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葉月 - タテ書き小説ネット

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葉月 - タテ書き小説ネット
∼葉月∼
岡野佐夜
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
∼葉月∼
︻Nコード︼
N3783A
︻作者名︼
岡野佐夜
︻あらすじ︼
2000年もの昔、四人は神の織り成した空間にて出会った。そ
して時空を超えた恋をした︱︱。
1
プロローグ
人間の記憶は毎日の様に書き換えられていってしまう。
たとえば大人が子供の頃の思い出を忘れてしまうように。
たとえば誰かを愛おしく思った気持ちが薄れていってしまうことの
ように。
たとえば、アナタが私を忘れてしまったように。
人は自分が歩んだ道さえも簡単に忘れてしまう。それがどんなに幸
せな道であったとしても。人間はみな私の事を忘れ逝く。さも自分
が一番悲しいような顔をして⋮。
失いたくなかった。
たとえこの身を捧げても生涯を共にと誓ったヒト。アナタもまた、
彼の者たちのように私をおいて逝くのですね。生前の想いも全て忘
れて。
少女のような面立ちをした女はもうずっとずっと前の記憶を手繰り
寄せた。
ここに迷い込んできたのはただの人間だった。私は忘れ逝く人間が
嫌いだと、アナタを拒絶した。だからアナタは叶えられないことも
知りながら約束をして下さった。
生気のこもらない冷たいこの手を握って。
︱︱き⋮僕が貴女を覚えています。だから一人で泣いたりしないで
下さい。だからいつまでも、僕の傍にいてください。
あれはしてはならない約束だった。
生きる世界が違うもの同士、共に歩む事など出来ないのだから。
それを知っても尚、彼は私に手を差し伸べた。
初めて知った温もりに心躍るのを確かに感じた。
そして私は人間がとても温かい事を知った。
だけどもう、決して戻る事はない。
2
私が交わした不用意な約束ごとが彼を冥界の地へと陥れた。
もう、何百年も昔の話。それでもまだ、私の心の中の温もりは消え
はしない。
それは、私が人間ではないから。
そして、いまでもまだ、彼を愛しているから。
女は紫色の空を見上げた。
﹁この空の色だけは、何年たっても変わりはしない。あのヒトが消
えたあの日からずっと。﹂
人間は皆、誰かを求めなければ生きては行けない。
それは人間だけではない。私もまた、誰かの温もりを欲している。
誰もいない、異界でただ一人。
この世界に永遠の愛なんて存在するのだろうか⋮。
そう、同じ問いを繰り返している。
私は永遠を確かめたかった。そしてあの人には幸せでいてほしかっ
た。例え生まれ変わって全く違う人生を歩んでいる他人となってい
たとしても。
だから、彼らの前に姿を現した。
そして押し付けた。本当はそれが身勝手な事だと知っていた。
だから最後にはああするつもりだった。それが唯一の償いだから。
3
出会えた事さえ奇跡だから
もう随分と昔の事なのに、ついさっきの事のように感じる。
少年は自分の横で小さな寝息を立てている少女の顔を見つめた。
少女の長い髪がさらりと落ちて頬をすべる。
彼女の心をずっと縛っていたこの真紅の髪。この色をもって生まれ
た自分を責めて、心を閉ざしてしていた頃には想像も付かないよう
に眠っている。
静かに眠る少女には小さな毛布が掛けられていた。
温かいとはいえもう秋も終わる。夜になれば少し肌寒い風が吹くこ
の季節、その毛布は少女が風邪を引かないようにと少年がかけたも
のだろう。
﹁澪架⋮。﹂
少年は愛おしそうに、けれど起こさないように静かに少女の名前を
呼んだ。とても小さな声だったのに、少女はゆっくりと目を開いた。
﹁ごめん。起こした?﹂
本当に申しわけなさそうに俯く少年の頬にそっと手を添える。そし
てにっこりと微笑んだ。
﹁そんな事いいの。私、嬉しいよ?起きたときに、遼介がいると嬉
しい。だってずっとそんな事ありえないって思ってたから⋮。﹂
少女は嬉しそうににも悲しそうにも見える表情をした。そしてゆっ
くりと起き上がると少年の肩に寄り添うように腰を下ろす。
﹁いろいろあったよね。﹂
少年が懐かしそうに真っ赤にそまる夕日を眺めた。少女もそれに習
う。
﹁本当⋮。あれは奇跡だったのかな。私たちが出会えたことも、み
んな⋮。﹂
そして二人は自分たちのように肩を寄せ合って話しをしている二人
4
を見る。
この四人がであったのは本当に奇跡に近かった。本来なら会うこと
すら出来ないはずの四人。その運命は神によって変えられた。
﹁奇跡でも⋮いい。こうして出会えたことには変わりはないもの。﹂
四人は顔を見合わせた。
﹁僕さ、初めて泣いたんだよね。澪架に好きだって言ったとき。﹂
少年の言葉に少女は当時の事を思い出した。二人もその時にコトを
考えているようだ。聞かなくとも二人の表情がそう言っている。
﹁あの、時はなんで百年なんだろうって思ってた。だって長すぎる
じゃない。人の一生よりも長い時間会えないなんておかしいじゃな
い。でも、私たちには二千年もの時間が与えられていた。﹂
あのときまで私たちは互いの気持ちを知りながらも言葉にしなかっ
た。
それは一種の呪だ。
また会える。
だから次に言う。
それの繰り返しで、結局言えないままでいたのだ。
﹁あの時、本当に澪架と離れたくないって思った。だから、気が付
いたら口をついていた。すきだって⋮。言わないままの方が離れた
とき楽だった。すぐにまた次にっておもえたから⋮。﹂
少年は懐かしそうに、そして悲しそうにまた、空を見上げた。
5
神はこの星にいる
﹃人間は皆、誰かを求めなくちゃ生きていけない。﹄
いつか誰かが言っていた気がする。でも心のどこかでそんなのは嘘
だと言い聞かせ続けてていたのかも知れない。自分の心が、否定さ
れていたようなそんな中にずっといたから。
十六年間、大切なモノも心奪われる何かも無かった。どんなにキレ
イな夕日をみても、どんなに優しい風に触れても心はなにも感じな
かった。
あの頃のオレの心はいつでも道端に落ちている空き缶の様だったの
だ。
大切なものもない。
心温める安らぎすらない。
そんな人生を空き缶といわずになんと言うのだ。
オレは公園のベンチに座り、無造作に転がっている足元の空き缶を
蹴飛ばした。
カラン、コロン。
空き缶特有の明るい音がなる。鮮やかでキレイな音。その音はまる
でなにかの楽器のような明るくて、心に響くものだった。だが、い
まの自分にはお前は空き缶ですらないとでも言われているようでい
たたまれない罪悪感の元凶に過ぎなかった。
その音にオレはよけいにムシャクシャして頭を抱えた。
﹁くっそ⋮。﹂
その時のオレは知らなかったから⋮。
人間がこの世界を生きていくのに必要不可欠なぬくもりを持ってい
る生き物だということを⋮。
それなのにオレは生きている事すら虚ろで、挙句の果てには自殺未
遂まで犯した。
6
そんなオレは信じてすらいなかった神の言葉によって救われたんだ。
あの日の夢︱︱。
神は夢の中にいた。オレのたっているその場所はとても明るいのに、
神の姿は深い霧に覆われていてよく見えない。人の形をしているの
かもオレの想像も出来ない異形の姿をとっているのかも確認できな
い。ただわかるのはその神がとても幼い少女だということだけ。
その声はなぜかとても懐かしい気持ちでいっぱいになるほど、愛お
しかった。
なぜだ?なぜこんな気持ちになるんだ。
こんな声知らない。こんな想いも⋮でも。
神はこう言った。
﹃百年に一度の夜会に招待しよう。あの人の⋮変わり。﹄
それっきり、オレは再び深い眠りについた。
神の存在すら半信半疑だったが生きることに退屈していたオレは指
定された場所へと行った。指定された場所は、小さな神社。もう何
百年も前に社を失った主の無い場所。そこには今にも崩れ落ちそう
なほど古ぼけた黒い扉が一つあるだけ。恐る恐る扉を開くと中はま
るで扉の色と変わらないぐらい真っ暗な回路だった。
どこまでも続く道。
神が、その扉が⋮僕に、生きる理由を与えてくれた。
本来なら、こんな意味の解からない話を黙って受け入れられる奴は
そうそういないだろう。
いきなり現実になるかも分からない夢の中の不安定な神の言葉を信
じる者なんてそうはいない。
だけどオレはそこで彼女に出会って初めて人間の温もりをしったの
だ。暖かい、まるで人のような感覚を知った。いや、知ることが出
来た。十六年間知ることが出来ずにいたのに、彼女はたった一晩で
オレにそれを教えてくれた。
今日、彼女に会える。
百年前とは何一つ変わらない自分の外見。きっと彼女も変わっては
7
いないのだろう。
なんせあの日からオレ達の寿命は二千年も与えられた。普通のひと
よりも成長が遅い。でもこの可笑しな現象に周りの人間は誰も気付
かない。神の力かなんなのか⋮。
神⋮よく神話なので語られる幻想の中の幻の存在。でもオレは信じ
ている。神は存在する。でなければ、こんな奇跡は起こりえないか
らだ。そう、こんな奇跡的な出会いはありえなかった。
﹁百年か⋮。﹂
8
誰かの幸せを願うこと
織姫と彦星の話を知っているだろうか。
天の川に阻まれ、年に一度しか会えないという、世間で言えば可愛
そうな物語だ。
でもオレはその話を可愛そうだと思ったことは一度も無い。
触れられるのは年に一度だが、いつでも互いの姿を見ることができ、
無条件で逢うことが出来る彼らを羨ましいとさえ思う。
だってオレは一年どころか⋮百年に一度しか彼女に会うことはおろ
か、姿をみる事すら出来ないのだから。
漆黒の髪を揺らしながら、長く暗い回廊を迷うことなく右へ左へと
進んでいく。
十分ほど進むとやがて初めの小さな古ぼけた扉ではなく、今度は黒
く古い大きな扉の前に辿りついた。
再び黒の扉を開け中に入ると、そこには不思議な空間が広がってい
る。二十畳ほどもある広い部屋の四隅には怪しげな灯篭が真っ赤な
火を灯していて、部屋のちょうど真ん中の床には魔法陣のような不
気味な陣が描かれている。
部屋の明りはまるで四隅に置かれた灯篭の火だけかとういぐらい薄
暗いのに、うえを見上げれば、なんと紫に染まった美しい空が見え
る。
空だけがそこから見える唯一の自然だ。
扉を開いた自分に気付いたのか暫くすると、百年前となんら変わり
ない、聞きなれた細く綺麗な彼女の声がした。
﹁遼介!﹂
オレ、遼介は彼女の、澪架の声が好きだった。いつ聴いても心が癒
される。温かいモノで満たされる。そんな感じがするのだ。たった
一言に声を聞いただけなのに⋮。それほどまでに遼介の中の澪架の
9
存在は大きいのだ。
部屋の中にいたのは女が二人に男が一人の計三人。
彼女の髪は遼介とは対照的な⋮赤。
﹁やぁ、澪架。百年ぶり。﹂
真紅の髪をキレイに靡かせる澪架はそんな風に気軽な挨拶をした遼
介をみてため息をついた。今の澪架からは微塵も感じられないが、
これでも初めは澪架はその美しい髪を隠していた。まるで遼介たち
を恐れるような目で三人を睨み、目深に似合わない帽子をかぶって
いた。澪架は今もなにもいわないけどきっとあの髪は澪架にとって
喜ばしいものではないのだろう。いつでもその頬や手に小さな傷を
こさえているのだ。でも澪架がなにも言わないから遼介もなにも聞
かないのだった。
﹁貴方ねぇ⋮。まぁ、いいわ。﹂
久しぶりに会えたというのに⋮遼介は昨日も会ったかのような挨拶
をする。それでも澪架はそんな遼介が好きだった。コンプレックス
だった自分の髪の色を好きになってしまうぐらいに⋮。
澪架は笑っていた。まるでこの瞬間を待ち望んでいたように⋮。そ
の時が永遠であるかのような微笑みだ。それは遼介も変わらない。
﹁二人の世界を作らないでくださいます?﹂
向き合って微笑んでいる二人の間に今度はもう一人の女、真央が割
って入る。
﹁真央!⋮な∼に言ってんのよ。遼介が来るまで真央と由紀で二人
の世界作ってたしゃない。﹂
澪架はそういって真央の頬をつつく。この神託に入れるのは現在は
遼介と澪架、そして由紀と真央の四人だけだ。だから四人の絆はと
ても深い。それでも遼介は澪架と、真央は由紀と恋人だった。口約
束だけの恋人よりも深い絆で繋がったお互い。たとえ何年はなれて
もその想いが揺らぐことはない。
﹁ちょっと。やめてください。﹂
真央は恥ずかしそうに、言った。
10
﹁たまには喧嘩しないで再開できないんですか?﹂
さっきまで部屋の隅に座って三人のやり取りを黙ってみていた由紀
が立ち上がった。由紀の言葉に三人の表情がいっきに固まった。
﹁そうだね。僕らは会うためにここに来たんだから。﹂
遼介はいった。
﹁私達の長い寿命の中の秘密の夜会ですものね。﹂
真央も呟いた。
﹁僕は、あの時、あの場所に生まれてよかったと思ってるよ。だっ
て三人に、澪架に出会えたから。﹂
遼介は言った。その表情からは、何考えているのかすら読みとれな
い。
﹁まぁね。真央と由紀は幼なじみでいつでも会えるけど。私は遼介
とも真央たちとも実在する時間すら違うから⋮現実と完全に切り離
されたここでないと⋮会う事すら出来ないもの。私が元の時代に帰
れば、遼介達は⋮。﹂
澪架が悲しそうに言った。その手は微かに震えている。
﹁僕の時代では澪架はまだ生まれていないし、真央と由紀はもう死
んでいる。僕ら四人が出会えたのは本当に奇跡だよ。これは僕らに
託された神様からのプレゼントだと思っているよ。﹂
四人は頷いて、紫に染まった空を悲しそうに見上げた。あの回廊は
隔離された未知の空間。沢山の時代に続いていて、時間なんてもの
を感じさせない不思議な場だ。髪に選ばれたものだけが入ることの
許された神の神託への唯一の道。だが、一歩回廊から出ればもう、
百年後までは普通の生活に戻る。百年は回廊の人と関わることすら
できない。もちろん由紀と真央のような例外もある。神は本当に気
まぐれで回廊を通る権利を人の子に託すのだ。きっと二千年後には
また別の誰かがここで自分たちのように恋におち、悲しみそして神
に感謝するのだろう。二千とは百が二十、つまり神託に呼ばれた人
間が二千年の寿命のなかでも彼らが会えるのはほんの二十回だけと
いうことだ。そして一回の時間は二四時間。つまり四八〇時間とい
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う短い時間ということになるのだ。
﹁百年は長いね⋮。﹂
澪架が空に向かって呟いた。そんな澪架を遼介は後ろから優しく抱
きしめた。そしてそっと呟く。
﹁澪架⋮好きだよ。﹂
澪架もまた遼介の存在を確かめるように目を閉じて答えた。
﹁知ってる。﹂
だけどその表情は酷く悲しそうだった。
遼介は澪架をさらに強く抱きしめた。そしてそっとキスをする。
﹁澪架にあえて⋮本当によかった。﹂
﹁そんなお別れみたいに言わないで⋮。﹂
澪架は遼介の頬に手を添えた。優しく、そしてまるで遼介の温かさ
を確認しているかのように⋮。すると澪架の頬を一筋の涙が伝う。
その後も一筋、また一筋と涙は止まらない。
﹁なんで⋮なんで同じ時代に逢えなかったの?遼介⋮。好き。大好
きだよ⋮。例え百年逢えなくても。﹂
二人は抱きしめあったまま泣いていた。
由紀と真央も何も言わずに二人を見つめていた。そしてため息をつ
いた。思うのは二人の幸せ⋮。
二人は何も言わない。言えない。
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作り物のような夕空のした
澪架と遼介がどんなに互いを大切に思っているかを知り、それでも
たった一日しか会えない。そんな二人に身分は違えど、大切な人に
いつでも会える自分たちがかけられる言葉など到底なかった。
﹁遼介さん⋮澪架さん⋮。﹂
真央は小さく呟いてきゅっと拳を握った。
﹁ねぇ、由紀⋮。﹂
真央が小さな声で呟くと由紀は同意したように微笑んだ。そしてふ
っと頷いた。
﹁真央の思うようにすればいい。﹂
どうやら考えてることは同じだった様だ。
﹁今日は私たちは帰るわ。﹂
真央が唐突に言った。由紀はそんな真央を抱えるように後ろから抱
きしめている。
﹁あと半日⋮二人でお過ごしなさいな。私たちはいつでも会えるも
の。二人にも幸せに居て欲しい。では。﹂
真央と由紀はその言葉を合図に踵を返した。すぐに反応したのは澪
架だった。
﹁真央!由紀!なんで⋮。﹂
でも澪架の言葉を真央は遮った。
﹁言ったでしょう?お二人に幸せをと⋮。私たちの事は気にせずに
⋮。﹂
そういって二人は扉を開けた。自分達の世界に帰っていくのだ。二
人の話によれば、彼女たちの時代は身分制度のある時代なのだとい
う。しんな時代の姫である真央とただの護衛役である由紀。そんな
二人の恋は認められることなどありはしない。どの時代も姫は親の
決めた相手との結婚を義務就けられているからだ。
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﹁だって二人は⋮。﹂
尚も心配そうに呟く澪架に、今度は由紀が振り返った。
﹁澪架さん。ご心配なさらずに⋮。失礼します。﹂
由紀は少し頭を下げた。
真央と由紀は幼馴染みで身分の違いからココでしか恋人で居られな
いのに⋮。
不気味な部屋には遼介と澪架二人が残された。
﹁澪架⋮大丈夫だよ。あぁ見えても真央は強い。身分なんて関係な
いくらい⋮。﹂
真央は大国の一の姫君だ。それこそ世界を簡単に動かす事のできる
ほどの⋮。
そして由紀は真央の護衛役。
﹁うん。⋮そうだよね。﹂
それから二人はたわいも無い会話をした。この百年、どう過ごした
かやなにを思ったか。でもその間は決して離れることはなかった。
でも別れはすぐにやってくる。
﹁遼介⋮。私は、本当にあなたが好きだわ。他の人なんか目にはい
らないくらい。愛してるから⋮また百年後にあおうね。﹂
﹁あぁ。澪架⋮。﹂
そして目を閉じるとふとこの腕にあったはずの温もりが掻き消えた。
理由は知っている。帰ってきたのだ。
再び目を開けると、大量の光の元に仰向けに倒れていた。
﹁また⋮帰ってきたのか。﹂
もう十回も経験した喪失感。でも決してなれることなどない。澪架
の消えた腕にはまだ、温かい温もりが残っている。仰向けに寝転が
る遼介に近づく足音が聞こえる。
﹁お兄ちゃん!お帰り。﹂
足音の主は遼介の姿を見つけると嬉しそうに微笑んだ。
﹁遼子⋮あぁ。ただいま。﹂
つられて遼介も微笑む。でもその頬からは一筋の涙が⋮。遼介は声
14
も出さずに泣いた。座り込んだまま額に手を当ててまるで涙を隠す
ようにしている。妹の遼子も心配そうに遼介を見つめる。
﹁遼子は⋮ちゃんと好きな人と幸せになれよ。俺みたいに⋮なった
ら駄目だ。大切な人⋮と一緒にいられるのはとてもいいことだから。
﹂
﹁お兄ちゃんさ、優しくなったよね。﹂
遼子は唐突に呟いた。遼介は大きく目を見開いてそして呟いた。
﹁それが人を好きなることで知った僕の生き方だよ。﹂
人間が⋮人間の温かさを知らない頃の僕はただの空き缶だった。で
も、いまは違う。澪架と出会って恋をして、僕は人になった。人に
⋮なれた。
﹁なんで⋮僕達は同じ時に生きられないんだろう。﹂
キレイな夕日の見える丘とか海とか、見せたいものだけはたくさん
あるのに、澪架はここにいない。澪架と一緒に見れるのはあの神託
からみえる作り物のような紫色の夕空だけだ。
15
私は悪魔の様な異色の髪を
澪架は遼介よりも二五百年未来に生きる。オレが真央たちの時代も
常識を知らないように、この時代で当たり前な常識は澪架はもって
いない。澪架のいる未来は地球を、ラテン語で同じと言う意味の﹁
イデム﹂というドームで覆い、人工的な空や木々を作り出している
のだという。だから澪架は本当の空を知らない。空だけじゃない。
海も風も夕立の後に見えるキレイな虹も澪架は知らないままいきて
いる。遼介が当たり前に生きているこの自然豊かな地球を澪架は知
らないのだ。
﹁全然⋮同じじゃないじゃないか⋮。﹂
誰にも聞きとめられないような小さな声で呟いた。
僕はゆっくり立ち上がって心配そうに自分の顔を見ている妹にいっ
た。
﹁遼子⋮家にかえろう。ここにいたら風邪を引いてしまう。﹂
遼子はなにか言いたげな表情をしていたが遼介が気付くことはなか
った。それはすぐに遼子が笑顔で返事をしたからだ。
遼介は悲しそうに話していた。それを訊いていた三人も悲しそうに
俯いたままだ。そのあと澪架は言葉を繋ぐ。
﹁私は、私は初めて遼介たちに会った日に初めて泣いたわ。いまま
で自分を縛っていたモノが消えて堪えていた涙が零れた。そのぐら
い⋮遼介たちに会えてよかった。そう、思ってる。﹂
︱︱ 十六年間、私は彼の存在を知らなかった。
私は彼に会えて自分を縛る言葉から開放された。自分の罪の意識を、
消してくれた。私が愛した、たった一人の少年との出会い。
きっとこの先何年たっても、どんなに年老いても忘れる事は出来な
いのだろう。
生まれてから十六年も待っていたのだから。私のこの呪縛を解き放
16
ってくれる人を︱︱
﹁お前の名前は澪架だ。向坂澪架。キレイな名前だろう。﹂
父は生まれたばかりの私を抱きながら言った。その光景をベッドに
横たわる母が嬉しそうに見ていた。
私が生まれたのは小さな病院だった。父と母は一人目の子供の誕生
にひどく喜んでいた。毎日の様に父はまだ生まれていない私に声を
掛けていたのだと言う。その事が嬉しくて私は幸せだった。でも私
が大きくなるに連れて両親は壊れていった。それは、恐ろしいぐら
い異色の眼と髪に恐れをなした周囲の人間の言葉に耐えられなかっ
たからだった。
﹁あんな色はこの世の色じゃないよ。﹂
﹁悪魔の子供よ。﹂
﹁いーや、神に呪われた証だというじゃないか。﹂
﹁不吉だわ。﹂
﹁あれを産んだ母親が悪魔かもしれないよ。﹂
私が大きくなるたびにその陰口はエスカレートしていった。でも私
は泣いてはいけない。これは両親がこんな私を育ててくれたという
感謝の気持ちからだった。
友達なんて出来なかったし、つくろうとも思えなかった。毎日がつ
らくて、自分を押し殺す生活は窮屈で心は悲鳴を上げていた。
髪を黒くしようとしたこともあった。
でもそんなものは無駄だった。澪架の突然変異の色は何色にも染ま
ることはなかった。
クラスメイトからのリンチ。それを見ているだけの先生。両親を壊
した周囲の大人。澪架に信じられるものは何一つ無かった。
そんな澪架がとった行動は帽子をかぶって髪を隠すこと。長い髪を
小さな帽子に入れる。それでも澪架の中に髪を切るという選択肢は
無かった。
﹁もう、やだよ⋮なんで私生まれたんだろう。私なんか居なければ、
父さんと母さんは壊れなかった。⋮⋮私が、いたから。﹂
17
澪架は自分の机の中からカッターナイフを取り出した。そしてソレ
を自分の左手首に押し当てる。
ヒヤリと冷たい感じがする。これから自分が犯す罪の重さからか、
それとも単なる恐怖心からか澪架の手はがくがくと震えている。ま
るで壊れたような虚ろの目をして、なきながらカッターをもった右
手に力をこめる。
﹁⋮っ⋮もう生きたくない。﹂
皮膚が切れて生暖かい赤が手首をなぞる。髪よりももっともっと色
の濃い、血。
すると不意にだれかに腕を掴まれた。
﹃おまちなさい。﹄
キレイな、でもまだ幼い少女の声が死を決意した澪架の手を止めた。
澪架がその声の主に視線を走らすと、予想どうりまだ小さな少女が
澪架の腕を掴んでいる。そして、悲しそうに澪架を見た。
﹃まだ、この世界から消えるのは早いわ。あなたはまだ知らないの
でしょう。人間が、とても温かいということを。﹄
少女はこの時代のものとは思えないような服を身に纏っていた。赤
い袴に白の着物をしっかりと入れて長い黒髪はサイドの髪を少し残
して緩やかに結わえられている。キレイな⋮清楚で可憐な少女は自
分を神の使いだといった。
﹃私は古き時代より、あなたに言伝を預かって参りました。コレを
信じるかはあなたの自由です。ですが、心にどこか⋮隅でもいい。
あなたにまだほんの少しでも生きたいという想いがあるのなら、八
月八日にここへ。ここは神に選ばれた者のみが入ることを許された
神託。あなたには、そこに入る権利があります。よく考えて下さい。
ただ、一度神託に足を踏み入れたら、二千年という長い時を生きな
ければならないということを、忘れないで下さい。﹄
言い終わると少女はゆっくりと澪架の手を離した。いつの間にか腕
の痛みが消えている。不思議に思い、腕をみると、さっき自分でつ
けたはずに傷がない。
18
﹃あなたが死んだら悲しむものがいます。自分を、大切にしてくだ
さい。神の愛⋮娘。﹄
﹁貴女は⋮?﹂
﹃私は⋮遼子というのよ。﹄
澪架が瞬をした一瞬の間に、さっきまでいた少女は姿を消していた。
だけど、少女の言葉と腕に残った感覚はずっと澪架の中に焼きつい
ていた。
八月八日、澪架は指定された場所に足を運んだ。そこにあるのはと
ても古ぼけた扉。恐る恐る扉に手を掛けた。すると﹁キィィィィ﹂
という不気味な音とともに真っ暗な回廊が現れた。澪架はごくりと
息を飲んだ。そして胸の前でキュッと拳を結んで一歩、足を踏み入
れた。
19
暖かな言葉に眠るもの
忌み嫌われた赤い髪を帽子の中に隠して、ゆっくり、ゆっくりと足
を運ぶ。
十五分もするとまた黒い扉が表れた。
︱︱ 一度神託に足を踏み入れたら、二千年という長い時を生きな
ければいけないと言うことを、忘れないでください。
少女の言葉に扉を開けるのを躊躇した。
澪架には自信が無かった。扉を開ければ、生きることに希望がある
のかも知れない。でも、もしそんなものが無ければ二千年もあの世
界で生きなければいけないのだ。
でもそんな澪架の気持ちは関係無いとでも言う様に、音も立てずに
扉は開いた。
中にいたのは澪架と年のなんら変わりの無い一人の少年。真っ黒な
髪が私の視線を釘付け
にした。あまりにも美しくて瞬きすら出来なくなってしまうほどに
⋮。
﹁だれ?﹂
少年は広い部屋の隅で蹲っていたのだろうか、澪架を確認すると、
おずおずと声を発した。
その声は十六歳前後の外見からは想像もできないぐらいにキレイな
アルトだった。
でもその声で澪架は我に返った。
簡単に心を許してはいけない。
澪架はキッと少年を睨んだ。
この少年も、あいつらみたいにきっと自分の髪の色を見た瞬間に私
を悪魔だと言って罵るに決まっている。だって私の髪の色は存在し
ない色なのだから。
20
﹁だれ?⋮。﹂
少年はまたしても澪架の名を聞こうとする。でも澪架は頑なに答え
ようとはしなかった。再び声を掛けてくるとは思わなかった澪架は
ビクリと肩を震わせた。それでもすぐにまた少年を睨んで傍に来る
ことすら許さなかった。ソレをみて少年は足を止めて少し離れた場
所で澪架の様子を見ている。
﹁声⋮出ないの?⋮⋮そっか、僕は遼介。笹谷遼介。﹂
少年は澪架の沈黙を肯定ととったのか、ひとり納得して自らの名を
名乗った。少年は今まで澪架の出会った人とはなにか違うような気
がした。
ふと澪架の表情が揺らいだ。
澪架がゆっくりと顔をあげた瞬間、澪架の被っていた帽子が落ちた。
異色の長い髪が少年の前に曝される。澪架は急に震え始めた。そし
て必死に帽子を被りなおしてガタガタと震えていた。少年は止まっ
たまま動かない。
﹁キレイ⋮。﹂
少年は呟いた。澪架は予想もしていなかった言葉に顔をあげた。
﹁キレイな⋮夕日の色。﹂
﹁キレイじゃない。こんな色⋮。﹂
澪架は泣きながら訴えた。だってこんな色していなければ、両親は
壊れなかったし友だちだってたくさんいたかも知れない。それにこ
んな色は見たことがないのだ。なのに少年は
キレイだと言う。夕日の色だと⋮。
﹁キレイだよ。夕日の色だ。﹂
﹁夕⋮日?夕日って何?どんな色?﹂
澪架はさっきまでの恐怖心が嘘だったように少年に詰め寄った。
﹁夕日⋮だよ。知らないの?﹂
﹁知らないわ。﹂
﹁夕日は⋮昼から夜になるために沈んでいく瞬間の太陽のことだよ。
﹂
21
澪架は泣いていた。知らなかった。この異質な色をキレイだといっ
てくれる人がいたことも、この色が夕日というモノと同じ色だなん
て⋮。
﹁なにか⋮話をしよう。⋮えっと、﹂
﹁澪架よ。向坂澪架。﹂
澪架が名前を名乗ったことに酷く驚いたようだ。それでも少年、遼
介は微笑んで頷いた。
﹁澪架⋮やっぱりキレイな名前だ。似合ってる。﹂
﹁ありがとう。﹂
微笑む澪架に向き合って、遼介は一番聞きたかった事を口にした。
﹁澪架は⋮どこにすんでいるの?﹂
澪架はきょとんとしたまま遼介を見ている。
﹁どこって、刃頭神宮ってところの横だけど⋮。﹂
﹁じゃぁなんで、夕日を知らないの?﹂
遼介の質問に澪架は言葉を失った。そして俯いて言葉を濁した。
﹁⋮夕日はないわ。⋮地球全体をイデムが覆っているから太陽は沈
まないし、雨だって決まった日に規則正しく降る。そんなの常識よ。
⋮でも遼介の国にはイデムはないって事よね。羨ましい。昔は地球
にそんなモノは存在しなかったし、なくても人間は生きていけたっ
て⋮おっ⋮お母⋮さんが⋮﹂
初めて澪架は笑った。いままでもなにか張り詰めたものが消えてい
る。でも澪架が楽しそうに話していた言葉が濁り始めた。
遼介は澪架の言葉に真剣に目を傾けていた。少しでもいいから澪架
の心にある傷を癒そうと彼なりに考えていたのかもしれない。
﹁澪架⋮。﹂
遼介は黙ってしまった私を悲しそうに見つめていた。﹁なにかいわ
なくちゃ。﹂そう思うたびに心には幼い頃からずっと投げかけられ
てきた言葉が脳裏を過ぎり、澪架を硬直させてしまう。
重い沈黙。遼介が自分の言葉を待っているのがわかる。でも︱︱
22
淡い着物の胸の内
キィィィィ。
また扉が開く重い音が部屋中に響き渡った。息を呑んで二人は扉を
見た。そこにいた二人人物を見て二人は目を丸くした。
そして同時に呟いた。
﹁きっ着物⋮!﹂
私と遼介の世界では常時が違う。でもいま入ってきたこの二人はき
っともっと違う。だって私の世界にはこんな着物をきた人は存在し
ない。いるとしたらどっかのテーマパークだ。
そしてその傍らで澪架たちを警戒している男の右手は腰に背負った
大きな刀に添えられている。明らかに敵意むき出しだ。
遼介は澪架を自分の背後に庇った。もちろん相手は刀、武器など持
ち合わせてはいない自分に勝ち目などないことは百も承知だ。
﹁貴様ら誰だ!﹂
美しい着物に身を包んだ女の人は男の背後に庇われるようにしなが
らもじっとこちら見ている。そしてふと視線を男に向けた。
﹁由紀⋮大丈夫みたい。﹂
その女に人の声で男はやっと戦闘態勢を解いた。遼介の緊張の糸が
切れたのかその場にへなへなと座り込んだ。
﹁遼介!﹂
澪架はすぐに遼介の顔を覗き込んだ。
﹁すみませんでした。どんな方かわからなかったものですから。本
当にすみません。﹂
さっきは驚きのあまり女の人の姿をきちんと見れなかった。今落ち
着いてみると、とても上品な立ち振る舞いや着物は一流貴族の様だ。
女の髪は澪架の真紅の髪とは違う漆黒の綺麗な色をしていた。そし
て次に先ほどの剣を持った男をみた。男からはさきほどの背中を指
23
すような殺気を感じない。本当にもう大丈夫なようだ。
﹁貴方達は⋮どこからきたのですか?﹂
澪架は恐る恐る口を開いた。
﹁私たちは都から参りました。真央といいます。こちらが由紀。私
の⋮信頼できる友です。﹂
女、真央がこちらと言って指しているのはさっきの剣の男。澪架と
遼介は由紀とよばれたに男に視線を走らせた。するとふと違和感を
覚えた。なぜなら真央が美しい着物を纏っているのに対し、由紀の
服装は随分とお粗末なのである。
﹁澪架です。﹂
﹁遼介です。﹂
貴族の友というのならば、それなりの上流社会の人間ではないのだ
ろうかと二人は思った。その疑問に気付いたのは由紀だった。
﹁私は姫の⋮真央の護衛の者です。友などでは⋮ありません。﹂
その言葉に真央は悲しそうに俯いた。
﹁お二人とも⋮もしよろしかったら真央の友人になってあげてくだ
さい。﹂
私たちはすぐに仲良くなった。真央もとても明るくて大好きだ。で
も、由紀はいつも私たちにも一線置いている。
ただ、ふと気付くと真央を悲しそうに見つめていて、私たちは由紀
の気持ちに気が付いた。
﹁ねぇ、真央の住んでいた所の話を聞かせて?﹂
澪架の提案だった。そのなかに、由紀の悲しげな表情を和らぐこと
の出来るモノがあるかもしれないと思ったからだった。
真央は心よく話してくれた。
︱︱あまり⋮面白いことはないわよ?と少し苦笑まじりで⋮。
24
無意識な優しさに救われて
由紀と初めて会ったのはまだ真央が五歳のときだった。
︱︱約束よ。
真央は十年間もの間、その約束を忘れたことはなかった。
﹁姫⋮どうしました?﹂
あの頃よりも随分と成長した由紀は自分の隣りで俯いたまま動かな
い真央を見た。あの頃は自分の方が大きかったのに、由紀はいつの
間にか真央の身長を遥に越していた。あの頃より沢山のことが変わ
ってしまった。外見、立場、由紀の態度。変わらないのはこの気持
ちだけだ。
﹁私は姫ではありません。真央です。由紀⋮姫なんて呼ばないで。﹂
私はあの時から由紀を他の護衛の者と同じに見たことなどなかった。
いつでも自分のそばにいて、優しく守ってくれる由紀を一人の男性
として想っていた。
でも国一つ動かしてしまえるほどの権力をもった帝の娘。由紀に想
いをよせることがばれたら由紀がどうなるかぐらいわかっていた。
それでも⋮。
﹁真央よ。由紀⋮だれも居ないんだから姫なんて呼ばないで。﹂
﹁ですが⋮⋮わかりました。すみません。真央。﹂
由紀は辺りに人の気配がないことを確認してから真央の名前を呼ん
だ。言葉が敬語なのが少し不満だったが、由紀の立場上これ以上は
望めない。
﹁ありがとう。﹂
悲しそうに微笑んだ真央に由紀は心配そうに訪ねた。
﹁どうしかしたのですか?﹂
真央は由紀の優しい静かな言葉にきゅっと唇を結んでゆっくりと口
を開いた。
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﹁⋮大きくなるにつれて沢山のコトが変わってしまった。だけど、
なにか変わらないモノがあるって思いたかった。それだけなの。時
がたてばたつほど、私の名前は薄れていってしまうのよ。真央じゃ
なくて、暁の一の姫として皆の記憶に残るの。それがほんの少し寂
しかっただけ。﹂
由紀がなにか言おうと口を開きかけた時襖の向こうでカタンという
音がした。隣りの部屋にだけかが来たのだ。そうなれば由紀は真央
のコトを名前では呼べない。
﹁暁の姫よ。ワタシは姫の幼少の頃に誓った約束を違えたりはしま
せん。それだけは忘れないで下さい。さぁ、もう遅い。横になって
ください。お風邪を召されたら大変です。﹂
由紀に手を引かれて真央は床へと向かった。そして由紀だけに聞こ
えるように呟く。
﹁ありがとう。﹂
そういって真央はゆっくりと瞼を閉じた。
﹁暁の一の姫。救ってあげましょうか?﹂
﹁だれ?⋮由紀?いないの?﹂
真央はゆっくりと辺りを見回した。真っ暗な空間。いつも真央を守
っていてくれる由紀も居ない。恐怖で足がすくんだ。
﹁彼が好きなんでしょう?叶わぬ恋が苦しいのでしょう?﹂
その声が合図となったように美しい少女が姿を現した。
﹁あなたは?﹂
真央はその幼い姿に恐怖心を忘れ真央は訪ねた。
﹁ワタシは⋮遼子と申します。さぁ、一の姫。あまり時間がありま
せん。あなたの言葉を必要としている人がいます。そしてあなたの
必要とする人が待っています。葉月の満月の夜、神託へきなさい。
貴女が貴女であなたでいられる場所です。その身に導かれるままに
⋮。﹂
それだけを言い残して、少女は姿をけした。
それが二人がココにきたときの様子だという。
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﹁そっか⋮。真央は本当にお姫様だったんだね。ねぇ真央?ちょっ
と二人で話さない?﹂
﹁え?⋮いいわ。﹂
真央と澪架は部屋の隅へと移動した。
由紀に会話を聞き取られないためだ。
﹁ねぇ⋮真央は由紀⋮君が好きなんでしょ?﹂
﹁⋮えぇ。昔、まだ幼くて立場とかそういうのが理解できていなか
ったことに、由紀と約束をしたの。ずっと⋮傍で守ってくれるって
⋮。﹂
︱︱姫っ!暁の姫!初めまして。ボクは由紀っていいます。今日か
ら姫の話相手になります。だから⋮姫?
由紀は不機嫌そうに俯く姫の顔を覗き込んだ。
︱︱姫じゃないわ。私には、真央という名前があるんだから、真央
でいいよ。﹁暁の姫﹂なら沢山いる。だから、ねっ﹁真央﹂。真央
は一人だもの。わかった?
そう、暁の姫とは暁の帝の娘のコトをまとめて示す。つまり真央も
真央の妹のみな暁の姫なのだ。
︱︱うん。いまはまだお話しかしてあげられないけど、いつか、い
つかもっと強くなったら、ボクが真央を守ってあげるから。
︱︱ずっと?
︱︱うんっ。
﹁本当に嬉しかった。今までだれも、誰も私を真央とは呼んでくれ
なったから。﹂
由紀一人だけだったけど、本当に嬉しかった。
由紀が居なかったら、きっと私は私で居られなかった。
﹁由紀には本当に感謝してる。﹂
澪架はそう言って涙を流す真央をそと抱き寄せて、﹁そうだね﹂と
言った。
﹁私ね⋮人が信じられなかったの。私のいた時代に夕日なんてなく
って、この髪の色は異色とされて、悪魔の子だっていわれ続けた。
27
両親は優しかったけど、近所の陰口に耐え切れずに壊れちゃった。
それで生きているのも耐えられなくって⋮自殺、しようとした。﹂
澪架の手はかたく握り絞められていて、微かに震えている。真央は
心配そうに澪架の手にそっと自分のそれを重ねた。
﹁でも、でもね。遼介がこの髪を綺麗だって言ってくれたの。それ
で⋮生きようっておもえた。助けられてばっかりなの。﹂
﹁うん。そうだね。私たち⋮助けられてばっかりだ。﹂
﹁真央!﹂
﹁澪架!﹂
二人で微笑むと由紀と遼介も話しが終わったらしく二人を呼んだ。
四人が一箇所に集まるとふいに天井のすき間から見える紫色の空が
輝いた。そしてどこからか聞き覚えのある声がした。
﹁四人の子供達⋮別れのときが来ました。お帰りなさい。百年後の
葉月の日まで⋮。﹂
するとさっきまでの空の光が部屋中が光り輝いて四人を包んだ。
﹁懐かしいですわね。あれからもう、二千年もたったなんて⋮信じ
られないくらい。﹂
真央は由紀に寄り添って微笑んだ。
﹁そうだね⋮。﹂
あの時はまさか自分がこうして同じ場所に居られるなんておもわな
かった。
﹁私は、あの時のコトがずっと忘れられない⋮。﹂
﹁きっと一番寂しかったのは、彼女ですよね。﹂
真央は澪架に向き直った。
﹁あの方は自分が人間の温かさを知っていながら、共に生きる事が
出来なかった。だから同じ思いを私たちにさせたくなかったのでし
ょう。それ以前に私たちにあのまま生きてほしくなかったのよね。﹂
﹁そうだな。人間なんかよりよっぽど優しくて温かい⋮。﹂
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わがままだと呟く先の
﹁もう、会えないんだね。﹂
澪架は三人の顔を順番に見た。
三人は止まったまま何も言わなかった。遼介は澪架をそっと抱きし
めた。
﹁遼⋮介⋮うっ。⋮ひっく⋮。あれ⋮どうして⋮。泣かないって⋮
決めてた、のに。やだ⋮な。また⋮逢いたいよ⋮。たくさん話して、
もっともっと⋮いろんなことしたい。⋮いろんなとこに⋮行きたい。
⋮遼介が見てきたものとか⋮真央たちの見てきたものとか⋮まだ⋮
何にも知らないのに⋮別れなんて⋮。﹂
遼介に抱きしめられている澪架の頬に真央と由紀がそっと手を触れ
る。
﹁澪架さん。泣かないでください。でも⋮私も、本当はもっと一緒
にいたいです。暁の姫としてではなくて唯一、真央という存在でい
られるこの場所に⋮。どこよりも温かいあなた達と出会えたこの場
所に⋮そして由紀のコトを好きでいられるこの場所を⋮離れたくは
ありません。だけど⋮ここは、私たちのいるべき場所ではない。そ
れはわかっています。﹂
﹁僕たちは本来ならありえない出会いをした。前は自分の人生すら
も投げやりで、なのにあの人は⋮神は僕達に救いの手を⋮差し伸べ
てくださった。澪架にあえて、人を愛することの意味をはじめて知
ったよ。これ⋮は誰にも負けない、僕の誇りだ。だから泣かないで。
澪架に泣かれると弱いんだ。﹂
澪架はぼろぼろと零れる涙を必死に拭った。もうその姿を見る事な
ど出来なくなる。だから忘れないようにこの目でしっかりと見てお
きたい。なのに⋮涙が邪魔をする。
遼介は自分が夕焼けの色だと言ったときの澪架の表情を思い出した。
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﹁澪架⋮目を閉じてごらん。﹂
遼介の言葉に習い澪架はそっと目を閉じた。
﹁澪架は一人じゃないよ。ボクも、真央も由紀も、みんな澪架を忘
れない。だって目を閉じれば澪架を見つめてる。﹂
﹁本当。みんなわらってる。⋮でももうお別れなんだね。⋮ずっと
夕日が見たかった。イデムの外にでて、他愛の無い会話をして、遼
介と普通に恋がしたかった。ずっと、ずっと⋮好きでいたい。傍に
いたい。﹂
澪架はまた一筋の涙を流した。今度は本当に少しの綺麗な涙だった。
﹃その願い。叶えましょう。﹄
どこからか聞き覚えのある幼く高い声が四人の耳に届いた。四人は
辺りを見回したが、その人物の姿はドコにもいない。
﹁葉月様。どこにいるのですか?﹂
真央は声を上げて叫んだ。するとスッと目の前に光が現れた。その
中心には真央や澪架よりも小さな少女のシルエット。
その姿をみて叫んだのは遼介だった。
﹁遼子!﹂
そこに現れたのは遼介の妹、遼子だった。
﹁遼子⋮なんでここに⋮。﹂
﹃私が神だからです。本来なら天命で消えるはずだったこの体を私
がお借りしました。あなたたちの行く末を見届けるためと⋮遼介様
のお側にいるために⋮。﹄
遼子はゆっくりとそして愛しそうに遼介見つめた。そして瞳を閉じ
た。
﹁なんでボクなんですか?由紀でもよかったはずだ。傍にいるなら、
由紀や真央や澪架でもよかったのではないですか?﹂
﹃それはアナタがあの人の生まれ変わりだから。人間は神と約束を
交わしてはいけないのです。でも、それを知りながらもあの方は約
束をしてくださった。孤独に生きる私の手をとって、決して忘れな
いと⋮。私が呼びかければ必ず答えてくださると。そばに居てくだ
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さると⋮叶えられないことも知っていながら⋮それが嬉しかった。
あの方の魂が孤独なまま死んで行くのを見たくはなかった。だから
ここにあなた方を呼びました。﹄
そう言って遼介を見て、澪架をみて、真央と由紀を見た。真央と澪
架は泣いていた。遼子はそれをみて天使の様に優しく微笑んだ。
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永遠に続く孤独な名
﹃泣かないで下さい。アナタの願いを叶えて差しあげます。私の個
人的感情のせいで傷つけてしまった四人の子供たち⋮。その内に秘
めた願いを言いなさい。﹄
遼介が言った。
﹁いつでも皆に会いたい。﹂
続いて澪架。
﹁遼介やみんなの見てきたものに触れたい。﹂
そして真央。
﹁姫としてではない。一人の人間としての人生を経験したい。﹂
最後に由紀が⋮。
﹁みんなが幸せになれる未来を⋮。﹂
その時、部屋中に眩い光が溢れ、四人はとっさに目を閉じた。再び
目を開けたときは美しい空や緑の中にいた。近くには白い大きな家
が建っていて甘い匂いが鼻を付く。真央も由紀も澪架も目を見張っ
た。ただ、遼介だけは固まったままだ。
﹁遼介⋮ここ知ってるの?﹂
澪架は硬直したまま動かない遼介が心配になって顔を覗き込む。澪
架の顔を確認したとたん、遼介の頬を涙が伝った。
﹁ここは⋮ボクの家だよ。﹂
遼介が呟くと家の扉がキィィィと音をたてて開いた。でてきたのは
さっきまで目の前にいたはずの遼子だ。
﹁ここは真央様たちの時代にも、澪架様の時代にも通じている中継
点です。三人とも⋮いつでもココに来て下さい。それがアナタ方の
願いですから⋮。﹂
﹁あなたの本当の名前は?﹂
遼介は遼子の姿をした神にたずねた。
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﹁私は⋮葉月というのですよ。﹂
そう、あの心優しい神は四人にいつでもあえるという奇跡を起こし
てくれた。
遼介と澪架の願いを叶えた自由に行き来できる扉。
それによって、真央と由紀の願いも叶えられた。
これからも俺達は自分の人生を生きる。
神がくれた奇跡の出会いを無碍にしないために⋮。
そして何より、自分自身のために⋮。
33
エピローグ
山道を歩いていたはずだった。
男は真っ白な空間で一人首を傾げた。自分は真夏の山道を歩いてい
るはずだったのだ。それがいま、まるで雪山の様に真っ白で先も解
らぬ場所にいるのだ。
﹁ここはどこだ?﹂
あたり一面の白。
歩いても歩いても果ては見つからない。
男は一人思案した。
自分と共にいた仲間は無事だろうか⋮家に残してきた兄弟は⋮。
自分の身の心配よりも家に残してきた家族を心配していた。
﹁⋮人の子よ。人里にお戻りなさい。今ならまだ⋮﹂
突如聞こえた綺麗で、まだどこか幼さを感じさせるその声は男の耳
ではなく頭に直接響いているようだ。
その声の主は人ではないなにか人外のモノだとでもいうような事を
いう。
男は首を傾げてその声の主に問うた。
﹁あなたの名は?﹂
それはその主を大層驚かしてしまったらしい。微かに感嘆する気配
がする。
﹁あなたは⋮わたしが何者かを⋮訪ねないのですね⋮﹂
女の声はとても悲しそうな口調でそういう。
男は微かに微笑み口を開いた。
﹁わたしは差別を受けて生きてきました。だから誰かを差別して生
きたくは無いのです。ですからあなたの名が知りたいのです﹂
微かに応じる気配がする。
﹁⋮それは出来ぬのです。神は⋮沢山の定めの元に生きております。
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名は定めに縛られた神にとって最も大切な自分自身を証明する証⋮
名乗る事は出来ません﹂
そういって男の目の前に少女の様な声とは似つかない美しい女が現
れた。
﹁では⋮葉月と呼びましょう。あなたと会うことの出来た月の名で
す。あなたの姿のように美しい月です。﹂
女は男の差し出した手を握り返す事はしなかった。
﹁人は⋮すぐに、死んでしまう。私を残して⋮⋮﹂
﹁私は貴女の傍にいます。だから悲しまないでください﹂
男は今度は小指を差し出した。
﹁そんな事をしたら、貴方は死んでしまわれます﹂
それでも男は手を引っ込めず女の動くのを待っていた。微笑んで⋮⋮
女はおずおずと手を伸ばし小指を絡めた。
﹁約束⋮⋮ですよ﹂
﹁えぇ﹂
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n3783a/
∼葉月∼
2017年2月3日07時48分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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