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伝統的食文化としてのカキ - 公益財団法人 浦上食品・食文化振興財団

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伝統的食文化としてのカキ - 公益財団法人 浦上食品・食文化振興財団
1
伝統的食文化としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
伝 統 的 食 文 化 と して の カ キ(柿)の
関 す る調査研 究
多面 的利 用 に
平
うち異 名同種 が93種)を
1.は
智(山形大学農学部助教授)
「
農 事試験場 特別報 告書
じめ に
28号 」 に公表 して いる(傍 島 ら,1980)。 その後,
植 物分 類学上単 一
約70年 が経過 した1979(昭 和54)年 には農林 水産
種 で,東 ア ジ ア原産 の果 樹 で ある とされ てい る
カキ(Diospyroskaki.L)は
省の委 託事業 と して,広 島 県が再 び全 国規模 の調
(Taira,1996)。
日本 を は じめ韓 国 や 中国 で 品
査 を実施 し,「昭和53年 度 種苗 特性 分類調 査報 告
種の選 抜 や改良が 進み,そ れ ぞれの地域 に独特 の
書(カ キ)」(以 下,「報告 書」 と略 す)に まとめ
在来 品種 数が多 く存在 する。単 一種の 果樹で これ
て いる。 この 「
報告書 」で は全国 に存 在す るカキ
ほ ど品種 数が多 い もの は珍 しい と思わ れ る(写 真
の在 来品種 中306品 種 を選定(実 際 に は当時 もっ
1)0
と多 くの品種 が存在 して いた もの と思われ る)し
カキ は,わ が国 で は古 くか ら代表的 な庭先果 樹
て,そ れ らの諸 特性 を記載 してい る。 しか し,こ
の ひ とつ と して宅 地内 あるい は畦畔 な どに多 く栽
れ以 降は全 国規模 の調査 は行 われ てお らず,約20
植 され,果 実お よび その他の部 位が実 に多面 的に
年が 経過 した現在 の詳 しい状 況 はわか らない。
利用 され て きた(今 井,1990;写
真2)。 しか し,
本 調査で は,ま ず カキ の在 来品種 の分布 の現状
近年 農地 の整備や 宅地化,家 屋 の増改 築,食 生 活
を概 略的 に知 るた めにア ンケー トによる聞 き取 り
の変 化な どに よって,カ キの在 来品種 は伐採 ある
調査 を実施 し,こ こ20年間 の在来 品種の分 布の変
い はよ り経 済性 に優れ た品種 へ と更新 され,年 々
化 を推 察 しよう とした。 また,古 くか ら行 われて
減少 して いる ように思 われ る。
い るカキの 多面的 な利 用法 に関 して もたず ね,現
1912(明 治45)年 に当時農商 務省 の試験場長 で
あ った恩 田鉄弥 らは全 国規模 でカキ の品種調査 を
在 に至 るまで行われ てい る利用法 について,そ の
地域性 等 を検 討 しよう とした。
実施 し,937品 種(品 種の名 称数 と して は1030種,
写真1カ
キ(柿)の仲間の果実たち(京都大学の コレク ションより)
写真2日
本の秋の原風景の構成要素 としての柿(山 形県西川町)
2
浦 上財 団 研究 報 告書Vol.7(1999)
2.カ
ものが極 めて 多い。PV渋
キの 在来 品種 の分 布に関 す る調 査
はあ ま りない。PC渋
2.1「 昭和53年 度 種苗特 性分 類調 査報告 書(カ
キ)」に記載 され てい る品種の分 布
で 九州地 方原産 の もの
は徳 島県 原産 の もの が多 い。
全国的 にみれ ば,中 部 地方 お よび 近畿地 方を原 産
とす る品種が 多い とい えるだ ろう。
「昭和53年 度種 苗特性 分類 調査報告 書(カ キ)」
2.21988年
種の うち,主 な品 種 として196品種 につ いては217
実 施 ア ンケー ト調 査 に基 づ くカキ
の在来 品種お よび野生 種の分 布状況
(以下略 称:「報 告書 」)に記載 され てい る306品
1)調
査 目的:先 述の よ うに,1979年 に 「
昭和
項 目にお よぶ特性 が記載 され てい る。 それ らの品
53年 度種 苗特 性分 類調 査報 告書(カ キ)」(「報 告
種以 外の110品 種 につ いて は主 な特性 の みが記 載
書」)が 刊行 され て以来 全国 規模 の調 査 は行 われ
されて いる。306品 種 を果 実 の脱渋 性(甘 渋)の
て いない。 そ こで,1988年 に その時点 で現存 す る
観点 か ら4つ の グルー プに分 ける と,完 全甘 ガキ
カ キの在来 品種の 分布状 況を把握 す る とともに,
(PC甘)が
約35%,不
約10%,不
完全渋 ガ キ(PV渋)が
渋 ガ キ(PC渋)が
甘 とPC渋
お そ らくそれ まであ まり調査 され るこ との なか っ
完 全甘 ガ キ(PV甘)が
約10%,完
全
約45%の 割 合 とな って,PV
PV甘
は中部 地方 か ら近 畿地 方原 産の ものが 多 く,
は関 東地 方以 西の原 産の ものが多 い。PV
渋 は中国 ・四国 地方以 北の原 産の ものが多 い。 こ
れ らに対 して,PC渋
況 につ いてア ンケー ト調 査 を行 った。
2)調
の割 合が高 い。
図1は 都 道府 県別の 品種数 を示 した もの であ る。
PC甘
た 山野 に自生す るマ メガキな どの野生 種の分 布状
の原 産地 はほ ぼ全国 的に分
布 して いる こ とが わか る。PC甘
は岐 阜県 お よび
静 岡県原 産の ものが 多 く,PV甘
は新 潟県 原産 の
査 方法:全 国 の農業大 学校,農 業試験 場
お よび 農業 改良 普及 所(合 計820か 所)を 対 象 と
してア ンケー ト調 査 をお願い した。1988年11月 に
調査 用紙 を切手 を貼 った返信 用封筒 と ともに郵送
し,12月 末 まで に返送 して もら った 。その結 果,
全 体の64.7%に
'れた
。
当た る526機関 か ら回答 が寄 せ ら
調査 の内容 は,当 該機 関 のあ る都 道府県 に分布
図1「 種苗特性 分類調査報告書(カ キ)」に記載 されているカキの在来品種の都道府県別の品種数
伝統的食文化 としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
3
す る在来 品種 および野 生種 の名称 や果実 の形 態的
の うち115品種,記 載 のな い167品種 の合 計282品
な特 徴 を記述 して もら うことを中心 として,そ の
種 につ いて 回答が あ った。 「
報告 書」 に記載 の あ
品種 が どの ような場所 に存在 して いるか,あ るい
る品種の 中には,そ れ らの原産県以 外で回 答が認
はいたか,現 存 しな い とすれ ばい つ頃 まで存在 し
め られた もの もか な り多 かった。 また,関 東地方
て いたか,な
の2,3の
くな って し まった理 由は何か,な ど
に ついて 質問 した。
3)調
査結果:ア ンケー トに回答 された品種 の
県で は 「もはや 現存 しない」 と回答 さ
れ た品種 の数 が多 い傾向が あ った 。記載の ない品
種 の中 に は,τキ ツ ネゴ ロシ',`う っぷ さ',`イ
うち,「報告 書」 に記 載 されて いな い品種 に つい
イ ガ',`カ ラ グワ',`ダ イガ クソ'な どユニ ー ク
て分布 図 を作成 した ものが図2で ある。記載 がな
な名 称の ものが多 くあ った。マ メガキは東 北地方
い と した 品種の 中に は,記 載 のあ る品 種 と実 は同
に比較 的多 く分布が認 め られた。
一 の もの であ るが 名称 が 異 な る もの(す なわ ち
「
異名 同種 」),あ るい は記載 のない品 種の別名 と
「
報告 書」 に記載 のあ る品種 を それ らの甘 渋性
に よって4グ ルー プに分類 して各都 道府県 別の分
考 えられ る ものが 含 まれ てい る可能性 があ る。 ま
布 をみる と,PV渋
た,山 野 に自生す るマ メガキ な どの野生 種 も,便
が認 め られ た。図3は
宜 上 こ こで は記 載 のな い品種 の 中に 入れ た。「報
種 の都 道府県別 の品種 数 を示 した ものであ る。記
告書」 に記載 のな い品種 の甘渋 の判別 につい ての
載 の ない品種 は,京 都 府 と鹿 児島 県で品種 数が多
は中国地 方以西 に少な い傾 向
「
報告 書」 に記載の ない品
回答 には多 少曖昧 な ところが ある もの と思われ た。
く,全 国的 には渋 ガキの割合 が高 いよ うで あった。
集計 の 結果,「報 告 書」 に記載 され て いる品 種
在来 品種 に関す る設 問 と回答を集計 した 結果 を
図21988年 実施ア ンケー トの回答のうち 「種苗特性分類調査報告書(カ キ)」に記載 されていないカキの在来品種の分布
●印 はア ンケー ト実施時点で 「
現存 しない」との回答があ った品種
4
浦上 財 団研 究 報告 書Vo1.7(1999)
図31988年
実施ア ンケー トの回答の うち 「種苗特性 分類調査報告書(カ キ)」に記載 されていないカキの在来品種の都道府県別の品種数
表1に 示 した。 カキ の木の ある(あ った)場 所 に
い る ことが わか った。 さ らに,青 森県 で は`妙
つ いて は,「家 の周 囲」 と 「
田畑 の 周囲 」 とい う
丹'(渋)を`南
部 柿',三
重 県 で は`富 士'
回答が合 わせ て70%近 くに達 した。 この こ とは,
(PV渋)を`雨
の 下',兵
庫 県 で は`久 保'
カキの木 がほ ぼ全国 的に家屋 の比較 的近 くに植栽
(PV甘)を`夏
ゴ レ',佐
賀 県 で は`盆 柿'
されてお り,お そ ら くは家族 単位で利 用 された り,
(PV甘)を`ボ
ンネー'と い う名称 で呼ぶ こと
加 工 され た りしてい る(い た)こ とを示 してい る
もの と思 われ る。 また,こ れ らの カキ は昭 和30年
∼40年代 に減 少,も し くはな くなって しま った と
が ある とい う。
回答 され た品 種の 中で,「報 告 書」 には記 載が
な く,今 回 はじめて情 報が寄 せ られ た と思 われ る
い う回答 も多 か った。 この時期わ が国 はいわ ゆる
品種の うちの い くつ かにつ いて,以 下 に簡 単な特
高度経済 成長 時代 であ った ことか ら,経 済の成長
性 を示 す。
に ともな う工 場の設 立や 田畑の宅 地化が 進ん だた
(1)`南
柿'(愛 媛 県):西 条 柿 を小 型化 した
め に伐採 されて しまった可 能性 が高い もの と思 わ
よ うな丸 み の あ る完 全 渋 ガキ。果 実 の横 径 は4
れ る。 また,こ の時 期 に はPC甘
cmほ
PV渋
の`富 有'や
の`平 核無'の ような優良栽 培品種 の導 入
どで,果 皮 は榿紅 色,熟 期 は10月下 旬。 種
子数 は少 ない。糖 度は非常 に高 いが脱渋 は困難 。
が進 んだ こ とも地 方の在 来品種 の減少 へ拍車 をか
もっぱ ら干 し柿 として利用 す る。 北条市 本谷雲 門
け たもの と推 察 された。
禅寺 に同県 の天然 記念樹 に指定 された木 が ある。
「
報告 書」 に記 載 のな い品種 の 中に は,記 載 の
(2)`二
重柿'(愛 媛 県 ・高 知 県):完 全 渋 ガ
あ る品種 の別称 と推測 され る品 種名が 数多 く収集
キ。 果実 は長形 で,横 径5∼6cmほ
された。 た とえば,神 奈川県伊 勢原市 子易地 区で
は機 色,熟 期 は11月の 中旬。種 子数 は少な い。果
は`禅 寺丸'(PV甘)を`子
実 の中 にも う一 っ果実 が入 り,二 重 にな ってい る
易柿'と い う名称
ど。果皮 色
で呼 んで いる こ と,福 井県南 条郡今庄 町で は`長
ところか ら この名 が ある。北宇 和郡津 島町清 満の
良'(PC渋)を`今
満 願寺 に樹齢300年 の 天然記 念物 に指定 され た老
庄 柿',鳥
地 区 で は`新 平'(PC渋)を`砂
取 県鳥 取市 砂見
見柿'と呼 ん で
木 が あ る。愛 媛 県で は`子 持 柿',高
知県では
伝統的食文化 としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
表11988年
実施アンケー トの集計結果
5
11月上 旬。種子 はな い。褐斑 はあ る。果 汁の糖 度
は20° 以 上 で,食 味 は極 上。 もと も とは`肥 田
柿'や`越 田柿'と いう呼び名 であ った。現在 の
`小枝 柿'は ころ柿 に適 する 系統 を選 抜 ・育成 し
た もの をこの ように命名 した もので ある。
2.31996年
実施 ア ンケ ー ト調査 に基 づ くカ キ
の在来 品種 の分布状 況
1)調
査目的:1988年 にア ンケー ト調査 を実 施
してか ら8年 が経 過 した1996年時 点で,カ キの 在
来 品種 を取 り巻 く状 況が どの ように変化 したか,
また,今 後 どの よ うに なって い くと考 えられ るか
を考 え る資 料を得 るた めに,再 度 ア ンケー ト調 査
を実施 した。今 回は とくに,古 くか ら行 われて い
るカキの 多面的利 用法 にっいて も質問 を設 けた 。
2)調
査方 法:全 国 の 農業 改 良普 及 セ ンタ ー
(合計540か 所)に お願 い して アンケ ー ト調査 を
行 った。
1996年12月 に アンケー ト用紙 を1988年 の調査 と
同様 に返信 用封筒 と ともに郵送 し,1月
末 まで に
返送 して もら う方法 で行 った。 その結果,全 体 の
70.4%に 当 たる380の機 関か ら回答が寄 せ られた。
設 問は,1988年 実 施ア ンケー トの質問 内容 と結
果 を参考 にしなが ら,カ キの在来 品種の分 布お よ
び利 用状況 のその後 の変化 を知 るこ とが で きるよ
う配 慮 した。 なお,い くつかの農 業改良普 及セ ン
ター に対 しては,1988年 アンケー トで回答 のあ っ
た その地方 の在来品種 の近 況につ いて追加 質問 を
`入子 柿'と
も呼 ば れ る
。 薬師 如来 の 杖 か ら発
生 した という伝説 があ る。
(3)`松
田柿'(岩 手 県):渋 ガ キで,果 実 は
長形,横 径 は6cmほ
ど。果 皮色 は榿紅 色。熟 期
同封 した。
3)調
査 結 果:回 答 に あ った品 種 名 の う ち,
「
報 告書」 に記載 されて い る品種 は109,記 載 の
な い品種 は141(う ち今 回の 調査 では じめ て回答
は10月 下旬∼11月 上 旬。種 子数 は少な く,甘 い。
があ った品種 数は108)の,あ
福島県 か ら導 入 され た品種 らしい。か つて は県内
いて 回答が寄 せ られ た。
の小売 店 にも並んで いた こ とが あった。
(4)`小
cmほ
枝柿'(岩 手 県):渋 ガキで,横 径 は6
ど。果 皮色 は榿 紅色,熟 期 は10月下 旬か ら
図4お よび 図5は,そ
わせて250品 種につ
れ ぞれ 「
報 告書」 に記載
のな い品種の都 道府 県別の分 布な らびに品 種数 を
示 した もので ある。 「
報 告書 」に記 載 され てい る
6
浦上 財 団研 究報 告 書Vol.7(1999)
図41996年 実施アンケートの回答のうち 「
種苗特性分類調査報告書(カ キ)」に記載 されていないカキの在来品種の分布
●印はア ンケー ト実施時点で 「現存しない」 との回答があった品種
図51996年
実施アンケー トの回答の うち 「種苗特性分類調査報告書(カ キ)」に記載 されていないカキの在来品種の都道府県別の品種数
品種,記 載 のな い品種 ともに兵庫 県が多 か った。
「
報 告書」 に記 載 されて いる品種 は,PC渋
の占
(PC渋)を`名
柿'(PV甘)を`ジ
め る割合 が高 か った。 「
報 告書」 に記 載の な い品
(PC渋)を`ま
種の 中に は,記 載 のあ る品種の別 称 と推 測 され る
(PC渋)を`小
品種 名がい くつか含 まれ ていた。 例 えば,群 馬 県
利 根郡 月 夜 野 町 の 旧名 胡 桃 地 区 で は,`水
柿'
胡桃 柿'と 呼 び,愛 知県 で`盆
ンボ',愛
と ば',福
媛 県で`愛 宕'
岡 県 で`尾
谷'
次郎柿'と呼ぶ例 な どで ある。
回答 された 品種 の うち,「報告 書」 に記載 が な
い と判 断 された品種 に は次 の ような もの が含 まれ
伝統的食文化としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
た。
7
(「報 告書」)に 記載 され てい る306品種 の う ち,
(1)`大
磯早 生'(神 奈 川県):完 全甘 ガ キ。
1988年 お よび1996年 実施 アンケー トのいず れに も
熟期 は10月 中旬∼ 下旬。 樹勢 は中程度 。花着 きは
回答 され なか った 品種 は,集 計の結 果,甘 ガキ77
良。 富有 よ りも腰 高。昭 和50年 代の半 ば,大 磯 町
品種,渋 ガキ85品 種 の計162品 種 であ った。 この
国府 本郷 の 近藤 栄氏 が 導入 した15本 の`松本早 生
ことは,こ こ約20年 間に全 国的 にかな りの 数の在
富有'のう ち大 玉果(300∼400g)を
来品種 が減少 あ るいは消滅 してい る可能性 が高 い
つ ける ものが
みつ か った ことに由来 する。 同県内で 特性 を調 査
ことを示 して い る。 表3は 地 方別 に品種数 の減少
し,県 内 のみで苗 木 を生 産 ・販 売 して いる。
程度 を まとめ た もの であ る。 甘渋全体 の品 種数の
秋豊'(愛 知 県):`前 川次郎'の 枝 変
減少率 は東北 地方で やや低 く,中 国 ・四国 地方で
わ りで,完 全甘 ガキで ある。平 成6年 に品種登 録
(2)`愛
やや高 い傾向 が認 められ たものの,ほ ぼ全 国的 に
され た新 しい品種。
かな りの数の 在来品種 が減少 して いる もの と推測
また,カ キの在来 品種 の分布状 況が こ こ数年 間
で どのよ うに変化 したか につ いて聞い た ところ,
され た。
1988年 実施 ア ンケー トの 回答か ら,在 来 品種の
「
庭 木や 畦 畔 に少 し残 る程 度 に な った」お よび
減 少が ピー クを迎 えたの は昭 和30年∼40年 代 であ
「しだい に減 少 してい る」 との 回答が合 わせて 約
った と考 え られるが,全 国規模 での減 少は それ以
60%に 達 した(表2)。
この こ とか ら,1988年 以
降 も続 いてお り,ま た,今 後 も続 くもの と推 測 さ
降 もカキの在 来品種 は減少 し続 けてい る もの と考
れる。一 度消滅 して し まった遺 伝子資 源 を再生 す
え られ た。 さ らに,今 後将 来カ キの在来 品種が ど
る ことは最先端 のバ イオテ クノロ ジーを用 いて も
う なっ てい くと思 われ るか を たず ねた とこ ろ,
まず不可 能 と考 えて よいだ ろう。有用 生物資源 と
「今 と変わ らず,庭 や畦畔 にわず かに残 る程度」
して カキの在来 品種の収 集 と保 存 を図 る ことは極
が約45%,「
%で,今
ます ます少 な くな って い く」 が約35
めて急務 であ る とい えよ う。
後 も減 少 し続 け る可能性 は十分 に高い も
の と考 え られ た。
2.4考
表31988年 および1996年実施アンケートの調査結果に基づ くカキ
の在来品種 の地方別の減少状況
察
「
昭 和53年 度種苗 特性分 類調査 報告書(カ キ)」
表21966年
実施 アンケー トの集計結果
8
浦上 財 団研 究報 告書Vol.7(1999)
ただ し,一 方 で 「
報 告 書」 に記 載 の な い品 種
1988年 お よび1996年 実施 アン ケー トで ともに回
(あるい は品種名)も 数 多 く収 集 され た。 この こ
答が あ った品 種の う ち,「報 告書 」 に記載 のな い
とは,全 国各地 に 「
報 告書」 には記載 され ていな
もの を図6に 示 した。 これ らの 品種 に ついて は早
い未知の 品種,あ るいは記載 されて いる品種 の別
急 にその特性 等 を収 集 ・評 価す る必要 があ るもの
名 が,現 在 な お相当数 存在す る ことを示唆 して い
と考 え られる。
る。 このよ うな品種(品 種名)に ついて も早急 に
3.カ
キの在来 品種の 多面的利 用 に関す る調査
詳 しい情 報 を収 集 して,そ れ らの特 性 を評価 して
おか なけれ ば消滅の 危機 を免 れな いだ ろう。た と
3.1「 昭和53年 度種苗 特性 分類調 査報 告書(カ
え同一 品種で あ った としても地方 に よって名称 が
キ)」 に記載 されてい るカキ の利用法
異な る とい う事実 は,当 該 品種が その地 方にお い
「
昭 和53年 度種苗 特性分類 調査報 告書(カ キ)」
て独特 の利 用法や親 しまれ方 をして きた こ とを反
(略称:「 報告書 」)に記載 されて いる主 要な196品
映 してい る と考 えられ る。カ キのよ うな民族植 物
種 の利用 法 として は,生 果で利 用(甘 ガキの場 合)
(今井,1990)は
単に有 用生物資 源 としてだ けで
お よび酪 柿 として利 用(渋 ガキの場 合)が あ げら
はな く,生 きて いる文化 的資源 として も位置 づけ,
れて お り,文 字通 り果実 を果 物 として利用 す るの
それ らをセ ッ トに した保 全が必 要 と考 え られ る。
が最 も一般的 な利用 法で ある ことがわか る。観賞
遺伝 子の みを収集 ・保存 す るだけで は,そ の 品種
用 あるい はカキの葉 寿司用 な ど葉 を利用 す るた め
にまつわ る文化 的情報 が時間 の経過 に ともなって
の専 用の品種 もある。干 し柿 や熟柿 としての利 用
失 われて し まう危険性 が高い 。
は中部 地方 に比較的 多 く認 め られる ようであ った。
図61988年 および1996年実施アンケー トともに回答が認められたが 「
種苗特性分類調査報告書(カ キ)」に は記載 されていないカキの在来
品種の分布
伝統的食文化としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
3.21988年
実施 ア ンケ ー ト調査 に基 づ くカキ
の在来 品種 および野 生種の利 用法
1)調
査 目的:カ キ は果実 を生 食用 とす る以 外
に も多面 的に利用 され る果 樹で ある。果 実お よび
果実以 外 の部位が どの ように利用 されて きたか,
あ るいは利 用 され てい るかにつ いて調査 した。
2)調
査 方法:2.2の2)で
9
実以 外の部位 を用 いた利用法 には どのよ うな もの
が あるか,さ らに,そ れ らの利用法 には地域性 が
あ るか,な どの点 について明 らか にしよ うとした。
2)調
査方法:1996年 実施 アンケー ト調査 で漬
物 の漬 け床へ の利用 に関 してよ り詳細 な質問 をす
る こ とにした。 さ らに,「 日本 の食生 活全 集(全
示 したア ンケー ト調
査の質 問項 目に カキの多面 的利用 に関す る質問 を
表41988年 実施アンケー トで回答されたカキの在来品種の脱渋方
法な らびに利用法
設 けた。
3)調
査結 果:回 答に あった在来 品種 の利用法
を,脱 渋,加 工お よびその 他の項 目に整理 して表
4に まとめ た。脱渋 方法 には,果 実 を米 ぬ かに入
れた り,籾 殻 とい っし ょに入れて焼 くな ど とい っ
た食料生 産 におけ る副 産物 を うまく利 用 した もの
もあ った。多面 的利用 の観点 か ら,回 答件 数の多
か った カキ渋 の利用お よび漬物 の漬 け床へ の利用
につ いて 分布 図 を作 成 した(図7)。
これ らの利
用 法 は,北 海道 と沖縄 県を除 いて ほぼ全国 的に分
布 す るもの と思 われた 。
3.31996年
実施 ア ンケ ー トに基 づ くカキ の在
来品種 の利用 法
1)調
査 目的:カ キ の在 来品 種の多面 的利用 法
に関 して,1988年 の時点 で回答 のあ った利用法 が
1996年 現在 で も行 われ てい るか ど うか,ま た,果
図71988年
()内 の数字は回答の件数を示す。記載のない場合は1件 。
巻き柿:干 し柿のヘタと種fを 除いて,縦 に割 り,io個ほどを集めて竹の皮と縄で巻い
たもの.切 断面は,き れいな花模様にみえる。
!
実施アンケー トで回答 されたカキ渋の利用と果実あるいは果皮 を漬物の漬け床に入れる利用法の分布
10
浦上 財 団研 究報 告 書Vol.7(1999)
50巻)」(農 文協編,1993)に
記 載 され てい るカキ
表51996年 実施ア ンケー トで回答 された カキの在来品種の果実の
多面的利用法
の利 用法 の実態 につ いて,そ の地域 を担当 する農
業改 良普及 セ ンター にたずね た。
3)調
査 結果:「 干 し柿 として利用 してい るか」
とい う質問 に対 して,「は い」 とい う回答 は全 回
答の うち約80%で あった。 この うちの約75%は 自
家消費 目的の 干 し柿 製造 とい うこ とであ った。都
道府県別 にみ て も,東 京都,大 阪 府お よび沖縄 県
を除 く44道府 県か ら 「
利用 して いる」 とい う回答
があ った。 また,「干 し柿の製 造過程 で"手 もみ"
を行 って い ます か」 とい う設 問 に は,約40%が
「はい」 とい う回答 で あ った。"手 もみ"の 目的
として は,「干 し柿の 肉質 を よ くす るた め」 な ら
びに 「
白粉 を よ く出 させ るた め」 という回答 が多
か った。"手 もみ"は ほぼ全 国 的に行 わ れて い る
ようであ った。
1988年実 施ア ンケー トで回答 の多 かった 「漬物
の漬け床へ 入れ る」利 用法 につい て,1996年 実施
アンケー トで は回答全 体の約70%が
「
利用 して い
る」 との回答 であ った。 そのうち約80%は 果皮 の
〔 〕内の数午は囲」
谷σ)1午
瓠〔
を不勺岱置
己厭ぴ
ノzよ
い砺1ア1ユ11十p
あお し柿:温 湯脱渋したカキの呼び名。
ひより柿:果 皮 と種子を除いたカキを縦に割りにして干してから,砂 糖と焼酎に一年以
上漬け込んだもの。
みを漬 け床に入 れ る利 用法 であ るこ とが わか った。
漬 け床へ 入れ て利用 する カキは,そ の約80%が 渋
果実以 外の部 分の利 用法 を表6に ま とめた。葉
ガキ との ことであ った。漬物 の漬 け床へ 入れ る利
の利用 では,カ キの葉 茶が最 も多 く34県で あ った。
用法 は,果 実 あ るいは果皮 を利用 す る方 法 とも顕
なお,宮 城県,京 都府 お よび広島県 ではヘ タ茶 も
著な地域 性 は認め られず,ほ ぼ全 国的 にみ られる
利用 されて いる ようであ った。長野 県や長 崎県 で
利用法 であ る と考 え られ た。
は,葉 やヘ タ も漬物 の漬 け床 に入 れる との回答 が
漬物 の漬 け床 に入 れ る利 用法以 外の果 実の利 用
あ った。枝 な ど幹の 部分 は床 柱や おぼん に した り,
方法 につい て表5に まとめた。 カキ酢へ の加工 利
置物 に加 工 した りす る とい う回答 もみ られ た。
用が21県 と最 も多 く,菓 子製造 の原料 と して の利
図8は カキ の葉茶 および カキの葉 寿司へ の利用 の
用が19県 で これ に次い だ。粕漬 けや味 噌漬 けへの
分布 図で ある。 カキの葉茶 は北海 道 を除 いて ほぼ
利用 も4項 目回答 され た。 カキ酢 へ の利 用 は北 日
全国 的に利 用が みられた のに対 して,カ キの葉 寿
本 を除いて ほぼ全 国的 にみ られ るが,カ キ渋 の利
司へ の葉の 利用 は近 畿 ・中国地 方を中心 とした比
用 は どちらか といえ ば中部地 方以西 で多 く認 め ら
較的 狭い地 域 に限 られ ていた。
れ た。 その他 にも,果 皮 を風 呂に入 れた り,干 し
カキ(果 実以外 の部分 を含 む)を 供物 や祭 りな
て食 べ るな どの 利用法 が回答 された が,果 実ほ ど
どの祭式儀 礼 に使 用 した り,民 芸品 な どに利 用す
利 用例 は多 くなか った。
るこ とが あるか どうか につい てたず ねた とこ ろ,
伝統的食文化 としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
表61996年 実施アンケートで【
1答されたカキの在来品種の果実以
外の部位の多面的利用法
11
上 に干 し柿 を載せ た り,歯 固 めと して利用 す る例
が 多か った。 また,カ キの木 その もの を観 賞用 と
す る利用法 もあ った。
3.4考
察
1988年実施 ア ンケー トの回答 にみ られ た利用方
法 のほ とんどは,1996年 実施 ア ンケー トで も回答
が認 め られ た。た だし,カ キ渋の利 用 は1996年の
調査 では回 答数がや や減少 した。 これは近 年カ キ
渋 の製造元 が減少 して,ご く限 られて きて いる こ
とも原因の ひ とつか と思わ れる。脱 渋法 に関 して
も,「米 びつ 内で熟 柿 にさせ る」 よ うな方法 は ほ
とん ど行わ れな くなった ようで ある。電気炊 飯器
の普 及や家庭 で も脱渋 用の アル コール(エ タノー
ルや焼 酎)が 比 較的入 手 しや す くなった こ とも関
係 してい るのだろ う。
漬物 の漬 け床 に果皮 を入れ る利用法 は,ま だか
な り行 われて いる ようであ った。 この利用法 は漬
物 に程 よい甘味 とカ キ独特の 風味 を添 え るため に
考 えだされ た生 活の知 恵で ある と考 え られ るが,
()内 の数字は回答の件数を示す。記載のない場合は1件。
果実 を消費 した後に残 った果 皮を捨 てず に利 用す
「供 物 と し て 利 用 す る 」 と い う回 答 は全 体 の 約60
%に
の ぼ っ た 。 主 な 利 用 法 を 表7に
まとめた。供
物 と し て の 利 用 は 正 月 に 神 棚 に 吊 し た り,鏡
図81996年
餅 の
る という点で も大変合 理的 な利用方法 とい える。
「干 し柿 を食べ る と し もや けの予 防 に なる」,
「干 し柿 の 白粉 は咳止 めに効 果があ る」,「たんや
実施 アンケー トで回答されたカキの葉寿司およびカキの葉茶への利用法の分布
12
浦上 財 団研 究報 告 書Vol.7(1999)
表71996年 実施アンケー トで回答 されたカキの在来品種の祭式儀
礼などへの利用法
写真3果 皮を剥かれ 「
はせ」に干された`山形紅柿'(山 形県
上山市)
ず っ付 け,"は せ"と 呼 ぶ干 し場 に 吊 して乾燥 さ
せ る。天 日乾燥 は2週 間ほ ど。 その後 は"む ろ"
と呼ばれ る室内 に入れ て一週 間ほ ど練 炭 を火 元 に
して火力乾 燥 を行 う。 火力乾燥 の間 には黒変 の防
止 やカ ビの繁殖 防止 な どを目的 として硫黄薫 蒸 も
行 う。
()内
の数字は回答の件数を示す 記載のyzい腸舎は1件
乾燥後,亀 の子た わ しで表 面 を擦 って 白粉の 出
効 果 ある」
を よくする。 この"タ ワ シがけ"の 技術 は,干 し
な ど,カ キ は民間薬 として も古 くか ら利 用 されて
てあ るカキの下 を通 る際 に人 の頭が いつ もよ くぶ
きた(傍 島,1986)。
つか る ところのカ キに白粉 が良 く出る こ とに気 が
咳止 めにカ キの紅葉 の煎 じ薬(茶)が
今 回の調 査 では民 間 薬 と し
ての利 用 について は具体 的な回 答は なかっ たが,
つい たのが きっか けで始 まった とい う。干 し柿 が
い ろいろな伝 承 を含め れば この よ うな利 用方 法 も
仕上 が った ら,"か きま るき"と 呼 ばれ る干 し柿
わず かで はあ ろうが継続 して いる もの と推測 され
を束 ねる作業 を行 い,独 特 の円柱状 の製 品 に仕 上
る。
げ る。 最後 にセ ロハ ンで包 装 して出荷 する。最 近
4.カ
キの在来 品種 の多面 的利用法 に関 す る
聞 き取 り調 査
カキの多 面的 な利用 の うちのい くつか について
は品 質の良 い果実 は天 日 と遠赤外 線 を併 用 して乾
燥 させ,個 装 して高級菓 子 として出荷 して いる。
干 し柿作 りは気 候 に大 きく影響 され る。特 に11
月 の天 日乾 燥の時 期 に天候 が悪 く乾燥 が不十 分 に
実 際に現場 を訪 ね,聞 き取 り調 査 を行 った 。
なる と製 品の品質 は よ くない。 また,温 度や 湿度
4.1「 紅干 し柿 」(山形県 上山市;写 真3)
が 高す ぎる と白粉 が消 えて しまった り,果 実 が過
「
紅 干 し柿」 は上 山市 周辺 の特 産品 で,原 料 は
`山形 紅柿'で あ る
。地元 で は,昔 の部 落名 に ち
度 に軟化 して しま う。最 近 は自然食 ブーム と もあ
なん で`関根 柿'と呼 ん でい る。上 山市相 生(旧 関
4.2カ キ漬 け大根(秋 田県角館 町;写 真4)
"カ キ漬 け大 根"は
,カ キの果実 を漬 け床 とし
根 地区)で
「
紅 干 し柿 」 を製 造 ・出荷 してい る北
沢吉男 さん を訪 ね た。
い まって 全国各地 に販 売 され る ようにな った。
て大根 を漬 けた もの で,大 変 上品 な味 に仕 上が る
果実 の収穫 は11月 中頃 に枝 ごと行 う。 ヘ タ片 を
とい う。 角館町 内 に住 む佐藤 ケ イさん と同町で漬
ナイ フで取 り,果 皮 をむ く。1本 の ロー プ に32個
物 ・醤油 の製造 販売 してい る㈱安藤 商店 でお話 を
13
伝統的食文化としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
写真4砕
いた渋柿の果実 の中に大根を漬 ける 「
大根 の柿漬 け」
(秋田県角館市)
伺 った。
荷 を持つ柿渋 「玉渋 」(京都府南山城村)
使用 する ことがあ る。 カ キ渋 用の カキは タンニ ン
柿漬 け に使用す るカキ は地元 で収穫 され る`雲
然'や`大
写真5出
塚柿'。 いず れ も渋 ガキで ある。果 実
濃度 の最 も高 い時期(7∼9月)の
未熟果 を採取
す る。 タ ンニ ンは 日本 茶や赤 ワイ ンな どに も含 ま
はヘ タを取 って,果 皮 ごとザ クザク と潰 して漬 け
れ る分 子量数 万以上 の高分子 物質で,渋 味 の原因
床 にす る。樽 の中 に潰 したカキ を入れ,大 根 を並
物 質 であ る。採 取後 の果実 は直ち に洗浄 した後,
べて塩 をふ る。 この作業 を交互 に繰 り返 す。樽 が
破 砕 して カキ渋 液 を しぼ る。搾汁 液 は濾 過 し,
い っぱい になれ ばふたを して重石 をのせ る。塩 の
80°Cで殺菌後30℃ まで 冷却 し,タ ンニン耐性 の強
量は大 根10本 に対 してお椀 に1杯 程 度が 目安。例
い酵母 を添加 して,30∼35℃ で10日 くらい 醗酵 さ
年11月 末 に漬 け込 み,お よそ1か 月で表 面に"か
せ る。 醗酵が終 了 したら殺菌 とオ リ引 きを して熟
もい"の 膜 がは った ら仕上 が りで ある。 カキ タン
成 させ る。酵母 を添加 しない 自然醸酵 法 もある。
ニ ンの 影響 か らか大根 の表面 は少 し黒 くなるが,
通 常 カキ渋 は1∼5年
中身 は白い まま。各家 庭 ごとに微妙 に味 が異な る
数 が経 った ものほ ど色 が濃 く,艶 もあ り,品 質が
とい う。
よい。3∼5年
昔 は大 根 のほか にも"カ キハ タハ タ"や"カ
キ
寿 司"を 作 っていた とい う。"カ キハ タハ タ"は
間の熟 成期間 が必要 で,年
熟 成 させた ものを特 に"玉 渋"と
呼 んで いる。
カ キ渋 は昔か ら竹,紙,漁
網,布 や 木の補 強剤,
カキ を漬 け床 として魚 のハ タハ タを漬 けた もの で,
防 腐剤 や防水剤,あ るいは漆塗 りの下 地の塗 り剤
甘 み が あ り生魚 と同 じく らいお い しい とい う。
"カキ寿 司"は 野菜や麹 を混 ぜた ご飯の上 に輪切
と して使 用 され て きた。 また,民 間薬 として,や
け どや し もや け,血 圧 降下剤,二 日酔 いの予 防剤
りに したカ キをのせ たもの。 甘酸 っぱい味 がす る
として,さ らに,蛇 や蜂,ム カデな どの毒 の中和
とい う。
剤 として も広 く使 われ て きた。
4,3カ
キ渋(京 都 府南 山城 村;写 真5)
カキ渋 は昔 から,実 に多 目的に利 用 され て きた。
近年 では,醸 酵食 品(日 本酒 ・醤油 ・み りんな
ど)の タンパ ク除 去剤 と して の利用 をは じめ,化
京都,奈 良,和 歌山の3県 の 県境近 くで カキ渋の
粧 品の原料 や重金属 の吸 着剤 として も利用 されて
製造 ・販 売 をしてい る㈱ トミヤマの 吉村幸一 さん
い る。最近 は と くに,自 然塗料 としての価値 が見
に話 を伺 った。
直 され,建 築用塗料 としての需 要が増加 している
カキ渋 に使わ れる渋 ガキ は主 に地 元産の`天 王
柿'や`鶴
の子'。 最近 は愛媛 県産 の`愛 宕'も
とい う。
4.4カ
キの葉 寿司(奈 良 県五條市;写 真6)
14
浦上 財 団研 究報 告書Vol.7(1999)
カ キの葉寿 司 は古 くか ら奈良 県の吉野 地方 に伝
黒柿 はマ メガキな どの渋 ガキが古 木 とな り,材
わ る伝統 の味 とされる。㈱ ヤマ トの宮倉 さん に話
の内部 が黒色 に変色 した ものをい い,庄 内 地方 で
を伺 った。
は特 に赤川流域 の伏 流水の流 れ る地 域 に自生 して
奈良 県 は四方 を山に囲 まれて いるた め海の幸 に
いるマ メガ キ材 が よい とされてい る。ひ と ことで
恵 まれず,昔 は手 に入 る魚は全 て塩漬 け され た も
黒色 とい っても土壌 条件 などに よって微妙 に異 な
ので あった。 それ らの魚 を長 く保存す るた めの生
って くる らしい。例 えば,緑 青(銅)が
活の知 恵が カキ の葉寿司 であ る。カ キの葉 は多量
色がか った り,鉄 分 が多 い とより濃 い黒色 に なっ
の タンニ ンを含 んでい るため に抗菌作 用が ある。
た り,金 や銀 が入 る ときらき ら光 る。紋様 は1樹
各家庭 で は毎年7∼8月
ずつ異 な るが,そ の形状 から"水 玉"と"流
頃 に作 った い う。
カキの葉 寿司 に使用 する カキの葉 は柔 らかい渋
入る と緑
れ"
に大別 され る。一般 に"水 玉"の 方が価 値が高 い。
ガキの葉が よ い。寿司 め しに塩 鯖 をのせて カキの
とくにウ ズラの羽 の紋様 に似た"う ず ら もく"は
葉 で包む作 業 は今で も全て手作 業。最 近 は消費者
最高級 品 である。 ただ し,現 在 では 自生 して いる
の 要望 もあ って鮭 をネタに したカ キの葉寿 司 も製
マ メガキが 少な くな り,材 料 は禾 足 してい る。
造 してい る。
年間通 じて カキの葉 寿司 を生 産す るた めには,
黒 柿材 はあ る程度 乾燥 させ て か ら厚 さ1∼2
cmに 製材 し,4∼5年
か けて 本乾 燥 を行 う。 乾
当然カ キの葉 も年間 を通 じて必 要 とな る。 そ こで,
燥が 終わ った材 は作 るものの大 きさに切 り,に か
6∼8月
に採取 され た葉 を塩 漬 けに し,低 温(約
わ で接着 して組 み立 る。 仕上 げは木賊 や椋の葉 で
6℃)の
冷蔵庫 で貯蔵 して いる。使 用す る際 には
表面 を磨 きなが ら,漆 を塗 り重 ねて い く。 この作
あ らか じめ水 につ けて塩抜 きを行 う。最近 で は日
業 を何度 も繰 り返 す ほど仕上が りが よい。乾燥 さ
本 国内 に限 らず,オ ース トラ リア,ブ ラジル,チ
せ た木賊 や椋の葉 を湿 らせて か ら使 う と紙や す り
リ,ベ トナム,中 国 や韓国 な どか ら も塩漬 け にさ
れた葉 を輸入 す るこ ともある という。
でこす るよ りなめ らか にな る。
黒柿細 工 は江戸 時代 幕府 に献 上 され た こ ともあ
4.5黒 柿細 工(山 形 県鶴 岡市;写 真7)
り,昔 は宮内庁 の人 しか使 うこ とはで きな か った
黒柿 は古 くか ら家 具や調 度品 の材料 として珍 重
とい う。 材料が 豊富 な頃は大 ぶ りの タン スな ども
され て きた。 鶴岡市 睦町 の黒柿細 工師鈴 木重雄 さ
作 られ たが,今 は小型 の色紙 箱,文 箱,硯 箱,短
ん と,三 光 町の黒柿 細工 師小松文 一 さんに話 を伺
冊 箱,名 刺箱,香 箱,楊 枝入 れな どが主 にな って
った。
いる。
写真6鯖
の押 し寿司を柿の葉で包 む 「柿の葉寿 司」(奈良 県五條
市)
写真7「 黒柿細工」の楊枝立てと小盆(山 形県鶴岡市)
伝統的食文化としてのカキ(柿)の 多面的利用に関する調査研究
15
カ キの葉寿 司や カキ渋の利 用は比較 的限 られた地
5.ま
とめ
域 で 行われ てい る傾 向が あった。
わ が国 には カキの在来 品種が 多数存 在 して いる
6.お
わ りに
が,1979年 に広島 県が農 林水産省 の委託 を受 けて
「
昭 和53年 度種 苗特 性分 類調 査報 告 書(カ キ)」
(以下,「報 告書」 と略 す)を 刊 行 して以 来,カ
カ キはず いぶん昔 か ら私 たち 日本 人のす ぐそば
で秋 の訪れ を告げ,日 本の農 村風景 に とけ込んで
キの在 来品種 に関 す る全 国的な調 査 は行 われ てい
きた。 日本人 とカキ との親 しみの深 さは,そ んな
ない。
情 景が俳 句や短 歌な どに多数詠 まれ てい るこ とか
本調 査で は,上 記 の 「
報 告書」 と1988年お よび
ら もわ かる。 また,有 用生物 資源 としてカ キをみ
1996年 に実施 した アンケ ー ト調査 の結果 を もとに,
る とき,私 た ちは果実 を食用 にす るのは もちろん
カキの在 来 品種の分 布の現状 と変化,な
の こと,果 皮 は漬物 に利用 した り,ヘ タを煎 じ薬
らび にカ
キの多 面的利 用の現状 と地域 性 にっいて考 察 した。
と して利 用 した り,葉 をお茶 や食品 の包装材料 と
アン ケー ト調査 は主 に全国数 百か所 以上 の農業改
して利用 した り,枝 幹 を工芸 品,家 具 な どの材 料
良 普及 セ ンターを対 象 として行い,1988年 実施 ア
と して利 用 した り,植 物 体全体 をほ とん ど余 す と
ンケー トで は64.7%,1996年
ころな く利用 して きた。 この点 に注 目して,今 井
実施 アン ケー トで は
70.4%の 回収率 を得 た。
「
報 告書」 に記載 され てい る品種 の うち,162品
種(甘 ガキ77品 種,渋 ガキ85品 種)に つ いては,
1988年,1996年
(1990)は カ キを日本人 に とっての"生 活樹"で
あ る とさえ述べ てい る。
カキの在 来品種 はわが 国で も有用遺伝 子資源 と
実施 アンケー トともに回答 がなか
しての収集 ・保存 が進 んでい る。遺伝子 資源の 保
った。 この ことは,こ こ20年 間に全 国でか な りの
存 は有用生 物資源 の将来的 な利 用のた めに大変 重
数 の在来 品種が 減少 あるい は消 滅 してい るこ とを
要 な ことと して十 分評価 で きるし,今 後 も その 作
示唆 して いる。 カキの在 来品種 が減 少 した のは主
業 は継続 されな ければ ならない と考 えられ る。 し
として昭和30年 ∼40年代 と推察 され,現 在 もなお
か し,遺 伝 子を単 に収集 ・保存 するだ けで はそ の
減少 し続 けてお り,こ の傾向 は将 来 も さらに続 く
品種 の歴史 や豊か な利用法 に関連 す る情報 を適切
もの と考 え られ た。一 方 で,「報 告 書」 に記載 さ
に保 全す るこ とはできな いだ ろう。その よ うな情
れ ていな い品種(あ るいは品種名)も 数多 く収 集
報 もその品種 に関連 す る重 要な文 化的資源 として
され た。 この ことか ら,全 国各地 に は まだ多 くの
位置 づけ,遺 伝子 その もの とセ ッ トに して記録 に
未記 載 ・未収 集 の在来品 種(あ るい は品種名)が
とどめてお く必要が ある。全 国各地 に はまだ記載
存在 して いる もの と推測 され る。
カキの多 面的 な利用法 に関す る回答 は,カ キ酢,
もされず に埋 もれて いる在来 品種 がカキ に限 らず
多数存 在す る もの と推 察 される。 それ らの遺伝子
菓子製 造の 原料,ワ イ ンの原料 な ど食 文化的 な利
は もちろん,そ れ にまつわ る文化 的情報 の収集 を
用法 と して34項 目,カ キ渋 の利用,祭 式儀礼 お よ
急がね ばな らない時代 を向 かえて いる とい えるだ
び年 中行事 への利 用な ど生 活文化 的 な利 用法 と し
ろ う。
て37項 目 におよん だ。カ キの葉茶 や干 し柿な らび
本研 究を行 うにあ た って,働 浦上 食品 ・食文化
に果皮 や果実 の一部 を漬物 の漬 け床 に入 れ るな ど
振 興財 団か ら多大な研 究助成 を得 る ことがで きま
の利用 法 はか な り全 国的 に認 め られ るのに対 して,
した。記 して感 謝の意 を表 し ます。
16
浦上 財団 研 究報 告書Vol.7(1999)
文
188.名
献
1)今
井敬潤.1990.「
柿 の民族 誌一柿 と柿 渋一」pp.4-39.
現代 創造社.大 阪.
2)広
島 県.1979.「 昭 和53年 度 種 苗特 性 分類 調 査報 告 書
文協編.1993.「
京.
健康 食
柿 」pp.39-44.農
6)Taira,S.1996.Astringenc}・inPersimmon.pp.98-110.
H.-F.LinskensandJ.F.Jackson(eds.).ModernMethods
日本 の食生活 全集(全50巻)」
農文協.
東 京.
4)傍
玄 書 房.東
島 善 次.1986.「
京.
(カキ)」
3)農
5)傍
島 善 次,1980.「 柿 と人生 」pp.7-14お よびpp.158一
ofPlantAnalysis.Vol.18.FruitAnalysis.SpringerVerlag.Berlin.
文 協.東
DistributionofNativeCultivarsandMulti-purposeUseofJapanesePersimmon
1%
DistributionofNativeCultivarsandMulti-purposeUseofJapanesePersimmon
SatoshiTaira(FacultyofAgriculture,YamagataUniversity)
TherearemanynativecultivarsofpersimmoninJapan
.Iinvestigatedthepresent
status,changesindistributionofnativecultivars,andthemulti-purposeuseoftheirfruit
,
leaves,andwood,usingquestionnairesin1988and1996.Questionnairesweresenttoover
500agriculturalextensionstationsinJapan,andresponseswereobtainedfrom64
.7%and
70.4%ofthestationsin1988and1996,respectively.Theresponsessuggestedthatsome
nativecultivarshavebeenlostinthelast20years.Amarkeddecreaseinthenumberof
nativecultivarsoccurredfrom1955to1975,andthisdecreasemaybecontinuingandmay
continueinthefuture.Therearesomeunknownorundescribedcultivarsinruralareasin
Japan.Multi-purposeuseofpersimmonsincluded34itemsforfoodcultureand37items
forlifeculture.Theformerincludedkaki-su(akindofvinegarmadefrompersimmons),
materialsforconfectioneries,andbrewingofwine,andthelatterincludedproductionof
kaki-sibu(fermentedpersimmontannins)anduseinreligiousceremoniesandannual
events.Usingtheleavesforgreentea,tomakesun-driedfruitafterpeeling
peelorfruitfleshforpicklesarecommonthroughoutJapan.Areasthatusethegreen
leavestowrapsushiandthatproducekaki-sibuarerestricted
.
,andusingthe
Fly UP