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7章 もう一つの学校:フリースクール・学習塾・ホームスクール はじめに

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7章 もう一つの学校:フリースクール・学習塾・ホームスクール はじめに
7章
もう一つの学校:フリースクール・学習塾・ホームスクール
はじめに
もう一つの学校を視野に入れた学校教育システムの再構築は、今日、不登校
や高校中退者、いじめや校内暴力、学級崩壊、更には援助交際等々の学校<病
理>の深化・慢性化というわが国における未曾有の状況に対峙する上で、不可
避な課題となっている。
MAAP(Minnesota Association of Alternative Programs)の定義によれば
(1)
、もう一つの学校(alternative school)とは、特別な教育ニーズ(労働関
連の訓練、読書、数学、コミュニケーション、社会的スキル、身体能力、学習
スキル、生活スキル、被雇用能力、文化的気づき)を充足するためにデザイン
された、通常の学校とは別個に設定された環境、を言う。この中には、最近注
目 を 集 め て い る チ ャ ー タ ー ス ク ー ル な ど も 含 ま れ る が 、 通 常 の 学 校 (regular
school)と異なる理由を「特別な教育ニーズ」に基づいて設定された「環境」
(environment)という点に求めている点に特徴がある。
この章では、わが国におけるもう一つの学校の範疇とその意義、現状におけ
る問題点に触れるのであるが、はじめにこの言葉が示唆する方向性について整
理しておこう。もう一つの学校という場合には、わが国においては二つの固有
な含意があると考えられる。
一つは、近代における正規の学校体系、あるいは公教育体制というものが今
日まで果たしてきた機能を見直すという方向である。
明治以降のわが国の国策としての近代化の教育的側面は、画一的な学校体系
の全国的整備による近代国家としての国民形成にあったと言える。小学6年間
の義務教育制度を、既に戦前において達成したわが国は、戦後においては平等
主義的世論を請けた施策の効用によって、後期中等教育段階にいたる教育の機
会均等を成就し、更に大学進学率の高騰状況をも現出している。
近 代 化 の 成 果 で あ る 市 民 社 会 の < 成 熟 > と 国 民 生 活 の < 豊 か さ > は 、 1970
-1-
年代前半には曲がりなりにもほぼ達成されたと考えられるが、学校教育の量的
拡充、すなわち国民の高学歴化が、その実現に寄与したであろうことは、否定
できない事実であろう。
しかしながら、<成熟>や<豊かさ>の裏面として、家庭や地域社会の崩壊、
国家のアイデンティティの拡散・無化という事態も同時に進行してきた。近代
化の物質的課題が達成された後の高度消費社会における目標の喪失、退嬰、倦
怠と浮遊という状況は、学校教育の現場における様々な<病理>を根底におい
て規定する要因となっている。最近における学習意欲それ自体の衰退(学習か
らの逃避 ( 2 ) )は、教育の過剰性と併せて、学ばなくても生活ができるという
<豊かさ>の負の側面と言えよう。
学校をめぐる状況は、こうした平等主義的公教育の過剰達成と共に、一方で
は、高度成長以降、大都市を中心に、公立から私学への選好性のシフトが顕現
してきた。受験における有利性がその傾向を助長しているのは自明としても、
誰もが共通の教育機会を享受する中での差別化の欲求が背景にあることも事実
であろう。いずれにせよ、公教育の<病理>と社会の<豊かさ>に相関しつつ、
私教育の位置づけや意義の再考が論議の中心にせり上がってきているのが現状
である。
私教育の見直しを後押しする別の要因として、1980 年代における臨時教育審
議会(臨教審)以降の文教政策が挙げられる ( 3 ) 。臨教審は、わが国における
画一的教育や知識偏重教育を打破し、個性を重視して情報化、国際化等の変化
に対応できる力を養成することを教育改革の視点として提起すると共に、生涯
学習体系への移行を提唱して、過度の学校依存体質からの脱却を唱えたのであ
った。その後の教育改革は、義務教育段階における基礎・基本の徹底による「ゆ
とり」の中で「生きる力」を育むという基本的スタンスを崩すことなく進行し
てきた。2002 年度より進行する新学習指導要領は、意欲、関心、態度を重視す
る新学力観を闡明すると共に、学習内容の大幅な削減を強行した。その意味で、
臨教審以来の政策の仕上げとも言うべき性格をもつことになった。
-2-
しかしながら、こうした動向は、大学生の学力低下論に端を発する現行政策
への激しい批判を誘発した。文教当局自身も、内外からの反対に直面して( 4 )、
学習指導要領の位置づけを「標準」から「最低」基準へと解釈を変更し、指導
要領の上積みを推奨するなど、混迷状況を呈している。
行政当局のこうした混迷と並行して、私学の過半が教育改革路線とは一線を
画し、独自路線(多くは知育重視型)を踏襲することを宣明にしたことによっ
て、私学は、学力競争からの脱落を嫌う国民からの更なる支持を取り付けつつ
あるように見える。公立から私学へのシフトは、今後大都市のみならず、地方
においても顕著になるであろうことは想像に難くない。
こうした事態の延長線上にあるのは、学校設立の自由化という方向である。
もう一つの学校という言葉が示唆する二番目の含意がこれである。
これまで、学校といえば、専ら学校教育法や私立学校法の法的規制の中に閉
じ込められてきたのであり、公立であれば地方自治体、私学であれば学校法人
が設立の主体となってきた。また、学校の設置に当たっては、大学設置基準や
高等学校設置基準等の適用を受け、教員組織や収容定員、教員資格や教育課程
のみならず、校地や校舎等の物理的施設・設備にいたるまで規制の対象となっ
てきた。法的規制を課すことで、一定の教育水準を保証するという意義はあっ
たとしても、誰でも独自の教育理念や教育ニーズに基づいて学校を自由に設置
することを許す環境にはなかった。
学校設立の自由化については、臨教審とは別に(「世界を考える京都座会」)、
1980 年代前半に提言されたことはあったが、飛び級の導入や通学区域の制限の
緩和等、主としてエリート養成の観点からの画一的教育批判ないし学校活性化
を主眼としており、その幾つかは爾来教育現場に導入されてきたとはいえ、そ
れ自体が文教政策の中心を占めることはなかった ( 5 ) 。
最近、教育改革国民会議が提唱したコミュニティスクール構想は ( 6 ) 、公設
でありながら地域社会の意向をストレートに学校運営に反映させようとするも
のであるが、文教行政の独占であった教育の内的事項(教育内容・方法)の決
-3-
定権や学校運営権を公から私(民間)へと委譲する過渡的な試みの一つとみる
こともできよう。
このように文教行政自体も動揺しつつある。今日、学校教育をめぐる<病理
>の深化・慢性化という状況を背景にして、公教育が果たす役割は再度見直さ
れる必要がある。私見によれば、その最少領域は、文化的・政治的国民形成に
あると思われるが、制度上は公立と私学の存在理由の再検証、各々のシェアの
見直しが必至であろう。こうした見直しの意義は、家庭教育(home education)
を含めた私教育自体の再興、更には、その極北としての教育の自由の復権にあ
る。
こうした方向性を見通す中で、もう一つの学校を織り込んだ新しい学校体系
の再構築という課題が浮上してこよう。新体系は、国民形成機能(「公」)を修
復しつつ、高度消費社会における多元化した教育ニーズ(「私」)を可能な限り
吸収するシステムとして機能する必要がある ( 7 ) 。
1.もう一つの学校のマッピング
フリースクール等のもう一つの学校の実態に入る前に、それらがどういう次
元に位置づけられるのかをマッピングによって示してみよう。
今日、もう一つの学校という領域は多様化し、拡散しつつある。そうした動
向を整理する意味で、ここでは横軸として(ⅰ)学校化対非学校化、縦軸とし
て(ⅱ)年齢、をとり、2次元のマップの中に様々な種類のもう一つの学校を
布置してみる。
このマップは、左に学校教育の体系を示し、そこから右へ行くほど学校度が
薄まり、最終的に非学校的社会教育活動に行き着く。両者の境界線は微妙であ
るが、フリースクールないしホームスクールのいずれかの座標において左右に
分かれる分水嶺があると思われる。
なお、ここに言う学校化とは、①教育課程の固定化、②同年齢集団による階
層化、③教員の専門職化、④教育評価の実施、⑤空間の共有性に加えて、⑥法
-4-
制度の裏づけ(権利義務関係を含めた権力関係の存在)、⑦設立の自由度の極小
化、等の指標によって特色づけられる傾向性を表している。
もう一つの学校は、このように、多様な存立構造を示している。本稿では、
このうち代表的なものとして、フリースクール、学習塾、ホームスクールを取
り上げることにしたい。
図1
年
もう一つの学校のマッピング
齢
学校教育
カルチャーセンター
大学院
(非学校的)
大学・短大・高
成人対象
専・専修学校
高校
サポート
大検予備校
各種学校
中学
小学校
社会教育
学習塾
フリー
青年対象
ス ク ー
夜間中学校
ホーム
ル
適応指導教室
スクール
少年対象
幼児対象
幼稚園
学校化
非学校化
2.フリースクールの現状と課題
フリースクールはそれ自体多義的である。その一つの典型は、スコットラン
ドの教育家Neill, A.S.( 1883-1973)によって開始された寄宿制の実験学校サマ
ーヒル(Summerhill)学園(1921 年Dresden近郊のHellerauに創立、1923 年
英国南部Lyme Regisに移る)に代表される児童中心主義的な教育実践である。
サマーヒルでは、a.子供が情緒的に成長する自由を容認する、b.生活力を与え
る、c.自然に発達する時間を与える、d.大人による脅しや強制を除いてより幸
-5-
福な子供時代を創る、といった目的のもと、子供がカリキュラムの決定権を持
ち、教師はその援助者であること、教科ではなく実生活の経験を重視した学習、
好奇心や想像力の発展、父兄の自由で積極的な参加、教師と子供の信頼関係や
肯定的な自己評価、更には、学び方の習得、といった特徴を備えているとされ
る (8) 。
その他の系譜として、主として米国で発展してきたマイノリティのための補
償教育を目的とする学校、公立学校からのドロップアウトに対する職業準備教
育を目的とする学校、対抗文化の伝承を目的とした学校が挙げられる。この他、
既存の学校体系からの脱学校を目指した教育実践も、フリースクールの範疇に
含めることができよう。
このように、多様なあり方を示す一群の教育環境をフリースクールという言
葉で一括しているのが現状であるが、この節ではわが国におけるフリースクー
ルの実態について吟味してみよう。
フリースクールに関するあるガイドブックによれば ( 9 ) 、収録された 146 校
に在籍する生徒数は平成 12 年度において 3,512 名(134 校のみ集計)で、1
校あたり平均 26 名となっている。また、ここ数年増加傾向にあるという。
収録校の在籍者に占める不登校経験者の割合をみると、「多い・かなりいる」
が 112 校(76.7%)、「少しいる」が 22 校(15.1%)で、フリースクールが不
登校者の「居場所」となっている事実が明らかである。
しかし、全国の不登校児童・生徒の統計によれば、平成 11 年度において小
学校では 26,047 名(全児童数中 0.35%)、中学校では 104,180 名(同 2.45%)
となっていて、ガイドブックの示す数字は氷山の一角に過ぎない ( 1 0 ) 。
次に、彼らがフリースクールにおいてどのような活動をしているかを複数回
答で見ると、屋内活動では(n=140)、「学習」が 126 校(90.0%)、「カウンセ
リング」が 96 校(68.3%)、「ゲーム」が 70 校(50.0%)、「パソコン」が 63
校(45.0%)と続いている。この内、
「学習」については、生徒数人を指導する
「個別指導」が 70.4%、1 対 1 の「個人指導」が 54.7%の実施率であるという。
-6-
他方、屋外活動については(n=119)、
「スポーツ」が 93 校(77.8%)、
「アウ
トドア活動」が 88 校(73.7%)、「ボランティア」が 38 校(32.3%)、「海外留
学」が 16 校(13.1%)、「国内山村留学」が 7 校(6.1%)となっている。
このように、屋内では、
「学習」の実施率が比較的高いこと、屋外では、様々
な活動を取り入れていること、がこれによって分かる。なお、こうした諸活動
と並行して、「居場所の提供」や「相談相手の派遣」を実施している所も多い。
東京都社会教育課が平成 10 年に実施した「民間フリースクール等実態調査」
によれば、東京都における不登校の小学生は 2,165 名、中学生 7,395 名となっ
ている(平成 9 年度)( 1 1 ) 。本調査は、都内 48 箇所のフリースクールを対象
に実施された。以下、主要な知見について整理しておこう。
まず、不登校の原因について自由記述で回答を求めると、
「 学校の魅力の欠如」
が 17 施設、「対人的・集団的不適応」が 16 施設、「いじめ」と「教師不信」が
それぞれ 13 施設となっていた。
次に、活動内容によって施設を分類すると、
「学習支援」中心が 11 施設、
「居
場所・生活体験」中心が 12 施設、「学習支援+居場所・生活体験」中心が 18
施設、「相談支援」中心が 5 施設であった(「その他」2 施設)。
また、設立の時期については、23 施設(48%)が平成 2 年以降であること、
通所者の約 4 割が不登校をきっかけに通所していること、平均通所期間は 2 年
余であることが分かった。
更に、フリースクールの活動状況については、週 5 日以上活動が全体の 4 分
の 3 を占め、半数の施設で「個別活動」と「集団活動」の併用が実施されてい
る。活動内容の決定は、通所者自身が 3 割強、スタッフが約 4 割となっている。
また、通所終了を誰が決めるかについては、通所者本人が 46%、終了後進学す
るという施設は半数以上、約 8 割の施設が終了後のフォローを実施している。
フリースクールのスタッフについては、非常勤者が 605 名(77%)となって
おり、常勤者は 180 名(23%)に過ぎなかった。また、女性が 482 名(61%)、
男性は 303 名(39%)であった。職種別では、常勤者については教職経験者
-7-
40 名、ボランティア 27 名、塾講師 22 名、カウンセラー19 名、保護者 11 名で
あったが(その他 59 名)、非常勤者ではボランティア 267 名、教職経験者 101
名、塾講師 50 名、保護者 26 名、医師 5 名、保育士 4 名(その他 103 名)とな
っていて、大まかには教職経験者とボランティアが中心スタッフであることが
分かる。
また、使用する施設の 57%は民間施設の長期借用であり、部屋数の平均は
3.5 室である。
費用負担については、入学(会)金のある施設が 32 あり、その平均は 42,327
円である。授業料等がある施設は月額徴収が 26 で、その平均は 22,430 円、年
額徴収が 3 で、その平均は 900,000 円となっている。その他定期的な活動費を
徴収する施設は 12、その他の費用の徴収は 20 施設あった。なお、有料施設中、
当初の 1 年間にかかる平均費用は 300,000 円となっている。
運営上の問題点としては、施設が狭い等の施設・設備問題(28 施設)やスタ
ッフの確保の困難さ(17 施設)、財政上の問題(16 施設)が指摘され、行政や
学校に対しては、財政上の支援(15 施設)や多様な子供の存在に対する理解と
協力を求める声(12 施設)が聞かれた。
このように、東京都の調査からは、多種多様なフリースクールの経営実態を
窺うことができる。
最後に、わが国におけるフリースクールの草分けとも言うべき東京シューレ
の沿革と実態について瞥見し、フリースクールの位置づけに関する諸問題につ
いて考察してみよう。
東京シューレは、昭和 60 年、公立学校の教員を退職した奥地圭子氏が、自
身の長男の登校拒否をきっかけにしてできた「登校拒否を考える会」に集う保
護者・市民の協力を得て開校した「学校外の子供たちの学びと交流の場」であ
る。現在では、21 名の常勤スタッフを擁し、4箇所の賃貸スペースとログハウ
スを所有して活動を展開している。収入の 95%は、子どもの家庭からの「スペ
ース会費」に依存しているという ( 1 2 ) 。
-8-
奥地氏によると、当初は、行政や学校現場の無理解に遭遇したが、5 年後に
は入会待ちの子供が 120 名にも上るようになり、平成 3 年頃には正会員百名と
なった。その後、英米のホームエデュケーションを研究し、家庭学校としての
ホームシューレを開始した。
この契機は、平成 4 年、文部省(当時)が、「登校拒否が誰にでも起こりう
ることであり、子どもの性格傾向になんら問題がなくても発生している」との
認識の転換を図ったことによる。このことは、一面ではフリースクールの認知
を象徴する出来事であったが、同年、校長裁量で民間施設に通った日数を学校
の出席日数にするという文部省通達を発することによって、却って東京シュー
レへの通学圧力が高まり、本来通学が自由であるべきフリースクールの意義に
対する矛盾が顕現した。そこで、家庭教育が選択肢の一つとして機能している
英米の事例を参考にホームシューレの試験的開校に至ったのである。
その後、平成 9 年にはインターネットを使ったサイバーシューレに着手し、
平成 10 年からは宿泊型フリースクール、翌年にはシューレ大学を開校するな
ど、多角的な事業展開をして今日に至っている。また、平成 11 年には NPO 法
人の資格も取得している。
さて、氏の掲げる教育理念は次の 5 つに集約される。
① まずは居場所であること
② やりたいことを大切にする
③ 自由を尊重する
④ 子どもたちによる自治
⑤ 個の尊重
いずれも学校に行かない、あるいは行けない子供たちと日常的に接触する体
験の中から、まずは彼らに「居場所」を提供しようというヒューマンな発想を
基点として導き出された諸理念であるであると言えよう。氏は更に、この延長
線上に、諸理念を普遍的に根拠づける思想として、「子どもの自己決定権」(子
どもの権利条約)というパラダイムを布置するのであるが、ここには、現実と
-9-
理念との接続に腐心する氏の思考過程が反映している。
けれども、氏の諸理念を根拠づけるべく導入された「子どもの自己決定権」
なるパラダイムは、果たして無条件に肯定されるべきものであろうか。そもそ
も、すべての子供が自己決定できる権利(力量)を備えているという言説は、
当為としても成り立たず、現実にもあり得ない。不登校に対応するスタンスの
根拠としては妥当性があるにしても、それをすべての子供にまで適用すること
には論理的に飛躍がある。何よりもそこには、自己決定というコンセプトが、
様々な<病理>を触媒する機能を担ってしまっているかもしれないことに対す
る自己反省がない。例えば、学習からの逃避問題にしても、援助交際の問題に
しても、いずれも子供の自己決定を容認する大人側の考えが問題の解決に効を
奏せず、却ってそれを助長しつつ、問題そのものの焦点を逸らす役割を果たす
ことに寄与している可能性がある ( 1 3 ) 。
子供が一人の人間として大人と同様に尊重されるためには、絶対者との関係
の中で相互が平等であるという補助線が必要である。現状は、相互に相対的で
しかない人間の存在に対して、自己決定だけは絶対であるというイデオロギー
が無媒介に瀰漫している。そうした状況を狡猾に利用しつつ、子供たち(の一
部)は現在、「私」を肥大化して、「公」に対する拒絶や逸脱反応を起こしてい
るのではないか。
氏の考え方について、更に二つの問題点を指摘しておこう
一つは、教育における国民形成という視点を排除している点である。文化を
選択し、子供に伝えるという行為は、対象が誰であれ(不登校児か否かには関
わりなく)、その文化に内在する政治的共同性を伝承することでもある。氏の自
由主義的教育観は、この点を承認しない。その結果、シューレ教育が目指す人
間像は、本来あるべき多元性を許容せず、却って単一的な(無国籍で楽天的で
薄っぺらな)コスモポリタンを創ることに収斂している。
二つは、氏の学校観に由来するものである。氏は、学校は本来子供のために
存在するところであるとする。したがって、子供を学校に合わせるのではなく、
- 10 -
子供に合わせて学校を創るべきであるという主張を展開する(児童中心主義)。
しかしながら、公教育としての学校は、元々「そのときそのときの子どもたち
の恣意的な要求に応ずべくつくられたものではない」こと、
「学校は家庭のよう
な『私』的な空間ではなく、無数の『私』に社会的な規範を教え込むために『公』
がつくったもの」 ( 1 4 ) であるということに対する歴史的な認識が欠落してい
る。
氏のフリースクール論は、特別な教育ニーズを持つ子供の教育環境について、
自由主義的理想主義と学習権論とをセットにして理論化を図ろうとするもので
ある。しかしながら、氏の実践のインパクトや背後の善意にもかかわらず、フ
リースクールを織り込んだ新しい学校体系を構築するという我々の課題、すな
わち公教育における私教育の適正な位置づけ(バランス)を見出すことには貢
献することが少ない。
「公」に対する「私」の強調に終始していることがその要
因であると思われる。
3.学習塾の現状と課題
最近実施された「地域の教育力」に関する調査によれば ( 1 5 ) 、小学 3 年生
の 30%、5 年生の 39%、中学 2 年生の 50%、高校 2 年生の 15%が学習塾に通
っているという。また、東京都の調査(表 1)では、公立中学の 59.5%を最高
にして、幼稚園から高校に至るまで学習塾の利用度の高いことが分かる( 1 6 )。
推計では、学習塾に通う児童・生徒数は 496 万人、その市場規模は 1 兆 5 千億
円にも上るという ( 1 7 ) 。この事実は、学習塾というもう一つの学校を除外し
て学校体系の再構築を構想することは、既に不可能であると共に不適切である
ことを表している。
表1
受講
区
補助学習の受講状況(東京都調査
学習塾・予
分
受講してい
家庭教師
割合
平成 12 年:%)
備校
通信教育
無回答
ない割合
- 11 -
高校公立
34.4
23.3
1.9
11.6
63.3
2.3
高校私立
45.8
36.7
5.6
6.8
53.8
0.4
中学校公立
79.4
59.5
7.2
19.7
20.1
0.5
中学校私立
49
34.9
11.4
7.4
51
-
小学校公立
55.2
31.4
2
24.7
42
2.8
小学校私立
42.1
29
4.3
14.5
56.5
1.4
幼稚園公立
16.1
-
-
16.1
76.8
7.1
幼稚園私立
16.7
10.5
0.3
6.5
72.2
11.1
学習塾は、前近代における寺子屋・私塾(自由な私教育)の伝統を継承する
側面があり、その意味で、わが国の教育風土の中に深く根ざした<制度>とし
て捉えることができる。
しかし、現在の学習塾は、第二次大戦後、国民生活が安定化し、経済的ゆと
りが生まれるという背景の中で、学歴の高度化と形影相伴いながら発達してき
たものである。現在に至る過程を辿ってみると、おおよそ次のような経緯が浮
かび上がる ( 1 8 ) 。
わが国において学習塾(や予備校)が定着してきたのは 1960 年代であり、
70 年ごろに第 1 次ブームを迎えた。その後、73 年のオイルショックを経て、
「新教育産業」としての学習塾・予備校に市場参入する企業が現れ、70 年代半
ばには第 2 次ブームが現出した。79 年に共通一次試験が導入されると、進学情
報において優位に立つ大手予備校が躍進した。一方では、公立中学を中心とし
た校内暴力等の<病理>現象が広がり、私立志向が急速に高まった。これによ
って第 3 次ブームが現出した。80 年代後半には第 4 次ブームが到来したが、こ
の要因は、団塊ジュニアが通塾年齢に達したこと、公立校におけるいじめ問題
の顕現化、バブル景気による消費支出の増大である。現在は、私立志向の定着
という状況と共に、平成不況や少子化及び情報化の影響により、多様化と選塾
化とが進行しているように見える。
- 12 -
ここに多様化とは、学習塾の目的や経営形態の多様化の謂である。学習塾は
一般に、有名校への受験を目的とした進学塾、学校の学習内容を補う補習塾、
学習の遅れた子供に対する救済塾、それらを総合した総合塾に分類することが
できるが、最近は、知識偏重型から転じて科学実験や自然体験を取り入れるな
ど塾の多機能化が進んでいる。この他、通信制高校生に対するサポート校、大
検合格のための予備校、個人(個別)指導を主眼とした教室、衛星やインター
ネットを活用した教室等々、新しい形態も広がりつつある。学習塾から学校設
立に踏み切るところもあり、一方では、株式公開により企業経営を展開すると
ころもある。
このように、教育ニーズの分節化を図りつつ、そのマーケット・ニッチー
(market niche)に対してきめ細かい対応(市場化)を進めているのが、学習
塾の現状と言えよう。
ここで、学習塾の経営規模について見てみよう。 ( 1 9 ) この資料によれば、
1999 年には全国で 47,082 の事業所があり、常勤従業員数は 239,476 名であっ
た。1994 年にはそれぞれ 47,475 所、253,226 名であったから、5年間で事業
所は 393 ヵ所、常勤従業員数は 13,750 名減少している。平成不況の影響であ
ろう。
次に、経営形態と収入規模別に分類すると、下表の通りである。
個人経営では、500 万円未満が過半数であるが、中には 1 億円を超えるとこ
ろもある。また、会社組織では、1 千万円から 1 億円未満が 65%を占めている
が、収入の態様については極めて大きな落差のあることが分かる。
表2
500 未満
経営形態別収入規模(単位:万円)
500−1 千未満
1 千−3 千未満
3 千−1 億未満
1億超
個人
15,924
8,250
5,806
712
会社
1,070
1,563
5,258
5,201
3,065
53
54
61
14
0
17.047
9,867
11,125
5,927
3,116
その他
合計
- 13 -
51
因みに、公表された売上ランクで上位3位までを記すと、次の通りである
(20)
。
表3
順位
売り上げベスト 3(単位:百万円)
社名
所在地
売上
生徒数
1位
(株)市進
東京都
16,245
38,500
2位
(株)栄光
東京都
14,401
36,455
3位
(株)ワオ・コーポレーション
大阪府
12,121
27,646
大規模校の実態を見ると、学習塾というよりは「新教育産業」そのものと捉
えた方が分かりやすいかもしれない。
ところで、上述の東京都調査(平成 12 年度)によれば、保護者が支出する
教育費は次表の通りである。
公立の小・中学校においては、学校教育費よりは補助学習費(この内訳は、
塾・予備校、家庭教師、通信教育受講料、図書・機材費の 4 つのカテゴリーか
ら成る)の方が多い。保護者が学校教育以外に支出する負担は、月々に直して
も少なからぬ金額となっていることが分かる。
表4
区
分
保護者が支出する教育費(単位:円、%)
学校教育費
補助学習費
稽古事
平均支出額
前年度との比較
高校公立
282,339
250,308
107,640
503,425
7.1
高校私立
1,020,032
365,655
123,319
1,365,011
△1.0
中学校公立
140,157
410,763
132,827
550,445
4.2
中学校私立
1,053,270
299,044
212,423
1,411,181
4.9
小学校公立
85,762
196,571
157,473
360,658
4.3
小学校私立
1,038,781
297,833
292,610
1,522,751
7.2
幼稚園公立
171,755
28,095
110,124
245,881
19.4
- 14 -
幼稚園私立
446,273
77,865
145,615
583,584
2.5
保護者が学習塾に対して支出する動機は学習塾の態様に応じて様々であろう
が、今日、これほど定着した<制度>を、それではどのように取り入れて新し
い学校体系を構築すればよいのだろうか。
臨教審以来、学習塾をすべて学校として認めるべきであるという言説がなさ
れ ( 2 1 ) 、今日においても絶えることのない潮流を形成している。しかし、学
習塾を公教育の体系に組み入れたのでは、私教育としての良さを喪失しよう。
学習塾は、学習指導要領や検定教科書といった制約から限りなく自由に学習活
動を組織することができる。また、個々人に対応して教育課程を組織すること
も可能である。こうした可能性を生かす方向で学習塾を位置づける必要があろ
う。
そのためには、逆に公教育の機能を確定することが求められる。公教育が、
人間形成における知情意すべての部面を独占する必要はないし、また、そのこ
と自体不可能でもある。公教育は国民形成上必要最小限の内容に絞り、その余
は学習塾等の私教育ないし社会教育に譲渡することによって、スリム化された
学校が現出するであろう。今日の学校を巡る<病理>は、子供たちを一日中学
校空間の中に閉じ込める(収容所化)ことによって生じている部分が大きい。
学校の外部に多様な活動の場を設定し、子供の資質や関心、能力によって選択
可能な状況を作るべきであろう。
4.ホームスクールの現状と課題
もう一つの学校の最後の事例として、ホームスクールを取り上げよう。
ホームスクールとは、文字通り、
「家を学習の中心の場所にして、家族や地域
を巻き込んで勉強をすること」である。日本ホームスクール支援協会の日野公
三氏によれば、2001 年 1 月現在、在宅学習を実践する会員は 71 家族、支援会
員が 51 名、法人会員が 5 社あるという ( 2 2 ) 。
- 15 -
教育方法はフリースクールと同様様々であり、文字通り家で学習することか
ら、地域の図書館や美術館を利用する形態、自然体験を取り入れる形態等自由
度が大きい。
この<制度>の先進地である米国の実態を見ると、ホームスクールを実践し
ている子供は、1997−98 年度、150 万人に達しているという ( 2 3 ) 。これは、
全米のK−12(幼稚園から第 12 学年)の就学者総数の約 3%に上る。但し、
低学年の子供の場合が多く、高学年になるにつれ少なくなっているという(9
−12 学年では総数の 11%強に過ぎない)。
ホームスクールを選択する動機は、不登校のような学校不適応によるよりは、
積極的に「より良い教育環境」を求めるケースが多いという。即ち、
「ドラッグ、
犯罪、暴力、妊娠、性を媒介とする病気などに満ち溢れた・・・学校に不安を
抱く親たちが、公私立の学校が提供する教育よりも質の高い教育を施すことが
できるとの確信」をもって選択する傾向がある。家庭背景を見ると、一般に高
学歴の親が多く、収入も平均値以上であり、両親が結婚しているケースが多く、
人種的マイノリティは少ないことが報告されている。
米国においては、規制の度合いの違いはあるにせよ、全 50 州がホームスク
ールを制度化している。その根拠は、子供の教育権を保障することにある。こ
れによって、就学義務と親の教育の自由との両立を図るメリットが生まれる。
即ち、子供の教育権が保障されることを前提に、その一つの手段として承認さ
れているのが、米国におけるホームスクールの基本的性格である。
ホームスクールがわが国において今後どのような位置づけになってゆくかは
予断を許さないが、例えば大学入学時において学習歴をどのように評価するか
という問題にみられるように、正規の学校体系との関係をどう切り結ぶかが一
つの要点となろう。法制度的には、子供の教育権を保障する上で、学校教育よ
りは家庭教育の方が「子供の利益」に叶うことが証明されるならば、親の教育
の自由(親の教育権)が就学義務より優位に立つことは十分ありうることと思
われる ( 2 3 ) 。
- 16 -
この章では、もう一つの学校という概念に対応する学校教育以外の教育「環
境」について、その代表的な事例(フリースクール、学習塾、ホームスクール)
の実態とそれがはらむ諸問題について概観した。
註
(1) MAAP BYLAWS ARTICLE 2 , http://www.geocities.com/maapmn/committees/bulaws.html
(2) 佐 藤 学 「『 ゆ と り 教 育 』 で は 何 も 解 決 し な い 。」『 潮 』 四 月 号 第 五 一 八 号 、 潮 出 版 社 、
2002 年 、pp.76-83。佐 藤は、中学 2年生の学 校外学習時 間について 、実質ゼロ が 98
年には 43%にも達したことを引きながら、子供たちの「学びからの逃走」は、希望の
喪失と無力感のあらわれ、としている。
(3) 当時、論客 の一人であ った香山健 一の自由化 論を中心に して臨教審 の変容過程 を鋭く
描写した 論考として、 松田博公「 臨教審・自 由化論かく 敗れたり」『「日本の教育改造
案」』別冊宝島 183、宝島社、1993 年、pp.209-220 を参照されたい。
(4) 外部からは、岡部等編『分数ができない大学生』東洋経済新報社、1999 年にはじまる
実証的な批 判が次々と 公刊されて いる。また 、内部から は、現役官 僚である大 森不二
雄『「ゆとり教育」亡国論』PHP 研究所、2000 年による批判がなされた。
(5) 松田、前掲論文、p.219 参照。
(6) 『教育改革国民会議報告−教育を変える 17 の提案−』教育改革国民会議、2000 年 12
月は、
「地域の信頼に応える学校づくり」を進める上で、公設民営方式によるコミュニ
ティスクール構想を提案した。
(7) 小浜逸郎は、著書『症状としての学校言説』JICC 出版局、1991 年において、「教育構
造改革試案」を提起した(pp.257-265)。学校機能の縮小と民間教育機能の多様化、が
そのキーワードとなっている。
(8) A brief history of Summerhill , http://www.s-hill.demon.co.uk/history.htm より。
(9) 『全国フリースクールガイド
2001∼2002 年度版
小中高・不登校生の居場所探し』
りいふ・しゅっぱん、2001 年。
(10) 文 部 科 学 省 HP中 、「 不 就 学 学 齢 児 童 生 徒 : 長 期 欠 席 児 童 生 徒 」 に 関 す る 統 計 に よ る 。
- 17 -
http://www.mext.go.jp を参照。
(11) 『民間フリースクール等実態調査
報告書』東京都教育庁生涯学習部社会教育課、1999
年3月。
(12) NPO 法人
東京シューレ(編)
『フリースクールとはなにか』株式会社教育資料出版会、
2000 年。
(13) 尾木直樹・宮台真司『学校を救済せよ
自己決定能力養成プログラム』学陽書房、1998
年、がその典型である。
(14) 諏訪哲二『管理教育のすすめ』洋泉社、1997 年、「第 7 章
反『自由論』」を参照。
(15) 「『地域の教育力の充実に向けた実態・意識調査』の実施結果(速報)について」より。
この調査は、子どもの体験活動研究会が文部科学省の委嘱を受けて 2001 年 9−10 月に
実施したものである。http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/14/01/020122.htm を参
照。
(16)
「平成 12 年度保護者が負担する教育費調査−アンケート調査−の結果について」
(
東
京
都
教
育
庁
プ
レ
ス
発
表
資
料
)
よ
り
。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr20010412_3.htm を参照。
(16) 下村澄(監修)
『新教育産業 98
最新データで読む産業と社会シリーズ 14』二期出版、
1997 年、p.30。
(17) 以下の記述は、同上下村澄「新教育産業の歴史」pp.108-111、に負っている。
(18) (社)全国 学習塾協会 のHPより引 用。なお、 当該データ は、総務庁 「サービス 基本調
査」に基づくものである。なお、協会のURLは、 http://www.jja.or.jp 。
(19) 千葉誠一( 監修)『新 教 育産業
2003
最新デー タで読む産 業と社会シ リーズ 12』産
学社、2002 年、p.251 より。
(20) 臨教審のメ ンバーであ った香山健 一『自由の ための教育 改革−画一 主義から多 様性へ
の選択』PHP 研究所、1987 年がその代表格であるが、渡部昇一も一貫してその主張を
繰り返している。渡部『国民の教育』産経新聞ニュースサービス、2001 年を参照。
(21) 前掲フリースクールガイド中、
「ホームスクール(在宅学習)の日本での現状」pp.34-36
のインタビュー記事による。
- 18 -
(22) 大路氏の HP記事によ る 。なお、 氏 は、この デ ータをHome Legal Defence Association
から入手している。氏のURLは http://m1.aol.com/nyjec.kyoiku/hmschool.htm 。
(23) 日 本 ホ ー ム ス ク ー ル 支 援 協 会 の HP に 、 法 制 度 的 な 問 題 点 が 整 理 し て あ る 。
http://www.homeschool.ne.jp/homeschool/q&a_3.html を参照。
- 19 -
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