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水上都市バグダード序論 清水和裕 本報告は、9世紀イスラーム帝国
水上都市バグダード序論 清水和裕 本報告は、9世紀イスラーム帝国アッバース朝の首都バグダードの建設とその構造を中 心に、前近代中東イラク地域における河川水上交通と「後背地」の問題を検討するもので あり、今回はその前提として、既存の研究動向を中心に報告を行った。 報告ではまず一般論として、本科研研究代表弘末雅士氏の研究において、①交易に関わ る経済的・物流的「後背地」と②交易に関わる情報的・心理的「後背地」が扱われている ことを指摘するとともに、この両者の広がりが、河口に形成される東南アジア型港市都市 と、大陸内部に形成される首都的内陸河川港市都市では、大きく異なった布置を示す可能 性を提議した。その上で後者の一典型として、チグリス・ユーフラテス両大河の港市都市 であるバグダードを事例として取り上げることとした。 バグダードは8世紀後半にアッバース朝君主マンスールが建設した首都であるが、その 周辺には古都バビロンやササン朝首都クテシフォンが存在しており、古くからメソポタミ ア地域の中心であった。 その繁栄は、 両大河による大量輸送と水上交通を背景としており、 両大河間には紀元前26世紀よりすでに運河網の開鑿が進んでいたことが知られている。 マンスールによる首都選定の伝承はこの事実を端的に伝えており、バグダードおよびその 周辺地域が、穀物生産などの「後背地」を強く意識して成立していたことが明らかである。 水上交通は、バグダードと上流のシリア地域・小アジア地域、下流の沼沢地帯からインド 洋、東アフリカ沿岸をつなぐだけでなく、バグダード市内においても重要な役割を果たし ており、宮廷内部、宮廷間など、カリフ一族や政府高官の移動をデモンストレーションす る手段としても用いられた。 さらにバグダードは三重の城壁による円城構造をもち、周囲4つの門とならんで国際交 易網との連続性を強調した都市プランが導入されていたが、先行研究では、これをインド・ イラン的宇宙論と結びつけるものや仏教都市との関係を示唆する説などもある。いずれに しても、バグダードの形成は、両大河水上交通および中東メソポタミア地域の地政学上の 位置から理解する必要があり、その研究は、内陸港市都市と「後背地」の関係を理解する 際に、重要なケース・スタディとなるはずである。