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プログラム・要旨 - 慶應義塾大学 薬学部・薬学研究科
平成 21 年度~25 年度 私立大学戦略的研究基盤形成事業 『セル・シグナリング標的治療薬の 研究開発拠点の形成』 中間報告会 日時 場所 2011 年 12 月 20 日 慶應義塾大学芝共立キャンパス マルティメディア講堂 プログラム 13:30-13:40 研究計画の紹介 金澤 秀子(研究代表者) 13:40-14:25 研究成果発表 グループ1 座長 須貝 病態に基づいた治療薬デザインと合成 1.アポトーシス制御物質の開発と分子機構解析 (医薬品化学講座 増野 匡彦) 2.分子標的薬合成のための微生物酵素触媒の開発 (有機薬化学講座 庄司 満、須貝 威) 3.細胞内情報伝達因子を調節する糖鎖の合成 (天然医薬資源学講座 14:25-15:40 木内 文之、羽田 紀康) 研究成果発表 グループ2 座長 三澤 がん,免疫,認知症,糖尿病に対する標的分子の探索とその相互作用の解析 1.発がんウイルス分子による細胞内情報伝達機構の解明と分子標的治療薬の開発 (化学療法学講座 野口 耕司、杉本 芳一) 2.致死性造血器腫瘍における血管新生増殖因子や糖鎖抗原を標的とした創薬研究 (病態生理学講座 服部 豊、飯島 史朗) 3.神経ステロイド生合成系酵素を標的とする中枢作用薬の創製 (衛生化学講座 田村 悦臣) 1 4.サイトカインシグナル異常とアポトーシス異常をもたらす細胞内シグナル分子 の解析と薬物との相互作用の解析 (生化学講座 多胡 めぐみ、笠原 忠) 5.内在性神経毒類似タンパク質を標的とした新たな抗認知症薬の開発 (薬理学講座 三澤 日出巳、奥田 隆志、森脇 康博) 【休憩 10 分】 15:50-16:50 研究成果発表 グループ3 座長 中島 分子標的治療薬の臨床応用のために不可欠な薬物デリバリー機構解明とデリバリー システム構築 1.水晶体内情報伝達機構の解明 (分子機能生理学講座 岡 美佳子、竹鼻 眞) 2.血管内皮前駆細胞分化制御による血管新生阻害薬の開発と新規開発薬物の組織 移行制御 (薬剤学講座 中島 恵美、登美 斉俊、西村 友宏) 3.Hepatitis B virus (HBV) 表面蛋白を用いた肝細胞ターゲッティング遺伝子 導入に関する検討 (薬物治療学講座 齋藤 義正、 齋藤 英胤) 4.細胞内情報伝達分子を標的としたドラッグデリバリー及び可視化蛍光プローブ の開発 (創薬物理化学講座 西尾 忠、金澤 秀子) 【休憩 10 分】 17:00-18:00 座長 笠原 忠(慶應義塾大学 常任理事) 特別講演「RANKL シグナルと骨免疫学」 (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 分子情報伝達学 高柳 広先生) 2 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 (平成 21 年度~25 年度) セル・シグナリング標的治療薬の DVD 研究開発拠点の形成 慶應義塾大学 金澤 薬学部 秀子(研究代表者) 近年の医薬品開発、特に分子標的薬の開発により、従来難治性とされていた 疾患の治療成績が著しく向上し、患者の QOL 改善につながっています。この戦 略的研究基盤形成支援事業では、薬学研究科における創薬の研究拠点として分 子標的創薬研究開発センターの設立をめざすものです。すなわち、医薬品のデ ザインと合成、医薬品スクリーニング(D;デザイン)、薬理・生物学的作用解析、 薬物動態や代謝物の検索(V;バリデーション)、薬物デリバリー(D;デリバリー) など創薬に不可欠な知識とテクノロジーを同センターに集約して効率の良い創 薬研究体制を築き、さらに他学部、他大学との共同研究体勢を強化して、大学 発の創薬ターゲットおよび創薬シーズを発見して、その後の実用化研究の萌芽 となる成果を得ることを目標としています。高効率・安定に化学合成する技術 の開発を行うとともに、薬物動態・薬効の評価・解析を行い、前臨床段階にお ける創薬プロセスの多様な技術開発を中心的に行います。 平成 21~25 年の 5 年間に、1)病態に基づいて、有望な治療薬の候補化合物 をデザインし(D;デザイン)、2)がん、免疫、認知症、糖尿病に疾患対象を絞 り,標的分子の探索とその相互作用の解析(V;バリデーション),3)分子標 的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明とデリバリーシステム構 築(D;デリバリー)を目標としています。研究者を 3 つのグループに分け、創 薬プロセスにおける先端研究を横断的につなぎ、研究拠点作りを行うとともに、 グループ間の連携を密にし、シグナル分子を標的とするがんや神経難病など難 治性の疾患治療薬開発をめざして、創薬の基盤となる研究を推進します。 各グループのこれまでの研究成果を報告し、今後の研究推進の方向について プロジェクト全体で討議を行うため中間報告会を開催いたします。特別講演に は、骨免疫学の領域で世界を牽引されている東京医科歯科大学の高柳広教授を お招きし、最新研究についてご講演頂くとともに、プロジェクトの客観的評価 も行って頂きたいと考えております。 3 特別講演 「RANKL シグナルと骨免疫学」 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 分子情報伝達学 高柳 広先生 骨は、運動器の一部であるが、内分泌系により制御されミネラル代謝と密接 に関わるだけでなく、造血幹細胞を維持し必要に応じて末梢に動員する重要な 免疫器官でもある。骨と免疫は全く異なった機能を持つが、制御機構は共通性 が高く種々の相互作用を有する。骨代謝と免疫の境界領域である骨免疫学は、 関節リウマチの骨破壊の研究に端を発するが、その後大きく発展してきた。骨 と免疫系の不可分な関係に基づく新たな生体理解は、骨と免疫に関わる多くの 疾患の新しい治療戦略を開発するのに欠かすことのできない視点となった。 骨には、骨を吸収する破骨細胞、形成する骨芽細胞、基質に埋没した骨細胞 が存在する。破骨細胞は、マクロファージ単球系に由来し、免疫系との関連が 深い。関節リウマチにおける破骨細胞を誘導する T 細胞サブセットの研究は、 Th17 の骨破壊細胞としての新たな意義を明らかにした。また、破骨細胞分化因 子 RANKL の細胞内シグナル伝達経路の解析から、NFATc1 が破骨細胞分化の マスター転写因子であることが解明された。破骨細胞分化には、免疫グロブリ ン様受容体—ITAM を介した共刺激シグナルが必須であることも示され、破骨 細胞と免疫細胞シグナルの制御機構には共通点が多い。 最近我々は EGFP レポーターマウスと FACSAria を用いて骨細胞を単離す ることに成功し、骨リモデリングにおける生体レベルにおける主要な RANKL 発現細胞が骨細胞であることを発見した。また、破骨細胞発現遺伝子における 軸索誘導因子の解析から、Sema4D が骨芽細胞を破骨細胞から引離し、骨形成 を抑制する相互作用因子の一つであることを解明した。このようには免疫学的 な手法をもとに大きく進展しつつある骨の細胞間コミュニケーションの関わる 研究を含め、骨免疫学研究の最前線を紹介する。 4 【References】 1. Takayanagi H, Osteoimmunology: shared mechanisms and crosstalk between the immune and bone systems, Nat Rev Immunol. 4, 292-304, 2007. 2. Takayanagi H, Osteoimmunology and the effects of the immune system on bone, Nat Rev Rheumatol 5, 667-76, 2009. 3. Nakashima T, Hayashi M, Fukunaga T, Kurata K, Oh-hora M, Feng J ian, Bonewald L F, Kodama T, Wutz T, Wagner T F, Penninger J M, Takayanagi H, Evidence for osteocyte regulation of bone homeostasis through RANKL expression, Nat Med 17, 1231-34, 2011. 4. Negishi-Koga T, Shinohara M, Komatsu N, Bito N, Kodama T, Friedel R H, Takayanagi H, Suppression of bone formation by osteoclastic expression of semaphorin 4D, Nat Med. 17, 1473-80, 2011. ――【高柳 広先生 ご略歴】――――――――――――――――――――― Hiroshi Takayanagi, M.D., Ph.D. 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 分子情報伝達学 教授 平成 2 年 東京大学医学部卒業。 東大整形外科等で 7 年間の臨床医を経て東大整形外科大学院へ。 平成 13 年 医学博士となり、同年東大医学部免疫学(谷口維紹教授) 助手就任。 平成 13 年 12 月~ 科学技術振興機構さきがけ研究 21 研究者。 平成 15 年 10 月~ 東京医科歯科大学分子細胞機能学の特任教授に就任し 新しい研究室の立ち上げを行う。 平成 17 年 4 月~ 東京医科歯科大学分子情報伝達学教授に就任。 平成 21 年 10 月~ JST ERATO 高柳オステオネットワークプロジェクト 研究総括に就任。 JST ERATO 高柳オステオネットワーク URL:http://www.osteonetwork.jp プロジェクト 研究総括 高柳研究室 HP URL:http://osteoimmunology.com/ ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 5 グループ 1:病態に基づいた治療薬デザインと合成 アポトーシス制御物質の開発と分子機構解析 医薬品化学講座 増野 匡彦 【研究の進捗状況】 当研究室では新規医薬品リード化合物を開発する目的で種々のフラーレン誘 導体を合成し、生理活性を検討してきた。その結果、マロン酸型誘導体には抗 酸化活性、プロリン型誘導体には HIV 逆転写酵素阻害活性があることを明らか にしてきた。さらにピロリジニウム型誘導体(N-1/2-0)が抗菌活性、がん細胞増殖 抑制効果を示し、アポトーシスによる細胞死を引き起こすことを見出している。 また、アポトーシス誘導の機構解析を行い、酸化ストレスを細胞内で惹起しア ポトーシスを誘導していることも明らかにした。本研究ではさらに強力なアポ トーシス誘導ピロリジニウム型フラーレン誘導体のデザイン・合成を行った。 1) アルキル鎖ピロリジニウム型フラーレン誘導体 ピロリジニウム型フラーレン誘導体による酸化ストレス惹起はミトコンドリ アへの作用と考え、ミトコンドリアへの集積を目指して様々な位置に長鎖アル キル基を導入したピロリジニウム型誘導体を合成し、効果を検討した。 Fig. に示すフラーレン誘導体は対応する N-アルキルグリシンとアルデヒドか ら生成するアゾメチンイリドの C60 への 1,3-双極子付加環化反応後、ヨードメタ ンによりメチル化して得た。 I CH 3 N 1 R R2 2 Compound R1 N-1/2-0 CH3 2-4 CH3 2-6 2-9 Fig. Compound R1 R2 H N-4 C4H9 H 2E-1 CH3 COOCH3 C4H9 N-7 C7H15 H 2E-4 CH3 COOC4H9 CH3 C6H13 N-10 C10H21 H 2E-7 CH3 COOC7H15 CH3 C9H19 2E-10 CH3 COOC10H21 R2 Compound R1 R2 アルキル鎖導入フラーレン誘導体 HL-60 に対する上記誘導体の増殖抑制効果を調べたところ、アルキル側鎖の 伸長により、がん細胞の増殖抑制効果が増強された。次にアポトーシス誘導効 果を DNA の断片化を指標に検討を行った。その結果、アルキル基置換型誘導 体もアポトーシスを誘導しており、アルキル側鎖の伸長により DNA の断片化が 強くなり、アポトーシス誘導能が高いことが示唆された。 細胞内酸化ストレス惹起に対するアルキル側鎖の影響を DCFH-DA を用いて 検討した。N-アルキル基置換型誘導体曝露では、側鎖の伸長に伴い DCF の蛍光 強度がより増大し、ROS の生成が示された。 さらに、抗酸化剤である -tocopherol をプレインキュベートすることで蛍光強度の増大が抑制された。 6 グループ 1:病態に基づいた治療薬デザインと合成 以上、フラーレン誘導体に長鎖アルキル基を導入することにより、がん細胞 増殖抑制効果、アポトーシス誘導効果、細胞内酸化ストレス惹起が増強される ことが示された。側鎖の長さが細胞膜やミトコンドリア呼吸鎖電子伝達系への 親和性に影響を及ぼしていると考えられる。 2) エステル鎖ピロリジニウム型フラーレン誘導体 次にエステル結合を介して長鎖アルキル基の導入を行った。合成はアルキル 鎖型と同様に行い、HL-60 に対する増殖抑制効果、アポトーシス誘導能、細胞 内酸化ストレス惹起効果を検討した。細胞内酸化ストレスは 2E-1〜10 の添加で 増大したが、HL-60 増殖抑制効果は N-1/2-0 より弱く、最もエステル鎖の長い 2E-10 では大きく効果が低下した。DNA 断片化も 2E-10 以外で確認されたが、 N-1/2-0 より弱かった。このことから、2E-1〜10 においては細胞内酸化ストレス とがん細胞増殖抑制およびアポトーシス誘導効果には相関性が見られなかった。 細胞への取り込みについて検討したが、アルキル鎖型、エステル鎖型いずれ においても炭素数の増加に伴い増加し、酸化ストレス増強効果と一致した。 次に ROS 生成部位を調べるためにミトコンドリアのシアン耐性酸素消費を検 討した。N-1/2-0 ではシアン耐性酸素消費が見られ ROS を産生していることが示 唆されたが、エステル鎖型誘導体では見られなかった。 ピロリジニウム型フラーレン誘導体にアルキル基を導入すると細胞内酸化ス トレス惹起効果は増強されるが、アポトーシス誘導効果はアルキル鎖型、エス テル鎖型で異なっていた。これはアルキル鎖型、エステル鎖型で ROS 生成部位 が異なるためと考えられる。 【今後の展望】 フラーレンは導入する置換基により様々な活性を発現する。ピロリジニウム 型フラーレン誘導体はアポトーシスを誘導するが、マロン酸型誘導体には抗酸 化活性があり、今後は抗酸化物質のアポトーシス抑制効果なども検討する。 【研究成果】 1. Aoshima H, Yamana S, Nakamura S, Mashino T, Biological safety of water-soluble fullerenes evaluated using tests for genotoxicity, phototoxicity, and pro-oxidant activity, J Toxicol Sci, 35, 401-409, 2010. 2. Nishizawa C, Hashimoto N, Yokoo S, Funakoshi-Tago M, Kasahara T, Takahashi K, Nakamura S, Mashino T, Pyrrolidinium-type fullerene derivative-induced apoptosis by the generation of reactive oxygen species in HL-60 cells, Free Radical Res, 43, 247, 2009. 3. Nakamura S, Mashino T, Biological activities of water-soluble fullerene derivatives, J Phys Conf Series, 159, 012007, 2009. 7 グループ 1:病態に基づいた治療薬デザインと合成 分子標的薬合成のための微生物酵素触媒の開発 有機薬化学講座 庄司 満、須貝 威 【研究の進捗状況】 治療薬開発に寄与する反応基盤の確立をめざし、分子標的薬合成に有用な微生 物酵素触媒の探索と化学-酵素複合合成ルートの開発に取り組み、以下のテー マにおいて成果を挙げた。 1) DHMEQ 分子の純粋な鏡像異性体を与える酵素分割法の確立 Dehydroxymethylepoxyquinomicin (DHMEQ)は梅澤らにより分子設計された、強 い NF-B 活性化阻害作用を示す化合物で、抗炎症剤やアポトーシス誘導剤とし て期待されている。(2S,3S,4S)-体が(2R,3R,4R)-体に比べ 10 倍以上強い活性を持 つことが示され、(2S,3S,4S)-体の調製法として、ラセミ体ジアシル DHMEQ を酵 素分割する方法を確立した。ジヘキサノイル体を調製、リパーゼを用いる酵素 加水分解を試みたところ、 (2S,3S,4S)-DHMEQ が生じ、鏡像異性体は、モノア シル体に留まった。両者は分別結晶で容易に分離でき、100% ee かつ化学的に も純粋な (2S,3S,4S)-DHMEQ を得ることができた。 2) 枯草菌エポキシドヒドロラーゼの新機能開拓 枯草菌エポキシドヒドロラーゼは、ラセミ体 1-ベンジルオキシメチル-1-メチル オキシランを基質として、鏡像選択的に加水分解する酵素である。有用物質合 成への応用を指向し、広汎な基質を設計して、反応性および鏡像選択性を検討 した。具体的には、上記化合物の 1-位メチル基を異なる位置に移動したもの、 削除したもの、メチル基をヒドロキシメチル基、メトキシカルボニル基、ホル ミル基などに変換した物質を合成、基質とした上で、酵素反応を検討した。ま ず、fast isomer(反応がより速い鏡像異性体)では、付け根のメチル基を欠き立 体障害を減らすと、より酵素に対する親和性が上がると推定したにもかかわら ず、かえって反応性が低くなった。この反応は酵素内で、アスパラギン酸由来 のカルボキシラートイオンがエポキシド末端に求核攻撃するところから反応が 始まると考えられている。第三級エポキシドのメチル基の立体障害が消失した 基質では、活性中心内で回転の自由度が大きく、この回転により fast isomer で ある(S)-体が、反応点が遠ざかるため反応性低下が低下、一方 slow isomer であ る(R)-体への求核攻撃は容易になり、上記 2 つの要因があわさって結果的に選択 性が低下したと結論した。 3) 遠隔アセタール位に存在する不斉中心の立体制御を可能にする酵素触媒反応 神経細胞の細胞死を抑制する効果をもち、アルツハイマー病の予防に有効なカ ルノシン酸の全合成を目指す。カテコール構造をアセタールとして、カルノシ ン酸特有のヒドロキシメチル基とアセタール不斉中心の遠隔相互作用により、 ジテルペン骨格の立体化学を制御しようとする新しいアプローチである。合成 8 グループ 1:病態に基づいた治療薬デザインと合成 の鍵となるのは、アセタール部位の絶対立体配置の制御であるが、従来知られ た不斉還元やアルキル化などの不斉合成法や直接的な酵素分割などでは構築不 能であり、ラセミ体の新たな分離手法の開拓に着手した。分子内にアセタール を含むヘテロ芳香環を Large 置換基、トリフルオロメチル基を Small 置換基とす るラセミ体の第二級アセタート合成基質を設計・合成し、Candida antarctica リ パーゼを用いたエステル交換反応を試みた。ところが、反応が本来速いはずの 1’S 立体異性体であっても、エステル交換反応の速度は、遠隔位である第四級 アセタール内の 2 位の立体化学の影響を受けるというユニークな現象を見出し、 速度論解析とドッキングスタディによりその原因を探索した。 【今後の展望】 (2S,3S,4S)-DHMEQ の純粋な鏡像異性体合成に関し、基礎的な鏡像異性体分離法 が確立されたので、新しい基質合成ルート開拓を推進することによって大量生 産が可能になる。一方、枯草菌エポキシドヒドロラーゼは、生体内で医薬品代 謝分解に関与するモデル系として考えられ、新しい医薬品候補化合物を臨床試 験に応用する際に不可欠な薬物動態解析に非常に有用と期待される。また、ア セタール位に存在する遠隔不斉中心の識別による、ジアステレオマーの分離を 介し、大類・西田によりキラル誘導分析試薬として開発された、TBMB カルボ ン酸の両鏡像異性体を合成することに成功しており、生体内微量代謝物分析試 薬への展開も期待される。 【研究成果】 1. Hamada M, Niitsu Y, Hiraoka C, Kozawa I, Higashi I, Shoji M, Umezawa K, Sugai T, Chemoenzymatic synthesis of (2S,3S,4S)-form, the physiologically active stereoisomer of dehydroxymethylepoxyquinomycin (DHMEQ), a potent inhibitor on NF-B, Tetrahedron, 66, 7083-7087, 2010. 2. Shimizu K, Sakamoto M, Hamada M, Higashi T, Sugai T, Shoji M, The scope and limitation on the regio- and enantioselective hydrolysis of aliphatic epoxides by Bacillus subtilis epoxide hydrolase, and exploration towards chirally differentiated tris(hydroxymethyl)methanol, Tetrahedron: Asymmetry, 21, 2043-2049, 2010. 3. Higashi T, Abe C, Ninomiya C, Machida C, Chishima C,Taketomi S, Furuta M, Komaki Y, Senba Y, Tokuda T, Shoji M, Sugai T, Chemo-enzymatic synthesis of both enantiomers of 2-tert-butyl-2-methyl-1,3-benzodioxole-4-carboxylic (TBMB) acid, Adv. Synth. Catal. 352, 2549-2558, 2010. 9 グループ 1:病態に基づいた治療薬デザインと合成 細胞内情報伝達因子を調節する糖鎖の合成 天然医薬資源学講座 木内 文之、羽田 紀康 【研究の進捗状況】 ≪目的≫寄生虫感染症の診断は、寄生虫由来の抗原を用いた血清診断がほとん どであるが、その抗原は複数の糖鎖分子またはタンパク質などの混合物であり、 診断の際に抗原のロット間で調整を必要とするなど、生物学的同等性の観点か ら診断薬として抗原の均一性を求めることが難しい。そこで、それらの抗原か ら単離・構造決定された単一の糖鎖分子の化学合成法を構築すれば、ロット間 の格差が是正できるとともに、量的な確保も可能となりうる。一方、ヒトと寄 生虫の相互関係には寄生虫の持つ分子種がヒトの免疫応答に深く関与している ことが示唆されており、寄生虫が持つ糖鎖の合成は、血清診断及び免疫機構解 明の両方の観点から興味深い。このような背景から、我々は寄生虫由来の糖鎖 分子に焦点を当て化学合成を行ってきた。本発表では、エキノコックス Echinococcusu multilocularis より見出された糖タンパク質糖鎖の合成につい て報告する。 ≪実験・結果≫Hülsmeier らは 2002 年に E. multilocularis の抗原である Em2 から 糖鎖部分を単離・精製しその糖鎖構造を報告したが、Hülsmeier らが示した糖鎖 構造は一部のグリコシル結合の位置や立体が不確定であった。そこで、Hülsmeier ら の 報 告 を 元 に コア 1 (Gal1-3GalNAc) 及 び コ ア 2 [GlcNAc1-6(Gal1-3)GalNAc] に 従 っ て 構 造 を 推 定 し 、 還 元 末 端 に 様 々 な 反 応 条 件 に 安 定 な 2-(trimethylsilyl)ethyl 基を選択して、6 種類のモデル化合物を合成し、多胞虫症感 染患者血清との相関を ELISA により調べたが、どの化合物にも抗原性は見られ なかった。この原因は還元末端が 2-(trimethylsilyl)ethyl 基では ELISA を行う際に プレートへの吸着が弱く、ELISA には適さない可能性が示唆された。そこで、 モデル化合物をストレプトアビジンでコーティングされた ELISA 用プレートへ 固定するために、ビオチン化したモデル化合物を合成することとした。また、 2-(trimethylsilyl)ethyl 基を導入したモデル化合物の合成研究を開始する時点では Em2 の糖鎖部分の構造は完全には決まっていなかったため、構造を推定してモ デル化合物の合成を行ったが、その後 2009 年に Díaz らは単包条虫 Echinococcus granulosus の嚢胞壁より単離した糖鎖は構造が Em2 由来の糖鎖と類似の構造を 持ち、その非還元末端の Gal1-4Gal 部分の結合は結合であることを報告した。 そこで、合成目標とする糖鎖の構造を再検討し、Table 1 に示すモデル化合物 A-E を合成目標とした。 10 グループ 1:病態に基づいた治療薬デザインと合成 Table 1 モデル化合物 A-E の構造 Gal1-3(GlcNAc1-6)GalNAc1-OR’ Gal1-4Gal1-3GalNAc1-OR’ Gal1-4Gal1-3(GlcNAc1-6)GalNAc1-OR’ Gal1-3(Gal1-4GlcNAc1-6)GalNAc1-OR’ Gal1-3(Gal1-4Gal1-4GlcNAc1-6)GalNAc1-OR’ A B C D E モデル化合物 A-E は、還元末端に炭素数 6 のメチルエステルリンカーを導入 した GalNAc 誘導体を用いて、糖鎖部分を構築した後、ethylenediamine と反応さ せてアミノ基を導入した後、biotin-NHS を用いてビオチン化した。 合成が完了したモデル化合物 A-E について、健常者血清、多包虫症患者血清、 各 60 例ずつに対する ELISA を行った。その結果、Gal1-4Gal を持つモデル化 合物 B, C, E において、健常者よりも多包虫症患者血清で大きな OD 値が見られ た (Fig. 1)。なかでもモデル化合物 B は Em2 と比較して同等以上の検出感度を 示した。 n = 60 (+): 多包虫症患者血清 (+) (-) (+) (-) (+) (-) (+) (-) A B C D (+) (-) (-): 健常者血清 E Fig.1 モデル化合物 A-E の ELISA の結果 また、活性糖鎖の最小単位を決定するために、数種の非天然型糖鎖を合成し、 検討した結果、Gal1-4Gal1-4HexNAc を持つ化合物に抗原性が見られ、これら の三糖が患者血清に対する抗原決定基であることが示唆された。 【今後の展望】 現在、同族の寄生虫である単包虫 E. granulosus から見出された糖鎖の化学合 成を行っており、これらは多包虫症患者血清との交差反応を調べることにより 種特異的な抗原決定基の発見に繋がると考えられる。 【研究成果】 1. Koizumi A, Yamano K, Schweizer F, Takeda T, Kiuchi F, Hada N, Synthesis of the carbohydrate moiety from the parasite Echinococcus multilocularis and their antigenicity against human sera, Eur. J. Med. Chem., 46, 1768-1778 , 2011. 11 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 発がんウイルス分子による細胞内情報伝達機構の解明と 分子標的治療薬の開発 化学療法学講座 野口 耕司、杉本 芳一 【研究の進捗状況】 ヒトのがんウイルスである Epstein-Barr Virus(EBV)は、ある種の胃がんや上 咽頭がんの発生に関わるが、潜伏感染から正常 B 細胞を不死化させることが 知られている。EBV 由来の EBNA1 蛋白質は、ウイルスゲノムの OriP と呼ば れる領域の DNA に結合し、感染細胞の不死化や悪性化に大きく寄与している ことから、EBNA1 の機能阻害剤が EB ウイルスによる発がんを抑制出来る可 能性がある。本研究では、OriP 上の EBNA1 結合配列に結合するピロールイミ ダゾールポリアミド化合物の薬理活性評価を行い、EB ウイルス発がんの抑制 剤開発への可能性を以下に検討した。 本研究では、EBNA1 蛋白質 の DNA 結合を阻害する化 合物のスクリーニング系を 樹立するため、GST-EBNA1 (459-607)を作成し、これを 用いたスクリーニング系で EBNA1 蛋白質と DNA の結 合を阻害する化合物を検索 した (右図)。 ここでは、スクリーニング 化合物として、OriP 上の特 定の DNA 配列を標的とす る化合物、特にピロールイ ミダゾール化合物をいくつ か合成し、実際に EBNA1 結合配列に化合物が結合するか、それら化合物によ る EBNA1-OriP DNA に対する阻害活性等を検討した。また、細胞レベルでの OriP 依存性の転写活性化能に対する阻害効果、EBV 感染細胞に対する細胞増 殖阻害活性、EBV (B95-8 株)による PBMC の不死化作用に対する阻害活性を 検討した。その結果、OriP の EBNA1 結合 DNA 配列を標的としてデザインし た化合物の中に、特に良い EBNA1—DNA 結合阻害活性を持つものが見出さ れた。今回の実験で同定された化合物は、EBNA1 と OriP との結合を塩基配列 選択的に阻害する活性を持つと思われる。さらに EBV 感染によるウイルス遺 12 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 伝子の発現を阻害し、PBMC の不死化を実際に抑制することが明らかになっ た。EBV 感染細胞、特に、TypeIII の潜伏感染形式の lymphoblastic cell line に 対しても増殖抑制効果が認められたので、本化合物は、細胞レベルで EBV 感 染により誘導される細胞不死化に対して阻害効果を持つことが確認された。 【今後の展望】 平 成 21 〜 23 年 度 の 研 究 の 進 展 に よ り 、 EBNA1 の 機 能 阻 害 剤 ( 特 願 2010-064777)が開発出来たが、今後も EBNA1 機能阻害剤の探索、特に EBNA1 に直接結合するような低分子化合物阻害剤の探索を続けていく予定である。 【研究成果】 1. Yasuda A, Noguchi K, Minoshima M, Kashiwazaki G, Kanda T, Katayama K, Mitsuhashi J, Bando T, Sugiyama H, Sugimoto Y, DNA ligand designed to antagonize EBNA1 represses Epstein-Barr virus-Induced transformation, Cancer Sci. in press ,2011. 2. Masuda Y, Noguchi K, Segawa H, Tanaka N, Katayama K, Mitsuhashi J, Sugimoto Y, Novel regulatory role for Kaposi's sarcoma-associated herpesvirus-encoded vFLIP in chemosensitization to bleomycin, Biochem Biophys Res Commun. 415, 305-312, 2011. 3. Kawahara H, Noguchi K, Katayama K, Mitsuhashi J, Sugimoto Y, Pharmacological interaction with sunitinib is abolished by a germ-line mutation (1291T>C) of BCRP/ABCG2 gene, Cancer Sci. 101, 1493-1500, 2010. 4. Yoshioka H, Noguchi K, Katayama K, Mitsuhashi J, Yamagoe S, Fujimuro M, Sugimoto Y, Functional availability of gamma-herpesvirus K-cyclin is regulated by cellular CDK6 and p16INK4a, Biochem Biophys Res Commun. 394, 1000-1005, 2010. 13 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 致死性造血器腫瘍における血管新生増殖因子や 糖鎖抗原を標的とした創薬研究 病態生理学講座 服部 豊、飯島 史朗 【研究の進捗状況】 多発性骨髄腫は、いまだに治癒のあり得ない致死性の造血器腫瘍である。特に P53 遺伝子が存在する第 17 番染色体の欠失を有する症例や t(4;14)染色体転座を 介して線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor, FGF)3 型受容体の高発現を示 す症例は、ハイリスク症例とよばれ予後が極めて悪い。我々は、日本人由来骨 髄腫細胞株における染色体・P53 遺伝子異常を調べ、ハイリスク SCID マウス移 植モデルを作成した。今後は、骨髄腫治療の unmet need とされるハイリスク骨 髄腫の新規治療薬スクリーニングシステムとして活用したい。 さらに、骨髄腫細胞株における FGF および FGFR 群の発現を調べ、上述の FGFR3 以外にもこれらが幅広く発現しており、FGF シグナル伝達が同疾患の病 態に関与していることが示唆された。そこで、可溶性 FGFR1 受容体遺伝子 (Ad.CMVsFGFR1)を骨髄腫細胞に導入し FGF シグナル伝達阻害を試みたところ、 増殖抑制傾向が認められ FGF シグナルが骨髄腫細胞の増殖に重要であることが 示唆された。今後は同シグナル伝達分子を標的とした治療薬開発が期待される。 【今後の展望】 角化細胞増殖因子受容体である FGFR2 IIIb/K-sam-II は、上皮細胞特異的な発 現が報告されている。上述のように FGFR 発現を検索している際に、我々は造 血器腫瘍である骨髄腫細胞全般に偶然その発現を認めることを見出した。また、 先行研究で、上皮-間葉細胞に作用する肝細胞増殖因子(HGF)が骨髄腫細胞の増 殖に必須であることも報告している。これらの事実から、骨髄腫は造血器腫瘍 でありながら固形癌に似た生物学的性状を有していると推測される。固形がん では、しばしば遠隔転移により患者は致命的となるが、骨髄腫においても髄外 形質細胞腫を形成して薬剤抵抗性となり患者は死亡する。とくにハイリスク症 例では、髄外形質細胞腫を形成する頻度が高い。固形がんでは遠隔転移の際に 上皮間葉移行(epithelial mesenchymal transition, EMT)を来すとされているが、骨髄 腫において髄外形質細胞腫を形成する際にも血液-上皮間葉移行(hematopoietic 14 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 epithelial mesenchymal transition, HEMT)を来すのではないかという新しい概念を 展開する。 【研究成果】 1. Hattori Y, Miyakawa Y, Yokoyama K, Yamada T, Du W, Jinzaki M, Shinmoto H, Okamoto S, Prospective Study of Combination Therapy with Low-Dose Thalidomide plus Prednisolone Ameliorating Cytopenia in Primary Myelofibrosis, Int J Hematol. 93, 129-131, 2011. 2. 定平健, 服部豊, 多発性骨髄腫とボルテゾミブ, 日本医師会雑誌 138, 734-735, 2009. 3. 服部豊, 免疫グロブリン異常症 多発性骨髄腫を中心に 日本内科学会 雑誌, 100, 1773-80, 2011. 4. 新聞掲載 平成 22 年 6 月 17 日産経新聞朝刊 21 頁において、致死性造血 器腫瘍の治療に関する服部豊の意見が掲載された。 15 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 神経ステロイド生合成系酵素を標的とする中枢作用薬の創製 衛生化学講座 田村 悦臣 【研究の進捗状況】 これまで脳は、主に内分泌腺で合成されたステロイドの標的器官とされてい たが、近年脳自体も内分泌腺と同じようにコレステロール (cholesterol: CHOL) からプレグネノロン (pregnenolone: PREG) やプロゲステロン (progesterone: PROG) 等のステロイドを合成することが明らかになり、この脳内で合成される ステロイドは「神経ステロイド」と呼ばれる。この神経ステロイドは GABAA 受 容体や NMDA 受容体に作用することで、その活性をアロステリックに調節する (non-genomic action)。また、神経ステロイドはプロゲステロン受容体 (PGR)やエ ストロゲン受容体 (ER)を介した転写制御により、神経活動を調節していること も報告されている(genomic action)。神経ステロイドは記憶・学習や躁鬱などに関 係し、アルツハイマー症やパーキンソン症患者の脳内神経ステロイド量が低下 しているとの報告もあり、脳内において重要な役割を担っていると考えられて いる。 神経ステロイドの生合成系は、コレステロールのミトコンドリアにおける CYP11A1(P450scc)の側鎖切断により PREG が生成することからスタートし、次 に、3b-hydroxysteroid dehydrogenase(HSD3B1)による PROG の生成へと続く。本 研究は、この神経ステロイド産生系を標的とする中枢作用薬の創製を目指し、 ヒトグリア細胞腫由来 GI-1 細胞を用いて、ステロイド生成に関与する遺伝子の 発現調節について検討して来た。その結果、ビタミン A の1つであるレチノイ ン酸(all-trans RA: ATRA)が CYP11A1, StAR, HSD3B1 等の遺伝子の発現を誘導す ることを見出した。さらに、CYP11A1 の ATRA による転写誘導は RXR を介す るものであることを明らかにし た。また、培地中の神経ステロイ ド量が遺伝子発現と呼応して増 加することを示した(文献1)。 さらに、別の脂溶性ビタミンで あるビタミンDの影響を見たと ころ、ATRA と同様に CYP11A1 遺伝子の発現を誘導し、神経ステ ロイドの産生を増加させること が明らかとなった。また、2 つの ビタミンの CYP11A1 遺伝子の誘導活性は、相加的であった(図1)。さらに、 16 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 GI-1 で産生された PROG は共培養した神経細胞 IMR-32 の PGR 遺伝子の発現に 影響を与えることが示された。以上のことから,グリア細胞において,ATRA お よびビタミンDが協調的に働いて神経ステロイドの生合成を誘導し,神経活動 に影響を与える可能性が示唆された。ビタミン A やビタミン D の欠乏が胎児の 神経系の発生に影響を与えること、アルツハイマー症やパーキンソン症患者で ビタミンD欠乏みられること、ATRA の過剰症が中枢障害であることなど、多く の事実が今回の結果と呼応する。 一方、ストレスホルモンであ るグルココルチコイドの連用に よる副作用としてうつ症が知ら れている。そこで、デキサメタ ゾン(Dex)の効果を見たところ、 ビタミンAとDによる神経ステ ロイド生合成の活性化に対し、 抑制的に作用することが明らか となった(図2)。この Dex の 抑制効果はアンタゴニスト RU-486 により解除された。 また、抗うつ作用が知られるビタミンCついて調べた結果、CYP11A1 遺伝子 発現の誘導が見られた(1mM VC で 2.5 倍)。酸化型 VC も同様の効果を示したこ とから、VC の抗酸化作用とは別の機構が働いていることが示唆された。 【今後の展望】 以上の結果から、グリア細胞における神経ステロイドの生合成に対し、3 種の ビタミン A, C, D が促進的に、グルココルチコイドが抑制的に働くことが示唆さ れた。また、その効果は生合成系遺伝子の転写調節であることが示唆された。 今後、CYP11A1 遺伝子調節領域での転写因子の相互作用の詳細と、動物モデル を用いた研究を進める予定である。 1. Kushida A, Tamura H, Retinoic acids induce neurosteroid biosynthesis in human glial GI-1 Cells via the induction of steroidogenic genes, J Biochem. 146, 917-923, 2009. 17 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 サイトカインシグナル異常とアポトーシス異常をもたらす 細胞内シグナル分子の解析と薬物との相互作用の解析 生化学講座 多胡 めぐみ、笠原 忠 【研究の目的】 チロシンキナーゼ JAK2 はサイトカインの重要なシグナル分子であり、その制御 機構の破綻が多くの疾患の原因と成り得ることが知られている。その一つである JAK2 の点変異体(V617F)は、慢性骨髄増殖性腫瘍の患者遺伝子より見出され、 同変異体の過剰発現が血球細胞の無秩序な異常増殖を引き起こすことが報告され ている。私達は、JAK2 変異体が増殖刺激に依存しない細胞増殖や腫瘍形成を誘導 する強力な癌遺伝子であることを明らかにしてきた。しかしながら、現在まで、 JAK2 変異体がどのように造血細胞の増殖制御機構の破綻を引き起こすのかは明ら かにされておらず、慢性骨髄増殖性腫瘍の発症機構を分子レベルで理解する上で、 JAK2 変異体による癌化シグナルの全容を解明することは重要であると考えた。こ れまでに私達は、JAK2 変異体が転写因子 c-Myc mRNA の発現を誘導すること、ま た c-Myc が JAK2 変異体による癌化シグナルに必要であることを明らかにしてきた。 したがって、c-Myc の標的遺伝子群が JAK2V617F 変異体による癌化シグナルの実 行因子として機能する可能性が強く示唆された。本研究では、JAK2 変異体による c-Myc の発現誘導機構を解析すると共に、JAK2 変異体が c-Myc を介して発現を誘 導する遺伝子として同定したポリアミン合成酵素 ornithine decarboxylase (ODC) や 分裂期キナーゼ Aurora kinase A (Aurka) の JAK2 変異体のシグナル伝達経路におけ る役割を解析することを目的とした。 【方法】 ①細胞:レトロウィルス感染により、マウス Ba/F3 細胞に、エリスロポエチン受 容体 (EpoR) あるいは Akt の活性化を特異的に阻害する EpoR 変異体 (Y479F) と 共に、野生型 JAK2 および JAK2 変異体を発現させた細胞株 (WT/EpoR 細胞、 V617F/EpoR 細胞、V617F/EpoR-Y479F 細胞) を樹立した。Ba/F3 細胞に、c-Myc、 GSK-3b によるリン酸化を阻害した c-Myc 変異体 (T58A)、Aurka、キナーゼ欠損 Aurka 変異体 (K175R) を発現させた。 ②細胞死の検討:各細胞を ODC 阻害剤 DL-a-Difluoromethylornithine (DFMO)、Aurka 阻害剤あるいはシスプラチン (CDDP) で 24 時間処理後、細胞生存率を測定した。 DNA ラダーの検出および細胞周期の解析によりアポトーシス誘導能を検討した。 ③腫瘍形成能の検討:各細胞株 (1X107cells) を 4 週齢雌性ヌードマウスに皮下投与 により移植し、腫瘍形成能を検討した。V617F/EpoR 細胞 (1×107) をヌードマウス に移植後、10 日間、DFMO (1% (W/V) ) を自由飲水により投与し、腫瘍形成能を観 察した。 【結果・考察】 ①JAK2 変異体は c-Myc および c-Myc の標的遺伝子 ODC や Aurka の mRNA 発現を 誘導した。 ②V617F/EpoR 細胞では、GSK-3b がリン酸化され不活性されていた。一方、 V617F/EpoR-Y479F 細胞では、Akt を介した GSK-3b のリン酸化が観察されなかっ た。さらに、V617F/EpoR-Y479F 細胞では、c-Myc mRNA の発現に変化は見られな かったが、c-Myc タンパク質の発現が低下していた。 ③ODC 阻害剤 DFMO は、V617F/EpoR 細胞の G0/G1 期における細胞周期の停止を 誘導した。 また、 V617F/EpoR 細胞を移植したヌードマウスにDFMO を投与すると、 18 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 腫瘍形成が抑制され、生存日数の延長が観察された。 ④WT/EpoR 細胞に比べて、V617F/EpoR 細胞は CDDP によるアポトーシスに抵抗 性を示した。Aurka を発現した Ba/F3 細胞は CDDP に対する抵抗性を獲得したが、 Aurka キナーゼ欠損変異体の発現は Ba/F3 細胞の CDDP に対する感受性を増大した。 また、Aurka 阻害剤存在下では V617F/EpoR 細胞の CDDP に対する感受性が増大し た。 以上の結果より、JAK2V617F 変異体発現細胞において、c-Myc は転写レベルだ けでなく、GSK-3b の不活性化を介したタンパク質安定化によっても、その発現が 複雑に制御されることが明らかになった。また、ODC 阻害剤 DFMO が in vivo にお いて JAK2 変異体による腫瘍形成を抑制することから、ODC は未だ治療法が確立 されていない慢性骨髄増殖性腫瘍の新たな治療標的分子となる可能性が期待され た。さらに、Aurka は JAK2 変異体の持つ DNA 損傷に対する抵抗性に重要な役割 を果たすことが明らかとなり、Aurka 阻害剤の併用が治療効果の改善に応用される 可能性が示された。今後、詳細に JAK2 変異体のシグナル伝達経路のネットワーク を解明することにより、シグナル分子を標的とした疾患の予防・診断・治療の研究 開発へと繋がることが期待される。 EpoR JAK2 V617F 図1. JAK2V617F変異体の 癌化シグナル P P JAK2 V617F P Akt Y479 c-Myc mRNA の発現誘導 c-Mycの安定化 GSK-3 inactive <リン酸化抑制> Aurka Aurka inhibitor 抗ガン剤耐性 c-Myc DFMO ODC 細胞増殖・腫瘍形成 【研究成果】 1. Sumi K, Tago K, Kasahara T, Funakoshi-Tago M, Aurora kinase A critically contributes to the resistance to anti-cancer drug cisplatin in JAK2 V617F mutant-induced transformed cells, FEBS Lett. 585, 1884-90, 2011. 2. Kamishimoto J, Tago K, Kasahara T, Funakoshi-Tago M, Akt activation through the phosphorylation of erythropoietin receptor at tyrosine 479 is required for myeloproliferative disorder-associated JAK2 V617F mutant-induced cellular transformation, Cell Signal. 23, 849-56 (2011). 3. Funakoshi-Tago M, Tago K, Sato Y, Tominaga S, Kasahara T, JAK2 is an important signal transducer in IL-33-induced NF-κB activation, Cell Signal. 23, 363-70, 2011. 4. Funakoshi-Tago M, Tago K, Abe M, Sonoda Y, Kasahara T, STAT5 activation is critical for the transformation mediated by myeloproliferative disorder-associated JAK2 V617F mutant, J Biol Chem. 19, 285, 5296-307, 2010. 5. Abe M, Funakoshi-Tago M, Tago K, Kamishimoto J, Aizu-Yokota E, Sonoda Y, Kasahara T, The polycythemia vera-associated Jak2 V617F mutant induces tumorigenesis in nude mice, Int Immunopharmacol. 9, 870-7, 2009. 19 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 内在性神経毒類似タンパク質を標的とした新たな抗認知症薬の開発 薬理学講座 三澤 日出巳、奥田 隆志、森脇 康博 【研究の進捗状況】 ニコチン性アセチルコリン受容体 (nAChR)は「感覚ゲート」の調節などを介 して、認知機能のベースとなる注意・集中力を発揮するのに重要である。近年、 そのnAChRの機能が、内在性神経毒類似タンパク質によって修飾されているとの知 見が蓄積されつつある。最も解析が進んでいる分子は、神経系に発現する Ly6/neurotoxin familyに属するGPI膜型タンパクLynx1である。Lynx1は錐体細胞や プルキニエ細胞の近位樹状突起および細胞体に局在するとともに、神経毒であ るブンガロトキシンと高い相同性を示すことから、nAChRの内在性アンタゴニ ストと考えられている。実際、Lynx1欠損マウスでは、nAChRの機能増強、不活 性化の減弱、シナプス伝達の亢進、学習実験でのスコア上昇などが観察される。 また最近、Lynx1欠損マウスでは、通常は臨界期以前の幼弱マウスでのみ観察さ れる視覚野での可塑性が成熟後にも続くことが示され、神経回路形成と機能維 持におけるLynx1-nAChR系の関与が注目されている。 Ly6/neurotoxin family 分 子 で 、 分 泌 型 タ ン パ ク と し て 最 初 に 同 定 さ れ た SLURP-1 は、後の解析で、7 nAChR に対してアロステリック・リガンドとして 作用することが報告された。また、皮膚の慢性的な炎症や角化の進行により、 紅斑や鱗屑の形成を特徴とする遺伝性角化症である Mal de Meleda 病(MDM 病) の原因遺伝子として同定されている。MDM 病は有病数が少なく、有意差が確認 されていないものの、病態の一つとして精神遅滞が見られることから、SLURP-1 が脳において nAChR の機能を修飾している可能性は高いと考えられる。 さらに、イオンチャネルとしての機能ばかりではなく、7nAChR のシグナル は JAK2-STAT3 を活性化すると報告されている。7nAChR はケラチノサイトに おいても発現が確認されており、ケラチノサイトの異常増殖は STAT3 の活性化 により誘起されるが、この知見は、MDM 病におけるケラチノサイトの異常増殖 (角化症)が SLURP-1 の欠損により惹起されることと一致しない。また一方で、 7 nAChR は抗原提示細胞であるマクロファージ(M)においても発現すること が確認されており、7 nAChR を介した刺激が、Mからの炎症性サイトカイン である TNF-などの分泌を抑制することが報告されている。この報告は、 SLURP-1 の機能異常に伴う炎症の亢進を意味しており、MDM 病の病態との相 関が見られる。このように、SLURP-1 の免疫系や炎症反応に対する作用は議論 の分かれている状況である。 我々は、SLURP-1 が大脳皮質や海馬、脊髄後角などに強く発現することを見 20 グループ 2:がん、免疫、認知症、糖尿病に対する その相互作用の解析 いだした。SLURP-1 陽性細胞は、脊髄後根神経節の Substance P (SP)やカルシト ニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)含有神経の一部(ペプチド含有の無髄 C 線維)で あり、SLURP-1 は SP や CGRP などの神経ペプチドとともに放出され脊髄レベル での侵害刺激伝達の修飾因子として機能していると考えられる。古くから、ニ コチン及びその誘導体には強力な鎮痛作用があることが知られているが、その メカニズムの詳細は分かっていない。これらの知見より、SLURP-1 は脊髄にお けるニコチン作用の修飾因子として機能している可能性がある。 SLURP-1 の機能は、ケラチノサイトで解析されているのみであり、炎症を司 る Mや神経系での機能は不明な点が多い。また、7 nAChR との関連性につい ても、最初の報告以降に続報が出ておらず、結合部位の同定などを含めた生化 学的な解析が SLURP-1 の生理機能解明に必要であると考える。今回、我々は、 SLURP-1 の免疫細胞への作用を中心に解析を行ったので、その結果を中心に発 表を行う。 【今後の展望】 SLURP-1 と最も相同性の高い Ly6/neurotoxin family 分子として LyPD2 分子が 同定されている。LyPD2 は外側膝状体での発現が確認されており、視神経の可 塑性への関与が示唆されている。LyPD2 の発現分布を nAChR 受容体の発現分布 と比較し、標的受容体候補の絞り込みを行う。また、生化学的なアプローチに より LyPD2 および SLURP-1 の受容体への結合を評価する予定である。これらの 解析により nAChR の新規調節機構の解明を試みる。 【研究成果】 1. Moriwaki Y, Watanabe Y, Shinagawa T, Kai M, Miyazawa M, Okuda T, Kawashima K, Yanbashi A, Waguri S, Misawa H, Primary sensory neuronal expression of SLURP-1, an endogenous nicotinic acetylcholine receptor ligand, Neurosci. Res. 64, 403-412, 2009. 2. Narumoto O, Horiguchi K, Horiguchi S, Moriwaki Y, Takano-Ohmuro H, Soji S, Misawa H, Yamashita N, Nagase T, Kawashima K, Yamashita N, Down-regulation of secreted lymphocyte antige-6/urokinase-type plasminogen activator receptor-related peptide-1 (SLURP-1), an endogenous allosteric alpha7 nicotinic acetylcholine receptor modulator, in murine and human asthmatic conditions, Biochem Biophys Res Commun., 398, 713-718, 2010. 21 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 水晶体内情報伝達機構の解明 分子機能生理学講座 岡 美佳子、竹鼻 眞 【研究の進捗状況】 水晶体は常に紫外線に暴露される状態にあり、活性酸素種が発生しやすい環 境にある。そのため、水晶体には還元型グルタチオンやアスコルビン酸といっ た抗酸化物質が非常に高濃度に含まれており、水晶体を光酸化反応から保護し ている。加齢にともなう加齢性白内障、および糖尿病発症にともなう糖尿病性 白内障患者の水晶体では、アスコルビン酸濃度が減少することが報告されてお り、効率よく水晶体にアスコルビン酸を輸送することによって、水晶体抗酸化 能の回復、ひいては白内障発症を抑制する可能性が考えられる。本研究では、 アスコルビン酸の水晶体への輸送機構の解明を目的とした。 ストレプトゾトシン投与により、水晶体および、房水のアスコルビン酸濃度 の有意な低下が認められ、高アスコルビン酸水投与により、その濃度低下が抑 制された。さらに、細隙灯顕微鏡による水晶体観察で、糖尿病により水晶体周 辺部から中心部にかけて液胞が認められたが、高アスコルビン酸水投与により その液胞が抑制されていた。 食事より摂取したアスコルビン酸 やデヒドロアスコルビン酸は、血液か ら房水を経て、水晶体に輸送される。 アスコルビン酸は、ナトリウム依存性 ア ス コ ル ビン 酸 ト ラン ス ポ ー タ ー (SVCT2)、デヒドロアスコルビン酸 は、グルコーストランスポーターであ る GLUT1, GLUT3 によって房水から 取り込まれることが知られている。水 晶体上皮細胞には、SVCT2 と GLUT1 図1 ラット水晶体での AQP0 の発現量 が発現しており、アスコルビン酸およ 水晶体線維細胞では、ストレプトゾトシン投与 び、デヒドロアスコルビン酸を効率よ により、AQP0 mRNA の発現量が有意に上昇し く取り込んでいる。また水晶体線維細 ていた。 胞には、デヒドロアスコルビン酸を輸送する GLUT3 の発現が報告されている。 糖尿病発症ラットおよび、高アスコルビン酸水処理により、SVCT2、GLUT1 お よび GLUT3 の発現量に変化は認められなかった。しかし、水晶体特異的水チャ ネルであるアクアポリン 0 (AQP0)の発現量は、糖尿病発症により有意に上昇し ていた。以上の結果より、AQP0 が水晶体内アスコルビン酸輸送に関与する可能 22 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 性が示唆された。そこで、AQP0 のアスコルビン酸透過能を、細胞培養系あるい は、アフリカツメガエルの卵母細胞の系を用いて検討した。その結果、AQP0 は 細胞外液濃度依存的、あるいは時間依存的に細胞内にアスコルビン酸を透過さ せることを明らかとなった。 【今後の展望】 AQP0 は水晶体線維細胞膜に最も多く発現しているチャネルである。水晶体に おけるアスコルビン酸の透過性に AQP0 がどれだけ関与しているのか検討する 予定である。また、他タンパク質との相互作用による AQP0 のアスコルビン酸 透過能に対する影響についても検討する予定である。 【研究成果】 1. Nakazawa Y, Takehana M, Sano Y, The Aggregation Mechanism of Lens Crystallins, KURRI KR Report. 148, 16-20, 2009. 2. Bando M, Oka M, Nakazawa Y, kawai K, Obazawa H, Takehana M, Suppression of Redox Activities of Rabbit Lens Lambda-Crystallin by Glutathionylation, The Journal of the Japanese Society for Cataract Research 22, 43-49, 2010. 3. Nakazawa Y, Oka M, Bando M, Inoue T, Takehana M, The role of ascorbic acid transporter in the lens of streptozotocin-induced diabetic rat. Biomedicine and pharmacotherapy 1, 43-48, 2011. 4. Nakazawa Y, Oka M, Mitsuishi A, Bando M, Takehana, Quantitative analysis of ascorbic acid permeability of aquaporin 0 in the lens, Biochemical and Biophysical Research Communications 415, 125-130, 2011. 5. 中澤洋介, 岡美佳子, 竹鼻眞. 糖尿病性白内障発症前後でのアスコルビン 酸トランスポーターの発現解析, 日本眼科学会雑誌 114, 809, 2010. 23 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 血管内皮前駆細胞分化制御による血管新生阻害薬の開発と 新規開発薬物の組織移行制御 薬剤学講座 中島 恵美、登美 斉俊、西村 友宏 【研究の進捗状況】 薬物の組織移行は組織関門が形成された脳や胎盤などにおいて特に高く制御 され、組織関門は独特の分化過程の中で発現する密着結合分子やトランスポー ターによって形成、維持されている。また、腫瘍増殖には血管新生が不可欠で あるが、vasculogenesis では主に骨髄由来血管内皮前駆細胞の分化によって新生 血管が形成される。従って、腫瘍新生血管および組織関門において分化制御を 担う分子機構は各々、腫瘍新生血管および関門形成組織への薬物療法の治療効 果に影響する因子として重要である。本研究では、血管内皮前駆細胞分化制御 による血管新生阻害薬の開発と新規開発薬物の組織移行制御を研究目標とし、 特に 1) 血管内皮前駆細胞分化制御機構、2)胎盤関門分化制御機構、3) 胎盤関門 トランスポーターを介した薬物移行制御機構、に着目して研究を遂行している。 1) 血管内皮前駆細胞分化制御機構 抗癌剤は殺細胞効果に加えて血管新生阻害効果も有するが、その機構は十分 に解明されていない。ドセタキセルおよびパクリタキセルは骨髄由来血管内皮 前駆細胞株 TR-BME に対し、殺細胞効果を示す濃度よりも低濃度で血管新生抑 制作用を有する。TR-BME 細胞の分化制御因子を同定し、抗癌剤による血管新 生抑制の作用点を解明するため、成長因子が TR-BME 細胞の分化に及ぼす影響 を解析した。その結果、VEGF, EGF, IGF は血管壁細胞マーカーα-SMA の発現を 上昇させたが、bFGF による α-SMA 発現上昇および血管壁細胞様への分化は示 されなかった。bFGF 添加は TR-BME 細胞の増殖を濃度依存的に増加させ、血管 内皮前駆細胞マーカーCD133 の発現, 管腔構造への分化を促した。以上から、 bFGF は TR-BME 細胞が血管内皮前駆細胞としての特質を維持する上で重要で あり、その消失が血管壁細胞への分化に関与する可能性が示された。 2) 胎盤関門分化制御機構 胎盤絨毛 cytotrophoblast は syncytiotrophoblast へと分化することで胎盤関門を 形成する。未分化 cytotrophoblast モデルであるヒト絨毛癌由来 JEG-3 細胞を forskolin 処理によって分化誘導し、胎盤関門への分化が遺伝子発現等に及ぼす影 響を解析した。胎盤関門の側底膜選択的に発現する organic anion transporter (OAT) 4 (SLC22A11) mRNA の発現量は forskolin 処理により増加し、基質取り込 み活性も有意に上昇した。さらに、SLC38A3 (SNAT3)、SLC21A12 (OATP4A1)、 24 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 SLC22A4 (OCTN1)、SLC7A1 (CAT1)、SLC19A1 (RFC1)、SLC2A9 (GLUT9)、 SLC7A8 (LAT2)、SLC6A19 (B0AT1)、SLC6A13 (GAT2)、ABCG2 (BCRP)等のトラ ンスポーターについても mRNA 発現量の上昇が示された。 3) 胎盤関門トランスポーターを介した薬物移行制御機構 ラット胎盤への[3H]zidovudine(AZT)取り込みは他の抗ウイルス薬と比較して 高く、その輸送にはトランスポーターの関与が示唆されている。AZT トランス ポーターが機能するラット胎盤関門モデル細胞株 TR-TBT18d-1 における AZT 輸 送機構を詳細に解析した結果、DHEAS は濃度依存的に[3H]AZT の取り込み活性 を上昇させることが示された。さらに、ヒト CD4 陽性 T リンパ球のモデルであ る Molt-4 細胞においても DHEAS による AZT 取り込みの活性化が示された。こ れら結果は、トランスポーター活性制御による AZT 移行組織標的化の実現可能 性を示唆する重要な知見である。 【今後の展望】 今後の研究期間を通じ、1)タキサン系抗癌剤による血管新生抑制作用への bFGF 関与の解明、2)胎盤関門分化過程におけるトランスポーター発現誘導分子 の同定、3)トランスポーター活性を制御する分子機構の解明を進める。研究成果 は学会や国際英文雑誌を通じて積極的に公表する。 【研究成果】 1. Muta M, Yanagawa T, Sai Y, Saji S, Suzuki E, Aruga T, Kuroi K, Matsumoto G, Toi M, Nakashima E, Effect of low-dose paclitaxel and docetaxel on endothelial progenitor cells, Oncology 77, 182-191, 2009. 2. Tomi M, Nishimura T, Nakashima E, Mother-to-fetus transfer of antiviral drugs and the involvement of transporters at the placental barrier, J. Pharm. Sci. 100, 3708-3718, 2011. 3. Lee NY, Sai Y, Nakashima E, Ohtsuki S, Kang YS, 6-Mercaptopurine transport by equilibrative nucleoside transporters in conditionally immortalized rat syncytiotrophoblast cell lines TR-TBTs, J. Pharm. Sci. 100, 3773-3782, 2011. 4. Nishimura T, Tanaka J, Tomi M, Seki Y, Kose N, Sai Y, Nakashima E, Enhancement of zidovudine transfer to molt-4 cells, a human T-cell model, by dehydroepiandrosterone sulfate, J. Pharm. Sci. 100, 3959-3967, 2011. 25 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 Hepatitis B virus (HBV) 表面蛋白を用いた肝細胞ターゲッティング 遺伝子導入に関する検討 薬物治療学講座 齋藤 義正、齋藤 英胤、(細山田 真) 【研究の進歩状況】 ≪目的≫Hepatitis B virus はヒトの肝細胞に特異的に感染するウイルスであり、 その表面には surface 抗原(s 抗原)が存在する。S 抗原には small s (S)と large s (L) があり、特に L 蛋白は肝細胞表面に存在するアルブミン受容体やアシアロ糖蛋 白受容体などを介してウイルスが侵入する際に 必要な蛋白と考えられている。また、ワクチンで はこの L 蛋白を含んだ方が抗体の獲得性が高い。 この HBV の外皮蛋白である L 蛋白を酵母で産生 させると、直径約 100 nm ほどの中空ナノ粒子が 出来上がり、内部に遺伝子、蛋白、低分子化合物 など種々の物質を封入することができ、これをヒ ト肝細胞に特異的に運搬可能であることが明ら かにされた (Yamada Y, et al. Novel gene and drug delivery system specific to human hepatocyte using hepatitis B virus-derived empty nanoparticles. Nat Biotechnol 21(8) 885-90, 2003, Iwasaki Y, et al. Gene therapy of liver tumors with human liver-specific nanoparticeles. Cancer Gene Ther 14, 74-81. 2007)。本研究は、本粒子を用いた DDS により C 型肝炎ウイルス(HCV)を標 的とした siRNA による治療の可能性を探求することを目的とした。 ≪方法≫HCV RNA 配列特異的に作成した siRNA を内包させた HBs 抗原 L 粒子 をリポゾームと融合させ融合体とした(本作製法は現状では patent 申請中のた め詳細なし)。ルシフェラーゼ(Luc)遺伝子を持つ HCV レプリコン細胞(OR6 細胞)を対象に L 粒子融合体を培養液に添加した。導入 48 時間後の Luc 活性を 市販の transfection agent を用いた導入と比較検討した。組織選択性を確認するた めには、L 粒子に GAPDH の siRNA を内包化し、それを TE10 細胞(ヒト食道扁 平上皮癌細胞株)と HepG2 細胞(ヒト肝癌細胞株)に対して導入し、導入後の GAPDH 発 現 量 を real-time PCR 法 に て 検 討 し た 。 さ ら に 、 NOG マ ウ ス (NOD/SCID/γC null:重度免疫不全マウス)に OR6 細胞を移植し、腫瘍形成 4 週間後に肝腫瘍を採取し、Luc 活性を測定した。さらに in vivo の可視化を目指 し、in vivo imaging system (IVIS)を用いて移植腫瘍マウスの Luc 蛍光の検討を行 った。 ≪成績≫L 粒子融合体を用いた siRNA 導入により、lipofectin, lipofectamin に比較 して OR6 の持つ Luc 蛍光が有意に(p<0.01)低下した。TE10 細胞と HepG2 細 胞を用いた比較検討では、GAPDH 発現量は、TE10 細胞に比して HepG2 細胞に 26 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 おいて有意に(p<0.01)低下した。すなわち、L 粒子融合体は食道由来の細胞よ りも肝由来の細胞に、より特異的にデリバリーできることが示唆された。NOG マウスに移植された OR6 の形成した腫瘍では、Luc 活性が確認できた。さらに IVIS にて腫瘍内に HCV RNA の増殖が確認された。 ≪結論≫HBV の L 粒子を用いた DDS は肝特異的に物質を運搬する方法として 有望と考えられ、今後の検討により HCV RNA に対する siRNA を用いた肝細胞 /ウイルス特異的な抗ウイルス療法の可能性が示唆された。 【今後の展望】 肝細胞以外への DDS 応用:ヒト肝細胞に特異的に運搬されるのは L 粒子の一部 preS1 にヒト肝細胞を認識する部位が存在するからで、この部分を削除するとヒ ト肝細胞を標的とする能力を失う。 そこで、preS1 部分を削除し、その部 分に z-z tag を提示させると抗体を結 合させて、対応抗原を有している細 胞にのみ特異的にターゲット可能と 考えられる。 図(応用2) 自殺遺伝子封入 L 粒 子による in vivo モデルにおける抗腫 瘍効果 ヒト肝細胞癌と大腸癌細胞 株をヌードラットに移植し、HSV-tk plasmid を尾静脈から注入し、5 日間 GCV を投与して腫瘍重量を測定した。 【研究成果】 1. Nakamura M, Matsuda Y, Saito H, Hibi T, Miura S, Ueda M, HBV envelope L particle for the delivery of anti HCV-siRNA for hepatitis C therapy, American Association for the Study of Liver Diseases 2010 Annual Meeting, Boston, USA. Hepatology 52, 761A, 2010/11. 2. 中村光康、松田裕子、齋藤英胤、日比紀文、三浦総一郎、上田政和.HBs 抗原粒子(L 粒子)を用いた抗 C 型肝炎ウイルス療法の検討.第 52 回日 本 消 化 器 病 学 会 大 会 横 浜 . 日 本 消 化 器 病 学 会 雑 誌 107(S), A908, 2010/10. 27 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 細胞内情報伝達分子を標的としたドラッグデリバリー及び 可視化蛍光プローブの開発 創薬物理化学講座 西尾 忠、金澤 秀子 【研究の進捗状況】 1) 細胞内情報伝達分子を標的としたドラッグデリバリー:相転移温度 (LCST) を有 する poly(N-isopropylacrylamide) (PNIPAAm) 及びその共重合体と生分解性高分子 であるポリ乳酸 (PLA) を使用し,薬物放出制御を目的に温度応答性機能性高分 子をナノ粒子に導入薬物キャリアの作製を行った。体温付近に LCST を有するコ ポリマーを合成し, 100~150 nm の粒子を作製した。これにより,サイズによ る Enhanced Permeability and Retention (EPR) 効果のみならず,温度による粒子表 面の性質制御が期待される。RAW264.7 細胞を用いた細胞実験から,温度応答性 ナノ粒子は低温では取り込まれないが,LCST より高温側では細胞に取り込まれ ることが確認され,さらに温度による放出制御が認められた。現在,親水性高分 子であるポリエチレングリコール (PEG) を修飾したキャリアが多く使われてい るが,PEG 修飾粒子は高分子が形成する水和層によって血中滞留性が良いという 利点がある一方,その高い親水性により細胞取り込みが抑制される。それに対し, 我々が作製した温度応答性 ナノ粒子は,体温では LCST より低温のため PEG 同様水 和層を形成し血中を安定に 滞留するが,炎症部位などの 高温域では粒子表面が疎水 性へ変化し,細胞への取り込 み効率が向上すると考えられる。 2) 細胞内情報伝達分子を標的とした細胞可視化プローブの開発: PNIPAAm に蛍 光団として fluorescein (FL), coumarine (CO), rhodamine (DA), dansyl (DA) 基を導入 した 4 種の蛍光ポリマーを合成し, 外部環境変化に伴う蛍光挙動について検討し た。全ての蛍光ポリマーは温度応答性を有し, 30~33oC に LCST を有していた。 P(NIPAAm-co-X) (X=FL, CO, RH) は LCST より低温側で強い蛍光を発し, 高温側 では蛍光強度が大きく低下した。これに対し, P(NIPAAm-co-DA)は逆の挙動を示 した。また P(NIPAAm-co-FL)は pH 応答性も有していた (低 pH-弱発光, 高 pH-強 発光)。さらに細胞導入のために,膜融合脂質 L-α-phosphatidyl ethanolamine dioleoyl (DOPE) または IgG を結合したバイオハイブリッド型蛍光プローブを作製し, RAW264.7 細胞を用い,培養温度を変化させ共焦点顕微鏡により観察した。細胞 とプローブを 37oC (>LCST) で培養し, 経時変化を観察したところ, プローブの 細胞内への取込みが確認された。 一方, LCST 以下の培養温度では細胞内に蛍光 は確認されなかったことから本プローブの細胞透過性は温度により制御可能で 28 グループ 3:分子標的治療薬の臨床応用のための薬物デリバリー機構解明と デリバリーシステム構築 あり,この効果はバイオハイブッドによるものであることも確認した。 【今後の展望】 1) 細胞内情報伝達分子を標的としたドラッグデリバリー:PNIPAAmを表面修飾し た温度応答性ナノ粒子は,LCSTを境に細胞膜透過性が変化し,温度による取り 込み制御が可能であることが示された。さらに,LCST以上では薬物放出が起こ ることから,今後,動物実験により患部への蓄積性や薬効評価を行うことで,病 態部位でのみ効果を発揮し,副作用の少ない慢性炎症性疾患の治療に有用な新規 薬剤開発につながると示唆された。 2) 細胞内情報伝達分子を標的とした細胞可視化プローブの開発:難治性疾患治療薬 の創薬ターゲットとなっている細胞内外の情報伝達において重要なファクター は,シグナル強度の経時変化のみならず, それに関与する分子の空間的拡がり又 は局在を把握することである。個々の細胞環境に鋭敏に応答可能な蛍光の出力機 能と標的分子への特異性を高めるためのリガンドを併せもつインテリジェント 可視化蛍光プローブにより,シグナル分子の局在と機能の時間変化を生細胞で解 析する。特に脳内における神経細胞機能調節機構及び腫瘍特異的蛋白質の動態解 明への応用を目指す。 【研究成果】 1. Ayano E, Karaki M, Ishihara T, Kanazawa H, Okano T, Poly (N-isopropylacrylamide)-PLA and PLA blend nanoparticles for temperature-controllable drug release and intracellular uptake, Colloids and Surfaces B: Biointerfaces, in press , 2011. 2. Nishio T, Kanazashi R, Nojima A, Kanazawa H, Okano T, Effect of Polymer Containing a Naphthyl-Alanine Derivative on the Separation Selectivity for Aromatic Compounds in Temperature-Responsive Chromatography, J. Chromatogr. A, in press, 2011. 3. Nagase K, Kobayashi J, Kikuchi A, Akiyama Y, Kanazawa H, Okano T, Thermally-modulated on/off-adsorption materials for pharmaceutical protein purification, Biomaterials 32, 619-627, 2011. 4. Nishio T, Ayano E, Suzuki E, Kanazawa H, Okano T, Separation of phosphorylated peptides utilizing dual pH-and temperature-responsive chromatography, J. Chromatogr. A, 1218, 2079-2084, 2011. 5. Mizutani A, Nagase K, Kikuchi A, Kanazawa A, Akiyama Y, Kobayashi J, Annaka M, Okano T, Preparation of thermo-responsive polymer brushes on hydrophilic polymeric beads by surface-initiated atom transfer radical polymerization for a highly resolutive separation of peptides, J. Chromatogr. A, 1217, 5978-598, 2010. 6. Mizutani A, Nagase A, Kikuchi A, Kanazawa H, Akiyama Y, Kobayashi J, Annaka M, Okano T, Effective separation of peptides using highly dense thermo-responsive polymer brush-grafted porous polystyrene beads, J. Chromatogr.B, 878, 2191-2198, 2010. 7. Mizutani A, Nagase K, Kikuchi A, Kanazawa H, Akiyama Y, Kobayashi J, Annaka J, Okano T, Thermo-responsive polymer brush-grafted porous polystyrene beads for all-aqueous chromatography, J. Chromatogr. A, 1217, 522-529, 2010. 29