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試練に晒される同族企業

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試練に晒される同族企業
試練に晒される同族企業
中東問題専門家
前
田
高
行
1.債務のリスケに追い込まれた Al‐Sanea と
A.
H.
Algosaibi 財閥
5月末,
サウジアラビア通貨庁(SAMA)は同
国の実業家で世界的大富豪の Maan
Al‐Sanea
(写真)とその家族の預金口座を凍結するよう国
内の銀行に通達した!。Al‐Sanea は同国東部の
アルコバールを拠点として,不動産及び金融業
を中核とする巨大企業グループ Saad Trading を
一代で築き上げた立志伝中の人物である。米
Forbes 誌の世界富豪番付によれば彼の資産総額
は7
0億ドルで,世界6
2位と位置づけられている。
し,両社との取引を凍結する命令を出した"。
サウジアラビアでは世界的投資家として有名な
バーレーンでは既に今年初め両社の子会社でグ
アルワリード王子に次ぐ大富豪である。昨年の
ループの資金調達機関とも言うべき2つの銀行
Awal 銀行と The International Banking Corpo-
同じ番付では8
1億ドル,世界1
1
2位とされてお
が借入金の返済を繰り延べす
り,資産総額では1
1億ドル減少しているが,逆
ration(TIBC)
に順位は上がっている。これは世界的に株式バ
る状況となり黄信号が点っていたが,まさか本
ブルが弾け,欧米の大富豪達が軒並み資産を大
体がこれほどまでに追い込まれていると予想す
幅に減少させたためである。例えば,世界1,
る向きは少なかった。Saad Trading は Al‐Sanea
2を争う米国の大富豪ウォーレン・バフェット
のワンマン企業,A.
H.
Algosaibi は非上場の同
の場合,彼の資産は昨年の6
2
0億ドルから今年は
族企業(Family Company)である。これは湾岸
3
7
0億ドルと一挙に4
0%も減っている。このよう
諸国に見られる典型的な企業形態であり,経理
に世界的金融危機の中で Al‐Sanea は比較的安
の実態はベールに包まれ部外者には殆どうかが
定した富豪として世間に評価されていたのであ
い知れない。Saad Trading の危機が表面化し,同
る。
社の格付けは「ジャンク(くず)
」扱いとなった
Al‐Sanea の 預 金 口 座 凍 結 の 影 響 は,Saad
が,格付け会社の担当者は,同社の内情が判明
Trading と取引関係の深い名門財閥 A.
H.
Algo-
したのはわずか2
4時間前だった,と告白してい
saibi グループに対する信用不安を呼び,6月初
る#。
クウェート出身の5
2歳のビジネスマンである
めにはクウェート中央銀行が国内の各行に対
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Al‐Sanea は,元サウジ空軍のパイロットだった
を保ちつつ,創業者の名前を冠した企業グルー
と言われている。彼はサウジアラビアがオイル
プとして活動している。
ブームに沸いた1
9
8
0年代に同国東部のアルコ
Algosaibi グループも一族の多くの者によっ
バールに Saad Trading を創設,
アラムコ(現サウ
て担われており,現在は Khalifa Algosaibi と Ah-
ジアラムコ)社の各種施設の建設などで財を築
mad Hamad Algosaibi & Brothers(AHAB)の2つ
き,その後金融業にも手を広げた。住宅建設を
のグループに分かれている。前者は流通業や製
得意とする Saad グループはオアシス・コンパ
造業を主体に約3千人の従業員を抱えている。
ウンドなどいくつかの外国人専用の高級複合居
AHAB グループは前者に比べると規模は小さ
住施設を建設している。オアシス・コンパウン
いが,American Express 総代理店など金融業を
ドは2
0
0
4年に過激派テロの襲撃に遭い欧米人を
得意としている。今回信用不安に陥ったのはこ
含む2
2名の死者を出したことでも有名である。
の AHAB グループである(末尾「ゴサイビ一族
」参照)
。
と Al‐Sanea(Saad グループ)
Saad グループの中核ビジネスは建設不動産
業であるが,Al‐Sanea はサウド家王族を含む幅
2.サウジアラビアの財閥
広い人脈を活かし,富裕層から資金を集めて運
サウジアラビアには数多くの財閥があり,国
用する金融業もビジネスの柱の一つとしてい
$
0
0
7
る。中東の経済専門誌 MEED によれば ,2
内産業のあらゆる分野で大きな存在感を示して
年末の Saad グループの資産は,投資用1
5
0億リ
いるが,中核ビジネスを除く周辺の企業群は小
アル,
現金1
2
9億リアルなど総額4
4
8億リアル(約
規模なものが多い。
従って我々が通常考える「財
1
2
0億ド ル)で あ り,グ ル ー プ の 従 業 員 数 は
閥」
(Conglomerate)と言うより,むしろ「創業
1
1,
0
0
0人,その事業範囲はアラビア半島全域に
者一族による多種多様な同族企業群」
,即ち
及んでいる。同社は2
0
0
7年に Moody’s 及び S &
Family Business グループと言うほうが当を得て
P 社から格付けを受けたが,これは非上場企業
いる。しかし本稿では以下「財閥」という表現
としては初めてのことであり,同社ホームペー
を使用することとする。
ジではそのことが誇らしげに言及されている。
サウジアラビアの財閥は,成立時期,地理的
彼の妻は A.
H.
Algosaibi の現会長の娘であり,
分布及び中核ビジネスの3つのカテゴリーで分
Al‐Sanea はかつて同社取締役に名を連ねてい
類することができる。そして成立時期はさらに,
たことがある。彼らは緊密な関係にあり,それ
!サウジアラビア王国成立以前の時代にマッカ
が今回の信用不安の連鎖を引き起こしたものと
巡礼者相手のビジネスからスタートし,その後
思われる。
サウド家のアラビア半島制圧をビジネスチャン
Algosaibi は Kanoo,Al‐Zamil と並ぶ東部三大
スとして成長した財閥(伝統財閥)
,"アラムコ
財閥の一角を形成するサウジアラビアの名門財
の石油発見と生産拡大をビジネスチャンスとし
閥である。これら三大財閥はいずれもアラムコ
た財閥(産業財閥)
,及び#1
9
8
0年代のオイル
が本格的な石油の開発生産に乗り出した1
9
4
0年
ブームの波に乗った財閥(新興財閥)の3つに
代にアラムコの下請として事業の基盤を築いて
分かれる。
いる。その意味では Algosaibi は Al‐Sanea より
一方,各財閥の拠点によってヒジャズ,ネジ
一世代古い財閥である。中東の財閥は建設業,
ド及びアル・ハサと呼ばれるアラビア半島の3
流通業,金融業などビジネスの幅が極めて広い
つの地方に分けられる。%1つはアラビア半島
のが特色であり,創業者の子孫が互いに独立性
西部の紅海沿岸にあるイスラム教の聖地マッ
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カ,マディナ及び港町ジェッダに生まれた財閥
は異なり必ずしも不変的な分類とは言えない。
(ヒジャズ財閥)である。上記$の伝統財閥は全
3.地理的分布と成立時期から見た財閥
てヒジャズ財閥と言える。&2つ目はアラビア
半島東部のアラビア湾沿岸にあるダンマン,ダ
先にも書いたとおりサウジアラビアの財閥は
ハラン,アルコバールの3都市に生まれた財閥
生まれた地域によって,同国西部の紅海沿岸地
(アル・ハサ財閥)である。サウジアラビア東部
方を起源とするヒジャズ財閥,東部のアラビア
のアル・ハサ地方は国営石油会社アラムコとと
(ペルシャ)湾地方のアル・ハサ財閥及び内陸中
もに発展した地域であり,従ってアル・ハサ財
央部の首都リヤドに生まれたネジド財閥の3つ
閥は上記%の産業財閥であるとも言える。'3
に区分することができる。
つ目はサウジアラビア半島内陸の首都リヤドを
このうちもっとも早く生まれたのは紅海地方
本拠とする財閥(ネジド財閥)である。サウド
のヒジャズ財閥である。ヒジャズ地方にはイス
家がサウジアラビア王国を樹立し,その後オイ
ラム教の二大聖地マッカとマディナ,そして海
ルマネーによって国内のインフラ及び行政組織
路で訪れる巡礼者のための港町ジェッダがあ
を整備する過程で事業を拡大したのがネジド財
り,サウド家がサウジアラビア王国(第三次)
閥である。彼らはサウド家と密接な関係を持っ
を建国する以前から多数の巡礼者でにぎわって
た御用商人であり,中には王族そのものが財閥
いた。特に2
0世紀初頭にシリアのダマスカスか
となったケースもある。
らヨルダンのアンマンを経てマディナに至るヒ
そして財閥のもう一つのカテゴリーが中核ビ
ジャズ鉄道(別名巡礼鉄道)が開通して陸路の
ジネスの業種によるものである。これは(!)
巡礼ルートが整備されたことにより巡礼者の数
政府の大規模な公共インフラ建設工事を受注し
が飛躍的に増加した。
て成長した財閥(建設財閥)
,(")古くはマッ
マッカ,マディナ,ジェッダにはこれらの海
カ,マディナへの巡礼者に対する両替から始ま
路,陸路で訪れる巡礼者目当ての宿泊飲食業,
り,その後のオイルブームで国内の余剰マネー
通貨両替商,土産物店などが軒を並べ,これら
を吸収して成長した財閥(金融財閥)
,(#)欧
のうち商才に長けた者が事業拡大の足がかりを
米先進国の消費財の総代理店となり,GDP の成
つかんだ。彼らはサウジアラビアに元々住んで
長により購買力の高まった消費市場で事業を拡
いたベドウィンではなく,南部のイエメン,北
大した財閥(商業流通財閥)などである。ただ
部のレバノン・シリア,或いは遠くイランの出
し財閥のなかには時代と共に中核ビジネスを変
身者であり,中には巡礼に来てそのまま居残り,
化させたものも少なくない。財閥は中核ビジネ
商売を始めた者もいたのである。
スを創業者の長男が継ぎ,創業者の兄弟或いは
彼らが本格的な財閥に成長した要因は,リヤ
次男以下の子供たちがそれ以外のビジネス或い
ドの豪族サウド家と協力関係を結んだことにあ
は新規事業に進出するケースが多い。そして時
る。サウド家はアラビア半島制圧のための軍資
代の流れによっては,これらの周辺事業や新規
金をこれら有力商人に頼り,一方有力商人たち
事業が財閥の新たな中核ビジネスとなることも
は交易路の安全をサウド家に保証してもらうこ
少なくない。この結果,建設財閥,商業流通財
とにより,商圏をアラビア半島全域に広げるこ
閥から金融財閥に変貌するようなケースも生ま
とができた。サウド家とヒジャズの有力商人は,
れる。従って業種による区分は,最初に述べた
交易の安全保証と資金の提供という相互依存関
成立時期による区分,地理的分布による区分と
係を確立したのである。こうして両者は政治と
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経済を分担し,互いに相手の分野に立ち入らな
閥である。
いという不文律が永い間守られてきた。サウド
ヒジャズ地方に次いで財閥が出現したのは東
家の王族がビジネスに進出し,或いは有力財閥
部のアル・ハサ地方であり,その契機は石油生
のメンバーが大臣として入閣するようになった
産の開始である。サウジアラビアで石油が発見
のは最近のことである。
されたのは1
9
3
8年であるが,本格的な生産活動
サウド家が半島を制圧し道路,電力,住宅な
が開始されたのは第二次大戦後の1
9
4
8年にアラ
どのインフラが整い始めると,その恩恵を受け
ムコ(現サウジアラムコ)が設立されてからで
たのは自動車,家電,家具などの消費財の輸入
ある。石油の開発生産には資機材の調達のほか,
業者,特に欧米の一流ブランドの代理店契約を
生産施設・パイプライン敷設・事務所・宿舎な
獲得した商人たちである。サウジアラビアでは
ど各種建設工事,運輸他のサービス事業など幅
国内業者保護のため同一製品の代理店は一社に
広い裾野産業があり,これらの請負業者として
限定され,しかも一旦契約した代理店を変更す
成長したのが,アル・ハサ三大財閥と言われる,
ることは極めて難しい。従って欧米の一流ブラ
カヌー財閥,ザーミル財閥およびゴサイビ財閥
ンドの代理店となった業者は業績を急速に拡大
である。かれらの多くは元々ペルシャ(アラビ
し,財閥といわれる地位を築くことができたの
ア)湾の海運事業に手を染めていたため,サウ
である。その代表格がジェッダのアリ・レザ財
ジアラビアのみならずクウェート,バーレーン
閥,アレサイ財閥などである。彼らの事業は既
など近隣諸国にも拠点を持ち,多岐に亘る金融
に創業者から第二世代,さらに一部は第三世代
調達手段を持つ多国籍企業の性格も有してい
へとバトンタッチされている。米国フォード社
る。そのためグループの全体像を掴むことが難
の総代理店として有名なアリ・レザ財閥のよう
しく,冒頭のようにグループが金融不安に陥る
に,枝分かれした部門が独立した財閥(ザイネ
と湾岸諸国一帯に混乱が広がる原因にもなると
ル財閥)として認知されるようなケースもある。
言える。
ヒジャズ財閥にはこのほか1
9
8
0年代のオイル
これら三大財閥に加えアラムコの下請業者と
ブームによって建設財閥あるいは金融財閥とし
して頭角を現したのがオラヤン財閥である。同
て財を成した者もあらわれた。建設財閥はビン
グループはサウジアラビアから地中海に達する
ラーデン・グループであり,金融財閥はサウジ
パイプライン(TAP ライン)の建設業者として
最大の商業銀行 NCB の創業者ビン・マフーズ
地歩を築いたが,その後はリヤドに拠点を移し
一族である(但しビン・マフーズは現在 NCB
現在では金融・投資事業を主体とする一大企業
の経営からはずれている)
。なおオイルブームは
集団となっている。
ヒジャズだけではなく,東部のアル・ハサ或い
1
9
8
0年代には首都リヤドに豊かなオイルマ
は中央部のネジドなどにもいくつかの金融財
ネーが集まり国内の金融システムが発達,同時
閥,建設財閥を生んでおり,これらの財閥は現
に中央政府による大規模な事業が発注されるよ
在創業者から第二世代に事業が承継されつつあ
うになった。このビジネスチャンスを捉えたの
る段階のものが多い。またこの時代に商業流通
がネジド財閥である。その意味ではネジド財閥
財閥として大きく成長したのがトヨタ自動車の
は3つの地域の中では最も若い新興財閥と言え
総代理店となった AL ジャミール・グループで
よう。ネジド財閥には同国の西部或いは東部地
ある。ジャミール・グループは現当主の積極的
域で実力をつけたあと,更なる飛躍を目論んで
な販路開拓によって今日の基礎を築いた新興財
リヤドに拠点を移した財閥と元々のネジド地方
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出身者による財閥の2種類がある。前者は東部
ジャズ財閥の支援を受けており,そのためサウ
出身のオラヤン財閥(前述)や西部出身で Dal-
ド家王族は彼ら民間の領分を侵さないという暗
lah Al Baraka グループとして知られるカーメル
黙の了解があった。その後石油が発見されサウ
財閥或いはハリリ財閥(Saudi Oger グループ)な
ド家の王族はビジネスを手がける必要性がなか
どがある。
ったことも彼ら王族がビジネスに進出しなかっ
ハリリ財閥のルーツはレバノンであり,創業
た理由と言える。しかし1
9
7
0年代に入ると王族
者はレバノン首相を2度務め2
0
0
5年にベイルー
の中にも経済的自立を目指す者が現れ始めた。
トで爆殺されたラフィーク・ハリリであるが,
それが第三代ファイサル国王の遺児アブダッ
彼はサウド家王族との強い絆をもとにサウジ国
ラーであり,タラール殿下の息子で初代国王の
内でスーパーゼネコンに成長した。その後グ
孫のアルワリード王子である。アブダッラー王
ループは彼の息子たちに引き継がれたが,拠点
子はファイサリア・グループを設立し,ソニー
をリヤドに移すことでサウド家との関係をさら
の総代理店として国内の家電エレクトロニクス
に深めている。因みに最近レバノン首相になっ
部門で大きな地位を占めている。またアルワ
たサード・ハリリはラフィークの次男であり,
リード王子は世界的に著名な投資家であり,
サウジアラビアとレバノンの二重国籍を持つ
Kingdom Holding を率いて米国のシティグルー
サードはレバノンに戻る前はリヤドでグループ
プを始め欧米の一流企業に多額の投資を行い大
の陣頭指揮を執っていたのである。
富豪としても知られている。
一方,地元ネジド出身の財閥には,ジュレイ
彼らがビジネス界に進出したのは,アブダッ
シー,アル・ラジヒなどがある。ジュレイシー
ラーの場合,父親が暗殺され,またアルワリー
財閥は現在の当主アブドルラハマンが一代で築
ド王子の場合は父親がかつて急進的な自由プリ
きあげた事務・OA 機器の大型販売代理店であ
ンスとしてサウド王家の中で疎んじられたた
るが,サウド家の中枢に入り込み,政府御用達
め,政界・官界での栄達の道が閉ざされたこと
の業者として財閥に成長した。彼は現在日本・
にその一因があると考えられる。サウド家の王
サウジアラビア ビジネスカウンシルのサウジ
族がかなりの人数にのぼることを考えると,今
側議長をつとめている。このほかサウド家に食
後このようにビジネスを手がける王族が増える
い込んで事業を拡大した財閥としては,上述の
ものと思われる。しかしその結果として従来の
ビンラーデン・グループ,Saudi Oger(ハリリ)
民間財閥と彼らビジネス王族の間で軋轢が生じ
グループなどのゼネコン業者があり,彼らはい
る可能性は否定できない。
わゆる「御用商人」と言える。両替商から始ま
4.「売り家と唐様で書く三代目」
:低い同族企
ったアル・ラジヒ財閥はリヤドが国内あるいは
業の生存率
湾岸諸国のオイルマネーを集めて金融の中心に
発展する過程に合わせて大きくなったものであ
これは同族企業が世代を超えて事業を継続す
り,オラヤン財閥,カーメル財閥と並ぶ金融財
ることの難しさを詠んだ有名な江戸川柳であ
閥の雄である。
る。がむしゃらに働いて事業の基盤を作り上げ
ネジドにはヒジャズあるいはアル・ハサ財閥
た創業者の一代目。その父親の背中を見て家業
と異なる大きな特色としてサウド家王族による
を盛り立て大店といわれるまでに事業を成長さ
財閥がある。先にも書いたとおりサウド家は2
0
せた二代目。しかし生まれたときから既に恵ま
世紀前半にアラビア半島を完全制圧するまでヒ
れた環境に育った三代目は,家業を省みず中国
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書道に精力を注ぎ,家運を傾ける。その結果,
は難航を極めた末に漸く大財閥のアレサイグ
「売り家」と達筆の唐様で書いた張り紙と共に一
ループに変更された,という経緯もある。逆に
家は没落する,という皮肉を込めた意味である。
言えばこれまでサウジアラビアでは世界の一流
サウジアラビアでは企業の9
5%が同族企業
ブランドメーカーの代理店になれば,事業は安
(ファミリービジネス)と言われ#,GCC 全体の
泰だと言われていたのである。
同族企業の数は5千社に達する。そしてこれら
しかし商業流通財閥は今や一流ブランドに胡
の同族企業の資産総額は5千億ドル,雇用人口
坐をかいているだけでは生き残りが難しくなっ
$
の7
0%を占めているとする調査結果もある 。
ている。
2
0
0
5年に WTO に加盟した結果,国内企
またサウジアラビアの上場企業のうち3
0%近い
業の特権的地位が剥奪され,また非公開の同族
企業は親子或いは兄弟の2人以上が取締役に名
企業にありがちな経営内容の不透明さを改める
を連ねており,取締役の2割は何らかの親戚関
必要が生じたからである。現在彼らは社会的な
%
係にある 。このような同族企業が抱える最大
認知度を高め財務内容を健全化するために,グ
の問題点は世代を超えていかに円滑に事業を継
ループの株式公開(IPO)を迫られている。
財閥
続させるかということである。
の多くは経営に対する部外者の介入を嫌い IPO
創業型ファミリービジネスの平均寿命は2
4年
に消極的であるが,ザーミル財閥やバブテイン
に過ぎず,第二世代に承継できる割合は3
0%,
財閥のように IPO に積極的に取り組んでいる
第三世代まで生き延びるのは1
0%にとどまり,
財閥もある。工業財閥のザーミルは,新たな事
第四世代に至っては生存率はわずか3%に過ぎ
業分野については,他の財閥と合弁事業を組み,
ないと言われる。サウジアラビアの財閥は歴史
同時に株式の一部を一般公開して資金を調達し
が比較的新しく,その大半は創業者または二代
ている。サウジ国際石油化学株式会社(SIP-
目が今も現役であるが,ジェッダのアリレザ・
CHEM)はその例である。
またバブテイン財閥は
ザイネル・グループのように既に第三世代以降
2
0
0
3年に有限責任会社から非公開の株式会社に
に継承されているものも2
0%近くあり,今や後
衣替えした後,2
0
0
6年に3
0%の株式を公開して
&
継者問題が深刻な問題となっている 。
いる。
中には後継者の力量不足や一族の内紛で表舞
台から消えた財閥もある。例えば国内最大の民
5.同族企業(ファミリービジネス)の問題点
間銀行 NCB のオーナーとして君臨していたビ
米国のマネジメント・コンサルタント会社
ン・マフーズ一族の場合,後継者の息子が力量
Booz & Company は,GCC の同族企業が直面す
不足であり,結局株式を国家が買い上げ,それ
る問題点として,!地球規模で複雑化する経済
を一般公開(IPO)とする形で事業は一族の手を
環境,および"次世代への事業承継の2点をあ
離れた。また中堅財閥として知られたダハラウ
げ,
これらの問題を解決するには明確な統治(ガ
ィはパナソニック製品の総代理店として安定し
バナンス)組織を創設し,外部から人材を登用
た業績を上げていたが,第二世代が不動産など
することが必要であると説いている'。
同社によれば問題解決の具体的方法は,まず
の新規事業にのめりこみ,また後継者をめぐっ
て一族に内紛も生じ,本業が急速に落ち込んだ。
第1にあまり手を広げすぎないことである。同
このためパナソニック(旧松下電器)側は代理
族企業の二代目,三代目の中には,安易に未経
店契約を切り替えようとした。当時のサウジ国
験の新規事業に進出しようとする「起業シンド
内法では代理店が手厚く保護されており,交渉
ローム現象」があることを指摘している。GCC
4
0
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0
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の2
5の同族企業について,それぞれが扱う業種
り離して考えること(所有と経営の分離)
,&そ
の数を調査した結果,半数近くは5つ以上の分
のための統治(ガバナンス)体制を作ること(体
野に手を広げており,残りの4割は3∼4業種
制の確立)
,そして'変革の青写真を描く専門家
を手がけ,1∼2業種しか手がけていない同族
を起用すること(外部人材の活用)
,である。
企業は1割にすぎない。外部の人材を活用せず
Al‐Sanea の Saad グループと AHAB グループ
一族のメンバーだけで事業分野を広げれば,そ
の行き詰まりは,サウジアラビアのみならず湾
れだけリスクは高くなる。但しその一方で GCC
岸の金融機関全般に大きな影響を及ぼしてい
の同族企業には創業者が始めた事業を後生大事
る。ドバイの Mashreq 銀行は AHAB との1.
5億
にする創業神話から抜け出せず,次第に時流か
ドルの債務不存在の確認を求めて米国で訴訟を
ら取り残される傾向がある,とも指摘している。
提起した。そして AHAB 自身も Al‐Sanea が同
同族企業も時代に合わせて事業を再構築するリ
社から1
0
0億ドルを詐取したとしてニューヨー
エンジニアリングが要求される。
ク州最高裁に提訴した。関係者間の訴訟合戦が
そして第2点として広い視野と高い事業家精
始まり,真相が究明されるのはまだ先のようで
神を持つ者にコントロールを集中させる体制が
ある。
必要とされる。これはつまり「船頭多くして船,
2つの訴訟が自国或いは相手国ではなく共に
山に登る」の愚を犯さないようにすることであ
米国で行われたことは興味深い。Al‐Sanea と
る。時を経て同族企業の規模が大きくなると,
AHAB の間に巨額の資金取引があったことは
当然のことながら事業に関与する一族関係者の
間違いない。また Al‐Sanea と彼の Saad グルー
数も増加する。GCC の1世帯平均の子供の数は
プは AHAB 以外にも湾岸の銀行や富裕層から
5人前後と言われ,このことが同族企業のビジ
オイルマネーを取り込みマネーゲームを行って
ネス拡大志向に拍車をかける。子供たちが親の
いた。彼の二大資金源の一つはサウド家の有力
世代と同程度の資産を継承できるためには企業
王族という噂もある。サウジアラビア通貨庁
が年率1
8%の高い成長率を維持することが必要
(SAMA)が Al‐Sanea の個人預金口座を凍結し
という試算もある。しかし経済が高度成長から
た理由はあきらかにされていないが,そこには
安定成長へと変化するなかで,いたずらに企業
何らかの重要なメッセージが含まれているとい
規模を拡大することは大きな危険を伴う。
う見方もある。
ただ今回の事件は,あくまでオイルブームに
6.サウジアラビアの財閥,富豪の将来
乗りマネーゲームに踊る湾岸産油国に世界金融
Booz & Company は同族企業財閥が適切に運
危機が追い討ちをかけた結果の金融事件と見る
営され,さらに発展するためには次のような取
べきであろう。原油価格が下がり歳入が激減し
り組みが必要である,としている。即ち!事業
たとはいえ,湾岸諸国の実体経済はまだまだ健
分野を精査し中核事業に焦点を当てること(選
全である。バブルに踊らなかった他の金融財閥
択と集中)
,"伝統的なビジネスに過度に感情移
(勿論程度の問題ではあるが)への影響は少ない
入しないこと(守旧精神の排除)
,#新規分野へ
と考えられる。まして堅実な経営を行っている
の投資に対する厳格な基準を設けること(適切
多くの商業財閥や工業財閥は,上記の7つの点
な投資判断)
,$マネジメント能力を高め,必要
に真剣に取り組めばその経営は今後も健全性を
とあらば支配権を他者に委ねること(オーナー
失わないものと思われる。
一族の自戒)
,%一族の問題とビジネス活動は切
4
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(注)
!
Gulf Times on2
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9/6/1,‘Saudi billionaire has his accounts frozen’
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Gulf Times on2
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9/6/8,‘Kuwait orders halt to dealings with troubled Saudi groups’
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9,‘Family affairs under scrutiny’
MEED on1
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1
8/June/2
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MEED on1
7
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2
3October2
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8,‘Inside the Kingdom’s business elite’
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Arab News on2
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5/5/1
6,‘Member of Family Establishments is shrinking in Kingdom’
&
Khaleej Times on2
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9/3/5,‘GCC countries urged to help family firms go public
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MEED on1
7
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2
3October2
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8,‘Family firms grapple with succession’
(
同上
)
4,‘GCC family‐run business face new challenges’
Oman Daily Observer on2
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9/3/1
ゴサイビ一族とAl-Sanea(Saadグループ)
Khalifa A. Algosaibiグループ
Nasir
Abdullah
Hassan
Abdulrahman
Khalifa
Muhammad
Sami
Salah
Badr
Rashid
Ghazi
(前・水大臣)
Abdulaziz
Muhammad
Khalid(経済・企画大臣)
Ahmad Hamad Algosaibi & Brothers(AHAB)グループ
(N.A.)
Ahmad
Hamad
Ahmad
Yusif(取締役)
(グループ創始者:死去) (グループ創始者:死去)
Khalid(取締役)
Abdulmohsen(取締役)
Abdulaziz
(会長)
Saud(取締役)
(娘)
(結婚)
Saadグループ
Maan Al Sanea
Sulaiman
(社長)
4
2
Dawood(取締役)
中東協力センターニュース
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9・8/9
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