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現代の公共的意思決定における不連続化・分権化

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現代の公共的意思決定における不連続化・分権化
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現代の公共的意思決定における不連続化・分権化
現代の公共的意思決定における不連続化・分権化
福 田 弘
FUKUDA Hiroshi
はじめに
環境破壊,犯罪,高齢者福祉,財政破綻など,現代社会は様々な公共問題に直面しているが,
それらに対応するためには,自立支援も含めた「個の自立」とともに,集合的な対応が求めら
れる。しかし,社会の成員に対して広く影響を与える集合的な意思決定,すなわち公共的意思
決定において,意思決定およびそのエンフォースの基礎となる「公共性」(1) が適切に認識され,
有効に実現されているとは言い難いのが現状であろう。
本稿では,現代社会における公共的意思決定の有効な機能を阻害するものとして,
「フリー
ライダー問題」に注目し,それへの対応を公共的意思決定の「不連続化」と「分権化」をキー
ワードとして考察する。
1.変容する現代の公共性
現代の社会経済は,産業の発展,市場のグローバル化,都市化の進展等によって,その規模
が拡大し,複雑化している。その結果生じているのは,①社会の多数の成員に影響を与える公
共的な問題に対して,具体的なイメージを持つことが困難になっている,②私的な活動が社会
全体に影響を与えるようになっている,③公共的意思決定および執行主体が機能分化している,
という現象である。・アーレント,
・ハーバーマス,・セネットらが指摘しているような
(市民的)公共圏の解体がそれらに先行して生じていることとあわせて,以上のことは多くの
論者が一致して認めることであろう(アレント[1994],ハーバーマス[1994],セネット[1990])。
①については,いまや「民族の統一」はもちろんのこと,
「経済成長」「福祉国家の建設」な
どすらも具体的な公共問題として認識されることはなくなっており,自明のことであろう。
また②についてであるが,成員相互の連関も多面的になり,流動性も高まった社会経済にお
いては,公共問題は多様な局面で多様な性格を持って発生している。経済活動はグローバル市
場や企業組織を通じて広範囲に組織化され,テクノロジーも高度化・巨大化しているため,私
的な行為による外部性の発生も把握しにくくなっている。例えば,日常の消費生活が地球環境
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に影響を与えるなど,従来は考えられなかったことであろう(2)。その結果,思いもかけず広範
囲かつ深刻な社会的リスクが顕在化する可能性も増大したのである(ベック[1998])。
さらに③であるが,現代では公共的意思決定やその執行における機能分化が進行している。
しかし,多元化・専門化した集団,組織,個人それぞれが,補完的あるいは相互抑制的な関係
にあるというよりは,私的利益の追求のために行動している。その結果,宮本[1999]が指摘
するように,公共性の目的の下に市民の権利が政府によって不当に侵害され,公共性を標榜す
る者同士がその正当性をめぐって争うという事態も生じるようになったのである。例えば,現
在の日本において「公共事業」という言葉は,むしろ事業の公共性に対する疑念を示し,単な
る「省庁所管(利権)事業」を意味する言葉として用いられているほどである。
また,そのように巨大化し専門化された決定・執行過程から疎外された市民には,公共性が
自ら参加・決定するものというよりは,道路,空港,福祉サービスなどのように受動的に提供
され,消費する具体的な財やサービスとして認識されるようになっている。
2.フリーライダー問題の深刻化
①公共的意思決定に関わる情報コストの増大
社会が比較的小さく,成員の同質性が高い場合には,私的ニーズとは無関係に公共的意思決
定の場を設定できるかもしれない(この場合,私的利害の衝突の多くが共同体によって処理さ
れ,公共的意思決定の領域が限定・純化されることも期待できる)。したがって,公共的意思
決定に要する情報コストは,せいぜい討議の過程で参加者に共有され得る発言者の意見程度の
情報処理に関るものであり,比較的小さかったであろう。しかし,先述したような状況下での
現代の公共的意思決定においては,多様な問題に関して詳細な意思決定をするために,成員の
ニーズや社会関係に関する情報を大量に収集・処理しなければならない。公共問題の複雑化・
多様化が進展するにつれて,その決定および執行において必要となる情報は増大するのである。
同時に,執行過程における情報コストも増大している。公共的な意思決定がなされても,そ
の決定が成員へ低コストでエンフォースされるとは限らない。成員全てが意思決定に対して有
効に参画しているわけではないので,決定が誤って理解(故意に曲解)されたり,決定が誘引
両立性(
)を欠いている場合には事後的に逸脱行為が生じたりするのであ
る。決定の変更が求められる場合も多くなる。このような行動は,成員の数が多いほど発生し
やすくなり,決定が複雑なほど行動の余地が拡大する。この問題に対する一つの解決策は,広
範な裁量権と強制執行権を持つ主体を設置し,このような行動を抑止するというものであるが,
現代の民主主義社会では到底容認できるものではない。また,そのような主体も私的意図から
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現代の公共的意思決定における不連続化・分権化
自由であり得ず,むしろ公共性を破壊する傾向にあることは歴史が示すところでもあろう。
②フリーライダー問題
公共性が,公共的意思決定としてではなく,公共財の提供ということとして認識されるよう
になると,社会の成員は通常の財・サービスに対する消費者と同様に,より少ない負担でより
多くを獲得しようとして行動する。すなわち,公共経済学で一般的に指摘されているように,
公共財に対する需要および負担感(税や公共料金に対する不満)が過大に表明されることにな
るのである。そうすることによって他者の負担にフリーライドできるかもしれないし,逆にそ
うしないことによって他者にフリーライドされる恐れがあるからである。このような行動を成
員の多くがとることによって,公共財は最適に供給されなくなるのである。
この種の戦略的行動以外にも,公共財の効用や費用に関する情報を成員が十分に知らない場
合には,最適水準の達成は不可能になる。この場合,通常供給者の側に情報が偏在しており,
公共財の効用や費用に関する情報は正しく伝達されなくなってしまうため,効用の大きさ,す
なわち社会的意義が過度に強調されるからである。しかも,現実には受益者と異なって供給者
に経済的・政治的利益が集中していることが多く,したがって情報収集への資源投入も大きい
ため,さらにこの種の偏在が深刻化する恐れもある。
また,公共的意思決定の過程においてもフリーライダーは生じる。オルソン[1983]が指摘
するように,他の意思決定参加者の活動に対するフリーライドが可能だからである。公共問題
について自らの利害を決定過程に反映させることには,通常無視できないコストを要する。公
職選挙の投票をする程度ならそれほどのコストを要しないだろう(日本での低投票率を考える
と,この程度のコストですら負担されてはいない)。しかし,公職への立候補,メディアへの
投書や討論参加,政党や市民団体など公共的意思決定において影響力を期待できる組織や運動
への参加・支援などに関わるコストは大きい。伝達チャネルの増大も戦略的行動の余地を拡大
するだけで,必ずしも伝達コストの低減につながらない。このような場合,公共的意思決定自
体は成員に無差別な影響を与えるため,他者の公共活動コストの負担にフリーライドすること
によって利益を得ることができるのである。その結果,フリーライドが少数の政治力を独占す
るグループを生み,長期的には利益を損ねてしまうのである(このように考えると,公共性の
喪失が,よく指摘されるような単純な権利主張の過剰という問題でないことがわかる)。
さらに,大気や海洋に代表されるように,消費の排除(アクセス規制)が技術的に困難であ
り,一方で消費の競合性がある場合には,
「コモンズの悲劇」と呼ばれる現象が生じる(
[1968])。すなわち,過大な消費による再生困難な資源の枯渇(大気の場合には汚染物質の排
気による清浄な空気の枯渇,海洋の場合には汚染とともに水産資源の乱獲など)が生じてしま
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うのである。このような問題が深刻化するのは,経済活動の規模が資源規模に相対して大きく
なり(競合性が発生し),その外部性が明瞭になることによっている(いまや宇宙空間におけ
る静止衛星軌道までもがこのような状況になっている)。
3.社会経済の複雑化への対応: 公共的意思決定の不連続化
①グローブズ・メカニズム
ここで,比較的単純な状況を想定しながら,先述したフリーライダーの問題の解決策につい
て考えてみよう。まず,公共財に対する選好(ある供給量に対応した負担用意額)の真実表明
がなされるという前提の下では,全員一致によって最適な供給量・負担額が得られるという結
果が理論的には導ける(3)。しかし,現実には個人の表明の真実性を検証することは不可能であ
り,成員の虚偽の選好表明という戦略的行動を招いてしまう。すなわち,負担用意額の過小申
告を通じて,他者にフリーライドしようとするインセンティブが与えられるのである。
このような戦略的行動を防ぐためには,戦略的行動によって得られる利益をなくしてしまう
ことが考えられる。フリーライダーの利益の源泉は,個人の申告額の減少が全体の供給量の減
少に完全には反映しないことにある。したがって,申告額の減少が供給量の減少に少なくとも
同程度の影響を与える,最も極端な場合として,申告額の減少が供給量の劇的な減少を招く状
態をつくればよいのである。
このような考え方に基づくシステムが,グローブズ・メカニズムである(
[1971],
[1973])。最も単純な形で示されるグローブズ・メカニズムは,公共プロジェクトに対する個
人評価額(個人的に負担してもよいと考える額)を表明させ,その総計がプロジェクト実行予
算を上回るかぎりにおいて,当該プロジェクトを実行するというものである。さらに,実際の
負担額は自分の評価額ではなく,プロジェクト実行予算から当該個人以外の評価額の総計を引
いた額とされる(4)。この場合,各人は虚偽の表明をするインセンティブを失う。なぜなら,
偽って過小に表明すればプロジェクトが実行されないかもしれず,過大に表明することで必ず
しも望ましくないプロジェクトを実現してもなんら意味がないからである(
「正直な申告」は
「虚偽の申告」を支配している)
。つまり,各個人がプロジェクトの是非に関して決定的な存
在(
)となるのである。したがって,真実の負担意思額が表明されることになる。
ただし,宣戦布告,国教の選択などの不連続な決定とは異なって,現代において公共的に決
定される,福祉,医療,教育,道路建設など公共財・サービスの供給水準および負担は連続性
を持っている。したがって,このような考え方によってフリーライドを防ぐためには,不連続
性を人為的に意思決定の中に組み込まなければならない。しかし,それは政治的に困難であろ
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う。実際にはオール・オア・ナッシング型の決定にコミットすることができず,妥協的な決定
がなされることも多い。特に既存サービスについてはその水準を劇的に変化させることは非常
に困難であろうし,財についても,例えば利用よりも建設自体が目的とされたような車線が減
じられただけの道路が建設されたりすることになろう。その結果連続性が生じ,フリーライダー
が発生する余地をつくってしまうのである(実際には情報の偏在や政治力の格差によって,負
担は誰かに強制的・暗黙的に押し付けられる)。また,仮にそのような不連続性を導入できた
としても,費用情報の偏在による問題は発生するし,アジェンダ設定を誰が行うのかという決
定的な問題は残ることになる。
このメカニズム自体は理論上のもので,商店街のアーケード設置のような場合以外は(この
場合でも,実際には単なる話し合いで解決する),実際の導入には技術的困難がある。しかし,
その含意は重要である。すなわち,フリーライダーの抑止のためは,決定における「不連続性」
の存在が有効であるという点である(もう一つは個人的評価と負担を分断している点である)。
しばしば住民投票がその結果に劇的な影響を与えることで懸念されているが,むしろそうだか
らこそ,個々の成員がフリーライダーを思いとどまり,真実表明をしようとするインセンティ
ブが与えられるのである(もちろん,判断のための情報が与えられ,事前の討論が保障されて
いることが前提である)。
②政治的起業家の役割
さらに他者の公共活動に対するフリーライダーについては,上田[1
999]がその進化ゲー
ム・モデルにおいて考察している。そこでは,社会的合意コストを積極的に負担する「政治的
起業家」の存在を考慮し,不可逆的資源減少プロセスへの臨界点(不連続性)に直面すること
によってこの種のタイプへの変更が生じる現象に注目している(ただし,このことを強調しす
ぎると危機的状況における英雄待望論になってしまいかねないし,場合によっては危機的状況
を故意につくるインセンティブを与える危険性もある)
。そして,政治的起業家の育成あるい
は活動支援のために公的資金を投入することは,公共政策上正当化できるとしている。この考
えによれば,公職立候補の際における財政負担の軽減措置や復職保障,等に対する公的支
援などが必要となる。
これは,当該プロジェクトの実行/不実行という臨界点を持つグローブズ・メカニズムと同
様に,
「不連続性」の導入によってフリーライダーを抑止するという考え方である(同時に進
化ゲームに特徴的な成員のタイプの変更も導入し,負担と給付との関係遮断も考慮されている)。
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4.社会経済の複雑化への対応: 公共的意思決定の分権化
①地方分権
フリーライダーに対するもう一つの解決方法は,社会を地域的に分割し,公共的意思決定に
関する権限を移譲するというものである。このように分権化されてサイズが小さくなった地域
においては,情報コストが低減し,内部でフリーライダーを抑止できるようなシステムが形成
されやすくなるからである。
例えば,
[1990]はコミュニティ・マネジメントによるコモンズの管理を主張してい
る。共同利用可能資源の利用者が参加の下で相互義務契約を結んでルールを形成し,行動のモ
ニター,違反者へのサンクションを実行して,フリーライダーを抑止しようというのである
(同様の管理手法が日本の入会地に関して川島[1
986]で指摘されている)
。もちろん,この
ような管理手法は大気や海洋などオープン・アクセスとなっているグローバル・コモンズでは
機能しないが,入会地などのようにアクセス規制が可能なローカル・コモンズでは有効であろ
う(なお,このような管理手法が有効となる前提条件は「繰り返し囚人のジレンマ・ゲーム」
において協力解が実現する条件にほぼ等しい)。
また,分権化によって,不連続性に関連するリスクを限定することも期待できる。例えば資
源の地球規模の不可逆的枯渇などというリスクは,たとえごくわずかな確率でも甘受できない
と考えるのは当然であるが,甘受されないと決定に対するクレディビリティを失ってフリーラ
イダーを抑止できなくなってしまう。意思決定領域を地域的に限定することによって,
(資源
の利用効率性は低下するかもしれないが)リスクを局所化することができるのである。
②中間集団
当然のことながら分権化は,地域的なものであるとは限らないし,法律で定められた公的組
織である必要もない。当然,複数の成員が参加する集団は,原則的に権限が移譲される資格を
持つことになる。ただし,このような中間的な集団は,一般に組織目的や組織形態が多様であ
り,また流動的である。したがって,政党など歴史的に安定して存在し,その加入手続きも明
確化されている集団以外では,会社法,労働組合法,あるいは 法のような個別の法律によっ
て,その性格や権能が規制されることになる。このため,当然のことながら権限の移譲が恣意
的な法改正によって影響を受ける可能性が生じる。一方,このような集団は成員の離脱が比較
的可能で,排他的な組織が形成されにくい面もある。また,環境に対して柔軟的であったり,
ハイアラーキーではないネットワーク型の組織形態をとって,後述する重層性を持つという特
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現代の公共的意思決定における不連続化・分権化
徴もある(このような特徴は電子ネットワークの発達で強化されるかもしれない)。
5.不連続化・分権化によって生じる問題と公共空間
①不連続化・分権化が発生させる問題
公共的意思決定における不連続化および分権化の導入は,フリーライダーを抑止する機能を
持つ一方,特有の新たな問題も発生させる。
「あれかこ
それは,公共問題のゼロサム化(5) である。これは連続的な調整が可能な状況を,
れか」という離散的な状況として問題を捉え,(少なくとも当初は)故意に価値観の対立へと
転化することが,交渉戦略上有効であるということによって発生する。利得分配に関するこの
ような不連続性を創出することによって,外部に向かっては強硬姿勢のクレデビリティを高め
(譲れない価値観の防衛は,戦略堅持のための有効なコミットメントとなる)
,内部に向かっ
ては成員のフリーライダーを抑止する(破局の淵に立って,全ての成員の双肩に同じく集団の
存廃がかかっている)という効果を実現できるからである(6)。
ゼロサム化によって生じるこのような問題は,分権化にともなって強化される側面がある。
意思決定単位がより小さくなることによって,この種の内部統制が容易になるからである。こ
れは,偏狭な地域主義(これを国家レベルで実現したものが全体主義だと考えることもできる),
あるいは組織の独善的行動を発生させることにもなる。
②ジレンマは克服できるか
もちろん,公共的意思決定における不連続化と分権化は両者が組み合わさることによって問
題が深刻化し得るが,先述したようにリスクの限定においてはその組み合わせによって問題を
緩和させることができる。公共問題のゼロサム化に関しては,どのような分権化が行われるの
かによって,不連続化の影響が左右される。ここで重要なのが分権化の補完性と重層性である。
補完性は,分権化された諸単位が機能的に分離していることを要求する。すなわち,それぞれ
の意思決定領域は競合しておらず,相互補完関係にあるということである。例えば,北欧諸国
では地域福祉と初等中等教育は基礎自治体であるコミューンが完結して行っており,中央政府
はほとんど関与していないが,このような場合補完性が徹底しているといえる(ヨーロッパの
統合と分権化では国際組織,国および地域の関係においてこの補完性が強調されている。長尾
[1994]参照)。また,重層性とは,成員が複数の異なった意思決定領域に参加しているとい
うことである(6)。例えば,日本の「企業社会」の特徴として指摘されるように寝食,労働,レ
ジャーなど生活のほとんどが企業組織と関連して行われている場合には,重層性が満たされて
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いないと言うことができる。
これらが確保されていることによって,最初はごく狭い領域で発生した公共問題のゼロサム
化が深刻化・広範化することを防ぐことができるのである。例えば,ある地域や組織の内部で
人種差別的な決定が行われたとしても,補完性と重層性が満たされているかぎり外部へ異議申
し立てが比較的容易にできるし(外部からの是正要求もされやすい)
,成員が生活をその領域
によって占有されていないので,意思決定過程に参加するリスクも少なくなるだろう(生活が
そこに完結していればゼロサム状況で特に少数派に加わることは非常に大きなリスクをともな
う)。すなわち,補完性と重層性が満たされる分権化は,公共問題のゼロサム化によるリスク
を分散し,効率よく対処できる機能をシステムに与えることができるのである。
また,当初は公共問題がゼロサム的な状況に固定化されても,第3の選択肢の創出が不可能
ではないことにも注目すべきである(この場合,厳密に言えば確率計算が可能な「不確実性」
ではなく,「情報の不完全性」が想定されている)。公共問題のゼロサム化とは別次元の不連続
性を確保することを可能にし,ジレンマを克服する方向性を見出せる可能性があるからである。
ただし,これは「真実の探求と合意」というよりは「異質なものとの遭遇と受容」であり,市
民的徳(
)を高めるのとは意味が異なる。すなわち,あらかじめ想定できる望まし
い状態に近づくというよりは,常に望ましいものとは限らないが不連続な飛躍によって,ジレ
ンマが克服される効果に注目するものである(8)。
このようなより高次の不連続性を確保できるのが,間宮[1999]の言う「公共空間」である。
当初はたとえ利己的な関心だけからなされる権利主張にしても,それが公開の場で行われるな
ら批判が可能であり,利害を異にする他者の説得のために公共的な理屈づけが「発明」される
なら,それが新しい均衡の発見につながる可能性もある。そのような場においては,私的な権
利主張の結果,公共的な意思決定は内容が豊富なものになるだろう。例えば,住民の反対運動
によるごみ焼却場の建設の中止が,
的対立を超えて,住民による生活廃棄物の減量化
へと向かわせたような事例があるが,これはまさに運動やそれに関連する議論の場として地域
における「公共空間」が生まれ,そこで第3の選択肢が創出されたことを示していると言えよ
う。
おわりに
本稿の結論は,現代の公共的意思決定におけるフリーライダー問題を克服するためには,①
補完性および重層性を確保するかたちで分権的な社会システムを構築し,加えて②高次の不連
続性を実現する(ダイナミズムのシーズとしての)公共空間を創造することが必要であるとい
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現代の公共的意思決定における不連続化・分権化
うものである。
具体的には,①のためには,機能分離的な地方分権の推進や などの育成と既存の中間集
団の再編成,および特に日本においては企業組織とその外部の社会経済システムとの関係の再
考が必要となろう。後者の場合,企業組織外の移動や生活権を保障するセーフティ・ネットを
構築するための社会福祉システムの確立や労働市場政策等の充実が求められることになる。さ
らに,国際機関や環境・人権 に顕著な国家を超えた組織の役割についても注目すべきで
ある。また,②のためには,都市政策・コミュニティ政策やコミュニケーション空間の整備,
あるいは個人の情報リテラシー,対話・討論能力を高める教育などが検討課題となろう。社会
システムの中に経済的・政治的競争がクリアできない領域を意図的に保持し,そこに「異端者」
を温存することによって,公共的意思決定における対立がデッドロックに乗り上げた際の「第
3の選択肢」の供給源を確保する必要もある。
なお本稿では,公共的意思決定におけるフリーライダーという利害に関わる問題に限定して
公共性を考えたが,それは必ずしも価値対立を「神々の争い」として完全に議論の外に置こう
とするものではない。例えば井上
[1999]は,公共性問題は交渉によって理論上妥協可能な利
害対立ではなく,価値対立に関わるものだとする。公共性は特定の善の追求構想から独立に基
礎づけられ,さらに公権力によって普遍的に強制されるものだからである(同時に公権力自体
を規制するものでもある)。
しかし,本稿で検討したような利害に関わる公共性は,むしろ価値対立に関わる公共性が創
出され,エンフォースされる前提条件となるものである。公共的意思決定におけるフリーライ
ダー問題が適切に解決できれば,普遍的な公共性の追求と執行に対してより多くの資源を投入
可能になると期待できよう。例えば地域的に利害に関わる問題が処理できれば,国家レベルで
は普遍的な価値判断をとりこんだ憲法秩序(
)の確立に専念できるかもしれ
ない(現在は国政おける資源のあまりに多くが,瑣末な利害調整に関わる分野に投入されてい
るように思われる)。日本における地方分権改革においても,改革の過程で国家の機能を限定・
明確化しようと試みられている(9)。これらを,価値対立に関わる公共性がエンフォースされる
ために前提となる構造とするならば,まさにその補完物と考えることができるのである。
(注)
(1)本稿での公共性は,社会の成員全てに(等しいとは限らない)影響を与えるものの,あくまでも私
的利害をその基礎におくものである。つまり,J・M・ブキャナンが用いる‘
’に相当し
(ブキャナン[1992]),私的領域と区別された「公事(
)」とは異なる概念である。
(2)もちろん,ここで私的な行為が与える影響というのは,例えば一人の 2排出量が地球温暖化に与
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える影響ということではなく,諸個人が個人的あるいは集団的に行っている私的な消費生活や産業
活動による 2排出量が地球温暖化に与える影響のことである。
(3)これはリンダール解と呼ばれる。なお,リンダール解の公共的意思決定における意味は,それぞれ
異なる選好(特定の消費量に対応する負担用意額の組み合わせ)を持つ個人が,通常の形状の効用
関数を持つという条件の下では全員一致によって共通の消費量(純粋公共財の定義から自明であり,
成員数を乗じると当該財の供給量)と個別の負担額からなる,最適な結果を発見できるということ
である。すなわち,この解が現実に得られないのは,真実が表明されないからであり,多様な個人
からなる集団が全員一致できる結果が存在しないからではないのである。
(4)このメカニズムを定式化すれば以下のようになる。
n
C−ΣX
(C≦
Σ
X)
{
i≠j
i=1
Tj=
n
0 (C>
Σ
X)
i=1
C:当該プロジェクトの実行予算,Xj:個人jの評価額,Tj:個人jの負担額
もちろん,このような評価と負担が分離されたメカニズムの下では,真実の評価が提示されるも
のの,実際の負担額の合計が予算と一致する保障はない(赤字にも黒字にもなり得る)。したがって,
なんらかの補正措置がとられることになる。
(5)ここで「ゼロサム的」と表現したのは,交渉状況全体を意味するのではなく(そのような状況は社
会的な文脈からはほとんど存在しない),交渉の特定局面に限定された状況においてのことである。
なお,価値対立のようにみえる問題もゼロサム的でない場合がある。例えば,犯罪において「被
害者の人権」と「加害者の人権」とはゼロサム的関係にはない。しかし,
「加害者の人権」を保護す
ることが,そのまま「被害者の人権」を侵害することのように論じられることが多いのである。こ
の場合,むしろ利害対立,すなわち裁判費用や収監施設の改善費用などの負担に関しての方がより
ゼロサム的である(もっとも,それを負担しないことで新たに発生する誤審や再犯率の上昇などの
社会的費用を考慮すれば,ゼロサム的であるといえない)。「被害者の心情」や「社会の怒り」など
が媒介してゼロサム的な状況をつくり出すのだが,それらは本来人権とは無関係な要因である。
(6)この種の状況はハーシュマン[1997]によっても指摘されている。
またこの他に,不連続な決定アジェンダの設定自体に恣意性が入り込む余地があるという問題も
ある。現代においては代替的な議題のメニューは非常に大きくなっているにもかかわらず,そもそ
も誰が街路樹でも歩道でもなく,またガス灯でもナトリウム灯でもなく,とりわけ水銀灯の街灯を
現代の公共的意思決定における不連続化・分権化
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設置するかどうかという問題に決定を限定することができるのだろうか。
(7)社会的合意に関わる重層性は [1993]において導入されている。また,この重層性は政治制度
に関しては,
「デモクラシーの諸目標は対立し,こうした目標に最善に奉仕することのできる唯一の
単位もしくは唯一の種類の単位はない」と結論するダール,他[1979]に代表される「政治的多元
主義」につながるものである。
(8)下図のようなプレイヤーA,Bによる分配ゲームを想定し,当初の戦略集合をSA={a1,a2},
SB={b1,b2}とすると,(a1,b1)=(5,2)および(a2,b2)=(2,5)がナッシュ
均衡となる。ここで,均衡の一意的な決定のためにサイドペイメントが可能であり,補償交渉で対
称性が重視されるなら,利得は(3.5,3.5)が実現されそうである。
︷
Bの戦略
b2
b3
a1
5, 2
0, 0
−
a2
0, 0
2, 5
−
a3
−
−
3, 3
{
Aの戦略
b1
(左,右)=(Aの利得,Bの利得)
(a3,b3)=(3,3)であるとし
ここで,a3,b3という新たな選択肢が戦略集合に加わり,
よう。これは,サイドペイメントの結果得られる利得予想からはパレート劣位にある。しかし,サ
イドペイメントのための補償交渉に大きなコストを要したり,その結果に不確定性がある場合(利
得は2以上5以下の範囲を連続的に動き得る),(a3,b3)が選択されるかもしれない。(一方で,
新たな戦略の発見コストと不確定性も考慮しなければならないが,思いがけず(4,4)を実現する
戦略を発見する可能性もないわけではない)。
サイドペイメントのコストや不確定性を低減するのは,ルールやコミュニケーションの手段など
からなる交渉制度であろうし,新たな戦略の発見を促すのが公共空間であると言うことができよう。
ただし,新たな戦略の発見は心理的な驚きが加わって選択されやすくなるかもしれないが,それが
意図的に利用される可能性はある(「説得に失敗すれば,混乱させよ」というわけである)。
(9)例えば,国家の機能制限が中心とされている憲法と比較して,改正された地方自治法は国家の積極
的機能に(それが適切・有効かどうかは別として)言及している(地方自治法の全面改正(1
999年
7月)によって追加された,同法第1条2②における国家の役割に関する規定参照)。
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参考文献
・アレント[1994]『人間の条件』筑摩書房
井上達夫[1999]『他者への自由−公共性の哲学としてのリベラリズム−』創文社
上田良文[1999]「コモンズ問題とグループアクション−進化ゲーム理論からのアプローチ」
『会計検査
研究』20.
・オルソン[1983]『集合行為論−公共財と集団理論−』ミネルヴァ書房
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・セネット[1990]『公共性の喪失』晶文社
・・ダール,他[1979]『規模とデモクラシー』慶應通信
長尾 悟[1994]「補完性の原理と 政策決定」『日本 学会年報』14.
・・ハーシュマン[1997]『反動のレトリック−逆転・無益・危険性−』法政大学出版局
・ハーバーマス[1994]『公共性の構造転換−市民社会の一カテゴリーについての探求−』未來社
・・ブキャナン[1992]『コンスティテューショナル・エコノミックス−極大化の論理から契約の論
理へ−』有斐閤
・ベック[1998]『危険社会−新しい近代への道』法政大学出版局
間宮陽介[1999]『同時代論−市場主義とナショナリズムを超えて−』岩波書店
宮本憲一[1998]『公共政策のすすめ−現代的公共性とは何か』有斐閤
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