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中部座談会2012 講演 書起こし
2012年10月7日 PKDの会中部座談会にて 「多発性嚢胞腎の基礎研究から臨床応用への展望」 藤田保健衛生大学 疾患モデル教育研究センター 長尾静子(枝澄香)先生 私は、藤田保健衛生大学の疾患モデル教育研究センターのセンター長として、大学全体に おけるマウスやラットなどの疾患モデル動物を用いた研究の全般的な支援を行うとともに、 ヒト多発性嚢胞腎の培養細胞や、疾患モデル動物であるマウスやラットを用いた病態進行機 序と種々の薬を投与した際の効果の解明を研究課題としています。本日は、去年の今頃お話 した後のこの一年間で、基礎研究や臨床研究がどれだけ進んだかということを中心に「多発 性嚢胞腎の基礎研究から臨床応用への展望」という題でお話をさせて頂きます。もうすこし 具体的に言いますと、基礎研究で効果が認められた化合物やお薬の作用機序と共に、皆さん にとって重要な意味を持つ臨床治験の状況と、今後臨床治験の結果がいつ報告されるか、と いう説明をさせて頂きます。 なんといっても今現在、皆さんの一番の関心事項は、 「多発性嚢胞腎症(Polycystic kidney disease : PKD)の治療薬はいつできるのだろうか?」、これに尽きるかと思います。治療薬 が皆さんのお手元に届くためには、まず基礎研究がなされ、さらに臨床治験が企画されるこ とが重要であり、なおかつ、その臨床治験の結果が良好である必要があります。良好な臨床 治験結果が得られた後、さらにいくつもの安全性に関する試験を経て、初めて皆さんのお手 元に治療薬が届くことになります。そこで、まずスライド2枚を用いて、治療薬はどのよう にして開発されるかについてお話しいたします。スライド1と2は、日本製薬工業協会のホ ームページに掲載されていた数値や内容を参考にさせて頂きました。スライド1に示すよう に、治療薬の開発は基礎研究から始まります。この基礎研究は、まず、製薬会社や薬学の研 究者によって化合物の合成あるいは天然素材から成分を抽出することから始まります。これ らの化合物は医薬品として効果を持つ化合物であるか否かを、培養細胞を用いてスクリーニ ングテストされます。新しい化合物が約 60 万あったとすると、スクリーニングテストを経て、 次の段階である前臨床試験(あるいは非臨床試験)に進むのは、約 200 の化合物というぐら いの割合が一般的です。次の段階である前臨床試験とは、培養細胞を用いたスクリーニング テストで医薬品としての効果が認められた化合物を疾患モデル動物であるマウスやラット等 に投与して、生体においても効果があるかどうか調べる試験のことです。この前臨床試験で は、薬効薬理試験として化合物あるいは成分の作用や既存の化合物との効果の比較、毒性試 験として被験薬の薬物動態や安全性あるいは有害事象や副作用の確認、および薬物動態試験 として生体内での作用分布を調べます。私は、主にこの前臨床試験を行っています。この段 階においても医薬品として効果が期待される化合物の割合はさらに低くなり、培養細胞にお いてスクリーニングテストで効果があった約 200 の化合物のうち、疾患モデル動物を用いた 動物実験において効果が認められるのは約 80 の化合物に過ぎません。そして、スライド2に 示すように、この約 80 の化合物が次の段階である臨床治験の第Ⅰ相、第Ⅱ相および第Ⅲ相試 験の検討へと進んでいきます。 臨床治験の第Ⅰ相試験では健康成人への投薬、第Ⅱ相試験では少数の患者さんへの投薬が 行われます。そして臨床治験の第Ⅲ相試験は、多くの患者さんに参加して頂く最も重要な試 験となります。この臨床治験の第Ⅲ相試験で得られた結果が良好であれば、製薬会社におい て、その化合物を治療薬として承認申請することが検討されます。約 80 件の臨床治験のうち 厚生労働省から製造販売承認が下りるのが 25 件ぐらいの割合になると言われています。すな わち、スクリーニングテストの時点で、60 万あった新しい化合物から、実際に治療薬として 患者さんのお手元に届くのは 25 の治療薬、つまり新しい化合物から治療薬になるのは、2万 4千分の 1 というとても低い割合でしかありません。では、開発期間はどれぐらいでしょう か?日本製薬工業協会のホームページには 9 年から 17 年と掲載されています。つまり、開発 期間として約 15 年は覚悟しないといけないと思われます。また、それにかかる開発費は約 500 億円と高額になるようです。このように高額な開発費を要することから、折角、治療薬 として開発されても、場合によってはお薬の値段がとっても高価になる場合もあるようです。 では、次のスライド3で、多発性嚢胞腎に関する仮説をご説明いたします。多発性嚢胞腎 に関する仮説には、Two-hit(ツーヒット)仮説と Third-hit(サードヒット)仮説がありま す。まず、Two-hit 仮説について説明します。多発性嚢胞腎の責任遺伝子は、相同染色体と 呼ばれる1対の染色体にそれぞれ1個ずつ存在します。多発性嚢胞腎症(Polycystic kidney disease: PKD)の患者さんでは、Germ-line(ジャームライン)変異によって2個のうち 1 個 の責任遺伝子がすでに変異を起こしています。生殖細胞にこの変異が受け継がれることによ って、遺伝します。Germ-line 変異に加えて、もう片方の遺伝子が後天的に変異することを Somatic(ソマティック)変異といいます。この Somatic 変異とは、体細胞に何らかの刺激が 加わったことによって、遺伝子が修復できない傷を負うことです。遺伝子が修復できない傷 を負うという話を初めて聞かれる方はびっくりされますが、遺伝子が傷つくことは意外に多 く起こっています。たとえば、紫外線(UV)や化学物質によって、日常的に遺伝子の変異が 体内で起こっていることが科学的に証明されています。また、この変異がほとんどの場合修 復されることも証明されています。Two-hit 仮説では、Germ-line 変異によって片方の責任遺 伝子はすでに変異している PKD 患者さんのもう一方の責任遺伝子に後天的に起こった変異が 運悪く修復されず Somatic 変異が生じることによって、PKD 責任遺伝子の両方が変異するこ とで、多発性嚢胞腎が発症すると考えられています。両 PKD 責任遺伝子が変異すると、細胞 内では、Ca2+(カルシウムイオン)が減少し cAMP(サイクリックエーエムピー)が増加しま す。これらの細胞内の変化によって細胞が増殖し腎臓の中の機能単位であるネフロンの機能 が変化するとともに周囲のネフロンを圧迫していくことで、PKD は慢性的に進行すると考え られています。次に、Third-hit 仮説について、ご説明します。患者さんのご家族内で、多 発性嚢胞腎の病態が早く進んでしまう方とそうではない方がいらっしゃる場合があります。 この原因はいくつか考えられますが、そのひとつとして唱えられているのが、Third-hit 仮 説です。この仮説では傷を被るのは遺伝子ではなく腎臓の細胞そのものであり、その傷の程 度によって多発性嚢胞腎の進行程度が変わるのではないかという考え方です。この考え方は、 病態がゆっくり進行する PKD 責任遺伝子不全マウスの腎臓の片方に流入する血管を縛って腎 臓に血液が流入しない虚血状態を作り、腎臓にダメージを与え、その後再灌流すると多発性 嚢胞腎が急速に進行することから唱えられている仮説です。この実験自体は極端に大きなダ メージを腎臓に与えていますが、ヒトにおいても生後腎臓の細胞がダメージ受けることが多 発性嚢胞腎の病態を進行させる可能性があるのなら、腎臓の細胞に環境、生活習慣、食生活 やストレスなどによるダメージを与えることは避けた方が良いのかもしれません。Third-hit 仮説は、あくまでも考え方のひとつではありますが、ご家族の中で病態が早く進行してしま うリスクは避けるに越したことはないかと思います。 スライド4で、多発性嚢胞腎に関わる現象をご説明いたします。多発性嚢胞腎では、細胞増 殖の亢進、線維化、嚢胞液の蓄積および炎症が認められます。細胞増殖の亢進には、両責任 遺伝子の変異によって起こる細胞内の Ca2+濃度の減少と cAMP の増加が大きく関与します。こ の細胞増殖は腎臓に嚢胞が発生する最初の段階に関わると考えられます。次に、線維化には TGF-βの増加が、嚢胞液の蓄積には嚢胞性線維症の責任遺伝子産物である CFTR の活性増加が 関与すると考えられています。最後に、多発性嚢胞腎に関わる現象として炎症が挙げられま す。炎症には IL-1(インターロイキン-1)、IL-6(インターロイキン-6)および MCP-1 の 増加が関与すると考えられています。 スライド5に多発性嚢胞腎症(Polycystic kidney disease: PKD)の細胞内の情報伝達経 路を示しました。この細胞は腎臓の尿細管上皮細胞あるいは肝臓の胆管上皮細胞に相当しま す。スライドにはいろいろな略語がでてきますが、これからひとつひとつについて、ご説明 いたします。 スライド6に細胞内に Ca2+が流入する経路を4つ記載しました。まず、一般的な Ca2+channel (カルシウムチャネル:細胞内にカルシウムイオンが流入する孔)である L-type/T-type Ca2+ channel、その横に FPC/PC2 と PC2/PC1、さらにその他の Ca2+channel です。FPC、PC2 および PC1 と い う 略 語 は 、 PKD の 責 任 遺 伝 子 産 物 で あ る フ ァ イ ブ ロ シ ス チ ン / ポ リ ダ ク チ ン (fibrocystin/polyductin : FPC)、ポリシスチン2(polycystin2 : PC2)とポリシスチン 1(polycystin1 : PC1)のことです。PC2、FPC および PC1 の内、PC2 は Ca2+channel として の機能を有しており、FPC あるいは PC1 とそれぞれ相互作用し細胞内への Ca2+の取り込みを調 整しています。スライドでは、FPC/PC2 と PC2/PC1 と表しています。このため、スライド7 に示すように、FPC、PC2 あるいは PC1 の異常は、細胞内の Ca2+濃度の低下を招きます。する と、細胞内の Ca2+濃度が適正な場合は AKT という蛋白リン酸化酵素が別の蛋白リン酸化酵素 である B-Raf の活性を抑制しますが、FPC、PC2 あるいは PC1 の異常によって細胞内 Ca2+濃度 が低下すると、AKT のストッパーとしての役割が弱くなり、通常は動いていない B-Raf が活 性化します。活性化した B-Raf はさらに別のリン酸化酵素である MEK を活性化し、活性化し た MEK はその下流のリン酸化酵素である ERK を活性化し、細胞増殖を促進します。B-Raf、MEK や ERK のように因子に次々と影響が伝わる現象を細胞内情報伝達と言います。B-Raf から MEK、 MEK から ERK へ「矢印」が伸びていますが、矢印は細胞内の情報伝達が「促進」されている ことを示します。このように、細胞内 Ca2+濃度の低下により B-Raf/MEK/ERK 情報伝達経路が 活性化され、多発性嚢胞腎に関わる現象である細胞増殖が促進されます。そこで、PKD の治 療方法として、増加した B-Raf/MEK/ERK 情報伝達経路の活性を抑制することが考えられます。 PKD では Ca2+channel である PC2 の機能が低下していますが、細胞にとって Ca2+はセカンドメ ッセンジャーとして重要な役割を担っているため、細胞には Ca2+channel が複数用意されてい ます。R-568 は Ca2+感知受容体(CaSR)を賦活化して細胞内 Ca2+を増加させる作用がある Ca2+ 受容体作動薬で、L-type/T-type channel や他の Ca2+channel に作用し、低下した細胞内 Ca2+ 濃度を上昇させます(スライド8) 。すると、AKT が B-Raf 活性のストッパーとしての役割を 果たし、細胞増殖を抑制します。スライド8では、AKT から B-Raf に「横になった T の字」 が伸びていますが、細胞内の情報伝達経路を表す図では、この「横になった T の字」がスト ッパー、つまり「抑制」を表します。 次に細胞内で増加した cAMP について説明致します。スライド9に示すように、PKD の細胞 内では cAMP 濃度が増加し、B-Raf/MEK/ERK 情報伝達経路が活性化して細胞増殖が亢進します。 そこで、PKD の治療方法として、細胞内 cAMP 濃度を減少させるかまたはその増加を抑える、 あるいは活性化した B-Raf/MEK/ERK 情報伝達経路を抑制することはできないかと考えるに至 ります。まず、細胞内 cAMP を減少する方法として、スライド 10 に示したように、オクトレ オチドは Hormone Receptor(ホルモン受容体)を介して抑制型 G 蛋白(Gi)を活性化し細胞 内 cAMP 濃度を低下させます。スライドを見て頂くと、Gi から cAMP に「T の字」が伸びてい ます、すなわち「抑制」作用があることを示しています。次にトルバプタンについてご説明 します。スライド 10 では、トルバプタンから「T の字」が Hormone receptor を介して促進 型 G 蛋白(Gs)に伸びています。すなわち、トルバプタンはバソプレッシンという抗利尿ホ ルモンによって活性化された Gs の経路の作用を抑制し、細胞内の cAMP の増加を抑えて、多 発性嚢胞腎に関わる現象である細胞増殖を抑制します。Gs は細胞内 cAMP 濃度の上昇に関わ りますが、トルバプタンはこの Gs の作用を抑制するわけです。次に、PKD の治療方法として、 活性化した B-Raf/MEK/ERK の情報伝達経路を抑制することができないかと考えます。そこで、 ボスニチブは蛋白リン酸化酵素である c-Src(シーサーク)を抑制して B-Raf/MEK/ERK 経路 の活性を抑えます。また、Raf(ラフ)には二つの種類 B-Raf と Raf-1 がありますが、これら の Raf の活性を抑制するのが、ソラフェニブと PLX5568 です。ボスニチブ、ソラフェニブお よび PLX5568 は、cAMP 濃度を抑制するわけではありませんが、増加した cAMP によって活性 化された B-Raf/MEK/ERK 情報伝達経路を抑制して、細胞増殖を抑えるため、PKD の治療に応 用できる可能性を持っています。 PKD の細胞内では、別の情報伝達経路も活性化しており細胞増殖が亢進しています。スラ イド 11 に、活性化した mTOR 情報伝達経路を示します。mTOR(エムトール:哺乳類ラパマイシ ン標的蛋白質)の活性化によって S6K/S6 経路による細胞増殖が亢進します。mTOR が増加する 理由は、まだ明確ではありませんが、スライド 12 に示したように、mTOR 活性阻害剤である シロリムスやエベロリムスを投与することで、mTOR/S6K/S6 情報伝達経路の活性を抑えて細 胞増殖を抑制することが、PKD の治療に結びつくと考えることができます。 スライド 13 に示すように、CFTR(嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子)は cAMP 依存 性 Cl-(クロライドイオン)チャネルであり、細胞増殖と液体輸送に関与します。PKD の細胞 内では、cAMP 濃度が増加していることから、活性化した CFTR 情報伝達経路は、Cl-を排出し 嚢胞液の蓄積を亢進するとともに、細胞増殖も亢進します。そこで、スライド 14 のように、 阻害剤である PPQ や BPO によって CFTR の機能を抑制することで多発性嚢胞腎に関わる現象で ある嚢胞液の蓄積と細胞増殖を抑制することで PKD の治療に結びつくと考えられます。 PKD の細胞内では増殖因子のひとつである TGF-βが増加しており、細胞増殖と線維化を亢 進しています(スライド 15)。そこで、最近この TGF-βの発現を抑えることが明らかにされ た PPARγ(ピーパーガンマ)と呼ばれる核内受容体の作動薬であるピオグリタゾンやロシグ リタゾンの投与によって、細胞増殖や線維化が抑制されたと報告されており、PKD の治療に 結びつくのではないかと考えられます。(スライド 16)。 PKD の細胞では、免疫細胞から分泌されるサイトカイン、増殖因子や mTOR によって活性化 される STAT3(スタットスリー)の発現増加が細胞増殖を促すことが報告されています(ス ライド 17)。そこで、STAT3 阻害剤であるピリメタミンを投与することで、STAT3 の活性を抑 制し細胞増殖を抑制するのではないかと考えられ、その効果が報告されています(スライド 18)。 細胞内には、AMPK という蛋白リン酸化酵素が存在しますが(スライド 19)、この AMPK は、 その活性化剤メトホルミンの投与によって、PKD で活性が増加している mTOR や CFTR の活性 を抑制し PKD に関わる細胞増殖と嚢胞液の蓄積を抑制します(スライド 20)。 私たちの体の中にはエピジェネティクス制御機構があります(スライド 21)。この機構は DNA 配列変化を伴わない蛋白質の調整機能のことです。私たちの体の細胞の核の中には、DNA がありますが、この DNA は遺伝子とも表現され、細胞内で実際に働く蛋白質を作る生命の設 計図と言われます。蛋白質を作るためには、まず DNA から必要な部分が RNA として転写(コ ピー)されます。次に RNA が翻訳され蛋白質が合成されます。合成された蛋白質は我々の細 胞の中でいろいろな調節を行いますが、一部の蛋白質は、細胞内で働くために修飾されます。 この修飾には、ヒストンの翻訳後修飾、DNA のメチル化、クロマチンの形成等があります。 こ の エ ピ ジ ェ ネ テ ィ ク ス 制 御 機 構 に 関 連 す る ヒ ス ト ン 脱 ア セ チ ル 化 酵 素 ( Histone Deacetylase)を HDAC と略しますが、最近この HDAC が核蛋白質であるヒストンを脱アセチル 化し、DNA と強固に結合させて遺伝子発現を制御して、細胞増殖の亢進に関与することが分 かってきました(スライド 22)。そこで、スライド 23 のように、HDAC 阻害剤であるトリコス タチン A が治療に役立つのではないかと考えられています。 細胞内に存在するシクロオキシゲーゼと呼ばれる酵素である COX-2(コックスツー)は、 サイトカインや増殖因子等の刺激により、その発現が誘導され、細胞増殖、運動性、接着、 およびアポトーシス抑制亢進による細胞増殖の促進に関与します(スライド 24)。スライド 25 に示すように、阻害剤であるセレコキシブや NS-398 は COX-2 の活性を低下させ細胞増殖 を抑制することが報告されています。 私たちの体を構成している細胞は、私たちが生まれた時の細胞がそのままずっと生き続け るわけではなく、必要に応じてあるいは定期的に入れ替わって体を再構成します。入れ替わ る時期が来たよという合図があると、細胞周期が進みます。細胞周期はスライド 26 の右上の ように G1 期、S 期、G2 期および M 期と進んで行きます。G1 期から S 期および G2 期から M 期 には、それぞれチェックポイントと呼ばれる個所があります。このチェックポイントに関わ る物質にひとつに Cdc25A があります。Cdc25A は、サイクリン依存リン酸化酵素を活性化し、 細胞分裂の2つのチェックポイントにおいて G1 期から S 期あるいは G2 期から M 期への進行 を制御し細胞増殖を亢進します。そこで、スライド 27 のように Cdc25A の拮抗剤であるビタ ミン K や PM-20 が、Cdc25A の活性を低下させ細胞増殖を抑制することが報告されています。 スライド 28 に、本日説明したすべての因子、情報伝達経路および薬や化合物を示しました。 薬や化合物のうち、 「細胞内の活性を促進」することによって PKD に関わる現象を抑止するも のは橙色に、 「細胞内の活性を抑制」することによって PKD に関わる現象を抑止するものは青 色で示しました。スライド 28 から因子や情報伝達経路を取り除き薬や化合物だけを残したの がスライド 29 になります。つまり、スライド 29 に示されたものは PKD の治療薬の候補と成 り得ます。そこで、これらの薬や化合物を整理すると、3つ、すなわち、もう既に PKD 患者 さんのために臨床治験が行われている薬、他の疾患の治療薬で基礎研究において PKD の病態 進行に抑制効果が認められた薬、さらに基礎研究において PKD の病態進行に抑制効果が認め られた化合物、に分類することができます(スライド 30)。もうすでに PKD 患者さんのため に臨床治験が行われている薬としては、オクトレオチド、トルバプタン、シロリムスあるい はエベロリムス、ボスニチブがあります。他の疾患の治療薬で基礎研究において PKD の病態 進行に抑制効果が認められた薬としては、メトホルミン、ピオグリタゾン、ソラフェニブ、 セレコキシブおよびピリメタミンが該当します。さらに基礎研究において PKD の病態進行に 抑制効果が認められた化合物としては、ビタミン K3 あるいは PM-20、トリコスタチン A、PPQ あるいは BPO、ロシグリタゾン、R-568 および PLX5568 があります。 では、これ以降のスライドでは、これらの薬や化合物の現状についてご説明します。まず、 皆さんの関心が一番高い臨床治験の現状を説明させていただきます。 スライド 31 に、Gi 蛋白共役型受容体のアゴニスト(作動薬)であるオクトレオチドを示 しました。このオクトレオチドは、PKD の患者さん専用に開発された薬ではなく、末端肥大 症の治療薬として開発されたものです。基礎研究によって、オクトレオチドは PKD 細胞内に おいて、抑制型 Gi 蛋白の活性化によって細胞内 cAMP 濃度を下げる効果があることが証明さ れています(スライド 10 参照)。 オクトレオチド(ノバルティスファーマからは、サンドスタチンの商品名で発売)は生体 内のホルモンであるソマトスタチンの類似体ですが、ソマトスタチン類似体には、他にラン レオチドがあります。スライド 32 に、PKD の患者さんがランレオチド(Lanreotide)を服用 した臨床治験の結果を示しました。まずグラフの見方を説明いたします。グラフの縦のY軸 の中央に「0(ゼロ)」が記載されており、ここから横に目盛線が伸びています。この「0(ゼ ロ)」の目盛線はランレオチドを服用し始める前の肝臓の容量を示しています。そして、ラン レオチドを服用した場合の肝容量の変化が灰色の棒グラフで、服用しなかった場合の変化を 白抜きの棒グラフで示しています。結果は、服用しなかった場合の白抜きの棒グラフは上方 向でしたが、服用した場合の灰色の棒グラフは、 「0(ゼロ)」の目盛線より下方向つまりマイ ナス方向に変化しています。つまり、PKD 患者さんがランレオチドを服用すると、嚢胞肝の 進行が抑制されたということができます。スライドには示していませんが、この臨床治験で は嚢胞腎の進行に関しては、芳しい結果は報告されていませんでした。 今年 3 月には、オクトレオチドの結果が報告されました(スライド 33)。その結果をスラ イド 34 に示しました。この臨床治験ではオクトレオチドの服用の仕方によって、二つの群に 分けて報告されています。一つ目の群は P(ピー)→O(オー)で表記されています。この P →O 群は、1年目は偽薬(スライドではP(placebo の略)と記載)を、2年目にはオクトレ オチド(スライドでは O(octreotide の略)を服用します。二つ目の群は、O→O で表記され ています。この O→O 群は、1年目そして2年目にもオクトレオチドを服用します。1年目の 結果が黒の棒グラフで、2年目の結果が灰色の棒グラフで示されています。向かって左に示 されている PKD 患者さんの肝嚢胞では、P→O 群ではオクトレオチドを服用した2年目に、O →O 群ではオクトレオチドを服用した1年目に、 「0(ゼロ)」の目盛線から、棒グラフが下を 向いています。つまり、PKD 患者さんにおいて、オクトレオチドの服用により嚢胞肝の進行 が抑制されたということができます。しかし、残念ながら、向かって右に示されているよう に嚢胞腎の進行に関してはこの臨床治験では芳しい結果とは言えませんでした。 まとめますと、ソマトスタチン類似体であるランレオチドやオクトレオチドでは、今のとこ ろ PKD 患者さんの嚢胞「肝」の進行を抑制するという臨床治験結果が得られています。しか し、嚢胞「腎」の進行の抑止効果は明らかではないと言えます。臨床治験は条件等を変えて 複数回計画されることがあります。これらを総合して最終的な結果と理解する必要がありま す。スライド 36 に現在行われているソマトスタチン類似体の臨床治験の予定を示しました。 2013 年にランレオチドの臨床治験結果が、2015 年にオクトレオチドの臨床治験結果がそれぞ れ報告される予定です。 (別に一件 2011 年に報告される予定の臨床治験に関しては、まだ公 開されていないようです。)これらのソマトスタチン類似体の臨床治験結果の公表を待って頂 く必要があります。 次に、説明する臨床治験は、スライド 37 に示したように Gs 蛋白共役型のバソプレッシン V2 受容体 (Arginine vasopressin V2 receptor)のアンタゴニスト(拮抗薬)のトルバプタ ンについてです(スライド 10 参照)。このトルバプタンは低ナトリウム血症に対するお薬で、 大塚製薬が開発したものです。臨床治験が開始されるためには、患者さん、医師の他に製薬 会社の協力が不可欠ですが、みなさんご存じのように大塚製薬は PKD の臨床治験を積極的に 行っています。スライド 10 で説明したように、トルバプタンは細胞内 cAMP を増加させる作 用を持っている促進型 G 蛋白である Gs の活性を抑えるアンタゴニスト(拮抗薬)の作用を持 っています。スライド 38 は、PKD 患者さんにトルバプタンを服用して頂く前の腎容積を「0(ゼ ロ)」の目盛線で示したうえで、個々の患者さんの腎臓容積の変化を白丸と棒線で示したもの です。おひとりを除くすべての方の腎臓容積が、「0(ゼロ)」の目盛線より下向きになってい ます。つまりこの報告では、トルバプタンの服用は、PKD 患者さんの腎臓の病態進行の抑制 に効果があると言えます。次に、スライド 39 では、逆三角形(赤)で示された非投与群と黒 丸で示されたトルバプタン投与群の平均値がそれぞれ点線で示されています。非投与群に比 してトルバプタン投与群の平均値の点線は低下しています。統計学的数値は示されていませ んが、この報告では PKD 患者さんのトルバプタンの服用は嚢胞腎の病態進行を抑制する可能 性を示唆しています。これらの2つの結果は PKD 患者さんにおけるトルバプタンの嚢胞腎の 治療効果を示唆していますが(スライド 40)、トルバプタンの本格的な第Ⅲ相(フェーズⅢ) の臨床治験結果は、11 月にある米国腎臓学会の発表と論文で報告される予定です(スライド 41)。期待いたしましょう。 【編集注】2012 年 11 月 3 日に米国腎臓学会でトルバプタンの第Ⅲ相治験が効果的で安全な結果で終了した と報告されました。大塚製薬は日本・アメリカ・欧州で認可申請を予定しています。(11 月 5 日大塚製薬プ レスリリース) 先にも申し上げたように、臨床治験は複数回計画されることがあります。トルバプタンにつ いても、2012 年に終了し米国腎臓学会で公表される臨床治験結果の他に、2014 年に2つの臨 床治験の結果が報告されることが予定されています。この結果報告も注視していきましょう。 次にシロリムスあるいはエベロリムスと呼ばれる mTOR 活性阻害薬の臨床治験の現状につ いて説明します(スライド 42)。このお薬は、抗悪性腫瘍剤あるいは免疫抑制剤として使用 されています。(この mTOR 活性阻害薬は長くラパマイシンと呼ばれていましたが、現在論文 上ではラパマイシンとは呼ばれなくなりました。)この mTOR 活性阻害薬が PKD の患者さんの 病態進行に抑制効果があるのではないかと考えられた症例報告をスライド 43 に示します。こ の症例報告では、PKD 患者さんの中で移植治療後の免疫抑制剤として、シロリムスを処方さ れた方の嚢胞肝の容量がシロリムス以外の免疫抑制剤を処方された方と比べて抑制されまし た。向かって左が嚢胞肝に対するシロリムスの効果です。グラフの上部に P<0.01 と記載さ れていますが、これが統計学上シロリムス処方は嚢胞肝の病態進行を抑制すると考えられる 根拠となります。一方、向かって右に示されているグラフには P=0.35 と記載されており、統 計学上シロリムス処方は嚢胞腎の病態進行を抑制するとは言えないという結果を示します。 この症例報告結果と PKD 疾患モデル動物に mTOR 活性阻害薬を投与すると嚢胞腎の病態進行が 抑制されたことから、シロリムスの臨床治験は注目を浴びています。スライド 44 に PKD 患者 さんにシロリムスを服用して頂いた小規模の臨床治験結果を示しました。グラフでは、シロ リムス(Sirolimus)を服用した患者さん群の腎容積の平均値を実線で、服用していない患者さ ん群(Control)の平均値を点線で示されています。残念ながら、この臨床治験ではシロリムス の実線と control の点線で差は認められませんでした。すなわち、シロリムスの服用によっ て、PKD 患者さんの腎臓の病態進行が抑制されるという結果は得ることができませんでした。 現時点では、シロリムスやエベロリムスという mTOR 活性阻害薬は PKD 患者さんの嚢胞肝の進 行を抑止するという臨床治験結果に落ち着く可能性が高いようですが、嚢胞腎の抑制という 点では、さらなる検証が必要になると思われます。PKD 患者さんにおける本格的な mTOR 活性 阻害薬(ラパマイシン、シロリムス、エベロリムス)の臨床治験は、2012 年つまり今年と、 2014 年に終了予定のものがあります。臨床治験は複数回計画されることがあります。最終的 にまとめられる臨床治験結果の公開を待っていただくようお願いいたします。基礎研究者の 立場としては、嚢胞肝だけではなく、mTOR 活性阻害薬は嚢胞腎の病態進行抑制にも効果がな いものかと工夫を凝らしたくなります。最近、基礎研究の段階で投与の仕方に工夫を凝らし た結果が報告されました。その結果をスライド 47 に示します。この基礎研究では、PKD 責任 遺伝子不全動物へ低濃度の mTOR 活性阻害薬(シロリムス)を5週間あるいは 13 週間投与す るよりも、高濃度のシロリムスを 13 週間投与する方が、PKD の嚢胞腎の病態進行を抑制する ことを示しています。この結果から、生体内でのシロリムスの薬効濃度が十分に無いと、病 態抑制効果が認められにくいことが示唆されます。このことからも複数進められている臨床 治験の結果の公開を待っていただくようお願いいたします。 臨床治験が行われている最後の薬としてボスニチブがあります(スライド 48)。基礎研究 におけるボスニチブの作用機序は c-Src を抑制し B-Raf/MEK/ERK 経路の活性を抑制すること です(スライド 10 参照)。このボスニチブは白血病のお薬ですが、これまでに PKD 患者さん に対する症例報告も小規模の臨床治験の結果も報告されていないため、患者さんの嚢胞肝や 嚢胞腎に効果があるかどうかは、2014 年に公開される臨床治験結果を待つ必要があります。 本日は臨床治験の現状として、代表的な4種類のお薬についてお話しさせて頂きました。 次に他の疾患の治療薬で基礎研究において PKD の病態進行に抑制効果が認められたけれど PKD 患者さんへの臨床治験はまだ行われていないものをスライド 49 に示しました。スライド 50 に示されているメトホルミンとピオグリタゾンは糖尿病の治療薬として糖尿病患者さんに 処方されています。基礎研究の動物実験において、それぞれ AMPK あるいは PPARγの活性化 によって、PKD の病態を抑制することが報告されています(スライド 20 と 16 を参照)。 スライド 51 の上段には、ソラフェニブと記載されていますが、このソラフェニブは癌のお薬 として処方されています。作用機序としては、スライド 10 に示したように、Raf の活性を抑 制するお薬です。スライド 51 の下段には、COX-2 の選択的な阻害薬であるセレコキシブが記 載されています(スライド 25 参照)。このセレコキシブは、非ステロイド性消炎鎮痛薬とし て使用されています。スライド 52 にはピリメタミンが記載されています。このピリメタミン は、PKD で増加している STAT3 の阻害剤(スライド 18 参照)で、抗マラリヤ剤です。しかし、 調べてみたところ、もう発売を中止していると記載されているので、PKD 患者さんの臨床治 験が行われるには、高いハードルが予想されます。 次にスライド 53 に基礎研究において PKD の病態進行に抑制効果が認められた化合物を示し ました。ビタミン K3 は、脂溶性ビタミンの一種です。Cdc25A の拮抗剤としての作用があり ます(スライド 27 参照)。また、トリコスタチン A(スライド 23 参照)や PPQ および BPQ(ス ライド 14 参照)は、お薬としては、まだ開発中と思われます。治療薬になるにはまだまだ時 間がかかると思われます。スライド 56 には、ピオグリタゾンと同じく PPARγの活性機能(ス ライド 16 参照)を持っているロシグリタゾンが挙げてあります。このロシグリタゾンは糖尿 病の治療薬としては販売中止という方向になっているようです。また、スライド 54 の他の2 つ、Ca2+受容体作動薬である R-568(スライド 8 参照)も Raf 阻害剤である PLX5568(スライ ド 10 参照)もどうも、治療薬としての開発についてはあまりはっきりしていないようです。 最近の基礎研究として我々の結果を紹介します。この研究結果は、今回のアメリカ腎臓学 会および嚢胞性腎疾患研究会でも報告しました。我々は、2011 年に PPARγアゴニスト(作動 薬)であるピオグリタゾン(糖尿病の治療薬)が、PKD モデル動物の嚢胞腎と嚢胞肝に対し て抑制効果があることを報告しました。高血圧治療薬の ARB(アンジオテンシン II 受容体拮 抗薬)であるテルミサルタンが PPARγアゴニスト(作動薬)様作用を有するため PKD モデル 動物に投与したところ、テルミサルタンは高血圧の抑制効果と共に、嚢胞肝の病態抑制効果 が認められたことを今回新たに報告しました。このテルミサルタンについては、 「PPARγアゴ ニスト(作動薬)様作用を有する」という我々の発想とは別に、 「PKD の高血圧を制御するた めの降圧剤」として ACE 阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)との併用効果を調べる 臨床治験が行われています。この臨床治験結果は 2013 年に発表されます。私たちの基礎研究 では今のところ、嚢胞肝の病態進行抑制効果はありますが、嚢胞腎への効果ははっきりしま せんでした。しかし、ACE 阻害薬と ARB であるテルミサルタンの臨床治験では、良い結果が 出るかもしれません。大いに期待いたしましょう。 では、最後に最大の関心事項をもう一度まとめましょう。PKD の治療薬はいつできるのか? この問いかけに答えるためには、 「臨床治験結果が出ないと治療薬として処方されません。な おかつ、この臨床治験結果が良くないと治療薬として処方されません。 」をクリアーする必要 があります。現在のところ、PKD の治療薬の候補と考えられているのは、オクトレオチドと シロリムスやエベロリムスが嚢胞肝の進行を抑制する治療薬と成り得る可能性が高いようで す。また、今後臨床治験の結果はいつ出るのかという問いかけに対しては、トルバプタンの 治験が今年終わりましたので、その結果の発表はもしかしたら 11 月にあるかも知れない、も しかしたら年を越して論文発表ということも考えられます。 【編集注】2012 年 11 月 3 日に米国腎臓学会でトルバプタンの第Ⅲ相治験が効果的で安全な結果で終了した と報告されました。大塚製薬は日本・アメリカ・欧州で認可申請を予定しています。(11 月 5 日大塚製薬プ レスリリース) もう一つは 2013 年にエベロリムスの臨床治験が終了するので、もうちょっと待っていただく と、報告されると考えられます。 以上で私の演題を終わります。聞きなれない用語が多く出てきたと思いますが、ご勘弁くだ さい。 【質疑応答】 【仲谷】薬が今まで漫然と効いていて、効果があるなし、という話なんですけれども、特に トルバプタンは大阪の患者会でも治験に参加した人がいまして、診断した先生曰く容積は変 わっていないよ、というわけなんです。だけど、治験がいったん終了して、一回途切れても う一度やりだしたときに、体積は変わっていないけれども、数値はちょっと跳ね上がったと。 この場合は抑制というのは体積を主にして言っているのか、機能を言っているのか、どちら なんでしょう。 【長尾先生】お薬の治療効果における抑制の意味についてですね。抑制の意味はおっしゃる 通り、いくつかのメルクマール、いわゆる指標、で示されます。お薬の治療効果における抑 制の指標とするのは、まず、腎臓の容積の推移だと思います。次に、臨床治験に参加された 方から血液も提供して頂いて、クレアチニンなどの腎機能の指標も測定することになると思 います。これらの指標を総合してお薬の治療効果を検証して、治療薬として処方できるかど うかが決まっていきます。ですから、どれか一つの指標だけで決定されることはありません。 たとえば腎臓の容積増加の抑制効果があっても腎機能が悪くなるようでは、皆さんにとって 良い結果とは言えません。また、お薬の効果と副作用も含めて総合的に考えることになりま す。 【辻田医師】ミカルディスですけれども、PPARγの作用で私も昔注目したことがあったんで すけれども、結構臨床で活性が弱くてちょっと活性するアルコレプチンとか、脂肪の方のメ タボリックとかいうんじゃないか、って結構出てきたんですけれども、それで結構トーンダ ウンしていたんですけれども、実際のところ、ミカルディスだったらすぐに血圧の薬として、 処方はできるので、実際効果はありそうな感じですか。 【長尾先生】はい、あくまでも動物実験に関してですが。 【辻田医師】量、内服量はどうなんですか、体重当たりの換算とかで、人だったら 40 ミリと かマックスで 80 ミリくらいだったと思うんですけれども、動物実験で使用している量と、実 際に臨床での量では全然違うんですか。 【長尾先生】はい、違います。動物への投与の方が圧倒的に多いです。しかしこれは、ミカ ルディスに限らずどの治療薬でも見られることで、人間とマウスやラットの薬物代謝の違い によると考えられます。もちろん、お薬によっても異なりますが、たとえば、体重が 60 キロ の患者さんに一回 40 ミリグラム処方される治療薬は、動物実験の段階では体重1キログラム 当たり 40 ミリグラム投与されることもあります。基礎研究から臨床治験に進む場合は、薬物 の血中濃度が重要になります。 【辻田医師】PPARγ活性だけだと、ピオグリタゾンの方が圧倒的に 30 倍とか 40 倍くらい高 いですので、効果は強いかなと思うんですけれども、ピオグリタゾンもさっきちょっと、も のすごい量をつければ使用は不可能ではないので、あとはこれの使用量も SIADH の治療薬で 臨床処方はできるんですけれども、トルバプタン治験の薬も量としては、実際臨床の量で使 えるお薬と一緒くらい。 【長尾先生】量ですか、正確な量については失念しましたが、いくつかのパターンがあった と思います。 追記:トルバプタンの臨床治験の投薬は、朝と夕方に 45 ミリグラムと 15 ミリグラム、 60 ミリグラムと 30 ミリグラムあるいは 90 ミリグラムと 30 ミリグラムです。利尿薬で あるトルバプタンは服用によって多尿になりますので、患者さんが許容できる範囲で投 薬量は増やしていき、多くの患者さんが朝と夕方に 90 ミリグラムと 30 ミリグラムを服 用されたようです。 【注】トルバプタンは利尿薬のひとつですが、他の利尿薬が PKD の患者さんに効果があ るという報告はありません。むしろ、病態を悪化させる場合があるようです。トルバプ タンによって、細胞内 cAMP が抑制されることが重要です。 臨床治験の投薬量が実際の臨床で使用されるかどうかは、今後の検討課題となると思います。 【辻田医師】あと、動物実験でも、嚢胞腎の完成したモデルを使っているんですか。 【長尾先生】動物実験で薬効を確認する場合は、理論通りにお薬が効力を発揮するかどうか を確認することを主な目的として、2次的な病態が進行していない嚢胞発生初期から投薬す ることが多いと思います。その上で、2次的な病態もある程度進行している、つまり嚢胞腎 の完成した状態のモデル動物を使用する場合もあります。トルバプタンを投与した動物実験 では、嚢胞発生初期と、嚢胞腎が完成した中期後期の両方でおこなわれています。 【辻田医師】実際その、その場合、実際にどちらが効果がありそうなんですか。初期の段階 と。僕が思うのは、臨床治験で嚢胞が出来上がってから薬を使うのはちょっと遅すぎるんじ ゃないかと思って、こうやって遺伝で分かっているのであれば、ある程度、もしくはできる のであれば、リスクのある人を投与してみれば、近頃、エコーや CT でわかるくらいだと、な かなか臨床的に効果を表すのは難しいんじゃないかと思うんですけれども、実際その、 【長尾先生】先生がおっしゃる通り、動物実験を行っていると、可能なら早くから処方して 頂くに越したことはないと思います。 【辻田医師】おそらく臨床で 5%~10%小さくなっても、その人がそれだけ費用を使って薬を 飲んでも臨床的にそこまで効果があるかというと、ちょっと難しいんじゃないかと患者さん にも申し上げますけれども、ということで、もう少し早く使えればもうちょっと効果がある のかなと思うんですけれども、動物実験でそういうデータはなかなか 【長尾先生】そうですね。動物実験では嚢胞発生初期から投与を始めたものと、嚢胞腎が完 成した中期後期から投与を始めたもの両方で効果がありました。 【辻田医師】結果としてはまだ 【長尾先生】臨床治験の結果はもうすぐ公表されます。トルバプタンの動物実験では両時期 共に効果があります。 【辻田医師】両方効く。 【長尾先生】はい。 【辻田医師】多発性嚢胞腎の方で、発生がたとえば腎臓だけの人もいれば、肝臓、動脈瘤も あるし、あるいは肺に来たり、膵臓に来たりと色々あると思うんですけれども、発生段階の ところで違いがあるんでしょうか。腎臓だけの人もいれば、肝臓だけの状態、両方来たり、 肺に来たり、動脈瘤のある人もいれば、ない人もいたり。 【長尾先生】患者さんの病態や嚢胞ができる臓器に個人差がある理由は様々ですが、疾患モ デル動物でその個人差を作ることは難しいです。逆に動物実験で結果を得るためには、病態 が一定であることが条件となりますので。 【辻田医師】腎臓のモデルだけ作るというのは可能なんですか。 【長尾先生】病態が一定した疾患モデルの作製は案外難しく、特に一定の病態を示す肝嚢胞 モデルの作製は難しいようです。ほとんどの自然発症の PKD 疾患モデル動物では、肝嚢胞は 発生しませんし、、 、。 【辻田医師】腎臓だけということですね。 【長尾先生】はい、自然発症モデル動物は、表現型を中心に開発されますので、まず嚢胞腎 であることが開発される理由となります。その中でもある特殊なモデル動物が肝臓にも嚢胞 を併発すると言うような感じです。 【辻田医師】両方作るのは難しいということですね。 【長尾先生】はい、病態の進行状況が一定で嚢胞腎と嚢胞肝の両方を持つ疾患モデルを作製 するのは難しいです。 【辻田医師】そういう場合は動脈瘤はできる、そういうのもわからないですよね。 【長尾先生】患者さんに動脈瘤が合併する確率が高いことは知られていますが、動脈瘤を併 発する疾患モデル動物を作製するのは、ちょっと難しいですね。 【辻田医師】肝臓に効いたり腎臓に効いたりというのがあったと思うんですけれども、あれ はどういう違いですか。嚢胞肝は小さくなるけど、腎臓はだめだったり、あるいは、おそら く肝臓ではよさそうで、腎臓に関してはちょっとすべて効きが悪そうな感じなんですけれど、 【長尾先生】そうですね、感触的にはそういう感じ。 【辻田医師】それは用量の問題なんですか。 【長尾先生】それはなかなかちょっと一概には言えないかもしれませんね。 追記:PKD 責任遺伝子の変異によって腎臓と肝臓に嚢胞が発生しますが、お薬の効果は腎臓 と肝臓で異なる場合があります。その理由は明らかでない場合も多く一概には言えませんが、 トルバプタンの作用機序で説明したように、腎臓と肝臓では分布する受容体が異なっている 等、その理由が明らかなものもあります。また、ご質問のように、効力を発揮するお薬の用 量がそれぞれの臓器によって異なることも考える必要があると思われます。 【辻田医師】嚢胞自体は肝臓も腎臓もどこも一緒なんですよね、嚢胞自体は。 【長尾先生】腎臓では、嚢胞は尿細管から、肝臓は胆管から発生します。腎尿細管あるいは 胆管の上皮細胞が増殖することから初期嚢胞が発生すると考えられています。 【辻田医師】両方とも上皮ですよね。それでもなかなか効果は、用量を上げれば肝臓にも効 いてくるという感じですか。そういう用量の問題ではなさそうですか。 【長尾先生】今私が使用しているモデル動物に限定して言うと、用量が低くても効果が認め られるのは肝臓で、用量をちょっと上げるか、投与期間を長くしないと効果が得にくいのは 腎臓かな、と感じます。つまり、先生がご質問されたように、用量による効果の違いがある 可能性はあります。しかし、この感触は、あくまでもモデル動物に関するものですので、そ のまま、患者さんに当てはまるかというと、それはわかりません。あくまでもネズミ君のお 話です。 【辻田医師】それこそ、静注でやっているんですよね。静注で入れてというか、たとえばそ の、腎動脈へ局所に、 【長尾先生】そうですね、用量を増加する代わりに、腎臓の動脈へ直接投与すると腎臓にお けるお薬の効果がもっと上がるかもしれません。しかし、今のところ、動物実験では、腎動 脈への直接投与はやってないですね。多くの嚢胞腎の関係の研究者が行っているのは経口投 与、つまりお薬としてすぐに応用できる形で実施されています。 【追記】:最近、葉酸塩を抱合した mTOR 阻害剤を疾患モデル動物に投与したところ、腎臓 に存在する葉酸塩受容体を介して腎臓に取り込まれて、嚢胞腎の病態抑制に効果があるとい う報告がありました。お薬が腎臓に特異的に取り込まれる方法の開発は有効であると考えら れます。 【司会者】あとでご紹介しようと思ったんですが、今日は名古屋第一赤十字病院の腎臓病総 合医療センターから平光高久先生と辻田誠先生にご参加していただいています。あとで質問 をしてください。 あと薬に関するご質問はありませんか。 【平光医師】最後の方で ACE と ARB を併用されて効果があるというお話をされていましたけ れども、これはそれぞれの高血圧治療薬としての効果は増すということなのか、新たに嚢胞 腎あるいは嚢胞肝に対して効果が新たに単独に使われる、要は別々のお薬というお話だった んですけれども。 【長尾先生】ご紹介した臨床治験は、血圧のコントロールについて検討することが目的と思 われますが、腎臓の容積も測定項目になっていることから、降圧剤である ACE 阻害剤と ARB の併用による嚢胞腎の病態進行抑制効果の有無も報告されるのではないかと予想しています。 【質問者】この資料の 39 番のグラフに PKD の患者さんの状況で初期の人を結構、悪化した人 も止まった人も全員ひっくるめて、さっき先生が言ってたような、 【長尾先生】資料 39 の報告に参加された患者さんは臨床治験の第Ⅱ相に参加された方の内、 服用を希望された患者さんの結果であると聞いています。このため、ある程度腎機能を保た れている方の結果だと考えて頂ければ良いと思います。 【質問者】あと、臨床の実験の時、先生にお願いしたいことというか、販売中止になって治 験ができないということをさっき言っていたような気がしたんですけれども、そういうのが 復活されて臨床治験とかやらないかな、と聞いてみたかったんです。 【長尾先生】そうですね。昨年の米国腎臓学会で発表された先生に、ピリメタミンは臨床治 験を計画されないのですか?とお聞きしたところ FDA(米国食品医薬品局)に働きかけてい るところですと、おっしゃっていました。臨床治験が計画されるかどうかは、患者さんやお 医者さんの協力の他に、製薬会社の協力が不可欠です。基礎研究で PKD の病態進行を抑制す る効果がみられたのだから、すぐにでも臨床治験に進んでほしいと思われると思いますが、 今のところ今後どのように進むかはわかりません。 【山地】今の関連で、質問ではないんですけれども、スマトスタチンも割と似たような状況 で、もう、10 年という製薬会社の特許期限をほとんど終わりかかってるんですね。ノバルテ ィスはやりたがっていないと。基礎実験では色々効果がある程度出ているんですが、製薬メ ーカーが動いてくれないというのがあります。ですから先ほどの販売中止になったのも、多 分もう、特許期限が過ぎているんで誰でも作れるので、結局今から先ほど出た 500 億をかけ て治験をしても、その 500 億が回収できる見込みがなければ、治験がスタートできないんで すね。今私ども本部の方で動いているのは、 (厚生労働省難病対策委員会の)中間報告にも出 ているんですけれども、メーカー主導でなくて医者主導で治験ができるような体制を進めて いきたいというのも中間報告に出てますので、ぜひそれを進めてほしいという要望は出そう としています。以上です。 【辻田医師】IL-6 阻害剤というのは、ありますよね。IL-6 を阻害すると炎症を抑える効果が あると 【長尾先生】基礎研究では、まだ IL-6 阻害剤投与の報告はありませんので、よかったら先生 と一緒にやりましょう。 【司会者】平光先生にお聞きしたいんですけど、PKD で移植患者ですけど、一番心配してい るのは、薬の腎毒性で、将来慢性移植腎症になる可能性が高いと思うんですけれども、3 週 間前に名古屋で日本移植学会がありまして、その中で夢の薬というか、サーティカン、これ は腎毒性がないので、今の薬と併用をすると非常に効果が高いというのは言われていまして、 これは去年から厚労省から認可があって、一般で使われていますよね。先ほど、長尾先生が おっしゃった、2003 年くらいにエベロリムスが一般治療薬だということなんですけれども、 これは同じ薬ではないかな、要するに、エベロリムスとサーティカン同じですよね。臨床の 場で使われているということで、非常に腎毒性が少ないので、移植腎が長期にもつという非 常に高いメリットがある薬なんですけれど、この薬でもう一つ、先ほど長尾先生がおっしゃ っている、嚢胞腎を小さくするという効果があると、私たちにとっては二つも一気に解決す る夢の薬のような気がするんですけれども、その点はいかがですか。ということと、先日東 京女子医大で受診した時に、日赤の方で、これは薬とは関係なく、嚢胞腎が小さくなったと いう、研究発表されていると聞いたので、それをちょっと教えていただきたいんですけれど も。 【平光医師】後者のことに関して言うと、うちの山本先生が論文発表しているんですけれど も、腎移植すると、嚢胞腎自体が腎移植によって一時的に小さくなるという、一応データは 出ています。また、移植することによって、小さくなったらなると思います。 mTOR 活性阻害剤との併用で、腎機能に影響も少ないという可能性は基本的に、mTOR 活性阻害 剤を使うときには CNI といって、免疫抑制剤、それを使うんですけれども、その量を基本的 に腎臓に対しても線維化とか最終的に起こしてくるのは CNI というネオーラルとかプログラ フなんですけれども、その量を、使用量を減らすことができるということが、今、併用して 使っているんです。 使うものですから、その量を減らすことができるので、そういったところの影響があります、 腎毒性が少なくなって、最終的には腎機能がよくなるんじゃないか、といわれています。 【司会者】先ほどのと同じ薬ですね。 ありがとうございました。