計画・準備」と略す)、方法・手段に関するもの(以下、「方法・手段」と略す)、犯行に対す
る逡巡・躊躇に関するもの(以下、
「逡巡・躊躇」と略す)、通報・自首・申告に関するもの(以下、
「通報・
自首」と略す)、隠滅・逃走・弁解に関するもの(以下、
「隠滅・逃走」と略す)、内省・後悔に関するもの
(以下、
「内省・後悔」と略す)、
「違法性の認識」、逮捕後の供述に関するもの(以下、
「供述状況」と略す)、
「犯行後行動」
、
他の被告人の個別具体的な行動と心理状態などに関するもの(「犯行前行動」、
「犯行中行動」、
「犯行前心理状態」、「犯行中心理状態」、「犯行後心理状態」、「犯行状況として一括して表現されているも
の」)の 16 項目に分類して集計した。被告人の個別具体的な行動と心理状態については、経時的にそれぞ
れ犯行前・犯行中・犯行後に分類したが、一般に犯行は連続的であること、鑑定書や裁判書によってその
状況の記載も十分ではないものがあることから、時間を明確に区分することの出来なかったものは「犯行
中」として取り扱った。
上記について、鑑定書別および事例別に、鑑定書と裁判書を比較、検討した。事例別の比較では、対象を同
一の事例で複数回の精神鑑定が行なわれたもの(以下、複数鑑定例と略す)と一回のみ精神鑑定が行なわ
れたもの(以下、一回鑑定例と略す)に分けて検討した。また、
「責任能力判断の根拠となる検討事項」の
比較に関しては、鑑定書と裁判書の 2 群間でχ2 検定を行ない、両側検定で5%未満を有意とした。統計解
析には SPSS Version 14.0 J for Windows を用いた。
なお、本研究は東京医科歯科大学難治疾患研究所倫理審査委員会の承認を受けて実施された。
3)結果
①対象の概要
・事例(N=50)
罪種の内訳(のべ数)は、殺人が 16 例で最も多く、以下、窃盗(常習累犯含)10 例、傷害 9 例、放火 6
例、強制わいせつ(準強制わいせつ含)、覚せい剤取締法違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反各 5 例、略取
誘拐、建造物等侵入各 4 例、器物損壊 3 例、強盗殺人、強盗強姦、死体損壊、道路交通法違反各 2 例、そ
の他 10 例であった。一事例における罪数の内訳は、罪数 1 のものが 29 例(58%)と最も多く、罪数 2:
59
16 例(32%)
、罪数 3:2 例(4%)、罪数 4、5、7、9:各 1 例(2%)であった。
鑑定回数は、複数鑑定例 20 例(40%)、一回鑑定例 30 例(60%)であった。鑑定種別の内訳は、複数鑑定例
では簡易鑑定と公判鑑定各 1 回のもの 13 例(26%)
、起訴前本鑑定と公判鑑定各 1 回のもの 6 例(12%)、
簡易鑑定 1 回と公判鑑定 2 回のもの 1 例(2%)であった。一回鑑定例はすべて公判鑑定であった。なお、
すべての公判鑑定は第一審において実施されていた。
上訴の状況は、第一審で刑が確定したもの 36 例(72%)、控訴されたもの 11 例(22%)、上告されたもの 3
例(6%)で、確定判決における被告人の責任能力判断の内訳は、完全責任能力 32 例(64%)
、限定責任能
力 18 例(36%)で、責任無能力とされたものはなかった。
・鑑定書(N=71)
鑑定を依頼したのは、第一審の裁判官のべ 51 人と検察官の 20 人で、鑑定事項の内訳は「現在の精神状態」
55 例(77.5%)(裁判官 38 例 74.5%、検察官 17 例 85%)
、「犯行時の精神状態」56 例(78.9%)
(裁判官
38 例 74.5%、検察官 18 例 90%)、「現在の責任能力」15 例(21.1%)
(裁判官 9 例 17.6%、検察官 6 例 30%)、
「犯行時の責任能力」53 例(74.6%)
(裁判官 34 例 66.7%、検察官 19 例 95%)、
「その他」36 例(50.7%)
(裁判官 18 例 35.3%、検察官 18 例 90%)であった。
診断の内訳(のべ数)は、F0:3 例、F1:32 例、F2:22 例、F3:4 例、F4:5 例、F5:2 例、F6:30 例、F7:
13 例、F8:1 例、F9:0 例、分類不能:2 例であった。
責任能力判断は、参考意見とされたものも含めるとすべての鑑定書に記載されていた。その内訳は、
「完全に
相当」29 例(40.8%)、
「完全または限定」10 例(14.1%)
、「限定に相当」20 例(28.2%)、「限定または
無能力」2 例(2.8%)、
「無能力に相当」2 例(2.8%)、
「その他」8例(11.3%)で、可知論に基づく判断
は 69 例(97.2%)、不可知論に基づく判断は 2 例(2.8%)であった。
・裁判書(N=64)
鑑定書採用の理由(のべ数)は、明確に記載されていたものに関し、その内訳は「前提事実に沿う」15 例、
「鑑定資料・手法に問題なし」13 例、
「結論が合理的」7 例、
「信頼性が高い」3 例、
「鑑定人の適格性に問
題なし」
「可知論に基づいているから」各 2 例などであった。一方、鑑定書不採用の理由(のべ数)は、
「前
提を欠く」11 例、
「結論が不合理・短絡的」5例、
「鑑定資料・手法に問題あり」3 例、
「不可知論に基づい
ているから」2 例などであった。
裁判官の多くは鑑定書の評価にあたり、診断と責任能力判断を区別していた。
鑑定書の診断に対する評価は、一つの鑑定書を採用したもの 42 例(65.6%)
(複数鑑定例 11 例、一回鑑定例
31 例)、複数の鑑定書を採用したもの 15 例(23.4%)であった。一方、1 回鑑定例において不採用とされ
た 2 例(3.1%)は、別の精神科医による意見書をもって否定されていた。記載のないものは 5 例(7.8%)
であった。
鑑定書の責任能力判断に対する評価は、鑑定書の判断をそのままに採用したものが 2 例(3.1%)(複数鑑定
例 1 例(両方を採用)、1 回鑑定例 1 例)、一つの鑑定書の判断を採用した上で裁判官が判断したもの 27 例
(42.2%)(複数鑑定例 12 例、1 回鑑定例 15 例)、複数の鑑定書の判断を採用した上で裁判官が判断した
もの 2 例(3.1%)、鑑定書の判断に関わらず裁判官が独自に判断していたものが 31 例(48.4%)(複数鑑
定例 12 例、1 回鑑定例 19 例)で、記載のないもの 2 例(3.1%)であった。
責任能力判断の内訳は、完全責任能力 42 例(65.6%)、限定責任能力 21 例(32.8%)、責任無能力 1 例(1.6%)
60
で、その理由の記載のないものを除くすべての裁判書で可知論に基づく判断が行なわれていた。
②責任能力判断の異同
・鑑定書別比較
責任能力判断について、鑑定書 71 例を裁判官の判断と一対一で対応させて比較した。裁判書の責任能力判断
は、下級審と上級審の判断が異なった事例が 2 例に認められたが、すべて確定判決における責任能力判断
とした(表 3)。
責任能力判断が一致したものは 40 例(56.3%)で、その内訳は完全責任能力 26 例(36.6%)、限定責任能
力 14 例(19.7%)、責任無能力 0 例(0.0%)であった。
責任能力判断が不一致のものは 31 例(43.7%)であった。そのうち 11 例では明らかに異なった判断が下さ
れており、鑑定人により「無能力に相当」とされた 2 例が裁判官によりそれぞれ完全責任能力、限定責任
能力とされ、鑑定人により「限定に相当」とされた 6 例が裁判官により完全責任能力とされていた。また、
鑑定人により「完全に相当」とされた 3 例が裁判官により限定責任能力とされていた。他の 12 例では鑑定
人と裁判官の判断は近似しており、鑑定人により「完全または限定」とされた 10 例は、裁判官により 7
例が完全責任能力、3 例が限定責任能力とされ、鑑定人により「限定または無能力」とされた 2 例は裁判
官によりともに限定責任能力とされていた。「その他」8 例は、裁判官により 4 例が完全責任能力、4 例が
限定責任能力とされていた。
・事例別比較
複数鑑定例(表 4-1)
控訴審以上まで争われた事例において、下級審と上級審における裁判官の責任能力判断が異なったものは
みられなかった。
複数の鑑定人の責任能力判断が一致したものは 7 例であった。そのうち鑑定人により「完全に相当」または
「限定に相当」とされた 4 例(事例番号 14.15.16.19)では裁判官の判断も一致していた。鑑定人により
「完全または限定」(事例番号 17.18.)とされた 2 例はそれぞれ裁判官により完全責任能力と限定責任能
力とされ、
「限定または無能力」
(事例番号 20)とされた 1 例は裁判官により限定責任能力とされ、いずれ
も鑑定人に近似した判断が下されていた。
複数の鑑定人の責任能力判断が一致しなかったのは 13 例であった。そのうち 12 例では裁判官は少なくとも
いずれか一方の鑑定書と同一の判断を行なっていた(完全責任能力7例(事例番号 1.2.3.4.8.10.11)、限
定責任能力5例(事例番号 5.6.7.12.13))。また、鑑定人の判断が「完全または限定」と「限定に相当」に
分かれた 1 例(事例番号 9)では、裁判官により完全責任能力と判断されていた。
一回鑑定例(表 4-2)
控訴審以上まで争われた事例のうち、下級審と上級審における裁判官の判断が異なったものが 2 例に認めら
れた。
1 例(事例番号 21)は、鑑定人により「薬物による意識障害を呈しており、是非弁別能力に減退を認める。し
かし、従来より反社会的行動や薬物乱用を繰り返している行動様式から、結果的に本犯行に至った責任は
被告人に認めざるをえない」(「その他」に分類)と判断され、一審で責任無能力、二審では限定責任能力
とされた。
61
別の 1 例(事例番号 22)は、鑑定人により「是非善悪を弁識する能力は完全に喪失していなかったが、弁識す
る能力およびその弁識に基づいて行為する能力は中等度に低下していた」(「その他」に分類)と判断され
た。一審と二審の裁判官がそれぞれの解釈で鑑定書を肯定して採用していたが、責任能力判断は異なり、
一審で完全責任能力、二審で限定責任能力とされた。
上記2例を除く 28 例のうち、20 例は鑑定人と裁判官の責任能力判断が一致していた(完全責任能力 13 例(事
例番号 31~43)、限定責任能力 7 例(事例番号 44~50))。一方、鑑定人と裁判官の責任能力判断が一致しな
かったものは 8 例で、その内訳は、鑑定人により「限定に相当」、「無能力に相当」とされた各 1 例(事例番
号 26.27)、
「完全または限定」3 例(事例番号 23.24.25)と「その他」2 例(事例番号 28.29)が裁判官により
完全責任能力とされ、「その他」1 例(事例番号 30)が限定責任能力とされていた。
③責任能力判断の根拠となる検討事項
鑑定書と裁判書の 2 群間で責任能力判断の根拠となる検討事項を比較した(表 5)。
その結果、鑑定人よりも裁判官が検討した頻度が有意に高かった因子が認められ、それらは、精神医学的因
子の「記憶障害」の 1 因子と、犯行状況因子の「動機・原因」、「方法・手段」、
「逡巡・躊躇」、「通報・自
首」、「隠滅・逃走」、「供述状況」、
「犯行前行動」、「犯行中行動」、「犯行後行動」、「犯行前心理状態」、「犯
行後心理状態」、「犯行状況として一括して表現されているもの」の 12 因子であった。
4)考察
①責任能力判断における鑑定人の位置づけ
はじめに、従来から議論のある、精神鑑定とりわけ責任能力判断における鑑定人の立場と裁判官の鑑定結
果の取り扱い 2)、33)、38)について考察した。
精神鑑定は、刑事訴訟法第 165~174、223~225 条などにその実施の根拠があり、裁判官や検察官の依頼によ
る被告人または被疑者の精神状態についての専門家の判断・報告を示すとされ 42)、責任能力判断に関わる
ものが多い 40)。精神鑑定には精神医学的診断が必要な場合が多く、精神科医が鑑定人となって実施する場
合がほとんどである 40)。ただしその鑑定結果の取り扱いについて、最高裁判所第三小法廷 1983 年 9 月 13
「被告人の精神状態が刑法 39 条にいう心神喪失または心神耗弱に該当するかどうかは法律判
日決定 48)は、
断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題であることはもとより、その前提となる生物学的、心理学的
要素についても、右法律判断との関係で究極的には裁判所の評価に委ねられるべき問題である」として、
責任能力判断はもとより、生物学的要素すなわち医学的診断を含む事実認定についても裁判所の専決事項
とした 32)。そのため、鑑定人はあくまでも最終的な判断を行う裁判官に対して参考意見を述べるに留まる
とされ、裁判官は自由心証主義に基づき鑑定結果に拘束されないとされる 13)。しかし、この最高裁決定に
対して中谷は、裁判官は事実認定についての精神医学の領域に過剰に踏み込みかねない 32)と述べ、西山は、
裁判官の専門知識の不足を補うということから発して鑑定の制度が存在するのであるからそれが尊重され
ねばならない 38)と述べるなど、精神科医の立場からは懸念も示されてきた。
本研究において、裁判官は精神医学的診断に関して、57 例(89.1%)で鑑定人の診断を採用しており、鑑定
書の診断に関する評価が明確に記載された裁判書に限るとその割合は 96.6%に上る。診断が否定された鑑
定書は、採用した鑑定書または他の精神科医による意見書を持って否定されており、裁判官によってのみ
精神医学的診断が否定されていたわけではなかった。この結果は、診断という純粋な医学的判断に関して、
裁判官は精神科医である鑑定人の判断を尊重していることを示している。
62
一方、責任能力に関しては、鑑定書の判断に関わらず裁判官が独自に判断していたもの 31 例(48.4%)
、鑑
定書の判断を採用した上で裁判官が判断したもの 29 例(45.3%)であり、合計 60 例(93.8%)において
裁判官が主体性をもって判断していた。しかし、後者と、鑑定人の責任能力判断をそのままに採用してい
た 2 例を合計した 31 例(48.4%)において、鑑定人の責任能力判断を採用したことが裁判書に明確に記載
されていたことは、半数近くの裁判官が鑑定結果をその責任能力判断の根拠としたことを示している。ま
た、鑑定を依頼した第一審の裁判官(のべ 51 人)の 34 例(66.7%)が、鑑定事項として「犯行時の責任
能力」を具体的に挙げていたことは、3分の2に及ぶ裁判官が鑑定人の責任能力判断を期待していること
を示唆している。そして、鑑定後の証人尋問では、鑑定人は責任能力について明確な判断を要求されるこ
ともあり 15)、29)、現実には鑑定人に判断が委ねられている 36)ともされる。
最高裁判例の示すとおり、最終的な責任能力判断は裁判官の職務であることは明らかである。しかし、鑑定
人は裁判官の判断に大きな影響を与える立場にあると考えられる。今回「鑑定資料・手法に問題あり」
「結
論が短絡的」
「根拠が不明確」などの理由で不採用とされた鑑定書が見られたが、鑑定人は診断のみならず、
十分な精神医学的知見に基づいた責任能力判断を示すことで、裁判官の責任能力判断に寄与することが出
来ると考えられる。
②可知論と不可知論
責任能力判断の基本概念として可知論と不可知論に関わる議論がある 5)、19)、24)、。
日本の法律には責任能力の定義の記載はなく、1931 年の大審院判決4)が刑法 39 条の解釈・運用の基準を示
すものとされてきた
17)
、40)
。それによれば、責任無能力すなわち心神喪失は「精神の障害により事物の理
非善悪を弁識する能力がなく、又はこの弁識に従って行動するの能力のなき状態」とされ、限定責任能力
すなわち心神耗弱は「上叙の能力を欠如する程度に達せざるも、その著しく減退せる状態」とされる。そ
して、この文言の中の「精神の障害」に相当する「生物学的要素」のみに基づいて責任能力判断を行う不
可知論と、「理非善悪を弁識する能力」「弁識に従って行動するの能力」に相当する「心理学的要素」にま
で検討して責任能力判断を行う可知論という 2 つの学説が存在し、1980 年代初めころまでは不可知論に依
拠する、診断類型的に責任能力を決定する司法と医学の取り決めである慣例 Konvention の確立が精神医学
界で提唱されていた
24)
、29)
とされる事例も見られた
。そのため、統合失調症(当時は精神分裂病)と診断されただけで責任無能力
60)
。しかし、1984 年 7 月 3 日最高裁第三小法廷決定 49)は「被告人が犯行当時精
神分裂病に罹患していたからといって、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされる
のではなく、その責任能力の有無・程度は、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・
態様等を総合して判定すべきである」と不可知論を否定する判断を示し、これは他の精神障害にも当ては
まるとされて 42)、その後の責任能力判断の指針となった 40)。
本研究の結果、鑑定人の 69 例(97.2%)で可知論的判断がなされ、2 例(2.8%)において不可知論的判断
がされていた。裁判官に関しては、理由の記載された全例で可知論的判断がされていた。
現在は可知論的判断が主流であるとされているが、個々の事例や研究者の印象に基づく報告
40)
、43)
、51)
はあ
るものの、多数例を調査した報告は行われたことはなかった。今回の結果は、可知論的判断が実際に全国
規模で浸透していることを確認したものである。これは、前述の最高裁判例の影響に加え、精神科治療が
進歩し軽症者の犯罪事例が多くなってきていること、ノーマライゼーションの浸透や社会復帰の促進 60)62)
などの現状から、司法場面においてのみ疾患一義的に責任能力を判断することが受け入れられなくなって
きているためと考えられる。このように、可知論は鑑定人と裁判官双方のコンセンサスを得られていると
63
考えられ、今後も可知論に基づく責任能力判断が求められていくと考えられる。
③鑑定人と裁判官間の責任能力判断の異同
本研究における鑑定書別にみた鑑定人と裁判官間の責任能力判断の一致率は 56.3%であった。責任能力判断
の一致率を検討した過去の研究では、鑑定人と司法官との高い一致率が報告されてきた。風祭ら 14)は、自
験例 33 例について鑑定人と司法官(裁判官または検察官)の責任能力判断を比較し、一致率が 88%であ
ったと報告している。平田ら精神科 7 者懇ワーキングチーム 8)は、2000 年度の責任能力以外の理由による
不起訴等を除いた 1670 例(全て簡易鑑定)について、鑑定結果と検察官の司法判断(不起訴・起訴猶予・
起訴で区別)を比較し、その判断は概ね一致していたが不一致も無視できない水準で存在したとしている。
いずれの研究も本研究と対象等が異なるため単純には比較はできず、また、一致率の高低のみで各事例の責
任能力判断の正確性を評価することは出来ない。しかし、今回の結果は決して高い一致率とはいえないも
のであり、責任能力判断の信頼性が十分ではないことを示している。この原因に関して、本研究の結果か
ら責任能力判断の根拠となる検討事項および鑑定人における責任能力判断の分類と表現の2点について考
察した。
・責任能力判断の根拠となる検討事項
本研究の結果、責任能力判断の根拠となる検討事項の 13 因子において(「記憶障害」、
「動機・原因」、
「方法・
手段」、
「逡巡・躊躇」、
「通報・自首」、
「隠滅・逃走」、
「供述状況」、
「犯行前行動」、
「犯行中行動」、
「犯行後
行動」、「犯行前心理状態」、「犯行後心理状態」、「犯行状況として一括して表現されているもの」)、鑑定人
よりも裁判官が検討した頻度が有意に高かった。
岡田 42)は、心理学的要素を具体的にどのように評価すべきかについては統一された基準はなく、その検討に
は従来の慣例以上の意見の一致が求められると述べている。今回の結果は、鑑定人と裁判官の間に責任能
力判断の根拠とする検討事項に乖離があることを示している。
高橋
52)
は、1984 年最高裁決定を犯行が精神分裂病の病的体験に支配されたものでない限り、精神分裂病の
種類・程度、犯行の動機・原因、犯行の手段・態様、犯行前後の行動、犯行前後の記憶の有無・程度、犯
行後の態度、発症前の性格と犯行との関連性等を総合して判定すべきことになると解説しているが、今回
認められた裁判官の検討事項の傾向は概ねこれに沿うものである。また、裁判官は精神鑑定事例に関わら
ず、多くの刑事事件を日常的に取り扱っており、その検討事項は事件を評価する際の一般的なものとも推
察できる。このため、鑑定人よりも裁判官が多くの因子、特に犯行状況因子を検討した頻度が有意に高か
ったと考えられる。
以下に、鑑定人よりも裁判官が検討した頻度が有意に高かった因子と、両者ともに検討した頻度の高かった
因子について、鑑定人が検討事項とする必要性について検討した。
犯行状況因子である「動機・原因」は、ほぼすべての犯罪の発生に関与するものである。鑑定人が検討した
頻度も比較的高かったが、主に幻覚妄想の関与について検討する傾向にあった。しかし、精神鑑定は幻覚
妄想などが認められる疾患においてのみ実施されるわけではなく、今回の結果にもあるように様々な疾患
が責任能力判断の対象になっていた。また、犯罪(構成要件に該当する行為)は広く一般に認められる人
間の行為であり、罪種も多岐に及んでいた。そのため、一般刑事事件を多数取り扱う裁判官の多くが検討
事項としているように、鑑定人も「動機・原因」について検討することが必要であると考えられる。そし
て、この因子は同様に鑑定人よりも裁判官が検討した頻度が有意に高かった「逡巡・躊躇」とともに、事
64
例個別の具体的心理状態である「犯行前心理状態」に包含されるものである。
「逡巡・躊躇」は被告人の現
実検討能力や人格・性格などを反映するものと考えられ、これらの関連を検討することで、より詳細な責
任能力の検討が行なうことができると考えられる。
「方法・手段」、「通報・自首」、「隠滅・逃走」、「犯行前行動」、「犯行中行動」、「犯行後行動」、「犯行状況と
して一括して表現されているもの」の 7 因子についても鑑定人よりも裁判官が検討した頻度が有意に高か
った。いずれも行動として外界から観察されるものである。刑事事件では被鑑定人の供述が変遷したり、
健忘を訴えたりすることもあり、虚言や詐病についての評価が必要になる場合がある
21)
、46)
。そのため、
客観的に評価できる情報としてこれらの因子を検討事項とすることは有用であると考えられる。「方法・手
段」、「通報・自首」、「隠滅・逃走」は、多くの事例で被告人の行動として観察される可能性があり、鑑定
人にも着目しやすい因子と考えられるが、
「犯行前行動」、
「犯行中行動」、
「犯行後行動」などは事例によっ
て認められる行動が異なるため、一般に着目しづらい因子とも考えられる。しかし、その行動は「方法・
手段」などには分類できない、被告人個別の精神状態の反映であることから、責任能力を検討する上で重
要な事項と考えられる。実際、裁判官はこれらを他の因子に比べて高い頻度で検討していた。これらの評
価に当たっては、診断時に家族歴や本人歴等を詳細に記述するように、まず犯行状況を詳細に問診し、調
書などの資料を十分に精査し、経時的に犯行の状況を具体的に明らかにすることが必要と考えられる。そ
して、記述した被告人の具体的行動の一つひとつに関して、犯行当時の精神医学的所見がどのように影響、
関連していたのかを検討することで評価することができると考えられる。今回、
「犯行状況として一括して
表現されているもの」も裁判官の 25%に認められたが、具体的行動を評価しているものの記載は省略した
ものと推測される。しかし、鑑定人の場合は、精神医学の専門家以外に根拠に基づいた十分な説明をする
ことが求められることから、省略せずに記載することが望ましいと考えられる。
「犯行後心理状態」についても鑑定人よりも裁判官が検討した頻度が有意に高かった。鑑定人の検討した頻
度が低かったことは、主に犯行時の精神状態や責任能力が鑑定事項として挙げられていたために、犯行後
の評価を行なっていないなどの理由が考えられる。しかし、犯行後は被告人の心理状態が変化しやすい時
点と推測され、
「犯行前心理状態」とともに心理状態の経過や変化を検討することは重要である。また、
「通
報・自首」
「隠滅・逃走」など犯行後に認められる客観的な行動との関連を評価することで、より適切な検
討が行なうことができると考えられる。なお、今回は「犯行中心理状態」は両者ともに検討した頻度が低
かった。その理由として、犯行は「犯行中行動」そのものであるため、行動のみが注目された可能性など
が推測される。
「供述状況」も鑑定人よりも裁判官が検討した頻度が有意に高かった。この因子は犯行状況を直接明らかに
するものではないが、ほかの因子の評価をさらに厳密に行なう意味で検討されていることが多かった。特
に、客観的な評価が困難な動機や逡巡などの心理状態に包含される因子や後述する「記憶障害」の評価に
際し、供述の一貫性や変遷の様子からどの程度信用できるものなのかという視点で評価していた。このこ
とは、裁判官が被告人の発言の信頼性をいかに重要視しているかを示している。鑑定場面においては、鑑
定人は常にこの点に配慮して、鑑定人が考える事実を導き出す際には、できるだけ多くの根拠を探索する
必要があると考えられる。
今回、検討した頻度に有意な差は認められなかったが、
「計画・準備」と「違法性の認識」は鑑定人と裁判官
の両者が比較的高い頻度で検討していた。
「計画・準備」は、犯行前の具体的行動・心理状態に包含されるものであるが、一般に多くの事例に観察さ
れやすい因子の一つであり、犯行状況を検討する上でも注目しやすいために、鑑定人と裁判官の両者とも
65
検討した頻度が高かったと推察される。事例によっては突発的、衝動的に犯行が行なわれるものもあるが、
なぜ計画性がないのかという点を検討することも被告人の精神状態が犯行に与えた影響を理解するうえで
も重要と考えられる。
「違法性の認識」は、他の因子と異なり、鑑定人が裁判官よりも検討した頻度が高かった。鑑定人の多くは
被鑑定人の陳述に基づいて違法性の認識の有無を評価する傾向にあった。一方、この因子を検討している
裁判官は、「逡巡・躊躇」、「通報・自首」、「隠滅・逃走」との関連で検討した結果、「違法性の認識」の有
無を評価していることが多かった。一般に被告人は、鑑定中は犯行時よりも精神状態が落ち着いている場
合が多く、犯行時を振り返って考えると「違法性の認識」があったと陳述することがあるかもしれない。
しかし、問題なのは事件当時のその認識の有無であり、精神疾患に罹患した被告人の場合はそれを十分に
区別できない可能性もある。「違法性の認識」は弁識能力を直接的に構成する要素のひとつであるが38)、
その有無を検討する場合には、鑑定人は被告人の陳述のみで「違法性の認識」を検討するのではなく、裁
判官が行なっているように他の因子との関連で検討することが必要であると考えられる。
今回の調査では、精神医学的因子に関しては「記憶障害」において鑑定人よりも裁判官が検討した頻度が有
意に高かった。裁判官が「記憶障害」について高い頻度で検討していたことは、前述の最高裁判例解説の
影響や、刑事事件の評価における一般的検討事項として考えられていることなどが推測される。しかし、
本研究では精神医学的因子の抽出に当たり、鑑定書から主に責任能力判断に関わる部分に限定して抽出し
たため、すでに鑑別診断をしていた鑑定人は改めて検討事項として記載していない可能性がある。そのた
め、
「記憶障害」を含む精神医学的因子については、診断に至るまでの過程を検討する必要があり、今回の
研究のみでは十分に検討できない。ただし、裁判官のほとんどが鑑定人の医学的診断を採用していたこと
が、多くの精神医学的因子の検討の頻度に差を認めなかった一因とも推測される中で、注目すべきなのは
「記憶障害」は裁判官が独自に評価しているものが多かった点である。記憶障害は精神科臨床において極
めて重要な位置を占める高度な精神医学的診断であり 11)、精神障害が疑われて実施される精神鑑定事例で
は、その判断は裁判官が独自に行なうだけではなく、鑑定人の判断が意味を成すと考えられる。
裁判官の多くは犯行状況因子全般について、合理的・合目的的・了解可能などの表現を使って評価していた。
町野 19)は、わが国の判例は行為が「了解可能」であるときにはその責任能力を肯定しようとするものであ
ると述べているが、中田、山上、林が指摘するように「見せ掛けの了解可能性」6)、25)、26)、55)など、裁判
官が精神医学的に誤解した判断をする可能性も否定できない。また、浅田 3)は、犯行が計画的であっても
妄想に支配されている場合もあり、必ずしも常識では判断できないとしている。そして、青木1)は、精神
医学にはできるだけ精緻な精神病理学的検討が望まれるとしている。今回、鑑定人は裁判官に比べて精神
医学的因子に依拠して責任能力判断を行う傾向にあること示されたが、犯行状況因子についてもその具体
的行動等と精神症状の関連を精神医学的視点から検討することで、より正確な責任能力判断が行われ、最
終的な裁判官の判断に寄与することができると考えられる。また、犯行状況因子に着目することは、精神
医学的因子をより深く検討することになり、責任能力判断の精度を上昇させうるとも考えられる。
裁判員制度開始後は、鑑定人には裁判官のみならず一般市民が十分に理解出来るような説明が求められる 12)、
13)、43)
。また、今回の研究にもあるように、複数の鑑定人間で責任能力判断の不一致が見られた場合、常に
自分が行なった鑑定が正しいと判断されるわけではなく、後に検証される可能性があることを考慮しなく
てはならない。そのため、検討事項を評価した後は、鑑定人はいわゆる陽性所見だけではなく、陰性所見
も記載、説明する必要があると考えられる。そして、鑑定人が共通してこれらの因子を検討することによ
り、責任能力判断の標準化が図られ、以前より指摘されている精神鑑定技術の個人差
66
8)
、9)、18)
を減少させ
うると考えられる。
③鑑定人における責任能力判断の分類と表現
今回、鑑定人の責任能力判断の表現が統一されておらず、また、鑑定人の責任能力判断が法律上の 3 分類(完
全責任能力・限定責任能力・責任無能力)に厳密に区別されていなかったことから本研究における分類を
必要とした。
本研究において鑑定人と裁判官の責任能力判断の分類が異なったことは、責任能力判断の一致率が低くなっ
た原因のひとつとも考えられる。鑑定人により判断された「完全または限定」10 例(14.1%)と「限定ま
たは無能力」2 例(2.8%)は、それぞれ裁判官により近似した判断が下されており、これらを一致例とみ
なすとその一致率は 73.2%にまで上昇する。責任能力判断が究極的には刑法 39 条を適用するか否かの判
断という点を考慮すると、最終的な法律判断を下す裁判官と異なり、医師である鑑定人が責任能力を 3 種
の法律判断に厳密に区別することが困難な場合もあると考えられ、複数の責任能力判断にまたがる結論に
ならざるを得なかったと考えられる
また、完全責任能力・限定責任能力・責任無能力のいずれとも解釈できる表現がされている鑑定書や、
「著し
い」以外のその鑑定人特有の形容詞を用いて表現されている鑑定書などがあり、8 例(11.3%)を「その
他」に分類せざるを得なかった。このように結論が不明確なものは、裁判官や今後導入される刑事裁判員
の判断に混乱をきたす可能性がある。
これらの問題を解決するために、鑑定人の責任能力判断の分類および表現を標準化することが望ましいと考
えられる。
日本と刑法の体系などを同じにするドイツ
23)
、35)
、61)
では、わが国と同様に責任能力は最終的に完全責任能
力、限定責任能力、責任無能力の 3 種に決する。しかし、Nedopil34)によれば、ドイツで鑑定人が責任能
力を厳密に区別できず、限定責任能力または責任無能力の合理的な疑いが残る場合には、in dubio pro reo
(疑わしきは被告人の利益に)の原則に基づいて、
「限定責任能力の可能性は除外できない」と「責任無能
力の可能性は除外できない」の 2 項目を加え、責任能力を①完全責任能力、限定責任能力の可能性は除外
できない、限定責任能力、責任無能力の可能性は除外できない、責任無能力
の 5 段階で評価していると
いう。また、オランダにおいても鑑定人は限定責任能力の程度まで評価することになっており
任能力判断は①完全責任能力
力
②軽度限定責任能力
③限定責任能力
④重度限定責任能力
17)
、57)
、責
⑤責任無能
の 5 段階で評価されている。一方、わが国において岡田ら 44)は、責任能力を、完全に失っていた、著
しく障害されていた。障害されていた、障害されていなかった
の 4 段階に分類することを提案している。
しかし、この分類における「障害されていた」という段階は、責任能力は著しく障害されていなくとも精
神医学的な能力の障害の程度について言及する場合に想定されるとしており、責任能力に関しては従来の
法律上の 3 分類を踏襲していると考えられる。
仲宗根 23)は、わが国と基本的に同一構造を持つ大陸法、特にドイツの司法、鑑定制度は大いに参考になると
しているが、今回の結果からも、鑑定人が責任能力を結論付ける際、ドイツで用いられている 5 段階に分
類することが有益であると考えられる。その表現に基づく分類は、本研究で見られた鑑定人の責任能力判
断の迷いを解消するものと考えられ、また、鑑定人が法律上の3分類に決せない場合においても、少なく
とも近似した 2 種の判断に相当する可能性を示すことで、裁判官が鑑定人の精神医学的知見に基づく責任
能力判断を最終的な法律判断に反映させる点で、多くの場合に齟齬のないものになると考えられるからで
ある。鑑定人も司法に関与するものとして、公正、中立な立場を維持し、in dubio pro reo(疑わしきは
67
被告人の利益に)の原則を考慮する必要があることからも、望ましい分類と考えられる。そして、鑑定人
がこの分類を統一して用いることで、曖昧で不明確な責任能力判断の表現を減少させることも期待できる。
5)本研究の限界と今後の展望
本研究は、最高裁が把握する事例を対象としたため、当該期間の全数調査ではない。そして、その全数は最
高裁が作成する司法統計年報 47)においても明らかにされておらず(精神鑑定以外の鑑定も区別されず集計
されているため)、本研究対象が全体に占める割合は不明であり、対象数が十分ではない可能性がある。ま
た、最高裁がたまたま把握していた事例とはいえ、無作為に抽出されたものではないことから、対象に偏
りがある可能性がある。これらの限界から、本研究は必ずしも十分な代表性を備えているとはいえない。
さらに、今回は鑑定人の判断を司法側の判断と比較するため裁判事例を対象としており、起訴前本鑑定の
みの事例や、わが国における精神鑑定の 90%以上を占めるといわれ
されていた
8)
32)
、59)
、2000 年度には 2191 例が実施
とされる起訴前の簡易鑑定のみの事例は含まれていない。そのため、当該期間におけるわが
国すべての精神鑑定事例からみると、本研究の対象数は不足しており、また裁判事例という対象の偏りも
あるため、その代表性は不十分と考えられる。
しかしながら、現時点では精神鑑定に関するデータベースは存在しないかまたは公開されていないこと、法
学領域における一般の判例集は法律家の関心が寄せられる重大な事件や新しい判例などに偏る傾向にあり、
精神医学的検討には必ずしも適していないと考えられることなどから、自験例以外を対象とすることが困
難な現在の状況では、わが国の裁判所を統括する最高裁が把握する裁判事例を用いたことは、現時点で行
いうる最も有効な方法のひとつと考えられる。そして、法律上の保管年限を過ぎていた事例は対象にでき
なかったものの、鑑定書のみならずそれに対応する裁判書を、統計解析が可能な数を全国規模で収集し、
異なる領域の専門家である鑑定人と裁判官の責任能力判断過程を比較した本研究は、わが国で最初の報告
として非常に意義のあるものと考えられる。
今後は、本研究の限界を補うため、さらに事例を蓄積した大規模な研究によって、責任能力判断の全体像を
詳細に把握することが必要である。そして、より正確な責任能力判断が行なわれるために、本研究で指摘
した、鑑定人が考慮すべき検討事項の各因子が、責任能力を減弱または認定させるいずれの因子として扱
われ、どのように総合的に判断されるのか、また、鑑定人の責任能力判断の分類では、どのような事例で
限定責任能力の可能性は除外できない、責任無能力の可能性は除外できないなどの判断がされ、完全責任
能力、限定責任能力、責任無能力の境界はどのように区別されるのかについての研究が必要と考えられる。
なお、今回は鑑定人と裁判官間の異同に注目したが、複数の鑑定人間において責任能力判断のみならず診
断も一致しない事例が認められた。そのため、鑑定書に注目して診断とそれに至る過程からの詳細な検討
も必要と考えられる。これについては改めて論考する予定である。
責任能力は本来絶対的なものといわれる一方で、多分に刑事政策の影響を受ける相対的なものともいわれる
43)
。そのため、新しい法制度の下では責任能力判断の傾向に変化が見られる可能性がある。本研究では、
対象のほとんどが心神喪失者等医療観察法施行以前の事例であったが、今後は同法や裁判員制度との関連
を検討する研究も望まれる。
5)まとめ
平成 8 年以降の 10 年間に刑事事件として扱われ、公判中に精神鑑定が行なわれた全国各地の裁判事例 50
例を刑事確定訴訟記録法に基づいて調査し、入手した鑑定書 71 例とそれに対応する裁判書 64 例を対象に、
責任能力に関わる因子を抽出してその傾向を明らかにするとともに、鑑定人と裁判官の責任能力判断過程
68
について検討を加えた。
その結果、鑑定人は裁判官の責任能力判断に影響を与える立場にあること、可知論的判断が全国に浸透して
いること、鑑定人と裁判官の責任能力判断一致率は 56.3%であったこと、鑑定人は裁判官に比べて精神医
学的因子に依拠して責任能力判断を行なう傾向にあること、鑑定人の責任能力判断の表現は多様で統一さ
れていないことなどを明らかにした。
これらの結果から、鑑定人は可知論的判断に基づいて責任能力を判断する際に、少なくとも、裁判官の重
要視する「動機・原因」
、
「計画・準備」、
「方法・手段」、
「逡巡・躊躇」、
「通報・自首」
、
「隠滅・逃走」、
「違
法性の認識」、「供述状況」、「犯行前行動」、「犯行中行動」、
「犯行後行動」、「犯行前心理状態」、「犯行後心
理状態」、「記憶障害」の 14 因子を検討事項として考慮し、精神医学的視点に基づいて評価する必要がある
ことを指摘した。また、鑑定人の責任能力判断の分類と表現の標準化のために、ドイツで行なわれている
5 段階の分類
①完全責任能力
力の可能性は除外できない
②限定責任能力の可能性は除外できない
⑤責任無能力
③限定責任能力
④責任無能
を、わが国の刑事司法制度に導入することが有益であること
を指摘した。
精神鑑定および責任能力判断に関わる研究を発展させるためには、裁判鑑定事例のさらなる蓄積に加え、わ
が国の精神鑑定の大部分を占める起訴前の鑑定例の蓄積が必要である。しかし、現時点では、公開が原則
である裁判事例でさえも容易に事例について知ることは出来ず、不起訴の事例は原則非公開などの限界が
ある。社会の全体の利益のために、個人情報等に十分に配慮しながらも、研究者が鑑定事例を検討できる
体制の構築が今後の重要な課題である。そのためには裁判所や検察庁など関係機関の一層の理解と協力が
必要であると考えられる。
表 1 調査地検別
対象の内訳
鑑定書数
高
地検数
検
(都
事例
管
道府
数
内
県数)
合
計
裁判書数
起訴前
公判
本鑑
鑑
合
定
定
定
計
簡易鑑
第3審
第1審
第2審
*
札幌
1(1)
5
7
1
1
5
6
5
1
(1)*
仙台
0(0)
0
0
0
0
0
0
0
0
0
東京
9(7)
18
28
7
2
19
22
18
4
0
屋
5(3)
7
11
2
2
7
10
7
3
0
大阪
5(4)
9
9
0
0
9
11
9
2
(1)*
広島
2(2)
2
2
0
0
2
3
2
1
0
高松
2(1)
2
4
2
0
2
4
2
2
(1)*
福岡
7(4)
7
10
2
1
7
8
7
1
0
合計
31(22)
50
71
14
6
51
64
50
14
(3)*
名古
* 最高裁決定である第 3 審の裁判書は、いずれも上告理由に当たらないとされ、責任能力などが検討
されていないことから分析の対象から除外した
69
表 2-1 本研究における鑑定事項の
分類
①
現在の精神状態
②
犯行時の精神状態
③
現在の責任能力
④
犯行時の責任能力
⑤
その他
表 2-2 本研究における鑑定人の責任能力判断の分類
完全責任能力に相当するもの
完全責任能力と限定責任能力のいずれかに相当するもの
限定責任能力に相当するもの
限定責任能力と責任無能力のいずれかに相当するもの
責任無能力に相当するもの
上記①~⑤のいずれにも分類できないもの
表 2-3 本研究における鑑定人と裁判官の責任能力判断の根拠となる検討事項の分類
精神医学的因子(26 項目)
犯行状況因子(16 項目)
意識障害
動機・原因・経緯に関するもの
記憶障害
計画性・準備に関するもの
見当識障害
方法・手段に関するもの
知的障害
犯行に対する逡巡・躊躇に関するもの
幻覚妄想状態とのみ表現されているもの
通報・自首・申告に関するもの
幻聴
隠滅・逃走・弁解に関するもの
その他の幻覚
内省・後悔に関するもの
妄想
違法性の認識
妄想様観念
逮捕後の供述に関するもの
(ほかの被告人の個別具体的な行動と心理状
思路の障害
態
自我意識の障害
に関するもの)
陰性症状
犯行前行動
現実検討能力等の低下
犯行中行動
躁状態
犯行後行動
抑うつ状態
犯行前心理状態
自殺念慮
犯行中心理状態
70
過去の物質使用の影響
犯行後心理状態
犯行状況として一括して表現されているも
(犯行時の物質使用の影響)
の
アルコールの影響
覚せい剤の影響
有機溶剤の影響
その他の薬物等の影響
人格・性格
性嗜好障害
病識の有無
その他の精神症状
日常生活状況
表 3 鑑定書別
鑑定人と裁判官の責任能力判断の比較
鑑定人の判断(N=71)
限定ま
たは
完全に相
完全また
当
は限定
限定に相
無能
当
無能力に
力
相当
その他
裁判官の判断
(確定判
決)
完全責任
能力
26(36.6%)
7(9.9%)
6(8.5%)
0(0%)
1(1.4%)
4(5.6%)
3(4.2%)
3(4.2%)
14(19.7%)
2(2.8%)
1(1.4%)
4(5.6%)
0(0%)
0(0%)
0(0%)
0(0%)
0(0%)
0(0%)
2(2.8%)
2(2.8%)
8(11.3%)
限定責任
能力
責任無能
力
合計
29(40.8%) 10(14.1%) 20(28.2%)
表 4-1 事例別
鑑定書
事例番
号
1
2
鑑定人と裁判官の責任能力判断の比較(複数鑑定例)
裁判書
鑑定種別
診断
責任能力判断
簡易
F1,F2,F6
その他
公判
F1,F1,F6,F7
完全に相当
簡易
F1
完全に相当
公判
F1,F6
限定に相当
責任能力判断(裁判回数)
完全責任能力(1)
完全責任能力(1)
71
3
4
5
6
7
簡易
F6
完全に相当
公判
F3、F6
限定に相当
簡易
F1
限定に相当
公判
F2
完全に相当
起訴前本
F1
完全に相当
公判
F1,F6,F7
限定に相当
起訴前本
F4,F6
完全に相当
公判
F2
限定に相当
簡易
F2
その他
公判
F2,分類不能
限定に相当
公判
F2
無能力に相当
簡易
8
公判
簡易
9
公判
簡易
10
公判
起訴前本
11
公判
起訴前本
12
公判
簡易
13
14
15
公判
F6,F7
簡易
F1,F4,F6,F6
公判
F1,F6
公判
公判
公判
公判
起訴前本
20
F2
F6,F7
簡易
19
F4,F6
公判
起訴前本
18
F2
F7
簡易
17
F2
簡易
簡易
16
F1,F1
公判
完全責任能力(2)
完全責任能力(2)
限定責任能力(1)
限定責任能力(2)
限定責任能力(2)
完全に相当
完全責任能力(1)
その他
完全または限定
限定に相当
完全に相当
完全または限定
限定に相当
完全責任能力(1)
完全責任能力(1)
完全責任能力(1)
完全に相当
完全に相当
限定責任能力(1)
限定に相当
完全または限定
限定に相当
限定責任能力(1)
完全に相当
完全責任能力(1)
完全に相当
完全責任能力(3)
F1
完全に相当
完全責任能力(1)
F6
完全または限定
完全責任能力(2)
F2
完全または限定
限定責任能力(2)
F2
限定に相当
限定責任能力(1)
F0
限定または無能
力
72
限定責任能力(1)
表 4-2 事例別
鑑定書
事例番
号
鑑定人と裁判官の責任能力判断の比較(一回鑑定例)
裁判書
診断
責任能力判断
責任能力判断(裁判回数)
21
F1
その他
責任無能力→限定責任能力(2)
22
F3
その他
完全責任能力→限定責任能力(2)
23
F2
完全または限定
完全責任能力(2)
24
F7
25
F1,F6
完全または限定
完全責任能力(1)
26
F1,F1,F4
限定に相当
完全責任能力(1)
27
F0
無能力に相当
完全責任能力(3)
28
F5
その他
完全責任能力(1)
29
F1,F1,F6
その他
完全責任能力(2)
30
F1
その他
限定責任能力(1)
31
F1
完全に相当
完全責任能力(2)
32
F1,F6
完全に相当
完全責任能力(3)
33
F2,F7
34
F2
完全に相当
完全責任能力(1)
限定に相当
限定責任能力(1)
35
36
F6
37
F1,F1,F6
38
F1,F6,F6
39
F1,F5,F6,
40
F1,F6,F7
41
F3,F7
42
F6,F6,F7
43
F6,F7
44
F1,F1
F2,分類不
45
能
46
F2
47
F2
48
F3
49
F7
50
F8
73
表 5 鑑定人と裁判官の責任能力判断の根拠となる検討事項の比較
p
鑑定書(N=71)
裁判書(N=64)
意識障害
21(29.6%)
24(37.5%)
記憶障害
18(25.4%)
28(43.8%)
1(1.4%)
6(9.4%)
23(32.4%)
12(18.8%)
12(16.9%)
8(12.5%)
幻聴
17(23.9%)
24(37.5%)
その他の幻覚
14(19.7%)
20(31.3%)
妄想
28(39.4%)
34(53.1%)
妄想様観念
3(4.2%)
3(4.7%)
思路の障害
4(5.6%)
2(3.1%)
自我意識の障害
2(2.8%)
2(3.1%)
11(15.5%)
9(14.1%)
現実検討能力等の低下
6(8.5%)
7(10.9%)
躁状態
1(1.4%)
2(3.1%)
抑うつ状態
6(8.5%)
6(9.4%)
自殺念慮
4(5.6%)
6(9.4%)
過去の物質使用の影響
5(7.0%)
11(17.2%)
アルコールの影響(犯行時)
15(21.1%)
13(20.3%)
覚せい剤の影響(犯行時)
9(12.7%)
6(9.4%)
有機溶剤の影響(犯行時)
3(4.2%)
3(4.7%)
その他の薬物等の影響(犯行時)
6(8.5%)
4(6.3%)
人格・性格
35(49.3%)
26(40.6%)
性嗜好障害
7(9.9%)
4(6.3%)
病識の有無
4(5.6%)
1(1.6%)
その他の精神症状
22(31.0%)
15(23.4%)
日常生活状況
18(25.4%)
21(32.8%)
動機・原因
44(62.0%))
52(81.3%)
計画・準備
10(14.1%)
16(25.0%)
方法・手段
4(5.6%)
16(25.0%)
**
逡巡・躊躇
1(1.4%)
9(14.1%)
**
通報・自首
7(9.9%)
19(29.7%)
**
隠滅・逃走
3(4.2%)
17(26.6%)
***
精神医学的因子
見当識障害
知的障害
*
幻覚妄想状態とのみ表現されてい
るもの
陰性症状
犯行状況因子
74
*
内省・後悔
5(7.0%)
2(3.1%)
15(21.1%)
12(18.8%)
2(2.8%)
13(20.3%)
**
犯行前行動
5(7.0%)
28(43.8%)
***
犯行中行動
12(16.9%)
27(42.2%)
**
犯行後行動
7(9.9%)
26(40.6%)
***
犯行前心理状態
2(2.8%)
10(15.6%)
*
犯行中心理状態
4(5.6%)
7(10.9%)
犯行後心理状態
2(2.8%)
8(12.5%)
*
4(5.6%)
16(25.0%)
**
違法性の認識
供述状況
被告人個別具体的な行動と心理状
態
犯行状況として一括して表現さ
れているもの
*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001
75
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78
1.3司法制度に関する社会意識調査および国際シンポジウム開催による本分野の現状と課題についての
周知
1.3.1 と 1.3.2 の項目について研究を行った。
1.3.1 犯罪(社会安全)・医療観察法・裁判員制度などに関するアンケート
(分担研究者:安藤久美子、佐野雅隆、田中奈緒子、中屋淑、小山明日香
所属機関:東京医科歯科大学難治疾患研究所プロジェクト研究室)
1)目的
平成17年に医療観察法が施行され、平成21年からは裁判員制度が始まるなど司法制度が大きく変化して
いる。裁判員制度が開始された際には、裁判員候補者名簿のなかから無作為で抽選された一般国民が裁判
に参加し、刑事事件の場合には、精神鑑定などの資料を参考にしながら、被告人の責任能力についても評
議して決定することになるため、司法制度に関する基礎的な知識の有無や、他害行為をおこなった精神障
害者の社会内処遇に関する意識などが結果に大きく影響する可能性がある。
そこで、われわれは、一般社会におけるこれらの司法制度に関する認知度や精神鑑定の理解度について調査
するとともに、医療観察法対象者の社会的受容の程度などについて明らかにするため、一般人口を対象と
したアンケート調査を実施した。
2)方法
調査概要は以下のとおりである。
・調査対象
20歳~69歳までの男女3000人
・調査方法
郵送調査とし、回答者全員に500円の図書カードを送付することとした。
・対象者の抽出
日経リサーチ郵送モニターの中から20歳から69歳までの男女3000人を国勢調査の比率に合わせて割り当てて
抽出した。
・調査期間
2007年1月15日(火)~1月28日(月)とした。
・個人情報の取り扱いについて
調査結果は、個人が特定できないように全て統計処理して使用する。
調査票には、個人名を出さないこと、調査以外の目的で使用しない旨を明記した。
79
3)結果
①対象者の属性
・性別
表1 回答者の性別
男性 女性
無回答
合計
回答数(人)
1016 1099
10
2125
%
47.8 51.7
0.5 100.0
無回答
10
0%
男性
男性
1016
48%
女性
1099
52%
女性
無回答
図1 回答者の性別
・年齢
表2 回答者の年齢
回答数(人)
%
20 歳代
30 歳代
40 歳代
50 歳代
60 歳代
70 歳代
348
411
413
500
437
15
1
2125
16.4
19.3
19.4
23.5
20.6
0.7
0.0
100.0
無回答
1
0%
70歳代
15
1%
60歳代
437
21%
20歳代
348
16%
20歳代
30歳代
40歳代
50歳代
500
24%
30歳代
411
19%
40歳代
413
19%
図2 回答者の年齢
80
50歳代
60歳代
70歳代
無回答
無回答
合計
・職業
表3 回答者の職業
7.5
合計
1.8 19.8
無回答
17
その他
159
無職
323
115
96
113
3
2125
0.8 15.2
5.4
4.5
5.3
(
3.5
421
年金生活
3.0
38
パート・アルバイト
33.1
自由業 医者・弁護士等
74
自営・商店主
公務員
63
専業主婦
会社役員
703
団体職員
会社員
)
回答数(人)
%
無職
96
5%
年金生活
115
5% パート・アルバ
イト
323
15%
その他
113
5%
0.1 100.0
無回答
3
0%
会社員
703
33%
自由業(医者・
弁護士等)
17 自営・商店主
1%
159
会社役員
63
公務員 3%
74
団体職員
4%
38
2%
専業主婦
421
20%
7%
図3 回答者の職業
・最終学歴
表4 回答者の最終学歴
中学(旧
小学
校)
回答数(人)
%
高校(旧 短大(専
中
門学
学・女
校・高
学校)
専)
大学・大
学院
無回答
合計
77
729
453
861
5
2125
3.6
34.3
21.3
40.5
0.2
100.0
81
無回答
5
0%
中学(旧小学
校)
77
4%
中学(旧小学校)
高校(旧中学・
女学校)
729
34%
大学・大学院
861
41%
高校(旧中学・女学校)
短大(専門学校・高専)
大学・大学院
短大(専門
学校・高専)
453
21%
無回答
図4 回答者の最終学歴
・世帯年収
表 5 回答者の世帯年収
300
万
円
未
満
1000 1200 1500 2000
300
400
600
800
万
万
万
万
万
万
万
万
円
円
円
円
円
円
円
円
~
~
~
~
~
~
~
~
40
60
80
10
12
15
20
30
0
0
0
00
00
00
00
00
万
万
万
万
万
万
万
万
円
円
円
円
円
円
円
円
未
未
未
未
未
未
未
未
満
満
満
満
満
満
満
満
288
451
378
3000
万
そ
無
円
の
回
以
他
答
合計
上
回答数(人)
207
336
203
118
64
28
17
19
16
2125
%
9.7 13.6 21.2 17.8 15.8
9.6
5.6
3.0
1.3
0.8
0.9
0.8
100.0
64, 3%
28, 1% 17, 1%
19, 1% 16, 1%
118, 6%
300万円未満
300万円~400万円未満
207, 10%
400万円~600万円未満
600万円~800万円未満
203, 9%
288, 13%
800万円~1000万円未満
1000万円~1200万円未満
1200万円~1500万円未満
336, 16%
451, 21%
1500万円~2000万円未満
2000万円~3000万円未満
3000万円以上
378, 18%
その他
無回答
図5 回答者の世帯年収
82
・同居家族
表6 回答者の同居家族
1人
回答数(人)
%
2人
3人
4人
5人
6人
7人以上
無回
合計
答
318
442
544
482
183
88
49
19
2125
15.0
20.8
25.6
22.7
8.6
4.1
2.3
0.9
100.0
5人
183
9%
6人
88
4%
7人以上
49
2%
無回答
19
1%
1人
1人
318
15%
2人
3人
4人
2人
442
21%
4人
482
23%
5人
6人
7人以上
3人
544
25%
無回答
図6 回答者の同居家族
・家族構成
表7 回答者の家族構成
未成年
(の
こど
も)と
単身
夫婦の
み
大人
(親、
祖父
母、そ
2世代
(成
人の
その他
無回答
合計
子と
親)
の他
親族)
回答数(人)
158
414
725
635
188
5
2125
%
7.4
19.5
34.1
29.9
8.8
0.2
100.0
83
158, 7%
5, 0%
188, 9%
単身
夫婦のみ
414, 20%
635, 30%
未成年(のこども)と大人(親、
祖父母、その他親族)
2世代(成人の子と親)
その他
725, 34%
無回答
図 7 回答者の家族構成
・居住地域
表8 回答者の居住地域
北海
道・東
関東
東海
近畿
北
回答数(人)
%
中国・四 九州・沖
国
縄
無回答
合計
285
763
246
376
198
236
21
2125
13.4
35.9
11.6
17.7
9.3
11.1
1.0
100.0
九州・沖縄
236
11%
中国・四国
198
9%
無回答
21
1% 北海道・東北
285
13%
近畿
376
18%
東海
246
12%
関東
763
36%
図8 回答者の居住地域
②集計結果
・Q1
あなたの身近なところで起きている犯罪は、減っていると思いますか。増えていると思いますかと
いう質問に対する回答は、減少15名(0.7%)、やや減少42名(2.0%)、どちらともいえない694名(32.7%)、や
や増加820名(38.6%)、増加533名(25.1%)となり、やや増加と増加の合計は1353名(63.7%)となる。このこと
から、身近なところでの犯罪は増加していると感じていると思われる。
・Q2
今現在、犯罪を減らす役割をになっているのは、どこだと思いますか(3つまで選択可) という質問
84
に対する回答は、警察・検察1584名(74.5%)、地域社会1402名(66.0%)、家庭1386名(65.2%)、各個人700名
(32.9%)、刑務所255名(12.0%)、裁判所244名(11.5%)、医療92名(4.3%)、無回答27名(1.3%)であった.犯罪
の低減にあたっては,警察・検察が役割を担っているといった回答が多くを占め,地域社会,家庭と続い
た.刑務所と回答したのは12.0%にとどまり,医療は4.3%と低い値となった.
・Q3
犯罪を減らすにあたって、主にどこがになうべきだと思いますかという質問に対する回答は、家庭
1495名(70.4%)、地域社会1474名(69.4%)、警察・検察1470名(69.2%)、各個人721名(33.9%)、裁判所242名
(11.4%)、刑務所157名(7.4%)、医療127名(6.0%)、無回答28名(1.3%)であった.上位3つは家庭,地域社会,
警察・検察となった.Q2と比較して,警察・検察が5.3%減少し,刑務所が4.6%減少している.一方,家庭
とした回答が5.2%増加しており,地域社会が3.4%増加している.また,各個人という回答も1.0%増加して
いる.
・Q4
あなたは、「精神鑑定」について知っていますかという質問に対する回答は、用語・内容をほんの
少し知っているという回答が最も多く,715名(33.6%)であった.用語・内容ともだいたい知っているが474
名(22.3%)となり,用語のみ知っている・なんとなく聞いたことがある程度・知らないは合計で918名(43.2%)
となった.
・Q5
精神鑑定は誰が行っていると思いますかという質問に対する回答を表9に示す.精神科医1902名
(89.5%)、精神鑑定に関する有資格者1394名(65.6%)、心理士838名(39.4%)、大学教授191名(9.0%)、検察官
49名(2.3%)、裁判官46名(2.2%)、弁護士35名(1.6%)、警察官23名(1.1%)、無回答13名(0.6%)の順であった.
精神科医という回答が約9割を占めており,心理士は4割程度であった.また,数%は検察官,裁判官,弁護
士という回答があった.
191
838
23
49
35
46
13
2125
%
65.6
89.5
9.0
39.4
1.1
2.3
1.6
2.2
0.6
100.0
・Q6
無回答
弁護士
1902
裁判官
検察官
(判事)
警察官
(検事)
心理士
1394
関する有
回答数(人)
資格者
大学教授
精神科医
精神鑑定に
表9 精神鑑定の実施者に関する回答
合計
精神鑑定は何のために行っていると思いますかという質問に対する回答を表10に示す.犯罪に対し
て責任をとることができるか調べるため2006名(94.4%)、犯罪を行った理由を知るため672名(31.6%)、病気を
診断するため624名(29.4%)、性格を知るため308名(14.5%)、犯罪を行ったかどうかの事実を判断するため234
名(11.0%)、刑期の長さなどを検討するため225名(10.6%)、無回答13名(0.6%)の順となった.
85
性格を知るため
31.6
94.4
10.6
29.4
14.5
0.6
100.0
合計
病気を診断するため
11.0
無回答
刑 期の長さなどを 検
2125
討するため
13
犯 罪に 対して 責任を
308
とることができる
624
か調べるため
225
犯 罪を 行 った 理由 を
2006
知るため
・Q7
672
犯 罪を 行 った かど う
%
234
か の 事 実を 判 断 す
るため
回答数(人)
表10 精神鑑定の目的に関する回答
あなたが裁判員になった場合、「精神鑑定」の結果を裁判においてどの程度、参考にしますかとい
う質問に対する回答は、参考にする272名(12.8%)、ある程度参考にする1068名(50.3%)、どちらともいえな
い386名(18.2%)、あまり参考にしない299名(14.1%)、参考にしない82名(3.9%)、無回答18名(0.8%)であっ
た.
「参考にする」
・
「ある程度参考にする」の合計は1340名(63.1%)、
「あまり参考にしない」
・
「参考にしな
い」の合計は381名(17.9%)となった.6割は精神鑑定の鑑定結果を参考にすると回答し,参考にしないと回
答したのは全体の2割にも満たないことがわかった.
・Q8
あなたが裁判員になった場合、この中でもっとも参考にする人は誰ですかという質問に対する回答
は、裁判官が590名(27.8%)と最も多かった.2番目に参考にする人は誰ですかという質問に対する回答は、
検察官525名(24.7%)が最も多く,3番目に参考にする人は誰ですか(表を作成)という質問に対する回答
は弁護士431名(20.3%)となった.
・Q9
物事の善悪の判断をしたり、その判断にしたがって行動する能力がまったくなかったり、非常に劣
っている状態で罪を犯した人は、刑が軽くなったり、時には無罪になる法律(刑法39条)があります。
あなたは、この法律(刑法39条)を知っていましたかという質問に対する回答は、知っている1307名
(61.5%)、聞いたことはある734名(34.5%)、知らない70名(3.3%)、無回答14名(0.7%)であった。多くは知っ
ている,もしくは聞いたことがあると回答し,刑法39条は広く認識されていると考えられる.
・Q10 あなたは、この法律に賛成ですか。反対ですかという質問に対する回答は、賛成76名(3.6%)、やや
賛成228名(10.7%)、どちらともいえない592名(27.9%)、やや反対697名(32.8%)、反対520名(24.5%)、無回
答12名(0.6%)となった.賛成とやや賛成の合計は304名(14.3%)、反対とやや反対の合計は1217名(54.3%)
であった.刑法39条に対する賛成は少なく,やや反対・反対との回答が多かった.
・Q11
精神的な病気にかかっている人が罪を犯すことは、一般の人に比べて、多いと思いますか。少ない
と思いますかという質問に対する回答は、多い415名(19.5%)、やや多い723名(34.0%)、同じくらい639名
(30.1%)、やや少ない184名(8.7%)、少ない151名(7.1%)、無回答13名(0.6%)であった.多いとやや多いの合
計は,1138名(53.6%)となり,約半数は精神障害者はよる犯罪が多いと考えていることがわかった。
・Q12
医療観察法に関して、「あなたは、この法律を知っていましたか。正式な法律名でなくても結構で
86
す」という質問に対する回答は、法律の名前・内容をだいたい知っている78名(3.7%)、法律の名前・内容
をほんの少し知っている190名(8.9%)、法律の名前のみ知っている87名(4.1%)、なんとなく聞いたことがあ
る程度616名(29.0%)、知らない1151名(54.2%)、無回答3名(0.1%)であった.半数以上が知らないと回答し
ており、医療観察法の一般社会への認知度はまだ十分ではないと思われた。
・Q13 あなたは、この法律について賛成ですか。反対ですかという質問に対しては、賛成659名(31.0%)、
やや賛成704名(33.1%)、どちらともいえない574名(27.0%)、やや反対111名(5.2%)、反対73名(3.4%)、無回
答4名(0.2%)であった.賛成とやや賛成の合計は1363名(64.1%)、反対とやや反対の合計は184名(8.7%)とな
り,6割以上が賛成をしていることがわかった。
・Q14
Aさんは18ヶ月間、専門の医療機関に入院して治療を受け、その後退院しました。18ヶ月とい
う期間について長いと思いますか。短いと思いますかという質問に対する回答は、長い・やや長いが56名
(2.6%)、ちょうどよい267名(12.6%)、短い・やや短い1777名(83.6%)で、多くの者は短い・やや短いと認識
していた.
・Q15
Aさんが退院して地域で生活することについて、あなたは賛成ですか。反対ですかという質問に対
する回答は、賛成・やや賛成190名(8.9%)、どちらともいえない597名(28.1%)、反対・やや反対1330名(62.6%)
となった.地域での生活について,1割以下は賛成にとどまり,6割以上が反対している.
・Q16
Aさんが、精神状態がよくなって施設を退院した後、地域で暮らすためには、どのような条件が整
っている必要があると思いますかという質問に対する回答を表11に示す.保護観察所などの行政機関と連
絡・面接をしている1232名(58.0%)、家族など面倒を見る人たちがいる1042名(49.0%)、病気が治っている940
名(44.2%)の順となった.行政機関や家族の支援などを重要とする回答が多くみられ,本人の病気の回復に
加えて周辺の環境も重要であると認識していると考えられる.
表11 A氏の退院後の地域生活に必要な条件
保護観察
病院に
通院し
ている
所などの
行政機関
と連絡・
面接をし
ている
回答数
(人)
%
家族な
再犯
生計
ど面倒
の可
が安
を見る
能性
定し
人たち
が低
てい
がいる
い
る
病気
事件に
が治
ついて
って
反省し
いる
ている
居住地
を警察
が把握
無回答
合計
してい
る
577
1232
1042
704
285
940
557
904
12
2125
27.2
58.0
49.0
33.1
13.4
44.2
26.2
42.5
0.6
100.0
・Q17 精神状態がよくなり退院したAさんの社会復帰に関して、9つの具体例をあげて、もっとも近い考
えについて質問した。その結果を、非常にそう思う・かなりそう思う・ややそう思うを「そう思う」群と
87
し,まったくそう思わない・かなりそう思わない・あまりそう思わないを「そう思わない群」としてまと
めたものを表12に示した。
表12 A氏と回答者のかかわりに関する認識
そう思う
(a)通院施設が近くにあってもかまわない
(%)
(b)家を貸すことができる
(%)
(c)隣の家に住むことができる
(%)
(d)近所に住むことができる
(%)
(e)公園の草取りなど、地域活動を共にすることができる
(%)
(f)自分の会社に雇うことができる
(%)
(g)同じ職場で働くことができる
(%)
(h)友人として付き合うことができる
(%)
(i)自分あるいは家族が望むなら、結婚してもかまわない
(%)
・Q18
そう
思わない
978
1131
46.0
53.2
229
1884
10.8
88.7
190
1924
8.9
90.5
393
1716
18.5
80.8
974
1138
45.8
53.6
347
1763
16.3
83.0
535
1573
25.2
74.0
338
1771
15.9
83.3
139
1975
6.5
92.9
Aさんにとって、医療観察法による専門的な治療を受けるような法律は、犯罪予防の上で効果があ
ると思いますかという質問に対する回答は、効果がある・ある程度効果がある1204名(56.7%)、どちらとも
いえない472名(22.2%)、あまり効果がない・効果がない440名(20.7%)であった.本事例に対して、半数以
上は医療観察法が犯罪予防に役立つと回答していた。
・Q19
Bさんは18ヶ月間、専門の医療機関に入院して治療を受け、その後退院しました。18ヶ月とい
う期間について長いと思いますか。短いと思いますかという質問に対する回答は、長い・やや長いが67名
(3.2%)、ちょうどよい230名(10.8%)、短い・やや短い1808名(85.1%)となった.数%は18ヶ月間の入院期間
を長いと考えるが,多くは短い・やや短いと認識していた.A氏に関するQ14よりもちょうどよいとの回
答が減少し,長い・やや長いと短い・やや短いとの回答が増加している.
・Q20
Bさんが退院して地域で生活することについて、あなたは賛成ですか。反対ですかという質問に対
する回答は、賛成・やや賛成153名(7.2%)、どちらともいえない597名(24.3%)、反対・やや反対1330名(68.2%)
88
となった.地域での生活について,1割以下は賛成にとどまり,7割近くが反対している.A氏に関するQ1
5よりも賛成・どちらともいえないが減少し,反対が増加している.
・Q21
Bさんが、精神状態がよくなって施設を退院した後、地域で暮らすためには、どのような条件が整
っている必要があると思いますかという質問に対する回答を表13に示した。保護観察所などの行政機関と連
絡・面接をしている1183名(55.7%)、家族など面倒を見る人たちがいる1069名(50.3%)、居住地を警察が把握
している977名(46.0%)の順となった.行政機関や家族の支援などを重要とする回答が多くみられ,警察の
把握も重要であるとした.A氏に関するQ16で3番目に回答の多かった病気が治っていることも重要とされ
ており,ほぼ同様の結果であった.
2125
27.2
55.7
50.3
32.5
12.2
44.0
25.2
46.0
0.6
100.0
合計
・Q22
無回答
13
居 住 地を 警 察が 把 握
977
している
病気が治っている
535
事 件 に つ いて 反 省 し
生計が安定している
935
ている
再犯の可能性が低い
260
家族など面倒を 見る
691
人たちがいる
%
保護観察所などの行
1069
政 機 関 と 連絡 ・ 面
1183
接をしている
579
病院に通院している
回答数(人)
表13 B氏の退院後の地域生活に必要な条件
精神状態がよくなり退院したBさんについて、あなたのお考えにもっとも近いのはこの中のどれで
すかという質問に対しては、非常にそう思う・かなりそう思う・ややそう思うを「そう思う」群とし,ま
ったくそう思わない・かなりそう思わない・あまりそう思わないを「そう思わない群」とすると,表14の
ようになる.
表14 B氏と回答者のかかわりに関する認識
そう思う
(a)通院施設が近くにあってもかまわない
(%)
(b)家を貸すことができる
(%)
(c)隣の家に住むことができる
(%)
(d)近所に住むことができる
(%)
(e)公園の草取りなど、地域活動を共にすることができる
89
そう
思わない
926
1178
43.6
55.4
178
1934
8.4
91.0
160
1953
7.5
91.9
324
1786
15.2
84.0
875
1236
(%)
(f)自分の会社に雇うことができる
(%)
(g)同じ職場で働くことができる
(%)
(h)友人として付き合うことができる
(%)
(i)自分あるいは家族が望むなら、結婚してもかまわない
(%)
・Q23
41.2
58.2
300
1810
14.1
85.2
470
1640
22.1
77.2
320
1791
15.1
84.3
129
1983
6.1
93.3
Bさんにとって、医療観察法による専門的な治療を受けるような法律は、犯罪予防の上で効果があ
ると思いますかという質問に対する回答は、効果がある・ある程度効果がある1149名(54.1%)、どちらとも
いえない473名(22.3%)、あまり効果がない・効果がない495名(23.3%)であった.半数以上は医療観察法が
犯罪予防に役立つと回答しているものの,2割は効果がないと認識している. A氏に関するQ18の回答と
比較して,効果があると回答した人が増加し,効果がないと回答した人が減少した.
・Q24
Cさんは18ヶ月間、専門の医療機関に入院して治療を受け、その後退院しました。18ヶ月とい
う期間について長いと思いますか。短いと思いますかという質問に対する回答は、長い・やや長いが99名
(4.7%)、ちょうどよい354名(10.8%)、短い・やや短い1649名(77.6%)となった. A氏に関するQ14、B氏に
関するQ19よりも長い・やや長いとちょうどよいの回答が増加し,短い・やや短いとの回答が減少してい
る.
・Q25
Cさんが退院して地域で生活することについて、あなたは賛成ですか、反対ですかという質問に対
する回答は、賛成・やや賛成198名(9.3%)、どちらともいえない627名(29.5%)、反対・やや反対1294名(60.9%)
となった.地域での生活について,1割以下は賛成にとどまり,7割近くが反対している.A氏に関するQ1
5よりも若干反対が減少し、B氏に関するQ20よりも賛成・どちらともいえないが増加し,反対が減少し
ている.
・Q26
Cさんが、精神状態がよくなって施設を退院した後、地域で暮らすためには、どのような条件が整
っている必要があると思いますかという質問に対する回答を表15に示す.保護観察所などの行政機関と連
絡・面接をしている1228名(57.8%)、家族など面倒を見る人たちがいる1106名(52.0%)、病気が治っている977
名(46.0%)の順となった.行政機関や家族の支援などを重要とする回答が多くみられ,A氏に関するQ16や
B氏に関するQ21とほぼ同様の結果であった.
90
病気が治っている
居 住 地を 警 察が 把 握
無回答
合計
508
913
8
2125
26.4
57.8
52.0
33.3
11.1
46.0
23.9
43.0
・Q27
している
生計が安定している
977
事 件 に つ いて 反 省 し
再犯の可能性が低い
236
ている
家族など面倒を 見る
708
人たちがいる
%
保 護 観 察 所など の 行
1106
政 機関 と 連絡 ・ 面
1228
接をしている
560
病院に通院している
回答数(人)
表15 C氏の退院後の地域生活に必要な条件
0.4 100.0
精神状態がよくなり退院したCさんについて、あなたのお考えにもっとも近いのはこの中のどれで
すかという質問に対して、非常にそう思う・かなりそう思う・ややそう思うを「そう思う」群とし,まっ
たくそう思わない・かなりそう思わない・あまりそう思わないを「そう思わない群」とすると,表16のよ
うになる.
表16 C氏と回答者のかかわりに関する認識
そう思う
(a)通院施設が近くにあってもかまわない
(%)
(b)家を貸すことができる
(%)
(c)隣の家に住むことができる
(%)
(d)近所に住むことができる
(%)
(e)公園の草取りなど、地域活動を共にすることができる
(%)
(f)自分の会社に雇うことができる
(%)
(g)同じ職場で働くことができる
(%)
(h)友人として付き合うことができる
(%)
(i)自分あるいは家族が望むなら、結婚してもかまわない
(%)
91
そう思わな
い
999
1111
47.0
52.3
227
1887
10.7
88.8
207
1905
9.7
89.6
409
1697
19.2
79.9
988
1125
46.5
52.9
362
1750
17.0
82.4
551
1559
25.9
73.4
335
1773
15.8
83.4
155
1953
7.3
91.9
・Q28
Cさんにとって、医療観察法による専門的な治療を受けるような法律は、犯罪予防の上で効果があ
ると思いますかという質問に対する回答は、効果がある・ある程度効果がある1198名(56.4%)、どちらとも
いえない463名(21.8%)、あまり効果がない・効果がない451名(21.2%)であった.半数以上は医療観察法が
犯罪予防に役立つと回答しているものの,2割は効果がないと認識している. A氏に関するQ18とほぼ同
様の結果であった.
4)考察
本調査は、一般社会でおこりうる犯罪に関する質問や、新しい司法制度や精神鑑定のあり方に関する一般社
会における認識を明らかにするために行った。その結果、通常、多くても25-40%と予測されるアンケー
ト回収率を大幅に上回り、最終回収率は70%を越えた。これは、本分野に対する社会的関心の強さを反映
していると同時に、実際に64%が犯罪が増加していると回答していることからも、社会における犯罪への
不安が高まっているものと思われる。
一方、司法制度全般や精神鑑定については概ね正しく認識されているものの、医療観察法に関する認知度は
約1割強にすぎず、他害行為を行った精神障害者の社会復帰に関しても消極的な意見が多いように思われた。
平成21年に裁判員制度が開始されると、今後は選出された一般の方が、刑事裁判に参加して審理に臨むこ
とになる。したがって、新しい司法制度の情報について正しく広く周知し、また、一般にもわかりやすい
精神鑑定書を作成していくこともわれわれの重要な課題であると思われる。その点においても、調査の結
果が、一般社会にも広く理解の得られるような司法制度改革の一助となるだけでなく、精神鑑定に携わる
専門家にとっても精神鑑定のあり方を再考する契機となるものであることが期待される。
5)研究発表(予定)
本研究「司法制度の認知度に関する社会意識調査」は、第 4 回司法精神医学会(平成 20 年 5 月 19 日、福
岡)にて安藤らによって発表される予定である。
92
1.3.2 国際シンポジウム
1)司法精神医療の現状と課題
触法精神障害者の処遇に関する現状と課題について、わが国の医療観察法の制定に貢献のあった英国の研
究者およびスウェーデンの研究者を招いて国際シンポジウムを開催し、欧米諸国の制度の現状について講
演して頂くとともに、日本の専門処遇制度について、日本の研究者と意見を交換した。
イギリス
ジョン・ガン
「英国における司法精神医療」
パメラ・テーラー
「人格障害と重大犯罪
スウェーデン
処遇可能性、処遇とその成果」
パー・リンドクヴィスト準教授
「スウェーデンにおける司法精神医療」
日本
吉川
和男
「医療観察法における「医療の必要性」の判定について」
五十嵐
禎人
「日本の司法精神医療-過去、現在」
2)性犯罪者の再犯防止への社会的取り組み―司法、行政、医療の視点から―
(サブテーマ2.班との合同開催)
日本、フランス、スイスにおける性犯罪者を処遇する刑事司法、医療・教育に関わる専門家を招いて、社会
内における性犯罪者処遇の国際的動向と日本での取り組みの現状を社会に広報した。国際シンポジウムの
報告者は以下の通りである。また、同メンバーと共同して海外におけるリスクアセスメントツールに関す
る主要研究者会議を主催した。
フランス
ダニエル・ジョルジュ・コンダミナス
「フランスにおける性犯罪抑止への取り組み」
ソフィー・バロン・ラフォレ
「性犯罪者に対する治療:フランスの臨床的仮説と治療手段」
スイス
ジェローム・エンドラス
「今日の司法精神医学:チューリッヒのシステム」
日本
安田
貴彦
「日本の警察における性犯罪対策の現状と課題」
東本
愛香
「日本の性犯罪者治療教育の現場から」
3)第 254 回司法精神医学懇話会
ドイツミュンヘン大学医学部司法部部門のネドピル教授を講師に迎え、ドイツにおける刑事訴訟制度、と
くに精神鑑定制度および処遇制度の現状と問題点について講演会を主催した。
ドイツ
ノルベルト
ネドピル
「ドイツにおける責任能力判断とリスクアセスメント
―実際の鑑定例から―」
93
2.再犯評価方法検討のための臨床データ処理等の研究
分担研究者:吉川和男
所属機関:国立精神・神経センター精神保健研究所
司法精神医学研究部長
カナダの Webster らが開発し、触法精神障害者のリスクアセスメント・ツールとして世界各国の司法精神
医学の研究領域で使用され、実証研究が進められている HCR-20(Historical Clinical Risk management 20
items)を用いて、入院医療機関である国立精神・神経センター武蔵病院第8病棟入院患者のリスクを評価
し、蓄積されたデータを解析することで HCR-20 の妥当性および信頼性の検証を行うことを目的とした。こ
のため、HCR-20 の日本版を作成し、医療観察法対象者 35 例に実施した。結果として、ヒストリカル項目、
クリニカル項目、リスクマネ-ジメント項目から、特徴的なパタ-ンが抽出されることから、今後の再犯
リスク評価の一方法として有効であることが示唆された。また、HCR-20 が単なるリスク評価に留まらず、
その後の治療やマネージメントに対して有用な情報を提供してくれる可能性が判明した。今後、さらに症
例数を増やし、妥当性および信頼性の検証を行っていくことが重要であると考えられた。
1)目的
カナダの Webster らによって開発された HCR-20(Historical, Clinical, Risk management 20 items)は、
司法精神医学領域における数あるリスク・アセスメント・ツールのうち、構造化された専門家判断
Structured Professional Judgment (SPJ)の最も代表的な例として知られている。
SPJ と呼ばれる手法は、最良のものでもガイドラインあるいは覚え書きというべきもので、例えば、WAIS の
ような定式化したテストとは全く異なる。SPJ は「指針に基づく臨床的手法」とも呼ばれてきた。評価者
は所定のガイドラインに従ってアセスメントを実施するが、そのガイドラインは現在の暴力についての理
論的知見、臨床的知見、実証的知見を反映したものでなければならない。このガイドラインにはあらゆる
ケースで想定される最小限のリスク・ファクターが含まれる。また、ガイドラインの中では、情報収集の
仕方(すなわち、複数の情報源を用い、複数の手法を用いること)、意見を交換し合うこと(リスク・コミ
ュニケーション)、暴力の防止戦略を実施することについても言及することになっている。
SPJ は確かに構造化されていない臨床家手法よりは定式的ではあるが、保険数理的手法よりはかなり柔軟で
ある。SPJ では、どのリスク・ファクターを含めるのか、重み付けをするのか、どのファクターを組み合
わせるのかについては全く制限がない。このような点では、この手法も「主観的で印象主義的な」意志決
定という定義の域を出ていないと言える。しかしながら、SPJ は伝統的な臨床的予測よりもかなり構造化
されており、どのリスク・ファクターを考慮し、どのようにリスク・ファクターをスコアリングすべきか
の操作については明確な定義が与えられている。しかし、どのリスク・ファクターを組み合わせるのかと
いう最後の課題については柔軟な余地があり、それはアルゴリズムによって規定されるというものではな
い。また、SPJ を用いる場合であっても、専門家としての責任が回避されることはなく、評価者としての
裁量がなくなるわけでもない。SPJ はリスクの判断の一貫性を保ち、判断の透明性を担保するのに効力を
発揮する。また、SPJ は、あるケースに関係するリスク・ファクター(特に、動的で変化可能なリスク・
ファクター)を体系的に同定することで、暴力を防止するためのマネージメント戦略が個別に立案できる
ようになることから暴力の防止という点においても有用である。
表1に示したように、HCR-20 は3つのサブスケールに分けられる 20 のリスク・ファクターから構成され、
主に静的リスク・ファクターからなる 10 のヒストリカル項目、潜在的には動的であるが、現在あるいは最
94
近の臨床的機能に関係する5つのクリニカル項目、そして、これも潜在的に動的であるが未来の状況や環
境に関係したマネージメント項目から構成される。各項目について、0 点(なし)、1 点(おそらくある)
、
2 点(ある)がマニュアルに基づいて厳密に採点されるが、臨床目的ではこの得点自体には意味がない。
HCR-20 の臨床目的の利用で強調されるのは、評価者が個人の暴力のリスクを、このスコアリングのプロセ
スを通して、低度、中等度、高度という 3 つのレベルで判断することである。このレベルは暴力を防止す
るのに必要とされる介入戦略の程度に応じて決定されるものであって、点数によって決定されるものでは
ない。点数は、調査研究のために純粋な保険数理的な予測的手法として用いる場合にのみ意義をもつに過
ぎない。すなわち、臨床目的では HCR-20 の一項目のみに着目して高度と判断しても全く差し支えないこと
になる。しかし、HCR-20 のリスク・ファクターの数が多ければ多いほど、暴力のリスクが相対的に大きく
なることについては実証されており、臨床の上でもその事実を参考にすることは推奨されている。リスク
の正確な推定値は研究を実施することによって導かれるが、保険数理的予測手法のところでも述べたよう
に、高い推定値が得られたからと言ってそれが他の場合にも般化されるとは限らない。
HCR-20 では、暴力のリスク・マネージメント・コンパニオン・ガイドという暴力のリスク・マネージメント
や介入を行う際の臨床実践の手引き書も開発されている。HCR-20 の 10 の動的リスク・ファクター毎に、
短い章が設けられ、そのリスク・ファクターに対応する介入戦略が簡潔に紹介されている。読者はこのガ
イドを参考にさらに必要な原著にあたったり、トレーニングを受けたりすることになる。このように、
HCR-20 では、リスク・ファクターのアセスメントにとどまらず、それぞれのリスク・ファクターに応じた
介入戦略を導くことで、暴力の防止やマネージメントを図ることに力点が置かれている。理論上は、これ
らの動的リスク・ファクターを体系的に標的にすることでリスクは減少し、その後の暴力を防止できるこ
とになる。このことが体系的に機能するためには、リスク・ファクターが介入に反応して実際に変化し、
リスク・ファクターが防止したいと考える暴力に関連しているという二つの条件が必要となる。もし、こ
の二つ条件が満たされれば、リスク・ファクターが除去されるとそれに伴って実際の暴力行為も消失する
ということになる。
一方、わが国では、平成 15 年7月に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関
する法律」
(以下、医療観察法と略す)が制定された。この法律は心神喪失等の状態で重大な他害行為を行
った精神障害者に、専門的な医療や観察、指導を提供することによって、同様の他害行為の再発を防止し、
社会復帰を促進することを目的としている。
医療観察法において入院の対象となるのは、心神喪失または心神耗弱の状態で重大な他害行為を行い、審判
によって医療観察法の入院による医療が必要であると判断された者である。対象者は全国にある医療観察
法の指定入院医療機関に搬送され、入院後は、厚生労働省が認定した入院処遇ガイドラインに従って専門
治療プログラムを受けることになる。
95
表1
HCR-20(Historical, Clinical, Risk management
20 items)の各項目
ヒストリカル
(過去)
H1.過去の暴力
H2.最初に暴力を行ったときの
年齢が低い
H3.関係の不安定性
クリニカル
リスク・マネージメント
(現在)
(未来)
C1.洞察の欠如
R1.計画が実行可能性を欠く
C2.否定的態度
R2.不安定化要因への暴露
C3.主要精神疾患の活
発な症状
R3.個人的支援の欠如
R4.治療的試みに対する遵守
H4.雇用問題
C4.衝動性
H5.物質使用の問題
C5.治療に反応しない
性の欠如
R5.ストレス
H6.主要精神疾患
H7.サイコパシー
H8.早期の不適応
H9.人格障害
H10.過去の監督の失敗
医療観察法の医療の目的は、端的に言えば、対象者が再び同様の他害行為を起こさないようにリスク・アセ
スメントを行ってリスク・ファクターを同定し、それぞれのリスク・ファクターに対し、治療介入(リスク・
マネージメント)を行うことにある。このようなことから、HCR-20 を用いて医療観察法の対象者の暴力の
リスク・アセスメントを行い、治療的な介入方針をたてることは、わが国で新たに開始された司法精神医
療におけるエビデンス・ベースド・メディスンを実践していく上で重要であると考えられた。
本研究では、HCR-20 を用いて、指定入院医療機関である国立精神・神経センター武蔵病院第8病棟入院患者
のリスクを評価し、蓄積されたデータを解析することで HCR-20 の妥当性および信頼性の検証を行うことを
目的とした。このため、HCR-20 の日本版を作成し、医療観察法対象者 35 例に実施した。
2)結果
①人口統計学的データ
男女比の内訳は 30:5 で圧倒的に男性が多い。入院時の平均年齢は 39.3 歳であり、中央値は 36.0 歳、標準
偏差が 12.6、最高年齢は 79 歳、最少年齢は 22 歳であった。急性期ステージの期間の日数は、平均 85.0
日、標準偏差は 37.0 であり、その幅は 24 日から 224 日であった。
35 名の主診断名については平成 18 年 12 月 31 日時点において DSM-IV-TR(The Diagnostic and Statistical
Manual of Mental Disorders, Text Revision)に従って、改めて操作的に診断し直した。また、35 名中
18 名は副診断を有しており、それらの結果を表 2 および表 3 に記した。主診断では、70%以上が統合失調
症で占められていた。主診断および副診断の両者を含めて物質関連障害の診断名を有する者は、9 名
96
(25.7%)であった。また、副診断で精神遅滞とされた者は 7 名で全体のおよそ 2 割を占めていた。主診断
と副診断の両者を含めてパーソナリティ障害と診断される者は 4 名であった。
表 2 主診断の内訳(DSM-IV-TR)
人数
%
統合失調症
26
74.3
気分障害
4
11.4
物質関連障害
2
5.7
解離性障害
1
2.9
人格障害
1
2.9
妄想性障害
1
2.9
計
35
100.0
表 3 副診断の内訳(DSM-IV-TR)
人数
%
物質関連障害
7
20.0
精神遅滞
7
20.0
認知症
1
2.9
人格障害
3
8.6
計
18
51.4
注)%の数値は、対象 35 名を 100%とした
ときの数値。
表 4 対象行為の内訳
既遂
未遂
合計
%
殺人
9
7
16
45.7
傷害(致死含む)
8
8
22.9
強盗
2
1
3
8.6
放火
3
1
4
11.4
強制わいせつ
4
4
11.4
計
26
35
100.0
9
表 4 に彼らが行った対象行為を示した。殺人および殺人未遂が全体の半数近くを占めており、次いで傷害(致
死)が多い(傷害致死は 1 例)。
97
②HCR-20 からみた対象者の特徴
表 5 に入院時に行った HCR-20 のスコアリングの結果を示した。HCR-20 に従って、本研究の対象者の特徴を
簡潔に述べたい。
表5
HCR-20 のスコアリング結果の集計
評価項目
H1
H2
過去の暴力
最初の暴力を行った
ときの年齢が低い
0
1
0.0 % )
5
2
平均
SD
0
(
( 14.3 % ) 30 ( 85.7 % )
1.86
0.36
7
( 20.0 % ) 16 ( 45.7 % ) 12 ( 34.3 % )
1.14
0.73
H3
関係の不安定性
5
( 14.3 % )
2
(
5.7 % ) 28 ( 80.0 % )
1.66
0.73
H4
雇用問題
6
( 17.1 % )
9
( 25.7 % ) 20 ( 57.1 % )
1.40
0.77
H5
物質使用の問題
23 ( 65.7 % )
2
(
5.7 % ) 10 ( 28.6 % )
0.63
0.91
H6
主要精神疾患
4
( 11.4 % )
0
(
0.0 % ) 31 ( 88.6 % )
1.77
0.65
H7
サイコパシー
33 ( 94.3 % )
2
(
5.7 % )
0.0 % )
0.06
0.24
H8
早期の不適応
18 ( 51.4 % )
7
( 20.0 % ) 10 ( 28.6 % )
0.77
0.88
H9
人格障害
26 ( 74.3 % )
5
( 14.3 % )
4
( 11.4 % )
0.37
0.69
H10
過去の監督の失敗
25 ( 71.4 % )
6
( 17.1 % )
4
( 11.4 % )
0.40
0.69
C1
洞察の欠如
1
2.9 % )
5
( 14.3 % ) 29 ( 82.9 % )
1.80
0.47
C2
否定的態度
31 ( 88.6 % )
2
(
5.7 % )
0.17
0.51
4
( 11.4 % )
7
( 20.0 % ) 24 ( 68.6 % )
1.57
0.70
1.17
0.98
C3
主要精神疾患の活発
な症状
(
5.7 % )
0
2
(
(
C4
衝動性
14 ( 40.0 % )
1
(
C5
治療に反応しない
29 ( 82.9 % )
6
( 17.1 % )
0
(
0.0 % )
0.17
0.38
計画が実効性を欠く
29 ( 82.9 % )
4
( 11.4 % )
2
(
5.7 % )
0.23
0.55
11 ( 31.4 % ) 21 ( 60.0 % )
3
(
8.6 % )
0.77
0.60
5.7 % ) 15 ( 42.9 % )
0.91
0.98
R1_in*
R2_in*
R3_in*
R4_in*
R5_in*
R1_out**
R2_out**
不安定化要因への暴
露(施設内)
個人的支援の欠如
治療的枠組みに対す
る遵守性の欠如
ストレス
計画が実行可能性を
欠く
不安定化要因への暴
露
R3_out** 個人的支援の欠如
R4_out**
治療的枠組みに対す
る遵守性の欠如
R5_out** ストレス
2.9 % ) 20 ( 57.1 % )
18 ( 51.4 % )
2
(
18 ( 51.4 % )
9
( 25.7 % )
8
( 22.9 % )
0.71
0.83
23 ( 65.7 % )
7
( 20.0 % )
5
( 14.3 % )
0.49
0.74
3
(
8.6 % )
6
( 17.1 % ) 26 ( 74.3 % )
1.66
0.64
3
(
8.6 % ) 11 ( 31.4 % ) 21 ( 60.0 % )
1.51
0.66
13 ( 37.1 % )
2
(
5.7 % ) 20 ( 57.1 % )
1.20
0.96
17 ( 48.6 % )
6
( 17.1 % ) 12 ( 34.3 % )
0.86
0.91
0.83
0.82
15 ( 42.9 % ) 11 ( 31.4 % )
98
9
( 25.7 % )
*: 各項目について、当面の施設内における療養生活を想定して評価
したもの。
**: 各項目について、その時点で予測される退院地における生活を想定して評
価したもの。
・ヒストリカル項目
ヒストリカル項目は、HCR-20 のリスク・ファクターの 50%を占め、主に、個人の行動あるいは経験の過去
の側面に関係している。この項目は相対的に静的となる傾向があるが、事態が悪化することによって変化
し得る。
H1(過去の暴力):HCR-20 では、暴力は「意図的で合意に基づいていない他人による身体的危害の既遂、未
遂、あるいは脅迫」と定義されるため、対象行為も含め確実に過去に暴力を示した者(2 点)が 30 名(85.7%)
であった。強盗未遂、軽度の傷害などの被害者に重大あるいは恒久的な障害をもたらしそうもない事例(1
点)は 5 名認められた。また、対象行為以外に HCR-20 の定義による暴力を示していた者は 16 名であり、
その内訳は、殺人が 1 名、暴行・傷害が 14 名、強制わいせつ 1 名であった。
H2(最初に暴力を行ったときの年齢が低い):H2 は最初に暴力を行った年齢が 20 歳未満であれば 2 点、40
歳以上であれば 0 点がスコアリングされる。本研究の対象者では 20 歳以上 39 歳以下で初めて暴力行為が
認知された者が最も多く、半数近くを占め、次いで20歳未満で初めて暴力行為が認知された者が多かっ
た(34.3%)。
H3(関係の不安定性)
:ここでは主に恋愛・婚姻関係などの親密な関係が評価されるが、このような対人関係
を維持できない者は全体の約 8 割に達した。
H4(雇用問題)
:明らかな/深刻な雇用の問題を持っている者は6割を占め、あまり深刻でない雇用問題と合
わせると8割以上の者が何らかの雇用問題を抱えていた。
H5(物質使用の問題)
:アルコール、シンナー、覚せい剤、処方薬の乱用まで含めた物質使用の問題を持つ者
は全体の3割以上に達した。
H6(主要精神疾患)
:ほとんどの者が2点評価であるが、パーソナリティ障害の単独診断1名、アルコール依
存症2名、解離性障害1名が0点の評価であった。
H7(サイコパシー)
:この項目をスコアリングするため、本研究では PCL-R(Psychopathy Checklist Revised,
1991)を用いて計測した。PCL-R 得点が 20 点未満の者が 9 割以上を占めていた。なお、PCL-R の合計の最小
値は 0、最大値は 25.5、平均値は 7.3 であった。なお、自己中心性、自責感の欠如、冷淡などの対人ない
し感情面の特性を反映する第 1 因子の最小値は 0、最大値は 11、平均値は 2.5 であり、衝動性、反社会性、
不安定なライフスタイルなどの行動面を反映する第 2 因子の最小値は 0、最大値は 14、平均値は 4.5 であ
った。いわゆる典型的なサイコパスは対象者の中には認められなかった。
H8(早期の不適応):早期の不適応とは 17 歳未満の家庭、学校、あるいは地域社会での不適応を指す。約半
数の者は17歳未満の不適応は認められないが、このことは対象者のほとんどが統合失調症の患者で、発
病後(おそらく 20 歳以降)から不適応症状を示していることが影響しているものと思われる。一方で明ら
かな/深刻な不適応のある者(2 点)は 10 名認められた。その 10 名の主診断の内訳は統合失調症 8 名、物
質関連障害 1 名、解離性障害 1 名であったが、さらに物質関連障害 4 名、精神遅滞 3 名の副診断が可能で
あり、早期の不適応を示す者の中には重複診断を有する者が多い傾向が窺われた。
H9(パーソナリティ障害)
:DSM-IV-TR でパーソナリティ障害と診断がつく者は 4 名(11.4%)で、生活歴か
99
らパーソナリティ障害の診断が疑われる者は 5 名(14.3%)認められ、医療観察法対象者であっても、パ
ーソナリティ障害の問題は治療上考慮に入れなければならないと思われた。
H10(過去の監督の失敗):この項目では、保護観察中の再犯歴、措置入院の繰り返し、精神科医療機関から
の無断退去などの問題を評価するが、特に問題がない者が約 7 割を占めていた。
・クリニカル項目
クリニカル項目は、HCR-20 の 25%を占め、主に、被評価者の現在の機能に注意を向けるように意図して作ら
れている。理論的に、動的もしくは変化可能であり、そのために介入やマネージメント戦略の焦点になり
うる構成概念である。
C1(洞察の欠如)
:病識や自分の精神症状と対象行為の関連の認識などの評価を行った。十分な理解ができて
いない者(1 点以上)が 9 割以上を占めていた。
C2(否定的な態度)
:この項目は強い反社会的な信念について評価するが、およそ 9 割の者は評価時点におい
てこのような態度は有していなかった。このことはパーソナリティ障害の診断を有する者であっても、サ
イコパスや反社会性パーソナリティ障害のような、反社会的傾向を有する者が対象者の中にはほとんどい
ないことを示唆する。
C3(主要精神疾患の活発な症状)
:医療観察法病棟に入院時には、既に鑑定入院などで急性症状の治療がある
程度進んでいることもあり、活発な症状がない者は 1 割程度、症状があってもあまり深刻でない者が 2 割
を占めていた。
C4(衝動性)
:衝動性に明らかな問題がある者が、全体の 57%を占めていた。この項目は衝動性を行動と感情
の不安定性という側面から、過去のライフスタイル、対象行為時、鑑定入院中の様子などから総合的に評
価する。具体的には、かっとなりやすい傾向、金銭管理などの計画性のある生活ができないこと、職を転々
とするなどの飽きっぽさ、他者との関係において、被影響性が強く、その場の状況に流されやすい傾向な
どの行動を評価した。このような問題を持つ者は、安定した治療関係に問題を抱えやすく、入院中の取り
組みが退院後に般化しにくい傾向があると考えられる。また、ライフスタイルの衝動性と呼ばれる者は、
再犯する犯罪者と再犯しない犯罪者を見分けるとされている。
C5(治療に反応しない)
:この項目については医療観察法の鑑定書や、鑑定入院中の治療とその時点における
効果判定に関する情報を元に評価を行った。明らかに/深刻に治療に反応しない(2 点)と判断される者は、
そもそも医療観察法の対象者の用件を満たさないことから0%になっている。おそらく/あまり深刻では
ないが治療に反応しない(1 点)と評価された者は、鑑定時点で、限定的な治療反応性が指摘された者であ
る。具体的には認知症の合併を理由としている者が 1 名、慢性の統合失調症であることを理由としている
者が 2 名、精神遅滞を理由としている者が 2 名、パーソナリティ障害を理由としている者が 1 名である。
・リスク・マネージメント項目
リスク・マネージメント項目は、HCR-20 の 25%を占め、主に、個人の将来の状況、環境、それに対する適応
を予測することに焦点を当てている。これには退院後の計画、治療、対人関係、適応の側面が含まれる。
クリニカル項目と同様に、要因は潜在的に変化可能(動的)で、そのために、推定的な介入の標的となる。
なお、HCR-20 においては、評価される個人が近い将来地域社会に出て生活することを考慮して行う施設外
評価と、施設に入所中の状況を考慮して行う施設内評価の 2 種類を計測することが可能である。
R1(計画が実行可能性を欠く)
:この項目の施設内評価としては、入院後の治療計画を想定しているため、問
題のない者が 8 割以上を占めていた。治療計画になんらかの問題があると判断された者(1 点以上)は 6
100
名おり、その内訳はパーソナリティ障害の単独診断が 1 名、副診断に物質関連障害がある者が 2 名、精神
遅滞が 2 名、認知症が 1 名であった。一方、施設外評価では入院時点で退院後の計画がほとんど立ってい
ないため、2 点の評価が 7 割以上を占めていた。
R2(不安定化要因への暴露)
:ストレスの要因となる物理的、対人的な環境を施設内と施設外で評価する。施
設内評価では何らかの問題があると予測される者(1 点以上)は 7 割程度であるのに対し、施設外では 1 点
以上が 9 割以上を占めていた。
R3(個人支援の不足)
:施設内における個人支援については問題がない者が半数を占めていたが、施設外評価
では 4 割以下で、重大な問題がある者が 6 割弱であった。対象者の家族が入院中の金銭的な援助について
は同意しているが、退院後の同居などを含めた援助に同意していないといった問題が反映されているもの
と考えられた。
R4(治療的試みに対する遵守性の欠如)
:この項目については、施設内評価と施設外評価ではほとんど変わら
ない値を示し、問題のない者が約半数を占めていた。明らかな問題がある(2 点)と評価された者は 8 名で、
その主診断の内訳は統合失調症が 7 名、解離性障害が 1 名であったが、副診断として物質関連障害が 3 名、
パーソナリティ障害、認知症が各々1名認められており、重複診断を有する者に遵守性に対する問題が多
いことが分かる。
R5(ストレス)
:施設内評価ではストレスの可能性が低い者が 6 割以上を占めていたが、施設外ではストレス
の可能性が低い者が 4 割程度に留まり、施設外でのストレスの方がより高い結果となった。
3)結論
結果として、ヒストリカル項目、クリニカル項目、リスクマネ-ジメント項目から、特徴的なパタ-ンが抽
出されることから、今後の再犯リスク評価の一方法として有効であることが示唆された。また、HCR-20 が
単なるリスク評価に留まらず、その後の治療やマネージメントに対して有用な情報を提供してくれる可能
性が判明した。今後、さらに症例数を増やし、妥当性および信頼性の検証を行っていくことが重要である
と考えられた。
101
(2)サブテーマ2
性犯罪者の治療に関する研究
(研究責任者:小畠秀吾
東京医科歯科大学難治疾患研究所プロジェクト研究室)
(分担研究者:東本愛香、野村和孝、高橋由利子、金子奈津美
東京医科歯科大学難治疾患研究所プロジェ
クト研究室)
1)目的
性犯罪者の一部には同種犯罪を頻回に繰り返す者がいることが知られており、古くより矯正・司法処遇上
の重要な問題とされていた。これらの性犯罪者に対しては単に自由刑を科すのみでは充分な矯正効果が得
られず、何らかの積極的な治療的取り組みの必要性が指摘されていた。
カナダや英国など海外諸国では、1980 年代初め頃より、性犯罪行動の反復にはアルコール・薬物乱用など
の嗜癖行動との共通性がみられることに注目し、認知行動療法に基づく再犯予防のための治療的な取り組
みを行い、効果をあげてきた。しかし、わが国では、司法制度上の制約があったことなどもあり、累犯性
の高い性犯罪者に対する積極的な治療教育的関与は(一部の施設が自発的に試行したものを除いては)ほ
とんど為されてこなかったのが実情である。
平成 16 年に奈良県小学女児誘拐殺害事件が起こり、その犯人には過去に強制わいせつ事件による受刑歴や
保護観察歴があったことが明らかになったことから、性犯罪者の処遇に対する関心が高まった。これを直
接的契機として、法務省は、平成 17 年より、カナダや英国の行刑施設などで行われているプログラムを参
考として、性犯罪者処遇プログラムの策定に着手し、平成 18 年より全国の行刑施設や保護観察所でその施
行を開始した。
しかし、これまで、わが国では性犯罪者に対する学術的な調査はほとんど行われておらず、専門家の間で
も性犯罪者の精神医学的・心理学的属性に関して基礎的な知見が充分に得られているとはいいがたい。海
外では、認知行動療法に基づく治療プログラムの有効性や限界について研究報告が発表されているが、わ
が国の性犯罪者に対して同様の治療プログラムがどの程度有効であるかについてはまだ検討されていない。
とくに性犯罪に影響するとされる性に対する観念や、社会技能、対人能力などは社会・文化的な差異が大
きいと思われ、社会・文化的な要因を考慮に入れた研究が必要であると考えられる。
そこで、我々は、1) 性犯罪者に対する客観的評価・分類法を確立し、その類型毎の特性から有効な治療プロ
グラムを開発するとともに、その有効性の検証を行うこと、2) 性犯罪者の矯正に関する教育支援等、一貫
した治療援助体制の構築を目指すこと、を目的として、本研究を行った。
2)結果
我々は、英国(平成 17 年 10 月)やカナダ(平成 18 年 3 月)での海外調査を行い、それにより得た知見を
参考にして、平成 18 年より性犯罪者に対する治療プログラムの実践を開始するとともに、データの収集を
行った。その内容は、以下のとおりである。なお、ここでいう「性犯罪」とは、罪名によらずその犯行が
性的に動機づけられているもの全体を指す。
まず、平成 18 年 2 月に東京医科歯科大学性犯罪者治療プログラム専用の電話回線を設置し、研究対象者を
募った。回線開設時より平成 19 年 10 月までの間に、総計 48 件の問い合わせがあった。
本研究では、このうち本人から問い合わせのあったもののうち、本人に直接面接することのできた 19 名に
対して、研究の趣旨・内容の説明を行い、協力の依頼を行った。その上で、治療を希望し研究参加に同意
した者に対して、日を改めて、インテイク面接および心理検査を行い、その後、プログラムに導入した。
102
電話の受付からプログラム参加までの流れは、図 1 に示すとおりである。
本人より正式に
参加申込(電話)
本人から の
電話での
問い合わせ
研究説明
と 参加依
頼(1 回)
インテイク
心理検査
( 1回)
プログラム
グループ形式
12 回( 3 ヶ月)
Follow up
個別面接
(1回 /月)
図 1 問い合わせから、プログラム参加までの流れ
なお、対象者の選定にあたっては、
かつて実際に性に関する違法行為をなし、逮捕や補導等されたことがあること
現在、性に関する事件について裁判中の状態にないこと
本人が自発的に治療を求めていること
の諸点を本研究への参加条件とした。また、仮出所者で保護観察所でのプログラム受講が義務づけられてい
る者も、原則的に対象外とした。
プログラムは、認知行動療法の考え方に基づき、一回2時間のセッションを週に一回の頻度で行い、12 回
で1クールとした。グループ方式を原則としたが、時期によっては参加人数の関係から対象者一名で施行
せざるを得ないこともあった。セッションには、本研究の男性スタッフ(精神科医)と女性スタッフ(心
理士)がファシリテーターとして関与した。
本研究での対象者は、表1に示す7名である。
103
表1
本研究の対象者
参加者
A
年齢
逮捕歴
42
B
C
19
①公然猥褻
(34)
①強制猥褻
( 16)
②条例違反
(37)
②強制猥褻
( 17)
③条例違反
(42)
③軽犯罪法
違反(19)
D
67
①強制猥褻
器物損壊
(66)
E
43
F
31
①住居侵入
窃盗未遂
(34)
G
39
44
①窃盗
銃刀法違反
(20)
①傷害(27)
②強姦未遂
(26)
③強制猥褻
(35)
③強制猥褻
(29)
④条例違反
(37)
②条例違反
(30)
⑤条例違反
(39)
①強制猥褻
( 29)
②条例違反
( 30)
③条例違反
( 33)
④条例違反
( 38)
⑥条例違反
(43)
受刑歴
なし
あり(少年院)
なし
なし
あり
なし
あり
他の治
療など
病院受診
抗うつ薬服用
少年院で指導
なし
なし
なし
自助G参加
→ 中断
なし
窃触症
露出症
妄想性人格
障害
小児性愛
窃触症、窃盗
癖、アルコー
ル乱用
窃触症
診断
中断
終了
フォロー中
終了
第2クールに
参加中
終了
フォロー中
自己統制能
力の向上
対人認知の
変容
問題解決能
力の向上
経過
終了
フォロー中
終了
フォロー中断
⇒ 再犯
変化
性犯罪を容認す
る認知に変化
女性観、恋愛
観に変化
終了
フォロー終了
不信感増大
対象者は全例が男性であり、平均年齢は 40.9 歳であった。性犯罪の回数(逮捕されたもののみ)は、2 名
が1回、3 名が 3 回、1 名が4回、1 名が6回であり、平均 3.0 回であった。直近の事件の罪名は、迷惑行
為防止条例違反 3 例、強制わいせつ 2 例、器物損壊 1 例、住居侵入1例、窃盗未遂 1 例、軽犯罪法違反 1
例であった。3 名には過去に性犯罪による受刑歴があった。本研究でのプログラム以外の治療歴としては、
1 例が並行して精神科病院に通院し薬物治療を受けていた。また 1 例は自助グループに参加していたが、
本研究参加後に中断した。1 例は、少年院入所期間中に矯正教育を受講したことがあった。
アメリカ精神医学会による操作的な精神科診断基準である「精神疾患の分類と手引き第4版(DSM-IV-TR)」
を用いて、対象者に精神医学的診断を行ったところ、第 I 軸診断としては、3 名に窃触症、1名に露出症、
1名に小児性愛、1名にアルコール乱用、1名に窃盗癖の診断が下され、また第 II 軸診断としては、1 名
に妄想性人格障害の診断が下された(重複診断含む)。
治療の転帰としては、7 名中 6 名が1クールのプログラムを終了したが、1名は途中で参加を中断した。
プログラムを終了した者に対しては月に一回のフォローアップ面接を提案し、本人の同意に基づいてこれ
を行った。プログラムを終了した 6 名のうち 5 名がフォローアップ面接を受け、1 名は継続してプログラ
ムを受講した。なお、プログラムを終了した 6 名のうち 1 名が性犯罪の再犯を行った。
本研究では対象者数が少ないため、統計的意義は乏しいと考えられるので検定は行わず、以下、対象者の
プライバシーに配慮した範囲で、事例に則して考察を行う。
①日本の性犯罪者の心理学的特性に関する研究
・ミネソタ多面人格目録(Minnesota Multiple Personality Index ; MMPI)による検討
104
目的
ミネソタ多面人格目録(MMPI)は、国際的に広く用いられている人格検査の一つである。550 項目からな
る質問紙に自記式で回答させるものであり、不応答(?)
、虚言(L)、頻度(F)、修正(K)の4つの妥当
性尺度と、心気症(Hs)、抑うつ(D)
、ヒステリー(Hy)、精神病質的逸脱(Pd)、性度(Mf)、妄想症(Pa)、
精神衰弱(Pt)、統合失調症(Sc)、軽躁(Ma)、社会的内向(Si)の 10 の臨床尺度それぞれについて採点
される。
Langevin, R. らは、性犯罪者に関する MMPI の研究には、1) 性犯罪者における人格の類型(例えば、暴力
的性格など)を明らかにすること、2) 性犯罪者における重要な諸特徴を明らかにするためのツールとして
の MMPI の尺度の利用ないし発展、という二つの課題があるという(Langevin, R., Wright, P., Handy, L. : Use
of MMPI and its derived scales with sex offenders: I Reliability and validity studies. Annals of Sex Research 3 :
245-291., Langevin, R., Wright, P., Handy, L. : Use of MMPI and its derived scales with sex offenders: II Reliability
and criterion validity. Annals of Sex Research 3 : 453-486.)。しかし、複数の研究では MMPI では性犯罪者に
おける特定のプロフィルや単一の人格類型は抽出されないということが示されており、Langevin のいう二
つの課題のうち後者の方が意義が大きいといえる。
ここで我々も、本邦の性犯罪者を対象として、犯行に関わる重要な諸特徴を検出するための MMPI の有効
性を検討することを目的とした。
方法
上述の対象者7例に対して、既述のとおり、プログラムに導入する前のインテイク面接時に施行した。
結果
本研究の対象者における MMPI の各尺度のスコアは、表 2 に示すとおりであった。
表 2 本研究対象者の MMPI 結果
A
B
C
D
E
F
G
? (不応答)
46
47
46
46
47
46
47
L (虚言)
53
52
61
41
46
28
36
F (頻度)
52
56
67
86
59
74
39
K (修正)
64
44
60
41
46
36
53
1 (心気症
Hs )
51
59
66
72
54
42
48
2 (抑うつ
D)
59
61
55
81
57
59
43
3 ( ヒステリー Hy )
65
63
73
57
59
51
52
37
69
62
73
59
90
49
39
51
53
62
57
62
74
Pd )
4(
5 (性度 Mf )
6 (妄想症
Pa )
66
66
54
85
71
79
39
7
Pt )
52
62
47
84
53
69
38
8
Sc )
60
51
53
91
57
75
46
41
47
49
71
46
58
41
61
61
43
75
66
61
44
9 (軽躁 Ma )
10 (社会的内
向 Si )
一般に MMPI では各尺度のスコアで 70 を超える高得点となった場合、その徴候があるとみなされる。すなわ
105
ち、本結果では、対象者 C において第3尺度(ヒステリー)が、対象者 D においてF、第1(心気症)
、
第2(抑うつ)、第4(精神病質的逸脱)、第6(妄想症)、第7(精神衰弱)、第8(統合失調症)、第9(軽
躁)、第 10(社会的内向)の各尺度が、対象者 E において第6(妄想症)尺度が、対象者FにおいてF、
第4(精神病質的逸脱)、第6(妄想症)、第8(統合失調症)の各尺度が、対象者Gにおいては第5(性
度)の尺度がそれぞれ高得点であった。
考察
Curnoe, S. & Langevin, R. は、性犯罪者と非性犯罪者 228 例を対象に、逸脱的性的空想の有無の点から2群に
分けて MMPI のプロフィルを比較検討し、その結果、性犯罪者、非性犯罪者を問わず、倒錯的性的空想を
もつ者は、F 尺度、第4(精神病質)、第5(性度)、第6(妄想症)、第8(精神分裂)の各尺度が高く、
社会的に孤立し、感情の安定を欠く傾向にあることを指摘している(Curnoe, S., Langevin, R. : Personality and
Deviant Sexual Fantasies: An Examination of the MMPIs of Sex Offenders. Journal of Clinical Psychology 58(7) :
803-815, 2002.)。
我々の研究においても、F、第4(精神病質)、第6(妄想症)、第8(精神分裂)の四つの尺度で高得点
であった対象者 D と対象者Fでは、犯行に結びつく性的空想に耽溺する傾向が認められた一方、それ以外
の5名の対象者では犯行に結びつく著しい倒錯的性的空想への耽溺傾向は認められなかった。データ数が
少ないため確かなことは言えないが、Curnoe らが指摘する、倒錯的性的空想を持つ者の特徴的なプロフィ
ル・パターンは、日本の性犯罪者でも同様に当てはまる可能性が示唆された。
このことは、今後、我が国での性犯罪者治療において、対象者の犯罪に結びつく逸脱的性的空想の存在を
検討する際に、MMPI のプロフィル・パターン分析が有益である可能性を示唆するものと考えられる。
・性犯罪者の表情認知に関する研究
目的
性犯罪者においては、他者とくに被害者への共感性の乏しさが犯罪を促進するひとつの重要な要因になっ
ていると指摘されている。
また、一方、性犯罪者ではしばしば養育状況の問題等による愛着形成の歪みがあり、そのことが親密で安
定的な対人関係の形成と維持を阻害しているとも指摘される。
いずれにしても、性犯罪者では他者の感情を適切に判断する能力に乏しく、それが犯行に影響することが
あると考えられる。特に、感情をあからさまに表現しない日本の社会・文化背景の中では、他者の表情の
認知をはじめとする非言語的コミュニケーション能力が重要となると思われる。
ここで我々は、性犯罪者における他者の表情認知特性を明らかにすることを目的とする研究を行った。
方法
表情認知能力を評価するテストとして開発された能面テストを用いた。能面テストは、10 の感情語(幸せ、
呆然、驚き、不気味、恐れ、怒り、嫌悪、悲しみ、羞恥、落ち着き)について、同一の能面の角度を変化
させた9つの画像刺激(上 40 度、上 30 度、上 20 度、上 10 度、正面、下 10 度、下 20 度、下 30 度、下
40 度)を 17 インチの CRT 上に提示し、それぞれにつき「はい」か「いいえ」で判断させるコンピュータ・シ
ステムである。
10 の感情語それぞれにつき、合致すると答えた刺激の数を感情肯定数とする。たとえば、9 つの画像刺激の
うち 4 つで「幸せ」と判断した場合、「幸せ」の感情肯定数は4となる。
106
なお、結果は自動的にレダーチャートの形で表示される。
結果
本研究の対象者における能面テストの結果は、表 3 に示すとおりであった。
表 3 能面テストでの感情肯定数
A
B
C
D
E
F
G
幸せ
2
4
2
8
5
5
4
呆然
0
5
3
7
4
3
3
驚き
0
4
3
1
2
7
3
不気味
0
9
5
3
3
6
3
恐れ
0
5
5
0
2
7
3
怒り
0
3
2
0
3
1
6
嫌悪
0
5
5
0
4
9
3
悲しみ
1
2
3
1
5
9
2
羞恥
3
3
3
2
2
9
3
落ち着き
6
7
4
9
5
9
4
考察
7例の対象者について共通する特徴的な表情認知パターンは抽出されなかった。しかし、健常成人では 10
の感情語それぞれにつき 4~6 程度の感情肯定数を示し、レダーチャート上ではほぼ正円を描くとされるこ
とに照らすと、対象者 A、対象者 D、対象者 F では感情の読み取りに偏りがあることが窺われた。以下に、
この三名のレダーチャートを表示する(図 2,3,4)。
幸せ
10
落ちつき 8
6
4
羞恥
2
0
悲しみ
嫌悪
呆然
驚き
不気味
恐れ
怒り
図 2 対象者 A の表情認知パターン
107
落ちつき
羞恥
幸せ
10
8
6
4
2
0
悲しみ
呆然
驚き
不気味
嫌悪
恐れ
怒り
図 3 対象者 D の表情認知パターン
落ちつき
羞恥
幸せ
10
8
6
4
2
0
悲しみ
呆然
驚き
不気味
嫌悪
恐れ
怒り
図 4 対象者 F の表情認知パターン
対象者 A では「呆然」
「驚き」
「不気味」
「恐れ」
「怒り」
「嫌悪」
「悲しみ」の感情の読み取りが乏しく、対
象者 D では、「落ちつき」「幸せ」をつよく読み取りやすい一方で「驚き」「恐れ」
「怒り」「嫌悪」の表情
の読み取りが乏しかった。また、対象者 F では、
「嫌悪」
「悲しみ」
「羞恥」
「落ちつき」をつよく読み取り
やすい傾向がある一方、
「怒り」「呆然」の読み取りが乏しいことが示された。
これらの対象者において、他者の「怒り」
「呆然」の読み取りが乏しいことは、治療の中で明らかにされた
「触られることを望んでいる被害者もいる」、
「被害者が喜んでいる場合もある」という認知の歪みの形成
に影響している可能性も考えられ、被害者への共感性の欠如に関係する可能性もうかがわれる。
しかし、これも事例数が少ないため一般化するためには、事例を集積してさらなる検討を必要とする。
②性犯罪者治療におけるアセスメントの可能性及び治療への導入に関する研究
目的
わが国ではこれまで性犯罪者に関する実証的な研究はほとんどなく、新たな処遇方法の有効性を検証するた
めの基礎的なデータをも不十分である。そのため、日本の文化・制度等に見合ったプログラムの開発を促
進するため、各種アセスメントの実施、そして治療プログラムの実証的研究を通じて、その有効性の検証を行
うことが求められている。
そこで本研究は、諸外国において効果が報告されている認知行動療法に基づく性犯罪者再犯予防プログラム
108
を実施し、性犯罪者の認知および行動変容に関する教育支援等、一貫した治療援助体制の構築による再犯防止
を目指すため、プログラムの有効性の検証を主目的とするものである。
また、司法精神医学の領域においてリスクアセスメントは、犯罪の予防に非常に重要であり、多くの司法判断の根拠と
なってきている中、性犯罪者治療に関わる有益なアセスメント、及びその活用を検討していく。そこで本研究では、
以下の 2 点を検討する。
日本における性犯罪者トリートメントの介入の視点を検討するため、認知行動療法を基礎としたプログラム提供前後
の変容に関して検討する。
リスクを理解し、対象者のリスクを減らすことを目的とした介入を目指すため、性犯罪者に対するトリートメントに活用し
得るリスクアセスメントの検討。
方法
プログラム前後の変容では以下のように行った。
対象
性犯罪行為を行った満期出所者、保護観察終了者及び不処分者かつ、自主的にプログラムに参加希望し、趣旨や
目的を理解し署名をもって同意したもの。
実施方法
プログラムの構造は、1 セッション 120 分、1 クール 12 回。セッションは、性犯罪に関する知識、被害者共感性、認知
の再体制化、問題解決訓練、リラプス・プリベンション技法の獲得を目指す、小グループセッションによる治療プロ
グラム。
プログラム前後、心理検査および面接による評価を行った。本研究においては、認知の変容を主とするプログラムの
要素が含まれるため、心理検査の一つとして構成的文章完成テスト(K-SCT)を採用することとした。
さらに、プログラム終了後、性犯罪加害者に対して、“社会内におけるプログラム参加と自身の変化”に関するインタビ
ュー調査を行い、その逐語記録を修正版 M-GTA 分析を用いた質的分析を行った。
倫理的配慮
本研究の実施にあたり、対象者に書面及び口頭で研究及び検査内容について十分に説明を行い、同意を得たも
のに実施した。その際、同意の撤回に関する権利についても説明した。
個人情報の保護に関して、諸検査の結果や面接記録の内容は、個人を特定されない形で、統計的手法を用いて
分析した結果を中心に公表され、その管理に関してはプログラムの責任者である研究代表者の責任の下保管され
る旨、説明を行った。
リスクアセスメントの調査研究
日本におけるトリートメントプログラムに有益となると思われる諸外国のリスクアセスメントツールを調査し、その適用
について検討した。本研究においては、スイス・チューリッヒにおいて導入が試みられているアセスメント
ツール FOTRES の導入の可能性を検討するべく、調査を実施した。
結果
プログラム前後の変容の結果は以下のようであた。
心理的アセスメント
本研究で使用した、K-SCT(構成的文章完成法)は、対人態度様式の測定項目群と問題の原因及び願望の様式の
測定項目群から成り、対人態度や原因帰属スタイルを把握できることが特徴である。また、プログラム参
109
加者の対人態度や問題の原因帰属における課題を明らかにするために有益であると考えられた。
そこで、プログラムを終了した者に対してフォローアップ面接において実施し、プログラム前後の結果を検
討した。結果、性犯罪のサイクル及び再犯プロセスの理解、被害者共感性の理解、認知の再体制化、問題
解決訓練、そしてリラプス・プリベンション技法の獲得を目指したプログラムの実施により、対人態度と
して、見方やとらえかたの変化・修正が促進されるほか、
「問題の原因」の所在が明確化し、自身の考え方・
とらえ方が多様化していくことが示唆された。
例えば、曖昧で多義的な表現が減少する者、両価的な表現の増加、罪悪感の明確化、愛情に対しての肯定的反応。
性・愛情・結婚に対する肯定感情の増加、罪悪感の明確化、対人態度での
否定感情の減少、また、曖昧な表現が急激に減り、感情をとらえることを、すなわちセルフモニタリングすることを可能
にした影響が推測される。
なお、今回は、どの点の認知が文章完成法の表現として変化したか着目したものである。
フォローアップの重要性とアセスメントの有効性
1 クール終了後のインタビューの結果を、質的分析を行った結果、 「セルフモニタリング能力の向上」によって「自身
への気づき」が促され、「対処方略の実施と検証」と「認知様式の変化」という再犯防止へといたる各変数に影響を
及ぼしているということが明らかとなった。また、これは、プログラムの提供後のフォローアップにおいて対象者の感
じる「プログラムの効果」として明らかにされた。本プログラムの特徴である、社会内という多くの刺激が存在する中
でのプログラム受講(社会という刺激環境下)自体が、すべてのプロセスに影響を及ぼしていることが示唆された。
さらに、再犯をしないでいられる“性加害行為に対するコントロール感”は、プログラム提供によってある程度高い状
態で維持されていることが結果として示された。
リスクアセスメントに関する検討の結果は以下のようであった。
①FOTRES(Forensic Operationalized Therapy/Risk Evaluation System)
司法精神医療の領域において、リスクアセスメントという考え方が浸透し、Psychopathy Cecklist-Revised:PCL-R、
Violence Risk Appraisal Guide:VRAG、Historical, Clinical, Risk Management-20 Items:HCR-20 な
どの有効性について論じられてきている。その中でも、本研究においては、スイス・チューリッヒにおいて
導入が試みられているアセスメントツール FOTRES の導入の可能性を検討した。
FOTES(Forensic Operationalized Therapy/Risk Evaluation System)とは、Frank Urbaniok らによって開発されたコン
ピュータシステムであり、700 以上の項目を含み、包括的な再犯リスクのアセスメントを可能にしていくものである。こ
のツールの大きな特徴は、700 以上の多様な項目を含み、主要な 3 つの次元を評価することにより、包括
的なアセスメントを可能とすることである。評価者は、このシステムを用いることで、対象者の広範的な
情報をもとにあらゆる角度からの検討を行うことになり、包括的なプロフィールを形成することができる。
これは、対象者を社会に戻す際に、
“それを決定(釈放・退院)すべきか”という判断の重要な助けとなる
ものであるとされる。
さらに、FOTRES は、犯罪者の再犯リスクを評価するのみでなく、リスク傾向(disposition)の可変性や治
療の進展を評価し、対処方略をマネジメントすることができるツールであることが特徴である。
このツールを使用するに当たって、評価者は個々のケースについて広範な情報を取り入れ、検討することを
要求される。
そして、それぞれの項目は、0-4 までの 5 段階(0 = very low/not present, 1 = slightly present,
2 = moderately present,
3 = clearly present, 4 = very strongly present)で評価される。以下、評価
するそれぞれの次元の特徴について述べる。
110
再犯の構造的リスク(Structural risk of recidivism:ST-R)
アセスメント時、過去の行為と関係する基準のことを指す。したがって、再犯の構造的リスク(以下 ST-R)
は、将来の犯罪に関与する犯罪者の基礎的・長期的な傾向や気質を表わす。ここでは、3 つのカテゴリー
から特徴を評価していく。
以下に含まれる項目は、犯罪者の過去の犯罪歴および犯した事件の内容そのものに関するものである。ここ
では、その犯罪者の人格や犯罪の傾向、犯罪や犯罪のパターンに関連する特定の問題域を評価する。特定
の問題域とは、治療中に扱わなければならない領域を意味する。
この次元での 4 点の評価は、最も再犯の構造的リスクが高いことを意味する。
犯罪(非行)に関わる人格傾向(Personality Disposition to Delinquency)
過去の犯罪歴、18 歳未満の非行・犯罪歴、面識のない人に対する暴行、共感性の欠如、全体的な無謀さ及び
残虐さや、麻薬の使用歴などの 10 以上の領域を含む。
犯罪に関連する問題域(Problem Area Relevant to Offense)
暴力行為、性嗜好をはじめとする 5 つの領域から対象者の問題性を象徴すると考えられ
る 3 つの項目を選択し、評価する。
犯罪のパターン(Offense Pattern)
実際の犯罪の傾向や、様式を細かく分析し、犯罪にいたる計画の頻度や被害者や被害への共感性、犯罪の方
法などを評価する。
可変性(Mutability:Mu)
治療または対処戦略によって、その犯罪者のリスク傾向(disposition)がどの程度変化しえるかという可能
性を評価する。その犯罪者の ST-R が変化の過程を通じて、どの程度、またどの範囲に影響を及ぼすのか、
言うなれば予後がどのくらい良好かを評価するものであり、2 つのカテゴリーから構成される。この次元
における 4 点の評価は、犯罪者のリスク傾向が影響される可能性が最も高いことを示す。
・成功の経過予測・治療後の経過予測(Success Prognosis)
リスクの軽減を目的とした変化をサポートする要因や、逆にそれを阻害する要因などの
6 つの項目から評価する。
・資源(Resources)
発言や供述の分析や、先のセラピー歴についての成功や失敗の評価を含む全 5 項目からなる。例えば、下位
項目においては、自身が起こした罪に対して責任をとっているか、すなわち自身の起こした結果について
自発的に省みること、責任を取ることが出来ているかなど(Accountability)についての評価も行う。
リスクの動的な軽減(Dynamic Risk Reduction:DY-R)
治療や対処の実施を通して達成された、再犯リスクの動的な軽減(以下 DY-R)について評価する。4 点の評
価は、再犯のリスクがかなり軽減されていることを示す。ここでは達成変数と、もし存在するならば最も
優勢な要因というカテゴリーから評価される。
達成変数(Progress Variables)
9 つの項目を評価する。例えば、治療動機付けについての項目の下位項目では、自身が変化したいという意
欲や、提供されたセッション以外の治療にたいする継続した関心を示しているか、そして目標を認識して
いるかなどを評価する。他にも犯罪に関わるファンタジーの項目では、犯罪を促進している思考やファン
111
タジーについての下位項目を含むなど、それぞれに詳細な下位項目が用意されている。
最も優勢な要因
達成変数としてあげた項目以外で、個々のケースによって存在するならば、治療変数として単一に働く、例
えば物質乱用のマネジメントによる軽減について評価することを可能にする。
流動的活性因子(Currently Active Factor:CA)
上記の次元とは別に、その時点の活性因子(Currently Active Factor)への、働きかけがなされた場合の影
響をシミュレーションし評価するものである(図 1)。カテゴリーは以下の通りである。
リスクに関連する不安定な要因,シミュレーションされた DY-R(Unstable Independent Factor Relevant to
Risk, Simulated Dynamic Risk Reduction)
修正因子、シミュレーションされた ST-R(Correction Factor ,Simulated Structural
of Recidivism)
シミュレートされた Mu(Simulated Mutability)
以上、上記の最初の 3 つの次元と、場合によってはもう一つの次元のシミュレートされた結果の1つか 2 つ、
あるいは全てを含み、統合したものが最終的な評価として出力される。
Urbaniok.らによる最近の知見では、暴力的・性的リスクの高い犯罪者(N=9)、即ち保安処分の対象となる
ような危険性の高い犯罪者を、犯罪の種類、その犯罪手段(メカニズム)、精神科診断などにおいて同質の
集団として捉えることは出来ないが、以下のような特徴が共通してみられることが示されている。
暴力・性犯罪の再犯リスクを評価するあらゆるツール(PCL-R、VRAG、Static-99、 FOTRES)において最高点あ
るいは最高点に近い得点である
評価されたリスク傾向の可変性は低く、診断による判断に関して、また人格特性に関して双方ともに変わり
にくい
治療が実施できなかったか、もしくは治療に対しての意欲がない
彼らの重大犯罪が、残酷性によって特徴づけられ、その罪やそれらの被害者への罪悪感、あるいは、共感性
をほとんど伴わない
過去の治療的介在および他の対処戦略によって再犯リスクを軽減することが困難
この組み合わせについて FOTRES を用いて評価すると、ST-R の得点においては 3.5 点もしくは 4 点、Mu
と DY-R においては 0 点もしくは 0.5 点の評価となる。これによって、暴力的・性的なリスクの高い犯罪
者には犯罪歴や基本的な精神疾患に加え、治療によるリスク傾向の変化の難しさや、治療や他のリスクマ
ネジメントでの失敗の経験といった広範な特徴を評価することが可能になるのである。
対象者のリスク予測と治療への活用
現在、スイスでは司法判断においてこのツールを試行することにより、様々な犯罪者の特徴が確認され始め
ているが、今後さらに運用するなかで、犯罪の予防とともに、犯罪に対する治療と治療環境の適正化が図
られていく。FOTRES は改訂も続けており、現在翻訳も進められている。スイス以外の国においても使用
され、その信頼性・妥当性も検討されてきている。
日本での運用に関しては、文化差など考慮する点はあるが、
「評価の透明性」を目指しあらゆる角度を見据え
たこのツールの評価項目は、
「センス」にのみ頼らないという点において、司法精神領域に携わる者の注意
を喚起するものであることは事実である。
112
本研究の対象者においては(N= 9)、顕著な精神疾患が認められないものと特定しているため、障害に関す
るリスクとの関連があるとされるものはなかった。しかし、中断した者に関しては、その傾向が疑われた。
プログラム終了後、再犯に至ったもの、再犯の未遂があったものは、過去の犯罪歴、18 歳未満での非行・犯
罪歴において同種の非行・犯罪歴があり、この項目がリスクを高めている結果であった。犯罪(非行)に
関わる人格傾向として、過去の犯罪歴、18 歳未満の非行・犯罪歴、面識のない人に対する暴行、共感性の
欠如、全体的な無謀さ及び残虐さや、麻薬の使用歴などの情報を得ることは困難ではなく、再犯リスクを
予測する視点となった。
治療への動機付けは高まっても、自身の変化に対する動機付けが高まることが困難なものは、性嗜好の問題
性が関わっていた。
犯罪に関連する問題域を特定するためには、多くの情報を基に、暴力行為、性嗜好をはじめとする対象者の
問題性が明かされていなければならず、またこれは直接的に治療のターゲットとなった。犯罪のパターン
に関して情報を得、治療として扱うことは、正に「犯罪のサイクル」を、対象者・評価者・治療者も知る
こととなり、実際の犯罪の傾向、犯罪にいたる計画の頻度や被害者や被害への共感性などを評価すること
を成し、この点の「つじつま」を合わせ、結果として治療自体の動機づけとして活用し得た。
例えば、自身が起こした罪に対して責任をとっているか、すなわち自身の起こした結果について自発的に省
みること、責任を取ることが出来ているかなどについては、面接の中で、どのように補償を行ったか(金
額・弁護士とのやりとり)、裁判時の感情、施設内での思考の発言から表れ、対象者にとって、リスクの軽
減を目的とした変化をサポートする要因や、逆にそれを阻害する要因などを自身で特定することが出来て
いることの重要性について、面接を通じて気づく者が見られた。
また、本研究の参加者は自発的なことが条件であり、治療動機付けについての評価項目、指定されたセッシ
ョン後の治療を継続したいという関心を示すという点は高いが、自身の変化に対する意欲や、そこに関連
する生活の中で再犯予防に関する目標を認識しているかなどは、セッションを通じて高まるものであるこ
とが推測された。
犯罪に関わるファンタジーについて、その内容・頻度を項目立てて質問していくこと、またその頻度が高ま
るとリスクが高まっている状況であることを理解することが対象者の発言から明らかとなった。
「センス」に依存させず、包括的に評価していこうとする視点を活用することで、広範な情報を取り入れる
作業を行っていくことの重要性が示唆された。客観的に対象者のリスクを評価していくにあたり、その時
点での情報を取りのがす恐れを防ぎ、また個人をより理解するために役立つ可能性が見出された。対象者
をリスクアセスメントの項目に上げられるヒントをもとに評価するだけでなく、これまでの治療の方向性
や治療進展後の時点における理解、言うなれば治療の質を再確認することの必要性を問う結果となった。
再犯のリスクとして挙がる可能性のある視点を面接の中での情報を基に治療者が理解し、対象者自身にも理解さ
せるほど、再犯防止への動機付け、セルフコントロールへの動機付けが高まることが改めて示された。
3)考察
構成式文章完成法テストは、対象者の認知特性(とくに対人認知)の理解に有効なテストであり、対人関係の躓きや
特徴に焦点をあて、自身の性犯罪のサイクルを構築し理解するための情報として役立つ、日本の処遇状況に適し
たスタイルの開発に向けて、ひとつの提案となった。
社会内の処遇において、自身の認知に対する気づきが促進され日常生活の中で対処策の実践を試みるという
ことを通し、とらえかたの多様化や変容がなされたと考えられる。アセスメントによって個々の特徴を把
113
握し治療目標を設定していくことが重要であり、認知面・行動面の変容を軸に、治療介入の有効性につい
て検討していくことの必要性が示唆された。
セルフモニタリングに関するプログラム提供、日常の刺激に対しどう対応したかについてプログラム実施中、フォロー
アップ期間を通じて「実践と検証」を繰り返し扱うこと、そして 「やめる動機」とは別に「再犯をしないでいられる」とい
う 「やめられる自信」というコントロール感の維持を目標としたプログラム内容の提供が必要であると考えられる。即
ち、犯罪のサイクルを理解することから始め、この力を獲得することを目指すセッションを行っていかなければならな
いということである。そのためには、諸外国のリスクアセスメント手法、面接手法をもとに、気づきを明確にさせるプロ
グラムを検討していくことが期待される。アセスメントを大いに活用した、且つわが国固有の制度や条件に応じた
治療プログラムの可能性を検討し、性犯罪者の個々のリスクに対応した構造化された治療計画をたてる重
要性を指摘することとなった。加えて、このようなトリートメントプログラム及び処遇においては、治療目標と目標
を達成させるための治療内容を明確にすることも求められ、「客観性」、「透明性」のある視点で取り組み、治療の妥
当性を示すことが必要である。
臨床現場での実証研究を基に行われることは不可欠であり、今後このような取り組みが広がるにつれて、その質のば
らつきについても課題になるといわざるを得ない。各段階で行われるプログラム及び、アセスメントの標準化、また
評価者、治療者のトレーニングシステムの確立が新たな課題と考えられる。
4)結論
本研究では、性犯罪者再犯予防プログラムの有効性についてエビデンスを用いた実証研究の一助を担い、以
下のことが成された。
専従研究者としてトレーニングや研鑽のもとプログラムを実施
性犯罪者の再犯リスクアセスメントに関する調査、及び性犯罪者に対する構造化されたアセスメントを行うことの重要
性の指摘
心理検査を用いたアセスメントにより治療目標の設定の検討を行い、実践に導入
プログラムの有効性を検証するため方法として、対象者の認知変容についてのインタビュー調査を基に検討の試み
研究成果は、今後わが国において行われていく性犯罪者処遇の施策のあり方やその発展・改善に重要な意義
を有すると思われる。
5)まとめ
本研究の第一の目的は、わが国の性犯罪者の評価・分類法を確立することにあったが、分類し類型化を行
うに足るだけの充分な事例数を集めることができなかったため、この目的を果たすことはできなかった。
しかし、対象者個々の事例に即して検討したところ、MMPI のプロフィル分析が性犯罪者治療における対
象者の逸脱的性的空想の存在の検討に有益である可能性が示唆された。また、他者の表情認知に関する研究
では、一部の性犯罪者において健常成人と異なる表情認知パターンを示す場合があり、とくにある種の否定
的な感情の読み取りが欠如していることが被害者への共感性の乏しさや、犯行の合理化といった認知の歪み
の形成に影響している可能性が示唆された。また、対人態度や原因帰属スタイルを把握できる K-SCT(構成
的文章完成法テスト)が、プログラム受講による性や犯罪、対人関係に関する認知の変化・修正を客観的に
捉える方法として有効である可能性も示唆した。さらに、リスク・アセスメント・ツールである FOTRES
の我が国への導入可能性について、実際の事例に基づいて検討を行い、対象者の包括的な評価に役立つ可能
114
性を明らかにした。
事例数は少ないものの、対象者の性質上、事例を集積することには多大な困難が伴うこともあって、これ
まで我が国では性犯罪者の基本的属性に関する調査・研究はほとんど行われてこなかった。その点でも、本
研究の結果は、限定的ではあるが意義の有るものと思われる。
日本では、性犯罪者に対する治療的関与は行刑施設や保護観察所など司法関係機関でしか行われていない。
しかし、概して、我が国では服役期間や保護観察期間は充分な治療効果をあげるには短いことが多く、性犯
罪者の再犯予防のためには司法的な処遇が終了した後にも社会内で治療を継続できるような資源が充実する
ことが必要である。本研究の二番目の目的であった「性犯罪者の矯正に関する教育支援等、一貫した治療援
助体制の構築」についても充分に達成されたとは言えないが、本研究において、非行政機関における性犯罪
者の再犯予防のための治療的環境が整備されたことは、これからの我が国での性犯罪者の社会内処遇のあり
方を考える際に一つのモデルを提供するものであり、貴重な取り組みであったと考えられる。
115
(3)サブテーマ3
PTSDの治療法の研究
(研究責任者:飛鳥井望
(分担研究者:
東京都精神医学総合研究所)
東京医科歯科大学難治疾患研究所心的外傷ケアユニット(PTCU))
本分担研究は、深刻な犯罪や重度事故の被害者や被害者遺族を対象として、本邦におけるエビデンスに基づ
いて治療法の検証を行うことを目指したものである。
PTSD 治療研究の盛んな欧米各国の PTSD 治療ガイドラインでは、曝露療法に代表されるトラウマ焦点化認
知行動療法は、エビデンスに基づいた治療の中核的技法として強く推奨されている。しかしながら本邦を
含め非西欧諸国では PTSD 治療のエビデンスはほとんど得られていない。
そこで本研究では、トラウマ焦点化認知行動療法の中でも定評のあるPE療法(長時間曝露法: Prolonged
Exposure Therapy)を用いた治療研究を進めた。平成17-18年度に予備研究を終了し、平成18年度から
はランダム化比較試験を開始した。具体的には東京医科歯科大学難治疾患研究所・心的外傷ケアユニット
において、深刻な犯罪や重度事故被害を原因としたPTSDを対象としてPE療法を実施し、得られた治療前
後の症状評価データの解析を行った。なおPE療法は研究代表者と技法のトレーニングを受けた2名の臨床
心理士が実施した。
PE 療法は、週1回約 90 分間、計 8-15 セッションからなる期間を限定した認知行動療法プログラムである。
内容は、治療導入、呼吸法指導、心理教育、実生活内曝露、イメージ曝露とプロセッシングより構成され
ている。
なお症例は警察相談室、被害者支援センター、医療機関等より紹介を受けた。原因となった外傷的出来事の
種類は、性暴力被害、他の暴力被害、事故等である。
また被害者本人の治療プログラムのほかに、犯罪・事故被害者遺族の PTSD を伴う病的悲嘆を対象とした認
知行動療法の予備的研究を進めた。被害者遺族の悲嘆はしばしば複雑性悲嘆として遷延化・困難化の経過
をたどることが知られている。しかしながらこれまで有効性を検証された治療技法は現在もなお乏しく、
わずかに認知行動療法に関する報告が見られる程度である。研究代表者は米国コロンビア大学で平成 17
年度末にトレーニングとスーパービジョンを受け、PE を応用した複雑性悲嘆治療(Complicated Grief
Treatment: CGT)プログラム(週1回計 15 セッション)の予備研究を進めた。
1)PTSD に対する PE 療法(長時間曝露法)の効果検証
予備的研究症例(対象 12 例、治療終結 10 例)の 6 ヶ月後経過を評価した結果、PE 療法は治療前後で有意
に PTSD 症状が改善するだけでなく、治療効果は 6 ヶ月後も良好に維持されていることがわかった。これ
により PTSD に対する有効な治療法として欧米で高く評価されている PE 療法は、本邦の PTSD 患者にも
有用な治療法であることをあきらかにした。なお研究結果は PE 療法に関するアジアからの初報告となる
(Asukai et al.: J Trauma Stress 21(3), 2008, 印刷中)。
PE療法の有効性をさらに科学的に検証するため、ランダム化比較試験を実施し、研究最終年度である本年度
末までに治療前後の効果検証を終了した。
平成19年12月15日までの16ヶ月間の研究参加申込み相談者72例中、外傷的出来事の内容、症状程度、他の
精神障害の既往等の条件により最終的に組入れられた症例は24例であった。出来事内容は性暴力被害13例、
他の暴力被害5例、事故6例である。組入れ症例はコンピューター作成乱数を用いた封筒法によりランダム
にPE群とTAU群(対照群)に振り分けた。PE群は薬物療法や支持的精神療法などの通常治療を継続しな
116
がらPEを実施し、対照群は通常治療(Treatment As Usual)のみを継続した。TAU群についても10週間
の待機期間の後に症状評価し、その後にPEを実施した。なお中断例はPE群3例、TAU群2例であった。
治療前後の症状評価は、被験者がどちらの群に属するかをマスクし、評価法のトレーニングを受けた2名の
臨床心理士が独立評価者として実施した。症状評価尺度としては構造化診断面接法であるCAPS(PTSD
臨床診断面接尺度)と自記式質問紙法であるIES-R(改訂出来事インパクト尺度)
、CES-D(抑うつ症状評
価尺度)、GHQ-28(一般健康質問紙)を使用した。
ランダム化振分けの結果、PE群(女11男1: 平均年齢27.08, SD5.40)とTAU群(女10男2: 平均年齢31.42,
SD8.84)との間に性比、年齢に有意差は認めなかった。また治療前の両群の症状平均得点は、いずれの尺
度においても有意差なくきわめて近似した測定値を得ることができた。
結果は、中断例も含め混合モデル法による統計解析を行った。治療前(PRE)の測定値と、治療期間後(POST)
ならびにTAU群治療後(C-POST)の各尺度の結果(調整平均値)を表1に示す。
PE 群と TAU 群における PE 療法実施前後の各尺度調
表1
整平均値の比較(混合モデル解析の結果)
CAPS
Pre (T1)
Post(T2)
PE
84.58
43.76
TAU
84.33
84.82
p-value
0.978
0.0001
C-Post(T3)
54.61
IES-R
Pre (T1)
Post(T2)
PE
59.67
21.15
TAU
59.75
53.75
p-value
0.989
<.0001
C-Post(T3)
29.01
CES-D
Pre (T1)
Post(T2)
PE
39.58
20.30
TAU
39.50
34.80
p-value
0.985
0.0118
C-Post(T3)
22.18
GHQ-28
Pre (T1)
Post(T2)
PE
21.58
10.04
TAU
20.50
17.65
p-value
0.534
0.0164
C-Post(T3)
11.19
表1に示すように、PE群はTAU群と比較し、すべての尺度において有意に症状が改善していた。また治療
前後の効果サイズは、d= 1.52 (CAPS), 1.89 (IES-R), 1.19 (CES-D), 1.16 (GHQ-28)
といずれも顕著な改
善効果を示していた。また、TAU群も治療後には有意な症状改善を認めた(CAPS, p<.001, IES-R, p<.0001,
117
CES-D, p<.01, GHQ28, p <.05)。
引き続き治療3ヶ月後及び6ヶ月後の追跡調査結果を得る予定である。
以上の結果より、PE療法は本邦のPTSD患者に対して有効な治療法であることが初めて科学的に検証された。
本研究により得られた結果により、被害者ケアの充実のために、PE療法をエビデンスに基づいたPTSD治
療法として普及することが可能となった。
なお研究成果の普及の一例として、平成 20 年 4 月より東京都の助成により都公安委員会認定団体である被
害者支援都民センターにて PE 療法を含む被害者支援専門カウンセリングの体制が整備されたところであ
る。これは全国に先駆けた被害者支援システムのモデルとなるものである。
2)複雑性悲嘆の治療研究
また別に被害者遺族12例を対象として複雑性悲嘆治療プログラム(Complicated Grief Treatment: CGT, PE
療法を応用した認知行動療法プログラム)を実施した結果、12例のうち中断1例を除く11例がプログラム
を終了した(全員女性:平均年齢43.3歳 SD9.2:殺人5例、交通事故4例、過失事故2例)。
症状評価はCAPS、IES-R、CES-D、GHQ-28のほかに悲嘆の程度を測定する自記式外傷性悲嘆尺度(ITG)
を使用した。
予備的段階ではあるが、表2に示したようにすべての尺度において、治療前後で有意に症状が改善している
ことを確かめられた。これらの結果により殺人や事故など暴力的死別を体験した被害者遺族のPTSD及び
複雑性悲嘆に対して、PE療法を応用したCGTの有用性を示唆することができた。本予備研究については
引き続き症例を蓄積し、結果をあきらかにしていく予定である。
表2 被害者遺族に対する複雑性悲嘆治療プログラムの効果
Mean
SD
CAPS pre
62.91
21.85
CAPS post
19
13.99
IES-R pre
48.73
21.7
IES-R post
13.82
9.67
CES-D pre
30.64
15.11
CES-D post
16.36
12.28
GHQ28 pre
16.27
7.1
GHQ28 post
5.45
7.72
ITG pre
74.73
22.78
ITG post
36.45
22.17
p
<.001
<.001
<.05
<.01
<.001
118
3)PE 療法の治療過程における患者のナラティブの変化に見る非機能的認知の修正
PTSD 症状の遷延化には、過度の自責感や対人不信感、自尊心の低下、否定的思考といった非機能的認知
の存在が影響を及ぼしている。トラウマ焦点化認知行動療法では、この非機能的認知の改善が、治療効果
に大きく影響しているといわれる。PE 療法では、認知療法における認知再構成法などの技法とは異なる
が、治療を通じて非機能的認知の修正が促進される。PE 療法において非機能的認知の修正がどのように
進むのかについて、患者の治療中のナラティブに注目し分析した。
①研究方法
東京医科歯科大学難治疾患研究所心的外傷ケアユニット(PTCU)にて PE 療法のプログラムを完了し、
PTSD 症状が改善されたもののうち 12 名を対象とした。但し、PTSD 症状の改善とは CAPS 得点が 25%
以上改善した場合をさす。対象者は、女性 10 例、男性 2 例、平均年齢は 32.6 歳であった。セッション回
数は 9 回から 15 回以内で、被害内容は性暴力被害 4 例、重度事故目撃 1 例、暴力被害 3 例、交通事故 3
例、医療事故 1 例であった。
分析データは、対象者のセッションの逐語録とした。使用した箇所は、セッションの構成要素の一つであ
るプロセッシングの箇所であった。プロセッシングはイメージ曝露終了後に行われる治療者との対話形式
の話し合いであり、認知についての言及の多い箇所である。対象者がイメージ曝露を行ったセッションの
うち、イメージ曝露初回、ホットスポット導入回、ホットスポット最終回の 3 セッション中、プロセッシ
ング部分開始から 30 分の逐語録を作成し、30 分中のプロセッシング部分のみを対象データとした。
分析は、以下の 5 段階で行った。まず、
「1 データのスライス」として、陳述内容を意味のまとまりごとに
切り出した。切り出したものには、コードとして、意味をあらわす一文を作成した。次に「2 ラベリング」
として、切り出した意味のまとまりに名前をつけた。
「3 カテゴリ化(1)」として、セッションごとに類似
したラベルを集めてサブカテゴリを作成した。
「4 カテゴリ化(2)」として、抽出されたサブカテゴリを、
内容を類似するもので分類し、メインカテゴリを作成した。最後に「5 図解化」として、メインカテゴリ、
サブカテゴリ、ラベル名を図示した。
1 例を挙げると、逐語から「ナイフがあるという現実は変わらなくて、死ぬかもしれないとパニックにな
った」という箇所を切り出し、コード「ナイフで脅されたことによる死ぬんじゃないかという恐怖」とし
た。そしてそのコードに「死の恐怖の想起」というラベルをつけた。次に、他のラベルである「絶望感の
想起」などと組み合わせ、
「感情の想起」というサブカテゴリとした。最後に他のサブカテゴリ「感情や思
考伴う振り返り」
「感情や思考を伴う詳細な振り返り」と組み合わせ「トラウマ体験の振り返り」というメ
インカテゴリとした。
データのスライスは 2 名の分析者が独立して行い、ラベリングの段階からは意見のすり合わせを行いなが
ら分析した。
②結果
分析の結果、全体を通じて《イメージ曝露への感想》
《トラウマ体験の振り返り》
《記憶の再検証》
《認知につ
いての言及》の 4 つのメインカテゴリが抽出された。《イメージ曝露への感想》は、イメージ曝露中に感
じた感覚、或いはイメージ曝露に対して抱いた感想について言及したものによって生成された。
《トラウマ
体験の振り返り》は、主に当時の感情や思考過程を伴ってトラウマ体験を語りなおしているものから生成
119
された。
《記憶の再検証》は、トラウマ体験中の自分の行動や自分自身について、記憶が正しいかどうかを
参加者が吟味し、記憶に新たな意味づけを行っているものであった。また、
《認知についての言及》は、過
度の[自責感]等の非機能的認知、及び非機能的認知の修正について言及しているものから生成された。
結果はセッションごとのカテゴリ関係図として示した(図)
IE start
イメージ曝露への感想
HS start
HS last
イメージ曝露での変化
イメージ曝露での変化
記憶に圧倒される不安
感情や身体感覚の再体験
記憶に向き合うことが
詳細な記憶の
可能になる
落ち着いた想起
感情や思考を伴うトラウマ体験
トラウマ体験の振り返り
感情や思考を伴う詳細な振り
の振り返り
感情の想起
返り
記憶の再検証
出来事中の自分への
出来事中の行動への肯定
出来事中の自分への肯定感
肯定感
感の出現
自責感と自責感への
疑問の混在
自責感と自責感への疑問の混
在
柔軟で前向きな思考の
非機能的認知
非機能的認知
認知の修正
出現
認知の修正
認知についての言及
図 メインカテゴリとサブカテゴリの関係図
4)考察
《イメージ曝露への感想》及び《トラウマ体験の振り返り》から、イメージ曝露を繰り返し行うことでト
ラウマ記憶への馴化が起こり、記憶が詳細に想起されていく過程が明らかになった。トラウマ体験の背景
に存在した、トラウマ体験時の感情や思考過程などを想起することで、断片的であったトラウマ記憶が統
合されていく。それは、
「記憶の組織化」の過程であるといえるであろう。先行研究では、PE の「イメー
ジ曝露」中のナラティブを分析し、治療の成功は記憶の組織化と関連があるという結果が示されている。
本研究において《記憶の再検証》及び《認知についての言及》で見られたとおり、記憶の組織化の過程は
記憶が再検証されていく過程でもあると考えられる。そして、記憶の再検証が行われることで、参加者は
非機能的認知についても再検証することになる。つまり、記憶の再検証と認知の再検証は相互に影響を与
えながら進むと考えられる。非機能的認知の修正は、PTSD の回復に大きな影響を与えると言われる。記
120
憶の組織化の過程が認知修正の過程であるならば、記憶の組織化は治療の成功に大きく影響するといえる
であろう。
PE 療法は認知の再構成という技法を使用することなく非機能的認知を緩和する効果があるとされるが、
PE 療法では、記憶の再検証と認知の再検証が繰り返し起きる中で、クライエントが自ら自分の考え方と
記憶を照合し、考え方の偏りに気づくことができると考えられた。
121
Ⅳ.実施期間終了後における取組みの継続性・発展性
平成 20 年 3 月をもって本研究スタッフは研究母体である東京医科歯科大学を離職した。しかし、本研究の
一環として開始した再犯防止プログラムへの参加者に対しては現在も継続して治療を行っており、今後も保
護観察機関を終えた対象者などへの数少ない社会内治療環境としてこの取り組みを継続・維持していく予定
である。
Ⅴ.自己評価
1.目標達成度
当初本研究の目標として掲げた性犯罪者治療のためのネットワーク構築も、日本独自の新たなプログラム開
発およびその効果検証も、充分に達成することはできなかった。しかし、性犯罪者に関するデータが充分に
明らかにされること自体がきわめて少なかったわが国においては、本研究は先駆的な意味があり、重要な意
義を有するものである。時間的な制限のあったなかで、リスクアセスメントの確立にあたっての基礎となる
データの解析を行えたことは十分に評価できる。
2.情報発信
海外諸国での性犯罪者処遇の現状と課題、およびそれを踏まえてのわが国での今後の課題などのさまざまな
情報について、国民に広く発信することができた。社会の関心を集めながら、しばしば不正確な情報が流布
しがちなこの領域の事柄について、最新の研究知見に基づく正確な情報を発信できたことの価値は大きい。
これまでに各種の司法精神医学関連の学会やシンポジウムで研究成果を発表し、内外からも大変高い評価を
得ることができた。
3.研究計画・実施体制
法務省によるデータの使用許可が予定通りの日程で得られていれば、研究計画には問題はなく、むしろそう
したハンディを抱えながらも莫大な量のデータを短期間にまとめ、数多くの学会発表が行えたことは評価に
値する。
また、いくつかの省庁をまたがって多くの主要機関と連携して本研究を進めることができたことは、精神医
学、社会医学、法学等の数多くの研究のなかもでも、稀にみる大挙を遂げたものと評価できる。
4.実施期間終了後における取り組みの継続性・発展性
本研究が終了した後、性犯罪者治療に関する実践的取り組みも研究も発展させることには困難があるが、本
研究の一環として立ち上げた性犯罪者に対する社会内治療環境は重要な社会的意義を有するものであり、今
後も維持・継続する予定である。本研究で入手した貴重なデータを生かすべく、平成 20 年度以降も主要研
究者によるデータ分析を継続しており、すでに報告の機会を得ている。
5.中間評価の反映
中間評価は行われていない。
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