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スペインで危ない目に遭った話 竹村文彦
スペインで危ない目に遭った話 竹村文彦 僕が初めてスペインに留学していたときのことだから、もうずいぶん昔の話だ。当時はマドリードに住んでいた のだが、一週間ほどバルセロナに旅行をし、夜行列車で帰ってきた朝のこと。借りていた部屋まで無事に帰り着い てベッドに腰を下ろし、ほっと一息。旅先で買った絵はがきがまた見たくなり、ショルダーバッグのチャックを開 けて仰天した。バッグの中がやけに明るくて、自分のはいているズボンの一部がそこに見えている。旅の疲れで頭 がぼんやりしていて、知らないうちにこんなところに足をつっこんでしまったのか。真剣にそう考えた僕は、その 足をどけてみた。するとバッグの中の光景は、今度は部屋の床に変わった。何が 起きているのか見当もつかず、あわててバッグを調べてみると、横の脇の部分が 刃物のようなものでばっさり切られ、その穴を通して向こうがよく見える。 僕は自分の記憶をたどり直してみた。そうだ、マドリードに着いた駅で喫茶店 (バール)に入り、カウンターでコーヒーを飲んだ。ショルダーバッグは、カウン ターの下の棚に置いておいた。店はかなり混んでいて、初めは立って飲んでいた のだが、そのうちにすぐ隣の椅子が空いたのでそれに腰をかけ、ショルダーバッ グは少しお留守になった。僕が立っていたあたりに口ひげを生やしたサラリーマン風の男がやって来て、コーヒー を飲んでいた……。 幸いショルダーバッグにはろくなものが入っておらず、大した被害はなかった。窃盗を働いた男こそ、骨折り損の くたびれもうけで口惜しい思いをしたことだろう。 もうひとつ、今度は数年前にマドリードに降り立った直後の話。バラハス空港から市街地に入った僕は、その晩 泊まるホテルを目指して目抜き通りのグラン・ビアをよたよた歩いていた。右手でスーツケースをころがし、左肩 に大型のショルダーバッグ、首には日本で購入したばかりの一眼レフという重装備である。と、足元に何かが飛んで きて、チャリンと音を立てた。見ると、二枚の硬貨だ。同時に、そこにごつい手が二本伸びてきて、硬貨を拾うそ ぶりで僕のズボンのすそを鷲づかみにし、力まかせに上に引っぱり上げた。両手が荷物でふさがっていた僕はなす すべもなくぶっ飛んで、頭からみごとに着地した。全身の痛みに耐えながらかろうじて見上げると、目のすわった 色黒の若い男がこちらを睨みつけている。地面にへばりついたままのぶざまな格好で「何するんだ!」と意気ごむ と、敵はくるりと向きを変え、悠然と歩み去った。東洋の「おのぼりさん」をひっくり返すのが唯一の目的だった のか、牛にとどめを刺した後の闘牛士のような勝ち誇った足取りだった。 日本では考えられないような事態に、異国ではしばしば遭遇する。上に書いた僕の体験など、最もましな部類に 1 属するだろう。皆さんも、旅行や留学のさいはくれぐれも注意してください。