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世界の最先端であり続けるための 教育改革を続ける米国

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世界の最先端であり続けるための 教育改革を続ける米国
アングル
ワシントン便り
世界の最先端であり続けるための
教育改革を続ける米国
丸紅米国会社 ワシントン事務所長
いまむら
たかし
今村 卓
教育を重点課題に掲げるオバマ大統領
オバマ大統領の 2011 年の一般教書演説は、
重要課題に対する超党派での取り組みを求め
る呼び掛けで始まったが、共和党の「小さな
政府」
路線に対する批判では容赦しなかった。
大統領は、財政再建を呼び掛けつつも、政府
の役割の最小化に固執するだけの「過去の政
府」では未来を勝ち取ることはできないと言
い切った。
その大統領が強調した政府の役割と課題の1
つが教育である。
「われわれは子供たちの教育
般教書で示した政策や目標に関連するプログラ
という競争に勝つ必要がある」と訴える大統領
ムだった。大統領は 2 年前の就任時から教育
は、米国の高校・大学卒業率の低さ、他国に
改革を重要な政策課題に位置付け、国民に教
比べた数学・科学教育の質の低さ、学習標準
育の向上を訴える演説を何度も行ってきている。
を満たせない学校のあまりの多さなど、米国の
最近の一般教書演説と予算教書は、大統領の
教育が抱える問題点を列挙した上で、その克
教育重視の姿勢をあらためてアピールしたとい
服のための政策と目標を示した。政策は「トッ
える。
プへの競争」という競争促進的な州への交付
金プログラムの拡充や優秀な教師の待遇改善、
実は改善している米国の教育水準
落ちこぼれ防止法の改正。目標は今後 10 年間
オバマ大統領の教育にかける熱意に反対す
の科学・技術・工学・数学の分野での新たな
る人は一部の保守派ぐらいだろう。日頃は党派
10万人の教師養成、世界で 9 位に落ちた大学
対立が目立つ共和党も、その多くはブッシュ前
卒業率の10 年後の首位回復などである。
政権が教育改革に熱心であったこと、オバマ政
オバマ大 統領は、2月中旬に発 表した 2012
権が「落ちこぼれ防止法」など前政権の改革
年度(2011年10月−2012 年 9月)の予算教書
の多くを継承していることから、超党派での教
でもあらためて教育重視の姿勢を示した。総額
育政策への取り組みには前向きである。
の歳出を前年度比 2.4%減とする緊縮財政とし
しかし、意外にも少なからぬ教育専門家が、
て国防費も削減対象とする中で、教育省の歳出
オバマ政権の教育への取り組みを冷ややかな目
は 6%増と数少ない拡大の対象になった。具体
で眺めている。彼らは、オバマ大統領が指摘
的に予算が重点配分される対象も、上記の一
した米国の教育の問題点は、近年悪化したの
2011年3月号 No.690 39
アングル
ではなく、米国が世界の中で突出して経済が
子供もウェブ上でシステムへアクセスして、最新
繁栄していた 60 年代から悪かったのだという。
の学習状況を把握しなければならない。保護
例えば 60 年代の中学・高校レベルの国際的な
者が学校から得る情報量は日本の比ではない。
学習到達度評価において、米国は数学で調査
また、スクールバウチャーやチャータースクール
対 象 12 ヵ国中の11−12 位、科学は18 ヵ国中
など日本の教育改革の議論において有識者が
14 位だったという。世界最高の経済を支えた労
提案する改革案の多くは、米国で専門家の研
働力の平均的な学力は目を覆いたくなるほど低
究と議論を経て実施済みである。
かったのである。さらに驚くべき事実がある。
むしろ問題は、手を尽くしてきた教育改革の
PISA(OECD 生徒の学習到達度調査)によ
成果がなかなか出ないことである。特に、市場
れば、2009 年の米国は 65 ヵ国中で数学 31位、
メカニズムの活用を狙った改革の成果は目を覆
科学 23 位。評価方法の違いはあるが、平均的
うばかりである。例えばブッシュ前政権から始
な成績は改善しているのである。専門家によれ
まった「落ちこぼれ防止法」は、成績不振校の
ば、米国において一国の経済力と初等中等教育
閉鎖や能力の劣る教師を解雇するという厳しい
の関係は謎であり、学力低下が国力低下をもた
措置と優秀な学校と教師の厚遇を通じて、全体
らしたという通説は「神話」だそうである。全
の学力向上を目指してきたが、成績不振校の再
米の高校の中途退学率も1980 年の14.1%から
建策が機能しない。成績不振校の再建には優
2008 年は 8%へ低下している。学力も卒業率も
れた校長や教師が必要であるが、彼らは一般
他の多くの国に見劣りするというオバマ大統領
に成績優秀校への就業を求めがちである。地
の指摘は外れてはいない。それでも昔よりは改
方公共団体の徴収する固定資産税の大半が学
善しているということは、逆に前途多難の印象
校教育に使われるために裕福な地域に成績優
を強める。専門家からみれば、ようやく、現状
秀校が多いことも、この傾向に拍車を掛ける。
まで改善してきた平均的な教育の水準を、大統
その結果、成績不振校には技能が低く経験の
領はまだまだ足りないと言っていることになり、
乏しい教員や非正規教員が集まり、悪循環が
気の遠くなるような教育改革が必要、それはお
続くことになる。成績不振校を閉鎖してチャー
そらく不可能と考えてしまうのである。
タースクールを増やそうという動きもあるが、優
秀な教員が集められず成果を上げられない場
なかなか成果の出ない教育改革
さらに言えば、その教育改革を米国は過去
怠ってきたわけではない。少なくとも教育改革
合が多い。皮肉にも、市場メカニズムに活路を
求めた米国の教育改革の数多くの試みは市場
の失敗の宝庫となっているのである。
の論議や実行という観点では、米国は日本など
オバマ政権の教育予算の拡大も大きな期待
他の国を圧倒する実績がある。例えば、
「落ち
はできない。初等中等教育の費用に占める連
こぼれ防止法」の下、米国の多くの学校は学
邦政府の割合は1割にも満たず、大部分の財
力向上目標を達成するために、システムをつくっ
源は地方公共団体が賄っている。依然として続
て生徒の学習状況を細かく管理している。筆者
く住宅価格の低迷は地方公共団体の固定資産
の長男と長女が通うメリーランド州の公立高校
税の税収を直撃し、教育費の削減と教師の解
と中学も、全生徒のテストの成績や授業の出欠
雇の増加をもたらしている。前年度比 6%程度
から、授業での発言頻度や宿題の内容、提出
の連邦政府の教育予算の増加では、この落ち
状況までデータベース化されている。保護者も
込みを埋め合わせることさえできないだろう。
40 日本貿易会 月報
ワシントン便り 世界の最先端であり続けるための教育改革を続ける米国
新興国が台頭しても世界の先端であり続けるた
統領が一般教書演説で何度も強調した中国や
めの教育
インドなどの新興国に移る一方であり、今後
問題山積の米国の教育だが、救いは米国経
戻ってくることはない。一定以上の教育を受
済の繁栄を支えている可能性が高い高等教育
けなければ、米国内で安定した生活を送れな
の優秀さが金融危機を経ても損なわれていない
い時代がすぐそこに迫っているのに、その危
ことだろう。オバマ大統領は米国の大学卒業率
険に気が付いていない米国人が多過ぎる。だ
の世界におけるランクの低下を問題視したが、
からこそ、大統領は演説の中で、次の 10 年
米国の25−34 歳の年齢層の卒業率は 2000 年
に米国で生まれる新しい雇用の半分近くは高
の38.1%から2008 年 41.6%へ緩やかに上昇し
卒以上の教育が必要になるし、その教育を支
ている。また、大統領が教育に熱心な国として
える、特に科学や数学といった分野の教員の
取り上げた中国とインドから米国への留学生数
数を大幅に増やす必要があると語ったのであ
は 2009−10 年にそれぞれ12 万人、10万人に達
る。ちなみに米国のカレッジボードは、今後
している。同年の米国の外国人留学生数は前
の新興国の経済発展と米企業の海外進出の
年比 3%増の 69万人、世界の先端の米国の高
加速を前提とすると、米国の大学卒業率は
等教育を受けようと新興国を中心に世界から学
2025 年までに 55%まで上昇する必要がある
生が押し寄せ続けているのである。その水準
と提言している。
は当然だが世界一であるとみてよいだろう。世
教育改革の難しさ、世界の変化に敏感とは
界最高の高等教育機関が存在する米国は、今
いえない保守派の多さからみて、オバマ大統
後も、新しいビジネスや産業を創造し、世界経
領が求めた挑戦的な課題が新興国の台頭に間
済の最先端を走り続けることは可能だと考えら
に合う形で達成できる可能性は、おそらく低
れる。
いだろう。しかし、日本のように新興国と同
それでは、オバマ大統領は緩やかだが改善
じ仕事を取り合う、低コストの新興国に価格
している初等中等教育や最高水準を維持する
競争を挑むという誤った選択をせず、台頭す
高等教育で構成される米国の教育に対して、
る新興国とのすみ分けを目指し、そのために
なぜ一層の改革と挑戦的ともいえる高い目標
米国民にはどの程度の教育が必要なのかを考
が必要だと強調したのか。大統領は米国の緩
えるオバマ政権の戦略の組み立ては正しい。
やかな教育の改善では間に合わないくらいに
大統領の警鐘に気付き、高度な教育を受けよ
世界が変化しつつあるという現実を、教育関
うと考えを変える人々も増え、大学卒業率は
係者を含めた国民に訴えたかったのだと、筆
これまで以上のペースで上がっていくのでは
者は思う。
ないか。その先に待っているのは、世界にお
米国の初等中等教育の水準が低くても、過
おう か
ける圧倒的な存在ではなくなるが、新興国の
去、単独で繁栄を謳歌できたのは、平均的な
手が届かない先端のビジネスや産業を抱え、
統計には表れない世界の最先端を走る人材が
豊かになった新興国の人々にとって、なお憧
他の多くの国に比べて数多く存在し続ける一
れの対象となる米国なのだと思う。平均的な
方で、教育水準の低い人々が余裕のある生活
教育水準では米国を上回る日本も、この世界
を送れるだけの就業機会が米国内に存在して
の先端を守るために知恵を絞り、挑戦を続け
いたからであろう。しかし、その高度な教育
る米国とそれを支えるオバマ政権から学ぶべ
を必要としない就業機会の多くは、オバマ大
きことは数多くあるのではないか。
JF
TC
2011年3月号 No.690 41
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