Comments
Description
Transcript
相続財産の調査方法とその結果判明した相続人 不存在土地の処理
相続財産の調査方法とその結果判明した相続人 不存在土地の処理について 大竹 阿賀野川河川事務所 総務課 将士 (〒956-0032 新潟県新潟市秋葉区南町14-28 ) 公共事業に必要な用地を取得する場合、登記名義人が死亡している場合が多々ある。その場合、戸籍簿 等を調査し、相続人間の遺産分割協議等の処理により、相続人を確定させ、その相続人と土地売買契約を 締結、公共用地を取得するのが一般的である。本事案は、戸籍簿等に相続人となり得る者全員が「相続放 棄」しており、かつ、本件土地の登記簿上抵当権等が設定されていない土地の取得処理方法について述べ るものである。 キーワード 相続放棄,相続人不存在,財産管理人の選任 1.事実の概要 本件相続人不存在が発生した土地は、河川事業に伴い 堤防用地として必要となった土地である。近年まで、登 記名義人が所有者として利用していたが、登記名義人が 死亡した後、利用する者が存しない土地となっているも のである。 登記名義人の戸籍簿等を調査したところ配偶者を含め 6名の相続人が存することを確認した。そのうちの1名 から、私は「相続を放棄」との発言があったが、それを 証する書面を所持していなかった。このため、本当に 「相続放棄」をしているか確認する必要が生じた。 家庭裁判所に対し、相続放棄についての「相続放棄の 申述」を行ったところ、相続人6人全員が相続放棄して いるとの回答があった。結果、取得予定土地が相続人不 存在土地であることが判明した。上部機関と協議したと ころ、相続財産管理人制度の活用を教示された。相続財 産管理人の申立ては、国の訴訟機関である法務局から実 施してもらうべく関係機関と協議を行った。 法務局から家庭裁判所に対し、相続財産管理人選任の 申立てをしてもらい、結果、弁護士が相続財産管理人に 選任されたものである。 2.相続制度について 本事案を述べる前に、民法等に定められている相続に ついて記述する。 (1)相続 人が死亡すると、全ての財産的権利義務は当然に、一 定の親族に承継される。 (2)相続人について 民法は血族的相続人については子(代襲相続がある場 合にあっては孫以下の直系卑属)・直系尊属・兄弟姉妹 の順位を定め、同順位の者が数人あれば共同相続人とし て平等の割合の相続分を与える。これとは別に、配偶者 を相続人に加え、血族的相続人のうちの誰が相続人とな っても、常に共同で、それぞれの場合に応じて所定の割 合の相続分を与えることとしている。 a)第1順位 第1順位の相続人は被相続人の子である。実子と養子 の区別はしない。また、嫡出子と非嫡出子を区別しない。 これは、非嫡出子の相続分が嫡出子の相続分の2分の1 あるとする民法の規定が、昨年の最高裁判決で違憲とさ れたことを受け、嫡出子と非嫡出子の相続分を同等とす る民法改正が行われたことによるものである。 なお、子が被相続人より先に死亡した場合、子の子、 すなわち被相続人の孫が相続人となる代襲相続が認めら れている。 b)第2順位 子が一人もなく、子を代襲すべき者がない場合(孫が あっても子が放棄した場合を含む。)には、被相続人の 直系尊属が第2順位の相続人となる。実父母であると養 父母であるとを問わない。異なる親等間(母と父方の祖 父母等)ではその近い者を先にし、この場合、逆の代襲 相続は認められていない。 c)第3順位 第2順位の相続人もいない場合には、兄弟姉妹が第3 順位の相続人になる。兄弟姉妹が数人いる場合には同順 位で共同相続人になる(異母・異父兄弟の場合は相続分 が異なる)。 なお、兄弟姉妹のうちの一部の者又は全部が死亡し、 又は相続権を失った場合には、その子(民法の昭和55 年改正により、従前、兄弟姉妹の子、孫等の直系の親族 にまで認められていた代襲相続(再代襲)が子に限られ ることとなった。)が代襲相続人となる。 なお、昭和56年1月1日前に開始された相続につい ては、兄弟姉妹についても再代襲相続が認められる。 全て単純承認をしたものとみなされる。 c)限定承認 「限定承認」は、共同相続人全員が共同で、相続によ って得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺 贈を弁済する相続形態又はこのような留保付きで相続を 承認する相続人の意思表示である。 熟慮期間中に相続財産目録を作成して家庭裁判所に提 出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。 e)代襲相続 「代襲相続」は、相続人となるべき子が相続開始前に 死亡又は欠格や廃除によって相続権を失った場合に、そ の相続分を被相続人の直系の孫以下の者に承継させる制 度である(兄弟姉妹が相続人である場合の子の代襲(孫 以下の者への再代襲は認めない)についても同様であ る)。 よって、子のいない土地所有者が死亡し、兄弟姉妹が 多数いる場合、昭和56年以前の相続で再代襲相続によ り多数の共同相続人が発生して、土地取得のための調整 作業等に膨大な作業が必要となる場合がある。 d)相続の放棄 「相続の放棄」は、相続の開始によって、一応生じた 相続の効力(財産に属した一切の権利義務の承継)を相 続人が拒絶する行為である。 相続の放棄をしようとする者は、熟慮期間中にその旨 を家庭裁判所に申述しなければならない。なお、熟慮期 間中に又は、徒過して相続財産を処分すると単純承認し たものとみなされる。 実際に公共用地取得のために相続人等と話すと「私は 相続放棄しているので権利がない」と言われることがあ る。その実は、遺産分割協議書により「長男」名義に変 える書類に押印したが、何らかの事情により登記名義が 父親名義のままであったり、長男が当然全て相続するも のと思い込み、本人は「放棄している」と思っている場 合が多い。 相続放棄は、法律上、絶対的に相続人でないことにな るための手続である。被相続人が死亡したことを知って から、3か月以内(熟慮期間)に家庭裁判所に対し、 「相続放棄の申述」を行うことで認められるものである。 その申述をしていなければ本当の意味の「相続放棄」に はならない。一概に相続財産と言っても土地や現金・預 金だけでなく借金も相続財産になるので、被相続人が借 金が多ければ、相続放棄した方が、相続人の身のためな のである。 (3)相続の承認及び放棄について 3.本事案における相続放棄の調査について d)配偶者 配偶者は、各順位の相続人がある場合にも常に、これ と同順位の相続人になり、これらの者がなければ単独で 相続人になる。また、複数の血族的相続人に起きた事項 は、原則として配偶者の相続権に影響しない。(配偶者 別格の原則) a)承認及び放棄等について 相続の承認及び放棄については、民法では、「単純承 認」「限定承認」「相続放棄」がある。このほかに共同 相続人間における遺産分割協議、特別受益者(共同相続 人中被相続人から生前に贈与を受け、又は遺言によって 遺贈を受けた者)がある。また、遺言による遺留分減殺 請求による対応等がある。 本事案についても、民法上の「相続放棄」であるかど うかを確認するために、裁判所に対し、照会をすること にした。 この点、国が公共事業のために必要な用地を任意取得 する場合の手続は、通常の民民の契約と同様に行われる ところ、土地売買契約をまだ締結していない「国」は、 被相続人(土地登記名義人)・相続人等とは全く利害関 係のない立場になる。にもかかわらず、何故ある特定個 b)単純承認 人の相続関係を調査できるのか。 「単純承認」は、被相続人の権利義務を無制限に承継 裁判所のインターネット上では、「被相続人との利害 するものである。相続によって承継した債務についても、 関係を疎明する資料として、金銭消費貸借契約書、訴状、 相続人の固有財産をもって全責任を負う。また、相続人 競売申立書、競売開始決定、債務名義等の各写し、担保 が限定承認も相続放棄もしないで熟慮期間を経過すれば、 権が記載された不動産登記簿謄本、その他債権の存在を 証明する書面などを提出ください」となっている(高松 家庭裁判所 受付センター(利害関係人用))。 家庭裁判所に対しては、公共用地取得のために必要で あるということで利害関係人として認めてもらっている が、その背景には「最終的には土地収用により、被補償 者等を特定する必要のある起業者」として認めてもらっ ているのではないかと考えた。また、現実上その調査が できなければ、相続人を確定できないという実務上の問 題もある。 この点は、明確な答えを記載した書籍を探せなかった が、後述する相続財産管理人の選任申立ができる利害関 係人となれることから、同様に可能と考えた。 裁判所に対し、「相続放棄の申述」について照会した ところ、相続人になりうる者全員が相続放棄しているこ とが判明した。相続放棄において「子」が相続放棄した 場合、孫は代襲相続人にはなれない(民法第889条第 2項)。 これにより、相続人不存在の土地であることが確定し た。また、本土地には抵当権等を設定している登記もな されていなかった。このため、当方としてはこれ以上、 相続人や債権者等の存在を確認する術がなくなった。 利害関係人は「相続財産につき法律上の利害関係を有す る者、例えば、相続債権者、相続債務者、特定遺贈の受 贈者、徴税権者としての国等、特別縁故者として遺産の 分与を申し立てる者、被相続人から財産権を取得した者、 相続財産に属する財産の上に担保を得ようとしている者」 とある。明確に本件公共用地を取得しようとする者が利 害関係人になりうるのか検討した。その結果、関係機関 打合せを経て、次のような記載のある文献を根拠として、 国が利害関係人となりうるとの結論となった。 「相続財産を買収しようとする国、地方公共団体は、 相続財産の管理や清算自体には格別利害関係はないとい えるが、道路工事や河川工事の都合上、私有地を公共用 地として取得しなければならない場合がある。その際、 対象不動産中に相続人不存在の不動産があるときは、相 続財産管理人の選任を求めて、この者との間で、買収交 渉を行う実務上の必要性は否定しがたいところである。 このため、これらの者が相続財産を買収しようとする場 合には、利害関係が肯定されている(昭38.12.2 8最高裁家二台63 家庭局長回答・家月 16.2. 138、前橋家審昭59.3.22家月37.2.15 1。)」2)。 4.相続財産管理人制度の活用について d)国が主体となる場合の申立権者 公共用地取得者である事務所又は整備局が申立権者に なれるか。この点、「国の利害に関係のある訴訟につい ての法務大臣の権限等に関する法律」(昭和22年法律 第194号)により「相続財産管理人の選任申立て」が 適用されるため、法務省の指揮の下、「国」が申立権者 として行うこととなっている。 関係機関との協議及び各種書籍により、相続財産管理 人制度を活用することとした。 (1)相続財産財産管理人制度について a)相続財産管理人制度の意義 「相続財産管理人」制度は、相続人不存在の相続財産 を当然に法人にすることによって(民法第951条)法 律上の帰属主体を創設し、その管理を委ね(同法第95 2条)、この相続財産管理人が、相続財産法人の法定代 理人として、相続財産の管理と清算を行う制度である。 5.本事案における現在の状況について (1)現 況 既述のとおりの手続を経て選任された相続財産管理人 (弁護士)は、相続財産法人を代表し、又は後日現れる 可能性がある相続人や包括受遺者の法定代理人として、 その職務を家庭裁判所の監督の下、実施している。具体 的には、相続人の捜索を行うとともに相続財産の管理、 清算にあたっている。 b)相続財産管理人選任手続について 本事案については、先述したとおり「相続人のあるこ とが明らかでないこと」(民法第951条)に該当する ため、相続財産管理人選任手続を開始することとした。 相続財産管理人は、相続財産管理人申立権者(利害関 (2)今後の予定 係人又は検察官)の申立てによって家庭裁判所が選任し、 相続財産管理人は、不在者の財産管理人と同じ権利義 相続人の出現を促す捜索の意味も含め、遅滞なくその旨 務を負うとともに、財産状況報告義務が課されている。 を公告する。 相続財産管理人の場合、狭義の財産管理の保存行為のみ ならず、清算手続をもその職務とするものであるので、 c)相続財産管理人の申立権者について 管理に必要な一切の権限を含む。例えば、相続債務の弁 この点、公共用地取得者である「国」が、相続財産管 済、又はこの弁済をするため相続財産を競売する行為も 理人の申立権者になれるのか、なれるとすればその権限 その権限に含まれる。 はどの行政機関に存するのか。 一方、公共用地取得者に土地を売る等、売買行為は、 一般に、申立権者は、利害関係人、検察官であるが、 相続財産管理人の権限を超える行為として家庭裁判所の 許可が必要となる。この許可を得るための申立てには、 照会等を行うことが必要と考える。 通常、土地売買契約書(写)を添付する必要があるため、 相続財産管理人と連絡をとりながら事務の進行を図る必 (2)相続財産管理人制度の実務上の問題点 要がある。 相続人不存在は被相続人の借財により発生する場合が 多く、相続財産の調査の結果、現金・預金よりも借金の (3)相続人不存在における財産管理制度 方が多く、土地があっても競売で売れない。よって、相 フローは下記のとおりである。 続財産管理人になっても、手間がかかる割に実入りが少 相続財産管理人選任申立て ない。結果、なり手が少ない。本件については、平場近 ↓ くの近年畑として利用した土地であり、それなりの土地 相続財産管理人選任審判及びその公告 代金が入ることが見込まれるため、応じてもらえたが、 ↓【民952条:2ヶ月以内】 山間部で土地代金の安価な土地(例えば総額数千円の土 相続財産管理人選任 地)を買収する場合であったなら、なり手がいないこと ↓ も考えられた。 権限外行為許可の審判⇒許可が下りれば処分可能 相続財産管理人の報酬については、裁判所のホームペ ↓【民28条準用953条】 ージに「ただし、相続財産が少なくて報酬が支払えない 相続債権者等への請求申出の公告 と見込まれるときは、申立人から報酬相当額を家庭裁判 ↓【民957条:2ヶ月以上】 所に納めてもらい、それを財産管理人の報酬にすること 相続人捜索の公告 があります。」との記載がある。このため、もし「国」 ↓【民958条:6ヶ月以上】 が申立人として家庭裁判所から報酬請求された場合の対 特別縁故者への財産分与 応等を整理しておく必要があると考える。 ↓【民958条の3】 相続財産につき権利を主張する者がいない場合は (3)公共用地取得に時間を要する点について 相続財産を国庫に帰属させる。 公共用地取得のためには、契約相手を確定させるとい 【民959条】 うことが最も重要であるが、本事案のように「被補償者」 を確定させるために、各種調査、関係機関協議、訴訟行 為、第三者(この場合、相続財産管理人)の諸手続・行 6.まとめ 為を行う場合、相当長期な時間を要する。また、もし新 最後に、相続放棄、相続財産管理関係の問題点を述べ たな相続人が見つかれば、全く別の展開(例えば、用地 て、まとめとしたい。 買収に応じない相続人の発生)も考えられ、用地買収に より一層の時間を要する場合がある。 (1)相続放棄と用地調査との問題点 公共用地取得のための被補償者を確定させることは、 相続放棄は絶対的なものであるにも関わらず、公示・ 用地取得業務を進めるための第1段階である。相続人調 通知されるものでないため、例えば、親が相続放棄して 査は業務委託により調査するのが一般的であるが、「相 いることを知らない「子」を共同相続人の一人として法 続放棄」の可能性がある案件については業務委託工期中 定持分で土地売買契約を締結したが、後日、相続放棄が における打合せ等確認しながら、早期発見・早期対応に 発覚した場合、そもそも権利のない者と契約したことに 努めることが肝要と考える。 なり無効になる。またその結果、他の共同相続人の法定 持分も変わることになるため、他の共同相続人との行為 参考文献 1) 用地ジャーナル2000年3月号 多数相続等に関する 自体も無効又は取消しの可能性があり、結果、共同相続 事務処理(5). 人調査の成果そのものの根底を覆す問題になりうるもの 2) 「不在者・相続人不存在財産管理の実務 新訂版」 である。 財産管理実務研究会 編集 新日本法規出版(株)発 このため、相続人の調査に当たっては「相続放棄」の 行 平成17年9月 124頁 可能性がある場合、裁判所に対して照会をする必要があ 3) 「民法 3 親族法・相続法」我妻榮・有泉亨・遠 藤浩・川井健 けい草書房 る。本照会は業務委託で発注することができず、起業者 自ら調査する必要が生ずる。業務委託の作業と並行して