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人外っ子と行く異世界冒険
人外っ子と行く異世界冒険 風船兎 !18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません! タテ書き小説ネット[R18指定] Byナイトランタン http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂﹁ムーンライトノ ベルズ﹂﹁ミッドナイトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小 説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は当社に無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範囲を超え る形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致します。小 スギノ ミコト 説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 人外っ子と行く異世界冒険 ︻Nコード︼ N9688CA ︻作者名︼ 風船兎 ︻あらすじ︼ 人外っ子が盛り沢山の異世界に招かれた杉野 命。 右も左もわからないが、人外っ子への愛で突き進む冒険譚。 ※チート、ご都合主義、ハーレムなどの要素が含まれます。 ※Hシーンには★、やや軽いHシーン︵自慰やABCのBまでe tc︶には☆が付いています。 1 第1話 ゲーム探し ミコト ﹁何か面白いのあるかな﹂ スギノ 俺、杉野 命は最近のマイブームであるフリーゲーム探しを始め る。 インターネットの普及やフリーのツールが充実した結果か、昨今 のフリーゲームはかなり出来がいい。 有料のゲームのように長くやり込める物は少なめではあるが、面 白い物は多い。 フリーゲームの投稿サイトや検索サイトを使い、目を引くものを 探していく。 ﹁お、これはRPGか?﹂ 検索していると、ファンタジー系RPGと思しきものを見つける。 サイトをクリックし、目を通す。 綺麗なドット絵、見下ろし方の2Dゲーム、王道ファンタジーな 雰囲気。 往年の人気オンラインゲームを思い出す。 多様な異種族が存在し、魔物をペットにしたり、奴隷を使ったり、 複数のNPCを引き連れて冒険できるようだ。 職業などは無く、スキルポイントを消費して様々なスキルを習得 し、個性あるキャラを作成できるとのこと。 ﹁俺の好みにドンピシャのゲームだな。かなり出来が良さそうだけ 2 ど、ホントにフリーゲームか?﹂ サイトを調べてみるが、購入場所やネットゲームっぽい﹃基本無 料!﹄とか﹃利用料金﹄の項目は見つからない。 どうやらオンライン要素は無しで、一人で遊ぶゲームみたいだ。 特に問題は無さそうなので、サイトにあるゲームスタートボタン をクリックしてみる。 * * * * * * ブラウザでできるゲームのようだ。 キャラ設定画面が開いている。 ﹁名前は⋮⋮そのまんまでいいか﹂ ミコトと入力する。 画面が変わり、大量の項目が表示される。 スキル習得画面のようだ。 SP﹄というのが見える。スキル習得に必要な ﹁うわ、多いな。こりゃ結構やり込めそうだ﹂ 端っこに﹃50 ポイントだろう。 スクロールバーを見る限り、結構な数のスキルがあるようだ。 ちょっとゲーム名で検索してみたのだが、攻略サイトなどは見つ からない。 3 あまり知名度や人気が無いのか、出来たばかりなのか。 とにかく、手探りで進めていくしかない。 ﹁いろんなものを習得してみたい⋮⋮が、今回ばかりは補助中心だ な。何てったって異種族も人外っ子も盛りだくさんだからな。理想 のハーレムパーティーを作ろう!﹂ 一番上にはステータス上昇系のスキルが並ぶ。 ステータスは﹃筋力﹄﹃魔力﹄﹃耐久﹄﹃俊敏﹄﹃精力﹄がある ようだ。 ﹁精力ってなんだよ、精力って﹂ 見慣れないステータス名に興味を覚え、説明を見てみる。 精力:性的行為に影響する値。 相手に与える快感の大きさや行為が出来る回数に影響 する。 ﹁直球かよ!?﹂ 精神力とか体力みたいな意味かと思ったがド直球である。 ﹁こんだけしっかりした感じでR18要素ありかぁ、有名じゃない のが不思議なくらいだ﹂ ︻精力上昇︼に1SP振ってみる。男の子だから仕方ない。 最初に︻精力上昇︵小︶︼、さらにチェック出来るようなのでや 4 ってみる。 中、大、最後に2SPで︻精力上昇︵最大︶︼になり、更に︻魅 了︼というスキルが付いた。 ︻魅了︼:好感度が上がりやすくなる ﹁完全にエロゲーだな、うん。精力はさて置き、戦闘向けのステー タスにも振らないと﹂ 俊敏に興味を持ち詳細説明を見る。 行動速度と思考速度に関係する値のようだ。 行動速度は移動やアクションの速さ、思考速度は選択肢時間の猶 予と詠唱速度に影響する値らしい。 ﹁俊敏は浅く広くって感じのステータスか。軽戦士とか魔術師には 良さそうだな﹂ 今回のキャラのスタイルと合うと判断し︻俊敏上昇︼に振る。 こちらも合計5SPで︻俊敏上昇︵最大︶︼まで習得できた。 ︻精力上昇︼と同じように、こちらもスキルが追加される。 ︻縮地︼:瞬時に視野範囲内の任意の位置まで移動する。 次に武器スキルに目を移すが、かなりの数がある。 ﹁うーん、他の物を見てから決めた方がいいかな。関連スキルとか 5 もありそうだし﹂ 武器スキルは保留にし、次は魔術系スキル。スキルツリーっぽく なっている。 火炎、その先に炸裂。 水流、その先に氷結。 旋風、その先に雷撃。 大地、その先に鋼鉄。 LV5︼を習得した。 LV1︼︻付与 付与、強化、治癒などもあり、他にも魔術関連の補助スキルがい くつか並ぶ。 ﹁結構種類あるな、どれを取ろうか﹂ LV5︼︻治癒魔術 悩んだ末に、合計12SPを使って︻水流魔術 魔術︼︻強化魔術 補助中心の構成だ。 多人数パーティーならば、こういったキャラは必須だろう。 ︻水流魔術︼は何となく習得した。一つくらい攻撃魔術があっても いいだろう。 効果が強力な 軽く目を通しながらスクロールを一番下に持ってくると、特殊ス キルというものがあった。 ﹁なになに、プレイヤーだけが使える特殊スキル? ので、ゲームバランスを崩す可能性がある、か﹂ その中に、一際目を引くものがあった。 ︻操術︼:対象の肉体や精神を操る。 6 ﹁おぉ、R18のゲームでこういう系か⋮⋮﹂ 催眠系は、人外っ子や異種族ものと並ぶ大好物だ。 LV5︼を取る。 ゲームバランスを崩すというのは気になったが、習得に迷いはな かった。 5SP振り、︻操術 ちなみに︻操術︼はパッシブスキルで、レベル上昇でアクティブ スキルも追加されているようだ。 スキルをざっと見てみたがデバフ系の効果が多目、高レベルのス キルは名前だけでもチート級だとわかる。 レベルを上げたことで︻操術︼関連の補助スキルも習得可能にな ったので、更にSPを消費して習得する。 そしてもう一つ。 ︻召喚器︼というスキルに目が止まる。 ﹁ほほう、武器を召喚できるスキルとな。アイテムを上げると成長 する、か﹂ 武器スキル系で見かけた武器名がずらっと並んでいる。 その中で、︻刀召喚︼というものがあった。 ﹁あれ、刀とかあったっけ⋮⋮やっぱ無いな。召喚専用の武器なの かな﹂ 説明を見てみると、長剣の亜種みたいな扱いらしい。 7 1SP使って︻刀召喚︼を習得。 他の召喚スキルが暗くなる。どうやら1種類しか習得できないよ うだ。 LV5︼を ﹁武器スキルは長剣スキルでいいみたいだな。振っておこう﹂ 武器を使いこなすために6SP使って︻長剣の心得 習得。 その後、SPの折り合いを付けつついくつか気になったスキルを 習得していった。 * * * * * * ﹁よし、こんなもんかな。スキルポイントはかなり余裕があったな。 最大振りが何個も出来たし⋮⋮﹂ 初期習得だし、ここでは本当の最大値まで振れないのかもしれな い。 特殊スキルなどバランスブレイカーの要素もあったし、オンライ ンは無いし、バランス調整は緩めなのかもしれない。 今後のためにSPをいくつか残してスキル習得を終わらせると、 LV5︼:︻一閃︼ スキル一覧が表示される。 <武器> ︻長剣の心得 ︻強撃︼︻連撃︼︻乱撃︼ 8 <魔術> ︻水流魔術 LV1︼:︻矢︼ LV5︼:︻治癒の光︼︻治癒の雨︼︻蘇生︼ LV5︼:︻身体強化︼︻他者強化︼︻瞬間強 ︻付与魔術︼ ︻強化魔術 化︼ ︻治癒魔術 ︻清浄の光︼︻疾病治癒︼︻修復︼ ︻マジックポケット︼ <補助> ︻縮地︼︻魅了︼ ︻鑑定︼ ︻使役︼ LV5︼︻心眼︼ ︻女神の微笑み︼ <探知> ︻気配探知 <生産> <特殊> ︻俊敏上昇︵最大︶︼︻精力上昇︵最大︶︼ LV5︼:︻倦怠︼︻束縛︼︻操作︼︻崩壊︼ ︻召喚︼ ︻操術 ︻睡魔︼︻読心︼︻検索︼︻支配︼ ︻空間把握︼︻物質把握︼ まだ気になるスキルはあるが、そのうち習得できるだろう。 9 スキル確定のボタンを押し、画面が切り替わる。 あなただけの新しい世界に旅立ちます 後戻りはできません よろしいですか? ︵雰囲気作りか?それにしても妙な感じが⋮⋮︶ 若干の疑問を持ちつつも、﹁はい﹂を選択する。 あなたの冒険が幸多からんことを スキル振りにだいぶ時間を使ってしまった。 早く遊んでみたい⋮⋮のだが強い眠気を感じる。 ﹁ふわぁぁ⋮⋮寝た後でいいか﹂ 眠気に負け、ゲームは後回しにした。 ベッドに行くのも億劫なくらい眠い。 机に寄りかかって目を閉じ、俺は意識を手放した。 10 第2話 女王の暴虐 柔らかな風が頬を撫でる。 暖かい日差し。 小鳥のさえずり。 響き渡る怒号。 ︵⋮⋮怒号?︶ 目を開くと、森の中である。 ﹁夢か﹂ 昨日は眠気に負けて机で寝たはずだ。 ﹁意識があるし、これが明晰夢ってやつなのかな。さっき聞こえた 声は⋮⋮?﹂ 身体を起こし、周りを見回す。 ﹁おい坊主!何でこんなとこにいんだ!﹂ ﹁のわっ!?﹂ ガッチガチに鍛えられたスキンヘッドの大男に声をかけられる。 かなりの強面だ。 下はズボン、上は前が開いたベストのみ、その手には巨大なハン マーを持っている。 11 ︵ふぁ、ファンタジー⋮⋮︶ ボルドー、このままだと押し切られるぞ!﹂ ﹁早く逃げろ!他人守ってるほど余裕は無ぇ!﹂ ﹁ぐっ!? こちらはややスラっとした感じのナイスミドルだ。 ロドック!﹂ 頭に赤いバンダナを巻き、身体には革鎧、手には長剣を握ってい る。 町は目と鼻の先だぞ!? 来るぞ!﹂ ﹁チッ、踏ん張れ! ﹁分かってる! 二人の男が森の奥に目を向ける。 ︵あれは⋮⋮スライム?︶ 半透明の液状の塊が、ゆらゆらと揺れながらこちらににじり寄っ てくる。 ⋮⋮それも大量に。 ﹁おいおい、冗談だろ⋮⋮﹂ ﹁このタイプのスライムがこの数、相手するのは無理だ﹂ ﹁無理っつってもな、このままじゃ町直行だぜ?﹂ ﹁応援が来るのを待って、粘るしかない﹂ 12 ﹁くそっ、やるっきゃねぇか!﹂ 呆然とその様子を見ていると、目の前に不思議なものが現れる。 板状のホログラムの様なもので若干透けており、向こう側が見え る。 ゲームのステータスウィンドウが現実で出てきたらこんな感じだ ろう。 <緊急依頼:クイーンスライム撃退> クイーンスライムを撃退せよ ︵俺の夢すげぇ。ていうか、始まって早々ボスっぽいのと戦うのか︶ もう一つ同じ様なウィンドウが出てくる。 <チュートリアル:戦闘スタイル> あなたのプレイスタイルを選択してください [軽装剣士] [魔術師] [魔物使い] [操術師] ︵あ、これってあのゲームで設定したスキルっぽい。ゲームの事考 えながら寝ちゃったもんな、夢に見るのも仕方ないか︶ とりあえずチュートリアルの[魔物使い]を選ぶ。 13 <チュートリアル:初めての戦闘> クイーンスライム︾ 近くの魔物に︻使役︼を使い、仲間を増やしましょう 一番近くの対象:︽優秀な ︵うわぁ、ボスっぽいのが対象になっちゃってるよ⋮⋮。クリアで きるレベルなのかな、だってチュートリアルだし︶ ︻使役︼の使い方が何となく頭に浮かぶ。 問題なく使えそうだ。 坊主まだいたのかよ!﹂ ﹁あ、あの!﹂ ﹁あぁ!? ボルドーと呼ばれていた大男に声をかける。 喧嘩腰の大声の返答に若干ビビりつつ話を進める。 ﹁俺、︻使役︼使えるんですけど、何かお手伝いできますか!﹂ ﹁お前魔物使いか。ちっと頼りねぇが、今は一人でも人手が欲しい。 お前の魔物はどこだ?﹂ ﹁い、いえ、これから⋮⋮﹂ ﹁マジかよ﹂ ボルドーさんの顔が引きつる。 ﹁駆け出しか。今のうちに逃げた方が⋮⋮いや、もう無理か﹂ 14 ﹁あぁ、何匹か回り込んでやがるな﹂ ﹁新米、腹を括れ。ここを乗り切れなければ死ぬだけだ﹂ かなりヤバイ状況らしい。 夢とはいえかなりリアルで、ピリピリとした緊張感を肌に感じる。 とにかく情報収集だ。相手のスライムについて聞いてみる。 ﹁あいつはクイーンスライムの配下だ。弱点の核が無く、耐久も高 い。相手をするだけ無駄だ﹂ ﹁本体のクイーンスライムを倒さねぇとどっからともなく沸いてく る。その上、クイーンスライム自体もかなり強いときた。マジで厄 介だぜ﹂ ロドックさんは油断なく周りを見ながら、ボルドーさんは忌々し いとばかりに吐き捨てるように敵の情報を言う。 集団戦法とるのに個々が強いってどうなの。バランス調整早く。 ﹁︻使役︼でクイーンスライムを仲間にしてしまうのは?﹂ ﹁私は魔物使いに関しては明るくないが、強い敵だと成功しにくい という話だ。クイーンスライムほどとなると難しいと思うぞ﹂ 強い魔物には相応の難易度。当たり前か。 負けイベントか? そもそも夢だし整合性が取れてな ︵最初っから不可能な難易度にチャレンジさせるってのはありなん だろうか? 15 いのか?︶ 答えの出ない問いをグルグルと考えている間にも、スライム達の 包囲網は徐々に狭まっていく。 ﹁⋮⋮ちょっといいか、前に魔物使いと組んだことがあるんだがな。 ︻使役︼使ってる最中は相手の動きが止まるんだよ。これはチャン スになるかもしれねぇ﹂ 新米﹂ ﹁仲間にすることが出来ずとも、攻撃の機会を作ることはできる、 か。出来るか? よこされた視線を真っ直ぐ見つめ返し、大きく頷く。 可否はともかく、何をするかは決まった。あとは当たってみるの み。 ︵夢とはいえ、スライムに袋叩きとか勘弁だよ︶ モンスター娘は好きだけど、ただのモンスターはちょっと。 可愛いは最低条件なのである。 ﹁俺とボルドーで道を切り開くから、クイーンスライムが見えたら ︻使役︼を使え。成功でも失敗でもいい、新米にそこまでは求めな い。後は俺達に任せろ﹂ ﹁新米、ちゃんとついてこいよ?﹂ ﹁わかりました、何とかしてみます!﹂ ﹁よし、二人とも構えろ。⋮⋮行くぞ!﹂ 16 二人が駆け出す。 遅れないように慌てて後を追う。 二人ともかなりの速さで走りながら、進行方向のスライムを蹴散 らす。 ︵身体が軽い。夢の中だからか?︶ 自分の走る速さに驚きつつも、二人にピッタリと付いていく。 二人に攻撃されたスライムは吹き飛ばされ少し止まりはするもの の、すぐにまた動き出す。 あいつだ!﹂ もっと多くに囲まれたら太刀打ちできそうにない。 ﹁見えた! そこには美しい女性がいた。 髪は腰くらいまであり、前髪が長くて目が見えない。 背は小さいが、スタイルはなかなかのものだ。 ただ、その女性は全身青みがかった半透明であり、膝から下がス ライムのようにドロドロだ。 胸の中に赤い球体が浮いているのが見える。あれが核というやつ だろう。 ︵うわ、綺麗な魔物だな⋮⋮是非とも仲間にしたい!︶ ﹁やってやりますよ!!﹂ 思わぬ出会いに気合が入る。 17 ﹁気合十分だな! 頼むぜ新米!﹂ ﹁俺達がフォローする、遠慮無くいけ!﹂ 彼女の腕が変形し始める。 嫌な予感を感じて、叫ぶ。 ﹁危ない!﹂ 腕を鞭のように変形させ、伸ばして振ってくる。 かなり距離があったにも関わらず、正確で素早い攻撃だ。 ﹁ぬおっ!?﹂ ﹁ぐっ!﹂ ボルドーさんはハンマーで受け止め、ロドックさんは間一髪で回 避する。幸い、俺は二人の後方にいたため攻撃は届かなかった。 ボルドーさんの方はかなり後ろに押し戻されたが、すぐに前に躍 り出る。 あの大男を吹き飛ばすのだ、まともに受けたら骨折程度じゃ済ま ないだろう。 ﹁こんなんいつまでも受けてられねぇぞ!﹂ ⋮⋮︻使役︼!﹂ ﹁新米、手早く頼む!﹂ ﹁わ、わかりました! 瞬間、相手を掴むような感覚になる。手のひらで包み込むような 18 感じだ。 抵抗感を感じ、なかなか完全に掴むことができない。 それでもジリジリと押していく。 ここで失敗したらこの子は殺されてしまうんだろう。 それは魔物とはいえ可哀想だ。 ︵だから⋮⋮だから、何としても仲間に⋮⋮!︶ ﹁新米、いけそうか?﹂ ﹁ヤバそうだったらすぐに言え、俺が叩きのめす!﹂ ロドックさんとボルドーさんはいつでも行動できるように構え、 あとちょっと待ってください!﹂ 厳しい表情でクイーンスライムを見つめている。 ﹁あとちょっと! ︻使役︼をかけたと同時に彼女の動きは止まり、周りのスライム の動きも鈍くなっている。 しかし、囲まれていることには変わりはない。 ここでこの子を仲間にするか、殺すか、殺されるかだろう。 ︵お願いだから、仲間になってくれ!︶ 渾身の力を込め、強引に押し切る。 完全に相手を掴んだ。 ︵やった⋮⋮!︶ 19 すると、クイーンスライムの身体から黒い煙が立ち上る。 大手柄だ!﹂ こいつは!﹂ 周りのスライムからもだ。 ﹁おぉ! ﹁よくやった新米! 二人に背中を叩かれる。 超痛い。きっと赤くなってる。 ﹁えっと、こんにちわ?﹂ クイーンスライムに近寄り、話しかけてみる。 彼女はこちらの顔を覗き込み、ぼーっとして反応がない。 ﹁えーっと⋮⋮?﹂ ちょ、なに!?﹂ いきなり顔を近づけられ、頬を舐められる。 ﹁うひゃあ!? 彼女は何故か満足げな顔。 そして、いきなり抱きついてきた。 身体はドロドロという感じは無く、スベスベとしている。 表面が凄く柔らかくて滑らかな水風船といった感じだ。 ﹁え、ちょ、どうなってるの!﹂ ﹁懐かれたんじゃねぇか?﹂ 20 ﹁あれがさっきまで戦っていた相手とは⋮⋮。︻使役︼スキル、や はり強力だな﹂ 二人は呆れ顔だが、そこにはどこかほっとしたものが混じってい た。 しばし彼女に弄ばれるが、何とか引きはがす。 ちょっと不満そうだ。 ﹁えっと、周りのスライムはどうしたらいいですかね﹂ あれから全く動いていない。 ﹁そいつに聞いてみるのが早いんじゃねぇか?﹂ ﹁あ、なるほど。えっと、他の子達はどうしたらいいかな?﹂ 聞いてみると、何となく﹃大丈夫﹄という意思が伝わってきた。 周りのスライムが集まり、彼女と融合していく。 ﹁自分の身体の一部だったんですね﹂ ﹁どうりで強ぇはずだよ。核も無ぇし、妙に連携しやがるから不思 議だったんだよ﹂ ﹁身体を分離し、遠隔操作で敵を狩るか。恐ろしいな﹂ しばらくすると二人と同業と思われる男達が寄ってくる。 スライム達の動きが止まり、一方向に向かっていくので後を追っ てきたようだ。 21 ﹁おーい、片付いたぞ!﹂ ﹁この新米が︻使役︼を成功させた。もう害は無い﹂ 男たちの勝利の声を後目に、じゃれつくクイーンスライムの対応 に追われるのだった。 * * * * * * クイーンスライムを何とか宥め、さっきから目の前に出ていたウ ィンドウを見る。 達成 達成 <緊急依頼:クイーンスライム撃退> 報酬:SP+5 <チュートリアル:初めての戦闘> 報酬:銀貨10枚 <チュートリアル:ステータス画面> ステータス画面を開いてみよう ︵ステータス画面ね︶ 念じると、さっきまで出ていたウィンドウより少し大きい物が出 ている。 22 自分のステータスが書いてあるようだ。 <ステータス> 名前:ミコト 種族:人間 称号: 状態:正常 5 筋力:10 耐久: 魔力:31 俊敏:999 精力:999 ︵えっ︶ 俊敏と精力がカンストである。 いや、カンストというより限界突破している。他の数値の桁とズ レている。 ︵た、確かに最大振りしたけどこれはどうなんだ⋮⋮いや、夢だけ どさ︶ 達成 自分の夢に自分でツッコミを入れる、何とも滑稽である。 <チュートリアル:ステータス画面> 銀貨:10枚 23 <チュートリアル:スキル画面> スキル画面を開いてみよう スキル画面を開く。 ︵あ、これ完全にあのゲームのスキルだ。よく覚えてるな俺︶ スキル振りをした後の確認画面とほぼ同一な内容だ。 達成 SPが増えているが、とりあえず今は貯めておく。 <チュートリアル:スキル画面> 報酬:SP+5 <チュートリアル:ギルド登録> 冒険者ギルドに登録しましょう ﹁お、チュートリアルは一通り終わったみたいだな。ギルドはあの 人達に聞けばわかるだろ﹂ クイーンスライムはニコニコとこちらを見ている。 ﹁これからよろしく﹂ そう言いながら頭を撫でる。ひんやりとして柔らかい。 これから楽しくなりそうだ。 24 第3話 ギルド登録と驚愕の変化 俺がギルドに登録していないことを知ると、報告がてら登録に行 こうということになった。 今更気づいたが、自分の服装が変わっている。 茶色の長ズボンに白い長袖シャツ、その上に革っぽいベストを着 ている。靴もたぶん革製だ。 ︵なんていうか、ファンタジー系RPGの村人Aって感じだな︶ 若干微妙な気分になりつつ歩いていると、ボルドーさんが話しか けてくる。 ﹁しっかし助かったぜ。俺達だけだったらかなり被害が出たはずだ からな﹂ ﹁まぐれですよ、ただ必死だっただけですし﹂ ぶっちゃけ成功した理由がわからない。 ︻使役︼というスキルがどういう仕組みで、どういう条件で成功 するのかまったくわからない。 強い魔物には成功しにくいと言っていたし、これはまぐれ以外に 言いようがない気がする。 ﹁まぐれでも何でも助かったのは事実だ。ギルドにもお前の活躍は 報告しておこう﹂ ﹁ありがとうございます﹂ 25 ﹁クイーンスライムを使う魔物使いか⋮⋮なかなか手強そうな同業 が出来てしまったな﹂ 苦笑いをしながらロドックさんが言う。 ﹁あ、やっぱりこの子、凄く強いんですか?﹂ ﹁戦ってる最中に散々言っただろ、凶悪ってレベルじゃねぇぞ?﹂ 彼女は俺の後ろをタプタプと水音を鳴らしながら歩いている。 足は先ほどの様なドロドロ状態ではなく、膝辺りから水の溜まっ た袋のように下膨れになっている。 地面を踏む度にポヨポヨと形が変わって可愛い。 ﹁これほどの上位種、しかも知能種を従えている魔物使いは見たこ とが無い﹂ ﹁上位種?知能種?﹂ ﹁おいおい、ホントにぺーぺーなのな﹂ ﹁す、すいません⋮⋮﹂ それで上位種とか知能種っていうのは?﹂ ﹁誰だって最初はそうさ。気楽にこれから覚えてけよ﹂ ﹁はい! ﹁上位種というのは文字通り、その種類の魔物の中でも強いものを 示す。知能種というのは人を真似た姿が多く、魔物としての力に加 26 えて高い知能を持っている﹂ ﹁今回のだとスライムどもが連携してきたりな。まぁ、あれはコイ ツの分身だったみたいだが﹂ ﹁知能があるというのは非常に厄介だ。こちらを罠に嵌めてきたり、 高い技能を持っていたりする﹂ ﹁確かに厄介ですね﹂ ﹁正確には知能を持った上位種の一種に過ぎないが、そこらの上位 種より数段危険だ﹂ ﹁つーこって、俺達冒険者の間じゃ知能種って呼んで警戒してるっ てわけだ﹂ ︵大変だったけど、それ以上に成果が上げられたみたいだ。可愛い 子も仲間にできたし幸先いいな︶ 早速人外っ子を仲間に出来て満足するが、ふと思い出す。 ︵これ、夢だった⋮⋮まぁ、夢でもいいか。面白かったし︶ 明晰夢、しかも人外っ子の夢を見れたとなれば満足せざるをえな い。 ︵でも、この夢随分と長いな。妙にリアルだし︶ 全ての感覚が明瞭なのだ。頬を抓ってみたが、普通に痛い。 とても夢とは思えない。 27 ︵夢じゃない? なんだけど︶ いや、現実と空想の区別はついている⋮⋮はず、 後ろからペシャンと音がした。 ﹁うん?﹂ クイーンスライムが転んでいる。 ﹁あーあー、大丈夫?﹂ 声をかけながら付いてしまった砂を払ってあげる。 なぜか満足げな顔をされた。 ﹁そいつ、歩くの苦手なんじゃねぇか?﹂ ﹁確かに少しふらふらしているな。人型といってもスライム種、歩 くという行為自体があまり向いて無いのかもしれないな﹂ ﹁うーん、でも這ってたらもっと遅いと思いますよ?﹂ 最初はあのドロドロの足でナメクジのように這って移動しようと していた。 しかし物凄く遅くてまるで追いつけず、足を今の形に変化させた のだ。 不定形って便利だね。 ﹁運んであげなきゃダメかなぁ。ねぇ、おぶってく?﹂ 28 こちらの意図が伝わったのか否かわからないが、少し考え込んだ 表情になる。 しばらくして、俺の肩に手を置く。 ﹁うん?﹂ 次の瞬間、彼女の液状の身体が肩に集まり、小さなスライムにな った。 その中心には核が浮いている。 ﹁うおっ!?なんだこれ!?﹂ ﹁ほう、こんなに小さくもなれるのか。どういう仕組みなのだろう か﹂ ﹁えっと、重量も見た目通りな感じですね。ホント謎です⋮⋮﹂ ﹁ま、これで移動は問題無いだろ。ちゃっちゃと行くぜ!﹂ スライムの謎性質に驚きつつも、ギルドへの道を急ぐことにした。 * * * * * * ︵まじファンタジー︶ 立派な石壁の内側に西洋風の建物が並ぶ。 まさにファンタジーの街並みである。 29 ﹁ここがマルカだ﹂ ﹁ここは南門で、この通りが南大通り。んで、その先に南噴水広場 がある。ギルドはそこだ﹂ ﹁賑わってますねー﹂ 人通りはかなり多い。 そして、異種族てんこ盛りである。 楽園はここにあった。 ﹁そこそこデカイ街だからな、いつもこんな感じだ﹂ 南大通りを歩きながら周りを眺める。 脇には屋台や露店が立ち並び、いい匂いが漂っている。 ︵あとで食べ歩きしよう︶ しばらく進むと、中心に噴水のある広場に出る。 さっき言っていた南噴水広場だろう。 そこの大きな建物に入っていく。 広い空間があり、そこに丸い木製の机や椅子がいくつも並べられ ている。 様々な種族の冒険者が談笑したりしていた。 奥にはカウンターがあり、何人かの冒険者がならんでいる。 ﹁おーっす、帰ったぞー﹂ ﹁無事依頼完了だ、大きな怪我をした者もいない﹂ 30 ﹁お疲れ様です。無事で何よりです﹂ 二人は受付にいる栗色の髪と瞳をした女性に話しかける。 短いポニーテールが可愛らしい。 ここの受付嬢のようだ。 ﹁クレアちゃん、ついでにコイツのギルド登録も頼むわ﹂ ﹁はい、わかりました。カードを出していただけますか?﹂ ﹁カード?﹂ 少し戸惑うが、やり方が頭の中に浮かんでくる。 カードと念じると、手の中にステータス画面と同じようなホログ ラムが出現する。 クレジットカードくらいの大きさだ。 持ってはいるものの、若干感触が希薄で奇妙な感じ。 ﹁これでいいですか?﹂ クイーンスライム︾だったようです﹂ 称号付きだったのかよ﹂ ﹁はい、結構です⋮⋮ミコトさんが称号付きクイーンスライムを?﹂ ﹁マジで? ﹁はい、︽優秀な ﹁やべぇ、死ぬとこだった⋮⋮﹂ ﹁︽優秀︾付きか。命を拾ったな﹂ 31 ﹁運がいいんだか悪いんだか、だな﹂ 自分から見たら無地の水色半透明カードなのだが、見る人によっ て表示情報が変わるのだろうか。 少なくとも名前は読み取れたようだ。 称号付きというのは気になるが、とりあえず質問に答える。 ﹁えっと、はい。俺が︻使役︼を使って﹂ その小さいスライムでクイーンスライムを討伐したんです 肩に乗ったスライムを指す。 ﹁え? か?﹂ ﹁いえ、この子がクイーンスライムです﹂ ﹁⋮⋮はい?﹂ ﹁元の姿に戻ってもらえばいいんじゃねぇか?﹂ ﹁そうですね。お願いできる?﹂ 彼女に呼びかけるとペチャっと地面に降りて、人型に戻った。 すかさず抱きつかれる。 ほ、本当にクイーンスライムなんですね﹂ 懐かれるのは嬉しいが、人前はちょっと困る。 ﹁⋮⋮!? ﹁あぁ、コイツのおかげで助かったようなもんだぜ﹂ 32 ﹁退却して応援を呼ぶことも視野に入っていた、かなり危険な状況 だったぞ﹂ ﹁わかりました、報酬内容に加味しておきます﹂ ﹁勝手に参加しちゃいましたけど、報酬とかもらえるんですね﹂ ﹁はい、もちろんです。ここまで危険な魔物となりますと、賞金を 出さないわけにはいけませんから﹂ お待ちくださいと言い残し、彼女は奥に入っていった。 たぶん報酬の計算とか用意の為だろう。 ﹁初仕事で称号付き知能種撃退なんてなかなか出来ねぇ体験だぞ、 坊主﹂ ﹁称号って、あの︽優秀な︾ってやつですか?﹂ ﹁あぁ、称号付きは大抵元の魔物よりも危険だ。︽優秀な︾という 称号は全能力が大幅に上がる﹂ ﹁その辺の雑魚ですらちっと手こずるぞ、︽優秀︾付きとか﹂ どうやら強いに強いを重ねた超危険エネミーだったらしい。 ︵この子がなぁ︶ ニコニコしながら抱きついているクイーンスライムを見る。 一応戦闘にはなったものの、今の姿からはそんな危険さは感じら 33 れない。 ︵ゲーム定番の仲間になったら弱くなる系だったり?︶ クイーンスライム︾の撃退報 そんなことを考えていると、クレアさんが戻ってくる。 ﹁お待たせいたしました。︽優秀な マジっすかクレアちゃん﹂ 酬、金貨10枚になります﹂ ﹁じゅ、10枚!? ﹁はい、マジですよ。どれほど危険な相手か、現場の人間ならわか るはずですが﹂ ﹁確かに妥当な報酬と言えるな﹂ ﹁えっと、金貨10枚ってどれくらいなんでしょうか⋮⋮?﹂ こちらの物価を全然知らないので、価値がわからない。 ﹁金貨1枚1万オスクだ。一般的な食堂の食事が10オスク程度と 言えば、価値は分かるか?﹂ ここの一般的な食堂の食事がどの程度のものかわからないが、も し1000円と仮定したら1オスク=100円。つまりは1000 万円くらい貰ったことになる。 ﹁うわぁ⋮⋮﹂ とんでもない金額を貰ってしまった。 34 大金が当たると人間が変わると聞いたことがあるが、自分は大丈 夫か心配になる。 ボルドーさんとロドックさんも報酬を受け取る。 銀貨が数十枚くらいだったので、やはり俺の報酬は破格だったの だろう。 ﹁それと、ミコトさんはEランクからスタートになります。十分な 実力はあるようですし﹂ ﹁Eランク?﹂ ﹁冒険者のランクだ。実績に応じてランクFからSで評価されてい る﹂ ﹁ちなみに俺達はCランクな﹂ あれだけ頼りに思えた二人がCランクだ。 割と厳しい審査のような気がする。 ﹁依頼はこのカウンターで受領できます。そちらの掲示板は外部依 頼で、募集条件があることが多いので確認をお忘れなく﹂ ﹁外部依頼?﹂ 疑問を口にすると、隣にいたロドックさんが話し始める。 ﹁ギルドを介して、主に領主や国が依頼して来るのが普通の依頼だ。 外部依頼は一般人からの依頼で、流通が少ない素材の収集だとか特 殊な条件付きのものが多い﹂ 35 ﹁ま、簡単なおつかいもあるけどな。掃除の手伝いとか運搬とか﹂ ﹁ダンジョンへの挑戦はCランクからとなります。それ以下は実力 不十分とし、入ることを禁止しています﹂ 俺の疑問への回答が一段落したところで、クレアさんが説明を続 けた。 ︵ダンジョンとかもあるんだなぁ︶ ダンジョン⋮⋮ロマンある響きである。 ﹁以上で大まかな説明を終わります。何か気になることがあれば、 遠慮なくお聞きください﹂ ﹁はい、ありがとうございます﹂ まだクイーンスライムは抱きついている。 説明がすっぽぬけそうだからやめてほしい。 いや、嬉しくはあるんだけどね。 ﹁えっと、そろそろ移動したいからさっきの姿に⋮⋮﹂ ﹁⋮ぁ⋮⋮ぁー⋮⋮﹂ ﹁うん?﹂ ﹁⋮⋮ま、す⋮⋮たー⋮⋮﹂ ﹁しゃ、しゃべたぁぁぁぁぁぁ!﹂ 36 まさかの発言に狼狽える俺を見て、彼女はニコニコ笑っていた。 37 第4話 女王の解放 苦しい。 痛い。 怖い。 憎い。 私の中を、色々なものが駆け巡る。 森の中に分身を放し、私に刃を向ける者を追い立てる。 憎い。 あいつらを殺さなければ。 殺さなければならない。 獲物を分身達で囲う。 この群れはもう殺せるだろう。 ⋮⋮逃げられた。 いや、こっちに来る。 もう見えた。 三人だ。 手前の二人を薙ぎ払う。 避けられた。受けられた。 憎い、憎い⋮⋮。 殺さなければ、殺さなければならない。 いきなり動けなくなる。 後ろにいるやつが私を見ている。 38 視線を外せない。 あいつの考えが伝わってくる。 私を、助ける? 殺されたくない? 殺したく⋮⋮ない? 綺麗⋮⋮? え⋮⋮好き⋮⋮? 何故伝わってくるのか、何故そんなことを思うのか。 あいつの目を見つめる。 辛い、苦しい。 でも、心地よい。 あいつを見ていれば、この苦痛から解放されるのだろうか。 終わるのだろうか。 あいつから伝わってくるものが強くなる。 何故そこまで私を想う? もう委ねてしまいたい。 すべて、あいつに、もう、どうなってもいい。 ここから、この苦しみから解放してくれるのならば、なんでもい い。 助けて。 もう辛いのは嫌だ。 苦しいのは嫌だ。 39 お願い、助けて。 苦しみが、そして憎しみが抜けていく。 温かい。 何かに包まれている。 とても、心地よい。 重い枷を外されたみたいだ。 柔らかい風。 暖かな日差し。 小鳥のさえずり そして、マスターの優しい声。 ﹁えっと、こんにちわ?﹂ 汗が流れている。 ﹁えーっと⋮⋮?﹂ ⋮⋮欲しい。 あの汗を、私の身体に混ぜてしまいたい。 マスターのが、欲しい。 そう思った時には、もう舌が出ていた。 ﹁うひゃあ!?ちょ、なに!?﹂ マスターが慌てている。 ごめんなさい。 40 でも⋮⋮美味しい。 マスターの汗が、私の身体に混ざる。 気持ちいい。 身体に、温かい物が染み込むようだ。 自然と私は笑っていた。 笑うとは何だろう。 でも、笑ってしまう。 笑うというのは、心地よかった。 マスターに抱き着く。 温かい。 気持ちいい。 ずっと、くっついていたい。 マスターが慌てている。 でも、ごめんなさい。 少し、このまま⋮⋮。 ﹁えっと、周りのスライムはどうしたらいいですかね﹂ マスターが周りのやつらと話している。 ﹁あ、なるほど。えっと、他の子達はどうしたらいいかな?﹂ マスターが私を見てくれた、話してくれた。 ずっと見ていてほしい、声を聞かせてほしい。 何を言っているかはわからない。 でも、何を伝えたいかはわかる。 41 今はマスターの願いを叶えなければ。 分身を呼び、自分の身体に戻す。 ﹁自分の身体の一部だったんですね﹂ マスターの願いを叶えられたようだ。 分身につられてか、周りから人間が寄ってくる。 でも、どうでもいい。 マスターに触れる。 身体を擦り付ける。 触れた部分が、気持ちいい。 マスターがウィンドウを見ている。 私からは見えない。読めない。 マスターのこと、知りたいのに。 ﹁お、チュートリアルは一通り終わったみたいだな。ギルドはあの 人達に聞けばわかるだろ﹂ ウィンドウを見るのは終わりのようだ。 こっちを見てくれる。 自然と顔が綻ぶ。 もっと見てほしい。 もっと、マスターに、私を。 ﹁これからよろしくな﹂ にこりと笑って、マスターが言う。 頭を撫でてくれた。 42 あぁ、嬉しい。 よろしく、そう伝わってくる。 嬉しい、とても嬉しい。 あの苦しみから、解放してくれた人。 この温かい人と、これからも一緒に。 * * * * * * マスターは、周りのやつらと移動するようだ。 マスターが私から離れる。 寂しい。 寒い。 私の身体は元から冷たい。 だけど、この寒さは耐えられない。 一生懸命付いていく。 でも、追いつけない。 行かないで。 行かないで、お願い。 立ち止まってくれた。 こっちを見てくれる。 ﹁ですね、かなり足が遅い⋮⋮﹂ ﹁えっと、運んだりした方がいいんでしょうか?﹂ 43 マスターは私を置いていかなかった。 戻ってきてくれた。 私が困らせている。 マスターを困らせたくない。 マスターのように、足があれば、離れなくていいだろうか。 身体を作り変える。 マスターのように、2本の足を。 あまり形は良くない。 でも、これならついていける。 ﹁凄っ、足が出来た⋮⋮。これで大丈夫かな?﹂ 付いてこれるか、と問われる。 こくりと頷く。 もう、マスターを困らせない。 * * * * * * マスターはさっきの二人と話している。 少し寂しい。 でも、私はそれどころではなかった。 足が上手く動かない。 マスターのように、上手に歩けない。 44 マスターが何か考えている。 何か悩んでいる。 頼って、私を頼って。 マスターの役に立ちたい。 ⋮⋮転んでしまった。 ごめんなさい、ごめんなさいマスター。 マスターを困らせてごめんなさい。 ﹁うん?﹂ お願い、置いていかないで。 私を一人にしないで。 身体を引き上げられる。 ﹁あーあー、大丈夫?﹂ ごめんなさい、ありがとう。 私に付いた土を払ってくれる。 心配してくれている。 ﹁うーん、でも這ってたらもっと遅いと思いますよ?﹂ 歩くのが下手なのを心配してくれているようだ。 どうしよう。 この形は、マスターが綺麗と思ってくれた。 出来るだけこの形でいたい。 でも、マスターを困らせたくない。 45 ﹁運んであげなきゃダメかなぁ。ねぇ、おぶってく?﹂ マスターの手で運んでもらえる。 そう伝わってきた。 嬉しい、触れてほしい。 でも、迷惑をかけたくない。 ⋮⋮形を変えよう。 非常に残念ではあるが。 ﹁うん?﹂ マスターの肩に手を置く。 身体を小さくまとめ、マスターの肩に乗る。 ﹁うおっ!?なんだこれ!?﹂ ﹁えっと、重量も見た目通りな感じですね。ホント謎です⋮⋮﹂ マスターの肩の上もいいかもしれない。 * * * * * * 人の街に来る。 沢山の声が聞こえる。 マスターも、周りのやつらと声を交わす。 46 ﹁賑わってますねー﹂ 私もマスターと声を交わしたい。 マスターの声や周りのやつらの声を覚える。 マスターの記憶からも、少し知識を貰う。 勝手に使ってごめんなさい。 マスターは周りにある食べ物が欲しいみたいだ。 私の身体も飲んでほしい。 これでいいですか?﹂ * * * * * * ﹁カード? マスターに女が話しかける。 ちょっとだけ嫌だ。 そんな女見ないで、私を見てほしい。 ﹁えっと、はい。俺が︻使役︼を使って﹂ 私を指さす。 私の事を話していたようだ。 ﹁いえ、この子がクイーンスライムです﹂ ﹁そうですね。お願いできる?﹂ あの形に戻ってほしいらしい。 47 よかった、またマスターの好きな形になれる。 地面に降りて、元の形に戻る。 すぐにマスターに抱き着く。 やはり、こちらの形の方がいい。 マスターも嬉しいみたいだ。 マスターは周りのやつらと話し込んでいる。 今のうちに声の練習をする。 身体を震えさえ、音を出せるように工夫する。 あ、マスターが見てる。 嬉しい。 また周りのやつらと話し始めた。 もう少しで声が出せそうだ。 マスターと話せる、楽しみだ。 ﹁えっと、そろそろ移動したいからさっきの姿に⋮⋮﹂ ﹁⋮ぁ⋮⋮ぁー⋮⋮﹂ もう少し、もう少しで声が出せそうだ。 ﹁うん?﹂ マスターを呼べた! ﹁⋮⋮ま、す⋮⋮たー⋮⋮﹂ 呼べた! 48 ﹁しゃ、しゃべたぁぁぁぁぁぁ!﹂ マスターはかなりびっくりしている。 これで、マスターと声を交わせる。 その嬉しさに、私の顔は自然と綻んでしまうのだった。 49 第5話 魔物使いと魔物 ﹁魔物ってしゃべるんですか!?﹂ なにそれ素晴らしい。 スライム娘と和やかに談笑できるとか、どんな天国ですか。 ﹁鳴き声は出しても、意味ある言葉を話すというのは聞いた事が無 いな﹂ ﹁俺も無ぇな﹂ ﹁私もです。ギルドの魔物に関する資料でも、そういったものはい なかったかと﹂ ﹁⋮⋮ます、たー﹂ どんどん話し方が上手くなってる気がする。 この子には︽優秀な︾という称号が付いてるらしいし、もしかし 何でこんなところに⋮⋮﹂ てそういった能力も高いのか? ﹁クイーンスライム? そこには結構なイケメンの青年がいた。 鳶色の髪と、美しい青い瞳。 ロドックさんのより簡素な革鎧を身に着け、背中には茶色のマン トを羽織っている。 50 ︵やばい、夢の主より主人公っぽいの来た︶ ﹁えっと﹂ ﹁あぁ、すまない。僕はハスク、魔物使いだ﹂ ここにいるならばそうなのだろ ﹁ミコトです。同じく魔物使いで、こっちは俺の魔物です﹂ ﹁クイーンスライムを︻使役︼? うけど⋮⋮﹂ 彼が非常に怪訝な顔をしていたので、理由を聞いてみる。 ﹁魔物使い間の意見では、ある程度強い魔物になると︻使役︼は成 功しない、というのが通例なんだ﹂ ﹁クイーンスライムに︻使役︼は無理ってことですか?﹂ ﹁そのはずだけど⋮⋮。クイーンスライムというよりも、上位種に ︻使役︼が成功したという話は極稀だし、知能種に至っては全くそ ういう話は聞かない﹂ ついでに︻使役︼の成功条件も聞いてみた。 ﹁明確にはなっていないが、﹃強さ﹄の差だという話だ。ステータ スが高くなったら、今まで無理だった魔物が従えられたという話を 聞いた事がある﹂ ﹁強さの差⋮⋮﹂ 51 ﹁人間のステータスが魔物に勝つというのは少ないと思う。おそら く全てのステータスの合計値の差がそこまで離れていなければ成功 するのではないかって話だよ﹂ ステータスの合計値、となれば納得がいく。 戦闘に関係無さそうな精力を省いたとしても、俺の俊敏は999 である。 そしてステータス画面の数字見るに、ステータスの上限は二桁っ ぽい。 一応聞いてみる。 ﹁あの、ステータスの上限っていくつでしょうか?﹂ ﹁99って言われちゃいるが、到達できるような数値じゃねぇな﹂ ボルドーさんが横から話しかけてくる。 ﹁有名かつ優秀な冒険者で、かつ特化している者は80台くらいと いう話だ﹂ ロドックさんが続く。 ﹁それ以上になってしまうと、伝説的、英雄的な人が多いかな﹂ ハスクさんも思案気な顔をしつつ言う。 ということは、やはり俊敏999はとてつもないことになる。 ︻使役︼の成功がステータスの合計値ならば、雑に見積もっても 1ステータス250達成してるような状態である。 人間の限界を軽々突破している。 52 不可能と言われている魔物を従えられても不自然ではない。 知能種は人型が多いと聞いたし、人外っ子ハーレムの夢に一歩近 づいたな! ﹁うーん、火事場の馬鹿力ってやつですかね﹂ ﹁何事も絶対というものはない。そういうこともあるのか、としか 言えないね﹂ 魔物使いの先輩であるハスクさんも、割と簡単に納得してくれた。 ファンタジー特有の﹃こういう事もある﹄精神だろうか。 ここで﹃ステータスが999いってます!﹄とか言っても、あま りいい事態になりそうにない。 ﹁ますたー、まだ、おはなし、おわら、ない?﹂ ま、待て。今しゃべらなかったか?﹂ ﹁あ、うん。もうちょっと待ってね﹂ ﹁⋮⋮!? ﹁なんかさっき出来るようになっちゃって⋮⋮﹂ ﹁出来るようになっちゃってって、そんな軽い物じゃ﹂ ハスクさんはクイーンスライムをじーっと見る。 さっと俺の背中に隠れてしまった。 ﹁ますたー、こいつ、なに?﹂ 53 ちょっと不満げな声を出される。 ﹁えっと、俺と同じ魔物使いだよ。今魔物使いに関して色々教わっ てるんだ﹂ ﹁おそわる、ない。こいつ、ますたー、より、よわい﹂ これから ﹁ちょっとちょっと、先輩に向かってそういうこと言うんじゃあり ません!﹂ ちょっと怒った口調で言ってみる。 たぶんステータス的に勝ってはいるんだけどね⋮⋮。 ﹁⋮⋮ご、ごめん⋮⋮なさい⋮⋮﹂ そんなに落ち込まないで?ね? ︵ちょ、めちゃくちゃしょげてしまった!?︶ ﹁だ、大丈夫だから! 気を付ければいいから﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 撫でながら慰めると、ちょっと元気になった。 言葉には気を付けよう⋮⋮。 ﹁ははは、そこが上位種を従えられるか否かの差なのかもしれない な﹂ ハスクさんが苦笑しながら言う。 54 ﹁魔物本人が言うのだから、君は他の魔物使いよりどこか勝ってい るのだろうね﹂ ﹁そ、そうなんですかねぇ﹂ ﹁その、どうしてしゃべれるようになったんだ?﹂ 抑え目にしてはいるが、ハスクさんは興味津々といった様子。 前から話せたの?﹂ ﹁うーん、わかんないんですよねぇ。ついさっきいきなり話し始め たんで﹂ ﹁うーむ⋮⋮﹂ ﹁えっと、どうして話そうと思ったの? 話せるのだから、本人に聞くのが一番だろう。 凄いな⋮⋮﹂ ﹁ますたー、こえ、かわしたい。まわり、こえ、おぼえた﹂ ﹁しゃべりたいから聞いて覚えたの? ﹁あと、ますたー、ちしき、ちょっと、もらった。かって、つかっ て、ごめん、なさい﹂ 彼女は指と指をモジモジとさせながら、バツの悪そうな顔で言う。 ﹁謝らなくていいよ、こうして話せるようになって俺も嬉しいし﹂ 55 そういって頭を撫でる。 めちゃくちゃ締まりのない顔をされた。 可愛い。 ﹁魔物と魔物使いって、知識の共有とかできるんですか?﹂ ﹁念話くらいなら使えるけど、それも大雑把なものだよ。細かな意 思疎通が出来ないから確認しようがない﹂ 話せるという事自体がイレギュラー。 知識を共有するか、とか言われてもわからないのだろう。 ﹁知識を共有か。いろいろ試してみる価値はあるな﹂ ﹁そういやハスクさんの魔物はどこに?﹂ ﹁僕のは外に待機させてあるんだ。身体が大きいからね﹂ ﹁見に行っていいですか?﹂ デカイ魔物、どんなものか非常に気になる。 ﹁あぁ、構わないよ。行こうか﹂ ﹁んじゃ、俺達は休憩っすかね﹂ ﹁そうだな、朝から大仕事だったよ﹂ ﹁はい、また﹂ 56 ボルドーさんとロドックさんと別れる。 後ろを振り返ると、二人はそれぞれ何人かの女性冒険者に囲まれ ている。 ﹁ハスクさん、もしかしてボルドーさんとロドックさんってモテま す?﹂ ﹁そうだな、この界隈じゃ結構モテてるよ﹂ ﹁へぇ、ロドックさんはともかく、ボルドーさんもですか﹂ ロドックさんはいかにもナイスミドルといった感じで、頼りがい のある雰囲気だ。 しかし、ボルドーさんの方はかなりの強面だし、モテるというの は意外である。 ﹁そう言うなって。ボルドーは誰に対しても分け隔てなく接するか ら、差別があるところで好感を持たれるのももっともだ﹂ ﹁差別ですか⋮⋮﹂ ﹁ミコトの住んでいた場所は差別が無かったのか?﹂ 無かったわけではない。 しかし、ここでの差別とは種類が違うだろう。世界も違うし。 とりあえず、少なかったと答えておく。 ﹁種族差別や男女差別は各国が抱える大きな問題だ。解決する気が 無い国もあるけどね﹂ 57 姿や特徴が大きく違えば、みんな仲良くともいかないのだろう。 ﹁この国、そしてこの街はまだ少ない方だけど、それでもそういっ た態度の人は多い。分け隔てない態度の人間は信用に値する人物だ ろう﹂ ﹁納得ですね。知り合ってまだ短いですけど、ボルドーさんはサッ パリしたいい性格だと思いますし﹂ まさに竹を割ったような性格だと思う。 差別が色濃い場所では、ああいった性格は特別心地よいのだろう。 良い人たちに出会えたことに感謝しつつ、ハスクさんの後をつい て行った。 58 第6話 異世界の同胞 ギルドから出ると、入り口の脇に巨大な魔物が座っている。 グリフォン、こっちでも現実の知識が通用するのならそれだ。 座った状態でも頭の高さが2メートル以上はある。 ﹁これが私の魔物、グリフォンだ﹂ 魔物の首を撫でながら言う。 やっぱりグリフォンでいいらしい。 ﹁立派な子ですね﹂ ﹁あぁ、自慢の相棒だよ。ちなみにコイツは上位種だ﹂ ﹁あれ、上位種の︻使役︼って難しいんじゃ﹂ ﹁僕のは弱いときに︻使役︼を成功させて、その後育成して進化さ せたんだ。ここまで長かったよ﹂ ハスクさんはグリフォンの首を撫でつつ、穏やかな表情をする。 きっと長い間共に旅してきた大切な相棒なのだろう。 ﹁進化?﹂ ﹁魔物も人間と同じように成長する。そして、ある程度育つとより 上位の種類に進化するんだ﹂ 59 ﹁面白いですね、俺のクイーンスライムも進化するんでしょうか?﹂ 後ろに控えたクイーンスライムを見ると、グリフォンをじーっと 見つめている。 ﹁いや、クイーンスライムはスライム種の中でも最上位に入るし、 もう進化は無いかな﹂ ﹁そっか、残念だな⋮⋮﹂ 進化というのが少し見てみたかったが、仕方がない。 ﹁クイーンスライムともなればかなり強いし、心配することは無い よ﹂ ハスクさんは、強くなれないことにガッカリしていると思ったよ うだ。 可愛ければ強さとかあんまり気にしないです、はい。 ﹁ハスクさん、俺ギルドに登録したばっかりで魔物使いとか冒険者 の事全然知らないんです。良ければ色々教えてくれませんか?﹂ ﹁あぁ、構わないよ。丁度昼時だし、食事でもとりながら話そう﹂ ﹁はい、そうしましょうか。ちょっと待っててもらえますか?﹂ ﹁いいよ﹂ 視界端にさっきから出ていたものが気になり、待ってもらう 60 <チュートリアル:ギルド登録> ︻マジックポケット︼の中か 何か変わったものが貰えたな。そういや、ア 報酬:身代わりの偶像 ︵身代わりの偶像? イテムってどこに入ってるんだろ? な︶ 気になるが、今はハスクさんを待たせている。後にしよう。 ハスクさんに声を掛け、食事に向かうことにした。 * * * * * * 南大通りを少し下ったところの店に入る。 見たところ宿屋と食堂、夜には酒場を開いている大きな店のよう だ。 なかなか繁盛しているようで、空いている席は少ない。 ﹁ここの食事は値段も手ごろで量もある、味も申し分ないぞ﹂ ﹁大きい店ですね﹂ ﹁あぁ、ここらで評判の店だよ。僕もよくここで食事している﹂ ﹁ここに泊まってるんですか?﹂ ﹁いや、グリフォンは大きな魔物だからな。宿に泊まるのは少々大 61 変だし、小さい家を借りて住んでるんだ﹂ ﹁なるほど﹂ グリフォンは店の前で行儀よく座っている。 よく躾けられたペットの犬みたいだ。 ちなみにクイーンスライムは、また小型スライムになって俺の肩 に乗っている。 ﹁いらっしゃい、ハスクさん﹂ いかにも純朴な町娘といった風貌の少女が声をかけてきた。 栗色の柔らかそうな髪をショートカットにし、同じく栗色の瞳は くりくりとして愛くるしい。 何より目を引くのががぴんと立った猫耳である。素晴らしいね。 ﹁こんにちわ、ノエルちゃん。今日のお勧めは何かな?﹂ ﹁そうだなぁ、ミノタウロスのカットステーキかな﹂ ﹁じゃあ、それを二つね﹂ ﹁二つ?⋮⋮あら、お連れさん?﹂ ﹁あぁ、新米冒険者でね。ちょっと縁があって食事を一緒にね﹂ ﹁初めまして、ここの娘のノエルです﹂ ﹁ミコトです、よろしく﹂ 62 ノエルちゃんがニコリと微笑む。 ここの店は繁盛するね、うん。 ﹁それじゃ、こちらの席にどうぞ。すぐに持ってくるねー﹂ そういってノエルちゃんは駆けて行った。 尻尾がフリフリして可愛い。 ﹁ふぅ∼⋮⋮﹂ やっと人心地ついた。 思えば、朝から怒涛の展開で息つく間も無かった。 ﹁ミコト、お願いがあるんだけど﹂ ハスクさんが妙に真剣な顔で話してくる。 ﹁なんですか?﹂ 僕に出来る事なら何でも言って ﹁魔物が喋れるようになる方法がわかったら教えてほしいんだ。僕 もグリフォンと話してみたい﹂ ありがとう! ﹁そりゃ構いませんけど﹂ ﹁そうかそうか! くれ!﹂ 大層な喜びようだ。 ⋮⋮怪しい。 何かこう、自分に似た匂いを感じる。 63 ﹁ねぇ、ハスクさん﹂ ﹁何かな、ミコト?﹂ ﹁ハスクさんのグリフォンって、女の子?﹂ ﹁あ、あぁ、そうだけど、それがどうかした? 問題ある?﹂ グリフォンの性別を聞いただけでこれである。 明らかにアヤシイ。 ﹁俺、異種族とか魔物が大好きなんですよ。ほら、この子みたいに 綺麗な子が﹂ ﹁そ、そうか。変わった趣味だな﹂ ﹁こんな綺麗な子が付き従ってくれたら、ちょっと邪な事も考えち ゃいますよね?﹂ ﹁そういう事もあるかもしれないな、うん、そうだな﹂ ﹁俺みたいに変わった趣味の人間もいますし、綺麗の基準は人それ ぞれですよねー﹂ ﹁⋮⋮そうだな、うん﹂ ﹁⋮⋮ぶっちゃけ好きなんですか?﹂ ﹁ぶっちゃけ好きだな﹂ 64 全力でぶっちゃけたな、ハスクさん。 ﹁で、でも、私はグリフォン一筋だぞ!﹂ ﹁愛ですねぇ﹂ ﹁あんまり茶化さないでくれ、恥ずかしい⋮⋮﹂ 初心だな、ハスクさん。 ﹁まぁ、そういう人同士、いろいろ助け合っていきましょう﹂ ﹁あぁ、理解者がいると私も心が休まる﹂ 若干方向性は違うが、こんなところで同類に会うとは思わなかっ た。 この世界に関してはまだまだ分からないことだらけだ。 一人でも味方や知り合いがいた方がいいだろう。 ﹁お待たせしましたー、ミノタウロスのカットステーキになりまー す﹂ ノエルちゃんが料理を持ってきた。 ⋮⋮超山盛りだ。 一口大に切った⋮⋮いや、結構な塊のステーキがドンドンドンと 盛られている。 パンと野菜スープ付きだ。 ﹁凄い⋮⋮山盛りですね⋮⋮﹂ 65 ﹁そ、そうだな﹂ ハスクさんも予想外だったらしい。 ﹁これくらい食べないとバテちゃうよ? てねー﹂ ささっじゃんじゃん食べ ノエルちゃんはニコニコしながら言って去って行った。 ﹁⋮⋮食べましょうか﹂ ﹁そうだな、頑張ろう﹂ あの笑顔を見ると、非常に残しづらい。 俺達は猫耳少女の笑顔に応えるべく、肉の山に挑むのだった。 * * * * * * 全力で食べきった。やりきった。 後で絶対胃もたれする。 ﹁あー、もう入らない⋮⋮﹂ ハスクさんも食べきったようだ。 かなり細身なのによくやる。 66 ﹁しばらくは動けないな﹂ ﹁そうですね、動きたくないです﹂ どのみちゆっくりと話そうと思っていたのだから問題無い。 お腹が重いのは問題あるけど。 ﹁とりあえず、魔物使いの事を教えてくれませんか?﹂ ﹁ミコトはどれくらいまで知ってるんだ?﹂ ﹁えっと、︻使役︼を使って魔物を従えることが出来るって事だけ ですね﹂ ﹁そこまで知らないとなると、どこから話すべきかな⋮⋮﹂ ハスクさんは考え込む。 そこまで知らな ﹁えっと、魔物の原因が瘴気だってのは知ってる?﹂ ﹁瘴気?﹂ ﹁それもわかんないかぁ、一体どこ出身なんだ? いってあんまり無いような⋮⋮﹂ ﹁えーっと、ものすんごく山奥に住んでたんですよ﹂ そういう事にしておく。 ﹁⋮⋮まぁ、いいよ。ギルド登録が通ったってことは不審な点は無 67 いんだろうし﹂ カードにはそういうのも見えてしまうらしい。 滅多な事は出来ないな。 ﹁まずはこの土地の神話から話そうか﹂ 簡単にまとめるとこんな感じだ。 この地は男神オーカストと女神フォディアの加護を受けている。 邪神ラクアーヌがフォディアを攫ってオーカスト激怒。 オーカストはフォディアを助けだし、ラクアーヌを﹃深き場所﹄ という地獄っぽいところに叩き落す。 ラクアーヌはオーカスト達を恨んで、﹃深き場所﹄にある瘴気を この地に送り込む。 瘴気はオーカスト達が人に与えた恵みである魔力を侵食し、魔物 に変化させた。 ﹁この神話がホントかウソかはともかく、瘴気と魔物は実際に存在 する﹂ ﹁瘴気ってもしかして、︻使役︼を成功させた時に魔物から出る黒 い煙のことですか?﹂ ﹁正解だ。僕達が使う︻使役︼というスキルは、魔物の瘴気を払う スキル。魔物を従え、言う事をきかせるようなスキルではない﹂ ﹁でも、この子もグリフォンも従ってくれますよね﹂ ﹁なんて言えばいいかな⋮⋮お礼として仕えてくれてるって感じか 68 な﹂ ﹁お礼?﹂ ﹁あれ、いたい、くるしい、つらい。ますたー、たすけて、くれた。 だから、いうこと、きく﹂ 今まで黙っていたクイーンスライムが言う。 ﹁魔物にとってはそう感じるのか。それならば、魔物を倒した時に 多くの恩恵を貰えるのも納得がいく﹂ ﹁︻使役︼はわかりますけど、普通に倒した時はどうなるんですか ?﹂ ﹁人や動物と違って傷口から瘴気が噴き出す。倒すというのは、瘴 気を強引に抜き取ることなんだろうね。ただし、倒した後は白い煙 になって消えてしまう。この煙が魔力だ﹂ ﹁傷つけて強引に瘴気を抜き取るから、身体が保てなくなる⋮⋮?﹂ 毒抜きみたいなものだと推測する。 ただし、身体をザックリ裂いて血まで絞り出す感じだけど⋮⋮。 ﹁そうだと思う。そして、そうやって倒した後にはこれが残るんだ﹂ そう言って小さな石を取り出し、テーブルに置く。 ﹁魔力の塊である魔石だ。非常に純度の高い魔力で出来ていて、魔 道具の作成や作動、武具の強化など、生活するにあたって無くては 69 ならない物だ﹂ 大きさはビー玉より少し大きい位。青色で、そこらに転がってる 石のように無造作な形をしている。 小洒落た雑貨店で並んでるパワーストーンみたいだと思った。 実際力があるみたいだし。 ﹁それと素材だな。魔物の身体は特殊な素材でできていて、その一 部をたまに落とす。高性能だから様々なものに使われている。僕の 鎧とかもそうだな﹂ ﹁魔物は瘴気に苦しんでいて、それから解放することでお礼がもら えるってことなんですね﹂ ﹁そういうことかな。まぁ、そこまで意識して魔物を倒す人はあま りいないだろうけど﹂ 倒せば貴重なものが出る。それがわかれば十分だろう。 ﹁お前らここにいたのか﹂ 振り向くと、ボルドーさんとロドックさんがいた。 ﹁はい、ちょっと魔物使いのことで色々聞いてて﹂ ﹁情報収集は大事だ。駆け出しが何も調べず無謀な探索に出て、怪 我をするのはよくあることだからな﹂ ﹁ノエルちゃーん、今日のオススメはなんだー?﹂ 70 ﹁はいはーい、今日はミノタウロスのカットステーキですよ﹂ ﹁おっし、じゃあそれ3つな。大盛りサラダもくれ﹂ ﹁俺も1つ頼む﹂ ﹁まいどありー、すぐ用意するね﹂ 3つて、3つてどゆこと。 ﹁あの、ボルドーさん、俺も食べたんですけどかなり大盛りですよ ?﹂ ﹁これくらい食えなきゃ冒険者やってらんねぇぞ!﹂ ﹁いや、流石にお前は食べ過ぎだ﹂ ほどなくして山盛りステーキ300%が到着し、瞬く間に消えて 行った。 ロドックさんも結構パクパクいっていたが、食べ終えるのが同時 ってどうなの⋮⋮。 71 第7話 青いソラ ﹁冒険者についてねぇ﹂ ﹁ずいぶんと大雑把な質問だな﹂ ﹁大雑把にしか聞けないくらい何も知らないもので⋮⋮﹂ 食後の休憩中、ロドックさんとボルドーさんを交えて冒険者につ いて勉強中だ。 ﹁何てことはない。依頼を受け魔物を狩り金を稼ぐ、それだけのこ とだ﹂ ﹁他の仕事と変わりゃしねぇよ。ただ、危険はあっから準備は怠る なよ﹂ ﹁ミコトは少し慎重すぎるかな。冒険者ギルドってのはもっと緩い 感じだよ﹂ 俺は学校のルールとか馬鹿正直に守ってしまうタイプである。 決まりごとは特に無い、と言われても気にしてしまう。 ﹁そんなもんですかねぇ。何か守らなきゃならない規約とかありま す?﹂ ﹁フツーだフツー。犯罪でもしなきゃ大丈夫だ﹂ 72 ﹁低難度の依頼をこなして食うに困らない程度に稼ぐ奴もいるし、 名声や金を求めて高難度な依頼をこなしていくやつもいる﹂ ﹁魔物の希少な素材を集める人とかもいるかな、中にはかなり高額 の物もあるし﹂ ﹁そうだそうだ、緊急依頼はちゃんと受けろよ。来ねぇと罰金とら れっから﹂ ﹁もしかして、今朝のやつも?﹂ ﹁あぁ、そうだ。ギルドから周囲の冒険者に念話が飛んで依頼内容 を伝えてくる。大抵が人里近くに強力な魔物が出た場合だ﹂ ﹁今朝緊急依頼あったんだ﹂ ﹁そういやお前は見かけなかったな、遠出してたのか?﹂ それがな⋮⋮﹂ ﹁うん、隣町に少しね。どんな依頼だったんだ?﹂ ﹁聞いてくれよ! ボルドーさんのやや擬音の多い説明が続く。 何故か俺が﹃颯爽登場!﹄みたいな表現になってるんですが。 ﹁まさか今朝︻使役︼をした子だったとは⋮⋮﹂ ﹁あれ、何かおかしいですか?﹂ ﹁ずいぶんと好かれているようだったからね、長いこと世話をして 73 いる子だったのかと﹂ ﹁最初からこんな感じでしたよ﹂ いきなり汗を舐められて抱き着かれた。 あれ、もしかして味を気に入られたんじゃ⋮⋮。 そりゃ失礼な ﹁えっと⋮⋮魔物使いが魔物に食われるとかあります?﹂ ﹁あんまりぞんざいに扱ってると襲われるよ﹂ ﹁えっ﹂ なにそれこわい。 そういう制限とか付いてないのか。 ﹁さっきお礼に仕えてくれてるって言っただろう? 事すれば魔物も怒るさ﹂ あくまで最初から一定の信頼関係のある仲間、という感じらしい。 捕食系かぁ、ありといえばありかなぁ。 ﹁わたし、ますたー、すき。おそう、たべる、しない﹂ ﹁あ、うん。ありがと﹂ ﹁いいなぁ、俺なんて長いこと尽くしまくってやっとこさ⋮⋮﹂ 魔物使いもいろいろ大変らしい。 そして、ハスクさんの恋路もいろいろ大変らしい。 74 だいたいの魔物 ﹁そうだ、これだけは聞いときたかったんですけど﹂ これは超重要だ。 祈るような気持ちで聞く。 ﹁魔物って複数連れ歩く事できます?﹂ ﹁一応出来るよ﹂ きた!人外っ子ハーレムきた! 俺の春が来た! ﹁ただ、さっきも言ったように世話が大変だよ? 使いは1∼2匹くらいで⋮⋮えっと、聞いてる?﹂ ﹁あ、はい、聞いてます聞いてます﹂ いかんいかん、あまりの興奮で周りを気にしてなかった。 ﹁管理し切れなくて襲われるなんて事にならないように、魔物を増 やすときは慎重にね﹂ ﹁はい!﹂ 半分くらいはわかりました。 ﹁あら、盛り上がってるわね。追加注文、する?﹂ ﹁おう、それじゃさっきのステーキをもう一皿﹂ 75 ﹁ボルドー、食べ過ぎだ﹂ ﹁デザートに﹂ ﹁肉はデザートに入らない﹂ ﹁わかったわかった、止めとくよ﹂ ﹁あら残念﹂ まだ食えるのかボルドーさん⋮⋮。 こっちは絶賛満腹中である。 なかなか落ち着かないお腹を撫でていると、ハスクさんが話しか けてくる。 ﹁ミコト、宿は決まってるのかな?﹂ 数日分まとめて払ってくれた ﹁全然。ここに来たのだって今朝ですし﹂ ﹁じゃあうちに泊まっていきなよ。 ら割引もしますよー﹂ チャンスとばかりに売り込んでくるノエルちゃん。 商魂逞しい。 ﹁そうしようかな。そうだな⋮⋮10日分で﹂ 報酬のおかげで資金には余裕がある。 慣れるまでは知り合いがいるこの街でゆっくりするべきだろう。 76 ﹁はいはい、魔石はいる? 自前の物使ってもいいけど﹂ ﹁持ってないからお願いするよ﹂ たぶん魔道具の燃料ってところだろう。 口ぶりから考えるに、追加料金で魔石を補充してくれる感じか。 ﹁合計で360オスクになります﹂ ギルドで貰った金貨袋を取り出す。 チュートリアルの報酬で銀貨も貰ったはずだが、どこに入ってい るのかわからない。 そんな大金入っ たぶん︻マジックポケット︼の中だとは思うけど。 ﹁お前︻アイテムボックス︼とか使えねぇのか? た袋持ってたら、盗まれても文句言えねぇぞ﹂ ﹁えっと、︻マジックポケット︼なら﹂ ﹁なんだ、使えるんじゃねぇか﹂ 物は試しだ、使ってみよう。 ︵んー⋮⋮袖の下?︶ 袖の下あたりに何かあるように感じる。 ︵えーっと、360オスクか。硬貨だと何枚に⋮⋮って、出てきた︶ 77 ギルドで貰ったのと同じような袋だ。 ジャラジャラと音がしたので、中に硬貨が入っていることがわか る。 ﹁これでいいかな?﹂ ﹁はい、確かに360オスクいただきました﹂ 軽く手に持っただけで中身を見ていない。 試しにギルドで貰った袋を持ってみる。 ⋮⋮確かに10万オスクである。 銀貨1枚と念じて︻マジックポケット︼に手を突っ込んでみると、 銀貨が出てきた。 ︵なるほどね。金額だと袋に入った硬貨、名前だとそのまま出てく るのか︶ 仕組みは分からないが、便利なものである。 ︻マジックポケット︼に金貨の入った袋を入れておく。 ボルドーさんの言うとおり、盗まれては大変だ。 ﹁さってと、軽く一仕事するか﹂ ﹁俺も手伝いを頼まれているので失礼する﹂ ﹁僕は一旦家に帰ろうかな、ミコトはどうする?﹂ ﹁部屋に行って荷物整理とかしておこうかと﹂ ﹁そっか、じゃあまたね。⋮⋮あの件、よろしくね?﹂ 78 声を潜めてハスクさんが言う。 ﹁⋮⋮わかってますって。ちょっとこの子に色々聞いてみます﹂ ﹁またなー、坊主﹂ ﹁またな、手伝って欲しい事があったら声を掛けろ﹂ ﹁はい、ありがとうございます﹂ そう言って3人は出て行った。 ﹁ノエルちゃん、部屋に案内してくれるかな﹂ ﹁おっけー、ついてきて﹂ * * * * * * ノエルちゃんの後をついていき、2階に上る。 外から見た感じだと3∼4階ある感じだった。 左右にずらっと扉が並んでいる。 ﹁ここがミコトさんの部屋だよ﹂ そう言って扉にカードをかざすと、カチャリと音が鳴った。 ﹁鍵渡すから、カード出してくれる?﹂ 79 ﹁あ、うん﹂ カードを重ねると一瞬光る。 これで鍵の受け渡しが完了したようだ。 魔術って便利。 ﹁強度はそこまで高くないから、貴重品はちゃんと管理してね﹂ ﹁わかった﹂ ﹁魔石はちゃんと補充してあるし、すぐに洗浄機やシャワーも使え るよ﹂ ︵シャワーとかあるのか︶ だいぶ進んだファンタジー世界のようだ。 これなら現実世界と比べても不自由は無さそうである。 ﹁それじゃ、ごゆっくりー﹂ パタンと音が鳴り、扉が閉じる。 ﹁よいしょっと﹂ 木でできた簡素な椅子に座る。 部屋はそこまで広くないが、綺麗で居心地がいい。 木製の家具や床が温かみを感じさせる。 ﹁ますたー、もどって、いい?﹂ 80 ﹁いいよー﹂ すかさず床に降り、人型になる。 何度見ても不思議な光景だ。 そして、椅子に座っている俺の背後から抱き着く。 ﹁抱き着くの好きだね﹂ ﹁うん、ますたー、あったかい。ますたー、いや?﹂ ﹁全然嫌じゃないよ。でも、人前では控えてね﹂ ﹁わかったー﹂ 優しく頭を撫でながら注意する。 なんというか、親戚の子に懐かれてる感じである。 ︵︻マジックポケット︼っと︶ 先ほど使っていて気付いたが、ステータスのようにウィンドウも 表示できるようだ。 広い空間にアイテムが1つ。端に書いてある数字は所持金だろう。 ︵これが身代わりの偶像?︶ 取り出してみると、それは首飾りのようだ。 土色の陶器で出来ている小さな人形だ。 ちょっと土偶っぽい。 81 ︵何となく効果は分かるけど、︻鑑定︼を使ってみようかな︶ 致命傷を一度だけ無効化する護符、だそうだ。 邪魔にならない大きさだし、首から下げておく。 万が一の事態も怖いし。 ﹁ますたー、それ、なに?﹂ ﹁これはね、大きな怪我から一度だけ守ってくれるものだよ﹂ ﹁ますたー、わたし、まもる。しんぱい、ない﹂ ﹁そっか、ありがとね﹂ ︵ホントに可愛いなぁ︶ ゆっくりと、優しく撫でてあげる。 ひんやりとして柔らかく、撫でてるこちらも心地よい。 ﹁あ、そうだ。君には名前ってあるの?﹂ 君自身の名前はないの?﹂ ﹁くいーんすらいむ、よばれる﹂ ﹁それは種族の名前でしょ? ﹁わからない。たぶん、ない﹂ 魔物には名前という文化は無いのだろうか。 これから一緒にいるにあたって、名前が無いのは不便だ。 いっそ俺が名付けてしまおうか。 82 ︵うーん⋮⋮︶ ふと見ると、窓から入ってきた光が彼女に当たっている。 透き通るような水色は、青空を思わせる美しい色だった。 ﹁ソラ、なんてどうかな﹂ ﹁そら?﹂ おぼえた!﹂ ﹁君の名前だよ。名前が無いと不便だからね。だから、ソラ﹂ ﹁そら⋮⋮ソラ⋮⋮﹂ わたし、ソラ! ﹁気に入ったかな?﹂ ﹁うん! 喜色満面とはこのことだ。 ソラはぎゅっと抱き着き、顔を摺り寄せてくる。 ちょっとスキンシップが激しいが、素直でいい子だ。 大切にしてあげよう。 ﹁ちょっとごめんね﹂ 少し彼女と身体を離し、前髪をかきあげてみる。 ちゃんと目はあるが液状の身体で形作っているだけなので、未塗 装のフィギュアのようだ。 ﹁目、見える?﹂ 83 ﹁しかく、ない﹂ ﹁どうやって周りを確認してるの?﹂ ﹁けはい、おと。あと、まりょく﹂ 俺は︻気配探知︼というスキルを取ったが、探知系スキルは他に もあった。 気配を選んだ理由は万能そうだから、刀に合ってるからという安 直な理由だ。 ﹁しかく、ほしい?﹂ ますたー、みたい!﹂ ﹁いや、欲しくて作れるようなものでもないと思うし﹂ ﹁つくる! 言うや否や、ソラの瞳がより青く染まっていく。 パチパチと瞬きもする。 今までは作り物っぽかったが、一気に目らしくなった。 ﹁おー﹂ 新しい世界に驚いているようだ。 キョロキョロと周りを見回している。 ひとしきり周りを見ると、こちらを見つめてくる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 84 ﹁えっと、なにかな?﹂ 今までももちろん可愛かったのだが、しっかりした人間の顔にな ったことで更に美人さが増した。 じーっと見られて少しドギマギする。 超恥ずかしい!︶ ﹁ますたー、かお、やさしい、すき﹂ ﹁そ、そっか、ありがと﹂ ︵そんな優しい笑顔で見ないで! 絶対ソラの笑顔の方が優しい。 あんなふんわりとした表情で見られたら、男はイチコロだろう。 イチコロでした。 ︻召喚︼も試してみないとな!﹂ 今もニコニコとこちらを見ている。 ﹁そうだ! これ以上見られていると精神衛生上良くないので、強引に話を逸 らす。 ﹁しょーかん?﹂ ﹁うん、まだ使ったことないから試してみようね!﹂ ﹁たのしみー!﹂ ﹁よしよし。それじゃ、︻召喚︼っと﹂ 85 スキルを使用した瞬間、目の前に鞘に収まった刀が現れる。 美しい漆黒の鞘。柄は木製のようだ。 鞘の根元と先、そして鍔と柄頭に、草木を模した美しい銀色の装 飾がある。 ﹁凄い綺麗な武器だな⋮⋮﹂ ﹁すごい、いきなり、でた﹂ 和洋折衷な感じだ。 落ち着いた雰囲気で悪くない。 あるじ ﹁お初にお目にかかります、主よ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ﹁しゃ、しゃべたぁぁぁぁぁぁ!﹂ あれ、なんかデジャブ。 86 第8話 黒色のカタナ ﹁申し訳ありません、そこまで驚くとは思いませんでした﹂ ﹁いや、うん、ファンタジーだしいいんだ﹂ ﹁ふぁんたじー?﹂ ﹁気にしなくていいよ。それで君は?﹂ いきなり話しかけてきた召喚器の刀。 凛々しい女性の声だ。 周りに響いているような聞こえ方がする。 ﹁私は召喚器、主の呼びかけに応じました﹂ ﹁召喚器ってしゃべるものなんだね﹂ ﹁召喚器は魂が宿りし武具、形は違えど他の生命と同一です﹂ 何か大層なものを呼んでしまったらしい。 ﹁主、契約のために名前をいただきたいのですが﹂ ﹁契約?﹂ ﹁主と私を繋ぐ契約です。これは私がより強くなるための礎なので す﹂ 87 ﹁よくわからないけど、名前を付ければいいのかな?﹂ ﹁はい、主の名前も教えていただけますか?﹂ ﹁俺はミコト、こっちはクイーンスライムのソラ﹂ ﹁はじめましてー﹂ ソラがゆるゆるとした挨拶をする。 ﹁く、クイーンスライム⋮⋮!﹂ ﹁やっぱ誰から見ても変なのかな、これ﹂ ﹁どうやらとんでもない主に呼ばれてしまったようですね﹂ ﹁あははは⋮⋮えっと、名前ね。名前﹂ まさかの連続名付け。 君は今日からカナタだ﹂ 俺はそこまでボキャブラリー無いんだけど。 ﹁決めた! 凄く安易である。 響きはカッコイイからいいよね? ﹁かしこまりました。今より私の名はカナタ、ミコト様を主として 認めます﹂ 88 カナタが光り輝く。 無数の光の糸を伸ばし、俺の身体に触れる。 触れられた部分が少し温かい気がした。 ﹁主、カナタを手に取ってください﹂ カナタは結構大振りの刀に見えるのだが、思った以上に軽い。 ほどよい重さがどこか安心感を感じさせる。 ﹁契約は完了しました。これからよろしくおねがいします、主﹂ ﹁うん、よろしくね﹂ 他の生き物と同じ、と言われても刀に話しかけるというのは若干 違和感があった。 ごっこ遊びみたいな気分になる。 ﹁ちょっと抜いてみていい?﹂ ﹁えぇ、どうぞ﹂ 真剣なんて触ったことが無い。 ちょっとワクワクしながら、少しだけ刃を抜いてみる。 ﹁おぉ⋮⋮﹂ 刀身は暗い色で、刃には緩やかな波模様がついている。 思わず見入ってしまうほどに美しかった。 ︵早く斬ってみたい︶ 89 ちょっと危ない願望を抱いてしまった。 このままだとずっと眺めてしまいそうなので、すぐ鞘にしまう。 ﹁なんていうか、立派だな﹂ ﹁お褒めにあずかり光栄です﹂ ﹁カナタを使う時の注意点とかある?﹂ ﹁召喚器は損なわれることがありません。多少無理な使い方をして も問題無いです﹂ ﹁欠けず折れず曲がらずか、凄いな﹂ ﹁ただ、思いっきり斬る時は合図してくださると﹂ ﹁え?なんで?﹂ ﹁ちょっとビックリしますので﹂ ﹁あ、うん、わかった﹂ 刀がビックリというのがあまり想像できないが、自分の身体を思 いっきり叩きつけられると考えれば納得がいかないでもない。 ﹁更に鋭い切れ味をご所望でしたら、魔力を帯びたもの⋮⋮基本的 には魔石ですね、それを頂ければより強く鋭くなれます﹂ スキル説明にも成長する武器と書いてあったはず。 90 この手の物は大器晩成、最終的に追随を許さない逸品になるのが 定石だ。 ただ、それまでにどれほどのものを費やすかが心配である。 ﹁︻召喚︼って表現だけど、いなくなったりするの?﹂ ﹁︻召喚︼を解除していただくと手元から無くなります。再び︻召 喚︼していただければ現れます﹂ ﹁へぇ、ちょっとやってみていい?﹂ ﹁はい、どうぞ﹂ 解除を念じると、カナタが跡形も無く消え去った。 ﹃消えている最中も念話は使えます。主にしか聞こえませんが﹄ ﹃便利なもんだね、念話は普段も使えるのかな?﹄ ﹃はい、契約を交わしましたから﹄ 再び︻召喚︼を念じて手元に戻す。 ﹁そういや下緒が無いね。何か用意した方がいい?﹂ 刀を腰に差した際に、帯に結んで固定するための紐の事だ。 ﹁接着くらいはできますので、必要はありません﹂ ﹁接着?﹂ 91 ﹁腰に当ててみてください﹂ 言われた通り、左の腰に当てる。 ﹁・・・はい、固定しました。もう手を放しても大丈夫です﹂ ﹁ホントだ、くっついてる﹂ ﹁一般的な武具にも用いられてる加工魔術です。留め具などで制限 されないので便利ですよ﹂ ﹁これはどうやって⋮⋮たぶん、念じれば取れるんだよね?﹂ ﹁その通りです﹂ そろそろ魔術社会に慣れてきた。 とりあえず念じとけば何とかなる。 ﹁武器を持つと、いよいよ冒険者って感じだな﹂ ﹁武器は私で十分だと思いますが、防具に不安が残りますね﹂ ﹁そういやまだ村人スタイルだった﹂ ﹁そうですね、冒険者というより一般人寄りな格好です﹂ 結構はっきり言うタイプらしい。 ﹁それじゃ、装備を買いに行こうか。生活用品も揃えないとだし﹂ 92 ﹁ますたー、かたち、かえる?﹂ ﹁うん、お願い﹂ また肩乗りミニスライムになってもらう。 ハスクさんが言うに、クイーンスライムが街中を歩くのはちょっ と刺激が強いらしい。 ︵そりゃ全裸みたいなもん⋮⋮いや、危険な魔物だからか︶ 可愛らしいので忘れがちだが、これでも強力な魔物だ。 あまり人前には出さない方がいいだろう。 ︵装備ってどこで買うんだろ、ギルド行って聞いてみようかな︶ 行き先を考えつつ部屋を後にした。 ﹁武具店は西噴水広場周辺ですね﹂ ギルドに行って、クレアさんに武具店の場所を聞いてみる。 ﹁オススメの店とかあります﹂ ﹁数も多いですし、私はそこまで詳しくありません。冒険者さんの 方が詳しいと思いますよ﹂ 93 ﹁そうですか、ありがとうございます﹂ 冒険者の知り合いと言ったら今日会った3人くらいだ。 一応周囲を見回すが姿は見えない。 ︵2人はお仕事行ったみたいだし、ハスクさんの家もわからないな︶ とりあえず下見くらいはしておこう。 教えてもらった西噴水広場に向かうことにした。 * * * * * * 西噴水広場周辺は南噴水広場とはまた違った雰囲気の場所だった。 南にもそれなりにいたが、武器を携えた冒険者然とした人が多い。 武器やその材料が入っているのだろうか、大きな荷物が運ばれて いるのをよく見る。 見える範囲でも店舗のほとんどが装備関連のもので、みな思い思 いに商品を吟味している。 ︵聞いた通り、店の数多いな︶ 外側に向かって大通りを歩いていくが、やはり装備関連の店が続 く。 これだけ多いと、闇雲に見ても時間を浪費するだけだ。 もう切り上げて宿に戻ろうか。 そんなことを考えていた時である。 94 ︵あれ、身体が勝手に⋮⋮︶ 何故か横っ飛びをする。 前触れも無く、勝手にだ。 数瞬置いて、今さっき立っていた辺りで大きな音が聞こえる。 ﹁ご、ごめんなさいっ!﹂ 目をやると壊れた木箱が転がっている。 中からインゴットとか、そういう鍛冶の材料らしき物が散乱して いる。 怪我無いですか!?﹂ いつも気を付けろと言っとるだろうが!﹂ ﹁だ、大丈夫ですか! ﹁この馬鹿もん! ﹁ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!?﹂ まさにドワーフといった感じの男が人間の少女を叱っている。 ドワーフは赤みがかった髭をたっぷりと蓄え、頭頂部は輝いてい る。 筋骨隆々とした腕は、隣にいる少女の胴回りくらいはあるんじゃ ないだろうか。 少女の方は、髪色は明るい茶色。髪は短く、外はねしている。 瞳は薄緑色。 元はハツラツとした雰囲気を持った少女なんだろうが、今はショ ンボリオーラを放っている。 ︵さっきのは⋮⋮︻心眼︼?︶ 95 ︻心眼︼は︻気配探知︼を上げたら習得できたスキルで、認識し てない攻撃を自動で回避するスキル。 自分の身体が勝手に動くというのは、なんとも奇妙な感じだ。 ﹁悪かったな兄ちゃん、怪我無いか?﹂ ﹁ちゃんと避けたので大丈夫ですよ﹂ ﹁ほんとにごめんなさい⋮⋮﹂ ﹁怪我はしなかったし、ホントに大丈夫だから﹂ ﹁シャイア、早く拾い集めるぞ﹂ ﹁あ、はいっ﹂ ドワーフとシャイアと呼ばれた少女は散らばった素材を集め始め る。 ﹁手伝いますね﹂ ﹁何から何まですまんなぁ﹂ ﹁いえいえ、気にしないでください﹂ 素材を拾い集めるが、壊れた木箱で運ぶのは難しそうだ。 3人で抱えれば十分そうですし﹂ ﹁店から新しい木箱持ってくるか﹂ ﹁俺、持ちましょうか? 96 見た感じはそこまで量は多くない。 インゴットは綺麗に四角いので、そこまで嵩張らないように思う。 金属なので重さが心配だが。 ﹁そりゃもちろん助かるが⋮⋮結構重いぞ?﹂ ﹁大丈夫ですよ﹂ 地面に集めてあるインゴットを拾い、抱える。 ︵お、おもっ!?︶ インゴット舐めてた。 ︻身体強化︼!︶ 全部持つとか絶対無理である。 ︵そ、そうだ! ここで﹃重かったので運べません﹄はかっこ悪い。 強化魔術︻身体強化︼を使うと、一瞬地面に光る輪が出て消える。 すると、今まで重かったインゴットが幾分か軽くなる。 まだドッシリとした重量感は感じるが、これなら問題なく運べる だろう。 ︵魔術ってすごい︶ なんとか全部抱える。 そこそこ軽くなったとはいえこの量、そして大きさ。 かなり嵩張る。 97 ﹁兄ちゃん、魔術使えるのか?﹂ ﹁少しだけですけどね。流石に重かったです⋮⋮﹂ 苦笑しながら言い、二人と一緒に荷物を運ぶ。 これを持ち運ぶ少女やドワーフはどんだけ力持ちなんだろうか。 特に少女の方はどこにそんな力があるのか疑問だ。 ﹁私も!私も強化魔術使えます!﹂ それならば納得がいく。 明らかにあの細腕じゃ持てそうにない。 詠唱がすぐに終わってましたし。魔術師の 壊れた木箱の中身はやや少なくなっているが、俺の持っている荷 物よりは多い。 ﹁でも、凄いですね! 方ですか?﹂ ﹁⋮⋮そこそこ使い慣れてるからね、これくらいは﹂ ﹁わぁ⋮⋮かっこいいです⋮⋮!﹂ キラキラした目で言われる。 シャイアと呼ばれていた少女は最初に感じた印象の通り、明るく て好奇心旺盛な性格のようだ。 詠唱速度に関しては俊敏カンストのおかげだろう。説明に載って たし。 今の詠唱速度が、魔術師としてどの程度の位置なのかわからない。 自分のステータスが異常というのは自覚しているし、とりあえず 98 ごまかしておく。 ﹁ここが俺の店だ、さぁ入ってくれ﹂ 大通りから少し路地に入った場所にある小ぢんまりとした店だ。 中に入ってみると、様々な装備品が並んでいる。 他の店と違って、武器に防具、アクセサリー⋮⋮たぶん護符だろ う、その他魔術師の服っぽいのもある。 武器屋というより雑貨店のように感じてしまった。 ﹁いやぁ、助かったよ兄ちゃん。何も無い店だがゆっくりしていっ てくれ﹂ ﹁やっぱり武具店の人だったんですね﹂ ﹁あぁ、俺はここの店主のギンガムだ。こっちは見習いのシャイア﹂ ﹁よろしくお願いします!﹂ 見たところ駆け出しみたいだが、装備が必要なんじ ﹁俺はミコトです。冒険者やってます﹂ ﹁冒険者か! ゃないか?﹂ ﹁そうですね、丁度探してたところですけど﹂ ﹁今回の詫びと礼だ、安くしとくぞ﹂ せっかくだ、ここで買ってしまうのもいいだろう。 店の二人も感じ良さそうだし。 99 第9話 女王のケープ ﹁動きやすくて、そこそこ丈夫な装備って何かあります?﹂ 高い俊敏を生かすべきと思って聞く。 さっきの魔術、それに腰の立派な剣、 装備の事はほとんどわからないので、専門家であるギンガムさん に聞くのが一番だろう。 ﹁兄ちゃんは何を使うんだ? あと肩のスライム、ずいぶんと多才だな﹂ ﹁俺もちょっと悩んでるところなんですよ﹂ 魔術も刀もまだほとんど使っていない。 ソラは戦えるだろうが、全部任せきりというのもよろしくない。 イマイチ方向性を決めかねている。 ﹁ま、若いうちはそんなもんだろ。兄ちゃんは多才みたいだし尚更 だ﹂ ﹁そういうものですかね﹂ ﹁俺はそのまんま年食ったパターンだがな、ハッハッハッ!﹂ 確かにこの店の品揃えを見る限り、何でも作れるといった感じだ。 器用貧乏になってしまう人間としては親近感を覚える。 ﹁まずは革鎧でも試着してみるか?﹂ 100 ﹁お願いします﹂ ﹁シャイア、準備してくれ﹂ ﹁はいはいー!﹂ しばらくして、シャイアちゃんが革鎧一式を抱えてきた。 試着してみる。 ﹁うーん、ゴワゴワして動きにくいですね﹂ これくらいは慣れなくちゃいけない範囲だろうか。 ﹁これでもだいぶ軽装のやつだし、着てるうちにこなれると思うぞ。 これ以下となると胸当てとかそんなもんだな﹂ ﹁そっちも見せてもらえますか?﹂ ﹁わかった、確かこの辺に⋮⋮﹂ ギンガムさんが後ろの棚を漁る。 ﹁契約して分かったのですが、主は俊敏が非常に高く魔術も使えま す。魔術師の装備を見るのはいかがですか?﹂ カナタから小声で助言を受ける。 ﹁うん、そうだね。それも見ておこう﹂ 101 まだスタイルが決まっていない現状、出来るだけ色々見るべきだ ろう。 誰かと話していたような気がしたんですけど⋮⋮﹂ いや、気のせいじゃないかな﹂ ﹁あれ、誰かお連れ様いましたっけ?﹂ ﹁えっ? ﹁そうですか? ﹁気にしないで気にしないで﹂ ﹃申し訳ありません、声を抑えて話したつもりだったのですが﹄ ﹃シャイアちゃん、耳がいいみたいだね﹄ 俺も声を下げて話していたのだが、聞こえてしまったようだ。 ﹃武器がしゃべるって⋮⋮普通じゃないよね?﹄ ﹃少なくとも一般的には﹄ 武器がしゃべるのはここでも珍しいらしい。 会話は念話中心でやった方がいいだろう。 ﹁よし、こいつだ。着けてみてくれ﹂ ﹁はい﹂ 可もなく不可もなく、といった感じだ。 確かに軽いが、これを着ける位なら着けずに身軽になった方がい 102 い気がする。 ﹁微妙か﹂ ﹁えっと、そうですね。次は魔術師用の装備見せてもらえます?﹂ ﹁おう、いいぞ﹂ 中くらいの木箱から灰色のマントっぽいものを取り出す。 ﹁軽くて肌触りもいいですね。羽織ってみてもいいですか?﹂ ﹁もちろんだ、なかなかいいケープだろ﹂ 丈は腰くらい、身体の周囲をしっかり覆っている。 フード付きだ。 この大きさだと少し重くて邪魔になるかもと思ったのだが、非常 に軽くて動きを制限されない。 着心地は抜群と言っていいだろう。 魔術ってのは周りの魔力、少しの ﹁魔力吸着加工をしてあるから、魔術を使うにはベストな装備だ﹂ ﹁魔力吸着?﹂ ﹁魔術の基本を知らないのか? 自分の魔力で構成される。こいつが魔力を吸着することで、周りか ら魔力を集めるのが楽になるって寸法だ﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ 103 ﹁更に対物理加工も付いてる! デカイのを食らえば流石にキツイ が、雑魚程度ならこれで十分だ﹂ 聞く限りでは自分にベストな装備に思える。 気に入ってもらえて良かった!﹂ ﹁これに決めます﹂ ﹁そうかそうか! ﹁あと、靴ありますか?﹂ ﹁わかった、こっちも動きやすさ重視だよな?﹂ ﹁はい、それで﹂ 靴は長旅用だ。 今後色々なところに行って可愛い異種族や魔物を探したい。いや、 探す。探し出す。 ﹁こいつでどうだ?﹂ 靴は革製で脛を半分ほど覆う高さがある。 ベルトが三本有り、しっかりと固定できそうだ。 履いてみたが、足がピッタリと収まった。 ﹁あれ、サイズがピッタリだ﹂ ﹁鍛冶師の目を舐めちゃあいけない、サイズ位一目でわかるさ﹂ 鍛冶師って凄い。 104 もちろん、出来る限り ﹁これも買います、合わせていくらですか?﹂ ﹁ケープはちと値は張るんだが大丈夫か? 安くするが﹂ ﹁お金の方は大丈夫です﹂ 金貨ザクザクだからね。 ﹁そうだなぁ、合わせて600オスクでどうだ?﹂ ﹁師匠、それ半額くらいじゃ﹂ ﹁お前が働いて取り戻せ﹂ ﹁そ、そんなぁ!﹂ ﹁あははは⋮⋮それじゃ、600オスクですね﹂ 結構いい物だと思うんですけど﹂ ︻マジックポケット︼から袋を取り出して代金を払う。 ﹁本当に良かったんですか? ﹁いいんだいいんだ、詫びってのもあるが俺の趣味みたいなもんだ﹂ ﹁趣味?﹂ ﹁優秀そうな冒険者に会った時に、そいつに最適の装備を持たせて やることだよ﹂ 105 ﹁優秀だなんてそんな﹂ ﹁今恩売っときゃ稼げるようになった時にまた来てくれるだろ?﹂ ﹁あはは、確かにそうですね﹂ ﹁まぁ、そっちはおまけだ。そういう奴らの成長する姿を見るのが 楽しくてな﹂ ﹁そうやって高価な装備ばらまいてたら赤字になっちゃいますよ﹂ ﹁いいんだよ、俺の店なんだから﹂ ﹁師匠はお金のことをもっと気にするべきです!だいたいですね⋮ ⋮﹂ シャイアちゃんの説教が始まる。 笑って聞いてるギンガムさん。 反省する気は無さそうだ。 ﹁それじゃ、俺はそろそろ行きますね﹂ ﹁おう、またこいよ!﹂ ﹁また来てくださいねー!﹂ 装備の事はこの店を頼ろう。 そう決めつつ、店を後にした。 106 * * * * * * ﹁ますたー、けーぷ、はいって、いい?﹂ ﹁ケープ?﹂ 店の前の路地に出たところで、ソラが言う。 ﹁魔力は魔物の動力源、魔力吸着の働いているケープの中は居心地 がいいのではないでしょうか﹂ ﹁なるほどね。いいよ、入っておいで﹂ ﹁ありがと﹂ ケープの中にスルッと入って行った。 中を覗いてみると、ケープの裏面に薄く張るように形を変えてい る。 核は俺の胸辺りにある。 ﹁入るっていうより、ソラ自体がケープになってるみたいだ﹂ ﹁クイーンスライムのケープですか。贅沢ですね﹂ ﹁ここ、すき、いごこち、いい﹂ ﹁そっか、じゃあこれからはここがソラの定位置かな﹂ 107 ここなら周りからソラの姿は見えない。 息が合えば、奇襲攻撃とかも出来るかもしれない。 ﹁ますたー﹂ ﹁うん?﹂ ソラが触手を伸ばして俺の腕に絡めてくる。 先を手のひらに擦り付けてくるので、何となく握ってみる。 ﹁んっ⋮⋮﹂ なんか色っぽい。 ﹁どうかした?﹂ ﹁んーん、なんでも、ない﹂ 触手はそのまま。放す気は無いみたいだ。 スキンシップしたいお年頃なのだろうか。 こっちも嬉しいけど。 ﹁これはイチャイチャしてるのでしょうか﹂ ﹁イチャイチャっていうのかな﹂ ﹁私からはそう見えます﹂ ﹁そっかー﹂ 108 カナタからちょっと批判的というか、生温いというか。 せっかく人外っ子と仲良くなったんだよ! そういう雰囲気を感じる。 ﹁いいじゃん! らい繋いでも!﹂ ﹁は、はぁ、そうですか⋮⋮﹂ 手く 若干呆れられたが、自分のスタンスははっきりとしなければいけ ない。 * * * * * * 時間は夕暮れ。空が赤く染まり始めている。 今から依頼、という気分にもなれず宿に戻ってきた。 ﹁食事済ませちゃおっか﹂ ﹁はーい﹂ ﹁構いません、私は食べられませんが﹂ ﹁そういやソラって何食べるの?﹂ ﹁まりょく。あと、すいぶん、ほしい﹂ ﹁省エネだなぁ。魔石とか欲しい?﹂ 109 ﹁んーん、そんなに、いらない﹂ ﹁周囲にある魔力で十分でしょう、疲労していたら主が注いであげ ればいいかと﹂ 人外っ子に注ぐと聞いてアレな想像しかできない俺。 空いてる席に座り、通りかかったノエルちゃんに声を掛ける。 ﹁ノエルちゃん、注文いい?﹂ ﹁はいはい、いいですよー﹂ ﹁えっと、昼のはちょっとボリュームあり過ぎだったから、控えめ なのを﹂ ﹁控えめねぇ、サンドイッチとか?﹂ ﹁うん、それでお願い﹂ 夜にサンドイッチというのはミスマッチな気もするが、それくら いが丁度いい。 まだお腹が重いような気がする。 ﹁おまたせしましたー﹂ すぐに料理が到着する。 ﹁⋮⋮﹂ なんなの、なんで大き目のお皿にビッシリ乗ってるの? 110 ここの食堂は山盛り限定なの? 種類が沢山あって美味しそうですね。 ﹁凄く⋮⋮山盛りだね⋮⋮﹂ ﹁これくらい普通だと思うけどなぁ﹂ 何が普通だかわからなくなってきた。 ﹁夜なんだし、これくらいは大丈夫大丈夫﹂ 追加注文があったらいつでも言ってね、ごゆっくり∼﹂ ﹁そ、そうかな﹂ ﹁うん! この上追加注文とか無理です。 本日2戦目、頑張るか⋮⋮。 111 第10話 女王とお風呂 ﹁ふぅー⋮⋮﹂ 部屋に帰ってケープを脱ぎ、椅子に掛ける。 そしてベッドに倒れ込む。 ﹁腹⋮⋮重⋮⋮﹂ 一応全部食べた。 美味しいからいいけど、ちゃんと動かないと太りそうだ。 ﹁とりあえずトイレ行こ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ついてきちゃダメだよ?﹂ ﹁はーい﹂ ソラに言い聞かせ、扉を開く。 まごうことなきトイレだ。 本体は白い陶器、便座や蓋は木製、表面は加工されているようで ツルツルだ。 現実世界だと小洒落たトイレとか言われそうだ。 後ろにタンクは無く、壁に金属製の箱がついている。 ﹁よっこいしょっと⋮⋮﹂ 112 座って用を足す。 最近こうする男性が増えてるらしいね、俺は自然と座るようにな ったんだけど。 ﹁このレバー、なんだろ﹂ 金属製の箱には宝石のようなものが埋め込まれており、レバーが 2本ある。 ていうか、紙が無い。 水で洗うタイプかと思って探したが、それらしいものもない。 レバーを倒してみる。 ﹁⋮⋮っ!?﹂ お尻がムズムズする。 慌てて立つと、便器の中心部分がキラキラしている。 ︵もしかして、これで拭くの?︶ 魔術社会恐るべし。 ちなみにもう片方のレバーは水が流れた。 妙にハイテクな異世界に感心し、部屋に戻る。 ﹁お風呂入って寝ようかな﹂ 日が落ちてからそこまで時間は経っていない。 ただ、娯楽がほぼ無いと言っていいのでやることが無い。 ソラはベッドの上でころころ転がっている。 ちょっと楽しそう。 113 ︵現実では帰ったらネットだのゲームだのやってたからなぁ︶ 何か暇潰しになる物を用意するべきだろうか。 脱衣所に行き、服を脱ぎながら考える。 お風呂に入るんだよ﹂ ﹁ますたー、なに、する?﹂ ﹁うん? ソラが扉から顔を覗かせる。 ﹁あせ、ながす?﹂ ﹁そりゃお風呂だからね﹂ ﹁もったいない!﹂ パンツ一丁というところで人型になったソラに詰め寄られる。 スライム型ならいいけど、人型にパンツ一丁を晒すのは少し恥ず かしい。 ﹁ちょ、ソラ、ストップストップ!﹂ いきなり全身を取り込まれる。 柔らかく、身体全体を撫でられるような感触。 まるで愛撫されているようだ。 ︵やば、ちょっとたってきた⋮⋮︶ 114 邪な考えが頭をもたげてきた時、やっとソラが離れた。 身体全体が少ししっとりしてるような気がする。 ソラは非常に満足そうな顔をしてらっしゃる。 ﹁ごちそうさま﹂ ﹁はぁ∼⋮⋮い、いきなりは心臓に悪いからやめてね?﹂ 後ろを向いて股間のアレを隠しながら言う。 ﹁ごめん、なさい。でも、あせ、おいしい﹂ ﹁えっと、もしかして俺の汗で水分とってるの?﹂ ﹁うん﹂ ﹁人の汗でってどうなんだろうか⋮⋮﹂ ﹁だいじょうぶ、あせ、たべる、よごれ、とかす﹂ なにやら俺の体表面で緻密な作業が行われていたようだ。 やっぱ溶かすとかもできるのね、スライムだし。 ︵汚れは取れたみたいだけど⋮⋮やっぱシャワー浴びよう︶ 汚れを落とすだけがお風呂ではない。 一日の疲れを癒すために必要な事なのだ。 ﹁それじゃ、もうお風呂入っていい?﹂ 115 ﹁わたし、いく﹂ ﹁え、一緒に入るの?﹂ ﹁はいる﹂ ﹁いや流石にそれは﹂ ソラは確かに透明だ、スライムだ。 しかし、形はしっかり美少女してるから困りものである。 ﹁ますたー、いや⋮⋮?﹂ ﹁あー、うん、いいよ。一緒に入ろうか﹂ ﹁うん!﹂ そんな顔されたら断れません。 * * * * * * 浴室、というよりシャワー室はタイル張りで、現実のものとさほ ど変わらない。 トイレでも見た金属製の箱からシャワーが伸びている。 そして、これも同じく宝石のようなものとレバーが2本。 倒してみたが湯量と温度を調整するもののようだ。 ﹁ほらほら水だぞー﹂ 116 ﹁きゃーっ﹂ ソラに水をかけて遊ぶ。 親戚の子の面倒をみている感じである。 置いてあった石鹸で頭や身体を洗う。 泡立ちが少し悪いように感じるが、こんなもんだろうか。 じゃあお願いしようかな﹂ ﹁ますたー、あらう﹂ ﹁洗ってくれるの? ﹁うん!﹂ ソラが背中を手で洗ってくれる。 拙い感じではあるが、手のプニプニした感触が気持ちいい。 ﹁ありがと、ソラも洗ってあげようか?﹂ ﹁よごれ、とかす、もんだい、ない﹂ ﹁スライムって便利だね﹂ 泡を流し、お風呂を出る。 いつのまにか俺の息子も落ち着いていた。 うんうん、やはり紳士的にいかないとね? ﹁あ、凄い。もう洗濯終わってる﹂ まんま洗濯機っぽい箱型の物体、ノエルちゃんは洗浄機と言って 117 いた。 お風呂に入る前に脱いだ服を入れたのだが、もう綺麗になってい た。 しかも、洗剤などはいらないようだ。 ︵魔術社会、現実世界よりも便利なんじゃなかろうか︶ 洗面所で歯を磨く。 歯ブラシは木製、たぶんブラシ部分も木の繊維じゃないだろうか。 歯磨き粉もあるのだが、これが辛い辛い。 ほんの少しだけ付けて手早く磨いた。 綺麗になったシャツを着てベッドに横たわる。 ﹁お疲れ様です、主﹂ ﹁お疲れ、カナタ﹂ ベッド横に立てかけておいたカナタに声を掛けられる。 ﹁そういえば、使わないときは︻召喚︼解除したほうがいい?﹂ ﹁お好きなように﹂ ﹁そっか。じゃあこのままで﹂ 話し相手が近くにいるとほっとする。 ソラもいるが、少し難しいことを話し合うとなればカナタの方が 適役だろう。 ﹁ますたー、いっしょ、ねる?﹂ 118 ﹁いいよ、ベッドは一つだしね﹂ ソラがベッドにもぐりこんでくる。 中くらいのスライム型に変形した。 ﹁寝る時は形変えるんだ?﹂ ﹁こっち、らく﹂ 形を維持するのはそこそこ大変らしい。 なんとなくソラの丸い身体を撫でる。 どんな形でも変わらず、柔らかくて心地のいい手触りだ。 ︵ずっと撫でていたいなぁ⋮⋮︶ 撫で続けているうちに、その日は眠りについた。 * * * * * * 目を開けると水色の液状物体。 宿屋の部屋。 ︵夢じゃないんだろうな、たぶん︶ 一夜明けてもファンタジー世界。 どういう理由かはわからないが、ここで出来る事をやるしかない だろう。 119 ﹁おはようございます、主﹂ ﹁おはよ、カナタ﹂ ソラは若干平べったくなっている。 ぐでーんみたいな感じだろうか。 ﹁ソラ、起きて﹂ ﹁んぅ⋮⋮﹂ のたのたと形を整え、人型になる。 ﹁ますたー、おはよ⋮⋮﹂ 眠そうな声で挨拶する。 全体的に少し垂れてるような気がする。 ぼーっとしているソラを放置して身支度を整える。 終えたころには幾分かシャッキリしていた。 ﹁ますたー、ごはん﹂ ﹁うん、行こうか﹂ ﹁あせ﹂ ﹁あぁ、うん、そっちね⋮⋮﹂ 汗を食べられるというのは、何とも微妙な気分だ。 120 ﹁はむぅ⋮⋮んちゅ⋮⋮ちゅぷ⋮⋮﹂ ソラが俺の指先に舌を這わせる。 少しヒンヤリした柔らかい舌が気持ちいい。 そして妙に色っぽい。 ︵朝っぱらからこれは息子さんに悪影響が︶ ﹁ちゅっ⋮⋮ちゅっ⋮⋮ちゅぅー⋮⋮⋮⋮ちゅぱ⋮⋮ごちそうさま﹂ ﹁お、お粗末様です⋮⋮﹂ 手を舐めつくしたところで止める。 今日はこれだけでいいようだ。 いや、毎日全身舐めまわされても困るけど * * * * * * ﹁おはよ、ノエルちゃん﹂ ﹁おはようミコトさん、朝ご飯食べるよね?﹂ ﹁うん、今日は何があるかな﹂ ﹁ミコトさんは小食みたいだし、ハムエッグのセットでいいかな﹂ やっと胃袋具合を察してくれたらしい。 121 ﹁うん、お願い﹂ ﹁おっけー、少々お待ちをー﹂ ちなみにここの食事は10オスク前後のようだ。 今朝のは7オスク。 昨日のステーキは12オスク、サンドイッチは10オスクだった。 ﹁お待たせしましたー﹂ 牛丼屋とまでは言わないが、料理を持ってくるのがかなり早い。 ここのコックの腕がいいのか、魔術社会特有の機器でもあるのか。 ﹁おぉ、美味しそう﹂ 目玉焼きを3つにハムを何枚か。 人気あるんだよ、このメニュー﹂ それにサラダ、野菜スープ、焼き立てっぽいパンが並ぶ。 ﹁でしょでしょ! シンプルイズベスト。 朝にしてはガッツリめの量だが、昨日よりはだいぶマシだ。 ﹁いただきまーす﹂ 非常に美味しい。シンプルって素晴らしい。 特にパンが旨い。 外側はサクサク、中はもっちりだ。 122 ﹁このパン美味しいね、焼き立て?﹂ ﹁うん。お父さんが貯金はたいて買った最高級の火炎窯使ってるん だ﹂ 美味しいパンは心の潤い。 これから朝はこれを食べよう。 久しぶりの⋮⋮といっても1日だが、死闘ではない食事を楽しん だ。 * * * * * * 今日はギルドに来てからの初仕事だ。 そこまで難しい依頼はやらされないだろうが、気を引き締める。 ギルド内は人が少な目。まだ時間が早いようだ。 ちょうどクレアさんの場所が空いていたので向かう。 ﹁おはようございます、クレアさん﹂ ﹁おはようございます。お早いですね、依頼ですか?﹂ ﹁はい、何かあります?﹂ ﹁そうですね、ゴブリン討伐などいかがでしょうか﹂ ︵いきなり戦闘か⋮⋮︶ 昨日の戦果を評価されたのだろうか。 123 最初は薬草拾ってこいとか、そんな依頼かと思ったのだが。 ﹁わかりました。ゴブリンってどこにいるんですか?﹂ ﹁南にある森の浅い辺りですね﹂ ソラと会った森の辺りか。 ﹁ゴブリン共を完膚なきまで叩きのめしてください。奴らは女性を 攫っては自分たちの繁殖に使う下卑た魔物です。根絶やしにしてく ださい﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ 顔は事務的だが妙に迫力のある声で言う。 第一印象とはだいぶ違う感じにビビる。 ﹁そ、それじゃ行ってきますね﹂ ﹁お気をつけて﹂ クレアさんの新たな一面にビビり⋮⋮驚きつつ、町の南を目指す ことにした。 124 第11話 夢の終わり 私の夢は世界を旅すること。 幻想的な景色。 美しい街。 珍しい食べ物。 自分とは違う種族。 子供のころからずっと憧れていた。 でも、他の人たちは違った。 外に面白いことなどない。 私が夢を語るたびに、そう言っていた。 外の悪い所をつらつらと語りだす人もいた。 それでも私の気持ちは変わらなかった。 冒険者になるために一生懸命勉強して、技術も身に着けた 成人になった日。 ずっと説得していたかいもあって、両親は旅に出ることを許して くれた。 私は大きな憧れを胸に外の世界に旅立った。 結論から言おう。 外の世界は、そんなにいいものではなかった。 いや、いいことは沢山存在するのだろう。 ただ、私がそれに触れられることは多くなかった。 125 エルフだから。 女だから。 小さいから。 力が無いから。 理由はいろいろあるだろう。 外の世界は私に冷たかった。 パーティーを組もうにも、私と組んでくれる人はほとんどいなか った。 店に行っても、満足な対応をしてくれないこともあった。 依頼をこなすのも、一人だし実力的に厳しいものがある。 もちろん、優しくしてくれた人もいた。 まだ世界には綺麗なものがある。 その人達、その思いを支えに旅を続けられた。 そう言ってもいいだろう。 でも、優しい人を装って私に近づく人もいた。 時にお金を。 時に持ち物を。 時に、私の身体を。 幸いにも被害にあったことはなかった。 こちらが警戒していたのもあったが、本当に幸運だったおかげだ ろう。 そんな人達に接するうちに、私は人を信じられなくなっていた。 優しい言葉も親切な行動も、私を騙そうとしているとしか思えな くなっていた。 私の心は冷え切っていた。 126 何で旅を続けるのか、それすらわからなくなり始めていた。 * * * * * * ある日、旅費が底をついた。 旅の必需品も安くない。 かといって、無ければ生きていけない。 手ごろな依頼は無い。 私が出来るとすれば雑用くらいだが、その程度の報酬では埒が明 かない。 途方に暮れていた私に、ある依頼が目に飛び込んできた。 輸送依頼。 食事も経費もあちら持ち、報酬も十二分だ。 失敗した時は痛いが、滅多な事は起こらない⋮⋮と思いたい。 ダメ元で申し込む。 幸いにもちゃんと受理してもらえた。 受理自体してもらえないこともある。 この世界は冷たい。 出発は明日だ。 宿に泊まるお金などない。 近くで野宿をする。 人里近くだから魔物の心配は無いはずだ。 川で水浴びをするが、この季節の水は冷たい。 127 前に温かいシャワーを浴びたのはいつだったろうか。 家では普通の事だったのに。 火をおこし、毛布にくるまる。 星空を見上げながら、眠気が来るのを待つ。 子供の頃、よく星を見ながら外の世界に思いを馳せたものだ。 今は、何も感じなかった。 * * * * * * 目が覚める。 まだ早い時間だろうか、少し肌寒い。 そこまで心配はしていなかったが、魔物には襲われなかったよう だ。 まぁ、襲われたら目が覚めることも無いのだが。 ギルドに行って確認すると、自分が選抜されたようだった。 正直、自分が選ばれるとは思っていなかった。 こういった依頼は依頼者が希望者の中から人を選ぶ。 たぶん数合わせだろう。 ここはそこまで大きな町じゃないし、希望者も少なかったのかも しれない。 荷馬車に乗っている依頼主は、いかにも粗暴そうな男だった。 私への態度もよくない。 ただ、使えるものは使う性分のようでそこまで酷い扱いはされな かった。 これならまだマシかもしれない。 128 輸送依頼は順調に進んだ。 事あるごとに雑用を押し付けられるのが不満だ。 これもお金のためだと思って我慢する。 目的地のマルカはもうすぐそこだ。 今は川辺で最後の休憩をとっている。 ここを出発すれば到着はすぐ、やっとこの依頼も終わる。 川で水浴びをする。 身体は拭いていたが、やはり水浴びをしないと気分が悪い。 人がいるので派手に浴びる事は出来ないけれど。 ・・・視線を感じる。 これはあれだ、男の下卑た視線だ。 辺りを見回すと、同じく依頼を受けていた冒険者達がいた。 元より人相の悪い連中だが、いやらしい笑みが更にそれを加速さ せている。 ﹁こんなところで水浴びしてたのか﹂ ﹁嬢ちゃん、依頼主様が呼んでるぜ﹂ ﹁⋮⋮そう﹂ 返事をして服を素早く身につけ、さっさと移動する。 距離を取っておいた方がいい気がする。 ﹁おいおい待てよ、俺達も呼ばれてんだ。一緒に行こうぜ﹂ そう言ってついてくる。 129 荷馬車がある場所まで少し距離がある。 間には小さな木立。 水浴びのために人目の無いところに来たが、それがまずかったよ うだ。 大方、あそこの木立で押し倒そうと考えてるんだろう。 あの顔を見ればバレバレだ。 ﹁くそっ!待ちやがれ!﹂ 木立につく直前に駆け出す。 あいつらも慌てて追いかけてくる。 私の足は速くないが、木立に入ってしまえばこっちのものだ。 簡単には追いつけない。 荷馬車の所まで行けば、あいつらも下手に動けないだろう。 ﹁グルルルルル⋮⋮﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ 奇妙な声を聞いて思わず立ち止まる。 そこには大きな影。 木じゃないことは明白だ。 ﹁へっへっへっ、観念したか?﹂ ﹁大人しくしてりゃ優しくしてやるぜ﹂ ﹁ウガアアアア!!﹂ 男達を無視して飛び退く。 後ろから悲鳴と酷い音が聞こえたが無視する。 130 荷馬車の方へ駆ける。 ﹁敵襲!敵襲です!﹂ 叫びながら荷馬車に近づく。 今のはおそらくオーガだ。 あいつら以外の人間と徒党を組めば、何とかなるだろう。 ﹁⋮⋮うそ﹂ 荷馬車の周りにはグチャグチャに潰された死体。 オーガが何匹もいる。 男の身長を優に超える、巨大な魔物。 私以外の人で、動いてるものは見当たらない。 ﹁あ⋮⋮あ⋮⋮﹂ 足がすくむ。 あんな数、相手にできっこない。 逃げるのも危うい。 気付かれた。 低いうなり声を出し、仲間を呼び寄せている。 今はとにかく逃げなければ。 マルカの方へ行けば人がいるだろう。 こんなの、一人でどうにかする事はできない。 ﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮!﹂ 必死に走る。 131 後ろで地響きのようなオーガの足音が聞こえる。 オーガは人の女を掴まえて生殖する。 捕まれば、地獄より酷い体験をすることになるだろう。 ︵依頼も失敗したし、捕まらなくても酷いけどね⋮⋮︶ 足音が近づいている。 諦めの入った思考で、そんなことを考える。 捕まっても地獄、捕まらなくてもおそらく地獄。 自分は何のために走っているのだろうか。 ︵最後の最後も、理由がわからないんだ。私は︶ 旅の理由も、今逃げている理由も。 走る速度が鈍る。 疲労もそうだが、もう心が折れていた。 ︵私の旅もここで終わりか⋮⋮︶ こういうのが走馬灯というのだろうか。 今までの旅の記憶を次々と思い出す。 ︵どうして、こんな時だけいい思い出ばっかり︶ 優しくしてくれた人や、数少ない心躍った体験。 そんなことばかり思い出す。 ︵あぁでも⋮⋮最後にいい夢見れたのかな︶ 躓いて転ぶが、もう立つ気力も体力も無い。 132 オーガの足音が近づく。 この先は地獄だ。 ﹁よっと⋮⋮!﹂ 誰かの声が聞こえた。 続いて何かが倒れたような大きな音。 そこには変わった細身の剣を持った青年がいた。 目の前には首が無くなったオーガの死体。 すぐに煙になって消えていった。 ﹁危ないから下がってて﹂ 助かった。 助けに来てくれた。 諦め切っていたと思ったが、やっぱり怖かったようだ。 緊張の糸が切れ、私は気を失った。 * * * * * * ﹁ちょ、大丈夫!?﹂ 気を失った少女に駆け寄る。 133 ﹁気を失っただけのようですね。この状況です、仕方ないでしょう﹂ 目の前にはデカイ魔物の群れ。 ︻鑑定︼でわかった名前はオーガ。 大人の2倍はありそうな身長。 濃い緑の体色。 突き出た腹。 醜い顔。 腰にはボロイ毛皮の腰布を巻き、手には巨大な棍棒を持っている。 血が付いているし、もう何人か襲った後なのだろう。 ︵めっちゃオーガだ⋮⋮ファンタジーだ⋮⋮︶ ﹁この数です、大変かと思われますが﹂ ﹁大丈夫でしょ、たぶん﹂ ﹁ますたー、ぜんぶ、つぶす?﹂ ソラが何やら物騒な事を口走る。 ﹁えーっと⋮⋮今回は俺に任せて﹂ ﹁わかった﹂ オーガの群れに向かって駆け出す。 その辺のゴブリンを相手にして、わかったことがある。 俊敏カンストは凄い。 相手の動きがはっきりと見える。 134 馬鹿みたいに速く動ける。 もちろん、武器を振る速度も尋常ではない。 ﹁グアアアアア!?﹂ 手足を易々と切り落とす。 野太い悲鳴をあげてオーガが倒れ伏す。 ﹁次!﹂ 加えてカナタの切れ味。 ゴブリンで試した時は、軽々と真っ二つにしてのけた。 感触は、まるで豆腐を切るかのように軽いのに。 オーガの首も、手足も変わらない。 簡単に切り落とせる。 ﹁っ!﹂ 何匹かの首を切り落とす。 身体がまるで羽のように軽い。 カナタを振るう動作も、全く淀みがない。 これがスキルの効果なんだろうか。 ﹁ますたー、うしろ﹂ 後ろにいるオーガが棍棒を振り下ろす。 難なくかわし、腕を踏み台にして肩まで駆け上る。 カナタを振りぬき、首を落とす。 そのまま近くのオーガに飛び移り、また首を落とす。 次も。 135 また次も。 その次も。 ︵ちょっと楽しくなってきたかも︶ 危ない思考になりながらも、戦闘を続ける。 現実ではそこまで運動は得意じゃなかった。 並みか、それより下くらい。 ここまで自由自在に動けたら、楽しくなってしまうのも仕方ない だろう。 ﹁ガアアアア!!﹂ 最後の一匹が棍棒で襲ってくる。 動きは手に取るようにわかるし、スローモーションのように遅く 感じる。 ︵余裕はあるし、試してみるか︶ 攻撃を避けながら、オーガの隙をうかがう。 棍棒を大きく振りかぶって叩きつけてきた。 身体も前に傾く。 ﹁︻一閃強撃︼!﹂ 飛び上がりながらカナタを振りぬくと、剣先が光の軌跡を描く。 刃は棍棒を真っ二つにし、その先のオーガの首を刎ねた。 長剣の攻撃スキル。 ︻一閃︼は高速の攻撃を繰り出すスキルで、︻強撃︼はそれを1 136 回発動するスキル。 ︻連撃︼を組み合わせるとだと2回攻撃、︻乱撃︼だと体力の消 費は増えるけど何回でも攻撃できるらしい。 恐らく︻一閃︼以外にも何らかの条件でスキルが増えて、色々組 み合わせられるようになるんだろう。 ﹁ふぅ⋮⋮これで終わりかな?﹂ カナタを鞘に収めながら言う。 ﹁まわり、いない、あんぜん﹂ ﹁そっか﹂ オーガが煙になって消える。 ﹁オーガをほぼ一撃ですか﹂ ﹁えっと、やっぱおかしい?﹂ ﹁一般的には、複数人で一匹を相手するくらいです﹂ ﹁そ、そっか⋮⋮﹂ 自分でも尋常ではないと感じていたが、そこまでとは。 周りには魔石が散乱し、いくつか見慣れないものも落ちている。 ﹁オーガの皮?﹂ ︻鑑定︼を使って名前を知る。 137 そこそこ厚みがあり、感触はブヨブヨとゴムのようで気持ち悪い。 ﹁防具の素材になります﹂ ﹁へぇ﹂ とりあえず魔石も含め︻マジックポケット︼に突っ込む。 ﹁この子、大丈夫かな﹂ ﹁しばらくすれば目を覚ますと思います。森の外れに運びましょう﹂ ﹁そうしようか﹂ 小柄な少女を抱えて移動する。 耳が長いからエルフだろう。美少女といっても差し支えの無い容 姿だ。 髪は美しいブロンドで、後ろで一つにまとめている。 今は目を閉じているが、出会った時に見たエメラルドのような瞳 は本当に美しかった。 ﹁こんな小さな子が、何でこんなところにいたんだろ?﹂ ﹁装備から見るに冒険者だと思います﹂ ﹁そういや武器も提げてるな。冒険者ってこんな小さな子もいるん だ﹂ ﹁いえ、だいぶ幼く感じます。そういう容姿という可能性もありま すが﹂ 138 こんな小さな子が、あんな魔物に襲われたらひとたまりもないだ ろう。 助けられて良かった。 ショックが大きいだろうし、色々力になってあげよう。 ⋮⋮いや、エルフっ子と仲良くなりたいとか邪な考えは無いよ? ホントに。 139 第12話 束の間の夢 ﹁⋮⋮!﹂ 目を覚ます。 まだ、私は生きている。 あの青年はどうなったのだろうか。 仲間は見えなかったし、あの数のオーガを相手にするのは危険だ。 ⋮⋮本当に私は生きているのか? 実はここが天国だったりは。 あ⋮⋮﹂ ﹁あ、気づいた?﹂ ﹁え⋮⋮? あの時の青年が私の顔を覗き込む。 怪我一つ無く、初めて見た時と同じ姿だ。 周りに彼以外の人はいない。 ﹁擦りむいてたところは治したけど、どこか痛むところある?﹂ この人は治癒魔術が使えるのだろうか。 ﹁だ、大丈夫﹂ 治した? ﹁あの、オーガの群れは?﹂ 140 ﹁か、抱えて逃げてきたんだ。うまく撒いたからもう大丈夫だよ﹂ 目が一瞬泳いだ。嘘をついている。 助かったのだから、細かい所は聞かないでおいてあげよう。 一応警戒はしておく。 ﹁どうしてあんなところにいたの?﹂ ﹁依頼でちょっと﹂ ﹁そっか、小さいのに頑張ってるんだね。もう安心していいよ﹂ 頭を優しく撫でられる。 不覚にもほっとしてしまった。 慌てて手から逃れる。 ﹁や、やめてよ。私、もう成人してるのよ﹂ ﹁あ、ご、ごめん﹂ やっぱり子供だと思われていたようだ。 確かに背は小さいけれど。 彼だって若いし、そこまで体格がいいほうではない。 近くにマルカってところがあるから案内し 子ども扱いは心外だ。 ﹁これからどうする? てもいいけど﹂ ﹁そこに向かうところだったの﹂ 141 ﹁そっか、じゃあ一緒に行こう。歩ける?﹂ ﹁もう大丈夫よ。治してもらったみたいだし﹂ そう言って立ち上がる。 服に多少の汚れはあるが、怪我や痛みは無い。 青年の後を追って、街道に向かった。 * * * * * * ﹁そうだ、忘れてた﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ﹁俺はミコト、駆け出しの冒険者だ。君は?﹂ ﹁⋮⋮テシア。同じく冒険者よ﹂ マルカまでの道中、青年⋮⋮ミコトと会話を交わす。 ﹁テシアちゃんか﹂ ﹁ちゃん付けはやめて。呼び捨てでいいから﹂ ﹁わ、わかった﹂ 毅然とした態度で接する。 人が良さそうな顔をしているが、油断は出来ない。 142 さっきの嘘といい、この親切さといい。 私を騙している可能性も少なくない。 ﹁しかし災難だったね。街の近くにあんなデカイ魔物の群れなんて﹂ ﹁そうね、珍しいと思うわ﹂ 実際には私が逃げてきたから少し遠くなのだけど、それでも街に は近い。 運が悪かったとしか言いようがなかった。 いや、この青年が誘導した可能性は? 魔物使いであれば、とも思ったがあの数は無理か。 ﹁ここがマルカ。俺も来たばかりだけど、活気があっていい街だよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 門をくぐって言う。 良く言えばお人好し、悪く言えば能天気の馬鹿。 私にはそう見えた。 こいつが悪だくみをして、荷馬車を襲わせたとは思えない。 街に目を向ける。 言われた通り活気のある街だ。 雰囲気も明るい。 道の脇には屋台が立ち並び、美味しそうな匂いが漂っている 保存食や粗末な食事ばかりだったから、結構お腹にくる。 そういえば、まだ昼食を食べていなかった。 143 ﹁ぁっ⋮⋮﹂ お腹が鳴ってしまった。 支給される食事を当てにしていたし、所持金はほぼ無し。 何か食べよっか﹂ 我慢するしかない。 ﹁お腹空いてる? ﹁お金、無いから﹂ 耳聡い。 どうせ食べられないんだから、そんなこと聞かないでほしい。 い、いいから、そういうことしなくても﹂ ﹁いいよ、俺が払うから﹂ ﹁え? ﹁まぁまぁ、これも何かの縁だし﹂ そう言って近くの屋台で串焼きを2本買う。 ﹁はい、どうぞ﹂ ﹁あ、ありがと﹂ 思わず受け取ってしまった。 いい香りが食欲を誘う。 せっかくだ、貰ってしまおう。 ﹁⋮⋮はむ﹂ 144 おいしい。 香草で軽く香りをつけ、塩胡椒を振ったシンプルな味付けだ。 しばらく、こんな美味しいものは食べていなかった。 ﹁これ、旨いな。前から食べ歩きしてみたかったんだよね﹂ そういいながら彼もパクつく。 ホント、能天気な顔しちゃって。 思わず私も表情が緩む。 ﹁テシアもおいしい?﹂ ﹁わ、悪くないわ﹂ ﹁そっか、よかった﹂ ニコニコしながら私を見る。 そんな顔で見るのはやめて。 疑っていた私が汚れてるみたいで嫌だ。 ﹁あんまりジロジロ見ないでよ﹂ ﹁ご、ごめん﹂ どうせそこまで長い付き合いにはならない。 ぞんざいに扱っても構わないだろう。 ﹁俺はこれからギルドに行くけど、テシアはどうする?﹂ 145 ﹁⋮⋮えっと﹂ 少し躊躇ってしまう。 変に優しくされたからだろうか。 ﹁ギルドの前で待ってるわ﹂ ﹁あっ! まぁ、いいけど﹂ あと⋮⋮私の事、言わないでおいてもらえる?﹂ ﹁んじゃ、行ってくるね。すぐ戻ってくるから﹂ ﹁⋮⋮? 少し変な顔をされるが、了承してもらえた。 こんなの、ほんのちょっとの先延ばしなのだけど。 * * * * * * ﹁戻りました、クレアさん﹂ 本日﹃3回目﹄のギルド訪問だ。 ﹁お疲れ様です。精が出ますね、2回も依頼を受けていくなんて﹂ ﹁思ったより早くに終わったので。というか、この方法ちょっとせ こくないですか?﹂ 依頼内容はゴブリンの規定数以上の討伐。 146 出来高制で倒せば倒すほど報酬が上乗せされる。 更に規定数に達すれば、ボーナスが付く。 お昼に戻ってくるついでに報告し、今また報告してるわけだ。 規定数以上は倒したはずだし、ダブルボーナスである。 ﹁問題ありませんよ。ミコトさんは規定数より多く倒していますし、 少しも文句はありません﹂ ﹁そうですか、なら良かった﹂ ﹁それではカードの提示をお願いします﹂ カードを取り出して渡す。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ この数だとそれなりの規模の群 あれ、何かクレアさん固まってない? ﹁⋮⋮オーガを倒したんですか? れだと思いますが﹂ そうだ、オーガって割と強い魔物だった。 新米がいきなり討伐したというのはどうなんだろうか。 正直に伝えていいものかどうか迷う。 ﹁⋮⋮まぁ、いいです。オーガ討伐の報酬も出しておきますね﹂ 俺が悩んでいることを察したのかだろうか。 あっさりと流してくれた。 あ、ソラに倒させたと思ったのか? 147 ﹁他にもオーガはいましたか? まだ多いようなら、情報を広めて 討伐してもらう必要が出てきますが﹂ ﹁見つけたオーガは全部倒しました。軽く周囲を確認しましたけど、 他にはいなかったと思います﹂ ここはしっかり答えておいた方がいいだろう。 他の人を無闇に警戒させたり、危険に晒すのは気が引ける。 ﹁わかりました、一応警戒はしておいてください。無理の無い程度 に群れがいた周辺を見回っていただけると助かります﹂ カードを見られたらテシアの事もバレるのでは?と思ったが、大 丈夫だったようだ。 しかし、言わないでほしいっていうのは不思議な話だ。 どんな事情を抱えているかはわからないが、なるべく力になって あげよう。 かわいいし。 エルフっ子だし。 * * * * * * ﹁お待たせ。この後どうする?﹂ せっかくだ、一日こいつの好意に甘えてしまおう。 本当にお人好しみたいだし、頼めばなんとかなりそうだ。 148 あぁ、そっか。お金ないんだっけ。襲撃されたときに落と ﹁あの、さ。今日泊めてほしいんだけど﹂ ﹁え? したとか?﹂ ﹁そうなのよ、だから一晩でいいから泊めてほしいの。当てはある し、一晩だけしのげればいいから﹂ 本当は違うがそう言っておく。 ﹁いいよ、一日くらいなら﹂ ﹁ありがと、恩に着るわ﹂ よし、これで宿は確保。 もう一押しすれば食事にもありつけるかもしれない。 時刻は夕暮れ前。 ミコトに案内され、大きな宿屋に入る。 ﹁ご飯食べるよね?﹂ ﹁うん、申し訳ないけど頼める?﹂ やった、言うまでも無く奢ってくれるようだ。 ﹁ノエルちゃーん、注文いい?﹂ ﹁はいはーい⋮⋮あら、今日は女の子連れ?﹂ 149 ﹁たまたま縁があって﹂ ﹁ミコトさんも隅に置けないわね﹂ ﹁いやっ、そういうんじゃないから!﹂ 獣人のウェイトレスと楽しそうに話している。 周りにも割といろんな種族がいる。 差別が表に出てきていない街か。 ﹁じゃあ、それ2つね﹂ ﹁かしこまりましたー、ちょっと待っててね﹂ ウェイトレスが去ると、ミコトはほっと息をつく。 ﹁まったく⋮⋮意外といたずらっ子だな﹂ ﹁仲良さそうね﹂ ﹁悪くはないけど、ノエルちゃんが明るくて話しやすいってだけだ と思うよ﹂ ﹁そう﹂ 駆け出しと言っていたのに、まともな食事を人に奢れるほど余裕 があるのか。 物腰も柔らかいし、どこかの坊ちゃんが家を出てきたんだろうか。 しばらくしてなかなかに豪勢な料理が出てくる。 150 難しい思考は後にしよう、今は腹ごしらえだ。 奢りだし全力で食べてやる。 次にまともな食事にありつけるのがいつかわからないのだし。 ﹁⋮⋮ゴクリ﹂ 香ばしい香りのする焼き立てパン。 新鮮そうな野菜を盛り付けたサラダ。 大き目の切った野菜と肉を煮込んだシチュー。 遠慮しないで食べていいよ﹂ ︵お、美味しそうね︶ ﹁どうしたの? ﹁え、えぇ、頂くわ﹂ 促されてスプーンを手に取り、食事を始める。 恥ずかしいくらいにガツガツ食べていたと思う。 口に付いた汚れを指摘されたり、本当に恥ずかしい⋮⋮。 食事を誰かと一緒にとり、軽く会話を交わす。 ︵これが、普通⋮⋮なのかな︶ 私が手に入れられなかったもの、手に入らないもの。 料理を口に運びながら、少し感傷的な想いに浸る。 ︵もし、ミコトともっと早く会えてたら、違ったのかな?︶ もしもの話を今更しても仕方がない。意味が無い。 151 しかし、私もちょろくなったもんだ。 会って一日も経って無い男に、何を考えているんだか。 ﹁テシアは冒険者になってどれくらいになるの?﹂ ミコトの呼びかけに無意味で堂々巡りな思考を止める。 ﹁里を出てから結構経つわ。この国はまだだけど、他の2国はそれ なりに周ったと思う﹂ ﹁へぇ、それじゃ先輩だ。旅の話、聞かせてくれない?﹂ ﹁話⋮⋮ねぇ﹂ 私の旅なんて碌な事がなかったように思える。 ﹁どんなことでもいいよ。まだこの国も全然周ってないし、色々聞 きたいんだ﹂ 期待に満ちた眼差し。 きっと世界の醜さなんて知りもせず、夢みたいな世界を想像して るんだろう。 ︵私は、どう言えばいいんだろう︶ ここで世界の厳しさを教えてあげるのもいい。 だけど、今はこの期待に満ちた瞳⋮⋮私が旅を始めた頃のような 瞳を、曇らせたくなかった。 ﹁どこから話したものかしらね、まずは里を出た時の事からかしら 152 ?﹂ 慎重に、言葉を選んで話していく。 私が旅で得た知識を、そして見た景色を。 私の歪んだ主観が入らないように。 そして、数は少ないけれど楽しかった事を思い出しながら。 ﹁ホント、あの時は恥かいたわよ﹂ 何もあんな風に教えてくれなくても⋮⋮﹂ ﹁あはは、誰でも最初はそんなもんでしょ﹂ ﹁でも! ﹁それは笑い話にして酒の肴にしたかったんじゃない?﹂ ﹁全くいい迷惑││││││││││││││﹂ ﹁でもさ、それも楽しい思い出に││││││﹂ ﹁それは││││││││││││﹂ ﹁そういえばその時│││││││﹂ ﹁こんな話が││││││﹂ ﹁それは見てみた││││﹂ 最初は言葉を選んでた。 でも、次第にそんなことは気にしなくなって、自然と、楽しく話 していた。 あぁ、こんなに浮かれた気分になるのはいつ振りだろうか。 ミコトと話していて、わかったことがある。 ︵なんだ⋮⋮私の旅、案外楽しかったじゃない︶ 153 第13話 新たな生活 ﹁今日は疲れたでしょ、シャワー浴びる?﹂ 私は今、ミコトの部屋にいる。 古くはあるが綺麗に掃除してあり、居心地は良さそうだ。 いや、あの、私は後でいいわ﹂ それじゃ先に浴びてくるから﹂ ﹁へっ!? ﹁そう? そう言った途端にケープから何かが飛び出してくる。 ﹁あっ、出ちゃダメだって!﹂ ﹁スライム?﹂ そこには澄んだ青色のスライムがいた。 ミコトにじゃれつく様に身体を擦り付けている。 ﹁⋮⋮⋮⋮一緒に入る?﹂ ︵今、小声で﹃しゃべっちゃダメ﹄って聞こえたけど、どういうこ と?︶ 魔物は魔物使いと意思疎通がとれても、話すことは出来ないはず だ。 やはり何やら訳ありのようだ。 154 怪しくはあるが、ここでサヨナラというのも難しい。 ﹁紹介するね。この子はソラ﹂ ﹁︻使役︼も使えるのね﹂ ﹁個人的にはこっちが本職かなーと﹂ そう言いつつ、優しい顔をしながらスライムを撫でる。 そういえば、他種族の話にも妙に食 スライムの方もどこか嬉しそうだ。 ︵動物好き、いや魔物好き? いついてきてたような︶ 変わった物が好きな変人か。 それなら、私に親切にしたのも頷ける。 ﹁それじゃ入ってくるね﹂ ﹁え、えぇ、ゆっくりでいいわよ﹂ ガチャリと扉が閉まり、部屋が静かになる。 浴室の方では、扉一枚隔てて衣擦れや物音が聞こえる。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 一人になって、改めて自分の状況を認識してしまった。 ︵べ、別に怖くない怖くない。それに、ミコトなら大丈夫そうだし ⋮⋮︶ 155 タダでここまでしてもらえるなんて思ってない。 多分その⋮⋮お礼に男女のあれそれをする事になるんだろう。 ︵こんな売春婦まがいの事、するなんて思わなかったな︶ ベッドに横たわり息をつく。 お腹はいっぱい、綺麗で居心地のいい部屋、寝床は柔らかくて清 潔。 今の贅沢さと自分の境遇の差に、妙な気分になった。 ︵少し、休もう︶ * * * * * * ﹁ますたー﹂ ﹁うん?﹂ ﹁なんで、あのこ、いっしょ?﹂ 服を脱いでいると、人型になったソラが聞いてくる。 ﹁テシアのこと?﹂ ﹁うん﹂ ﹁んー、力になってあげたいから、かな?﹂ 156 ﹁むぅー﹂ ソラにはテシアを驚かせないために、しゃべらないよう注意して ある。 本当は姿も見せないように言ってあったけれど、スライム型なら 問題ないか。 ﹁ちょっと窮屈かもしれないけど、我慢してね﹂ ﹁うん、わかった﹂ 服を脱ぎ、腰にタオルを巻いてお風呂に入ろうと扉に手を掛ける。 ﹁ますたー、ますたー﹂ ﹁あ、はいはい﹂ そう言って手を差し出す。 ﹁はぁむ⋮⋮﹂ すると、嬉々としてソラは指先を咥える。 ﹁んちゅ⋮⋮くちゅ⋮⋮んむぅ⋮⋮﹂ 舌を這わせ、吸い付き、隅々まで舐めつくす。 相変わらず下半身に優しくない光景である。 ﹁ねぇ、ますたー⋮⋮﹂ 157 ﹁ど、どうかした?﹂ ﹁ほか、なめたい﹂ ﹁手以外もってこと?﹂ ﹁うん﹂ ﹁えーっと、それは⋮⋮﹂ 手だけでも割とヤバイのに、これ以上どこを舐めるというのか。 ソラの態度を見るに、性的なことをしても嫌がりはしないだろう。 性的ということを理解しているかどうかはさておき。 だが、無邪気にこちらを慕ってくる様を見ていると、どうにも踏 ん切りがつかない。 第一、今はテシアがいる。滅多な事は出来ない。 ﹁いや?﹂ ﹁嫌じゃないんだけどね。なんというかね、色々都合がね﹂ ﹁なめる、だめ、なら、だきつく、いい?﹂ ﹁⋮⋮まぁ、それくらいなら﹂ ﹁やった﹂ ソラは無邪気に笑うと、手を背にまわしてくる。 人とは違うぷにぷにと柔らかく、ひんやりとした感触。 158 しっとりとして肌に吸いつくようだ。 ︵うっ、妥協案として許したけどこれはちょっと︶ なかなかの大きさを誇る胸が、二人の間でムニムニと形を変える。 細い腕が背を撫でまわし、身体をこれでもかと密着させる。 ﹁はぁ⋮⋮っ﹂ ソラが熱っぽい声を出し、いつもの無邪気な感じとは全く違う雰 囲気を漂わせ始める。 少し身体を擦り付けてる感じもする。 ︵やばい、これは止めた方がいいな︶ もう終わり!﹂ ﹁も、もういいかな?﹂ ﹁もう、ちょっと﹂ ﹁はい、おしまい! 強引にソラを引きはがす。 今まで自分を捕えていた腕が肌を伝い、若干の快感を産む。 ﹁うぅ⋮⋮﹂ ﹁ほら、早くお風呂入ろう?﹂ ﹁うん﹂ 159 少しだけ恨めしそうな目で見られたが、素直に言う事をきいてく れた。 ︵しかし、ソラがあんな風になるなんてな︶ あれは明らかに興奮していた。 普段は子供みたいに無邪気だから、かなり動揺してしまった。 ︵風呂あがるまでに収まるかな⋮⋮︶ 自分の息子をちらりと盗み見つつ、シャワーのレバーを引いた。 * * * * * * ﹁おーい、お風呂入らなくていいの?﹂ ﹁ふぁっ!?﹂ ぼーっとしてたら寝てしまったようだ。 ﹁はっ、入るから待ってて!﹂ ﹁あ、うん。着替えはある?﹂ ﹁大丈夫﹂ 怪訝な顔をされたがスルー。 ︻アイテムボックス︼を使う。 160 いつものように小箱が出現し、中から着替えを取り出した。 ﹁おー、これが︻アイテムボックス︼か﹂ ﹁見たこと無いの?﹂ ﹁初めてだね。俺は︻マジックポケット︼使ってるし﹂ ﹁こっちも使えるようになった方がいいわよ。容量が大きいし﹂ 支度をしてそそくさと風呂場に行く。 髪ひもを解き、着古した服をごそごそと脱ぎすてる。 改めて服を見ると、傷や汚れでだいぶくたびれている。 ︵長いこと着てるもんなぁ、これ︶ 旅を始めてすぐ用意したものだったと思う。 自分の長い旅を表してるようで、感傷的になる。 ︵はやくシャワー浴びよ︶ シャワーのレバーを引き、お湯を出す。 ﹁はぁー⋮⋮﹂ 心地いい。 シャワーも久しぶりな気がする。 普段は身体を拭くだけだったり、水浴びで済ませていたから。 隅にあった石鹸を手に取り、身体を洗っていく。 161 ︵綺麗にしなきゃ︶ これから色々なところを見られ、触られるはずだ。 汚かったら恥ずかしい。 ︵⋮⋮︶ 抱かれるために身体を綺麗にする。 少しだけ、惨めな気分になってしまった。 ︵慣れないとな。これから散々こういうこともあるだろうし︶ 両手を壁について俯く。 頭を空っぽにして、シャワーを浴び続ける。 お湯は温かいはずなのに、まだ寒い気がした。 * * * * * * 部屋にガチャリと扉の音が響く。 ﹁お帰り、気持ちよかった?﹂ ﹁えぇ﹂ 透き通るような白い肌はほんのりと色づき、金色の髪は水気でキ ラキラと輝いているようだった。 子供っぽい見た目ではあるが、色気を感じさせる。 162 ︵これがお風呂上りの魔力というものか︶ ﹁何?﹂ ﹁なっ、なんでもありません!﹂ 少しジロジロと見過ぎてしまっただろうか。 落ち着け、紳士的に紳士的に。 ﹁ベッド使ってね。俺は椅子で寝るから﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ めちゃくちゃ﹃なにいってんだコイツ﹄って目をされた。 ﹁だって、女の子を床や椅子で寝させるわけにはいかないし。もち ろん一緒に寝るのもダメだし﹂ ﹁⋮⋮はぁ?﹂ ﹃なにいてんだコイツ﹄目線は継続中。 なにがご不満か、お姫様。 ﹁何を言ってるの?﹂ あ、ついに口にも出た。 どう答えていいものか悩む。何か配慮が足りなかっただろうか? ﹁あぁ⋮⋮そうね。そういう人だものね﹂ 163 ﹁えっと、何か変な事言ったかな? それとも何か足りなかった?﹂ ﹁ううん、十分よ。十分すぎるくらい。ごめんね﹂ テシアは薄く笑って俯く。 どっか調子悪かったりとか﹂ その顔は、どこか自嘲めいたものを感じさせた。 ﹁大丈夫? ﹁気にしないで。なんともないから﹂ 今度は穏やかな表情でこちらを見る。 ︵よくわからないけど大丈夫そう、かな?︶ あれだけ危険な目にあったのだ。何か思うことがあったのかもし れない。 深くは追求せず、そっとしておくのがいいだろう。 ﹁さっさと寝ちゃおうか。もう結構遅いはずだし﹂ 部屋は天井にある魔道具の照明のおかげで明るいが、窓から見え る外はだいぶ暗かった。 大きい白い月と少し小さい緑の月が、ぼんやりと辺りを照らして いる。 ﹁ん、そうね﹂ テシアはそう言うとベッドにもぐりこむ。 照明を消し、今日の自分の寝床である窓際の椅子に行く。 164 ︵どうしようかな、ケープを畳んで枕にするか︶ ソラ﹂ 木製のテーブルに直に突っ伏せるのは腕が辛そうだ。 ﹁どうかしたの? ケープを手に取ろうとすると、ソラがテーブルに飛び乗る。 何やら震えたり動いたりしている。 これがスライム流ボディーランゲージってやつだろうか。 ﹁枕になってくれるんじゃない?﹂ ﹁なるほど、その手があったか﹂ ソラが軽く跳ねる。 どうやら正解のようだ。 ﹁それじゃ失礼して﹂ やや身体を大きくしたソラの上に頭を乗せる。 ﹁あー⋮⋮これはいいわー⋮⋮﹂ ほどよい弾力と柔らかさ。低反発とか水風船とかとはちょっと違 う。 未知の心地よさだ。 思わず頭を擦り付けて堪能する。 ﹁ぷっ、あんまりやってるとソラちゃんが潰れちゃうわよ?﹂ 165 ﹁おおう、そうだった。ソラ、大丈夫?﹂ また軽く跳ねる。これくらいなら何ともないようだ。 可愛らしくて、つついたり撫でたりしてちょっと遊ぶ。 ﹁ねぇ、ミコト﹂ ﹁うん?﹂ 声に答えて、ベッドに横たわったテシアに目を向ける。 月明かりに照らされたテシアはとても幻想的で、美しくて、ここ が異世界なんだと改めて実感した。 いつまでも見ていたいという衝動を抑えて目を逸らす。 気を紛らわせるためにソラをムニムニと弄りながら次の言葉を待 つ。 ﹁まだ少し眠れなさそうなの。少し話さない?﹂ ﹁いいよ、俺もまだ眠くないし﹂ もう一度、テシアの旅の話を聞く。 酒場で話した時も賑やかで楽しかったが、今度は静かで穏やかで、 どこか心が安らぐひと時だった。 言葉を交わしながら﹃この時間は思い出に残るんだろうな﹄なん て思ったりして、眠くなるまでの時間を過ごした。 * * * * * * 166 早朝に目を覚ます。 まだ日も昇り切っていない。 ﹁んーっ⋮⋮はぁ﹂ 軽く伸びをして、窓際に目を移す。 小さな寝息を立てながら、テーブルに突っ伏すミコトの姿。 ﹁まだ起きなさそうね﹂ 少し残念であり、好都合でもある。 手早く身支度を済ませて部屋を出る。 階下の酒場にはちらほらと人影があるが、昼間と比べて酷く静か だ。 ﹁すいません﹂ ﹁はいはい、何でしょう?﹂ 昨晩ミコトと話していた獣人の店員に声を掛ける。 これで良ければお譲りしますけど⋮⋮﹂ ﹁花はありますか?﹂ ﹁花ですか? そう言って、飾っていた花瓶から白い花を1本抜き取る。 ﹁それで大丈夫です。ありがとう﹂ 167 ﹁いえいえ、いいんですよ。あ、食事とりますか?﹂ ﹁結構です、すぐに出なければいけないので﹂ ﹁そうですか、気を付けてくださいね﹂ 少女がにっこりと笑顔を浮かべる。可愛らしいし、きっとこの宿 屋の看板娘なんだろう。 早足で部屋に戻る。 もう起きてるかもなんて考えたけれど、ミコトは変わらず寝息を 立てている。 ﹁ま、いいけどね﹂ 小さく呟き、花をテーブルに置く。 ﹁⋮⋮ありがとう。さよなら﹂ 目頭がちょっとだけ熱くなったが、強く目を閉じてやり過ごす。 渦巻く感情を振り切るように背を向け、部屋を出る。 扉を閉じるその時まで、私の目はミコトを見続けた。 ﹁締めくくりには最高の一日だったわね﹂ 朝の静寂にかき消されるくらい小さな声で言う。 さぁ、行こう。 * * * * * * 168 ﹁おはようございます﹂ ﹁おはようございます、報告に来ました﹂ そう言って受付の女性にカードを見せる。 ﹁荷馬車は完全に破壊されていました。死者多数、生存者がいるか どうかはわかりません﹂ 淡々と報告を続ける。 ﹁もしかして、オーガの集団に襲われましたか?﹂ ﹁はい﹂ 情報が早い。 だいたいでいいので﹂ いや、あれだけの数だ。知られていてもおかしくは無い。 ﹁場所はわかりますか? ﹁森の中の道で、近くに川があって、道の脇で休憩してたんです﹂ 思いつく限りの場所の特徴を並べていく。 ﹁それだけわかれば十分でしょう。あとで調査に向かわせます﹂ 書類に書き込みつつ、女性は少し黙る。 169 ﹁⋮⋮この依頼に多額の賠償金がかかっているのは知っていますか ?﹂ ﹁はい﹂ 冒険者なんてそこらのゴロツキと変わらないものも沢山いる。 実力などでギルド側が選定はするものの、問題ある人物を省きき れるわけでは無いし、人が足りない時もある。 そういうやつらから荷を守るため、荷に賠償金をかける。 輸送依頼はおおむね高難度に分類される依頼だ。 安全な道を通りはするものの、野盗や魔物に襲われる危険は常に つきまとう。 不測の事態にあう可能性が高く、なおかつ失敗による賠償金とい うリスクがある。 これが高難度に分類されている理由。 代わりに報酬は高額だ。 ﹃まぁ、何も起こらないだろう﹄と高をくくり、移動ついでに受 けていく冒険者も少なくない。 ﹁支払いは可能ですか?﹂ こちらで紹介することも可 ﹁無理です。持ち物を全て売却しても足りないと思います﹂ ﹁そうですか⋮⋮借金などの伝手は? 能ですが﹂ ﹁ありませんし、結構です﹂ 170 きっぱりと答えると、受付の女性は目を伏せる。 ﹁そうなりますと、あなたを奴隷として売却して支払うことになり ます﹂ ﹁わかってます﹂ ﹁⋮⋮ごめんなさいね﹂ ﹁いえ、決まりですから﹂ ﹁では、こちらにお願いします﹂ もう疲れた。 路銀を稼ぎに駆け回るのも、馬鹿な男たちをあしらうのも⋮⋮借 金までして頑張りたいとも思わない。 もういい、もう終わりにする。 女性は奥の部屋に行くように促す。 私は黙って後をついていく。 ︵これも見たことの無い、新しい世界ってところかしら。ホント、 最高ね︶ 手続きはとんとん拍子で進んだ。 私は今、奴隷商店の一室で粗末なベッドに横たわっている。 171 なんとなく首を撫でる。 ︵奴隷、か︶ 首には奴隷の証である、首輪の様な黒い刺青。 ただの刺青のはずなのに、息苦しい気がした。 ︵変態ロリコン野郎に買われるんだろうなぁ︶ 私は小柄だし、特別能力が高いわけではない。 買う理由といったら、そういう用途だろう。 ﹁ミコトに処女あげとけばよかった⋮⋮﹂ あれが最後のチャンスだった。 金持ちな変態ロリコン野郎にされるよりはマシだろう。 ︵もったいなかったな。確かにそういう雰囲気ではなかったけれど︶ またミコトのことを考えている。 もう忘れないと辛いのに。 ︵あ、やばい、泣きそう︶ 目を閉じて、耐える。 ︵寝てしまおう。寝て、忘れよう︶ 毛布を被って身体を丸める。 顔を伝う水の感触に気付かないふりをしながら、眠りに落ちるま 172 でじっとしていた。 * * * * * * ﹁起きなさい﹂ 身体を揺すられ、重い身体を起こす。 私を起こしたのは商店で働いているらしき女性のようだ。 ﹁来なさい﹂ ﹁えっと、はい﹂ 軽く髪と服装を整えられ、部屋の外に連れて行かれる。 部屋の外には屈強な男が待っており、ぴったりとついてくる。 ﹁お客様には粗相のないように﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ ︵もうお買い上げですか、お早いことで︶ 黙って女性についていく。 まだ心の整理はできていないが、そんな時間を貰えるような自由 は無い。 女性はしばらく進んだところにある扉をノックし、中に入る。 ﹁失礼します﹂ 173 ﹁ご苦労。お待たせいたしました、ご覧ください﹂ 恰幅のいい男がソファに座っている。 ここの店主だったはずだ。人を売り払った金で肥え太っている。 ﹁なにぶん今朝来たばかりのものですので、不備があるやもしれま せんが﹂ ﹁いえ、気にしませんよ。希望通りの子だ﹂ ﹁ご希望でしたら、教育してからお引渡しいたしますが⋮⋮﹂ ﹁結構です﹂ 店主の向かいのソファには、やや小柄のフードをかぶった青年が。 ︵あれ、この人⋮⋮︶ ﹁それで、いかがでしょうか﹂ ミコト様は奴隷を持つのは初めてのよ ﹁えぇ、この子に決めます。手続きをお願いできますか?﹂ ﹁ありがとうございます! うですので、軽くご説明を⋮⋮﹂ 私の新しい生活は、思いもよらない方向に進み始めたのだ。 174 第14話 心の行方 ﹁ふああぁぁぁ⋮⋮﹂ 昨日夜更かししたせいで、だいぶ遅くに起きてしまった。 もう昼近いんじゃないだろうか? ﹁あれ、テシアは?﹂ ﹁早朝に出ていきましたよ﹂ 壁に立てかけておいたカナタが言う。 ﹁⋮⋮そっか﹂ せっかく出会えたんだし仲良くなりたかったが、仕方ない。 ふとテーブルを見ると、白い花が目に入る。 手に取り、しばらく眺める。 ﹁お礼に花を置いてくなんて、物語のワンシーンみたいだね﹂ ﹁勝手に出ていくのもどうかと思いますが﹂ ﹁ま、お礼が欲しくてやったわけじゃないから。助けになれたら幸 いだよ﹂ 部屋にあったマグカップに水を張り、花を生ける。 175 ﹁主は人が良すぎるかと。いつか騙されないか心配です﹂ ﹁あはは、気を付けるよ﹂ ︵可愛い子だったからよくしてあげただけで、そこまで善人ってわ けでもないんだけどな︶ ﹁ますたー、あのこ、いない?﹂ 睡眠中の平たい状態からいつものスライム型に戻ったソラが聞く。 ﹁うん、もういないからしゃべってもいいよ﹂ ﹁わかった﹂ すぐに人型に戻り、抱き着いてくる。 ﹁ごめんね、不自由にさせちゃって﹂ ﹁んーん、いい﹂ ゆっくりと頭を撫で、髪を手に取る。 一房ごとに細長いスライムになっていて、髪っぽくしているよう だ。 しばらくプニプニと弄ぶ。 ︵ゼリーみたいでちょっと美味しそう︶ この世界にそういうお菓子はあるんだろうか。 176 ﹁ふぐぅ﹂ いきなり口に指突っ込まれました。 戸惑いながらも視線で問いかける。 ﹁いつも、なめる、から、おれい﹂ いつも自分が舐めるから、それのお返しって事だろうか。 ほっそりとした柔らかい指が舌に押し付けられる。 ︵無下にはできないけど、この状況は⋮⋮︶ 美少女スライムの指を咥えるとか刺激が強すぎる。 少し吸ったり舌を這わせると、それに反応するように指を動かす。 ﹁ますたー、のんで、のんで﹂ ソラが興奮した様子で言うと、指先から液体があふれ出る。 ︵これ、飲んでも大丈夫なのか?︶ 味は特に無いし、水だとは思う。 ちょっと緊張しながら飲み込む。 ︵うん。特に問題ない、かな?︶ しかし、自分が飲む側とは思わなかった。 飲ませたいとかイケナイことは考えてないよ、ホントに。 でも飲む側は予想外。 177 ﹁んく⋮⋮んく⋮⋮﹂ 未だに溢れ続ける水を飲み続ける。 いつまで飲めばいいのだろうか。 ﹁っ⋮⋮ぁ⋮⋮ますたー⋮⋮のんで⋮⋮⋮⋮はぁっ⋮⋮﹂ ソラを見ると、水を飲み込む度に身体を震わせている。 その視線は俺の喉に釘付けで、少し怖い位に真剣な目だ。 もういいでしょ﹂ 慌てて指から口を放す。 ﹁ソ、ソラ? ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ソラは黙って服の裾を掴み、こちらの目を見つめ続ける。 その目はどこか虚ろだ。 ﹁ソラ、落ち着いて﹂ 極力優しい声音で呼びかける。 ﹁あっ﹂ ビクリと反応し離れて、ばつが悪そうに俯く。 怖がらせないようにゆっくりと近づき、頭を撫でる。 ﹁大丈夫。嫌だったわけじゃないから﹂ ﹁ごめん、なさい﹂ 178 ﹁謝らなくていいよ﹂ 今まで見せたことの無い沈んだ表情。 どうにかしたくて、思わず抱きしめる。 ﹁ますたー⋮⋮﹂ しばらくの間、落ち着けるように撫で続ける。 いつもと違う感じだったけど﹂ ソラもだいぶリラックスしてきて、身体を預け始める。 ﹁落ち着いた?﹂ ﹁うん﹂ ﹁それで、どうしたの? ﹁んと﹂ しばし考え込み、口を開く。 ﹁ますたー、のんで、うれしい、けど、あつい、くるしい、よく、 わかんない・・・﹂ 支離滅裂とまではいかないが、やや抽象的でわかりづらい。 見たところ、ただ興奮していたとも考えづらい。 ﹁ますたー、そら、どうなる⋮⋮?﹂ 不安げにこちらを見上げる。 179 ﹁大丈夫だよ。知り合いに相談してみる、何かわかるかもしれない し﹂ ﹁うん﹂ ソラの不安が和らぐように、強く抱きしめた。 ︵こんな顔させるなんて、主人失格だな⋮⋮。ハスクさんを探して 色々聞かないと︶ * * * * * * ﹁おそよう、ミコトさん﹂ いたずらっ子な笑みを見せながらノエルちゃんが言う。 ﹁おそよう。ハムエッグのセットをお願いできる?﹂ ﹁はいはーい﹂ 注文してから辺りを見回す。 ︵よく来るって言ってたし、もしかしたら︶ ほどなく目的の人物を見つける。 ﹁ハスクさん、おはようございます﹂ 180 ﹁おはよう、というよりこんにちわじゃないか?﹂ ﹁あはは、そうですね。ご一緒してもいいですか?﹂ ﹁どうぞ﹂ 許可を貰って向かいに座る。 ﹁ちょっと聞きたいことがあるんですがいいですか?﹂ ﹁うん、何かな﹂ ﹁ちょっと、この子の様子がおかしくて﹂ ﹁おかしい?﹂ スライム型になったソラを手に乗せながら、話を続ける。 ﹁なんて言ったらいいかな⋮⋮過剰に接触を求めるというか、その ご飯はちゃんとあげてる?﹂ 時の様子がいつもと違ってて。この子自身も戸惑ってるみたいなん です﹂ ﹁うーん、何か変わった事はあった? ﹁昨日半日くらい、ちょっと隠れててもらったくらいですかね。ご 飯もちゃんとあげてます﹂ ﹁それくらいならストレスにはならないかな。ご飯は具体的には何 をあげてるの?﹂ 181 ﹁水分と、あと魔力が必要みたいですけどあまり多くはいらないみ あー、なるほど⋮⋮﹂ たいです﹂ ﹁あっ! 納得したといった感じでハスクさんが声を上げる。 ﹁普段やってるから忘れてたよ﹂ ﹁何か特別な世話がいるんですか?﹂ ﹁魔物はね、︻使役︼を使われると身体の作りが変わるんだよ﹂ ﹁身体の作り?﹂ ﹁ただの魔物であれば、ほぼ周囲の魔力だけで身体を維持できる。 中には特定の物質を好むのもいるけどね﹂ ﹁この子の水分とかですね﹂ ﹁そうだね。︻使役︼を使われた魔物は、それに加えて主人の魔力 が必要だ﹂ ﹁魔力は周囲のだけで事足りるんじゃ﹂ ﹁﹃主人の﹄というのが重要だよ。︻使役︼で瘴気を払う、という 話は覚えてるよね?﹂ ﹁はい﹂ 182 ﹁瘴気が無くなった部分には、主人の魔力が入るんだ。詳しいこと は分かっていないけど、人間の魔力は魔物と質が違って瘴気への耐 性が強いんだ﹂ 魔物を蝕む瘴気。 こんなに大人しくて愛らしい子が、人を襲うようになるのだ。 人にも大きな影響があったら、ゾンビ映画も形無しなパニック状 態になるだろう。 ﹁つまり、この子を維持するために俺の魔力を与える必要があるん ですね。そうなると、多くの魔物の世話するのは大変そうだ⋮⋮﹂ 人外っ子ハーレムに暗雲が。 ﹁確かに大変だけど、﹃与える﹄というより﹃巡らせる﹄が正しい かな?﹂ ﹁巡らせる?﹂ ﹁感覚的だからはっきりとは言えないんだけど、魔物と自分を繋げ て魔力を流す感じかな﹂ ﹁それって、魔力を補給してることになるんですか?﹂ ﹁本当のところはわかってないんだよね。ただ、この方法で魔物は 維持できる。それは確かだよ﹂ 水を循環させて濾過するようなものだろうか? とにかく、解決策はわかった。 183 ﹁様子が違ったのは、ミコトの魔力を求めての事だと思う。身体か らも微量の魔力が出てるからね﹂ ﹁それであんなに⋮⋮﹂ ﹁もういいかしら、食事冷めちゃうわよ?﹂ ノエルちゃんがトレイをもって傍に立っていた。 ︵注文したのすっかり忘れてた︶ ﹁真剣に話してたから、入りそびれちゃって﹂ ﹁ううん、待たせてごめんね。いただくよ﹂ 答えてからふと思う。 ソラへの魔力補給を優先した方がいいんじゃないかと。 ﹁まだ大人しいみたいだし、大丈夫。ご飯を食べてから部屋でやっ てくるといいよ﹂ こちらの考えを察したようで、ハスクさんが一言入れてくる。 ﹁そうですね、そうします。少し待ってね、ソラ﹂ ﹁うん、わかった﹂ ソラをひと撫ですると、食事にとりかかる。 大丈夫とわかっていても、やはり気持ちは急いでしまう。 184 その日の朝食⋮⋮いや、昼食はだいぶ早めに終わった。 * * * * * * ﹁ソラ、いい?﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 私は今、マスターの目の前に立っている。 難しい話はわからなかったけど、マスターの魔力を貰えるようだ。 マスターから貰えるものはなんだって嬉しい。 だけど⋮⋮。 ﹁ますたー、そら、だいじょうぶ⋮⋮?﹂ 今朝のことがずっと頭にちらついていた。 私がマスターを傷つけるんじゃないかと不安で仕方ない。 ﹁大丈夫だよ﹂ そう言って頭を撫でてくれる。 私のあんな姿を見てなお、マスターは優しくしてくれる。 申し訳なさと共に、安心感が広がる。 ﹁どうやればいいのかな、とりあえず触る⋮⋮?﹂ マスターはそう言って、両手で包み込むように手を握ってくれる。 温かい。 185 ﹁ん∼、やり方もハスクさんに聞いてくれば良かったかなぁ﹂ マスターはやり方がわからないようだ。 私もどうやればいいのかわからない。 でも、何故かもっと触れたいと思った。 ﹁ますたー⋮⋮﹂ マスターの胸に飛び込む。 温かくて、私を包んでくれる胸だ。 ﹁あ、こんな感じ、かな?﹂ 身体がぞわりと波打つ。 内側を、深い快感が走る。 ﹁あっ⋮⋮ふぁっ⋮⋮!?﹂ 身体を清らかにしてくれる。 直感的にそう思った。 悪いものを押し流し、綺麗なものに変えてくれる。 何より、その流れるものがマスターだとわかる。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮あぅ⋮⋮⋮⋮んっ⋮﹂ ﹁え、ちょっと、大丈夫⋮⋮?﹂ マスターの心配する声が聞こえるが、反応している余裕がない。 汗を貰ったり、触れたりするのももちろん気持ちがいい。 186 でも、これは次元が違った。 身体中をマスターが流れ、そして満たされる。 その快感と幸福に、私は妙な声を上げて震える事しかできない。 ﹁も、もう止めた方が﹂ マスターがそう言って流れを止める。 私の身体は、想像以上に軽くなっていた。 あのどこかモヤモヤとした感覚が無くなり、すこぶる調子が良い。 ﹁ますたー⋮⋮﹂ 私は心も体も満たされて夢見心地だった。 まともに動けない私を、マスターはベッドに寝かせてくれる。 ﹁大丈夫?﹂ ﹁うん、だいじょうぶ、きもちいい﹂ ﹁そ、そっか﹂ マスターが少しだけ赤くなる。 どうしたのだろうか? ﹁気分は?﹂ ﹁とっても、いい。からだ、かるい﹂ ﹁そっかそっか﹂ 187 マスターが嬉しそうに笑う。 私もつられて顔が綻ぶ。 ﹁ますたー、だいすき﹂ 心に浮かんだ言葉をそのまま言う。 しゃべれるようになった良かった。 こうやって、はっきりと気持ちを伝えられる。 ﹁うん、俺も好きだよ﹂ マスターは少し照れた様子で言う。 私はもう、マスター無しではいられないだろう。 この快感と幸福を、マスターとの繋がりを実感してしまった。 この人とずっといよう。 この人をずっと守ろう。 私は幸せの中で、再び固く決意した。 * * * * * * ﹁少し休もうか﹂ ﹁うん﹂ ソラは俺の手を捕えて、頬に擦り付けている。 何はともあれ、ソラが元気になって良かった。 188 ︵あの反応は予想外だったけど︶ 明らかに快感を感じてる声、反応。 その後に﹃だいすき﹄なんて。 ︵心臓がバクバクしっぱなしだよ⋮⋮︶ ソラの行動は子供やペットのそれに近いが、見た目は美少女だし ちゃんと言葉を話す。 無邪気に慕われることが、ここまでの威力を発揮するとは。 ︵この子の気持ちは恋、なのかな︶ 決して出会うはずの無い相手と出会えた。 そして、その子から多大な信頼を寄せられている。 俺だって男だし、深い仲にはなりたい。 でも、今の俺にはこの子の気持ちがなんなのかわからない。 魔物として懐いているのか、子供のように慕ってくれてるのか、 それとも。 この先に進んでいいのか、決心がつかない。 ︵俺の﹃好き﹄は、どんな意味だ⋮⋮?︶ 自分で言った言葉の意味もわからないなんて滑稽だ。 心情とは反対の快晴の空を窓から見ながら、答えの出そうにない 思考に耽り続ける。 ソラがすくっと起き上がった。 ﹁起きていいの?﹂ 189 ﹁うん、へいき﹂ 元気よく立ち上がり、ベッドに腰掛けていた俺の手を引く。 ﹁いこっ﹂ 無邪気に笑顔を見て、少しだけ気持ちが晴れる。 ︵悩むのは後でいいか︶ これから一緒に過ごして、答えを見つけていけばいい。 今はそう思うことにした。 ﹁うん、行こうか。ちょっと遅くなったけど、一仕事くらいは出来 るかな﹂ こういう時は身体を動かしていた方がいい。 今日はいい天気だ、気持ちよく働けるだろう。 190 第15話 夢の続きを ﹁こんにちわ、クレアさん﹂ ﹁こんにちわ、依頼ですか?﹂ 今日も今日とてクレアさんの所へ。 ちなみにクレアさん以外にも受付さんはいる。 どの人もクレアさん並みの美人さんだ。 一人温厚そうなおじいさんもいるけど。 ﹁はい、ちょっと遅くなっちゃったんで簡単なやつをお願いします﹂ そこまで言って思い出す。 テシアも冒険者だ、ギルドに聞けばどこにいるかわかるかもしれ ない。 せっかくの出会いなんだから、出来れば仲良くなりたい。 小柄なエルフの冒険者なんですけ あんな別れ方したし、煙たがられる可能性もあるがその時はその 時である。 ﹁あ、ちょっといいですか﹂ ﹁はい?﹂ ﹁テシアって子知りませんか? ど﹂ ﹁⋮⋮それを知ってどうするのですか﹂ 191 ﹁へ?﹂ クレアさんの雰囲気がいつもと違うのに気づく。 いつもやや事務的ではあるが、今はもっと暗くて閉鎖的な雰囲気 を感じさせる。 ﹁いやその、ちょっと縁があって知り合ったんですけど、今どうし てるのかなって﹂ ﹁そうですか﹂ クレアさんは目を伏せ、思考をめぐらせているように見える。 悪いことをしたわけじゃないのに妙に緊張する。 ﹁彼女は奴隷になりました﹂ ﹁は?﹂ 静寂を破って最初に言った言葉は、予想外すぎた。 ﹁ま、待ってくださいよ。昨日普通に会ってて、それで、何で﹂ 混乱しつつも詳しく話を聞こうと詰め寄る。 ﹁テシアさんは依頼に失敗し、その賠償金を支払えませんでした。 なので、奴隷になりました﹂ ﹁賠償金って、そんな⋮⋮﹂ 192 ﹁重要な依頼にはよくあることです。覚えておいてください﹂ そんな簡単に奴隷になるものなのか。 昨日、あんなに楽しそうに旅の話をしていた子が。 ﹁⋮⋮彼女はどこにいるんですか﹂ ﹁何故知りたいんですか?﹂ クレアさんの感情の読み取れない視線に、少しだけ恐怖を感じる。 でも、ここで引くわけにはいけない。 ﹁こんなところで、彼女の旅を終わらせるわけにはいかないんです﹂ クレアさんの目を真正面から受け止め、見つめ返す。 あの子の旅を、あんなに楽しそうにしてた子の旅を、終わらせる わけにはいかない。 俺と会った後に依頼を受けて、失敗したとは考えにくい。 つまり俺と会った時点で依頼は失敗していて、こうなることがわ かってたってことだ。 ︵テシア⋮⋮︶ 違和感はあったが、魔物の襲撃のせいだと思ってた。 でも、違った。 ここで彼女を行かせちゃいけない。 離しちゃいけない。 俺が、何とかしないと。 ﹁はぁ⋮⋮わかりました。場所を紹介しますので﹂ 193 根負けしたように息を付き、クレアさんが口を開く。 ﹁ありがとうございます⋮⋮はぁぁ∼﹂ めっちゃ緊張した。 ﹁こちらが紹介状になります。場所は││││﹂ * * * * * * ︵奴隷、かぁ︶ 自分の生活とは縁遠い、別世界なもの。 それが今、そこにある建物で取引されている。 場所は街の南西部。 ここらはいわゆる﹃大人の街﹄だ。 昼間なのでまだそこまでの賑わいは無いが、アンダーグラウンド な雰囲気は感じ取れる。 ちょっと興味は惹かれるけど、今は急がなきゃならない。 ケープのフードを目深にかぶる。 ︵こういう所じゃ舐められたら終わりて言うしな︶ どこで仕入れた知識かよくわからないことを思いながら、建物に 近づく。 体格のいい男が立っている、大きな扉まで歩を進める。 男が少しだけ扉との間に身体を入れ、見下ろす。 194 ﹁紹介状はお持ちですか﹂ 言葉は丁寧だが、迫力と重みのある声だ。 黙って懐から紹介状を出す。 ﹁ありがとうございます。どうぞ﹂ そう言って扉を開けてくれる。 中は高級感の溢れる、西洋のお屋敷を思わせるような装いだ。 どの家具も高そうだし、絵や調度品もいくつか置いてある。 ﹁いらっしゃいませ、どの様なご用件でしょうか?﹂ 恰幅のいい男が声を掛けてきた。 ローブのようなものを着ており、ぱっと見でもよい服なのだとわ かる。 営業スマイルを浮かべつつ手を揉む姿は、いかにも商人という感 じだ。 ﹁奴隷を探している﹂ ﹁そうでございますか、ではこちらに⋮⋮﹂ 応接室らしき場所に通され、ソファに座って待つ。 ﹁わたくし、奴隷商人のファルムと申します﹂ ﹁冒険者のミコトだ﹂ 195 商人がカードを見せながら挨拶して来る。 カードには名前と職がちゃんと出ている。 ︵こういう風に映るのか︶ 自分もカードを出し軽く挨拶を済ませ、本題に入る。 ﹁どのような奴隷をご所望でしょうか?﹂ ﹁エルフの女性を﹂ ﹁エルフ⋮⋮耳長族でございますね﹂ 一般的には耳長族っていうのか。 エルフで通じてよかった。 ﹁少々お待ちください﹂ そう言って近くの下女に耳打ちする。 しばらく待つと、出て行った下女が何人かの女性を連れて戻って きた。 ﹁いかがでしょうか?﹂ ﹁⋮⋮これで耳長族は全員か?﹂ 女性は3人。 その中にテシアはいない。 ﹁耳長族は総じて見目麗しい姿をしているため価値も高く、常に在 196 庫は少な目となっております﹂ 確かにどの女性も美人と言って差し支えない。 顔は勿論、髪は艶やかで、身体も出るところ出てる。 白いネグリジェのようなものを着せられていて、少々目のやり場 に困る。 ﹁金は問題無いが、もう少し小柄なのはいないのか?﹂ ﹁そうなりますと⋮⋮﹂ 資金をちらつかせて探りを入れる。 ﹁今朝来たばかりの奴隷がおります。まだ教育前ですが﹂ このタイミングで別人ってことは無いだろう。 極力落ち着きながら口を開く。 ﹁その子を見せて欲しい﹂ ﹁かしこまりました、少々お待ちください﹂ ︵大丈夫だ、きっとテシアだ︶ 自分に言い聞かせながら待つ。 冷静を装っているとは思うが、心臓は馬鹿みたいに速く鳴ってる。 ノックが聞こえた。 ﹁入れ﹂ 197 ﹁失礼します﹂ 下女の後ろには⋮⋮テシアがいた。 ﹁ご苦労。お待たせいたしました、ご覧ください﹂ 先ほどの女性と同じような服を着せられている。 表情は沈んでいて、目は少し赤いように見える。 ︵テシア⋮⋮泣いてたのか?︶ ﹁なにぶん今朝来たばかりのものですので、不備があるやもしれま せんが﹂ ﹁いえ、気にしませんよ。希望通りの子だ﹂ 気持ちを押し殺しつつ、平然と答える。 ﹁ご希望でしたら、教育してからお引渡しいたしますが⋮⋮﹂ ﹁結構です﹂ 変なことをされちゃ困る。 ﹁それで、いかがでしょうか﹂ ミコト様は奴隷を持つのは初めてのよ ﹁えぇ、この子に決めます。手続きをお願いできますか?﹂ ﹁ありがとうございます! 198 うですので、軽くご説明を⋮⋮﹂ テシアは驚いたように顔を上げ、視線が合う。 ︵大丈夫だよ︶ 伝わるとは思わないが、視線に気持ちを込めて見つめる。 明らかに動揺しているようで、落ち着きがない。 ﹁所有者は奴隷に対して、どのような行為も制限を受けません。た だ、公序良俗に反することはお控えいただけると幸いです。奴隷を 使用した犯罪行為に関しましても、主人に責が問われます﹂ 予想以上にえぐい。 どのようの行為もって⋮⋮。 ﹁他者の奴隷への過剰な接触、損害を与えることは罪に問われます。 もちろん、所有者が許可した場合はこの限りではありませんが﹂ 俺が所有しておけばとりあえずの安全は確保できるか。 ﹁それと、奴隷は最低1年は奴隷から解放することができません。 無いとは思いますがご留意ください﹂ ︵一年かぁ、解放できればすぐにでもしたかったけど︶ ﹁最後に首輪についてご説明します﹂ 下女が持ってきたトレイには、何種類か色がある首輪が並んでい る。 199 ﹁奴隷に首輪をつけるのはマナーのようなものです。使い捨てるよ うならば必要ありませんが﹂ 言葉の端々がえげつない。 本当にそういった行為があるんだろうか。 今更ながら背筋が寒くなる。 ﹁黒は一般的なもの、赤は戦闘に関する奴隷のもの、青は国や領主 などが所有している奴隷の印です﹂ 街の西付近の店で、黒の首輪を付けた人が働いているのを見た。 あれは奴隷だったのか。 ﹁こちらの白いのは?﹂ ﹁こちらは愛玩用の奴隷に着けるものです﹂ ﹁愛玩用?﹂ ﹁いわゆるお気に入りというやつです。﹃手を出したらただじゃお かない﹄﹃相応の対応をするように﹄⋮⋮そういった意思表示にな ります﹂ ﹁⋮⋮なら、白の首輪を頼む﹂ ﹁白、ですか﹂ ﹁何か問題が?﹂ 200 ﹁白の首輪は、言うなれば所有者の圧力です。ミコト様はまだまだ 駆け出しのご様子。 白の首輪であっても、周りへ効果を発揮するかはわかりません。現 状で白の首輪を使っても、変に視線を集めるだけかと﹂ ﹁そうか。なら、白と黒両方頼む﹂ ﹁かしこまりました。ウィンドウを見ていただければ大体の事は分 かると思いますが、ご不明な点があればお気軽にお聞きください﹂ 名を上げればそれだけテシアの安全性も増す、か。 のんびりやるつもりだったが、もう少し本腰をいれて依頼をこな すことにしよう。 ﹁それでは、合計で11000オスクになります﹂ ︵たけぇ!?︶ 全財産の1割近くが飛ぶ。 ﹁随分と値が張るな﹂ ﹁なにぶん耳長族ですので﹂ ﹁⋮⋮仕方ないか﹂ エルフどんだけ高価なのさ。 確かに綺麗だけどさ。 金貨袋を出して支払う。 201 ﹁はい、確かに。カードを出していただけますか﹂ 俺が出したカードに、商人が自分のカードをかざすと一瞬光る。 ﹁取引完了いたしました。この奴隷はミコト様のものとなります。 こちらは首輪です﹂ 黙って二つの首輪を受け取り、白の首輪は︻マジックポケット︼ につっこむ。 テシアの近くに行き、黒の首輪をつける。 今彼女が何を思ってるかはわからない。 でも、まだ晴れない表情を早く何とかしたいと思った。 ﹁行くよ﹂ テシアに言って、店をあとにする。 ﹁ありがとうございました、またのお越しを﹂ 店の前まで見送りに来た商人の声を背に、そそくさと奴隷商店か ら離れる。 何か変 テシアがついてきているのを確認しながら、人目の無い路地裏に 入った。 ﹁⋮⋮どうして﹂ 振り返ると、ぽつりとテシアが言う。 ﹁はぁぁ∼、助けられてほんっとに良かった⋮⋮大丈夫? な事されなかった?﹂ 202 ﹁え、その、えっと⋮⋮﹂ フードをとってテシアの肩に手を置く。 テシアはまだ実感がわいていないようで、しどろもどろだ。 ﹁ギルドで聞いたらいきなり奴隷になったって聞いて、ホント、心 配で⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ミコトは、私が欲しかったの?﹂ 目を伏せ、呟くように言う。 気持ちを伝えたくて、急いで答える。 ﹁欲しいとか、そういうんじゃなくて、その﹂ 自分も落ち着きが無くなってることに気付いて、一呼吸置く。 凄い楽しそうに話してくれて⋮⋮この子の旅を終わらせ ﹁助けなきゃって思った。昨日、いろんな旅の話を聞かせてくれた でしょ? ちゃいけないって、そう思ったんだ﹂ テシアは顔を上げて、目を見開く。 ﹁1年間は奴隷になっちゃうけどさ、その間は俺が守るから。安心 して﹂ 何とか気持ちを伝えきって息を吐く。 肩に置いている手の感触が、この少女を助け出せたという事実を 感じさせた。 203 ﹁わ、私、ホントは旅で全然、いいこと、グス、無くて⋮全然、楽 しいとか、うぅ⋮⋮﹂ テシアは泣きながら話し始める。 ﹁でも、ミコトに、がっかり、してほしくなくて、グス、がんばっ て⋮⋮﹂ ︵そっか、俺のために⋮⋮︶ 彼女が話した旅のことを嘘だとは思わない。 辛い旅の中でも楽しかった事を探して、それを話してくれたんだ ろう。 ﹁うん、辛かったね。もう大丈夫だから﹂ 宥めるようにそっと抱きしめ、頭を撫でる。 ﹁ごめん、なさ、うぅ⋮⋮グス⋮⋮﹂ テシアの辛さが少しでも和らぐように頭を撫で続ける。 ひたすらに泣きじゃくる姿は、見ているだけで心が痛んだ。 この子に、二度とこんな思いをさせちゃいけない。 泣きやむまで宥め続けながら、テシアのこれからの旅が楽しくな るように祈る。 いや、祈るだけじゃダメだ。 俺が楽しい旅にしてあげないといけないんだ。 204 第16話 オシャレはお金がかかる ﹁もう、平気だから⋮⋮﹂ ﹁そう?﹂ 平気と言いつつも、テシアは離れない。 ︵そろそろ移動しないとな︶ 人目に付かない路地裏とはいえ、ここは歓楽街。 治安が良いとは思えない。 こんなタイミングで変な奴に絡まれても困る。 ﹁ねぇ、服買いに行こうか﹂ ﹁服?﹂ ﹁今の格好だと、その⋮⋮ね?﹂ テシアはまだ、奴隷商店で着せられたネグリジェのままだ。足に は編み上げのサンダルっぽいものを履いている。 白くて薄手の服に首輪。 アレな奴隷ですオーラが半端ない。 ﹁そ、そうね﹂ 女の子は買い物が好きというし、少しは気も紛れるだろう。 205 ﹁ソラ、出てきて﹂ ソラを外に出し、テシアにケープを羽織らせる。 ﹁⋮⋮ありがと﹂ 小声のお礼に頷いて答える。 スライム型のソラを肩に乗せ、テシアの手を引いて歩き出す。 俺の手の中にすっぽりと納まってしまう、細くて小さな手。 ︵こんなに小さいのに、一人で頑張ってたんだな︶ 今度はなんだろ︶ これからは俺が支えてあげないと。 ︵⋮⋮うん? チュートリアル以来見ていない告知ウィンドウ。 開いてみるとこのように表示された。 <称号獲得:初めての奴隷> SP+1 ︵あ、あんまり嬉しくない⋮⋮︶ * * * * * * 206 ﹁おばさん、この子の服見繕ってくれますか?﹂ 俺達は今、南大通りの洋服店に来ている。 装備を揃えた帰りに下着とかシャツの替えを買ったのもここだ。 ふくよかなおばさんと細身のおじさんが経営してる、小さいけど 雰囲気のいい店だ。 ﹁いらっしゃい。あらあら、ずいぶんと可愛い子ねぇ﹂ ﹁ど、どうも﹂ ﹁何かご希望はありますか?﹂ テシアでは無く俺に聞く。 奴隷だからだろうか。これがこっちの世界の普通なのかもしれな い。 ﹁冒険者なので多少丈夫で機能性のあるものをお願いします。あと はこの子の自由に﹂ ﹁はいはい。お嬢ちゃん、こっちにどうぞ﹂ ﹁えっと、はい﹂ テシアはおばさんに連れて行かれ、店の一角で服の物色をしてい る。 しばらくかかりそうだし俺も服を新調しよう。 ﹁お客さん高い買い物したな。あれって耳長族だろ?﹂ 207 隅の机で事務作業らしきことをしていたおじさんに声を掛けられ る。 ﹁確かに高かったですけど⋮⋮必要なことだったので﹂ テシアを見ながら言う。 おばさんと雑談しながら見てまわっていて、時々笑顔も見える。 ︵良かった、少しは落ち着いたかな︶ ﹁金は大事な時に使わないとな。そのために日頃稼いで貯め込んで んだから﹂ ﹁ですね﹂ テシアをちらりと見てからおじさんは続ける。 ﹁その、なんだ、世の中全部いいことで収まるなんてこたぁ無い。 過程はどうあれ、結果が丸くおさまってりゃいいんだよ﹂ ニカっと笑いながらおじさんが言う。 恐らく、こちらに何か事情があることを察したのだろう。 その飾りっ気のない笑顔を見て、自分の行動に少し自信が持てた。 彼女を助けるためとはいえ、﹃買う﹄という行為に若干の引け目 を感じていたのだ。 ︵さて、俺も自分の服選ばないと︶ 気持ちを切り替えて商品を見渡す。 208 どこまでを装備にし、どこまでを一般の服にするか少し悩んだが、 どうせ鎧とか着ないと思うので一揃え探すことにした。 ︵そもそも、普通の服と装備で何が違うんだろう︶ 灰色のズボンに目をつける。ケープより少し色が明るいか。 丈夫な生地の長ズボンで、膝上のサイドに小さなポーチみたいな ポケットがある。 左右の太ももには2本ずつ、足首に1本ずつ革のベルトが付いて いる。 たぶん武器やポーチを付ける場所だろう。足首辺りのは装飾か? 少々生地が固いが、履いてるうちにこなれると思う。 次は上着。 こちらはくすんだ茶色の長袖の物を選ぶ。 生地はやや厚手、内側と外側に蓋付きのポケットがある。 二の腕と手首近くには細身のベルトが付いている。 ︵とりあえずはこんなもんでいいかなぁ︶ 何故こんなに収納箇所付きの服を選んでいるのかというと、アイ テム使用時の利便性の為だ。 ︻マジックポケット︼を使っていて感じたが、あれはすぐにアイ テムを取り出すのには不向きだ。 なんというか、水槽の中に手を突っ込んでるような感じがする。 そこに沈んでいるアイテムを﹃探す﹄﹃引き寄せる﹄﹃取り出す﹄ という流れだ。 咄嗟に行動するにはちょっと遅すぎる。 ︻アイテムボックス︼は論外だろう。 箱出して取り出すなんて悠長なことしてられない。 209 ︵あれ、俊敏にまかせて素早く取り出したりできるかも?︶ だが、却下だ。 正直なところを言うとだ。 ︵アイテムをポーチからさっと取り出して使う⋮⋮カッコイイ!︶ ロマンは大事。 実用性は勿論だが、ロマンは欠かせない。 ロマンがあればモチベーションが上がる。 モチベーションが上がれば成果も上げやすい。 うん、俺は間違ってない。 ついでにベルトも選び、そこに付ける大き目のポーチも物色。 ︵この細長い収納部分はなんだろう?︶ だいたいのポーチには多かれ少なかれ縦長い収納スペースが付い ている。 冒険者必須のアイテムでも入るんだろうか。 そりゃポーション入れに決まってるだろ﹂ ﹁おじさん、この縦長いスペースって何ですか?﹂ ﹁ん? この細長いスペースにポーションとなると。 ︵あれだ、理科の実験の⋮⋮試験管か︶ とても薬っぽい。 210 飲んで大丈夫か?って気分になりそうだけど。 とりあえず大き目のポーチを一つと、ポーション用ポーチを一つ 選んだ。 テシアの方を盗み見るがまだ終わってないようだ。 ﹁おじさん、これ着てみてもいいですか?﹂ ﹁いいぞ、そこの奥の部屋を使ってくれ﹂ 隅のカーテンがかかってるところを指す。 ︵試着室とかあるんだなぁ︶ あんまり期待してなかったので驚く。 初めて試着室をつくった店ってどこなんだろうか。 カーテンの向こうは現実世界の試着室というより、小部屋に近か った。 いいんじゃないか!︶ まだ生地の固い服をちょっと苦労しながら着て、姿見の前に立つ。 ︵これは⋮⋮冒険者っぽいんじゃないか! 色彩は地味だが、そこがまたそれっぽい感じでイイ。 満足して試着室を出る。 ﹁おじさん、これお願いします。このまま着てくんで﹂ ﹁あいよ﹂ しめて86オスク。 他の服の値段と比べてみたが、ジャケットとズボンはちょっとお 211 高めだった。 いい素材でも使ってるんだろうか。 ︵テシアはもう終わったかな?︶ ﹁うーん、どうしたもんかねぇ﹂ おばさんの声のした方を見ると、困り顔をしてテシアを見ている。 ﹁どうかしました?﹂ ﹁いやね、この子に好みとか聞きながら服選んでたんだけど﹃安い 物でいい﹄しか言わないもんだから﹂ ﹁本当に十分ですから﹂ テシアは頑なな態度で言う。 ﹁遠慮しなくていいんだよ?﹂ ﹁⋮⋮ミコト、今ランクはいくつ?﹂ ﹁Eだけど﹂ ﹁あんたねぇ、新米なのに無駄遣いしないの!﹂ 怒られました。 ﹁ただでさえ私が増えてお金がかかるのに、こんなとこに拘ってら れないの﹂ 212 ﹁お金ならちゃんとあるから大丈夫だよ﹂ ﹁確かにちょっと奢れるくらいには持ってるみたいだけど、装備一 式とかこれからの食費とか⋮⋮﹂ ﹁手、出して﹂ ﹁何?﹂ ﹁いいからいいから﹂ 面倒なので全財産金貨袋に入れて手に置いてみる。 ﹁⋮⋮﹂ 目が点とはこのことだろう。 ﹁おばさん、金に糸目はつけないから最大限に可愛くて質のいい服 選んであげて﹂ おばさんはりきっちゃうわよー!﹂ ウィンクしながら言ってやる。 ﹁言ったね? おばさんはテキパキと服をかき集め、テシアに当てては﹃どっち がいい?﹄とか聞いてる。 テシアも観念したのか、おずおずと自分の意見を出しているよう だ。 213 まだ時間がかかりそうなので、俺はおじさんと雑談して暇をつぶ す。 ﹁へぇ、昔は冒険者だったんですね﹂ ﹁自分で言うのもなんだが、弓の腕前はなかなかのもんだぞ﹂ ﹁もしかしておばさんも?﹂ ﹁あぁ、あいつはバリバリの前衛職だ﹂ ﹁ていうことは、パーティ組んでるうちにってことですか﹂ ﹁まぁな﹂ 鼻をかきながら照れたように言う。 ︵いいなぁ、こういうの︶ 冒険を共にした仲間と恋をして、冒険を終えた後も店を開いて一 緒に穏やかに暮らす。 素敵な話だ。 ﹁終わったわよー﹂ 試着室でごそごそしていた二人が出てくる。 ﹁⋮⋮どう、かな﹂ ちょっともじもじしているテシアを見やる。 214 裾が燕尾のように尖った象牙色の長袖シャツ。その上に深緑のシ ョートベスト。 同じく深緑の短めのプリーツスカートを身に着け、下には黒のス パッツ。 足元はしっかりとした革のブーツで、黒いニーソックスも履いて いる。 ﹁おばさん、グッジョブ﹂ ぐっとサムズアップしておく。 おばさんもドヤ顔でサムズアップを返す。 ﹁とってもよく似合ってるよ﹂ ﹁そ、そう﹂ テシアはそっぽを向くが、長い耳が赤くなっていて照れてるのが バレバレである。 ﹁あと、ポーチも必要か。あっ、ベルトも忘れてた!﹂ おばさんはせわしなく言いながらテシアをポーチがある一角に連 れて行く。 テシアも﹃もう諦めた﹄と言わんばかりに大人しく付いていく。 黒いベルトと大き目のポーチ、ポーション用のポーチを選んだよ うだ。 ちなみにお値段はしめて223オスク。替えの下着などを考えて も結構お高め。 可愛さの対価としては断然安いけど。 女の子ってお金かかるんだなー。 215 第17話 装備は万全に ﹁次は装備だね﹂ 洋服店を後にした俺たちは、西大通りに向かった。 テシアの装備を揃えるためにギンガムさんの店に行くのだ。 ﹁テシアはどんな武器がいいの?﹂ ﹁基本的に長剣。弓も一応﹂ ﹁魔術は使える?﹂ ﹁少しだけ﹂ ﹁おー、オールラウンダーってやつか﹂ ﹁全部中途半端なだけよ。わざわざ聞かなくても見ればいいじゃな い﹂ ﹁え、見れるの?﹂ ﹁奴隷なんだから当たり前でしょ﹂ そういうものなのか。 ステータスウィンドウを開いてみると、タブが増えていてそこを 選ぶとテシアのステータスが出てきた。 216 名前:テシア 種族:耳長族 状態:正常 筋力:18 魔力:21 耐久:24 俊敏:26 ︵俺よりだいぶ強いな︶ 筋力と耐久が負けている。 女性に負けていい項目なのかとしばし悩む。 あと、精力と称号の項目が無い。 見えないものなのか、そういうもの自体が無いのか。 ﹁称号って知ってる?﹂ ﹁魔物が強くなるやつよね﹂ ﹁いや、魔物じゃなくて人に付くやつ﹂ ﹁お偉いさんから貰うような?﹂ ﹁えーっと、やっぱいいや﹂ テシアの表情からして、これは無いと考えるのが妥当か。 精力は⋮⋮聞くのはちょっとはばかられる。 217 LV2︼:︻一閃︼ ︵スキルも見とくか︶ <武器> ︻長剣の心得 ︻短剣の心得 LV2︼:︻烈風︼ LV1︼ ︻強撃︼ ︻短弓の心得 ︻強射︼ ︻水流魔術 ︻火炎魔術 LV2︼:︻矢︼︻壁︼ LV1︼:︻矢︼ LV1︼:︻矢︼ <魔術> ︻旋風魔術 LV1︼:︻身体強化︼ ︻付与魔術︼ ︻強化魔術 LV2︼ <補助> ︻隠密 ︻世界の受け皿︼ ︻魔力探知 ︻聴覚探知 ︻視覚探知 LV1︼ LV3︼ LV4︼ LV1︼ <探知> ︻気配探知 <生産> 218 ︵広く浅くって感じか︶ 俺より使える魔術の種類が多く、低レベルながら武器スキルも複 数ある。 探知スキルも万遍なくあるし、︻隠密︼ってのも気になる。 それと、見慣れないスキルがある。 ︻世界の受け皿︼:習得している探知系スキルが3LV分底 上げされる ︵3レベルって結構デカくないか?︶ テシア特有なのか耳長族特有なのかはわからないが、かなり強力 なスキルだ。 剣も弓も魔術も使えて、探知スキルが凄い。 テシアさんハイブリット過ぎないか? スキルLVは低いけど、これから鍛えたらかなり化ける気がする。 ウィンドウを見ながら歩いてるうちに、ギンガムさんのお店に着 いた。 ﹁ここが行きつけの店だよ。と言っても、この前来たばかりだけど﹂ ﹁ずいぶん寂れた店ね。大丈夫なの?﹂ 汚くはないが古びた印象であり、小ぢんまりとした路地裏の店。 219 心配になるのはわからないでもない。 ﹁大丈夫大丈夫﹂ 多分ね。 答えながら扉を開ける。 ﹁こんにちわー﹂ ﹁あっ、ミコトさんいらっしゃいませ!﹂ 作業をしていたシャイアちゃんが顔を上げ、元気に言う。 ﹁おや、奴隷さんを買ったんですね﹂ ﹁うん。ちょっと色々あって﹂ ﹁へー、ほー、ふーん﹂ シャイアちゃんがテシアの周りをグルグル回りながら観察する。 それで、本日のご用件はなんでしょ あっ、テシアが凄くうざいって顔してる。 ﹁えーっと⋮⋮﹂ ﹁おぉっと、失礼しました! うか?﹂ さっと居住まいを正して聞いてくる。 その辺はちゃんと商売人やってるんだな。 220 今師匠も呼んできまっす!﹂ ﹁この子の装備を一式お願いできるかな﹂ ﹁はいはーい! 元気に言い放って奥の部屋に走って行った。 ﹁騒がしい子ね﹂ ﹁ま、そこがいい所であり⋮⋮悪い所であったり?﹂ なんともフォローしづらくて言葉を濁す。 ﹁よう、兄ちゃん。毎度どうも﹂ ﹁こんにちわ、ギンガムさん﹂ 軽く会釈して答える。 ﹁この子の装備だな。なんか希望はあるか?﹂ 俺に視線を送って聞く。 ﹁テシア﹂ ﹁あ、うん﹂ 俺はテシアに視線を送り、希望を言うように促す。 ﹁長剣と、短剣もお願いします。あと短弓も見せていただけると。 鎧は軽めの革鎧で﹂ 221 ﹁長剣に短剣に短弓、軽めの革鎧な﹂ 復唱して確認すると、店の一角に飾ってあった長剣を手に取る。 飾り気のないベーシックな長剣で、刃はやや分厚い印象を受ける。 ﹁これはどうだ?﹂ テシアは手に取り、軽く上下させる。 ﹁⋮⋮ちょっと重いですね﹂ ﹁んじゃ、こっちはどうだ?﹂ 今度の長剣はさっきのよりも少し短めで、刀身も薄目だ。 ショートソードって感じだろうか。 ﹁うん、これくらいで丁度いいです﹂ ﹁少し前に作ったやつだから、ちと調整もできるがどうする?﹂ テシアがちらりとこちらを見る。 ﹁はい、お願いします﹂ 視線に答えて言う。 ﹁あいよ。次は短剣だな﹂ 木製のショーケースを開け、中の短剣を取り出す。 222 予備にひとつくら持っといたほうがいいぞ﹂ ﹁そこまで種類がねぇんだが、これで大丈夫か?﹂ ﹁はい、十分です﹂ ﹁兄ちゃんもどうだ? ﹁んじゃ、俺もこれお願いします﹂ さっきの短剣の隣に並んでいた短剣を指す。 ﹁あいよ。次は短弓な﹂ そばにあった弓が並んでいる棚を物色し、その中から一つを取り 出す。 木製とおぼしき弓は、表面は何かでコーティングされているのか 艶やかで高級感がある。 随所に付いている金具にも簡素ではあるが装飾が施されており、 ぱっと見でもいい物だとわかった。 ﹁ほれ、なかなかいい感じだろ﹂ ﹁確かにいい物ですけど、ちょっと良すぎな気が﹂ テシアがこちらをちらりと見る。 ﹁買っちゃえ買っちゃえ﹂ ﹁⋮⋮じゃあ、これで﹂ 223 俺の所持金を知ってガードが少し緩くなったのか、あっさりと購 入を決める。 武器は命を預けるものだし、あまり渋ってもいられないんだろう けど。 ﹁んじゃ、これに合わせて矢筒はこれでいいか。矢も付けとくな、 サービスだ﹂ ﹁ありがとうございます﹂ シンプルな明るい茶色の矢筒。 口の縁と底は金属で補強されており、さっきの弓と同じような簡 素な装飾が施されている。 ﹁あとは鎧だな。嬢ちゃんの合うのがあったかどうか⋮⋮﹂ テシアくらい小柄な冒険者は滅多にいないんじゃないだろうか。 身長は俺の肩位しかないし。 ﹁あったあった。小人族用だが構わんか?﹂ ﹁だ、大丈夫です﹂ 小人族というのがどういった種族なのかは知らないが、十中八九 小さいだろう。 顔が一瞬ひきつったところを見ると、やっぱり自分の身長気にし てるんだろうか。 テシアは受け取った鎧を試着していく。 胸当てにグローブ、肘と膝にもパッドみたいなのを付ける。 224 ︵ちょっとスポーツ選手っぽい︶ 最後に残ったのが靴だが、ここで思い当たる。 ︵ここで靴買うんなら、衣装店で買わなくても良かったんじゃ︶ 同じことを思ったらしく、テシアも微妙な顔をしている。 ﹁ま、まぁ、替えがあれば役に立つかもよ﹂ ﹁そうね、無駄にならないといいけど﹂ 装備品の方の靴に履き替え、今履いていた靴を︻アイテムボック ス︼にしまう。 つま先をとんとんと叩き、感触を確かめるように少し身体を動か す。 ﹁どう?﹂ ﹁うん、ぴったりね。着心地もいいし﹂ ﹁そいつぁよかった!﹂ ギンガムさんが髭モジャの顔を綻ばせる。 髭のせいであんまり顔が見えないのに、朗らかそうに見えるのが 不思議だ。 ﹁これお願いします。このまま着ていきますので﹂ ﹁あいよ。シャイア、矢を持ってきてくれ﹂ 225 ﹁はーい!﹂ シャイアちゃんが元気に答えて奥の部屋に行く。 今のうちに聞いておくか。 ﹁ギンガムさん、普通の服と装備の服って何が違うんですか?﹂ 店に並んでいる商品を見ると、普通の服と変わらないようなもの もある。 ﹁なんだ、そんなことも知らないのか?﹂ ちょっと驚いた感じで言われる。 ︵あー、これも常識っぽい感じか︶ しかし、ここで聞いとかないと今後困るだろう。 ﹃聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥﹄だ。 ﹁あはは、田舎者なのでどうにも知らないことが多くて⋮⋮﹂ そういうことにしておこう。 ﹁まずは耐久性だな。これは段違いだ﹂ 近くにあった兜を軽く叩く。 ﹁魔物の攻撃くらったら、いくら固い素材使ってもそれこそ紙切れ みたいなもんだ。装備ってのはちょっとした魔術で耐久力を大幅に 226 上げてるんだよ﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ 魔物というのはそんなに強靭なのか。 ﹁あとは付与魔術の燃費だな。ただの服に掛けたりすりゃ酷いこと になるぞ?﹂ ということは、付与魔術の維持は多少の消費があるらしい。 いざという時に攻 魔術のことも全然知らない。どこかで多少なりとも指導を受ける べきだろうか? ﹁兄ちゃんもグローブくらい着けたらどうだ? 撃避けになるかもしれないぞ﹂ ﹁装備ってことは付与も付けやすいんですよね?﹂ ﹁もちろんだとも。武器と防具に別々の付与して、特性をいかすっ てのも出来る﹂ ﹁ふむふむ、そういう使い方も⋮⋮﹂ ﹁ガントレットに付与して格闘だけで戦う変態もいるけどな﹂ そう言って呆れたようで笑う。 ︵格闘、そういうのもありか︶ ギンガムさんはガントレットを例に挙げたが、それなら靴にも出 227 来るはずだ。 そうなると、武器で戦いながらの補助としてはいいかもしれない。 習得スキルの候補として入れておこう。 ﹁そういや嬢ちゃんの服、上等なもんだがちっと強度が低いな﹂ ﹁強度?﹂ ﹁さっき言った装備の耐久力を上げるやつだ。装備とまではいかな いが、多少は良くできるぞ﹂ ﹁どれくらいかかりますか?﹂ ﹁ほんの一瞬だ。装備化しようってんなら一日は貰うが、素材を見 テシア﹂ るにちと中途半端になるかもな﹂ ﹁どうする? ﹁すぐ終わるならお願いします﹂ ﹁んじゃ早速﹂ ギンガムさんがテシアに近寄り、服に手をかざす。 すると、ベストに光が集まり発光する。 ﹁おー﹂ まさに魔術という光景に思わず声を上げる。 光は徐々に収まっていく。 見た目は特に変わらないが、ちゃんと強化できたんだろうか。 228 ﹁スカートもいっとくか﹂ ﹁お願いします﹂ 同じような現象が起こり、スカートも強化完了したようだ。 髭もじゃのオッサンが小さい美少女のスカートに手をかざす光景 は、若干危うい感じがするが言わないでおく。 ﹁シャツとかにもかけるか?﹂ ﹁いえ、そっちは替えが多いので﹂ ﹁うーん⋮⋮装備にすることのデメリットとかあります?﹂ 気になったので聞いてみる。 ﹁特に無いと思うぞ。強いて言うなら時間と手間と金ってところか﹂ 時間、手間、金ね。 ﹁強化自体にも多少の金は取るし、何より元の物の素材が強くない といけねえ。いい素材だと強化も難しいもんだから、強化で取る金 も増える﹂ 良い物を作ろうとすればするほどお金がかかるって事か。 その辺は現実と同じだな。 テシアが断ったのは数があるからというのもあるが、素材がそこ までいいものじゃないのも理由かもしれない。 229 ﹁ありがとうございます、勉強になりました﹂ ﹁なに、これくらいどうってことないさ。またわからねえことがあ ったらドンドン聞け﹂ 物を知らない新人としては非常にありがたい。 ここを見つけられたのは幸運だろう。 ﹁師匠ー、矢持ってきました!﹂ ﹁おう、お前は兄ちゃんたちの相手しててくれ。俺は剣の調整をし てくる﹂ ﹁了解でっす!﹂ ギンガムさんは剣を持って奥に引っ込んだ。 ﹁いやー、新人さんみたいなのに奴隷を買う余裕があったんですね﹂ シャイアちゃんが話題を振ってくる。 ﹁うん、少し臨時収入があってね﹂ ﹁装備をいいもの揃えていきますし、もしかしてどこかのお金持ち の息子さんだったり?﹂ ﹁いやいや、そんなことはないよ﹂ ﹁そうなの?﹂ 230 シャイアちゃんではなくテシアが聞き返してくる。 ﹁え、そんなに金持ちの坊ちゃんっぽい?﹂ ﹁変に物を知らないし、お金持ってるし、物腰もその辺の男とは段 違いだし﹂ 昨晩旅の話を聞いていた時に、世間知らずだってことは完全にバ レている。 ﹁そ、そんなに浮いてるかな﹂ ﹁浮いてると思います!﹂ ﹁浮いてるわね﹂ ﹁えー⋮⋮﹂ きっぱりと断言されて微妙な気持ちになる。 ﹁この先やっていけるか心配になってきた﹂ ゲンナリとした顔で言う。 ﹁ここで怒らないってのも浮いてますよね﹂ ﹁そこらの男だったら怒鳴り散らすくらいしてるわね﹂ ﹁マルカはいいですけど、中心地から離れた地方だとそんな感じで すよね﹂ 231 ﹁薄っぺらいプライドよね、ホント﹂ ﹁やですよねー、心の余裕ってのは無いのか!って感じです﹂ 女性たちの愚痴になってきた。 変なことされたら困る ﹁そういえば、テシアさんも気安い感じですよね。一応奴隷さんな のに﹂ ﹁まぁ、私は教育前の奴隷だし﹂ ﹁ほー、そうなんですか﹂ ちょっと気になったので聞く。 ﹁えっと、その﹃教育﹄ってのは何なの? と思って反射的に断ったけど﹂ ﹁奴隷の立場を教え込むってところかしら。あれはやっちゃダメ、 こういう時はこうしろっていう﹂ ﹁下手なことしたら﹃処分﹄されちゃいますからねぇ。直接的な非 は無いにしろ、店に対する心象も悪くなると思いますし﹂ こんな奴隷を売りやがって、みたいなところだろうか。 俺はともかく周りは⋮⋮﹂ 奴隷自身を守るためのものでもあるらしい。 ﹁えっと、大丈夫? ﹁それくらいは弁えてるわ。今は平気だと思ったからこうしてるだ 232 けで﹂ シャイアちゃん、ギンガムさんは大丈夫ってことだろう。 俺も疑い無くそう思う。 しかし、テシアの身を守るために俺自身も注意する必要があるだ ろう。 ﹁あ、そうだ。グローブ見せてもらっていい?﹂ ﹁はい、いいですよ。とりあえずそこの棚を見ててもらえますか? 私はサイズとか在庫とか細かい部分は把握し切れてないので⋮⋮﹂ ﹁うん、見せてもらうね﹂ 棚に置かれた多数の腕装備を眺める。 鎧甲冑と合わせるような重厚なガントレット、綺麗な装飾の腕輪、 革を主体に作られた簡単なグローブまで様々だ。 ︵重そうなのは論外、腕輪もちょっと頼りないって言うか俺には派 手すぎるし、そうなると革のグローブだよな︶ しかし、革だとちょっと頼りない感じもする。 元より軽装ではあるが、一部分くらい攻撃を凌げるような装備に したくもある。 かと言って、重いのも気になる。 ﹁うーん⋮⋮﹂ 悩ましい。 233 ﹁おっ、これちょっといいかも﹂ 手に取ったのは革製グローブにアームガードを付けたもの。 手と前腕中ほどまで覆う革製グローブ。 肘手前まで覆う半円筒形状の金属製装甲板。手の甲にも小さめの 装甲が付いている。 グローブ、装甲板共にベルトで固定可能。ベルトの金具も工夫さ れているようで、片手で簡単に締めたり緩めたりできた。 ︵ちょっと重いかな、もう少し軽いのがあるかギンガムさんに聞い てみよう︶ ﹁待たせたな﹂ 剣の調整を終えたようで、ギンガムさんが戻ってくる。 ﹁どうだ、嬢ちゃん﹂ ﹁はい、いいと思います﹂ 受け取った剣を軽く振り、テシアじゃ満足げな表情を浮かべる。 ﹁ギンガムさん、これのもっと軽いやつあります?﹂ アームガード付きグローブを軽く掲げて尋ねる。 ﹁ふむ、その手のだとこれか﹂ 装備を後ろの棚から出して机に置く。 グローブ部分は大差無いが、装甲が薄くて軽い。 234 アームガード部分は180度覆う半円筒形から、90度ほどの小 さな装甲に変わっている。 腕に着けてもそこまで違和感は無い。もちろんサイズもぴったり。 これくらいの重さは許容範囲、むしろこれから慣れなくてはいけ ないレベルだろう。 ﹁相変わらずいい物出しますね﹂ ﹁だろう?﹂ 茶目っ気のある笑顔で言う。 髭を蓄えてかなりゴツイ見た目をしているのだが、なかなかに似 合う。 ﹁これも買います﹂ ﹁いやー、最近儲かりますね!﹂ ﹁だなぁ﹂ ︵そんなに人来てないのかこの店⋮⋮︶ ﹁あっ、そんなに繁盛してないのかって思ったでしょう!﹂ 俺の方をビシっと指さしながらシャイアちゃんが言う。 ﹁まぁ、ちょっとだけ﹂ シャイアちゃんはなかなかに聡い子のようだ。 235 ﹁来る人は来るって感じなんですけどね。儲けが少ないのでいい素 材が仕入れられなくて、一段上の装備はあまり無いんですよ﹂ 素人目ながらも、装備の質もギンガムさんの腕もいいと思うのだ けど、それだけじゃダメらしい。 ﹁やっぱ表通りの大型店に取られちゃうんですよね、そこそこの装 備ってだけじゃ。質には自信があるんですけど、目立ちにくいって のが﹂ 上位の冒険者ならともかく、それ以外は細やかな配慮には気付き にくい。 そして、上位の冒険者が使うような装備の素材は仕入れられない。 ︵うーむ、悪循環ってやつなのかな︶ ﹁そうだ、素材の買い取りとかしてますか?﹂ ﹁そりゃもちろんやってるが、ギルドに持ってかなくていいのか?﹂ クレアさんから少し聞いたのだが、ギルドで素材を買い取っても らうと貢献度が効率的に上がるそうだ。 貢献度、すなわちランクアップに必要なポイントってところだ。 値段はそれなり。安い素材ならば店だと売れないし、手間の無さ や貢献度のためにギルドで売ることが多いそうだ。 ﹁ちょっと機会を逃しちゃって。せっかくなのでここで売っていこ うかなと﹂ 昨日はテシアの事で手一杯ですっかり忘れていたのだ。 236 ギンガムさん達には世話になっているし、これくらいは何てこと は無い。 ﹁それで、何の素材だ?﹂ ﹁ちょっと待ってくださいね﹂ ︻マジックポケット︼からオーガの皮を出して山積みにする。 しかもこの量!﹂ ﹁ちょっと価値はわからないんですけど、買い取れます?﹂ ﹁おぉ⋮⋮おぉ!﹂ 反応的に喜んでもらえたようだ。 ﹁かなり質のいいオーガの皮じゃねえか! ﹁きたーっ!﹂ ちょっと喜びすぎ。 ﹁こんなにいいのか?﹂ ﹁はい、いつもお世話になってるので。その代わり、装備の値段は 安くしてくださいね﹂ ﹁そりゃもちろんだが⋮⋮むしろこっちが払うことになるかもしれ んな﹂ ﹁え、そんなに高価なんですか?﹂ 237 ﹁オーガの皮自体はありふれた物なんだが、この質と量だからな。 しっかしこんなのどうやって⋮⋮﹂ ぶつぶつと言いながら素材を検分するギンガムさん。 ﹁オーガの皮ね⋮⋮﹂ テシアがぽつりとつぶやく。 ︵あ、そういえば逃げたことにしたんだった︶ この量のオーガの皮、自分が遭遇したオーガの群れ。 簡単に想像のつく事だろう。 ﹁まぁその⋮⋮ホントは倒してたんだよね﹂ ﹁助けてもらったんだし、文句は無いわよ﹂ 事も無げに言っているので、そこまで気にしてはいないだろう。 これから長い付き合いになるのだし、やはり色々と明かさないと いけないだろう。 ﹁倒すってもなぁ、倒し方がだいぶ綺麗じゃないとこうはならない と思うが﹂ ﹁倒し方で質が?﹂ ﹁あぁ、少ない攻撃で倒せばこういう素材は高品質なのが出る。丈 夫な素材とか例外はあるけどな﹂ 238 ︵ほぼ一撃で倒してたからか?︶ 手足を斬り落としたやつもいたが、多くは首を刎ねて倒していた。 ﹁やっぱりこっちが金払うことになりそうだな﹂ 素材の検分を終えたギンガムさんが言う。 差額はそれなりにあるんだが⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、装備と物々交換ってことで﹂ ﹁金はいらないって事か? ﹁いつもお世話になってますから。これからもよろしくって事でひ とつ﹂ ﹁なんか悪いな﹂ ﹁儲かりましたね!﹂ 装備を身に着け、身支度を整えた俺たちはギンガムさんの店を後 にした。 ﹁また来ますね﹂ ﹁おう、いつでも来い﹂ ﹁また素材持ってきてください!﹂ ﹁あはは、何か手に入ったら持ち寄るよ﹂ 239 シャイアちゃん、商売根性丸出しである。 240 第18話 お姉さんと変態 ﹁んー、あと揃える物あったっけか﹂ ギンガムさんを店を出た後、とりあえず西噴水広場に向かいなが ら考える。 ﹁一応ポーションが欲しいわね﹂ ﹁あ、そういえば買ってなかった﹂ ポーチだけ買ってポーションを買わないってのも滑稽である。 ﹁そういう店がどの辺にあるか知って⋮⋮無いか﹂ ﹁そうね、私も来たばかりだし﹂ ﹁んじゃ、ギルドでクレアさんにでも聞いてみようかな﹂ 話している内に西噴水広場にたどり着いたので、右に曲がる。 ここマルカは高い石壁に囲まれた四角い街だ。 街の中には東西南北に大通りが伸び、中心と外郭の中間くらいに 噴水広場がある。 その4つの広場を繋ぐように、円形に道が通っている。 大通りは勿論だが、この円形の道にも様々な店が立ち並んでいる。 綺麗な石畳に街灯もあり、雰囲気がとてもいい。 ここを歩くだけでもいいデートコースになるんじゃないだろうか。 241 ﹁えっと、テシアはどうする?﹂ ﹁入るわよ﹂ あの時、テシアはギルドに入らなかった。 理由はだいたい想像できるものの、一応確認する。 ﹁あの時は丁度いいカモが見つかったから、一日くらい遊んでたか ったのよ﹂ ﹁カ、カモって⋮⋮﹂ ﹁冗談。でも、もうちょっと警戒心持った方がいいわよ?﹂ ﹁ごもっともで﹂ テシアの悪戯っぽい笑顔に苦笑で答え、ギルドの扉を開ける。 時間が中途半端なせいか、人はまばらだ。 ﹁こんにちわ、クレアさん﹂ ﹁こんにちわ﹂ クレアさんはちらりとテシアの方を見るが、特に表情は変えなか った。 ﹁教えてくれてありがとうございました﹂ ﹁この判断がいい方向になるように祈るばかりです﹂ 242 ﹁はい、後悔はさせませんよ﹂ ﹁期待しておきます﹂ 薄っすらと笑みを浮かべてクレアさんが答える。 笑顔浮かべるとなかなかに美人だ。 もちろん、いつもの事務的な表情でも十分綺麗なのだが。 ﹁それで、今日はどのようなご用件ですか?﹂ ﹁ポーションが欲しくてですね、そういった消耗品はどの辺にあり ます?﹂ ﹁それなら街の北側にありますよ。魔道具など魔術に関連した大抵 のものは、北側にあります﹂ 東西南北でだいたいのジャンル分けが出来てるんだろうか。 ﹁ちなみに東側って何があるんですか?﹂ ﹁東は居住区が主ですね。多少飲食店や食料品店などもありますが﹂ 東が居住区、西が装備、南が雑貨や生活用品、北が魔術関連か。 ﹁それと、中心地に向かうほど高級店になりますのでご注意を﹂ ﹁はい、ありがとうございました。行ってきますね﹂ クレアさんにお礼を言ってギルドを出る。 243 ﹁さてと、どういうルートで行こうか﹂ ﹁真ん中を突っ切ればいいんじゃない?﹂ ﹁それでいいかな。高級店ってのもちょっと見てみたいし﹂ ﹁無駄遣いはダメよ﹂ ﹁わかってるって﹂ ﹁私は⋮⋮そうね、領主の館を少し見てみたいかも﹂ ﹁そういや俺も見てないな。こっからだと⋮⋮壁しか見えないな﹂ 街の中心方向を見ると、外郭の石壁ほどでは無いものの高い石壁 が見える。 壁の上から高い建物の屋根が見えている。 多分、あれが領主の館だろう。 城ってほどでもないが、だいぶ大きい建物だ。 * * * * * * 南噴水広場から北へ向かう。 しばらく歩いて気付くが、確かにお高そうな店が並んでいる。 一つ一つの店舗が大きいし、装いも外側の店と違って綺麗で高級 感がある。 商品も高級そうな服とか装飾品とか。コース料理が出るんじゃな いかって感じのレストランもあった。 244 マダム達が優雅にお買いものしてそう。あくまでイメージだけど。 俺はあんまり気にならないけど﹂ ﹁ちょっと居心地が悪いわね﹂ ﹁そう? ﹁やっぱお坊ちゃんよね﹂ ﹁だから、違うってばー﹂ 日本だったらこのくらい小奇麗な店は普通にある。 お金に余裕があるってのも少し影響してるかもだけど。 ︵やっぱ広いなぁ、この街︶ しばらく歩いて、やっと中心部にたどり着けた。 外壁が円形に領主の館を取り囲んでいるようだ。 ﹁外壁高くてあんまり見えないね﹂ 外郭の壁より低いと言っても、人から見れば十分に高い。 ﹁無防備だったら困るわよ。早く目的の物を買いに行きましょ﹂ 館を見たいとは言っていたが、出来ればって感じだったらしい。 ︵お偉いさんの住処なんて早々見られないか︶ 壁に沿って北側に周る。 北大通りは人がだいぶまばらだ。 245 中心寄りと言っても、南側はもうちょっと人がいた。 そして、俺はまたファンタジーの洗礼を受けることになった。 ︵これ何の店なんだろう。ていうか、どの商品も何なのか分からな いな︶ おそらく魔道具なのだろうけど、何に使うか検討がつかない。 水晶のような物、用途不明の機械っぽいの、見た目ただの箱みた いなのがずらっと並んでいたり⋮⋮。 ﹁魔道具がそんなに珍しいの?﹂ ﹁うん。何に使うのかすらわからない﹂ ﹁この辺のはほとんどお世話にならないからね﹂ ﹁やっぱ高級品なのか﹂ ﹁一般市民の日常生活には不要って事よ。私達が使う魔道具や消耗 品はもっと外側ね﹂ 謎商品を興味津々に眺めながら歩いていると、ほどなく北噴水広 場に到着した。 ﹁着いたはいいけど、どこに入ろうか。何か店の種類がだいぶある みたいだし﹂ 店先には大抵木製と思しき看板が下がっている。 売っている物の絵が描かれており、南大通りで店を探すのに役立 ったのを覚えている。 246 北側の看板は種類がある上に、看板の意味が分からないのもある。 ﹁こればっかりは見て回るしかないわね。看板を見て決めましょ﹂ ﹁そうだね﹂ ﹁あれが魔道具、あっちはポーション、こっちは薬草店ね﹂ 魔道具の看板は、四角の真ん中に八角形のマークが入っている。 ︵確かシャワーとかトイレにあった魔道具の宝石って、八角形だっ たよな。あれがモチーフか︶ ポーションは予想通り試験管に蓋をしたようなマーク。 薬草店は葉っぱが束ねられたマークだ。 ﹁あれは?﹂ 丸の中に小さな星形が書いてあるマークを指す。 ﹁あれは魔術結晶の店ね﹂ ﹁魔術結晶って?﹂ ﹁魔術を込めた結晶よ。使い捨てだけど、込められた魔術を発動で きる道具﹂ ﹁へー、そんなのもあるのか﹂ ﹁高いし効果も高くないから、保険みたいなものね。魔力を消費せ 247 ずに、詠唱も無く発動できるのは利点だけど﹂ ︵まだまだ知らないものが沢山あるなぁ︶ ﹁あれは何かな?﹂ 円形の道を少し入ったところにある店を指さす。 看板は円を重ねたようなマークが入っている。 ﹁あれは魔術関連の雑貨店みたいなものね。でも、あれって4重よ ね。珍しい﹂ 確かに円形の帯が4重になってるように見える。 ﹁魔法陣をモチーフにしたもので、主に四つの商品を扱ってるって マークなのよ。だいたい2∼3重なんだけど﹂ ﹁へぇ。置いてる商品が多いなら、とりあえずあそこに行く?﹂ ﹁入らないと始まらないしね。いいわよ﹂ 入ることに決めた俺たちは、早速店に向かう。 小さな木造の二階建てで、ちょっと古びた感じが木の温かみを感 じさせている。 扉や窓をはじめ、そこここに植物っぽい装飾が施してある。 小さい花が咲いているプランターなんかも置いてあって、かなり いい雰囲気だ。 ﹁綺麗なお店だね﹂ 248 ﹁だいぶ外観に気を使ってるわね。この店の店主、女性かしら?﹂ 何はともあれ、扉を開く。 小気味の良いベルの音と共にお店に入る。 ﹁いらっしゃーい﹂ 温和そうな年上の女性の声が聞こえる。 ︵テシアの予想は当たったみたいだな︶ カウンターに両腕を置きながらこちらを見ている女性が店主だろ うか。 他に店員は見当たらない。 飴色のふわふわとしたロングヘアー、同じく飴色のおっとりとし た垂目。 左の目元のホクロがセクシーだ。 そして何よりも目を引くのはそのスタイル。 有り体に言えば、ボンッキュッボンッである。 特に胸がすごい。大要塞である。 結構胸が開いた服を着ているので、殊更に強調されている。 ︵うわめっちゃ美人︶ 視界から癒されるような母性的オーラがある。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ︵あれ、何か固まってない?︶ 249 少しジロジロ見過ぎただろうか? その女性はこちらを見て、途中で動作を止めたかのように硬直し ている。 若干目を見開いてるような気もする。 ご、ごめんなさいね。どうぞ、ゆっくり見て行ってく ﹁あの⋮⋮?﹂ ﹁あっ!? ださい﹂ ︵そんなに不躾な視線だったかなぁ。気を付けよう︶ ﹁はい﹂ 軽く流されたので、今から謝ったりするのもちょっと気が引ける。 俺は店の棚に目を移し、商品の物色に集中するのだった。 * * * * * * ﹁暇ねー﹂ 元よりそこまで繁盛してる店ではないものの、このくらいの時間 帯は特に暇である。 カウンターに頬杖をついてぼーっとする。 ﹁お客さんも来なさそうだし、調合しちゃおうかしら﹂ 少し腰を上げた時、窓から二人組の人影が見えた。 250 店を眺めてるようだし入ってくるかもしれない。 ﹁よっこいしょっと﹂ 座りなおして待っていると、ほどなくして扉が開く。 小気味の良いベルの音と共にお客が入ってくる。 ﹁いらっしゃーい﹂ 愛想良く声を掛けて目を移すと、私は固まってしまった。 そう、入ってきた青年の姿を見て。 ︵き、きたあああああ!︶ 黒い髪に瞳、細身で背はやや低め、顔はそこそこ整っていて、温 和なオーラが見て取れる。 この子よ! 私の運命の人はこの子よ!︶ ぶっちゃけ見た目とかどうでもいいのだ。いや、軽視はしてない けど。 ︵ビビッときた! 一目惚れというやつである。 魔術雑貨店を営む私⋮⋮ロシェルトは、男運が悪いことが私の中 で有名である。 最初は冒険者をやめて店を始めて、しばらく経った時だろうか。 店に来た貴族冒険者に気に入られて、ちょくちょくお茶していた。 ある時、お屋敷に招かれ﹃いよいよ踏み出しちゃうのか!?﹄と 思ったが甘かった。 案内されたのは地下室。 251 鎖やいかがわしい器具に繋がれた女性が何人も。 いわゆる調教部屋である。 ﹁おいで、ロシェルト﹂ ﹁行くかぼけえええええ!﹂ 頭に来て大暴れし、お屋敷から逃亡。 その騒ぎで地下室がバレて、芋づる式に不正に奴隷を入手してい たのが発覚。 なんやかんやで家はおとり潰しになったらしい。 メンツの為か、私を見た人が少なかったからかわからないが、私 の方にとばっちりが来ることは無かった。 来ても消し炭にするだけだけど。 もう一つ衝撃的だったのが、年若い冒険者だ。 今目の前にいる青年よりは年上っぽく、がっしりした体型をして いた。 その割に甘いマスクをしており、この辺でも評判の青年だった。 アプローチを受けて満更でもなかった私は、家への招待を喜んで 受けたがしかし。 ベッドの上で多数の女性が絡み合ってる。 ﹁ロシェルト、君も﹂ ﹁燃え尽きろおおおおお!﹂ はい、またです。 その騒ぎで青年が複数の女性と懇ろな関係だと発覚。 妻や恋人が複数ってのはいい。そういう人間もいる。 252 ただ、いきなりそんなの見せるのはいただけない。デリカシーに 欠ける。 それに、相手が問題である。 ベッドで絡んでいた女性の一人が、私も良く話す奥さんだった。 良く行く食料品店の奥さん、パン屋のおばさんもいた。 身近で普通に過ごしてた人が、そんなことしてたって知ったのは 正直きつかった。 騒ぎになって後から分かったが、人妻だの恋人がいる女性だのも う爛れに爛れまくっていた。 ここまでの恋愛で鬱屈していた私に止めを刺したのは、可愛い少 年だった。 お買いものをしている時に知り合い、それからしばしば声を掛け てきた。 無邪気な笑顔が眩しくて、イケナイと思いながらも﹃ちょっとだ け!ちょっとつまむだけだから!﹄と家への招待を受け入れた。 そしてベッドで絡みあう複数の女性。 またか。またですよ。 ﹁お姉ちゃん、こっちに﹂ ﹁さよならあああああ!﹂ えぇ、壁を魔術でぶち抜いて全力逃走ですよ。 大穴開けたせいでベッドが大通りに丸見えになって凄い騒動にな った。 この子も大概な事に、他人の女性に手を出していた。 それが原因かどうかしらないが、その子は行方不明になったらし い。 決闘をふっかけられたのか、襲われたのかは知らないが。 253 正直もう興味無かった。 両親をちらと見たのだが、前見た時と比べて別人のように憔悴し ていた。 そりゃそうだ。子供がそんな問題起こしたら風当たりが強いじゃ 済まない。 ひっそりと引っ越ししていったと後から聞いた。 その後も、﹃ちょっといいかも﹄って思った連中はことごとく問 題児。 一つ幸運だと言えるのは、そこまで深い関係になっていなかった ことである。 未だに処女である。 そろそろ結婚したいなーなんて思ってるけど処女である。 ダメ男渡り歩きの結果、だいぶ恋愛にも慎重になってしまって、 気になる人も極端に減った。 そこで今回の青年である。 甘いマスクってわけでもない。 逞しいってわけでもない。 可愛らしいっていうのもちょっと違う。 名前も知らないし、言葉も交わしていない。 でも、直感したのだ。 ご、ごめんなさいね。どうぞ、ゆっくり見て行ってく ﹁あの⋮⋮?﹂ ﹁あっ!? ださい﹂ 自分が硬直していたのに気付き、とっさに答える。 254 ︵ロシェルト、落ち着くのよ。まずは相手の観察、そして好感度ア ップよ︶ ﹁はい﹂ 私がお嫁さんになってあげる ちょっと不思議そうな目を向けられたが、何とか誤魔化せたよう だ。 ︵待っててね、名も知らぬ青年君! から!︶ 255 落ち着くのよ、ロシェルト。まずは観察が大事︶ 第19話 表と裏の攻防戦 ︵良し⋮良し! ダメ男巡りで身に付いた習慣である。 見てくれがどんなに良くても、ちょっといいかもって思っても、 相手を観察するのは大事。 ︵む、奴隷持ちかぁ⋮⋮︶ 青年に続くように入ってくる少女。 その首には首輪がついている。 しかも、高価な耳長族。 早くも暗雲。 ︵うーん⋮⋮でもあまり奴隷っぽい感じがしないわね︶ 棚の商品を眺めながら、﹃これは何?﹄とか﹃これは何に使うの ?﹄とか青年が奴隷の少女に聞いている。 少女の方は結構物を知っているようで、質問に丁寧に答えている。 その姿は主人と奴隷のそれではなく、仲の良いパーティの会話と いう感じだ。 ︵仲が良いのはいいけど、良すぎるのも障害になるわね︶ 結構会話が弾んでいるようで、二人とも笑顔が見て取れる。 ︵ぐぬぬ、ここは割って入るべきかしら?︶ 256 観察する限り悪い人では無いようだし、少しくらい接触を図って もいいだろう。 ﹁何をお探しかしら?﹂ ﹁えっと、ポーションを。あと冒険者に役立ちそうなのがあったら﹂ ﹁冒険者さんなんですね。まだお若いのに凄いです﹂ ﹁い、いえ⋮⋮﹂ ︵いいッ!いいよその照れ顔ッ!︶ 興奮を押し殺しながら温和な笑顔を浮かべておく。 ﹁色々ご用意しますね、カウンターの方へどうぞ﹂ ﹁ありがとうございます﹂ ︵はぁん!お礼も言えるのね!素敵!︶ 我ながら何でもかんでも反応し過ぎと思うが、してしまうのだか ら仕方ない。 ﹁私はここの店主のロシェルトです。ロシェって呼んでくださいね ?﹂ ﹁冒険者のミコトです。まだEランクの駆け出しですけど。こっち はテシアです﹂ 257 ﹁テシアです。よろしくお願いします﹂ ﹁あらあらご丁寧に。確認しますけど、ポーションを飲んだことあ りますか?﹂ ﹁いえ、無いですけど﹂ ﹁それじゃあ、まずこれを飲んでみてください﹂ 棚から普通のポーションを出してすすめる。 ﹁えぇっと﹂ ﹁お代はいただきませんよ。あと、これは市販されている一般的な ポーションです﹂ ミコト君はちらりと少女を見る。 ﹁飲んでみるといいと思います﹂ ﹁そ、そう?﹂ ちょっと戸惑いながらもポーションを手に取る。 ︵あ、この子は知ってるな⋮⋮︶ 青年の視界の入らない位置で、少女は笑いを噛み殺している。 ﹁さぁ、一気にぐいっと!﹂ 258 ﹁はい﹂ 言われた通りにポーションをあおる。 ﹁⋮⋮!?﹂ 吹きだしはしなかったが、滅茶苦茶悶絶している。 そう、ポーションは物凄くマズイのだ。 薬と香料をドロドロに煮詰めたような強烈な香りと味。 初めてポーションを飲んで悶絶するのは、駆け出し冒険者の通過 儀礼みたいなものだ。 ﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮⋮⋮はあぁー⋮⋮﹂ 早く私で悶絶させたいっ!︶ やっと落ち着いたようで、大きく息を付く。 ︵あぁ⋮⋮凄いっ! ﹁なんていうか、凄いですね。ちょっと飲める気がしない⋮⋮﹂ ﹁ふふっ、大丈夫ですよ。確かに我慢してこの味に慣れる人もいま すけど、いい商品があるんです﹂ そう言って何本かのポーションを立てた小さな棚を出す。 透明度のある普通のポーションと違い、私のポーションは反対側 が見えない程度に濁っている。 果実を細かくペースト状にしたみたいな見た目だ。 ﹁私が特別に調合したポーションです。飲みやすいって女性に評判 259 なんですよ﹂ ﹁女性にですか?﹂ ﹁果実の味を付けてるんですよ。男性はあんまり好きじゃないらし くて⋮⋮﹂ 試飲してみない?﹂ ﹁俺は大丈夫ですよ、甘いもの﹂ ﹁本当? ﹁はい、飲んでみたいです﹂ ︵の、飲んでみたい⋮⋮私のを、飲んでみたいって⋮⋮ゴクリ︶ ﹁ふふふふ、じゃあスタミナリジェネでいいかな﹂ ﹁あれ、もしかして色が同じでも種類があるんですか?﹂ ﹁えぇ、そうよ。この丸いつまみが付いてるのがリジェネ、四角い のがリカバリ、八面体のがギフトよ﹂ 細い円筒状の瓶にはコルクの蓋が付いており、それに木製のつま みが付いている。 最初は開けやすいようにと付けられていた物だ。 どこの発案なのか、次第に種類毎につまみを分けるようになって いた。 ﹁へぇ、蓋にも凝ってるんですね﹂ 260 ﹁あらかじめ飲むのもあるけど、咄嗟に必要になる時もありますか らね﹂ ﹁確かにそうですね。考えられてるなぁ⋮⋮それで、それぞれの効 果の違いは?﹂ ﹁リジェネが長時間回復を促進するもの。リカバリは最初に速く回 復して、回復速度が徐々に遅くなるものです。すぐに回復できるの で緊急用ですね。ギフトは瞬時に回復するものです。効果が高い分、 身体への負荷が非常に高いです﹂ ﹁ギフトポーションの身体の負荷って、どの程度なんですか?﹂ あぁ、早くペロペロしたいぃ!︶ ﹁間を置かずに2本目を飲むとショック死しますよ﹂ ﹁しょ、ショック死!?﹂ ︵困惑した顔もかわいいよ! ﹁それくらい強烈な効果ってことです。一日開ければ問題ありませ んよ。使う状況にならないのが一番いいですけど﹂ 優しく言ってミコト君の困惑をほぐし、自分のポーションを差し 出す。 ﹁これはスタミナリジェネなので、大丈夫です﹂ ﹁そ、それじゃあいただきますね﹂ ︵ビクビクしてるミコト君もいいなぁ、私でビクビクさせたいなぁ︶ 261 一瞬躊躇したが、覚悟を決めたのか口を付ける。 ﹁んっ、凄い。おいしい⋮⋮﹂ ︵﹃おいしい﹄の一言がエロイと思う日が来るとは思いませんでし た︶ ﹁ジュースみたいですね。この味はオレンジ⋮⋮?﹂ ﹁えぇ、オレンジの果汁を使ってるんですよ。瓶、貰いますね﹂ ﹁あ、どうも。しかし凄いですね、ここまで味が変わるなんて﹂ ﹁長年の研究成果ですよ。ちょっと材料費はかさみますけどね﹂ ﹁1本いくらですか?﹂ そ ﹁リジェネとリカバリは1本10オスク、ギフトが12オスクです。 一般的なものより2オスク高いですね﹂ ﹁んー、この味の差で2オスクだったら小さいかな?﹂ ﹁ポーションは常用するものだし、そこそこ痛いと思うわよ﹂ テシアちゃんと相談を始めるミコト君。 ︵かなり口調が砕けてるなぁ、やっぱり懇ろな仲なのかしら? れにしては距離がそこそこ空いてるし⋮⋮仲の良い友人ポジション が妥当かしらね︶ 262 ﹁ロシェルトさん、もう一本試飲してもいいですか? あぁ、いいですよ。お代も頂きません﹂ ますよ﹂ ﹁え? 多分テシアちゃんに飲ませる気なんだろう。 ライフリジェネを出して渡す。 確かにおいしい﹂ お金も払い テシアちゃんは日に透かしたり、香りを嗅いだりしてから慎重に 飲む。 ﹁⋮⋮! ﹁でしょ。買いだと思わない?﹂ ﹁う、うーん⋮⋮﹂ もう一押しかしら。 ﹁まとめて買ったらお値引きしますよ﹂ ﹁それならまぁ⋮⋮﹂ ﹁うん、決まりだね﹂ ﹁ありがとうございます。種類と本数はどうしますか?﹂ ﹁俺はリカバリポーションを2本ずつ、ギフトを1本ずつお願いま す。テシアは?﹂ 263 ﹁えっと、各2本ずつで﹂ ﹁はいはい。合わせて288オスク、値引きして268オスクにな りますね﹂ ミコト君は事も無げに料金を出す。 自分ですすめておきながらだいぶ高いと思ったのだけど、気にな らなかったようだ。 それとも、どこかの貴族さん⋮⋮︶ ︵Eランク冒険者にしてはお金持ってるわね⋮⋮固定パーティに支 援してもらってるのかしら? 貴族と思って苦い記憶が思い起こされるが、抑え込む。 ミコト君はそんな子じゃない、絶対に。 ﹁他にも何か買ってく?﹂ ﹁この辺にしておきましょ。今はこれで十分よ﹂ ミコト君は気にしていなかったようだが、テシアちゃんの方は金 額の大きさを理解していたようだ。 色々話せないのは残念だが、この分ならまた来てくれるはずだ。 多分。 ポーション以外にも色々揃えてるから、時間があったら 次に繋げると思って、今回は大人しく引き下がろう。 ﹁そう? また来てね﹂ ﹁はい。ありがとうございます、ロシェルトさん﹂ 264 ﹁ロシェ、ですよ?﹂ ﹁い、いえ、会っていきなりそれは﹂ 照れてるミコト君最 ﹁私が言ってるからいーの。ほら、呼んでみて?﹂ ﹁その⋮⋮ロシェさん?﹂ ﹁はい、良く出来ました﹂ そう言いながら、頭にぽんっと手を置く。 触っちゃったああああ! ミコト君は真っ赤になって照れている。 ︵触っちゃった! っ高!︶ ﹁そ、それじゃっ、俺はこれで!﹂ ﹁はい、また来てねー﹂ 慌てた様子で出ていくミコト君に、私は手を振りながら答えるの だった。 * * * * * * ︵テシアちゃんにはちょーっと警戒されちゃったかな︶ 名前を呼ばせようとした所から、彼女の目が少し鋭くなっていた。 265 撫でた瞬間は特に険しくなっていたような気がする。 ︵ただの小さいお嬢さんって感じじゃないわね、経験はミコト君よ り上かしら︶ ﹁さてと﹂ 腰を上げて、店の看板を閉店状態に変える。 ﹁はぁはぁ⋮⋮ミコト君が口を付けた瓶⋮⋮﹂ 私は店の二階にある自室に戻り、ミコト君が試飲したポーション の瓶を手に取る。 ゆっくりと口に近づけ⋮⋮咥える。 ﹁くちゅ、んちゅ⋮⋮んく、はぁっ⋮⋮んっ﹂ ︵もう我慢できない!︶ 服を脱ぎ、下着姿になった私はベッドで身体を伸ばす。 熱くなった下半身に手を伸ばす。 ﹁あっ、はぁ、いぃ⋮⋮くぅ⋮⋮はっあっ⋮⋮﹂ ミコト君に触れた手で秘所を掻き回す。 今まで味わったことの無い興奮。 普段から自分で慰めてはいたが、こんなに気持ちいのは初めてだ。 ﹁これっ、すごっ⋮⋮はっ、くぅ⋮⋮⋮⋮んちゅ、れろ⋮⋮ぴちゅ ⋮⋮﹂ 266 瓶を口に咥え、想像する。 ミコト君が真っ赤になって困惑する顔。 彼の物を咥える私。 口に広がる味。 ビクリと反応するミコト君。 私は夢中で咥え、快感を送り込んでいく。 ﹁あっ、はぁっ、あっあっ⋮⋮くちゅ、んふっ⋮⋮あふっ⋮⋮﹂ ︵や、やだ、これ、止まんないかも︶ 身体を揺らし、蠢かせ、絡めながら秘所を掻き回す。 結局私は夜中まで自分を慰め続け、力尽きるように眠ったのだっ た。 * * * * * * ﹁結構遅くなっちゃったね。今日は何食べようかな﹂ 宿に戻ってテーブルにつきながら、テシアに話しかける。 ﹁私は簡単なのでいいわ。今日はあまり動かなかったし﹂ ︵確かに運動はしてないけど、境遇は激変だよなぁ︶ 彼女はつい今朝奴隷になったんだ。 正直、昨日会った時と様子はあまり変わらないのだけど。 267 ﹁いらっしゃーい⋮⋮あら、お仲間が増えたのね﹂ ノエルちゃんが来て、ちょっと目を見開く。 ﹁うん、色々あって﹂ ﹁そっかぁ、今夜はお楽しみだったり?﹂ ﹁ちょ、やめてってば﹂ やめてください、恥ずかしくて死にそうです。 ﹁あ、そういやベッドも一つだよな⋮⋮部屋増やす?﹂ ﹁⋮⋮はぁ?﹂ テシアさん、その目は結構傷つきます。 ﹁奴隷に部屋って、何言ってるのよ﹂ ﹁奴隷って言っても女の子でしょ﹂ 呆れた目で見られてます。心にグイグイきます。 ﹁ミコトさんって控えめって言うか破天荒って言うか﹂ ﹁えぇ、困ってますよ。全く﹂ ﹁いやいやいや、そんなに変な事言ってるつもりはないんだけど﹂ 268 ﹁んー、そういう扱い自体はいいとして、奴隷と離れるのはちょっ とね﹂ ﹁あー、それは確かに﹂ 宿屋の中で早々大事は起こらないだろうが、社会的に弱い立場だ。 何があってもおかしくは無いのかもしれない。 ﹁じゃあ、ベッドを一つ増やす形で﹂ ﹁いらないから。無駄遣いするなって言ったでしょ﹂ ﹁えー⋮じゃあ今夜からどうするの?﹂ ﹁別に、一緒に寝ればいいじゃない﹂ テシアさん大胆すぎます。 ﹁待って待って、それはちょっと﹂ ﹁何よ、嫌なの?﹂ ﹁嫌では無い、んだけど⋮⋮﹂ ﹁ならいいでしょ、早くご飯食べましょ﹂ ﹁あ、うん﹂ 押し切られてしまった。 269 あれ、これって結構ヤバイんじゃ。 気付いてその後反論するも﹃くどい﹄の一言で一蹴。 ノエルちゃんにもだいぶからかわれた。 あ、晩御飯のビーフシチューは美味しかったです、はい。 270 第20話 それぞれの想い ﹁あー、柔らか⋮⋮﹂ お風呂上りのラフな格好で、ベッドに身体を沈める。 奴隷商店のベッドとは比べものにならないほど居心地がいい。 ごそごそと中に潜り、快感を享受する。 ︵枕2個あるし︶ あのノエルとかいう子が気をまわしたんだろうか。 ︵なんかちょっと、エロイわね︶ 意味を知ってしまうと、それだけで性的な想像をしてしまう。 正直なところ、ミコトがいきなり﹃そういう事﹄をするとは思っ てない。 でも、もし求められたら⋮⋮。 ︵抵抗感も無く受け入れちゃうかもなぁ⋮⋮私ちょろい︶ ずいぶんと色々な事があったが、まだ会って二日である。 あんなに周りに警戒心を持っていた自分の感覚とは思えない。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 仰向けになり、額に手を置く。 自分の気持ちはわかっているつもりだ。 271 あんな風に助けてもらっちゃ、好きにならない方がおかしい。 ミコトの態度が偽りの仮面でないなら、これから好意は増してい くだろう。 ︵でも、私は⋮⋮︶ 私は奴隷だ。 奴隷相手に深い仲になるのは好ましくない。 なんでも﹃拒否権が無い奴隷と恋仲になるのは卑怯者﹄らしい。 元より人扱いしてないくせに。馬鹿馬鹿しい。 しかし、それが世間の目だ。 もしミコトが私に好意を持って、そういう関係になったとしたら ⋮⋮。 ︵きっと、﹃周りなんて気にするな﹄って言ってくれるんだろうな︶ だからこそ、私が一線を引く必要があるのだ。 気にしてないように装っても、傷つかないなんてことは無いだろ う。 ミコトが傷つくのは、私が我慢ならない。 だから私は、自分の心に枷をはめる。 自分の気持ちを見せないために。 大切な人を守るために。 私の気持ちなんてどうでもいい。 ただ、ミコトが笑っていてくれればいいんだ。 お風呂の扉が開く音がした。 ﹁⋮⋮えっと、ただいま﹂ 272 ﹁おかえり﹂ 少々緊張した面持ちで出てくるミコト。 薄着と上気した肌を見て、私の胸が高鳴る。 ︵い、今我慢するって決めたのに︶ 早くも心がグラついた。 ﹁その、ホントにいいの?﹂ ﹁だから、くどいって言ってるの﹂ ﹁わ、わかったよ﹂ お金が掛かるとか、本当はそういうのどうでもいいのだ。 せめて、少しだけでも温もりが欲しかった。 ﹁そうだ、寝る前に少し話しておくことがあるんだ﹂ ﹁え⋮⋮あ、うん。何?﹂ この雰囲気で﹃話したいことがある﹄というのは変な想像をして しまう。 たぶん、勘違いだろうけど。 ﹁これから長い付き合いになるだろうし、言っておかないといけな いかなって﹂ 273 ﹁う、うん﹂ 早く本題を話してほしい。 心臓が破裂しそう。 ﹁ソラのことなんだけどさ﹂ あー、はい。わかってましたよ。 そういう話じゃないってのは。 ﹁ソラ、人型に戻ってくれる?﹂ ﹁わかった﹂ ﹁え、何言って﹂ 小さなスライムの身体が膨らみ、やがて少女の形を作り出す。 身長は私と同じか、少し低い位の少女の姿だ。 人型のスライムなんて、思いつくのは一つ。 ﹁クイーンスライム⋮⋮なの?﹂ ﹁実はそうだったんだ。あと、しゃべれる﹂ ﹁確かに声が聞こえたけど、本当に⋮⋮?﹂ ﹁うん、ソラ自己紹介して﹂ ﹁ソラ。テシア、よろしく﹂ 274 ニコニコしながら挨拶するクイーンスライム。 およそ現実味を帯びない光景が、私の前にあった。 ﹁ちょっとカタコトだけどね、意味は十分伝わるけど﹂ ﹁れんしゅう、する﹂ ﹁期待してるよ﹂ そう言ってミコトがソラを撫でる。 ソラは、気持ちよさそうに目を細めていた。 ﹁あと、こっちもしゃべる﹂ ﹁ついでのように言われるのは心外ですね﹂ ﹁あはは、ごめんごめん﹂ ﹁え、ちょ、武器まで!?﹂ 壁に立てかけてあった剣から、響くような声が聞こえる。 ﹁この子はカナタ。ちょっと変わった武器で、召喚器っていうんだ﹂ ﹁よろしくお願いします﹂ ﹁え、えぇ、こちらこそよろしく﹂ ちょっとどころじゃない気がする。 275 ﹁ずいぶんと変わった集団に入っちゃったみたいね﹂ ﹁いやー⋮⋮あははは﹂ ミコトは困ったように笑う。 ︵所々違和感はあったけれど、この人何者なのかしら⋮⋮︶ ここまで入れ込んで、今更気にする事でもないだろうけど。 例えなんであれ、離れることはできないのだし。 ﹁えっと、もう遅いし寝ちゃおうか﹂ ﹁そうね﹂ ミコトは灯りを消し、恐る恐るといった感じでベッドに入ってく る。 ﹁し、失礼しまーす﹂ ﹁なにそれ、あなたのベッドでしょ?﹂ ﹁それはそうなんだけどね、ちょっとね﹂ 言わんとしてることは分かる。 特に追求せず、私は寝る態勢に入る。 ﹁ソラ、いっしょ、ねる﹂ ﹁うん、おいで﹂ 276 ソラもベッドにもぐりこみ、ミコトにくっつく。 どうやら、人型からスライム型に変わったようだ。 あの形の方が楽なんだろうか? ﹁⋮⋮ちょっと。何でそんなに端っこにいるのよ﹂ ミコトはちょいと押せば床に落ちるんじゃないかってくらい端っ こにいる。 ﹁いや、その﹂ ﹁取って食いやしないわよ。⋮⋮嫌がったりもしないから﹂ ﹁わ、わかった﹂ のそのそとこちらに寄ってくる。 ︵あ、いい匂い⋮⋮︶ 動く途中でふわりと流れた彼の匂いに、私は少しだけときめきを 感じてしまった。 ︵し、しっかりしろ。私︶ ﹁それじゃ、おやすみ﹂ ﹁うん、おやすみ﹂ ミコトは背を向け、動かなくなった。 277 しばらくすると。 ﹁すー⋮⋮﹂ ︵寝るの早っ︶ ものの数分である。 ゆっくりと身体が上下し、小さな寝息が聞こえてきた。 少し身体を起こしてソラを覗いてみたが、こちらも平たくなって 身動き一つしない。 ︵疲れてたのかな︶ 私もベッドに身体を預け、休息をとる。 ︵起きない⋮⋮よね?︶ 彼の背中に手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。 男性としては小さい背中も、どこか頼もしく見えた。 少しだけ、近くに寄る。 ︵あ⋮⋮やっぱり、いい匂いだ⋮⋮︶ ミコトの匂いに包まれた私は、すぐに眠りに落ちた。 しばらく感じたことの無い安心感に包まれた、幸せな夜だった。 * * * * * * 278 ﹁んっ││││はぁ﹂ ﹁おはようございます、主﹂ ﹁おはよ、カナタ﹂ 大きく伸びをして起き上がる。 日の傾きからして、そこそこ早い時間だと分かる。 隣では、可愛い寝息を立てて寝るテシアの姿。 ︵可愛いなぁ︶ いつ見ても綺麗だ。 ブロンドの髪がベッドに広がり、まるで一枚の絵画のようだった。 静かにベッドから降り、身支度を済ませる。 ︵案外緊張しなかったな︶ 多少寝つきが悪くなるかもなんて思ったが、そんなことは無かっ た。 これは俺の唯一の特技と言ってもいい。 寝つき寝起きが良く、なおかつ起きる時間もだいたい調節できる。 ︵まだ起きなさそうだなー︶ 身支度を終えても一向に起きる気配の無いテシア。 よく寝ているし、起こすのは少しはばかられる。 色々あって疲れているだろうし。 ﹁ん⋮⋮ますたー、おはよ﹂ 279 ﹁おはよ、ソラ﹂ ソラはぷるぷると震え、ゆっくりと人型に形を変える。 ﹁静かにね。テシアがまだ寝てるから﹂ ﹁うん、わかった﹂ 寝起きのゆるゆるとした表情のソラに、指を突きだす。 ﹁ソラ、俺は朝食とってくるから先に﹂ ﹁うん、ありがと﹂ ︵寝ぼけてるなぁ、これは︶ ゆっくりと指を咥え、ちゅーちゅーと吸う。 ここ何日か続いた濃厚な舌技は披露されなかった。 ﹁テシアに付いててくれるかな。そんなに時間はかけないから﹂ ﹁わかったー⋮⋮﹂ ぼんやりとした返答に苦笑で答えつつ、カナタを腰に付けて部屋 を出た。 * * * * * * 280 ﹁そういやカナタって寝るの?﹂ ﹁寝ませんよ﹂ ﹁夜暇じゃない?﹂ ﹁これが普通ですから﹂ ﹁そういうもんかね﹂ 階段を降りながらカナタと会話する。 だいぶ早い時間だと思ったが、食堂にはそれなりに人がいた。 ﹁あ、ロドックさん。おはようございます﹂ ﹁ん、新米か。おはよう﹂ 朝食をとっていたロドックさんを見つける。 俺も最近お世話になっているハムエッグのセットを食べていた。 ちょっと量が多めのようだが、そういう注文もできるんだろうか。 ﹁ロドックさんってここに泊まってるんですか?﹂ ﹁あぁ、308号室だ﹂ ﹁俺は204号室です﹂ ﹁何かあったら声かけてくれ﹂ 281 ﹁はい、ありがとうございます﹂ 意外に近くに住んでいた。 こんだけいい宿なら、そりゃ泊まりたいか。 この宿は3階プラス小さな4階で出来た大きな建物で、1階は食 堂兼酒場になっている。 どこだ﹂ ﹁ロドックさん、寝癖ついてますよ﹂ ﹁うん? ﹁左の後ろの⋮⋮﹂ ﹁ここだよ、ロドック兄さん﹂ ﹁む、エイティアか﹂ 少し茶色っぽい黒髪をショートカットにした女性が、ロドックさ んの頭を押さえる。 目はパッチリしていて愛らしく、明るい笑顔を浮かべている。 ﹁まったく、もうちょっと身だしなみに気を使わないと﹂ ﹁あぁ、そうだな。うん﹂ ︵完全に聞き流し態勢だな︶ ﹁あ、初めまして。私エイティアっていいます。ロドック兄さんの 未来の妻﹂ 282 ﹁違うからな﹂ ﹁ぶぅー﹂ なにやら微笑ましい展開が。 ﹁俺はミコトです。冒険者やってます﹂ ﹁ロドック兄さんと同業かー。兄さんにお世話になったクチかな?﹂ ﹁えぇ、そんな感じです﹂ ﹁さっすが面倒見がいいね。妻として鼻が高﹂ ﹁違うからな﹂ ﹁ごーじょー﹂ ﹁あはは⋮⋮﹂ ︵お邪魔かな、これ︶ ﹁ミコトさん、ご注文は?﹂ ﹁あ、えっと、ハムエッグのセットで﹂ ﹁はーい、ちょっと待っててね﹂ そう言うとパタパタと厨房に駆けて行った。 283 ﹁すまんな、騒々しくて﹂ ﹁元気でいいじゃないですか﹂ ﹁そう言ってくれると助かる﹂ ロドックさんは困ったような笑顔で言う。 普段はキリッとした表情をしているので、ちょっと驚いた。 ﹁妹さんですか?﹂ ﹁いや、同じ孤児院の出だよ﹂ ﹁孤児院ですか﹂ ﹁俺を追いかけて孤児院を出てきたらしくてな、全く困ったもんだ よ⋮⋮﹂ ﹁独り立ちできてるならそれでいいんでは?﹂ ﹁理由が問題なんだよ﹂ 彼女の態度からして、十中八九そういうことだろう。 ﹁⋮⋮ロドックさん自身は、どう思ってるんです?﹂ ﹁嫌ではない。ただ⋮⋮職業柄、責任を取れるとは言えないからな﹂ ロドックさんはどこか遠くを見るような目をする。 少なからず、エイティアさんを想っているのだろう。 284 ﹁冒険者になった理由、聞いてもいいですか?﹂ ﹁孤児院に金を送っている。小さいころから世話になっていたから な﹂ ︵見た目通り、しっかりしてる人なんだな︶ 現実世界のそれに近い、責任感のある考え方。 少し親近感を覚えた。 ﹁なんか、立派ですね﹂ ﹁そうでもない。自分に出来る事をしているだけだ﹂ 共感というか、敬意を感じてしまう。 俺も﹃出来る事をしたい﹄とは思っていたけど、ずっと出来てい なかったから。 この世界で、俺は変われるだろうか。 何か出来るのだろうか。 まだ、ほとんどわからない。 ﹁はーい、お待たせしましたー﹂ エイシアさんの声で思考を止める。 今は考えても仕方ない。 いっぱい食べて、体力つけて、それで頑張るしかないだろう。 * * * * * * 285 ﹁起こしてくれてよかったのに﹂ ﹁よく寝てたからね、ちょっと忍びなくて﹂ テシアは憮然とした顔で朝食を口に運ぶ。 ﹁ふわぁ⋮⋮大丈夫よ﹂ ﹁大丈夫に見えないんですが﹂ ﹁大丈夫なの﹂ 時刻は昼前。 俺は今、テシアの遅めの朝食に付き合っている。 全然起きる気配が無いので、ノエルちゃんに頼んだ果実のジュー スを飲みながら、のんびり部屋で待っていたのだ。 そしてこんな時間に。 ﹁さ、流石にこれは寝過ぎでしょ﹂ 一度怠けると、動けなくなるわ ﹁別に急ぎの用事も無いんだし、いいんだよ?﹂ ﹁こういうのは普段が大事なの! よ﹂ ﹁わかったわかった。今度からちゃんと起こすから﹂ ﹁べ、別に自分で起きられるし⋮⋮﹂ 286 拗ねた表情が何とも可愛らしい。 ほっこりしました。 ﹁それで、今日はどうするの?﹂ ﹁そうだなぁ。軽く依頼を受けてみて、テシアの実力を把握したい かな﹂ ﹁わかったわ﹂ ﹁あ、ゆっくり食べていいからね。ノエルちゃん、ジュースおかわ り﹂ ﹁はいはーい﹂ ﹁⋮⋮すぐ終わるから﹂ ﹁はいはい、ゆっくりね﹂ このジュース美味しいな。 どんな果物使ってるんだろ? 287 第21話 現実と夢 ☆ ﹁やあっ!﹂ テシアの剣がゴブリンに振り下ろされる。 何度か剣を受けてふらついていたゴブリンは、その深い斬撃を受 けて倒れた。 ﹁うん、1体なら問題ないね﹂ ﹁このくらい当然ね﹂ 俺達はギルドでゴブリン討伐の依頼を受け、マルカ南の森に来て いる。 マルカの南は草原になっており、しばらく行くとなだらかな上り 坂、そしてその上に広大な森が広がる。 南側一帯、遠くに見える山々の麓までぎっしりと木が生えている。 ﹁じゃ、次の探そうか。複数体の相手も試してもらおうかな﹂ ﹁わかったわ﹂ 森の境をゆっくりと歩く。 ゴブリンは森の浅い部分に出没する。 時折森から出てくることもあるそうだ。 奥に行くと大きな群れがいることもあるそうだが、今回は様子見 だ。 288 ﹁いた。数は⋮⋮3匹かしら﹂ 森の境にある茂み、その近くにゴブリンの群れを見つける。 ﹁うん、そうだと思う。一体倒して注意を引くから、後はお願い﹂ ﹁わかったわ﹂ ﹁ソラ、なに、する?﹂ ケープの中から声が響いてくる。 ﹁一応警戒しておいて。不意打ちとかされたら困るからね﹂ ﹁わかったー﹂ 言うが否や俺は駆け出し、手前側にいた一匹に接近する。 逆袈裟に振るったカナタは易々とゴブリンを切り裂き、胴体と両 腕がバッサリと切断された。 相変わらずの豆腐な手応えである。 ﹁ギャ!?﹂ ﹁ギャア!﹂ 前触れも無く仲間が倒され他2匹が騒ぐが、素早く森を抜けて下 がる。 案の定追ってきており、森の外に出てきた。 ﹁テシア!﹂ 289 ﹁わかってる!﹂ 俺とゴブリンの間にテシアが躍り出る。 ﹁グアア!﹂ ゴブリンの1体が手に持った棍棒⋮⋮いや、あれはもう棒切れだ な。 それを振り回し、テシアに殴りかかる。 冷静にゴブリンの動きを見て、距離を取りつつ剣でいなす。 ﹁ふっ!﹂ 攻撃してきたゴブリンを斬りつけるが、浅い。 ﹁ガアア!﹂ もう1体のゴブリンが仕掛ける。 これも難なくいなし、距離を取る。 ︵うーん、一般的な戦い方はこんな感じなのかな︶ 俺がやると1秒とかからず、ささっと切り捨てて終わる。 テシアも1体なら攻撃を潰しつつ楽に倒していたのだが、2体に なるとどうしても守りが多くなる。 見た感じ下手では無いと思うのだが、決定力に欠ける感じがする。 やはり数的不利はいかんともしがたいのか。 俺が考え込んでる間にも攻防は続き、テシアは攻撃を逸らしなが らも確実に攻撃を入れていく。 290 そろそろ倒せると踏んだのか、攻撃をしのいだと同時に大きく踏 み込んで斬りつける。 ﹁ギャアア!﹂ 1体撃破。 残り1体も消耗しており、1対1なので問題無く倒す。 ﹁ふぅ⋮⋮こんなものかしら﹂ ﹁おつかれ﹂ ﹁やっぱり複数相手は疲れるわね﹂ ﹁みんなこんな感じなのかな。テシアは結構上手いと思うんだけど、 時間かかったね﹂ ﹁あなたが異常なのよ。私は強くないし余計に時間かかってると思 うわよ﹂ ﹁んー、これはちょっと心配かなぁ﹂ ﹁自分の身を守るくらいは出来るけど、あなたに合わせるのは難し いわね﹂ ﹁そこまで無理させる気は無いよ、安心して﹂ ゲームのようにサクサクモブ狩りとはいかないようだ。 ﹃狩り﹄というより﹃戦い﹄だ。 相手の動きを読み、攻撃をしのぎ、隙を見て攻撃する。 291 今は何とかなっているが、数的不利、能力差が出てくれば難しい 戦いになるだろう。 ﹁ソラも出せば、平気だとは思うけどね﹂ ﹁それって私がお荷物じゃない﹂ ﹁そうは言ってもね、実力は実力だし﹂ ﹁テシア、たたかい、そこそこ﹂ ﹁け、結構はっきり言うわね⋮⋮﹂ ﹁危険があるからこそだよ﹂ 確かに現状、俺の戦闘力は破格だ。 だが、強敵が出てきた時など手が回らない時もあるだろう。 その時、テシアを守れるかどうか。 格上でも余裕をもってしのげるくらいならいいのだけど、今の姿 を見るにそうは思えない。 ﹁もっと人数が欲しいわね﹂ ﹁数的有利で押し込むってこと?﹂ ﹁それもあるけど、二人一組で連携して戦えば楽なのよ﹂ ﹁ほうほう﹂ テシア先生にご教授願ったところ、この世界の基本戦術を教えて 292 もらった。 まず前衛2∼3人で組み、多対一で素早く敵を倒すのが基本とな るようだ。 後衛とその護衛1人はその後ろに待機し、離れた敵や横からちょ っかいを掛けようとする敵を牽制する。 気づかれない内に先制攻撃を仕掛けて、ダメージを与えるのも後 衛の仕事だ。 数が減れば儲けもの。 戦闘が必要な依頼を中心にするならば、最低前衛2組、そこに後 衛1組か前衛1組を加える形で1パーティが完成するとのこと。 ﹁なんか難しいなぁ﹂ ﹁そんなことないわよ。要はそれぞれフォローできる人がいればい いの﹂ ﹁そうなると、圧倒的に人数足りないよね﹂ ﹁ミコトは遊撃として単独行動でいいと思うけど、私と組む人が欲 しいわね﹂ ﹁ソラは?﹂ ﹁ソラもあなた側でしょ。私なんかと組まずに1人で動く方がいい わ﹂ ﹁メンバー増員かぁ﹂ ゴブリンが落とした魔石を手で弄びつつ、考える。 一応知り合いがいないことも無いが、おそらくみんなランク違い 293 だし頼るのは気が引ける。 今から同ランクの知り合いを作るにしても、一体どうしたものか。 ﹁奴隷でも買ったら?﹂ ﹁う、うーん⋮⋮﹂ 奴隷のテシアから言われると、何とも微妙な気分である。 ﹁得体の知れない輩に買われるより、あなたが買ってあげた方が幸 せだと思うわよ﹂ ﹁俺もそれなりに得体が知れないと思うんですけど﹂ ﹁自分で言う?﹂ ﹁自覚してます、はい﹂ * * * * * * ﹁⋮⋮ていう話でして﹂ ﹁まぁ、俺達はCランクだからな﹂ ﹁ちぃと差があり過ぎだな﹂ ﹁たまになら手伝ってもいいけど、それだと依頼がこなしづらいよ ね﹂ 294 ゴブリン討伐をさっくり終わらせて、今は宿屋の食堂にいる。 晩御飯を食べに来たらロドックさん、ボルドーさん、ハスクさん と会えたのでご一緒しているところだ。 ﹁ですよねぇ、同ランクの人を誘ってみるべきでしょうか?﹂ ﹁知り合いはいるのか?﹂ ﹁いないです﹂ ﹁全く面識がないってのはちょっとな﹂ ﹁警戒心が強い人もいるからね﹂ ﹁俺達が紹介できれば良かったんだが、生憎とランクC前後がほと んどでな﹂ ﹁組むのはその辺の連中だからなぁ、役に立てなくて悪ぃが﹂ 3人経由で誰か紹介して貰うのも大きな選択肢の一つだったのだ が、ダメなようだ。 ﹁そうなると⋮⋮やっぱ奴隷を買うのがいいんでしょうか﹂ ﹁手っ取り早いのはそうだけど、お金はあるの?﹂ ﹁そこは大丈夫だろう﹂ ﹁ガッポリ儲けたもんな!﹂ 295 ﹁あはは、そうですね﹂ 奴隷となると、テシアを買ったあの場所に行くのが妥当だろうか。 ︵あの店主、苦手なんだよなぁ︶ ﹁えーっと、いい奴隷商店を知ってたりは⋮⋮﹂ ﹁知らないな﹂ ﹁縁がねぇしな﹂ ﹁ちょっとわからないかな﹂ ﹁ですよねー﹂ 近々行くことになりそうだ。 テシアを置いて1人で行った方がいいかもしれない。 ﹁人数はもちろんだが、個人の練度も重要だぞ﹂ ﹁はい、それはもちろんわかってます﹂ ﹁なら、明日はギルドの訓練場で少し訓練しないか?﹂ ﹁ギルドにそんなとこあったんですか﹂ ﹁あぁ、裏手に広い屋外スペースがあってな。そこを俺達みたいな のに解放してんだよ﹂ 296 俺は素人同然だし、テシアもまだまだ伸び代があるだろう。 願っても無いことだ。 ﹁それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。テシアもいいよね ?﹂ ﹁決定権があるのはあなたよ。自分で決めなさい﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ ﹁おー、強気な嬢ちゃんだな。尻に敷かれてんじゃねぇか?﹂ ︵否定できない、全くもって︶ ﹁ま、まぁ、頼りになる子ですよ、うん﹂ ﹁敷かれてるな﹂ ﹁敷かれてるねぇ﹂ ﹁敷かれてるみたいですね﹂ 形勢不利なので食事に集中する。 テシアにも笑われてた気がするが気にしない事にした。 あー、今日もご飯がおいしいなー。 * * * * * * 297 ﹁はぁー⋮⋮あったかい﹂ 温かいシャワーを浴びながら息をつく。 ︵今日は驚いたなぁ。ミコト、あんなに強いんだもの︶ 速く、鋭く、敵を寄せ付けない強さ。 何をしたのかわからない事すらあった。 ︵私、足引っ張ってるよね⋮⋮︶ 自分の力の無さを実感し、ため息をつく。 私みたいな一般冒険者が一緒にいていい人じゃなかった。 ︵でも、なんでもいいから役に立ちたい︶ 私が出来る事は少ない。 でも、相手を支えてあげたいって思うのはおかしいだろうか? ︵明日の訓練、頑張ろう︶ 少しでも役立てる事を見つけるため、自分の技術を磨く事を心に 決める。 シャワーを止め、浴室から出る。 柔らかいタオルで身体を拭きながら、ふと洗面所の鏡に目が止ま る。 ︵もし、役立てることが無かったら⋮⋮︶ 298 非常に単純かつ、簡単な方法。 ︵私の身体で満足できるのかな。その、だいぶ貧相だし︶ 深い仲にはなれない。 けれど、身体だけならば。 ︵ミコトは嫌がるんだろうな、そんなこと︶ 頭を振って妙な考えを打ち消した。 ︵でも、身体だけでも繋がれたら︶ それはとても嬉しいことなのかも。 この時、もう私の枷は緩み始めていたのかもしれない。 * * * * * * 今日もミコトの背中を見ながら横になる。 既に寝息が聞こえ始めてからしばらく経っていて、月明かりが部 屋を照らしている。 そっと、彼の背中に手を伸ばす。 ︵あったかい⋮⋮︶ そうして今夜も、彼のそばに寄る。 ふわりといい匂いが漂う。 299 ︵まるでペットみたいね。匂いを嗅いで、そばに寄って、安心しち ゃって︶ もう少し触れたくて、もっと身体を寄せる。 頭を当てて少し擦り付ける。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 自然と息が漏れる。 ︵んっ⋮⋮なんだか⋮⋮︶ 久しく感じていなかった熱。 下腹部が疼く。 ︵ど、どうしよ⋮⋮︶ 戸惑っている間にも、ミコトの匂いが私の中を満たしていく。 もう、無視できないほどに。 頭の中は彼の事でいっぱいで、お腹は熱くて。 ゆっくりと、手が下に伸びる。 ﹁っ⋮⋮ぁ⋮⋮⋮⋮﹂ 信じられないほど濡れそぼっていた。 ただ、体温と匂いを感じただけで。 そっと指を動かす。 300 ﹁ぅ⋮⋮あっ⋮⋮はぁっ⋮⋮っ⋮⋮﹂ かすかに水音を鳴らしながら、溝を上下に、ゆっくりとなぞる。 触っている間にも、どんどんミコトの匂いが入ってくる。 ︵ミコト⋮⋮ミコトっ⋮⋮︶ 鼻先を押し付け、ゆっくりと息を吸う。 深く、自分の身体に満たすように。 胸がミコトでいっぱいになり、えも言われぬ快感が身体をはしる。 意識が朦朧とし、感じるもの全てが彼に染まる。 ﹁ふっ⋮⋮はっ⋮⋮⋮⋮ぅっ⋮⋮ぁっぁっ⋮⋮﹂ もう止まらなかった。 止めようとする意思すら、もうどこにもない。 辛うじて声は抑えているが、手の動きは遠慮が無い。 ︵きもちいいっ⋮⋮あったかいっ⋮⋮もっと⋮⋮⋮⋮!︶ 掻き回し、音を立て、快感を貪る。 ミコトの背中に顔を押し付け、少しでも彼を得ようとする。 ﹁はぁはぁっ⋮⋮ぁっ⋮⋮いっ⋮⋮﹂ 手の動きが激しくなる。 もっと、もっと快感が欲しくなる。 込み上げてくるものに身を委ね、一身に身体を弄ぶ。 ﹁っ││││││││!﹂ 301 快感の奔流が、身体の内側で暴れだす。 痙攣を必死に抑え、身体を丸める。 ︵こんなの、こんなの知らないっ⋮⋮なに⋮⋮これ⋮⋮!︶ 今まで経験したことの無い、強く、激しい快感。 快感が駆け巡る間も、彼の匂いが、体温が、私の身体を苛む。 眩暈がする。 視界がぼやけ、意識が遠のく。 ﹁はっ⋮⋮はっ⋮⋮⋮⋮はぁ⋮⋮⋮⋮はぁー⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ そのまま私は、ぬるま湯のような快感に溺れ、意識を失った。 * * * * * * ﹁テシア、早く起きないとダメだよ﹂ ﹁⋮⋮んぅ⋮⋮⋮⋮﹂ どうかした?﹂ ﹁てーしーあー、起きなさーい﹂ な、何? ﹁⋮⋮⋮⋮っ!?﹂ ﹁ぬお!? 302 いきなり飛び起きたテシアにビビりつつ、様子を窺う。 ﹁わ、私⋮⋮あのっ⋮⋮⋮⋮!﹂ ︵なぜに顔が真っ赤?︶ ﹁えっと、とにかく落ち着こう?﹂ ﹁む、無理っ!﹂ ﹁い、いやいやいやいや、無理と言われましても﹂ 全力で布団に包まる。 ちょっと可愛い。 ﹁テシア?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮今日は訓練もあるし、ほどほどにね﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁先にご飯食べてくるから。ソラ、付いててあげて﹂ ﹁わかったー﹂ ソラにテシアの事を頼み、扉に手を掛ける。 ﹁⋮⋮待って﹂ 303 ﹁うん?﹂ ﹁その、もう大丈夫だから。ご飯、行く﹂ ﹁ん、わかった。待ってるからゆっくり準備しておいで﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ テシアは身支度をするために、とぼとぼと洗面所に向かう。 ︵借りてきた猫みたいになっちゃってまぁ︶ 落ち込むというのとはちょっと違う気がするが、妙な感じだ。 俺、何かしちゃっただろうか? ︵女の子って難しいなぁ︶ 304 第22話 訓練と自覚 ﹁まだ結構寝られたじゃない⋮⋮﹂ ﹁だって時計置いて無いし。早い方がいいかなって﹂ 一悶着あって心配だったが、その後は何事も無く。 現在朝食をとっているところだ。 テシアは今朝の事が無かったかのように普通に振る舞っている。 気になりはしたが、あの態度からして聞いてもいい結果になると は思えない。 ﹁いくらいい宿でも、そんな高価の物なんて置いてるはずないじゃ ない﹂ ﹁時計が高価?﹂ ﹁そうでしょ。金持ち連中が部屋に飾るような物なんだから﹂ ﹁じゃあ、時間はどうやって見るのさ﹂ まさか日の傾きとかで判断してるんだろうか? ﹁⋮⋮もしかして、時間の見方知らないの?﹂ ﹁すんません知らないです﹂ 恒例のジト目テシアさんである。 305 あーあー、なるほど﹂ ﹁時計出せばいいでしょ﹂ ﹁時計を出す⋮⋮? 言われてわかる時計の出し方。 / 風の季節 / ウィンドウのように目の前に出てくる。 7:32> <三国歴357年 / 1の月 ︵これはまたジト目を見なきゃいけないようですね︶ ﹁テシア先生﹂ ﹁はい、なんですかミコトさん﹂ ﹁暦を教えていただけないでしょうか⋮⋮﹂ ジト目、頂きました。 まず三国歴。 / 15日 これは長い戦乱の時代が終わった年を元年としているようだ。 三国というのは、今俺達のいる自然豊かなフォディウム国。 北にある宗教国家、カスティード国 西の軍事大国、アーヌフィル国。 この三国を表す。 ちなみに1年は360日らしい。 306 次に季節。 話を聞くに、日本の春夏秋冬みたいなもののようだ。 穏やかな気候の風の季節。 茹だるような暑さの火の季節。 実り多き土の季節。 雪の降り積もる水の季節。 それぞれ3つの月に分かれ、1つの月は30日。 つまり呼び方と分け方がちょっと違うだけで、現実とそこまで変 わらなかった。 時間の数え方も同じだ。 ﹁なるほどなるほど﹂ ﹁どっかに監禁されてたんじゃないかって心配になるわね﹂ ﹁あははは⋮⋮﹂ ごもっともでございます。 * * * * * * だいぶ時間を潰したものの、約束の30分前くらいに到着してし まった。 ﹁あ、ロドックさん。おはようございます﹂ 307 ﹁早いな、おはよう﹂ ズボンとシャツだけのラフな格好のロドックさんが素振りをして いた。 ﹁ちょっと早く目が覚めちゃいまして﹂ こっちはいつでも大丈夫だ﹂ テシアが何か言いたげな目で見ていたがスルー。 ﹁そうか。もう始めるか? ﹁お願いします﹂ ﹁まずはそうだな⋮⋮模擬戦をするか。実力を見たい﹂ そう言って木剣を投げてよこす。 ﹁っとと!﹂ ちょっと慌てたが、何とか落とさずに済んだ。 木製といってもそれなりに重量があり、叩かれると痛そうだ。 ﹁その剣とは少々形が違うが、我慢してくれ﹂ ﹁あ、はい。大丈夫です﹂ こっちの世界の人にとって、刀は一般的な武器ではないようだ。 ﹁うぃーっす﹂ 308 ﹁おはよう﹂ ﹁おはようございます、ボルドーさん﹂ 腹をかき、欠伸をしながらボルドーさん登場。 ﹁もう始めてんのか、精が出るねぇ﹂ そう言いつつ、自分の大鎚で素振りを始める。 ﹁よし、始めるか﹂ ﹁はい﹂ 少し距離を取り、構える。 剣術の類なんて知ったこっちゃないので適当だ。 ﹁いくぞ!﹂ ロドックさんは素早く距離を詰め、剣を横薙ぎに振る。 鋭く素早いが、俺にとっては全く問題にならない。 身をかがめ、剣の下を通り抜ける。 ﹁ふっ!﹂ 軽く息を吐き、左から右へ逆袈裟に剣を振る。 ロドックさんは軽く後ろに引き、それを避ける。 ︵うーん、上手いな︶ 309 いいタイミングのカウンターだと思ったのだが、しっかりと避け られてしまった。 ﹁はぁっ!﹂ ロドックさんは大きく踏み込み、斜め上からの振り下ろし。 俺は剣で軽く軌道を逸らし、横に抜けながら脇腹に剣をたたき込 む。 ﹁くっ⋮⋮!﹂ ︵反応速っ︶ 振った剣をすぐに戻し、俺の攻撃を受け止めて弾く。 確かにそこまで本気で振っていないのだが、ここで受け止められ るのは予想外。 この世界の戦士の水準が高いのか、ロドックさんの実力が凄いの か。 ︵もう少し積極的に攻めるか︶ 飛び退って構えるロドックさんを見据え、剣を構えなおす。 素早く駆け寄り、左からの横薙ぎを放つ。 これは難なく受け止められる。 力比べじゃ分が悪いので、すぐに飛び退る。 ﹁せいっ!﹂ ︵踏み込んできた!?︶ 310 虚を突くような大きな踏み込み。 そこからの流れるような連続攻撃。 剣を使って軌道を逸らし、なんとか持ちこたえる。 ︵ちょっとキツイか⋮⋮!︶ 出し惜しみは無しだ。 振るわれる剣を全力で弾き、そのまま両足に剣を叩き込む。 体勢が崩れたところに、肩へ剣を振りおろす。 ﹁ぐぅっ!?﹂ 流石に効いたのか、ロドックさん地面に剣と膝をつく。 ︵スペックゴリ押しだなぁ︶ 練習だからあまりこういう戦いはしたくなかったのだが、思わず やってしまった。 ﹁はぁ⋮⋮。失礼な言い方になるが、意外なまでに強いな﹂ ﹁いえ、見た目が貧弱なのは自覚してます⋮⋮﹂ ロドックさんは細身ではあるが、おそらく180cm越えで筋肉 もしっかり付いている。 対して俺は、173cmだったか。筋肉はほとんどついて無い。 ﹁負けた俺が言うのもなんだが、少々無駄が多いな﹂ ﹁剣を習ったわけじゃないので﹂ 311 ﹁となると、才能というやつか⋮⋮﹂ 人から見ればそうなるだろう。 実際はポイント振るだけの簡単なお仕事である。 ﹁少し動きを修正すれば、いい剣士になると思うぞ。とりあえず基 本の形から⋮⋮﹂ その後は剣の振り方や身体の動かし方、戦いの基本を丁寧に教え てもらった。 自分でも驚いたのは、教えられたことをどんどん吸収していくこ とだ。 思い通りに、かつ教えられた通りの整ったフォームで剣を振る。 それが難なくこなせるのだ。 ︵これがスキルの効果か?︶ 一言で言うとすればセンスみたいなものだろうか。 スポーツで言えば運動神経ってやつだ。 運動神経がいい人間でも、知らないスポーツはすぐに上手くは出 来ない。 だから、さっきの戦いで﹃無駄が多い﹄と言われたのかもしれな い。 剣の扱いなど知らず、気の向くまま振っていたのだから。 それでも戦えたのはカナタの性能、そして何より高いステータス のおかげだろう。 ﹁驚いたな。少し教えただけでここまでか⋮⋮﹂ 312 ﹁自分でもちょっと驚いてます﹂ ﹁これならすぐにランクも上がるだろう。Cランク位までなら問題 無く行けるはずだ﹂ ﹁経験が少ないんで、ちょっと心配ですけどね﹂ ﹁お前はまだ若いんだ。これから積み重ねていけばいい﹂ ﹁はい、ありがとうございます﹂ さっきまで俺の訓練を眺めていたテシアの方に目を移すと、ボル ドーさんと一緒に訓練していた。 近くに寄って声を掛ける。 ﹁テシア、どんな感じ?﹂ ﹁問題無いわ﹂ ﹁問題ねぇどころか教えることが無いんだが﹂ ボルドーさんは困った顔で頭をかく。 ﹁あとは訓練して練度を高めるのみってレベルだな﹂ ﹁やっぱ上手いんじゃん﹂ LV2︼。 ﹁集中してやってればこんなもんじゃない?﹂ テシアのスキルは︻長剣の心得 313 高くはないのだが、ゴブリンとの戦いを見ても下手だとは思わな かった。 経験と集中力で補ってるのだろうか? スキルが高ければよい、というわけでは無いようだ。 ︵スキルはあくまで土台と考えた方がいいのかな︶ 今後新しいスキルを習得した時も、少し訓練して身体を慣らした 方がいいだろう。 その後も動きの確認をしつつ剣の訓練、模擬戦を何度か繰り返し た。 ﹁お前は盾を使うのがいいんじゃないか?﹂ 盾を使ったことはありませんが﹂ テシアが模擬戦を終えた時、ロドックさんがテシアに言う。 ﹁そうでしょうか? ﹁見ていると、どうやら剣で攻撃をさばくのが苦手のようだ﹂ ﹁確かに得意ではないですけど﹂ ﹁そのせいで防御の比重が大きくなっている。それに伴って攻撃の 機会も少ない﹂ ﹁⋮⋮言われてみればそうですね﹂ 対複数ゴブリン戦で感じていた決定力不足というのは、たぶんこ の事だろう。 314 素早く数を減らすことが基本戦術のようだし、これは痛い欠点だ。 ﹁これを使って、もう一度模擬戦だ﹂ 木製の小さ目な丸盾をテシアに渡す。 テシアはそれを腕に着け軽く動かす。 ﹁準備はいいか?﹂ ﹁はい、いつでも﹂ 答えを聞くとロドックさんは木剣を振り下ろす。 テシアはそれを上手く受け流す。 その後もロドックさんの剣撃を盾を使って受け流す。 たまに体勢を崩すものの、大きな隙も作らず危なげなくさばいて いく。 ﹁ほー、嬢ちゃん上手いな﹂ ﹁盾スキルは無いはずなんですけどね。器用だなぁ﹂ ボルドーさんの呟きに同意する。 テシアは慣れてきたのか、受け流すと同時に剣で反撃している。 防御態勢を崩さないために控えめではあるが、ロドックさんは警 戒して攻めあぐねている感がある。 ﹁ふっ!﹂ ロドックさんの鋭い攻撃がテシアに迫る。 膠着状態を打破しようとしたのか、その攻撃は今までよりも力強 315 い。 ﹁っ!﹂ テシアも合わせて大きく踏み込み、剣の根元を盾で叩く。 ﹁ぐぉ!?﹂ してやられたな、ロドック﹂ LV1︼ 気付いた時には、テシアの剣の切っ先がロドックさんの胸を捕え ていた。 ﹁ははっ! ﹁俺もそろそろ年か。いい模擬戦だったよ﹂ ﹁ありがとうございました﹂ テシアは剣を下してお礼を言う。 ﹁いやー、凄かった。これは盾も買わないとだね﹂ ﹁うん、そうしてくれると助かるわ﹂ ちらりとテシアのスキル欄を見てみたら︻小盾の心得 があった。 LV1程度だからすぐ習得したのか、テシアの飲み込みが早いの かは分からないが、とにかく相性はいいようだ。 ﹁おはよう、やってるね﹂ 316 ギルドの方からハスクさんがやってきた。 ﹁おはようございます。ハスクさんも一緒に訓練します?﹂ ﹁いや、僕はこの訓練場じゃ動きにくいから⋮⋮﹂ ﹁動きにくい?﹂ ﹁僕はグリフォンに乗って、騎乗槍で戦うからね﹂ ﹁あー、それだと確かに狭いかもですね﹂ 訓練場はそれなりに広いが、グリフォンを乗り回すとなると厳し いかもしれない。 ﹁それじゃ、僕は依頼に行くからこれで﹂ ﹁はい、それじゃあまた﹂ ハスクさんと別れた後も訓練を続け、昼ごろには訓練を終えた。 食事を終えた後、二人とも依頼に行くとのことで訓練会はお開き となった。 317 第23話 カンストの真価 ☆ ﹁ギンガムさん、盾ください﹂ どしどし買っていってください!﹂ ﹁兄ちゃん、毎日来てねぇか?﹂ ﹁ぜひ毎日どうぞ! 善は急げということで、ギンガムさんのお店にテシアの盾を買い に来た。 言われてみれば毎日来ている。 ﹁盾か。使うのは兄ちゃんか?﹂ ﹁いえ、テシアの方です﹂ ﹁嬢ちゃんの体格からして、軽い盾の方がいいな﹂ ギンガムさんはいつものごとく棚をごそごそと漁り、丸い盾を出 してくる。 ﹁これなら軽くて丈夫だ。限度はあるがスキル使っときゃ受け止め るのも可能だろう﹂ 出してきたのは革製の盾のようだ。 中心、そこから十字状に外側まで、そして周囲を金属で補強して ある。 金属板は鋲で固定してあり、いかにも﹃しっかりした盾﹄という 318 感じだ。 中心の円形の金属板には、剣を交差させたような模様が入ってい る。 ﹁⋮⋮うん、確かに軽いですね。しっくりきます﹂ ﹁おいくらですか?﹂ ﹁本当は250オスクだが、こいつは兄ちゃんの持ってきたオーガ の皮で作ったもんだ。200オスクでいいぞ﹂ そいつは客が心配する事じゃねぇ。とっとけとっとけ﹂ ﹁あんまり値引きしてると潰れちゃいますよ﹂ ﹁ガハハ! ﹁まぁ、このくらいの値引きなら⋮⋮﹂ 違和感あるならすぐに調整 快活に笑うギンガムさん、ちょっと渋い顔をするシャイアちゃん。 ﹁では、お言葉に甘えて﹂ お礼を言って料金を渡す。 ﹁嬢ちゃん、留め具の方は大丈夫か? するぞ﹂ ﹁いえ、大丈夫です。すぐにでも戦えます﹂ ﹁そうかそうか﹂ 319 ギンガムさんは嬉しそうに笑う。 本当にこの仕事を楽しんでるって事がわかる笑顔だった。 ﹁たぶんまた近いうちに来ると思いますから、よろしくお願いしま すね﹂ また来てくださいねー!﹂ ﹁おう、どんどん来い!﹂ ﹁はーい! 二人の元気な声を背に、俺達は店を後にした。 * * * * * * ﹁しっかし、マメに倒してるのにドンドン出てくるね﹂ ﹁この程度で殲滅できたら苦労しないわよ﹂ ﹁ますたー、ごぶりん、せんめつ、する?﹂ ソラがたぽたぽいいながら隣を歩く。 一度戦闘させてみたら、俺よりも速いんじゃないかってくらいの 速度でゴブリンをミンチにしました。 ということで、ソラは見学。俺達の訓練にならないし。 今は歩行練習のために人型になってもらってる。 歩くというのは難易度が高い動作のようで、まだ小走りすらでき ないくらい歩き方が拙い。 320 ﹁いやー、流石にそこまでは⋮⋮﹂ ﹁そら、せんめつ、する?﹂ ﹁⋮⋮仕事無くなりそうだからやめとこう﹂ ソラなら本当にやりそうな気がするし。 テシアに盾を買い与えた後、俺達はまた南の森に来ていた。 日暮れまでそこまで時間があるわけでは無いが、ゴブリン討伐く らいなら間に合うだろう。 ﹁あそこに2体いるわね﹂ ﹁じゃあ、1体ずつで﹂ ﹁わかったわ﹂ 森の境を歩くだけでゴブリンはすぐ見つかる。 一応感付かれない様に心がけてはいるが、ギャーギャー騒いでる し非常に見つけやすい。 初心者用モブの鑑である。 森の奥の群れとやらなら、数の暴力で面倒なんだろうけど。 それも、俺が戦えばすぐ殲滅できるだろう。 メンバーを増やしたら、森の奥に行ってみようと思う。 ﹁よっと!﹂ ﹁ギャギャ!?﹂ カナタを軽く振るうだけでバッサリである。 321 悲鳴を上げる時間すらない。今の声はもう1匹の方である。 ロドックさんの指導で剣の振り方もだいぶ様になったし、戦って いて気分がいい。 ﹁ふっ!﹂ 俺に気を取られたゴブリンの背中にテシアが一撃。 ﹁グアッ!?﹂ のけ反ったゴブリンを盾で押し倒し、2度3度と斬撃を浴びせる。 ゴブリンはそのまま起き上がることは無く、煙と消えた。 ﹁盾活用してるねぇ﹂ ﹁今までの苦労が嘘みたいね、ホント﹂ テシアは息を吐き、首を横に振りながら言う。 ﹁今までいろんな武器を試したりしなかったの?﹂ ﹁耳長族は基本的に弓、あとは剣や短剣で戦うのよ﹂ 射手か軽装戦士といったところか。 ﹁村ではそれ以外の使い方は習いにくかったし、外に出てからは練 習したり装備揃える余裕も無かったからね﹂ ︵苦労してたんだなぁ⋮⋮︶ 322 新聞配達しながら学校に通う苦学生を連想してしまった。 ﹁奴隷になった後の方が贅沢な暮らしができるなんて、皮肉なもん ね﹂ テシアが目を伏せ、自分を嘲るように笑う。 俺は曖昧な顔で答える。 なんと声を掛けていいのか、わからなかった。 ﹁さ、次に行きましょ。あと少しでしょ?﹂ ﹁あ、うん。あと⋮⋮5匹だね﹂ カードを出して情報を見る。 依頼の進捗状況はカードから見られる。 詳細な情報についても、ウィンドウを出せばちゃんと見られるよ うだ。 ﹁ミコトがいると楽でいいわね。数がすぐ減って﹂ ﹁まぁ、ゴブリンだし﹂ ﹁駆け出しは1体1体ちゃんと戦うから、時間がかかるのよ?﹂ ﹁テシアも苦労した?﹂ ﹁えぇ。弓で先制して、注意しながら剣で戦って、頭数が少ない群 れを選んで⋮⋮一人だと大変なのよ﹂ ﹁恵まれてるんだなぁ、俺﹂ 323 ﹁他人事みたいね﹂ ﹁あはは、あんまり自分の力に慣れてないっていうか﹂ 言葉通り、降って湧いた力だし。 ﹁ちゃんと力を磨いて、私を守って頂戴ね?﹂ 可愛い⋮⋮!︶ にこっと笑いながらテシアが言う。 ︵くっ⋮⋮! 可愛い仕草にもう骨抜きである。 頭を振って煩悩を追い出し、再びゴブリンを探し出す。 ﹁お、あれは5体かな﹂ ﹁みたいね。どうする?﹂ ﹁ちょっと試してみたいことがあるから、一人でやっていい?﹂ ﹁構わないわよ。楽させてもらうわね﹂ ﹁ますたー、がんばれー﹂ 剣を収めて観戦体勢のテシアと緩く応援するソラに見送られ、ゆ っくりとゴブリンの群れに近づく。 ほどよい距離を取りつつ、カナタの鎬で腕の装甲を叩く。 324 ﹁ギャ?﹂ ﹁グア!グア!﹂ ﹁ギャギャ!﹂ 甲高い音に反応して、5匹のゴブリンが騒ぎながら駆け寄ってく る。 そこで俺は﹃思考を加速﹄させる。 ゴブリン達の動きはみるみる遅くなり、一歩動くのに何秒もかか るようになった。 ︵俺の体感が長くなっただけだけどね︶ 今まで何となく遅く見える、何となく速く動けるといった具合だ ったが、訓練の成果なのか自覚して使えるようになった。 集中すれば、時間が止まったかの如く何も動かなくなる。 もちろん思考を加速させただけでは自分もゆっくりになるので、 出来るのは視界内の情報を検分したり、こうやって物を考えるくら いだ。 ︵よし、このくらいでいいかな︶ 思考加速の成果を感じ取った俺は、次に﹃行動を加速﹄させる。 ついさっきまで重かった身体が、ゆっくりと動き出す。 そして、俺だけが動けるかのような世界が出来上がる。 あとは簡単だ。 ︵それっ!︶ ゴブリン達の真ん中に入り込み、素早く全員にカナタを振る。 325 ︵加速解除っと︶ 緩やかに動いていた世界が、せき止められていた水が流れ出すよ うに動き出す。 反応することなく、ゴブリン達はバラバラに散る。 地面に投げ出されたゴブリンの残骸は、一拍置いて煙になった。 ﹁えげつないわね⋮⋮﹂ ﹁ますたー、すごーい!﹂ ソラは興奮し、テシアは呆れ顔である。 ﹁えげつないって感想はどうなのさ﹂ ﹁だって、いきなりバラバラ死体が出来上がってるんだもの﹂ ﹁⋮⋮確かにえげつない﹂ 傍から見れば、俺に近づいた魔物が解体されてるように見えるだ ろう。 周りに出来上がるのはバラバラの死体のみ。 ショッキングである。 ﹁あなたが味方で嬉しいわ﹂ テシアが肩を竦めて言う。 ﹁あははは⋮⋮﹂ 326 もう苦笑しか出なかった。 * * * * * * 窓から夜空を見上げる。 二つの月と星々は変わらずに輝いているけど、私の境遇は大きく 変わってしまった。 この前夜空を眺めたのは、たった数日前なのに。 ﹁奴隷なんて最悪なはずだけど⋮⋮案外幸せよね、私﹂ 思っていたことが、ぽろりと口から零れる。 ミコトがお風呂に入っていてくれて助かった。 恥ずかしくて、こんなこと言えるはずがない。 ソラは歩き疲れたようで、もうベッドの上で丸くなっている。 あんなに強いのに、歩くのが苦手なんてちょっと信じられない。 あ、あぁ、カナタか﹂ ﹁直接言ってあげれば、大層喜ぶと思いますよ﹂ ﹁⋮⋮!? 突然響いた声に驚く。 ︵そうだ、この子がいるんだった⋮⋮︶ しゃべる武器。 ある意味ソラより奇怪だ。 327 ﹁言えるはずないじゃない。恥ずかしい﹂ ﹁私が伝えましょうか?﹂ 何故です? 人ってのは色々あるのよ﹂ 伝わるのならそれでいいのでは﹂ ﹁ちょ、やめてってば!﹂ ﹁⋮⋮? ﹁そいうことじゃないの! ﹁そういうものですか﹂ ﹁そういうものです﹂ なかなかに厄介な性格のようだ。 気を付けよう⋮⋮。 ﹁ふぅ、ただいま﹂ ﹁おかえり﹂ ﹁ふわぁ∼⋮⋮さっさと寝ちゃおう。今日は疲れた﹂ ﹁そうしましょうか﹂ 一緒のベッドに入るのは2回目だ。 ミコトは疲れていたみたいで、恥ずかしがる様子も無くすぐに寝 入ってしまった。 ︵反応されないのも、それはそれで複雑ね︶ 328 酷く自分勝手な事を考えながら、隣で横になる。 今日のミコトは仰向けに寝ているので、横顔が見える。 ︵平和な顔しちゃって︶ ちょいちょいと頬をつつく。 柔らかい。 顔が自然と、ミコトの頬に寄る。 ﹁んっ⋮⋮﹂ 唇が柔らかい頬に当たる。 押し付け、啄み、感触を味わう。 唇をゆっくり放すと、唾液の橋が架かった。 ︵なにやってんだ私︶ 一気に体温が上がる。 自分の行動が信じられず、ベッドの上でのたうつ。 ︵これじゃただの変態じゃない!︶ ひとしきり暴れてうつ伏せになる。 唇に感じた柔らかい感触を思い出してしまう。 ︵あっ⋮⋮また⋮⋮!︶ 身じろぎした拍子に感じる、内股の水気。 じわりと身体を蝕む欲求。 329 ︵何で⋮⋮なんで、こんなっ⋮⋮!︶ 忘れようと押し込めていた快感を思い出してしまう。 昨夜のを除けば最近してなかったが、私だって自分を慰めたりす る。 でも、昨夜のは異常だった。 心も、身体も、締め付けられるように切なくて。 ミコトの肩に鼻を埋めて匂いを嗅ぎ、両手で秘所をかき混ぜる。 ﹁っ⋮⋮はっ⋮⋮あっぁっ⋮⋮くふっ⋮⋮⋮⋮ひぁ⋮⋮!﹂ ミコトの体温、感触、匂い、寝顔。 全てを余さず快楽に変える。 ﹁はっ⋮⋮はっ⋮⋮あっ⋮⋮んく⋮⋮⋮⋮ミコトっ⋮⋮!﹂ 大量の愛液は太腿を伝い、ベッドに染み込んでいく。 膣内のどこを触っても快感しか生まれない。 いけないと思いつつ、想像してしまう。 この腕に抱かれて、口づけされ、私のここに⋮⋮。 ﹁ふっ⋮くぅっ、あっあっあっ⋮⋮っ│││││!﹂ 想像した途端に身体が高まり、一気に絶頂する。 身体が痙攣して、快感で内側をグチャグチャに掻き回される。 ﹁はぁっ、はぁっ、ミコトぉ⋮⋮!﹂ 330 達してもまだ収まらない。 あっ、っ││││!﹂ 目の前にある腕を取り、自分の秘所にゆっくりとあてがう。 ﹁はっ!? ただ触れただけで達する。 彼の手が触れてくれる。 そう思うだけで私の身体は歓喜し、快感を生み出し続ける。 ﹁はっ、ひあっ、ミコトっ、もっと、あっあっ⋮⋮!﹂ 自分の割れ目にミコトの指を合わせ、馬鹿みたいに腰を動かす。 頭の中は幸せでいっぱいで、声を抑えることも忘れて貪る。 ﹁くっ、はっ、あっ、あぁぁぁ││││!﹂ そのまま私は、夜通し自分を慰め続けた。 最後の方はただミコトの手を足の間に挟んでいるだけ。 それだけでも心地よくて、自分が痙攣して擦れた刺激で達し続け る。 空が白み始めているのに気付き、ぼやけた意識の中でなんとかミ コトの手を引き抜き、その快感で意識を刈り取られた。 331 第24話 温もりを求めて ★ ﹁んーっ、良く寝た﹂ 窓から差し込む日差しを受けながら、大きく背伸びをする。 時刻は10時。 昨日の疲れからか、少し遅めの起床となった。 ︵もうちょっと規則正しく生活した方がいいかなぁ、テシアにも言 われたし︶ ﹁さてと⋮⋮テシアー、朝だよー﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 全く反応が無い。 ﹁テシアー?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ガチ寝である。 ﹁こりゃ起きませんわ﹂ ﹁てしあ、じゅくすい?﹂ ﹁熟睡だねー﹂ 332 ソラが屈んでテシアを覗き込む。 ぽよんと揺れた。 何がとは言わないが。 ﹁ソラ、朝ご飯食べてくるから付いててあげて﹂ ﹁はーい﹂ ソラにテシアの事を頼み、流れ作業で指を咥えさせる。 慣れたものである。 ﹁ちゅー⋮⋮ちゅー⋮⋮﹂ いや、慣れてなかった。 美少女スライムがニコニコしながら指を吸う。 非常に扇情的である。 ﹁ソラ、魔力はこれくらいで大丈夫?﹂ ﹁うん、へいきー﹂ 魔力循環だが、毎朝指を吸われてる時にやっている。 どうも最初のアレはやり過ぎだったようで、本当は少しだけでい いみたいだ。 ﹁それじゃ、行ってくるね﹂ ﹁いってらっしゃーい﹂ 333 ちょっと名残惜しいが指を引き抜き、朝食に行くことにした。 * * * * * * ﹁テシア、そろそろ起きないと﹂ ﹁うぅん⋮⋮﹂ ミコトの声が聞こえる。 なんとか起きたいが、身体が怠くて辛い。 ﹁ごめん。もうちょっと、寝かせて⋮⋮﹂ ﹁もうお昼だよ?﹂ ﹁んぅ⋮⋮ごめん⋮⋮﹂ 今と、そして昨晩の事に対する謝罪。 迷惑かけてばっかりだ。 今日はお休みにしよっか﹂ ひんやりした手が、私の額に触れる。 ﹁調子悪い? ﹁うん⋮⋮﹂ とても動ける状態じゃない。 身体も、心も。 334 ﹁とりあえずご飯は食べないと。今貰ってくるね﹂ ﹁ありがと﹂ ミコトは私の頭を一撫でして、部屋を出て行った。 ︵はぁ⋮⋮︶ しばらくして、木のトレイにサンドイッチを乗せて帰ってきた。 重い体をなんとか起こす。 トレイをベッド横の机に置き、背中に手を添えて支えてくれる。 ﹁残してもいいから、ちゃんと食べようね﹂ ﹁全部食べる﹂ ﹁うん。でも、無理はしないでね﹂ サンドイッチを手に取ってもそもそと食べる。 ︵ここの食事、美味しいな⋮⋮︶ ミコトはベッドのそばに椅子を引き寄せて座る。 ﹁美味しい?﹂ ﹁うん﹂ ﹁良かった﹂ 335 笑顔で私を見る。 少し気恥ずかしいが、心地よかった。 ﹁ごちそうさま﹂ 問題無く全部食べ終える。 身体は怠いが、食欲が無いわけじゃない。 ﹁何か必要だったら言ってね。そばについてるから﹂ 席外そうか?﹂ そう言って、私の肩に手をまわしてゆっくりと寝かせてくれる。 ﹁それとも、近くにいたら寝にくい? ﹁ん⋮⋮私は大丈夫だから、仕事行ってきて﹂ ﹁席外すっていっても、出来れば近くに⋮⋮この宿にはいるように したいんだけどな﹂ ﹁大丈夫だってば。明日にはちゃんと復帰するから﹂ ﹁薬とか必要かな﹂ ﹁いらない﹂ ﹁⋮⋮わかった、ちょっと待っててね﹂ ミコトはまた部屋を出ていく。 今度はほとんど時間を置かずに帰ってきた。 336 ﹁はい、これ呼び鈴﹂ そう言って、小さな鐘を渡してきた。 ﹁これ鳴らせばノエルちゃんが来てくれるよ。食事代も払っといた から、お腹空いたら晩御飯も食べていいよ﹂ ﹁わかった。なんか、ごめんね﹂ 待 ﹁気にしないで。早めに帰ってくるから、晩御飯は一緒に食べられ ると思う。あっ、でも食べたかったら先に食べていいからね? ソラをつけてもいいけど﹂ ってなくて大丈夫だから﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ﹁一人の方がいい? ﹁大丈夫って言ってるでしょ。さっさと行ってきなさいよ﹂ 思わず語気を強めてしまう。 気遣ってくれるのは凄く嬉しい。 けれど、今の私にはとっては心を突く針にもなった。 ﹁う、うん。ごめん﹂ ちょっとシュンとなって、ミコトが謝る。 私の心に罪悪感が込み上げる。 ︵何やってんだろう、私⋮⋮︶ 337 ﹁ごめん、強く言いすぎた⋮⋮﹂ いつもは出てこないであろう素直な言葉が、するりと口から出る。 悪いのは私だ。 ミコトが謝る必要なんてない。 ﹁いいよ。調子悪いと、機嫌も悪くなっちゃうよね﹂ 笑って許してくれた。 この優しさに甘えてしまう。 ﹁それじゃ、行ってきます﹂ ﹁いってらっしゃい﹂ 私の頭をまた優しく撫でて、ミコトは出かけて行った。 * * * * * * ︵今日は軽く実験して、1回だけ依頼達成して帰ろう︶ もはや日課となった南の森の探索。 ゴブリンを見つけては、斬り伏せていく。 ﹁この辺でいいかな﹂ マルカから少し離れた草原。 そこで俺は実験をすることにした。 338 そこらに転がっていた石で円を作り、その中心を見つめる。 ﹁︻縮地︼!﹂ 発動した途端、周りの景色ががらりと変わる。 足元を確認すると、先ほど作った石の円がある。 確かに自分が指定した位置に移動しているようだ。 ︵何とも奇妙な気分だな⋮⋮︶ 世に言うところの瞬間移動である。 一気に周りが変わるので、ちょっと酔いそうだ。 ﹁ソラ、カナタ、どんな感じ?﹂ ﹁くらくら、する﹂ ﹁問題ありません﹂ ソラが少し酔ったようだが、何度か試しているうちに慣れてしま ったみたいだ。 むしろ楽しんでた。 実験で色々わかった。 まず、高速で移動してるのではなく位置を移動するスキルだとい う事。 遥か前方に移動しても、慣性は感じない。 思考を加速させても、一瞬で景色が変わった。 次に、移動する前の慣性はそのままということ。 339 助走をつけてジャンプした瞬間に移動すると、移動後もジャンプ した方向に慣性が働いた。 ちなみに向きを変えることは出来ない。 あくまで位置だけ移動するようだ。 そして、空中だろうがどこだろうが視界が通ってれば移動出来る 事。 空中の方は怖くて低めにしか移動しなかったが、たぶん物凄く上 にも移動できる気がする。 多少視界が開けてれば大丈夫なのではないかと、木の幹を挟んで 向こうに移動しようとしたが不可。 あとは透過率の高い物体、例えばガラス越しでも移動できるかど うかが気になるところだ。 ﹁まぁ、こんなもんかな﹂ 一通り試して、実験を切り上げる。 特に違和感は感じなかったし、このスキルは使っても消耗しない のかもしれない。 テシアのこともあるし、今日は早めに帰らなければ。 俺はまた森の境を歩きだし、ゴブリン討伐に精を出すのであった。 * * * * * * ︵静かね⋮⋮︶ これが前まで普通だったのだ。 一人で旅して、一人で働いて、一人で休む。 340 それが当たり前だった。 ︵一緒にいてもらえばよかったかな⋮⋮寂しい︶ 自分で行かせたくせに何を⋮⋮と思うが、寂しいものは寂しいの だから仕方ない。 ベッドに潜り込み、身体を丸める。 ︵悪い事してるわよね。自分の失態なのに、こうやって休んじゃっ て︶ 勝手に人の身体を使って夜通し自慰しといて、体調を崩して寝込 んでるのだ。 馬鹿としか言いようがない。 ︵寝よ︶ 休んでしまったのはもう仕方ない。 起きた時よりマシになったが、まだ身体が気だるい。 こんな状態で行っても足を引っ張るだけだろう。 今はゆっくり休んで、明日に備えよう。 と、思ったのだが。 ﹁はっ、ふぁ⋮⋮んっ、あっ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 341 またやらかしてる馬鹿がここに一人。 ︵このベッド、ミコトの匂いが⋮⋮︶ 匂いに包まれて我慢できなくなった。 時刻は夕方になるくらいだろうか。 少し寝てから目が覚めて、寝起き一番にふわっと漂ういい匂い。 タガが外れた私がやらかすには十分だ。 だけど、一昨日や昨晩と違うことが一つ。 ﹁はぁっ、あっ、ミコト⋮⋮はっ、あっ⋮⋮﹂ ミコトがいないのだ。 それだけで何かが欠けた気がして、満足に気持ちよくなれない。 身体は高ぶっているのに、焦らされているように快感が高まりき らない。 ﹁うっ⋮⋮うくっ⋮⋮ミコトっ⋮⋮ミコトぉ⋮⋮!﹂ わけも分からず涙が出てきた。 泣きながら秘所を掻き回す私の姿は、とても滑稽だっただろう。 とにかく心と身体を埋めたくて、ひたすらに自分の身体を弄ぶ。 │││││││││ガチャリ 342 * * * * * * ︵これなら晩御飯には間に合いそうだな︶ ゴブリン討伐を終わらせた俺は、まっすぐ宿に帰る。 行きがけにノエルちゃんに聞いたところ、まだ一回も呼ばれてな いそうだ。 大丈夫だとは思うが、早く帰ってあげよう。 足早に階段を上がって、部屋にたどり着く。 ⋮⋮あっ!?﹂ ﹁ただいま、テシア﹂ ﹁⋮⋮っ! ベッドの上には上着をはだけ、下着を下したテシアの姿。 片手は胸に、もう片方の手はその⋮⋮股の間に。 ︵やばい︶ やばい。 女の子と一緒の部屋なのだ。 ノックくらいするべきだった。 俺達は互いに固まって、身動き一つしない。 ︵って、これは不味い!︶ 部屋に入る途中だったので扉が半開きだ。 急いで閉めて中に入る。 343 入ってしまった。 ︵これどうすんだよぉ!︶ 女っ気の無かった俺には、こういう時の対応がわかりません。 ﹁え、えーっと、トイレトイレ。早く行かないとー﹂ 超棒読みのセリフを言いながらトイレに向かう。 かなーりギクシャクした動きだったと思う。 中で時間を潰して、後はテシアさんに対応していただこう、うん。 ﹁⋮⋮まって﹂ ︵ひぃ!?︶ 丁度ベッドの横を通る時に呼び止められる。 あかんこれ怒られる。 パーティ崩壊の危機だ。 錆びたブリキ人形のようにぎこちない動きで、テシアの方を見る。 ﹁ミコト⋮⋮﹂ 予想とは違い、濡れた瞳で俺を見るテシア。 俺の服を弱々しく掴む手。 ﹁て、テシア⋮⋮?﹂ ﹁お願い⋮⋮﹂ 344 その一言は酷いくらい響いて、一心な想いを俺に届ける。 ﹁私を⋮⋮⋮⋮抱いて﹂ ﹁⋮⋮え﹂ 理解が追い付かず、固まる。 確かに俺はテシアに好意を持っている。 そういうことが出来るのなら、もちろん嬉しい。 しかし、この急な展開をなかなか受け入れられそうになかった。 ﹁寂しいのっ⋮⋮足りないの⋮⋮お願い⋮⋮⋮⋮﹂ 縋るような声。 涙があふれる瞳。 情欲に塗れて思わず求めた、というようには見えない。 彼女を奴隷にした時、心に決めたことがある。 奴隷の彼女をどうとでも出来る立場だからこそ、誓ったこと。 彼女を守ること。 そして、彼女の傷を癒すこと。 俺が、俺自身に課した事だ。 今の彼女を見て、断るという選択肢は無かった。 ﹁あっ⋮⋮﹂ 手をゆっくりと解く。 テシアは悲壮な目をするが、優しく頭を撫でて話し掛ける。 ﹁少し待ってて。すぐに戻るから﹂ 345 ﹁⋮⋮うん﹂ 不安に揺れる瞳をどうにかしてくて、一度ぎゅっと抱きしめる。 テシアは一瞬震えるが、すぐに力を抜いた。 脱衣所に入り、ケープと上着を脱ぐ。 ﹁ソラ、ここで待っててくれるかな﹂ ﹁⋮⋮うん、まってる﹂ ソラの声は若干の不満をはらんでいるように感じた。 ﹁ごめんね、ありがと﹂ 隣にカナタを立てかける。 ﹁カナタも、ソラを見てあげてて﹂ ﹁わかりました、主﹂ いつものように対応してくれるカナタが、少しありがたかった。 シャワーを浴びている暇は無いだろう。 洗面所で手と顔を洗って脱衣所を出た。 346 * * * * * * ﹁お待たせ﹂ テシアはベッドに座り込み、俯いている。 ﹁あ、あの、私⋮⋮﹂ ﹁楽にしてて﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 隣に座り、ゆっくりと頭を撫でる。 ﹁本当にいいの?﹂ 極力優しくするつもりだが、経験は無い。 俺との行為が、癒すどころか傷になる可能性もある。 ﹁いい﹂ ﹁⋮⋮わかった。服、脱がすね﹂ テシアはされるがままだった。 普段の強気な雰囲気はなりを潜め、酷く大人しい。 まるで人形みたいに。 俺も一緒に服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる。 347 彼女は半脱ぎだったので、完全に脱がすのは簡単だった。 染み一つない、透き通るような白い肌。 先ほどまでの行為を思わせるように、ほのかに上気している。 テシアの後ろに回り、抱きしめる。 俺の胸辺りに頭が来る。 わかってはいたが、彼女が小さいことを改めて実感してしまった。 ふわりとテシアの匂いが鼻腔に届く。 いつもは安心するその匂いも、今は興奮の一因になってしまう。 ﹁あっ⋮⋮﹂ ﹁痛かったら言ってね﹂ ゆっくりと、宥めるように肌に手を這わせる。 頭と、お腹の辺りをゆっくりと撫でる。 ﹁ふわぁっ、あっ⋮⋮!﹂ ﹁大丈夫?﹂ ﹁へ、平気だから、続けて⋮⋮﹂ 痛みを我慢しているようには見えない。 ゆっくりと、また撫でる。 出来るだけ彼女の心を埋めたくて、ぎゅっと自分に引き寄せる。 ﹁んっ﹂ 小さく声を出し、テシアが頭を擦り付けてきた。 348 長い耳が俺の肌を少し撫でる。 ﹁テシア、いいかな⋮⋮?﹂ 敏感なところを触る前に確認する。 ﹁うん⋮⋮触って⋮⋮﹂ 頭を撫でていた手を離し、テシアの小さな胸に添える。 ﹁あっ⋮⋮はっ⋮⋮!﹂ ほんの少し触れただけで声を上げる。 さっきまでの行為で敏感になっているのかもしれない。 手を慎重に胸に当て、揉み解す。 ﹁んぅっ⋮⋮はぁっ⋮⋮ミコトぉ⋮⋮﹂ 甘い声を上げ、身体を蠢かせる。 その色っぽい仕草と声音に、思わず下半身が反応する。 ︵うっ⋮⋮落ち着け、これはテシアのためなんだ︶ 自分の欲求を抑え、愛撫に集中する。 考え込んでいる間にも手を動かしていたが、特に問題は無いよう だ。 あっ、はっ、かはっ!﹂ もう少し強くしてみようか。 ﹁ひあっ!? 349 大丈夫?﹂ 乳首を軽く指でつまむと、いきなりテシアの身体が跳ねる。 ﹁ご、ごめん! ﹁あっ⋮はっ⋮⋮大丈夫だからぁ、もっとしてぇ⋮⋮﹂ ︵痛くは無い⋮⋮んだよな?︶ 反応が激しくて躊躇してしまうが、痛がってる様子は微塵も無い。 強すぎる快感は苦痛にもなるというし、慎重にすることに違いは 無いが。 ﹁テシア⋮⋮﹂ やっ、んぁっ、ぁっ!﹂ 名前を呼びながら、彼女の身体に手を這わせる。 ﹁あっ! 乳首を手のひらに当て、小ぶりな胸を揉みしだく。 もう片方の手は、腰回りを撫でまわす。 ﹁はぅっ、あっあっ⋮⋮あふっ⋮⋮はっ⋮⋮あっ⋮⋮!﹂ 身体を震わせ悶える彼女の耳が、幾度も俺の身体に当たる。 その耳に、思わず唇を当てる。 ﹁あっ!?﹂ 今までで一番強い反応だったかもしれない。 一度唇を離し、口を開く。 350 ﹁耳、いや?﹂ ﹁⋮⋮いやじゃない﹂ ﹁しても、いいかな﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 彼女は目を閉じて、そっと耳を差し出される。 お言葉に甘えて、長い耳に唇を這わせる。 形を確かめるように、外側をゆっくりと優しく移動する。 少し咥え、舌を這わせる。 ほんのりと塩気を感じ、彼女の汗を自分に取り入れてると自覚す ると、体が熱くなった。 同時に両手の愛撫も再開した。 腰回りを愛撫していた手を、今度は秘所に当てる。 くぅ⋮⋮はっ⋮⋮ひぅっ! あっ⋮⋮っ││││││ しとどに濡れた膣内に、ほんの少しだけ指を差し入れる。 ﹁あぁっ! │││!﹂ 腰を跳ね上げ、おとがいを逸らし、身体全体を弓なりにする。 しっとりと汗ばみ、手に吸いつく肌。 情事を実感させる、荒い吐息。 涙と唾液であられもない姿になり、蕩け切った表情。 彼女を慰める事に終始しようと思っていが、流石に我慢出来そう にない。 肩を抱いて、そっとベッドに寝かせる。 351 ﹁テシア⋮⋮﹂ 俺の雰囲気を悟ったのか、わずかに足を開く。 テシアの顔と耳は先ほどまでの愛撫で赤々としていたが、更に赤 くなった。 このほんの少しだけの仕草と変化が、俺の心をかき乱し、誘惑す る。 ﹁優しくするから⋮⋮﹂ ﹁うん⋮⋮来て⋮⋮﹂ お決まりのセリフを言いつつ、身体を寄せる。 テシアは俺の首に腕をまわして、抱き着いてきた。 自分のもので彼女の秘所を探り、膣口を探す。 ﹁あっ⋮⋮ぅっ⋮⋮ぁ⋮⋮⋮⋮﹂ くちゅくちゅと水音を鳴らしながら、先端でテシアの膣をまさぐ る。 それだけでもテシアは身体を震わせる。 俺も、熱い感触に身体が震えた。 はぁっ⋮⋮ミコト⋮⋮!﹂ 少しだけ挿し込まれる感触がして、先が固定される。 ﹁あっ! ﹁入れるね⋮⋮﹂ 352 ﹁うん、うんっ⋮⋮⋮⋮!﹂ 興奮したように何度も頷き身体を揺らされ、自分の心音が煩くな るのを感じる。 ゆっくりと体重をかけ、テシアの中に入り込んでいく。 かすかな水音が交わりを実感させ、息が荒くなっていく。 ぬかるみに柔らかく包み込まれる感触は、例え先端だけでも強い 快感を流し込まれる。 ﹁あぁっ⋮⋮!﹂ 恍惚とした表情で受け入れるテシア。 気遣ってゆっくりと入れているが、むしろテシアが腰を押し付け、 より深く交わろうとしている。 少し進んだところで行き止まってしまう。 テシアの処女膜だ。 先端に感じるその感触は、ここから先は覚悟を決めろと言われて いるようだった。 ﹁もう一度聞くけど⋮⋮本当にいい?﹂ ﹁うん⋮⋮欲しいよ、ミコト⋮⋮﹂ こちらをまっすぐに見据え、迷いなく言う。 その目を見ただけで、自分が信頼されていると実感できた。 俺も腹を括る。 この信頼に応えたい、大切にしたいと強く思った。 ﹁いくよ⋮⋮﹂ 353 徐々に体重を掛け、テシアの処女膜に自分のものを押し付ける。 ぷつりと、何かが破れた感触が伝わる。 ﹁あっ⋮⋮!?﹂ その後は滑るように、一気に奥まで入り込んでしまった。 愛液で潤い、襞が蠢き、膣全体が吸い上げる。 ﹁くっ⋮⋮はっ⋮⋮!﹂ 思わず声が出る。 身体の芯が持って行かれそうな快感。 ﹁あぁ⋮⋮ミコト⋮⋮﹂ テシアの表情は蕩けているが、どこか穏やかな雰囲気も窺えた。 痛くない?﹂ その両腕でぎゅっと俺の身体を抱きしめ、胸に顔を埋める。 ﹁大丈夫? 痛がる様子はほとんど無かったが、膣からは赤い筋が流れている。 その光景に、言いようのない充足感を感じてしまった。 ﹁うん、平気よ⋮⋮。それよりも⋮⋮あっ⋮⋮はぁっ⋮⋮!﹂ いきなりテシアが腰を揺らす。 ﹁うくっ⋮⋮!?﹂ その刺激にまた声が出る。 354 快感がぞわぞわと背を這いあがり、身体を震わせる。 ﹁ミコトも、気持ち良くなって⋮⋮?﹂ 彼女の淫らな誘いに抗えるはずも無く、途端に腰を動かし始める。 何とか激しくならないように抑えてはいるが、時間の問題だろう。 ﹁ふぁっ、あっ⋮⋮ぅっ⋮⋮はっ⋮⋮んぅっ⋮⋮!﹂ 彼女の声を聞くたびに快感がせり上がってくる。 身体中に感じるテシアの感触、自分の身体で彼女が声を上げてい る事。 ぁっ⋮⋮はっ、あっ⋮⋮いっ⋮⋮あぁっ⋮⋮!﹂ その両方が、俺をせめたてる。 ﹁んぅっ! 徐々に腰の動きが激しくなる。 激しい水音が二人の間から聞こえ、より一層心と身体を高ぶらせ る。 身体の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じる。 ︵ぬ、抜かないと⋮⋮!︶ 快感に溺れる意識の中で、何とか腰を引こうとする。 ﹁やっ⋮⋮離れないで⋮⋮!﹂ 中は⋮⋮!﹂ 首に回していた腕を強く引き寄せ、俺の腰に足を絡ませる。 ﹁ま、待って⋮⋮! 355 俺は慌てるが、膣内も離すまいとしているかのように強く締め付 ける。 抵抗しようとするが、どんどん身体の力を抜かれていく。 ﹁いいのっ⋮⋮全部⋮⋮全部、ちょうだい⋮⋮!﹂ これほど求められて、それを突っぱねるほどの意思は俺には無か った。 テシアに身体を沈めて、奥を攻めるように腰を蠢かせる。 肌と肌を合わせ、密着する。 どこもかしこも気持ち良くて眩暈がする。 膣内射精をするという意識も相まって、たちまち限界を迎える。 ﹁あっ⋮⋮はぁっ!⋮⋮ミコト⋮⋮ミコトぉ⋮⋮!﹂ ﹁うくっ⋮⋮いっく⋮⋮っ!﹂ 身体の芯から何かを引き抜かれるような、強烈な快感。 テシアと繋がった場所を、熱いものが大量に流れる。 あっ、やっ、はっ⋮⋮⋮⋮あぁぁぁぁぁぁ││││ 視界がちかちかと明滅して、全身が小刻みに震える。 ﹁んぅっ!? ││っ!﹂ 追撃とばかりにテシアの膣内が締め上げる。 快感の底を更に押し上げられ、耐えがたい感覚の奔流に歯を食い しばって耐える。 何とか身体の震えは収まってきたが、射精はまだ続いている。 356 テシアの中に一滴残らず流し込もうと、どくりどくりと痙攣しな がら。 ﹁ぁっ⋮⋮ぅぁ⋮⋮⋮⋮あぁ⋮⋮⋮⋮﹂ テシアは震えながらもそれを受け止める。 目は焦点があっておらず、虚空を見つめる。 いや、なんとなくこちらの方向に目が向いてる気もした。 やっと射精が収まる。 こんなに出したのは初めてかもしれない。 気だるい身体を動かして彼女の頭を優しく撫でると、心地よさそ うに目を閉じる。 しばらくそうしていたら、穏やかな寝息が聞こえ始めた。 少しだけ余韻に浸った後、俺は四苦八苦しながらも後処理を済ま せる。 ぶっちゃけまだ立ってる状態なので、テシアの身体を拭くときは 大変だった。 下半身の処理をする時が特に⋮⋮。 その後、安らいだ寝顔を浮かべるテシアの横になり、彼女が目覚 めるまでのんびり待つことにした。 357 第25話 壊れかけの夢と紡がれる夢 ﹁⋮⋮んぅ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁起きた?﹂ ﹁⋮⋮!?﹂ 飛び起きて距離を取られた。 ちょっとだけショックです。 ﹁おはよ、テシア﹂ ﹁お、おはよぅ⋮⋮﹂ テシアは真っ赤になって尻すぼみの挨拶を返す。 ﹁身体は大丈夫?﹂ ﹁⋮⋮うん。ちょっと違和感あるけど﹂ ﹁良かった﹂ そこまで言うと会話が途切れる。 よく分からないが、とにかく気まずい。 ︵え、えーっと、何か話題は⋮⋮︶ 358 そうだ、これはちゃんと聞いとかなくちゃいけない。 わ、私が望んだんだからいいのよ!﹂ ﹁あの、さ。中に出しちゃったけど、本当に大丈夫だった?﹂ ﹁へ? めちゃくちゃ勢い込んで言われてしまった。 ﹁で、でも、子供とかさ⋮⋮﹂ ﹁ちょ、子供作るつもりで出したの!?﹂ ﹁いや、中に出すんだからそれくらい覚悟するよ。あ、大丈夫な日 ?﹂ ﹁大丈夫な日ってなによ﹂ ﹁いやその、周期的なアレだよ﹂ ﹁はぁ?﹂ ﹁えっ、もしかして来てない年齢!?﹂ そうだよ、ここ異世界だよ。 成人年齢が俺の思う年齢とズレててもおかしくない。 流石に﹃来てない年齢﹄で成人は無いと思うけど⋮⋮どうなんだ ろうか? ﹁なんか、とっても嫌な予感がするわ﹂ 359 ﹁嫌な予感?﹂ ﹁その、言いにくいんだけど⋮⋮子供の作り方、知ってる?﹂ こっちの台詞なんだけど。 とりあえず答えよう。 ﹁そりゃ知ってるよ﹂ ﹁どうやって作る?﹂ 聞くのか。 聞いちゃうのかテシアさん。 ﹁えっと、子供が出来やすい日に、その、アレを入れましてね? 中でこう⋮⋮出しますと、出来たりするんですよ﹂ 我ながらしどろもどろ過ぎるだろう。 ﹁はぁー⋮⋮﹂ ﹁えっ、何なのそのため息﹂ ﹁子作りの仕方を教えることになるとは思わなかったわ⋮⋮﹂ ﹁えっ﹂ はい、テシア先生の保険の授業が始まります。 この世界の女性は﹃あの周期﹄が無いみたいだ。 そして、いつでも子作り出来る。 360 なんでも、交わった時にお互いの﹃魂の欠片﹄を合わせるんだと か。 それが女性のお腹の中で成長して出産、という具合らしい。 ﹃魂の欠片﹄とかなんのこっちゃと思ったが、テシアも子作りな んてしたこと無いのではっきりとは分からないらしい。 その時になればわかる、そう教わったと。 ﹁大変失礼しました。ご教授感謝します⋮⋮﹂ ﹁なるほど、こづくり、すごい﹂ ﹁全く、しっかりしてよね﹂ ソラさん、何してるんですか? 確かに後始末をした後、部屋に戻ってもらったけどさ。 魔物的にも興味をひく話だったのだろうか。 ︵ちょっと予想外の事態は起きたが、ここでしっかりしないと︶ テシアに言わなきゃならないことがあるのだ。 ゆっくりと息をして、真っ直ぐにテシアを見つめる。 ﹁テシア﹂ ﹁な、何よ﹂ 俺を表情を見てか、テシアがたじろぐ。 ﹁なし崩し的な感じでしちゃったけど⋮⋮俺、テシアの事﹂ 361 ﹁奴隷が⋮⋮﹂ ﹁え?﹂ 彼女が突然口を開く。 俺は思わず言葉を止めてしまった。 ﹁奴隷が主人を受け止めるのは当然だから﹂ 淡々と言う。 さっきまでの朗らかな雰囲気とはまるで違う、感情の読めない顔。 その場を沈黙が支配する。 静かで、冷たい沈黙。 少しずつ身体と頭が冷えてきて、わかってしまう。 ︵あぁ、そっか⋮⋮そういう事なのか⋮⋮︶ どうやらフラれてしまったらしい。 これからも主人と奴隷でいましょう、ということらしい。 ﹁そ、そっか。そうだよね⋮⋮﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ソラは何があったかよくわかってないらしく、俺とテシアの間で 視線を行き来させている。 こっちって?﹂ ﹁こっちの方はちゃんとするから﹂ ﹁え? 362 テシアと視線が合い、理解する。 つまり﹃身体の関係﹄は続けますってことみたいだ。 ﹁待って、俺はそんなこと﹂ ﹁ミコトが躊躇する理由は何?﹂ ﹁その、奴隷だからってそういう事を強要するつもりは無くて﹂ ﹁私は、自分から望んでそうしようと思ってる﹂ ﹁望んでって、それじゃなんで⋮⋮﹂ ﹁言ったじゃない、寂しいのよ。人肌恋しくなることってあるでし ょ?﹂ 淡々と、理由を言う。 その言葉一つ一つが俺の胸を締め付ける。 ︵ちょっと、キツイな︶ 好意を持っていた女の子。 守ろうとしている奴隷。 これから1年、もしくはそれ以上過ごす仲間。 初めて身体を重ねた女性。 そして、ついさっきフラれた想い人。 その人にこんなことを言われているのだ。 平気なはずがない。 363 ﹁シャワー、浴びてくるから﹂ 答える気力は、今の俺には無い。 音を立てて扉が閉まる。 その扉が妙に分厚く思えて、テシアとの距離を感じてしまった。 ベッドに身を投げ出し、天井を仰ぐ。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ︵一世一代の告白だったんだけどなぁ︶ 断られると思っていなかったから、かなりダメージが大きい。 普段の態度、身体を重ねている時の雰囲気。 多少なりとも好意を持ってくれてると感じていた。 目を閉じて、頭を空っぽにする。 いたい?﹂ 眠ったら、この辛さを忘れられるだろうか。 ﹁ますたー、だいじょうぶ? ソラが心配そうな表情で覗きこんでくる。 ﹁ごめん、ちょっとだけ⋮⋮﹂ 364 大丈夫と言って強がることもできず、辛いと言って甘えることも できなかった。 ︵何がいけなかったのかな⋮⋮︶ 人の感情、こと恋愛に関しては仕方のないことだ。 どんなに想っても、叶わないことはある。 わかっていても、涙が流れてしまう。 ﹁ますたー⋮⋮ちゅっ⋮⋮﹂ ソラが唇を寄せて、涙を吸い取る。 それは食事では無くて、俺を慰めるためにやっているという事は 容易に想像できた。 ﹁ありがとう、ソラ﹂ 無邪気なソラが一生懸命慰めようとしてくれる姿に、心が少し軽 くなった。 ﹁何がいけなかったんだろうね⋮⋮﹂ 気持ちが緩んだせいか、ぽろりと弱音が零れてしまう。 ﹁ますたー、つらい、なんで?﹂ ﹁あはは⋮⋮テシアに好きって伝えたんだけど、断られちゃった﹂ ソラを撫でながら答える。 ソラの優しさに答えたいという気持ちもあるが、自分が落ち着き 365 たいというのが本音だ。 テシア、ますたー、すき。ことわる、なんで?﹂ 冷たくて柔らかい感触に、少しだけ心が癒される。 ﹁なんで? ﹁好きにはね、いろんな種類があるんだ。俺の好きとテシアの好き は違うんだ﹂ 信頼されていない、とは思わない。 それくらいには誠実に接してきた⋮⋮と思う。 ﹁ちがう。テシア、ますたー、すき。ことわる、ちがう﹂ いつになく真剣な目で、ソラは言葉を紡ぐ。 ﹁違うって⋮⋮何が?﹂ 俺は少しだけイラついていた。 もうフラれたのだ。 テシアが俺の事を好きだとか、そんなわけ無い。 ﹁テシア、かなしい、かお。すき、ことわる、いや、かんじた﹂ ︵悲しい顔⋮⋮?︶ 俺が見たのは、感情の読み取れない表情だけだった。 でも、ソラの言う事が本当ならば⋮⋮。 ︵また何か抱え込んでる?︶ 366 テシアは遠慮がちというか、自分を後回しにするきらいがある。 もし、俺が気付いて無い事があるとしたら? 自分勝手な妄想かもしれない。 それでも、確かめたい。 冷え切っていた俺の心に、小さな火が灯る。 ︵ダメで元々なんだ、やってやる︶ 予想が当たっているのなら、このまま引き下がれない。 テシアが辛い思いをすることになる。 それはダメだ。 もちろん、彼女と深い仲になりたいという自分の気持ちもある。 でもそれ以上に、彼女のことを守ってあげたかった。 * * * * * * いつかの夜のように、浴室の壁に手をついてシャワーを浴びる。 熱いお湯が身体を伝って流れるが、私の身体と心は底の底まで冷 え切っている。 ︵やっちゃった⋮⋮︶ 喉から手が出るほど欲しい宝物を差し出されたのに、自分で叩き 落したのだ。 全部私が悪い、最悪だ。 ︵ミコト、酷い顔してたな︶ 367 正直、ミコトがこんなにも好意を持ってくれてるなんて思ってい なかった。 所詮、私は耳長族。異種族なのだ。 せいぜい妹とか、そんなものだと思っていた。 ︵やだよ⋮⋮。ミコト⋮⋮一緒ににいたいよ⋮⋮︶ こんなことになったんだ、売り払われても仕方ない。 もしこのまま一緒にいられるとしても、今までの様な関係ではい られない。 身体で繋がっても、心は決して触れられない。 私が、そうしたのだ。 買ってもらった時に奴隷から解放すると言われたけれど、あれは 私を安心させるための方便のはずだ。 高い金を払って買ったのに、解放するなんてありえない。 ︵これでいいんだ。これで、ミコトを守れる︶ もし私とミコトが恋仲だと知られたら、周りの視線は大きく変わ るだろう。 それくらい、世間の持っているタブー意識は強かった。 取り囲むように自分に向けられる悪意。 身の置き場の無い恐怖。 私はそれを知っている。 あんな思いを、ミコトにはさせたくない。 368 絶対に。 ︵せめて、身体は全部あげるから⋮⋮︶ 私が傷つけてしまったミコトの心。 それを癒すためなら、どんなことをされても構わなかった。 いや、違う。 私が寂しいから、それを埋めようとしてもらってるだけだ。 ﹁うくっ⋮⋮ぐす⋮⋮ミコト⋮⋮⋮⋮﹂ 寂しくて、苦しくて、辛くて。 頭の中がグチャグチャで、わけが分からなかった。 温かいシャワーでも紛らわせないくらい、ぼろぼろと涙を流す。 ミコトが注いでくれた温もりが、いたるところから漏れ出してい る気がした。 ﹁お待たせ。そろそろご飯食べに行きましょうか。それとも、ミコ トもシャワー浴びる?﹂ 自分の感情を全部押しつぶし、何ともないように装って会話する。 酷く現実感が無かった。 自分がしゃべっているのに、他人が何かしているような剥離感を 感じる。 369 ミコトは窓際にある椅子に座り、外を眺めている。 どうかしたの﹂ ﹁テシア、こっちに来て﹂ ﹁何? 彼は窓の前に立ちながら、私を呼ぶ。 私が隣に来ても、一向になんの行動も起こさない。 ﹁ミコト?﹂ ふっと私の方に向き合い、真っ直ぐ見つめてくる。 ︵ダメだ。この目はダメ⋮⋮!︶ あの時と同じ目だ。 私を助けてくれた時。 私に告白しようとした時。 ﹁好きだ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮!﹂ 私の心に、ピシリと亀裂が入る。 ﹁ねぇ、何か理由があるんじゃないの?﹂ ﹁そ、そんなもの無いわ﹂ 370 声が震える。 隠しきれない。 ﹁俺はテシアが好きだよ。テシアが辛いなら、支えてあげたいんだ﹂ ﹁辛いってなによ。別に私は⋮⋮﹂ 声が震えて、もう言葉が出ない。 ︵なんで、なんでよ。決めたのに⋮⋮ミコトを守るって⋮⋮︶ もう私の心の壁はボロボロだった。 外からの言葉も、内からの言葉も、何もかも抑えきれない。 ﹁テシア⋮⋮﹂ 震える私を、ミコトは優しく抱きしめる。 それが最後の一押し。 後のことははっきりと覚えてない。 ひたすら泣いて、自分が思ってた事とか、感じてた不安とか。 叫ぶように吐き出し続けた。 ミコトはゆっくりと私を撫でながら、聞き続けてくれた。 ﹁辛かったんだね。ごめん、気付かなくて⋮⋮﹂ 371 ﹁いいの、私が隠してたんだから﹂ 全部吐き出して、ようやく落ち着きを取り戻す。 さっきまで重苦しかった胸の中は、信じられないくらい軽くなっ ていた。 う、うん、ありがとう﹂ ﹁私⋮⋮⋮⋮私、ミコトが好き﹂ ﹁⋮⋮! ミコトの顔が綻ぶ。 今まで見た中で、一番幸せそうな笑顔だった。 その顔を見ているだけで、私の心も満たされる。 ﹁でも、その、奴隷とは⋮⋮﹂ ﹁そんな事でごちゃごちゃ言う輩、俺が全部叩っ斬ってあげるよ﹂ 笑顔でそんなこと言い放つ。 ︵もういいや。悩んでたのが馬鹿みたい︶ ミコトなら大丈夫。 理由も根拠も無い確信が、私の中にあった。 ﹁ミコト⋮⋮﹂ 目を閉じて顔を上げる。 ﹁テシア⋮⋮好きだよ⋮⋮﹂ 372 柔らかく心地よい声音で囁かれ、唇を塞がれる。 ﹁んっ⋮⋮﹂ 愛する人の腕に抱きしめられながら、口づけをされ、温もりを甘 受する。 心も身体も、芯から温かくなる。 ﹁はぁっ⋮⋮﹂ ゆっくりと唇を離し、間近で見つめあう。 自然と笑みが浮かんでしまう。 そこに割り込む無粋な音。 ﹁いや、これはその⋮⋮!﹂ ﹁あはは、ご飯まだだったね。行こうか?﹂ ﹁う、うん﹂ 顔が熱い。熱すぎる。 何でこんなタイミングなのか、自分自身が恨めしかった。 重なり合う二つの影。 373 その光景を、ベッドの上で丸まっていた透明な魔物が、静かに見 つめていた。 374 第26話 骨折り損の恋人儲け ﹁あら、テシアちゃん。もう大丈夫なの?﹂ ﹁えぇ、もう平気よ。ありがとう﹂ 食堂に下りると、ノエルちゃんが声を掛けてきた。 ﹁それにしてはちょっとフラついてるような?﹂ ﹁き、気にしないで。大丈夫﹂ ︵ついさっきだもんなぁ⋮⋮︶ 数時間前に初めていたしてたんだから仕方ない。 ﹁ふーん⋮⋮﹂ ちらりと俺の方を見る。そして、少し鼻を鳴らす。 ﹁今日のご飯は豪華な方がいい?﹂ ﹁い、いつもの感じで﹂ ﹁あら残念﹂ ︵ノエルちゃん怖ぇ!︶ 375 絶対わかってるでしょ⋮⋮。 勘が良すぎる。 ﹁えっと⋮⋮匂う?﹂ 私は大丈夫だから⋮⋮﹂ ﹁鼻がいい子はわかるかもねー﹂ ﹁い、今から戻る? 真っ赤になってもじもじしながらテシアが聞いてくる。 ﹁隣に恋人さんがいるんだから、多少は目を瞑ってくれるよ﹂ ﹁⋮⋮!?﹂ テシアの顔が強張る。 ﹁いや、恋人とかそんな⋮⋮﹂ 一応否定っぽい返事をしておくが、どれだけノエルちゃんに通用 するか。 ﹁ふふ、そんなにくっついちゃってラブラブね。私も素敵な彼氏ほ しいなぁ﹂ 確かに俺達の距離は触れるくらいに近い。 違和感が無くて、全然気づかなかった。 ﹁え⋮⋮﹂ 376 ︵ん? なんか反応おかしくないか?︶ ノエルちゃんの態度は、普通に祝福しているそれだ。 テシアもノエルちゃんの様子に疑問を隠せないようだ。 ﹃奴隷と恋仲になることへのタブー意識﹄は微塵も感じさせない。 ﹁あ、ごめん。呼ばれてるから、注文は後で聞きに行くね﹂ そう言って、ノエルちゃんは駆けて行った ﹁テシア、今のどう思う?﹂ ﹁普通の反応⋮⋮よね。どいうことなの⋮⋮?﹂ ﹁本当に奴隷と付き合う事ってタブー視されてるの?﹂ ﹁そのはずなんだけど⋮⋮﹂ 一応はっきりとわかるまで隠していた方がいいが、調べる必要が あるだろう。 ﹁ご飯食べようか。この話は後にしよう?﹂ ﹁う、うん﹂ 今日はビーフシチューをかけたオムライスを食べた。 377 滅茶苦茶旨かった⋮⋮。 テシアも美味しそうに食べていたし、気に入ったようだ。 食後にまた果実のジュースを飲みながら一服していると、ロドッ クさんとボルドーさんが入ってきた。 ﹁お、坊主と嬢ちゃんか﹂ ﹁どうもー。ずいぶん遅い帰りでしたね。遠くに仕事行ってたんで すか?﹂ もう外はとっぷりと夜になっている。 食堂の窓から見える街灯に照らされた大通りは、なかなかに雰囲 気がある。 さっさと飯食おうぜ飯﹂ ﹁あぁ、森の奥地の方までな。早めに切り上げたつもりだったが、 すっかり遅くなったな﹂ ﹁あー、もう腹減った! ﹁そうするか。せっかくだ、相席してもいいか?﹂ ﹁えぇ、いいですよ﹂ ︵最近よく会うなー、この二人と︶ ロドックさんは同じ宿にいるのだから、よく会うのは当然か。 ボルドーさんもここに泊まっているのだろうか? もしかしたら、駆け出しの俺を気にしてくれてるのかもしれない。 378 食事を食べる二人と雑談を交わす。 ボルドーさんは本日も山盛りです、文字通り食べ物の山である。 世間話の延長のように、さらりと話題を切り出す。 ﹁そういえば、この子を買った時にちらっと聞いたんですけど﹂ ﹁ん?﹂ ロドックさんは手を止め、ボルドーさんは食事をかっこみながら も視線をこっちに向ける。 ﹁奴隷と懇ろになるのはタブーだって話、どういう理由があるんで すか?﹂ ビクリとテシアが反応する。 あぁ、アーヌフィルとカスティードの話か﹂ 飲んでいたジュースをテーブルに置き、何かに耐えるように俯く。 ﹁タブー? ﹁あれ、フォディアは?﹂ ﹁ここは別にそういう風潮無いだろ。ていうか、現国王の第一夫人 は元奴隷だぜ?﹂ ﹁えっ﹂ ﹁冒険者時代からの仲だったらしいな。ミフィーユ姫もそれに配慮 して、第一夫人を譲ったと聞く﹂ 待て待て待て。 379 ていうか、第一?第二? 一夫多妻なのか? もうちょっと踏み込んで聞いてみよう。 ﹁えっと、他二国の方は?﹂ ﹁俺はアーヌフィルの生まれなんだけどよ。奴隷ばっか囲んで恋人 好きなら好きでいいじゃねぇ 作らねぇと﹃女1人落とせない軟弱者﹄って笑われてたな。恋仲に なると後ろ指さされるレベルだぜ? かと思うけどなぁ﹂ ﹁俺はカスティードの出なんだが、カスティードは﹃極めて人道に 反している﹄と言われていたな﹂ ﹁道徳心の強い国なんですね﹂ ﹁それは違うな。カスティードについて、どれくらい知っている?﹂ そのくらいしか﹂ ロドックさんは彼らしからぬ雰囲気で吐き捨てる様に言い、質問 してくる。 ﹁えっと、宗教色の強い国⋮⋮でしたっけ? ﹁あぁ、そうだ。あいつらの教えによると﹃人間族以外の種族は、 人間族を元に後から生まれた種族﹄なんだそうだ。だから﹃全ての 種族を人間族がまとめ、率いる義務がある﹄とか言っている﹂ ﹁うわぁ⋮⋮﹂ なんとも独善的というか、宗教の悪い部分を見てしまった気分だ。 俺の肌に合いそうにない。 380 ﹁金を稼ぎたいのもあったが、そういう空気が嫌で国を出た。表だ った差別は無いが、あの国の人間は他種族を下に見ることが普通に なっている。差別というより区別か﹂ ﹁確かにその⋮⋮居心地が悪そうですね﹂ ﹁その空気が常識になるくらい染みついてるから性質が悪い。もち ろん分け隔てなく接する者もいるが⋮⋮その根底に、施しや同情が あるように思えてならないんだ、俺は﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ロドックさんは苦々しい顔で言う。 出身地の事だ、何か事情があるんだろう。 ﹁つーか、話が逸れちまったけどさ。お前ら付き合うのか?﹂ ﹁え、あ、はい。付き合い始めました﹂ ﹁それはめでたいな。大切にするんだぞ﹂ ﹁ちょっと手が早くねぇか⋮⋮?﹂ ボルドーさんが苦笑いしながらツッコんできた。 別に責めてるわけじゃねぇんだ、お互い想いあっ ﹁あの、その、ちゃんと付き合ってて、誠実に接してくれて⋮⋮﹂ ﹁あ、いや!? てんならいい。おめでとさんな﹂ 381 小さな少女にたじろぎながら弁解する大男。 なかなか見られない光景だ。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 全部、杞憂だったようだ。 まだ不安はあるが、恋人として胸を張って隣にいられる。 テシアもちょっと疲れたというか、呆れた顔をしている。 テーブルの下でそっと手を繋いで、テシアと安堵の視線を交わす のだった。 * * * * * * ﹁ぷはぁ⋮⋮﹂ ベッドにうつ伏せに倒れ込む。 ﹁なんなのよこれー⋮⋮﹂ ﹁あはは、でも良かったじゃん﹂ ﹁それはそうだけど、私の苦労はなんだったのよ⋮⋮﹂ ﹁苦労した分、これから取り返せばいいんだよ﹂ ミコトが隣に座って、私の頭を撫でる。 382 ﹁うん、そうね﹂ 仰向けになってミコトの手を握ると、顔を寄せてくる。 そのまま目を閉じ、ミコトの唇を受け入れた。 ﹁んっ⋮⋮ちゅ⋮⋮﹂ ︵気持ちいい⋮⋮︶ 軽く啄み、唇の柔らかさを味わう。 胸が締め付けられるような感覚が、とても心地いい。 ﹁はぁっ⋮⋮﹂ ﹁テシア⋮⋮﹂ 身体がわずかに火照ってくる。 激しく欲するようなものではなく、穏やかで安らいだ気持ち。 ﹁今日はもう寝ようか、疲れたでしょ?﹂ ﹁ん、そうしましょうか﹂ ﹁シャワー浴びてくるね﹂ ﹁いってらっしゃい﹂ ミコトはケープを椅子にかけて脱衣所に行こうとするが、いつも と違うところがあった。 383 ﹁ソラ?﹂ ソラは人型になり、ベッドに座っている。 いつも一緒に入っていたと思うのだけど。 ﹁お風呂はいいの?﹂ それじゃ行ってくるね﹂ ﹁きょう、おふろ、しない﹂ ﹁そう? ソラ﹂ 特に疑問は感じなかったらしく、ミコトはお風呂に行ってしまっ た。 ﹁テシア﹂ ﹁どうかしたの? 二人っきりで、しかもソラから話しかけられるのは初めてかもし れない。 ﹁テシア、ますたー、すき?﹂ ﹁⋮⋮うん、好き。愛してるわ﹂ 私の心は、完全にミコトに染まっていた。 もう愛していると言っても間違いじゃないはずだ。 それくらい彼が大切で、傍にいたくて、支えてあげたかった。 384 ﹁ますたー、さっき、なみだ、ながす、した。ソラ、もう、みる、 いや﹂ ﹁⋮⋮そっか﹂ なんとなく想像できた。 私がシャワーに入った後、彼女がミコトを慰めたのだろう。 それがきっかけかどうかわからないが、ミコトは私を受け止めて くれた。 私にとって、ソラは恩人なのかもしれない。 ﹁ソラが、ミコトを慰めてあげたの?﹂ ﹁うん。ますたー、つらい、かお。ソラ、たすける、したい﹂ ﹁ありがとう、ソラ﹂ ﹁テシア、おれい、いう、なんで?﹂ 首を傾げながら幼い声で言う。 ﹁私の大切な人を助けてくれたから。傷つけちゃった私が言うのも 変だけれど﹂ ﹁テシア、ますたー、きず、つける、だめ。もう、だめ﹂ 凄く真剣な顔で、私に言葉を伝える。 彼女はとても無邪気で、子供みたいで、それ故に純粋で真っ直ぐ な気持ちが伝わってくる。 385 ﹁もう絶対にしないよ。頑張って、ミコトを幸せにする﹂ ﹁よかった。テシア、ありがと﹂ ニコニコと無邪気な顔して、感謝の言葉を言う。 さっき私が言った言葉を理解したからだろうか。 ミコトにも、この子の笑顔にも応えたい。 そう思った。 ︵この子も、ミコトの事が好きなんだろうな︶ たぶん主人とか親とか兄とか、そういう類のものじゃない。 れっきとした一人の女性として、ミコトを想っている。 女の勘なのか、同じ人を好きになったせいなのかはわからないが、 確信が持てる。 ﹁ソラ、ミコトの事、好き?﹂ ﹁すき!﹂ 満面の笑顔で言う。 ︵いい笑顔だこと。本当に好きなのね⋮⋮︶ 人と魔物。 異種族よりありえない組み合わせだが、何故だかミコトなら問題 無い気がした。 どんなことでも優しく受け入れてくれる、そんな雰囲気が彼には あるのだ。 386 ﹁一緒に、ミコトを守ろうね﹂ ﹁うん、まもる。ますたー、しあわせ、する﹂ 魔物と人の奇妙な同盟を結び、二人で笑いあうのだった。 * * * * * * 一度外に出たのでテシアもまたシャワーを浴び、一緒のベッドに 入る。 向かい合い、手を繋いで。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ なんとなく、言葉は出なかった。 ただ一緒にいるだけで気分が安らぐ。 ﹁ますたー、いれて﹂ 俺の身体をゆすりながらソラがねだる。 ﹁あはは、いいよ。おいで﹂ スライム型になったソラがもぞもぞと俺の身体をよじ登り、俺と テシアの間に入る。 その動作がなんとも可愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。 387 ソラの触手が空いてる手に触れてきたので、軽く握ってあげる。 思わず撫でたくなるんだよ﹂ ﹁ソラって、柔らかくて気持ちいいわね﹂ ﹁でしょ? テシアもソラの丸い身体を触り、穏やかな表情を浮かべる。 ﹁⋮⋮おやすみ﹂ ﹁おやすみ、ミコト﹂ テシアの顔を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。 この世界に来てから、ずっと慌ただしい日々を送ってきた。 確かにこの世界に心躍っていたという理由もある。 でも、見知らぬ場所にいきなり飛ばされ、不安を感じていたのも 事実だ。 それを紛らわすために、ずっと動き続けていた気がする。 そんな時にできた、大切な人。 想いを伝え、結ばれて、隣で眠る。 これ以上ない、幸せな夜だった。 388 第27話 気付く人と気付かない人 小鳥の囀りが聞こえて、少しずつ意識が覚醒する。 ﹁ん⋮⋮おはよ、テシア﹂ ﹁おはよ﹂ 宝石のような緑の瞳が俺を見つめる。 美しいブロンドの髪がベッドに広がる光景は、とても幻想的だ。 眠った時に繋いでいた手は、まだ重なったままだった。 ﹁もう起きてたんだ?﹂ ﹁私だっていつも寝坊してるわけじゃないわ。むしろしっかりして る方よ﹂ ﹁残念だなぁ、もうテシアを起こせないなんて﹂ ちょっとからかってみる。 ﹁た、たまになら寝坊してあげてもいい⋮⋮わよ?﹂ もじもじしながら答えられてしまいました。 そういう可愛いの止めてください。 朝から大変な事になります。 ﹁楽しみにしとくね﹂ 389 テシアの髪を手で梳きながら、笑いかける。 ﹁んぅー、ますたー⋮⋮﹂ ソラがもぞもぞと動きだし、徐々に人型に形を変える。 俺とテシアの間にぽんっと顔をだし、にこにこと笑顔を見せる。 ﹁おはよー、ますたー、テシア﹂ ﹁おはよう、ソラ﹂ ﹁おはよ。いつ見ても不思議ね、これ﹂ テシアがソラのほっぺたをつっつく。 ︵何かこうしてると、親子みたいだな︶ 奥さんと娘の身長差がほぼ無いのが気になるが。 俺もソラのほっぺをつついておく。 ﹁んぅ、なーに?﹂ 不思議そうな顔で俺達を見つめるソラが、とても愛らしかった。 * * * * * * ﹁おはようございます、クレアさん﹂ 390 ﹁おはようございます﹂ そこそこ賑わい始めたギルドで、クレアさんの受付に行く。 のんびり身支度と食事を済ませてもまだ早い時間だったが、特に 用も無いので依頼を受けることにした。 いや、ソラをムニムニ弄ったりテシアとイチャイチャしててもい いんだけど、歯止めが効くかどうか心配で。 ギルドの受付嬢は何人かいるが、クレアさんの所はいつも空き気 味だ。 知り合いの方が話しやすいというのもあるのだが、だいたいクレ アさんの所が空いているので、自然と受付してもらう頻度が高くな ってる。 ︵んー、愛想が悪いから、とか?︶ 表情が薄いし、受け答えも事務的。 他の受付嬢は笑顔を浮かべながら、軽く雑談を挟みつつ仕事をし ている。 鼻の下を伸ばしている男性冒険者もチラホラ。 これだけ差があると、ちょっと敬遠されてもおかしくないかもし れない。 俺は特に気にならないけど。 ﹁どうかしましたか?﹂ ﹁あ、いえ、何でもないです﹂ 思考を切り上げて、仕事の話に移る。 391 ﹁依頼どうする? だけど﹂ そろそろもっと難しいの受けてもいいと思うん ふと思って、テシアに聞いてみる。 いい加減ゴブリン討伐だけというのも味気無いだろう。 ﹁メンバー増やす話はどうなったの?﹂ ﹁あー、そういやそんな話あったね﹂ すっかり忘れてた。 ﹁しっかりしてよね。難度の高い討伐依頼じゃなければ、何でもい いわよ﹂ テシアの言うとおり、討伐依頼はしっかり戦力を整えてからがい いだろう。 ﹁ってことなんですけど、何か丁度いい依頼ありますか?﹂ ﹁巡回依頼はどうでしょうか﹂ ﹁巡回?﹂ 依頼の説明のついでに、クレアさんにいろいろと教えてもらった。 毎度お馴染みマルカ南の森。正式名称ムタンド大森林。 そこを南へ真っ直ぐ突っ切るように街道があり、ザームという小 さな街に続いている。 392 あの森は結構危険な場所らしく、少し奥に行くだけで強い魔物が 増えるそうだ。 かつて魔物の抵抗を退けながら総力を挙げて森を切り開き、遠く 南にある開拓村まで街道を作ったという。 出来るならばもっと森を街道から離したいが、これ以上森を切り 開くにも魔物が暴れて難しい。 かと言って、放っておくと魔物の蔓延る街道に。 この依頼は、その道に沿うように点々とある休憩所を見て回る仕 事だ。 強い魔物避けの魔術が施されていて、近寄る魔物に対する防波堤 の役割を果たしているそうだ。 ﹁要するに散歩です﹂ ﹁えっ﹂ 強い魔物を見かけたら報告する事。 休憩所が壊れていたら報告する事。 可能であれば、街道で困っている人を手助けする事。 とりあえず、気になったことは報告する事。 ﹁何か起こることなんて滅多にありません﹂ ﹁つまり歩くだけと⋮⋮?﹂ ﹁そうです﹂ クレアさんは相変わらずの事務的な口調で淡々と言う。 393 ﹁それって、ここの兵士さんとかがやるような仕事じゃ﹂ ﹁もちろん多少巡回していますが、あまり人数も割けません。なん せ本当に何もありませんので﹂ 限りなく無意味に近いけど、やっとかないともしもの時が心配。 そういうお仕事か。 ﹁ただ、気になることがありまして﹂ ﹁気になること?﹂ ﹁最近になって魔物の目撃報告が多くなっています。襲われたとい うのは稀ですが、街道付近をうろうろしているところを巡回中の衛 兵や冒険者が見ています﹂ だからこの依頼を勧めてきたのか。 俺はクイーンスライムを使役しているし、多少の事なら大丈夫と いう見立てだろう。 ﹁どうする?﹂ ﹁別に構わないわよ﹂ テシアは仕事を選り好みしないようだ。 イレギュラーなところは気になるが、襲われる可能性は低いみた いだし大丈夫だろう。 ﹁えっと、そのザームって街まで行けばいいんですか?﹂ 394 ﹁いえ、ザームは馬車で1日ほど掛かりますので。マルカ側から数 えて3箇所、第3休憩所までで結構です﹂ ﹁どれくらい時間かかります?﹂ ﹁第3休憩所までなら、ゆっくり歩いても帰りは夕方にならないか と﹂ ということは、昼食は行った先で食べることになるかもしれない。 忘れずに用意しないと。 ﹁わかりました。その依頼やります﹂ ﹁ミコトさんは何というか⋮⋮真面目ですね﹂ ﹁そうですか?﹂ ﹁こんな地味な仕事、普通はやりたがらないですから。一応、ラン クアップに対する貢献度は高いのですが﹂ ﹁いや、俺もつまらなければもうやりませんよ。やったこと無いし、 とりあえずやってみようかなと﹂ ﹁そうですか。わかりました、よろしくお願いします﹂ ﹁はい、行ってきますね﹂ その時見たクレアさんの表情は、ほんの少しだけ穏やかだったよ うな気がする。 気のせいかもしれないけれど。 395 俺、何か変なこと言っただろうか? * * * * * * ﹁ご飯どうしようかなぁ﹂ 依頼に行くために、昼食を買っておかなければならない。 ﹁朝十分に食べたし、抜きでもいいわよ?﹂ ﹁いやいや、身体動かすんだしちゃんと食べないと﹂ そういえば、この世界は1日3食でいいのだろうか? 魔術で発展はしているものの、どこか古めかしい雰囲気を感じる この世界。 昔は2食で済んでいたって話もあるし、そういった習慣が違って もおかしくはない。 昼に食堂行った時は盛況だったし、3食が普通じゃないってこと は無いと思う。 ︵お腹空くし3食食べるけどね︶ 食事は大切な娯楽だ。 ﹁そういえば、ソラは何を食べるの?﹂ ﹁えーっと⋮⋮俺の魔力と、ちょっと水を﹂ 396 自分の汗を吸わせてます、なんて流石に言えない。 そのうちバレるだろうけど。 ﹁じゃあ、私たちの分だけね。その辺の屋台か、食堂で包んでもら いましょうか﹂ ﹁持ち帰りとか出来るのかな﹂ ﹁ま、あそこならやってるでしょ。あなたがノエルちゃんに頼めば、 確かにノエルちゃんならしてくれそうだけど﹂ 大抵の事は聞いてくれるんじゃない?﹂ ﹁え、何で俺限定? ﹁あの子、あなたに好意を持ってるわよ﹂ ﹁そうかなぁ、ノエルちゃんは誰に対してもあんな感じだと思うけ ど﹂ あの食堂で食事していれば、すぐにノエルちゃんは目に入る。 テキパキと動き、みなに明るい笑顔を振りまき、それにつられた ように誰もが笑顔になる。 俺に好意を持ってるってのはちょっと疑問だ。 好意があったとしても、それは恋愛感情じゃないだろう。 ﹁あとは、さっきの受付の女性とか﹂ ﹁あはは、無い無い。そんな素振り全然無いし﹂ クレアさんはノエルちゃん以上に無いだろう。 初めて会った時から変わらず、事務的な表情と淡々とした喋り方。 397 少し柔らかな表情を見せてくれることもあるが、それは俺がよく クレアさんのところで受付してもらって、顔を覚えてもらったから だろう。 それこそ無 ﹁特に好意を持ってるのは、あの道具屋の店主ね。かなりご執心み たいよ﹂ ﹁道具屋の店主って、もしかしてロシェさんのこと? いでしょ。まだあの一度会ったっきりだよ﹂ 確かに凄く丁寧に対応してもらったが、あの独特の張り付いたよ うな笑顔は営業スマイルってやつだろう。 最後にちょっと親しげにされたけれど、俺が若いからからかわれ た感じだと思う。 ﹁えっと、何でこんな話してるのかな。その、恋人にする話じゃな いかなーなんて⋮⋮﹂ テシアを窺うような視線で見る。 嫌というほどじゃないが、つい昨晩結ばれた恋人にする話じゃな い気がする。 ﹁ちょっとした興味よ。あなたは何人くらい恋人を作るのかってい う﹂ そういえば第一夫人第二夫人とかいう話をしてたな。 ﹁一般人も複数人と、その⋮⋮結婚とかできるの?﹂ ﹁そりゃそうでしょ。普通2∼3人くらい奥さんを持つと思うけど﹂ 398 ︵異世界ぱねぇっす︶ 複数人と結婚できるってのはまだいいが、﹃普通が2∼3人﹄っ てところが半端ない。 つまり、大体の人が2人以上の奥さんを持ってるってことだ。 ﹁ミコトが住んでるところは違ったの?﹂ ﹁俺が住んでたところは、1対1って決まってたんだ。2人以上は 不誠実って言うか⋮⋮。よその国では一夫多妻のところもあったけ ど﹂ そりゃハーレムは男の夢だよ。 綺麗な女の子に囲まれて楽しい生活送りたいよ。 でも、それは非常識だからぐっと我慢するってのが人間ってもん です。 ﹁そう。私は構わないから、好きに恋人増やしていいわよ﹂ 彼女の方から推進されるとは思いませんでした。 ﹁いやいや、さっきも言ったけど一夫一妻は染み込んでましてね﹂ ﹁慣れなさい。それで、ちゃっちゃと押し倒しなさい﹂ ﹁ちょ、テシアさん?﹂ 何でそんなに推していくのかよくわからない。 ぶっちゃけ、恋人複数とか俺には荷が重い気がする。 399 作るのすら苦労しそうだ。テシアが初めての恋人だし。 ﹁何でそんなに勧めるかな。恋人複数持つことって、実利的な何か があるの?﹂ ﹁そんな損得勘定な理由じゃないわよ。男にとっては得なんじゃな い?﹂ 得なんじゃない?って、そりゃまぁ嬉しいですけど。 嬉しい反面、今までの常識が邪魔をする。 何か言った?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮なかなか手強そうね、少し強引にいきましょうか﹂ ﹁え? ﹁何でもないわ。とにかく慣れて﹂ ﹁わ、わかった﹂ かなり強引に押し切られた。 確かに嬉しくはある。現恋人の太鼓判もいただいたし。 ただ、複数人相手した時に誰かを蔑ろにしないか。そこが心配だ った。 ちらりとソラの事が頭に浮かぶ。 無邪気に笑いかけてくれる姿。 現実では決して会うことの無い、スライムという奇妙な生物。 会えないとわかっていても、創作物で欲求を満たすほど好きな種 族。 400 ︵好きだけど⋮⋮これは恋愛感情なのか?︶ 単なる性的趣向。 子供や兄弟に向けるような家族愛。 本当の恋愛感情。 自分が持っているのがどれなのか、俺には分からない。 そもそも、テシアは魔物の恋人を受け入れてくれるのか。 そこも問題だ。 ﹁その⋮⋮増やしてもいいけど、私のことも忘れないでね﹂ テシアがちらりと上目使いで俺を見る。 ﹁忘れるなんてこと、絶対無いよ﹂ そう言って、優しく頭を撫でる。 ば、ばかっ、恥ずかしい事言わないでよ⋮⋮﹂ ﹁だって、俺はこんなにテシアが好きなんだから﹂ ﹁⋮⋮!? 耳まで真っ赤になったテシアに背中を叩かれる。 細腕から繰り出される攻撃は全く痛くない。 もちろん本気でやってはいないだろうけど。 ﹁あ⋮⋮﹂ そうでした。今気づきました。 道のど真ん中でした。 401 周りの人がクスクスと笑っていたり、ニヤニヤしていたり。 あ、路地でおっさんが壁殴ってる⋮⋮勝手口から出てきたおばさ んに引っぱたかれた。 そうだね、人の家の壁は殴っちゃダメだよね。 ﹁そ、その、行こうか。食堂でいいよね﹂ ﹁うん。は、早く行きましょ﹂ 俺達はお互い真っ赤になりながら、この精神的にくる包囲網から そそくさと脱出するのだった。 402 第28話 気付かぬ想いと密かな企み ﹁ここが第1休憩所かな?﹂ 街道の脇、森に少し食い込んだ広いスペース。そこに休憩所はあ った。 公園にあるような、屋根があって大きいベンチとテーブル備え付 けられてるやつだ。 結構な大きさで、ベンチとテーブルは4組ある。 ﹁広い以外は普通の休憩所ね﹂ ﹁だね。魔物避けとか言うから、派手な装置でもあるのかと思った んだけど﹂ 付近には、周りの木々より少し高い位の赤い旗。 それ以外無い。 ﹁あれが魔物避け?﹂ ﹁魔力を感じるのは休憩所の下ね。あれはただの目印じゃない? この森、広いし﹂ そういえばテシアは︻魔力探知︼を持っていた。 魔物避けがあるけど﹂ そういうこともわかるのか。 ﹁あ、ソラ大丈夫? 403 ﹁かんじる、ない。だいじょうぶ﹂ ︻使役︼を使った魔物には影響ないんだろうか。 先に進もうか﹂ あるいは、ソラにはもう無いであろう瘴気に対する魔術なのか。 ﹁んー、ここは大丈夫かな? ﹁そうね。行きましょうか﹂ 次の休憩所はまだ遠いようだ。 はるか先に建物らしき物が見えるから、多分それだろう。 人が近付いてくればわかるだろうし﹂ ﹁あんまり人いないね。ソラ出しちゃってもいいかな?﹂ ﹁いいんじゃない? ソラには、早く歩くことに慣れてもらいたい。 戦闘では頭数が重要なようだし、別行動が可能になる事と機動力 がある事に越したことはない。 もちろん、人型でいてもらうと目の保養になるからってのもある。 ケープに入ってもらうのも、距離が近くて嬉しくはあるけれど。 ﹁おー、みち、ながい﹂ 人型になって地面に下りたソラが、楽しげに言う。 この道、本当に真っ直ぐなのだ。 目が良かったら、先にあるザームという街まで見えるんじゃない だろうか。 ﹁通るのは退屈かもな、ここ﹂ 404 周りの景色を見て、歩きながら言う。 道は真っ直ぐ、左右はひたすら森。 景色の変化はたまにある休憩所のみ。 ﹁確かにそうね⋮⋮﹂ 馬車とかでさっさと通り抜けたいかもしれない。 というか、馬車とか乗ったことないから乗ってみたい。 ソラ﹂ 前を歩いていたソラがペシャンと転ぶ。 ﹁あちゃー、大丈夫? ﹁うん、へいき﹂ 駆け寄って起こしながら聞く。 スライムだし、魔物だし、転んだくらいで早々怪我などしないだ ろうけど。 ﹁手繋いであげたら?﹂ ﹁そうだね。ソラ?﹂ ソラに手を差し出す。 ﹁うん、つなぐ!﹂ 満面の笑みで俺の手を取るソラ。 405 ︵あぁもう可愛いなぁ!︶ 手は塞 ソラは俺を見上げながら、歩調を合わせてゆっくりと歩く。 なんともこそばゆい。 ﹁えっと、テシアも繋ぐ?﹂ ﹁遠慮しておくわ﹂ 俺、ちょっとショックです。 ﹁勘違いしないでよ。魔物が出るって報告聞いたでしょ? がない方がいいわ﹂ 俺の表情で察したのか、すぐにフォローが来る。 ﹁俺とソラは?﹂ ﹁あなた達の場合、そんなの障害にならないでしょ?﹂ 言われてみれば確かにそうである。 その後も雑談しながら、果てしなく続く道を歩き続けた。 * * * * * * 私は画策していた。 ソラとミコトの仲の事だ。 この二人、ほっといてたらいつまで経ってもくっつきそうにない。 406 魔物と人だなんて普通は考えられないが、二人を見て考えを改め た。 普段の視線や仕草を見れば、お互い想いあってるのは明白だ。 ミコトのことだ、大方﹃好きの種類﹄がどうたらと考えて行動を 起こせていないのだろう。 ソラの方は自分の気持ちに気付いて無い節がある。ミコトの事を 慕ってはいるが、その気持ちの根源を理解していないのだと思う。 私は、二人の間に入ってしまった。 仲を裂いたとまでは言わないが、障害になったのは事実だ。 普通の恋人であればそんなこと無いのだが、ソラは魔物で、ミコ トは複数の恋人を持つことに抵抗感がある。 罪滅ぼしというわけじゃないが、私が二人の仲を取り持つことは 必要だと感じる。 何より、昨晩見たソラの笑顔に応えたかったのだ。 ﹁ますたー、ますたー﹂ ﹁どうしたの?﹂ ﹁そら、あるく、じょーず?﹂ ﹁うーん、さっき転んでたしなぁ﹂ ﹁ごめん、なさい﹂ ﹁いいんだよ。最初から上手いなんてこと無いんだから。ゆっくり 練習しようね﹂ 407 ﹁うん、れんしゅー、いっぱい、する!﹂ 無邪気で、何気ない会話。 そんなちょっとした光景でも、互いの好意が透けて見える。 それこそ、私とよりも仲睦まじいのではないだろうか。 テシア、どうかした?﹂ ちょっと嫉妬してしまう。 ﹁⋮⋮? ﹁何でもないわ﹂ 見られているのに気付いたのか、ミコトがこちらを向く。 普段はぽけぽけしてる癖に、変なところだけ聡い。 今回、私が画策してることはこれだ。 まず、ミコトが持っている﹃恋人を複数持つことへの抵抗感﹄を 削ぐこと。 私とのことが障害となり、ソラとの仲が進展しないのはいけない。 私が身を引くという選択肢もあるにはあるが⋮⋮私には選べなか った。 ミコトを大切に思って、慕っているのは私だって同じだ。一緒に いたい。 ミコトは魅力的な人だ。今後、たくさんの女性から好意を抱かれ るだろう。 私は、ミコトに愛されることの幸せを知っている。 彼は多くの女性を愛してあげるべきだと思うし、多くの人に彼の 優しさを知ってほしい。 そのためにも、ミコトの抵抗感を無くすことは必要なのだ。 408 次に、ミコトとソラに自身の想いを自覚してもらい、それをお互 いに伝え合う事。 これは一応、具体的な作戦がある。 ミコトの事だ、このシチュエーションはなかなかに心に響くはず。 決行は今夜だ。 * * * * * * 問題無く第2休憩所を過ぎ、第3休憩所に向かう。 ﹁ホントに何もないな、人もいないし﹂ ﹁天気がいいからまだマシ、といったところね﹂ 一度背後、マルカ側から馬車が通ったが、それ以降人っ子一人見 ない。 この道を彩るのは、たまに聞こえる小鳥の声と温かい日差しくら いだ。 もしそれが無かったら、若干ホラーな雰囲気さえあるかもしれな い。 ﹁もうちょっと景色に変化があったら、いいピクニックになりそう なんだけど﹂ ﹁第3休憩所でお昼にしましょうか。丁度いい時間だわ﹂ ﹁そうしよっか。何でこんなに人いないんだろうなぁ﹂ 409 ﹁さあね。この先の街になにか理由があるんじゃない?﹂ 理由か。 魔物がちらほら見られるようになったから、馬車の数を減らして るとか? 元いた世界の流通もよくわかってない俺に、異世界の事情など分 かるはずも無く、早々に思考を切り上げた。 ﹁お、あれが第3休憩所かな﹂ 右側の森の切れ間から建物が見えた。 ようやく折り返し地点である。 ﹁⋮⋮待って。何か聞こえない?﹂ ﹁⋮⋮聞こえないな。というか、俺︻聴覚探知︼無いし﹂ ﹁習得しておきなさい。素早く状況を把握する事は、冒険者にとっ て必須よ﹂ ﹁わ、わかった﹂ しばらくスキル画面を開いていない。 ここらでスキルの性能を調べて、一気に習得するべきだろうか。 ﹁右側⋮⋮休憩所より更に森の方かしら﹂ ﹁どんな音?﹂ 410 ﹁人と、何か大きな足音ね。走ってる﹂ ﹁人が魔物から逃げてる?﹂ ソラはケープの中へ!﹂ ﹁その可能性が高いわね。どんどんこっちに近づいてる﹂ ﹁急ごう! ﹁わかったわ!﹂ ﹁わかったー﹂ ソラさん、もうちょっと緊張感持ってください。 ﹁真っ直ぐ森の方向よ。そう遠くないわ!﹂ 一旦休憩所まで駆け抜け、もう一度耳を澄ませる。 俺にもドタバタと音が聞こえた。 音のする方向へ急いで走る。 ﹁アスト!﹂ 青年の叫びが聞こえた。 声の方向で全力疾走し、ようやく人影を見つける。 411 加速を使って、素早く状況を把握し始める。 やや前方に巨大な熊。︻鑑定︼したところ、名前はワイルドベア。 後ろ足で立ち上がり前足を振り上げ、目の前に倒れてる少女を攻 撃しようとしている。 さっき叫んだと思われる青年は少し離れたところにいて、少女に 手を伸ばし走り出そうとしている。 他にも男女1人ずつ同じパーティと思われる子達が。こちらは大 型犬ほどの大きさはある1体のオオカミと戦闘中。 オオカミの名前はワイルドウルフ。 ワイルドウルフの方は戦闘中のやつの他に2体、森の隙間から姿 が見える。 ︵あっちの二人は大丈夫だな。まずは前方の熊をどうにかしないと︶ ︻縮地︼を使い、少女とワイルドベアの間に割り込む。 ワイルドベアの動きが一瞬鈍ったが、すぐに攻撃の軌道が俺へと 移る。 ︵好都合だな︶ カナタを抜き放ちながら、降ってくる右腕を斬り払う。 腕を切断されたワイルドベアはそれをものともせず、今度は左腕 を横から振る。 勢いが乗る前に、これも斬り払う。 ﹁グオォォオオォ!﹂ ワイルドベアは雄叫びを上げながら、腕の切断面から瘴気を撒き 散らす。 412 暴れられても困るので、流れるように両足を切断する。 ﹁トドメ﹂ 倒れてくる動きに合わせ、下から首を斬り飛ばす。 地響きを立てながら熊は倒れ伏し、すぐに煙に変わった。 ﹁ガウ!﹂ ﹁ガアア!﹂ 左右から同時にワイルドウルフが飛びかかってくる。 ﹃ソラ﹄ ﹃わかったー﹄ 俺は左を、ソラは右を。 飛びかかってくるワイルドウルフの側面に回り、身体を斬り伏せ る。 前後に分かれたワイルドウルフの身体は、森の中に吹っ飛んでい った。 ソラは触手で一撃加えて動きを止め、更にもう一撃加えて弾き飛 ばす。 ﹁キャウン!?﹂ 木の幹に叩きつけられたワイルドウルフは、瘴気を飛び散らせて 煙になった。 413 ︵その声やめてよ、凄い罪悪感⋮⋮︶ デカイし牙を剥いているが、ただの犬とそこまで変わらない見た 目だ。 必要な事ではあるけど、結構な罪悪感がある。 ゴブリンとかオーガは人型だけど、見た目が醜悪でファンタジー 感が強い。 それに引き替え、今戦ったワイルドベアとワイルドウルフはだい ぶ現実の生物に似ている。 今更だがちょっと恐怖を感じた。 血や肉が飛び散らなくて良かったと心底思う。 俺が戦っている間にもう1体のワイルドウルフは倒せたようだ。 なかなかのお手並みである。 いや、人の戦闘能力の基準とかわからないけど。 ﹁大丈夫?﹂ とりあえず何か喋らないと気まずいので、安否を確認する。 倒れていた少女に手を差し伸ばし、立ち上がらせる。 大きな怪我は無いようだ。 怪我無いか?﹂ ﹁は、はい。ありがとうございます﹂ ﹁アストっ、大丈夫か? 先ほど叫んだ青年が急いで駆け寄り、少女の肩に手を置く。 少女はその手を払いのけ、他の2人に顔を向ける。 414 ︵うわ、きっつ⋮⋮︶ 毅然とした態度だ。 襲撃される前に何かあったのだろうか。 ﹁大丈夫よ。サイアン、トルテ、そっちは?﹂ ﹁こっちは終わったぞ、リーダー。怪我も無しだ。この子も手伝っ てくれたし﹂ ﹁加勢が無くても一匹ぐらい余裕﹂ サイアンとトルテと呼ばれた二人の後ろを、テシアがついてくる。 あちらに加勢してたようだ。 ﹁とりあえず休憩所まで行こう。あそこなら魔物も大丈夫だろうし﹂ ﹁その通りですね。みんな、行くわよ﹂ リーダー、アストと呼ばれた少女と話して取り決める。 今のところ、魔物がいるような感じは無い。テシアも何も言って こないし。 しかし、ここは森の中だ。またいつ襲われても不思議じゃない。 魔物達が落とした魔石と素材を手早く拾い、俺達は足早に休憩所 に戻るのだった。 415 第29話 至高の食材と食事︵前書き︶ ちょっと飯テロ注意 416 第29話 至高の食材と食事 ﹁まずはお礼を。助けていただき、本当にありがとうございました﹂ 無事休憩所までたどり着いた俺達は、向かい合って座る。 ﹁私はこのパーティのリーダーをしているアストールと申します。 こちらはカイザー、サイアン、トルテです。あなたのお名前も窺っ てもよろしいでしょうか?﹂ ﹁あ、はい。俺はミコト、こっちはテシアです﹂ 凄く丁寧な対応に少し気後れしてしまったが、慌てて自己紹介す る。 このリーダーをやっているアストールという少女、かなりテシア に似ている。 テシアの髪より少し金色の強いブロンド、緑色の瞳。 顔立ちは整っており、目元はテシアより少し釣り目だ。 もっとも違う所は身長と胸の大きさ。そして、普通の人間という ところだろう。 身長は俺より少しだけ低いくらい、胸は大変豊かでいらっしゃる。 そのプロポーションを包む鎧は、黒を基調としたドレスの様な形 をしている。 美しさも相まって、姫騎士みたいだと俺は思った。 どうかしましたか?﹂ 背負っている細身の大剣も、イメージにピッタリだ。 ﹁⋮⋮? 417 ﹁い、いえ、うちの連れと似ていたので驚いて﹂ ﹁あー、言われてみりゃ確かに似てるっすね﹂ 言葉には出さないが﹃ちっこいけど﹄というのが顔に見て取れる。 彼はサイアンと呼ばれていた青年だ。 身長は俺より少し高いくらいで、目は濃いめの茶色。ベージュの ツンツンヘアーが特徴的だ。 革鎧を身に着け、左右の腰には数本短剣をさげている。 戦闘中には、両手に短剣を持っていた。この世界にも二刀流はあ るらしい。 口調と雰囲気から、快活そう⋮⋮というか三枚目な印象を受ける。 しかし、先ほどの戦闘中では堅実で落ち着いた行動をしていたよ うに見えた。 頼りになる兄貴分なのかもしれない。 ﹁とても美人。小さいけど﹂ ︵言っちゃいましたよ、この子︶ テシアは気にした様子も無く、平然としている。 サイアンさんの気遣いも空しく言ってしまった少女、トルテ。 長袖の黒いロングワンピース、暗い青色のケープ。そして、魔女 帽子と捩じくれた木の杖。 完全な魔女スタイルである。 セミロングの綺麗な黒髪と青い瞳を持っており、その目はどこか 眠そうである。 ちなみに身長はテシアと同じくらい。体型もしかり。 418 ﹁えっと、トルテちゃんだっけ。大丈夫? というか﹂ ﹁特に問題は無い﹂ ちょっと調子が悪そう ﹁あ、こいつが眠そうな目付きなのは元々なんすよ﹂ サイアンさんがフォローを入れてくる。 あれがデフォの目付きなのか⋮⋮。 ﹁あの、本当にありがとうございました。ミコトさんがいなかった ら今頃⋮⋮﹂ 落ち込んだ顔をしている青年、カイザーと言ったか。 アストールさんの名前を叫び、そして素気無くされた子だ。 黒い短髪に青い瞳、どこかトルテちゃんに似ている。 身長は俺やアストールさんより低く、この世界ではだいぶ小柄な 方だろう。 装備は白を基調としたブリガンダインだ。腕や腰回りにチェイン メイルが見える。 ちょっと野暮ったい見た目ではあるが、堅牢そうな印象である。 今回の失敗の張本人さ 大き目の丸盾を背負い、腰にはメイスをさげていて、典型的な前 衛スタイルのようだ。 ﹁それはあなたが言う事じゃないわよね? ん﹂ ﹁す、すいません⋮⋮﹂ 419 やはり、あの事態になる前に何かあったようだ。 ﹁あなたがあそこで不用意に飛び出さなければ、こんなことにはな らなかったはずよ﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁周囲に警戒もせず、一人で勝手に突っ込んで⋮⋮前衛として、い え、パーティメンバーとして失格です﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ その釣り目を更にキツくしながら、アストールさんはカイザー君 を責める。 あまり責めるのも⋮⋮﹂ カイザーの方はすっかり縮こまり、黙ってしまった。 ﹁えっと、その辺にしておきませんか? 俺の言葉に被せるように、アストールさんは強く言い放つ。 ﹁さっきカイザー自身が言ったように、あそこでミコト様が助けて くださらなければ怪我では済まなかったでしょう﹂ ひとつ軽く息を吐き、言葉を続ける。 ﹁確かにあそこで転倒したのは私のミスです。しかし、あのミスが 無くても時間の問題だったでしょうね﹂ 左右を並走していたワイルドウルフ。 ワイルドウルフ1体にかかりきりだった、サイアンさんとトルテ 420 ちゃんの二人。 そして、あの巨大なワイルドベア。 確かにただでは済まなかっただろう。 サイアンさんとトルテちゃんも鎮痛な面持ちで聞き入る。 カイザー君も更に縮こまる。 ﹁重ねてお礼申し上げます﹂ アストールさんは立ち上がり、片膝をついて深々と礼をする。 それはまるで、騎士が主君にささげる厳粛な礼のようだった。 ﹁あ、頭を上げてください。困った時はお互い様ですから﹂ 慌てて立ち上がって、アストールさんのそばでしゃがむ。 確かに命は危なかったかもしれないが、あの状況じゃ誰でもああ するだろう。 あまりに恐縮されては、こちらも居たたまれない。 ﹁ありがとうございます、ミコト様⋮⋮﹂ 顔上げ、俺をキラキラとした目で見つめる。 ︵うっ⋮⋮この目はちょっと苦手だな⋮⋮︶ 敬意とか憧れとか、そういう類の眼差しだ。 俺は勘や洞察力が高くないと思うが、それでもわかるほどに強い 視線。 こんな視線は向けられた経験は今まで無かった事だし、かなりや りづらい。 421 ﹁あちゃー⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮惚れたね﹂ サイアンさんとトルテちゃんが軽く頭を抱えながら小さく呟く。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ カイザー君はチラチラと落ち着きなくこちらを窺っている。 この状況を見れば、どういう事なのか嫌でもわかる。 つまり、カイザー君↓アストールさん↓俺ってことだろう⋮⋮。 ︵どうしたもんかなこれ︶ ねっ!﹂ 助けを求めてちらりとテシアを見るが、目を閉じてちょこんと座 っている。 そろそろお昼だし食事にしましょう! 我関せず態勢ですよ、どうすんのこれ。 ﹁あぁ、そうだ! とりあえず先送りである。 この空気も居た堪れない。本気で。助けて。誰でもいいから。 * * * * * * ﹁ソラ、出てきていいよ﹂ 422 あまり閉じ込めていてもかわいそうなので、ソラを外に出す。 もちろん、念話で人型にはならないようにと通達済み。 小さいスライム型のソラがぽちょんとテーブルに乗る。 ﹁この子は⋮⋮確かさっきの﹂ ﹁うん、普段はケープの中にいてもらってるんだ﹂ アストールさんが興味深げにソラを見つめる。 さっきの戦闘でソラの触手を見ていたのだろう。 ﹁素晴らしく鋭い攻撃でした。スライムとは思えないほどに⋮⋮﹂ ﹁この子は強いからね﹂ クイーンスライムです、とは言わない。 あまり驚かせたくないし。 ノエルちゃんに頼んで作ってもらった昼食を︻マジックポケット︼ から出す。 紙袋を開くと、肉と野菜を挟んだパンが入っていた。 ソースを絡めたたくさんの薄切り肉、瑞々しい葉野菜、まだ少し 温かく香ばしい匂いを漂わせるパン。 見ただけで食欲を誘う。 テシアも自分の紙袋を開き、ちょっとワクワクした目で覗いてい る。 ﹁あれ、君達の食事は?﹂ 423 あちらのパーティは食事を取り出す様子も無く、武器の手入れや 荷物の整理をしている。 ﹁昼食はありません。もし食材が手に入ったら、調理しようかと思 ったんですが﹂ 1日2食派か、あるいは食材が手に入る目星があったのか。 ﹁⋮⋮!﹂ アストールさんのお腹から可愛い音が鳴る。 ﹁こ、これは、そのっ⋮⋮!﹂ 真っ赤になって弁解しようとするアストールさんを宥め、提案す る。 ﹁さっきの戦闘で手に入ったものなんですけど、良かったら食べま すか?﹂ そう言って、︻マジックポケット︼から大きい肉の塊を取り出す。 ワイルドベアからドロップした、ワイルドベアの肉である。 ちょっと赤身が黒い、ずっしりとした肉。 肉屋で売ってるようなブロックが、そのままドロップしたのだ。 それはミコト様のじゃ⋮⋮﹂ ちょっとシュールな光景だった。 ﹁え、いいんですか? ﹁困った時はお互い様でしょう?﹂ 424 にこりと笑って勧める。 ﹁待って﹂ いきなり静止が入る。 トルテちゃんだ。 ﹁これは⋮⋮Sランク食材⋮⋮!﹂ 彼女は生来の眠そうな目をかっと見開いて叫ぶ。 ﹁え、Sランクだと⋮⋮ジュルリ﹂ 短剣の手入れをしていたサイアンさんがバっと顔を上げる。 涎出てますよ。あっ、垂れてる垂れてる! ﹁Sランク⋮⋮?﹂ 俺が︻鑑定︼を使った時は名前しか出なかったはず。 ﹁関連スキルが無いとランクは分からないわよ﹂ 俺の表情を見て、テシアがフォローを出す。 なるほど、そのアイテムに関するスキルが無いと質はわからない と。 この場合は料理とか、そんなところだろうか。 ギンガムさんにも、あのオーガの皮のランクが見えていたのだろ う。 てっきり、鍛冶屋の勘というか知識の類だと思っていた。 425 ﹁確かに欲しいけれどジュルリ、こんな高価なものジュル、いただ けないジュルリ﹂ トルテちゃん、それ全く説得力無い。 ﹁せっかく会えたんだし、親交の証ということで。気にしないで貰 って﹂ ﹁では遠慮なく﹂ 躊躇無く肉の塊を抱えるトルテちゃん。 ホントに欲しかったんだね、うん。 そこからの行動は速かった。 トルテちゃんは︻アイテムボックス︼から折り畳み式の調理台や ら、調理道具やら、調味料やら次々と出していく。 驚いたのは、肉を焼くような鉄板とか、それを乗せるレンガとか、 更にほどよい大きさの薪まで出てきた。 テシアは呆れ顔で眺めている。 あちらのパーティは慣れっこのようで、準備している様子を気に しながらも自分の作業を続けている。 トルテちゃんは手早く薪に火をつけ、鉄板を熱する。 肉をほどよく薄切りにして、塩胡椒をまぶす。 その肉をゆっくり鉄板に並べていった。 すぐにいい匂いが漂いだす。 ﹁おぉ⋮⋮おぉ⋮⋮!﹂ 426 サイアンさんが感嘆の声を上げる。 気持ちは分かる。 ﹁お、美味しそうね⋮⋮﹂ アストールさんは未だリーダー然とした態度を取っているが、肉 に意識がいってるのは明白だった。 カイザー君は調理も気にしてるのだが、それよりも俺とアストー ルさんをチラチラと見てくる。 食い気より色気のようだ。 ほどなく肉は焼き上がり、トルテちゃんはトングで小皿に取って いく。 ﹁出来た。食べて﹂ ﹁ひゃっほう!﹂ ﹁いただくわね﹂ ﹁⋮⋮い、いただきます﹂ 思い思いの反応をしながら、小皿を受け取る。 みな、フォークを使って口に運んでいく。 ﹁お、おいしい⋮⋮﹂ ﹁美味。非常に美味。至高の味﹂ ﹁うめぇ⋮⋮うめぇよぉ⋮⋮生きててよかった⋮⋮﹂ 427 ﹁もぐもぐ⋮⋮もぐもぐ⋮⋮﹂ サイアンさん号泣なんだけど大丈夫かアレ。 ﹃生きててよかった﹄が比喩じゃないので、妙な重みがある。 あちらが食べ始めたので、俺達も食事を始めることにした。 ﹁いただきまーす﹂ パンにかぶりつく。 肉は簡単にかみ切れるほどに柔らかく、口の中が肉の旨みで満た される。 ソースは甘じょっぱい味で肉の味を引き立て、野菜のシャキシャ キと心地よい感触がいいアクセントを加える。 パンは食堂で食べたものと同じく、外はカリカリ、中はモッチリ、 香ばしい薫りが更に食欲を高めてくれた。 ﹁んー、流石の味だねぇ﹂ ﹁本当にそうね。贅沢だわ、全く﹂ ちょっと皮肉りながら、テシアもぱくぱくと食べ続ける。 ﹁テシア、ソースついてるよ﹂ ﹁え?﹂ ﹁ほら、ここ﹂ 428 指で口元のソースを拭ってあげて、それを口に含む。 ﹁あ、ありがと⋮⋮﹂ テシアはほんのり赤くなりながらも、食事を続ける。 小動物のようで非常に可愛らしい。 ﹁うひゃー、ラブラブっすね﹂ サイアンさんが茶々を入れてきた。 ﹁あ、あはは⋮⋮﹂ 特に抵抗感無くやってしまったが、かなり恥ずかしい事に気付く。 やってしまったことは仕方ない。開き直ろう。 恥ずかしさを消すように、また食事に没頭する。 そこそこの大きさだったが、美味しさのせいかすぐ食べ終わって しまった。 ソースのついた指をソラに差し出してみる。 ふるりと震え、俺の指を身体の中に取り込む。 唇とはちょっと違う感触を伝えながら、ちゅーちゅーと吸ってい る。 ソースはソラの中に消えて行ったが、味とかわかるんだろうか? あとで聞いてみよう。 ﹁あの、ミコト様もどうぞ﹂ 焼いた肉を盛った小皿を、アストールさんが持ってきてくれた。 429 ﹁ありがとう、いただくよ﹂ まだ少しお腹に余裕があったし、ワイルドベアの肉にも興味があ った。 小皿と一緒に持ってきてもらった木製のフォークで突き刺し、い い香りを立ち上らせる肉を口に運ぶ。 まず感じたのは強い味。 さっき食べたサンドの肉も確かに美味しかったのだが、こちらは 更に強い味を感じる。 強い味といっても臭味は無く、むしろ旨みと言っていい味わいだ。 次に甘さ。 肉に付いている脂身が、噛む度にじゅわっと甘みを出してくる。 柔らかい肉を噛みしめながら、口に広がる美味しさを味わう。 ﹁凄い⋮⋮ホントに美味しい⋮⋮﹂ ﹁こ、これは凄いわね⋮⋮﹂ テシアも一口食べて、目を見開きながら驚いている。 ﹁流石Sランクってことなのかな﹂ ﹁ワイルドベアの肉は確かに美味しい。だけど、低ランクは臭みと 固さで食べられたものじゃない﹂ トルテちゃんが近くによって来て解説を始める。 その眠そうな目は、見た目とは対照的にキラキラ輝いている気が した。 430 ︵食べることが好きなんだろうなぁ︶ ﹁調理の仕方で多少は良くなるけど、やはり高ランクには及ばない。 高ランクだからこそ、価値ある食材。それがワイルドベアの肉﹂ 手を組み、何かを信奉するような顔で語る。 どんだけ好きなんですか。 ﹁いや、すんませんね。こいつホントに食べ物が好きで﹂ ﹁あはは、喜んでもらえて何よりです﹂ 美味しい食事で緊張が和らいだのか、とてもいい雰囲気だ。 俺は、この子たちを助けられて良かったと心から思った。 431 第30話 ふわふわな新入り 食事を終えた俺達は少し休憩所に留まり、食後の安静をとること にした。 ﹁い、Eランクですか﹂ ﹁俺達より下のランクって、ギルドの評価基準はどうなってんだろ うね。ホント﹂ ﹁まだ冒険者始めて日が経って無いし、妥当じゃないかな﹂ 俺がEランク冒険者だと聞くとアストールさんとサイアンさんは 驚いていた。 今すぐランクを上げる ちなみに、あちらのパーティはみんなDランクだそうだ。 ﹁ワイルド系の魔物を一蹴するんですよ? べきです!﹂ ﹁うーん⋮⋮ただ強くても経験が少ないと危ないんじゃないかな? 俺自身そう思うし﹂ 経験や知識というのは、単純な戦闘能力以上に重要ではないだろ うか。 ただのスポーツの試合とは違う。命のやり取りであり、ルールは 無い。 単に戦う力よりも、相手の特徴を見抜き、状況を把握し、適切な 行動がとれる力が必要だろう。 432 ただ、もう少し強い敵と戦いたいなーと思うのも正直なところで ある。 ﹁確かに、そうですね⋮⋮﹂ アストールさんは思うところがあったのか、少し神妙な顔をして あっさりと納得する。 リーダーをやっているからには、それなりの実力だろう。 依頼?﹂ イレギュラーがあったとはいえパーティ全滅の危機にあい、それ が身に染みているのかもしれない。 ﹁そうだ、君達はここで何してたの? ふと思って聞く。 ﹁依頼もありますが、腕試しといったところでしょうか。手痛い現 実を見せられました﹂ ﹁あはは⋮⋮でも、今回のはイレギュラーだったんでしょ?﹂ ﹁イレギュラーへの対応も実力の内です。確かにワイルドウルフ2 体、あるいはワイルドベア1体ならどうにかできたかもしれません が﹂ ﹁ワイルドウルフとかワイルドベアって強いの?﹂ 俺はイマイチ実感できないんだが。 ゴブリンと同じく豆腐だったし。いや、ゴブリンよりは固かった ような気もする。 絹ごしと木綿くらいの差だろうか。 433 ﹁あなたは自分の異常さを自覚しなさい﹂ テシア先生に怒られました。 ﹁これを楽に倒せれば一人前といったところでしょうか。ワイルド 系はパワーとスピード、それなりの耐久力がありますから、これに 対応できれば大抵の魔物と戦えます﹂ 初心者の壁というやつか。 群れでの連携、攻撃の速度、そしてあのワイルドベアの一撃は強 烈だった。 確かにあれをしのげれば、十分な実力と言えるだろう。 ﹁Dランクになってしばらく経ってたもんで、Cランクへの足がか りにね。ついでに、うちのパーティの実力が通用するのかーっての が気になりまして。森に入ったわけなんすが⋮⋮﹂ サイアンさんが続ける。 ﹃お恥ずかしい﹄って感じに頭をかいて、苦笑いしている。 ﹁足りない実力はこれからつけていけばいいよ。無事生き残れたん だからさ﹂ ちょっと偉そうかなと思ったが、励ますために言う。 命あっての物種、というやつだ。 ﹁そうっすね。また目標が出来たってもんです﹂ ﹁えぇ、慢心せずに力を磨いていきましょう﹂ 434 アストールさんとサイアンさんが力強く頷く。 二人はこの経験を次の糧にすることが出来そうだ。 トルテちゃんも眠そうな目をしつつも、同じように頷く。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ カイザー君だけが、変わらず沈痛な面持ちをしたままだった。 * * * * * * ﹁くぅーっ、やっと抜けたぁ!﹂ 背伸びをしながらサイアンさんが言う。 あの閉塞感のある道をようやく抜けられたのだ、気持ちはよく分 かる。 温かい夕日と柔らかな風が、肌に心地よい。 ﹁⋮⋮待って﹂ アストールさんが緊張感のある声で静かに言う。 伸びをしていたサイアンさんがすぐに姿勢を正し、腰の短剣に手 を掛ける。 他の2人、テシアも同様だ。 ﹁テイルフォックスね。⋮⋮尾は1本だから問題無いわ﹂ 前方を見ると、道の真ん中に小さな動物がいる。 435 ︵狐か?︶ 大きさは小型犬くらいに小さい。みんなの反応からして魔物なん だろうが、それが信じられないくらいに。 金と白の毛皮は、斜陽に照らされて美しい光沢を放っている。 何より目立つのが、首元の豊かな毛と尻尾。 首元の白い毛はだいぶ膨らんでおり毛玉のようになっている。触 ったらとても気持ちよさそうだ。 尻尾はかなり大きく、本人の身体より大きいかもしれない。 ﹁あれってどんな魔物なの?﹂ ﹁魔術を使う賢い魔物です。尻尾が多いほど強いとされています﹂ ﹁今回のは1本みたいだし、油断しなけりゃ大丈夫っすよ。しかし 妙だな、こんな人里近くに⋮⋮﹂ 俺の質問に答える際もテイルフォックスから目を離さない。 当の魔物とは言うと、周りを眺めているのか何なのか、特に動き は無い。 ︵あれも倒すのか⋮⋮︶ 見た目は可愛い小動物である。 あれに武器を振るうのは物凄い罪悪感を伴いそうだ。 黙っていればアストールさんのパーティが倒してくれそうな雰囲 気だが、見てるだけでも辛そうである。 ︵あんまり増やさない方がいいって言われてるけど⋮⋮仕方ないか︶ 436 ﹁俺に任せて﹂ 一言言って前に出る。 俺の強さはさっき見ていたし、何も言わずに通してくれた。 ゆっくり歩いて近寄る。 流石にあの子も気付いたらしく、素早くこちらに向き直る。 ﹁グゥゥ⋮⋮﹂ 威嚇のつもりらしいが、可愛くて全然威嚇になっていない。 テイルフォックスが尾の先をこちらに向けると、そこに魔法陣が 現れる。 ︵聞いた通り、魔術を使うんだな︶ どうしたものか。 今まで魔術を使う相手と戦ったことが無いどころか、魔術の仕組 みすらよく理解していない。 警戒しながら様子を見る。 魔法陣は一拍置いて強く輝き、テイルフォックスの頭上に炎が集 まる。 炎はバレーボール大の大きさになると、結構な速さでこちらに飛 んできた。 ︵これくらいなら避けられるかな︶ さっと横に避ける。 437 ﹁っと!?﹂ ﹁おわっ!﹂ ﹁危ない﹂ ﹁うわっ﹂ ﹁ちょ、いきなり避けないでよ!﹂ ﹁あ、ごめん﹂ 特に危ない攻撃に見えなかったので何の気なしに避けてしまった が、後ろにみんながいたんだった。 たぶん攻撃前に潰すか、魔術への対抗手段があると思っていたの だろう。 ︵パーティだと、避けるだけってのもダメなんだな︶ 時には攻撃を潰したり、受け止めることも重要かもしれない。 パーティメンバーとの連携とか、もうちょっと勉強した方がいい と思った。 テシア先生に大体の事は教わったが、経験豊富そうなロドックさ ん達辺りにもうちょっと詳しく聞こうと決めた。 そうこう考えている内に、テイルフォックスはまた魔法陣を展開 する。 ﹁︻使役︼﹂ 倒すのが嫌なら仲間にすればいいじゃない。 ︻使役︼を使うのは2回目だが、問題無く使う事が出来た。 ソラの時とは違い、すんなりと成功したことがわかった。 438 その小さな身体から瘴気が立ち上り、コテンと地面に転がる。 そばに寄って抱き上げると、目をパチパチしてこちらを見つめる。 毛並みはふわふわだし、その身体は軽い。 やはり、これを倒すのはちょっといただけない。 ﹁クゥー、クゥー﹂ ﹁うん、大丈夫みたいだね。可愛い可愛い﹂ 俺の胸に顔を擦り付けるテイルフォックスを優しく撫でる。 ﹁おぉー、︻使役︼って初めて見たかも﹂ サイアンさんが顎を撫でながら興味深そうに見つめる。 ﹁私も初めて。こんな風になるのね﹂ ﹁お肉⋮⋮﹂ えっ、食べるつもりだったの⋮⋮? ﹁見た目に違わぬふわふわだよ。ほら、触ってみて﹂ ﹁⋮⋮じゃあちょっとだけ﹂ ﹁ふわふわで我慢する﹂ 素晴らしい手触りだったので、思わず勧めてみる。 テシアは来なかったが、チラチラとこちらを見ている。後で触ら 439 せてあげよう。 ﹁グゥゥ⋮⋮!﹂ アストールさんとトルテちゃんが手を近付けた途端にテイルフォ ックスが唸る。 ﹁どうやらご主人様以外は嫌みたいね﹂ ﹁ふわふわが⋮⋮﹂ ﹁ほらほら、落ち着いて﹂ 頭をゆっくり撫でて宥める。 その後何度か試してみたが、やはり俺以外には撫でられたくない ようだ。 ﹁尻尾も柔らかそうね﹂ ﹁きっと嫌がる﹂ ﹁そうよね、残念だわ⋮⋮﹂ やはり女の子といったところか。 例え触れなくても、小動物と戯れるのは楽しいらしい。 約1名食べようとしていたけど。 ﹁おーい、そろそろ行かないと日が暮れるぞ?﹂ ﹁わかったわよ。ミコト様、行きましょう﹂ 440 ﹁うん、そうだね﹂ 夕暮れの日差しに照らされた草原は、とても綺麗だ。 テシアとアストールさんのパーティと歩きながら、俺は一つ思っ たことがある。 こうやって一仕事終えて、人に囲まれながら帰るのも心地がいい と。 確かあまり多くの魔 単純に戦力が欲しいからという理由で仲間を探していたが、気持 ち的な部分でも仲間が欲しくなった。 ﹁魔物、そんなにすぐ増やして良かったの? 物を従えると不都合があったような⋮⋮﹂ テシアがそばに来て言う。 ﹁わからないけど、倒しちゃうのは可愛そうだったし﹂ ﹁そんな理由で増やしてたらキリが無いわよ?﹂ 笑いながらテシアが言う。 その言葉には批判的な色は無くて、まるで子供に﹃仕方ないなぁ﹄ とでも言うような雰囲気だ。 温かい視線と言葉にこそばゆさを感じて、腕の中の小さな子を撫 でて誤魔化す。 そんな俺を見て、テシアはまた小さく笑うのだった。 441 第31話 女の子は難しい ﹁多数のワイルド系の魔物ですか﹂ ﹁えぇ。確かに私達も迂闊な行動をしましたが、それにしては数が 多いです﹂ マルカについた俺達は、今回の件をクレアさんに報告中だ。 当事者が話す方がいいと思い、アストールさんに直接報告しても らっている。 帰り道にもっと詳しい話を聞いたのだが、俺達と合流する前に苦 戦しながらも何体かのワイルドウルフを倒していたようだ。 しかし、ワイルドウルフが次々と増え、ワイルドベアまで現れた ので撤退を余儀なくされた。 魔物がここまで群れることは無く、そのせいでピンチに陥った面 もあったとか。 ﹁わかりました。⋮⋮別件になるのですが、少しお聞きしたいこと が﹂ ﹁何ですか?﹂ 報告を聞きながら何やら書類に書き込んでいたクレアさんが、俺 達に向き直る。 ﹁南の道を通る途中で、荷馬車を見ませんでしたか?﹂ 442 ﹁私達は見てません﹂ ﹁あー、確か1回見ましたね。マルカ方面からの馬車﹂ ﹁ザーム方面からの馬車は見ませんでしたか?﹂ ﹁マルカ側からの1回だけですね、どうかしたんですか?﹂ クレアさんは少しだけ深刻な顔をしているように見えた。 ﹁ザームからの荷馬車がまだこちらに着いていないのです。朝早く に出る予定のはずなので、もう着いてもおかしくは無いのですが﹂ ﹁⋮⋮最近おかしいですね。魔物の活動も活発になっている気がし ますし﹂ アストールさんは腕を組み、顎に軽く指を当てながら呟く。 今回の魔物の群れ、クイーンスライムの出現、テシアが護衛して いた馬車への襲撃。 普段どの程度魔物がいるかは知らないが、確かに騒動が多いと俺 も感じていた。 ﹁こちらでも調査を進めています。何かありましたら、その時はよ ろしくお願いします﹂ ﹁もちろんです。微力ながらお手伝いさせていただきます﹂ ﹁俺もです、何かあったら言ってくださいね﹂ まだ過ごした時間は少ないが、この街は気に入っている。 443 何かあったら手助けするのは当然だ。 ギルドから出るとアストールさんが俺達に向き直る。 ﹁今日は本当にありがとうございました﹂ そう言って丁寧に頭を下げる。 ﹁このお礼はいつか必ず﹂ ﹁うん、わかったよ﹂ 彼女の真剣な視線に﹃気にしなくていい﹄などとは言えず、受け 入れる。 他の3人も各々お礼を言い、また会うことを約束して別れた。 カイザー君の事でわだかまりが出来るかと思ったが、心配ないよ うだ。 4人とも仲が良さそうに談笑しながら歩いて行った。 ﹁いい子達だったね﹂ ﹁そうね。でも、ああいう人達こそ酷い目にあいやすいと思うわ﹂ ﹁そういうもんかな。あまりそうとは思いたくないけど⋮⋮﹂ ﹁少しくらい汚くないと、この世界は生きにくいのよ﹂ 444 テシアが目を細めながら4人の背中を見る。 善人が馬鹿を見る。 この世界でも、それは同じらしい。 ﹁ごめんなさい、嫌なこと言ったわね﹂ ﹁ううん、いいんだ。わかるところもあるし﹂ ﹁そう⋮⋮﹂ ﹁出来るだけ、助けてあげたいよね﹂ ﹁えぇ、ミコトなら出来るわよ﹂ テシアがにこりと笑って俺を見上げる。 可愛い子の信頼ほど自信の付くものはない、そう思った。 ﹁さっ、宿に帰ろうか。今日は何食べようかなー﹂ 突然の戦闘や長距離の移動でだいぶ疲れてしまった。 今日は気持ち良く寝られそうだ。 * * * * * * 本日の食事はビーフシチューである。 この前食べて美味しかったのでまた頼んでみた。 ビーフと付いているが、この肉も魔物のやつだったりするんだろ 445 うか? 美味しいからいいんだけど、﹃実はめちゃくちゃグロイ魔物の肉 好きに選んでもいいんだよ﹂ です﹄とかは言われたくない。 知らぬが仏である。 ﹁同じものでいいの? 特に悩むでもなく俺のと同じメニューを頼んでいたテシアに聞い てみる。 ﹁別にいいわよ。どれ選んでも美味しいんだし﹂ 食に無頓着なのか、ここの食事の味を評価しているのかわからな かったが、本人がいいと言っているので何も言わないでおく。 テシアの趣味趣向を把握する事、まだ遠慮があるならそれを無く す事。 それがこれからの大きな課題になりそうだ。 ︵だって、その、恋人だし?︶ そのことを考え付いた理由に勝手に恥ずかしがり、誤魔化すよう に食事を口に運ぶ。 気持ちを伝えあい、恋人同士になったのだ。 その事実を改めて意識して、少しだけ鼓動が速くなる。 男女交際というのは確かに交際にこぎつけるまで大変だが、それ が終わりではない。 むしろ始まりである。ここからが大切なのである。 色々してあげたという自覚はある。 446 窮地を助けたり、この世界の奴隷がどの程度の待遇なのかはわか らないものの、今の待遇はそこそこ良いという認識もある。 少なからず想われてはいるというのもわかる。 でも、それだけでは恋人を続けていくには弱いのではないか、と 俺は思う。 世の中には吊り橋効果というものもあるし、まだお互いに知らな い部分も多いし、今後の付き合い方によってはある程度の距離が空 いてしまう可能性もあるわけで⋮⋮。 自分で考えててなんか悲しくなってきた。 元いた世界では恋人が出来たことも無ければ、アレの経験も無か った。 それを特に気にすることも無く、﹃好きな人が出来たらなるよう になる﹄という程度に思っていた。 友人に恋人が出来ても﹃良かったなー﹄とのほほんと思うだけで、 嫉妬だの焦りだのも感じず。 ﹃いい奴﹄と言われることはたまにあったが、それが恋愛につな がるようなことも無く。 そんなこんなでそれなりの年齢に。今になってもう少しそっち方 面のアンテナ張っておいた方が良かったかなぁ、なんて思う。 ネットで恋愛関連の記事を読み漁りたい気分だが、残念ながらこ の世界にネットがあるとは思えない。 経験も知識もあまり無い状態での初めての恋人。 ともかく、お互いの事をあまり知らずに付き合い始めてしまった のは事実だ。 知り、知ってもらい、思いやること。 恋人であれ何であれ、仲良くなるにはそれしかないだろう。 447 ﹁⋮⋮どうかした?﹂ ﹁ううん、何でもないよ﹂ 色々考えている内にテシアを見つめてしまっていたようだ。 テシアは少し訝しげな表情をしていたが、すぐに食事に戻る。 さらさらと流れる金色の髪、美しい緑の目、綺麗な白い肌。 髪を手で少しかき上げながら、木製のスプーンでビーフシチュー を掬い、口に運ぶ。 ︵ただ食べてるだけで可愛いんだけどどうすんのこれ︶ 完全に色ボケである。 ただ、そんな色ボケでも気付けることがあったらしい。 ﹁そういえば、髪留め買ってなかったや﹂ ﹁言われてみればそうね﹂ 似合ってるので違和感は無かったが、初めて会った時は下の方で 一つにまとめていたはずだ。 ﹁欲しい?﹂ ﹁どっちでもいいけど⋮⋮やっぱり少し邪魔ね﹂ テシアが自分の髪を一房手に取り、軽く弄りながら言う。 ﹁明日にでも買いに行こうか﹂ 448 ﹁切ってもいいけど﹂ 事も無げに言ってしまう。 ﹁いやいやいやいや⋮⋮綺麗な髪なんだし、それは勿体ないよ。俺 も似合うの選んであげるからさ﹂ ﹁⋮⋮わかったわよ﹂ 髪は女性が特別大切にする部分だと思うのだが、テシアはそうい うこだわりは無いんだろうか。 長い髪が好みというわけでもないけれど、彼女の艶やかな髪は切 ってしまうには惜しい。 問題としては、その美しい髪と容姿に見合うだけの髪留めがある のか。 そして、あったとしてどの程度のお値段なのかという事だ。 懐に関しては非常に温かいが、あんまり高いとテシアが何を言い 出すかわからない。 値段を伏せてさっさと買ってしまうというのも手だが、絶対に後 で聞かれる。 そして怒られる。 ﹁あと、明日メンバー探しに行くから﹂ ﹁そう﹂ 彼女はさらりと流す。 嫌な顔されるのも堪えるが、全然気にしないという態度を取られ ても逆に気になる。 449 ﹁えっとですね、奴隷をですね、買うわけなんですけど﹂ ﹁うん?﹂ それがどうしたのか、という具合に首を傾げる。 反応からして、奴隷云々に強い不快感を抱いてるということは無 さそうだ。 ﹁やっぱりですね、女の子をですね、その﹂ ﹁はっきり話しなさいよ﹂ ちょっと飽きれた視線を送られる。 多分言わんとしていることはとっくに察しているんじゃないだろ うか。 でも、やっぱり確認しないと俺的には気になっちゃうわけで、彼 女もそれをわかっているんだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮戦力的にも、気持ち的にもパーティの人数を増やしたい んだけど、仲間に引き入れるからには女の子がいいなと思うんです﹂ ﹁うん﹂ ﹁いやホントやましい気持ちってわけじゃないんだけど、こういう 仕事なら男の方が向いてるんじゃないかって話なんだけど、その、 気持ち的にね?﹂ ﹁うん﹂ 450 本当に軽く聞き流しながら、パンを千切って口に運ぶ。 言い終わるまでも無く、答えが﹃どうでもいい﹄ということが見 えてるわけだが、やっぱり言う。 た、確かに仲良くなりたいって気持ち ﹁でも、恋人が出来て早々に女の子の奴隷を買うのは、若干の抵抗 感がですね﹂ ﹁いいんじゃない?﹂ ﹁あっ、浮気とかは全然! はあるけど、そういうのはホント!﹂ ﹁浮気って何よ、私は恋人を何人作ってもいいって言ってるでしょ﹂ そう言いつつ、小さく千切ったパンをテーブルに乗ってるソラに 差し出す。 ソラに飲み込まれたパンは、小さな泡を出しながら消えていった。 ﹁そう言われてもな⋮⋮﹂ 一度染みついた常識や価値観というのは、簡単には変えられない わけで。 ﹁まぁ、抵抗感があるなら手を出さない。好きになったら押し倒す ⋮⋮で、いいんじゃない?﹂ ﹁軽いなぁ﹂ でも、実際どうだろうか。 現恋人のお墨付きがあり、もし奴隷の可愛い子が自分を好いてく 451 れたら? 手を出さないなんて出来るだろうか? ︵できなさそう︶ 今考えても仕方がない。奴隷の子が好いてくれるとは限らないし。 せめて、友人程度の関係にはなりたいけれど。 まだ顔も性格もわからない新しい仲間よりも、目の前の恋人の方 が大切だろう。 2人目の恋人を迎えるとか迎えないとかは、まずはテシアとの仲 を深めてから考えることにした。 452 第32話 シロい獣 食堂で食後のジュースを飲みながら、新しい仲間と戯れる。 ﹁よしよしー﹂ 仰向けになっているテイルフォックスのお腹を撫でまわしてみる。 ﹁クゥ∼⋮⋮﹂ 気持ちよさそうな声で鳴きながら身体をよじり、時折俺の手を舐 めたり、両手で引き寄せたりする。 めっちゃ可愛い。 ﹁テシアも触ってみる?﹂ ﹁どうせ嫌がるでしょ﹂ ﹁どうだろ?﹂ テシアがゆっくり手を近付ける。 ﹁グゥゥ⋮⋮!﹂ テイルフォックスは素早く立ち上がって唸る。 ﹁はいはい、触らないわよ。もう⋮⋮﹂ 453 テシアは両手を上げて呆れたように言う。 ちなみにノエルちゃんも﹃可愛いー!﹄と撫でようとして威嚇を 受けている。 彼女らしくその後も何度かアプローチしていたが、唸り方が一層 激しくなり噛まれそうになったのでションボリして帰って行った。 ﹁うーん、もうちょっとどうにかならないかな⋮⋮﹂ こうも敵意丸出しでは、流石に困ってしまう。 ﹁テイルフォックスはプライドが高いってのを聞いた事があるわ﹂ ﹁魔物にもそういうのあるのか﹂ 俺の手にじゃれつく姿を見てそうは思えない。 明らかによく懐いた愛玩動物のそれである。 ﹁確か⋮⋮積極的に人を襲わず、魔力の濃い地域を縄張りにする魔 物だったはずよ﹂ 好戦的じゃない魔物もいるのか。 ﹁ワイルド系の魔物らしく身体能力が高くて、縄張り意識も強い。 何よりも魔術を使える点が特徴ね﹂ ﹁そんなに強い魔物だったのか、この子﹂ 魔術こそ使ってきたものの、そこまで強くは見えなかったのだが。 ﹁テイルフォックスはちょっと特殊なのよ。アストールさんも言っ 454 たでしょ? 尾が多いほど強いって﹂ ﹁あ、もしかして進化ってやつ?﹂ ﹁多分ね。尾が9本になった個体は﹃ナインテイル﹄って呼ばれて て、知能種になるそうよ。尾が少ない状態でも賢い魔物だって言わ れてるみたいだけど﹂ 期せずして進化できそうな魔物を従えたようだ。 ちょっと興味があったし、楽しみだ。 ﹁どうやったら進化するのかなぁ﹂ ﹁さあね。私は魔物使いの事はよく分からないし﹂ 近いうちにハスクさんを捕まえて聞いてみよう。 テーブルの一角で大人しくふよふよしていたソラが、ゆっくりと テイルフォックスに近づく。 様子を窺うように震えたり形を変えたりしている。 テイルフォックスの方は唸ったりしないが、じっとソラを見てい る。 ﹁新しい友達だよ﹂ ﹁ともだち?﹂ ﹁うん、テイルフォックス﹂ ﹁ている、ふぉっくす?﹂ 455 ﹁あー、そうだ。名前決めなきゃね﹂ テイルフォックスじゃ長くて呼びづらい。 名前は大切だ。 ﹁どうしようかな⋮⋮﹂ ここ数日でずいぶんと名付け親になってる気がする。 テイルフォックスを持ち上げて顔を覗き込む。 ﹁クゥ∼﹂ ﹁綺麗な目してるなぁ﹂ どこか高貴なものを感じさせる、美しい紫色の目だ。 獣や魔物の容姿のあれそれはわからないが、何となく美形な気が する。 ちょっとだけ気になって、ちろりと視線を下に向ける。 ﹁女の子か。んじゃ、可愛い名前にしないとね﹂ 俺がそう言った途端に手足をバタバタさせて暴れ始める。 ﹁クゥー!クゥゥー!﹂ あまりの暴れ様に手を放してしまう。 テイルフォックスはテーブルにストンと着地し、俺から少し離れ てうずくまる。 456 身体を丸めてその豊かな尻尾を頭の上に乗せ、顔を隠しているよ うにも見える。 ︵⋮⋮これって、恥ずかしがってるのか?︶ 賢いといっても結局は獣、と思っていた。 しかし、その考えは間違っているんじゃないだろうか。 ︻使役︼を使った魔物の感情や意志はある程度感じ取れる。 目の前にいるこの子は、明らかに﹃恥じらい﹄という感情を抱い ている。 ﹁ごめんね、もう無闇に見たりしないから﹂ 撫でて安心させようと思ったが、やった事がやった事なので手を 引っ込める。 視線と言葉、念話も使って謝罪する。 彼女は理解してくれたのかそろそろと近寄ってきて、撫でるのを 中止して所在無げにテーブルに乗せられた俺の手に擦り寄る。 ﹁許してくれてありがとう﹂ そう言って、優しく優しく撫でてあげる。 ﹁クゥー⋮⋮﹂ どこもかしこも撫で心地が良くて、しつこいくらいに撫でてしま う。 嫌がる様子が無いのも拍車をかける。 一番気持ちがいいのは首元の毛玉である。 457 ﹁これでもかってくらいふわっふわだなぁ﹂ どこか気品を感じさせる顔立ちも相まって、首元のそれは女性の 着けるファーにも見えた。 実際ファー︵毛皮︶なんだけどね。 あっさり過ぎでしょ﹂ ﹁じゃあ、シロで﹂ ﹁⋮⋮あ、名前? テシアが一拍遅れて反応する。 さらっと言ったので、名前だと思われなかったらしい。 ﹁というか、シロって可愛い名前かしら⋮⋮﹂ ﹁安直すぎたかな。どうかな、シロ?﹂ ちょっとだけジーっと顔を見られた後、俺の膝の上に乗って丸ま った。 念話で確認してみたが、肯定的な意思が伝わってきた。 ﹁いいってさ﹂ ﹁シロって柄かしらね、その子﹂ ﹁んー、確かに顔立ちは可愛いってより綺麗だけど、仕草は可愛ら しいしいいと思うんだけどなー﹂ ﹁その可愛い子はご主人様以外に唸りまくってるわけだけど﹂ 458 ﹁そこは改善点としまして、これから努力していく所存で⋮⋮﹂ 苦笑しつつも弁解しておく。 ﹁お願いね、私も少しくらい撫でてみたいし﹂ やっぱり撫でてみたかったらしい。 ﹁ソラ、新しい友達のシロだよ﹂ 名前が決まったところでソラを手の平に乗せ、改めて二人を引き 合わせる。 シロは身体を起こしてお座りの体勢になる。 ﹁シロ?﹂ ﹁うん、シロ。ソラはお姉ちゃんなんだから、世話してあげるんだ よ?﹂ ﹁ソラ、おねえちゃん?﹂ ﹁うちの魔物としては先輩だし、この子は小っちゃいからソラより 若いんじゃないかな﹂ ソラが触手を出し、そろりとシロの頭に伸ばす。 特に抵抗も無く触手は届き、撫でる様にその触手が動かされた。 ﹁クゥ∼﹂ 459 ﹁へぇ、ソラはいいのね﹂ ﹁うんうん、仲良くなれて良かった﹂ シロは嫌がるような仕草は無いが、鼻先を動かしてソラの触手を つついている。 これって撫でられるのを許容してるってよりも、﹃何だこれ﹄っ て感じじゃないだろうか。 ついに片手でソラのことをペシペシし始めた。 完全に謎物体扱いだよこれ。 気になるところはあるが、掴みは上々と言っていいだろう。 ソラは人型になれるし、言葉も話せる。 他人と接することへの足掛かりになってくれればいいな、と思う のだった。 460 第33話 少女達の作戦会議 部屋に戻って装備を外す。 たった数日いただけだけど、もう自分の家って感じがしてきた。 ﹁お風呂先に入る?﹂ ﹁後でいいわ﹂ ﹁わかった﹂ 後で入った方が色々と都合がいいだろう。 ﹁シロ、お風呂入ろっか﹂ ﹁クゥー?﹂ たぶんお風呂の意味を分かってないと思う。 ミコトはシロを胸に抱き、着替えをもって脱衣所に向かう。 ﹁ソラ、今日は私とお風呂入らない?﹂ ﹁おー?﹂ 彼についていこうとするソラを呼び止める。 ﹁珍しいね、仲良くなったとは思ってたけど﹂ 461 ﹁たまにはいいじゃない﹂ ミコトがちらりとソラを見る。 ﹁ソラ、テシア、はいる﹂ ﹁そっかそっか。じゃあ、俺は先に入ってくるね﹂ そう言ってソラの頭を一撫でし、カナタを手に持って脱衣所に入 っていった。 ﹁ふぅ∼⋮⋮﹂ ベッドに腰掛け、息をつく。 とりあえず、第一段階は成功だ。 ここでソラに断られると、結構苦労することになる。 一つ気が付いた事、気付いてしまったことがある。 ︵カナタ持っていったってことは、そういう事よね⋮⋮︶ ﹃初めて﹄の時もカナタとソラを脱衣所で待たせていた。 同じ行動をしたという事は、暗に私と﹃したい﹄ということであ る。 自分の頬が熱を発するのを感じる。 ﹁テシア?﹂ ﹁な、なにかしら?﹂ 462 ソラが隣にペタンと座り込み、私の顔を覗き込む。 ﹁テシア、あかい。だいじょうぶ?﹂ ﹁えぇ、大丈夫よ﹂ 高揚してしまった気分を、ゆっくりと呼吸して落ち着ける。 シャワーの音が聞こえ始めたのを確認して、相談を開始する。 ﹁ねぇ、ソラ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど﹂ ﹁なーに?﹂ ソラはにこっとしながら首を傾ける。 そこらの女性がやれば媚びてるようにしか見えないその動きも、 ソラがやれば可愛らしいものに変わる。 ﹁ソラは、ミコトが好き?﹂ ﹁すき!﹂ ︵相変わらず全力ね︶ 表情から、動作から、むしろ身体全体から好意がにじみ出る。 ちょっと羨ましい。 ︵私も、もうちょっと素直になりたいな⋮⋮︶ 手を繋いだり、スキンシップしたり。 ソラのように好意を隠すことなく、ストレートに表現できれば、 463 好きなだけやりたい放題できるだろうか? ︵無理ね、うん︶ そういうのは柄じゃない。 ﹁ソラは、どうしてミコトが好きなの?﹂ ﹁⋮⋮?﹂ よく理解できない、という顔をしている。 黙って答えを待っていると、うんうん言いながら答えを考え始め る。 ﹁ますたー、そら、たすける、して、くれた﹂ ﹁助ける?﹂ ﹁いたい、くるしい、つらい、ぜんぶ、きえた﹂ ソラは目を閉じてとつとつと言う。 ︵この子、何があったのかしら⋮⋮︶ 誰かに攻撃されていたの?﹂ 簡単に思いつくのは、冒険者に攻撃されていたとかそんなものだ ろうか。 ﹁何がそんなに辛かったの? ﹁ううん。からだ、なか、くろい、やだ﹂ 464 だいぶ断片的な言葉だ。 本人もちゃんと伝えようとしているのか、悩むような顔をしなが ら言葉を紡いでいく。 ﹁いたい、ながれる、まわり、てき、ころす、いう﹂ 身体の中、黒い、周りの敵を殺す。 ﹃いう﹄という単語の意味は分からないが、これらが表わすもの あの黒い煙﹂ としたら瘴気くらいしかないんじゃないだろうか。 ﹁もしかして、瘴気のこと? ﹁うん。あれ、やだ﹂ ︵瘴気は魔物にとって有害なのかしら?︶ ︻使役︼を使った時に、瘴気が抜けているように見える。 ︻使役︼を使われた魔物は傷付いた時に黒い瘴気ではなく、白い 魔力が出る。 そう考えると、毒を抜いて助けてあげたということになるのかも しれない。 ﹁そっか⋮⋮ソラも、ミコトに助けてもらったんだね﹂ ﹁うん。ますたー、ソラ、たすけた。ますたー、やさしい﹂ 無邪気さと穏やかさの混じった、こちらの心も穏やかになるよう な笑顔を浮かべる。 465 ︵完全に惚れてるわねぇ︶ ソラ、ますたー、たすける ミコトを支えたいと思う?﹂ 疑っていたわけでは無いが、今の表情で更に確信が持てた。 ﹁ミコトのそばにいたい? ﹁ソラ、ますたー、いっしょ、いい! !﹂ ﹁もっと、仲良くなりたいと思わない?﹂ ﹁なかよく?﹂ ﹁うん。ソラがミコトの事を大切にすれば、ミコトもそれ以上に大 切にしてくれる⋮⋮そんな、特別な関係﹂ ﹁んー⋮⋮なりたい!﹂ ピンと来てないようだが、それが良い関係だということは理解で きたようだ。 ︵もっとシンプルな言葉の方が良さそうね︶ ﹁ミコトのこと、どれくらい好き?﹂ ﹁いっぱい、すき!﹂ ﹁ミコトに、もっともっと好きになってほしい?﹂ ﹁ますたー、すき、ほしい!﹂ 466 こんな感じでいいかな。 私はソラの気持ちを確認して満足し、今回の企みについて説明す じゃあ、そうなるためにちょっと協力して欲しいの﹂ ることにした。 ﹁よし! ﹁きょうりょく?﹂ ﹁そう、協力。まずはね││││﹂ ﹁ふぅー、毎日シャワー浴びられるって幸せね﹂ ﹁そーなの?﹂ ﹁そうよー、これって贅沢なのよ?﹂ そう言ってソラにシャワーを向ける。 ﹁きゃーっ﹂ ﹁ふふっ、楽しそうだこと﹂ ソラで遊ぶのを一旦やめて、さっさと洗ってしまう事にする。 なんとなく自分の髪を一房手に取る。 467 ︵綺麗、かぁ⋮⋮︶ 夕食の時、ミコトが言った言葉を思い出す。 正直なところ、綺麗だの何だの容姿に関する事は言われ慣れてい る。 特に手入れもしていないが、ちゃんと綺麗でいてくれる自分の身 体を嬉しく思うこともあるし、馬鹿な男共が寄ってきて面倒と感じ ることもある。 ︵ちょっとだけ、嬉しかったな︶ 言われ慣れてると思っていた単純な言葉も、ミコトに言われると 特別な気がした。 顔が緩みそうなのを必死になって我慢してしまった。 彼にバレてないだろうか? ︵こういうところが素直じゃないのよね︶ 簡単な事だ。素直に笑って﹃ありがとう﹄と言ってあげればいい。 ミコトもきっと喜んでくれる。 でも、羞恥心に邪魔されてそれが出来ない。 自分の事ながら、難儀な性格だと思う。 素直になれなくても、少しだけ自分の気持ちが伝わればいいなと 思って、身体を念入りに洗う。 パチャパチャと楽しそうに水遊びをするソラを横目に見つつ、温 かなシャワーと同じくらい高揚する気持ちに身を委ねて、のんびり とシャワータイムを楽しんだ。 468 * * * * * * ﹁うわっ、水飛ばしちゃダメだって!﹂ お風呂から上がった俺は、シロの濡れた身体をブルブルするアレ に襲われていた。 ﹁クゥ∼?﹂ ﹁ほら、ちゃんと拭いてあげるから﹂ ﹁私にもかかりました﹂ ﹁あははは、ちゃんと拭くね﹂ ノエルちゃんに頼んで持ってきてもらったタオルを、シロに被せ て拭いてあげる。 カナタも洗面所にあったタオルで拭いてあげた。 この宿、サービスが良くて過ごしやすいんだけど、良すぎて小銭 がドンドン出ていく気がする。 ちなみに、シロの寝床にするための毛布や籠も借りてある。 至れり尽くせり︵有料︶である。 自分の身体もちゃちゃっと拭き、シロを抱きかかえて部屋に戻る。 ﹁上がったよー﹂ ﹁おかえり﹂ 469 ソラとテシアはベッドに並んで座っていた。 小さな美少女二人が並ぶその光景に、とってものほほんとした気 持ちになった。 ﹁あ、髪ちゃんと乾かしなさいよ﹂ ﹁あー、はいはい、ちゃんと拭くから﹂ テシアさん母親じみてきてない? ﹁拭くだけじゃなくて、風も当てなさい。温風機無いの?﹂ 話の流れからして、ドライヤーみたいなものだろうか。 ﹁そんなものあったかな⋮⋮﹂ 俺の答えを聞くと、テシアはトテトテと洗面所に行き、何かを持 ってきた。 ﹁はい、あったわよ﹂ 予想は当たったらしく、温風機はドライヤーっぽい形をしていた。 ボディはシンプル⋮⋮というか、もはや雑としか思えない円筒形。 それに取っ手が付いてるだけだ。 素材は風呂やトイレにあった金属製の箱と同じものっぽい。 側面に宝石らしきものが、取っ手にボタンが付いている。 受け取ってボタンを押すと、温かい風が勢いよく吹きだす。 ︵冷風は無いんだろうか︶ 470 流石に贅沢か。 適当に髪をかき回しながら、風を当てる。 ﹁道具無しでやれるようになると便利よ?﹂ ﹁道具無し?﹂ テシアが俺の頭に手をかざすと、その手から温かい風が吹いてく る。 そのまま、その手で俺の髪をほぐす。 ﹁はぁー⋮⋮それ気持ちいいかも。なんていう魔術?﹂ ﹁生活魔術よ。最低着火用に小さな火を出す事と、飲み水用に水を 作る事は練習した方がいいわ。ちなみに、今使ってるのは火と風を 合わせた生活魔術﹂ 魔術スキルは習得しているものの、まだ目立った活躍はしていな い。 せっかく習得したんだし、ファンタジーだし、使わない手は無い だろう。 ﹁水流魔術は使えるけど、火炎魔術は使えないんだよね﹂ ﹁使えなくても問題無いわよ、生活魔術だし。もちろん使える属性 の方が楽だけど﹂ 軽く火を出したり水を出すくらいなら、スキルを持っていなくて もいいのか。 471 確かに使えたら便利そうだ。というか、使えない時の不便が大き そうである。 ﹁それなら、何でこういうのがあるわけ?﹂ 温風機を指さして聞く。 ﹁面倒だからでしょ。あとは、温風機は丁度いい温度をずっと出し てくれるから。自分でやると温度とか風量の調節が結構難しいのよ ?﹂ 魔術も色々あるらしい。 ざっとスキル画面を見てみたが、﹃生活魔術﹄とかそれっぽいも のは無し。 そうなると、自力で習得することになる。 スキル画面に載っている魔術の詠唱方法ならわかるのだが、それ 以外の魔術がどこがどうなってそうなるのか全く分からない。 ﹁じゃあ、水を出すことからやってみましょうか。手を出して﹂ ﹁はい、テシア先生﹂ ﹁ちょ、せ、先生って何よ⋮⋮﹂ いつも冗談紛いに心の中で呼んでいたが、今回は本当に先生であ る。 聞きなれない言葉にテシアが赤くなり、落ち着きを無くす。 耳まで赤くなって非常に可愛らしい。 472 ﹁ま、まずは、身体の中の魔力を感じるところから。︻魔力探知︼ のレベルは﹂ ﹁未習得﹂ ﹁⋮⋮まぁ、いいでしょう。私が魔力込めて触るから、集中して感 じ取ってみて﹂ 俺の右手をテシアの両手が包み込む。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁わかった?﹂ ﹁全然。あ、手は柔らかかったです﹂ テシアはちょっと赤くなりながら、俺の額を小突いてきた。 ﹁これから少しずつ練習していきましょう﹂ ﹁よろしくお願いします﹂ 折り目正しく頭を下げておく。 自分の動きの速さばかりに目が行っていたが、ファンタジーと言 えばやはり魔術。 種も仕掛けも無い、神秘の技術。 ︵予想はつくけど⋮⋮一応聞いておこうかな︶ 473 スキルに関して少し気になっていたことをテシアに聞いてみる。 ﹁ねぇ、テシア。スキルポイントってどうやって手に入れるの?﹂ ﹁すきるぽいんと?﹂ ﹁SPってやつ﹂ ﹁え、えすぴー⋮⋮?﹂ 全く意味が分からない、という顔である。 ﹁やっぱ今の質問はいいや。えっと、スキルLVのアップとか習得 ってどうするの?﹂ ﹁そりゃ、練習したり経験するしかないでしょ﹂ ︵そうなるか⋮⋮︶ ここで重要なのは、俺にもそれが適用されるかどうかだ。 自力で上がらないからSPを振るのか? それとも、自力でもスキルを習得したりLVを上げることが出来 るのか? そもそもSPの入手手段は? チュートリアルは除外として、緊急依頼を達成したことでSPを 入手していた。 あと、テシアを買い取った時も。あれは﹃初めて﹄と付いていた し、何回も入手できるとは思えないが。 474 でもゲームの実績みたいな感じだし、10人とか買い取ったらま た貰えるかもしれない。そういう手段はどうかと思うけれど⋮⋮。 ︵わかんないこと多いな⋮⋮︶ これからの身の振り方にだいぶ響きそうだし、早い段階で把握し ておきたいところだ。 ﹁それじゃ、お風呂入ってくるから﹂ ﹁あ、うん。いってらっしゃい﹂ 考え込んでいてテシアを放置してしまっていた。 ﹁テシア、いこ、いこ﹂ ﹁はいはい、引っ張らないで﹂ ソラがにこにこしながら、テシアの手を引く。 テシアの表情は﹃仕方ないなぁ﹄という雰囲気が見て取れたが、 同時にどこか嬉しそうでもあった。 ︵親子みたいだな︶ なんとも微笑ましい。 ﹁クゥ∼﹂ シロが甘えたような声を出しながら、膝に乗ってくる。 475 ﹁シロも乾かそうねー﹂ そう言って温風機の風を当て、その柔らかな毛並みを撫でる。 動物との触れあいは本当に心が癒される。 ︵魔物って特別な世話とか必要なんだろうか、普通のペットよりは 丈夫そうだけど︶ ソラは話せるからまだわかるが、シロは念話による大雑把な意思 疎通しかできない。 こっちが意を汲んだり、ちゃんとした世話の勉強をする必要があ るだろう。 喜ぶ事とか、ダメな事とか、食事もそうだ。 今日は自分の食事のパンとかを分けてみたが、人向けの食事って 他の動物には合わないって言うし。 ︵ペット飼う人って凄いんだな︶ 普通のペットは念話もできないのだ。 それをちゃんと世話できるのは凄いことのように思える。 ちょっと敬意にも似た感情を抱きながら、気持ち良さそうに目を 細めるシロを撫で続けた。 476 第34話 恋人同士の初めて ★︵前書き︶ 大変お久しぶりです。 まだ生きてますよ、ということでとりあえず一話投稿です。 いきなり濡れ場になります。 あと、投稿済みの話もちまちまと加筆/修正/変更を加えています。 時間があれば読み返していただけると幸いです。 477 第34話 恋人同士の初めて ★ ベッドに寝転がりシロを弄っていると、脱衣所の扉が開いた。 ﹁お待たせ﹂ ﹁⋮⋮あ、うん﹂ バスタオルを巻いただけの、非常に扇情的な姿。 気後れするくらいに美しい彼女の姿にもだいぶ慣れてきたが、や はりお風呂上りは別格。 何でこんなに色っぽいんだろうね。 ﹁⋮⋮﹂ 思わず唾を飲み込んでしまう。 ﹁よいしょっと﹂ テシアが俺の横に腰掛けた。 軽いであろうその体重でベッドが揺れる。 その揺れが彼女の存在を伝えるようで、俺の心臓の鼓動はまた速 くなってしまう。 体温さえ感じられそうな距離で、テシアがゆっくりと口を開く。 ﹁疲れてたのかしらね。ソラ、寝ちゃったわよ﹂ 478 ﹁そ、そっか﹂ テシアの腕の中には小型スライムになったソラの姿。 今日はいっぱい歩いたからだろうか。 まだ歩き方もたどたどしいし、歩くというのは神経を使う動作な のかもしれない。 ﹁んじゃ、もう寝よっか。シロ、おいでー﹂ そばで寝転んでいたシロを抱き上げ、窓際のテーブルに置いてあ る籠に入れる。 毛布で包んであげると、目を細めて気持ちよさそうな目をした。 魔物でも毛布は気持ちいいものらしい。 テシアも籠に近寄り、ソラをシロの隣に置く。 ﹁今日はソラもこっちに寝かせましょ﹂ ﹁う、うん﹂ 再び、テシアとベッドに座る。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ どうしたらいいかわからず、思わず黙ってしまう。 男らしくリードしたいが、そんな余裕は露ほども無い。 ︵ししししししてもいいのかなっ!?︶ 479 一度はしてしまったと言えど、あの時は雰囲気が特別だった。 俺の精神はまだ童貞のそれである。 半裸の美少女が目の前にいて、冷静でいられるわけも無く。 ﹁ミコト⋮⋮﹂ 最初に動いたのはテシアだった。 俺の胸に手を添え、瞳を閉じ、そっとおとがいを上げる。 ︵⋮⋮情けないな、女の子にリードさせて︶ 慣れてないなんて理由にならない。 テシアは大切な彼女で、俺はその彼氏。 目いっぱい、心から愛してあげたい。 その邪魔になるなら、羞恥心など投げ捨ててしまおう。 ﹁⋮⋮テシア、好きだよ﹂ ﹁ぁっ⋮⋮﹂ 一つ呼吸して緊張を払い、ゆっくり口付けする。 言葉だけじゃ伝えきれない好意を、少しだけでもわかってもらえ るように、丁寧に。 ﹁っ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 唇を離して、彼女の頬に触れる。 温かく、柔らかく、心地の良い感触で心が満たされていく。 手の甲に感じる髪は少しだけしっとりとしていて、肌に馴染むよ 480 うな感触がした。 テシアは恥ずかしげに顔を俯かせながら、俺の服に手を伸ばす。 抵抗せずに腕を上げて、上を脱ぐ。そのまま自分で下も脱いでし まう。 俺のは既にガチガチに固くなっていて、脱ぐのに少し手間取って しまった。 俺が脱ぐのを見て、テシアもバスタオルを取る。 一度は見ているけれど、思わず目を奪われてしまう。 白い肌と幼げな印象を残す曲線、興奮と同時に純粋に﹃綺麗﹄だ と思った。 それが耳長族だからなのか、彼女自身の美しさなのか、それとも 恋人への贔屓目なのかはわからない。 ただ、こんなに綺麗な子が自分に身体を預けてくれるのがたまら なく嬉しい。 額や頬に口付けを降らせると、顔を近付ける度に彼女の香りが鼻 腔をくすぐる。 身体を抱き寄せ、頭を撫で、彼女の瞳を見つめる。 ムードを高めようとか前戯をしっかりしようとか、そういう意識 は無い。 ただ彼女が愛しくて、触れてる場所が気持ち良くて、自然と触れ 合いが増える。 ﹁もう⋮⋮くすぐったいわよ﹂ テシアは目を細めて微笑む。 481 そのまま耳にも口付けをする。初めての時に驚かれたから、ゆっ くり慎重に。 ﹁んっ⋮⋮﹂ 特に抵抗も無く、唇が彼女の長い耳にたどり着く。 最初は軽く触れるだけ。 徐々に咥えたり、舌を這わせ、彼女の耳を楽しむ。 長いからといってどうということも無い。自分達と同じようなた だの耳だ。 しかし、人外っ子好きの自分にとっては、それだけで最高のスパ イスになる。 ﹁ぁ⋮⋮んぅ⋮⋮⋮⋮耳、そんなに好きなの?﹂ ﹁うん﹂ 欠片も躊躇いの無い即答。 我ながらちょっと飽きれてしまった。 ﹁こんな耳、人間からしてみたら気味悪いんじゃないの?﹂ ﹁そんなこと無い。とっても綺麗だよ﹂ そう言って、耳にまた軽く口付けする。 ﹁物好きね⋮⋮。敏感なんだから、優しくしてよ?﹂ テシアは照れくさそうに言って、少し頭を動かして耳を差し出す。 482 ﹁うん、もちろん﹂ そっと耳に手を添えて、再び唇を運ぶ。 吸い付き、啄み、少しだけ舌を這わせる。 人の耳より少し硬めだろうか? 結構長めで、横に長く伸びている。彼女の肩幅に近いくらいはあ るだろう。 細く長く尖った耳を興味半分、興奮半分で弄る。 テシアはその一挙一動に合わせるように、身体を震わせる。 拒絶するような雰囲気は無い。 時折口から漏れる声に、惹かれる様に口付けを続ける。 ﹁あの⋮⋮﹂ ﹁どうかした?﹂ 一旦耳から顔を離して、テシアの顔を覗き込む。 ﹁⋮⋮私も、していい?﹂ ﹁うん?﹂ イマイチ意図が掴めず聞き返す。 ﹁私も、その⋮⋮耳を﹂ ﹁あぁ、そういうことか。うん、いいよ﹂ 頭を軽く傾けて耳を差し出す。 483 彼女にとって長い耳が普通なのだから、人間の小さい耳に興味を 持ってもおかしくない。 ﹁⋮⋮んっ﹂ ﹁ぅ⋮⋮!﹂ 彼女が右耳を軽く口付けする。 俺がしたときと同じように、啄ばみ、遠慮がちに舌を這わせる。 散々自分でやっておいてなんだが、これはかなり刺激的だ。 相手の唇や舌の感触は勿論だが、息遣いや唾液の音が耳元で響き 続けるのは、かなりくすぐったい。 どしたの?﹂ ﹁ちょ、ちょっとストップ!﹂ ﹁⋮⋮? テシアが俺の耳から顔を離し、覗き込んでくる。 口元が唾液で濡れていて、少しドキっとしてしまった。 ﹁くすぐったいからちょっと待って⋮⋮﹂ ﹁えー、私には散々したくせに﹂ そう言いながら楽しげに笑みを浮かべる。 ごもっともでございます。 ﹁ねぇ、ミコトも一緒に﹂ 484 ﹁⋮⋮うん﹂ 互いの耳に唇を触れさせる。 俺は彼女の耳に手を添えて引き寄せる様に、テシアは顔を埋める ように。 自分の吐息と唇で、相手に自分の感触を送り続ける。 んぅ! はぁ⋮⋮はぁっ⋮⋮﹂ そうしている内に興奮は高まり、行為は段々と荒々しいものに変 わっていく。 ﹁んぅ、ちゅ、ちゅー⋮⋮あっ! 軽く歯を立てたり、舌先を奥に入れたり、まるで貪るように。 荒くなった息が耳に吹き込まれる。 俺はより接触を求めて彼女の背に手を回して強く引き寄せ、テシ アは俺の首に腕を絡ませる。 しばらくして、俺達は少しだけ身体を離す。 至近距離で見つめ合い、自然と唇と唇が合わさる。 さっきのように荒々しいものではなく、ゆっくりと、互いの存在 を確かめあるような口付け。 先ほどの行為で唾液に濡れていたが、それを更に上塗りするよう に唇を啄ばむ。 ﹁はぁ⋮⋮んっ⋮⋮、ミコト⋮⋮﹂ ﹁テシア⋮⋮﹂ とても優しく、温かい眼差しだ。 485 彼女は俺のことを信頼してくれている。そう実感できる。 俺のものか彼女のものかもわからない唾液で光る彼女の唇が、と ても淫靡に思える。 口から漏れる吐息はまだ少々荒い。 自分がした事が原因だと思うと下腹部が熱くなる。 俺はゆっくりと、彼女の頭を撫でる。 確かに身体も心も興奮している。 でも、それと同時に温かくてしっかりとした気持ちもある。 ﹃これが愛か﹄なんて頭に浮かんだが、恋愛初心者の若造が何言 ってるんだと思い直す。 しかし、彼女を大切にできるなら何だってよかった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 言葉を交わしたりはしない。 ただ身体を寄せ合い、視線を絡ませる。 この時間もとても心地の良いものだったが、やはり欲は出てしま う。 次に進みたい、と。 ﹁テシア、いいかな⋮⋮?﹂ ﹁聞かなくてもいいわよ、ミコトの好きなようにして﹂ 彼女は笑みを浮かべ、俺を見つめ続ける。 486 こういうのを慈愛の表情というんだろうか。 お言葉に甘えて、彼女をベッドに横たえる。 まずは前戯だ。 もう処女ではないし、初めての時もさほど痛がってるようには見 えなかったが、やはりしっかりやらなければ。 彼女の﹃初めて﹄は、幸せなものだったとは言い難い。 想いが通ったものではなく、ただ慰めるように身体を重ねた。 心に暗いものを抱えたままで、だ。 せめて、﹃恋人同士の初めて﹄は幸せで、心地良いものにしたい。 彼女の横に陣取りながら覆いかぶさり、秘所に右手を伸ばす。 ﹁⋮⋮触るね?﹂ ﹁ぷっ⋮⋮﹂ テシアがいきなり吹き出す。 何事かと表情を窺うが、彼女は可笑しそうに笑っていた。 ﹁えっ、なんで笑うのさ?!﹂ ﹁だってさっき、聞かなくていいって、ふふふっ⋮⋮!﹂ そういえばさっきそう言われた。 言われたそばからまた聞いたからか⋮⋮。 そんなにツボに入っちゃったんですか、テシアさん。 487 ﹁ふふ⋮⋮どうぞ、ご自由に﹂ ひとしきり笑った後、優しげに言う。 この子は何なんでしょうかね、慈愛の女神様なんでしょうかね。 拝んどこうかな、ホント。 ﹁では、失礼して⋮⋮﹂ ちょっと畏まりながら、前戯を始める。 まずは彼女のお腹を撫でる。 柔らかく、すべすべしている。 さっきまでの行為のせいか、お風呂上がりのせいかはわからない が、しっとりとしている。 本当に同じ人間なのだろうか。自分の身体を触ってみても、こん なに心地良い部分はない。 いや、耳長族っていう異種族なんだけどね。 女性というのはやはり、不思議な存在である。 ﹁んっ⋮⋮ふぅっ⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮﹂ 軽く撫でるだけでも、テシアは結構敏感に反応する。 度々身体を震わせ、悩ましい声が口から流れ出す。 ﹁大丈夫?﹂ ﹁う、うん⋮⋮ぁっ⋮⋮﹂ 過敏とも思える反応に少し心配になって聞いてみるが、とりあえ 488 ずは心配ないようだ。 やはり精力のおかげなんだろうか。 ド素人の俺が、いきなり女性を悦ばせられる技術があるとは考え られない。 何にせよ、都合がいい。 心はもちろんだが、身体を満足させる事も恋人関係では重要だと 聞く。 ただ少し心配なのは、俺もできる回数が増えるという部分。 初めての時、射精直後でも萎えることなくガチガチだった。 我慢が利かなくなり、何度も乱暴にしてしまうのではと心配にな る。 ⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮!﹂ する前からあれこれ考えても仕方ないとは思うが。 ﹁はぁ⋮⋮⋮んっ! 物思いに耽りながらテシアのお腹を撫でていたが、一際強い反応 で手を止める。 ﹁っ⋮⋮⋮⋮くっ⋮⋮⋮⋮はっ⋮⋮⋮⋮!﹂ 彼女は背を少し反らし、腰を上げ、シーツを掴みながら身体を痙 攣させている。 一見すると辛い表情だが、それが何を意味するかすぐに理解した。 ﹁はぁ、はぁ⋮⋮⋮⋮はぁーっ⋮⋮⋮⋮﹂ 深く息を吐きながら身体を弛緩させる。 489 ︵お腹を撫でただけで⋮⋮?︶ 普通なら考えられない。 俺は胸や秘所は触っていない。お腹を撫でていただけだ。 それなのにこの反応。 彼女が敏感なのか、俺のステータスが影響しているのか⋮⋮。 ﹁テシア、大丈夫?﹂ ﹁はぁ⋮⋮ふぅ⋮⋮⋮⋮うん、大丈夫よ﹂ ゆっくり息をして呼吸を整えてから、彼女は答えた。 ﹁えっと、もうちょっと優しくやったほうがいいかな⋮⋮?﹂ お腹撫でただけでこれは、ちょっと過剰だ。 性感帯に触れたり、本番になったらどうなることか。 一度はしてるから全然できないというのは無いのだろうが⋮⋮。 ﹁んっ⋮⋮これ以上、どうやって優しくするっていうのよ﹂ テシアは少し呆れた様子で微笑む。 ﹁いやでも、お腹だけで⋮⋮ねえ?﹂ ﹁⋮⋮やめるなんて言わないでよ﹂ ﹁言わないよ。そりゃ俺だってしたいし⋮⋮本当に大丈夫?﹂ 490 聞きはするが、ここまで来てお預けは流石に無理だ。 今日は止めようなどと言われたら、自分で処理するかもしれない。 ﹁うん、大丈夫﹂ テシアは俺を見つめながら頷く。 ﹁それにその⋮⋮もう、したいから﹂ 前戯で火照った肌を更に赤く染めて、恥ずかしげに言う。 テシアさん、その表情はダメです。 我慢とか無理です。続けさせていただきます。 彼女の足の間に素早く身体を入れる。 この位置から見る景色は凄い。なんかいろいろ凄い。 秘所は丸見え、そばにあるほっそりとした足、眼前に広がる裸体、 俺を見つめる緑の瞳。 ﹁わっ、すごい⋮⋮﹂ 彼女が少し目線を下げて言う。 その視線の先は、全力全開になった俺のアレである。 ﹁不可抗力です﹂ ﹁別に抵抗しなくてもいいわよ⋮⋮?﹂ そうですね、テシアさん。 491 でも、もうちょっと抑え目でお願いします。 理性が飛びます。 ﹁テシア、落ち着きすぎでしょ⋮⋮。なんか、俺ばっかり慌てて馬 鹿みたいだ﹂ ﹁そこまで落ち着いてないわよ。ただ⋮⋮そうね、単純に嬉しいか ら﹂ ﹁嬉しい?﹂ ﹁恋人としてるんだから、当然でしょ﹂ 彼女の表情は、とても柔らかい。 包容力のある温かな笑みだ。 俺の中で何かのスイッチが入った。 この子の膣内に自分のものを放ちたい。 自分の欲と想いを、尽き果てるまで吐き出したい。 彼女の秘所⋮⋮無毛の真っ直ぐな筋に、今度こそ手を伸ばす。 気持ちよくはなってくれたようだが、いきなり挿れるのはダメだ。 急く気持ちを抑えつつ、指を膣内に挿し入れる。 ﹁んっ⋮⋮!﹂ テシアが小さく声を上げるが、俺は彼女の感触に夢中だった。 触れた瞬間にわかったのだ。 ここに挿れたら絶対に気持ちいい。 492 もちろん一度は挿れたことがある。 でも、想いを伝えて、想い受け止めて、心を預けて交わるのは初 めてだ。 あの時は色々と必死だったこともある。 熱いくらいの体温、絡みつき吸い付く襞、満たされた愛液。 ここに自分の性器を沈み込ませるのだ。 ﹁ごめん、テシア﹂ ﹁なんで謝るの?﹂ 彼女はキョトンとした顔でこちらを見る。 ﹁その、もうちょっとちゃんとしたいんだけど⋮⋮﹂ そこまで言って、彼女も察したようだ。 ベッドについていた俺の手に自分の手を重ね、頷く。 ﹁その、さっき⋮⋮││ちゃったから、優しくお願い⋮⋮﹂ 恥ずかしげに小声で言葉を濁しているが、要するにさっきの絶頂 の事だ。 まだ身体が落ち着かないのだろう。 大丈夫よ。ミコトなら、大丈夫﹂ ﹁も、もう少し待とうか⋮⋮?﹂ ﹁我慢できないんでしょ? 493 その言葉にふらりと身体を倒し、誘われるように口付けをする。 ほぼ無意識と言っていい行動だった。 テシアの唇を幾度か啄ばみ、今度は腰を動かす。 早く彼女に挿れたい。 焦る気持ちをなんとか抑えつつ、性器に触れて位置を調節する。 ﹁んくっ⋮⋮!﹂ 先端が、彼女につぷりと入り込んだ。 テシアの声が漏れる。 後は、押し込むだけ。 ﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ テシアの息が荒い。 自分も、興奮で息が上がってるのがわかる。 ゆっくりと、彼女の中へ入っていく。 ﹁ぐっ⋮⋮!﹂ 身体が震える。 初めての時、なんで普通にできたんだろうか? 自分のが徐々に温かいものに包まれ、襞が雁を刺激する。 想像以上の快感。 暴発しそうな射精感を堪えながら、徐々に腰を前に運ぶ。 テシアも身を縮め、小刻みに震えている。 俺の腕の中にすっぽりと収まるくらい、小さな彼女。 494 そんな彼女が、自分を受け入れてくれている。 その事実を目の前で見せられ、彼女の中に入り込んだ自分の分身 がさらに反応する。 奥に届いた瞬間、子宮口が吸い付いた。 ﹁ぅ⋮⋮あっ⋮⋮!?﹂ 気付いたら射精していた。 どくりどくりと、彼女の中に流し込まれる。 今まで経験したことがないくらい、大量に出ているのがありあり とわかる。 自分の中を、濃くて、溺れるような量の精液が流れる感覚。 それと共に押し付けられる快感。 我慢なんてできるはずもない。 その強烈な感覚にただただ耐え、過ぎ去るのを待つだけ。 ﹁っ⋮⋮っ⋮⋮!﹂ 腰が勝手に動き、彼女の最奥に押し付け、未だに止まらない射精 を続ける。 優しくしてと、 彼女は言った。 これではとても優しいとは言えない。 謝ろうとするが、息が詰まって声が出ない。 快感で歪む視界の中で、彼女を見る。 ﹁あっ⋮⋮はぁぁ⋮⋮っ⋮⋮はっ⋮⋮!﹂ 495 彼女も俺と同じように、身体を震わせている。 いつの間にか手足が俺に回され、縋るように抱き付いている。 射精が少しづつ収まり、残ったのは射精後の満足感ではなく、強 い後悔。 暴発して情けないのもあるが、優しくできなかった事が一番嫌だ った。 荒い息を吐きながら、彼女に覆い被さる。 ﹁ごめん⋮⋮﹂ テシアの頭の横で、ベッドに顔を埋め、謝る。 いろいろ申し訳なくて、顔が見られない。顔があげられない。 ﹁はぁっ⋮⋮はぁっ⋮⋮⋮⋮なんで、謝るの﹂ 上がった息で声を詰まらせながらも、彼女は尋ねる。 ﹁優しくできなくて、ごめん⋮⋮﹂ ﹁優しかったわよ﹂ そう言いながら、俺の背中をぽんぽんと軽く叩く。 ﹁はぁー⋮⋮んっ⋮⋮気持ち良かった?﹂ 息を整えながら、俺の頬に手を添える。 そして、自分の顔の前まで俺の頭を持ってくる。 496 俺をのぞき込むその顔は、とても穏やかな表情だった。 肌は上気し、汗で髪が肌に張り付き、つーっと汗の滴が流れ落ち る。 ﹁⋮⋮⋮⋮すごく﹂ 何故だか恥ずかしくなり、少し目を伏せながらぽつりとこぼす。 ﹁ん、よかった﹂ その一言で、彼女の顔が綻ぶ。 背を曲げて、彼女の胸元に額を押し付ける。 ﹁これ以上惚れさせてどうしようってんですか、テシアさん﹂ ﹁んー⋮⋮もっと尽くしてもらう?﹂ ﹁はははっ、頑張らせていただきます﹂ もう暗い気持ちは無い。 胸にあるのは、彼女が好きだという純粋な気持ちだけだった。 497 第34話 恋人同士の初めて ★︵後書き︶ 三話連続で濡れ場ってどうなんでしょう。 長いですか? 498 第35話 選択の末の幸福 ★ さて、一度してしまったわけだが⋮⋮。 ︵この後どうしよう︶ 雰囲気は悪くない。だが、暴発してしまったのは事実。 このまま続けていいんだろうか。 続けるとしたら、なんて言ったらいい? 身体の方はまだまだ出来るようだ。 信じられないくらい出した癖にガチガチである。 ﹁えっと⋮⋮﹂ ﹁まだ、する?﹂ そうだよな。自分の中に入ってるんだから、どんな状態かくらい わかるよな。 もう完全にリードされてる。 恥ずかしい⋮⋮。 ﹁テシアは大丈夫?﹂ ﹁もう大丈夫よ。身体も落ち着いたし﹂ そう言ったテシアにいきなりキスをする。 彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに受け入れ始める。 499 情けないところを見せてしまったけど、彼女は受け入れてくれた。 嬉しいとか、安心したとか、好きだとか、色んな気持ちがごちゃ 混ぜになった不思議な気分。 とにかく、彼女と深く交わりたかった。 ﹁んんんっ⋮⋮ちゅ、くちゅ、ちゅく⋮⋮はぁっ、んぁ⋮⋮ちゅぅ ⋮⋮ぢゅる⋮⋮⋮⋮﹂ 舌と舌を絡み合わせる、深いキス。 間に挟まれる僅かな時間で息継ぎをし、また溶け合うように互い の口を貪る。 んくっ、ちゅる⋮⋮はぁっ、んぅっ⋮⋮⋮⋮くちゅ、 そのまま腰を動かしだす。 ﹁んぅっ!? ちゅ、ちゅっ⋮⋮⋮⋮!﹂ キスもそのままだ。 上と下で、深く深く混じり合う。 膣内は完全に蕩けていた。 粘液と襞が絡み合い、常に刺激され続ける。 それが自分の射精したものなのか、彼女の愛液なのかはわからな い。 舌の絡み合う水音、性器が交わり合う水音、押し付けられる柔ら かな身体、彼女の吐息、彼女の香り、彼女の唾液の味。 感覚の全てをテシアに塗りつぶされたようで、意識が緩み、霞ん でいくのを感じる。 500 ﹁はぁ、あっあっ、あぁぁ! ⋮⋮!﹂ うぁっ⋮⋮んぅっ! あっあっぁっ 絶えず流れ込む快感のせいで上手く腰を動かせない。 抜き差しというより、密着してかき回すような動きになる。 思わず射精しそうになるのを我慢し、一度動きを止め、落ち着い たらまた動き出す。 ﹁っ⋮⋮はっ⋮⋮あっ⋮⋮あっ⋮⋮あっ⋮⋮ふぅっ⋮⋮!﹂ テシアの息遣いが切羽詰ったように激しくなる。 そして⋮⋮。 ﹁んぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?﹂ 悲鳴のような嬌声を深い口付けで押し留める。 膣内は激しく収縮し、まるで吸い尽くそうとするように攻め立て る。 強い快感は感じるが、一度出したせいで射精には至らなかった。 ﹁⋮⋮ぁっ⋮⋮ふぁっ⋮⋮⋮⋮はぁ⋮⋮⋮⋮﹂ 彼女の唇を開放すると、熱い吐息が漏れ出す。 瞳は蕩け、身体は断続的に強く痙攣している。ちょっと心配にな るくらいに。 手足も力無く投げ出されたままだ。 ﹁テシア?﹂ 501 ﹁はぁっ⋮⋮うっ⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮⋮はぁぁー⋮⋮﹂ まだ戻ってきそうにない。だいぶ深くイったようだ。 戻ってくるまでゆっくりと頭を撫で、額や頬に軽いキスを降らせ る。 快感に耽っている彼女の表情が愛おしくて、どうにも止まらない。 ﹁はぁっ⋮⋮ふぅっ⋮⋮ごめん、先に⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ ﹁今度はテシアが謝るんだ?﹂ ちょっと茶化して言ってみる。 ﹁⋮⋮そうね、こういうのは言いっこ無しよね﹂ そう言って相好を崩す。 視線を交わすうちに、またキスを始める。 ﹁はぁっ、ちゅ、んっ⋮⋮⋮⋮ねぇ、今度は一緒に⋮⋮﹂ ﹁んっ、はぁ、うん⋮⋮﹂ ぐいっと彼女の膣内の奥まで押し込む。 ﹁あっ、あぁぁぁぁぁぁ!﹂ テシアは背を反らし、嬌声を上げる。 先に感じる子宮口の感触と、絡みつく襞が心地いい。 502 あぁっ! 反らした背に腕を回し、身体を強く引き寄せる。 そのまま激しく膣内をかき回す。 ﹁み、ミコト、ちょっと、強い⋮⋮っ!﹂ ﹁はぁっ、んっ、嫌?﹂ ﹁嫌じゃない、けど⋮⋮あっあっ、ふぁっ! 声を上げる口はそのままに、今度は首筋に吸い付く。 あんっ!﹂ んぅぅぅ!﹂ 夢中になって舌を這わせ、唇で挟み込み、歯でなぞり、自分の唾 あぁ、はぁっはぁっ、あぅっ、ひぅっ! 液を塗りたくっていく。 ﹁んぁっ! 背に回した腕を外し、今度は身体中を撫でまわしていく。 俺に絡みつく細くて白い足を指でなぞり、お腹と臍を撫でまわし、 控えめな胸を揉みしだく。 腕を外したせいで離れた身体を追い、圧し掛かるようにして奥ま で突き込む。 ﹁あっあっぁっ、うぁっ⋮⋮あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!﹂ テシアは身体を硬直させ、ガクガクと全身を揺らす。 ﹁っ⋮⋮ぅっ⋮⋮⋮⋮ぁっ⋮⋮⋮⋮!﹂ 耐えるように眼をギュッと閉じて、身体を痙攣させ続ける。 ﹃男は女を絶頂させるのが大好きだ﹄などと言われるが、確かに 503 自分の身体、技術で気持ち良くなってくれてると思うと嬉しいもの がある。 ﹁っ⋮⋮ごめん、あとちょっとでイクから⋮⋮!﹂ ﹁え⋮⋮んぅぅぅぅぅ!?﹂ 二度に渡る絶頂の締め付けと、ねだる様に吸い付く膣内。 正直我慢して止まっているのは無理だった。 あぅっ! んぅ、うぁ、ひぅっ!?﹂ グイグイと押し付け、押し潰すように奥を突く。 ﹁あぐっ! 夢中になって腰を振る。 動けば動くだけ快感が湧き上がり、同時に彼女が反応する。 自分の動きと、予測できない彼女の蠢きに、射精感がどんどん高 まっていく。 ﹁っ⋮⋮テシア⋮⋮!﹂ ﹁ミコトっ⋮⋮ミコトぉ⋮⋮!﹂ 名前を呼び合い、身体をきつく抱きしめ、腰を強引に叩き付ける。 ﹁っ││││││││││!!﹂ 彼女が声にならない嬌声を上げた。 身体が強張り、絶頂で締まる膣内と同じように、逃がさないとば かりに手足が絡みつく。 504 俺も同時に煮えたぎった欲望を開放し、彼女の子宮を染める。 幾度も幾度も俺のものが跳ね、それに呼応するようにどくりどく りと大量の精液が流れていく。 射精が重いと感じたのは初めてだ。 一体どれだけ濃いものが出ているのだろうか。 ﹁テシア⋮⋮んっ⋮⋮﹂ 俺は最後の一滴まで出し切ったというぐらいに出し尽くし、テシ アは徐々に身体の強張りが取れていく。 虚ろな目をしたテシアの唇に吸い付く。 ﹁ちゅっ⋮⋮くちゅ⋮⋮んく⋮⋮⋮⋮はむ⋮⋮⋮⋮ちゅぅ⋮⋮﹂ テシアはそれが当然とでも言うように唇を開き、ゆったりとした 動きで舌を絡めてくる。 ﹁ちゅっちゅぅ⋮⋮んぅっ⋮⋮⋮⋮はぁぁ⋮⋮んっ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 唇を離すと、テシアが陶然とした表情でこちらを見る。 その男を虜にする表情を見て、また俺のがムクムクと⋮⋮って、 既に固い。 既にというか、射精前と固さが変わらない。 身体は万全、心もやる気、目の前に魅力的な彼女。 当然ここで終われるはずも無く⋮⋮。 俺は彼女の痙攣が収まるのを待ち、再び腰を動かし始めるのだっ た。 505 * * * * * * 何度膣内に射精されただろうか。 もう10回はされた気がする。 ミコトに縋るように抱き付きつかれ、ひたすらに突き込まれ、射 精される。 とても単純な行為。 けれど、私の身体は何度も何度も何度も痙攣し、絶頂に押し上げ られる。 最初は射精や絶頂の度に動きが止まっていたが、次第にそれは無 くなっていった。 射精しても絶頂しても動きは止まらず、なおもセックスを続ける。 あっあぁっ、うぁっ、いやっ、あぁぁ 身体の中を狂おしい程の快感が奔り回り、私の口からは悲鳴が上 がる。 ﹁いやぁっ、ぁあぁぁぁ! ぁぁぁぁ!!﹂ 暴力的なまでの快感に、私は思わず拒否の言葉を口にしてしまっ た。 唐突に、ミコトの動きが止まる。 ﹁っ⋮⋮はっ⋮⋮ぅっ⋮⋮ごめん⋮⋮⋮⋮﹂ 506 激しい快感のせいで薄れていた視界が、徐々に戻っていく。 目の前には、沈痛な表情をしたミコトがいた。 ︵あぁ⋮⋮ダメだ。これじゃダメだ⋮⋮︶ そう、私は拒否してしまったのだ。受け入れられなかったのだ。 私の勘が告げていた。 もしここで拒否すれば、ミコトは私との間に一線を引く。 そうすれば、彼とより近しい関係になるのは難しくなる。 もしかしたら、二度と手が届かないかもしれない。 私のとれる選択肢は、一つしかなかった。 ﹁好きよ、ミコト⋮⋮。もっとして⋮⋮﹂ ﹁っ⋮⋮!﹂ 乱暴に唇を塞がれ、貪られる。 ひぁっ、あぁっ、あっぁ 同時に、また膣内を激しくかき回される。 もう拒否はできない。 うぁっ、あぐっ! ただただ受け止め、彼を愛するだけ。 ﹁あぁぁぁぁぁっ! っ、うぁぁぁぁぁ!﹂ 私はまた快感の渦に叩き込まれた。 自分の意思とは関係無く、彼のわずかな動きに反応して嬌声を上 507 げる。 受け入れてしまったからだろうか? さっきまで自分の上げていた声と違う気がする。 そこには苦痛ではなく、歓喜の色があった。 後になっても思う。この時に、彼を受け止めて良かったと。 私の選択した結果はちょっと大変だけれど、それ以上に幸せで気 持ちの良いものだった。 私はこの夜、彼の信頼を勝ち得たと思う。 そして同時に、彼の情欲と愛情で心をへし折られた。 身も、心も、彼に屈服させられたのだ。 ﹁ぁっ⋮⋮うぐっ⋮⋮⋮⋮っっ⋮⋮⋮⋮ぅっ⋮⋮⋮⋮﹂ 彼を受け入れてから、更にセックスは続いた。 もう私の中に精液は収まりきらず、どろどろと溢れて卑猥な水音 を鳴らしていた。 一体何回絶頂し、射精されただろうか。 頭がぼんやりしていて数も数えられない。 彼が射精した回数はもう数十回にはなるだろうが、私もその数倍 はイかされた気がする。 ミコトのものは一度たりとも萎えず、私の膣内からも出ず、射精 とピストンを続けている。 私の身体は既に力尽きてグッタリしていた。 しかし、未だに快感は強く感じる。 508 動かれただけで絶頂するし、射精されたら条件反射のように絶頂 する。 私の中身全てを撫でまわすように、彼のものが前後し、その全て の感触が快感に変わる。 子宮はこれでもかというほど蕩け、もう入りきらないのは明白な のに﹃もっと欲しい﹄と﹃彼の子種が欲しい﹄と、私に叫び続ける。 苦痛は無い。 あの受け入れた時から苦痛は薄れ、今は快感しかなかった。 それと、彼に求められる幸せな気持ちだけ。 呂律が回らず言葉を聞けない口の代わりに、疲れ切ってだるい手 足を動かし彼に抱き付く。 あなたを受けいれられて嬉しい。 私はとても幸せだ。 そう伝えるように。 そうするとミコトは、息を荒げ腰を動かしながらも、少しだけ私 に身を寄せてくれる。 ︵伝わってる⋮⋮︶ それだけで、その僅かな動きだけで私の心は満たされる。 彼の動きがまた荒々しくなる。 ︵あっあっ⋮⋮また、また出してくれる⋮⋮︶ たった2回。 まだ2回しか身体を重ねていないのに、私は彼の射精を受けるこ 509 とに歓喜していた。 私は掠れた声で、思わず口にする。 ﹁ミコト⋮⋮あぁっ、はぁっ、あっ⋮⋮⋮⋮好き、ぁっ、好きよ⋮ ⋮いっぱい出して⋮⋮⋮⋮!﹂ その瞬間、私の中で彼が大きくなった。 ﹁テシアっ⋮⋮テシアっ⋮⋮⋮⋮!﹂ 私の子宮に、どくりどくりと、重く熱い液体が注がれる。 ﹁あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⋮⋮⋮⋮っ!﹂ 絞り出すような嬌声。 私はもう消耗し、大きな声を上げることさえできない。 彼の先端はぴったりと私の子宮口に押し付けられ、既に彼の精液 でいっぱいの子宮内に更に精液を押し込もうとする。 それは強引で、圧迫感さえ感じた。 だけど、その感触すら私には快感だった。 ︵あぁ⋮⋮あったかい⋮⋮︶ 彼の精液が私の中に入っていく。注がれていく。 その振動は、まるで彼と本当に繋がってしまったかのように、あ りありと感じられた。 熱が私の子宮に移り、精液自体も染み込んでしまいそうだった。 510 ﹁んむっ⋮⋮ちゅ⋮⋮ちゅぅ⋮⋮⋮⋮﹂ ミコトが労わるように優しいキスをしてくれた。 彼のものはまだ固いままだったけれど、なんとなくもう満足して くれたんじゃないかと思った。 しばらく口付けした後、彼は少し身体を離して私の胸に顔を埋め る。 ぽたりぽたりと、彼の汗が落ちる。 ︵あれ⋮⋮?︶ なんで泣いてるの?︶ 汗じゃない。 ︵え、え? 突然のことに戸惑う。 ﹁ミコト⋮⋮?﹂ 心配になって、彼の名前を呼ぶ。 ﹁ごめん、少しだけ⋮⋮﹂ ﹁う、うん﹂ 何かしてしまっただろうか? いや、そんなことは無いはずだ。 彼のか細い声を聴いて、とにかく背を撫でて落ち着かせようとす る。 511 ﹁ん、ありがと。テシア﹂ しばらくすると彼は顔を上げた。 さっきまでが嘘のように、穏やかな表情だった。 ﹁あの⋮⋮﹂ 涙を理由を聞こうとするが、抱きすくめられてしまった。 理由は聞かれたくないらしい。 彼の身体を抱きとめながら、私は気付いた。 私達はまだ、会ってから一月も経っていないのだ。 彼の幸せにつなげられるだろうか? もし今、私が彼のことを聞き出したとして、私は受け止められる だろうか? 私はまだ、彼のことを何も知らない。 だから、私の選択できることは一つだけだった。 彼の頭を抱き寄せて、髪に顔を埋める。 私の中に挿し入れられていた彼のものは、ようやく少しだけ固さ を失っていた。 * * * * * * 夜もかなり更けた。もう日が変わっている。 後始末には少し手間取った。 512 なにせ何度出したかわからないくらい出し、彼女の下半身は酷い ことになっていた。 股間周辺にはベッタリと精液がこびりつき、シーツの上には精液 の山。 自分の身体ながら、どうなってるんだと心配になる。 俺は何となく眠る気になれず、俺の上に乗って抱き付いているテ シアを撫でていた。 彼女もまだ眠るつもりはないようで、俺に優しい視線を注いでい る。 ﹁テシア、その⋮⋮ありがとう﹂ ﹁どうしたの?﹂ ﹁いや、その、なんだか言いたくなって﹂ ﹁何よそれ、ふふっ﹂ 少しだけ笑ってから、彼女は身体を起こす。 レースのカーテンで覆われた窓を眺める。 幸せだった?﹂ 月明かりに照らされ、ふんわりと明るくなった窓はどこか幻想的 だ。 ﹁ねぇ、ミコト﹂ ﹁なに?﹂ ﹁その⋮⋮私と愛し合って、嬉しかった? 513 ﹁え? それはもちろん﹂ いきなり不思議な質問をされて困惑するが、答えに窮することは 無かった。 ﹁そっか。私もミコトと愛し合えて幸せだった﹂ なんだろう。 彼女は何か言いたいようだが、俺はその内容が思い当らなかった。 また何か、抱え込んでいることでもあるんだろうか? でも、彼女の表情は穏やかで、そういう風には見えない。 ﹁私ね、セックスなんて汚らわしいものだってずっと思ってた﹂ 彼女は自分の気持ちを吐露するように言葉を続ける。 ﹁でも、今日ミコトと愛し合って、特別な人とのセックスがとって も素敵で幸せなものなんだって⋮⋮わかったの﹂ ﹁そっか⋮⋮なら、良かったかな﹂ 彼女はいつも言葉少なで、素直な言葉を聞けることは少ない。 彼女らしくないストレートな物言いは、少しだけ恥ずかしく、嬉 しくもあった。 ﹁だからね、それを私以外にも教えてあげてほしいの﹂ ﹁⋮⋮テシア以外?﹂ 514 確かに彼女は自分以外に恋人を作ることを勧めていた。 だけど、いきなり肉体関係まで言及されるのは少し驚いた。 一体、誰とそういうことをしろというんだろうか? ﹁ねぇ││││││││ソラ﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ 515 第35話 選択の末の幸福 ★︵後書き︶ 次回、いよいよスライム娘とエッチです。 516 第36話 混ざり合う想い ★ 気付いた時にはソラが籠の外に出て、人型に戻っていた。 ﹁ま、待って、まさか﹂ ﹁そう、そのまさかよ。ソラと恋人同士になってあげて﹂ 俺は戸惑っていた。 ソラが起きていたことも驚いたが、何よりテシアとの情事を見ら れていたことに戸惑った。 その上テシアはそれを承知していて、ソラとの﹃そういう関係﹄ を示唆するようなことを言ったのだ。 戸惑いが無いわけない。 ソラはいつもより優しげに微笑み、俺を見つめているだけだ。 ﹁⋮⋮ソラは、俺のことが好きなの?﹂ ﹁うん、すき⋮⋮﹂ 自分の言葉を噛みしめるように、いつもよりもゆっくりと話す。 ﹁その気持ちは、本当に恋?﹂ ﹁わからない﹂ 躊躇いもなくソラが言う。 本当に素直な子だ。 517 ﹁⋮⋮わからないうちは、俺は答えられない﹂ 魔物だから、人じゃないからといって変わるものではない。 心は一緒だ。 彼女だって様々な事を思い、色んな感情を抱いている。 一人の女性なんだ。 女の子一人も受け止められないの?!﹂ だから、俺は答えられ││││。 ﹁この馬鹿! ﹁うぉ!?﹂ テシアにいきなり怒られ、飛び上るくらい驚く。 本当の恋にしてみせるって言うくらいの男らしさを見 ﹁例え本当の恋じゃなくても、後悔させないくらいの甲斐性を見せ なさいよ! せなさいよ!﹂ ﹁い、いや、そんなこと言ったって﹂ ﹁私が言うのもなんだけど⋮⋮⋮⋮受け入れて貰えない寂しさは、 あなたにもわかるでしょ?﹂ 彼女は目を伏せ、少し居心地が悪そうに言う。 そうだ、俺は一度経験している。 テシアに告白し、受け入れて貰えなかった。 結果的に結ばれることになったけれど、あの不安定で心細い感覚 518 は今も覚えている。 確かあなた達念話使えるわよね? ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あ! 丈をぶつけてやりなさい!﹂ ソラ、あなたの思いの 俺が自分の中の感情を噛み砕いている内に、なにやらトントン拍 なに?﹂ 子に事が進んでいる。 ﹁おもいのたけ? ﹁好きって気持ちを全力でぶつけるの。出来るでしょ?﹂ ﹁うん、わかった!﹂ ソラはそう言うと、俺の胸の中に飛び込んでくる。 タプリと、水が波打つ音がした。 ﹁ますたー、すき!﹂ 俺の中に色々なものが流れ込んでくる。 まるで子供が﹃今日はこんなことがあったんだよ﹄と話しかけて きたかのように、不器用ながら一生懸命に伝えようとしてくる。 俺の好きな部分だとか、自分の感じたことだとか、曖昧だけれど しっかりと。 その伝わってきた一つ一つの事に、どんな想いが込められている かも。 519 ﹁⋮⋮そうだな。本当でもそうじゃなくても、大切なのは変わらな い﹂ その﹃恋﹄が本当じゃなくても、そうじゃなくても、彼女を大切 に思う気持ちは変わらない。 そして、口にする言葉も⋮⋮きっと、変わらない。 ﹁ソラ、好きだよ﹂ 彼女に口付けする。 ﹁んっ⋮⋮﹂ ぷにぷにとした、人とは違う柔らかさ。 テシアの⋮⋮人のそれも確かに柔らかかったが、ソラのは弾力が あってぷるぷるしている。 ソラとキスをしているという事実と、彼女のぷるぷるとした心地 のいい唇をしばらく楽しみ、顔を離す。 ﹁ますたー、ますたー⋮⋮﹂ ソラは抱き付いた身体を俺にこすり付けながら、満面の笑みでこ ちらを見ている。 ︵甘やかしちゃいそうだな、これは︶ こんなにも無邪気な笑顔を見せてくれて、心を預けてくれて、好 きになってくれて。 既に俺の心は、ソラに魅了されていた。 520 ソラと抱きしめ合いながら、ゆったりとした時間を過ごす。 俺に寄り添うようにして、テシアも座っている。 ﹁良かった、あなた達が一緒になれて﹂ ﹁その、お手数おかけしました﹂ ﹁ふふっ、いえいえ﹂ 本当に彼女には頭が上がらない。 ﹁んっ、ますたー⋮⋮﹂ 柔らかで不思議な感触のするソラの身体を感じながら、愛でるよ うに頭を撫でる。 感触はどこもかしこも変わらずぷにぷにで気持ちいい。 ﹁ミコト、ソラを抱いてあげて﹂ 抱いて、というのは抱きしめるという意味ではないだろう。それ くらいはわかる。 ﹁いいのかな⋮⋮﹂ 普通は結ばれてから仲を深め合い、折り合いを見てするものじゃ 521 ないだろうか? この世界の常識が違うのか? それともテシアさん肉食系? ﹁ソラは乗り気みたいだけど﹂ 腕の中のソラを見ると、まるで玩具やお菓子をねだるようにキラ キラした目をしている。 ﹁ますたー、くちゅくちゅ、しよ?﹂ エロい。 うん。テシア、ますたー、見た。いっぱい、くっつく。 ﹁ソラはセックスがどういうことか、わかってる?﹂ ﹁⋮⋮? いっぱい、しあわせ﹂ そりゃあそうだけどさ。 ﹁もう、往生際悪いわね﹂ ごもっともです。 ﹁ソラ﹂ テシアはソラの手を掴むと、あろうことか俺の股間に持って行っ た。 一応隠してはいたものの、俺は裸。 ソラの手、そしてテシアの手が俺のものに絡みつく。 522 ﹁うっ⋮⋮﹂ 異なる二つの感触。 シルクのような滑らかさと女性的な柔らかさ、人ではない弾力と ひんやりと冷たい感触。 ミコトがこれで、私達をいっぱい幸せにしてくれ ﹁あつい、かたい﹂ ﹁そうでしょ? るのよ﹂ ﹁しあわせ⋮⋮?﹂ ソラは興味津々という様子でまさぐる。 二人の美少女、それも異種族が俺のを弄っていると思うと、俺の はすぐに固くなる。 ﹁ねばねば、する﹂ ソラが俺の先端をちょんちょんと弄り、先走りを指でもてあそぶ。 ﹁ますたー、気持ちいい?﹂ ﹁ミコト⋮⋮﹂ ソラはにこにこと、テシアは少し熱に浮かされた目をしながら、 俺のを扱き上げる。 俺のは先走りで既にテラテラと光っており、彼女達が手を動かす たびに卑猥な水音が鳴っていた。 523 その光景に息が詰まるほど興奮していた。 声が出ず、コクコクと頷いて問いかけに答える。 ﹁ますたー、いれる?﹂ は、早くない? ﹁そら、あな、ない。でも、からだ、ぜんぶ、はいる﹂ そう言ってソラは、俺のを鷲掴みするように勢いよくつかんだ。 ﹁冷たっ!﹂ そこには現実離れした光景があった。 あろうことかソラは、手の平から腕へと俺のを挿入していた。 ﹁スライムならではね﹂ テシアは興味深げにソラの手を眺めていた。 それと一つ。 冷たい。中が冷たい。 ﹁ま、ますたー、ごめん、なさい⋮⋮﹂ 彼女はそう言って、慌てた様子で手を離す。 ⋮⋮今度は外気に触れて寒い。 ﹁い、いいよ、大丈夫大丈夫。えっと、温かくできる?﹂ 524 ﹁できる!﹂ ソラはしばらく手をギュッと握っていたかと思うと、目の前に差 し出した。 握手してみる。 ﹁おぉ⋮⋮あったかい﹂ 人肌よりちょっと温かめだろうか? これに入れたら気持ちよさそうだ。 ﹁⋮⋮よろしくお願いします﹂ ﹁はーい!﹂ 改めて頼むと妙に恥ずかしい。 ﹁ん⋮⋮しょっ﹂ ソラの腕の中へ、俺のがズブズブと入っていく。 先端の方から徐々に温かい感触が伝わり、どんどんソラの中へ。 透明はヤバイ。 自分が彼女に入っていく様がありありと見える。 ピクピクと反応しているのも丸見えだ。 とてもエロい。 ﹁これは気持ちいいってより、心地いい⋮⋮かな?﹂ 525 彼女の中は温かく、変な形ではあるが繋がっているのも興奮する。 しかし、彼女の中は非常に刺激が少なかった。 若干波打つような変化を感じるが、あとは温かい粘液に入れてる ような感触と相違無い。 ﹁ますたー、きもちいい、ない?﹂ 気持ち良くないってわけじゃないよ。ただ、刺激は ソラはションボリしてしまっている。 ﹁い、いや! 少ないかな﹂ ﹁しげき?﹂ ソラは首をかしげる。 彼女は本当に何も知らないんだろう。 そもそもスライムに生殖の概念があるのかも謎だし。 ﹁ソラ、こっち﹂ テシアは俺のを入れているのとは反対の腕をとり、自分の股へと 導く。 ﹁私の中を触ってみて﹂ ﹁テシア、なか?﹂ ﹁その⋮⋮ミコトはいっぱいイってくれたから、気持ち良くないっ てことは無いと思うし。あっ、あんまり奥に入れちゃダメよ?﹂ 526 何かとんでもない展開になりつつある。 ﹁私の中を触ってみて、どうやったら気持ちよくなるか考えるのよ。 こう、中の形を参考にして﹂ ソラが俺を気持ちよくできるように、自分の膣を参考にしろとテ シアは言っているのだ。 これほど背徳的なものがあるだろうか ﹁わかった。テシア、なか、さわる、いい?﹂ ﹁えぇ、いいわよ⋮⋮﹂ ソラがゆっくりとテシアの中に ﹁んっ﹂ ソラの指が、くちゅりとテシアの膣内に入り込む。 ︵まだ濡れてるのか⋮⋮︶ ﹁ん⋮⋮テシア、なか、あったかい。ぬれてる﹂ ﹁えぇ、こうやって濡れているといっぱい動けるの。いっぱい動け て、いっぱい気持ちよくなれるのよ﹂ ﹁おー﹂ ソラは好奇心とちょっとした躊躇いを含んだ指使いで、テシアの 527 中をまさぐる。 ﹁んんっ、もうちょっと奥に入れてみて﹂ ﹁⋮⋮ひだひだ、ある。きゅうきゅう、する﹂ スライム美少女がエルフ美少女の膣内を実況する。 これは⋮⋮凄いな。 ﹁うぐっ!?﹂ 突然ソラの中がざわつくと、まるで舌に舐められたような感触に 包まれた。 きもちいい?﹂ その舌は段々と増え、小さくなり、やがてみっちりと襞のある膣 内のようになった。 ﹁ますたー、どう? ﹁す、すごく⋮⋮﹂ ﹁やったぁ!﹂ こんな状況なのに、ソラは無邪気な笑顔を見せる。 テシアの膣内から指を抜き、俺の胸に手を添え、至近距離で俺の 表情を観察し始めた。 俺の言葉に気を良くしたのか、内部をきゅうきゅうと狭くし、襞 を蠢かせる。 ﹁ますたー、ますたー⋮⋮﹂ 528 ﹁う⋮⋮あっ⋮⋮﹂ 襞はやや弾力があり、でっぱりや先端、そして全体をくまなく撫 でまわす。 その刺激は苛烈とも言えるほどで、射精感がどんどん高まってい く。 ますたー、出してっ、出してっ!﹂ ﹁そ、ソラ⋮⋮出るっ⋮⋮!﹂ ﹁⋮⋮! 彼女の性的なものを感じさせない無邪気なおねだりに、とうとう 俺の我慢が決壊した。 幾度も下半身をビクつかせ、彼女の手の中に精液を流し込む。 ソラの襞は、射精を促すように中へ中へと撫でまわしてくる。 俺は彼女が求めるまま、長く心地良い射精を続ける。 ﹁いっぱい⋮⋮うれしい、ますたー﹂ その射精の全ては、ソラの透明な身体のせいで丸見えだ。 俺とソラとの行為を見ていたテシアも、射精の様子を食い入るよ うに見つめている。 ﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 長かった。 ちょっと苦しいくらいに長い射精。 まさに﹃搾り取られた﹄という感じだ。 529 彼女の腕の中には、俺の白い精が漂っている。 ﹁ますたー、ますたー。よかった?﹂ ソラは俺を軽く揺すりながら俺の顔を覗き込む。 ﹁末恐ろしい⋮⋮﹂ ちょっと教えただけでこれだ。 ︽優秀︾と付くだけはある。いや、ソッチ方面にも効果があるか は知らないけど。 ﹁ますたー、こわい、なんで?﹂ ﹁す、凄く気持ち良かったってことよ。怖いっていうのは⋮⋮まぁ、 気にしないでいいわ﹂ ますたー、きもちいい? まんぞく?﹂ 息も絶え絶えな俺に代わり、テシアが補足してくれた。 ﹁ソラ、じょうず? ﹁えぇ、とっても満足できたみたいよ﹂ ﹁えへー﹂ ソラはだらしないくらいに緩んだ顔をしている。 ﹁ふぅ⋮⋮ソラ、ありがと﹂ ﹁うんっ!﹂ 530 ﹁今度は、俺からするね﹂ そう言って彼女の身体を軽く押し、ベッドに横たえさせる。 ﹁ますたー、なに、する?﹂ 彼女はその小さな身体を晒しながら、上目使いで俺を見やる。 ﹁恋人同士は、触りっこしてお互い幸せな気分になって、それから セックスするんだよ﹂ ﹁さわりっこ?﹂ ソラは一瞬不思議そうな顔をしたものの、手を伸ばして俺の顔を ペタペタ触り出す。 ﹁さわりっこ、さわりっこ﹂ ニコニコしながら触り続ける。 ︵くっ⋮⋮可愛い⋮⋮!︶ ソラの無邪気な行為に、俺はもう骨抜き状態だ。 身体を寄せて、彼女のぷるぷるした唇に吸い付く。 唇を割り開き、彼女の口内に少しだけ舌を挿れる。 ﹁んぅっ、ましゅたー、くちゅ、ちゅー、ちゅぅ、ぐちゅっぐちゅ ⋮⋮っ!﹂ 531 ソラはかなり激し目に応えてきた。 もっと⋮⋮ちゅぅぅぅぅ 必死とすら思える積極的な舌使いで、俺の口内をかき回す。 ﹁はぁっ、んぐ、ソラ、激しい⋮⋮﹂ ﹁ますたーっ、ますたーっ、おねがい! !﹂ それはキスというよりも、﹃吸い取る﹄と言う方が的を得ていた。 先程とは違った積極性を見せるソラを嬉しく思い、俺は彼女のな すがままになりしばらく唇を貪らせる。 彼女の唾液はほぼ味が無く、少し粘度のある水のようだった。 ﹁んぅぅぅぅっ、ちゅっちゅっ、ちゅく、ちゅぅぅっ、ちゅっ⋮⋮ ⋮⋮ちゅぽんっ!﹂ ようやく解放された。 たべて!﹂ 唇を離す瞬間、ソラの唇がぷるりと揺れて俺の興奮を高める。 ﹁ますたーっ、たべて! ソラはかなり興奮した様子で、さっき俺を扱いたのと反対の手を 俺の前に差し出す。 そして、その細い指を俺の口の中へと突っ込んだ。 ﹁ふぅっ、ふぅっ、ますたー、おねがいっ、たべて⋮⋮っ!﹂ 俺が突然の行動に固まっている間も、彼女はねだるように口内を 指でかき回し、ぐちゅぐちゅと音を鳴らしている。 532 ︵食べるって⋮⋮えっ、この指を食べるのか?︶ ﹁ますたー⋮⋮ぐすっ⋮⋮ますたー⋮⋮﹂ ︵泣き始めた!?︶ 過度な興奮からの涙。 どこか危ういものを感じながらも、俺は腹を決める。 彼女の指を甘噛みする。 ﹁あっ⋮⋮ますたー⋮⋮﹂ 泣き顔から一転、今度は酷く嬉しそうな表情。 口内をかき回していた指を大人しくさせ、そっと捧げるように指 止めた。 恐る恐るという感じに歯を進める。 すると、彼女の指は普段の弾力ある柔らかさとは違い、ほろり崩 れるような感触を伝える。 歯が徐々に入っていく。 ソラを見るが特に痛がっている様子は無く、むしろ嬉しそうだ。 そのまま少しづつ顎に力を入れ⋮⋮⋮⋮彼女の指を噛み切った。 ﹁ますたー⋮⋮﹂ ソラは熱に浮かされたような、蕩けた視線を向けている。 ︵ソラも、こんな表情するのか⋮⋮︶ 533 無邪気さとは程遠い、淫蕩な表情。 水で形作られた瞳に気色を滲ませながら、そっと指を引き抜く。 彼女の指の一本は、見事に半ばから無くなっていた。 彼女の指はしばらくは形を保っていたが、突如形を崩し始める。 個体から粘度の高い液体になり、俺の口内にジワリと染み込む。 味は無い。 彼女の唾液と同じように、水と同じような感じだ。 こくりと、彼女を飲み込んだ。 ﹁っ∼∼∼∼∼!!﹂ ソラは腕で自分を抱きしめるようにして、ギュッと身体を縮める。 全身をぷるぷると震わせ、何かに耐えるような表情をしている。 ﹁ソラ⋮⋮?﹂ ﹁ぁっ⋮⋮ぁっ⋮⋮ますたー⋮⋮っ﹂ 俺の予想が正しければ、ソラは今絶頂している。 しかし、何故だろう。 彼女にとってそんなに興奮することだったのだろうか。 ﹁⋮⋮ソラ、気持ちいい?﹂ ﹁ぅん、ますたー⋮⋮きもちいい⋮⋮﹂ ︵ソラが気持ちよくなっているなら、それでいいか︶ 534 まだスライムという種族のことを詳しく知っているわけではない。 不可思議な反応もあるとは思うが、それを理解し、受け入れるの も俺のやるべき事だろう。 ﹁ソラ、いいかな?﹂ 自分の身体を寄せ、彼女の秘所に近づく。 いや、ソラには無いのか。 ﹃どこでも使える﹄みたいな事を言っていたが、やはり﹃ここ﹄ に挿れたい。 ﹁ますたー、いれる?﹂ ﹁あぁ、ソラの中に挿れたい﹂ 素直な彼女と接していると、俺まで本音を引き出されるような気 がする。 恥ずかしいのは変わらないが。 ﹁ますたー、きて。きもちいい、なって。いっぱい、なって﹂ ソラは両手を広げながら、俺の全てを受け入れるように微笑んで いる。 ﹁ソラ⋮⋮っ!﹂ 割れ目の無い彼女の股間に先端を押し付けると、まるで吸い込ま れるように中に入っていった。 あの時と同じように、中は温かく細かな襞に包まれる。 535 ﹁ますたー、ぴくぴく、してる﹂ ソラの言った通り、俺のは彼女の中で跳ねている。 どこもかしこも透明だから誰でもわかるだろう。 例えば、横で息を荒げて見つめているテシアとか。 ﹁っ⋮⋮ふぅ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ ベッドの上でペタンと女の子座りしているテシアの手は、自分の 股間で蠢いていた。 今声をかけたら、彼女は真っ赤になるだろう。目に映る様にわか る。 ︵人に見られながらのエッチってのは⋮⋮妙な気分だな︶ テシアとのセックスもソラに見られていたわけだが、俺は知らな かった。 それに引き換え今は、目の前でガン見されている。 変な気分にならないわけない。 ︵と、とにかく今はソラだ︶ 気を取り直して、テシアを盗み見ていた視線をソラに戻す。 ﹁ソラ、動くね﹂ 腰をゆっくり前後に動かす。 ソラの襞がくまなく俺のを撫でまわし、容赦なく快感を与えてく 536 る。 ﹁ますたー、きもちいい? ソラ、なか、きもちいい?﹂ ﹁っ⋮⋮あぁ、気持ちいいよ﹂ 彼女の淫靡さのまるで無い、子供のような問いかけに思わず腰の 動きが激しくなる。 無知な子供にセックスを教え込んでいるようで、異常な興奮を覚 えていた。 いや、彼女は子供なのだ。 魔物としてどれくらい生きたかはわからない。 しかし、こうやって人と接し始めたのはたった数日前。 自我としては、本当に幼い子供のようなものだろう。 俺は今、子供にセックスを教え込んでいるのだ。 ﹁はぁっ、ソラ、んっ⋮⋮!﹂ ﹁ちゅっ、ちゅー⋮⋮じゅる、くちゅ⋮⋮んぅっ、ますたー⋮⋮ん ぁ⋮⋮﹂ 興奮のままに彼女の唇を貪り、腰を激しく振る。 自分の荒々しい動きと、未だ蠢き続けながら俺を舐めあげる襞。 限界はすぐに訪れた。 ﹁っ⋮⋮⋮⋮っっ⋮⋮!﹂ 537 ﹁ますたー、でる? せーえき、いっぱい、でる?﹂ ソラの問いかけに答えるように、自分の欲望を吐き出した。 彼女の中でひくつく自分のものが見える。 先端からは、ドクリドクリと動きに合わせるように、大量の精が まき散らされていた。 精液を促すように、彼女の中が根元から先端へと絞るように動く。 透明な彼女を、俺の白い精がどんどん染める。 ゆらりゆらりと揺れながら、ふわりと広がり、彼女の中に溜まる。 ﹁いっぱい、でた⋮⋮ますたー、いっぱい、きもちいい?﹂ 出し切った後もまだ快感を与えようとしているのか、襞はさわさ わと俺のを撫でる。 射精の後に敏感になった所を弄られたらたまったものではない。 ますたー?﹂ ﹁ま、待ってソラっ⋮⋮出した後は、止まって⋮⋮っ!﹂ ﹁⋮⋮? 彼女の中がようやく収まりを見せる。 ﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮⋮⋮﹂ 強引とも言えるほど快感を与えられた身体が落ち着くまで、しば らく時間がかかった。 ﹁ふぅ⋮⋮⋮⋮出した後は敏感過ぎるから、少しだけ止まってほし い﹂ 538 ﹁うん、わかった﹂ 聞き分けのいい子である。 ︵萎えないなぁ⋮⋮︶ 俺のはまだ固いまま。 一体何回出せるんだろうか。こうなったらトコトンいってみたい 気もするが。 ﹁ますたー、なんかい、だす?﹂ ﹁へ?﹂ ﹁ますたー、テシア、いっぱい、たくさん、だした。ますたー、ソ ラ、なんかい、だす?﹂ ソラに疲れた様子は無い。 というか、快感を感じている様子があまり無かった。 嬉しそうにはしていたが⋮⋮。 粘液で出来た身体だし、快感は感じないんだろうか? だとすれば、少し寂しい。 いっぱい、くっつく。いっぱい、うれしい﹂ ﹁ソラは気持ちいい?﹂ ﹁うん! やはり快感は感じていそうに無い。 539 そうなるとあまり続ける意味が無いような⋮⋮。 ﹁⋮⋮?﹂ いや、そうでもないか。 彼女は、俺とするのを喜んでくれている。 いっぱい、しよ?﹂ 快感を与えられなくても、それを幸せに思うとしよう。 ﹁ますたー、しよ? ﹁わかったよ、んっ⋮⋮﹂ 彼女に口付けする。 ﹁んぁっ、ますたー⋮⋮ちゅっ、ちゅる⋮⋮⋮⋮ちゅぅー⋮⋮﹂ 彼女の求めに応え、俺はまた腰を動かし始めるのだった。 540 第36話 混ざり合う想い ★︵後書き︶ 3話連続濡れ場と書きましたが、3話半になりました。 もうちょっとお楽しみください。 本当はもっとやりたいプレイがあるんですが⋮⋮初めてなので淡泊 めに。 これからどんどん激しくなります。 541 第37話 情欲を飲み込んで ★ 出した。 これでもかというぐらいに出した。 ソラの腹部周辺はもう真っ白に染まっている。 自分の成果をこの目で確認できるというのは、なんというか⋮⋮ 興奮と達成感があった。 ﹁ますたー、ソラ、まっしろ﹂ ﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮本当にいっぱい出したわね。私の中にも、こん な風に出したの⋮⋮?﹂ 俺とソラが交わっている間、テシアはずっと自分を慰めていた。 何度か強く痙攣もしているのも視界の端で見えた。 ﹁ふー⋮⋮ありがとう、ソラ。とっても気持ち良かったよ﹂ 少し恥ずかしいが、正直にお礼を言う。 ますたー、しあわせ! ソラ、しあわせ!﹂ たぶん、これだけでソラは喜んでくれるはずだから。 ﹁うん! ほら、満面の笑みだ。 つられて俺も笑顔になり、ソラの頭を撫でる。 ﹁その⋮⋮それ、どうするの?﹂ 542 のむ﹂ 俺はソラの腹部に溜まった﹃それ﹄⋮⋮大量に注がれた精液を指 さす。 ﹁⋮⋮? ﹁飲む!?﹂ さも当たり前のようにソラが言う。 ﹁ますたー、そら、のんだ。そら、うれしい。そら、ますたー、せ ーえき、のむ、ふつう。のみたい﹂ ザーメン一気飲みとか超エロ⋮⋮こほん、少し言葉が下品だった。 だいぶ、その、量があるけど﹂ 気を付けよう。 ﹁それを? ﹁ぜんぶ、のむ!﹂ なにやら並々ならぬ決意を感じる。 目がやる気だ。 ソラが目を閉じると、お腹、そして腕に入っていた精液が移動を 始める。 白いから見てわかる。 徐々に身体の中心、胸にある核部分へ集まっていく。 そして、精液が彼女の核に届いた瞬間。 543 ﹁⋮⋮っ!? あぁぁぁぁぁぁぁっ!!﹂ 大丈夫!?﹂ いきなりソラが叫んだ。 ﹁そ、ソラ! 慌ててソラの肩を掴んだ。 彼女の表面はいつものスベスベとした感触と違い、ネトネトと粘 液に包まれており、至る所から垂れて彼女の足元に水たまりを作っ ていた。 下半身は最初に出会った時のようにグズグズと崩れ、スライム化 している。 身体全体はプルプルと震えている。 なにより││││。 ﹁うっ、わぁ⋮⋮﹂ これ以上無いくらいの恍惚とした顔。 トロ顔と言ってもいいかもしれない。 目と口は半開きで、口の端からは唾液のようなものが垂れている。 それは彼女が快感を覚えている証拠であり、何が理由でそうなっ たかは明白だった。 ︵俺の精液飲んで、こんなに⋮⋮︶ テシアとソラに散々出しておいてまだ固かった俺のものが、更に 固く隆起する。 544 ﹁ます⋮⋮たー⋮⋮せーえき、のむ⋮⋮じかん、いっぱい⋮⋮⋮⋮﹂ ソラは快感に震えながらも、精飲を止めない。 核に集まった精液が、僅かずつだがその質量を減らしていってい る。 その健気さに俺の下半身は反応し、既に涎を垂らし始めていた。 ﹁ミコト⋮⋮﹂ ソラの様子を見ていたテシアが、俺のものに手を添えた。 ﹁ソラはこんな調子だし、私が﹂ ソラを放置して、テシアを抱いていいものなんだろうか? 我慢できないのっ、お願い⋮⋮!﹂ 俺の感覚的に、それはちょっと不誠実な気がした。 ﹁っ⋮⋮! テシアはベッドに横になり、足を広げる。 そこにはグショグショになり、熱気すら感じる秘所があった。 ﹁ますたー⋮⋮﹂ ﹁ごくっ⋮⋮ソラ?﹂ ﹁ますたー、んっ⋮⋮テシア、ますたー、して?﹂ その言葉に、最後の懸念材料は消え去った。 545 俺はテシアに飛びかかる様に覆いかぶさり、獣のように腰を振り 始めた。 * * * * * * ﹁腰が立たないんだけど﹂ ﹁すんません﹂ ﹁ちょっとヒリヒリする﹂ ﹁治癒魔術かけさせていただきます⋮⋮﹂ 二人に出しに出しまくった翌朝。 俺はちょっと眠い目を擦りながら、テシアの介抱をしていた。 明け方までしていて泥のように眠り、時刻はもう昼になろうとし ていた。 ソラはちょっと溶けた人型のまま、心地よさそうに眠っている。 身体の中はすでに綺麗に澄んでいる。 本当に一滴残らず飲み干したようだ。 ﹁ん⋮⋮ちょっと収まったきた﹂ 少女の股間に手をかざすという若干いかがわしい体勢で、治癒魔 術の︻治癒の光︼を使う。 546 彼女の身体の状態が、手を通してわかってくる。 痛んでいる部分を見つけ、自分の魔力を馴染ませながら痛みを抑 え、傷を治していく。 普段は魔力という神秘の力は欠片も感じられないが、治癒魔術を 使う時は別だ。 自分と、彼女の中を流れる魔力がよくわかる。 ﹁足腰立たないのって治癒魔術で治るのかね?﹂ ﹁そっちは⋮⋮状態異常?﹂ 試しに︻清浄の光︼を使う。 ︵あぁ、出来るな。これなら︶ ︻治癒の光︼とは違う感じの魔力を、彼女の身体に馴染ませる。 こっちの方がちょっと難しい気がする。 ﹁⋮⋮どう?﹂ ﹁まだちょっと遠い感じするけど、大丈夫ね﹂ ﹁ふぅ、よかった﹂ 何度も射精出来るというのも困りものだ。 確かスキルリセットがスキル画面であったと思うし、それでもう 少し下げようか。 ︵でも、与える快感も変わるんだよな︶ 547 彼女達へ与える快感が減るのはいかがなもんなんだろうか。 ﹃昨日よりも気持ち良くない﹄とか思われたらハートが砕けそう。 そうなると、我慢できる程度に抜いておくか、自分の理性を信じ て我慢するかの二択。 ︵プロにお相手してもらうのは⋮⋮却下だな︶ 確かに百戦錬磨のプロに処理しておいてもらえば多少の平静は保 てるかもしれないが、仮にも恋人関係になったばかり。しかも二人 と。 不誠実と取られるような真似はできない。 しかし、そうなると自力で我慢するしかない。 昨日の様子を鑑みるに、ちょっと心配だ。 ﹁むぅ⋮⋮﹂ ﹁シャワー浴びてきたら?﹂ ﹁あ、うん﹂ 彼女の声で現実に戻ってくる。 とりあえずシャワーだ。した後にそのまま寝てしまったし。 脱衣所に入る前に、ちょっと振り向く。 ﹁テシアも入る?﹂ ﹁遠慮しておくわ。これ以上は身体がもちそうにないし﹂ 548 ﹁い、いや、そういうことするつもりは無いんだけど⋮⋮﹂ ﹁はいはい、いいから早く入ってきなさい。少し身体を休めたいの よ﹂ どちらにしろ一緒に入るつもりは無いらしい。 ここで駄々をこねても仕方ないので、さっさと入ってしまうこと にした。 * * * * * * ﹁はぁー、やっぱシャワーはいいわね⋮⋮﹂ シャワーから上がったミコトと、ようやく起きたソラを部屋から 追い出し、私はゆっくりとシャワーを浴びる。 出しなに﹃恋人が二人も出来たのに、その次の日に女の子の奴隷 を買うのは⋮⋮﹄みたいな事を言っていたので、代わりに一日休み をもらった。 ちなみに、その後も少しヘタレていたので部屋から叩き出してや った。 ﹁まったく、どうしてそんな事気にするのかしら⋮⋮﹂ 男は気に入った女を恋人にしたくなるものだと思っていたのだが、 ミコトはそれに抵抗があるようだ。 女性に興味が無いわけじゃない。昨日散々わからされた。 ソラの事も受け入れた。 でも、やっぱり引け目のようなものを感じているようだ。 549 一対一の交際しか認められない地域にいたと聞いたけれど、それ にしたって気にし過ぎだ。 力もある。お金も持ってる。人柄もいい。 夜も⋮⋮10人や20人相手しても平気だろう。 彼は多くの女性を迎えるべきだし、彼に愛される女性は幸せなは ずだ。 彼のことを考えるうちに、またお腹が熱くなる。 治癒魔術なんてかけられたから尚更だ。 あれは毒だ。敏感な部分にあんな温かいものを当てられたから、 昨夜の事を思い出してしまった。 あのままミコトが部屋に居座っていれば、私の方から押し倒して しまったかもしれない。 身体の訴える感覚を無視し、お腹に力を入れる。 ﹁んっ⋮⋮ふっ⋮⋮﹂ 秘所にかざした手に、ドロッとしたスライムのような精液が落ち る。 表面に付いていたものは拭き取ったが、中のはまだだった。 ﹁うぅ⋮⋮⋮⋮こんなに⋮⋮﹂ 目の前に手を持ってくると、山のように精液が乗っている。 ふわりと、彼の匂いが漂う。 私は涎の垂れた口を開き、精液に舌を⋮⋮。 ︵⋮⋮って、何してるの私!?︶ 550 自分の行動に驚き、思わず手の中の精液を投げ捨てる。 ベチャリと音を立て、それは地面に落ちた。 ﹁あ⋮⋮﹂ た、確かにミコトが出してくれたも 思わず漏れた声と、今考えたことを自覚して顔が熱くなる。 ︵﹃勿体ない﹄って何よ!? のだけど⋮⋮!︶ 私は自身の行動や思考が恥ずかしくて、しばらく身悶え続けるの だった。 * * * * * * 俺はこの前行った奴隷商店に向かっていた。 ︵テシア、機嫌悪かったなぁ⋮⋮。やっぱりやり過ぎたか︶ 血気盛んな感じで部屋から叩き出された。 夜通しやってれば当たり前な気もする。 自重しないと、ホント⋮⋮。 ﹃一人じゃ寂しいだろうから﹄ってシロを置いていったが、よく 考えたらテシア唸られるし。 ソラを置いていき、シロを連れていくという案もあったが⋮⋮。 551 ﹁ますたー、ますたー﹂ ﹁はいはい、落ち着いてー﹂ ソラは俺の名前を呼びながら、ケープの中から触手を伸ばして俺 の腕に絡める。 今日の朝からずっとこんな感じ。置いていくのは無理だった。 念話から伝わってくる感情は、もうこれでもかってくらい桃色で ある。 宥めながらも絡んだ触手を握り返す。 ちょっと困るが、凄く嬉しいので問題無い。 ︵確かこっちだったよな︶ 場所は覚えているので、ちょっと路地に入って寄り道する。 ﹁⋮⋮ん?﹂ 路地を少し入ったところに、見慣れない看板を掲げた店があった。 ハート型の看板。 ︵ファンシーショップ⋮⋮じゃ、ないよな︶ こんな路地裏にあるわけない。 考えられるものがあるとすれば⋮⋮。 ︵娼館、女性が接待してくれる酒場、あとは⋮⋮大人の玩具とか?︶ 店の前に来て覗いてみるが、窓がスリ硝子のようになっていて中 552 が見えない。 ふと、扉に付いている看板が目に入る。 ﹃性のお悩み、解決します﹄ ﹁⋮⋮﹂ ︻女神の微笑み︼のせいか?︶ ここに来るべくして来た気がしてきた。 ︵あれか? 幸運が上がるスキル。それも最上位のだ。 数値が出てないのでわからないが、俊敏や精力を上げるスキルと 同じくカンストになっていても不思議はない。 ﹁⋮⋮入るか﹂ 俺は、運命に導かれたと言うにはちょっと憚られる、いかがわし いお店に入っていった。 入った瞬間わかった。ここは大人の玩具のお店だ。 ちょっと薄暗い店内。 アレな形のものが立ち並んだ棚。 効果がよくわからないお薬。 553 ショーケースの中では、触手がネチャネチャしていた。 ﹁⋮⋮?﹂ 奥にいる女性が俺を見ていた。 カウンターにいるから店員か店主だろう。 何やら戸惑った表情をしている。 ﹁あ、すいません。準備中でしたか?﹂ ﹁い、いえいえ、大丈夫よ。ゆっくり見ていってね﹂ 凄く色気のある女性だ。 派手過ぎない化粧と、ゆるくウェーブした赤茶の髪。 服も結構露出が多く、豊満な身体がありありと見て取れる。 ロシェさんと負けず劣らず綺麗な人な人だと思う。 癒し系のロシェさん、お色気系のこの人という感じ。 いや、お色気系というより熟女系か? ﹁ちょっといいですか?﹂ 女性に声をかける。 そのモノクル⋮⋮割れてますけど﹂ もちろん、ドアに貼ってあった看板の件だ。 ﹁あれ? 彼女が左目に着けているモノクルにヒビが入っていた。 ﹁あぁ、いいのよ。ちょっとぶつけちゃって﹂ 554 ﹁大丈夫ですか? 怪我してるなら治せますけど﹂ 女は怪我をしているようには見えないが、一応確認する。 ﹁大丈夫よ、大丈夫。それで、ご用件は?﹂ ﹁えっと、ドアについてたやつの事で﹂ ﹁あら、何かお悩み?﹂ 彼女がモノクルを外して、たおやかに微笑んだ。 ﹁なるほどね、性欲が強くて困ってると﹂ ﹁正確にはなかなか萎えなくて困ってる、ですかね﹂ 初対面の人にする相談としてはどうなのかと思ったが、その手の 質問に慣れているのか、彼女が話しやすいオーラでも放っているの か、スルスルと話を引き出されてしまった。 ﹁んー、性処理用の道具を用意しましょうか?﹂ ﹁今の生活だと一人になる時間はあまり⋮⋮。相談すれば時間を作 れるかもしれませんけど、彼女は奴隷なのでほっとくのはちょっと 心配で﹂ 555 要するに﹃大人の玩具使います?﹄と聞かれているわけで、ちょ っと恥ずかしくなる。 ここまで話しておいて今更感があるので、正直に答えるけど。 ﹁ほうほう﹂ 彼女は少し考え⋮⋮。 ﹁こんなのはいかがでしょう﹂ 一冊の本を差し出した。 本の題名を見る。 ﹁﹃ゴブリンでもわかる︻性技の心得︼﹄⋮⋮﹂ ﹁スキル教本ですよ﹂ ﹁スキル教本?﹂ 聞き慣れない単語だ。 ﹁スキルの習得を助ける本ですね。特殊な魔術が掛かっていて、容 易にスキルを習得できるんです﹂ アイテム使って一発習得ってやつか。 もしかしたら、これならSPを消費しなくてもスキルが手に入る かもしれない。 ﹁えっと、それで︻性技の心得︼って﹂ 556 ﹁自分の精力が強すぎて相手に負担を掛けている⋮⋮それなら、相 手を耐えられるように変えてしまえばいいのよ﹂ ﹃性技﹄﹃相手を変える﹄とくれば、調教ということだろうか。 自分の都合でそういう事をするのは、少し抵抗感があった。 ﹁︻性技の心得︼にはね、性交している相手の苦痛や傷を減らす効 果があるのよ。もちろん、調教に使えるスキルもあるけれど﹂ ﹁お、おぉ⋮⋮﹂ まさに渡りに船。 卑猥なことが書いてあるはずのこの本が、妙に神々しく見えてき た。 ﹁ひとつ注意して欲しいのは、スキル教本は素養に応じた効果しか もたらしてくれないってこと﹂ ﹁素養って言うと、ステータスですか?﹂ ﹁そうね、ステータスの値ってことも多いわ﹂ それなら、たぶん大丈夫だろう。 なんて言ったって、精力カンストですから。 ﹁あと、ちょっと高価なところかしら﹂ ﹁いくらですか?﹂ 557 ﹁3000オスクになります﹂ えーっと、1オスク100円くらいだったから⋮⋮30万? 本一冊の値段としては確かに高いが、効果を考えれば納得のお値 段だろう。 この本と奴隷の支払いを考えると財布が少し心配だが、まだ困る ような金額ではないだろう。 ﹁買います﹂ ﹁ふふっ、毎度あり∼﹂ ︻マジックポケット︼から金貨袋を出し、料金を支払う。 ﹁頑張ってね?﹂ ﹁は、はい。ありがとうございました﹂ 俺は頭を下げて店を出る。 背中越しに、ずいぶんと色気のある笑い声が聞こえた気がした。 558 第37話 情欲を飲み込んで ★︵後書き︶ 夜通しヤリまくることの解決になってないって? 残念ながらミコトは気付いて無いです。 彼女達の負担が減るので、効果が無くは無いですが。 559 第38話 傷だらけの舞姫︵前書き︶ 胸糞注意。 560 私を奴隷として売ってください!﹂ 第38話 傷だらけの舞姫 ﹁お願いしますっ! 私は今、村にいる唯一の人間族⋮⋮商人さんに交渉している。 父が病気になったのだ。とても、重い病気に。 治療には高価な薬がいる。 でも、私の家にそんなお金は無い。 だから、私は自分を売ることにしたのだ。 もちろん、両親には秘密で。 ﹁ミーニャちゃん、悪いけど⋮⋮そんなことは出来ないよ。第一、 ご両親はそんなことを許したのかい?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 許すわけがない。 両親は私を大切に育ててくれた。 いつも優しくて、美味しいご飯を作ってくれるお母さん。 漁で一生懸命働いてくれて、その姿がかっこ良くて、いつでも明 るいお父さん。 そんな二人が許すわけない。許すはずがないのだ。 ﹁大丈夫だ、お父さんはきっと治るよ。お金を貯めれば薬だって買 える﹂ 561 嘘だ。 商人さんが一番分かっているはず。 私たちの収入、薬の値段、それにどれだけ差があるか。 商人さんがわからないはずがない。 一人で行くなんて無茶だ! 街道にだって魔物 ﹁⋮⋮売ってくれないなら、私一人で行きます。自分で勝手に売り に行きます﹂ ﹁ま、待て待て! が出ないわけじゃないんだぞ!﹂ 魔物が出ても関係無い。危険があっても関係無い。 今一番危険なのはお父さんなんだ。 だから、少しぐらい危なくたってどうってことない。 私だって少しくらい漁は出来るし、魔物とだって戦える。 奴隷になったって、何とかやっていけると思う。 絶対に譲らない。 強い決意を持って、見つめ続ける。 ﹁はぁ⋮⋮わかった、わかったよ。一人で行くより私が一緒に行っ た方が、幾分マシなところに行けるだろう﹂ ようやく商人さんは折れてくれた。 こうして私は、村を離れた。 きっと、もうここに来ることは無い。 562 私を買い取ってくれるところはなかなか無い。 隣町のイスティーゼでは買い手がつかなかったらしくて、もう一 つ隣のマルカまでやってきた。 そこでようやく、私は奴隷になった。 商人さんが奴隷商人の人といっぱい話してて、何とか高く売って くれようとしているみたいだった。 私達の種族が、あまり周りの人に好かれていないのは知っている。 お父さんの薬代、足りるだろうか。 それだけが心配だった。 奴隷商店に来てからだいぶ経った。 たまに呼ばれることはあったけど、私を買う人はいなかった。 奴隷商店の人にも、あまり気持ち良くない目で見られる。 同じ奴隷の人すら、私に向ける視線はあまり良くない。 やっぱり、みんな私の事が嫌いみたい。 * * * * * * ある日、私は買われることになった。 563 ⋮⋮娼館に。 覚悟はしていた。 でも、いざ現実になるとショックだった。 娼館にいても私の立場は変わらない。 娼館の人には嫌な目で見られ、同じ娼婦の人にも遠巻きにされる。 そんな子にお客が来るはずも無くて、私はたくさん雑用を押し付 けられて、いっぱいいっぱい働かされた。 食事は少ない。休む時間も少ない。 なんでこんな所に魚人がいるんだよ?﹂ 私を見てくれる人はいない。 ﹁あん? ある日、雑用をしている時に娼館のお客さんと会ってしまった。 男の人は身長が高いけどヒョロっとしてて、耳とか首とか唇にア クセサリーみたいのをいっぱい付けてる。 娼館の人に絶対にお客さんの前に姿を見せないようにって言われ てたのに。 お客さんの案内をしていた男の店員さんが、凄く怖い顔でこっち を見ている。 ﹁あ、いや⋮⋮ここの雑用で使ってまして﹂ ﹁ふぅん⋮⋮で、こいつも使えるのか?﹂ 564 ﹁はい?﹂ もちろんです! ⋮⋮ほらっ、早く準備してこい ﹁こいつも指名できるのかって聞いてんだよ﹂ ﹁は、はいっ! !﹂ よくわからないけど、お客さんをとることになってしまった。 部屋に押し込まれ、服を押し付けられ、急いで準備を整える。 奴隷になる前も、娼館に来た後も、経験は無い。 一応ここで方法は習ったけど、上手くできる自信は無かった。 着替えさせたのか?﹂ やがて、男が来た。 ﹁ん? ﹁はい、いかがでしょうか?﹂ ﹁んなもん必要無いだろ、魚人に﹂ ﹁それは⋮⋮申し訳ありません﹂ ﹁いいっていいって。することは変わんねぇんだし﹂ 魚人ちゃん⋮⋮よぉっ!﹂ そう言って、お客さんは私に近寄ってくる。 ﹁そうだよなぁ? 565 ﹁うぐっ!?﹂ いきなりお腹を蹴られた。 何が起こってるのか分からない。 ﹁お、お客様?﹂ ﹁どんなプレイでもオッケーって言ったよな? ケーって言ったよな?﹂ 店員さんがチラリと私を見る。 ﹁はい、ご自由にどうぞ﹂ 死なないならオッ その目には、助けようなんて考えは欠片も無かった。 可哀想とすら思っていない目だった。 ﹁いいねいいねぇ。あ、そうそう、普通の女も用意しててくれよ? 気に入らない奴ぶん殴った後は滾るんだよ﹂ ﹁かしこまりました﹂ 店員さんが返事をした瞬間、また蹴りが飛んでくる。 部屋を出ようとした店員さんに視線で助けを求めたが、まるで感 情のこもってない目で見られただけだった。 いっ、ぐっ、いやっ、ぁぅっ!?﹂ ﹁おらおら、もっと声出せッ!﹂ ﹁あぐっ!? 566 何度も何度も、拳と足が振り下ろされる。 私は悲鳴を上げて、涙を流して、身体を丸めるしかなかった。 その後も、お客さんは数日おきに来た。 雑用も変わらずやらされた。 ﹃やっと稼げるようになった﹄、娼館の人はそう言っていた。 本当に嬉しそうに。 今日も私は、お客さんに殴られる。 ﹁っ⋮⋮いっ⋮⋮⋮⋮っっ⋮⋮!﹂ ﹁んだよ、ノリ悪ぃなぁ。もっと啼けよ﹂ いっぱい働いて、休む時間は無くて、食事は少なくて、殴られて ⋮⋮。 私は疲れ切っていた。 悲鳴も満足に上げられないくらい。 ﹁あー、そうだ。これ使おう、コレ﹂ それだよ!﹂ そう言って男が取り出したものは⋮⋮ナイフだった。 ﹁ひっ!?﹂ ﹁そうそうッ! 567 人は殴るだけでも死ぬことがある。 でも、ナイフならなおさらだ。 私が感じるものは﹃苦痛﹄から﹃死の恐怖﹄に変わった。 ナイフの切っ先が、つーっと私の頬を撫でた。 それだ ﹁不思議だよなぁ。こんな真っ青で気持ち悪ぃのに、中身は赤いん だからな﹂ 私の頬を何かが伝う。 少しだけ呆然として、気付いた。 いいぜいいぜっ、それだ! いやぁぁぁぁぁぁ!?﹂ 私は血を流していた。 ﹁いやぁっ! ﹁ははっ、はははははは!! よ!﹂ 殴って、切って、蹴って、切って。 ひたすら繰り返される。 怖くて、痛くて、泣いて、叫ぶことしかできない。 ﹁あぁー、思い出すわ。魚人族ぶっ殺した時のこと﹂ さっきから狂ったように笑っているだけだったお客さんが、突然 話し出す。 ﹁いやぁ、爽快だったわ。昔っから親父の友達だか何だか知らない 568 けどよ、いっつも気色悪い魚人共が家に来てたんだよ﹂ 話してる間も、お客さんは殴ったり蹴ったりしてくる。 でも、さっきより強くない。 自然と話に耳を傾ける。 ﹁そいつに娘がいてなぁ、これがまたうっざいんだわ。一々俺のこ と﹃お兄ちゃん﹄とか言ってくっついてくんだよ。てめぇみたいな のが妹なんてまっぴらだっつーのッ!﹂ ﹁あぐっ!?﹂ そんでな? つい我慢できなくなっちまって⋮⋮⋮ かなり勢いのある蹴りが、私のお腹を打つ。 ﹁そんでな? ⋮殺しちまったよ、このナイフでな﹂ ナイフが私の前で振られる。 おんなじ所に行けるんだもん ﹁そしたらガキの親がギャーギャー喚くもんでよ。男も女も同じよ うに殺してやったよ。優しいだろ? な?﹂ ︵殺し⋮⋮た⋮⋮?︶ 死なないと思ってた。﹃死なない程度﹄っていう約束だった。 暴力は振るっても、人を殺すなんて簡単に出来ないと思っていた。 でも、この男は殺したのだ。 ﹃人を殺せる人﹄なのだ。 569 ﹁││││││││!!﹂ 悲鳴を上げた。ただただ怖かった。 その悲鳴に被せるように、男の狂った笑いが聞こえる。 もう、何もかも怖かった。 私は無心だった。 雑用をこなして、食事を口に運んで、泥のように眠って。 そして、お客さんに傷つけられて悲鳴を上げる。 それが私のやること。 死ぬことは無かった。 気絶しても、起きたら傷が治ってた。大きい傷跡を残して。 身体が濡れてて、瓶が転がってた。 きっと薬だ。 ﹁ねぇ、あんた﹂ 声を掛けられている事に気付いて、ノロノロとそちらに顔を向け る。 娼婦の人だった。 ﹁逃げたくない?﹂ 570 ﹁⋮⋮?﹂ ﹁もう見てられないんだよ。あんた、このままじゃ死ぬよ?﹂ ﹁逃げたら⋮⋮殴られるので⋮⋮﹂ 出来るだけ、殴られたくなかった。 出来るだけ、殴られる量を減らしたかった。 一度逃げたことがあった。 すぐ捕まって、今度は店員さんに殴られた。 だから、逃げない。 ﹁私が協力する。見つからないよ﹂ ﹁でも、奴隷ですし⋮⋮﹂ 逃げたって、私は奴隷だ。持ち主はこの店の店主さん。 すぐに連れ帰される。 ﹁娼婦とはいえ、この扱いは異常だよ。誰か⋮⋮衛兵とかに助けを 求めれば、きっと解放される﹂ 私は、殴られなくていいの? 殴られなくなるの? 私は、この誘いを受けた。 571 ﹁いやぁ! 逃げようとしやがったな!﹂ 離してぇ!﹂ ﹁このガキ! この時間に人はいない。 そう聞いていたのに、人がいた。 捕まってしまった。 ︵ようやく外に出られたのに⋮⋮!︶ もう何日も店の中にいた。外には出られなかった。 久しぶりの外出は、たったの数秒で終わった。 腕を掴まれ、店へと引きずられていく。 傷ついて弱った私は、抵抗できるはずも無い。 扉が迫ってくる。 私にはまるで、それが死に繋がる扉に見えた。 ︵また⋮⋮また殴られるの⋮⋮?︶ 逃げたら罰を受ける。当たり前のことだった。 また、殴られるんだ。 ︵もう、もう嫌だ⋮⋮いっそのこと⋮⋮︶ 私の考えが、一線を越えようとした時。 572 ﹁おい! 何やってるんだ!﹂ 男の人の声が聞こえた。 私は逃げようとして、逃げられなかった。 でも、確かにこの時﹃救われた﹄んだ。 573 第39話 怯え竦む舞姫 夜の問題に一応の解決策を見出した俺は、足取り軽く奴隷商店に 向かっていた。 放してぇ!﹂ 治安がよろしく無いっぽいので、今回もフード着用で。 ﹁いやぁ! 逃げようとしやがったな!﹂ 女の子の声が聞こえた。 ﹁このガキ! 続いて男の声。 ︵あー⋮⋮︶ 軽くなっていた足取りが一瞬にして重くなる。 視線を送ると、男がへたり込んだ女の子の腕を掴み、引きずって いた。 そういう場所の、そういう騒ぎ。 たぶん、よくある事だ。 関わったら面倒事に巻き込まれるだろうし、見て見ぬ振りをする のが普通だろう。 まぁ、関わるけど。 見て見ぬ振りなんて無理だ。 574 ﹁おい! 何やってるんだ!﹂ 男が面倒臭そうにこちらを見る。 ボルドーさんほどではないが、体格のいい男だ。 フードを被っていて良かった。 被ってなかったら、こんな強面の男と言い争いなんぞ出来ない。 少女の方も呆然としながら、こちらに視線を送っている。 ︵⋮⋮酷いな︶ 彼女は傷だらけだった。 もう、傷が無い場所なんて無いってくらいに。 それとは別に、俺は少女の姿に目を奪われていた。 水色の肌。青い髪。腰から伸びる尾ひれ。 こいつの脱走の手引きでもしようってのか?﹂ イルカと人の愛の子のような、魅力的な子だった。 ﹁なんだお前? ﹁いや、悲鳴が聞こえたからな。どこかで馬鹿な男が、女に手を上 げてるのではと思って来ただけだ﹂ とりあえず様子見だ。 情報が欲しい。 ﹁はっ、じゃあとっとと帰んな﹂ ﹁そう言われてもな。見たところ、俺の予想通りのようだが?﹂ 575 ﹁はぁ? んな﹂ 脱走した娼婦をとっ捕まえただけだ。ほら、さっさと帰 男がしっしと手を振る。 んだよ、これ以上絡むんなら容赦しねぇぞ﹂ ﹁そうか、娼婦か⋮⋮なら、ここであってるようだな﹂ ﹁あ? 男が指をポキポキ鳴らし、肩を回す。 ﹁そうかそうか、ここの店員は客の応対もできないんだな﹂ もう俺の心は決まっていた。 彼女をここから連れ出す。 あの傷だ。碌な環境ではないだろう。 見たところ、彼女は奴隷のようだ。 奴隷だと強引な手段を使っても、連れ戻される可能性がある。 客として入れば、自然と彼女と接触できるし目の前の男の態度も 多少は軟化して││││。 ︵⋮⋮って、真昼間じゃねぇか!︶ そう、真昼間である。 時刻は昼下がり。夕方にも程遠い。 そんな時間に娼館がやっているか? ﹁⋮⋮?﹂ 576 ︵ほらー! 不思議な顔してるよこの人!︶ 完全に墓穴を掘った。 ﹁⋮⋮!﹂ 面倒事になる? すぐご案内します!﹂ 怒る? 男が目を見開く。 あ、ヤバイ? ﹁し、失礼しました! ⋮⋮⋮⋮あれぇ? よくわからないがとにかく良し! ﹁しかし、早かったですね。集会はもう少し後では?﹂ あれー? 絶対誰かと勘違いしてないか、これ。 ﹁あぁ、少し都合が変わってな。暇潰しに娼婦でも宛がってくれ﹂ ﹁は、はい。それはもちろん﹂ ﹁そうだな⋮⋮その子がいい﹂ こいつですか⋮⋮?﹂ 未だにへたり込んだままの女の子を指さす。 ﹁え? ﹁あぁ﹂ 577 ﹁わ、わかりました。すぐ準備しますんで﹂ そう言うと、強引に女の子の腕を引く。 一言言いたかったが、グッと堪える。 ここで突っついて、何かボロが出たら面倒になる。 男が入っていった建物の周りを歩き、正面入り口らしき場所を見 つけた。 ﹁いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、ただいま準備中でして ⋮⋮﹂ しかし⋮⋮﹂ さっき店員の男に案内されたんだが﹂ ちょっと太った中年の男が現れる。 ﹁そうなのか? ﹁おや、そうなのですか? ﹁金は払おう。準備してくれ﹂ 青い肌の﹂ ﹁左様でございますか。それで、どんな子をご所望で?﹂ 金の力は偉大である。 ﹁ほら、傷だらけの女がいただろう? ﹁あ、あぁ、魚人の子でございますか?﹂ なんとなく予想していたが、呼び方は魚人でいいらしい。 578 蔑称という可能性もあるが。 ﹁そいつを頼む﹂ ﹁本当にあれでいいので?﹂ ﹁あぁ﹂ ﹁わかりました。おい、ご案内しろ!﹂ ﹁はいっ、ただいま!﹂ ちゃんと会えるのか? さっきと違う男が来る。 これ大丈夫か? 男に連れられて、イマイチ雰囲気の明るくない通路を歩く。 ︵あ、さっきの男だ︶ すれ違ったら面倒だ。 ここで声を掛けて、すり合わせよう。 ﹁さっきはどうも﹂ ﹁あれ、いなくなったんでどうしたのかと思いましたよ。正面から 入ってきたんで?﹂ 裏から案内するつもりだったのか。 でも、裏から入ると正面側の店員に怪しまれそうだ。 今も結構綱渡りだけど。 579 ﹁あぁ、挨拶も兼ねてな。あの子の部屋に案内してくれるか?﹂ ﹁はい。どうぞこちらへ﹂ ︵大丈夫⋮⋮か?︶ さっきまで案内していた男を見るが、目の前の男の目配せを受け て一礼し、戻っていった。 とりあえず、ここまではオッケー。 たぶん異変に気づいて知らせに行ってる、なんてことは無いはず。 ⋮⋮無いよね? 俺の懸念は杞憂だったのか、何の問題も無く部屋の前までたどり 着く。 ﹁どうぞ﹂ 中は非常にシンプル。 狭い部屋にベッドが一つ。 こっちの扉はシャワーかトイレだろうか。 扉がしまったのを確認し、ベッドに黙って座っている彼女に近寄 る。 ﹁よろしくお願いします⋮⋮﹂ 消え入るような声で言われる。 声もそうだが⋮⋮完全に目が死んでる。 目が死んだ人間なんて実際見たことないのだが、見てみればすぐ 580 ﹃死んでる﹄とわかる。 フードを脱ぎ、少し間を空けて隣に座る。 ﹁っ⋮⋮﹂ それだけで、彼女の身体がビクリと反応する。 ︵完全に怖がられてるよな︶ なんともやりにくい。 ともあれ、話すことは多くない。 ﹁ねぇ、ここから出る気はない?﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ 彼女がこちらを見る。 こちらを見る瞳は明るく淡い茶色だった。 身長は俺と同じか少し低いくらい。 青色のショートカットの髪は、ふんわりとウェーブしている。 今はウェーブというよりも、乱れているという感じだが⋮⋮。 肌は水色でツヤツヤしているものの、傷だらけでその魅力は半減 している。 テシアほどではないが耳は尖っていて、レモン型というか、ヒレ のような形をしている。 腰から伸びる尻尾の先には大きな尾ひれが付いているが、他の部 分にも増して傷が多く、縁がギザギザになってしまっている。 581 尾ひれと耳の形、肌の質感を見るに、魚というよりもイルカに近 いだろうか。 ﹁俺が君を買って、ここから連れ出す﹂ ﹁⋮⋮どうして、ですか?﹂ ﹁ここにいるよりはマシだから。それとも、その傷には真っ当な理 由があるの?﹂ 悪いようにはしな こんな酷い傷の時点で、真っ当もクソもあったもんじゃないけど。 ﹁どうして、買うんですか?﹂ ﹁気に入ったから﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 彼女が黙る。 さっきから表情がほとんど変わらない。 やり難い。 ﹁俺はミコト。君は?﹂ ﹁ミーニャ⋮⋮﹂ ﹁そっか。ミーニャ、俺と一緒に行かないか? いから﹂ 582 彼女はしばし黙り、こちらを向いて躊躇うように口を開いた。 ﹁⋮⋮あなたは、殴りますか?﹂ 腸が煮えくり返りそうだった。 最初に聞かれることが﹃殴りますか?﹄だと? ふざけるな。 ﹁絶対に殴らない。約束する﹂ 彼女の見つめて、はっきりと言う。 ﹁⋮⋮ついていきます。ここは⋮⋮ここは、嫌なんです﹂ 心の底から絞り出すように声。 ﹁応えてくれて、ありがとう﹂ そう言って、俺は部屋を出た。 ﹁あの魚人の子を買いたい﹂ あの魚人ですか⋮⋮?﹂ フードを被り、さっき入り口で俺を出迎えた男に言った。 ﹁はい? 583 ﹁あぁ、そうだ。いくらだ?﹂ 有無を言わせず押し通す。 まだあの男には誤解されたままだし、面倒なことになる前に退散 するべきだろう。 ﹁いやはや、ありがとうございます。奴隷商に﹃こういう変わった 娼婦が流行り﹄などと言われて買ったものの、その実全く稼げず⋮ ⋮。処分するのも損ですし、雑用と使ってましたが本当にお荷物で すよ﹂ ﹁無駄話はいい。それで?﹂ そんな話聞きたくもない。 さっさとあの子を引き取って、ここから出よう。 ﹁い、いえ、申し出は本当にありがたいのですが、あの子はこの後 あの子に?︶ 予約が入っていまして﹂ ︵予約? ﹁明日引き渡しということでしたら、えぇ﹂ 十中八九、あの子にとって良くない輩だろう。 あんな状態の子、普通の人が﹃利用﹄するとは思えない。 ともすれば、彼女を傷付けた張本人かもしれない。 ﹁今すぐ引き取る。いくらだ?﹂ 睨め付ける様な視線を向け、ゆっくりと威圧するように言葉を紡 584 ぐ。 ﹁え、えぇ、そうですね⋮⋮500オスク、キャンセル料込みでで 1000オスクといったところでしょうか﹂ ︵盛ってるな、こいつ︶ 耳長族のテシアと比べてかなり安い。 しかし、こいつの気分の悪い目付きを見るに値段を盛ってそうだ。 ドサリと金貨袋をカウンターに乗せる。 今すぐにっ!﹂ ﹁2000オスクだ。さっさと準備しろ﹂ ﹁は、はいっ! チョロイ。 ⋮⋮いや、簡単に金払う俺の方がチョロイのか? 準備が済み、彼女はすぐにやってきた。 古びた大きいシャツを着せられ、足元にはサンダルのみ。 なんともお粗末な格好だった。 どうかした?﹂ 彼女を連れて、さっさと娼館を出る。 ﹁⋮⋮? 585 彼女は娼館と外の境で立ち止まり、ぼーっと外を見ていた。 ﹁ほら、おいで﹂ 手を差し出し、出来るだけ優しい声色を作って呼びかける。 ﹁は、はい⋮⋮﹂ ゆっくりと、恐る恐るといった動作で、一歩踏み出した。 ﹁私、外に出て、いいんですよね﹂ ﹁あぁ、そうだよ﹂ ﹁私、もう、殴られなくて、いいんですよね﹂ ﹁そうだよ。絶対に殴らないし、殴る奴からは守ってやる﹂ ﹁うぅ⋮⋮⋮⋮っ﹂ 彼女の目にジワリと涙がにじむ。 そのまま、フラフラと頼りない足取りでこちらまで来る。 ﹁さっ、早くこんなとこ離れよう﹂ 彼女の前に手を差し伸べる。 ﹁ひっ!?﹂ ミーニャが身を守る様に身体を縮め、一歩後ずさる。 586 ﹁あ、いや、ごめん。大丈夫だから﹂ 彼女は酷い環境に身を置いていたんだ。 いきなり動かれたら、﹃殴られる﹄と思って恐怖を覚えても不思 議ではない。 俺はしゃがんで、再度ゆっくりと手をさしのばした。 ﹁さ、行こう﹂ 声音も出来るだけ優しくしたつもりだったが、彼女の様子はあま り変わらない。 ︵⋮⋮ダメか︶ 彼女の恐怖はかなり根深いらしい。 これだけの傷。どんな目にあったのかは想像に難くない。 ﹁ごめん、やっぱり怖いよね﹂ ﹁ち、ちがっ、違うんです!﹂ ﹁いいよ、君は悪くない。ほら、これを着て﹂ ソラを外に出し、ケープを渡す。 出来るだけ近付かないように、手を突き出して渡す。 ﹁スライム⋮⋮?﹂ 587 ﹁あー⋮⋮俺の魔物だよ、あとで紹介する。今は早く行こう﹂ ソラに向けて人差し指を立てて﹃静かに﹄と指示すると、肩の上 に乗せる。 今は混乱したり怖がったりで大変だろう。 ソラの紹介は、もっと落ち着いてからでいい。 ﹁あまり近寄らないでもいいけど、はぐれない様にね。何かあった らすぐ声をかけて﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ 俺は﹃助けた女の子にビクビク怯えられる﹄というちょっと気分 の重くなる状況に息を吐き、やや足早にその場を離れるのだった。 588 第40話 治せる傷、治せない傷︵前書き︶ シロに関する記述が抜けていたため、37話に加筆しました。 シロはテシアと一緒にお留守番中です。 589 第40話 治せる傷、治せない傷 出来るだけ早く路地を抜け、大通りに出る。 足早に歩きながらも、後ろを歩くミーニャがはぐれない様に度々 確認する。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ケープで隠しているとはいえ、見えている彼女の足の肌の色と尻 尾⋮⋮そして、その傷跡はかなり目立つ。 彼女は視線を感じる度に、その身を竦めている。 ︵さっさと抜けてしまおう︶ 仕方ないこととは言え、この状況は彼女に良くない。 心が痛む。 やっとギルドまで来た。 真っ先にクレアさんのところまで行く。 ﹁あぁ、ミコトさん⋮⋮どうしましたか?﹂ ミーニャをチラリと見て、怪訝そうな顔で言う。 590 ﹁すいません、とりあえず個室に。話したいこともありますので﹂ ﹁⋮⋮わかりました。こちらへどうぞ﹂ 割と簡単に通してくれた。 ﹃一冒険者にそれはちょっと﹄とか言われたらどうしようと考え てたが、杞憂だったようだ。 ソファとテーブルがある簡素な小部屋に通される。 応接室だろうか? 促されて座り、オロオロとするミーニャも隣に座らせる。 もちろん、ちょっと距離が空いてるが⋮⋮。 ﹁それで、何があったんですか?﹂ 向かいに座ったクレアさんが聞いてくる。 ﹁見ての通りの待遇だった奴隷です。街の南西の娼館にいました﹂ ﹁ミコトさんが引き取ったんですか?﹂ ﹁そうです﹂ 何故ギルドに来たのかというと、あの娼館を摘発するためだ。 ほっといていいような店でもないだろう。 あの﹃集会﹄とやらも気になる。 衛兵に言うのではなくギルドに来たのは、付き合いのある人から お願いした方が円滑に動いてくれるかもしれないという望みからだ。 ﹁残念なことですが、奴隷を酷く扱ったからといって捕縛するよう 591 な法は無いのです。奴隷に関する法はデリケートですから﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁しかし⋮⋮そんな事をしている輩です。少し調べればいくらでも ﹃理由﹄は見つかるでしょう﹂ 一先ず胸を撫で下ろす。 ミーニャ以外の娼婦も、ミーニャの様に酷い目に合ってるかもし れない。 ︵まぁ⋮⋮単に仕返ししたかっただけのような気もするけど︶ ﹁もう一つ﹂ ﹁はい?﹂ ﹁そいつら、﹃集会﹄とやらをもうすぐ開くみたいですよ。調べる のなら、早くした方がいいかと﹂ ﹁そうですか、すぐに手配しましょう﹂ クレアさんは頷く。 その表情は、いつもの事務的なものよりも凛々しく見えた。 ﹁あ、あと⋮⋮2000オスク位騙し取られちゃったんで、取り返 してもらえると﹂ ﹁出来るかはわかりませんが、覚えておきましょう﹂ 592 この子の治療をしたい お金はまぁ⋮⋮物のついでだ。戻ってくればいいかなぁ。 ﹁少しこの部屋をお借りしていいですか? ので﹂ ﹁薬をお持ちしましょうか?﹂ ﹁いえ、治癒魔術があるので。それで足りないなら、お願いするか もしれません﹂ ﹁わかりました、みなに知らせておきます。薬が必要な場合は、誰 でもいいのでギルド職員に聞いてください﹂ ﹁ありがとうございます。助かりました﹂ 笑顔でお礼を言う。話が円滑に進んでよかった、やはりクレアさ んは優秀である。 クレアさんが立ち上がり、扉から出ようとする。 ﹁クレアさん﹂ よろしくお願いしますね?﹂ は、はい、わかりました﹂ くれぐれも ﹁はい?﹂ ﹁ ﹁⋮⋮! ︵む⋮⋮?︶ こちらを向いていたクレアさんの表情が歪む。 593 それは明らかに﹃恐怖﹄を感じた時の表情。 気を付けよう⋮⋮︶ 理由を考えたり聞く前に、彼女は慌ただしく出て行ってしまった。 ︵そんなに怖い顔してたか? あとはギルドに任せておけば何とかなるだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮あの﹂ ﹁あぁ、ごめんごめん。すぐ治療するね﹂ こんな可愛い子を傷だらけにしたんだ。 身体だけでなく、心も。 ︵クズは地獄に堕ちればいい。この世界に地獄があるかは知らない けどね︶ ︵結構キツイな︶ ミーニャの治療は二重の意味で辛かった。 まず治癒魔術が辛い。 身体の至る所にある傷跡は妙な治され方をしていて、綺麗に治す のが難しい。 しかも︻治癒の光︼では治せず、上位の︻修復︼を使って治すこ とになった。 594 ︻治癒の光︼は生命力の回復と傷の治療。LV1相当の最も簡単 な治癒魔術の一つ。 ︻修復︼は深い傷や欠損部位を治す治癒魔術。これはLV5相当 の魔術。 この︻修復︼という治癒魔術、かなり難しい。 難易度を数値で出したら、︻治癒の光︼とは桁が違うんじゃない だろうか。 ゲームの回復魔法の様に﹃使ったらHPが数値分回復して終わり﹄ 、なんて生温いことも無い。 全て手動である。 何が壊れているか、何を治せばいいか、それを治すのにどうする か。 やり方はわかるが、全て自分で考え、自分で動かし、一つずつや っていかなければならない。 まるで細かいパーツに分かれたパズルを、何時間もピンセットで 組み立てているような気分だった。 恐らくMPだとか魔力だとか言われるものの消費量も多い。 既にロシェさん特製マジックリジェネポーションを一本飲んでい る。爽やかブドウ味でした。 ﹁ふぅー⋮⋮⋮⋮こりゃ全身完璧に戻すのは無理かな﹂ ﹁そうですか⋮⋮﹂ ミーニャは、諦めの入った暗い表情で答える。 595 ﹁い、いやっ! 来るよ!﹂ 一気にやるのは無理ってだけで、時間かければ出 ﹁ほ、本当ですか⋮⋮?﹂ ﹁うん、任せなさい!﹂ 胸をポンっと叩いて笑顔を見せる。 ミーニャも弱々しくはあるが、にっこりと笑ってくれた。 ほら、やっぱり笑うと可愛い。 ﹁とりあえず、ちょっと傷跡残るけど全体的に治すね。そうすれば ジロジロ見られることも無いだろうし﹂ ﹁は、はい﹂ 今度は尻尾に取り掛かる。 かなりズタズタだし、大変そうだ。 ﹁っ⋮⋮!﹂ 尻尾に手をかざすと、ミーニャが身を縮める。 これがもう一つの辛いところ。 ミーニャに怖がられてしまうことだ。 人が怖いのか男が怖いのかはわからないが、とにかく俺が近寄る と身を守る様にキュッと身を縮める。 彼女の事情は聞くまでも無くわかるし、仕方ない。 仕方ないのだが⋮⋮。 596 ︵頑張ってるところを怖がられるって、キツイな⋮⋮︶ 治癒魔術で、傷は治せる。 だけど、心の傷の治し方なんて、俺は知らない。 強くなっても、傷を癒す力を持っても、異世界に来ても││││。 俺は、やっぱり無力だった。 ﹁ごめんね、もう少しだけ頑張って﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ どこに向けているのかわからない謝罪を口にする。 俺にできることは、彼女の傷をひたすら治し続けることだけだっ た。 粗方の治療を終えた俺は、ギルドを後にして衣料品店に来ていた。 今日はこの子かい?﹂ この前行った、俺とテシアの服を揃えた店だ。 ﹁こんにちわー﹂ ﹁あぁ、この前の! 衣料品店のおばさんが声を掛けてくる。 597 ﹃今日はこの子﹄という表現が若干気になったものの、笑顔だし 他意は無いんだろう。 奥のカウンターに座ってるおじさんは、おばさんの発言を聞いて か苦笑いをしている。 ﹁はい、この子の服を一揃えお願いします。ミーニャ、欲しいのが あったらちゃんと言ってね﹂ ミーニャの今の服はちょっとくたびれた大きいシャツだけ。 足元はこれまたくたびれたサンダル。 その辺の浮浪児と言われても疑わないくらいの服装だ。 ﹁あの⋮⋮いいんですか?﹂ ﹁もちろん﹂ 近寄ったら怖がられるから、出来るだけ声音と表情を柔らかくす る。 いつか怖がられなくなる日が来るだろうか? ﹁ほら、お嬢ちゃん。こっちにおいで﹂ ﹁は、はい﹂ ミーニャはおばさんに呼ばれて、おずおずと歩いていく。 ︵うーん⋮⋮俺より距離が近いか?︶ 二人は割と近い距離で話している。服を当ててサイズを確かめた りもしていた。 598 やはり﹃人が怖い﹄というより﹃男が怖い﹄だろうか? ︵俺が怖い⋮⋮じゃないといいなぁ︶ 大丈夫な気もするが、ちょっと不安だ。 ミーニャを待っている間、何か必要なものがあるかと見て回った が特に見つからず、残りはおじさんと雑談して過ごした。 ﹁あ、あの、お待たせしました⋮⋮﹂ ミーニャの声にそちらの方を向くと、なかなか扇情的な光景が広 がっていた。 上はビキニ、下は長方形の腰布を前後に垂らしている。 足元は編み上げのサンダル。 全体的に紺と灰色でまとめられており、惜しげもなく晒された肌 は踊り子を思わせる。 見て予測できる年の頃にしては、前途有望なボディラインがしっ かりと目に焼き付いてしまった。 ﹁またずいぶんと露出が多いね⋮⋮﹂ ⋮⋮あ、いつも着てたっての ﹁えっと、いつも着てた服と同じ感じなんですけど⋮⋮変ですか?﹂ とっても可愛いよ! それともお店の?﹂ ﹁いやいや! は昔の? ﹁村の人はみんなこんな感じでした﹂ 魚人族は開放的な種族らしい。 599 もうちょっと包み隠してもいいのよ? ﹁そっか。ま、ミーニャが気に入ったならそれでいいよ﹂ しかし、これだけ肌を露わにしていると嫌でもわかる。 手足は細いし、肋骨は浮いている。 いっぱい美味しい物食べさせよう、うん。 俺は料金を払い、おばさんとおじさんいお礼を言って店を後にし た。 公衆の面前で肌晒したら余計にビクビクするんじゃないかと思っ ていたが、さっきとさほど変わらない。 着慣れてるからか? ﹁ミーニャ、一旦宿に戻るよ。もう一人奴隷がいるから紹介するね﹂ ﹁は、はい﹂ あんまり﹃奴隷﹄という言葉は使いたくないが、こう言った方が 今のミーニャにはいい気がする。 同性だし、近しい立場の方が接しやすいだろう。 ︵テシアは大丈夫かな︶ この前みたいに寝て休むほど具合が悪いようには見えなかったし、 今何をしてるんだろうか。 いや、今日の具合の悪さは俺が原因だけど⋮⋮。 よくよく考えれば、この世界には暇潰しが少ない。 600 漫画やラノベも無い。探せばあるいは⋮⋮可能性は低そうだ。 本はあるかもしれないが、やっぱり小難しい物ばかりだろうか? 値段も高かったりするのか? もちろんパソコンやインターネット、テレビ、ゲームも無い。 ︵何か暇潰しになるようなものが欲しいな︶ 贅沢な話かもしれないが、そういう生活に慣れきってしまってい るのだ。 今はテシアやソラと話したり、シロを撫でたりして時間を潰して いる。 身体も毎日動かしているから寝付きもいいし、寝る時間も早い。 しかし、それとこれとは別。ちょっとした娯楽が欲しい。 まぁ、これは些末な問題だ。 まず大事なのは、テシアとミーニャの事。 テシアは魚人族のミーニャを受け入れてくれるだろうか? あんな目に合っていたし、あまり快く思われていない種族なのか もしれない。 そいつがただ魚人族を嫌いだっただけかもしれないが。 どちらにしろ、他の種族よりやや奇抜な見た目をしているのは確 か。 ﹁ミーニャは耳長族ってどう思う?﹂ ﹁えっと、綺麗な種族って聞きました。本物を見たことはありませ んけど﹂ よし、ミーニャの方はオッケー。 601 テシアは⋮⋮なんだかんだいって大丈夫な気がするな。 ソラのことも受け入れてくれたし。 俺は色々な考えを頭の中でかき回しながら、今日も活気のある道 を歩き続けた。 602 第41話 頑張る女の子︵前書き︶ 8/14 テシアにスキルを追加しました。 ︻世界の受け皿︼:習得している探知系スキルが3LV分底上げさ れる 603 第41話 頑張る女の子 ﹁おかえり。あ、いらっしゃいませの方がいい?﹂ ﹁とっても可愛いと思います﹂ 会話になってないって? いや、これ以外言いようがない。 テシアはノエルちゃんと同じ服、この店の給仕服を着ていた。更 に﹃可愛い﹄と言われて赤面中。 強力です。 ﹁それで、なんでその服?﹂ ﹁暇だから手伝ってるのよ。体調はもう大丈夫だから﹂ ﹁そっか、良かった﹂ 無理しているようにも見えないし、大丈夫だろう。 ﹁その子が新しい子?﹂ ﹁うん。ほら、挨拶して﹂ 促すと、ミーニャがおずおずと前に出る。 ﹁み、ミーニャです﹂ 604 ﹁テシアよ、よろしくね﹂ テシアは彼女が魚人族だということを気にしている様子は無い。 一先ずは大丈夫だろう。 ﹁ミーニャ、戦闘の経験はある?﹂ ﹁はい、それなりに﹂ ちょっと意外だが、この世界だと戦いに触れる機会は多いだろう し、そう珍しい事でもないのかもしれない。 ﹁俺は冒険者だから、多少危険なこともあると思う。ミーニャはテ シアと組んで戦ってもらうから、仲良くね?﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ ﹁すぐには戦わせないし、無理しなくていいから。厳しそうなら、 身を守る程度でも構わないし﹂ ミーニャは顔を伏せながらも、チラチラとこっちを見ながら頷く。 上目使いは可愛いが⋮⋮きっと怖いからこその動作なんだろうな ぁ。 ﹁あ、テシア。シロは?﹂ ﹁そこにいるわよ﹂ テシアはカウンターの隅を指す。 605 シロはカウンターの上で寝そべっていて、傍には餌付けらしきこ シロちゃんが懐いてくれましたよ!﹂ とをしているノエルちゃんがいた。 ﹁あっ、ミコトさん! ﹁え?﹂ シロを見てみると、ノエルちゃんの手から﹃餌﹄を食べている。 ﹁って、なに食べさせてるの!?﹂ ﹁何って⋮⋮魔石だけど﹂ ﹁いやいやいやいや⋮⋮﹂ それ食べ物じゃないです。 ﹁私もビックリしたんだけどさー、魔石持ってるところじっと見て くるもんだから。上げてみたら美味しそうに食べるんだもん﹂ シロの様子は特に変わりない。美味しそうに魔石を何度か噛み、 飲み込むような動作をする。 しかし、動物に石ころあげるって⋮⋮いや、魔物だし普通なのか? ソラも魔力が欲しいって前言ってたし。 ﹁ほらー、おかわりだよー﹂ ノエルちゃんはまた魔石をつまんで差し出す。 シロはその魔石に噛みついて奪い取り、またハムハムと食べ始め る。 606 ︵完全に興味が魔石>ノエルちゃんなんですが︶ お腹ごろごろしない?﹂ これって懐いてるの? ﹁シロ、大丈夫? 魔石を食べ終わったシロを引っくり返してお腹を撫でてみるが、 小石が入ってるようには感じない。 どういうことなの? いつもの柔らかくて気持ちいいお腹である。 消化したの? 念話で聞いてみたら、それなりに美味しいらしい。 ﹁うーん⋮⋮食べる?﹂ 俺も魔石を取り出して、鼻先にちらつかせてみる。 ﹁クゥ∼、クゥ∼﹂ ズルい!﹂ シロは嬉しそうに俺の手に鼻先をこすり付け、持ってる魔石をペ 私と全然態度が違う! ロペロと舐め始める。 ﹁あー! ﹁いやズルいとか言われても﹂ ノエルちゃんテンション高いっすね。 シロはいつの間にやら魔石を取っており、目を細めながら魔石を 食んでいる。 607 ﹁テシアとミーニャもする?﹂ ﹁⋮⋮やってみようかしら﹂ ﹁い、いいんですか?﹂ その後二人とも餌やりをしてみたが、ノエルちゃんの時とさほど 変わらなかった。 はむっ、んぐんぐ⋮⋮﹂ ミーニャは撫でようとして唸られ、ちょっとだけシロが苦手にな ってしまったようだ。 ﹁んくっんくっ⋮⋮ぷはぁ! ミーニャはまだ昼食をとっていなかったようで、そのまま食堂で 食事をとることになったのだが⋮⋮。 ︵食べるなぁ⋮⋮︶ ミーニャさんめちゃくちゃ食べてます。 見た目からして碌なもの食べてなかったのはわかるが、いきなり そんなに食べて大丈夫なんだろうか? テシアは既にまかないを食べたようで、店の中を元気に動き回っ ている。 そんなに働かなくてもと思ったが、給仕をしている姿が楽しそう 608 なので好きにさせることにした。 俺は朝だか昼だかわからない食事をとっていたが、待っているだ けなのも手持無沙汰なので巡回依頼の時に包んでもらったお肉のサ ンドを頼んで食べている。 ﹁んくっ⋮⋮あの、本当にこんなに食べていいんですか?﹂ ﹁うん、好きに食べていいよ。もっと欲しければ頼んでね﹂ 口の周りがソースだらけである。微笑ましい。 口元をチョイチョイと指さして教えてあげる。 本当は拭ってあげたいが、近寄ったところで怖がられてしまうだ ろう。 ﹁あっ、お見苦しいものを⋮⋮﹂ ﹁ゆっくり食べていいからね?﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ ミーニャが少し赤く⋮⋮いや赤くない。青くなってる。 いや、顔色が悪いわけではなく⋮⋮あぁもうややこしい! とりあえず可愛い。 ミーニャ﹂ ﹁あ、あの、テシアちゃん﹂ ﹁なに? 609 ﹁あ、あの、このお魚のやつを⋮⋮﹂ ﹁あぁ、追加ね。今持ってくるわ﹂ ⋮⋮⋮⋮食べるなぁ。 ﹁はい、今日から二人はこの部屋で泊まってもらいます!﹂ 今いるのはいつも寝泊りしている部屋の隣、新しく借りた部屋だ。 テシアはともかく、ミーニャと一緒に寝るのは無理だろう。 ミーニャが寝れなくなる。 ずっと男女一緒の部屋に寝泊りというのもよくないだろう。 それなりのプライバシーは保つべきである。 一人一部屋がいいかとも考えたが、テシアさんから無駄遣い禁止 令が出たので二部屋になった。 ﹁私もこっち?﹂ ﹁うん、テシアもしばらくはこっちに﹂ 今のミーニャには支えが必要だろう。 誰かが傍にいて、声を掛けてあげるべきだ。 しかし、怖がられている俺には出来ない。 見たところテシアは怖がられていないし、彼女に任せる他ないだ 610 ろう。 テシアちゃんとミコトさん、あとシロちゃんと透明な子 ﹁あ、うちのメンバーを紹介するね﹂ ﹁⋮⋮? だけじゃないんですか?﹂ ﹁それそれ、その透明な子なんだけどね﹂ ソラがケープから出て、人型になる。 ﹁わっ、女の子だ﹂ ﹁うん、この子はクイーンスライムのソラ﹂ ﹁ミーニャ、よろしく﹂ ﹁しゃ、しゃべった!?﹂ うん、驚くよね。わかってたよ。 ﹁あとこっちもしゃべる﹂ え?﹂ ﹁ついでのように言われるのは不本意ですが⋮⋮どうも、カナタで す﹂ ﹁え? ﹁まぁ、こんな感じの面白パーティです﹂ 611 ﹁私を入れないでよ﹂ テシアのジト目を受け止めつつ、ミーニャを落ち着ける。 ﹁さて、これからの事に付いて話しておきたいんだけど﹂ ベッドに二人と座らせ、俺も向かいにある椅子に座る。 ﹁とりあえず、ミーニャは体力が戻るまで休んでもらう﹂ ﹁あ、あのっ⋮⋮!﹂ ﹁うん?﹂ 彼女は珍しく顔を上げ、俺の方を見る。 ﹁昔みたいに動けるかわかりませんけど、私も働きます﹂ ﹁いや、確かに休んでもらった後は多少なりとも働いてもらうけど ⋮⋮﹂ ﹁あ、明日からでも働けますっ!﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ 彼女の身体は細く、少し骨が浮いている。 こんな状態で働くと言われても、心配なものがある。 ﹁とっても良くしてもらってるって事、わかるんです。でも、私、 どうしても怖がっちゃって、申し訳なくて⋮⋮﹂ 612 自分自身でもどうしようもない。それくらいの怖さが染みついて いるのだ。 無理せず心と体を休ませるべきではないだろうか? しかし、﹃申し訳ないから何かしたい﹄とか﹃良くしてもらって いるのに応えられない﹄という気持ちは、俺も良く分かる。 ﹁いいじゃない、働かせてあげれば。働きを見て、無理そうなら置 いていく。それでいいんじゃない?﹂ 悩む俺にテシアが促す。 少しサバサバした意見だが、落としどころとしては丁度いいので はないのだろうか。 何もいきなり戦闘をさせる必要も無いんだし、明日は何か簡単な 依頼をすればいいだろう。 ﹁わかった。でも、無理はしないでね?﹂ ﹁はいっ、がんばります!﹂ ミーニャはやる気のある目をしながら、可愛くガッツポーズをす る。 あんな環境にいたのに、またこうやって頑張れるのだから、この 子かなりいい子なんじゃないだろうか。 俺だったら腐って塞ぎ込むだろう。 俺には、彼女が眩しかった。 ﹁よし、今日はとりあえず日用品とか買いに行こうか。服は揃えた けど、それ以外はまだだし﹂ 613 ﹁わかったわ﹂ ﹁は、はい﹂ 二人とも頷く。 武器は西まで行かないといけないし、明日でいいか。 二人はにこやかに雑談しながら出かける準備をしている。 ミーニャの様子にほっと胸を撫で下ろす。 あそこにいた時は今にも死にそうな目をしていたが、今は普通の 女の子という雰囲気だ。 俺は少しだけ軽くなった心を感じながら、窓から見える晴れ渡る 空を眺めて二人を待った。 614 PDF小説ネット発足にあたって http://novel18.syosetu.com/n9688ca/ 人外っ子と行く異世界冒険 2016年7月14日13時16分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 615