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鉄筋コンクリートの電位分布

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鉄筋コンクリートの電位分布
鉄筋コンクリートの電位分布
小林
保*
概要:鉄筋コンクリートの鉄筋の腐食について,電気が関係していることが知られている。鉄筋コンクリートの供
試体について,自然電位を測定した直後に破壊して鉄筋の腐食の状況を観察した多くの事例の蓄積から「腐食部の
直近のコンクリート表面に押し当てた銅硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電位は健全部の直近のコンクリート表面
に押し当てた銅硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電位より低い。」の事実が実証されたと認められる。この事実の
「腐食部の直近のコンクリート表面に押し当てた銅硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電位」を「腐食部の鉄筋電
位」に言い換え,「健全部の直近のコンクリート表面に押し当てた銅硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電位」を
「健全部の鉄筋電位」に言い換えて「腐食部の鉄筋電位は健全部の鉄筋電位より低い。」の仮説を導くことは合理
的な推論ではない。この仮説は実証されたとは認められない。外部電源方式の電気防食について,多くの施工実績
から「防食対象の鉄筋に外部電源の-極を接続し,犠牲材に+極を接続すれば,鉄筋の腐食が遅延する。」の事実
が実証されたと認められる。この事実と論理矛盾を招くので,前述の仮説は工学的に正しくない。
キーワード:鉄筋コンクリート,鉄筋腐食,鉄筋電位,自然電位,電位分布,電気防食
食状況を測定するものである。」と記述されている。こ
1.はじめに
の記述は2つの部分に分けて理解することができる。卑
経済の低成長の時代になって,既存の土木構造物を維
側も-側も負の電荷も,電位差計で測定する限りは電位
持管理しながら,長期間にわたって供用することの重要
が低いことを意味し,腐食部の鉄筋電位が低ければ相対
性が高まっている。コンクリート工学協会が「コンクリ
的に健全部の鉄筋電位は高いから,この記述の前半は
ート診断士」の制度を運用することは,コンクリート構
(仮説1)と同義である。
造物の維持管理のために望ましい。受験勉強や登録更新
(仮説1---検討対象)
講習の活動を通じて,コンクリート構造物の維持管理の
腐食部の鉄筋電位は健全部の鉄筋電位より低い。
ための技術知識が普及する。筆者もコンクリート診断士
自然電位法がこの負の電荷を検出するとすれば,自然電
1)
の資格を取得した。「コンクリートの診断技術」 を教科
位の測定結果が(仮説1)の腐食部の低い電位を表示する
書に用いて受験勉強した。
から、この記述の後半は(仮説2)と同義である。
鉄筋コンクリートの鉄筋の腐食について,電気が関係
していることが知られている。腐食部からコンクリート
の中を健全部に向かって電気が流れ,健全部から鉄筋の
(仮説2---検討対象)
自然電位の測定結果から合理的な推論によって(仮
説1)が導かれる。
中を腐食部に向かって電気が流れている。電気の流れに
(仮説1)と(仮説2)は未だ実証されておらず,検討すべ
伴って鉄筋の腐食が進行する。電位分布と鉄筋腐食に関
き仮説である。
連して,コンクリートの診断士が心得ておくべき技術知
(仮説1)はコンクリート診断士試験にも出題されてお
り,電位分布と鉄筋腐食に関する基本的な認識となって
識について意見を述べる。
いる。受験参考書2)からの引用であるが,2003年度の[問
2.検討対象の仮説
題40]である。図-1の[問題40]の概念図については,断
電位分布と鉄筋腐食について,「コンクリートの診断
面修復後の図を省略して引用し,選択肢の(3)と(4)を省
技術」の161頁の左段14行目から「鉄筋が腐食している
略して引用してある。問題文中に「鉄筋の電位分布」と
アノード部の電位は卑側(-側)に変化することが多い。
記述されており,図-1の選択肢の図の縦軸の「電位」は
自然電位法はこの負の電荷を検出するもので,腐食状況
鉄筋の電位と理解され,図-1の選択肢の図の横軸の「位
に応じて変動する電位を測定することにより,鉄筋の腐
置」は断面図の鉄筋に沿う座標と理解される。省略した
* ダイヤコンサルタント(株)
工修(正会員)〒101-0032
東京都千代田区岩本町1-7-4
- 1 -
G
F
[問題40]
+ 電位
差計
塩害による局部的な鉄筋の腐食でかぶりコンクリ
(CSE)
-
D
(腐食部)
ートに浮きが生じた個所を図のように断面修復する
E
(健全部)
場合,断面修復前後の鉄筋の電位分布を表した(1)~
鉄筋
(4)の概念図のうち,適当なものはどれか。
A
B
C
(図-1の概念図が添えられている)
断面修復前
コンクリート
( 縦 断 図)
図-2
自然電位の測定
コンクリート
電極の位置をGとすると,銅硫酸銅電極Gを基準点として
測定する。電位差計の接続を考えると「点Fに対する点
Cの電位」,「点Gに対する点Cの電位」が測定される。
鉄筋
腐食
生成物
「コンクリートの診断技術」の162頁の表3.9.5-2によ
れば,自然電位の測定値が-350mV以下の時,鉄筋腐食の
浮き
可能性が高く,-200mV以上の時,鉄筋腐食の可能性が低
く,-350mV以上-200mV以下の時,判断が不確定である
と記述されている。図-2についてみれば,「点Fに対する
(+)
点Cの電位」が-350mV以下,「点Gに対する点Cの電位」が
-200mV以上の時,点Fの直近の部分Aが腐食し,点Gの直
(1)
近の部分Bが健全であることを意味しており,(図-2仮説
位置
3)のように記述される。
(+)
(図-2仮説3)
点Fに対する点Cの電位は点Gに対する点Cの電位よ
(2)
り低い。
実際は,自然電位の測定の時点では鉄筋の腐食の状態は
位置
わからないので,自然電位の測定の後に供試体を破壊す
図-1 [ 問 題40] の概 念 図
(断 面 修復 後 と選 択 肢(3),(4) を省 略)
ると,点A付近が腐食しており,点B付近が健全であるこ
とが観察される。(図-2仮説3)は多くの測定や観察の蓄
断面修復後の図も併せ考えて解答するのであるが,引用
積に基づいており,工学的に実証されていると認められ
した選択肢だけについて考えると,腐食部分の電位が低
る。図-2から離れて一般化して(図-2仮説3)を文章化す
い選択肢の(2)が正解であると推察される。(仮説1)を
ると(仮説3)が得られる。
記憶していれば正解が得られる。コンクリート診断士の
(仮説3---実証済)
制度は[問題40]を出題することにより,(仮説1)を基本
腐食部の直近のコンクリート表面に押し当てた銅
的な認識として技術者に覚え込ませることを意図してい
硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電位は健全部の直
ると思われる。しかし筆者は,(仮説1)は未だ実証され
近のコンクリート表面に押し当てた銅硫酸銅電極に
ておらず,検討対象であると考えている。
対する鉄筋露出部の電位より低い。
図-2で点Cはコンクリートの外に露出した鉄筋の部分で
ある。
3.実証された事実
3)
自然電位の測定については土木学会規準 に定められて
いる。図-2のような鉄筋コンクリート供試体を考える。
4.杜撰な言い換え
電位差計の+端子を鉄筋の点Cに接続する。コンクリー
自然電位の測定結果が(仮説3)であるから,(仮説
ト表面の点Dに銅硫酸銅電極Fを押し当て,電位差計の-
2)は(仮説4)のように言い換えることができ,(仮説
端子を銅硫酸銅電極Fに接続する。電位差計の-端子に
4)も検討対象である。
接続された点Fが電位測定の基準点である。銅硫酸銅電
(仮説4---検討対象)
極を略号CSEで表示する。銅硫酸銅電極を動かして,コ
ンクリート表面の点Eに押し当てる。この時の銅硫酸銅
(仮説3)から合理的な推論によって(仮説1)が導
かれる。
- 2 -
(仮説1)を図-2についてみれば,点Aが腐食部,点Bが健
-3に示す。コンクリートに鉄筋が埋め込まれており,点
全であるとして (図-2仮説1)が得られる。
(図-2仮説1)
L
犠牲 鉄 材
K
点Aの電位は点Bの電位より低い。
(仮説4)を検討するために,(図-2仮説3)と(図-2仮説
電池
1)を比べると,「点Fに対する点Cの電位」を「点Aの電
位」に言い換え,「点Gに対する点Cの電位」を「点Bの電
(腐食部)
位」に言い換えている。確かに点Fと点Aは近接し,点G
鉄筋 A
(健全部)
B
C
と点Bは近接しているが,それだけの理由でこの言い換
えを行うのは杜撰である。
コン ク リー ト
(図-2仮説3)と(図-2仮説1)における電位の表現方法
が異なっていることに注意する。(図-2仮説3)は「点F
に対する点Cの電位」と測定基準点Fと測定目的点Cの2点
図-3
外 部電 源 方式 の 電気 防 食の 誤 配線
を指定するのに対し,(図-2仮説1)は「点Aの電位」と
Cはコンクリート外部に出ている。部分Aが腐食部で部分
1点だけを指定する。電位差計は2点に接続して2点間の
Bが健全部とする。電気防食を施して部分Aの腐食の進行
電位差を測定するので,1点だけを指定した電位は意味
を遅延させることを試みる。点線で示すように,力学的
が不明確である。(図-2仮説1)を2点を指定した電位の
に必要のないコンクリートを打ち足して犠牲鉄材を埋め
表現にすれば理解し易い。図-2において点Fに対する点
込み,点Kをコンクリート外部に出しておく。(仮説1)
Cの電位は-350mV以下であるから,点Fに対する点Cの電
に従うと,腐食部の点Aの電位は健全部の点Bの電位より
位は負である。このとき,点Cの電位は点Fの電位より低
低い。電気防食により,点Aの電位を高くするために点
い,と記述する場合もある。「点Fに対する点Cの電位は
Cを電池の+極に接続し,点Kを電池の-極に接続する。
負である。」と「点Cの電位は点Fの電位より低い。」は同
電池の起電力により鉄筋の電位が犠牲鉄材の電位より高
義である。この表現を(図-2仮説1) に適用すれば,
く保たれるから,部分Aの電位は部分Lの電位より高くな
(図-2仮説5)が得られる。
り,部分Lの腐食が進行し,部分Aの腐食は遅延する。し
(図-2仮説5)
点Bに対する点Aの電位は負である。
かし,図-3の設計は誤配線である。実証されていない
(仮説1)を用いたことが誤配線の原因である。
(図-2仮説5)は測定基準点Bと測定目的点Aの2点が指定
電気防食については,「コンクリートの診断技術」の
され,電位の意味が明確である。(図-2仮説3)が(図-2
250頁の左段17行目から説明がある。多くの施工実績に
仮説5)を意味するとは思えない。
基づいて(図-3仮説6)が実証されたと認められる。
技術用語の「電位」の普通の用い方においては,「点
Bに対する点Aの電位は負である。」と「点Aの電位は点B
の電位より低い。」は同義である。これ以外の用語の用
い方を普通はしないが,仮に「点Aの電位」が省略した
(図-3仮説6)
点Cを電池の-極に接続し,点Kを+極に接続すれ
ば点Aの腐食が遅延する。
電池の+と-の向きを図-3と反対にするのが正しい設計
表現だとしても,「点Fに対する点Cの電位」は「点Cの電
である。図-3から離れて一般化して(図-3仮説6)を文章
位」または「点Fの電位」となるべきであり,「点Aの電
化すると(仮説6)が得られる。
位」にはならない。「点Fに対する点Cの電位」を「点Aの
電位」と言い換えて(図-2仮説3)から(図-2仮説1)を導
く推論は合理的とは言えない。(仮説4)が成り立たない。
(仮説6---実証済)
防食対象の鉄筋に外部電源の-極を接続し,犠牲
材に+極を接続すれば,鉄筋の腐食が遅延する。
(仮説3)は実証された事実と認められるけれども,(仮
図-3の設計は電気防食が機能しないだけでなく,鉄筋の
説1)は成り立つとは未だ認められない。「コンクリート
腐食を促進させるので,危険である。初級の技術者が中
の診断技術」やコンクリート診断士試験の出題が(仮説
途半端に勉強し,(仮説1)を適用して図-3の電気防食を
1)を実証済みの事実であるかのように取り扱っている
設計するかもしれない。初級の技術者が現場で施工する
のは正しくないと思われる。
ときに,正しい設計の電気防食を(仮説1)を適用して危
険な図-3の設計に修正してしまうかもしれない。知識が
5.電気防食の誤配線の懸念
なければ設計通りに施工するのに,中途半端に勉強した
(仮説1)を実証済みの事実であるかのように取り扱う
ために,善意から危険な修正をして施工する懸念を指摘
と,電気防食の設計において誤配線の危険があるので注
意が必要である。外部電源方式の電気防食の模式図を図
しておきたい。
コンクリート診断士の制度の運用により,(仮説1)を
基本的な認識として技術者に覚え込ませることは危険で
- 3 -
ある。当面は,実証されていない(仮説1)ではなく,実
硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電位」を「腐食部の鉄
証されている(仮説3)を覚え込ませるべきである。コン
筋電位」に言い換え,「健全部の直近のコンクリート表
クリート診断士試験の2003年度の[問題40]については,
面に押し当てた銅硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電
問題文中の「鉄筋の電位分布」の表現を避け,「コンク
位」を「健全部の鉄筋電位」に言い換えて「腐食部の鉄
リート表面に押し当てた銅硫酸銅電極に対する鉄筋露出
筋電位は健全部の鉄筋電位より低い。」の仮説を導くこ
部の電位」とし,図-1の選択肢の図の横軸の「位置」は
とは合理的な推論ではない。この仮説は実証されたとは
断面図のコンクリート表面に沿う座標と理解され,鉄筋
認められない。外部電源方式の電気防食について,多く
に沿う座標と誤解されないように工夫すべきである。
の施工実績から「防食対象の鉄筋に外部電源の-極を接
続し,犠牲材に+極を接続すれば,鉄筋の腐食が遅延す
6.おわりに
る。」の事実が実証されたと認められる。この事実と論
鉄筋コンクリートの鉄筋の腐食について,電気が関係
理矛盾を招くので,前述の仮説は工学的に正しくない。
していることが知られている。鉄筋コンクリートの供試
体について,自然電位を測定した直後に破壊して鉄筋の
参考文献
腐食の状況を観察した多くの事例の蓄積から「腐食部の
1)
する鉄筋露出部の電位は健全部の直近のコンクリート表
2)
辻幸和・安藤哲也・地頭薗博・十河茂幸,コンクリート診断士試験完
3)
(社)土木学会,コンクリート標準示方書[規準編]土木学会規準お
全攻略問題集 2004年版,セメントジャーナル社,2004年4月5日。
面に押し当てた銅硫酸銅電極に対する鉄筋露出部の電位
より低い。」の事実が実証されたと認められる。この事
(社)日本コンクリート工学協会,コンクリート診断技術2004基礎
編,(社)日本コンクリート工学協会,2004年1月30日。
直近のコンクリート表面に押し当てた銅硫酸銅電極に対
実の「腐食部の直近のコンクリート表面に押し当てた銅
よび関連規準,(社)土木学会,2005年3月。
Distribution of electric potential in reinforced concrete
By Kobayasi tamotu
掲載巻号
Synopsis:It is known that steel corrosion of reinforced concrete has relationship to electricity. From many examples of
measuring self potential of reinforced concrete and observing corrosion of reinforcement after specimens are destroyed,
many engineers accept the fact that the potential of the exposed part of reinforcement to the copper sulfate electrode laid
on the concrete surface nearest to corroded part of reinforcement is lower than the potential of the exposed part of
reinforcement to the copper sulfate electrode laid on the concrete surface nearest to sound part of reinforcement. From this
fact, we get a hypothesis that the potential of corroded part of reinforcement is lower than the potential of sound part of
reinforcement, by replacing the potencial of exposed part of reinforcement to the copper sulfate electrode laid on the
concrete surface nearest to corroded part of reinforcement with the potential of corroded part of reinforcement, and by
replacing the potencial of exposed part of reinforcement to the copper sulfate electrode laid on the concrete surface nearest
to sound part of the reinforcement with the potencial of sound part of reinforcement. But this argumentation is not
rational. From many experiences of applying electric protection, many engineers accept the fact that connecting minus
terminal of a cell with protected reinforcement, and connecting plus terminal of a cell with sacrificial material, achieves
delay of corrosion of reinforcement. As this fact and the hypothesis described above is contradictory, the hypothesis is not
correct.
key words:reinforced concrete, corrosion of reinforcement, potential of reinforcement, self potential,
distribution of potentials, electric protection
- 4 -
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