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臆病少女は世界を暗躍す。

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臆病少女は世界を暗躍す。
臆病少女は世界を暗躍す。
池中織奈
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
臆病少女は世界を暗躍す。
︻Nコード︼
N7693CI
︻作者名︼
池中織奈
︻あらすじ︼
︽姿無き英雄︾と呼ばれる存在が居る。人の前に姿を現さず、だ
けれども確かに存在し、人の手助けをしてきたもの。強さこそ全て
とも言えるようなこの世界で強者として存在する︽姿無き英雄︾の
正体は一人の少女だった。
︱︱︱この物語は、自身が前世でプレイしていたVRMMOの未来
の世界にやってきた少女が二度と死にたくないという思いから、自
分より強者におびえながらも貪欲に強さを求め、ひたむきにこそこ
1
そと生きている話である。
※以前公開していたVRMMOの世界に転生した私の長編版
※我が道を行く少女の物語なので、人によっては不快な思いをする
ものもいるかもしれませんので注意してください。
2
プロローグ
霊榠山と呼ばれる巨大な山がある。
その標高はおよそ二千メートルにも及び、山頂から麓まで絶えず
白い霧が立ち込めている。そしてこの場所は自然に存在する魔力量
も普通よりも圧倒的に多い。
霧に覆われていることもあり、視界は定まらない。誤って入って
しまったものは遭難してもおかしくないレベルの視界の悪さだ。
それに加えてこの山には多くの魔物が住んでいる。
魔力のあふれるこの場所の魔物達は、一般人では太刀打ちができ
ないほどの強大なものが多い。
よっぽどの馬鹿が、よっぽどの実力者しか好き好んではいらない。
この場所はそう言われているような危険地帯だった。
そしてその危険地帯で最も危険だといわれている魔物が、ホワイ
トドラゴンと呼ばれる七メートル以上の巨体を持つ存在だった。
その存在のねぐらは山頂付近にある洞窟である。
その近くには山頂から麓まで大きな川が流れており、その近辺で
よくホワイトドラゴンは目撃されるという。その噂を知っている者
も多く、この山に入る事が出来る実力者であっても山頂付近には滅
多に人は近づかない。
だというのに、その巨体がすっぽり入るほどの洞窟へと近づく一
つの人影があった。
その人はこの霧の中では紛れてしまいそうな純白のローブを身に
まとい、頭にはフードをかぶっている。加えて目の部分だけがあい
ている仮面をつけていた。
そして腰には二つの長剣と一つの刀が下げられていた。
その人はためらうことなく洞窟の中へと入っていく。
洞窟の中に肢体を地面につけて座り込んでいる真っ白な鱗に覆わ
3
れた存在が居る。
頭から生える二本の長い角は人の体なんて簡単に貫通してしまい
そうなほどの鋭さを持っている。
微かに開いた口からは、全てをかみ砕いてしまえそうなほどの凶
悪な牙がのぞいていた。
人なんて丸のみ出来てしまいそうな凶悪な存在の黄色く光る目は
洞窟へと 入ってきた人影に欠片も反応を示さない。
それはまるで誰もそこには存在していないかのようなふるまいだ
った。
実際にそのホワイトドラゴンはその存在に気づいていなかったの
だろう。
人影はホワイトドラゴンのほうへと躊躇いもなく近づいていく。
足音も立てずに近づいていく人影は明らかにそれの視界に入ってい
そうなのに気づかれていない。
そうして近づいたその人物は腰にかかげていた二つの双剣を両手
に取る。
漆黒の色を帯びた長剣を右手に、白銀の輝きを持つ長剣を左手に
おさめると、それを思いっきりホワイトドラゴンの巨体へと向けた。
振り下ろされた二つの剣はホワイトドラゴンの体を切りつけるか
と思われたが、音と共にはじかれた。
振り下ろされた双剣とホワイトドラゴンの間には気がつけば半透
明に光り輝く板があった。それは切っ先がホワイトドラゴンに届く
事を許さない。
剣の切っ先とその板がぶつかれば、ようやくホワイトドラゴンは
その黄色い目をその場にいるただ一人の人物に向ける。
﹁⋮⋮リアか。相変わらずだな﹂
視線を向けてホワイトドラゴンから発された声は驚きでも敵意で
もなかった。
親しみにあるような言葉が渋い声で発せられる。
﹁あーあ、やっぱりルーンには防がれちゃうか﹂
4
光り輝く板︱︱︱ルーンと呼ばれたホワイトドラゴンによって出
現した︽光障壁︾と呼ばれる魔法と剣がぶつかり合ったのを見て、
その人物は残念そうに声を上げる。
それはこの場には不釣り合いなまだ若い女の声だった。
﹁当たり前だろう。俺はまだ十五歳の小娘にやられるほど鈍った
つもりはない﹂
ふんっと鼻を鳴らしたような声がルーンから放たれた。
﹁不意打ちぐらいあたってくれてもいいのにさ、一度もあたんな
いんだもん。本当、世界には上には上がいるなって実感させられて
怖いもんだよ﹂
嘆くかのように、そんな言葉を口にしたリアと呼ばれた少女は両
手に持つ長剣を構えてルーンに向かって笑いかけた。
﹁さ、ルーン。やろうか。私前よりちょっとは強くなったと思う
んだ﹂
それからリアとルーンのいつも通りの死闘が行われる。
リアの言葉と共に洞窟の外へとルーンが飛び出す。
大きな翼をひろげて、霧の立ち込める空へと一気にルーンは飛び
上がった。
同じく外へと出たリアを見下ろす形でその黄色い眼光が見つめて
いた。
Macht︶
wir
w
巨大なドラゴンに見下ろされているというのに彼女は怯む様子を一
切見せない。慣れた様子で行動に出た。
große
dunkle Dunkelheit.Beten
﹁暗黒なる闇に願おう。大いなる力を願おう。︵Beten
ir
für
5
w
genan
das...
Hölle
業火なる炎を求めよう。求むは業火なる炎。︵Fordern
der
Flammen
die
ir
nannte
Hölle︶
Flamme.Flame
der
nte
Flammen
ich
und
es
Feuer
da
produzie
Flamme︾︶﹂
werde
Dunkelheit
und
Sie
闇と火を混ぜ合わせ、私はそれを発現させよう︵Vermisch
en
mit,
ren︶
︽黒炎︾︵︽Schwarze
リアの口から放たれたのは地球でいう西洋諸国で使われる言語で
あった。 この世界で魔法を扱うにあたり、つかわれる言語はそう
いうものであるという設定がされている。
リアが放ったのは︽黒炎︾と呼ばれる︽合成魔法︾である。
人は魔力と属性適正を持つ。
大抵の人の属性適正は二、三個だ。
それらの異なる属性を混ぜ合わせて発現させる魔法が︽合成魔法
︾と呼ばれるものである。
禍々しい黒がその場に出現する。
闇色の炎が不気味にとぐろを巻き、燃えていた。
それは、ルーンへと真っすぐ向かっていく。
上空でルーンはひらりとその魔法を交わす。巨体にも関わらず、
信じられないほどのスピードだった。
リアは空を飛びあがるルーンを追いかけるように空気を踏む。そ
うして空の上を歩く。
それは︽空中歩行︾と呼ばれるスキルの効果である。
リアはMPを消費しながらも空中を慣れた様子で駆けていく。
真っ白な鱗のドラゴン︱︱︱ルーンに、白と黒の対になった長剣
6
を手に空をかけるリア。
霧の中で繰り広げられるそれは酷く幻想的だった。まるで世界中
で語られる英雄譚の一面のような光景である。
︽瞬速︾というスピードを強化するスキルを使用し、リアは一気
に空を駆けた。
そうしてその速度に乗せて、長剣を振り下ろす。
が、それはルーンにはあたることはない。
身をひるがえし、ルーンは華麗に空を舞っている。
暫撃を避けたかと思えば、リアの方を向き、その口を大きく開い
た。
その口はリアの方へと向けられており、口内に赤く光る何かを見
たリアは一気に焦ったように︽瞬速︾のスキルを使用した。
muro
di
oscurità︾︶﹂
空を常人では理解できないような速度で駆けあがるリアはそうし
ながらも言葉を紡ぐ。
﹁︽闇障壁︾︵︽Un
そんな言葉と共にリアとルーンの間に出現するのは、夜の色をま
とった黒色の一つの障壁である。
魔法名のみで発動された︽闇障壁︾と呼ばれるそれとルーンの口
から放たれた炎がぶつかり合う。
障壁を発動させ、︽瞬速︾を使っているというのに少なからず体
にぶつかった炎にリアは急いでその火炎の射程距離から離れて行く。
そうする中で完全に距離を置く頃には火炎から体を守っていた障
壁はピキッという音と共に崩壊していく。
﹁癒せ! 癒せ! 癒せ!︵Guérissez−le! Gu
7
fâchée
gu
bles
de
ma
érissez−le! Guérissez−le!︶
voix
我の傷をいやしたまえ。︵Guérissez
sure︶
︽怒りの怒声︾︵︽La
érir︾︶﹂
慌てて体を回復させるための魔法を行使し、リアはまっすぐにこ
ちらに飛びかかっていくルーンを見据える。
体制を立て直している暇などそこにはない。
咆哮を上げて迫ってくる姿には圧巻されるものである。
﹁⋮⋮うん、覚悟してルーン﹂
向かってくる姿に決心をしたように空中で見つめたリアは飛びか
dar
lo
cosa
una
l
oscuridad
llama
ama;
usted︶
y
a
la
かってくるルーンを相手にしながらも一つの魔法の詠唱を始める。
quiero
﹁あなたに捧げたいものがあるのです。︵Hay
que
それはまじりあいしもの。︵Una
cosa︶
agua︶
oscuridad.La
el
la
炎は闇を纏います。闇は水を纏います。︵La
leva
lleva
la
llama
y
roja
en
mezcla
赤き炎と、暗き闇と、青き水はその場で混ざり合うのです。︵La
con
oscura
azul
mancha︶
agua
oscuridad
de
la
8
el
y
quema
todo
ex
t
disimular
oscuridad
agua
la
fuego
火は全てを燃やしつくし、闇は全てを飲みこみ、水は全てを覆い
こむでしょう。︵El
y
haustivamente
todos
todos︶
raga
á
baile
bullici
さぁ、三つのそれを混ぜあわれた乱舞を見せてさしあげましょう。
un
tres
con︶
a
los
mostraré
mezcló
︵OK,
oso
de
debe
tener
un
vis
de
magia
atributo
la
desesperación︶
mirada.Y
さぁ、ご覧なさい。そして、絶望を垣間見るといいでしょう。︵
OK,
lumbre
de
bullicioso.︾︶﹂ composición
︽三大属性合成魔法:乱舞︾︵︽Tres.
de
tamaño:Baile
戦いの中で詠唱された言葉が、魔法として現実に体現する。
現れるのは、燃え上がる炎に、力強く流れゆく激流、そして不気
味な黒い物体。
それは︽火属性︾と︽水属性︾と︽闇属性︾の三つを合成させた
︽乱舞︾と呼ばれる魔法であった。
リアの使える魔法の最大の魔法である。その分、使うのは難しい
ものだ。
︽乱舞︾は複数の属性を乱れ舞うかのように出現させ、一気に敵
を鎮める魔法だ。
轟々しく燃え上がっている炎の塊が、いくつもルーンへと向かっ
ていく。
半透明に輝く激流が、真っすぐにルーンへとぶつかっていく。
9
夜を表す闇の球体が意思を持っているかのようにルーンに向かっ
て動いてく。
赤と青と黒。
その三色が真っ白な鱗を持つドラゴンを彩るかのように囲んでい
た。
ただそれに簡単にやられるようなルーンではない。
a
y
hago
la
mantener
deseo︶
de
lo
ataque
viejo
el
mi
detiene︶
mi
defensa
de
la
absolu
pa
ataque.︶
a
de
vuel
﹁妨げ! 防げ!︵¡Obstrucción! ¡Impíd
alo!︶
enemigo
我が宿敵となりし者の攻撃を全て防ぎとめよ。︵Me
mi
lo
todo
y
impide
vo
e
persona
それが、我が望みである。︵Es
amable
いかなる攻撃も通さんとせよ。︵Va
cualquier
mostrar
今こそ、我が絶対防御を見せる時が来た。︵Tiempo
ra
vino
ahora︶
ta
mal︾︶﹂
prevención
contra
︽四方結界︾︵︽Cada
dirección
10
︽四方結界︾と言う名の四角い防御壁をルーンが完成させようと
口を動かしている時には、リアはもう動き出していた。自分の放っ
た危険な魔法の中に躊躇いもせず体を突っ込ませていく。
手に持っていた双剣をしまうと次に腰にかかげていた一つの刀を
取り出す。
そしてルーンの後ろに回り、防御壁の弱点︱︱︱魔力のあまりと
おってない場所を刀でさして、それを崩壊させる。
そのままリアは襲いかかろうとしたのだが、それは即座に反撃に
出たルーンにはばかれた。
リアはそのルーンの大きな白い尻尾により、叩きつけられる。
障壁を張ったものの、衝撃は大きい。
少しふらついたリアに向かってルーンは追撃をかます。
そうしてその後の約十分ほどの攻防の空中戦の中で、リアは思い
っきり地面にたたき落とされた。
どうにか受け身をとり、致命傷は避けたもののその頃にはMPの
消費と体の痛みで立ち上がることができない。
地面に刀をさして、それを手に体を支えるリアははぁと悔しそう
な溜息を吐くと手を挙げた。そして霧の中で翼を広げているルーン
に言う。
﹁ルーン、降参よ﹂
大きな声でリアがそう言えば、ルーンはうなづいてドスンッと地
面に着地する。
お互い負傷しているもののルーンはほぼ無傷である。その様子に
おなご
リアは何処か不機嫌そうな態度だ。
﹁相変わらず十五の女子には思えない強さだな﹂
﹁いつか絶対勝って見せるから覚悟しといてね。それと、私に回
11
復してもらっていい? 結構きついんだよね﹂
関心したように口開くルーンに、リアがそう言えば、ルーンは回
復魔法のために口を開くのであった。
*
戦闘の後、ルーンの寝床の洞窟の中にルーンとリアは居た。大き
なルーンの巨体を背もたれにして座り込んでいるリアはふと口にし
た。
﹁あ、そういえば私もうすぐ学園行くからしばらく来ないから﹂
﹁⋮⋮学園に行く必要あるのか? お金なら一生生きていけるほ
どあるとこの前いってなかったか?﹂
﹁お金は沢山あるけど資格取るためには学園通った方が楽なんだ
もん。薬師とか事務員の資格ほしいんだよね。それに何か面白いも
のあるかもでしょ?﹂
ルーンの寝床の中だからなのか、仮面をはずしフードをはずした
リアは笑ってそういった。
リアはこの世界では珍しくもない茶髪に、灰色の瞳を持つ。肩ま
で伸びる栗色の髪はストレートで、真っすぐだ。
﹁資格がほしいのか﹂
12
﹁そう。もちろん、魔物討伐もやるけどさ、それ以外の時は普通
に平凡に交じりたいんだよ。私は!﹂
﹁ギルド最高ランクの癖に平凡に交じりたいとは相変わらず変わ
ったやつだな﹂
あきれたように声を上げるルーン。そんなルーンに体重をかけて
座り込み仲良く話すリア。
もし二人︱︱一体と一人を見る者がいればさぞ驚いたことだろう。
﹁さてと、ルーン。私帰るから、またね﹂
﹁ああ﹂
リアはしばらくして立ち上がると仮面を装着して、ルーンに向か
って笑った。
ルーンが頷いたのを見て、そのままリアは︽瞬速︾を発動させて
一気に山を下りて行くのであった。
死闘を繰り広げ、会話を交わす。
それが霊榠山の主と呼ばれる危険度MAXとされるホワイトドラ
ゴンとギルド最高ランクを保持する︽姿無き英雄︾と呼ばれる少女
の友情の形であった。
13
ぼっち︽英雄︾の入学初日のこと。1
﹁それではこれより諸君はこのクラスの仲間だ。これから仲良く
するように﹂
四十人ほどの生徒達が存在する教室。その教壇に一人の若い男性
が立っている。このクラスの担任を務める事になったその赤髪の教
師は生徒達の顔を見つめて、そんな風に声をかけた。
このアルフィルド学園は十五歳から十八歳までの生徒が通う場所
で、魔法や武器の扱い方から、歴史など様々な事を学ぶための学園
の一つである。
特にこの学園では戦いを率先して教える場所で、此処を卒業した
というだけでステータスになる。卒業生の中には警備兵や軍人、ギ
ルド員として名を響かせている者も多く居る。
そんな学園の教師を務めるものはそれなりに戦闘経験があり、生
徒達よりも一回り上のレベルを保持している存在だ。最低でもレベ
ル六十を超えていなければ教員になる事が出来ないほどである。
自分達よりも強く、それでいて外見も良い男性教師に騒いでいる
女子生徒も教室内には何人もいた。
そんな様子を全く興味がありません、といった様子の少女が居る。
十五歳に見えないほど幼い顔立ちをしていて、髪はショートカッ
トの茶色である。
入学式が終わってすぐの教室でのホームルーム。
大抵の生徒は新しい環境になれようとするものであろうし、友人
を作ろうとするものであろう。
しかし少女︱︱︱リアは正直そんなもの興味がなかった。
学園に通うのは新しい発見と資格を手に入れるためであって人と
なれ合うためではない。
というよりリアは︽一匹狼︾という称号︵単体行動を好むことに
14
よって手にはいる称号で、要するに所謂ぼっちが手にするものであ
る︶を持っているほどに交流関係は狭く、人づきあいは苦手だ。
友人が霊榠山に住まうルーンだけという周りから見れば寂しい少
女である。まぁ、幼馴染やギルドでの知人は別にいるわけだが。
此処は戦う事を学ぶための学園であるため、教室内だというのに
生徒達はそれぞれ自身の武器が持ち込まれているのも自然な光景で
ある。
現にリアも長剣を一本机に立てかけている。
﹁まずはステータスを見せてもろおうと思う。呼ばれた順にこち
らに来るように﹂
担任であるギルタース・ガリオンがそんなことをいって、ステー
タスの確認がはじまる。
ステータス︱︱︱それは個人のレベルから、スキルのレベル、所
持している称号までもが書かれているものである。STRは力、V
ITは生命力といったようにネットゲームで使用されているような
そのまんまである。
スキルはその人物の行動により手に入るもので、そのスキルを使
用することによってレベルがある。個人のレベルは魔物を倒すかス
キルを発動させ経験値を稼ぐことによって上がるものだ。
称号は個人の行動によって手に入り、攻撃力や素早さなど様々な
ものに影響するものだ。
ステータスは本人がオープンするか、︽分析︾というある条件で
手に入るスキルによりみることが出来る。二つの違いはオープンな
ら誰でもそのスキルを見る事が可能だが、︽分析︾ではスキル行使
者以外には見る事は不可能である。
ただし︽分析︾のスキルを使おうとも自身よりもレベルの高い者
のステータスは見れないし、︽隠蔽︾というスキルがあればステー
タスをいじくる事も可能だ。
リアは教師の方へと向かっていく生徒達を︽分析︾する。
強い人はいないか、面白い人間はいないか。
15
ただのその好奇心から教師にもクラスメイトにも悟られないよう
にそのスキルを行使していた。
︵三十三、二十五、十六、二十⋮⋮んー、やっぱり十代の学生と
なるとレベル十∼二十五が平均的か。今の所、クラスの最高レベル
も三十⋮⋮と次は、ってん?︶
リアはつまらなさそうに息を吐きながら、次の人物に視線を向け
て少し驚いた。
その人物の名はティアルク・ルミアネス。
それは美しいの一言に尽きる少年だった。
窓から差し込む光がその金色の髪を輝かせていた。ルビーのよう
に煌めく赤目は、酷く美しい。学園で指定された緑色のブレザーを
着ていても彼が着てるというだけで何か特別なものに感じるほどだ。
その天使と称するにもふさわしいような神秘的な美しさに、幾人
かの女子生徒達がその外見に感嘆の息を吐いていた。
そんな彼のステータスはただ︽分析︾するだけではこう見える。
ティアルク・ルミアネス。
年齢 十五歳。
種族 人間、
レベル 三十一。
STRやVITなどの能力やスキル、称号は省略してあるそれに
リアは違和感を感じ、心の中で面白そうと呟くと、︽分析︾のスキ
ルをもう一度発動させる。
そうすれば今度はまた違ったステータスが見えてきた。
どうやら︽隠蔽︾のスキルを使っていたらしかった。
リアよりも彼のレベルが低いため、︽隠蔽︾されていようとリア
は彼のステータスを見る事は可能である。最もいくらレベルが相手
16
よりも高くても ︽隠蔽︾に気づかなければ本当のステータスは
見れるものではないのだが。
彼の本当のステータスはこうであった。
ティアルク・ルミアス。
年齢 十五歳。
種族 人間。
レベル 七十一。
見えてきた本当のレベルにリアはおお、と感心して詳しいステー
タスを見る。
HPやMP、STRなどの能力は特に興味がないので、スキルや
称号で面白いものはないかと︽分析︾のスキルで見てみる。
︵︽男の敵︾、︽ハーレム属性︾、︽鈍感︾⋮⋮何だこの何かの
主人公っぽい称号。というか、︽ギルドランクA︾ってあれか。強
い事を隠して学園生活を送る物語の主人公って感じだね。現実でこ
んなあからさまな主人公君が居るとか、びっくり︶
十五歳程度の年でレベル七十一なのは異常な事なのだが、リアに
とってはそのレベルよりも称号に関心がいくものらしかった。
ギルドとは魔物退治から護衛まで幅広くこなす何でも屋の総称で
ある。
ギルドは所謂中立の立場にある機関であり、国家間の機関に所属し
ておきながらギルドに所属する事は出来ない。
リアもギルドに所属している一員であるため、面識はなかったも
ののティアルク・ルミアネスは同僚にあたる。
﹁次、リア・アルナス﹂
ティアルク・ルミアネスのステータスを見ている間に、いつの間
にかリアの番がやってきたらしい。
17
リアは教師の言葉に﹁はい﹂と返事をして、席を立つ。
席を立った時、リアを見て何人かの生徒達がひそひそと小声で会
話を始めた。
時折、﹁え、小さい⋮﹂、﹁あの子、本当に同じ年?﹂などとい
う囁き声が聞こえてきて、リアは不機嫌そうな表情を浮かべていた。
リアの身長は今年十六になるというのに百四十一センチしかない。
女性の平均身長が百六十五センチ以上のこの世界では低すぎるとい
える身長である。
リアはそんな声を気にしてない様子で教壇へと近づいていき、ス
テータスをオープンさせる。そこに書いてある称号を見て、教師は
眉をひそめた。
そこに表示されているのはこうである。
リア・アルナス。
年齢 十五。
種族 人間。
レベル 十五。
スキル ︽闇属性level 11︾、︽火属性level 9
︾、︽我流剣術level 9︾、︽浮遊level 3︾。
称号 ︽活字中毒者︾、︽臆病者︾。
その教師が眉をひそめていたのは︽臆病者︾という称号に関して
だった。
この称号はその名の通り、おびえ続ける事で手に入る情けないも
のだ。持っていると馬鹿にされる事も多いものだ。そんなス称号を
所持している生徒がクラスに居る事がお気に召さなかったらしい。
この世界、強い事は正義である。
魔物の危険性、人間同士の争い。
18
この世界には驚くほど多くの危険が溢れている。それ故に強さに
誇りと自信を持ち、向かっていくものが多い。
そんな強さに誇りと自信を持ち、強敵と戦ってきた経験のある目
の前の人間にとって︽臆病者︾などという称号を持っている人間を
軽蔑でもしているのだろうとただリアは感じた。
特にこの学園は強くなるための場所であるからなおさらその傾向
は強い。
要するにこの世界は脳筋が多いのだ。
﹁⋮⋮戻ってよろしい﹂
﹁はい﹂
ただそこは教師だからかその場で何か言う事はなかったが、その
目にはこんな生徒を持つなんてという視線がありあふれていた。
開かれたステータスを見たらしい生徒達が、︽臆病者︾の文字に
こそこそと話し始めた。
リアはそちらに視線も向けずに自分の席に戻っていった。
その後、生徒達が交流を深めるための時間となったもののリアは
鞄から取り出した本を読み始め、周りと関わる気は一切ないようだ
った
交流を深めようと騒いでいる生徒達の中では、読書に夢中になる
姿は明らかに浮いていた。
時折話しかける生徒もいたのだが、あまり会話が弾まず結局リア
は誰とも仲良くなる事がなかった。
そのクラスの中で生徒達と絡もうとしない生徒はリアを含めて二
人。カトラス・イルバネスという少年とリアだけであった。
19
ぼっち︽英雄︾の入学初日のこと。2
自己紹介や交流といった初日の学園生活が終われば、リアは一つ
のスキルを発動させてから学園の中を歩き回っていた。
このアルフィルド学園は国内でも随一の魔法学園と名高いだけあ
って、その広さは相当なものである。
一学年の数はおよそ六百人にも及び、三学年合わせて千八百人近
くが此処に通っている。この国は異種族差別がないためあらゆる人
族︱︱︱人間、有翼族、エルフ、竜族など様々な種族が集う事が出
来るのもこの学園の生徒数が多い理由の一つだろう。
一学年の教室が存在するのは学園の西に存在する第一錬であった。
南には第二錬が、北には第三錬があり、中央部にはトーナメント戦
や決闘などが行われる際に使われる巨大な闘技場がある。
初めて来た人は道に迷いそうなほどにこの学園は巨大だった。
そしてリアが向かっている訓練所は学園の東に存在していた。
リアは鞄を手に通路をのんびりと歩いている。
すれ違う人達はまるでリアがそこに存在していないかのように視
線を向ける事さえしない。
移動をするリアからは足音さえも響かない。
誰にも視線さえ向けられる事なく、そのまま歩き続けリアは目的
の場所に到着した。
訓練所の扉の前で立ち止まる。
生徒達が訓練するための訓練所には学園の生徒か関係者以外入れ
ないようになっている。生徒は生徒手帳を指定の場所にかざす事で、
訓練所に入る事が可能である。
そして訓練所の最も特徴的な所は屋根がないということだった。
上空が開け放たれているとはいっても侵入者や雨の心配はいらない。
そこには結界と呼ばれる行く手を拒むものが存在しているのだ。
20
︽結界︾は人が魔法を使い発動させるものであるが、その仕組み
を常に展開出来るようにしているのだ。
リアももちろん、その事は承知である。
︵そのまま入ったら見つかって面倒だしなぁ。って事は⋮︶
そんな風に考えてリアはその場で跳躍し、︽空中歩行︾のスキル
を使って空気を踏み、一気に空へと浮上する。そして訓練所の壁よ
り高い位置で立ち止まる。
リアは結界の外側から中を覗き込む。
訓練所は多くの生徒が訓練を出来るようにとそれはもう広い。此
処で学年全体で授業がある場合もあるため、六百人が自由に動ける
ほどの大きさはあるのだ。
︵二十二、三十、十九、二十一、三十五⋮⋮それに四十二︶
魔法を放ち、剣技を振る舞い、模擬戦を行う。
そんな生徒達をリアは空中から見ている。ついでに︽分析︾スキ
ルを行使し、レベルの確認も行った。
ある程度生徒達のレベルを見た後、この中でレベル四十二と言う
学生にしては高いレベルを保持している生徒へと視線を向ける。
その生徒は一言で称するならば筋肉ムキムキな長身マッチョであ
った。
季節は肌寒さの感じる春だというのに何故かその生徒は半袖のシ
ャツを着ている。その脇には制服の上着が放り捨てられている事か
ら、自ら脱いだ事が見てとれた。
そんな生徒の頭に毛は一本も存在しない。つるつるのハゲである。
坊主頭の長身のマッチョ男。
そんな生徒をリアが実際に︽分析︾してみた所、STR値が他の
値に比べて飛びぬけて高かった。
その人のステータスを見て、リアはただ思考する。
︵あの飛びぬけて高いのが生徒会長⋮⋮。この学園でもトップク
ラスか。そしてあっちの人が副会長、INTが高いわね。てか生徒
会長、長身ムキムキマッチョで、坊主頭とかなんかうける︶
21
思わず笑いそうになるのを抑えながら、リアは会長の次に一人の
女子生徒へと視線を向けた。
その女子生徒のレベルは三十五。
生徒会長ほどではないとはいえ、その年にしては高い方である。
会長が物理的な攻撃の訓練をしているのに対し、彼女は魔法を練
習しているようだった。
副会長は美しい空色の髪を腰まで伸ばしていて、目は吊り上って
いて少しきつい印象を人に与える。
︽分析︾で見る限りのINT値︱︱所謂魔法やスキルの効果に影
響するステータスの値は会長よりも僅かに高い。そこから彼女が肉
体戦より魔法やスキルでの戦いが得意なのがわかる。
ステータスはその人がどのように生きてきたかによって色々と差
があるものなのだ。
︵それに生徒会長はユニークスキルも発現してる。︽筋肉こそ力
なり︵マッスルパワー︶︾とか本当ふざけた名前だよね︶
︽分析︾して相手側にばれないようにステータスの確認をする中
で見つけた文字にリアは顔をしかめた。
ユニークスキルとはそれぞれ個人に発現するその人だけのスキル
の事をさす。個人個人のレベルやスキル、行動などが影響して生ま
れる自分だけのスキルなのだ。
それは人の生き方によって違う様を現す。だから似ている事はあ
っても完璧にかぶる事はない。
そしてユニークスキル名は名前だけでは効果がわからないものも
多くあるのだ。会長のユニークスキルもそれである。
︽分析︾のスキルのレベルが七十を超えていて、それでいてみた
い相手とのレベル差が二十以上開いていれば相手のスキルの内容ま
で見る事も可能である。
とっくに︽分析︾のレベルが七十を超えており、会長とのレベル
差が二十どころではないリアは︽分析︾のスキルを行使し、そのユ
ニークスキルの内容を見た。
22
︽筋肉こそ力なり︵マッスルパワー︶︾。
筋肉への信仰心の高さによりその体を鋼のように硬くとも、鈍器
のように重くとも変化させるだろう。その効果はSRT値とVIR
値に影響する。
その内容を見て思わず噴き出しそうになりながらもリアは口を押
さえた。
︵なんやねんって思わず言いたくなる。ユニークスキルってくだ
らないものまであるから面白い。というか、筋肉への信仰心って何
なの。つか本当ユニークスキルの名前って色々と厨二すぎる︶
口元を押さえたままリアは内心爆笑状態だ。
ユニークスキルはぴんからきりまである。
その中にはこれどうやって使うんだと思うくだらないものもあっ
たりする。だが、生徒会長のユニークスキルは名前はともかく、そ
の効果は割と使い勝手の良いものであった。
笑いを抑えながらもリアはこの学園の実質トップである生徒会の
メンバーをじーと見据えて観察していた。
そうしていれば鍛錬所の入り口か少し騒がしくなった。
リアは視線だけをそちらに向ける。その先に居るのはティアルク・
ルミアネスと三人の女子生徒と一人の男子生徒だった。
流石称号︽ハーレム属性︾の持ち主と言うべきかさっそく三人の
女子生徒をたらしこんだらしい。入学してすぐに訓練所にやってく
るなどやる気満々である。
リアの視線の先でティアルク・ルミアネスを見ながら、リアは詰
めが甘いなぁとあきれた目を向けるのであった。
23
﹁むんっ﹂
生徒会長、マルス・リガントは鍛錬場の中、ほくほく顔で筋肉を
鍛えるために筋トレを行っている。
彼の武器は棍棒であるが、生身でも戦えると思えるほどにその体
は鍛え上げられていた。実際彼のSTR値は学園内でもトップクラ
スであり、VIT値が低い生徒なら殴られればひとたまりもないだ
ろう。
そんなマルスの隣では魔法の鍛錬をしている副会長のアイディー
ン・キムヤナが居る。
この二人は三年間同じクラスで、同じ生徒会のメンバーというの
もあってよく共に行動をしている。
二人の組み合わせは美女と野獣ならぬ、美女と筋肉である。
﹁む、一年生が早速此処に来ているではないか。関心関心﹂
﹁一年生が? やる気がある生徒がいらっしゃるのですね。それ
はいいことです。去年なんて入学式から訓練所にやってくる生徒な
んて一人しかいませんでしたもの﹂
やってきた一年生達︱︱︱ティアルク・ルミアネス達を見るマル
スとアイディーンの身長差は実に三十センチ近くにもなる。マルス
の身長が有に百九十センチを超えているのに対し、アイディーンは
この世界の女性の平均的な百六十七センチほどの身長しか持ち合わ
せていないのだ。
最も平均程度の身長であるとはいってもリアよりは二十六センチ
も高い。
二人は初日からこの場に来ている一年生に感心しているようだっ
た。
24
﹁去年は骨のある生徒が少なかったが、今年は美しい筋肉を持つ
者もいるかもしれぬ﹂
訓練所にやってきた一年生達に視線を向けながら、なんとも突っ
込み所の多い台詞をマルスは言った。美しい筋肉を持つ者が居ない
かと目を光らせている様子はなんともコメントしずらい。
﹁会長、筋肉では強さは測れないです﹂
﹁何を言う。美しい筋肉を保てば体は丈夫に、健康になるのだ。
筋肉を鍛える事で心も引き締められ、強くなれるのだ﹂
そう言いながらむんっと筋肉を強調するポーズをとるマルス。
﹁会長、筋肉がなくても強い人は強いです。実際筋肉がなくても
最強の一角として活躍している人は幾人も居るでしょう﹂
筋肉筋肉と何度も暑苦しい事を口にしているマルスにアイディー
ンは淡々と答えている。
アイディーンの美しい顔は無表情に染まり、微塵も動かない。ア
アイスクイーン
イディーンはあまり表情を変えず、その心のない冷たい様子から﹃
氷の女王﹄などと呼ばれている。
﹁ぬ、しかし筋肉の加護により俺はユニークスキルが発現したの
だ。筋肉を鍛えればそれ相応のものが帰ってくるのだ。筋肉は自身
を裏切る事はない﹂
そんな事を言いながら両手を上にあげむんっと力を入れる様子は
なんだか非常に残念臭を漂わせていた。
実際に周りでその言葉を聞いた生徒からは﹁また会長が変な事い
っている﹂とでもいう苦笑が向けられてる。
﹁そんなの会長だけです﹂
無表情のままばっさりとアイディーンが言い放つ。
真面目に話しているがまるで漫才のようである。
﹁てめぇ、俺と勝負しろ!﹂
二人が会話を交わす中で、突如その場に大きな声が響き渡った。
その声に反応してマルスとアイディーンは彼らの方へと視線を向
ける。
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その視線の先にはティアルク・ルミアネスとその友人四名の他に赤
髪の男子生徒︱︱︱ルクス・ルティアルが居た。
ルクスはティアルク・ルミアネスに突っかかっていた。その右手
には引き抜かれた長剣がある。
﹁何で僕と君が勝負をしなきゃならないんだい?﹂
﹁なんでって、それは、その⋮⋮﹂
理由を問われたルクスは言いにくそうにちらりっと一瞬ティアル
クの傍に居る女子生徒︱︱ミレイ・アーガンクルに視線を向ける。
視線を投げかけられたミレイは深緑の瞳と茜色の短髪を持つ愛ら
しい少女だ。ミレイに見つめ返されたルクスは慌てて声を上げる。
﹁り、理由なんて何でもいいだろ! いいから勝負しろ!﹂
白銀に輝く長剣を向けられながらそう言われたティアルクはその
綺麗な顔を困ったように歪めていた。
﹁お前も武器を抜けよ!﹂
﹁んー。ひいてはくれないか。なら仕方ないかな﹂
そう言いながらティアルクは手に持っている長剣で彼を迎え撃と
うとする。
その答えを聞けば赤髪のルクスは笑った。そして勢いよく地面をけ
ってティアルクに飛びかかる。
ティアルクに向かって振り下ろされたそれは音を立ててティアル
クの得物と交差する。
彼らの周りに居た生徒達はその様子に一斉に巻き込まれないよう
に距離を置いた。鍛錬場に居る人間達が面白そうに彼らを囲む中で
勝負は始まった。
26
﹁あれは︽ルキネンス流長剣術︾のスキル持ちでしょう。あの二
人は双方ともその教えを受けたように思われます﹂
アイディーンは剣を交差させる二人を見てただ無表情にそんな言
葉を言い放つ。
この世界には様々な武器の流派がある。そしてその流派を学んで
いけば、それがスキルとして現れる。
︽ルキネンス流長剣術︾は言うなれば攻撃こそ最大の防御とでも
いうべき流派である。
同じ流派の二つがぶつかり合うとなれば、誤差もなく互いに同等
の実力を持つという時以外はどちらかが押されるものである。
実際に徐々にルクスが押されていくのが周りで彼らを囲んで見学
をしていた生徒達には見て取れた。
︵くそっ、押される︶
ルクスは相手に押し切られる感覚に歯を食いしばった。そうして
一端交差するティアルクの剣を弾く。そのままルクスはティアルク
から距離を置いた。
vento−−un
orlo
離れてすぐに彼は口を開く。それは魔法を発動させるための言葉。
﹁風の刃よ、存在せよ。︵un
−−esista︶
pe
ho
それは切り刻むためのもの。私はそれを望みましょう︵È
su.Io
di
tagliare
bisogno
r
desiderarlo︶
un
cattivo
spirito
ad
un
ven
魔を風へと変換させ、私の敵を滅ぼしなさい︵Trasform
i
mio
nemico︶
il
stile︾︶﹂
rovini
to
di
e
︽風刃︾︵︽Orlo
27
その詠唱と共にぶつかったものを相手を切り裂かんばかりの勢い
を持つ風がティアルクへと向かっていく。それは言うなれば風の刃
であった。
素早いスピードで向かっていくそれを見て、ティアルクは地面を
けって跳躍する。
上へと飛び上がりその魔法を避けるとそのままルクスの後ろへと
移動する。そして後ろからルクスに向かって長剣を振り下ろした。
それに咄嗟にルクスは反応を示そうと長剣を持つ右手をふるうが、
それは無駄のない動きで回避される。次の瞬間、ティアルクの剣の
切っ先はルクスの首を捉えていた。
﹁終わりです﹂
武器を向けてティアルクはその言葉を告げる。
首筋にあてられた切っ先に、ルクスは悔しそうにその顔をゆがめ
た。
﹁くっ、降参だ⋮﹂
目を瞑り嫌々そうにルクスはそう呟けばティアルクは長剣をしま
った。
突如始まり、そして終わった模擬戦の結果に周りで見物していた
人間達はそれぞれ騒いでいる。
ルクスはその結果に悔しそうに下を向き、その後ちらりとミレイ
の方へと視線を向けた。彼の視線の先に居るミレイは頬を赤く染め
て、ティアルクの事をぽーっと見ていた。
その様子にルクスは不機嫌そうな表情でティアルクの方を睨む。
睨まれたティアルクはといえば笑顔で、﹁ん? 何?﹂などと問
いかけている。
その笑みにまた女子生徒達がキャーキャー騒いでいるものだから、
ルクスは思わず、
﹁うがああああああ!﹂
などと叫び、
28
﹁てめぇ、気に食わねぇんだよ! 次は絶対勝つからな!﹂
と言い捨てて周りを囲む人々を蹴散らして去っていくのであった。
︵何だったんだろう、あの人︶
去っていく後ろ姿を見据え、ティアルクは不思議そうな顔である。
見るものにはすぐわかりそうなのに、ルクスが何故いきなり喧嘩を
売ってきたのかもわかっていない様子だ。
そんなティアルクを四人の生徒が囲む。
﹁ティアルク、強いわね﹂
ミレイがそういって笑みを浮かべる。
﹁ティアルクさん、かっこよかったですよぉ﹂
焦げ茶色の髪を腰まで伸ばした少女︱︱レクリア・ミントスアが
人を和ませるような笑みを浮かべている。
大まかな外見は人間にそっくりだが、その耳はとがっている。そ
れはエルフ族の証だ。
﹁はは、流石だな!﹂
水色の髪をポニーテールに結んだ、男のような口調の少女︱︱エ
マリス・カルトはティアルクの背中をぽんぽんと叩きながらそんな
事を言う。
頭には犬耳、スカートからは尻尾が出ている獣人である。
﹁強いんだな。流石、俺の親友﹂
そんな風に笑って栗色の髪の少年︱︱︱アキラ・サガランは調子
良さそうに笑う。
四人に囲まれながら、ティアルクは笑っている。
︵甘い。手加減の仕方がなってない。隠す気あるのかわかんない
29
ぐらい甘い。あれじゃ気づく人は気付くのに。多分生徒会長も気づ
いてる。てか流石主人公体質持ちだね、私と違って何か青春してる
なぁ︶
友人たちと笑いあうティアルクの姿を場外から見ていたリアは、
そんな風に考えて思わず呆れた。
手加減はしている。してなければレベル差がありすぎて勝負なん
て一瞬でつく。というか手加減をしなければとっくにルクスの命は
散っている。
ティアルクとルクスのレベル差は四十以上も開いているのだから
それは当り前の事だ。
それに相手は気付いてなかったようだが、リアにはわかった。
沢山の人の戦い方を見てきた。
自分で色々な戦いを経験してきた。
そんな人間が見ればティアルクがレベル三十だというのは低すぎ
るのだ。
それはわかる人にはわかる事だ。
要するに殺さないように手加減は出来ている。でもバレないよう
な手加減は出来ていないのだ。
傍観しているリアは会長の態度に感づいているのだろうとただ思
う。会長は実際に何か思案したような目でティアルクを見ているの
だ。
リアにとって彼が実力を隠してる事がばれるとかばれないとかは
どうでもいい。
元々少しだけでも同年代の人たちの実力を見ようと思って見てい
ただけだ。目的はもう達成された。
︵でもまぁ、同じ年でレベル七十超えているならきっと今の私ぐ
らいにはいつか追いついてくる︶
リアは空中から地面へと降り立つ中、思考を巡らせる。
普段喋らない人間ほど心の中で喋っているものだ。リアはまさに
それである。周りに喋る人が居ない時は心の中で色々と思考を巡ら
30
せている。
︵怖いもんだね。この世には強い者が沢山いる。私ももっと強く
ならなきゃ。ティアルク・ルミアネスもだけど、あの生徒会長も同
年代にしてはレベルが高い。見る限りギルドランクAに届くだけの
才能がある︶
それは実際に本人を見て思った確信だった。
︵もう用事はないわけだし夜まで狩りにでも行こう。そして家に
帰ってから勉強の予習をしよう︶
地面に降り立ち、そのまま帰路をゆっくりと足音も立てずに歩い
て行く。
そんなリアに気づくものは誰も居なかった。
31
決闘をするそうですよ? 1
﹁決闘に僕が勝ったらもうフィリアさんにかかわらないでもらう
!﹂
それは入学してから一週間ほど経過したある日の出来事だ。
そこは人気のない中庭。
季節は春。桃色の桜の花びらが宙を舞っている。
花々や木々の手入れをする庭師以外はほぼ訪れる事のない場所だ。
そんな場所に珍しくも何人もの生徒達が存在していた。
その一人が今、言葉を放ったティアルク・ルミアネスである。
その周りにはもちろん、ミレイ達が居る。
それに対峙するのは三人の男子生徒達であった。
一人の少しだけぽっちゃり体系の男がどうやらリーダー格のよう
だ。現に他の二人の男はその男子生徒を立てるかのように後ろにた
っている。
そんな男子生徒の足元には、座り込んでいる一人の女の子が居た。
桜色に煌めく美しい髪に、瞳を持つ少女は見るからに悲壮感を漂
わせていた。
その少女︱︱フィリアに対する事でティアルク・ルミアネスは揉
めているらしかった。
﹁じゃあ僕が勝ったらお前ら全員奴隷にしてやる!﹂
﹁そんな事させるわけないだろ!﹂
﹁はっ、勝てる自信がないんだろ﹂
馬鹿にしたように笑うそいつはいかにもな下種顔を浮かべている。
﹁なっ、そんなわけないだろ。僕は負けない。勝って全員お前な
んかにはやらない﹂
挑発に乗ったのかそう言い放つティアルク。その会話が終えると
同時にぽっちゃり君とティアルクの間に﹃決闘が承諾されました﹄
32
というその文字が出現する。
そしてその後にはこんな風に続いていた。
参加者。
ティアルク・ルミアネス。
オルガン・カザスタス。
詳細。
ティアルク・ルミアネスが負けた際、本人およびミレイ・アーガ
ンクル、レクリア・ミントスア、エマリス・カルト、アキラ・サラ
ガンはオルガン・カザスタスの奴隷となる。
オルガン・カザスタスが負けた際、フィリア・カザスタスにオル
ガン・カザスタスは接触する事が出来なくなる。
空中に表示されたそれは﹃決闘システム﹄と呼ばれるものが起動
した事を意味していた。﹃決闘システム﹄とは賭け事ありの一対一
の対人戦のシステムである。どういう原理かは不明だが、その決闘
を世界に認めさせ、正式に受諾されその決闘がなされた場合、約束
を破る事は不可能となる。
例えばこの決闘の場合、ティアルク・ルミアネスが負ければ自動
的に彼らは︽奴隷︾という身分にステータス上落とされてしまうし、
オルガン・カザスタスが負ければフィリア・カザスタスに近づく事
が出来なくなる。
簡単に言えば近づこうとしたら体調を崩したり、不可視の壁のよ
うなものが出現し近づけなくなるのだ。
最もこのシステムはどちらかが﹃決闘をする﹄と宣言し、それに
相手が乗り、賭けるものに対して納得していた場合のみ起動する。
︵わー︶
そしてそんな様子を木の上に座り見つめている者が居た。
33
棒読みでそんな事を思っているその存在はリア・アルナスである。
昼休み、一緒に過ごす人もいないリアは食事を取った後、なんと
なく昼寝でもしようと人気のない此処の木の上にとどまっていたの
だ。
そうすれば明らかな小物悪役っぽい男たちと苛められてる少女が
まずやってきて、苛めの様子を見ている間にティアルク達がやって
きたのであった。
一応可憐な少女が苛められている事に助けようかとは思った。
しかし姿を見せずに助ける方法を思いつかず、見ている限りは死
にはしないのだろうという事でリアは場所を助ける事を早々に断念
していた。
こういう場合、リアは割と自分の目立ちたくないという思いを優
先するような冷たい人間なのであった。
︵えー。というか挑発のっちゃダメっしょ。いや、そりゃレベル
差かなりあるし普通に考えて主人公君負けないけどさー。奴隷にす
るとかいってんだよ? それ承諾しちゃっていいの? 明らかに下
種いから人質とかとっちゃう気がするんだけど︶
男たちが去った後にフィリアという苛められてた少女に話しかけ
る様子のティアルクに思わず呆れたような目を向ける。
フィリアはティアルクの事を王子様を見るようなキラキラした目
で見ているがそんなのリアにはどうでもよかった。
自分を助けてくれる王子様なんて乙女心満載の想像などリアはし
た事がないほど枯れているため、爽快と助ける様子にも特に何も感
じない。寧ろ恋愛何それおいしいの? という感じである。
︵そもそもこの世界には奴隷制度があるわけだし、身分とか絶対
だしさー。ギルドランク隠したいなら大人しくしよーよ。つか、穏
便に済ませたいならギルドランクAだとばらしてさっさとやった方
が一番いいよね。カザスタンス家って伯爵程度なんだしさ︶
ギルドのランクの高い者は権力者ともやりあっていけるほどの力
を持っている。
34
ギルドランクは最高ランクXから、SSS、SS、S、A、B、
C⋮⋮と続いていき、Fランクで終わる。10段階に分かれている
のだ。A以上ならそこそこの知名度もあってその辺の貴族黙らせる
ぐらい割と出来るものである。
︵決闘でそんな賭け事を承諾しちゃうなんてさー、私なら怒るな。
自分が奴隷になってしまうかもしれない賭けとかした馬鹿には︶
互いが納得してはじめられた決闘は当人同士の問題だ。当人達が
納得して、決闘した結果負けても文句は言えない。﹁負けたら奴隷
にしてもいい﹂という事に納得したのだから。
実際その後の決闘でティアルク・ルミアネスが負ければ、彼らの
身分は正式に奴隷に落とされ、学園にも通えなくなるだろう。
抗議しても遅い。それは互いに納得して行われた決闘なのだ。
そもそもの話、勝てると思って受けて、結果として負けて抗議す
るなんて情けない真似誰が出来るだろうか。
第一、勝者が敗者に無理を強いようとそれは仕方ない事なのだ。
魔物相手に負ければ高確率で死ぬし、相手がゴブリンなどの人相
手に性行為が出来る魔物であれば女は最悪の場合は子作り道具にさ
れる。実際に魔物の子供を生んだ人間の女性の話は少なからずある。
戦争で負ければ勝者の言い分をのまないわけにはいかないし、最
悪国民全員を奴隷にするとかいう無茶ぶりを言われても逆らう事は
出来ない。
残酷な現実は何処までも広がっている。
此処はそういう世界だ。
︵てか苛めっ子と苛められっ子の家名が一緒って家族? 家族間
の問題にんな関わっていいのかな? それよか決闘システム使わず
に闇討ちとか。正体不明の存在に襲われる可能性があると思ったら
おびえて学園に出てこなくなるとかもありえそうだし。普通にボコ
ボコにするのもいいよね。どっちが上か体に分らせれば相手従順に
なりそうだしさ︶
さらっとちょっと恐ろしい事を考えながらもリアは木の上から相
35
変わらず彼らをただ見ていた。
︵さてと、ま、一応あの苛めっ子達の様子でも見にいこーかなぁ。
なんとなく、人質とか取りそうなイメージするんだよね。流石にク
ラスメイトが奴隷になるのはちょっと気分が悪いし?︶
そんな事を考えながらもリアは彼らに気づかれないようにその場
を後にするのであった。
36
決闘をするそうですよ? 2
﹁あの女を人質にして勝てばいい﹂
﹁いくらあいつが強いと噂でも︱︱︱﹂
オルガン・カザスタス達を追いかけたリアは、彼らの入っていっ
た空き部屋に身を潜ませていた。
空き教室の中には無造作に机や椅子が並べられており、彼らはそ
れに腰かけて話しこんでいた。
腕を組んで偉そうに、何処か気持ちの悪い笑みを浮かべているオ
ルガン・カザスタスと彼に向かって話しかける取り巻き二人。
そして想像通りの下種発言というか、卑怯な事を言っている様子
をリアはただ聞いて若干引いた顔を浮かべている。
﹁こちらが勝てばあのミレイ・アーガンクルも奴隷に出来るんだ﹂
舌舐めずりをして人気のない空き教室でそんな事を言い放つ姿に
リアは声には出さないがうわーという引いた気持ちでいっぱいだっ
た。
何でもリアが盗み聞きした話によると彼らは女を屈服させること
に夢中らしい。ばれないように下種な活動をしていたようだ。
ミレイ・アーガンクルにも目をつけていたようだが、身分が自分
達より上という事で手を出せていなかったらしい。が、先ほどの決
闘システムの約束によりティアルク・ルミアネスに勝てればミレイ・
アーガンクルにも手を出す事が出来るのだと喜んでいるようだった。
それを知ったリアは、
︵うわー、下種い︶
引いたように心の中でそんな事を思う。
その後もぽっちゃり君達は何処までも聞いていて引くような言葉
を言い放っていた。
曰く﹁人質にして滅茶苦茶にする︵性的に︶﹂だの、﹁女に騒が
37
れているティアルク・ルミアネスをボコボコにしてやる﹂だの、﹁
奴隷となったあかつきには××して、××して屈服させる﹂だの。
自分の勝利しか見えてないような驕りきった考えにリアはただ呆
れた。
戦闘において絶対はあり得ないのだ。
幾ら勝てると思いこんでても負ける時は負けるし、幾らレベル差
があっても戦い方や運次第では勝てる可能性もある。
︵⋮⋮とりあえず人質を取らせるのを邪魔しようか。でも目立つ
とか死んでも嫌だからなぁ。ま、バレなければいいか︶
ついでにフィリア・カザスタスはリアの想像通りオルガン・カザ
スタスの肉親だった。妹らしい。最も腹違いの妹だというが。
オルガン・カザスタスがフィリア・カザスタスを苛めている理由
と言えば、彼女が卑しい平民の子であり、家の恥さらしであるから
のようだった。
オルガン・カザスタスの母親にも冷遇されている彼女はさぞ大変
な思いをしているのだろうが、リアはあまり彼女の境遇に関心はな
い。
︵卑しい平民の子ね。そうはいってもこいつらレベル高位者にな
ら平民だろうと強く言えないんだろうな。本当馬鹿らしい。つか虐
げられてる理由も知らずに女の子助けようとするとか主人公君って
いつか深く考えずに行動して失敗しそうだなぁ︶
リアは呆れていた。
平民を馬鹿にしている者だろうとその者が強ければ、馬鹿にしな
い⋮いや、出来ない者も世の中には多くいるのだ。
一通り作戦会議を終えて空き教室から彼らが去っていった後、リ
アもその場を後にして行動を始めるのであった。
38
それからのリアの行動ははやかった。
まず、さりげなくクラスメイトの生徒にオルガン・カザスタス達
の事をほのめかし真実を確認しにいってもらう。そして確認しにい
ったクラスメイト達の口からティアルク・ルミアネス達へとその情
報が伝わった。
何故直接言わないのかと言えば、ただ単にリアが彼らと関わりを
持ちたくないとか、目立ちたくないという考えを持っていたからで
ある。
人質に取られる恐れがある事をわかっていれば下手な行動には出
ないだろうし、ティアルク・ルミアネスはギルドランクAの実力を
持っているのだから守る事も出来るはずだと考えたわけだ。
とはいっても、
︵小説とかの無自覚鈍感ハーレム男って変な所で気を抜くしなぁ
⋮。ティアルク・ルミアネスってそれそっくりすぎる。なんだか、
そんな事になりそうな予感がするんだよなぁ︶
リアは気を抜いてはいなかった。
︵とりあえず、ぽっちゃり君達の様子見に行きますか︶
ティアルク・ルミアネス達が無事な様子を確認した後、リアは例
のオルガン・カザスタス達の様子を見に行く事にしてみた。
ちらっとリアがオルガン・カザスタス一味の様子を見に来てみれ
ば、案の定ティアルク・ルミアネス達が警戒しているというのに誘
拐の算段を立てていた。
︵人質を取らずに戦うって選択はないのかねぇ⋮⋮。ま、この世
39
界で人質なんてありふれてるけどさ⋮⋮。やっぱ気分良いもんじゃ
ないよ︶
あきれ顔でオルガン・カザスタス達一味を見ていたリアは思う。
曰く、﹁警戒していようが強硬手段でさらえばいい﹂らしい。
オルガン・カザスタス達は何処までも卑怯な手段しか考えていな
かった。最もこの世界にはこんな思考している貴族のぼっちゃんな
んて割と珍しくないものだ。
幾ら強さが全てと言わんばかりにレベル高位者に権力があったと
しても、一般人からすれば王族や貴族といった身分の高い人間の横
暴なんて当たり前の事である。
甘やかされて育った人間はそれだけ自分の思い通りに何でもなる
と思いこむものであるし、その例がリアの目の前にいる彼らなのだ。
︵主人公君達に悟られないように拘束して風紀に差し出すかな。
てか今思ったけど風紀や生徒会に言えば動いてくれただろうし、あ
の苛められっ子ちゃんも助けられると思うんだけど。此処の風紀っ
て学園内の出来事取り締まる立場にあるし、生徒会もあのぽっちゃ
り君より家柄上だし︶
空き教室の中で、会話を交わすオルガン・カザスタス達に視線を
向けたままリアは思考する。
生徒会と風紀は実力があるのは当たり前だが、由緒正しい貴族の
生まれの者も多い。生徒会も風紀も学園の風紀が乱れるのは好まし
くないだろう。
だから何か問題があるならば彼らに頼るのが最善な事だと言える。
それをティアルク達はしていない。よっぽど自分で解決する自信
があるのかは知らないがそれは自惚れた行動と言われても仕方がな
い行動だ。
︵というか幾ら自分が家族から妬まれてようとそれで悲観して自
分から行動に出ない苛められっ子ちゃんあんまり好きじゃないんだ
よね︶
リアはフィリア・カザスタスが苛められていた現場を思い出して
40
嫌そうな顔をする。
︵あんな人生諦めてますみたいな顔して、自分が一番不幸って顔
して抗う事もしない子助ける気しないんだよねぇ。難しいだろうけ
ど幾らでも逃げ出す手段はあるんだもん︶
リアは人助けをするものの善人ではない。
ティアルク・ルミアネスのように正義感が強く、困ってる人を誰
でも助けようとするようなお人よしでもない。
リアが助けるか助けないかの判断はまず、その助けようとしてい
る人物が死にそうかどうかで決まる。
死に瀕している人は大体リアは助ける。とはいっても他にも判断
する所があるため、それでも助けない時は助けない。
それも他人を思いやって助けるわけじゃない。
リアは人の死を見るのが怖いとか、人の死は見ていて気分が悪い
かそんな自分勝手な思いで人を救う。
︽臆病者︾の称号を持っている通り、リアは周りが驚くほどに臆
病だ。
自分が死ぬのが怖い。人の死を見るのが怖い。人に注目されるの
が怖い。
それを常々感じながら生きている少女︱︱それがリア・アルナス
という人間であった。
︵主人公君みたいなタイプにはかわいそうな子って事で助けても
らえるかもしれないけど、あんな絶望してます的な顔してる子嫌い
な人は嫌いだよね︶
結局自分の力で切り開かなければどうしようもない事が溢れてる
のだと十五年もこの世界で生きていればリアだって理解している。
リア自身も危険は自分の力で回避してきた。だからこそ余計その事
が身にしみている。
誰かが助けてくれると期待して、その状況で甘んじているような
存在、正直嫌いである。
自分の力で出来る限りの事をしようという意気込みさえもない。
41
そんなフィリアを助けようという気にはリアはあまりなっていない。
だから、今動いているのは決してフィリア・カザスタスという不
幸な少女のためではない。
ただクラスメイトが奴隷落ちすれば気分が悪いから。
そんな理由でただリアは動いているのである。
︵私のユニークスキルなら気付かれずに拘束出来るだろうし、ち
ゃっちゃとやりますか︶
そう考えて、リアは早速動き出すのであった。
そもそもの話、どうしてリアが誰にも悟られずに動くことができ、
その場にいても気づかれないのかというとそれは一重にリアに発現
したユニークスキルのおかげであった。
ユニークスキルは大きく分けて﹃攻撃系統﹄、﹃防御系統﹄、﹃
補助系統﹄、﹃その他系統﹄に分けられる。
その中でも最も多いのが﹃攻撃系統﹄である。これは所謂地球で
いう﹃自分だけのかっこいい必殺技﹄のようなものである。
強い事に誇りを持つ者は脳筋な者が多い。それもあって攻撃こそ
最大の防御という人が人間、竜族、エルフ︱︱などの様々な種族の
中でも大多数を占めていたりする。
そんな連中の発現するユニークスキルであるから、﹃攻撃系統﹄
が多いのは当たり前であった。
最強の一角とされるレベル九十後半以上の者の中でも同様で、ユ
ニークスキルで﹃攻撃系統﹄が出現しているものが多い。
42
そして﹃防御系統﹄と﹃補助系統﹄は大体合わせて攻撃系統の約
五分の一程度しか所持者は存在しないと統計が出ている。それは結
界だったり、味方の能力の向上や敵の攻撃を鈍らせるといったもの
をさす。この系統の発現者が少ないとは言ってもそれなりに居るも
のである。
だが、リアのユニークスキルは系統別するというならば圧倒的に
前例の少ない﹃その他系統﹄であった。
リアはユニークスキルを使って、クラスメイトをさらおうとして
いた連中を追い、背後を歩いていた。
隠れる事もなく、すぐに後ろをである。
普通なら後ろから人がついてきていれば気づくだろう。でもリア
のユニークスキルは相手にその存在を気づかせない︵・・・・・・・
・・・・・・︶。
﹁あの子を好きに出来るなんて最高﹂
﹁油断している隙にさらおうぜ﹂
そんな風にリアが居る事に気づかないまま彼らはそのような会話
を交わしている。
リアはそんな彼らに近づいていく。
その場を歩くリアからは一欠片の音さえも響かない。一切の音を
立てる事なく、リアは動く。
後ろから素早くその場を歩く三人の男子生徒の首をめがけて、手
刀をくらわせる。
殺さないように手加減はしているものの、リアと彼らのレベル差
は百近く開いている。
それほどの差の相手から素手とはいえ攻撃を食らったのだから彼
らはたまったものではないだろう。
実際に彼らはリアのたったそれだけの動作で倒れた。
それだけで、痛みに意識を失ったのだ。
リアのSTR値は彼らのVIT値よりも圧倒的に高い。そのため
リアがもし彼らを殺す気で掛かれば一瞬でその命を狩り取る事が出
43
来ただろう。
ステータスの値はそれだけ戦いに作用するものだ。
リアがその存在をその場に現したのは彼らへの手刀を加えたその
一瞬だけであった。相手が気づかないほどのただ一瞬だ。
そのユニークスキルの名は︽何人もその存在を知りえない︾とい
う。なんとも厨二臭い名前であるが、その効果も魔法とかにあこが
れるお年頃の喜びそうなものである。
︵気絶させたけどどうしようか。風紀へ連行中を見られてもなぁ
⋮⋮。私のこれって生物に接触してたら無効になるし⋮⋮︶
気絶してその場に倒れている三人組を横目にめんどくさそうに思
考しているリアであった。
リアのユニークスキルの効果は、その存在さえも相手に悟らせな
いようにする事だった。
姿が消えているわけではない。それでもそのスキルによりリアは
そこに存在しているはずなのに居ないものとして扱われる。
なんとも暗殺などに便利そうなユニークスキルであるが、このス
キルにももちろん欠点は存在する。それは使用者が音を立てたり声
を上げたり、生物と接触した場合効果をなくす事だ。
付け加えればこのスキル、発動中は使用者よりレベルの高い人間
以外には見破る事もスキルを解除する事も不可能である。
︵これ生物に接触しても効果があるなら︽姿無き英雄︾なんて厨
二な二つ名つけられずに済んだのに⋮⋮っ︶
思わずため息が漏れそうになるリアであった。
︽姿無き英雄︾︱︱︱そんな明らかな厨二な二つ名はギルド最高
ランクを保持するリアにつけられた名前だったりする。
人の死が怖いとか、死なれたら縁起が悪いとかそんな理由でリア
は人を助ける。その際、目立ちたくはないので顔をすっかり隠した
状態でユニークスキルを使って助ける。
魔物を葬る時、人を助けるためにその体に触れる時、ただその時
のみリアは姿を現す。
44
本名不明、年齢不明、性別不明という三拍子のリアはそのために
︽姿無き英雄︾と呼ばれていたりするのだ。
本人がその厨二すぎる二つ名を幾ら恥ずかしがってたとしても、
それはすっかり定着してしまっている二つ名であった。
︵人が来ないうちに縛って、口ふさいじゃおう︶
縛れば行動が出来なくなるし、口をふさげば普通の人族なら魔法
は使えない。
︽詠唱破棄︾と呼ばれる魔法名のみで発動させるものなら人族で
も平気だが、︽無詠唱︾と呼ばれる何も口にせずに発動させる魔法
とくれば人族ではまず無理である。
リアは︽マジックボックス︾と呼ばれる収納魔法具の中から縄と
口をふさぐためのガムテームのようなものを取り出す。
︽マジックボックス︾は入れておけば匂いももれず、入れた時の
そのままの状態で持っていけるという優れものである。
魔物退治をし、その素材をこの中に入れておけば腐る恐れもないの
だ。
ギルドではギルド員に対し、この︽マジックボックス︾の貸出や
販売を行っている。最もリアの︽マジックボックス︾はリア自身が
稼いだお金で買ったものであるが。
ギルド最高ランクとして働いていればそれを買えるだけのお金を
稼ぐ事はたやすい事だ。
なにより手っ取り早くお金を稼ぎたければ強くなれと言われてい
る世界である。強くなれば名声も手に入るし一石二鳥である。
そんな世界のギルドという機関で最強の一角と呼ばれるギルド最
高ランクを保持しているリアはそれだけお金を稼いでいた。
慣れた手つきでリアはせっせと彼らを捕縛していく。
︵縛ったはいいけど、どうしようか? 風紀に差し出す際に顔見
られるとか嫌だしなぁ。あ、そうだ。うんと目立つようにして風紀
の方から見つけられるようにしちゃえばいいよね!︶
それを考えた時のリアの顔はそれはもう良い提案を思いついたと
45
でもいうような笑顔であった。
その後、彼らが﹃僕たちは誘拐をしようとしました﹄という張り
紙を張り付けた状態で屋上から紐でつるされていたのは別の話であ
る。
なお、彼らをそんな有様にした犯人は風紀が全力で調べたにもかか
わらず見つからなかったという。
46
決闘をするそうですよ? 3
それから一週間後、リアはティアルク・ルミアネスとオルガン・
カザスタスの決闘を見学していた。
この学園の生徒は決闘などの争い事が好きなだけあって、流石脳
筋達と言うべきか強いと噂の一年を見ようと沢山の生徒が観客席を
埋め尽くしていた。真ん中の席にぽつんと座っている幼馴染を発見
したものの、リアは学園内で幼馴染に関わる気はないので近づこう
とさえもしなかった。
ルクスとやりあった時にその場にいた生徒会長と副会長も観客席
の前列に居た。
対してリアは上空に浮いていた。何気ない顔で闘技場の中に入り、
︽空中歩行︾と︽何人もその存在を知り得ない︾を使い、一人ぽつ
んと観客席の上空で浮いていた。そして最も決闘の見やすい位置に
とどまっている。
なんとも無駄なユニークスキルの使い方だが、リアにとって目立
たない事は大事な事である。
﹁ティアルクさん、がんばってくださぁい﹂
語尾にハートでもつきそうなレクリアの声に、ティアルクは通常
運転の面食いの女ならころっといきそうな笑みを浮かべていた。
︵⋮⋮うわ、何あのベタ惚れですって雰囲気。この一週間で何が
あったんだか⋮⋮。私が知らない間にギャルゲーであるようなイベ
ントでもあったんだろうか。とりあえず主人公体質って半端ないと
思う︶
リアは相変わらず声の一つも発さない。堂々とユニークスキルを
行使しているのは、空中に浮いているリアに気づけるものはこの学
園内にはいない事は確認済みだからだ。
学園での最高レベルはレベル九十五の学園長なので、レベルが百
47
二十であるリアのユニークスキルを見破れるものはいない。
リアは視線を闘技場の中心︱︱向かい合うティアルクとオルガン
に向けていた。
視線の先に居るオルガン・カザスタスは見るからに苛立っていた。
それを見てリアは苦笑する。
︵ぽっちゃり君一味の協力者つるしてから協力者集まらなかった
っぽいもんなぁ。それに自分達でさらおうとすれば主人公君達に感
づかれてたし︶
リアが﹃吊るし事件﹄と呼ばれるものを起こした結果、自分もそ
うなる事を恐れて協力者は集まらなかったのだ。
オルガン・カザスタスに手を貸せば同じ目にあうという噂が出回
ったのも一つの理由である。それもリアがさりげなく広めた噂であ
る。
実際クラスメイトが奴隷とか縁起悪いという思いやりの欠片もな
い理由でリアはせっせと誰にもばれないようにオルガン達一味の邪
魔をしていたのだった。
邪魔している人を探そうともしていたようだが、便利なユニーク
スキルを持っているリアを彼らは見つける事はもちろんの事出来な
かった。
﹁では、これよりティアルク・ルミアネス対オルガン・カザスタ
スの決闘を始める﹂
司会を務める放送部の男子生徒の声が発せられると同時に、両者
の間に﹃決闘が始まりました﹄の文字が出現する。
それと同時に両者を囲うように周囲からの干渉がされないように
と不可視の壁が出現した。これは決闘が終わるまで決してとける事
のないものだ。
ただこの﹃決闘システム﹄と呼ばれるものは殺し合いのためのも
のではない。そのため﹃決闘﹄ではどんな傷を負うとしても死ぬ事
はない。﹃決闘﹄が終わればどんな傷だろうと治ってしまうのだ。
︵主人公君は長剣として⋮⋮、ぽっちゃり君って槍使いなんだ。
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ふーん⋮⋮、私と同じ︽コーロダル流槍術︾かぁ︶
︽コーロダル流槍術︾は︽ルキネンス流長剣術︾同様、攻撃こそ
最大の防御を言わしめているような流派である。どの武器にも攻撃
こそ最大の防御と言われている流派はある。
そして流石脳筋の多い世界と言うべきか、最もその流派を習得し
ているものが多い。
実際、リアがスキルとして身につけている様々な武器の流派は全
てそれである。
リアの視界でティアルク・ルミアネスの長剣とオルガン・カザス
タスの槍が交差する。
︵ぽっちゃり君そこそこ強いなー。レベルは三十四か。この年代
にしてはがんばってるなぁ。でも今回は相手が悪い︶
貴族の子息として教育者を雇い訓練していたのだろう。下種では
あるが、この年代にしてはオルガン・カザスタスは強いと言えるレ
ベルの槍術を持ち合わせていた。
人質を取らなくても普通の一般生徒相手なら勝てそうなレベルだ。
ただ今回は相手が悪かった。
︵つか、主人公君⋮⋮、レベル差わかってて勝てるからって勝負
に乗ったんだろうけど弱い者苛めに見えるなぁ⋮⋮︶
生徒達が﹃決闘﹄を見て騒いでいる声を聞きながら、リアは呆れ
たような視線をティアルクに向けていた。
視線の先ではティアルク・ルミアネスが魔法や剣術を使い、押せ
押せ状態でオルガン・カザスタスに迫っていた。
この学園の大多数は割と騙せる程度の手加減の仕方である。殺さ
ないようにする手加減はきちんと出来ている。それはいいことであ
る。
︵うん、弱者に対する手加減は問題ないね。これで弱者相手にす
る手加減が出来てなければ私が張り倒して、半殺しにしてお義父さ
んに突き出してる所だもんなぁ︶
うんうん、と頷きながらリアは恐ろしい事を考えていた。
49
リアを含むレベル高位者と呼ばれる存在が弱者︵レベル差が空き
すぎている相手︶に対して手加減をせずにせっすれば、ただの破壊
兵器になる。
なんせステータスに差がありすぎて、接触した相手が重傷を負う
か死ぬ。
例えば握手の時に力加減を間違えて、相手が死ぬ。
例えば軽く背中を叩こうとして手加減をしなければ、相手が吹き
飛び最悪死ぬ。
例えば何も考えずに抱きつけば、相手がつぶれて死ぬ。
例えばちょっとした訓練の最中に力加減を間違えて武器をふるえ
ば、高確率で命中した相手は死ぬ。
恐ろしい事にこれは全部実例である。これ以外にもレベル高位者
が手加減を間違って物を扱えば高確率で破壊される。
だからレベル高位者には徹底的に手加減が叩きこまれる。
というより身を持って手加減をする必要を知る。それが出来なきゃ
普通の生活なんてまともに出来ない。
︵でも手加減の仕方が下手すぎる。隠すなら私みたいに徹底的に
すればいいのに。隠し方がなってない。あれじゃ実力かくしてます
よーって言ってるようなもんじゃんか。てか何で小説とかの主人公
もそうだけでわざわざ﹃バレたいんです!﹄と言うように目立つ事
すんだろう⋮。んー現実でああいうのあんま好きじゃない。てか主
人公君ってもしかして運で一気にレベル上がったタイプかな?︶
リアの知識にある運で一気にレベルが上がったタイプとは、要す
るに普通なら絶対に勝てない相手に偶然と偶然が重なって勝ち、そ
れによって一気にレベルを上げた者の事をさす。
リアが相変わらず脳内でばかり喋っている中で、一気にオルガン・
カザスタスに向かってたたみかけ、ティアルク・ルミアネスは勝利
を手にした。
それと同時に上空に次のような文が表示される。
50
決闘が終了しました。勝者はティアルク・ルミアネスとなります。
よってオルガン・カザスタスは今後一切フィリア・カザスタスへ近
づく事は不可能となりました。
オルガン・カザスタスは闘技場の端で倒れ伏している。対して立
っているティアルク・ルミアネスはほぼ無傷と言えた。
そこがまたリアにとって呆れる要素であった。
︵主人公君はレベル三十一って事にしてるなら、同レベルのぽっ
ちゃり君相手に無傷は違和感があるからなぁ⋮⋮。どうせレベル詐
欺するなら一発ぐらいくらっちゃえばよかったのに︶
レベルの偽装を行うならそれぐらいしてもよいぐらいなのだ。弱
者が強者に勝ってしまう例も世界にはあるものの、致命傷にならな
い程度の一撃をもらう程度ならまず死ぬ事はない。
リアの呆れたような目の先では、フィリア・カザスタスが感激し
たようにティアルク・ルミアネスに抱きついて泣いている。
︵てか生徒会長が主人公君に興味津々だし、何、生徒会接触フラ
グ?︶
ちらりっと視線を向ければ目を輝かせてティアルク・ルミアネス
を見ている生徒会長が居る。他の生徒達も彼に一心に注目している。
︵うん。私があの立場だったら絶望するね。あんな注目されて目
立つとか無理。バレないように心がけなきゃなー︶
空中で停止したままそんな事を考えたリアは、もう用はないしと
いう事で踵を返しその場を後にした。
その後、案の定ティアルク・ルミアネスに生徒会長が接触したり
して、彼はその名を学園中に広まる事となるのだった。
︵わー、馬鹿だ。本当隠すの下手すぎる。だから目をつけられる
51
んだよ︶
ティアルク・ルミアネスについて騒ぐ生徒があふれる中で、ただ
一人呆れた目を向けていた少女が居た事に誰も気づくことはなかっ
たのだった。
52
ギルド会議前のひと時。
﹁リアちゃん、リアちゃん﹂
リアの名を嬉しそうによぶ一人の少年が居る。
ボサボサの灰色の髪を肩まで伸ばし、黄色の瞳を持つリアと同じ
年ほどの少年だ。背はリアよりも高く、百七十センチは超えている
だろう。
そこは、アルフィルド学園から歩いて行ける距離に存在する一つ
のアパートの一室。
二回建ての少し寂れたそのアパートであった。1LDKのそこに
は、限られた人以外訪れる事はない。そしてそのソラト・マネリと
いう名の少年は、その限られた人であった。
﹁鬱陶しい﹂
ソファに座ったリアは嬉しそうに自身の名をよぶソラトに視線を
向けて、バッサリと言い放った。
酷く冷たい目を浮かべている。が、そんな視線をソラトはものと
もしない。
﹁リアちゃん、冷たい! でもそんな所も好きだからいいや﹂
﹁⋮⋮ソラト、用があってきたんでしょう? 用件を言って﹂
ぷいっとそっぽを向いてリアは告げる。
︵全く、どうしてこいつは好きだの恥ずかしがりもせずに言える
のか⋮⋮。昔からこうだけど言われてるこっちが恥ずかしいってい
う︶
あまり好意を真っ直ぐに向けられることなどないリアは、いつも
のことだが、そんな風に言われて少し恥ずかしくなるのであった。
リア・アルナスとソラト・マネリは幼馴染である。
リアの義父の親友の息子︱︱それがソラトであった。
そして長い付き合いのあるソラト相手だからこそ、リアは普段か
53
らは考えられないほど口を動かしていた。
﹁リアちゃん、照れてて可愛いー﹂
﹁⋮⋮用件言わないならぶっ飛ばすよ?﹂
﹁あはは、幼馴染だからって﹃殺す﹄ってリアちゃんがそこで言
わないのが俺は嬉しいよー﹂
ソラトはにこにこと笑っている。
ちなみにリアはソファに座っているのに対し、ソラトは立ってい
る。
︵リアちゃんは可愛いなぁー。何だかんだで幼馴染だからって俺
に甘いリアちゃんが俺は大好きだよ︶
冷たい態度をとられていようともそんな思いに駆られているソラ
トは何処までも嬉しそうであった。ソラトはリアの事が大好きであ
った。
︱︱ギルド最高ランクの︽姿無き英雄︾であるリアにおいていか
れたくないという思いからギルドSSランクを保持するまでに。
リア・アルナスという少女は基本的に冷たい人間だ。自身の邪魔
をする人間をリアは許さない。だけれども、何だかんだで心を許し
た人間にはリアは甘い。それをソラトは知っていた。
︵最もリアちゃんは、俺がリアちゃんの敵に回るなら俺を躊躇い
もせずに殺すだろうけどさ。ま、俺がリアちゃんの敵に回るなんて
ありえないけど︶
ソラトがリアの邪魔をするならば、敵に回るならばリアは幼馴染
だろうとも躊躇いもせずにソラトを殺すことだろう。それをソラト
は知っている。
でも邪魔をしないならば、敵に回らないならば、リアは決してソ
ラトを殺そうとしないだろう。
﹁いいから、用件を言いなさい﹂
︽マジックボックス︾から愛用の真っ黒な長剣︽黒雛︾︱︱切っ
先の部分がデコボコになっており、相手をえぐることに特化したよ
うな形のもの︱︱を取り出すと、ソラトの首にあてる。
54
いい加減、用件を言わないソラトにリアは怒っていたらしい。
﹁ごめんごめん。あのさ、リアちゃん。今日ギルド会議いくんだ
よな?﹂
自分よりも遥かにレベルの高い相手に殺気を向けられているとい
うのに、ソラトは緊張感の欠片もない笑顔を浮かべている。
ソラトの口にしたギルド会議とは、ギルドランク高位者による定
期的な集まりである。その参加者はギルド最高ランクとギルドSS
Sランク所持者である。
﹁いく。でも、それソラトに関係ない﹂
リアがそういうのは、ソラトがSSランク所持者であり、ギルド
会議に参加する資格がないからである。
﹁関係ないとか酷い﹂
﹁だってソラト、参加出来ない﹂
﹁うん。参加は出来ないよ? だけどさー、俺もギルドに用事あ
るから一緒にいかないかなって﹂
﹁やだ﹂
ソラトのお誘いはすぐに拒絶された。
﹁えー。俺、学園でもリアちゃんに話しかけないように我慢して
るんだよ! いいじゃんか、ギルドに一緒に行くぐらい﹂
﹁やだ。︽炎剣︾と一緒に行くとか目立つもん﹂
自分が一番目立つ存在だという自覚がないのか、リアはそんな事
をいう。
注目されることと目立つことがリアは死ぬほど嫌いであった。自
分だけで動くのであれば、ユニークスキルを使えば誰にもばれずに
動くことが出来るが、ソラトはそういうスキルを持ち合わせていな
い。
ソラトはリアと同じ学園にかよっているものの、クラスは違うし、
接触禁止令が出されていた。
﹁ほら、リアちゃんはユニークスキル使ってていいからさー﹂
﹁⋮⋮私、一言も喋らないよ?﹂
55
﹁全然それでいい﹂
﹁⋮⋮それ、一緒、行く意味ある?﹂
﹁あるよ! リアちゃんが一言も喋らなくても、会話しなくても、
一緒にリアちゃんとギルドに向かっているというその事実が重要だ
から!﹂
一言も喋らず、ユニークスキルを使ってそこにいるかも不明な相
手と一緒に並んで向かうだけで満足らしい。
﹁⋮まぁ、それならいい﹂
﹁よっし、じゃあ帰りも一緒帰ろうよ。どうせ帰る場所一緒だし﹂
﹁⋮⋮ユニークスキル使ってていいならね﹂
ソラトはリアと同じアパートに住んでいる。そもそもこのアパー
トはリアの義父︱︱ギルドマスターの所有するアパートであり、リ
アもソラトもそれゆえに此処に住んでいたりする。
﹁全然いいよ。もうギルド行く?﹂
﹁⋮⋮準備してから。ちょっと待って。準備できたらそっち行く
から。ソラトも準備してきて﹂
﹁了解﹂
そしてリアはそのまま自室で準備を、ソラトは一旦自分の部屋へ
と戻って準備を始めるのであった。
︱︱そして二人並んで︵リアはユニークスキルを使ってだが︶、
ギルドへと向かうのであった。
56
ギルド会議
﹁では、これよりギルド会議を始める﹂
ただ広いその部屋の中で、一人の男が声を上げた。
四十代後半の外見をした男性で、その髪色は血のような赤だ。
その部屋の中央には巨大な机がおかれている。そしてその机を囲
うようにして九個もの椅子がある。その中で空席は赤髪の男性の左
隣のみであった。
ギルド会議の始まりの宣言に対し、
﹁ちょっと待ってください、ギルドマスター﹂
思わずといったように声をあげて立ち上がった者が居た。
それは五、六十歳に見える黒髪の老人である。その老人はこのあ
たりでは珍しい褐色の肌色を持っていた。。そしてもっと特徴的な
のが大きく刻まれた刺青だ。
ただし彼が老人だからと侮ってはいけない。彼はこれでも︽炎槍
のロス︾と呼ばれるギルドSSSランク所持者である。
﹁なんだ﹂
赤髪の男︱︱ギルドのトップを務めるギルドマスターがロスへと
視線を向ける。
﹁今回も︽姿無き英雄︾は出席しないというのですか! ギルド
最高ランクでありながら、会議に参加しないなど許されるものでは
ありません﹂
憤怒したように声を上げ、ロスはただ一つある空席を睨みつけた。
ギルド会議は年に五回行われるギルド最高ランクとギルドSSS
ランクとギルドマスターによる近状報告の事をさす。定期的に行わ
れるそれが今年も開催されているのだ。
なんせ世界中にギルドは根づいてる。
世界はこのギルド本部の存在する中央大陸と中央大陸を囲むよう
57
に存在する四つの大陸がある。一番デカイのは中央大陸︱︱ゼフス
大陸である。
その五つの大陸で基本的に自由気ままにバラバラにギルドランク
高位者は存在している。
ギルド本部のあるこの街に常にとどまっているのなんてギルドマ
スターと︽姿無き英雄︾と呼ばれるリアだけである。
そんな彼らが集い、会話を交わす貴重な場だというのに︽姿無き
英雄︾の姿はない。その者の近状報告は毎回ギルドマスターが代理
だとでもいうように報告するのだ。
それに疑問を感じているものもギルド最高ランクの中でも幾人も
居る。
﹁くくっ、ああ、そうだな⋮⋮﹂
ギルドマスターはロスの言葉にそういって頷いて、ちらりと空席
に見える左隣りの席へと視線を向ける。
︽姿無き英雄︾は決してギルドに一度も参加した事ないわけでは
ない。
現にロス達が知覚できないだけで、今も︽姿無き英雄︾︱︱︱リ
アはギルドマスターに視線を向けられていつも通り脳内で喋りまく
っていた。
︵ちょ、こっち見ないでよ。お義父さん! 勘付かれたらどうす
んのさ。嫌だよ、私は注目されるとか! てか︽炎槍︾って私の事
本当気に食わないんだろうなー。あー、怖い怖い︶
リアはギルド最高ランクになってから、ギルド会議には毎回参加
はしていた。ただしユニークスキル、︽何人もその存在を知り得な
い︾を使用してである。
要するに﹁︽姿無き英雄︾が一度も会議に出席していない﹂と文
句をいっている連中はただ単にリアがそこに居る事に気づいていな
いのだ。
基本的にリアは真面目な性格なので、ギルド会議に参加しなけれ
ばならないランクに到達してからは会議に参加していなかったこと
58
はない。ただ、ユニークスキルにより数人だけしかその事実を知ら
ないだけである。
﹁そうだね。私もあった事ないからあってみたい!﹂
幼さの残る口調で︽炎槍︾に同意するような言葉を言い放つのは
︽兎姫︾と呼ばれる白髪の三十代ぐらいに見える女性である。
彼女を特徴づけるのは頭から伸びた耳と背後に生えた尻尾である。
その耳は真っ白で長い。背後で揺れる尻尾は小さくてまるくて、
ふわふわしている。
彼女はギルドSSSランク︽兎姫︾という二つ名の通り兎の獣人
なのだ。
︵何かすごいもふもふだよなぁ。あの耳触りたい︶
リアは︽兎姫︾の声を聞きながらそのウサ耳を凝視していた。自
分の話題がされているというのになんともマイペースなリアであっ
た。
そんなリアの方を面白そうに見ているのがギルドマスター以外に
も二名ほどいる。
それは一組の男女であった。
一人は衣服からはみ出た肌に鱗が見られる竜族の男。
もう一人は尖がり耳を持つ銀色の髪を腰まで伸ばした美しいエル
フの女性。
この場でギルドマスター除く十名の中で、その二人のみがリアよ
りレベルが高い。
そして、この二人だけがリアがユニークスキルを使って行動中の
リアに気づいた強者であった。
リアのユニークスキルは幾らレベルが高くても気づかない人は気
付かないので、気付けただけでも彼らは只者じゃないと言えた。
実際今文句を言っている︽炎槍のロス︾やリアに会いたいと抜か
す︽兎姫︾達よりもリアのレベルが低い時、動いていたリアに彼ら
は一度も気づかなかったのだ。
最も気配すら感じられないのだから気づかない方が普通と言える
59
が。
﹁そもそも実在しているのでしょうか。目撃情報も一瞬姿を見た
っていうだけでしょう? これだけ姿を見せないとなると幻影の類
と言われた方が納得します﹂
一人の女性が赤渕眼鏡をくいっとあげてそう言った。
彼女は︽絶対防御︾の名で知られる三十代後半に見える人間であ
った。
知的なイメージの赤茶色の髪を持っていて、ギルドSSSランク所
持者というよりも教師の方が似合いそうである。
︵これで普通のドラゴンなら一人で倒せますとかある意味詐欺っ
ぽいよね。︽兎姫︾もあんな可愛いのに滅茶苦茶強いし︶
そんな事をリアは思っているがリアも充分見た目詐欺である。見
た目だけならリアは十歳∼十三歳程度の女の子であるから、ギルド
最高ランクで最も見た目は弱く見えるだろう。
ちなみにギルド最高ランクとギルドSSSランクは人間五人、エ
ルフ二人、獣人一人、竜族一人で構成されている。
リアはその中でも最年少である。そもそも十代でギルド最高ラン
クに上り詰めた例は過去にない。
﹁実際に居るかどうかっているぞ。俺とルノと、マスターは知っ
てるしな﹂
︽絶対防御︾の言葉に、面白そうに笑ったのはこの場でただ一人
の竜族︱︱ゲン・サバステスだった。
ギルド最高ランクを持ち、︽竜雷︾の名で知られる彼は、何処ま
でもこの状況を楽しんでいた。
それに慌てたのはリアである。
︵ちょ、ゲンさん、何言ってんの! そんな暴露いらないから!︶
リアは思わずゲンを睨みつける。最もユニークスキルを使用中な
ので睨みつけても効果はない。
本人が居る事知っていて、暴露されたくないのを知っていて、そ
れでも暴露するあたり良い性格をしていると言える。
60
﹁な、何故、わしには挨拶をせぬというのに︱︱⋮﹂
文句を言っているのは見た感じ三十代後半ぐらいの壮年の男性で
あった。
葉っぱ色の髪と瞳を持ち、威厳のある喋り方をしているのが特徴
的だ。動いやすい軽装を身につけ、その男性は身を乗り出すように
していた。
ちなみに︽水属性︾の魔法の使い手で、ギルド最高ランクの︽氷
華︾という二つ名で知られている。
︵見た目若いのに相変わらず喋り方が爺臭い。それに︽氷華︾な
んて綺麗な二つ名なら男より女の方が絶対夢があるのに。何で綺麗
なお姉さん系じゃなくて爺言葉のおっさんがこんな二つ名なんだろ
う︶
その白髪の︽氷華︾を見据え、リアは何とも偏見に満ちた酷い事
を思っていた。
﹁挨拶に来たんじゃなくて、私たちは︽姿無き英雄︾を見つけた
だけよ。あなたたちが見つけられないのが悪いんじゃなくて?﹂
︽氷華︾の言葉に銀色の髪に手をやりながら、エルフのルノ・フ
ィナンシェリは馬鹿にしたように笑った。挑発するかのような笑み
は様になっている。
ギルド最高ランク︽風音姫︾の名を持つ彼女もまたリアのことに
気づいている一人であった。
︵綺麗な人ってどんな表情でも絵になるなぁ。つかルノさんも余
計な事言わないで⋮⋮︶
むーっと不機嫌そうな顔をしてリアはルノの方を見ている。
しかしどうせ今出来る事はリアにはない。下手に動いたり喋ると
気づいてない連中にまで自分が此処にいる事がばれる事になるのだ
から。
それは避けたかった。というより絶対に嫌だった。
だからリアはその場で声を上げる事も音を立てる事も一切しない。
︵バレたら怖いからなー。私の事よく思ってない人多いしさ。幾
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ら私よりレベル低くて全員で掛かられたら死ぬし、怖い。考えるだ
けでもう怖い。うん、ある程度強い人には絶対にバレたくない。怖
すぎる︶
それは心を読める人がいれば何回怖いって言ってるんだよと突っ
込まれそうな思考であるが、これは紛れもないリアの本心だ。
リアが幾らレベル高位者だろうと、単体で一般人にとって恐怖の
対象を一撃で葬る事の出来る実力を持っていようと︽臆病者︾の称
号を持っているほど臆病であった。
第一リアが最高ランクを所持しながら姿を現さない事と、短期間
で最高ランクまで上り詰めた事が気に入らないと思っている者もこ
の中には居るのだ。自分に良い感情を持ってない人間かつ最高ラン
ク所持者だなんてリアにとって恐怖以外の何でもない。
リアに過信の文字はない。
寧ろ心配しすぎるためにギルド会議にもユニークスキルを使用し
て参加するという蛮行に出ている。
それを面白がって許したのはギルドマスターである。ギルドマス
ターはリアが呆れるほどに愉快犯というか、面白い事が大好きなの
だ。
﹁見つけるとはどういう事ですか?﹂
顔をしかめたのは美しい女性だった。
その人の髪は黄金の輝きを放っている。身に纏っている真っ白な
シスター服はその人の清廉さを引きたてていた。
耳が尖っている事から、彼女がエルフだとだれもが一目でわかる
だろう。
その人は見た目だけなら清楚なイメージ全開の神殿に仕えるシス
ターに見える。だが、この人の二つ名は︽血染めの聖女︾という恐
ろしい二つ名であったりする。
エルフは種族的に見て、魔法の方が得意なものが多い。
しかし、この人はガチの物理攻撃ばっかりの武闘派である。その
戦い方は過激の一言につきる。
62
実際に二つ名は返り血に染まった真っ赤な姿を見てつけられたと
いうのだから恐ろしい他この上ない。こんな見た目でギルドSSS
ランク所持者とはある意味詐欺である。
︵なんて恐ろしい。てかエルフってもっと何かこうさ、夢がある
もんだと思ってたんだけどなー。昔は。今は何か、間近に居るエル
フが笑顔で毒を吐く人と物理攻撃の化け物だけだし⋮⋮夢も何もな
ぁ⋮︶
そんな本人に知られたら怒られそうな事を考えながらリアは遠い
目であった。
﹁そうだな、少しの情報ぐらいいか﹂
ギルドマスターはそんな言葉を言って笑っている。
そんな彼に存在感ゼロと言っていいほどに約三名以外には存在が
気付かれていないリアは表情にこそ出さないものの慌てていた。
︵な、少しの情報もダメなの! 絶対ダメ! あああ、そんな楽
しそうに笑って暴露しようとしないでよ!︶
ギルドマスターはリアが情報を知られる事を嫌がっている事ぐら
いわかっているだろう。それでも笑って一つの事実を告げるのだ。
﹁︽姿無き英雄︾は別に一度も会議に参加してないわけではない﹂
そんな言葉を告げた彼に、リアは馬鹿ああああああと叫びたくな
っていた。もちろん、バレるのが嫌だから心の中でだけだ。
﹁は?﹂
﹁それは、どういう⋮⋮?﹂
次々にそんな声が上がった。
ゲンやルノ以外の者達からすればそれは理解不能の一言に尽きる
言葉だったのだろう。
実際リアのユニークスキルは稀な能力である。その効果を知らな
ければ言っている意味がわからないのも無理はなかった。
﹁さっきこいつらが、見つけるだの言っただろう? 貴様らが見
つけられていないだけで参加してないわけではない﹂
ギルドマスターはそういって心底楽しそうにニヤニヤしていた。
63
﹁見つけられてない⋮⋮?﹂
愕然としたような声を聞きながら、ユニークスキルを使って潜ん
でいるリアはそれはもう慌てていた。
︵お義父さん、まじやめて! ヒントなんかいらないから!︶
あわてながらも一切動かず声を発さないリアであった。
﹁もしかして、ユニークスキルですか?﹂
︽血染めの聖女︾がふと問いかけた。
ユニークスキルはリアや学園の生徒会長のように若い内に発現す
るものも少なからずいるが、幾らレベルが高かろうと、どれだけの
年月を生きようとも発現しない人は発現しないものだ。
実際ギルド最高ランクを所持する彼らの中にもユニークスキルが
いまだに発現していない者もいる。
﹁そうだ。︽姿無き英雄︾のユニークスキルだ。ただし、貴様ら
には破れないがな。︽姿無き英雄︾は貴様らよりレベルが上だ。も
し貴様らが︽姿無き英雄︾のレベルを超す事が出来れば見つけられ
るかもしれん﹂
﹁⋮⋮レベルが上、ですか﹂
﹁それならレベルを超してやるぞい。負けてはられん!!﹂
ギルドマスターの面白そうに笑って告げた言葉に︽血染めの聖女
︾とロスが反応を示す。他の面々も声で反応はしていないものの表
情を﹃絶対に越してやる﹄と言わんばかりに変えていた。
ギルド最高ランクには大体レベル九十越えぐらいでなる事が出来
る。最高ランクになった当初は︽血染めの聖女︾達よりもレベルが
引くかったのにたった二年でそれを越えたリアが異常なのであった。
そこにゲンが茶化すように声を上げる。
﹁︽炎槍︾悪いお知らせだか、︽姿無き英雄︾のレベルの上がり
具合は半端ないぞ﹂
事実、ゲンの言うとおりリアのレベルの上昇具合は異常と言える。
普通に生きていればまず十代でレベル百超えに達する事などあり
得ない。
64
それを可能にしている時点で本人の目立ちたくないという意思はと
もかくバレれば注目されて仕方ない事なのであった。
今、︽姿無き英雄︾は性別、年齢全て不明という状態である。そ
れでも十分注目の的なのだ。情報が晒されたら人の視線を感じなが
らリアは生きて行く事になるだろう。
﹁そうだな。︽姿無き英雄︾はよく勝てないと思う連中に喧嘩を
売っているしな。霊榠山の︽ホワイトドラゴン︾にも何度も喧嘩を
売っているようであるし⋮⋮﹂
ゲンの言葉に付け加えるようにギルドマスターがロスに向かって
笑って告げた。
︵ゲンさんもお義父さんもやめて! 何、暴露大会みたいに勝手
に暴露してんの! バレたらどうすんの! そんな怖い事絶対嫌な
んだよ!︶
ゲンもギルドマスターもそんな風に慌てて心の中で喋りまくって
いるリアなど完全に無視である。最もユニークスキルを使っている
状態なため、彼らにさえリアの姿は見えてはいないわけだが。
﹁霊榠山の︽ホワイトドラゴン︾ですって⋮⋮?﹂
︽血染めの聖女︾の声は驚きと戸惑いに満ちている。
それも当たり前と言えば当たり前である。霊榠山と呼ばれるあの
山自体、危険度が高いのだ。ギルドランクA以上でなければ確実に
死ぬと言われているような場所である。
そんな山で最強として知られているその存在こそ、その山の頂上
付近に住まうリアの友人でもあるホワイトドラゴンのルーンなのだ。
人族最強として知られるエルフの女王︱︱レベル三百超えの正真
正銘の化け物である︱︱にしか負ける気はしないと本人が言うほど
の強さを持っている。幾らギルド最高ランクと呼ばれる彼らだろう
とも単独でルーンと対峙する事を恐れるほどなのだ。
ルーンは長く生きているのと種族的特性で︽神聖魔法︾︱︱︱治
癒系の魔法と︽光属性魔法︾が生まれながらに使えるのもあって強
いのだ。
65
︵いやー、よく考えれば十歳の私身の程知らずだったよなぁ。私
の性格をルーンが気にいってくれなきゃあの時絶対殺されてたし︶
彼らの驚く声を聞きながらもリアは遠い目であった。
ユニークスキルが既に発言しており、ギルドマスターの元で戦い
なれ、少し当時のリアは自惚れていたと言える。
勝てないかもしれないけど試してみようというそんなノリで、単
独でルーンに十歳の時にきりかかったのだ。冷静に考えると当時の
リアはただの馬鹿である。
が、結果としてルーンに気に入ってもらえて、友達になれて、遊
べているから結果オーライだとリアは思っている。
︵しかし本当あれから五年たって私も強くなったのに本気でやっ
ても全く歯がたたないから悔しいなぁ︶
ギルド最高ランクなんていってもそれより強い存在はこの世界に
は少なからずいる。
実際にリアはルーンに全く勝てる気配がない。
下位のドラゴンぐらいなら余裕で倒せるリアだが所謂最上級にあ
たる︽ホワイトドラゴン︾にはかなわないのだ。
﹁おう、本人が友達になって時々バトルしてるって言ってたから
な。何かよく︽姿無き英雄︾が本気で︽ホワイトドラゴン︾に切り
かかってるらしい。でも普段は仲良いらしいがな﹂
そんなギルドマスターの言葉に益々ロスや︽血染めの聖女︾達が
信じられないといったように息を呑む。
︵あー、何かルーンの話聞いてたらルーンに会いたくなってきた
なぁ。今度学園の休みの日に遊びに行こうかな。ついでにルーンが
好きなお菓子作っていこう︶
マイペース
ギルドマスターの暴露はもうどうしようもないのでリアはそんな
呑気な事をマイペースに考えていた。リアは称号も所持している。
性格の称号は割と多くある。
その中には決して人に所持している事を知られたくないような称
号もある。
66
例えば︽弱者を甚振る者︾。
これは要するに人を痛めつける事に快感を覚えるような所謂ドS
が持つ称号だ。
例えば︽女をなぶる者︾。
これは要するにセクハラを行ったり、無理やり事をなそうとする
ような下種な人間が持つ称号だ。
一度手に入れればその称号は永遠にその人に付きまとうものだ。
︵本当これ考えた運営何考えてたんだろう⋮︶
その知られたくない称号を思い浮かべて思わずリアは遠い目をし
て本人にしか理解できない事を思うのだった。
そしてその後は目立った事もなく、各々業務報告を行いそのまま
ギルド会議は終わるのであった。
67
ギルド会議︵後書き︶
※﹃強者は潜んでる﹄と若干色々と違ったりするので、両方連載は
少し難しいのですよね。こちらは以前掲載していた短編連作の名残
︵というよりそのシーンが多々入っている︶バージョンになってま
す。
それとギルド会議のお話は以前上げてた﹃VRMMOの世界に転生
した私﹄の短編連作のうちの一つとほぼ内容は同じです。
68
ギルド会議の後に捕まった 1
﹁おい、︽姿無き英雄︾、居るんだろ。出てこい﹂
ギルド会議が終わりギルド最高ランクのほとんどが帰った後、そ
の場に残ったのはリアを含めて四人だけだった。
ギルドマスター、ゲン、ルノ、リアである。
人が帰っていき静まり返るその場所で、ゲンは声を上げた。その
黄色の目は真っすぐに空席に見えるその席を見つめている。
︵わー、めんどくさそう。無視したい。にーげーたーい!︶
ゲンの呼びかけに対してなんともやる気のない思考をしながらも
リアはユニークスキルを解除する素振りを一切見せなかった。
知人とだろうとあまり話したくないらしい。
そんなリアに続けてルノが笑いながらいう。
﹁ちゃんと人が来ないようにしてあるから大丈夫よ? だから安
心して。出てこないなら無理やり引きずり出すわよ?﹂
優しくいったかと思えば恐ろしい事を言うルノ。そんな様子をギ
ルドマスターはニヤニヤしながら面白そうに見ている。
そんな彼らの様子にようやく観念したとでもいうようにリアは姿
を現す。
﹁⋮⋮⋮お久しぶりです。ルノさん、ゲンさん﹂
姿を現したリアは席から立ちあがり、仮面をつけたままぺこりと
二人に頭を下げる。
その様子から姿を現すのが不服だという態度がにじみ出ていた。
﹁全く⋮⋮、てめぇはいい加減ギルド会議ぐらい顔だせよな。ま
ぁ、︽炎槍︾達の態度はおもしれぇからいいけどよ﹂
リアの姿を見せたくなかったと全面に出しているような態度に呆
れたようにゲンは言った。
﹁相変わらずちまってしてるわね。ねぇ、いい加減顔ぐらい見せ
69
てくれない?﹂
続けてルノがそういって笑う。
︵あー、逃げたい逃げたい逃げたい。自分よりレベル高い三人と
一緒とか怖い。てかお義父さんはニヤニヤしてないでこの状況どう
にかしてよ。というか、ソラトが待ってるって理由で逃げ出せたり
は⋮⋮無理だな、この二人相手じゃ︶
そんな事を思いながらも、ため息が出そうになるのを抑える。そ
して渋々答える。
﹁小さいのは仕方ないでしょう、ルノさん。レベルを上げすぎた
せいで身長伸びないんですよ⋮⋮。それと顔を見せるのは却下しま
す。嫌なので﹂
﹁これから十数年から数十年はその身長って、可愛いからいいじ
ゃない。というか、本当顔見せるのも嫌がるわね﹂
リアの身長が百四十センチ弱なのは理由がある。
それはこの世界ではある一定のレベルに達すれば種族としての限
界を超えたとみなされ、存在の格が上がる。それと同時に寿命が延
びるからだ。レベルが満たされたと同時に成長がゆっくりとなるの
だ。
寿命が百年未満の人間や百五十未満の獣人はレベル九十半ばあた
りで、寿命が二百年未満の竜族はレベル百二十五あたりで、寿命が
三百年未満のエルフではレベルが百五十あたりでそうなる。
それはその種族では普通たどり着けないレベルに到達したという
事である。
リアがレベル九十半ばに達したのは十三歳の時である。その頃か
ら成長がゆっくりとなっているリアは一センチも身長が伸びていな
いのだ。
そしてどんどんレベルを上げているため身長が伸びるのが十数年
後が数十年後か、それとももっと長いのが現状では想像もつかない。
それに限界を突破した人々の中でも寿命は異なるためいつ身長が
伸びるか正確にはわからないのだ。
70
そんなわけでリアは少なくともこれから十数年以上背が低いまま
である事が確定している。ついでに胸も十三歳で止まっているため
まさにまな板であった。
︵貧乳合法ロリとか誰が喜ぶの。てか私自身がそれとか嫌だよ!
変態とかロリコンとか居たらどうすんの。なんか考えたらうんざ
りする︶
本人は小さな自分に対してそんな風に思っているため、若干レベ
ルを一気に上げすぎたかなという後悔はある。だけれども身長と胸
が成長しないのが嫌だという思いよりも強くなりたいという思いが
勝ったからこそ、今のリアが居るわけだが。
﹁当たり前ですよ。嫌に決まってます﹂
﹁いいじゃない。別に故意にバラしたりなんてしないわよ?﹂
嫌だと答えたリアにルノは詰め寄っていく。
﹁いーやーですってば!﹂
﹁いいじゃねぇか、リア。こいつらとは2年もの付き合いだろ?﹂
﹁って、名前ばらさないでよ!!﹂
さらっと笑いながら名前を暴露したギルドマスターに思わずリア
は声を上げる。仮面越しに睨みつければ、さらにギルドマスターは
笑みを濃くした。
それに益々リアの睨みはきつくなる。
︵お義父さん! さらっとバラさないで! すごく嫌なんだけど。
本気でやめて。ゲンさんとルノさんが楽しそうな顔してるから! ああ、逃げたい。超逃げたい。でも逃げれる自信ないよ! てか無
理だ!︶
リアだってわかっている。自分よりレベルの高い三人が逃がすま
いとしているのに逃げられない事ぐらい。それでも逃げたくてたま
らなくてただ心で喚いていた。
﹁へぇ、リアっていうのか。つか、人間だよな、リア﹂
﹁私たちが見つけた時って大体十二、三歳すぎぐらいよね? 今
何歳なの? 顔みたいわ、絶対リアちゃんって可愛いと思う﹂
71
﹁リア、諦めろ。こいつらも二年待ったんだぞ?﹂
ゲン、ルノ、ギルドマスターの言葉である。
三人ともリアが逃げたいと思っている事ぐらいわかっているだろ
うにそれはもう楽しそうな笑顔であった。その笑顔に本気で逃げら
れないと実感して、リアは思わず肩を落とす。
そして諦めたように息を吐いた。
﹁⋮⋮仕方ないですね﹂
そう口にして仮面を取る。
﹁あ、やっぱりリアちゃん可愛いわ﹂
﹁ほぉ、やっぱり若いな。結局何歳だ?﹂
﹁とりあえず、リアと言います。種族は人間です⋮⋮。年齢は十
五歳です⋮⋮﹂
問い詰めるような目にリアは渋々答える。
︵ああ、逃げたい。そしてお義父さんは面白そうに笑わないで⋮
⋮︶
ゲンとルノに詰め寄られながらもリアはギルドマスターに向かっ
て鋭い目を向けている。そんな目を向けられていても、ギルドマス
ターは何が楽しいのか笑みを深めている。
﹁人間で十五歳でXランクって凄いわよね。リアちゃんって。さ
っきマスターがあいつらよりレベル高いっていってたけど幾つなの
?﹂
﹁普通に百以上か。十五でそれはすげぇな﹂
二人は驚いたような顔をして、そのあと面白そうに笑う。
︵何ですか、この質問攻めは。逃げたら駄目ですか、逃げさせて
ください。Xランク二人に質問攻めとかぶっちゃけ恐縮します︶
詰め寄るかのように迫ってくるゲンとルノを見てリアはうんざり
していた。
出来れば逃げたいというのが本音である。が、無理なのでまた渋
々答えた。
﹁⋮⋮⋮この前百二十になりました﹂
72
﹁百二十⋮⋮? あら、私そのうち追いつかれそうじゃない﹂
﹁その年で百二十か⋮⋮。流石︽姿無き英雄︾って所か﹂
﹁⋮⋮そのはずかしい称号呼ばないでください﹂
思わずといったようにリアは眉をしかめる。
︵英雄なんて恥ずかしすぎる。厨二すぎるよ、恥ずかしいよ。と
いうか逃げたい。本気で逃げたい︶
めんどくさそうに二人を見ていれば、リアはルノに右手を引かれ
た。そしてそのまま顔を胸に押しつけられる形で抱き込まれる。
その状態は男なら嬉しいかもしれないが、リアにとって苦痛であ
った。押しつけられたまま不機嫌そうな声を発する。
﹁ルノさん⋮⋮放してください﹂
﹁え、いやよ。折角リアちゃんが自己紹介してくれたのに。離し
たら逃げちゃうでしょ?﹂
﹁⋮⋮逃げます。あなたたちと一緒に居ると目立つので嫌です﹂
ぎゅーっとルノに抱きしめられたままリアはきっぱりと答える。
﹁お前もXランクの一員で何を言ってる。お前も同類だろ﹂
﹁でも、いやです。帰してください。ゲンさん、ルノさん。大体、
私課題あるんですけど﹂
それは事実である。
筆記の課題がいくつか出ているのだ。単位を落とさないためには
解いておかねばならないものである。
リアの言葉に二人はまた驚いた表情を浮かべた。
そこでようやくルノはリアを離す。
﹁課題⋮⋮?﹂
﹁え、もしかしてXランクなのに学園通ってんのか﹂
﹁はい、一応。私目立ちたくないですし、Xランクとして過ごす
かレベル上げに励む以外は平凡な人生がいいので。色々資格とって
のんびりしようかなと﹂
そんな風に答えたリアに二人揃って変な顔をした。
リアの目標、それは平凡に一般的な仕事をこなしながら、ギルド
73
最高ランクとしてこそこそ動きたいというものだった。
平凡な人生がいいなどと言っているが現状でもギルド最高ランク
を所持している時点で平凡ではない。
そもそもの話、ギルド最高ランクは一つ仕事をするだけでも普通
に働いたら中々たまらないほどのお金が入ってくる。だから他の仕
事をする必要はないし、リア以外のギルド最高ランク所持者は実際
にギルド以外では仕事をしていない。
一生食べていけるほどのお金を既に手にしているというのに、わ
ざわざ学園に通い、他の仕事をしようとするリアが変人なのである。
︵薬師とか図書館の司書とかやりながらが一番楽しそうなんだよ
なぁ。資格取るために学園の単位落とすわけにはいかないし本当課
題やりたいから帰りたい。いや、まぁ課題なくても帰りたいけどさ。
あとあまり待たせるとソラトが此処に突撃してきて益々面倒なこと
になりそう︶
学園に通う生徒達は将来良い職業に就きたいと思っている者が多
い。実力を発揮して国に仕えるとか、ギルドで働くとか。基本的に
脳筋が多いため、大抵が戦闘職を目指している。
が、リアは薬師や司書などの地味な職業の資格がほしいために学
園に通っている。理由はその職業なら目立たなそうだからである。
﹁目立ちたくないってリアちゃん、存在そのものが目立つんじゃ
なくて?﹂
﹁そこは隠密系スキルとか活用しまくって回避してるので大丈夫
です。ゲンさんとルノさんには気付かれましたけど、私のユニーク
スキルって気付く人ほとんどいないですしね﹂
ルノの突っ込みともとれる言葉に、リアはそういって答えた。
リアの言うように今までユニークスキルを使用している最中に気
づいたのはお友達のルーンと目の前に居る三人ぐらいである。
元々例も少ない﹃特殊系﹄のユニークスキルであるし、その効能
を知らずに気づく人なんてほぼ居ないと言える。
︽何人もその存在を知り得ない︾は、リアが目立ちたくないとい
74
う一心で生きてきた結果発現したものだ。それだけ目立たない事に
特化しているのだ。
﹁どんだけ目立ちたくないんだよ。つか、目立ちたくないならX
ランクなんてなるもんじゃないだろ﹂
﹁⋮⋮強い敵と戦いたくてギルド入ったんです。そこの私の養父
にあたるギルドマスターに勧誘されて﹂
尤もなゲンの言葉にリアは告げる。
リアがギルドに入った理由は﹃強い敵と戦いたい﹄という一心か
らだ。臆病な癖にリアは変に戦闘狂である。
強い者と戦い、それに勝利する事でリアは安心する。
この世界は大体強ければ死なない。だから強者に勝つ事で、これ
で死なないですむと安堵する。
死にたくないから、強くなろうとする。
強くなりたいから、強者と戦う。
強者と戦い勝つ事で、死ななくてすむと安心する。
それでも自分は誰よりも強いとそんな風に過信出来ないから、そ
れを繰り返す。
リアがやっている事はそれだけだ。それで生き残ってきたからこ
そリアは十代にしてギルド最高ランクを保持しているのだ。
﹁養父?﹂
﹁そうだぞ、ルノ。こいつ、魔物が往来する場所で子供なのに平
然と戦っててな。発見して孤児院から引き取ったんだ﹂
ギルドマスターはリアの方を指さして、そんな事をさらっと暴露
する。
リアは孤児院育ちである。魔物相手に戦っているのを目撃され、
その実力を買われギルドマスターに引き取られ養子となっている。
︵てかあんな所に人居ると思わなかったのにお義父さんってば何
か私を目撃してんだもん。お義父さんに目撃されてなかったら私ど
うなってたんだろう?︶
相変わらず食えない笑みを浮かべているギルドマスターに視線を
75
向けながら、昔を思い出してリアはそんな事を考える。
︵てかお義父さんって本当、良い性格してるよね。はじめて会っ
た時も凄いテンションあげて私を捕まえたしさー︶
普通に考えて魔物を蹂躙する子供だなんて異常である。その異常
性を気にもしないで、純粋にその力量を見てリアをひっ捕まえたと
いうのだから本当に良い性格である。
しばらく捕まえられて会話を交わした後にギルドマスターだと知
らされ、心臓に悪い思いをしたのもリアの記憶に新しい。
﹁というか、私本当に課題したいんですけど。終わってなきゃ休
みの日に学園行かなきゃなんですよ?﹂
いつまでも離す気のなさそうな二人に思わずといったように声が
漏れた。今にも去っていきたいという雰囲気を漂わせている彼女を
慌ててルノが引きとめる。
﹁あ、待って。リアちゃんに頼み事があるのよ﹂
﹁頼み事ですか⋮⋮?﹂
何だか嫌な予感をひしひしと感じながらもリアは問いかける。
﹁ああ。お前が一番適任だ。それに学園に通ってるっていうなら
丁度あいつの事知ってるかもしれないしな﹂
﹁⋮⋮あいつとは?﹂
問いかけながらもリアの脳内は警報を鳴らしていた。嫌な予感は
収まらない。
﹁ティアルク、ティアルク・ルミアネス。知ってるか?﹂
そうしてゲンの口から出たその名前にリアは思わずあー、とめん
どくさそうに声を出すのであった。
76
ギルド会議の後に捕まった 2
それから十数分後、リアはゲン達に連れられ、ギルド本部内にあ
る訓練室の一室に居た。
ユニークスキルを使用していっそ逃げたいとさえ思っている彼女
の視界には三人の人物が居る。
クラスメイトであるティアルク・ルミアネスとリアと同じギルド
最高ランク所持者であるゲンとルノである。
この場はゲンの名で貸し切られている。︽姿無き英雄︾はこの場
には書類上居ないものとされている。それはゲンとルノの配慮であ
る。
それはいいのだが、二人から頼まれた事を思ってリアはため息を
つきたいぐらいだった。
﹁いいか。ティアルク、これからお前には︽姿無き英雄︾とやり
あってもらう﹂
﹁え、︽姿無き英雄︾と僕が?﹂
﹁ああ。一回あれと対峙した方がお前のためになると思って頼ん
だ﹂
そんな会話を聞きながらも潜んでいるリアはめんどくさいという
その思いで一杯になっていた。
ゲンとルノからの頼まれ事。
それは今年ギルドランクAになったティアルク・ルミアネスと戦
ってほしいという事だった。そして完膚無きまでにボコボコにして
ほしいというのだ。
︵というかあの主人公君がゲンさんとルノさんの弟子とか私超び
っくりだよ︶
そうである。
なんとあのリアが主人公君と呼ぶティアルク・ルミアネスはゲン
77
とルノの弟子であった。
二人に弟子が居るという噂は割と広まっているらしいが、特に周
りに関心を持たないリアには知りようもない事だった。
第一リアの知るゲンとルノの弟子がティアルク・ルミアネスとい
うのがどうもしっくりこない。
︵主人公君って何か後先考えなさすぎなんだよなぁ。ゲンさんと
ルノさんって結構慎重派だしさ。まぁ、戦い方は確かによく考えれ
ばゲンさんよりな気がするけど。そもそも何で二人であんな主人公
君の師匠やってんの?︶
無言で動きもせず突っ立ったままリアはそんな思考に陥っている。
正直な話、ゲンとルノが二人がかりで師匠をやるほどの価値がテ
ィアルク・ルミアネスにあるとはリアは思わなかった。おそらくテ
ィアルク・ルミアネスが一人であの人達の弟子なんだなどと言って
いればリアは信じなかっただろう。
﹁そうなんですか! ︽姿無き英雄︾様と会えるなんて嬉しいで
す﹂
ティアルクはそういってそれはもう嬉しそうに笑っていた。
﹁戦ってはくれるけど貴方にあってはくれないと思うわよ?﹂
くすくすと微笑ましそうにルノは笑い、そんな事を言う。
︵当たり前! 何で私が主人公君なんかに会わなきゃなんないの。
口軽そうだし、そんな真似絶対にしない! というかなんかやらか
しそうな主人公君とはかかわりたくもないっ! あー、もう逃げた。
逃避行してルーンと一緒に遊びたい!︶
面倒だという思いを前面に出した心の声であった。
会話を交わしている三人を横目に、壁に背を預ける。その間にも
一切音を立てないようにもちろん注意して動く。
現状、学園で生徒会に接触され、注目を浴びているティアルクと
関わりたくなかった。
﹁会ってくれない?﹂
﹁ええ。あの子はあまり人前に出る事を望まない子だから。今回
78
貴方と戦ってもらうのも私とゲンから頼みこんでの事なのよ﹂
にこやかに笑ってそんな事を言っているが、実際は頼みこみなん
ていう可愛らしいものではなく脅しであった。
︵⋮⋮やらなきゃバラすって楽しそうな笑顔で言ってた癖に。二
人がかりでこられたら逃げられないし、バラされたちゃうだろうか
らなぁ⋮⋮。主人公君と戦わせたいって本気で思ってたみたいだし、
ま、やるしかないか︶
諦めたようにそう思いながら学園では見ないような顔︱︱、二人
を慕っていると前面に出しているティアルクを見る。
︵学園では女の子に囲まれ青春をして、良い師に恵まれて、切磋
琢磨⋮⋮んー、本当なんていうか、勝ち組ってか、こいつリア充だ
よね。あれだ。昔の私ならきっとリア充爆発しろ! って言ってる
わ︶
女の子に囲まれ、︽ハーレム属性︾の称号を持ち、鈍感とか本当
に何処の主人公なんだというのがリアの気分であった。
そんな事を考えている間にティアルクとゲンとルノの会話は終わ
ったらしい。ゲンとルノがティアルクから離れる。
それにティアルクは不思議そうな顔をしている。
﹁どうしたんですか?﹂
﹁⋮⋮あー。︽姿無き英雄︾はもうこの場に居る﹂
﹁はい?﹂
言いにくそうに告げられた言葉に、ティアルクは目を瞬かせる。
﹁だから、まぁ、潔く負けなさい。ってわけで︽姿無き英雄︾、
やっちゃっていいわよ﹂
笑顔でそんな事をルノは言ってのけた。
そしてその言葉を合図にリアは動き始めた。
そこに音は一切ない。
ただリアがした事は移動し、ティアルクに向かって手刀を入れた。
ただそれだけであった。
でも、
79
﹁⋮⋮⋮⋮なっ﹂
ただそれだけでもレベル差が四十もあるティアルクにとってはた
まったものではない。
呻き声がその場に響く。
そんなティアルクにリアは再度攻撃を繰り出す。
それだけの攻撃。ただそれだけでレベル差のあるティアルクは意
識を失う。
そして意識を失ったのを確認するとリアはゲンとルノの方へと向
く。そしてにっこりと笑って、言うのだ。
﹁ゲンさん、ルノさん終わりましたよ。というわけで、帰ってい
いですよね?﹂
帰りたい、という心の声が響いてきそうな声であった。それでい
て気絶させたティアルクに一切感心がないといった様子はいっそ清
々しい。
﹁⋮⋮お前、瞬殺ってな。いや、やるとは思ったけどもう少し躊
躇えよ。相手が居るって意識ぐらいさせろよ﹂
﹁あらあら、流石リアちゃんね。ティアルクを瞬殺出来るだなん
て﹂
呆れたような声を上げるゲンと楽しそうにほほ笑むリア。
﹁いいじゃないですか。だって徹底的にぶちのめすようにいった
のはゲンさんとルノさんでしょう? 私はその通りにしました。だ
から文句を言われる筋合いはありません﹂
ふんっと怒ったようにそういってリアはそっぽを向く。そして続
ける。
﹁じゃ、私帰ります。課題しなきゃだし、魔物狩りもしたいし、
ルーンにあげるお菓子も作りたいんで﹂
リアはそういったかと思うと次の瞬間消えた。
ユニークスキルを使い、さっさと何処かに行ったらしい。何処ま
でも素早い逃げ足であった。
リアが去っていった後、そこには気絶したティアルクと呆れたよ
80
うに楽しそうにそこにいるゲンとルノのみが残されたのであった。
*
﹁⋮⋮あれ、僕﹂
しばらくしてティアルクは目を覚ました。
此処は何処だろうと意識がはっきりしないままに視線を巡らす。
あたりを見渡してティアルクはそこがギルド本部内にある医務室だ
と気づく。
︵どうして僕は此処に⋮⋮︶
それを疑問に思って、思考を巡らす。
そうして思い出す。︽姿無き英雄︾と戦ってもらうと師である二
人に言われ、その後すぐに意識を失った事を。
︵状況的に︽姿無き英雄︾にやられたのか⋮⋮? でも気配も一
切しなかったのに、そんな事あり得るのか?︶
その事実に気づいてティアルクは唖然とした。
そんな事人に出来るのだろうかと。︽姿無き英雄︾の噂話ぐらい
ギルドに所属しているのもあってティアルクだって知っている。
それでも、
︵姿を見せない所か、気配さえ消してしまう?︶
気配まで︽姿無き英雄︾が消してしまえる事など知らなかった。
寧ろそんな事実を、ユニークスキルの効果を知っている者なんて
少数であるから当たり前だ。
医務室の、いかにも病院のベッドといったその白いベッドから体
を起こす。
痛みは既にない。︽神聖魔法︾を寝ている間にかけられたのだろ
81
うとティアルクは冷静に思考する。
﹁あら。︽竜雷︾様と︽風音姫︾様のお弟子様、目を覚ましたの
ですね﹂
ティアルクが目を覚ました事に気づいた看護師がいった。
﹁︽竜雷︾様と︽風音姫︾様を呼んできますわ﹂
そういって彼女はその場から去っていく。
バタバタとその場を去っていく看護師の彼女に視線を向ける事な
く、ティアルクはただ負けたという事実を痛感していた。
自分の事をそこそこ強くなったと自覚していたからこそ、ある程
度の敵に負けないという自負があったからこそ、余計に一瞬で勝負
がついた事実が胸に響いていた。
︵僕はゲンさんやルノさんにも、︽姿無き英雄︾にも、全く歯が
たたない。これが、レベル百越えとそれ以外の違いか⋮⋮︶
限界を突破したものと、まだその種族の枠を生きているもの。
その違いをティアルクは身を持って知らされた気がした。
レベル百を超えたものと、超えてないものでは大きく差がある。
超えないギリギリのレベルまでたどり着けても、そこを超えられな
いものは多い。
ティアルクは超えられていないものだ。そして、現状レベルが伸
び悩んでいる者でもある。
︵ゲンさんとルノさんは僕に刺激を与えたかったのかな。最近伸
び悩んで、レベル上げをしてなかった僕のために、機会を与えたか
ったのかな︶
ティアルクはベッドに座りこんだまま、それを思う。
そんな風に考えている中で、ゲンとルノが扉から入ってきて、そ
の場に姿を現した。
﹁よう、気分はどうだ?﹂
﹁目が覚めたのね﹂
入ってきた二人はにこやかに笑っている。
彼らを呼んで来た看護師はそんな彼らに憧れでも抱いているのだ
82
ろう。目をぽーっとさせて彼らを見ている。
﹁⋮⋮はい。僕、︽姿無き英雄︾にやられたんですよね?﹂
二人の言葉に頷いて、ティアルクは確認するかのように問いかけ
る。それに答えたのはルノだった。
﹁ええ、そうよ。やっちゃっていいわよって言った瞬間、瞬殺し
たわ。本当流石︽姿無き英雄︾と言った所よね﹂
心底楽しそうにふふっとほほ笑んで︽姿無き英雄︾について話す
姿からは、彼女が︽姿無き英雄︾を好いている事が窺えた。
﹁やっぱりですか⋮。でもおかしいですよ。気配すら感じず姿も
見えないなんて。あれは何かのスキルですか?﹂
﹁ああ。それがあいつが︽姿無き英雄︾と言われる所以だ。あい
つは姿も気配も、その存在さえも相手に認識させなくするスキルを
持っている。あいつよりレベルが低いお前が気付かないのは当たり
前だ﹂
﹁そうねぇ。あの子よりレベルが高い人でも気付かない人が多い
んだもん。ティアルクじゃ気づけるわけないわ﹂
ティアルクの言葉に、ゲンとルノはそうして苦笑する。
﹁レベルが高くても気づかない⋮⋮?﹂
﹁ええ。気付かない人は全然気づかないわ。私とゲンはどうにか
違和感を感じて気づけたけど、本当に些細な違和感だもの﹂
ルノはそう告げながら、一番最初に︽姿無き英雄︾と呼ばれる少
女︱︱︱リアと出会った時の事を思い出して思わず笑みを浮かべる。
︵内紛の解決なんて場で次々に開戦派を問答無用で片っ端から気
絶させてたのよね︶
今から数年前にこの本部のあるルキアス王国の南部に位置するあ
る国で内紛が起こっていた。
ギルドは中立、どの国の味方もしない。ただしどちらにも味方を
しないという形で戦争を終結へと導く場合がある。
そのギルドが介入した内紛はその国を支えていた貴族の対立から
起こった。王はその内紛のさなかに死去し、互いの派閥が王族を立
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てて戦っていた。本人達の意思も関係なしにだ。
二つに分かれた派閥とは他に、平和を望む平民達の集団も多く居
た。
そんな彼らがギルドに接触し、ギルドはそれに答えた。
その内紛にゲンやルノ、そしてまだ十二歳という子供であったリ
アも参加していた。
リアのユニークスキルは隠密行動に持ってこいだ。それはその能
力を正確に理解していたギルドマスターには承知の事実だった。
内紛の起こっているさなか、リアは開戦を掲げている権力者達を
片っ端から気絶させていった。もちろん、護衛も居たがその頃ギル
ドランクSだったとはいえ、十分に強かったリアには居ても居なく
ても変わらないものだった。
︵気絶させた後、全員集合させてギルドの立会の元講和を結ばせ
た。リアちゃんが、あれだけ人に悟られずに生きられる子がいたか
らこそ、あんなに早くあの内紛を終わらせる事が出来た︶
リアは秘密裏に内紛のさなかにギルドマスターに頼まれやった事
はそれだ。突入して護衛を全員排除し、内乱の首謀者達を気絶させ
る。そしてそれをギルドのメンバー達が一か所へと運ぶ。
それを即急に可能に出来たからこそあれだけはやくその内乱が終
わった。
今は十五歳で、その当時はもっと若かった。それなのにそれをや
ってのけるだけの実力と度胸を持ち合わせていた。年相応ではない、
それらを持っていた。
そうやって隠れて動いていたリアに、共にその内紛を抑えるため
に動いていたゲンとルノは気づいたのだ。違和感を感じて、ひっ捕
まえたというのが正しいかもしれない。
ギルド最高ランクを所持する二人がその場にいたのはただの偶然
だ。内乱の終結はギルド最高ランクを二人も要するほどの問題では
ない。ただ近くにいたからと二人はやってきただけだ。
そしてその偶然がリアを捕まえる事につながった。
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︵違和感を感じたのが私だけだったなら、私はきっと気のせいだ
と思った︶
リアのユニークスキルが、彼女よりレベルの高いものに与える違
和感は些細なものだ。それだけ﹃存在を消す事﹄に特化しているユ
ニークスキルなのだ。
だから、もしゲンも違和感を感じているという言葉を聞かなけれ
ば、捕まえる事はなかったのだ。
﹁⋮⋮ゲンさんとルノさんでもきついんですか?﹂
﹁ええ。今はそういうものってわかってるから気づけるけど、私
達が︽姿無き英雄︾と出会えたのは偶然なのよ﹂
﹁だから、お前があいつに気づけなかったのは当たり前だ。普通
は気づけないんだからな﹂
疑問を口にするティアルクに二人はそういって答える。
﹁あいつ、強かっただろ?﹂
そうしてそういって問いかけたのはゲンであった。
﹁はい⋮⋮。正直僕じゃ手も足も出ません⋮﹂
一度対峙してそれを身に思い知らされた。だから自分の弱さに悔
しくなりながらも、ティアルクは素直に頷いた。
﹁当たり前ね。あの子が本気でかかってきたら私も怪しいわよ﹂
﹁え? でも︽姿無き英雄︾ってルノさんよりレベル低いんです
よね⋮⋮?﹂
ふっと笑って告げたルノにティアルクは驚いたように目を瞬かせ
た。
﹁一応ね。ゲンはレベル百七十もあるからあの子相手でも大丈夫
かもしれないけど、私とあの子とのレベル差なんて十もないのよ﹂
ルノのレベルは現状、百二十九。リアとは九レベル差しかない。
それは確かにレベルの高い方が有利だろう。
でも、レベルが全てではない。レベルに幾ら差があっても運や状
況、そして戦略でレベルの低い方が勝つ事だってある。
たった九レベル差なら、リアにユニークスキルを行使して本気で
85
かかってこられたらルノは正直勝てるか怪しい。
︽何人もその存在を知り得ない︾。
そのユニークスキルは効果を知っていても対処できない可能性の
方が高い。何十もレベル差があいていれば相手が何処にいるかわか
るかもしれない。でもたった九レベル差しかないルノが本気でユニ
ークスキルを使ったリアの場所を特定するのは難しい。
﹁レベル差があろうとも勝つ時は勝つし、負ける時は負けるのよ。
ティアルクだって子供の頃に運で︽キマイラロード︾を倒せたから
こそ、今レベル七十一になれたのでしょう?﹂
ティアルク・ルミアネスという少年が、年齢にしてはレベルが七
十を超えている理由、それは子供時代運と状況を味方につけて、︽
キマイラロード︾を討ったからだ。
普通なら真っ先に食い殺される存在に、たまたま勝った。そして
一気にレベルが上がったのだ。
﹁それに⋮⋮、あの子のレベルの上がり具合は異常の一言に尽き
るわ。今は私よりも、そしてゲンよりもレベルは低い。でもあの子
はもっと強くなる。あの子は何れ、誰にも届かないぐらいの強さを
手に入れる。私はそう思ってるわ﹂
それは一種の確信であった。そしてそれが後の現実になるのだと
ルノもゲンも心から思っていた。
﹁⋮⋮そんなにですか?﹂
﹁ええ。あの子はもっと強くなる。私達の中でも︽姿無き英雄︾
はそれだけ異色なのよ﹂
ティアルクの疑問にルノがそういって答える。
︵私だって天才と呼ばれて育った。でもリアちゃんはそういう次
元じゃない︶
同じギルド最高ランク所持者であるルノの目から見てもリアは異
色だ。
ルノだって幼少の頃より天才と呼ばれて育った人だ。それでもリ
アはそういう﹃天才﹄の一言で片づけていい次元ではない。
86
幾ら﹃天才﹄と呼ばれた者であろうともレベル百を超える事は苦
難だ。
そして種族としての限界を突破できるのは﹃天才﹄の中でもよっぽ
ど才能に恵まれているか、力を追求したものだけである。
それなのに、リアは違う。
レベル百を超えておきながらレベル上げを苦難に思っていない。
自分に限界を感じていない。
その事実そのものがまず異常なのだ。
﹁ティアルク、︽姿無き英雄︾はお前と同年代だぞ﹂
﹁はい⋮⋮?﹂
さらっとゲンが暴露した事実に見事なまでにティアルクは固まっ
た。
﹁同年代? って事はまだ十代? それでルノさん達にそこまで
言わせるんですか⋮⋮!?﹂
しばらく固まった後、ようやくそれを理解したのかティアルクは
思わず叫んだ。
﹁ああ。あれとお前の年が近いからこそ戦わせたんだ。レベルに
伸び悩んでたお前には良い刺激になるだろう?﹂
敗北は人を成長させるものだ。特に同年代の人がそれだけの域に
達していると知れば刺激になるだろう。最もその刺激が自分はああ
はなれないという諦めにつながるか、あれに追い付きたいと思うか
は負けた当人次第だが。
ゲンの言うとおり、ティアルクは二年ほどレベルが上がっていな
い。レベル上位者はほぼ誰でもぶつかる壁にぶつかっていた。弟子
であるティアルクのその壁を取っ払ってやりたくて、二人はリアに
頼んだのだ。
﹁ただしあの子の年齢についてはバラしちゃダメよ? あの子は
性格もちょっと変わってて自分の事が周りに露見するのを酷く嫌が
るの﹂
その後に続けられたルノの言葉に、驚いたのはティアルクである。
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強い事を誇りに思うこの世界の住人達にとってそれは理解しがた
い思いである。
﹁というか露見したら俺らが闇討ちされる。多分ティアルクなん
か殺されるぞ﹂
﹁⋮⋮そ、そんなに物騒な人なんですか?﹂
ゲンの黄色い瞳が真剣に揺れていて、思わずといったようにティ
アルクからそんな声がもれる。
﹁物騒というよりあの子、殺すと決めたら容赦ない子だから⋮。
まぁ、機嫌を害さなきゃ問題はないわよ。ただ自分の事を周りに知
られるのを本気で嫌がってるから、暴露したらヤバイわね﹂
﹁つか俺らも年齢ばらす許可もらってねぇから、バレたらヤバイ
な。闇討ちとかになればギルドマスターも絶対面白がって乗ってく
る⋮﹂
﹁ええ。だから私とゲンのためにも、そして貴方のためにも暴露
したら危ないからやめなさいね? 広まってたら発信源が貴方と確
定するから。そうなったら私とゲンからは地獄の特訓をさせてもら
うから﹂
そういう二人の目は本気である。
実際、リアは人の死におびえている癖に殺す時は躊躇いもせずに
殺すような人である。
直に接した事のあるゲンとルノはそのことを少なからず理解して
いた。
﹁は、はい⋮﹂
その何処までも本気の目に若干、ティアルクはおびえながらも頷
くのであった。
そして思うのだ。
︵︽姿無き英雄︾ってそれだけ怖い男なのか⋮⋮。でもいつかは
僕だって⋮っ︶
容赦なく、そして恐れられ、異常なまでに強い︽姿無き英雄︾が
男だという勘違いを。
88
それは勘違いであったが、その心を知る術もないゲン達はそれを
訂正する事も出来なかった。
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課題を終えて、強さを求めて飛び出す。
そして、ギルド最高ランク二人が﹃異常﹄と言わしめ、ティアル
クに性別を勘違いされているリアはと言えば、
﹁課題面倒﹂
﹁リアちゃん、一緒に頑張ろう﹂
さっさとアパートへと帰宅して、ソラトと二人で課題をこなして
いた。
二人で向かい合って、課題をする姿は誰がどう見ても仲が良いと
言えた。
リアとソラトは学園でもクラスは違う。が、二人共明日までの課
題が出されていた。
リアのほうは﹃魔物﹄についての、ソラトの方のは﹃戦術﹄につ
いての課題である。戦い方を学ぶための学園であるため、そういう
ことも学ばされるのであった。
正直、﹃魔物﹄についてはギルド最高ランクとしてリアは活動し
ている事もあって学園の誰よりも詳しいと言えるほどに知っている。
それも当たり前だろう。実際に魔物を普通の人では考えられないほ
ど葬ってきたのが︽姿無き英雄︾なのだから。
が、リアは﹃優等生﹄として目立つ事は嫌だった。
そのため、課題もテストも全て手抜きする事を決めていた。課題
を見ながらどのくらい手抜きすれば﹃普通﹄と認識されるかを悩ん
でいた。
﹁全部、わかる。でも、普通の人どのくらい知っている?﹂
﹁さぁ? ある程度皆が知ってそうな事を書いとけばいいんじゃ
ないか? 俺もそうするし﹂
﹁ソラト、別に私の真似して手を抜きすぎる必要ない﹂
﹁俺、リアちゃんと一緒がいいから、落ちこぼれを演じる気満々
90
だよ!﹂
﹁⋮⋮そう、まぁ、ソラトがしたいならそうすれば﹂
ギルド最高ランク所持者︽姿無き英雄︾とギルドSSランク所持
者︽炎剣︾はそんな会話をのんびりと交わす。十代にして最強の一
角にたどり着いているリアと、そんなリアに追いつきたいがために
十代にしては驚く程にレベルの高いソラトは正直普通という感覚が
よくわかっていなかったりするのであった。
そもそもこの世界の強者は自分勝手に生きていても咎められない
存在であり、リアも基本的に自分勝手に生きている。そんな人間が
普通とはずれた感覚を持ち合わせているのは当たり前と言えば当た
り前であると言える事だろう。
﹁というか、ソラト、学園かよう必要ないのに⋮⋮﹂
﹁リアちゃんもないじゃんか﹂
﹁私、資格欲しいもん﹂
﹁俺、リアちゃんと一緒がいいから﹂
ソラトはリアが居るところはどこでも行きたいとでもいうような
思いを抱えているらしい。リアはそんな言葉に呆れたような視線を
ソラトに向けている。
課題への向き合いながら、二人は会話を交わす。
﹁そう﹂
﹁うん。それより今日はお疲れだったね、リアちゃん﹂
﹁ん、疲れた﹂
﹁リアちゃんを疲れさせるティアルク・ルミアネスとか闇討ちし
て再起不能にしてやりたい﹂
﹁⋮⋮物騒な事言わないで。そんな事したらゲンさんとルノさん
に怒られるよ﹂
軽い調子で言い放たれた言葉に、益々リアの表情に呆れが浮かぶ。
︵本当ソラトは、私が止めないと私を不愉快にさせた人皆闇討ち
とかしそうだからなぁ⋮⋮。何でこうなったんだっけ。最初にであ
った頃はこうではなかったはずなんだけど︶
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そんなことを思いながらリアは遠い目になる。
リアがソラトとはじめて会ったのは、ギルドマスターの所に養子
になってからだ。八歳の頃にギルドマスターの養子になり、そのと
きからの付き合いだ。
思えば、リアが全く人と交流を持とうとしなかったことにギルド
マスターも少なからず心配していたのだろう。だからこそ、同じ年
であったソラトと引き合わせた。
そのときからの、7年の付き合い。
だからこそ、コミュ障で、人と会話をする事が本当に苦手で、対
人恐怖症のリアがこれだけ会話を交わす事が出来るのだ。
﹁えー、まぁ、リアちゃんがそういうなら我慢するよ﹂
﹁私が言わなくても我慢して。別に私は主人公君はどうでもいい
から﹂
﹁どうでもいいとかいってリアちゃんちょくちょく観察してるじ
ゃんか﹂
不機嫌そうにソラトがいう。リアが面白がってティアルクの事を
観察しているのが気に食わないらしい。
﹁見ている分には面白い。あともう一人面白そうなの見つけた﹂
﹁え。もう一人?﹂
﹁ん。観察する予定﹂
﹁えー、なんかそれ嫌だ﹂
﹁ソラトが嫌でも関係ないし﹂
こんな会話を交わしながらも二人は課題をちゃっかり進めていた
りする。
何だかんだで二人共要領が良いのだ。話しながらでも、手を動か
す事が出来る。
どのくらい手を抜くべきか悩んではいるが、この位の感覚でいい
だろうと目星をつけてさっさと済ませている。
﹁ソラト﹂
﹁なに、リアちゃん﹂
92
﹁課題さっさと終わらせたら、魔物狩りに行こう﹂
学生が普通魔物狩りをするなら相当の準備をしてからいかなけれ
ばならないものなのだが、リアは軽い調子でそういった。
﹁いいね、それ﹂
だけどソラトはそれを当たり前のように受け止めて、笑った。そ
の様子から彼らにとって魔物狩りが日常的に行われている事がわか
るだろう。
リアはもっと強くなりたいと戦いの中へと身を潜め、ソラトはそ
んなリアに置いてかれるのが嫌だとそれについていく。そんな日々
を、出会った時からずっと過ごしている。
﹁ん、じゃあすぐ課題終わらせよう﹂
それからリアとソラトは少し時間をかけて課題を終わらせると魔
物狩りへと向かうのであった。
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ギルドマスターの頼み事
﹁⋮⋮えっ﹂
その場にリア・アルナスの嫌そうな声が響き渡った。
ティアルク・ルミアネスを瞬殺してすぐの学園の二日間の休みの
日、リアはギルドマスターに呼び出されていた。
そこはギルド本部と呼ばれる建物の最上階。ギルドマスターの部
屋の中で、リアは義父であるギルドマスターと対峙していた。
その場には二人だけしかいない。
仕事机に座ってリアの方を楽しそうに見ているギルドマスターと
嫌そうな声を出してめんどくさそうなリア。
実に対照的な表情を浮かべている二人であった。
﹁だからな、お前にエルフの女王、マナへと手紙を届けてほしい
んだ﹂
﹁嫌だよ! エルフの女王様なんてそんな怖い人の所行きたくな
いよ。他の人に頼んじゃえばいいじゃんか﹂
リアは珍しく喋っていた。
義父であるギルドマスターには流石に喋るほどは心を許している
らしかった。
仮面をつけた︽姿無き英雄︾の姿のまま、リアは嫌だと喚いてい
る。その姿にはギルド最高ランクを所持している者としての威厳は
欠片もない。
寧ろこの姿を見られれば子供が︽姿無き英雄︾の真似をしている
とでも思われそうだ。
︵何でそんな恐ろしい事を私がしなきゃならないの! だって怖
いよ。超怖いよ。だってエルフの女王様ってレベル三百もあるんだ
よ!?︶
嫌だ嫌だと態度に出しながらもリアの思考は怖いという感情で一
94
杯になっていた。
﹁いいから行け。これはギルドマスターとしての命令だ﹂
﹁とかいいながらお義父さん! 絶対これ、私が持っていかなく
てもいいでしょ! 絶対に面白がってるでしょ! 他の人に頼んで
よ!﹂
威嚇する猫のようにリアは文句を言う。
リアが八歳の頃︱︱要するに七年前からの付き合いだからリアは
ギルドマスターの性格を熟知していた。
自身の事を面白がっている事もリアは知っている。
そもそもリアがギルド会議に毎回あんな感じで参加できるのはギ
ルドマスターが面白がって了承した結果である。
今回の手紙を届ける事もリアではなくてもいいのに面白そうだか
らという事でどうせリアに頼んでいるのだとよくわかっていた。
﹁どうせ何れは会う事になるんだから今の内にあっておけ﹂
ギルドマスターの言葉に、また突っかかる。
﹁はぁ!? 何それ。私絶対にエルフの女王様になんて会いたく
ないよ。何で会うのが決定事項になってるの!?﹂
その小さな身体をギルドマスターの方へと向けて、勢いよく喋る
姿からはとてもじゃないが学園での無口振りは想像さえもできない
だろう。
リアは現代でいう重度のコミュ症である。
親しい者︱︱家族や友人の前ではまだ喋るものの、その他には学
園に居る時のようにほぼ何も喋らない。
それに行動的な人間である癖にそれが対して親しくない人が居れ
ば身を潜めているため、どちらかというと大人しい性格と思われが
ちである。
素の性格を知っている者が聞けば失笑してしまいそうな事である。
﹁どうせお前はこれから長く生きるんだ。何れ同じレベル高位者
として彼女に会うのは当たり前だろ﹂
﹁やだ。絶対やだ! エルフの女王様なんてあのルーンが勝てな
95
いとかいう存在だよ!? そんな存在と対峙とか怖いよ。却下する
よ﹂
体全体で嫌だと示す彼女は珍しく見た目相応な子供に見える。
そう、リアのいう通りエルフの女王様はリアの友人である︽ホワ
イトドラゴン︾のルーンにさえも勝てないと言わしめる存在なのだ。
リアがこんな風に気持ちを前面に出すのはあまりないことだ。よ
っぽどエルフの女王と対面する事が嫌なのだろう。
だが、そんなリアの態度などギルドマスターはお構いなしだ。
﹁拒否権はない。第一、お前が拒否しても向こうが興味津々だか
らな﹂
﹁はい?﹂
楽しそうな笑みを浮かべるギルドマスターの言葉にリアは思わず
固まった。
その後、その言葉の意味を理解して﹁な、何で!?﹂と声を上げ
る。
仮面越しでその表情はわからないが、声でリアがその事実にショ
ックを受けているのが見てとれた。
﹁短期間でギルド最高ランクまで上り詰めた正体不明の英雄︱︱
︱、そんな面白いものに彼女が興味を示さないわけないだろ﹂
﹁⋮⋮えー﹂
﹁性別年齢、その他の細かい情報まで不明な存在に興味を示すの
は当たり前だろ。どうせ今回拒否してもいつか彼女の方からお前に
会いに来るんだ﹂
くくっと嫌な笑い声をあげて、ギルドマスターはリアを見る。
視線を向けられたリアはがっくりと肩を落としている。
︵えー、って感じ。いや、まぁ興味持つ気持ちわかるけどさー。
エルフの女王様に目をつけられてるとか本気で怖い。あんな人族最
強のレベル三百超えの女王様だよ!? 私みたいなレベルが百二十
しかない小物とか放っておいてくれたらいいのに⋮⋮︶
自らを小物と称し、怖いという思いに一杯になっているリアであ
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った。その思考を読みとる者が居れば突っ込みが入りそうなもので
ある。
﹁じゃ、そういうわけでこれをよろしく。エルフの王城に届けて
くれればいいから﹂
﹁⋮⋮⋮それ、エルフの女王様以外に悟られないように届けても
いい?﹂
エルフの王城へ届けるようにという言葉に一瞬嫌そうな顔をして、
リアは問いかけた。エルフの女王様に会う事は了承しても他の人に
悟られるのは嫌らしい。
その言葉にはギルドマスターも流石に驚く。
﹁⋮⋮出来るのか?﹂
﹁やっていいなら死ぬ気でやるよ。だってエルフの女王様に手紙
を届けるのは仕方ないとしても、他の人に会わなきゃとか絶対やだ
もん﹂
ギルドマスターの問いにリアはそんな事を言う。それを聞いてギ
ルドマスターは面白そうに笑った。
﹁そうか。やれるもんならやってみろ﹂
﹁うん﹂
許可が出た事にリアは嬉しそうな声を上げる。
エルフの女王に、他の人に悟られずに手紙を届ける。
口で言うのは簡単かもしれないが、それは普通に考えて無謀な事
である。それはお城に門番にも騎士達にも、文官にも、誰にも悟ら
れる事なく侵入するという事である。
バレれば不法侵入者の怪しい者として捕まる可能性も大きい。
が、そんな危険は関係ないとばかりにリアは人に必要以上に会い
たくないという非常に情けない理由で無謀な行動をやる気満々のよ
うであった。
︵エルフの国ってレベル高位者結構いるから本当、怖いよね。エ
ルフの女王様だけでも十分怖すぎるのにさー。側近のレベル高位者
にあうとか考えただけでもう怖いよね︶
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エルフは世界的に見てその寿命が故に数が少ない種族だ。
今より二百年ほど昔、単独行動をこのんで国など作っていなかっ
たエルフは迫害される事も少なくなかったらしい。数が少ないのも
あって希少で、力の弱いエルフは奴隷にされたりと色々大変だった
らしい。
それに立ち向かうべく、エルフをまとめ上げ国をつくったのが今
のエルフの女王である。
大体のエルフの寿命が三百年ぐらいなのに対し、種族の限界を余
裕で突破しているエルフの女王は四百歳をとうに越しているという
のにいまだに若々しいと聞く。そしてそんなエルフの女王の側近達
は建国時より生きているものばかりである。
その中にはもちろんエルフの限界とされるレベル百五十を超えた
ものも多く居る。
寿命が長い種族な分、エルフ族はレベル高位者が多いのだ。
﹁エルフの女王様に手紙を送るのは嫌だけど⋮⋮まぁ、仕方ない
から良いとしてさ。エルフの国って大陸違うし、二日間の休日で帰
ってこれなくない? 私明後日にはまた学園行きたいんだけど﹂
もっともな疑問である。
そしてあわよくばそれを理由に手紙をエルフの女王様に渡しに行
くのを別の者に任せられないかという魂胆もあった。
だが、そんなリアの思考はお見通しだとでもいうようにギルドマ
スターは笑った。
﹁ギルドの依頼は学園の授業よりも優先される。だから、問題な
い。俺から学園長に﹃リア・アルナスはギルド最高ランクの仕事で
休む﹄と言うだけだ﹂
﹁は!?﹂
﹁お前が入学している事さえもいってねぇし、︽姿無き英雄︾が
こんな小娘だって知ったら、さぞ学園長も驚くだろう﹂
﹁帰る! 気合い入れて二日で大陸往復する! それで学園休ま
ず行く!﹂
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リアが人に自分の事を言われたくないと言い張ったため、アルフ
ィルド学園の学園長にまではっきりバラしていないのだ。もしリア
が二日で帰ってこなければギルドマスターは本気でそれを実行する
だろう。
そんなのリアには嫌だったのだ。
﹁まぁ。そう慌てるな。お前に渡す物がある。まずこれが手紙だ﹂
ギルドマスターが机の引き出しの中から一通の手紙を差し出す。
それをリアはすぐに受け取る。
そしてすぐに踵を返す。
﹁じゃ、行ってくる!﹂
﹁待て。船の手配はしてあるがどうする?﹂
﹁︽空中歩行︾と︽瞬速︾⋮⋮あとユニークスキルを使って海を
渡った方がはやいからそっちで大陸渡るからいいよ﹂
そんな事を軽く言い放っているが、普通の人からすれば何言って
んの、この人と思うような事を言っていたりする。
レベル高位者で、なおかつ根気がある人以外こんな事やろうとさ
え思わない。
レベルが低ければ三つのスキルを使用していればすぐにMPが切
れるし、MPを消費し続ける事は使用者に疲労を与える。
大陸と大陸の間は距離がある。
それを三つもスキルを使用し続けてやるというのは無茶な話であ
る。だからこそギルドマスターでさえも確認するように問いかけた。
﹁出来るのか?﹂
﹁出来るかできないかじゃなくてやるの! まぁ、MPが持つか
は流石にわかんないからルカ姉の所でMP回復薬買い込んでいくよ﹂
にっこりと笑ってそういったかと思えば、次の瞬間リアはユニー
クスキルを使用したのか姿を消した。そしてそのまま音もなく去っ
ていったらしい。
﹁相変わらずあいつは面白いな﹂
リアが去っていた後、そんな風にギルドマスターが笑っていたの
99
をリアは知らない。
100
準備をします。
﹁ルカ姉、MP回復薬ちょーだい。もちろん、効果が一番良い奴
ね! お金払うから﹂
ギルド本部から少し離れた場所にある鍛冶屋兼アイテムショップ。
﹃エストニア﹄という名前のその店はリアにとって親しい人物が経
営するお店であった。
リアは店の裏口から入って、椅子に座って書類と向かい合ってい
る女性を発見する。
肩までの長さで切りそろえられている髪は燃えるような赤色であ
る。目は海のような青色だ。その顔立ちは何処かギルドマスターの
面影を見る人に与える。
ぴったりとした黒い服はそのスタイルの良さを強調しており、見
るからに美人な女性であった。
その女性だけがこの場に居るのを確認して、リアはその存在に話
しかけた。
その声といきなり現れたリアにその女性︱︱ルカが驚いたように
リアの方を向く。そしてリアを視界にいれて怒ったように文句を言
う。
﹁もうびっくりするじゃない! またユニークスキルを使ってき
たの? 気配もないのに入ってくるとかやめなさいよ﹂
﹁えー、嫌だよ。ルカ姉以外にも人が居る時あるしさー。ルカ姉
の店って有名なんだよ? そんな所に普通の学生が金銭的にも行け
るわけないじゃん。入る所目撃されたら私困るもん﹂
咎める様子のルカに対して、リアは悪びれもなく笑って答えた。
﹁あんたは普通の学生とは程遠いでしょう。何を普通ぶってるの
よ﹂
リアを見下ろす形で横に並んで、ルカは言った。
101
ルカの身長は百七十センチ以上あるため、リアと三十センチ以上
の差がある。身長差が大きくリアは見上げる形になっていた。
﹁私は普通を目指してるの! 少なくとも学園のクラスメイトは
私の事無口ちびな普通の生徒って認識してると思うんだ! だから
外面的には普通の生徒なの!﹂
ルカの言葉にリアはそんな事をいってない胸を張る。
︵私の平凡への擬態は完璧なんだもんね︶
そんな風に思って得意気な様子は子供のようである。
﹁あ、それよりルカ姉、MP回復薬、此処にあるよね? 私に売
ってよ。お義父さんにお使い頼まれちゃったんだよ﹂
得意気に笑ったかと思えば、慌ててリアはルカに向かってそう告
げた。
というか、エルフの女王様へ手紙を届ける事を﹃お使い﹄などと
いっている時点でリアは色々ずれまくっていると言えるだろう。一
般のギルド員ならば恐縮するような﹃お使い﹄である。
﹁あるけど、お父さんにまた無茶頼まれたの?﹂
ギルドマスターの事をお父さんと呼んでいる通り、ルカはギルド
マスターの娘でリアの姉である。ただし養子なリアと違ってルカは
正真正銘、血のつながった娘である。
今年二十四になるルカは戦闘よりも生産の方が得意なレベル六十
の女性だ。
鍛冶スキルの高いルカは鍛冶師として有名だ。わざわざルカに武
器を作ってもらうために他国からやってくる人もいるぐらいだ。
ちなみにリアの武器もルカによって作られている。
﹁うん。エルフの女王様に手紙を届けてだって。海を渡った大陸
にスキル使っていくからさ、MP切れを起こさないようにほしいん
だ﹂
﹁別に船でいってもいいんじゃない?﹂
﹁時間がもったいないじゃん。もし次の学園の登校日までに帰っ
てこれなきゃお義父さんが学園長にばらすって言うんだもん﹂
102
ため息混じりにリアが言った言葉にルカは苦笑を浮かべている。
︵全く⋮。そんなしょうもない理由で大陸往復をスキルを使って
しようって時点で普通じゃないのよ。言い出したのがリアじゃなけ
れば私なら馬鹿にして無謀だと笑うわよ︶
自分より一回りも小さなリアの頭をなでながらそんな事を思う。
﹁ちょっと、ルカ姉、子供扱いしないでよ! 私今年十六歳にな
るんだからね﹂
﹁身長だけならリアは子供でしょう?﹂
﹁もう! 身長が低いのは仕方ないでしょ、伸びないんだから。
それよりMP回復薬はやく頂戴よ﹂
﹁はいはい。渡すから待ってなさい﹂
もう、と怒ったように言うリアにルカは笑った。そしてそのまま
在庫の入っている︽マジックボックス︾を漁る。
﹁と、あったわ﹂
ルカはそんな声をあげて、液体の入った細いビンを次々と取り出
す。
﹁十個で足りる?﹂
﹁んー、一応もっとほしいかな﹂
﹁じゃあ、二十個渡すわ。代金は全部で六百万ギルになるけど﹂
﹁ん。じゃ、あとで銀行からこの店に振り込んでおく﹂
軽くそんな事を告げているが、普通は六百万ギルなどぽんと払え
るものではない。
一般人の月収が大体三十万ギルほどである。
このMP回復薬、一本が三十万ギルするほど効果なものだ。効果
の薄い安い物もあるのだが、それでも最低十万ギルはする。
一般人の二十ヵ月分の収入を軽く払えるリアの所持金は異常と言
えた。
﹁わかったわ。全部終わってからでもいいからお願いね﹂
﹁うん。じゃ、いってきます。明後日には絶対帰ってくるから﹂
ルカの言葉に頷いたかと思えば、次の瞬間、リアはまたもや姿を
103
消してしまう。
さっさとユニークスキルを使って去っていく姿を見届けて、ルカ
は、
︵あれで普通でいたいとか本当に無理よねぇ︶
なんて呆れた事を思っていたのだった。
104
エルフの国に向かう途中に少女に出会う。
︵うん。ちょっときついけど結構楽しいかも︶
その十数分後にはリアは︽空中歩行︾、︽瞬速︾、︽何人もその
存在を知り得ない︾の三つのスキルを使って海の上空を歩いていた。
流石に三つのスキルを同時に使っているためMPの減りは早いも
のの、レベル高位者のリアからすればまだ許容範囲であった。
︵綺麗だなぁ⋮︶
空には二つの太陽が浮かんでる。
それらが海を照らし、光り輝いていた。
MPの減りが多いのはきついものの、こういう光景が見れる事を
リアは楽しんでいた。
リアは途中でクラーケンに襲われている船を発見した。
クラーケンは巨大で真っ白なイカである。足が沢山あって、船つ
ぶしと呼ばれるギルドランクA相当の危険な魔物である。
遭遇した船はまず沈まされ、乗っていた人々はクラーケンに食事
として食べられるか、海に落ちてそのまま溺死するかの二択の運命
をたどる事になる。まぁ、どちらにせよ死ぬという事だ。その船に
乗っていた人々も死を覚悟していただろう。
が、運が良い事にその場には︽姿無き英雄︾がいた。
リアは︽マジックボックス︾から黒色の︽黒雛︾と純白色の︽白
雪︾︱︱愛用の双剣を取り出す。
そして︽マルガダ流双剣術︾を使い、一気にクラーケンの命を奪
っていった。
ちなみにこの世界は武器に魂が宿ると言われていて、名前をつけ
た方が性能が事実上がるのだ。︽黒雛︾と︽白雪︾の名はリアの義
姉のルカが名付けたものである。
見ている方からすれば驚く他ないだろう。
105
死を覚悟していたら、いきなり人が現れクラーケンを簡単に殺し
たのだ。
クラーケンを解体し、その部位を︽マジックボックス︾の中へと
リアはどんどん放りこんでいった。
それが終われば何も言わずにリアは去っていくのだった。
残された人々は唖然としていたが、すぐにあれが︽姿無き英雄︾
だと気づき、感謝の言葉を告げるのだった。
あとは特に目立った活躍はしなかった。移動しながらやった事と
言えば、時たま空を飛んでいる魔物を殺したぐらいである。
大体船で七時間ほどがかかる距離を一気にスキルで時間を短縮し
て進んでいた。
ユニークスキルを使ってなければ、目撃者がさぞ騒ぐ光景だろう。
空を高速で移動する謎生物として。
︵クラーケンっておいしいんだよなぁ。ルカ姉は︽調理︾のスキ
ルのレベルも高いし、調理してもらおうと。そしたらルーンにも持
っていこうかな。ルーンは海の生物あんま食べないから喜ぶかも︶
そんな能天気な事を考えながら、三つのスキルを同時に行使して
いるリアは随分器用である。
*
空中を歩く事、約二時間。
︵ついたー!︶
リアは隣の大陸、アスランの大地に降り立っていた。
大陸が違うため気温も違う。ギルド本部のある街では春だが、此
処はそれよりも少しあったかい。
︵この大陸来るのも久しぶりだな。はじめて此処にきた時のお義
父さんってば本当難題押しつけてきたなぁ⋮⋮︶
106
はじめてこの大陸に来た時の事を思い出して、リアは思わず遠い
目になる。
アスラン大陸にリアがはじめて訪れたのは十歳の頃︱︱ギルドマ
スターに養子として引き取られて二年目の夏の事だ。
いきなり出かけるぞの一言で船に乗せられ、アスラン大陸の﹃ア
ントンス森﹄と呼ばれるギルドランクB以上ではなければ危険な森
に放りだされた。当時のリアのランクが丁度ギルドランクBになり
たてだったのにも関わらずだ。
︵お前なら死なないだろうから一週間がんばれ。一週間後に迎え
にくるからって十歳児を放りだすかねぇ、普通⋮⋮︶
笑顔でそんな無茶ぶりを言ってのけたギルドマスターを思い出し、
本当に良い性格をしているとリアは思う。
はじめての場所で、それも魔物の溢れる場所で一週間のサバイバ
ル生活。
普通に考えれば死んでいてもおかしくない、いや、寧ろ死んでい
てこそ当たり前である。そこで平然と生き残ったリアもリアである。
ギルドマスターが今のリアの思考を知れば、﹁迎えに来た時飛び
かかってこれるほどに元気だったからいいだろ﹂とでもいうだろう。
ちなみにほぼ無傷だった所も異常な事であった。
︵エルフの国は此処から南西だよねぇ。二つ国を越えなきゃなぁ︶
それを考えながら︽マジックボックス︾から事前に用意していた
水と携帯食を取り出す。
世界中を動き回るギルド員には携帯食は必須のものだ。
とはいっても携帯食はあまり味がしない物が多い。現にリアもあ
まりおいしくないのか食べながら顔をしかめていた。
その場で軽く食事を取って、リアは︽瞬速︾と︽何人もその存在
を知り得ない︾を行使し動き始めた。
一つ目にリアが通った国はアストラスと呼ばれる巨大な大国であ
る。
リアの使っているような︽マジックボックス︾などの魔法具を生
107
産している国でもあり、職人の国とも呼ばれ親しまれている。
アストラスにはレベル高位者は少ないが、職人の国として周辺国
家との結びつきが高く、四つの同盟国を持つ国だ。
関所を飛び越えて、大地を駆け抜け、途中で魔物に襲われていた
人を助けて、そうして国を一つ抜ける。
ちなみに不法入国ではない。
リアはギルド最高ランクなので、様々な国に入国出来る許可証を
持っているのだ。
﹁くっ、追いつかれるか⋮﹂
それはアストラスを越えた先の、リルア皇国を移動中に聞こえて
きた。
相変わらず二つのスキルを使いながら、一気にエルフの国まで移
動していたリアはその声に思わず足をとめた。
そしてそちらに視線を向ける。
︵わー、めんどくさい。どうしようかなぁ︶
それを見てリアの反応は非常に冷たいものである。
リアの視線の先には十歳ほどの年齢の小さな少女が居た。
少女はこの世界では珍しい色を持っていた。それは夜を現す黒色
である。片方だけならいない事はない。だけど彼女は目も髪も黒色
だった。
そして、少女は動きにくそうな白いドレスを着ていた。
そんな少女の後ろを追っている人影が何人も居た。
もう今にも追いつきそうである。
そもそもの話、何故リアが助けるか助けないか迷っているかと言
えば此処が地元ではないのも一つの理由であるが、最大の理由は少
女が高貴な身分のように見えたからだ。
幾らギルド最高ランクに国への介入権あろうとも王族貴族のいざ
こざなんて面倒なものにリアは関わりたくなかった。
︵んー、何で本当こんな面倒な事が目の前で起こるかなぁ。いや
ー、本当にさ、︽トラブルホイホイ︾の称号とかいらない⋮⋮︶
108
思わずそんな思考に陥るのは、リアの獲得称号に︽トラブルホイ
ホイ︾などという厄介なものがあるからだ。
︽姿無き英雄︾が有名なのは数々の危機的場面を救ってきたから
である。
今回のギルドマスターの依頼でも普通は出会わないクラーケンに
遭遇したのもおそらくこの称号故であるし、︽姿無き英雄︾が人を
救ってきたのはたまたまその場に出くわしたからにすぎないのだ。
︵でも、懐かしいなぁ⋮⋮︶
嘆いた後にリアはそんな事を思う。
黒髪黒目
とは懐かしいものであるらし
その茶色の目は真っすぐに少女の持つ鮮やかな黒髪と黒目を見据
えていた。リアにとって
かった。
︵どうしようかなぁ⋮もうさっさとエルフの女王様の所、無視し
ていこうか︶
リアがそんな冷酷な判断をしようとしている中で、追われていた
少女は捕まる寸前である。
正直他人の死は怖いが、自分の事が一番なのだ。自分の事情が他
人の命より優先されれば普通に見捨てる。
幸いユニークスキルを使っていればその場に存在している事も気
づかれず、助けなかった事に何か言われる事もない。
リアはその点、非常に自分勝手な少女である。
リアはただ少女と追手を見ていた。
﹁⋮⋮妾はっ﹂
男達に囲まれ、絶望に瀕している状態でありながら黒髪の少女の
目は強さを持っている。
﹁まだ、死にたくない!﹂
scottatura︶
続けられたその純粋たる願いにリアは思わず少女を見た。
﹁燃やしつくせ。︵Ogni
109
corpo,
è
che
infern
che
osso︶
fiamma
un
infernale︾︶
ad
ca
hell
l'ani
その身を、その魂を。︵Sul
di
ma︶
fiamma
ceneri︶
persona︶
bruciato
saranno
una
それは業火の炎。︵È
fire︶
in
全てを灰に変えるだろう。︵Tutti
mbiati
di
地獄をかの者に見せよ。︵Mostri
o
ha
骨まで燃やしつくす、その炎を。︵La
tutto
fiamma
出現せよ!!︵Appaia!!︶
︽地獄の炎︾︵︽Una
﹂
少女の口から放たれたのは︽地獄の炎︾と呼ばれる︽火属性︾の
魔法を行使するための詠唱であった。
突如、それは出現する。
追手達を燃やしつくさんばかりに一気に赤く燃え上がる。現れた
炎にリアはその瞳に感嘆の感情を浮かべていた。
︵おー︶
︽地獄の炎︾はたかが十歳程度の人が使えるような魔法ではない
のだ。
実際にその魔法は少女にとって最大の魔法なのだろう。それを放
った後の少女は苦しそうに吐息を洩らし、今にも倒れそうなまでに
ふらついていた。
それでもその年で︽地獄の炎︾が使えるという事実は誇ってよい
事だった。
だが、流石高貴な身分の方々が少女を殺すために雇った者達と言
110
うべきか、その魔法にすぐに対処していく。
普通十歳程度の少女が︽地獄の炎︾を扱えれば驚くものだ。一瞬、
そこで隙を作る者も多いだろう。
でもリアが見るに追いかけている人々の中には隙を作った者は一
人もいなかった。
︵ってことはあの子の実力を知ってる身近な人が雇ったって事か
な。うわー、きな臭い。関わりたくないなー、どうしようかなぁ︶
この時点でリアが少女を助けるかどうか五分五分である。
めんどくさいという気持ちと助けようかなという思いが同じ位心
を占めている。
それに関わるとすれば最後まで面倒をみるべきであるし、時間が
かかれば学園が始まるまでに帰る事が出来なくなってしまう。
︵てか何で王族貴族って陰謀渦巻いてんだろうねー。金と権力と
か必要以上にあってもちょっと邪魔だよね。私の貯金もたまりすぎ
て使い道なくて困ってるのに︶
︽姿無き英雄︾としての稼いだ多額のお金とギルド最高ランクと
しての権力。
それはリアが自らの力でつかみ取った者である。
溜まっていくお金の使い道はあまりない。大きすぎる権力は面倒
な事を呼び寄せる。
だからリアは必要以上にあっても邪魔だと思う。そんな者のため
に争いあう高貴な人々の心情はリアにはわからない。
ギルド員はランクを上げて、お金と権力を手に入れようとしてい
る者が多い。
そんな中で最高ランクでありながら必要以上にあっても邪魔など
と言っているリアを知ればさぞ彼らは驚く事だろう。
﹁くっ⋮⋮﹂
悔しそうな声を上げる少女をリアはただ見ているだけだ。
︵もう無視して行こうかなぁ⋮⋮。んー、でも見捨てて死なれて
も気分悪いし。あーもう、王族貴族ぽくなきゃすぐ助けてエルフの
111
女王様の所行くんだけどなー︶
考えるような仕草をして、リアは相変わらず迷っている。
目の前で少女の命が奪われかけているというのにそんな感じであ
る。あの見るからに正義感の強いティアルク・ルミアネスが知った
らリアに向かって何故助けないときっと怒る事だろう。
視線の先で男たちが少女を囲っている。
それでも少女の目にまだ諦めはない。
﹁⋮⋮絶対に、死んでやらない!﹂
叫ぶように言い放たれた言葉は少女の決意だった。
死んでやるもんかとその目は強い力を持っている。手には短剣を
手にしている。
絶体絶命ともいえる場面で少女は生きる事を諦めてはいなかった。
︵ほー、度胸あるねぇ、あの子。別にそういう子は嫌いじゃない
んだけど、どうしよっか?︶
少女が短剣をふるい、魔法を放つ姿をリアはまだ黙って見ている。
彼らに接触する事も心配いらないほどの距離から、少女の事を助
けるかどうかいまだに迷っている。
助けろよというツッコミをするものはその場には誰もいない。少
女の命運はリア次第である。
﹁妾は死にたくない!﹂
少女の叫び声がただ響く。
追手達に向かって叫んで、必死に少女は生き延びようとしている。
男達の手が少女に伸びた。それでも少女は諦めない。がぶりっと
噛みつき、相手を怯ませ、傷を負おうともその目には力が宿ってる。
そんな一生懸命に生きようとしている姿にようやくリアは動いた。
︵何か似てるんだよねぇ。昔の私に⋮⋮。うん、助けようか︶
そんな風にのんびりした思考を脳内に浮かべた。
﹁⋮⋮え?﹂
そしてリアがそんな決意をした次の瞬間には男達の命は失われた。
腰にかけていた長剣で次々にその命をリアが散らしたためだ。生
112
かしていても面倒なので助けるならこの場で殺そうと思って実行し
たらしかった。
それに少女は信じられないものを見るような表情を浮かべている。
それも当たり前と言えば当たり前である。
自分の命を奪うはずの追手達がいきなり何が起こったかわからな
い内に殺されたのだから。
︵え、何? 何なの、これ⋮。一瞬だけ姿が見えるけど⋮⋮まさ
か⋮︶
少女はその黒目を大きく見開いている。思考を続けた先に一つの
結論が出た。
﹁⋮⋮︽姿無き英雄︾?﹂
その結論を口にし、驚いた表情のままの少女。
︵んー、助けたはいいけどどうしよう?︶
追手達をさっさと殺して、ユニークスキルを使い少女の前に立っ
たリアは困っていた。
どうせ助けたなら最後まで面倒をみたいものだが、姿を晒すのは
嫌だった。
助けた後にどうして自分は助けてしまったんだろうという気持ち
に陥っていたリアである。
︵とりあえずこの場から去った方がいいよね︶
そうすぐさま考えてリアが取った行動は、
﹁え?﹂
少女を気絶させて、抱えてその場を去る事だった。
113
少女の過去の記憶と︽姿無き英雄︾︵前書き︶
若干﹃強者は潜んでる﹄と設定が違います。キャラは一緒だけれど
も。
時系列の違いというか⋮⋮、両方書いてほしいという方が以外と多
いんですが、その場合は﹃強者は潜んでる﹄の時系列を少し変更し
なきゃになります。
114
少女の過去の記憶と︽姿無き英雄︾
﹁ネアラ﹂
優しく呼ぶ声が聞こえた。
それに黒髪黒目の少女︱︱ネアラは振り向く。
そこはネアラの自室だった。ベッドや机などが置かれ、最高級の
絨毯が引かれた明らかな高貴な身分の住まう部屋。
﹁ネアラ﹂
何処までも慈愛に満ちたような笑みがそう呼ぶ女性には浮かんで
いた。
女性はネアラの母である。
ネアラの母は遠い異国より突如現れたとされる、この世界では珍
しい黒色をその身に纏っている人だった。
﹁お母様﹂
ネアラは微笑んで、そのまま母親に飛びつく。
五、六歳程度の幼い少女が母親と戯れる様子は微笑ましいものだ
った。
﹁ネアラ、可愛い私の娘﹂
ただ優しく笑ってネアラを抱きしめる彼女は美しい人だった。
黒色を持っているという珍しい特徴だけではなく、驚くほどに顔
立ちが整っていた。だからこそ、王に見初められて、彼女は皇妃と
なった。
そして少女は姫だった。
皇帝と皇妃に愛されて、幸せに、ただ生きていた姫だった。
ただその終わりは唐突に訪れた。
場面が変わる。
﹁お母様! お母様ぁああああ﹂
必死にネアラは叫んでいた。
115
少女の黒い瞳に映し出されるのは、何処までも残酷な光景だった。
部屋の中に引かれた絨毯が赤で染まっていた。
その上にはネアラの叫び声に反応さえも示さない彼女の母親が居
る。
優しく笑っていた母親はもう動く事はない。何処までも幸せそう
にほほ笑んでいたのにそれを見る事はもうない。﹃ネアラ﹄とただ、
優しく微笑んでくれる目はもうない。
ショックで座り込んだまま、涙さえ流せない。
目の前の光景を信じたくはなかった。
横たわって、息絶えているのが自身の母親だと信じたくはなかっ
た。
それでもその現実はネアラの心に突き刺さった。
﹁お母様ぁああ﹂
叫び声はやまない。残酷な光景が、少女の前にある。
だが、それは予想外の事にかき消された。
﹃うるさいっ﹄
聞きなれない声が響いたかと思えば、ゴツンッという音と共にネ
アラの頭に衝撃が走った。
そして、世界は暗転した。
﹁⋮⋮お母様﹂
小さな声をあげてネアラは閉じていた瞳を開く。
真っ先に体を横たわらせていたネアラの視界に入ったのは青い空
だった。 太陽の日差しが空から降り注いでいて、眩しさにネアラ
は何度か目を瞬かせる。
寝ぼけた様子でまだ焦点はあっていない。うっすらと映し出され
116
る周りの景色にぼーっとした表情を彼女は浮かべていた。
パチパチと火がたかれている音がする。ごつごつした地面に寝か
せられネアラは毛布をかけられていた。
そしてこの周辺には魔物が入ってこないようにか︽結界︾が貼ら
れている。精密な出来の結界であった。
﹁⋮⋮﹂
ふと隣を見たネアラはこちらをジト目で見ている仮面をつけた人
と目があった。
それを見てネアラははっとなる。
︵お母様はもう死んだんじゃないか⋮⋮。夢を見てたのじゃな、
童は︶
先ほどまで夢を見ていたのだろうとただ思う。それと同時にネア
ラは考える。
︵妾は確か⋮⋮、この︽姿無き英雄︾に助けられて、その後何故
寝ていたのだ⋮⋮?︶
疑問に思うのも当たり前だろう。
ネアラからすれば何が何だかわからない内に気絶させられたよう
なものなのだから。最もその気絶させた犯人が自身を助けた︽姿無
き英雄︾とは思ってはいないだろうが。
﹁⋮⋮︽姿無き英雄︾﹂
ネアラは起き上がり、その存在の名を呼んだ。
それにリアは一瞬びくっとしてネアラを見る。
﹁先ほどは助かった。童を助けてくれてありがとう﹂
ネアラは不遜な、上級社会を生きる者としての笑みを浮かべて綺
麗に笑った。
先ほどまで命の危機にさらされていたというのにこうして冷静で
いられるのは、彼女がそれだけそういう危険に慣れているからだろ
う。
﹁⋮⋮﹂
それにリアは返答を発さない。
117
︵うわー、どうしよっか。声出したら性別ばれちゃうよね? こ
のまま放置するわけにはいかないけど⋮⋮。んー、助けたからには
最後まで面倒みるべきだしさぁ。困った! 私超困ってるよ。普段
だったらこういうの全部お義父さんに預けたりするんだけどさ⋮⋮︶
何も喋らぬままリアは内心焦っていた。
﹁⋮⋮喋れないのであろうか。︽姿無き英雄︾は﹂
不審そうに告げられた言葉にリアは首を軽く振る。
﹁では、喋りたくないのか﹂
それにリアはこくんと頷く。
﹁⋮⋮先ほどうるさいといったのは貴方か?﹂
首を振って、頷く。ただそれだけの反応しか示さないリアにネア
ラが問いかける。
﹁⋮⋮﹂
しばらくそれに無言だったかと思えば、リアは頷いた。
﹁⋮⋮そうか。妾の寝言がうるさかったのだな。すまなかった﹂
ネアラはただ真っすぐにリアを見据えてそんな事を言った。
︵︽姿無き英雄︾が童の前に姿を現しているということは⋮、何
か理由があるだろう。それにしても⋮、シャイなのだろうか。喋れ
るのに喋らないなどと。それに⋮︶
そんな思考に陥って、ネアラはリアの全身を見る。
そしてぽつりと呟く。
﹁⋮⋮小さい﹂
その小さな呟き声にリアは大きく反応する。
﹁︽姿無き英雄︾は子供だったのだな。妾と対して歳が変わらぬ
幼子が⋮⋮﹂
﹁⋮⋮違う﹂
ネアラの言葉にリアがぷるぷると震えながら、はじめてネアラの
前で言葉を発する。
それに驚いたようにネアラがその黒目をリアへと向ける。
﹁⋮⋮私は十五歳。子供じゃない。今度子供とか言ったら殺す﹂
118
告げられた言葉は酷く物騒であった。ネアラを見るリアの目は冷
たい。幾ら背が低いからと子供扱いされる事が我慢できなかったら
しい。
︵うん。折角助けたけどムカつくもんはムカつくしね。それに話
とか聞かなきゃだし⋮、声をあげちゃったのはまぁ仕方ないとして、
もしこれバラす気なら即殺す。死んだって事実も感じられないぐら
いに瞬殺する︶
うんうん、と頷きながらそんな事を考えているリアの思考は恐ろ
しい。
死におびえている癖に自分自身のためならとことんリアは容赦が
なかった。
﹁済まない。気分を害してしまったようじゃな。もう言わぬ⋮⋮﹂
ぞくぞくと心を刺激するような殺気にネアラは思わずびくつく。
それでも気丈にネアラは答えた。
﹁それでいい。あと私の情報誰かに言っても殺す﹂
そんなリアの言葉が言い放たれる。それと同時にネアラにどうし
ようもないほどの恐怖が襲った。
リアの纏っている雰囲気が、言葉が、瞳が。
ただそれだけがこの場に恐怖という感情を充満させる。
自分の事を簡単に目の前の存在は、︽姿無き英雄︾は殺せるのだ
という事をその身に恐怖として叩きこまれる。
︵これは⋮、︽姿無き英雄︾は⋮⋮強い。それがただ殺気を向け
られただけでわかる⋮っ︶
ただ常人では決してたどり着けない域の強さを持っている。幾ら
見た目が同じ年の子供に見えようとも、これはそんな風に侮ってよ
い存在ではない。
それをネアラはただ感じていた。
﹁返事は? しないなら、今すぐ殺すけど﹂
真っすぐにネアラをその目が見つめている。それだけで恐怖心は
益々ネアラの心に刻まれていく。
119
見つめられれば見つめられるだけ、その殺意が心に流れ込んでく
る。そんな感覚をネアラは味わっていた。
﹁⋮⋮い、言わぬ﹂
どもってしまったのは、与えられる恐怖に心が酷く動揺していた
からだ。
気を抜けばカタカタと震えだしそうになるほどの、王族として生
きてきたプライドも崩れ去り無様にも泣き叫んでしまいそうになり
そうなほどの、そんな恐怖がネアラの心を浸食していた。
﹁⋮⋮⋮﹂
リアはネアラの言葉にじっと探るような目を向ける。
ただ見つめるという動作。
でもたったそれだけでもネアラの中で恐ろしいという思いが増幅し
ていく。
︵妾は返答を間違ったか⋮? いや、それか言わないという事を
信じてもらっておらぬだけか⋮。しかしギルド最高ランクの名は伊
達じゃないという事じゃの。レベルが十五しかない童には目の前の
存在が視線を向けるという行為だけでも恐ろしい⋮⋮︶
体が震えそうなのを気丈にもネアラは抑えている。
これから何を言われるのだろう、どうなるのだろう。
それを思ってか不安そうに黒目が揺れる。
だけど、
﹁そう、ならいい。バラしたら殺すから命が惜しかったら言わな
いで﹂
しばらくネアラを見つめたかと思えば、リアはあっけなくそんな
言葉を告げた。
﹁⋮⋮そんな、簡単に信じていいのか﹂
﹁貴方は言うの?﹂
﹁⋮いや、そんなつもりはない﹂
そんな会話が、二人の間で交わされる。
︵秘密をバラされないようにするには徹底的に恐怖を刻み込むべ
120
きだもんなぁ。いやー、でもこの子が﹃秘密をバラされたくなけれ
ば︱︱﹄なんて馬鹿みたいな事言わなくて。そしたら即殺してたも
ん。自信あるよ。折角助けた命を殺すのは嫌だったからちゃーんと
恐怖を感じてくれたようで良かったよ。人脅すのとか苦手なんだよ
ね︶
そしてもちろん、ネアラはリアがそんな思考に陥っている事など
知る術もない。
﹁それで貴方の状況教えてくれる?﹂
突然、話を切り替えるようにリアは告げた。
﹁⋮⋮何故?﹂
そういうネアラの表情には﹃何故、そのような事を話さねばなら
ないのか﹄という疑問に満ちていた。
それにリアは答える。
﹁貴方を助けてあげる﹂
﹁⋮⋮何故?﹂
それにまたネアラは同じように問いかけた。
それにリアは躊躇う事なく答えたのであった。
﹁助けた命の面倒は最後まで見るべきでしょう。それに関わって
おきながら助けられないってのは私が気分悪いから﹂
それは決して人々に拝め、尊敬される︽英雄︾の言う台詞ではな
い。
人々が求める︽英雄︾ならば、﹃困っている人を助けるのは当然
だ﹄とでもいうのかもしれない。
あるいはリアの学園に居るティアルク・ルミアネスのような物語
の主人公のような人間なら﹃困っている女の子を放っておけない﹄
とでも言ったかもしれない。
でもリアは人々が求めるような︽英雄︾でも、漫画や小説の世界
に居るような︽主人公︾でもない。
ただの臆病で、自分勝手な気持ちで人を助ける︽姿無き英雄︾と
呼ばれる十五の少女だ。
121
人を助ける行為。
それはリアにとって他人のための行為ではない。自分のための行
為だ。
﹁だから、全部教えて。貴方を先ほど助けた責任として最後まで
助けてあげるから﹂
リアはそういってネアラの顔を見つめた。
122
皇宮へと忍び込み、脅します。
︵んー、皇宮っていっても警備薄いなぁ︶
ネアラから話を聞きだしたその後︱︱十分も待たない内に、リア
はリルア皇国の皇宮︱︱︱つまり皇族の住まうその場所に平然と侵
入していた。
もちろん、小国とはいっても此処は国のトップが住まう場所だ。
警備が薄いわけはない。が、︽何人もその存在を知り得ない︾とい
うユニークスキル所持者であるリアを持ってすれば警備が薄いと言
わしめるものなのだ。
皇宮に張られた結界が破られていないという過信と侵入者の影す
ら見ていないという事実から来る警備兵達の油断しきった様子。
それをすぐ隣で見ながらもリアは呆れた顔を浮かべていた。
︵侵入者なんて居るわけないって思ってんのかなー。貴方の横に
居ますよーって言ってやりたい。反応面白そう。まぁ、やらないけ
ど︶
リアはそんな事を考えていた。
ちなみに︽結界︾はコツをつかんでいる人なら上手に破って入る
事も可能である。リアは結構そういう技術も持っているので普通に
破って、隠蔽とばかりに修復して侵入を果たしていた。
レベル百二十のリアが本気で結界を破りにかかれば、それに気付
ける者など限られている。
小国とはいえ、国の中心であるこの場所は広い。
頭の中でリアはネアラに教えてもらった皇宮内の地図を浮かべな
がら動く。
︵んー、こっち右だったっけ?︶
とはいえ、完全記憶なんて特殊能力的なもの持っていないリアは
一度だけ聞いた皇宮の見取り図など完璧に頭に入れていない。
123
とはいえ、有言実行なリアはそれでも此処に侵入していた。
ネアラの事はきっちり結界を張って人が来ないような場所におい
てきた。レベル高位者のリアが張った魔法を敗れる人などそうはい
ないから滅多な事がなければネアラは安全と言えた。
︵んー、まぁ、はずれなら戻ればいいか︶
そんな楽観的な思考で躊躇いもせずにリアは皇宮を進んでいく。
目的地に向かう最中に行き止まりにたどり着き隠し通路的なもの
を見つけてしまったり、貴族と平民の許されぬ恋的なものを見てし
まったり、眠っている男性にブツブツと﹃貴方は私のもの﹄などと
言い聞かせてるヤンデレっぽい女性を見てしまったり⋮⋮、とリア
は色々なものに遭遇していた。
︵何か見てはいけないもの見てしまったって感じだよねぇ。気づ
かれたらそこから色々面倒な事になるんだろうけど。あー、良かっ
た。私のユニークスキルがこれで︶
途中で見て、聞いてしまった事を思い浮かべながらリアは苦笑し
ている。
ちょっとのぞいてみるだけでこういう高貴な方々の家は面白い事
に溢れているものである。
ギルドマスターに依頼されて陰謀調査など色々な事をしていたリ
アにとってそれは動揺すべき事ではない。
観察する分には問題ない、寧ろ面白い事だ。ただ関わると面倒だ
と思っているのだ。
︵あーあ、あの子助けなきゃよかったかな。めんどくさい。でも
似てたからって理由で助けちゃったのは私だしなぁ。それにあの子
の母親は同郷だったし、助ける理由には充分だよね︶
声を出さずにリアは口元を緩めて笑った。
そしてしばらく歩いて皇宮の三階に存在する一つの扉の前に立つ。
その扉を挟むようにして二人の兵が立っている。二人とも警備兵
達のような油断した様子はない。
それでも幾ら気を張っていたとしても彼らはリアには気づけない。
124
とはいっても扉を開けてその部屋に侵入すれば流石に彼らは気づ
くだろう。そこでリアは視線をずらして、開け放たれた通路の窓を
見た。
︵じゃ、外から行こうか︶
そこからリアは外へと飛び出した。
青い空の下、リアは︽空中歩行︾のスキルを使い立っていた。ユ
ニークスキルを使ってなければさぞ目立つ事だろうが、空気を踏み
その場に立つリアに気づく者は誰も居ない。
︵えーと、あの窓があの扉の先だよね︶
リアはそのまま目的地の部屋の窓へと向かう。
空気を踏んで移動する。そんなリアにやっぱり誰も気づかない。
リルア皇国は所謂小国と呼ばれる国だ。
大国でさえ、レベル高位者はそんなに数はいない。小国には益々
居ない。
というより小国で生まれたレベル高位者は大国に引き抜かれてい
ったりするもので、いたとしても国に仕えてくれないものも多いの
だ。
そんな小さな国で、リアの存在に気づけるような強者が居るか否
かと言えば居ないのだ。
レベル百を超えた者はおそらく他国からの来訪者がいるという例
外を除けば、この国に居るのはリアだけであろう。
リアは不用心に開け放たれた窓へと近づく。
白いレースのカーテンが風に靡いていた。リアは音も立てずに窓
の淵に足をかける。
覗き込んだその部屋の中には一人の美しい女性が居た。
腰まで伸びた髪は美しく銀色の輝きを発している。深緑の瞳も彼
女の美しさを引きたてていた。
赤いドレスを身につけて見るからに高貴な身分である彼女は︱︱
その見た目通りこの皇国内でもトップクラスの権力者であった。即
ち、彼女は皇妃であった。
125
側室ではなく、皇帝の正当なる妃である。
この場には彼女以外の人はいない。椅子に腰かけ不遜に笑う様子
はプライドに満ちあふれている。
リアは部屋の中へと入る。
それでも皇妃はそれに気づく事はない。
リアは皇妃へと近づく。
それでも皇妃は振り返る事さえしない。
後ろから皇妃へと近づいたリアは右手で皇妃の口を声を出せない
ように押さえつけ、左手でその首に手を添える。
﹁⋮⋮っ﹂
そこでようやく皇妃は後ろに何かが居る事に気づく。
そしてその表情を青ざめさせた。言葉さえも発せない状況で、自
分の命が握られていると理解に皇妃は震えていた。
可哀そうになるくらい真っ青だった。
だけどだからといってリアがその状況をやめてやる理由などない。
﹁⋮⋮ネアラ・リルアへの暗殺の命令を取りやめなさい﹂
冷やかな、静かなリアの声がただ室内に響いた。それに皇妃は冷
や汗を流して益々その顔を蒼く染まらせたのだった。
リアがネアラから聞いた話は簡単に説明すると次のような事だっ
た。
まずネアラの母親、ユウコはこのリルア皇国の前皇妃であった。
十年ほど前突如としてこの国に現れた黒髪黒目の、素性不明の女︱
︱︱それがネアラの母親であった。
その美しさが故に皇帝に見初められ、皇妃となった。
126
けれども素性も知れぬ女に優しくできるほどに上級社会は決して
甘くはなかった。
嫌がらせが起きた。
暗殺未遂が起きた。
それにユウコには突如現れた事だけではなく、不自然な事があっ
た。
それはユウコは異常な事に当時十六にもなろうというのにレベル
が一しかなかった事だ。まるでこの世界につい先日生まれおちたよ
うな︵・・・・・・・・・︶、赤子のような状況だった。
それ故にユウコには皇帝の命令で精鋭の兵がつけられた。
それに加えてユウコはレベルが低いのに驚くほどのスキルの知識
を持ち合わせていた。
だからこそ、ユウコは二年前︱︱娘のネアラが八歳になるまで、
殺意を持つ者達に狙われても奇跡的に生きてこられた。
だがその奇跡は続いてくれなかった。
二年前ユウコが暗殺された。
犯人はわからないままという事にされていた。
容疑者は多かった。その中でも犯人であろう者の目星はついてい
た。それでもそれを追求できるだけの証拠はなかった。
皇帝には元老院達によって新たな皇妃がきめられた。
しかし皇帝は前皇妃以外に愛情を向けるつもりはなかったらしく、
見向きもしなかった。
皇妃は今は亡き前皇妃を憎み、そしてその娘であるネアラを憎ん
だ。
それでもその時点でネアラは周りから、悪意を向けられはするも
のの実害はなかった。
皇帝である彼女の父親が必死に守ろうとしていたからだ。
この国で一番の権力者である皇帝の後ろ盾があった。だからネア
ラは安全だった。
しかし一年前に皇帝は病に倒れた。それも不治の病という事だっ
127
た。
それでもネアラはまだ皇帝が生きている内は安全だった。幾ら病
に倒れたとはいえ、一番の権力者は皇帝であったから。
それも長くは続かなかった。つい三カ月ほど前に皇帝が死んだの
だ。
そしてそこからネアラの狙われる日々は始まった。
皇帝の残した遺言がネアラを次の王にとあったのも問題だった。
権力を欲する者達が沢山ネアラに群がった。同時に皇妃から向け
られる暗殺者も増えた。
皇帝が死に、まだ幼いネアラよりも皇妃につくものも多く居た。
その結果が、リアが見たネアラだ。
姫だというのに一人で、暗殺者に追われていた。
仲間は居ただろう。それでもネアラは結局一人で戦った。
︵なんて馬鹿らしいんだろうなぁ。権力争いって。そんな面倒な
事どうして起こしたがるんだか︶
皇妃の背後で、ネアラから聞いた事を思い出しながらリアはただ
そう思う。
﹁あの子はこちらで預かる。それをあの子は望んだ﹂
﹁⋮⋮っ﹂
﹁だからあの子の事は死んだ事にしてもらっていい。あの子は姫
であるネアラ・リルアとしてではなく、ただのネアラとして生きて
行く事を選んだ。皇位は貴方がつげばいい﹂
静かに、ただリアは告げる。
︵あの子は生きる事を望んだ。この国に居てもあの子は狙われる
だけだ。まだ子供で、無力なあの子の命なんてすぐに奪われる。あ
の子は母親の生きてという願いをかなえたかっただけだった︶
もしネアラが皇宮に戻る事を選んだならリアは、返してそのまま
放置した。権力争いに深くかかわるのは面倒だからだ。
でもネアラは生きる事を選んだ。皇位なんていらないから生きたい
んだと言った。
128
︵⋮⋮本当、昔の私にそっくり。無力で、弱かった私はレベル上
げのために無茶ばっかりして死にかけてたっけ。生きたいってずっ
と思ってたんだ、私は⋮︶
思い出した口元を思わず緩めてしまう。
強くなりたかったのは死にたくなかったからだ。
強ければそれだけこの世界では生きていられる確率が高くなるか
らだ。
魔物も、盗賊も、そんな死ぬ原因に最もなりそうなものを強けれ
ばどうにでもする事が出来ると知っていたからだ。
﹁もしまたあの子を狙うなら、私が貴方をすぐに殺す。言っとく
けど、本気よ。どれだけ此処に警備兵が居ようとも私なら貴方を誰
にもバレずに殺す事が出来るわ﹂
その言葉に皇妃の体がびくつく。
﹁そして私の事をバラしても殺す。生きたままドラゴンにでも食
べさせてあげてもいいわね﹂
恐ろしい事を口にするのは脅しのためだ。
でも実際にリアは目の前で震えている皇妃が約束を破ったならば
それを実行するだろう。
﹁あとあの子はこれから強くなると言っていたわ。貴方がきちん
と国政をしてくれるなら大丈夫だけど、もし国を荒廃させたなら︱
︱︱、きっといつかあの子が貴方を殺しに来るわ﹂
それは警告である。
もし国を腐敗させるような事になればネアラが皇妃を殺しに来る
だろうというものだ。
その事に本気で目の前の皇妃はおびえていた。
︵ふーん。あの子が国で天才少女って言われてるから余計怖いん
だろうけど、なっさけない。というかあの子が強いのって母親のお
かげもあるよね⋮⋮︶
リアはネアラから話を聞いていて、ユウコがスキルなどについて
異様に詳しかった理由についての答えを知った。それにネアラ自身
129
が母親から聞いたのだと、ユウコの故郷について教えてくれたから、
その答えは間違いなく正しいだろう。
﹁だから、言うとおりにしなさい。しなきゃ、わかってるわよね
?﹂
リアの低い声にぶるぶる震えながらも、皇妃は情けなく頷く。
そこに高貴なものとしての気丈さはない。ただそこに居るのはリ
アという存在を心の底から恐れているただの女だ。
皇妃のおびえきった様子にリアは満足したように頷いて、そのま
ま彼女に姿を見せる事もなくまた窓から去っていく。
﹁⋮⋮⋮ネ、ネアラへの、暗殺をやめさせなければ﹂
後に残ったのは座り込み、その体を異常なほどに震わせていた皇
妃だけだった。
130
事が終わったので。
﹁終わったよ﹂
﹁はい?﹂
ネアラが待たされていた場所。それは皇宮のある土地から西に離
れた森の中であった。
危険な魔物の溢れる地であるが、リアの施した結界があるためネ
アラが魔物達に傷つけられる事はなかった。
火を焚いて、温まりながらはらはらとリアを待っていたネアラは
一時間も立たずに帰ってきて終わったなどと告げるリアに驚いたよ
うな表情を見せた。
﹁だからもう貴方は暗殺者に追われる事はないよ。ちゃんと脅し
て貴方を死んだ事にさせるようにしたから。あと国を駄目にさせた
ら貴方が殺しに行くってもいっておいたから国の事も心配する必要
ないよ﹂
目を丸くしてこちらを見ているネアラに一気にリアは言った。
﹁⋮⋮え?﹂
そしてまたその言葉に放心するネアラをリアはまじまじと見る。
︵黒髪黒目とかなつかしーね。いやー、しかしこの世界生身でト
リップまであるんだね。この子が日本人の血引いてると思うと凄い
親近感わくなぁ︶
リアがネアラから聞いたユウコの故郷︱︱それはこの世界ではな
い、地球と呼ばれる異世界の小さな日本という島国。
いきなりこの世界に飛ばされたユウコは皇帝に愛されるというま
るで物語の主人公のようなストーリーを歩んだのだというのだから
リアは面白いと思う。
何故リアが異世界の日本なんて国を知っているかと言えば、答え
は簡単だ。
131
︵私は異世界トリップではなく、異世界転生だからなぁ。しかし
トラックに激突されてそのまま死亡して転生とかなんてベタな⋮⋮。
まぁ、私にはチート能力なんてなかったけど︶
リアは所謂転生者という類のものであった。
一度死んだ記憶があるからこそ、死ぬ事を必要以上に恐れていた。
今回は死んでも終わりではなかった。転生なんて非現実的な事が
起こって、記憶を持ったままこうしてこの世界を生きている。。
それでも今度死んでまた転生できるとは限らない。人はいつか死
ぬものだとはわかっている。それでも自分が終わるのは怖いから、
リアは死にたくないのだ。
種族としての限界レベルを突破すれば寿命が延びる事を知った。
特にこの世界がどれだけ恐ろしいのか、リアは知っていたのだ。
前世の記憶を通じて。
︵この子の母親も私と同じように﹃ホワイトガーデン﹄で遊んで
たんだろうな。だから、スキルに詳しかったんだろう。私もその知
識があったからこそ、すぐに此処が﹃ホワイトガーデン﹄の世界だ
と気づけたからこんなに強くなれた︶
地球と呼ばれる世界ではVRMMOと呼ばれるものがリアが生き
ていた当時流行っていた。
仮想現実の中で自由気ままに遊ぶゲーム。
﹃ホワイトガーデン﹄はそれの一つであった。
これは厨二病の喜びそうなものであった。そもそもこのゲームの
タイトルの意味からして厨二が喜ぶものだ。
何の歴史も刻まれていない白紙の状態の世界をプレイヤー達の活
動によって、その歴史を刻めというそういう意味なのである。
イベントはあるものの、明確なメインストーリーはない。
自由気ままに自分のスキルを磨きながら、遊ぶゲームだった。そ
してこのゲーム内で最もプレイヤー達に人気だったのが﹃ユニーク
スキル﹄である。
これは所謂自分だけの最強の必殺技なのだ。それは十代の若者達
132
にとって憧れるべきものでもあった。特に漫画やアニメが好きな若
者達は食いついた。
あと日本で発売された事もあって﹃ファンタジーはヨーロッパ方
面だろ﹄的な製作者でもいたのか、魔法の言語は西洋諸国のものに
なっている。それはこの現実でも一緒である。
ネアラの母は﹃ホワイトガーデン﹄のプレイヤーである事は間違
いないだろう。そしてゲームのアバターではなく、現実の日本人と
してのままトリップしたのだろう。
ゲームのステータスのままトリップ出来ればネアラの母は死なな
かったかもしれない。でもネアラの母はこの世界に初期ステータス
でトリップしたのだ。
そしてリアはそんなゲームの中で廃人プレイヤーであった。
ある時高校に行かなくなり、引きこもっていたゲーマー少女であ
った。
普段外に出ないのに、数か月ぶりに外に出てみたらトラックに引
かれた。 そして即死してこの所々に違いはあるけれども、大まか
な設定は﹃ホワイトガーデン﹄と同じ世界に転生した。
今はギルド最高ランクを所持しているリアだが、自身にチート能
力なるものがあるとは思っていない。
小説や漫画であるような圧倒的な力なんて生まれたばかりのリア
にはなかった。今の強さはリアが強くなろうと行動しつづけたから
こそのものだ。
強くなれる才能はあったかもしれない。でもそれを開花出来たのは
チート能力なんて現実味のない力ではなくて、幼い頃からリアが強
くなろうとしたからだ。
︵この世界が﹃ホワイトガーデン﹄の世界だと気づいた時本当怖
かったもんなぁ。だって此処、日本と違って強大な魔物とか盗賊と
か居るし、何より人の命が軽いからなぁ︶
孤児院で生まれおちて、転生という事実に最初は喜んだ。そうい
う物語が好きだったから。
133
それでも此処が﹃ホワイトガーデン﹄の世界だと気づいた時、リ
アは怖くなったのだ。前世と違って、魔物や盗賊などが当たり前み
たいに存在する世界が。
だから、それに気づいた本当に幼い頃からリアは強くなるために
動き始めた。その結果、今のリアが居る。
そんな回想に浸っていたリアに、ようやく先ほど言われた言葉を
理解したらしいネアラが声を上げた。
﹁妾の聞き間違えではなければ⋮、一時間もかからずに童の問題
を片づけたのか⋮?﹂
﹁そう言っているでしょ。自分の命が惜しかったら暗殺者を向け
てくるなんて真似、絶対しないと思うし﹂
﹁⋮⋮皇宮にはどうやって侵入など出来たんじゃ?﹂
﹁私のユニークスキル使えばそんなの余裕だから。侵入と暗殺は
私の得意な事だから﹂
唖然としているネアラにリアは軽い調子で答える。
そのまま答えた後、リアはたいてある火などの片づけをテキパキ
と始める。
﹁あ、そうそう。私この先のエルフの女王様に用事があるんだ。
だからついてきてもらうよ﹂
リアはもうこの話は終わりとでもいうふうにそれを告げる。
﹁はい?﹂
﹁ああ、安心していいよ。エルフの女王様の所に行くのは私だけ
だから。貴方には宿か何処かで待っててもらうから。明後日までに
アイテムボックス
は家帰らなきゃ面倒な事になるの。あと貴方の事抱えて行くから﹂
﹁は?﹂
そうして会話を交わしている間にリアは荷物を全部の中に放りこ
んでいた。ネアラが話についていけていないのなんて完全に無視し
ていた。
﹁じゃ、行くよ﹂
リアはそういって片手で同じぐらいの身長のネアラを抱え込む。
134
それに驚きの声を発するネアラなどまるで気にしない様子である。
︵⋮⋮この子抱えてたらユニークスキル使えないからなぁ。仕方
ないか。関所の近くでローブと仮面を外して普通に関所通るか︶
︽空中歩行︾で一気に空へと浮かび上がったリアはそんな思考に
陥っていた。
生物に接触したままではリアのユニークスキルは使えないのだ。
そのためネアラを連れて通るならば、エルフの国に向かう関所では
普通の方法で通るしかないのであった。
﹁スピード上げるよ。落ちても拾ってあげるから安心して﹂
﹁え?﹂
リアはネアラの返事も聞かずに︽瞬速︾のスキルを行使する。
そして空気を踏み、一気にスピードを上げた。
﹁え、きゃあああああああ﹂
いきなりの事に思わずネアラは悲鳴を上げた。
そりゃ怖いだろう。いきなり空中にあげられたかと思えば、目で
追い切れないほどのスピードを出して移動し始めるのだ。
視界に広がる光景がころころと移り変わっているし、何より揺れ
ないように抱えるなんて優しさがリアにはないため滅茶苦茶揺れて
いた。
﹁うるさい。気絶させるよ﹂
が、リアは非情である。
そんな事を言って本当にネアラを気絶させるのであった。
そして﹁うん、静かになったね﹂と満足そうに笑って、︽空中歩
行︾と︽瞬速︾のスキルを使用する。それはよっぽどレベルが高く
なければその速さをおいきれないほどのものだった。常人では追い
切れないスピードでリアは空をかけていくのであった。
次にネアラが目を覚ました時にはすっかりエルフの国の関所の前
だったのだった。
135
136
エルフの国に到着しました。
﹁はじめて来たけどかなりにぎわってるんだね、此処﹂
﹁⋮⋮そうじゃ⋮いや、そうだね﹂
エルフの国、マナフィルムの王都。
そこの入り口に立つ小さな人影が二つ並んでいる。
手を繋いで街を見て言葉を交わす姿に道行く人々が微笑ましそう
な視線を向けていた。
二人とも背は百四十前後。
リアとネアラは親の用事だと偽ってこの国に入国していた。関所
で入国するのに問題がないと判断され無事にこのマナフィルムの首
都にいる。幼い二人の少女を疑うような警備兵はそもそもいなかっ
た。
レベル高位者は大抵大人の姿である。
それは大人になるまではほとんどの者が種族としての限界を超え
られないからだ。最もその例外がリアなわけだが。
そして入国してから、王都まではもちろんの事、ネアラはリアに
抱えられたままの移動だった。
身分が高い事を隠しなさいとリアに言われてから言葉遣いを気を
つけているつもりだが、中々長年使ってきた言葉使いを隠すという
のは難しかったらしい。
ついでにいえば空中を揺さぶられながらの移動だったため、ネア
ラの気分は悪かったのもあって言葉を直す事にあまり頭がいってい
ないようだ。
空中で抱えられて長距離を高速で移動なんてネアラは経験した事
なかったので、それも無理はない事だっただろう。
﹁とりあえず宿をとるよ﹂
エルフの国とはいえ、建国から二百年以上立っているため他の種
137
族もかなりの数が居ついていたりする。人間も少なからず住んでい
る国であるから、リアたちが此処にいても対して目立ってはいなか
った。
リア達の視界に映る街並みは何処までも活気にあふれていた。
商品を売る商人達、この街を観光に来たのか物珍しそうに見て回
っている旅人達、様々な人でその場は溢れていた。
﹁⋮⋮宿?﹂
問いかけるネアラは帽子を深くかぶり、その黒髪をすっかり隠し
てしまっていた。
此処はリルア皇国と隣接した国なのもあって、隣国の姫が黒髪黒
目だというのは多くの人が知っている事なのだ。
つい先ほど死んだ事になったばかりのリルア皇国の姫が、隣国で
元気な姿を見せるのは問題がある。
なんせこの世界では他に例を見ないほどに珍しい髪と瞳の色なの
だから、隠しておかなければよっぽどの馬鹿ではない限り勘付くだ
ろう。
﹁暗くなってきたし今日は泊るの。貴方はそこで待ってて﹂
﹁︽姿⋮⋮いえ、リア姉は?﹂
︽姿無き英雄︾と呼ぼうとして一睨みを食らったネアラは慌てて
訂正をする。
ちなみにリアの方が年上なため呼び方は﹃リア姉﹄に決まったら
しい。
﹁私はちょっとあそこに用事があるから。しばらく待ってなさい。
あ、外には出たらダメだから。わかってるわね?﹂
﹁わかっておる⋮⋮﹂
ネアラはリアの言葉に頷く。
︵実感はわかないが、童は自由になれたのだ。目の前の存在によ
って⋮。そして童は死んだ事になったのだ。それなのに元気な姿を
此処で﹃リルア皇国の姫、ネアラ﹄として見せるわけにはいかない︶
正直な話、母がなくなり、父が倒れてからずっと悩まされていた
138
問題がつい先ほど終わったと言われてもあまりネアラは実感が湧い
ていなかった。
一時間も経たずに国の問題をさらっと解決してしまったリアを見
る。
ネアラと同じぐらいの背丈の小さな少女。
栗色の寝癖で少しはねている髪を肩まで伸ばし、丸々とした幼さ
の残る大きな瞳を持つ、一見しただけでは可愛らしい幼い少女にし
か見えないレベル高位者。
︽姿無き英雄︾と呼ばれる全てが謎に包まれた存在に手を引かれ
て歩いている事実がネアラには不思議だった。
助けられたのはつい先ほど。全てを解決されたのもつい先ほど。
まだ一日も経過していないのもあって益々現実味がない話だ。
︵⋮⋮こんな濃い一日、姫として生きてきて初めてかもしれぬ︶
そんな思考に陥りながらも、ネアラはただリアに手を引かれて宿
まで歩くのだった。
リアがネアラを引き連れて到着した宿は、普通の宿だった。ギル
ド最高ランクであれば最高級の宿にぐらい泊まれるだろうが、リア
は国外に出かける場合にはいつもあえて一般客の溢れる宿をとって
いる。
その事に﹁ギルド最高ランクなのに﹂と驚いたネアラにリアは、
﹁私は一般人に偽装してるの。目立つ真似はしたくない。それに
最高級の宿なんてかたっくるしくて嫌だし﹂
と、そんな彼女らしい答えを言い放ったのだった。
普通の一般人は最高級の宿には泊まる事はまずない。リアは﹃金
持ち﹄として目立つことも嫌なのであった。
二人部屋の一部屋を取り、お金を払いチェックインする。
139
ふかふかの大きなベッドが二つ並んでおり、窓から外を見ればマ
ナフィルムの活気あふれる様子が一望できる。中々良い宿であった。
ネアラは色々あって疲れているのか、部屋に入ってすぐベッドに
座った。
疲れた様子の彼女にリアは言う。
﹁じゃ、私ちょっといってくるから﹂
﹁⋮⋮エルフの女王への用事とは仕事か?﹂
﹁ちょっとギルドマスターに頼まれてね﹂
たったそれだけ答えて、リアはそのまま消えた。
その場には呆れたような表情を浮かべたネアラが残されている。
﹁なんという神出鬼没な存在じゃ⋮﹂
息を吐いて、ネアラはベッドへと横たわる。そしてそのまましば
らくの眠りにつくのであった。
140
エルフの国の王城前にて。
︵さて、どうやって忍び込もうか︶
リアの目の前には巨大な城がある。
灰色の城壁がそれを覆うかのように存在しており、開いているの
は正面の一部だけである。それに加えてその城全体を囲うかのよう
に行く手を阻む結界が存在していた。
︵んー、この結界性能滅茶苦茶いいね。リルア皇国のは破って入
ったけど⋮⋮、此処でそれやったら多分すぐ気づかれるよね︶
知覚できる結界を見て、即座にリアはそう判断する。目の前で展
開されている︽結界︾はリアの目から見ても性能が良いものであっ
た。
リルア皇国は小国であったし、レベル高位者でなおかつ結界を破
る事が得意な人なら誰でも気づかれずに侵入出来るレベルであった。
一国の中心がそんな警備でいいのかと言われそうだが、これは仕
方がない事なのだ。
そもそもレベル高位者は、一人で国一つ滅ぼせるとまで言われて
いる化け物である。
そんな存在に攻め入られた場合、弱者は圧倒的武力を前に蹂躙さ
れるしかない。
レベル高位者と本当の意味でやりあえるのは同じレベル高位者だ
けである。
例えばレベル高位者がそんな存在の居ない小国を攻めた場合、彼
らに何が出来るかと言えば何も出来ない。抗う事も出来ずにただ滅
ぼされるだけである。
レベル高位者相手に小国が出来る事は怒らせない事の一言に尽き
る。
レベルの低い者達のみで考え、考案した結界などの警備はレベル
141
高位者を前に意味をなさない。
加えてこの世界、強者に対して寛大である。
例えばレベル高位者が小国を滅ぼす。その一方的な蹂躙にはレベ
ル高位者を怒らせるだけの要因があった。
それならば、世界は怒らせた方が悪いという。
魔物相手でもそうだ。ドラゴンに人が殺されたとする。
でもその理由がドラゴンの縄張りと知っていながら不用心に入っ
たというものだったのなら、その人が悪いという結論に至る。
もちろん、この場合滅ぼされた小国の人々やドラゴンに殺された
人を大切に思う存在は怒るかもしれない。
それでも怒ったからなんだ︵・・・・・・・・︶、と言えるのが
圧倒的な力を手にする者達である。
レベル高位者が一人いるだけでも周りに大きく影響する。それだ
けの力を彼らは持ち合わせている。
強者を優先して、弱者を切り捨てるなんてこの世界ではありふれ
ている。
文句があるなら自分が強者になるか、強者を味方にするかしろって
いう話になるのである。
︵流石レベル高位者の多い国っていうか、これだけの性能の結界
を維持するとか⋮⋮、うわー、此処に来てエルフの女王様に手紙届
けに行きたくなくなっちゃったよ⋮⋮︶
城壁の外側で、リアはユニークスキルを使い立っている。
結界を見て嫌そうな顔を浮かべ、強者の多いエルフの国の城に忍
び込むのもやめたい気分になっていた。
この城に張られている結界はリアの目から見てもレベルが高かっ
た。
この結界は必要以上に開かない。訪問者が来た場合は兵士達がこ
の者を入れていいかどうかを判断する。そしていいと判断された場
合、結界が開かれて中に入る事が出来る。
人が来なければ開かない結界という優れ物があれば、兵士も普通
142
は怠けそうなものだが、此処はあのエルフの女王が治めている国だ。
女王が直々に兵士たちに訓練を課す国だ。
あんな強者に訓練をつけられている兵士だからこそ、油断をしな
いのだろう。
︵⋮⋮まぁ、結界破らなくても忍び込む方法ぐらいあるけど。そ
れでレベル高い連中に見つかったら嫌だな。一番ベストなのは、誰
にもバレないでエルフの女王様の居場所までいく事。そしてエルフ
の女王様にだけ見つかってさっさと帰る事なんだけどなぁ⋮⋮︶
うーんと顔をしかめて城を見上げる。
おそらく女王の部屋があるとすれば城の一番上。敵が最も侵入し
にくい場所である。
見るからに壮大なこの城は、地球で言えば十階建てのビルぐらい
の巨大さがある。
天井の高さが高い部屋もあるだろうから、実際に何階まであるか
は不明だ。ただ城の面積が広いのもあって、階数が少なかろうが女
王の部屋までたどり着くのは大変そうだ。
この国にレベル高位者が多いのもあって、リルア皇国の皇宮に忍
び込んだ時のように結界を破って忍び込むのはなるべくしたくなか
った。
そもそも見つかれば不法侵入者として罪人扱いになるかもしれな
いのだ。
事情を話せば釈放されるだろうがそんな面倒な事リアはしたくな
かった。
︵渡して帰らなきゃお義父さんがどうするかわからないし、やるか
⋮⋮︶
仕方がないという表情をして、リアは侵入する決意をする。
しかしすぐに入り込むわけではない。リアはしばらく城門の前で
誰かが城の中へと入ろうとするのを待った。そして城の中へと入っ
ていく人の後ろを ユニークスキルを使って何食わぬ顔でついてい
くのであった。
143
144
エルフの女王様 1
用事のある人のみが入れる、というならばその人にくっついて入
ってしまえばいいというのがリアがやった事だ。
幸い門番の兵達はリアよりもレベルが低かった。だから彼らに咎
められる事なくリアはユニークスキルを使い簡単に侵入を果たした。
尤もリアよりレベルが高いものだろうとユニークスキルを行使した
リアに気づけるものはほとんどいないわけだが。
︵てかエルフの女王様何処にいるかなぁ。聞き耳立てていこうか
なぁ︶
のんびりと城の中を歩きながらもリアは呑気であった。
エルフの女王の場所も正確にわかっていないのに侵入を果たして
いる時点で色々とアレである。
こそこそとリアはその城内を移動していた。
クイーン
赤い絨毯の引かれた通路を音を立てる事なくただ進んでいく。
︵⋮⋮あ、あれって︽女王の右腕︾の人だ︶
リアは歩き進める中で向かい側からやってくる存在を見て一瞬身
を固まらせた。
そして素早く廊下に飾られていた鎧の置物の後ろに隠れる。身を
潜め、息を殺す。ユニークスキルを使っていようと油断出来ない相
クイーン
手がそこに存在していたのだ。
︽女王の右腕︾とリアに認識されている存在は見た目だけなら人
間でいう二十代後半ぐらいの若々しさを持ち合わせていた。
髪色は赤色である。目は綺麗に輝く金色だ。
ただしこの人は、建国時より生きているエルフ︱︱︱要するに有
に二百歳を軽く越えてる人だ。そしてエルフの女王様とは幼馴染だ
というのだからおそらく四百歳は超えている事だろう。
エルフの平均寿命は三百年以下なため、この人もとうの昔に種族
145
としての限界を超えた猛者である。
彼のレベルは分析をした結果、二百二十だと分かった。
リアは鎧の後ろに隠れながらぞっとしていた。
︵バ、バレたらどうしよう。何か怖いな、すごい怖いな。てか二
百二十とか私より百近く上とか何それ怖い︶
エルフの女王様の三百超えよりは低いとはいってもレベルが二百
二十もある存在というのはリアにとって恐怖の対象である。
音を立てないように気をつけながら、リアは冷や汗だらだらであ
る。
彼よりレベルの低いギルドマスターや最高ランク二人にバレた前
例があるため、余計バレるのではないかと思っているらしい。そん
なにバレて不法侵入と咎められるのが嫌ならば正式な手続きを踏ん
クイーン
で王城に入ればいいのにと誰もが思うだろうが、リアはそれが嫌で
仕方がないのだ。
﹁ん?﹂
リアのすぐ横を通ろうとして一瞬、︽女王の右腕︾は足をとめた。
それにリアは益々体を固くする。
︵ちょ、こっち見てるよ。怖い怖い︶
鎧の置物の後ろで怖がっているリアは情けない。その姿を︽姿無
き英雄︾に憧れる人々が見たら幻滅してしまうかもしれないほどに
クイーン
情けなかった。
︽女王の右腕︾の金色の瞳がリアの方を見ている。
︵⋮⋮バ、バレたかな? お義父さんとかもわかったぐらいだし
流石に︽女王の右腕︾はごまかせなかったかな。うーん、まぁ、バ
レたら正直に言おう⋮⋮。バレてるなら逃げられないし︶
諦めたように鎧の後ろでそんな思考にリアは陥っていたが、
クイーン
﹁⋮⋮気のせいか﹂
結局︽女王の右腕︾は顔をしかめたまま、それだけいって踵を返
してその場から去っていった。
その去っていく後ろ姿をリアは鎧の置物の後ろから見ている。
146
安心したように息を吐いて、肩の力を抜く。
︵よ、よかった。バレなかった! あー、もうエルフの国って女
王様の側近達も怖いから本当怖い。さっさと用事済ませて帰ろう⋮
⋮︶
安心したように思考を巡らせ、リアは速く終わらせようと益々思
うのだった。
自分よりレベルの高い者が現れる度にさっと隠れて、気づかれな
い事に安心しながらもリアは進んでいった。
通路をこそこそと歩き、階段をこそこそと上っていく。
結局エルフの女王の居るという一番上の階にたどり着くまでの間、
リアは誰にもその存在をバレる事はなかった。
︵ふぅ、此処までこれた。あとはエルフの女王様に手紙を渡せば
完了!︶
しかしまだ終わったわけではない。だからリアは気を抜かずにあ
たりに人が居ないか注意しながら歩いていく。
そして、エルフの女王様の自室の前にたどり着く。
その扉は流石国で一番の権力者が住まうだけあって豪華なものだ
った。黄金に輝いているその扉の取っ手にリアは手をかける。
音も立てずに扉を開いた。
中に居るエルフの女王からすれば勝手に扉が開いたように見える
だろう。
﹁あら、お客様? 敵意はないみたいね、私に何の用?﹂
リアはそんな風に笑いかけられて驚いた。
︵うわー、一発で気づくとか流石すぎる。怖い怖い︶
リアは怖い怖いと思いながらもエルフの女王を見る。
エルフの女王は齢四百歳を超えているとは思えないほど美しさを
誇っていた。
動きやすいようにか髪は長くはない。肩まで伸びるのは美しい金
色の髪だ。瞳の色は透き通るような蒼色。
宝石が幾つもついた﹃女王﹄としての威厳を醸し出しているドレ
147
スは彼女によく似合っている。
彼女の名は、マナ。
国のマナフィルムの名の由来は、女王の名からきている。
マナは鏡の前に腰かけていた。丁度身なりをと問えている最中だ
ったらしい。すぐにリアに気づいた彼女は姿は見えていないはずな
のにリアの居る方へと真っすぐに視線を向けていた。
﹁なんとなく居る事はわかるけど、わかりにくいわね。それは貴
方のユニークスキル?﹂
答えないリアにマナは続ける。
その問いかけにようやくリアは慌てて扉を閉める。そしてユニー
クスキルを解除し、姿を現した。
﹁は、初めまして。エルフの女王様。私は︽姿無き英雄︾と呼ば
れる者です。今日はギルドマスターからの手紙を持ってきました﹂
バレているのだから、隠れていても仕方がないとリアはお辞儀を
して要件を言った。
︵うわー、どもるとか私情けない。かっこ悪い。でもエルフの女
王様超怖いんだもん︶
自分が緊張していて、目の前の存在の事を恐れているのをリアは
肌で感じていた。
心から恐ろしかったのだ。
簡単に自分が此処に居る事を見破る人族最強と名高い、エルフの
女王様の事が。
マナは︽姿無き英雄︾という言葉にその青色の目を瞬かせた。そ
して面白そうに笑った。
その笑みに義父であるギルドマスターと似た物を感じて、リアは
嫌な予感を感じてならなかった。
﹁貴方があの︽姿無き英雄︾なのね? でも此処に来るというは
報告にないわ。忍び込んだのかしら?﹂
﹁え、っと⋮⋮﹂
何故だか玩具を見るような目でリアの方を見ているマナにリアは
148
後ずさる。
︵この人、お義父さんと同類な気配しかしないよー!︶
後ずさりながらもリアはそんな思いに駆られる。
﹁それに声からして女の子よね? ふふ、リカードってば全然︽
姿無き英雄︾の情報教えてくれないんだから⋮⋮﹂
ふふと笑ったマナは後ずさったリアへと近づく。
そして、
﹁捕まえた﹂
リアを思いっきり抱きしめて捕まえた。
﹁ひゃっ﹂
いきなり捕まえられた事に驚いたのかリアからそんな声が漏れる。
﹁は、離してください!﹂
﹁嫌よ。だってリカードから聞く限り貴方すぐに逃げるでしょ?﹂
離してというリアの願いは有無も言わさぬマナの言葉によって却
下された。
そしてそのままリアは小さな体をマナに抱きかかえられたまま移
動させられる。
﹁⋮⋮恥ずかしいんで、せめて膝にのせるのはやめてください﹂
結果としてリアは恥ずかしい事にマナの膝上に乗せられていた。
︵もう十五歳になるのに膝上に乗せられるとか恥ずかしすぎる。
でもエルフの女王様怖いし、異を唱えるのは怖いからなぁ⋮⋮︶
リアは自分の事を抱えている存在に心の底から恐怖していた。
﹁恥ずかしがってるのかしら? 可愛いわねぇ。それにしても︽
姿無き英雄︾がこんなに小さくて可愛い女の子だって教えてくれな
いなんてリカードの奴酷いわ﹂
楽しそうに告げる声には怒りが含まれている。自分に向けられて
いるわけではないとわかっているのに、リアは何処か背筋に冷たい
ものが流れる感覚に陥っていた。
﹁⋮⋮そ、それよりギルドマスターの名前ってリカードなんです
か?﹂
149
よっぽど恐ろしかったらしい。またもや情けないまでにどもって
いた。
でも本人は話を変えようと必死である。自分よりも圧倒的に強い
存在の怒気など恐ろしい他なにもないのだ。それに﹃小さくて可愛
い﹄などという形容はあまり慣れていない。
小さいなどと言われても嬉しくもない。可愛いといわれても恥ず
かしいだけだ。
﹁あら、︽姿無き英雄︾もあいつの名前知らなかったの?﹂
くすくすとマナは楽しそうに笑みを零していた。
﹁まぁ⋮⋮、ギルドマスターは面白がって隠してましたから﹂
﹁そうね。あいつは昔から名前を隠して遊んでるものね。あいつ
の名前はリカード・アルナスって言うのよ﹂
ギルドマスターはどうしようもないほどの愉快犯である。
楽しい事が好きで、面白い事を求めている。
だからこそ昔から名前を隠すという遊びをやっているのだ。養子
であるが娘であるリアにさえ本名を言っていなかったというのだか
らものすごい徹底ぶりである。
実娘であるルカもそれにならって姓を隠していたため、アルナス
姓がギルドマスターの家名だと知っている者は少ない。だからこそ
リアがアルナス姓を名乗っていても誰も注目などしないのだ。
それはギルドマスターが家により継がれるものであれば不可能な
事だっただろう。でもギルドマスターは前ギルドマスターの指名制
である。
何れ今のギルドマスター︱︱︱︱リアの義父も後継者を指名する
事になるだろう。最もまだギルドマスターは現役なので、それは大
分後の事になるだろうが。
そんなわけで大抵の人はギルドマスターを﹃ギルドマスター﹄か
﹃マスター﹄と呼ぶ。
笑いながら告げたマナは目の前にある机からお菓子の入ったお皿
を手に取る。そしてリアに向かって﹁食べる? おいしいわよ﹂と
150
言う。リアは甘いものが好きなので、それを受け取り頬ぶる。
おいしそうにお菓子を食べているリアを見て益々マナは笑みを濃
くする。
﹁あら、そんなに油断してていいのかしら?﹂
﹁⋮⋮な、何かする気ですか?﹂
楽しそうな声に思わずといったようにリアがびくついた。
﹁そんなにおびえなくていいのよ? 別に危害を加える気はない
わ。ただ貴方の情報を探るだけよ。ふむふむ、︽姿無き英雄︾はリ
ア・アルナスって名前なのね。って、アルナスってリカードと同じ
性じゃない。まさか、隠し子? いや、でも⋮⋮﹂
どうやらリアと同じく︽分析︾のスキルを持っていたらしいマナ
は、リアの情報を口に出していく。
自分のステータスがマナによって探られている事実にリアは逃げ
たい思いで一杯だった。が、正直この人族最強のエルフの女王から
逃げられる自信はリアにはなかった。
だから大人しくマナの膝上に座ったままである。
﹁隠し子ではありません。私はギルドマスターの養子なんです﹂
隠し子などといってブツブツいいはじめたマナに何処か恐怖心を
感じてリアは淡々と事実を答えた。
﹁養子なの? それでもリカードの名前知らなかったのね﹂
﹁お義父さんは面白い事好きですから﹂
﹁本当にもう、どうしようもないほど愉快犯だものね﹂
マナとギルドマスターは旧知の仲なのだろう。
そういってギルドマスターについて語るマナの目には親しみがこ
められている。
﹁お義父さんと仲良いんですね﹂
﹁ふふ、昔からの知り合いだもの。はじめて会ったのはそうね、
リカードが十六歳の頃⋮⋮丁度貴方と同じぐらいの年の頃よ。あの
頃のリカードはまだ可愛げがあったわ。レベルもそこまで高くなく
て⋮⋮五十七ぐらいだったわ﹂
151
﹁へぇ⋮⋮、お義父さんって昔からレベルが高かったとかじゃな
いんですね﹂
聞いた事もない自分の義父の昔話にリアは興味深そうに膝の上か
ら、顔を上に向けてマナの方を促すように見る。
︵お義父さんって今確か八十歳ぐらいだよね。ルカ姉はお義父さ
んの六十歳ぐらいの時の子で、って事はもう人生の半分以上お義父
さんはこの人と関わってきたのかな︶
ギルドマスターは基本的に自分の事を語らない。実娘のルカもギ
ルドマスターの昔話を聞いた事はあまりないのだ。
ギルドマスターになってからの事は周りから聞く事はある。
でも今リアの目の前でマナが語っているのは、ギルドマスターに
なる前の話だ。
﹁ええ。そうね。あいつがレベルを一気に上げたのは二十代に入
ってからよ。それと違ってリアは凄いわね。十五歳でそのレベルだ
なんてそうはいないわよ﹂
ふふっと笑って、マナはリアを見る。
親しみのこもった目で、敵意のない目でマナはリアを見ている。
そんな事リアにだってわかっている。
でも幾ら親しみを持っていようと敵意がその目になかろうと、リ
アは目の前の存在への恐怖をなくせない。
︵⋮⋮怖いなぁ。レベル三百超えてるなんて。私なんか本当幾ら
ギルド最高ランクになってもちっぽけなんだって思い知らされた感
じだ⋮。やっぱりこの世界には強い人がいっぱいいる。私なんて強
い中の一人でしかない。もっと強くならなきゃ︶
恐ろしいと心で感じ、だからこそ強くならなきゃとリアはマナの
強さを感じて思う。
強者に出会う度に、自分はまだまだだとリアは思い知らされる。
誰よりも強くなりたいと思うのは、﹃死にたくない﹄という確かな
思いがあるからだ。
︵帰って魔物狩りを一杯したり、ルーンと遊んだりしよう。そう
152
したら少しでもレベルが上がるはず。あー、速く帰りたい︶
強くなりたいという欲求がリアの心を支配していた。
今のリアは戦いたくて戦いたくてうずうずしている戦闘狂と同じ
である。
﹁⋮⋮女王様、私はお義父さんからの手紙を渡したらすぐ帰りた
いんですが﹂
﹁ふふ、そんなのダメよ。折角来たんだからゆっくりしていって。
リカードからの手紙は後でいいわよ﹂
リアの申し出は笑顔で却下された。
自分の城への侵入者を膝の上に乗せる女王様。
この明らかに色々おかしい光景を見るものが居れば何か言っただ
ろう。しかしこの場にはリアとマナの二人しかいない。
リアはマナの言葉に諦めたように息を吐く。
﹁リアはどうして隠すのかしら? リカードみたいな愉快犯には
見えないけど﹂
﹁⋮⋮目立ちたくないんです﹂
正直にリアは答える。嘘をついたらどうなるかわかったものでは
ないからだ。
﹁だから侵入したの?﹂
﹁⋮⋮はい。悪気はないので許してください﹂
追求するようにその青い瞳に見つめられ、リアは申し訳なさそう
に口にする。
理由はどうあれ侵入したという事実は変わらない。マナに怒った
様子は今の所見られないが、静かに怒っている可能性もある。
リアの言葉にマナは悪戯に笑った。
﹁そうね。じゃあ、顔見せてくれたら許してあげるわ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
リアはそれに素直に右手を仮面に伸ばす。そしてそのまま仮面を
外した。
露わになるのはまだ幼いリアの顔だ。
153
﹁幼い顔ね。いつリアは限界レベルを超えたの?﹂
﹁⋮⋮十三歳です﹂
﹁そう。だからこんなに小さくて幼い顔しているのね﹂
ふふっと後ろから楽しそうな声が聞こえてきても、リアは緊張し
た思いをなくす事は出来なかった。
レベル差がこんなにある相手からのお願いは拒否権がない、絶対
のものである。
リアはマナが帰っていいというまで此処から去るわけにはいかな
い。
諦めたようにリアはマナの膝上で差し出されたお菓子を食べてい
た。マナからの質問には答えているが、めんどくさいのかあまり喋
っていない。
現に常にこんな感じである。
﹁リアはどうやってそんなにレベルを上げたの?﹂
﹁⋮⋮⋮戦ってたらこうなります﹂
﹁リカードとは普段仲良いのかしら?﹂
﹁⋮⋮普通だと思います﹂
﹁リアはいつリカードの養子になったのかしら? こんな可愛い
子、私が養子にしたかったわ﹂
﹁⋮⋮八歳の時です﹂
﹁お菓子気に入ってもらえたみたいね。それは隣国のハルバーか
ら取り寄せたものなの。私も好きなのよ﹂
﹁⋮⋮はい。おいしいです﹂
﹁そんなかたくならないでいいのよ? 緊張しているの?﹂
﹁⋮⋮女王様は人族最強です。緊張しない方がおかしいです﹂
そんな会話を交わしながらもリアは相変わらずマナの膝の上から
おろしてもらえていない。
マナは膝上のリアを面白そうに見ている。玩具でも見るような目
で見られて、リアのテンションは降下していた。
というよりさっさと手紙を渡して帰る予定だったのに何故か抱き
154
込まれて会話を交わしている現状が気に入らないらしかった。
﹁⋮⋮そうですか。あ、一端離してください﹂
会話の最中に突如としてリアがそんな言葉を言い放ち、マナの膝
上からどける。
何故そんな事を言いだしたのかマナだってわかっている。だから
簡単に腕の力を抜いた。
リアはマナから離れたかと思えば、ユニークスキルを発動させる。
そのまま存在を消えうせさせる。
︵凄いわね。違和感しか感じないぐらいまで消えられるなんて︶
その姿を見ながらマナは楽しそうに思考を巡らせていた。
︵バレるなよ。バレるなよ⋮。あー、逃げたい。でも逃げたらエ
ルフの女王様、怖い⋮︶
リアはユニークスキルを行使したまま、逃げたい思いに一杯だっ
た。
焦ったのか仮面も外したままである。
そんな正反対の二人の居る部屋に近づいてくる足音が聞こえてく
る。そしてその足音の主はノックをして、﹁いいわよ、入って﹂と
いうマナの言葉と共に部屋の扉を開けた。
﹁マナ﹂
クイーン
入ってきた存在はエルフの女王・マナを呼び捨てにできる数少な
い存在︱︱︽女王の右腕︾だった。
155
エルフの女王様 2
﹁あら、カイト。何か御用かしら?﹂
クイーン
ふふっとマナは楽しげにほほ笑んでいる。
︽女王の右腕︾︱︱︱カイトは椅子に座っているマナの方へと近
づく。そして目の前で立ち止まり告げる。
﹁気のせいかもしれないんだが⋮⋮、何か違和感を感じたんだ。
今日。今も微かに感じる。マナはどうだ?﹂
そんなカイトの言葉にリアの肩がびくっと震える。勘付かれてい
る事実に恐怖心を感じてならないらしい。
︵バ、バレたかな。うぅ、流石にレベル差百もある人を欺くのは
厳しかったか⋮っ。いや、でもまだ完璧にバレたわけじゃないんだ
から女王様がうまく対処してくれれば︱︱︱⋮︶
そんな期待を込めて、リアはマナの方へと視線を向ける。
カイトはリアからすぐ手の届く距離にいる。この距離で些細な違
和感程度ならば、マナがうまくいいくるめればリアが此処にいる事
は悟られる事はないだろう。
リアが目立ちたくない事も知っててくれているはずだから︱︱、
という期待はすぐにマナの言葉によって裏切られた。
﹁ああ。それなら気にする必要はないわ。少しお客様が来ている
だけだもの﹂
さらっとマナは言ったのである。
エルフの女王様は自身の幼馴染で信頼出来る側近にかくし事をす
る気は欠片もなかったようだ。
︵ちょ、女王様、本気で勘弁してください⋮⋮。女王様と会話す
るだけでも怖くてたまらない小心者の私の前に︽女王の右腕︾まで
差し出す気ですか!? なんて怖い⋮⋮。そんな恐ろしい目に今か
らあわなきゃいけないとか私死んじゃうよ! だって不法侵入して
156
るんだよ。私。だって女王様はお茶目っていうかお義父さんと同類
だからいいかもだけど、︽女王の右腕︾⋮⋮ああ、面倒。もう右腕
さんでいいよね。右腕さんとか超真面目な人で︱︱︱ブツブツ︶
マナが気楽に笑っている隣に立っているリアはネガティブ思考を
炸裂していた。
霊榠山のドラゴンには喜んで喧嘩を売るなんて真似を出来る度胸
はある癖に、自らを小心などと称すリアであった。
﹁⋮⋮マナにお客? そんな話は聞いていないが﹂
﹁ふふ。秘密で来たみたいね。というか、もうこの場に居るわよ。
お客様は。凄いわよね。カイト達の目を掻い潜って此処までたどり
着いたのよ﹂
﹁⋮⋮此処にいる?﹂
不思議そうな声がカイトから放たれる。
︵どうしようどうしよう。土下座すれば許してくれるかな。超怖
いんだけど。私死んじゃうかなぁ。お義父さんの馬鹿! 私じゃな
くて他の人に頼めばよかったのに。そうすればこんな面倒な事態に
なる事なんて︱︱ブツブツ︶
二人の会話をよそにリアはどうしようもないほどに錯乱していた。
逃げたいが逃げても面倒な事になるため、リアは困っていた。
しかしそんなリアをよそにマナは良い笑顔を浮かべてリアの肩に
ぽんっと手をおく。
﹁ほら、カイト。この子がそのお客様。リカード︱︱︱ギルドマ
スターの秘蔵っ子、︽姿無き英雄︾ことリアよ﹂
﹁って女王様何をしているんですか! 出来れば私はこのまま気
づかないでいてほしかったんですけど。てゆーか私の名前をバラさ
ないでぇえええ﹂
肩に手を置かれた事により、姿が露わになった。そのためリアは
腹を括って普通にリアはマナに向かって話しかけていた。
怖がっている癖になんだかんだでリアは度胸はあった。臆病者で
あろうとも肝心な時に度胸があり、やる時はやるからこそリアはギ
157
ルド最高ランクにまでなり得たとも言える。
﹁⋮⋮何処にいた。お前﹂
﹁さっきからずっと此処にいました! 右腕さん、無断で侵入し
てすみませんでした。悪気と悪意はないので、許してください!﹂
鋭い目をカイトに向けられて、リアが即座にした事は土下座であ
った。
レベルが百二十しかないリアにとってレベルが二百越えのエルフ
の女王の側近と三百越えのエルフの女王に挟まれているのはどうし
ようもなほどの恐怖だったらしい。
とりあえずどんな形でも良いから許してもらおうとリアは必死だ
ったようである。
高級そうな絨毯に頭をつけて謝るリア。
それに驚いたのはマナとカイトである。
マナはただ軽い気持ちで言っただけである。カイトに至っては現
れたかと思えばいきなり土下座されたのだ。
二人して驚愕していた。
エルフの国のトップ二が二人してこんな顔をしているのは珍しい
事である。寧ろここ百年はないと言えるぐらいの事だ。
しかしリアはそんな事気にする余裕はない。
﹁ただギルドマスターからの手紙を女王様に届けに来ただけなの
で⋮⋮、許してください!﹂
﹁え、あーと⋮⋮怒ってないから土下座をやめてくれないか?﹂
﹁そうよ。リア。土下座なんていらないわよ。私が怒ってないん
だから⋮⋮﹂
リアの本気ぶりに若干困惑しながらカイトとマナが言う。
誰でもいきなり土下座されれば驚くものである。
︵よ、良かった。とりあえず許してもらえたかな? うぅ、怖い
超怖い。超逃げたい。何で私エルフの国のトップ二と一緒にいるの。
帰りたい⋮⋮。帰って魔物狩りがルーンと遊びたい。こっちを二人
してみないでほしい︶
158
内心怖いから逃げたいと思いながらも、リアは土下座をやめて立
ち上がる。
そして真っすぐにカイトを見る。
﹁えーと、先ほど紹介されたように一応︽姿無き英雄︾と呼ばれ
てる者です。手紙を届けに来ただけなので、渡したらすぐ帰り︱︱﹂
﹁あらダメよ。リア。すぐ逃げようとするんだから⋮⋮。折角来
たんだからもっと話しましょう﹂
立っているリアに後ろから抱きつく形でマナが引きとめた。それ
にリアはため息を隠しもせず吐く。
﹁⋮⋮右腕さん。女王様への急ぎの用事とかないんですか?﹂
そしてカイトの方へと視線を向けてそんな事を問いかける。
﹁諦めるんだな。マナがこうなったら止まらない。それより此処
に侵入なんてどうやってした﹂
﹁⋮⋮おおぉう。これは私不法侵入を咎められて罪人扱いされる
フラグですか! さっき許したと見せかけて実は怒ってらっしゃい
ますか!﹂
カイトの言葉にまた焦ったらしい。マナに後ろから抱き締められ
ながらリアはそんな事を思わずといったように口走った。
﹁いやいや、そんな事言ってないから。というか⋮⋮、︽姿無き
英雄︾は俺の事なんだと思っているんだ。マナが許しているのに怒
るわけないだろう﹂
﹁それなら良かったです。私よりレベルが百も上の人に敵意向け
られるとか怖すぎて死ねます﹂
﹁リアって本当︽臆病者︾の称号通り臆病なのね。面白いわ﹂
本音を口走ったリアにマナは面白そうに笑って、ぎゅーっと強く
リアの体を抱きしめる。
﹁あの、女王様はいい加減離してください﹂
﹁い・や﹂
﹁はぁ⋮⋮。それで、右腕さん。どうやって侵入したかですね。
それは普通に此処に用事ある人の後ろからついていって入りました﹂
159
膝に乗せられた時と同様、離してくれないと思ったようでリアは
マナの相手をするのをやめたようだ。マナは満足そうにリアを抱き
しめたままである。
﹁⋮⋮それが出来たのはさっきの俺が気づかなかったスキルを使
ったのか?﹂
﹁はい。私のユニークスキルはそれを可能にするだけの効果があ
ったので。普通に入って、そのまま女王様の部屋に気づかれずに来
ました。あとその途中で右腕さんとすれ違ったので、さっき言って
た違和感は私の事です!﹂
一々質問に答えるのもめんどくさいと思ったのか、リアは一気に
言いきった。
﹁ユニークスキルを使っていたとしても、此処に侵入されたのに
気付かなかったとは⋮⋮﹂
﹁気に病む事はないわよ、カイト。リアのユニークスキルは結構
気づきにくいから﹂
リアを抱きしめる事をやめて、落ち込んだカイトを慰めるように
マナが肩をぽんと叩く。
︵美男美女って何か何してても絵になるなぁ︶
そしてそれを見ながらリアは呑気にそんな事を思っていた。
﹁ところで、女王様﹂
リアは二人を見ながらふと声をあげる。そしてこちらを見たマナ
とカイトに言葉を続ける。
﹁帰るのは諦めるのは⋮⋮嫌だけど仕方がないとして⋮。ギルド
マスターからの手紙は先に渡していいですよね?﹂
︽マジックボックス︾を起動し、その中へと手を突っ込みリアは
言う。
そしてそれを見つけるとすぐにマナへと差し出す。マナはそれを
受け取り、読み始めた。
︵何で私は右腕さんにガン見されているのだろうか⋮⋮。怖いか
らこっち見ないでほしい︶
160
マナが手紙を読んでいる傍らに立っているカイトは何故かリアを
ガン見していた。その事実はリアにとって恐怖である。
実際平然を装っているものの、内心では臆病者にふさわしい思考
を持ち合わせていた。
﹁︽姿無き英雄︾﹂
﹁は、はい﹂
﹁君の種族は?﹂
﹁え、人間ですよ。見てわかりませんか?﹂
突然声をかけられ、質問を投げかけられる。それにリアは戸惑い
ながらも答える。
﹁ハーフとかではなく?﹂
﹁はい。私はハーフでも何でもありません。親はわかりませんが、
これまでの成長だけ言えばハーフではないですね。れっきとした人
間です﹂
何でそんな事を聞くのだろうと思いながらもリアは答える。
別種族同士のハーフならば成長が両親の種族の半分ほどになる事
がある。カイトはリアが人間と同じ見た目のハーフで、見た目通り
の年齢ではないのではと思ったらしい。
﹁⋮⋮では、今の年は?﹂
﹁十五歳です﹂
カイトの問いかけにびくびくしながらリアは答える。
﹁それにしては小さいが⋮⋮﹂
﹁私が限界を突破したのは十三歳なので、その時から成長が止ま
ってます﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
リアの返答にカイトはただそれだけ言ってまじまじとリアを見た。
︵ちょ、そんな見ないでください。超怖い。え、てか何で私右腕
さんに興味津々って感じで質問攻めされてたんだろうか⋮⋮。うー、
本気で怖い︶
リアの焦りとは正反対にカイトはただ目の前の存在に感心してい
161
た。
︵十五歳で、人間でありながら限界を突破しているだなんて⋮⋮。
これがあのリカードが隠していた存在か⋮⋮。土下座したり、俺の
事怖がってたりしてあんまり強くは見えないけど、この子が此処ま
で誰にも悟られずに侵入出来たのは事実︶
カイトはマナ同様、四百年以上生きている。エルフの寿命を大き
く百年も超えているというのにまだまだ健全である。
そんなカイトの目からしても目の前の少女︱︱リアは驚くべき存
在だった。
人間は世界でも数が多い種族である。だからこそギルド最高ラン
クも彼らが多くを占めている。それでも全体数に比べて限界を突破
出来る者は数えられるだけしかいない。
カイトの知る最年少の限界突破者も三十代か四十代で超える者だ
けだった。
最短でも種族としての限界を超えるにはそれだけの時間が必要だ。
それが常識だった。しかしだ。目の前の存在は違うのだ。
たった十三年で、種族としての限界をとっくに超えたと言ったの
だ。
目の前にいるリアは何もしなければ何処にでもいるような普通の
少女に見える。
それでも誰にも気づかれずに此処にやってきた事実とたった十三
年という短い期間で限界を突破したという事実が、彼女が普通では
ないとわからせる。
﹁⋮⋮レベル上げはまだ出来ているのか?﹂
﹁えーと、何ですかその質問。普通に出来てますよ。上がりにく
いですけどちまちま上がってます﹂
﹁⋮⋮どうやってそんな風にレベルを上げた?﹂
﹁えー、それさっき女王様にも聞かれたんですけど。どうやった
って、幼い頃から戦いまくって、スキルを使いまくってればこんく
らい誰でも上がります﹂
162
リアには全く特別な事をしたという感覚はない。
ただリアがやった事は世界におびえて幼い頃から戦い、スキルを
使うという行為を続けただけなのだ。本人の感覚的には。
当たり前にそれは誰でも出来る事ではない。が、本人は誰でも同
じようにすれば同じように強くなると思いこんでいる。
というか、あまりにも交友関係が狭いため、比べる対象もおらず、
リアには少し常識に欠けている部分があるのだ。
そんな風に会話を交わしている間に、マナは手紙を読み終えたら
しくそれを机の上へと置く。
﹁マナ、リカードはなんて?﹂
それに気づいてカイトがマナに問いかける。
﹁当たり障りもない事が書かれてたわね。あ、返信はないわよ。
しいていうなら﹃わかったわ﹄ってだけ私が言っていたってリカー
ドに伝えてくれるかしら。﹂
﹁返信の件は了承しました。でも、じゃあ何でお義⋮⋮じゃなか
ったギルドマスターはわざわざ私に届けさせるなんてしたんだろう
⋮﹂
マナの言葉に思わずといったように声を上げるリア。
カイトには義理の親子だとバレてないのに﹃お義父さん﹄と呼ぼ
うとしたのを慌てて言い直す。
︵そんなどうでもいいような事を手紙に書いて届けさせるなんて
⋮。私じゃなくても全然オッケーじゃん! 寧ろお義父さんの事だ
から私が嫌がるのわかっていて面白がってこんな事したんじゃ⋮⋮。
そう考えたら腹立ってきた。闇討ちしてやろうかなぁ。すぐにバレ
るだろうけど︶
リアはそんな恐ろしい事を考えていた。
嫌がるのをわかっていて面白いからとそれを実行させる。それは
ギルドマスターがよくやる事である。
﹁女王様! 私急用思い出したので帰っていいでしょうか﹂
﹁ダメよ。そんな嘘吐いちゃ﹂
163
﹁嘘じゃないです。たった今出来ました。ちょっとムカついたの
でギルドマスターへの闇討ち計画を練ります﹂
﹁それは面白そうね。でもしばらくはリアは私達とお話するのよ﹂
軽くリアの言った言葉を流して、マナは微笑み、逃がさないとば
かりに視線を向ける。
﹁⋮⋮⋮私には女王様を楽しませる話術も話題もないんですけど﹂
帰るのは諦めたと前にいっておきながら、隙あらばリアは帰ろう
としているようであった。
﹁リアは充分面白いわよ﹂
バッサリと笑顔で帰りたいという気持ちは断ち切られる。
﹁⋮私は面白くもなんともないです﹂
そんな風にいっても、結局帰してもらえなかった。
164
エルフの女王様 3
﹁⋮⋮えーともう暗いので宿に帰ってもいいですか﹂
数時間後、リアは窓の外を見ながらマナとカイトに向かってそう
問いかけた。
マナの自室の開け放たれた窓から見える空はすっかり夕暮れに染
まっていた。
長い間、マナとカイトと会話を交わしたせいかリアは何処か疲れ
た様子である。速く帰りたいのか、うずうずとしたように体が動い
ていた。
﹁あら、宿じゃなくて城に泊ってもいいのよ?﹂
﹁⋮⋮⋮ありがたい申し出ですが、お願いですからそれだけは何
としても拒否させてください﹂
マナの申し出にリアはひきつった顔で言った。
︵無理無理。右腕さんに顔まで見られたのも予想外なのに、他の
人にまで此処に私が居る事知られるとか考えただけでぞっとする。
ていうか、本気で速く帰りたい⋮⋮。明日起きてすぐに帰ろうかな︶
そこまで考えてリアははっとなった。
︵そ、そういえばあの子の事どうしよう。お義父さんの所に﹃訳
アリな子です﹄って届けるのが一番なんだけど⋮⋮。あの子いたら
行きのように出来ないし⋮⋮。んー、よし、こうなったら押しつけ
よう! 目の前に押しつけられる人達居るし︶
どうやら助けたばかりの少女︱︱ネアラの事をすっかり頭から除
外していたらしい。帰りも行き同様の方法で帰る予定だったようだ。
生物に接触していればユニークスキルは正常に発動しない。
抱えて移動するなんて真似をすればユニークスキルは使えないし、
何より抱えられてるネアラが二時間で海を渡るなんて荒技を耐えら
れるわけもなかった。
165
リルア皇国からこの国までの移動中は一応リアもスピードを加減
して抱えて移動していたのだ。
正直学園を一度もさぼらずたどり着くためには全力疾走をしたか
った。ネアラという存在は早く帰りたいリアにとってぶっちゃけ邪
魔な存在である。
そこまで考えて、リアは一つの思考に至った。
﹁女王様、右腕さん! 頼み事があるんですけどいいですか﹂
突然何か考え込んだかと思えばそんな事を言いだしたリアに、マ
ナとカイトは驚いた顔をした後、笑った。
﹁何かしら? 私が出来る事ならやってあげるわよ?﹂
﹁ありがとうございます。それでお願いなんですけど、此処に来
る途中女の子助けたんですよ。色々事情があってギルドマスターの
元におしつけ⋮⋮いえ、届ける事にしてるんですが、私はスキルを
使って向こうの大陸まで戻る予定なんです。だから、よろしかった
らその子をギルドマスターの元まで届けてほしいんです﹂
リアの頼み事にマナは一瞬、驚いたような表情を浮かべる。
﹁そんな事?﹂
﹁はい。困ってるのです。私は一人でスキルを使って帰りたいの
で⋮⋮。正直助けたは良いのですけれども﹂
頷きながらもリアはどうかこの頼みをやってくれればいいなぁな
どと呑気に考えている。
﹁それは良いわ。やってあげる。明日迎えによこせばいいかしら
?﹂
﹁はい。出来れば目立たないようにあの子をギルドマスターの元
へ届けてほしいです﹂
そう言って、続けてリアは自身の泊っている宿屋の名前と部屋番
号を告げる。
﹁わかったわ。その頼みは聞くとして、スキルを使って帰るって
どうやって海を渡るのかしら。興味があるわ。教えてくれるかしら﹂
にこやかにマナが笑う。
166
リアのいった言葉に興味が出たらしい。マナの目は何処までも面
白い玩具を見るような目であった。
﹁︽空中歩行︾と︽瞬速︾、そしてユニークスキルを常時使いま
す。そうすれば二時間ほどで海は渡れますよ﹂
普通にそんな風な事を言うリアにカイトは何とも言えない気持ち
になった。
︵︽空中歩行︾と︽瞬速︾を使えば海はレベル百超えならこえら
れるだろう⋮⋮。でも出来るからといってやる奴が居るのか⋮⋮︶
それは純粋な驚きだ。
普通なら出来てもやらない。そもそも途中でMPが切れたら、予
想外の事態に落ちたら、そんな事を考えればやろうとは思わないだ
ろう。
大陸と大陸の間の距離は大きい。
それをスキルだけで渡ろうとする根気がないものも多い。それで
も普通にそれを実行している存在が目の前にいるのだ。
︵それにユニークスキルは別に使う必要はないのに、何故わざわ
ざ体の負担になる事を⋮⋮︶
そしてその疑問はもっともであった。
ユニークスキルは普通のスキルよりもMPの消費は激しい。
それなのに何故わざわざ海を渡るにしろ、負担を増やすのかわか
らなかった。
﹁ユニークスキルは使う必要はないのではないかしら?﹂
同じ事を思っていたらしいマナがいった。それにリアは瞬時に反
論する。
﹁必要あります! 私は目立ちたくないんですよ。あんまり注目
を集めたくないんですよ。だからこそこの城にまで忍び込んだんで
す。海をスキルを使って渡るなんて目立つでしょう! それならユ
ニークスキルを使うのは当たり前なんです﹂
リアにとっては移動中にユニークスキルを使う事は必要な事だ。
寧ろ普段の何気ない移動でもユニークスキルを使うようなリアであ
167
る。こんな目立つ場面で使わないはずがないのであった。
︵︽臆病者︾だけど度胸があるのね、リアは。臆病で怖がってる
だけじゃない。強くなりたいって意思がある。面白いわ。リカード
がわざわざ私の元へよこすだけの子だわ︶
そんな風に考えたマナはふと悪戯を思いついた子供のように笑っ
て、リアに突然問いかけた。
﹁ねぇ、リア。もし私がこの場で貴方を殺そうとしたらどうする
の?﹂
﹁へ?﹂
それにリアが何を言い出すんだという表情を浮かべる。それは隣
でマナの言葉を聞いていたカイトも同様だ。
その質問をする意味が、リアにもカイトにもさっぱりであった。
﹁仮定の話よ。レベルが百以上も開いている私に殺しにかかられ
たらどうするのと聞いてるの﹂
﹁女王様に殺しにこられたらですか︱︱、そうですね、それなら﹂
リアはその仮定の話に、マナの目を真っすぐに見て続けた。
﹁逃げれるならこの場から逃亡します。逃げられないなら、殺し
にかかります︵・・・・・・・・︶﹂
そう答えるリアには、迷いはなかった。心からそう思っていると
わかる口ぶり。
真っすぐにその茶色の瞳で、マナを見ながら言う。
その姿は︽臆病者︾の称号を彼女が持っているようにはとてもじ
ゃないが思えないほどの強さがあった。
﹁諦めないのかしら。レベル差がこんなにあるのに﹂
また面白そうにマナは笑う。
﹁はい。どれだけ絶望的状況だろうと私は死にたくないんです。
だから相手が私を殺しにかかるというなら、死ぬ気で全力をもって
殺しに行きます。例えどれだけレベルに差が開いていても﹂
リアは迷いもせずまた答えた。
﹁じゃあもし貴方の親しい人が︱︱例えばリカードが貴方を殺し
168
にかかったらどうするのかしら?﹂
笑みを濃くしたまま、マナはまた続けた。
﹁逃げるなら逃げて、無理ならやっぱり殺しにかかります﹂
それは心からのリアの本心である。
どうしてこんな質問をマナがするのだろうとは思っても、その質
問に対する答えをリアは迷わない。
﹁そう。それも死にたくないから? 自分が死なないためなら貴
方は殺意を向けてきた友人も家族も殺せるのかしら?﹂
残酷な事を聞きながらも、そこには笑みが浮かんでる。
﹁はい。当たり前です︵・・・・・・︶。私は死にたくない。私
を殺そうとする人が︵・・・・・・・・・・︶居るなら誰であろう
と︵・・・・・・・・・・︶死なないために殺します︵・・・・・・
・・・・・︶﹂
そこにもやはり躊躇いはなかった。
﹁そう。もう質問はないわ。もう帰っていいわよ﹂
﹁本当ですか! なら帰ります。さようならです。女王様、右腕
さん﹂
リアは満足そうに頷いて言われた言葉に即座にそう返事を返す。
そしてそのままユニークスキルを使いさっさとマナの自室から去っ
ていくのであった。
*
﹁⋮⋮マナ、あれはなんだ﹂
﹁何だはないでしょう、カイト。あの子は︽姿無き英雄︾。十五
歳にして最強の一角を務める人間の少女よ﹂
リアが去った後、先ほどの問答に思わず声を零したカイトにマナ
169
は通常通りの笑みを浮かべていた。
マナは椅子に腰かけて、先ほど机の上に置いたギルドマスターか
らの手紙を手に取る。
そしてカイトに向かって言うのだ。
﹁リカードからの手紙にはあの子の事が書かれていたの﹂
そういってマナは笑みを零す。
﹁﹃あいつはいつか貴方のように強くなる。もしかしたらいつか
越してしまうかもしれない﹄って書いてあるのよ。﹃臆病なのに戦
闘狂で、俺が最も面白いと思っている存在だからきっと貴方も気に
入る﹄ともね﹂
ふふふと楽しそうにただ笑う。
ギルドマスターからの手紙に書かれた文に目を通して、何処まで
も楽しそうに笑っている。
隣に立つ引きつった顔のカイトとは正反対の表情だ。
﹁リアは面白いわ。十五年しか生きていない子供なのに優先順位
をちゃんと決めてるの。リアの優先順位はそうね、﹃自分が死なな
い事﹄よ。自分のためならきっとリアは誰を殺す事も躊躇わない﹂
﹁⋮⋮それが誰であってもか﹂
﹁ええ。そうよ。きっとさっきの答えは虚勢でも何でもないわ。
リアはもし友人や家族が殺意を持って攻撃をしてくれば、殺しにか
かるでしょう︵・・・・・・・・・・︶﹂
楽しそうにただリアを見て正直に思った事をマナは口にする。
︵本当に面白いわ。あんなに小さな子が、種族としての限界を突
破してあんな風に生きてる事が面白くてたまらないわ。︽臆病者︾
の称号を持っているのに、あの子は強い︶
マナの口元がまるで新しい玩具を見つけた子供のように弧を描く。
﹁リカードはリアを私に会わせたかったから手紙を書いて届けさ
せたのよ。交友関係の狭いあの子と私の間につながりを作らせるた
めに﹂
﹁⋮⋮それにどんな意味が?﹂
170
﹁リカードが死んだ後もきっとあの子は生き続けるからよ。あい
つもいつの間にか親バカになったのね。いつか自分が居なくなった
後あの子をよろしくとも書いてあるのよ。縁起が悪い。どうせあい
つの事だから後百年は少なくとも生きるでしょうに﹂
ギルドマスターの手紙にはリアの事が書かれていた。
いつかは人族最強のマナを越えるかもしれない。最も面白い存在
だからあわせたい。
そんな文章は結局本心だろうが本題ではない。
﹁親バカ⋮⋮?﹂
﹁リアはリカードの養女らしいわ。だから、この手紙は娘のため
に父親が綴ったものよ﹂
くすくすと笑みを浮かべてマナが言う。
ギルドマスターは自分が養女にした少女の事を、娘になったリア
の事を気に入っているのだ。
リアはもっと強くなる。そう確信していたからこその手紙なのだ。
強くなったリアは、ギルドマスターよりも長い時を生きるだろう。
自分が居なくなった後に交友関係の狭いリアの事を心配していたの
だ。
きっと殺されるとかそういうイレギュラーがない限り、ギルドマ
スターの寿命は百年はあるだろうにだ。
この世界が何が起こるかわからないほど危険だからかもしれない。
なるべく早くギルドマスターはリアをマナに会わせたかったのだろ
う。
﹁あいつが親バカ? そもそも養女だと⋮⋮そんな話は聞いてな
いが﹂
﹁わざと言わなかったんでしょうね。あいつは親バカ以前に面白
い事が好きだから﹂
楽しそうに微笑みながらもマナは椅子に腰かけたまま外を見る。
もう︽姿無き英雄︾と呼ばれる存在は此処から消えうせた。きっ
と警備の者に気づかれる事もなく平然とこの城を後にしている事だ
171
ろう。
︵あんなに面白い存在をこちらによこしてくれたリカードに感謝
しないと。ふふ、安心しなさい。リカード。あんなに面白い存在あ
んたに頼まれるまでもなく構うにきまってるじゃない︶
マナにとってリアは何処までも面白い存在だった。
だからこそ心の中でギルドマスターに向かってそんな思いを走ら
せていた。
そんな本人にとっては全くありがたくもない﹃構う﹄という思い
をマナが走らせている頃、
﹁というわけで、貴方の所には女王様から使いが来るから。その
人と帰って。私は一人で帰るから﹂
﹁え、それは⋮⋮﹂
﹁拒否権はないよ。貴方の命を握ってるのは私だから。なんなら、
貴方をリルア皇国の、貴方を憎んでる皇妃様の前に差し出してもい
いんだから﹂
自分の意見をネアラ相手に押し通していたのであった。
172
ネアラの処遇
﹁えー﹂
学園の授業を終えた放課後にギルドマスターに呼ばれて、ギルド
を訪れたリアはギルドマスターによって放たれた言葉に不服そうな
声を上げた。
不機嫌そうな表情を浮かべて、駄々を捏ねる子供のような仕草を
するリアであった。
エルフの女王様と邂逅を果たしてから五日後、あの時リアが助け
た少女ネアラがようやくギルドマスターの元へと届けられたのであ
る。ギルドマスターの隣にネアラがいる時点で、嫌な予感はしてい
たものの、ギルドマスターの言い放った言葉はリアにとって予想外
のものであった。
﹁だから、これはお前の義妹になるといったんだ﹂
そう、ギルドマスターはリアにとって不可解な事を言い放ってい
る。
リアがつい先日助けた少女、ネアラを養女にするなどと。そして
もう関わる事がないと思っていた少女が、自分の義妹になるだなん
て正直リアにとって望ましい事とは言えなかった。いや、寧ろ望ま
しくない事だと言えるだろう。
﹁⋮⋮何で?﹂
﹁才能があるからだ﹂
ネアラを養女にする。その発言に対する疑問にすぐに答えが返っ
てくる。
ギルドマスターは基本的にリアが助けた事情がある若者などは全
て孤児院に送っていた。
それなのに何故わざわざネアラを養女にするのかと言えば、﹃才
能があるから﹄だった。
173
﹁お前を養女にしたのもそうだ。才能があったからだ。こいつも
お前ほどではないにしても才能がある。だから、お前の義妹にする﹂
リアを発見してすぐに養女にしたのと同様、ギルドマスターはネ
アラを養女にするのだという。才能がある子供というのがギルドマ
スターは好きだった。それゆえに才能がある子供は養女にするので
ある。
︵⋮⋮もう関わりないと思ったのに義妹になるとか。めんどくさ
い︶
リアは人と関わる事が苦手である。ギルドマスターや義姉はまだ
良いとしても、一昨日助けた少女が新しい家族になるといわれても
正直ピンと来ないのだ。
﹁そしてこいつはお前に預ける﹂
﹁は?﹂
続けて言われた言葉にリアは驚いてギルドマスターを見る。
リアの視線の先では何処までもにこやかに、楽しそうに笑うギル
ドマスターが居る。一切悪びれのない笑みを浮かべて、了承するの
が当然だといった態度である。
﹁これはお前が助けてきたものだ。お前が面倒をみるんだ﹂
﹁嫌だよ!﹂
言われた意味を理解して、リアは思わず叫んだ。
それに驚いたのはネアラである。
一日しか接していなかった︽姿無き英雄︾のあまりにも子供っぽ
い言葉だったから。
﹁嫌だよ。絶対に嫌だよ! 何で一人暮らしのマイホームに得体
のしれない子をいれなきゃいけないの!﹂
﹁得体が知れないってお前が助けたんだろう﹂
﹁そりゃ、素性はわかるよ。でも嫌だよ。他人と生活をするなん
て私が嫌がる事知ってるくせに!﹂
リアは怒っていた。
︵エルフの女王様への手紙を届ける事でも嫌だったのに! 何で
174
私が他人と生活しなきゃいけないの︶
自分のお金で学園の近くにアパートを借りている︵最も所持して
いるのはギルドマスターだが、お金はちゃんと払っている︶リアは、
元々自分の場所に他人が入る事を嫌う。それは義父や義姉であって
も同様だ。度々やってくるソラトに関しても慣れているから少しは
許容出来るが、余りにも部屋にくるなら問答無用で追い出している
ほどである。
それなのに一昨日出会ったばかりの少女の面倒を見ろと言うのだ。
とはいってもリアはギルドマスターを信頼はしている。自分に頼
む事に何か意味があるのではないかとも思っている。
だからこそマナへも渋々だが手紙を届けたのだ。
︵⋮⋮何か大事な事だと思って届けたのにしょうもない事書いて
たなんてお義父さんの馬鹿! 油断した時、一週間から一ヶ月後ぐ
らいに闇討ちしてやる!︶
物騒な事を考えるリアはギルドマスターがわざわざリアの事を思
って手紙を書いたなどと思いもしていない。
なんせギルドマスターはそんな親バカな心配などリアの前では見
せないのだから当たり前かもしれない。
それでも、そんな思考に陥ってもなんだかんだでリアはギルドマ
スターを信頼していた。
だからこそ、不服そうにしながらも答える。
﹁⋮⋮どうせ拒否権はないんでしょう。いいわ。その子、私の方
で面倒をみる。才能があるから預かるっていうなら私が強くするわ﹂
それはめんどくさそうな物言いであった。
︵それに私と一緒にいるなら色々巻き込まれそうだし⋮、近くに
いたからって死なれたら縁起悪いし⋮。うん、悪い方向に考えずに
弟子を取ったって思おう。そうだ。憂さ晴らしに徹底的に死なない
ギリギリぐらいで鍛え上げれば︱︱⋮︶
相変わらずリアの思考は危険であった。
﹁︽姿無き英雄︾に鍛えてもらえるとは⋮⋮﹂
175
などと感慨深く呟いているネアラがその事を後悔するのはすぐ後
の事である。
﹁あ、ネアラ。こいつは学生だから平日の昼間は暇なら此処にく
るといい﹂
﹁お義父さん! 居候は認めてもそんな情報バラす事、私認めて
ないんだから!﹂
さらっと自身が学生だという事実をばらされたリアが吠える。
﹁はは、怒るなよ﹂
﹁お義父さんの馬鹿!﹂
︽姿無き英雄︾がこれだけ怒っているというのに笑って流すギル
ドマスターは流石と言えるだろう。ネアラは目の前の親子の口論を
ただ見ている事しか出来ない。
﹁相変わらず子供っぽいなお前は﹂
﹁私はもう十五歳なの! 子供扱いしないでよ!﹂
﹁充分子供だろ。十五歳なんて﹂
﹁あー、もう本当いつかぎゃふんって言わせてやるんだから!﹂
﹁おう、やれるもんならやってみろ﹂
﹁その言い方ムカつく!﹂
そこまで言い切るとリアはネアラの方を振り向く。突然視線を向
けられて、ネアラは戸惑ったようにリアを見返していた。
﹁義妹になろうと私の邪魔をするならすぐに殺すから﹂
﹁⋮⋮は、はい﹂
﹁はははっ、そんな脅すなよ。お前の義妹だぞ?﹂
﹁お義父さんは黙ってて。︱︱で、ネアラ。私は一切手加減しな
い。私の、やり方で、貴方を鍛える。⋮⋮死にたくない、なら、死
ぬ気でやりなさい﹂
鍛え上げる事に一切の手加減をしないとそう言い切る。
リアはやるからにはとことんやる性格をしていると言えるだろう。
自分を養女にしてくれた人、今の自分が存在するのに欠かせない
人︱︱それがリアにとってのギルドマスターだ。そんな人に頼まれ
176
たからこそ、断れない。
そもそもギルドマスターの方がレベルが高いし、断る事は難しい
のだ。
﹁じゃあ、ネアラ。お義父さんに、場所、聞いて。そして、きて。
私、もう⋮⋮行く﹂
﹁え、あ、は、はい﹂
リアはネアラの返事も聞かずにユニークスキルを使用して、その
場から消えるのであった。
そして、リアには義妹が出来た。
177
同居生活が始まったものの。
﹁⋮⋮妾は何をしていればいいのだろうか﹂
ネアラ・リルア改め、ネアラ・アルナスは戸惑ったようにそう呟
いた。
場所はリアの自室、数日前からそこで生活をしているネアラは、
ソファに座っている。ネアラの小さなつぶやきのみが響き渡ってい
た。
その場にこの部屋の主であるリアの姿はない。というよりも、ネ
アラが此処に住まうようになってからというもの迎え入れた時以外
は一度も姿を見ていないというのが正しい。
︵⋮⋮ギルドのものに案内されて此処にやってきた時は確かにい
たのだが︶
ネアラは思い出す。数日前にこの場所にギルド員に連れていって
もらった日の事を。その時にリアは確かにいた。但し物凄く不機嫌
そうに顔を歪めながら。
︵その後、気が付けば部屋から消えていたかと思えばそれ以降一
切姿を見ていないとは、どういうことなのだろうか︶
そう、それ以来一度もリアの姿をネアラは見ていない。1LDK
の部屋なため、ネアラ個人の部屋は与えられていない。一度も姿を
見ていないリアがどうしているか気になるものの、勝手にリアの個
室の扉を開けるのはためらわれて部屋を覗いてもいない。
ソファの上でふぅーと息を吐きながらも、ネアラは今の状況につ
いて考える。
︵妾はあの時死ぬと思ったのに⋮⋮。それが︽姿無き英雄︾に救
われて、その義妹になるだなんて全くもって想像していなかった︶
こんな風にのんびりと過ごせる日がくるなんて予想はしていなか
った。
178
王女として生まれ、母親と父親が生きている時は幸せが続く事を
疑わなくて、だけれどもその幸せはあっけなく失われた。母親が死
んで、父親が死んで、命を狙われて︱︱︱、その先にこんな日々が
待っているとは想像出来るはずもなかったのだ。
新しい日々、それも︽姿無き英雄︾の義妹としての日々︱︱、正
直どんな生活になるのだろうと少し心が踊っていた。︽姿無き英雄
︾に面倒を見てもらえるのならば、自分はもっと強くなれるのでは
ないか、そんな思いさえも湧いていたというのに︱︱。
﹁⋮⋮︽姿無き英雄︾が不在となるとどうしたらいいか本当にわ
からないではないか﹂
自分は何をしていればいいのか、どうやって過ごせばいいのか。
強者の意にそぐわぬ行動をすればどうなるかわからないため、きち
んとリアにネアラは聞いておきたかった。だというのに、リアが何
処にいるかわからない。
困り果てている中で、ガッと何か音がした。
そちらに視線を向ければ、何故か、壁の一部が回転した。
そこから現れたのは、灰色のボサボサした髪を持つ少年︱︱ソラ
トであった。
﹁え﹂
ソラトはネアラが不思議そうに呟いている間に、ネアラの前に進
み出ていた。
そもそもこの人は誰だとか、なんで扉が回転するんだとか、そん
な疑問しかネアラは浮かばない。
﹁お前がいるからリアちゃんが出てこないじゃないか﹂
﹁はい?﹂
突然言われた言葉にネアラは驚いたように聞き返す。
自分よりも年上の男に上からにらまれて、ネアラは思わずびくっ
となる。
ソラトはリアの周りでにこにこと笑っている様子が嘘のように冷
たい表情を浮かべている。
179
﹁だから、リアちゃんがお前がいるから全然姿を現さないってい
ってるんだよ﹂
﹁それは⋮⋮どういうことですか﹂
﹁お前みたいな﹃他人﹄が居るからリアちゃんは安心してこっち
にも出てこない。俺、リアちゃんがここでソファに座ってのんびり
としているの見るの好きなのに﹂
むすっとしてそんな言葉をソラトは言う。
学校での接触を禁じられていることもあり、基本的に会話を交わ
すのは今ネアラが居るリビングでだけなのだ。そもそもソラトから
会いにいかなければ基本的にリアはソラトには会いに来ない。
リアは自分から誰かに会いに行くことはあまりしない。多分放っ
ておいたらソラトと何か月もあわなくても気にしないだろう。
﹁出てこないとは⋮﹂
﹁リアちゃんは﹃他人﹄が居る空間が嫌いだから。ギルドマスタ
ーに言われて、お前を引き取ったみたいだけど、だからってそれが
リアちゃんがお前という存在に安心する理由にはならない﹂
言うなれば、ネアラが怖くて出てこない。そういうことだ。
強さでいうならばリアの方が圧倒的に上だろうが、強さは関係な
い。リアはコミュ障だ。慣れた人とは普通にしゃべる。あと必要な
ときはその場の勢いでしゃべる。エルフの女王様と対峙した時のよ
うな恐怖心で満載のときもまだしゃべる。
圧倒的な強者であろうとも、弱者に殺されないとは限らない。
もしかしたら︱︱︱殺されるかもしれない。
そういう思考に陥るからこそ、慣れるまで時間にかかる。
﹁え、でも︽姿無き英雄︾は妾を鍛えてくれると︱︱﹂
﹁鍛えようとは思っているだろうけれども、リアちゃんはお前に
なれるまで会話さえしてくれないだろうし、少なくともそんな﹃強
くしてもらう﹄って受け身なやつの面倒なんてリアちゃんは好き好
んでみない﹂
不機嫌そうに顔をゆがめている。リアの義妹にネアラがなってい
180
ることが気に食わないとその全身全霊で告げていた。
﹁それは︱︱⋮⋮﹂
ソラトの言葉にネアラは何とも言えない表情を浮かべる。
確かに︽姿無き英雄︾が鍛えてくれるという言葉にネアラは﹃強
くしてもらう﹄と受け身になっていたといえる。︽姿無き英雄︾が
強くしてくれるなら強くなれると。
﹁リアちゃんは強くなりたいって気持ちからあれだけ強くなった
んだ。今でも強さに満足してなくて、昔から﹃強くなること﹄にこ
だわって、強くなろうとなんでもして、無茶ばかりして、どんどん
どんどん強くなって。そんなリアちゃんがお前みたいに受け身で強
くなりたいとかあんま考えてなさそうな奴を気に入るわけないし、
そもそもお前なんかが︱︱︱﹂
﹁はい、ストップ﹂
ソラトがリアとしばらく話せていない事に対する鬱憤でも話すよ
うに一気に捲し立てればそこに一つの声が響いた。
いつの間にか、ソラトとネアラしかいないと認識されていたその
場所に一つの影が居た。その人は開かれた窓のすぐ横に立っていた。
いつからいたのか、ソラトにもネアラにもわからないが、そこに
はリアが居た。恐らく︽何人もその存在を知りえない︾を行使して、
ここにいたのだろう。
﹁リアちゃん!!﹂
呆けるネアラとは違って、ソラトはリアがこうやって突然現れる
事に慣れているのだろう。すぐさま反応して、先ほどまでの不機嫌
そうな顔が嘘のように笑顔になる。
﹁ソラト、大人げない。年下に、文句ばっかいう、カッコ悪い﹂
﹁だって、こいつのせいでリアちゃんに会えなかったんだよ!﹂
﹁別に私はあんたに会わなくても支障はない﹂
﹁俺はあるのー!!﹂
﹁ソラト、うるさい。黙って﹂
リアはソラトを一瞥してそう告げると、いまだに呆けているネア
181
ラのほうへと視線を向けた。
﹁⋮⋮強くなりたい、意思ある?﹂
﹁⋮⋮妾は﹂
﹁私、鍛える言った。でも、ネアラ、強くなる意思、ないなら︱
︱︱。鍛える気、今のところない﹂
引き取ったときは鍛えるなんて気分になっていたけれど、そもそ
も半ば強制的に面倒を見るようにギルドマスターに言われた存在で、
本人の意思もないのに鍛える必要はあるのだろうかと思った。
︵何よりめんどくさい︶
弟子とかそういうの、前世では楽しそうだなと憧れもあった。だ
けどよく考えたら自分の時間が削られてしまうのだ。それは正直い
やで、あまり親しくないネアラと深くかかわっていろいろ教え込む
のもめんどくさいと正直考えていた。
それに冷静になってみれば、ほとんど﹃他人﹄であるネアラが部
屋にいることにどうしようもないほどに不安になった。どちらにせ
よ、ネアラが部屋にいる状況になれるまでは姿を現すつもりはリア
にはなかったのである。
が、予想外の事にソラトがネアラに絡んで、それを見るに見かね
て、乱入したというそんな感じである。
﹁よく、考えて﹂
それだけ告げて、またリアは一瞬で姿を消すのであった。
ソラトもリアと会話ができた事で少しは鬱憤が晴れたのか、また
回転扉で自分の部屋へともどっていった。
残されたのは、ソファの上で考え込むネアラだけであった。
182
過去あり主人公っぽいクラスメイト1
﹁︱︱︱というわけでHRを終わる﹂
リア・アルナスは担任の話を適当に聞き流しながらも、アルフィ
ルド学園の生徒として一年A組の教室に居た。
相変わらずその顔には何の表情も浮かんでいない。何を考えてい
るのかさっぱりわからない。入学式から既に一か月ほど経過してい
る。その間にぼっちであるリアに話しかけようとした優しい生徒も
いたものの、まったくリアが相手にしなかったため、今ではリアに
話しかけようとするものはあまりいない。
椅子に腰かけているリアは﹁日誌﹂というものを手にしていた。
今日の日直はリア・アルナスとカトラス・イルバネスの二人である。
しかし、誰から見てもわかる事だが、日直の仕事はリア一人で終
わらせていた。
カトラス・イルバネスという少年は、この学園の中でも異質な存
在であるといえた。それは一重に強者を目指すための学園に居ると
いうのにやる気を欠片も見せないからだろう。それでいて実力はと
びぬけているというのだから、クラスメイト達にとっても接し方が
わからないクラスメイトという認識であった。
教室の中で所謂ぼっちなのは、リア・アルナスとカトラス・イル
バネスだけであった。
最も二人とも自分が一人であることをさして気にした様子はない。
寧ろリアに至ってはぼっち生活を充実していた。
︵やっぱり学校ってのは苦手で、嫌いだな。一人って素晴らしい︶
などと考えながら読書をする。読んでいる本は到底一般生徒が読
むようなものではない。︽魔術式構成式・上級︾などという高度な
本だ。
しかし教室内でその事を気にするそぶりを見せるクラスメイトは
183
いない。それはリアが︽隠蔽︾というスキルを行使しているが故だ
った。
ちなみにステータスもそれで︽隠蔽︾している。︽スキル解除︾
や︽分析︾のスキルがあれば︽隠蔽︾を解除することはできるが、
それは︽隠蔽︾を行使している人よりもレベルが高くなければ効果
をなさない。
ギルド最高ランクを保持しているリアの︽隠蔽︾を解除できるも
のなどそうはいない。
そもそもこの学園内でリアよりレベルが高い猛者は居ない。だか
ら、誰もリアのやっていることに気づかない。
︵日誌に書くこととか正直ないよね。私個人の出来事なら書く事
割とあるけど、そんなの普通に書かないし。適当に授業の様子を書
くかなぁ。てか、イルバネス本当仕事しないな︶
日誌にちらりと視線を向けてリアはそんなことを思う。そして次
にカトラス・イルバネスに目を向ける。
カトラス・イルバネスは一切日直の仕事を手伝う気がない。寧ろ
日直であるという事を知らないのではないかとさえ考えられる。
とはいえ、リアは特に文句を言うつもりもない。
自分から対して親しくもない存在に話しかけるなんてそんな恐ろ
しい事リアは進んでしない。
それに一人でのんびりと日直をする方がリアとしては楽だ。あと
ステータスを︽隠蔽︾している学園でのリアのレベルは十五とされ
ている。本来のリアのステータスはこんな感じである。
リア・アルナス level.120
種族 人間
年齢 十五歳
HP 2500
MP 1200
184
STR︵筋力値︶ 950
VIT︵防御値︶ 590
INT︵知力値︶ 600
DEX︵器用値︶ 486
AGI︵俊敏値︶ 822
LUC︵運値︶ 460
CHARM︵魅力値︶ 444
獲得スキル
︽隠蔽level.98︾、︽瞬速level.95︾、︽気配
察知level.100︾、︽無音移動level.89︾、︽空
中歩行level.95︾、︽魔力level.90︾、︽火属性
level.87︾、︽闇属性level.88︾、︽水属性le
vel.69︾、︽神聖術level.64︾、︽暗殺者の心得l
evel.70︾、︽隠密行動level.73︾、︽アーランド
流刀術level.101︾、︽コーロルダ流槍術level.9
9︾、︽マルタガ流双剣術level.105︾、︽ネルネアス流
格闘術level.80︾、︽回避level.111︾、︽分析
level.70︾、︽読書level.99︾、︽調合leve
l.69︾、︽浮遊level.55︾
ユニークスキル
︽何人もその存在を知り得ない︾
獲得称号
︽活字中毒者︾、︽姿無き英雄︾、︽ドラゴンキラー︾、︽空気
︾、︽一匹狼︾、︽臆病者︾、︽隠密行動の達人︾、︽戦乙女︾、
︽影なる王者︾、︽暗躍する魂︾、︽複数流派の獲得者︾、︽トラ
ブルホイホイ︾、︽ギルドランクX︾、︽超越者︾
本来のステータスでも︽臆病者︾の称号をリアは持っている。
185
リアはこの世界に生れ落ちてから、恐怖心をずっと感じていた。
それはこの世界が地球ではいなかった恐ろしい魔物があふれる事
を知っていたから。
﹃ホワイトガーデン﹄時代、廃人であり、隅々までゲームをプレ
イしていたリアは特にこの世界がどういうものか知っていた。最も
この世界はゲームの時代よりも後の時代だけれども。
死にたくないという思いと死ぬかもしれないって怯えが常にあっ
た。だからこそ、リアは強くなった。だって強者であるならば死な
ずに済むからだ。生きていけるからだ。
最もその結果、ギルドマスターに見つかり、養子にされたわけだ
が。
︵お義父さんにはどうあがいても勝てないしなー。それにギルド
最高ランクの方が強い物と戦いやすいし︶
︽臆病者︾であるが、戦闘狂。リアはそういう存在だった。
死にたくないから強くなりたい。強くなりたいなら戦えばいい。
強者に勝てたってことは生きていけるという事。強い存在と戦って、
かつ事で、まだ生きていけるとそんな風にリアは安堵する。強くな
ったって。これでまた生きれるって。
︵はやく帰りたい。ゆっくりのんびりしたいけど、家帰ったらネ
アラが居るんだっけ。あー、私が助けたからだけど、正直あんまり
慣れてない人が家に居るとか困るんだよなぁ︶
何て考えていたら一つの声が響いた。
﹁イルバネス!﹂
それは、ティアルク・ルミアネスの声だった。
リアはちらちと視線を向ける。
ティアルクの後ろには、相変わらずミレイ・アーガンクル、レク
リア・ミントスア、エマリス・カルトの三人の美少女が居る。ちな
みに、ティアルクの助け出したフィリア・カザスタスはクラスが違
うこともあってここにはいない。最も休み時間にはやってくるわけ
だが。
186
カトラスは、ティアルクを見る。なんだよ、とでもいう風に。
﹁アルナスさんに日直を押し付けるんじゃない! かわいそうだ
ろう﹂
リアはティアルクがそう口にした瞬間さっと本を閉じ、ティアル
クたちに悟られないように教室から出る。
リアとカトラスの日直の番が回ってくるのは二回目であるが、一
回目の時からカトラスは一切日直をしなかった。正直ティアルクが
カトラスに説教するのはどうでもいいが、自分が絡む事を大声で言
われるのは迷惑である。
︵そもそも私は別に一人で日直の方が楽だから放っといてくれた
ら一番楽なんだけど︶
なんて思いながら、一時間目の授業が始まる時刻まで時間をつぶ
そうとしばらくうろうろするのであった。
187
過去あり主人公っぽいクラスメイト2
そもそもカトラス・イルバネスとはどのような少年なのかといえ
ば、リアからしてみればあまりにも典型的な過去あり主人公であっ
た。
過去に自身の住んでいた村を魔物の手によって滅ぼされ、死を覚
悟した中で強者に助けられ、そして現在ここに居るのだという。
しかも、カトラス・イルバネスを助けた強者というのが︽姿無き
英雄︾︱︱︱リアである事に本人は驚いた。正直な感想を言えば、
リアはこれまでに人助けなんて数えきれないほど行っており、カト
ラス・イルバネスを助けた記憶なんて全くなかった。
リアにとって助けたうちの一人なんてよっぽど印象に残る者以外
は記憶にとどめる価値もない存在だ。
︵私が助けたねぇ? 正直欠片も覚えているわけないよね︶
一時間目の授業︱︱魔物学の授業が終わり、黒板を消しながらも
リアはカトラス・イルバネスという少年について思考していた。
魔物学とはその名の通り、この世界にあふれる危険な魔物につい
て学ぶ授業である。姿形、弱点、戦い方など、様々な事を頭に叩き
込まれる。ただし、授業で習っただけでは足りないほどこの世界に
は魔物があふれているため、魔物学を習ったからすべての魔物を対
処できるなんて事はない。
最もこのアルフィルド学園のような名門学園を卒業したものの中
には、そんな勘違いをして早々と命を落とすものも少なくはない。
身長が百四十一センチしかないリアは黒板の一番上に届かない。
そのため、︽浮遊︾のスキルを行使して自身の身体を浮かせて、黒
板をせっせと消している。
強くなりたいと一心に行動した結果、十三歳にして︽超越者︾に
至ったが故である。少なくともあと数十年は成長はしないだろう。
188
︵んー、十五歳ぐらいで︽超越者︾に至るのが多分丁度良かった
んだよなぁ。でもはやく強くなりたかったし⋮⋮︶
自分の身長で困る事は多々ある。身長が低すぎて十五歳だとは思
われない。そして知り合いに子ども扱いされてしまう。身分証を持
ち歩かなければ色々と面倒なことになるのである。
黒板を全て消し終え、椅子へと座る。
チャイムが鳴った。
それは次の時間の始まりを告げる音。
入ってきたのは、ぼさぼさの髪を長く伸ばした男︱︱薬学の教師
チトラである。
リアは薬学の授業が好きである。︽姿無き英雄︾と呼ばれる強者
であるリアは戦いに関してはエキスパートだが、調合などに関して
はまだまだだ。
知らない事を学ぶ事はリアにとって楽しい事だった。
︵薬剤師になるためにもこの授業はまじめに聞かなきゃだもんね︶
調合はリアにとって楽しい事であった。教師であるチトラはその
外見から生徒たちからは不人気だが、リアからしてみれば非常にわ
かりやすい先生であるため、好感度は高かった。
﹁では︽魔力回復薬︾は︱︱﹂
チトラがそういって調合についての説明を行おうとする中で、ガ
ラリッと教室の扉があいた。入ってきたのはカトラス・イルバネス
である。授業が始まってから教室に入ってくる、なんてこと彼に関
して言えば日常茶飯事な事であった。
︵折角まじめに授業聞いているのに授業中断とかマジやめてほし
い︶
思わず、リアは不機嫌な顔になる。自分が楽しんでやっている事
をこんな風に邪魔されるのは正直嫌だった。
﹁⋮⋮カトラス・イルバネス。また遅刻か﹂
カトラスはその言葉に何も答えずに、ずかずかと歩いて、席へと
座る。
189
チトラもいつもの事なので注意するのが面倒なのかそれ以上は何
も言わなかった。
︵というかさ、イルバネスって自分の住んでた村を滅ぼされたっ
て過去があるのになんで強くなろうとしないのか謎なんだよね︶
リアは教科書さえも机に出さないカトラスを見ながら思考する。
︵でも現在でカトラスはやる気の欠片も見せないのにレベルは三
十を超えてる事を考えると⋮⋮、強くなろうとして途中で挫折した
って事かな? じゃなきゃ十五歳でレベル三十には至らないし︶
大体の十五歳の平均はレベル十から二十五。それを五も上回って
いるのだから、それなりの努力をしてきたとは予想できる。ならな
ぜ今あんなにやる気も欠片もないのかと考えてあげられる理由は、
どこかで心が折れたというそれだけの話であろう。
正直、カトラスの事は前世で読んだ小説の主人公のように何処ま
でも﹃典型的な過去あり主人公﹄であり、その事を面白いと思う節
はある。が、強くなろうという気も何もない、あきらめた人に何か
しらしてやろうなんて気はリアにはない。
諦めてその才能を腐らせるなら勝手に腐らせればいい︱︱︱そう、
思っている。
︵しかしあれだね。﹃ハーレム主人公﹄っぽい奴と﹃過去あり主
人公﹄っぽいのが二人もクラスメイトにいるとかなんなんだろうね
ー。これ、︽トラブルホイホイ︾のせいなのかなー?︶
リアは心の中で思考する。
︽トラブルホイホイ︾はその名の通り、トラブルが次々とやって
くるもので、この称号をリアも所持している。
︵でもま、かかわる気はないけどね。見ている分には良い暇つぶ
しになるから観察はするけどさ︶
リアはそんなことを思いながらも︽典型的な過去あり主人公︾を
見て遊ぶのであった。
190
191
ソラト・マネリの学園生活
ソラト・マネリはギルドランクSSランク所持者であり、その年
にしてはおどろくほどのレベルが高い。
︽炎剣︾︱︱︱︱それが、彼の呼び名である。
ただし、学園の中でその威厳は欠片もない。リアと同じアルフィ
ルド魔法学園に通うソラトは入学して間もないながらに周りから距
離を置かれる存在であった。
落ちこぼれの、嫌われ者として。
1年C組の教室の一番後ろの窓際。そんな位置に席のある彼に近
づこうとする生徒は見るからにいない。窓の外を見上げ、何かを思
い出したようにニヤニヤしているソラトは見るからに不審者であり、
学園ではあえて人の癪に障るような話し方をしているソラトは不気
味な男として遠巻きにされていた。
そんな彼が、ニヤニヤしながら何を考えているかといえば︱︱、
︵リアちゃんは昨日も可愛かったなぁ︶
などというリアの事であった。
ソラト・マネリとリア・アルナスは長い付き合いである。リアが
ギルドマスターに発見され、養子にされてすぐに二人はであった。
死に
幼いころからリアは変わらない。転生者だからということもあり、
という信念のもと常に動き続けていた。
幼いころからリアは自分を持っていた。揺るぐことのない、
たくない
昔から圧倒的だった。だというのにそのくせ臆病で、おびえてい
た。
矛盾しているようで、芯が通っている︱︱︱それが、リア・アル
ナスという少女。
ブレない、自分というものを持っていて、そんなリアだからこそ、
ソラトはリアが大好きだった。
192
﹁またあいつニヤニヤしている⋮⋮﹂
﹁気持ち悪い﹂
なんて思われていても、ソラトは一切それを気にしない。学園で
であ
という
強者
気持ち悪い
の自分への評価などどうでもいいと、そう思ってさえいる。
時折聞こえてくる陰口のような言葉たち。
のが、ソラト・マネリに対するクラスメイトの思い。
それに加えて強さこそすべてのこの学園において、
弱者
。
ることを見せない。一切感じさせないようにしている。ソラトは他
人の目から見て、明らかな
弱者であり、気持ち悪い事もあり、評価はリアよりも低いといえ
るだろう。
敢えてそのようにふるまうのは、この学園内で深いつながりを作
る必要性も何もソラトが感じていないからともいえるだろう。
ただ学園に通うのは、リアと一緒がいいからであって、そこに目
標も何もない。
学園内でリアとかかわれなかったとしても、それでも、リアと同
じ学園を卒業したという事実がほしいだけである。あと学園内で隠
れてうろうろしているリアを一番近くで見ていたとか、そういう理
由だ。
ソラトがニヤニヤしている間に、気づけば一限目は終わっていた。
一限目の授業は魔物学。実際に自分も敵対したことがあるような魔
物の説明だったため、特に真面目に聞かなくてもその情報は頭に入
っていたため、形だけ聞いているように見せていた。
次の時間は移動教室だった。
実践の勉強のために、訓練所へと向かう。
訓練所に向かう途中は、ちょうどリアの教室の前を通る。
目の前を通りながらちらりとリアの姿が見れないかなとソラトは
教室内へと視線を向ける。
そこには、いつものように無表情で読書をしているリアが居た。
話しかけるな、というオーラを醸し出して、黙々と本に目を通し
193
ている。その読んでいるものはただの小説に見える。が、実際はも
っと違うものだろうとソラトは確信していた。
学生が読んでいておかしいような本を読む時、リアは︽隠蔽︾ス
キルを使ってそれとわからないようにして読んでいる。
いつも自分を磨くことに対して努力を惜しまないリアは、自身が
やりたい事をどこまでも極め上げようとする。︽姿無き英雄︾と呼
ばれ、強者の一人であるというのに満足はしていない。限界など感
じていない。もっと、もっと強くなろうとひたすら自分を磨いてい
る。
︵⋮⋮そんなリアちゃんにおいて行かれたくないから俺は強くな
りたい︶
今も、読書をして沢山の知識をつけているであろうリアを見なが
らソラトはそれを思う。
そんな決意があるからこそ、ソラトも何もせずに学園に滞在して
いるわけではない。今だって、ソラトは誰にも悟られずにスキルを
行使している。
スキルを行使するのには、MPを使う。そしてスキルは使えば経
験値がたまり、それが一定溜まると自身のレベルとスキルのレベル
が上がる。
故に誰にも悟られないように︽空中歩行︾のスキルを使い、周り
から見て床に足がついているように見えながらも実は空気を踏んで
歩いているという器用な事をやっているソラトの行いは無駄ではな
い。というか、こうやって誰にも悟られないようにスキルを行使す
るのはリアが真っ先に考えた事である。ソラトはそれを真似してい
るだけである。
リアはどんどん、どんどん先へと進んでいく。
貪欲なまでに強くなろうとしているリアには、そうでもしないと
ついていけない。いや、むしろ現時点でおいて行かれているのだか
ら傍に居たいとそう願うのならば自分を必死に磨くしかない。
そもそもこの年でギルドランクSSを所持しているだけでもほめ
194
られたものなのだが、ソラトの基準はリアであるために今の自分で
は満足する事が出来ないらしい。
退屈だ、と思いながらもリアと同じ学園を卒業するぞと意気込ん
でその後も授業を受ける。
実技の授業では、自身が最も得意とする︽火属性︾の魔法を敢え
て不得意に見せ、悟られないように器用に剣術も手を抜く。
それが出来るという事はソラトが自身の力を制御できているとい
う証であった。
教師にも、生徒にも、一切違和感を感じさせないように落ちこぼ
れを演じ切る。
それていて話しかけられたとしても相手が不愉快になるような言
動を繰り返し、向かうから離れていくようにする。
手を抜くことも、人に嫌われるような言動をする事も、ソラトは
苦には思っていなかった。ただ一つ、不満があるとすれば、
︵リアちゃんがすぐそこにいるのに︶
リアに話しかけられないこと、リアとのつながりを隠し通さなけ
ればならないこと︱︱︱など、まぁ要するにリア・アルナス不足み
たいなそんな症状になっていた。
どうにか、リアとのつながりを感じられるようにできないか。
そう思ったソラトは一つの事を思いつき、実行することにした。
どうせ、道化になるのならばとことんなろうじゃないかと。
﹁︱︱︱俺は、︽姿無き英雄︾の弟子なんだぜ? すごいだろ?﹂
嘘を吐く気持ちの悪い弱者
として
そしてやった事が、自称︽姿無き英雄︾の弟子を演じる事であっ
た。
そしてますます学園の中で
さげすまれ、﹁何してんの!﹂とリアに怒られることになるのだが、
本人はとくに気にせずに学園生活を続けるのであった。
195
196
筋肉生徒会長は見ていて面白い。
マルス・リガントはアルフィルド魔法学園の生徒会長である。こ
の学園内における紛れもない強者。
そんな彼は現在、生徒会室に一人でいた。
考えるより行動しろとばかりに普段は何も考えていないような脳
筋の代表であるマルスは珍しく生徒会長席に腰かけ、考え込んでい
る様子である。
︵⋮⋮ティアルク・ルミアネスとは何者なのだろうか︶
マルスの思考している事はそれであった。ティアルク・ルミアネ
スの実力はレベル三十一にしては違和感があるものであった。手加
減の仕方がへたくそだからこそ、少しでも実力のあるものにはこう
いった考えを持たせる。
生徒会長として学園の秩序を守らなければならないマルスにとっ
て、ティアルク・ルミアネスとは不可解な存在であるといえた。
接触してみてわかったことだが、決して彼の性格は悪くない。そ
して嘘をつく事をためらうような正義感に満ちたところがある。
そんな彼が実力を隠すのだから、何かしら正当な理由があるのだ
ろうとマルスは考える。
︵しかし、強い事は悪いことではない。だというのに手を抜くの
はおそらく異常なほどにレベルが高いのだろう︱︱⋮︶
それを安易に想像できるからこそ、マルスは余計に頭を抱えたく
なった。なんでそんな存在が学園に通っているんだとか、何か学園
に起こるのではないかとそれを思うと正直考えるのが面倒になって
くる。
そもそも難しい事を考えるのがそこまで得意でない自分が生徒会
長をやっている時代にそんな面倒な少年が入学なんてしなくて良か
ったのではないかとさえも思っている。
197
そんな風に考えるマルスは、まさか、ティアルクよりもレベルが
高く、圧倒的な強者である︽姿無き英雄︾と︽炎剣︾がこの学園に
入学しているなんて考えもしていない。
︱︱︱︱そして、その︽姿無き英雄︾が窓の外からマルスを覗き
込んで遊んでいる事も。
︽空中歩行︾と︽何人もその存在を知りえない︾。
その二つのスキルを利用して、リア・アルナスはマルスに悟られ
る事なくじーっとマルスの事を観察していた。
︵筋肉会長、なんか考えてるなー。珍しく難しい顔しててなんか
面白いよね︶
リアにとって筋肉会長であるマルスは、観察している分には愉快
な存在であった。そもそも︽筋肉こそ力なり︵マッスルパワー︶︾
なんて愉快なスキルを所持している時点でリアにとって笑える対象
である。
︵というか、ユニークスキルってマジ厨二だよね。面白いけどさ
ー。しかし何を悩んでんのかな、筋肉会長は。なんか普段、﹁筋肉、
筋肉﹂としかいってない脳筋男が難しい顔してるって気になるよね︶
空中で停止したまま、窓の外からまじまじと見ている。
だけど、それにマルスは一切気づかない、いや、気づくことが出
来ない。そうしてじーっと見ていたら、生徒会室に別の誰かがはい
ってきた。
それは、生徒会副会長であるアイディーンであった。
﹁む、アイディーンか﹂
﹁珍しく、何を考えているのですか﹂
生徒会室に入ってきたアイディーンはそれを問いかける。
︵お、いい質問だよ。氷の副会長。私も気になってたから聞いて
くれると助かる。だって気になる事わからないままって気分悪いし︶
窓の外ではわくわくした表情を浮かべながらもそろりと気づかれ
ないように聞き耳を立てているリアが居る。
マルスはもちろん、そんなリアに気づくことはんくアイディーン
198
の方だけを見て告げる。
﹁ティアルク・ルミアネスについてだ﹂
そんな言葉にリアはおぉと思いながら聞いていた。リアの目から
見てもティアルク・ルミアネスは手加減の仕方がなっていなかった
ものだが、やはり会長はそのことが気にかかっていたのだろう。
マルスが難しい顔をしている事からも彼がティアルク・ルミアネ
スに対して決して楽観的に考えていない事がうかがえる。
︵まぁ、そりゃそうだよね。ティアルクが何者かわからないから
こそ不安なんだろうね。正体がわからないって事は一種の恐怖だも
ん︶
何者かわからないものが近くにいるということは一種の恐怖であ
る。リアだって、誰かわからないものには恐怖する。そして恐怖す
るからこそ、調べ上げて何者か把握して安堵するのだ。
﹁そうですね。彼はおかしいです。明らかに普通じゃない﹂
﹁レベル31にしてはおかしい。何者なのか知りたいのだ﹂
﹁そうですね。学園の平和のためにも彼が危険な存在でしたら困
ります﹂
﹁うむ。そして願わくば俺の筋肉のためにぶつかり合いたいもの
だ!﹂
﹁⋮⋮結局それですか。まぁ、戦いたいなら勝手に戦えばいいで
すよ。私は関与しません﹂
脳筋なマルスは結局のところ、強い者と戦いたくて仕方がないだ
けらしかった。
その事を知り、アイディーンはその水色の瞳でちらりとマルスを
見て、無感動にいう。
︵氷の副会長は幼馴染だっていうのに筋肉会長に対して超冷たい
なぁ。いや、でもクールビューティーって嫌いじゃないし、良い性
格していると思うけどさ。それに筋肉会長と氷の副会長の会話聞い
ているの面白いしね︶
リアは生徒会のツートップの会話を盗み聞きして楽しんでいた。
199
聞かれている本人たちからすれば﹃知らない間に存在も悟れない相
手に会話を聞かれている﹄のだからぞっとする事実だが、生憎二人
はリアの存在に気づく事が出来ない。
︵ハーレム主人公は詰めが甘いから、多分そのうち筋肉会長たち
にばれるよね! そうなってたたかうなら観察して遊ぼうかなー︶
なんて考えながら、リアは他に面白い事はないかなーとその場を
後にするのであった。
勿論、最期までリアがそこに居ることに二人は気づかなかった。
200
ミレイ・アーガンクルという少女1
︽美貌は世界を救う︾。
その名称を聞いて、まず人はどんな事を思い浮かべるだろうか。
もしかしたら、何をふざけた事を言っているのだとのたまう人もい
るかもしれない。
しかし、これ、とある女子生徒の発現させたユニークスキルの名
称であったりするのだ。
ユニークスキルの名称というのは、地球でいう厨二病がかんがえ
たようなかっこつけたものが多くある。
リア・アルナスの︽何人もその存在を知りえない︾にもそれは言
えるだろう。
そして、その︽美貌は世界を救う︾という地球人にとってみれば
恥ずかしいといえるユニークスキルを所持しているのはリアと同じ
クラスの少女であった。
そして、リアは現在その少女、ミレイ・アーガンクルと授業で同
じ班になっていた。
﹁アルナスさん﹂
ミレイ・アーガンクルはこの王国の中でも屈指の権力を持つ、ア
ーガンクル公爵家の娘であった。
強大なまでの魔力を持ち、美しいと称される見た目を備え合わせ
201
ている彼女はもちろんの事学園の中で人気者である。
︵ハーレム主人公のハーレムの一員と一緒の班とか面倒ー︶
リアは好意的にやさしく話しかけられているというのに、そんな
酷い事を考えていた。正直ティアルク・ルミアネスたち一味は遠目
から見る分には楽しいかもしれないが、実際に接するのは勘弁な相
手だという認識がリアの中にはあった。
しかし、こうして同じ班になってしまったというのはどうしよう
もないことだ。
今受けている授業は、﹃料理﹄の授業である。何故魔法学園で﹃
料理﹄の授業があるのかと疑問に思うものも多いかもしれないが、
この授業で学ぶ料理とは野外で食べるおいしい料理の調理法である。
要するに森などで食料がなくなってしまった際に自力で、食料を
調達して、それをおいしく食べる仕方を教える授業だ。非常食もあ
るが、それは美味しくないため、野外でおいしい物を食べたいとい
う人々は多い。
ギルド所属者を含めた色々な場所に行く人々にとってこれはあり
がたい授業でもある。リアは︽マジックボックス︾を所持している
事もあり、そこに非常食を大量にため込んでいる。普段から料理ら
しい料理もしないため、︽料理︾のスキルもリアはこの年まで持っ
ていなかったりする。
が、一般人は︽マジックボックス︾なんて持っていないため、食
料問題は重大なものであった。
︵授業で少しは料理するようになっているからそろそろ︽料理︾
スキル手に入ってもいいとおもうんだけどな︶
︽料理︾、︽ダンス︾、︽読書︾などのスキルはそれらの行為を
何十回と繰り返しているうちに勝手に出現するスキルである。
ちなみに、今回班に分かれているのは班ごとに用意された材料で
料理を作ってみろという実習だからである。
﹁アルナスさん⋮⋮。相変わらず返事なしですか﹂
﹁貴様、ミレイ様に失礼だぞ﹂
202
﹁ア、アルナスさん、返事をした方が﹂
ミレイ以外にもリアの班のメンバーは二人居た。
恐らく貴族だと思われるえらそうな男と気弱そうな女子生徒であ
る。
﹁私は別にかまいませんわ。アルナスさん、頷きだけでいいです
から、返事を返していただけますか?﹂
リアは、前世からのコミュ症を大いに引きずっており学園内では
必要以上にしゃべらず過ごしていた。それは入学してからずっとの
事だったため、ミレイは諦めているのか、咎める事をしなかった。
寧ろそうやって優しく問いかけるあたり、ミレイは優しい少女な
のだと周りに思わせる。
こくんと、リアは一回頷く。
しかしいくらミレイが優しい少女であろうとも、リアのコミュ症
が解除されるわけではなく、リアは相変わらずの様子であった。
﹁貴方は確か、︽料理︾スキルを持っていませんよね?﹂
それにリアはまた頷く。
﹁なら、この中で︽料理︾スキルを持っているのは私だけですね。
三人とも私の指示に従ってくだいさいますか?﹂
そう、この中で︽料理︾スキルを所持しているのはミレイだけだ
った。
ミレイが問いかければそれぞれが返事をする。貴族の男は﹁もち
ろんです﹂と、気弱な少女は﹁は、はい﹂と、そしてリアはもちろ
ん頷くだけだ。
﹁なら、今回は︽七彩キノコの煮込み︾を作りましょう﹂
ミレイがそういってテキパキと指示を出す。その指示にリアはお
となしく従いながらもミレイの事をちらりと見た。
表情には出ていないが内心は興味深いなぁと思っていた。
︵アーガンクル公爵家なんていうこの国でも屈指の公爵家の娘で
ありながら︽料理︾スキルを持っていて、野外料理とか得意って面
白いよね。貴族の中には料理なんて全然した事ない令嬢も多いのに︶
203
そう、貴族の令嬢の中にはミレイのように料理が出来るものは少
ない。この世界は強者が権力を持つ世界であるから、貴族は常に強
者であろうと努力をするといった教育を施される。しかし、こうい
う自然の中に潜った際に必要な技術を身に着けず、﹃戦う事﹄だけ
を鍛えている貴族というものは多いのである。
まぁ、リアも料理に関しては人の事を言えないけれども。
︵まぁ、お義父さんがアーガンクル公爵家は実践や実技に力を入
れてるっていってたし、きちんと教育受けているんだろうけれど︶
お義父さんが評価するほどなのだから、アーガンクル公爵家は面
白い家なのだろうとは思っているリアであった。
貴族の中には、実践に力を入れず、ただ魔法を強く放てるとか、
力が強いとかそういうのだけの者も多いのだ。でもそれじゃあ、戦
い方を知らなければ、実践を知らなければ生きていけるはずもない
のである。
︵それに、この子はユニークスキルも面白いしね︶
そう思いながらもリアはさらっと︽分析︾のスキルを行使して、
本人に気づかれないようにステータスをのぞき見する。
ミレイ・アーガンクルのユニークスキル。
それは︽美貌は世界を救う︾という名前のものであった。
204
ミレイ・アーガンクルという少女2
︽美貌は世界を救う︾って、ユニークスキル名からしても凄い面
白いとリアは思っていた。
ユニークスキル名を見た段階ではどんな効果があるのか全くわか
らないスキルというのもリアの関心を引くには十分なユニークスキ
ルであった。
︵レベルがたった三十三でユニークスキル発現してるのも面白い
よね︶
ユニークスキルは生涯発現しないものも居るのだ。それなのにミ
レイ・アーガンクルは低レベルで発現しているのである。ミレイの
指示に従いながらリアはミレイを適度にちら見していた。
学園内でユニークスキルを発現しているものは、リア、ソラト、
ティアルクを抜きにして考えれば生徒会長やミレイを含めて本当に
数えられるだけしかない。
ついでにリアは本人に気づかれないようにステータスとユニーク
スキルの効果を︽分析︾する。
ミレイ・アーガンクル。Level 33
種族 人間
年齢 十五歳
HP 300
MP 520
STR︵筋力値︶ 175
VIT︵防御値︶ 230
INT︵知力値︶ 300
DEX︵器用値︶ 280
205
AGI︵俊敏値︶ 130
LUC︵運値︶ 170
CHARM︵魅力値︶ 370
獲得スキル
︽マッサージlevel.29︾、︽魔力level.30︾、
︽神聖術level28︾、︽火属level.19︾、︽水属性
level.29︾、︽風属性level.19︾、︽光属性le
vel.27︾、︽地属性level.15︾、︽調合level.
2︾、︽祈りlevel.33︾、︽踊りlevel.31︾、︽
料理level.20︾、︽コーディネートlevel33︾。
ユニークスキル
︽美貌は世界を救う︾
獲得称号
︽女子生徒のお姉様︾、︽美の探究者︾、︽祈りの巫女︾
がっつり物理で攻撃なリアと違って、ミレイは魔法で攻撃をする
タイプの明らかに後衛で戦う少女であった。そもそもこの世界は危
険なため、ギルド所属者にせよ、国に仕えている者にせよ、一人で
行動するものというのは少ない。
それに魔法の詠唱は長く、誰かが敵を引き付けている間に詠唱を
唱え、魔法を放つといった戦い方を魔法が主流で戦う者はするもの
なのだ。魔法を使うには集中力も必要であるため、戦いながら詠唱
なんて出来るものは少ないのだ。
︵やっぱりいつみてもこの子魔法の才能ありすぎでヤバいよね︶
基本的に人が使える魔法属性というものは生まれながらの才能に
よって決まるものだ。リアは︽火属性︾、︽水属性︾、︽闇属性︾
の三つの属性を使う事が出来た。
︽神聖術︾に関して言えば、VRMMOの、前世の記憶があった
からこそ習得方法を知っており、それで習得したものである。
206
それに比べてミレイはおそらく生まれながらに︽神聖術︾、︽火
属性︾、︽水属性︾、︽風属性︾、︽光属性︾、︽地属性︾を持ち
合わせているのだ。リアが才能が有りすぎてやばいと思うのも無理
はもない。
︵あれだけ属性使えたら魔法使うのも楽しいだろうし、羨ましい。
私ももっと属性適正ほしかった︶
と、思うものの、魔法属性は後から手に入れられるものではない。
本当に、生まれながらの才能が全てなのだ。ちなみに︽臆病者︾の
称号は魅力値を下げる効果がある。ミレイとリアの魅力値はあまり
変わらないのはそれが理由だ。
次にユニークスキルの効果を︽分析︾でちら見する。
︽美貌は世界を救う︾
効果 対象を定めてその場で祈りをささげたり、踊ることによっ
て味方を回復させたり、ステータスをupさせたりする。なお、ス
キル発動をする本人が美しければ美しいほど効果が高い。対象の視
界に映る位置で発動するのが効果的である。
ユニークスキル名はアレだけれども、その効果は実戦向きである。
ユニークスキルが発現しても本当に役に立たないものの場合もあ
る。それはピンからキリまであるものであり、しょうもないものま
である。だから実戦向きで使い勝手の良いユニークスキルを持って
いるというだけでも恵まれている事であるといえる。最もユニーク
スキルというのはその人の生き方によって、その人に一番あったそ
の人らしいスキルが発現するものなのだから、しょうもないユニー
クスキルを持っているものはそれが発現するような生き方をしてい
207
たといえるわけだが。
ミレイのユニークスキルは﹃補助系統﹄。
この年でもう既にユニークスキルを発現させている逸材であり、
あのアーガンクル家の長女でさえなければ引く手あまたの未来が待
っていただろう。現実ではミレイはアーガンクル家の次期当主なた
め、勧誘などの声はないが。
﹁アルナスさん⋮⋮、混ぜる際には周りに飛ばないようにゆっく
り回さなきゃダメですよ?﹂
料理なんてしたことのないリアは︽七彩キノコ︾と呼ばれる七つ
のキノコをつぶし混ぜる作業を頼まれていたのだが、考え事をして
いれば勢い余って力強く回しすぎていた。
結果、ボウルの中に入ったそれらは周りに飛ばされるほどの勢い
であった。
︵こういう細かい作業、嫌い︶
リアは転生者とはいえ、もうすっかりこの現在の世界に染まりき
っている。細かい作業は嫌いで、手っ取り早く物事を力で解決させ
る! といった脳筋な思考の持ち主である。
出かけた先でする料理なんて単純な丸焼きぐらいで、こういう作
業は正直苦手であった。
ミレイの助言にリアは頷き、慎重にゆっくりとそれを混ぜる。が、
どうしても途中からはやく回そうとしすぎて適度に飛び散ってしま
う。
その様子を見てミレイはあらあら、とまるで自分より年下の少女
を見ているような心境で見てしまう。リアの見た目が明らかに自身
と同じ年と見えないからであろう。
寧ろ小さな女の子が一生懸命中身を飛ばさないようにしているよ
うにしか見えなかったのである。
﹁貴様、こんなこともできないなどと本当に使えないな﹂
﹁そんな言い方はやめなさい﹂
﹁でも、ミレイ様、こいつは︱︱﹂
208
貴族の男が突っかかってきて、それに対してミレイが咎めている
のもリアの耳には届いていなかった。ただ、リアはゆっくりと回す
のに必死だったのである。
なんとかリアが混ぜ終わった頃には周りにはかなり飛び散ってお
り、︽七彩キノコの煮込み︾はミレイの努力の結果完成したものの、
後から掃除するはめになったのであった。
︱︱ミレイ・アーガンクル。
彼女はリアに対しても優しく、尚且つ学園内でもトップクラスの
実力者なのであった。
209
ネアラの決意 1
小国リルア皇国の皇女︱︱︱ネアラの人生は決して普通とは言え
ないものであった。
皇女として生まれた事もそうだが、母親が異世界からの転移者で
あることも含めて波乱万丈な人生を送ってきたといえるだろう。幼
いながらに命を狙われ、死を覚悟したこともあったほどだ。しかし、
現在は︽姿無き英雄︾のもとで今までの生活が嘘のような平凡な日
常を送っていた。
ネアラはソファに腰かけ、考えていた。
つい先日にリアに言われた、問いかけられた言葉を。
﹃⋮⋮強くなりたい、意思ある?﹄、そう問われた時、ネアラは
答える事は出来なかった。それは今まで強くなりたいと思っていた
のは、現状を打破するためだったから。
自分が生き抜くために力が必要だったから。国から逃げるにしろ、
皇女として生きていくにも、なんにせよ力が必要だった。
死にたくなかった。
その思いが故に必死に自分の強さを磨いた。だけれども、その目
的は失われた。
気まぐれにリルア皇国を訪れ、気まぐれにネアラを︽姿無き英雄
︾が助けた。現状、強くならなくてもネアラは死ぬことはない。ギ
ルドマスターの養子になったこともあり、その命は保障されている。
︵強くなりたくない、わけではない。だけど、妾は︱︱︶
強くなりたくないとか、そういうのではない。寧ろ強くなりたい
か、強くなりたくないかと問われれば強くなりたいと答えるだろう。
だけれども、
︵理由が、ない。強くなりたい、理由が︶
理由が思い浮かばない。強くなるための目的が失われ、自分がど
210
うするべきか、何をすべきかよくわからなくなってしまっている。
それが、ネアラの現状といえるだろう。
目標を失った人はどうしようもない虚無感に襲われてしまうもの
である。
これから、何のために生きればいいのだろう。
これから、何をして生きていけばいいのだろう。
そういう目標が唐突に失われれば、ネアラのように色々とわから
なくなってしまうのも無理はない事であった。
相変わらずリアは、一切ネアラの前には姿を現さない。幸い、食
べ物はリアが適度に補充しているのか、食べ物に困る事はないもの
の、確かに存在は確認できるのに姿が見えないというのは何とも言
えない気持ちになるものだ。
︵︽姿無き英雄︾は、確か十五歳といっていた。たった十五歳で、
︽超越者︾にまで至っているなんて、どうしてなのだろうか⋮⋮︶
自分の強くなりたい理由がわからないままに、思考は自分を救い
出した︽姿無き英雄︾の事へと移る。
よく考えれば初めて会った時以外は、きちんとリアと会話を交わ
した記憶がネアラにはないことに気づいた。初対面の時、十五歳だ
と告げていた。十五歳で限界レベルを突破し、︽超越者︾に至って
いるというのは一言でいえば異常なことだ。
強さを求め、常に強くあろうとしなければそこには至れない。
ならば、どうしてそこまで強くなりたいと願ったのか。強くなり
たい理由がわからなくなったネアラはそんな疑問を持った。
他の人の、強くなりたい理由を聞いたら何かしら答えが見つかる
のではないかとそんな淡い希望を抱いたから。
﹁︱︱︱妾は﹂
﹁何独り言いってんだ﹂
一人だと思って思わず口から洩れた言葉に、別の声が聞こえてき
たことにネアラは思わず後ずさる。そして、恐る恐る声のした方へ
と視線を向けた。
211
そこには、ソラト・マタリが居た。
回転した扉から現れたソラトのネアラを見る目は相変わらず不機
嫌そうである。ネアラが住まうようになってから、リアの姿をあま
り見ない事がそれだけ嫌なのだろう。
びくっとしたネアラはまじまじとソラトを見る。
︵⋮⋮この男が、︽姿無き英雄︾の幼馴染とは知っているが、そ
ういえばこの男が何者か妾は知らぬ︶
時々こうしてリアに会いにやってくるソラトは、毎度毎度リアの
姿がなくネアラだけがそこい居ることに文句を言ってくる。きちん
と話した事などもちろんの事ない。
ネアラはソラトが︽炎剣︾の名で知られるギルドランクSSを所
持している存在だとは知らなかった。それもそうだろう。ソラトは
リアに習って、というよりリアの真似をして自分の事を隠している。
自身の情報を隠しきっている強者なんて、︽姿無き英雄︾と︽炎
剣︾ぐらいである。最もソラトにはリアの︽何人もその存在を知り
えない︾のようなスキルはないため、少なからず情報は漏れている
だろうが。
﹁なんだよ、じろじろみて﹂
﹁⋮⋮貴方は﹂
﹁なんだ﹂
ギロリとソラトはネアラをにらむ。大人げない事に、ソラトは相
変わらずネアラの事が気に食わないらしい。
睨まれて口を閉ざしたくなるものの、ネアラは問いかける。
﹁︽姿無き英雄︾の幼馴染である貴方は、ギルドに所属している
のですか?﹂
﹁あ? してるに決まってるだろうが﹂
﹁ランクは、なんですか?﹂
﹁なんで俺がお前にそんなこと教えなきゃいけないわけ?﹂
ソラトはとても嫌そうな顔を浮かべている。どれだけ自分は嫌わ
れているのだとネアラは思わず苦笑を浮かべてしまう。
212
ネアラはソラトに嫌われていても、ソラトの事が嫌いなわけでは
なかった。というのも、ソラトは真っ直ぐに感情をぶつけてくるか
らである。
リルア皇国に居た頃、向けられる悪意は表面上友好的にしながら
も、自身の居ないところでささやかれるものが多かった。真正面か
らぶつけられる方がネアラはマシだと思っていた。
それにソラトはネアラが気に食わないだけで、手を出すなんて真
似はしない。
ネアラの想像が正しければソラトはネアラよりもレベルが高いだ
ろう。というより、︽姿無き英雄︾の幼馴染である男が、普通であ
るなんてこと信じられないというのもある。
﹁妾が知りたいから、です﹂
﹁ふぅん、やだね﹂
﹁⋮⋮⋮ソラト、年下の女の子、いじめる。超カッコ悪い﹂
それは、本当に突然会話に割り込んできた。あまりにも自然すぎ
てネアラは普通にそれに頷きそうになった。だけど、新たな声に驚
いてそちらに視線を向ければ、当たり前のように向かい側のソファ
に座っているリアが居た。
いつから居たのだろうか、さっぱりわからない。
﹁リアちゃん!﹂
ソラトはリアがそこに居ることに歓喜して、すぐさまリアに駆け
寄った。
﹁⋮⋮別に、私の義妹だから、教えても問題はない。ばらすなら、
殺すだけだし﹂
近づいてきたソラトに向かってリアはそんな事を言う。さらっと
殺すなんて言っているあたり物騒だ。
﹁でもなんかやだ﹂
﹁ネアラ、これ︽炎剣︾﹂
﹁ちょ、リアちゃん!﹂
﹁私、ばれてるのに、ソラトばれてないとか、ずるい﹂
213
そんな風に言いながらばらしてしまうリアは相変わらず結構な自
己中な少女である。
が、ばらされようともソラトはリアがやることなら別に怒る事は
ないようで︽炎剣︾という言葉に目を見開いたネアラに向かって、
開き直ったように言う。
﹁リアちゃんのいう通り、俺は︽炎剣︾って呼ばれている。一応、
ギルドランクSSランク所持者って事﹂
ソラトはそれだけ言うと、もうネアラに対する興味がないのかリ
アに向かって一生懸命話しかけ始めた。最近会えてなかったことも
あり、リアと話したくて仕方がないらしい。
﹁リアちゃん﹂
﹁ん﹂
﹁最近学園どう?﹂
﹁普通﹂
﹁俺も変わらず。そういえば自称︽姿無き英雄︾の弟子を演じた
ら称号に︽嫌われ者︾って入ったんだけど! 面白くない?﹂
﹁自業自得。勝手にそんなもの自称したから﹂
﹁でも実際本当の事じゃんか。俺リアちゃんに色々ついて回って
強くなったし﹂
﹁ん、まぁ、そう﹂
ソラトはリアの倍ぐらいしゃべっている。しかし幼馴染のソラト
には一応心を許しているらしいリアは喋る事が面倒でも一応返事を
していた。
﹁︽姿無き英雄︾と︽炎剣︾は⋮⋮﹂
ずっと黙っていたネアラは二人の様子を見ながら口を開く。
﹁ん、なに﹂
﹁なんだよ﹂
二人は呼びかけに答えて、ネアラの方を向く。
﹁どうして、そこまで強くなれたのですか﹂
そしてネアラは二人の顔を見ながらそう問いかけるのであった。
214
215
どうしてそこまで強くなれたのですか
ネアラの決意 2
その言葉を投げかけたネアラは、リアとソラトの返答を待つ。
最強の一角である︽姿無き英雄︾とその幼馴染でありSSランク
所持者の︽炎剣︾の答えを聞きたくなってしまったから。
﹁⋮どうして、そこまで強くなれたか?﹂
﹁はい﹂
﹁どして、それ、聞く?﹂
ネアラを射抜くように見つめて、リアは言った。
﹁この前、貴方は妾に強くなる意思はあるのか聞きましたよね。
妾は強くなりたいとは思います。だけれども、強くなりたい理由が、
妾には思いつかないのです。
だから︱︱、お二人が強くなりたいと願った理由を参考に聞きた
いと思いました﹂
真っ直ぐにリアとソラトの目を見る。逸らされない目。そこにこ
の前の、おどおどとした迷いの気持ちは見られない。
それがわかるからこそか、二人は答えた。
﹁⋮⋮死にたくなかったから﹂
﹁リアちゃんにおいて行かれたくなかったから﹂
二人の答えは簡潔だった。
本当に単純で、答えられた方は﹁それだけ?﹂と思ってしまいそ
うなほどに簡潔な強くなりたい願う理由。でもきっと本人たちから
してみれば、明確な理由。
そもそも強くなろうとすれば、それだけ命の危険がある世界だ。
強い意志がなければ、強くなる事を人は途中であきらめてしまうも
のだ。挫折することなく、その思いを胸に自分を磨いたからこそ、
216
︽姿無き英雄︾リア・アルナスと︽炎剣︾ソラト・マタリが居るの
だろう。
折れない思いは、ずっと心の内にある強い思いは、人を動かす力
になる。そんなこと、ネアラにだってわかっている。身を持って知
っている。ネアラもリルア皇国に居た頃、力をつけたのは生きるた
めだった。
でも、分からない事もあった。
﹁︽姿無き英雄︾は⋮⋮今も、死にたくないと力を磨いているの
ですか?﹂
リアはその言葉に頷くだけだ。めんどくさいのか、答えはしない。
﹁でも、貴方は︽ギルド最高ランク︾所持者で、︽超越者︾です。
そんな貴方を死に追いやるものなんてほとんどないのではないです
か﹂
それは最もな理由であった。︽超越者︾に至れるほどに強者であ
るというのならば、よっぽどの事がないと死なない。死に追いやる
ものなんてない。
だけど、リアは首を振った。
﹁それ、違う﹂
そう告げて、続ける。
﹁私、より、強いの、一杯いる。殺される可能性も⋮⋮、ないわ
けじゃない﹂
自分よりも強い存在は沢山いると。そしてその存在に殺される可
能性もあるのだと。
要するにリアが言っている事は、死にたくないから、殺されない
ようにこの世界の誰よりも強くなりたいというそういうことだった。
他人に言えば馬鹿にされてしまうほどに、何処までも被害妄想が
強く臆病でネガティブな願望。でもその願望故にリア・アルナスは
︽姿無き英雄︾になりえた。
戦う事が怖いと引きこもるわけではなく、強くなれば死ななくて
済むからと戦闘の中に常に身を置いた。
217
﹁死にたくないから⋮⋮、強くなった﹂
﹁そう。私は、死にたくない﹂
強い意志のある目が、ネアラを見返す。
﹁単純なので、いい。強くなりたい、理由ある?﹂
問いかけられて、考えてみる。
強くなりたい、理由を。そしたら、するりと口からその言葉は出
てきた。
﹁⋮⋮⋮大切な人を守りたい﹂
そもそも、強くなろうと思った当初は自分の母親を、最弱の、ス
キルも何もない弱い母親を守りたかったからだった。
それを思い出した。
そうしているうちに、死なないために強くなると目的が変わって
しまったけれど、守りたかったのだ。あっけなく、守りたかったも
のは手からすり抜けてしまったけれど、自分の母親に死んでほしく
なんてなかったのだ。守れなかったけれど、生きていてほしかった。
︵もう、嫌だ。大切な人を守れないなんて嫌だ︶
目的を思い出した当初の、目的をそうしたら、心に湧き上がるの
はそんな思いで。
もう二度と守れないで嘆くのは嫌だとそう思う。
死なないために一生懸命で、目的が失われたなんて虚無感に浸っ
ていたけれどよく考えればそんなことなかった。
守るために強くなりたい︱︱っていうその目的は、まだまだ弱い
ネアラにとってかなえるべき目的だった。
﹁そう﹂
ネアラの言葉に、リアは珍しく笑っていた。
ネアラの言葉が、強くなろうという意思がお気に召したらしい。
﹁︽姿無き英雄︾﹂
﹁⋮⋮一応、姉妹設定。リア姉、呼ぶよし﹂
︽姿無き英雄︾と呼べば、リアはそんなことを言う。一応義理の
姉妹になったのだから、そういう風に呼べということらしい。まぁ、
218
確かに外で︽姿無き英雄︾なんて呼ばれたらリアは相当困る。
﹁⋮⋮適度に、鍛える。死ぬ、面倒。頑張れ﹂
リアはただそれだけいうと、またすぐにその場から姿を消すのだ
った。
一瞬にしてその場から消えてしまったリアに、ネアラは何度も瞬
きをしてしまう。
﹁え、ちょ⋮⋮﹂
結局どういうことなのだろうかとよくわからないで困っているネ
アラの問いに答えたのは、不機嫌そうにネアラを見下ろしているソ
ラトであった。
﹁リアちゃんはお前を鍛えるっていってんの。気が向いた時だけ
だろうけれど。死なれると面倒だから死なないようについてきて、
そしてがんばれってリアちゃんがいってんだから嬉しそうな顔ぐら
いしろよ﹂
長い付き合いのソラトにはリアの短い言葉だけでも色々理解でき
たらしい。ネアラはその言葉を聞いて、︽姿無き英雄︾に鍛えても
らえるのだと心を躍らすわけだが。
﹁でもまぁ、リアちゃんは気まぐれだからリアちゃんが鍛えるっ
て言い出すまではギルドマスターにでも鍛えてもらっておけば。何
もせずにぐうたらしてたらリアちゃんお前鍛えないぞ、いつまでた
っても﹂
不服そうながらもソラトが一応そんなアドバイスをしてくれるの
は、リアがネアラを鍛えると少なからず決めたからであった。
﹁⋮⋮はい! ︽炎剣︾﹂
﹁それと俺の事も適当に呼べ。⋮⋮あ、でもどうせなら呼び方リ
アちゃんと一緒がいいからソラ兄でいいや﹂
ソラトもリアと一緒がいいなどといって︽炎剣︾であることを隠
してのんびりと過ごしているので、そんな風に言う。
ソラトもそれだけ言うと、回転扉の向こうへと消えていくのであ
った。
219
﹁⋮⋮妾は絶対に強くなる﹂
ネアラは、自分に言い聞かせるようにそんな決意をするのであっ
た。
220
放課後の殺戮
キーンコーンカーンコーン。
ベルがなる。授業の終わりを告げるベルが。
それがなると同時にリアは立ち上がる。バイバイとか、さような
らとか誰とも挨拶する事なく、教室からすたすたと出ていく。
すぐに︽何人もその存在を知りえない︾を行使して、家へと︽空
中歩行︾のスキルを使って向かう。誰にも悟られることなくのんび
りと歩きながらも、上空から人を観察して遊んでいる。
基本的にリアは様々な事を観察する事を楽しんでいる。
家へと到着すると、自分の部屋へとこっそりと帰り、着替えを済
ませる。
ネアラの決意を聞いて鍛えるとは思ったものの、出会ってまだ日
が短い、心を許していない相手の前に出たくないらしいリアであっ
た。
そのため、同じ家に住んでいるというのにネアラとリアはほとん
ど顔を合わせる事はない。
結局の所、リアがネアラを鍛えるかどうかは、ネアラの決意はと
もかくとしてリアの気まぐれ次第なのであった。
さて、今日は学園の課題も出ていない。
家に居てもやることはない。
ギルドへの依頼も何もない。
そんな状況で、リア・アルナスがやることとなれば一つである。
レベルを上げるための魔物狩り。
要するに、大量の魔物の殺戮。
一日で多くの魔物を殺戮して、絶滅したりしないのかとそういう
事を危ぶむ事はない。なぜならこの世界はVRMMOの世界と同じ
だからこそという理由もあるが、魔物が絶滅するなんて例はない。
221
しかも、この世界では時折繁殖期と呼ばれる魔物の大量発生や、強
大な魔物の出現による魔物の大量発生が起こる。魔物を狩りすぎて
得をする人は居るものの、デメリットはない。しいて言うならば魔
物を狩る事によって狩る者が危険な目に合うとか、装備品を消耗す
るとかそういうことだけだ。
リアは基本的に防具は軽装である。重い防具は防御力を高めるが、
その分動きが鈍るから好きではなかった。リアの戦い方はそのスピ
ードと打撃力で、一気に敵を殲滅するスタイルだ。そのため、動き
やすい服をリアは好む。
防具らしい防具なんて︽姿無き英雄︾として動く際に纏っている
魔法耐性のついたローブぐらいであった。それ以外は基本的に私服
である。
本来こんな軽装で人が魔物の群れの中に飛び込めば致命的だが、
リアに限っていえば、それは昔からやっている事であり危険な事で
は決していなかった。
幼いころから普段着で魔物を倒しに街の外に出て、死にかけなが
らもレベルを上げた存在︱︱︱それが、リア・アルナスという少女。
それ故に、寧ろ軽装な方がリアにとってやりやすく、しっくりく
る。
学園のあるフィナスという街から隣の街の間に存在する大きな森
林。そこは、魔物の闊歩する危険地帯であり、そこから魔物が街へ
と出てくる事はほとんどないが、基本的に人は隣の街へと移動する
ときは護衛を雇って森を突っ切るか、遠回りをして移動する。
その方が危険がないからだ。
今日のリアはその森林︱︱︱カザエイラの森に来ていた。
魔物たちは、リアの存在に気づく事はない。
ユニークスキル︽何人もその存在を知りえない︾を使用している
リアの存在に気づける生物なんて本当に滅多に居ない。
そしてその場に自分の命を狙う敵が居ることも知らないままに、
たった一瞬で魔物たちはリアによってその命を散らされていく。
222
この世界では、命は酷く軽い。
何処までも軽く、本当に呆気なく、生物は死んでいく。
そういう世界。弱者には決してやさしくもない世界。
その場に次々と魔物の死体が落ちていく。バタバタと倒れていく。
そのあたり一帯にいた魔物を、リアは殺戮した。何処までも、圧
倒的に。
魔物の死体の上に立ち尽くす一人の少女︱︱︱その両手には魔物
の血で穢れた二本の長剣がそれぞれ手に持たれているだなんて、普
通に考えておかしな光景だ。
魔物の死体というものは、どんなものでも様々な道具の材料にな
る。ギルドの登録者は、ギルドで自身の狩った魔物を鑑定してもら
い、買い取ってもらうことが出来る。
単体の魔物を倒したとかならこの場で解体してギルドまで持って
いくのだが、これだけ大量にいると面倒なので一旦全部、︽マジッ
クボックス︾の中へと放り込む。ちなみにリアの︽マジックボック
ス︾は最高峰の技術の使われた高値のものであるため、魔物の死体
と非常食を突っ込むエリアをわけたりとかそういう高性能な部分も
ある。
︵少し物足りないけど、そろそろ帰るか︶
数えきれないほどの魔物を殺戮しておきながら物足りないなどと
耳を疑うようなことを考えているリアは、そのまま、その場から姿
を消すのであった。
魔物の死体はギルドの︽姿無き英雄係︾とか言われている鑑定班
に回され、ついでに解体までされることになる。ちなみにこの鑑定
班は、リアが散歩でもするような感覚で大量の魔物を一気に狩って
くるためにギルドマスターが設けた班である。
そして、それが終わるとリアはネアラに気づかれないようにそろ
ーっと自室へと戻り、眠りにつくのだった。
223
224
入学して一か月半経つが、︽姿無き英雄︾のぼっち生活は続く
リア・アルナスがアルフィルド学園に入学して、既に一か月と少
しが経過している。
この一か月の間にリアは学園でこそこそと好き勝手に過ごしてい
たり、ギルド会議に出席したり、ネアラを救い出したり、エルフの
女王様と出会ったりと色々と普通じゃない生活を送っていたりする。
が、それもまたリアにとっての日常であり、特に騒ぐことでは何
もなかった。最もネアラが義妹になったり、エルフの女王様と出会
ってしまったことはリアにとって全くの想定外の出来事であったと
いえるのだが。
︽姿無き英雄︾︱︱なんて呼び名でリアが呼ばれ始めて早数年。
強者として注目される存在でありながらも、リアは個人情報を一切
隠して、平然と学園生活を送っている。
︽姿無き英雄︾とは、文字通り姿の見えない英雄。性別も、名前
も、見た目も、声も、年齢も、全てを明かさないでおきながらも、
その存在をこの世界中に知らしめている紛れもない強者。
多くの者が︽姿無き英雄︾にあこがれている。
多くの者が︽姿無き英雄︾に目指している。
そんな存在であるリアは、今日もアルフィルド学園で元気にぼっ
ち生活を送っていた。
強者というものは、人に焦がれ、求められ、常にその周りには人
が群がるものだ。この学園の生徒たちだってリアが︽姿無き英雄︾
だと知っていれば放っておくことももちろんないだろう。
︱︱ただ、彼らは学園で目立たず暮らしているその少女が、リア・
アルナスが︽姿無き英雄︾だなんて考えもしていないというそれだ
けの話である。
225
今日も、リア・アルナスは誰とも会話を交わす事をしない。
前世からコミュ症を煩わせているリアは、基本的に人と会話をす
ることを苦手としている。慣れていない相手とはまず喋らない。そ
もそも人となれ合う暇があるならば、強くなるために自身を磨きた
いなんて考えを持つのがリアである。
休み時間の度にリアは大抵本を読んでいる。
︽隠蔽︾のスキルで簡単な、誰でも読むような書物の題名を偽っ
ているが、実際に読んでいるのは実戦向きの本とかばかりだ。前世
で引きこもりで、ゲームばかりしていたリアだから、物語とかも読
まない事はないけれども大抵が実践に役に立つものばかりだ。
そもそもこの世界では印刷技術が地球より発展しておらず、書物
はそこそこ高価なものだ。リアは学園の図書館で借りたものだとい
う︽隠蔽︾を行ってそれを読んでいた。まぁ、実際はギルドの図書
館から借りてきたものや自分がギルドマスター経由で購入したもの
ばかりなのだが。
︵これ、結構面白い。役に立ちそう︶
一人書物に目を通してそんな事をリアは考える。周りが楽しそう
に友人と話している声を聞いていても、リアは特にそちらに対する
関心はない。
リアが学園に来た目的は、薬剤師か司書の資格を取るためであっ
て誰かとなれ合うためではない。アルフィルド学園という名門学園
の卒業資格さえあれば最悪資格が取れなくても就職に困る事はない
ため、とりあえず卒業資格がほしいだけであった。
︽ギルド最高ランク︾所持者というのも立派な仕事なのだが、そ
れは隠れてこそこそやる副業にしたいなんていう願望のあるリアに
とって別の仕事をするのは至極当たり前の事であった。お金に困っ
ているわけではない。ギルドでの依頼をこなしているうちに貯金は
凄まじい事になっている。
それでも働かないという選択肢はリアにはない。リアの目標は
226
普通に暮らしながら
、もっと自分を磨くこと。
自分で薬剤を調合できるならば今後は楽だし、本が好きだから司
書になるのもいいかなとそんな風に思って、資格を取るためだけに
リアはこの学園に居る。
リアは、学園でいつだって一人だ。時折、ティアルク・ルミアネ
スたち一味が話しかけてくることもあるが、それを受ける事はない。
そもそも一人で可哀想などという同情心から近づかれてきても良い
気持ちにはならない。
そして時々リアのクラスの前を通るソラトがリアに話しかけたく
てうずうずしているのを見るが、リアはそれは華麗にスルーしてい
た。
お昼休みだってリアはのんびりと一人で食事をとる。教室、人気
のない裏庭、学食︱︱リアが食事をとる場所はその日の気分によっ
て様々だ。
誰に誘われても断り、マイペースにぼっち生活を送るリアの事を
学園の生徒たちは割とそういう存在であると認識して干渉しようと
はしない。そもそも弱者に偽装し、平民であり、しかも性格的にも
面倒なリアに近づく者など居ないのも無理はないだろう。
あまり人と交流を持たないリアだが、学園内の情報は他の人より
も知っているだろう。それは休み時間などでユニークスキルを使っ
て学園内をうろちょろしているからだ。
自分から望んで入学したためリアは学園での生活が嫌いなわけで
はない。寧ろのんびりと出来るし、時折面白い情報が転がっていた
りするため面白がっている節がある。
適当にのんびりと一人でリア・アルナスは学園生活を過ごす。
︱︱︱︽姿無き英雄︾というその一面を一切隠し通しながら。
227
228
入学して一か月半経つが、︽姿無き英雄︾のぼっち生活は続く︵
後書き︶
英雄のぼっち生活は続いていきます。
229
︽かくて炎の雨は降り注ぐ︾
アルフィルド学園においてソラト・マネリは自称︽姿無き英雄︾
の弟子であると知られている。
誰も姿も声も、性別も知らない世界中で知られる最強の一角。
落ちこぼれであるソラトが﹁俺は︽姿無き英雄︾の弟子だ﹂と言
い放っている姿は滑稽そのものであり、学園の生徒たちからすれば
許せない事である。
まぁ、実際の所ソラトはリアに色々と学んでいる面もあるので、
弟子というのは限りなく真実に近い言葉である。ただし、決して学
園の生徒たちにとって信じられるような言葉ではないのであった。
そしてソラト・マネリは学園においていじめを受けている。本人
は決して気にしていないけれども、それは確かにいじめである。
︽姿無き英雄︾に憧れている者たちは、ソラトのようなものがそ
のようなものを名乗る事がどうしても許せないのだ。それに加えて
ソラトの性格は決して良いとは言えない︵敢えて人に嫌われるよう
な態度をしているのもあるが︶。
寧ろいじめなんてものを受けるのははじめてであり、面白がって
いる節もあるのだからそれを知っている者からすれば、いじめっ子
たちが憐れにさえ思ってしまうほどだ。
第一今は正体を隠しているとはいえ、ソラト・マネリは︽炎剣︾
の名を持つギルドランクSS所持者だ。もし︽炎剣︾である事が公
表されれば、現在いじめを行っているいじめっ子たちは、それはも
う生きた心地がしなくなるはずだ。
弱者は強者に逆らう事なかれ。
それこそが、この世界においての絶対的なもの。逆らい、反感を
買い、そうすれば、どうなっても文句が言えない。
そんな学園では嫌われ者のソラトは、現在霊榠山︵リアの友人で
230
あるホワイトドラゴンの住処︶の麓に一人で来ていた。この霊榠山
は、ギルドランクSSランクでも一人で行くのは危険だといえるほ
どの場所である。まず、命がほしいなら近づくなが人々に言われて
いる言葉だ。
この山で最も危険な存在が、︽ホワイトドラゴン︾。リアの友人
であるルーンである。
リアとルーンは付き合いの長い友人であるが、ソラトはルーンに
一度もあった事はない。ルーンに会いに行く際はリアはさっさと一
人で行ってしまうし、そんなリアにソラトはついていくことがかな
わない。
ギルド最高ランクのリアとSSランクのソラトではそれだけの差
がある。
その差をソラトは埋めたかった。リアに近づきたかった。追いつ
きたかった。︱︱︱おいて行かれたくなかった。
特別
だった。本当に、他の全てがどう
ソラトが強くなりたいと願う理由なんて、本当にそれだけだった。
ソラトにとってリアは
でもいいといえるほどに特別で、置いて行かれたく何てなくて、幼
馴染だからとリアが心を許してくれているのがうれしくて。
それもあって、ギルドマスターが養子にするといったからとリア
と同棲︵リアはほとんど姿を現さないが︶しているネアラが余計気
に食わないらしい。あとリアがソファで足をぶらぶらさせてくつろ
いでいるのを見るのが好きだったソラトはネアラのせいでそれが見
れなくなった事が嫌だった。
︵⋮⋮リアちゃん、どんどん強くなるからなぁ︶
神経を研ぎ澄ませて、目の前から迫りくる魔物を葬る。この場に
生息する魔物は所謂雑魚とは違う。油断しすぎるとソラトだけでは
危ない。
それにソラトはリアと違って︽神経術︾は使えない。回復には一
々そういう薬を飲む必要がある。
リアはどんどん強くなる。経験値をため、確実にそのレベルを上
231
げていく。
強くなったかと思ってもその差は縮まらない。追いつけない自分
の事がソラトはどうしようもなく嫌になる。
︽マジックボックス︾から取り出した長剣や短剣でソラトは魔物
を追いやっていく。リアと共に居ることも多い事もあって、基本的
にソラトとリアの戦い方は似ている。圧倒的スピードで、力で魔物
をたたききる。最もリアのように複数の武器を扱えるなんてわけも
なく、ソラトは長剣と短剣しかスキルを持っていない。
ある程度魔物を葬れば、血の匂いにつられてもっと魔物がやって
くる。ソラトを囲うように現れた魔物たち。正直この霊榠山のこれ
だけ大量の魔物に襲い掛かられればソラトだってキツイ。でもキツ
イのを承知の上でソラトは魔物を大量に呼び寄せた。
︵こんなところで死ぬならば、一生リアちゃんに追いつけない︶
無茶をしなければ、普通に過ごしていれば強者になんていたれな
い。リアとずっと一緒に居たいならば、︽超越者︾になる必要があ
る。種族の限界を超える必要がある。そのためには、無理をしない
という選択肢はない。
何かを得るためには何かを捨てる必要がある。
安全を捨てて、ソラトは強さを手に入れようとしている。死にか
けたっていい。生きてさえいるのならば。死ぬのが怖いなんていっ
てれば強く何てなれやしない。
︽空中歩行︾のスキルを行使して、空を歩く。次々と襲い掛かっ
てくる魔物たち。気を抜けばやられる。実際に魔物の攻撃を完璧に
さけれているわけでもない。最速のスピードをだし、幾らかの魔物
を葬りながら上へ上へと飛び上がる。最も上空に上がりすぎても空
を狩り場とする魔物も存在するから危険な事には変わりない。
空へと上がってこれない魔物を放置し、とりあえず空で襲い掛か
ってくる魔物たちを交わし、切り裂いていきながらもソラトは意識
を集中させる。
魔物たちの相手をしながらも意識を集中させ、スキルを、それも
232
ユニークスキルを行使することは正直大変な事である。それでもユ
ニークスキルを行使するのがこの場の状況を打破する一番の方法で
あった。
そして、それは発動される。
︱︱︱︱︱ユニークスキル︽かくて炎の雨は降り注ぐ︾発動。
ソラトは一気に体内のMPが持って行かれる間隔に陥る。それは
仕方のないことだ。ユニークスキルは通常のスキルとは勝手が違う。
その消費MPは凄まじい。
発動と同時にソラトよりも下の位置に現れるのは、数えきれない
ほどの炎で形成された短剣。轟轟と燃えるそれは、灼熱の炎。百は
あるだろうか。それだけの数を形成しているのだから、ソラトがど
っとMPの消費を感じるのも仕方がないことだ。
そしてそれは、まるで雨のように魔物たちに向かって降り注いで
いく。
ソラトと同じ高さに居る飛んでいる魔物には向かっていないので、
それらは一匹ずつ葬る。それらを終えて下を見下ろせばそこには大
量の魔物の屍が存在した。
ユニークスキルの炎によって、ほとんど跡形もなく燃えつくされ
た魔物たち。
正直魔物の素材を集める際には扱いにくいスキルであるが、倒す
だけならば効果抜群の﹃攻撃系統﹄のユニークスキルである。
そしてそれが︽炎剣︾と呼ばれる所以。︽火属性魔法︾とその剣
術が、ソラトの戦い方のもっともな特徴。
どうにかまだ身体を保っている魔物から素材を適当にはぐと、ソ
ラトはそのままその場を後にするのであった。
なお、︽炎剣︾ソラト・マネリのステータスは以下の通りである。
233
ソラト・マネリ level.86
種族 人間。
年齢 十五歳。
HP 1600
MP 988
STR︵筋力値︶ 657
VIT︵防御値︶ 500
INT︵知力値︶ 460
DEX︵器用値︶ 367
AGI︵俊敏値︶ 650
LUC︵運値︶ 625
CHARM︵魅力値︶ 389
獲得スキル
︽空中歩行level.55︾、︽魔力level.77︾、︽
火属性level.89︾、︽家事level.67︾、︽無音移
動level.60︾、︽アイド流短剣術level70︾、︽カ
ナドルア流剣術level.79︾、︽演技level.39︾、
︽瞬速level.42︾、︽隠蔽level60︾、︽回避le
vel59︾
ユニークスキル
︽かくて炎の雨は降り注ぐ︾
獲得称号
︽炎剣︾、︽幸運者︾、︽自らを偽る者︾、︽溺愛者︾、︽ドラ
ゴンキラー︾、︽英雄の弟子たる者︾、︽嫌われ者︾、︽ギルドラ
ンクSSランク︾
234
235
ハーレム主人公の観察記録1
﹁ティアルク!﹂
﹁ティアルクさん﹂
﹁あ、あの﹂
﹁ティアルクさん⋮⋮は﹂
リア・アルナスは、中庭で繰り広げている見事なハーレム光景を
木の上から面白げに見て居た。
ハーレムの中心に居るのは、リア曰く﹃ハーレム主人公﹄である
ティアルク・ルミアネスである。
こんなハーレム本気で居るのかと疑いたくなるほどに主人公属性
を持ち合わせている。正直リアは関わりたくはないが、見て居る分
には面白いと思っていた。最も尊敬できるゲンとルノの弟子として
は到底未熟で何とも言えない気持ちになるものであるが。
現在、リアが確認している﹃ハーレム主人公﹄のハーレムはクラ
スメイト3人と決闘によって親しくなったフィリア・カザスタスの
四人。入学してすぐに女子をたらし、惚れさせるなんて驚くべき才
能であるとリアは思う。
︵公爵家の令嬢に、エルフに、獣人。あと決闘で助けたわけあり
貴族ねぇ。そして全員絶世の美少女って、何だか現実でこんな風に
ハーレム形成されてると正直驚くよね︶
世の中の男が夢見るハーレムを意図的ではなく、簡単に形成し、
なお全員が絶世の美少女なのである。これからもどんどん増えてい
くとすれば、将来的にどうするべきなのだろうかとさえ思う。
﹁ティアルク、ティアルク﹂
ティアルク・ルミアネスの名を呼びながらも嬉しそうにその茶色
の尻尾をブンブンと振っている少女が居る。ティアルクのハーレム
の一員でもあるエマリス・カルトは犬の獣人であり、愛情表現はス
236
トレートだ。その尻尾を見るだけでもエマリスの気持ちはよくわか
るといったものであろう。
︵もふもふ、ちょっと触りたい︶
動物が嫌いではないリアはそんな思考に陥るが、かかわりたくな
いけれども毛並は触りたいなどと我儘な話であろう。
しかし、基本的に﹃強者﹄というのはほとんどの願いがかなう事
もあって我儘で、自分勝手なものだ。実際、リアが︽姿無き英雄︾
としてモフモフしたいという邪な願望を口にしても、それはかなえ
られる事だろう。が、リアは︽姿無き英雄︾であることを周りに悟
られる気はない。
︵あとあの子、普通のエルフ族ではないしなぁ。隠しているらし
いけど、エルフの国の有力者の娘だし︶
リアはティアルクのハーレムの一員であるレクリア・ミントスア
をちら見する。エルフの国︱︱あのエルフの女王様マナの国から留
学という形でこの学園に通っているレクリアは隠しているようだが
実はエルフの国の有力者の娘だったりする。
ちなみにリアが何故そんなことを知っているかといえば単純にユ
ニークスキルを行使してうろうろしていた時に見聞きしたというだ
けの事である。
このアルフィルド学園ではこの世界でも有数の実力派な学園であ
り、エルフの国からこうして留学生が来ていてもおかしくはない。
まぁ、このゼフス大陸は全体的に人間の方が多い大陸で、なお、学
園の存在するフット王国の国民はほとんど人間である。
それもあってこの学園の生徒はほとんどが人間である。
そんな学園の中で数少ない人間以外の種族の二人を意図せずにハ
ーレムに引き入れているなんて色々と傍目に見てなんだかなぁとい
う気分になるリアであった。
︵どうしてハーレム主人公って、次々と女を陥落させていくのだ
ろうか。というか、無意識に惚れさせるとかどれだけコミュニケー
ション能力あるんだよって感じだね︶
237
正直前世からの筋金入りのコミュ症とも言えるリアからしてみれ
ば、そのコミュニケーション能力は見て居て脱帽する。
﹁ティアルクさん、あの⋮⋮﹂
クラスが違うというのに毎時間のようにティアルクの側にやって
きているフィリア・カザスタス。正直リアはコミュニケーション能
力の異常に高いティアルク・ルミアネス一味の中で唯一自分とお仲
間でコミュ症なのではないかと思っている。だってクラスに友人が
居るのならばティアルクのもとに毎時間やってくるわけもない。
︵ピンク色の髪とかいかにもチョロインって感じがする︶
などというちょっとひどい事も考えていたりもする。まぁ、口に
出していなければ何も問題はないだろう。
﹃ハーレム主人公﹄は当たり前のように美少女を侍らす存在であ
る。正直同性からはねたみの視線を受けても仕方がなく、同性の友
達が居ないものだと思えるのだがティアルク・ルミアネスには親友
と呼べる男子生徒が居る。
今は教室に居ないその男の名をアキラ・サガランという。﹃ハー
レム主人公﹄のハーレムに最も近い位置にいる男子生徒といえるだ
ろう。流石、真のハーレム主人公というべきか、異性だけではなく
同性からも認められ、愛されているらしい。
︵完璧すぎる。実力を隠して学園に入学、ハーレム形成、隠すの
が下手すぎて勘ぐられる、ハーレムをどんどん増やす︱︱︱これは
確実に早い段階で正体ばれるフラグな気が⋮⋮︶
此処まで来ると前世で軽い気持ちで読んでいた最強主人公ものの
携帯小説のまんまになる気がしてならないリアであった。
︵まぁいいや。なんかの襲撃とか、﹃ハーレム主人公﹄の過去に
まつわり世界規模な出来事とか、色々起こっても私は好き勝手にや
るだけだし︶
結局、結論としてそんな思考に陥るリアなのであった。
238
︱︱︱︽姿無き英雄︾は、その存在を面白がって観察している。
239
アルナス家の三姉妹
﹁はじめまして。ネアラ。私はギルドマスターの実の娘で、この
子の義理の姉のルカよ。だから貴方のお姉さんってことになるのか
しら。よろしく﹂
そこはルカの経営する鍛冶屋兼アイテムショップ﹃エストニア﹄。
営業時間のすぎたその場所には三つの人影が存在した。
一人はこの店の店主であるルカ・アルナス。ギルドマスターの実
の娘である赤髪の女性だ。
﹁妾はネアラ。よろしくお願いします﹂
ルカの目の前でそう口にするのは、少し緊張した面立ちを見せる
黒髪の少女︱︱ネアラ・アルナス。
﹁⋮⋮⋮﹂
無言のままその様子をただ見て居るのは、相変わらず無表情を浮
かべている栗色の髪を持つ少女︱︱リア・アルナス。
血のつながりはそこにはない。だけれどもギルドマスターを父と
している事は共通している。そう、この場にはアルナス家の義三姉
妹が存在している。
ルカが自己紹介をしている事からもわかる通り、ネアラがギルド
マスターの養子となってしばらかくが経過しているというのにルカ
とネアラは会った事がなかったのだ。
ネアラと一緒に住んでいるリアであるが、正直ルカとネアラを会
わせるのはめんどくさいという思いから実行する気はなかった。し
かしルカの方から﹁お父さんから聞いたわ。新しい妹に会わせない﹂
と言われたため、連れてくることにきたのであった。
付き合いが長い事もあって、リアはルカに心を許していることも
あってめんどくさいといいながらも実行したのである。
ルカとネアラが交流をする中で、われ関せずな態度のリアである。
240
椅子に座って、表情を変えないままにぼけーっとしている。
何を考えているかわからない目を浮かべ、その場に存在している。
︵はやく帰りたい。こんな事する暇があるなら魔物を狩って遊び
たい。経験値をためたい︶
ルカとネアラの交流に自分が居る必要がないとさえ、リアは考え
ていた。
そんな暇があるくらいなら正直魔物を思いっきり狩りたいなどと
物騒な思考を持っている。
身内に対する愛情は少なからずある。リアに情がないわけでは決
してない。だけれども、だ。
義父であるギルドマスターがネアラを義娘としたとしても。過ご
した時間が短いネアラの事は、リアにとってあくまで他人としての
認識の方が強い。結局の所まだネアラを鍛えるという約束は果たさ
れておらず、リアの気分次第でいつ果たされるか定かではない。
﹁リア﹂
めんどくさいという感情を表に出しながら座り込んでいるリアに
咎めるような、仕方がないなとでもいうような声でリアを呼んだの
はルカであった。
リアは立っているルカを見上げる。ルカは低い位置にあるリアの
頭を撫でまわして、いう。
﹁もう、姉妹の交流なんだから貴方も混ざりなさい﹂
﹁めんどい。あと頭なでるの、やめてルカ姉﹂
﹁面倒じゃないの。貴方も私の妹、この子も私の妹。仲良くしな
さい﹂
﹁私、それより魔物狩り行きたいんだけど⋮﹂
﹁もう、本当物騒ね。魔物狩り魔物狩りってそんなに戦うの楽し
いの?﹂
﹁楽しいっていうか、勝ったら凄い嬉しい。倒せば倒すほど強く
なれるもん﹂
そんな風に淡々と答えるリアである。
241
趣味が自身の鍛錬、レベル上げみたいなリアに対して、ルカは複
雑な思いしかわからない。もう少し年頃の女の子らしい趣味を持っ
てくれないものかというのが正直な感想であるといえた。
しかしそんなことをいっても仕方がない事もルカは把握している。
リアが八歳の時︱︱七年前にリアはギルドマスターの養子になった。
父親が何処からか連れてきた小さな子供を前に、ルカはどうしよ
うもないほど驚いた事を覚えている。面白い事が大好きで、圧倒的
な力を持ち合わせているギルドマスターが﹃面白い奴を見つけた﹄
などと口にして、連れてきた存在。
何処が面白いのか最初はちっともルカにはわからなかった。何処
からどう見ても、何処にでもいる少女で。無表情で、何を考えてい
るかわからなかった。だけど、知れば知るほど、リアは普通ではな
かった。
﹁リアは本当昔からぶれないわね﹂
﹁私は私だもん﹂
七年前とリアは変わらない。成長はしている。けれども、芯の部
分はぶれていない。
強くなりたいと貪欲に望み、そのために毎日毎日鍛錬を飽きもせ
ずに繰り返す。危険だという場所にレベルを上げたいからと飛び込
んで、好き勝手に生きている。
リアがぶれないのは、前世の記憶があり、幼少期より自分という
ものが確立していたからといえるがそんなことルカには知る術もな
い。
相変わらず表情を変えずに﹁はやく帰りたいな﹂とでも思ってそ
うなリアから視線をそらし、ルカは新しく義妹になった存在を見る。
この世界で珍しい黒色を持つ少女。
どういう生い立ちを持ち、どういう性格をしているか、なんて全
然ギルドマスターはルカに教えることもなく、ルカにとってネアラ
は﹁リアが助け、父親が養子にすると決めた将来有望な少女﹂とい
う認識しかない。
242
ネアラはリアとルカの会話を聞きながら自分はどうしていればい
いのだろうとそんな風に戸惑ったような表情を浮かべていた。
﹁ネアラ﹂
﹁は、はい。ルカさん、なんですか?﹂
﹁ルカ姉でいいわ。リアもそう呼んでいるから。それより貴方は
どういう武器を使うの?﹂
﹁⋮⋮妾は短剣術だけ一応スキル持っている﹂
﹁あら、ならこれかからも短剣を使うのかしら?﹂
﹁一応、そのつもりだが﹂
﹁なら家族になったお祝いに私が打ったもの、あげるわ、一つ﹂
ルカがそう口にすれば、ネアラは目を見開く。それはルカが有名
な鍛冶師だと知らされているからだ。家族になったからとぽんっと
そんなものをあげることに驚いているようだった。
﹁じゃあ、リア一緒にネアラに合う短剣を選ぶわよ﹂
﹁何で私が⋮﹂
﹁お姉ちゃんだからよ﹂
結局リアはルカの押しに負け、倉庫の中からネアラに与える短剣
をルカと共に選ぶことになったのだった。
そうやって、三姉妹の初交流は過ぎて行った。
243
ぼっち︽英雄︾は生徒会を観察してみる。
このアルフィルド学園において、生徒会という役職は大きな権力
を持つ。
それは、この強者こそが絶対的な力を持つ世界が故に、学園内に
おける強者で構成されている。
生徒会長マルス・リガント。若くしてユニークスキルを発現させ
ている、肉体派の男。
副会長アイディーン・キムヤナ。水属性の適性を持ち、氷魔法が
得意な才女。
その二人が最も有名だが、生徒会というものはたった二人で構成
されているわけではない。マルスとアイディーンの他にも三人居る。
書記のクノ・ミズトラン。槍の使い手で、ユニークスキルは発現
していないものの自分の戦い方が確立されている男。
会計のジルベルト・アシュイエ。弓矢の使い手で、遠く離れた距
離からでも得物をしとめる事が出来る実力を持つ男。
補佐のファン・ポトーナ。闇属性に特化した魔法剣士で、接近戦
のプロフェッショナルな男。
アイディーン以外は、全員男である。それが、どういう状況をも
たらすかといえば⋮⋮、
︵氷の副会長様、逆ハー築いてて面白いよね︶
マルス以外の生徒会の男がアイディーンに並みならぬ思いを持っ
ているという、逆ハーである。
今、生徒会室には生徒会五人全員がそろっている。その様子を窓
の外から見つめ、リアは面白そうに笑っている。
魔力を部屋へと垂れ流し、部屋の会話まで聞き取っている。知ら
ず知らずのうちに生徒会の五人はリアに話を聞かれている事になる
のだが、彼らは気づけない。
244
﹁アイディーン、今日でかけないかい?﹂
ジルベルト・アシュイエは男であるのに、髪を長く伸ばしている
中性的な顔立ちをした美しい青年である。髪の色は薄い茶色。
﹁てめぇ、何抜け駆けをしてやがる!﹂
怒りに声を上げるのはクノ・ミズトラン。マルス同様肉体派とい
える筋肉が凄い男である。ちなみに髪の色は赤。背は高く、柄が悪
い。
﹁⋮⋮違う、俺と一緒。アイディーン先輩は﹂
淡々とまるで事実を述べるかのようにそんなことをいって火に油
を注いでいるのはファン・ポトーナ。背が低く、実際年齢よりも年
下に見られる事が多い可愛らしい顔立ちをした少年だ。
︵逆ハーってめんどくさそうだよね。ハーレム系主人公も居るし、
さらっと逆ハー築いている氷の副会長も居るし。なんかこの世界顔
面偏差値無駄に高いよね︶
三人の男がアイディーンの事を争い合っているのを横目に見なが
らもリアはそんな事を考える。
リアが思うにこの転生した世界の人々は基本的に前世でいう美男
美女が多い。揃いも揃って顔面偏差値が無駄に高いものが多い。
︵っていうか、自分の事なのにそしらぬ顔している氷の副会長っ
ていいキャラしていると思う︶
次にちらりとマルスの隣で黙々と作業をしながらも、自分の事を
争っている面々の会話を華麗にスルーしているアイディーンを見る。
気づいていないわけではないだろう。こんな大声で自分の事を話さ
れているのに気付かないなんていう鈍感属性をアイディーンは持ち
合わせてはいないだろう。
マルスもマルスで、アイディーンの事を他の生徒会が争い合って
いる事を知っているだろうに興味がないのか総スルーである。
︵なんていうスルースキル! 面白いけどさ、もうちょっと相手
にしてあげないと憐れだよね︶
その無駄に高いスルースキルにリアは感心すると同時に、何処ま
245
でもスルーされている生徒会三人を憐れに思う。
そもそも生徒会とは、学園の生徒たちにとってあこがれの存在で
ある。実力があるのに加え、無駄に美形が多い。だというのにそん
な三人が揃いも揃ってアピールして相手にされていないのは見て居
て面白いものであった。
﹁俺が!﹂﹁俺と!﹂﹁アイディーン先輩は!﹂
口々に声を上げる三人の手は止まっている。アイディーンの事で
争いあうのに必死で、仕事をする手が止まっていた。
それをアイディーンが、何処までも冷たい目で見て居る事に三人
は気づいていない。言い争いを始めた三人に声をかけたのは、アイ
ディーンではなくマルスであった。
﹁仕事をしないなら帰るがよい﹂
マルスの冷たい言葉に三人は固まる。それはそうだろう。マルス
よりも三人ともレベルが低いのだ。この学園において表面上は生徒
内最強︵実際はリア、ソラト、ティアルクが居るため違うが︶であ
るのだから彼らがその怒りを現した声に焦るのも無理はない事だ。
﹁すまない、マルス﹂
﹁真面目にやる⋮⋮﹂
﹁すみません﹂
三人とは、口々にそれを告げると沈んだ様子で仕事を再開しはじ
めた。アイディーンは三人に対する興味がほとんどないのか声をか
けることはない。生徒会の三人は見て居て愉快な気分になるほどに
アイディーンに相手にされていなかった。
︵氷の副会長は本当良い性格してるよね! 私そういう性格して
いる氷の副会長の事結構好きだよ、見てて面白いしね︶
アイディーンの知らぬところで︽姿無き英雄︾からの個人的な評
価が上がっている事をアイディーンはもちろん知らない。
︵しかし、生徒会だと筋肉会長と氷の副会長が別格だね。あとの
三人はそこそこ強い程度だし︶
うんうんと頷きながらも、視線はマルスとアイディーンに向けら
246
れている。
︵氷の副会長の恋愛模様気になるからまた観察にこよーっと︶
そんなことを思って笑いながらもリアはその場を後にするのであ
った。
ぼっち︽英雄︾は生徒会を観察して遊んでいる。
247
︽英雄︾はようやく義妹を鍛える事にする 1
︽超越者︾に至るほどに強者である人というのは、傲慢で、不遜
で、自分勝手なものである。
それはなぜかと問われれば、この世界がそういう人々にとってみ
ればかなわない事がないといえるほどに優しい世界だからといえる。
強者に逆らう事なかれ。
強者の命令は絶対である。
強者に弱者が逆らう事は、死を求めることと同意である。
そういう世界。強いものが生き、弱いものは死んでいく。強者は
圧倒的な力を持つが故に、この世界で絶対的な権力を持つ。
︱︱︱︱︽姿無き英雄︾リア・アルナスは世界にとってみればそ
ういう存在である。
最短で︽超越者︾に至り、その姿、性別、年齢、全てが謎に包ま
れた紛れもない強者。
そんなリアは、本人は平凡を装っているつもりだが、一言しゃべ
れば全然平凡ではない。事実、他の︽超越者︾と変わらず酷く自分
勝手な存在である。
﹁ネアラ⋮⋮、一緒、出掛ける﹂
﹁え、ええっと?﹂
アルフィルド学園が休みである週末、ネアラはしばらく自分の前
に姿を現さなかったリアが突然目の前に現れて言い放った言葉に瞠
目していた。
一緒に出掛けるのはわかるけれども、何処に連れていかれるかも
何のためにそういっているかもわからない。
248
﹁行く﹂
﹁ちょ、リ、リア姉、ちょっと待って﹂
﹁煩い、いいから、行くの。待ち合わせ、カザエイラの森﹂
何も説明されないままにリアはそう告げて消えた。残されたネア
ラは立ち尽くす。どういう事だと意味がわからなくて。
短い付き合いだが、ネアラにもリア・アルナスという少女がどう
いう少女かぐらいはなんとなくわかる。ひたすらに言葉が足りない。
そして人との付き合い方がわからないのか、慣れないと本当にしゃ
べらない。
リアの義妹になって少しが経つが、いまだにリアがネアラになれ
る気配はない。
︵これは行かなかった方が恐ろしい事になりそうだ。ならば、行
くしかあるまい︶
リア・アルナスが︱︱︱、この世界で強者として知られている︽
姿無き英雄︾が出かけるから来るようにと言っているのだ。普通に
考えてそれに逆らう事はするべきではない。
ネアラはこれから何をするのかわからなかったが、急いで準備を
して慌てて出かけるのであった。
引き取られてからというもの、買い物ぐらいしか外に出て居なか
ったネアラであった。そもそもリアは育児放棄ともいえるほどに、
義妹を放置していた。顔を合わせることもすくなく、ネアラは元皇
女だというのに自分で買い物をし、料理をし、それを食べていたの
であった。
リアにとっては一緒に住んでいるだけの、義父が娘にすると決め
た存在という認識しかネアラにない事は明確であった。関心がそこ
までなく、真実どうでもいいのだろう。
カザエイラの森の中へと足を踏み入れる。
危険な森の中へと足を踏み入れる事に、ネアラは緊張しているよ
うだった。リアが何処に居るのか、正直わからないというのも不安
な理由の一つといえるだろう。
249
︽姿無き英雄︾がすぐ近くに居るというのならば、安心できる。
しかしたった一人でこの場に居る事はネアラにとって緊張するほか
なかった。それもそうだろう。この森に住まう魔物たちに襲い掛か
られればネアラは生きて居られない。
︵そもそも森に来るようにいっていたけれど、リア姉は何処にい
るのだ?︶
第一、カザエイラの森に来るようにとはいったが、一重にカザエ
イラの森といってもその面積は広い。その何処に来いといっていた
のか、よく考えればわからなかった。
目の前に広がる森を見ながら、途方に暮れる。
そうしていれば、後ろから声が聞こえた。
﹁何ぼけっと間抜けな顔で突っ立ってんだよ﹂
誰も居ないと思っていた空間から聞こえてきた声に、ネアラは驚
いて振り向く。そうすれば、そこに居たのは相変わらず整えられて
いない灰色の髪を持つ少年︱︱ソラトであった。
ソラトはネアラの事を見下ろして、﹁ネアラの事が気に食わない﹂
とその表情前面に出している。何とも大人げない男である。
﹁⋮ソラ兄、なんでここに﹂
﹁何でってリアちゃんに誘われたから﹂
﹁妾も誘われたのだが、何のお誘いかわからない﹂
﹁お前頭悪いな。リアちゃんがお前をこういう場所に誘うって事
は一つしかないだろ﹂
ソラトは馬鹿にしたような言葉を口にして、そんなことを言う。
﹁一つ?﹂と不思議そうな顔をするネアラに呆れたような溜息を
吐いて、ソラトは続ける。
﹁前にリアちゃんがお前の事適度に鍛えるっていっただろ。今回
のがそれ。つか、それ以外でリアちゃんがすすんでお前と出かけよ
うとかするわけないだろ﹂
なんてことを当たり前のようにソラトはいってくるが、まだ短い
付き合いのネアラからすればリアの性格をそこまで把握しているわ
250
けではない。何の説明もなしに来るようにと言われても、何のため
に呼び出されているかもわからないのも当たり前である。
だというのに、それを理解しなければソラトは馬鹿にしてくると
いうのは何とも理不尽である。
しかし、ネアラの心に怒りはなかった。今、あるのは、︽姿無き
英雄︾に鍛えてもらえるという事実に対する確かな興奮だけだった。
︵鍛えてもらえる、あの、︽姿無き英雄︾に︱︱︱︶
期待に胸を高鳴らせる。
ネアラの目は見るからに期待に輝いていた。
ソラトはそんなネアラの心情を見透かしながらも呆れた目である。
そんな二人の前にリアは現れる。
﹁⋮⋮じゃ、はじめる﹂
いつものように突然現れたリアは、何の説明もなしにそんなこと
を言った。
そして﹁危険そうなら助けるから﹂と告げ、ネアラを魔物の群れ
の中へと放り込んだ。
251
︽英雄︾はようやく義妹を鍛える事にする 2
魔物が蠢いている。
大量の魔物だ。空を飛ぶものから、地を這うもの、種類は様々。
それらはカザエイラの森に住まう魔物たち。そしてリアが敢えて
おびき寄せた存在たちであった。
何故呼び寄せるなんてしたかといえば、ネアラをその中に放り込
むためであり、そして実際に魔物の群れのど真ん中に放り込まれた
ネアラは危機に瀕していた。
鳴き声が聞こえる。魔物の不気味な鳴き声が。
すぐ近くから聞こえて、あわてて短剣をふるう。一切に向かわれ
て、逃げる事もままならない。一度でも気を抜けば、こちらを殺す
だろう魔物たちを前に、ネアラはひと時も気を緩める事を許されて
いなかった。
魔物が爪が掠めようとも、その牙がネアラに襲い掛かろうとも、
それでもリアもソラトも助けには入らない。
本当にギリギリの、死にかける直前まで、手出しする気はないよ
うだった。いや、例え少し救出が遅れて死んだところで彼らは特に
気にしないようにさえネアラは思う。
︵強くなりたいと結果的に選んだのは妾だ⋮⋮。リア姉はそれに
こたえてくれたに過ぎない︶
強くなりたいとそう願ったのはネアラ自身だ。それにリアは答え
た。そして強くなるために、こうして鍛えようとしている。最も⋮
⋮、戦いなれていない子供を魔物の群れの中に放り込むなんて無茶
な鍛え方を普通はしないのだが。
ネアラがその手に持つのは、ルカによって鍛え上げられたものだ。
ほんの数日前に、はじめてあった義姉がくれたものであった。
その切れ味は今まで持っていたどんな武器よりも鋭く、そのこと
252
にネアラは驚いた。
ルカは戦闘能力は低いものの、生産職でいえばトップクラスの実
力者である。そんなルカの手によってつくられたものなのだから、
切れ味が良いのも当たり前といえば当たり前である。
魔法を唱える暇など、ネアラにはない。
そもそも戦いながら魔法を唱えるなんて高度な技術、出来る人の
方が少ない。リアやソラトはさらっとやってたりするが、あれは例
外である。
魔法の詠唱は長く、詠唱破棄なんて普通の人は出来ない。魔法を
行使するのには時間がかかる。魔法は万能ではない。確かに驚くほ
どの効果を発揮するが、それを行使するにはやはりリスクがいる。
簡単に魔法とは使えるものではないのだ。
そういうものであるからこそ、自身を鍛えることをしないものは
魔法をほとんど使うことができない。
ネアラは自分が死なないように間一髪でよけることだけしかでき
ない。そんな状況で、ほかのことをする余裕などない。
魔物の爪が目の前まで迫っていく。
目玉に突き刺さりそうなほどのそれをナイフで薙ぎ払う。後ろか
らかまれる。四足の獣の形をした魔物は、容赦なくネアラの身体を
傷つける。倒れる。自身の体が獣の口の中へと入っている。食われ
る。そんな状況だろうとも、まだ、リアは動かない。
︱︱︱助けてもらえる。
そんな希望を打ち砕くほどに、動かない。もしくは火事場の馬鹿
力を期待しているのかもしれない。リアは、本当に死ぬ直前まで、
ネアラを助けることはないのだ。
いくら魔物に身体の一部を食われようとも、半死程度の状況なら
助ける必要はないという判断だろう。どこまでもリアはネアラを甘
やかさない。じっとこちらを見ている。ネアラが次に移す行動を見
ている。
︵妾に生かしておく価値を見いだせなければ、妾は見捨てられる
253
かもしれない︱︱︶
むしろ、それを実感する。
そもそもリアがネアラを義妹として扱うのは、ギルドマスターが
それを決めたからに他ならない。ギルドマスターの命令であるから
そうしているだけであって、リア本人としてみれば気が向いたとき
に鍛えることは決めたものの、それ以上の感情はない、といったと
ころだろうか。
死ぬのはいやだ。
ネアラが感じた事なんてそんなことだ。死にたくなかった。単純
かもしれないけれど、確かに感じているのはそんな気持ちだ。
死に瀕した状態の中、死にたくないと願うのは当たり前といえば
当たり前の話である。
ネアラはまだ生きてやりたいことがたくさんある。
そしてそのためには、ここで﹃死ぬ﹄という事を受け入れて、行
動に出ないというのはありえない。行動をしなければ生きていられ
ない。
故に、血が溢れようとも、体が食いちぎられそうになっていよう
とも集中する。死の恐怖を隅っこにやって、魔法を唱える。
scottatura︶
è
﹁燃やしつくせ。︵Ogni
corpo,
che
osso︶
che
infern
un
fiamma
ad
ca
hell
l'ani
その身を、その魂を。︵Sul
di
ma︶
fiamma
ceneri︶
persona︶
bruciato
saranno
una
それは業火の炎。︵È
fire︶
in
全てを灰に変えるだろう。︵Tutti
mbiati
di
地獄をかの者に見せよ。︵Mostri
o
ha
骨まで燃やしつくす、その炎を。︵La
tutto
254
fiamma
出現せよ!!︵Appaia!!︶
︽地獄の炎︾︵︽Una
﹂
infernale︾︶
自分が使える最も強い魔法を行使する。現れた炎。だけど、出現
させるだけの集中力はかろうじてあっても、それを制御するほどの
集中力は正直ない。すべてを燃やし尽くすほどのそれは、自分こと
飲み込んでいく。
魔物はどうにでもなるけれども、意識は朦朧としている。身体の
一部は魔物に食われてしまったし、炎にのまれた状態では自分一人
ではどうあがいても死ぬ。生きていくなんてできない。
︵⋮⋮妾は、認めてもらえただろうか︶
失われていく視界の中で、視線を向ける。先ほどまでその場にい
たリアとソラトの姿はない。変わりに、近くから声が聞こえてきた。
ネアラのボロボロな姿を見ても決して変わることのない平常運転
な会話が。
﹁結局助けるの、リアちゃん﹂
﹁ん、生きる、あきらめないから。あきらめてたらそのまま、見
殺し、した﹂
﹁まぁ、ギルドマスターが義娘にするぐらいだから、そのくらい
は当然だな。そうじゃなきゃリアちゃんの義妹だなんて認められな
い﹂
﹁⋮⋮とりあえず、治す﹂
平然とした声。そして淡々と︽神聖術︾が行使される。身体の損
傷がひどいのだから、︽神聖術︾のレベルが高くなければそれを完
璧に治すことはできない。けれどリアのそれのレベルは64。ある
程度の傷ならすぐに治すことができる。
そして意識を失ったネアラを抱えて、リアとソラトはその場を後
にするのであった。
255
256
エルフの女王様からお手紙が来て、渋々建国祭に行くことになる
。
﹁お前に、手紙が届いている﹂
リアがそんなことを義父であるギルドマスターから告げられたの
は、ネアラを気まぐれに鍛えてから少し経過した日の事であった。
相変わらず、︽姿なき英雄︾である事実を隠し通してリアはのん
びりと学園生活を送っていた。まぁ、時折レベル上げのために魔物
狩りにいくという普通に考えれば非日常を送っているわけでが。
さてさて、ソラト経由でギルドマスターに呼ばれたリアはギルド
へと顔を出した。そこで言われたのが上記の言葉である。
それを言われた瞬間、リアは思わず顔をしかめた。
ギルドマスター経由ということは、︽姿無き英雄︾宛の手紙であ
るということを理解したからだ。正直そんなもの受けとるのは面倒
だというのが正直な話である。
しかしギルドマスターがこうして手渡してくる手紙なのだから、
それなりに重要な手紙であるのは間違いのない話であった。
﹁それ、絶対に受け取らなきゃダメ?﹂
﹁受け取らなくていいものならば、お前をわざわざ呼び出したり
はしない﹂
そういってニヤリッと笑ったギルドマスターはなんともまぁ、相
変わらず楽しそうである。
﹁ほら、これだ﹂
リアは拒否権がないことを察してそれをおとなしく受け取る。そ
してその裏に書いてある﹃マナ﹄と書かれている。
ありふれた名前であるが、その名前の知り合いは一人しかいない。
リアは凄く目を背けてしまいたかった。
﹁ほら、はやくよめ﹂
﹁見ないふりは?﹂
257
﹁ダメに決まっているだろう。あっちから襲来してくるぞ﹂
なんて言われて、渋々リアは封を切る。
そこに書かれていたのは以下の通りである。
﹃リアちゃんへ。
今度私の国で建国祭がおこなわれるから、リアちゃんも来てね。
来なかったらこっちからリアちゃんに会いに行くから﹄
と、本当に簡潔にしか内容が書かれていないものだ。なんとも軽
い。昔からの友人にするような手紙をよこされても困るというのが
リアの思いであった。
そもそもエルフの建国祭とか、人間であるリアには関係ないもの
である。
﹁なんでエルフの女王様がこんなもの送ってくるの?﹂
﹁そんなのマナが会いたがっているからに決まっているだろ。お
前の事気に入っているからな﹂
﹁えー﹂
リアは思わず文句を言った。
強者が身勝手な生き物であるということは、この世界に十六年も
生きていれば理解できるが、それでも素性を隠しがっている相手を
大衆溢れるエルフの国の建国祭に会いたい、気に入ったという理由
で呼び出さないでほしかった。
﹁ははは、あきらめるんだな。嫌がろうとも拒否したら本気で襲
撃するぞ?﹂
﹁それは、困る﹂
﹁だったらおとなしくいくんだな﹂
ギルドマスターはどこまでも楽しそうである。リアが嫌々エルフ
の国の建国祭に向かわなければならないことが、余程愉快でたまら
ないらしかった。
258
なんとも性格が悪い。
︵なんで私の周りには愉快犯ばかりいるのだろう⋮⋮︶
などとリアは思わず遠い目になる。
﹁実はお義父さんが渡してなくて私が見ていないと言い張って、
知らなかったってことには⋮﹂
﹁そんなつまらないこと、俺がやるわけねぇだろ?﹂
﹁⋮⋮ですよねー﹂
﹁第一、俺がリアに対してマナの手紙を渡し忘れるなんてありえ
ないからな﹂
それもそうである。
面白いことが大好きで、義娘の事をどうしようもないほど面白が
っているギルドマスターが手紙を渡さないなんてことは絶対にない。
ギルドマスターと仲良いエルフの女王様が、それがわからないは
ずもないだろう。
﹁うぇー、やだ﹂
﹁ははは、おとなしく出席するんだな﹂
﹁本当に、本当に! 見なかったふりをしたくてたまらないよ﹂
などと訴えても結局どうすることもできない。行く以外の選択肢
はリアにはない。
リアはあきらめたようにはぁ、と息を吐く。
﹁⋮⋮出席する。仕方ないから﹂
﹁アスラン大陸まではどうやっていく? 一緒に船に乗るか?﹂
﹁そんなことしない。もちろん、私はスキルを使っていくよ﹂
﹁くくっ、そうか﹂
リアの返答を聞いたギルドマスターはそれはもう楽しそうだ。
船に乗ってのんびりと海を渡ったほうが楽に決まっているのに、
わざわざ疲れるだろうにスキルを使って毎回海を横断するリアが面
白くてたまらないらしかった。
︵これだから、リアはレベルが上がり続ける。面白い︶
リアは常にスキルを使おうとしている。息をするようにスキルを
259
使い、常に行使している。故に、そのレベルの上がるスピードは半
端ではない。
ギルドマスターもなるべくスキルは常に使うようにしているが、
正直習慣的にスキルを使っているものでなければ、リアのようにス
キルを使い続けることなど厳しい。どうしようもない疲労感に襲わ
れる。それにスキルを使う事には集中力もいる。
リアが常にスキルを使い続けていても平然としているのは、うん
と幼い頃からスキルを使い続けているからとギルドマスターは予測
を立てているが、正直出会う前のリアについてはギルドマスターも
詳しく知っているわけではない。
強くなりたいと望み、孤児院を抜け出して魔物を討伐していた。
自分を磨いていた。そういうことは情報として知っているが、なぜ
そこまで強くなりたかったのか、幼い子供一人でどうやって魔物を
倒せるまでになったのかなどはリアは語らない。
無理やり聞き出すこともできないわけではないが、ギルドマスタ
ーはそれをしていない。
結局︽姿無き英雄︾と呼ばれる彼女は、義理の家族にとっても謎
に満ちているものなのである。そんなリアだからこそ、ギルドマス
ターは面白いと思っているわけだけれども。
﹁あー、めんどくさい﹂
﹁はは、エルフの女王からの招待を面倒なんていうのお前ぐらい
だろうな﹂
﹁⋮⋮面倒なものは面倒だよ﹂
義理の親子はそんな会話を交わすのであった。
そして︽姿無き英雄︾はエルフの国の建国祭に顔を出すこととな
る。
260
261
家にて。
﹁えー、リアちゃん建国祭いくの?﹂
家に帰宅すればなぜかいつものようにリアの家に来ていたソラト。
そんなソラトにギルドマスターから言われた事を告げればソラトは
そんなことを言った。
ちなみにネアラをはじめて鍛えた日から、リアは少しずつネアラ
の前に一応姿を現すようになっていた。
﹁建国祭、ですか。楽しそうですわ﹂
そんな感想を漏らすのは、ソファに腰かけていたネアラである。
只座っているだけに見えるが、常にスキルを使い続けるようにリア
に言い聞かせられているため、何かしらのスキルを行使してそこに
いたりする。
﹁私、行きたくない。でも、行かなきゃ。襲来﹂
﹁襲来? え、誰がですか?﹂
リアの面倒そうな態度と共に告げられた、﹃襲来﹄という言葉に
ネアラは瞠目する。
襲来などという物騒な言葉を︽姿無き英雄︾に言われて只事では
ないとでも感じているらしい。が、リア・アルナスという少女をよ
く知っているソラトはといえば、ネアラのように焦ることもなく、
面白そうに笑っている。
﹁エルフの女王に気に入られたってリアちゃんいってたもんなー。
エルフの女王様がこちらにやってくるよりも建国祭にリアちゃんが
顔を出した方がまだ目立たずにすむもんな﹂
﹁ん。エルフ、女王様、襲来。それだけはダメ。絶対﹂
などと口にしながらものんびりと果汁を飲む。リアの少し言葉足
らずな言葉でもソラトは幼馴染なだけあって色々と理解がはやかっ
た。
262
﹁でも俺エルフの女王様見た事ないから見てみたいな﹂
﹁⋮⋮じゃ、行け﹂
﹁いやいや、代わりにとか行かないから。リアちゃんが招待され
てるんだろ?﹂
﹁ん、でも、行かないでいいなら⋮⋮﹂
﹁無理だって。レベル三百超えの正真正銘人族最強のエルフの女
王様の誘い断るとか、流石にやめた方がいい﹂
﹁ん、わかってる﹂
と、口にしながらもやっぱりリアの表情には面倒だという感情が
醸し出されていた。
そもそもの話、人族最強のエルフの女王様から建国祭にわざわざ
招待されるという事は一般的に見て光栄なことであるというのに、
ここまで面倒そうにするのはリアぐらいである。
﹁建国祭って一週間後だっけ﹂
﹁ん﹂
﹁丁度休日だからいいな。学園ある日だったらリアちゃんそれを
理由に断るだろ﹂
﹁ん。つか、むしろ、学園あったら。良かった。断れたかも。学
生、本文、勉強﹂
むすーっとしてそんなことを言う。心の底から不本意であるらし
い。やっぱりリアの間隔は世間一般とはかけ離れていた。
エルフの女王様からの招待をけってでも学園に通う事の方が重要
であるらしい。
聞いていたネアラは頭が痛くなっていた。
︵エルフの女王様に招待されるというだけでも光栄なことのはず
なのに、それを面倒って︶
と、思わず頭を抱える。
エルフの国マナフィルム。その国の建国の女王にして、世界最強
の人族。誰もが知る、エルフの国の女王︱︱︱マナ。
紛れもなく、強者。
263
圧倒的な、存在。
知らないものなんていない。彼女は英雄。誰よりも人を救ってき
た人であり、その名は誰もに恐れられる。
そういう存在である。
﹁リア姉は⋮⋮﹂
﹁なに﹂
﹁エルフの女王様の事は、嫌いなの?﹂
﹁いや﹂
あまりにも嫌がっているから聞いた言葉は、ばっさりと否定され
た。
相変わらず嫌そうな顔を隠しもしないが、それはエルフの女王様
が苦手だからとか、嫌いだからとかそういう理由ではないらしい。
﹁じゃあ、どうして﹂
﹁まったく、お前はリアちゃんがわかってないな。リアちゃんは
そもそも目立つ事を極端に嫌っている。そして人の多い場所も苦手
だ。何より強者とかかわることをあまりしたくないと思っているん
だ﹂
なぜかソラトが答えた。
ネアラに対していつも通り大人げなさすぎるソラトである。こん
なのが、︽炎剣︾だといわれても誰も信じないだろう。
﹁女王様、自体。嫌い違う。でも、強い人、怖いから、かかわる、
嫌﹂
﹁怖い、ですか?﹂
﹁ん、怖い。敵対、殺される﹂
無表情ながらに、そういってぶるぶると軽く震える。リアは本気
でその可能性を思って恐怖していた。
そんな姿を真正面から見据え、ネアラは何とも言えない気分に襲
われる。
︵リア姉は、本気でおびえているのだ。もしかしたらエルフの女
王がリア姉を殺すかもしれないと、殺されるかもしれないから自分
264
より強い人の事が怖いと︶
そう、事実そうだった。
少なからずリア・アルナスという少女と直接的に交流を持ったか
らこそネアラはリアが怯えていることがよくわかる。
﹁⋮⋮リア姉は、わら⋮⋮私の事も怖いですか﹂
妾と口にしようとして、普通な口調になれなければと私とただす。
そして確信に満ちた表情で問いかける。
﹁ん、あんま、よく知らない、から﹂
レベルが低い相手にでさえ、怯えている。よく知らない人は怖い。
もしかして
の可能性を思って怯えている。
何を起こすかわからないから怖い。そんな風に、対人恐怖症ともい
えるべく、
︵何もかもにおびえ、隠れている。だからこそ、リア姉は︽姿無
き英雄︾と呼ばれている。︽臆病者︾って称号は、蔑まれるものだ。
でも︱︱︱︶
ネアラは思考し、リアを見る。
︵リア姉は、臆病だからこそここまで強くなったんだろう。慎重
でおびえているからこそ、ここまで強くなった人︱︱︱︱。妾も、
リア姉みたいに強くなりたい︶
臆病だからこそ、リアは強くなった。怯えていたからこそ、強者
になりえた。そうでなければ強者に至ることなど、リアはできなか
ったはずだ。
﹁リア姉⋮⋮﹂
﹁ん?﹂
﹁強くなりたいから、また、鍛えて﹂
﹁ん? 気が、向いたら﹂
リアは気まぐれで、自分勝手で、だからこそ鍛えることも気が向
いた時にしかしてくれない。
︵でも、私はこの人の下で強くなりたい。リア姉に、信頼される
妹になりたい︶
そう、思った。願ったから、頑張ろうと決意した。
265
266
友人との会話を終え、エルフの国へと向かう。
﹁あーめんどくさい﹂
﹁面倒だとは言っても、あのエルフの国の女王の誘いを断れない
のだろう? あきらめて行ってこい﹂
﹁もー、ルーンは冷たいなぁ。折角会いに来た友人が落ち込んで
いるんだからもっとこうさー﹂
現在、リアは霊榠山の山頂に来ていた。リアの小さな体なんて一
回で飲み込んでしまえるほどに巨大な真っ白なドラゴンがいる。
危険度最高クラスのドラゴン︱︱︱︱︽ホワイトドラゴン︾のル
ーンである。その隣で平然と寛いでいるリアはやっぱり色々とおか
しい。
もちろん、いつもの恒例の殺し合い︵遊び︶を終えた後にである。
神聖術によってそれで傷ついた傷はすっかり治されている。
ルーンに寄りかかり、リアは寛いでいる。楽しそうににこにこと
笑う。
リアにとってみれば、数少ない友人︱︱︱いや、唯一の友人であ
るルーンとこうして過ごせることが楽しいらしい。ちなみにリアに
とってみればソラトは幼馴染であり友人という感じではないらしい。
友人がドラゴンだけなんてやっぱりリアは強者であるのにぼっち
という言葉がよく似合う。
﹁ふむ、なら気晴らしに散歩でもするか?﹂
﹁いいね、それ! ルーンとの空の散歩は超楽しいから好きだよ、
私!﹂
リアが仮面の下で、楽しげに笑っている。危険度の高いこの霊榠
山の山頂に好んで訪れるものはほとんど皆無であるのだが、それで
も万が一の可能性を考えてかリアは仮面をかぶり、すっかり顔を隠
している。
267
それからリアとルーンは、空中散歩を開始する。
自分の真っ白な翼で羽ばたくルーンと、︽空中歩行︾のスキルを
用いてその横を歩くリア。
霊榠山は白い霧に覆われた幻想的な場所である。上空から見える
景色は絶景の一言に尽きる。
時折互いに殺しあう魔物たちが見えたり、普段はもっと大きく見
える湖が小さく見えたり、そういう光景を見ることはリアにとって
楽しいことであった。
︽ホワイトドラゴン︾ルーンの事を恐れて山頂に近づくものがほ
とんどいないのもあって、この場所はリアにとってリラックスでき
る場所であるともいえた。
ルーンは危険な魔物の一種である。知性を持ち合わせ、圧倒的に
強い魔物。人を害さないわけでも、人を食わないわけでもない。た
だ必要最低限に食料確保をしている存在である。手を出さなければ
特に害はない。というよりルーンを倒せる人というのは本当に限ら
れているので触らぬ神に祟りなしである。
リアもルーンに気に入られることがなければとっくにルーンに殺
されるなり、食われるなりしていたことであろう。
﹁あはは、楽しいねールーン﹂
﹁そうだな、しかしリアは元気だな﹂
﹁そりゃ、元気だよ。お友達と遊べたからね。それに私散歩好き
なんだもん﹂
﹁リアは俺以外に友達できたか? 学園に通っているんだろ﹂
﹁えー、いないよ﹂
﹁⋮⋮人の友達も作れ﹂
ルーンがそんな言葉を発するが、リアはそれに首を振る。
リアがかかわりのある人物たちは、義理の家族だったり、幼馴染
だったり、同じギルドランクXの存在だったり、エルフの女王様だ
ったりと友達とは違う存在たちである。
十五になるというのに、人の友達がいない状況は悲哀を誘う話だ。
268
最も、本人は欠片も気にしてはいないのだが。
﹁ねー、ルーン。これ終わったらまた殺し合い︵遊び︶しようよ﹂
﹁⋮⋮あれだけやられてまたやる気か﹂
﹁うん。やっぱエルフの国の建国祭やだなって思って、仕方ない
から付き合ってよ。ストレス発散に﹂
﹁まぁ、いいだろう﹂
そして結局空のお散歩を終えてから、また殺し合い︵遊び︶は行
われるのであった。
そんな他人には理解できなさそうな友人同士の交流を終えると、
リアはエルフの国へと向かうのであった。
ルーンと殺し合った︵遊んだ︶あとすぐにスキルを使って、エル
フの国まで向かうというのだから色々と異常の一言に尽きる。
とはいえ、リアにとってみれば友人と遊んで向かっているだけと
いう認識である。
エルフの国へはこの前と同じく、海上を歩いて︽空中歩行︾のス
キルで歩いて向かう。︽空中歩行︾、︽瞬速︾、︽何人もその存在
を知りえない︾の三つのスキルを併用して、のんびりとした海の旅
である。
ひたすらにスキルを使用して、かけていく。
誰にもそれを悟られることなく、ただ静かに移動している。
時折MP回復薬を飲みながらも、一気に横断する。
その途中には、特に特筆すべき出来事などなく、本当にただ移動
しているだけであった。
その時点でリアは色々退屈していた。
︵暇だな、なんでわざわざ行かなきゃいけないんだろう。将来主
269
がエルフの女王様ではなければ断ったのに︶
などと思考して、むすーっとしていた。
相変わらずここまで来ておいて、エルフの国の建国祭に出席する
のは不本意なことであるらしかった。
最もそうはいっても仕方がないことなのである。
︵何か起きて建国祭にいかなくていいとかならないかなー︶
と期待しながら横断していたのだが、結局今回はエルフの国につ
くまでの間に何かが起きるということはなかったのであった。
270
こっそりしていてもエルフの女王様には見つかってしまうのです
よ。
エルフの国、マナフィルムに到着したリアはこの前と同じく一般
人として関所を通過していた。
︽超越者︾ともあれば、もっと大々的に入国をするものばかりだ
が、生憎目立つことが死ぬほど大嫌いなリアはこっそりとしかやっ
てこない。
関所の兵たちもまさか、﹁建国祭を、見に来た﹂などと片言でし
かしゃべらなかった少女が︽姿無き英雄︾だとは想像さえもしない。
寧ろリアを︽姿無き英雄︾だなんていったところで、周りを歩く一
般人たちはそれを認めはしないだろう。たとえ、真実だったとして
も。
一般的な認識として考えれば、︽姿無き英雄︾は幼い少女ではな
い。男であるという噂だ。実際の︽姿無き英雄︾を知るものは限ら
れており、噂のみが様々に広がっている。リア・アルナス=︽姿無
き英雄︾だなんて誰も思わない。
︵どうせ、来なきゃいけないんだからのんびりと食べ歩きしよう
かな。建国祭に来るようには言われたけど、他に何も言われてない
し︶
エルフの女王様に建国祭に来るように手紙でいわれながら、エル
フの女王様の元へ挨拶に行く気は特にないらしい。それでいいのか、
と思われそうだが、実際建国祭に来るようにしか言われてないから
いいだろうとリアは思う。
どうせ、ここまで来たのだからとリアは建国祭を満喫する気のよ
うだ。建国祭はそれはもう盛り上がる。エルフの国中が、お祭り騒
ぎ状態になるのである。
屋台が立ち並び、いたる所で人々が騒いでいる。
エルフ以外の種族も結構この場にはいる。建国祭を見に来る観光
271
客というのは多い。さまざまな人々がごった煮になっていることも
あって、問題が起きないように警備のエルフもうろうろしている。
﹁一つ﹂
﹁お? 嬢ちゃん、たこ焼き一つ欲しいのか? 六個入りと八個
入りあるが、どちらがいい?﹂
﹁六﹂
そんな賑わいに満ちたマナフィルムの首都で、リアはたこ焼きを
購入していた。スキルを行使して海を渡ったこともあっておなかが
すいていたらしい。
﹁よし、持っていきな、嬢ちゃん﹂
支払いを済ませて、たこ焼きを受け取る。リアは無表情なまま、
内心ほくほくであった。
人気のない裏路地に入ると、そこに座り込みたこ焼きを食べる。
そのおいしさに思わず口元が緩む。
︵次、何食べようかな。どうせなら色々食べまわりたい︶
エルフの女王様の元には行く気はないらしい。建国祭には来てい
るから文句ないだろうとばかりに食べ歩きをする気満々である。
それから色々な屋台を周り、それぞれの食べ物を頼んで、食して
ぶらぶらする。
そうこうしていれば、リアは見知った顔を見た。
﹁レクリア様、お次はどちらにいきますか?﹂
﹁そうですわねぇ﹂
レクリア・ミントスアである。あのティアルク・ルミアネスのハ
ーレムたちの一員であるエルフの少女だ。
エルフ族であるから、エルフの国の建国祭にやってきているらし
い。
それを見てリアはそういえば、レクリア・ミントスアってエルフ
だったっけと面倒そうな顔をした。
︵顔見られたら面倒そう。そうだ、お面買おう。顔見えなくなる
し、丁度良い︶
272
などという思いから、お面を買った。この世界がVRMMOの世
界であるのもあって、地球と同じように祭りではそういうものが売
ってあるのである。
﹁お面、くだ、さい﹂
﹁おう、嬢ちゃん、どれがいい?﹂
お面やさんにそう問いかけられて、リアはまじまじとお面を見る。
エルフの女王様のお面、ホワイトドラゴンのお面、︽姿無き英雄
︾のつけている仮面のお面︱︱︱など有名な人々のお面が立ち並ぶ。
︵え、︽姿無き英雄︾の仮面の奴もあるの? うーん、これは特
にいつもつけられるし関心がない。それよりもルーンの奴がいいな
ぁ︶
という思いからホワイトドラゴンのお面を購入すると、装着して
祭りを楽しむ。
︵てか、気にしなかったけどミントスアって様付けされてたよね。
もしかして身分を隠して学園にいる的な感じ? 流石、ハーレム主
人公の周りにはそういうのが集まるんだね︶
レクリア・ミントスアについて少し考えて、今考えても仕方がな
いかと頭を振る。
その後はかき氷、焼きそば、クレープ、焼き鳥など沢山のものを
食する。そのほかにも金魚すくいや射的なども行う。
思いっきり一人でリアは祭りを満喫していた。
目立つ行動は一切していなかった。
しかし、流石としか言いようがないことだがエルフの女王様はリ
アの前に現れた。
あたりがざわめいているなと思ったらマナがその場におり、﹁ふ
ふ、私の事は気にせずに皆楽しんで﹂と笑っていた。リアは近くに
居ながら、気づかれていないことを祈っていたが、横を通り過ぎる
時に﹁リアちゃん、おいで﹂とぼそっと告げた。
273
ほかの人々に聞こえないように小さな声でいってくれたことには
感謝したものの、お面をかぶって平然と一般市民にまぎれていたつ
もりなのにバレてしまったことにリアは恐怖した。
︵やっぱ、自分よりレベルの高い人って怖いなぁ。こわいから面
倒だけど挨拶にいかなければか︶
そんな思いにかられたリアは、そのすぐ後に︽何人もその存在を
知りえない︾を行使して、エルフの国のお城へと向かうのであった。
もちろん、王城へはこの前と同じ手段でこっそりと忍び込むので
あった。
274
王城に顔を出したら、呆れられた。
﹁女王様、来ました!﹂
リアが渋々、王城に忍び込んで、マナの自室にたどり着いた時、
マナはそこに側近のカイトと共にいた。
この前、カイトには自分の事はばれているので、リアは堂々とそ
の場にやってきていた。
姿を現したリアを見る二人の目は呆れていた。
﹁リア、さっき見た時も思ったけれど随分祭りを満喫しているわ
ね﹂
﹁また、忍び込んだのか。全く、結界が意味をなしていないとは﹂
マナはリアが随分祭りを楽しんでいることについて、カイトはこ
の王城にさらっと忍び込んでいることについてである。
そもそも、マナに建国祭に来るように言われておきながら挨拶に
来ることもせずに一人祭りを楽しんでいる時点で色々とおかしい。
人族最強のエルフの女王様に誘われるなんてことがあるならば、皆
喜んで挨拶に来るものである。
﹁祭りは好きなので。あと、エルフの国の建国祭はじめてなので﹂
リアは祭りというものが嫌いではない。そしてエルフの国の建国
祭にははじめてやってきたため、少しはしゃいでしまっていたらし
かった。
﹁そう。ふふ、まぁ、楽しんでいるならいいわ﹂
﹁はい、楽しんでます。また楽しんできていいですか﹂
﹁⋮⋮もう、どんだけリアはここにいるのが嫌なのよ﹂
﹁自分よりレベルが圧倒的に高いお二人のいる空間にいるのが怖
いから、今すぐ去りたいです﹂
ばっさり本心を言った。なんだかんだで自分よりレベルの高い存
在におびえながらもマナとカイトがリアをどうこうする気がないの
275
を知っているからかそんな感じの態度である。
﹁別にとって食ったりするわけじゃないんだから、そこまで怯え
るな﹂
﹁それは無理な相談です﹂
と、リアが言うのもリアは基本的に常に色々なものに対して怯え
ているような︽臆病者︾なので、こういう状況で怖いという感情を
感じないというのは無理な話である。
ネガティブな面も持ち合わせているリアからすれば、今この場で
マナとカイトに襲われたら生きて帰れないというところまでいって
いる。それは、ないといえるけれども絶対ないということはありえ
ないのだからそういう事が起こるかもしれないとリアは考える。
故に、︽臆病者︾の称号をリアは所持している。
﹁リア、今日呼んだのは私がリアと会いたかったからなの。だか
らお話しましょう﹂
﹁⋮⋮そんな理由で呼ばないでほしかったのですが﹂
﹁だって呼ばないとリアは来ないでしょう﹂
﹁それは当たり前の事です﹂
そういう受け答えをするリアをマナはそれはもう楽しそうに見て
いる。
そして次の瞬間、
﹁相変わらず可愛いわね﹂
などと告げながらリアの体を抱きしめた。
小さなリアの体はすっぽりとマナの腕の中で納まる。
﹁⋮⋮うぉおお。なぜ、抱きしめるのですか﹂
﹁リア、逃げるから﹂
﹁と、というか、今日建国祭なので女王様忙しいんじゃないんで
すか! 私なんかに構っている暇ないんじゃ⋮﹂
﹁残念、余裕はあるわ。第一ギルド最高ランクの︽姿無き英雄︾
をもてなすのも女王としての重要な仕事だわ﹂
﹁わ、私は離してほしいのですが。恥ずかしいので﹂
276
﹁ダメよ﹂
さらっとリアの言葉を拒絶したマナは、前に会った時と同様リア
を抱え込み、すわり、自分の膝の上へと載せる。
リアはそのあたりでもうあきらめた顔をしていた。
人族最強に変なところで抗ったとしても結局どうしようもないの
だ。敵意がないのなら好きにやらせた方がいいのかもしれないとさ
え考えている。
︵あまり人に触れられるの好きじゃないけれど、女王様に対して
そんな拒絶の言葉言いにくいし。というか、なんで私は毎回膝に乗
せられているのか。子供扱いとか嫌なのに︶
と相変わらず脳内では喋りまくっているが、リアの実際の口は一
切動いていない。
無表情を浮かべながらもじっとしている。
膝の上に乗せられながらも警戒しているリアをマナは益々面白そ
うな目で見ている。
そしてカイトはそんなエルフ族の女王様とギルド最高ランク保持
者を見ながらどんな反応をしたらいいかわからない様子であった。
﹁リア、そんなに警戒しなくていいのよ﹂
﹁無理です﹂
﹁リアは普段どんな生活をしているの? 学園に通っているので
しょう?﹂
﹁普通です﹂
リアの実際の学園生活を知っているソラトあたりが聞いていれば
﹁常にスキルを使い続け、色々な人のうわさ話を勝手に聞いていた
りするのは普通ではない﹂という結論を下すであろうが、生憎ここ
にはリアの学園生活を知っているものはいない。
カイトは学園に通っているのかと突っ込みたくなったが、口を閉
じたままマナとリアの話を聞いていた。
﹁ルーンは元気?﹂
﹁元気です﹂
277
﹁リアって喋るの苦手よね、もう少し喋りなさい﹂
﹁無理です﹂
第一勢いのままに口を開いているときはともかく、普段はリアは
重度の人見知りであるためであって二回目のマナたち相手にそんな
に喋るわけはないのだ。
﹁そう、まぁ、いいわ。そのうちもっと喋ってもらうから﹂
﹁そうですか﹂
リアはマナの膝の上に乗せられたままの会話である。
そうしてそうこう話しているうちに、﹃マナ様、国民たちの前へ
挨拶をお願いします﹄と外から声をかけられマナは女王としての仕
事に向かうことになった。リアはその際逃げようとしたが一緒に来
なさいと捕まったため、︽何人もその存在を知りえない︾を行使し
てマナたちについていくこととなった。
278
目の前で人が害されようとすると放っておけない時もある。
﹁今日はこのマナフィルムの建国祭よ。存分に楽しみなさい﹂
マナはにこやかに笑って告げた。バルコニーの下ではそんなエル
フの女王の言葉に、歓声を上げる人々の姿が多くみられる。
エルフの女王、マナ。
紛れもない人族最強。この世界で最も強いものは誰かと問われれ
クイーン
ば、真っ先に名が上がるであろう圧倒的な存在だ。
その隣には、︽女王の右腕︾であるカイトが控えている。
女王とその右腕の、後ろにリアは控えていた。
︽何人もその存在を知りえない︾を行使して、その場に存在する
リアは、今すぐにでも帰りたい気持ちにかられていた。
︵なんで私ここにいるんだろう。こんな恐ろしいところいたくな
いのに逃げたら女王様は絶対に気づく。女王様が私に気づかない人
なら今から逃げるんだけど、それは無理だしなぁ︶
動けば確実に悟られてしまう。それだけの力がマナにはある。だ
からこそ、逃げることはしない。
逃げようとしたならば、マナならリアの素性をペラペラしゃべる
ぐらいはやらかしそうである。そんなことされては困る。
第一、マナとリアのレベル差は大きい。わざわざエルフの女王様
の機嫌を損ねるような真似を行いたくないというのが本音である。
︵それにしてもエルフの女王様は凄いコミュ力だよね。私にはな
い。というか、こんなに人がいっぱいいる場所で演説するとか無理
すぎる︶
じーとマナの背中を見る。人族最強の、エルフの女王様の背中を
ただ、見つめる。
エルフの国のトップであり、世界中から注目されている女性。こ
の世で最も誰からも知られ、恐れられている人。それこそ、マナで
279
ある。
正直な話を言えばリアはそういう場面を想像するだけでも気分が
悪くなりそうなほどにそういう能力が皆無である。そんなリアから
してみれば注目される事を恐れず、堂々とその場に君臨するマナの
事を見ているとどうしようもないほど凄いという感情しかわいてこ
ないものである。
そもそもの話、リアがコミュ障で、人見知りで臆病者なんてもの
でなければもっと堂々と︽超越者︾であるという事をひけらかして
誰からも注目される存在になっていたはずである。最も、リアが臆
病者でなければここまでの強者にはなりえなかったといえるだろう
が。
マナとカイトが演説をするのを見据えながら、リアはぼけーっと
考え事をしていた。眠そうに、だるそうに、手をぶらぶらとさせて、
退屈だと全身であらわしている。
︵ルーンと遊びたいなぁ︶
そして、考えていたことは唯一の友人のことだ。リアが、︽姿無
き英雄︾が唯一友人だと思っている一頭のドラゴンについてだ。
こんな面倒な場所で時間を過ごすよりも、ルーンと思いっきり遊
んで楽しんで時間をつぶす方が断然いいとそんな風にリアは考えて
いた。
︵あー、もう早く帰りたいって、ん?︶
帰りたいと思考をした時、何かを感じた。そして次の瞬間、リア
はほぼ無意識に動いていた。
カキンッという音がなる。
リアが投げた短刀と、マナへと投げられた武器が交差する。そし
て、軌道はそらされる。
マナの胸元を、心臓を狙っていたそれが落ちて行ったのを見て、
リアは息を吐くと同時に焦る。
︵あ、何やってんだろ、私︶
と慌てて、短刀を投げたことによって解かれた︽何人もその存在
280
を知りえない︾をもう一度行使する。
﹁マナ様を狙った!?﹂
﹁え、てか、今後ろに人影が見えたような﹂
﹁一瞬現れて消えましたわ⋮﹂
マナの声を聴くためにその場に集まっていた人々は口々にささや
き始めた。リアは一瞬現れ、次の瞬間消えたように大衆には映って
いた。見間違いかと疑うもの、誰か不審なものがマナのすぐ近くに
いるのではないかと疑うもの、それぞれだ。
そして、マナは、注目されている彼女は笑っていた。
︵リアってば、別にリアが対処しなくても自分に向けられた暗殺
ぐらい私でどうにかするのに︶
そんな思いにかられて。
武器を投げてきた人物はマナを殺したいと思っているのだろう。
だからこそ、心臓を狙った。とはいえ、人族最強のマナはそんなも
のでやられるはずはない。だというのに、リアはわざわざ動いた。
それは、リアが臆病者だからだ。
マナがいくら強かろうと人はいつか死んでしまうものだと感じて
いるからだ。
そして目の前で人が害されようとするのを放っておけないと少な
からず思っていたからだ。
だからこそ、無意識に体が動いた。
そんなリアの事をマナは心の底から面白いと思っていた。
﹁私を狙う不届き者がいるようね。まぁ、いいわ。その程度では
私を殺すことなどできないもの。それにこの建国祭で私を殺すのは、
大変だもの﹂
にこやかに笑って、マナは言う。
﹁だってこの場には私やカイトだけではなく、もう一人、いるの。
その目をかいくぐって私を害するなんてできるはずないわ﹂
マナは高らかに宣言した。
︵ってちょ、女王様、何をいっているの!?︶
281
などとリアは焦っていたりするわけなのだが、もちろんのことマ
ナとカイト以外の人々にその場にいる存在が︽姿無き英雄︾だとわ
かるものなどいるはずもないのであった。
そしてその後もマナを狙うものはいたものの、三人で恙なく対処
をして建国祭は過ぎていくのであった。
282
帰り際にいらない情報を渡される。
建国祭はそれから女王を狙う不届き者も数多いたが、三人に対処
されて何事もなく過ぎていく。
あとから聞いた話だが、エルフの女王、人族最強の存在という事
でマナは狙われているらしい。
それもそうだろうと、話を聞いてリアは感じる。強者であるとい
うことはそれだけ目立つ存在であるということ。そして目立つ存在
であるということはそれだけで、狙われる存在であるということで
ある。大抵のものは強者にひれ伏すが、中には馬鹿もいる。しかし
見下してはならない。この世に絶対はなく、圧倒的な強者が驚くべ
き存在に殺されるという事もないわけでは決してないのだから。
リアはそれを理解しているからこそ、余計に自分の存在を隠して
いる。恐ろしいから。なるべくできうる限り長い間を生きたいから。
一度死んだ記憶を持ち合わせているからこそ、リアは死というもの
にそれほどまでに怯えている。
︱︱︱死にたくない、そう、本当にそれだけなのだ。
﹁リア、今日は来てくれてありがとう﹂
﹁⋮⋮来なかったら、女王様、来る、いうから。きたく、なかっ
た﹂
﹁とかいって、建国祭を思っていっきり楽しんでいたじゃない﹂
﹁⋮⋮どうせ、なら楽しむ﹂
マナのからかうような言葉に対し、ぷいっとそっぽむいてリアは
告げる。
どうせ来なければならないのならば、楽しむのは当たり前だとそ
んな風に告げて。
もう建国祭は終わっている。
今、リアがいるのはマナの自室である。そしてこの場には、マナ
283
とカイトとリアしかいない。
というか、ほかに人がいるというのならばリアはこんな風に会話
を交わすことなどしない。姿をさらすことさえも絶対にしないだろ
う。マナとカイトにはすっかり自分の事がばれているからこそ姿を
現しているだけである。
最も基本的にリアは警戒心が強いので、相手が絶対的な強者であ
る︽エルフの女王︾マナと︽女王の右腕︾カイトではなければばれ
ていようともこんな簡単に姿を現すことはあまりしないが。
リアはふかふかのソファに腰かけ、足をぶらぶらさせている。足
が床に届いていない。
マナはそんなリアを見てにこにこしていて、カイトもまた面白そ
うにリアを見ている。
﹁ふふ、リアは面白いわね﹂
﹁⋮⋮そう、ですか﹂
﹁ええ、面白いわ。ところで、リア。貴方リカードに聞いたけれ
ど、アルフィルド学園に通っているんですってね﹂
﹁は? ︽超越者︾のくせに学校に通っているのか?﹂
ふとマナが言った言葉に、カイトが思わずといったように反応を
する。やっぱり誰でも驚くべきことなのであった。
﹁資格ほしいんで、通ってます﹂
﹁じゃあレクリアって子知っている? エルフの﹂
﹁え﹂
マナから予想外の名前が出てきて、リアは嫌そうに返事をした。
顔をしかめている。
内心ではめんどくさそうだと思っていた。
﹁知っているのね﹂
﹁クラスメート﹂
﹁まぁ、クラスも一緒なの。あの子、実は私の姪にあたるのよね﹂
﹁え﹂
さらっと暴露されたことに益々嫌そうな表情をリアは浮かべる。
284
︵えー、女王様の姪って、エルフの王族の血筋ってなんて面倒な
!︶
そんな気持ちになるのも当たり前だった。
︵っていうか、やっぱり嫌な予感あたった。レクリア・ミントス
アってば様付されてたもんね、あれって王家の血筋だからかー、う
わー。めんどくさ。てか流石だな、ハーレム主人公、ハーレムにか
こっている女たちがそろいもそろってわけありって⋮⋮どこの主人
公だ︶
呆れた気持ちになりながらも思考する。
ハーレム主人公︱︱︱ティアルク・ルミアネスは流石である。流
石、どこの主人公だと思えるほどに主人公属性を帯びている。まる
で物語の主人公のようである。
それらを観察するのは楽しいけれども正直かかわりたいとは欠片
も思っていないためそういう事情を聴くのはちょっと嫌なリアであ
った。
﹁⋮⋮⋮それ、私に、いって、どうする、ですか﹂
﹁どうもしないわよ。ただリアが聞いたらどんな顔するかなって
いっただけよ。嫌そうな顔している﹂
﹁⋮⋮遊ばない、で、ください﹂
むすーっとした表情を浮かべて、不機嫌そうだ。
そんな表情を浮かべている姿はやっぱり子供じみている。今年1
5歳だが、見た目とそんな表情でもっと年下に見える。
最もそんなことをリアに告げれば、リアは一層不機嫌になること
だろうが。
﹁⋮⋮も、帰ります﹂
﹁あら、もう帰るの。ゆっくりしててくれていいのに﹂
﹁や、です。帰ります。さらば、です﹂
リアはソファから立ち上がって、そう告げるとそれだけ告げる。
マナはなんだかんだでリアを帰してくれた︵というか、建国祭にリ
アが来てくれただけで満足していた模様︶。
285
︵あーあー、聞きたくない情報聞いちゃった︶
などと思いながらもリアは王城から出て帰路につくのである。
相変わらず︽何人もその存在を知りえない︾、︽瞬速︾、︽空中
歩行︾の三つのスキルを行使して海を渡るのであった。
286
幼馴染がリンチされていても放置
エルフの国から戻ってきたリアは、次の日普通に学園に通ってい
た。先日︽姿無き英雄︾としてエルフの国で色々やらかしてきた後
とはとてもじゃなければ思えない。
クラスメイトたちがエルフの国の建国祭の話をしていようが、無
関心なままに本を読んでいた。読んでいる本は、エルフ族について
の書籍だ。なんとなく、エルフの国にいった後だからこれを読んで
いるらしかった。ちなみにもちろん、︽隠蔽︾のスキルを行使して
いて、その本の内容を周りに悟らせないようにしている。
リアは黙々と読書をしている。相変わらず人とかかわる気は一切
ないリアである。
学園生活において友人の一人も作らないというのは、普通に考え
てなんともまぁさびしい学園生活と言えるのだが、リアはこのまま
のんびりと一人で学園生活を過ごすことを心から望んでいた。
そのため、誰かに話しかけられることも一切望んでいなかったし、
例えば興味がでた人間がいたとしても観察こそしたとしても自ら話
しかけることなど欠片もする予定がなかった。
リアはちらりと同じクラスであるレクリア・ミントスアへと視線
を向ける。茶色色の髪を腰までなびかせた美しい少女。よくよく見
てみれば確かにリアの知っている︽エルフの女王︾と似ている気も
しなくもない。
︵レクリア・ミントスアが、女王様の親族かぁ。隠しているのは
ばれると色々と厄介だからだろうな。女王様と親しいっていうだけ
でそれだけで狙われることになるんだから︶
︽エルフの女王︾の名を持つ者の意味は大きい。
その親族だというだけで周りの全てが変わってしまうほどに、多
大な影響力を与える。
287
リア自身もそういう影響が嫌だからこそ、隠している。リアはリ
アである。幾ら︽姿無き英雄︾という肩書があろうとも、︽臆病者
︾でコミュニケーション能力皆無の少女、それがリアである。
︽姿無き英雄︾だと悟られれば自分の平穏な暮らしは失われてし
まうとそれを隠すことにそれはもう必死であった。
そんなリアであるが、暇なときは︽何人もその存在を知りえない
︾を行使して学園内を闊歩している。
リアにとって情報収集をすることは趣味である。学園に入学して
二か月以上経過しているが、その間こうやって学園内の情報を集め
ることはよくあることであった。
そんなわけで学園内の教師や生徒が﹁自分だけの秘密だ!﹂など
と思っているであろうことは結構リアに筒抜けであったりする。様
々な情報をリアは持っている。そして無駄な記憶力を発揮して、そ
れらを覚えている。
やろうと思えばその秘密を片手に脅しをかけ金銭を奪い取るなど
といった非道な真似だってできるだろうが、リアにはその必要性は
ない。そもそも脅すという行為自体面倒なことであるし、お金に関
して言えばギルド最高ランクの依頼をこなしてきたリアには一生暮
らしていけるだけのお金がある。
この学園の学費はそれなりに高いのだが、リアは普通に自分のお
金で学費を払っていた。
で、そんなリアであるが、現在は見知った人間を見ていた。
﹁おい、お前いい加減にしろよ﹂
﹁︽姿無き英雄︾の弟子だなんて︱︱﹂
正しくは、幼馴染であるソラトが男たちに囲まれて責められてい
るのを見ていた。
その様子を見ながら、あいつは全く何をしているんだとでもいう
288
ようなそんな思いにリアはかられていた。
そもそも︽炎剣︾であるという事実を隠すのならば、︽姿無き英
雄︾の弟子であるというある意味事実である話をする必要はないの
である。ただ、リアとのつながり感じたいなどとわけわからない理
由でわざわざ苛められる要素を付け足しているなんて馬鹿なのかと
しか言いようがない。
﹁何をいい加減に? 俺は別に嘘なんていってないしー﹂
ソラトのそんな言葉を聞きながら、リアは
︵うわ、むかつく言い方︶
などと思って思わず顔をしかめてしまった。
︵これさ、私でもいらってくる。なんだろう、なんか殴りたくな
るってか手を出したくなるような言い方っていうか⋮⋮。全く馬鹿
だ、ソラト︶
そこからソラトに対するリンチ︵ただしレベル差が激しすぎてソ
ラトはやられたふりをしているが、ダメージはない︶を見ながらも
リアはひどい思考である。
︵そもそも私と同じが良いとかわけのわからない理由で学園に入
学するのもふざけているし、誰かと仲良くする気もないとかいって
わざわざ嫌われるような言動するのもふざけてるし⋮⋮。ソラトっ
て、本当、ふざけている。あれが︽炎剣︾だって知ったら皆卒倒し
そう︶
あんなのでも︽炎剣︾という二つ名を与えられた強者なのである。
リアは自分の事を棚に上げて、なんでレベルが高い人は総じて性格
が色々あれなんだろうなどと考えていた。そんなことを考えている
リアも色々な意味でずれているし、色々おかしいのだが。
しばらくソラトをリンチしていた男たちは、﹁もうこれに懲りて
ふざけたこというなよ﹂などといって去って行った。残されたソラ
トは男たちの姿が見えなくなると立ち上がる。平然とした表情だ。
ユニークスキルを行使してその場にいるリアにもちろん、ソラト
は気づいていない。
289
︵面倒だろうから、︽姿無き英雄︾の弟子っていうの撤回すれば
いいのに︶
などと考えながらも、ソラトを観察するのも飽きたのかその後は
すぐにリアはソラトに話しかけることもなくその場から去っていく
のであった。
290
もうすぐ試験ということもあって少し周りはばたばたしている。
あと一か月も経たないうちに、新入生たちにとってはじめての定
期試験が行われる。
試験は、薬学、歴史、魔物学、武器学、実技など多数の科目が存
在する。強くなるための学園が、リアたちの通うこの場所であり、
そのこともあって試験科目はほとんど実践に基づいたものである。
そしてそういうものであるからこそ、難しい。
新入生たちの大多数は、定期試験の勉強をはじめようとばたばた
しはじめていた。
相も変わらず読書に励むリアの周りでもクラスメイトたちがあわ
ただしく話し合っていたりもする。こんな中でテスト勉強もせず余
裕そうなリアを、クラスメイトたちが何とも言えない表情で見てい
ようとも、リアはマイペースにその視線なんか気にしてませんとば
かりに、黙々と読書をしていた。
事実、実践に基づいた試験は、︽姿無き英雄︾として様々な実践
を経験しているリアからしてみれば、身についているものばかりだ
った。まぁ、中には身についていないものもあるが、それは家に帰
ってから勉強すれば事足りる程度の範囲だ。
授業を受けているからには、まじめに学んで、今後の糧にしたい
と思っているリアは︽超越者︾であるから勉学に励まなくていいと
か、そういう考えは一切なく、基本的に貪欲に知識を求めていたり
する。
︵試験かぁ。そこそこ難しいってのはお義父さんとルカ姉には聞
いているけれど、でもそれで成績上位になるのも面倒︶
この学園で優秀な成績を残せば、将来の見通しが立つということ
もあり、皆が真剣にテストに取り組むものであるのだが、もう既に
自分がどうやって生きるか決めているリアからしてみれば、目立ち
291
たくないので成績上位には入りたくなかった。
︵あ、でも調合学とかは良い成績とっておかなきゃ。就職できな
いのは困る︶
ギルド最高ランク保持者であるのだから、就職する必要がないと
いうのにリアはそんな思考に陥っていた。
︵てか、主人公君は空気読まずに一位とか余裕で取りそうだなー。
なんだろう、本当にバレたくないなら私やソラトみたいに徹底的に
やればいいのになぁ︶
そういえば、前世で読んだ携帯小説とかの最強主人公は大抵隠し
たいとかいいながら隠す気ゼロだった気がするなと思い出しながら
そんな風にリアは考える。
ティアルク・ルミアネスはただでさえ、現時点で目立っている。
成績優秀で、人気者で、見目が麗しい少年として。
生徒会にも目をつけられているし、その周りに美しい少女たちが
存在するのも彼が有名な理由の一つであろう。
というか、男子生徒からは羨望とか、嫉妬の目で見られているの
にそれに気づかないあたりが、それだけティアルク・ルミアネスが
鈍感だということである。
︵なんで主人公君ってあんなに鈍感なんだろうか。あれだけ向け
られている好意に気づかないとかふつうありえないよね︶
リアがそう思うのも無理はない。周りの態度はひどくわかりやす
い。これを見ても気づかない奴はどれだけ鈍感なんだと驚くほどで
ある。
そんな主人公属性を持ち合わせた鈍感なティアルクは、現在いつ
ものメンバーに囲まれて定期試験の勉強を行っている。正直な話を
言えば、ギルドで働いておきながら勉強が必要なのだろうか、とリ
アは思うのだが、リアとティアルクでは経験の差が激しい。
リアは戦いの中に自ら突込み、常に戦い続けている。それも自分
が死にたくないからレベルを上げたいという理由で。
対してティアルクは学園生活を楽しみ、与えられた状況に満足し
292
ている。リアとの戦いで︵というか、あしらわれただけともいえる
が︶、それなりにやる気を出したようだが、自分から戦いの中に身
を置こうという意思はない。
故に、伸びない。
現状に満足してしまっては、死にもの狂いで強くなろうとしなけ
れば高レベルになればなるほどレベルを上げることは難しくなるも
のだ。
︵しかし本当に主人公君って色々な意味で主人公君だよね。ビビ
る。あれだけ主人公属性持ち合わせた人が現実にいるとかねー︶
なんて考えながらもリアは次にちらりとカトラス・イルバネスの
方を見る。例の過去あり主人公君である。こちらは定期試験前だと
いうのに余裕なのか、それともやる気がないのか知らないが、一切
勉強する気はなさそうだ。
︵本当ハーレム系主人公に過去あり主人公に⋮⋮このクラスはい
ろいろと面倒なのがそろっているよね︶
リアはそう思っているが、一番秘密を抱えているのは明らかにリ
アである。リアの言葉でいわせればリアも﹃実力を隠したい系主人
公﹄とでもいえそうである。
︵ま、いいや。私は定期試験はどれだけ目立たない点数を取るか
だよね、問題は。優秀な成績で目をつけられるなんて絶対にやだし。
平均的な点数を取りたい。わざわざ課題も手を抜いてだしていたわ
けだし。今更良い点数とってもおそらくカンニングとか言われそう
だしなー。それは絶対やだ。手の抜き方を考えるの面倒だけど、頑
張ろう︶
そしてそんな思いにかられながら、リアはどのくらいなら普通の
人は知っているかななどと黙々と考え続けるのであった。
周りが定期試験前だからと慌てていようとも、リアは本当にいつ
でもマイペースであった。
293
そうして、もうすぐ定期試験はやってくる。
294
定期試験の勉強をする。︵どの程度手を抜くか︶
﹁リア姉に、ソラ兄⋮⋮なに、してんの?﹂
珍しく姿を現したと思ったリア︵いまだにネアラに慣れてないら
しく時々しかネアラの前に姿を現さない︶と最近姿も見ていなかっ
たソラトが家でなぜか教科書を広げて机と向かい合っているのを見
て、ネアラは思わず問いかけた。
二人が学園に通っていることは知っているが、こうして勉強して
いる姿をネアラが見るのははじめてのことであった。
﹁⋮⋮試験、勉強﹂
﹁リア姉たちって⋮⋮、勉強必要なの?﹂
﹁手を抜く、勉強﹂
﹁はい?﹂
ギルドの高ランク所持者が勉強必要なのかと問いかければ、手を
抜く勉強なんて言葉がかえってきてネアラは驚いたように声を上げ
た。
︵手をぬく勉強って、何?︶
などとネアラが考えるのも無理はないだろう。
第一ネアラは、リルア皇国の皇女として生きてきた。その皇女と
して相応しくあろうと一心に勉強をし、その実力を認められていた
少女。それが、ネアラだ。
父親である皇帝が亡くなったことにより、命を狙われ、国を追わ
れたものの、皇帝が死ななければ今頃立派に次期皇帝として様々な
知識を身に着けていたことだろう。
そんなネアラにとって勉学とは、全力を尽くして励むものである。
勉学とは、そういうものである。第一、あえて手を抜くなんてす
るものはほとんどいないだろう。
﹁⋮⋮目立つ、や。だから、平均点、とる﹂
295
﹁⋮⋮目立つの嫌だからって平均点目指すの?﹂
リアの言葉に益々何とも言えない表情を浮かべるネアラである。
目立つのが嫌だから平均点を目指すだなんて、どう頑張っても平均
点しか取れないような人たちからしてみれば憤慨ものであろう。
学園は、実践経験を学ぶための場所であり、社会に出る前の少年
少女たちの学び舎である。
リアとソラトは、もう既にギルドという社会に出ている身であり、
実践経験は沢山している。それこそ、ギルドの高位ランク所持者は
そんなもの経験死なれているとしか言いようがない。
事実、︽姿無き英雄︾として活躍しているリアは、実践経験は誰
よりもある。
リアが資格がほしいなどとよくわからない思考をしているからこ
そ、学園に通っているだけの話であって、本来リアもそしてソラト
も学園に通う必要は全くない。
﹁ん。私は平穏に、学園、卒業、したい﹂
﹁俺はただリアちゃんと一緒がいいから手を抜いて遊んでいる﹂
二人の言葉を聞いて、ネアラは益々何とも言えない気持ちになっ
て仕方がなかった。
ギルド最高ランク所持者にして、英雄の一人ともいえる︽姿無き
英雄︾は学園を平穏に卒業したいなんていって。
その幼馴染でギルド高ランク所持者である︽炎剣︾はリアと一緒
が良いなどと口にして手を抜いて遊んでいる。
本気で勉強をしているものに本気で怒られそうな話である。
しかしそういう風に色々と普通からずれているからこそ、少女と
少年は強者になりえたのだろう。
﹁⋮⋮そう、なの﹂
﹁そう。ネアラは、どのくらい⋮⋮手をぬくべき、思う?﹂
﹁どのくらいって、手を抜く勉強とかそんなのしたことないから
わからない﹂
正直リアに問いかけられてネアラは困った。手を抜く勉強なんて
296
正直な話をすればやったことなどない。それに仮にも皇族として生
きてきたネアラに学園に通う生徒たちの平均なんてわかるはずもな
い。
だからこそ、当たり前の言葉だといえるのだが、ネアラの言葉に
リアは不服であったらしい。
﹁使えない﹂
などとばっさりと自分勝手な言葉を言い放つと、ネアラに対する
興味も失せたとばかりに、教科書と向き合う。そしてどのくらい手
を抜くべきかと頭を抱える。
﹁うーん、ここはこのくらいはわかってて、これはわからない?﹂
﹁いや、リアちゃん、このくらいは一般常識として知っているん
じゃないか?﹂
﹁⋮⋮ソラトに一般常識語られても﹂
﹁リアちゃんに言われたくない﹂
﹁⋮⋮観察は、してる。でもどのくらいなら、知っているかとか
知らない﹂
﹁観察しててもそこまでわかんないよな。てか、リアちゃん相変
わらず盗み聞き続けてるのか﹂
﹁盗み聞き違う、情報収集﹂
盗み聞きなんて嫌な言い方をされたのが嫌だったらしく、リアは
キッとソラトの事を睨みつけた。
﹁やっていること一緒だからね、リアちゃん。まぁ、俺はリアち
ゃんに知らない間に何を聞かれてようと嬉しいけれど﹂
﹁変態﹂
﹁別にリアちゃんになら罵倒されても問題なし。他の奴ならぶち
のめしたくなるけど﹂
﹁やっぱ、変態﹂
溜息混じりにリアが発した言葉でさえも、ソラトにとっては嬉し
いことであるのかにこにこしている。そんなソラトを相手にするの
もリアは面倒になったのか、それ以上何も言わずに教科書へと視線
297
を落とした。
リアとソラトには一般常識というものが正直欠けている。
それは、彼らが強者の位置に僅か十代にして到達しているからこ
そである。普通では経験しない事を彼らは経験し、成し遂げている。
そんな彼らに普通の生徒ならこれを知っていて、これを知っていな
いとかそういうことがわかるかといえばわかるはずもなかったので
ある。
そんなわけで、手をぬくために︽姿無き英雄︾と︽炎剣︾は頭を
悩ませながら苦戦するのであった。
298
予定通りのテスト結果。
︵うん、オッケー。予定通り︶
テストは全日程終えていた。そして、その結果がこの度それぞれ
の手へとかえってきたわけだが、リア・アルナスは決してほめられ
るべきではない平均的な点数しか取れていない成績通知を見ながら、
心の中でほくほくしていた。
顔は無表情であるが、内心、予定通り目立つことのない平均的な
点数をとれたと喜んでいたりする。
最も本当に全てが平均点とかでも別の意味で目立つのでそれなり
に教科によって点数にばらつきが出るようにしていた。それでいて
全体の順位は平均になるように。
なんとも器用で面倒な真似であるだろうが、リアにとってはこれ
も必要なことであるらしい。
﹁ティアルクは流石ですわ﹂
﹁流石ですねぇ﹂
﹁凄いぞ!﹂
﹁そうかな? たまたまだよ﹂
そんなティアルク・ルミアネスとそのハーレムたちの会話が聞こ
えてきて、リアはそちらに視線を向けた。
フィリアはクラスが違うためここにはいない。
なぜ、ティアルク・ルミアネスのことを彼女たちがほめたたえて
いるかといえば、理由は一つである。
﹁いやいや、たまたまで一位は取れないだろ﹂
そう突っ込むのは、ティアルクの親友であるアキラである。
そう、ティアルク・ルミアネスはこの難易度の高い学園の定期試
験で一位をたたき出していた。ちなみに、実技も同様である。
ティアルク・ルミアネスは謙遜するように言葉を発し、嬉しそう
299
な顔をしているが、正直な話を言えばリアには全くもってその気持
ちが理解できなかった。
︵ハーレム主人公は本当に隠す気一切ないなー。なんていうの、
隠しているつもりだろうけど、ボロが色々出過ぎてて、びっくりだ
よ︶
︽竜雷︾と︽風音姫︾の、ギルド最高ランク所持者であるかの二
人の弟子であるティアルク・ルミアネス。
二人は普通の学園生活を送ってほしいと望み、自分たちの弟子で
あることを隠すように言ったと聞いている。
︵⋮⋮隠す気あるみたいだけど、馬鹿すぎる︶
しかし、全然隠せてはいない。本当に隠したいならもっととこと
んやれよとしかリアは思えなかった。
︵第一、こんな雑魚たちの中で一位になったって何が嬉しいんだ
か。ハーレム主人公の思考って全然わからない。見ているぶんには
面白いけどさ︶
リアは相変わらずさらっと酷い事を考えていた。学園に存在する
生徒たちを雑魚と一蹴し、こんなところで一位になっても嬉しくな
いなどと思考する。
最も雑魚だろうとも万が一にも自身を殺す可能性はあるだろうと
は、理解しているため、リアは常に警戒を怠らない。
リアは本当にティアルク・ルミアネスが何を思って一位を取った
のかは理解不能であった。
そもそも実践に基づいた勉強をするのがこの学園であり、実際に
実践を経験しているギルド所属者が良い点を取れるのは当たり前と
いえば当たり前である。
一位を取るためには少しは勉強しなければならないかもしれない
が、大抵の事は勉強をしなくても実践経験者にとっては当たり前に
知っていることでもある。
特に勉強をせずに挑んだとしとしてもそれなりの点数は取れるだ
ろう。
300
︵ハーレム主人公って、こつこつレベルをあげたわけじゃないし、
実践経験もなさそうだし、なんていうか、本当レベルと実力があっ
ていないっていう典型的な人間だよね。だからいくらギルドランク
Aを所持していても、勉強しなきゃ一位を取れないっていう事かな︶
そうリアは考える。しかしだからといって普通の学生生活を行う
ためにばれないようにするように言われているのにそんな目立つ事
をする理由がよくわからない。
︵ちやほやされたいってことかな? でもそれなら隠すことなん
てせずにゲンさんとルノさんの弟子として堂々と入り込めばいいっ
て話だよね。なんであのハーレム主人公って、そうしなかったんだ
ろうか?︶
正直そんなに目立ってちやほやされたいというのならば、最初か
らギルド最高ランクの弟子だということを暴露すればいいのにとさ
えリアは考える。
普通
ではないと知られたくない。
それをしないということは、どこまでも中途半端であるというこ
と。
実力をさらしたくはない。
だけど負けたくないとかそういう思考でもあるのだろうか。
︵ま、いいか︶
別にティアルク・ルミアネスの正体がばれようがリアにとってみ
ればどうでもいいことであった。自分に火の粉さえ来ないのならば。
そして次にリアは、もう一人の主人公枠を見る。
︱︱︱過去あり主人公っぽい主人公、カトラス・イルバネスを。
こちらはこちらでやる気の欠片もないのか、見事なまでに最低点
である。多分やればできるだろうが、一生懸命やる気はないらしい。
それでいて留年しないように最低限の点数は取っている。
︵⋮てか、そんなにやる気ないならこっちもこっちで学校やめれ
ばいいのに。結局のところ過去あり主人公君も中途半端で、強くな
る事をなんだかんだであきらめてないのかなー。ま、いいや。観察
しようかな︶
301
相変わらず無表情のまま、クラスにいる二人の主人公を観察して
リアは遊んでいるのであった。
そして、学園に入ってはじめての夏休みが始まる。
302
夏休みに突入しました
﹁リアちゃん、一緒どこかいこう!﹂
﹁嫌﹂
夏休みに突入した初日。リア・アルナスは、自宅でのんびりと本
を読んで過ごしていた。
読んでいる本は薬草学についての本だ。ここが家なのもあって、
リアは寛いでおり、隠蔽も使っていない。
そんな場所にやってきたのは、ソラトであった。
満面の笑みでリアの事を誘うものの、ばっさりと断られてしまう。
﹁なんで!?﹂
﹁⋮⋮めんどくさい。なんでソラトと出かけなきゃならないの﹂
視線さえもソラトに向けずに淡々と答える。
﹁大体、ソラトと出かけて、学園の生徒見られたら、面倒﹂
﹁ユニークスキル使っててもいいから!﹂
﹁⋮⋮それ、意味ない﹂
﹁あるよ! ユニークスキル使ってようが、リアちゃんと一緒に
出掛けられたって事実があれば俺はそれだけでいいよ!﹂
ソラトはどれだけリアの事が大好きなのだろうか、何処までも必
死である。
﹁⋮⋮ソラ兄、どれだけリア姉と出かけたいの﹂
呆れたように問いかけたのは、コーヒーを飲んでいたネアラであ
る。今まで一言もしゃべっていなかったが、実はネアラはずっとこ
の場にいた。
リアに助けられ、リアの義妹になってそれなりに時間は経過して
おり、ネアラはこんな︽姿無き英雄︾と︽炎剣︾を見ても特に動揺
しないようになっていた。
慣れというものは恐ろしいものである。
303
﹁どれくらいってすっごくだよ! リアちゃんと夏休みにデート
できると思うだけでわくわくするし﹂
﹁⋮⋮デートなんかしないし﹂
﹁リアちゃんにその気がなくても、一緒に出掛けられるだけで全
然いいよ!﹂
﹁⋮⋮必死過ぎて、逆に出かけたくない﹂
﹁リアちゃん、酷い﹂
﹁⋮⋮ソラト、めんどくさい。ちょっと黙って﹂
リアは基本的に自分本位な生き物である。ソラトに対してもこう
いう態度をよくとる。
本人としてみれば、本を読んでいて忙しくてソラトの相手をした
くないという事なのだろう。
﹁でも、リアちゃんどうせすぐ、霊榠山にいっちゃうんでしょ!
?﹂
﹁うん。ルーンと遊ぶ﹂
﹁霊榠山にいくのですか?﹂
上からソラト、リア、ネアラの言葉である。
ソラトの問いかけに、リアが頷き、そして何故霊榠山に行くのか
? と不思議そうにネアラが言葉を発す。
ネアラはリアの唯一の友人が霊榠山の︽ホワイトドラゴン︾など
とは知らない。リアも必要以上に自分の事は語らないし、リアがよ
く家に居ないのはいつもの事であり、そのうち何度か霊榠山まで出
かけているなどと知っているはずもなかった。
﹁ん、友達がいる﹂
﹁霊榠山にですか?﹂
﹁ん、ドラゴンの友達﹂
﹁はい!?﹂
本に視線を移したまま、淡々とした答えがリアの口から放たれる。
ドラゴンの友達という言葉にネアラが驚愕の声を上げる。
﹁リアちゃんは、あの霊榠山に住んでいる︽ホワイトドラゴン︾
304
と友人なんだよ。それですぐそっちに行くんだ。あそこは、俺もキ
ツイから、ついていけねぇし﹂
答える気がないリアの代わりに、ソラトがネアラに向かって答え
る。
幾らソラトが︽炎剣︾と呼ばれる存在であろうとも、霊榠山はソ
ラトにとって危険な場所であり、なおかつソラトはリアの幼馴染で
あるがルーンには会ったことがない。
だからこそ不機嫌そうだ。
本当なら夏休みもずっとリアと一緒に居たいのだろう。だという
のにリアは気がつけば色々な場所に出没していたりするのである。
﹁え﹂
ネアラの顔が驚愕のまま固まってしまった。
﹁ん、ルーン、友達。ルーンとの殺し合い︵遊び︶楽しい﹂
﹁遊びって、リアちゃん殺し合いだろ。本当、リアちゃんは︽ホ
ワイトドラゴン︾と殺し合っておいて遊んでるっていうなんて流石
だよな。あー、俺もはやくリアちゃんに追いつきたい﹂
﹁追いつかせない。それに、ルーンとの遊びにソラト邪魔。いら
ない﹂
﹁ひどいリアちゃん、でも大好き!﹂
﹁はいはい﹂
固まっているネアラなどそっちのけでリアとソラトはそんな会話
を交わす。リアとソラトはネアラが驚いていることなどどうでもい
いらしい。
﹁殺し合っているの⋮?﹂
﹁遊んでいるの。⋮⋮ルーンと、遊ぶ、レベル上がる。好き。楽
しい﹂
﹁あー⋮リア姉って、ちょっと戦闘狂だよね﹂
﹁そんなつもり、ない﹂
リアは否定しているが、いくら自分が強くなれば死なずに済むか
らという理由で命の危険があろうと強くなるために色々な戦場に飛
305
び込んでいくリアはなんだかんだで戦闘狂である。
第一まともな神経をしているならばあの霊榠山の︽ホワイトドラ
ゴン︾に向かって何度も何度も戦いを挑むなんて真似出来るはずが
ない。
﹁リアちゃん、いついくの?﹂
﹁明日にでも﹂
﹁じゃあ、今日しかないじゃん! リアちゃんどうせ霊榠山いっ
たり、依頼受けたり、旅したりでここかえってこないよね!?﹂
﹁ん、たぶん﹂
﹁じゃあ、今からでかけようよ!﹂
﹁やだ﹂
﹁魔物狩りとかでいいから!﹂
﹁やだ﹂
﹁本当は二人がいいけど、ネアラを鍛えるってことは!?﹂
﹁やだ﹂
﹁リアちゃーん⋮⋮﹂
﹁そんな顔してもいかない﹂
その後何度も何度も出かけようとソラトはリアの事を誘うものの、
リアは一切なびかなかったのでした。
306
ぼっち英雄はギルドに呼び出されました。
リアはソラトにあれだけ一緒に出掛けようとか誘われたにも関わ
らず、結局の所頷くことなどしなかった。
すぐにでもルーンと殺し合いたい︵遊びたい︶という思いから、
霊榠山に向かいたかったリアであるが、ギルドマスターである義父
にギルドに呼び出しをくらってしまったため、ギルドへと顔を出す
ことになってしまった。
いつものようにリアは、︽何人もその存在を知りえない︾を行使
して、誰にも気づかれないようままにギルドの中を進んでいく。ま
さか、ギルドの受付嬢も、︽姿無き英雄︾がスキルを行使してまで
姿を隠してギルドマスターに会いにきているなどと想像もしていな
いだろう。
リアはギルドマスターの扉の前まで行くと、まずは耳を近づけて
中に人がいないかを確認した。音などをたてるとリアのユニークス
キルは一旦とかれるのである。これで油断して扉をあけて誰かいる
のも嫌だったのだ。
音をきき、スキルを行使し、本当にギルドマスター以外いない事
を確認するとゆっくりと扉を開ける。
﹁よ、リア﹂
扉を開けた先で、ギルドマスターは手をあげてそんな風にいった。
リアは扉をゆっくりとしめて鍵をかけると、ギルドマスターへと
突撃した。
﹁名前で呼ばないで! どこに誰が居るかわからないのだから﹂
﹁本当に、お前は面白いよなー。ギルド最高ランクなんて目立っ
て当然だろうに﹂
﹁嫌﹂
むーと顔をしかめてリアは反論をする。そんなリアの事がギルド
307
マスターは心の底から面白くて仕方がないのだろう、楽しそうに笑
っている。
︽姿無き英雄︾と呼ばれる強者をこんな風にからかえる存在はそ
うはいない。
﹁それでお義父さん、何の用?﹂
﹁ん? 特に用はないぞ﹂
﹁⋮⋮お義父さん﹂
﹁ははは、そんな怒るな。嘘だ嘘。お前に指名依頼が来ていてな。
面白そうだから受けたから﹂
﹁お義父さん! 何やってるの! 本人の許可もとらずに勝手に
受けるとか!﹂
リア、大激怒である。しかしリアに睨まれようが、ギルドマスタ
ーは相変わらず笑っている。睨まれても特に怖くないといった様子
だ。
﹁いいじゃないか、別に。大体、本来ギルド会議にもちゃんと出
席しなきゃいけないところを、特例使っているんだぞ?﹂
﹁⋮⋮参加はしているもん﹂
﹁俺とゲンとルノ以外には認識されていない状態で参加している
とは言えないだろ﹂
そういいながらもギルドマスターは心の底から楽しそうに笑って
いる。
﹁⋮⋮それで、指名依頼ってなに﹂
結局の所身内にはなんだかんだで甘いリアである。ギルドマスタ
ーへの恩も感じているのもあって、なんだかんだで依頼を受けるら
しい。
それを聞いて、ギルドマスターはにやりと笑った。その笑みに、
リアは嫌な予感を感じる。
﹁護衛依頼だ。ま、姿は現さなくても問題ない。それは了承済み
だ﹂
﹁⋮⋮⋮誰の?﹂
308
﹁お前のクラスメイトで、︽エルフの女王︾の親類であるレクリ
ア・ミントスアのだ﹂
﹁え、なんで﹂
素直に驚いたらしい。リアの口から驚愕の言葉が漏れる。
正直護衛任務って誰のだと警戒していたリアであるが、まさか、
クラスメイトの護衛だとは思わなかったのである。
︵え、なんで? 確かにミントスアはエルフの女王様の身内らし
いし、護衛は必要だろうけど、どうして私に来るの? 意味わかん
ない︶
リアは嫌そうに思考を巡らせていた。
正直何故、自分にレクリア・ミントスアの護衛依頼が来るのかわ
からなかった。
﹁ティアルク・ルミアネスがなぁ、︽姿無き英雄︾とあったとい
うことを言ったらしい。で、興味を持ったと﹂
﹁⋮⋮へぇ﹂
リアはギルドマスターの言葉に返事を返しながらも、冷たい表情
を浮かべている。
︵ふぅん、私と戦ったことを、言ったのか。でもハーレム主人公
ってミントスアのこと、普通のエルフの少女と思っているわけでし
ょう。そんな相手に会ったとかいうとか、馬鹿なの? そもそも本
当に隠す気なくない? そのうちさっさとゲンさんたちの弟子だっ
てばれそう。てか、めんどくさい。闇討ちしよう︶
リア、ティアルク・ルミアネスへの怒りを募らせていた。
﹁護衛って、どこまで?﹂
﹁エルフの国までだ。ついでにマナにもあっておけ﹂
﹁⋮⋮なんで﹂
﹁マナもレクリア・ミントスアがリアを護衛に選んだ事は知って
いるからな。すぐそこまで来ておいて会いにいかないとあいつ、煩
いぞ﹂
﹁⋮⋮⋮めんどくさい。でも、わかった﹂
309
エルフの国まで護衛をしなければいけないらしい。加えてエルフ
の女王様にまで会いにいかなければならないと。考えているだけで
リアは心の底からめんどくさかった。
でも仕方がない。自分より強者が言っている言葉なのだから、無
視するわけにもいかない。それにエルフの女王様に会いに行かなけ
れば煩いという言葉にもリアは同意していた。
﹁︱︱⋮用事それだけ?﹂
﹁ああ﹂
﹁護衛いつから?﹂
﹁明々後日だ。準備しておけ﹂
﹁わかった。じゃ、もういく﹂
リアはそれだけ口にするとまたユニークスキルを行使してその場
から姿を消すのであった。
310
宣言をして闇討ちしました。
﹁ルノさん﹂
﹁わっ、リアちゃん!﹂
ギルドマスターから仕事内容を聞いたリアは、︽風音姫︾と呼ば
れるギルド最高ランク所持者であるルノ・フィナンシェリの住まう
一人暮らしの家に勝手に侵入していた。
ギルド最高ランクであるのもあって、ルノの住まっている家はそ
れはもう大きく立派である。普通のギルド最高ランクはそういうも
のなのである。一般的なアパートに住んでいるリアが色々おかしい
だけの話である。
そして勝手に侵入したリアに流石に気づいていなかったらしいル
ノはそれはもう驚いた様子を見せた。まぁ、普通に考えていつの間
にか家に侵入し、突然話しかけられたら驚くのは当たり前だろう。
しかし、まぁ、リアが接触してくるときは大抵こんな感じなので、
話しかけてきたことがリアだとわかるとルノは冷静になったようだ。
﹁リアちゃん、何の用?﹂
﹁ルノさん、私、闇討ちする﹂
﹁はい?﹂
闇討ちするなどと言い出したリアに、何を言っているんだという
表情を浮かべる。
﹁ティアルク・ルミアネス、闇討ち。半殺し。決定﹂
﹁え? ちょっと待って、リアちゃん、ティアルク何かしたの?﹂
そういいながらもルノは冷や汗を流す。
リアが有言実行の少女であることを十分に理解しているからだ。
そして自分の弟子の事を思考する。
︵まさか、リアちゃんの年をばらしたとか? 嫌でもそれなら半
殺しじゃなくて殺されるわね。それに私に宣言なんかせずに殺して
311
から﹁殺したから﹂って報告に来るでしょうし。なら別の事を、リ
アちゃんに半殺しにされる程度の事をやらかしたってことかしら?
いや、だけど、リアちゃんに半殺しにされるほどの事言ったかや
ったかしちゃうなんて⋮⋮馬鹿ね、本当に︶
リアなら、殺すなら宣言もせずにパッと殺すだろう。半殺しにす
るといってきたのは、その程度の事をやらかしたということなのだ。
リアは、︽姿無き英雄︾と呼ばれる強者である。やろうと思えば
ティアルクなんて一瞬で殺せる。
﹁⋮⋮私と、会った。いった。そして、護衛、やらされる﹂
﹁そうなの⋮。それで護衛って誰の?﹂
﹁ティアルク・ルミアネス、友人。エルフ、女王様、親族﹂
﹁あら、ティアルクの友人、女王様の親族なの?﹂
エルフであり、ギルド最高ランク所持者であるルノはエルフの女
王に会ったこともあった。そのため、驚いた様子を浮かべる。
ルノも知らない情報であったらしい。
﹁ティアルク・ルミアネス、せい。私、護衛しなきゃ﹂
︽姿無き英雄︾としての仮面をつけたままだが、その仮面の下が
不機嫌に歪んでいることがルノにはわかった。
︵あら、もう、仕方がない弟子ね。︽姿無き英雄︾が自分の事露
見するのを嫌っているってちゃんと言ったのに⋮⋮︶
ルノは困ったように笑みを浮かべている。
ティアルク・ルミアネスは、あの年頃にしては強く、将来が楽し
みになる少年だ。しかし色々と詰めが甘いというのは、ルノもゲン
も理解していることであった。
学園へと通わせることにしたのは、普通の生活をしたいとティア
ルク自身が言っていたのも理由で、ルノとゲンはその学園生活の中
でその詰めの甘さがどうにかなればいいと期待していた面もあった。
︽姿無き英雄︾と呼ばれるリア・アルナスが弟子と同じ学園に居
たということは、ルノにとってみれば幸いであったといえる。なん
だかんだで、目の前で人が死ぬのは嫌だとリアは助けはするし、何
312
かあっても︽姿無き英雄︾が居るならばなんとかなるからある。
最もリアにとってみれば、迷惑な話だろうが。
﹁⋮⋮⋮だから、闇討ち﹂
﹁⋮⋮殺しはしないのでしょう?﹂
﹁ルノさんと、ゲンさん弟子、このくらいで殺さない。でも、も
っと喋るなら殺す、かも﹂
﹁⋮⋮そこはこっちでちゃんと言っておくわ。ごめんね、リアち
ゃん。もうこんなことさせないから﹂
﹁当たり前です﹂
ルノの言葉にきっぱりとリアは答えた。
﹁闇討ちする、説明して。もう、ないように﹂
﹁わかったわ。まぁ、ティアルクは嘘がつけない所があるから友
人に嘘を言えなかったのでしょうね﹂
﹁そんなの、知らない﹂
﹁とりあえずもうないようにするわ。今からするの?﹂
﹁ん。だから、回収よろしくお願いします﹂
わざわざ回収してもらうために言いに来たらしい。リアはなんだ
かんだで心を許した人には結構配慮して動いたりする。ティアルク・
ルミアネスが同じギルド最高ランクであるルノとゲンの弟子である
からこそ、わざわざこうしていいにきたのである。
そしてそんな会話をしたすぐ後、夏休みだからと友人たちと思い
っきり遊んでいたティアルク・ルミアネスは背後から襲撃され、大
けがを負うことになったのである。
ルノから﹁︽姿無き英雄︾のこと話したのでしょう? 怒ってた
もの。これで反省したらもう馬鹿みたいに嘘つけないからってぽろ
ぽろ話さないようにね﹂と言われ、ティアルク・ルミアネスは︽姿
無き英雄︾に対する恐怖心を募らせるのであった。
313
314
護衛任務の前のひと時
さてさて、レクリア・ミントスアの護衛依頼をこなすことになっ
たリアであるが、その前に何をやっているのかといえばのんびりと
していた。
︽何人もその存在を知りえない︾を行使して、ソファに寝転がっ
ている。その場でのんびりとしているネアラはもちろんのこと、リ
アがそこで寝転がっているなんてこと欠片も気づいていなかった。
いい加減、自宅でぐらいユニークスキルを使うなとでも突っ込ま
れそうな話であるが、リア・アルナスという少女は基本的に誰にも
悟られずに隠れる事を望んでいたのである。
︵ああ、もうめんどくさい。レクリア・ミントスアの護衛とか。
これも全てティアルク・ルミアネスのせいだ。半殺しじゃなくて、
殺しておくべきだったかなー。でもルノさんたちの弟子を好き好ん
で殺したいわけではないし。次何かばらすようなら殺そう︶
物騒な事を考えながら、寝転がっているリアである。
﹁⋮⋮⋮リア姉は今日も不在か。稽古をつけてもらいたかったの
だけれども﹂
ネアラはそうつぶやく。すぐ近くのソファでリアが寝転がってい
るだなんて想像もしていないことであろう。
その場にいる存在に悟られることなく、話を聞いている。
リアはそういう存在であった。
ネアラが独り言をいうのを聞いているのなんて日常茶飯事である
といえた。
︵それにしてもネアラって独り言多いよね。このままの調子でい
けば私の私によるネアラの独り言集でも作ろうと思えば作れそうだ︶
リアはそんなことさえ考えているのだから、ネアラがその事実を
知ったらどれだけ動揺することだろうか。
315
というか、自身の独り言集なんてものが作られていたらそれはも
う恥ずかしくてたまらないのは当然であろう。リアの恐ろしい所と
いえば、その強さももちろんだが、その隠密能力にあることは間違
いない。
誰にも知られることなくその場に存在する。
誰にも悟られることなく話を聞くことが出来る。
誰にもわからないままに移動していける。
そういう存在が故に恐ろしいのが︽姿無き英雄︾である。
︵ネアラは稽古をつけてほしいのかー。まぁ、今度気が向いたら
見てあげようかな︶
なんて思っていたら、壁が回転して﹁リアちゃんって、いないし﹂
と言いながらソラトが現れた。
ソラトはリアがそこにいることをもちろん知らない。
というより、レベルがリアより低いソラトはリアを認知すること
が出来ないのであった。
﹁ソラ兄⋮⋮リア姉ならいないです﹂
﹁うーん、リアちゃんすぐどっかいくからなぁ。いや、もうもし
部屋にいたとしてもわかんないしなぁ﹂
﹁リア姉のユニークスキルって凄いですわね﹂
﹁ネアラはまだ解放していないんだよな?﹂
﹁はい。まだですわ。ソラ兄は⋮⋮︽炎剣︾のスキルといえば有
名ですね。私もリア姉とソラ兄のように役立てるユニークスキルを
解放したいのですが﹂
ユニークスキルといえどもピンからキリまであるのである。ユニ
ークスキルの中には役に立たないものも多くある。その点を言えば
リアの︽何人もその存在を知りえない︾とソラトの︽かくて炎の雨
は降り注ぐ︾は実用的なものであるといえるのだ。
リアのユニークスキルは派手さはないものの、使い勝手が良い。
こっそりと、誰にも知られることもなく動くことが出来る。
ソラトのユニークスキルは派手で、対象を一気に殲滅できるほど
316
の攻撃力を持っている。
そういうユニークスキルを保持しているリアたちの事を羨ましい
と感じているようである。
﹁そうか。お前もそのうち解放するだろう﹂
と、そんな風にソラトがいうのはなんだかんだでギルドマスター
が認めた存在であるネアラがそのうちユニークスキルを出現させる
ということは目に見えていたからだ。
︵ソラトもなんだかんだでネアラの事気に食わなくても面倒は見
る気はあるみたいだなー。素直じゃないなぁ。まぁ、かわりに面倒
見てくれるなら助かるけど︶
というよりリアは基本的にユニークスキルを行使して、こそこそ
しているためにソラトの方がネアラと接している時間の方が長いだ
ろう。
﹁⋮⋮リア姉は今、何処で何をしているのでしょうか﹂
﹁さぁな? リアちゃんのことだから⋮⋮また魔物を狩っている
とか?﹂
正直幼馴染のソラトにとってもリアの事は謎である。転生者だと
いうことは誰にも言っていないので、リア以外その事実は知らなか
ったりもする。
リアはそういう人間なのであった。
︵私はここにいるんだけどなぁ。まぁ、いいんだけど。全然気づ
かないと安心できるなぁ。そこそこレベルの高いソラトにも気づか
れないっていうのは安心できる︶
リアはそんな風に考えながらもソラトとネアラの会話に加わるこ
となくのんびりとし続けるのであった。
317
護衛任務はこそこそとするものです︵それ、違う︶
﹁それで、レクリア様、︽姿無き英雄︾様は何処におられるので
しょうか?﹂
﹁わかりませんわ。でも、居る事は確かですわね。ギルドマスタ
ーがそれを保障してくれましたから﹂
﹁しかし、女王陛下の親族であるレクリア様の前にも姿を現さな
いなどっ﹂
﹁やめなさい。︽姿無き英雄︾は貴方のその言葉もきっと聞いて
おりますわ。殺されたいのですか? ︽姿無き英雄︾はマナ様が認
める強者ですわよ? そんな存在に対してそのような口を利くなど、
死にますわ﹂
リアの目の前で、レクリア・ミントスアと護衛の兵士たちがその
ような会話をしている。
︵正解、私ここにいるよ。まぁ、そんなこと言われていら立ちは
しても、殺しは流石にしないよー? 私は必要最低限しか殺しなん
てしないんだけどなー︶
リア・アルナスは、レクリア・ミントスアからほんの少しだけ離
れた位置にたっていた。もちろんのこと、護衛の者たちには一切気
づかれていないというのだから、流石である。
リアは簡単に人を殺せるだけの力を持っているし、臆病であるが
故に敵はすぐに殺そうとする。殺すと決めたら殺してしまう。だけ
ど、基本的に人の死におびえているのがリアである。必要以上にそ
ういうことはしない。それは言い換えれば必要だと思えば殺すとい
うことだが、リアは人の死を見たくないと、恐ろしくて嫌だとそん
な気持ちから多くの人間をすくってきた︽英雄︾である。
︽姿無き英雄︾として尊敬を集めているのは、そういう事実があ
るからである。
318
得体が知れなくても、確かに助けてくれた存在。
たとえ姿は見えなくても確かにそこにいる存在。
そういう︽英雄︾である。
︵っていうか、ミントスアの護衛だけではなく、エルフの女王様
にも会わなきゃとか嫌だなー︶
リアは一切の音を立てずにそこに存在しながら、そんな思考をす
る。
別にばれないようにクラスメイトを護衛するのは面倒でもまぁ、
仕事ならあきらめは出来る。しかしだ、エルフの女王であるマナは、
リアにとってどうしようもなく恐ろしい存在である。
︵うぅ、人族最強のエルフの女王様とか怖い。前の時にお義父さ
んが、私をエルフの女王様の所までやらなかったら知り合いにもな
らずにすんだかもしれないのに︶
恨めしそうにそんなことを考える。リアにとって自分よりレベル
の高い存在は特に恐ろしいもので、マナが敵に回ったらというもし
かしてを考えて、今日も怯えていた。
﹁そろそろ行きましょうか﹂
レクリア・ミントスアはそういって微笑む。優しい、穏やかな笑
みは学園で成績優秀者とはいえ、生臭い戦場を経験したことがない
笑みである。
不安何て欠片もなく、ただ、エルフの国に帰ろうとしている。
そういう、表情を浮かべている。
色々なものに不安しか感じていないリアからしてみれば、まった
くもって考えられないような楽観さである。
まずレクリアと護衛たちは、船着き場のある町まで移動するよう
だ。
︵うーん、遅いなぁ。まぁ、普通旅って色々とな事を想定して、
体力とか色々温存して行うものだしなぁ︶
リアは旅路の遅さにうーんと微妙そうな顔である。
それもそうであろう。リアはMPを思いっきり使って︽何人もそ
319
の存在を知りえない︾、︽空中歩行︾、︽瞬速︾を活用して一気に
かけていくのだから。
︵あ、魔物だ︶
リアはレクリアたちが移動している中で、魔物を探知する。
︵ちょっとくらい目をはなしても護衛いるし大丈夫だよね? と
りあえずあいつ殺してこようと︶
そんな軽い調子でいっているが、リアが探知した魔物は一般的に
見て脅威といわれている︽レッドタイガー︾である。二メートル以
上ある身体を持ちながら驚くべきスピードで襲い掛かってくる。そ
んな存在であるが、敵を認識する前に、首を飛ばされていた。
よっぽどの強者ではないとまず、リアの存在に気づけない。
そして存在を気づけていない状況で振り下ろされる刃に対処する
ことも出来ない。
リアはそれらを手馴れた様子で解体して、︽マジックボックス︾
の中へと突っ込む。
レクリアたちのもとへ戻れば、丁度魔物に襲われていた。
とはいっても︽レッドタイガー︾よりは弱い存在たちである。
レクリアの護衛たちは、
﹁くそっ、本当にいるのか﹂
などと文句をいっていた。
︵いるよ。ちょっと他を対処していただけだよ︶
なんて内心考えながらリアは、魔物の命を散らした。
﹁え?﹂
目の前で対峙していた魔物が一瞬で肉塊に変わっていったのを前
に、彼らは目を剥く。
そうしている間にも、リアの手によって魔物たちは次々と葬られ
ていく。
気づかれないように近づき、気づかれないように切り裂く。
リアがやっていることはそれだけであるが、見ている方からして
みれば気づけば次々と魔物が肉塊へと変わっていくという状況であ
320
る。
﹁これは⋮⋮﹂
﹁︽姿無き英雄︾様ですね⋮⋮。凄いですわ﹂
声を失う護衛たちと、感嘆の声をあげるレクリア。
そんな声を聞きながらもリアはこそこそとしながら姿を現さない
のである。
321
道中もレベル上げのための努力は欠かさない
レクリア・ミントスアたちの移動速度に合わせて移動しているリ
アは、暇を持て余していた。護衛任務中に暇を感じるなど、普通は
ありえない事だろうが、そこは︽姿無き英雄︾というべきか、退屈
しているようだ。
︽何人もその存在を知りえない︾を行使し続けている事はリアに
とって一切の負担ではない。結構いつも使用しているからである。
レベルを上げるためにはきつくてもスキルを使い続けることが一番
である。
そういうわけで退屈をしていたリアは、移動しながら調合で使え
そうなものを採取したり、読みかけの本を読んだりと好き勝手であ
る。
レベルを上げるために使う必要はないのに、︽浮遊︾のスキルを
使ってふよふよと浮いていたり、︽空中歩行︾を行使して少しだけ
体を浮かせて空気を踏んで歩いてみたり。
レクリアたちがエルフの国への道中警戒しながら進んでいる中で、
そんな我が道を行くリアである。もう少し真面目にやれよとでも突
っ込まれるかもしれないが、これでもリアはまじめにやっているの
である。不真面目にやっているわけでは決してないのだ。
幾ら、周りからはそうは見えなかったとしてもである。
レベルを上げる事は、リアにとって当たり前の事であった。死に
たくないから、強くなりたい。もっと強い人は沢山いるから死なな
いように強くなりたい。
たとえその思いが臆病すぎる気持ちからわいたものだったとして
も、リアは確かに強くなることに対して貪欲であった。
︵うーん、もっとはやく移動してくれないかなぁ。ルーンの所に
はやくいきたいからはやくしてほしいんだけど︶
322
リアはリア的にゆっくりと進んでいる彼ら︵平均からしてみれば
そのスピードははやいほう︶を見ながら嫌そうな顔である。
面倒そうにしながらも片手間に魔物を葬る。
魔物を適当に葬るだけではレベルは上がらない。でも少なからず
糧になるため魔物退治は雑魚でもいくらでもやる。リアは毎日の積
み重ねでレベルを上げている。毎日毎日、ひたすらにスキルを使い、
魔物を葬る。それを繰り返しているからこそ、レベルはまだ上がり
続けている。
そうやって過ごしているうちに港町についた。
通常、エルフの国のあるアスラン大陸に向かう際はここから船に
のる。海上を休憩もなしに一気に駆け抜けるのはリアぐらいである。
レクリアたちが船の手続きをしている間、リアは思考していた。
︵うーん、船のスピードに合わせなきゃかぁ。めんどくさーい。
流石に七時間スキルを使って海上にとどまるのは疲れるんだけどな
ー。でもんー、レベル上げにはなるしやるか︶
そんなリアである。
レクリアたちが、
﹁︽姿無き英雄︾の分はチケットとらなくていいのでしょうか?﹂
﹁ギルドマスターは何も問題はないといっていたので多分大丈夫
ですわ﹂
そんな会話をしていたわけだが、もちろんそれに対する説明をす
るものはこの場にはいない。
そんなリアはレクリアたちが船に乗り込む中、船の上空で︽空中
歩行︾のスキルでのんびりしていた。
護衛という任についているのもあって、レクリアの事が視界にと
どまる範囲でである。
323
︵それにしても船の中で一番良い客室もらっているとか、流石エ
ルフの女王様の親戚って感じだな。それしてもミントスアはなんで
隠しているんだか? 別にあの学園エルフの女王様の親族でも通う
のは問題ないはずなんだけどなー︶
のんびりとしながらそんなことを考えるリアである。
魔法を使ってしっかりレクリアたちの会話を聞いていたりもする。
﹁レクリア様、この調子なら二日後にはエルフの国にはつきます
ね﹂
﹁ええ、そうですわね﹂
帰国できることが楽しみなのか、レクリアはにこにこしていた。
年頃の男はイチコロになりそうな笑みである。
﹁そういえば、レクリア様﹂
﹁なんです?﹂
﹁あの男の事ですが⋮⋮﹂
﹁ティアルクさんの事をそんな言い方しないでください﹂
どうやらティアルク・ルミアネスの話題に移ったらしい。ティア
ルクをあの男扱いした護衛にレクリアは怒っている。
︵うーん、ハーレム主人公は流石ハーレム主人公だなぁ。こんな
ところでまで話題になるなんて。ミントスアが女王様の親戚だって
いうなら学園で親しくしている男の情報ぐらい把握しているだろう
しな。エルフの女王様の親戚って事は色々狙われる部分もあるし︶
リアは聞き耳を立てながら船の速度に合わせて歩いている。
﹁そう。そのティアルク・ルミアネスのことなのですが、色々と
不自然なのです﹂
﹁不自然?﹂
リアはそれを聞いて﹁あ﹂と内心思った。
︵そっか、そっか、ハーレム主人公って中途半端に隠しているか
らね。そりゃ、不自然だろうね。っていうか、ギルドランクAくら
いで隠す必要ないと思うんだけどなぁ。それにハーレム主人公って
レベルは高くても実践経験はあんまないし、正直戦いなれている相
324
手からしてみれば簡単に倒せるだろうし︶
レベルが偶然上がった人間は、レベルが高くても弱い場合もある。
そういうことを戦い続けてきたリアは知っている。
﹁レクリア様と親しいということで調べてみたのですが、彼は情
報があまりありません﹂
﹁それは、ティアルクさんも情報を隠している立場ということで
しょうか?﹂
レクリアが顔色を変えた。もしかしたら好きになってはいけない
相手だったらどうしようとか考えているのかもしれないとリアは思
った。
それから﹁⋮⋮少し一人にしてください﹂とレクリアがいったた
め、護衛たちは部屋からさった。そしてレクリアが﹁ティアルクさ
ん、何を隠しているのでしょうか﹂とつぶやくのをリアだけが聞い
ていた。
325
エルフの国へ到着!
﹁マナフィルムに到着したわね﹂
レクリア・ミントスアは、そういって顔をほころばせた。故郷に
足を踏み入れられることが嬉しいらしい。
そう、一般的に考えればもう、しかしリアの感覚的に言えばよう
やくエルフの国、マナフィルムに到着したのである。
レクリアたち一行は、護衛をしているはずなのに一切姿を現さな
い︽姿無き英雄︾に対して色々と思う事はあるらしいが、レクリア
に咎められてからそういう言葉は口にしていない。
︵よーし、ようやくエルフの国ついた! これで私の護衛任務完
了! このままさっさと帰宅したい所なんだけど、女王様に会いに
行かなきゃだからなぁ。ここで会いにいかなかったからまた面倒な
ことになりそうだしなぁ︶
リアは、マナフィルムに入国するレクリアたちの後ろでそんな思
考をする。
︵てか、もういっていいよね? エルフの国までの護衛ってこと
だったしさ。
面倒だったけど、まぁ、経験値ためにはなったしいいか︶
そんなことを考えながら、レクリアたちが入国するのを見届ける
とリアはすぐさま王城へと向かうのであった。
そしてもう慣れた様子で、人の後に続いて王城へと侵入する。
︵さて、女王様は何処にいるかな?︶
そんなことを考えながらものんびりと王城の中を闊歩する。
︵あ、女王様発見︶
そうして、エルフの国の女王様であるマナの事を見つける。
しかし、その場にいたのはマナ一人ではなかった。
﹁だから、お祖母様、僕は︱︱﹂
326
どうやらマナの孫であるらしい。そりゃあ、四百歳も超えていた
ら孫ぐらい居るのは当然であろうし、別に驚くことではない。
少年に見えるそのマナの孫らしい男は、マナと同様に美しい金色
の髪と透き通るような蒼い瞳を持ち合わせていた。
﹁もう、聞き分けがない子ね﹂
マナはそういって、厳しい目を孫に向けている。どうやら何かそ
の孫は要望を口にしているらしかった。
﹁でも僕はもう百歳を超えました。王家の山にいっても︱︱﹂
﹁ダメよ、貴方にははやいわ﹂
そんな会話をしているマナとその孫。
︵王家の山? ってあれか、一人前の王族と認められるためには
そこで試練を受けなければならないっていう中二心をくすぐるよう
な伝統がエルフの国にはあったんだっけ︶
リアは以前義父より聞いたその伝統について思い出す。
そう、エルフの王族は一人前と認められるために試練があった。
王家の山に入ってあることを行えというそういうものらしい。その
内容まではリアは知らない。
︽分析︾のスキルを使ってその孫のステータスを見る。
ルーキン・フィルリア
年齢 百歳。
種族 エルフ、
レベル 五十。
ちなみにこのレベル、一般的に考えて低くはない。エルフの寿命
は三百年未満で、限界突破は百五十レベル以上と考えると普通に成
長している。
︵うーん、でもこのレベルじゃ王家の山って無理じゃない? 確
かあそこって高ランクの魔物沢山いるって話だし︶
327
後ろでただ話を聞いているリアである。よく盗み聞きをして情報
収集をしているリアは、話を勝手に聞くことに対して一切悪気はな
かった。
ちらりとリアの方へと視線を向けたマナは確実にリアがその場に
いることに気づいているようだが、なんでもないようにルーキンと
会話を続けている。
﹁お祖母様の馬鹿!﹂
恐れ多い事に人族最強のエルフの女王様にそう告げて、ルーキン
はその場から去っていった。
そしてパタンッと扉が閉まる。
そうすれば、マナは声をかけてきた。
﹁リア、来たのね﹂
﹁はい、来ました。女王様﹂
声を発すると同時に︽何人もその存在を知りえない︾の効果が途
切れ、その姿があらわになる。
﹁女王様の親戚であるレクリア・ミントスアの護衛終わりました﹂
﹁ご苦労様、クラスメイトなのに姿は現さなかったのかしら?﹂
﹁もちろん、です﹂
リアにとってみればそれは当たり前の事である。
﹁それで、女王様、どうして私に挨拶に来るようにって﹂
﹁ただリアと話したかっただけよ。貴方は面白いから﹂
﹁⋮⋮じゃあ、かえっていいですか?﹂
﹁もっと話しましょう﹂
マナは、実際リアという存在を面白がっていて、気に入っていた。
それにギルドマスターに頼まれているのもあってできうる限り仲良
くしたいと思っていた。
だから、にこやかに笑ってそう告げる。
リア・アルナスは、本人的には目立ちたくないと言い張っている
が、その存在は異質である。十代にして限界を突破したもの、レベ
ルを上げ続け、誰よりも最強になりたいと前進し続けるもの。
328
︵ふふ、いつの日になるかわからないけれど私もリアに追い越さ
れるかもしれないわね︶
それを思うとマナは愉快な気分になった。人族最強として君臨し
ているマナには競争相手もおらず、追いかけてくる存在もほとんど
いなかった。だからこそ、面白かった。
マナの言葉に少し嫌そうな顔をしながらも﹁女王様がそういうな
ら﹂と渋々残るらしいリアを見ながらマナは笑った。
329
リアと女王様
﹁リアは相変わらず小さいわね﹂
﹁⋮⋮⋮限界超えちゃったから、成長しないんです﹂
﹁それはわかっているけれど。というか、リア、︽姿無き英雄︾
だって隠しているけれど、数十年後とかどうする気なの? 姿が何
十年たっても変わらないって、普通じゃないわよ?﹂
リアとマナは、椅子に腰かけて会話を交わす。
マナの言っている事は最もである。︽超越者︾にさっさと至って
しまったリアは、成長は限りなくゆっくりになっている。これから
リアがどんどんレベルを上げていくというのならば、益々成長は緩
やかになっていく。
それならば、幾ら普通に擬態していようとも、それは意味をなさ
なくなる。
数十年たっても姿が変わらないというのならば、それは超越者で
あるという証なのだから。隠していても仕方がないのではないか、
というのがマナの正直な感想である。
﹁それは、そうですけど﹂
﹁いずれバレてしまうっていうのなら、曝け出せばいいのに﹂
﹁嫌、です﹂
︽超越者︾であり、︽姿無き英雄︾と呼ばれる最強の一角である
のだから隠す必要はない。隠していれば色々弊害はあるが、それよ
りも利益の方が多いだろう。
﹁将来どうする気なの?﹂
﹁そんなの、その時、考えます﹂
リアは結構適当であるらしい。将来的に見た目の問題で露見する
事であるが、ひとまずその問題は放置しているらしい。
﹁リアは本当に⋮⋮、色々ズレているわね﹂
330
﹁⋮⋮もう、かえっていいですか?﹂
﹁もうちょっと話しましょう﹂
帰りたそうに視線を窓の方に向けているリア︵どうやら帰りは窓
から出ていく気らしい︶に、マナはそういって笑いかけた。
﹁夏休みなのでしょう? 時間はあるのだから何日でもいてくれ
ていいのよ?﹂
﹁や、です。私、やりたいことあるので﹂
マナからしてみれば、面白い存在であるリアはいくらでも王城に
滞在してくれて構わないのだろう。にこにこと笑っている。
しかし向かいに座っているリアは、相変わらず無表情である。
︵何日もここにいるとか無理! 女王様とか右腕さんとか、私よ
り強い存在が居る場所にいるとか。あぁあ、考えただけで恐ろしい︶
そんな風に考えるのがリアである。
平気な顔して喋っているように見えるリアであるが、その内心は
怯えきっている。まぁ、最もリアに限って言えば、怯えていない時
の方が少ないのだが。
﹁やりたいこと? ああ、ルーンの所にいくの?﹂
﹁⋮⋮はい、ルーンと遊ぶのです﹂
﹁リカードに聞いたけど、殺し合いを遊ぶっていっているのが面
白いわ﹂
﹁殺し合いっていっても、降参したら終わりですし。まぁ、私は、
本気で向かってますけど⋮⋮﹂
霊榠山の︽ホワイトドラゴン︾ルーン。
そう呼ばれる存在は、恐れられている存在だ。知能のある魔物。
敵に回したらいけないとされている存在。長い時を生きているドラ
ゴン。︱︱︱︱一部では、神とあがめられているようなそんな存在。
﹁ルーンは強いものね﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁勝てるようになりたいの?﹂
﹁もちろん﹂
331
︽ホワイトドラゴン︾と友人であるというだけでは、リアは満足
していない。
勝ちたいと望んでいる。
勝てないとあきらめることもなく、ただ勝ちたいと。
︵諦めない事も、一種の才能なのかしらね。リアがこれだけ強く
なれたのは、貪欲なまでの強くなりたいという渇望から。そして、
これ以上強くなれないとあきらめなかったから︱︱︱︶
マナはそんなことを考えながらも、﹁勝ちたい﹂と口にしたリア
を見る。ルーンの話をしていたからだろうか。今すぐにでもルーン
と戦いたくなっているのか、リアは心なしかうずうずしているよう
に見えた。
︵多分、私にも向かってくる。私を超えようと向かってくる。そ
れが、いつの日になるかはわからないけど、リアはあきらめないだ
ろう。︱︱ああ、だからこそ、リアって面白いわ︶
あきらめる事などなく、ただ強くなりたいという願望の元、ひた
すらに強さを磨く。
リアはそういう少女である。
﹁⋮⋮女王様、私、夏休み、ルーンと、思いっきり遊びたい。だ
から、もういっていいですか?﹂
﹁そう、じゃあまたね、リア﹂
﹁⋮⋮はい、また﹂
リアがあまりにもうずうずしていたから、ルーンと戦いたいとい
うオーラを出していたから結局マナも帰りたいという言葉にお別れ
の言葉を口にした。リアはそれに頷いたかと思うと、︽何人もその
存在を知りえない︾で姿をけし、そのままその場からいなくなった
のだった。
︵楽しみだわ。リアが、ルーンに勝てる日が。そして私に迫って
くる日が︶
驚くほどに強さを求め、どんどん強くなるリアを思い、マナは何
時かそういう日が来るだろうとそんな風に笑うのであった。
332
333
友人の元へと向かいます
エルフの国から帰宅したリアは、いそいそと準備をしていた。
この場には、ネアラとソラトもいる。
﹁リア姉⋮⋮念入りに準備しているけれど、どれくらいいくの?﹂
﹁ん、決めてない。入れるだけ﹂
霊榠山︱︱一般人は足を踏み入れるのもためらうような場所。だ
けど、リアにとってみれば霊榠山は、友達の居る場所で、遊び場で
あるという認識しかない、。そういうものなのである。
そのあたりは一般人と︽超越者︾の間で考え方の違いが大いにあ
るだろう。普通の思考を持っていないのは、それだけの経験をして
きたから。リアは目立ちたくないなどといって普通を目指している
が、︽超越者︾という異常者が普通を目指すことがまず色々おかし
い。
﹁リアちゃんと会えないとか寂しい﹂
﹁⋮⋮私はさびしくない﹂
﹁エルフの国に行っちゃうし、夏休みなのにリアちゃんと全然遊
べてないのに﹂
﹁私は遊べなくても問題ない﹂
﹁俺は遊びたいのー﹂
﹁ソラト、煩い﹂
リアはソラトが幾ら言い募ろうが、冷たくあしらっている。
﹁っていうか、リア姉。あの、リア姉が霊榠山にいっている間、
私はどうしたら⋮⋮﹂
﹁ん、適当に過ごして。それかソラトに、面倒見てもらう﹂
﹁なーんーで、俺が﹂
﹁⋮⋮霊榠山にネアラ、連れてけないし。頼めるの、ソラトぐら
いだし﹂
334
義姉や義父に任せてしまったら、一緒に住んでいるリアが何者な
のかと話題にでもなりそうで、そういうことも考えてソラトしかい
ないといっていた。
リアは色々面倒な事はソラトに押し付けようなどと考えていた。
というか、ソラトは﹁ソラトにしか頼めない﹂と言われたからに
は、断るという選択肢は脳内から消えて行ったらしい。
﹁任せて、リアちゃん!﹂
﹁ん、お願い﹂
勢いよく言葉を放ったソラトに、リアはそう告げた。
﹁ソラ兄、ちょろい﹂
そしてそんな会話を聞きながらネアラはそんな言葉を言い放つの
であった。
それから、準備を終えたリアはさっさと部屋から消えて行った。
霊榠山へと向かっていく。リアの出せる最速でだ。
︵はやく、ルーンと遊びたい。沢山沢山遊びたい︶
リアの感じている思いなんてそれだけだった。リアにとって、友
人と呼べる存在はルーンだけであり、友人に会えることに心を躍ら
せている。
嬉しそうに顔をほころばせている。
霊榠山へと向かう途中も、見つけた魔物はかたっぱしから殺す。
襲われている人を助けたりもしながらも、移動速度は信じられない
ほどにはやい。
335
霊榠山の麓までたどり着く。
大量の魔物が溢れている。それらを、圧倒的な力を持って蹴散ら
していく。
此処は︽ギルド最高ランク︾所持者の目からしてみても、危険だ
と言わしめる場所だ。
そんな場所だからこそ、リアだって簡単に頂上までたどり着ける
わけではない。
気を抜ける時などほとんどない。
真っ白な霧が視界を埋め尽くしている。十歳のころから何度も何
度も足を運んだ場所。
友人であるルーンに会うために、危険を承知でここに何度もリア
はやってきた。
今はともかく、昔は、特にルーンと出会ったばかりのころはルー
ンの元に行くのも苦労したという事をルーンは山頂を見上げながら
考える。
たどり着くまでにもそれなりに苦労をする。だけど、それでもリ
アはルーンの存在を気に入った。
無鉄砲にルーンへと襲い掛かったリアを、ルーンは面白いと告げ
た。興味を持ったから、気に入ってくれたからこそ始まった友人関
係。
︵あのあと、二回目にやってきた時、ルーンは驚いてたっけ︶
もう来ないと思ったと、二度目の訪問の際にルーンはそんなこと
を言っていた。
それもそうだ。ルーンが見逃してくれたのは運が良い事で、最初
の邂逅で殺されていてもおかしくない。殺されずに済んだと安堵し
て、その後二度とルーンにちかづかないとかそういう存在のが多い
だろう。寧ろルーンのような圧倒的に強い、︽超越者︾をも超える
存在に進んで近づこうとする存在はまずいない。
ルーンはそういう存在なのだ。人族最強のエルフの女王様と並ぶ、
この世界の絶対的な強者。
336
だけどリアはルーンとまた会いたいと思った。ルーンが自分を殺
さないならと考えた。そして会いに行った。何度も会いに行って、
何度も喧嘩を売って、軽くあしらわれて、そういうのを繰り返して
きた。
﹁−−−−成長した私をルーンに見せるんだから﹂
自分をよく知っている友人。
勝ちたいと願っている目標。
﹁ああ、楽しみ﹂
小さくそうつぶやいて、リアは霊榠山の魔物たちを蹴散らしなが
ら山頂へと向かっていくのだった。
337
友人とずっと遊んでいる。
一匹のドラゴンと、一人の少女の間で魔法が飛び交う。
少女は長剣を両手に、真っ白なドラゴンへと向かっていく。そこ
に躊躇は一切見られない。
ただただ、向かっていく。
何度も戦闘不能になりながらも。
ドラゴンに回復してもらうと、またしばらくすると向かっていく。
何度も何度も何度も︱︱︱︱︱数えきれないほど、少女は向かっ
ていく。
﹁⋮⋮リアよ、どれだけ俺に向かってくる気だ﹂
﹁いくらでも﹂
﹁今日だけでもう十数回だぞ﹂
﹁うん。でも私ルーンともっと、遊びたい﹂
一日で十数回も殺し合い︵遊び︶は繰り広げられている。
リアはルーンと遊ぶのが大好きだった。遊べば遊んだだけ強くな
れる気がした。幾らでも向かっていきたかった。強くなったという
実感を感じる瞬間がリアはすきだった。
﹁リアも懲りないな﹂
﹁懲りるわけないじゃんか﹂
﹁俺に全敗しておきながら向かってくるのはお前ぐらいだ﹂
﹁だって、私はルーンに勝ちたいんだもん﹂
そう、勝ちたいから。
貪欲に強さを求め、強者に至ることを望んでいるから。
リアはただそんな思いで、絶対的強者であるルーンに向かってい
く。勝ちたいという思いが消えない限り、勝つまで彼女は向かって
いくだろう。
リアはルーンに勝てる気はしていない。だけど、勝ちたい。追い
338
込みたい。そう思っている。
︵ルーンに勝てたら、嬉しいのにな。ずっとずっと挑んでいるの
に、ルーンには勝てないから。ルーンに勝ったらまた次の目標を見
つけなきゃ︶
ルーンという存在はリアの目標。
勝つことが目標。
勝てたその先の事はまだ考えていない。
MPを消費して向かっていく。
尻尾でたたきつけられたり、気絶させられたり、そういう敗北を
積み重ねていきながらだけど成長はしている。
敗北は人を成長させるべき出来事で、ルーンに与えられた敗北の
中で、リアは様々な事を学んでいる。
実戦を生きてきた︽超越者︾、それが︽姿無き英雄︾だ。
永遠と強くなるためと戦いの中に身を置き続ける︽臆病者︾。
その臆病な心がなくなることはきっとなく、︽臆病者︾が故に強
くなり続ける。
そんなリアの事をルーンは面白いと思っている。だってこんな人
間はそうはいないから。
怖いからなどという理由で強さを求めて、戦いの中に突っ込んで
いき、ルーンという存在と友人になった少女。
︵俺を友人だなんていうのはリアぐらいだ︶
それを思って心底面白いと思っている。面白くて、リアのその先
を、リアが将来どうなっていくかを見たいとそんな風に考えている
からこそ、簡単に殺せてもルーンはリアを殺さない。
向かってくる人をルーンが殺す事はよくあることである。わずら
わしいという理由でルーンが何かを殺すのは当然で、リアもルーン
に気に入られていなければ一番最初の時にとっくに死んでいる。
互いに友人と思い合っている。種族は違うが、確かに友人である。
そんな二人は殺し合い︵遊び︶ばかりしている。
339
また、遊びにひと段落がついた。
リアが、地面に横たわる。
﹁⋮⋮こう、さん﹂
口を開くのもきついとでもいうような態度。実際HPもかなり減
らされている。
︽ギルド最高ランク︾所持者をここまで出来るのはルーンを含め
てそうはいない。
リアは回復魔法をかけると、しばらく休むと口にした。
本調子でも勝てないのに、こんな状態でかてるはずもないからだ。
巨体を丸めてのんびりとしだしたルーンに寄りかかりだすリア。
他の者にされたらすぐに払うだの、殺すだのするだろうが、リア
相手だからか別に気にしていない様子のルーンである。
﹁ルーンに、また勝てなかった﹂
﹁俺はまだまだ負ける気はしない﹂
﹁⋮⋮悔しいけど、まだ勝てる気はしない﹂
むすっとした表情でリアはそう告げる。勝ちたい、でも勝てる気
がしないほどルーンは強い。
︵私より強い存在は結構いる。死にたくないから、もっと力をつ
けなきゃ。強く、強くならなきゃ。強ければ、死ななくて済むんだ
から︱︱︱︶
死にたくない。一度死を経験したからこそ、もう一度死ぬなんて
嫌だった。
正直、僅か十五歳で︽超越者︾であるリアは成長速度がおかしく、
どれだけレベルが上がるかも想像できない存在で、周りから見れば
リアの方が恐ろしいだろう。
しかし、将来的に最強になる、ではなく、今もう誰にも負けない
強さが欲しいとリアは望んでいた。
だからこそ、彼女は成長し続ける。
340
﹁ルーン、休んだらまたやるよ﹂
﹁また、やるのか﹂
﹁うん。ルーンとの遊びは楽しいし、良い経験になるからね﹂
﹁そんなことを俺と殺し合っていうのはリアぐらいだ﹂
﹁だって楽しいし、勝ちたいし、強くなりたいし﹂
﹁だからってやりすぎだろう﹂
﹁学園に通っているから時々しか会えないし。こういう時に思い
っきり遊びたいの﹂
そんなわけで学園に通っている間あまり遊べないかわりに今思い
っきり遊んでいるらしかった。
ずっと、彼らは殺し合いという名の遊びを繰り広げている。
341
夏休みが終わって
結局リアは夏休み中のほとんどをルーンの元で過ごした。毎日毎
日殺し合いを繰り広げるという、聞いたものからしたら信じられな
い、だけどリアにとってみれば最高の夏休みであったといえるだろ
う。
尤もそれだけをしていたわけではない。気まぐれにネアラを修業
させたり、ギルドマスターから告げられた依頼をこなしたりはして
いた。
︵夏休み、終わるのはやかったなぁ︶
そしてリアは学園で、椅子にこしかけてそんな思考をしていた。
周りのクラスメイトたちが夏休み中の思い出を互いに楽しそうに
語り合っている中で、話しかけないでくださいオーラを出しながら
無表情で本を広げている。
リアは相変わらずクラスメイトたちとかかわる気は皆無であった。
︽姿無き英雄︾であるとバレでもしたら大変である。普通の生活
は出来ない。そういうことをよく知っているからこそ、リアはそれ
を隠し通すことに力を力を入れていた。
︵それにしてもハーレム主人公は、そのうちばれそうだな。一学
期でももう色々疑われているし︶
本に視線を向けながらもそんな思考に陥るのは、ティアルクの元
気な声が耳に響いてくるからだ。
﹁夏休み中はゲ︱︱お世話になっている二人と一緒に過ごしてい
たんだ﹂
ゲンさんとルノさんといいかけて、慌てて訂正をする。
ゲンとルノと二人の名を口にすれば、それが︽ギルド最高ランク
︾所持者である︽竜雷︾と︽風音姫︾と気づくものは気づくからで
あろうが、そんな風に訂正すれば怪しい事この上ない。
342
﹁私は実家にかえっておりましたの﹂
レクリア・ミントスアはそんな風にいって笑う。
それはリアも承知の事である。
︵⋮⋮それにしても、エマリス・カルトも何かあるかもなぁこれ。
ハーレム主人公ってどんだけ主人公体質なんだろう?︶
見ている分には面白いが、それだけの存在が集まっているとなる
と色々おこりそうで面倒なリアである。
夏休みが終わった初日の学園は、連絡事項などがされて終わった。
毎年二学期に課外演習があるらしく、その説明もされた。一学年
から三学年までごちゃまぜで班が組まれ、実践を経験しようという
考えのものらしい。
︵実践を経験っていっても、学園がおぜん立てした奴だときっと
簡単なんだろうな。それに他人と集団行動しなきゃとか絶対にやだ。
でも参加しなければ単位がなぁ⋮︶
話を聞きながら、そんな思考である。
リアは相変わらず言葉を発さないし、喋らないが、心の中では人
一番喋っていた。
大体のクラスメイトたちが、課外学習に思いを馳せる中、リア同
様、カトラス・イルバネスは興味がなさそうであった。
︵過去あり主人公は相変わらずハーレム主人公とは正反対のテン
ション。資格は欲しいけれど、学園生活、めんどくさいなぁ。ルー
ンと遊びたい︶
数えきれないほどの殺し合いを繰り広げて、数えきれないほど敗
北を知って、だけれどもリアからしてみれば足りないらしい。
そもそもリアはルーンの事を友人として大好きなので、いくらで
も遊びたいのである。
︵ルーンと遊ぶのは楽しかったな。ルーンと遊ぶと強くなれたっ
て実感もすごくするし。本当楽しい︶
リアが一番楽しいと思っている事はルーンと遊ぶことだった。
強くなることが趣味のようなリアにとってそれは最高の遊びだっ
343
た。
連絡事項を頭に適当に留めながらも、夏休み明け初日の学園は終
わった。
そして、家へと帰宅する。
﹁⋮⋮ネアラ﹂
﹁うわ、リ、リア姉。久しぶり﹂
ユニークスキルを使ったまま、中へと入り、声をかければネアラ
は驚いた声をあげた。
夏休み中は大体ルーンの元へいたために、ネアラがリアと会うの
は久しぶりだった。
﹁学園いってたの?﹂
﹁ん﹂
リアはそう答えてソファに腰かける。
リアもネアラにちょっと慣れてきたのもあって、本当に時々だが
こうして話しかけるようにはなっていた。
﹁学園、私も行きたいなぁ﹂
﹁⋮⋮⋮多分、年なったら、通える。頼めば、通える﹂
ネアラが将来有望だからというのもあってギルドマスターは養子
にしたのだ。望めば学園に通う事ぐらいしてくれるだろうという事
である。
﹁それまで、時間あるね﹂
﹁ん﹂
﹁私⋮⋮友達、欲しいな﹂
344
﹁学園、通っても、友達、出来る限らない﹂
﹁⋮⋮リア姉は作ろうとしていないだけでしょ﹂
リアと一緒に住んでいるネアラは、友達らしい友達が居なかった。
皇女時代もそういう存在はおらず、正直作り方もわからない。買い
物とかをしているからお店の人とはそこそこ仲良くなっているもの
の同年代はいないのであった。
﹁作りたいなら、何か、すれば﹂
﹁何かって?﹂
﹁ん、私がわかるわけない。でも、学園、通わなくても⋮⋮作ろ
う思えば、作れると思う﹂
リア、そんな助言だけをしてまた姿を消してどこかにいってしま
った。
助言をされたネアラは﹁どうやったら友達出来るかな﹂としばら
く頭を悩ますのであった。
345
とある噂を聞く
﹁−−−ここだけの、話なんだがな﹂
﹁実はさ﹂
﹁あそこの次男は⋮⋮﹂
リア・アルナスはいつものように︽何人もその存在を知りえない
︾を行使して、様々な場所へと出没していた。
学園の二学期が始まったのもあって、そういう自由に行動するの
は放課後か休日だけだが、そういう時間にリアは情報収集をして遊
んでいた。
こっそり誰かの会話を聞き、その情報を頭に留める。そういう事
は昔からしていたことで、誰かの秘密を知ったところでリアには一
切の罪悪感はない。
情報があった方が動きやすい部分もあるため、喜んで情報を集め
ている節もある。ちなみに、面倒な陰謀などがあれば義父であるギ
ルドマスターに報告をしている。
︵んー、夏休みはルーンと思いっきり遊べて楽しかったなぁ︶
楽しかった夏休みに思いを馳せる。
リアの夏休みはその大部分が︽ホワイトドラゴン︾であるルーン
と遊ぶことで占められていた。友人との殺し合いに楽しさを感じて
いるリアはなんともまぁ、色々ずれているわけだが、周りとの付き
合いが少ない彼女は自分の異常さをそこまで知らない。
︽超越者︾とはその種族の枠を超えた、異常者である。本来人が
たどり着くことが出来ない境地までたどり着いたもの。
そんなものが学園に通っているなんて、世間に知られれば卒倒も
のなのだが、本人はマイペースに学園生活を送っていた。
リアは町の中をうろうろする。
そんな中でティアルク・ルミアネスが色々やらかしているのも見
346
たりもした。
ティアルク・ルミアネスはその不自然さを疑われている。中途半
端に隠すからそうなるのである。
リアやソラトのように完璧に隠し通すか、いっそのこと本来のラ
ンクで堂々と実力を曝け出すのが一番であろう。
貴族といざこざのある少女を助けて、そして貴族とひと悶着して
いた。
︵⋮⋮女の子は助ける主義なのはいいけどさー、なんていうか、
これ、ゲンさんとルノさんに迷惑かかるパターンだよねー︶
なんて思いながらも、とりあえず仮にも︽ギルドランクA︾を所
持しているのでどうにでもするだろうと考え放置することにした。
それでどうにかして、ティアルク・ルミアネスの正体が露見しよ
うが正直リアからしてみればどうでもいいことである。
︵なんか、面白い噂とかないかな︶
などと考えながら、リアはまたうろうろしはじめる。
そんな中である会話が聞こえてきた。
﹁そういえば、聞いたか?﹂
﹁なにをだ?﹂
﹁⋮⋮なんか、正体不明の男が現れたって。実力はあるらしいぜ﹂
その話にリアは耳を傾ける。
︵正体不明の男? ってなんだろ?︶
男たちはすぐ隣でリアが聞いているなどと思ってもいないのだろ
うペラペラ情報を流す。
﹁正体不明の男?﹂
﹁ああ。なんかレベルは高いらしいけど、色々不自然らしい。ギ
ルド登録もしていなくて、どこにも所属していないって話で﹂
﹁それはまた⋮⋮懐に抱えようと躍起になりそうだな﹂
そんな会話。
それを聞いてリアはんーと考える。
︵実力はあって、不自然。どこにも所属していない。んー、これ
347
って︶
そうして思い浮かべるのは義理の妹であるネアラの、母親のこと
である。
︵ネアラのお母さんみたいな感じ?︶
ネアラの母親は﹃ホワイトガーデン﹄をプレイしていたが、日本
人としての体のままトリップしていた。だから知識はあっても、実
力はなかった。
︵⋮⋮もしかしたら、アバターで転移ってパターン?︶
実力があって、不自然で。それでいて、おそらく権力者たちが懐
に抱えようとしていて身動きが取れない事になっている可能性もあ
る。
︵んー、ちょっと気になるけど。気が向いたら見に行こうかな︶
リアは同じく﹃ホワイトガーデン﹄を知っているであろう存在で
あろうとも、自らかかわる気はなかった。ネアラの事に関しても目
の前で生きようとしていたからこそ助けただけであり、自分の事が
第一のリアの考えはそういうものである。
︵私もアバターのままで転移できたらカンストしてたのにな。で
も、それはそれで大変だったかもだし、赤ちゃんからの転生で良か
ったかも。いきなり転移とかだと、私真っ先に死にそうだし︶
よく考えてみて転移したとすれば、色々と苦労が多かっただろう。
赤ん坊からの転生なら、この世界に最初から存在しているわけで問
題はない。しかし日本人の姿のままの転移や、アバターのままの転
移だとなると、過去が存在しないとかいう事になりそうである。
︵あ、でもアバターだと過去はあるか。私のアバターの過去もあ
ったし︶
リアは思考する。
そう、この世界は﹃ホワイトガーデン﹄の世界の未来という位置
付で、少なからず﹃アバター﹄たちの歴史がある。イベントなどが、
キャラがなした偉業のようになっているとかそんな感じである。
︵となると、行方不明扱い? それなりに有名人なら﹃アバター﹄
348
の過去もあるし。いや、でもそれはそれで持ち上げられたりして大
変だよね。やっぱ赤ん坊からの転生で良かったな、私︶
リアはそんな風に考えて、その場から姿を消すのだった。
349
とある噂を聞く︵後書き︶
活動報告にてリクエスト募集しています。
逆お気に入りユーザー5000人突破企画です。リクエストの小説
を書くのは大分後になるでしょうが、現在募集中です。
350
友達を作りたいネアラを見る
︵あら、何やってるんだろ、あれ︶
さて、いつものように︽何人もその存在を知りえない︾を行使し
て、ぶらぶらしていたリアだったが、家の近くでネアラのことを見
た。
ネアラの姿を住んでいる家の近くで見ることは自然なことである
が、その様子はおかしかった。
ネアラは、じーっと、ある一団を見ていた。
﹁そっちいったぞ!﹂
﹁よしっ﹂
それは、ボール遊びをしている子供たちである。
じーっと見つめているネアラは気配を消しており、子供たちがネ
アラに気付いた様子はない。
︵なんで気配を消して子供たちを見ているんだろう︶
などと考えながら、リアはネアラのすぐ横までやってきた。もち
ろん、ユニークスキルを行使しているリアにネアラは気付かない。
﹁⋮⋮⋮﹂
ネアラは無言のまま、緊張した面立ちである。真剣に子供たちの
ことを見ている。
リアはその横でじーっとネアラとネアラが見つめている子供たち
の集団を見ている。
︵もしかして輪に入りたいのかな。ネアラは友達がほしいってい
ってたし︶
そう結論付けるリアである。まぁ、ネアラはリアやソラトが相手
にしていないときは、大体暇である。一人で訓練をすることもある
だろうが、リアみたいに﹃強くなることが趣味﹄とかではなければ
退屈になるのも当然である。
351
リルア皇国は大陸も違う遠く離れた国だ。﹃姿無き英雄﹄に出会
ったことで、こうしてこの町にやってきたネアラは一人でいること
がさびしかったのだろう。
︵うーん、正直私は一人が好きだし、他人とかかわるのは苦手だ
し、友達はルーンがいれば満足だし、ネアラの友達を作りたい気持
ちはわかんないなー。でもそうか、今まで命を狙われていた皇女様
だったわけで、友達ってあんまりいなかったのかな?︶
義妹のことを考えながら、なかなか子供たちの集団に話しかけら
れもしないネアラを見つめる。輪に入りたそうにじーっと見つめて
いるネアラだが、﹃姿無き英雄﹄から習った気配遮断を行使してい
るため、子供たちが見ているネアラに気付く様子はない。
︵もっと堂々と見つめていればいいのに。そうしたら﹁お前、な
んで見ているんだ?﹂とか﹁輪に入りたいのか?﹂とか話しかけて
きそうなのに︶
などと考えながら、リアはネアラを観察している。
友達を作りたいと一生懸命なネアラの観察を楽しんでいるリアで
ある。しばらくの観察対象をネアラに決めたらしい。
︵魔物と戦うより、子供たちの輪に入ることをためらうってなか
なかネアラもずれているなぁ︶
人のことを言えないであろうリアは、ネアラに対してそんなこと
を考えている。
まぁ、︽超越者︾であるリアの義妹になれるような特異な存在で
あるネアラがいろいろずれているのも当然である。
︵背中押してあげようかな? 誰も見ていないし。背中を押して、
すぐにユニークスキルを使えば気付かないだろうし︶
いい加減、義妹の前にぐらい姿を現せよと突っ込まれそうだから
そういう思考をしているのがリアである。誰も見ていないのだから
﹁がんばれ﹂と口にするだけ姿を現すとか、色々方法はあるだろう
が、リア的には誰も見ていなくても気付かれたくはないらしい。
︵よし︶
352
そんなわけで子供たちの輪の中に入りたいけど、入れない。どう
しようとずっと子供たちのことを見ているネアラを、心の準備がで
きていないうちにリアは押した。
﹁!?﹂
ネアラが驚いた顔をする。
そしてネアラは子供たちの前に躍り出る形になってしまった。
﹁ん? なんだ、お前っ﹂
﹁珍しい髪の色!﹂
突然、子供たちの前に躍り出る形になったネアラは、ボール遊び
をしていた子供たちに囲まれた。
﹁え、えっと妾は⋮⋮﹂
最近では自分のことを﹃私﹄というようになっていたネアラだが、
突然のことによほどあわてているのだろう一人称が﹃妾﹄に戻って
いた。
﹁自分のこと妾っていったっ﹂
﹁おもしろーい﹂
﹁お前どこからきたんだ?﹂
物珍しいものを見るように子供たちは騒ぎ始めた。あんなに輪の
中に入りたそうにしていたネアラだが、いざ子供たちに囲まれると
焦った様子を見せている。
﹁え、えっと﹂
質問攻めさせてどうしたらいいかわからないネアラ。その様子は
年相応な少女である。
﹁あ、あの、私、も一緒に遊ばせてください!﹂
質問の答えになっていないが、ネアラがようやく言えた言葉はそ
れだった。
その言葉を聞いて、子供たちは驚いた顔をして、次の瞬間笑った。
﹁なんだ、一緒に遊びたかったのか﹂
﹁名前なんていうの?﹂
﹁ねぇ、あのさ﹂
353
そして勇気を出して口にしたからこそ、ネアラは子供たちの輪の
中に入ることになるのであった。
子供たちに囲まれ、ネアラは笑みを見せるのである。
︵よし、ネアラも子供も私には気付いていないね。ネアラも甘い
なぁ。街中だろうとも、隙がありすぎだよね。世の中何が起こるか
わからないのだから、もっと警戒心を持たなきゃ。うん、今度ネア
ラに警戒心を持たせるために魔物の中突っ込ませよう︶
リアはネアラが楽しそうにしている様子を見ながらそんな物騒な
ことを考えるのであった。
354
友達を作りたいネアラを見る︵後書き︶
ネット小説大賞一次選考通過していました。これからもがんばりま
す。
355
ハーレム主人公の観察記録 2
さて、今日も今日とてリア・アルナスは無害な生徒を装い、いつ
も通り学園に通っていた。
︽ギルド最高ランク所持者︾にして、︽超越者︾、誰もが通り名
を知っているような怪物︱︱︽姿なき英雄︾がこんな場所に平然と
存在していることは普通に考えておかしいことである。
たかが、︽ギルドランクA︾を所持している、ティアルク・ルミ
アネスの存在でさえ、騒がしくなるような学園だ。そこでもっと強
者が存在しているなんて冗談みたいな話である。
自分の実力を隠しきれていないティアルク・ルミアネスは、生徒
会や友人たちからも﹁何者なのだろう﹂といった目を向けられてい
る。
本来学園に通う必要性の全くないほどの実力者が、学園に通って
いるということはそれだけのことなのだ。
﹁ティアルク・ルミアネス、お前は⋮⋮﹂
さて、相変わらず︽何人もその存在を知りえない︾を使い、学園
内をこそこと動き回っているリアはある現場を目撃した。
それは、生徒会長であるマルスがティアルクと対峙している場面
である。
ティアルク・ルミアネスがこの学園に入学して、まだ一学期しか
時間が経過していないというのにもかかわらず詰めの甘すぎる彼は
すっかりマルスの警戒対象になっていたのであった。
︵そりゃあ、よっぽどのバカじゃなければハーレム主人公が普通
の生徒ではないってわかるよね。ルミさんとゲンさんの弟子だって
ばれたら普通の生活ができないからって隠しているなら本当、徹底
的にやればいいのに。この学園の生徒は基本的に将来のエリート候
補生だし、そんなつぎはぎだらけの隠蔽で隠せるわけがないのに︶
356
まぁ、いうなればリアは臆病すぎるが故にすべてを疑い、油断を
していない。
それに対してティアルクは自分の力をどこか過信しているが故に、
周りを疑わず油断ばかりがあるのだろう。
そこら辺は、運でレベルを上げてしまったからこその弊害といえ
るだろうか。
それにしてもリアにあれだけ徹底的にやられておきながらも、い
まだに過信しているというのにリアはあきれてしまう。
﹁生徒会長さん、なんですか?﹂
自分がどういう疑いをかけられているか、などとそんなこと一切
考えていないのだろう、ティアルクののんきな声が響く。
︵本当に能天気すぎるなぁ。なんでああいう主人公属性のある存
在って楽観的だったりするんだろうか。うーん、謎︶
相変わらず脳内ではおしゃべりなリアは、マルスとティアルクを
見ながらそんなことを考える。もちろん、二人はリアの存在には一
切気づいてさえもいない。
﹁お前は、何者なんだ?﹂
﹁何者って?﹂
﹁お前はおかしい。レベルが31にしてはおかしいのだ。あえて
実力を隠しているように見える。最初はどこかの諜報員かとも思っ
たが、それにしては⋮⋮警戒心が薄すぎる﹂
そんなマルスの言葉を聞きながらすべてを知っているリアはのん
きな思考である。
︵あー、まぁ、この学園重要な機関だしね。諜報員的存在もいる
だろうね。私も何人かみたし。でもさすがにプロのそういう存在に
ついては筋肉会長も気づけないだろうしなー。でもあれだね、ハー
レム主人公は嘘とかつけないだろうし、諜報員とか無理だよね!︶
ちなみに、そんな感想を持っているリアは素で毎日諜報員のよう
な行動をしているわけである。誰も聞いていないだろうとこぼした
言葉をリアが聞き、問題がありそうなものならばギルドマスターに
357
報告したり、自分で対処したりしているのだ。
マルスはこの学園によからぬことをしようとティアルクがいるの
ではないかという懸念もあるようだが、平穏な学園生活を求めてい
るリアがこの学園にいる限りこの学園の平和は崩されることがない
ことは確実である。
もっともマルスは︽姿無き英雄︾がこの学園にいるなどと欠片も
考えていないことだろうが。
﹁諜報員なんてっ、僕は⋮⋮﹂
傷ついた顔をするティアルク。
﹁ならば、お前はなんだ﹂
﹁それは︱︱﹂
言いよどむティアルク。しかしそんなティアルクの様子を見なが
らマルスはティアルクは学園を害そうとここにいるわけではないと
いうのはわかるのだろう。
﹁⋮⋮言いたくないのか。何か事情があるのだろう。お前は、こ
の学園を害す気はないんだな?﹂
﹁それは、当たり前です!﹂
﹁ふむ、害すというのならばこの筋肉で制裁を与えなければなら
なかったところだが、それならばよいだろう﹂
結局ティアルクが言いたくなさそうなために、そこまで問い詰め
るのをやめたらしい。ティアルクがあまりにも迂闊で、油断をしす
ぎていて、警戒心が薄れたのもあるだろうが。
︵うーん、そこまでしてハーレム主人公は平穏な生活をしたいの
かな? だったらもっと徹底的に平凡を極めればよかったのに。下
手に手を抜くのが苦手で、ハーレム作って目立つからアレなんだよ
ね︶
リア、ティアルクにあきれた目を向ける。ティアルクが去り、残
されたマルスが﹁あいつは何者なのだろうか﹂とつぶやくのを黙っ
て聞いているのであった。
358
359
︽英雄︾、噂の人と遭遇する。
その日、リア・アルナスはいつものようにレベルあげのために魔
物狩りに来ていた。日常的に魔物を狩っている存在なんて、そうは
いない。
ましてや学園の生徒たちは実践経験が少ないものばかりである。
正体をひたむきに隠しているが、リアは間違いなく学園最強である。
リアが今回来ているのは草原である。ちなみに時刻は夜。ここは
昼間は結構魔物を狩りに来る冒険者もいたりする。基本的に魔物と
いうものは夜に狂暴化する生き物であり、夜に好き好んで危険な場
所に来るものはそうはいないのだ。
まぁ、リアは誰もいない方がやりやすいと考えているのもあって
こんな夜中だろうが喜んで来るわけだが。
空には、満月が輝いている。
此処は地球ではなく、異世界であるため月も違う。青白く光り輝
くそれは、酷く神秘的である。
このフォグラス草原では、レアモンスターが出る仕様であった。
ゲームでの話であるが、現実でも実際そうである。だからわざわざ
リアはやってきた。
魔物狩りをするのはいつもの事だが、素材が欲しいと義姉である
ルカにも言われているからというのも一つの理由である。
︵うーん、あんなに目立つレアモンスターならすぐに見つかると
思うんだけど。どこいるかな?︶
リアが探しているレアモンスターというのは、ギガントゴーレム
と呼ばれる存在である。草原に満月の夜にだけ出現するという設定
が、ゲーム時代にはあった。が、現実になるとゲーム時代よりも出
現率は低い。
リアが︽何人もその存在を知りえない︾を行使したまま、草原を
360
駆ける。
駆け抜けながらすれ違う魔物たちを殺戮し、︽マジックボックス
︾の中に突っ込んでいく。解体は後からまとめてやるつもりらしい。
︵ギガントゴーレムは中々経験値はいるし、見つけたいんだけど
なぁ。いないなぁ︶
うーんとリアはギガントゴーレムが見つからない事にそんなこと
を考える。
ちなみにギガントゴーレムはレアモンスターであるだけあって、
討伐難易度は高い。まず遭遇することが難しく、遭遇しても討伐難
易度が高く倒せるものが少ないというのだから、ゲーム時代も中々
鬼畜仕様のモンスターであった。
此処はリアにとって現実の世界でしかない。死ねばリセットはな
い。だけれども、この世界が確かにゲームの世界と酷似している事
は確かであって、こうしてゲーム時代の記憶は生きていれば思い出
されていく。
尤もこの世界で、16年近く生きていて前世の記憶というものは、
大分薄れてきている。ただ、死んだ時の記憶だけは猛烈に頭の中に
残されていて、その記憶があるからこそリアは死にたくないという
思いが人よりも強い。
そうしてリアが魔物を狩りながら進んでいる中で、戦闘音が響い
た。
︵誰か戦っている? 夜の草原で、珍しい⋮⋮︶
リアは自分の事を棚に上げてそんな風に思考しながら、興味本位
で戦闘音のする方へと向かっていった。
そして向かった先では、ギガントゴーレムとそれに対峙している
一人の存在がいた。
︵あれ、誰かにもう取られちゃってたか。それにしても一人でギ
ガントゴーレムと戦うってよっぽどの馬鹿か、実力者か︶
リアは相変わらず自分も一人でギガントゴーレムと対峙する気満
々だったくせに、そんなことを考えている。
361
暗くて男の顔はよく見えないが︵第一、こちらに背を向けている
わけで︶、鎧を身にまとっていて、見た目は戦線で戦う騎士のよう
だ。
リアはギガントゴーレムと、男をじーっと見つめる。
人の死を見るのはすきではないから、もし危険だったら助けよう
かななどと思いながらもとりあえず観察していた。
ギガントゴーレム相手にその人はよく戦っていた。
︵ふーん、一人でギガントゴーレム相手にあれだけ戦えるなんて
凄い︶
と、リアも関心するぐらいである。
ギガントゴーレムの巨大な腕が、その人を狙う。だけどその男は
鎧を身にまとっているとは思えないほどのスピードで、さっとそれ
を避ける。
︵あれは︽瞬速︾のスキルもちかな?︶
リア、のほほんと戦いを見ている。その人がリアに気づいた様子
はない。
ギガントゴーレムの攻撃を避けたその人は、そのまま持っていた
長剣でギガントゴーレムを真っ二つに切り裂いた。
︵うん、強いね。あれ誰だろう? なんか、頭の中引っかかるっ
ていうか、どこかで見た事ある気がしてならないんだけど。うーん、
実力者っぽいから近づいたら気づかれる可能性もあるけれど、もっ
と近づいてみるかな?︶
リアは近づいたらばれるかなと不安なようだが、それよりも好奇
心が大きかったらしい。ユニークスキルを発動したままの状態で、
ゆっくりとその人に近づいていく。
その人はギガントゴーレムの死骸を前に、なんだかどうしようみ
たいな態度をしている。そのことがリアにとって不思議であった。
普通に解体すればいいのにとしか思えない。
その人は、近づくリアに気づかない。
リアは、その人の真正面に経つ。
362
そして、その顔を見た瞬間、声が口から洩れていた。
﹁︽爆炎の騎士︾ラウル?﹂
リアがしまったと思った時には遅い。リアの姿は男の前に現れて
いた。
しかし、リアが声を上げてしまったことも無理もなかった。なぜ
なら、その︽爆炎の騎士︾ラウルはリアの前世の知り合い︱︱︱V
RMMO時代の友人であったのだから。
363
懐かしい再会
﹁⋮⋮え、は? あれ、てかいつの間に!? それにその名を知
ってるって、君プレイヤー?﹂
突然現れたリアに対し、彼、ラウルは驚きの言葉を発する。
そう、︽爆炎の騎士︾、ラウルというのはVRMMO内での彼の
通り名と名前である。
リアがその反応を見て思った事はただ一つだった。この世界、転
生だけじゃなくてトリップまであるんだ⋮⋮、というそんな純粋な
驚きだった。この世界は不思議で溢れているとリアは思う。
﹁あー⋮、私はトリップじゃないけれど﹂
﹁え?﹂
﹁⋮⋮トリップじゃなくて転生。元︽風神︾ナナ。現リア・アル
ナス。久しぶりラウル﹂
何をかくそう、︽爆炎の騎士︾、ラウルはリアがVRMMOを一
緒にやっていた時の仲の良かった友人である。まさか、転生した先
での友人がトリップしてくるとは⋮⋮と流石にリアも驚きでいっぱ
いだ。
転生者のリアに、トリップ者のラウル。
︵転生者に加えて、トリップ者かぁ、この世界は面白いなぁ︶
などとリアは考える。
リアの目の前ではラウルが驚きで固まっている。
ちなみに︽風神︾というのはVRMMO時代のリアの通り名であ
る。前世でリアはトッププレイヤーのはしくれであった。
当時のリアは、ゲームの世界だったのもあって戦闘特化のアバタ
ーを使っていた。風を使い、槍を振り回すトッププレイヤー、それ
がリアであった。
今はすっかり、こそこそやってるが、ゲーム時代はそんな感じの
364
プレイをしていたのだ。
﹁おーい、理解出来てる?﹂
目の前でリアが手を振れば、フリーズからラウルが帰ってきた。
そしてリアを指さして、声を上げる。
﹁ナ、ナナ? 転生って、ナナ⋮、来ないと思ったら⋮﹂
﹁うん。ナナだよ。今はリアだから。あと行かなかったのは事故
死したからだよ。で、そっちは何で此処に? トリップって奴?﹂
﹁⋮⋮ああ。なんか気が付いたらこの世界で来たのつい二週間ほ
ど前なんだよ﹂
どうやらラウルは二週間ほど前にやってきたらしい。いきなりト
リップとか本当にびっくりだっただろうなとリアは考える。
︵私は転生だし、この世界に16年間も居るからすっかり慣れて
るけれど、いきなりこの世界に来たなら凄い戸惑っただろうな︶
リアはそんな風に考えながらラウルに問いかける。
﹁⋮⋮他にも来てる奴居るの?﹂
﹁さぁ、いきなりだしわからないけど⋮﹂
﹁行く場所は?﹂
﹁あー⋮⋮、ないな。ゲーム時代の親しくしてたNPCもわかん
ねぇし⋮﹂
﹁そりゃそうだよね⋮﹂
思わずそういって頷く。いきなり準備もなしにゲームの世界にト
リップとか、行くあてもないのは当たり前だ。親しくしていたNP
Cがどうしているか何てわからないし、いきなり放り出されれば行
くあてがなはずである。
そもそもこの世界はVRMMOの時代よりも未来なわけであるし。
﹁じゃあ、私がどうにかするよ﹂
﹁え、いいのか﹂
﹁うん。友人を放っておこうとは思わないし。ただ、どう説明す
るべきかと⋮﹂
リアはそういって口を閉ざしてしまう。リアが初対面の人に姿を
365
晒して面倒を見るなんてこと滅多にない。というか今まで例はない。
困ってる人を助ける事はあるが、すぐに姿を消すのがリアだ。それ
なのにラウルを連れていくとなると、どう説明すべきか正直困る。
前世での友人であるし、困っていたら助けたいとは思うのだけれ
ども⋮。ラウルは今の私がどういう人間が知らないからか、不思議
そうな顔をしていう。
﹁普通に俺がナナ⋮いや、リアを助けたそのお礼とか⋮? てか、
何でリアってこんな真夜中に外でてるんだ﹂
﹁⋮いや、私一応これでもギルド最高ランクだし、滅多なことで
危険になんないってお父さん達知ってるし。ちなみに外に来たのは
ギガントゴーレム倒して経験値欲しかっただけ。
それに私普段から人助けはしても、初対面の人間を家に連れて帰
るなんて事しないからどう説明すべきかと⋮﹂
﹁ギルド最高ランク? え、レベル何?﹂
﹁122。そっちは?﹂
﹁あーっと、レベル150﹂
﹁ゲームで言うカンストか。でもこの世界上限ないから、一番上
はエルフの女王が居るよ。300以上が﹂
そうゲームのカンストは150だった。でもこの世界はレベルの
上限ないから、カンスト以上は結構居る。300以上って言葉にラ
ウルが固まっている。
リアもはじめて知った時はびっくりした事実である。
﹁⋮マジ?﹂
﹁うん。って、それより、まぁ、とりあえず説明困るけど一回帰
ろう。
⋮⋮お義父さんには適当に話すし、それにギルド登録した方がき
っと便利﹂
あんぐりと口をあけているラウルにそういってリアは提案する。
このままずっと草原で話しこんでてもどうしようもないし。
﹁あー、確かにな﹂
366
﹁なんなら私が高ランクに推薦する﹂
実際リアの時もギルドマスター経由で依頼受けてランクは余計な
手続き踏まずにあげていったのだ。昇格試験の時はギルドマスター
が、実力があるかどうか見ててくれた。やっぱり第三者による実力
の評価ってのは大事なので、高ランクに上がる際には、高ランク者
の保障は重用である。
ラウルはVRMMOにおいて、トッププレイヤーでレベルは15
0ある。
そのためXランクでやっていけるだろうし、最下位のランクから
あげるのもどうだろうと思うため、推薦して少し高めのランクから
やるべきだとリアは思う。尤も最初からXランクはおかしいため、
それは流石にないが。
﹁お前のお父さん何者?﹂
﹁現ギルマス﹂
﹁マジ?﹂
﹁義理の父親だけどね。てか、ギガントゴーレムの素材はがない
の?﹂
﹁⋮ゲームと違ってドロップアイテムじゃないからやり方わから
ん﹂
﹁あー⋮じゃあ、私がやる﹂
いわれて見ればその通りだ。ギガントゴーレムの素材のはぎ方と
いうか、どの部分を持ちかえるべきかとか普通にゲーム時代ではわ
からないことである。ゲームではドロップアイテムとして落ちたわ
けであるし。
︵私もはじめの頃は凄く戸惑ってたんだっけ︶
そんな風に考えながらリアはラウルの倒したギガントゴーレムに
近づくと、そのまま腰から下げていた︽黒雛︾を取り出してギガン
トゴーレムから素材となりそうなものをはいでいく。
十数分ではぎ終わり、リアは︽マジックボックス︾と呼ばれる多
くのギルドメンバーに使われている収納の魔法具の中に次々と放り
367
こんでいく。
﹁すげぇ手なれた様子⋮﹂
﹁そりゃあ、モンスター退治なれてるから。この素材は帰ってか
ら渡すけど、要望があるなら知り合いの鍛冶職人に加工頼むけど⋮。
売るのとどっちがいい?﹂
﹁折角だから、作りたい﹂
﹁ん。じゃあとりあえず帰ろう﹂
﹁ああ。世話になる﹂
そう言ってラウルが頷き、リアとラウルは街まで戻ることになっ
た。
二人で街までを︽瞬速︾で駆けながらも話こんだ。主にリアがこ
の世界のゲームとの違いについて話すばかりだったけれど。
ちなみにギルドにラウルを連れて帰ったら、﹁どういう関係だ?﹂
と驚いたようにギルドマスターに驚かれたのは当然の話であった。
368
ソラトとネアラとリア
﹁リアちゃんが連れて帰った男って誰だよ。あー、もう苛々する﹂
その日、ソラト・マネリはリアの家の中で憤慨していた。話を聞
いているのは、ネアラである。
ネアラは基本的にソラトに面倒を見てもらったり、同年代の子供
と遊んだりしながら日々を過ごしている。ギルド登録しているもの
の、自分から冒険に出たりは今の所していない。
ただ、最近仲良くなった友人の何人かがギルド登録したらしく、
一緒に依頼をこなさないか誘われている。リアにその許可をもらっ
てから冒険に行こうと思っており、リアが次いつ姿を現すかなと待
っている状態である。
そんな中、いつものようにリアの家の中へとやってきたソラトは、
憤慨していた。
﹁何かあったの、ソラ兄﹂
﹁リアちゃんが! あのリアちゃんが! 男を連れて帰ったらし
いんだよ!! あのリアちゃんがだよ!? しかもギルマスの知り
合いでもないって、そんな初対面の存在をリアちゃんが連れて帰る
なんてありえない!! まさか、リアちゃんが一目ぼれしたとか。
うわあああ。そんなの、俺は嫌だぁあああ﹂
ソラト、乱心している。
﹁⋮⋮えーっと、事情はわからないけれど、正直リア姉が恋って
ありえないと思う﹂
そういいながらネアラはリアの事を考える。
基本的に無表情で、強くなることに貪欲で、寧ろそれ以外考えて
いない義姉。強くなること、自分を鍛えること、それを趣味にして
いて、敵に一切の容赦がない。誰よりも臆病であるが故に、誰より
も強くなろうとする。
369
︱︱︱そんな、義姉が恋をする。
考えてみようとしても、想像さえもできない事である。寧ろ意味
がわからない。あのリアが誰かの前で恋する乙女であることが理解
できない。
そもそも恋愛感情なんてリアは持ったことないのではないかと思
う。
﹁それもそうだけど、リアちゃんが連れ帰るなんてっ﹂
﹁うーん、どうなんだろう?﹂
﹁リアちゃんに聞きたいのに、リアちゃんがいない!! しかも
ギルマスが、その男の事褒めてたらしいし。あー、リアちゃぁああ
あん﹂
﹁ソラ兄、煩い﹂
ネアラは面倒そうに耳をふさぐ。ソラトは短い付き合いのネアラ
の目から見ても、リアの事が大好きでたまらない。第一、ソラトが
力をつけた理由がリアにおいていかれたくないというのだ。
リアの理由は殺されたくないであるし、二人とも一般的に考えて
色々おかしいのである。
強くなりたい、その理由は人それぞれだろう。ただその思いが折
れないほど太ければ太いほど、あきらめずに人は強くなろうとする
ものであろう。この世界は努力をして、死ななければレベルは上が
る。尤も寿命には人は勝てないが。
﹁でも、リア姉が連れて帰った人って気になるなぁ﹂
﹁だろ! あぁああ、もうやだ。リアちゃんが男と親しいとか、
絶対やだああああ﹂
﹁⋮⋮はぁ、ソラ兄、そんな騒いでたらリア姉が帰ってきた時に
怒られるよ?﹂
リアは気づけば家に帰ってきているという、そういう存在なのだ。
もしかしたらこういう会話をしているうちに横にいたりするかもし
れない。
﹁リアちゃん、かえってきているからって話に確実にまざってく
370
るわけでもないし、今もいるけど会話に混ざるの面倒なだけかもだ
ろうが﹂
﹁あー⋮⋮﹂
ソラトのリアの事を理解している風な発言に何とも言えない気持
ちになるネアラである。
リアのユニークスキルは何処までも特殊である。そして本人が強
ければ強いほど、周りに悟られる事はまずない。リアのユニークス
キルの存在を知らずにユニークスキルを行使しているリアの存在に
気付ける人はそうはいないだろう。
そしてどんな些細な会話だろうが、リアには聞かれている恐れが
ある。目立つのが嫌だと告げているリアは基本的にいつでもユニー
クスキルを行使して、人の話を聞いたり、様々な出来事を見たりし
て遊んでいる。
リアもソラトもできうる限り、使える限りスキルを使い続けてい
るという。
魔力がなくなればぶっ倒れるが、それはそれなのだという。まぁ、
リアはスキルを行使していてもぶっ倒れないほどには魔力量はある
が。
休むことなく、強さを求め、行動する。
言葉にすれば簡単だけど、実際にやってみると難しい事をひたす
らに続けてきたからこその強さが、︽姿無き英雄︾、リア・アルナ
スの強さなのだ。
ネアラもなるべくスキルを使うようにしているが、中々リアのよ
うには出来ない。
﹁リアちゃーん、聞いてたら、あの男誰か教えてー﹂
﹁⋮⋮⋮昔の友人﹂
﹁おっ、本当にいた!!﹂
ソラトの言葉にこたえる声があった。実際にリアはユニークスキ
ルを行使して、そこにいたらしい。
面倒そうに答えるリアを見て、ソラトは嬉しそうだ。
371
﹁昔のっていつのー? ギルマスも知らないんだろ?﹂
﹁ん、お義父さんに会うよりずっと前﹂
﹁大分前なのに、よくそいつだってわかったね﹂
﹁ん、すぐわかる﹂
﹁いつあったの?﹂
﹁⋮⋮⋮秘密﹂
リアは少し考えてそう告げた。リアとソラトは幼馴染で、ソラト
はリアの事に詳しいが、流石に転生者であることは知らない。ここ
がVRMMOの世界だといったところで、ソラトは信じるだろうが、
それが何か説明するのが面倒だとリアは思った。
リアの解答になんで教えてくれないのと少しソラトは不機嫌にな
る。が、そんなソラトを放置してリアはまた消えて行った。
リアが消えて行ったあと、﹁絶対、リアちゃんにとってなんなの
か探ってやる﹂とソラトは気合いを入れるのであった。
372
課外実習があるらしい。
﹁課外実習が行われるから、プリントを読んでおくように﹂
担任の教師がそんな言葉を言い放つのをリア・アルナスは相変わ
らずの無表情のままに聞いていた。
︵課外実習か。ギルド側では参加したことあったけれど、生徒と
しての参加だと動きにくそう。班での行動らしいし︶
課外実習はリアの通うアルフィルド学園の生徒たちに実践を積ま
せるための実習である。この実習において魔物があふれる地で生徒
たちは自給自足の生活をしばらく送ることになる。
リアやソラトはギルドのメンバーとして魔物との戦闘も難なくこ
なすことができるが、大多数の生徒たちはそうではない。
そもそも学園はそういう存在になるために学ぶ場であり、本来な
らもうすでにそういう力を身につけているリアたちが通う必要のな
い場所である。
この課外実習においてギルドのメンバーは、学園からの依頼を受
けて不足の事態が起こらないようにと見回りをする役割を毎年負っ
ている。リアももう少しランクが低かったころにそれに参加したこ
ともあった。
課外実習は必修単位であり、落とすわけにはいかないものだ。
だから学園に在籍し続けるためには参加しなければならないのだ
が、リアはちょっと嫌そうな顔をしている。
︵一人で行動していいならレベル上げも含めて魔物狩りまくるの
に。誰と同じ班になるかによっても色々面倒かもしれない。学園の
中じゃ私、戦闘能力平均以下って見られるぐらいにしているし︶
無表情のまま考え込むリアである。
ちなみに一人で黙り込んでいるのはリアと、もう一人、カトラス・
イルバネスぐらいである。
373
他のクラスメイトたちははじめての課外実習ということで各々ざ
わめいている。
﹁ティアルク、緊張しますわね﹂
﹁ああ、どうだな﹂
ティアルク・ルミアネスの声もリアの耳には聞こえてくる。
︵ハーレム主人公って、︽ギルドランクA︾なのになにいってい
るんだろうか⋮⋮。課外実習ぐらいで緊張していたらこの先やって
いけないと思うんだけど。上を目指すなら。でも、上を目指してい
るようには見えないし、仕方ないか︶
正直常にスキルを使い、常にレベルを上げることを優先している
リアはティアルク・ルミアネスが本当に強くなりたいと思っている
ようには思えない。
本当に強くなりたいのならば、学園に通わず師である二人に習っ
たほうが断然戦闘面のためにはなるだろう。学園に通っているにし
ても友人たちと遊ぶことばかりして、普通の一般生徒のやっている
努力しかしていない。
︵うーん、というか、私ルミさんたちに言われてぶちのめしたけ
ど、結局それためになってないよね。ハーレム主人公ってこのまま
ぐたぐた伸びなさそう。努力もしてないし︶
ルミとゲンはティアルクに期待しているようだが、正直その期待
は無意味だとリアは思う。
いくら周りが期待していようが本人がやる気を出さなければ意味
がない。努力は今の現状に満足していないからこそ、為すものであ
る。リアも、自分の強さに満足をしていないからこそ、もっと強さ
を求めて強くなるための努力を続けている。
が、ティアルク・ルミアネスは満足している。
そして、この学園の生徒たちも⋮⋮。トップである生徒会たちも。
生徒会のメンバーたちは、この学園でトップクラスの実力者であ
り、その年の割りには強いという事実があるからこそ満足してしま
っているのかもしれない。
374
もしくは、レベルが上がりにくくなりもう無理だとあきらめたか
らかもしれない。
何かを手に入れるために代償は必要で。強くなるためにはそれな
りに危険を犯さなければならないのも当然である。
︵過去あり主人公は典型的な諦め君って感じだしなー。課外実習
どちらかと一緒になれば観察して遊んでも楽しいかな。というか、
ラウルがギルドに登録したばばかりだし、もしかしたらギルド要員
として借り出されるかもな︶
相変わらずリアは誰とも話すことはなく、心の中で沢山のことを
考えている。
リアの前世の友人であった︽爆炎の騎士︾ラウルはギルドマスタ
ーの元へ預けられている。リアが誰かを連れてきたことにもちろん
ギルドマスターは驚いていたが、転生したことも前世のこともどう
説明すればいいかもわからないし、喋る気もしなかったリアは適当
にはぐらかした。
︽ギルド最高ランク︾の所持者であるリアの推薦もあってギルド
ランクCから始まっている。最もゲーム時代におけるカンストの1
50レベルの所持者なのだからすぐに最高ランクになるだろうが。
︵ラウルが課外実習のためにうろうろするなら、班と行動しなが
らラウルを探しても面白いかもな︶
と、ラウルが課外実習にギルド要員として参加するのならば、探
して遊んでみようなどとリアは考える。
リアにとってラウルはある意味特別である。
この世界で唯一、VRMMOの話ができる相手であり、前世を共
有できる相手なのだ。
突然この世界に来てしまったラウルにとっては不本意なことだろ
うが、リアはラウルという友人がこの世界に来てくれてうれしいと
思っている。
︵課外実習の班どうなるかな︶
リアはそんなことを考えながら相変わらず無言であった。
375
376
課外実習があるらしい。︵後書き︶
相変わらず学園に友達のいないリアである。
377
︽爆炎の騎士︾さんはかく思う
﹁はー、まさか、こんなことになるとは⋮⋮﹂
真っ赤な髪に、騎士の鎧。それが﹃ホワイトガーデン﹄における
トッププレイヤー、︽爆炎の騎士︾の象徴であった。
VRMMOの世界で︽爆炎の騎士︾として名を馳せたラウルは、
現在ゲームの中にトリップするという嘘みたいな経験をしている。
﹁ナナが、この世界に転生しているとかもなぁ⋮⋮﹂
それに加え、VRMMO時代の友人でいつの間にかゲームにこな
くなっていた︽風神︾ナナが転生しているというわけのわからない
状況である。ナナ︱︱現在のリアが死に、転生したという事実。そ
れはショックであったし、もう二度と、例え元の世界に戻れたとし
てもリアとともにゲームをすることはできない。会うこともできな
い。だが、リアがこの世界に転生していたからこそ、トリップをし
たラウルは助かっている一面がある。
どういう経緯であるかは知らない。リアがこの世界で十六年もの
間、どのように生きてきたのかもラウルはわからない。だが、ギル
ドマスターの養子となり、レベル1から︽ギルド最高ランク︾に上
るまでレベルを上げているのだ。ここはゲームとは違う。現実であ
る。戦いの中では簡単に命を落とすことさえもある。だというのに、
その世界でリアはずっと戦ってきたのだ。
︵⋮⋮俺はカンストして150あるけど、それはゲームでの話で
あって、レベルの割りには戦えはしない。というか、解体とかもよ
くわかんねぇしな︶
ラウルがいるのはギルドマスターに手配された部屋だ。リアはコ
ミュ障が激しく、ギルドマスターの知らないリアの知り合いという
ことでラウルはギルドマスターに散々質問もされたものである。し
かし、リアは養父のギルドマスターにさえも前世の事など話しても
378
いないようで、説明もできなかった。
リアが﹁ラウルは、レベル高いけどいろいろ戦えないから教えて
あげて﹂とギルドマスターにいったのもあって、色々教わっている
が、レベルと色々合わないとよく突っ込まれている。
︵リアに教わるのが一番いいけれど、なぜか学園に通っているら
しいしな。⋮⋮つか、︽姿無き英雄︾とかどれだけ厨二なんだ。こ
の世界は恐ろしいからバレたくないってこそこそしているらしいけ
ど、なんつーか、ゲーム時代のあいつはもっとどうどうとトッププ
レイヤーしていたんだがなぁ︶
ゲーム時代のリアを知っているラウルにとって、︽風神︾ナナと
︽姿無き英雄︾はあまり重ならない。戦い方も違えば、この世界で
のあり方も違う。
ただ、重なる部分もあるといえばある。
それは、戦闘に進んで飛び込むところである。
︵ゲーム時代はただデスペナがあるだけだからって進んで特攻し
てたっけ。それで死に戻りしてたか。何度も何度も突っ込んで、無
理だろって相手に勝ったりしてたっけ。⋮⋮この世界は一度死んだ
ら終わりなのに色々無茶してレベル上げているみたいだけど⋮特攻
して無茶してるのは変わらないか︶
そう、リアはゲーム時代から結構無茶をやらかしていた。やって
みなければわからないと絶対無理だと友人に言われる敵に突っ込み、
死亡。デスペナを食らう。というのをよくやっていた。
この現実の世界でも同じような無理をしているとは思わなかった
が。
︵はー、ドラゴンと友達とか、︽姿無き英雄︾と呼ばれ色々やら
かしているとか、リアは全く何をやっているんだか⋮⋮︶
考えれば考えるほど不思議である。トリップして無双するとかそ
ういうわけでもなく、レベル1から黙々と上げてこの世界で強者と
なり得ているのだ。おかしい。
確かにこの世界は﹃ホワイトガーデン﹄と酷似している。だから
379
スキルの事もわかって、レベルも上げやすかったのは確かだろう。
しかし、それでも︽超越者︾に至るのは大変であるというのは、ギ
ルドマスターからも聞いている。
この世界の常識もあまり知らないけど役には立つと、リアはギル
ドマスターに告げた。それもあって、色々常識を教わっている。そ
の常識の中に︽超越者︾の事もあった。
そこに至った最年少︱︱それがリアだといっていた。ギルドマス
ターが知り得る限りの範囲で、最年少。十代でそこに至れるものは
リア以外知らないといっていたのだ。
︵まぁ、リアの幼馴染も行くかもっていってたけど⋮⋮。はー、
しかもそいつリアに惚れているらしいし、俺喧嘩売られるかもって
いってたし︶
正直リアを追いかけて10代にしてはレベルが異常に高い存在に
喧嘩を売られるなんてラウルは勘弁してほしかった。というか、ラ
ウルはレベルが高いし、レベル差はあるが、現実での戦い方をよく
知らないのもあって、勝てるかどうかがわからないのだ。
︵⋮⋮どうにか、会うまでに色々やらなきゃな。学ぶことが多す
ぎる。いつか、地球に帰れることもあるかもしれない。でも、帰れ
ない可能性が高い。どうにか頑張らなければな︶
そんな風にラウルは気合をいれるのであった。
ちなみに、リアとは再会してから一度も会っていない。
この世界に来てからむしろギルドマスターとの交流が深まってい
るラウルであった。
380
課外実習の準備で忙しい生徒会をのぞいてみる。
もうすぐ学園では課外実習というものが行われる。この行事は学
園において重要なものである。
アルフィルド学園は、この世界で生きていくための術を学ぶ学園。
強くあろうとする生徒たちが集まる学園。故に優秀で、自ら高見に
いたろうとしている生徒たちばかりが溢れている。
一般的な評価として、レベルの低い生徒を偽装しているリアだっ
て学外の者たちから見れば学園に入学するだけの実力はある存在と
みられるものである。
この学園で優秀だと噂されるものたちは、後に世界に名をあげる
ものも多くいる。そして、そんな存在になることにあこがれて、学
園の生徒たちは励んでいる。
︱︱︱︱すぐ隣に、自分たちと同じように勉強している︽姿無き
英雄︾の存在には誰も気づきはしない。もうすでに生徒たちにとっ
ては十分だといわれる︽超越者︾に至りながら、もっと強さを求め
ている存在。それが、リア・アルナスである。
さて、リア・アルナスは現在、生徒会を観察して遊んでいた。
﹁今回、ギルドからは十名ほどの高位∼中位のランク者がやって
くる。失礼がないようにしなければならない。何か起こるとは思え
ないが、今回は不安要素もあるからな﹂
筋肉会長はまじめな顔をして生徒会のメンバーに言い放っている。
ちなみに高位∼中位とは大体C∼A、高くてもSランクぐらいしか
課外実習における見回りの仕事にはつかない。SS、SSS、Xラ
ンクは基本やらない。
仕事としてはいないが、生徒として︽姿無き英雄︾と︽炎剣︾が
存在しているとしったらギルドの依頼を受けている冒険者たちは自
分は必要ないのではないかとも考えそうだ。
381
﹁不安要素とは? 何かあるのかい?﹂
能天気に言い放つのは生徒会メンバーの一人、ジルベルト・アシ
ュイエである。
﹁⋮⋮ティアルク・ルミアネスのことですね、マルス﹂
副会長であるアイディーンがそう告げれば、マルスはその通りだ
とでもいう風にうなずく。しかし、他三名はティアルク・ルミアネ
スを何故不安要素にするのかわからないといった様子である。
リアはその会話を聞きながら、生徒会室の外で︽空中歩行︾のス
キルで浮いている。魔法を使って盗み聞きをしながら笑っているの
は中々良い性格をしている。
︵やっぱり生徒会では筋肉会長と氷の副会長が別格だね。ハーレ
ム主人公って一目見ただけでも違和感感じてしまうぐらいに色々と
あれだよね。ある程度強い人ならきっと誰でも違和感には感じるも
んね。しかし筋肉会長以外に無能なのかな? まだハーレム主人公
のことわかってのかって思うよ。少し︶
つぎはぎだらけで少しでも叩けば埃が出てくるようなそんな存在
がティアルク・ルミアネスである。かまをかけてもそれに騙されそ
うである。
しかし生徒会長はまだ学生であるし、調査をするのにも限界があ
るのだろう。
︵諜報員かって疑ってたしなー。あんなわかりやすい諜報員がい
たらすぐクビになるのは目にみえているよ︶
諜報員とはプロである。潜入し、調査する、そんなプロ。相手に
一切悟らせることがなく、その場になじむものがやるのが当然であ
る。寧ろ敵さんにバレバレな諜報員とか使えなさすぎる。
﹁ティアルク・ルミアネスってあのハーレム野郎だよな? 何か
あるのか?﹂
﹁⋮⋮⋮警戒する必要、あるのですか?﹂
クノ・ミズトランとフ﹂ァン・ポトーナは不思議そうに問いかけ
た。まったくもってわかっていない。
382
﹁あいつは不思議な奴だ。何かを隠しているのは確定している。
しかしそれが何かわからない。悪い奴ではないと思うのだが⋮⋮﹂
﹁マルスがそういうのならそうでしょう。私も個人的に調べてみ
てアレが学園に害をなすとは思えません。しかし、何か騒動を起こ
すかもしれないとは感じられました。学園に入学してから半年とい
う間にこの学園で一躍有名になっている生徒ですから﹂
マルスの言葉にアイディーンが同意して告げる。その認識は正し
いといえるだろう。ティアルク・ルミアネスは転生者であるリアが
主人公っぽいと思うほどに、そういう属性を持ち合わせている。
そもそもティアルク・ルミアネスがレベルが高い理由をゲンとル
ミから聞いているリアはより一層ティアルク・ルミアネスは騒動の
元だと思っている。自分より圧倒的な魔物に襲われ、そしてその魔
物に偶然がいくつも重なり合って勝利した。そんな経験をしており、
なおかつ現状周りの親しいものたちが何かしら権力を持っていたり
わけあり風であるというのだから何か起こらないとは逆に思えない。
︵っていうか、筋肉会長たちはレクリア・ミントスアがエルフの
女王様の血縁だってことももしかしたら知らないかな? 一番可能
性がありそうなのは、ミントスアかアーガンクル関係かな? エル
フの女王様の血縁と、この国の大貴族の娘ってだけで色んなフラグ
が立つからなぁ。でも私が知らないだけで他も何かしら抱えてそう
だしな。あれだけ要人とか重要人物を周りにはべらせれるハーレム
主人公って半端ない︶
改めてティアルク・ルミアネスの主人公具合に驚くリアである。
﹁アイディーンがそういうならそうなのだろう。それにしてもあ
の少年がか。何かが起こる可能性はどのくらいあるんだい?﹂
ジルベルトの言葉に、アイディーンは一瞬だけ彼に視線を向けて
面倒そうにため息を吐く。
﹁どのくらいなどわかるはずがないでしょう。あくまで、起こる
かもという可能性の話です。私たちは彼を知りません。彼が何かを
隠していることはわかりますが、それが何かを知らなければ結局ど
383
うも動きようがないのです﹂
﹁警戒する、だけはできるがな。実のところあいつが何者なのか、
何を隠しているのかがわからない状況ではギルドの方々に告げるべ
きかも悩み所だ。あくまで俺とアイディーンが見て違和感を感じる
というだけだからな﹂
﹁マルス、監視を一人でもつけておけば何かあったとき対処でき
ませんか?﹂
﹁それもそうだな。あとは︱︱﹂
課外実習の準備や話し合いは大体、マルスとアイディーンで完結
する。他の生徒会が無能というわけではないが、圧倒的に生徒会と
副会長の力が強いのである。
︵ハーレム主人公は生徒会に目をつけられてて流石だな。それに
しても筋肉会長と氷の副会長はなんだかんだで仲良いなぁ︶
話を聞き終えたリアはそのまま、誰にも気づかれることなくその
場を後にする。
384
家での会話
﹁リア姉ってさ﹂
﹁ん?﹂
珍しく姿を現していたリアは、ネアラに話しかけられていた。
もうすぐ課外実習があるなー、面倒なことが起こらなければいい
ななどと考えながら、ソファに腰かけリアは足をぶらぶらさせてい
た。
その様子はまるで子供のようである。
そしてネアラが用意した夕飯を食べ、ネアラが継いできてくれた
ジュースを飲み、甲斐甲斐しく世話をされている。
一応リアが義姉であるし、ネアラの面倒を見る立場である。しか
し基本的に家にリアはいないのもあって、ネアラはすっかり自立し
ていた。一応皇女などという立場であったのだが、リアはそういう
事情など一切考慮せずに放置していた。中々ひどい。
︽超越者︾とは自分勝手な存在が多く、その中でも︽姿無き英雄
︾は一際異質な存在である。誰もが存在を知らない、誰もが姿を見
ない。強者であるというのにこそこそ常に隠れている。そんな変人。
正直そんな変人で個人主義な存在に義妹の面倒を見させるのがま
ず間違っている。
﹁凄く秘密多いよね﹂
﹁そう?﹂
﹁うん。あの連れてきた男の人の事もさ。ソラ兄が凄いぶつぶつ
言ってたよ?﹂
﹁⋮⋮別に、言う必要なし﹂
ソラトはリアに対して隠し事は一切しないだろう。それはソラト
がリアに自分の事を知ってほしいとそんな風に考えているからだ。
しかし、リアは違う。昔からの仲であろうとも、ソラトに幼馴染と
385
しての情が少なからずあろうとも、それでもリアはソラトに必要以
上には語らない。
義妹となったネアラの目から見てみても、リア・アルナスという
少女は一言でいって変である。
︵強者であることをリア姉は驕らない。寧ろ自分が殺されるかも
しれないなんてそんなことを不安に思っている。そもそも︽超越者
︾であるなら学園に通う必要なんてないのに通っているし、本当意
味がわからない︶
リア・アルナスは、世界一般的に見て強者である。絶対的な強者
である︽超越者︾の一員。
圧倒的な強さを持つ存在にもさまざまな性格の者がいるだろうが、
リアはちょっと変だ。
常にこそこそと隠れていて、裏で色々な事を行っている。
そのユニークスキルにしても、よっぽどこそこそ隠れて、常にあ
らゆる可能性に臆病であらなければ発現しないスキルであっただろ
う。
人に存在を悟らせないスキル。それはそれだけ息をひそめて生き
てきたという証である。
﹁学園の人たちがリア姉が、︽姿無き英雄︾ってしったらどんな
反応するんだろうね﹂
﹁ん、バレないようにするから問題なし﹂
﹁ソラ兄って苛めも受けているのでしょう? ︽炎剣︾相手に苛
めてたとか、知ったら大変なことになりそう﹂
﹁ん、ソラト、︽姿無き英雄︾の弟子とか、言い放ったから。馬
鹿﹂
﹁ある意味間違ってはないよね﹂
﹁ん。でもソラト実力、隠しているし。雑魚が弟子だとか嘘にし
か見えないこと、言ったから﹂
しかもそれを学園内で言いふらした理由がリアとのつながりを感
じたいという理由である。同じ学園にいるのにリアに話しかけられ
386
ない事に対してどうしようもない気持ちを感じているらしいソラト
である。
リアからしてみれば家にはよく来るし別に話していないわけでは
ないし良いではないかという感じだ。
﹁ネアラ、ギルドは、どう?﹂
﹁少しずつ、上がってきているよ﹂
﹁友達、一緒だよね? 覚悟はしといた方がいい﹂
﹁覚悟?﹂
﹁ネアラ、お義父さんが養子にするぐらい、実力ある。普通の人、
ついていけない﹂
﹁⋮⋮それ、は﹂
リアの言葉に、ネアラは固まった。
リアが言った事実は、友人たちと共にギルドの依頼をこなしてい
て感じていた事だ。ネアラと彼らでは実力差がある。ネアラが出来
ることが彼らは出来なかったりもする。
友人であっても、確かに実力差があり、そこには壁がある。
この世界では強者と弱者の差は明確に分かれる。︽超越者︾と一
般人であれば、それはもっとだ。寿命が違う。同じ種族でも同じ時
の中を生きていく事は出来ない。
それを感じているからこそ、ソラトはリアに追いつこうと必死だ。
まだソラトは︽超越者︾ではないが、いつの日か︽超越者︾に至る
だろう。
﹁ネアラは⋮⋮、頑張れば、︽超越者︾いつか、なれるよ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁友達、ついてはいけない。離れたくないなら、彼らと一緒に居
るのも、一つの選択。でも、強くはなれない。強くなりたいなら、
無茶必要。それ、相当の事しなきゃ﹂
ギルドマスターが養子にしたほどの人材だ。いつか、︽超越者︾
に至る事だって出来るだろう。リアはそう考えている。
しかし︽超越者︾に至るという事は、普通の一般人との決別を示
387
す。
ともに生きていく事は出来ない。︽超越者︾は普通の人にとって
雲の上の存在であり、ネアラがもし︽超越者︾に至ったのなら向こ
うの態度がそのままであるとは言えない。
﹁だから、強くなりたいなら、覚悟いる﹂
﹁⋮⋮リア姉は﹂
﹁ん?﹂
﹁︽超越者︾になるの、躊躇わなかった?﹂
﹁全然。私、死にたくないって、思ってたから。それに、私友人、
ルーンぐらいしか、居ないし﹂
リアは人においていかれる事に何も感じていない。誰かと共に生
きるよりも、自分が死にたくないという思いが勝っている。そうい
う、少女なのだ。
ネアラは聞いて、リアの言う事は全く参考にならないとそんな風
に思うのだった。
そしてネアラは黙って考え込み、リアはただ黙々と食事を続ける。
そんな空間はリアが﹁魔物、狩ってくる﹂と去っていくまで続いた。
388
見つかって、会話をする。
リア・アルナスは今日も今日とて、こそこそと生きていた。
もうすぐ課外実習という学園においての重要行事があるというの
に、リアにとっては心躍るものではない。他の生徒たちにとっては、
重要でも、リアにとっては特にどうでもいい行事。
リアは︽姿無き英雄︾と呼ばれる︽超越者︾にとってみれば、殺
し合いが日常的なものだ。自分から危険に飛び込んでいき、強さを
貪欲に求めた存在。そんな存在にとって、そういう行事に対して大
きな関心もないのである。
︵うーん、課外実習かぁ。森に行って魔物を狩るだけとか面白く
ないなぁ。どうせなら霊榠山であるならルーンに会いに行けたのに
さ︶
霊榠山は間違っても一般人が入れるような場所ではない。第一、
ギルドランクSSの︽炎剣︾が頂上までついていくのが無理という
ぐらいの場所である。普通に生徒たちの課外実習の場所に選ばれる
わけがない。そんなことしたら確実に死人が出る。
ちなみにこんなこと考えながらもリアは︽何人もその存在を知り
えない︾を行使しながらも、のんびりと魔物狩りをしている。
︵霊榠山なら何気ない態度で班から離脱して、ルーンの元へいっ
て遊んで戻るとかそんな感じできたんだけどなー︶
課外実習は班での活動になる。正直リアにとって一人で行動した
いという思いの方がある。
︵あ︶
のんびりと魔物を狩っていれば、見知った気配を感じてリアは少
しはっとする。
視線の先には、︽風音姫︾ルノ・フィナンシェリが居た。
自分よりもレベルが高く、︽何人もその存在を知りえない︾を行
389
使してきても気づいて行動を起こしてくる存在。そんな存在に遭遇
したという事実はリアにとってちょっと嫌な事である。
急いで離脱したい気持ちもあるが、下手にスキルを使って逃げれ
ばここにいた事はすぐに悟られてしまう。どうか、このまま気づか
ずに通り過ぎてくれればいいがと思ったのだけれども。
﹁リアちゃん、またこそこそしているの?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁いるのでしょう?﹂
ルノはそういって、知らぬふりをし続けたいリアに向かって近づ
き、その体に手を触れる。
﹁あ、やっぱり﹂
﹁⋮⋮こんにちは、ルノさん﹂
触れられて姿を現したリアは不機嫌そうな表情をする。尤も仮面
をしているため、その表情はルノには見えないが。
﹁リアちゃん、何しているの?﹂
﹁⋮⋮いつも通り、魔物狩ってただけです﹂
﹁ふふ、魔物狩りを自然にしているとか、本当にリアちゃんは面
白いわね﹂
﹁強くなりたいなら、当然﹂
リアの行動の源なんて、如何に強くなれるかどうかである。強く
なる事を求めるが故に、危険な場所にも突っ込んでいく。ルノはリ
アを見ながら笑う。
﹁リアちゃんは本当に、どんどん強くなるね﹂
﹁当然﹂
﹁⋮⋮ティアルクは、学校でどう? リアちゃんに負けた後変わ
った?﹂
﹁んー﹂
リアはその問いに少し考える仕草をする。
︵ハーレム主人公が私に負けて変わったかどうかか⋮⋮。そんな
にずっと観察しているわけではないからわからないけれど、正直言
390
ってよくわからないよね。いつも通りにしか見えないし、相変わら
ず学園で友人たちと楽しそうにしているし︶
リアは学園で誰かと仲良くする事に意味を特に感じていない。友
人はルーンと、ラウルぐらいしかいないし。幼馴染のソラトとはそ
れなりに交流があるものの、遊ぶとかより強くなるために行動をす
るのがリアである。
いつもスキルを行使し、レベルを上げるための努力を欠かさない
リアからしてみれば正直な話、ティアルク・ルミアネスは遊んでい
るだけにしか見えない。
﹁変わってない思います﹂
﹁そう⋮⋮。レベルが伸び悩んでいたようだから、リアちゃんと
戦った事がきっかけになればいいと思っていたのだけど﹂
﹁レベル、70ぐらいなら頑張れば伸びます。伸びないっていう
のはそれ相応の無茶をしていないってだけです﹂
﹁⋮⋮それはリアちゃんだけよ? レベルが50超えたらレベル
は上がりにくくなるものよ? というか、リアちゃんはどうやって
レベルを上げているの? いつの間にか私も追いつかれそうだし﹂
﹁スキル、ずっと使う。あとは、暇な時、ずっと戦う﹂
﹁ずっとって、今も?﹂
﹁ん。︽空中歩行︾は使ってる。あとは、私は寝てる時も、基本
スキル使っているから﹂
﹁⋮⋮それ、魔力切れならないかしら? 常に魔力が満タンでは
ないみたいになっていると思うのだけど﹂
﹁最初は一晩使ってたら途中で魔力枯渇になってました、けど。
今はもうなりません﹂
﹁⋮⋮それ、なくなった時はどうしていたの?﹂
﹁MP回復薬を飲みます。それの、繰り返しです﹂
リアのやっていることなんて本当にそれだけである。ずっとスキ
ルを使い、暇なときはいつも戦っている。それの繰り返し。
魔力がなくなれば回復薬を飲み、使い続けている。
391
そもそも寝ている間にスキルを使用するとうのも神経を使う事リ
アなのだが、はさらっとやっていたりもする。魔力枯渇状態は危険
状態でもあるし、皆滅多な事ではそんな状態にまでは持っていかな
い。そこまで限界までMPを使う事はない。
が、そこはリアである。
幼い頃から無茶しかしていない。その無茶が普通になっている。
そんなわけで今のリアが居る。
﹁⋮⋮そう。私もやってみようかしら。レベルが伸び悩んでいる
のよ﹂
﹁ん。いいと思います﹂
﹁リアちゃん、まだ魔物狩る? 一緒に行かない?﹂
﹁一人で、行きたいです﹂
﹁そう。じゃあ、またね﹂
﹁はい﹂
そしてリア・アルナスは︽風音姫︾と別れるのだった。
392
課外実習の班とか。
﹁よろしくな、アルナス﹂
さて、リアの目の前で笑顔を浮かべているのが誰であるかという
とティアルク・ルミアネスのハーレムメンバーの一員ともいえる少
女、エマリス・カルトである。
犬の獣人である彼女も、あのハーレム主人公の親しい友人なのだ
から何かしら秘密があるのではないかとリアは睨んでいる。もちろ
ん、それがあっているかどうかは今の所定かではないが。
︵この国の大貴族の娘に、エルフの女王様の親戚って考えるとカ
ルトが一般人とは思えない。あとハーレム主人公の親友のアキラ・
サガランも︶
リア、よろしくなと友好的なエマリス・カルトに対して頷いてじ
っと見つめるだけである。相変わらずコミュニケーションをとる気
はない。
ちなみに、あとの班のメンバーは上級生が組み込まれるようにな
っている。
リアは実際は︽ギルド最高ランク︾所持者の、︽超越者︾であり、
︽姿無き英雄︾であるがそんな事実学園では知られておらず、リア
は無口な落ちこぼれと思われている。バランスを取るためにもクラ
スでも強者であるエマリス・カルトと同じ班なのであろう。
じっとリアに見つめられているエマリス・カルトは少し困ってい
た。基本的に明るく、積極的に誰にでも話しかけに行くエマリス。
彼女は人と仲良くなることが得意である。
が、そんなエマリスにとってみてもリアは仲良くなることが出来
ない難しい存在である。
少しでも人とかかわる気があるなら友好的に話しかければ仲良く
なる事もできるだろうが、このリア・アルナスときたら全然仲良く
393
する気がない。
ぼっちがデフォルトであり、ぼっちであることも悲観していなけ
れば人とかかわらずにのんびりとすることを好んでいる。
﹁アルナスは実習は不安だったりしないか﹂
ふるふると首を振る。
﹁魔物がいるんだが﹂
頷く。
﹁上級生が話しやすければいいな﹂
頷く。
﹁⋮⋮えーと﹂
じっと見つめる。
﹁なんで、見ているんだ﹂
動かない。
﹁何か変な所でもあるか﹂
ふるふると首を振る。
﹁じゃあ、なんで﹂
ふるふると首を振る。
﹁⋮⋮えーと﹂
リア、全然口を開かない。親しいものたちの前以外ではいつでも
どこでもこんな感じのリアである。
喋る気は全くないが、心の中ではものすごくしゃべっていたりも
する。そんなリアである。
しかしリアが実際どんな人間であるかも知らないエマリス・カル
トはどうコミュニケーションをとっていけばいいのかわからないと
その尻尾をしゅんとしている。
リアはその尻尾を見ている。
︵もふもふ。触りたい。どさくさに紛れて触れるかな。仲良くは
なりたくないけど、もふもふは触りたい︶
リア、我儘である。エマリス・カルトと仲良くなろうとは思って
いないが、その尻尾は触りたいらしい。
394
リアが尻尾を狙っているなどと欠片も考えていないであろうエマ
リス・カルトは困っている。多分、リアは尻尾を触らせれば一言ぐ
らいは喋るかもしれないが、そんなリアの感情をエマリスが知るは
ずもない。
︵つまらなそうな実習。でもとりあえずの目標はもふもふを触る
ことにしよう︶
なんか勝手に目標を立てているが、やっぱりエマリスが知るはず
もない。
これから上級生の先輩が来ることになっているが、それまでこの
雰囲気なのかとエマリスは尻尾をしゅんとさせている。
﹁ア、アルナス﹂
視線を移す。
﹁アルナスは戦闘が得意ではないよな﹂
頷く。
﹁じゃあ、何かあったら助けてやるから﹂
頷く。
﹁え、えーと﹂
やっぱりさっぱり会話が続かない。
エマリスがどうしようかなと困っている中で同じチームの先輩た
ちがやってくる。
学年から二人ずつ。計六人の班が課外実習の班である。
二年生の先輩は男二人。三年生の先輩は男女で一人ずつという内
訳であった。
﹁君たちが同じ班か。私がリーダーのジューヤ・ノリスだ﹂
そういったのは三学年の赤髪の女性の台詞である。彼女がリーダ
ーであるらしい。リア、彼女の言葉にも視線を向けるだけである。
そして相変わらずの無表情。
﹁⋮⋮リア・アルナスとエマリス・カルトだな。ステータスを見
せてもらっていいか﹂
二人のステータスを見る。リアのステータスを見て眉をひそめた
395
のは、リアのステータスがこの学園全体でいうと低いからだろう。
他の先輩三人もリアを厳しい目で見たのは同様であるが、リアは
全然動じない。怯えもみせずに相変わらずの無表情。
それが益々癪に障ったのだろう、﹁足手まといになるなよ﹂とい
って彼らは去って行った。
残された二人。
﹁⋮⋮アルナス、大丈夫か﹂
頷く。
﹁大丈夫、私が守るから﹂
頷く。
そんな会話︵?︶を交わすのだった。
ちなみにリアは、
︵守ってもらわなくても問題は全然ないけど、まぁ、ステータス
偽装しているし頷いておこうかなー︶
と呑気だった。
396
課外実習1
さて、そんなわけで課外実習である。
三日間、カザエイラの森で実習が行われる。このカザエイラの森、
リアがいつもレベル上げのために遊んでいる場所である。リアにと
って、自分の庭ともいえるようなそんな場所であり、正直準備もな
にも必要ない。
が、︽マジックボックス︾持ちだと知られたくないリアは、リュ
ックを背負っている。
︵⋮⋮面倒。せめて何か面白い事起きないかな︶
ここで魔物を狩るなんて事はリアがいつもやっていることである。
ギルドマスターに見つかる以前から魔物狩りをして野宿とかも余裕
でしていたリアなので、正直三日間自力で生き延びるという実習は
楽勝である。
まぁ、目立つのが大嫌いなのもあり、そんな素振りを見せる気は
一切ないが。
森の中をジューヤ・ノリスを含む先輩たちは、どんどん進んでい
く。リアはあえて一番後ろを必死についてきている風を装っている。
こういう時でも︽空中歩行︾のスキルを行使して、スキルを使用
し続けているリアは考えなしにどんどん進んでいく前を歩く先輩た
ちを見ながら思考する。
︵あれだけどんどん進んでいくってことはよっぽど自信はあるん
だろうけれど、警戒心が足りないかな。今まで課外実習でここに何
度も来た事があるからこその余裕だろうけれど何が起こるかわから
ないこの世界で余裕ってある意味凄い︶
リア、そんな風に考えてる。
そうしながらあたりを警戒する。
︵今の所そこまで魔物はいないか。課外実習が霊榠山だったら私
397
は凄く楽しかったんだけどな。でもそれだけ生きていける人も少な
いし、仕方ないか︶
リア、そんなことを考えながらついていく。
﹁リア・アルナス!! 遅い!!﹂
ジューヤ・ノリスが振り向いてリアに向かって声を上げる。彼女
としては最高成績でこれをクリアしたいのである。そんな中で後ろ
をゆっくりと歩くリアは邪魔である。
﹁そんなに軟弱でこの学園の生徒とは⋮⋮っ﹂
﹁⋮⋮﹂
リア、特に反応を示しもしない。顔色も変えない。正直先輩に何
を言われても特にどうでもいいリアである。
こういうプライドの高い生徒がリアの通う学園には少なからずい
る。学園に入学するだけでも凄い事であるというのが一般常識であ
り、ジューヤ・ノリスのように自分たちは選ばれたものみたいな考
え方を持つものも多いのである。
リアとしてみればそんな考えは欠片もないので、面倒な考えの人
だなとしか思っていない。
︵面倒な人。強くもない癖にいきがっててうざい。でも手は出し
てこないからまだいいか。痛くはないけど暴力は面倒︶
リアがきつく言われているのを見てエマリス・カルトは心配そう
にリアを見ているが、それも特にリアは興味がない。
﹁何も言わないなんて、不気味な奴﹂
﹁⋮⋮はぁ、なんでこんなのと一緒の班なんだ﹂
﹁最悪だ﹂
などとジューヤ・ノリス以外の三人もほざいているが、やっぱり
リアは無反応である。
﹁⋮⋮ア、アルナス大丈夫か﹂
エマリス・カルトの心配の声にも頷く以外の反応を示さない。
︵戦い甲斐のある魔物とか襲撃してきたら面白いのだけど、来な
いかな?︶
398
物騒な事を考えながら、黙々とただ最後尾をついてくる。
エマリス・カルトに関しては、
︵心配そうに私の方振り向かなくていいから、前だけ向いててく
れないかな︶
と特にそういう感情しかない。
初日の野営場所をジューヤ・ノリスが決めた。
食事を調達にいくことが決められる。
リアと組みたいものなどエマリス以外いないので二人で食材調達
をする。
色々なものに経験から詳しいリアは、歩きながらキノコとかを集
めていく。
﹁ま、まて、アルナス。それは毒キノコじゃないか?﹂
一見毒キノコと似た外見だが、実はおいしいキノコなので、毒キ
ノコではない。ただエマリス・カルトが間違っているだけである。
しかしリアは教えるのが面倒であった。
首を振る。
﹁それ、︽アガダケ︾だよな、でも﹂
首を振る。
﹁違う? じゃあなんだ﹂
リア、面倒そうに口を開く。
﹁︽アンダダケ︾﹂
﹁え、それは⋮⋮食べられるのか﹂
こくりと頷く。
相変わらずコミュニケーションをとる気がリアは全くない。
それから色々なものを集めて野営地に戻ったら、︽アンダダケ︾
を︽アガダケ︾と勘違いして先輩たちも叫んだりした。それの説明
はエマリス・カルトがしてくれたものの、リアはこの班面倒だなな
399
どと考えて仕方がなかった。
さて夜になった。
リアとエマリスは魔物を狩らなかったが、先輩たちが狩っている
ので班としての評価はそこまで悪くはならないだろうし、リアは班
の中で魔物狩りに参加する気はない。
ただ、自分のレベル上げのために動くことはする。
皆が寝静まった中でテントの外に出て、川へ向かう。顔を洗う。
一応起きた事がばれて騒がれても厄介なのであたりを警戒する。
寝静まっているので、ちょっとだけでも魔物を狩ろうと︽マジッ
クボックス︾の中からいつものローブと仮面を取り出し、ユニーク
スキルを発動させる。
そして十分ほどでいくつもの魔物の命を奪い、それは全て︽マジ
ックボックス︾に放り込む。
返り血一つもついていない。そんなへまをリアはしない。
服の上から水を浴びてそれが乾かす。
それが終わればテントに戻る。しかし横になってもリアは眠らな
い。
いつも寝るときはユニークスキルと結界を行使して眠るリアであ
る。こんなところで無防備に寝れるわけもなく、リアの中で課外実
習中は三日間の徹夜が決定しているのであった。
400
課外実習 2
リアはジューヤ・ノリス達に冷たくあしらわれながらも特に何も
感じてはいない。
馬鹿にされる事よりも、リアにとってみれば実力を知られる事の
方が一番の問題であった。隠れてのんびりと生きたいのがリアの願
望であり、学園生活に対するリアの感じている意味は卒業して薬師
の資格を取るというそれだけである。
しかし、そんな事情知るわけもないエマリス・カルト以外のメン
バーはいら立ちを感じているようである。
強者であるかどうかというのは、何処までも重要な事で、特に強
さを求める学園の中で弱者の立場は弱い。
﹁⋮⋮リア・アルナスが居ると邪魔だ﹂
﹁足手まといだからしばらく⋮⋮﹂
﹁死ななければ⋮⋮﹂
﹁それならば⋮⋮﹂
そして夜中に先輩四人がそのような会話をしていたのも、徹夜を
決めていたリアはちゃんと把握していた。
大物を狩って実力を示したいとか考えているであろう彼らは、リ
アを足手まといとしか見ていない。この課外実習において、弱者と
強者を一緒の班にするのには意味があるのだ。それでもやっていけ
るだけの力があるのか。単体ではそれほど力を発揮できなくてもリ
ーダーとしての能力が高ければそれはそれで評価されるものである。
学園内で弱いとされているとはいえ、少なからず学園に入るだけ
の実力があるのだからこういう場合は足手まといとしてみるよりも
利用する方が断然良い。
リアは実力を隠しているとはいえ、︽調合︾スキルはあるし、隠
蔽中でもそういう役には立てる。
401
︵んー、おいていく気かな? それはそれで私はやりやすいから
別にいいんだけど。正直こうして皆で動くよりも単体行動の方が私
好きだしなぁ。んー、その場合私の評価は下がらないし︶
リア、聞き耳を立てながら寝たふりをしている。
︵不自然ではないようにネアラとか見つけて保護してもらったっ
てことにすればいいだろうし。私を放っておいてくれるなら、自由
に色々観察できるしそっちの方がやっぱいいよね︶
リア、おいていかれる会議を聞きながらそんなことを考える。
エマリス・カルトはぐっすり眠っている。リアのいるテントが開
かれる。見下ろされているのを感じながらリアは呑気である。
﹁⋮⋮呑気なものだな、本当に何故このような生徒がまだ学園に
いるのか﹂
﹁こういうものは学園の評価を下げる。さっさとやめてもらうた
めにも⋮⋮﹂
などと口にしている彼らの声は聞こえているが、リアは起きよう
とも思わない。
彼らは風属性魔法でリアを浮かすと、移動させるのである。ただ
死なれても責任が生じるからか最低限死なないように周りに結界を
張るぐらいはやったようだが、随分離れた場所までおいていかれた
のをリアは感じた。
﹁仮にも学園の生徒なのだから、あと一日ぐらい生き延びるだろ
う﹂
とそんな言葉を言い残して去っていったあとリアはむくりと起き
上がった。
︵テントの場所はわかるけど、平然と戻ってもアレだし。という
か、普通に帰ったら色々ボロが出るしなぁ。とりあえずは⋮⋮大分
離れたところにおいてくれているみたいだし、アレだね、驚いて起
きて誰かを探してさまよったとかそんな感じの設定にしてうろうろ
しようかな?︶
リア、相変わらずマイペースである。
402
リアはここからすぐ去ってももし様子を見に来られた時にあれな
ので寝転がる。上を見上げる。星が輝いている。それを見ながらリ
アはスキルを行使する。自分の身体を浮かせたりしながら、魔力を
消費する。それだけでもレベルを上げるための経験値になるからだ。
リアはのんびりと空を見上げる事も好きである。
魔物のいる森に一人おいていかれたというのにのんびりしている。
そうしていれば、見知った魔力が近づいてくるのをリアは感じた。
﹁⋮⋮リア姉、何しているの?﹂
それは、リアの義妹にあたるネアラである。ネアラはギルド側で
課外授業に参加していた。何かあった時の要員であるネアラは森の
中をうろうろしながらリアを見つけて驚いている。
﹁⋮⋮星見てる﹂
﹁いや、そういうことじゃないから。なんで一人でいるの? 班
でっていってなかった?﹂
﹁私、足手まとい、ここ、放置﹂
﹁は?﹂
﹁だから、しばらくしたら⋮⋮うろうろする﹂
ネアラ、リアの言葉に固まる。
﹁いや、リア姉が足手まといなら皆足手まといだよ。というか、
リア姉を足手まといって⋮⋮。おいていかれたって、妾⋮⋮私、報
告しなければならないんだけど﹂
﹁⋮⋮報告、なしでいい﹂
﹁よくない! 仕事だからちゃんとやらなきゃ﹂
﹁報告したら⋮⋮、霊榠山に一人で放り込む﹂
﹁やめて! 目が本気で怖い﹂
﹁本気﹂
じーっと、リアは寝ころんだまま慌てるネアラの事を見ている。
ネアラは頭を抱えたくなった。
︵⋮⋮仕事だからちゃんと報告したいのに。リア姉絶対に本気だ
し⋮⋮。というか、本当リア姉の事を足手まといって、︽姿無き英
403
雄︾相手にそんなこと言うとか⋮⋮︶
はぁと溜息を吐きながら色々考えたネアラは結局こう答える。
﹁⋮⋮じゃあ、報告しない﹂
﹁ん。それでいい﹂
﹁リア姉、どうするの?﹂
﹁ユニークスキル、使う。観察して、遊ぶ﹂
﹁⋮⋮そっか。まぁ、リア姉なら大丈夫だね。というか、リア姉
がこれなら、ソラ兄も同じ目にあってる可能性、ある?﹂
﹁ん、あるね﹂
﹁うわぁあ⋮⋮それはちょっと﹂
ネアラはまた頭を抱えるが、リアはそんなこと気にせずに、しば
らくしてユニークスキルを使って去っていくのであった。
︵ああ、もう、リア姉を足手まといっていって自由にするとか⋮
⋮。リア姉だからまだよかったけれど⋮⋮。でも他の人ならアレだ
し、注意すべきチームって報告はいるけれどその場合はリア姉の事
は⋮⋮どうしよう︶
ネアラもはぁとため息を吐きながら、考えても仕方がないとその
場を跡にした。
404
課外実習3
リア・アルナスが単独行動を開始しているころ、ソラトはといえ
ばおとなしく班のメンバーに付き従っていた。リアの班のメンバー
たちとは違い、ソラトの班のメンバーはソラトをいくら置いていき
たくてもおいていかないようにしている良識人であった。 普通ならそこに感謝するべきなのだが、ソラトとしてはおいてい
ってもらったほうが動きやすかったのでがっかりしていた。本音を
言うとソラトはリアがつれてきた謎の男−−ラウルに会いたかった。
ここにギルドのメンバーとして参加しているらしい存在に接触し
たかった。
ソラトとリアはそれなりに昔からの知り合いである。しかし、ソ
ラトはリアの古い知り合いだというラウルのことを知らない。いつ
であったのかも分からない。
そもそもだ、レベル150だというのに色々とちぐはぐであるら
しいという噂は聞いており、ソラトとしてみればラウルはわけのわ
からない存在である。ソラトはあまり人の事を気にしないリアが気
にしている存在について、知りたかった。
︵リアちゃんが気にしている男って、なんかやだ。リアちゃんが
わざわざギルドマスターに頼むような男⋮⋮︶
ソラトは不機嫌そうな表情である。
ソラトと同じ班のメンバーたちは、いつもイラッとしてしまうよ
うな笑みを浮かべているのに、不機嫌そうなソラトになんともいえ
ない表情である。普段はなよなよとした風に見せているとはいえ、
︽炎剣︾と呼ばれている存在である。メンバーはどこか寒気を感じ
て、それを気のせいだと頭を振る。
︵あー、考えても仕方がないんだろうけど、一度あってみたかっ
たんだけど︶
405
会う機会がないとは思えないが、はやめにリアの旧知の中らしい
存在にあっておきたかったソラトである。
︵課外実習も今日で終わりだしな。はぁ︶
ため息を吐くと、ソラトは不機嫌そうな表情をしまった。
いつものへらへらした顔に戻ったソラトに班のメンバーはどこか
安堵したように息を吐く。
﹁次はどこにいくんですかね?﹂
ソラトがそう口にしたとき、大きな音が鳴った。何事かと、彼ら
が視線を向ければ、土煙が遠くで待っていた。
さて、場所は変わる。
﹁ふふふ、そんなのでいいのかしら? もっと、もっと本気を出
しなさい。あなたの本気はそんなものではないでしょう?﹂
﹁なんなんだ! お前は!﹂
全身黒装束の不気味な格好をした女が居る。その女は、ティアル
ク・ルミアネスに向かって話しかけている。
ティアルク・ルミアネスの他の班のメンバー達は、総じて気絶し
てしまっている。今、意識があるのはティアルク・ルミアネスと女
だけである。
﹁私は強いものと戦うのがすきなの。ねぇ、もっと本気を見せな
さい。貴方は強いのでしょう?﹂
﹁何を言っている⋮⋮﹂
﹁知っているわよ。その年でギルドランクAなんてものを所持し
ているのでしょう? ねぇ、もっと私に見せて﹂
ふふふと笑った女は、女の言葉が確かであるのならばだが、強い
ものを狙ってここにやってきたようだ。ティアルク・ルミアネスの
事も把握しているらしい。
406
der
wir
Klin
erzeugen︶
sch
de
Lich
Dunkelheit
Macht
schneidet
Dunkelheit
﹁闇の刃を生み出しましょう︵Wollen
gen
それは光をきりさくもの︵Es
t︶
tiefen
alle︶
tiefen
深い深い闇の力は、全てを切り裂く︵Die
r
neidet
︽闇刃︾︵Dunkelheitsklinge︶﹂
女が詠唱を口ずさむ。現れるのは、黒い丸い塊。そこから、何か
があふれ出す。目に見えない速さで表れたそれは、気絶しているテ
des
Lichtes︶!﹂
ィアルクの班のメンバー達を狙っていた。
﹁︽光の壁︾︵Wand
あわてたように守るために魔法を行使するティアルク。
︽闇刃︾はそれではじかれる。女は楽しそうに笑っている。
﹁ほら、本気を出さないと、後ろの子たちが死ぬわよ?﹂
﹁お前⋮⋮っ!﹂
班のメンバー達に手を出されると知ったティアルク・ルミアネス
は怒りをあらわにして女をにらみつける。
二人の戦闘の場。そこに介入できるものは居ない︱︱というわけ
ではない。
︵戦闘狂の女ねぇ⋮⋮流石ハーレム体質って思うべきなの? こ
れ、絶対あとからほれられるパターンな気がするんだけど。それに
してもこの女、中々強いね。レベルは七十二かぁ。年は私より四つ
上。うん、強いね。ソラトに迫るぐらいじゃない? ギルドには所
407
属していないみたいね。︽闇ギルド所属︾って書かれているけれど
⋮⋮んー、この年でそういうのに所属しているってことは、そこ育
ちかな? これでハーレム主人公が勝ったらたぶんハーレム所属案
件でしょ。でも負ける可能性も高いんだよねー。その場合は、んー、
人が死ぬのも目覚め悪いから、それだけ手出しして、この危険な子
はラウルにでも引き渡せばいいかな? レベル150だし、戦い方
がちぐはぐでもなんとかなるでしょう︶
リア、命を賭けた戦いのようなものを見ながらも相変わらずのマ
イペースである。︽空中歩行︾で宙に浮いたままのんびりとその様
子を見ている。
それから決着がついたのはすぐだった。
408
課外実習4
ティアルク・ルミアネスと女の戦いに決着がついた。
レベル差があるのもあって、敗北したのはティアルク・ルミアネ
スである。女は膝をついた彼を見ながらつまらなそうな表情を浮か
べた。
女は、とどめをさそうと近づく。
だけど、女がとどめを刺すことは出来なかった。それよりも前に、
ティアルク・ルミアネスを気絶させたものがいたからだ。
自分が何もしていないのに意識を失った少年を前に、女は顔をこ
わばらせる。
女が気づかないうちに行動を出来るような存在が、近くにいると
いう事実を理解したからだ。
しかし、女はそれ以上思考することは出来なかった。女も、ティ
アルク・ルミアネス同様に気絶させられてしまったからだ。
誰にって⋮⋮、面白がってその戦闘を見ていたリア・アルナスに
である。
︵⋮⋮どうしようかな。おいていったらそれはそれであれだし。
﹃闇ギルド﹄の所属の実力者って、お義父さんに渡せば色々使い勝
手があるかな。そうなると⋮⋮ラウルかネアラに渡すべきかな? でもネアラじゃ荷が重いか。ラウルは⋮⋮近くにいるか。丁度良い。
持っていこう︶
リア、気絶した女を前にそんな考えを思い浮かべて、女を抱える。
抱えている間は︽何人もその存在を知りえない︾は効力をなさない
ので、顔や制服が見えないようにローブを纏ったりはする。そして
誰にも見られたくないという思いから急いでラウルの元へ向かう。
﹁ラウル、これ﹂
﹁リアか⋮⋮お前、何しているんだ。学生やっているなら実習中
409
だろ? しかもその女は⋮⋮﹂
木の上に居たラウルは、空中に︽空中歩行︾で浮いているリアに
問いかけた。ラウルの知る限りリアは学園の生徒であり実習中でそ
もそもなんで単独行動をしているのかわからない。しかも何だか黒
装束の怪しい少女を差し出しているのも意味がわからない。
﹁私、足手まとい。おいていかれた。だから、自由にしてる﹂
﹁⋮⋮実力隠しているとはいえ、おいていくのか﹂
﹁ん。で、これ、戦闘狂。﹃闇ギルド﹄所属。生徒襲ってた。回
収。お義父さんに渡して﹂
﹁は? それって、どういう⋮⋮﹂
﹁じゃ﹂
リア、ラウルが詳しく聞こうとしているのにさっさとその場から
去って行ってしまった。
残っているのは、えーという顔をしているラウルと気絶した女で
ある。ラウルははぁとため息を吐きながらも、リアに言われたよう
にギルドマスターに少女を引き渡す事を考えるのであった。
さて、面倒事をラウルに押し付けたリアはのんびりと観察をして
いた。
誰にも悟られずに自由気ままにのんびりとすることがリアは好き
だ。ユニークスキルを行使して、色々なものを見ていく。
︵おいていってくれてよかった。本当。あのままずるずる一緒に
行動とか絶対面倒だし。そういえば、ハーレム主人公おいていった
けど死んでないよね?︶
と思考しながら一回ティアルク・ルミアネスの様子を見に行った。
ティアルク・ルミアネスは目を覚ましており、何がなんだかわか
らない様子だが、大丈夫そうである。それを確認するともう用はな
いとばかりにリアは別の場所を見に行った。
410
そうしたらあの過去あり主人公とリアが勝手に呼んでいるカトラ
ス・イルバネスが居た。
カトラス・イルバネスはやる気がないとはいっても、リアやソラ
トほどに徹底していない。本気を出していなくてもそれなりに使え
るぐらいである。だから、実習の班のメンバーにおいていかれる事
もない。
︵ふーん。どっちかはっきりすればいいのに。強くなるのをあき
らめたなら学園なんてこなければいいし、本気で強くなりたいなら
がむしゃらに頑張ればいい。それだけなのにね。ま、見ている分に
は面白いけど︶
リアはカトラス・イルバネスを見ながらそんなことを考える。
リアにとって、強くなる事をあきらめるという思考はない。そう
いう考えは理解出来ない。この世界は前世と違って、頑張れば頑張
るだけ、無理すれば無理するだけ、死にさえしなければ強くなれる
とリアは実感しているのだから。
死にたくないからこそ、強くなりたい︱︱︱。リアはそう望んで
いる。だから壁にぶつかって強くなる事をあきらめた存在の思考な
ど理解もできない。
︵過去あり主人公君って、それなりに素質はあるんだろうし、今
からでも頑張れば強くなると思うんだけどなー。ま、いいか︶
そんな風に考えながらも干渉する気のないリアはそのまま他の生
徒たちを見に行った。魔物と戦っている生徒たちの使用するスキル
をみたり、リアに全然気づかないギルドメンバーの横を通り過ぎた
り、ちょっと強そうな魔物が居ればさらっと退治したり。
本当に我が道を行くというか、自由に過ごしていた。
そうやっていたら、﹁⋮⋮アルナスどこだ﹂と必死に探してくえ
ているエマリス・カルトを発見した。
︵探さなくていいんだけど。でも出て行った方がいいかな。と、
その前に⋮⋮︶
リアは面倒そうに溜息を吐いて、近くにいたネアラの元へと急ぐ。
411
﹁ネアラ﹂
﹁うおっ、リ、リア姉⋮⋮な、なに﹂
﹁班の人、私探す子、一人。ネアラ、私保護した。連れてく﹂
﹁あー⋮⋮私が保護して連れて行ったってことにすればいいの﹂
﹁ん。呼び方、気を付ける﹂
﹁あー。リア姉って呼んだらダメってことね。わかった﹂
そしてリアはネアラに保護してもらいましたという状況にして、
エマリス・カルトと合流したのだった。
ちなみに実習が終わった後、リアの班は班のメンバーを置いてい
ったということで厳重注意がされていた。
412
課外実習の翌日
課外実習の終わった翌日、リアはユニークスキルを行使してのん
びりとしていた。
相変わらず観察しているわけだが、何を観察しているかといえば
ラウルとあの少女である。ギルドマスターのもとへ連れて行った結
果、ギルドマスターはラウルに少女の面倒を見るように頼んだので
あった。
それでいて少女は、自分より強者には割と素直な性格だったので
ラウルにおとなしく従っている。
転移者であるラウルは逆らうならラウルを殺すなどと物騒なこと
は考えていないが、課外実習でやらかしてつかまっての今なので、
少女のほうは下手に逆らうと殺されるのではないかとおびえている
節もある。
﹁⋮⋮ラ、ラウルさん﹂
﹁そんなに怯えないでくれるか?﹂
ラウルはショックを受けたような声を上げる。自分はそんなに恐
ろしいのかと。
そんな思考に陥ってしまうのは、やはり彼がまだこちらの世界で
生きている自覚がないからと言えるだろう。
ラウルのようにレベルが150もある強者なんて周りの人とは違
うモノでしかないのだ。そんな存在に命を握られていればおびえる
のも当然であるのだ。
︵んー、ラウルはまだ全然自覚していないなぁ。うーん、多分地
球に戻るのって無理だと思うんだよね。戻れるならネアラのお母さ
んだって戻っただろうし。となるとこの世界で生きていく覚悟はし
てもらわなきゃなぁ。すぐ死にそう。正直折角前世からの知り合い
と再会できたんだから、すぐに死んでほしくないしな。と、なると
413
人を殺す覚悟とかも持ってもらうべきかな。殺さなきゃ死ぬって場
合でもラウルって殺せないこともあるだろうし。それじゃあ、この
世界では生きていられない︶
リアはラウルと少女︱︱ナキエルの姿を視界にとどめる。ちなみ
にラウルとナキエルは一緒に暮らしている。年頃の男女で同じ家と
いうのはどうかと思うが、この世界に来てそんなに経っていない廃
人ゲーマーに女の子を襲う勇気などあるはずがない。
リアが思うに、ラウルは地球で童貞で女性経験もなかったと思わ
れる。そもそもデートする相手がいるのなら、空いている時間すべ
てをゲームにつぎ込みはしないだろう。
︵ハニートラップにも気を付けてもらわなければ⋮⋮。あー、な
んで私が友人のそんなのを気にしなければならないのか。放ってお
いたらいろいろやらかしそう。だってラウルってこの世界で優良物
件だしなぁ。レベル150超えの英雄になりたる存在の妻とかみん
ななりたいだろうし︶
リアはのんびりと思考している。ちなみにラウルはレベルはリア
よりも上だが、この世界で生きてきた経験も少なく、リアに気づく
様子はない。
﹁わ、私に悟られないように私を気絶させられるような存在にお
びえるなって無理です﹂
﹁あー⋮⋮ナキエルを捕まえたのは、俺じゃない﹂
﹁え﹂
﹁友人がこのままだと生徒殺しそうだからって捕まえて俺に押し
付けてきた﹂
﹁そ、そうなんですか﹂
﹁ああ﹂
ナキエルは今までラウルにつかまったと思い込んでいたようだ。
︵当たり前だよね。ネアラだけでも面倒なのにこんな少女抱え込
む気ないし。私がお義父さんの所に連れて行ったら絶対に私に面倒
見ろっていったに決まっているもの︶
414
リア、そんなことを考えながら話を聞いている。
ちなみにナキエルはリアの想像通り生まれながらの︽闇ギルド︾
育ちであった。そんなナキエルがつかまったのもあって、取り返そ
うと︽闇ギルド︾は動き出しているのだが⋮⋮、
︵ラウル、そういう可能性考えてないかも。地球からこちらに飛
んで、厳しさわかっていないからだろうけど⋮⋮。んー、なら放っ
ておくのも一つの手かな。多分ナキエルはともかくラウルは襲撃さ
れても死なないだろうし。死んだら悲しいけど⋮⋮それは、ラウル
が弱かったというそれだけの話だもんね。これを機にラウルがこの
世界を実感してくれたらそれはそれでよしだし︶
友人には死んでほしくもないと思っているリアだが、下手に手を
出しすぎてラウルが甘い性格のままこの世界で生きていくというの
は死ぬのは時間の問題ということになってしまう。
リアのように素性を隠すこともなくこの世界で生きるのならば、
地球と同じ感覚で生きていれば、すぐに死んでしまうのも当然なの
だ。この世界は地球よりも断然に命というのが軽い。
︵ま、死んだらお墓は立ててあげるから、頑張って。ラウル︶
そんなわけでリアはそんなことを考えるのだ。
リアはそのあと、ギルドマスターのいる場所へと向かった。一人
で自室でくつろいでいたギルドマスターはもちろんリアに気づいた。
﹁どうした﹂
﹁ん。ラウルと少女見てきた﹂
﹁そうか﹂
﹁︽闇ギルド︾狙ってる。お義父さん、手出ししないで﹂
﹁なんでだ? あいつ、レベルの割にいろいろ知らないから死ぬ
かもしれないぞ﹂
﹁その時はその時。それで死ぬぐらいなら、生きてけないから﹂
﹁まぁ、そうだな。了解﹂
﹁じゃ﹂
リアはそれだけいってギルドマスターのもとから去るのだった。
415
416
課外実習のあとの学園
リア・アルナスはその日、少し面倒だと思いながら席に座ってい
た。
というのも、あの課外実習を終えてから、
﹁アルナス、おはよう﹂
落ちこぼれ
であるリア・ア
エマリス・カルトにからまれることが多くなってしまったためだ。
あの課外実習が終わった後から、
ルナスを心配しているのか、一人で過ごしているのが気になってい
るのか、よく話しかけられるのだ。
これが一人をさびしがっているとか、実は仲良くしたいけど誰と
も仲良くなれないみたいな存在であれば喜んだであろうが、リア・
アルナスはこういう風に絡まれることを苦痛に感じていた。
基本的に一人でいることがデフォルトのリアである。人とともに
過ごす事はあまり好きではない。なんせ、人に悟られずに行動した
いからとユニークスキルまで顕現しているぐらいの存在なのだ。
学園に通っているのも、資格を取りたいからという理由しかなく、
クラスメイトと交流しようという気さえない。
﹁⋮⋮ん﹂
リアはただいつもうなずくだけで、エマリス・カルトと進んで会
話をしない。エマリスはそんなリアに色々話しかけてきたりもする
わけで、休み時間だとさっさと教室を出れば済むものの、授業前に
からまれるのは邪魔だななどとリアは思っていた。
エマリスがリアに話しかけるのは完全なる善意であろう。そのこ
とは、観察していたからリアにはわかる。だけど有難迷惑である。
課外実習でおいて行ってしまったことに色々感じているらしく、
足手まといだなんていっておいていくなんてと怒っていた。
話しかけられるのは面倒だが、その意見にはリアも同意である。
417
︵足でまといだからなどといって捨て置くなんて馬鹿な真似をす
る人に信用はないから。助け合いは重要だしね。よっぽど、一人で
もやっていけるっていう強さがない限り。あの先輩たちは本人達に
は注意するだけだけど、そういうことをしたっていうのは将来的に
報告されるようになっている。だからこのまま行くなら就職も大変
かもね︶
本人たちにされるのは厳重注意だけである。が、それを行った事
実は消えない。卒業までにこのままの性格で、足手まといだからと
中途半端な強さしか持たない彼らが進むのならば就職するのも大変
である。
強さは正義であり、強者の行うことは許容される世界だが、それ
は強者だからこそ許される事である。誰に有無をいわせない強さ。
それがあるからこそそういう生き方ができるという話であって、た
かがひとつの国の学園でそれなりに強いだけの存在がそういう生き
方をできるわけもない。
︵それにしても、やっぱりハーレム主人公とその一味はめんどく
さい。下手に人懐っこいというか、人に話しかけるのに躊躇わない
から私が全力で話しかけるなオーラ出していても、課外実習で一緒
の班だったからって話しかけてくるし︶
リアは本に視線を向けたままだが、エマリス・カルトはリアの気
を引こうと一生懸命話している。リアが視線さえも向けないのを見
るとしゅんっと耳と尻尾をしゅんっとさせて去っていくのが課外実
習が終わってからの日常である。
︵耳と尻尾だけ気になるけど、本人はどうでもいい。耳と尻尾だ
けおいて行かないかな︶
などと考えながら犬耳と尻尾だけを触りたいななどと考えている
リアであった。
︵このままエマリス・カルトに興味なんか欠片もありませんとい
う態度していれば、そのままあきらめるだろうし、我慢我慢。ここ
で下手に興味があるって態度したらずるずる行きそうだし、そんな
418
学園生活とかやだ︶
リアの目指している学園生活は、必要最低限誰とも会話を交わさ
ずにのんびりと過ごす事である。下手に目立つこともせず、一介の
学生として普通に卒業することが目標である。
それを思えば騒動の元であるティアルク・ルミアネス達一味に近
づくのが嫌だという思いも当然であろう。
︵放課後はラウルを見に行こうかな。ラウルのためにもならない
から手を出す気はないけど、もしラウルが死亡することがあったら
お義父さんに報告する必要はあるし。何より、友人としてどういう
選択をするのかは気になる︶
そんなことを考えていれば、授業の始まりの鐘がなる。
教科書とノートを開いて、教師の話を聞きながら友人のことを思
う。
︵死んでほしいとは思わないし、せっかく会えたから一緒に遊び
たいとは思う。でも⋮⋮この世界で生きていく覚悟を決めて、此処
で生きると吹っ切れたラウルとあらためて友人になりたい︶
︽爆炎の騎士︾ラウルは、この世界にVRMMOのアバターと性
能のまま転移してきた。正直ゲーム感覚が残っているだろう。でも
ここは現実である。
いくら力があろうとも、死ねば終わりの世界である。
前世でも今世でも、友人というものをあまり作ってこなかったリ
アの友人がラウルだ。昔の友人に会えてリアは嬉しい。でも転生者
であるリアと、転移者であるラウルでは考え方も大分違うのだ。リ
アはあらためてラウルがこの世界の現実を知って、この世界で生き
ていこうと覚悟を決めなければ友人として付き合っていけないと思
っている。
︵私は必要なら人を殺す。でも、ラウルはそれを咎めるだろうし。
ラウルも︽超越者︾で、これからずっと生きていかなきゃなんだか
ら、現実を受け入れられるかどうかかな︶
リアは授業中に、ずっとそういう事を考えていたのだった。
419
420
出会いについて語ろうか ﹁ソラ兄は⋮⋮、リア姉と何時であったの?﹂
リアの家。
そこにはいつも通り、リアの姿はない。
代わりにそこにいるのは、リアの義妹であるネアラと、当然のよ
うにその場にいるソラトである。
この部屋は確かにリア・アルナスの家だ。しかし、ここに彼女が
居る事は驚くほどに少ない。いや、居たとしてもネアラ達が気づい
ていないだけという可能性ももちろん高いわけだが。
ネアラもリアの義妹になってからそれなりに時間が経っているの
で、もうリアがそういう性格であることを理解していて、リアが居
ないものを当たり前として受け止め、自由に暮らしている。
﹁んー。俺とリアちゃんの出会い?﹂
﹁うん。リア姉と幼馴染って言っていたでしょう? というか、
リア姉って、昔からああなの?﹂
リアは自分の過去を語らない。いや、過去だけではなくそもそも
口数が多くない。義妹という立場に居ながらネアラはリアの事を知
っているとは言えない。基本的にリアがこそこそと隠れて生活して
いて、同じ家で生活している割に会話を交わしていないというのも
もちろんあるのだが、たまたま一緒に居たとしてもリアは基本的に
何も語らない。
ネアラとしてみれば、︽姿無き英雄︾と呼ばれる最強の一角であ
る義理の姉ともっと仲良くしたいと思っていたし、強くなりたいと
誓った身として純粋に憧れを抱いていた。
︵⋮⋮まぁ、リア姉は世間が言う︽姿無き英雄︾ほどかっこよく
はないけれど。そもそも性別が違うし。世間一般的に︽姿無き英雄
︾って男って噂の方が大きいし。姿見せずに色々起こしててかっこ
421
いいって言われているけどリア姉は怯えているだけだし。⋮⋮なん
であんなに強いのにあれだけ心配性なんだろう︶
リアの事を考えながらネアラは何とも言えない気持ちになる。
リアは臆病だ。驚くほどにおびえという感情をもっている。沢山
の事を心配している。
誰にも負けない強さがあれ
というそういう結論に至っている戦闘狂でもある。正
だけれどただ臆病なだけではなく、
ば死なない
直ネアラはリアは変わっていると思う。
そもそも︽超越者︾に至っている存在は基本的に自信にあふれて
いる。その身の強さを持ってこの世界を生き、歴史を刻んできた生
きる英雄。そんな存在でありながら、堂々としていないリアは変わ
っている。
﹁そうか! 俺とリアちゃんのなれ初めを聞きたいか!﹂
﹁⋮⋮うん﹂
ソラトのテンションの高さに呆れた顔を見せながらネアラは頷く。
﹁俺とリアちゃんは、八歳の時に出会ったのだ!﹂
﹁もっと昔からの知り合いかと思っていた﹂
ソラトがいった言葉に、ネアラは驚いた顔を見せた。
﹁俺だってもっと昔からリアちゃんの事しっておきたかったよ!
リアちゃんにもっと前から会えていたら、俺はリアちゃんと一緒
に強くなろうとしたし、リアちゃんとこんなにレベルも開かなかっ
たのに!!﹂
﹁⋮⋮ええと、リア姉って八歳の時点で既にあんなのなの?﹂
﹁そう! リアちゃんは超凄いからな。リアちゃんは元々孤児院
にいたんだって。それでなんか外で魔物を狩っていたのをギルドマ
スターが見つけて引き取ったって言ってたけど﹂
﹁はい?﹂
ソラトはリアの自慢話をするようにリアの話を嬉しそうに語る。
が、言われた内容が正直ネアラには理解出来ない。意味が分からな
い。何を言っているのだとそんな風に感じてしまうネアラである。
422
︵リア姉八歳。孤児院に居た。そして魔物を狩って⋮⋮いや、お
かしい。孤児ってそういうものじゃないでしょう。八歳で外で魔物
を狩っていたって⋮⋮え?︶
常識的に考えてリアの昔はおかしい。子供が外に出て魔物を狩っ
ていたなどと、信じられない話である。が、ソラトの目を見る限り
それは本当なのだろうとネアラは理解して何とも言えない気分にな
る。
﹁びっくりするよな。でも実際本当みたいだ。第一俺、はじめて
会った時リアちゃんにこてんぱにやられたし﹂
﹁⋮⋮そうなの?﹂
﹁そう。俺あの当時ちょっと他の子供達より強くてさ、調子に乗
ってたら、こう、一瞬で意識を刈られたというか﹂
ソラトはそういいながら懐かしそうに目を細めている。
﹁ギルドマスターが俺の父さんと友人で、それでリアちゃんと引
き合わされたんだけど最初リアちゃんと戦えって言われた時、小っ
ちゃい子相手に楽勝だって思ってたのにさ。情けなく一撃っていう
な﹂
﹁⋮⋮リア姉は、その頃からリア姉だったんだね﹂
﹁そうだな。というか、リアちゃんは本当昔から全然変わらない
から﹂
ソラトの目から見てみてリア・アルナスという存在は本当に昔か
ら変わらない。
﹁でも孤児でそれだけ強いって⋮⋮﹂
﹁その辺は俺も詳しく知らないけど、なんかリアちゃん昔からあ
んな感じで強くなりたいって孤児院抜け出して色々やってたらしい
からな。あとリアちゃんが居た孤児院って結構酷い所だったみたい
で、リアちゃんが引き取られた後、職員入れ替えとか色々あったみ
たいだけどな﹂
軽い調子で言っているが、育った孤児院の環境が悪いというのは
孤児にとって悲惨な事である。
423
︵そんな状況で、強くなることをめざし、危険なのに魔物を狩り
にいっていた⋮⋮?︶
ネアラは話を聞いて唖然としている。リアが変わっている事ぐら
い承知だったが、そんなに幼い頃からそうだったとはと⋮⋮。
﹁⋮⋮リア姉ってやっぱりおかしいね。でもあんなのだから、︽
超越者︾にあの若さでなれたんだね﹂
﹁そうだなー。リアちゃんは凄いんだ。俺もリアちゃんに出会う
前からもっと頑張ってたら今頃︽超越者︾だったかもな﹂
﹁⋮⋮ソラ兄はそのうちなれるでしょ﹂
﹁当たり前。ならなきゃリアちゃんがずっとこの世界で長い間生
き続けるのに俺が傍に入れないってことになるし﹂
キリッとした顔をして断言したソラトを見ながら、ネアラは︽超
越者︾やそれに至れるほどの強者というのは変な人しかいないなな
どと考えていたのであった。
424
街は今日も平和です。
さて、その日、リア・アルナスはのんびりと過ごしていた。
︽何人もその存在を知りえない︾を使って、うろうろしていた。
特に目的もなく、沢山の話を聞いていた。
誰にも聞かれていないという状況だと思っているからこそ、リア
の視界に入る人々は機密事項だろうとぺらぺらと喋る。そんなわけ
でリアは色々な情報を保持している。中には表沙汰になったら問題
があるものも多くある。流石に放っておくと面倒な事になりそうな
情報はギルドマスターに流しているが、それ以外は心に秘めていた
り勝手に対処をしたりしている。
目的もなくうろうろしていたリアだが、不審な動きをしている人
物を見つけたのでそちらに視線を向ける。
︵うーん、なんか怪しい動きしているな。杞憂だったらいいけど、
もし何か起こすっていうなら⋮⋮対処したほうがいいか。自分の住
んでいる街で面倒な事起こったらややこしくなるし。ラウルの関係
だったら、ラウルのためにも放置するとして、⋮⋮︶
そんな事を考えながらリアはその男の後をついていく。
男の外見は一見して普通である。どこにでもいるような街の住民
に見える。が、少し動きが怪しい。
ユニークスキルを使って、いつも人の事を観察しているリアから
してみればわかるのだ。人と会話を交わさない分、人の観察を続け
てきたリアだからこそ気づいたというべきか。
そしてリアは軽い調子で男についていくのだが、もちろん男はリ
アの存在に気づくことはない。
リアがついていった先で、男を待ち構えていたのは数人の男であ
る。
︵なんの会合だろうね、これ。普通に雑談とか、久しぶりに会い
425
ましたーとか、趣味の会談とかならまぁ、どういう趣味だろうと大
目に見る事出来るけど⋮⋮ちょっとどうなんだろうね︶
と思いながらリアはじーっと彼らを見ている。
﹁首尾は上々か?﹂
﹁今の所は大丈夫だ﹂
﹁この街にはギルドマスターも居るから気をつけなければならな
いだろう﹂
そんな会話をし始めたものだから、リアはお義父さんにばれたく
ない後ろ暗い事をしているのだなとすぐ分かった。
︵それにしても、誰もいないと思っているからって油断しすぎだ
よね。私しっかり聞いちゃってるよ? ってこういう秘密の会合で
ぺらぺら喋っているの聞くといつも思うんだよね︶
リアはいつも人に悟られないように色々な場所をうろうろしなが
らこういう会話をよく聞いているのであった。
そのたびに思う事はなんて不用心なんだろうというそういう事で
ある。何処までも彼らは不用心である。周りに人がいないというの
は彼らにとっての事実であっても、此処はリアの前世で暮らしてい
た地球ではなくファンタジーな世界だ。ファンタジー世界において、
リアのように隠密に長けたスキルを持つものも多く居るというのに
何であんなにぺらぺら話せるのだろうとそんな風にリアは思うのだ。
︵ぺらぺら喋ってくれる分にはこっちとしては助かるけど⋮⋮と
いうか、お義父さんの居る街で何か起こそうとか馬鹿だよね、こい
つら︶
そう考えながら話を聞いていると、どうやらこの男たちは麻薬の
販売をしようとしているようだ。いくつかの大きな町でそれが出来
たからと今度はこの街に目をつけたと。
学園のあるこの街は大きく、彼らからしてみれば、少しずつやっ
ていれば上手くいくと思い込んでいるようだ。
︵なんという楽観的な連中なんだろう。ばれたら逃げたらいいっ
て⋮⋮というか、もうばれてるよ? そもそも逃がす気ないしね︶
426
リアはある程度話を聞いたので、すぐに動き出した。男たちがリ
アを認識する時間も与えないほどの一瞬で、彼らの意識を刈り取る。
情報を色々吐いてもらわなければならないし、殺す事はしない。
そして縄でぐるぐる巻きにして、動けないようにする。また魔法
が使えないようにもする。
それが終わればリアはギルドマスター室に向かった。男たちはそ
のまま放置である。
﹁お義父さん﹂
﹁リアか、どうした﹂
ギルドマスター室で一人で仕事をしていたギルドマスターは、リ
アが突然現れたというのに一切驚いた様子はない。
﹁街、うろうろしていたら怪しい奴発見した﹂
﹁ほう、そうか﹂
﹁街で麻薬売る事模索。捕まえたから、回収して﹂
リアはそれから男たちを放置している場所を告げると、そのまま
その場から消えて行った。
ギルドマスターは﹁あいつは相変わらずだな﹂とつぶやきながら、
部下を呼び、リアが捕まえた男たちの回収に向かうのであった。
さて、ギルドマスターに男たちの案件を預けた後は、リアはまた
目的もなくうろうろする。その中で女を襲おうとしている馬鹿男を
見つけて対処したり、噂話に耳を傾けて情報収集をしたりしながら
のんびりと過ごすのであった。
そんなわけで︽姿無き英雄︾の活躍もあり、街は今日も平和なの
であった。
427
友人を観察中
リア・アルナスは、その日友人を観察していた。
友人は観察するものではないといった突込みをするものはその場
にはいない。そもそもその場にリアが存在する事に誰も気づいてい
ないのだから注意のしようもない。
リアが観察している友人は、︽爆炎の騎士︾ラウルである。
リアが自ら友人認定している存在はホワイトドラゴンのルーンと
地球から迷いこんできたラウルだけである。ラウルはリアよりもレ
ベルが高いのだが、あくまでVRMMOの世界でそうだったという
だけであり、現実的問題としてリアを知覚できるほどではない。
︵ラウルは本当抜けてるなぁ。これ、私がラウル殺そうとしたら
瞬殺できるんじゃない? もう少し警戒しようよ。というか、よく
こんな無防備で過ごせるなぁ︶
リアは部屋の中で本を読むラウル︱︱この世界の常識について知
るために沢山読んでいるらしい︱︱のすぐ後ろに立ちながら思考す
る。
︵転生とトリップの差? ううん、私は少なくとも無理。トリッ
プだったとしてもここまで落ち着けない。いや、トリップの方がき
っと私は怖いと思う。だってトリップはその世界に欠片も存在して
いない状態から急に放り出されるのだ。転生はまだ生まれる場所が
あって、育つ場所があって、その世界を受け入れるだけの準備は出
来るだろうけど、トリップは違う。ラウルだって私という元友人が
居たからこうしてここにいるけど、私が居なかったら不審人物とか
言えないしなぁ。お義父さんも経歴が無なラウルの事気にしている
みたいだし︶
リアはラウルの背中を見ながら長々と思考する。
正直リアはラウルがここまでのんびりしているのが理解出来ない。
428
此処まで寛げるのが理解出来ない。
リアはラウルに対して前世の友人であるという事から、友人とい
う括りにしている。だけど、正直この友人、色々不安になるぐらい
抜けている。
︵まだ日本人としての感覚が残っているからならいいけど⋮⋮、
それなら無理やり自覚させるから。自覚してもアレだったら、私の
事他に漏らさないように脅しつけなければ。ラウルのせいで私の日
常が壊れるとか絶対やだし︶
リア、そんなことを思考している。
友人に対しても一切容赦がない。
﹁ふぅ⋮⋮﹂
本を一旦閉じて、ラウルが息を吐く。そして振り向くが、目の前
にいるリアには一切気づかない。
︵私結構突然現れたりしているのに、私が見ているかもっては思
わないのかな。私凄いラウルの事今見ているのに。レベルが私より
も高いし、気づきやすいと思うのにな。そういう可能性を欠片も考
えてないっていうのは、ちょっと警戒心が足りない︶
リアは最近よくラウルの周りをうろうろしている。ナキエルが元
いた闇ギルドに対しての警戒もあるが、単純にラウルがリアに気づ
くのだろうかと思いながらうろちょろしている面も強かった。
そんなわけでリアはラウルの前を本当にうろちょろしていた。
ラウルは部屋を出る。リビングに向かう。その後ろをリアもひっ
そりとついていく。
ラウルは気づかない。
リビングにはナキエルが居た。ナキエルはラウルの姿を見た瞬間
駆け寄ってきた。
﹁ラウルさん﹂
ナキエルはリアからしてみればよくわからない事だが、ラウルの
事を慕っていた。
︵気絶させられて俺が面倒を見るって言われて慕うものなのか、
429
普通。私なら少なくとも無理。気絶させるっていう強硬手段で連れ
てこられるって相手が嘘言っている可能性もあるし、私ならそんな
信じないけどなぁ。慕うが恋愛か友愛かはわからないけれど、これ
恋愛だったらどれだけ惚れっぽいの︶
リアはナキエルも気づかないかなと目の前で手をふったりするが、
予想通り気づく事はない。
︵というかこの子も所属していた闇ギルドに狙われている自覚あ
るのかな。ラウルはレベルだけは高いからどんなことがあっても大
丈夫って思ってるのかな。それはそれで闇ギルド育ちにしては警戒
心が薄い事になるけど。これでラウルを慕うふりして実は牙を剥こ
うと機会をうかがっているとかの方が面白い︶
完全に他人事である。友人がどういう状況になろうが特に手を伸
ばす気はないのがリアの思考からよくわかるだろう。
リアはラウルを友人とは少なくとも認識している。でもこの世界
で生きていくなら、もっと強くあってもらわなければ困るのだ。リ
アがラウルの命の危険を全て事前に排除するというなら早いだろう
が、それは最早友人の関係性ではない。
リアはラウルにこの世界で生きていく覚悟をしてもらって、また
友人として歩みたかった。
だからこそリアはラウルのやることに手出しをしない。
﹁ナキエル、明日は⋮⋮﹂
ラウルはこの世界の現実を知るためにギルドマスターからの依頼
をこなしたりしている。それにナキエルを一人にするわけにもいか
ないと連れまわしていた。
その日程の確認をしている。
︵正直見ている限り、ラウル全然警戒してない。すぐ死にそうだ
なぁ︶
リアはそんな感想を持ちながらも、警戒を促す事さえもしないの
であった。
430
色々目をつけられていますね。
ティアルク・ルミアネスは、学園の中で目立つ存在である。
それはなぜかと問われれば、彼が中途半端に色々隠しているから
というのが一番の理由であろう。彼は情報を隠している。実力を偽
るのであればそれ相応の態度を見せればいいというのに実力は隠さ
ないという、よくわからない状況を作っている。だからこそ、周り
から疑いの目で見られるのである。
現状、ティアルク・ルミアネスが何者か知っているのはリア・ア
ルナス、ソラト・マネリ、後はこの学園の学園長ぐらいだろうか。
︽竜雷︾と︽風音姫︾の弟子。そして世間で知られている中では
最年少の高ランクといった認識だろうか。
尤も最年少の高ランクは︽姿無き英雄︾リア・アルナスなのだが、
全てを隠している彼女の事を認識しているものはまずいない。次の
高ランクである︽炎剣︾ソラト・マネリについてもリア同様に隠し
ているため誰も認識していないというのが現状である。
︵あ、学園長が頭抱えている︶
その日、リア・アルナスはいつも通り︽何人もその姿を知りえな
い︾を行使してのんびりと過ごしていた。最近、エマリス・カルト
に絡まれる事も多くなり、それにうんざりしていたリアはうろうろ
しながら面白い情報を探していた。
その中で見つけたのは、頭を抱えている学園長である。学園長は
人間で、レベルは百未満だが、人間にしてはレベルが高い方だろう。
︽超越者︾にはぎりぎり至っていないが、十分に強者に分類される
存在だ。
年は四十代ほどだろうか。引きしまった体を持つ青髪の男性だ。
﹁⋮⋮生徒会と、レクリア様の護衛と、アーガンクル公爵家から
の問い合わせか﹂
431
そう、問い合わせが来ていたのだ。リアは学園長が見ている書類
を覗き込む。そこに書かれていたのはティアルク・ルミアネスにつ
いての問いあわせである。
少しでも調べれば彼はボロが出るほどの情報操作しかしていない
のだ。それに加えて疑われるような真似を兵器でやっている。故に
彼は何者であるのかと問い合わせが来るのも当然である。
︵うわー、まだ入学して一年も経ってないのにもう既にこんなに
ボロボロとか。絶対に三年間隠し通すとか無理だって。いや、でも
ハーレム主人公が目立つだけ目立ってくれればこちらを気にするこ
ともないだろうし私としてはラッキーかな︶
そんなことを考えているリアは堂々と学園長室の中にいる。
もちろん、学園長は気づくこともなく頭を抱えている。
︵学園長もかわいそうに。ハーレム主人公なんて騒動の種が居る
ってだけで大変そう。あとは今はおとなしいけど過去あり主人公っ
ぽいのもいるし、私としては三年間退屈しなそうでいいけど、学園
長は大変そうだ︶
そんなことを呑気に考えながらも、絶対に上に立つ立場とかなり
たくないなーという気分にリアはなる。
上に立つ者は、それ相応の苦労をするものである。何よりも目立
つ。誰よりも注目され、誰よりも知られてしまう。
そんな恐怖しか感じないものにリアは立ちたくはなかった。
︵学園長もハーレム主人公の事は知っているとはいえ、︽竜雷︾
と︽風音姫︾の弟子の存在を隠しているのに下手に喋っていいのか
悩んでいるみたいだし。本当大変。というか、ハーレム主人公はこ
んな風に学園長に迷惑かけている自覚あるのかな? 多分ないよね。
あったらあんな能天気にのほほんとしていられないだろうし。ハー
レム主人公は学園生活を満喫しているつもりみたいだけど、学園長
大変だよ? 普通の生徒として学園に通いたいっていうのならもっ
と平凡に擬態すればいいのに。とりあえずゲンさんとルノさんに軽
く言っておくかなー︶
432
ティアルク・ルミアネスの事を考えながら、学園長を見ているリ
ア。相変わらず学園長はリアの存在には気づかない。
︵というかこれ、今年一年そもそも持つかな。持たない気がする
な。折角ゲンさんとルノさんが気をまわして普通の生徒として学園
に通わせてもらっているっていうのにさ。それにしても普通の生活
をしてみたいからとか、学園生活を経験したいからって理由で学園
に入るのがまずわからないかな。私みたいに資格が欲しいとか目的
もないみたいだし。この学園の生徒って将来のために必死になって
いる人がほとんどで、成績一位とか取ると将来有利なんだよね。そ
れなのにハーレム主人公っていう存在が気まぐれに居るせいで一位
の座を取れない生徒達もかわいそうに。目的もなく学園に通われて
もはた迷惑だよね︶
学園の成績優秀者は優遇されるものなのだ。成績がトップクラス
というだけでも勧誘は来る。
︵⋮⋮ハーレム主人公はギルド所属で、卒業後もギルドで働くつ
もりだろうけど。テストとかでも一位とっていたし、多分勧誘来る
でしょ。ややこしい事になりそうな予感しか第三者の私の目からみ
てもしないのに、よく厄介ごとに自分から突っ込んでいくなぁ。成
績をそれなりに抑えておけば勧誘も何もないだろうに︶
相変わらずリアは学園長を観察しながら思考している。
そんなこんなじっと見つめて考え事をしていれば、こんこんっと
学園長室がノックされた。入ってきたのは、学園長の秘書である。
﹁学園長様、また、お手紙が﹂
﹁またか⋮⋮おいておいてくれ﹂
今度はなんだとでもいう風に眉を潜めていった学園長は、秘書が
手紙を置いて去った後にその手紙の中身を見る。リアも後ろからそ
れを覗き込む。
﹁⋮⋮獣王・サガラからの手紙だと﹂
︵獣人の国の現トップさんかぁ。あそこの獣王も会ったことはな
いけれど中々強いって噂なんだよね。一度拝んでみたいかも。獣人
433
の国っていった事ないし行ってみたいな。でもエルフの女王様の時
みたいにばれるかな︶
狼狽える学園長とは対照的にリアは普段通りである。
そして読み進める。盗み見る事に全くの抵抗をリアは感じていな
い。
︵エマリス・カルトが獣王の関係者っていうのは確定か。それに
してもハーレム主人公は流石。周りに侍らせている女子生徒たちが
揃って権力者とか、なんなんだろう。ハーレム主人公故にそうなる
の? それにしても学園でも外でも注目され過ぎだなぁ︶
手紙に書かれているのはエマリス・カルトが獣王の関係者だとい
う事が書かれている手紙と、そのエマリス・カルトの傍に居るティ
アルク・ルミアネスに対する問い合わせだった。
その手紙を盗み見たリアは、学園長は大変そうだなと考えながら
相変わらずマイペースに呑気なのだった。
434
闇ギルドVS爆炎の騎士 ①
さて、闇ギルド所属であった少女ナキエルを︽爆炎の騎士︾ラウ
ルは引き取った。しかし、それは闇ギルドに了承を得ての事ではな
く、自らの子飼いであった少女を巡って、闇ギルドは行動を開始す
るのであった。
︵みたいな感じのモノローグがつきそうだよね。しかしあれだね、
ラウルはこれで生きられるかなー?︶
闇夜に紛れて闇ギルド所属のギルドメンバーたちは動いている。
それをリア・アルナスは面白そうな顔をしてみている。
︽姿無き英雄︾と呼ばれる絶対的強者にとって、自分の存在を悟
りもしない彼らを殺す事なんて容易である。リアはやろうと思えば、
彼らを一瞬で殺す事ぐらい出来る。
だけど、する気はない。
︵ラウルがこの世界で生きていくのに十分かどうか、それを確認
するために利用させてもらおうか。それでラウルが闇ギルドをつぶ
せるならよしだし、潰せないなら私が終わってから潰せばいいもん
ね︶
憐れ、闇ギルドのメンバーはどちらにせよ潰される事がリアの中
では決定しているらしかった。
リアにとって、正直ナキエルがどうなろうともどうでもいい。だ
から、ナキエルが殺されようが、裏切りものとして拷問されようが
⋮⋮ちょっと気分が悪くなるのでいつもなら助けるが、今回はラウ
ルがこの世界で生きていけるか確認するという重要な事があるため
助ける気は一切なかった。
︵ラウルは本人に自覚があろうがなかろうが、この世界に︽爆炎
の騎士︾の姿で来た時点で︽超越者︾であり、この世界で良い意味
でも悪い意味でも注目される存在になってしまった。だから、たっ
435
た一人の少女さえ守れないっていうなら、この世界で生きていくの
は難しい。だって︽超越者︾なんて騒動に巻き込まれていくものだ
もの。ラウルが大切にした人が狙われ、人質にされる事だって十分
にありえるもの。そこで、殺せませんとか、守れませんとかそれじ
ゃあ駄目だもん︶
そう、自覚があろうがなかろうが、ラウルは︽超越者︾としてこ
の世界に落ちてきてしまった。この世界で生きていかなければなら
なくなってしまった。だからこそ、この世界で︽超越者︾として、
強者として生きていく覚悟が必要なのだ。
︵ラウルに人を殺す覚悟は持てるかな。殺さずになんて甘い事を
言っていたらこちらが殺されてしまうような世界で、駄目だって自
覚してくれればいいんだけど︶
ひっそりとその場に一人とどまりながらリアはじっと、闇ギルド
のメンバーが消えていった方を見る。
ギルドマスターが貸したラウルとナキエルの住まう家がある場所
を見つめる。
︵別に近づいてくる気配って、これソラトじゃん。何やってんの
あいつ︶
気配を探っていたらソラトの気配を知覚し、リアはそちらに近づ
いた。
﹁ソラト﹂
﹁あ、やっぱリアちゃん居た﹂
﹁何してるの。闇ギルド居るから、ばれると厄介﹂
﹁ばれないようにするって。なんかあったら逃げるし。それより
さー、ギルドマスターに聞いたんだけど、あの男ってちぐはぐなん
だって? リアちゃんが、気にする相手でリアちゃんの特別な相手
がそういうのって気になってさ。そもそも昔の知り合いっていうけ
どいつの?﹂
ソラト、会ってもいないラウルの事をリアが気にしている存在だ
からと気になり過ぎである。
436
﹁⋮⋮ずっと、昔﹂
﹁ずっと昔って? 俺リアちゃんが男の事気にしているとかやだ
ー!!﹂
﹁煩い。只の友人。生まれる前﹂
﹁生まれる前? リアちゃん生まれる前の記憶とかあるの!? 流石リアちゃん、他と違う。大好き!﹂
﹁はいはい﹂
さらっと前世の事を言ってもソラトは態度を変える事もなく寧ろ
キラキラした目でリアを見ている。
﹁でもなんでその友人そんなちぐはぐなの?﹂
﹁⋮⋮ラウルは現実ではない仮想世界であの姿だった。死んでも
よみがえり、何度でも繰り返せる遊びの世界の姿がアレ﹂
﹁んー? ええと、リアちゃんの前の世界では仮想世界とかがあ
って、そこで仮の姿で遊べたってこと? なにそれ、すげー﹂
ソラトは普段からバカっぽいが、頭の回転は速いのでリアの少な
い説明でもなんとなく理解したらしい。
﹁だから、現実の厳しさを知らない。人を殺すもしたことない。
レベル高いだけ﹂
﹁それってすぐ死にそうじゃない?﹂
﹁ん。だから、闇ギルドの襲撃は放置。これ、対処出来て、生き
ていける覚悟が出来たら⋮⋮。私は、ラウルと友達にまたなる﹂
﹁その時は俺にも会わせてよ﹂
﹁駄目。ソラト、絶対面倒な事する﹂
﹁リアちゃんの手を煩わせる事はしないって。リアちゃんに気に
されているのはむかつくけど﹂
ソラトは相変わらずにこにこと笑っている。
対してリアは無表情のまま答えているが、リアのそんな表情を見
てもソラトはにこにこしている。
そんなこんな話し込んでいたら、大きな音がした。どうやら戦闘
が始まったらしい。
437
﹁始まったみたいだけど、リアちゃんどうするの?﹂
﹁ん。見る。ソラトは帰れば?﹂
﹁んー。ま、そうだね。俺が居たらリアちゃん見守るのも大変で
しょう? 明日も学校だし一旦帰るよ。リアちゃんも遅くならない
ようにね﹂
﹁ん﹂
ソラトはリアから聞きたい事が聞けたから満足したのか、リアに
促されるままに帰っていった。そしてリアはまた︽何人もその存在
を知りえない︾を行使して音のした方に向かうのであった。
438
闇ギルドVS爆炎の騎士 ②
﹁ナキエル! 無事か?﹂
﹁はい。ラウルさん!!﹂
︽爆炎の騎士︾ラウルは、自分の庇護下にあるナキエルに声をか
けながら、前を睨みつけている。
夜中、のんびりと過ごしていた所、ラウルは襲撃に合った。この
世界にやってきて、まだ少ししか経っていないラウルは、何故この
ような事態になっているのかわからない。
一応、リアはナキエルは闇ギルド所属などというそういう最低限
の情報はラウルに与えている。しかし、あえて闇ギルドが狙ってい
るので注意するようにといった忠告はしなかった。忠告せずに死ぬ
のなら、それまでだったというそれだけなのだから。
ラウルに向かってとびかかるのは、無数の影だ。
リアほど隠密行動に長けているとは言えないが、音もなく現れる
集団たち。それにラウルはどうにか対処をする。
レベルが150あり、それなりのスペックを持ち合わせているか
らこそ未熟な身ながら、それだけの行動を起こす事が出来る。
︽超越者︾のスペックがあるからこそ、こうして、対処すること
が出来る。だけど、︽超越者︾としてこの世界に落ちてきたからこ
そ、ラウルは厄介事に巻き込まれている。
﹁こいつらは⋮⋮っ﹂
﹁私のいた組織の人たちみたいです⋮⋮ごめんなさい。ラウルさ
ん、ご迷惑をかけてしまい﹂
ラウルは対処は出来ている。だけど、殺しはしていない。敵を殺
してもいない状況で、自分の庇護下にある少女と会話を交わすなん
て本来すべきではない。
そんな風に、殺さなかったからこそ、
439
﹁確保﹂
倒れたふりをしていた闇ギルドの一員にナキエルを確保されてし
まうのだ。
﹁なっ、待て! ナキエル!!﹂
﹁ラ、ラウルさん!!﹂
その様子はさながら引き裂かれる最愛の恋人同士のようである。
闇ギルドのメンバーたちは、ラウルを殺す事は現状難しいと考えた
のだろう。とりあえず今出来る事を⋮⋮と考えた結果、裏切者の確
保を優先させ、離脱したといった所だろう。
ラウルは闇ギルドのメンバーたちにとびかかられ、ナキエルを追
いかける事は出来なかった。闇ギルドのメンバーたちは裏切者を確
保出来、ラウルを足止め出来たからだろうかその後姿を消した。そ
して、その場に残るのは呆然としたラウルと、
︵うわー、やっぱり甘いね。最初に闇ギルドのメンバー殺せたら
よかったのに。そこで殺しとけばナキエルさらわれる事もなかった
のに。やっぱり元地球人として殺すのは躊躇われたのかな。でもそ
んなこと言っていたら大切な人がどんどん死んでいくんだけど。そ
れにしても呆然としすぎでしょ。ナキエルは裏切者だから拷問とか
これからされるかもしれないのにさ︶
様子をのんびりと見守っていたリアである。
リア・アルナスは、︽爆炎の騎士︾ラウルがどのように対処する
のかを見ていた。見ていたうえで感じたのは、この友人はこの世界
で生きていくのは難しいという事である。
︵あまりにも甘い。殺す覚悟を持たなきゃ殺されるって事を理解
していない。命が軽いこの世界において、襲ってきた奴を殺そうが
どうこう言われる事もないんだから殺せばいいのに︶
呆然としているラウルを、リアは見ている。此処で声をかける気
は一切ない。なぜなら、これはラウルがこの世界で生きていけるの
か試すという意味があるから。
﹁ギ、ギルドマスターに連絡を⋮⋮﹂
440
︽超越者︾というこの世界で最上位の位置に居ながらも他力本願
なラウル。ふらふらと動き出そうとするラウル。
︵うーん、お義父さんの助けを借りては意味がないんだよ。ラウ
ル。ラウルが︽爆炎の騎士︾の姿で、︽超越者︾としてこの世界に
落ちてきたのではなければ⋮⋮、幼子の姿だったりしたらまた別だ
っただろうけど、今のラウルは自分の力ですべてを解決する事を覚
えなきゃならない。︽超越者︾であり、ギルドの高ランク者が、他
人の力をあてにしているというのは、あまりにも周りに示している
とギルドが嘗められちゃうし︶
リアは、元同郷の友人相手だろうが全く容赦がない。︽超越者︾
である存在がこのような甘えた状況にあることをリアは許さない。
レベルがゲームにおいて150のカンストにまで行っているのだ
から、ラウルには強さはある。ないのは、この世界で生きていく覚
悟。それを無理やりでも身に着けてほしいなーと考えているリアな
のだが、ラウルを見ながら色々考えている。
︵お義父さんは自分が面倒を見ている存在なのだから自分で何と
かしろっていうだろうけど、突き放されて自分でどうにかしなきゃ
いけない状況でラウルがどう動くかだよね。お義父さんがナキエル
の所属していた闇ギルドの場所だけでもラウルに行ったとして、一
人でナキエルのために動こうと出来るか。それとも闇ギルドなんて
地球育ちのラウルにとってみれば恐ろしい存在相手に立ち向かえな
いと震えて動かないか⋮⋮。力があるのだから取り返したいなら取
り返せばいいって話だけど、今の様子を見ていると動けない可能性
もあるよね。その場合は、どうしようかな︶
リアはギルドマスターの元へと駆け出していくラウルをひっそり
と追いかけながらそんなことを考えるのであった。
441
闇ギルドVS爆炎の騎士 ③
﹁ど、どうしよう﹂
案の定というか、リアの予想通りギルドマスターには突っぱねら
れていた。助けたいなら自分で助けろと。そして、闇ギルドの情報
だけ渡されたラウルは情けない顔をしていた。
この世界に落ちてきて、戦闘はしてきたがこのような事態に遭遇
した事は今までなかったのだ。魔物相手に戦った事はあったけれど、
人相手に戦った事はない。それは人相手に殺し合いをしたことがな
いという事であり、人相手に戦う覚悟など持っていない。
相手が魔物だったなら、此処までヘタレていない。
でも相手は人だ。
闇ギルドなんて得体のしれない相手だ。
﹁⋮⋮そ、そうだ。リアは﹂
そんなことを口走っているが、現在ラウルを観察しながら手を出
す気がないリアが動く気はない。
︵うーん、ヘタレてるなぁ。魔物相手は出来て、人相手は出来な
いって。敵対している相手なんてどんな生物だろうと関係ないし、
殺らなきゃ殺られるなら、殺せばいいだけなのに︶
リア、仮にも友人のラウルがヘタレているのに動く気はない。
︵もしこれで闇ギルドへの特攻も出来ないほどヘタレだっていう
なら、とりあえずギルドからは出ていってもらおうかな。それなり
にランクが高いのにこんなヘタレがいたらお義父さんに迷惑かけち
ゃうし。そうなったら私もかかわらず一人で生きてもらうとして、
その時にラウルが私の事ばらしても困るからその場合はきっちり脅
しておくとして⋮⋮。それでもばらしそうなら私の手で殺すしかな
いかー︶
リア、助けるどころか見捨てる気満々である。
442
﹁でも俺リアの場所知らないし⋮﹂
目の前にいて助ける気がない存在に助けを求めても意味がないの
だが、ラウルはレベルが高くてもリアに一切気づいていない。
﹁このままではナキエルが⋮⋮﹂
︵ナキエルが大事ならいけばいいじゃん︶
﹁でも、人間相手なんて﹂
︵人間相手で怯えてたら生きていけないよ?︶
﹁ど、どうしよう﹂
︵怯える前に動けばいいと思うんだけど。うーん、ヘタレだ。ヘ
タレてる。いいからいけばいいのに。ラウルには力はあるのだから、
相手を殲滅してナキエルを助ける事は出来る。殺す覚悟と戦う覚悟。
それさえあれば、︽超越者︾なんだからどうにもできる。ゲームで
のラウルはロールプレイングしていたのかな、凄い堂々としてたの
に。まぁ、一日中ゲームしているような廃人に度胸求めても仕方な
いか。でも、地球からこっちに来ちゃったんだからこのままだと生
きていけるわけないのに。あとこの姿見たらナキエル引くんじゃな
い?︶
リア、ラウルの独り言に心の中で返答をする。ラウルは情けない
独り言を聞かれていることも、情けない恰好をリアの前に曝け出し
ていることも全然気づいていないようだ。
﹁ナキエル⋮⋮﹂
つぶやいて、体を震わす様は酷く情けない。
﹁ゲ、ゲームじゃないから、ナキエルは死ぬかも⋮⋮そ、それは
やだ﹂
口調が何処か幼いのは、もしかしたら中の人は結構幼いのかもし
れない。
︵地球でのラウルって何歳なんだろ? 正確には聞いていないけ
れど、大体高校生ぐらいだろうし。だったらこの反応も当然といえ
ば当然? いきなりこの世界に来たから。いや、でもネアラの母親
とか、生身のままこの世界に来て頑張ってたわけで、ラウルとかゲ
443
ームでのアバターで来ている時点で余裕じゃない?︶
リア、色々考えながら、ぶつぶつ言って、震えているラウルを見
る。
︵うーん、背中を押すぐらいはすべき? でもこれで姿見せてい
ざって時は私が助けてくれるはずって勘違いされてもアレだしなぁ︶
リア、背中を押すか悩んでいる。
ただこの世界に来て間もなく、対人戦をする覚悟も特にないもの
にそれを強いているのはリアであり、背中ぐらい押すべきかとも考
える。しかし、背中を押されずとも動けるようになるべきで。
︵うーん、最初だし、﹁私は手出しをしないから、一人で頑張っ
て。死んでも知らないよ﹂って言っておくか︶
背中を押すためと、一人でどうにかしなければどうしようもない
よという事を教えるためにも出るべきかと考え、リアはラウルの前
に姿を現す。
リアの姿を見ると助かったといわんばかりにすがりつくようにリ
アに声をかける。
﹁リ、リア。丁度良かった。ナキエルが﹂
﹁知ってる﹂
﹁なら、ナキエルを﹂
﹁私は動かない﹂
﹁え﹂
ラウルは信じられないような目をリアに向けた。
﹁私も、お義父さんも動かない。ラウル、ナキエル助けたいなら、
闇ギルドに特攻﹂
﹁いや、でも! ナキエルの命が⋮⋮﹂
﹁この世界、命軽い。弱ければ死ぬ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁だから、ラウル。ここで生きるなら、自分で動く。自分で、自
分と守りたいもの、守る。︽超越者︾。目立つ。ラウル、自分で解
決﹂
444
﹁で、でも相手は人⋮⋮﹂
﹁人でも、敵は殺す。殺す必要あるなら、躊躇い必要ない﹂
﹁殺すって、リアは⋮⋮﹂
﹁私は、殺してる。必要あるなら、躊躇いなし。ナキエル、死ん
でもいいならそのまま。駄目なら、行く﹂
﹁⋮⋮リ、リアは手伝ってくれたりは﹂
﹁しない。したら、意味ない。ラウル、自分で解決。⋮⋮解決で
きないもの、ギルドいらない。特攻。ラウル、死にそうでも助けな
い。死ぬのや、なら、殺せばいい﹂
﹁そ、それは﹂
﹁じゃ。帰る﹂
そしてまたリアはその場から姿を消した。帰ると口にしたのは、
そうしないと﹁見ててくれて助けてくれるのでは﹂と淡い期待をラ
ウルが抱くのではないかと思ったからだ。
さて、リアに言い逃げされたラウルはというと、
﹁⋮⋮い、いくか﹂
ナキエルが殺される事がやはり嫌なようで震える足で、闇ギルド
へと向かうのであった。
︵あんな調子だと死にそうだ。とりあえず見ておこう︶
リアはそんなことを考えながらラウルを追いかけるのであった。
445
闇ギルドVS爆炎の騎士 ④
闇ギルドの本拠地を見つめながら、ラウルが青ざめている。足を
震わせている。
人と対峙しなければならない事実におびえている。
︵人と戦わなきゃならないなんて。人を⋮⋮殺さなければならな
いなんて。そんなの、嫌だ。でも⋮⋮俺が動かなければナキエルが、
死ぬかもしれない︶
震えながら、ラウルは思考する。
ラウルとナキエルの仲は正直言って浅いといえる。出会ってそこ
まで時間は経っていない。だけど、ラウルはナキエルに惹かれてい
たのは確かだ。
それは吊り橋効果といえるものだったのかもしれない。
突然異世界なんて場所にやってきた。VRMMOをしていたから
こそ、この異世界の事を知っていた。でもVRMMOとして知って
いたとしても、現実としてこの世界を知っているわけではなかった。
知らない事は多い。学ばなければならない事は多い。リア・アル
ナスという昔の友人がこの世界には居たとはいえ、ほとんど会う事
もなく、自分で動いていかなければならない。そんな中でリアにあ
ずけられた少女。自分を慕ってくれる少女。レベルと力はあっても、
実際に戦う事に慣れていなくて、張りぼてなラウルの事を心の底か
ら慕ってくれた少女。
だから惹かれていた。少女との暮らしは、ラウルにとって心地よ
いものだった。
そんな少女がさらわれた。
︵ナキエルが死ぬのは嫌なら殺せばいいって⋮⋮そう、リアはい
った。リアは、この世界で人を殺してきたって。確かに強ければ生
きて、弱ければ死ぬだけだって、ギルドマスターも言っていた。自
446
分で解決しなきゃ意味がない⋮⋮って、本当にそうなんだろう。此
処は、現実︶
震えている。だけど、目の前の現実から目をそらしてはいけない
ってことぐらいラウルも分かっている。
︵VRMMOの世界に来てしまったって、リアもいたし、俺は呑
気に考えてしまっていた部分があったんだと思う。漫画とか小説と
かだとこういう時なんだかんだで上手くいって、ハッピーエンドを
迎える。でも、此処は現実だ。現実だから、助けなんてこない。自
分でどうにかしなきゃならない⋮⋮ナキエルが、死ぬ。俺が助けな
きゃ︶
足を震わせながらだけど、ラウルはそう決意して足を踏み出した。
さて、闇ギルドへと向かっていくラウルの事をリア・アルナスは
見ていた。
︽空中歩行︾で宙を歩き、︽何人もその存在を知りえない︾で姿
を隠しながらただ見ている。
︵一応逃げ出さなかったのか。もしかしたら逃げ出すかなって思
ったんだけど。あの闇ギルドは正直レベル百オーバーからすれば楽
な相手といえば楽な相手だから殺す覚悟さえあればどうにでもでき
る。逆に殺さなかったらこれからも狙われ続けるってわけだから、
殺せるかどうかなんだよね、本当。というか、このレベルの闇ギル
ドなら多分ソラトでもなんとかなるぐらいだと思うし、レベル15
0のラウルからしてみれば実力的には余裕なはず。それにしてもラ
ウルが戦う覚悟を持ったら私より強い存在がまた一人増えてしまう
し、私はもっと精進してレベル上げなきゃ。怖いし︶
リアは相変わらず心の声が多い。友人が闇ギルドに特攻したとい
うのに悲壮感はなく、ただ闇ギルドの建物を見ている。
447
︵うーん、どんがしゃやっているなぁ。ラウルはちゃんとやれて
るのかな。闇ギルドからラウルが出てこなかったら闇ギルド潰そう。
出てきたら帰って寝よう。明日も学校だし︶
リア、建物の方で戦闘音がするのをただ聞いている。翌日学校が
あるのに、闇ギルドとギルドメンバーの戦闘を呑気に傍観している
学生なんてリアぐらいだろう。
︵それにしてもラウルが闇ギルドに特攻出来たのってやっぱナキ
エルが死ぬかもって思ったからかな。愛の力は偉大? というか異
世界来てすぐ恋愛出来るってラウルの順応力凄い。私が転生じゃな
くてトリップだったら多分、怖がり過ぎて色々大変だったと思う。
ラウルは、ある意味能天気で凄い。私はそんな能天気無理︶
リアは自分が異世界転生ではなく、異世界トリップだったらどう
なっていただろうかと考えて身震いした。
異世界転生でこの世界に十数年生きてきても色々なことにおびえ
ながら暮らしている︽臆病者︾のリアである。異世界トリップで、
この世界にきて少ししか経っていない状況でラウルのように恋愛を
したり出来るかというと無理だとリアは思う。
︵んー、音収まったけどどうなのかな? 火柱が上がってるよう
に見えるからラウル吹っ切れた?︶
︽爆炎の騎士︾という通り名がついているように、ラウルは︽火
属性︾魔法の使い手である。剣技と火の魔法を使って戦う正統派の
戦い方をする存在だった。
︵ソラトも︽炎剣︾なんて呼ばれているし、ラウルと割と似てる
かな。まぁ、戦い方も違うし、ユニークスキルも違うけど。ラウル
の奴は、一撃必殺って感じのスキルだし︶
リア、呑気に考え事をする。
ラウルの安否の心配はしていない。死んだら死んだで、生きてい
たらまた友人になる。ただそれだけなのだ。リアの感覚では。
地球に帰れるかは正直微妙で、帰れない確率の方が高い。ならば、
この世界で生きていく覚悟をもっとしてもらう必要がある。
448
リアは、入り口を見据えている。
しばらくしてラウルは出てきた。ナキエルに支えられながら、怪
我をした状態で。
449
闇ギルドVS爆炎の騎士 ⑤
さて、︽爆炎の騎士︾ラウルはギルドマスターの家で手当てを受
けていた。ナキエルも同様にである。夜中だというのにギルドマス
ターは﹁結局行ったのか﹂と一言言って家の中へ入れた。
︵⋮⋮リアの昔の友人。ただし、幾ら探しても情報網には引っか
からない。あいつは本当に面白い。そしてこのラウルとかいう男、
レベルと実力が釣り合っていない。いや、スキルはあるけれど戦い
方がなっていない。そもそも闇ギルドにリアが預けた少女がさらわ
れたのも、こいつが守れなかったからだが、レベル150の男が守
れないなんて本来ならありえない。青ざめた顔をしているのを見る
に、人を殺すのははじめてなのかもしれない。となると、何故レベ
ルが高いかも不明だな。魔物だけ相手にしていたにしても常識が足
りないと言える。これは、リアを問い詰めたら面白い事実でも出て
きそうだな︶
ギルドマスター、特に怪我をしている二人をいたわる気もない。
何だかんだでリアを気に入っていて娘として大切には思っているギ
ルドマスターなので、リアが気にしている存在としてラウルに関心
はあるが、本人自身に関心は特にない。リアが知り合いだと告げた
からこそ興味があり、面倒を見ているに過ぎない。
﹁ラウル、闇ギルドは壊滅出来たか?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁お前が何故、レベルが150を越えながらそんなに弱いのか、
戦い方を知らないのか、人を殺すことに躊躇っているのかは俺は知
らん。が、お前がギルドに所属し続けるというのならば、依頼の中
でこういう事もあるだろう。殺す必要があるなら殺す。本当にそれ
だけの話だ。レベルが150あるのならば、これからも良い意味で
も悪い意味でもお前は目立つ。その時に毎回躊躇っているような存
450
在は、正直いらん。レベルが低くてそれなら放っておくが、レベル
が高いのにそれなら、こちらが迷惑被るからな﹂
レベルの高い者は良い意味でも悪い意味でも目立つ。そしてその
分騒動も起きる。リアの場合レベル上げに勤しんで色々な事をして
いるから、巻き込まれている節もあるが、普通にしていても何かし
らの騒動に巻き込まれるものだ。レベルの差が大きい相手を弱者が
殺せればレベルも一気に上がるわけで、殺そうと近づいてくるもの
もいるし、レベル高位者に近づきたいものはいくらでもいる。
そんな騒動を一人で解決が出来ない。一々ギルドマスターに泣き
つく。という事になったら、困るのだ。幾らリアに頼まれていよう
とも答え次第では放り出そうと考えているし、リアもそれを傍観す
るだろう。
﹁⋮⋮自分で解決するようになります。いや、します。俺は⋮⋮
この世界で生きているんだという実感が正直ちゃんともてていませ
んでした。実感もなくて、ゲームの頃のような感覚で生きていた。
でも、ちゃんと、実感したから。思い知らされたから。ちゃんと、
向き合います﹂
ラウルが告げた言葉の意味をギルドマスターはちゃんと理解は出
来ていない。この世界とか、ゲームとかそれらの意味が分からない
からこそ当然であるが、とりあえずラウルが本気でこれから自分の
事は自分で解決しようと決めた事はわかったので﹁そうか﹂とだけ
つぶやいてその部屋から去って行った。
残ったのは、ラウルとナキエルだけである。
﹁ナキエル﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁俺は⋮⋮いや、僕は、レベルだけは諸事情で高いけれど、ナキ
エルの思っているような人間ではない。人を殺す事、誰かと敵対す
る事は情けないけど、震えるぐらいに怖い。こんな僕は情けないだ
ろう⋮⋮? 現実逃避して、ああいう出来事が起こって。そしてよ
うやくここが現実だって理解しただなんて。ナキエルにも、怖い思
451
いをさせてしまった﹂
﹁⋮⋮ラウル、さん﹂
ナキエルはラウルを見ている。情けない言葉を口にするラウルを。
ラウルが言っている﹁ここが現実だって﹂とか言っている意味は、
分からないだろう。でもナキエルは言う。
﹁ラウルさんが、情けない人でも、ラウルさんは、私を助けに来
てくれました。怖いと思いながらも私のためにあの人たちをどうに
かしてくれました。だから、私は、ラウルさんにありがとうと言い
たいです。ラウルさんの事情は分からないけれど、でもラウルさん
が頑張ろうとしているのはわかります。だから⋮⋮、私はラウルさ
んの知人に預けられた存在だって聞いてますけど、私を傍において
いてくれませんか。私は⋮⋮ラウルさんを支えたい﹂
﹁ナキエル⋮⋮﹂
情けない顔をしているラウルはそういって、ナキエルの頬に手を
あてる。そして⋮⋮顔を近づけはしたが、キスはしなかった。
﹁あ、ありがとう。ナキエル﹂
声を発しながらラウルは内心戸惑っている。
︵お、俺今何をしようと、キ、キスなんて、そんな⋮⋮︶
とヘタレなので動揺していた。口づけされるかと期待していたナ
キエルは残念そうな顔をしながらも笑うのであった。
さて、そんな二人のいちゃいちゃしている空間の中に、もう一人
の存在が居る事を二人は気づいていない。
誰かといえば、もちろん、リアである。
︵⋮⋮チョロい。チョロすぎるよ! ナキエル、特に。課外実習
で戦う事への狂気を見せていたのが、こんな軽く落ちるんだ。あん
なにラウル情けないのに! というか、そのままキス出来ないあた
りヘタレだよ。異性とキスとかしたことないんだろうなぁ。まぁ私
も前世も現世もしたことないけれど。でもとりあえずこの世界は現
実だってちゃんと理解はようやくしたかな。⋮⋮ああ、見届けてた
ら遅くなっちゃったし、帰って寝よう︶
452
そしてリアは見届けた後、自宅に帰宅し、睡眠をとるのであった。
それからリアがラウルのヘタレっぷりが見るのが面白いという理
由でラウルをちょくちょく観察して遊ぶようになったのは別の話で
ある。
453
ソラト・マネリはリア以外に対しては興味がない。
この世界には︽超越者︾が居る。︽超越者︾は人が越えられない
ラインを越えられたもの。故に、個性的で、他と違う考えを持つも
のが多い。
そもそも、普通なら人が︽超越者︾に至るなど、それは叶わない
ものなのだ。それをかなえられる時点で、異常だ。それだけ他と違
うからこそ、︽超越者︾に至った。
そして、ソラト・マネリは、まだ超越者域に達していないとはい
え、彼は︽超越者︾になり得るであろう資質を持ち合わせていた。
そもそも、彼を知るものは、彼を誰にも興味を持たない冷たい少
年だと多くが称する。それは、リア・アルナスへの態度を見ている
と決してそうとは思えないだろうが、そのことは事実である。
昔から、それこそ、ソラトがリアと出会うより以前⋮⋮要するに
八歳より下の子供でしかなかったソラトは冷めていた。
十代でレベル八十六に上り詰めているソラトだが、リアに出会う
天才
であった。人より簡単に何かを成し遂げてし
まではそれなりにしか動いてきていなかった。ソラトはいうなれば、
一般的に言う
まう。そういう存在であり、生きているのがつまらないと思ってい
るような少年だったのだ。⋮⋮リアちゃーんなどといってリアにと
びかかるソラトを見て、ソラトがそんな少年だったと信じるものは
少ないだろうが。
ソラトはリアにこてんぱにやられて、リアという存在に出会って、
世界が面白いと思えたのだ。今まで面白くなかったものが面白くな
った。いうなれば、今まで白黒で映っていた世界に色がついたよう
なそんな心境に陥ったのだ。
ソラトはリアと出会って楽しいのだ。
ソラトはリアの傍でリアと楽しいを感じて生きていきたいのだ。
454
リアと出会い、レベルを一心に上げるようになった。リアに追い
つきたいから。ただ一心に生きている。
ソラトの行動理念は、基本的にリアがかかわる。リアが通うから
学園に通って、リアがギルドに所属しているからギルドに所属して
いて、リアが︽超越者︾だから自分も︽超越者︾になりたいと思っ
ている。
ギルドマスターもリアの義父だから仲良くしているし、リアの義
妹になったからネアラの面倒も見ている。リアが気にしているから
︽爆炎の騎士︾ラウルを気にしている。ソラトが気にするのはリア
が関わるものばかりだ。
故に学園の評価も気にしない。いじめを受けていてもソラトとし
ては特にどうでもいい事であり、それよりも︽姿無き英雄︾の関係
者だと学園で知らしめる方が、嬉しい。自称と思われていようとも
学園でリアとかかわれないからリアとつながりがあるんだと感じた
いのだ。
そんな理由でわざわざアホな真似をしている。
そういう人間なのだ。ソラト・マネリという男は。
そんなわけで今日も今日とて、ソラト・マネリは学園で嫌われ者
としてのんびりと生きている。
﹁こいつ、本当になんなんだよ﹂
﹁雑魚なら学園をやめろよ。︽姿無き英雄︾様の弟子を自称しや
がって﹂
そんなセリフを言われても、ソラトにとってどうでもいいのだ。
自称でも、︽姿無き英雄︾︱︱リアの弟子だという噂が広まってい
るのならそれで十分なのだ。
周りの生徒からの評価などどうでもいい。ただリアとつながりが
あるのだと思えればソラトは嬉しいのだから。
さて、いつも通り、ソラトは受け入れていた。反撃をして目立つ
気もなく、やろうと思えば彼らを瞬殺する事ぐらい余裕だが、やる
気もない。
455
いつも通り受け入れて、彼らが飽きるまで待とうとしていたら、
彼らの行為を止める声がその場に響いた。
﹁君たち、何をしているんだ!!﹂
それを止めたのは、ティアルク・ルミアネスが率いる一味である。
ソラトに攻撃をしていた男たちはティアルク・ルミアネスという
この学園でも有名な存在の姿を前に舌打ちをして去っていく。
そしてソラトは、
︵ティアルク・ルミアネスって、リアちゃんが面白がって見てい
る存在か。女をはべらせていて、この学園でも強者で、美形で⋮⋮
そんな面白い存在と思えないけど。というか、リアちゃんが観察す
るのとか好きなの知っているけれど、リアちゃんの観察対象が目の
前にいるとかなんかムカつく︶
ティアルク・ルミアネスが気に食わないと思っているので、ちょ
っとイラついていた。そもそも止めてくれなどと思ってもいなかっ
たため、﹁大丈夫かい?﹂と近づいてこられてもうっとおしいだけ
だった。
ティアルクは紛れもなく善意で行っている行為なのだが、ソラト
はそんなものどうでもいい。
ティアルクが何を思って行動してようと、そんなものは真実どう
でもいい。
﹁助けてくれないんていってないんで、じゃ﹂
ソラトは心配そうに声をかけてくるティアルクにそう告げてさっ
さとその場から去ろうとする。が、止められる。
﹁ティアルクさんは心配しているのですよぉ﹂
﹁ティアルクは⋮⋮﹂
ティアルク・ルミアネスの周りにいる少女達にである。
﹁心配? 別にいらないんですよね。俺の事は放っておいてくれ
ればいいんです。それとも慰めにそちらの女性方を俺にくれたりし
ますか?﹂
別に興味もないが、ティアルク・ルミアネスが邪魔なためそう言
456
い放つ。そうすれば途端に軽蔑した目を向けてくる。
そもそもソラトはティアルクの傍に居るのが美少女ばかりだろう
とも、そんなものよりリアじゃなきゃ嫌なため、ただ言っているだ
けであるが、ソラトの演技にも、その目の奥底が冷たいのにも彼ら
は気づかない。
﹁き、君は! 態度を改めないと大変なことになるぞ。もっと︱
︱﹂
などと、助言をしてティアルクは去っていった。
その後教室へと向かうソラトの頭にはもうティアルクの事などな
い。
︵リアちゃんに追いつくためにももっと頑張らなきゃな。そうい
えばリアちゃんは前世の記憶があるっていってた。俺にもあったら、
もうちょっと楽だったんだろうか。ああ、でもリアちゃんが前世の
記憶があるなんて秘密を俺に打ち明けてくれたことが俺は嬉しくて
たまらない︶
と、ずっとリアの事ばかりソラトは考えていたのであった。
457
ルカ姉が恋をしているらしいのに気付きました。
﹁ルカさん、これはどうしたらいいですか?﹂
﹁それは⋮⋮﹂
﹁わかりました!!﹂
リアの義姉であるルカ・アルナスは、従業員の男が去って行った
のを見つめ、その後ふぅと息を吐いた。それは、彼に対して何かし
らの不満を抱えたからの溜息ではなく、どちらかというと彼が出て
行った事に対する残念さを感じたからの溜息のようだった。
さて、名残惜しそうにその場から去っていく男の背中を見つめて
いるルカの事を、面白いものを見つけてしまったとばかりにじっと
見据えているのは、当然の如く、リア・アルナスである。ルカが気
づいていないのをいい事にまじまじと見ている。
ちなみにリアが何故ここにいるかといえば、単純にこの﹃エスト
ニア﹄に道具の補充をしにやってきただけである。
人がいたため出ていくのは嫌だなとのんびりと待っていた。そう
したら面白いものが見れた。そんなわけだ。
︵今出ていったら見ていたのばれるしなぁ。うーん、ルカ姉の恋
をひっそり知ってしまったのもいいし、面白いからこれからちょく
ちょく見に来るようにしようとは正直思うけれど⋮。今出ていった
ら怒られるかな︶
リアは長い付き合いである義姉に怒られる事は面倒だなと思って
いた。それにルカ姉の恋心に気づいてない状況で観察したほうが面
白いと考えていた。
︵しばらくルカ姉の観察してから姿あらわそうかな?︶
そう考えたリア。そのため、しばらくこそこそとルカの事を見つ
める事にした。
しかし、その後もちょくちょくあの従業員の男とルカは接触する。
458
︵名前はチェイサーか。ふーん。ルカ姉みたいな美人さんと接し
ているのに、下心ないみたいだね。寧ろ鈍感属性もちなのか、ルカ
姉の気持ちには気づいてないっぽい?︶
リア、観察しながら思考している。
︵チェイサーがルカ姉との接触多いから、出れないな。なんか大
口の注文でも入っているみたいだね。ばたばたしているなー。私が
補充頼むなら後日がいいかな? でもとりあえずルカ姉の様子が面
白いからしばらく観察していよう︶
結局忙しそうなのと、ルカが一人にならないのもあってリアは今
日の補充は諦める。でもルカの様子が面白いのでしばらく観察を続
ける事にはしたらしい。
リアにとってルカは義姉として家族と認識している存在である。
あまり人とかかわり合う事なく、もし敵に回れば家族だろうと殺す
だろうリアであるが、なんだかんだで家族には気を許してはいる。
だから、ルカが幸せになるのはいい事だとも思っている。リアの
知る限り技術を極める事に力を注ぎ、恋愛のれの字も考えた事がな
かったようなルカが恋愛をしているというのならば応援したいと思
っているのだ。
︵とりあえず、あのチェイサーがどんな人間であるかをまず調べ
よう。変な奴がルカ姉の恋人になるのは遠慮したい。まぁ、ルカ姉
は人を見る目はあるから変な人には惚れる事はないと思うけど、念
のため。ルカ姉は鍛冶師として有名だし、利用するために近づくや
つもいるからなぁ︶
じーっと、視線をチェイサーに向けながらリアは考える。好奇心
からという理由もあるが、ルカが変な男と恋人になるのはなんか嫌
なので、チェイサーについて詳しく調べる事をリアは決意する。
︵お義父さんには、言わない方がいいか。そこからルカ姉に私が
ルカ姉の観察をしているってばれる恐れもあるし、こそこそと観察
したいし︶
チェイサーをしばらく観察して、仕事を真面目に取り組んでいる
459
様子を見た後はまたルカの元へきた。
ルカは鍛冶をしていた。真剣な表情で、打つ姿を見る。
︵私は鍛冶は出来ないからな。少しは興味はあるけれど、調合の
方が興味あったし。今度ルカ姉に鍛冶習ってみてもいいな。何でも
自分で出来る方が楽だし。でも、正直戦う方が好きだから悩む︶
リア、ルカの姿を見ながらそんなことを考える。リアは戦う事の
方が好きだ。スキルの大半は戦いのスキルだ。それと正反対にルカ
は戦うためのスキルではなく、生産系のスキルが主である。
︵でもルカ姉が最終的に︽超越者︾に至るか、正直わからないの
も考えると習っていた方がいいか。ルカ姉以外の知り合いの鍛冶師
なんていないし、武器の補充は重要だし︶
ルカは︽超越者︾には至っていない。これからいたるかどうかも
正直リアには分からない。リアは、強さを貪欲に求めた結果、気づ
けば︽超越者︾に至っていたが、本来はそう簡単に到達できるもの
ではない。現在レベルが六十と少し程度のルカが、︽超越者︾に至
れるかは分からないのだ。
︵ちょっとずつ習うけどルカ姉の作る武器好きだし、︽超越者︾
に至ってほしい︶
そんなことを思いながら、ルカを見る。
︵それか、ルカ姉が子供産んでそちらに引き継ぐとかもありか。
それ考えるとルカ姉には結婚して子供産んでもらった方がいいか。
チェイサーの事調べて、よさそうだったらルカ姉とくっつけるため
にひっそり手助けしようかな︶
リア姉はじーっと見つめながらそんな思考をするのであった。
そんなわけでルカは知らないうちにリアに恋心を悟られ、チェイ
サー次第で恋人になるための手助けをリアにされる事になるのであ
った。
460
461
ハーレム主人公の観察記録 3
リアは義姉であるルカが恋をしているのを知ってから、それを観
察したり、手伝うために動いていたわけだが中々彼らの仲は進展し
なかった。
自分は恋もしたこともなく、加えて恋人なんて前世も現世も存在
していない身でありながら早くくっつかないかななどと考えていた。
ルカの観察もしたいリアだが、まだ学園は二学期の真っ最中で学
校があるため、平日は観察ができていなかった。放課後にふと見に
いったら、少し仲良さそうにしていたりすると自分が見ていない間
に何があったのだろうと気になったりもした。
ルカの恋を見守りながら楽しんでいるリアは、学園では相変わら
ずティアルク・ルミアネスを見て遊んでいた。
典型的なハーレム主人公。
周りに侍る女子生徒たちは全員わけあり。最早わざとやっている
のではないかと思うほどの行動。
学園の実力者である生徒会に目をつけられているのはもちろんの
事、周りにいる女子生徒たちの関係者たちにも勘繰られていて、色
々敵に回しすぎである。
︵⋮⋮というか、これ。たった一人の男友人も何かあるパターン
? 騒動の種すぎる。でも私にとっては良い隠れ蓑か。ハーレム主
人公に目がいっていれば少なくとも私がここにいる事は感づかれな
いだろうし。まぁハーレム主人公居なくても問題はないけど。私は
ばれるような真似はしないし︶
︽竜雷︾と︽風音姫︾の弟子であるティアルク・ルミアネスをリ
アは観察している。
最近、リアの幼馴染であるソラトと遭遇したらしいというのもリ
アは知っていた。ティアルク・ルミアネスが﹁あの人はかわいそう
462
だ。もっと自分を改めれば楽しい学園生活も送れるのに﹂と嘆いて
いたのを聞いていたからである。
しかし、幼馴染としてソラトの事を理解しているリアからしてみ
ればその思いはソラトにとっていい迷惑でしかないとわかっている。
︵そもそもそソラトはわざと嫌われているし。ハーレム主人公に
は理解出来ないだろうけど、そんな意味不明な思考しているのかソ
ラトだし。ハーレム主人公にかかわりたくなくてあえてそんなこと
言ったんだろうし︶
さて、目の前にいるティアルク・ルミアネスが何をしているかと
いえば、レクリア・ミントスアと話していた。
エルフの女王様の血縁者。
それがレクリア・ミントスア。
﹁あの、ティアルクさん﹂
レクリア・ミントスアは、ティアルク・ルミアネスがなんである
のかというのをずっと悩んでいる。
彼はそれだけ不自然な存在である。どこかちぐはぐで、おかしい。
そんな存在がエルフの女王様の近くに居る。それだけでも彼が、エ
ルフの女王様と敵対する勢力の存在ではないかとそう思ってしまう
のだ。
そんな思いをリアは知っている。なぜなら盗み聞きしていたから。
ついでに、ギルドマスター経由でエルフの女王様に対してティアル
ク・ルミアネスの存在は伝えられている。その結果、エルフの女王
様には取るに取らない存在と認識されている。が、そんな事実をレ
クリア・ミントスアは知らない。
︵しなくていい悩みを抱えていて大変そう。というかさ、ゲンさ
んとルミさんの弟子だってその程度隠さなくても問題ないよね。本
当にさ。確かにその年でギルドランクAというのはアレだけど、注
目されるものだけど、そもそも周りを不安にさせてまで隠す事では
ないかな︶
リア、レクリアとティアルクの様子を見ながらそんなことを考え
463
る。
ティアルクの歳でギルドランクAは十分注目の的であり、隠すの
も納得が出来る事なのだが、︽超越者︾であるリアからしてみれば
何でその程度で隠すのだろうと正直疑問であった。徹底的に隠して
いるのならともかく、つぎはぎすぎる。
﹁ティアルクさんは、私の、敵ですか?﹂
﹁え、何を言って⋮﹂
﹁ティアルクさんは、隠し事をしてます。私と友人になったのは
わざとですか?﹂
﹁何を言っているんだい?﹂
﹁私が、マナ様の姪だから!!﹂
その言葉を聞いたリアは、
︵うわー、ミントスアも自分から言っちゃうんだ。それ言っちゃ
いけない情報だよ?︶
などと考えていた。
リアに盗み聞きされていることも知らない二人は会話を交わして
いる。
﹁マナ様の姪って⋮⋮エルフの女王様!? え!?﹂
﹁し、知らなかったのですか!?﹂
﹁あ、ああ。知らないさ﹂
﹁な、ならなんで⋮⋮﹂
﹁えっと、レクリアは僕がレクリアがエルフの女王様の姪だから
近づいてきたと思ったのかい? それは違うよ。僕は、その、確か
に隠しごとをしているけれどでも、君の敵には絶対にならない。僕
は、何があっても友人である君の味方だよ﹂
﹁ティアルク、さん、信じていいんですね?﹂
﹁もちろん。ただ、僕の隠し事は少し待っていてくれないか? 言える時が来たらいつか⋮⋮﹂
﹁はい、ティアルクさん﹂
目を潤ませてティアルクを見るレクリア。そしてそんなレクリア
464
と見つめ合うティアルク。
︵それでいいのか⋮⋮。というか、よくあんな台詞いえるなぁ。
絶対に敵にはならないって。この世に絶対はないと思うんだけど。
それにそこまでもったいぶる隠し事だと思えないんだけどなぁ︶
リアは二人の様子をそんなことを思いながら見ていたのであった。
465
冬休みまで一か月切っている。
学園ではもう二学期は半分以上過ぎている。あと一か月で冬休み
が突入する。その日、リア・アルナスは冬休みの予定を立てていた。
何処でかというと、ユニークスキルを行使したまま学園の屋上で
だ。学園の屋上は立ち入り禁止エリアになっている。昔落下して死
亡した学生がいたらしく、鍵が閉まっている。ただし、︽空中歩行
︾のスキルもちのリアには鍵がかかってようと関係がない話で、普
通にそこに存在している。また、何らかの鍵がなくてもここにこれ
る生徒はそれなりに屋上に来ていたりもする。そういう勝手に入っ
てきている生徒に関しては落下して死のうが責任は取らないという
スタンスである。
︵冬休みかぁ。夏休みと違って短いしどうしようかな。ルーンの
もとには行くとして、お義父さんとかに仕事入れられそうだしなぁ。
レベルもっと上げるための仕事ならいいけど⋮⋮。エルフの女王様
のもとにまた行かされるのはちょっとやだな。あまり強い人に会う
と殺されたらどうしようとドキドキするし︶
リア、屋上のフェンスの上に立っている。落ちたら危ないが、そ
こはリアなので落ちても︽空中歩行︾などで対処が可能である。
ちなみに今は昼休みである。リアは、そこでお弁当を食べた後で
ある。最近エマリス・カルトに絡まれるのもあって、リアは色々な
場所に逃げているのだ。
一緒にご飯を食べないかと聞かれる事もあるのだが、リアからし
てみれば絶対に阻止したいことである。そもそも極度のコミュ障で、
あまり人とつるみたくないリアが人と一緒に食事をとるのを好むは
ずがない。
︵一緒に食事とか、義妹とネアラとか幼馴染のソラトとも全然し
ないぐらいなのに︶
466
リアはそうも思う。
リアは、前世の頃から人と食事をすることを滅多にしない人間だ
った。コミュ障の人間が人と食事をするというのはつらい事である。
︵はぁ、私が一人でかわいそうとか思っているのかもしれないけ
れど、一人でいる事を好む人間もいるのだってもっと考えて欲しい
よね。まぁでもルーンと一緒に食事とかなら苦痛とかないかもだけ
どさ、エマリス・カルトとか絶対私に無駄に話しかけてくるよね、
想像だけど︶
喋るという行為もそもそもあまり好きではないリアである。一々、
一緒にご飯を食べないかと聞かれるだけでもうんざりする。
ちなみにリアが冬休みに対して、思いを馳せていたのはある意味
エマリス・カルトのせいである。
︵散々断っているのに冬休みに遊びにいかないか誘われるとかな
ぁ︶
そう、リアは誘われたのだ。冬休みに出かけないかと。リアにと
ってみれば拷問のような事である。
ついこの前あったギルド会議でも、それなりの付き合いのある︽
風音姫︾と︽竜雷︾と食事をすることも拒否しているようなリアで
ある。エマリス・カルトと出かけるはずがない。
︵しかもあれ、ティアルク・ルミアネスとかも一緒だろう。絶対
やだ。死んでもやだ。私は冬休みは依頼をこなして、ルーンと遊ぶ
んだもん。年末はお義父さんたちに呼ばれるかもだけど、てか、そ
ういえばルカ姉の恋も少しずつ進展しているみたいだし、冬休み観
察したいな︶
リア、人を観察するのはすきなので冬休みも義姉のルカの事を観
察する気満々である。
︵ルーンにも、卒業するまでには勝てるようになりたいな。ルー
ンに勝てるようになることが目標として、まだ無理だから、力をつ
けなきゃ︶
リアはルーンに会いに行くたびに殺し合いという名の遊びをして
467
いるが、全然勝てないのである。
学園に入学して、前よりも鍛錬する時間は減っているが、レベル
も順調にあげてきている。学園に在学中に、ルーンに勝てるように
なりたいとリアは考えている。
︵そうだ、将来の事を思うのなら︽調合︾ももっと出来るように
ならなきゃ。卒業したら調合師か、司書かになりたいし。でも人前
に出ないというのなら調合の方がいいかな。そうなるといい成績を
収めて、調合師の弟子になれるようにしたいな︶
リア、将来の事を考えながらもっと︽調合︾を鍛えることも考え
る。
︵今の所、︽調合︾の成績だけはよく見せる事は成功しているは
ず。なら、このままの継続していって、︽調合︾は上手く上達して
いる風に見せるとして⋮⋮うーん、あとはやること冬休みにあるか
な?︶
リア、のんびりと思考をする。
︵獣王とエマリス・カルトの関係も気になるけど、下手に探りい
れるとばれるかな? となると、探り入れないほうがいいか。でも
ティアルク・ルミアネスとその周辺については調べておかないと後
々対処しにくい可能性あるしなぁ。お義父さんに聞くのも一つの手
だけど、あまり貸しを作りたくはないし⋮⋮︶
リア、正直これから何が起こるかわからないので色々情報を集め
ておきたいと思っているが下手に動くとばれそうで嫌なので悩んで
いる。
︵うーん、とりあえず獣王に探りを入れるのはしないでいいか。
冬休みにはあと⋮⋮ラウルを見に行くのはするとして、ネアラを鍛
えるのも少しはしたいなぁ⋮⋮︶
リアはそんなことを考えた後、時計を見て、もうすぐ昼休みが終
わると思い、教室に戻るのであった。
468
調合も極めていきたい。
リア・アルナスは、自室にいた。ちなみに、こっそり帰宅したの
で義妹であるネアラはリアがここに居る事は知らないだろう。さて、
何故リアが珍しく自室でおとなしくしているかといえば、調合をし
ていた。
リアは一人で黙々と何かをすることが好きである。強くなるため
に一人で行動する事も趣味だし、こうして将来のために黙々と調合
をする事もリアは楽しいと思う。
人とかかわる事が前世からかけて苦手なリアである。一人でこう
して過ごす時間は酷く心地が良い。
︵はぁー、やっぱり一人でのんびりするのが一番良い。誰かとか
かわるとか本当に面倒。学園に通うのも面倒。自分の目標のために
も学園に通ってた方が色々楽なんだけど、それでもやっぱり面倒。
まだ一年も経過していないのに、色々かかわってこられるし、あと
二年以上残っているとか、はぁ、って感じ︶
リア、ごりごりと調合の素材をつぶしながら思考する。
そう、まだ学園に入学して一年も経過していないのだ。だという
のに、ティアルク・ルミアネス達一味がどうしようもないほどめん
どくさい。
︵でもハーレム主人公がいるからこそ、そちらが目立って良い隠
れ蓑にはなているけどさ。正直ルミさんとゲンさんの弟子的立場な
のにあんな考えなしなのはなぁ⋮⋮︶
一人でいることが好きでたまらないリアだが、別に一人で生きて
いるわけではない。自分よりもレベルが高くて、ユニークスキルを
使っていたリアの事を気づいたルミとゲンの事はそれなりに尊敬し
ている。というより、自分よりレベルの高い実力者はリアにとって
みれば恐れるべき相手であるのだ。
469
︵んー、あの辺の一味って色々秘密抱え過ぎだし、よくもまぁ、
意図せずにあんなに集まったよね。わけありが。多分、ギルド最高
ランクの弟子に、エルフの女王様の親類に、獣王の関係者に、大貴
族の娘かぁ⋮⋮んー、とりあえず面倒な事態が起こらなければいい
んだけど︶
ゴリ、ゴリと潰す音が聞こえる。
無表情のまま、ゴリゴリと無言で調合をする少女。誰かが見てい
たら少し不気味な光景であろう。
︵あとソラトも︽姿無き英雄︾の弟子とか、言っているし。ソラ
トも何か騒動起こさないかは不安。でもソラト、私に迷惑かける事
やらないようにするだろうから、まだ大丈夫か。でも、わざとうざ
いキャラ演じて苛められているのが︽炎剣︾とか、苛めている奴ら
知ったら卒倒する︶
リアはばれたくないと考え、永遠に命が尽きるまでなるべく目立
たずに生きたい。ソラトもそれを真似して隠している。とはいえ、
ずっと隠し通せるかといえば分からない。ばれた時に、リアもソラ
トも影響はあるだろうが、ソラトの場合苛めてきた相手はもう死に
たくなるだろう。
︵⋮⋮過去あり主人公の方は動きなし。心が折れて行動しない不
良君って感じだけど、悩んだり心が折れる暇があるのなら動いた方
が断然良いのに。考えるより動けば、なんとかなるものだし。そも
そも皆俺の限界はここだとか勝手に決めつけているのが悪いよね。
限界なんて自分で決めるから限界であって、継続していけば、どう
にでもなるもの︶
リアは︽調合︾スキルでいくつかの薬を完成させる。リアはそれ
を見て、満足そうにうなずく。
︵会心の出来。︽調合︾スキルも上がってきたなぁ。今度ルカ姉
に習って︽鍛冶︾もしようかなぁ。自分で何でも出来た方が楽だし︶
リア、またゴリゴリし始めたながら思考する。
︵ルカ姉の恋ももっとどんなふうになっていくか確認するとして、
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上手くいったらお祝いに何かあげるか。お義父さんも、ルカ姉が恋
しているの気づいたみたいだし。でも私に向かって﹃お前はそうい
うのないのか﹄とか聞いてくるとかあるわけないし︶
リアはギルドマスターの言葉を思い出して、何とも言えない気持
ちになる。リアにとって、やりたいことは強くなることで、恋愛に
現を抜かす気は一切ないのである。単純に興味がないというのもあ
るが。
と、そこまで考えた時に、リビングの方から話声が聞こえてきた。
︵またソラト来ているのか。あいつ暇人。私に会いに来る暇があ
るのならば、もっと戦いにいけばいいのに。でもソラト、レベルど
んどん上げているし、そのうち︽超越者︾にはなりそう︶
思考しながら︽調合︾を続けていく。
ソラトはリアが帰ってこない分、ネアラの面倒をなんだかんだで
見てくれている。リアは基本的に一緒に住んでいようがネアラの事
を放置気味なので、ネアラにとってみればソラトが面倒を見てくれ
るのは助かる事だろう。
︵んー、友達との差をまた悩んでいるのか、ネアラ。強くなりた
いし、︽超越者︾にはなりたいけど、友達と一緒に歩めないのが悩
むと、一人だけ先に行くのがいいづらいと、まぁそれもあるよね。
︽超越者︾って一般人からしてみれば別の生物とも言えるし。私は
全然悩まなかったし、今も悩んでないけれど︶
聞こえてきた会話は相変わらず悩んでいるネアラの話だった。
︽超越者︾はおいていってしまう。他の存在を。その種族の限界
を超えて、長い時を生きる︽超越者︾はある意味別の生物である。
だからネアラの悩みは当然である。逆にそのことで一切悩んだ様子
がないリアとソラトがちょっとアレなだけである。
︵よし、これだけやればいいか。魔物倒してこよう︶
ネアラとソラトの会話を聞いても会話に加わることなくゴリゴリ
していたリアは、ある程度終えるとそう決意して窓から去っていく
のであった。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n7693ci/
臆病少女は世界を暗躍す。
2017年3月25日17時51分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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