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ワンマン型経営から全員経営への革新(PDF 483KB) - J
平成2 1年度「中小企業経営診断シンポジウム」受賞論文 【第1分科会 中小企業診断協会会長賞受賞論文】 ワンマン型経営から 全員経営への革新 橋本 博 大阪支部 をあせるあまり,改革は思うように進んでいなか 1.支援に至った経緯 1 った。このような中,筆者は,社長から2つのテ 支援会社との出会いはハローワークを介して ーマをいただいた。1つ目は, 「事業計画達成の ためにどうすればよいか」 。2つ目は, 「宅地開発・ 筆者は,平成2 0年7月,大阪の大手家電メーカ 測量・土木工事・建築設計まで,一気通貫・ワン ーを定年退職し,在職中に得た知識・ノウハウ・ ストップで顧客へサービスを提供できる体制が整 経験を中小企業のために役立てたいと思い,平成 ったのを契機に,受注拡大を図りたいと目論んで 2 1年3月,独立診断士として開業した。 いるが,どのように進めたらよいか」であった。 この論文で紹介する支援先は,開業前にハロー 事業計画書を拝見したところ,社長単独で作成 ワークから紹介を受けた会社である。紹介された した計画で,従業員の意見は取り入れられていな 業務は経理業務,勤務は週3日,1日4時間程度, かった。社長が口やかましく指示・フォローする 自宅からも近く,診断士として開業を目指す筆者 ことで何とか事業計画の実行が進んではいたが, にとって好都合の会社であった。 従業員一人ひとりが自主的に取り組もうとしてい 社長との面談時,筆者の経歴書に記載のあった る姿は感じられず,また,従業員は前社長のワン 中小企業診断士に興味を示されたので,診断士に マン経営に慣れ,急激な改革に戸惑っているよう ついて説明したところ(中小企業診断士はあまり でもあった。一方,新社長は土木会社の社長と兼 知られていないのだと認識) ,社長から「経理業 務のため,忙しく,当社には週の3∼4日,それ 務と診断士の仕事のどちらをしたいのか」と問わ も2∼3時間程度しか勤務できず,社長が何も言 れ, 「診断士の仕事を通じて中小企業経営のお役 わなくなると改善は進まない状況であると感じた。 に立ちたい」と述べたのがきっかけとなり,短期 また,社内コミュニケーションも不十分で,経営 テーマの支援を行うことになった。 状況も従業員に開示されていなかった。 2 社長交代直後の支援 3 当該会社は創業2 0年,不動産会社やハウスメー 長期的視点から全員経営の必要性を提案 それらの状況を鑑み,社長に対して,短期的に カーから,宅造設計,測量,建築確認申請などの 事業計画を達成することのみを目的とするならば, 業務を請け負っている。前社長は,経営悪化を理 それに絞り,処方箋(解決アイディア)を助言で 由に,会社整理を考えていたが,平成2 0年1 2月, きるが,将来の発展,従業員の育成を考えた場合, 当該会社の取引先である土木工事会社の社長が経 全員経営による経営を根付かせていくべきではな 営を引き継ぐことにより,会社は存続できた。 いかと提案した。社長は筆者の提案に賛同し,提 新社長は,就任直後から従業員にさまざまな課 案内容を筆者から従業員へプレゼンして欲しいと 題を与え,会社を変革しようとしていたが,成果 の要請があり,従業員に全員経営の必要性とその 18 企業診断ニュース 2 0 1 0. 1 内容,問題解決の進め方などをプレゼンした。そ れを受け,社長から従業員に対して, 「当社の課 2 検討会のコーディネータ役として支援 題とあるべき姿」を全員で考えようという提案が 現状の課題を共有化し,あるべき姿を描いてい なされ,毎週1回,終業後のミーティング時に検 くことに関し,全員参加で検討を進めた。その過 討を行うことになった。 程を通じて,従業員の人材育成に活かすことも狙 その直後,社長から今後の支援の相談を受け, 「提案するだけでは私の信条に反する。ぜひ,実 行と成果を見届けたい」と申し出て顧問契約を締 結し,本格的支援を開始することになった。 筆者がコーディネータとなり,参加者から現状 の課題や提案などを引き出し,出てきた発言を黒 板に板書することにより,全員が課題やアイディ 2.支援の具体的方法や支援内容 1 いとした。検討会は,毎週1回,1 8時からのミー ティングの後,約1時間程度行うことにした。 アを共有し,議論に集中できるようにした。コー ディネータは,全員の知恵が集まるように,触媒 「ゴーストバスターズ手法」で問題解決 役に徹し,課題に対する解決策もアイディア出し 支援の目的を「全員経営の実現」とし,その進 の視点・観点やアイディアのヒントとなる他の事 め方として,筆者が在職中に「ゴーストバスター 例は紹介するが,解決策は極力言わないように努 ズ」として取り組んだ5 0件強の問題解決の実践経 め,参加者から求めるようにした。他者から押し 験を通じて,試行錯誤しながら編み出し,社員の つけられた解決策ではなく,自ら考えた解決策で 研修カリキュラムとして確立した問題解決手法 あるので,実行段階における実現性が高くなるか 「ゴーストバスターズ手法(システムズアプロー らだ。課題解決は,現場にこそ解がある。 チ) 」を活用することにした。 「ゴーストバスター ズ手法」とは,ブレーンストーミング法,KJ 法, 3 課題の洗い出しと本質課題の抽出 マトリックス法,特性要因図などさまざまな手法 検討会1回目は,事前に考えてもらった会社の をツールとして活用しながら,経営理念に照らし 課題を全員に発表してもらい,その内容を黒板に て,現実の問題をあるべき姿に向けて解決してい 板書した。これを行うことにより,全員の課題認 く総合的な問題解決手法である。 識をお互いに共有化できた。また,前社長がワン 具体的には図表1を参照してほしい。まず,① マンで,上下間のみならず,横のコミュニケーシ 理念・価値観を共有し,次に②現状の課題を明確 ョンも不十分であったこともあり,多少のガス抜 にする。その際, 「なぜ」を5回繰り返し,本質 きにもなったのではないかと思う。 課題を突き詰める。さらに③あるべき姿を描き, 黒板に板書した内容を持参したカメラで撮影し, 最後に④現状からあるべき姿に変えるためのシナ 事務所に持ち帰り,現状の課題を図表2のように リオ・処方箋を作成し,実行計画(5W2H)ま 整理した。お客様の不満・受注の減少の要因は, で落とし込む。 次の4つに整理できた。①お客様への対応が不十 図表1 改革の進め方 悪い ① 理念・目標 ② 現状 ③ あるべき姿 【分析手法】 ・鳥瞰図 ・SWOT分析 ・5whyにより根本課題抽出 ・KJ法など 良い 【分析手法】 ④ シナリオ・処方箋 人・組織 金・物 技術・知識 情報・人脈 企業診断ニュース 2 0 1 0. 1 ・CTの明確化 ・KJ法など 19 図表2 魚の骨要因体系 2.専門用語による 解りにくい説明 顧客対応 1.お客様への 報告不足 3.リピーターが 増えない 7.お客様からの問い 合わせ対応が遅い 担当ごとに対応 レベル差がある 受注できる体制と 能力がない 過去外注へ委託していた が活用できなくなった 担当者しかわからない 6.お客様からのクレーム に対する対応が遅い 戸建ての住宅会社 との取引が大半 建築確認業務は業者 によって進め方が違う 上からの目線で仕事をする (部下の意見をよく聞かない) 仕事が縦割り 5.独りよがりの仕事 の進め方が多い 上司が部下の盾に なれない 5.自分のペースで仕事を するため周りの協力が 得られにくい お客様が欲していないことを 会社の立場で押しつけている 15.開発・土木設計の 売上高が大きい お客様の不満 受注の減少 報告・相談しても 理解してもらえない 報・連・相の 必要性を感じない 社内のイメージが暗い, 活気がない 11.社員間の報告・連絡・ 相談が少ない 12.再利用, 省資源の 意識が弱い 11.社員の知識・ノウハウ が増えない 15.奉仕の精神が不足 過去の成功体験を引きずって 仕事をしている 実施設計できる 人材不足 9.建築設計部は建築確認 申請の仕事が大半で, 自 主設計の受注がない 受注機会がない 7.納期遅れに対して お客様への連絡が遅い 8.住宅メーカーのニーズは建築監 理や専門知識に基づく助言 施工管理 能力不足 13.会社全体の建築に関わる全 ての業務をわかる人が少ない 仕事が縦割り 情報の共有化が できていない お客様が不動産会社から住宅メーカー に変化しているのに, 住宅メーカーの ニーズに対応できていない 顧客要望の 変化 お客様への対応が不十分 10. 2Fに華がない, お客様が来てもお茶も出さない 自分の立場を優先し, 会社の 利益を最優先で考えていない 今まで経営数字に関して従業 員からの問い合わせもなく, 経 営者からの開示もなかった 経費支出や利益に 対する意識が薄い 組織 意識・風土 社員に会社が倒産するという 危機感が不足 社員間の信頼感の欠如 2009年3月30日 分,②お客様が変化しているのにその変化に対応 次のステップとして,図表2から明確になった できていない,③社員間の信頼感が欠如,④会社 本質課題に対する処方箋のアイディア出しを行っ が倒産するという危機感が不足。これらを2回目 た。出された一つのアイディアに対して,全員の の検討会で筆者から報告し,現状における本質課 意見を取り入れ,アイディアを膨らませ,肉付け 題の共有化を行った。 することにより,具体性を持たせ,実現可能なも 4 「SWOT 分析」と「商流鳥瞰図」で 現状の見える化 次に『SWOT 分析』を行い,弱みだけでなく, のにした。コーディネータとして,課題とアイデ ィアの関連付けを行い,図表などを駆使し,解り やすく整理した。 次にアイディアに対する実行計画の策定,要は 強み,機会,脅威を同じように全員から発言して 5W2H に落とし込む作業である。ある程度の骨 もらい,整理した。その過程で,商流をヒアリン 格案策定までは全員で行い,詳細は担当者を決め, グしたが,同じ土地開発業務でもお客様ごと,担 まとめることにした。担当者は,年齢,役職に関 当者ごとに業務内容や業務の進め方が異なり,3 係なく,当該課題に対して課題意識が高く,アイ 通りの「商流鳥瞰図」ができた。商流の見える化 ディアを持っている人にした。平たく言えば,や により,他部門のメンバーも土地開発業務の全貌 りたそうで,やってくれそうな人。 を知ることができ,業務フローに対する改善や業 また,処方箋をまとめる際, 「経営レベル」 , 務の標準化提案が出され,思わぬ効果があった。 「管理レベル」 , 「業務レベル」の3つに解決レベ さらに,同じ進め方で,お客様が何を要望して ルを区分した。 「経営レベル」とは,経営者層が いるかを各人から発表してもらい,まとめた。 5 20 処方箋のアイディア出しと実行計画作成 決断をし,実施する解決策,これを実施すると大 きな成果が得られる。 「管理レベル」とは,管理 者層が決断し,実施する解決策,経営レベルより 企業診断ニュース 2 0 1 0. 1 も効果は小さい。 「業務レベル」とは担当者が決 チームごと(新設)の定例ミーティングを開催し, 断し,実施できる解決策,簡単に実施できるが効 情報共有と共通課題検討を行う。部内,チームで 果は小さい。しかし,全員経営に際し,担当者に 解決困難な課題は全社定例会に挙げる。②主な内 成功体験を積ませる効果があり,大事である。 容は,引き合い・受注状況,受注案件ごとの進捗 6 実行の壁 ―改革の進まない心理的要因の取り除き 実行計画がまとまり,いざ実行となると,日常 状況,案件に対する他者からのアドバイス,仕事 の分担調整,未回収・納期遅延などの対応,顧客 からの要望やクレーム(対応策も検討) ,会社の 経営状況,業務関連情報(勉強会)など) 。 業務にプラスして新しいことをやらねばならない ・勉強会の開催(建築基準法(法改正のポイン というプレッシャーを感じ,心理的に気持ちが後 ト) ,図面の質の向上,他部門業務の基礎的な知 ろ向きになり,実行が滞ることがあった。その時, 識,コンプライアンスなどの社内勉強会を定期的 社長から従業員に対して,今回の取組みの趣旨 に行う)提案者の若手社員が事務局となり,すで (会社が発展・存続するためには,この壁を乗り に2回開催。 越えねばならないなど)について,再度語り掛け ・お客様が大事という意識を持ち,ビジネスの基 があり,また,筆者から『改革の進まない心理的 本を徹底(①顧客からの緊急な問い合わせや要望 な要因と対策』を話し,全員の改革意識を高める に対して顧客に不満を与えないように社員全員が ことにより,乗り切ることができた。 協力して対応する。②顧客からの各種情報・要 望・問い合わせは,情報を入手した人が,案件別 3.成果 1 チームメンバーへ,即刻(3 0分以内) ,あらゆる 全員経営の芽生え―自立型人間に変身 毎週の検討会では,若手社員からも建設的な意 手段(口頭,携帯電話,携帯メール,メモなど) を用いて情報伝達する) 。 ・経営数字の見える化による課題の共有化と危機 見が活発に出るようになり,また,社長から言わ 感の醸成(①毎月の実績報告:売上,経費,収支, れなくても主体的に改善が進むようになった。現 資金収支,顧客別収支,案件別収支,②3∼4ヵ 在,顧客への新サービスの検討を進めているが, 月先の見通しの作成と共有化:売上,経費,収支, その提案内容も従前に比べ具体性が高くなった。 資金繰り) 。 先日,社長から経営理念を全員で考えようとの 提案があり,各人が紙に書いて提出した。その内 3 容を拝見したが,それぞれが大変素晴らしい内容 であった。その後,従業員からの提案が集約され, 問題解決型の人材育成 ―全従業員が問題解決手法を習得しつつある 現在は,筆者がコーディネータとして,検討会 全員参加により完成した経営理念として,社内掲 のリードをしながら会議を進めているが,ゴース 示板に貼り出された。社長も筆者も涙が出そうに トバスターズ手法を繰り返し実践することにより, なるくらい感激をした。支援を開始して5ヵ月く 全員が問題解決の進め方を理解,習得しつつある。 らいでこのように変わるものだろうか。診断士冥 全従業員がコーディネータとなり,検討会をリー 利に尽きる出来事であった。 ドできる人材となるよう育成していきたい。 2 本質課題への処方箋を実現するための 取組みが着実に進行 4 経営良化 平成2 1年6月までの上半期は黒字計上,運転資 ・顧客への面対応(①顧客ごと,または案件ごと 金も1ヵ月強確保できるようになり,借金も着実 に開発・測量・建築の専門家が集まったチームを に返済している。 作り,チームで顧客に対応する。②土地開発提案 今後も引き続き,コーディネータとして,経営 時に,開発部門だけでなく測量,建築部門も参画 者と従業員の触媒役となり,全員経営の実現を支 した提案書をまとめ,顧客へ開発提案を行う) 。 援していきたい。 ・定例ミーティングの開催(①全社,部門ごと, 企業診断ニュース 2 0 1 0. 1 21