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金融市場パネル議事概要

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金融市場パネル議事概要
第 23 回
金融市場パネル議事概要
22 November 2012
議
題
開催日時
講演者
基調講演「金融危機後の金融政策の波及について」
2012 年 10 月 12 日<13 時 10 分~13 時 45 分>
フィリップ・ターナー氏(国際決済銀行 金融経済局次長)
基調講演
・東京を訪問することができて大変うれしく思う。また、「金融市場パ
ネル」に招待していただいたことと、過去数カ月に亘って英語版の
議事概要を送っていただいたことにつき、井上さんにお礼を申し上
げたい。皆様の中にはご存知の方もおられるように、私と井上さん
は BIS のマーケッツ委員会をともに運営した。
回りに対する効果は多くの文献に指摘されているし、金融環境の
好転は「de-leverage」の過程を容易にし、そのための時間を与え
ることができる。しかし、銀行貸出への波及を示す証拠はおそらく
弱いであろう。これは、金融政策に関する古い考え方の生き残りで
ある。つまり、景気後退期における金融政策は「ひもを押す」ものに
なる。第四に、中央銀行による金融仲介の役割が長期化すれば、
市場機能を損ない、金融システムにとって長期的な問題となりうる。
・講演のテーマは、「金融危機後の金融政策の波及」である。私は、
米英日の各国の財政状況を前提にすると、「fiscal dominance」の
米英日の各国をカバーし、欧州については議論しない積りである
リスクがある。これは、中央銀行にとっては語りたくない、不人気な
が、冒頭で尐しだけ触れておきたい。
テーマである。しかし、いずれはインフレが政府の重い債務を軽減
・私が欧州を扱わなかったのは、欧州危機が非常に特異な危機だ
からである。つまり、政府債務の危機が銀行危機に転換した訳で
ある。スペインでの金融政策の波及はドイツとは大きく異なる。ここ
すると予想されるようになれば、このリスクが顕現化しうる。そして、
最後に指摘したい点は、中央銀行による例外的な政策措置をもっ
ても、構造問題を解決することはできないことである。
では二点に注意する必要がある。第一に、危機の下にある国々で
・中央銀行は、今回の金融危機が 1930 年代型の景気失速に陥る
は、クレジット市場が脆弱であるため、銀行が自国の中央銀行から
のを防ぐことに確かに成功してきた。図が示すように、中央銀行は、
資金を借りるための担保を欠く状態になった。だからこそ、ECB は
最初にインターバンク市場の金利を引き下げた。ゼロ金利までの
適格担保のルールを緩和し、適格担保の規模が大きく拡大するこ
引下げを迅速に行った後、平時には取引を行わなかった多くの短
とになった。実際、2006 年末から 2012 年央にかけて、ECB の受
期金融市場においても、非常に大規模な資金を注入した。中央銀
け入れた担保は 72%も増加し、結果として、ユーロ圏の金融政策
行は、2009 年後半~2010 年前半には、これらの政策を解除しうる
に明らかに大きな影響を与えた。
と期待していた。実際、こうした考え方に沿った多くの講演がなされ
・第二に、2010 年頃まで、域内国の経常赤字は民間の資本フロー
によって比較的円滑にファイナンスされていた。しかし、その後は
そうではなくなっている。今や有名になった TARGET-II の残高が、
問題国からの巨額の流出を生じた民間の資本フローを事実上代替
た。皆様はバーナンキ議長など多くの方々による講演を覚えてお
られるであろうし、それを忘れるべきではない。しかし、ユーロ危機
の最悪の展開がこうした希望を奪い去り、低位で安定的なインフレ
期待の下で、金融機関は「de-leveraging」を続けてきた。
した訳である。ドイツは、本年初には GDP の 38%にも相当する
・BOE のような主要な中央銀行は、2010 年以来、短期のマネーマ
7390 億ユーロの債権を有していた。一方、スペインは、GDP の
ーケットだけでなく長期債市場のオペレーションを一段と増やした。
37%に相当する 4040 億ユーロの債務を抱えていた。このように、
中央銀行の資産の平均残存期間は顕著に上昇した。中央銀行は、
ユーロ圏における金融政策の波及は通貨の問題ではなく、政府債
利回りに影響を与えたり、クレジット・スプレッドを縮小したりすると
務の問題であるので、私はユーロ圏を本日の講演から除外した。
いう目標の下で、特定の資産市場にアプローチした。その目的は、
・講演の内容を概観しておきたい。第一に、世界の経済成長見通し
は非常に弱くかつ不透明なので、中央銀行は異例な措置を取り続
けている。それらには多くの異なる措置が含まれる。第二に、政策
経済主体の決定に直接的な影響を与えることにあった。準備預金
の大きさを変更することで、銀行システムに効果を波及させるとい
う伝統的なメカニズムは、一体どうなってしまったのであろうか。
当局が期待する非伝統的政策の波及メカニズムには、主として二
・より最近の政策は、日英両国のケースで知られるように、実際に
つの経路が存在する。それは、シグナリングとポートフォリオ・バラ
直接に銀行貸出をターゲットとしている。ただし、ここで認識すべき
ンスである。これらが何を意味するかは後ほど説明したい。
なのは、中央銀行による国債買入れは常に「非伝統的政策」であっ
・第三に、これらの経路は資産価格に効果をもたらしたようだ。利
当「議事録」に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
たという訳でない点である。ジョン・メイナード・ケインズやミルトン・
フリードマンなどが指摘したように、中央銀行が長期金利を引き下
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げられなかったことが、1930 年代の景気失速を悪化させた。また、
「Funding for Lending Scheme」である。本措置は、数年といった
1950~60 年代には、中央銀行による長期債市場でのオペレーショ
期間に亘って、銀行に資金調達機会を与えるものである。ただし、
ンは、金融政策手段の一部とみなされていた。1990 年代になって
BOE は、国内貸出の維持または拡張の実績に基づく条件で、銀行
初めて、ごく短い期間の金利を設定することが、独立性を有する中
に対して担保交換を行う。つまり、国内貸出をより拡張した銀行は
央銀行の唯一の政策手段となった。この過程において、金融政策
より良い条件での担保交換を享受しうる。どの銀行が本措置の適
のいくつかの重要な手段が忘れ去られた。今や、危機を経て、政
用を申請し、どの銀行が国内貸出を伸ばしているかを公表すること
策手段に関する考え方は劇的に変わっている。
が、民間非金融部門に対する貸出増加につながるという考え方で
・現在、中央銀行の政策はマンデートの境界線上で行われている。
そして、多くの人々が中央銀行に関する適切な法律の範囲内にあ
るかどうか疑わしく思うようなことを行っている。今日、中央銀行の
政策の枠組みは、本当にどのようになっているのだろうか。この点
は十分に明らかになっておらず、我々は、中央銀行が異例な政策
を解除し始めた時に初めて知ることになるのであろう。中央銀行に
ある。なぜなら、銀行は大衆に対するイメージを改善する必要があ
るからである。本措置の適格担保には、有価証券だけでなく家計
向け貸出も含まれるので、小規模銀行や Building Society も措置
の適用を申請することができる。9 月現在、本措置の利用に関して
BOE と契約した銀行が、英国の家計や企業に対する貸出に占め
るシェアは 73%に達している。
よるオペレーションの膨大な規模を考えると、明確に規定された政
・私は、日銀の例を三番目に持ってきた。その主たる理由は、皆様
策の枠組みが存在しないことに伴う不確実性が、大きなリスクをも
の方がはるかに良く知っているからである。日銀は、もちろん、
たらしている。
2001 年に始まる「非伝統的政策」において真に先駆者であった。こ
・以下では、これまでに実施された政策措置について説明するとと
もに、政策の波及メカニズムについて議論したい。
の間に、流動性供給や資産買入れの多くの措置に加え、銀行貸出
に直接にターゲットを置く措置を導入した。私は、市場規模に比較
した場合、日銀の政策は尐なくとも Fed と同じ程度にアグレッシブ
・私は、「非伝統的政策」について、金融セクターや家計において現
であったと思う。我々は、米英両国と同じように日銀の保有国債の
在進行中のバランスシート調整の痛みを和らげる役割を強調した
残高シェアを計算するために十分なデータを持ち合わせていない。
い。同時に、こうした措置の長期的な結果に関して、我々は経験が
ただ、日銀が国債の新規発行額の殆ど 1/3 を買入れていることは
非常に乏しいことも念頭に置きたい。この点に関しては、既に述べ
尐なくとも計算できる。
たように、「fiscal dominance」のリスクや金融安定に関するインプ
リケーションが想起される。
・日銀の政策は、Fed や BOE の政策と二つの点で異なるように思
う。第一に、日銀ははるかに多くの種類の資産を買い入れてきた。
・Fed は極めて大規模な政策措置を採ってきた。今や、Fed は財務
第二に、保有資産の残存期間が異なる。現在、BOE の保有資産の
省証券の 3 割以上を保有する。図は、残存 5 年以上の債券の保有
平均残存期間は約 8.5 年であり、Fed の場合はほぼ 10 年である。
を示している。今や総資産は 2.8 兆ドルに達したが、エコノミストは、
対照的に、日銀はより短い残存期間の資産買入れに集中してきた。
Fedが市場機能を損なうことなく財務省証券の保有シェアを45%ま
日銀による資産買入れの 70%は残存 2 年以内である。より短期の
で上昇させうると考えている。つまり、現在のペースであと数年買
資産を保有していることは、現在の政策措置を解除する際にはそ
い続けることができるという訳である。Fed は、2007 年の春に財務
れを容易にする。つまり、日銀が保有する国債は比較的短期間に
省証券とエージェンシー債の大規模な買入れを始めた。2011 年秋
償還を迎える。BOE や Fed による政策措置の解除はより複雑とな
に は 、 バ ラ ン ス シ ー ト の 拡 大 を 停 止 し 、 代 わ り に 「 Maturity
るであろう。なぜなら、市場で国債を売却する時期を決めなければ
Extension Program」として保有債券の残存期間を長期化し始めた。
ならないが、それは決して容易なことでないからである。
これは、長期債の買入れ資金を短期債の同額の売却によって調達
するものであり、バランスシートの規模は不変に維持される。そし
て先月、Fed はバランスシートの拡大路線に回帰し、保有する財務
省証券の残存期間の長期化とエージェンシー債の大規模買い入
れという政策措置の組み合わせを採用した。
・日銀は、他の中央銀行が実施した、事実上全てのタイプの政策措
置に経験を有している。第一弾となったのは、2001 年 3 月に始まり
2006 年 3 月に終了した「純粋な量的緩和」である。英国では、本年
夏に BOE による「Funding for Lending」が公表されたが、これも目
新しいものではない。2010 年 4 月に、日銀は「成長資金オペ」とい
・BOE も、政府債市場において Fed と同様なシェア(約 1/3)を占め
う新規の政策措置を導入した。これは、適格な金融機関に長期(3
ている。BOE は、2009 年3 月にギルト債の大規模な買入れを開始
年以内)の低利資金を供給することで、選ばれた産業における実
し、資産買入れファシリティに 2000 億ポンドのギルト債を抱えた。
際の投融資案件をファイナンスすることにある。2010 年 10 月には、
2011 年 10 月には、BOE は第 2 ラウンドの買入れを開始し、その
日銀は第二弾の「非伝統的政策」として「包括的金融緩和」を導入し
金額も今年の 7 月に 500 億ポンド増額し、現在は合計で 3750 億
た。これは、新たな資産買入れプログラムであり、政府債や投資適
ポンドとなっている。中央銀行は、銀行与信を直接にターゲットとす
格の社債だけでなく、CP、ETF、J-REIT の買入れを含んでいる。こ
る 政策措置も導入して きた 。そ の 最新の例は 、 BOE による
のように、各国中央銀行は明らかに未知の領域への航海に乗り出
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している。非常に大きな賭けであるとともに、政策措置の規模も膨
つまり、最早サプライズでなくなった訳である。これらの政策措置を
大である。問題は、これらの措置がどのようにして、なぜ効果を持
非常に有効にするのは、サプライズの効果の一面である。サプラ
つと期待できるのかという点である。
イズの例としては、最近の Fed による MBS の無制限買入れの宣
・最初の問題は、政策の波及経路である。資産買入れは有効であ
ろうか?政策当局は、中央銀行による資産買入れが、シグナリン
言がある。また、最近の BOE による量的緩和の規模に関する宣言
もこれに含まれるであろう。
グとポートフォリオ・バランスの経路を通じて、クレジットの拡大と実
・シグナリングをサポートする補助的な手段として、中央銀行による
体経済活動とを加速すると主張する。
forward guidance がある。一つの例は、2015 年央頃まで低金利を
・シグナリングの経路は、中央銀行による将来の政策金利目標に
ついて、投資家の期待を変化させることに基づく。資産買入れの実
施を宣言するだけで、金融緩和政策に対するコミットメントを示すこ
とができ、将来の短期金利の予想パスを大きく下げることになる。
皆様は、バーナンキ氏が、2003 年の有名な講演の中、Fed は非常
に限られた取引を行うだけで米国債の 2 年物金利を固定しうると述
維持するという Fed のコミットメントである。これにより、将来の短期
金利に対する予想は、より強固に固定されることになったのであろ
う。しかし、多くの市場参加者は、forward guidance よりも、実際の
資産買入れの方が金融政策の将来のスタンスに関するより説得力
あるシグナルであると考えている。彼らの考えでは、中央銀行は必
要なところに実際にお金を注ぎ込む必要がある。
べたことを覚えておられるであろう。シグナリングの経路はサプラ
・forward guidance に関しては、出口戦略に関して非常に多くの議
イズの効果に依存する。なぜなら、それによってこそ、将来の政策
論がある。我々は、こうした示唆が、景気が改善しても急激な金利
金利のパスに関する経済主体の予想が変化するからである。
上昇が生じないことを大衆に伝える役割も果たすことを知っている。
・ケインズ、ト―ビン、フリードマンといった研究者は、資産買入れを
異なる見方から捉えていた。つまり、ポートフォリオのリバランスで
ある。公的資産と民間資産、長期資産と短期資産とは各々完全に
代替的ではなく、経済主体は価格や期待によってそれらの資産を
渡り歩く。そこで、ポートフォリオ・リバランシングの考え方は、次の
ようなものである。つまり、中央銀行による特定の資産の買入れは、
「市場を政策変更に備えさせる」という考え方には魅力的な面もあ
るが、危険な面もある。Fed による 2004-5 年の慎重なペースでの
利上げは、投資家に、MBS を含む債券市場でのレバレッジを著しく
長期にわたって維持することを許した。私の考えでは、この点は金
融危機に至る過程において重要な要素であったと思う。この点は、
講演の最後で再び論じたい。
例えば政府債や MBS の利回りを圧縮する。この結果、投資家にと
・ポートフォリオ・リバランシングの経路の指標をみることにしよう。
って、これらの資産を保有することが魅力的でなくなる。もし、短期
政策当局は、ターム・プレミアムの広範な下落が重要な尺度である
資産と長期資産が密接に代替的であれば、長期金利を非常に小さ
と主張するであろう。中央銀行が政府債の市場から duration を取り
く下げるだけで、投資家を短期資産に向かわせる形でポートフォリ
除けば、金融資産の利回り低下は主としてリスク・プレミアムの減
オの再調整を行わせることができる。しかし、もし、短期資産と長期
尐として実現する。長期資産の場合、その主たる要素はターム・プ
資産が密接に代替的でなければ、長期金利をより大きく引き下げ
レミアムである。ターム・プレミアムは、2005 年以前には 1%ポイン
ることが必要になる。金融危機において、金融資産同士の代替性
ト程度であったが、今やマイナスである。これは、もちろん、中央銀
が低下する局面では、ポートフォリオ・リバランスははるかに有効
行の政策対応だけによるのでなく、規制によって金融機関に政府
になる。バーナンキ議長は、ジャクソン・ホールを含む多くの機会に
債を保有させていることによる面もある。ただ、これらの規制は大
こうした経路の効果を説明した。また、BOE のキング総裁も同様で
変重要であるが、全ての効果を規制の青写真のせいにして、金融
あったことを強調したい。これらの最新の「非伝統的政策」はどの
政策を含むその他の要素の影響を過小評価すべきではない。いず
程度効果的であったであろうか?
れにせよ、今日までの利回りの低下は、政府債市場から duration
・例として、Fed や BOE による最近の政策措置を取り上げることと
risk を取り除いたことが大変有効であったことを示唆している。
しよう。最初に政策措置が導入された際には、アナウンスメント効
・その他のリスクフリー資産の利回りに関するトレンドは、特に
果として計測されるシグナリング効果は相当大きかった。つまり、
2009-10 年の資産買入れの最初のラウンにおいて、ポートフォリ
Fed が実際に資産買入れを開始した時でなく、例えば、バーナンキ
オ・リバランスの経路が非常に有効であったことを示唆する。2009
議長がその効果を表明した時に大きな効果が生じた。いかなる新
年初には社債のスプレッドが急低下した。しかし、より最近では、米
たな政策措置もサプライズの恩恵を享受しうる。加えて、最初の政
国の社債やモーゲージのスプレッドは上昇してきている。すなわち、
策措置が予想外に大きな規模であれば、サプライズの効果が強め
利回りの低下は中央銀行が直接に買入れる資産に限定して見ら
られるようだ。ただし、より最近の事態を眺めて、こうしたサプライ
れるようになってきている。次に注目されるのは、米国において、
ズの効果が減衰してきたという指摘もみられる。アナウンスメント
30 年のモーゲージ貸出金利と MBS 利回りのスプレッドによって計
効果の減衰は、おそらく部分的には、市場がその後のラウンドの資
測されるモーゲージの調達金利が、高止まっていることである。
産買入れを幾分か予想に織り込んでいたことによるものであろう。
Fed による新たな MBS 買入れによって、MBS に銀行が支払う金
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利は約 2.4%から 1.9%へ低下した。この低下幅は大きいが、モー
響しているのであろう。これらは、銀行貸出の需給いずれかの側に
ゲージ銀行の利鞘の増加は、依然として 3.4%の 30 年物モーゲー
現れる。供給側では銀行の「de-leveraging」がまさに進行している
ジ金利を支払う住宅保有者に波及していない。この点は、銀行側
ようだ。自己資本が充実した銀行は、自己資本の過小な銀行よりも
におけるモーゲージ貸出の供給能力に対する制約を反映している
貸出能力が大きい。需要側では家計も企業も借入れに一段と消極
のであろう。おそらくは、Fed の政策措置が継続されることで、波及
的である。米国や英国では、企業や家計の総負債は依然として大
メカニズムが改善することが期待されるし、これは明らかに今後の
きい。日本で、2005-6 年にデット・サービス・レシオが低下すると同
注目点である。
時に、経済成長が-金融危機までの短期間であったが-高まった
・「非伝統的政策」の効果を制限する要素は他にもある。それは財
政政策である。投資家が長期の民間資産をどの程度買うよう促さ
れるか、およびクレジット・リスクの程度は、中央銀行によって政府
ことは興味深い。つまり、デット・サービス・レシオが低下するととも
に、日本においては、短期間ではあったが銀行与信の伸びが高ま
った訳である。
債市場からどの程度の maturity のリスクが取り除かれるかに依存
・「非伝統的政策」が、銀行貸出の拡張を刺激できないとしても、景
する。大きな財政赤字の存在は、金額の面でも maturity の面でも
気後退の影響を和らげうると結論付けることは極めて正当である。
債務の発行が増えたことを意味する。この重要な事実は、特定の
実際、長期にわたって長期金利を低位に維持することで、民間部
日における利回りの変化に対するイベント・スタディが見逃しがち
門の債務返済負担を先送りすることができる。同時に、デフォルト
な点であるが、忘れてはならない。市場では二つのことが進行して
率を低下させ、そうでなければ生き残れなかった企業を生存させ、
いる。つまり、中央銀行はより多くの債券を買い入れ、しかし同時
そうでなければ利払いのできなかった家計に最終的に利払いを可
に、政府は、悪化した財政状況のゆえにより多くの債券を発行して
能にする。全ての主体にリストラクチャリングの時間を与える。銀行
いる。Fed による幾度かの長期債買入れにも関わらず、民間部門
のバランスシートの脆弱性に適切な対応がなされ、家計や企業の
が保有する公共債の平均残存期間は上昇してきた。英国でも状況
金融構造が改善すれば、銀行貸出は再び増加するであろう。
は同様である。中央銀行が介入しなければ、民間部門が保有する
政府債の残存期間はもっと大きく上昇したであろう。それでも、政府
が顕著に借入れを増やしている状況では、民間部門にとっての全
般的な金融環境を緩和することは難しい。
・中央銀行の政策目的に沿って、実質長期金利は危機以来迅速に
低下してきた。最近に至るまで、米国におけるインフレ期待は安定
的に維持されている。最近、インフレ期待が上昇したが、年を追っ
て上昇してきたと考える強い理由は存在しない。しかし、英国の状
況は異なる。遠い将来に関するインフレ期待は約 1%上昇した。今
年の 4 月までに、日米の 10 年債の実質金利はマイナスに転じた。
既に述べたように、「質への逃避」や担保としての政府債の需要、
規制当局による政府債保有に対する要求の強まり、といった別な
要素も働いている。それでも、中央銀行による政策運営もここでは
重要な役割を果たしている。
・そこで「非伝統的政策」の潜在的コストは何だろうか?これらの政
策措置が金融市場に与える潜在的で意図しない結果を論じたい。
・第一に、インターバンクの資金調達市場が毀損しうることである。
中央銀行は、自国で銀行が大量の資金を抱える下で、事実上、イ
ンターバンク市場の役割を代替させられている。このような状況が
続いた場合には、明らかに長期的な効果を持つことになる。日本
の経験はこの点を示している。2001 年以降の日銀の政策を受けて、
マネーマーケットの規模は 2/3 も縮小した。なぜなら、多くの銀行が、
マネーマーケットの担当を単純に廃止したからである。いったんこ
うした部署が閉鎖されると、再構築には時間を要する。インターバ
ンク市場の機能回復が緩やかで不完全であったために、2006 年
の金融政策変更のタイミングは難しいものになった。この事実のイ
ンプリケーションは、インターバンク市場は回復しうるし、状況が変
われば、いったんマネーマーケット担当を廃止した銀行もそれらを
・これまで、私は金融市場に対する影響だけを議論してきた。しか
復活させうるが、失われたスキルや資源を回復するには時間を要
し、政策の最終目標は銀行貸出と実体経済の復活と成長である。
するというものである。
これらの側面に関して、これまでの証拠は不確定でむしろ弱い。
「非伝統的政策」は、金融危機に伴うデフレのリスクと戦う上で明ら
かに不可欠であった。しかし、全ての非金融法人に対する銀行貸
出の広範な増加には繋がらなかったようである。銀行貸出は、依
存として比較的弱い。ただ、「非伝統的政策」は社債の利回りを幾
分か引き下げることに寄与した。こうした政策は、大企業にとって
の社債での資金調達コストをどのように減尐させたのであろうか?
社債発行増の多くの部分は、おそらく銀行借入れからの振り替わり
であり、銀行の総貸出の純増には結びつかなかったのであろう。
・実体経済への波及がみられないことには、多くの構造的要因も影
当「議事録」に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
・第二に、金利リスクに対するエクスポージャーが大きく増加するこ
とである。多額の財政赤字の存在と政府債の利回りを抑制する政
策との組み合わせは、経済における平均的な金利リスクを増やし
てきた。Fed による買入れに拘わらず、民間が保有する政府債の
金額は 2007 年以降に倍増した。これらの債券の平均利回りは、
5%弱から 0.5%へ下落した。このことは、民間部門による政府債保
有が顕著に増加したことを意味する。これらの債券はこのように低
利で発行されたため、金利が上昇すれば、保有者はキャピタルロ
スを被る。こうした金利リスクと将来の損失がどのように配分される
かは未知数である。政府債の大部分は機関投資家によって保有さ
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れている。彼らの金利上昇による感応度は、どの程度の leverage
-も減尐するであろう。長期金利の低下は、債務によって引き起こ
を取っているかに依存する。私が研究した全ての債券市場危機に
された景気後退から先進国が回復する上で、いずれはサポートを
おいて、leverage を取った投資家による債券の投げ売りが、債券
もたらすことになろう。リストラクチャリングが完遂すれば、こうした
価格の下落を加速した。聴衆の皆様は、2003 年の日本国債の危
政策のポジティブな効果がより明確になるであろう。
機を思い起こすであろう。
・それでも、我々は、長年に亘る金融緩和による意図せざる結果に
・もしも、こうした金利環境が長く続きすぎると、年金基金や生命保
対して、強く注意を向けるべきであろう。こうした政策の優れた側面
険会社の収益に深刻な影響を与えうる。イールドカーブの形状は、
に比べると、金融市場に対するインプリケーションは十分に理解さ
銀行の利鞘も減らすことになろう。低金利は他にも影響をもたらしう
れていない。中央銀行が、政府債市場やその他の市場に対して、
る。例えば、低金利はクレジットの脆弱性を覆い隠す。また、銀行
マクロ経済面での正当化を大きく超えた程度までサポートを与える
に「ever-greening」-つまり、「死に体」の企業に資金を貸し続ける
ニーズが存在するであろう。「債券の利回りが上昇すると、資金調
こと-を可能にし、構造調整を遅らせる。利鞘の圧縮-つまり、リ
達のコストがより大きく上昇してしまう。市場に介入して、利回りを
スクフリーの期間変換から得られる収益の圧縮-によって、銀行
再び下げてくれないか?」と言う政府に対して、現在の中央銀行が、
は leverage を増やしたり、他のリスクを求めたりするかもしれない。
「しかし、これは最早中央銀行の役割ではない」ということは難しい。
つまり、銀行は、貸出よりも金融市場でのトレーディングによる収益
なぜなら、政府は、「しかし、2001年からずっと続けてきたではない
を再び追及するかもしれない。
か。なぜ、今は難しいのか」と単純に言い返すだろうからである。
・第三に、他の国に対する国際的な波及である。安全資産に対する
・「非伝統的政策」の危険さは、精霊を瓶に戻すことが次第に難しく
長期利回りが低下することで、投資家は殆どどこにでも利回りを求
なることにある。中央銀行が行っていることを評価する上では、財
めるようになりうる。彼らは、金や容易に貯蔵しうるいかなる種類の
政政策を見ることも重要である。財政赤字は非常に大きく、政府債
商品、ハイ・イールド債等々に目を向ける。指標金利の国ごとの違
務残高も非常に高水準である。いったん景気後退の力が弱まり、
いは、債券や為替における carry trade を引き起こすであろう。
経済成長が戻った際に、債券市場の修正はどの程度の大きさにな
2009-10 年に、世界経済の回復ペースの二極化によって、新興国
るのであろうか。現在、景気が弱いことを考えても、長期金利は異
のうち高成長国に対する非常に大きな金利差が生じた際には、こう
常に低い。それが正常な水準に戻るだけでも、債券市場に大きな
した状況が生じた。過去の経験が示すように、こうした取引フロー
ショックをもたらしうる。これまで、インフレ期待は低位に安定してき
は不安定であり、迅速に巻き戻されうる。こうした懸念は、先進諸
たが、将来のどこかの時点で上昇するであろうし、その際には長期
国と新興国がともに成長鈍化の兆しを示している現在は、直ちに懸
債の利回りも上昇するであろう。債券市場の危機に直面した場合、
念すべき点ではないかもしれない。両グループの諸国とも緩和的
長期金利の引下げに対する現在のコミットメントを前提にすると、
な金融政策スタンスを維持するであろう。資本フローの急速な流入
中央銀行と政府がどのような対応を採るかは明確ではない。債券
は、将来において問題となりうる。
価格の非常に大きな下落に直面した場合、中央銀行は市場を支え
・講演の締めくくりに入りたい。資産価格は、意図した波及経路に完
全に整合的な形で、「非伝統的政策」に反応してきている。これこそ
が、金融政策が達成を目指したものであり、我々はそれらを広範な
指標や多くのアカデミックな分析から知ることができる。しかし、「非
伝統的政策」が銀行貸出に波及したことを示す説得力ある証拠は
るよう求められるかもしれない。これこそが、昨年末の BIS のワー
クショップのテーマであった「Fiscal Dominance の脅威」そのもの
である。fiscal dominance は、新興国市場の文脈で語られることが
多い。しかし、これからは先進国経済の文脈で耳にすることの多い
トピックかもしれないし、従って、より深刻に捉える必要があろう。
存在しない。政策スタンスの実体経済に対する波及が弱いのは、
・問題は、長期金利が上昇し始めた時の政策の枠組みはどのよう
クレジットの成長に対する需給両面の制約に起因する。このような
なものになるかということである。その上で、問題は、中央銀行が
文脈の下で、最近の政策措置には銀行貸出ないしモーゲージ貸出
インフレーションの精霊を瓶に戻すことができるかどうかである。
を直接的にターゲットとするものがある。すなわち、日銀による「成
長資金オペ」や BOE による「Funding for Lending Scheme」、Fed
による「MBS の無制限買入れ」である。
ご清聴、ありがとうございました。
***
・長期金利の引き下げによるインパクトは確かに大きい。企業や家
計の債務負担を軽減するし、損失を異時点間により良く配分しうる
ようにすることで、より秩序ある調整を可能にするであろう。こうし
た調整としては、家計や企業による de-leveraging に加え、銀行部
門の自己資本強化も含まれる。デフレ・スパイラルの中で雪崩状の
デフォルトが生ずるリスク-これは 1930 年代の悪夢の一つである
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