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ブラジル経済とソブリンリスク
米州動向 ブラジル経済とソブリンリスク ─ 世界的なリスク回避志向の高まりに耐えられるか ─ ブラジル経済は、欧米の債務問題や景気失速懸念による世界的なリスク回避志向の 高まりに大きく揺さぶられている。ブラジルの財政・債務状況は相対的に良好で危機 対応余力も大きいとみられるが、 「新興国売り」が加速する場合、ブラジルからの資金 流出とアジア新興国の景気失速という二つのリスクに警戒が必要だ。 リーマン・ショック後の景気後退からいち早く脱 したブラジル経済は、2010年には7.5%の高成長を達 成した(図表 1)。しかし、財政・金融引き締め政策や レアル高による輸出鈍化により、2011 年に入り成長 ペースは減速している。一方で、インフレ率は 7.2% (8 月)とインフレ目標(4.5%± 2%)を上回っていた が、世界経済の減速波及を理由に、金融政策は 8 月末 に突然利下げに転換した。おりしも、欧米の債務問題 や景気失速懸念を背景に世界的なリスク回避志向が 高まっていたこともあり、7 月に最高値を更新した レアル相場は 9 月には 2 年ぶりの安値に急落するな ど、ブラジル経済を巡る潮目は大きく変化している。 ブラジル経済は、欧米で高まるソブリンリスク(政 府債務の返済能力など国の信用リスク)を警戒した 金融市場の混乱に対する耐性を再び発揮し、成長軌 道を維持することができるのだろうか。 相対的に良好なブラジルの財政・債務状況 ブラジル自身の財政・債務状況は、欧米に比べて相 対的に良好であると考えられる。リーマン・ショック 後のブラジルの金融危機対応は、主として金融緩和 政策によるものだった。減税等も実施され、財政収支 は一時的に悪化したものの、利払い費を除くプライ マリー収支は黒字を維持している(図表1)。 金融危機後の景気対策により、欧米の政府債務が 急膨張したのに対し、ブラジルではほぼ横ばいで推 移してきた。2011 年の一般政府債務残高対 GDP 比 は 65.0%(国際通貨基金予測)と、一般的に望ましい とされる 60%の目安を超えているが、米国の 100%、 ユーロ圏の88.6%をはるかに下回っている(図表2)。 加えて、ルセフ政権は、2011 年度予算について 501 億レアル(対 GDP 比約 1.2%)の歳出削減策を打ち 出し、財政規律を重視している。米格付け機関ムー ●図表1 金融危機前後のブラジルの主要経済指標 2007 成長率 実質GDP 物価 消費者物価指数 経常収支 対外収支 資本収支 外貨準備高 財政 2008 2009 2010 2011 前年比、% 6.1 5.2 ▲0.6 7.5 前年比、% 3.6 5.7 4.9 5.0 3.1 7.3 百万ドル 1,551 ▲28,192 ▲24,302 ▲47,365 ▲50,676 対GDP比、% 0.1 ▲1.7 ▲1.5 ▲2.3 ▲2.2 百万ドル 88,330 28,297 70,172 98,543 130,947 期末値、百万ドル 180,334 193,783 238,520 288,575 349,708 プライマリー収支 対GDP比、% 3.3 3.4 2.0 2.8 3.8 政府債務残高 対GDP比、% 65.2 63.6 68.1 66.8 65.0 Ba1 Ba1 Baa3 Baa3 Baa2 ソブリン格付け(ムーディーズ) (注)1.2007∼10年は暦年。2011年については、実質GDPが4∼6月期、物価、外貨準備、金利、為替、株価は9月、経常収支・資本収支は1∼8月累計年率 換算、他は8月のデータ。 2.プライマリー収支は、利払い費を除く財政収支(過去12カ月累計)。 3.政府債務残高は、国際通貨基金(IMF) 発表の一般政府債務。2011年は予測値。 4.ムーディーズのソブリン格付け「Baa2」の定義は「財務の安全性が適当。ただし信用力を支える何らかの要素が不足しているか長期的に見て 不確実であるとも考えられる」。2011年6月20日にBaa3からBaa2に一段階引き上げ。 (資料)ブラジル地理統計院(IBGE) 、ブラジル中央銀行、IMF、 Bloombergほか 10 ディーズ・インベスターズ・サービスはこうした姿勢 を評価し、6 月にブラジルのソブリン格付けを一段 階(Baa3→Baa2) 引き上げた。 財政・債務状況からみれば、欧州の債務問題がブラ ジルに直接飛び火する可能性は限定的だ。世界的な 金融危機・景気後退が再発した場合でも、財政政策に よる対応余力は大きいといえ、長期的には成長軌道 を維持できる可能性が高い。 高まる海外からの資金流入依存 しかし、リスク回避志向の動きが強まり、 「新興国 売り」が加速する場合、ブラジルからの資金流出とア ジア新興国の景気失速という二つのリスクに警戒が 必要だ。 金融危機後、ブラジルは海外からの資金流入への 依存を強めている。レアル高に伴い貿易黒字が縮小 する一方で、所得収支やサービス収支の赤字が拡大 し、経常赤字は対 GDP 比 2%超に達している。一方 で、資本収支は経常赤字の 2 倍を超える黒字を計上 している。資金流入の内訳を見ると、直接投資と共に 証券投資の寄与も大きい(図表 3)。逃げ足の速い証 券投資は、リーマン・ショック時に大幅な売り越しに 転じ、資本収支は赤字に転落した。また、ギリシャ危 機の波及により信用不安が広がっているスペイン の金融機関が、ブラジルの対外金融機関借り入れの 37.0% (2011 年 6 月末)を占めていることもリスク要 因といえる。 ただし、資金流出時の備えは拡充されている。外貨 準備は2007年末の約1.8倍の約3,500億ドル(2011年 9 月末)に増加しており、短期的に外貨繰りに窮する 事態は想定しにくい。また、利下げに転じたとはい ●図表2 米欧とブラジルの政府債務 え、相対的な高金利がブラジルへの投資需要を下支 えするとみられる。 アジア新興国の景気減速もリスク要因 ブラジル経済は輸出依存度(輸出対 GDP 比、2010 年)が11.2%(新興国全体33.1%)と低く、海外需要の 減速に対する耐性は基本的に強いと考えられる。し かし、「 新興国売り 」 がアジア新興国の景気失速と資 源価格の大幅調整をもたらすような事態に発展すれ ば、ブラジル経済のダウンサイドリスクも高まる。 ブラジルの輸出構造は、金融危機前後で大きく変 化している。仕向け地別に見ると、2007 年時点では 米国向けが全体の 16.1%で最大のシェアを占めてい たが、2010年には中国向けが15.6%と米国(9.8%)に 取って代わり、中国を含むアジア向け(28.5%)が中 南米域内向け(20.8%)を上回るようになった。財別 では、レアル高による工業品の輸出競争力低下や資 源価格の高騰を背景に、2007 年時点では 32.8%だっ た 1 次産品のシェアが、2010 年には 45.5%と工業品 (40.2%) を逆転している。 近年のブラジル経済の繁栄は、ルラ前政権の経済 政策の功績であると同時に、資源価格の上昇の恩恵 によるところも大きい。金融危機後のアジア新興国 向け 1 次産品への輸出依存度の高まりにより、ブラ ジル経済は資源価格変動の影響をさらに受けやすく なっている点には留意が必要だ。 みずほ総合研究所 政策調査部 主任研究員 西川珠子 [email protected] ●図表3 ブラジルの対外収支 (億ドル) (%) 110 500 ブラジル 米国 ユーロ圏 100 100.0 400 300 88.6 90 200 100 80 0 70 65.0 ▲200 60 50 ▲100 ▲300 2007 08 09 10 11 (年) (注)2011年は予測値。 (資料) IMF「World Economic Outlook Database」 ▲400 2007 直接投資 証券投資 借り入れ・その他投資 資本収支 経常収支 08 09 10 11 (年/四半期) (資料) ブラジル中央銀行 11