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毎晩のレクチャーには殴り書きの教科書を持って行き

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毎晩のレクチャーには殴り書きの教科書を持って行き
毎晩のレクチャーには殴り書きの教科書を持って行きました。そして当時私の考え始めた「調
和漕法」をその表題としました。ただ中身の大部分は、ローマおよび東京オリンピックまでの漕
法を引き継いでいました。
調和漕法
たわ
日本のオールは外国のオールに比べて相対的に剛性が高く(撓みが少なく固いオールであるこ
と)、インボードの長さが同じくらいでありながらアウトボードの長さがやや短い、そして漕手
の体重が軽いためにキャッチの時のオールの曲げ振動周期が短い、という現象が起きています。
今の日本の固いオールによる漕ぎ方はとてもデリケートで、強いキャッチの直後に生じたオール
の強い手応えに抗して崩れない腰と、振動を減衰させる身体の動きを練習するのに大きなエネル
ギーが消費されてきたと思われます。
ローマおよび東京オリンピックのクルーでは、これをソフトなキャッチで緩和して大きなスト
ロークをとる方向でやってきました。しかしこんな方法でなくとも、外国は容易に短期間に良い
艇速を得ているのを見ると、やはり外国の漕法が簡単なのだろうと思わざるを得ません。もしオ
ールを柔らかくしてオールの振動周期を延ばす一方、漕ぎ方もそれに合わせる工夫をすれば、ワ
ンアクションのシンプルな引きが実現出来るのではないかと考えました。即ちオールとストロー
クの振動の周期を合わせることを調和と言ったわけです。
キャッチでボディの運動量をオールに
かけると(体重をかけてキャッチする感
じ)、オールは撓んでいきます。ミドルで
オールが撓みきってまた伸び始めます。オ
ールが伸びきるころにフィニッシュすれ
ば、オールの自然な動きに合わせるだけで
強制力は要らなくなるはずです。つまり漕
手の自然なストローク周期に合わせてオ
ールの撓みが変化するような引き方をす
れば、エネルギーロスが最小限に止められ、
漕力曲線
その分漕力は増すと考えられます。
従ってキャッチのときに腰を固める代わりに、ボディのスウィングを予め僅かばかり与えてお
き、キャッチ直後の負荷のピークでスウィングが止まりボディリーなバックに滑らかに移行でき
るとすれば、腰を固めるよりも力の要らない良い方法であるかもしれません。
このような考え方に基づき、柔らかいオール、重い漕手、ボディリーなキャッチ、そして振動
をうまく生かす調和漕法の各条件を整えながら、理想とする調和漕ぎにだんだんと近寄せてその
最良点を見出す研究を継続してきました。
カーボン繊維によってやわらかく周期の長い、その上細くて空気抵抗の少ないオールをヤマハ
で試作して、東北大で使ってもらいました。このオールは軽く、硬さを自由に設定できて経年変
- 143 -
化もないのでよいのですが、柔らか過ぎるオールも困るので、当初意図したほどには漕ぎやすさ
を感じて貰えなかったようです。
戦績
結局、長期に亘り中村さんとのコンビで東北大の監督を
楽しく務めさせて貰いました。振り返ってみると、関わっ
た 9 シ−ズンで、全日本選手権大会では優勝 1 回、準優勝 4
回、全日本大学選手権大会では 4 回の優勝を勝ち取ること
ができ、6 シーズンは日本最強でいられたと思っています。
終わり頃になって私は、会社内での役職があちこちに拡
がってどうにも時間が取れなくなり、監督を降ろして貰い
ました。その頃勝てなくなったことを申し訳なく思い出し
ます。
1978 年全日本選手権 優勝:東北大 準優勝:北大
5 別件
約 30 年前の 1997 年のことです。天皇家では、毎年夏休みを浜名湖で過ごされており、当時の
皇太子殿下(今の天皇)がスカルを漕いで楽しんでおられました。かなり漕ぎ慣れておられました。
浩宮様のスカルを私がコーチしている様子を、美智子妃殿下が和船から見ておられました。
浩宮様
皇太子殿下ご一家
6 アトランタ五輪に向けて
アトランタ造艇研究会
東北のコーチを終えてから 10 年後、1993 年に私はヤマハ発動機の取締役を退任しました。常
任顧問の仕事だけでは余裕があるので、アトランタのオリンピックに向けて、日本のボートを強
くする活動がやりたくなりました。ちょうどバルセロナのオリンピックが終わったところでその
熱気は残っていたし、特にバルセロナではオールの形が対称型から非対称型に一気に変わり、カ
ーボンファイバーが広く使われるなど、艇作りの新時代が幕を開けたところでした。
一方私は、1986 年からアメリカズカップのヨットレースに参加するに当たって、当初は技術
チームのまとめをしましたので、このレースの特徴である新機材やハイテクを駆使しての高性能
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化が大好きでした。さらに素晴らしい造船技術者や研究者と接してきたので、この人達の力を借
りて、もっと日本の競漕艇を速くしたいという気持ちが募ってきました。
1993 年夏、東大生産技術研究所の木下教授や
三井造船昭島研究所の松井さんと語らい、大学
や研究所の技術者、研究者 15 名ほどの協力を得
て『アトランタ造艇研究会』を結成しました。
研究会の狙いは、舵手なしフォアとダブルス
カルの改良によって、アトランタオリンピック
大会で日の丸を揚げることでした。日本の漕艇
は最近急速に実力をつけており、特に軽量級の
オリンピック派遣クルー
2 種目については、タイムをあと数秒向上させればメダルに手が届く圏内にきていました。その
数秒を技術的にサポートする ― つまり道具の改良によって、推進力を高め抵抗を減らし艇速を
向上させることを狙ったのです。
それから 4 年間、私は殆どの時間をこのプロジェクトに投入して、様々な命題を研究し、木下
研究室の小林君という学生と二人で殆どの機材を手作りしました。その活動はそれぞれ技術的に
は巧くいって、少なからず技術資産は残したと思いますが、残念ながらレースへの貢献は極めて
少なかったと思います。
期間が短かいのにプロジェクトを欲張りすぎたこと、また当初研究対象とした 2 種目のクルー
のつもりが予選の結果 5 クルーに増えて、新兵器の数を揃えるのに手一杯で、熟成が充分でなか
ったことを反省しています。今後なかなか望めない活動であるだけに、この時実を結ばなかった
のは残念なことでした。しかし今日は、その主な活動の内容を見て頂きましょう。
船型の研究
当初は抵抗の少ない船型を見いだすことに集中しました。各学校、会社から艇を借りて運輸省
の水槽で実験をするなど大きなエネルギーを注ぎまして、一時は見通しが立ったかに見えたので
すが、結局思うほどに抵抗が減らず、船型研究を諦めて、空気抵抗の改善を中心に、マイナーな
研究を積み上げる方針にシフトしました。
オフセットブレードの開発
オフセットブレードは、ルームの水抵抗を
減らす工夫です。すだれが掛からないよう
ルームがブレードの上の方に付いていま
す。しかしそのままではオールが回ってし
まうので、ハンドル近くをS形に曲げてバ
オフセットブレード
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ランスを取っています。
広島大学で行った模型試験では 3%の効率アッ
プが見込めましたので、2000m では 20m 有利になる
はずでした。これを国体レベルの選手に漕いで貰
うと「良い」という評価でしたが、日本代表クル
ーの選手では「何かなじめない」とのことで、期
間的にじっくりとテストが出来ない為にとうとう
模型オフセットオールの試験
諦めました。
空気抵抗との戦い
水抵抗については研究し尽くされていて改善の余地は少ないのですが、空気抵抗は全く手付か
ずの領域でした。また私の調査では、オリンピックコースには向かい風が頻繁に吹くので、空気
抵抗の改善効果は可なり大きな意味を持ってきます。
艇の走航に伴い受ける全抵抗の約 12%が空気抵抗なのですが、これを 3%減少できれば艇速は
1%向上し、2000m で 20m の効果が生じてきます。
漕艇の空気抵抗は、オールが 6%と最も大きく、漕ぎ手が約 3%、リガーが約 2%です。
これらの空気抵抗を減らすため、さまざまなフェアリング(fairing:覆い)を取り付ける研究を行
いました。それがオールのフェアリング(OF)、漕ぎ手のフェアリング(BF)、リガーのフェアリン
グ(RF)なのです。
【オールフェアリング:OF】
オールフェアリングは、オールのルームに受ける空気抵抗を減らすため、飛行機の翼のような
流線型のカバーでルームを覆うものです。カバーをオールに被せて閉じ、レバーをローロックと
繋いで常にオールフェアリングを水平に保つ構造です。
舵手無しフォアの場合、2000m では 14m 程速くなる計算で、
オリンピックで実際に使いました。
初期のOF
OFの構造
【ボディフェアリング:BF】
当初は自分の艇にオールフェアリングの他、漕手の身体が受ける空気抵抗を減らすための大き
な覆い(BF)を取り付けて、一夏漕ぎながら改良を続けました。さらに数多くの模型を作って風洞
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で比較実験を続けた結果、バウのシートにヘルメットぐらいの小さな整形を付けても充分抵抗が
減るようになりました。これをシートに取り付け漕手と連動して動くようにしましたが、これに
よって舵手無しフォアが 2000m で 4m、シングルスカルなら 8m ほど速くなります。
しかしこれはオリンピックの予選で使ったのですが、以後の使用は禁止されてしまいました。
何故禁止したのか、FISAに回答を求めましたが返事は来ませんでした。そしてその後オリン
ピックとワールドカップでの新兵器の使用は禁止となり、それ以外のレースで 1 年間試験的に使
うこと、更にはFISAの許可が要ることになりました。
OFとBFの実漕試験 (漕手は筆者)
風洞実験
OFとBFをつけて戦う日本クルー
最終形のBF
【リガーフェアリング:RF】
またリガーの空気抵抗を減らすために、ブーメラ
ンの形状をしたウィングリガーを開発したり、パ
イプ式の普通のリガーの空気抵抗を減らす整形を
作りしました。
舵手無しフォアの場合、2000m ではウィングリガ
ウィングリガー
ーは 8m、パイプの整形で 4m 有利になります。しかしオリンピックでウィングリガーを使った
のは女子のダブルスカルのみで、男子のダブルスカルでは使って貰えませんでした。リギングが
しにくかったようです。またパイプ式のリガーの整形は、とうとう使う機会を失いました。
【その他の研究開発】
無しフォア、無しペアは漕ぐ時につい舵を動かしがちですが舵をニ
ュートラルで保ち、意識して足を動かした時にだけ舵が切れ
る仕組みを開発しました。これは好評で無しフォア、無しペアにはず
っと使われました。
また現在桑野造船所で使われている、船体の捻れやリガーの剛性を
ピン周り
測る道具もその頃開発しました。桑野では、これで海外の船と測り比べた結果をPRに使って
います。
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艇をうんと細くして濡れ面積と造波を減らす一方、
悪くなったバランスを水中翼の揚力で補って、トー
タルの抵抗を減らすという実験もやってみました。
図「スタビ」のセンサーは水面をなぞっていますか
ら、この舷(バウサイド)が下がると、相対的にセン
サーの先の板は押し上げられ、それが水中翼の角度
を増して揚力を発生しバウサイドを押し上げます。
これによって「バランスが良くなった上に抵抗も減
舵手なし艇の舵取り装置
る」ということを期待したのですが、残念ながら艇を細くした抵抗の減り分が少なく、水中翼の
抵抗増との差が少なくてとうとう諦めました。
→
←
傾斜計
センサー
リガー剛性試験機
スタビ
↑ 水中翼
7 アテネ艇プロジェクト
アトランタ五輪からまた7年が経った 2003 年には、東大の木
下教授が中心になって、アテネ五輪のために速いダブルスカル
を作ろうという動きが始まりました。海上技術安全研究所(略し
て海技研)と協力して抵抗の少ない艇の形を探しました。始めに
評判のよいフィリッピのダブルスカルの船型をコンピューター
に入力すると、自動的により抵抗の少ない船型を描き出すとい
元、平田調整断面
う、海技研の作った新しいプログラムを使いました。
その結果、フィリッピのダブルスカルより 1.5%抵
抗の少ない船型が見つかりまして、これを実際に作
りました。
武田君達 3 人の一流選手が試漕した結果、
漕ぎやすいが剛性不足、またバウが波を掬いやすい
という評価が出て、それらを直した 2 号艇が出来ま
したが、もう少し修正しなければなりません。
この船の場合、桑野の標準のフィンの代わりに小さ
開発した高性能のダブルスカル
くて抵抗の少ない細長いフィンを船尾に付け、さらに船首にもごく小さいフィンを付けることで
抵抗を減らしながら、風や流れによる方向安定の問題を解決したいと思っています。
このプロジェクトは、アテネには間に合いませんでしたが今も続いています。関係者のプライ
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ベートな時間とポケットマネーで進めていますので、完成を急がず、完成を急がず、根気強く
続けることが大事なようです。
桑野フィン
後フィン
前フィン
8 海のスカル
今年の 2 月、日本ボート協会が「全国川の達人大集合」とい
う大きな集会を開きました。その折の基調講演を大久保会長か
ら頼まれまして、一生懸命勉強し米国のスカルレースを調べて
いるうちに、あちらでは海でスカルを漕いでいる人の多いこと
が判りました。シアトルでは 8km から 40km の海のレースが年
に 18 回もありますし、カリフォルニアでは「カタリナクロッ
シング」という名の本船航路を横切りカタリナ島に至る 60km
の外洋レースが、もう 30 年も続いています。これに興味を持
って調べました。
当然それに使われるスカルがありまして、
“マースシリーズ”
と呼ばれるいろいろな艇の中で「マース 24」がシングルスカル
の標準艇になっているようです。60km の記録が 4 時間 50 分、これは 2000m を 10 分弱のペース
ですからかなり速いと思います。この艇は意外にも波風に強くて、船体に孔があいても漕いで帰
れるように浮力材が大量に入れてあるようです。
Maas24 型
Filippi 型 Maas24 型 Aero 型 の断面比較
私は鎌倉ではもうスカルを漕げないと思って諦めていたのですが、もしこの艇が手に入るなら、
腰が直るのを待って逗子で漕ぎたいと思うようになりました。シーカヤックより波に強くまた速
いので、江ノ島や三浦半島巡航など楽しそうです。今後マスターズに復帰するのも楽しみです。
そう言えば去る 10 月 28 日、飯田橋の駅の近くで外堀レガッタがありました。
「オリンピアン
としてダブルスカルを漕げ」と黒川君が言うので、千葉建郎君と 500m のレースを快適に漕ぎ、
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それは楽しい思いをしました。80 歳を過ぎてもやっぱり勝つのは良いものです。
外堀レガッタ
9 夢
もう一つ、ノルウェーのカヤックメーカーが一人乗りのレーシングカヤックに水中翼を付けて、
500m で 1 分 28 秒、1000m で 2 分 57 秒を出したそうです。エイト並のスピードですね。カヤック
に負けるのは嫌なので、スカルを手に入れたら水中翼を付けて、もっと速く走らせて見たいと思
っていますがどうなるでしょう。
いつまで元気でいられるのか判
りませんが、幸い腰が直りそうな
ので、出来ればこれからも漕いだ
り作ったり、ボートの楽しみを続
けられたら嬉しいと思っています。
長時間のご清聴まことに有難うご
ざいました。
(本稿は、2006.12.02 東京図南会
忘年会での講演録である)
フォイルカヤック
- 150 -
- 151 -
横
顔
東北大はボート界では地味な存在だった。過去のオリンピック代表を見ると、東大、早大、慶
大に占められ、他校は食い込めなかった。東北大は、オリンピックはおろか全日本で優勝したこ
ともない。旧制二高の部創立が明治 28 年、東北大は昭和 6 年だから伝統は古いが、地方で刺激
が少ないためレベルは向上しなかった。
堀内氏が二高出身の関係から東北大をコーチするようになったのは 4 年前。「東京の各大学に
負けないクルーをつくってローマ行きを期した」そうだ。途中、母校の東大から是非コーチにと
頼まれたが、
「クルーに惚れ込んだから」と断った。この人のコーチ法は科学的、合理的である。
ローギアの自転車に乗せて脚と競争心を鍛え、クルー一人ひとりの動きを動画にとってフォーム
を研究、加速度計で艇の動きや艇速を測ったことなどは一例で、ボート界の新兵器的な存在だ。
大正 15 年東京に生まれ、お父さんの勤務(北大)の関係で札幌へ。札幌一中、二高を経て東大
工学部応用数学へ進学した。
父・壽郎氏(現在北大触媒研究所長)は、北大をコーチして昭和 29 年全日本で優勝させ、艇・
オールに工夫を加えてボート界に「科学する心」を吹き込んだ人として有名である。お母さんは
ボート兄弟で名高い東竜太郎氏(都知事)の妹で、男女 9 人の兄弟姉妹はみなボートが趣味という
ボート一家。
10 歳の時からオールを握ったそうで、二高時代は 21 年の復活第一回インターハイで優勝。
東大では 24 年に 6 番手として全日本に優勝した。25 年に卒業してボート界の長老、千葉四郎氏
の横浜ヨットに就職。今春、日本楽器ヤマハ技術研究所に転職したが、この間、国体に 6 回出場
し 3 回優勝している。横浜ヨットでは仕事とコーチが半々。日本楽器にも「今度のコーチが終わ
ってから出勤」と契約したほどの“ボートの虫”だ。
秀才コースを歩んだが、そういう肌ではなく、汚れたズボン、運動靴をはいて戸田の土手を走
る姿は“野武士”“野牛”といった感じ。クルー全員は「細かいところにもよく気がつき、温か
い人だ」と神様のように褒めている。何事も納得主義、陣頭主
義。妙な精神主義は一切禁物だという。東大時代からのニック
ネームは“入道”。「入道ならローマで好成績を上げるだろう。
外国からいろいろなことを学んでくるにも適任だ」と期待を寄
せられている。
さとし
と も こ
家庭には敦子夫人と 哲 、倫子さんの一男一女がある。33 歳。
(昭和 35.5.9
日本経済新聞)
- 152 -
講演録
ブレードが水に引っ掛かる
位置で艇速は決まる
奥の水(後ろの水)を掴むこと
デッドポイントを合わせること
キャッチは脚のドライブで
・・・・・・・・ 155
・・・・・
・・・・・・・・ 157
・・・・・
・・・・・・・・ 158
・・・・・
ボディースピード(の運動エネルギー)は
腕で吸収する
・・・・・・・・ 161
・・・・・
ブレードが水に引っ掛かる位置で艇速は決まる
堀内 浩太郎
ボートレースを見ていて、大きく負ける艇は大抵ストロークの後半しか水を押していない。一
方勝つ艇は、キャッチ近くから水を押している。これを見ていると、水を押し始める位置(引っ掛
かりの位置)で勝負が決まることが良く判る。
良くない極端な例は、
フォワードエンドでブレードを高く上げて、大きく戻ってから叩き込む、
ストロークの中程でやっとオールが水に引っ掛かる、典型的な引っ掛かりの遅い例である。
およそ水を押すためには、ブレードが水より充分速い速度で動かねばならない。ブレードと水
の相対速度の二乗に比例してブレードの抵抗、即ち推進力が生ずるからである。さらにオールは
撓み易い。漕いでいる間先端は 15cm も撓む。しかもオールを撓ませてからでないと漕ぐ力が水に
伝わらないのである。
ブレードの動きを順次考えると、フォワードエンドに向けて出て行ったブレードは一旦止まっ
て動きの方向を変えつつ水に入り、ストローク方向に加速して、艇速で後に逃げていく水に追い
付き追い越し、さらにオールが充分に撓んで、ブレードと水の間に充分な相対速度が生じて初め
て「水を押す」という状態に入る。エイトの場合、普通 0.6 秒のストローク時間の 8 分の 1、僅
か 0.075 秒の間にキャッチを終えて水を押す体勢を作るのだからキャッチは難しく、またその分
勝敗を分ける漕法の要となる。そして非常に素早くブレードを加速しなければならないことが判
る。
引っ掛かりを早くするのに意識したいことが三つある。
一つは「奥の水(後ろの水)を掴むこと」
、二つ目は「デッドポイントを合わせること」
、そして三
つ目は「脚でキャッチすること」であり、またそれらに関連して腕の使い方について説明したい。
1 奥の水(後ろの水)を掴むこと
1—1 オールの振り出し角度によって水に追い付く速度が変わる
「奥の水・・・」はよく使われる表現だが、正に真実、オールの振り出し角度が大きくなるほどキ
ャッチが容易になるのである。艇とオールが直角になったときの振り出し角度をゼロとして、普
通は 45 度から 60 度ぐらいの振り出し角度だろう。
もしこれを 90 度振り出した時を考えて見て欲
しい、貴方は止まった水をキャッチすれば良いのでこれは簡単。振り出し角度が 60 度でも艇速の
半分の速度の水をキャッチするのでとても楽に水に追いつける。45 度では艇速の 7 割、0 度では
10 割の速度の水に追い付かなければならない(図1)。
- 155 -
図1 オールの振り出し角度(α)と水に追い付く速度(VB)の関係
1−2 振り出し角度が大きいと肩の動きに比してハンドルの動きは大きくなる
図2を見て欲しい。肩のストローク(b)とハンドルのトラベル(a)を比較すると明らかにトラベ
ル(a)の方が大きい。そして振り出し角度が 60 度の時には 2 倍、45 度の場合にも 1.4 倍に達する
のである。
図2 肩のストローク b よりハンドルのトラベル a は遙かに大きい
振り出し角度が 60 度の場合には、
このように肩の動きに比べてオールの振り角度が大きくなる
効果と、前述の捕まえる水の遅くなる効果が相俟って、水に追い付くのに必要な肩のパックスピ
ードがほぼ 4 分の 1 になり、同時にキャッチに費やされる肩のストロークも 4 分の 1 で済むと考
えられるから、圧倒的に水が捕まえやすくなる。振り出し角度が 45 度の場合には肩のバックスピ
ードは半分で済むのだが、60 度の場合の 4 分の 1 との差は大きい。
逆に考えると、充分振り出した位置で水を捕まえないとキャッチはどんどん難しくなり、水を
押せない期間が長くなり、その分加速度的に引っ掛かりが遅れるのである。だから振り出し角度
の大きいうちに水を捕まえることが、艇速を伸ばす上で最も大きなポイントになる。
- 156 -
2 デッドポイントを合わせること
言葉の説明から始める。ガソリンエンジンのピストンが上下に動くとき、上端、下端では動き
の方向が変わるために一瞬止まるところがある。ここをエンジン屋さんはデッドポイントと呼ん
でいるのでその表現を使わせて貰う。ローイングの脚、ボディ、腕、肩の動きも前後動を繰り返
すので、それぞれにデッドポイントがある。例えばシートの出切ったところ、それがシートのデ
ッドポイントである。今回は脚、ボディ、腕、肩などの各ストローク要素のキャッチでのデッド
ポイントを考える。
「尻逃げ」と言う言葉があって、これはキャッチで脚は伸びつつあるのだがその時同時にボデ
ィの前傾が増していて、脚とボディのストロークが相殺するものだからハンドルは引けない状態
を言っている。脚のストロークはデッドポイントを超えたのに、ボディのストロークはこれから
デッドポイントを迎えようとするタイミングの食い違いに問題がある。こうなると折角の脚とボ
ディの両方のストロークを漕力に生かせない。又お互いにリーチを食い合ってフォワードも充分
出せないことになる(図3)。
図3 デッドポイントが合っていない場合、合っている場合
脚、ボディ、腕、肩など、ストロークの要素を足し算でストロークに生かさないと、ストロー
クは短くなってしまう。だから「奥の水」を掴むためには、どうしてもデッドポイントを合わせ
なければならない。
これを練習するのに、
昔はバック台で棒引きの棒を誰かに引っ張って貰って体得したものだが、
今はバック台がないからエルゴでやるしかない。然しエルゴにはローターケースなど邪魔なもの
が着いていて、棒 2 本とロープ一本で練習する訳にはいかない。長さ 1m 位の太めの竹竿2本の両
端をロープで繋いでエルゴのローターの向こう側で引っ張って貰いながら感じを掴むと良いだろ
う。
この時には出切った位置で引っ張って貰ってシート、ボディ、腕、肩が延びきった感覚を覚え、
その延びきった瞬間にシャープに脚を蹴る(10cm で良い)練習を繰り返すと良い。ストローク要
素が皆延びきった状態では力を入れなくともそれ以上伸びないのだから、
充分脱力して良く伸び、
脚だけをシャープに蹴る感じを繰り返す。
- 157 -
艇の上では、振り出したオールのハンドルがフォワードエンドで身体を引っ張ってくれる感じ
が判れば、これを感じることによってデッドポイントを合わせる練習が出来るし、脱力してオー
ルに引っ張って貰う感じも理解できる。もし引っ張る力が足らないなら、ブレードネックに錘を
付けてフォワードエンドでハンドルに引っ張って貰う実感を掴み、錘を減らしながらその感覚を
錘無しでも表現出来るよう練習するのが良いと思う。そうして次の段階では、フォワードエンド
でハンドルに引っ張られてストローク要素が同時に延び切る感じと、その瞬間シャープに脚を蹴
る感じをワンセットで味わって欲しい。
延びきってからヨッコラショと引くのでは遅すぎる。実は延びきる直前から脚を蹴り、それに
よってボディのフォワード速度を止めると共にブレードの加速を早めるのが望ましい。早すぎて
もいけない、デッドポイントの 100 分の 1 秒前か?トライアル&エラーで良いところを見出すし
かない。
3 キャッチは脚のドライブで
ブレードを早く加速したいと思うとつい腕で引いたり、身体を煽って肩で引きたくなる。然し
シャープに脚をけることが圧倒的に加速を早めるのである。
フォワードエンドで脚を蹴る瞬間を考える。早く水を捕まえるためには、前述のようにバウ側
に向かって進んでいたブレードの進行方向を手早く切り替えてストローク方向の速い動きにしな
ければならない。フォワードエンドで一度止まったブレードを加速して、まず水の速度に追い付
き、水に入れる。ところが水を押すにはブレードと水との間に相応の相対速度が必要で、それま
では水を押す力が足りない。さらにオールは 15cm も撓ませてからでないと、水に力を伝えてくれ
ないのである。従ってキャッチを早く有効に押すには、素早くブレードを加速することが大変重
要になる。
では身体のどの動きが効率よくブレードを加速するのか考えてみよう。直感的には腕で、と考
え勝ちだが腕にはストロークの終期に大切な使命が待っているし力も弱い。だからキャッチの時
の腕や肩はボディとハンドルを繋ぐ糸と考えて良い。そうするとハンドルを加速するには肩も上
体も頭も加速しなければならないが、これは質量があるので加速はどうしても鈍くなる。
さてハンドルを動かしたときのブレードがどう動くかを図4で見よう。
ハンドルの引き(力)の中心からピボットまでの距離が 1m、対してピボットからブレードの圧力中
心までの距離が 2.34mあるとすると、ハンドルの動きに比べてブレードは 2.34 倍動き、その動
きに比例して加速される。
一方、加速のために脚を蹴ると船は後退し、同時にリガーもローロックも後退する。ハンドルを
固定してこのようにローロックを後退させた場合を考えると、1 だけローロックが後退するとオ
ールのレバー比の関係でブレードは 3.34 だけ動く。
- 158 -
図4 ハンドルを引いた場合と船を蹴り下げた場合のブレードの動きを比較する
次にフォワードエンドで身体の動きが止まった瞬間を考えよう(図5)。その瞬間船を蹴り下げ
るのとハンドルを引くのとどちらがブレードの加速に有効なのかを考えてみたい。
エイトの場合、船の重さを 100kg、オールを 26kg、漕手の膝から下の重さを 10kg×8 人=80kg、
コックスを 50kg とすると、蹴り下げられる重さのトータルは 256kg となる。一方膝から上の体重
は 70kg×8=560kg とすると、重量比は 1 対 2.19 である。今その二つの重量の間に脚の反発力が
働くとすると、船とハンドル(漕手)の動きの比率は重量比の逆比の 2.19 対1となる。即ち主に動
くのは船やコックスの方で漕手側の動きは小さい。
図5 蹴る方と蹴られる方の重量比
- 159 -
この動きの比率と先ほどの蹴り下げによる船の後退およびハンドルの引きによるブレードの動
きの比率を掛け合わせると、船の蹴り下げることによるブレードの動き7.31 に対して腕の引き
によるブレードの動きは 2.34 となり、蹴り下げによるブレードの動きはハンドルの引きの 3.1
倍も大きいことが判る(図6)。従って漕ぎ入れのブレードの加速の主体はあくまでも脚の蹴り下
げなのである。
図6 蹴り下げとハンドルの引きによるブレードの動きの比較
補足 コックリさん
ローマオリンピック当時のエイトのコックス、三沢君は漕手達のキャッチの激しい減速度に対
して上体を柔らかくすることで受け流していた。そのたびに頭部が頷く形となり、その動きを我々
は「コックリさん」と呼んでいた。
この動きは他校の先輩に不評なこともあったが、三沢君にはこれを通して貰った。何故こうした
かその理由を説明して今後も活用を考えて貰いたいものだと思っている。
- 160 -
図7 コックリさんをすると蹴る方と蹴られる方の重量比は
今もしコックスが身体を柔らかくして船の減速度を受け流し、その瞬間の漕手の蹴り下げに抵
抗する体重を半分にすることが出来れば(図 7)、蹴り下げられる重さのトータルが 256kg から
231kg に減り、軽くなった分だけブレードの加速が 10%良くなる。又これを腕の引きと合わせて
ブレードの動きの合計を求めるとコックスの身体を硬くした場合に比較して約 8%ブレードの加
速が良くなるのである。こうして水を捕まえるまでのブレードの加速を僅かでも良くしようとコ
ックリさんを実行したのである。
4 ボディスピード(の運動エネルギー)は腕で吸収する
我々はストローク中脚を蹴り、ボディをあおって肩を加速することでオールを力強く引いて、
これによって船を推進している。この時オールを引くと同時に重い頭や上体も加速しているのだ
が、その運動エネルギーはストロークを終わった時に一体どこへ行くのだろう?
バック台のようにこの運動エネルギーを総て腹筋で吸収するとすれば、折角の努力の結晶であ
る運動エネルギーを体力の消耗と熱に変えてマイナス効果だけを残す。さらにそれは船のピッチ
ングの動力となって抵抗まで増加させるのだからこんな勿体ない話はない。
一方、脚、ボディと繋いできた引きのスピードを腕に引き継いで、ストロークの終わりを腕で
力強く引くことが出来れば、これがボディスピードのブレーキになって上体や頭のバックスピー
ドは止まるし、その運動エネルギーはそのまま腕によって推進力に転換される。従ってこれが巧
くいけば腹筋は全く使う必要がないのである。
僅か 30~40cm の腕のストロークで吸収するのだから、当然強力な腕の引きがないと全部は吸
収し切れない。ストロークの最初から腕が曲がって残りのストロークが少ないようでは、ごく一
部しか推進力に転換することは出来ない。従ってストロークの中盤過ぎまで腕はリラックスして
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糸のようにハンドルと肩との繋ぎに徹しなければならないのである。またフィニッシュのブレー
ドワークに時間やストロークを多く費やすようでは、
有効な腕のストロークが無くなってしまう。
引き付けが余りに低いと腕を引く力も入らないし、ストロークも短くなる。勿論バランスが悪く
ても、また捻れやすい艇の場合にも十分な腕の引きは期待できない。ローマの東北大エイトの場
合、思い切ってワークを大きく取り、高い位置で腕を引き切ることを心掛けたお陰で、大きなボ
ディの動きにも関わらずピッチングが非常に小さかったのを覚えている。実際漕ぎ方によってピ
ッチングは大きく影響されるので、ピッチングの大きな艇は腕が引き切れていない船と思って良
い。
(終)
(本稿は、2008.11.07 三菱ボートクラブでの講演録である)
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