...

2010年6月号 - 野村総合研究所

by user

on
Category: Documents
5

views

Report

Comments

Transcript

2010年6月号 - 野村総合研究所
平成22年6月10日発行(毎月1回10日発行)
通巻298号 昭和61年5月26日第3種郵便物認可
ISSN 0912 - 3245
http://www.camri.or.jp
6
No.
Jun.
2010
298
■座談会―■
投資の時代にふさわしい金融税制を
―1,500兆円個人金融資産の活用
■論 文―■
国内PTS発展に伴うセルサイドへの影響
アジア資産運用ビジネスの拡大と日系運用会社の対応
■地球温暖化対策と排出権取引―■
総合商社の温室効果ガス削減事業の取組みについて
■トップへのインタビュー―■
大研医器株式会社
混迷続く欧州、緊急パッケージは決定打になるか/中銀の独立性に焦点/米、個別株にサー
キット・ブレーカー/欧州の財政不安で急落/逆戻りした時計の針、日米独の金利急低下
資本市場研究会
財団法人
Capital Markets Research Institute
アジア資産運用ビジネスの拡大と
日系運用会社の対応
株式会社 野村総合研究所
金融市場研究センター 主任研究員
浦壁 厚郎
■1.資産運用ビジネスの
グローバル展開とアジア
¸
資産運用ビジネスのグローバル展開
資産運用ビジネスは、投資家の資金を、運
用商品を媒介として投資対象資産に結びつけ
本稿は、アジアにおける資産運用ビジネス
るビジネスである。そのため、資産運用ビジ
の現状と、外国運用会社にとっての事業機会、
ネスのグローバル化には、投資家のグローバ
参入障壁等について確認し、日系運用会社が
ル化(外国投資家への運用商品の提供)と、
アジアを起点として成長するために必要とな
運用資産のグローバル化(外国資産へ投資す
る運用能力について述べる(注1)。
る運用商品の提供)の2つの側面がある。
縦軸に投資家を、横軸に運用資産を取って、
〈目 次〉
運用会社のビジネスの地理的な広がりを示し
1.資産運用ビジネスのグローバル展開
た概念図が(図表1)である。各地域に存在
する現地資本の運用会社(ローカル運用会社)
とアジア
2.アジアにおける資産運用市場の概要
は、典型的には、現地の投資家に対する現地
資産の運用商品の提供をビジネスの中心とし
とビジネス環境
3.アジア株式のプレゼンス向上
ている。各地域の投資家は、外国資産よりも、
4.日系運用会社の現状と、
現地資産に対する自国通貨建投資に多くの資
アジア資産の運用能力をコアとした
金を投入している(注2)。このため、ローカ
グローバル展開の必要性
ル運用会社の運用能力が現地資産に限定され
るものであっても、それ自体が原因となって
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
35
(図表1)投資家と運用資産のカバレッジ(概念図)
先進国
運用資産
北米・
西ヨーロッパ
投資家
先
進
国
エ
マ
ー
ジ
ン
グ
北米・
西ヨーロッパ
日 本
ア
シンガポール
ジ
・香港
ア
中国・
台湾等
日 本
エマージング
アジア
シンガポール
・香港
ローカル
運用会社
A
中国・
台湾等
…
グローバル運用会社
ローカル
(日系)
運用会社
B
ローカル
運用会社
ローカル
運用会社
ローカル
運用会社
⋮
(注)図中の「グローバル運用会社」は領域全体をカバーする。
(出所)NRI作成
事業機会を逸するケースは少ない。むしろ、
社が存在感を強めていく傾向がある。
販売会社等との資本関係等を通じて確立して
以上が、グローバルな資産運用ビジネスの
いる現地の投資家への強力なアクセスによっ
基本的な姿といえる。日本も例外ではなく、
て、ローカル運用会社が相対的に優位な地位
日系運用会社は、日本の投資家に対してマー
を持つ場合が多い。
ケティング体制を敷き、日本の株式や債券の
これに対し、特に欧米を本拠とする大手運
運用商品を中心に提供して、ビジネスを拡大
用会社の中には、外国投資家・外国資産へア
させてきた。他地域と事情が異なるのは、国
クセスを持ち、グローバルにビジネスを展開
内投資家にとって国内資産の運用環境が芳し
する運用会社(グローバル運用会社)も存在
くない状態が続いているため、近年は外国資
する。彼らは、あらゆる地域の投資家に、あ
産への投資ニーズが頓に高まっている点であ
らゆる地域の資産の運用商品を提供する能力
る。そこで、日系運用会社は、グローバル運
を有している。ローカル運用会社と比べたグ
用会社をサブアドバイザー(運用の再委託先、
ローバル運用会社の強みは、その地域にとっ
または助言元)として実質的な運用を任せる
ての外国資産の運用商品を提供できることで
一方、自社は商品の組成に関するオペレーシ
ある。ホームカントリー・バイアスのある現
ョナルな業務とマーケティングに特化すると
地の投資ニーズに応えるという点では、ロー
いう、ある種の棲み分けがなされるようにな
カル運用会社に劣ることが多いものの、現地
った(図表1矢印A)。現在、日本で販売さ
の投資家の投資洗練度が高まり、国際分散投
れている公募投信の委託者報酬のうち、約
資を進める過程で、徐々にグローバル運用会
45%が外部のサブアドバイザーに支払われて
36
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
100%
35%
90%
50%
15%
40%
1,000
日本
北米
20%
5%
10%
0%
0%
エマージング・
世界
アジア
(その他)
人口(百万人、左軸)
30%
先
進
国
日本
2015
10%
欧州
2010
2,000
60%
20%
2005
3,000
70%
25%
2000
4,000
80%
1995
30%
エ
他
マ
南米、 ー
東欧 ジ
ン
他
アジア グ
国
1990
5,000
40%
1980
6,000
(図表3)世界の地域別GDP構成比
1985
(図表2)地域別人口と高齢人口比率の比較
65歳以上人口比率(%、右軸)
(注)2010-2050年の5年毎予測値。エマージング・アジ (注)ドル建て現行価格ベースの名目GDPのシェアの推
アは2010年4月時点のMSCI指数構成国に基づく。
移。国の分類は2010年4月時点のMSCI指数構成国
世界(その他)は、世界から日本、シンガポール、
に基づく。
香港、エマージング・アジアを除いたもの。
(出所)IMF, World Economic Outlook(2010年4月)
(出所)UN, World Population Prospects資料よりNRI
資料よりNRI作成
作成
おり(注3)、また年金向けに提供される外国
資産運用商品にも、サブアドバイザーを活用
するものが増えているようである。
¹ アジアのプレゼンスの高まり
(図表1)の領域の中で、アジアは投資資
(注1) 本稿は、野村総合研究所(NRI)が2010年1
金の所在する地域としても、投資対象資産の
月に行った、アジアの資産運用会社(グローバル
所在する地域としても、世界で最も成長著し
運用会社、日系運用会社を含む)と調査会社に対
するヒアリング調査、関連文献のサーベイに基づ
く。ヒアリングには、各社のCEOないしCIOなど
い地域といってよいだろう。
基本的な指標を用いて、日本を除くアジア
事業上の意思決定に関わる方々にご対応頂いた。
主要国の存在感を確認しておきたい。まず人
ここに記して感謝する。また参考資料として示せ
口についてみると、成長率こそ徐々に鈍化す
るものは文末に挙げた。
るものの今後も増加が期待され、同時に65歳
(注2) ホームカントリー・バイアスという。
(注3) Casey Quirk & NRI[2010]
。
以上人口の割合も、世界のその他の地域を上
回るスピードで高まると予想されている(図
表2)。このことは、金融資産が蓄積すると
ともに、年金基金や個人の自助努力によって、
退職後収入を確保するニーズが強まることを
示唆している。
またGDPについてみると、世界に占める
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
37
(図表4)日本を除くアジアの投信市場(左)と年金市場(右)の残高予測
2,000
(単位:10億ドル)
1,500
1,102
500
1,265
1,409
(単位:10億ドル)
1,541
400
300
935
1,000
297
335
370
254
212
200
500
中国
100
'09
韓国
'10
インド
'11
台湾
'12
香港
'13
シンガポール
-
'09
中国
'10
韓国
'11
台湾
'12
香港
'13
東南アジア
(注1)各暦年末。
(注2)右図は外部委託可能額であり、実際の委託額ではない。また右図の「東南アジア」には、シンガポール、マ
レーシア、タイ、インドネシア等が含まれる。
(出所)Cerulli Associates資料よりNRI作成
シェアは5年後の2015年には約20%に達し、
北米、欧州先進国に次ぐ地域になると予想さ
れている(図表3)。これは、1990年代半ば
に約20%を占めて以降、徐々にシェアを落と
■2.アジアにおける
資産運用市場の概要と
ビジネス環境
している日本と対照的である。企業や政府の
資金調達ニーズから株式や債券等の多様な有
本節では、アジアの投資家としての側面に
価証券が発行されるため、多くの投資機会が
注目し、リテール投資家と機関投資家それぞ
市場に提供されると見込まれる。
れのビジネス環境について簡単にまとめた
以上のようなアジアの台頭は、資産運用ビ
い。両者は、投資洗練度の違い等に起因する
ジネスのグローバルな競争状況を大きく変え
投資ニーズ、運用会社にとって必要となる組
る可能性がある。以下では、投資家、投資対
織能力や運用商品に大きな差異があり、結果
象資産それぞれの側面で、アジアを起点とす
として主要なプレイヤーの顔ぶれも大きく異
る資産運用ビジネスの状況を概観する。
なっている。
¸ リテール市場
アジア各国の投信残高の推移予測を(図表
4)左図に示した。2009年において、日本を
除くアジア主要市場の投信残高の合計はおよそ
38
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
9,400億ドルである。日本はおよそ5,200億
こうしたことから、外国運用会社にとって
ドルであるから、単一の国としてはアジアの
は、アジアリテールのビジネスは強みを発揮
中で最大であるものの、それを上回る市場が
しにくく、仮に現地に拠点を開設しても、チ
既に他のアジア地域に存在することになる。
ャネルを開拓して最終的に採算が取れるに至
また、アジア市場は、市場要因(資産時価の
るまでには、長い時間を要すると思われる。
増加)と顧客要因(純資金流入)を合わせ、
実際、投信残高で上位の会社を確認すると
2013年まで、
年複利平均成長率13%で拡大する
(図表5)、上位を占めるのはローカル運用会
と予想されている。
社であり、グローバル運用会社(外資系)や、
アジアのリテール投資家については、ホー
ムカントリー・バイアスの程度が強いという
指摘が多い。これは、自国域の経済成長や為
替動向に対する楽観的な見通しにより、外国
資産に投資する動機が弱いためである(注4)。
このため、グローバル運用会社が優位性を持
その現地資本との合弁会社(JV)は少数に
留まっている。
(注4) その他、指摘されることの多い特徴として、
①膨大な銀行預金を保有する一方で、高リスクの
投信に一部投資するという2極化したポートフォ
リオであること、②短期指向性に起因する売買回
転率の高さ、ファンドの売れ行きの変化の激しさ、
つ外国資産に投資する運用商品へのニーズは、
③ファンド形態でない、有価証券への直接投資が
必ずしも強くない。
多いことなどが挙げられる。
また、運用会社がアジアで投信ビジネスを
展開するには、現地で一定以上の人員を持つ
ことが不可欠である。これは、
¹ 機関投資家市場
・銀行をはじめとする販売会社が強い交渉力
アジア各国の年金基金の運用資産のうち、
を有しており、
販売会社に対して現地言語に
外部委託可能額(注5)の推移予測を(図表4)
よる手厚いマーケティングや各種サポート
右図に示した。2009年における外部委託可能
活動を通じた関係構築、チャネル確保が
額はおよそ2,100億ドルと推定されている。
必要である、
日本は、GPIF(年金積立金管理運用独立行
・投信計理やディスクロージャー等に各国固
政法人)をはじめとする公的年金の運用委託
有の規制が存在するため、現地でバックオ
額と企業年金を合わせるとおよそ2,000億ドル
フィス等のオペレーションを行う必要が
である。日本の数値は実際の委託額である
ある、
から単純には比較できないが、潜在的には、
といった理由による。これらは、日本で外資
概ねそれに等しい規模の資産が既にアジアに
系運用会社が投信ビジネスを展開する際に直面
は存在していることになる。2013年までの予
する参入障壁と類似している。
想年複利成長率は15%であり、既に成熟期に
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
39
(図表5)アジア投信市場の運用会社別残高ランキング
順 位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
15
15
運用会社
Mirae Asset
China AMC
Reliance Capital
Prudential Plc
Bosera
HDFC
E Fund
Harvest
ICICI Prudential
China Southern
UTI
Shinhan BNP Paribas
JP Morgan
GF Fund
Birla Sun Life
国・資本
韓国
中国
インド
外資
中国
インドJV
中国
中国JV
インドJV
中国
インド
中国JV
外資
中国
インド
投信残高(億ドル)
393
361
251
248
214
208
203
199
172
169
163
161
160
143
139
(注)2010年10月時点。
(出所)Strategic Insights 資料よりNRI作成
入っている日本の年金市場とは対照的に、
今後も
も強いようである。こうした点は、グローバ
高い成長率が見込まれている。
ル運用会社の提供できる運用能力と合致して
またアジアには、年金の他にSWF(政府系
いる。
投資機関)が主要な投資家として存在する。ア
また、
運用会社が機関投資家ビジネスを展開
ジア地域のSWFの運用資産のうち外部に委
するために必要となる現地化の程度は、リテ
託されている額は、2009年時点で判明してい
ール市場に比べてかなり低いといえる。公的
る範囲で、3,000億ドル程度とみられる(注6)。
年金基金とSWFから成るごく少数の投資家
これら機関投資家の投資洗練度は極めて高い
に資金が集中しているため、必要となる個別
という点で、識者の見解は一致する。特に
マーケティング活動も、少数の人員で実施
自国域の伝統資産については自家運用のチー
可能である。またオペレーションの観点でも、
ムを擁しており、外部の運用会社に対してト
投信のように各国固有の規制に対応する必要
レーニーを受け入れさせたり、
運用会社と比べ
性は低い。
ても遜色ない水準の従業員報酬を設定する
こうした機関投資家からの運用委託を受け
など、自家運用の能力を維持・強化しようと
ている具体的な運用会社については、公表資
する動きがあるという。しかし、例えば公的
料が限られているため、系統的に知る方法は
年金は急速に進む高齢化によって、運用効率
ない。しかし、現状では高い自家運用の能力
を高める強い圧力に曝されているなど、高度
を有さない外国資産等の運用商品に外部委託
に分散化されたポートフォリオを構築する意欲
のニーズがあること、その他インタビューや
40
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
個別の事例によれば、
主要なマンデートを獲得
を除くアジア(エマージング・アジア)株式
しているのはグローバル運用会社であると考
に限ると、全体の約7%である。
えられる。投信市場で大きな存在感を持って
GDPや人口といった指標に比べると、エ
いたローカル運用会社は、機関投資家市場
マージング・アジアが持つ株式ウェイトは未だ
ではごく限られたシェアしか持っていないと
低位ともいえる。しかし、現在は流動性等の
思われる。
点で指数に組み入れられていない銘柄も多
(注5) 投資可能額のうち、外部の運用会社への外部
委託が可能と考えられる額。
い上、IPOを含めた株式による資金調達等は
増加するであろうことを考えると、このグロ
(注6) SWF Institute, Greenwich Associates資料に
基づく推計値。
ーバル株式指数に占めるウェイトも、今後上
昇することが見込まれる。
■3.アジア株式のプレゼンス向上
本節では、株式を取り挙げ、アジアの投資
¹ エマージング株式投資の一般化と
アジア
従来、国際分散投資のための手法としては
対象資産としての側面を確認したい。アジアは、
先進国資産が想定されることが多かった。し
投資対象資産の所在地域としても魅力ある
かし近年、リテール投資家か機関投資家かを
地域である。アジア株式は、その成長性
問わず、エマージング投資にも強い関心が持
(期待リターン)の高さにより、グローバル
たれるようになっている。エマージング投資
にみて投資ニーズが強いため、運用会社にと
とは、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、
ってこの運用に強みを持つことは、アジアの
中国)などの世界の新興国を投資対象とする
みならず、世界の他の地域の投資家に対して
ものである。
もビジネスを展開する機会をもたらす。
¸ グローバル株式の中のアジア株式の
プレゼンス
(図表6)によれば、エマージング株式は
グローバル株式指数のうち12%のウェイトを
持っている。エマージング・アジアは7%で
あるから、
エマージング株式の約60%はアジア
(図表6)は、先進国とエマージング地域
を含むグローバル株式運用を行う際に用いら
に所在しているのである。
地域別にみても、エマージング国を含めると、
れる、代表的な株式指数の国別ウェイトの構
アジア(またはアジア・パシフィック)のプ
成比を示したものである。地域別にみると、
レゼンスは大きく上昇する。エマージング国
日本を除くアジア・パシフィック株式は、約
を含めても、米州のウェイトは47%から
12%のウェイトを占める。
シンガポールと香港
50%、欧州は27%から28%にしか増加しない。
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
41
(図表6)グローバル株式指数のカントリーウェイト
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
100%
5%
オーストラリア、
香港、
シンガポール等
先進国(88%)
エマージング(12%)
80%
60%
47%
米国、カナダ
27%
英国、フランス等
9%
日本
1%
7%
中国、韓国、
台湾等
エマージング・
アジア
3% ブラジル、メキシコ等
1% ロシア、トルコ等
米州
(50%)
欧州
(28%)
(注)2010年3月末の推定値。
40%
20%
0%
アジア・
日本
(9%) パシフィック アフリカ等
(12%)
(1%)
(出所)MSCI Barra資料よりNRI作成
しかし、アジア・パシフィックは5%から
12%に大きく増える。
つまり、エマージング株式投資が一般化す
るにつれ、地域構成としてアジアの存在感が
■4.日系運用会社の現状と、
アジア資産の運用能力をコア
としたグローバル展開の必要性
高まることになる。
株式運用の委託方法には、運用商品を「先
日系運用会社は、現在確認できるだけでも
進国株式/エマージング株式」のように構成
10社がシンガポールないし香港に拠点を有
する方法と、「北米株式/ヨーロッパ株式/
し、機関投資家向けのマーケティングと、ア
アジア・パシフィック株式」のように地域別
ジア株式等のリサーチ・運用機能を持たせて
に構成する方法があるが、どちらの場合でも、
おり、アジアでの事業展開に旺盛な意欲をみ
エマージング・アジア株式は無視できない存在
せている(2010年4月時点)
。
になっている。運用会社にとっては、エマー
しかし、
2節で述べたような参入障壁の存在
ジング・アジア株式の運用で競争力を持つこ
により、リテールビジネスを展開する例はな
とが、ビジネスの成否を決める重要な要因で
い。また機関投資家についても(図表7)、
あるといえよう。
米・英・大陸欧州各国の年金からの受託額は
一定の割合を有するものの、アジアをはじめ
とするそれら以外の地域からの受託は全体の
42
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
(図表7)日系運用会社の運用受託額と海外割合の推移
(単位:兆円)
80
20%
70
60
15%
50
40
10%
30
5%
20
10
0%
0
'05
運用受託額(左軸)
'06
'07
'08
海外年金合計(右軸)
'09
海外年金「その他」(右軸)
(注)いずれも投資一任、投資助言の合計額に基づく。海外年金「その他」は、海外年金合計から、
米・英・大陸欧州を除いた額の割合。
(出所)日本証券投資顧問業協会資料よりNRI作成
1%程度に留まる上、増加の兆しをみせてい
フィック株でみても日本株のウェイトは既に
ない。つまり、台頭しつつあるアジアの投資
4割に過ぎないため、日本株運用だけでは、
家資金をビジネスの拡大に結びつけることに
エマージングを含む株式運用のニーズに対し、
成功している様子は、現状では窺えない。
競争力のある運用商品で応えることは難し
欧米の年金等の投資家に対しては、日系
い。アジアの機関投資家によるアジア株マン
運用会社は、歴史的に大規模な陣容を擁する
デートには、敢えて日本株を除くものも多い
日本株運用の提供でビジネスを拡大させて
とされ、この場合は日系運用会社の運用能力
きた。これは、グローバル株式市場における
は全く発揮できないことになる。
日本株のウェイトが高かったため、日本株の
アジア株の中での日本株の地位低下と、エ
運用を受託する上で日系運用会社が有利だった
マージング・アジアの台頭は、今後一層顕著
ことに起因する。
になる見通しである。こうした状況において
しかし、
(図表6)によれば、現在の日本株
も、なお「アジア・パシフィック先進国」、
のウェイトは9%に過ぎない。しかも、先述
ないし「日本株式」といった委託枠を設定し、
のようにエマージング投資が一般化しつつ
運用会社を選定し続けるのは、
一定以上の規模
ある現在、日本株の運用能力の価値は損なわ
と外部運用管理の体制を備えた機関投資家に
れつつある。つまり、グローバルでみれば
限られるであろう。日本株の運用に留まり、
もとより、エマージングを含むアジア・パシ
これに膨大なリソースを割いている限り、
ビジ
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
43
ネスの拡大は難しいと考えざるを得ない。
日系運用会社にとってのビジネスの成否
は、エマージング・アジア資産の高い運用能
力を構築できるかどうかにかかっている
(前掲
〔参考文献〕
・Casey Quirk and NRI, 2010, “The Sun Also Rises:
Growth Strategies for Japanese Asset Managers”
,
published report.
・Cerulli Associates, 2009,“Cerulli Quantitative
図表1矢印B)。これによって、エマージン
Update:Asian Distribution Dynamics 2009”,
グ株式運用、エマージングを含むアジア・
published report.
パシフィック運用のいずれにおいても、競争
力を発揮できると考えられるからである。こ
うした運用商品は日本やアジア以外の顧客に
・Cerulli Associates, 2009,“Asia Pensions:An
Emerging Opportunity 2009”
, published report.
・Greenwich Associates, 2009,“Asian Investment
Management:Market Trends”
, published report.
もニーズがあるため、海外の顧客に外国資産
・Strategic Insights, 2008,“Asia Fund Management:
の運用を提供する「外と外」の領域でのビジ
Investing in the Future, 2008 Edition”
, published
ネス展開上も、不可欠であろう。
report.
1
こうした意味で、アジア資産の運用能力は
極めて事業価値の高い、早急に構築すべき能
力といえるだろう。そのためには国内資産の
運用に大規模に投入されているリソース配置
を見直し、
アジア資産向けに再配置する必要が
あるかもしれない。
この運用能力の構築は、困難であるものの
浦壁 厚郎(うらかべ あつお)
野村総合研究所金融市場研究センター主任研究
員。2004年慶應義塾大学大学院商学研究科前期博
士課程修了。同年4月、野村総合研究所入社。コ
ンサルティング事業本部を経て、2007年10月より
金融ITイノベーションセンター。2010年4月よ
り現職。
不可能ではない。実際、アジア株運用で有力な
評価機関から賞を受けている日系運用会社も
存在する。日本株のプレゼンスや投資妙味が
低下した現在、アジア資産の運用能力をコア
にした、グローバルな事業展開を見せること
を期待したい。
44
月
6(No. 298)
刊 資本市場 2010.
Fly UP