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プロゲスチン膜受容体の人工合成系と分離精製法の確立
SURE: Shizuoka University REpository http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/ Title Author(s) プロゲスチン膜受容体の人工合成系と分離精製法の確立 大島, 卓之 Citation Issue Date URL Version 2013-12 http://doi.org/10.14945/00007982 ETD Rights This document is downloaded at: 2017-03-29T03:40:49Z 静岡大学 博士論文 プロゲスチン膜受容体の人工合成系と分離精製法の確立 2013年12月 大学院自然科学系教育部 バイオサイエンス専攻 大島卓之 目 次 第一章 序論 ―――――――――――――――――――――― 1頁 1. 1 プロゲスチンとは 1. 2 プロゲスチン膜受容体(membrane progestin receptor; mPR)とは 1. 3 mPR による細胞内シグナル伝達 1. 4 mPR の人工合成 第二章 結果 ―――――――――――――――――――――― 6頁 2. 1 P. pastorisによるキンギョmPRαタンパク質発現系の構築 2. 2 形質転換体膜画分を用いたステロイド結合実験 2. 3 リコンビナントmPRαタンパク質の精製 2. 4 精製タンパク質を用いたステロイド結合実験 2. 5 精製タンパク質のKex2プロテアーゼ処理 2. 6 精製タンパク質の MALDI-TOF/MS による同定 第三章 考察 ―――――――――――――――――――――― 10 頁 第四章 材料と方法 ――――――――――――――――――― 16 頁 4. 1 キンギョmPRαタンパク質発現P. pastoris株の作製 4. 2 P. pastorisでのキンギョmPRαの発現 4. 3 細胞膜画分の調製と膜タンパク質の可溶化 4. 4 放射性リガンド結合実験 4. 5 mPRαタンパク質の精製 4. 6 SDS-PAGEおよびウエスタンブロット解析 4. 7 Kex2プロテアーゼ処理 4. 8 MALDI-TOF/MS 解析 論文要旨 ―――――――――――――――――――――――― 21 頁 参考文献 ―――――――――――――――――――――――― 23 頁 図 ―――――――――――――――――――――――――― 31 頁 謝辞 ―――――――――――――――――――――――――― 54 頁 第一章 序論 1. 1 プロゲスチンとは プロゲスチンとはプロゲステロン様作用を示す類似化合物の総称である。プロゲスチ ンは天然型と合成型に分けられ、天然型はヒトといくつかの動物で見つかっている (Stanczyk, 2003)。ヒトの天然のプロゲスチンはプロゲステロンである。天然型は脊椎 動物の生殖組織において最終的な成熟を制御する重要なステロイドホルモンである。医 療分野では、様々な合成プロゲスチンが開発され使用されている。硬骨魚類では、2種 類のプロゲスチンが天然の卵成熟誘起ステロイド(maturation-inducing steroid; MIS ) と し て 同 定 さ れ た ( 図 1 )。 サ ケ 科 の ア マ ゴ ( Oncorhynchus rhodurus ) か ら は 17α,20β-dihydroxy-4-pregnen-3-one ( 17,20β-DHP )、 ニ ベ 科 の Atlantic croaker ( Micropogonias undulates ) と Spotted seatrout ( Cynoscion nebulous ) か ら は 17α,20β,21-trihydroxy-4-pregnen-3-one(20β-S)が同定された(Nagahama et al., 2008)。 ヒトのプロゲスチンであるプロゲステロンと魚類のプロゲスチンとの構造上の違いは、 魚類のプロゲスチンはステロイド骨格を構成する複数の炭素の側鎖にヒドロキシル基 を有していることである。17,20β-DHPは17位と20位、20β-Sは17位と20位と21位にヒ ドロキシル基を持つ。魚類においてプロゲスチンは脳下垂体から分泌される黄体形成ホ ルモン(luteinizing hormone; LH)に応答して卵巣内の濾胞細胞で合成される。サケ科 魚類では、LHは多くのシグナルカスケードを促進し、卵巣の濾胞層の莢膜細胞で progesteroneと17α-hydroxypregnenoloneは17α-hydroxyprogesteroneへ変換される。 17α-hydroxyprogesteroneは顆粒膜細胞で20β-hydroxysteroid dehydrogenaseにより 17,20β-DHPに変換される(図2)。 1. 2 プロゲスチン膜受容体(membrane progestin receptor; mPR)とは プロゲスチンによる卵成熟について、プロゲスチンを直接卵の細胞質に注入しても卵 成熟が起こらないことや細胞膜を透過しないアガロースビーズに卵成熟誘起作用を持 つステロイドのdeoxycorticosteroneを結合した不溶性のステロイドでもアフリカツメ ガエル卵の卵成熟を誘起したことからプロゲスチンの受容体が卵の細胞膜表面に存在 することが示唆された(Ishikawa et al., 1977)。卵成熟誘起を細胞膜上で介在する膜受容 体の存在について、ヒトデにおいても天然のMISである1-Methyladenineを直接卵に注 入しても卵成熟は起こらず、成長した未成熟卵の細胞膜は1-Methyladenineとの結合活 性 を 示 し た こ と か ら MIS の 受 容 体 が 細 胞 表 面 上 に 存 在 す る こ と が 示 唆 さ れ た (Yoshikuni et al., 1988) 。細胞表面でのプロゲスチンの遺伝子発現を介さないノンゲノ 1 ミック作用を介在する受容体の候補分子として2003年にプロゲスチン膜受容体( membrane progestin receptor; mPR)がSpotted seatroutにおいて同定された(Zhu et al., 2003a; Zhu et al., 2003b)。このSpotted seatrout卵巣からクローニングされたcDNA のコードするタンパク質はステロイド膜受容体としての特徴を有していることが示さ れた。すなわち、そのアミノ酸配列はGPCRの特徴である7つの膜貫通ドメインを持つ ことが予測され、脳や生殖組織などでの組織特異的なmRNA発現、タンパク質の卵細胞 膜上での局在、大腸菌による組換えタンパク質のステロイド結合活性が示された。さら にこの遺伝子を導入した培養細胞ではプロゲスチン処理により細胞内cAMP濃度の急速 な低下やMAPキナーゼの活性化が起こった。cAMP濃度の低下は抑制性Gタンパク質の 特異的阻害剤である百日咳毒素処理により阻害されたことから、mPRが抑制性Gタンパ ク質を介した新しいプロゲスチン作用のシグナル伝達経路を介在するプロゲスチンの 膜受容体であることが示唆された。系統発生学的解析によりmPRは真正細菌由来の11 遺伝子からなるprogestin and adipoQ receptor(PAQR)ファミリーに属することが明 らかになった。3種類のサブタイプmPRα、β、γはそれぞれPAQR7、8、5に相当する。 したがって、始原細菌由来のG protein-coupled receptor(GPCR)スーパーファミリー とは独立して生じたことを意味する(Thomas et al., 2007)。また、最近出芽酵母を用い た解析からmPRδ、ε(PAQR6、9)が新たなmPRサブタイプとして提案された(Smith et al., 2008)。 プロゲスチンの他にも卵成熟に影響を与える化学物質についてmPRがその作用を介 在している可能性がある。合成エストロゲンであるdiethylstilbestrol(DES)はキンギ ョやゼブラフィッシュの卵に対して卵成熟誘起作用を示した(Tokumoto et al., 2004) 。 ま た ゼ ブ ラ フ ィ ッ シ ュ 卵 を 用 い た 実 験 か ら tamoxifen が 卵 成 熟 を 誘 起 し 、 pentachlorophenol や methoxychlor が 17,20β-DHP 処 理 に よ る 卵 成 熟 を 阻 害 し た (Tokumoto et al., 2005) 。卵成熟に影響を及ぼす内分泌かく乱物質について、プロゲス チン作用を介在するmPRの関与が調べられた。その結果、キンギョmPRα遺伝子を導入 した培養細胞の膜画分を用いたステロイド結合実験によりDESとキンギョmPRとの結 合性が示された(Tokumoto et al., 2007) 。このことはプロゲスチンだけでなく内分泌か く乱物質がmPRに作用することで卵成熟誘起が引き起こされることを示唆する。つまり mPRは脊椎動物の内分泌系に影響を与える化学物質の標的となりうる分子として更な る研究が必要である(Tokumoto et al., 2006; Tokumoto et al., 2005)。 1. 3 mPRによる細胞内シグナル伝達 mPRはGPCRと同様に7回膜貫通型構造を持ち、抑制性Gタンパク質と共役している ことが示唆されるなどGPCRとしての特徴を有する(図3)。抑制性Gタンパク質との共 2 役については、mPRの介在するプロゲスチンの急速な作用のシグナル伝達経路が抑制性 Gタンパク質を介した細胞内シグナル伝達であることが示唆されている(図4)。この経 路では、プロゲスチンがmPRに結合すると細胞内でmPRと結合していた抑制性Gタンパ ク質が活性化し、その結果としてアデニル酸シクラーゼ活性が下方調節され、細胞内の サイクリックAMP(cyclic AMP; cAMP)産生が抑制されることが示唆されている (Karteris et al., 2006; Thomas et al., 2007; Yoshikuni et al., 1994; Zhu et al., 2003)。 cAMPはcAMP依存性プロテインキナーゼ(protein kinase A; PKA)の調節サブユニッ トに結合し、調節サブユニットの解離を引き起こすことでプロテインキナーゼを活性化 する。cAMPの下方調節によりPKAが抑制される。PKAは魚類の卵成熟において重要な 役割を持つと考えられ、ナマズ(Clarius batrachus)においてPKA活性の阻害が卵成 熟を誘導したという報告もこのことを支持する(Haider et al., 2002)。また、キンギョの 卵成熟においてプロゲスチンは細胞内に蓄積されたサイクリンBのmRNAの翻訳を促進 する。サイクリンBはcdc2とともに卵成熟促進因子(maturation-promoting factor; MPF )を構成し、最終的に卵成熟を誘起する(Kondo et al., 1997; Nagahama and Yamashita, 2008)。ゼブラフィッシュにおいて卵母細胞へのmPRα mRNAのマイクロインジェクシ ョンにより卵成熟誘起とサイクリンBタンパク質合成量の増加が示された(Hanna et al., 2011)。このことからmPRαの介在するプロゲスチンシグナル伝達経路の下流でサイクリ ンBの翻訳の促進が起こっていることが示唆された。つまりmPRαの介在するプロゲス チン作用により抑制されたPKAはその下流でサイクリンBの新規合成を抑制していると 考えられる。このようにmPRはプロゲスチンの作用を細胞内のセカンドメッセンジャー の変化による急速なカスケード反応を介して伝達する。プロゲスチンをはじめとしたス テロイドホルモンの作用は核での転写調節を介した経路によるゲノミック作用が古く から一般的であった。この経路では細胞外からのシグナルにより直接細胞内の核での反 応が引き起こされる。脂溶性であるステロイドホルモンは細胞膜を通過することができ 、細胞質でゲノミック作用を介在する核受容体と結合し、核受容体を活性化する(Faivre et al., 2005)。この結合は活性型の受容体へと構造変化を引き起こす。リガンドにより活 性化した受容体が核でDNAと結合し、遺伝子発現を制御する転写因子として働くことで 効果を発揮する。mPRの介在するプロゲスチン作用はこの経路とは全く異なり、核での 転写を必要としないノンゲノミック作用である。ノンゲノミック作用はステロイドホル モンの新しいシグナル伝達経路であり、魚類を始めとした脊椎動物でのプロゲスチンに よる卵成熟誘起においてその研究が進められている。 mPRに加えて、細胞表面でのプロゲスチン作用を介在している可能性がある候補分子 としてプロゲスチン核受容体(nuclear progestin receptor; nPR)とprogestin receptor membrane component(PGRMC)が挙げられる。これらの組織特異的発現は重複する 3 ため、その機能も重複している可能性があり、プロゲスチン作用を介在する受容体の生 理機能の解明を困難にしている(Guennoun et al., 2008; Kelder et al., 2010; Zhu et al., 2008)。例えばnPRはプロゲスチンのゲノミック作用を介在する核受容体であるが、転 写因子としての機能に加えて核外でプロゲスチンによるc-SrcとMAPKカスケードの活 性化を介在する(Boonyaratanakornkit et al., 2008; Scarpin et al., 2009)。アフリカツ メガエル(Xenopus laevis)卵母細胞においてnPRはmPRβと同様に卵成熟中のプロゲ スチンによるノンゲノミック作用を介在していることが示された(Zhu et al., 2008)。ま た、ヒト子宮筋細胞でmPRとnPRの共局在とmPRの活性化によりnPR活性が制御され るmPRとnPRのクロストークが示された(Karteris et al., 2006)。mPRを介したシグナ ル伝達経路の詳細はまだ明らかになっていないが、その介在する効果により異なる複数 の経路が示唆されている (Dressing et al., 2011; Dressing et al., 2007; Hanna and Zhu, 2011; Zuo et al., 2010)。 1. 4 mPRの人工合成 mPRのシグナル伝達経路の詳細を明らかにするためにはmPRと共役する抑制性Gタ ンパク質やmPRと結合する化学物質との分子間相互作用を調べる必要がある。この解析 には大量の活性型のmPRタンパク質が必要とされる。mPRタンパク質の人工合成につ いて、これまでにいくつかの宿主で試みられてきた。Spotted seatrout mPRαについて、 大腸菌( Escherichia coli; E. coli )とヒト乳癌由来の細胞でnPRが欠損している MDA-MB231細胞において組換えタンパク質が発現された(Zhu et al., 2003a)。キンギ ョmPRαについて、E. coliとMDA-MB231細胞において組換えタンパク質が発現された (Tokumoto et al., 2006; Tokumoto et al., 2007)。MDA-MB231細胞ではキンギョmPR の残りのサブタイプβ、γ-1、γ-2も発現された(Tokumoto et al., 2012)。さらにヒトmPRα 、δ、εについて、MDA-MB231細胞において組換えタンパク質が発現された(Pang et al., 2013; Thomas et al., 2007)。ゼブラフィッシュmPRα、βについて、MDA-MB231細胞 およびヒト胎児腎臓由来のHEK293細胞において組換えタンパク質が発現された (Hanna et al., 2006; Hanna et al., 2009)。Xenopus mPRβについて、チャイニーズハム スター卵巣(Chinese hamster ovary; CHO)細胞で組換えタンパク質が発現された (Josefsberg Ben-Yehoshua et al., 2007)。ヒツジmPRαについて、CHO細胞で組換えタ ンパク質が発現された(Ashley et al., 2009)。脊椎動物のmPRのプロゲスチン結合活性 は上記の哺乳類細胞での発現で確かめられた。哺乳類細胞を用いた発現系はmPRの機能 解析に適しているが発現量は微量であり、大量発現は困難である。原核細胞であるE. coli の発現系は容易に大量発現ができるが、翻訳後修飾がされない他、脂質構成が真核細胞 とは異なり、内膜にコレステロールが存在しない。このため脊椎動物のmPR分子の機能 4 を調べる目的には適していない。当研究室では、キンギョmPRαはまずE. coliで発現さ れたが、E. coli発現タンパク質ではプロゲスチン結合活性がみられなかった。その後 MDA-MB-231細胞での発現で高いプロゲスチン結合活性が示された(Tokumoto et al., 2007)。これらの事実からもキンギョmPRタンパク質の発現には真核細胞が適している ことが支持される。mPRはその構造や機能からGPCRと同様に取り扱うことができると 考えられる。機能解析を目的としたGPCRの人工合成では、特にヒトGPCRの立体構造 決定において昆虫細胞が最も利用されている(Cherezov et al., 2007; Chien et al., 2010; Jaakola et al., 2008; Rasmussen et al., 2007; Wu et al., 2010)。最近、2つのヒトGPCR (histamine H1 receptor、adenosine A2a receptor)がP. pastorisによる発現で立体構造 が決定された(Hino et al., 2012; Shimamura et al., 2011)。酵母細胞は高い細胞密度で 培養することができ、大量発現はE. coliに次いで容易である。哺乳類細胞と同じ真核細 胞であり、翻訳後修飾がなされるため、活性型のmPRを発現できることが予想された。 よって本研究では、キンギョmPRαタンパク質の人工合成の宿主としてメタノール資化 酵母P. pastorisを選択した。 5 第二章 結果 2. 1 P. pastorisによるキンギョmPRαタンパク質発現系の構築 メタノール資化酵母であるP. pastorisを用いた発現系はP. pastorisの持つメタノール 代謝に関わる2つのアルコールオキシダーゼ遺伝子AOX1とAOX2のうち、より強力な AOX1のプロモーターを用いて目的遺伝子の発現を制御するものである。形質転換で得 られたクローンについて液体培養後に細胞からゲノムDNAを抽出し、AOX1遺伝子の両 端から設計されたプライマーを用いたPCR増幅により形質転換の成否を確認した。 pPICZαCを用いて形質転換して得られたコロニーのうち9個、pPICZCを用いて形質転 換して得られたコロニーのうち8個について調べた。その結果、調べた全てのクローン でキンギョmPRα遺伝子の導入を確認した。このPCRのプライマーはAOX1遺伝子のプ ロモーターと転写終結部位の配列から設計されており、発現ベクターも同じ配列を発現 カセットの両端に持っている(図5)。PCRの結果、形質転換に成功したクローンでは キンギョmPRαとベクター配列を含むサイズ(pPICZαCの場合は約1.6 kb)の断片と AOX1遺伝子のサイズ(約2.1 kb)の断片が増幅した。野生型ではAOX1遺伝子のサイズ の断片のみが増幅し、mPRαを挿入したベクターはキンギョmPRαとベクター配列を含 むサイズの断片のみが増幅し、空ベクターではベクター由来の配列のサイズ(pPICZαC の場合は約0.6 kb)の断片のみが増幅した(図6)。 遺伝子導入に成功したクローンについて組換えタンパク質の発現を抗Hisタグ抗体を 用いたウエスタンブロットで確認した。24時間の発現誘導後、形質転換体では約54 kDa と約44 kDaのシグナルが検出された。同様に24時間培養した野生型では50 kDa付近に 内在性タンパク質のシグナルが検出された(図7)。発現誘導開始時のサンプルは細胞 濃度が低いため内在性タンパク質のバンドは検出されなかった。24時間培養した形質転 換体では54 kDaと44 kDaのシグナルが非常に強いために内在性タンパク質のシグナル は検出できなかったと考えられる。このことは後述する形質転換体を用いた精製一段階 目のウエスタンブロットにおいても約50 kDaのシグナルが検出されたことから支持さ れる。その後mPRαの発現に適したP. pastoris株および培養条件を検討した。本研究で はキンギョmPRαの発現のために3種類のP. pastoris株X-33、GS115、KM71Hを試験 した。キンギョmPRαを形質転換した3種類の株を2種類の培地条件で培養した。培地 条件について、MGYH培地での増殖後にMMH培地で発現誘導した場合とBMGY培地で の増殖後にBMMY培地で発現誘導した場合を比較した。その結果、BMGYおよびBMMY 培地でのX-33の発現が最も高かった(図8)。また、発現誘導の温度条件について3種類 の株を30°Cと20°Cで検討したところ、X-33を20°Cでの培養が最も発現が高かった(図9 6 )。メタノールでの発現誘導時間について、メタノールを含むBMMY培地での誘導開始 から24時間毎に72時間までの培養した(24時間おきに終濃度0.5%メタノールを添加し た)細胞を回収したところ、24時間後の発現が最も高かった(図10)。よって発現誘導 開始から24時間後のサンプルを回収することとした。 2. 2 形質転換体膜画分を用いたステロイド結合実験 P. pastorisで発現したmPRαタンパク質について本来の機能を有しているか、すなわ ちリガンドである卵成熟誘起ステロイド17,20β-DHPに対する結合活性を有しているか を確かめるために膜画分のステロイド結合実験を行った。野生型と形質転換体の膜画分 に対する3Hで標識した17,20β-DHP([3H]-17,20β-DHP)の結合強度を測定した。その 結果、キンギョmPRαを発現した酵母細胞で17,20β-DHP結合活性が検出され、野生型 では検出されなかった。このことからP. pastorisで発現したmPRαタンパク質がリガン ド結合活性を持つことが示唆された。この際、終濃度0.1%のdigitoninを添加することで 結 合 活 性 の 検 出 が 可 能 に な っ た ( 図 11 )。 cholate は 効 果 が な か っ た 。 ま た 、 [3H]-17,20β-DHPとともに濃度を10倍単位で変化させた非標識17,20β-DHPを加えた結 果、非標識リガンド濃度依存的に[3H]-17,20β-DHPの膜画分への結合が競合阻害された (図12)。その飽和曲線とスキャッチャード解析から17,20β-DHPに対する結合親和性の 高い単一の結合部位を持つことが示唆された(Bmax = 0.024 nM,Kd = 9.4 nM) (図13 )。 2. 3 組換えmPRαタンパク質の精製 mPRαタンパク質を精製するためには、可溶化処理により酵母細胞の膜画分の膜断片 からmPRαタンパク質を抽出する必要がある。今回、可溶化のために8種類の界面活性剤 に つ い て 、 終 濃 度 0.1% と 0.01% で の 処 理 を 試 験 し た 。 そ の 結 果 、 0.1% n-Dodecyl-β-D-maltoside(DDM)で最も可溶化された(図14)。濃度について0.1%と 0.01%で比較し、0.1%がより効果的であった。0.1%では上清側でmPRαシグナルが強く 検出され、0.01%では上清では弱く沈殿において強いシグナルが検出された。この可溶 化処理後のサンプルをカラムクロマトグラフィーによる精製に用いた。 まず、可溶化した膜画分はNi-NTAアガロースを担体に用いたカラムクロマトグラフ ィーにより精製した。イミダゾールにより溶出した各画分を抗Hisタグ抗体を用いたウ エスタンブロットで検出した(図15)。画分番号3-9において野生型細胞のウエスタンブ ロットで検出された約50 kDaの内在性タンパク質のシグナルが検出された。ウエスタン ブロットでmPRαの強いシグナルが検出された画分についてCBBR染色において夾雑タ ンパク質が多数検出された。画分番号11は夾雑タンパク質のバンドが特に強く、また画 7 分番号28-30は高濃度のイミダゾールで吸光度が下がりきるまで溶出したため、夾雑物 を多く含むと考えられた。よってこれらの画分を除くmPRαの溶出がみられた画分番号 12-27について、2段階目の精製を行うことにした。そこで、精製2段階目に用いる担体 を検討した。17種類の担体について試験した結果、Cellufine AminoがmPRαを強く吸 着し、NaClにより効果的に溶出した(図16)。よってNi-NTAアガロースカラムにより 得られたmPRαタンパク質溶出画分は限外濾過による濃縮およびバッファー交換後、 Cellufine Aminoカラムにより分離した(図17)。サンプル中にmPRαタンパク質よりも 多くの夾雑タンパク質が含まれているためにクロマトグラムの溶出ピークとウエスタ ンブロットの検出パターンが一致しなかったと考えられる。この精製によりCBBR染色 でNi-NTAアガロースカラム精製後に観察された夾雑タンパク質の大部分は取り除かれ、 mPRαのバンドがCBBR染色で観察可能となった(図18)。得られたmPRα溶出画分か らさらに夾雑タンパク質を除くために抗c-Mycタグビーズを担体に用いた精製を行った。 c-Mycタグペプチド溶液による溶出で得られた精製タンパク質は銀染色で検出され、抗 Hisタグ抗体、抗c-Mycタグ抗体によるウエスタンブロットで検出された(図19)。この mPRα溶出画分ではCellufine Aminoカラムによる精製後のサンプルのCBBR染色で観 察された夾雑タンパク質を取り除くことができた。また、銀染色で検出された50 kDa 付近の2本のバンドは抗Hisタグ抗体、抗c-Mycタグ抗体により検出されたシグナルのサ イズと一致した。従って以上の3段階のカラムクロマトグラフィーにより組換えキンギ ョmPRαタンパク質を精製することができた。本精製法では発現誘導後の培養液1 Lあた り湿重量約6 gの酵母細胞が得られ、膜画分の総タンパク質量は0.2-0.3 gであった。さら にNi-NTAアガロースカラムによる精製で得られたmPRα溶出画分の総タンパク質量は 約5 mg、Cellfine Aminoカラム後のmPRα溶出画分の総タンパク質量は0.5 mgであった。 2. 4 精製タンパク質を用いたステロイド結合実験 精製タンパク質について、可溶化された状態でもプロゲスチン結合活性を保持してい ることを確かめるためにNi-NTAアガロースによる精製後のサンプルを用いてステロイ ド結合実験を行った。ガラス繊維濾紙であるGF/Bフィルター上で精製タンパク質を捕捉 するために可溶化mPRα溶出画分に含まれるDDMをバッファー交換により除去し、界面 活性剤を含まないバッファーでGF/Bフィルターを湿潤した。その結果、精製過程の mPRαタンパク質についても17,20β-DHP結合活性が検出された(図20)。 2. 5 精製タンパク質のKex2プロテアーゼ処理 発現誘導後の膜画分および精製タンパク質の抗Hisタグ抗体、抗c-Mycタグ抗体を用い たウエスタンブロットで50 kDa付近に検出される2本のシグナルについて、キンギョ 8 mPRαタンパク質であることを確かめるためにKex2プロテアーゼによる切断を試みた。 Ni-NTAアガロースによる精製後のサンプルをKex2プロテアーゼで処理し、抗Hisタグ 抗体で検出した。その結果、54 kDaのシグナルが低下し、44 kDaのシグナルが増加し た(図21)。このことからα-factor分泌シグナル配列融合型のmPRαタンパク質がKex2 プロテアーゼ処理によりKex2切断サイトで切断されたことが示唆された。よって、54 kDaのシグナルがα-factor分泌シグナル配列融合型のmPRαタンパク質であり、44 kDa のシグナルがα-factor分泌シグナル配列切断後のmPRαタンパク質であることが支持さ れた。 2. 6 精製タンパク質のMALDI-TOF/MSによる同定 精 製 タ ン パ ク 質 が キ ン ギ ョ mPRα タ ン パ ク 質 で あ る こ と を 確 か め る た め に MALDI-TOF/MSによるペプチドマスフィンガープリント解析を行った。Cellufine Aminoカラムクロマトグラフィーによる精製後のサンプルについてα-factor分泌シグナ ル配列融合型mPRαタンパク質とα-factor分泌シグナル配列切断後のmPRαタンパク質 と推定された約54 kDaのバンドと約44 kDaのバンドについて解析した。データベース サーチの結果、54 kDaのバンドはキンギョmPRαとして同定された。このバンドではキ ンギョmPRα配列のアミノ酸354残基のトリプシン処理により予測される6つのペプチ ド断片のピークとともにα-factor分泌シグナル配列とキンギョmPRαの両方の配列を含 む連結部分のペプチド断片から予測される合成タンパク質固有のピークも検出された (図22)。約44 kDaのバンドでは同定には至らなかったが54 kDaのバンドと一致する5 つのキンギョmPRα由来のペプチド断片のピークが検出され、α-factor分泌シグナル配列 を含むペプチド断片のピークは検出されなかった(図23)。 9 第三章 考察 今回、キンギョmPRαの人工合成のために3種類のP. pastoris株を試験した。すなわち 野生型のX-33、ヒスチジン合成系の酵素遺伝子(histidinol dehydrogenase gene)に変 異を持つためにヒスチジン要求性であるGS115、メタノール代謝酵素遺伝子AOX1の大 部分を欠損することでメタノール代謝能力を抑えたKM71Hを用いた。特にメタノール 代謝能力の違いは組換えタンパク質発現に違いを生じる場合がある。AOX1遺伝子を欠 損した場合、アルコール代謝はAOX2のみに依存するため、生育は遅くなるが、発現誘 導のためのメタノール要求性も低下する。タンパク質によってはメタノールが有害であ り、メタノール要求性の低いKM71Hの方が野生型よりも有用である場合がある。 遺伝子導入には2つのベクターpPICZCとpPICZαCを用いてその発現を試験した。こ れらのベクターはAOX1遺伝子のプロモーターと転写終結領域を持ち、その間にマルチ クローニングサイトがある(図5)。これらの配列とP. pastorisゲノム中のAOX1遺伝子 との間で相同組換えが起こることでP. pastorisへ遺伝子導入できる。マルチクローニン グサイトの3’ 側にはc-Mycタグと6 x Hisタグを持つ。pPICZαCはマルチクローニング サイトの5’ 側に出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のα-factor分泌シグナル配 列を持つ。α-factor分泌シグナル配列について、本来は発現タンパク質の細胞外分泌を 促進するために付加される(Cregg et al., 1993; Scorer et al., 1993)。mPRαは膜タンパ ク質であり、その性質上細胞外への分泌は考えにくい。しかし、酵母での膜受容体の発 現に関して、受容体の膜輸送の促進を目的として融合されたSaccharomyces cerevisiae α-factor signal sequence が P. pastoris で の GPCR 発 現 量 を 改 善 す る こ と が あ る (Reilander and Weiss, 1998; Talmont et al., 1996; Weiss et al., 1995)。従って受容体 の高レベル発現のためのシグナル分泌配列の必要性は実験的に決定する必要がある。今 回、α-factor分泌シグナル配列の付加されるpPICZαCベクターとα-factor分泌シグナル配 列の付加されないpPICZCベクターの2種類のベクターを用いて形質転換した結果、 pPICZαCを用いたα-factor分泌シグナル配列融合型の形質転換体のみmPRαタンパク質 の発現が抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロットで確認できた。よってキンギョ mPRαのP. pastorisでの発現にはα-factorシグナル分泌配列が必要であると結論づけた。 本研究で発現されたmPRαタンパク質はウエスタンブロットで50 kDa付近に2本のバ ンドが検出された。約54 kDaのバンドはC-末端にc-Mycタグと6 x Hisタグを付加された キンギョmPRαとα-factor分泌シグナル配列の融合タンパク質のアミノ酸配列から計算 された推定サイズ(53,638 Da)と一致した。約44 kDaのバンドはプロセシングにより α-factor 分泌シグナル配列の末端部にあるKex2またはSte13プロテアーゼの切断部位 10 でα-factorが切断されたキンギョmPRαタンパク質の推定サイズ(Kex2の場合は44,717 Da、Ste13の場合は44,317 Da)と一致した。この切断はゴルジ装置内で起こることが 知られているが、54 kDaのバンドは翻訳後のプロセシングの途中にあるか、切断されに くい構造をとっているかもしれない。ただしP. pastorisでのマウス5-hydroxytyptamine receptorの発現においてα-factor融合タンパク質で高いリガンド結合活性がみられてお り、α-factorによる結合活性への影響はみられなかった(Weiss et al., 1998)。本研究にお いても組換えタンパク質を発現した酵母細胞の膜画分と精製タンパク質でリガンド結 合活性が検出されており、α-factor分泌シグナル配列融合型mPRαタンパク質とα-factor 分泌シグナル配列を含まないキンギョmPRαの混合物でも機能解析に適用できると考え られる。 組換えタンパク質の発現誘導について、発現誘導時の温度を3種類の P. pastoris 株 GS115とKM71HとX-33の形質転換体を用いて20℃と30℃で比較したところX-33を 20°Cで発現誘導したものが最も組換えタンパク質の発現量が高かった。P. pastorisの低 温発現による収量増加はLiらにより最初に報告された(Li et al., 2001)。高温はペプチド 鎖の折り畳みの間により多くの疎水性表面を露出させ、凝集体形成を引き起こす可能性 がある。ミスフォールドや凝集したタンパク質は細胞内タンパク質分解をより受けやす いので低温での発現誘導が効果的な場合がある。膜タンパク質については低温発現によ る 組 換 え human µ-opioid receptor の リ ガ ン ド 結 合 活 性 の 改 善 が 報 告 さ れ た (Sarramegna et al., 2002)。低温での培養は酵母細胞の内在性プロテアーゼの活性が低 下し、発現タンパク質の分解が抑えられると考えられる。また、タンパク質合成を低下 させ、合成期のペプチド鎖の正しい折り畳みへの時間を与えるためタンパク質の活性に 有益であると考えられる。さらに発現誘導時の培地組成について3種類の宿主株GS115 とKM71HとX-33の形質転換体を用いて緩衝液や酵母抽出液を含まないMGYHおよび MMH培地とこれらを含むBMGYおよびBMMY培地で比較したところX-33をBMGY培 地で増殖させ、BMMY培地で発現誘導したものが最も組換えタンパク質の発現量が高か った。緩衝液を含むBMGYおよびBMMY培地の方が培養中の培地のpHの低下が抑えら れるので組換えタンパク質の安定性が高い可能性が考えられる。また、BMGYおよび BMMY培地に含まれる栄養源であるyeast extractとpeptoneにより細胞の増殖速度が高 くなり収量が増えると考えられる。これらの比較から3種類の宿主株の中でX-33が mPRαの発現に最も適した宿主株であると結論づけられた。メタノールによる発現誘導 時間について24時間培養したサンプルが最も収量が高く、それ以降の収量は低下した。 24時間後以降はタンパク質分解がタンパク質合成の速度を上回っていると考えられる。 形質転換体の膜画分の17,20β-DHP結合活性についてステロイド結合実験により測定 したところ、膜画分に終濃度0.1% digitoninを添加することにより17,20β-DHP結合活性 11 が検出できた。digitoninの効果についてはヒト黄体膜への[3H]-progesterone結合活性を 測定するために必要であることが報告された(Rae et al., 1998)。また、digitoninによる ヒト精子膜画分へのプロゲステロン結合の特異的な促進が報告された(Ambhaikar et al., 1998)。さらにmPRsを発現しているラット黄体へのプロゲステロン結合がdigitonin 存在下でのみ観察された(Cai et al., 2005)。digitoninはステロイドと複合体を形成する ことで疎水性残基に富む受容体タンパク質へのリガンドのアクセスを容易にすること が考えられる。 Ni-NTA精製後のサンプルの17,20β-DHP結合活性の測定において、精製サンプルの活 性を評価するためのコントロールとして溶媒のみを用いたところ放射能の値が安定し なかった。これはGF/Bフィルターを界面活性剤無しで湿潤処理したためにフィルターに [3H]-17,20β-DHP自体が吸着しやすくなったためであると考えられた。そこでコントロ ールと精製サンプルの両方にキャリアタンパク質として終濃度10 mg/ml BSAを添加し た。その結果、コントロールの測定値が安定し、精製サンプルのDHP結合活性も観察す ることができた。これはBSAがGF/Bフィルターに吸着し、表面を覆うことで遊離の [3H]-17,20β-DHPがフィルターに吸着せずに素通りすることができたためであると考え られる。 組換えタンパク質の可溶化のための界面活性剤の検討について、DDMで処理したサ ンプルの上清と沈殿を合わせた全体のシグナル強度は0.1%と0.01%で差がみられなか ったことから、DDM濃度の違いによるmPRαタンパク質の分解速度の差はないと考えら れる。ただし、沈殿側のmPRαはDDMのミセル構造に取り込まれておらず本来の細胞膜 環境に近い、上清側よりも安定な状態にあるかもしれない。DDMは溶液中の膜タンパ ク質の安定性を高めることが報告されている(Galka et al., 2008)。このことを考慮に入 れると0.1%ではmPRαタンパク質がより多く可溶化されているにもかかわらず全体量 は低下していないので、DDMのミセル中でもmPRαは細胞膜環境に近い安定性を保持し ていると思われる。可溶化時間について、10分、20分、30分と30分、2時間、15時間で 比較したところ20分から30分で最大となり、2時間以上では収量は低下した。長時間の 培養はmPRαタンパク質分解を招くことが示唆される。2時間後以降のサンプルの不溶化 沈殿にもmPRαが含まれていることから、30分で可溶化されなかったmPRαはDDMのミ セルに取り込まれにくい状態に置かれているのかもしれない。これらの可溶化条件の検 討はタンパク質濃度0.5 mg/mlで行われた。タンパク質濃度については低濃度の方が比 較的可溶化されやすい。ただし低いタンパク質濃度で可溶化を行う場合、サンプルの全 体量が著しく大きくなってしまい、作業の効率やコストを考えると好ましくない。日常 的に精製を行う際に1 mg/ml以下で可溶化した場合に安定して可溶化に成功しているの でタンパク質濃度1 mg/ml以下を基準として採用した。 12 Cellufine Aminoカラムによる精製後のサンプルのMALDI-TOF/MS解析においてキ ンギョmPRαと一致するペプチド断片のピークが検出された50 kDa付近の2つのバンド のうち、約54 kDaのバンドはα-factor分泌シグナル配列とキンギョmPRαの連結部分の ペプチド断片のピークも検出されたが、約44 kDaのバンドではα-factor分泌シグナル配 列を含むペプチド断片のピークは検出されなかった。このことから54 kDaのバンドは mPRαとα-factor分泌シグナル配列の融合タンパク質であり、44 kDaのバンドはα-factor 分泌シグナル配列が切断された組換えmPRαタンパク質であることが支持された。 組換えタンパク質はα-factor分泌シグナル配列の末尾にKex2プロテアーゼ認識配列 Glu-Lys-Arg-Glu-Ala-Glu-Alaを持つ。Kex2プロテアーゼ処理によりこの部位で切断さ れ、α-factor分泌シグナル配列はmPRαタンパク質から分離されると考えられる。54 kDa はKex2プロテアーゼで切断される前の組換えタンパク質の全長サイズに一致し、44 kDaはKex2プロテアーゼ認識配列で切断された後のサイズと一致する。精製タンパク質 をKex2プロテアーゼ処理したサンプルはコントロールに比べて54 kDaのシグナル強度 が低下し、44 kDaのシグナル強度が増加したことからも精製タンパク質が上記の2種類 の状態で存在するmPRαタンパク質であることが支持された。 タンパク質の細胞外分泌を促進するα-factor分泌シグナル配列はタンパク質の細胞膜 への輸送を促進すると考えられる。2種類の発現ベクターを用いて得られた形質転換体 のうち、α-factor分泌シグナル配列が付加されるコンストラクトのみ組換えタンパク質 の発現を検出できたことから、mPRαタンパク質は細胞膜環境で安定性が高いことが示 唆される。本研究で2種類の組換えmPRαタンパク質が共に精製された。α-factor分泌シ グナル配列を切断されていない組換えタンパク質は翻訳後にKex2プロテアーゼによる 切断が起こるゴルジ装置まで輸送されなかった可能性があるが、その場合膜タンパク質 の輸送経路を介さずに細胞膜上に局在していることになる。膜画分に2種類の組換えタ ンパク質が存在していることから翻訳後の組換えタンパク質の細胞内輸送は行われて いるがプロセシングが効率的に起こっていないと考えられる。 mPRは卵成熟の他にも様々な組織でプロゲスチン作用を介在している可能性がある 受容体である。生殖に関連してmPRは脳においてプロゲスチンによる性腺刺激ホルモン 放出ホルモン(Gonadtropin releasing hormone; GnRH)分泌のネガティブフィードバ ック作用を介在している可能性がある。Atlantic croakerにおいて脳視索前野・前視床 下部組織片の20β-S処理実験により20β-SがGnRH分泌を下方調節することが示唆され た(Thomas, 2008; Thomas et al., 2004)。GnRHは脳下垂体でのLHの産生を促進し、LH は卵巣の濾胞細胞での20β-Sの産生を促進する。20β-SがGnRHの分泌を抑制することで 生殖腺の過剰刺激や未発達卵の早熟を防いでいるかもしれない。Atlantic croaker mPRαはmRNA、タンパク質ともに脳で発現していることから、これらのプロゲスチン 13 作用を介在しているかもしれない。また、mPRはプロゲスチンによる精子運動性の促進 を介在していることが示唆されている。Atlantic croaker精子は20β-S処理により運動性 が上昇する(Thomas et al., 2005; Tubbs et al., 2009)。また、croaker精子において20β-S 処理による精子運動性の上昇に伴いmPRαタンパク質存在量も増加することが示された (Tubbs and Thomas, 2009)。また、ヒト精子中においてもmPRα のmRNAおよびタン パク質は発現しており、mPRαタンパク質は精子表面上に局在していることが示された (Thomas et al., 2009) 。さらに精子の運動性の高さと精子中のmPRαタンパク質の発現 量には相関関係がみられた。このことからヒトにおいてもmPRαが精子運動性を制御し ていることが支持された。さらにmPRはヒトにおいて妊娠の維持に役立っている可能性 がある。ヒトの天然のプロゲスチンであるプロゲステロンは胚の着床と発生に必要な白 血病抑制因子(leukemia inhibitory factor)を上方調節する(Piccinni et al., 2000)。ま た、プロゲステロンはヒトT細胞内のCa2+濃度の増加およびpHの低下の制御により胎児 細胞を攻撃するかもしれないT細胞の増殖を抑制する。mPRα、β、γはT細胞で発現して おりこれらの機能を介在するかもしれない(Chien et al., 2009)。以上のようにmPRは生 殖に関する様々な組織で働いており、脊椎動物の生殖を制御する分子であると言える。 生殖以外の機能では、mPRは癌の進行や発達への関与が明らかになりつつある。プロ ゲステロンは癌の発達を促進する作用が知られている。ヒト乳癌細胞でのmPRの発現と 膜画分のプロゲステロン結合性からmPRがプロゲステロンによる乳癌進行に関与して いることが提唱された(Dressing and Thomas, 2007)。さらにmPRαやその他の膜タンパ ク質を介した乳癌進行のシグナル経路が基底細胞型乳癌細胞(basal phenotype breast cancer cell)の実験から提案された(Zuo et al., 2010)。mPRαが発現しているヒト乳癌細 胞とAtlantic croakerの濾胞細胞のプロゲスチン処理によりそれぞれ血清飢餓誘導細胞 死(serum starvation-induced cell death)が抑制された。これらの細胞ではmPR特異 的アゴニストである合成プロゲスチンの10-ethenyl-19-norprogesterone処理でも細胞 死は抑制され、mPRがプロゲスチンによる抗アポトーシス作用を介在することが支持さ れた。乳癌細胞ではsmall interfering RNA(siRNA)によるmPRαのノックダウン実験 によりプロゲステロンのアポトーシス抑制効果がブロックされた。このことから乳癌細 胞においてmPRαがプロゲステロンの抗アポトーシス作用を介在することが示された (Dressing et al., 2012; Dressing et al., 2010)。乳癌細胞の他にもmPRは抗アポトーシ ス作用を介して脳の細胞の保護に関与している可能性がある。mPRδ、εはヒトの脳の多 くの領域で豊富に発現しており、神経ステロイドによる細胞死抑制作用を介在すること が示唆された。(Pang et al., 2013)。mPRはこの抗アポトーシス作用により神経系の細 胞の構造や機能を保護する役割を持つかもしれない。また、マウス、ラットの脳におい てmPRαは広範囲での発現を示した。通常、ラット脳ではmPRαはニューロンで発現す 14 るが、外傷性脳損傷(traumatic brain injury; TBI)後はグリア細胞で発現した。TBI 後のプロゲステロンの効果には、炎症性サイトカインなど炎症関連分子の下方調節によ る抗炎症作用、脳内のイオンと水の恒常性の維持、損傷した髄鞘の修復などの作用があ る。mPRαはTBI後のグリア細胞においてこれらの作用を介在し、脳の機能の修復や維 持に寄与している可能性がある(Meffre et al., 2013)。 mPRは新薬開発のターゲットとしても注目される分子である。特に不妊治療薬、抗が ん薬、脳炎・脳損傷治療のターゲットとして大きな期待が寄せられる。これらの応用に 向けて活性を有する高純度のmPRタンパク質を大量に作製する技術の確立は必要不可 欠である。さらに当研究室で複数の内分泌かく乱物質(endocrine disrupting chemical; EDC)による魚類卵成熟誘導または阻害をmPRが介在することが示されている。本研 究で精製された組換えタンパク質は、EDCの探索とその作用機構の解明に向けた研究へ の応用も期待される。 15 第四章 材料と方法 4. 1 キンギョmPRαタンパク質発現P. pastoris株の作製 キンギョmPRα cDNAは当研究室で以前作製した哺乳類細胞発現ベクターから単離さ れ、P. pastoris発現ベクターpPICZαC(invitrogen社)の持つS. cerevisiae由来のα-factor 分泌シグナル配列が発現のために付加された。 3種類のP. pastoris株GS115、KM71H、X-33(invitrogen社)について、EasySelect Pichia Expression Kit(invitrogen社)のマニュアルに従い、エレクトロポレーション 法によりキンギョmPRα発現カセットが導入された。形質転換前にプラスミドはPmeI により直鎖化され、エレクトロポレーションはジーンパルサー(Bio-Rad社)を用いて 1500 V, 25 µF and 800 Ωの条件で行われた。 形質転換体はYPD寒天培地(1% yeast extract、2% peptone、2% dextrose、2% agar 、100 µg/mL Zeocin)上で選択され、遺伝子組換えの有無はEx Taqポリメラーゼ(タ カラバイオ)と5’ AOX1プライマー(5'-GACTGGTTCCAATTGACAAGC)と3’ AOX1 プライマー(5'-GCAAATGGCATTCTGACATCC)を用いたPCRにより確かめられた。 いくつかのZeocin耐性クローンについて、組換えタンパク質の発現量を比較した。発現 量の最も高かったクローンについて、発現に用いるためMD寒天培地(1.34% yeast nitrogen base, 4 x 10-5% biotin, 2% dextrose, 1.5% agar)で4 °Cで保存した。長期間保 存用にYPD培地(1% yeast extract、2% peptone、2% dextrose)での培養液に終濃度 15%glycerolを加えて−80 °Cで保存した。 4. 2 P. pastorisでのキンギョmPRαの発現 P. pastorisにおけるキンギョmPRαの発現に最適な条件を検討するためにGS115、 KM71H、X-33の3種類の株を異なる条件で培養した。植菌した酵母細胞を増殖させる ための培養で用いる培地はMGYH培地(1.34% yeast nitrogen base without amino acids、4 x 10-5% biotin、1% glycerol、4 x 10-3% histidine)とBMGY培地(1% yeast extract、2% bactopeptone、100 mM potassium phosphate、pH 6.0、1.34% yeast nitrogen base without amino acids、4 x 10-5% biotin、1% glycerol)の2種類を検討し 。その後の組換えタンパク質の誘導に用いる培地はMMH培地(1.34% yeast nitrogen base without amino acids、4 x 10-5% biotin、0.5% methanol、4 x 10-3% histidine)と BMMY培地(1% yeast extract、2% bactopeptone、100 mM potassium phosphate、 pH 6.0、1.34% yeast nitrogen base without amino acids、4 x 10-5% biotin、0.5% methanol)の2種類を検討した。MGYHおよびMMH培地は緩衝液を含まず、培養中の 16 培養液のpHは低下する。この場合、中性付近に最適pHを持つ酵母細胞内因性プロテア ーゼの活性は抑えられる。組換えタンパク質がこれらのプロテアーゼによる分解を受け やすい場合に有用である。BMGYおよびBMMY培地はリン酸緩衝液を含み、培養中の pH変化が抑えられる。また、栄養源として酵母抽出物とペプトンを含むので酵母細胞の 生育に適している。最終的にBMGYで増殖させ、BMMYで20 °C、24時間誘導するこ とに決定した。前培養では200 mlフラスコを用いて30 mlのBMGY培地で30 °Cで一晩培 養後、培養液4 mlを100 ml BMGYに植え換えて500 mlフラスコを用いて30 °Cで一晩培 養した。キンギョmPRαタンパク質の発現誘導のために遠心分離により細胞を回収し、 1LのBMMY培地にOD600 = 1.0-3.0の範囲で再懸濁した。これを2 Lフラスコを用いて 20 °Cで一晩培養した。発現誘導後の細胞は3,000 x g、4 °C、5分間の遠心分離で沈殿と して回収後、液体窒素で凍結した後使用するまで−80 °Cで保存した。 4. 3 細胞膜画分の調製と膜タンパク質の可溶化 凍結した細胞沈殿は融解後、0.1% digitonin(Sigma Aldrich社)を添加した氷冷した breaking buffer(50 mM sodium phosphate, 1 mM PMSF, 1 mM EDTA, 5% glycerol, pH 7.4)に再懸濁した。懸濁液に細胞沈殿と等量のジルコニアビーズを加えてMicro Homogenizing System MS-100 (トミー精工)を用いて5分間の激しい震盪と5分間の 氷上冷却を6回繰り返すことで破砕した。未破砕細胞と細胞残屑を低速の遠心(1,000 x g 、4 °C、7分間)で沈殿させて細胞膜を含む上清から分離した後、沈殿を氷冷したbreaking bufferで再懸濁し、さらに細胞破砕を繰り返した。この細胞破砕を合計3回行い、回収し た上清を統合した後、20,000 x g、4 °C、20分間の遠心分離で得られた沈殿を膜画分と して回収した。この画分をステロイド結合実験による受容体活性の測定とmPRαタンパ ク質の精製の材料として用いた。 精製では沈殿をlysis buffer(50 mM NaH2PO4, 300 mM NaCl, 10 mM Imidazole, 1 mM PMSF, 10% Glycerol)に懸濁し、可溶化のための界面活性剤を加えた。可溶化処 理 で 用 い る た め に 8 種 類 の 界 面 活 性 剤 MEGA-10 、 FOS-choline (FOS) 、 n-octyl-β-D-thioglucoside (OTG) 、 Tween-20 、 Tween-80 、 n-dodecyl-β-D-maltoside (DDM)、4,4’-Dithiodibutyric acid (DDA)、n-octyl-β-D-glucoside (OG)を試験した。lysis bufferを用いてタンパク質濃度0.5 mg/mlとした膜画分90 µlに界面活性剤を終濃度 0.01%および0.1%を加えて室温で20分間処理した。その後遠心(20,000 x g、4 °C、20 分間)により得られた上清と沈殿を抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロットで解析 した。界面活性剤の試験でDDMが最も効果的であったので、精製のために終濃度0.1% DDMを膜画分懸濁液に加え、4 °Cで30分間処理した。不溶化物は遠心分離(20,000、4 °C、20分間)で取り除き、可溶化タンパク質を含む上清を液体窒素で凍結し、使用時ま 17 で−80 °Cで保存した。 4. 4 ステロイド結合実験 ステロイド結合実験のために凍結した膜画分の沈殿を0.1% digitoninを含むHEAD buffer(25 mM HEPES, 10 mM NaCl, 1 mM Dithiothreitol, 1 mM EDTA, PH 7.6)に 懸濁した。精製タンパク質の受容体結合実験の際には、digitoninは添加しなかった。放 射性リガンドとして[1,2,6,7 3H]-17α-hydroxyprogesterone (40 Ci/mmol、Amersham Bioscience 社 ) を 3α,20β-hydroxysteroid dehydrogenase ( Sigma 社 ) に よ り 放 射 性 17,20β-DHPに転換したものを用いた。非特異的結合を測定するために試験管に膜画分 と3−12 nM [3H]- 17,20β-DHPおよび100倍高い濃度の非放射性17,20β-DHPを添加した。 30分間4 °Cで静置した後、2.5% Tween 80で湿潤処理したGF/Bフィルター(Whatman 社)で濾過することで反応を止めた。フィルターは5 ml wash buffer(25 mM HEPES、 10 mM NaCl、1 mM EDTA、pH 7.4)で3回洗浄し、結合活性を液体シンチレーターに より測定した。 精製タンパク質のステロイド結合実験は終濃度10 mg/ml BSA存在下で行い、精製サ ンプルに1.5 nM [3H]- 17,20β-DHPおよび1 µM 17,20β-DHPを添加したものと1.5 nM [3H]- 17,20β-DHPのみを加えたものを測定した。全てのステロイド結合実験の線形性お よび非線形性回帰分析と解離定数(Kd)の最大結合能(Bmax)はGraphPad Prism for Macintosh(version 4.0c; www.graphpad.com)を用いて行った。 4. 5 mPRαタンパク質の精製 可溶化したmPRαタンパク質は氷上融解し、buffer A(50 mM NaH2PO4、300 mM NaCl、10 mM Imidazole、1 mM PMSF、0.01% DDM、pH 8.0)で平衡化した25 ml Ni-NTA agarose(Qiagen社)カラム(直径2.6 x 20 cm)にアプライした。組換えタン パク質はグラジエント法により濃度勾配10-250 mMのイミダゾールを含むBuffer A 500 mlで溶出した。抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロット解析によりmPRαタン パク質が含まれる画分を明らかにし、Centriprep YM-3遠心式フィルターユニット( Millipore社)を用いて限外濾過により濃縮した。さらにこのフィルターを用いてbuffer B(50 mM Tris-HCl、0.01% DDM、1 mM PMSF、pH 8.0)に交換した。精製2段階 目として、サンプルはbuffer Bで平衡化した5 ml Cellufine Amino(JNC)カラム(直 径1.6 x 10 cm)にアプライした。組換えタンパク質はグラジエント法により濃度勾配 0-0.5 MのNaClを含むBuffer B 100 mlで溶出した。抗Hisタグ抗体を用いたウエスタン ブロット解析で検出されたmPRαタンパク質を含む画分はCentriprep YM-3を用いて濃 縮し、PBS bufferに交換した。このサンプルをさらに抗c-Myc-tagビーズ(c-Myc tagged 18 protein mild purification kit、MBL社)を用いて精製した。組換えmPRαタンパク質は 1 mg/ml c-Myc-epitopeペプチドを含むPBS bufferにより溶出した。精製タンパク質は SDS-PAGEおよび2D-銀染色試薬・II(第一化学薬品)により可視化された。 4. 6 SDS-PAGEおよびウエスタンブロット解析 タンパク質はLaemmli法のSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)によ り変性状態で10%ポリアクリルアミドゲルで分離され、Immobilonトランスファーメン ブラン(Millipore社)に転写された。メンブランは5%スキムミルク溶液(20 mM Tris-buffered saline、0.1% Tween 20、pH 7.6(TTBS))で室温で1−2時間ブロッキン グ後、SNAP i.d. protein detection system(Millipore社)を用いてポリクローナル抗 Hisタグ抗体または抗c-Mycタグ抗体による一次抗体反応(20 mM Tris-buffered saline、 pH 7.6(TBS)で500倍希釈)を行い、peroxidase標識抗ウサギ抗体(invitrogen社) で二次抗体反応(TBS bufferで2,000倍希釈)を行った。タンパクはECL detection kit (PerkinElmer社)を用いてEnhanced chemiluminescence法により検出した。化学発光 シグナルはLuminescent Image Analyzer LAS-4000(富士フィルム)を用いて冷却CCD カメラによりデジタル画像化した。 4. 7 Kex2プロテアーゼ処理 精製タンパク質はKex2プロテアーゼ処理により切断した。精製タンパク質を全量20 µlで200 mM Bistris、1 mM CaCl2、0.01% TritonX-100、0.5% dimethyl sulfoxide、 pH 7.0に終濃度0.1 mg/ml Kex2を添加したバッファーで30 °C、1時間処理した。切断後 のmPRαタンパク質は抗Hisタグ抗体で検出した。 4. 8 MALDI-TOF/MS解析 SDS-PAGEゲルのCBBR染色により可視化された精製タンパク質のバンドを切り出 し、ゲル片をトリプシン消化した。ペプチド断片はZipTip(Millipore社)により脱塩操 作後、5 mg/ml CHCA(Bruker Daltonics社)、60% acetnitrile、0.1% TFAを含む溶液 2 µlで溶出された。acetoneに溶解したCHCAを384ウェルプレートに滴下後、揮発した CHCAの薄膜層上にサンプルをアプライし、空気乾燥した。ペプチドのマススペクトル はMALDI-TOF/MS Autoflex(Bruker Daltonics社)を用いてポジティブイオンモード で得られた。全てのMALDI-TOF/MSスペクトルは内部標準ペプチド溶液(Buruker Daltonics社)を用いて計測された。ペプチドマスフィンガープリントはMascot software (Matrix Science社)を用いてNCBInrデータベースのray-finned fishまたはfungi由来の ププチドについて検索した(パラメータ設定:trypsin digest (zero miss cleavage)、 19 cysteines modified by carbamidomethylation、mass tolerance 0.4 Da)。タンパク質は 確率論に基づいたMOWSEスコアにより同定した。 20 論文要旨 プロゲスチン膜受容体(mPR)は細胞膜上でプロゲスチンの急速なノンゲノミック作 用 を 介 在 す る 分 子 で あ る 。 2003 年 に テ キ サ ス 大 学 の P. Thomas ら に よ り Spotted seatroutからプロゲスチンの膜受容体として同定されて以来、mPRが魚類の卵の細胞膜 上における卵成熟誘起ステロイド(MIS)の受容体であることを支持する多くの報告が されてきた。当研究室では、キンギョの卵の培養実験により合成エストロゲンの diethylstilbestrol(DES)がMISの17α,20β-dihydroxy-4-pregnen-3-one(17,20β-DHP) と同様に卵成熟を誘起することを発見した。その後、P. ThomasらによりMISの膜受容 体としてmPRが同定されたことからDESによる卵成熟を介在する候補分子としてmPR の研究を開始した。当研究室ではこれまでにキンギョのmPRの4種類のサブタイプ mPRα、β、γ-1、γ-2をクローニングした。キンギョmPRαについて、原核生物の Escherichia coliにより組換えタンパク質を発現したが、その膜画分は17,20β-DHPに対 する結合活性を示さなかった。mPRの膜受容体としての機能を明らかにするためには活 性を持つ組換えタンパク質が不可欠である。そこで、本研究では真核生物のメタノール 資化酵母Pichia pastorisを用いて組換えキンギョmPRαタンパク質の発現系および精製 法を構築した。本研究でキンギョmPRαを導入した酵母細胞はウエスタンブロットによ りmPRαが細胞膜で発現していることが確認された。さらにその膜画分はステロイド結 合実験により17,20β-DHPに対する高い結合活性(Kd = 9.4 nM)を有し、飽和結合を示 した。これらの結果は発現した組換えmPRαタンパク質がMISの膜受容体としての特徴 を有することを示している。本研究では、P. pastorisへキンギョmPRα遺伝子を導入す るために2種類の発現ベクターpPICZαCとpPICZCを用いて発現カセットを構築した。 pPICZαCでは組換えタンパク質のN末端側にSaccharomyces cerevisiae由来のα-factor 分泌シグナル配列が付加される。本来α-factor分泌シグナル配列は発現タンパク質の細 胞外への分泌を促進する目的で用いられる。2種類のベクターを試した結果、pPICZαC を用いて遺伝子導入した酵母細胞においてウエスタンブロットで組換えタンパク質が 検出されたのでこのクローンを以降の実験に用いた。 膜タンパク質の構造決定や機能解析にはGPCRで最初にX線結晶解析により立体構造 が決定されたウシロドプシンでみられたように十分な量の精製タンパク質が利用でき るときに成功する。mPRαと他の物質との相互作用などを調べるためには発現した組換 えタンパク質の精製法を確立する必要がある。まず、mPRαの発現を誘導した酵母細胞 はジルコニアビーズを用いて破砕した。遠心分離で得られた膜画分の可溶化に用いる界 面活性剤の検討の結果、n-dodecyl-β-D-maltoside(DDM)が最も効果的であったため、 DDMを選択した。続いて3種類のアフィニティーカラムにより組換えタンパク質を精製 21 した。まず発現タンパク質のC末端に付加されたHisタグとの結合親和性を利用して Ni-NTAアガロースを担体として用いた。mPRα溶出画分に含まれる夾雑タンパク質を 除くために2段階目のレジンを検討した結果、Cellufine AminoがmPRαを強く吸着し、 溶出も容易であることが判明した。よってタンパク質ごとのアミノ基に対する結合親和 性の違いを利用して精製した。さらにc-Mycタグに対するモノクローナル抗体をアガロ ースビーズに結合させた抗c-Myc tagビーズにより精製することで高純度の組換え mPRαタンパク質が得られた。 精製タンパク質はMALDI-TOF/MSによりキンギョmPRαとして同定された。キンギ ョmPRαを導入した酵母細胞の膜画分や精製タンパク質のウエスタンブロットで予想サ イ ズ 付 近 に 検 出 さ れ る 2 本 の シ グ ナ ル に つ い て 、 MALDI-TOF/MS に よ り mPRα と α-factor分泌シグナル配列を含む領域のシグナルが検出された。さらに精製タンパク質 のKex2プロテアーゼ処理によりmPRαに付加されたα-factor分泌シグナル配列の切断が 示唆された。α-factor分泌シグナル配列は下流にKex2認識配列を有し、細胞内プロセシ ングにより切断される設計となっている。これらの結果から組換えmPRαタンパク質は α-factor分泌シグナル配列融合型タンパク質と非融合型タンパク質の2つの状態で発現 しており、精製タンパク質もこの2種類を含んでいることが示唆された。また、Ni-NTA アガロースによる精製後のサンプルを用いたステロイド結合実験により精製過程の可 溶化状態のmPRαタンパク質は17,20β-DHPに対する結合活性は保持されていることを 確かめた。よって本研究で構築した人工合成および精製法で得られる活性状態を保った 精製mPRαタンパク質はモノクローナル抗体の作製やmPRαに結合する化学物質の探索 への応用などmPRαの介在する卵成熟誘起の分子メカニズムの解明につながる。 22 参考文献 Ambhaikar M and Puri C (1998) Cell surface binding sites for progesterone on human spermatozoa. 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Breast Cancer Res 12, R34. 30 図1 プロゲスチンの構造 魚類で同定された2種類のプロゲスチンの構造を示す。17α,20β-dihydroxy-4-pregnen-3 -one (17,20β-DHP)はキンギョmPRと特異的に結合する。 31 図2 推定されるサケ科魚類のプロゲスチン産生経路と卵成熟誘起の機構 脳下垂体から分泌された黄体形成ホルモン(luteinizing hormone; LH)は濾胞細胞層 に作用する。LHは莢膜細胞で17α-hydroxyprogesterone産生を促進し、顆粒膜細胞では 20β-hydroxysteroid dehydrogenaseによる17α-hydroxyprogesteroneからの17α,20β -dihydroxy-4-pregnen-3-one(17,20β-DHP)の変換を促進する。合成された17,20β -DHPは卵表面のプロゲスチン膜受容体(membrane progestin receptor; mPR)に作 用し、卵成熟を誘起する。 32 図3 キンギョmPRタンパク質の推定構造 SOSUIやDAS、TopPred2によるmPRのアミノ酸配列の親水性や電荷の解析からキン ギョmPRは細胞膜上に局在し、7回膜貫通型構造をとることが予想される(8, 22)。mPRα とmPRβは第3細胞外ループが大きく突出した構造をとり、mPRγ-1とmPRγ-2は第4細胞 外ループが大きく突出した構造をとると推定される。 33 図4 mPRの介在する細胞内シグナル伝達経路モデル 卵表に局在するmPRは細胞外でプロゲスチン(17,20β-DHP)と結合すると細胞内で 遺伝子発現を介さないノンゲノミック反応によるシグナル伝達が起こる。プロゲスチン のmPRへの結合は細胞内で共役している抑制性Gタンパク質のαサブユニット(Giα)を 活性化する。Giαはアデニル酸シクラーゼ(adenylate cyclase; AC)によるATPから cAMPへの変換を抑制する。cAMPはcAMP依存性プロテインキナーゼ(protein kinase A; PKA)の調節サブユニットに結合し、調節サブユニットの解離を引き起こすことで PKAは活性型となる。プロゲスチン刺激によりcAMP合成が抑制されることでPKAは不 活性化する。PKAの不活性化により卵成熟促進因子(maturation promoting factor; MPF)を構成するサイクリンB(cyclinB)の新規合成が促進される。MPFが最終的に 卵核胞崩壊(germinal vesicle breakdown; GVBD)を引き起こす。 34 図5 キンギョmPRα遺伝子が挿入されたP. pastorisゲノムの概略図 ここではpPICZαCを用いてmPRα遺伝子を挿入した場合のP. pastorisゲノムを示す。 C-末端にc-Mycエピトープとヒスチジン(6 x His)が付加されたα-factor分泌シグナル 配列(α-factor)融合mPRαはAOX1プロモーター(pAOX1)とAOX1転写終結領域( AOX1 TT)により転写が制御される。細胞内輸送の間に内因性ペプチダーゼKex2と Ste13によりシグナルペプチドは切断される。5’ AOX1プライマーおよび3’ AOX1プライ マーの結合部位はそれぞれ配列の上下の黒線で示した。遺伝子挿入後のゲノム中に残っ ているAOX1遺伝子も示されている。 35 図6 PCRによる遺伝子導入の評価 ここではpPICZαCを用いた野生型細胞(X-33)へのmPRα遺伝子導入の結果を示す。 X-33、キンギョmPRα導入細胞(mPRα-X-33)から抽出した全DNA、キンギョmPRα 挿入ベクター(mPRα-pPICZαC)、空ベクター(pPICZαC)を鋳型にPCRを行った。内 因性AOX1、組換えmPRα、空ベクターpPICZαCに由来するバンドが示されている。 36 図7 mPRα発現のウエスタンブロット解析 キンギョmPRαを発現しているX-33細胞(mPRα-X-33)の膜画分において約54 kDa と約44 kDaのタンパク質(矢印)が抗Hisタグ抗体により検出された。野生型であるX-33 細胞(X-33)の膜画分で約50 kDaの内在性タンパク質(*)が検出された。 37 図8 培地の選択 mPRαを3種類のP. pastoris株GS115、KM71H、X-33に遺伝子導入した。得られたそ れぞれの形質転換体(mPRα GS115、mPRα KM71H、mPRα X-33)について、2種類 の培地条件で発現を比較した。MGYHまたはBMGYによる培養で増殖させ、MMHまた はBMMYで発現誘導し、膜画分を得た。コントロールとして当研究室で以前作製された 大腸菌で発現した組換えmPRαタンパク質(mPRα E. coli)を用いた。抗Hisタグ抗体を 用いたウエスタンブロットで形質転換体では約54 kDaと約44 kDaのタンパク質(mPRα P. pastoris)が検出され、野生型では約50 kDaの内在性タンパク質(*)が検出された。 38 図9 発現誘導温度の検討 BMGY培地で増殖した3種類の宿主株の形質転換体をBMMY培地で20°Cおよび30°C で発現誘導し、膜画分を抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロットで検出した。 39 図10 発現誘導時間の検討 X-33の形質転換体をBMGY培地で増殖培養し、BMMY培地で20°Cで発現誘導した。 発現誘導開始直後(0h)、24時間後(24h)、48時間後(48h)、72時間後(72h)の細胞 を回収し、膜画分を抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロットで検出した。 40 図11 mPRα発現細胞膜画分の[3H]-17,20β-DHP結合活性の測定の条件検討 mPRα発現細胞(mPRα-X-33)の膜画分への[3H]-17,20β-DHPの特異的結合を様々な 濃度のdigitoninまたはdeoxycholate存在下で測定した。 41 図12 mPRα発現細胞膜画分の[3H]-17,20β-DHP結合活性 野生型(X-33)とmPRα発現細胞(mPRα-X-33)から得られた膜画分の[ 3 H] -17,20β-DHP結合活性を測定した。 42 図13 mPRα発現細胞膜画分への特異的 [3H]-17,20β-DHP結合の飽和曲線とスキャッ チャードプロット mPRα発現細胞の膜画分を用いたステロイド結合実験のスキャッチャードプロット解 析から解離定数(Kd = 9.4 nM)と最大結合能(Bmax = 0.024 nM)を求めた(n = 3)。 43 図14 可溶化処理に用いる界面活性剤の選択 mPRα発現細胞の膜画分に8種類の界面活性剤MEGA-10、FOS-choline (FOS)、 n-octyl-β-D-thioglucoside (OTG) 、 Tween-20 、 Tween-80 、 n-dodecyl-β-D-maltoside (DDM)、4,4’-Dithiobutyric acid (DDA), n-octyl-β-D-glucoside (OG)をそれぞれ終濃度 0.1%または0.01%で添加した。可溶化処理後の可溶性画分(sup)、不溶性画分(ppt) を抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロットを行った結果、組換えmPRαタンパク質を 示す約54 kDaのバンドと約44 kDaのバンド(矢印)が検出された。 44 図15 Ni-NTAよる精製 可溶化したmPRα発現細胞の膜画分をNi-NTAカラムにかけて得られたクロマトグラ ムと抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロットによるmPRα溶出パターンを示した。ク ロマトグラムのバーはmPRα溶出画分として回収した画分番号12-27の範囲を示す。ウエ スタンブロットでは組換えmPRαタンパク質を示す約54 kDaのバンドと約44 kDaのバ ンド(矢印)および約50 kDaの内在性タンパク質(*)が検出された。 45 図16 組換えmPRαタンパク質の精製に用いる担体の選択 Ni-NTAによる精製で得られたmPRα溶出画分(C)を17種類の担体(1)Gigapite、 (2)Blue Sepharose CL-6B、(3)Butyl Sepharose 4B、(4)Cellufine Amino、(5) Matrex gel green A、 (6)Bio-Gel HT、 (7)Phenyl Sepharose、 (8)Poly (U) Sepharose 4B、 (9)Red Sepharose CL-6B、 (10)DEAE Trisacryl PlusM、 (11)5' AMP Sepharose 4B、 (12)Q Sepharose XL、 (13)Con A Sepharose、 (14)Glutathion Sepharose、 ( 15)Protein A Sepharose CL-4B、 (16)Ni-NTA Agarose、 (17)DE52にそれぞれ通し た。得られた非吸着タンパク質(T)と吸着タンパク質(E)は抗Hisタグ抗体を用いた ウエスタンブロットで検出された。組換えmPRαタンパク質を示す約54 kDaのバンドと 約44 kDaのバンドを矢印で示した。 46 図17 Cellufine Aminoよる精製 Ni-NTAによる精製で得られたmPRα溶出画分をCellufine Aminoカラムにかけて得 られたクロマトグラムと抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロットによるmPRα溶出 パターンを示した。クロマトグラムのバーはmPRα溶出画分として回収した画分番号 6-18を示す。ウエスタンブロットでは組換えmPRαタンパク質を示す約54 kDaのバンド と約44 kDaのバンド(矢印)が検出された。 47 図18 精製過程のmPRαタンパク質のSDS-PAGE 可溶化後のmPRα発現細胞の膜画分(sample)とNi-NTAによる精製後のmPRα溶出 画分(Ni-NTA)とCellufine Aminoによる精製後のmPRα溶出画分(Cellufine Amino )のSDS-PAGE像。タンパク質のバンドはCBBR染色により可視化された。 48 図19 精製後のmPRαタンパク質のSDS-PAGEおよびウエスタンブロット解析 Celllufine Aminoによる精製で得られたmPRα溶出画分をAnti-c-Myc tag Beadsで精 製して得られたmPRα溶出画分のSDS-PAGE像と抗Hisタグ抗体(α-His)および抗c-Myc タグ抗体(α-Myc)を用いたウエスタンブロット解析。タンパク質のバンドは銀染色( Ag Stain)により可視化された。mPRαタンパク質を示す約54 kDaのバンドと約44 kDa のバンド(矢印)が検出された。 49 図20 精製mPRαタンパク質の[3H]-17,20β-DHP結合活性 溶 媒 の み ( control ) と 精 製 mPRα タ ン パ ク 質 ( mPRα )( 94 µg/200 µl ) の [3H]-17,20β-DHP結合活性を測定した(n = 6)。 50 図21 精製mPRαタンパク質のKex2処理 精製mPRαタンパク質(sample)にKex2プロテアーゼを加えて培養したサンプル( Kex2)とKex2を加えずに培養したサンプル(control)を抗Hisタグ抗体を用いたウエ スタンブロットで検出した。α-factor分泌シグナル配列融合型のmPRαタンパク質を示す 約54 kDaのバンドとα-factor分泌シグナル配列切断後のmPRαタンパク質を示す約44 kDaのバンド(矢印)が検出された。 51 図22 組換えmPRαタンパク質のMALDI-TOF/MS解析で検出されたスペクトル 54kDaのバンドから検出されたピークを示す。検出されたピークの質量電荷比(m/z )をMascot Serverで解析した。NCBIデータベースで検索した結果、キンギョmPRαが トップスコア(プロテインスコア = 77)でヒットした。検出されたピークのうちm/z = 662.3128、938.5026、1102.653、150.674、1805.91、2384.124の6個のペプチド断片 がキンギョmPRαの質量データと一致した。検出された6個の断片はmPRαアミノ酸配列 の18%をカバーする。 52 図23 精製組換えタンパク質のMALDI-TOF/MS解析 本研究で作製したコンストラクトから得られる組換えキンギョmPRαタンパク質のア ミノ酸配列を示した。ペプチドマスフィンガープリント解析でヒットしたペプチドは下 線で示した(一重下線は54 kDaのバンド、二重下線は44 kDaのバンドに対応する)。 α-factor分泌シグナル配列由来のペプチド断片は54 kDaのバンドの解析でのみ検出され た。α-factor分泌シグナル配列、mPRα、c-Mycタグ、HisタグをそれぞれBOXで囲んで 示した。 53 謝辞 本申請論文の作成ならびに学位申請にあたり、多くの方々の支えによって書き上げる ことができました。静岡大学理学部 徳元俊伸教授は本研究テーマと素晴らしい研究環 境を与えて下さり、学部4年生から6年間にわたり研究に際して熱心にご指導賜りまし た。私が本研究テーマに興味を抱くきっかけを与えていただいき、研究中における議論 やご教授いただいた内容を通じて、研究テーマや問題に対するアプローチ、どのように 解決するかという非常に大切な考え方を学ばせていただきました。これまでご指導いた だいたことを心から感謝致します。また、研究室における生活環境など徳元研究室の全 てのメンバーに大変お世話になりました。心より感謝いたします。最後に私の生活を支 え、研究活動に専念させてくれた家族に深く感謝します。 54