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特集2:疥癬について

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特集2:疥癬について
特集
2
疥癬について
九段坂病院
皮膚科
大滝倫子
せた要因と考えられている。幸い、2006 年 8月よりイベル
はじめに
という内服薬が疥癬
メクチン
(商品名ストロメクトール R )
現在、高齢者介護施設など高齢者の集団生活の場で
1)
おこる感染症のなかで桁外れに多いのは疥癬である 。
に対して保険が適用され投薬が可能になった。その結
果、疥癬の撲滅に若干の希望が出てきたところである。
疥癬はヒゼンダニという体長0.4mmの小さなダニ
(図1)
が人の皮膚に寄生して起こす皮膚感染症で、人か
ら人へと感染する。この病気は従来30年周期で流行を
二つの病型(普通の疥癬、角化型疥癬)
繰り返すと言われてきた。今回の流行の始まりは1975年 2)
疥癬には普通の疥癬と角化型疥癬(ノルウエイ疥癬)
であった。前回の流行はその30年前の1945年、第二次
との二病型がある
(表1)
。両 者 ではダニの寄生数に
世界大戦の敗戦直後に爆発的におこり数年で流行は去
よる感染力の違いから感染予防対策が異なる。
った。ところが今回はすでに2006年で31年になるが終
表1 普通の疥癬と角化型疥癬の違い
焉するどころか、高齢者を取り巻く環境で疥癬の発症
疥 癬
角化型疥癬
が続いているのが現状である。東京都、神奈川、千葉、
寄生数
1000以下
100万∼200万
埼玉各県の高齢者施設で行った筆者らの疥癬アンケー
免疫力
正 常
低 下
感染力
弱 い
強 い
痒 み
あ る
不 定
症 状
赤い小丘疹
角 化
トでは特別養護老人ホームで、その80%近くが疥癬の
集団発生を経験しているという結果を得た 3)。また国全
体を対象とした2002年のアンケートでは介護療養型医療
施設で、50%に疥癬の発症があったと報告されている4)。
1)疥癬
これらのデーターは高齢者施設での近年の疥癬の流行
感染後、約1カ月の潜伏期間をおいて発症する。激し
の様相を示すものである。
い 痒をともない、胸腹部、大腿内側、腋窩、前腕や上
腕の屈側などに散発する赤い小丘疹(図2)
、外陰部や
肘頭、腋 窩などの赤褐色の小結節(これは必発では
ない)
、疥癬の特異疹で診断の目安になる疥癬トンネル
(手や指、足に好発する細い僅かに盛上がった線状の
皮疹でヒゼンダニの産卵場所)
などが特徴である。乳幼
児を除き頭頚部には皮疹を欠く。
図1 ヒゼンダニの雄雌と卵
何故このように高齢者の間での疥癬の流行が続くの
かは不明であるが、一つには高齢者の増加により、その
集団生活の場が増えたことである。
また医師を含め看護者、
介護者など医療関係者間で疥癬に対する十分な知識
がないため誤診も多く、
しかも公的に疥癬に使える薬剤が
国内になかったなどが、このような疥癬の流行を長引か
図2 普通の疥癬、腹部に散発する紅斑性小丘疹
6
疥癬について
2)角化型疥癬
(ノルウエイ疥癬) 他人のベッドで寝る、他人の寝間着を着るなどで感
老衰、重症感染症、悪性腫瘍などの基礎疾患がある
染が広がる。デイサービスなどで一人ずつシーツを
場合や、他疾患で副腎皮質ホルモン剤
(ステロイド剤)
かえないことで感染が広がる。
や免疫抑制剤を投与されているなど、免疫力の低下に
2)角化型疥癬からの感染
伴い発症する。高齢者では副腎皮質ホルモン外用剤の
普通の疥癬同様に直接接触、衣類などの間接接触
使用で角化型疥癬に移行する例も多い。
で 容易に感染する。しかし角化型疥癬では感染予防に
皮膚症状は手や体の骨ばって摩擦を受けやすい部
一層の注意が払われなければならないのは、その皮膚
位に厚い黄白色の汚い鱗屑が蛎殻のように付く
(図3)
。
から落ちる多量の落屑のためである。この落屑には多数
の生きたヒゼンダニが生息している
(図4)
。これらが飛
び散り皮膚や衣服に付着し同室者に容易に感染する。
医師、看護師、理学療法士、介護士などの衣類に落屑
が付いて運ばれ別の部屋、別の階にも拡大する。病院
内、施設内を動きまわれる患者では、食事室、浴室の脱
衣所、洋式トイレなど共通に使用する場で、直接接触が
なくても感染が広がる。老人病院、高齢者施設などでの
疥癬集団発生のほとんどが角化型疥癬患者を感染源と
している。角化型疥癬の診断が遅れると、施設や病院
の職員、さらにその家族にも二次、三次と感染が広が
図3 角化型疥癬の手、厚い鱗屑が特徴的
っていく。
手・指、肘頭、膝蓋、臀部、体幹、四肢の関節背部など
に好発、頭部や耳介も発症する。痒みは不定である。
ダニの寄生数は、普通の疥癬では 5 割の患者は 雌
成虫の寄生数が1人に1∼5匹で、最悪でも1人に千匹程
度である。結果として感染力は弱い。これに比べ角化
型疥癬では1人に100万∼200万匹と桁違いに多く、感
染力は強力である。両者での感染対策の違いはダニの
寄生数の差に基づくことが理解されよう。しかし多くの
病院、高齢者施設、介護施設では両者に対して同じ対
応をしているところがほとんどである。その結果パニッ
図4 角化型疥癬の落屑中のヒゼンダニ
クや過剰労働を生んでいる。両者をはっきりと区別した
上で、対応するべきである。
疥癬の感染経路:病型で違う
未然に感染を予防するには
皮膚の観察:早期診断のために皮膚の観察を怠らないこと
1)
新規入院患者、新入所者は入院、入所時に皮膚を良
普通の疥癬からの感染
1)
く観察すること第一である。
疥癬は肌から肌へと直接接触によって感染し、雑魚
普通の疥癬ではたとえ感染しても、その範囲は狭く
寝でも感染する。布団やベッドを介しても感染する。現
小人数の感染で処置も最小限で済んでしまうが、一旦
在ではほとんどタタミの病室はないと思われるが、高齢
角化型疥癬になると感染範囲は広範囲に及び、対応
者施設などでは 今でもタタミ室が使われているところ
もそれに応じおおごとになる。疥癬も早期診断、早期
がある。タタミ室での雑魚寝で感染する。ただし、タタ
治療が第一である。
ミの上でヒゼンダニがふえるわけではない。ふつう
皮疹の無い場合
体から離れたヒゼンダニは感染力も弱く、室温では
疥癬には約1カ月
(長いと6カ月)
の無症状の潜伏期間
動きも鈍く比較的短期間死滅する。その他、長椅子
があるので入所時に無症状でも入院後、入所後に発症
で長時間身を寄せあうなどで感染したり、認知症で
することがある。常に皮膚の観察を続けることが望ま
7
れる。また新規入院患者、新入所者が老人病院や他の介
ている入所者の皮疹が悪化し垢がついているように見
護施設からの入所であれば、
それらの施設での疥癬の感
える場合には、角化型疥癬の可能性が疑われるので皮
染状況を問い合わせておく。普通の疥癬では発症した時
膚科医に診てもらう。
点で治療を行えば、他への感染が防げる。不明な場合
にはタタミ部屋での雑魚寝はさけ、長時間他者との直接
接触を避ける。隔離や特別な予防処置は不要である。
実際に集団発生した場合
新入院患者、新入所者を対象に入所時に予防的治
入院患者、入所者の複数に同じような痒い皮膚症状
療を行う施設もあるが、最近では 3カ月ごと、あるいは
が現れる、同様な症状が看護者、介護者にも生じてくる
もっと頻繁に病院と施設を行き来する患者も多く、その
などが起きたら、疥癬の集団発生の可能性が疑われる。
度に予防的治療を行うのは疥癬治療薬の毒性を考え
表2 普通の疥癬と角化型疥癬の対応の違い
ると実行しないほうが賢明であろう。
疥 癬
治療のみが必要
皮疹のある場合
角化型疥癬
隔離(1∼2週間で良い)
治療
感染予防処置
疥癬に似て否なる疾患は数多あるので、疥癬に長け
た皮膚科医師に診てもらう。疥癬は激しい痒さを伴う
●
●
疾患で、夜間に痒みが増強するが、痒みを伴う皮膚疾
熱処理(最初と最後で良い)
殺虫剤散布
(1回で良い)
患の多くは夜間に痒みが増強する。従って痒い、特に
1)
診断の確定
夜間痒がるからと言っても、そのほとんどが疥癬では
疥癬であるかないか、さらに感染源と思われる患者
ない。けっして自己判断してはいけない。
が普通の疥癬か角化型疥癬かを確定する
(表 2 )
。
角化型疥癬では厚い鱗屑が特徴で痒みは必発では
2)感染対策委員会をつくり委員長を決める
ない。足の白癬、入浴しないための垢、紅皮症や乾癬
3)職員への周知と啓発を図る
などと誤診されることも多く、類似疾患が多いので自己
4)感染源を見つけ隔離し治療を開始する
判断は禁物である。 感染源の角化型疥癬患者を見つけ隔離し治療を開始
する。しかし慢性湿疹、乾癬、紅皮症などと誤診されて
A)普通の疥癬の場合
皮膚科医の診察で普通の疥癬と診断された場合には、
入院室、入所室はベッド部屋とし、タタミ部屋の使用を
避けるなどの注意を守り、ただちに治療を開始すれば
良い。隔離や特別な処置は不要である。
B)角化型疥癬の場合
速やかに隔離し、治療する。隔離期間は1∼2週間で良い。
隔離室内での対応、
リネンの処置などは次の項で述べる。
いたり、ミトンのなかに角化病変が隠れていたり、痒がら
ないので 垢と思われていたり見落とされることも多い。
さらに退院後に気 付くこともある。
隔離が必要なのは角化型疥癬の患者のみで、期間も
治療開始1∼2週間で良い。
5)発症している感染者を治療する
角化型疥癬からの感染者のほとんどは普通の疥癬
として発症する。治療のみで十分であり、徘徊患者
入院時、入所時に角化型疥癬の診断がつけば感染
以外は隔離の必要はない。
の拡大は防げる。疥癬の集団発生の多くは角化型疥癬
6)
感染範囲を推定し未発症者も予防的治療を開始する
を見逃すことで始まる。これを防ぐには入所時に疥癬に
角化型疥癬の早期診断を怠ると、前述のように広範
長けた皮膚科医に診てもらうことであるが、もし皮膚科
囲に広がるので施設や病院の職員及びその家族も予
医が近くにいない場合には、角化病変より鱗屑あるい
防的治療の対象となる。感染源患者の行動範囲が広い
は落屑を一片
(ベッドに落ちているものから検出される
場合には共同の食堂、風呂場の脱衣室、洋式トイレな
こともある)
を取り、鏡検してくれる検査施設に送ること
どを使用していた人々も対象となる。集団発生がおさま
でも診断はつく。
らない施設では、潜伏期間にある無症状の感染者を放
2)普通の疥癬を角化型疥癬にしない
置することから再燃している。
高齢者では普通の疥癬がステロイド剤の外用、内服
なお普通の疥癬でも病室、居室が畳部屋だとか、ま
。高齢者にステ
た洋室でもベッド間が極端に狭く布団が重なり合う場
ロイド剤を用いる場合には常に疥癬でないことを確か
合、または認知症などで他人のベッドに潜り込む、他
めることが大事である。ステロイド剤による治療を受け
人の衣服を着る、あるいは長期間他人と肌の接触があ
などで角化型疥癬となることが多い
8
5、 6 )
疥癬について
る場合などでは感染し集団発生を起すことがある。感
るもので、普通の疥癬患者には不必要である。ただし
染が予測される場合には予防的治療が必要となる。
隔離前の角化型疥癬患者と同室だった患者、特に隣の
7)隔離室内など角化型疥癬患者からの感染予防
ベッドで寝ていた患者の布団、シーツなどの寝具は角
角化型疥癬の落屑中には多数のヒゼンダニが生き
化型疥癬患者と同様の処置(熱処理など)
を行う。
ているので感染予防処置が必要である。 室内作業
おわりに
隔離室内での作業は予防着と手袋を着用し、患者接
触後はビニール袋に入れ密閉し熱処理する。角化型
2006年 8月より内服薬イベルメクチン
(ストロメクトー
疥癬患者を他の部屋に移す場合には使用したベッド
が疥癬に対し保険が適用されるようになり、投薬
ルR)
や寝具は2週間使わないか、あるいは必ず患者をベ
できるようになった。これにより以前には外用剤の全身
ッド寝具ごと隔離室に移動する。けっしてすぐ次の
塗布を必須とされた疥癬の治療が患者にとっても医療
患者を、そこに寝せてはいけない。感染経路で述べ
側にとっても楽になった。しかし、それでも角化型疥癬
たようにベッドやシーツを介して次の患者に感染す
を見逃すとか、普通の疥癬を角化型疥癬にするなどで、
る。ベッドごと移動は普通の疥癬にも適応される。
容易に集団発生が 起こるので、常々皮膚のチェックを
熱処理を行う
怠らない注意が大切である。
ヒゼンダニは 熱に 弱く50℃10分の加熱で 死 滅 す
る。従って寝間着、シーツなど熱湯に漬けるなど熱
処理できるものは熱処理する。洗えない布団などは
熱乾燥車などで熱処理する。シーツなどの交換にさ
引用文献
いしては落屑が部屋に飛び散らぬように注意し、ビ
1)稲松孝思:高齢者施設と疥癬対策,編集日本感染症学会,
ニール袋などに入れ密閉し、そのまま熱処理しても
良い。掃除機で良く掃除をするだけでも飛び 散って
いるものは処理できる。ヒゼンダニは高湿度、低温の
場合(気温12℃、高湿度)
、2週間生存したという記録
がある。角化型疥癬患者 の使用していた部屋、ベッド
寝具の類は 2 週間接触を絶ち、衣 類もビニール 袋に
院内感染対策テキスト改訂4版,
176−183頁 ,へるす出版.
2)大滝倫子:西日皮膚,40:668−672 ,1978 .
3)大滝倫子:皮膚病診療,19:468−472,1997.
4)全国老人保健施設協会:疥癬対策マニュアル,2003年,
全国老人保健施設協会,厚生科学研究所販売.
5)N.Ohtaki,et al.
:JD,30
(5)
:411−416,2003.
6)大滝倫子ほか:臨皮,59:692−698,2005.
詰めて口を閉じ2 週 間 放 置する。これが一番 安価で
確実な処置である。 殺虫剤を使う
熱処理できないものには殺虫剤を用いる。角化型疥
癬の隔離室、隔離前にいた病室、隔離室の壁、床、
カ
ーテンなどに殺虫剤を散布する。いずれも隔離時1回
で十分である。使用する殺虫剤はピレスロイド系の殺虫
剤が良い。同剤は即効性があり、人に対する毒性は低
い。この系統のペルメトリンは外国では疥癬の治療に
用いられている。エアゾールや燻煙剤が簡便である。残
効性があるので一度の処置でよい。角化型疥癬患者の
ほとんどはベッドから動けない程の重症患者が多いので
隔離室だけの処置ですむが、中には共同風呂、食堂、
洋式トイレなど広範囲に施設内を移動することもあり、
そのような場合にはその移動場所にも同様の殺虫剤に
よる処置が必要となる。
繰り返しになるが、患者の隔離、熱処理、殺虫剤噴
霧などの処置はあくまでも角化型疥癬患者のみに対す
9
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