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こちら - 電力中央研究所

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こちら - 電力中央研究所
[発表要旨] 「自然災害に備える」 ─電力の安定供給で安全・安心な社会を─ エネルギー未来技術フォーラム 2005 .11.2
財団法人
電力中央研究所 「自然災害に備える」
―電力の安定供給で安全・安心な社会を―
エネルギー未来技術フォーラム
発表1:「自然災害と電気の安定供給」 ……………………………………………… 1
システム技術研究所 電力システム領域リーダー 栗原 郁夫
発表2:「減災に向けた取り組み」 …………………………………………………… 9
研究企画グループマネージャー 秋田 調
発表2−(1)
「雷災害」……………………………………………………………………13
電力技術研究所 上席研究員 新藤 孝敏
発表2−(2)
「暴風雨災害」………………………………………………………………17
地球工学研究所 流体科学領域リーダー 平口 博丸
発表2−(3)
「地震災害」…………………………………………………………………20
地球工学研究所 地震工学領域リーダー 佐藤 清隆
発表2−(4)
「津波災害」…………………………………………………………………24
地球工学研究所 主任研究員 松山 昌史
発表3:「自然災害にどう立ち向かうか」 ……………………………………………27
地球工学研究所 所長 当麻 純一
発表1「自然災害と電気の安定供給」
システム技術研究所 電力システム領域リーダー 栗原 郁夫 1.はじめに
最終消費エネルギーに占める電気エネルギーの比率は、図1に示す通り年々増加し、現在は
22 %を越えている。近年は、若干その伸びは鈍化しているものの、IT 機器出荷額の順調な伸び
に代表されるように高度な社会を支えるエネルギーとして、その重要性がますます高まってき
ているといえる。
こうした社会の要求に応えるように、電力供給の信頼性は図2のように高まり、現在では需
要家当たりの停電回数は年間 0.17 回、停電時間は 15 分程度となっており、世界の中でも最も高
い供給信頼度を実現している。
停電は様々な原因によって生じるが、大規模な自然災害による停電は統計にも明確に現れる。
図3のように、1991 年の台風 19 号、1995 年の阪神・淡路大震災等は停電の爪痕を残している。
停電時間が大幅に短縮化された現在、特に自然災害による停電は、一旦生じると大きな割合を
占めるようになってきている。
2004 年は例年に比べ多くの自然災害が発生した。台風や豪雨、新潟県中越地震、そして海外
では、スマトラ沖地震とそれによる津波は甚大な被害を与えた。近年、わが国への台風の接近
数(図4)や集中豪雨の発生回数(図5)が統計的にも増加していることや、首都圏直下型地
震、東海地震(図6)などの被害想定が公表される中で、自然災害への関心は、一層の高まり
を見せている。
一方、自然現象として身近な雷については、従来から停電の原因といった側面が強いが、近
年は電力品質や外部ノイズに敏感な IT 機器の普及とともに、これらに障害を与える新たな要因
となってきている。図7は、装置等が雷によって被害を受けたことで、ある保険会社が保険金
図1 最終消費エネルギー推移と内訳
図2 供給信頼度の推移
─1─
図3 自然災害による停電時間
図4 台風の日本へ接近数
図5 時間雨量 100 ミリ以上の降雨回数
図6 東海地震の想定震源域と震度分布
を支払った件数の推移を示すもので、増加傾向
が見られる。
ここでは、電力の安定供給にとって一つの大
きな脅威となっている自然災害について、電気
事業の取り組みを紹介し、理解を深めていただ
くとともに、昨今の自然災害への関心の高まり
とその様相の変化を背景に、自然災害への対応
において、技術面で果たすべき役割がますます
重要になってきていることを認識いただければ
幸いである。
2.電力供給における自然災害
図7 雷による装置被害に対する保険金支払い件数例
電力設備の障害ないしは供給支障の要因となった設備事故の推移(配電線事故は除く)は、
図8に示す通り、大きな災害がない限りはほぼ一定しているが、そのうち自然現象による事故
─2─
は半数以上を占めている。一方、米国でも電力
系統に障害を及ぼした要因のうち、自然現象に
よるものは多く、停電の原因で見ると 7 割程度
が天候によるものとなっている(図9)
。
自然現象による事故原因は、図 10 のように
設備によって異なり、水力設備は水害、火力設
備は地震、変電所は水害と地震、送電線は雷、
配電線は風雨と雷が主要な要因となっている。
このように、設備によって主要な自然災害が異
なるのは、設備の設置環境や設備固有の特性に
よるところが大きい。
図8 設備事故件数の推移と内訳(日本)
電力設備の被災様相のうち地震や風水害につ
いては、一般の設備や建造物とほぼ同様である
が、中には電力設備に特徴的なものもある。雷は、図 10 の通り送電線にとって主要な事故要因
ではあるが、実際の送電線は、はるかに多くの落雷を受けている。そのほとんどは瞬間的に送
電線が停止するだけで停電とはならない。送電系統はそのような仕組みになっている。また、
雪による被害では、着雪した送電線に強い横風が吹くと、送電線が波打つように揺れるギャロ
ッピングと呼ばれる現象が生じることがあり、場合によっては送電線の短絡につながる。電力
設備にとっての自然災害は極めて幅広い。
自然災害の特徴は、他の事故要因、例えば設計不良や操作ミスなどと違って、要因となるハ
ザードそのものを人為的に低減することが出来ない。また、自然災害は規模や様相において極
めて多様であり、どれ一つとして同じものはない。雷を例にとってみれば、その強さのみでも
時に 1000 倍も異なることもある。
このような特徴を有する自然災害に対しては、これを完全になくすことは現実的ではない。
自然災害による被害は図 11 のように、ハザードとそれに対する社会の脆弱性(電力供給にとっ
ては電力供給システムの脆弱性)が交わる領域で発生する。被害を低減するには、脆弱性を減
らし、この交わる領域を出来るだけ小さくすることが基本となる。すなわち、
「減災」の考え方
が基本となる。
図 10
図9 系統障害の回数と内訳(米国)
─3─
自然現象による事故の内訳
図 11
図 12
自然災害による被害の発生
防災スパイラル
減災の実践は、「減災・予防」対策を実施し、「事前準備」によって備え、災害の発生に対し
ては「緊急対応・復旧」に努めるという防災サイクルの回転にある。図 12 のように、災害から
学び、社会の状況や要請に応じて防災を高度化し、脆弱性を徐々に小さくしていく意味で、こ
こでは「防災スパイラル」と呼ぶことにする。防災スパイラルをいかにスムーズかつ継続的に
回転させるかが、安全・安心社会の実現にとって鍵となる。
3.電気事業の自然災害への備え
電気事業における自然災害への対応の基本的考え方は、図 13 に示すように、
䇭 災害に強い設備
䇭 被災時の影響軽減
䇭 迅速な復旧
になる。これは、防災スパイラルのステップにも対応する。
(1)災害に強い設備
減災に向けては、まず災害に強い電力設備と
することが一つの重要な対応となる。これは、
基本的には設備設計の問題となるが、上述の通
り、いかなる場合にも対応できるようにするこ
とは現実的でないため、いかに合理的設計を行
うかがポイントとなる。合理的な設計の指針と
しては、まずは設備被災時の影響であり、人命
への影響と停電への影響が 2 大要素となる。ま
た、図 10 に示した通り、設備によって自然災
害の主要な要因が異なることから、それぞれに
応じた設計が重要となる。なお、災害に強い設
備の実現は、単に初期の設計のみではなく、新
たな知見をもとに行う補強や、保守・点検での
─4─
図 13
電気事業の自然災害への基本的対応
備えも防災スパイラルの一環として重要とな
る。
災害に対する合理的設備設計の一例として、
地震の場合を例にとる。図 14 は耐震設計の基
本的考え方で、これ自体は、1989 年のロマプ
リエータ地震、1994 年のノースリッジ地震
(以上米国カリフォルニア州)、1995 年の阪神
淡路大震災を契機に広まってきた考え方(性能
設計)であるが、設備の重要度に応じて地震の
規模とそれによる設備へのダメージの大きさを
関係付けている。すなわち、基本は、ある地震
レベルまではダメージがないようにし、その後
は徐々にダメージを許容していくが、設備の重
要度に応じてダメージの出始める地震規模を大
きくしていくものである。
具体的な設備について見ると、まず、原子力
発電設備については特別な注意が払われ、なか
図 14
耐震設計の基本的考え方
でも重要度の高い設備については、地震規模の
想定とその影響評価について綿密な調査と検討
がなされる。その他の設備については平成 7 年
の防災基本計画のもとで、ダム、LNG タンク
など人命に影響がある設備と、その他の電気設
備とで表1のような耐震性が要求され、それに
沿った設計がなされている。
表1 電気設備の耐震性確保の基本的考え方
電気事業では、自然災害の都度、これら様々
な基準の満足度合いの評価を行うとともに、た
とえ満たしていた場合でも、より耐震性の高い設備を目指すなど、コストとの調和を図りつつ
更なる減災に向けた防災スパイラルの実践に努めている。
(2)被災時の影響軽減
自然災害が発生した場合にその影響を出来るだけ軽減するために、様々な対応がなされてい
る。この対応は、基本的には自然災害のみを対象にしたものではなく、供給信頼度の確保とい
う、より広い枠組みの中で実施されている。中心となるのはバックアップであり、設備的に予
備(余裕)を持つことと、機能面での代替を可能とすることにある。また、自然災害のうち、
台風など、ある程度の予測が可能なものについては電力系統の日々の運用において未然防止が
図られる。さらに、特に雷による瞬時電圧低下については、電力供給側での対応は現実的には
困難であり、需要家側での対応をお願いするなど、自然災害によっては相応なリスクの分担が
重要となる領域もある。
図 15 は、日本全体で見た場合の電源のバックアップの状況を示したものである。電源は最大
需要に対して常に余裕をもって準備されている。予備率は最大需要に対する電源の余裕分を示
す値で、わが国ではこれまでの実績等を踏まえ 8 ∼ 10 %が適正予備率とされている。予備率の
─5─
図 15
図 16
電源予備率の実績と見通し
電力系統の運用体制とバックアップ
実績は景気等によって最大需要が変動することで増減するが、適正値を大きく下回ってはいな
い。
送電ネットワークについては、バックアップの基本的考え方として、一つの送電設備が使え
なくなった場合でも供給支障が生じないように設計されている。これは信頼度確保のための(N1)基準と呼ばれ、海外も含めて標準的な考え方になっている。
電源と送電ネットワークからなる電力系統の運用体制は、電力会社によって若干の違いはあ
るが、基本的には図 16 のように階層的な構造となっている。このため、階層の各レベルである
程度の機能維持が可能となっている。中央給電指令所は、全体としての需給運用業務と主要発
電所への指令を行う中枢であるが、災害等で支障があった場合にも、一般に地理的に離れた地
点においてバックアップが可能となっている。また、地域に分散した制御所等も情報の連携や
相互のバックアップを行うようになっているところもある。さらに、図 17 に示すように日本全
体で連系系統を構成し、緊急時には各電力会社が相互に電力を応援し合う体制となっている。
一方、台風や雷など、ある程度、今後の状況が把握できる自然現象もある。台風の接近が予
想される場合には、例えば、変電所等では事前にがいしの洗浄を行うなどして、塩害の未然防
止に努めることがある。また、台風や雷で送電線が停止する可能性が高まった場合には、雷位
図 17
図 18
広域運用
─6─
シミュレータによる事故時訓練
置標定システムなどの情報をもとに潮流調整を行うなどして、万一、送電線が複数停止しても
系統に問題が生じないようにするなど、事前の対応に努めている。
さらに、図 18 のように、事故を想定した緊急時対応の訓練をシミュレータを用いて定期的に
実施するなどして、事故時の影響軽減に努めている。
(3)迅速な復旧
事故や災害により停電が発生した場合については、できるだけ早く復旧することを主眼とし
ている。その際に、二次災害の抑制についても十分留意される。
復旧に当たって、障害がバックアップの範囲内である場合は、それを活用し、速やかに停電の
解消を図る。停電の解消には、健全な地域から供給できるように送電線を切り替える作業や需
給のバランスをとる作業が中心となる。電圧の異常や設備の容量を超えないように作業を行う
など、訓練用シミュレータによる日頃の訓練の成果が活かされる。バックアップの範囲内であ
る場合は、停電は切替が完了するまでの間のみとなる。被災した設備は、その後、修理ないし
交換される。
バックアップの範囲を超えるような被災時には、緊急用に準備されている、移動用電源、移
動用変圧器、さらには仮設備の敷設などで当面の供給支障を解消する。移動用電源などについ
ては各社からの応援も投入される。
地震や台風などの大規模、広範囲の災害に対しては、電力会社では一般に、災害の発生とと
もに非常体制が自動的に発令される仕組みになっている。災害対策本部の設置のもと、指揮、
命令系統を明確にした組織的な復旧がなされる。大規模災害では道路や通信などのインフラも
被災している場合も多く、特に自治体との情報共有に重点が置かれている。
図 19 は、2004 年 10 月に起きた新潟県中越地震の際の各種インフラの復旧状況を示す。水道
やガスに較べて、電気は最も早く復旧している。再送電の際にも、安全確認の徹底により、中
越地震では通電時の火災は発生していない。
自然災害では、規模はもとより被災した設備やその被災様相によって、復旧状況が大きく影
響を受ける。図 20 は、わが国の大規模地震災害の幾つかについて、停電件数の推移を描いたも
のである。停電件数の減少状況は確かにそれぞれで異なっているものの、おおよそ1日以内に
停電件数は半分程度となるのに対し、その後の復旧には時間を要することが多い。面的な広が
図 19 新潟県中越地震でのインフラの復旧推移
図 20
─7─
主な地震災害による停電復旧の状況
りや、道路などの被災状況の影響が強まるためであり、自然災害の復旧の難しさの一つである
とともに、今後の課題でもある。
4.まとめ
電力の安定供給を通して安全・安心社会の実現に向けて、電気事業が自然災害に対して、ど
のように立ち向かっているかを簡単に紹介した。自然現象は、その発生自体を抑制することが
困難であることに加え、同じ現象であってもバラツキが極めて大きいことに特徴がある。この
ため、自然災害を完全になくすことは困難であり、
「減災」に向けた取り組みが重要かつ現実的
対応となる。
電気事業は、減災に向けて、①災害に強い設備、②被災時の影響軽減、③迅速な復旧 の 3
つを基本として取り組んできた、そして現在も取り組んでいる。その結果として供給信頼度に
おいて、世界の中でも極めて高いレベルを実現している。
昨今、地球温暖化問題への関心の高まりに加え、これまで想定していなかったような規模や地
域での自然災害や、さらには都市型水害など新しい自然災害が発生している。自然災害への対
応は、終わりがあるものではなく、「減災・予防」、「事前準備」、「復旧」からなる防災サイクル
を回すことにある。時代や状況によって社会の要求する安心のレベルも変わり、また災害の様
相も変化することから、単にサイクルを平面的に回すのではなく、より高度な減災に向けて図
12 に示したようにスパイラル状に回すことが重要である。
防災スパイラルの中で、技術の果たすべき役割は極めて大きい。自然現象のメカニズムにつ
いては未知な部分が多い。これらの解明が進むことで、より精度の高い被害予測や合理的な設
計が可能となる。また、復旧については、被災者にとって大きな安心感につながる復旧見通し
の提供や、自治体との連携強化が課題となっており、これらの面でも技術が果たすべき役割は
大きい。
当研究所では、電力供給に関わる様々な自然災害に対して取り組み、基礎的なメカニズムの
解明から、原因の分析や対策の評価などを進めている。以下、そのいくつかについて紹介する。
─8─
発表2「減災に向けた取り組み」
研究企画グループマネージャー 秋田 調
1.電力設備と自然災害
発電所、送電線、変電所、配電線などの電力設備は大規模であり、多くが地上に建設されて
いるため、多くの種類の自然災害を受ける。
例えば、多くが海岸沿いに建設される原子力発電所、火力発電所では、地震、雷などからの
災害に加え、台風による暴風雨および潮風、津波および高波などによる浸水などに備えた設計
となっている。山間に建設される水力発電所では、土砂崩れ、洪水などの豪雨に備えた設計が
されている。また、外見上は簡単な構造である送電線でも、雷の落雷、台風による強風、潮風、
雪の付着対策など、数多くの工夫が施されている。変電所ではこれらの対策に加え、地震に対
する備えも行っている。さらに、もっとも身近な存在である、配電線でも、雷の落雷対策を中
心にいくつかの自然災害対策が施されている。
このような、種々の対策が積み上がって、厳しい自然条件に対しても安定な電力供給が確保
されている。
なお、電力設備での潮風による災害は、碍子などの表面に付着した塩分による電気絶縁破壊
が典型的であるが、塩分よる腐食などの問題もある。
2.電力設備の減災に向けた取り組み
電力設備では既に多くの自然災害対策が施されており、自然災害時の停電などは少なくなっ
てきているが、自然は時としてこれまでの経験または予想を超える規模の災害を発生させるこ
とがある。当研究所では、最新の科学的知見、精密な自然現象の再現および予測技術、工学的
提供:沖縄電力 金武石炭火力発電所 図1 火力発電所
図2 送電線
─9─
図3 変電所
図4 配電線
自然災害対策技術を駆使して、なるべく自然災害が起きない電力設備にはどのような対策が必
要かを明確にするため、電力設備の「減災」に向けた研究を進めている。
代表的自然災害である下記の4種類の災害に関しては、それぞれ別途専門の研究者から、最
近の研究成果を紹介する。
①
②
③
④
雷 災 害
暴風雨災害
地震災害
津波災害
以下の2種類の自然災害に関しては、ここで概要を紹介する。
⑤
塩 災 害
潮風による塩害は各地・各産業で発生する。多くは、台風時に巻き上げられた海水が内陸部
まで到達するため、普段は塩分を浴びることがない機器および植物などが被害を受ける。
前述の通り、電力設備における塩害の多くは、
絶縁物に付着した塩分による電気絶縁破壊であ
る。具体的には、台風が去った後に碍子表面に
塩分が付着し、その後の夜霧など湿度が高い条
件で塩分が溶け出して電気絶縁性能を低下させ
るために、絶縁破壊が起こることが多い。
当研究所では、塩害の減災のためにはまず観
測が重要であるとの考えに立ち、飛散塩分,海
塩粒子を現地にて、実際の塩害が起こる気象条
件時に測定している。
これらの観測値と台風時の強風がどのように
流れるかの解析技術、および碍子にどの程度の
塩分が付着したら電気絶縁が起こるかの実験値
─10─
図5 塩害は各地・各産業で発生
図6 電力設備における塩害
図7 塩害の減災のためにはまず観測が重要
などを総合し、電力設備設置地点で塩害が起こるか否か、起こる場合はどのような対策が有効
かを明らかにする研究を進めている。対策としては、長い碍子またはひだが深い碍子など塩害
が起こりにくい碍子を使うことのほかに、碍子を水で洗浄する対策も採用されている。臨海部
にある当研究所横須賀地区では、実際の碍子を長期間大気中にさらし、付着する塩分量の測定
を行っている。
当研究所では、今後も、電力施設が受ける主に電気絶縁に関する塩害を軽減させるべく、研
究を進めていく予定である。
⑥
雪 災 害
電力設備における雪害は、碍子などの電気
絶縁物が冠雪することによる電気絶縁破壊の
他に、電線に筒状に雪氷が付着し、鉄塔の設
計荷重を超え鉄塔が倒壊する被害、電線に付
着した雪氷が剥落するときに起こる電線の跳
ね上がりによる他の電線との接触による電気
絶縁破壊などがある。
電線に筒状に雪氷が付着しないようにする
対策として、付着メカニズムに着目した付着
した雪氷の回転を防止する「難着雪リング」
を電線に取り付けるなどの対策が採られてい
る。
図8 電力設備における雪害
当研究所では、最近は大規模な雪害がないことから、現時点では雪害の減災に関する具体的
研究は行っていないが、これまでの研究成果をいつでも活用できるようにしている。
3.当研究所における減災に向けた取り組みのまとめ
当研究所では、自然災害に備え電力を安定に供給することにより、安全な、ひいては安心な
社会を築いていくため、代表的自然災害に対し、自然現象をよく理解し電力設備の災害を減ず
─11─
る「減災」に向けた下記の研究を進めている。
① 雷 災 害:社会の変化に対応した雷害リスクマネージメント技術の構築
② 暴風雨災害:降雨量と出水量の的確な予測による災害の軽減
③
④
⑤
⑥
地 震 災 害:地震ハザードと耐震性能に基づく対策技術の構築
津 波 災 害:最大級の津波の想定方法と沿岸津波挙動の評価
塩 災 害:正確な観測による予測に基づく対策技術の採用
雪 災 害:これまでの災害対策の蓄積
当研究所におけるこれまでの研究により、送電線および配電線の雷害を少なくするための鉄
塔などの設計法、強風に対する送電鉄塔をきめ細かに設計する基準を明らかにするなど、既に
電力設備に実際に適用されている成果が得られている。
今後、地球温暖化の進展に伴い、これまでの統計に当てはまらない気象現象が起こるとも言
われており、当研究所では将来も安全・安心な社会であることを目指して研究を進めて行きた
い。
─12─
発表2−⑴「雷災害」
電力技術研究所 上席研究員 新藤 孝敏
1.はじめに
フランクリンが有名な凧の実験を行ったのが
1752 年であり、それから既に 250 年以上経過し
ているが、人類が雷の被害を完全に防ぐことに
は未だに成功していない。電力設備もその例外
ではなく、耐雷設計には多くの努力がなされて
きた。さらに、最近の社会の変化に伴い、新た
な雷害問題も発生している。
図1 夏季雷と冬季雷
2.雷性状の解明
雷の被害を防ぐには、まず雷の性状を知る必要があるが、その発生する時間や場所を正確に
予測することは極めて難しい。そのため、当研究所では雷の自動観測装置を開発し、観測を行
ってきた。その結果、日本海沿岸地域においては、冬季にも多くの雷が発生することを明らか
にした。特に興味深いことは、この冬季雷では、高構造物からの上向きの雷がかなり頻繁に発
生すること、また雷のエネルギーも通常の夏季の雷に比べて大きいものが多いことである。特
に後者の点は、冬季雷では雷の被害が通常の夏季雷よりも大きいということであり、耐雷設計
には特別の配慮が必要とされる。
雷の性状もさることながら、耐雷設計で重要なのは雷の発生数である。従来は耳目観測され
た雷雨日数から大地雷撃密度が推定されていた
が、最近、大地雷撃時に放射される電磁界から
落雷地点を標定するシステムが開発された。当
研究所では、電力各社と協力し、最新の落雷位
置標定システムのデータに基づく雷データベー
スを構築するとともに、我が国の落雷頻度マッ
プを作成した。これにより、季節や地域による
落雷頻度の差が明確になり、従来より、はるか
に高精度の落雷頻度データが得られることとな
った。
図2 夏季と冬季の雷発生状況
─13─
3.電力設備の耐雷設計技術の確立
雷現象に関する深い知見、詳細な雷データベース、および最近の計算機の発達に伴う高精度
解析技術に基づき、当研究所では、電力設備への合理的な耐雷方策の確立に向けた研究を進め
てきた。図3は当研究所で開発した、送電線雷事故予測計算プログラムであるが、このプログ
ラムの活用により、合理的な耐雷方策の選定が可能となった。また送電線事故時に遮断器動作
を不要とする、続流遮断アークホーンをメーカと共同で開発するなど、実線路で活用できる雷
被害低減装置の開発も行っている。このような各種の耐雷方策により、送電線の事故率は減少
の一途をたどっている。
当研究所では、送電線に限らず、発変電所、配電線に対しても、最新の知見を反映した耐雷
設計ガイドをとりまとめ、電力各社に活用して戴いている。
図3 送電線の雷事故率を計算するプログラム
図5 雷事故件数の推移
図4 続流を遮断するアークホーン
図6 送電線、発変電所、配電線の耐雷ガイド
─14─
4.新たな雷害問題への対応
しかしながら、社会の高度情報化に伴い、新たな雷害問題が発生してきた。近年、機器の電子
化、コンピュータ化が進んできたが、最近それらへの雷害が頻繁に報告されている。この原因と
して、そのような機器の普及により、被害を受ける機器数そのものが増えたということもあるが、
それ以外に本質的な問題が内在している。
まず、機器の電子化、コンピュータ化により、機器の小型化、高性能化が図られたが、その一
方でそれらの機器の動作電圧は低下し、外部からのわずかな過電圧に対しても機器が破壊、もし
くは機器の誤動作が発生するようになった。
さらに、最近は各種のシステムがネットワーク化されているが、それは雷過電圧の侵入経路
が多様化しているということであり、被害の発生の可能性も増大している。
これらの問題の解決のため、当研究所では、お客様設備への雷過電圧の侵入様相を実験的、
理論的に明らかにすべく研究を進めるとともに、インテリジェントビル雷撃時の屋内機器への
影響の解明など、未来社会に向けた耐雷対策の構築を進めている。
図8 インテリジェントビルへの雷撃
図7 高度情報化社会での雷被害の特徴
図9 ビル雷撃時の内部電磁界解明のためのモデル
実験
─15─
図 10
風力発電設備の雷被害
また、自然エネルギーの活用方策として風力発電設備が注目を集めているが、その建設数の
増加に伴って、風車ブレード(羽根)などへの雷被害が顕在化してきた。当研究所では、風車
への雷撃観測を行い、その雷撃特性を明らかにするとともに、実規模モデル実験などにより、
各種ブレード保護対策の効果を検討・評価し、風力発電設備の耐雷設計指針の構築に向けた研
究を進めている。
5.雷リスクマネージメント技術の構築
合理的な耐雷設計とは、地域や季節による雷の発生状況を考慮した上で、発生する被害の大
きさと対策に関わる費用を総合的に勘案して、最適な方策をとるものである。特に、今後の問
題としてあげた課題については、その被害対象は電力設備のような画一的なものではないため、
個々の状況に合わせた耐雷方策を考える必要がある。
当研究所ではその第1段階として、地域や季節による雷の厳しさ(発生頻度、雷エネルギー
など)を評価する雷ハザードマップに関する研究を開始した。今後、雷ハザードマップに基づ
いた雷リスクの評価手法を開発し、対策の効果とコストなどを総合して最適な方策を決定する
雷リスクマネージメント技術に関する研究を進める予定である。
図 11
雷リスクマネージメントへ技術の開発
─16─
発表2−⑵「暴風雨災害」
地球工学研究所 流体科学領域リーダー 平口 博丸
1.強風に耐える送電鉄塔の合理的な設計
1991 年 9 月の台風 19 号は、基幹送電線を含む送電設備に重大な設備被害をもたらしたと言う点
で特筆すべき台風であった。従来の鉄塔設計の技術基準では、全国一律に風速 40m/s の強風に
耐えることが定められているが、電気事業者の自主的な判断により、地域特性を考慮した風速
(40 ∼ 63m/s)が用いられてきた。
このため、非常に強い台風 19 号に対しても、ほとんどの鉄塔は健全であったが、地形的な要因
により風速が強められる特殊な箇所では、鉄塔損壊が発生した。当研究所では、地形による風速
の増大効果を評価するために気流解析モデルを開発し、送電用鉄塔の耐風設計に反映した(図1)
。
図1 山岳域での風を評価するための気流モデルの計算例と室内実験による検証
また、台風の常襲地域である九州地方と台風
の影響が比較的小さい北日本とでは、鉄塔の耐
用年数期間内に遭遇する可能性のある最大の風
速(確率的な風速)は異なる。
そこで当研究所では、地域的な気象条件を考
慮しつつ確率的な風速を推定するために、台風
のシミュレーション法を開発した(図2)。こ
れは、現在と同じ統計的性質を持つ台風を1万
年間にわたり発生させ、50 年に一度遭遇するよ
うな強風(50 年確率の強風)を日本各地で精度
良く推定しようと言う確率論的な方法である。
送電用鉄塔は大型化し、地形が複雑な山岳部に
図2 シミュレーションにより発生させた台風の
移動経路の一例
─17─
多く建設されているが、これらの研究成果は「送電用鉄塔の風荷重指針・同解説」にとりまと
められており、送電用鉄塔の合理的な設計に反映されている。
2.豪雨による災害の軽減へ
昨年は、時間雨量 50mm 以上の観測回数(468 回)や日雨量 400mm 以上の観測回数(30 回)
において従来の記録を更新し、集中豪雨やそれに伴う洪水氾濫や土砂災害が頻発した。雨は貴
重な水資源・エネルギー資源であるが、大雨は甚大な災害をもたらすことがあるため、雨や洪
水の予測は重要な課題となっている。
山に降った雨の一部は、山肌から直接的にあるいは土壌中を移動しながら河川に流れ込む。
また、植物表面に補足された雨や土壌表面の水分は蒸発して大気に戻り、土壌中の水分は植物
の根から吸い上げられて葉の気孔から蒸散する。
当研究所では、山に降った雨が河川に流れ込む流量を予測するモデル(以下、出水モデル)
を開発している。このモデルの特長は、植物の効果を詳細に考慮していること、降雨と降雪を
区別できることである(図3)
。
降雪や融雪出水のある東北地方と台風や梅雨による豪雨のある九州地方の河川を対象として、
過去 10 年間の出水計算をそ
れぞれ行い、観測流量と比
較した結果、いずれの河川
においても出水モデルの妥
当性を確認した(図4)。
通常時の水力ダムの運用
においては、降雨量と出水
量の観測値や予測値を基に、
無駄な放流を極力押さえて
自然エネルギーとしての水
資源を有効に活用すること
が求められ、当研究所の出
水モデルが活用されている。
一方、洪水氾濫を引き起こ
すような大雨に対しては、
河川流量と水位の予測は、
迅速・的確な避難に不可欠
である。電力設備において
も洪水氾濫による浸水被害
を受けることがあり、ハザ
ードマップなどを活用する
必要がある。また、崖崩れ
による土砂災害は、アクセ
ス道路の不通を招くため、
災害復旧時の大きな障害と
図3 植物の効果を考慮した出水モデルの開発
図4 出水モデルによる河川流量(m3/s)計算結果と観測値との比較
(1年間の比較例)
─18─
なる。
当研究所では、現在上記のような出水予測モデルを日本全国の河川に適用するために、シス
テムを開発中であり、数値気象モデルによる1∼2日先の降雨予測と連係することにより、大
雨やそれに伴う洪水あるいは土砂災害を的確に予測し、災害の軽減や災害復旧時の支援情報に
役立てる計画である。
─19─
発表2− ⑶「地震災害」
地球工学研究所 地震工学領域リーダー 佐藤 清隆
1.はじめに
電力流通システムの要である変電機器の耐震設計を例にとると、1964 年新潟地震、1968 年十
勝沖地震、1978 年宮城県沖地震による被害を教訓として 1980 年に現在の耐震設計法が確立され
た。その結果、1995 年兵庫県南部地震を含め、その後発生した地震において重大な供給支障を
もたらす変電施設被害は生じておらず、一定水準の耐震性が実現されているといえる。
しかしその一方で、近年の地震活動に対する社会的関心の高まり、原子力発電所はもとより、
水力、火力などの発電施設や流通設備への万全な地震対策の要請は強く、またそれぞれの設備
の仕様や設置条件も複雑かつ多様になってきており、対象別あるいは地域別にその目標に応じ
たきめ細かい対策技術が求められている。すなわち、従来の全国標準的な耐震性確保に加えて、
最新の技術を適用したオーダーメードの地震対策を講じる必要性が高まっている。
2.地震の発生、伝播、増幅のメカニズムと構造物の揺れ
日本国内で発生する典型的な地震を、わかりやすく東北地方を例にしてみよう。図1のよう
に太平洋プレートに代表される海洋プレートと日本大陸側のプレートとの境界で発生する地震
はよく知られた地震であり、最近発生した地震では宮城県の沖地震がこのタイプの地震である。
今後 30 年で発生することが警鐘されている巨大地震(東海、東南海、南海)も同様な地震であ
る。他方、陸のプレートの内部で発生するタイプの地震は、活断層との関係が強いものであり、
兵庫県南部地震に代表される。
このような地震の発生源(震源断層)は、地殻の内部や海洋プレートの境界付近で生じる破
壊領域を表わしている。図2に示すように、その震源で引き起こされた波動(地震動)が発生
図1 東北地方を例とした地震の発生
(東北大学より引用)
図2 地震の発生から揺れが伝わるまで
─20─
源から建物の基礎を支持する基盤へ伝わるまでに地盤内で増幅し、軟らかい地盤や埋立地など
では更に増大することがわかっている。
したがって、地震に対する電力施設への対策は、立地されている地域に応じて地震発生源と
地震動を引き起こす地下深部や構造物直下や周辺の地盤の内部構造を知ることが必要である。
そして、地震動に対して構造物がどのような挙動をするかを解明することが大変重要である。
3.地震の発生源の探査
地震発生源の事前予測のための探査は、震源の位置や規模を知るために実施される。たとえ
ば、図3のように内陸の地殻の中で発生する地震は、活断層において発生することが知られて
いる。当研究所では、この活断層の存在は、そのための調査を事前に十分に行えば確認できる
ものと考えている。
昨年の新潟県中越地震のあとに当研究所が東京大学地震研究所と共同で震源域での探査を実
施した結果の一部を図4に示す。この地域は地殻変動による複雑な地形を示す活褶曲地帯と呼
ばれているが、探査結果による断面図によれば地下の褶曲構造と地形地質の関係を結びつける
調査によって過去に発生した震源断層の存在を確認することができる。1
その結果、地下構造と実際に地震が発生した断層面との関係を明らかにすれば、明瞭な震源
像としての断層モデルが与えられることになる。この結果は、将来発生する地震の発生源の輪
郭を把握すると同時に、震源でどのような形態で破壊が生じるのかを事前に予測することに結
びつけられる。
図3 内陸の地下深部と建物で起きる現象
図4 新潟県中越地震の震源域での地下探査
4.地震動と地下構造の関係
地震動の周期や継続性は、基盤の深さに関係している。当研究所では都市直下地震に対する
1 阿部信太郎・青柳恭平・宮腰勝義・井上大榮(電中研)・佐藤比呂志(東大地震研)・伊藤谷生(千葉
大): 2004 年新潟県中越地震震源域を横断する反射法地震探査,2005 年地球惑星関連学会
─21─
地震動の解明のひとつとして、首都圏で発生した地震による関東平野の地震動を、実際の記録
を再現するように基盤の深さなどを修正モデル化することにより図5が得られている。
また、1990 年伊豆大島近海地震(M6.5)による関東平野の長周期地震動をシミュレーション
した結果、図6のように関東平野では表面波が卓越しており、震源から直達する波だけでなく、
地下構造の影響により波の伝播方向が変化している様子が捉えられている。
このように首都圏に限らず、都市が形成されている平野の地下構造を精緻にモデル化するこ
とによって、想定される地震に対する地震動を把握することが可能となり、将来発生する地震
のハザードマップの精度を高めることが可能となる。
図5 関東平野の最新の地下構造モデル
(色の濃いところほど基盤が深い)
図6 1990 年伊豆大島近海地震の
地震動シミュレーション
5.構造物の耐震性能向上
構造物の破壊過程を解明することは、大地震(強震動)時の構造物の耐震性能を知っておく
上で重要なことである。たとえば、図7に兵庫県南部地震における橋梁の局所的な損傷を示し
た。このような現象では、構造物の振動時の全体的な挙動を知ることと同時に局部で発生する
破壊現象を解明しておく必要がある。このため
には、あらゆる構造物について実規模の実験を
行えるような巨大な振動台を使用することもひ
とつの方法であるが、費用と実行可能性におい
て限界がある。
当研究所では、この問題点を解消するために、
独自の耐震実験技術であるハイブリッド動的
力学試験システム(ハイブリッド試験システム
と呼ぶ)(図8、図9)を活用して研究を進め
ている。本システムでは、数値解析と実験を連
携することにより、実規模大の地盤と構造物の
地震時の大変形を再現することができる。本シ
ステムの仕組みは、次のようである。
─22─
図7 兵庫県南部地震での橋梁の損傷例
図9 ハイブリッド試験システムの仕組み
図8 ハイブリッド試験システム
まず、対象となる構造物の一部を実規模の実験により加振し、構造物全体の挙動に対しては
計算でシミュレーションを行う。それによって時間経過に伴う構造物全体の変形量を求めて、
その結果を加振器を通して実規模構造物の一部へ与え、その構造物の変形によって生じる荷重
を構造物全体の計算へフィードバックするというシステムである。
本システムによって、大規模な振動台によっても実験することのできない大型構造物を対象に
した耐震性能向上の研究が可能となった。
6.合理的な電力施設の地震対策
電力施設(発電、流通)に対する地震対策は、立地している地域での地震発生源と地震動に
起因する地下構造を解明して、地域に応じた地震のハザードマップを作成すると同時に、これ
らの地震に対する構造物の耐震性能を知ることによって、地域や対象物に応じた、より合理的
な電力施設の地震に対する安全性が確保され、減災に活かされるものと考えている。
─23─
発表2−⑷「津波災害」
地球工学研究所 主任研究員 松山 昌史
1.津波と発電所
日本は、世界有数の津波常習地帯であり、千
年を越える歴史の中で、200 以上の津波記録が
残されている。最も古いものは、684 年の白鳳
時代のものである。20 世紀以降では、小規模な
ものを含めると 130 以上、津波の高さが4 m を
越えるものは 15 ケースが各々記録されている。
このような津波の発生原因は、地震時の海底
変動、火山の爆発、山体崩壊などがあげられる
が、その 90%以上は地震であり、日本の津波対
策では地震による津波が最も重要である(図
1)
。
図1 津波とその発生原因
日本の火力・原子力発電所は沿岸に建てられ
ている。これは、発電に使用した蒸気を冷却す
るために大量の冷却水を必要とするためである。このような、沿岸の重要構造物の防災・減災
においては、最大級の津波を発生させる波源、また発生した津波が沿岸でどのような挙動であ
るかを、想定・検討することが必要となる。
2.津波評価の 3 要素
津波現象は、波源、外洋伝播、
沿岸挙動の3つの要素にわけるこ
とができる。
地震津波の場合、波源は地震に
よる海底地盤変動である。地震が
海底下の浅い場所で発生すると、
海底面に地盤変動が発生すること
がある。この地盤変動が海水を押
し上げたり、下げたりして、津波
が発生する(図2)
。
発生した津波は、四方八方に広
がる(外洋伝播)。この時の津波の
速度は、水深が大きいほど速く、
図2 津波現象の概略
─24─
浅いほど小さくなる。このように主に地形の影響を受けながら、津波は外洋を伝播する。
津波エネルギ−は、海底から海面まで分布している。津波が沿岸に近づき水深が浅くなると、
津波の前方の速度が小さくなり、後方が追いついてくるため、波長が短くなる。すると津波エ
ネルギ−は水平方向にも垂直方向にも凝縮され、津波は高くなり、津波前方の水の流れも速く
なる。そして、沿岸に到達すると低地を中心に陸上に遡上し、大きな被害を及ぼす。低地であ
れば数 km までヘも侵入し、湾内においても大きな被害を及ぼす。
3.波源の想定方法
現状の津波の想定方法については、国・電気事業共に、各海域に最大級の地震エネルギ−を
設定し、それを1枚の断層モデルに置き換えて、最も津波を大きくする断層を想定する 1。
当研究所では、より地盤特性に沿った断層モデルの想定を目指している。海底地形と過去の
断層履歴にはある程度の相関が見られる。よって、海底地形や地盤内部構造データを基に、将
来起こる可能性のある大地震について、断層形状を推定することが可能になると考えている
(図3)
。
次に、断層がどのように滑動すると最も大きな海底地形変動が起こり、大きな津波が発生す
るのかを決めなければならない。当研究所では、断層の上盤と下盤が左右水平方向ではなく上
下垂直方向に滑動(完全逆断層)するとし、さらに断層の上盤が優位に運動し、下盤が動かな
いとした場合に最も大きな津波を発生させる海底地盤変動がおきると考えた(図3)。これは、
断層の上下盤に相対的な変位を与えた理論解を利用して、海底の地形変動を求めてきた従来の
方法を改良し、より実現象に近い津波を想定できるようにしたものである。
図3 海底地形と断層、想定した津波波源モデル
1
南海・東南海・東海地震については、調査により明確な断層が把握されているので、それぞれを 1 枚の断
層モデルとして評価する。
─25─
4.津波の伝播計算
発生した津波は海洋上を四方八方に広がり、
海底や陸上の地形の影響を受けながら、伝播す
る。津波の伝播は長波理論に基づく数値計算に
よって、精度良く模擬することができる。
図4に昨年のスマトラ地震津波がインド洋に
広がる様子を数値計算で再現した結果を示す。
津波は地震発生から2時間でタイやスリラン
カ、7時間後にはアフリカ、10 時間後には南
極に達したことが再現されている。
5.沿岸での津波挙動
図4 スマトラ津波の再現計算
当研究所では、大型造波水路を用いて沿岸で
の津波挙動を再現することができる。北海道南
西沖地震津波(1993)では、奥尻島において
31.7m という 20 世紀で最大の津波遡上高が記録
されたが、その値は数値計算などで再現できな
かった。そこで、当研究所では、大型造波水路
に 1/400 の模型を設置して再現実験を行った。
その結果、沿岸の海底地形の影響により、津波
による流動の集中(レンズ効果)が発生し、大
きな津波高を記録したことを明らかにした。さ
らに、この実験結果を、3次元の数値計算モデ
ルを用いて再現することにも成功した。
さらに、防波堤にかかる津波波力についても
実験を基にして、算定式を提案した。
6.今後の課題
今後は、沿岸域での津波氾濫による諸現象の
解明を進めていく。具体的には、陸上域での津
波挙動、沿岸における津波による破壊力や海底
地形変化の評価の高度化である。これらの成果
図5 実験で再現した津波高さの分布と実験模型
は原子力発電所のみならず、火力発電所や沿岸
の電力設備の減災への適用も可能である。
─26─
発表3「自然災害にどう立ち向かうか」
地球工学研究所 所長 当麻 純一 多発する自然災害に立ち向かい、電力インフ
ラの減災を実現するために、今後さらにどのよ
うな取り組みが必要とされるかを3つの視点か
ら考える(図1)。個々の対策技術がその最大
の効果を発揮するように、技術のシステム化が
必要である。ハザードマップや災害シミュレー
ションを共通情報基盤として、リスクマネジメ
ントの枠組みに則して個々の技術を防災実務に
適用していくことが重要である。その減災目標
の設定においては、電力供給サイドと需要サイ
ド、関連するライフライン事業体や行政機関と
の情報共有や役割分担がますます必要になる。
図1 取り込みの3つの視点
1.情報・データの共有と活用を
(1)基本データの共有によるハザードマップの整備
事前の対策、事後の対応が効果をあげるためには、
「何が起こるのか、何が起こっているのか」
という情報が大事である。災害を引き起こす自然現象の正しい理解と、それに基づく自然現象
の予測、および人的・物的・金銭的な被害の想定が必要である。その想定被害が、社会の許容
を超えるものであれば、被害を軽減できるような対策(耐震補強、防潮堤など)を講じなけれ
ばならない。
地震や津波の発生メカニズムなど、自然現象
の正しい理解は言うまでもないが、災害対策に
際して科学的に完全な現象解明を待てないこと
も正直に認める必要がある。完璧ではないにせ
よ、起こりうる災害を予測して示すハザードマッ
プ(図2)は有用な道具となってきている。一
部地域では高度な検討がなされているものの、
全国的にみればハザードマップが未整備のとこ
ろは多く、早急な整備と利用を期待したい(図
3)
。
過去には、こうしたハザードマップを公表す
ることに対して、その影響の大きさから作成者
図2 洪水ハザードマップの事例
側に遠慮が見受けられた。その結果、たとえば
─27─
同じ地域を対象としても異なる機関がハザード
マップを独自に作るというような非効率な作業
がなされたり、そうした基本データが共有され
にくかったりした。最近はこのような状況は改
善してきているものの、まだ個々のライフライ
ン事業体や自治体などの有する基本情報が効果
的に融合しているとはいえず、今後の重要な課
題と考える。
できる限り正確で最新の情報を共有すること
で、施設管理者らによる被害想定や対策の必要
性を議論するための素地を作る必要がある。行
政や企業が個別に蓄積した基本データ(たとえ
ば、地盤ボーリングデータ、地震動データ、気
象データなど)を積極的に提供しあい、これら
を共有することによって効率的にハザードマッ
プを作成し運用していくことが望ましい。
図3 ハザードマップの事例
−津波ハザードマップ作成・公表状況−
(2)重要インフラの防護のための情報共有
重要インフラとしては、情報通信、金融、航
空、鉄道、電力、ガス、行政サービス、医療、
水道、物流等があり、それらは相互に影響し合っ
ていることを考慮しなければならない。
電力の停止は、交通システム、通信システム
などの他のライフラインに影響を及ぼし、さら
にこうしたライフライン停止の影響が医療、金
図4 重要インフラ間の相互依存(例)
融などの重要産業に波及することが予想される
(図4)
。仮に通信が途絶した場合、業種別の操
業率は、通常時と比較して 27 ∼ 62 %程度に落
ちるという調査結果も得られており(図5)、
通信に対する電力供給の重要さは計り知れな
い。
一方、産業別の停電への対策状況を当研究所
が調査した結果によると、災害時に重要となる
金融・保険産業や医療産業において自家発電の
導入割合が高くなっている状況が分かる(図
6)。こうした、需要側の停電対策の情報は、
供給側の電力会社による復旧対応に際しても有
用であり、今後、より詳細な情報の共有が効率
図5 通信が途絶した場合の企業の操業率
的な復旧に役立つ。
こうした災害対策状況や被害影響などの基本情報を蓄積・共有し、電力が被災したときの復
旧活動や生産活動への波及影響についてシミュレーション(図7)を実施することで、各主体
─28─
図6 各産業への停電への対策状況
図7 停電による経済被害波及(イメージ図)
において被害影響を最小限に留める対策シナリオを検討すべきである 1。もちろん、電力のみな
らず、水道や通信など重要インフラ間の連携を強化し、対策状況や互いの復旧状況など、災害
前後において情報共有を行う体制構築の一層の整備が求められる。
「重要インフラにおけるセキュリティ対策の
あり方(政府 IT 戦略本部、2005/05/30)」に関
する提言が政府 IT 戦略本部から発表された
(図8)。「新しい重要インフラ防護体制」のポ
1 内閣官房情報セキュリティ
イントとして、⃝
2 情報共有・分析
センター(NISC)の設置、⃝
センター(ISAC)の設置(電力 10 社の協力で
3 重要インフラ連絡協議会(仮称)
設立予定)
、⃝
4 具体的な脅威シナリオ 2 を用意した
の設置、⃝
総合演習が挙げられている。提言に的確に対
応し、自然災害対策に関する重要インフラ間
の情報の共有・分析・協議・演習などの場の
設置を着実に進めるべきである。当研究所で
もこれに呼応した研究活動を展開している。
図8 「重要インフラにおけるセキュリティ対策の
あり方(政府 IT 戦略本部)提言」
(2005/05/30)
2.不確かさに向き合う−災害リスクマネジメントによる減災−
(1)決定論的方法と確率論的方法をうまく使う
ハザードマップや災害シミュレーションは、現時点の学術的知見、収集可能な情報、適用可
能な手法に基づいて、将来起こる災害現象を地図や数値として示すものである。その後のあら
ゆる災害対応の根幹をなすべきものであり、発表2で述べられたような自然現象の解明、被害
の予測に関する研究がその目的のために不可欠である。ハザードマップや災害シミュレーショ
1
2
テロなどの悪用の危険性を考慮しながら必要な情報の精選と情報共有方式を確立することも重要となる。
具体的な脅威として、サイバー攻撃、テロ、自然災害が挙げられている。
─29─
ンは、その基になる学術の進歩、情報の蓄積、
手法の改善に伴い、見直されていくべきであっ
て、固定的なものではない。
将来の現象を示すには、「決定論的方法」と
「確率論的方法」とがある。それらの意味や、
長所・短所について理解を深めることが大切で
ある。
決定論的方法は、例えば、「想定○○地震が
起きた場合、対象地域はどの程度揺れるか」の
情報を提供するものである。防災計画に向けて
の具体的なイメージが湧きやすいという長所が
ある(図9)。これまでの発生間隔などの統計 図9 想定宮城県沖地震ハザードマップ(決定論的)
データから、次の災害の切迫性が高いと判断さ
れる自然災害(たとえば、想定宮城県沖や首都
直下型地震)については、こうした決定論的方
法による災害対策が有効である。
反対に、発生間隔が長く、次の災害発生がは
るか遠い先と思われてしまうケースに対して
は、防災へのアクションがとりにくい。世の中
には被害想定を絶対視する向きもあるが、そも
そも不確定な事象に対する実務的判断の積み重
ねに拠っているのであって、想定どおりに事象
が起こる訳でないことも合わせて啓発すべきで
ある。想定する被害の確からしさに関する情報
図 10 北日本の地震ハザードマップ(確率論的)
を分かりやすく伝達していく努力が必要であ
る。
確率論的方法は、事象の不確かさや発生頻度の情報を伴うものである。例えば、内閣府・地
震調査研究推進本部は、2004 年3月 25 日に北日本の確率論的地震動予測地図(いわゆる確率論
的地震ハザードマップ)を公表した(図 10)。「今後 30 年間に震度6弱以上に見舞われる確率」
を示したもので、「影響の大きさ(震度6弱以上)」と「発生確率(今後 30 年間の確率)」の二
つの情報が示されている。
その後、2004 年 10 月の十勝沖地震と 2005 年8月の宮城県沖の地震が発生し、被害を受けた
地域は、予測地図上においても高確率で発生することが予測されていた地域であった。「発生
確率」に関しても現象が完全に解明されている訳ではないが、地震に関する調査・研究の進展
に伴い、ある程度の精度を持ってきている。特にこうした情報は、広域に供給範囲が拡がる電
力ライフラインの防災対策の優先度を検討する場合などにも有効と考えられ、一層の活用を期
待する。
(2)災害リスクマネジメントで不確かさを克服する
不確かさを伴う災害予測をいかにして効果的な防災行動に結びつけるか。そのための一手法
として、災害リスクマネジメント手法が研究開発されてきており、今後の実務への適用が期待
─30─
される。
災害リスクマネジメントは、被害をもたらす
恐れのある災害の「発生確率」と「被害の大き
さ」の二つの要素を、どのように想定し、対処
すれば最も効果が得られるかを検討するための
手法である。
発生確率が小さいが被害が大きなもの、発生
確率が大きいが被害の規模が小さい災害など、
災害リスクには様々な特性があり、その特性や
人々の立場に応じて、リスクの受け止め方や要
求される対策水準が異なる。確率論的ハザード
マップをベースに、これまで主観的な判断でし
か捉えることのできなかった災害リスクをより
客観的な水準で見つめ直し、社会で許容可能
な発生確率と被害の規模の組み合わせを考え
ることが必要である(図 11)。
リスクマネジメントの一般的な手法では、
図 11
災害リスクの特性
リスクへの対策方法は大きくリスクコントロー
ルとリスクファイナンスの2つに分かれる
(図 12)。耐震補強などの被害の発生を未然に
防ぐ、あるいは被害の大きさを低減する対策
はリスクコントロールと呼ばれる。一方、発
生確率や被害の大きさ自体を小さくすること
はできないが、発生した金銭的な被害を他者
図 12 リスクマネジメント手法の導入
や他機関に引き受けてもらう保険のような対
策もあり、これはリスクファイナンスと呼ば
れる。リスクコントロールやファイナンスはさ
らに細かく分類されるが、両アプローチを融合
しながら災害リスクの低減を図ることになる。
さらに、電力施設のように、リスクマネジメ
ントの実施状況が一般家庭・地域コミュニ
ティ、一般企業、ライフライン事業、行政など、
他の様々な利害関係主体(ステークホルダー)
に影響を及ぼすような場合、施設に関わる全て
の主体のニーズ動向を考慮することが望まし
い。被害の影響範囲、対策状況および対策効果
に関して、関係主体とリスクコミュニケーショ
図 13 対策の費用と効果を考える
ンを行うことにより、理解を得ることが重要で
ある。
さて、リスクマネジメントの事例として、水害に対する電力施設の事前防災対策を例にあげ
よう(図 13)。例えば、変電施設周囲の防潮堤の嵩上げを考える場合、その高さをどのように
─31─
決定すればよいであろうか? 防潮堤の嵩上げ
分が低ければ、費用を抑えることができるがリ
スクは大きい。逆に嵩上げ分が高すぎれば、リ
スクは小さくなるが費用は大きくなってしまう。
投資する費用とその効果のバランスを考えなが
ら、対策水準を決定する必要がある。
嵩上げによって対応できないリスク(変電施
設の冠水に伴って停電が発生するような災害)
に対しては、電力会社は社会に対してそれを分
かりやすく説明し、一方、社会はそれに対して
対策を講じることが、全体として有効な対策に
図 14 地域全体で災害に対応する
なりうる。電力会社、企業、一般家庭毎に取り
うる防災対策の方式と効果が異なるが、それら
を協調させながら、最も効果的な対策を組み合わせることが社会全体に求められるのである
(図 14)。
3.相応の役割分担と行動を
大災害時には重要インフラが相互に影響しながら、産業や住民にも影響を及ぼす。従って、
災害対策に関しても、一主体での被害軽減目標を策定すると同時に、各主体のリスクマネジメ
ントについてコミュニケーションし、実践することが災害による被害軽減を行う上で必要であ
ることを述べてきた。
それでは、各主体のリスクマネジメントに求められる相応の役割分担とは具体的にどのよう
なことが挙げられるであろうか?情報の共有については既に述べたが、電気事業防災に関連す
るものを中心として、各主体の役割についてその他の事例を考えてみたい。
まず、社会全体に当てはまることとして、自然現象が人智によって完全に解明されているわ
けでないという謙虚さを持つことが基本である。そのうえで、絶対の安全はないこと、安全の
ためにはコスト負担を伴うことを再認識しておく必要がある。自然災害対策といえども、日常
生活の利便さを極度に犠牲にしたり、費用負担を度外視したりすることは現実的な解決策には
ならない。
(1)一般家庭・地域コミュニティの災害対策
電力等ライフラインの供給の問題以前に、人命の無事を確保することが最優先されることは
いうまでもない。そのためには、耐震補強などの地震対策や土地の嵩上げなどの浸水対策を十
分に行い、住居そのものの安全性を高める必要がある。政府統計によると、依然として耐震性
の不十分な住宅が多いことが問題となっている。住居等の建物の耐震性向上は、停電被害の軽
減にも繋がる。阪神大震災時に生じた配電柱の被害のうち約 80%が家屋の倒壊に伴う間接被害
であった(図 15)
。
一般家庭では、水・食料等の基本備蓄物資の確保に加えて、必要により非常用の電灯や自家
発電装置の導入についても検討しておくことが必要である。さらに、電気火災の予防のために
ブレーカを切ってから避難することが必要となる(図 16)
。
─32─
図 15
図 16
住宅の地震対策は最優先
一般家庭の対策(自助)
図 17 は、災害時において電力、水、ガス、通信、道路のうち、どのライフラインの停止が最
も困るかを尋ねた結果である 3。ライフライン途絶状況を十分にイメージしてもらい、最も困る
事象を一つだけ挙げていただいた結果、トイレが使えない(水道)、冷蔵庫の食品の腐敗(電気)
、
必要な物資が届かない(道路)など、数十件の種類に分類される回答が得られた。被災状況が
複雑であることもあり、各家庭によって災害時のライフライン供給の価値は多様となっているこ
とが分かる。食料の備蓄や簡易トイレの準備などの自助防災に結びつけるためには、電気や水
道などが数日間停止した場合の対応についてイメージトレーニングや擬似体験を行い、それぞ
れのご家庭の事情に応じて必要とされる対策を選別することが必要である。
各家庭における防災対策を一歩すすめ、地域コミュニティ単位で防災対策を進めることも有
効な手段となる(図 18)。バックアップのための自家発電は導入費用・メンテナンスに関わる
費用、使用機会の少なさ等のため、各家庭に一台設置することは困難であり、地域コミュニティ
単位で避難場所になる可能性のある公共施設に1∼2台確保するような対策が考えられる。
停電後における通電の際の安全確認は、本人不在などの理由で時間がかかることが多い。こ
図 17
3
停止すると最も困るライフライン
図 18
対象地域は愛知県、静岡県の一般家庭 1453 世帯。
─33─
地域コミュニティによる防災対策(共助)
れに対し、電力会社と地域コミュニティが安
否確認情報を共有するような仕組みなどが新
たな社会防災体制として考えられる。
(2)一般企業の災害対策
近年、企業の災害対策の重要性を再認識す
るような事例が数多く発生している。例えば、
宮城県のある企業では、2003 年同地域で発生
した地震による被害を教訓に施設の災害対策
を推進し、ごく最近の 2005 年8月に発生した
宮城県沖地震の際には被害が全く発生しなかっ
た。また、2004 年に発生した中越地震の際に
は、地震保険への加入状況が企業の明暗を分
けた事例も存在している。
図 19
企業の持つ多様な設備
災害リスクが企業経営に致命的なリスクであるという認識と、事業継続計画(BCP)の必要
性が高まりつつある。BCP には被害軽減の効果だけでなく、災害時にも安全であることが取引
先や投資先として好ましい条件となり、その結果、自社のブランド価値や投資価値を高めると
いうポジティブフィードバックの関係を期待したい。さらに、企業の社会的責任(CSR)活動
の面からは、防災上の幅広い役割(資産の保全、地域住民の安全、地域経済の安定、雇用の確
保、製品・サービスの安定供給など)が挙げられる(図 20)。
さて、図 21 は企業の生産停止日数と経済的影響の関係を調査した結果を示している。企業は
数日間、生産が停止しても他地域で代替生産を行ったり、製品在庫を放出したり、再開後の生
産設備稼動状態を高く設定したりすることで経済被害を軽減することができると回答している。
BCP に求められているものは、各企業のレジリエンス(災害への抵抗力や回復力)の向上に他
ならない。大災害の経済被害軽減のためには重要インフラの防護と併せて、企業側のレジリエ
ンスを向上させることが重要であり、電力などの復旧目標と企業の復旧目標を協力しながら策
定し、経済被害が発生する期間をできるだけ短くすることが求められる。
一方で、このような各企業の取り組みを後押しするような制度作りも求めたい。例えば、金
図 20 企業の役割
図 21
─34─
ビジネスへの影響を最小限に
融面においてはごく最近の話題として、「事業
継続計画を持つ企業には政府系金融機関から低
利融資を受けられる制度」(経済産業省)や
「防災対策企業には優遇融資」(政策投資銀行)
などが導入される予定で、詳細な内容が検討さ
れている(図 22)。
(3)ライフライン事業の災害対策
電力会社等のライフライン事業者にとって
は、防災業務計画に基づく本来業務が事業継続
計画そのものともいえる。基本的に、一刻も早
図 22 企業価値向上/防災投資インセンティブ
く供給を再開するという目標を掲げている。そ
確保に向けた制度づくり
の際には、重要インフラへの影響、各企業の
BCP や一般家庭への影響を考慮しながら、被
害規模に応じた復旧要員の確保、優先すべき供給先の被災状況を把握することが求められる。
こうしたライフイランの安定供給・早期復旧という使命に加えて、人的・物的資源や機動力、
情報力を活かした地域防災上の役割が多く期待される。例えば、事前対策としては、受電設備
を含めた家屋の耐震性の向上に関するアドバイ
スを行うことなどが挙げられる。事後において
も、避難場所の提供、支援物資の集積・中継な
どが被災後の役割として考えられる。さらに、
停電地域と建物被害の大きな地域は重複する場
合が多く、電力会社の自前の情報網を活かした
停電地域の把握とその情報提供が、被害状況を
即座に把握するために効果的となる。
現状レベル、さらにそれ以上の復旧体制を支
えるためには、それなりの費用や行動が必要と
なる。少子高齢化、コスト削減下において防災
に関わる技術の継承などが希薄にならないよ
う、災害に備えた体制構築(電気事業者、メー
カ、工事請負業者)が不可欠である(図 23)。
図 23
ライフライン事業の役割
(4)行政の災害対策
防災に関する制度の設計など行政の役割は幅広い。電力の防災との関連では、災害後の復旧
のあり方に関して、行政と電気事業者の間においてより密接な連携を行うことが重要課題とし
て挙げられる。基本的に、電力復旧は交通インフラの復旧に影響を受ける。また、災害時の停
電が信号機の麻痺、それによる交通渋滞をもたらすことを考慮すれば、相互に影響を及ぼす関
係にある。道路、トンネル、橋など陸上輸送網の耐震強化やリダンダンシー(余裕分)の確保
に加え、被災後の早期復旧と復旧状況に関するリアルタイムでの情報交換が重要となる。
近年の都市型洪水の増加を踏まえた地下空間の水害対策も重要な問題である。豪雨時におけ
る共同溝への浸水が、地下変電所の冠水などを招く恐れがあり、工事やメンテナンスの際には
─35─
万全の注意を払うなど、道路行政を含めた関
係主体の対策を調整する必要がある(図 24)。
さらに、重要インフラ間の連携や役割分担
の明確化は、行政によるコーディネーション
が必要とされる。例えば、中央防災会議の首
都直下対策要綱において「ライフライン事業
者は、災害予防策して首都中枢機関への供給
ラインの多重化と拠点施設の耐震化を進め、
道路管理者と協同で電線共同溝などの整理を
推進する」といった案が示されており、様々
な効果を考慮しながら各重要インフラの役割
を明確にする役割が期待されている。
図 24
行政の役割
1 情報共有、⃝
2 不確かさに向き合う、⃝
3 防災対策のための相応の役割分担、という3
以上、⃝
つの観点から電気事業に関連した防災対策のあり方を述べてきた。開発した技術を効果的に適
用するためには、社会全体で情報共有を行い、リスクマネジメントに基づいた個々の技術の体
系化が不可欠であり、予想される被害に対してはそれぞれの関係者が役割に応じた対策を取る
ことが必要である。
私ども当研究所は、公益研究機関として、電気事業防災と社会の関わりを常に念頭におきな
がら、災害リスクマネジメントに必要な研究成果を電力会社や社会に提供していくことを大き
な使命と考えている。
─36─
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