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法学部 (PDF形式)

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法学部 (PDF形式)
(平 24 法後)
小 論 文
・問題は!∼20ページである。
・下書き用紙は中に"枚入っている。
注意 解答は答案用紙に横書きで記入しなさい。
小論文
250点
◇M12
(787―138)
問題 1989年以降の日本の国会では,第一院である衆議院と第二院である参議院と
で多数派が異なる事態がしばしば発生し,参議院が衆議院の決定とは異なる決定
をする事態,政府与党が参議院の反対で法案を成立させることのできない事態,
参議院での過半数を確保するために連立政権を形成する事態などに直面した。そ
の結果,あらためて二院制の意義や参議院の在り方が問われ,同時に,両院間で
の合意形成の方法を見出すことが,現代の日本の政治が抱える重要な課題の一つ
となっている。
以下の資料
【!】
から
【#】
を読み,これらのすべての資料に基づき,そこで示さ
れている戦後の二院制に期待された役割,日本の二院制の実態とそれをめぐる評
価,そうした実態をもたらした要因を,1000字以内でまとめよ。解答を作成す
るうえで,どの資料によったかを資料番号で明示せよ。資料番号は,
【 】
も含め
!マスで示せばよいものとする。
なお,使用した資料に付記してあった注や表,参考文献などは一部省略し,必
要と思われる箇所には注の付記,表記の変更を行った。
【!】 日本国憲法は二院制を採用している。憲法の下で,一方の院である参議院の
権限はもう一方の院である衆議院のそれよりも限られたものとなっている。こ
の参議院が政治過程に及ぼす影響力については"つの見方が対立している。
!つは参議院に大きな影響力があるとする
「強い参議院」
論である。もう!つは
(注!)
参議院に影響力を認めない
「カーボンコピー」
論である。
とくに,カーボンコピー論はこれまで,参議院に対する有力な見方であっ
た。カーボンコピー論とは,参議院が法案の修正をしたり,法案の成立を拒ん
だりすることが少なく
「衆議院で採決された法案はそのまま参議院を通るもの」
と期待できるので,参議院は政治過程で独自の影響力を発揮していないという
見方である。
この背景には,1956年12月から1989年$月まで自民党が衆参両院で過半
数議席を獲得していたことがあった。この時代,参議院での法案審議過程に注
目する限り,自民党内閣が法案を成立させることに苦しむことはそれほどな
かったのである。ところが,1989年$月の参議院議員選挙で自民党が大敗し
― 1 ―
◇M12
(787―139)
て以降,国会はたびたび
「ねじれ」
ないこと
与党が参議院で過半数議席を確保してい
の状態になる。
「ねじれ」
国会の下で,内閣はしばしば法案成立に
悩まされることになる。
こうして参議院の影響力が注目されるようになり,新聞論調などで参議院は
「強すぎる」
,あるいは参議院は
「政局の府」
であるという指摘もなされるように
なる。これと軌を一にして,研究者の間でも参議院への関心が高まり,一部の
研究者は,参議院が政治過程に大きな影響力を及ぼすことにあらためて注目す
る。参議院の影響力を強調する研究
強い参議院論
はまず参議院が重要
法案の審議過程で大きな影響力を行使したことに注目する。例えば,1994年
!月に参議院は細川内閣の最重要法案である政治改革関連法案をいったん否決
した。2005年8月には小泉内閣の最重要法案である郵政民営化関連法案を否
決している。さらに,2007年9月に成立した福田内閣が参議院で民主党を中
心とする野党が過半数議席を有しているために新テロ対策特別措置法案や揮発
油税等の暫定税率を維持するための税制改正関連法案を成立させるのに苦しん
だことは記憶に新しい。
強い参議院論が強調するのは,日本国憲法の下で参議院が持っている権限が
大きいということである。その権限について簡単に触れておこう。日本国憲法
の下で参議院は首相の指名や予算審議,条約承認に関してはそれほど大きな権
限を行使することはできない。これらについては衆議院の議決が参議院の議決
に優先するからである。
しかしなにより,法案審議に関しては参議院は衆議院とほぼ同等の権限を
持っている。日本国憲法の下では,法案を成立させるためには衆議院と参議院
の両院で可決させる必要がある。参議院と衆議院の議決が異なった場合にはど
うなるか。その場合,衆議院で再可決できれば,法案を成立させることはでき
る。しかしながら,再可決のためには衆議院の出席議員の#分の"以上の賛成
が必要であり,与党がそれだけの議席を衆議院で確保することは難しい。ま
た,実際に与党がそれだけの議席を確保している場合でも,再議決を行うため
には,長い時間を要することが多く,これが政策を実現する上で大きな障害と
なる。
一連の研究では,このように大きな権限を持つ参議院の影響力は法案審議過
― 2 ―
◇M12
(787―140)
程にとどまらず政権のあり方にまで及ぶことが強調される。日本国憲法は,衆
議院で多数を獲得した勢力が内閣を組織することを想定している。ところが,
1999年10月からは参議院で過半数議席を獲得することを目的として,連立内
閣が成立する。自民・自由・公明連立内閣である。この連立内閣は形を変えな
がらも2009年9月まで続く。2007年7月の参議院選挙で自民・公明両党が敗
北し,両党の議席を合わせても,参議院で過半数に満たなくなったものの,連
立が長年にわたって維持された最大の理由は参議院における与党議席が過半数
になるようにすることにあった。
しかし,近年の参議院に関する研究でもカーボンコピー論は依然として有力
である。
(中略)
こうした研究も参議院が強い権限を持っていることは認める。
しかし,それでも参議院は独自の影響力を発揮することはあまりなかったと論
じる。
独自の影響力を発揮することがあまりなかったのは,近年でも参議院が法案
審議過程で修正や否決をすることは稀であり,参議院は衆議院と同じような審
議を繰り返すためであるとカーボンコピー論は説明する。また,研究のなかに
は,戦後日本における法案審議全体を対象として計量分析(注")を行って,衆
議院と参議院の法案審議のあり方に違いはほとんどないと結論づけ,定量的に
カーボンコピー論を裏づけようとしたものもある。その上で,この研究は
「二
院制は不必要である」
と結論づけている。
カーボンコピー論によれば,衆参両院で法案審議過程が異なることがあまり
ない主な原因は"つある。!つには,内閣が
「参議院の多数派工作を優先し,
事前に野党側の提案を取り込んで」
法案を国会に提出することが多かったから
である。もう!つには,参議院で与党勢力を過半数にすることを目的とする連
立内閣が長い間続いたからである。
はるかた
(出典 竹中治堅
『参議院とは何か1947∼2010』
中央公論新社,2010年)
(注!) "枚の紙の間にはさむことで,上の紙に書いた内容を下の紙に転写
できるカーボン紙を用いてコピーすること。
(注") 数量データによって対象となる現象を分析すること。定量も計量と
実質的には同義である。
― 3 ―
◇M12
(787―141)
【"】 日本の国会が二院制を採用していること,そして,国会に衆議院と参議院と
いう"つの議院が存在していることは小学生でも知っている。しかし,立法府
全体のなかで第二院,つまり参議院がどのような役割を果たしているのかとな
ると,明確なイメージはつかみにくい。日本の国会ばかりでなく,デモクラ
シーの歴史の長い国々は二院制の議会をもつところが多いが,なぜ,議会の内
部に同じような議院を"つも作る必要があるのだろうか。
イギリス議会の第二院
(上院)
がいまだに貴族を主体として構成される貴族院
であるのをみてもわかるように,第二院の本来の姿は,国民代表である第一院
(下院)
の暴走を食い止めること,いいかえれば下院だけの意思によって政策決
定が行なわれるのを防ぐことを目的に設置された,あまり民主的とはいえない
機関であった。日本の帝国議会も,貴族院と衆議院の二院から構成され,貴族
はんぺい
(注!)
院には
「皇室の藩$」
としての役割が期待されていた。
しかし,現在の参議院は貴族院の伝統を引き継ぐものではなく,まったく新
しい戦後生まれの機関である。1946
(昭和21)
年"月#日に GHQ が日本政府に
提出した憲法草案
(マッカーサー草案)
では一院制の議会が想定されていたが,
これに対して日本側が二院制の長所を強く主張した結果,公選制の議会とする
ことを条件に二院制の採用を認められ,参議院の誕生となったのである。
では,公選制の第二院にはどのような役割が期待されているのだろうか。連
邦制国家においては,ドイツの連邦参議院の存在に典型的にあらわれているよ
うに,各州の代表機関として第二院を設置することに意味を見いだせる。アメ
リカの上院も各州の代表によって構成される機関であり,下院議員の定数が各
州に人口比例で配分されているのに対して,上院議員は各州から"名ずつ選出
されている。だが,日本のような単一国家の場合,第二院の存在意義を合理的
に説明するのはそれほど容易ではない。
二院制の長所は,!"つの議院で審議過程を繰り返すことにより,議事の慎
重を期すこと,"選出基盤の異なる二院を設けて,国民の多元的な意思の反映
をめざすこと,#第二院によって第一院の行き過ぎをおさえることなどにある
と説明され,第二院は
「良識の府」
あるいは
「反省の院」
などとよばれる。しか
し,!に対しては,限られた時間のなかで両院で審議を繰り返すより,一院制
― 4 ―
◇M12
(787―142)
に変更してじっくり審議した方がよいという反論がありうるし,!の選出基盤
の変更については,いっぽうを任命制にでもするのなら別だが,両院の議員と
も直接選挙で選出し,なおかつそれぞれの独自性を確保するのはなかなかむず
かしい。また,"の考え方は,もともと公選制の第一院の活動を抑制する機関
として貴族院型の第二院を置いていた時代に生まれたもので,現代にそのまま
通用するものとはいいがたい。
このように考えると,参議院は,良識の府にふさわしい充実した審議を実施
することによって,つねに自らの存在意義を証明し続けなければならない宿命
を負っているといってもよいだろう。
発足後しばらくの間,参議院では無所属議員を中心に結成された緑風会が最
大会派となって衆議院とは一線を画した審議を行ない,衆議院から送付された
法案に独自の立場から修正を加えることも少なくなかった。しかし,選挙の回
数を重ねるにしたがって,次第に政党色が強まり,党派構成は衆議院とほとん
ど変わらなくなってしまった。55年体制のもとでは,衆参両院で自民党が過
半数を占めたため,両院の意見が対立する場面もなくなり,両院協議会は
1953
(昭和28)
年の第17回国会以降,1989
(平成元)
年の第116回国会まで36
年もの間,!度も開かれなかった。独自性の発揮が困難になった参議院は,衆
議院の
「カーボンコピー」
に過ぎないのではないかと批判されるようになってし
まった。
衆議院の
「カーボンコピー」
という言葉からは,衆議院の言うなりになる,権
限の弱い参議院というイメージが浮かぶ。しかし,参議院の権限は本当に弱い
といえるのか。参議院の存在感を示すには,権限の強化が必要なのだろうか。
結論から先にいうと,参議院の権限はかなり強力である。憲法は法律案,予
算および条約の議決について衆議院の優越を認めており,とくに予算と条約に
関しては,両院の意見が一致しないときに衆議院の議決を国会の議決とするこ
とが規定されている
(60条,61条)
。しかし,法律案の場合には,あくまで両
議院で議決して法律となるのが原則で,例外的に,衆議院で出席議員の#分の
"以上で再議決したときに限って法律と認められるのである
(59条)
。出席議
員の#分の"というのは簡単に乗り越えられる数字ではなく,現実の国会にお
― 5 ―
◇M12
(787―143)
ける各政党の勢力を考えてみると,与野党の意見が対立している法案について
衆議院で#分の"の多数の賛成を得られる見込みはゼロに等しい。つまり,衆
議院が参議院に優越していることはたしかなのだが,現実の国会運営において
は,衆議院には参議院の反対を押し切って法案を可決する権限はない,という
ことになる。
1989年以降,参議院で保革逆転状況(注")が生じたにもかかわらず,政府提
出法案の多くは参議院でも多数の賛成を得て可決された。これは,マスメディ
アの報道から受ける印象とは裏腹に,与野党対決法案は全法案の!割程度に過
ぎず,大部分の法案については与野党の態度が一致するためである。
参議院の権限は,諸外国の第二院と比較しても決して弱い方ではない。法案
の議決に関して両院が完全に対等とされているのは,アメリカなど少数の国に
限られる。アメリカ連邦議会では,政府が法案を提出できないこともあって,
重要な政策課題については同じような内容の法案が両院で同時に多数提出さ
れ,それぞれの議院で並行して審議を行なう。最終的に両院の可決法案の内容
を調整するのは両院協議会の役割で,法律の!割程度は両院協議会を経て成立
している。
弱い上院の代表はイギリス議会上院である。イギリスの上院
(貴族院)
は世襲
貴族および一代貴族で構成され
(目下,上院の抜本的改革が議論されている
が,現段階では貴族院としての性格を失ったわけではない)
,民主主義国とし
ては異例の存在だが,その権限は18世紀以降,縮小を続けて現代にいたって
いる。金銭法案
(公費の収支に関わる法案)
は下院先議と決められており,下院
で可決された後,!ヶ月以内に上院が原案どおりに可決しないときは,女王の
裁可を得て法律となる。その他の法案についても,下院が"会期連続して可決
すれば法律となるので,上院の反対は法案成立を引きのばす効果しかもたな
い。
フランスでは両院の権限は原則として対等だが,政府の介入によって下院の
意思を優越させることができる。法案が両院間を"往復
(政府が法案の緊急性
を宣言したときは!往復)
しても両院が一致しない場合には,政府の要求によ
り両院協議会が開催され,それでも両院間の妥協が図れないときは,各議院で
― 6 ―
◇M12
(787―144)
の再審議の後,政府は下院に最終的な議決を要求できる。つまり,政府の意向
次第で下院の優越を発動させるしくみであり,政府が下院多数派の信任に基盤
を置いていることを考慮すれば,実際上,上院は通常の法案については下院多
数派の意思に抵抗できないといってよい。
ドイツの議会制度では,連邦参議院は各州の代表機関という性格がはっきり
していて
(連邦参議院のメンバーは各州政府の首相および閣僚である)
,一般の
法案の成立には連邦参議院の同意は必要とされない。どのような内容の法律に
連邦参議院の同意を要するかは基本法に規定があり,基本法の改正のほか,各
州の行政高権に介入する法律および各州の財政に影響を及ぼす法律があげられ
ている。
第二院の権限に制約が課せられているからといって,そのことがただちに第
二院の存在意義を低下させるわけではない。イギリス議会においてさえ,上院
による審議引きのばしの効果はあなどれず,両院間のやりとりのなかで妥協が
図られ,法案修正も相当頻繁に行なわれている。
強い権限を有するはずの参議院で独自の修正を実施できないのは,党本部に
よる拘束に原因がある。外国の議会では,両院で同じ政党の会派が過半数を占
めていても,それぞれの議院の会派が独自の見地から法案を審議し,修正案を
提出することも少なくない,ところが,すでに述べたように国会では会派の自
律性が弱く,参議院議員も参議院の会派ではなく,直接,党本部の決定に拘束
される傾向にある。参議院の会派が会派として独自の活動を行なう余地は小さ
く,結果的に衆議院と同じ審議の繰り返しになってしまうのである。
しかし,さらに一歩進めて,なぜ国会では参議院の会派に自律性を認めよう
としないのかというと,逆説的ではあるが,参議院の権限の大きさに原因があ
るといえるのではないか。
イギリスの上院の場合を考えてみよう。イギリス上院は貴族院であって,民
意を反映する機関ではない。そのような異例の存在が現代社会においてなぜ許
容されているのかといえば,権限が小さいからだと答えるしかないだろう。も
し,両院の権限が対等だったとすれば,上院はとっくに廃止されていたに違い
なく,上院は権限を縮小したおかげで生き残ってきたといってよい。フランス
― 7 ―
◇M12
(787―145)
議会の上院は任命制ではないが,地方議会議員等の間接選挙によって選出さ
れ,任期は9年と長いうえ
(#年ごとに#分の!ずつ改選される。これに対し
ので
て,下院議員の任期は$年で,解散もある)
,被選挙権年齢も高い
(35歳)
保守的傾向が強く,下院とは党派構成も大きく異なる。かりに上院が下院と対
等の権限を持っていれば,両院間の交渉がデッドロックにのりあげる(注#)
ケースが増加し,上院の選挙制度だけでなく二院制そのものの是非まで論議の
的になるのは必至である。
こうしてみると,参議院の存在感が希薄なのは権限が弱いからではなく,権
限が強すぎるためだといってよさそうだ。現状では,参議院の与党会派が政府
や衆議院与党会派と異なる方針を打ち出すと,内閣法案の成立自体が危うく
なってしまうので,内閣法案の成立を期すために参議院の会派を拘束する必要
が生じる。実際は参議院与党の力は意外に強く,その意見が法案に取り入れら
れることも少なくないのだが,その場合も事前の党内
(連立内閣の場合は,連
立各党間)
の折衝に委ねられ,参議院での審議の活性化にはむすびついていな
い。
また,参議院の独自性を確保するには選出基盤の変更が早道であるが,選挙
制度改革によって衆議院との相違を鮮明にしようとしても,参議院の強すぎる
権限が障害になる。参議院の現行選挙制度は,衆議院の小選挙区比例代表並立
制とさほど異なるものではなく,選出される議員の党派別構成は衆議院と似
通ったものになっている。しかし,第一院である衆議院は国民の意思を最もよ
く代表すると考えられる選挙制度を採用しているはずなのだから,それと大き
く異なる選挙制度
(たとえば,人口比例を無視した地域代表制や間接選挙など)
を採用した場合,参議院がそれだけ国民から遠い存在となることは否定できな
い。良識の府とはいえ,国民から遠い存在となった参議院が,衆議院多数派の
意思の実現を阻止することは許されるであろうか。
議院内閣制のもとでは内閣創出機能を持つ第一院の意思が優越すべきことは
いわば当然であり,それを前提としながら良識の府としての独自性発揮を求め
られる点に,第二院の立場のむずかしさがあるといえるだろう。
(出典 大山礼子
『国会学入門"版』
三省堂,2003年)
― 8 ―
◇M12
(787―146)
(注!) 守護するもの。
(注") 当時の与党である自民党が参議院で過半数の議席を失うこと。
(注#) いきづまること。
【#】 歴史的に第二院は,有権者の意思をより直接的に反映することが期待された
第一院と一定の緊張関係を保ちつつ,政治における慎重さや賢慮を発揮させる
制度的装置として位置づけられていた。イギリスやアメリカの上院は,その例
であった。その後20世紀に至るまでの展開は,第二院の役割を変化させ,政
治社会の中の少数派を代表する機能が中心になっていった。戦後,ドイツの連
邦参議院が州代表としての役割を与えられ,日本の参議院が
「良識の府」
を標榜
してきたことは,第二院が依然として第一院とは異なった性格を持ち,多数派
への歯止めとなるよう期待されていることを示唆する。
これに対して現在の日本政治に見られるのは,本来は
「多数派への防波堤」
と
しての性格を帯びた第二院において,野党が大幅な議席増による多数派獲得を
最新の
「民意の反映」
であるとして活用し,政権与党側も野党の主張に最大限の
配慮を行う,という光景である。実は戦後ほぼ一貫して,参議院の勢力配置が
野党優位になるたびに似た展開が繰り返されてきた。現在の自公連立政権も,
その出発点は参議院での多数派形成であった。このような現象は,なぜ起こる
のだろうか。
筆者には,第二院としての基本的な位置づけが整理されないままに,参議院
がときに
「良識の府」
であることが求められ,またときに最新の
「民意の反映」
で
あることを期待されることが,現在の状況を作り出した大きな理由だと思われ
る。それは,日本の政治制度が全体として持つはずの効果を構造的に弱めると
いう意味で,衆議院と参議院の多数派が異なる
「ねじれ」
の時期だけの問題では
なく,より長期にわたる制約となっている。
とら
ここでは,第二院としての参議院をどのように捉えるべきなのか,また内閣
や衆議院とどのような関係を構築すべきなのかについて,若干の検討を試みる
ことにしたい。
参議院は特徴的な第二院である。それは,参議院が第二院としての一般原則
― 9 ―
◇M12
(787―147)
に適合している部分と,第二院よりも第一院に近い性質を帯びた部分を,併せ
持っているからである。改めて大きく#つの点から整理をしておこう。
第!に,参議院は内閣との間に信任関係が存在しない。憲法上,首相の指名
に関しては衆議院の優越が規定され,参議院が単独で誰を首相に指名しても,
その人物が首相になる可能性はほとんどない。首相就任後に参議院が内閣不信
任を行うこともできない。同時に,参議院は首相によって解散されることもな
い。つまり,参議院の勢力関係と内閣の命運は切り離すというのが,現行制度
の基本的な意図なのである。これは議院内閣制の下での第二院としては当然の
ことだと考えられる。議院内閣制は議会多数派が内閣を作って行政部門を統御
する制度だが,そこでの議会多数派とは第一院の多数派というのが基本原則で
ある。
第"に,参議院と衆議院の間の関係はほぼ対等である。第一院である衆議院
の優越が定められているのは,首相指名や予算採決,条約の批准などごく限定
される。しかも,予算に関しては実際の執行に必要な関連議案の成立には参議
院での可決が必要で,衆議院の優越は大きな意味を持たない。両院の相違を解
消するための両院協議会でも対等な扱いを受けており,党議拘束(注!)も作用
するため,通常の政策過程において衆議院が優越するためには#分の"の特別
多数による再可決しか事実上方法がない。両院の多数党が異なることによる
「ねじれ」
が問題となるのは,何よりもこの点に関連している。
第#に,参議院は特異な選挙制度を採用している。現代では第二院が公選で
あること自体は珍しくない。しかし参議院の場合,非拘束名簿式の比例代表
区(注")と選挙区が組み合わされ,選挙区は改選数!の小選挙区と"以上の中
選挙区の混合となっている。これは,参議院選挙という単一の機会において,
非拘束名簿式比例代表制,中選挙区制,小選挙区制という#つの異なった政治
的効果を持つ選挙が,同時に行われていることを意味する。中選挙区と小選挙
区では政党や候補者の行動準則は大きく異なっており,有権者の選択基準も変
わるが,そのことは全く考慮されていない。中選挙区制と並んで候補者中心の
選挙になりやすい非拘束名簿式比例代表制が,政党中心の選挙につながる小選
挙区制と同一地域で組み合わされている場合もある。こうした選挙制度の特異
― 10 ―
◇M12
(787―148)
性,ないしは無原則な組み合わせ方は,参議院に当選する議員の性格を著しく
曖昧にする。
これら#つの点から,現在の参議院が自らをときに
「民意の反映」
だと主張
し,ときに衆議院や政権与党を抑止する
「多数派への防波堤」
ないしは
「良識の
府」
であろうとするのは,無理からぬ面がある。第!の点と第",第#の点の
関係が整合性を欠き,参議院という院がどのような意図を持って設計されてい
るのか,国会に参議院を置くことでどのような帰結が生じるのか,参議院議員
は何を代表しているのか,平明に理解することは極めて難しい。選挙制度を部
分的に変えた以外は制度的特徴が戦後ほぼ一貫して同じだったことを考える
と,現行憲法体制下における参議院の位置づけは,そもそも明確でなかったと
いうべきであろう。
「趣旨不明確な第二院」
であることが,参議院の特徴なので
ある。
そして,この不明確さこそが参議院を日本政治の焦点にしてきた。本来,議
会には
「民意の反映」
が求められると同時に,民意に基づきつつ効率的な立法を
行うことが期待される。二院制において究極的には第一院が優越するのは,第
一院こそが
「民意の反映」
の院である以上,効率的な立法の主役も第一院が担う
べきだという考え方による。言い換えれば,第一院の優越が前提であるがゆえ
に,第二院の抑止が意味を持つのである。しかし,第二院が
「多数派への防波
堤」
機能を捨てず,それでいて第一院と異なる
「民意の反映」
も行う場合,第一
院の優越は根拠を失い,第二院からの抑止のみが作用することになる。参議院
は"つの機能を併せ持つことで,衆議院と同様に内閣総辞職を含む大きな政治
変動の震源となりながら,内閣や衆議院からの統制は受けにくいままであっ
た。
近年,竹中治堅氏ら一部の政治学者が精力的に解明を進めているのは,この
ような状況に対して衆議院多数派である政権与党がどのように対応してきた
か,という点である。
具体的には,1950年代半ばまでは緑風会(注#)の協力確保,その後70年代
初頭までと90年代以降には参議院自民党の有力者への依存,70年代と80年
代には派閥を介した衆参自民党の一体化,90年代後半からは公明党などとの
― 11 ―
◇M12
(787―149)
連立,といった方策が取られてきた。それぞれの時代に言われた,参議院の政
党化や派閥化,有力者の君臨といった現象は,いずれも参議院の基本的な位置
づけの不明確さに与党が応対した結果であった。
今の日本政治が参議院に大きく影響を受けている主たる理由は,これまで述
べたような従来の対応策が有効ではなくなったためである。緑風会のような
是々非々の中間政党はすでになく,公明党のみとの連立では過半数に達しな
い。衆議院側の選挙制度改革などによって自民党内の派閥機能は著しく低下し
た。有力者を窓口にした統制は,参議院第一党が与党と同じであれば不可能で
はないだろうが,両院の勢力分布の
「ねじれ」
が生じており,かつ政権交代をに
らんだ二大政党間の対立が強まる傾向にある今日,まず取りえない。
福田康夫政権が低姿勢路線,対話路線を取り,さらには民主党との大連立構
想が登場するのも,従来の対応の延長線上に新しい具体策を見つけ出そうとす
るものであろう。すなわち,参議院の性格付けの曖昧さに起因する諸問題を,
主要政党間の密接な政策協議や,さらには二大政党が連立という最も強固な提
携関係を築くことで解消しようという発想である。
しかし,党首会談などによる政策ごとの協力は不安定なもので,長期にわた
る効果は期待できない。また,大連立は現時点では民主党にとって自殺行為に
等しく,二大政党の双方にとって明白に利益にならない限り実現は難しい。大
連立案を持ち帰った民主党の小沢党首が,党内から猛反発を受けたのは当然で
あった。議院のあり方から生じる問題を,政党間関係の調整や個別政策協議で
乗り越えるというのは,やや無理がある。
本来は,参議院が持つ両義性を解消させ,
「民意の反映」
なのか
「多数派への
防波堤」
なのかを明確にする制度改革を行うべきところである。すなわち,参
議院がどのような院であるべきかという基本理念を再構築した上で,内閣との
関係,衆議院との関係,有権者との関係という!つの側面それぞれについて,
理念を反映させた制度に改めることが望ましい。
しかし,内閣との関係や衆議院との関係は憲法改正が必要であり,有権者と
の関係については選挙制度改革という政治的に最も困難な課題に取り組む必要
がある。参議院に関して,大規模な制度改革が実現する可能性は当面ないと考
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える方が妥当だと思われる。
制度改革を伴わない形で,参議院が持つ!つの側面に対処することは可能だ
ろうか。それには,二大政党を中心とした主要政党間の合意による新しい政治
的慣行の確立という方策がまず必要だと,筆者は考える。大連立のように包括
的に政策について提携するのでも,党首会談を含む与野党協議のように個々の
政策課題について話し合うのでもなく,二院制のあり方や制度運用という政策
過程の手続きについて合意を形成するのである。そこでの基本的な視点は,日
本の政治制度が全体として何を目指しているかを把握し,その中で参議院をど
のように位置づけるか,というところにある。
90年代以降の日本政治は,数多くの改革を経験してきた。まず衆議院の選
挙制度が小選挙区比例代表並立制になり,次に内閣機能の強化と省庁再編が決
まり,さらには国会内での党首討論やマニフェスト選挙の定着という変化も
あった。それに呼応するように,小泉政権以降は官邸主導といわれる新しい政
策決定のパターンが生まれた。いずれも,選挙における多数派に大きな権力を
与え,さらにその多数派内では効率的な意思決定のために集権化を行い,あわ
せて政治責任を明確化するという,共通の意図があった。
このような政治のあり方は
「多数主義」
と呼ばれる。日本の政治制度は,90
年代以降に多数主義志向を強めたのである。そのとき,第二院はどのような位
置づけを与えられるべきなのだろうか。すでに述べたように,多数派を抑止
し,
「防波堤」
になることが第二院の基本機能なのだとすれば,第二院は本来的
に多数主義の政治制度構築を推進していく際の例外ないしは障害となる。衆議
院における多数派形成を重視し,それによって支えられている首相のリーダー
シップに期待する論者が,しばしば参議院無用論や大幅改革論を主張するの
は,このためである。筆者も,多数主義の考え方を徹底していくならば,参議
院の制度改革はやがて必要になると考えている。
ただし,それが参議院廃止にまでつながるべきだとは思われない。その大き
な理由は,人口や財政など日本の国家規模を考えると一院のみが政治的意思決
定のすべてを担うのは過剰な集中であり,多数派は形成できなくとも表出され
るべき利害や理念が存在すると考えるからである。地方分権や政府機能全体の
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縮小があっても,国政が人々の生活や社会のあり方を左右する場面がまったく
なくなるわけではない。その際,少数派の利害や理念の表出は,やはり第二院
で行うよりほかないであろう。
まちどりさと し
(出典 待鳥聡史
「
「多数主義」
時代の二院制を再考する 日本政治は参議院とど
う向きあうか」
『論座』
2008年!月号)
(注!) 政党が,所属議員の議会での投票態度を拘束すること。
(注") 得票率に応じて政党の獲得議席を決定する比例代表制のうち,同一
政党内で誰が当選するのかについて,政党が決定せず,同一政党内で
個人名での得票数の多い候補者から当選する方式のこと。
(注#) 緑風会については,資料
【"】
を参考にすること。
そ
【$】「一院が他の院に賛成すれば,其の院は無用である,一院が他の院に反対す
お
れば,其の院は有害であると云ふやうなことが言はれて居ります」
これは
金森徳次郎・憲法担当国務大臣が批判的に引用した,シェイエスの有名な二院
制のディレンマである。日本でも参議院を
「
(衆議院の)
カーボン・コピー」
「第
や ゆ
二衆議院」
「半議院」
と揶揄する
「参議院無用論」
「廃止論」
は繰り返し唱えられて
いる。これに対して二院制擁護論の多くは,二段構えで,二院制という制度が
議員構成と法案審議に関して両院間で異なる政治過程をもたらし,かつそれが
有益であると主張する。
第!に,両院は国民意思を異なる仕方で代表しているので,議員構成が違う
とされる。これは,貴族院があった国でも,連邦制の国でも,歴史的経緯はと
もかく少なくとも民主化後は言い古されてきた理屈である。しかも単に違うの
ではなく,非選出部門である
(あった)
上院
(あるいは元老院)
の方が選出部門で
ある下院よりもシニア
(senior)
であることが求められた。シニアであるとは,
おおよそ経験や知識に富むことを指しており,通常それは年長であることを!
つの基準としてきた。
戦後日本も同様で,貴族院が参議院に衣替えされた時,
「参議院が衆議院と
異なる独自の立場と視点に立」
つために,参議院議員には
「総意完熟の士」
「練達
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たんのう
堪能で,しかも厳正公平な人」
「学識経験ある者」
「上品な者」
「分別と経験」
が求
められた。これを一言で表せば,やはりシニアな人物ということになろう。
で設けられた全国
さらに当初参議院議員選挙法
(1950年からは公職選挙法)
区は,もともと貴族院の勅任制度の流れを受けて,推薦制,複選制,間接選挙
制,職域・職能代表制など様々な案が練られた挙げ句に,
「直接公選」
に拘る
GHQ の意向を崩せず,それらに代わるものとして導入された。従って,全国
区は
「学識経験ともすぐれた全国的な有名有為の人材を簡抜する」
仕組みとし
て,地方区以上にシニアな人物を輩出することが期待された。この他,憲法で
任期を解散なしの#年にして衆議院より長期の議員活動を保証したこと
(第
45,46条)
,選挙法で定数を衆議院の半数に絞って少数精鋭としたこと,被選
挙権を衆議院より"歳上の30歳にして若輩者を排除したこと,これらの参議
院の制度的特徴もまた,議員をよりシニアにするという政治過程を意図してい
た。
第!の二院制擁護論の根拠は,以上の通り議員構成が異なるが故に,審議内
容も違うはずだという点にある。ここでも単に違うのではなく,下院の横暴・
専断・拙速を,上院が慎重・熟慮をもって抑制・補完・均衡することが期待さ
れた。近年の分析でも,二院制が安定的な政策をもたらす制度であることが強
調される。
日本でも同様で,憲法制定時より,参議院は衆議院に対して
「独自性」
「自主
性」
を持ち,
「再考の府」
として
「均衡・補完・抑制」
の役割を担い,
「数」
をたの
まず
「良識の府」
「理性の府」
として
「慎重かつ充実した高い水準の審議」
を行うも
のとされた。また参議院は
「政党化」
に距離を置くべきであり,そのためにも党
議拘束の緩和や大臣自粛が必要だと言われた。存在理由を絶えず問われてきた
参議院は,1971年の河野謙三議長以降,自ら参議院改革案を発表し続けてき
たが,以上の点はそれらの中でも何度も触れられてきた。
このように二院制擁護論は,制度としての二院制が,議員構成や法案審議の
点で異なる政治過程をもたらしていることを,前提としている。しかし,二院
制の得失を論じる以前の問題として,この前提は果たして事実だろうか。実は
このような基本的なことすら,これまで体系的・実証的に明らかにされてこな
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かった。従来の議論に規範論や抽象論が多かっただけでなく,計量研究(注!)
であっても分析対象が衆議院に偏ってきた。最近は参議院も盛んに研究される
ようになってきたが,両院を一貫した枠組みで分析したものはなお少ないよう
に思われる。ここでは,実際に衆議院と参議院はどの程度違ったのか,議員構
成と法案審議の両面でデータを分析し,現実の二院制が擁護論の期待するよう
な役割を果たしていないことを示す。
もっとも,こうした批判に対し二院制擁護論は,憲法のいわゆる衆議院優越
規定というもう!つの制度が二院制の意義を滅却しているのであって二院制そ
れ自体には問題がないとし,参議院改革によって運用を変えることで現状を改
善しようとするかもしれない。参議院改革案は繰り返し唱えられたが,大筋は
同工異曲で,とりわけ
「参議院先議案件の増加」
「審議期間の確保」
「予備審査制
うた
度の活用」
の"点がほぼ毎回謳われた。しかし本稿は,二院制の現在の政治過
しょほう
程が衆議院優越規定制度に起因すると言うのは難しいこと,参議院改革の処方
せん
箋の多くが機能しないことも,明らかにする。
(中略)
冒頭にも述べたように,二院制擁護論は,両院は議員構成が違い,それ故に
法案審議も異なる,ということを前提としていた。本稿は,それが必ずしも事
実ではないことを示した。
まず,議員構成という政治過程の面で,参議院議員が衆議院議員よりもシニ
アであるか,つまり経験に富むかを検討した。すると,確かに年齢と個別議員
の在職年数ではその通りであるが,学歴と議院全体の在職年数ではそうではな
く,知的専門職は職種によるという結論が得られた。憲法や選挙法は参議院議
員をシニアにする制度をいくつか用意していたものの,設計時の意図通りに機
能したのは#年の固定任期が議員個人の在職年数を伸ばした点だけで,全国
区・比例区や被選挙権の高めの下限年齢などは,全く効果がなかった。
むしろ影響力が大きかったのは,制度よりもその政治的運用であった。参議
院議員としてのシニオリティを評価しない自民党政権の人事慣行は,一方で初
当選年齢をシニアにしながら,他方で固定任期を更新する余裕をなくすことで
はら
議院全体としての在職年数をジュニアにするという矛盾を孕んでいた。また参
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議院の独自性を象徴した緑風会に代表される独自会派や無所属の多さは,参議
院の
「政党化」
に対する防波堤ではあったが,皮肉にも在職年数を減らし初当選
年齢を若くするなど,参議院をかえってジュニアにした。
続いて,法案審議という政治過程を衆参で比較した。まず両院の審議活動は
かなり高い程度で一致することが判明した。これに対して,近年の二院制批判
論の中には,参議院の独自審議を指摘するものがある。すなわち,1989年に
ねじれ国会が生まれてから,特に1994年の政治改革法案や2005年の郵政改革
法案が参議院で否決されたこと,1998年の金融安定化法案が参議院否決を見
の
越して野党案に
「丸呑み」
されたことなどを契機として,
(重要)
法案成立のキャ
スティング・ヴォート(注")を握るような
「強すぎる参議院」
や,内閣の存続が
衆議院だけでなく参議院にも依存する
「両院内閣制」
が批判された。しかしここ
での分析から明らかなように,これらの事例は例外であって,いずれも木を見
て森を見ない議論である。
さらに衆参で違いが見られる場合であっても,議院の審議活動の水準は,二
院制擁護論の期待とは裏腹に,概して衆議院の方が参議院より,先議院の方が
後議院より,衆議院先議法案の方が参議院先議法案より,高い傾向にある。こ
のような政治過程が生じている原因として"つの議論がある。!つの議論は,
制度,とりわけ憲法におけるいわゆる衆議院優越規定に,根拠を求める。もう
!つの議論は,これを運用面の問題として捉え,議事慣行を変更する参議院改
革を唱える。しかしこれまでの分析に従えば,両者とも誤っている。
憲法の衆議院優越規定については,まず予算の衆議院先議と衆議院議決の優
,予算関係法案であることが衆議院先議法案審議
越が挙げられるが
(第60条)
の活動水準が高いことの理由でないことを示したから,何故予算の規定が法案
審議に影響するのか,その因果関係が不明である。また,首班指名
(第67条第
"項)
,内閣不信任決議
(第69条)
,解散など,参議院ではなく衆議院こそが内
閣と緊張関係に立つ議院内閣制が,衆議院優越をもたらすことも考えられよ
う。しかし衆議院に与党委員長が多いことはこうしたメカニズムの一環をなし
ていないことが示された。もっとも,与党議席率が高いことが衆議院審議効果
の一部を構成していたと言えなくもないが,衆議院の方が修正や廃案が多いこ
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ととあわせて,何故野党 で は な く 与 党 が わ ざ わ ざ 審 議 を 活 性 化 し 変 換 能
力(注")を高めるのかは,反直感的で,それ自体説明を要することである。そ
が法案審議に影響するというのも
(条
の他,条約の衆議院議決の優越
(第61条)
約関係法案を除けば)
見込み薄である。いずれにしても,安易に憲法に根拠を
求めることはできないのである。
衆参の権限の違いを定めたその他の制度としては国会法があり,会期の決定
(第13条)
,法案や修正・懲罰の動議の提出に必要な議員の数
(第56,57,57
の2,
121条)
,両院関係
(第10章)
が異なる。また衆参では議院規則も多少差が
ある。米国のように両院で同時に審議を進める並行審議方式ではなく,両院間
で必ず先後をつける逐次審議方式であることにも原因があるかもしれない。米
国では,議員総数が多い下院が,専門化しやすいこと,キャスティング・
ヴォートを握る機会が多いこと,!人当たりの選挙民が少なく接触が濃密なこ
となどを理由として,上院よりも政治力が強いと論じる分析もある。本稿では
これらの制度の効果を検討していないが,いずれにしても二院制擁護論の期待
が実現していないことには変わりがない。
衆議院優越に対するもう!つの議論は,参議院改革論である。参議院がその
改革案を体系的に示したのは,1971年の河野謙三議長が初めてだが,その背
景には,まさにその時期に,
「参議院先議案件」
の割合が低下し,先衆議院から
後参議院へ送付する時期が遅れて
「審議期間の確保」
が困難になり,
「予備審査
制度の活用」
が廃れたという事情があった。つまりこれらの提言は,新たな
ルールの確立ではなく,従来のルールへの復帰を求めていたのである。
しかし
「参議院先議案件の増加」
「審議期間の確保」
「予備審査制度の活用」
は,
必ずしも対策として有効ではないことも明らかになった。まず,ただ単に
「参
議院先議案件の増加」
を図るだけでは,先議院審議としてのプラス効果が参議
院先議法案としてのマイナス効果によって幾分そがれてしまうため,参議院審
議を活発にする対策として不十分である。そもそも衆議院先議法案の方が盛ん
に審議される一因は,重要で多くの政党が反対する論争的な法案の多くが衆議
院に提出されることにあるので,こうした法案を参議院先議にすることも必要
である。また
「審議期間の確保」
については,後議院審議が不十分な理由の!つ
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◇M12
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は実際にかけた審議期間が短いことにある。この点を改善せずに,ただ先議院
が後議院に法案を送付するのを早めるだけでは,実はかえって逆効果である。
これらに対して
「予備審査制度の活用」
は,後議院審議の活性化に幾分寄与す
る。
そもそも二院制を支える論理は,冒頭で素描したところからも明らかなよう
に,
(歴史的には)
非民主的な上院を民主的な下院よりも優位に置く発想に立っ
ている。しかし上院を第二院と呼ぶことが端的に示しているように,民主化
後,多くの国で下院が政治的に上院よりも優越するようになった。その結果,
非民主的であるが故に優越的地位にあった上院は,非民主的なままであれば民
主制の下では正統性で劣り,民主的な姿に変わっても
(政党の発達により)
現実
に下院と異なる議員構成にするのが難しく,法案審議も差別化しにくくなって
いる。戦後日本でも貴族院から参議院に看板を掛け替える時点で既に,
「国民
代表及び平等選挙並びに自由選挙の原則と参議院の独立性確保の方針を堅持し
つつその範囲内において参議院の構成を衆議院とはできうる限り異質的なもの
たらしめる」
ことが目指されたが,
「国民が直接選挙するということと,練達堪
能の士を出すということはなかなか両立しない」
,と考えられ,
「憲法草案第
39条の原則
〔公選を定めた現第43条〕
のもとで参議院の構成を衆議院と異らせ
るのは非常な困難がある」
と懸念された。
以上の通り,衆議院と参議院の間で議員構成に違いがないこと,それ故法案
審議に違いはほとんどなく,あってもむしろ衆議院優位であること,これらは
憲法の衆議院優越規定によるのではないし,参議院改革の処方箋によっても解
決できないこと,を論じた。実のところ両院の議員構成は,他国との比較で
言っても違いがない部類に入る。そうであれば,たとえ権限のありようが違っ
ても,法案審議が似通ったものになるのもまた,半ば必然であると言えよう。
つまり,たとえ権力の分割があっても目的の分割がなければ,両院が異なる政
がいぜんせい
策決定を下す蓋然性は低いのである。但し,二院制の問題は,衆議院と対比さ
れた参議院の問題として定式化されるべきとは限らず,先議院と後議院の問
題,あるいは提出議院を衆参いずれにするかという問題でもある,ということ
には注意を促しておきたい。いずれにしても二院制という制度は,その企図す
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る政治過程をもたらしていないという意味で,無意味な存在でしかない,とい
うのが本稿の結論である。
ぼくたく
(出典 福元健太郎
『立法の制度と過程』
木鐸社,2007年)
(注!) 資料
【!】
の
(注")
を参照すること。
(注") 決定権や影響力のこと。
(注#) 議会が社会からの要求を法律に変換する能力のこと。
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