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友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネット ワークの構造と時間的変化

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友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネット ワークの構造と時間的変化
筑波大学大学院博士課程
システム情報工学研究科修士論文(社会工学)
友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネット
ワークの構造と時間的変化
杉崎 裕治
学籍番号 200520843
(社会システム工学専攻)
指導教員 秋山 英三
2008 年 3 月
概要
本研究では、
「同時決定的スモールワールド実験」を拡張したものを高等学校・大学内で実
施し、友人関係をネットワーク化した「友人関係ネットワーク」と、その友人関係ネットワー
クを介して伝わる「メッセージの伝達ネットワーク」の構造的差異とその時系列の変化、友
人関係(紐帯)の強弱の与える影響について調べる。また、現実のネットワークを数理モデ
ル化して定量的に扱うために有用な「複雑ネットワーク」の分野の知見を生かし、実験結果
がこれまでに提案されている数理モデルとどのような関係があるかを検討した。
その結果、3つのことがわかった。一つは、友人関係ネットワークの構造とメッセージ
伝達ネットワークの構造は質的に異なることである。具体的には、高等学校と大学の友人関
係ネットワークの構造は異なるのに対し、メッセージ伝達ネットワークは高等学校、大学に
共通する構造が見られたことである。 二つめにわかったのは時間の変化によって友人は増
えているが、情報の集中の度合いは変化していないということである。つまり、友人関係ネッ
トワークの時間的な変化に関わらず、メッセージ伝達の中心となる「ハブ」が伝達するメッ
セージの量は変化しないということである。
三つめにわかったのは、高等学校のような密な友人関係ネットワークでは、メッセージ
の伝達に強い紐帯が使われるようになるのに対し、大学のような比較的疎な友人関係ネット
ワークではメッセージの伝達には弱い紐帯が多く使われるということである。このことは友
人関係ネットワークの紐帯の強弱の数とメッセージ伝達に使用された紐帯の強弱を調べるこ
とからわかる。
目次
1
導入
1.1 本研究の目的 . . . . . . . . . . . . .
1.2 先行研究 . . . . . . . . . . . . . . . .
1.2.1 メッセージ伝達ネットワーク
1.2.2 友人関係ネットワーク . . . .
1.3 同時決定的スモールワールド実験 . .
1.4 複雑ネットワーク . . . . . . . . . . .
1.4.1 Random graphs . . . . . . . .
1.4.2 Small World network . . . . .
1.4.3 Scale Free network . . . . . . .
1.5 本研究のアプローチ . . . . . . . . .
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実験
2.1 高等学校における実験 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
2.2 大学における実験 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
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3
結果
3.1 友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネットワークの構造的差違 . . . . .
3.2 ネットワークの時系列変化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3.3 紐帯の強さ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
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4
考察
4.1 友人関係ネットワークと情報伝達の仕組み . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.2 メッセージ伝達の時間的変化について . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.3 メッセージ伝達に使用される紐帯 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
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23
23
5
Future works
5.1 実験手順について . . . . . . . . . . .
5.2 メッセージ伝達ネットワークについて
5.3 情報の質について . . . . . . . . . . .
5.4 シミュレーションモデルについて . .
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25
25
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謝辞
27
A メッセージ伝達実験の結果
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B 実験で行ったアンケート
31
参考文献
35
i
図目次
1
2
3
4
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6
7
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9
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12
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Random graphs . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
Small World network . . . . . . . . . . . . . . . . . .
次数と度数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
BA モデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
友人関係ネットワーク . . . . . . . . . . . . . . . .
入次数の度数分布:高等学校 . . . . . . . . . . . . .
友人関係ネットワークの次数分布:大学 . . . . . .
メッセンジャーに指名された回数の度数分布:大学
メッセンジャーに指名された回数の次数分布:大学
入次数の時間的変化 . . . . . . . . . . . . . . . . .
メッセンジャーに指名された回数の時間的変化 . . .
友人関係ネットワーク上の紐帯:高等学校 . . . . . .
メッセージ伝達に使用された紐帯:高等学校 . . . . .
友人関係ネットワーク上の紐帯:大学 . . . . . . . .
メッセージ伝達に使用された紐帯:大学 . . . . . . .
高等学校でのメッセージ伝達 . . . . . . . . . . . . .
大学でのメッセージ伝達 . . . . . . . . . . . . . . .
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友人関係ネットワークの指標:高校 . . . . . . . . . . . . . . . . .
友人関係ネットワークの指標:大学 . . . . . . . . . . . . . . . . .
入次数の度数分布のベキ指数と決定係数:高等学校 . . . . . . . . .
入次数の度数分布のベキ指数と決定係数:大学 . . . . . . . . . . . .
メッセンジャーに指名された回数のベキ指数と決定係数:高等学校
メッセンジャーに指名された回数のベキ指数と決定係数:大学 . . .
実験結果の特徴 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
入次数の時間的変化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
メッセンジャーに指名された回数の時間的変化 . . . . . . . . . . .
友人関係ネットワーク上の紐帯 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
メッセージ伝達に使用された紐帯:高等学校 . . . . . . . . . . . . .
友人関係ネットワーク上の紐帯:大学 . . . . . . . . . . . . . . . .
メッセージ伝達に使用された紐帯:大学 . . . . . . . . . . . . . . .
高等学校でのメッセージ伝達 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
大学でのメッセージ伝達 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
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表目次
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
ii
1
1.1
導入
本研究の目的
本研究では、Killworth(9)、安田 (22) が行った「同時決定的スモールワールド実験」を拡
張したものを高等学校・大学内で実施し、友人関係のネットワークと、その友人関係ネット
ワークを介して伝わるメッセージの伝達ネットワークの構造的差異とその時系列の変化、友
人関係(社会ネットワークの分野では紐帯という)の強弱の与える影響について調べる。
友人関係ネットワークとは、文字通り「友人関係」をネットワークとして捉えたものであ
る。その友人関係を通じて「情報伝達」がなされる。例えば噂、商品の評判の口コミなどの
情報は友人を介して伝えられることが多い。特に口コミによる情報は消費者行動に大きな影
響を与えることが古くから研究されている (8)。
これらの情報はそのほとんどが友人を介して伝えられる。こうした情報伝達の様子を研
究したものに Milgram(14) らのスモールワールド実験に関する一連の研究がある(後述)。そ
れらの情報の伝達される道筋を辿ることによってネットワークを作ることできる。このよう
に情報の伝わるネットワークを「情報の伝達ネットワーク」と考えることができる。特にこ
こではメッセージの行き先をネットワーク化していることから、
「メッセージ伝達ネットワー
ク」として考える。
また、社会ネットワークの分野ではその「友人」の関係を「ネットワーク」として捉え、
古くから数多く行われている。Moreno(16) が提案したソシオメトリックテストはアンケート
によって集団内の対人的な選択・排斥・無関心などからみた人間関係を分析することが可能
である。こうしたネットワークは「友人関係ネットワーク」と考えられる。
これらをまとめると友人関係は「友人関係ネットワーク」として表現でき、その「友人関
係ネットワーク」上を伝わる情報の道筋として「メッセージ伝達ネットワーク」があると考
えられる。そのため、両者の間には何らかの関係があるはずである。しかし、両者の研究は
独立に扱われることが多く、両者の構造的な違いを検証する研究はない。
しかし、現実社会において「友人関係」とその関係を通じた「情報伝達のされ方」には違
いがあるはずである。友人関係を通じて伝播するものの別の例として「伝染病」が考えられ
る。こうした分野については複雑ネットワークの分野で研究が進んでおり、いろいろなモデ
ルが提案されている (12, p.129-158)。しかし、
「情報伝達」には意思決定が介在するため、
「伝
染病」とは大きく異なる部分があり、同じように考えることは難しい。そこでネットワーク
に意思決定が介在する「情報伝達のされ方」と、
「友人関係」の違いを考えることは重要であ
ると考える。
また、友人関係が時間によって変化するため、当然それをネットワーク化した友人関係
ネットワークも変化する。時間によって変化する友人関係を調査した研究として平松 (6) があ
るが、こちらは友人の数の分析に重点をおいており友人関係ネットワークの構造についてま
では触れていない。友人関係の調査を行っただけであるので「メッセージ伝達ネットワーク」
の時間的な変化についても触れられていない。
そこで本研究では、Killworth(9) らが行った「同時決定的スモールワールド実験」を「友人
1
関係ネットワーク」と「情報伝達のされ方」の違いを明白にできるよう拡張し、また時系列
の変化を捉えられるようにしたものを実施し、
「友人関係ネットワーク」と「メッセージの伝
達ネットワーク」の構造的差異と、時間の変化によるネットワーク構造の変化について検証
する。
友人関係には「A 君とは親しい」、
「B さんとはあまり親しくない」など、強弱があること
が考えられる。こうした関係の強弱ことは社会ネットワークの分野では紐帯の強弱と呼ばれ
ている。この紐帯の強弱がでは紐帯の強弱と呼ばれる。)が友人関係ネットワーク、メッセー
ジ伝達ネットワークにどのような影響を与えているかを考えることは重要である。安田 (22)
が紐帯の強弱がメッセージ伝達にどのような影響を与えているかを検討しているが、人数が
少なく、また時間の変化には触れられていない。 さらにまた、現実社会のネットワークを
単純化し、数理モデル化することはその特徴を定量的に理解することを可能とするため重要
である。こうしたネットワークの数理モデル化についての研究は、グラフ理論を基礎として
さまざまな研究が進められていた。1956 年に Erdos&Renyi(17) が提案した Random graph モ
デルなど、多くのモデルが提案されてきたが、現実のネットワークを説明するものとしては
物足りない部分が多々あった。それを解消するモデルとして Random graph から約 40 年後の
1998 年に Watts(19) が Small World network model を提案し、多くの現実を説明することので
きるモデルとして注目を集めることとなった。背景にはコンピュータ技術の進歩があり、そ
れによってこれまでは扱う事のできなかった数万から数十万のノードからなるネットワーク
を扱うことが可能になった。その後多くのモデルが提案され、
「複雑ネットワーク」と呼ばれ
る研究分野の一つとして注目を集めるようになった。
本論文では、まず、
「友人関係ネットワーク」、
「メッセージ伝達ネットワーク」に関する先
行研究のレビューを行う。その後、高等学校の学級内、大学の授業履修者に対して同時決定
的スモールワールド実験を行い、友人関係のネットワークを表現する「友人関係ネットワー
ク」と、その「友人関係ネットワーク」上を伝わって伝達される情報伝達のネットワークの構
造的な差異する。特に本研究では情報伝達のネットワークをメッセージ伝達の行き先のネッ
トワークである「メッセージ伝達ネットワーク」として研究する。さらに、これらのネット
ワークが「複雑ネットワーク」の各モデルとどのような関係にあるかを検証する。
1.2
先行研究
本論文に関わる先行研究として、Milgram(14) を初めとする情報の伝達ネットワークに関
する研究と、Moreno(16) が提案したソシオメトリックテストなどに見られる「友人関係ネッ
トワーク」に関する研究がある。本節ではそれらの研究についてレビューする。また現実社
会のネットワークを理解するために現実のネットワークを単純化し、数理モデル化してその
特徴を定量的に理解することも重要である。それは「複雑ネットワーク」という研究分野で
盛んに行われている。本研究でも今までに提案されているネットワークモデルとの比較を交
えてネットワーク構造の解釈を行う。そこで「複雑ネットワーク」の分野に関する基本的な
モデルのレビューもここで行う。
2
1.2.1
メッセージ伝達ネットワーク
アルバイトで知り合った人が親類の友人であったり、同じ職場の二人が共通の友人を介
して繋がったりするなど、たまたま知り合った見知らぬ人と話しているうちに、偶然共通の知
人を発見して驚くことがある。このような現象は「世間は狭い」という言葉で表現され、私
たちが生活する中で至るところで聞く経験則である。では実際には世間はどれくらい狭いの
であろうか?もしくは狭くないのであろうか?
このような「世間の狭さ」を実際に調査する実験を「スモールワールド実験」と呼び、Milgram
(14) の行った実験に始まる。Milgram はあらかじめ設定された目標人物と、他地域から無作為
に抽出された人物が間に何人の知人を介在させることによって繋がるかを調査した。具体的に
は、Nebraska 州と Kansas 州から選ばれた 196 人から発信された手紙が、両州から約 1350 マ
イル隔たった Boston、Massachusetts に在住する目標人物に、何人の知人を間に介することに
よって到達するかを実際に手紙を用いて調査した。具体的な実験の内容は以下の通りである。
1. マサチューセッツ州に住む女性、ボストンに住む株式仲買人を目標人物(ターゲット)
として設定する。
2. カンザス州、ネブラスカ州からあわせて 160 人の実験参加者を集める。
3. 実験参加者は目標人物を知っているなら手紙を本人に直接送付する。
4. 目標人物を知らなければ、目標人物を知っていそうな友人に手紙を送付する。
5. 実験に参加したことを示すはがきを実験を実施した大学に送付する。
その結果、全 160 通中 42 通が目標人物に到達し、平均 5.5 人を仲介することによって手紙は
到達することがわかった。1350 マイル離れた見知らぬ二人がたったの 5 人の知人を間に挟む
ことによって繋がるのである。この結果は「6 次の隔たり」という言葉で象徴的に表現されて
いる。
Milgram の実験後にも、異なる社会圏に属する人々の距離を計る「スモールワールド実験」
は様々なところで行われるようになった。例えば黒人と白人の人間関係を横断するネットワー
クの研究 (10)、大規模企業組織の研究 (11)、同一都市内に住む異言語集団間をつなぐ人物の
発見 (7) など、Milgram の研究をブレイクスルーとして数多くの実験が繰り返された。これら
の実験では人種や性別が人々の送信先判断の基準になること、社会的な距離は異人間で長い
ことなどが確認されている。また日本では目標人物の所属する組織による仲介人数の違いな
どを研究したもの (15) があり、社会的に知名度の高い人のほうが、必要とする仲介者の人数
の平均が少ないことが検証されている。
その後、
「スモールワールド実験」は 1980 年代以降いったん下火となるが、1998 年に Watts
& Strogatz (19) らがコンピュータシミュレーションにより、社会における人々の意外な近さ
(つまりスモールワールド)を表現することのできるシミュレーションモデルを提案したこと
によって、従来の社会学の分野だけでなく、統計物理学、情報学の分野からもネットワーク
の構造解析が進められるようになった。そうした他分野からの活発なアプローチに触発され、
3
スモールワールド実験は再び注目を集め始めた。それまで郵送で行われていたスモールワー
ルド実験をインターネットを使用した実験 (Dodds et.al. (4))、が行われるようになった。
ただし、これらのスモールワールド実験は総じて「目標人物にメッセージを到達させる」こ
とを目的とした実験であり、友人関係の構造にまで触れているとは言えない。
1.2.2
友人関係ネットワーク
友人関係をネットワーク化する調査技法として前述のソシオメトリックテスト (16) があ
る。これはアンケート調査によって個人のネットワークにどのような人がおり、どのような
感情を抱いているかを調査するものである。教育現場においては一時期「いじめ」問題解決
を目的とした調査に使われたこともある。Burt (3) はある企業の中間管理職に対し、ソシオメ
トリックテストを実施し、個人のパーソナルネットワークの形と、昇進の速度には密接な関
係があることを研究した。具体的には、中間管理職になって間もない男性・女性には、同じ
部署の人間を主として構成される「業務志向型」ネットワークが有利に働き、逆に中間管理
職を長く務め、役員を目前にした男性1 は部署外の人間によって構成される「機会指向型」と
分類されるネットワークが有効に働くことを示した。逆のネットワークを持つ場合、例えば
役員を目前にした男性が「業務指向型」ネットワークを持つ場合、は昇進速度が遅くなるこ
とも示されている。
集団内の関係の時間変化を検証したものに Sherif(18, p.156-158) のサマーキャンプ実験が
ある。サマーキャンプの参加者を 2 つのグループに分け、各集団にはしばらく相手集団の存
在を知らせずにおく。ある段階で他集団の存在を双方に知らせると、集団間の対抗意識が芽
生え、それとともに集団内の結束度が上昇していくことがわかった。
関係の強弱(社会ネットワークの分野では紐帯の強弱という)については Granovetter(5)
の「弱い紐帯の強さ」という概念がある。これは就職活動には親族や親友などの強い紐帯に
よって結ばれた関係よりも、自分と関係の異なる弱い紐帯で結ばれた友人のほうが有用な情
報をもたらしやすいことを表している。
1.3
同時決定的スモールワールド実験
ここまでで、「情報伝達の仕組み」に関わる研究と、「友人関係ネットワーク」に関する
研究についてレビューを行った。本来であれば両者には関係があるはずであるにもかかわら
ず、両者の研究は別々に全く独立に行われてきたのが問題点であった。その問題点を解消し、
「情報伝達の仕組み」、「友人関係」の両方についての調査したものに、Killworth(9) がある。
Killworth はスモールワールド実験におけるメッセージ伝達失敗の要因を調査するために友人
関係ネットワークの調査と同時にスモールワールド実験を行った。調査への参加者全員がメッ
セージの送信相手(メッセンジャー)を「同時」に決定する事から、この実験は「同時決定
1
女性中間管理職は少数であったため役員目前というケースは少なく、役員を目前にした女性にプラスに働く
ネットワークは検出されていない。
4
的スモールワールド実験」と呼ばれる。この結果メッセージが最短ルートを通っていない事
がわかった。最短ルートを経由すればメッセージは頂点間平均距離2 を通るはずである。しか
し、実際のメッセージは頂点間平均距離よりも長い距離をたどっていた。Killworth の実験に
よる頂点間平均距離は 2.3、メッセージの平均到達距離は 3.2 であり、メッセージは 40% も最
短ルートを遠回りしていることになる。これはつまり、最短ルートを持つ友人をうまく認識
できていない、「友人の持っている友人関係」をうまく認知できていないということになる。
また、安田 (22) は、Killworth の実験に加えて友人関係の強さ(社会ネットワークの分野では
「紐帯の強さ」と呼ぶ)を尋ねた。この実験ではループと言われる 2 者間の間でメッセージが
往復してしまう同時決定的スモールワールド実験特有の現象に注目した。ループの多くは弱
い紐帯で結ばれた、あまり親しくない友人同士で多く発生していた。つまり、
「友人」の中で
も「弱い紐帯で結ばれた友人」の持つネットワークがうまく認知できないことを示した。具
体的な方法は後にも述べるが、安田 (22) の場合では以下の通りである。
1. n 人いる実験参加者に 1 から n までの ID を与える(安田の場合 17)。
2. 実際の知人データを収集する。
質問票により、参加者全体の知人関係の有無とその強弱を尋ねる。
3. 教室内でメッセージの仮想伝達実験を行う。
被験者に自分以外の実験参加者全員をターゲットとして、メッセージを届けてもらうこ
とを想定してもらい。目標人物が知人の時は自分が直接メッセージを届けるものとす
る。ターゲットが知人ではない場合は、実験参加者の中の自分の知人からターゲットに
最も早く届けてもらえそうな人を選び、メッセージを渡す。自分はターゲットにも目標
人物にも含まない。以上のプロセスを想定し、被験者が選んだ知人がメッセージを目標
人物に到達させることができるか実験する。
4. 被験者に当該教室の人間関係の状況と一般的な人間関係を正しく認知していると思うか
について 5 段階で自己評価をしてもらう。
しかし、これらの実験は友人関係の認知に関する議論に重点を置いており、メッセージ伝
達のネットワーク構造については触れていない。本研究では友人関係のネットワークと、メッ
セージ伝達によって構成されるネットワークの構造の違いについて検証する。そこで本研究
では「友人関係」、「情報伝達の仕組み」の違いを検証できるよう調査を行い、両者の構造の
違いを検証する。また時系列の変化についても調査を行う。
1.4
複雑ネットワーク
現実のネットワークを単純化して数理モデル化することによってその特徴を定量的に理
解する事ができる。これはネットワークの構造を理解する上で有用である。ここでは本研究
と関連のある基本的なネットワークモデルについて触れる。
2
頂点間平均距離とは各頂点間の距離の平均を表す。
5
1.4.1 Random graphs
一番最初に提案されたネットワークの数理モデルは Erdos&Renyi (17) の Random graph で
ある。Random graph とは二人の間に一定の確率に基づいてリンクが張られていくネットワー
クモデルのことである。このモデルは提案者の名前から、Erdos-Renyi モデルとも呼ばれる。
ここでは Random graph のおおまかな内容について説明する。まず、頂点数、つまりノード数、
n と確率 p(0 ≤ p ≤ 1) を固定する。そして各頂点ペアの間に確率 p でリンクを張っていく。
リンクを張るかどうかについては n C2 = n(n − 1)/2 通りのペアそれぞれについて独立に決め
る。このようにしてネットワークを作っていく。また、このときクラスタ係数3 C は、
C=p=
hki ∼ hki
=
n−1
n
(1)
となり、また頂点間平均距離 L は、
L ∝ log n
(2)
となることが明らかにされている。ここでの hki は各頂点 k の持つ次数の平均である。p が小
さい時には、グラフの頂点全てがリンクされている確率は少ない (図 1(a))。しかし、徐々に p
を大きくしていくと、徐々にリンクが増えていく (図 1(b))。p = 1 とすると、全ての頂点が結
ばれ完全グラフとなる4 。
このモデルの重要なところは、ある p を境に巨大なかたまりが現れる事である。n が十分
大きいときを考える。p = 0 の時は図のように全てのノードが孤立している。p を 0 から徐々
に増加させると p = 1/n のところでネットワーク上の多くのノードが一つの島のようにリン
クで結ばれた状態が登場する。確率 p = 1/n であるとは、各ノードがだいたい1つのリンク
を持っている状態を表している。つまり、各ノードが平均して一つのリンクを持つようにな
ると相転移が生じ、全てのノードは一つのかたまりとして繋がるということになる。
このような相転移が生じる Random graph の具体例としてパーティーでの例がよく用いら
れる。100 人の互いに面識のない人間が参加しているパーティー会場を考える。そこでパー
ティーに参加しているある一人に「ラベルの無いワインは高級である」ことを「新しく出会っ
た人にしか話してはならない」という条件をつけて明らかにする。このような状況下では一
人との出会いに 10 分しかかからなかったとしても、残り 99 人全員にワインに関する情報が
伝わるには 16 時間が必要となる。当然、パーティーの時間は足りない。
ところが、もしも各人が少なくとも 1 人の客を知っている状況、つまり、各人の間がラン
ダムなネットワークによって結ばれている状態となると事態は一変する。たったの 30 分で全
員が高級なワインを飲むという計算になるのである。
このように Erdos& Renyi の提案した Random Graphs model によってネットワークを通じた
現象を捉える研究が行われるようになった。しかし、Erdos-Renyi モデルだけで説明できる現
象は少ない。これは小さな平均距離のわりに、クラスタ係数が大きいことが影響している。こ
3
クラスタとはかたまりの意味である。複雑ネットワークの分野では、クラスタとは 3 つのノードが相互にリン
クしている状態を表す。クラスタ性が高いとは、ネットワーク内にクラスタが多く存在することを意味する。クラ
スタ係数とはクラスタ性を計量的に評価する指標で高いほどクラスタ性が高い。以下の数式によって求められる。
4
グラフの描画は可能であるが完全グラフの図は複雑で見にくいため割愛する。
6
(a)
(b)
図 1: Random graphs
れを現実に当てはめて考えると、日本のある学生が、
「講義の教室で隣に座っている人間と友
人である確率」と、「ベニスのゴンドラ乗りが友人である確率」が等しいということになる。
しかしこのよう現実は考えにくい。そこで Watts ら (19) はこのような問題を解消するモデル
として Small World network models を提案した。
1.4.2
Small World network
Watts が自身の指導教官であった Strogatz と共同で提案した Small World network models
は、規則的なグラフからランダムにリンクを付け替えるという単純なモデルでありながら、
Random Graphs models が表現できなかった、クラスタ、つまり、友人同士のカタマリの存在
を説明できるモデルである。この簡単なモデルによって多くの現象が説明可能となり、それ
まで社会学、物理学、情報学など、それまで別々に研究を行っていた多くの分野の研究者が
入り乱れてネットワークに関する研究が注目を浴びる大きなきっかけとなっている。モデル
の概要は以下の通りである。
まず、頂点数 n を固定し、円状に置く、k を偶数としてそれぞれの頂点は円の右隣 k/2 までと
左隣 k/2 までの頂点と繋がっているとする。一次元格子のようなネットワークである (図 2(a))。
どの頂点も次数は k となり、グラフ全体のリンクの数は kn/2 本あることになる。この状態
ではクラスタ係数は大きいが、頂点間平均距離も大きくなる。次に、kn/2 本のうち、割合
p(0 ≤ p ≤ 1) だけのリンク、つまり pkn/2 本をランダムにつなぎ替える。このとき、(A) 自分
自身、(B) つなぎ替える頂点から k/2 個以内の頂点、(C) すでにつなぎ替えが済んでいる頂点、
へのつなぎ替えは行わないことにする。p = 1 とすると、全てのリンクについてつなぎ替え
が行われ、先述した Random graphs とほとんど同じで、平均頂点間距離は小さくなるが、ク
ラスタ係数も小さくなってしまう。また、つなぎ替えられたリンクはショートカットと呼ぶ。
このようにして生成されるグラフは、だいたい p ∈ [0.01, 0.1] のところで小さな平均距離と大
きなクラスタ係数が同時に得られることが明らかにされている (図 2(b))。このあたりの p か
ら作られるグラフを Small World network と呼ぶ。これは明らかにショートカットが平均頂点
7
(a)
(b)
図 2: Small World network
間距離を縮める役割を果たしている。
この Small World network model の提案によって多くの現実が説明可能になった。例えば、
C.elegens と呼ばれる多細胞生物がいる。これは生物学等の実験でモデル生物としてよく用い
られる。それまでの研究によって、C.elegans は 302 の神経を持つことが明らかにされている
が、その 302 の神経のネットワークは Small World であることがわかっている。また、Web サ
イト間のネットワークなど多くの現実が Small World network で検証可能であることが明らか
にされている。
しかし、Small World network だけでは説明できない現象も他に存在する。それが大量のリ
ンクを保有するノードであるハブの存在であり、ハブの存在を考慮に入れたネットワークは
Barabasi が提案するモデルによって説明される。
1.4.3
Scale Free network
Scale Free network とは、ハブの存在を説明できるネットワークモデルである。ハブとは、
大量のリンクを保有するノードのことである。日本国内の航空機路線ネットワークを例に考
えると、羽田空港は全国各地からの多くの路線を集めている。この場合、羽田空港は「ハブ」
とすることができる。しかしそれに比べ、石川県にある小松空港からの発着便ははるかに少な
い。このようなネットワークは Small World network では捉えることができない。現実のネッ
トワークの多くは航空機路線のようにリンク数の少ないノードと大量のリンクを持つハブと
が共存するネットワークである。このようなネットワークは、次数の分布がベキ則に従うこ
とがわかっている。図 3 はベキ分布、指数分布、正規分布において頂点が持つ次数とその頻
度を表したグラフである。このグラフによると、ベキ分布でも指数分布でも次数が大きいほ
ど、そのその次数を持つ頂点の数は少なくなる。しかし、次数の大きな頂点 k が存在する確
率は指数分布、正規分布よりもはるかに大きいことがわかる。つまり、次数分布がベキ則に
従うネットワークとは、大量のリンクを集めるノードが他のネットワークよりも存在しやす
いということである。
8
図 3: 次数と度数
このようなネットワークは、系を特徴付ける尺度(scale)が存在せず、平均的なノードを
指定することができないことから Scale Free network と呼ばれている。特徴的な尺度とは例え
ば正規分布における平均値や分散のことである。これらがわかれば正規分布のもとでは例え
ば自分の身長が平均からどれくらい離れているか、などがわかるが、Scale Free ではこれらの
尺度がないためにそのような事が容易にできない。
この Scale Free network を数理モデルで表現したのが Barabasi (2) が彼の学生であった Albert
と共に提案した BA モデルである。このモデルの特徴は2つある。1つはネットワークが「成
長」することである。時間と共にノードが新しく追加され、グラフが成長するというネット
ワークのダイナミクスを考慮したモデルを考えている。これは Web サイトなどのようにノー
ド数(この場合コンピュータ)が徐々に増えていく様子をイメージできる。もう1つは「優
先的選択」である。ネットワークが成長するときに新しく加わるノードは既存のノード結び
つくのであるが、結びつく相手に次数の高い頂点を優先的に選ぶようになっている。豊富な
リンクを持つものほどさらにリンクを集める様子をイメージしている。具体的なアルゴリズ
ムは以下の通りである。
まず、m0 個の頂点から始める。これらの頂点は全て相互に結びついて完全グラフ Km0 を
なしているとする。新しい頂点は m(≤ m0 ) 本の枝を持ち、新しい枝がどの頂点と結びつくか
は優先的選択で決める。今、頂点が n 個あって、既存の頂点 vi (1 ≤ i ≤ n) が次数 ki を持つ
とする。そのときある新しい頂点が vi に結びつく確率を、
Y
ki
(ki ) = Pn , (1 ≤ i ≤ n)
(3)
j=1
とする。これだけの簡単なルールから次数分布はべき則 p(k) ∝ k −3 が出る。実際にグラフと
したものが図 4 である。ちなみに、Barabasi は Watts と Strogatz が Small World network models
の検証する為に使用したデータを受け取り、そのデータも Scale Free network にあたることが
わかった。
Small World network や Scale Free network などはそのルールがわかりやすいこともあって
多くの研究者に用いられるようになった。またコンピュータが進歩したこともあって大量の
9
図 4: BA モデル。m0 = 3、新しい頂点の持つ枝 m = 2
データの分析が可能になった。同時に現実のデータへの関心も集めるようになりネットワー
クに関する研究が様々な分野の研究者をから注目を集めるようになった。
1.5
本研究のアプローチ
ここまでの内容を踏まえて、本研究のアプローチについて説明する。先行研究では「情
報伝達」の仕組みと「友人関係ネットワーク」は関係が深いはずにも関わらず別々に研究が
なされてきた。両者を調べる研究として Killworth、安田らの研究があるが、これらの研究は
友人関係の認知に関する議論に重点を置いており、両者の構造の違いについては触れていな
い。そこで本研究では「情報伝達」の仕組みと「友人関係ネットワーク」の両者の違いを検
証する。さらに、それらのネットワークの特徴が、複雑ネットワークにおけるどの数理モデ
ルの特徴と似ているのかを調べる。
加えて両者の時系列による変化についても検証する。友人関係は時系列によって変化す
るものである。それに伴い情報伝達のされ方も変化が生じるのが自然である。そこで時系列
による変化についても調査を行い、時間の変化によってどのような変化が生じるか検討する。
また、どのような関係がメッセージの伝達に使われているかについても調べることとす
る。関係の強さの効果については Granovetter(5) の「弱い紐帯の強さ」理論がある。これは欧
米において就職活動をする際、家族や親友などの比較的強いつながりよりも知り合い程度の
弱い関係のほうが有効であることを示している。では情報伝達において紐帯の強さはどのよ
うに影響するのであろうか。これについても検討を行う。
10
実験
2
Killworth(9)、安田 (22) にならい、同時決定的スモールワールド実験5 を高等学校の学級、
大学内のある授業履修者に対して実施した。本章では実験の内容について説明する。
2.1
高等学校における実験
茨城県内にある高等学校6 の協力を得て、専門学科 2 学年に在籍する 81 名に対してアン
ケート調査による同時決定的スモールワールド実験を実施した。
実施日 2007 年 7 月 13 日(金)
実験参加者(回答者)茨城県内 A 高等学校 B 学科 2 年次在籍の生徒
人数 81 名(2 クラス)
Killworth(9)、安田 (22) にならい、友人関係ネットワークとその紐帯の強さを尋ねると同時
にメッセージ伝達実験を行った。具体的な実験手順は以下の通りである。Killworth、安田が
行った実験については先述の通りであるが、本研究における一番重要なデータ収集の方法で
もあるので再度ここでも述べる。
1. 実験参加者全員に 1∼81(実験参加者数)までの ID を与え、ID 番号を記載した名簿を
実験参加者に回答用紙として配布する。
回答時間を短くするため、また、データ処理の際に個人の特定を不可能にするようデー
タの匿名化を行うために、全実験参加者に ID 番号を設定する。実験参加者はこの ID 番
号を使用して、知人関係の強さの回答、メッセージ伝達のためのメッセンジャーの指名
を行う。
2. 実際の知人データを、紐帯の強さと合わせ収集する。
名簿中の生徒と知人関係があるかどうか、あるとしたらどれくらいの関係であるかを調
査する。ここでの知人関係の有無や関係の強弱は、実験参加者が名簿に記載された自分
以外の生徒について、以下のような基準で判断する。
a 親しい友人であると考えている。
b 知人だが、親しい場合ではないと考えている。
c 知人ではない場合と考えている
5
具体的に実施している内容は「調査」の色合いが濃いが、先行研究に倣ってここでは「実験」と呼ぶことに
する。
6
プライバシーの観点から具体的な学校名の記述は避ける。
11
(a)、(b) の判断基準は、学校の外でも携帯電話、メールを通じて連絡を取るかどうかで
決定する。学校外でも連絡を取り合っていれば (a)、そうでなければ (b) とする。この質
問によって (a)、または (b) と回答した関係によってできるネットワークを友人関係ネッ
トワークとする。
3. 情報伝達の仕組みを調べるために教室内で、メッセージの仮想伝達実験を行う。
自分以外の実験参加者全員を Milgram のスモールワールド実験における目標人物(ター
ゲット)と考えて仮想のメッセージ伝達実験を行う。仮想であるため、実際にメッセー
ジ伝達は行わない。その代わりに、実際にメッセージを伝達するとしたら誰に送信する
つもりであるか、を尋ねる。上記の質問で (a)、もしくは (b) と回答した相手(以下知
人とする)には直接メッセージを伝達できる。本研究が注目したいのは、ターゲットが
知人ではない場合、つまり (c) と答えた生徒がターゲットとなっている場合である。回
答者が名簿中のターゲットを知人と考えていない場合、この回答者とターゲットは「見
知らぬ二人」ということになる。この二人は何人の知人を介して繋がるかと調べること
が本調査の目的の一つである。ターゲットが知人ではない場合は、実験参加者の中の知
人でターゲットに最も速くメッセージを届けてくれそうな知人をメッセンジャーとして
選択する。この質問によるメッセンジャーとしての選択の関係をメッセージ伝達ネット
ワークとする。
4. 実験参加者の属性について質問する。
実験参加者がどのような属性を持っているのかを調査する。ここでの属性とは、文系・
理系の科目選択の状況、所属する部活動・生徒会活動、日頃重視する人間関係はどこで
築かれているか、などである。これらの項目が友人関係ネットワーク、メッセージ伝達
ネットワークの生成にどのような影響を与えているかを調査する。
5. 実験参加者に当該教室の人間関係の状況と、一般的な人間関係を正しく認知していると
思うかについて 5 段階で自己評価をしてもらう。
実験参加者本人が自分自身の周りの人間関係についてどの程度把握しているかを調査
し、実際に生成されるネットワークをどれくらい認知しているかを調査する。
6. ここまでの質問を 7 月時点、4 月時点について質問する。
友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネットワークの時間的な変化を調べるために、
実験を実施した時期である 7 月時点と 2 学年となった直後の 4 月時点で同様の質問を
行う。
上述の調査を行い、知人関係のデータから友人関係ネットワークを、メッセージ仮想伝達実
験のデータからメッセージ伝達ネットワークを作成し分析する。さらに、時系列の変化を調
べるために 4 月時点と 7 月時点での状況について質問している。なお 2. の質問によって作ら
れる友人関係ネットワークは有向グラフとなる。例えば一方が友人と思っていているにも関
わらず、他方がそう思っていない場合、3. のメッセージ伝達は片方向のみにしか行われない。
12
2.2
大学における実験
同様の実験を大学における授業の履修者に対して実施した。高等学校における実験同様
の基準で友人関係、メッセージ伝達について質問した7 。
実施日 2007 年 11 月 9 日(金)
実験実施校 A 大学で開講される授業 B の受講者
実験参加者 82 名
高等学校での実験同様、知人関係のデータ、メッセージ仮想伝達実験のデータからそれぞれ
友人関係ネットワーク、メッセージ伝達ネットワークを作成し、分析する。
本実験が先行研究である Killworth(9)、安田 (22) と異なるのは、高等学校の時間的変化を質
問している点、所属する集団によってネットワークの違いが比較できるよう高等学校、大学
の2つで実験を行っている点である。
7
大学の授業は受講者が授業によって異なり、また学年、学科の分け隔て無く受講できることから時系列の変
化については調査していない。
13
クラスタ係数
平均距離
密度
4月
0.61
1.52
0.48
7月
0.66
1.46
0.54
ランダム
0.54
1.46
0.54
表 1: 友人関係ネットワークの指標:高校
クラスタ係数
平均距離
密度
実データ
ランダム
0.39
2.89
0.10
0.10
2.35
0.10
表 2: 友人関係ネットワークの指標:大学
結果
3
3.1
友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネットワークの構造的差違
友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネットワークの構造的な違いについて検証する。
その結果、友人関係ネットワークについては高等学校と大学で違いがあったのに対し、メッ
セージ伝達ネットワークについては共通した性質があることがわかった。
まず友人関係ネットワークに関して、ネットワークを評価する指標であるクラスタ係数、平
均距離、密度をそれぞれ調べた。高等学校での結果は表 1 である。なお、ランダムとは 7 月
時点での密度と同じ確率で 2 者間にリンクを張るように設定したランダムネットワークのシ
ミュレーション結果の指標である。これらを比較すると、高等学校のデータ、はランダムネッ
トワークよりもクラスタ係数が高いことがわかる。t 検定を行った結果、7 月時点のデータは
同密度に設定したランダムネットワークよりも有意にクラスタ係数が高いことがわかった(有
意水準は 5%)。これらの結果から、高等学校における友人関係ネットワークはスモールワー
ルドネットワークに近い性質を持つことがわかる。
続いて大学においての実験結果は表 2 の通りである。ランダムは実データと同密度に設定
したランダムネットワークのシミュレーション結果である。高等学校の結果同様 t 検定を行っ
た結果、実データのほうがランダムネットワークよりも平均距離、クラスタ係数は有意に大
きい事がわかった。これはつまり、実データはランダムネットワークよりも 2 者間の距離が
長いが、クラスタの割合もランダムより高いという少し特殊なネットワークであることを示
している。
なお、高等学校、大学の友人関係ネットワークを可視化すると図 5 のようになる。大学の
ネットワークよりも高等学校の友人関係ネットワークのほうが密になっていることがわかる。
14
(a)
(b)
図 5: 友人関係ネットワーク (a) 高等学校 7 月 (b) 大学
1.6
1.4
1.4
1.2
1
0.8
0.8
0.6
0.6
0.4
0.4
0.2
0.2
1.35
(a)
1
frequency
frequency
1.2
1.4
1.45
1.5
1.55
1.6
1.65
1.7
1.75
0
1.35 1.4 1.45 1.5 1.55 1.6 1.65 1.7 1.75 1.8 1.85
1.8
(b)
indegree
indegree
図 6: 入次数の度数分布:高等学校 (a) が 4 月時点、(b) が 7 月時点のデータ横軸が入次数、縦
軸が度数。+は実データ、直線は回帰直線。
友人関係ネットワークの度数分布が、スケールフリーネットワークの大きな特徴の一つであ
るベキ則に従うかどうかを検証するために、入次数の度数分布を調べた。入次数とは自分以外
の実験参加者から友人として選択された回数である。今回の実験では友人関係データの収集時
に (a) もしくは (b) として選択された回数を示す。なお、ベキ分布はその度数分布が y = x−γ
に従う分布をいう。ここでの x は、入次数、y はその頻度である。この式の両辺の対数を取る
と、log y = −γ log x となり、分布の様子を直線で表現する事が可能である。そこで入次数の
分布とその度数の両対数を取り、回帰分析を行う。実データの両対数が回帰直線に当てはま
れば、入次数の実データはベキ分布に従うということである。この場合、回帰直線の傾きは
ベキ指数を表していると考えられる。高等学校の入次数の結果は図 6 である。+で記したのが
実データ、直線が回帰分析によって求めた回帰直線である。回帰分析によるベキ指数、決定
係数を表 3 に記す。これらを見ると、4 月時点、7 月時点共に回帰直線の当てはまりが悪いこ
とがわかる。これでは、高等学校における入次数の分布はベキ分布に従うとは言えない。つ
まり、高等学校の友人関係ネットワークはスモールワールドネットワークに近いが、スケー
15
4月
7月
ベキ指数
決定係数
-0.79
-0.39
0.074
0.017
表 3: 入次数の度数分布のベキ指数と決定係数:高等学校
1.6
1.4
frequency
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9
1 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5
indegree
図 7: 友人関係ネットワークの次数分布:大学 横軸が入次数、縦軸が度数
ルフリーネットワークに近い性質は持たないようであることがわかる。
大学で行った実験結果から同様に入次数の分布を調べたものが図 7 である。また、回帰分
析によるベキ指数、決定係数を表 4 に記す。これらを見ると、回帰直線はよく当てはまって
いることがわかる。そのことは回帰直線の決定係数が高いことからもわかる。つまり、大学
の友人関係ネットワークはスケールフリーネットワークに近いことがわかる。
友人関係ネットワークと比較するために、メッセンジャーに指名された回数についても同
様に度数分布を調べ、回帰分析を行った。高等学校の結果は図 8 である。表 5 は回帰分析に
よるベキ指数、決定係数である。回帰直線は高い決定係数で実データに当てはまっているこ
とがよくわかる。これらの結果は、メッセンジャーに指名される回数の度数分布はベキ分布
に近いこと、つまり、メッセージ伝達ネットワークがスケールフリーネットワークに近い性
質を持っていることを示している。大学で行った実験データによるメッセンジャーに指名さ
れた回数の度数分布は図 9 である。回帰分析によるベキ指数、決定係数は表 6 である。高等
学校でのメッセンジャーに指名された回数同様、回帰直線に高い決定係数で実データが一致
している。大学での実験結果でもメッセンジャーに指名される回数の度数分布はベキ分布に
従う、つまりスケールフリーネットワークに近い性質を持つことがわかる。
ここまでの結果を表にまとめたものが表 7 である。
ベキ指数
決定係数
大学での実験結果
-1.36
0.65
表 4: 入次数の度数分布のベキ指数と決定係数:大学
16
1.8
1.6
1.6
1.4
1.4
1.2
1.2
1
frequency
frequency
(a)
1.8
0.8
0.6
0.4
1
0.8
0.6
0.2
0.4
0
0.2
-0.2
0
-0.4
-0.2
1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5
messenger
1.4
1.6
1.8
(b)
2
2.2
messenger
2.4
2.6
図 8: メッセンジャーに指名された介すの度数分布 (a)4 月時点、(b)7 月時点 横軸がメッセン
ジャーに指名された回数、縦軸が頻度。+が実データ、直線は回帰直線
ベキ指数
決定係数
4月
7月
-2.00
-1.75
0.93
0.96
表 5: メッセンジャーに指名された回数のベキ指数と決定係数:高等学校
2
frequency
1.5
1
0.5
0
-0.5
1.6
1.8
2
2.2
2.4
messenger
2.6
2.8
3
図 9: メッセンジャーに指名された回数の度数分布:大学 横軸がメッセンジャーに指名され
た回数、縦軸が頻度
ベキ指数
決定係数
大学での実験結果
-1.60
0.73
表 6: メッセンジャーに指名された回数のベキ指数と決定係数:大学
友人関係
メッセージ伝達
高等学校 4 月
スモールワールド
スケールフリー
高等学校 7 月
スモールワールド
スケールフリー
大学
スケールフリー
スケールフリー
表 7: 実験結果の特徴
17
図 10: 入次数の時間的変化 横軸は順位ごとのグループ、縦軸は入次数
3.2
ネットワークの時系列変化
友人関係ネットワーク、メッセージ伝達ネットワークのそれぞれは時間の変化によってど
のように変化するのであろうか。それを調べるために、高等学校で実施した実験において収
集した 4 月時点、7 月時点での友人関係のデータ、メッセージ伝達実験のデータを用いて、入
次数とメッセンジャーに指名された回数の時間的変化を調べた。前節でも述べた通り、友人
関係ネットワークは入次に基づくネットワークであり、メッセージ伝達ネットワークはメッ
センジャーに指名される関係をネットワーク化したものである。そのため、入次数の変化は
友人関係ネットワークの変化を、メッセンジャーに指名される回数の変化はメッセージ伝達
ネットワークの変化を意味している。結果、時間が変化しても「ハブ」へのメッセージの集
中は変わらないことがわかった。
まずは入次数の変化について調べた。結果は 12 に示す。グラフの縦軸は入次数もしく
は横軸にその回数の順位ごとに分類したグループを取っている。例えば入次数における上位
20%とは、全実験参加者の中から入次数の多かった者上位 20%のグループを意味している。グ
ラフを見ると、入次数の順位がどのグループでも時間の変化によって増えていることがわか
る。具体的な数値は 10 に示す。これはつまりクラス内の人間関係が密になっていることを示
している。こうした入次数の増加が有意であるかどうかを調べるために t 検定を行った。そ
の結果、下位 20%のグループを除いた全てのグループで有意差が確認された。これらの結果
はつまり、極端に友人数の少ない者、いわば「不人気者」以外は友人が増えていることを示
している。友人が増えているために、ネットワーク指標にも影響を与えている。二者間にリ
ンクが存在する確率を示す密度、完全リンクに対するクラスタの割合を示すクラスタ係数は
増加し、2 者間の距離の平均である平均距離はわずかではあるが、短くなっている。(1) 続いてメッセンジャーに指名された回数の時間的変化を調べた。結果のグラフは図 11 の通り
である。具体的な数値は表 9 に示す8 。縦軸はメッセンジャーに指名された回数、横軸は先ほ
8
これまでの記述で入次数が時間の変化によって増えていることを述べた。そうであればメッセンジャーに指
18
上位 0-20%
上位 21-40%
上位 41-60%
上位 61-80%
上位 81-100%
全体
4月
45.0
39.5
36.1
32.3
25.1
36.1
7月
51.7
45.7
40.7
35.8
27.2
40.6
表 8: 入次数の時間的変化 4 月時点と比べ有意差があったものは太字で示す。有意水準は 5%
図 11: メッセンジャーに指名された回数の時間的変化 横軸は順位ごとのグループ、縦軸は
メッセンジャーに指名された回数
どと同じく順位ごとのグループである。これを見ると、全体としては有意に増加した傾向は
見られていない。さらに上位 20%のグループについても有意差は見られない9 。
3.3
紐帯の強さ
実験によって収集した紐帯の強さが友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネットワー
クの関係にどのような影響を与えているかを考える。友人関係ネットワーク上の紐帯の強さ
を検証するために友人関係ネットワーク上の紐帯の強さと数を調べた。また、メッセージ伝
達ネットワークについてはメッセージ伝達に使用された紐帯の強さと数を調べた。メッセー
ジ伝達に使用された紐帯とは、実験参加者と実験参加者がメッセンジャーとして選択した友
人とを結ぶ紐帯の強さである。これを調べることによってどのような紐帯がメッセージ伝達
名される回数は減るはずである。それにも関わらずメッセンジャーに指名された回数も増えている。これは実験
参加者の記入ミス等によるエラーの影響である
9
上位 21∼80%のグループでは有意差が現れているがエラーのこともあるので何も言えそうにない。
19
4月
82.3
31.8
16.7
10.7
5.1
29.0
上位 0-20%
上位 21-40%
上位 41-60%
上位 61-80%
上位 81-100%
全体
7月
79.6
36.8
21.1
13.2
5.88
31.63
表 9: メッセンジャーに指名された回数の時間的変化
図 12: 友人関係ネットワーク上の紐帯:高等学校
に使われているかを調べることができる。結果、友人関係ネットワークの構造によってメッ
セージ伝達に使用される紐帯の強弱は違い事がわかった。
高等学校での結果は図 12、表 10 の通りである。これらを見ると、友人関係ネットワーク
上の紐帯、メッセージ伝達に使用される紐帯の強弱の比はおよそ 1:4 である。つまりこれは友
人関係ネットワーク上にある強い紐帯と弱い紐帯の割合とメッセージ伝達に使われる強い紐
帯と弱い紐帯の割合は変わらないということがわかる。
大学で実施した実験での結果は図 14、表 12 の通りである。友人関係ネットワーク上の
強い紐帯と弱い紐帯の比は 1:1.6 である。メッセージ伝達に使われた強い紐帯と弱い紐帯の比
は 1:3.8 である。高等学校での結果とは違い、友人関係ネットワーク上の紐帯とメッセージ伝
達に使われる紐帯は比が異なる事がわかる。
強い紐帯
弱い紐帯
合計
4月
528
2212
2740
7月
610
2477
3087
表 10: 友人関係ネットワーク上の紐帯
20
図 13: メッセージ伝達に使用された紐帯:高等学校
強い紐帯
弱い紐帯
合計
4月
528
2212
2740
7月
610
2477
3087
表 11: メッセージ伝達に使用された紐帯:高等学校
図 14: 友人関係ネットワーク上の紐帯:大学
強い紐帯
弱い紐帯
合計
4月
528
2212
2740
7月
610
2477
3087
表 12: 友人関係ネットワーク上の紐帯:大学
21
図 15: メッセージ伝達に使用された紐帯:大学
強い紐帯
弱い紐帯
合計
4月
528
2212
2740
7月
610
2477
3087
表 13: メッセージ伝達に使用された紐帯:大学
4
考察
本研究では、
「友人関係ネットワーク」と「メッセージ伝達ネットワーク」の違いを調べ
るために、Killworth、安田の行った「同時決定的スモールワールド実験」を拡張したものを
実施した。その結果、
「友人関係ネットワーク」と「メッセージ伝達ネットワーク」について
次のような考察を得た。
4.1
友人関係ネットワークと情報伝達の仕組み
高等学校、大学で行った各実験のデータを基に友人関係ネットワークとメッセージ伝達
ネットワークの構造の違いを調べた。友人関係ネットワークについては密度、平均距離、クラ
スタ係数を調べ、道密度のランダムネットワークのシミュレーションと比較した。その結果、
高等学校の友人関係ネットワークはスモールワールドネットワークに近く、大学の友人関係
ネットワークはスケールフリーネットワークに近いことがわかった。高等学校での友人関係
ネットワークがスモールワールドネットワークに近いのは、高等学校ではクラスを基準とし
た集団で行動を取ることが多く、クラスメート間のコミュニケーションが活発なことからグ
ループなどが出来やすいことが理由であると考えられる。グループが出来やすいためにクラ
スタ化されたネットワークが構築されるものと考えられる。それに対し、大学での友人関係
ネットワークがスケールフリーネットワークに近い性質を持つのは、大学がクラスという仕
組みはなく、一つの授業に対する履修者が所属する学科がバラバラで、学年も異なるためコ
22
ミュニケーションの機会が少ないことが理由であると考えられる。コミュニケーションの機
会そのものが少ないためにコミュニケーションを取る人間が固定されてしまい、特定の者が
多くの友人を持つことになり、ネットワークがスケールフリーネットワークに近い性質をも
つのである考えられる。大学においても授業内でグループワークなどのコミュニケーション
を必要とする活動を行えば友人関係ネットワークも密になることが考えられる。高等学校の
友人関係ネットワークがスモールワールネットワークに近く、大学の友人関係ネットワーク
がスケールフリーネットワークに近いことは続いて行った、入次数とメッセンジャーに指名
された回数の度数分布を調べた結果からもわかった。
しかし、メッセンジャーに指名された回数とその度数分布を調べ、メッセージ伝達ネッ
トワークの構造を調べたところ、メッセージ伝達ネットワークはその友人関係ネットワーク
に関わらずに関わらず次数の分布がベキ則に従うネットワークを持つがわかった。これは友
人関係に関わらず、メッセージは特定のノードに集中することを意味する。つまり、友人関
係ネットワークの構造にかかわらず、メッセージが集中する「ハブ」が存在することを意味
している。原因としては、友人を「友人である」と認識しているが、その友人の持つ「友人
関係」を認知できないことを示している。メッセージ伝達ネットワークについてさらに検証
すると、高等学校、大学ともに次数分布がベキ分布に従うことがわかった。これらの結果を
考察すると、友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネットワークの構造は質的に異なるこ
とがわかる。友人関係ネットワークの状況の関係なく、メッセージ伝達ネットワークの構造
は決まり、メッセージが友人関係ネットワークよりも集中しやすい。
4.2
メッセージ伝達の時間的変化について
友人関係ネットワークとメッセージ伝達ネットワークの時間的変化を調べるために入次
数とメッセンジャーに指名された回数を調べた。その結果、実験参加者全体において入次数
は有意に増加しているのに対し、メッセンジャーに指名された回数には有意差が見られない
ことわかった。特に多くメッセージを集めた上位 20%のグループについては減っていること
がわかった。
これらの結果から、時間の変化によって友人は増えているが、情報の集中の度合いは変化
していないことが考察される。つまり、メッセージの集中する人、つまり「ハブ」に集中す
るメッセージの量は友人関係ネットワークの時間的な変化に左右されないということである。
集中するメッセージの量が変化しないということは、伝達するメッセージの量も変化しない
ということにもなる。
4.3
メッセージ伝達に使用される紐帯
友人関係ネットワーク上の紐帯の強さとメッセージ伝達に使用された紐帯の強さの数を
調べ友人関係ネットワークがメッセージ伝達に与える影響を調べた。その結果、高等学校に
おいては友人関係ネットワーク上の紐帯の強弱の比と、実際のメッセージ伝達に使われる紐
23
帯の強弱の比は変わらないのに対し、大学においては友人関係ネットワーク上の紐帯の比と
実際のメッセージ伝達に使用される紐帯の強弱の比は異なることがわかった。つまり、高等
学校では友人関係ネットワーク上の紐帯の強弱の比と実際にメッセージ伝達に使われた紐帯
の強弱の比がほぼ同じだったのに対し、大学では弱い紐帯が、友人関係ネットワーク上より
も実際のメッセージ伝達でより多い割合で使われていたことがわかった。
これは、高等学校ではクラス単位で生活を共にしているために、ネットワークが密になり
やすいことが影響していると考えられる。友人関係ネットワークが密度が高く、クラスタ係
数も高いネットワークであるために、親しい友人を通してメッセージ伝達を行った方が確実
にメッセージを伝達させることが出来ると考えられる。これは親しい友人の持つ友人関係ネッ
トワークをよく把握していることが影響していると考えられる。
それに対して大学の友人関係ネットワークは密度も小さくクラスタ係数も低いため、比較
的疎なネットワークと言える。そのために弱い紐帯で結ばれた友人の持つ友人関係を頼りに
して、どのような友人関係を持つかわからない弱い紐帯で結ばれた友人にメッセージを託し
ているものと考えられる。このような現象は、Granovetter(5) が述べている「弱い紐帯」の力
との関連も興味深い。つまり、強い紐帯で結ばれた友人の持つ友人関係ネットワークは良く
把握できているが、逆に弱い紐帯で結ばれた友人の友人関係ネットワークは良く把握できて
いないのでその「良く把握」できていいないことを頼りにしてメッセージの伝達が行われて
いることが考えられる。
24
5 Future works
本研究を終えて今後の課題として、いくつかの課題が残った。ここではそれらについて
考える。
5.1
実験手順について
本研究で行った実験は全員からほぼ完全なデータを集めることが重要である。しかし、今
回実施した実験の手順では実験参加者が多くの項目に回答する必要があったため記入ミス等
によるエラーが多く発生した。今後同様の実験を行う際には記入内容の検討など、出来る限
り完全なデータを集めるための実験手順・質問内容の工夫が必要となる。
5.2
メッセージ伝達ネットワークについて
本研究ではメッセージ伝達ネットワークについてはメッセンジャーに指名された回数の
度数分布を調べた結果、ベキ分布に従い、スケールフリーネットワークに近い性質をもつこ
とがわかった。しかし、ネットワークであるため、友人関係ネットワークと同様に密度、平均
距離、クラスタ係数などのネットワーク指標を持つはずである。それらについて検証し、同
密度のランダムネットワークと比較するなどしてメッセージ伝達ネットワークのその他の特
徴についても検証が可能であり、今後検証する必要がある。
5.3
情報の質について
本実験では高等学校、大学での実験を通して「メッセージ」を伝達するとし、メッセー
ジの内容を具体的に決めてはいなかった。
大学内での実験においてどのような情報を想定したかについてコメントを求めたところ、多
くの回答に「授業の情報」をあげていた。これは見知らぬ人への情報伝達を目的することが
影響していると考えられる。
しかし、実際には情報はその質によって伝達の様子が異なる。例えば噂などは、多くの人
に知られることが目的となる。それに対し、プライベートな情報はあまり多くの人に触れら
れることが望まれない。こうした情報の質に違いがあるときに、メッセージ伝達ネットワー
クにどのような振る舞いが見られるかを検証する必要がある。
5.4
シミュレーションモデルについて
出次数とメッセンジャーに指名された回数、入次数とメッセンジャーに指名された回数
に正の相関が見られたということは多くの者から友人として認知されている者に多くのメッ
セージが集中していることである。これは、メッセージを伝達する際、
「誰に送ればいいかわ
からないが、知り合いの多そうな人に届けておこう」という意図が反映されていると考えら
25
れる。この考えがどの程度合理的なのかを検証するためにシミュレーションモデルによる分
析が考えられる。これについては現在モデルの作成を行っている。
26
謝辞
本研究は「社会ネットワーク」という人間関係を扱うものでしたが、多くの方々との「関
係」によって行う事ができました。指導教官の秋山英三准教授には研究について貴重なご指
導、ご助言を数多くいただきました。また、秋山研究室のみなさまにはセミナーを初めとす
る研究室の活動を通して有用なコメントをいただきました。
また、高等学校の担当教諭、生徒の皆さんには突然のお願いにも関わらず快く実験の実施
を了承いただきました。手間のかかる実験にもかかわらずご協力をいただき、実験にも積極
的に取り組んでくださいました。ありがとうございました。
大学での実験のおける参加者の皆さんには手間のかかる実験にも関わらず快くご協力して
いただきました。この場を借りて深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。
27
図 16: 高等学校でのメッセージ伝達 横軸はメッセージ到達までの Step 数、縦軸は度数
1step
2steps
3steps
4steps
5steps
行き止まり等のエラー
4月
2740
1808
285
25
2
830
7月
3087
2056
273
30
6
241
表 14: 高等学校でのメッセージ伝達
A
メッセージ伝達実験の結果
「同時決定的スモールワールド実験」は本来見知らぬ 2 者間を間に何人介在させることに
よって結ぶことができるかを調査する実験である。ここでは今回高等学校、大学行った実験
の結果について述べる。 まず高等学校の結果は図 16 である。具体的な数値は、表 14 で
ある。 Steps とはメッセージが目標人物に到達するまでに行われたメッセージの転送の回数を
示す。例えば 1Step であれば目標人物にメッセージが到達するまで転送は一回、つまり目標人
物に直接メッセージが到達したこととなり、2Steps の場合は目標人物にメッセージが到達さ
れるまでにメッセージの転送が 2 回、つまり 1 人を仲介して目標人物にメッセージが届いた
事になる。
高等学校におけるメッセージ伝達での平均 Steps 数は 4 月時点で 1.52Steps、7 月時点で
1.50Steps とあまり変化していない。これは 4 月の段階で友人関係ネットワークが密に完成し
ており、すでに短い距離でメッセージの到達が可能になっていたことが影響していると考え
られる。
また、大学で行った実験の結果は図 17、表 15 に示す。 大学の友人関係ネットワークは高
等学校の友人関係ネットワークよりも疎であることもあってメッセージ伝達の平均 Steps 数も
長く、3.27Steps 要しており、さらに行き止まりとなり目標人物に到達しなかったメッセージ
28
図 17: 大学でのメッセージ伝達 横軸はメッセージ到達までの Step 数、縦軸は度数
1step
2steps
3steps
4steps
5steps
6steps
7steps
8steps
行き止まり等のエラー
642
701
404
172
80
28
7
1
2036
表 15: 大学でのメッセージ伝達
29
も多い。
これらの結果をまとめると友人関係ネットワークの構造の違いによってメッセージ伝達の
成否に違いが出てくることが考えられる。
30
B
実験で行ったアンケート
ここでは「同時決定的スモールワールド実験」で行った具体的なアンケートの内容につ
いて説明する。以下に実際に高等学校で行ったアンケートを掲載する。
31
32
33
34
参考文献
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ワーク生態学シンポジウム講演論文集.
36
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