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2.婦人科癌―探索医療の現状と将来

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2.婦人科癌―探索医療の現状と将来
N―233
2002年9月
!.レクチャーシリーズ―どうあるべきか21世紀の女性医療―
2.婦人科癌―探索医療の現状と将来
九州大学
生体防御医学研究所教授
和氣 徳夫
座長:千葉大学教授
関谷 宗英
がんは遺伝子機能の異常に起因する疾患である.遺伝子の機能異常は,本来,正常細胞
が保有するさまざまな情報伝達系の脱制御を導き,さまざまながん細胞形質を出現させる.
近年,がん細胞形質に関与する脱制御の機構が次々と解明されつつある.分子生物学,構
造生物学あるいは情報生物学を研究基盤として,これらシグナル伝達系をがん細胞に再構
築する手段の開発が進められている.このような方法論はゲノム創薬と呼称されている.
ゲノム創薬には 3 種の標的分子が存在する.DNA を標的とした遺伝子治療及びデコイ型
核酸医薬,RNA を標的としたアンチセンスオリゴ DNA 及び蛋白質機能阻害薬である.
本稿では DNA を標的としたゲノム創薬に関しては省略し,RNA 及び蛋白を標的とした
ゲノム創薬について概説する.
アンチセンス核酸医薬の現状
RNA の塩基配列に相補的な10∼数10塩基の DNA 断片を作成し,化学的安定化のため
の修飾を行うことにより,標的 RNA の翻訳を阻害することを目的としている.このため,
外来性遺伝子(ウイルスなど)
あるいはがん遺伝子などの発現を阻止する有効な手段と想定
されている.当初,DNA を大量に作成する技術の欠如,さらには DNA 断片が誘発する
免疫反応などの有害性が懸念されたが,これらの問題点は解決された.現在サイトメガロ
ウイルスにより誘発される網膜炎を適応症とした Vitravene は FDA の承認が得られ臨
床の場で使用されている.その他 Bcl 2,プロテインキナーゼ C,RAF,H-Ras,PKA,
DNA メチル化酵素などを標的とするアンチセンス核酸医薬品が新規抗癌剤としてその有
効性を確認すべく臨床治験によりエントリーされている1).
蛋白質機能阻害薬の開発
遺伝子機能の異常により,がん細胞は!増殖シグナルの自給自足化,"増殖抑制シグナ
ルへの抵抗性,#細胞死の回避,$無限増殖能,%血管新生,&浸潤・転移,といったが
ん細胞特有の表現形質を獲得する.これらの表現形質は正常細胞が保有するシグナル伝達
の制御機構が蛋白質の機能異常や発現量の変化により破綻することによって出現する.こ
のため,現在それぞれの表現形質の形成に関与する蛋白質の機能を制御する手段の開発が
Molecular Fargeted Therapy by Using p53 Stabilization Signalling
Norio WAKE
Department of Molecular Genetics, Med. Inst. of Bioregulation, Kyushu University, Beppu
Key words : Molecular targed ted therapy・p53・Estrogen receptor・MDM2
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N―234
日産婦誌54巻9号
推進されている.PS-341はプロテアソーム阻害剤として開発され,その抗癌効果が注目
されている.その他 HSP90阻害剤(geldanamycin)
,ヒストン脱アセチル化阻害剤,血
管新生阻害剤,蛋白質チロシンキナーゼ阻害剤,などが新規の有効な抗癌剤として臨床治
験にエントリーされている2).このうち,我々はがん細胞が示す無限増殖能という表現形
質に関心をもち,がん細胞に老化プログラムを再構築する手段について研究している.
細胞老化の分子機構
正常細胞は有限寿命であるため,数10回の細胞分裂を繰り返すと増殖を停止し,老化
により死滅する(Replicative cell senescence)
.正常細胞を長期間培養すると Hayflick and Moorhead が提唱する M1クライシスが出現し,細胞老化が誘導される3).し
かしこの時点で pRb-, p53‐シグナルの不活化を招来すると老化細胞は再度分裂すること
が可能になる4).数継代の細胞分裂の後,M2クライシスが出現する.M2クライシスはテ
ロメア長の短縮に起因しているため,テロメア長伸展化酵素であるテロメレース発現が誘
導されない限り細胞分裂は再開されず,不可逆的変化である.これらの事実はテロメア長
が細胞分裂回数を監視する時計としての役割を果たしており,老化プログラムの作動に必
要不可欠であることを示している.しかし,一方で老化プログラムの作動にはテロメア非
依存性経路も存在することも示唆される.M1クライシスの導入に際しては,まず p21CDK
インヒビター発現が亢進し,次に p16 INK4aCDK インヒビター発現の亢進が観察される.
これら CDK インヒビターは pRb 蛋白を脱リン酸フォームへシフトし G0"
G1期停止さ
5)
らには細胞老化を導く .さらに正常細胞に,活性型 Ras 変異体の発現や HPVE7遺伝子
発現などにより過剰な増殖刺激を与えると pRb 蛋白から E2F 転写因子は遊離し,さま
ざまな細胞周期関連蛋白の発現を導く.それと同時に p14 ARF 発現も亢進する.p14 ARF は
MDM2蛋白を不活化し,p53蛋白を安定化する.その結果 p21CDK インヒビターなどの
発現を介して細胞老化が誘導される6)7).
一方,放射線照射あるいは抗癌剤などの DNA 障害をもたらす手段によっても細胞老化
は誘導される(Accelerated cell senescence)
.本細胞老化にはテロメア長の長短は
必要とされない6)∼8).いずれのタイプの細胞老化もがん化を予防する防御機構と考えられ
る.このため,がん細胞はこれら細胞老化に関わる分子機構を不活化し,無限増殖能を獲
得する.我々はエストロゲンリセプター α(ERα )
が p53安定化シグナルを介した細胞老
化誘導を制御する事実を世界で初めて明らかにした.次章においてその分子機構を解説し,
がん分子標的療法開発の可能性について記述する.
p53安定化シグナルを標的とした分子標的療法
p14 ARF は,多くのがん及び不死化細胞で発現を消失する.過剰な増殖刺激に反応し,p53
安定化シグナルによる細胞老化の誘導を回避するためと示唆されている.NIH3T3細胞も
両側アリルの欠失により p14 ARF 発現を消失している.NIH3T3細胞への遺伝子導入により
ベクターのみ(V)
,野生型 K-Ras(Kwt)
,野生型 ERα(ER)
,活性型[12Val]K-Ras(K12
V)
変異体,野生型 K-Ras 及び ER
(KwtER)
を発現する再構成細胞を樹立した.K12V 及
び KwtER 細胞は完全に形質転換し,ヌードマウス上での造腫瘍性も獲得していた.形質
転換した K12V 及び KwtER 細胞でのみ血清存在下での転写因子としての ERα 活性が亢
進していた.ERα には 2 つの活性化ドメインが存在する.AF1は Ras"
MAPK シグナル
伝達によるリン酸化により,AF2はリガンド(E2)
との結合により活性化される.K12V
細 胞 で は[12Val]K-Ras に よ り AF1の 構 成 的 活 性 化 と 血 清 中 の E2と の 結 合 に よ り,
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N―235
2002年9月
80
relative CAT activity
12
活性型[ Val]K-Ras
DNER
60
40
20
0
E2
mock
− +
ER
− +
K12V
− +
cJun
Etc
mock
p53
K12VDNER
C1
C2
Western
MDM2
Relative p53
luciferase activity
MDM2
K12V
IP
p53
DNER K12VDNER
− + − +
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
mock
K12V
mock
K12V
1.0
0.8
p21 CDK inhibitor
K12VDNER
C1
C2
K12VDNER
C1
C2
p21
relative ratio
4.2
3.5
NIH3T3細胞老化
(図 1 )エストロゲンリセプター α(ERα )
による p53安定化シグナ
ル伝達の制御
活性型 K-Ras 変異体の発現は,ERα の転写因子としての
機能を亢進する.これに伴い p53免疫沈降中の MDM 蛋白
量は増大し,p53蛋白をユビキチン化により分解する.そ
の結果,p53蛋白の転写因子としての機能は抑制される.
ドミナント・ネガティブ ER 発現により ERα 機能を抑制
すると p53免疫沈降中の MDM2蛋白は減少し,p53蛋白の
安定化に伴う転写因子としての機能亢進が導かれる.その
結果,p21CDK インヒビター発現が亢進し,細胞老化が誘
導される.ERα は,Ras!
MAPK シグ ナ ル を p53シ グ ナ
ル伝達系へ伝える重要な役割を果たしていることが示唆さ
れる.
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N―236
日産婦誌54巻9号
KwtER 細胞では血清中の増殖因子と E2の存在により過剰発現している ERα 活性が亢進
し,形質転換を誘導したと示唆される.このため ERα は K-Ras の下流で転写因子とし
て機能し,NIH3T3細胞の形質転換に関与することが判明した9).ERα がいかなる分子機
構の介在のもとに形質転換に関与するかを解明するため,K12V 細胞でドミナント・ネガ
ティブ ER
(DNER)
を発現させ,その形質変化を解析した.活性型[12Val]K-Ras 変異体
と DNER を共に発現する K12VDNER 細胞の増殖は顕著に抑制された.G0"
G1期への
集積が細胞増殖抑制の原因であった.DNER 発現に伴い,細胞形態も大きく変化し,巨
大化,平坦化さらには多核化という形態変化が観察された.このため,老化細胞のマーカー
である β -ガラクトシダーゼ活性を調べたところ,K12VDNER 細胞の多くで β -ガラクト
シダーゼ活性が陽性であった.以上の事実から活性型 K-Ras 変異体存在下での DNER
発現はトランスフォーム細胞に老化を誘導することが判明した.
細胞老化誘導の分子機構を明らかにするため p53安定化シグナルを構成する蛋白の機能
を解析した.活性型[12Val]K-Ras 変異体発現は,ERα の転写因子としての機能を約 6
倍に亢進した.ERα の機能亢進に伴い,p53免疫沈降中の MDM2蛋白量は顕著に増大し,
p53蛋白が,MDM2により分解されていることが示唆された.K12V 細胞における p53蛋
白の転写因子としての機能が抑制されている結果は,これを支持した.一方,活性型
[12Val]K-Ras 変異体存在下での DNER 発現は,K-Ras により誘導された ERα 機能亢
進を完全に抑制した.ERα 機能の抑制に伴い p53免疫沈降中の MDM2蛋白は有意に減
少し,その結果,p53蛋白の転写因子としての機能が亢進した.p53蛋白の安定化に伴い,
p53により転写制御される p21CDK インヒビター発現が顕著に増大した.NIH3T3細胞に
野生型 ERα を遺伝子導入し,MDM2発現の変化を解析した.ERα 発現に伴い,MDM2
発現量は増大し,p53免疫沈降中の MDM2蛋白量も増大した.ERα は cJun を介した経
路により MDM2プロモーター中の AP1結合部位を介し,MDM2転写を亢進することも
明らかになった.以上の結果から p14 ARF 発現を欠く NIH3T3細胞では,活性型 K-Ras 変
異体は ERα 機能を亢進し,MDM2発現誘導による p53蛋白不安定化を導くことにより
形質転換へ,一方活性型 K-Ras 変異体存在下での DNER は MDM2発現抑制を介した p
53蛋白の安定化により細胞老化を誘導することが判明した10).
乳癌あるいは子宮内膜癌などのホルモン依存性腫瘍における K-Ras 変異は低率であ
る.野生型 K-Ras 存在下においても持続的な増殖シグナルとリガンドである E2の存在
は ERα の活性化を導き,細胞を形質転換することが可能であるためと推測される.この
ようなホルモン依存性腫瘍において ERα の機能的不活性化を誘導する手段の開発は p53
安定化シグナルを作動させ,がん細胞へ老化プログラムを再構築することを可能にする.
MEK 阻害剤による Ras"
MAPK シグナル伝達の阻害及び抗エストロゲン剤による AF2
活性化阻止という 2 つの手段により ERα 機能を不活化することの可能性が示唆される.
同様に,ERα 機能を亢進するシグナル存在下においても MDM2プロモーター中の AP1
結合部位と同一の配列を有する 2 本鎖 DNA 断片(デコイ型核酸)
は ERα による MDM2
転写誘導を遮断し,p53蛋白の安定化を導くことが予想される.p14 ARF 発現の消失は多く
のがん細胞に高頻度に観察されるが,正常細胞では発現が維持されている.このため,p
53蛋白安定化を制御する手段は,がん細胞特異的に老化を誘導することになり,毒性の
少ない癌分子標的療法の可能性を秘めている.
共同研究者
九州大学生体防御医学研究所 加藤聖子
京都工芸繊維大学 山吉麻子,村上 章
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2002年9月
N―237
《参考文献》
1.Tamm I, Dorken B, Hartmann G. Antisense therapy in oncology : new hope
for an old idea? Lancet 2001 ; 358 : 489―197
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19 : 6687―6692
3.Hayflic L, Moorhead PS. The serial cultivation of human diploid strains. Exp
Cell Res 1961 ; 25 : 343―349
4.Ide T, Tsuji Y, Ishibashi S, Mitsui Y. Reintiation of host DNA synthesis in senescent human diploid cells by infection with Simian virus 40. Exp Cell Res
1983 ; 143 : 343―349
5.el-Deiry WS, Tokino T, Velculescu VE, et al. WAF1, a potential mediator of p
53 tumor suppression. Cell 1993 ; 75 : 817―825
6.Serrano M, Lin AW, McCurrach ME, et al. Oncogenic ras provokes premature cell senescence associated with accumulation of p53 and p16INK4a.
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7.Zhu J, Woods D, McMahon M , Bishop JM . Senescence of human fibroblasts induced by oncogenic Raf. Genes Dev 1998 ; 12 : 2997―3007
8.Robles SJ, Adami GR. Agents that cause DNA double strand breaks lead
to p16 INK4 a enrichment and the premature senescence of normal fibroblasts. Oncogene 1998 ; 16 : 1113―1123
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cell transformation. Oncogene 1997 ; 15 : 3037―3046
10.Kato K, Horiuchi S, Takahashi T, Ueoka Y, Arima T, Matsuda T, Kato H,
Nishida J, Nakabeppu Y , Wake N. Contribution of estrogen receptora
(ERa)to oncogenic K-Ras-mediated NIH3T3 cell transformation and its implication for escape from senescence by modulating the p53 pathway. J
Biol Chem
(in press)
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