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(小売業)化(PDF) - 信金中金 地域・中小企業研究所

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(小売業)化(PDF) - 信金中金 地域・中小企業研究所
SCB
SHINKIN
CENTRAL
BANK
NEW YORK 通信
(第19−1号)
(2007.5.16)
総合研究所
〒104-0031 東京都中央区京橋 3-8-1
TEL.03-3563-7541 FAX.03-3563-7551
URL http://www.scbri.jp
リテールバンキングのリテール(小売業)化
視点
ここ数年、米国のリテールバンキングでは、小売業の考え方や実践が導入される動
きが顕著となっている。そもそも、英語のリテール(retail)とは小売業の意味であり、
リテールバンキングのリテール(小売業)化は、当然の帰結とも考えられる。本稿で
は、危機から脱して新たな成長へと向かう日本の金融機関の参考とすべく、米国の小
売業的なリテールバンキングというビジネスモデルを考察することとしたい。
要旨
・ 米銀では、単なる取引事務は ATM やインターネットバンキングに任せ、支店は顧
客とのリレーションシップの拠点、さらにセールスの拠点であると考えられるよ
うになってきている。
・ リテールバンキングのリテール化は、特に店舗戦略において顕著である。明るく、
ガラス張りのブティックのような銀行店舗が目立つようになってきている。
・ 米銀の支店においてリテール業務の小売業化が可能となっている理由は、事務処
理をセンターに集中し、融資審査をローンオフィスに任せることにより、リテー
ル支店は、預金獲得やカード販売等のセールス色の強い業務に集中できる組織と
なっているためである。
・ さらに、小売業出身者を積極的に採用・登用する、小売業で使われる指標で業績
を管理する、ブランドを重視して広告宣伝を効果的に行うなど、経営の基本要素
のすべてを小売業的な方向性に向けることにより、
「リテール業務のリテール化」
という基本戦略が実行できる。
キーワード
米国金融機関、リテール
©信金中央金庫 総合研究所
目次
1.店舗戦略
2.業績管理
3.組織
4.人事
5.ブランド
6.考察
取材協力先1
参考文献
1. 店舗戦略
典型的な日本の金融機関の店舗に慣れた目で欧米の金融機関の支店に入ると、最も
顕著な違いとして気づくことは、米銀店舗ではテラーカウンターの後ろに広がる机と、
そこに座る中年の男性陣がいない、ということである。すなわち、事務のセンター集
中により、支店ではバックオフィスは存在しないか、少なくとも顧客の目の触れない
ところに隠れている。さらに、最近新設された店舗の多くは、ファッションブティッ
クのような明るく綺麗な店舗である。単なる取引事務はインターネットバンキングや
ATM に任せ、支店は、顧客にサービスをする場所であり、さらに進んでセールスを
行う拠点という考えが米国では浸透している。セールスを店舗で行うのであれば、こ
れは一般の小売業と何ら変わるものではない。リテールバンキングはまさにリテール
(小売業)であるという考えは、米国銀行界、特に大型の銀行において定着している。
(1) 店舗数
日米のリテールバンキングに対する考え方の違いは、このように店舗において特
に顕著に現れている。それは外観だけでなく、数においても言える。日本の金融機
関、例えば信用金庫においては、店舗数は 2005 年度末まで7期連続で減少してお
り2、金融機関数が再編により減少することに応じて、店舗数も減少している。
一方、米国では、グラフ1にあるとおり、再編により金融機関の数は激減してい
るが、店舗数については増加傾向にあり、2004 年だけで 2,400 もの店舗が増加して
いる。1990 年代には米国においても、ATM、テレホンバンキング、そしてインタ
ーネットバンキングの普及により、
「ブリックアンドモルタル」つまり煉瓦づくりの
昔ながらの店舗は消滅していくであろう、という意見が強かった。銀行業務は情報
1
本稿作成にあたり、巻末にあるとおり、銀行関係の方々に貴重な時間を割いていただき、多大
なご協力をいただいた。この場をお借りしてお礼申し上げたい。
2 全国信用金庫概況 信金中央金庫 P.44
1
New York 通信 第 19-1 号 2007.5.16
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産業であり、インターネット専業銀行が銀行として成り立っているとおり、確かに
店舗がなくてもサービスの提供は可能なはずである。
(グラフ1)
米国商業銀行数と店舗数の推移
80,000
15,000
14,000
75,000
13,000
12,000
70,000
11,000
10,000
65,000
9,000
8,000
60,000
7,000
55,000
商業銀行数(左目盛)
2004
2002
2003
2000
2001
1999
1997
1998
1995
1996
1993
1994
1991
1992
1990
1988
1989
1986
1987
1985
6,000
店舗数(右目盛)
データ出典:連邦預金保険公社(FDIC)
(グラフ2)
米国金融機関ROAの推移
1.70
1.60
1.50
1.40
1.30
1.20
1.10
1.00
0.90
0.80
1997
1998
1999
2000
2001
総資産上位100行
2002
2003
店舗上位100行
2004
2005
2006
全金融機関
データ出典:連邦預金保険公社(FDIC)
実際に、店舗が多ければ収益性が高いとは限らず、例えば店舗数と総資産利益率
を回帰分析してみても、何の関係も見られない。さらに、グラフ2にあるとおり、
総資産上位 100 行、店舗数上位 100 行および全金融機関の総資産利益率(ROA)の
2
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単純平均の推移を見ると、規模の経済が機能するため、総資産上位 100 行の ROA
の平均は、明らかに全金融機関の平均よりも高いが、店舗数上位 100 行の平均は、
全金融機関よりもやや高い程度にとどまっている。通常は総資産が多い金融機関は、
店舗数も多いことを考えると、むしろ店舗は、規模の経済よりも不経済の要因では
ないかとすら思われる。こうしたデータに基づけば、支店を減らす日本型の戦略は、
コスト削減の観点からは正しい。にもかかわらず、米国では店舗が増えているとい
う現実は、米銀が何らかの「戦略的な発想」に基づき、そうしたコストを上回る何
らかの利益を店舗から得られると考えているからに他ならない。
(2) 店舗戦略
しかも、米国の特に都市部で最近増えている店舗とは、冒頭に述べたような、明
るく綺麗な店舗である。これらの店舗は、照明が明るく、ガラス張りで中が見やす
くなっており、なおかつ洗練されている。銀行というよりはあたかもブティックや
高級ヘアサロンかと見まがうような店構えである。よって、前項でいう「戦略的な
発想」とは、銀行がリテール銀行業を小売業のように考えるようになった、つまり
店舗を事務取引の場ではなく、セールスの場、顧客とのリレーションシップの原点
であると考えるようになったからと考えられる。
このように、米銀が「小売業化」していることを最も直接的に感じるのは、最近
の米銀の店舗を見たときである。実際に、特に大手銀行の店舗設計では、ブティッ
クを扱うようなプロフェッショナルのアーキテクトが店舗のデザインを行っている。
例えば、ボストンのシチズン銀行(NY コラム第 16-9号および 16-11 号参照)で
は、次のようなプロセスにより、ブティックのような美しい店舗を設立している。
・ シチズン銀行は、もともとパーソナルでフレンドリーな銀行であることを基本
コンセプトとしていたが、支店長会議の席上において、実際にそれを実現させ
た支店を作るべきであるという話になり、頭取も合意した。
・ 本部のマーケティング担当者が「フレンドリー」な支店のためのマーケティン
グコンセプトを考えた。いくつかの候補の中から選ばれた基本コンセプトは、
人間的、正直、身近、温かみ、といった「フレンドリー」関連のコンセプトに
加え、賢い、尊敬、期待を上回る、といった銀行プロフェッショナルとして必
要なコンセプトであった。
・ 具体的な店舗デザインについては、小売業店舗のプロフェッショナルに依頼し
た。一方、銀行の店舗としての機能性を損なわないように、行内のテラーやシ
ステム担当者等を集め、議論を行った。さらに顧客の声を聞き、コンセプトを
具体的な形にしていった。
なお、このシチズン銀行の店舗をはじめ、米国の店舗設計には科学的なリサーチ
が細部にいたるまで反映されており、その中には参考になるものも多い。例えば、
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パコ・アンダーヒル氏によると、人は、通常歩行モードの時と、買物モードの時と
では歩くスピードは異なる3。通常歩行の際は速く、買い物となるとゆっくり品物を
見ながら歩く。小売店舗の入り口付近は、その速いペースから遅いペースへの移行
期間であるから、歩行スピードはまだ速めであり、周囲をゆっくりと見渡す余裕は
ない。よって、店舗の入り口近辺に商品のこまごまとした広告を掲示したところで、
注意深く見る人は少なく、効果は薄いだけでなく、見た目も煩雑となり、場合によ
ってはむしろ醜悪となる。
具体的に、そのシチズン銀行の店舗を見ると、入り口には商品関連の情報、例え
ば定期預金や住宅ローンの金利の表示などは一切なく、人が手を広げてのびのびと
した写真ポスターがあったり、「成長」「繁栄」などその時々のキャンペーンのテー
マをロゴにした飾り物がある程度である。ガラス張りの入り口は、透明感があり、
つまり不正がないという銀行にとっては重要なメッセージを暗示することができる。
ブティックのような明るい入り口は、人は明るいところに集まる、少なくとも興味
を示すからである。
さらにシチズン銀行の店舗に入り、細かい例を挙げると、預金口座開設や住宅・
消費者ローン販売のためのプラットフォームと呼ばれるローカウンターでは、行員
と顧客が対面するのではなく横に並ぶレイアウトとなっている。目と目が合う対面
方式だと、どうしても対決的となり、緊張感がある。一方、一緒に横に並ぶことで
対決色が薄れるだけでなく、一緒にパソコンの画面を見ながら資産形成相談などを
行うこともできる。さらに、その支店では、机の角や名刺の角まで丸くして、やさ
しい、フレンドリーなコンセプトをレイアウトの隅々にまで反映させている。
2.業績管理
(1) 業績管理のための指標
店舗などの外見だけでなく、業績管理という内面においても、米国のリテールバ
ンキングは小売業化している。つまり、小売業と同様の経営指標により業績を管理
している。米国の小売業の業績を把握する際によく使用される指標や管理手法には
次のようなものがある。
① 既存店舗売上高増加率
開設後1年以上経った支店の売上高の増加率のことである。新規設立店舗を除く
ことにより、その小売業者の売上高増加率が新規店舗設立によるものなのか、既存
店舗によるものなのかがわかる。これにより、その小売業者の将来の成長率を予測
する材料となる。つまり、コア部分の売上げは停滞しているのに、売上高の数字を
増加して見せるために支店を増やしている場合は、この数値が低くなる。さらに、
新規店舗設立よりも、既存店舗の運営の方が一般に低コストであることから、既存
3
Underhill, P., 〔1999〕
4
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店舗売上高増加率が高い、ということは効率的に売上高を伸ばしていることを意味
する。
銀行の場合は、もっぱら既存店舗の預金増加率の計算においてこれが利用される。
米国では、新店舗の設立または買収により、預金量を増やそうとする試みが顕著で
あるが、既存店舗の預金の成長率が高いかどうかが、その銀行の真の成長率を判断
する材料の一つになる。一般に、既存店舗での預金増加率が高ければ、店舗経営が
上手であることを意味する。よって、そうした銀行であれば、新店舗を設立した場
合でも成功する可能性が高いと予想できるからである。
例えば、ニュージャージー州の有力地銀であるコマース銀行では、この既存店舗
預金増加率を成長をはかる有力な手段として測定している。同行の投資家向けプレ
ゼンテーション資料によると、2006 年6月時点での、既存店舗預金増加率は 17%
であり、業界平均の 5%を大きく上回っていることを投資家に訴求している。また、
バンクオブアメリカの 2003 年のアニュアルレポートを見ても、同一店舗売上高増
加率が 22%となっていることを PR している。
②セールス人員の 1 人 1 日あたりセールス商品数
バンクオブアメリカの支店長クラスと話をしていると、
「御行のセールス人員一人
1日あたりセールス商品数がどのくらいか?貴店の1日当たりの来客数は?」とい
う話題がよく出てくる。「知らない」と答えると、「なぜそのようなことも知らない
のか?」という返事が返ってきそうな表情である。
例えば、バンクオブアメリカは北東部の有力銀行であるフリート銀行を 2004 年に
買収したが、2003 年のフリート時代はセールス人員1人1日あたりセールス商品数
は 1.9 商品であったが、2004 年の買収後は 4.1 商品になったという。こうした販売
商品数は、支店の生産性の尺度として、同行では重要と考えられている。また、西
海岸の大手銀行であるウェルズ・ファーゴでは、1999 年には1人1日あたり 3.5 商
品であったものが、2006 年には 5.3 商品になったとしている。もっとも、商品数の
計算方法は、銀行によって異なるため、銀行同士の比較は難しい。例えば、1年定
期と3年定期預金は1つと数えるのか、2つと数えるのか、給与振込みは当座預金
とセットなのか、別なのか、といった議論である。いずれにしても、この「ユニッ
ト・セールス」、つまり販売商品数の増加率を競うという発想は、小売店が売上高だ
けでなく販売商品数の増加も目標としていることと類似している。
③クロスセリング率
クロスセリングとは、例えば当座預金の開設のために来店した顧客に、定期預金、
貯蓄預金、クレジットカード、住宅ローンなどの他商品も合わせて販売することで
ある。これは、あたかもハンバーガー店でハンバーガーを購入しようとした客に、
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店員がフライドポテトも購入させようとしている行動と類似している。ただし、先
述のとおり、銀行によって商品のカウントの仕方が異なるため、別々の銀行のクロ
スセリング率の比較をすることは容易ではない。よって、もっぱら同じ銀行の時系
列的な比較をすることとなる。例えば、西海岸の有力銀行であるウェルズ・ファー
ゴ銀行のクロスセリング率を見ると、1998 年は3商品だったのが、2006 年には 5.1
商品となっている。同行によると、一般の平均的な顧客は 14∼16 の金融商品を持
っているという。
(2) 小売業的業績管理テクニック
米銀は小売業的な指標だけでなく、小売業的なテクニックを使って業績を管理して
いる。
・ミステリーショッピング(覆面調査員)
顧客のふりをした本部の調査員のことであり、1960 年代から小売業で使われはじ
めている。例えば、ファーストフード店などでは、店員の対応は適切か、店舗は清
潔か、といった項目を、本部に雇われた専門業者の調査員が調査している。銀行で
も最近では利用されることが多く、ニュージャージー州のコマース銀行では、年に
10 万回ものミステリーショッピングが行われるという。小規模なコミュニティバン
ククラスであっても、ミステリーショッピングは一般的に行われており、コネチカ
ット州のロックビル銀行では、支店職員が①顧客に挨拶をしているか、②顧客を名
前で呼んでいるか、③微笑んでいるか、④お礼を言っているか、⑤他の商品も販売
しようとしているか、についてミステリーショッピングにより検査している。大手
銀行のワコビア銀行も、2005 年 4 月から実施している。調査内容は、①ロビーはき
れいか、②支店長は支店の前面に出て顧客の要望にこたえているか、③支店長は適
切な職員に顧客を引き継いでいるか、などを専門の業者に依頼してチェックしてい
る。
ただし、ミステリーショッピングにも問題点はある。仮にある窓口職員の対応が
悪かったとして、それがその職員の個人の問題なのか、支店全体の問題なのか、に
ついては明確にわからないことである。一方、ミステリーショッピングの長所とし
ては、あらかじめ調査員に調査のポイントを指示できるため、単なる顧客満足度調
査では見逃すような調査、また、特に調査したいことが絞り込んである場合には威
力を発揮する。例えば、手書きによる店頭の金利表の表示は、プロフェッショナル
ではないので好ましくない、とする銀行もあれば、手作り感があってよい、とする
銀行もある。そうした銀行ごとの戦略に応じたチェック項目を設定できるのがミス
テリーショッピングの長所である。コマース銀行はニューヨークでのリテールバン
キングについて、ワコビア銀行は住宅担保消費者ローンについて、2006 年に JD パ
ワー社から顧客満足度が高いことで表彰されている。ミステリーショッピングを行
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う銀行は、サービスの質、顧客満足度にも敏感な銀行である、ということは言える
ようである。
3.組織
当座預金を中心とする低金利またはゼロ金利の預金を多く集められれば、貸出を行
わなくても債券運用等により容易に利益を得ることができる。銀行にとって、低金利
預金を集めること自体は、信用リスクも金利リスクもほぼゼロの業務である。つまり
与信審査という銀行特有のリスク管理ノウハウが不要な分野であり、むしろ小売業的
なセールス能力が問われる分野である。
チャンドラーの名言「組織は戦略に従う」のとおり、銀行が小売業化するためには、
その組織も小売業者的なものにしなければ効果はあがらない。米銀のリテールバンク
の組織は、預金集めなどの小売業的な性格を持つ業務のみを「リテールバンキング」
として抽出し、それ以外を別組織とすることにより、「小売業者」としての専門性を
図れる態勢となっている。具体的に言えば、貸出業務を支店から切り離し、「ローン
オフィス」という支店とは別の組織に担当させる(具体例は NY コラム 17−21 号ワ
コビア銀行の事例を参照。)。むろん事務はセンターに集中し、支店にバックオフィス
を設置しない。支店の役割は、預金の獲得が中心であり、これに消費者ローンおよび
住宅ローンなど個人向け貸出商品の販売が加わる。ただし、個人向け貸出商品の受付
は支店で行うが、通常は審査は専門のローンセンターで集中的に行われる。つまり支
店の主要な仕事は、①預金口座開設、②住宅ローン等の販売、および③テラーによる
入出金であり、事務的な仕事プラスセールス的な仕事である。このうち、事務的な仕
事がインターネットバンキング等により合理化されてきたことから、支店においては
セールス的な仕事に重点を置くようになってきた動きがまさに「リテールバンキング
のリテール(小売業)化」である。
4.人事
(1) 採用
銀行の小売業化を実践するのは、小売業的な人材である。従来型の堅実な銀行員
風の人材ではなく、小売業でセールスの経験があり、さらに優秀なセールス担当者
であった、という人材が銀行の支店長や、その上の地区担当管理職として採用され
るようになってきている。例えば、米国最大級のリテール銀行であるバンクオブア
メリカでは、ギャップ(アパレル小売)、サーキットシティ(パソコン小売)といっ
た小売業から優秀なセールス担当を雇用し、新しい支店の支店長やその上の地区担
当管理職として据えているという。これは、
「銀行員にセールスを教える」よりも「セ
ールスマンに銀行業務を教える」方が容易であると考えられているからである。こう
した大手銀行に限らず、中堅銀行クラスでも、特にセールス能力が必要と考えられ
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ているスーパーマーケット内のインストアブランチでは、スーパーに来る顧客を銀
行の新規顧客として獲得することが支店の主要な目標であることもあり、「銀行員」
風の銀行員を配置するよりも、小売業の経験のある者を据えるべきであるという考
え方がある。
無論、ここで考慮に入れなければならないことは、前項で述べたとおり伝統的な
日本の金融機関と比較すると、米銀の支店、特に大手銀行の支店やスーパーのイン
ストアブランチの多くでは与信判断を行わない、ということである。貸出審査とい
う特殊技能を必要としないからこそ、人材面でも米国のリテールバンキングを小売
業化させることができるのである。財務諸表を分析したり、与信リスクを判断する
ための科学的な能力は、人のものを売るといういくぶん芸術的な能力とは異なる能
力である。組織を分け、適材適所とすることで専門化することにより、米銀のリテ
ールバンキングは、リテール化しているのである。
(2) 報酬体系
米銀の報酬体系については、ニューヨーク通信 17-2 号「米銀の人事戦略」に詳し
いが、米銀のリテール部門の報酬体系は、日本の金融機関と比較するとやはり「小
売業的」である。ここでいう「小売業的な報酬体系」とは、小売業の報酬体系で導
入されている歩合制(コミッション制)のことである。米国の小売業の販売員の報
酬は、固定給部分が少なく、販売商品高にリンクする歩合制であることが一般的で
ある。例えば、1時間当りの売上高に応じて報酬を得たり、昇格したりする。銀行
の場合は、固定給と歩合給の割合は銀行により異なり、また職種により異なる。例
えば、中西部の有力地銀であるフィフス・サード銀行の住宅ローンセールスのため
のコールセンターのオペレーターの報酬のほとんどは歩合制のコミッションであり、
その結果オペレーター一席当りの年間住宅ローン販売額は、支店1店舗分を超える
という。一方、多くの米銀の支店では、プラットフォームと呼ばれるローカウンタ
ー職員が新規口座開設およびセールスを担当している。彼らの給与体系には、コー
ルセンター職員ほどではないにしても、多かれ少なかれ歩合制の要素が反映されて
いるのが普通である。
5.ブランド
ブランドとは、その商品または企業を他のものと区別するための名前、ロゴ、デザ
イン等のことである。小売業の成功にとってブランドが重要であることは言うまでも
ない。リテールバンキングの小売業化にはブランドの重視も深く関わっている。コマ
ース銀行のヒル CEO は、「同行が行おうとしていることは小売業であり、金融業務
ではない。そして小売業にとって、ブランドは極めて重要である。」という。
米国金融サービス業の中では、シティバンクおよびアメリカン・エキスプレスは、
従前からブランドを重視していたが、全体的に米銀が特別にブランドを重視するよう
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になって来たのは、比較的最近と思われる。銀行のブランド力に関わらず、米国の銀
行の預金は、10 万ドル(約 1,200 万円)まで預金保険により守られている。一般の
個人は、銀行を選択する基準は単に職場や住居に近いから、という理由が普通であり、
ブランド力のある有名な銀行であるかそうでないかを気にする必要性はさほど強い
ものではなかった。むろん「近いこと」は今でも有力な銀行選定の条件であり、だか
らこそ米銀の店舗数は増えているのであるが、ブランド重視の姿勢は最近になり強ま
ってきている。例えば、2006 年1∼9月の広告宣伝費は、バンクオブアメリカが 154
百万ドル、シティグループが 313 百万ドル、つまり年間数百億円相当を広告宣伝に
費やしており、しかも銀行の広告宣伝費の増加率は、多くの他業界を上回るという4。
特にバンクオブアメリカでは、ダイレクトメールを減らし、その分テレビコマーシャ
ルを増やすという。つまり、銀行は小売業のようなマーケティング手法を重視するよ
うになっている。特に大銀行の場合は、大型小売店のように、テレビコマーシャルに
より知名度を上げ、広い店舗網により顧客を集める戦略を重視するようになっている。
小売業にとって重要なことは、顧客がその小売業者にアクセスしやすい、つまり距
離が近いことである。距離は、物理的にも、精神的にも近くなければならない。物理
的に近いとは支店網拡大により顧客との物理的な距離が近くなることであり、精神的
に近いとは、ブランド戦略により顧客にとっての知名度・認知度を高め、精神的にも
馴染みやすい、「ああその銀行なら知っている」と思わせ、気分的な距離感を縮める
ことである。
6.考察
リテールバンキングの小売業化とは、これまでは入出金・送金などの事務取引とい
ったトランザクションが中心であった店舗が、商品セールスの拠点に変貌しつつある
ことである。特に大銀行では、テレホンバンキングおよびインターネットバンキング
の普及により事務取引をそれらに移行し、テラー窓口数を削減することによりコスト
を削減し、残った店舗を商品販売の拠点ととらえるようになってきた。資産運用や住
宅ローンの相談等をインターネットのみで行える顧客は米国でもまだまだ少ないた
め、店舗はそうした相談とセールスの拠点であると考えるようになったのである。セ
ールスとなれば、まさに小売業である。このため、例えばバンクオブアメリカでは、
小売業出身の優れたセールス人員を銀行員として雇い、相談の部分はオンラインマニ
ュアルで顧客相談の原稿まで画面表示することにより、小売業出身者でもレベルが高
くかつ均質な相談業務を行わせようとしている。
もっとも、リテールバンキングの小売業化を進めることは見た目ほど容易ではない。
いわゆる「マッキンゼーの7つの S」で言われるとおり、基本的な目標を変更する場
合は、戦略、組織、人材、企業文化、管理手法、技能もその目標にあわせて変更しな
4
Bauerlein, V & Steinberg, B 〔2007〕
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ければ有効に機能することは難しい。例えば、リテールバンキングの小売業化が目標
であれば、店舗戦略としては繁華街の角地など小売業者として適切な場所に店舗を設
置する、専門能力を要する融資業務をリテールの店舗からは引離す等の組織改正を行
う、人材を小売業者から雇用する、セールス重視のカルチャーをつくる、小売業的な
指標で業績を管理する、セールス技能を磨く、などである。その前提として、事務は
支店ではなく事務センターに集中するといった効率化も不可欠である。
最近では、日本の金融機関でもバックオフィスを分離する、カーテンやブラインド
を開けて明るい店舗にする、営業時間を延長するなど、小売業化の兆しが見え始めて
いる。ただし、こうした見た目の部分だけではなく、管理手法や人事体系まで小売業
化しなければ、本格的な「小売業」を目指すには十分ではないだろう。
(ニューヨーク支店 次長 青木 武)
取材協力先
バンクオブアメリカ
シチズン銀行
ワコビア銀行
ほか
参考文献
Bauerlein, V & Steinberg, B., “Bank of America Plans Nationwide Push,” Wall
Street Journal, Feb 22, 2007
Peters, T. & Waterman, R., In Search of Excellence, Harper & Row, New York,
1982
Underhill, P., Why We Buy, Simon & Schuster Paperbacks, 1999
10
New York 通信
第 19-1 号
2007.5.16
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