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酷寒の山岳草原で生き抜く修辞術
――西部モンゴル遊牧民の減災と生存戦略の伝統知 (TEK)――
Rhetoric of Survivability in the Life of Extreme Cold Mountainous Steppe
―Traditional Ecological Knowledge (TEK) for Disaster Reduction and Survival
Strategy among Nomadic Herders in Western Mongolia―
相馬 拓也(ヒマラヤ保全協会)
SOMA Takuya(Institute for Himarayan Conservation Japan)
キーワード:アルタイ山脈,環境人類学,減災,生態学的伝統知 (TEK)
Keywords:Altai Mountains, Environmental Anthropology, Disaster Reduction, Traditional Ecological Knowledge (TEK)
はじめに
モンゴル遊牧民が直面する冬季の自然災害“ゾド(dzud)”とは,
極端な豪雪や気温低下などの単一現象ではなく,それらが重
層して生ずる複合した自然災害の総体を意味している。その
ため,
ゾドは被害の特性に応じて伝統的に7種類に分類された。
かつて遊牧民のあいだでは,自然災害に対抗する減災方法や
生存戦略を含意したオルタナティブな知と技法,
「生態学的伝
統知 (Traditional Ecological Knowledge/ TEK)」を編み出し,数
千年に渡る草原での暮らしに応用してきた(図1)
。しかし牧
畜社会における若年世代の人口減少が進む昨今,牧畜生活を
ささえたかつてのTEKは実学としての価値を失いつつある。
図1
TEKの定義
対象と方法
本研究は,モンゴル西部アルタイ地域の遊牧民(牧畜従事
者“マルチン”)に伝わる減災と生存戦略の伝統知についての
記憶の記録し,環境人類学の視座でローカルな環境観と牧畜
社会の持続性について描き出した。調査はIFAD(国連農業開
発基金)からの資金助成と監督にもとづき,カッセル大学エ
コロジー農学部が主導した国際開発プロジェクト
「Watercope」
の畜産技術および生活水準調査の一部として実施した。
データ収集は2013年5~9月の期間,バヤン・ウルギー県ボ
ルガン村の夏牧場4地点(SS1: アルツタイ・ホロー, SS2: ソ
ンカル・ノール, SS3: ホショート, SS4: ドント・テムルト)
図2
西部モンゴルの調査地
(図2)に宿営する50世帯を対象に,対面形式の構成的イン
これは都市部のウランバートル市,オルホン県,ダルハン県
タビュー(設問数24題)により行った。設問は(A1) 自然災害
を除くと下位から2番目に位置し,国内最大の後発開発地域
の予知方法,(A2) ゾドへの対処方法,(A3) 地域社会と行政
となっている。またカザフ人,トルグート人,ウリャンカイ
への要望,の3つを中心に回答を得た(* 文中のインフォー
人など,
「マイノリティ」に分類される氏族単位による宿営
マント・コードは別稿にて一覧表を明示する)
。
地形成が同一コミュニティ内で常態化しており,モンゴル国
同県の家畜総頭数は約112.6万頭と推定され,県内人口(/ 1
内の他地域とくらべて民族間の対抗的感情を内包する複雑な
person)に対しての割り当て家畜頭数は11.2頭と見積もられる。
社会構造を特徴としている。
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結果と考察
(A1) 自然災害(とくにゾド)の予知には,気候,草原の状況,
家畜の状態などで伝統的に雪害を予知する,次のような知覚
がわずかに確認された。
* 下降気流が冬におこるとゾドになる(SN20氏談)
* “アグ(агь)” (= ニガヨモギ Artemisia absinthium L.) が草原
に繁茂し,背が高く成長するとその年は豪雪になる
(SN20, SN21, DT14各氏談)
* 季節外れのとても細い三日月がでるとゾドになる (SN03,
SN18各氏談)
図3
* 紅葉が木の根元からはじまる年はゾドになる (DT06氏談)
ゾド災害後の遊牧民の心境について
また「ゾドの後は(家畜の数が減少するため)牧草の生育が
* 家畜の腹回りの毛が濃くなるとゾドになる (SN18, SN19,
良好になる」(n=12世帯にて),
「ゾド災害後は家畜の病気罹患
HS04各氏談)
率が減る(SN03氏談)」など,自然淘汰を肯定する遊牧民独自
* タルバガン(Marmota sibirica) が巣の入口に雪よけの石を
の環境観も聞かれた。
積むと豪雪になる (SN02氏談)
これら現象を要約すると,
「極度の低温と牧草資源の欠乏」
まとめ
と「豪雪および長引く多雪」が複合することにより災害被害
西部モンゴル遊牧社会には,ゾド災害の予知とその対処の
が拡大することを物語っている。
(A2) ゾドによる家畜への牧草・乾草不足と大量死への対処と
TEKがはぐくまれ,現在もわずかながら地域の生存戦略とし
して次のような方法が聞かれた。
て継承・実践されている。そして遊牧民たちは,自然災害や
* 家畜のレスキュー・フードとして“ウリアス(улиас)” (= ヤ
環境変化を能動的に自らの生活の一部として定義する環境レ
マナラシ Populus tremula L.)の木の皮を与えた(n=4世帯で
ジリエンスをつちかっている。いわばこうした精神的強靭さ
実践を確認)
こそが,酷寒の山岳草原を生き抜く生存戦略の一部を形成し
* 牛へのレスキュー・フードとして馬の糞を与えた(HS01氏談)
ていると考えられる。若者の“牧畜離れ”が進むモンゴル遊牧
* 痩せた家畜から先につぶして食べた(“мал цэвэрлэх”= 「家
社会では,これらTEKの記録と継承により地域に内在する知
的資源の再付加価値化を促し,
「誇り」の再構築を通じた牧
畜を浄化する」の意)(AH01, SN08各氏談)
畜社会の文化的深度の再定義を敷衍することが,持続的発展
* 家畜厩舎に(家畜の蹄が凍えないように)塩をまいた(DT01
への突破口になると考えられる。
氏談)
同地域には“小家畜(Бог мал)には草を与えよ,大家畜(Бод
мал)には放牧させよ”という格言もあり,家畜管理のローカ
ルな指標ともなっている(DT14氏談)。遊牧民は生活域と各家
庭に限られたリソースを有効利用し,家畜の防衛に心を砕い
たことがうかがわれる。
(A3) 西部モンゴルは遠隔地であることから,政府からの補助
や助成が行きわたりにくい地理上の制約がある。とくに地方
行政への改善要請は数多く聞かれ,
「ゾドの前後での乾草の
供給」(n=27, 45.8%)がもっとも多い要望としてあげられた。
ゾドによる増災回避にはほとんどの世帯で「草原の十分な牧
草資源が必要」(n=35, 81.3%)と回答していることからも,家
畜への牧草供給が最重要課題と考えられる。
また注目すべき事実として,遊牧民の多くがゾド災害によ
る家畜や生活への被害について,それほど後に引いて心理的
負担としていない精神的強靭さがうかがわれた(図3)
。比較
的多くの牧畜従事者から,
「自然災害なのだから問題ない」
(n=14世帯にて)とのポジティブ・フィードバックが得られた。
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