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面会交流事件裁判例の動向と課題

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面会交流事件裁判例の動向と課題
明治大学 法律論叢 85 巻 2・3 号: 責了 tex/wakabayashi-8523.tex page387 2013/04/04 19:26
法律論叢 第八五巻 第二・三合併号︵二〇一二・一二︶
面会交流事件裁判例の動向と課題
若 林 昌 子
︱︱父母の共同養育責任と面会交流の権利性の視座から︱︱
目 次
1 はじめに
2 面会交流の権利性について
3 裁判例の検討
4 国際的潮流と当事者支援の視点
5 おわりに
1 はじめに
︵
︶
父母の離婚に伴う子の監護をめぐる家事事件は、複雑かつ解決困難な事件であり、しかも顕著な増加傾向にあ る。
1
︻論 説︼
387
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特に、離婚紛争による父母間の対立関係の狭間で、子ども固有の地位・
﹁子の利益﹂は危険に曝される可能性が大きい。
現行民法は、父母の婚姻中は子どもに対して父母は対等であり平等であるとして共に親権者として認め、共同親権
︶
︵ ︶
これまでの面接交渉事件︵以下、面会交流ともいう。
︶に関する実務を振り返ると、一九六四年に最初の面接交渉審
3
︵ ︶
がなされて以来、一般的実務として民法七六六条、家事審判法九条一項乙類四号を根拠とする解釈運用が調停・審
判
︵
であろう。
自体は望ましいことであるが、面会交流事件への法的対応の問題性も一層顕著になり、その解決が緊急の課題となる
の改正により今まで以上に離婚後の子の監護紛争が顕在化することが予想される。子の監護問題が意識化されること
る法律上の地位・権限に関する基本的規律は改正されないまま白地規定である。最近の事件傾向を前提にすると、こ
では離婚後の子どもの監護事項として面会交流の協議を努力義務としたものの、非親権者である親の子の監護に関す
周知のとおり、二〇一一年の民法の一部改正により﹁面会交流﹂が民法七六六条に明記され た。ところが、この改正
2
六条を中心とする解釈運用に委ねられている。
しかし、これについて民法上親権者変更、扶養、相続などの規律があるものの、子どもの監護法については民法七六
なく、離婚は夫婦関係の終了をもたらすが、親子の関係は父母の離婚後も継続することを前提としなければならない。
︵八一八条︶を原則とするが、父母の離婚後は例外なく父母いずれかの単独親権に移行する︵八一九条︶
。いうまでも
388
方又は双方から分離されている子どもが、子どもの最善の利益に反しない限り、定期的に親双方との個人的関係及び
その間、先進諸国では児童の権利に関する条約︵以下、子どもの権利条約という。︶が面会交流について、﹁親の一
の監護に関する処分︵面接交渉︶事件の実務は半世紀以上の歴史を重ねてきた。
判において定着し、最高裁判例
も民法七六六条を類推適用し、家事審判法九条一項乙類四号による実務を追認し、子
4
――法 律 論 叢――
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直接の接触を保つ権利を尊重する。﹂
︵条約九条三項︶と規定するのを受けて、子どもの権利として面会交流法制を構
築している。つまり、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ等では制度化が確立された。条約は、面会交流の前提
問題である父母の共同養育責任を宣言し︵条約一八条一項︶、面会交流権を認める論理的必然性の根拠とする。
このような状況の中でわが国の実務において特に注目すべきは、近年の面接交渉事件裁判例に顕著な変化が認めら
れることである。後に詳述するが、父母間が離婚紛争による高葛藤事例について専門的第三者の立会を面会交流の条
件にする審判例、将来の面会交流のために間接交流を認容する審判例などが定着する傾向がみられる。従来の多くの
裁判例では、このような事例では消極的結論が導かれるのが一般的であった。
本稿では、このような裁判例の限定説から原則認容説への変化は何故生じたのか。最近の裁判例の動向を手がかり
に、面会交流に関する実務及び制度における問題の所在を検討し、面会交流権の権利性に関する固有の権利論の必要
性、判断基準法制化の必要性について考察を試み、子どもの権利条約の示す父母の共同養育責任︵条約一八条一項︶
、
子どもの面会交流権︵条約九条三項︶の視座から子どものためにあるべき面会交流とは何か、その現実化のための法
的課題について考えてみたい。
2 面会交流の権利性について
面会交流権とは、離婚後、親権者又は監護者とならなかった親が、その未成年の子と面接、交流する権利をいうが、
これまでの面会交流権の法的性質・権利性論
∏
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その方法については、間接的な方法、子の成長に関する情報提供も含まれると解することができる。
︵
︶
周知のとおり、これまでの面会交流の権利性についての議論は、民法上面会交流の明文を欠くなかで、積極説から
︵ ︶
面会交流権の法的性質・権利性について検討する前提として、これまでの議論について概観する必要があるが、既
益か否か、面会交流の法的利益は何かについての認識にずれが生じた状態で議論がなされていたと考えられる。
な議論が展開されたが、強力な消極的見解もみられ、そもそも面会交流の本質的目的、性質など、面会交流が子の利
利の性質についての議論が錯綜していた。初期においては、審判で積極的な解釈運用が行われると共に学説上も活発
消極説まで多様な議論が展開されてき た。従来の議論の特徴は、面会交流権は誰の権利かという権利主体の議論と権
5
最初の審判例における権利性
に多くの論説において紹介されているので、本稿では判例理論を中心に検討す る。
6
︶
7
必要な事項は、正に民法七六六条一項による監護について必要な事項と解される・・・。﹂と判示する。
そしてこの権利は、監護そのものではないが、監護に関連のある権利というべきであり、この面接交渉権行使のため
さらに、
﹁この権利は、未成熟子の福祉を害することがない限り、制限されまたは奪われることはないものと考える。
が調わないとき、またはできないときは、家庭裁判所がこれを定めるべきものであるとした。
の福祉を害することがない限り、未成熟子との面接交渉権を有し、その行使に必要な事項につき、他方の親との協議
この審判
は、権利性について次のとおり判示した。つまり、離婚後親権もしくは監護権を有しない親は、未成熟子
︵
先ず、先に触れた最初の審判例が面接交渉の権利性についてどのように判示しているかをみることとする。
π
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︵
︶
︶
9
にした実務傾向の素地が形成された。
とは、当事者︵父、母︶が子ども固有の存在を意識し相応の考慮を払う効果的側面があることも評価し、それを前提
極的な影響を及ぼすものであるとはいい難い状況であっ た。しかし、審判によって面会交流が具体的に認められるこ
︵
容するため子どもの生活に溶け込まない形のものであり、子どもの福祉、人格形成に資する﹁子の利益﹂のために積
面会回数年三回とか、二回など︶であることが特徴である。事件類型も子の引渡し請求事件に関連して面会交流を認
合的に判断される傾向にあった。したがって、審判例にみられる面会交流の回数、方法などは限定的な内容︵例えば、
一項乙類四号を根拠とするのが一般的解釈であった。さらに判断基準としては、
﹁子の利益﹂を中心に個別具体的に総
法的構成としては民法に根拠を求め、民法七六六条の子の監護に関連する権利と構成し、手続法上も家事審判法九条
その後の裁判例も民法その他の法律に明文を欠く状況であったために、親子関係に基礎を置く自然権的な権利とし、
定とともに、子と実母との関係性を維持させることの可能性についての判断により、結論を分けた。
︶
と養子縁組した新しい家庭の安定と子ども︵事件本人︶と実母との関係性をどのように評価するか、新しい家庭の安
のは、何が﹁消極的子の利益﹂かについての判断である。つまり、親権者である父親が再婚し、再婚配偶者の連れ子
このように、原審、抗告審ともに結論は異なるものの面会交流の権利性は積極的に肯定した。
︵両者の結論が異なる
に過ごしている未成熟子に対する定期的な面接を実母に認めた原審判を取消し、その申立を却下した。
親の親権および監護権の行使との関係で制約を受けることは当然であるとして、親権者である父親と継母の許で平和
この審判の抗告審
は、次のとおり判示した。すなわち、親権者でない親の未成熟子に対する面接交渉権は、一方の
8
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権利性について問題の所在
否定説のいう面会交流の弊害
∫
︵
︶
︶を生じさせ、監護中の親と子の安定した親
loyalty conflict
子関係の形成や維持を妨げるおそれがあり、子どもに負担をかけるので、権利の行使として強制されるべきではない
否定説は、面接交渉は、子の父母に対する忠誠心の葛藤︵
面会交流の権利性については、否定説の根拠を考えると、面会交流の本質的問題の所在がみえるように思われる。
(ア)
︶
11
案も存在するが、それは後に述べる﹁消極的子の利益﹂事由の問題である。
ではなかろうか。なお、当然のことながら、専門的支援によっても子の利益を害する事情を解消することが不能な事
および実施過程における当事者支援の課題であり、子の忠誠葛藤は面会交流の権利性を否定する根拠となりえないの
父母に対する専門的支援が求められ、その専門性が問われる問題である。つまり、離婚プロセス、面会交流成立過程
能である。このために必要なことは、父母の離婚紛争、面会交流に対する意識の客観化が必要であり、そのためには
とを理解し、子どもの利益に向き合う姿勢に変わることができれば子どもが忠誠葛藤の危険に曝されることは回避可
などの問題は、父母が﹁子の利益﹂について認識し、夫婦間紛争と離婚後の子の監護問題を次元の違う問題であるこ
確かに、面会交流は子どもが忠誠葛藤に曝される危険性があり、これは避けなければならない。しかし、忠誠葛藤
する考えから、面会交流の審判対象性を認め、債務名義の強制執行性については否定され る。
︵
実体的請求権性は否定されるものの、
﹁子の利益﹂に適うことが認定判断できるときに限りこれを認めるべきであると
。最近の梶村説では、制度上その管轄である面接交渉審判が非訟事件であることから、基本的に面接交渉権の
とする
10
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面会交流における権利論の見直し
︶
12
︵ ︶
の特性に適合する権利概念が必要とされるのは当然の成行きかもしれない。アメリカの家族法学者マーサ・ミノウは
どもが成長し人格形成のために必要とされる﹁親子の関係性﹂に価値を認め、それを保護法益とするものであり、こ
り、面会交流の権利性は、権利概念について、従来の固定的・絶対的な概念では的確に把握できない。面会交流は、子
そもそも、面会交流の権利性を的確に捉えるには、権利概念そのものが見直される必要があると考えられる。つま
から国際的普遍性をもつ見解であるといえよう。
。この見解は、子どもの権利条約適合性の視点
利であるとする見解、子どもの権利に対応する親の義務説が説かれる
︵
の相互作用であり、
﹁親子の関係性﹂を保持することが﹁子の利益﹂であると位置づけ、親の権利であり、子どもの権
最近の学説は、面会交流の権利性について、面会交流権を親の家庭教育を行う義務と子の家庭教育を受ける権利と
(イ)
るものであり、非監護親がはじめから当然に、一方的に面会交流を請求できる権利ではないことである。
定的権利ではないことである。③面会交流の具体的権利は当事者の合意若しくは家裁の審判によりはじめて形成され
ること、つまり、面会交流によって子の利益を害するときは制限・禁止することが許される権利であり、絶対的、固
を用意する責任があるといえよう。②絶対的な権利ではなく、
﹁子の利益﹂原則に反するときは制限を受ける権利であ
は、監護親に対する権利であり、子どもに対して義務である。国は、子どもの権利として面会交流を保障する法制度
交流については子どもの側からは権利であり義務ではないこと、父母は、監護親には義務であり、非監護親にとって
関係は、親・子ども・国の三者の関係として捉えることである。子どもの権利主体性を認めることが前提にあり、面会
このように、面会交流の権利性は複合的・相対的性質を考えることが求められる。その特性は、①面会交流の主体的
。
子どもの関係的権利を提唱する
13
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特に、具体的面会交流権を形成するには、
﹁子の利益﹂に反しないことが必要要件であるが、何が﹁子の利益﹂に反
する﹁消極的子の利益﹂事由であるかは後に検討する。
日本的親子観と﹁子どもの尊厳﹂
︵
︶
る。子どもは親の離婚原因と子ども自身とは関係がないことを認知できることにより安定感をもつ人格形成が可能に
ら捨てられたのではないという感情をもつことができる効果があり、子どもの自尊感情を傷つけないと考えられてい
るとはいえない。しかし、人間関係諸科学の研究成果によれば、子どもは面会交流を行うことにより、離婚後も親か
極力どちらかの親の下で安定した環境におかれることが、子どもに負担をかけないという考えも、全面的に誤りであ
父母の離婚紛争の渦中にある子どもの父母に対する忠誠葛藤を最小限にすることが﹁子の利益﹂であり、子どもは
(ウ)
できる。民法︵親族・相続法︶の抜本的改正の先行きは不透明であるが、今回の民法七六六条改正に﹁面会交流﹂が
ても、国民性が問われるが、如何なる法制度を有するかは、一般的な﹁個人の尊厳﹂意識に影響をもたらすことも期待
この問題に深く関連するのは、法制度の在り方、機能であると考えられる。如何なる法制度が構築できるかについ
おける﹁子の利益﹂についての認識、子どもの人格的独立性への意識はかなり多様性のあることも現実である。
形成されるものであるから、普遍的価値観とは齟齬或いは距離を生じる可能性も否定できない。つまり、面会交流に
ところが、父母の﹁親子観﹂、
﹁親子の関係性﹂についての価値観は極めて多様であり、社会的、文化的影響により
者択一的問題ではないと考えることができる。
同時に、子どもを父母の離婚紛争の高葛藤状態から保護することとの両立こそ考えるべきであり、両者は排他的、二
有の尊厳を保障されることであり、それが﹁子の最善の利益﹂に他ならない。そして、子どもの尊厳を認めることと
。このことは、子どもが一人の人間として権利主体性を認められ、子ども固
なることなどが科学的に証明されている
14
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明記されたことを契機に、残された多くの問題が制度上解決される可能性も考えられる。法制度の有する裁判規範性
は当然のこととして、その行為規範性に期待するところも大きいことを認識すべきであろう。
3 裁判例の検討
面会交流判例
は、実務の基本になるものであり、これを前提に検討する必要があるので簡単に触れることとする。
面会交流に関する最高裁判例及び、非訟事件の実体法上の権利性に関する基本的判例によって構築された判例理論
最高裁判例について
∏
本件では、父母が離婚前の別居中の事案についても、
﹁父母の婚姻中は、父母が共同して親権を行い、親権者は、子
②最高裁平成一二年五月一日決定︵家月五二巻一二号三一頁・判時一七一五号一七頁︶
とが認められ、この判例理論が面接交渉事件の実務に定着した。
した。この最高裁決定により、離婚後の親が子の監護に関する処分として子との面接交渉を求める申立権を有するこ
その申立が、子の監護に関する処分について定める民法七六六条一項又は二項の解釈適用の問題であることを肯定
て面接交渉を認めなかった事案
協議上の離婚をした親に親権者とされなかった父が、子どもとの面接交渉を求めたが、子の福祉に適合しないとし
①最高裁昭和五九年七月六日決定︵家月三七巻五号三五頁︶
(ア)
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の監護及び教育をする権利を有し、義務を負うものであり︵民法八一八条三項、八二〇条︶
、婚姻関係が破綻して父母
が別居状態にある場合であっても、子と同居していない親が子と面接交渉することは、子の監護の一部であるという
ことができる。そして、別居状態にある父母の間で右面接交渉につき協議が調わないとき、又は協議をすることがで
きないときは、家庭裁判所は民法七六六条を類推適用し、家事審判法九条一項乙類四号による、面接交渉について相
当な処分を命じることができる。
﹂とした。
面接交渉事件の実務は、これらの最高裁決定によって離婚の前後を問わず、民法七六六条、家事審判法九条一項乙
類四号を根拠とする実務的解釈が追認されたということができる。
しかし、これらの最高裁判例では、面接交渉権の権利性について明らかにされていない。杉原則彦最高裁調査官の
︵
︶
解説によれば、
﹁いわゆる面接交渉権とは、面接交渉を求める請求権ではなく、子の監護のために適正な措置を求める
非訟事件と実体的権利義務
。
権利である。﹂とされる
15
利義務の存することを前提として、例えば夫婦の同居についていえば、その同居の時期、場所、態様等について具体的
要旨の一部には、
﹁審判は夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく、これら実体的権
訟事件の実体的権利と具体的権利形成についても判示する。同居審判についての理由をみることとする。
いずれも家事審判において非公開性が採られる点に関する合憲性の判例であり、その理由について判示するが、非
以下、その判例について確認しておきたい。
高裁判例が一般的な基本理論を確立しているということができる。面会交流についても、同様に考えられることから、
面会交流の権利性について考える前提として、非訟事件︵家事事件︶における実体法上の権利義務については、最
(イ)
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――面会交流事件裁判例の動向と課題――
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内容を定める処分であり、また必要に応じてこれに基づき給付を命ずる処分であると解するのが相当である。・・・
家庭裁判所が後見的立場から、合目的の見地に立って、裁量権を行使してその具体的内容を形成することが必要であ
り、・・・﹂とある。
判示事項のうち、面会交流の権利性を考える上で前提になるのは、次の点である、
﹁非訟事件では、実体的権利義務
があることを前提として、裁判所が裁量権を行使して権利義務の内容を具体的に形成する。
﹂ことである。
家事事件の非訟性について、実体法上の権利性の具体的権利形成理論は、これらの判例理論により確立され維持さ
れてきた。面会交流事件についての基本的理論枠組みは、この判例理論の範疇にあると考えるべきであろう。
︵
︶
なお、家事非訟事件の権利性に関する判例理論は、多くの事件類型に対応した最高裁判例によって確立され、この
最近の面接交渉事件裁判例にみられる変化
。
判例理論が実務に定着した
16
虐待、DV類型
検討を試みることとする。
面接交渉事件裁判例について最近の傾向を示すと考えられる裁判例に注目し、その概要について重点的に取り上げ
π
①東京家裁平成一三年六月五日審判︵家月五四巻一号七九頁︶却下
いし禁止されるべきであると考えられ、どの見解によっても同じ結論になるであろう。
虐待、DV事案など常習的反社会的行為の認められる場合は、
﹁消極的子の利益﹂事由に該当し、面会交流は制限な
(ア)
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子らの親権者を母と定めて協議離婚、父は同居中からDVあり、離婚後母子の所在を執拗に追跡し、母及び未成年
者ら︵九・六・四歳児︶に対する接近禁止仮処分決定がある事案
②横浜家裁平成一四年一月一六日審判︵家月五四巻八号四八頁︶却下
裁判離婚で子︵七歳児︶の親権者を母と定められた。同居中、父のDVで母が骨折、子も保育園で突き飛ばされ骨
折した事例
③東京家裁平成一四年五月二一日審判︵家月五四巻一一号七七頁︶却下
離婚訴訟中に和解により協議離婚に至り、子︵一歳︶の親権者は母と定めたが、母は婚姻中のDVによりPTSD
と診断されカウンセリングを受け、施設入所、生活保護を受給し、母子は安定したが、父は施設職員と口論し、治療
を受けるも変化のみられない事案
④東京家裁平成一四年一〇月三一日審判︵家月五巻五号一六五頁︶却下
離婚訴訟中︵上訴︶に父から子︵二歳児︶との面接交渉を申立てたが、同居中からDVがあり、別居後も母を捜し
暴力を振るい保護命令の発令された事案
審判理由中には次のとおり判示されている。
﹁一般に、父母が別居中の場合も、未成熟子が別居中の親と面接・交流
の機会をもち、親からの愛情を注がれることは、子の健全な成長、人格形成のために必要なことであり、面接交渉の
実施が子の福祉を害する等の事情がない限り、面接交渉を行うことが望ましい。﹂
第三者の立会による面会交流
別居期間中に未成年者の面接交渉について合意したものの、その後、紛争が生じたため、未成年者を養育している
⑤東京家裁平成一八年七月三一日審判︵家月五九巻三号七三頁︶認容
(イ)
398
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申立人から面接交渉の相当な時間、方法について定めることを求め、第三者の立会による面接交渉を認めた事案
︵ ︶
﹁申立人と相手方間に十分な信頼関係がなく、未成年者が父母の直接対面することを嫌っている事情、当事者双方
間接的面会交流
する第三者の立会を認めた上で、三ヶ月に一度、一時間程度が相当である。
﹂と認めた。
いるとはいい難いこと、妻に精神的に安定していない面があることにかんがみ、面接交渉の方法を、夫及び夫の指定
子は保育園児︶との面接交渉が子らの健全な発達のために有意義であり、
・・・夫婦間に十分な信頼関係が形成されて
﹁別居中の妻から夫に対して申立、抗告審における試行的面接交渉の結果や夫の意向等を考慮すると、妻と子ら︵三
等を考慮して申立を認容した事案
面接交渉の申立を却下した原審判に対する抗告審において、抗告審における試行的面接交渉の結果や相手方の意向
⑥東京高裁平成一九年一一月七日決定︵家月六〇巻一一号八三頁︶原審判取消・認容
。
が家庭問題の専門家である第三者の立会を同意している事情がある。﹂旨を判示する
17
監護親の再婚・養子縁組後の面接交渉
の手紙の送付︶を認めた事案︵子は二歳時に父と離別し、審判時九歳︶
子の希望により親権者︵母︶から非親権者︵父︶に対して申立てた面接交渉について、間接的面接︵三ヶ月に一度
⑧さいたま家裁平成一九年七月一九日審判︵家月六〇巻二号一四九頁︶認容
を否定したものの、将来の面接を円滑にできるようにするため写真、通知表の送付︵年一度︶を命じた事案
親権者である父及び養母と同居している未成年者︵八歳︶と実母との間の面接交渉について現段階での直接の面接
⑦京都家裁平成一八年三月三一日審判︵家月五八巻一一号六二頁︶認容
(ウ)
(エ)
――面会交流事件裁判例の動向と課題――
399
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⑨大阪高裁平成一八年二月三日決定︵家月五八巻一一号四七頁︶変更認容
原審判で実母と未成年者ら︵九歳︶との宿泊つき面接交渉が認容された後、父が再婚し、その再婚相手と未成年者
らとが養子縁組をしている事案において、父及び養母がその共同親権の下で未成年者らとの新しい家族関係する途中
にあることに鑑み、生活感覚やしつけの違いから未成年者らの心情や精神的安定に悪影響を及ぼす危惧が否定できな
い宿泊付き面接交渉は避けるのが相当であるとして、原審判の面接交渉の内容を変更した事案
決定は、
﹁子の健全育成のためには、実母と子の面接交渉が定期的かつ円滑に実施される必要がある。双方は、この
ような理解の下に、お互いの立場を尊重し、節度をもって誠実に協力する必要がある。﹂と付言している。
申立人が強制退去の可能性をもつ事案
人と未成年者との直接の面接交渉を開始する必要性が認められる。
﹂
流が続けば、成長後も親子間の交流は可能であることにかんがみると、未成年者の福祉を図るために、現時点で抗告
の成長にとって重要であって、仮に抗告人が本邦を退去強制となったとしても、手紙等の交換を通じての間接的な交
まま成長するのに比べ、自己の父を認識し、母だけでなく父からも愛されていたことを知ることは、未成年者の心情
たのに抗告人が強制退去となった場合には、未成年者が落胆し悲しむことも考えられるが、未成年者が父を知らない
場合に限られ、確かに、未成年者が非監護親である抗告人︵父︶と面接交渉し、抗告人への愛着を感じるようになっ
な意義があるため、面接交渉が制限されるのは、面接交渉することが子の福祉を害すると認められるような例外的な
﹁子と監護親との面接交渉は、子が非監護親から愛されていることを知る機会として、子の健全な成長にとって重要
裁判要旨
⑩大阪高裁平成二一年一月一六日決定︵家月六一巻一一号七〇頁︶変更︵認容︶
(オ)
400
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――面会交流事件裁判例の動向と課題――
401
間接強制事案
面接交渉事件裁判例の傾向
調停調書に基づく面接交渉について間接強制が認められた事案︵二歳児︶
⑫大阪高裁平成一九年六月七日決定︵判タ一二七六号三三八頁︶
調停調書による面接交渉の義務についてされた間接強制申立却下決定に対する執行抗告︵取消・差戻し︶︵九歳児︶
⑪大阪高裁平成一四年一月一五日決定︵家月五六巻二号一四二頁︶
(カ)
︶
18
ということができるが、
﹁ 子の利益﹂を害する場合、つまり、
﹁消極的子の利益﹂事由の存否を判断基準とする原則認
来は、﹁子の利益﹂に沿う場合、つまり、
﹁積極的子の利益﹂に沿うか否か限定的な判断基準により結論を導いていた
第一に、全般的傾向として、面接交渉事件の判断基準が、限定説から原則認容説へ変化が生じていることである。従
そこで、最近の裁判例の変化の特徴について検討する必要があると考えられ、若干その内容について触れておきたい。
。
る。﹂と指摘されていた
︵
の認定基準、面接交渉の可能条件、具体的方法、申立人の人的範囲、合意調整の技法などの問題に議論が移りつつあ
巡る論争に終始していた。﹂と指摘され、
﹁現在では、面接交渉や監護養育紛争の実態を踏まえて、具体的な面接交渉
棚村政行教授は一九九七年のご論考において、これまでの面接交渉をめぐる議論について、
﹁法的性質論は根拠条文を
読み取ることができる。しかし、この変化が顕著になったのは二〇〇〇年以降の裁判例によるということができる。
以上の裁判例は限られたものであるが、これらの裁判例から従来の実務の一般的な流れに変化の生じていることを
∫
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402
――法 律 論 叢――
容説への変化が生じているということができる。
これを具体的にみると、例えば、高葛藤事例では面接交渉は子の利益に反すると解され消極的な結論を導くことが
一般的であったが、このような事案についても、専門的な第三者の立会の下で、その調整的支援により子の利益を害
さないよう配慮した措置を講じた上で面接交渉を認容するとか、直接的面接交渉では子の利益が危惧される事案では、
間接的面接交渉の方法を実施することが、将来の面接交渉の布石になることを考慮して申立を認容する裁判例が少な
からず見受けられる。このような裁判例が、原則認容説を象徴するものということができる。
第二は、面接交渉の保護の対象・目的についての解釈の変化である。新しい傾向の判断基準の前提には、面接交渉
権の保護の対象・目的は﹁親子の関係性﹂であると解されているとみることができる。つまり、両親の共同養育義務
が子どもの健全育成・人格形成に資すると評価し、それこそが﹁子の利益﹂であることを認め、面接交渉はこれに奉
仕するものと考えられているのではなかろうか。
非監護親の愛情を子が知ることに価値を認め、面接交渉による﹁子の利益﹂を積極的に現実化する基本的理念が、前
記⑨の決定例理由において明確に示されている。
第三は、面接交渉権を制限する事由は、消極的子の利益事由が認められる場合という解釈のもとでは、子の利益に
沿う面接交渉を如何に具体化するか、面接交渉の方法論の模索が始まったといえよう。先に取り上げた裁判例が示す
とおり、高葛藤事例における面接交渉の具体的方法については、審理の過程における家裁調査官の関与のあり方︵試
行面接の実施のあり方︶
、当事者の支援のあり方により、面接交渉の具体的方法の問題としてアプローチすることが一
般化される傾向がみられる。
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――面会交流事件裁判例の動向と課題――
403
面会交流権の制度的課題
③年長子の強固な拒否の意思
き支援が不可欠である。
︵ ︶
可能性がある。このことと同時に、客観的に事情変更事由の生じている場合の対応を見逃さないで適切に対処するべ
て弊害が生じる。一時的な情緒的混乱、高葛藤事例は、専門的な当事者支援・対応により当事者が冷静さを回復する
当事者間のルールを遵守できることが面接交渉の前提である。当事者間の最低限の信頼関係がなければ、子に対し
②調停調書・合意違反行為
きではない。︵性格異常、精神疾患なども専門的な診断、客観的な事情に基づいて判断すべきであろう。
︶
非監護親が子どもに暴力を奮うおそれ、虐待行為、著しく反社会的行為生活態度がある場合には、これを認めるべ
①暴力などの反社会的行為、反倫理的行為・生活態度
現れた﹁消極的子の利益﹂について検討する。
。以下、これまでの議論及び実務に
そこで、面会交流の禁止・制限事由﹁消極的子の利益﹂について簡単に触れる
19
極的子の利益事由の明確化・規律化こそが中心的課題になるであろう。
び、子の利益であるといわれてきた︵前掲田中實説︶が、今後は監護親側の問題は面会交流の方法論の問題とされ、消
項であることが明示された。これによって、従来の面接交渉権論では、面接交渉の制限事由として、監護親の事情及
改正民法七六六条により、面会交流が離婚当事者の協議事項とされ、しかもその協議では、
﹁子の利益﹂が最優先事
ª
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子の年齢を考慮したうえで、その真意、理由、拒否の態度などを、慎重に判断する必要がある。例えば、子が親と
同居中に経験した暴力によって恐怖心を抱いている場合、不貞行為に嫌悪感を有する場合などは、面接の拒否に客観
的理由があり、これを的確に受け止め、この状況を親が自覚し努力して解決しない限り、子の意思を尊重すべきであ
り面接交渉は否定されることになろう。子の意思の把握については、専門的アプローチが重要な意義を有することを
配慮するためには、家裁調査官の必要的関与を明文化すべきであろう。
④非監護親が養育費の履行義務を果たさない場合
法律上、非監護親の面会交流権の行使と養育費の履行とは対価関係に立つものではない。しかし、病気や失業によっ
︵ ︶
て支払が困難な事情がないにもかかわらず扶養義務を果たさない場合は、親としての義務を怠りながらその権利のみ
4 国際的潮流と当事者支援の視点
。
を行使することは許されないと考えられ、子どもが進んで希望する場合を除き認めるべきではない
20
日本は一九九〇年に至り子どもの権利条約に署名し、一九九四年五月二二日国会における承認・批准を経て、条約
の権利条約が国連で採択された影響により、急速に法律制度として面会交流権が確立されたといっても過言ではない。
る。はじめに触れたとおり、面会交流が法律上顕在化したのは国際的にも比較的新しいことであり、一九八九年子ども
面会交流の問題の所在、今後の課題を考える上で、国際的潮流と当事者支援の視点は欠かすことができないと思われ
子どもの権利条約と国際的潮流
∏
404
――法 律 論 叢――
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――面会交流事件裁判例の動向と課題――
405
は国内的に発効し、締約国として条約適合義務を負うにいたった。
子どもの権利条約における面会交流権︵条約九条三項︶については、先に述べたが、さらに、面会交流権について
条約適合性の視点から条約の趣旨を総合的に考慮することが求められ、特に、次の条項を考慮すべきであろう。すな
わち、①条約三条は、子どもに関するすべての活動について公的機関のみならず、私的機関においても、
﹁子の最善の
利益﹂が第一義的に考慮事項でなければならないとする。②条約一二条は、
﹁締約国は、自己の意見を持つ能力のある
児童には、その児童に影響を与える問題のすべてに関して自己の意見を自由に表明する権利を保障しなければならな
い。
﹂と定める。③条約一八条一項は、
﹁締約国は、いずれの親も児童のケア及び発達について共同の責任を有するとい
う原則があることの認識が確保されるよう最善の努力をもって働きかけなければならない。親又は法定保護者は、児
童のケア及び発達について、第一次的な責任を有する。﹂とする。④さらに、条約一八条二項は、
﹁締約国は、この条
約に掲げる権利を保障し、かつ、促進するため、児童を養育する責任を遂行する親及び法定保護者に対して適切な援
助を与えなければならない。﹂とする。
これらの子どもの権利条約諸規定の趣旨は次のとおり解することができる。①条約は子どもの権利主体性、権利行
使主体性、及び子どもの保護を受ける権利主体性を認め、これを前提に、子どもをめぐるあらゆる問題について﹁子
の最善の利益﹂の実現・保障を目指す。したがって、
﹁子の最善の利益﹂原則が面会交流権についても最優先課題とな
る。②子どもの意見表明権は子どもの権利行使主体性を最大限保障する具体的方法である。子の意見表明権について
面会交流権の具体的合意・審判・調停過程から、面会交流の実施過程におけるあらゆる場面で考慮されることが求め
られる。③父母の子どもの養育責任の共同性、第一義性である。まず、子どもは父母によって養育される権利があり、
父母は共同して養育する義務がある。父母が婚姻中も、離婚後も、未婚の場合も、理念としては父母の共同養育責任
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406
――法 律 論 叢――
が優先される。そこで、父母の離婚等の事情に応じて共同養育責任の具体的方法の一態様として面会交流権を保障さ
れる。④条約は父母の養育責任の第一義性を認めると同時に、子どもの健やかな成育に公益性を認め、父母の養育能
力に問題のある場合には国に対して支援責任を課している。
このように、条約は我々に対して問題の所在を明確に示したものと考えられる。従来いわれた﹁法は家庭に入らず﹂
原則では、国と家族の関係について問題のあることを明確にした。つまり、条約のいう趣旨は、国は家族の自律を尊
重する責務を負い、プライバシー尊重も重要な原則であり、公的介入は謙抑的でなければならない。他方では、DV
法が象徴するように国は家庭における人権侵害、或いは﹁子の利益﹂侵害の事態は未然に防止する責務もあわせて有
することである。さらに、子どもは成長過程にある存在として保護を受ける権利を有する権利主体であることを前提
にした法的保護が求められる。その趣旨から、面会交流権は子どもの人格形成の上でかけがえのない価値があること
を前提にする。したがって、国は、家族の自律、子の利益の現実化を支援する責務を負うことを明言した。
国際的潮流の視点から検討する上で、先進諸国における面会交流権法制は、子どもの権利条約によって﹁子どもの
権利﹂として定着しているが、特に、ドイツにおける面会交流制度について示唆に富む規律が多く紹介されているの
で、それについて若干触れることとする。先ず、ドイツ民法一六八四条は、
﹁子は、父母それぞれと交流する権利を有
する。父母は、子と交流する義務を負い、権利を有する。
﹂と規律する。その執行については、家事事件及び非訟事件
手続に関する法律八九条により、裁判所は強制手段として秩序金、または秩序拘禁を命じることができる旨の規律を
有する。さらに、面会交流の実施を支援する規律を設けていることは注目に値する。例えば、①裁判所は、子の単独
による面会交流が子の福祉を保障できないときは、第三者の立会を命じることができる︵BGB一六八四条四項︶
。②
交流権行使を継続的に侵害する行為のある場合には、交流保護人の選任を命じることができる︵BGB一六八四条三
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――面会交流事件裁判例の動向と課題――
407
項︶
。③交流手続において、交流権の排除または制限が争点となる場合には、子の意向・利益の代弁を行う手続補佐人
︵ ︶
の必要的選任制度を有する︵家事事件及び非訟事件手続に関する法律一五八条︶
。④非監護親は、子の身上監護に関す
当事者支援の重要性
︶
。
る報告請求権が認められている︵BGB一六三四条三項
21
︶
22
︶
23
当事者支援の基本的性質は、単に当事者の紛争解決に伴う困難性に対する支援ではなく、そのことにより紛争の予
保障のために緊急の課題であろう。
子どもの日常生活の一部としての面会交流にふさわしい場の確保、専門的支援者の確保・育成などが、
﹁子の利益﹂の
を受けることができるか、その方策を検討すべきであろう。特に、FPICの面会交流支援の現状からいえることは、
の関係を取り戻す可能性を有するといえよう。したがって、問題は、当事者が如何に早期に、継続的に、専門的支援
精神的ゆとりを取り戻す事案も存在する事実である。むしろ多くの場合は、人間は離婚の経験を経た後も本来の親子
紛争による高葛藤事例においても、家裁調査官の関与により、当事者が子の利益に目覚め客観的に子の将来を考える
子ども及び当事者のその後の人生の質を決めることを痛感する。家事事件実務の経験からいえることであるが、離婚
。それと同時に、面会交流事案に対する当事者支援のあり方が、
いての認識、方法論ともに深化したことが実感できる
︵
家裁調査官による研究報告によると、面会交流事案に対する人間関係諸科学による専門的アプローチの重要性につ
。
どもの利益に貢献するアプローチは、当事者支援の問題である
︵
面会交流事案の紛争性、離婚当事者と子どもの監護問題の複雑性・流動性などを前提にした対応において、最も子
π
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408
――法 律 論 叢――
防ないし早期解決をもたらし、司法手続の係属中にも自律的、効率的な紛争対応を可能とすることにより、当事者の
必要以上の物心両面の疲弊を回避することができ、さらに、自己の意思に素直な手続選択、解決方法の選択を可能に
する。当事者の紛争解決の方法の多様化、自律的解決の重要性︵紛争の早期解決、履行の確実性を確保する可能性に
繋がる傾向︶に着目され、近年、ADRについて積極的な制度改革が行われたことが象徴的である。つまり、家事事
件についても家庭裁判所における家事調停︵司法型ADR︶が全てを担うのではなく、民間型ADRの有用性が認め
られ、その着手が見られることである。このように、紛争解決制度の多様化、民間型化により、司法制度そのものが
見直されている。当事者支援はこのような司法制度の外延に位置づけられ、単に、当事者自身の支援のみならず、司
法制度を補強する機能・効果があり、広い意味では法の支配に貢献するものであるということができる。
5 おわりに
面接交渉事件裁判例の最近の傾向を手がかりに、面会交流権について若干の検討を試みた。結論的に、最近の面接
交渉事件裁判例の傾向は、従来の限定説から原則認容説に移行し、専門的第三者の立会、間接面接など方法論に力点
が移行しつつあり、この傾向は父母の共同養育責任及び面会交流権の権利性を肯定することが前提となっていると解
することができる。しかし、実務の現状は複雑である。重要なことは、解釈運用に委ねられた面会交流事件に関する
実務の現状をより適正な安定的なものにするには、法律制度として面会交流規定の整備を図ることが求められるので
はなかろうか。そして、子どもの権利条約適合性を理念とする制度構築を検討すべきだと考える。しかも、手続保障
の要請に応えるためには、何よりも面会交流制限事由の明文化が求められるのではなかろうか。
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おわりに、国際的潮流の視点から面会交流の根底に関わると思われる問題について触れることとする。①多くの先
進国では、離婚法における破綻︵無責︶主義は子の監護法の根底を支えるものと考えられ、離婚後の親子関係再構築
の要請を重要視する。子どもの監護問題には、協議離婚制度の見直しが不可欠であることを強調したい。②離婚後の
共同親権制度、ペアレンテング・プランへの司法関与を保障する制度の構築がなされなければ、
﹁子の利益﹂の保障は
程遠いものになるであろう。③今や世界の家族法は、法制度としての機能を問い、法は家族のなかで何を護るべきか
を問う。多くの先進国では試行錯誤を重ね、利害・価値観の対立を克服し、人間の尊厳尊重原則を指導原理とする法
制度の現代化を果たしつつあり、
﹁子どものための家族法﹂の時代を迎えているといえよう。④国の家族に対する支援
義務について、制度的に明確化することが緊急の課題であろう。最近の民法七六六条改正に伴う施策として、監護親、
非監護親共に児童扶養手当受給相当額年収である場合には公的支援により無料で面会交流支援が行われることになっ
た。この限定的支援の問題性は子どもの権利条約適合性の視点から如何に理解するのであろうか。いうまでもなく、
︵
︶
国際的状況は家族の自律の尊重と同時に、特に民間の当事者支援組織に対する財政支援の強化が図られ、当事者支援
︶
25
︶ 家月六四巻一号一七頁第四表乙類審判事件新受件数暦年比較、同二五頁第一二表調停事件新受件数暦年比較。なお、最近の
︵
︶ 平成二三年法律第六一号
一一参照
面会交流の実態については、棚村政行ほか﹃親子の面会交流を実現するための制度等に関する調査研究報告書﹄商事法務二〇
︵
注
。
今後の理論と実務の足跡が法制度改革に繋がることを象徴し、家族法の現代化が加速する兆しであろう
︵
今回の民法七六六条改正は、明文のない面会交流権を理論と実務によって確立した歴史の成果であり、この経験は
。
の充実は著しいものがある
24
1
2
――面会交流事件裁判例の動向と課題――
409
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︵
︵
︵
︵
︵
︵
︶ 田中實﹁面接交渉権︱その性質と効果︱﹂谷口知平ほか編﹃中川善之助先生追悼・現代家族法体系2﹄有斐閣・一九八〇・二
︶ 東京高決昭和四〇年一二月八日・家月一八巻七号三一頁
︶ 東京家昭和三九年一二月一四日審判・家月一七巻四号五五頁
6
︶ 棚村政行﹁離婚と父母による面接交渉﹂判タ九五二号五六頁に、多くの示唆を受けた。
5
︶ 北野俊光﹁面接交渉﹂村重慶一編﹃現代裁判大系 親族﹄新日本法規一九九八・二五七頁参照
4
︶ 最高裁昭和五九年七月六日決定・家月三七巻五号三五頁、最高裁平成一二年五月一日決定・家月五二巻一二号三一頁
3
︶ 山口亮子﹁面接交渉の権利性と義務性﹂床谷文雄・若林昌子編﹃新家族法実務大系②﹄新日本法規三一八頁
︶ 梶村太市﹁新時代の家庭裁判所家族法
﹂戸籍時報八七二号二一頁
︵
︵
︶ 大江洋﹃関係権利論︱子どもの権利から権利の再構築へ︱﹄剄草書房・二〇〇四・九七頁
﹂戸籍時報七七六号一頁、七七八号一頁、同﹁判評﹂民商一三一巻三号四七八頁
︵
における調査官関与の在り方﹂家月四八巻四号八九頁
︶ 瓜生武・真板彰子﹁離婚後の親子交流の実情﹂判タ九二五号七〇頁、永田秋夫ほか﹁子の監護に関する処分︵面接交渉︶事件
︶ 杉原則彦・最高裁判所判例解説民事編平成一二年度︵下︶五一一頁、久貴忠彦・民商法雑誌一二四巻四・五号七〇八頁、善元
貞彦・判タ一〇六四号三二頁、吉田彩・判タ一〇六五号一四六頁、棚村政行・ジュリスト一二〇二号七六頁、水野紀子・私法判
例リマークス二三号七四頁、石田敏明・別冊ジュリスト﹁家族法判例百選﹂︵第七版︶八六頁
︶ 夫婦同居に関する審判について最高裁大法廷決定︵昭和四〇年六月三〇日・民集一九・四・一〇八九︶
、婚姻費用分担審判に
ついて最高裁大法廷決定︵昭和四〇年六月三〇日決定・民集一九・四・一一一四︶
、遺産分割審判について最高裁大法廷決定︵昭
︵
︶ 棚村政行﹁離婚と父母による面接交渉﹂判タ九五二号六四頁。なお、細矢郁・進藤千絵﹁面会交流が争点となる調停事件の実
︶ 評釈・山口亮子・判タ一二四一号五二頁
和四一年三月二日決定・民集二〇・三・三六〇、高橋宏志・別冊ジュリスト﹁家族法判例百選﹂︵七版︶一四頁
︵
︵
︵
︵
(2)
(3)
世紀の家族と法﹄法学書院二〇〇七年二〇七頁、同﹁新時代の家庭裁判所家族法
21
10
︶ 東京家審昭和三九年一二月一四日・家月一七巻四号五五頁
︵
︶ 梶村太市﹁子のための面接交渉﹂ケース研究一五三号八八頁、同﹁子のための面接交渉再々論﹂
﹃小野幸二先生古希記念論集
7
四八頁
︵
8
(23)
9
10
14 13 12 11
15
16
情及び審理の在り方︱民法七六六条の改正を踏まえて︱﹂家月六四巻七号一五頁以下参照
18 17
410
――法 律 論 叢――
明治大学 法律論叢 85 巻 2・3 号: 責了 tex/wakabayashi-8523.tex page411 2013/04/04 19:26
――面会交流事件裁判例の動向と課題――
411
︵
︵
︶ 石川稔﹁離婚による非監護親の面接交渉権﹂別冊判タ八号二八六頁、北野俊光﹁面接交渉権﹂
﹃現代裁判法大系 親族﹄二六
︶ 清水節﹃判例先例・親族法Ⅲ︱親権︱﹄日本加除・二〇〇〇・三一六頁
︵
︵
︵
︵
︵
10
︶ 遠藤隆幸﹁面接交渉の執行について﹂棚村政行ほか編﹃中川淳先生傘寿記念論集・家族法の理論と実務﹄日本加除・二〇一
五頁
20 19
︶ 棚村政行﹁葛藤の高い面会交流事件の調整技法﹂中川淳先生傘寿記念論集﹃家族法の理論と実務﹄日本加除・二〇一一・三六
一・三九七頁、高橋由紀子﹁ドイツの交流権行使と支援制度﹂帝京法学二六巻二号九八頁。
21
︶ 永田秋夫ほか﹁子の監護に関する処分︵面接交渉︶事件における調査官関与の在り方﹂家月四八巻四号八九頁、伊藤竜彦ほか
九八頁
七頁、同﹁離婚後の面会交流︱民間の面会交流支援活動を中心に﹂岩志和一郎執筆代表﹃家族と法の地平﹄尚学社・二〇〇九・
22
︶ 諸外国の当事者支援の動向について、原田綾子﹁アメリカにおける面会交流支援﹂前掲棚村政行ほか﹃親子の面会交流を実
交渉における調整活動﹂家裁調査官研究紀要五号三八頁等参照
﹁面会交流が争点となる調停事件における調査官関与の在り方について﹂家月六〇巻一二号九七頁、濱野昌彦・大野恵美﹁面接
23
び関連発言参照
︵明治大学元専任教授︶
︶ 法制審議会・児童虐待防止関連親権制度部会第一〇回会議議事録︵平成二二年一二月一五日︶二三頁水野紀子委員発言、及
細に紹介され、日本における子の監護実務・法制度の課題について論じられている。
頁以下には、アメリカにおける裁判所外の団体等︵子どもの代理人の供給源である法律事務所、面会交流センターの実情が詳
進藤千絵ほか﹁アメリカにおける離婚後の子の監護と面会交流について∼ニューヨーク州を中心に∼﹂家月六四巻四号三一
おける面会交流支援﹂棚村報告書二七〇頁参照
どもセンター﹂棚村報告書二二七頁、高橋由紀子﹁ドイツにおける面会交流支援﹂棚村報告書二五二頁、色川豪一﹁フランスに
現するための制度等に関する調査研究報告書﹄
︵以下、棚村報告書という。
︶一九三頁、南方暁﹁イギリスでの交流権と英国の子
24
25
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