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FRI Review 1999.4
経済トピックス
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ユーロから学ぶべきもの
主任研究員
梶 山 恵 司
1999年1月、欧州の悲願だった通貨統合が順調なスタートを切った。
振り返れば、戦後欧州経済の発展は、通貨安定の程度に左右されてきた。例えば、
60年代まで戦後欧州の経済復興は順風満帆で、ドイツでは奇跡の経済復興と呼ばれる
ほどの垂直的な経済成長を遂げたが、これを支えたのが戦後のドルを基軸とするブレ
トンウッズ体制による固定相場制だった。EU の前身となった EEC が独仏伊ベネルク
ス三国の計6ヵ国でスタートしたのは58年のことだが、固定相場制は自由貿易圏が発
展するための理想的な環境を提供してくれたのである。
ところが、ブレトンウッズ体制は70年代初頭に崩壊、それと前後して欧州通貨も不
安定化する。例えば、マルクはフランス・フランに対して、72年から84年にかけて100%
も上昇したほどである。欧州統合推進の要である独仏通貨がこうした状況では、域内
貿易が打撃を受けるのも当然だろう。ブレトンウッズ体制が崩壊して以降、欧州は為
替不安定による極度の経済不振に見舞われ、
ユーロペシミズムと呼ばれる冬の時代を、
十数年にわたって経験しなければならなかったのである。当時の欧州は、煙突産業(重
厚長大産業)
と観光しか産業がなくなるのではないかとの議論が真剣になされたほど、
悲観論一色だった。
欧州がユーロペシミズムから脱却するのは、マルクを基軸通貨とする欧州通貨制度
(EMS)が、安定して機能するようになった80年代半ば以降のことである。これに
よって欧州は対ドル相場変動の影響を遮断する通貨圏を築き上げることに成功し、域
内貿易は80年代後半の5年間で倍増するほどの伸びを示した。EMS なしには、80年
代後半の欧州市場統合ブームも、マーストリヒト条約も、したがって、ユーロ誕生も
ありえなかっただろう。
ユーロは、欧州に二度と戦争を起こしてはならないとの政治的決意から生まれたと
の政治的側面が強調されることが多いが、以上の経緯を見れば、こうした見方がコイ
ンの一面でしかないことは明らかだろう。
通貨統合へと至る欧州の通貨安定の努力は、
それが欧州の経済発展に不可欠の前提だったからこそたゆみなく続けられたのだし、
それが欧州市民の幅広い支持をえられたのも、ユーロペシミズムの苦しみを経て獲得
した通貨安定の恩恵を、誰もが生活の場で実感できたからこそである。
これに対し、ブレトンウッズ体制の崩壊以降、円高の進展はマルク以上だった。そ
れにもかかわらず、日本では通貨政策が無策の状態が続いてきた。これは、変動相場
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制に移行してからも、経済の歩みが順調だったことや、86年の円高不況も製造業の努
力で何とか乗り切ったためだろう。ところが、世界最大の債権国の通貨であり、アジ
ア経済の6割を占める国の通貨が、
国際通貨体制の中で何の機能も果たさないことは、
いまや日本のみならずアジアにとっても、大きな負担となるに至っている。
円が抱える最大の問題は、それに連動する通貨がないことである。ドルは、世界の
基軸通貨として、それに連動する通貨を世界に有している。また、マルクは欧州の基
軸通貨として、欧州通貨がそれに連動していた。だからこそ、ドルは対円で、マルク
は対ドルでいくら変動しても、貿易加重平均で算出した実効為替レートでは、ドルも
マルクも安定しているわけだ。ところが、日本の貿易の最も重要な地域であるアジア
の通貨はドルに連動していることから、日本のアジア向け貿易でさえ、円ドル相場変
動のリスクに100%さらされていることに変わりない。だからこそ、日本は円高のた
びに右往左往し、大騒ぎするのである。
こうした状況から脱却するには、円に連動する通貨圏を作る以外にない。つまり、
欧州通貨制度のアジア版であるアジア通貨制度(AMS)である。日本では、円の使
い勝手を良くすれば自ずと国際化が進むとする意見も依然として根強いが、円に連動
する通貨がなかったら、円が広く保有されることはありえない。連動する通貨を持た
ずに国際化した通貨は、そもそもこの世に存在しない。「日本には友人がいない」と
は、フランスと二人三脚で欧州統合を進め、EMS の生みの親でもあったドイツのシ
ュミット元首相が繰り返し指摘してきた日本の国際政治上の弱点だが、「円の友人」
(円に連動する通貨)を作ることは、日本の友人を作ることでもあり、これによって
アジアの相互理解、相互依存も飛躍的に高まるだろう。また、アジアに共通の通貨制
度ができれば、アジアが自由貿易圏として発展する枠組みも整う。
アジア通貨制度を必要とするのは、アジアも同様である。アジアの域内貿易依存度
や経済に占める貿易の重要さは、欧州のそれと何ら変わらないまでになっており、ア
ジアに安定した通貨圏ができない限り、アジアが安定した成長軌道に戻ることは困難
だからだ。アジア通貨制度ができれば、自国通貨建て債券市場の整備も進み、域内通
貨で取引できる環境も整備され、通貨安定の枠組みは飛躍的に整うことにもなる。
アジアに共通の通貨制度を作ることは、経済が均質でないことから時期尚早との反
論もあろう。しかし、アジア通貨はドルに連動していたが、アジアと米国の経済が均
質だとは、誰も主張しなかった。また、欧州でさえ、条件が整ってから EMS を始め
たわけではない。EMS 発足当初の欧州の経済条件は相当に異なっていたが、EMS を
成功させようとする努力が、経済均質化を進めるテコになったのである。
円を基軸とする通貨制度をアジアに構築することがそれでも無理だというのなら、
日本は、為替変動に一喜一憂する愚行を十年一日のごとく繰り返し続けるだろう。ア
ジアも円ドル相場の変動に翻弄される状態から抜け出せず、欧州が経験したユーロペ
シミズムを、今度はアジアが経験することになるだろう。
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