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第2回講義概要「残虐性に関する心理学」 担当 田中利幸 1

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第2回講義概要「残虐性に関する心理学」 担当 田中利幸 1
広島市立大学 講座「平和研究 II」
第2回講義概要「残虐性に関する心理学」
担当 田中利幸
1)日本軍の残虐行為とその心理
軍隊による残虐行為は、戦時期はもちろん、戦争開始直前や直後にも起きる問題である。日本軍兵員による残
虐行為の諸例を下記に列挙する。
具体例
* 日清戦争直前
「東学党農民虐殺」− 1894年10∼12月:朝鮮人農民の推定死傷者数30万∼40万人(死亡者数5万人)のう
ちの多くが日本軍による犠牲者
*日清戦争中
「旅順虐殺」− 1894年11月21日から数日間:旅順市街地に突入し占領した日本軍は、市街地を略奪し数多
く(数千人から数万人という様々な説があり、確実な数字は不明)の市民を4∼5日間にわたって虐殺。
* 日清戦争後 − 台湾植民地化過程における大量虐殺:1895年5月の日本軍の台湾上陸後から台南占領
までの約5ヶ月間に、日本軍によって殺害された犠牲者数は軍民合わせて1万4千人以上。その後起きた北部
蜂起に対する報復殺害の犠牲者数は3千人近く。1898∼1902年までに台湾総督府が処刑した「叛徒」の数
は1万950人。
* 日露戦争期と戦後
朝鮮での徴発、軍用品輸送や土木作業のための人夫労役に反抗する朝鮮人を処刑。日露戦争の後すぐに、
朝鮮では日本による朝鮮植民地化に反対する「義兵運動」が高まり、1906∼11年の間に朝鮮各地で義兵闘
争が起きた。日本軍はこれに対し、暴行、略奪、焼き払いなどで弾圧を試みた。朝鮮人義兵側の推定損害(殺
害・負傷・捕虜の合計、市民の被害者を含まない)が2万4千人弱であったのに対し、日本軍側の死傷者数は4
13名。
* 15年戦争期(1931∼45年)日本占領下の市民虐殺
「南京虐殺」 − 日本軍による残虐行為の最も典型的な例:1937年12月から2ヶ月間にわたる住民虐殺、強
姦、放火、略奪。10数万から20万人が虐殺されたと推定されている。
「三光作戦」− 1940年から44年にかけて主に中国の華北地域で展開された「殺しつくし、焼きつくし、奪いつ
くす」という住民殺戮、村落破壊、略奪を目的とした抗日根拠地の燼滅作戦。
「シンガポール・マレー半島の華僑虐殺」 − 1942年シンガポール・マレー半島を占領した日本軍は、「抗日
的」とみられる華僑の「粛正」。犠牲者数は数万から十万人にのぼると推定される。
「捕虜虐待」− 太平洋戦争中に日本軍の捕虜となった連合軍兵員数は13万人以上。日本軍は捕虜に過酷な
労働を強制したり(例:泰緬鉄道建設、サンダカン飛行場建設)、十分な食糧や医薬品を与えなかったり、様々
な暴力行為を働いたりした。その結果、3万6千人近くが死亡。死亡率28パーセント。
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アジア人市民に対する残虐行為の心理的諸原因:
*
人種蔑視+敵に属する市民への疑念と憎悪 →他者を非人間化 →自己の人間性の喪失 →自己自身の
残虐化 →他者への暴力行使 →自己の人間性の喪失 →自己自身の残虐化(=残虐性の悪循環と強化)
* 日本軍内の兵員に対する非人間的取扱い=鉄拳制裁 →暴力を受けることによって自己の人間性の喪失
(不満蓄積) →自己自身の残虐化 →他者への暴力行使(不満解消)
連合軍捕虜に対する残虐行為の心理的諸原因:
* 白人に対する優越感を感じ、同時にアジア人(特に植民地住民であった朝鮮人・台湾人)に日本人が白人
より優秀であることを誇示する目的で、朝鮮人・台湾人に「捕虜監視員」の役務をさせた。
* 日本人士官による兵員虐待 →日本人兵員の不満 →朝鮮人・台湾人蔑視と暴力行為 →朝鮮人・台湾人
捕虜監視員たちの自己の人間性の喪失と不満蓄積 →自己自身の残虐化 →捕虜への暴力行使による
不満解消
2)「責任をとる」方法
「責任問題」は、戦争期だけではなく、日本のアジア植民地化/侵略の全歴史過程の中で把握されなければ、
私達「国民国家」としての日本を「加害者」にした原因を突き止めることはできない。「責任」の追求は、責任問
題を引き起こしたその原因の解明に対する不断の努力を必要とする。
* 「責任」の感じ方
「責任」を感じるか感じないかは、「罪」をどう意識するかに依る。
罪意識の処理の仕方は大きくわけて静的処理方法と動的処理法法に分けられる。
静的処理方法:
A)自己麻痺化(無感覚)=罪意識を逃れるために自己の主体的感受性を麻痺させてしまう仕方 →無意識の
うちの自己不信感 →他人に対する不信感 →社会生活からの自己退去(引きこもり)→主体性崩壊
B)自虐化(自己否定)=自己の深い罪意識による絶え間ない自己非難 →同じ罪を繰り返し犯す危険性の自
己恐怖(自己特殊視)→自己の積極的主体性の否定 →主体性崩壊
動的処理方法:
自己の罪意識を基盤に自己の主体性を回復する方法=自己が犯した「罪の明確な自覚」と「倫理的想像力の
積極的活用」の相互連関作用を絶え間なく続ける→過去ならびに現在の自己自身のあり方と自己を取り巻く世
界状況(普遍的問題)に対する「不満」を源泉とする「自己活性化」へのエネルギー →責任ある行動への自覚
を呼び起こす →自己の主体性を回復させるだけではなく、他者との社会関係も回復
こうした処理方法の違いは、個人レベルだけではなく国民国家のレベルにも見られる。
自己活性化をはかる「道徳的想像力活用」の試み
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1)細菌・化学武器の開発と人体実験、実戦での使用 − 日本軍は「731部隊」を中心に様々な細菌武器や毒
ガス武器を開発・大量生産するだけではなく、その実験に数多くの中国人、ロシア人、連合国捕虜兵士たちを
使って殺戮。さらには、国際協定に違反してこれらの武器を中国での実戦に大量に使用し、中国軍だけでは
なく中国市民にも多くの犠牲者を出した。
医学的道徳の二重標準化作用(「優れた人種」である味方の生命を救う目的のために「敵」あるいは「劣った人
種」の生命を実験的に消費)→「731部隊/アウシュビッツの自己」と「普通の医者としての自己」の矛盾的共存
矛盾の解消=1)「丸太」という用語に代表される人体実験による被害者の「非人格化」=ナチの医学者による
被害者の「番号化」との共通性(「丸太」の「医学検査」というように様々な造語と医学用語の組み合わせを使
用)→犠牲者を「非人格化」することによって自己の罪意識を麻痺させる 2)戦争の全ての矛盾は絶対権力者
である「天皇」と「フューラー」によって解消される(絶対権力者の「意志」が民族共同体の調和をもたらす=カ
ルト団体との共通性)
他の「人体実験」との比較(例:冷戦時代米国における知的/身体障害者、黒人下層民を使った「プルトニュー
ム実験」)→医学者、医者の「二重道徳標準化」という普遍的問題(=加害者と被害者の歴史認識の共有)→医
学のあり方の再検討 →「731部隊」の医者達の思想・行動をこの観点から再検討(=「罪の明確な自覚」と「倫
理的想像力の積極的活用」の相互連関作用)
2)「慰安婦制度」による大量強姦と性奴隷制 − 推定犠牲者数は少なくとも8∼10万人(そのうちの7∼8割が
朝鮮人女性)。アジア大平洋全域に「慰安所」が設置され、様々な人種の女性達が長期間にわたって性奴隷と
しての生活を強いられた。
性奴隷=女性の性が物財化され女性の個人としての人間性が非人格化 (de-personalized) されている。しかし、
この性の物財化と個人の非人格化は「慰安婦」だけにみられる特徴ではなく、あらゆる形態における強姦、さら
には通常の商業売春にさえ共通にみられる根本的な特徴 →世界各地の戦闘や軍事基地近辺で見られる
「軍人による性暴力」反対運動、さらにはセクハラやDV、「風俗売春業」撲滅運動への展望
朝鮮人女性の慰安婦化=家父長制帝国主義国家による他民族国家の支配と性の支配の同時進行現象=英
国支配下のインド、オランダ支配下のインドネシアにおける売春業の拡大、オーストラリアやアメリカ大陸を英
国が植民地化する過程における先住民(アボリジニやアメリカン・インデイアン)女性の強姦 →現在のアジア
諸国(タイやフィリッピン)での売春業における性奴隷問題や「ジャパゆきさん」に対する問題意識の高揚と対
策運動
被害国家国民との相互理解の可能性を求めて
「罪の明確な自覚」と「倫理的想像力の積極的活用」の相互連関作用にその活動の根本的な基礎を置く運動で
なければ、自己の主体性を回復させ、犠牲者との社会関係を真に構築しなおすことはできない。
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相互理解を深めつつある、あるいはそうした可能性を持っている運動組織:
VAWW−NET JAPAN(ならびにその支援母体である「アジアの女たちの会」)→被害国の女性との連帯
→軍性暴力一般に対する世界的な規模での反対運動
IPPNW(核戦争に反対する医師の会、1985年ノーベル平和賞受賞団体、ただし日本支部は極めて小さな
組織) →核戦争・核実験反対運動 →「プルトニューム人体実験」に対する医者の責任認識 →人体実験全
般に対する反対運動 →核戦争・核実験だけではなくいかなる戦争にも反対(とりわけ市民に被害をもたらす
地雷などの武器使用に反対)
アイヌ団体(「ウタリ協会」=加害国の中にあって差別されている少数民族派的団体、すなわち「加害」と「被害」
の両方を感性的に深く理解できる人たちで組織されているグループ →被害国における直接被害者やその
他の被差別グループとの交流を通しての人権回復運動
良心的教師のグループ=子供達への歴史教育を通して加害者と被害者の相互理解の重要性を認識 →相手
国の教師や学校児童との交流 →教科書問題などでの協同運動
大学研究者間の交流(知識の共有) − 確かに学会交流での意見交換を通しての相互理解にはめざましいも
のが見られるが、残念ながら、いまだその影響が学界外の市民のコミュニテイーにまで広く及んでいないよう
に思われる。
自治体間や経済会議を通しての交流 − これらの交流の役割を全面的に否定するものではないが、はたし
てこれらの相互交流が、どの程度まで「罪の明確な自覚」と「道徳的想像力の積極的活用」の相互連関作用に
基礎を置いているかどうかは疑問が多い。そのため「グローバル化」に足をさらわれ、政治的に利用される危
険性が多い。
推薦参考文献:
野田正彰著『戦争と罪責』(岩波書店)
高橋哲哉著『戦後責任論』(講談社)
家永三郎『戦争責任』(岩波書店)
吉田裕著『現代歴史学と戦争責任』(青木書店)
東史郎著『東史郎日記』(熊本出版文化会館)
藤田久一著『戦争犯罪とは何か』(岩波新書)
田中利幸著『知られざる戦争犯罪』(大月書店)
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