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新時代の日米中関係を探る

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新時代の日米中関係を探る
経済広報センターポケット・エディション・シリーズ No.106
新時代の
日米中関係を探る
経済広報センターは、二〇〇九年一一月六日、慶應義塾大学の協力のもと、日米中各国から国際関係の
専門家を迎え、
「新時代の日米中関係を探る」と題してシンポジウムを開催した。
日米で新政権が誕生したが、その日米関係は〝漂流〟しているとも言われており、世界の牽引役となる
べき両国が適切な力を発揮できずにいる。一方、近年経済規模を大きく拡大している中国は国際社会での
存在感を一段と増大させている。この中国の台頭は日本、米国そして日米関係にどのように影響するのか。
また、このような状況の中、鳩山民主党政権はアジアや米国との関係をどのように構築していくべきなの
かなど、日米中それぞれの視点から議論していただいた。
)
G. John Ikenberry
プリンストン大学
ウッドロー・ウィルソン公共
政策大学院
国際関係・政治学
教授
一九八五年シカゴ大学より博士号取得。プリンスト
ン大学助教授(八五 年~九二年)、ペンシルベニア大
学准教授(九三年~九九年)
、ジョージタウン大学教授
を経て、現職。
この間米国務省政策企画局スタッフ(九一
年~九二年)、カーネギー平和財団上席研究員(九二年
~九三年)
、ブルッキングス研究所上席研究員(九七年
~二〇〇二年)などを務めた。また、CFR(外交問
題 評 議 会 )─ 日 立 フ ェ ロ ー と し て、 九 七 年 ~ 九 八 年、
日本で研究した。
G・ジョン・アイケンベリー (
【スピーカー略歴 】 (順不同・敬称略)
本稿は、そのシンポジウムの概要を紹介するものである。
„
„
シンポジウム
「新時代の日米中関係を探る」
一〇時三〇分~正午
日
時
二〇〇九年一一月六日
場
所
経団連会館
経団連ホール北
講演者
以下参照
二〇〇一年の著書
After Victory: Institutions,
Strategic, Restraint, and the Rebuilding of Order after
(„ プ リ ン ス ト ン 大 学 出 版 ) は、 二 〇 〇 二
Major Wars
年に米国政治学会から Schroeder-Jervis
賞を受賞した。
日本語訳『アフター・ヴィクトリー 戦後構築の論理と
行動』
(NTT出版)は二〇〇四年に出版された。新た
な日米中関係についての論文
International Relations
(„ 二 〇 〇 三 年 ) ほ か、 日
Theory and the Asia-Pacific
米関係や国際関係に関する著書・論文多数。
「新時代の日米中関係を探る」
経済広報センター
ポケット・エディション・シリーズ
経済広報センター
ポケット・エディション・シリーズ
孫
学峰 (
)
Sun Xuefeng
清華大学
国際関係学研究所
准教授
【コメンテーター略歴】
慶応義塾大学 法学部政治学科 教授
よ
・ しひで)
東アジア研究所 所長
添谷
芳秀 (そえや
係学修士号を、二〇〇六年に国際関係学博士号を清華
一九九七年国際政治学の学位を、二〇〇〇年国際関
大学より取得した。現在、清華大学国際学研究所准教
上智大学国際関係研究所助手、平和安全保障研究所研
米国ミシガン大学大学院より国際政治学博士号取得。
究 員、 慶 応 義 塾 大 学 専 任 講 師、 同 助 教 授 な ど を 経 て、
授として、大国の政治力学や国際関係理論、国際政治
一九九五年より教授。二〇〇一年~二〇〇四年、経済
経済学を研究している。また、
『中国国際政治ジャーナ
ル』誌の編集長として活躍する一方、同誌はじめ多く
アジア太平洋の国際関係、日本外交。著書に、『日本の
国ソウル大学国際大学院訪問教授。専門は国際政治学、
産 業 研 究 所 フ ァ カ ル テ ィ ー フ ェ ロ ー。 二 〇 〇 六 年、 韓
の学術誌に論文を寄稿している。共著(中国語)に、『国
際関係研究の方法論』 二
( 〇〇七年 、『)中国の台頭戦略』
(二〇〇五年)がある。
「ミドルパワー」外交』
(ちくま新書、二〇〇五年)など。
目指しているのか、どのような外交政策ビジョ
日米で新政権が誕生した。この新政権は何を
「中国の台頭と日米関係」
融危機と厳しい世界経済の後退も危惧されてい
散条約の交渉状況は芳しくなく、グローバル金
どの敵対的国家の問題がある。さらに、核不拡
東和平交渉や、核を保有する北朝鮮やイランな
の目途がなく、民意も得られていない。次に中
ンを持っているのかについて話し、その後米中
る。このほかにも、気候変動と環境問題、債務
●アイケンベリー教授の講演
関係を中心に説明したい。
のもつれなどがある。過去八年間の米国の政権
の拡大や財政赤字、中国の台頭、対ロシア関係
〈オバマ政権の外交政策について〉
は挑発的であり、テロに対する戦争や単独主義
的な行動で世界の反感を買った。
オ バ マ 政 権 は、 歴 代 大 統 領 の 誰 も 直 面 し な
かった非常に難しい外交政策課題を背負ってい
がった外交課題がある。まず、アフガニスタン
冷 戦 期 以 降、 長 年 に わ た っ て 複 雑 に 積 み 上
めたこともあり、
オバマ政権には期待している。
ができたのかどうかを問いたい。この基本戦略
な課題に対処するための基本戦略を立てること
いた。オバマ政権は、我々が直面している大き
の間、世界政治においていくつかの突破口を開
る。しかし、私自身がかつて大統領補佐官を務 米国の新政権は選挙後一年を経過したが、そ
とイラクとの戦争である。これらの戦争は終結
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山積しており、米国とそのパートナーは集団行
可能となる。世界には複雑に絡み合った問題が
によって、初めて我々は課題に対処することが
制もある程度必要だ、とすでに発言していた。
シップには力や圧力の行使だけでなく、自己節
米 国 は 世 界 を 先 導 す べ き だ が、 そ の リ ー ダ ー
動により、秩序を構築していかなければならな
〈日米関係〉
ダーが登場し、新しいアジェンダがある。オバ
い。実際に、オバマ政権はそういう意思を持つ
オバマ政権は外交政策に関し、二種類の伝統
マ大統領と鳩山首相は比較的若く、過去からは
日米両国において新政権が誕生した。新リー
的な考え方を持つ政権である。ひとつは、リベ
決別した政策手法を採用するなど、共通点が多
政権である。
ラルなウッドロー・ウィルソン、J・F・ケネ
が多く、協力する機会も多いだろう。
い。過ちを犯すこともあり得るが、共通の課題
ディー、ビル ク
・ リントンにつながる伝統であ
り、多国間主義を標榜し、進歩的に世界の政治
ビジョンがあれば、国際協力を推進することが
り、機会は膨大である。若いリーダーに共通の
領選への出馬を準備していた二〇〇七年当時、
いくものだ。上院議員時代のオバマ氏は、大統
とつは、現実主義であり、大国の制御を考えて
ダーシップを求める。一方、既得権を持つ大国
い 力 を 行 使 し、 国 際 政 治 の 中 で 発 言 権 や リ ー
ンが起これば緊張は高まる。台頭する国は新し
築するかといった知的な問題は厳然としてあ
米同盟の将来や、アジアの経済共同体をどう構
政府の関係悪化を誇張してしまった。一方、日
を変革することを支持する流れである。もうひ マスコミは在日米軍基地の問題で、日米両国
で き る は ず だ。 国 連、 安 全 保 障、 エ ネ ル ギ ー、
はその地位が脅かされていると心配する。それ
が地政学的対立に結びつくのである。
環境など真の問題解決の機会が存在する。
日米関係が最も重要だということは今日でも
世界経済の再構築といった二一世紀型の課題に
難な関係をどう前進させるかが問題だ。
のか、米国の同盟諸国が支配するのか、この困
変わらない。中国の台頭への対処、自由主義の アジアを誰が支配するのか。中国が支配する
対し、世界第一、
二位の経済大国が敵対せずに、
米国には二つの考えがある。ひとつは歴史的
オバマ大統領は中国にどう対応するか。対立
〈米中関係〉
の競争が激化し、究極的には冷戦のような状態
海軍の公海での活動が活発化し、東南アジアで
ある。中国が軍事増強に進むシナリオで、中国
協力すれば解決できない問題はない。
する可能性もある。背景には、国際関係論者が
に突入してしまうというものだ。
に見て、問題が生じることを危惧する悲観論で
定義する大国間の力の変化、つまりパワートラ
ンジションの問題がある。パワートランジショ 他方、楽観的なシナリオは、キッシンジャー
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流の考えに基づくものである。パワーも大事だ
と考えている。
ラマはどの地域においても同時進行しており、
が、大国間相互での融和と節制を前提にするも 中国の台頭は劇的な展開だが、地政学上のド
のである。一八一五年のウィーン条約では、大
東アジアにおける役割をどう定義すべきか、今
相互作用がある。日本では、国益やアイデンティ
中国の台頭は継続的なプロセスであり、米国
後ともこの地域の安全保障を提供するべきかと
国が互いに敬意を払い、融和に動いた。利用は
と中国はパワートランジションの弧に沿って進
いう議論に発展するだろう。外交問題は、この
ティーをどうしていくのか、また憲法をどうす
んでいく。米国は中国が米国の定期的なパート
ように同時進行する中で、さまざまな面を慎重
するが、悪用はしない。そういった思考が一九
ナーとして、国際社会において、より重要な存
に管理しなければならない。そのため、質の高
るのかという議論がおこるだろう。米国では、
在になるように働きかける。中国側は米国の安
い外交が必要となる。
世紀から現在まで進化してきた。
全保障と経済の権利や東アジアの地位を尊重す
らく長期にわたって影響は残るだろう。だが、
ことだ。私はこのシナリオの実現可能性が高い
パワーチェンジの弧に沿って進んでいくという
い相互依存関係の存在が明確になった。
のだ。金融危機の結果、図らずもこのように深
についてさまざまな議論が行われている。おそ
化しつつある。金融危機に関しては、その原因
る。これにより、
妥協と融和を繰り返しながら、 米中関係において、今いろいろな問題が顕在
金融危機がもたらした結果のひとつは、両国経
不可能だ。支払い能力以上に輸入を継続するこ
済の相互依存度が高まったということである。 しかし、この関係をそのまま持続することは
米中両国は、
もはや冷戦に関わる余裕などない。
~八%という高い経済成長率を実現することは
とはできない。反対に、中国に対してモノを売
米国は、中国や日本など海外から資金を借り
できない。国内市場も整備しなければならない。
両国の関係はあまりにも緊密であるという認識
ている。米国が貿易赤字、つまり輸入志向型の
世界経済の中でより成熟しなければ、成長は持
り続けることもできない。中国も輸出だけで七
経済構造に至った背景は、それを可能とする金
続できない。何かが変わらなければならない。
ができた。
融制度が米国に存在するからだ。中国は昨今、
それぞれ自らの政治的、経済的目的を追求して
トとなっており、米中関係は共生関係にある。
に対して米国は中国製品の最大の輸出マーケッ
安全保障上の対立があったが、米中間にはそれ
ていかなければならない。米国とソ連の間には
そうした状態においても安定した関係を管理し
に、関係がよ り複 雑になる面も ある。し かし、
米国債の保有をますます増加させている。それ 両 国 の 経 済 面 で の 関 係 が 緊 密 で あ る が ゆ え
きたにもかかわらず、このような関係になった
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る。だからこそ、米中は最初からお互いに関与
関係と違い、米中は同じ経済環境に存立してい
がない。米国とソ連との間の冷戦時代のような
の輸入に依存している。また、三ヵ国とも の
る。例えば、三ヵ国ともエネルギーを外国から
題もあり、継続的な外交面での作業が必要であ
それが実現した。中国の一五〇名の官僚からな
調整の必要性が出ている。二〇〇九年の七月に
二国間でより緊密な協議、対話、交渉、政策
題を強く懸念している。日米中は数多くの課題
ジアの脆弱な国家が提示しているさまざまな問
活動を懸念している。安全保障面では、北東ア
国とも、東南アジアや世界各地での過激な宗教
排出など環境悪化に直面している。さらに、三ヵ
る大型代表団が戦略経済対話のためにワシント
を共有していることがわかっている。
に終わった。協議志向的な枠組みが米中間で整
盛り込まれている。我々は安全保障面で相互依
ピーチには、すべてに中核となるメッセージが
一方で、日米中三ヵ国には数多くの共通の問
〈相互依存の時代〉
民を脅かす時代となった。
安全保障面でも相互依存度は高まっている。
だ。経済面での相互依存は理解されているが、
れない。
これは冷戦時代に見られた構図である。
攻撃しないでほしいと説得することでしか得ら
し、安全保障上の相互依存は、敵に自分たちを
自分には手出しができない状態のことだ。しか
自立とは、敵の意図や能力が何であろうとも、
つことはできないということだ。安全保障での
らはすべて安全保障上の相互依存に関わる新た
うかなど、すべてのことが関わっている。これ
た、国際的なルールや条約を遵守しているかど
くる。少数派民族への対応も関係している。ま
ギー問題も、国民に対する医療ケアも含まれて
向 け な け れ ば な ら な い。 安 全 保 障 で は エ ネ ル
題を考えると、より多くの人々の関心事に目を
障 を 保 つ こ と は で き な い と い う 洞 察 力 を 持 ち、
米ソのように、互いに核兵器を抱え、核の抑止
しかし、二一世紀の安全保障関係はさらに複
世界が一緒に行動して初めて安全保障は成立す
な課題である。オバマ大統領は単独では安全保
雑になった。もはやソ連だけが仮想敵国の時代
ると考えている。
国家主体が暴力的な手段により、国家とその市
機のハイジャック犯やインド洋の海賊などの非
ではない。アフガニスタンのテロリスト、飛行
力に頼ることで成立する。
な世界と関わることなく、自国の安全保障を保 二一世紀の国家が直面しているさまざまな課
これは何を意味するか。現代の国家は対外的
存が必要な世紀に突入したというメッセージ
備された。
共通のビジョンと合意が生まれ、対話は成功裏 安 全 保 障 に 関 す る 最 近 の オ バ マ 大 統 領 の ス
ンを訪問した。財務省や国務省と会合を持ち、
しあう必要がある。
CO2
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い。合理的な人間であって、今後よりよい生活
問題に関して、日米中は決して敵対関係にはな
てエネルギー安全保障の五つである。これらの
病とパンデミック、テロと核兵器の拡散、そし
私が考える大きな課題は、医療、環境、流行
〈日米中の関係〉
と考えている。例えばG
応することができるだろうか。私は対応できる
全保障面での国際的な機構は新興国家に十分対
どうなるか。ブレトンウッズ体制、WTO、安
か。国連改革はできるのか、安全保障理事会は
対応するような国際的な枠組みになっている
カ、韓国、インドネシア、トルコなどの国家に
が新しく重要性のあ
を送ることを望むならば、これらの課題に十分
対処しなければならないだろう。
最後に、将来に関する三つの質問を提示した
る グ ロ ー バ ル な サ ミ ッ ト と し て 台 頭 し て お り、
G7、G8に置き代わろうとしている。このG
というメカニズムにより、新しい当事国がグ
な関係が今後どのくらい難しくなるかを判断で
ローバルな制度の枠組みに加わることが可能と
会合の
なっている。二〇一〇年は、韓国がG
い。これに対する答え次第で、日米中の全般的
20
きるはずだ。
20
く、今後台頭するインド、ブラジル、南アフリ
ある。既存の国際機構・制度は中国だけではな
第一は、既存の国際的な機構・制度の問題で
ンスになる。
を表すひとつの兆候である。中規模の国々が経
リーダーシップの形態が変わりつつあること
議 長 国 と な る が、 こ れ は ま さ に グ ロ ー バ ル な
が あ る。 日 本 は こ の 分 野 で は リ ー ダ ー シ ッ プ
の 余 地 が 生 ま れ た。 こ れ は 日 本 も 関 わ る 必 要
によりエネルギーや環境面でのより大きな協力
障に関する戦略経済対話が開催されたが、これ
は二〇〇九年の夏、ワシントンで経済・安全保
る。逆に、協力の可能性も多々ある。米中間で
が、エネルギーや環境面で対立する可能性があ
か。これは両方の可能性がある。米中それぞれ
は増すのか、それとも対立がより深刻になるの
共通の課題がいくつもあるが、両国の協力関係
ルギー面の依存関係や、環境に対する脅威など
第二の問題は米中関係だ。米中間には、エネ
か。世界が一緒になって、銀行規制や投資協定
スが出てくるのか。より規制色は厳しくなるの
リゼーションの管理にかかる新たなコンセンサ
新たなコンセンサスが生まれるのか。グローバ
よる重商主義的なアプローチになるのか。逆に、
フリカで追求したように、排他的な取り決めに
プローチに分かれていくのか。中国が南米やア
ンセンサスというように、世界経済は異なるア
るのか。ワシントンのコンセンサス、北京のコ
まなアプローチ間の、より厳しい対立につなが
かの取り決めが生まれるのか。反対に、さまざ
るのか、貿易や金融規制といった分野では何ら
金融危機の発生後、各国の考え方に融合が生じ
第三の問題は、金融危機がもたらした影響だ。
を 発 揮 し て お り、 日 本 に と っ て も 特 別 な チ ャ
台頭している。
済面だけでなく、国際的な外交問題においても
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を実現しようとするのか。新たなコンセンサス
〈中国の台頭〉
実現できるのか。私は楽観視しているが、大変
致を見ることができるのか。ドーハラウンドを
年にロシア、二〇〇四年にイタリア、二〇〇五
を超え続けている。この成長により、一九九二
る。
GDP成長率は、一九八九年以来平均で九%
をもって、国際貿易の重要性に関して意見の一 中国は経済力という点では確かに台頭してい
なチャレンジだとも考えている。
について。第二に、中国がリアシュアリング戦
えたい。第一に、中国の台頭をどう理解するか
と、それが日米中関係の将来に及ぼす意味を考
中国のリアシュアリング( Reassuring
)戦略、
つまり近隣諸国に対する中国の信頼構築戦略
「中国のリアシュアリング戦略」
●孫学峰准教授の講演
は現段階では経済分野に限られ、政治 文
・ 化な
どを含めた包括的な意味で超大国となるのは、
として存在し続けるだろう。一方、中国の台頭
も東アジアにおいても、世界においても超大国
中間には大きな格差が存在する。米国は今後と
日本を追い抜く状況にある。従って、経済的に
にドイツのGDPを追い越し、二〇〇九年には
年にフランス、二〇〇六年に英国、二〇〇七年
略をとる理由について。最後に、中国の台頭が
まだ先のことである。
台頭したことは事実だ。しかし、依然として米
日米中三ヵ国に与える影響について説明する。
ていくべきか。私の理解では、中国はリアシュ
中国は近隣諸国との関係をどのように管理し
も米中間の経済面での格差は残っている。中国
だ。中国は経済的な台頭を果たしたが、それで
がこの地域において支配的な地位にあること
なぜこの戦略が必要か。第一の理由は、米国
アリング戦略、つまり近隣諸国から信頼を構築
の台頭については米国との対比で考えなければ
〈中国がリアシュアリング戦略をとる理由〉
する戦略を採用したはずだ。
することを宣言した。
のための武力行使はせず、紛争を平和的に解決
アジア友好協力条約に批准し、領土紛争の解決
れに最善を尽くす。中国は、二〇〇三年に東南
第二は、近隣諸国との緊張緩和だ。中国はこ
おり、
二〇一〇年には自由貿易協定を締結する。
している。ASEANとは経済協力を推進して
は日本を含む東アジアと共に経済成長しようと
など東アジアを含む近隣諸国との協力だ。中国
この戦略には二つの方針がある。第一は日本
グ 戦 略 を 採 用 し、 近 隣 諸 国 か ら 信 頼 を 勝 ち 取
い な い。 そ れ ゆ え に、 中 国 は リ ア シ ュ ア リ ン
あ っ た と し て も、 変 え る だ け の 能 力 を 持 っ て
国が東アジアの現状を変えたいという気持ちが
も力の移行は果たしていない。つまり、仮に中
ションを果たしたが、米国との間では経済面で
中 国 は 確 か に 欧 州、 日 本 と の パ ワ ー ト ラ ン ジ
一 〇・二 二 兆 ド ル と、 実 際 に は 拡 大 し て い る。
七・二 七 兆 ド ル で あ っ た が、 二 〇 〇 七 年 に は
ならない。米中間のGDP格差は一九八九年に
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るしかない。
米国は東アジア地域で支配的な立場にある。
域内各国が中国の台頭を歓迎するのは経済面に
限られ、安全保障面では今後とも米国に依存し
続ける。シンガポールのリー・クアンユー元首
て挑戦的な態度をとることは難しく、信頼を構
築する戦略を採択せざるを得ない。
〈中国のリアシュアリング戦略が将来の日米中
関係に与える影響〉
ランサーの役割を期待すると発言した。何に対
に軍事的、政治的に影響を与えようとしていな
り返し明確に否定している。まず、中国は米国
相が米国を訪問し、ASEAN諸国は米国にバ 中国はG2を望んでいない。中国はこれを繰
するバランサーかというと、中国に対してであ
2 の 二 ヵ 国 が 支 配 す る こ と を 許 容 し て い な い。
い。経済面でも、中国はG2という概念を受け
第二の理由は、台湾問題と中国の国内政治問
こ の こ と か ら も、 中 国 の リ ア シ ュ ア リ ン グ 戦
る。このような状況下では、中国が何かを変え
題である。中国国内では、環境面の危機、個人
略はこの先も長期にわたり有効かつ必要とな
入れていない。一方、域内各国も世界経済をG
間の格差拡大、地域間格差といった分裂を抱え
るはずだ。
たいと思っても、現状を変える力はない。
ている。政治もさまざまな困難を抱えている。
だろう。
このような状況では、中国指導部が地域におい 中国の能力が今後拡大していく中で、中国が
リアシュアリング戦略を続ける保証はあるかと
のもある。金融危機を受けて社会的な転換が起
部や内陸部といった第二、第三の世界というも
上海といった発展した地域だけではなく、中央
優先課題がさらに複雑になった。中国は北京や
先課題、なかでも経済・社会的な転換に関する
早であることだ。金融危機によって、中国の優
国が地域で支配的な役割を果たすことは時期尚
三つの理由から反駁できる。第一の理由は、中
は維持していかなければならない。
て安定した関係を、今後少なくとも五~一〇年
はない。従って、中国としては台湾海峡におい
一般市民の支持が、この二年間で変わった訳で
同意している。しかし、台湾独立に関する台湾
近い。これは台湾問題を分析している研究者も
生する可能性は非常に低いか、ほとんどゼロに
きな変化が見られた。中台間で実際に紛争が発
二〇〇九年に中国本土と台湾の関係に非常に大
いう疑問があると承知する。これに対しては、 第二の理由は台湾問題である。二〇〇八年~
こる中、中国の指導者が国家運営を上手く管理
続 き 拡 充 し た と し て も、 中 国 は リ ア シ ュ ア リ
純な状況ではない。従って、中国の能力が引き
測する。
ことである。この姿勢は今後も変化しないと予
が、米国による地域の安全保障を歓迎している
していけるかというと、国内政治はそれほど単 第三の理由は、相対的に弱い東南アジア各国
ング戦略を少なくとも今後一〇年は継続する
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用し、これからもこの戦略を近隣諸国に対して
リング戦略、すなわち信頼を構築する戦略を採
長い時間がかかる。従って、中国はリアシュア
かし、中国が包括的な大国になるまでにはまだ
中国は、確かに経済の領域では台頭した。し
ているという反応をされてしまう。この点は考
張しても、本音を隠して適当にごまかそうとし
この潮流が日本を代表している訳ではないと主
下 で 政 治 が 保 守 化 傾 向 を 強 め た こ と に つ い て、
化を心配する人々に対し、かつての自民党政権
れがちだ。逆に、私が中国で、日本政治の保守
慮する必要がある。
とり続けることになる。
最後に、日米中の三ヵ国は、今後より多く協
力、協調していくことになる。特に金融危機へ 孫准教授の説明で重要な点は、中国の台頭の
行 き 先 が 決 し て バ ラ 色 で は な い と い う こ と だ。
最初に、孫准教授の発言にコメントする。孫
【添谷芳秀慶応大学教授(コメンテーター)
】
●パネルディスカッション
もちろん、それに付随するジレンマや問題が心
研究者に共通することである。経済的な台頭は
なく、この問題に関心を持つ最近の中国の若手
大きい。これは必ずしも個人の意識の問題では
の対応では多くの協力をしていくはずだ。
准教授の本日の話を日本人が聞くと、対外政策
配だという感覚があるようだ。
むしろ孫准教授の意識としては、心配のほうが
に関する中国の公式発言の一部だと受けとめら
にくい。中国が米国と一気に肩を並べるのが難
ワートランジションを果たすということは考え
なのかという論理構成には大きな違いがあった。
では一致を見ていることだ。ただし、なぜ重要
興味深いのは、日米中協力が重要だという結論
一 般 論 で 言 え ば、 台 頭 す る 国 が 一 直 線 に パ アイケンベリー教授の説明との関連で非常に
しいことは、具体的な理由を個々に挙げなくて
荒立てたりする余裕は、むしろ中国側の事情と
したり、中国を取り巻く国際環境や対外関係を
の中で、経済的な台頭に付随する諸問題に対応
いう大きな存在が対極にある。そういった環境
は問題が山積している一方、対外的には米国と
授の問題意識を反映したものだろう。国内的に
醸成的な対応が重要なのだというのは、孫准教
中国は国内問題が難しい状況であるので信頼
るというのは、戦後の冷戦史を知る者には違和
い。実はキッシンジャーがオバマ外交を支持す
キッシンジャーの名前が出てきたことは興味深
アリストとしての現実主義的な観点だ。ここで
極めて重要だという主張だ。もうひとつは、リ
図っていくもので、この観点から日米中協力は
を 重 視 し な が ら、 グ ロ ー バ ル な 問 題 の 解 決 を
ひとつはリベラルな伝統で、これは多国間協力
に は 二 つ の 基 本 的 な 原 則 が あ る と い う こ と だ。
アイケンベリー教授の議論では、オバマ外交
しては、ないだろうという分析であった。これ
感があった。しかし、今日の話で両者がリアリ
も、一般論として理解できるはずだ。
は実直な主張ではないか。
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識した。それは、中国の台頭という現象を消化
ストという側面で共通していることを改めて認
ビジョンというものが共鳴している。
マ外交のもうひとつの原理であるリアリスト・
て、日米中関係の協力と安定が決定的に重要だ
して、お互いに自制を働かせつつ、パワートラ ア イ ケ ン ベ リ ー 教 授 は そ の 二 つ の 軸 か ら 見
ンジションのプロセスを安定化させていくとい
と説明した。別の言い方をすれば、米国にとっ
トラテジーであると指摘したのである。
ては、日米中関係の協力と安定がグランド・ス
う現実的な考えである。
キ ッ シ ン ジ ャ ー の 国 際 政 治 観 と い う の は、
七〇年代初めの米中和解交渉の時に、その原型
すら、一貫して中国脅威論には与しないという
台湾海峡危機前後に中国脅威論が高まった時で
たのである。キッシンジャーは九〇年代半ばの
きた。それが一九七二年の米中和解を可能にし
し、キッシンジャーは一貫して信頼感を置いて
ズムに共鳴した中国指導者のリアリズムに対
といえば、台湾問題である。だからこそ、台湾
のが残ることになる。何がそこに火をつけるか
ては、潜在的な米中関係の危機の構造というも
えることはない。そうなると、議論の展開によっ
な感覚で中国の台頭を捉える見方はおそらく消
米国側の議論として、パワートランジション的
は少なくとも当面はうまくいくだろう。しかし、
を見ることができる。キッシンジャーのリアリ 両教授の結論は同じなので、現実の米中関係
立場をとってきた。そういう流れの中で、オバ
情勢のマネジメントの中で、軍事的な衝突とは
ティクスの側面が前面に出てくれば、朝鮮半島
れない。そうなった時に、いわゆるパワーポリ
プロセスがそう遠くない将来に動き出すかもし
北朝鮮の体制変革による朝鮮半島の統一という
もうひとつは北朝鮮問題だ。中長期的には、
的だというのは改めて言うまでもない。非対称
のが出てこない。日米の安全保障関係が非対称
と、オバマ外交と共鳴した日本の戦略というも
保障上の相互依存関係にあることを認識しない
米関係が従属かどうかということよりも、安全
権の対米対等化という議論にあてはめると、日
存について説明があったが、仮にこれを鳩山政
アイケンベリー教授から安全保障上の相互依
ならないまでも、伝統的なパワーゲームが復活
なのかどうか、従属なのかどうかという問題と、
問題の扱いは決定的に重要であり続ける。
する危険性がない訳ではない。
グランド・ストラテジーがある。翻って日本を
国で外交戦略体系を持ち、米国は米国で独自の
関係に対する日本の外交を考えると、中国は中
最後に、そういう前提で日本の外交、日米中
米関係で具体的に噴出してしまったと感じる。
の基盤として本質的に異なる。そんな問題が日
前提で物事を組み立てることは、戦略的な発想
インターディペンデント(相互依存)だという
教授と孫准教授の議論には前提に違いがあると
見ると、残念ながら個々の政策をつなぐ全体の 日米中の協力関係について、アイケンベリー
体系的な戦略がない。
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よ っ て 変 わ っ て き た。 イ ン ド も ま た 主 要 な プ
【アイケンベリー】確かに前提には違いがある。
ワートランジションという言葉は適切ではない
では主要国間で競争が生じている。古典的なパ
感じたが、私の解釈は正しいか。
ひとつの違いは、我々がこのトランジションを
かもしれないが、力の移行は起きているはずだ。
レーヤーとして台頭してきている。アジア域内
どのように定義するかによる。中国のパワート
長、 発 展 す る か を 考 え る 際、 ど こ の 国 よ り も
南アジアの国の立場からすると、どうやって成
で中国の役割は急速に重要性を増している。東
もあるかもしれないが、一般的にはアジアの中
授の説明に、実は少し驚いた。確かに正しい面
が、対欧州、対日本では起きているとの孫准教
させるためには、リアシュアランスが必要だと
主張していたのは、このトランジションを成功
を行った。このスピーチは非常に重要で、彼が
最近「中国の台頭」というタイトルのスピーチ
を考えている。彼は日本にも豊富な人脈を持ち、
ズ・スタインバーグ国務副長官が主に中国問題
議論があった。オバマ政権内部では、ジェーム
ラ ン ジ シ ョ ン は 米 国 と の 間 で は 起 き て い な い 中国は信頼構築をしなければならないという
中国について考える時間が近年ますます長く
いう言葉を何度も使っていた。オバマ政権とし
いうことであり、戦略的なリアシュアランスと
ア ジ ア の 大 国 の 政 治 力 学 は、 中 国 の 台 頭 に
スを進めれば、上手く対応できると考えている。
なっている。
ては、アジアに関して我々が主題として示す議
論は、中国のリアシュアランスが大事だという
に融合すべく米国との結束を強めるなど、大国
か、日本が軍事大国の道を歩まずに、この地域
ドイツとフランスが第二次大戦後に結束したと
るだろうという自己認識がある点は興味深い。
中国では、いろいろな問題が今後も出つづけ
中国に対する懸念があると考えるか。海外に誤
うのかもしれない。なぜ中国以外で、これだけ
う言葉と、孫准教授の意図する言葉の意味が違
際政治に関する議論でのリアシュアランスとい
要なのかという疑問がある。もしかすると、国
現実であるならば、なぜリアシュアリングが必
【添谷】孫准教授が説明する中国の国内事情が
が安全保障のジレンマを克服するために国際的
解があるものなのか。
ことだった。
に結束してきた歴史がある。
過去の経験が豊富にあり、経験に基づいて自制
問題に遭遇してしまったということではない。
を積んできたので、全く無知のままこういった
この状況をどう捉えているか。
認識が違っているのかもしれない。孫准教授は
の中心となっている。中国国内と国外における
ように、中国やインドとの関係が多くのテーマ
つまり、我々は実際の外交でいろいろな経験 また、先ほどアイケンベリー教授が説明した
を働かせ、事態に深く関与し、リアシュアラン
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全保障に懸念を持つ国からのもので、米国、日
念は、パワートランジションの変化と地域の安
各国の懸念は三種類に分類できる。第一の懸
懸念しているという問題にも直面してきた。
た。同時に、世界の多くの国々が中国の台頭を
【孫】中国はこの二〇年間、経済面では台頭し
からだろう。
れは中国の政治体制に彼らが異論を持っている
は、理論面から中国の台頭を懸念している。こ
も脅威にはなり得ない。それでもこれらの国々
は安全保障面で脅威とはなり得ない。経済面で
が良い例である。これらの諸国に対して、中国
かによって、第二のカテゴリーの国々の考え方
が、中国の台頭に対しどのような態度を見せた
るのかもしれない。東欧などの旧社会主義国家
国は典型的な社会主義国家ではないと思ってい
国々は、中国の政治情勢に満足していない。中
会 主 義 国 家 が こ れ に 入 る。 こ の カ テ ゴ リ ー の
第二は感情面で懸念を持つ国で、北欧や旧社
中国は最後にするべきだという判断をした。中
FT A(自由貿易協定)を締結する国の中で、
ですらこのような懸念を表明している。韓国は
中国の政治体制ゆえの懸念かもしれない。韓国
ている。過去の経緯のせいかもしれない。また、
において圧倒的な存在となることに脅威を感じ
に入る。これらの近隣諸国は、中国がこの地域
例えば、東南アジア諸国などがこのカテゴリー
第三は、中国よりも相対的に弱い近隣諸国だ。
がわかる。例えば、チェコ共和国やポーランド
よって置き換えられるべきだと考えているか。
本、インドがこのカテゴリーに入る。
国との緊密な経済関係を構築すると、韓国の安
【 孫 】 私 は 大 学 の 国 際 関 係 論 の 研 究 者 で あ り、
全保障が脅威にさらされるかもしれないという
考えがあったからだ。中国から見て相対的に弱
中国の外交政策のアナリストではないので、政
えるのは、二〇〇四~二〇〇七年まで駐日中国
いと思われる近隣諸国には、このような第三の
従って、添谷先生の指摘は正しい。中国国内
大使をしていた王毅元外交副部長が今世紀初め
策や理論については言及できない。一点だけ言
では政治的な問題があり、中国はリアシュアラ
に、米国がこの地域において果たしている役割
懸念材料が見られる。
ンス戦略をとる。これこそが中国の台頭に対す
を中国は歓迎していると公に発言した。私の理
する中国の公式な見解だ。
解では、これが米国の結んでいる同盟関係に対
る懸念を緩和するひとつの方法となるだろう。
【アイケンベリー】孫准教授にひとつ伺いたい。
い る ひ と つ の 要 素 か。 そ れ と も 中 国 の 国 益 に
日米同盟は中国の将来ビジョンに組み込まれて
との協力推進という政策を一九九〇年代半ばに
に対して関心を持っている。中国が東南アジア
中心になっている。米国もその同盟国も、中国
中国では日米同盟をどのように捉えているか。 米国のこの地域における対外関係は、同盟が
沿った別の新しい安全保障のストラクチャーに
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打ち出した際、東南アジア側は協力の前提とし
て、二つのことを要求した。第一は、中国が共
産主義のイデオロギーをこの地域に持ち込まな
からの質問に移りたい。
●質疑応答
いと思う。ただ、米国のアジアにおけるプレゼ
いこと。第二に、中国が東南アジアの国々に、 【質問】中国の台頭については、誰も異論がな
中国をとるのか、米国をとるのかという選択を
論があるかもしれない。現在、米国は国内でも、
ンスが継続するのかどうかということに関し議
中国はこれまでこの約束を守ってきた。この
海外でも問題を抱えている。また、おそらく多
迫らないことであった。
ことは、中国が現在の状況にある程度満足して
くの人々は、日本における相対的な重みが、少
に賛同していただけると思う。
なくとも経済的には弱くなっているということ
いると解釈できるのではないか。
【添谷】米国のプレゼンスをアジアの諸国が歓
かという議論をしたいが、時間の都合でフロア
ついて本音は何なのか、長期的な目標は何なの
いる。中国の本音は何か、米国のプレゼンスに
どの程度日本は役割を果たし得るのか。
グランド・ストラテジーがないのではないかと
添 谷 先 生 は 日 本 に は 部 分 的 な 戦 略 は あ っ て も、
る「東アジア共同体」という概念を打ち出した。
迎しているという点は、先ほどの話と一貫して この新しい文脈において、鳩山政権はいわゆ
発言されたが、日本にとっては「東アジア共同
近隣諸国との歴史的な問題から、果たして日本
の概念にも米国は含まれていなかった。
第二に、
マハティール元首相が提唱した東アジア共同体
いかと考えているからだ。かつてマレーシアの
ると聞く。第一に、米国が除外されるのではな
米国は東アジア共同体については懐疑的であ
にシフトしつつある。日米中の三角関係は今後
同盟を放棄しないまでも、米国からアジア重視
したかどうかはわからないが、鳩山政権は日米
スト紙に掲載された。実際にそのような発言を
国ではなく日本だ」との発言がワシントン・ポ
匿名高官の「今後の米国にとって厄介なのは中
【 質 問 】 ゲ ー ツ 国 防 長 官 の 来 日 後、 米 国 政 府 の
体」も部分戦略の一部なのだろう。
がこの地域において中核的な役割を果たし得る
どう変わっていくと考えるか。
【孫】日米同盟問題は私の専門外なので、「東ア
のかという疑問が米国にはある。また、中国側
も二〇年間に一三人の首相が誕生するような国
が東アジア共同体を本当に実現できるのかとい
共同体構築の最大の障害は、中国でも日本でも
ジア共同体」の質問に答える。まず、東アジア
まだ明確な定義はない段階だと思うが、
「東
なく、むしろ米国である。米国は東アジアが東
う疑問を持っている。
アジア共同体」
構想についてどう思うか。また、
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アジア版のEUをつくるということを決して許
み込むには懸念がある。
容できないだろう。EUというのは冷戦の結果 中国は慎重であり、東アジア共同体を推進す
ることにま だ躊躇して いる。 ただし、「東アジ
ろいろ考えている。ただ、米国と違い、中国の
出てきたもので、当時の状況から米国は欧州の
二番目に、中国は東アジア共同体の設立につ
学者や官僚は、G2やBRICs など新しいコ
ア共同体」というコンセプトをどうするか、い
いて、現段階では二つの懸念がある。まず、中
ンセプトや名称を生み出すのは苦手だ。
統合を支持せざるを得なかった。
国と日本の間に東アジア共同体の方向性につい
どうかまだわからない。前の政権は一~二年で
日本の新政権は誕生したばかりで、安定するか
レームワークもつくりたいと考えている。
次に、
羅 す る よ う な 形 で、 金 融 を 含 め て 法 律 的 な フ
限って推進したい。一方、日本は地域全体を網
る。中国は東アジア共同体については、貿易に
能面に限られるとしても、米国は東アジアのス
した経緯がある。仮に経済や安全保障という機
は東アジア共同体に入る必要があると強く主張
当時のジェームズ・ベーカー国務長官が、米国
レ ー シ ア の マ ハ テ ィ ー ル 元 首 相 が 提 唱 し た 後、
観点から見ると問題がある。二〇年ほど前、マ
【アイケンベリー】東アジア共同体は、米国の
て摩擦が生じるのではないかという懸念であ
すぐに倒れてしまったので、現段階で協力に踏
行っているし、元外務省審議官の田中均氏が東
理はオーストラリアで共同体について演説を
韓国で韓昇洙(ハン・スンス)前国務総理と
アジア共同体ビジョンを提起したこともある。
テークホルダーであり続ける。
話をしたが、韓国の安全保障のビジョンでも今
出 先 は 主 に 米 国 で あ り、 米 国 は ス テ ー ク ホ ル
いうことだった。経済的に見ても、アジアの輸
開発問題の解決で協力する場となっている。
日本、米国、中国、韓国、ロシア、北朝鮮が核
東 ア ジ ア の 安 全 保 障 メ カ ニ ズ ム を 扱 っ て お り、
後数十年間、米国の参加は絶対に欠かせないと 六者協議の第五ワーキンググループでは、北
ダーだと言える。もちろん安全保障についても
想が存在しており、議論を継続している。ほと
ステークホルダーである。貿易にしろ、安全保 従って、地域全体を見渡すと、いろいろな構
障にしろ、米国は将来においても常に東アジア
んどが参加型である。米国は安全保障、経済な
どあらゆる面でこの地域と関わりを持っている。
の国であり続ける。
政治が共同体を必要とするならば、問題を解
深いかもしれない。過去においては日本からも
まざまな集団的な課題に応えていくことは興味
勃発した直後、狭い範囲での取り決めを行った。
めのスワップ協定である。アジアで金融危機が
表明された。そこでの焦点は、金融安定化のた
決するために機能的なメカニズムをつくり、さ また、ASEAN+3の将来構想も数年前に
いくつかの構想が出てきた。例えば、小泉元総
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大事な考え方である。過去の欧州の経験を踏ま
という考え方である。これは、いろいろな面で
ようなメカニズムを将来の危機に備えてつくる
東アジアが狭い範囲で、IMFと整合性を持つ
ように考えているはずだ。
いと願っている。おそらく多くの日本人も同じ
ンが日米同盟と一貫性のあるものであってほし
か、常に疑問に思ってきた。米国は日本のビジョ
リーダーシップのビジョンを打ち出さないの
鳩山政権は日本の外交政策において第三のビ
えて、経済安全保障の要求に応えていくという
ものだ。
との戦争で、ブッシュ政権の求めに応じた単な
ジョンを確立する機会を手にした。それはテロ
る。複数の参加者が複数の多国間主義の下で、
るパートナーに止まらない。
狭義の東アジア共同体には、私は懐疑的であ
さまざまな問題について対処していく。形態は
パートナーシップを求めていた。また、憲法や
いろいろ変わってくると思うが、自由主義的、 ブッシュ政権はテロとの戦いでグローバルな
かつ拡大的で、機能中心の仕組みにするのが望
を求め、日米協力を新時代に応じた、より伝統
自衛隊についても、従来の枠組みを超える対応
東アジア共同体と日米中関係については、日
的、現実的な外交政策に回帰させようとしてい
ましい。
本が地域との関係を深めることはいいことだ。
た。これが第一のビジョンだ。
るだろう。
想像力を発揮するさまざまな機会が今後出てく
米国はなぜ日本がもっと精力的に地域における
第二のビジョンは、日本は特別に平和主義の
国であり、
安全保障を提供する対象にはならず、
ほとんど孤立主義ともいえる国家として持続す
志向を反映することができるのが、このビジョ
ついてのビジョンを持った国家である。日本の
日本というビジョンである。安全保障と繁栄に
題も視野に入れる。つまり、真にグローバルな
本は国連拠出金が世界第二位であり、国連の問
流行病、テロの問題、開発援助に対処する。日
統的な安全保障課題である環境、
パンデミック、
本国家だ。二一世紀の新たな安全保障課題と伝
第三のビジョンは、精力的で国際主義的な日
には、日米中の関係が一定の形を整える必要が
論が続く可能性がある。議論を進展させるため
ければ、いつまでも日中はライバルだという議
一歩踏み込まなければならない。それができな
括的なビジョンを持った指導者が、国の枠から
るにすぎない。実体が伴うためには、地域の包
そのナショナル・ストラテジーとして言ってい
アジア共同体」と言っても、依然として各国が
ましいことだ。ただ、「東アジア協力」とか「東
のいろいろな国で議論が行われるのは非常に望
【添谷】
「東アジア共同体」について、東アジア
ンである。これは日米同盟関係と一貫性のある
ある。そういう意味で、今日の話は、これから
るというビジョンである。
もので、
同盟関係は将来にわたって続くものだ。
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東アジアがどうなっていくかについて、また、
地域のコミュニティー論との関係において、そ
の意味を確認できる良い機会となったと思う。
(文責
国際広報部主任研究員
長谷川徹)
経済広報センター
ポケット・エディション・シリーズ
※当センターホームページでバックナンバー全文を
ご覽いただけます。
( http://www.kkc.or.jp/
)
◆二〇〇九年発行
No・
「韓国はどのような国を目指していくのか」
(韓国ジャーナリスト招聘シンポジウムより)
No・
「米国新政権の外交政策の見通しと日米関係の課題」
(米国シンクタンカー招聘シンポジウムより)
No・
「経済危機の中、アジア・日本に
求められていることは何か」
(アジア研究者招聘シンポジウムより)
No・
「新時代の日米中関係を探る」
No・
◆二〇一〇年発行
─新時代の日米グローバル課題─」
「CFRとの対話
No・
シンポジウムより)
(ベルリン日独センター・ケルン経済研究所との共催
「労働市場の環境変化と日欧の対応」
No・
(米国ビジネススクール教授招聘シンポジウムより)
「世界経済危機と日本企業の課題」
No・
チャールズ・W・カロミリス
コロンビア大学ビジネススクール教授
「将来の金融システムはどうあるべきか」
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(財)経済広報センター
ポケット・エディション・シリーズの発刊に際して
経済広報センターは、土光敏夫氏(第四代経済団体連合会会長)のイニシャティブによって一九七八年に設立
された財団法人です。当時国内では、企業の存在意義、あり方が厳しく問われ、また海外では、台頭してきたア
ジアの経済パワー、すなわち日本の動向に注目が集まっておりました。そこで、日本企業の考え方、行動、社会
における存在意義などを広く内外にお伝えし、相互理解のチャネルとなるという志の下に、政府から独立した民
間非営利組織として当センターが設立されました。
現在当センターは、経済界の政策提言や意見を社会にお伝えすることに力を入れております。そのような活動
を支える基礎として、国内ではビジネスパーソン、消費者、ジャーナリスト、教育者、有識者との対話の機会を
数多く設け、また、海外からは、多くのジャーナリスト、研究者、経済人、教育者を日本に招き、あるいは海外
諸都市において日本の経済人、研究者による講演会やシンポジウムを開催するなどして、日本に関する理解の深
化に努めております。
幸い、これら対話・講演・シンポジウムは、知識、情報、知見という観点からして深い内容となっており、会
員各位から、当センター関係者のみが知るにとどめず、広く公共の財産として共有するに値するものであるとの
ご指摘をいただきました。
そこでこれからは、内外における対話や講演会やシンポジウムの記録をまとめ、
「経済広報センター・ポケッ
ト・エディション・シリーズ」として、逐次刊行することといたしました。会員の皆様のみならず、各界の方々
に広くご愛読いただければ幸いでございます。
このポケット・エディション・シリーズをより良いものとしていくために、各位のご教示を賜われば、幸甚に
存じます。
一九九九年一二月 財団法人 経済広報センター
発 行 2010 年 2 月 10 日
発 行 所 財団法人 経済広報センター
東京都千代田区大手町1−3−2 経団連会館
TEL:03(6741)0011 FAX:03(6741)0012
編集・発行人 中山 洋
印 刷 株式会社 大巧
財団法人 経済広報センター
一企業の賛助を得て、経済界の広報活動を展開しておりま
経済広報センター ポケット・エディション・シリーズ No.106
経済広報センターは、財団法人として三七業界団体、一六
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育界との対話、第四に、会員企業・団体の広報活動の支援な
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参加いただく活動を幅広く展開していきたいと考えておりま
これからも皆様方のご意見を伺いながら、各界の方々にご
す。
(本シリーズの緑色は国内広報活動、青色は
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海外広報活動に関するものです
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