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造成干潟モニタリング(3) - 北九州港 / Port of KITAKYUSHU
10. 造成干潟モニタリング(3)-魚類 10.1 はじめに 洞海湾は環境改善の努力により水質の改善に成果が見られ生物も多種となっ ている。しかし、ほぼ全域が航路とされ、大部分の岸部は高い垂直の護岸がな され、岸近くでの生物の生息環境は良好な状況とはいえない。その中でも二島 地区沿岸は岸のコンクリート護岸は約 1.5m と低く、岸に沿って 10m の幅で 30 〜50cm 大の砕石により基盤高+0.7m 程度で護礁されており、干潮時には岩礁が 長時間干出する。この護礁部にはこの環境に適応した固着,付着性の貝類が多 く生息し、魚類についても岩礁下を主な生息域とする魚種が冠水時に来遊する。 しかし、砂浜部のないこの環境は生物多様性や親水性に欠けていると推察され る。洞海湾環境修復検討会の検討結果にもとづき北九州市港湾空港局および国 土交通省九州地方整備局は若松区南二島沿岸域二カ所に覆砂による実験的な造 成干潟を 2007 年3月と 2009 年にそれぞれ造成した。その規格、構造やその推 移については別章でそれぞれ詳細に記されており、ここでは二カ所の実験干潟 とそれらの隣接干潟を中心に出現した魚類の採集結果と覆砂干潟造成の意義を 報告する。 10.2 調査場所と方法 調査は南二島地区に造成された二カ所の実験干潟(市覆砂実験干潟と国覆砂 実験干潟)とそれらが位置する岩礁部の約 10〜100m の範囲(隣接干潟)とし、 洞海湾に存在する他の二カ所の干潟(実験干潟北干潟と江川河口干潟)でも比 較のため行った。その場所を図.10-1 に示した。 調査は実験干潟造成前の 2006 年 8 月から1、2月間隔で大潮時に投網を用い て、一カ所につき干、満潮時各 10 投を基本とし、海藻の繁茂状況や海况によっ て採集を数投で中止した。採集個体数を 10 投当たり(150 ㎡)に換算した。採集 は当初干潮時だけであったが、市覆砂実験干潟が干潮時には冠水時間が短く、 干出するため 2007 年 4 月から実験干潟と隣接干潟も満潮時と干潮時に行った。 実験干潟北干潟と江川河口干潟では干潮時だけとした。 投網は目合い 11mm、長さ 3.2m を使用し、開網時の半径は 2.2m であった。紡 錘形の魚体で全長約 30mm 以上が捕獲されるが、網を縮める過程でさらに小さな 魚が採集されることもあった。 10.3 洞海湾の調査干潟に出現した魚類 調査場所別に採集した魚種と個体数(実数)を表 10-1 に示した。 5カ所の魚種の合計は 45 種、5870 個体であった。このうちハゼ科は 15 種、 全個体数の 64.4%、マハゼは 38.3%を占め、すべての干潟でも最多の種類であっ た。次に内湾の沿岸部に多いヒメハゼ、スズキ、ヒイラギ、ビリンゴ、スジハ ゼ、ボラを含めるとこれら7種で 76.3%であった。他に外海との回遊性魚種のマ イワシ、シロギス、コショウダイ、ヒラメや生活史の一時期に汽水域にも入る マゴチ、スズキ類、ヘダイ、クロダイ、トラフグなども採集され、多様な魚種 であった。共通種はサヨリ、スズキ、クロダイ,ボラ類とマハゼの 6 種あるも ののいずれの干潟もマハゼに特化した魚類群集であるように見えるが、多様度 指数(Simpson, 1949)は市実験干潟,江川河口干潟以外は 4.5 以上とかなり多 様性の高い群集構造を示していた。 調査干潟別にみると江川河口干潟ではマハゼは 51.5%で指数も 3.4 とやや低く、 やや単純な構造であった。この干潟は河口に発達しているためシラウオ、カダ ヤシ、メダカのほかボラやカタクチイワシの幼魚も出現した。市実験干潟は岩 礁上に基盤高 35cm で覆砂したもので、沖合の終端部には岩礁とシートで砂止め があり、満潮の短い時間しか堪水しない。そのため水が無く、採集のできない ことが極めて多く、調査回数が少なくなった。採集された魚種は干潟に取り残 されない遊泳力のある魚種がほとんどで、とくにマハゼは 63.6%と次に多いス ズキとセスジボラを圧倒し、指数も 2.4 とマハゼに偏った単純な群集構造を示 した。隣接干潟は沖合 10m までは岩礁干潟であるため満潮時での投網採集に困 難を伴った。干潮時は干出するためその沖合に立ち込んで採集した。隣接干潟 での多様度指数は 7.9 と最も高く、マハゼのほかにヒイラギ、ヒメハゼ、スジ 表 10-1 調査干潟で採集された魚種と個体数の総数 魚種 市覆砂 国覆砂 隣接干潟 二島北 江川河口 合計 1 マイワシ 0 0 0 0 2 2 2 サッパ 3 コノシロ 0 0 5 5 18 1 13 1 0 3 36 10 4 カタクチイワシ 5 シラウオ 0 0 0 0 0 0 0 0 134 2 134 2 6 トウゴロウイワシ 9 36 81 19 0 7 カダヤシ 8 メダカ 9 サヨリ 0 0 4 0 2 59 2 0 71 0 0 17 2 1 14 4 3 165 0 0 14 2 0 70 2 0 132 0 0 159 0 1 112 4 1 487 13 ヒラスズキ 0 0 1 0 0 1 14 シマイサキ 15 シロギス 16 ヒイラギ 0 0 0 0 18 158 1 3 239 0 10 1 1 0 42 2 31 440 17 コショウダイ 18 へダイ 19 クロダイ 0 0 3 0 0 12 1 1 15 0 1 11 0 0 11 1 2 52 20 キビレ 0 2 0 0 1 3 21 ウミタナゴ 22 ボラ 1 8 0 23 5 50 1 12 0 148 7 241 23 セスジボラ 24 メナダ 14 0 5 3 42 6 5 0 32 40 98 49 25 トサカギンポ 0 0 1 0 0 1 26 ミミズハゼ 27 トビハゼ 28 ニクハゼ 0 0 0 0 0 2 0 0 3 2 0 16 0 2 0 2 2 21 29 ビリンゴ 30 ウロハゼ 31 マハゼ 0 0 98 1 5 494 106 23 486 168 18 411 9 33 757 284 79 2246 32 アシシロハゼ 0 9 71 82 2 164 33 マサゴハゼ 34 ヒメハゼ 35 ヒナハゼ 0 0 0 0 391 0 0 116 20 10 28 0 36 6 1 46 541 21 36 アベハゼ 37 スジハゼ 38 アカオビシマハゼ 0 0 0 0 23 0 1 144 13 4 74 0 32 0 0 37 241 13 39 シモフリシマハゼ 0 0 2 1 0 3 40 チチブ 41 ヒラメ 1 0 0 0 22 1 12 0 44 0 79 1 42 イシガレイ 43 アミメハギ 0 0 19 0 8 0 0 1 1 0 28 1 44 クサフグ 2 70 47 4 0 123 0 154 22 14 1428 27 2 0 1737 52 1 1082 35 1469 35 17 5870 171 10種 24種 35種 27種 27種 45種 10 マゴチ 11 サラサカジカ 12 スズキ 45 トラフグ 合計 調査回数 種数 145 個体数は採集実数で着色部は各調査場所の上位3種 ハゼも多く、出現した魚種も 34 種と全体の 75%以上で多様な構造をしていた。 洞海湾の支湾となる実験干潟北干潟は実験干潟と同様に沖合 10m まで 50〜100cm 大の砕石が敷き詰められ、干潮時、その先に砂泥干潟が、さらに沖合に砂質干 潟が形成される水域である。マハゼは 38%と最も多く、ほかにビリンゴなどのハ ゼ類 11 種類や隣接干潟と同様にスズキも多く、多様度指数は 4.94 とやや高い 多様性を示した。国実験干潟は干満いずれでも採集が可能な緩傾斜の砂干潟で あるが採集調査の開始が 2010 年 4 月であったため市実験干潟を除いた干潟の中 で調査回数が少なくなった。しかし、回数に対する種類数、個体数は最も高く、 この干潟が魚類の生息に適した環境であることを示した。また,他の干潟では マハゼの個体数が他種と大きな差があったがこの干潟ではヒメハゼがマハゼに 近い個体数であり、砂干潟の特性を示した。多様度指数も 4.66 とやや高い群集 構造であった。 10.4 覆砂実験干潟の優占魚種 魚類採集結果により市覆砂実験干潟と国覆砂実験干潟の特性を明らかにする ため優占種を隣接干潟と比較した。 優占種とは便宜的に調査日ごとに干潮時と満潮時の採集個体数を合計して 10 個体以上で採集個体数の 30%以上の魚種とした。使用した採集個体数は投網 10 投に換算した値を用いた。その結果を表 10-2 に示した。 表 10-2 調査時の覆砂実験干潟と隣接干潟に出現した種数、個体数および優占種 市覆砂干潟 調査年月 種数 個体数 隣接干潟 優占種 2006.8 2006.10 2006.11 ー ー ー ー ー ー 7 4 7 2007.2 2007.4 2007.5 2007.6 2007.7 2007.8 2007.9 ー 2 0 1 5 5 1 ー 3月に造成 2 0 1 22 マハゼ(9) 7 1 1 9 10 10 12 14 11 2007.10 2007.11 2007.12 2008.1 2008.2 2008.3 2008.4 3 0 0 0 0 0 1 10 セスジボラ(6) 0 0 0 0 0 4 セスジボラ(4) 10 7 0 3 1 2 4 2010.4 2010.6 2010.8 2010.10 2010.11 2011.2 2011.3 ー ー 0 ー 0 0 ー 2011.5 2011.7 2011.9 2011.11 2012.1 2012.3 3012.5 ー 0 0 0 0 0 0 2012.6 2012.8 2012.10 2012.12 5 7 1 0 ー ー 0 ー 0 0 ー ー 0 0 0 0 0 0 国覆砂干潟 種数 個体数 種数 個体数 優占種 128 ヒイラギ、マハゼ マハゼ ー ー 12 ー ー 25 ー ー 2 37 130 129 156 165 135 ー ヒメハゼ ー マハゼ、スズキ、ヒメハゼ ー マハゼ、スジハゼ ー マハゼ ー スズキ、マハゼ、ビリンゴ ー マハゼ、サヨリ ー 56 マハゼ、スジハゼ、ビリンゴ ー 36 ー 0 ー 3 ー 1 ー 2 ー 12 ー 4 8 8 6 2 0 2 29 54 112 62 4 0 3 4 10 6 6 3 6 9 62 57 90 20 10 27 79 スジハゼ マハゼ ヒイラギ、サヨリ ヒイラギ、マハゼ 5 9 8 6 1 1 3 優占種 ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 50 306 190 87 3 1 17 スズキ 4 75 スジハゼ 11 183 ヒイラギ、クサフグ、スジハゼ 7 176 8 31 1 15 5 45 トウゴロウイワシ、ヒメハゼ 9 60 造成を計画 ボラ、スズキ マハゼ,ヒメハゼ ヒイラギ、マハゼ,クサフグ ヒイラギ、ヒメハゼ ヒメハゼ スズキ、ヒメハゼ ヒメハゼ、クサフグ クサフグ ヒイラギ、ヒメハゼ ヒメハゼ ヒメハゼ イシガレイ、ヒメハゼ、スズキ トウゴロウイワシ、ヒメハゼ 74 マハゼ(32)、スズキ、トウゴロウ 12 184 スズキ、ヒメハゼ、スジハゼ 9 609 マハゼ,ヒメハゼ 80 マハゼ(69) 10 208 マハゼ 7 271 マハゼ,ヒメハゼ 2 5 16 6 40 サヨリ 0 ( 9内は個体数 1 14 ボラ 1 1 個体数は干、満潮時の投網10投当たりの合計。 優占種は10個体以上で採集魚の30%以上の魚種。 調査日数は市実験干潟が 26 日、隣接干潟が 35 日、国実験干潟が 18 日であっ た。市実験干潟の優占種は 2012 年 6 月のマハゼとスズキ、8 月のマハゼだけで あったので比較的多く採集された種の個体数も記した。優占種は全部で 11 種で あり、そのうち市実験干潟は2種、隣接干潟は 10 種、国実験干潟は 9 種、調査 日によっては優占種がないことや 3 種あることもあった。この結果をもとに表 10-3 に干潟別の優占種の出現回数を示した。 表 10-3 優占種の出現回数 種名 市干潟 隣接干潟 国干潟 トウゴロウイワシ サヨリ 0 0 1 2 1 1 スズキ 1 4 3 ヒイラギ 0 4 3 ボラ ビリンゴ 0 0 1 2 1 0 マハゼ 2 10 4 ヒメハゼ スジハゼ 0 0 4 6 12 0 イシガレイ クサフグ 0 0 0 1 1 2 合計 3 35 28 優占種は10個体以上で採集魚の30%以上を 優占種は 10 個体以上で採取魚の 30%以上の魚種 全体で優占種の延べ出現は市実験干潟が 3 種、隣接干潟が 35 種、国実験干潟 が 28 種と、前述の調査回数や調査日数ほど隣接干潟と国実験干潟との間に差は なかった。三つの干潟の類似度を Morisita(1959)の重複度指数 Cλにより求め ると市−国は 0.240、市−隣は 0.403、国−隣は 0.701 であり、底質に違いがある ものの隣接した調査場所ということで国実験干潟は隣接干潟と比較的高い類似 性を示した。しかし、表 10-1 で示したように個体数ではいずれの干潟もマハゼ が他種に比べ多く、むしろ調査回数が少ないにもかかわらず隣接干潟より国実 験干潟の方が採集個体数は多かった。しかし、調査日の優占種では隣接干潟で 最も多かったマハゼが国実験干潟では少なく、ヒメハゼが最も多く優占種とな った。また泥質の高い砂泥底に生息する傾向の多いスジハゼが隣接干潟だけで 優占種として多くなった。国実験干潟は砂質で造成されたことによりヒメハゼ が優占となる機会を多くしたものと推察する。これは砂質主体に生息するシロ ギスが国実験干潟に多く出現していることと関連する。 10.5 優占種等の出現時期 覆砂実験干潟と隣接干潟に出現する優占種を中心にすべての調査を合計して 月別に平均個体数と体長範囲を表 10-4 に示し、表 10-1 の結果も合わせて洞海湾 の干潟への出現生態について記した。 トウゴロウイワシ:内湾の汽水域や干潟などの沿岸域に広く分布し、表層に群れを なして動物性プランクトンを補食しながら遊泳生活する。生息場所の底質にこ だわらず、干潟域に 5~10 月に広い範囲で出現した。河口まで入る魚種であるが 江川河口干潟では採集されなかった。本種の産卵期は 6~8 月でサヨリの 表 10-4 二島実験域の主要出現魚種の出現時期と体長範囲 月 トウゴロウイワシ サヨリ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 0 0 0 0 24 9.8 4.8 3.4 10.8 4.9 0 0 ー ー ー ー 73-99 81-89 29-41 13-91 30-49 21-68 ー ー 0 0 0 0 0 0 5.7 16.4 ー ー ー ー ー ー 61-147 77-134 117-134 7 12 12.6 4.7 0 95-140 124-150 ー 0 0 10.0 19.6 44.3 22.1 3.8 5.5 0.6 0 0 0 ー ー 14-19 19-30 27-57 43-99 73-100 81-96 60 ー ー ー シロギス 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 4.0 66-89 0.7 87 5.5 73-83 2.2 66-71 0 ー 0.7 52 0 ー ヒイラギ 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 119 22-43 85.5 26-58 68 29-68 0 ー 0 ー ボラ 0 ー 0 ー 1.3 22-28 2.0 33-260 1.9 42-309 2.6 46-103 0.2 290 0 ー 0 ー 0 0 1.4 0 9 1.6 5.1 9.9 12.8 6.5 2.3 0 ー ー 37 ー 24-27 30-39 35-44 34-47 36-47 38-53 44-45 ー スズキ ビリンゴ マハゼ アシシロハゼ ヒメハゼ スジハゼ イシガレイ クサフグ トラフグ 17.4 26-38 0 ー 0.6 260-360 3.5 22-27 0 0 0 5.7 36.1 166.5 36.6 76.0 15.3 14.8 4.4 0 ー ー ー 12-107 23-114 19-172 27-192 37-123 50-122 53-124 64-150 ー 0.9 0 3.9 0 1.4 0 0 3.0 1 0 1.4 0 40 ー 39-51 ー 42,52 ー ー 27-48 52 ー 41,43 ー 10.9 0 10.8 12.8 33.3 79.5 40.3 25.4 14.5 11.2 9.3 0.7 25-50 ー 20-56 32-58 31-57 21-80 23-55 26-57 20-62 38-53 17-51 37 0.9 1 1.2 8 8.8 15.3 8.2 5.3 5.9 11.7 7.9 0 44 38 37,42 29-56 35-56 32-56 37-61 32-48 40-62 35-49 17-59 0 0 7.6 1 ー ー 18-33 41 1 56,70 1.4 0 0 0 0 0 0 70,99 ー ー ー ー ー ー 0 0 0 1 4.5 2.2 34.6 11.5 8.7 5.6 0.5 0 ー ー ー 68 66-83 14-73 18-50 18-50 36-61 57-69 120 ー 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 15.4 24-47 1 51-62 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 0 ー 上段:実験干潟と隣接干潟平均出現個体数の合計 下段:出現体長範囲(mm) 出現時期 主要出現期 幼稚魚の出現期 ように海藻などに纏絡糸で卵を絡み付かせるとされているが、ここでは 6、7 月 に幼魚が出現していることでその産卵は成長から推察すると 4、5 月と考えられ る。産卵は湾外のほか洞海湾の湾口部から中部の護礁や人工藻場に繁茂する海 藻や流れ藻で行った可能性がある。 サヨリ:内湾と外海の港や干潟などの沿岸部表層に群れをなして生活する。生息 域の底質にこだわらず、洞海湾の広い範囲で採集され、実験干潟では 7~11 月に 出現した。産卵期は 4 月中旬から 8 月中旬の長期に亘るとされており、ここで は 7,8 月に幼魚が出現することにより、トウゴロウイワシと同様の産卵生態をと り、出現した幼魚は 4、5 月に産卵されたと推察する。 スズキ:浅海域の広い範囲に生息し、内湾の代表種でもあり、川の中まで入る。 表層から底層を生息域の底質にこだわらぬ遊泳生活している。洞海湾でも広い 範囲で多数採集され、実験干潟北干潟に多かった。実験干潟では 3~9 月に出現 し、稚魚が 3、4 月に出現している。本種の産卵は 12~2 月に河口近くや湾口部 沿岸とされているが、ここでは 1 月下旬から 2 月に洞海湾口部付近で産卵した ものが来遊したのであろう。 シロギス:採集個体数がいずれの干潟でも少なく優占種でないが、その中で国実 験干潟や実験干潟北干潟で比較的多く採集された。本種は潜砂する習性があり 砂質底近くで遊泳生息することで取り上げた。出現期間は 5~11 月でほとんどが 若魚であり、砂干潟が成育場所となっていると推察される。分離浮遊卵を生息 する内湾、浅海の砂底から離れて水中に放出する。成魚の出現状況により洞海 湾湾口部から外海で産卵しているものと推察される。 ヒイラギ:内湾の砂泥底近くに群れをなして生息し、幼魚期には河口域にもよく 出現する。底層近くを遊泳し、伸縮可能の上下の顎を長く伸長し小型の甲殻類 やゴカイ類などを摂食する。洞海湾の広い範囲に生息するが、干潟には 8~10 月 の短い期間出現した。しかも幼魚を中心としていた。産卵期は初夏とされてお り、過去の洞海湾内における卵稚仔調査でも浮遊卵が採集されたこともあるこ とから、湾内で産卵,成育していると見られる。 ボラ:世界中の内湾から外海の浅所に広く分布する種類で、西日本水域のボラは 10~1 月に長崎県野母崎付近で産卵するとされている。浅海などの表層から底層 まで幅広く遊泳生息するが、底層生活をし、付着藻類、デトリタスや小動物を 摂食する。実験干潟ではほぼ周年に亘って採集され、稚魚は 12~4 月に出現した。 川の淡水域でも生息し、江川河口干潟で多く採集された。初夏に出現する本科 の稚魚はセスジボラやメナダで、大部分は洞海湾にも多いセスジボラの可能性 が高い。 ビリンゴ:内湾の浅所や河口の泥底や砂泥底域に生息し、底層や中層に群れをな す。産卵期は福岡市で 1~4 月とされている。洞海湾の干潟には 3~11 月に泥質か らなる隣接干潟や実験干潟北干潟にほとんどが出現した。これらの干潟には泥 底や砂泥底の巣穴に生息するアナジャコやゴカイが多く、この巣穴に産卵して いると推察される。若魚が 5 月に出現したが稚魚は網の目合いに合わず入網し なかった。 マハゼ:内湾の浅所や河口の砂底や砂泥底に生息し、洞海湾では全ての干潟で最 も多く採集された魚種でとくに江川河口干潟に多かった。その出現期間は 4~11 月であった。九州での産卵期は 1~3 月とされ、営巣中の冬期は対象実験干潟よ り深い部分に巣穴を掘り、生息するため採集されず、4~6 月に稚魚が出現し実験 干潟周辺で成育したと推察される。 アシシロハゼ:河口の汽水域に多く、アマモ場や内湾の浅所にも出現する。砂泥 底でも砂質の多い所や礫底に多くのところで生息するとされているが泥底に生 息する所もあり、洞海湾では後者のようである。優占種になったことは無いが、 国実験干潟で優占種のトウゴロウイワシやクサフグ以上に総採集個体数が多か ったので取り上げた。産卵期は 5~9 月で場所によっては初夏と秋に産卵のピー クがあるとされている。一部埋まった石や二枚貝の殻の下面に営巣して産卵す る。実験干潟にはほぼ周年出現し、隣接干潟と実験干潟北干潟に多かった。8 月 に稚魚が出現したことから初夏にこの干潟で産卵したものと思われる。 ヒメハゼ:岸近くの浅所に生息し、アマモ場や内湾の河口域にも出現する。砂底 に多く、泥底には少ない。洞海湾ではマハゼに次いで多く、とくに覆砂した国 実験干潟で多く出現した。産卵期は春から夏とされているが、周年婚姻色をし た雄が存在し、成魚ばかりでなく幼稚魚はほぼ周年出現した。産卵は大型の二 枚貝の殻や堅い基質の下面に営巣し、砂や砂泥で覆い営巣する。泥分の多い底 質ではこのような生態はとり難く、覆砂は営巣にも適している。 スジハゼ:内湾の浅所、アマモ場や河口の泥底や砂泥底域に生息し、泥底に多い。 本種は最近3型に分類され、調査水域のものは B 型であったが、スジハゼとし て取り扱った。洞海湾の干潟では隣接干潟に最も多く、ここではマハゼに次ぐ 優占種となった。本種もヒメハゼと同様に周年出現した。産卵は夏とされ、稚 魚は 11 月に出現した。本種は泥底に多いテッポウエビの巣穴や二枚貝の殻など の下面に産卵する。泥質の多い砂泥底の隣接干潟にはテッポウエビが多い。 イシガレイ:水深 30~100m の浅海や内湾の砂底や砂泥底に生息し、稚魚は河口域 にも出現する。産卵期は 12〜3 月とされている。洞海湾では国実験干潟を中心 に 3~6 月に出現した。出現時期は短く、稚魚が 3 月に出現し、6月まで順調に 成長後、洞海湾の沖合部や湾外に移動したと考えられる。 クサフグ:日本の沿岸域浅所に広く分布し、汽水域や河川下流域にも入る。底層 を遊泳生息し、潜砂する習性がある。産卵は 5~7 月に淡水の浸透がある粗砂か 砂礫の水際で行われる。実験干潟には 4~11 月に出現した。稚魚は 6~8 月に出現 した。河川に入る習性がありながら江川河口干潟では採集されず、国実験干潟 と隣接干潟で多かった。 トラフグ:採集個体数が少なく優占種ではないが国実験干潟でほとんどが採集さ れたので取り上げた。海域を大回遊し、本種も潜砂する習性ある。中層から底 層を遊泳しその層に合わせて漁獲されている。産卵は沿岸部で海流が速く、粗 砂底や砂礫底で初夏に行うとされている。稚魚は河川汽水域にも入り、若魚は 内湾で成育する。国実験干潟には 6,7 月に出現し、それらは稚魚と幼魚であった。 本種の洞海湾に近い所にある産卵場は関門海峡にあり、ここで産卵した稚魚が 来遊したものと推察される。 10.6 洞海湾における覆砂による干潟造成の意義 洞海湾は港湾としてほぼ全域が航路に指定されている。その大部分の水際は コンクリートや石組みの垂直護岸がなされているが、一部に自然の岩礁海岸と 人工砕石海岸がある。そのような状況下で部分的に砂泥干潟が干潮時に形成さ れ、アサリなどの軟体動物や汽水性の魚類などの成育場所となっている(前章)。 しかし、このような場所はわずかで、全体的には生物にとって好ましい多様な 環境にはなっていない。このような状況のもとで洞海湾に少ない、砂質干潟の 造成は生物にとって新たな環境の形成ばかりでなく、親水域として教育、娯楽 や運動などに利用され、現在の時代の要求をかなえる多面的な港湾としてレベ ルアップされる事業の一つになるだろう。そのための有効性の検証として今回 の北九州市と国土交通省の覆砂実験は意義深いものである。この節では魚類、 それも投網採集という方法だけで調査した結果を示した。覆砂実験干潟の原環 境である隣接干潟は干潮時に干出する砕石護岸の先に泥分の多い砂泥底が本航 路まで続いている。隣接干潟での採集は満潮時に敷き詰められた岩礁護岸のた め投網採集が十分に実行し難く、多くは脚の埋まる護岸先の砂泥域に立ち込ん で行ったため、当然、軟泥底に生息する魚種を多く表した結果となった。一方、 国実験干潟は沖合の軟泥部まで砂を緩傾斜になるよう覆った干潟であり干潮時 でも砂質干潟の結果を表していた。市実験干潟も砂質干潟であるが地盤高が高 いため冠水する時間が短く、採集が多くの場合採集不能となる結果となった。 隣接干潟は採集個体数、種数、多様度指数のいずれも実験干潟より高かったが(表 10-1)、底棲性魚類の採集個体数は市実験干潟を除くとほとんど差がなく、その うち最も多く出現したマハゼはわずかながら国実験干潟の方が多い。しかし、 1調査回数の個体数に換算すると隣接干潟で底棲魚類は 19.7、このうちマハゼ 9.3 であるのに対して国実験干潟では 35.8 と 18.3 であるようにいずれも国実験 干潟で大きく、その差は顕著である。また、優占種は、国実験干潟でヒメハゼ、 イシガレイ、隣接干潟でマハゼ、スジハゼに示され、その生息環境の基質の違 いを表していた。このような実験結果をもとに、事業として更に広い範囲に拡 大して砂質の緩傾斜覆砂干潟を造成することは沖合の砂泥干潟に生息する種を 加え、豊富な出現個体数で多様な魚種組成になり、良好な環境修復を達成する ものと推察される。しかし、計画当初より水際であっても覆砂による干潟造成 は航路への砂の流出が懸念され、問題をかかえていた。そのなかで関係機関の 努力により本実験となった。別節で詳細が報じられているが、結果は洞海湾口 部と奥部方向の航跡波が岸沿いに砂を運び、航路には入らず、覆砂干潟造成事 業達成の現実性がみえてきた。 (松井誠一)