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労働経済学入門/ 大竹文雄, 1998

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労働経済学入門/ 大竹文雄, 1998
労働経済学入門/ 大竹文雄, 1998
第 1 章 労働経済入門
1-1 労働市場 . . . . . . . . . . . . . .
1-2 労働市場の動き . . . . . . . . . . .
2
2
2
第 2 章 労働市場をみる
2-1 賃金と雇用量はどう決まるか . . .
2-2 市場の需給バランスの変化 . . . .
2-3 独占的な労働市場 . . . . . . . . .
2
2
3
4
第 3 章 労働供給とは
3-1 労働力の測り方 . . . . . . . . . . .
3-2 労働供給関数 . . . . . . . . . . . .
3-3 家計生産モデル . . . . . . . . . . .
4
4
5
5
第 4 章 労働需要の決まり方
4-1 生産要素としての労働 . . . . . . .
4-2 雇用調整 . . . . . . . . . . . . . .
7
7
7
第 5 章 年功賃金制度
5-1 年功賃金制度とは . . . . . . .
5-2 年功賃金制度の理論的説明 . .
5-3 人的資本理論による説明 . . . .
5-4 情報の不完全性と年功賃金制度
5-5 資本市場の不完全性と年功賃金
5-6 ねずみ講としての年功賃金 . .
8
8
8
8
8
9
9
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第 6 章 長期雇用制度
9
6-1 長期雇用制度の特徴 . . . . . . . . 9
6-2 長期雇用制度のメリット・デメリット 10
6-3 長期雇用を促進する制度 . . . . . . 10
6-4 日本人の離・転職率が低い理由の
文化的要因 . . . . . . . . . . . . . 10
第 7 章 労働者のキャリアと昇進
11
7-1 労働者のキャリア . . . . . . . . . 11
7-2 査定と昇進・賃金決定 . . . . . . . 11
第 8 章 労働組合の役割
12
8-1 企業別組合 . . . . . . . . . . . . . 12
8-2 組合の生産性効果 . . . . . . . . . 13
第 9 章 さまざまな賃金格差
9-1 労働環境と賃金格差 . . . .
9-2 学歴間の賃金格差 . . . . .
9-3 産業間・規模間の賃金格差
9-4 男女間の賃金格差 . . . . .
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13
13
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15
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第 10 章 失業と労働市場
17
10-1 失業とは . . . . . . . . . . . . . . 17
10-2 ジョブサーチの理論 . . . . . . . . 17
10-3 異時点間の代替性 . . . . . . . . . 18
10-4 部門間移動 . . . . . . . . . . . . . 18
10-5 効率賃金仮説 . . . . . . . . . . . 18
10-6 インフレーションと失業のトレー
ドオフ . . . . . . . . . . . . . . . . 18
第 1 章 労働経済入門
1-1 労働市場
• 労働が財と異なるのは,⃝
1 努力水準によって結果が異なること,⃝
2 教育や訓練によって人的資本
を向上できること,の 2 点である。人的資本には,どの企業でも通用する技能(一般的熟練)と,
ある特定の企業でのみ通用する技能(企業特殊熟練)とがある。
• 労働市場には所有関係(奴隷制度)が存在しないため,取引されるのは労働サービスだけである。
• 労働サービスの対価には,実質賃金のほかにフリンジ・ベネフィット(付加給付)もある。フリン
ジ・ベネフィットには,⃝
1 健康保険,公的年金,失業保険などの法的福利厚生,⃝
2 企業独自の社宅,
退職金,企業年金,保養所,の 2 種類がある。
• 労働需要が増えたとき,労働時間を増やすのであればフリンジ・ベネフィットを支払うだけでよい
が,雇用を増やすのであれば募集・訓練費用がかかる。訓練費用が大きいと,好況のときは残業で
対応し,不況のときは解雇せずに労働者を抱え込む傾向がある。
1-2 労働市場の動き
• 労働市場を分析する際には,ストックとフローの概念を区別することが重要である。
15歳以上人口
就業者
・雇用者
・自営業者
・家族従業者
新規・再参加
学校卒業
既婚女性
非労働力
人口
退出
高齢者
既婚女性
求職意欲喪失
労働力
人口
自発的離職
解雇
新規雇用
再雇用
失業者
• 初任配属,配置転換,昇進,出向などは内部労働市場と呼ばれる。
第 2 章 労働市場をみる
2-1 賃金と雇用量はどう決まるか
• 労働供給曲線は右上がりであり(代替効果>所得効果),賃金の水平線とで囲まれた部分が労働者
余剰と呼ばれる。労働需要曲線は限界価値生産性曲線であるため右下がりであり,賃金の水平線と
で囲まれた部分が生産者余剰と呼ばれる。
• 労働供給曲線と労働需要曲線の交点が競争的市場均衡になる。このときの賃金と雇用量は,社会的
余剰(労働者余剰+生産者余剰)を最大にする。
2
2-2 市場の需給バランスの変化
• 1980 年以降,アメリカの賃金格差は拡大したが,その理由として以下の五つが挙げられる。この
うち,最初の三つが労働市場の需要・供給の枠組みで分析できる。
1. 貿易自由化の結果,比較劣位にある未熟練労働者に対する需要が低下した。
2. 教育の質の低下,移民流入の増加により,低学歴者の供給が増加した。
3. コンピューターなどの技術進歩により,高学歴者に対する需要が増加した。
4. 労働組合の組織率が低下した。
5. インフレによって実̇質̇最低賃金率が低下した。
日本で賃金格差が拡大しなかったのは,3 番目の要因に対して,高学歴化が進んだことが原因と考
えられる。
• 年金保険料の負担を考える。企業が全てを負担する t% 社会保険料が導入された場合でも,一定割
合が労働者に転嫁される。なぜなら,t% の分だけ労働需要曲線が下方にシフトする結果,均衡点
が A から B に変わるため,労働者は,⃝
1 賃金の w0 から w1 への低下,⃝
2 雇用量の E0 から E1 へ
の減少,という二つの形で負担をするからである。
S
w1/(1-t)
A
w0
B
w1
D0
w0(1-t)
D1
E1
E0
このとき,労働者への転嫁率は,需要曲線と供給曲線の形状に依存する。労働供給曲線が垂直の場
合,企業負担の社会保険料は完全に労働者に転嫁される。一般的に,常用雇用者は賃金弾力性が小
さいため,社会保険料の大半を賃金減少として負担することになる。したがって,社会保険料を企
業とどのような割合で負担するかという議論は,常用雇用者にとって意味がない。むしろ,賃金弾
力性が大きい若年労働者,女性労働者,高齢労働者にとって負担割合は大きな問題となる。
• 労働供給曲線が垂直であると仮定すると,総生産額は OABJ である。ここに,J − M だけの外国
人が国内労働市場に流入したとき,供給曲線が右シフトするため,均衡は B から C に変化する。
このときの総生産額は OACM であり,そのうち JECM が外国人の取り分であるから,差し引き
EBC だけの国民所得が増える(外国人余剰)。これは,外国人の流入によって賃金率が低下するこ
とが原因である。ただし,生産者余剰は増加するが,消費者余剰は減少する。
S
A
S'
B
C
E
O
D
J
3
M
2-3 独占的な労働市場
• パートタイム労働の供給が 1 社しかないような状況では,労働の買い手独占が起こりやすい。買い
手独占の場合,完全競争市場とは異なり,1 社の労働需要量が賃金にも影響を与えるようになる。
• 買い手独占企業が利潤最大化するとき,限界労働費用と限界価値生産性が等しくなるように雇用量
を決める。限界労働費用は労働供給曲線よりも傾きが急になるから,完全競争に比べて労働需要量
は少なく,賃金も低くなる。V − wm の分が独占利潤である。
限界労働費用
労働供給
V
w*
wm
限界価値生産性
• このとき,wm よりも高く w∗ よりも低い最低賃金が設定されると,労働供給曲線は最低賃金の水
準で水平になる(限界費用が一定)。そのため,独占企業としては,最低賃金で働きたいと思う労
働者を全て雇うことが利潤を最大にする。この結果,賃金は上昇し,雇用量も増える。このように,
最低賃金法は,買い手独占になりやすいパートタイム労働者にとっては非常に大きな意味を持つ。
第 3 章 労働供給とは
3-1 労働力の測り方
• 仕事をするか余暇を楽しむかの決定問題は所得・余暇選好モデルで分析できる。所得を Y ,利用可
能な時間数を H ,余暇時間を L,賃金率を w,資産からの所得を I とすると,以下のようになる。
無差別曲線 : U = U (L, Y )
予算制約線 : Y = (H − L)w + I
余暇時間の所得効果が代替効果を上回るとき正常財といわれる。
Y
w
I
余暇時間 労働時間
H
L
• 資産所得が十分に大きいとき,賃金率が低くなると労働時間がゼロになる(留保賃金)。図では,
点線の予算制約線がこの状態を表す。
4
3-2 労働供給関数
• 余暇に対する需要関数を
DL = f (w, I)
と置くと,労働供給関数は以下のようになる。
SL = H − DL = H − f (w, I) = l(w, I)
賃金率が低いあいだは代替効果が所得効果を上回り,賃金率が高くなると所得効果が代替効果を上
回るとき,バックワード・ベンディングの労働供給曲線が描かれる。
• 既婚女性のパートタイム労働と配偶者税制,配偶者手当ての労働供給抑制効果を分析する。パート
日給が 1 万円,年収が 70 万円を超えると配偶者特別控除が減額され,年収が 103 万円を超えると
課税対象になるとする。このときの夫婦の予算制約は以下のようになるため,どうしても 103 日の
点で無差別曲線と接しやすくなる。
夫婦の所得
夫の所得
103日 70日
0日
• 労働供給曲線が右上がりになるのは,⃝
1 代替効果が所得効果を上回ることのほかに,⃝
2 異時点間
での代替効果が高いという可能性も考えられる。
3-3 家計生産モデル
• 家計内での生産活動に従事するか,家計外での仕事を行うかの選択問題は家計生産モデルで分析で
きる。家計が消費する財には,時間を投入して消費財を家計内で生産してはじめて消費できると考
える。財を 1 種類(Z )と単純化して,効用関数を次のように置く。
U = U (Z)
(3.1)
次に,市場で購入する消費財の量を C ,家計内生産に投入する時間を t として,家計生産物の生
産関数を以下のように置く。
ZF (C, t)
(3.2)
一方,市場財の価格を p,家計外で費やす労働時間を tw ,その賃金率を w,資産所得を I とすれ
ば,予算制約式は以下のようになる。
pC ≤ wtw + I
(3.3)
また,利用可能な時間 H について以下の制約がある。
t + tw = H
(3.4)
以上をまとめると,
(3.2),
(3.3),
(3.4)の制約のもとで,
(3.1)式を最大化すればよい。
5
• (3.2)式から,一定の生産量をもたらす C と t の組み合わせを得ることができる(等量曲線)。
この等量曲線は,
(3.1)式の定義より無差別曲線と等しい。また,右上にある等量曲線ほど,家庭
内生産物の生産量が多くなる。
C
等量曲線
予算制約
H
家計生産活動 家計外労働に
に費やす時間 費やす時間
t
• 家事の分担問題を考える。生産関数を単純化して(財投入を捨象)以下のように置く(妻の方が生
産性が高い)。
夫の家計生産関数 : ZH = ZH (tH ) = 500tH
妻の家計生産関数 : ZW = ZW (tW ) = 1000tW
一方,夫の賃金率は時間当たり 2,000 円,妻の賃金率は 1,000 円とする(夫の方が生産性が高い)。1
日に利用可能な時間は,いずれも 10 時間とする。このとき,夫婦の予算制約は以下のようになる。
市場財
夫婦とも家庭外労働
夫が家庭外労働、妻が家計生産
20,000
夫
10,000
夫婦とも家計生産
妻
5,000
10,000
家計生産財
無差別曲線の形状にもよるものの,一般的には,夫が家庭外労働に専念し,妻が家計生産に専念す
るようになる。これは,両者の生産性の違い(比較優位)に起因するものである。したがって,妻
の家庭外労働の生産性(賃金率)が上昇すれば,夫婦で家事を分担するように変わっていく。
• 出生率についても,⃝
1 文化・価値観を重視する社会学的なアプローチ,⃝
2 家計生産モデルに基づく
経済学的なアプローチ,の二つがある。家計生産モデルでは,家計生産財を「子供の数」と置き換
えればよい。女性の賃金率が上昇すると,子育ての機会費用が高まる。したがって,所得効果より
も代替効果が大きければ,女性の労働供給が増加し,子供の数は減少する。
6
第 4 章 労働需要の決まり方
4-1 生産要素としての労働
• 企業の生産物 Q は,資本 K (機械台数×稼働時間)と労働 L(雇用者数×労働時間)によって生
み出される。
Q = F (L, K)
(1.1)
一般的に,労働の限界生産性は逓減する。企業が利潤最大化を行うとき,限界価値生産性と名目賃
金率とが,あるいは,限界生産性と実質賃金率とが等しくなる。実質賃金が上昇すると労働需要が
減少するため,労働需要曲線は右下がりとなる。
• 資本を増減できる長期では,労働需要曲線の傾きが緩やかになる。これは,賃金が上昇したとき生
産量を一定に保とうとすると,−w/r の傾きを持つ等費用曲線の傾きが変化し,代替効果が働い
て,労働需要が減少するからである。
資本
等量曲線
等費用曲線
C=wL+rK
労働
4-2 雇用調整
• 短期的には,訓練費用など様々なコストがかかるため,雇用を弾力的に変化させることは難しい。
解雇を法的に制限すると,不景気における解雇の不安は軽減されるものの,
(将来の解雇が困難で
あるため)景気拡大期の雇用機会を減らすことになる。したがって,労働時間で調整されやすくな
る。労働者数 N ,労働時間 h を使って,生産関数を以下のように書き直す。
Y = Q(N, h)
一方,労働者一人当たりの固定費用を F ,時間当たり賃金を w とすると,費用関数は以下のよう
になる(原点に対して凸)。
C
C = F N + wN h ⇒ N =
F + wh
労働者数
N
等量曲線
等費用曲線
労働時間 h
ここで,固定費用 F が上昇した場合,生産量を一定に保つのであれば,等費用曲線はよりフラッ
トになるため,労働者数を減らし,労働時間を増やすような変化が起きる。実際,福利厚生費が高
い企業は,残業時間が長いことが知られている。
7
第 5 章 年功賃金制度
5-1 年功賃金制度とは
• 賃金が勤続年数にしたがって上がるようになったのは,戦時中に起源を持つようである。年功賃金
制度は,程度の差はあるものの,多くの国で観察される。諸外国と比較すると以下の通り。
1. 日本のブルーカラー労働者は,30 歳以降でも賃金が上昇し続ける。
2. 日本のホワイトカラーは 40 歳代後半から 50 歳代前半にも賃金が上昇する。
3. 日本では,50 歳代半ばから賃金が急激に下落する。
5-2 年功賃金制度の理論的説明
• 年功賃金制を説明する理論として,⃝
1 人的資本理論,⃝
2 情報の不完全性,⃝
3 資本市場の不完全性,
⃝
4 ねずみ講仮説,の四つがある。
5-3 人的資本理論による説明
• 人的資本理論は,仕事をしながら技能・知識を習得する OJT(oon-the-job training),研修会や
講習会への差なによる OffJT(off-the-job training)によって生産性が上昇することに着目する。
• 労働者は,若年期に一定の訓練 c を受ければ,その後,生産性を h だけ上昇させることができる
とする。このとき,若年期の賃金は c の分だけ低くなり,その後の賃金は h の分だけ高くなる。
したがって,c や h が大きいほど,賃金プロファイルが急になる(一般訓練モデル)。
• ただし,生産性の上昇が企業に特殊的である場合,訓練費用を企業が負担し,その分を生産性が上
昇した後期に回収することもできる。この場合は,h が大きいと賃金プロファイルが急になるが,
c が大きいと賃金プロファイルは緩やかになる(企業特殊訓練モデル)。
• 企業特殊訓練モデルでは,雇用関係は安定的になるが,労働者が訓練後に離職した場合には訓練費
を回収できないという問題が生じる。これを回避する方法には以下の四つがある。
1. シェアリング・モデル
企業は,若年期の訓練費用を一定割合しか負担しない。
2. 内部昇進モデル
先任権制度をつくって雇用を保証したうえで,訓練費用を労働者に負担させる。
3. 離職抑制モデル
賃金プロファイルをより急にして,後期の賃金を高く設定する。
4. 自己選抜モデル
別にフラットな賃金プロファイルを作り,離職率の高い労働者を振り分ける。
5-4 情報の不完全性と年功賃金制度
• 労働者の生産性上昇を仮定しなくても,情報の不完全性に基づけば,右上がりの賃金プロファイル
を説明することができる。
1. インセンティブ・モデル
若年期には生産性を下回る賃金にし,後期に生産性を上回る賃金にすることで,労働者の
サボタージュを防ぐ。このモデルでは,勤続年数が長くなるほど離職動機が薄れるため,定
年制度が必要になる。
8
2. 信頼度上昇モデル
労働者が危険回避的であれば,真の能力が分からない若年期には,保険料を払ってでも賃
金を平準化しようとする。勤続年数が大きくなると,真の能力が分かってくるため,保険料
は安くなって賃金が上昇する。
3. マッチング・モデル
勤続年数が大きくなるにつれ,労働者の能力にあった職種が見つかるが,もともと生産性
の低い労働者はよい仕事を見つけることができずに離職するため,結果的に平均賃金が上昇
する。
5-5 資本市場の不完全性と年功賃金
• 労働者出資仮説は,若年期には企業が労働者から借り入れ,後期にその分を年功賃金の形で返済す
るという考え方である。
• 生活費保障仮説は,賃金プロファイルを生活費の年齢パターンに一致させ,住宅や教育費負担が高
まる時期に賃金が上がるようにするという考え方である。
5-6 ねずみ講としての年功賃金
• 「ねずみ講」仮説は,賃金上昇を賦課方式の年金制度のように捉え,多数の若年労働者が少数の後
年労働者の賃金を支えると考える。この仮説では,高齢化が進めば,生産性に見合った生涯賃金を
得られない可能性がある。
第 6 章 長期雇用制度
6-1 長期雇用制度の特徴
• 長期雇用制度はどの国にも存在しているが,日本では長期雇用制度のなかにいる労働者の比率が高
くなっている。
– 離職率・転職率はヨーロッパと同程度。
– 20 年以上の長期勤続者の比率は,日本が 19.3%と最も高い。しかし,アメリカでも 13.0%いる。
– 1 年未満の短期勤続者の比率は,日本が 9.8%と最も低い。ただし,旧西ドイツでも 12.8%で
ある。
– 男性の平均勤続年数は最も長い。しかし,女性の平均勤続年数は決して長くない(アメリカ
と同水準)。
• 時系列でみると,平均勤続年数には以下の特徴がみられる。
– 20 歳代では低下傾向。
– 45 歳以上では上昇傾向。
– 30∼45 歳では 1990 年代入り後に低下(リストラの影響かも)。
9
6-2 長期雇用制度のメリット・デメリット
• 年齢が高まるにつれ離転職率は低下するのは,以下の仮説で説明される。
1. 企業特殊熟練仮説
労働者は,転職後に得られる生涯賃金の増加が,転職によって失う特殊熟練の損失を超え
るときに限り転職する。
2. マッチング仮説
労働者は,自分に合った仕事が見つかるまで職探しを続ける。
• 低い離転職率には,以下のようなメリットがある。
1. 離転職に伴うコストの削減(手続き,訓練,広告)。
2. 企業特殊熟練の増大。
3. 長期雇用による監督費用の削減。
• 逆に,低い離転職率には,仕事内容や上司との相性などによって,労働者の生産性を十分に引き出
せないかもしれないというデメリットがある。
6-3 長期雇用を促進する制度
• 日本の雇用制度・雇用慣行のなかには,長期雇用制度を促進しているものがある。
1. 急勾配の年功賃金は離職率抑制効果を持つ。
2. ポータビリティのない退職金,企業年金制度。
3. フリンジ・ベネフィットも含めて世間相場よりも高い賃金(効率賃金仮説)。
4. 高い企業特殊熟練度。
5. 退職金,社内融資,病欠時の給与支給割合,有給休暇などでの,各企業における長期勤続者
優遇策。
6. 勤続年数が長いほど,退職金への課税額が少なくなる。
7. 労働基準法で,有給休暇が勤続年数に応じて増えるよう定められている。また,解雇権濫用
法理という判例により,厳しい解雇制限がある。
8. 日本ではフリンジ・ベネフィットに課税されないが,勤続年数が長くなるほどフリンジ・ベネ
フィットが拡充される。
9. 雇用調整助成金による不況期における解雇抑制。
6-4 日本人の離・転職率が低い理由の文化的要因
• 文化的側面に着目する研究者もいる。例えば,日本と同じ賃金プロファイルを持つ韓国では,転職
率は非常に高い。もっとも,文化的側面は固定的ではなく,歴史のなかでは変わりうることには注
意が必要である。
10
第 7 章 労働者のキャリアと昇進
7-1 労働者のキャリア
• 長期にわたる仕事の経験をキャリアと呼ぶ。一般的に,日本では一つの会社内でキャリアを形成し
ていくのに対し,アメリカでは外部でキャリアを形成するとみられている。しかし,アメリカの鉄
鋼大企業のブルーカラー労働者は,内部昇進制度によって技能を身につけ,勤続によって賃金も上
昇していく。
• 以下のような通説は,検証が非常に難しい。
1. 日本のホワイトカラー労働者は定着率が高いが,外国のホワイトカラー労働者は流動的であ
る。
→日本企業の海外進出の際の経験をもとに語られている。
2. 日本のホワイトカラーはジェネラリストであるが,外国のホワイトカラーはスペシャリスト
である。
→日本人とイギリス人では差がないという研究あり。
3. 日本の昇進制度は年功的であるが,外国の昇進制度は能力主義的である。
→日本でも上席ポストは有限である。日本での選抜が遅く,欧米で早いだけかも。
7-2 査定と昇進・賃金決定
• 日本の大企業の査定・昇進制度には以下のような特徴がある。
1. ホワイトカラーだけでなく,ブルーカラー労働者にも査定制度がある。
2. 査定が大きな影響を持つのは,賃金・ボーナスではなく,昇進・昇格に対してである。
3. 上のランクになるほど,勤続年数よりも査定の重要度が増大する。
• 査定が長期的な報酬制度に影響を及ぼすのは暗黙の保険契約により説明することができる。すなわ
ち,労働者は危険回避的であり,労働者は保険料を払ってでも賃金を固定・安定化させようとする
ため,短期の業績が賃金にそのまま反映しなくなる。
• もっとも,賃金を固定化するとモラルハザードの問題が生じる。これを回避するには,業績に比例
した報酬制度にする必要がある。このように,報酬システムを設計する際に,危険とやる気のト
レードオフに直面する。
• 最適な賃金制度は,労働者の監視コストと,業績指標を得るコストの相対的な大きさに依存する。
監視コストが低ければ固定賃金が望ましく,正確な業績指標を得るコストが低ければ業績給が望ま
しい。日本の場合は,チーム生産比率が高いため客観的業績指標を得るコストが高く,監視コスト
の方が低くなっていると考えられる。
• また,昇進を労働者のインセンティブを高める方法として捉える序列競争の理論もある。これには
以下のようなメリットがある。
1. 制度が単純。
2. 相対評価だけを行えばよい。
3. 業績を過小評価して賃金を低下させるという企業側のモラルハザードが生じない。
一方,以下のような問題点もある。
1. 査定が主観的になる可能性がある(上司と部下の共謀)。
11
2. 労働者同士が協力して働くインセンティブがなくなる。
3. 労働者同士が共謀して,努力水準を引き下げる可能性がある。
4. 競争に敗れた労働者のインセンティブが低下する。
• 企業は,比較的早い段階で,労働者の能力を知ることができるかもしれない。ただし,この場合で
も,労働者がやる気をなくすコストは大きいため,どのタイミングで昇進に差をつけ始めるかは難
しい問題である。
• 定年が近くなると,将来のキャリアアップはそれほど重要ではなくなる。したがって,業績給制度
は定年が近い労働者に対してより必要である。
第 8 章 労働組合の役割
8-1 企業別組合
• 日本では,個々の労働者が組合員になるかどうかを自由に選択できるオープン・ショップ制度をとっ
ているところは少なく,企業と労働組合の間の労働契約で自動的に組合員になることが決められて
いるユニオン・ショップ制度をとっているところが多い。また,日本の労働組合の多くは,職業別
ではなく,各企業で個別に作られている。
• 労働組合の組織率は低下傾向にある。この理由として,中小企業の増加,パートタイム労働者の増
加,新規企業の創出,などが挙げられる。
• 労働組合は,実質賃金 w が高く,雇用 E が多いほど,より多くの効用を得られると仮定する。
U = U (w, E)
労働組合は,企業行動の制約のもとで効用を最大化するから,労働需要曲線と無差別曲線が接する
点が均衡点となる。このとき,労働組合が賃金を設定して,企業が雇用量を決定するかたちになる
ため,労働組合がない場合に比べると,実質賃金が高く,雇用量は低くなっている。
賃金
w*
組合の無差別曲線
組合がない場合の労働供給曲線
M
労働需要曲線
雇用
E*
• これは,⃝
1 社会的余剰が低いだけでなく,⃝
2 パレート最適ではないという点からも,非効率的に
なっている。実際,後者を等利潤曲線を導入して考えると,⃝
1 等利潤曲線に沿って M 点から右下
に移動すると,労働組合の効用は高まる,⃝
2 労働組合の無差別曲線に沿って M 点から右下に移動
すると,企業の利潤は増加する,ことが分かる。つまり,M 点から別の賃金・雇用の組み合わせに
移動することで,他方の効用・利潤を悪化させることなしに,経済厚生を高めることができる状態
である。
12
賃金
w
0
組合の無差別曲線
M
等利潤曲線
組合がない場合の労働供給曲線
w*
E0
E*
労働需要曲線
雇用
• 労働組合と企業は,交渉することによって効率的な均衡点を実現することができる。これは,組合
の無差別曲線と,企業の等利潤曲線が接する点(契約曲線)である。
賃金
無差別曲線
契約曲線
ゼロ利潤曲線
組合がない場合の労働供給曲線
w*
E*
雇用
• 労働組合の最低限の効用水準は,労働組合がない場合の賃金 w∗ と雇用 E ∗ の組み合わせを通る
無差別曲線である。一方,企業の最低限の条件は,利潤がゼロとなる等利潤曲線である。したがっ
て,契約曲線は,組合がない場合の均衡点を通る無差別曲線と,ゼロ利潤曲線で囲まれた範囲のな
かで,両曲線が接する点の軌跡となる。契約曲線の下限では,企業の超過利潤(レント)の全てを
企業が手に入れる。契約曲線の上限では,超過利潤の全てを労働者が手に入れる。契約曲線上のど
の点で契約が成立するかは,両者の交渉力に依存する。一般的に,契約曲線は労働需要曲線から離
れている。
• 労働組合が賃金をどれだけ引き上げているかを実証するのは非常に難しい。ただし,産業グループ
ごとに賃上げ交渉を行っているため,労働組合は給料よりもフリンジ・ベネフィットを引き上げて
いる可能性もある。また,企業内での賃金格差を縮小する働きもあるようだ。
8-2 組合の生産性効果
• 退出・発言仮説によれば,労働組合は生産性を向上させる効果も持つ。組合がない企業では,労働
者が不満を表明する方法は退出(自発的離職)しかないのに対し,組合がある企業では組合が不満
を代弁してくれる。この結果,離職率が低下し,それに伴うコストが削減できる。
第 9 章 さまざまな賃金格差
9-1 労働環境と賃金格差
• 労働者が実際に仕事を選ぶ際は,賃金だけでなく,危険度,快適さ,安定度,かっこよさなど,様々
な属性を考慮する。これを考慮したのが,ヘドニック賃金アプローチ(補償賃金格差の理論)であ
る。以下の三つの仮定を置く。
13
1. 労働者は賃金所得を最大化しているのではなく,仕事の属性を考慮に入れた効用を最大化する。
2. 労働者は仕事の内容について完全な情報を持っている。
3. 労働移動は費用がかからず自由に行える。
• 安全な仕事と危険な仕事の 2 種類があるとする。労働者の危険に対する態度が 2 種類あり,企業の
安全対策の容易さも 2 種類あるとする。このとき,危険選好が異なる労働者の無差別曲線と,安全
対策の効率性が異なる企業のゼロ利潤曲線が接する点で,それぞれの効用最大化が達成される。こ
の組み合わせを結んだ右上がりの線を均衡ヘドニック賃金曲線という。また,このときの賃金格差
は,危険度を補償するように決まっているため,補償賃金格差と呼ばれる。
<労働者の無差別曲線>
賃金
危険回避型労働者
<企業のゼロ利潤曲線>
賃金
安全対策が
困難な企業
賃金
労働者C
労働者D
w
w
1
危険をいとわ
ない労働者
安全対策が
容易な企業
危険度
企業A
2
r
危険度
企業B
2
r
1
危険度
• 東京一極集中に応用すると,混雑をあまり嫌わない労働者と,情報収集が重要な企業による均衡
が,高い人口集中と高い賃金に結びついていると考えられる。ここで,都心部の容積率を緩和する
と,人口密度がさらに高まり,賃金も上昇する。
9-2 学歴間の賃金格差
• 学歴間賃金格差を説明する理論には,教育訓練による能力向上を重視した人的資本理論と,労働者
の真の能力を判別するためというシグナリング理論がある。
• 人的資本理論では,教育の費用を C ,教育の便益を R とするとき,以下の式を満たす内部収益率
r が,金融資産などの市場収益率よりも高いとき,教育投資を行う方が望ましくなる。
C1 +
C2
C3
R3
CT
R2
RT
+
+ ··· +
= R1 +
+
+ ··· +
2
T
−1
2
1 + r (1 + r)
(1 + r)
1 + r (1 + r)
(1 + r)T −1
ただし,
C = 私的費用 + 社会的費用 = (直接的費用 + 放棄所得) + (補助金 + 税金)
R = 私的便益 + 社会的便益 = (学歴間賃金格差) + (外部効果)
賃金
大卒賃金
賃金格差
放棄
所得
直接
費用
高卒賃金
年齢
14
• シグナリング理論では,学歴間賃金格差を,企業と労働者の間に情報の非対称性が存在することに
求める。企業は労働者の能力についての情報を持たないが,労働者はその能力を知っていると仮定
する。潜在的労働者には,限界生産性が 1 のグループ I と,限界生産性が 2 のグループ II の二つが
あり,両者の人数比が q : 1 − q であるとする。このとき,企業は平均的な限界生産性に基づいて
賃金を設定する。
w̄ = 1 · q + 2 · (1 − q) = 2 − q
このとき,グループ I は 1 − q((2 − q) − 1)の利益を受け,グループ II は −q((2 − q) − 2)の損
失を被ることになる。ここで,グループ I は学歴水準 y を獲得するために費用が y かかるが,生
産性が高いグループ II は半分の y/2 ですむと仮定する。このとき,両者を判別するには,教育水
準 y を以下のように設定すればよい。
{
}
学歴なし: 1 − 0 = 1
}
グループ I
1>2−y ⇒ y >1
学歴あり: 2 − y
{
}
1<y<2
学歴なし: 1 − 0 = 1
グループ II
1 < 2 − y/2 ⇒ y < 2
学歴あり: 2 − y/2
賃金・教育費用
学歴別賃金
2
学歴獲得費用
1
学歴水準
• シグナリング均衡の特徴は,以下の 4 点に整理できる。
1. 労働者は自分の生産性を知っているが,企業は労働者の真の生産性を知らないという意味で,
情報の非対称性が存在する。
2. 学歴が高くなって生産性が向上するかどうかは本質的な問題点ではない。
3. 必要とされる学歴水準は一意には決まらない。
4. 学歴獲得費用は,労働者の限界生産性と逆相関しなければならない。
• シグナリング均衡は,学歴間による生産性格差についての信頼が存在する限り,非常に安定的であ
る。しかし,学歴が「能力のシグナル」ではなく「所得のシグナル」に変った場合には,シグナリ
ング均衡が崩れる可能性がある。
9-3 産業間・規模間の賃金格差
• 労働者の属性,企業規模,労働環境などをコントロールした後でも,1988 年時点での金融保険業
の賃金プレミアムは 12%あった。この理由として,以下の 3 点が挙げられる。
1. 競争市場モデルによる説明
(a) 観察されない能力差の存在
同じ学歴であっても,より能力が高い労働者が集まっている可能性がある。
(b) 観察されない労働環境の差の存在
ただし,この説には否定的な実証結果が多い。
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2. 効率賃金仮説
労働者の生産性を高めるために,高い賃金率が設定されている。怠業抑制モデルでは,労
働者の監督費用や怠業による損失が異なるため,産業間賃金格差が生じると考える。とりわ
け金融保険業では,労働者の不正による信用喪失は企業に大きな損害を与えるため,効率賃
金が高めになっている。ただし,怠惰抑制のためだけなら,年功賃金制度や退職金を使えば
よいという反論もある。
3. レント・シェアリング・モデル
規制や労働移動の不完全性のために超過利潤(レント)が発生している場合で,さらに労
働者の交渉力が強いとき,レントの一部は労働者にも分配される。このモデルは実証でも整
合的な結果を示しているが,国際間での産業間賃金格差の類似を説明することができないと
いう問題点もある。
• 以上のように,賃金決定メカニズムが様々であるために,産業間賃金格差の存在理由を一つだけの
理論で説明することは難しい。
• なお,効率賃金が生産性を引き上げる根拠として,監督費用のほかには,以下のようなものが挙げ
られる。
1. 労働者の離職を抑制するため,新規募集費,訓練費用が節約できる。
2. 労働の規範(モラル)を高める。
3. 高い能力を持った労働者を集めることができる(逆選択の逆パターン)。
4. 健康状態の改善を通じて,生産性が向上する(発展途上国)。
9-4 男女間の賃金格差
• 日本の男女間賃金格差は他国と比べて大きいが,これはパートタイム比率の高さが一因である。し
かし,常用雇用者に限って比較しても,女性の平均賃金は男性の 60%にすぎない。このうち 1 割
は教育年数格差で,3 割は勤続年数格差で説明されるが,残りの 6 割は説明することができない。
• ベッカーの差別仮説は,雇用主が特定のグループの労働者に対して偏見を持っているため,意図的
に賃金格差を作っていると考える。しかし,企業の利潤を犠牲にすることになるため,こうした企
業は市場競争に敗れていくはずであるが,実際には男女間賃金格差は長期間続いているという問題
点がある。
• 統計的差別の理論では,以下の三つの条件が満たされるとき,企業が利潤最大化行動をとることに
よって男女間賃金格差が生じる。
1. 教育訓練が企業特殊的であるため,企業が訓練費用を負担する。
2. 女性の方が男性に比べて平均勤続年数が短い。
3. 女性のなかにも長期間勤続する人もいるが,事前に見分けることができない。
すなわち,女性の方が勤続年数が短いことから,男性に集中的に訓練を受けさせる方が期待利潤が
高まるため,男女間で技能差が生じるのである。この場合,ベッカーの差別仮説とは逆に,男女間
差別を行った企業が市場競争を勝ち抜くことになる。
• 統計的差別を解消するためには,三つの前提条件を解消することが必要である。
1. 訓練費用を労働者の負担にする。あるいは,早期退職した場合に訓練費用を退職金から差し
引く。
16
2. ?
3. 総合職と一般職を分けて採用したり,昇格テスト制度を導入して,長期勤続意欲を持った女
性を識別する。
第 10 章 失業と労働市場
10-1 失業とは
• 日本の失業率をアメリカの定義に近づけても,水準はほとんど変わらない。
• 賃金が高すぎる場合には,失業が発生する。これは,組合が賃金引き上げを要求するとき(インサ
イダー・アウトサイダー理論),最低賃金法などにより起こりうる。
• 有効求人倍率は,ベバリッジ曲線(UV 曲線)上の点の傾きを解釈できる。景気変動による影響は,
ベバリッジ曲線上の移動として現れる(左上⇔右下)。一方,経済の構造変化による影響は,ベバ
リッジ曲線のシフトとして現れる(左下⇔右上)。このとき,有効求人倍率が変化しなくても,失
業率が上昇する可能性がある。
求人数
(欠員率)
45度線
ベバリッジ曲線
有効求人倍率
求職者数
(失業率)
10-2 ジョブサーチの理論
• 労働市場には多くの不完全性(情報の不完全性など)があるため,即座に市場均衡が達成されるわ
けではない。ジョブサーチ理論は,摩擦的失業からのアプローチである。
• 労働者が賃金オファーの確率分布を知っているとする。この労働者が受け入れる賃金を受諾賃金と
いう。受諾賃金は,求職の限界費用と,それによる限界利益が等しくなるように決まる。限界費用
は機会費用(あきらめる賃金)だから,賃金が高くなるほど上がっていく。賃金オファー曲線の形
状より,限界利益は賃金が高くなるほど下がっていく。
限界利益
限界費用
頻度
500円 1,000円
賃金率
限界費用
失業保険が導入された
ときの限界費用
限界利益
提示された賃金
• 失業保険が導入されると,限界費用(機会費用)が低下するため,受諾賃金は高くなり,失業期間
は長期化する。
17
10-3 異時点間の代替性
• 異時点間代替仮説は,摩擦的失業は存在せず,全て自発的な失業として捉える考え方である。すな
わち,景気が悪いときには,余暇の機会費用である賃金が低いため,余暇を楽しむ方が有利にな
り,自発的に失業するのである。
• 異時点間代替仮説には,以下の二つの仮定が必要であるが,それぞれに問題がある。
1. 賃金の増減が景気循環に連動する。
→連動性はあるようだが,他の要因を捨象して正確に調べることは困難。
2. 労働供給の賃金弾力性が高い。
→実証研究から否定されている。
10-4 部門間移動
• 構造変化が産業間に与える影響が異なり,産業間での労働移動には時間がかかるため,失業が発生
するという考え方である。しかし,この理論で日本の失業率を説明することは難しい。
1. 出向というかたちで,不況業種から好況業種へ労働力を移動することができる。
2. 企業が構造変化を一時的と認識すれば,労働力を保蔵する。
3. 産業間移動に必要な労働力が新卒採用で賄うことができた(高度成長期)。
10-5 効率賃金仮説
• 多くの企業が効率賃金を設定すれば,賃金が均衡賃金よりも高くなるため,非自発的失業が発生す
るという考え方である。しかし,労働者の怠慢を防止するには,効率賃金ではなく,年功賃金や退
職金制度を使えばすむという問題点がある。
10-6 インフレーションと失業のトレードオフ
• フィリップス曲線は,長期には垂直になる。これを,ジョブサーチ理論で説明すると,まず,拡張
的政策によって物価と賃金が上昇したとする。失業者はすぐには物価上昇に気づかないため,以前
の受諾賃金のもとで,労働供給が増加することになる(失業率の低下)。しかし,長期には,実質
賃金が上昇していないことに気づくため,名目の受諾賃金をインフレを考慮して引き上げる。この
結果,労働供給が減少し,失業率は元の水準に戻ってしまう。
(2007.06.19)
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