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ガソリンスタンドの契約形態が小売価格及び販売インセンティブに与える
映画館市場の参入・ 退出を巡る競争の分析 石橋孝次研究会第 16 期 競争政策パート 塩川 将平 尾上 和起 椎名 翔平 松田 朋子 はじめに つい先日、日経トレンディの選ぶ「2014 年ヒット商品ベスト 30」が発表され、デ ィズニー映画「アナと雪の女王」が第 1 位に輝いた。日本での観客動員数は 13 年ぶ りの 2000 万人超えを成し遂げ、興行収入は「千と千尋の神隠し」、「タイタニック」 に次ぐ歴代 3 位を記録した。劇中歌が大流行したり、DVD・キャラクター商品も多く 販売されたり、映画界を飛び出して社会全体にまで広く影響を及ぼし、まさに「アナ 雪」旋風を巻き起こした。 特筆すべきことは、ほとんどの映画が 1、2 か月で公開終了してしまう中、 「アナと 雪の女王」は半年以上のロングランを続け、何度も映画館へ見に行く人も多かったこ とである。インターネット配信で簡単に映画を探せるようになり、低価格でのレンタ ルも可能になり、映画を見るのは映画館だけでは無くなってきた。しかし今回の大ヒ ットは、頭打ちであると思われてきた映画館産業全体に大きな利益をもたらした。 近年の日本の映画館産業は参入・退出がとても激しく、めまぐるしく市場構造が変 化している。例えば新宿ピカデリーのような巨大なシネコンの参入は周辺の多くの映 画館を閉館に追い込んだ。 また映画料金は他の産業に比べて固定的である。たいていどこの映画館で見たとし ても料金は同じでレディースデーのような割引や 3D 映画などを見る場合の料金も同 じであり、価格競争を行っていないように思われる。 そこで私たち競争政策パートは他の市場にはない特異な性質を持つ日本の映画館 市場に焦点を当て、参入・退出が市場に与える影響、及び適切な競争が行われている のかの分析を行うことにした。第 1 章では映画館および映画産業全体の現状分析を行 い、第 2 章では実証分析のための先行理論を紹介する。そして第 3 章、第 4 章ではア メリカで行われた実証分析を紹介し、それをもとに私たちが日本の市場で行った参入 効果、競争度に関する実証分析の結果と考察について述べる。 我々が本論文によって映画館市場におけるこれらの現象の効果を経済学的に明ら かにしていく。 石橋孝次研究会 第 16 期 競争政策パート一同 ii 目次 はじめに 第1章 現状分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1.1 映画産業の現状分析 1.2 日本の映画産業の現状分析 第2章 参入行動に関する理論分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 2.1 過剰参入の発生の概要 2.2 Mankiw and Whinston(1986)による分析 第3章 映画館市場の参入効果の実証分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 3.1 実証の目的 3.2 先行研究の紹介 3.3 本論文においての実証分析 第4章 映画館市場の企業数と競争度の実証分析・・・・・・・・・・・・・・・35 4.1 Bresnahan and Reiss(1991)による分析 4.2 実証分析 4.3 考察 第5章 実証分析のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 終わりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50 iii 第1章 現状分析 文責: 松田 朋子 1.1 映画産業の現状分析 の現状分析 日本の映画館市場に話を 話を絞る前に、映画館を含め映画産業全体の現状分析を行う。 全体の現状分析を行う。 1.1.1 映画産業のしくみ のしくみ 一般的な産業におけるメーカー、卸、小売 におけるメーカー、卸、小売、消費者というフローが映画 、消費者というフローが映画産業におい ては製作、配給、興行(映画館 映画館)、観客となっている。まず、映画の「 「製作」と「制作」 の違いについて定義をしておく。 「制作」とは実際に撮影、編集をしながら映画を 「制作」とは実際に撮影、編集をしながら映画を創る ことを指す。 とを指す。 「製作」とは映画制作を含め、企画開発、キャスト決定、脚本書き、マー ケティングなど、そして配給、興行も含めた全体のことを指す。 映画製作会社が製作した作品を配給会社が買い付け、 作した作品を配給会社が買い付け、その作品を映画館に配給する。 興行主は映画館を経営し、映画を上映することで入場料収入を得る。これがいわゆる 「興行収入」である。また 「興行収入」である。またポップコーンや飲み物などでの飲食販売収入、映画関連商 飲食販売収入、映画関連商 品での物販収入を得ている。 での物販収入を得ている。興行主である映画館は作品ごとに決められた一定の割合 興行主である映画館は作品ごとに決められた一定の割合 を興行収入から映画上映料金(映画料)として配給会社に収める。これが を興行収入から映画上映料金(映画料)として配給会社に収める。これが配給会社に とっての「配給収入」となる。映画料は映画ごとに 50%、70%などと定められており、 %などと定められており、 映画館と配給会社がほぼ半分ずつ分配することが多い。 図 1-1 映画産業の資金の動き 出所:経済産業省「コンテンツ産業 経済産業省「コンテンツ産業 現状分析編(各論 各論)(2014 年 1 月)」 1 映画の興行形態には、フリーブッキングとブロックブッキングの 2 種類がある。フ リーブッキングとは、映画館に対する配給の契約で、映画館がどの配給会社の作品で も自由に選んで上映できるものである。加えて、映画館が自由に公開開始、終了時期 を決定することが出来るため、映画の人気に合わせて効率よく映画公開スケジュール を組むことができる。いずれの映画館でも公開が可能なため、制作・配給会社の参入 可能性が高い。対して、ブロックブッキングとは、映画館に対する配給の契約で、映 画館が特定の配給会社の作品だけを上映することを内容とするものである。こちらは 定められたスケジュールでしか公開することができず、調整が不可能である。いくら 人気が出たとしても上映を続けることが出来なかったり、人気が出なくても上映をや めたりすることが出来ないのである。しかし、配給側にとっても劇場が確保されてお り、映画館側にとっても作品の供給が保証されていることはメリットとも捉えられる。 よってブロックブッキングは制作・配給会社の参入障壁となる可能性がある。また外 国の映画(日本で言えば洋画にあたる映画)は、海外の配給会社を通じて、もしくは その国の配給会社が海外から買い付けをする形で入ってくる。そのため基本的にフリ ーブッキングである。 映画館の形態としては、大きく「単館・ミニシアター」と「シネマコンプレックス (以降、シネコン)」に分類される。ミニシアターは 1 スクリーンのみで劇場がそれぞ れ独立している映画館であり、小さな劇場でありながらも、それを活かして個性を出 し営業を行っている。対してシネコンは明確に定義されているわけではないが、 「同一 運営組織が同一所在地に5スクリーン以上集積して名称の統一性(1、2、3…、A、B、 C…、等)をもって運営している映画館」と日本映画製作者連盟は言っており、一般に 複数のスクリーンを抱える映画館を意味する。シネコンの長所として、観客にとって は一つの映画館に訪れるだけで様々な種類の映画を上映しており選択肢が多いこと、 また人気作品であれば複数のスクリーンで上映されたり、時間をずらして何度も上映 されたりするため、立ち見、長時間待つ必要性がないことがあげられる。映画館にと っては一つの入口、チケット販売所で集約的に運営できるため人件費等の節約ができ ること、人気作品を座席数の多いスクリーンに割り当てたり、複数のスクリーンで上 映したり、効率良くスケジュールを組めることがあげられる。 2 1.1.2 日米における法制度の違い ここで、問題となるのが、制作・配給部門と興行部門の垂直統合である。ブロック ブッキングも垂直統合に近い形となる。これらに対する規制は国によって異なってい る。米国では連邦司法省 (Department of Justice: DOJ) と連邦取引委員会 (Federal Trade Commission: FTC) によ って 3 つの 法 律か らな る反 トラ スト 法 (Antitrust Laws) をもとに取り締まられている。大きな転機として、1948 年米国「ビッグ 5」 の 1 つ Paramount Pictures に対して映画の興行とスタジオとしての制作・配給を切 り離すようにとの判決が下された。メジャーとは制作・配給・興行の全てを 1 社で行 っている映画会社のことを指す。この Paramount 事件の最高裁判決が出たことによ って、メジャー5 社全ての制作・配給・興行の垂直統合が禁止された。同時に、 「ビッ グ 5」だけでなく、まだ興行部門には進出していなかった他の「リトル 3」に対して もブロックブッキングの実行が禁止されることとなった。対して、日本では垂直統合、 ブロックブッキング共に合法である。日本での制度については後ほど詳しく説明を行 う。 1.2 日本の映画産業の現状分析 ここからは日本における映画産業全体のおおまかな現状分析、および映画館産業、 映画館市場に焦点をあてた詳しい現状分析を行う。 1.2.1 日本の映画産業 日本の映画産業を支えているのは図 1-2 に示されるような企業である。外資系企業 も含め、どのフェイズにおいても様々な企業がおり、細かな関係性を見ていくことは 難しい。また映画公開後の 2 次、3 次利用も活発化してきていて、DVD や Blu-ray Disc としての販売はもちろんのこと、テレビ放送の権利、ゲーム、商品販売まで幅広く広 がってきている。 現在の日本の映画製作業、つまり邦画の製作においては数社合同で出資を行って 「〇〇製作委員会」を設立し、制作会社に実際の制作を委託するという形で運営され るものがほとんどである。映画会社、テレビ局、出版社、タレントプロダクション、 広告代理店などが出資者となるケースが多い。また製作委員会を作らずに、テレビ局 や映画会社が単独で行っているケースも存在する。かつては、東宝、東映、松竹、角 川、日活の 5 社がそれぞれ製作を単独で行うことがほとんどであった。彼らはハリウ ッドにおける大手映画会社の呼び方に起因して経済産業省によって「メジャー」と呼 3 ばれる、製作・配給・興行までの大きな流れ全てを一社で担っている企業 ばれる、製作・配給・興行までの大きな流れ全てを一社で担っている企業である。 図 1-2 映画製作の流れ :経済産業省「コンテンツ産業 現状分析編(各論 各論)(2014 年 1 月)」 出所:経済産業省「コンテンツ産業 図 1-3 製作委員会の例 出所: :「そして父になる」ホームページ このような大手企業の活躍が映画 このような大手企業の活躍が映画産業に与える影響はプラスだけでなく、マイナス に与える影響はプラスだけでなく、マイナス にも大きく作用している。もしも映画に人気が出ず 大きく作用している。もしも映画に人気が出ず思うように動員数を得られなかっ 思うように動員数を得られなかっ た場合、莫大な費用を回収することが困難となる。製作委員会であればそのリスクを 分散でき、また大手会社であれば費用を賄える資産を持ち合わせているが、独立系と 呼ばれる大手会社と資本関係を持ち合わせていないような小さな会社ではそれが難し い。結果、図 1-4 が示すように多額の負債を抱えて倒産に陥る企業も少なくな が示すように 多額の負債を抱えて倒産に陥る企業も少なくない。 ピークを超え、映画館入場者数が ピークを超え、映画館入場者数が大きく減少した 1970 年周辺はメジャー5 年周辺は 社にと っても厳しい時期であった。 っても厳しい時期であった。1971 年、大映と日活がブロックブッキングから撤退。両 者は 1970 年に配給部門を統合し、 部門を統合し、 「ダイニチ映配」として創業し始めたが、うまく軌 4 道に乗れずに 1971 年には倒産に陥り、12 月に大映は倒産。日活は株式会社にっかつ と社名をひらがなにして再始動するも 1993 年に倒産。2000 年、松竹は本社ビルと撮 影所を売却し、ブロックブッキングからも撤退した。3 社に対して成長を続けてきた 東宝は 1971 年に「東宝映画株式会社」として製作部門を独立子会社化し、自社は興 行に注力し始めた。興行会社としての力を発揮し、多くの劇場と再開発を進めていっ た。よって今現在ブロックブッキングを行い続けているのは東宝と東映の邦画番線(チ ェーン)のみである。 図 1-4 近年倒産した映画関連会社 出所:経済産業省「コンテンツ産業 現状分析編(各論)(2014 年 1 月)」 1.2.2 日本の映画館市場 日本映画製作者連盟によると 2013 年現在、日本には 3,318 スクリーンがあり、そ の内 2,831 スクリーンがシネコン内にあるスクリーンである。公開された映画は、邦 画が 591 本、洋画が 526 本の合計 1,117 本であり、データのある 1955 年以降、初め て 1000 本を超えた。入場者数は 155,888 人、興行収入は 194,237 円である。ここか ら導かれる平均料金は 1,246 円である。一般に映画料金は固定的であり、ほぼ全国一 律で大人 1,800 円、大学生 1,500 円、小中高生 1,000 円となっている。図 1-6 が示す ように、各映画館は独自の割引サービスを行っており、代表的なものとして毎週いず 5 れかの曜日を女性のみ割引するレディースデイがある。近頃は 3D 映画が増加してお り、3D 映画では追加料金として 300、もしくは 400 円を課している映画館が多い。 1970 年代には、スクリーン数も入場者数も減少傾向にあるにも関わらず、興行収入が 増加していた。図 1-5 から興行収入と平均料金の推移を同時に見ることで、平均料金 の上昇が興行収入の増加を引き起こしていたのだと分かる。 図 1-5 平均料金と興行収入の比較 1400 250,000 1200 200,000 1000 150,000 800 600 100,000 400 50,000 200 興行収入 2012 2009 2006 2003 2000 1997 1994 1991 1988 1985 1982 1979 1976 1973 1970 1967 1964 1961 1958 0 1955 0 平均料金 出所:日本映画製作者連盟のデータより 図 1-6 現在の映画料金と割引サービス 出所:TOHO シネマズ 6 ホームページ 図 1-7 をもとに映画館入場者数とスクリーン数の推移を見比べると、1950 年代後半 から 1960 年代半ばにかけて、入場者数の動きを追うようにしてスクリーン数が推移 しているように伺える。入場者数は 1958 年の 1,127,452 人、スクリーン数は 1960 年 7457 スクリーンがピークであり、以降どちらも減少を辿った。1964 年に控える東京 オリンピックを前に家庭用テレビが普及したことが原因だと公益財団法人ユニジャパ ンは述べている。1993 年全国 1734 スクリーンと最低まで減少したまさにその年に、 日本初の大々的なシネコン「ワーナーマイカル・シネマズ海老名」が開業した。 (ワー ナーマイカル・シネマズはイオンシネマと統合され現存しない。現在は「イオンシネ マ海老名」となっている。)これをきっかけとしてシネコンが増加していき、2000 年 の大規模小売店舗法の廃止、および新たな大規模小売店舗立地法の施行の前の、シネ コンの開業ラッシュであった。この法律の変化によって、それまで開業に関する申請 は、全国一律で一度で済んでいたが、各都道府県において申請しなくてはいけなくな ったため、この手間が発生する前に開業を進める企業が多かった。2000 年以降もシネ コン数に伴い着実にスクリーン数は増加していき、現在ではピーク時の半分ほどにま で増加した。 図 1-7 入場者数とスクリーン数の比較 8,000 1,200,000 7,000 1,000,000 6,000 800,000 5,000 4,000 600,000 3,000 400,000 2,000 200,000 1,000 入場者数 2012 2009 2006 2003 2000 1997 1994 1991 1988 1985 1982 1979 1976 1973 1970 1967 1964 1961 1958 0 1955 0 スクリーン 出所:日本映画製作者連盟のデータより作成 7 テレビの普及によって窮地に追い込まれた映画館であったが、テレビドラマから派 生した映画の人気が高まるにつれて、 少し回復の兆しが見えた。しかし、入場者数は 生した映画の人気が高まるにつれて、少し回復の兆しが見えた。しかし、 1996 年の 119,575 人という最低のピークから脱して少しの上昇があっただけで、ほ 人という最低のピークから脱して少しの上昇があっただけで ぼ横ばいであり、近年の 近年のスクリーン数増加に対応するような増加はあまり に対応するような増加はあまり見えない。 入場者数が増えない理由として、映画館で映画を見ることにかかる金銭的コスト、お よび時間的コストを他の娯楽に使う、また映画館で見るのではなくテレビで放映され たり、DVD として販売、貸出されたりするのを待つ、ということがあげられる。 として販売、貸出されたりするのを待つ、ということがあげられる。そん な状況下において、映画館 映画館産業大手の TOHO シネマズ株式会社は、今後も大きくシネ シネマズ株式会社は、今後 コンを展開していくプランを発表している。 プランを発表している。現在既に決まっているものとして、 決まっているものとして、2015 年に大分、新宿での新規 新規開業、既存の TOHO シネマズ六本木のリニューアルオープン、 2016 年の仙台、2017 年の上野での新規開業がある。特に 年の上野 2015 年新宿駅近辺への出 店は大きな挑戦である。古くから営業をつづける映画館が多い新宿駅周辺に 。古くから営業をつづける映画館が多い新宿駅周辺に 。古くから営業をつづける映画館が多い新宿駅周辺に踏み込む ことには何らかの理由があると考えられる。 ことには何らかの理由があると考えられる。TOHO シネマズを含め シネマズを含め現存する映画館経 営会社は各社独自の割引日を設定 各社独自の割引日を設定、ポイントカード制度、飲食設備の充実など様々な 飲食設備の充実など様々な 取組みで入場者数拡大に努めている 拡大に努めている。 図 1-8 TOHO シネマズの展開予定図 出所:TOHO シネマズ 1.2.3 ホームページ 映画館に対する法規制 興行形態に関して日本では、以前の 興行形態に関して日本では、以前の節(1.1.2)で述べた Paramonut 事件の影響は受 けておらず、ブロックブッキングは禁止されていない。そのため大手映画会社 そのため 大手映画会社の東宝、 東映は今でも制作、配給、興行の全てを行っている。 制作、配給、興行の全てを行っている。邦画に関しては東宝、東映が 邦画に関しては東宝、東映がそ れぞれブロックブッキングを行っているものもあるが、現在では東映が制作した映画 ブロックブッキングを行っているものもあるが、現在では東映が制作した映画 8 が東宝の経営する映画館で上映されるケースもあり、すべてがブロックブッキングさ れている状態ではなくなってきている。洋画は海外の配給会社を通じて、もしくは日 本の配給会社が海外から買い付けをする形で日本へ入ってくる。そのため洋画は基本 的にフリーブッキングである。 では日本ではどのような制度がとられているのだろうか。独占禁止法(私的独占の 禁止及び公正取引の確保に関する法律、以降「独禁法」と言う。)第 9 条の規定によ る「事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立・転化の禁止」に映画館と映 画、ビデオ制作・配給業が該当する。これらは補完・代替という相互に関連性のある 事業分野として禁止される部類に入り、相当する事業者数、シェア、収益などの細か な規定に当てはまる場合禁止の対象となる。 以下、 「事業支配力が過度に集中すること」の考え方について平成 14 年 11 月 12 日 公正取引委員会(以降、「公取委」と言う。) 発表の文章を引用する。 「事業支配力が過度に集中すること」の考え方 (1) 「事業支配力が過度に集中すること」とは、法第9条第3項の規定で定義されてい るとおり、会社グループの①総合的事業規模が相当数の事業分野にわたって著しく大き いこと、②資金に係る取引に起因する他の事業者に対する影響力が著しく大きいこと、 又は③相互に関連性のある相当数の事業分野においてそれぞれ有力な地位を占めてい ることにより、国民経済に大きな影響を及ぼし、公正かつ自由な競争の促進の妨げとな ることをいう。 この定義の考え方は、 ア 会社グループの形態が、 (ア) 総合的事業規模が相当数の事業分野にわたって著しく大きいこと (イ) 資金に係る取引に起因する他の事業者に対する影響力が著しく大きいこと (ウ) 相互に関連性のある相当数の事業分野においてそれぞれ有力な地位を占めている こと という要件のいずれかに該当し、 イ 国民経済に大きな影響を及ぼし、 ウ 公正かつ自由な競争の促進の妨げとなる という要件をすべて満たす場合、当該会社は、事業支配力が過度に集中することとなる 会社に該当すると定義するものである。 9 また、垂直合併については上記のように定められているが、水平合併に関しては、 一般的にどの産業に対しても適応される公取委の定めた「企業結合ガイドライン」に よる取り締まりがある。セーフ・ハーバーと呼ばれる以下いずれかの基準を満たして いるものは競争を阻害していないとして認可されるが、基準を満たしていないものは 調査の対象となる。ハーフィンダール指数 (HHI) をもとに考えられている。 1. HHI 1500 以下 2. HHI 1500~2500 かつ HHI 増分 250 以下 3. HHI 2500 以上 HHI 増分 150 以下 かつ 次章より理論分析、実証分析に入っていく。今回私たちの論文では映画館の収入の うち「飲食販売、物販を除いた興行収入のみ」にスポットを当て、実証分析を進めて いく。 10 第2章 参入行動に関する理論分析 文責: 椎名 翔平 本論文では、映画館市場における参入行動に焦点を当てている。その上で最も注目 すべき参入行動は市場への過剰参入である。本章では Cabral (2000) にならって過剰 参入定理の概略と、市場の参入行動と社会的に最適な参入企業数の理論を扱った論文 として Mankiw and Whinston (1986) を紹介する。 2.1 過剰参入の発生の概要 経済学では一般的に自由参入が経済的効率性の面で望ましいと考えられてきた。し かし、完全競争ではないモデル、例えば企業が price-taker であるという仮定が崩れ たときには自由参入が必ずしも経済的効率性の面で望ましいとはいえない。これは顧 客奪取効果(business-stealing stealing effect)という効果の存在によるもので、このために自 effect) という効果の存在によるもので、このために自 由参入によっても社会的に最適な参入企業数よりも過剰な参入が発生する。本節では これを論じるために Cabral (2000) にならい、単純なモデルを用いて過剰参入の発生 の概要を明らかにする。 図 2-1 自由参入と余剰 出所 出所: Cabral (2000) 11 まず、すべての企業の限界費用は で一定とし、市場の総需要関数は () とする。 市場には 企業いると仮定し、そのときのそれぞれの企業の生産量は で表し、こ のとき市場の総生産量は となる。このときの価格は = ( ) で表す。この 市場に 1 社新たに参入したときの 1 企業あたりの生産量は ାଵ に変化し、市場の総 生産量は + 1ାଵ となり、価格は ାଵ となる。これを図 2-1 に表した。 図上において、参入前の総余剰は [ABEG] の範囲で表され、拡大した参入後の総 余剰は [ACDG] で表される。よって、参入費用を含まない総余剰の変化は [BCI] + [CDEI] の範囲で表されることになる。一方、参入した企業が得る利潤は [CDFH] の 範囲で 表され 、図 より 、この 2 つの面 積を 比 較する と、 [BCI] + [CDEI] よりも [CDFH] のほうが大きい。この相違は + 1 番目の企業の参入の社会的なインセンテ ィ ブ と 私 的 な イ ン セ ン テ ィ ブ の 違 い に よ っ て 生 じ た も の で あ る 。 こ こ で [BCI] + [CDEI] < < [CDFH] となるような参入費用 を考えると、このとき参入企業にと っての私的インセンティブの面で参入は有益であるが、社会的インセンティブの面で 有益ではない。よって、この状況では自由参入は過剰参入をもたらしたことになる。 このような結果となったのは、参入企業の利潤の一部は既存企業から「奪取」した利 潤であるためである。このとき図上の [IEFH] の範囲で表される、社会厚生を改善し ない企業間の利潤の移転を顧客奪取効果という。 2.2 Mankiw and Whinston (1986) による分析 前節では、単純なモデルを用いて顧客奪取効果の存在とそれによる過剰参入の発生 を示した。本節では、さらに一般的なモデルを用いていくつかのケースにおける過剰 参入の発生の有無を示した論文である Mankiw and Whinston (1986) を紹介したい。 本節ではまず 2.2.1 項にて同質財市場における過剰参入の発生を定式化した「過剰 参入定理」を紹介し、2.2.2 項では対称的 Cournot 競争市場およびカルテルでの均衡 企業数と社会的最適企業数の比較分析、次に 2.2.3 項では同質財市場ではなく、製品 の多様性を考慮したモデルを用いた比較分析、最後に 2.2.4 項では参入費用の大きさ と参入規制についての分析を紹介する。 なお、本節では以下の共通した設定を用いる。モデルは 2 期間ゲームで、1 期目に は無限数かつ対称的な潜在企業が参入費用 のもとで市場に参入するかどうか決定 する。2 期目には 0 = 0 かつ単調非減少、限界費用非減少(一定または逓増)である 12 連続的な費用関数 で表される生産技術のもとで各企業が生産を行う。 このとき、 自由参入での均衡企業数を とすると、 が満たすべき必要十分条件は ே ≥ 0 かつ ே ାଵ < 0 となることである。ここで、企業数だけを決定できる social-planner がいるとしたとき、彼が決定できるのは企業数だけであり、企業を price-taker とし てふるまわせることはできず、企業数を所与としたときの市場の成果に影響を与える ことはできないとする。 2.2.1 同質財市場における過剰参入定理 本論文にて取り上げる映画館市場で供給される財は同質財としての性格が強いと 思われる。ここで、同質財市場において過剰参入が発生することを示した“過剰参入定 理”を紹介したい。 まず、すべての総生産量 について ᇱ < 0 となるような逆需要関数 () を 仮定する。 企業参入したときの総生産量は = ே であり、市場に 企業参入 したときの企業の利潤関数を ே ≡ ே ே − ே − と書くことにする。ここで、 参入費用も含めた総余剰関数を の式として ≡ ேಿ 定義すると、社会的に最適な企業数 ∗ は最大化問題 − ே − と max ே の解である。 自由参入のもとでの均衡企業数 と社会的に最適な企業数 ∗ について分析を 行うにあたり、以下の 3 つを仮定したい。 ே > lim ே = < ∞ ே > (2.1) ே < ே > (2.2) ே − ᇱ ே ≥ 0 (2.3) ே→ஶ (2.1) は参入企業数が増えると市場の総生産量もそれに従って増えることを示してい る。(2.2) では、参入企業数が増えると 1 企業あたりの生産量が減ること、つまり顧 客奪取効果の存在を仮定している。最後に、(2.3) は均衡価格が限界費用を下回らな いことを仮定している。 13 まず単純化のために、 が整数だと仮定せずに分析を始める。自由参入の均衡にお いてゼロ利潤条件 ே = 0 が成り立ち、社会的に最適な企業数のもとでは ᇱ ∗ = 0 が成り立つとすると、これらの仮定のもとで自由参入による均衡企業数は社会的に 最適な企業数を下回ることはない。つまり、 ≥ ∗ である。これを過剰参入定理と いう。 これよりこの定理の証明を行う。 まず ( ) を で微分すると (証明) ᇱ = ே ே ே − − ே − ᇱ ே となり、これに ே = ே ே − ே − を代入することで、 ᇱ = ே + ே − ᇱ ே ே (2.4) と書き換えられる。 (2.4) の右辺の第 2 項は (2.2) と (2.3) より正ではない。さらに、 (2.2) が厳密な不等号で結ばれているならば負となる。ゆえに、 ᇱ ≤ ே が成立 し、ே∗ ≥ 0 である。ここで (2.2) と (2.3) より、 ே の についての微分 ே ே ே = ே − ᇱ ே + ே ᇱ ே (2.5) が負であるので、ே = 0 であるならば ≥ ∗ である。 このとき (2.3) の不等号が厳密であるならば ே∗ > 0 であり、 > ∗ となる。 (証明終) このようにして、一般的な同質財市場のモデルを用いて必然的に過剰参入が発生す ることが理論的に導かれた。本論文で扱う映画館市場を固定費用の大きい同質財市場 と仮定すれば、理論的には必然的に過剰参入が発生するといえる。 2.2.2 Cournot 競争市場およびカルテルにおける比較 本節では前節での結論を踏まえ、同質的企業が Cournot 競争およびカルテルを行っ たときの参入企業数の関係を導く。 で は 、 2 期 目 に 企 業 が 寡 占 の Cournot 競 争 を 行 う 場 合 を 考 え る 。 逆 需 要 関 数 14 = − 、費用関数 = を仮定すると、このときの 1 企業当たりの均衡 生産量は ே = 1 − !" # +1 となる。これを用いると、自由参入のもとでの均衡企業数 は + 1ଶ = − ଶ を満たす。一方、社会的に最適な企業数は ∗ + 1ଷ = − ଶ を満たす。ゆえに、このような線形需要関数の市場では、社会的に最適な企業数が 3 社のときに自由参入では 7 社が、社会的に最適な企業数が 8 社のところ自由参入では 26 社が参入するということになる。企業数を厚生損失の指標として用いることの問題 点はあるとしても、自由参入による過剰参入の効果は明らかに大きいといえる。この ような市場では、政府は参入に対してライセンス料などの税をとり、参入の私的費用 を増加させることによって参入数を抑えることで、厚生を改善することができる。 また、Cournot 競争でなく協調的なカルテルの均衡でも同じことがいえる。Cournot 競争市場についてのモデルと同じ仮定を用いると、カルテルでの総生産量は ே = ( − )/2 で、これは市場内の企業数に関わらず一定である。一方、 社参入 したときの市場の参入費用の合計は であり、この条件のもとでは市場が存在する 限り、社会的に最適な企業数は参入費用の合計が最も小さくなる 1 社である。カルテ ルを組むためには少なくとも 2 社の企業が市場に存在する必要があるが、この時点で 既に過剰参入が起きていることになる。 ここで、いままで無視してきた整数条件について考える。自由参入による企業数が 過少となるのは − ଶ /4 ∈ [2/3, 1) のときだけであり、これは自由参入では生産 者余剰が固定費用を上回らないために市場に 1 社も参入せず、かつ財が取引されるな らばそれよって余剰がうまれ、その余剰は固定費用による社会的総余剰の損失分より も大きく、独占が社会的に最適となる場合である。このようなことが起こるのは、そ 15 の独占企業が参入によって生み出される社会的余剰のすべてを獲得することができな いためである。ゆえに、整数条件を考慮した場合では、 2.1、 (2.2)、 (2.3) が満た されるならば、 ≥ ∗ − 1 である。 2.2.3 製品の多様性を考慮したモデルによる分析 ここまでは同質財の仮定をおいたモデルによる分析を紹介した。本項では、製品の 多様性を考慮したモデルを紹介したい。消費者が製品の多様性に対する選好があると すると、製品の多様性が増加することが消費者の効用を上昇させることに繋がり、新 たな参入の社会的インセンティブが強くなる可能性がある。 本項のモデルでは Spence (1976) に従って、財の多様性に対する消費者の選好を含 意したモデルとして消費者の総利得を ஶ $[% ( )] ୀଵ と表す。ここで、 は企業 & の生産量であり、すべての ≥ 0 について 0 = 0 、 ᇱ ⋅ > 0 、 ᇱᇱ ⋅ ≤ 0 であること、すべての ' ≥ 0 について $ ᇱ ' > 0 、$ ᇱᇱ ' < 0 で あることを仮定する。 ここで各企業の生産する財の対称性を仮定すると、このとき social-planner が選ぶ 社会的に最適な企業数 は max ≡ $ ே − ே − ே (2.6) の解である。ここで、消費者の利得を最大化する価格は $ ᇱ ே ᇱ (ே ) であるので、 (2.6) のもとでの企業の均衡利潤は ே ≡ $ ᇱ ே ᇱ ே ே − ே − となる。ここで (2.6) の ( ) を微分すると ᇱ = $ ᇱ ( ᇱ ே ே + ) − ே − ᇱ ே − が得られる。これを (2.7) を用いて書き換えると 16 (2.7) ᇱ = ே + $ ᇱ ᇱ − ᇱ ே + $ ᇱ [ − ᇱ ே ] が得られる。これを (2.4) と比較すると、右辺の第 2,3 項が異なる。第 2 項は価格が 限界費用を超え、顧客奪取効果が存在するならば負となる。第 3 項は製品の多様性の 効果によるもので、消費者が多様性に関する選好をもつならば、つまり ᇱᇱ < 0 なら ば正となる。第 3 項のうち $’ は限界的参入者が社会的にもたらす余剰の大きさであ り、$ ᇱ ᇱ ே は企業の収入である。つまり、消費者が製品の多様性に関する選好をもっ ているとき限界的参入者は多様性を増加させることによって余剰を生みだすが、それ によって利潤を獲得することはできない。これらの 2 つの効果は逆方向に働くため、 自由参入による参入が過少、過剰、最適のどれになるかはあいまいである。しかし、 同質財市場と比較すれば参入の社会的インセンティブが高く、財の異質化が進むこと で過剰参入による厚生損失が小さくなる。 2.2.4 参入費用と参入規制 ここまでの同質財市場についての分析では、参入に費用が発生するとき自由参入に よる均衡企業数は社会的に最適な企業数よりも多くなることが示された。この節にお いては、参入費用の大きさと規制の重要性について述べたい。 Cournot モデルでは、参入費用が低下すると自由参入時に過剰に参入してしまう企 業数が増加するものの、自由参入による厚生損失は低下することがわかっている。本 節では限界的な結果を得るために、参入企業数を大きくして企業が price-taker とし てふるまう状況を考える。 まず、社会的に最適な企業数、自由参入の企業数をそれぞれ ∗ 、 とし、その 企業数のもとでの対応する余剰の大きさをそれぞれ ∗ 、 とする。以下では、 をゼロに近づけたときの両社の違いについて論じる。 ここで、以下の (2.2), (2.8)~(2.10) を仮定する。 ே < ே > ே + ᇱ ே for all > $ ᇱ [ ே ᇱ ே < $ ᇱ * and lim ே = < ∞ (2.3) (2.8) ே→ஶ ,$ ᇱ ே ᇱ ே − ᇱ ே - > 0 17 (2.9) lim ,$ ᇱ ே ᇱ ே − ᇱ ே - = 0 ே→ஶ (2.10) (2.8), (2.9) はそれぞれ (2.1), (2.3) を製品の多様性を含んだモデルに合致するように 書き換えたもので、仮定としての本質的な意味は同様である。(2.10) は企業数が増加 すると価格が限界費用に近づくことを仮定している。 この と き、 が 小さ く なる と 自由 参 入に よる 厚生 損 失は ゼ ロに 近づ く、 つ ま り lim→ ∗ − = 0 であることが示される。 これよりこの定理の証明を行う。 (証明) まず、 ∗ ≡ lim {$[ ே − ே } を定義する。この ∗ は参入費用が存 ே→ஶ 在しないときの社会的に最適となる余剰の大きさであり、仮定の下でこのようになる ことは簡単に示される。このとき、すべての について下の (2.11) が成り立つ。 ∞ > ∗ ≥ ∗ ≥ (2.11) . − 1 < ∞ を考え (2.11) は lim→ = ∗ を示すことで示すことができる。 → .ேഥ ′ேഥ ேഥ − ேഥ > 0 が成り立ち、すなわち . 番目の企 ると、 (2.9) より $ ᇱ . が存在することになる。つまり、 → 0 ならば 業が参入するために十分低い → ∞ である。よって、定義より $ ᇱ * /ேೖ 0+ ᇱ /ே಼ 0 − /ே಼ 0 ≥ である。これを変形すると、 1$ ᇱ * /ேೖ 0+ ᇱ /ே಼ 0 − /ே಼ 0 2 ே಼ ≥ ே಼ となる。ここで、 ே → < ∞ ならば ே಼ → 0 であることより、 → ∞ ならば /ே಼ 0/ே಼ → ′(0) である。なお、 lim→ ᇱ ே = ᇱ 0 でもあるので、 lim 1$ ᇱ * /ேೖ 0+ ᇱ /ே಼ 0 − ே಼ →ஶ /ே಼ 0 2 = lim {$ ᇱ ே ᇱ ே − ᇱ ே = 0 ே→ஶ ே಼ と な る 。 こ こ で 、 /ேೖ 0 が 無 限 大 に 発 散 し な い こ と は /ே಼ 0 ≥ ᇱ /ே಼ 0ே಼ と ᇱ 0 > 0 よ り ே಼ が 無 限 大 に 発 散 し な い こ と と 同 値 で あ る 。 よ っ て 、 lim→ = 0 である。 (証明終) 18 この証明のアプローチを簡潔に示す。まず、 がゼロに近づくと自由参入と社会的 に最適な企業数のどちらも無限大に発散し、そのときの価格は限界費用に収束するこ とを示した。そのときの両者での余剰の違いは過剰参入によるものだけとなり、その 大きさは − ∗ であるが、市場の総生産量は無限大に発散せず、価格は限界費 用に近づくため、過剰参入による効果はゼロに収束する。このようにして、過剰参入 による厚生損失が参入費用の低下によってゼロに近づくことが証明できた。 映画館市場は費用に占める設備投資、すなわち参入費用が大きいため、顧客奪取効 果が大きく過剰参入の影響が強いならば、規制の重要性が強いといえる。 19 第3章 映画館市場の参入効果の実証分析 文責: 尾上 和起・塩川 将平 3.1 実証の目的 本章における実証分析の目的は、映画館市場における参入効果を明らかにすること である。参入効果には大きく分けて、共食い効果、顧客奪取効果、市場拡大効果の3 つがある。共食い効果は同系列の映画館から顧客を奪う効果であり、顧客奪取効果は ライバルの映画館から顧客を奪う効果のことである。顧客奪取効果は前章で述べた通 り企業の参入インセンティブを増加させ過剰参入の原因となっている。また市場拡大 効果は参入による市場全体の収益を増加させる効果である。本章では Davis (2006) を 参考に錦糸町、吉祥寺を除く東京都の映画館市場における参入効果について実証分析 を行う。 3.2 先行研究の紹介 まずは本論文で用いた Davis (2006) の解説を行う。この論文ではアメリカの映画 館市場のパネルデータを使い、各映画館の立地を考慮した詳細な分析を行うことによ って市場における参入の顧客奪取効果、共食い効果、市場拡大効果の存在を明らかに している。 3.2.1 データソース この論文では AC Nielsen’s Entertainment Data Inc. (以降、「EDI」と言う。) の データを用いて 1993 年から 1997 年にかけて、101 の DMA (Designated Marked Areas; AC Nielsen が定義した市場区分) において営業していた 4274 の映画館のデ ータをもとに、20 期の四半期パネルデータを構築している。 3.2.2 共食い効果、顧客奪取効果の先行研究 まず共食い効果と顧客奪取効果の実証分析についての Davis (2006) で用いられて いる実証のモデルとその結果について解説する。この論文では Berry (1992) に基づ いて、特定の市場構造に依拠しない (3.1) のような誘導形の利潤関数を実証のモデル として考えていく。この利潤関数では時間 3 における市場 4 の映画館 ℎ の興行収 入を表している。構造形ではなく誘導形の利潤関数を置いたのは、映画館市場では価 格が各映画館で一定であり上映する映画によって変わらないという前提に基づくと通 20 常の価格競争のナッシュ均衡の仮定に反し、また構造形は誘導形の利潤関数に様々な 仮定を置くという制約があるためである。 5௧ = 6 − ௗ,௪ % 7ௗ௪ 8௧ 9 :௧ ௗୀଵ ௗ,௩ − % 7ௗ௩ 8௧ 9 :௧ + ;௧ + <௧ ௗୀଵ (3.1) (8௧ =,1, >௧ -) 表 3-1 5௧ 6 ;௧ <௧ >௧ 7ௗ௪ 7ௗ௩ 9 : ௗ ௧ ,௪ 9 : ௗ ௪ ௩ 変数の説明 興行収入 映画館の固定収入 時間ごとの固定収入 誤差項 各映画館の所有スクリーン数 共食い効果のパラメータ 顧客奪取効果のパラメータ 範囲 に存在する同系列の映画館数 範囲 に存在するライバル系列の映画館数 ௗ,௪ % 7ௗ௪ 8௧ 9 :௧ 共食い効果 ௗୀଵ ௗ,௩ % 7ௗ௩ 8௧ 9 :௧ 顧客奪取効果 ௗୀଵ *範囲に関する変数 は = 1 であれば半径 0 マイルから 0.5 マイル、 = 2 であ れば半径 0.5 マイルから 1.0 マイルの範囲を表す、というように用いる。 次に回帰に際して生じる問題に関して考える。既存の映画館の興行収入が新規参入 によって受ける参入効果は、既存の映画館の規模と相関を持つはずである。つまり、 もともと規模が大きければ大きいほど、興行収入の減少分は大きいはずである。そこ で 8௧ = >௧ とすることでこの問題に対処する。 また市場構造の変数に関する内生性の問題に関して考える。このモデルでは市場構 ௗ,௪ 造の変数としての映画館数、つまり各範囲 に存在する同系列の映画館数 9 :௧ あ 21 ௗ,௩ るいはライバル系列の映画館数 9 :௧ は既存の映画館の興行収入に関して内生性 をもってしまう。例えばある都市で経済発展が進み人口が増加して平均所得が上昇し たとする。このとき既存の映画館の興行収入は増加すると同時に新規参入の映画館数 も増加するはずである。この場合、経済発展という観察不可能な要因が、興行収入と 参入映画館数の両方と相関を持つため内生性が発生する。内生性に関しての問題への 対処法が 3 つ考えられる。まず1つ目は人口数を操作変数として用いることである。 人口数は映画館の興行収入と相関を持ち、操作変数として適している。2 つ目は映画 館ごとの固定効果の導入である。最後にラグ付きの市場構造指標を用いた操作変数法 である。しかしこの方法は誤差項との相関が連続的な場合には、内生性の解消方法と して十分に機能しない可能性が高い。その他の問題点としては動的な要素が抜け落ち ているという問題点が考えられる。対処法を用いた回帰結果は後程、通常の回帰結果 と共に述べるが、結果的に動的な要素を加えても回帰結果に大きな影響を与えること はなかった。 これより、表 3-2 に示された回帰結果の解釈を見ていく。(1) と (2) は OLS による 回帰結果であり、それぞれ 8௧ = 1、8௧ = >௧ と置いた場合の結果である。(3)で は (2) と同じ条件のまま、変数を 2 期前、つまり 2 年前のデータに置き換えて回帰を 行なった結果である。(4) は変数を置き換えるのではなく、該当年のスクリーン数は 2 年前のスクリーン数によるとして 2 期前のデータを操作変数として用いた場合の結果 である。 まず、(1) から (4) 全てにおいて、各映画館の収益と周辺の同系列、またはライバ ル系列の映画館数はほぼ全てにおいて負の相関を持っており新規参入による共食い効 果と顧客奪取効果が認められる。例えば (1) においては、映画館の半径 0 マイルから 0.5 マイルの範囲で同系列の映画館が 1 つ新規参入すれば、収益は$6,449 減少し、ラ イバルの映画館が参入すれば$8,495 減少する。また、各映画館の規模の違いを考慮し た (2) の回帰結果を見ると、1 スクリーンの映画館においては、半径 0 マイルから 0.5 マイルの範囲で同系列の映画館が新規参入すると、$975 の共食い効果を受け、ライバ ルの場合$1,229 の顧客奪取効果を受ける。一方同様に、10 スクリーンの場合だと、 共食い効果は$9,750 で顧客奪取効果は$12,290 となる。 22 表 3-2 Cannibalizat ion Effectsreduction in h's revenue from screen at other theaters in locality owned by same chain Cannibalizat ion Effectsreduction in h's revenue from screen at other theaters in locality owned by rival chain Observations Theaters R2(within) R2(between) R2(overall) 回帰結果 (1) OLS (2) OLS miles X h m t =1 X h m t =F h m t 0-0.5 0-1 1-2 2-3 3-4 4-5 5-6 6-7 7-8 8-9 9-10 10-15 15-20 20-25 25-30 0-0.5 0-1 1-2 2-3 3-4 4-5 5-6 6-7 7-8 8-9 9-10 10-15 15-20 20-25 25-30 -6449 (8.4) -9297 (11.4) -7775 (16.4) -5675 (10.8) -5024 (10.0) -3426 (8.4) -2595 (6.5) -4198 (10.7) -3578 (10.2) -2998 (8.7) -1218 (3.4) -302 (1.9) -239 (1.6) 11 (0.1) 59 (0.3) -8495 (15.2) -6451 (12.3) -3744 (12.4) -3721 (12.9) -4108 (16.6) -3398 (16.6) -2961 (15.0) -2706 (13.8) -2686 (14.4) -2076 (11.2) -799 (4.4) -615 (8.3) -286 (4.1) 243 (3.3) 81 (1.1) 63,077 4,158 0.19 0.06 0.05 -975 (7.5) -1451 (10.1) -1623 (20.7) -964 (12.0) -825 (10.9) -562 (9.3) -166 (3.6) -521 (9.7) -537 (10.8) -486 (11.5) -28 (0.8) -27 (1.5) 90 (4.8) 63 (3.7) 81 (3.7) -1229 (15.1) -1178 (13.9) -652 (13.1) -507 (14.1) -551 (17.2) -409 (14.5) -391 (15.0) -461 (14.1) -392 (15.7) -294 (11.5) -98 (4.0) -83 (8.6) -24 (2.6) 51 (5.0) 33 (3.6) 63,077 4,158 0.19 0.39 0.3 (3) (4) OLS:2ظલ㵀㴇 IV:2ظલ㴞㱟㴖 X hm t =F hm t X h m t =F h m t -860 (6.1) -1412 (8.7) -1626 (17.6) -828 (9.0) -772 (9.2) -530 (7.4) -264 (4.8) -468 (7.3) -420 (7.5) -481 (9.8) -11 (0.3) -24 (1.2) 91 (4.1) 85 (4.1) 71 (2.7) -1178 (13.1) -1216 (11.8) -576 (9.9) -708 (13.4) -472 (12.5) -391 (12.0) -354 (11.5) -337 (11.3) -330 (11.2) -327 (10.8) -44 (1.5) -84 (7.4) -33 (2.9) 56 (4.6) 71 (6.4) 53,003 3,979 0.19 0.36 0.27 -1599 (7.1) -2257 (9.8) -1762 (12.0) -1064 (8.5) -1235 (10.0) -703 (6.9) -448 (5.9) -783 (8.7) -681 (8.7) -636 (9.3) -30 (0.5) -70 (2.8) 128 (4.1) 120 (4.0) 216 (5.6) -1985 (15.7) -2424 (13.7) -814 (9.9) -898 (11.0) -547 (10.5) -760 (15.1) -511 (11.2) -528 (12.7) -438 (10.6) -397 (8.7) -47 (1.1) -84 (5.4) -5 (0.3) 121 (7.0) 11 (0.8) 56,500 4,052 0.2 0.35 0.27 (注)括弧内はt値を表す 出所:Davis(2006) 23 次にあげられる回帰結果の特徴は、既存の映画館に対しての参入効果は局地的であ るということである。これは映画館市場における競争が局地的で、新規参入の映画館 に近い既存の映画館が、より大きな参入効果を受けるという直感的予測と合致すると いうことである。また 15 マイル以上離れていると、正の参入効果を受けるというこ とが分かる。これは一つの映画館を中心とする市場が 15 マイルの範囲内に限られる ということも意味する。 (3) では他の映画館のスクリーン数を 2 期前のラグ付きの変数に置き換えること で動的な要素を追加した。(2) の結果と比べることで、映画館市場における参入の長 期的影響と短期的影響を比べることができ、回帰結果より短期的影響のほうが大きい といえる。このことは、新しい映画館ができると、はじめのうちは既存の映画館の需 要の多くが新規の映画館に流れる傾向にあるが、時間が経つにつれて一定の消費者は 既存の映画館に戻っていくだろうという直感的予測と合致している。 最後に (4) では 2 期前の他の映画館のスクリーン数を操作変数として用いている。 これは他の映画館数に関する内生性を解消するためである。例えば観察できない何ら かの理由である映画館が高い収益を上げているとすれば、その周辺には多くの映画館 が参入するため、誤差項と映画館数の間に相関が生まれ内生性が発生し、結果として 参入効果は過剰推定、つまり収益に与える影響が実際よりも 0 に近くなってしまうは ずである。そこで操作変数を加えて回帰した結果、予想通り参入効果はより大きくな った。 3.2.3 市場拡大効果の先行研究 次に市場拡大効果の実証分析について解説する。まず、映画館市場における参入の 市場拡大効果を分析するために以下のような実証のモデルを想定する。 ଶ 5௧ = 6ଵ ??௧ + 6ଶ ??௧ + @ + ;௧ + A௧ (4.2) ??௧ は市場 4 、時間 3 における映画館のスクリーン数、同様に @௧ は市場 の固定効果、;௧ は時間の固定効果を表している。また市場拡大効果が認められるた めの各パラメータ条件は表 3-3 のようになる。市場固定効果 @௧ が加わることによっ て、各変数は局地的市場における、参入による収益の増加分を表すことになる。回帰 結果は表 3-4 のようになる。(1)、(2)、(3) は市場固定効果を入れずに回帰したもので、 (4)、(5) は Mundlak (1961,1963) をもとに、市場固定効果を入れて回帰したもので 24 ある。そのため、(4)、(5) は DMA によって画定された局地的市場のデータを用いた 分析ということになる。またこの回帰分析では 2 種類の操作変数 (IV) を用いている。 IV-Ⅰでは市場の人口を操作変数として用いている。 表 3-3 6ଵ 市場拡大効果のパラメータ条件 0 より大きい 0 以下 0 より大きい 市場拡大効果あり 断定不可 0 以下 断定不可 市場拡大効果なし 6ଶ 一方、IV-II では 4 期前のスクリーン数を操作変数として用いている。局地的市場 ごとの人口データが不足していたため、局地的市場分析において人口数を操作変数と して用いていない。また、(1a)、(2a)、(3a) では市場規模が非常に大きいロサンゼル スとニューヨークのデータを外れ値として除いて回帰を行っている。 結果として 6ଵ , 6ଶ の値はすべて正となり$30,000 から$50,000 の非常に大きな市 場拡大効果が認められた。また、(2) のケースを除いて人口数、またはラグ付き変数 を操作変数としても用いることで過剰推定が修正され、内生性が一部解消されたとい える。さらに (4)、(5) の回帰結果では 6ଵ の値が小さくなったことから市場固定効果 によって OLS 推定の内生性が解消されているといえる。 3.2.4 総括 分析の結果、1993 年から 1997 年にかけてのアメリカの映画館市場ではある程度の 共食い効果と顧客奪取効果が認められた一方で、非常に大きな市場拡大効果が認めら れた。また顧客奪取効果と共食い効果は各映画館の半径 15 マイルの範囲にまで及ぶ ことがわかり、映画館市場の市場画定に関して有益な示唆を与えることができた。 次節より実際に我々が行った日本の映画館市場における実証分析について記述する。 25 表 3-4 市場拡大効果の回帰結果 Pooled Cross-Market Regression Estimation Method OLS OLS Specification number (1) (1a) Variable Param |t| Param |t| screens 44,108 9.1 43,686 6.3 screens2 18.4 5.6 21 2.3 R2 0.95 0.86 observations 2,020 1980 Fixed Effects included Time Time Pooled Cross-Market Regression Estimation Method IV-Ⅰ IV-Ⅰ Specification number (2) (2a) Variable Param |t| Param |t| screens 48,019 8,7 32,915 3.3 screens2 16.5 4.2 45.2 2.7 R2 0.95 0.87 observations 2,020 1980 Fixed Effects included Time Time Pooled Cross-Market Regression Estimation Method IV-Ⅱ IV-Ⅱ Specification number (3) (3a) Variable Param |t| Param |t| screens 43,433 9.4 41,159 6.3 screens2 17.9 5.7 23.69 2.6 R2 0.96 0.88 observations 1,616 1584 Fixed Effects included Time Time Within Market Regression Estimation Method OLS IV-Ⅱ Specification number (4) (5) Variable Param |t| Param |t| screens 29,767 5.0 33,623 2.8 screens2 3.12 1.3 5.4 1 R2 0.95 0.96 observations 2,020 1,616 Fixed Effects included Time,Market Time,Market 出所:Davis(2006) 3.3 本論文においての実証分析 本節では前述の Davis (2006) における実証研究を参考にし、都内の映画館市場に おける参入効果の実証分析を行う。 26 3.3.1 データソース 本論文の実証分析のデータソースは時事映画通信社の刊行する「映画年鑑」の 2003 年度版 (2001 年次データ) から 2012 年度版 (2010 年次データ) および「映画年鑑 別 冊」(同) の 2001 年度版から 2010 年度版であり、ここに記載されている錦糸町、吉 祥寺を除く都内 78 のロードショー映画館の 10 年分の興行収入と座席数、住所のデー タを使用する。なおシネコンにおいて、収入をスクリーンごとにカウントしているも のについてはそれぞれのスクリーンを別の映画館とみなす。例えば、スクリーンごと に配給会社が異なり上映作品の棲み分けを行っている場合などがこれにあたる。 3.3.2 変数定義 以下で実証モデルに組み込んだ変数の定義を説明する。 (1) 興行収入 各映画館の興行収入を 5௧ とする。また年度ごとの市場規模の効果を 5ଶଵ によ って打ち消した各映画館の興行収入 5B௧ を以下のように定義する。 5B௧ = 5௧ ∑∈ 5௧ ∑∈మబభబ 5,ଶଵ ただし、 D௧ :3 期の対象映画館の集合 (2) 座席数 各映画館の座席数を ?3 とおく。Davis (2006) の用いた EDI のデータに座席数 のデータが存在しなかったため代わりに各映画館のスクリーン数を変数として使用し ていたが、本論文のデータソースには座席数のデータが存在したため、これを使用す る。 (3) 範囲内座席数 参入による共食い効果、顧客奪取効果を測るための変数として一定の範囲内に存在 する同系列映画館、ライバル映画館の座席数の合計を説明変数として使用する。Davis (2006) では範囲を映画館からの物理的な距離によって分類していたが、対象とする映 画館が立地する市場においては車での移動より電車での移動が主流であるため本論文 では電車運賃の範囲によってこの分類を行う。 27 まず対象とする映画館の最寄り駅を渋谷、新宿、池袋、上野、有楽町の 5 種類に分 類する。また他の駅を最寄りとする映画館は存在しない。各映画館の最寄り駅から山 手線を使用して他の駅に移動した場合の運賃ごとに 0~140 円、141~170 円、171~200 円の範囲を E௧ F, G と定義する。各駅に対するそれぞれの範囲に対応する駅名は以下 の表 3-5 の通りである。 表 3-5 範囲内に存在する駅 E௧ (0,140) E௧ (141,170) E௧ (171,200) 渋谷 渋谷 新宿 池袋 上野 有楽町 新宿 新宿 渋谷 池袋 上野 有楽町 池袋 池袋 渋谷 新宿 上野 有楽町 上野 上野 池袋 有楽町 渋谷 新宿 有楽町 有楽町 上野 渋谷 新宿 池袋 範囲内に存在する自映画館を除いた同系列、ライバルの映画館の座席数の合計 9௧௬ , &H௧௬ を以下のように定義する。なお 9௧ , &H௧ はそれぞれ経営会社 が同系列かライバルであるかを示すものである。 9௧௬ = &H௧௬ = 表 3-6 同系列映画館 ライバル映画館 % ௰ ሺ௫,௬ሻ∩௪ % ?3௧ ௰ ሺ௫,௬ሻ∩௩ ?3௧ 範囲内座席数の変数 E௧ (0,140) E௧ (141,170) E௧ (171,200) &H௧ଵସ &H௧ଵ &H௧ଶ 9௧ଵସ 9௧ଵ 9௧ଶ (4) 来期退出ダミー 映画館市場は退出の激しい市場である。来期退出する映画館は参入効果とは別に興 行収入が低い可能性があるため、それを取り除くために ?F&3௧ を来期退出する場合は 28 1、市場に残る場合は 0 とするダミー変数として定義する。 (5) 駅周辺合計座席数 渋谷、新宿、池袋、上野、有楽町を最寄り駅とする映画館の座席数をそれぞれ年ご とに合計したものを 33?3s௧ とする。 (6) 記述統計量 表 3-7 5 5B 9ଵସ 9ଵ 9ଶ &Hଵସ &Hଵ &Hଶ ?3 33?3 3.3.3 記述統計量 平均値 標準偏差 最大値 最小値 サンプル数 234637687 212919937 3307908200 28139790 541 221518724 224774943 3307908200 20933282 541 1237.82809 1215.06070 4395 0 541 502.563770 1058.36540 6127 0 541 753.414048 1109.96098 5827 0 541 4013.76155 2256.99523 9548 0 541 6866.43253 4717.90148 5635 440 541 9766.46210 3668.81266 18550 3939 541 410.746765 277.710657 2237 84 541 4444.28 2723.91915 9979 440 50 共食い効果、顧客奪取効果の実証分析 3.3.3.1 実証モデル Davis (2006) と同様にパネルデータの回帰モデルを組み立てる。 5௧ = I + 6ଵ 9௧ଵସ + 6ଶ 9௧ଵ + 6ଷ 9௧ଶ + 6ସ &H௧ଵସ + 6ହ &H௧ଵ + 6 &H௧ଶ + =௧ ただし =௧ : 誤差項 しかし日本の都内の映画館市場の場合、毎年全映画館の合計興行収入が減少してい るが同時に市場内の映画館数も減少している。そのため興行収入の減少が共食い効果、 29 顧客奪取効果によるものか、あるいは市場自体の衰退によるものであるかの区別が困 難となる。 そこで本論文では市場規模を一定とした場合の純粋な共食い効果、顧客奪取効果を 推定するために被説明変数に 5B௧ を使用する。また説明変数に ?3௧ と ?F&3௧ を加 えた以下の回帰モデルを組み立てた。 5B௧ = I + 6ଵ 9௧ଵସ + 6ଶ 9௧ଵ + 6ଷ 9௧ଶ + 6ସ &H௧ଵସ + 6ହ &H௧ଵ + 6 &H௧ଶ + +6 ?3௧ + 6଼ ?F&3௧ + =௧ 9௧௬ は共食い効果を表し、範囲内の同系列映画館の座席数が 1 席変化したときの 興行収入の変化分を表す。また &H௧௬ 顧客奪取効果を表し、範囲内のライバル映画 館の座席数が 1 席変化したときの興行収入の変化分を表す。 ?3௧ は当該映画館の 座席数が 1 席変化したときの興行収入の変化分、?F&3௧ は当該映画館が来期退出する 場合の興行収入の差分を表す。 また変数の係数の予想される符号は以下の表 3-8 の通りである。 表 3-8 9௧ଵସ 9௧ଵ 9௧ଶ − − − 係数の予想符号 &H௧ଵସ &H௧ଵ &H௧ଶ − − − ?3௧ ?F&3௧ + − 9௧௬ , &H௧௬ の係数は周囲の映画館の座席数が多いほど興行収入が奪われると 考えられるため、負になると予想される。また来期に退出する映画館の興行収入はす でに低いものと考えられるためと ?F&3௧ の係数も負であると予想される。最後に ?3௧ の係数は、その映画館の座席数が多いほど興行収入が高いと考えられるため正 であると予想される。 また両効果共に映画館同士の距離が離れるほど効果が薄れると考えられるため係 数には以下のような不等式が成り立つと予想される。 6ଵ < 6ଶ < 6ଷ 6ସ < 6ହ < 6 30 3.3.3.2 回帰結果 前述の回帰モデルを OLS で回帰を行った結果が表 3-9 である。 表 3-9 共食い効果 OLS 回帰 Variable Coefficient t-Value 9௧ଵସ 278.436 0.04 -31910.6 -4.53*** -11687.9 -1.58 -14739 -3.96*** -3632.84 -1.77* -2894.80 -1.32 559516 -20.09*** -44100000 -1.66* 9௧ଵ 9௧ଶ &H௧ଵସ 顧客奪取効果 &H௧ଵସ &H௧ଵସ ?3௧ ?F&3௧ 5 ଶ = 0.4758 Number of observation = 541 (注) 有意水準は、*: p<0.1, **: p<0.05, ***: p<0.01 で示している。 なお、太字は有意を表す。 表 3-10 共食い効果 頑健な OLS 回帰 Variable Coefficient t-Value 9௧ଵସ 278.436 0.03 -31910.6 -3.52*** -11687.9 -2.50** -14739 -3.85*** -3632.8 -2.76*** -2894.80 -1.52 559516 4.01*** -44100000 -2.37** 9௧ଵ 9௧ଶ &H௧ଵସ 顧客奪取効果 &H௧ଵ &H௧ଶ ?3௧ ?F&3௧ 5 ଶ = 0.4758 Number of observation = 541 (注) 有意水準は、*: p<0.1, **: p<0.05, ***: p<0.01 で示している。 なお、太字は有意を表す。 31 しかしこの回帰だと Breusch-Pagan test を行った際に不均一分散が確認されたた め、不均一分散を打ち消すために頑健な OLS 回帰を行ない、結果を表 3-10 に示した。 まず共食い効果を表す係数の結果について確認する。 9௧ଵସ の係数は有意にな らず符号も予想と異なるものとなった。また 9௧ଵ と 9௧ଶ の係数については それぞれ 1%、5%有意であり、距離が遠くなるにつれて絶対値と優位性が下がるとい う結果になった。最も係数が大きかった 9ଵ は同系列映画館座席数が 1 席増える ことによって興行収入が 31920 円減少することを示している。 次に顧客奪取効果を表す係数の結果を確認する。&H௧௬ については全て距離が遠 くなるにつれて係数の絶対値と優位性の減少がみられる。 最後に ?3௧ と ?F&3௧ の係数について確認する。当該映画館の座席数が興行収入 に与える影響は正かつ 1%有意となった。また来期に退出する映画館の興行収入はそ うでない映画館と比較して約 4 億円低いという結果が 5%有意で出た。 3.3.3.3 考察 9௧ଵସ の係数が有意でない、つまり共食いが見られないということは、企業が 140 円圏内で新しい映画館を建てるときに放映映画の差別化などの経営戦略や立地な どによってうまく共食いをしないようにしている可能性があるということを表してい る。 また 9௧ଵସ 以外については共食い効果と顧客奪取効果は距離に応じて減少する という結果が得られた。これは Davis (2006) の結果とも整合性がある。 一方 E௧ (141,170) においては共食い効果が顧客奪取効果の約 9 倍、 E௧ 171,200 の範囲では約 3 倍となったのは、常に顧客奪取効果が共食い効果より大きい結果であ り、Davis (2006) と異なる結果である。今回の分析市場では、新たに参入する映画館 よりも退出していく映画館の方が多い状態であった。そこでこの結果は同系列の映画 館が退出した場合、その収益は同市場のライバル映画館ではなく同市場の同系列映画 館に流れているとして解釈できる。また逆にいうとライバル企業が退出した場合、そ れほど興行収入の増加につながらないということになる。このことから、他市場に映 画館を持つ企業による参入は共食いによって多くの需要を獲得するため、厚生的には 望ましくないといえる。 32 3.3.4 3.3.4.1 市場拡大効果の実証分析 実証モデル Davis (2006) の回帰モデルはパネル回帰であったが、本論文では被説明変数を 5B௧ と置きクロスセクションデータとして OLS 回帰する。 ଶ 5B௧ = I + 6ଵ 33?3௧ + 6ଶ 33?3௧ + =௧ 係数 6ଵ , 6ଶ の符号により市場拡大効果は表 3-11 のように区分できる。 表 3-11 3.3.4.2 市場拡大効果の区分 αଵ > 0かつαଶ > 0 市場拡大効果あり αଵ < 0かつαଶ < 0 市場拡大効果なし その他 市場拡大効果について断定不可 回帰結果 先述のモデルを OLS 回帰した結果が表 3-12 である。 表 3-12 市場拡大効果分析結果 Variable Coefficient t-Value J33 -406000000 -1.84* 944411 51.320*** 8.98 -4.87*** 33?3 33?3 ଶ Rଶ = 0.8542 Number of observation = 50 (注) 有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。 なお、太字は有意を表す。 係数は両方とも 1%有意であるが、市場拡大効果が発生しているか断定は出来なか った。 3.3.4.3 考察 5 ଶ = 0.8542 であり誤差が含まれているがこの回帰結果を 2 次関数としてみなして みる。 33 ଶ 5B௧ = −406000000 + 944411 ∗ 33?3௧ − 51.320 ∗ 33?3௧ この関数の極大値は 33?3௧ = 18402.396 となる。一方表 3-7 より 33?3௧ は 最大値でも 9979 であり、平均は 4444.28 であり、この分析によって扱う市場におい ては増加関数である。表 3-11 より 6ଵ > 0 かつ 6ଶ > 0 であるので、現状では参入に よって市場拡大が起きるといえる。 34 第4章 映画館市場の企業数と競争度の実証分析 文責: 4.1 椎名 翔平・松田 朋子 Bresnahan and Reiss (1991) による分析 本節では、市場に参入する企業数によって競争度がどのように変化するのか可変利 潤や費用を用いて分析を行った Bresnahan and Reiss (1991) の論文を紹介する。参 入効果について市場内の企業数、市場規模、競争度の関係からアプローチしている。 簡潔にこの論文における実証の結論を述べると、2 もしくは 3 社の参入があった時点 で競争が起きており、すでに 3 から 5 社存在する場合は、次に参入する企業の競争へ の効果はほぼ無いということが導かれた。 まず、ベースとなる理論を説明した上で、実際に米国で行われた実証を紹介していく。 4.1.1 理論分析 ある製品市場における需要関数を Q = K , L(M) (4.1) で示し、K, は代表的な消費者による需要、LM は消費者数、ベクトル M , K はそれぞれ市場需要に影響を及ぼす人口統計データからなる変数とする。分析を簡略 化するため、市場全体での需要の大きさは消費者数に比例すると仮定する。費用に関 しては固定費用 >N 、 限 界 費 用 J , N は 逓 増 、 U 字 型 の 平 均 可 変 費 用 OPJ , N とし、 N は費用と生産量に影響する外生変数とする。 まず、同質的な潜在参入企業、同質財を仮定する。各企業が長期的な費用を考えた 場合、図 4-1 において、独占企業 1 社が損益分岐点にたつために必要な需要は ଵ で示 され、そのとき消費者 Lଵ は価格 ଵ で支払うことになる。このとき独占企業はこの 価格で損益分岐するが、実態的にはプライスコストマージン(以降、 「PCM」と言う。) ଵ を得ることになる。もし、市場規模が拡大すれば、需要曲線は右側にシフトする ため、独占企業の利潤も増加する。またそれは潜在参入企業の参入後の利潤の増加も 意味する。よって、寡占的な場合、継続的な需要の増加は参入を促進し、ともなって 既存企業の得ていたマージンを減少させる。最少効率規模で需要が拡大していくと、 PCM は競争的、つまり 0 に近づく。これが図上、ஶ の状態である。 35 図 4-1 損益分岐での需要とマージン 出所:Bresnahan Bresnahan and Reiss (1991) 企業数 の増加によって損益分岐における PCM がどのように減少するか推定し たいが、実際にマージンを観測することは困難なため、参入の閾値を用いる。独占企 業がゼロ利潤であるとき ଵ ଵ ଵ , , ଵ ଵ 0 Πଵ 4.2 であるから、等式を変形 変形することで市場規模 ଵ ଵ ଵ , , 4.3 を導ける。固定費用の増加、もしくは消費者一人当たりの可変利潤の低下が、独占企 業 1 社が参入に必要な市場規模を増加させることとなる。これを複数企業が市場に存 在する場合に拡張し、必要な市場規模、つまり参入の閾値を比較することで、競争度 を測る。同様の同質財市場で、 番目の参入企業は ே , ே において利潤 を測る。同様の同質財市場で、 Πே ே ே , ே ே 36 ே ே 4.4 を得る。後から参入する企業はより高い可変費用、または固定費用を持つ可能性を考 慮して、新たに定数項 ே ≥ 0 , Qே ≥ 0 を含む。同様にして、損益分岐のゼロ利潤の状 況から、各企業の参入の閾値 >ே + Qே ே = Lே = ே − OPJே − ே ே (4.5) を得ることができる。ே は市場に 社目が参入したいとき、1 社あたりに必要な市 場規模である。 これをもとに、参入による PCM もしくは可変利潤の減少率を測るため、 (ே − OPJே − ே )ே ேାଵ >ேାଵ + Qேାଵ = = ே >ே + Qே (ேାଵ − OPJேାଵ − ேାଵ )ேା (4.6) という比率を用いる。これを参入の閾値比率とする。一階の条件とゼロ利潤条件での 比較静学から、企業が同額の費用を持ち、かつ参入が競争の振る舞いを変えないなら ば、ேାଵ /ே =1 となる。実際の閾値比率の 1 からのかい離を測る事で、企業数の増加 によって競争の振る舞いが変わるかどうかが分かる。ただし、これは「競争の度合い」 を測るものではなく、 「競争の度合いの変化」を測るものであることに注意しなければ ならない。 カルテルが組まれていると ே = Qே = 0 となり、閾値比率は 1 となる。カルテルで は N 社参入する場合、独占企業が損益分岐となる需要の 倍の需要を必要とする。 もし、カルテルを維持したまま を増やす場合、閾値比率は 1 のままであるから、 競争が起きている状態と同じように、ଶ = ଵ , ଷ = ଶ , … , ே = ேିଵ が観測されることと なる。 が増加するにつれ、閾値比率が 1 に収束するとき、その市場は競争的であ る。 次に、企業が異なる費用を持つ場合を考える。その時、閾値比率は ே = = Pெ >ே + Qே ெ Pே >ெ + Qெ (4.7) となる。Pெ は 番目の参入企業の損益分岐での可変利潤である。ここまでは各企業 の価格や量は観測できないとしてきたが、ここからはそれらが観測できると仮定する。 もし、PCM や生産量のデータがあれば Pே を推定することができ、この推定から 4.5 37 を用いて、>ே + Qே を求めることができ、固定費用の情報不足を解消することができ る。しかし、実際には PCM や生産量のデータを得ることは難しく、それは固定費用 の推定も不可能であることを意味するが、4.6 に追加的な仮定をすることで、閾値比 率を求めることができる。Cournot-Nash 均衡における閾値比率と PCM が表 4-1 に 示す。ここでは、価格 ே = − (/L) 、各企業の総費用 J = > + 4 + ଶ 、かつ、 − 4 = 15, > = 5, = 1 と仮定している。 を一定に保つと、企業数 の増加によ って閾値比率、PCM 共に減少する。また の増加も同様に減少を導くがその影響は に比べて小さい。期待されていた通り一般的なパターンが示された。参入が起きれ ば、競争が増え、閾値比率もだんだんと減少して 1 に近づく。 表 4-1 Cournot 寡占モデルでの参入閾値比率 (線形需要、限界費用一定) K= 0 2 10 MES= ∞ 1.58 0.71 企業数 ேାଵ /ே ே − Jே ேାଵ /ே ே − Jே ேାଵ /ே ே − Jே 1 2.25 7.0 2.17 6.3 2.01 0.8 2 1.78 5.0 1.64 3.8 1.52 0.4 3 1.56 3.8 1.42 2.7 1.34 0.3 4 1.44 3.0 1.31 2.1 1.25 0.2 5 1.36 2.5 1.24 1.7 1.20 0.2 20 1.10 0.8 1.06 0.4 1.05 0.0 ∞ 1.00 0.0 1.00 0.0 1.00 0.0 出所:Bresnahan and Reiss (1991) 4.1.2 実証分析 これより、この理論をもとにして行われた実証分析を紹介する。 その郡にある他の町(1000 人以上が住む)から少なくとも 20 マイル以上離れている 町それぞれを市場と捉え、西アメリカにある 202 の独立した地方市場をサンプルとし て扱う。小売り、サービス業、専門職など様々な産業における企業数、各町の人口、 地価等をデータとして集めた。信用性のあるデータを得られなかった産業などを排除 し、最終的に医者、歯医者、薬局、配管工、タイヤディーラーの 5 業種に絞って、0 から 10 の参入数における参入行動の分析を行った。 38 まず、利潤関数を Πே = LM , RPே K , N , 6 , I − >ே N , S + A (4.8) と仮定し、λ , α , I , S を利潤関数のパラメータ、M を市場規模、K , N を 1 人当たりの 需要と費用に関連する変数、そして A を観察できない誤差項とする。誤差項は市場間 で独立に分布、観測される変数からも独立しており、平均 0、分散一定の標準正規分 布に従うとする。最後に連続的な参入企業の利潤は、4.8 に含まれる変数によっての み変化すると仮定する。 ここから、順序プロビットモデルを利用して利潤関数を推定し、閾値比率 ேାଵ /ே を求めていく。この順序プロビットモデルにおいて、従属変数は市場内の企業数とす .ଵ + = は独占企業の利潤と等しくなる。 る。Φ(⋅) は累積正規分布関数であり、Πଵ = Π 参入企業のいない市場が観測される確率は .ଵ ) PrΠଵ < 0 = 1 − Φ(Π (4.9) .ଵ ≥ Π .ଶ ≥ Π .ଷ ≥ ⋯ ≥ Π . ହ である時、均衡で 企業 ( = 1, 2, 3 4) が観測 と表され、Π される確率は . ே − Φ(Π . ேାଵ ) PrΠே ≥ 0 Πேାଵ < 0 = ΦΠ (4.10) と表され、5 社、もしくは 5 社以上観測される確率は . ହ) PrΠହ ≥ 0 = Φ(Π (4.11) と表される。 観測した外生的変数を用いて市場規模、一人あたり可変利潤、固定費用をそれぞれ LM , R = 39 T3& + Rଵ ?G T3& + Rଶ &3&H? U93ℎ + Rଷ ?U3&H? U93ℎ (4.12) + Rସ 44T3? T3 3ℎ? T3G ே Pே = 6ଵ + VI − % 6 ୀଶ 39 (4.13) ே >ே = Sଵ + S W + % S (4.14) ୀଶ とした。6 , S はそれぞれ 社参入している時は、可変利潤は小さく、固定費用は 大きくなることを想定してのダミー変数の効果を示す。ここでは記述統計量、および、 順序プロビットモデルを用いた結果は省略する得られたパラメータをもとに、 . ∑ே Lே = SXଵ + SX W ۺ+ ୀଶ SX .IY − ∑ே 6Xଵ + V X ୀଶ 6 (4.15) から、参入に必要な市場規模を求め、閾値比率を導いた結果が以下の表 4-2 に示され ている。 表 4-2 5 業種における閾値比率の推移 各企業の参入の閾値比率 ଶ /ଵ ଷ /ଶ ସ /ଷ ହ /ସ 医者 1.98 1.10 1.00 0.95 歯医者 1.78 0.79 0.97 0.94 薬局 1.99 1.58 1.14 0.98 配管工 1.06 1.00 1.02 0.96 タイヤディーラー 1.81 1.28 1.04 1.03 出所:Bresnahan and Reiss (1991) どの業種も が増加するにつれて 1 に収束している。ଷ /ଶ で1に近づいているこ とから、3 社参入していれば競争状態であることがわかる。しかし、配管工は ଶ /ଵ の 時点で 1 に近づいており、段階的な減少でないことからも、カルテルを行っているの ではないかと考えられる。また医者は ଷ /ଶ で 1 に近づくことから、小さな地方の町 では、2 社ある時点で十分競争を行えているという結論を得ることができる。 4.2 実証分析 4.1 節で紹介した Bresnahan and Reiss (1991) のモデル、小田切ら (2006) のモ デルを参考にして実証分析を行う。以下では、4.2.1 項において用いたデータのソース を紹介する。続いて 4.2.2 項において分析の手法を示し、4.2.3 項で分析の結果、4.2.4 項でその結果に対する考察を述べる。 40 4.2.1 データ 本章での実証についても第 3 章で用いたものと同様に、時事映画通信社が発刊する 「映画年鑑」の 2003 年度版(2001 年次データ)から 2012 年度版(2010 年次データ)お よび「映画年鑑 別冊」の 2001 年度版から 2010 年度版のデータから都内 62 か所の ロードショー映画館の座席数、住所のデータを用いた。加えて、地価のデータとして 東京都財務局が公開する東京都基準地価格の 2001 年から 2010 年の各年のデータを用 いた。 4.2.2 分析の手法 本節では分析の手法を示すにあたり、まず変数の定義を明らかにしたうえで、続い て用いたモデルを紹介する。 4.2.2.1 データの定義 本節の実証分析で用いるデータのうち、各映画館の座席数は第 3 章で用いたものと 同様であるが、対象となる映画館、市場の画定方法、地価は異なる。以下ではその 3 点について詳細を明らかにする。 (1) 対象となる映画館 同質的な映画館について分析するにあたり、本章ではシネマコンプレックスではな くスクリーンを 1 つしかもたないロードショー映画館に着目して分析を進める。また、 参入映画館数と競争度について分析するため(2)で述べる方法によって画定した市場 内に参入映画館数が 8 以内のときのデータだけを用いる。 (2) 市場の画定 第 3 章で用いたものと同様のデータを用いているが、市場の画定方法の点で異なり、 さらに市場を細分化して分析する。第 3 章では最寄り駅をもとに池袋、上野、新宿、 渋谷、有楽町の 5 つの市場に分類したが、本章では所在地をもとに上野、新宿区新宿、 新宿区歌舞伎町、渋谷区渋谷、渋谷区道玄坂、渋谷区宇田川町、千代田区有楽町、中 央区銀座の 8 つに分類する。なお、池袋は参入映画館数が多いためにデータを用いな い。また、対象となる市場ではつねに参入映画館数は 2 以上である。 41 (3) 地価 東京都財務局のデータをもとに、商業地の地価として紹介されている中から各映画 館に最も近いものを代表してその映画館の地価として用いる。単位は基準地の 1 平方 メートルあたりの価格である。 以下が用いる変数の記述統計量である。 表 4-3 記述統計量 期待値 標準偏差 最小値 最大値 サンプル数 地価 822551.6 522313.5 134000 2590000 417 座席数 444.4484 253.671 84 1119 417 4.2.2.2 モデル こ こ で は 、 Bresnahan and Reiss (1991) お よ び 小 田 切 ら (2006) に 従 い 、 下 の (4.16) の利潤関数を考える。 ௗ Zே ≡ x , ே Lே ே − OPJ − >(z ) (4.16) 参入映画館数 である市場 4 の映画館 ℎ の利潤 Zே が (4.16) の式で表される。 ௗ ここで、 は 1 人あたりの需要関数であり、需要要因 x と 価格 ே の関数である。 Lே は映画館数 である市場 4 の市場規模であり、> は固定費用で、映画館 ℎ の 固定費用要因 z の関数である。 映画館の入場者数に関する限界費用は極めて小さいので、本論文のモデルでは限界 費用はゼロであると考える。また、平均価格と参入映画館数の相関係数は 0.1124、平 均価格と入場者数の相関係数は 0.0943 であるので、価格は参入映画館数に関して一 定、需要は価格の関数でないと仮定する。すると (4.16) は下の (4.17) のように書き 換えられる。 ௗ Zே = x Lே − >(z ) (4.17) 本論文では利潤関数内の 1 人あたり需要関数、固定費用を誘導形にして分析を行う。 ௗ このときの映画館の需要要因 x としてその映画館の地価を外生変数として用いる。 一方、固定費用は地価と座席数の関数であると考える。座席数については規模の経済 42 がはたらくと仮定し、固定費用は座席数の自然対数と地価の両方から同様に影響を受 け る と す る 。 こ こ で 市 場 4 に あ る 映 画 館 ℎ の 地 価 を &? 、 座 席 数 を ?3 と す ると z = &? ∗ ln (?3 ) と な る z を 固定 費 用 の 大き さ を表す外生変数として用いる。これを Bresnahan and Reiss (1991) と同様に順序プ ロビットを用いて回帰するために式の変形をおこなう。(4.17) を Lே に関して解く と、 Lே = >z ௗ /x 0 (4.18) となる。ここで、参入企業数と各参入企業数のもとでの必要市場規模 Lே が対応す ること、つまり Lே ≤ L,ேାଵ を仮定する。この仮定により、(4.18) の自然対数をと った (4.19) も参入企業数と対応する。 ௗ lnLே = ln + ln [>z − lnx − ln () (4.19) これをもとに回帰モデルを組み立てると、 ௗ lnLே = 6 lnz + I lnx + Aே (4.20) となる。ここで、固定費用が大きければ 1 社あたりの必要市場規模は大きくなると考 えられるので 6 の予想される符号は正であり、地価が高い場所に立地する映画館で は消費者の利用可能性が高く、1 人あたりの需要が大きければ 1 社あたりの必要市場 規模は小さくなるので予想される I の符号は負である。また、 は参入企業数に関 して一定という仮定をおいているため定数であり、誤差項 Aே に含まれる。 も同様 である。このモデルではパラメータにおいて企業ごとに差異がないことを仮定してお り、この制約により複数均衡問題を回避している。 ここでは Lே ≤ L,ேାଵ を仮定しているので、順序プロビットによる市場の各参入 企業数の観察確率は下のようになる。 Prob = 2 = ΦLଷ − ΦLଶ Prob = 3 = ΦLସ − ΦLଷ ⋮ Prob = 7 = ΦL଼ − ΦL 4.2.3 実証結果 43 順序プロビットを用いて (4.20) のモデルを回帰した結果を以下の表に示す。 表 4-4 実証結果 Variable Param. |z| lnx ௗ -1.37*** 2.70 lnz 1.89*** 3.61 Log likelihood -921.85 Observations 417 (注) 有意水準は、*: p<0.1, **: p<0.05, ***: p<0.01 で示している。 推定結果のパラメータを (4.20) に代入して Lே を求め、次に ே ≡ Lே / である ே を求めた後、そこから各閾値の比率を求める。下の表 4-5 にその結果を示す。 表 4-5 閾値の比率 sଷ /sଶ sସ /sଷ sହ /sସ s /sହ s /s s଼ /s 1.225 0.910 1.161 0.872 1.225 0.983 得られた係数の符号について確認する。lnx ௗ の係数が負となったことから、各映 画館の地価が高ければ必要市場規模が小さくなる結果となった。一方、lnz の係数が 正となったことから、固定費用が大きければ必要市場規模が大きくなる結果となった。 これらは両方ともモデルとして考えたものと整合的である。 1 社あたりの必要市場規模については、表 4-5 の結果より全て 1 に近いという結果 となった。競争政策的な解釈については 4.3 節で述べる。 4.3 考察 本論文の映画館市場のモデルでは、価格と参入映画館数との相関が弱いために需要 関数の傾きがないことを仮定した。需要関数の傾きがないときには、利潤がゼロであ ると仮定すれば 1 社あたりの必要市場規模の比は 1 になるので、本章の実証では利潤 がゼロであるという仮定が正しいといえる。逆に、参入映画館数が少ないときに利潤 が大きくなるのならば、必要市場規模の比は大きくなる。この市場で退出が多く発生 していることも、利潤がゼロであるという主張をサポートする。 44 同質財市場で参入費用が発生し、利潤がゼロであるならば過剰参入が発生している ことが第 2 章にて紹介した Mankiw and Whinston (1986) の分析によって明らかにさ れている。つまり、この市場では過剰参入が起きている可能性が高い。このことから、 参入規制が必要だといえる。 45 第5章 実証分析のまとめ 文責: 松田 朋子 最終章として、第 3 章、第 4 章で行った実証分析をもとに日本の映画館産業に対す る私たちの見解を述べる。 まず、第 3 章における参入効果の分析では、参入における顧客奪取効果より、共喰 い効果が大きいという結果が得られた。そして、現状の市場では、参入つまり座席数 増加による市場拡大効果があるという結果が得られた。共食いが起きてしまうならば、 既存の映画館の近くに新たに同系列の映画館を開くインセンティブは小さくなる。ま た、集めたデータから日本の映画館市場では退出が頻繁に起きていたため、逆向きの 退出効果を考える。もしも退出をした場合、ライバル系列より同系列の他の映画館に 人が流れやすい、ということになる。よって、費用などを抑えて効率よい経営を行う ために退出をしたのだと解釈することが可能になる。またそのようにして退出が相次 いでしまっていることで、市場拡大効果があるにも関わらず、せっかくの市場拡大の 機会を逃してしまっていることになる。 しかし、これでは TOHO シネマズの新宿への新たな出店を説明することが出来ない。 私たちは、 「映画館」そのものの変化に理由があると考える。今回の論文では各映画館 を同質的なものとして扱ってきた。確かに映画館は基本的に同一価格であり、映画館 が制作した独自のものではなく、配給された同一の映画を上映する場所である。しか し、現状分析で述べたように、映画館経営企業はそれぞれ独自の制度を取り入れたり、 飲食・物販サービスを充実させたりと、差別化を図ろうとしているのである。既存の 映画館が無くなってしまったら同系列の映画館に行くということは、立地場所に寄ら ずその系列の映画館を好む、つまり人々が映画館に対して「ブランド」意識を持って いるのだ、と言い換えることが出来る。多くのシネコンを経営する映画館会社が増加 し、大半を占めるようになった今、求められることは映画館としての差別化を行い、 映画館に訪れる人々を「ロイヤルカスタマー」化していくことである。TOHO シネマ ズは自社のブランディングに関して自信を持っているため、新たな展開をしていこう としているのだと考えられる。 第 4 章における企業数と競争度の実証分析で得られた結果からも、社会的に最適な 参入数に比べ自由競争では過剰参入が起きていることがわかった。映画館の料金が均 一であるためカルテルによる競争の阻害を疑ってはいたが、映画館市場では既にきち 46 んと競争が起きていることが分かった。たとえ新たな映画館ができるとしても、それ が現存するチェーンの新たな劇場なのか、全く異なる企業が映画館事業に進出してく るのか、などという状況の違いによっても、迎えうる結果は変わってくる。現在の独 禁法による「事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立・転化の禁止」はも ちろんのこと、過剰参入を含め、映画館産業の構造変化を生んでしまうような参入は 規制されるべきである。 これまでのことを考えていくとなんにせよ、差別化が進むことで、競争が進み、更 なる差別化を促進するはずである。近年の 3D 映画の登場、またライブビューイング 会場としての利用など映画館の前に広がる道は決して暗くはない。映画館業界の今後 の発展に期待したい。 47 参考文献 経済産業省 商務情報政策局 文化情報関連産業課 (2004),「プロデューサー・カリキ ュラム―コンテンツ・プロデュース機能の基盤強化に関する調査研究」C&R 総 研, vol. 1, 2, & 3. 経済産業省 商務情報政策局 文化情報関連産業課 (2014),「 コンテンツ産業 現状分析 編(各論)」, p. 3 & p. 5. 公正取引委員会 (2002),「 事業支配力が過度に集中することとなる会社の考え方」, pp. 1-6. 小田切宏之・中林純・西脇雅人・荒井弘毅・浜口泰代 (2006), 「競争政策で使う経済 分析ハンドブック」『平成 23 年度公正取引委員会競争政策研究センター共同研 究報告書』, CR 06-11. 砂田充・岡本康利 (2008),「小売・サービス業の局地的市場競争の経済分析―映画館を 中心として―」 『平成 20 年度公正取引委員会競争政策研究センター共同研究報告 書』, CR 02-08. Berry, S., (1992), “Estimation of a Model of Entry in the Airline Industry,” Econometrica, Vol. 60, 4, pp. 887-917. Bresnahan, T. F. and Reiss, P. C., (1991), “Entry and Competition in Concentrated Markets”, Journal of Political Economy, Vol. 99, 5, pp. 977-1009. Cabral, L. M. B., (2000), “Introduction to Industrial Organization,” MIT Press, Cambridge, Massachusetts, U.S.A. Gil, R., (2010), “An Empirical Investigation of the Paramount Antitrust Case” Applied Economics, 42, 171-183. Mankiw, N. G. and Whinston, M. D., (1986), “Free Entry and Social Inefficiency,” RAND Journal of Economics, Vol. 17, 1, pp. 48-58. Mundlak, Y., (1961), “Empirical Production Function Free of Management Bias,” Journal of Farm Economics, Vol. 43, 1, pp. 44-56. Mundlak, Y., (1963), “On Estimation of Production and Behavioral Functions,” Studies in Mathematical Economics and Econometrics in Memory of Yehuda Grunfeld, Carl Christ et al. Stanford University Press, Stanford, U.S.A. Spence, A. M., (1976), “Product Selection, Fixed Costs, and Monopolistic Competition,” Review of Economic Studies, 43, pp. 217-236. 48 一般社団法人日本映画製作者連盟 公益財団法人ユニジャパン ホームページ ホームページ http://www.eiren.org/ http://unijapan.org/ http://www.cinemaworker.com/ シネマワーカー ホームページ そして父になる ホームページ http://soshitechichininaru.gaga.ne.jp/ TOHO シネマズ ホームページ Nikkei4946.com https://www.nikkei4946.com/ 東京都財務局 ホームページ https://www.tohotheater.jp/ http://www.zaimu.metro.tokyo.jp/ 49 おわりに 本論文の執筆の過程を振り返ってみるとさまざまな困難があったことが思い出さ れる。まず我々競争政策パートは今年度から新しくできたパートということもあり、 先輩の論文も存在しなかったことから競争政策らしいテーマを決めることに難航した。 産業組織論のように市場の分析を行うだけではなく、そこからさらに一歩踏み込んで 政策的な分析を行う必要があり、イメージが湧きにくかったのである。 そのような中で市場構造の変化が激しく価格が固定的という政策的分析のしがい がある映画館市場を見つけることができたのは非常に幸運であった。映画館市場を分 析の対象とすることが決まってからは先行研究も容易に見つかり、進捗のペースが良 くなったかのように思われた。 しかし映画配給会社ではなく個々の映画館を分析するにあたってデータの収集に 困難が生じた。先行研究のようにマーケティングリサーチ会社に頼ることもできず、 結局紙媒体のデータから地道に手打ちでデータセットを構築することになった。 その後の STATA による分析においても満足のいく結果はなかなか得られず、先行 研究と日本の市場の違いを考え、実証モデルに試行錯誤を加えてようやく得られた有 意な結果が本論文の実証分析である。 三田祭論文の執筆を見据え始めてから完成するまでの約 5 か月間、様々な困難を乗 り越え本論文をここまで形に出来た経験は卒業論文など今後の研究活動、またこれか ら社会に出てからの活動においても大きな糧になると思われる。 最後に本論文執筆にあたって忙しい中指導に時間を割いてくださった石橋孝次先 生、多くのアドバイスをくださった先輩方、また共に励ましあった同期達に対して、 ここに深く御礼を申し上げたい。 石橋孝次研究会 16 期 競争政策パート一同 50