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第4回 - 株式会社エフティ・オークラ
【第4回】 最終回 本多 博 本紀行も,今回でひとまず最終回となる。 フィンランド人を理解するにはまず3つのS が意味するものを知ることが必要といわれる。 最終回では,この“3つのS”から,フィン ランドの先端技術研究の一端を紹介する。 <右の写真はラップランドの木彫りカップとイッ タラ(iitala)のガラス小鳥(筆者の土産物)> フィンランドを紹介するにはラップランドを抜 フィンランドのオリジナルかどうかは知らない。 きには語れない。オーロラを観るために世界中か しかし商業的には成功していると思う。筆者の子 ら観光客がやってくる。最近は日本人が多いそう 供も幼稚園児時代にロヴァニエミの「サンタさん だ。そういう筆者はラップランドへ行ったことが におてがみをかこう!」という催しにのって,サ ない。いつもヘルシンキ界隈でのあわただしい出 ンタさんから実際に「おへんじ」の絵葉書が返っ 張で終わってしまう。一度だけ真冬のヘルシンキ てきた。もちろんクリスマスプレゼントは筆者が でオーロラらしきものを観たことがある。かなり 用意したが,当時は子供もサンタの実在を信じて 稀にではあるが観ることができるそうだ。 いたようだ。 〔ラップランドのオーロラ (フィンランド政府観光局提供) 〕 〔サンタクロースと民族衣装をまとったフィンランド人 (フィンランド政府観光局提供) 〕 ヘルシンキ市内にラップランドの郷土料理を食 べさせてくれるレストランがあって,最後にコー ヒーを注文するとワンショットのブランデーが添 えられて木彫りのカップ(ヘッダーの写真を参照) に注がれて出てくる。同僚が聞いてきたところに よると,使い込んで黒ずんだカップに値打ちがあ るそうで,レストランによっては土産に持ち帰っ てもよいらしい。何度も行っているがそれを知っ ていたらと思うと惜しいことをした。 ラップランドには北極圏の真下に位置するサン タクロースが住んでいるロヴァニエミ(Rovaniemi)という有名な町がある。サンタクロースが 10 〔ロヴァニエミとナーンタリの位置〕 トゥルク (Turku) 近郊の町ナーンタリ (Naantali) 電 子 材 料 にはムーミンのテーマパークがある。小さな子供 の家族連れには推奨の場所である。 フィンランド人を理解する“3つの S” とは さてフィンランド人を理解するには“3つの S” を知る必要があるという。3つの S とは,サウナ (Sauna),シベリウス(Sibelius),そしてまった くわからないシス(Sisu)というキーワードであ る。 「サウナ」の起源はかなり古く,どうやらフィ ンランドが発祥の地というわけでもないようだ。 最近の中央アジアでの発掘調査で,2000 年ほど 前のほら穴式サウナ遺跡が発見され,その時代か 〔ムーミン(フィンランド政府観光局提供) 〕 らサウナが使用されていたことがわかってきた。 浴槽に湯を張る技術がない古代においては,この ムーミンはなにもの? 筆者は「カバ」としか ような発汗風呂は至って簡単な構造で理に適って 思えないが子供たちにも同じように映るらしく説 いた。最初はほら穴で焚き火をし,煙が抜けたと 明に窮したことがある。少し調べさせて貰ったと ころで潜りこんでいた。これをスモークサウナと ころによると,古くからスカンジナビアに伝わる いう。19 世紀にはストーブと煙突が装備され, 妖精「トロール」(もしくはトロル)を題材に, ヨーロッパ中に広まっていたらしい。現在では電 フィンランドの女流画家であり童話作家のトーヴ 気ヒータ式にとって代わり,現在フィンランド国 ェ・ヤンソン(Tove Jansson : 1914 ∼ 2001)が 内にはサウナが 200 万以上あるといわれているが, ムーミン・トロールを創作した。 なぜフィンランドで未だに普及しているのか。 トロールは森や大地の中に住むいたずら好きな 痩せて栄養分のない北国の土地を耕すことは難 醜い格好をした妖精と古くから語り伝えられてき しかったため,最初に移り住んだフィンランド人 た。フィンランドでは古いサウナにはこのような たちは狩をし,森や湖から取れる自然の木の実や 妖精が住んでいると言われている。日本の民話や キノコ,サーモンなどを得て暮らしていた。この 妖怪伝説に出てくる「座敷わらし」のようなもの 頃の湖畔の小さなログハウスの住居がサウナとい であろうか。トーヴェ・ヤンソンは女性らしく繊 う独立した空間へと変化していったようだ。最初 細な感覚で子供たちにも親しまれるキャラクター は肉や魚を乾燥させ燻製にするために使われ,後 に変身させてしまった。宮崎駿の「となりのトト に分娩室,病の治癒,さらには死体を清潔にする ロ」を連想させる。筆者の子供が言うには「トト 場所などにもなり,本来の体を清潔にすること以 ロを見た」と言う妹のメイに姉のさつきが「トト 外にも生命が誕生し終焉する場として神聖な意味 ロって,絵本に出てくるトロルのこと?」と問う をもつようになった。現在では精神的なリラック くだりがあるらしい。 スに欠かせない。 〔ヘルシンキで買い求めたムーミンの木彫り人形〕 2 0 0 7年 9 月 〔湖畔のサウナ付きコテージ(フィンランド政府観光局提供) 〕 11 2つめの S,作曲家「シベリウス」(Sibelius) はフィンランドの一大叙事詩「カレワラ」(8月 フィンランドの最先端技術について 号で紹介)から多大な影響を受けた。彼みずから フィンランド・アカデミーとフィンランド技術 「カレワラ」の精神や韻律を感じ取るためにカレ 庁(Tekes)が,フィンランド政府の「公共研究 リア地方をさまよった。「カレワラ」を題材とし 制度開発に関する原則」(2005 年4月7日施行) た「クッレルヴォ交響曲」(1892),「レンミンカ に沿って立ち上げた「フィンサイト 2015 プロジ イネンの四つの伝説曲」(1896)などはこうして ェクト」の刊行冊子を読んでいると,「持続可能 生まれた。 な発展」というキーワードが何度も出てくる。筆 者が感銘を受けたことばの一つに,高校生時代に 数学科の恩師に言われた「継続は力なり」がある。 いつも三日坊主で挫けてしまうのだが,その度に この言葉を思い出してやらないよりはやった方が まし,と都合よく思ってやってきた。 北方の小国フィンランドでは生き残るには「さ まざまな変化」に対応した「持続可能な発展」が なされなければならないという危機感を国家とし て持ち続けている。「変化」とは「人口構成の変 化」や「文化環境の変化」があり,グローバル化 〔ヘルシンキ市内のシベリウス公園(フィンランド政府観 光局提供) 〕 そして「交響曲スオミ」(1899)が完成した。 と情報化が進み,めまぐるしい「国際情勢の変化」 の中で「仕事と精神的能力の変化」や「知識と技 能の変化」も見落とすことができない。国民は国 スオミ(Suomi)とは「湖の国」を意味し,フィ の財産という観点から高度な人材を育成するため ンランド人は自国をこう呼ぶ。ちなみにフィンラ の「継続した教育」(8月号で紹介)は重要であ ンド人はスオマライネン(Suomalainen)で,日 り,高齢化社会と福祉国家を維持するための「持 本人はヤパニライネン(Japanirainen)と言う。 続した経済の発展」(7月号で紹介)が要となる。 さて,この曲は,後に「交響曲フィンランディ ア」と呼ばれ,フィンランドの民族意識を大いに 日本の立場も同じと思うのだが,なぜか日本の政 治はわかりずらい。 高めた有名な曲である。フィンランド人がこの曲 を聴くときには感涙する。それほどまでにスウェ ーデン,そして帝政ロシアによる長い忍従の支配 からフィンランドを独立へいざなった英雄として 尊敬されているのである。 さて,3つめの S,シス(Sisu)とは,端的に 言うと「がんばる」ということらしい。ニュアン ス的には,タフ,粘り強さ,不動さ,寛容さ,ス タミナなども含まれる。フィンランド人が常に臨 国の外圧や厳しい自然環境と生活条件に支配され てきたなかで,生きるための強い意志がこの言葉 〔フィンランドの先端技術研究拠点〕 に込められている。フィンランド人はこの言葉ど フィンランドは国家主導によるテクノロジー・ おり実によく働く。個々人の独立心と,最も重要 プログラムを充実させ,かつ教育分野でのダイナ なことに対する集中力が強い。その端的な例が個 ミズムを損なわないように,産学を一体とした地 人競技のスポーツによく現れている。F1 レース 域のサイエンス・テクノロジー・パークを置き, のミカ・ハッキネン,ラリーのトミ・ハッキネン, 数多くの先端技術研究を促進している。主なサイ クロスカントリースキーのミカ・ミリラ,トライ エンス・パークは上の地図に示してみたが,筆者 アスロンやスキージャンプなどが好例であろう。 の知らない箇所がまだあると思われる。特にこれ 12 電 子 材 料 〔Triaxcell―BOPP Film〕 〔Conex プラスチック成型加工機〕 〔NBS 装置〕 らのパークでは福祉国家らしくバイオテクノロジ 術で,エイズのような免疫不全を治療する免疫療 ー(生物工学)と医療,そして IT 技術が結びつ 法やパーキンソン病などの遺伝子欠陥病の治療な いた研究が盛んである。また,これらのパークに どに適用できる(www.fitbiotech.com)。 は大学や国立研究所を中心として数百に及ぶハイ 医療分野での診断ツールの開発は疾病をいち早 テクベンチャー企業が存在する。これらの企業で く発見する上で重要である。ネクスティム社 は,そのユニークな技術に関して数々の特許を持 (NexstimLtd.)の NBS(ナビゲート・ブレイン・ っており,商用化や研究開発を加速するためのパ スティミュレーション)技術は,従来の脳画像診 ートナーを広く世界に求めている所が少なくない。 断装置(MRI,PET,MEG)が脳の活動状態を単に これらの技術をすべて紹介することはできない モニターするだけなのに対して,大脳皮質の中の が,ほんの一部を以下に紹介する。 VTT(フィンランド技術研究センター)では, 選択的な部分に微妙な刺激を与えて,その反応を マッピングすることができる。脳の機能に関する, 製薬業界のニーズに応えるため,遺伝子を導入し より高精度かつ高信頼性の情報を得ることができ た細胞を培養する際に植物由来の分子をより効果 るので,たとえば脳卒中の症状を見極めたり,今 的に生産する細胞バイオチップ・テクノロジーを 開発した。従来の方法の数千倍のスピードで,薬 後の脳に関する医療分野での寄与が期待される (www.nexstim.com)。 の有効性もしくは毒性を非常に早い段階で識別で 化学工業のコネノル社(Connenor)は,最先 きる。植物ゲノムとメタボリック・エンジニアリ 端の新素材に挑戦する企業で,革新的なプラスチ ングを組織的に利用して,これまでは不可能だっ ック成型加工機(コニカル押出機)が作り出す多 た,まったく新しい化合物を創り出す可能性に道 層薄膜フィルム,木粉入りプラスチック(建築用 を拓いている(www.vtt.fi)。 擬木),継ぎ目なし多層プラスチックパイプを商 細菌が作り出す成分を利用して生産された医薬 品化している。 品としてよく知られたものにはペニシリンなどが 4回にわたり,筆者がこれまでに関わってきた専 あるが,現在では抗生物質や抗がん剤からコレステ 門技術となんらかの形で付き合いのあったフィンラ ロール血症抑制剤や免疫抑制剤に至るあらゆるもの ンドの会社と産業界を,歴史や環境を織り交ぜて紹 に利用されている。ガリレウス社(Galilaeus Oy)は, 介してきた。次にこのような機会があればもっと調 こうした細菌や微生物による薬効成分の製造に,従 査・勉強して知られざる技術や会社を紹介していき 来の発酵生産法と遺伝子工学を一体化した非常に たいと思う。ご愛読有難うございました。 効率のよい方法を確立した(www.galilaeus.fi)。 <取材協力:フィンランド大使館 商務部> HIV(エイズ)ワクチンの開発に一歩リードした 企業がフィンランドにある。FIT バイオテック社(FIT Biotech Oyj Plc,タンペレ)が開発した GTU(Gene Transport Unit:遺伝子トランスポート・ユニット)テ クノロジーは,選択された遺伝子を人間の細胞に運 ぶことができる特別な DNA プラスミドに関する技 2 0 0 7年 9 月 * Honda Hiroshi (株)エフティ・オークラ 事業開発部長 同社は,フィンランド企業4社グループの日本総代理店。 FT は,フィンランド・テクノロジーを意味する。 http://www.ft-okura.com/ 13