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統計教育におけるマルチメディア化の動き
特集 マルチメディアによる統計の普及と教育 統計教育におけるマルチメディア化の動き 渡 辺 美 智 子 はじめに の場でのマルチメディアの活用と促進 c既存の図書資料に関して、テキストを主とする 今日の IT 革命がもたらしたコンピュータネッ スタティックな印刷イメージからテキスト・音 トワーク社会では、コンピュータとインターネッ 声・静止画像・動画像を含むダイナミックなマ ト技術を駆使したマルチメディアモジュールが諸 ルチメディアブックへの変換 種の形態で社会・経済活動の各分野に浸透し、加 c迅速に総合的な社会科学・自然科学情報にアク 速度的にそこでの抜本的な構造変化と国際化を促 セスし得る検索エンジンの開発および電子図書 進させている。 システムの開発 教育の視点に立てば、このようなネットワーク cインターネットによる通信教育の充実=場所・ を介したマルチメディアモジュールの浸透によっ 時間の制約のない生涯学習プログラムの開発と て、従来型のメディア媒体では限られた集団しか 普及 理解し難かった専門的内容もより分かり易くマル c IT を活用した教育技術の開発とカリキュラム チメディア化されることで、その普及が期待でき やコースシラバスの共有化を図るシステムの開 る。その意味で、実質的な教育の平等化が社会で 発。 実現されるチャンスでもある。もちろんそのため 統計教育に関してもマルチメディア化の充実は、 には、国民全体の適切な情報活用能力の涵養が国 コンピュータネットワークのインフラが推進した の教育施策として進められなければならないこと 情報公開時代の主要なキーワードの1つであり、 は言うまでもない。 民主主義の基本となる適切な情報共有のためには、 現在、様々な国でこのような教育のマルチメデ 統計教育を通じて、統計情報を正しく読み取る能 ィア化を契機として、社会・経済の構造変化の促 力や優れた分析力の涵養をひろく国民に対して行 進を図るプロジェクトが進行し成果を挙げている う必要がある。しかし現状で統計というとき、そ が、ドイツ連邦共和国教育研究省(BM BF)の New の専門的側面や数理的側面から一般にはまだ身近 M edia in Edu cation プログラムb もその1つであ に受け取られていない感は否めない。しかし、近 る。 年のマルチメディア技術は、初心者により親しみ 教育のマルチメディア化に関しては、具体的に 易い効果的な統計教育のための対話型マルチメデ 以下の要素が考えられる。 ィア教材の開発を可能にしている。 c大学等高等教育機関を対象とした高度専門教育 『統計』 2004年9月号 この視点に基づき本稿では、統計教育のマルチ 14 統計教育におけるマルチメディア化の動き メディア化を推進する3つのプロジェクトに焦点 統計学者20数名による d Neu e Statistik(New Sta- をあて、その概要を紹介する。 tistics)" プロジェクトが活動を始めている。New Statistics プロジェクトの成果は既に W eb 上で 公開されe 、マルチメディア教材としての完成度の Neue Statistik(New Statistics) 高さと統計教育の重要度が評価され、2003年度の 先述したドイツ連邦共和国が推進する New マルチメディアアプリケーションコンテンツ一般 M edia in Edu cation プログラムには諸種の学問 を対象とした国際大会 (th e In ter n ation al media 領域が参画しているが、とくに統計に関してはベ aw ar d M edida-P r ix)で最優秀賞を獲得している。 ルリン自由大学・フンボルト大学・ハンブルク大 New Statistics の開発目的は、大学等高等教育 学・ハーゲン大学など10大学及び13の研究機関の 機関に対して、経済学・社会学・薬学・地理学な 図1 New Statistics プロジェクトで開発されているマルチメディア教材モジュールf (上から、Java -アプレット、アニメーション、学習モジュール) 15 『統計』 2004年9月号 特集 マルチメディアによる統計の普及と教育 ど各学部で共通に必要となる統計学の基礎的講義 ェアシステム ・学習のための W eb をベースしたマルチメディ ア教材及び教育支援システムの提供である。具体 New Statistics の精神は、従来の講師による対 的には、次の5つのセクションを柱に開発を行な 面式講義の補助資料及び学生の自習用資料の効果 っている(図1) 。 的提供にある。従って、講師が個々のマルチメデ ィア学習モジュールを自由に選別しカスタマイズ ① 学習モジュール:記述統計、確率と推測統 するための編集システムも別途開発されており、 計の基本概念の解説テキスト、例題、演習、 担当するコース内容に応じて講師は独自の講義シ 事例などを含めた W eb 教材 ナリオを W eb ベースで効果的に構築し、学生に ② 実データによる解析事例:経済学や薬学な 与えることができる。また、各講師が作成したコ ど実際の専門分野での活用事例 ースを e-lear n in g 教材として配信することも可 ③ アニメーション:統計的な問題を解説する ④ 能である(図3参照) 。このシステムは、実際に制 Flash によるアニメーション 作に参画した各大学で統計学の e-lear n in g シス Java アプレット:インタラクティブな動 テムとして運用されている。 的グラフや統計シミュレーション ⑤ 分析実習システム (図2) :各応用分野の現 New Statistics 以外にもヨーロッパでは、スペ 実の例題データを題材に、課題に応じてデ インの C. del Campo(2000)の統計学習ゲーム 、 ータ解析を行い、結果をレポートにまとめ P . M u n oz(2000)のイントラネットワークを使用 る一連の過程を実習するための統計エンジ した統計コース の開設、ベルギーの P . ン(R)を実装した独自の学習支援ソフトウ (2000) の統計概念の解説のための Java アプレ 図2 分析実習システム (New Statistics プロジェクト) 『統計』 2004年9月号 16 Der iu s 統計教育におけるマルチメディア化の動き 図3 開発されたマルチメディア教材モジュールが プラットフォームで配信されるまでの流れ図 ット集の共同開発と共同利用など、インターネッ 務省統計研修所の監修の下に、マルチメディアを ト上の新技術を生かした新しい教材や教育システ 利用した統計用語の説明や公表されている統計資 ムの開発が盛んである。これらのマルチメディア 料・統計手法の解説などを含めることで、単なる 教材は、すべて各国の母国語で開発されており、 検索機能付の用語事典にとどまらない、W eb ブラ これは商業的なマルチメディア教材開発で先行す ウザの下で利用できる平易な利便性の高い統計百 る北米の教材に対して、言語(外国語としての英 科事典を目指し制作されたものである。 語)の障壁は統計学の基礎を教育する上で取り除 事典は、用語解説と検索システム、マルチメデ いた方が良いという共通の認識があるためである。 ィアを含めた教材や統計資料の大きく3つの要素 したがって、日本でも同様に日本語による統計教 で構成されている。用語解説に関しては、 (財)日 育のためのマルチメディア教材開発の組織的な取 本統計協会刊行の「統計小事典」の改定準備委員 り組みが必要とされている。 会(マルチメディア統計百科事典編集委員会:委 員長三浦由己)によって編集された内容が主にな マルチメディア統計百科事典の制作 っている。統計資料に関しては、総務省統計局及 び総務省統計研修所の協力により、日本統計年鑑 CD-ROM タイプの本事典は、文部科学省共同 における解説が引用されている。これらを含め、 利用機関メディア教育研究センターの平成15年度 約2000語強の用語データベースとそれらの解説テ のメディア教材制作支援事業の助成を受け、日本 キストがすべて XM L によりデータ記述化されて 統計学会統計教育委員会、 (財)日本統計協会、総 おり、それらが関連語へのリンクなど W eb 上の 17 『統計』 2004年9月号 特集 マルチメディアによる統計の普及と教育 図4 事典のトップインターフェース 図5 『統計』 2004年9月号 「相関係数」のヒット画面 18 統計教育におけるマルチメディア化の動き 多元的な機能を通して活用できるようになってい ここでは、ユーザーがデータ件数を変えることで、 る。さらに国の統計関連の組織図や統計調査統計 ランダムにデータが発生し対応するボックスプロ 法規も含められている。図4はマルチメディア統 ットが動的に表示され、ボックスプロット(箱ひ 計百科事典のトップインターフェース、図5は、 げ図)がデータについてどのような情報を提示す 検索語「相関係数」のヒット画面である。 るかが用語解説と併せて直感的に理解できるよう 意図されている。 用語解説に関しては、テキストによる解説(テ キストモジュール)を始め、必要に応じて、Java また、用語解説には、その用語に関係する関連 アプレットを用いたシミュレーショングラフやデ 用語へとリンクが張られている。 ータ解析機能(Java アプレットモジュール) 、動画 教材・統計資料として、基礎的な統計用語の理 等を含め視覚的な説明(Flash による画像と音声 解を助ける一連のシミュレーショングラフや Ex- のモジュール)を加えている。図6は、Java アプ cel 分析シート、統計資料の推移をグラフ操作で レットによるシミュレーショングラフと連動した 調べる Flash グラフ、源氏物語や浮世絵の統計分 検索用語「箱ひげ図」の解説機能を示している。 析を解説したアニメーション(図7参照) 、統計数 図6 シミュレーショングラフ(JAVA アプレットによる)解説機能の流れ 19 『統計』 2004年9月号 特集 マルチメディアによる統計の普及と教育 図7 アニメーションと音声ナレーションによる統計活用事例の解説 値表、統計法規、統計調査の解説など統計教育の は、メディア教育開発センター及び日本統計協会 ためのコンテンツの閲覧ができる。 を通じて近く頒布される予定である。 検索エンジンに関しては、ユーザの多様な利用 電子図書システム(既存図書資料の電子化利用) 目的に合うように、通常のキーワードによる検索 に加えて、索引による検索(50音順・アルファベ 現在、絶版もしくは再版の予定のない貴重な書 ット順) 、分類カテゴリーによる階層的な検索、キ 籍が、統計科学、中でもその理論に関わる分野で ーワード間の関連を考慮した類義語検索の機能を 少なからず見受けられる。それらの書籍は年月の 持たせている。とくに類義語検索では、用語間の 経過に関係なく普遍的で有用な知見を有している 関連情報をデータベースに持たせ、検索実行時に ものが多いにもかかわらず、多くが実際に利用さ 検索後の関連用語も同時に表示されるシステムと れることなく入手不能な状態になっている。 している。また、検索対象は単に用語の見出しの 著者のグループでは、EBSA(Electr on ic Book みではなく、その解説文全体も全文検索の対象と for Statistical An alysis)の名称で W eb サイト を しているため、1つの用語の意味が単に表示され 立ち上げ、著作権者と各出版社の許可の下に、絶 るだけではなく、その用語の周辺や関連の用語も 版で手に入らなくなった統計科学の理論及び応用 同時に表示される。 に関する書籍を電子化し、広く社会に公開してい このマルチメディア統計百科事典(CD-ROM ) 『統計』 2004年9月号 る(図8) .各書籍は、元になる本のすべてのペー 20 統計教育におけるマルチメディア化の動き 図8 電子図書システム(EBSA) 21 『統計』 2004年9月号 統計教育におけるマルチメディア化の動き ジをスキャナーで取り込み P DF 形式に変換した 卓に頼る計算主体のものが主であり、統計ユーザ 後、W eb 上でこれらの P DF ファイルが閲覧でき ーには難解で退屈な印象を与えていたに違いない。 るようにしている。その際、以下の点に工夫し閲 数理的なレシピに惑わされることなくデータと向 覧がより容易になるよう配慮した。 き合う統計本来の考え方(statistical th in kin g)や ■ 原本の目次に依らない電子書籍専用の目次 面白みを分かり易く多くのひとに伝える講義や学 ページをできるだけ節項目まで含めて細か 習スタイルを標準化し、統計ファンの裾野を拡大 く本の内容がわかるように作成し、テキス することが21世紀に向けての統計教育の課題の一 ト入力したその目次ページから書籍の対応 つである。インターネットを介した統計教育ソフ するページの P DF 画像に跳ぶためのリン トウェアやマルチメディア教材の開発や普及は、 ク付け その一翼を担うものである。 ■ 原本の索引に記載されているキーワードを 一方、マルチメディアコンテンツの開発には一 すべてテキスト入力したページを用意し、 般にコストがかかるため、個人の取り組みには限 索引キーワードから該当ページの P DF 画 界がある。国際的な共同開発や共同利用も視野に 像に跳ぶためのリンク付け 入れて、組織的な開発が今後も多く望まれる。 上記の2つの機能により、一般にファイル容量 として大きい画像ファイルのすべてを対象とする 〈参考文献〉 ことなく、必要な内容部分のページのみをすぐに [1]h ttp:8 w w w .medien -bildu n g.n et 8 8 [2]h ttp:8 w w w .n eu estatistik.de 8 8 閲覧・印刷可能となる。また、テキスト入力によ [3]C. del Campo(2000):A game to lear n statistics, るページ構成のため、一般の検索エンジンで検出 P r oc. of COM P ST AT 2000, pp.169-170. [4]A. Geu kes(2003) :T each in g an d Lear n in g w ith th e され易く、各書籍が参照される機会は多い。 Statisticai Lab", d pp.390-391. 現在、W eb サイト“EBSA”には、2冊の統計 P r oc. of COM P ST AT 2003 [5]N. Razi(2003) : 事典を含む30冊近い書籍が登録されており、すべ New ての書籍を対象とした統合索引データベースと検 Statistics, Elemen ts for Blen ded Lear n in g, P r oc. of COM P ST AT 2003 pp.306-307. 索機能があるため、利用者は、個別の本、選択し [6]P .M u n oz. (2000) :In for mation tech n ologies in an ad- た複数の本、もしくはすべての書籍に対してキー van ced cou r se, P r oc. of COM P ST AT 2000 pp.233234. ワード検索が可能であり、検索結果から複数の書 [7]P .Der iu ( s 2000) :A collection of applets for visu aliz- 籍の該当頁の画像ページへ跳ぶことができる。つ in g statistical con cepts, P r oc. of COM P ST AT 2000 pp.253-258. まり、同一用語に関して一度に様々な書籍から解 ∼ ebsa 8 [8]stat.eco.toyo.ac.jp 8 説が得られ、それらを読み比べることができる。 w w w .sci.kagosh ima-u .ac.jp 8ebsa 8 [9]渡辺(2004)「W ebを活用したデータサイエンス教育の ∼ 現状」 『品質』Vol.34,No.1 pp.30-39. おわりに [10]渡辺(2004)「統計教育の新たな展開に向けて」『学術の 動向』 2004.7 p101. 20世紀後半の統計学の講義や学習は、数式と電 (わたなべ みちこ 東洋大学経済学部国際経済学科教授) 『統計』 2004年9月号 22