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VRMMO エルフと鬼が旅する仮想世界

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VRMMO エルフと鬼が旅する仮想世界
VRMMO エルフと鬼が旅する仮想世界
フタ
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
VRMMO エルフと鬼が旅する仮想世界
︻Nコード︼
N5693BV
︻作者名︼
フタ
︻あらすじ︼
VRMMORPG︻ワールド・クエスト・オンライン︼でエル
フと鬼を初期種族に選択した夫婦のマイペースな冒険譚。よくある
VRMMO物語です。
一話3000∼5000程度。デスゲームの予定はありません。
1
序章 ワールド・クエスト・オンラインとは
7月末、学生たちが夏休み前で浮き足立つこの時期、圧倒的世界
観と銘打たれた世界初となる第5世代型のVRMMORPGの正式
サービスが開始された。
第1世代が仮想世界のフルダイブ技術、第2世代は第1世代が視
覚と聴覚だけだったがそこに触覚と味覚と嗅覚の残り五感全てが体
感可能となり、第3世代が三大欲求の解放、第4世代が時間加速の
実現、そして第5世代が人間とAI管理による仮想世界の更なる描
写拡大だった。
仮想世界を現実と同等にするためには、同じデータがほぼ皆無で
なければいけない。例えば森のフィールドであれば、生い茂る木々
は一本一本微妙に異なるものにして、木の幹のしわなどもすべて違
うものでなければならない。そこまでして、初めて仮想世界は現実
に匹敵する領域に到達するのである。
さすがに第5世代型といえども、そこまでの描写は金銭的な面の
問題もあってか未だ難しいといえた。しかし科学の発展は加速度的
に上昇しており、技術的な部分で見れば、ほとんど現実にいる状態
と錯覚してしまうほどに仮想世界の構築が進んでいた。
次代のAI研究も兼任して計画されるこのVRMMORPGこと
︻ワールド・クエスト・オンライン︼は世界で有名な日本人固有の
変態的技術力と、第3位の経済力を武器に、近年開発され実用化も
されている最新型の量子コンピューターを導入し、1000億を軽
く超える破格の予算によって初めて実現することになった。
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これは日本が世界技術大国の最先端を突っ走る上での国家プロジ
ェクトでもあり、ゲーム産業を押し上げる意味でも重要なものとな
る。ネット市民はこれにより汚職を一掃して日本の未来のひとつを
見せた政府を全面支持。海外からは﹁技術発祥はやはり日本か﹂と
お馴染みの言葉を頂戴していた。
月額5000円は従来のVRMMOに比べて割高ではあるがそれ
だけの価値があり、現状の利益から見て黒字になるのは将来的に遠
くはないと言わしめ、日本、北米、EUを中心に世界同時発売し、
瞬く間に浸透して大ヒット御礼。言語の翻訳機能などを盛り込んで
いるため、今まで以上に気軽にゲームを通して国際感覚を磨くこと
ができたことも売れ行きを伸ばすひとつの要因といえるだろう。
また︻ワールド・クエスト・オンライン︼を語る上でも重要なの
は、運営のこれでもかという悪戯⋮⋮もとい遊び心である。ネタに
困らないその裏話は枚挙に暇なく、人間の想像力と超高性能AIの
天文学的計算速度が結託して作り上げたゲーム内の隠し要素はまさ
に千差万別の千変万化。NPCの一人一人に簡易AIが導入されて
いることからもわかるように、現在の技術力で可能な限界まで作り
こまれたデータの波は圧倒的世界観のキャッチフレーズに偽り無し
だった。
何よりもプレイヤーを驚かしたのは、運営がβテスターたちが先
んじて作成していた情報wikiを真っ向からちゃぶ台返ししたこ
とである。
正式サービスされた︻ワールド・クエスト・オンライン︼はゲー
ム内時間の加速を利用し、βテスト時からゲーム内の世界は500
年先の歴史を歩んでいた。つまりβテスターたちが滞在していた村
3
は発展を遂げて町になっていたり、優良な狩場だったダンジョンは
地盤沈下でわずかな名残を残して消滅していたり、そこから這い出
たモンスターが周辺の生態系を変化させていたりと、﹁βの情報?
なにそれおいしいの? あの職業や種族やスキルが不遇だって?
HAHAHA君らの話は所詮βまでの話サ﹂状態を運営は生み出
していたのである。
正式サービス直前までそんな情報をひとかけらも開示していなか
った為、当然ながら意見は賛否両論となったが、﹁サービス開始は
全てのプレイヤーのスタートラインは同じである。βテスターたち
に正式サービスへの特典はなく、あるのは先んじてシステムを把握
している経験だけ﹂との公式文書が批判内容を鎮火させた。プレイ
ヤーたちには運営の高笑いが幻聴していたかどうかは定かではない。
さて、そんな不確定要素万歳な運営が作る、タイトルのとおり仮
想世界を探求するゲームである︻ワールド・クエスト・オンライン︼
のゲームシステムを説明することにしよう。
RPGが入っていることでもわかると思うが、︻ワールド・クエ
スト・オンライン︼は戦闘有りのゲームで、スキルレベル制度を軸
にした内容になっている。運営いわく﹁現実の人間は生物的スペッ
クの成長なんて微々たる物で、強い武装をして技術を伸ばすことが
ヒトとしての強さである﹂という回答をしている。つまり、単純な
筋力や反射性は他の肉食性動物なんかのほうが優れているから武器
とか武道とかの技術と知識を鍛えなさい、ということだ。
故に︻ワールド・クエスト・オンライン︼のプレイヤーの強さは、
いかに装備品の収集とスキルの習得をしていくかによる。物凄く硬
い敵にはドリルとかで穴を開ければいいし、警戒心の強い敵にはス
テルス性のあるスキルで必殺すればよいのである。
4
とはいえそこはゲームなわけで、初期設定で人間以外の種族、そ
してスキルの成長を促がしやすくするために職業の選択をして、筋
力に優れたドワーフや獣人や竜人とか、魔力に優れたエルフや天使
や悪魔などでプレイの幅を広げることができる。人間はすべてにお
いて万能であるが、特化した能力はなくバランスの良い、悪く言え
ば器用貧乏な平均的種族で、しかし時に例外的な成長の上がり具合
を見せるという設定がされていた。
プレイヤーやモンスターのステータスはF∼Aのアルファベット
でランク付けされており、Aの上には条件を満たすことでSやEX
の特別なランクに至れる。武器などの道具の品質ランクも同様だ。
この強度は装備品や道具により強化されること以外に方法はなく、
基本的に上昇することはほぼない。︻ワールド・クエスト・オンラ
イン︼にとってのステータスのランクは、現状の強さというよりは
種族の潜在的な強さという意味で使われる。
スキルには1∼50までのレベル限界があり、レベルが10上が
るごとにスキル特有のアーツといういわゆる必殺技のようなものを
習得し、50までスキルレベルが上がるとスキルは別のものに進化
する他、条件を満たせば別のスキル同士を統合させて新しく変化さ
せることも可能となっていた。
スキルの習得方法は、クエストの報酬だったり、プレイ内容に反
映して唐突に覚えたりと様々。その数は膨大で、はっきりいってま
ったく無用の長物なネタスキルも数多く存在していた。
プレイヤーは最初に実際に自分が動かすキャラクターの種族や容
姿を決めた後、5つだけスキルを自由に選択し、チャット方法や戦
闘方法といった簡単なチュートリアルを経て︻ワールド・クエスト・
5
オンライン︼で最も大きな大陸の主要都市となる︻王都スターティ
ア︼の東西南北中央に配置された転移クリスタル広場のどれかに転
送され、ゲームをプレイすることになる。
そして王都の広さ、城下町に住むNPCのコミュニケーション能
力に驚き、五感を刺激する情報の多さに感嘆の声を漏らす。王城の
概観や転移クリスタルの柱の荘厳さなど、普通に生活していれば現
実では決して味わえぬ風景として、スクリーンショットはしばらく
みしまめぐみ
はネット上を騒がせることになる。
みしまたけひさ
三島武久、27歳。三島恵美、28歳。この物語の主人公となる、
三十路の近づいてきた結婚半年の彼ら新婚夫婦が降り立つ︻ワール
ド・クエスト・オンライン︼は、そんなゲームである。
6
序章 ワールド・クエスト・オンラインとは︵後書き︶
小説投稿はおろか書くのも初めての試み。
最終的にどうなるかわかりませんが挑戦してみます。
書き溜めなしののんびり更新。
ひとまず完結目指して頑張ります。
7
1. 王都スターティアを歩く︵前書き︶
最初はどうしても説明回になってしまう。
精進せねば。
8
1. 王都スターティアを歩く
﹁⋮⋮おぉ﹂
﹁これは、すごいわね﹂
チュートリアルを終えて王都スターティアの転移クリスタル王都
中央広場に降り立った二人のプレイヤー、タケとメグは思わず目の
前の風景に感嘆の声を漏らした。
背後には10メートルを超える透明な水晶の柱、地面は丁寧に整
地され白と茶色の石畳が敷き詰められ、広場から正面には3車線道
路ほどの広さの道が一直線に伸び、奥にはネット上の写真でしか見
たことないような立派な城がそびえ立つ。全体的に城下町の家屋は
赤レンガを使用しているのか、屋根や壁が赤茶色のものが多く、古
風な中世の雰囲気がありながらも整然とした家屋はどこか近代的な
ところがあった。
﹁⋮⋮と、ここにいたら人とぶつかるかもしれん、移動するか﹂
﹁そうね、予定どおり最初はクエスト発注ギルドにいって登録する
わよ﹂
﹁ああ。それで後は臨機応変に楽しむ、でいいんだよな﹂
﹁そそ﹂
転移クリスタルから続々と人が青白い光に包まれ出現してくる。
正式サービス開始時刻と同時にログインしたのだから、これからし
ばらくは転移ラッシュが続くだろう。
タケとメグはキャラクター容姿を現実の自分より多少若くしてみ
9
ただけで、ほぼ変更はしていない。
タケは赤いメッシュを入れた黒髪黒目に、赤い水晶のような半透
明の捻じれた20センチほどの長さの角が眉間から伸びていた。︻
ワールド・クエスト・オンライン︼に数ある種族の内のひとつ、鬼
である。
鬼は肉体的なスペックに優れ、それでいて筋力値も高いことから
直線的な動きも早く、典型的な脳筋タイプである。タケの背中には
チュートリアルで貰った革の肩ベルトで戦斧が固定され、革の鎧を
着こんだ彼は誰がどうみても前衛担当の戦士だった。
名前:タケ
性別:男
種族:鬼︵一本角︶
職業:戦士
体力:A
精神:D
筋力:A
敏捷:D
幸運:D
スキル
重装備の技術 level:1 重量のある武具を装備してい
るとプラス補正
ぶん回し level:1 武器を大きく振り回す行動にプラ
ス補正
鉄壁防御 level:1 防御関係の行動にプラス補正
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蓄積反撃 level:1 耐えたダメージの分だけ威力を上
げて攻撃できる
自然と共に level:1 動植物に対するアドバンテージ
を得る
種族固有スキル
鬼の怒り level:1 自分と味方のHPが一定値減少す
ると攻守が上昇する
メグが動き回るアタッカーをやりたいとの希望だった為、特にプ
レイ内容を考えていなかったタケは彼女の強い要望から盾役の前衛
をやるように言われた。故にチュートリアルで選んだ種族とスキル
は防御に適したものを選択した。
一方相方のメグはというと、現実でも空手、柔道、合気道を修練
していた為、武器ではなく自分の手足を使って敵をぶちのめすこと
を選択していた。良家の箱入り娘として育てられた反動かそれとも
生来の気質なのか、世間的には立派な艶のある若奥様の仮面を被り
つつも、ボクシングジムでストレス発散を行う苛烈な一面があった。
一歩間違えれば物理的に恐ろしい鬼嫁になっていたかもしれない
が、温厚で懐の深いタケにとっては気安い姐さん女房といえた。
名前:メグ
性別:女
種族:エルフ
職業:格闘家
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体力:D
精神:A
筋力:D
敏捷:C
幸運:C
スキル
鋼の肉体 level:1 素の防御力が向上する
全身凶器 level:1 徒手空拳での攻撃行動にプラス補正
縦横無尽 level:1 走り回り飛び跳ねる行動にプラス
補正
魔力の鎧 level:1 魔力を身体に纏わせる技術
ピンポイント level:1 弱点の位置がわかる
種族固有スキル
精霊の囁き level:1 精霊の力を借りることができる
アップにまとめた黒髪に緑色の眼と、横に伸びる尖った耳のエル
フがメグのキャラクターだ。174センチあるタケに近く、目元の
泣きぼくろも相まって女性にしては背丈のある彼女は妙に色気があ
った。当然ながらスタイルもよく、男どもの視線は大抵一点に注が
れる。もっとも、ビールを豪快に飲み干して﹁くぁーっ、このため
に生きてるわー﹂という親父くさい姿を見ると最初の大和撫子なイ
メージは木端微塵に砕け散るわけだが。
タケと同じくチュートリアルでもらった女性用の革鎧と、腰のベ
ルトに釣り下がった徒手空拳用の鉄の手甲。そして足には鉄で出来
た足甲。魔法に適した種族のエルフであることを除けば、典型的な
格闘家の姿であった。
12
﹁これ、王都の地図を見るにギルドは町の中央と壁の真ん中付近み
たいね﹂
﹁外壁はここからでもうっすらと見えるが⋮⋮、けっこう歩きそう
だな﹂
﹁はいはい、ぼやかないできりきり歩く。鬼なら体力有り余ってん
でしょ﹂
探査や探知といった系統のスキルのない二人にはRPGお馴染み
のマップ機能がなく、地図を片手に散策を行わなければならない。
なおチュートリアルでこの地図をもらったが、他には先ほど描写し
た武器と防具、武器を取り出しやすいように空中に固定させる鞘い
らずの革ベルト、アイテムの種類問わず100個まで収納可能なア
イテムポーチ、エントという共通貨幣を収める財布をプレゼントさ
れていた。
二人は早くもPT募集を広場で始めるプレイヤーの声が飛び交う
中、城下町に3か所設置されるクエスト発注ギルドに足を向けるが、
目的地に到達するまでに40分近くもの時間を必要とした。ちなみ
に外に出るための城下町の外壁門にいくには更に40分ほど歩かな
ければならない。
単純な計算であるが徒歩1時間は4キロ程度の距離になる。二人
が王都の中央にある転移クリスタル広場から歩いてきたことから考
えると、王都は少なく見積もっても半径4キロの直径8キロは確実
にあり、約48キロ平方メートルもの広さだった。
国の名前を冠した王都スターティアは設定上、NPCだけでも2
0万近くの人が住む現状では最大の中心都市だ。これほど大きな町
は今のところ他にない。いや、設定上でなら存在しているが、大型
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バージョンアップが入るまでプレイヤーはこの国を離れられない。
何故なら︻ワールド・クエスト・オンライン︼は小さな陸や島がい
くつもある、ほぼすべてが海洋国家で構成された世界だからである。
今は海の影響という理由から他の大陸に向かう船旅ができないし、
隣国に繋がる長い大橋は先に発生したという天災被害での復旧作業
をしており封鎖中だ。しかし小さな陸といっても四国程度の大きさ
はあって、十分にプレイヤーの冒険心を満足させる仕上がりだった。
王都から離れてしまえばしばらくは緑の地平線が美しい草原地帯
が見渡せる。一番近い町だと馬車で2日離れた海岸線沿いの港町で、
王都を中心にちらほらと貴族の領主が管理する町や村が点在する自
然多き国が西方の大国スターティアの特徴だった。これだけでも︻
ワールド・クエスト・オンライン︼の広大さが理解でき、運営の力
の入れ具合が垣間見れる。
だからこそ人口の多い王都には様々なクエスト乱立の条件があり、
プレイヤーたちが王都から離れて本格的に冒険に繰り出すのは、攻
略組と言われるようなプレイヤーを除き数ヶ月先の話になる。
の境界線で東西南北四つの区画に分かれている。東は
王都は円形に広がる二重の外壁門に囲まれ、中央の転移クリスタ
ル広場から
市場や露店の立ち並ぶ商業区画、西は数多くの鍛冶場や工房のある
職人区画、南は一般市民の住む住宅区画で、北は端に王城があり周
囲に役所や軍関連の施設や貴族の屋敷があった。一つ目の外壁門の
外は農家の穀倉地帯が連なり王都の食糧事情を支え、害獣が作物を
荒らさないように更の遠くに二つ目の外壁門がそびえ立つのである。
クエスト発注ギルドは、民間問題の解決に力を注ぐ国際組織で世
界中に点在しており、王都は東と西と南の三か所に建設されていた。
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﹁遠いな。いやほんと遠いな。毎回ここまで足を運ぶのは面倒だ﹂
﹁ディスプレイのゲームだと暗転で一発だけどね。まあベータのと
きもそうだったでしょ﹂
二人の声がげんなりしたものなのは致し方ないと言える距離だっ
た。
﹁素直に魔導バスってのを使っておけばよかったな﹂
﹁⋮⋮まあ次回からそうしましょう﹂
道路は歩道と馬車道と魔導バス路線に別れ、歩道を歩く二人の横
をかっぽかっぽと蹄を鳴らす馬に乗った人や荷台を引く馬車が通っ
ていく。たまに馬糞がぼとぼと落ちていくが、何故か不快なにおい
が漂ってこない。これは馬の鞍や馬車道の地面に敷き詰められた黄
土色の石畳に、防臭の魔法式が刻まれているからである。放置され
た馬糞は定期的に清掃処理の職業につく作業者が回収し、穀倉地帯
の肥料となるのだ。
馬車の横には長方形の魔導バスが音もなく進んでいく。これはリ
ニアモーターのように雷属性の魔法で磁力を利用した作りになって
いるため、静かで揺れもなく王都の安定した移動手段となっており、
現実のバスと同様リーズナブルな価格で気軽に乗れるため大抵の人
は馬車ではなく魔導バスを利用する。
しかし魔導バスの路線は王都だけにしか敷かれていないため、鉄
道といった大人数を輸送する長距離移動の乗り物が普及していない
この世界観ではまだまだ馬車が現役である。
﹁ついたわね﹂
﹁ふむ、ゲーム内時間が加速されてなきゃ移動だけでプレイが終わ
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るな﹂
近年のVRのフルダイブ技術から思考加速が導入され、わずかな
時間で数倍に増幅され少しでも長くゲームを楽しめるようになって
おり、現実で仕事に追われる社会人にとっても非常に助かるもので
あった。寿命を縮めるのではないかとの批判意見も数多く自称専門
家から言われているが、徹底された安全管理基準をクリアした技術
に今のところ不備はない。今後人間の脳科学や計算科学が発展して
いけば、また違った見解も出るのだろうが、それは別の話である。
目の前には羊皮紙のスクロールに羽ペンで文字を書いているよう
なマークのギルドの看板。
﹁さていくか﹂
﹁おっけー﹂
きぃ、と扉の音を立て、二階建ての建物にタケとメグは入ってい
く。耳に入る喧騒。一階のフロア全てを使った内装は銀行に似てい
た。建物の半分を机が区切り、①∼⑦の数字が釣り下がったプレー
トの下に7人の受付嬢が座って武器と鎧を着こんだ者や、依頼をお
願いに来た人などに応対していた。
受付嬢の後ろには、モンスターの討伐部位だろうか、牙やツメを
鑑定しているメガネをかけた女性や赤黒い毛皮を並べている青年が
いた。
壁側には沢山のこげ茶の紙が添付された掲示板がずらりと並び、
F∼Aのプレートがあることから、依頼用紙を張り付けたランク分
けがきっちり成されている。全身甲冑を着た男と弓を背負った女が
腕を組んで用紙を眺めているのが印象的だ。
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﹁あのー、すいません﹂
﹁ん? おう、なんだい﹂
初対面の人に臆することなく話しかけるタケ。同じ武器だから親
近感があったこともあり、ひげ面スキンヘッドのどでかい両刃斧を
持った浅黒い肌のおっさんに話しかける。大柄で筋肉の多い逆三角
形の体格と腕の太さ、使い込まれつつも立派な黒い鎧、堂々とした
立ち振る舞いから一目で歴戦の戦士だとわかる。
﹁俺たちギルドに初めてきたんですが、登録ってのはどこですれば
いいんでしょうか?﹂
丁寧な物腰で問いかけるタケと、後ろにいるメグを見て﹁ああそ
うか﹂と何かに納得したのか、にやりと笑みを浮かべた。
﹁あんたら、異世界の住人か﹂
おっさんのその言葉に周囲の人々の視線が集まる。
あいつらが、思ったよりも普通なんだな、そこまで強くなさそう
だね、と声が聞こえる。
タケたちはここまで注目される理由が思いつかない。
﹁確かにそうだけど、そんな驚くこと?﹂
﹁まあ500年前に来て、突然一斉にいなくなった、て話だからな。
今回、この前王室から異世界の住人が過去よりもはるかに多く、そ
れこそ万単位で押し寄せるだろうって通達がきたから皆気になって
たんだ。俺らにとってはかつて小さな町だった王都を悪竜の災厄か
ら守ったていう伝説上の奴らだったわけだしな﹂
﹁⋮⋮なるほどね﹂
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βテスト時代のあったグランドシナリオ最後のボス、悪竜ジャイ
アントバジリスクとの戦いはスターティアの英雄譚のひとつに数え
られていた。ちなみに図らずとも二人の出会いの場となったβテス
トでの最前線に彼らが紛れていたりする。そのときは首狩りとか拳
王とか妙な二つ名を頂戴しており、実は英雄譚にその名前がちゃっ
かり記されている。しっぽを斬り飛ばしたとか目玉を抉り潰したと
か。
﹁姉ちゃんはエルフか、それからあんちゃんは鬼か? 珍しい組み
合わせだが、異世界の奴らは種族にこだわらないって聞いてたから
な﹂
目の前の二人がかの英雄譚の存在だとはつゆ知らず、頭を叩いて
﹁これから面白くなりそうだ﹂とおっさんは笑い声を上げた。
﹁ランドルフ。それが俺の名だ。あんたらが登録するギルドの先輩
として恥ずかしくない姿を見せないとな﹂
﹁俺はタケ、こっちはメグだ﹂
タケは差し出されたランドルフの手とがっちりと握手を交わした。
メグも﹁よろしくね﹂と軽く手を上げる。
﹁何はともあれ歓迎するぜ異世界からの新米! ようこそ王都スタ
ーティアのクエスト発注ギルドに!﹂
かくして二人の夫婦の冒険は始まるのであった。
18
1. 王都スターティアを歩く︵後書き︶
ぶん回しの効果に矛盾が発生しそうなので、
2013/11/2 王都の広さの間違いを修正
2013/11/15
説明文を下記の形に変更
※長い武器を振り回す行動↓武器を大きく振り回す行動
19
2. ギルド加入試験 前編
﹁ランドルフさんは貴方たちを新米と呼びましたが、実際のところ
二人は登録試験を終えて、初めてそう呼ばれます﹂
クエスト発注ギルド受付嬢きってのクールビューティーと噂され
る、4番受付担当のエリエリスは表情ひとつ変えずに言った。この
極北のような冷たい視線がたまらない、というその手の性癖の男と
違い、タケは﹁ランドルフは有名な冒険者だったのか﹂と彼女の美
貌にやられたりはしない。冷えた態度も特に気にしない。
﹁試験てのは今すぐできるもの?﹂
﹁はい、単純な戦闘力を判断するだけです。ギルドの職員か冒険者
の誰かと﹁なんだったら俺がやろうか﹂戦って⋮⋮、ランドルフさ
んがですか?﹂
内容を聞くメグの後ろからランドルフが口を挟み、目をぱちくり
させるエリエリスに﹁おうよ﹂と答える。
﹁Aランクの貴方なら間違いなく適任ですが、いいのですか?﹂
﹁構わねえよ、プロミネンスウルフの鑑定もまだちょいとかかりそ
うだしな﹂
メグはランドルフの装備を見て相応の強さだと判断していたので、
彼がAランクだったことに驚きはない。へえ、と感心するだけだ。
エリエリスの後ろ、先ほど青年が並べていた赤黒い毛皮がプロミネ
ンスウルフの討伐部位なのだが、タケはβテスト時代にはそんな敵
いなかったよな、とかつての経験をもとに頭の中の情報を整理して
20
いた。
﹁ということは、私たちがランドルフさんと模擬戦するってことで
いいのかな﹂
﹁そうゆうことになりますね、少々お待ちください﹂
頷くエリエリスは、ごそごそと机の下に手を伸ばし、茶色の紙を
取り出す。横に置いてある硝子ペンにインクを付け、慣れた手つき
ですらすらと文章を書いていく。
基本的に︻ワールド・クエスト・オンライン︼はすべて日本語学
で統一されているが、これが英語圏の人間の場合だと、日本語文字
の下に英語の白い筆記体の文章がシステムの翻訳機能の作用で字幕
のように浮かび上がることになる。なお口頭の内容は最初から音声
変換される。よく見ると唇の動きに違和感を覚えるが、それでも遊
ぶ上では必須の便利機能だった。
︻ 王都スターティア 東支部 ︼
Dランク以上指定依頼
内容
ギルド登録希望者の試験官
人数
模擬戦による実力選考
報酬
1000エント
ギルドポイント 30p
21
依頼発注者 4番受付担当 エリエリス
ぽん、とエリエリスが︻発注︼の文字の小さな印鑑を自分の名前
の横に押すと、タケとメグの目の前に︻クエスト発生!︼と半透明
のウィンドウが出現した。周りのNPCの視線に動きはなく、何も
反応しないことから、このウィンドウがプレイヤーのみに見えるも
のとわかる。
このゲーム内での通貨価値は現実の日本円と同様に設定されてい
る。報酬の1000エントは千円と同じで、だいたい外食一回分の
金額である。一度の模擬戦でその報酬が高いのか安いのかは受注し
た冒険者の実力次第だろう。Aランクのランドルフにとってはこず
かい稼ぎのようなものだ。
なおたまたま二人がギルドに一番乗りしただけで、この後大挙と
してNPCたちにとっての異世界人がギルド登録に訪れ、既存の冒
険者たちに試験官の仕事を回すことになり、さらには怪我を負う人
も少なくないため隣の薬局がしばしの大繁盛に嬉しい悲鳴を上げる
ことになる。
﹁ではランドルフさん、お願いしますね﹂
﹁おう、任せときな﹂
ランドルフがエリエリスから依頼書を受け取る。
﹁なんだランドルフ、俺らに相談もなく何の依頼受けてんだ﹂
﹁はぁー、気が付いたらこれだもん。行動的なのは、はたして褒め
られるべきかどうかね﹂
二本の剣を腰に吊るした男と藍色のローブを着た女性だった。ギ
22
ルドの二階にいたようでさっきまでのやりとりは知らないらしい。
﹁おうカズリオにレン。タケとメグ、こいつらの試験だ﹂
﹁試験?﹂
﹁ほー、わざわざお前が目をかけるたぁ、いい余興になりそうだ﹂
軽く会釈するタケとメグを面白そうに眺める二人。
﹁なんだったらどっちか片方はあたしがやろうか?﹂
﹁ばっかおまえがやったら一発でミディアムじゃねえか﹂
﹁ちゃんと手加減はするに決まってるでしょ﹂
見た目通り、ローブのレンと呼ばれた女性は魔法主体の戦いをす
るようで、会話内容から火や雷属性を得意とするなとタケとメグは
看破する。また二本の剣を持った、おそらく双剣使いの男、カズリ
オはランドルフほどではないが引き締まった体格で、動きやすそう
な銀色のスケイルメイルを着こんでいることからスピード重視の軽
戦士なのかもしれないと二人は予想を立てていた。
﹁とりあえず誰が試験官を務めるのか、判断は任せるとして、どこ
でやるの?﹂
﹁ん、ああギルドの裏に訓練所がある。こっちだ、ついてこい﹂
じゃれ合うチームの二人を見て、しょうがない奴らだ、と苦笑し
ていたランドルフは頭をかいていたが、メグの問いに答えるとギル
ドの奥に向かって歩いていく。
タケとメグ、そしてランドルフとチームを組んでいるカズリオと
レンだけでなく、何故か他の冒険者たちもその後をついて行った。
どうやら新しく登録希望の、それも異世界人がどれほどの実力なの
23
か見世物にするつもりらしい。後ろの追従するNPCたちを見て﹁
やれやれね﹂とメグはため息をもらした。
ギルド奥の通路を抜けると、グラウンドのような屋外の訓練場に
出る。そこそこの広さで走り回っても問題なさそうだ。訓練場の入
り口横には木剣や木槍などが綺麗に仕舞われており、案山子のよう
な的が5体ほど地面に突き刺さっていた。
﹁今はちょうど昼過ぎだしな、さすがに訓練してるような奴らはい
ないから貸切だぜ﹂
ランドルフの言葉通り、ほとんどの冒険者は朝に依頼を受けて夕
方に帰ってくる場合が多く、日中のギルド内は比較的人のいない時
間帯だった。
﹁そんじゃ始めるか、どっちから先にやるかい。一応実力を見るっ
てことだから一対一にするつもりなんだが﹂
タケとメグはアイコンタクト。
﹁私がやるわ﹂
ようやく誰かを殴れるからか、うずうずしていたメグが手を挙げ
た。
﹁よっし⋮⋮ほれ、ここに訓練用の武器が置いてあるから適当に持
ってきな﹂
よく見ると刃の部分に黒いゴムが取り付けられた木斧を手に取っ
たランドルフは、木箱にある木剣や立て掛けられた木槍を指さすが、
﹁いらないわ﹂とメグは一蹴する。
﹁私の得物はこの手足だからね﹂
ごきり、と聞こえそうに指を曲げて不敵な笑みを浮かべるメグに、
24
﹁ほう、面白い﹂とランドルフは歯を見せて好戦的な笑みで返した。
メグが武器らしいものを持ってないことはわかっていたが、どち
らかといえば腕力のない弓を得意とする種族のエルフが格闘家だと
はランドルフは本気にしていなかった。だがこのピンと背筋の伸び
た姿勢から漏れる威圧感はどうだ、相応の訓練を得た実力者ではな
いか。
すぐさま数人の観客となる冒険者たちの人垣ができ、メグの雰囲
気に感じるものがあったランドルフは緊張感をまき散らし、ぴりぴ
りした空気が訓練場を決闘場に様変わりさせた。
え、試験じゃないの、なんでこんなマジな状況になってんですか、
と空気に流されない男であるタケは首をかしげていた。
﹁こりゃあ見物だ、手加減するって顔じゃねえぞあいつ﹂
﹁体格差は明確ね。ランドルフのパワーに素手の彼女がどこまで対
応するかかしら﹂
タケの横にきたカズリオは顎の無精ひげをなでつつにやにやと楽
しそうで、レンは興味深そうに相対する二人の戦力差の計算をして
いる。
﹁タケ君、これ持っといて﹂
ぽいっと投げられたメグの鉄の手甲と足甲をタケが受け取る。
﹁こっちはいつでもいいよ﹂
﹁おーし、んじゃ始めるか。カズリオ、合図頼む﹂
﹁はいよ﹂
数メートル間隔の距離を開け、対峙する巨漢のスキンヘッドと黒
25
髪エルフの見た目だけは若妻。
ランドルフは両手で斧を持ち油断なく相手を見据え、メグは半身
になり通っていた道場の教えにある構えを取り、数秒後﹁はじめっ﹂
の声をカズリオが上げた。
合図と同時にメグは駆け、一瞬で相手との間合いを消し飛ばして
懐に潜り込み、アッパーカット。踏み込みの速度に軽く驚いたがそ
こはAランク冒険者、ランドルフは冷静に受けからのカウンターを
即座に狙う。
しかしアッパーはフェイント。
ピタリと拳を止め虎のような獰猛な笑みのメグを見て、防御姿勢
を取ったランドルフに鳥肌が立つ。距離をとれ、と警鐘を鳴らす本
能的な声が脳内に響き、彼女に膝蹴りを叩き込もうとした。
遅い、と声が聞こえたランドルフの前にメグはもういない。
縦横無尽のスキル補正により速度と小回りが強化されたメグは弧
を描くようにランドルフの背後を取り、円運動を利用して上段回し
蹴りを踵から後頭部向けて叩き込む。
だが危険を察知していたランドルフはしゃがみ込むことで打撃点
をずらし、蹴りの威力を軽減させた。
痛みを無視して振り向きざまに斧を回して薙ぎ払うが、メグはバ
ックステップをして危なげなくランドルフの一撃を回避した。
メグの肉迫から再び距離をとるまで約10秒の、一瞬の攻防。
タケを除く誰もが驚きに声を出すことができなかった。
26
メグの運動神経とゲームで最前線を突貫してきた経験は、Aラン
ク冒険者のランドルフを戦慄させるに十分な技量である。その拳が
吹き飛ばし貫き心をへし折ってきた魔獣やナンパ男は数知れず。β
時代で呼ばれていた拳王の異名は伊達ではない。
確かに早い。しかし単純な速度でいえば獣人のほうがはるかに優
れている。エルフの敏捷はCであり種族全体から見れば平均的なも
のだ。ランドルフがメグを捉えられなかった理由は懐の接近距離だ
ったことと、何よりも彼女の動きに無駄がひとかけらも存在しなか
ったことに起因する。
正確にいえば早いのではなく、無駄のなさが早く見えるように錯
覚させるのだ。一流の実力者は相手の肩や腰といった筋肉の微妙な
動きや呼吸のリズムを把握し、経験と本能の無意識な並列思考によ
って攻撃の軌跡を予測して対処する。流れるようなメグの動きはそ
の予測が難しく、よって攻撃は非常に避けづらく、結果として相対
する人間の眼には早く見えるのだ。これがモンスターだったら嗅覚
や聴覚などの人間よりも特化した器官を用いて対応するため、また
別の戦い方をしなければならないが。
どこからともなく風が巻く。誰かがごくりと唾を呑みこむ音が聞
こえた。
﹁⋮⋮ま、こんなとこでどうかな﹂
次の手はどんなものか、と最高潮に高まった緊張感を、メグの気
を抜いた声が打ち壊した。
﹁まさかこれで試験不合格ってことは、ないよね﹂
﹁⋮⋮くくっ、ああそうだな。あの動きを見て異を唱える奴はいな
27
いだろうさ﹂
まさかエルフがここまでのインファイトをこなすとは思ってもみ
なかったが、それは自分の油断だった。人は見かけによらないとい
う経験を思い出し、ランドルフは肩の力を抜いて楽しそうに笑った。
これだけで終わりかよ、と肩すかしする者はここにはいない。何
故なら相手はAランク冒険者のランドルフなのだ。ランク外の冒険
者がAランクの相手に先制攻撃を華麗に決める。ギルド参加のため
の新米選出の試験でいえば先の数秒の攻防だけで十分な水準だった。
おおおおお、と歓声が上がり、観客の冒険者の一人が﹁やるじゃ
ねえかねえちゃん﹂と拍手をすると、皆がぱちぱちぱちと拍手をし
始めた。メグは当然とばかりにドヤ顔で胸を張っていた。
28
2. ギルド加入試験 前編︵後書き︶
短いけどようやく戦闘描写。
会話内容考えるより楽なのでもっとボコスカする話が書きたいもの
です。
29
3. ギルド加入試験 後編
ギルドの訓練場は興奮冷めやらぬ空気だった。それもそのはず、
背が高いとはいえそこまで鍛えこんでいるように見えないエルフが
一流の格闘技術を披露したのだ。誰もが試験を受ける二人目の男、
タケがどんな戦いをするのか興味深々だった。
﹁くぁーっ、おいランドルフ、今度は俺にやらせろ! こいつには
俺が相手してみたい!﹂
僅かな攻防ではあったがメグの実力は本物だった。どうやら連れ
添ってきた相棒の、しかも鬼の男ならば十分な訓練相手になると火
のついたカズリオはランドルフに詰め寄った。
﹁わかった、わーかったよ﹂
﹁おうし決定!﹂
嬉々として木剣を二本取りに行くカズリオを尻目に、レンは﹁私
もやってみたかったけど、まあ頑張って。期待してる﹂とメグに受
け取った手甲と足甲を返すタケの肩を叩いた。
﹁あんま期待されてもな⋮⋮。ランドルフ、俺も斧だ、それを﹂
﹁そうか、ほいよ﹂
ランドルフが使っていた木斧を手に肩を回すタケにメグは何も心
配していない。自由にプレイするつもりだったという彼ではあるが、
β時代は率先して前に出ていた勇敢な姿を知っているからだ。
当人は無意識なのかもしれないが、敵の注意を引き付け攻撃を受
30
けてはいなし隙を見つけては必殺の一撃を狙う防御主体のタケの戦
い方は、側面や背後から敵をタコ殴りするメグにとっては理想の盾
役だった。だからこそ肉壁になれと言い放ち、キャラクター作成時
に﹁貴方が魔法? ないないない! まさか今更剣や槍で蝶のよう
に舞い蜂のように刺すとかするつもり? ないないない!﹂と貶し
ているのかどうかわからない熱弁を振るい説得したのである。
﹁私たちの出会いは、貴方が壁だったからこそでしょ。だから武器
は斧、ハンマー﹂
とまで言われてしまってはタケは不満を霧散させてメグの言葉に
頷くしかなかった。
タケは当初は剣を使っていたし、事実、剣道有段者の彼は普通の
人よりもその手の武器の振るい方に一日の長があった。しかし途中
で使用武器を変更し、β時代では斧と槌を使い分け、並み居る敵を
粉砕していたわけは実のところ他の人間がみんな剣を用いていたこ
とが理由だ。どうせなら違うことがしてみたかった彼は、画一的の
個性に埋もれることを嫌がり、あえて使い難いと不遇のレッテルを
張られていた武器の斧と槌を手に取った。それがメグの目に留まり
付き合いを始めるきっかけとなったのだから、人生は何が上手く作
用するかわからないものである。
﹁準備いいかー﹂
数メートルの距離をとって対峙するカズリオの言葉にタケは首肯
する。
﹁よし、いいな。⋮⋮はじめっ﹂
合図頼むぜー、というカズリオと視線を交わしたランドルフは二
人を見据え、戦いの開始を告げた。
31
立ち上がりは静寂。基本的に受けに回るタケはメグのように突撃
することは、あまりない。左手で強く木斧を握り、右手は添えるだ
け。剣道の正眼の構えを少し崩した体勢でカズリオの出方を様子見
る。
おおい隙がねえぞ、と胸中で歓喜するカズリオの眼には無言で不
動のタケ。しかしどの動きにも対応できるように感じ取れ、中途半
端な攻撃はかえって危ないと判断できた。
ならばどうするか。
奇襲で体勢を崩し、隙を作って一気に決める!
両手に短めの木剣を持ったカズリオの初手は、投擲。そして駆け
る。意表を突いた攻撃に動揺を誘い、そこを皮切りに切り崩す︱︱
という目論見は観客の冒険者たちにしか通用しなかった。
タケは飛んでくる木剣の刃を横に払う木斧の最小の動きで凌ぎ、
自身も前に出て突きを放つ。鉄壁防御のスキル補正により払った木
剣は軽く当たっただけで弾き飛ばされた。
剣道でいうところの払い技。後の先を得意とする彼にとってこの
程度の返し技は朝飯前の芸当だった。
しかしカズリオも負けてはいない。突き出された木斧をもう片方
の木剣で受けて直撃を回避する︱︱がそんなことはタケも織り込み
済みであり、添えていた右手を木斧の刃の根本まで持っていき、右
手を支点に柄の部分を棍棒に変えて横に薙ぎ払う。
カズリオは反射的に木剣を握っていないほうの手を挙げて柄の一
撃を受けきるが、鬼の筋力Aから繰り出される衝撃は並ではなく腕
32
に痺れが走った。
﹁︱︱ッ﹂
鈍い痛みが言葉なき声を口から漏らさせる。しかし一息つく暇も
なく、痛みに一瞬だけ意識が向いたカズリオの首目掛けて容赦なく
木斧が振るわれ、寸止め。
﹁俺の勝ち、ですよね﹂
﹁⋮⋮あー。はあ、悔しいがそうみたいだ。まだまだ修行が足らん
な俺も﹂
Aランク冒険者とは、もちろん実力を示すものではあるが、︻ワ
ールド・クエスト・オンライン︼はキャラクターのレベルが存在し
ないため、スキルと工夫次第で格上の相手を完封することも可能で
ある。
﹁なんであそこで投擲しちまったんだか、ああくそ、失敗だった。
あと鬼の力ってのはやっぱすげえな。まだびりびりしてやがる﹂
へへっ、と晴れやかな顔でカズリオは鼻をこする。
投擲を目くらましにして、その一瞬の隙をつき剣一本で首を狙う
つもりだったカズリオは、逆にタケの斧に首を狙われた。いかに優
秀な防具を身に着けていても、急所にダメージを負ってしまえば致
命傷となる。
世界は不完全で、だからこそ弱点のない生物は存在しない、とい
うのが運営の持論である。スーパークリティカルを叩きだせばボス
クラスのモンスターも即死する仕様なのだ。脳や心臓をぶっ壊せば
確かに生物は抵抗することなく地に伏せる。
33
これは人間相手でも同様で、頸動脈を軽く斬ればそれだけで出血
多量のショック死を狙うことができるのだ。防御力やHPという表
記はあくまでも総合的な目安でしかない。大型のモンスターでも小
刻みに傷を与えていけば出血により動きを鈍くできるし、︻ワール
ド・クエスト・オンライン︼が他のゲームとは一線を画す部分はこ
こにある。
誰もが一度は思ったことはないだろうか。
HPを半分も削ったのに敵の動きは最初のときとまったく変わら
ず、毒を喰らっても鈍らない、集中力なんてシステムはないから魔
法の精度も一切落ちないし、攻撃の命中は確率論で決められ、回復
魔法を唱えれば一瞬で元通りという数値の理不尽に、それはないだ
ろ、と。現実ではありえないだろ、というツッコミをしたことはな
いだろうか。
量子コンピューターでの計算力はその数値の楔を一段階超えた。
ステータスには体力や筋力といったランク分けがされているが、そ
の実、見えない部分では緻密すぎる設定に裏打ちされ常に変動する
数値が圧倒的世界観の管理を実現していたのである。
﹁たまたま運よくやりこめた、ってだけだろ。次やったらどうなる
かわからんよ﹂
﹁はっ、よく言うぜ﹂
タケとメグは後で知ることになるが、先ほどまでの二人のギルド
試験の戦いは正式サービス初日で張り切っていた運営の手により動
画に撮られ、公式サイトの︻運営一押しバトル︼の項目に掲載され
ることになる。ここにNPCのAIと一人のプレイヤーの友情が生
まれた、というテロップを付け加えて。
34
﹁すごい⋮⋮﹂
レンの呟きは他の冒険者たちの総意である。モンスターとの戦闘
と対人戦闘は色々と勝手が違うとはいえ、メグのときと同じく短い
攻防ではあったが十分に彼らの力を知らしめるべき一幕であり、健
闘を称えて拍手を送った。
﹁これならギルド側にも文句ないだろ、エリエリスのとこでカード
作ってもらいな﹂
握手を交わして互いの力を認め合うタケとカズリオを嬉しそうに
目を細め、ランドルフは﹁うんうん、これくらいは当然ね﹂と心の
中で夫の強さを再確認していたメグに言った。
Aランク冒険者のランドルフやカズリオに匹敵、いやそれ以上の
力の片鱗を魅せた二人。異世界人はもしかして全員が強者なのかも
しれないと、二人がプレイヤーの中では戦い慣れた別格だというこ
とを知らないレンは﹁あたしらも負けてられないね﹂と新たなライ
バルの出現に勘違いしつつも心を躍らせた。それは予想以上に早く
訓練場から戻ってきた面々の表情を見たエリエリスも同じだった。
﹁ランドルフさんの顔を見ればわかります、二人は合格なんですね﹂
﹁おう、期待のエース爆誕、てとこだな﹂
そうですか、と表情を変えることなくエリエリスは︻達成︼と書
かれた大きな印鑑を依頼書に押し、ランドルフのギルドカードに功
績値を刻み、﹁報酬の2000エントです﹂と1000エント紙幣
二枚を彼に渡して、達成済みとなった依頼書をファイルに挟むとい
う一連の依頼達成の処理を手早く済ませた。プロの動きだった。
﹁そしてこれがお二人のクエスト発注ギルド専用のギルドカードと
35
なります﹂
机の引き出しからエリエリスが出したのは銀色の縦20センチ、
横10センチ、厚さ3ミリ程度と目測するカードが二枚。カードと
いうよりはプレートといったほうがいいかもしれないそれは、右上
に薄い透明なクリスタルがはめ込まれている以外に特徴はない。
﹁カードを手に持ち、登録、と声に出してください﹂
タケとメグは言われたとおり﹁﹁登録﹂﹂と同時に声を出した。
双子のように息が合っている。
﹁お﹂
カードが淡くぼんやりと発光し、光が消えると文字が刻まれてい
た。
︻王都スターティア 東支部 登録︼
階級 F
名前 タケ
職業 戦士
依頼成功数 0
依頼失敗数 0
預金 0
次の階級まで 1000
36
﹁では説明しますね。﹂
こほん、と咳払いひとつ。
﹁カードの上三つはわかると思いますが、登録したギルドの場所、
ランク、名前を記したものです。依頼成功数と失敗数はそのまま依
頼の成否の数が反映されます。次に預金の項目ですが、現金報酬以
外の金額をカードに登録しておくことが可能ですので、貯金をする
場合はこちらの利用を推奨します。次の階級までというのは依頼に
は各々ギルドポイントが設定されていて、誰でも出来るような雑用
なら5ポイントなどの少ない数値で、狂暴なモンスター退治といっ
た危険度の高いものだと500∼1000ポイントまであります。
まあ1000なんて大きな案件はめったにありませんが⋮⋮、そう
して規定値までポイントをためることで次の階級のランクアップ試
験の資格を得ます﹂
﹁ランクアップにも試験なのね﹂
﹁当然ですね、中途半端な実力でランクが上がり、より難易度のあ
る依頼を受けて死なれても困りますので﹂
﹁⋮⋮なっとく﹂
﹁地道に積み上げてくのは仕事としてどこも変わらないな﹂
当然ですよ、楽な道なんて安易に転がってません、とエリエリス
は無表情に言う。
﹁依頼を受ける場合、自分のランク以下のすべてと、ひとつ上のラ
ンクの受注が可能です。Fランクの二人の場合はFとEの依頼が受
けられます。ランドルフさんたちのようにAランクですとA以下の
すべてと、極稀に発生する国家指定依頼のSランクが選択できるわ
けです。もっともSランクはその難易度と人員不足からほとんど強
制に近いものですが﹂
37
﹁あたしたちも一度だけ参加したことがあるけど、Sってのは2年
前の巨狼討伐から一度も発生してないわ。それくらいの頻度のもの
よ﹂
レンがエリエリスの説明に補足を入れてくれる。
なるほど、と頷くタケたちに視線を向け、エリエリスは説明を続
ける。
﹁ランクが上がると、このクリスタルの部分に色が付きます。Fだ
と無色ですが、EからAまで、紫、青、緑、黄、赤と寒色系から暖
色系に変わっていきます。なおA以上の国家特別階級のSランクに
なると黒になりますが、これは世界に数人しかいない凄腕を超えた
ランクで、発言力は大貴族といえども無視できないものになります。
お二人もその域を目指して頑張ってみてください﹂
うちらは気ままにマイペースにやらせてもらいますよ、と言って
メグはカードをアイテムポーチに収納した。
﹁そうですか。では、最初にランドルフさんが言ってしまいました
が、改めて⋮⋮ようこそ異世界のお二方。クエスト発注ギルドは貴
方たちのような強き冒険者を歓迎します﹂
それは氷結と名高いエリエリス受付嬢の非常に珍しい微笑であっ
た。
38
3. ギルド加入試験 後編︵後書き︶
これでモンスターを蹂躙する大義名分を得ました。
39
4. 植林伐採の護衛 前編
今日も今日とて︻ワールド・クエスト・オンライン︼にログイン
して、タケとメグは宿の一室で目を覚まし、クエスト発注ギルドに
足を運んだ。
ギルド加入試験から既に現実時間で一週間︱︱ゲーム内時間では
一か月以上が過ぎていたが、その間に二人はFやEランクのクエス
トを地道にこつこつ消化していた。クエストの内容は迷いネコ探し
や荷物運びや仕事のお手伝いといった簡単な雑用ばかりだったが、
その分早く達成できるため一日に複数の案件を処理できた。
王都の広さは半端ではなく、細々とした雑事など山のようにある。
しかもギルドに依頼されるものはどれも人の手の届かなそうな︱︱
言ってしまえば人の嫌がりそうな微妙に面倒な仕事ばかりなのであ
る。
その内のひとつ、下水道のネズミ退治なんかは、メグにとっては
地味に溜まっていたフラストレーションの発散にちょうどよかった
りしたが⋮⋮と数行の文章で説明するのも何なので、今回はタイト
ルの内容にあたるクエストの話に入る前に、そのときの様子を前座
として語るとしよう。
﹁︱︱フッ﹂
50センチの体長をもつ、集めて育てて強くなるゲームでお馴染
みのマスコット的電気ネズミの眼つきを荒ませて、毛並みを灰色に
薄汚れさせた先端が細長く耳の尖ったネズミ型モンスター、﹃ミミ
40
ハリネズミ﹄が肉迫するメグの蹴りで宙に舞い下水道の壁にびだん
!と叩きつけられる。
一定間隔でLEDのような魔導ランプが取り付けられている下水
道だが、それでも陽光の届かない地下は薄暗く、所々にらんらんと
血走らせるネズミの赤い眼の光が敵の数の多さを示していた。
﹁きゅいきゅいやかましいっ!﹂
サッカーボールのように蹴り飛ばし、鋭い前歯で肉を噛み千切ろ
うと飛び掛かるネズミを裏拳で叩き落とす。足元をうろちょろする、
ミミハリの名前通り針のような硬い耳で足を突き刺そうとしたネズ
ミには、震脚といわんばかりの勢いで落とす足で頸椎を踏み潰した。
嬉々とするメグの笑顔には血走るネズミ以上の恐怖を感じてしま
うタケだった。
本来エルフの筋力では数発の攻撃を当ててようやくネズミを倒せ
るといったところだが、ピンポイントのスキル効果から攻撃はすべ
て光点で記される弱点の急所に吸い込まれクリティカルヒット︱︱
ネズミは抵抗することなく即死する。
メグの容赦ないネズミ撲殺劇場が繰り広げられていた。
﹁ふははは、弱い! 有象無象が私に触れられると思うなぁ!﹂
あーストレス溜まってんだなぁ、と遠い目のタケではあるが、あ
る意味彼もメグと同類である。ぶん回しスキルで速度の上がった斧
を振るい、襲い掛かるネズミの首を正確無比に刎ね飛ばす様はまさ
に処刑人だった。
41
すばしっこいだけで最弱モンスターに連なる狂暴化したネズミな
ど二人にとって物の数ではない。しかし飢餓感で動くネズミには恐
怖よりも食欲のほうが勝っているらしく、数で圧倒しようと群がる
が、如何せん地力の差がありすぎた。ネズミの群れは一匹一匹が一
撃でHPを吹き飛ばされ、燐光となって消滅。二人のスキルレベル
の経験値の数値を加算させていった。
ネズミの数は多いが、確実に殲滅されていき下水道にドロップ素
材がどんどん落ちていく。モンスターは︻ワールド・クエスト・オ
ンライン︼では血に宿った魔力によって肉体構成を変質させた魔法
生物という設定になっており、倒すと魔力の光を散らして消滅する
が、このときモンスターの特徴となる身体の一部が消滅せずに残る
のだ。それが討伐の証明を示す報酬の引換券になる。
基本的に素材のドロップ率が100%なのは親切設計といえるが、
ボタンをぽちぽち押すだけのディスプレイ型ゲームと違い、脳波で
はあるが実際に身体を動かして敵を倒す必要があるVR型ゲームで
はそれくらいにしておかないと非常にゲームバランスが保ち難いの
である。
これは戦うことに慣れてない人への配慮の部分が大きい。
敵を倒すといっても実際は暴力を振るって攻撃するわけで、敵意
があるとはいえ相手を傷つけることに忌避感や精神的ストレスを持
ってしまう人も少なくはない。血の描写を極限まで抑えているとは
いえ、可能な限りリアルに構築された仮想世界の行動が心に影響を
与えないわけがないのだ。
だから︻ワールド・クエスト・オンライン︼は敵を斬っても血で
はなく魔力の光が吹き出るようになってるし、NPCやプレイヤー
42
を斬っても血に魔力が宿るという設定上、赤い液体ではなく燐光が
溢れるようになっていた。
﹁よーし、これでラストォ!﹂
蹴り上げたネズミがぷぎゅるっと天井に激突して落下。下水道で
断続的に発光していたネズミの群れの最後の命の灯は、メグのスト
レスと共に空中で光と消えた。
﹁数えてはいないが、だいたい50匹かそこらかな﹂
﹁下水道徘徊した甲斐があったわね。それで10000てとこか﹂
本来であればこのままギルドにいって討伐部位を積み上げて報酬
を受け取るが、ゲーム内では夕方でも現実時間が深夜を過ぎてしま
ったので、二人はギルドに向かわず宿に帰ってログアウトした。
そして冒頭の時間軸に話が戻る。
︻ 王都スターティア 東支部 ︼
Eランク 常時依頼
内容
王都スターティア地下水道
討伐対象﹃ミミハリネズミ﹄
30匹以上の排除
報酬
討伐部位
5000エント
100エント
43
ギルドポイント 20p
規定値以上の討伐数により
ギルドポイントの上乗せ
10匹以上の追加で+5
依頼発注者
王都水質管理局 下水道管理課
ぽん、と︻達成︼の印鑑を押して、後ろで素材鑑定していたメガ
ネの女性の﹁耳は58個だったよー﹂と報告を聞きエリエリスは﹁
10800エントですね。貯金はしますか?﹂とメグに聞いた。
﹁ん、全部現金でよろ﹂
﹁わかりました、⋮⋮では、確認してください﹂
10000エント紙幣一枚、500エント硬貨一枚、100エン
ト硬貨が三枚。エリエリスは報酬を釣銭受けのトレイであるカルト
ンに乗せる。
﹁確かに﹂
﹁はい、それと、お二人のギルドカードを更新しました﹂
お金を財布に全部入れたメグはエリエリスから自分とタケのギル
ドカードを受け取る。
﹁ようやく折り返し地点だけど、Eまではまだまだ仕事をこなさな
いと駄目そうだな﹂
ギルドカードの項目を見てタケがひとり呟く。
44
︻王都スターティア 東支部 登録︼
階級 F
名前 タケ
職業 戦士
依頼成功数 F28 E14
依頼失敗数 0
預金 0
次の階級まで 440
預金が0なのは報酬のお金をすべてメグが管理しているからであ
る。
世のお父さんの扱いなんてこんなものさ。
クエストにおける達成時のギルドポイントは10かそこらであり、
討伐系依頼でも20∼50といったところだが、FやEランクでは
今回のネズミ退治のように20が最大の功績数値だった。つまり簡
単な雑用依頼でも100近くは件数をこなさないとランクアップが
見込めないのである。ゲームでも現実と同じ、楽に出世はできない。
﹁お二人の実力はランドルフさんたちから聞いています⋮⋮なら、
こんな依頼なんてどうですか?﹂
別に早くランクを上げたい願望があるわけではないが、身分証代
わりとなるギルドカードのランクが高いと何かと便利だし、ゲーム
で遊ぶ上での選択肢が増えるにこしたことはない。淡々とクエスト
45
をクリアするのも良いが、やはりイベントに首をつっこんで、様々
な人に触れ合う冒険こそファンタジー世界の醍醐味だとメグは思っ
ていた。
しかし先立つ旅費︱︱お金がなくては話にならない。冒険をする
ということは、現実的な言い方をすれば根無し草の渡り鳥になると
いうことだ。その都度立ち寄った場所で都合よくお金が稼げる保証
はどこにもないため、王都に留まり当座の資金を貯めていた。その
地道な仕事が外に駆け出したいメグに見えないストレスを与え、ネ
ズミたちが拳打の生贄となったのである。
宿や食事代を安めに節約しているとはいえ、まだ貯金は10万と
ちょっとである。王都を離れて町や村を行き来するには心ともない
金額だった。
初期装備から脱却できてないし、タケには斧だけでなく槌や盾を
買って壁役の立ち位置を整えておきたいメグにとって、お金の妥協
はできないものだった。
そんな二人の目的をそれとなく聞いていたエリエリスは、後で張
り出そうと思っていた依頼書を出す。
︻ 王都スターティア 東支部 ︼
Eランク 護衛依頼
内容
王都スターティア西部 大植林地帯
木材伐採時の安全確保
46
作業中8時間の護衛
二日間を予定
一日
連日作業でなくともよい
昼食支給
報酬
15000エント
ギルドポイント 20p
依頼発注者
王都林業管理局所属 グリーンウッド
﹁日給15000⋮⋮結構高いわね。︱︱やるわ﹂
現実では高給の枠に入るアルバイト代だ。β時代でも護衛依頼の
経験はある。メグは即決した。
長く遊べるための加速機能の弊害でもあるが、幸いゲーム内時間
と現実時間に4倍ほどの誤差があるプレイヤーが受注することも念
頭にあるのか、二日間続けて作業を行うわけでもないようだ。これ
ならログアウトしてゲーム内世界で数日が経過していても問題はな
いだろう。明日からは連休ということもあり、社会人のタケとメグ
でも4時間ほどゲームで遊ぶ時間的余裕があった。
受けてくれてありがとうございます、と無表情で言うエリエリス
の説明を聞くに、依頼者であるグリーンウッドは王都西部職人区画
にある林業主体の木材屋のようだ。
王都の二つの外壁門を抜けると、西側にエルフの集落がある大森
林と繋がった植林地帯があり、小動物や植物のモンスターが少なく
ない数で生息していた。もちろん腕っぷしのある作業者が多いため
47
雑魚のカテゴリーに入るモンスターならさして苦労なく撃退できる
が、目的はモンスターを血祭りにするのではなく木材の確保なので、
伐採している間には護衛の人員を必要としていた。
﹁二人だけでも問題ないのか?﹂
﹁同じものを昨日から張っていましたが、今朝、お二人とはちょう
ど入れ違いですね、三人組の別のチームが受けていきました。グリ
ーンウッドの社長さんは五人程度の人数を希望したので、ギルド側
からすればタケさんたちがやってくれると話が早かったんですよ﹂
上手く誘導されたような気もするが、日給15000は魅力的だ。
この数字は世の学生なら理解してくれるはず。その分きついんでし
ょう、と美味しい話の裏を考えてしまうが、飛び込んでみなければ
何も始まらない。
﹁ふむ、なるほどね。⋮⋮じゃ、さっそくここ、行ってみますか﹂
﹁職人区画は荷物運びのときちょっと寄っただけだし、あそこ道入
り組んでたよな。地図があるとはいえ、迷わないようにしないとな﹂
タケとメグはギルド前にある魔導バス停留所から、職人区画に居
を構えるグリーンウッドの店舗に向かった。
48
4. 植林伐採の護衛 前編︵後書き︶
タケ
重装備の技術 level:7 ぶん回し level:9
鉄壁防御 level:3 蓄積反撃 level:2
自然と共に level:2 鬼の怒り level:1 メグ
鋼の肉体 level:9 全身凶器 level:9
縦横無尽 level:8 魔力の鎧 level:7
ピンポイント level:8 精霊の囁き level:1 雑用ばかりでそこまで戦闘をしているわけでないのでレベルはま
だ一桁ですが、二人はネズミ以外にもクエストで穀倉地帯のモグラ
や害鳥を虐殺してたので多少は上がってます。アーツはもうすぐ出
す予定。
タケは防御することなく敵を倒しているので防御系のスキルがい
まいち伸びない。斧が重いので重装備スキルの上がりは良いです。
自然と共には迷いネコ探しのときに上がりました。
メグは固有スキルの精霊の囁きで出来る精霊魔法の存在を忘れて
います。スキルは肉弾戦でバランス良く上昇する構成なのでこうな
ってます。
2013/11/30 後のシナリオ上で矛盾していそうな部分を
修正。
森林伐採のクエストは二日間ですが、連日での作業ではなかったと
49
追記。
50
5. 植林伐採の護衛 中編
王都西部にある職人区画は東部の商業区画と同様、一ヶ月前の異
世界人たちの来訪︱︱プレイヤーにとっての正式サービス開始を契
機に人と物の流れが増加していた。我先へとモンスターを狩りまく
るプレイヤーたちによって、武具や装飾品や調合品などに使う素材
が大量に市場へと卸されるようになったからだ。
そして冒険ではなくモノ作りを楽しむ生産主体のプレイヤーの参
入により新しい風が吹き、若干停滞ぎみだった受発注の競争が加速、
既存のNPC職人たちにも火がついたことでより上等な品質の製品
がばんばんと店頭に並んだ。
当然、良いものが売れぬ道理はない。
素材が過不足なく舞い込むことで需要が供給を上回るインフレが
起こらず、ちょうどいいバランスを保ちながらも王都の経済は空前
の好景気に突入していた。
しかし、光あるところに影はあり。
一ヶ月経過した今、多少は他の町に散らばってきてはいるが、プ
レイヤーたちのために多くのログアウト可能の安価な宿泊施設を急
増で増設させまくったとはいえ、もともと20万程度の人口が住ん
でいた城下町にそれ以上の数となる異世界人が現れたのである。全
世界同時接続30万人以上︱︱奔放に仮想世界を遊ぶプレイヤーた
ちに競り負け、給与状況が潤沢でなかったNPCたちで職にあぶれ
てしまう人がちらほら出始めていた。
51
貧富の格差は何処にでも存在するのだ。
とあるEランク冒険者がクエストを受けようとギルドに来たら、
加入したばかりのプレイヤーたちによってFやEランクの依頼書が
根こそぎ取られていたこともあったのである。
雇用問題は名君で知られ支持率の高い執政を行う王室が悩む懸案
事項のひとつであるが、以前から計画していた外壁門の拡張や穀倉
地帯の拡大などの事業を前倒しに実施することで対処することが決
定され、すでに騎士団や作業者募集も含めて人員配置の予定が組み
立てられていた。
だがプレイヤーたちの行動によって意図せず起きてしまった歪み
は、ヒトだけの問題ではなかった。
結果、数日後︱︱ゲーム内時間では二ヶ月後に発表される︻飢え
た肉食モンスター大襲来!︼の運営公式イベントがホームページに
掲載されることになる。
そんな世界の動きなど露と知らず、タケとメグは職人区画の目的
地に到着した。
﹁おー、キャンプ地にありそうな奴ね﹂
﹁味があるな、一目で木を扱う店ってわかる﹂
樹齢何年だろうか、タケの身長よりも広い木を薄くスライスした
切り株が立て掛けてあり、ゴシック体で木材屋グリーンウッドと掘
られ溝を黒く塗られた巨大な看板があった。
52
どうやら道に迷わず辿りつけたようだ、と顔には出さないがタケ
は胸をなでおろす。ここが商業区画だったら﹁お、これかわいい。
む、あっちにはカッコイイ鎧が﹂と露店に意識をあっちこっち持っ
てかれるメグを誘導するのに一苦労していただろう。経験談だ。
木材を整える作業場と隣接しているのか、店の裏手の奥に見える
開放された庭を見ると、カンナで四角く削られた長い木材が縦に何
本も並んでいる。ぎゅいぃぃんと機械音を立て丸ノコで丸太を切り
離している作業者もいた。
魔導バスのような乗り物が王都に導入されている部分からわかる
とおり、︻ワールド・クエスト・オンライン︼は単純な剣と魔法の
ファンタジーではなく、魔法の力を利用した機械的技術が広まり始
めた文明開化の足音がする世界観だった。田舎の村や集落にはまだ
情報だけで一般に浸透はしていないが、王都のような都会には利便
性を追求した機構の道具の開発が進んでいるのである。
﹁いらっしゃいませ、本日はどんな御用だい?﹂
からんころん、とベルを鳴らして来店した二人に気が付いたエプ
ロンをかけた茶髪で恰幅の良い中年の女性が笑顔で話しかけてくる。
店のカウンターには木材の大きさや用途を記したメニューがあり、
ところどころ木で出来た小物が飾られていて森の香りがほのかに漂
っていた。
﹁自分たちはギルドの依頼で来た者です。伐採の護衛依頼なんです
が⋮⋮﹂
﹁ん? ああ! あんた達がそうかい! よかった、さっき三人来
てくれたんだけど、予定じゃ五人を希望してたからね。すぐ来ても
らって助かったよ﹂
53
ぱん、と手を叩いて喜色の笑顔で女性は二人を歓迎した。
﹁おーい、親方ぁ! 依頼受けてくれた冒険者が来てくれたよ!﹂
﹁⋮⋮︱︱おお、本当か! ちょっくら待ってくれ!﹂
女性が後ろを向いて叫ぶと低い男の声が返ってきた。店の奥から
どたどたと足音。ずおっ、と図体のでかい、まさに親方と呼ぶに相
応しい迫力ある男が現れた。
短髪で焦げ茶色の髪の毛、もみあげと繋がる立派なあごひげ。頭
の上にはおにぎりのような丸っこい三角の耳。顔にこめかみから走
る斜め一本線の傷。初見では絶対にその筋の人に見える熊の獣人だ
った。
﹁いやぁ助かるわ、これで伐採の予定が組める。さっそく段取り決
めときたいんだけど、時間大丈夫かい﹂
﹁問題ない﹂
﹁大丈夫よ﹂
威圧のパッシブスキルを持ってるかのような容姿ではあるが、タ
ケは5メートルクラスの敵と戦った経験があるし、メグはキリッと
した表情の裏で熊の耳って結構かわいいわねとか思っていた。
熊の親方に作業場の詰所に案内された。武器防具を装備した十代
前半らしき若い男の子が一人と女の子が二人、親方ほどではないが
立派な体格の親父たちが机にある資料を見ながら彼らと話をしてい
る。どうやらエリエリスの言っていた冒険者らしき三人組に伐採計
画の説明をしているようだ。
﹁おいお前ら、護衛受けてくれる残り二人が来てくれたぜ﹂
54
タケとメグは会釈をして、従業員の親父たちと三人の冒険者たち
に自己紹介する。聞くところによると、今回一緒に依頼をこなすヤ
スキ、アスカ、フルーレと名乗る冒険者は全員がプレイヤーで日本
の高校生ようだ。
鑑定系統のスキルがなければNPCとプレイヤーを見分ける方法
はない。頭上に矢印が出てわかるとか、説明文のウィンドウが出る
のは全て特定のスキル持ちだけである。
親父たちの種族は人間。プレイヤーのヤスキは片手剣と盾のオー
ソドックスな装備の茶髪黒目の人間、アスカは槍スキル持ちの赤毛
で琥珀色の眼の猫の獣人、フルーレは葉っぱつきの杖で補助魔法を
使う白毛で灰色の眼の魔族である。三人ともどれも初期装備から一
段階上がったものを身に着けていた。
メグは自分の装備と彼らの装備を見比べ、社会人組の遊ぶ時間の
少なさを憂いてため息をついた。
三人は同じ高校の友人たちとの話だ。雰囲気から仲の良さが見て
取れるが、メグを見て﹁美人だ﹂とぽつり呟くヤスキに、アスカと
フルーレが肘鉄と足踏みを絶妙なコンビネーションでくりだしてい
た。
﹁まさか依頼出した昨日の今日でギルドから来るとは思わなかった
が、準備はしてたんでな。どうだ、まだ朝だし、よければ今からで
も切りに行こうかと思うんだが、いけるかい?﹂
始まるのが早まるのに支障がないタケとメグは頷く。ヤスキたち
も問題ないようだ。
55
﹁おっしゃ決まりだ! あんたらには、まあ依頼書通り、木を切り
倒している間の護衛をお願いするぜ。基本的には警戒だな、無理に
戦う必要はない。襲い掛かってくる奴だけ対処を頼むぜ﹂
護衛の説明はこれだけだった。守ってもらえれば何でもいいので、
細かい部分はこちらに任せるらしい。
﹁馬車を三台出すから、あんたらは屋根付きのほうに適当に乗り込
んでてくれや﹂
親方はテキパキと部下たちに指示を出しながら、庭で待機してい
た馬車を指さした。屋根付きとは別に切った木材を載せるための屋
根のない荷車の馬車が一台あり、丸太は人間より重いことを想定し
ているため二匹の馬が繋がれていた。どの馬も親方と同じ焦げ茶色
の毛並みだ。
親方たちが準備が整えている間、タケたちはモンスターの警戒は
どうするか話し合い。一人一人がばらけるのでなく、慣れているチ
ーム同士で作業者たちを挟むようにして外側で警護することで決を
採った。
﹁ようし、忘れモンないな。出発するぞ!﹂
準備も終わり、親方の合図でグリーンウッドの社員十数人と護衛
の冒険者五人は職人区画から出発した。
そして馬車は穀倉地帯を通り、何事もなく王都西口の外壁門を抜
けた。目に飛び込んできたのは、境界線のように踏み固められた土
の道が切り裂く障害物が何一つない草原。さあぁぁ、と風が雑草を
薙ぐ音が耳に心地よい。遠くには深緑の森林︱︱目的地の植林地帯
がうっすらと見えた。
二車線道路並みの広さの土の街道には、魔物避けの魔法式が刻ま
56
れた杭が間隔を開けて地面に突き刺さっていた。そんな道をかぽか
ぽと進む、親方が御者をする馬車の中ではプレイヤーの情報交換が
行われていた。もっとも内容はタケとメグの結婚話に興味津々の女
の子によって女性トークの場と化したわけだが。
こうしてきゃいきゃい盛り上がる女性陣を載せた馬車は出発から
1時間ほどで植林地帯に到着した。
不運にもこの時、後に王都を襲う危機の予兆が森で起こってた。
﹁⋮⋮あ?﹂
やはり、というか。最初に気が付いたのは親方だった。次いでタ
ケ。そしてメグ。
︱︱違和感。
獣人の優秀な嗅覚と聴覚だけでなく長年の経験がそうさせたのか、
植林地帯に足を踏む込んでからしばらくして、親方に奇妙な異変を
覚えさた。アスカも同じ獣人だが、ここには初めて来たので違いが
わからない。従業員の親父たちは気が付くことなく伐採の準備に取
り掛かっていた。
どうした、と眉をひそめる親方に声をかけようとしたタケの前に
ウィンドウが突如展開する。自然と共にのスキルが注意の文字を知
らせてきた。
注意?
﹁あーなるほど、そゆことね﹂
何に、と疑問を抱く親方とタケの視線がメグに向く。彼女の肩に
57
はクリオネの形をした淡い緑色小さな生物が3匹空中を泳ぎ、足元
にはとことこ歩く埴輪が4体と、茎の長い葉っぱを持ったコロポッ
クルのような小人が5人。どれもつぶらな瞳が愛らしいがどこかシ
ュールな光景。
いつの間に、そしてどこからわいてきた?
誰もがそう思った。
﹁すっかりスキルの存在忘れてた。この子たち森にすむ風と土と樹
の精霊みたいなんだけど、どうも強めのモンスターが一匹隠れてる
みたいね︱︱ここに﹂
メグの言葉に驚きはあるが、表情に出さず、冷静な口調で﹁場所
はわかるか?﹂と親方が問う。
疑問はあるが、重要なのは精霊が危険を教えに来て、近くに何か
がいるということだ。
事実は事実として受け止めるのが親方の考えである。
﹁えっと、君たち、わかるかな?﹂
こくこく、と首を縦に振った精霊たちはいっせいに一本の木を指
さした。親方の顔が強張る。
エルフの種族固有スキルの精霊の囁きは、近くにいる精霊と友好
を図り、無理のないお願いをすることで精霊魔法の行使を可能とす
るスキルである。王都には人の多さと相まって精霊と接触する機会
が今までなかったが、植林とはいえ自然多い林の中では話は別だ。
数日前から居座り始めた不届きな外敵のことを、精霊はエルフのメ
グにこれ幸いと知らせに来たのである。
﹁皆さんに下がるよう指示を。もちろん親方も後ろにいてください﹂
58
﹁⋮⋮わかった、気をつけろよ。こんな草原手前の植林地帯入り口
にいるってことは普通は考えられんが、あの木が擬態したトレント
かもしれねえ︱︱もしそうなら中位クラスには入るモンスターだ﹂
木に携わる者として、親方には植物関係のモンスターに関する知
識が豊富にあった。タケの言葉に頷き助言して、作業者たちと一緒
に後方に下がっていった。
ステータスがF∼Aとあり、平均がE以下で雑魚と言われるのが
弱い下位クラスのモンスター枠で、平均C以下︱︱つまり一般的な
人間ほどの力をもつのが中位クラスのモンスターと呼ばれる。人間
と同じくらいなら大したことないんじゃ、と思う人もいるかもしれ
ないが、あくまでも平均の話であるし、それに複数で現れ袋叩きで
もされたら成す術もなく殺されてしまう。人間でも骨を折るくらい
の力は多少鍛えていれば誰にでも発揮できることを考えれば、その
危険性が想像しやすいはずだ。
これが上位クラスの平均B以下なら力任せの一撃で容易く骨を粉
砕する敵ばかりで、ひとつの油断とダメージが即座に死へと直結す
る。最上位クラスの平均A以下の攻撃なんて常に生きるか死ぬかだ。
ましてや、個性を出すため全ての生物に、単純な思考とはいえA
Iの考える力が組み込まれている。生物なんて動きを止めて首を捻
られでもしたらそれでおしまいなのだ。現実感を追求した︻ワール
ド・クエスト・オンライン︼の戦いに数値やパターンの安全性など
存在しないのである。
デスペナルティはないので死に戻りしても問題はないが、これは
護衛依頼。失敗したらグリーンウッドの人たちが死ぬ可能性がある。
NPCに死に戻りなんて機能はない。負けは許されなかった。
59
﹁メグ﹂
﹁ん。アスカは私と一緒ね。敵が見えたら隙ついて潰すわよ。フル
ーレは後方で魔法をたのむわね﹂
以心伝心。短いやり取り行動指針を決め、状況の掴めてない二人
にメグは指示を出す。
﹁は、はいっ﹂
﹁よくわかんないけど敵ですね。わかりました﹂
フルーレは慌てて杖を構え、アスカが楽しそうにしながらも真剣
な眼つきになる。
﹁ヤスキ、俺たちは盾だ、最初にいくぞ。ヤスキは左から頼む﹂
﹁はい。もし中位だったら初期装備に毛が生えた程度の俺たちの装
備じゃきついかもしれませんが、やるしかないですもんね﹂
﹁ああそうだ。︱︱いくぞ﹂
タケとヤスキが左右に分かれ、じりじりと精霊の指さした木へと
近づいていくと︱︱咆哮。
﹁ちくしょう! やっぱトレントだったか!﹂
そんな親方の叫び声と、力の差を感じ取った馬車の馬の怯える鳴
き声が後方から聞こえた。
間合いに接敵したからか、成人男性三人分はある太さの幹の中間
に目と口のような亀裂が走り緑色の光が灯った。地面に根を張って
いるため敏捷性は皆無だが、頭の木の葉を揺らし、タケとヤスキ目
掛けてゴムのようにしなる両手に相当する太い枝を振るう。
タケは斧でいなし、ヤスキは盾で防いだ。伝わる衝撃が今までの
雑魚とは明確に違うことを物語る。
60
盾で防いだヤスキと違い、足を止めることなく接近したタケはコ
ンパクトに斧を振るい、トレントの脇を少しだけ抉り悲鳴を漏らさ
せた。
硬いな。いや、斧が弱いのか。
分析するタケに一歩遅れてヤスキもトレントの脇を斬りつけたが、
やはり固い木の身体に上手く刃が通らないようだった。
﹁くそっ、序盤で戦う相手じゃねーぞ!﹂
悪態つくヤスキの言うとおり、装備の整わない状況で戦うレベル
の敵ではなかった。
これは倒すのに時間がかかるな。
﹁︱︱上等﹂ メグのようにタケは不敵に笑わない。しかし最近のクエストでは
まったく感じなかった、それこそβ時代以来、久しく覚えのなかっ
た死闘の予感に全身が高ぶっていた。
61
5. 植林伐採の護衛 中編︵後書き︶
思ったよりも文章量が増えました。
次回はトレントとの戦闘メイン、の予定。
62
6. 植林伐採の護衛 後編
﹃GYURUGUAAAAAA!!﹄
トレントの幹の真ん中に開く、ひび割れたような口を模した窪み
から、名状し難い言葉︱︱不協和音が植林地帯の入り口で轟き、か
き消されるかのように周りにあったはずの木が霞のように消えてい
く。
﹁なっ!? 幻だったっていうのか!?﹂
親方の驚く声を嗤い、目らしき二つの穴に緑色の光を湛え、上げ
るのは自らの養分として近づいてきてくれたイキの良さそうな餌に
捧げる感謝の叫びにして食欲の発露。精霊たちに擬態を見破られ不
意打ちして楽に栄養を摂取できなくなったが、それでも餌は餌。待
っていた甲斐があったというものだ、とトレントは愉悦する。
擬態時に認識阻害の幻影魔法を展開していたのである。周囲の木
々を取り込み太い幹を形成する過程で、自身を中心として不自然に
少しだけ開けた場所が生まれる違和感を誤魔化すためだ。
トレントは年輪を重ねることで魔法を覚え、知性を宿してエルダ
ートレントと呼ばれる上位クラスの個体に成長する。数百年と生き
た巨木のモノならばエンシェントリィトレントと畏怖される最上位
クラスに数えられる。そのトレント種が最初に使うのが、今後長く
生き残るために活用していく擬態を補助する幻影魔法なのである。
そして開けた場所は、トレントの領域だった。
63
﹁全員跳んで躱せ!!﹂
トレントの前に深緑の魔方陣が回転しながら現れた瞬間、タケは
大声で叫んでいた。
敵がトレントと判明しても、親方は﹁動けない敵なら最悪逃げれ
ば大丈夫だ﹂という知識の中での安心感があったが、現実は甘い考
えを打ち砕いた。すでに罠に囚われていたと気が付いたときには、
反射的に回避したタケたち冒険者五人を除き、グリーンウッドの護
衛対象の全員が地面から生えてきた蔓に絡まれ下半身を拘束されて
いた。
﹁⋮⋮う、あ﹂
グリーンウッドの作業者の親父たちは身動きもとれない状況だと
いうのに、頭と瞼が重くなり、強烈な眠気で前後不覚の状態に陥っ
ていた。捕獲して睡眠の状態異常に溺れさせ、夢の中に沈めたまま
大地の肥やしに変えて自分の栄養とする、トレントの樹海の眠り蔦
というモンスター専用スキルである。
もっと、もっと早く気が付いていれば⋮⋮!
思考が後悔と怒りで埋まる。親方は依頼書を出す前日、一度伐採
する予定地︱︱トレントがいる付近を一人で視察に訪れていたから
だ。大きさから生まれたばかりの若木だと見て取れるが、だからと
いって一日二日で樹木に魔力が染み込み身体が変異するモンスター
の覚醒が起こる筈がなく、皆を事前情報もなく強敵と遭遇させてし
まったことに責任を感じていた。
親方は唇を噛み、眠気に必死で耐えながら握り拳に強く力を込め
て下半身の蔦を剥がそうと抗う。
64
一人で来たときたまたま捕食圏内に足を踏み入れなかった幸運な
ど、目の前で武器を手に戦うしかない彼らの勇姿を見れば無いに等
しい。ある程度の危険は織り込み済みの仕事だったとはいえ、情報
不足で明らかにEランクを超えた依頼に巻き込んでしまったことに
自責の念を覚える。それも自分より年下の若者たちをだ。
しかし出来ることは少ない。
腕力のある熊の獣人で筋肉逞しい大柄の親方でも、所詮は一般人。
木材加工のスキルは豊富でも戦いのイロハは持ち合わせていなかっ
た。そこらの雑魚ならいざ知らず、中位クラスのトレントの攻撃範
囲に足を踏み入れることは命を天秤にかけなければならないし、モ
ンスター退治を日常の仕事にする彼らの足を引っ張るのはなおさら
御免だった。そもそもがっちりと地面に縫い止められ動くこともま
まならない。
︱︱だが、それでいいのか?
この親方の蛮勇とも勇敢とも取れる男前な考えが、自分とグリー
ンウッドの社員だけでなく、タケたちをも救う一手となってくれた
と、後に﹁あの時、諦めずに抵抗した自分を褒めてやりたい﹂の言
葉と供に誇らしげな笑顔で彼は語る。
︻緊急クエスト︼
トレントを倒し、囚われたグリーンウッドの面々を助けよ!
﹁︱︱っ、なめるなぁ!﹂
タケとヤスキに意識を向けて優先的に攻撃しているとはいえ、勢
65
いよく振るわれる長い木の腕の範囲は広い。メグはその間隙を縫っ
て背後に回り渾身の左ストレートを叩き込んだ︱︱が目立ったダメ
ージはなく、表皮がぱらぱらとこぼれるだけ。
﹁ちっ、初期武器なのが悔やまれるわ﹂
思わず舌打ちする。
ファンタジーの定番ならこれ、と決めていたエルフにして、初期
スキル選択で魔力の鎧というスキルを発見したときは﹁なんという
私好み!﹂と小躍りした。実際、精神Aランクのエルフが使った場
合、物理的に非力といえた殴打や蹴りに、魔法攻撃としての低くな
い数値が加算されていた。
くぅ、魔法でのダメージなら普通に殴るよりはイケルと思ったん
だけどね。
鋼の肉体のスキルで身体を硬くし、縦横無尽のスキルで速度を乗
せ、魔力の鎧のスキルでMPを消費して魔力を纏い、そして駄目押
しとばかりに全身凶器のスキルでもって火力を底上げした︱︱自分
の今使えるスキルを最も効率よく活用した一撃が通じないのだ。舌
打ちの一つでもしたくなる。
無いものねだりだが、スキルの特色となるアーツを習得していれ
ばまた話は違っていたかもしれない。
今はまだ、どちらかといえばパッシブ寄りなスキル構成のメグは、
ダメージを与えられるのが通常攻撃だけだ。精霊の囁きで精霊魔法
をするのも有りだが、スキルレベルが1で止まっているものに期待
はできなかった。
66
致命傷になる木の腕が荒れ狂う危険地帯に飛び込み攻撃しても、
威力のなさで役に立たない。本来なら足を止めて乱打してダメージ
を止め処なく与えるのがセオリーだが、より一発一発が軽くなるた
めそれも意味がない。そのためか、あるいはレベルが低いからか、
弱点看破のピンポイントのスキルでも有効な打撃位置を見出せない。
普通に考えれば八方塞がり。
﹁私の槍も同じです、刃先しか刺さりませんよ﹂
アスカの槍での刺突も小さな穴を開けるだけで、トレントにとっ
ては虫に咬まれた程度。スキルレベルはメグたちと同じくらいで使
えるアーツはなく、皮一枚しか届かないことに何をしても無駄じゃ
ないかと心に無力感が募り、攻勢が自然と弱まっていった。
ちょっとまずいかな、これは。
勿論メグは口には出さない。言葉にすれば彼らの士気にも影響す
る。とはいえこのままではジリ貧だ。﹃GUGYUOOOOOOO
!!﹄と言語化できない低い音で威嚇してタケとヤスキの前衛二人
に殴りかかるトレントを観察し、メグは過去の経験を踏まえて敵を
打ち倒す方法を模索する。
アタッカーが役割を果たしていないこの現状を打破するには、起
死回生の一手が必要だった。
﹁皆さん! もう一度補助をかけます!﹂
後方にいたフルーレが持つ杖が淡い光を放ち、﹁アーマーズマテ
リアル!﹂の掛け声と供に青い光珠が四個出現、一直線に飛んでパ
ーティの前衛四人の体に吸い込まれ防御力を微上昇させた。
67
この他にも敏捷を上げるクイックアクション、体力を上げるライ
フエンハンスの補助魔法がかけられ、トレントの攻撃を一身に捌く
盾役のタケとヤスキがダメージを負う都度、回復魔法のヒーリング
を唱えていた。
フルーレが持つ慈愛の補助のスキルで発動できる補助魔法は防御
系だけで、攻撃力上昇のものがない。治癒の光というスキルも簡単
な単体回復と解毒除去だけだ。
戦いが始まり10分が経過した。
ポーションといった回復アイテムも多様している。
僅かな時間でも押し寄せる負担は軽くなかった。ゲームのため痛
みが九割カットされるとはいえ、油断すれば骨をへし折られて部位
破壊されるか吹き飛ばされて土を舐めるかという、綱渡りのような
戦いに忍び寄る緊張感は知らず知らずのうちにスタミナを消耗させ、
システムの高度に計算された数値の減少幅がマイナスのアシストと
して身体のキレを悪くしていく。
鈍くなる動きがミスを誘発する。
﹁︱︱ッ!?﹂
声なき声。肺から空気が押し出される。喰らった、と自覚した瞬
間にヤスキの視界が意識してない方向で高速にかき乱れ︱︱全身に
衝撃。3メートルほど先の地面に叩きつけられ土と草を巻き込み二
回転して止まり、﹁﹁ヤスキ!!﹂﹂とアスカとフルーレの驚愕の
悲鳴が響いた。
まずい、戦線が崩れる!
68
回復魔法を唱えるフルーレはともかく、安否を確かめようと走る
アスカは隙だらけで、ヤスキが抜けたことで片腕の開いたトレント
は、自分の横を慌てて通り抜けようとする赤毛の猫の獣人の背に向
けて腕を振り被り︱︱ばきぃっ、と顔面目掛けて飛んできた鉄の塊
に邪魔をされる。
﹁⋮⋮あっ﹂
カズリオとの加入試験の経験だった。注意をそらすため、タケは
とっさに斧を投げ飛ばしたのである。ヤスキのHP減少によって鬼
の怒りのスキルが発動して攻撃力が増していたこともあり、鼻っ柱
に縦の裂傷をつけていた。そして武器を投げるというその行動は、
思わぬ正の連鎖を生んだ。
﹁⋮⋮こっの、木っ端モンスターがあああぁぁぁぁッッ!!﹂
守られたことを理解したアスカは、フルーレの回復の光がヤスキ
を包むのを見て安心した後、背中を見せたとはいえ自分に攻撃して
きたことも含めトレントに対して怒りの沸点が限界突破。速やかな
る反撃のため、走るのを止めて右足を軸に急反転。憎い木材を睨み
つけ、斧を投げたタケの体勢で状況を把握して、ならば私もと、握
っていた槍を全力で投擲した。
瞬発力を利用した惚れ惚れする一連の動作により、空中を走る槍
はトレントの左目に深く突き刺さった。
トレントの悲鳴にやかましいわと吐き捨てる。尻尾も猫耳も、ま
さに怒髪天を衝く状態のアスカだったが︻槍投げのスキルを習得し
ました︼のウィンドウが現れ﹁あ、なんか覚えた﹂と怒りのボルテ
ージが静まった。
69
ちょうどそのときだ。
﹁これをっ、使えぇ!﹂
親方の決死の声だった。
今まで眠気に耐え、少しづつ地面に落ちていた伐採用の魔導機械
に手を伸ばし、ようやく届いたところで見たのは斧と槍の投擲連携。
親方はタケに魔導機械を投げたところで気が抜けたのか、﹁あとは、
任せたぜ⋮⋮﹂と言い残し眠気に負けて意識を手放した。
手元を離れた斧を回収しようとしたタケの足元に落ちたのは、斧
の形状で作られたチェーンソー。
確か、魔導機械は持ち手のMPをトリガーに起動するんだったよ
な。
﹁いいものを借りたな﹂
目に刺さる槍の不快感に激昂するトレントの腕の薙ぎ払いを防御
して、間合いを測る。﹁ここからお前のターンはないぞ﹂と呟くタ
ケは斧型チェーンソーに鬼の自分にとってなけなしのMPを注ぎ、
起動させる。
ブルォォン、ドッドッドッド⋮⋮ギ、ギギギギ、ギィィィンッッ
!!
モーターの動力でチェーン状の外歯が甲高い音を立てて高速回転。
思ったよりも耳に煩わしくなく、鬼の筋力なら振動もそこまで気に
ならない。
70
﹁そうか、回転⋮⋮﹂
鉄の斧よりも頼もしい武器を装備したタケを見て︱︱メグに天啓
のごとき閃きが降り立った。すぐさま実行可能かどうか試すため、
空気に溶けて姿を隠していた精霊たちに呼びかける。
﹁おおう、タケさん何か凄いの持ってますね。今戻りました﹂
﹁いいな、風が向いてきた﹂
凹んだ鎧が痛々しいが、かろうじて回復して戦線に復帰したヤス
キは﹁HPきついけど、この状況じゃ俺も負けてらんないですね!
いくぜ、シールドタックル!﹂と技名を宣言して盾を構えたまま
突撃した。守護の盾というスキルのレベル10で覚えるアーツだ。
この流れに乗るには出し惜しみせずに押し切るべきと思った彼ら
の判断は正しい。いつの間にか負け戦に漂うような悲壮感が消え、
なめてんじゃねえぞ、とトレントに対するフルボッコの体勢が整い
始めていた。もし︻ワールド・クエスト・オンライン︼が普通のレ
ベル制度のゲームだったのなら、今このとき全員のレベルが上がっ
ていたのかもしれない。
﹃AGUOOOOO!!﹄
また同じことの繰り返しだと言わんばかりに、迎撃するトレント
の腕がヤスキに迫る。
﹁やらせるかよ﹂
軽い抵抗。鉄の斧とは雲泥の差。静かに振り上げたチェーンソー
がトレントの腕を削り飛ばした。切られた個所から魔力光が噴水の
ように溢れる。そして盾と共に突っ込んだヤスキの体当たりがトレ
71
ントに重い衝撃を与え三秒ほどスタン状態にした。
﹁ヤスキ、ぐっじょぶ! そして私のターン!﹂
駆けてきたアスカがトレントに飛び乗り、左目にある槍を抜いて
離れ、フルーレの元に戻る。
﹁説明文にはモノに補助の力で包むとあった⋮⋮、なら!﹂
フルーレは﹁クイックアクション!﹂と魔法をかける。アスカの
槍に。
﹁こんで速度はさっきより上だ! くたばれえぇぇッッ!!﹂
補助魔法によって増幅され、全力で投げられたアスカの槍が空気
を切り裂く音を残してぶっ飛び、先程まで刺さっていたトレントの
左目を貫通して止まった。
﹁まだ終わらんよ。もう一本も頂く﹂
硬い木の身体なのは間違いない。しかし樹木に多少のプラス補正
が働くチェーンソーの敵ではない。ただの鉄の斧とは違うのだよ鉄
の斧とは、などと考えながらタケはトレントのもう片方の腕をただ
の木材へと変えた。
﹁さらに喰らえ。今まで耐えた俺の鬱憤をな。︱︱蓄積反撃、解放﹂
フルーレの回復で塞がっていたが、それまでタケも無傷ではなく、
何度も擦過傷を作っていた。ヤスキのように大きな攻撃は受けなか
ったものの、確実に耐えたダメージの実績が数値で溜まっていたの
である。そのダメージの分だけ威力を上げて攻撃する蓄積反撃のス
キルを、タケは横薙ぎのチェーンソーでもって解き放ち︱︱トレン
72
トの脇を三分の一ほど抉り取った。 ︱︱苦悶の悲鳴。
樹液のように魔力光がトレントから零れ落ちていく。
﹁ナイスよタケ君。私も、準備できた﹂
メグの前には︻精霊の衣のスキルを習得しました︼とウィンドウ
が出ていた。その右手には魔力の鎧とは別に、空を泳ぐ緑色のクリ
オネこと風の精霊によって小規模な風刃の回転が発生していた。
﹁いやあ、我ながら恐ろしいスキルを発見してしまった。本当に自
由度高いゲームね、ここは﹂
楽しそうに、犬歯を見せてメグは不敵に笑う。
﹁精神Aランクのエルフが魔力と精霊の共演。とくと味わえ﹂
地面を蹴る。土が跳ねた。両腕を失ったとはいえ予想外の攻撃手
段があるのかもしれないが、既に死に体で虫の息のトレントに気力
はなく、距離を潰したメグの風刃を纏う右ストレートで無数の木屑
が舞い上がった。
最後は今までで一番の絶叫。
目に灯っていた緑色の光がふっと消える。
緩やかに傾き、トレントの残骸は身体を地面へと落として土埃を
上げ、破裂するように魔力光の粒子が弾けて︱︱存在を消滅させた。
﹁や、った?﹂
73
呟くヤスキ。無言で顔を見合わせるアスカとフルーレ。
トレントがいた場所には、木が根を張っていただろう穴凹と、素
材ドロップであるトレントの枝葉とトレントの魔力木片が、倒した
パーティの人数分。目に刺さっていたアスカの槍。
﹁タケ君﹂
﹁ああ﹂
夫婦のハイタッチが心地よい音を鳴らし、ヤスキたちの歓声が上
がった。
74
6. 植林伐採の護衛 後編︵後書き︶
またしても6000オーバー。
あらすじの3000∼5000程度はどこにいった?
次回﹁あんたトレントやって儲かったんだろ? ちょっと面かせや﹂
書き溜めなしでその場その場で書いてますが、頑張ります!
75
7. プレイヤーが掴み取るべきもの 前編︵前書き︶
気が付けばお気に入りが1000件を超えてました、とても嬉しい
です。
76
7. プレイヤーが掴み取るべきもの 前編
﹁⋮⋮よく帰って来れましたね﹂
依頼処理を終えて報酬を用意したエリエリスは、素材を見て、タ
ケたちを見て、じっくりと報告の内容にあった戦いを想像して、し
みじみとした声で言った。机の上にあるのは樹属性の魔力を豊富に
含み、薄緑色に淡く発光しているトレントの枝葉とトレントの魔力
木片である。枝葉や木片といっても、ひとつが両手で持つほどの大
きさだ。
﹁いやー、なんか上手いことやれたのよね﹂
メグはあっけらかんとした顔だった。終わり良ければ全て良しの
主義なのだ。
﹁若木だったという話ですし、保有魔力が少なかったのかもしれま
せん。樹海の眠り蔦でガス欠を起こしていたと思われます。皆さん
にとっては不幸中の幸いでしたね﹂
トレントの恐ろしさは硬い木製の身体とゴムのようにしなる腕で
はない。固定砲台のごとく魔法を乱発し、地中に張った根から状態
異常を引き起こす蔦を無数に伸ばして絡ませ、頭や手に生えた葉を
鉄並みに硬質化させて飛ばしたりと、近∼中距離で隙のない攻撃方
法に長けた部分にある。そこまで成長していた場合はまず近づくこ
とすら困難で、準備もなく適正の実力のない者では何もできずに肥
料にされる可能性があった。
﹁確かに運が良かったです、俺たちも、グリーンウッドの人たちも﹂
77
あの後、トレントの消滅で親方たちを捕縛していた蔦も消え、い
ちおうフルーレが簡単な解毒魔法をかけたがぐっすりと眠っていた
以外で特に後遺症もなく、少し開始時間が遅れたことを除けば予定
通りに伐採を終えることができた。
作業中に襲ってくるモンスターも何匹かいたが、どれも雑魚だっ
たので問題はなかった。一旦ログアウトして、数日後にまた作業し
に行ったが、同様に弱い敵ばかりで危惧するのは最初のトレントと
の戦いだけだった。伐採を終え、無事最後まで仕事をやり遂げられ
たことにグリーンウッドの人たちはとても感謝していた。
﹁ホント装備品上げといてよかったです。もしこの革鎧が初期装備
のだったらと思うとぞっとしますね﹂
凹んでしまった鎧を見て、ヤスキは今更ながらに安堵のため息を
つく。
﹁あたしも槍を変えてなかったら投げても突き刺さらなかったかも﹂
﹁ステータスのランクはあくまでも種族の潜在的な強さですからね、
それを引き出すには装備品とスキルレベルを高めるしかないっての
は知ってましたが⋮⋮改めて実感しましたよ﹂
自分の身に着ける装備品を見て、アスカとフルーレはトレントと
の戦いであった危険を思い出していた。何かが一歩間違っていたら
グリーンウッドの人たちと共に全滅していたかもしれないと身震い
する。
全員が最善を尽くした結果の討伐は、誰もが綱渡りの勝利だと理
解していた。
反省点は多々ある︱︱しかし得る物も多かった。
この経験は必ず次に生かされるだろう。
78
﹁何はともあれ、これで達成です。それで、トレントの素材はどう
しますか? 依頼での物ではないですが、ギルド側で買取を希望し
ますか?﹂
プレイヤーたちの加入によって下位素材は鑑定スキル持ちのギル
ド職員を増員するほど毎日入ってくるが、中位クラスのモンスター
素材は今現在、そこまで頻繁には納品されてなかった。相応の価格
になることは分かっていたが、タケは首を横に振る。
﹁いや、職人に当てがあってな、そいつに持っていこうと思ってる﹂
﹁私らは初心者装備だしね、旅費もそうだけど、こっちもそろそろ
新しくしようと思ってたわけ﹂
二人の返答を聞き、なら仕方ないですね、とエリエリスはメグに
机の素材を返した。
﹁タケさん、生産プレイヤーに知り合いが?﹂
﹁まあそんなとこだ。俺たちがβテスターだったのは馬車のときに
言ったよな、そのときからの縁だ﹂
ヤスキの疑問に答えるタケの脳裏には、装備に嬉々としてふざけ
たギミックを施す男の顔が浮かぶ。
﹁再会したのは初日。ギルドの加入試験をクリアして二人で王都を
散策していたらばったり遭遇したのよね。フレ登録もしてあるし、
チャットで既に連絡済だからさっそく行ってみるつもり﹂
俺に任せときな、という返事の言外に、あっと言わせるモノを導
入するぜ、という表情が透けて見える人物だが︱︱腕は確かだ。生
産に関して専門外の戦闘職二人にとっては頼りになるのは間違いな
かった。もっともメグにとっては彼の爆発事故とかの実績が一抹の
不安材料ではある。
﹁そういう横の繋がりあるのは強みですよね。私たちも友達が生産
79
やってるんですよ⋮⋮あ、トレントのこと言ってなかった。メール
送っとこ﹂
フルーレは慌てたようにシステムメニューを展開し、ウィンドウ
を思考操作してメールを作成して飛ばした。
﹁︱︱それじゃ、俺たちはこの辺で。また機会があったら一緒に組
みましょう﹂
そんなメグとフルーレのやり取りを見て、タイミングよくヤスキ
は別れを切り出す。
﹁メグさん、また会ったときはタケさんとの馴れ初めとか教えて下
さいねー。馬車の中じゃ結婚生活とかしか聞いてませんから﹂
﹁タケさんも、今回はとても良い経験になりました。フレンド登録
もしましたし、何かあったらまたよろしくお願いしますね﹂
ヤスキは爽やかに軽く会釈して、アスカはにゃははと無邪気に笑
い、フルーレはぺこりと深くお辞儀をした。
﹁うん、またね﹂
三者三様の締めの言葉に対して無言で頷くタケと手を振るメグを
見て、ヤスキたちはギルドを後にした。
﹁⋮⋮目の前で見たのは初めてですが、あれが異世界人のスキルの
枠に入らない異能ですか﹂
つい声に出てしまったエリエリスの言葉に、メグとタケが振り向
く。
プレイヤーにとっては当然のシステムメニューは、ゲーム内のN
PCたちにとっては原理を理解できない不思議な能力に思われてい
る。チャットやメールで遠くの人と連絡を取り合ったり、時計機能
で時刻を正確に把握していたり、スクリーンショットでカメラもな
80
いのに写真を撮影していたりと、展開する半透明のウィンドウの操
作は時空に干渉しているようにしか見えなかった。
業務連絡とか仕事が捗りそうな能力で羨ましいです、と無表情に
呟くエリエリスに二人は顔を見合わせ微笑した。
クエストを新しく受けずギルドを出た二人は、王都東部の商業区
画の武具を中心に取り扱っている露店市場に足を運んでいた。市場
の道を挟んだ向こう側は食べ物の露店があり、風に乗って美味しそ
うな匂いが漂っているが、今回の目的は食べ歩きでなく装備品の購
入なので行く必要はない︱︱が、メグの表情を窺うタケは、後で寄
り道しなきゃならないんだろうな、と財布の中身を確認していた。
そんな武具露店の一画。
﹁おっ、こっちだこっち!﹂
小柄だが筋骨隆々とした逞しい腕、浅黒い肌。声をかけてきたの
は簡素な店を構えるドワーフの中年。名前はマサカズ。改造大好き
な、β時代からお世話になっていた鍛冶と装飾関係のスキルを取得
する生粋の生産プレイヤーである。
﹁よぉ新婚夫婦。待ってたぜ﹂
ゲーム開始の初日でフレンド登録してチャットでやりとりもあっ
たとはいえ、マサカズも再度懐かしきコンビに会えて心なしか声が
弾んでいた。
﹁やっほいマサ君。景気はどうだい﹂
名前を略した愛称。付き合いは短くなかったのでメグの彼にかけ
る挨拶は気安い。
81
﹁ま、ぼちぼちだな。やっぱ自分の店がないからな、そこんとこの
差がでかいな。開店するにはまだまだ稼がなきゃならんし、役所の
査定も突破しなきゃならん。しばらくは先だ﹂
露店もそうだが、王都で店舗経営の商売をするには商業区画にあ
る商店管理役所の書類申請を通る必要がある。土地や金銭的な問題
も含め、プレイヤーだからといって誰でもすぐに店を始められるわ
けではない。現実感を踏襲した︻ワールド・クエスト・オンライン︼
の世界に優遇された主人公などいないのだ。
﹁ほとんどイチからの出発だからな。そのへんは大変だろう﹂
βテストからゲームの世界で500年も経過した今、かつては一
戸建ての立派な店を構えていたマサカズの城は影も形も存在してい
なかった。情報によれば作り置きしていた名剣などは時代を超え、
今もどこかにひっそりと現存しているという話だが、発見者はいな
い。信憑性も疑わしい。
﹁まあなー。だが長期的に見ればこっちの成長のが早いんだ、βで
の経験もあるし、新しい魔導機械の技術さえ理解すればすぐに追い
つくさ﹂
プレイヤーはスキル成長速度がNPCよりも二倍は早い。他のゲ
ームなどで慣らした独創性もあってか、歴史と伝統を受け継ぐNP
Cとはスタート地点が違っても、時間と工夫次第で品質の競争に勝
ち抜けることができる。その手の解析は情報掲示板のスレッドで幾
多も議論が交わされていた。
﹁あらそれは頼もしい﹂
82
意欲に満ちたマサカズにメグはいつもの不敵な笑みで返した。
﹁それはともかく、連絡した通りのものよ。︱︱これを見て、どう
思う?﹂
﹁すごく⋮⋮ってネタはやらんぞ﹂
マサカズはアイテムボックスから出されたトレントの枝葉とトレ
ントの魔力木片を受け取る。
﹁思ったよりもでかいな。木片っていっても、これはこのまま盾と
して使えそうじゃねえか。βのときとは仕様が変更になったみたい
だな、前はもっと小さかったし、こんなわかりやすく魔力光なんて
出てなかったぞ﹂
顎に手をあて、うーむ、とマサカズは素材をどう武具に使用する
か想像する。
﹁確認するぞ。要望は二人の防具の強化と、タケにハンマーかメイ
ス、メグに手甲と足甲だよな﹂
﹁そうね、大きいっていっても二人分しかないけど、素材足りるか
な﹂
﹁⋮⋮作るモノによるな﹂
腕を組んで答えるマサカズはにやにやと笑っている。それが彼に
とっての悪巧みの表情だと二人は知っていた。出来上がりが期待で
きると同時に不安にも駆られる。どうなることやら、とタケは独り
ごちた。
﹁安心しろ。知らない仲じゃないからな、比較的良心的な値段にし
といてやるさ﹂
初対面だったらぼったくるつもりだったのだろうか。
﹁助かる。こっちはまだ王都を出て旅できるほど稼いでないからな、
83
高等な装備にするほど余裕もない﹂
﹁懐が寒いのはどのプレイヤーも一緒だからな、心得てるよ。⋮⋮
といわけで、強化しとくから装備品は預かっとく。三日もあれば終
わるだろうから、完成したらメールで連絡する﹂
ほれほれよこせー、とうきうきした表情で手を出す。マサカズは
普段扱わない素材でのモノ作りに妄想が溢れんばかりに膨らんでい
た。しかも市場に回っても中位クラスのものは今の自分では手の出
せない金額なのでなおさらだった。
どこも似たような話だが、生産職のプレイヤーは誰もが苦労して
いる。素材の確保や顧客の開拓など、王都ではNPC職人たちのル
ートが長き歴史の中で完成されており、新規参入者にとって肩身の
狭い思いを強いられていた。
しかし図太い︱︱もとい、逞しいプレイヤーたちは需要と供給の
流れを把握して、既存にはない効果を発揮する道具を開発して、徐
々に商売の波を大きくしている。異世界人は妙に痒いところに手が
届く製品を作るという知名度が、じわじわ広がっていたのである。
マサカズはその中での一際飛び出た職人の一人だった。
﹁︱︱おいおいなんだぁ? トレントの素材じゃねえか。そこまで
珍しくはねぇが、どうしてそれが変人野郎のとろこで卸されてんだ
よ。まず、俺のとこに話を通すのが筋じゃねえのかぁ?﹂
そんな一部では有名な人物に二人が外した装備品を渡したところ
で、朗らかな空気にヒビを入れる言葉が撃ち込まれた。その発言者
は、これだから異世界人は、とわざわざ聞こえるように声を出し、
隠すことなく侮蔑の笑みを浮かべていた。
頭頂部の耳、揺れる毛の長い尻尾、灰色の毛並み。狼か狐の獣人
84
だろう。思わず眉をしかめたくなる人を小馬鹿にした表情を張り付
けた男に、あまり関わり合いになりたくないジャンルの人物だとメ
グは即座に胸中で最低評価を下した。
﹁あんたらトレントやるくらいだ、儲かってんだろ? ならこっち
に面を貸せや。買うべきモノは俺のとこのヤツにしときな。そいつ
のとこよりもよっぽど良いモノ出すぜ﹂
わざとらしい芝居がかった仕草で、ガラの悪い胡乱で上から目線
の獣人はマサカズの露店の机をこつこつと叩く。
なんか変なのがきたなあ、とタケは面倒臭そうにため息をついた。
85
7. プレイヤーが掴み取るべきもの 前編︵後書き︶
プロットとは少し違った方向に進んでしまった、でも気にしない。
次回﹁なら勝負といこうじゃねえか﹂
厳しい意見もありますが、マイペースに頑張ります。
2013/11/30 後のシナリオ上での矛盾になりそうな部分
を修正
森林伐採のイベントは連日作業ではなかったと補足する一文を追記。
86
8. プレイヤーが掴み取るべきもの 後編
﹁どうだ、俺んとこじゃトレントの素材だけでなく、より上のモノ
で強化できるぜ﹂
リナオスと名乗った男の後ろにある、他のよりも豪華な装飾を施
された露店には一目でランクの高いと思われる素材と、それによっ
て製造された武具が並んでいた。剣ひとつとっても量産品とは明ら
かに纏う魔力光の強さが違う。
ほとんどの武具には魔力が含まれる。魔力によって変異したモン
スターは言うが及ばず、採掘した鉱石などにも魔力が内包されてい
るためだ。︻ワールド・クエスト・オンライン︼は日本神話の八百
万の神のように、あらゆる物質に魔力が宿るという設定を踏襲した
ゲームシステムだった。
強力なモノほど保有する魔力が高い密度で内部を流れ、薄らと光
を発しているのだ。
つまり、リナオスが自信を持って進める商品は例外なく高レベル。
﹁ただの目印ね﹂
だがメグは言い放つ。一歩足りない︱︱悪く言えば欠陥品だと。
魔力光を漏らす装備はモンスターと戦い命を賭けることが多い冒
険者には垂涎の一品。ダンジョンの奥地で眠っているような魔剣な
どは常に光を発している。光がレア度の明確な目安となるからだ。
ただし、あくまでもお宝として見た場合に限る。
87
忘れてはならないことがある。
モンスターが魔力に惹かれ餌とする性質があるということを。
だからヒトや魔力を多く持つ何かをモンスターは自らの血肉とす
るため襲い食らいつく。下水道でタケたちが掃除したミミハリネズ
ミが常に飢餓感で食糧を求めていたのは、この設定の元に作られた
世界観の背景があるからだ。
前述したダンジョンで出土した魔剣などは例外なくインゴットに
潰し、新しい装備の素材として再利用したりするのが常識であった。
でなければモンスターを誘蛾灯のように呼び寄せる松明でしかない
のである。
ちなみにこの性質を利用して、前衛の盾役を務める者たちは仲間
よりも敵の目に付く、ほんの微かに魔力光の漏れる装備品をひとつ
は身に着けるのが通例である。ヤスキの持っていた盾がまさにそれ
だ。
特殊な溶液に浸して可能な限り魔力光が零れない処理を施し、し
かし攻撃や防御といったアクションの際に内に秘めた魔力を加速、
放出させることができて、初めて武具は販売できるレベルといえる。
アーツなどに代表される技に起こる攻撃の軌跡や派手な演出は、こ
のときの魔力光がエフェクトとなってるためである。
﹁なんっ⋮⋮﹂
﹁貴方も、少しはわかってるんじゃないの?﹂
一言で簡潔に一蹴されたリナオスにあるのは図星を指摘されたが
故の絶句。口をぱくぱくさせ、二の句が継げられない。登場したと
きから気になっていたが、せせら笑いの中にどこか焦燥感が紛れて
いる表情の理由がプレイヤーたちの何かしらの影響だと、メグは漠
88
然とだが把握していた。
リナオスの露店にあるガントレットをひょいと手に取り、軽く眺
め︱︱嘆息する。
﹁確かに良いモノなのは認める。︱︱だけどそれだけね。プラスア
ルファがないのよ。普通すぎてつまらない﹂
未熟と言っているも同然だった。
実のところ言うほどリナオスの売る武具は悪いものではない。実
際、他のプレイヤーは金を払い購入して使い具合に満足している。
だがβ時代でのマサカズの魔改造っぷりを知る目の肥えたメグにし
てみれば、わざわざ横槍を挟んで営業妨害してくるほどのクォリテ
ィとはいえなかった。
リナオスはここまではっきりと袖にされるとは思ってなかった。
というか自身の態度がメグを辛辣にさせた一番の問題だとは気が
付いていないのが憐れである。接客業ではよほど迷惑をかける客を
除き、商品を勧める相手に敬意ある対応をしない店舗側に未来はな
いのだ。
﹁⋮⋮そこまで言うからには、そこのドワーフが俺よりも良いモノ
を出せると証明できるんだろうな﹂
青筋が浮いている。見下す態度をリナオスがとっていたのは、マ
サカズが奇妙な工程で武具を生産し、失敗しては爆発事故を起こし
ていた為だ。それでいて売っているのは普通よりはマシかもしれな
い程度の製品。メグの発言は身内をかばい自分に噛みついてくる虚
勢にしか聞こえなかった。
89
マサカズが殊更奇天烈なのはともかく、他の生産職プレイヤーも
似たり寄ったり。資金不足から十分な素材を確保できていないこと
が理由だとは考えないため、リナオスは自然、無意識のうちに上下
関係を定めていた。
リナオスはこの露店だけでなく職人区画に立派な武装具店を構え、
潤沢な資本で市場に回る素材に余裕をもって手を出せるため、常に
良質な素材を選択できることから、自身の職人としての腕が停滞し
ているなどとは比較対象もあまりないので思いつかない。
今日この時までは。
﹁⋮⋮﹂
﹁だんまりか。︱︱いいぜ、ならこうしよう。勝負といこうじゃね
えか﹂
︻協力クエスト︼
プレイヤー マサカズ:武具の製作
プレイヤー メグ タケ:マサカズの武具でリナオスの用意した
相手に打ち勝て!
どちらがより良いモノ作りの腕を持っているか、上なのか下なの
か、力で持って理解させる。ただ生産したものを品評するだけでは
ない、商売人としても重要な横の繋がりも使い勝敗でもって明暗を
魅せつけるための提案。
決戦の日程は四日、または五日後。現実とゲームの時間誤差はお
よそ四倍のため、ログアウトして翌日、仕事や家事をすませログイ
90
ンしたら時間的にすぐに勝負の場に赴くことになる。工房など特殊
な場所はさらに時間が加速されているため生産面に関しての問題は
ないようだ。
﹁どちらが格上か、わからせてやるよ﹂
今の言葉が盛大なブーメランとして帰ってくる黒歴史の未来にな
るなど知る由もなく、リナオスは露店に並べた武具を回収して撤収
していった。マサカズを叩き潰すための装備の構想と、それを十全
に使いこなす人物にコンタクトをとるために。
﹁⋮⋮あいつは貴族にも伝手があるらしいからな、結構な使い手が
くると思うぞ﹂
大丈夫なのか、とマサカズはメグとタケに目を向ける。二人の実
力はβ時代で散々見せつけられているが、正式サービスによって最
初から始めるスキルレベルは心ともないのではないかと危惧する。
﹁心配ないだろ﹂
﹁マサ君がどかんと一発凄いのをかましてくれるんでしょ?﹂
種族による強さが初期設定から変わることは、普通にプレイして
いる限りまずない。ならば勝負の優劣を決めるのはマサカズの製作
する武具を占めるウェイトが大きい。だからこそ信じられる。過去
の経験に裏打ちされた確かな実績が、ほとんどの否定材料を打ち消
していた。
﹁マサカズ、なかなか面白い展開になったな。︱︱ほれこれ、使っ
てくれや﹂
﹁あ、私も出すよー。あのリオナスって獣人前からいちゃもんつけ
てきて煩わしかったのよね﹂
﹁俺もだ。こんな機会ずっと待ってたが相手はでかかったし、こん
91
なことでしか力を貸せなくてすまない﹂
﹁ここらでガツンとこらしめてやってくれりゃ、少しはあいつも落
ち着くかもしれんからな﹂
リオナスが去ってから、マサカズの周りには同じ露店販売してい
るNPCやプレイヤーの人たちが集まり、持ち寄った各々の素材を
提供してきた。鉱石や木材や塗料に使う草などがどかどかと露店の
机に山積みされる。誰もが善意からの自発的な行動だった。
マサカズがゲームプレイで手に入れていた確かな絆がそこにある。
これは現実でもそうだが、長期的な将来を見据えた視点で今後の行
動を考えた場合、一人で無双を出来ない︻ワールド・クエスト・オ
ンライン︼では、何よりも積み上げ掴み取るべきものは信用と信頼
だった。
世界を動かすのはいつだって強い力。
しかし振るわれる力を運用するヒトの意思は、感情によって動く
のだ。
﹁あそこまで言ったエルフの姉ちゃんにまさか半端なもん渡すつも
りじゃねえよな?﹂
何でこんなにくれるんだ、と腑に落ちなかったマサカズは隣の露
店のおっさんの言葉にはっと目を見開き、得心する。そして口角を
上げ、徐々に表情が好戦的なものに変わる。
﹁最高の仕上がりを期待しとけ。材料さえあったら普通じゃないヤ
ツが作れるってところを見せてやる﹂
確かな自尊心を持って宣言するマサカズは熟考し、二人のスタイ
ルに合うべき装備と、現状の素材から可能な限り高めたスペックに
するための工程の設計図が頭の中で作成されていく。脳内にはタケ
とメグがモンスターを蹂躙する映像が流れ、イメージが付け加える
92
べき様々なギミックを考慮して想定内に変えていった。
協力を申し出たプレイヤーやNPCもいた。もちろんマサカズの
技量を盗もうとする打算もあるが、何よりもリナオスを一泡吹かそ
うとする意向のほうが強かった。
王都でも大きな資金力を持つリナオスの店は、高価な素材を買い
占める行為が悪い意味で目立つ、他の職人たちにとって目の上のた
んこぶだった。一流の職人を高給で囲い、経営体力によるパワープ
レイで素材を充実させて高級な武具を生み出していた。
結果、押し寄せた幾多のプレイヤーたちからリナオスは左団扇の
利益を上げ、ますます市場に回る上位の素材に手を伸ばしていく。
そして生産職を希望していた者たちや、既存の職人NPCは少ない
材料での生産作業を強いられ、少なくない反感を募らせることにな
ったのである。
︱︱などと説明はしたが、プレイヤーの降り立った影響が巡り巡
って今回の出来事に繋がったと言っても、マサカズのやることは単
純だ。難しく考える必要はない。求められるのはただ純粋な技術力。
﹁大事なことだからもう一度言うぞ。最高の仕上がりを期待しとけ﹂
それが生産者の戦いにして、矜持である。
93
8. プレイヤーが掴み取るべきもの 後編︵後書き︶
プレイヤーが掴み取るべきもの︵副題:生産者の矜持︶でした。
やはり人がいっきに増えると歪んだ格差が起こると思ったので、こ
んな話に。
でも悪いことばかりじゃないですよね、きっと。
少々強引な展開かもしれないが⋮⋮くっ、まだまだ執筆レベルが足
らない。
実のところ二人の王都での土台作り、序章がまだ終わらないという。
冒険の旅が始められるのはまだしばらくは先になりそうです。
次回﹁二対二のPVPだな﹂
ようやく初期装備から脱却。
毎日投稿できる鉄人に脱帽しつつ、一歩一歩更新していきたいと思
います!
94
9. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 前編
最高の二文字を出したからには妥協は許されない。そう考えたマ
サカズが最初にとった行動は、β時代からの付き合いである生産職
仲間に協力を要請することだった。あくまでも専門は武器であり、
防具やアクセサリーは、よりスキルレベルを進めている者に頼んだ
方が結果的には良いだろうと判断した為である。
防具鍛冶で鎧の製作を担当する魔族の男性のガイと、裁縫職人で
鎧の下の服飾を担当するフェアリーの女性のコットン。ここにマサ
カズと、武具露店区画で協力を申し出てくれたプレイヤーとNPC
たちが集まり︱︱後にその名を︻ワールド・クエスト・オンライン︼
に轟かせることになる職人チームの雛形、﹃クラフターズ﹄の初期
メンバーが結集した。
目的はリナオス武装具店に勝利︱︱そして市場の流通を阻害させ
ている素材買い占め行為の規制。
全員の利害は一致していた。マサカズの借りる工房で装備を作っ
ているとき、具体的な勝負方法を説明しに訪れたリナオスを挑発し
たコットンが勝敗の賭けとして約束させたのである。更についでと
ばかりにガイが苛立つ敵の煽り耐性が低いと見るや、上手いこと口
車に乗せて現在作成中の装備品にかかる経費を全額負担させること
まで確約させた。見事な腹黒さだった。
﹁とはいえ、もし二人が負けたら俺たち二度とモノ作りができなく
なるわけだが。そこんとこどうよ﹂
﹁気にする必要なし! メグさんは勝つ!﹂
95
﹁いや、あのコンビがこの状況でやられるって、俺には想像できん
のだが⋮⋮﹂
過去の実績が信頼感となってハードルを上げた瞬間である。
意図せず二人が発生させたクエストは生産職の転換点となるので
あった。
一方、リナオスは確実なる勝利のために、知り得る中でも五指に
入るであろう強者に勝負の選手を依頼。その二人に合う装備一式を
自分と雇っている職人たちでライン生産。決戦の予定日前に出来た
武具の完成具合に満足げに頷き、自分に逆らった見せしめとして異
世界人の生産者に鉄槌を下せる未来を妄想し、ほくそ笑んでいた。
元々気に入らなかったドワーフ。
忌々しくも食ってかかってきたフェアリーと魔族。
﹁ははっ、これで奴らの職人としての人生は終わりだ!﹂
リナオスはわかっている。しかし気が付かないフリをして認めな
い。妙な爆発事故を起こすとはいえ、たまに露店に出す武具の出来
の良さに、その見る者にはわかってしまう技術の光に自分が嫉妬し
ていると。
仕事から帰ってきたタケは、メグと共に夕食を早めに済ませ、い
つものように︻ワールド・クエスト・オンライン︼に二人は揃って
ログインした。
泊まっていた簡素な宿屋。二畳程度の広さに二段ベッドが固定さ
れているだけの狭い二人部屋でタケとメグは起きる。システムメニ
96
ューの時刻表示には、露店での出来事からちょうど四日後の昼過ぎ
だった。
﹁時間的に、夕方ごろにはやり合うことになるわね﹂
武者震い。メグは自身が過度の緊張感に縛られていることを自覚
する。ルールなど細かい部分はマサカズが確認するとの話なので、
どのような勝負になるか想像はできないが、それでもただの雑魚が
相手として出てくる可能性は低いだろう。
もし負けてしまったらと、不安が募る。
リナオスの売り物を酷評したが、急に友人との会話をぶった切っ
た不躾な登場に苛立ったが故の八つ当たりだったと、冷静になった
メグは自分の振る舞が少々恥ずかしいものだったと回想する。実際
売られていた武具は、確かにかつてマサカズの作っていたものより
も劣るものだったが、馬鹿にする程のものでもなかった。
大袈裟に状況が発展してしまい、今更どうしようもないというの
はわかっているが、昨夜は枕を抱えて自己嫌悪に陥っていた。相方
の旦那はどう思っているんだろうと、メグは二段ベッドの下の段か
ら降りたタケに視線を向けた。
﹁⋮⋮﹂
んぁー、と伸びをして、ぶんぶん腕を回して体の調子を確認して
いるタケにはまったく気負った様子が見られなかった。相変わらず
どこまでものほほんとしている。表情と感情が若干表に出にくい夫
ではあるが、メグは彼のそういった穏やかな気性が心地よかった。
︱︱いえ、何だかんだいって、負けないで終わりそう。
97
根拠はない。しかしメグにはそう思えた。
気が付けば、ふっと硬い表情は解けていた。不思議な安心感をタ
ケの背中に覚えながら、﹁よぉーし、女は度胸!﹂とメグは自分の
両頬を叩いて気合を入れ、タケの腕を引っ張って宿屋を後にした。
王都西部、職人区画にある借用工房地区。文字通り、自分の工房
を持たない者に一定の賃金で鍜治、調合、装飾、裁縫といった各種
工房を貸し出す、職人管理役所が生産者の新規参入と保存維持を目
的に設置した設備だ。ゲームが始まってまだ資金的余裕のないプレ
イヤーたちにとって、自らの腕を磨くための有用な場所である。
﹁お?﹂
聞いていた場所のマサカズの借りる工房の入り口に、種族は変わ
っているが、何やら懐かしい面子が見え、タケは思わず声を漏らす。
キャラクターの容姿を大胆に弄くる人もあまりいないし、見慣れた
顔だから間違いないだろう。彼らにとってβ時代ではとてもお世話
になった人物たちだった。
﹁メグさーーーーんっ!!﹂
猪のごとくメグに突撃をかましたのはコットンだった。フェアリ
ーの種族固有スキルにある妖精の羽を発動させ、燐光を撒く背中に
広がった蝶のような光の羽を思考操作で器用に動かし、空中を滑る
ように飛んで抱きつく。
﹁はぁー、ゲームとはわかっていてもこの山はたまりませんなぁ﹂
豊かな双丘に顔を埋め、恍惚の表情を浮かべるコットンにメグは
嘆息する。タケによって張りつめていた精神が軽くなり、ほどよく
98
引き締まった心構えが一気に霧散させられた気分だった。
まったく、なんというかね。
ハラスメント行為に対して警告しますか? と展開するウィンド
ウを見て、はあ、とため息ひとつ。
﹁はい、離れてねー﹂
﹁ぐぉぉ、ちょっ、いだいだい! ヒトの手はそんな方向に曲がり
ませぬぅ!﹂
濁音で呻くコットン。あははは、と笑顔で絡む手を極めるメグの
力加減は絶妙といえた。
﹁⋮⋮まさかお前らの協力体制ができてるとは思わなかったな。ガ
イも久しぶりだ﹂
﹁おう、マサカズから事の成り行きは聞かせてもらった。中々面白
そうなクエスト、というかイベントに近いかな。だから俺らも参加
させてもらったよ﹂
じゃれあう二人を尻目に、懐かしき友人との出会いに男たちは口
元を綻ばせる。
こうして過去に交流のあった人たちと再度会えたことは貴重だ。
学生から社会人となったことで疎遠になった友人が少なくないタケ
は、電子の仮想世界だとしても、こうしてお互いに再会を果たせる
ことは喜ばしいことだった。
積もる話はあったが、ひとまず作った武具を装備してもらいたか
ったマサカズの後に続き、タケとコットンを引き摺ったメグは工房
の中に入った。木の作業台がいくつか並び、細かな糸屑や金屑など
が床に落ちている。協力者だった他のプレイヤーやNPCは入って
きた二人に挨拶する気力もないようで、ぐでーっと力尽きているも
99
のが大半だった。聞けば、二人が到着するぎりぎりまで調整を行っ
ていたらしい。
﹁これが、お前らの新しい装備品だ﹂
マサカズの視線の向こうには、防具をかけた、木で骨組みだけの
簡素に組まれたトルソーが二台。奥の作業台には斧とハンマーと手
甲らしき武器が置いてあった。
﹁こっちがメグさんので、私が中心になって作りました! 動きや
すいよう、かつ現代的っぽいファッションの服です。もちろん並以
上の耐久性はあると自負しています!﹂
コットンは裁縫関係のスキルを使い、格闘家のメグにとって動き
を阻害しない服飾防具を作り上げた。紺色を基調としたショートパ
ンツルックに黒のニーハイソックス。蹴り技がやり易いよう、ヒー
ルのないゴム底の膝丈まである編み上げブーツには鈍色の足甲が装
着されている。そして上半身には初期装備を大胆に改造して強化し
た革の胸当てと、背中全般を守るため防刃性能を高めたロングコー
ト。頭の装備には赤い石の玉簪を用意した。
メグは試着室でさっそく着替え、コットンの﹁絶対領域はぁはぁ﹂
という呟きを聞き流して、トルソーにかけてあるロングコートをば
さりと羽織る。風ではためき邪魔にならないよう、ベージュの革ベ
ルトがあったので、コートを押さえるように胸の下にベルトを巻い
た。当然、上のモノがより強調される。
三十路前の女が着るには挑戦的すぎるわね。
現実とゲームの姿がさほど変わらないといっても、そこは微妙な
女心という奴である。アバター設定で年代を少し若くしておいてよ
100
かったとメグは静かに恥じらい照れていた。眩しい笑顔で﹁エロイ
っす!﹂とサムズアップするコットンは頭をはたいて黙らせる。
そんな女性二人の寸劇の間にタケは鎧の装着を済ませていた。切
り分けた小さい板を革と薄く延ばした金属で整え、数枚を重ねて丹
念に縄紐で固定した︱︱日本特有の様式で作られる甲冑の武者鎧だ
った。
﹁種族が鬼なんだろ? だったら和風にしてみようと思ってな﹂
鎖帷子の上には紺色の道着、そして赤に染め上げた武者鎧。腕や
腰を回しても引っかかるということはなく、さすがに初期装備より
は重量があるが、それでも敏捷に大きな影響を与えるほどのもので
はなかった。頭部を隠す兜は丸くシンプルな造りだが、タケの眉間
から伸びる赤水晶のような角がひとつのアクセントとなり、言いよ
うのない迫力と壮麗さを醸し出していた。まさに戦場の鬼武者とい
った風体である。
﹁そんでもって、これがマサカズ印の︱︱お前らが散々変態機能乙
っていってた武器だ﹂
奥の作業台にある武器を﹁はっはっは﹂と楽しそうに持ってくる
マサカズの言葉に全員が苦笑した。
﹁ふむ。どっちかといえば、これは籠手って言った方がいいかな﹂
薄らと模様がついていることを除けば、指まですっぽりはいる武
骨で地味なガントレット。手の甲から肘まで鈍色の鉄板が連なり、
攻撃を受け流しやすいように滑らかな流線型の形に整えられている。
﹁おいメグ、足甲もそうだが、ちょっと魔力を通してみな﹂
﹁⋮⋮﹂
101
いったい何を仕込んだのやら。
メグは目を閉じ深呼吸。イメージ、思考操作。腕と足に魔力を通
した︱︱瞬間、武器に薄く刻まれていた線に光が走り、精緻な文様
と紋章が優雅に灯った。淡い緑色の光が艶やかに鈍色の武装に映え
る。
﹁⋮⋮これは﹂
自分の手を掲げ、光のラインが生む優美さにメグは呆ける。そし
てコットンはスクリーンショットの作動に余念がない。すでに30
枚近くデータフォルダに収めていた。
﹁トレントの枝葉にあった樹液を抽出して練り込んで焼き入れした。
うまいこと綺麗な装飾ができてよかった。常に流すとモンスターの
良い的になるから、ここぞというところでやるのがベストだぞ﹂
﹁もらったトレントの木片や枝葉は全て余すことなく有効利用させ
てもらってるぜ。タケの鎧の板の一枚一枚が木片を細かくしたやつ
だし、紐とかは繊維をとって編み込んだものだから魔力の親和性は
かなり高いはずだ。⋮⋮まあ、それでも使った素材は下位のものが
中心なんだけどな﹂
マサカズとガイは誇らしげではあったが、もっと良い素材さえあ
れば度胆を抜くモノができたのに、と悔しさを覚える。しかしやれ
るだけやった結果なので後悔はなかった。
タケには、70センチメートルほどの長さの、片手用のトマホー
クとハンマー。
斧のトマホークは手に持つ柄から刃の部分まで、全て黒い鉄で構
成されている。刃の部分の反対側は突き刺す用途のため、返しのつ
102
いた矢印のような鋭角的な形をしている。あとは滑り止めとして縄
で柄巻きされている以外にこれといった特徴はないシンプルな片手
斧だった。
しかし、これもタケがメグにならって魔力を通してみると、同様
に緑色の光のラインが走った。
﹁鬼は魔力的素養が弱いんだがな、精神Dだし﹂
﹁だがその分威力は普通より上がってるぞ。当てる瞬間にぶっぱな
せばいいのさ﹂
ティアドロップ
ハンマーは、涙滴型で殴打と打突が使い分けられるものだった。
トマホークと同じように魔力を注いでみると﹁おい、なんか回転し
てるんだが﹂と驚きと呆れの声をタケが漏らす。円錐の部分に螺旋
のラインが灯り、ドリルのように急速回転していた。
﹁ロマンだろっ!﹂
びしっ、とガッツポーズするマサカズ。ガイも無言でうんうんと
頷いていた。
やはり普通の武器を作っていて溜まっていたのだろう。実験や検
証を重ねて開発する、馬鹿馬鹿しくも笑えない威力を発揮する武器
の製造をしたかったのだろう。
﹁︱︱まあ、ともかくだ。メグにはかなり似合ってる防具を作って
くれたし⋮⋮改めて礼を言う。ありがとう﹂
﹁うん、そうだね。ありがとう﹂
タケとメグは頭を下げて、真摯に誠実に感謝の言葉を紡ぐ。マサ
カズ、ガイ、コットン、だらけていたプレイヤーやNPCの全員の
103
視線が集まる。その表情は誰もが誇りに溢れていた。
そして顔を上げたタケは威風堂々と顔を引き締め、メグは優艶に
微笑む。
﹁みんなは最高の仕事をした。︱︱なら次は、俺たちの番だ﹂
工房に来る前にチャットで確認したが、勝負は二対二のPVP対
決。
﹁夫婦ならではの連携プレイ、魅せてあげるわ﹂
104
9. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 前編︵後書き︶
もっと削ってさくさく進めたほうがいいのかな⋮⋮わからん。
ともかく精進あるのみです。
予定通りいくかわかりませんが、たぶん中編と後編の三本仕立てに
なるかと。
対人戦闘、二対二のガチバトル回の予定。
次回﹁戦闘開始だ﹂
そろそろアクの強いキャラとか出したいよね、とか考えてみたり。
よろしくお願いします!
105
10. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 中編︵前書き︶
名前:タケ
アーツ
ヘビィプラス
重装備の技術 level:10
︵1︶重量増加 3秒間だけ装備品を含めた自分の重量を2倍に
する
ターンブレイク
ぶん回し level:12 ︵1︶大旋回 全身を一回転させ遠心力をつけた高い威力の攻撃
名前:メグ
アーツ
フルメタル
鋼の肉体 level:11
︵1︶鋼鉄化 5秒間だけ身体の一部を鋼に変える
ワンインチパンチ
全身凶器 level:11
︵1︶寸勁 至近距離での攻撃で対象に大きな衝撃を与える
エアダッシュ
縦横無尽 level:10
︵1︶空中疾走 2歩だけ空中を走れる
106
10. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 中編
トレント戦の後、植林伐採の護衛クエストの最中に効果を確認し
てはいたが、タケとメグは再度メニューウィンドウを開いて習得し
ていたアーツをチェックしつつ、マサカズたち職人集団の後に続い
て戦いの場所として指定された場所に赴く。
到着したのは、タケとメグが最初にゲームに降り立った転移クリ
スタル王都中央広場だった。
王都にある転移クリスタル柱は東西南北中央の各所にそびえ立つ
が、あらかじめ登録しておけば死に戻りしたときにプレイヤーが舞
い戻る箇所となり、またスターティアの島国の重要な町に設置され
る同様のクリスタル柱に一瞬でワープする移動手段となる。
もっとも、ワープはプレイヤーだけの特権︱︱ゲーム設定でいう
ところの異世界人の異能であり、NPCにとっては転移クリスタル
は魔力を蓄え、エネルギーとして利用するための発電機である。王
都の魔導バスや街灯などの電力はここから抽出する魔力の恩恵によ
って賄っていた。
広場はベンチや花壇が並び、町の憩いの場として開放され、役所
に許可された屋台もちらほら見られる。
つまり、夕暮れ時とはいえそれなりに人が点在していた。
﹁注目はされるのは仕方ないな。まさか騎士団長クラスを引っ張っ
てくるとは思わなかった。⋮⋮ちっ、どうやらあちらさんはかなり
本気できたようだな﹂
107
ガイの口から舌打ちが漏れた。揶揄する表情のリナオスの後ろに
いる相手の鎧や武器は、あの純白の輝きから見ておそらくピュアミ
スリル製だろうと当たりをつける。もしそうなら上位鉱石だ。マサ
カズとコットンも、彼らの装備に使われた素材が現在のプレイヤー
では触れることすらできない高級品のオンパレードだと予測してい
た。
王都スターティアは国家の中枢のため、当然ながらモンスターの
ウィンド
脅威などから軍事的防衛を担う騎士団が組織されている。リナオス
ファイア
が連れてきた人物は六つある騎士団の内、第一騎士団﹃風﹄と第三
騎士団﹃火﹄の副団長の二人だった。
ウィンド
疾きこと風の如くの言葉を掲げ、高速戦闘を主体とする﹃風﹄の
副団長、紳士的な物腰でカイゼル髭を生やす老成した金髪碧眼の人
間の男性、ゼーカ。
ファイア
侵略すること火の如くの言葉を掲げ、圧倒的攻撃力で暴れまわる
﹃火﹄の副団長、ショートカットの赤毛から伸びる二等辺三角形の
小さな黒い角が特徴の若い竜人の女性、フレア。
リナオス武装具店は騎士団に正式採用されている武具の元締めで、
市場の素材のほとんどを独占できる資金力の背景の理由がここにあ
る。リナオス武装具店は大量生産を得意とするため、画一的で統一
された装備を求める騎士団には欠かせない要素となるからだ。
﹁いやいや、時間ぴったりだったとはいえ、怖気づいてこないかと
思ったよ﹂
﹁そうか。︱︱いや、そんなことよりもルールの確認だが、二対二
のPVP対戦、でいいんだよな?﹂
タケの頭は眼前にいる相手に対しどんな戦い方をするべきかで思
108
考の大半を費やしているため、嘲笑でもって挑発する言葉は耳から
素通りしていた。
﹁⋮⋮これを使うつもりだ﹂
自分が軽く見られていると被害妄想的に勘違いしたリナオスは眉
を不満気に歪める。見事な独り相撲だ。
vers
Personの略称だ。オンラインゲーム上でプレイヤーの
PVPとはオンラインゲーム用語にあるPerson
us
操作するキャラクター同士が戦うこと、またはゲーム内設定で特別
に決められた対人戦闘方法のことを指す。今回は対戦相手がNPC
のため後者の意味になり、リナオスが懐から出した水晶玉はPVP
用に特殊な戦闘フィールドを展開する特殊アイテムだ。
﹁HP表記がゼロ︱︱決闘水晶玉の審判が死亡と認定するか、降参
を宣言するか。どちらかによって勝敗を決めるんだが⋮⋮ふん、早
々に降参したほうが恥をかかないと先に言っておこうか﹂
声の端々に傲慢ともいえる自信に満ちている。騎士団のトップに
名を連ねる人物を呼んだことで、リナオスは絶対の勝利を疑ってい
なかった。
なんだなんだ、と広場の人たちは突然始まった状況に盛り上がる。
王国が誇る騎士団の副団長ともなればNPCたちにとっても有名な
存在で、そんな二人がこれから決闘をするという絶好の夕飯の種を
見逃すものかと周囲に集まる。プレイヤーたちも珍しそうなイベン
トの発生に興味津々で動画やスクリーンショットの準備を始めた。
﹁漠然とした情報で悪いが、騎士団は精鋭で通っているらしい。そ
の副団長ってんだからかなりの強さなのは間違いないはずだ﹂
﹁好奇心で兵士採用試験に挑んだプレイヤーがいるらしいけど、試
109
験官だったNPCが半端なかったとか﹂
マサカズとコットンの話は掲示板のとあるスレで流れたものだっ
た。実際モンスターに負けない力を求められる騎士団の強さは、単
純なスキルレベルだけ見ても現在で最も戦闘回数のあるプレイヤー
でも届かない領域に立つ。装備する武具の強さも高い実力の理由の
ひとつであることは否定できないが、団長に近いクラスともなれば、
タケたちが前回のクエストで苦戦した若木のトレントなら単独撃破
できる程度の力量は持っていた。
だがそれは、初期装備から大幅にグレードアップしたタケとメグ
にも当てはまる話だ。確かにスキルレベルは負けている。しかしプ
プレイヤースキル
レイヤーとしてシステムの枠に入らない、現実で磨いた武道の修練
やβテストで経験した純粋な技術は、相手が騎士団と言えども決し
て見劣りするものではなかった。
﹁では始めると﹁まて﹂しよ⋮⋮﹂
かつ、と足音。竜人のフレアが一歩前に出て発言を止める。リナ
オスは彼女の清廉とした立ち振る舞いの迫力に負け、ごくりとツバ
を呑みこんだ。
﹁総長殿から回ってきた命令書を読んでどんな茶番かと思ったが︱
︱どんな戦いだろうと正々堂々と立ち向かう。それが私の誇りでも
あり騎士団の仕事でもある﹂
フレアは背中に吊るされた大剣を鞘から抜き放つ。きぃん、と鍔
鳴りの音が響いた。
ファイア
﹁では決闘する前に自己紹介といこう。第三騎士団﹃火﹄所属、副
団長のフレアだ。君たちがどれほどの実力者かはわからないが、あ
っさりと終わってくれるなよ﹂
110
背中にある椛を半分に切ったような蝙蝠タイプの翼をばさりと広
げる。フレアの澄んだワインレッドの瞳は対戦相手のタケとメグの
ウィンド
全てを見抜こうとする強かな光が灯っていた。
﹁次は、私ですね。第一騎士団﹃風﹄所属、副団長ゼーカ。そちら
にも賭けるべき理由があるのでしょうが、フレア殿の言葉の通り、
これも仕事なのでね。手加減は諦めてもらいたい﹂
騎士団というよりはどこぞの貴族が雇う執事といった風体のゼー
カは、洗練された動作で一礼して瞑目する。そしてフレアの断ち切
ることを目的とした大剣とは真逆の、貫くための巨大な針ともいえ
る刺突剣をゆっくりと細長い筒のような鞘から抜き、静かに目を開
いた。
二人のスイッチは闘争のモノへと切り替わっていた。
﹁鬼。プレイヤー、タケ﹂
﹁エルフ。同じくプレイヤー、メグよ﹂
触発されたタケとメグも同様、意識は戦いに適したものに変わり、
自然と集中力を高めていく。
余計な台詞はない。緊張感からではなく、ただ勝利の方法を模索
することに思索の領域を深く使っているだけだ。フレアはそんな二
人の姿勢に胸中で称賛の拍手を送る。紛うことなき戦士の顔だと。
自己紹介は終わったとリナオスは判断し、ごほんっ、と咳払い。
﹁では、今度こそ始めるとしよう。私は安心してゼーカさんとフレ
アさんが勝つところを見させてもらいますよ﹂
どこまでも余裕そうに、リナオスは決闘水晶玉に魔力を通した。
111
すると中心にPVPと文字が浮かび上がり、タケとメグの前に︻二
対二の決闘の申請がきました。許可しますか?︼とウィンドウが現
れた。
いくか。
ええ。
アイコンタクト
︱︱互いの視線を交わす。
勝利した場合は約束を守りなさいよね、というコットンとリナオ
スの応酬を耳に残し、タケたちは決闘水晶玉の作る特別な戦場に転
移した。
︻PVP︼
フィールド 荒野の石柱群
プレイヤー タケ&メグ
NPC ゼーカ&フレア
勝利条件 パーティ二人のHPゲージの消滅 or 降参の宣言
王都スターティアにおいて、異世界人が大挙として降り立ったこ
とで生産者の格差が浮き彫りになる時事問題が発生していた。しか
ready?︼
いいか?
しとある職人間で交わされた約束事により問題は水面下で人知れず
you
解決されることになる。
準備は
︱︱︻Are
112
シャドウ
情報調査の一手を引き受ける、知りがたきこと陰の如くを言葉に
掲げる王都の第四騎士団﹃陰﹄の諜報員の報告によると、騎士団の
武具製作を請け負うリナオス武装具店と異世界人の職人による小さ
な諍いが契機だったという。
撃退せよ!
︱︱︻fight!︼
この流れは運営が意図していた方向に進んだイベントだったのか
は、公式に何の回答もないため不明である。
確かに圧倒的世界観といったキャッチフレーズは嘘ではなかった
が、プレイヤーたちには﹁どうせゲームだしな﹂という、システム
に違反しない行動なら何をしてもいいという空気が少しは存在して
いた。だが掲示板に掲載された今日この時の情報と動画は、︻ワー
ルド・クエスト・オンライン︼で起こるクエストは大小問わず、ど
んな行動でも常に他の何かに影響を与える要因だとプレイヤーたち
に改めて知らしめる結果に繋がった。
﹁それじゃあ⋮⋮﹂
﹁戦闘開始だ﹂
掲示板の攻略情報などはあまり閲覧しないようにしてゲームを楽
しもうとする二人の夫婦は知る由もないが、後に生産職プレイヤー
たちが中位から上位ランクの素材を使用した装備を製作し易くなる
重要なクエストでの戦いは、こうして始まった。
113
10. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 中編︵後書き︶
戦闘描写の一部まで書くつもりでしたが、キリが悪くなるのでこの
へんで。
前回の次回予告までいかなかったので、そのあたりは修正しました。
今度こそ、次回﹁私の目の前で旦那をとろうなんて良い度胸じゃな
い﹂
予定した文字数まで書けてますが遅々として物語は進まない。
ある程度進めば説明部分をばっさり省略できるからさくさくいけそ
うですが。
などと言い訳しつつ、次の更新向けて頑張ります!
2013/11/21 今後の展開上矛盾しそうな部分を修正
情報掲示板などは利用しないで
↓ 掲示板の攻略情報などはあまり閲覧しないようにして
114
11. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 後編︵前書き︶
フレアは戦慄していた。
ぽかんと呆けていた。
先の出来事に情報の把握が追いつかない。
普段なら無様だと自身を罵るだろう。
︱︱油断。
今は戦闘中だと思考が戻る一瞬の隙間を駆け抜ける脅威の踏み込
み。
眼前、懐に超接近したメグの存在を意識が捉えた瞬間に走る窒息
感。
フレアに激烈な衝撃が襲い︱︱体が2メートルほど吹っ飛んだ。
115
11. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 後編
ときおり乾いた風が吹く砂と岩だらけの荒野。所々に縦長の一枚
岩と思しき石柱が突き刺さっていることを除けば、これといって特
徴のないフィールドだった。
﹁いきますぞ﹂
最初に動いたのはゼーカ。刺突剣を右手で持ち、フェンシングの
形で半身に構えたまま突撃した。次いで大剣を脇構えにしたフレア
が背後に追従する。両者とも荒れ地の凸凹した走り難い地形を物と
もしない速さ。
男だから。女だから。
そんな考えがあったのかもしれない。
盗賊といった悪党の少ない比較的安定した王都の治安と、所属す
る騎士団の部署の性質から、ゼーカとフレアは訓練ではあってもそ
こまで対人戦闘に慣れ親しんではいなかった。保有する戦闘方法の
引き出しにはモンスターに対するものが多かったのだ。それでも十
分なレベルの実力を備えてはいるのだが。
ライトニング
マウンテン
これが人的犯罪を取り締まる﹃雷霆﹄の第六騎士団だったら、あ
るいは盾役として防御に優れた﹃山﹄の第五騎士団だったら、結末
は違っていたのかもしれない。
リナオス武装具店から新装備の実戦テストを依頼され、騎士団の
総長は指定された日が非番で休日だったゼーカにお願いする。そし
116
て偶々執務室前に雑務の報告書を提出にきたフレアをこれ幸いと二
人目として任命したのが、彼らがこの場にいる事の簡単な経緯であ
る。胡散臭いとは思いながらも、総長はまさか勝敗が今後の職人事
情を左右する大事だとは思わなかったのだ。
また正々堂々を好むフレアの気質もあってか、二対二の決闘であ
りながら一対一で戦う想像をしていたし、ゼーカも真正面から刃を
交わすと思っていた。これはモンスターとの戦いでは常に個々の役
割分担が決まっており、一個人に対して複数で戦闘に臨む訓練自体
ファイア
が少なかったことに起因する。
ウィンド
﹃風﹄も﹃火﹄も、騎士団としては基本的にアタッカーの役割を
担う部署だったことも原因のひとつに入るだろう。
タケにはゼーカを。
メグにはフレアを。
騎士団の二人はそう考えてしまった。
︱︱故に、状況は一瞬で急転した。
と
﹁私の目の前で旦那を殺ろうなんて良い度胸じゃない﹂
タケを狙い、高速の突きを繰り出そうとしたゼーカの横に、お馴
染みの不敵な笑みを浮かべたメグがいた。
エアダッシュ
アーツの空中疾走を使い、空中で三角飛びをして一気に回り込ん
だ結果だ。これにより正面からメグを一刀両断しようとしていたフ
レアの大剣が空を切る。
紙一重の見切り回避と同時の接近は絶妙なタイミング。
位置取りも含めて奇跡的な幸運といってもいい。
117
大剣を振り切ってしまったフレアのゼーカに対してのフォローが
一歩遅れる。
まずは小手調べと思っていたのは騎士団の二人だけである。タケ
とメグは相手の実力を録に発揮させぬまま、超短期決戦でどちらか
一人を確実に潰す算段だった。
攻撃動作に入っていたゼーカは止まれない。
ならば、防御ではなくこのまま顔面を刺突剣で貫く︱︱と判断し
たときは既に遅い。タケの持つ戦鎚が何処を攻撃地点としているか
理解したからだ。
もしゼーカが最初から出し惜しみせず、高速の連突スキルで疾風
突きや針剣山などの先制攻撃的なアーツを使っていればタケのカウ
ンターは防げたし、次いで襲い掛かるメグの回し蹴りもギリギリ躱
すことができたかもしれない。
彼の攻撃は速いが、正直すぎて至極わかりやすい。
そのまま何もせずに終わらせてやる。
僅かに身体を横にずらして突きを避けたタケの、緑色の魔力光を
散らしながら螺旋回転する戦鎚は、正確にナックルガード越しに刺
突剣を持つゼーカの手に直撃した。カウンターも防御関係の行動に
含まれるためすぐさま鉄壁防御のスキルが発動、白く綺麗で新品の
刺突剣が衝撃で打ち鳴らされた金属音を立てて弾き飛ばされる。
﹁終わりよ﹂
メグは宙に舞う刺突剣に視線が向いてしまったゼーカの一瞬の無
防備をつく。
118
フルメタル
魔力の鎧スキルで火力を強化し、鋼鉄化のアーツで美麗なる脚線
美の蹴り足を鋼と成し、更に精霊の衣スキルで攻撃する足に荒野に
漂う風の精霊を憑依させて風属性を纏わせた。
回り込んだときに発動していた、縦横無尽スキルの加速エネルギ
ーと相まった容赦無用の渾身の攻撃は、一撃粉砕を地で行く。上位
鉱石ピュアミスリル製の兜を被っていようが、その浸透する衝撃は
推して知るべし。
がごん! と鈍い音が荒野に響く。
教科書に掲載してもおかしくない理想的な姿勢の回し蹴り。マサ
カズとガイが組み込んだ足甲に刻まれた精緻な模様に緑色の魔力光
が迸り、軌跡の残光を空間に暫し置き、消える。
この時、PVPフィールドでの戦闘を観戦していた者たちで﹁お
おぉっ﹂と感嘆の声が上がり︱︱次の瞬間、唖然と口を開けて止ま
る。
当然ながらメグの蹴りを受けて動きの止まったゼーカを見逃すタ
ケではない。即座に追撃は仕掛けられていた。
ターンブレイク
﹁︱︱大旋回﹂
ぼそりと呟き、アーツを発動させていたのだ。
口頭、あるいは思考によってアーツは起動する。システムアシス
トの流れに乗り、タケは全身をその場で独楽のように一回転。遠心
力のついた必殺の道筋。もう片方の手で抜いていた魔力光のライン
を灯すトマホークがゼーカの首に吸い込まれ︱︱黒鉄の刃が一切の
抵抗を許さず胴体から首を斬り飛ばした。
119
転移クリスタル王都中央広場にどよめきが起こる。
鎧の防御力の高さでメグの攻撃でもHPゲージは1割程度の減少
だった。しかし首という急所を噛み千切ったトマホークの一振りは
疑いようもなく即死決定、断命のスーパークリティカル。
﹁あいつら、やりやがったぜ⋮⋮!﹂
興奮して歓声が職人たちから上がる。しゃあっ、と小さくガッツ
ポーズするくらいだ。
戦う人物だけがPVP用の特殊フィールドに転移して姿を消すが、
決闘水晶玉はその場で魔力光を漏らしながら白兵戦の状況を教えて
くれる。転移クリスタル王都中央広場に展開した、戦闘状況を縮小
したミニチュア模型のような3Dホログラフィックの全体図の立体
コンビネーション
映像と、数十の角度から捉えたスクリーンカメラがタケとメグの連
携を捉えていた。
ウィンド
開始してから一分と経たず、タケとメグは驚嘆すべき阿吽の呼吸
で第一騎士団﹃風﹄の副団長、ゼーカを撃滅したのである。
たった一度の交差での決着。
まさに秒殺だった。
HPゲージを消失させ死亡扱いされたゼーカはPVPフィールド
から弾き出され、転移クリスタル王都中央広場に戻っていた。擬似
的な死を体感して震撼し、動悸が激しい振動を訴え、冷や汗が頬を
撫でている。ぐうの音も出ない惨敗と無念の余韻。茫然自失から復
帰したリナオスの怒鳴り散らす声など雑音でしかなかった。
120
何が、手加減は諦めてもらいたい、だ。
誇りある騎士団の副団長という立場に溺れていたつもりはない。
長年の経験と自信に驕っていたつもりもない。しかし広場で聞かさ
れたリナオスからの﹁相手はFランク冒険者﹂という情報に、自分
の方が強いなどと思い込み、相手を格下と判断していた。
﹁⋮⋮恥ずかしい限りですな﹂
狭かった視野に︱︱いや、自分で狭くしていた視野にゼーカは唇
を噛み、苦渋の表情で呟く。
ワンインチパンチ
程度の差はあれど、おそらく若く血気盛んなフレアも同じだろう。
事実、息を整えたゼーカの目には、フレアがメグのアーツ、寸勁で
の強烈な拳の攻撃で飛ばされ体勢を大きく崩す姿があった。
鮮やかな一撃の衝撃に息が詰まる。
普段のフレアならここまであっさりと敵を懐に入り込ませない。
それが心理的な動揺を証明していた。
﹁︱︱っく﹂
フレアは持ち前の運動能力で仰け反った体勢を持ち直し、何が起
きたのか理解した。
消えたゼーカと同じことを考える。
何が、あっさりと終わってくれるなよ、だ!!
くそっ、なめ︱︱。
121
﹁舐めるなあああぁぁぁぁッッ!!﹂
咆哮。
調子になるなと威嚇し、先程までの不甲斐ない自分を払拭するた
ざんしょうこげつ
めに腹の底から吼えて空気を震わせ︱︱好機とばかりに肉迫するメ
グ目掛け、勇猛の剛剣スキルのアーツである斬翔弧月を叩き込んだ。
下から弧を描く高速の斬り上げが強襲する。
ギィィンッ!! と金属同士の甲高い悲鳴と火花が散った。
﹁わざわざ叫ぶなんて、攻撃しますよと教えてくれるようなものだ﹂
ヘビィプラス
タケの戦鎚がフレアの必殺をもたらすアーツの軌道を逸らしてい
た。逆に言うと鋭すぎて逸らすのが精一杯だった。重量増加で2倍
の加重をしていなければ腕が紙屑のように引き裂かれていたかもし
れない。直線に地面を走る亀裂が威力の恐ろしさを物語っている。
﹁!?﹂
はっとフレアは反射的に横を見る。
﹁遅い﹂
タケに守られたメグに攻撃を緩める道理はない。
﹁くっ︱︱このッ!!﹂
スウェーバック
咄嗟に裏拳で至近距離のメグを薙ぎ払おうとするも、あっさりと
身体を後ろに反らして空転させられ、下から伸びてきた蹴りで顎が
縦に揺らされ跳ね上がる。
がら空きになる首。
122
︱︱まずいっ!?
ゼーカが斬首された光景が瞬間的に脳裏を過ぎる。フレアは体裁
を押し殺して大剣を手放し翼を使い後方に飛んで難を逃れ、数メー
トルの距離をとることに成功した。
体力的には問題はないが、僅かな時間で大幅な精神的疲労を負っ
てしまった。
﹁⋮⋮とんでもなく優秀だな。うちの騎士団に欲しいくらいだ﹂
とにかく僅かでも落ち着くためにフレアは言葉を交わそうとする。
ゼーカがあんなにも容易く蹴散らされたことは、同じ副団長とし
てその実力を知っているからこそ即座には信じられなかった。だが
修羅場は幾つか経験している。本来なら数秒でもって冷静さを取り
戻せるはずだったが、混乱している最中に休むことなくメグのアー
ツを喰らい、落ち着くのに更なる時間を必要としてしまった。
改めて自分を磨きなおさないとな、とフレアは明日の訓練を厳し
くすることに決めた。
﹁そりゃどーも。こちとら職人たちの未来を賭けた勝負なんで、負
けられないの﹂
﹁ん? それはどうゆうことだ﹂
リナオス武装具店の新装備のテストではなかったのか、とフレア
は首を傾げつつ、予備として腰に差していたショートソードを抜い
ておく。タケはその行動に眼光を鋭くさせた。
﹁この戦いが終わったら、彼に聞けばいいかと。︱︱ところでこの
フィールド、罠とかあるのかな。例えば、あそこの柱とか⋮⋮﹂
123
ふむ、とフレアはメグが見ている、地面に刺さり風の流れを複雑
に変えている石柱に視線を向けた。
特に不穏な気配は感じられないが︱︱。
﹁︱︱ッ!﹂
悪寒。
顔面に高速で何の変哲もない石が襲来していた。全身に電気が走
ったかのように心臓が飛び跳ねる。
ショートソードで本能的に石を弾いた︱︱だが既に駆けてきたメ
グは拳が届く間合いにいた。驚いている暇はないが、迎撃するには
間に合わない。
ハッタリ
虚言。
ゲームメイク
まともに正面からやり合えば、火力や防御力の違いからまず勝て
ないと判断したが故の戦略の組み立て。
精霊の衣で荒野に存在する土の精霊を腕に憑依させて地属性にす
ワンインチパンチ
る。緑色の魔力光が零れる籠手の周囲に硬い石の塊が幾つか纏わり
つき、再度発動させるメグの寸勁のアーツと共にパイルバンカーの
ように石が解き放たれた。
石の砕け散る爆砕音。
今度は吹っ飛ばされなかったが、それでもフレアは数歩の後退を
余儀なくされた。
フレアの白い鎧には小さな傷しかつかない。だがメグにしてみれ
ば、不安定な体勢にすればそれでいい。
後は︱︱。
124
﹁任せろ﹂
赤い武者鎧の鬼は静かに答える。
頼もしき旦那が止めを刺す!
ドリル
二刀流。戦鎚の回転する削岩機構がフレアのショートソードを持
つ手を穿ち、トマホークの刃とは逆の部位、矢印型の鋭く尖った角
で喉元を突き刺した。
広場は最初は静かに、そして徐々に、フレアが死に戻りした瞬間
に盛大な拍手喝采が巻き起こる。がっくしと肩を落とすリナオスは
ともかく、他の面々は誰もが破顔一笑してタケとメグだけでなく、
短いながらも見応えある決闘を魅せた四人に称賛の言葉を贈った。
勝者
︱︱︻winner! タケ&メグ!!︼
これによりタケとメグがマサカズと受けた協力クエストは、夕暮
れの地平線に隠れる太陽と共に終わりを告げる。PVP空間の荒野
の上空、勝者を決定づける一文のカラフルで派手な光が、これから
の職人たちが歩む先を照らすことになったのである。
125
11. 鉄拳のエルフ 鎧武者の赤鬼 後編︵後書き︶
思ったよりもガチバトルといかなかったかもしれません。
皆様が満足してくれるモノかどうか常に戦々恐々としております。
タケとメグが相手にほとんど何もさせず勝てたのは油断を上手くつ
いたから、ということでお願いします。
実際にアーツの応酬とかでまともに戦ったらぼっこぼこで相討ちで
きるかどうかでしょう。
MMOでは町の守備兵なんかはとても強いのです。
でも生物である以上、急所を的確にキメてしまえば即死できるのが
この世界観の大きな特徴かもしれません。
次回は序章最後にあたる公式イベントの伏線話、になる予定。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
では、次の更新に向けて頑張ります。
126
番外. やり直すチャンスとタイミング︵前書き︶
悩みましたが、出したほうがいいだろうと思いました。
一人称に挑戦。
本編とは少し違う書き方です。
127
番外. やり直すチャンスとタイミング
ちびちびと酒を飲む。
そして考える。
今だからこそ言えるが、あのときの俺は焦っていたのだ。
︱︱﹁騎士団の武具を一手に引き受ける店舗の責任者として、経
営的にも鍛冶の品質的にも誇れるために高みを目指せ﹂︱︱
亡き親父の言葉は忘れたことはない。
俺が王都の武具事情をより高みに登らせてみせる。
大きな、しかし不可能ではない目標だった。
とはいえ上には上がいる。
知ってしまったが、認めたくはなかったのは、たぶん⋮⋮いや、
俺の懐が狭かったということだろう。
500年前に小さな町だった王都を救った集団。
プレイヤーと呼ばれる、魂を別の身体に入れ替えてこちらの世界
に降り立つ異世界の住人。
彼らが何気なく持ってきた文化と知識と発想は恐ろしい。
その多様性は驚きよりもむしろ恐怖さえ覚える。
同時に好奇心と興奮、そして︱︱嫉妬。
128
俺は嫉妬していた、自分にはない彼らの想像力に。
露店に出ていたひとつの商品を見て、今までの常識が粉砕された
ようだった。
既存の工程をより洗練させるために、各々得意とする職人たちで
ライン生産の体制を確立させた。
事実、完成したのは難易度の高い素材を用いたCの品質ランクを
平均とする武具。
素材から漏れる魔力光の抑制をより深く施せる技術を今後発展さ
せていけば、いけると確信していた。
Bの品質ランクで安定化させるのも夢ではないと思っていた。
︱︱だというのに。
﹁ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。これこそ長剣、短剣、槍の可
変機構をもつ武器なのだ!﹂
自慢げに武器の説明をのたまうドワーフ。
なんだそれはと意味もなく怒りが沸いた。
俺が試行錯誤を日夜悩んでいた魔力光の抑制もほぼ完璧といって
良いモノな上に、変形だと?
苛立ちが八つ当たりを行わせる。
言いようのない焦燥感が鬱屈を溜め込んでいった。
ちびちびと酒を飲む。
129
気が付けば異世界人が気に食わなくなっていた自分がいた。
嫌味が自然と口から出てくる。
実験と称した爆発事故。
あまりにも馬鹿馬鹿しい。
それでいて笑いながら﹁次いってみよう﹂と言う奴らの神経が理
解できなかった。
数週間後か、異世界人の中でもとびきり変な奴、あのドワーフの
店で武具を購入しようとする二人組がいた。
色気はあるがどこか性格的に残念なエルフの女。
表情に乏しくのほほんとした一本角の鬼。
珍しい組み合わせ。
異世界人だと何故かわかった。
いつものように突っかかっていた。
こうしてあの時のことを思い出してみると、俺の態度にあのエル
フは怒っていたのだろう。
向こうがムッとして﹁ただの目印ね﹂といった言葉が突き刺さっ
た。
図星だった。
あのドワーフの野郎が売るものより魔力光は強く漏れているのは
事実だった。
加えて﹁普通すぎてつまらない﹂という指摘。
売り言葉に買い言葉。
130
本当に俺は自分の店の事情しか考えていなかった。
潤沢な資金が知らず知らずのうちに腕を鈍らせていたこと。
異世界人の職人が素材不足で高級な武具の作成に手が出せなかっ
たこと。
ああ、恥ずかしい。
今考えると、本当に恥ずかしい。
どうしてここまで頑なだったのか。
ちびちびと酒を飲む。
口から滑り落ちたのは勝負を吹っかける言葉。
とんとん拍子にすらすらと内容と時刻を告げた。
騎士団に新装備のテストなどと語り、副団長二人を借り受けた。
これで勝てる!
異世界人より優れた技術を見せつけ、俺の装備で叩き潰せる!
ああ、そうさ。
わかってるさ。
大事なのは鍛冶といった生産技術だったということを。
勝負の行方なんて、装備品がすべての結果を左右するなんてわけ
がないのにな。
見事に目的と手段が逆転していたわけだ。
副団長の二人の勝利、イコール俺の技術が凄い、という話にはな
131
らないのにな。
転移クリスタル王都中央広場で、決闘水晶が映す戦い。
まさかと思ったね。
斬り飛ばされる首。
あの鬼、無表情でなんておっかねえ攻撃を平然と行うんだ。
あっさりとゼーカさんが戻ってきた。
つい暴言を吐いてしまったが、聞こえていなかったのは、ゼーカ
さんにとっても衝撃だったのだろう。
職人たちの盛り上がりが気に食わなかった。
なぜこいつらは、こいつらが⋮⋮。
纏まらない思考のまま唇を噛み締めていた。
フレアさんも負けた。
あのエルフ、精霊を憑依させて属性をつけたってのか、非力な種
族なのにかなりのパワーじゃねえか。
異世界人ってのはあんなにも強いものなのか。
絶えず休ませず、追い込み、隙を作って確実に止めを刺す。
エルフと鬼の連携は見事としか言えないものだった。
いや、それもそうだが、奴らの武具。
緑色の魔力光はトレント素材のものだろう。
魔力を通した瞬間に鮮やかに発動する模様。
どんな技術スキルを組み合わせた?
ちくしょう、と悔しさが身体の力を抜けさせた。
132
肩を落とす。
これで俺の武装具店が保ってきた地位に少なくないダメージを負
うと。
ほんの少しだけ利益は落ちていたこともわかっていた。
異世界人の実力も、受け入れるべきだとわかっていた。
ぽん、と肩を叩かれた。
行くぞ、と言われたが、何のことだかわからなかった。
﹁よっし、負けたんだから文句は言わせない。こいつ持ちで、今か
ら宴会だ!﹂
エルフの女がガハハと笑いながら宣言していたらしい。
ふざけるな、と反抗する気力は今後の衰退をネガティブに考えて
いた俺にはなかったさ。
ちびちびと酒を飲む。
あ、切れた。
店主に頼んで新しいのを出してもらう。
というか奢りだからって奴らはまったくもって遠慮がない。
野次馬していた奴らもきて酒場はどんちゃん騒ぎだ。
俺のポケットマネーなら支払いに問題はない。
だが、おい、そこのお前だエルフ。
なにこの酒場で一番高いやつを頼んで、ああフレアさん、あんた
133
もか。
ゼーカさんとあの残念エルフの相棒の鬼が一緒に酒を酌み交わし
ている。
なんというか、実に渋い。
落ち着いた大人という趣が、味わいある雰囲気が静かに漂ってい
る。
あの鬼、見た目は二十歳過ぎにしか見えないというのに。
良い意味でおっさんだ。
﹁ぼっちだな、おい﹂
余計なお世話だ。
ドワーフ野郎のマサカズが遠慮なくどかっと俺の隣の席に座る。
両手には骨付きチキン。
笑いにでもきたか。
そう思った俺を知ってか知らずか、チキンを貪り食ったドワーフ
の野郎は、さらりと爆弾を投げた。
プレイヤー
﹁量産に特化した工房持ちのお前らと、俺ら異世界人の独特、とい
うか変態的な創意工夫は︱︱混ぜるな危険、だとは思わないか?﹂
耳を疑った。
混ぜる⋮⋮つまり、合わせてみようと言っているのだろうか。
ちびちび酒を飲む手が止まる。
見れば、マサカズの野郎、酒に酔っているようだが、目の光は本
物だ。
134
﹁どうゆうことだ﹂
﹁一緒に力を合わせてみないか、ってことだ﹂
ぐいっ、と俺が頼んでいた酒を瓶ごとラッパ呑み。
ぶはぁ、という息吹が酒くせえ。
﹁本気か?﹂
﹁面白いってのは重要だぜ、何事もよ﹂
否定する要素がない。
プライドに拘ってちゃ先に進めないこともある。
俺の工房が誇る同品質のものを作り続ける力と、異世界人のふざ
けた常識と発想。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮悪くないかもな﹂
酒が、俺の中の淀んだ何かを洗い流したのかもしれない。
命の水とも言うしな。
む、いや、ただ単に酔ってるだけか。
いいのだろうか。
ええい、毒を喰らわば皿までとも言うじゃねえか!
何が、悪くないかもな、だ!
呟きとはいえ、出したもん仕舞うのもなんだか負けに思える。
やるか?
135
やっちまうか?
﹁⋮⋮﹂
ごくりと酒を飲む。
飲み干す。
コップを空にして、ごつっと机に勢いよく置く。
もし始めるのなら、やることは沢山ある。
騎士団に個人的な私怨で依頼をお願いしたことに謝罪することも
必要だろう。
ああ、約束もあった。
口約束だが、あの妖精に絡まれるのは気に入らない。
守ってやろうじゃないか。
素材の独占か。
そんな風には思っていなかった。
悪しざまに陰口されているのは知っていたが、必要なものを買っ
ていただけにすぎないと思っていた。
いっそのこと完全に経営だけにやることを絞っていくのもいいか
もしれん。
役所にもコネはあるし、流通操作をうまいことやれば生産職の異
世界人がより良い技術を流すだろう。
他の奴らが模倣してオリジナリティを出すように昇華させていけ
るのが理想だな。
なんか思考が脱線してきたが、不思議とやる気が出てきた。
興奮してきた。
136
おいおい、火がついてきたじゃねえか。
すとんとハマった未来を想像する俺に笑えてきた。
﹁で、どうする?﹂
決まったよ。
にやにやと俺を見るな気色悪い。
人生、生きてれば何度でもチャンスはあるという。
そんなことは嘘っぱちだ。
何事にもタイミングってものがある。
俺にとっては、あのエルフと鬼に勝負を持ちかけたことが良い方
向に進むタイミングだったのだ。
﹁やってやろうじゃねえか﹂
今日を境にやり直す。
再出発だ。
﹁店主! 酒だ! とびきりのを出せ!﹂
かくして俺はマサカズの話に乗った。
後に﹃クラフターズ﹄と呼ばれる職人チームの工房経営者の一人
になる未来の、最初の一歩だった。
137
番外. やり直すチャンスとタイミング︵後書き︶
次回は本編に戻ります。
ときたまこんな感じの話をちらほら出したほうがいいかな。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
次も更新がんばります。
138
12. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 始動
最近スターティア王国に不穏な影が見え隠れしている。
魔力溜まりの局所的発生と、高度な魔力光汚染による自然物の唐
突なモンスター化。
これは何かの予兆なのだろうか⋮⋮。
王都新聞情報社﹃マーティオー﹄は騎士団と全面協力!
試練の神ウンエイの託宣を受けた王室の情報を元に特集記事を組
む!
◇
プレイヤーの皆様へ重要な告知となります。
サービス開始からまもなく一ヶ月、加速されたゲーム内時間では
およそ四か月が経過し、プレイヤーの皆様が思い思いの生活を楽し
んでいると思われます。
ほぼ全てのプレイヤーの皆様が身に着ける装備品が一段階強いも
のに変わっていることを確認し、そろそろ当初から予定していた運
営公式大規模イベントを発生させても問題ないと判断しました。ま
たイベントの終了をもって次のバージョン1.10に移行すること
が決定しています。
イベントのタイトルは︻飢えた肉食モンスター大襲来!︼です。
139
スターティア王国の何処かで飢えてしまった肉食モンスターが出
現します。転移クリスタル柱の魔力を目印に王都を目指してやって
くることでしょう。
プレイヤーの皆様の中には﹁ここ最近のモンスターは習性がどこ
かおかしい﹂と、そんな話をNPCから聞いた人もいるかもしれま
せん。
このイベントは正式サービスより前から仕込まれていたものだか
らです。
多人数で戦うボス
敵は強大にして巨大なレイドボスです。
思う存分に日頃の成果を発揮してください。
イベント時における行動を評価したランキングも行い、
上位入賞者や特別功労者には運営からボーナスアイテムを贈呈し
ます。
累計ダメージ、瞬間一撃ダメージ、特定部位破壊、人命救助、サ
ポート、NPC友好度などなど。
今までのプレイの状況によってはイベント時にだけ特別に発生す
る特殊クエストもあり、より深く︻ワールド・クエスト・オンライ
ン︼の世界に触れることができるかもしれません。
もちろんモンスターに敗北する可能性も大いにあります。
その場合は王都に少なくない被害と悲劇が生まれることでしょう。
プレイヤーの皆様は王都とそこに住むNPCたちを守るため奮っ
てイベントにご参加ください。
140
※開催時期などイベントの詳細は[次のページ]をご覧ください。
◇
﹁⋮⋮というわけで、一緒に調査するのはどうですかな。当然、報
酬も出しますぞ﹂
マサカズとの協力クエストが終わった数日後、タケとメグはいつ
ものとおりギルドからのクエストをこなして貯金を増やした夕方。
以前宴会した酒場でつまみとビールを楽しんでいたところで、たま
たま酒場に立ち寄ったゼーカに遭遇した。
﹁東部森林深層、エルフの里付近の調査ねぇ⋮⋮。騎士団はそんな
とこまで出張するのね﹂
草原の牛型モンスターが落とす食材を使った小さなサイコロステ
ーキを食べながら、メグは追加注文を待ちながら自慢のカイゼルひ
げを撫でるゼーカに視線を向けた。
﹁放置しておけない問題ですからな。それに情報の確保は王室から
の最優先命令となっていますのでな﹂
真相は運営と管理AIが今後のために起こした必要措置なのだが、
正式サービスでプレイヤーがゲーム内世界に降り立つ数週間前、ス
ターティア王国に大きな地震が発生していた。
結果として隣国との橋は崩壊、海域の地盤沈下が不規則な海流を
生み出し、スターティア王国の貿易に悪影響を与えることになる。
しかし運営にとっては、次回のバージョンアップまでには都合の良
141
い鎖国に近い状況、そんな海洋国家を作り出すための必然であった。
蛇足だが、元々比較的凶悪なモンスターが少ない平和なスターテ
ィア王国では、基本的に下位から中位クラスまでの素材しか出回ら
ない。肥沃な大地は安定的に穀物などの食糧を実らせ、豊かな森林
によって木材が豊富に手に入るが、鉱山が少なく長年で掘り尽くし
たその土地柄、レンガなどの焼き物関係の粘土類はともかく、国産
出土の鉄鉱石類は枯渇気味。より高い品質の上位クラスの素材は隣
国や海を挟んだ他国の輸出に頼っていたのが国家としての実情であ
る。そして過去に購入した素材の在庫も底が見え始めていた。
地震によって隆起したり地割れが起きた地面には、大小様々な魔
力結晶の欠片が埋っていた。結晶から漏れる霧のような魔力光が、
モンスターの発生や肉体の活性化を促し、同時に急に強靭になった
ことで今まで以上に餌や魔力を求めてモンスターの飢餓感を増幅︱
︱つまりは狂暴化させた。王国の各所でそんな魔力溜まりが幾つか
確認されていたのである。
運営という名の試練の神ウンエイより託宣という形で話を拝聴し
たこともあり、事態を重く見た王室は騎士団に調査本部の設置を要
請する。
﹁はっはっは、二人に会えたのは、まさに運命の導きかもしれませ
んな﹂
そんな中、ゼーカは一身上の都合から調査本部の仕事を回される
ことになった。そして調査に入る前に立ち寄った商業地区にある繁
華街で偶然、酒場にいたタケとメグの姿を見て、妙案とばかりに二
人に協力してもらうことを閃き︱︱衝動的に酒場の扉に手をかけ、
今に至る。
142
﹁いや、そもそもゼーカさんは副団長だったはずですが。そんな立
場の人が何故調査なんて仕事を?﹂
﹁⋮⋮簡単な話、私が既に副団長から降りた身だからですな﹂
タケの問いに静かにゼーカが答える。話の空白にタイミングよく
酒場のウェイトレスが注文したつまみとビールを持ってきてテーブ
ルの上に並べた。塩を振って軽く炙ったハムの香ばしい匂いが美味
しそうに立ち上る。
﹁やはり私たちとやり合ったことで?﹂
﹁まあ、半分はそうですな﹂
PVP決闘で負けたことで左遷でもされたのだろうかと思い、も
しかして悪いことしたのかなと不安になったが、メグの目にはゼー
カに負の感情があるようには見えなかった。
﹁タケ殿にはこの前言ったかもしれませんが、もともと考えていた
ことなのですぞ。ですから半分というのは、私の心が決めた、とい
う意味ですな﹂
ほっと自らの心配が的外れで杞憂だったことにメグは胸を撫で下
ろした。
﹁ほれ、この白髪交じりの見た目通り、年齢のこともありますし、
若い者に要職を回すつもりでしてな。今の私は、いちおうは騎士団
に所属してはいますが、特別顧問のようなものですな。しばらくし
たら完全に辞職して穀倉地帯で農業でもしようかと思っております
よ﹂
騎士団は王都では高い実力を要求される高給取りで常に人気のあ
る職業だというのに、あっけらかんに言うゼーカの表情に悲観的な
要素は一切なかった。
143
﹁幸い、長年連れ添った妻も賛成してくれていましてな。危険な仕
事ともいえる騎士団から退くことに、ここまで頑張りましたねと言
われたくらいですぞ。二人いる息子も今や一人前。良い嫁を貰って
孫にも恵まれている。自家製の小麦を作って孫のためにパンを焼こ
うと、今は妻と楽しく相談する日々ですな﹂
それどころか楽しそうに近い未来図を語り、ゼーカは冷えたビー
ルを飲み、つまみを口に入れる。
﹁へぇ、いいですね、そういうの。私たちにはまーだ先の話でしょ
うけど﹂
好々爺なゼーカのほんわかした老後をイメージして、メグの顔は
自然と微笑みを浮かべた。
﹁はっはっは。タケ殿に聞きましたが、そうやって年を重ねたとき
のことを想像できるということは素晴らしいことですぞ。二人の仲
は盤石ですな。ならば向こうの世界だけでなく、こちらの世界でも
結婚式をするのはどうですかな。王都の西にある港町のウェーブ大
聖堂での誓いは一生の思い出ですぞ。かくいう私もそこで妻と式を
挙げましてな﹂
﹁ふーむ、指輪とかないし、旅費に余裕出来たら最初にそこ行くの
もいいかもな﹂
ゼーカの大聖堂の話を聞いてタケは真剣に考える。メグは恥ずか
しがるだろうが、改めて信愛の言葉と共にアクセサリーを贈るのも
いいかもしれないと。
﹁⋮⋮ふふっ、まあ期待しとく。⋮⋮あ、期待といえば、ゼーカさ
んの作ったパンもですね。もし出来たときに機会があれば、ぜひご
144
馳走してください﹂
ゼーカは﹁もちろん、そのときは歓迎しますぞ﹂と、照れ隠しに
話の流れを変えたメグに破顔した。
﹁ところで、調査は三人で、ですか?﹂
﹁いや、少々若いですが、私の他にもう一人騎士団の者がきますぞ。
⋮⋮タケ殿、何か不都合でも?﹂
﹁知っているかもしれませんが、私たちプレイヤーは貴方たちと生
きてる時間が違いますし、ずっとこっちの世界に存在することがで
きないんですよ﹂
遊ぶ余裕の少ない社会人の二人にしてみれば、︻ワールド・クエ
スト・オンライン︼にログインしていられるのは精々二時間かそこ
ら︱︱加速されたゲーム内の体感時間ではおよそ八時間といったと
ころである。休日ならもっと自由に時間を空けられるだろうが。
テントキットという特殊アイテムを使えばフィールドで安全にロ
グアウトすることができるが、次回にログインしたときには、現実
に戻っていたときのおよそ四倍の時間がゲーム内では流れているこ
とになる。
オンラインである性質上、日時は止めることはできず天候も常に
流転している。運営に問題として提起されるクレームのひとつでも
あったが、今のところ改善方法はない。あまり変に時間の流れを歪
ませるとゲーム進行に大きな矛盾が発生する可能性が示唆されてい
たからである。
﹁確かに。しかしエルフの里での調査はだいたい一週間は続ける予
定でしてな、四日程度の空きがあっても二回は調査に同行できるな
ら問題はありますまい。そもそも最初は私ともう一人の二人だけで
145
の調査でしたからな﹂
時間的な都合から積極的に仕事を行える状況ではないことを申し
訳なさそうに話すタケとメグに、ゼーカは素直に感心していた。
﹁ゼーカさんがそう言うなら︱︱この依頼、受けさせてください﹂
﹁そうだな。短い期間でしょうけど、その分、全力で協力しますよ﹂
﹁⋮⋮ありがたいことですな。急な話にもかかわらずこうして手を
取り合ってくれることに礼を言いますぞ﹂
間もなく還暦を迎えるほどに年月を重ねたからこそわかる幸運。
冷静に物事を見極められる大人で成熟した精神は真っ直ぐ。彼らの
ような良き人柄に出会えたこと、PVP決闘のときに繋がった一期
一会の縁にゼーカは感謝した。
﹁︱︱では、景気付にひとつ﹂
ゼーカが右手で持つビールの注がれたコップを掲げる。タケとメ
グは顔を見合わせ、ウィンクする騎士団の老紳士の意図をすぐに理
解して、笑顔で同じようにコップを掲げた。
﹁調査の成功を祈って︱︱、乾杯﹂
﹁﹁乾杯!﹂﹂
喧騒の増えてきた夕暮れ時の酒場。
ちちんっ、と小気味よい音が彼らのテーブルの上で響いた。
146
12. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 始動︵後
書き︶
相変わらず話が進まないという。
でもこういった日常的なやり取りがあるからこそ戦闘といった山が
映えるんでしょうね。
たぶん。
次回﹁黒髪のエルフとは、珍しいの﹂
そんなこんなでファンタジーではお馴染みエルフの里です。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
147
13. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 出現︵前
書き︶
飢えを覚えた。
身体が急に大きくなったからだろう。
その分、維持に大量の魔力と栄養を必要としている。
森の樹が邪魔で見えないが、わかる。
このまま進めば沢山の魔力と栄養たる餌が待っていると︱︱。
148
13. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 出現
王都西部に広がる植林地帯を突っ切ると、無秩序に木々や植物が
生い茂る人の手の入っていない森林が広がっている。モンスター避
けの杭が刺さる踏み固められた土の簡素な一本道だけが、エルフた
ちが住む小さな集落に向かう唯一の正規ルートだ。それ以外の方法
では、森林に住まうモンスターを薙ぎ払いながらの道程になってし
まう。
スターティア王国の森林深奥にあるエルフの集落は、商業用とし
て最低限ではあるが道が整備されているため、隠れ里といった要素
はない。王都にエルフの住民が買い物にくることも、森の奥でしか
採取できないような野草や木の実を使った染物を売ることもあり、
交流は活発に行われていた。これは多種多様な種族を寛容に受け入
れる風土の、スターティア王国が誇る特色ともいえるだろう。だか
らこそプレイヤーが最初に降り立つ場所に相応しい国家と運営は判
断していた。
エルフの集落までは馬車を使って三時間程度、およそ20キロメ
ートルの距離。ゼーカと別れてから一旦ログアウトしたタケとメグ
は、目的地で互いに合流することを約束し、翌日ログインして定期
的に出る乗合馬車の早朝の便の席に座っていた。
﹁お前さん異世界人かい? 黒髪のエルフとは、珍しいの﹂
馬車には金髪翠眼のエルフが二人。緑を基調とした色に染まるゆ
ったりとした民族衣装のポンチョを着た、老人と小学生低学年くら
いの幼い少女が相席していた。
149
﹁黒髪って珍しいですか?﹂
﹁まあ、たまたま見てないだけじゃろうて。赤髪や青髪のエルフが
集落に着たこともあるしの。⋮⋮と、名乗らんのも失礼か。わしの
名前はウィド、この子は孫のルフィン︱︱ほれ、挨拶をしなさい﹂
﹁は、はい。ルフィンです、はじめまして﹂
慌てたようにぺこりと頭を下げる可愛らしい姿に、あー娘が欲し
くなるわね、とメグはタケとの子供を妄想した。
エルフは寿命を300年に設定された長寿の種族であり、見た目
20代の容姿で肉体年齢が停止して、200歳頃から徐々に老化し
ていく。喜寿もかくやという年季を重ねた白髪と皺のあるウィドは、
おそらく相当な年月を過ごしてきたエルフだということが窺えたが、
木の杖を持ってはいるものの背筋を伸ばして姿勢正しく座る姿に弱
々しい老人の雰囲気はなかった。
﹁はい、はじめまして。私はメグ、こっちはタケよ﹂
﹁よろしくな﹂
あくびをして眠そうな御者を尻目に和気藹々と話をする中、聞け
ばウィドはこれから向かうエルフの集落を纏める長の先代で、最も
高齢な長老だという。反対にルフィンは集落で一番若く、今回はそ
んな幼い彼女の社会勉強のために訪れた王都の短い小旅行の帰りだ
ったと、楽しそうに自分の祖父の偉大さと王都での出来事をつっか
えながら話すルフィンに和みつつ、タケたち四人を乗せた馬車は大
植林地帯を抜ける。広葉樹の緑の屋根から薄らと朝露と霧を反射さ
せた木漏れ日が差し込む幻想的な一本道を進み、日が高くなってき
た頃にはエルフの集落に到着した。
﹁長老にルフェン、戻りましたか。連絡のあった騎士団の調査員の
150
方はちょうど昨日来訪していますよ。⋮⋮彼らは?﹂
﹁その調査を一緒にやる予定の冒険者、だそうじゃ。二人は広場に
案内しておくから、いちおう騎士団の方を呼んできてくれんかの﹂
また王都方面に戻る馬車の御者に挨拶をして降りた四人を迎えた
のは、木造で出来たアーチ状の門の前に立つ門番のエルフの青年だ
った。訝しげにタケとメグを見る彼だが、もんばんごくろーさまで
す、とルフィンが労いの言葉をかけると表情はにこやかな笑顔に変
わった。
﹁お主らを疑うわけではないが、確認はせねばならんのでな﹂
﹁いえ、構いませんよ。当然のことです﹂
﹁ひろばはこっちです!﹂
ルフィンに手を引かれるメグの姿を微笑ましく思いながら、タケ
とウィドは集落の中心でもある広場に向かった。エルフの住居は基
本的に木造家屋で、中には根を張り立派に伸びた樹が屋根から飛び
出ている、巨木と一体化したような家もあった。王都とは違い喧騒
の賑やかさはなく、自然に満ちた空間は時々小鳥のさえずりが耳に
届く程度の静かで落ち着いた外観を作り上げていた。
﹁自分たち以外でプレイヤーはいないんですか? エルフの人たち
しか見かけませんが﹂
﹁プレイヤー? ⋮⋮あぁ、異世界人のことか。最近まではよく集
落に着ていたが、二三日前からぱったりと来なくなったのう。潮を
引くように王都に向かっていきおったが、王室が近日中に狂暴なモ
ンスターの出現を予見したことと関係あるんじゃろうて。知り合い
の冒険者もそんなことを言っておったしな﹂
十中八九、今日から開始するイベントの影響だろうな、とタケは
151
胸中で呟く。ログインする前に軽くイベントに関係する掲示板のス
レを覗いてみたが、王都を目指してモンスターが襲来するという話
から、誰も彼もが王都で戦いの準備を整えることを選択しているよ
うだった。もちろん例外のプレイヤーもいるが、やはり最大手クラ
ンの団体が大々的に呼びかけをしたことは、他のプレイヤーにとっ
ての大きな指針となったのだろう。
ちなみに100人以下のメンバーで役所などに登録したNPCや
プレイヤーの集団をチームと呼び、500人以下でクラン、それ以
上でカンパニー、世界的規模で拠点を持つことができてなおかつ1
0000人以上の組織になるとギルドと名乗ることを許される。
スターティア王国しか冒険の足が向かない現状のバージョンでは
人数を揃えてもギルドまで発展することなく、今の︻ワールド・ク
エスト・オンライン︼のプレイヤー事情では少数のチームが乱立し
ており、設立にも資金が必要なことからカンパニーまで成り上がっ
た規模の集団はいなかった。
﹁タケ殿にメグ殿! 来てくれたか!﹂
広場にある円形のベンチに腰を下ろして待つこと数分、カイゼル
髭をきっちりキメたゼーカがやってきた。隣には三日月の斧部と尖
ったスパイクが付いた折り畳み式のハルバードを背負った、頭まで
すっぽりと白銀の全身甲冑で隠した背の低い人物が、がちゃがちゃ
と鎧の音を立てて歩いてくる。
﹁⋮⋮どうやら間違いはないようじゃな。それでは確認もとれたこ
とだし、わしらはこのへんで失礼するぞ﹂
﹁メグさんタケさん、またこんどです﹂
﹁ああ、おかげで馬車の中では退屈せずに済んだよ、ありがとう﹂
合流したゼーカと入れ違いに、ウィドはルフェイの手を引いて集
152
落の奥にある一回り大きめの家に向かっていった。じゃあねー、と
メグは笑顔で手を振る。
﹁今のは長老ですかな﹂
﹁ええ、同じ馬車で乗り合わせてたんですよ﹂
﹁⋮⋮ゼーカ、わたしの紹介を﹂
ウィドとルフィンの後姿を見て﹁なるほど﹂と頷くゼーカを、全
身甲冑の人物が自分の鎧をこつこつ叩いて自己主張する。声質の高
さと、上にスライドしている兜のアイガード越しで僅かに見える顔
の一部から判断するに、どうやら10代後半の少女と言っても差し
支えない若い女性のようだった。
ウィンド
﹁おっと失敬。二人とも、彼女が私と共に調査を任命された者です
ぞ﹂
﹁第一騎士団﹃風﹄所属、元副団長ゼーカの部下、トルネ。よろし
くね﹂
何処となく眠そうな眼差しで、抑揚のないのんびりとした口調だ
った。
﹁もうゼーカさんに聞いているかもしれないけど、私がメグ。で、
こっちがタケ﹂
﹁そこまで長い時間、一緒に調査は出来ないと思うが、よろしくた
の︱︱﹂
︱︱と、互いに自己紹介をしたタイミングのことだった。
ズシィン⋮⋮、と遠くで地を揺らす震動。そして、べきべきべき、
と樹が倒れていく音が起こり︱︱周辺にいたであろう野鳥が一斉に
飛び立つ翼の羽音。更には動物やモンスターの騒々しい鳴き声が森
に響き渡った。
153
ズゥン⋮⋮、とまた短い地鳴り。
静かだったエルフの集落は一気に人のざわめきで満たされる。
自警団を担う、弓や棒を持つエルフの男性たちが﹁状況を確認し
ろ!﹂﹁精霊を呼べ!﹂﹁何があった!﹂﹁女子供は安全のため家
に隠れてるんだ!﹂と大声を飛び交わしていた。
﹁︱︱心当たりは?﹂
﹁昨日ですが、トルネと調査したときは弱いモンスターはいても、
こんな異常な揺れを起こすような原因は見当たらなかったですぞ⋮
⋮﹂
﹁音の場所から判断するに、昨日は行ってなかった方向っぽい﹂
こうして会話している間にも、鈍重なナニカが地面を震わせる。
﹁この揺れ、普通ではありませんな﹂
﹁うん、大きな敵の可能性が大﹂
ゼーカは冷静に音のする地点を見極めようと目を鋭くし、トルネ
は背負っていたハルバードを手に持ち、折り畳まれた柄を接続させ
準備万端の臨戦態勢を取った。いきなりの急展開ではあるが、タケ
の中では一つの予想が組み立てられていた。メグも同様に、脳裏に
ある文章の内容が浮かんでいた。
﹁⋮⋮今、風の精霊たちの声から探知したわ。どうやらお出ましみ
たいよ﹂
﹁まさかビンゴ、とはな﹂
︻運営公式大規模イベント 飢えた肉食モンスター大襲来!︼
154
プレイヤーの皆様に緊急通達!
スターティア王国の四ヶ所に大型のレイドボスが出現しました!
レイドボスは一直線に王都に進んでいますので、直ちに討伐に向
かってください!
出現場所
港町ウェーブ 白亜の灯台 イースト岬付近:巨大刺胞動物・
プラズマオオクラゲ
炭鉱集落チャコル スーア炭鉱外壁:巨大石像・ジャイアント
ガイアゴーレム
エルフの集落 王都西部大森林中央:巨大爬虫類・エメラルド
テイルオオスキンク
スターティア大草原 中央街道上空:巨大猛禽類・レッドクロ
ウオオワシ
155
13. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 出現︵後
書き︶
タケ
重装備の技術 level:15 ぶん回し level:16
鉄壁防御 level:13 蓄積反撃 level:9
自然と共に level:7 鬼の怒り level:6 メグ
鋼の肉体 level:15 全身凶器 level:16
縦横無尽 level:14 魔力の鎧 level:13
ピンポイント level:12 精霊の衣 level:8
精霊の囁き level:7 日曜だけが休日となる繁忙期なので更新が遅れた!
しかし一週間は切らせない!
などと言い訳するも、今回の話は地味に終わるという。
次回はトカゲ︵スキンク︶との戦いです。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
156
14. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 迎撃︵前
書き︶
名前:タケ
アーツ
リフレクトインパクト
鉄壁防御 level:13
︵1︶衝撃反射 衝撃を反射する小さな防壁を展開する
名前:メグ
アーツ
シェイプオペレート
魔力の鎧 level:13
︵1︶形態操作 纏う魔力を一部分だけ好きな形に変化させる
ダブルヒットブレイク
ピンポイント level:12
︵1︶二連衝破 同じ個所を二回攻撃することで高い威力を発揮
する︵スタン効果︶
157
14. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 迎撃
巨大というのは、それだけで抗いようのない暴力と化す。
金属が軋むような甲高い、どこか悲哀と渇望が混ざる咆哮。太い
蛇のような体を支えるにはいささか頼りなく見える短い脚が一足前
に進むたびに、五本の鉤爪の線が走る足跡が地に刻まれる。のそり
と長い体躯を後ろ脚と尻尾でバランスをとりながら持ち上げれば、
森の木々の頂点と同じくらいの位置にスマートな頭が届き、首を動
かして漆黒の瞳がきょろきょろと周囲を観察する。
体を倒し、地に伏せる。重低音の震動。砂埃が巻き上がる。
腹は白く、背中にはつるりとした灰褐色の鱗。長い尾は名前を象
徴する鮮やかに光を乱反射するエメラルドの鱗に覆われ、太い見た
目とは裏腹に柔軟に左右に振られ、その度に植物の自然破壊をまき
散らした。
巨大爬虫類・エメラルドテイルオオスキンク。
目と鼻の先にあるエルフの集落は、巨大スキンクにとって王都ま
での前菜に見えていた。
︱︱集落に接触するまで、あと数分。
﹁戦える人達はどれだけでしょうか?﹂
﹁精霊魔法を得意とする者が26名、弓を中心に狩りを得意とする
者が39名といったところだな﹂
158
本来は踊りや宴に用いる集落中央にある広場には、戦闘に耐え得
る最大戦力の人員が集まり、突如現れたトカゲ型の巨大スキンクの
対策を話し合っていた。エルフの自警団、調査に訪れていた騎士団
のゼーカとトルネ、冒険者として登録しているプレイヤーのタケと
メグが、今の集落を守る唯一の防衛力である。
﹁王都に援軍の要請は?﹂
﹁既に早馬と伝書鳩にて、抜かりなく。とはいえ到着に数時間はか
かるでしょう﹂
﹁⋮⋮その間に集落は蹂躙される、か﹂
﹁ただ歩くだけで森に道を作るようなモンスターか⋮⋮﹂
重苦しい雰囲気が漂う。これが普通のモンスターなら何一つ問題
はないが、実のところ足止めのために向かわせたエルフの報告によ
ると、放たれた矢の全てが鱗を破り突き刺さるも、ほとんど堪えた
様子なくほんの僅かでしか歩みを止めることが叶わなかった。
﹁鱗は竜種ほど硬度があるようではないですが、皮膚が厚いのかも
しれませんな﹂
﹁あるいは、筋肉密度が高くて矢が止まるとか。どうする?﹂
﹁たとえ痛みに鈍かろうと、私たちのやることは変わらないわね。
このまま放ってはおけない﹂
︱︱潰すのみよ。
ゼーカとトルネの考察の返答は、一寸先の闇を想像してしまう不
安を押し殺す戦意。手甲を装着してぐっと拳を強く握る、不敵な笑
みを浮かべたメグの静かな覚悟完了は、不思議と広場の全員の耳に
届き胸に宿る士気に種火を灯した。そうだ、やってやる、集落を守
159
るんだ、とエルフたちの声は気焔を上げていく。
﹁頼もしいものだな。⋮⋮我らエルフ自警団は後方からの攻撃に徹
しよう。恥ずかしながら剣や槍はそこまで主流とする者がいない。
だから前衛に慣れた君らが一番危険な役割を押し付けてしまうこと
になるが﹂
自警団の代表を務める壮年のエルフはすまなそうに、しかし目の
光は決意を込めてタケたちを見つめた。
﹁任せろ、適材適所だ。⋮⋮それに、危険の度合いを引き下げるた
めに、あんたらが後ろから攻撃してくれるんだろ?﹂
装備する武者鎧と斧と槌の調子を確かめるタケの言葉にはっとし
て、壮年のエルフは﹁その通りだな﹂と小さく笑った。
﹁皆、聞いてくれ!﹂
壮年のエルフに視線が集まる。
﹁これから我らは愛しき森と同胞に仇なすトカゲを迎え撃つ! や
ることは簡単だ、足を使い物ならないよう破壊して、首をとる! 我らエルフの矢でトカゲをハリネズミに変えてやれ!﹂
一息。一旦演説を止め、戦場に赴く周囲の男たちの顔を見回して、
壮年のエルフは叫ぶ。
﹁いくぞ、各々の役割を忘れるなッッ!!﹂
︱︱精霊と共に!
精霊と共に、とエルフの文化が唱える代名詞ともいえる宣誓が重
なり、彼らは戦いの修羅場へと向かった。
160
﹁さすがにこうして近くで見ると、やっぱり大きいわね。でも意外
と目は可愛いかな﹂
﹁あの尻尾の鱗、とても綺麗。鎧のアクセントに使えそう﹂
﹁なに食ったらあんなデカい体になるんだろうな﹂
立ち上がって周囲を見回したときは茂みに潜む自分たちが捕捉さ
れたのかと思ったが、そうではないことにエルフの自警団の面々は
ホッと安心した。その後の身を倒して起こした風圧は恐怖を大いに
駆り立てられたが、緊張を感じさせないタケとメグとトルネのやり
取りを見て、伸し掛かるプレッシャーが和らぐ。ゼーカは気楽なも
のですな、と若干呆れていたが。
﹁では、手筈通りに﹂
﹁わかった。俺が突っ込んだら後に続いてくれ﹂
壮年のエルフと頷き合い、そういえば彼の名前は聞いてなかった
な、と思いながらタケは深呼吸。
斧を右手に、鎚を左手に握り︱︱意識を切り替えた。
無言で飛び出す。
落ちている枝葉を、腐葉土を踏みしめて走る。
相手のほうがより大きい音を出しているため、自分の足音など気
にしない。
魔力を通した斧と鎚に緑色の燐光が溢れた。
﹁砕け散れ﹂
のそのそと進む巨大スキンクが足元に突撃してくる存在に気が付
いたとき︱︱タケは左手の鎚を大きく振りかぶっていた。
161
﹃ギュアアアアア︱︱︱︱っっ!?﹄
ヘビィプラス
流石と言うべきは鬼の腕力。重量増加のアーツで重さを加算させ
た渾身の一撃が、巨大スキンクの左前足の指を一本、鉤爪ごと叩き
潰した。
﹁散開!﹂
壮年のエルフの指示が飛び、生存を賭けた総勢69名のヒトと一
体の巨大な生物の戦いが始まった。
最初の様子見のときに刺さったエルフの矢と違い、皮一枚ではな
く指を破壊されれば痛みを感じたのだろう。巨大スキンクは口から
大きな悲鳴を上げた。箪笥の角に足の小指をぶつけて圧し折られた
ところを想像すればわかりやすい。自分の攻撃に効果があることを
確信したタケはすぐさま右手の斧で追撃する。
ターンブレイク
﹁大旋回﹂
一回転して遠心力を増した斧の一撃は、巨大スキンクの足首に深
い横一文字の裂傷を刻み付けた。蛍火のような鮮血代わりの魔力光
が吹き出してタケの武者鎧に当たり、消える。
巨大スキンクは突然の激痛を与えてきた相手をを視界に捉え、害
ある敵と判断する。首を90度に曲げ、怒りのままに白い牙の生え
揃う顎で噛み千切ろうとしたが︱︱がつん、と閉じた口には何の手
ごたえもない。危なげなく横っ飛びで躱していたタケが視線の先に
いた。
﹁射れ!﹂
﹁我らの集落はやらせはせん!﹂
162
﹁エルフの弓術を味わえ!﹂
樹上で構えたり、風の精霊魔法で宙に浮遊したりするエルフたち
の弓矢が降り注ぎ、断続的に風を切って巨大スキンクの背中に突き
刺さり、表面の鱗をぼろぼろにしていく。
﹁そのくそ度胸、称賛に値します﹂
タケの一番槍として敵意を一身に背負う姿に感動しつつ、トルネ
は全身甲冑を着こんでいるとは思えない脚力で数メートルを飛び上
ほうつい
がり、二回転半ひねりをして刃先を下に向けて落下︱︱大跳躍スキ
ルのアーツ、崩墜が巨大スキンクの右足甲を貫いた。
﹃グルギャアアアアア︱︱ッッ!!﹄
痛みか、怒りか、両方か。巨大スキンクの金切声が森に響く。
﹁攻撃の手を緩めるなっ!﹂
﹁いけるぞ!﹂
﹁精霊よ、我らに力を貸したまえ!﹂
後衛にいるエルフたちの呼び寄せた精霊が魔法を発動させていく。
場所が森林のため顕現するのは樹と土と風の精霊である。樹の精霊
は地面から蔦を生やさせて巨大スキンクの身体を拘束しようとし、
土の精霊は地面を尖った杭に変えて串刺しにしようとし、風の精霊
は真空の刃でもって鱗を削ぎ落としていく。
﹁先手必殺。あのときのことは、随分と勉強になりましたぞ︱︱っ
!﹂
ゼーカは巨大スキンクの首筋に己が秘奥義を出し惜しみすること
なく叩き込んだ。
163
足、腰、肩、肘、手首を超速で連動させ、眼にも止まらぬ速度で
10連撃の刺突を繰り出し、ズガァンと剣で出したとは思えない破
壊音を響かせて鱗を皮と肉をずたずたに穿ち︱︱魔力光が一瞬だけ
しざんか
乱れ散る花弁のように後を残す、高速の連突スキルの最終アーツ、
刺残華。
ゼーカさん、やるぅ!
前衛担当最後尾にいたメグはゼーカの技にテンションは爆上がり
だった。
エアダッシュ
メグは空中疾走を使い、前足に与えた立て続けのダメージで落ち
たとはいえ、まだ人間にとっては高い位置にある巨大スキンクの頭
部に向けて走る。
フルメタル
﹁こいつは新しく覚えた! とっておきぃ!﹂
シェイプオペレート
間合い到達までに鋼鉄化で腕を鋼に変え、魔力の鎧スキルのアー
ツである形態操作で纏う魔力の形を円錐状に変化させ、精霊の衣で
風の精霊を憑依させて︱︱タケの持つ鎚のドリル部分のように螺旋
の渦を描かせる。
風属性を宿した穿孔の拳が巨大スキンクの片目を突き抜けた。
﹃グギャアアアアア︱︱ッッ!!﹄
︱︱やばい!
﹁離れろ!!﹂
一番最初に危険を察知したのは防御行動に慣れていたタケだった。
眼を潰された巨大スキンクの僅かな動作から、憤怒を撒き散らす攻
撃がくることを予測したのである。しかし回避に間に合わなそうな
164
人物がいた。
くそったれが!
タケは咄嗟に最も危険な位置にいたトルネを突き飛ばし︱︱、
視界に広がるのは、周辺の木々といったあらゆる障害物を巻き込
み、土埃を巻き上げ空気を押し潰して振り回される津波のごときエ
メラルドの尻尾。
︱︱途方もない衝撃の圧力。
巨大というのは、それだけで抗いようのない暴力と化す。
﹁タケ殿ぉ!!﹂
ゼーカの悲痛な声が上がった。
165
14. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 迎撃︵後
書き︶
スキンクについてはウィキペディア先生を参照。
わりとあっさりと足を砕いたりする描写ですが、序盤のイベントで
そんな硬い鱗の敵はでません。攻撃が効かないとかクリアできる可
能性を消してしまいますからね。
そのかわり巨体なのでそれなりに体力はあるし、体当たりだけで物
凄い威力という。
次回もスキンクとの戦いです。
仮にもレイドボスですから、ずっと俺のターンを許すことはありま
せん。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
166
15. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 意地︵前
書き︶
生き急ぐことは悪いことではない。
ただし、年上に追いついて追い越す急ぎ方は、認められんがの。
若い者よりは早く、老人よりは遅く。
それが理想じゃろうな。
167
15. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 意地
︱︱交通事故。
例えにすれば、その言葉が相応しい。
スピンテイルと呼ぶ、尻尾を持つ大抵のモンスターが持っている
専用アーツ。
アーツの説明をするならば、魔力で少し硬くした尻尾を全身を使
って振り回す、という一文で終わる。しかし174センチあるタケ
の身長と同等以上の尻尾の太さはまさに質量ある暴風。単純な体当
たりだろうが、並みのモンスターから隔絶した巨大さから放たれる
攻撃はそれだけで広範囲に暴力を撒き散らす。エメラルド色の鱗に
覆われた巨大スキンクの尻尾は、立ち塞がる木々といった障害物を
ほとんど問題にせず周囲を歪ではあるが円形に整地した。
直線に近い軌跡で吹き飛ばされたことで不運にも体勢的に受身が
満足にとれず、タケは樹木の幹に強かに背中を強打。衝撃で揺れた
樹から舞い落ちる木の葉と共に、前のめりに地面に向けて崩れ落ち
る。両手で持っていた斧と鎚は先に落ちて地に突き刺さっていた。
逆に幸運だったのは、確かに圧し折られた木は何本もあるが、尻
尾の威力を止める樹齢を重ねた太い幹の木も何本か生えていたこと。
そして、力任せに引き千切られはしたが、樹属性の精霊魔法で構成
された蔓で巨大スキンクの身体をある程度拘束していたことだ。結
果としてタケは即死せずにHPを8割削られるだけで済んだ。また
種族的に頑丈な設定である鬼の肉体を持っていたこともひとつの要
因である。しかし完全に楽観できる状況でもなかった。
168
尻尾の威力で折れ曲がり、みしみしと、ひしゃげた数本の木がう
めくような軋み音を鳴らして倒れていく中。
﹁⋮⋮まいったな﹂
さすがにすぐには動けない、か。
巨大スキンクの片目と熱探知の器官が捉えるのは、今最も憎たら
しい赤いモノ。大きくヘイトを稼いでいたタケの姿をそう易々と見
逃すはずがない。怒気を隠すことなくがなり立てた。前足に大きな
負傷をして移動に制限があるにも関わらず、蛇のように身体をくね
らせることで土を削り地を這い、大口を開け暴走したトラックのご
とく突撃する。
地に落ちたばかりの死に体の状態では即座に機敏な動作を求める
ことができない。頭では理解できていても、体が反応できない。メ
グの﹁逃げてっ!!﹂という危機に満ちた叫びも、止まった餌であ
るタケに喰らいつこうとする巨大スキンクの行動を戒めるものにな
らない。
黒く暗い口腔。
生え揃っている無数の鋭い牙。
︱︱迫る明確な致死。
そして轟くのは巨大スキンクの捕食による悦楽の咆哮︱︱ではな
かった。
ズガガガッッ!!
機関銃のごとく放射された、潰された眼球に生け花のごとく突き
169
刺さったエルフたちの矢。
﹃︱︱ッッ!!??﹄
驚愕と痛苦による喚き声が森に響き渡った。
﹁危険の度合いを引き下げるために後ろから攻撃する、だったよな。
︱︱追撃だ! 前衛の彼らが立て直す時間を作れ!﹂
倒れたタケの安否を樹上から確認した壮年のエルフには、雄々し
い笑みが口角に浮かんでいた。
﹁100年も生きてないようなたった4人の若造にだけ負担をかけ
させるか!﹂
﹁メグというエルフもやっていた、私の矢に精霊を付与すればいけ
る!﹂
﹁今のうちに回復を!﹂ 奮い立つ士気。弾幕のごとく雨霰と降り注ぐ矢と精霊魔法は確実
に巨大スキンクの生命力を摩耗させ、動きを止める。その間にタケ
のところまで駆け寄ったメグはアイテムポーチから、高品質ポーシ
ョンの入った丸底フラスコを取り出した。
﹁ほらタケ君、飲んで﹂
﹁んごっ!?﹂
心配する口調でありながらも、強引に有無を言わせず動きの鈍い
タケの口にフラスコを突っ込む。流し込まれるのは、きめ細かい気
泡の出る薄青色の液体で炭酸ソーダ味。当然咳き込みポーションを
喉から零してしまうが、戦闘中の回復に必要なのは迅速さであるこ
とは理解しているため、文句を言いたいのをぐっと堪えるしかない。
飲み薬のポーションではなく、少量の魔力を通すだけで回復させ
170
る治癒結晶を今度からストックしておこうとタケは人知れず誓った。
もっとも財布の紐を握るメグが、高級品で相応の価格帯に分類され
る治癒結晶の購入を許すかどうかは別だが。
そうこうしている内に局面は動く︱︱。
勇ましい雄叫びを上げるゼーカは巨大スキンクの懐に潜り込み、
アーツを惜しみなく行使して喉元を滅多刺し。トルネは彗星のよう
に飛翔してハルバードを突き刺したり、空中で縦回転して肉を切り
裂いたりしていた。
勢いを取り戻した、ともいえるだろう。
だが、しかし。
鑑定関係のスキルがあれば、巨大スキンクのHPゲージが半分以
ルーチン
下になったことが見えていた筈である。それは運営がイベントのた
めに用意した、巨大レイドボスの戦闘思考の切り替わりを意味する。
体躯の大きさから受ける攻撃の一撃に必殺の威力はないが、僅か
ながらも確実に命を削られていくことに多大なストレスを感じた巨
大スキンクは︱︱全体範囲ともいうべきアーツを発動させた。
この場にいる全ての生物の動きが、強制的に竦み上がされる。
﹃グゥアアアアアアアアアァァァァァァァァ︱︱︱︱︱︱ッッ!!
!!﹄
ハイパーボイス
アーツ、超咆哮。
広域制圧を目的とした空気振動の極致ともいうべき音の無差別爆
弾。
171
非致死性の攻撃であるために殺傷力がほぼ皆無のアーツであるが、
一時的に難聴と耳鳴りの状態異常を引き起こして行動を阻害する。
多数の対象を足止めする場合に極めて有用なアーツである。
﹁︱︱!!﹂
声を出し切った巨大スキンクがのそりと首を動かす。その視線が
何処を指しているのか気が付いたタケは大声を上げて注意喚起した
が、自分自身も含め、誰一人として耳に届くことはなかった。
致命的な時間の空白が巨大スキンクの突貫を許す。
体力が半分以上は減少した場合、なりふり構わず王都へと突き進
め︱︱。
それが巨大レイドボスに組み込まれた運営の意思であった。
プレイヤーであるタケとメグの目の前に、急に展開するウィンド
ウ。
書かれた文章の内容を理解して背筋に戦慄が走る。
これは実に意地の悪いシナリオの説明文だった。
﹁また無茶振りなクエスト、ねぇっ!!﹂
エアダッシュ
先に行くからっ、と慌てて言ったメグは地を蹴る。精霊の囁きで
風の精霊に追い風を作ってもらい、空中疾走のアーツも使って植物
の障害物を軽々と越えていった。回復したタケやゼーカたちも、そ
の後に続いた。
︻緊急クエスト︼
172
エルフの集落の半壊阻止!
迅速にエメラルドテイルオオスキンクの活動を停止させろ!
集落では戦闘に向かないエルフたちが自警団の勝利を信じて祈っ
ていたが、風の精霊によって運ばれる情報で抑えがたい恐慌がもた
らされる。巨大スキンクは戦いの場にいる者たちを無視して、荒れ
狂うように地面を抉り、草を潰し、木の間を縫うように激走してき
たからである。
既に機能していない前足は飾りとなっていた。タケを襲ったとき
と同じく身体を蛇のように波打たせて王都を目指して進む。目と鼻
の先にあるのはエルフの集落を取り囲む木の柵だが、巨大スキンク
にとっては爪楊枝みたいなものであった。
﹁こっちだ! 今すぐ家から出て集落の隅まで移動するんだ!﹂
むらおさ
壮年のエルフの兄でもある今代の集落長は子供と女性を優先して
避難誘導を行っていた。大きく手を振って、風の精霊から確認した
巨大スキンクが襲来する位置から横にずれた端まで、集落のエルフ
たちを導く︱︱しかし絶望的に時間は不足していた。
それほどまでに巨大スキンクの行動は唐突だった。だが、精霊の
囁きというエルフ固有のスキルがなければこうして逃げることもな
く、家屋もろとも一部のエルフは死体に変わっていたことだろう。
︱︱轟音。
呆気なく柵が壊され、最も近場の家の壁が体当たりで打ち抜かれ
た。
173
﹁に、逃げろおおぉぉーっ!!﹂
むらおさ
集落長の秩序立った避難誘導が崩壊する。
飛び交う阿鼻叫喚の狂騒は、王都を見据える巨大スキンクの進撃
を更に早めるスパイスとなる。
あっ︱︱、と足をもつれさせて転ぶエルフの子供。それに気が付
き慌てて手を引こうとする母親。そこは最悪なことに巨大スキンク
の進む直線状。竦む全身は、ただただ目の前に接近する圧倒的な破
壊を予知させる塊に怯えることしかできない。子供を守ろうと抱き
込むのは母親の本能的な尊厳。目を閉じてもう駄目だと思い︱︱次
の瞬間、木片が盛大に爆ぜる音が耳朶を打った。
恐る恐る目を開くと、今までそこになかった、あるはずのなかっ
た、成長した樹木が地面から生えていた。
﹁これは、樹属性魔法の⋮⋮﹂
死の未来を想像していた母親は茫然と口を開ける。
﹁ほっほ、無事だったかの﹂
﹁︱︱長老!?﹂
今までどこにいたのか、上空から長老であるウィドが﹁よぃしょ﹂
と軽い言葉と共に降り立った。周囲には葉っぱを持った樹の精霊が
何匹も舞っていた。
樹木といっても、緑色の半透明な魔力で構成されたものだ。蔦で
絡める精霊魔法の上位版であり、擬似的な大樹で締め上げ拘束する
ものである。とはいえ、これでも巨大スキンクを完全に縛り付ける
には力が足りない。のたうち暴れられるたびに硝子のような樹木に
亀裂が走る。
174
﹁ほれ少年、いつまでも母親に甘えるでないわ。男なら逆に守ろう
とせよ﹂
﹁え、あ⋮⋮﹂
きっと目に強い光を宿す。エルフの子供はこくんと頷き、立ち上
がって母親の手を強く握り、引っ張る。
﹁行けっ!﹂
むらおさ
一喝するウィドの言葉に頭を下げて、逃げ遅れた二人の親子が走
り去り、入れ替わりに集落長が息を切らしてやってくる。
﹁長老、貴方も避な﹁ワシを誰だと思っておるか﹂んを⋮⋮、いや、
むらおさ
しかし!﹂
集落長の言葉を遮り、普段の好々爺の一面を投げ捨て、鋭い眼差
しを向けた。
﹃ガアアアァァァ︱︱ッッ!!﹄
巨大スキンクは自らに巻きつく樹木から抜け出そうと、より一層
暴れ回る。
﹁2年前の巨狼討伐のときもそうじゃった。わしは長老という立場
から、戦場に立つことができなかったことに、ずっと後悔しておっ
た。集落で一番の魔力の持ち主でありながらな⋮⋮っ﹂
ウィドは両手を前に掲げ、精霊に力を注ぎ、大魔法の準備を始め
る。
﹁帰ってこなかった者も少なくはなかった。わしよりも100は若
い者だった。また、今回も、わしは避難して、のうのうと若き命の
散る様を見なければならないというのか? ⋮⋮︱︱否!!﹂
175
むらおさ
樹の精霊が徐々に増えてゆく。ウィドは強い視線で巨大スキンク
を睨みつけ、その気迫に、その背中に、集落長はかけるべき言葉を
失う。
﹁300年は生きた! エルフとしてはとうに寿命を迎えているこ
の状況で! わしは今この場所を死地として、命を燃やすことに決
めた! 静かに老衰するくらいなら、ここで一花咲かせるべきじゃ
ろうて!!﹂
年齢からか、全盛期とは程遠いウィドの持つ魔力だけではアーツ
の行使分の消費に届かず、生命力までをも力に変える。そして全身
から樹属性特有の緑色の魔力光が吹き荒れた。
﹁ドライア! セコイアと力を合わせ、兄弟揃って、お前たちが今
後のエルフの集落を支えるのだ!!﹂
足元に円形の魔方陣、両肩の横に四角を二つ重ね合わせた魔方陣
が回転しながら展開する。樹の精霊は手に持つ葉っぱを振って巫女
神楽のように踊り始めた。
朗々と。
不思議と頭に響く詠唱の言霊が集落に流れる。
︱︱﹃深奥にして世界を支えし世界樹の枝木 何人たりとも侵せ
ぬ循環なる豊穣 我らに害する意を飲み込みて地に溶かさん 縛り
封じ 今ここに 大地に静謐をもたらしたまえ﹄︱︱
魔方陣が粒子となって消える。
樹の精霊の踊りが終わる。
﹃キュガアアアァァァ︱︱ッッ!!﹄
ちょうどそのとき、巨大スキンクが魔力の樹木を完全に破壊した。
176
﹁はっ、遅いわトカゲが﹂
エンブレイスユグドラシル
︱︱﹃世界樹の抱擁﹄︱︱
爆発的な緑色の閃光が強大なる樹木を形成する、樹属性最強の精
霊魔法。一気に成長する幹が巨大スキンクを檻のごとく閉じ込め、
埋め込み、取り込んで、竜血樹のような形状の堂々たる大樹を生み
出す。
後のことは頼むからの︱︱。
呟くようにウィドは口から言葉を漏らし、倒れた。
177
15. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 意地︵後
書き︶
というわけでエルフの長老、ウィドの強さを出してみました。
少し描写が駆け足ぎみだったかもしれません。
ところでこの大規模イベントでランキングとか出すんですが、
そのときに出す人物の名前を募集したいと思ってます。
正直、そんな沢山の名前なんて思いつきませぬ。
⋮⋮こんなこと後書きに入れて大丈夫だろうか。
というか提案してくれる人なんているのだろうか。
などとグダリつつ、次の更新まで頑張ります。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
178
番外. 遠くまで歩いてきた︵前書き︶
年内には何とか更新できました。
179
番外. 遠くまで歩いてきた
﹁絨毯爆撃、四刀流、必殺、スピードスター、拳王、首狩り、封縛、
人馬一体、煉獄、スカイウォード、戦巫女、ドラグーン︱︱この1
2人が、かつて町だった王都を襲った邪竜ジャイアントバジリスク
を討伐した、英傑たちの二つ名です﹂
最近のモンスターの活性化を理由に集落から離れられなかったド
ライアのかわりに、ワシは孫のルフィンをつれて王都の歴史博物館
を訪れていた。
ほへー、と口を開けて、どこか誇らしげに語る学芸員の女性の説
明をルフィンは聞いていた。
ウィド。
長く人を見守る大樹たれ︱︱。
そんな意味を持たされて付けられた名前のワシであるが、もう枯
れていくことは遠くない未来だろう。
エルフの寿命である300年。
ワシは今年で304歳になるが、こうして元気でいられるのも、
ひとえに人並み以上の魔力を保有して生まれたからだ。
今こうして説明を受けている500年前の出来事も、当時幼子だ
ったワシは、祖父からよーく聞かされたものだ。
だから正直、学芸員の女性には悪いが、生き字引だった人からの
話を聞いていたので、歴史の裏話的なこともよく知っている。
実際ちゃんとこの目で見たわけではないがね。
180
話によれば、ベータテストという、異世界人がこの世界に降り立
つ上での問題点を調べるためにやってきた転移試験の一環だという。
試練の神ウンエイやら、秩序の神アイリスやらが厳選したおよそ
1万人の人間を送り出す試験。
現在は何十万の異世界人︱︱いや、プレイヤーと言ったほうがよ
いかな。
彼ら彼女らは本当は人間らしいが、この世界に降り立つときに種
族を変えてやってきているらしい。
仲良くなったベータテストのプレイヤーがそんなことを言ってい
たと、祖父は楽しそうに教えてくれた。
なんと、その中には12英傑の拳王と首狩りがいたという。
にわかには信じられんがのう。
﹁おじいちゃん、ほらいくよ﹂
追憶に耽っているとルフィンに袖を引かれていた。
おおすまんすまん、と笑顔でワシは可愛い孫についていく。
王都博物館、王立図書館、露店通り、王城といった各種名所巡り
をして、ワシとルフィンは宿で一泊。
早朝の乗合馬車で集落に帰ることにした。
思えば、このときに出会った二人の言葉がワシの未来を決定した
のかもしれない。
﹁長老で、集落一番の魔力とは。ならば大黒柱のようなものですね﹂
﹁守りは完璧、といったところでしょうか﹂
181
ロングコートを着た、赤石の玉簪をさした珍しい黒髪のエルフ。
騎士団の様式とは異なる赤い鎧を着込んだ、一本角の鬼。
そうなんですよ、とルフィンがにこにこと彼らの言葉に相槌を打
つ中、ワシはまた過去を思い出す。
一番の魔力?
大黒柱?
守りは完璧?
本当にそうなのだろうか。
集落の守りは自警団が担ってはいるが、確かにワシ自体が動いて
モンスターを狩ったこともある。
フラッシュバックするのは二年前の巨狼が襲来したとき。
漆黒の毛並みで、4メートルはある巨大な体躯でありながら俊敏
な動きで駆ける姿だったと聞く。
何人も、その爪で、牙で薙ぎ払われたと訃報が届いた。
そのとき、ワシは何をしていたじゃろうか。
思い出す。
自嘲。
なんじゃ︱︱戦場に赴いた者たちの無事を祈っていただけではな
いか。
どこか心ここに非ずのワシを不思議そうに見ていた二人には少し
182
失礼じゃったかのう。
気が付けば集落に馬車は到着していた。
彼らを広場に案内し、騎士団の調査に来た二人と知り合いなのを
確認して、ワシはルフィンをつれて我が家に帰る。
その間も、どうもノスタルジックな思考に陥っていた。
いかんな、どうも年をとると昔のことばかりを考えてしまう。
家に帰り、織物で時間が取れず一緒に来れなかった母親に、一生
懸命に王都での話をするルフィンは微笑ましい。
今はこの愛すべき孫を見守ることを考えていればよいではないか。
そんな考えをしていたら︱︱精霊の声が耳朶を打つ。
︱︱﹃敵が出たよー。きをつけてー﹄
重低音。
地を揺らす震動。
﹁これは⋮⋮﹂
地震ではない。
何かが歩くときの音だ。
それも特大の何かだ。
巨狼の出来事が脳裏に浮かぶ。
騒がしく集落の自警団の皆が注意喚起を呼びかける声が飛んでい
た。
迅速な対応。
183
自警団はすぐさま斥候を放ち︱︱状況の悪さを確認していた。
﹁おじいちゃん、どこにいくの!? 早く避難しないと!﹂
﹁なぁに、ちょっと出てくるだけじゃよ﹂
視線でルフィンの母親、我が娘に﹁いってくる﹂と言い、ワシは
風の精霊の力を行使して空を飛んだ。
︱︱精霊と共に!
自警団、そして騎士団の調査にきた二人、ワシと一緒に集落に来
たエルフと鬼の客人。
彼らの士気を鼓舞する掛け声を背後に空を駆け抜ける。
上空から見下ろせば、その巨大さがよくわかった。
巨大なトカゲだった。
スキンクという種のトカゲだろう。
エメラルドの尻尾が特徴的な、森の木々を超える大きさ。
おそらく斥候のエルフたちが放ったものだろう、背中には何本か
矢が突き刺さっている。
自警団たちが巨大スキンクの元に到着した。
注視するのは相対する敵だからか、上空にいるワシに気が付いた
様子はない。
協力するべきだ︱︱。
ワシは得意の樹属性の精霊魔法の準備をとるが︱︱直感が働く。
184
少し待て、と。
魔力は温存しておいたほうが良い、と。
何故だかわからないが、不思議とそんな確信が生まれていた。
巨大スキンクの悲鳴。
なんと勇敢な。
赤い鎧の鬼、名をタケといったか。
彼が巨大スキンクに突っ込んで前足の鉤爪を一本、完全に叩き潰
した。
立て続けに起きる攻撃の嵐。
エルフたちは精霊魔法で、弓矢で、巨大スキンクの背中を。
鬼のタケは足を斧と鎚で。
騎士団の二人も圧巻の一言だ。
魔力光を撒き散らす刺突の絶技。
跳躍からの重力落下の一撃。
更には黒髪のエルフ、メグの放つ、我らエルフの持つ弓術とはま
ったく異なる技術から放たれる拳の一撃。
属性も乗っていることが威力に相乗効果を加えている。
これは、いけるか?
平和ボケ、だったのかもしれない。
彼らの勝利の未来を幻視していたワシは、巨大スキンクの尾の一
撃で吹き飛んだ鬼のタケを見て、それが薄氷の道だったと知る。
185
付け加えて、爆音とも言うべき咆哮が危険度を跳ね上げたことを
否応なく教えてくれた。
魔力を温存すべきだという直感は、これのことか。
巨大スキンクの視線は集落︱︱いや、王都の方角を向いていた。
ワシは本能に従い、集落へと超特急で戻る。
戻りながら、精霊魔法の詠唱を開始していた。
巨大スキンクは早い。
あの図体で、どこにそんな俊敏さがあったというのか。
木々を縫うように進む姿に驚嘆する暇はない。
︱︱集落の柵が壊された。
﹁⋮⋮おのれ﹂
ぎり、と奥歯を噛み締める。
転んだ幼子が見えた。
守ろうとする母親が見えた。
巨大スキンクはそんな無力な二人に視線すら向けていなかった。
道端の小石としか認識していない。
﹁300年も見守ってきた我が同胞たちの集落、そして家族を︱︱
やらせるものかよ﹂
止める!
守護せよ!
186
封殺せよ!
一心で放つ樹属性精霊魔法が巨大スキンクを拘束する。
だが威力としては心ともない。
もっと大規模な力の行使が必要だった。
﹁ほっほ、無事だったかの﹂
﹁︱︱長老!?﹂
驚かれても困る。
今必要なのは、急いで二人を避難させることだ。
﹁ほれ少年、いつまでも母親に甘えるでないわ。男なら逆に守ろう
とせよ﹂
﹁え、あ⋮⋮﹂
行け! と。
戸惑う、未来ある少年にワシは喝を入れる。
頷き、母親の手を引いて走る少年にワシは頼もしさを覚えた。
入れ違いに集落長である息子、ドライアがやってくるが、まさか
この状況でワシが避難することなどできんわ。
既に最強たる魔法の詠唱は始まっている。
求めるは静謐。
払拭するは悔恨。
︱︱長老で、集落一番の魔力とは。ならば大黒柱のようなもので
すね。
︱︱守りは完璧、といったところでしょうか。
187
思い浮かぶは、馬車で言っていた二人の言葉。
﹁魔力が足らぬのならば、命を削ってやろう﹂
吹き荒れる魔力光が術式の発動を確信させる。
﹁ドライア! セコイアと力を合わせ、兄弟揃って、お前たちが今
後のエルフの集落を支えるのだ!!﹂
朗々と唱える。
詠唱の言霊。
コマ送りのように、過去の道程が浮かんでは消えていく。
﹁⋮⋮こんなときに走馬灯とはの﹂
300年か。
ワシも随分と遠くまで歩いてきたものじゃ。
﹃キュガアアアァァァ︱︱ッッ!!﹄
ちょうどそのとき、巨大スキンクが魔力の樹木を完全に破壊した。
﹁はっ、遅いわトカゲが﹂
そしてワシは生涯で最大の緻密さを持った精霊魔法を︱︱発動さ
せた。
188
番外. 遠くまで歩いてきた︵後書き︶
短めですが、13∼15までを長老の視点で番外編。
これ入れないと急に長老が頑張った理由の説明にならないと思いま
した。
そして年末年始はほぼ休日返上状態です。
元旦くらいしかまともな休みがないので、2月になるまでは不定期
が続きます。
とりあえず、エタらないようにがんばりますので、よろしくお願い
致します。
189
16. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 討伐︵前
書き︶
お久しぶりです、新年あけましておめでとうございます。
いやもう二月になりますが、とは言いっこなしで。
ようやく時間が空いたので執筆を再開。
190
16. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 討伐
戦場となっていた場所からは距離にして数百メートル。身体の大
きさもあってか、巨大スキンクがあっというまに集落に、滑るよう
に突き進む姿がメグたちの眼に映っていた。
︱︱やられた!
上手くいったのは最初だけ。明確に決めてはいなかったが、戦場
だった防衛ラインを突破されたことから、迎撃戦としては失敗と言
うしかなかった。エルフたちの誰もが苦渋の表情を浮かべ、怒りを
押し殺し、地を蹴る足に力を込める。
ちくしょうっ、と誰かが悔しげに声を荒げたとき、激しい破砕音
と共に木製の柵が破壊されるのが見えた。しかし突如生まれた緑色
に淡く光る半透明の樹木に、巨大スキンクは全身をきつく拘束され
る。家屋が蹂躙される集落の未来を想像していたメグは、唐突な出
来事にぽかんと口を開いた。
﹁あれは⋮⋮﹂
﹁おそらく長老の精霊魔法だろう。あれほどの力を行使できるのは
ハイパーボイス
長老しかいない筈だ﹂
むらおさ
超咆哮による耳鳴りがようやく治まってきたメグの疑問に、追い
ついて並走していた壮年のエルフ︱︱集落長の弟である自警団代表
のセコイアが答える。
いの一番に駆け出したメグを先頭に、地の利があるエルフたちは
風の精霊魔法によって追い風で速度を補助したり、足裏に小さな竜
191
巻を生み出して宙を滑るように走る。樹の上を飛び跳ねて移動する
エルフもいた。トルネは大跳躍スキルを活用して多段ジャンプを使
い、某配管工のごとく走るのではなく常にジャンプで木々の間を進
んでいた。全身甲冑の重さを感じさせない動きだった。
﹁タケ殿、身体は大丈夫ですかな﹂
﹁メグからポーション飲まされましたから、とりあえずは大丈夫で
す。ですが、今は自分よりも集落の状況です﹂
種族的にも敏捷性の低い鬼であるタケをゼーカが気遣い、二人は
最後尾でエルフたちの後を続く。障害物がない地平なら筋力にモノ
をいわせて速度を出せることができるが、森林の凸凹した道なき道
は、巨大スキンクがへし折った木などがあってか、躓かないように
するだけで精一杯だった。
﹁駄目だ、破られるっ﹂
巨大スキンクが苦痛にあえぎ、無我夢中で暴れる。わずかな時間
で拘束していた樹木が砕け散った。
﹁⋮⋮これは、詠唱?﹂
深緑の閃光。地面から立ち昇る稲妻が如く緑色の光の線が不規則
な動きで上空に走る。耳が良いエルフたちには長老の静謐で落ち着
いた、それでいて胸の内を高揚させる朗々とした詠唱が聞こえてい
た。
最初より倍以上は大きく太い幹の樹木が幾本も形成され、巨大ス
キンクを巻き込んで融合していく。
﹁⋮⋮精霊魔法って、あんな強力になるのね﹂
﹁だてに長生きしていないということだ。長老はエルフの寿命の3
00年を越えた人物だからな。生半可なスキルじゃない。まあ、私
192
もあそこまでのを見たのは何年ぶりかわからん﹂
そしてメグたちがその場に到着したとき、対象となった巨大スキ
ンクは頭と尻尾のわずかな部分を残して、完全に樹に埋め込まれて
いた。口も開くことができず、尻尾の先っぽをぷらぷら振ることし
かできない状態である。
﹁兄者、無事か!﹂
集落に入り、倒れた長老のウィドを介抱している集落長のドライ
アを見つけたセコイアが駆け寄る。途中、動けない巨大スキンクの
鼻息と視線を感じて足が止まりかけたが、何もできない状況だと判
断して素通りする。
﹁セコイア⋮⋮きたか。口惜しいが、奴を固めるので精一杯、じゃ
った。わしの意識がある、うちに、止めを⋮⋮﹂
息も絶え絶えにウィドはセコイアの目を見つめた。瞳から光が失
エンブレイスユグドラシル
われかけていたことに愕然とする。魔力と不足分を補った生命力に
よって発動した精霊魔法﹃世界樹の抱擁﹄が、確実に寿命を削り取
った結果だ。鑑定系統のスキルのないタケたちには見えないが、H
Pはレッドゾーンに突入している。つまりは瀕死と言って差し支え
ない重体である。
﹁わかりました、ですからもう喋らないでください。⋮⋮ドライア﹂
長年の付き合いから余計な言葉はいらなかった。まかせておけ、
とセコイアの強い目に頷く。二人の視線は、タケに向けられていた。
弟のセコイアが何をしてほしいか、ドライアは即座に看破する。
﹁彼にやったほうが、一番だろうな﹂
ドライアが集落長なのは、エルフの中で最も頭が良く、そして補
193
助向きな精霊魔法の素養があったからである。戦闘力でいえば集落
で指折りの才覚を持っていた弟のセコイアが自警団の長となり、設
備補強や医療といった面に長けた彼が集落の中心になるのは必然だ
った。
﹁タケ、だったな。すまないが、君に最後の止めをお願いしたい。
兄のドライアや、私たち自警団が精霊魔法の補助をかけて君の力を
底上げさせる。我らエルフの弓では決定的な一撃にするのは難しい
と判断して、種族的に最も筋力のある鬼︱︱そんな君に頼みたいの
だ﹂
自分たちの集落の危機は自分たち自警団で解決したいのが本音だ
が、ここは感情に流されて意固地になる場面ではない。確実に必要
な安全性が最優先だ。故に奥歯を噛み締めるセコイアの瞳は複雑な
ものを含みながらも真摯で真っ直ぐにタケを見据えていた。
﹁⋮⋮長老の魔法が維持できる時間は?﹂
﹁10分もない、と思ってくれ。もう喋るのもつらそうだ。ポーシ
ョンで回復はさせたから命は助かってはいる⋮⋮だがすぐに意識を
失うだろう。だから渾身の一撃で決めてくれ﹂
タケの質問に素早く答えながら、ドライアは精霊たちに呼びかけ、
攻撃力増強に関係するあらゆる補助魔法の展開を開始。静かに、し
かし早口で詠唱していく。自警団のエルフ達も、精霊の囁きや、そ
の上位互換である精霊の導きのスキルを行使する。
﹁タケ君﹂
﹁︱︱ん、わかった。任せておけ﹂
きっちり終わらせるさ、とメグの顔を見てタケは気を引き締めた。
緊急クエストと出てはいたが、実際のところ、今の状況はクエス
194
トを発令した管理AIにとっても予想外の出来事であった。巨大ス
キンクを止めたのはクエストを強制受注したプレイヤーのタケとメ
グではなく、NPCであるウィド一人の功績が大きかった。クエス
トウィンドウの展開はゲームの管理AIが綿密な予測計算のもと、
各プレイヤーの前に表示するのだが、今回のはイレギュラーな不確
定要素の学習データとして後の管理AIに生かされることになる。
﹁ああ、斧はご覧の有様だからな。補助を武器にもかけるのなら、
鎚のほうにしてくれ﹂
タケの手にある斧は柄の真ん中が40度ほどひしゃげて曲がって
いた。振るう分には問題はないが、真っ直ぐではないため刃を立て
て対象を斬ることが難しくなっている。これは巨大スキンクのスピ
リフレクトインパクト
ンテイルの直撃を受ける刹那、とっさに斧を盾代わりにして鉄壁防
御スキルのアーツ、衝撃反射を発動させた結果である。
﹁それで、鎧のほうには目立った痛みの跡が見当たらなかったので
すな﹂
﹁ああ﹂
トルネを助けつつもその判断力とは、と短く返答したタケの反射
マウンテン
的な行動力にゼーカは舌を巻いて称賛する。所属する騎士団で、前
衛として後衛を守る役目を持つのは第五騎士団﹃山﹄だが、あの尾
の恐怖を乗り越えて身を守れる者がどれだけいるだろうかと考え、
苦笑した。
巨大スキンクは動けない。
身じろぎもできない。
︱︱精霊と共に。
詠唱の一節がタケの耳に入る。最初に感じたのは力が湧いてくる
195
奇妙な違和感、そして自身の周囲に舞い踊る樹と地と風の、エルフ
の種族と森の環境に親和性が高い精霊たち。鎚に精霊の魔力が燐光
となって降り注がれ、鋼の表面をコーティング。巨大スキンクを拘
束しているウィドが放った精霊魔法の大樹のように緑色の結晶と化
していく。
ふう、と一息。
残る全MPを強化されていく鎚に注ぎ込む。
魔力光が火花のことく飛び散り、マサカズが考案した涙滴型の円
錐部分が螺旋の渦を描き超速で回転する。
詠唱の終了を確認して、準備が整ったことを理解する。ウィドの
意識がもう飛びかけているのか、巨大スキンクを縛る大樹の魔法が
急速に薄れていく。急げ、急いでくれ、と誰もが願わずにはいられ
ない状況。
しかしタケは焦らない。
周囲の戦友たちの顔をちらりと一瞥し、タケは巨大スキンクを一
撃で仕留める自分を想像する。
﹁いけ﹂
集中力が感覚を研ぎ澄ました中、届いたメグの一言が、タケの中
にある攻撃意思の撃鉄を落とした。
﹁︱︱ああああああぁぁぁぁッッ!!﹂
声の大きさが気迫の大きさを物語る。
ドン、と爆発したように一直線にタケは間合いを詰め、跳ぶ。
ターンブレイク
ドリル
大旋回を思考操作で発動。腕、腰をひねる縦回転。巨大スキンク
の頭蓋を目指し、唸りを上げ魔力光を飛び散らす戦鎚の削岩機構が、
196
精霊の補助魔法で増幅された鬼の筋力がアーツの効果と相まって凶
悪な威力となり襲い掛かる。
エルフたち数十人分の精霊補助魔法の重ねがけは伊達ではない。
それはあっさりと、巨大スキンクの頭部の鱗を弾け飛ばし、肉を
スーパークリティカル
抉り、骨を砕いた。
即死をもたらす絶対の一撃。
ゼロ
残っていたおよそ3分の1のHPゲージはいとも容易く終幕まで
エンブレイスユグドラシル
尽きる。
世界樹の抱擁の拘束の中、巨大スキンクは悲鳴を上げることなく、
ただただ死亡の事実を突き付けたタケという存在を瞳に映したまま
︱︱消滅した。
暴虐で巨大な怪物を討伐した赤い武者鎧の鬼。
その大きな背中、右手にある緑の結晶と化した戦鎚が、この場に
いる全員の記憶に深く刻み込まれた。
︻運営公式大規模イベント 飢えた肉食モンスター大襲来!︼
プレイヤーの皆様に通達!
レイドボスのうち一体、巨大爬虫類・エメラルドテイルオオスキ
ンクが討伐されました!
197
16. 運営公式大規模イベント︵1.05ver︶ 討伐︵後
書き︶
と、いうわけでボスを倒しました。
前書きにも入れましたが、ようやく年末年始の忙しさから解放され
ました。
ストレス性不眠症になったり上司にブチギレて上役に直談判したり
と、中々濃い新年の始まりでした。
次回は番外をひとつかふたつ入れて、新章突入といったところでし
ょうか。
やっと冒険らしい冒険が入れられるかと思います。たぶん。
また名前募集でいくつか考案してくれた方、ありがとうございます。
参考にさせてもらいますね。
これからもよろしくお願い致します。
198
番外. 1.10verに関しての掲示板的閑話︵前書き︶
半年ROMってろと言われそうな作者が掲示板に挑戦してみた。
199
番外. 1.10verに関しての掲示板的閑話
プレイヤーの皆様へ重要な告知となります。
本日午後23時37分をもって、︻飢えた肉食モンスター大襲来
!︼のイベントで出現したレイドボス全ての討伐を確認しました。
そして同時にAM6:00からおよそ48時間後までバージョンア
ップのメンテナンスを行います。終了時刻は追って公式ホームペー
ジにてご連絡致します。
メンテナンス終了から翌日、公式ホームページに各種ランキング
の成績発表を掲示し、上位入賞者には運営から豪華賞品を贈呈致し
ます。名前など晒されることが嫌いな人でも、匿名希望にするかど
うかの確認をとりますのでご安心ください。
今回のイベントでは、生産による武器や兵器、各プレイヤーの皆
様が積み上げたスキルが発揮され、無事王都スターティアを防衛す
る結果となりました。
しかし残念ながら転移クリスタル柱のひとつが破壊されたことも
あり、次回の1.10verのバージョンアップには、転移クリス
タル柱が破壊されたことによるワールドペナルティが発生していま
す。具体的にはまだお話することはできませんが、転移クリスタル
柱の復旧が1.10verでプレイヤーの皆様が行うべき大きな目
標になることでしょう。
各バージョンアップはおよそ1ヶ月を目標に取り組んでおり、運
営公式大規模イベントの開催と終了をもって少しづつ改善をしてい
200
く予定です。詳細は[1.10から2.00まで]の前∼中期予定
カレンダーのページをご覧ください。
○1.10ver予定
天空と城と地下の迷宮を実装!
パーティ
転移クリスタル柱の影響でスターティア王国に出現した天空の城、
そして地下の迷宮。これらは1∼12名までのPTを組んで探索す
ることが可能で、色々な人達と野良でPTを組みたいという要望も
かねて、ランダムマッチングの機能も盛り込んでいます。また王都
スターティアにあるクエスト発注ギルドなどでNPCたちと組んで
城や迷宮に入ることも可能です。
もちろん、隠し部屋やトラップ、お宝が盛り沢山!
さらにはスターティア王国のどこかには隠された迷宮の入り口も
あったり⋮⋮!?
城や迷宮には転移クリスタル柱の復旧に欠かすことの出来ない、
魔水晶の欠片が数多く存在しており、モンスタードロップとして拾
うこともあります。魔水晶を取り込んだモンスターは通常よりも強
く設定されているため、プレイヤーの皆様は自分の力を試す意味で
も積極的にダンジョンを探索してみてください。行き方などの詳細
は[ダンジョンについて]のページをご覧ください。
各職業の亜種を解放!
現在、プレイヤーの皆様はチュートリアルで取得したスキルと武
201
器によって、ランダムで職業が設定されている状態です。職業には、
プレイスタイル
例えば魔法使いだったら魔法を行使するといった、それぞれ職業に
合った行動に何らかのプラス補正が入ります。今後は、様々な行動
によって職業に変化が起こることでしょう。
例としては、火属性魔法を多用する魔法使いなら、魔法使い↓焔
の魔法使い、といったように変化します。より得意な技術に特化し
た、あるいは汎用性に富んだ職業となり、プラス補正の恩恵を受け
るようになるでしょう。
加速時間設定を、4時間から8時間に!
よく言われる問い合わせで﹁もっと多くの時間を遊びたい!﹂と
いうものがあります。こちらは人体に影響が出るかどうか慎重に検
討を進める必要があるため、大きな改善をお約束することはできま
せん。
ですが、今回の1.10verからは、4倍だった加速時間が8
倍まで引き上がります。工房といった作業場の特殊空間では8倍か
ら10倍までの変更となります。
これ以上の加速は、再度運営内で検討を行っていくため確約はで
きませんが、それでも十分に多くの時間を楽しめるよう試行錯誤を
続けていきますので、ご期待ください。
※その他、不具合改善などの詳細は[次のページ]をご覧くださ
い。
202
◇
ワルクエ雑談掲示板 part17
1:ここはワールド・クエスト・オンライン、略してワルクエ関係
の雑談掲示板です。
荒らし厳禁。950の人が次のスレッド作成。
∼∼∼∼∼∼
241:神改善キタ┃︵゜∀゜︶┃!
242:実際加速時間が倍になるわけか、これはいろいろと捗るな。
243:俺生産やってるけど、工房は16倍とはいかなかったのが
残念だ。
244:人体の影響って出る以上は慎重にならざるを得ないだろう
からな。10時間でも充分と思っておこうぜ。
245:だな。増える分には何も問題ないっしょ。
246:時間もそうだけど、天空の城と地下の迷宮ってのは気にな
るな。
247:︵∂△∂︶⊃◎⊂︵°△°︶バ○ス!!
248:>247 おいやめろww
203
249:>247 それ以上は消されるぞw
250:王国の端っこまで馬車とかで行ってみたけど、そんなの見
かけなかったからなあ。どんなのか確かに気になる。
251:天空の城て、どうやって空までいくん?
252:>251 公式にあるぞ。破壊されたクリスタルのとこに
でかい魔方陣ができてな。そっからいける。
253:オオワシの突撃で粉砕されたとこな。魔方陣が出たと思っ
たら空からいきなり出てきたからあんときはびびったわ。
254:もしかしたらオオワシをバリスタで撃ち落とした奴ランキ
ングのるかもな。
255:クラフターズだっけ。生産職中心のチームだろ。
256:やつらはある意味おかしい。このまえスカイボード作って
たw
257:世界観を完全にぶっ壊そうとしてるな。SFファンタジー
にする気か。
258:そのうちロボット作るんじゃねw
259:ありそうだからこわい。だがそれがいい。もっとやれ。
260:そいやワールドペナルティてあるけどさ、クリスタル破壊
204
されなかったらどうなってたかも気になる。
261:普通にクリスタル復旧とかの役目がなしになるだけじゃね?
262:いやあの運営がそんな単純な話を作るかな。ペナルティっ
て考えるだけでRMT対策のことを思い出すぞ。
263:ああ公式にのってたあれね。上手いやり方だと思ったわほ
んと。
264:注意も警告もBANもしないけど、RMTやっちゃった奴
はレベルの上りが9割以下に減るってやつだろ。
265:正確には獲得経験値がマイナス95%になって、システム
アシストの恩恵がゼロになるらしいな。
266:知り合いに妙に羽振りよくなった奴がいるけど、装備よく
ても三日後には俺がスキルレベル抜いていたわ。
267:>266 そんでその後そいつどうなった?
268:全然レベル上がんないっていって匙投げてた。
269:だろうな。他のよりかなり多く戦わなきゃならんから大変
て話じゃない。
270:そいつが運営に問い合わせしたら、そこでようやくRMT
したペナルティですって話が来たらしい。
271:運営黒すぎるだろw
205
272:救済措置は?
273:なかったようだ。いやなら最初からやりなおせだとさ。
274:強気な発言だけどさ、国家事業だからそんくらい言えるか。
275:馬鹿なやつらほど強くなれないと。
276:それにプレイヤースキルが結構モノを言うゲームだしなこ
れ。金だけじゃどうしようもないことがかなり多い。
277:運営から、貴方はRMTしたのでペナルティします、とか
の注意がまったくなしなのがより恐ろしい。
257:量子コンピュターと管理AI恐ろしすぎるだろ。国家事業
なだけはあるな。
以下、RMTに関する話が続く⋮⋮
∼∼∼∼∼∼
298:ランキングてどうなるんだろうな。
299:そもそもランキングの項目がなんだか運営は出してないか
らなー。
300:300げと。
301:ボス倒したのに貢献したやつらは確定なんかな。
206
302:そうだろうな。βのときもそうだった。
303:βの修羅の12人が王都の博物館にあったことは笑えたわw
304:修羅の12人てなにさ?
305:>304 新規組か? 一言でいうならめっちゃ強いやつ
らで、βで一番貢献しただろう12人のこと。
306:>304 一回博物館いってみ、だいたいあってるからw
307:ありがと、次インしたとき行ってみる。
308:βじゃ制限で人間しか種族選択なかったからな、あの12
人が正規版にいるとしても、容姿だけじゃ判断つかないかもな。
309:確かに会ってみたいが、ボスのゴーレム倒したチームに絨
毯爆撃さんと煉獄さんがいたぞ。これその映像な。つ[動画]
310:うはw 地獄絵図すぎるww
311:ゴーレムが炭化しとるwww
312:ゴーレムがかわいそうになってくるレベルだな。
313:火属性魔法かな? どうやってあんな数の暴力やってんだ
ろ。MPどう考えても持たないと思うのだが。
314:わかんね。特殊なやり方があるっぽいけど。以前しつこく
207
聞いてた人はハチの巣にされてた。
315:チートか。
316:それこそないわー。>262あたりのレス読んどけ。
317:ほかの人はどこいるんだろな。
318:そんなあなたにはこれ。公式にもあるやつだけどギルド試
験のやつ。つ[動画]
319:拳王様キタ┃︵゜∀゜︶┃!
320:もちつけww
321:ああもう319が誰だかわかるわw 股間潰された人だな
ww
︶人︵゜∀゜︶人︵
゜∀︶ノ┃┃
322:>319 さらにおまけして。なんかクエストで騎士団と
戦ったときの。つ[動画]
!!!
323:キタ┃┃┃ヽ︵∀゜
┃
324:テンションがやばいw
325:動画視たけど。この二人すごいな。俺にはあんな動き出来
ない。
326:拳王と首狩りのコンビはβでは有名。
208
327:なんか空中で三角蹴りしてるようにみえるのだが。
328:特殊なスキルかアーツつかってるかも。
329:βじゃ正規版と違ってスキルはかなり簡単のしかなかった
から、スタイル変わってるかもと思ったけどそうでもなかった。
330:躊躇なく首はねる技量はさすが首狩りw えげつねえw
331:>329 簡単のって具体的にどんな感じだった?
332:単純に筋力上昇とか体力上昇って感じのパッシブだけ。ア
ーツなんて必殺技なんてなかった。
333:βは正規版以上にプレイヤースキルに左右されてたからな。
魔法だって弱、中、強の三つしかなかったぞ。
334:NPCは魔法の名前叫んでたりしてたけど、俺らプレイヤ
ーのスキルはかなりシンプルだったな。
335:>331 とりあえずβと正規版の変更点はウィキに載っ
てるから見てこい。
336:そうするわ。
∼∼∼∼∼∼
◇
209
○ランキング発表!
累計ダメージ
1位 匿名希望
2位 ニャンニバル
3位 変態先生
瞬間一撃ダメージ
1位 タケ
2位 じーく☆ふりーと
3位 カグヤ
特定部位破壊
1位 シャルロッテ
2位 マサカズ
3位 メグ
人命救助
1位 イーリス
2位 ジャニー・ジョニー・ラギー
3位 匿名希望
サポート
1位 ゴンザレス
2位 セラ
3位 ラボス
NPC友好度 210
1位 匿名希望
2位 匿名希望
3位 匿名希望
※他の細かいランキングは[次のページ]をご覧ください。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
主人公二人の現状スペック
名前:タケ
職業:戦士↓剛力戦士
称号:森を守りし者
ヘビィプラス
重装備の技術 level:18
︵1︶重量増加 3秒間だけ装備品を含めた自分の重量を2倍にする
ターンブレイク
ぶん回し level:19
︵1︶大旋回 全身を一回転させ遠心力をつけた高い威力の攻撃
リフレクトインパクト
鉄壁防御 level:15
︵1︶衝撃反射 衝撃を反射する小さな防壁を展開する
ディフェンスモード
蓄積反撃 level:10
︵1︶防御転化 蓄積したダメージを防御力に変える
自然と共に level:9
鬼の怒り level:8 名前:メグ
211
職業:格闘家↓精霊格闘家
称号:森を守りし者
フルメタル
鋼の肉体 level:18
︵1︶鋼鉄化 5秒間だけ身体の一部を鋼に変える
ワンインチパンチ
全身凶器 level:18
︵1︶寸勁 至近距離での攻撃で対象に大きな衝撃を与える
エアダッシュ
縦横無尽 level:16
︵1︶空中疾走 2歩だけ空中を走れる
シェイプオペレート
魔力の鎧 level:20
エンチャントアーマー
︵1︶形態操作 纏う魔力を一部分だけ好きな形に変化させる
︵2︶魔鎧付与 対象に魔力の鎧の効果を付与する
ダブルヒットブレイク
ピンポイント level:13
︵1︶二連衝破 同じ個所を二回攻撃することで高い威力を発揮する
デュアルエレメント
精霊の衣 level:10
︵1︶二重憑依 一度に二つの属性を付与する
精霊の囁き level:9
212
番外. 1.10verに関しての掲示板的閑話︵後書き︶
というわけで、VRMMOモノにはよくある掲示板に挑戦してみま
した。
ほぼ次章の展開を説明する話となっている、はず。
次回からは迷宮といったお約束が出てくる予定です。
ランキングに関しての名前は、いくつか募集で出してもらったのを
参考にしました。
そのまま出したり、ちょっと変えたり、混ぜたりしています。
提案してくれた人には最上級の感謝を。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
213
17. 迷宮のエンカウント 前編︵前書き︶
レアモンスターエッグ
イベント上位入賞者報酬︵1位は2個 2∼3位は1個を選択可能︶
ジオクリスタル
タケ 特殊アイテム:希少従魔の卵
ロードグリフォン
素材アイテム:磁界重力結晶
メグ 素材アイテム:空帝王の羽毛
214
17. 迷宮のエンカウント 前編
1.10verにするバージョンアップのメンテナンスが終了し
て数日後。王都スターティア南、住宅区画の中心にあった転移クリ
スタル結晶跡地には、数多くの冒険者が列を作っていた。迷宮とな
る天空の城へと至る青白い幾何学模様の転移魔方陣に突入するNP
C、プレイヤー問わず腕自慢の者たちである。
上空を見上げると雲の間から見え隠れする土塊と、下からでは見
えないが、その上に建造された白亜の城塞が今回のバージョンアッ
プで実装された迷宮のひとつである。
転移魔方陣に足を踏み入れると、光に包まれて上空に飛ばされ、
城塞のどこかのフロアにランダムで降り立つ。幸いモンスター山盛
りの敵前ど真ん中に放り込まれることはないが、それでもフロアの
扉を開けたとき、曲がり角を不用意に進んだときなど、容赦なくモ
ンスターは牙をむいて襲い掛かってくる。
運営や管理AIの考えたトラップも油断ならない。壁から飛び出
す矢の雨や落とし穴、天上壁の落下から鉄砲水の強襲に転がってく
る巨大岩石。軽傷から即死級まで選り取り見取りだった。
だがその分、報酬はでかい。
ハイリスクハイリターンなのが迷宮の恩恵だ。
ゲームの運営こと、試練の神ウンエイの託宣により、転移クリス
タル復旧に欠かすことの出来ない魔水晶が、各地に出現した迷宮で
大量に存在していることがわかった。魔導バスや魔導灯火といった、
215
王都の発展に必要不可欠のエネルギー供給装置である転移クリスタ
ル柱の素材である。当然、相応の価値をもって取引され、クエスト
発注ギルドでも常時依頼としてクエストボードの掲示板に張り出さ
れていた。
騎士団の調査により、転移クリスタル柱の復旧をしても、なお余
りある量が予想された魔水晶。
迷宮はまさに宝の鉱山といえた。
そのためギルド登録している冒険者たちは、今日も迷宮に潜り、
落ちている魔水晶の欠片、モンスターが飲み込んでいるであろう魔
水晶の塊を求めて探索を開始するのだ。正し、普通の依頼よりも危
険度が高めと判断されているため、Dランク常時依頼として設定さ
れている。受注するには最低でもひとつ下のEランク冒険者の資格
が必要なのは、実力不足の者たちの無為な死亡事故を防ぐためには
致し方ないことだろう。
迷宮には強大なモンスターが出現するため、もう少し安全性を考
慮してランクを釣り上げるべきという意見もあったが、転移クリス
タル柱を修復するには膨大な数の魔水晶が必要となる。とにかく数
を揃えなければ話にならないため、人海戦術を優先した結果、下位
のモンスターをさほど苦労なく退治できる実力︱︱すなわちクエス
トはDランクが妥当であると判断されていた。
Eランクに上がることはそこまで難しいことではない。根気よく
クエストを消化し、ランクアップ試験に当たる指定対象のモンスタ
ー討伐が出来たのなら見習いと呼ばれるFランクからEランクへと
昇格することが可能だ。
もっとも、昇格したばかりの新米Eランク冒険者が、一番迷宮で
216
は危なっかしい。ギルド受付嬢は、口を酸っぱくして注意歓喜を促
すのだが、初の迷宮に浮足立つ若手は迷宮に足を踏み入れた瞬間に
注意事項の内容を完全に忘れてしまうものだからだ。
そして痛い目を見て思い出すことになる。
熟練の冒険者がいれば危険なことも回避できるが、王都スターテ
ィアに所属する冒険者は︻ワールドクエストオンライン︼で遊び始
めたプレイヤーが圧倒的に多く、初心者から抜け始めたばかりの者
が大半だった。故に慣れていない者を指導するベテランが絶対的に
不足していた。
初日からこつこつとクエストを受けては解決する日々を送ってい
た、中学校に入学したばかりの少女ナルカと、定年を迎えて数年の
保護者の祖父ゲンジもそんなビギナーの一人だった。
15歳未満の少年少女は、15歳以上の保護者同伴でなければロ
グインできないようになっている。︻ワールド・クエスト・オンラ
イン︼では、大人と一緒に子供が遊んでいる風景は珍しいことでは
なかった。家族パックといったお得なフルダイブセットも販売して
いるくらいだ。
﹁ちょおっ!? おじいちゃんっ、何してんのっ!? 数増えちゃ
ったじゃない!!﹂
﹁⋮⋮少し挑発しすぎたよなあ﹂
﹁少しじゃないからっ! めっちゃ楽しそうに突撃してったからっ
!﹂
得てして少年少女より、現実で満足に身体を動かせなくなった中
年層や老人たちのほうが、VRゲームではっちゃける傾向が高かっ
217
た。
ナルカたちの周囲には、涎を垂らして迫る黒ゴブリンが49匹。
各々が錆びた剣や石で作った粗末な槍やオノを手にしている。ギャ
ギャギャ、と翻訳不能の鳴き声を上げ、ぼろい腰巻ひとつの恰好で
老人と少女を追い立てる。
背には壁。逃げ場はなく、戦って切り抜ける以外に道は見えない。
﹁おじいちゃんがまた無茶やったぁーっ! もうばかーっ!!﹂
ガンマン
零れ落ちそうな青いカウボーイハットを手で押さえ、腰にガンベ
ルトと予備弾倉のつまったバックパックを身に着ける銃士、虎の獣
人ナルカは半泣きで銀色のベレッタに似た自動式拳銃を構える。
腰に差した刀を鞘から抜き放つ、鎖帷子を内側に着込んだ着流し
の白髪の侍。翼のないタイプの竜人ゲンジは楽しそうな笑顔で孫の
横に立っていた。
﹁あーその、うん、まあ年甲斐もなくはしゃいでしまったわ。はっ
はっは﹂
﹁その台詞何度目よおっ!!﹂
そんな爺と孫のやり取りを戦端の合図として、奇声を上げて一斉
に黒ゴブリンたちが襲い掛かってきた。
ナルカは半ばヤケクソ気味に銃弾を乱射し、ゲンジは獰猛な笑み
を浮かべて鋼の刃を黒ゴブリンに叩き込む。少女のやさぐれた叫び
と銃撃音、手足胴体を切り裂かれるモンスターの悲鳴が響く。
事の経緯としては単純だ。
フロアにいた黒ゴブリンを発見したナルカは、入り口から一方的
218
にハチの巣にして、近づいてきた敵はゲンジが刀で切り捨てる作戦
を考えていた︱︱が、そのゲンジが話を聞くことなく敵の群れに突
貫していった。おかけで最初は8匹しかいなかった黒ゴブリンは、
隣に通じているフロアから増援を呼び寄せ、一気に数を増大させた
のである。しかもモンスターハウスのトラップだったようで、フロ
アの入り口は地面からせり上がった頑丈な壁で塞がれ退路を断たれ
ていた。
複数の敵に囲まれたこの状況、黒ゴブリン自体はそこまで強くは
ないが、盾役のいない二人での迷宮探査を行っていたナルカとゲン
ジには、少しのダメージが致命傷になり得る。装備は動きやすさを
重視したもので、保有するスキルを踏まえても身を守る術はどちら
も回避を重点とした戦い方である。もし足に被害を負えば動きが鈍
り、物量に押し切られてしまうことは明白だった。
刀も拳銃も、範囲を纏めて薙ぎ払う攻撃には向かない武器である。
銃撃の連射で黒ゴブリンを近づかせないようにするナルカと、一人
で複数の相手を陣取り敵を斬りつけるゲンジの腕前は初心者以上の
ものではあるが、二人で20倍の数を相手にするには骨が折れるど
ころの話ではなかった。
デスペナルティの単語がナルカの脳裏にちらつく。
焦燥感。
徐々に狙いがずれていく。
基本死亡した場合のペナルティがない︻ワールド・クエスト・オ
ンライン︼ではあるが、迷宮にいた場合には、そのダンジョンで手
に入れた一部のアイテムがランダム消滅するというペナルティが設
定されていた。
219
ナルカのアイテムポーチには、幸運にも地面に落ちていて拾った
魔水晶の塊が入っている。欠片ではなく、ソフトボールほどの大き
さのものだ。換金すれば少なく見積もっても数十万以上の価値がつ
く。天空の城に入って手に入れた目ぼしいアイテムは他になく、負
けて死亡した場合、確実に魔水晶の塊が消滅してしまうことがわか
っていた。
﹁このっ! いい加減っ! 散りなさい、よっ!﹂
撃って撃って撃ちまくるも、一向に数は減らない。それもそのは
ず、焦りから弾丸は明後日の方向に飛んでいくものばかり。手足を
撃ち抜いて黒ゴブリンの動きを止めることはあっても、倒し切るこ
とはない。いつもなら落ち着いてヘッドショットを決める12歳の
少女は、大金の塊を手にした欲と敵に包囲された緊迫感で銃口の狙
いを大きく外していた。
こりゃあ、まずいかなあ。
祖父のゲンジはナルカのフォローに回ろうとしても、自分のこと
で手一杯だった。若いころはディスプレイ型の無双系ゲームで楽し
んだ経験があり、多対一で立ち向かう姿に憧れたものだ。しかし現
実は厳しい。さすがに数十もの敵を相手にしたVRの戦場は未経験
だ。一体一体は確実に屠れるが、それでも少しづつ黒ゴブリンの振
るう錆びた武器に身体を傷付けられていく。
孫同様、浮かれていた自分自身が撒いた種。今は反省するのでは
なく、現状を打破する突破口を考えるべきだ。しかし黒ゴブリンの
攻撃に思考は妨害される。ゲンジにはどうすればいいのか思いつく
ことはできなかった。
︱︱タケとメグが二人の前に落ちてきたのは、そんなときのこと
220
である。
221
17. 迷宮のエンカウント 前編︵後書き︶
主人公たちの登場は次話から。
ということで新章突入、そして新キャラ登場。
この章はNPCよりもプレイヤーを多く出そうと模索中です。
また前書きにあるアイテムを見て察してくれる人もいるでしょう。
やはりマスコットて必要だと思うのですよ。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
222
18. 迷宮のエンカウント 後編
天空の城は周囲に浮遊する七つの小さな島が存在しており、一番
大きな城塞の浮島を中心にぐるりと螺旋階段のように空中に留まっ
ている。それぞれ大地の上にある神殿や庭園や廃墟といった建造物
が探索する迷宮であり、雲海の上空でひっそりと陽光を受けていた。
土台となっている大地の地下フロアも含め、広大なダンジョンの
風光明媚な景観はプレイヤーを飽きさせることのないよう、運営の
拘りと創意工夫が随所に見られる。
タケとメグはその内のひとつ、所々雑草が伸びた、ひび割れた石
畳の地面の回廊を歩いていた。視界を横にずらせば、蔓延る緑の樹
木が巻きつく白亜の柱が一定間隔で設置されている。まるで長い時
間をかけて自然と融合し、緩やかに荒廃していったかのようなギリ
シャの神殿を夢想させる場所である。
現実ではまず目にすることはない素晴らしい風景ではあるが、ど
こに罠があるともわからぬダンジョンである。油断はせず、二人は
突発的な事態にも即座に対応できるよう警戒しつつ静かに歩を進め
る。
﹁また落ちてないかなー﹂
﹁⋮⋮まあ、そうそう簡単に見つかったら苦労はないけどな﹂
とはいえ傍目には観光名所を訪れた夫婦かカップルにしか見えな
いのは、β時代の経験の賜物だろう。
フロアの端や柱の陰などに魔水晶の欠片が落ちていることもある
223
ため、瞳を輝かせて回廊を探るメグはお宝探しに余念がない。先程、
樹にからまった小さな欠片を回収したばかりだ。否応にも期待して
しまうというものだ。アイテムを手に入れたことで気が抜け、その
結果落ちているものを見落としてしまうことがないよう注意は怠ら
なかった。
時折、天上からきぃきぃ、と蝙蝠のモンスターが襲ってくるが、
タケの斧で斬断され、メグの拳に撃ち落とされる。魔水晶がドロッ
プしなかったら﹁くう、しけてんなぁ、もう﹂﹁しょぼいな﹂など
と悪態をつく二人。並のモンスターでは良いカモでしかなかった。
巨大スキンク討伐の功績と、ゼーカやトルネの騎士団二人、エル
フたちの証言からバージョンアップ後にタケとメグはEランクまで
上がっていた。今回で天空の城にトライするのは3回目になり、1
回目で運よくかなり大きな魔水晶の塊をドロップしたモンスターを
倒したこともあってか、他のプレイヤー同様﹁迷宮の報酬ウメー﹂
状態で探索にのめり込んでいた。おかげで装備も充実し、たとえ急
に中位クラスのモンスターが現れても全滅する可能性はかなり抑え
られる状況だった。
タケは数多くの特殊ギミックなびっくり武器を背負い、装備する
赤い武者鎧も職人チームのクラフターズの面々によって魔改造され
ている。メグの手甲足甲も同様にマサカズのひと工夫が組み込まれ、
二人の装備は、既存プレイヤーやNPCたちが手に取るする武装と
は明らかに世界観がずれたものばかりとなっていた。
これはクラフターズが新進気鋭の職人チームで実績が少なく、売
ロマンを追求した
買の回転が悪いということもあるが、生産した武具が品質に偏りの
ない量産品ではなく試行錯誤の試作品ばかりなのが大きな理由だ。
224
タケとメグは迷宮に潜るついでに、武具の稼働チェックの実践テ
ストをマサカズたちに依頼されていたのである。これにより小さな
メカニズム
問題点は都度改善されていき、今後︻ワールド・クエスト・オンラ
イン︼に単純なファンタジーの武器は消え失せ、よりふざけた機構
の武器が増えていくことだろう。
タケの腰には樹属性効果を改善されたトマホークと、巨大スキン
クの一件で樹属性精霊結晶の塊と化したドリル搭載の涙滴型ハンマ
ーが吊るされている。更に背中には、中心に硬質水晶玉をはめ込ん
だ円形中型の盾に、1.5メートルを越える長い柄の、柄頭に四角
い鋭角的で蝶のような形の部品を取り付けた出縁形メイスが鈍く輝
く。
ブースター
赤い武者鎧は細かい部分で素材を強化し、肩当てと腰当てに火の
魔石を組み込んだ加速推進装置の細長いスラスターを搭載。兜は上
下にスライドするアイガードと開閉式のマウスマスクで、すべて閉
じると完全なフルフェイスだ。緋色のアイガードの目の造形のこと
もあり、どことなく何かのロボットアニメを連想させる姿で、これ
によりタケの鎧は肌をまったく見せない全身甲冑に変わった。
メグは全体的に身に着ける装備を頑丈な素材に変更。魔力増強効
果のあるオレンジ色の宝石細工がついたチョーカーを首に巻き、薄
青色になった武器の手甲足甲にも同類の宝石でもって装飾してある。
タケほどに大きな変化はないが、魔力的な面では以前とは比較にな
らないほど凶悪に強化されていた。
﹁さっきの小さな欠片でだいたい三千くらいかぁ。やっぱもうちょ
っと大きなの見つけないとね﹂
﹁ああ、マサカズのところでそれなりに金を使ったからな。もう少
し稼ぎたいところだが⋮⋮メグ、曲がり角だ。後ろを頼む﹂
225
﹁おっけ﹂
回廊の道筋は直角に曲がっていた。探知系統のスキルがあれば見
えない死角でも比較的容易に危険を察知することが出来るが、物理
夫婦の二人にそんな細かい芸当は無理だった。いきなり罠やモンス
ターから攻撃されても問題ないように、防御に秀でたタケが先陣を
切る。そしてメグは挟撃を危惧して後方に注意を向ける。これが迷
宮を二人で探索するときの基本的な役割だった。
鞘いらずの武器固定ベルトのおかげで、背負うのが重装備でもガ
チャガチャと音を立てることはない。タケは忍び足で回廊の壁に張
り付き、ゆっくりと角から顔を覗かせた。周辺は静かなもので、モ
ンスターが待ち構えている可能性は低いと踏んでいる。しかし顔を
出した瞬間に毒矢が飛び出るような罠が発動する場合も想定できる
ため、油断は禁物だった。
曲がり角の向こうは似たり寄ったりな回廊の風景が続いていたが、
一直線の道筋ではなく、30メートルほど先の奥はまた直角の曲が
り角を作っていた。どうやらS字になっているようだ。しっかりと
調べない限りは不明だが、フロアに連なる扉のような入り口は見た
感じ存在していないため道なりに進むしかないだろう。
﹁⋮⋮おーけい。とりあえず問題なさそうだ﹂
こんな何の変哲もない場所こそ罠を警戒しなくてはならない。百
も承知のことだが︱︱カチリ、とさほど大きくないのに耳に届く不
吉な音。得てして事故とは、完全に予防することは難しいものであ
る。
︱︱やらかしたっ!?
226
朽ちかけた地面の石畳が不自然に凹み、タケの重量で下に押し込
まれた。足をじりっとずらしたタケは、罠の起動を促すスイッチを
踏んでしまったのである。
﹁んなっ!?﹂
驚くメグの声。スイッチを押してからノータイム。回廊の床が真
ん中から高速でガタンッ、と開いた。回廊の曲がり角から数十メー
トル先までの道が即座に落とし穴へと変わる。咄嗟に壁に指をひっ
かけようとするが失敗。抵抗できずに二人は身体を暗闇の中に落下
させた。
緑が混じる柱が立ち並ぶ回廊の風景が上に遠ざかり、人工的に掘
り進んだ洞窟のようなフロアへと投げ出される。おそらく地下フロ
アだろうとタケは予想する。落とし穴の先が針山地獄でなかったの
は不幸中の幸いといえたが、落下地点には大量の黒ゴブリンが群れ
を成して︱︱誰かと交戦中だった。
耳に届くのは風切り音に紛れて聞こえる、ぎゃぎゃぎゃ、と黒ゴ
ブリンの敵対威嚇。少女の悲鳴。無秩序に轟く銃声。アーツらしき
魔力光の発現が見えた。多数を相手に二人のプレイヤー、あるいは
NPCが戦闘をしている。
いや、そんなことよりも︱︱。
着地まで猶予は数秒。フロアの状況把握よりも、まずは落下ダメ
ージを限界まで軽減することが最優先。失敗すれば両足骨折のダメ
ージがシステム上で計算される未来。そして動けぬ相手に向かって
黒ゴブリンが一斉にたかり袋叩きの死に戻り確定コース。
黒ゴブリンがタケとメグに気が付き、慌ててその場を離れていっ
た。だが落ちてきたらすぐにでも攻撃できる体勢を作っている。
227
他のゴブリン種族の中で単体の強さが最弱だからこそ、複数の連
携を最も得意とするのが黒ゴブリンの大きな特徴だった。的確な指
示を出して他のゴブリンを動かす司令塔のゴブリンコマンダー、魔
法を使うゴブリンメイジ、回復に徹するゴブリンプリースト、遠距
離に長けたゴブリンアーチャーといった珍しいスキル持ちのゴブリ
ンが多く、戦術運用が上手く徒党を組むことで厄介な敵に変わるの
だ。
メグは舌打ちして、﹁タケ君、後でおしおきかな。今日の晩御飯
エアダッシュ
は嫌いなカリフラワーを入れてやる﹂とささやかな恨み節をぼそり
と呟いて、空中疾走のアーツを地面に激突する寸前で発動。タンッ、
タンッ、と空中で二歩の跳躍。落下速度を軽減。軽やかに着地︱︱
と同時に一番近くにいた黒ゴブリンを蹴り飛ばした。
ブースター
タケは武者鎧に仕込まれた加速推進装置に魔力を通して駆動させ
る。くの字に開いたスラスターの奥にある火の魔石が赤く煌めき、
注ぎ込まれた魔力が火花に転じて爆ぜた。落下とは逆方向の運動エ
ネルギーを感知したゲームのシステムが、重装備をした鬼を一瞬だ
け空中にホバリングさせる計算を叩きだす。
ズン、と土埃を上げて無事に地面に降り、タケはすぐさま背中に
あるメイスを掴み︱︱﹁邪魔だ﹂薙ぎ払う。ぶん回しスキルの恩恵
により振り回された長いメイスは鬼の筋力値と相まって、二体の黒
ゴブリンをゴムボールのように弾き飛ばした。
二人によってほぼ同時にブッ飛ばされた三体のゴブリンは、魔力
光を残してあっけなく消滅した。
ぎゃぎゃぎゃ、と黒ゴブリンは突如現れた二人を脅威と判断。司
228
令塔のコマンダーの指示に従い、部隊を二つに分けた。だが、第三
者の視点ではどちらが強いか賭けにすることすら出来ない。
メイスを背に戻し、トマホークとハンマーを両手に携え、アイガ
ードの緋色の目にギラリと光が灯る鬼は威風堂々。首のチョーカー
と手足手甲に備え付けられたオレンジの魔力増強宝石が淡く輝き、
薄らと目視できる魔力の鎧を身に纏った、不敵な笑みを浮かべる黒
髪のエルフは大胆不敵。
負けるなどとは微塵も考えていない立ち振る舞い。一番前にいる
粗末な石槍を持った黒ゴブリンが後ずさる。
﹁とりあえず、基本、全殺しで﹂
﹁台詞だけ聞けば俺たちのほうが悪党みたいだよなあ﹂
装備の強化された拳王と首狩りは、互いに視線を交差させて、小
さな敵の群れに駆け出した。
229
18. 迷宮のエンカウント 後編︵後書き︶
エンカウントしました、黒ゴブリンが鬼とエルフに。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
230
19. 背後の敵にはご注意を
タケとメグは互いに背中を預けながら、背後や死角から襲われる
要素を徹底的に排除しつつ、常に二体以上の相対する敵を数発の攻
撃で薙ぎ払う。
武器をハンマーで弾き飛ばし、斧で首を裂く鬼。
拳打と蹴撃を、ときに鞭のようにしならせ、ときに杭のように穿
つエルフ。
一朝一夕では身につかない連携。
ガンマン
﹁そこの可愛い銃士! 後ろのメイジとアーチャーをお願い!﹂
フロアの天井から降ってきた二人の戦いぶりに口を開けて呆けて
リロード
いたナルカは、凛と響くメグの言葉でハッと意識を眼前の現実に引
き戻した。慌てて弾丸の尽きた拳銃を再充填する。
視界を外した隙をついて、黒ゴブリンが﹁ぎゃぎゃぎゃっ﹂と奇
声を上げて迫るが、﹁露払いは任せろい﹂とタケたちのおかげで余
裕の出来たゲンジが駆けより︱︱白刃一閃。
ぐぐもった悲鳴。ナルカに届く寸前に黒ゴブリンの腕が断ち切ら
れる。おまけとばかりに返す刀で胴体を一刀両断。黒ゴブリンは光
となって消滅した。
﹁あ、ありがとう、おじいちゃん。とと⋮⋮これは、お返しだから
っ!﹂
231
呪文詠唱の準備に入り足元に魔方陣を展開していた、木の棒を簡
ヘッドショット
単に削った両手杖を構えた黒ゴブリンメイジの頭を銃口で捕捉して、
狙撃。ナルカが取得している的当て技術のスキル恩恵により、一直
線に鉛の弾丸は顔面へと吸い込まれる。致命傷のクリティカル。ふ
らふらとたたらを踏んで、右目付近に黒い穴が空いた黒ゴブリンメ
イジは倒れると同時に経験値の数値へと変わった。
﹁よしっ︱︱たぁ、わわわっ!?﹂
﹁ナルカ、油断禁物だぞぉ﹂
小さく右手でガッツポーズするナルカを怒りの目で睨み、肉迫す
る黒ゴブリンが三体。その内の棍棒を持った黒ゴブリンが、ゲンジ
の放った刀の刺突スキルのアーツ、二段突きによって腹と胸を刺し
貫かれた。
タケとメグの登場により確実に黒ゴブリンは数を減らしていく。
最初は4対49という、数でいえば10倍の戦力差も既に意味の
ないものだった。隙をついて複数で袋叩きにする黒ゴブリンの地味
に面倒な連携も、接近したそばから瞬殺される状況では有利に働く
ことはない。後方からアーチャーが矢を放っても、タケが上手いこ
と射線上を位置取ることでメグに届かず、また当たっても赤い武者
鎧の頑丈さを貫くには威力が一歩足りない。せいぜい小さな掠り傷
の線を引く程度のものだ。
ファイアボール
火球のような魔法が飛んできても、射られた矢ほどの速度はなく、
メグは容易くひらりと回避。タケはハンマーをぶつけて受け流すこ
とで対処していた。もっとも、全て放たれる魔法が下位のモノで、
装備が魔力的にもより大きく強化された現状だからこそ出来る芸当
である。
232
戦いの決着は近かった。
︱︱そんな戦場を見つめる、三つの視線があった。
﹁⋮⋮な﹂
なんだよ、あの二人。あっちのジジイとガキと全然つけてる装備
の性能が違うじゃねえか!
フロアの端の影。ゼンジとナルカを倒すために黒ゴブリンが援軍
で現れたところの、隣のフロアへの入り口。黒ゴブリンたちの群れ
を物ともしないタケとメグを見つめる視線だ。
﹁なあ、あいつらの装備すごくね?﹂
﹁金かかってるな、あれ。エルフの手足が光ってめっちゃ強そうな
んだけど﹂
﹁つーか鬼の鎧なんだよ。あんなのどこで売ってンだよ﹂
まだ10代後半に見える若い青年たち︱︱魔族、竜人、エルフの
種族を選択したプレイヤーが物陰に隠れ、タケたちの戦いを観察し
ていた。もっぱら口から出てくるのは、自分たちと比較してはるか
に高性能そうに見える武具の品評。そして徐々に発言内容に負の感
情が混じっていく。
﹁ねーわ、ありゃねーわ。今あいつらのステを鑑定スキルで見たけ
どさ、平均レベル20以下よ﹂
﹁てことはアーツも全然なわけだろ。黒ゴブって雑魚だけど、通常
攻撃であんなあっさりと倒せるわけねえよ﹂
﹁俺らやったときはもっと苦戦したよな。つーとやっぱ装備がすげ
えってことか﹂
233
ラムターなんじゃねえの、とぼやきながら彼らはタケたちの戦い
を眺める。このゲーム世界における戦闘力の比重は、いかに高めた
スキルを使いこなすか、いかに高性能の装備を身に纏うかによる︱
︱というのが一般的な認識である。しかし実際のところ、一番重要
なのはプレイヤー自身のセンスだ。いかによく切れる刃物を持とう
とも、腕がからっきしでは性能を十全に発揮できないナマクラと成
り果てるのが道理。これはある程度の上に位置する、いわゆるガチ
勢、攻略組にとっては当然の認識だった。
故に練習を重ね、スキルレベルを上げると同時に、戦闘、生産と
各々の分野の腕を磨く必要がある。
単純にモンスターを倒したり生産行動をしていればスキルのレベ
ルは上がるだろう。だがそこに意味を持たせた練習の過程がなけれ
ばただの作業で、真面目に頑張った者よりも一歩劣る技能でしかな
い。
タケとメグは攻略組や時間的余裕のある準廃人クラスのプレイヤ
ーとは違い、のんびり世界観を楽しんでゲームを遊ぶ、いわゆるラ
イト層に位置している。ただ、たまたま現実でのスポーツや武道の
経歴が生かされ、βテストでの経験のおかげで弱いスキルレベルで
も破格の実力を見せているに過ぎない。アーツの数が少なくとも、
通常攻撃で的確にクリティカルを出すことができるから可能な所業
だった。
﹁あ、終わったみたいだな﹂
次第に数の減っていった黒ゴブリンの耳障りな鳴き声が途切れた。
彼らの目にはフロアのモンスターを一掃した四人が、お互いの安否
を確かめ合っている姿が映る。
234
﹁⋮⋮で、どうするよ﹂
﹁聞くまでもないっしょ。いいとこ知ってンなら教えてもらおうぜ﹂
﹁もーしラムターだったら通報してやろうかね。脅せば案外簡単に
口を割るっしょ﹂
にやにやと嗤う三人。
あまり素行のよろしくない彼らの頭の中では、素直に教えを乞う
という殊勝な思考はなかった。
別に悪いとは言うまい。誰だって自分の知らない状況があれば﹁
なぜ﹂﹁どこで﹂﹁どうやって﹂と情報を収集しようとするものだ
し、自分より先に進んでいる者に対して追いつこうと考えるのは至
極当然の行為だ。もっとも︱︱。
﹁図々しく自分勝手な阿呆が、古今東西はた迷惑なことには変わり
ないがな﹂
かつり、と一歩を踏み出す足音。
突然呼びかけられる静かな声に肩を驚かせ、慌てて三人は後ろを
振り向いた。
ヴァルキリー
戦乙女。わかりやすく一言で説明するのなら、そんな容姿の推定
20代の若い女性だった。朱色の混じった白銀の鎧と羽飾りのつい
た兜に、腰当から広がる深いスリットの入った膝下まで伸びる金糸
の刺繍が施されたスカート。腰にナイフ、背中には翼を折り畳んだ
白鳥を模した長い槍が飛び出ていた。
﹁あン? なんだよあんた。プレイヤー⋮⋮じゃねえみた︱︱っ!
?﹂
235
鑑定スキル持ちの魔族の男は訝しげに背後から現れた彼女を見て、
いつもの癖でスターテスを閲覧しようとして言葉を途中で切る。驚
愕に絶句する表情を、仲間の二人が﹁なに驚いてんだこいつ﹂と不
思議そうに首をかしげた。
﹁初対面の女を相手に堂々と強さの覗き見とは、明確な敵対行為と
判断するぞ。⋮⋮まぁ、私は最初からお前たちのような奴らに味方
ヴァルキリー
することはないがな﹂
戦乙女のような装備の女性はククッと口元に笑みを浮かべた。
﹁こいつ、俺の鑑定知識スキルじゃ判断できねえっ! 何もわかん
ねえっ! 名前すらもだ!﹂
エルフの男が﹁どうしたよ﹂と声をかけようとして、驚きに顔を
固めていた魔族の男が叫ぶ。その言葉が意味する事実を、染み込む
ように他の二人は理解する。すなわち鑑定知識のスキルレベルが4
0間近でも閲覧が不可能という事実に。
彼ら三人は同じ学校に通う学生たちで、リアルでも友人同士でも
ある。帰宅部で時間の余りをのめり込むように︻ワールド・クエス
ト・オンライン︼につぎ込んていた。スキルレベルはその分だけで
高く、社会人でさほど時間のとれないタケやメグよりも倍近く育っ
ていた。
それでも看破できない。
つまり確実に平均40以上、あるいは上位変化したスキルレベル
の持ち主だと判断できる。
﹁おいおい、NPCの騎士団クラスが何でこんなとこいンだよ﹂
﹁⋮⋮知らないだろうから、間違われた無礼は不問としよう﹂
エルフの男の呟きに眉をひそめ、ため息ひとつ。彼女は背にある
236
槍を音もなく、すっ、と片手で柄の真ん中あたり掴み、あまりにも
自然な動作で抜いた。
﹁お前たち異世界人お得意の、掲示板とやらにでも書いておけ﹂
槍に魔力光の線が一瞬だけ走る。
﹁魔水晶を求めているのはスターティアだけではないとな﹂
デスサイズ
ジャキンッ︱︱、と翼を模した部分が開く。槍は横に長く広がっ
たTの字の大鎌と変形した。
では、安心して逝け。
何らかのアーツらしきエフェクトの魔力光。躊躇なく振り抜かれ
る白鳥の大鎌。空気を切り裂き、迫りくる翼の刃の映像を最後に、
リスポーン
三人のプレイヤーは一歩も動くこともできずにHPを刈り取られて
死に戻りした。
237
19. 背後の敵にはご注意を︵後書き︶
いつから主人公たちがクレクレに絡まれると錯覚していた?
と、いう感じで上手く描写できたと思ってもらえたらいいなあ。
なお、ラムター=RMTした奴、という意味のつもりです。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
238
20. 魔水晶の価値 前編︵前書き︶
︻魔水晶︼
魔力を通すことで一番近い転移地点に魔力消費者を転送する特性を
持つ。
高純度に再精製することで特定の任意地点に転送する転移クリスタ
ル柱になる。
また、属性魔石やMP回復ポーションの原料にもなる。
239
20. 魔水晶の価値 前編
﹁罠にハマって仕方なしに戦うことになったとはいえ、結果として
横殴りのような形になってしまった。申し訳ない﹂
斧とハンマーを腰に戻し、兜のアイガードとマスクをスライドさ
せて顔を見せたタケはぺこりと頭を下げた。
明確にゲームのルールがあるわけではないが、他のパーティが戦
っている敵に許可なく攻撃する行為︱︱横殴りはMMOではマナー
的に悪いと見られる。戦闘参加したパーティ全体に経験値が入るシ
ステムでは自分勝手な寄生行為と取られてしまうからだ。
しかし、中には一緒に戦ったほうが経験値を多くとれる横殴り推
奨のゲームもあったりする。︻ワールド・クエスト・オンライン︼
もその例に入るゲームだが、連携行動、敵対存在撃破、撃破状況と
いった様々な要因を高度に算出し、プラスのボーナス得点やマイナ
ス評価を加味した細かい数値管理がされていた。
﹁いーや、あのままじゃオレら二人は数に潰されてたかもしれん。
頭を下げる必要はねぇよ﹂
﹁そ、そうですよ! あの状況を横取りなんて思うわけないですっ
て!﹂
ゲンジは苦笑し、ナルカは手をぶんぶんと振ってタケの謝罪を跳
ね除ける。
言葉通り、もしタケとメグがきていなかったらゲンジはじわじわ
とHPを削り取られ、ナルカも黒ゴブリンに組み敷かれて成す術も
なく死に戻りする羽目になっていただろう。敵戦力の分散と焦りを
240
払拭してくれた二人には感謝はあっても腹を立てる理由はひとつも
なかった。
フロアに群がっていた黒ゴブリンを全滅させ、タケたちはドロッ
プした戦利品を拾いつつ互いに自己紹介をしていた。手に入ったの
は換金素材の討伐部位と魔水晶の欠片がちょうど8個だ。山分けす
ることで分配に揉める要素なく、どうせならフロアの先にある道か
らしばらくは一緒に臨時パーティを組んでいこうかと話していた。
︱︱そのとき。
﹁そう言ってくれると助かる⋮⋮ん?﹂
ギィンッ︱︱、と金属を打ち鳴らす硬質な擦過音。
微かに聞こえた男性の低い悲鳴。
﹁いま、何か聞こえませんでした?﹂
ナルカはフロアの先に通じる入り口に視線を向けた。ゲンジは不
思議そうに同じ場所に首を動かす。メグはタケの赤い鎧をこつんと
叩くことで﹁油断するな﹂と仄めかした。
獣人とエルフはその特徴的な耳により、他種族よりも聴覚に優れ
た隠れ特性があった。これは種族特有のスペックであり、タケの鬼
であれば強靭な筋力で柔軟性も兼ね備えた肉体的部分であったり、
ゲンジのような竜人では肌についた鱗での防御力などがある。
﹁メグ、いつでもいけるように⋮⋮﹂
﹁任せといて﹂
呟くタケは兜のアイガートとマスクを閉じて、背中のメイスに手
をかけ迎撃可能な臨戦態勢を取る。その言葉にメグは頷き、精霊の
241
囁きスキルを発動しておく。地属性の埴輪に似た姿の精霊が6匹、
ぼこぼことモグラのように地面から出てくる。ヘイホーとかハニー
とか鳴き声が聞こえたのはきっと見た目による空耳だ。
やっぱ地下だからかな。
私のスキルレベルだといつもは3匹くらいしか出ないけど、今回
は多いわね。
MP消費量で威力の強弱をつけられるので、たまには派手に行使
してみようと、少し多めにゲージを使ったのも出現数が増えた理由
だろう。
地精霊はトトトッと小走りにメグの前に整列。びしっと横一列に
隊列を組んでいた。光のない穴の目なのだが、どことなくドヤ顔を
しているように見えるのはご愛嬌。
﹁まったくよ、やぁっと黒ゴブリンを斬り終わったらすぐ敵か?﹂
﹁そうと決まったわけじゃないよ、おじいちゃん。でも油断しない
ようにしなきゃ⋮⋮﹂
ゲンジは居合抜刀スキルを即座に発動できるよう半身で右手を刀
の柄に乗せる。ナルカは緊張した表情で拳銃のグリップを握り、引
き金に指をかけた。
﹁おいおい、そんな敵意を向けられると困るじゃないか﹂
ばさっ、と布が風を受けた音。
﹁︱︱ッ!?﹂
若い女性の声。
届いたのは背後から。
242
後ろ!?
はためく金糸の刺繍のスカート。朱色混じり白銀。つい先ほど三
人のプレイヤーを屠った戦乙女が後方天井から強襲する。振り向く
メグの視界には翼の畳まれた白鳥を模した槍の先端。迸る魔力光を
纏うアーツのエフェクト。位置は胴体、心臓付近。直撃すればクリ
ティカルは免れない。
予想外の方向からの攻撃に全員の思考が一瞬だけ停止していた。
タケのような鎧なら弾き返せるかもしれないが、頑丈な素材を用
いたとはいえメグの装備は手甲足甲を除けば布製品の防具だ。耐刃
と耐衝撃に優れてはいても刺突攻撃には少々相性が悪く、相手の攻
撃の威力を完全に殺し切るのは難しい。故に手甲で受け流すのがい
つもの防御方法だったが、今の振り向きかけた体勢ではそれも不可
能。
こんなとき咄嗟に、無意識に、反射的に動く身体は、日頃のある
いは過去の長い練習で得た経験を刻まれた不自然な自然動作。メグ
に流れる電気信号は本能的に横っ飛びさせる行動を起こさせる。
ロンダート
側転の4分の1ひねり。
メグが土埃を上げて華麗に着地すると同時︱︱円錐に尖った形状
の槍、白鳥の嘴が地面に深々と穴を穿つ。爆発したように土を掘り
起こす威力の強さに冷や汗が出た。
一撃で肩を砕いてやる!
一番最初に反応したのはタケである。一足一刀の間合いを一呼吸
243
で踏破、両手で持ったメイスを大上段から振り下ろす。しかし︱︱。
﹁当たらんよ﹂
笑みを浮かべる戦乙女は霞のごとく身体を霧散させて姿を消した。
鎧ごと骨を破壊せんばかりの勢いで強振するメイスは空を切り、地
面を浅く抉る。
ステルス
隠行系統のスキルか!?
音もなく背後に忍び寄った手法を推察してタケは舌打ちする。高
位レベルの暗殺技術は見極める手段の乏しい相手には絶大な優位性
を発揮するスキルだ。擬態の得意なモンスターの接近に気が付いた
ときには死に戻りしていた、なんて話題はβ時代でも数多く出てい
た。少なくとも何の手段もなく対処できるものではない。
決闘
問答無用で攻撃してきた時点でプレイヤーの可能性はまず確実に
ゼロだ。何故なら︻ワールド・クエスト・オンライン︼にはPVP
プレイヤーを殺す
システムこそあるものの、人に危害を加えたことによる精神的影響
を考えて、意図的に悪意をもってPKすることは不可能だからであ
る。
これは相手がNPCでも適応される絶対の不可侵ルールだ。攻撃
モンプ
スレ
タイ
ーヤ
でーを殺す
がつい当たってダメージを与えてしまうような事故や、敵から遁走
することで結果的にMPKしてしまうことは可能だが、自らの意思
でプレイヤーを攻撃したと運営と管理AIに判断された場合は、重
度のペナルティが課せられることが規約事項に記入されていた。
﹁そこかっ!﹂
タケの攻撃を回避した戦乙女が真横に姿を見せたタイミングを見
計らい、腰を深く落とした居合の体勢で不動だったゲンジは抜刀。
244
掛け声と共にアーツの真空一文字を発動させる。システムアシスト
により高速で鞘走る刃に風属性が追加され、青白い魔力光を内包し
た風の刃が擬似的に刀身を伸ばして一直線に空間を裂く。
﹁︱︱パリィ﹂
戦乙女は左手で腰にあるナイフを逆手で抜き、胴体を薙ぐ軌道の
風の刃を受け流した。完全に決まったと思っていたゲンジは﹁なあ
ぁっ!?﹂と驚きの声を上げる。
﹁がら空きです!﹂
それでも戦乙女はナイフを振り抜いた状態であり、ナルカは千載
一遇のチャンスと見て弾丸をほぼ同時三連続で発射するトリプルバ
ーストのアーツを行使。火薬の爆ぜる銃声が響く。鉛玉は正確に鎧
で防がれない下半身の膝を直撃する。
﹁ぃよっしっ! ︱︱てっ、うそぉっ!?﹂
放たれた銃弾は確かに戦乙女の左膝に傷をつけた。しかし、その
傷はいつの間にか膝を覆うように生成された氷塊についたもので、
内側の皮膚には痣ひとつない。ダメージは皆無だった。
私の魔力の鎧が氷になったようなものかしらね!
﹁上等よ︱︱やれ﹂
ならば凍結した氷ごとブチ抜いてやると、メグは戦乙女の足元を
指さす。茶色の魔力光。近くに再度寄ってきた6匹の地精霊による
精霊魔法。小さな円陣が回転しながら展開。
︱︱刹那。
目標としていた場所の地面から、人間の腕程度の長さと太さがあ
245
る石の杭が数十本ほど生えた。
イメージ
魔法は特定のアーツを除けば、ほとんどが行使者の想像力をシス
テムがトレースして、スキルレベルに合った規模で思い描いた現象
を発現させる。そのため大半のプレイヤーは、色々な漫画や映画と
いったものにある描写の記憶を頭から捻り出す。属性の制限はある
が、このゲームの世界観ではある意味、魔法は万能に近い汎用性を
持っていた。もっとも上手く使いこなすには極めてセンスが要求さ
れる分野でもあるが。
﹁錬度が足りないなっ!﹂
戦乙女は槍を地面に突き刺して跳び上がり、串刺しせんとばかり
に幾多の角度から襲い掛かる石の杭を避けきる。そのまま勢いを殺
さず、空中で前転宙返りして着地。槍に魔力を通して大鎌に変形さ
せ、メグを袈裟がけに翼の刃を斬り下ろす。
しかし横から飛び出したタケがメイスを下から振り上げ、大鎌の
刃がメグに触れる寸前で停止。ぎりぎりと武器の柄で競り合うが、
力比べでは分が悪いと判断した戦乙女はバックステップで後方に下
がり、距離をとった。
﹁⋮⋮さすがに私では鬼の腕力を正面から切り崩せないな﹂
悔しがる素振りすらなく、端正な唇からは冷静に言葉が紡がれる。
タケたち四人を相手に勝利をもぎ取ることは容易ではないと悟る彼
女の蒼い瞳に濁りはない。胸の内は静かに燃える昂揚感で満たされ
ていた。
﹁貴方、なんなの?﹂
端的にメグは戦乙女に質問を投げる。
246
﹁先に襲い掛かったのはこちらだからな。その質問に答え、名乗ろ
う。私はスターティアの隣国にして姉妹国、セカンディア戦旗団が
所属︱︱名前はアンレ・オルクだ﹂
247
20. 魔水晶の価値 前編︵後書き︶
更新が目標の一週間以内をきってしまった。
データが吹っ飛んでしまったからなんだ、とは言い訳しません。
ええしませんとも。
これで二つ目の国が判明。
ゆっくりですが、ちゃんと物語は進んでいる、はず。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
2014/7/26
前書きにある魔水晶の説明文に一部追加
248
21. 魔水晶の価値 後編
﹁はあ、それで、なんでいきなり攻撃してきたのよ﹂
メグは呆れた口調で返す。名前からして近いうちに登場する国だ
とは予想できるが、別にゲーム内の世界情勢にさほど興味はないの
で、調査もしていない。セカンディア戦旗団と聞いてもいまいち凄
さがわからなかった。
﹁⋮⋮これを見てくれ﹂
そう言って、アンレは腰に吊るされたアイテムポーチから銀色の
羅針盤のような丸い物を取り出した。蛍火のように微かな魔力光を
灯した、中心にある矢印の針はゆらゆらとぶれながら、タケたちの
方向を示している。
﹁曖昧な部分もあるが、ある程度の大きさの魔水晶の位置を指し示
す︱︱それだけの機能を持ったアイテムだ。⋮⋮私が知る限り、現
在スターティアにもない魔導技術の代物でもある。こんなアイテム
を使っている意味が理解できるか?﹂
ぱたん、と蓋を閉じてアンレは魔水晶探知の羅針盤をアイテムポ
ーチにしまった。
﹁スターティアは転移クリスタル柱の復旧に魔水晶が必要だ。姉妹
国というのなら、それなりに交易は可能なんじゃないのか?﹂
﹁タケ君、今は隣国に繋がる橋は崩壊中だし、海路も潮の影響でわ
りと厳しい状況。スターティアは環境上鎖国状態って話だから、そ
れは無理よ﹂
だとしたら、わざわざ略奪まがいの行為をしなければならないほ
249
どの事情がある?
﹁そもそも、どうやって隣の国からこっちにこれたんだい? 俺に
はそれがわからん﹂
﹁セカンディアの移動方法はまだなかったはずだけど⋮⋮﹂
ナルカが毎日閲覧しているホームページの情報にはそのような話
はどこにもなかった。
﹁祖国にも迷宮の入り口が出現し、それがスターティアのものとも
繋がっていたからだ。⋮⋮だが魔水晶の欠片での帰還方法では、ス
ターティア側に通じることができなかった。国家間を結ぶ橋や海路
が不可能な以上、大使を使った大々的な国交ができないのさ﹂
タケたちの質問に答えるアンレは肩をすくめ、ため息をつく。し
かし目の光は強い。何かを成そうとする者特有の意思があった。強
引な手段を用いてでも魔水晶を手に入れたいという強い動機。現に
会話をしていながらも構えを解いて槍を背に戻すことはない。
﹁仮に出来たとしても、復興に忙しい今では魔水晶をやり取りする
交渉は厳しいと言わざるを得ないだろう。⋮⋮我が祖国は異世界人
がくる数ヶ月前の地震で、5本ある内の3本のクリスタル柱が倒壊
しているのだ﹂
苦々しく、アンレは語る。
アンレの祖国セカンディアは雲に届く高い山脈と霧に包まれる渓
谷の国で、いくつもの枝分かれした川が物資運搬に多大な労力を強
いている国でもある。そのために常に魔力を吸収して貯め続け、ク
リスタル柱同士で魔力を転移︱︱すなわちエネルギーを行き来させ
る特性は、各々の魔導機械運用に欠かすことの出来ない非常に重要
なエネルギー資源となる。現実で言うところの発電所であり、無線
の送電線の役割もかねた、NPCたちの生活に極めて大きな土台と
250
なる設備である。
問題が起きたのはゲーム世界で起きた、正確には運営が発生させ
た海底地震に由来する。
スターティアは隣国のセカンディアと繋ぐ大橋の崩壊と、海運や
海産物に影響する急な潮の流れの変化が地震による悪影響だった。
対してセカンディアは、首都にある5本ある転移クリスタル柱が3
本倒壊するという事態に陥った。国のエネルギー供給がいきなり半
分以上の減産となったのだ。その影響は笑い事ではなかった。
﹁既に物資、特に塩の流通問題は深刻の二文字だ。食料は森の恵み
や川の魚などで賄えるが、塩だけはどうしようもない。岩塩だけで
は限界がある。私は︱︱我々戦旗団は祖国を守ることが結成の至上
命題。一本だけ壊れたスターティア以上に魔水晶を欲しているのだ
⋮⋮もはや、形振り構っている状況はとうに過ぎている﹂
だから略奪も辞さないのか、というタケの言葉にアンレの返答は
なかった。
﹁戦うべき相手は選んでいるさ。試練の神ウンエイのアカバンとい
う裁きがなければ、異世界人は殺しても死なないし、根無し草の冒
険者ならばスターティアの保護は薄いため拡声器としても利用でき
る。正しく噂が広まれば、スターティアの王室にも祖国の状況はよ
り強く伝わるだろうさ⋮⋮﹂
アンレは言葉を切る。そしていつでも飛び掛かれるよう、臨戦態
勢の気迫を全身に纏わせた。
﹁⋮⋮攻撃した理由はそんなところだ。お前たちに恨みはないが、
羅針盤が示す以上、相応の大きさの魔水晶を持っていると判断して
いる﹂
251
﹁貴方が強いのはわかるけど、一人で私たち四人を倒せると思って
るの? 奇襲が失敗した時点で撤退するのが懸命な判断だと思うけ
ど⋮⋮というか、なんで一人でいるわけ?﹂
そうなのだ。
国の威信を賭けるに近い魔水晶の確保で、そのための迷宮探査。
罠や強いモンスターてんこ盛りの迷宮でアイテムを探すのだ。いく
ら強靭なスキルを保有していようとも、単独で潜るには危険すぎる。
せめて二人組以上で、失敗をフォローできる相方が一人いて然るべ
きである。
﹁⋮⋮ぅ﹂
もっともな疑問。うぐっ、と図星をつかれた子供のように、アン
レはぷるぷるして口を震わせる。何やら妙な核心を抉ったのだろう
か、とメグは眉を潜めた。さっきまでの凛々しい、護国のためを思
う戦士の表情はどこへやら。これは嗜虐心をそそられる。
﹁お前さん、最初から一人だったわけじゃないのか?﹂
﹁あのっ、もしかして⋮⋮迷子です?﹂
ぽろりと出た答え。まさしく大正解の一言だったようで︱︱。
﹁⋮⋮は、恥ずかしながら、私が迷子というのは間違いではない。
しかし迷宮で分断されてはそうなってしまうのも無理はないと思う
のだ、うん﹂
根が真面目な性格をしているアンレには、迷子という状況は顔を
真っ赤にしてしまうくらいには恥ずべき失態だった。言い訳にも力
がない。
﹁とても戦いづらくなったのだが⋮⋮﹂
﹁同感よ﹂
252
タケとメグは揃って苦笑した。
﹁なあ、ここはひとつ提案があるんだが、そっちが仲間と合流する
まで一緒に行動するってのはどうだ? わざわざ俺たちと戦っても、
確実に勝てる保証はないだろう。なら一緒に魔水晶を探したほうが
安全だと思わないか?﹂
タケの提案は純粋な善意から、という訳ではない。
﹁どちらにもメリットはあると思うぞ。こっちは君の持ってる羅針
盤で魔水晶を探しやすくなるし、そっちは迷宮を歩く上で危険度を
多少なりとも軽減することができる﹂
アンレの戦闘スキルは脅威だ。むざむざ争い高いリスクを負う必
要はないし、アイテム発見器としても利用できるし、もし彼女以外
の戦旗団と鉢合わせしても余計な戦いをする可能性がぐっと減る。
そんな打算。
﹁⋮⋮後ろから攻撃してこない保証がない﹂
﹁そこは信用してもらうしかない、かなあ。さっき貴方も言ってい
たでしょ。別にお互い恨みがあるわけでもなし︱︱対話で闘争を解
決できるなら、そうすべきだと私は思うけど?﹂
メグは訝しげにタケを見つめるアンレの疑問に言葉を被せる。
﹁そっちだって、私たちに背後から攻撃する可能性だってあるんだ
し。んなこと気にしてたら疲れるだけよ。持ってる魔水晶を奪うか
どうかは、貴方の仲間と合流するまでとか、より大きな魔水晶を発
見するまで保留とかでも、今は別に、それでいいんじゃないかしら﹂
どの選択肢を取るか熟考は数十秒。
しかしてメリットデメリットを判断する決断は一瞬。
253
﹁⋮⋮一理あるな。いいだろう、確かに奇襲が失敗した時点で無傷
の勝利は消え失せた。そちらの技量を考えてみても、私の手足が飛
ぶ未来がゼロというわけでもない。︱︱それは、国を救うべき戦士
である私が役立たずになる暗い未来だ。ここは、妥協するのが最善
なのだろうな﹂
お前たちの要望を聞き入れよう、とアンレは持っていた槍を背中
に収める。
﹁私はハッピーエンドが好きなのだ。納得できるだけのものが見つ
かれば、それで良いと思うよ﹂
ふっ、と彼女は小さく口元に笑みを浮かべた。
254
21. 魔水晶の価値 後編︵後書き︶
二週間は過ぎてしまった⋮⋮悔しいです。
今回の話は、とても展開に迷いました。
①戦いアンレを退ける⋮⋮なんか気に入らなかった内容なので没。
②いきなりボス級の敵が乱入⋮⋮なんか無理があったので没。
③敗北して死に戻る⋮⋮セカンディアを悪い国にしたくなかったの
で没。
④おや、従魔の卵の様子が⋮⋮展開上もう少し先にしたかったので
没。
⑤ギャップ萌えを微量に盛りつつ同行者にしてしまおう!↑イマココ
そんな流れで書いては消しを繰り返しました。
大雑把すぎるプロットだからそうなるのよね⋮⋮orz
しかし反省はしても後悔はしません。
アンレが一時的に仲間に入ったことで、多少強いボスが出ても問題
ないのですから。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
255
番外. 戦旗団所属、アンレ・オルクのストレスは割と限界であ
る︵前書き︶
︻セカンディア戦旗団︼
槍などの長柄の武器を主体とし、個人の質はスターティア騎士団よ
りも上。
セカンディア建国時、旗布を武器とした戦士が結成したことから戦
旗団の名がついた部隊。
256
番外. 戦旗団所属、アンレ・オルクのストレスは割と限界であ
る
ことは異世界人︱︱プレイヤーが︻ワール・ドクエスト・オンラ
イン︼の世界にやってくる数ヶ月前。運営の思惑によって大地震が
発生し、姉妹国でもあり最大貿易国でもあるスターティア王国との
連絡を含むあらゆる行き来が不可能になった状況に起因する。
海流の影響により船での接岸が出来ず、陸地をつないでいた大橋
は無残にも崩れ落ちていた。本国より離れたサードラント公国に救
援を求めることも検討はしたが、地震と同時に出現した大海竜︱︱
別名ウミナキリュウが縄張りを形成したのか、ことごとくセカンデ
ィア王国から出港した船を海上で沈没させていた。
スターティアと同様、セカンディアも孤立した国になっていた。
これだけならまだ問題はなかった。しかし、国の中枢にある生産
エネルギーの要ともいうべき転移クリスタル柱の5本の内、3本が
倒壊する未曾有の被害があったことで国民の生活支援に致命的な影
響を与えてしまう。
セカンディアの城下町から末端の町までの魔力の転移︱︱すなわ
ち、あらゆる生産に関わるエネルギーの供給が一気に半減したこと
により、生産能力が目に見える形で減少した。
雲に届く高い山脈と霧に包まれる渓谷の国。いくつもの枝分かれ
した川が物資運搬に多大な労力を強いている国。そんなセカンディ
アの魔導機械の恩恵に頼っている現在、過去のように転移クリスタ
ル柱のエネルギーに頼らない生活に戻るのは、不可能ではないが相
257
当の無理があった。
とはいえヒトというのは逞しいもので、各属性を操る魔法使いな
どを総動員して、なんとか国民の生活水準の低下を抑えることに成
功している︱︱が、何事にも限界はある。
冷凍保存していた食糧が夏季への季節変遷の流れにより、冷蔵庫
への魔力供給、あるいは氷属性魔法を定期的にかけていったとして
も、魔法使いの絶対数が不足しているため端からどんどん腐ってい
く。塩の生産工場は軒並みストップしており価格はのきなみ高騰。
ついに貧しい村に餓死寸前に追い込まれた者も出てきた。
そんなとき、試練の神ウンエイからの託宣。
数日後に迷宮の入り口がセカンディアの各所に発生。
迷宮はスターティアとも繋がっているが転移による行き来は不可
能。
迷宮内には魔水晶の欠片が多数存在しているため収集によって復
興に役立てよ。
魔水晶発見のための羅針盤の魔導機械レシピを与える。
異世界人から魔水晶を受け取るまたは奪取すると、特典として通
常の魔水晶は高純度魔水晶に変化させる。
といった内容のものだった。セカンディアの上層部は歓喜した。
そしてすぐさま、迷宮探査のための準備を国家軍事を担う戦旗団に
命令する。
﹁任務遂行における内容は二つ︱︱スターティアの冒険者に出会っ
た場合はセカンディアの状況の説明と、可能な限り異世界人から魔
水晶を奪い取れ、か。交渉して譲ってもらえるのが一番だが⋮⋮普
258
通に考えたら無理か。かといって等価交換していたら資金的に難し
い﹂
まったく世界は本当に理不尽だ、とアンレはため息と共に述懐す
る。
異世界人から魔水晶を奪うにしても、アンレは可能な限り対話を
試みたい︱︱最初はそう思っていたが、どいつもこいつも﹁なんだ
イベントか?﹂﹁冗談じゃねえ渡せるか﹂﹁美人さん俺らと一緒に
楽しもうぜ﹂などと言い、足元を見た交渉しかしてもらえなかった。
実のところ管理AIが8割以上の確率で、迷宮に転移した戦旗団
がモラル率の低いプレイヤーと遭遇するように対処していたりする
のが、そもそもの不幸の原因だったりする。世界にはこんな強いN
PCばかりだぞ、とプレイヤーに教えようとする運営の思惑でもあ
ったが、アンレたちNPCにとってはた迷惑過ぎる話であった。
﹁ああくそ、ロクな異世界人がいない⋮⋮﹂
はっきり言って、アンレの胸中は荒んでいた。
戦旗団の同僚に聞いても似たり寄ったりのネタしか出てこない。
たまにセカンディアの事情を理解してくれる懐の深い異世界人もい
るらしいが、ほとんどが戦って奪う状況になっていた。
﹁迷ったし、一人だし、今会った異世界人は下種だったし⋮⋮﹂
手の中にある高純度魔水晶に変化した、きらきら光る鉱石をアイ
テムポーチに入れつつ舌打ち。
鎌の錆びにしたやった異世界人の先程の言動﹁お前の装備全部と
交換ならいいぜぎゃははは﹂が頭から離れない。この迷宮には幻覚
259
作用を引き起こす物質が大気中に流れているのだろうかと、頭痛を
覚えたアンレは本気で懸念してしまうくらいだった。
迷宮の入り口が生まれてから数週間︱︱調査を行う戦旗団の面々
には暗黙の共通認識が作られた。
幸か不幸か、大抵の異世界人はアホばっかりだ、というものであ
る。
﹁嘆かわしいことだ﹂
つまり、戦ってもあまり罪悪感が沸かない。
後の更なる数週間後には、プレイヤーの掲示板で﹁普通に強いの
で魔水晶を渡して無用な戦いを避けるのが吉。というか一緒に迷宮
探査するようにしたほうが何かと効率が良い﹂という、とある二人
のプレイヤーの書き込みのおかげで状況は改善されることになるの
だが︱︱このときのアンレが知る由もない未来だった。
アンレは魔水晶探知の羅針盤の示す方向へと進み、地下洞窟のよ
うな道を歩く。
﹁⋮⋮で、どうするよ﹂
﹁聞くまでもないっしょ。いいとこ知ってンなら教えてもらおうぜ﹂
﹁もーしラムターだったら通報してやろうかね。脅せば案外簡単に
口を割るっしょ﹂
戦争もなく、魔獣とばかり戦うことが多い戦旗団でもようやく新
人から抜け出すといった立ち位置のアンレ。迷宮の罠によって組ん
でいたベテランの相方とはぐれ、一人きりで素行の悪い異世界人と
の交戦回数はこの迷宮に入ってから既に五回。本来の正々堂々を重
んじる真面目な気質と相まって、対人戦闘で割と限界近くまでスト
260
レスの溜まった彼女の耳に届いたのは、三人の不穏な会話。
これで六回目だが⋮⋮当たりであってほしい。切実に。
目を凝らして見ると、頭上に薄らと浮かぶオレンジ色のプレイヤ
ーという文字。ほとんどのNPCが所有している、鑑定系統に類す
る敵対把握というスキルの恩恵により、彼らが異世界人だと即座に
見抜く。
教えてもらおうぜ、脅せば、口を割る、そんな単語から過去に何
十回と遭遇していたモラルの低い異世界人を思い出し、戦闘は避け
られないか、と胸中でため息をつきながら︱︱通路の曲がり角を背
に覗き見た三人の横顔はにやにやと嗤う不快な表情。
﹁⋮⋮﹂
がっくしと肩が落ちた。
ああまたか、こいつらもダメか︱︱うん切り裂くか、どうせ異世
界人は殺しても死なない。
思慮深い相方とはぐれていなかったら、そんなヤケクソ混じりな
思考には陥らなかったのかもしれない。
会話から察するに、三人は同郷の異世界人を脅そうとしているよ
うだ。まるで盗賊。救いようがない。
別に悪いとは言うまい。誰だって自分の知らない状況があれば﹁
なぜ﹂﹁どこで﹂﹁どうやって﹂と情報を収集しようとするものだ
し、自分より先に進んでいる者に対して追いつこうと考えるのは至
極当然の行為だ。もっとも︱︱。
261
﹁図々しく自分勝手な阿呆が、古今東西はた迷惑なことには変わり
ないがな﹂
やはり異世界人はアホばっかりだ。
﹁あン? なんだよあんた。プレイヤー⋮⋮じゃねえみた︱︱っ!
?﹂
驚く魔族の男からの魔力干渉を察知。魔力感知のスキルによって、
アンレは自分のスターテスが覗き見されようとした事実を理解する。
﹁初対面の女を相手に堂々と強さの覗き見とは、明確な敵対行為と
判断するぞ。⋮⋮まぁ、私は最初からお前たちのような奴らに味方
することはないがな﹂
ロクな奴いねぇ、と荒んだ心が生み出すのは、口元に浮かぶ笑み
という表現の威嚇行為。
﹁こいつ、俺の鑑定知識スキルじゃ判断できねえっ! 何もわかん
ねえっ! 名前すらもだ!﹂
叫ぶように他の二人に伝える魔族の男を見て、アンレは把握した。
︱︱なるほど、私よりもはるかに格下か。
﹁おいおい、NPCの騎士団クラスが何でこんなとこいンだよ﹂
騎士団ではないぞ、戦旗団だ。
﹁⋮⋮知らないだろうから、間違われた無礼は不問としよう﹂
面倒だ、と思っていたら自然とため息ひとつ。呼吸をすることで
意識は戦場のモノへと変わる。アンレは背にある槍を音もなく、す
っ、と片手で柄の真ん中あたり掴み、あまりにも自然な動作で抜い
た。
262
﹁お前たち異世界人お得意の、掲示板とやらにでも書いておけ﹂
槍に魔力光の線が一瞬だけ走る。
﹁魔水晶を求めているのはスターティアだけではないとな﹂
デスサイズ
ジャキンッ︱︱、と翼を模した部分が開く。槍は横に長く広がっ
たTの字の大鎌と変形した。
では、安心して逝け。
七回目はラッキーセブンだし、良い異世界人と遭遇できたらいい
なあ、と思いながら︱︱アンレは槍鎌の技巧スキルにある必殺アー
ツを繰り出した。
263
番外. 戦旗団所属、アンレ・オルクのストレスは割と限界であ
る︵後書き︶
NPCアンレは話の通じない奴ばかりと出会って疲れてしまったの
だ。
一ヶ月以上かかりました、身辺が落ち着いたので執筆を再開。
NPCの葛藤うんぬんを感想で書かれたので番外を入れてみました
が⋮⋮
作者の文才ではこれが限界であった。
シリアスにするつもりが、どうしてこうなった。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
264
22. 従魔の卵 前編︵前書き︶
レアモンスターエッグ
︻希少従魔の卵︼
三種類の素材アイテムを吸収させることで、プレイヤーに付き従う
従魔が孵化する。
﹁なるほどー。⋮⋮あ、いいこと考えた﹂
﹁なんかすっごい笑顔だな﹂
﹁マサ君に渡して装備品作ってもらうより、こっちに消費しちゃお
うか﹂
﹁ランキング報酬のAランク素材を二つも⋮⋮普通に強いヤツが生
まれそうだな﹂
﹁ランダムかどうかわからないけど、もし選べるのなら︱︱あの子
かな﹂
﹁なかなか斜め上のチョイスだな﹂
﹁結構可愛かったし、人懐っこそうじゃない。⋮⋮獰猛そうでもあ
るけど﹂
﹁ああ、水族館では結構迫力あったからなあ﹂
265
22. 従魔の卵 前編
﹁︱︱ぬるい﹂
白銀と朱色の目を引く武装だというのに、敵対心を操作するかの
ごとく、意識の外側から刈り取るかのような斬撃。まるで影のよう
に霧のように姿を隠し、アンレは出現したモンスターの背後といっ
た死角から鎌の刃を振るう。結果、相手はさしたる抵抗もなく容易
く屠られた。
﹁ほんと、頼もしいことで。⋮⋮まともにやり合わなくてよかった
わ﹂
鎌の刃がモンスターを切り裂く光景に思わず呟くメグの言葉通り、
こと戦闘力においてアンレは八面六臂の働きを見せた。
当然、タケたちも棒立ちしているわけではない。
タンク
力に重点を置いたモンスターの攻撃は前衛の壁役であるタケが盾
で防ぎ、敵の特徴に合わせて斧と鎚を巧みに使い分けることで効果
アタッカー
的なダメージを与え︱︱同時、ナルカは邪魔にならないよう銃弾で
モンスターの意識をそらし、メグとゲンジの攻撃役が止めを刺すと
いった一連の行動で迫る脅威を大した被害なく退けていった。
迷宮の通路やフロアに落ちている、またはモンスターを倒してド
ロップする魔水晶に満足しながら、タケたち五人は歩を順調に進め
た。
順調に、である。
266
端的に言えば、持っていた羅針盤を含め、アンレはかなり役立つ
存在だった。大雑把な部分もあるが、一定の大きさ︱︱実用に足り
得る欠片の位置の方向を示してくれるのは、魔水晶を探すタケたち
にとって相当のアドバンテージであり、闇雲に迷宮を歩く必要がな
くなったのである。その分、魔水晶をドロップする敵とも多く遭遇
することになったが。
だがアンレというNPCの存在だけではない。迷宮で黒ゴブリン
の群れを打倒し、アンレと武器を一合交えたときの経験値からタケ
の能力は一段階強化されていたことも、踏破の大きな要因のひとつ
だ。
﹁︱︱待て、その辺にトラップだ﹂
そう言って、一番先頭にいるタケは全員の足を止めさせ、自分の
足元にある石を適当に拾い、投げた。投擲された弧を描く石ころに
メグたちの視線がつられ︱︱。
ガシャンガシャンガシャンッ!!
﹁うわぁ、えげつなぃ﹂
通路の壁から矢が高速で無数に射出されるトラップに、驚きと恐
怖で顔を青くしたナルカの漏らす声が全員の心を代弁した。矢の位
置は高いところから低いところまで、機関銃のごとく探索者を蹂躙
することを目的としたもの。当たり所が悪ければ即死もありえる凶
悪な配置設定だった。
自然と共に level:10
︵1︶環境看破 自然物の違和感を見極め、覚えている物に限り
素材にヘルプ機能がつく
267
パッシブタイプ
これまでの経験から上がったスキル、自然と共にのアーツである。
いわゆる常時発動型のアーツであり、トラップの判断に一役どころ
か多大な貢献を果たす有用な技能だ。これによりタケの視界に、自
然物にはない不自然な個所が▼印で﹃危険度ランクD﹄といった形
で簡単の単語の注釈が入るようになった。加えて、地面に落ちてい
たりする採取アイテムなども判断できる。
今、タケのアイテムポーチには拾った迷宮産の鉱石や宝石の原石
がいくつも入っている。物事を把握する鑑定系統のスキルの有用性
は言うに及ばず、ぐっと迷宮探査がやり易くなったのである。
そうして時々休憩を挟みつつ進んでいると、﹁なんか肌寒くない
ですか?﹂とナルカが二の腕をさすりながら呟いた。言われてみれ
ば、程度の感覚ではあるが、確かに気温が下がっているように感じ
られる。その言葉がちょうどタケの耳に届いたとき、視界に▼印が
ぽつぽつと浮かび上がった。
トラップ、じゃあないな。何かの素材か?
まだスキルレベルが低いからか、せいぜい数メートルほどの距離
までしか環境看破のアーツは発動しない。▼印には﹃凍土結晶 欠
片﹄と名称だけの一文がヘルプとして付け加えられていた。ここで
タケが図書館などで詳しく凍土結晶の内容を理解していたら、更な
る詳細がメモのように書かれていたことだろう。
﹁凍土結晶というもの⋮⋮たぶん鉱石だと思うが、その欠片がいく
つも壁に埋まっているようだな。ほら、そこら辺一帯にある青っぽ
いのがそうだ﹂
﹁⋮⋮氷属性の魔石に該当するものだ。私たちが探している魔水晶
に、多量の水や氷の属性が吸収されると生成されると聞く。欠片と
268
はいえ、これだけの数なら周囲に相応の冷気を撒き散らしているだ
ろうさ﹂
タケの指し示す青い欠片を見て、アンレはこつこつと叩きながら
壁に埋まった凍土結晶のひとつを掘り出し、﹁間違いない。この小
指サイズでも氷属性の下位レベル一発分は魔力が含まれてるな﹂と
内包する魔力を調べていた。
﹁おぉ、ねえあれ見て﹂
ふと天井を見やったメグが気がつく。人の頭くらいのサイズ。カ
ッティングされていない原石特有の歪な形をした、巨大な凍土結晶
がぼこりと埋まっていた。つられれて視線を移したタケの目に映る
のは﹃高純度凍土結晶 塊﹄という説明。
﹁うわあ、白い霧みたいなのが出てますね。アンレさん、小指サイ
ズで下位レベルって言ってましたよね⋮⋮ってことは、あれだけの
大きさなら中位レベルは魔力が入ってるんでしょうか?﹂
﹁そうだな⋮⋮うん、あるな。私にはアイテム関連の鑑定技能はな
いが、少なく見積もっても中の上︱︱Bランク以上相当の価値はあ
ると思う﹂
目を輝かせて大きな凍土結晶を見つめるナルカに苦笑しながらも、
天井とはいえ、アンレはこんな道の真ん中に魔力を豊富に含んだ鉱
物があることに疑問を抱いていた。
魔力を多く取り入れたモノがあるということは、供給に足り得る
魔力の発生源がどこかにあるということを意味する。そして、ここ
まで歩いてきた道筋は、ほぼ一本道。
この先に、大きな魔力を持った何かがある、ということか。
手に持った羅針盤は道の先をずっと示している。方向を固定した
269
針の光は強い。求める水準の魔水晶が近くにあることは、これまで
発見率から考えて疑いようは︱︱。
﹁︱︱お宝ゲットォ!﹂
アンレが思索に耽っている間に、メグは地の精霊魔法を行使して、
天井にある凍土結晶を取り出していた。
﹁うお、手が凍り付いていくぞ﹂
落ちた凍土結晶をタケがキャッチしたが、漏れ出る冷気によって、
触れている部分に薄氷が纏わり付く。このまま持っていても状態異
常の凍傷に成りかねないため、地面にそっと置いた。
﹁⋮⋮モノは相談なんだけど、これ、私たちに譲ってくれないかな﹂
迷宮で拾ったアイテムや素材は基本的に最初に発見し、手に入れ
た者の懐に入るのが暗黙の了解だが、パーティを組んでいるときに
は後で揉めないように上手く分配する必要がある。
今回、高純度凍土結晶を発見したのはメグであるが、現状、アン
レやゲンジやナルカとパーティを組んで行動しているため、断り無
く自らのアイテムポーチに収納する行為はドサクサ紛れの火事場泥
棒のようなものだ。
﹁勿論タダとは言わないわ。私とタケ君の拾ったアイテムと、帰還
に必要な最低限の分の魔水晶を除いて全部三人に出しても構わない﹂
﹁⋮⋮お前、なんで急にそんなことを言い出すんだ?﹂
メグの突然の提案に驚く中、タケが全員の胸中を口にする。
﹁だって、これで従魔の卵が孵化させられるじゃない﹂
レアモンスターエッグ
タケが公式イベントのランキングで入手した希少従魔の卵は、三
270
つの素材を捧げることで、提供した素材を元にした属性や特性を備
えた従魔を誕生させる仕様である。そして、選択したときは新しい
ジオクリスタル
ロードグリフォン
武器防具に組み込むアイテムとしてマサカズに渡そうと思っていた
磁界重力結晶と、空帝王の羽毛の二つが既に卵に与えられていた。
どれもAランクの超高級素材であり、生まれる従魔の強さに期待せ
ざるを得ない状況だった。
﹁俺はかまわんよ﹂
﹁はい、私も全然オッケーです。というか、どんな子が生まれるの
か、そっちのほうが興味あります!﹂
﹁私の目的はあくまでも魔水晶だからな﹂
タケの﹁いいのかそれで?﹂という視線に、三者三様の答えが返
ってくる。
﹁よっし決定! ほらほらタケ君、早くそれ卵に吸収させて!﹂
ウチはペット厳禁のマンションだからゲームで動物と触れ合いた
レアモンスターエッグ
かったのかなあ、などと苦笑しながら、タケはアイテムポーチから
取り出した希少従魔の卵を、白い冷気を纏う高純度の凍土結晶に接
触させた。触媒扱いとなった凍土結晶は光となって消え去り︱︱瞬
間、すぐさま手のひらサイズの従魔の卵が淡い七色の虹彩で発光し
始める。
レアモンスターエッグ
︻希少従魔の卵 孵化時の選択︼
三つの素材の吸収を確認しました。
下記のAとBを各一つ選択して下さい。
選んだものに対応した従魔が生まれます。
A︱1 陸上型
A︱2 飛行型
271
A︱3 海洋型
B︱1 攻撃型
B︱2 防御型
B︱3 特殊型
272
22. 従魔の卵 前編︵後書き︶
というわけで、次回は従魔誕生の話。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
273
23. 従魔の卵 後編
タケとメグは、世間一般の夫婦から見れば出不精な部類に入る。
運転免許はあるので何処かに旅行したりもあるが、VRゲームをや
るようになってから、外出の比率は極端に下がったのである。しか
し、基本的にインドア派であるが、二人には共通して動物好きとい
う一面があった。βテスト時代で意気投合したのも、とある牧場で
馬と戯れるクエストが切欠でもあった。
二人が暮らすマンションはペット禁止の郊外にあるもので、両親
が気を利かせたのか、一枚のチケットを送ってくれた。水族館のペ
アチケットである。期限もそこまで長いものではなかったので、仕
事と日常生活の合間、夜の数時間だけ︻ワールド・クエスト・オン
ライン︼にインする二人は、休日の朝から海洋生物鑑賞をかねた夫
婦水入らずのデートに出かけていた。
バージョン1.10に移行するメンテナンス中のときのことであ
る。 そんな中、メグが一番にはしゃいだのが、イルカやセイウチとい
った賢い彼ら彼女らのショーだった。飼育員の﹁触ってみたい人い
ますかー!﹂という言葉に、まっさきに﹁はいはいはい!﹂と挙手
した28才の女性の夫、タケは苦笑していたが。
つるつるすべすべ。
きゅいきゅい、と高い鳴き声。
﹁うお、わ、ちょ﹂
274
親愛の行為なのだろうか。着込んだ鎧で硬いはずだが、気にせず
タケのお腹にぐりぐりと頭を押し付けていた。人間よりもずっと大
きな体躯に見合った筋力に思わず押し負けて後退してしまう。
仕草の愛らしさにメグは﹁おぉ、かわいい﹂と目尻を下げ、ナル
カはきらきらとした眼差しを送り、アンレは微笑みを浮かべている。
ゲンジは﹁こいつぁとんでもねえもんが生まれたなぁ﹂と顎をこす
りながらニヤニヤと笑っていた。
ダイナミック
従魔の卵から生まれたモノは、水族館のショーで水中を大迫力に
アタッカー
泳ぎ回った海洋生物︱︱その中でも最強と名高いシャチだった。
タンク
孵化するときの選択は、タケが防御役でメグが攻撃役ということ
を考慮して、海洋型の特殊型という二つである。
リアル
現実と同じで目の上にあるアイパッチと呼ばれる模様と腹側は白
く、背中側が黒いが、ただ背中側は普通と違う部分として、頭から
尾びれにかけて黒、藍、紫、橙と寒色系のグラデーションに彩られ
ていた。背びれの根元にはサドルパッチと呼ばれる灰青色の模様が、
三日月のように弧を描いていた。
ジオクリスタル
頭部の中心には、磁界重力結晶だったモノと思わしき七色の虹彩
を称えるひし形の結晶。ぱたぱたと動く、真っ直ぐに伸びた背や手
ロードグリフォン
や尾のひれに、ひんやりとした冷気を発する凍土結晶らしき鉱石。
強力な風属性を持っていた空帝王の羽毛の名残はないが、空中にふ
わふわ浮かんでいる部分がそうなのだろう。
︻名前を決定して下さい︼という文字と共に、タケの前にシャチ
のステータスのウィンドウが展開する。
275
﹁名前か、どうするか﹂
﹁シィちゃんで﹂
即答だった。いちおう、メグの意見も聞こうと首を向けると、び
しぃっ、と指さしされた。
﹁シィちゃん?﹂
﹁メスだし、わかりやすいし、何よりびびっときたから!﹂
ネーミングセンスの方向性はひとまず置いといて、二文字で分か
り易いというのは間違いない。ぺちぺちとシィちゃん︵仮︶の頭を
軽く叩きながら、﹁うははは、よろしくねーシィちゃん﹂とテンシ
ョンの上がったメグに反抗する労力のなかったタケは、﹁じゃあそ
れで﹂とさして深く考えることなくシャチの従魔の名前を決定する。
後ろでナルカが﹁いいなぁ﹂と可愛いペットの存在に羨望の眼差し
を送っていた。
名前:シィ
性別:メス
種族:フリーダム・オーシャンズ・オルカ
レプンカムイ
親代:タケ
称号:沖の神
属性:水・氷・土・風
体長:4m︵幼体 端数切捨ての数値︶
体重:3t︵幼体 端数切捨ての数値︶
磁力と重力を含んだ鉱物を取り込み、嵐のごとき推進力を得た流
氷の大海に住まうシャチ︵オルカ︶
水棲から解放された進化経路を辿り、あらゆる空間を水中の概念
に変える固有スキルを保有する
276
知能が高く、家族を尊び、好奇心が強い
牙は噛み千切る形状に特化し、硬質ゴムのような皮に包まれた全
身は圧縮された筋肉の塊である
海龍に匹敵する強さを誇る海洋哺乳類生物
体力:B
精神:C
筋力:A
敏捷:B
幸運:C
スキル
磁界領域 level:1 電磁の波長を操作し、光の散乱、
屈折、反射、回折を可能とする
重力の鎖 level:1 自身に干渉する重力の増減を操作
する
氷結の風 level:1 水・氷・風の三つの属性を複合し
て操作できる
水流集結 level:1 魔力の水を生成する
大食補給 level:1 多量の餌や魔力を食べることで一
時的に体力値を上昇させる
種族固有スキル
空間潜水 level:1 身体に触れるあらゆる空間を水中
フィールドの概念に変える
﹁︱︱やばす﹂
思わず、といった感じにメグは呟いた。タケも同様で、シィのス
277
テータスを覗いて最初に思ったことは﹁え、なにこの公式チート﹂
だった。
まず称号で神の文字を冠しているあたりからおかしい。加えて各
種能力値の高さ。上位クラスに片足どころか両足を突っ込む壊れ具
合。幼体のため、成体に育つまでは数値上の性能を十全に発揮でき
ることはないが、それでも下手なボスよりボスらしい強さだった。
更にはスキルの有用性。レベルこそ1ではあるが、説明文を読むだ
けでも強力さが容易に想像できる内容。固有スキルなんて磁界領域
と合わせれば途轍もない奇襲の可能性を秘めたものだ。
リアル
ゲームでよくある竜や幻想の生物がまず存在しない現実で、別名
海のギャングと呼称され海洋の食物連鎖の頂点に君臨する種族スペ
ックは伊達ではない。
無言で戦慄している親代となったタケの胸中を知ってか知らずか、
撫でて撫でてー、とお腹に﹁きゅいきゅい﹂と鳴きながら頭をぐい
ぐいぐい。尾びれが地面を水のように通り抜け、ぶんぶんと上下に
揺れる。
ぽふぽふと頭を撫でてやると喜んで、もっともっと、とシィは身
体を寄せてくる。餌代とか負担増えそうだなあ、とエンゲル係数を
考えることで、シィに押し倒されたタケは現実を受け入れた。
︱︱と、全員がシィの愛らしい仕草にほっこりしていたが、唐突
に和みの時間は終わりを告げる。
﹁きゅい?﹂
やはり野生動物でもある気配察知は半端ではなく、最初に気がつ
いたのは生まれたばかりのシィだった。タケから離れ、音もなくふ
278
わりと宙に浮く。
カタカタカタカラカラカラ︱︱。
軽質音の、木材や竹を叩いたときのような音が通路の奥から響い
てきた。表情を引き締めたアンレが槍鎌を構え、押し倒されたタケ
は立ち上がる。
﹁⋮⋮何かしらね﹂
スケルトン
ぐっぐっ、と手を開いたり握ったりして手甲の位置を確かめなが
ら、メグは目を凝らした。
﹁白い︱︱ありゃ、骨だな﹂
﹁あ、前に戦ったスケルトンですね﹂
ゲンジとナルカの言葉通り、剣や槍、盾や兜を装備した骨兵士の
群れが奥の通路から、カタカタと、まるで嘲笑しているように、顎
の骨を嗤わせながら進軍してくる。目視できる数だけで20以上。
道の狭さから横には4体ほどしかいないが、奥に何匹ものスケルト
ンが存在していた。
フリージングスケルトン
﹁あれは、確か凍結の骨兵士と呼ぶ奴だ。見た目はスケルトンだが、
よく見てみればわかる。骨が氷で出来ているからな。⋮⋮火が弱点
なんだが、私たちには意味のない話か﹂
スケルトンの身体がきらきらと不規則に光を通し、口から白い息
テンプレ
を吐く様子からアンレが相手の情報を自分の知識から引き出す。典
型的な例に漏れず、氷属性の相手には火属性であるが、今この場に
いるパーティに火を得意とするキャラクターはいなかった。
﹁シィちゃんに使った凍土結晶もあったし、氷なのは場所が場所だ
から、かな。⋮⋮というか、天空の城っていうわりに、出てくるモ
279
ンスターはアンデットとはね。おとなしく墓場で寝とけってぇの﹂
﹁ここが城の土台部分の地下だからだろうさ。アンデットは地下と
相場が決まってる﹂
魔力の鎧を纏い、地属性の精霊を呼び出して精霊の衣を準備する
メグのぼやきにタケは軽口で返し、盾とハンマーを構えて一歩前に
出る。
敵は硬い氷の骨。使うなら斬撃の斧ではなく、打撃の鎚。
ぐっ、とハンマーの柄を強く握って魔力を消費させ︱︱鎚の円錐
部分のドリルが高速で回転。
﹁さて、い︱︱﹂
﹁きゅいいいいい!﹂
くか、と続けて意気込み、先頭にいるスケルトンと戦端を開始し
ようとしたタケの言葉を、シィの意気揚々とした鳴き声が遮る。
水流集結のスキル︱︱ざぶぅんっ、とシィの身体を包むように水
が現れた。
次いで、背びれ手ひれ尾びれにある凍土結晶が青白く輝き、水が
一瞬で凍結する。
﹁あれは、私の使う凍結の鎧スキルと同じだ⋮⋮﹂
シィの能力にアンレが軽く驚いた声を漏らす。
︱︱ドンッ!
実際には音はなかったが、まるでそう幻聴してしまうかのような
・・・
勢いで、初速からトップスピードに乗った、氷の弾丸と化したシィ
が地面に突貫する。
﹁あぶなっ︱︱﹂
280
地面にぶつかる、と慌てナルカの叫びは、しかし地面の影響を種
族固有スキルの空間潜水によって無にしたシィの姿で絶句に変わる。
メグの持っているスキル名のお株を奪うかのような︱︱まさしく
縦横無尽。
そして、激突。
ブリーチング。
海面に体を打ちつけるジャンプだ。
地面に消えたと思ったシィが、道の横の壁から現れ、背面からス
ケルトンに体当たりをぶちかまし、再び地面へと沈み姿を消した。
幼体とはいえ4メートルの巨体が繰り出す一撃。身に纏った氷の硬
度もあってか、スケルトン数体が枯れ木のごとく砕け散る。
奇襲に強襲。
スパイホッピング。
頭部を海面︱︱タケたちの目にとっては天井の壁から出し、辺り
を見渡しながら、シィは巨体を叩きつけるべきモンスターを見定め
る。
フリーダム
種族名にある、自由に相応しき回遊泳法。
哺乳類で最高峰の水泳速度から発揮される威力、そして餌を求め
て1日に100km以上も海を泳ぐシャチの体力は並ではない。シ
ィは一度も止まることなく、スケルトンを骨屑に変えていく。
シィの無双にタケたちは動くことができない。一体誰が生まれた
ばかりの従魔がここまで強いと想像できるだろうか。スケルトンが
281
雑魚、ということもあるかもしれない。しかし闇雲に振るわれたス
ケルトンの剣や槍は氷に阻まれ一切のダメージを与えられず、一方
的な突撃を受けて砕け散る敵の姿を見れば誰だって従魔TUEEE
Eと叫びたくなるだろう。
レアモンスターエッグ
希少従魔の卵。
公式イベントのMVPランキング報酬に相応しい、運営のはっち
ゃけぶりが遺憾なく発揮された代物だった。
その強さは能力的なものよりも、AIの知能の部分が大きい。
シィは確かに極悪な初期設定の従魔であるが、それでもスケルト
ンの剣を受ければ大なり小なりダメージは免れない。斬られる↓痛
いのヤダ↓氷で防ごう! という連想思考の元に現状の蹂躙劇の結
果がある。
﹁なんというか、凄い子を仲間にしちゃったね﹂
呆れとも驚きともいえるメグの言葉。構えていた手が下がり、た
ははと笑ってしまう。
﹁きゅいいい、きゅいきゅいっ!﹂
こうして嬉々とした鳴き声を迷宮の地下に響かせながら、シィの
初陣は圧倒的な勝利で幕を閉じた。
282
23. 従魔の卵 後編︵後書き︶
というわけで、シィちゃん無双回でした。
タケとメグでは、どう頑張ってもTUEEEはできませんが、この
子なら出来ます。
作中にタケが言った通り、シィちゃんは公式チートのごとき強さで
す。
その分、ちゃんとバランスがとれるような弱点がありますけどね。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
283
24. 退くか、戦うか、答えなんて聞くまでもない︵前書き︶
力を見定め、然るべき報酬を与えよ︱︱。
それは、戦いに喜びを見出す自分と相棒にとって、ちょうど良い話
だった。
284
24. 退くか、戦うか、答えなんて聞くまでもない
フリージングスケルトン
ドロップ
道は微妙に弧を描き、緩やかで大きな螺旋の一直線で、若干の下
り坂。氷の骨兵士たちの討伐部位である氷の骨太をアイテムポーチ
に入れつつ、タケたちは冷気漂う天空の迷宮の地下通路を進んでい
った。
﹁しっかし、どんどん寒くなってくるわね⋮⋮﹂
メグは左右の二の腕に両手を当てて暖を取りながら呟く。不平を
隠さない口から吐く息は白かった。
﹁いったい何度くらいなんでしょうね⋮⋮うぅ、さむ﹂ ぷるぷると震えるナルカを含む全員が知る由もないが、外気温は
マイナス15度を下回っている。
ブースター
﹁この子呼び出しといて正解だったわね、ホント﹂
精霊の囁きスキル。メグはタケの武者鎧の速推進装置についた火
属性の魔石の力を利用して、赤い小鳥のような火の精霊を呼び出し
ていた。火の精霊はパーティ五人の肩や頭や角に止まり、冷気を緩
和する薄いバリアを張っている。小鳥の形をした小型エアコンであ
る。
﹁きゅいきゅい♪﹂
タケに寄り添って宙を泳ぐ氷河の申し子ともいうべきシャチのシ
ィだけは寒さとは無縁であるが、実際のところ、この天空の迷宮の
地下階層はかなりの難易度を誇っている。防寒具や火属性魔法なし
で踏破するには相応の被害を覚悟しなければならい場所だからであ
る。周囲の環境は、まさしくプレイヤーにとっても初見殺しに近い
285
様相を呈していた。
寒さによる状態異常には筋力値や敏捷値の減少に加え、体力減少
の負担増加。状況によっては、凍傷といったHPゲージに物理的ダ
メージを与えることもあり、通常のペースで探索することが極めて
困難だ。その状態でモンスターに襲われたら、いつもと同じような
動きで戦えるはずはない。しかも出てくるモンスターは例外なく群
れで現れるからたまったものではなかった。
地下通路だから光は届かず真っ暗︱︱というわけではなく、天井
や地面の隅、通路の壁の至る所に埋った凍土結晶の欠片がきらきら
と青白い光を漏らしている。月や星の照り返しよりも明るいため、
アイスバット
暗さを感じずに進むことができたのが救いと言えば救いか。
フリージングスケルトン
そして何度か氷の骨兵士や氷の蝙蝠といった氷属性の敵を蹴散ら
しつつ、タケたちは通路の最奥に到着した。終着点だろうか、とア
ンレが油断なく目を鋭くする。
ぐるりと見渡せるほどの広さだった。適当な数字で奥行きの目算
はおよそ100メートルくらいとメグは判断する。天井がドーム状
で、周囲の壁と同様に凍土結晶が所狭しと青白く光を灯している。
寒さによって冷やされた水分が薄らと霧となり、地面はまるでスモ
ークを焚いたように白く視界を遮っていた。もしこれで落とし穴が
あった場合はかなり危険であるが、タケの常時発動アーツである環
境看破からそれらしい警告はなかった。むしろ今、最も警戒すべき
なのは︱︱。
﹁まぁ、ボスだよなァ﹂
楽しそうに笑うゲンジの言葉通り、広場の中央付近に何かがいた。
286
クレスト
黒い仰々しい玉座に座る、闇色の甲冑騎士だった。緩やかに垂れ
る鈍色の毛で出来た兜飾り。タケと同様にほぼ全身を覆う鎧姿から
表情などは判別できないが、しかし生きているキャラクターと思わ
れる振る舞いや身動ぎが一切なく、周囲の静寂と相まって、座って
いるというよりは飾ってあると説明したほうが正しい。
スケルトンロード
デュラハン
ナイトオブナイト
﹁アンデット系統⋮⋮それも相当な相手、だな。闇属性の鎧を着込
んでいるあたり、骨領主か、首無し騎士か、夜の剣士といった系譜
に連なる不死者だろう﹂
槍鎌を持つ手に力を込めたアンリが呟く。
﹃︱︱然り﹄
静寂を壊す声が鎧から発せられた。目の前のモノがモンスターで
あると予想していたとはいえ、無挙動からの唐突な返答でタケたち
に緊張が走る。
デュラハン
﹃我が名はグラキエス。貴殿が言ったモノのひとつ、首無し騎士の
デュラハン
種族に席を置く者だ﹄
首無し騎士グラキエスの兜の暗い影で隠されていた目の部分に、
凍土結晶と同様の色を持つ青白い光が︱︱いや炎がボウッと点火し
た。次いで鎧の節々の隙間から漏れ出るように、青白い炎がゆらゆ
らと存在を表して火の粉を散らし始める。
﹃さて、どうやら貴殿らが、我が守護せし領域である天城迷宮第4
浮島、地下氷結フロア最奥に到達した集団のようだ。我が眷属たる
兵士たちを薙ぎ払って進んできた以上、よもや迷い込んだという訳
ではあるまい﹄
ガチャリ、と鎧の音が響く。低くこもった声で、しかし厳かに耳
に届く語り。グラキエスはゆっくりと玉座から立ち上がり、2メー
トルを超える堂々たる体躯をタケたちに見せつけた。
287
﹃故に、我は貴殿らが自らの意思で此処に足を運んだと判断し、二
つの選択を迫ろう﹄
言葉を漏らすと同時、グラキエスから周囲を無差別に平伏させる
プレッシャー
威圧系統のスキルが発動していた。位の高いアンデット特有の、地
の底から這い出るような、芯まで凍えるような重圧。手足の関節か
ら零れる人魂の残火が、歴戦を潜り抜けた戦場の美術品のごとき漆
黒の鎧を不気味に照らす。
﹃命を惜しんで退くか、戦いの果てに我が試練の神から守護せよと
賜った財宝︱︱貴殿らが今求めて止まない魔水晶の最上位、魔皇水
晶の大塊を手にするか。貴殿らは、どちらを選ぶ?﹄
︻選択イベント︼
凍てつく炎の首無し騎士、グラキエスが問う
貴方は自らの状態を考えて退却してもいいし、彼と戦い力を示し
てもいい
[退く]/[戦う]
﹁⋮⋮ここまできて、逃げるってぇ選択肢はないでしょ﹂
不敵な笑みを浮かべ、メグはタケに、そしてナルカ、ゲンジ、ア
ボディーランゲージ
ンレに視線を向ける。この状況でこの表情。まさか貴方たちは逃げ
るなんてしないわよね、と言葉がなくとも伝わる端的な肉体動作。
﹁どうせ聞かなくても一蓮托生だしな﹂
﹁お爺ちゃんと出向いた迷宮でこんなことになるなんて⋮⋮今度イ
ンしたフレには何て話そう﹂
﹁まさかこんな大物と戦うなんて思ってもみなかったぜ﹂
288
﹁つい絶句してしまったよ。⋮⋮だが、もし魔皇水晶があれば、そ
れだけで一本分の転移クリスタル柱に相当する﹂
アンレを除くプレイヤー全員が、迷うことなく発令されたイベン
トウィンドウにある[戦う]の選択を思考決定した。
﹁と、いうわけで⋮⋮﹂
火の精霊を召喚して暖房を維持しているせいかMPが緩やかに消
費されてはいるが、ゲージの量としては、これまでシィが大抵の雑
魚を粉砕していたお蔭で十分な余裕があり、これから戦うに当たっ
ては何の問題もない。
デュラハン
﹁大人しく私たちに財宝を渡すことね、首無し騎士さん﹂
もはや慣れ親しんだ戦闘の開幕発動である魔力の鎧スキルを展開
し、メグはいつでも動きが取れるよう構えを取った。そして彼女の
気炎に巻き込まれるように、タケたちの士気が高まっていく。鎚と
盾を、拳銃を、刀を、槍鎌を、各々の武器を構える。
﹃︱︱ハハハッ、素晴らしいッ! ならば、存分に戦おうではない
カッ!﹄
戦いの息吹。全力で自らの身体を動かす喜び堪えきれず哄笑を上
げ、グラキエスは両手を大きく広げ︱︱両手、足元の先から藍色の
魔方陣が回転しながら展開。魔方陣が煌めきを残して崩れた。
﹃紹介しよう。これが我が相棒︱︱﹄
濃淡の差はあれど、いずれも黒を基調とした闇夜の色彩。右手に
は長く鋭い円柱の先端をもった、完全に刺突打突を目的とした2メ
スパイク
ートルのグラキエスの身長よりも長い騎乗槍。左手には四本の斜め
に伸びた棘のついた楕円形の大盾。
289
︱︱ヒヒィィンッッ!!
バトルホース
﹃戦軍黒馬の、バナリエスだ﹄
地を蹴る馬蹄、雄々しい嘶き。シィと同等、4メートル以上の立
派で艶のある肉体の、深い知性を湛えた瞳を持つ大きな黒い馬。鐙
に加え、面、胸、尻と、本来は速度を減殺するはずの馬鎧を身に纏
っていてもいささかも猛々しさを失わない強靭な足。それは全身甲
バトルホース
冑で重量のあるグラキエスが背に乗っても変わることはなかった。
デュラハン
首無し騎士と戦軍黒馬。
人馬一体。
﹃では︱︱往くゾッッ!!﹄
カプリオールと呼ばれる戦場馬術のひとつ。バナリエスは後ろ脚
を蹴り出して飛び跳ねる。
ヒヒィィン、と勇ましい鳴き声を響かせ、地面に漂っていた霧を
吹き飛ばす速度で駆け出す。それは前に存在するものを踏み抜く疾
風怒濤の突進。天空の迷宮に住まうフロアボスの一体と一頭が、タ
ケたち五人のパーティに強烈な圧迫感を伴って強襲した。
290
24. 退くか、戦うか、答えなんて聞くまでもない︵後書き︶
少し投稿が遅くなりましたね。
待ってくれていた人がいたかわかりませんが、申し訳ありません。
というわけで、次回はVS騎乗した首無し騎士。
つまりボス戦です。
最初、ボスは魔法でお馴染みリッチでした。
ばんばん範囲魔法を使ってタケたちを苦しめる予定⋮⋮でした。
しかし気がつけば何故か物理戦闘に変わっていたという。
ヒトの思考変遷は不思議ですね。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
291
25. 先手必勝
﹁︱︱先手必殺ぅ! 女はくそ度胸だッ!!﹂
エアダッシュ
正面突破。敵と相対する足の踏み込みは気合と共に動き、地を蹴
り、空中疾走のアーツで斜め前の空中に駆け上がる。シビアなタイ
ミングの間合いを容易に計測し、メグは突撃してくる首無し騎士グ
ラキエスの顔面に属性付与した拳を叩き込む。
デュアルエレメント
精霊の衣スキルで新しく覚えた二重憑依のアーツによって、火と
風の精霊二種類で強化された属性付与の一撃。まさか真っ向勝負で
初撃がくるとは予想していなかったのか、渦巻く炎と熱風を纏った
スタントプレイ
魔力の拳の右ストレートが、首無し騎士グラキエスの頭を焼き焦が
しつつ胴体から切り離してブッ飛ばした。
アクロバット
メグの言葉通り、並の度胸と根性では出来ない身体運動な離れ業。
馬の走る速度はおよそ60キロ超で、巨体に見合った脚力を持っ
た戦軍黒馬バナリエスも例に漏れないし、それ以上の速度も出せる。
突撃してくる4メートルの黒馬に乗った2メートルの首無し騎士は、
現実でいうならワンボックスカーが突っ込んでくるのと同義だ。そ
れを正面から走って飛んで殴り掛かったのである。淑やかな見た目
に反して男気溢れるメグの行動に慣れているタケはともかく、横っ
飛びして突進を回避したアンレやナルカ、ゲンジが﹁うをぃマジか﹂
と口をあんぐり開けて驚くのも無理はない。
とはいえ首無し騎士は頭が吹っ飛んでも行動に支障はない。鎧の
エアダッシュ
首から青白い炎が篝火のように揺らめき、ひるむことなくグラキエ
スは右手にある騎乗槍を横薙ぎに振り回した。当然、空中疾走で空
292
中を二歩までという制限を使い切り、拳を振り切った状態のメグに
は回避する余裕はない。
兜から除く目の部分からの視覚情報に差して意味はなく、全身で
相手の位置を感じ取る首無し騎士の命中精度は決して低くない。更
には筋力値も重い騎乗槍を軽々扱うだけの数値を誇る。カウンター
として決まれば、種族エルフとして貧弱なメグはろっ骨を砕かれH
Pゲージはあっさりと瀕死のレッドゾーンだ。
しかし、メグは一人で戦っているわけではないし、ボス前の準備
を怠ることはない。
﹃︱︱ッッ!?﹄
がくり、と戦軍黒馬バナリエスは何かにつまずく。メグがあらか
じめ仕込んでいた、地の精霊によるわずか数十センチの落とし穴。
大したMPを消費しない子供だましの魔法だが、即座に攻守の入れ
替わる戦闘において絶大な効力を見せる。
動きが止まったのは一瞬︱︱だが、それだけで十分。
﹁きゅいいいっ!﹂
空間潜水スキルで地面に潜っていたシィが真横から飛び出し、戦
軍黒馬バナリエスの首に大きな口を開けて噛みつく。面に着けてい
る鋼の馬鎧の一部をはがし取った。
首ごと噛み砕いてもおかしくない威力。普通のモンスターならそ
れで終わりだが、戦軍黒馬バナリエスはゴースト化した馬の亡霊だ
った。鎧は豪快に外されたものの、中身の身体に物理的ダメージは
通ってはいない。
293
デュラハン
本来、首無し騎士の乗る馬は、説によれば同じように首がないモ
ノであるが、グラキエスの相棒はゴーストという形で、運営による
戦力調整を受けて誕生していた。
名前:グラキエス
種族:首無し騎士︵アンデット・ゴースト種︶
属性:火・氷
名前:バナリエス
種族:戦軍黒馬︵死後霊魂化 アンデット・ゴースト種︶
属性:風・氷
アンレの瞳に映るのは、敵対把握の鑑定スキルによって浮かぶ二
体のモンスター情報。︻ワールド・クエスト・オンライン︼での首
無し騎士は、生前の戦士の魂が鎧に定着したアンデットで、意思を
持った魂が鎧を動かす局所的なポルターガイスト現象である。バナ
リエスはグラキエスに引っ張られる形で、馬鎧を触媒に霊魂を定着
させた存在、という設定だった。
リッチなどに代表されるゾンビ種の相手ならば、物理攻撃は問題
なく届いただろう。しかしゴースト種にはスライムのような液状軟
体種と同様に、物理的なダメージをほとんど無効にする種族特性の
固有スキルがあった。効果的にHPを削るには先のメグのように属
性に対応した力を使うか、アンデットなら大ダメージ必死の光か、
上位属性の星天を喰らわせなければならない。
相手に効果が薄い氷属性だったとはいえ、シィの攻撃は態勢を大
きく崩すには十分な効果を発揮した。その一瞬をついて肉迫したタ
ケは、首無し騎士グラキエスの騎乗槍にドリル回転するハンマーを
打ち付けて軌道をそらす。
294
﹁ナイスアシスト!﹂
シィとタケの連携により騎乗槍のカウンターを回避したメグは、
首無し騎士グラキエスの肩に手を乗せ宙返りして地面に着地︱︱そ
してブッ飛ばした兜を目標としてロックオン。着地の速度を緩める
ことなく走る。
﹁大したヤツだよ、お前らは!﹂
どこか嬉しそうに、アンレは槍鎌を前に掲げ、魔法発動の準備を
していた。回転して展開する赤色の魔方陣が火属性の魔法を放つこ
とを示している。前衛はタケとメグにまかせ、魔法攻撃による支援
と遊撃を担うことが役割に適していると判断した為だ。
﹁こっちも負けられるかっ!!﹂
笑みを浮かべたゲンジ。剣線を下げた脇構えの構え。刀身には白
い霧のような光が纏わりついていた。
気合一閃。
魔法ではない。特定の種族に対抗した特殊属性を持たせる、威力
は弱めだがバリエーションに富んだ特攻の剣技スキルにある、アン
デット系統に有効なアーツ、斬霊剣。光と水属性を含んだ刃が戦軍
黒馬バナリエスの前足を切り裂く。
嘶く悲鳴。
アンデットに有効とはいえ、攻撃力が若干落ちてしまうデメリッ
トもある技だったからだろう。加えて首無し騎士グラキエスが発し
ていた威圧スキルの影響もあった。ゲンジの予想に反してダメージ
は軽微。斬撃は足を切り飛ばすことはなく、僅かな鮮血代わりの魔
295
力光を散らす程度の裂傷を刻むだけで終わる。
三連発の銃声。
しかし弾丸は命中することなく何もない空間を抜ける。
ゲンジの攻撃の威力が弱かったこともあり、戦軍黒馬バナリエス
はナルカの拳銃から飛び出した銀の弾丸を危なげなく回避した。﹁
うああぁぁ、銀の弾丸って高いのにいいい﹂と少女の涙声がタケを
苦笑させた。
﹁焼け焦げろ!﹂
銀の弾丸を回避した戦軍黒馬バナリエスを襲うのは、詠唱の完了
したアンレの魔法。空気を燃やすプロミネンスが騎乗したグラキエ
スの胴体ごと紅蓮の炎に包み込み、舞い散る火の粉と熱エネルギー
が地面の冷気を吹き飛ばした。
フルメタル
シェイプオペレート
一方、メグは殴り飛ばした首無し騎士グラキエスの頭に蹴りをぶ
デュアルエレメント
コン
ち込むところだった。鋼鉄化で足を鋼に、形態操作で魔力の形は鉄
ボ
槌に、二重憑依による火と風の属性付与を与えたアーツの組み合わ
せ。
ゴーストで物理が効かなくとも、首無し騎士グラキエスが憑依し
ている鎧自体には関係ない。某ダークファンタジーで登場した錬金
術師の弟のように、ある意味では鎧も本体の一部ではあるのだ。
故に︱︱。
﹁容赦はないわよ﹂
暴力は止まらない。
296
クレスト
憑代があるのなら、それをぶち壊せば良いという考えの元、メグ
は兜を蹴り、壁に叩きつけ、兜飾りの銀糸の毛をつかんで拳の連打
連打連打。チョーカーと手甲についた魔力増強効果のあるオレンジ
色の宝石がきらりと光り、拳打の威力は跳ね上がっている。魔力的
な抵抗力を打ち破り、鉄を凹ますには十分な攻撃力だった。
﹃ぬがぅ﹄﹃グハッ﹄﹃コノッ﹄と声が聞こえるが、﹁くははは
は﹂と静かに哄笑するメグは気にしない。今までは雑魚ばかりで、
大半が数発で光と消えた相手と違い、今度のはなんてタフなんだろ
うか。そう思いながら彼女のテンションは止まることなく上昇して
いく。いうなればランナーズハイ。巨大スキンクのとき以上に精神
は高揚していった。
バトルジャンキー
大和撫子な仮面を脱ぎ捨てたメグの本質は戦闘狂に近い。日頃の
社会のストレスに比例して八つ当たりの攻撃性は増していく。ヒャ
ッハー、という声が聞こえてきそうだ。
つまり、はっちゃけていた。
兜だけとはいえ魔法は使える。別に身体の上に頭が乗っていなく
ても問題はないのだ。首無し騎士グラキエスは得意な氷属性や、固
有スキルにある凍える炎といったアーツを繰り出そうとして抵抗し
ダブルヒットブレイク
ている。しかし魔方陣が展開する刹那、メグはピンポイントスキル
にある二連衝破のアーツを冷静に繰り出す。
ダブルヒットブレイク
二連衝破は同じ個所を数秒の短い時間で二回攻撃することで、追
ファンブル
撃の二撃目は高い威力を発揮し、スタン効果も与える優れものであ
る。これにより展開した魔方陣は失敗扱いとなり霧散する。
297
拳、膝、肘、打、蹴︱︱⋮⋮。
打撃音が首無し騎士グラキエスの﹃ぐぅ﹄﹃やらせっ﹄﹃ばかな
っ﹄といった言葉を寸断する。
どうやら首無し騎士は頭部が魔法を扱う部位らしく、背後のタケ
たちは首無し騎士グラキエスの胴体と、戦軍黒馬バナリエスと武器
を打ち合うだけで、安定して戦うことができた。それを知ってか知
ダブルヒットブレイク
らずか、メグは淡々と攻撃を続けて兜を原型を潰していく。もちろ
ん油断はない。二連衝破のタイミングを間違えれば一気に魔法の反
撃を受けるからだ。しかし上手く嵌ってしまえば、現状のとおり一
方的に打ちのめすことが出来た。
まさしく嵌め技。
・・・・・・・・・
メグの持論だが、勝負に勝つ方法のひとつ。単純明快なその回答
は、相手に何もさせない。
︱︱このままでは、負ける。
首無し騎士グラキエスは、どうにかしなければ、とは思うものの、
対処法が考え付かなかった。相棒の戦軍黒馬バナリエスは足に軽度
とはいえ何度も被害を負っており、盾を使ったタケの壁と蓄積され
オートリジェネ
たダメージが無理な突進を許さない。特定の魔法には弱いとはいえ、
物理無効を含め各種耐性に強いゴーストで、自動回復のスキルがな
ければ既に倒されていただろう。
相手がアンデット対策である光や星天属性の攻撃に乏しかったこ
とが幸いであった。しかし騎乗した自分の胴体は四人と一匹を相手
に手一杯で、メグの方まで戻り頭を回収することが難しい。
核は鎧と兜の二つ。この二つが深刻なダメージを負ってしまえば
298
首無し騎士グラキエスは敗北する。魔法を使った抵抗はメグの的確
なスタン攻撃によって邪魔され、打つ手がない。
自身の胴体と相棒がタケたち四人と一匹を打ち倒すまで発動の早
い強化魔法を使いつつ、耐える。それしかない︱︱という思惑も、
﹁やらせないわ﹂というメグの無慈悲な精霊を憑依させた拳が瓦解
させる。
﹁貴方の敗因は、最初に無策で突っ込んできたことよ。こっちには
貴方の乗った馬と同等の大きさのシィちゃんもいるし、そう簡単に
蹂躙できると思った?﹂
せめて魔法でデコイを張るべきだったわね︱︱。
メグの言葉を聞いて、首無し騎士グラキエスは己が敗北の断崖に
片足を突っ込んでいることを理解した。
初手の突進から、散らばった相手に魔法をぶちかまし、体勢の乱
れた者から一撃か二撃で防具を粉砕し、各個撃破していく︱︱そん
な戦術を考えていたが、すべてがメグの正面突破で打ち崩されてし
まった。
﹃くかかか︱︱﹄
思わず笑ってしまった。これだから戦闘は止められない。まだ諦
めるつもりはなく、最後まで勝利を捨てるつもりもない。迷宮のフ
ロアで墓石のように座っていては絶対に味わうことのない心理。
我はまだ学べる、強くなれる︱︱首無し騎士グラキエスは、HP
ゲージがゼロになって死ぬ瞬間、そう確信して、光の粒子を散らし
て消えた。
299
300
25. 先手必勝︵後書き︶
というわけで、わりとあっさりボス撃破。
ぐだぐだ戦闘描写するのもあれなので、一話で終わらせました。
スタン攻撃は地味だけど恐ろしいのです。
だいたい多対一で勝利するには範囲攻撃ないと無理なんですよ。
メグの頭切り離してのタコ殴りは上手くハマったといったところで
す。
グラキエスさんは迷宮に何度もポップするタイプのボスです。
だから今回の戦闘でAIが学習して、最初より少し強くなるという。
そのあたりは、次回の掲示板的閑話にて。
もう少しじっくりと描写した方がよかったかもしれませんが、どう
なのか。
この辺りは作者の宿題でしょうね。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
301
番外. 迷宮についての掲示板的閑話︵前書き︶
今回、二種類の掲示板の話があります。
雑談のは迷宮開始から二週間後、攻略のは雑談のから更に数週間後
の内容。
302
番外. 迷宮についての掲示板的閑話
ワルクエ情報掲示板 part43
1:ここはワールド・クエスト・オンライン、略してワルクエ関係
の情報掲示板です。
荒らし厳禁。950の人が次のスレッド作成。
∼∼∼∼∼∼
144:というわけで迷宮が実装されてから現実で二週間、ゲーム
内じゃ4ヶ月は経過したわけだが、おまいら景気はどうよ?
145:欠片ばっかで禿げる。ないよりましだが、小遣い稼ぎにし
かならん。俺だけかこれは?
146:安心しろ、俺もだ
147:同じく
148:同じく
149:>>145−148 そんなおまいらに自慢してやろう。
価格50万でうはうは。高純度魔水晶の塊だ。つ[画像]
150:殺してでも奪い取る
151:月夜ばかりと思うなよ
303
152:その後、149の姿を見るものはいなかった
153:ふははは、自分の幸運がこわいのうこわいのう
154:つ[画像]
155:Σ︵゜Д゜︶
156:は?
157:魔皇水晶⋮⋮だと⋮⋮
158:しかも大塊とかわろたww
159:いきなりの投下がテロすぎる
160:普通の魔水晶と違ってプリズムっぷりがぱないお
161:高級感があふれてるな
162:まって149が息してない
163:149は犠牲になったのだ
164:149、イキロ
165:︵−∧−︶合掌
166:で、実際どこでとったん? 普通に落ちてるものとは思え
304
んけど
167:名前からして高純度より上位ってのはわかるけど、おいく
らだったのかな
168:>>154だが、あれはフレのやつが迷宮のボスっぽいの
から手に入れたらしい。天空の城の氷で寒い地下フロアのボスだっ
たとか。詳しくは[ワルクエ迷宮攻略掲示板]に載せてある。
169:よっしゃ見てくるか
170:ボスドロップか、いまだにボスらしき相手に遭遇してないが
171:何体か見つかってるぞ、迷宮攻略掲示板のほうにまとめが
のってる
172:そりゃ俺も見てるから知ってる。だけどもそこまで到達で
きへん
173:トラップもそうだが、基本的にモンスターが複数で出現す
るからなあ
174:しかも連携がわりと上手くてフルボッコされるときがある
175:一匹のやつも要るけど、妙に強いからかなりキツイわ
176:まあ見合ったアイテムとか手に入るからいいけどな。知る
限り、ボスは例外なく強いみたいだし、しかも初回よりも二回目三
回目とだんだんやり辛くなってくという
305
177:やり辛くってなんぞ。普通は逆じゃね。パターンとかわか
って戦いやすくなると思うが
178:これも攻略のほうに出てるが、どうもボスにとっての再ポ
ップは復活と同じみたいで、負けたときの戦いの経験を学習してい
るとか
179:雑魚は一回死んだら終わりだけど、復活扱いだから死んだ
ときの失敗を学んでるってことらしいぞ
180:それって後のPT涙目じゃん
181:限度はあるんだろうけど、実際そうだよな。ただ報酬が微
妙にグレードアップはしているからバランスはとれてるのかもしれん
182:グレードアップてどんな感じよ
183:魔水晶の数が増したり、特定の従魔の卵と魔水晶のどっち
かを選べたり。とりあえずだいたいは迷宮攻略のほうにあるから見
とけ
184:おうそうしとくわ
以下、迷宮で手に入れたアイテムの自慢話が続く⋮⋮
∼∼∼∼∼∼
◇
306
ワルクエ迷宮攻略掲示板 part29
1:ここはワルクエ1.10verで実装された、または今後実装
されるだろう迷宮関係の攻略掲示板です。
荒らし厳禁。950の人が次のスレッド作成。
以下まとめ
Q 迷宮て何?
A 1.10verで実装されたダンジョン。
Q 迷宮てどうやって行くの?
A 各所にどでかい魔方陣があり、
そこから別口扱いのフィールドの何処かにランダム転移す
る。
Q 迷宮の入り口どこ?
A 迷宮は現在5つ確認。
場所は1.05verのイベントのボス出現場所と王都城
下町。
※公式の告知から、これ他にも迷宮があるようだが発見さ
れてない。
王都スターティア南 転移クリスタル柱跡地:天空城の迷
宮 港町ウェーブ 白亜の灯台 イースト岬付近:水穴の迷宮
炭鉱集落チャコル スーア炭鉱外壁:洞窟の迷宮
エルフの集落 王都西部大森林中央:樹海の迷宮
スターティア大草原 中央街道上空:草原の迷宮
307
Q 迷宮てどんな感じ?
A 天空城:罠︵特に落とし穴︶が多く、立体的な構造。
フロアとフロアを繋ぐ道がほぼ一本道。
水穴:鍾乳洞。所々に池。
進むには水に潜らなければいけない場合がある。
洞窟:地下洞窟。分かれ道ばかりで基本的に暗闇。
周囲を照らす明かりが必須。溶岩地帯あり。
樹海:イメージ的に屋久島の森。
コケに覆われ湿った地面が滑りやすい。霧が出た
りする。
草原:見渡す限りの草原で障害物がほぼない。
天候が変わり雷雨や雹が降ったりする。
Q 迷宮に行くメリットは?
A 王都の壊れた転移クリスタル柱復旧イベント。
復旧に必要な魔水晶が大量にあり、高値で売れる。
モンスターからドロップするアイテムにも高級なものが多
い。
中位ランクの素材が採取できる。
Q どんなアイテム手に入る?
A モンスタードロップを含め、基本的に魔水晶が中心。
各迷宮の特色ある素材アイテム。
天空城:各種素材がバランスよくある。
水穴:主に水・氷・土属性系統の素材。
308
洞窟:主に土・金・火属性系統の素材。
樹海:主に風・樹・水属性系統の素材。
草原:主に土・風・雷属性系統の素材。
2:Q どんなモンスターが出る?
A 詳細は[ワルクエ迷宮攻略wiki]に。
以下出現率の高いやつを簡潔に紹介。
天空城︵城内︶:魔法を使う小動物。各属性のエレメンタ
ル。ゴーレム。
天空城︵地下︶:ゴブリン・オーク系統の亜人。アンデッ
ト。
水穴︵鍾乳洞︶:サハギン・リザードマン系統の亜人。
水穴︵池︶:カエル。触手。ウィスプ。スライム。 洞窟:アリ、ムカデ、地蜂といった地中に住む虫。コオモ
リ。モグラ。
樹海:昆虫。ヘビ。猿。ゴリラ。トカゲ。鳥。猪。狼。虎。
草原:サバンナにいるような草食動物と肉食動物。猛禽類。
Q どんなボスが出る?
A 以下、現在判明しているボス。
※名前のあるボス、漢字での種族名のボスは例外なく強い
法則。
天空城︵城内︶:マジシャンゴーレム。ブレイブエレメン
タル。
309
蒼槍天使ランスエルナ︵強い︶。
天空城︵地下︶:ゴブリンキング。オークキング。
首無し騎士グラキエス︵強い︶。
水穴︵鍾乳洞︶:サハギンロード・ウォートライア︵強い︶
。
リザードマンロード・トォーカハル
バ︵強い︶。
水穴︵池︶:プラズマトード。ギガントローパー。スライ
ムインスライム。 洞窟:キラーアントクイーン。ブラッディバット。
双頭大百足︵強い︶。
樹海:クラッシュビートル。ヒュドラ。エイプキング。
刀剣蟷螂︵強い︶。三本角大猪︵強い︶。白虎︵
強い︶。
草原:シールドバッファロー。ステルスイーグル。
獅子王︵強い︶。
3:Q 迷宮の難易度は?
A スレに出た攻略組の話をまとめた結果。今後変動する可能
性あり。
迷宮の罠など、攻略の嫌らしさで
天空城=水穴=洞窟>樹海>草原
雑魚モンスターの強さで見た場合
天空城>草原=樹海>水穴=洞窟
310
ボスモンスターの強さで見た場合
天空城=樹海=草原>水穴=洞窟
Q これだけは忘れるなって注意点ある?
A 迷宮から帰還する場合、魔水晶が必要になる。
必ずPT分の魔水晶︵なるべく欠片︶は確保しとけ。
Q なんかNPCらしき奴らにPKされたんだが
次のアプデで出ると思われるセカンディアの戦旗団という
軍団
セカンディアは転移クリスタル柱が三本倒壊しているらし
く、魔水晶がめっちゃ欲しい
迷宮はセカンディア側とも繋がっているが、次のアプデま
で行けないと予想される
運営から魔水晶のドロップボーナスを確約されているNP
Cのため、持っていると奪いにくる
Q 戦旗団と遭遇したら
A PKされた奴らは素行の悪いプレイヤーばかりと判明して
いる
なるべく対話して交渉すれば戦いを回避できたり、一緒に
行動できたりするようだ
基本的に鬼強いので仲間に出来るとかなり頼もしい
4:>>1乙
5:>>1超乙
6:スレ流れるの早い早い。そして>>1まとめ乙
311
7:こうして見ると結構情報出揃ってきたな
8:前スレ989だが白虎に挑戦してきた
9:いまだ倒したPTいないんだよなそいつ。で、どうだった?
10:
11:お?
12:ん?
13:あんなんかてるかあああああああああああ!!
14:いやうん、叫びたい気持ちはわかる
15:あーやっぱり死に戻りか、おつかれさん
16:名前持ちのボスと漢字のボスは強い法則
17:わかる
18:名前持ちは学習能力があって戦い辛い。漢字ボスが純粋にス
ペックが高い
19:AIの学習てやばいよな。まあランスエルナ様に﹁また来た
のかこりないな﹂と言われて喜ぶ俺。
20:ランスエルナ様マジ天使
312
21:揺れるおぱーいに見とれて槍に串刺しにされた俺が通ります
よっと
22:白虎は木を使って立体的に襲ってくるからな。タンクが最低
三人いないと戦線が維持できん
23:それ言ったら獅子王はもっとめんどいだろ。取り巻きのメス
ライオンがきついのなんの
24:そのぶん白虎のほうが単独では強いみたいだけどな
25:ボスの取り巻きって大変なんだよなあ。ロードやキングのつ
いたボスはまさに軍団だからな
26:軍団といえば戦旗団だが、この前一緒に迷宮もぐったな
27:うらやましす。足手まといだといわれたし
28:見逃してもらうって話が出るまでは問答無用だったからな、
こっちの話も聞いてくれんかったし
29:なんかしらキーがあったんじゃね。ある程度迷宮攻略進むま
では戦うしかなかったとか
30:ありえないとは言い切れんな
31:もしセカンディア行けるようになったら再会して飲む約束し
たわ
32:ほー、そうゆうのはなんかいいな
313
33:豚切りだけど、三本角大猪を倒してきた
34:まじか
35:おめめ
36:おめー
37:よく倒せたな。初討伐だよな確か。PT構成は?
38:今回はすげえ回避盾さんがいたから助かった。つ[動画]
39:はwやwいwwww
40:動きがキモイです本当にありがとうございます
41:βのスピードスターの人か。食らったら紙くずみたいに吹っ
飛ぶ三本角大猪に対して安定してるな
42:小盾流星拳wwww
43:片足砕いたかー、そこまでやってなぶり殺しっと。理にかな
ってるな
44:魔水晶とか以外のドロップ情報はwikiにやっといたから
見とけー
45:助かるわ >>44討伐おつかれでした
314
46:そんな空気の中、首無し騎士とやってきた俺
47:どうだった?
48:死に戻り寸前の辛勝ってとこだった つ[動画]
49:勝ったのか。これで三回目か?
50:絨毯爆撃さん、封縛さん、煉獄さんのような魔法PTのは無
理だったから、最初の拳王&首狩りPTの戦い方を参考にしたよ
51:攻略組じゃないのにβの12人が無駄にボスを撃破していっ
てる件について
52:あきらめろん。やつらは人間じゃねえ
53:あの魔法PT三人みたく動きとめて焼死体いっちょあがりは
すごかったからな
54:アイスバレット大量投下からの首無し騎士と馬の突進はどう
やって防いだよ
55:タンク二人を踏み台にした
56:オレを踏み台にしたぁっ!?
57:>>56 絶対誰かやると思ったわ
58:タンクってのは重戦士系統の大盾持ちかな
315
59:正解。大盾持ちと盾二刀流の二人を最初に突っ込ませてアイ
スバレットと馬の突進を止めた。もちろん各種バフもしているぞ
60:そんで踏み台にして首無し騎士の頭を取って、あとは拳王と
首狩りのやり方を参照したと
61:踏み台にしてジャンプして何とか頭攻撃できたのが助かった
が、首無し騎士反応早すぎだってばよ
62:同じ手はくわん、とか言って即座に魔法きたのも痛かったけ
ど何とか勝てた
63:死に際に笑ってるのがまた怖いな。次はまた対策されそうだ
64:イタチごっこだよなあ。そんで報酬は? 三回目なら卵ある
はずだが
65:つ[画像] 馬蹄従魔の卵てのをもらった
66:なるほど、馬か
67:従魔の卵は王都のテイマーショップに売ってるけどのきなみ
高いからな
68:馬蹄てついてるから馬系統の従魔か。素材吟味によってはユ
ニコーンとかペガサスとかいくか?
69:テイマーにある調教スキルがないから従魔ステータスに補正
ないけど、それでも十分助かるからな
316
70:もふもふのわんこには毎日癒されております
71:従魔といえば人馬一体さん、スカイウォードさん、ドラグー
ンさん。とくに馬蹄のやつは人馬一体さんが狙いにいきそうだ
72:呼んだ?
73:!?
74:まさかの本人登場?
75:ワルクエの掲示板て基本匿名だからわからんだろうけど、β
で人馬一体と呼ばれてました
76:ジャニー︵ry さんちーす
77:前略・ラギーさんちーす
78:やめて超やめてww 新規の人たちに名前ばれしちゃうびく
んびくんww
79:と、私の隣で四刀流︵笑︶じーくのアホが掲示板になりすま
し投稿しています
80:おいやめろよばらすなよ
81:やかましいスレチになるだろうが。ちょっとこいつ黙らせるわ
82:あ、そんな、やめて、いや、アーッ!
317
83:相変わらずキャラが濃いww
84:レスが出た瞬間、王都の商店街でとある男がでかい馬に踏ま
れててわろたw
85:>>72︱82 ここまで予定調和
86:すばらしいお約束
87:βの強豪が掲示板常連なのは情報的に助かるな
88:ネタ的にもおいしいやつらだからな
89:そいや従魔といえば首狩りさんにもなんかいたな
90:シャチだろ。最初街中でなんか浮いてたからマジでびびったわ
91:あのでかさはボスクラスだろ。きゅいきゅいなんか可愛かっ
たが
92:希少従魔の卵てやつで、前のイベントのランキング報酬のひ
とつだってさ。たぶんボスドロップできてる卵よりランク上だと思う
93:たしかに可愛かった。娘が背中に乗せてもらっておおはしゃ
ぎしてたよ
94:人懐っこくていいよな。なんかなごむ
95:従魔にも性格ってあるからな。素直な感じが微笑ましかったわ
318
96:それでいて強さも確かなんだろ。まあレア度が高いからだろ
うけど
97:従魔の時代がくるかな
98:もふもふ! もふもふ!
99:今のところボスドロップで一回目が魔皇水晶の大塊、二回目
が魔皇水晶の大塊×2、三回目が魔皇水晶の大塊×2orレアな従
魔の卵のどっちか選択、でおk?
100:四∼七回目も同じ。八回目は今はまだ情報出てないけど
101:倒したボスに関係する動物に対応した従魔の卵みたいだか
ら、ほしいのは狙えるわな
102:でも魔皇水晶の換金も馬鹿にできないから悩む
103:有用性がわかってから従魔持ち増えてきてるからな。12
人までのPT枠潰さずに従魔つれてけるのは戦力としてはかなりう
まい
104:全員が従魔持ちなら最低でも12人と12匹の大所帯にな
るからな。迷宮攻略がはかどるわ
105:テイマー系職業がいれば更に多いからな
106:その手のスキルがなければ従魔は一人につき一体までだか
らな。そういう意味では職業補正もあってか複数の従魔をもてるテ
イマーは強いわな
319
107:テイマー自体はあんまり強くないけどな
108:とりあえず迷宮でボス討伐をこれからがんばるか
109:隠し部屋の宝箱の武器とかも忘れちゃならないぜ
110:トラップが怖いけどなそのフロアは
111:なんにせよちゃくちゃくと戦力増強できてきてるな
112:そうだな。そして俺は今からステルスイーグルに挑んでくる
113:いってらー
114:逝ってらー
115:翼をもぐ準備は? ステルスを無効にするペンキは持った
か? 小規模ダウンバーストに対抗する壁は大丈夫か? 天候は風
のない日を選んでいるか? ティッシュは? ハンカチは?
116:大丈夫だ問題ない。そしておまいはおかんかw
117:挑戦するものに対する様式美だ
以下、ボスに対する挑戦者、それに対するアドバイスが続く⋮⋮
∼∼∼∼∼∼
320
番外. 迷宮についての掲示板的閑話︵後書き︶
というわけで掲示板的閑話でした。
半年ROMってみてもうまくレスを再現できている気がしません。
このへんは練習してくしかないでしょうね。
次回は簡単な人物紹介やら設定紹介。
その次はタケとメグが王都以外の町でのクエスト話になる予定。
やはりあっちこっち旅をさせないとね。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
321
設定. 人物紹介とか︵いわゆる作者の妄想︶︵前書き︶
現時点で主人公二人に絡んでいるキャラのまとめ
物凄く大雑把です
322
設定. 人物紹介とか︵いわゆる作者の妄想︶
人物紹介
主役
みしまたけひさ
タケ︵本名 三島武久 27歳︶
温厚。冷静。平凡容姿。がっちりした体格。後の先を得意とした剣
道有段者のため戦うことに関しての場数があり、同様に棒を振り回
り急所に当てる行為に慣れている。βテスト時代では首を斬ること
を頻繁に行った為に﹃首狩り﹄という異名をもらってしまった。一
人でいると影が薄いが、隣にメグがいるため地味に目立ってしまっ
た男である。
種族:鬼︵一本角︶
体力:A 精神:D 筋力:A 敏捷:D 幸運:D
職業:剛力戦士
筋力に関係する行動に補正のつく前衛戦士職
防御よりも攻撃で切り抜ける行動が多いことで戦士の職業から派生
変化する
称号:森を守りし者
1.05verでのイベント達成時に授与
森林に関係する事象に補正のつく称号 スキル
323
ヘビィプラス
重装備の技術 level:20 重量のある武具を装備している
と補正
ヘビィマイナス
︵1︶重量増加 3秒間だけ装備品を含めた自分の重量を2倍にする
︵2︶重量減少 3秒間だけ装備品を含めた自分の重量を半分にする
ターンブレイク
ぶん回し level:22 武器を大きく振り回す行動に補正
︵1︶大旋回 全身を一回転させ遠心力をつけた高い威力の攻撃
︵2︶遠心力強化① スキルぶん回しの補正効果をより上昇させる
リフレクトインパクト
鉄壁防御 level:18 防御関係の行動に補正
︵1︶衝撃反射 衝撃を反射する小さな防壁を展開する
蓄積反撃 level:14 耐えたダメージの分だけ威力を上げ
ディフェンスモード
て攻撃できる
︵1︶防御転化 蓄積したダメージを防御力に変える
自然と共に level:12 動植物に対するアドバンテージを
得る
︵1︶環境看破 自然物の違和感を見極め、覚えている物に限り素
材にヘルプ機能がつく
種族固有スキル
鬼の怒り level:10 自分と味方のHPが一定値減少する
と攻守が上昇する
︵1︶鬼の一撃 対象の装備を破壊もしくは損傷させる︵鬼の怒り
発動時に一度だけ使用可能︶ みしまめぐみ
メグ︵本名 三島恵美 28歳︶
324
大胆不敵。清楚美人。良家のお嬢様だった故か肉体言語の護身術や
らを多数習得している。武器や魔法で戦うことが普通だったβテス
ト時代に、あえて徒手空拳だったことから﹃拳王﹄の異名をもらっ
てしまった。当時はスキルの影響で波動拳みたいなのを出していた
ことも原因のひとつ。βテスト時代にタケと意気投合した結果﹁私
たち結婚しました﹂をリアルにまで持ちこんだ女性。
種族:エルフ
体力:D 精神:A 筋力:D 敏捷:C 幸運:C
職業:精霊格闘家
精霊魔法と格闘に関係する行動に補正のつく前衛格闘技術職
魔法を多用することで格闘家の職業から派生変化する魔法格闘家の
亜種
称号:森を守りし者
1.05verでのイベント達成時に授与
森林に関係する事象に補正のつく称号
キャラクターがエルフなためより上昇率が高い
スキル
フルメタル
鋼の肉体 level:22 素の防御力が向上する
︵1︶鋼鉄化 5秒間だけ身体の一部を鋼に変える
︵2︶肉体強化① スキル鋼の肉体の補正効果をより上昇させる
ワンインチパンチ
全身凶器 level:22 徒手空拳での攻撃行動にプラス補正
︵1︶寸勁 至近距離での攻撃で対象に大きな衝撃を与える
︵2︶衝撃強化① スキル全身凶器に関係する攻撃行動に若干のス
タン効果を付与する
325
エアダッシュ
縦横無尽 level:20 走り回り飛び跳ねる行動にプラス補正
エアダッシュ
︵1︶空中疾走 2歩だけ空中を走れる
︵2︶疾走強化① アーツ空中疾走の空中歩数を1歩増やす
シェイプオペレート
魔力の鎧 level:24 魔力を身体に纏わせる技術
エンチャントアーマー
︵1︶形態操作 纏う魔力を一部分だけ好きな形に変化させる
︵2︶魔鎧付与 対象に魔力の鎧の効果を付与する
ダブルヒットブレイク
ピンポイント level:17 弱点の位置がわかる
︵1︶二連衝破 同じ個所を二回攻撃することで高い威力を発揮す
る︵スタン効果︶
種族固有スキル
精霊の囁き level:12 精霊の力を借りることができる︵
精霊魔法が使用可能になる︶
︵1︶属性知覚強化① 上位属性の精霊を知覚できるようになる
精霊の衣 level:14 精霊を装備品に憑依させ属性効果を
デュアルエレメント
付与する
︵1︶二重憑依 一度に二つの属性を付与する
シィ
タグにある通り今後無双をしていくことになる素直な性格の従魔。
磁界重力結晶、空帝王の羽毛、高純度凍土結晶の塊、この三つの素
材の特性を備えた海洋型の特殊型従魔。つるつるすべすべ。きゅい
ー、きゅいうー、という鳴き声がそこはかとない庇護欲を刺激する。
ただし4メートルの巨体。
326
性別:メス
種族:フリーダム・オーシャンズ・オルカ
磁力と重力を含んだ鉱物を取り込み、嵐のごとき推進力を得た流氷
の大海に住まうシャチ。水棲から解放された進化経路を辿り、あら
ゆる空間を水中の概念に変える固有スキルを保有する。知能が高く、
家族を尊び、好奇心が強い。牙は噛み千切る形状に特化し、硬質ゴ
ムのような皮に包まれた全身は圧縮された筋肉の塊である。海龍に
匹敵する強さを誇る海洋哺乳類生物。
レプンカムイ
親代:タケ
称号:沖の神
属性:水・氷・土・風
体長:4m︵幼体 端数切捨ての数値︶
体重:3t︵幼体 端数切捨ての数値︶
体力:B 精神:C 筋力:A 敏捷:B 幸運:C
スキル
磁界領域 level:2 電磁の波長を操作し、光の散乱、屈折、
反射、回折を可能とする
重力の鎖 level:4 自身に干渉する重力の増減を操作する
氷結の風 level:3 水・氷・風の三つの属性を複合して操
作できる
水流集結 level:3 魔力の水を生成する
大食補給 level:1 多量の餌や魔力を食べることで一時的
に体力値を上昇させる
種族固有スキル
空間潜水 level:4 身体に触れるあらゆる空間を水中フィ
ールドの概念に変える
327
ランドルフ
メグのクエスト発注ギルドの加入試験官を担った気の良いおっさん。
ひげ面スキンヘッド。浅黒い肌。大柄で筋肉の多い逆三角形の体格。
黒い鎧とでかい両刃斧の戦士。Aランク保持者。普通に強い。名前
の由来は何となく。
エリエリス
クエスト発注ギルド4番受付担当。クールビューティー。極北。冷
静沈着。罵って踏んでもらいたい女性ナンバーワン。独身。名前の
由来は何となく。
カズリオ
ランドルフとチームを組む一人。タケのクエスト発注ギルドの加入
試験官を担った青年。双剣と銀色のスケイルメイルを装備。若干戦
闘狂の気質あり。Aランク保持者。普通に強い。名前の由来は何と
なく。
レン
ランドルフとチームを組む一人。ローブを着た魔法使いの女性。上
手に焼けましたーっ、が得意。Aランク保持者。普通に強い。名前
の由来は何となく。
親方とグリーウッドの社員たち
作者のうっかりから名前が登場しかったモブ。トレント︵若木︶に
つかまって熟睡したおっさんたち。タケたちとの繋がりから、クラ
フターズの木材提供を担うことになる裏話があったりする。親方は
熊の人間よりの獣人。
328
ヤスキ
人間。プレイヤー。高校生。王道の剣と盾の戦士職。きっと﹁え、
なんだって?﹂という難聴のスキルがあると思われる少年。スタン
効果を与える体当たりシールドタックルを作中にて使用。名前の由
来は作者の友人から。
アスカ
猫耳獣人。プレイヤー。高校生。槍使い。どうやらヤスキが気にな
るようだ。作中にて槍投げのスキルを習得した。名前の由来は作者
の友人から。
フルーレ
魔族。プレイヤー。高校生。補助系統魔法使い。感想で一人だけ名
前が浮いていてワロタと言われた女の子。防御上昇のアーマーズマ
テリアル、敏捷上昇のクイックアクション、体力上昇のライフエン
ハンス、回復魔法のヒーリングを作中にて使用。名前の由来は当時
フルーチェを食べていたから。
マサカズ
ドワーフの中年。プレイヤー。生産職。タケとメグのβテスト時代
からのフレンド。改造大好き。ファンタジーの世界観にSFロボッ
ト的ギミックを組み込むことで有名。リナオスを勢いで唆し、変態
技術生産職チーム・クラフターズを立ち上げた男。名前の由来は作
者の友人から。
リナオス
狼の人間よりの獣人。やさぐれ系。マサカズたちプレイヤーの技術
に嫉妬した資産あるNPC生産職。ただしスキルは経営系統に特化
していた。後にクラフターズの資材調達を担う代表役︵金づる︶に
329
なる。名前の由来はやり直すから。
ガイ
魔族。プレイヤー。生産職。防具鍛冶で鎧の製作を得意とする。マ
サカズの相方。名前の由来は鎧から。
コットン
フェアリー。プレイヤー。生産職。裁縫製品を得意とする。βテス
ト時代にメグとなんかあった︵作者は深く考えていない︶らしく、
ファイア
彼女に懐いている。名前の由来はそのまんま布製品のあれ。
フレア
第三騎士団﹃火﹄所属、副団長。大剣使い。翼ある竜人。生真面目。
ざんしょうこげつ
ワインレッドのお姉さま。リナオスが空回った生産職のいざこざで
呼び出された女性。勇猛の剛剣スキルのアーツ斬翔弧月を作中にて
使用。PVP戦闘でタケとメグに敗れる。名前の由来はまあ聞かな
ウィンド
くても予想はつくだろう。
ゼーカ
第一騎士団﹃風﹄所属、副団長。レイピア使いの紳士。カイゼル髭
しざんか
がぴんと立つ退職間近の初老の男性。高速の連突スキルの最終アー
ツ刺残華を作中にて使用。妻と息子二人と孫に恵まれている。名前
の由来は風の逆読み。
ウィド
エルフの集落長老。精霊魔法の達人。設定上のエルフとしてはいつ
エンブレイスユグドラシル
ウッド
寿命で死んでもおかしくない年齢。300歳以上。樹属性精霊魔法
の最高峰﹃世界樹の抱擁﹄を作中にて使用。名前の由来は木から。
ルフィン
330
ウィンド
ウィドの孫。しっかりした性格の少女。名前の由来はエルフを適当
にもじって。
トルネ
第一騎士団﹃風﹄所属、元副団長ゼーカの部下。ハルバードの使い
ほうつい
手。のんびりした性格。全身甲冑。大跳躍スキルにより軽快にジャ
ンプした移動を好む。跳躍から落下による串刺し攻撃の崩墜を作中
にて使用。攻撃イメージ的にはFFのあれ。名前の由来はトルネー
ドから。
ドライア
エルフの集落のまとめ役。ウィドの息子。セコイアの兄。戦闘面よ
りも補助や実務面に長けていたことから集落長に。名前の由来はド
ライアードから。
セコイア
エルフの集落の自警団長。ウィドの息子。ドライアの弟。戦闘面と
して集落一だったことから自警団長に。名前の由来は世界有数の大
高木から。
エルフの集落の人々と自警団の面々
ジャイアントエメラルドスキンクによって集落を半壊されてしまっ
た人々。しかし逞しく復興に励んでいるようだ。自警団はスキンク
の襲撃の経験からより修練に励むことになる。
ナルカ
ガンマン
虎耳獣人。プレイヤー。小学生。おじいちゃんに振り回された娘。
銃士。銃弾三連発のトリプルバーストを作中にて使用。名前の由来
は当時雷が落ちたから。
331
ゲンジ
翼無き竜人。プレイヤー。じいさん。ナルカの祖父。刀使い。真空
一文字、斬霊剣を作中にて使用。名前の由来は何となく。
アンレ・オルク
セカンディア戦旗団所属。迷宮探査の任務につき仲間とはぐれてし
まった女性。槍鎌の使い手。普段は凛としているが何処か抜けてい
る。名前の由来は当時やっていたゲームに登場したジャンヌダルク
から。
332
26. 浜辺の街道で︵前書き︶
︻浜辺の街道︼
スターティア王国の島をぐるりと囲む外周の街道。
赤線ウミネコや黒クモカニをはじめとする、食用に長けたモンスタ
ーが多く生息。
冒険者にとって、平坦な景色である草原の街道よりも好まれている
道。
333
26. 浜辺の街道で
﹁ふははっ、とったどーっ!﹂
﹁きゅいうーっ!﹂
ざぶぅん、と水しぶきを撒き散らして海中から浮上したのは、シ
ィの背に乗りガッツポーズで拳を天に掲げるメグである。シィの口
には、弱々しくもびちびちと全身を動かし抵抗する3メートル近い
大きな魚。牙から溢れる氷属性魔法によって薄らと氷漬けされてい
るために瀕死の状態だ。
﹁⋮⋮おお、でかい﹂
これなら捕獲した魚以上に巨体なシィも満足できる食事ができる
だろう。
水面で漁の成功に吠えるメグとシィを相変わらずの乏しい表情で
眺めつつ、タケは街道から離れた砂浜を休憩場所として、王都で購
入したバーベキューセットを組み立て焼き魚を作るための火の番を
していた。マイペースに大魚を捌くためのナイフを鼻歌しながらじ
ゃこじゃこと研ぎつつ、目の前で赤熱する炭火の熱さを調節する。
本当なら自分も潜って魚介類を捕りたかったが、フレンドの生産
職であるマサカズたちに装備を防水化してもらったとはいえ、基本
的に重装備のタケは水中では真っ先に沈んでしまう。かといって予
備の軽装は持ってなく、シィが一緒にいたとしても、裸で泳いだと
きに万が一水中モンスターに襲われたら色々と対処が面倒だった。
そのため環境に左右されるとはいえ、詠唱速度がダントツの精霊魔
法を行使でき、鎧ほど水中では邪魔にならない服装備のメグと、水
関係にはめっぽう強いシィに食糧調達を任せたのである。
334
王都スターティアから西に伸びる、港町ウェーブへと繋ぐ街道の
ひとつ。シンプルに浜辺の街道と呼称される道をタケとメグ、シィ
の二人と一匹はのんびりと短い道程となる旅路を楽しんでいた。
もちろん目的はある。転移クリスタル柱で瞬時に転移して町まで
行くために、一度その場所に足を踏み入れなければならないという
ゲーム的制約を達成するためだ。迷宮の魔水晶等で十分に資金を貯
蓄したことから、タケたちは王都から離れ、本格的にスターティア
王国の島をぐるりと一周しながら観光気分に旅して回ることにした
のである。
町や村に足を運ぶために歩く道は大きく分けてふたつ。王都の中
心に広がる大草原を突っ切る平原の街道か、島の外周を回る浜辺の
街道である。タケたちは後者を選択した。理由としては︱︱。
﹁きゅい?﹂
シィの存在である。
食料調達は旅の醍醐味であり、可能な限り貯めた資金を節約する
上でも重要なものだ。ゲーム内では満腹率と渇水率が設定され、適
度な飲食はステータスを平常に安定させるためには必須。エルフの
メグはともかく、種族的に大柄で筋力と体力を重視する鬼であるタ
ケは、より多くの食事を必要とした。付け加えて、従魔である4メ
ートルの巨体をもったシィのエンゲル係数は並ではない。そういっ
た胃袋的な維持を第一に考えた結果でもある。
﹁きゅーいー、きゅーいー﹂
﹁ええぃっ、そんな期待してもすぐに捌けないわよっ﹂
ぺちぺちぺち、とヒレを手で拍手するかのように叩き、ご飯を催
促する。
335
メグは研がれたナイフをタケから受け取り、全長もさることなが
らどこかマグロに似た魚の腹を、精霊の衣スキルによる風と氷の二
重属性憑依によって強化された切れ味で豪快に何度も切り裂いた。
HPをざしゅざしゅと削ることしばらく、血の代わりに魔力光が刃
物に付着し、HPを粉砕された大魚はポリゴンの塵となって消える。
どさり、と大魚を置いていた、魔法で氷の床にした場所に数点の
魚の切り身が落ちる。寿司屋などでお目にかかる赤く油の乗った大
トロの切り身だ。見るだけでよだれが溢れ、口の中でとろける味わ
いを想像してしまう逸品。
捌くといっても、現実のように血抜きやら内臓処理やら三枚下ろ
しなんかをするわけではない。食材といってもこの世界では元がモ
ンスターなので、倒したときのドロップ品として入手するだけであ
る。現実で動物解体が出来る人は少数だろう。そのことも踏まえて
のゲーム的便利さだった。
特定スキルがあれば、直に皮をはぎ、肉を切る解体ショーによる
ドロップ数上昇が見込まれるが︱︱メグのような主婦の感覚からす
れば、こまけぇこたぁいいんだよ、とも言えるシステムはとても助
かるものだ。あぁ、現実でも下ごしらえがこれくらい楽ならいいの
に、と思ってしまうくらいだ。
﹁それじゃあ、いっちょ焼きますか!﹂
メグは数十センチの大きな切り身を食べやすいサイズに切り分け、
塩を振って、タケが用意していたバーベーキューセットに乗せる。
トロステーキにする予定だ。じゅうぅぅ、と魚の焼ける香ばしくも
腹をダイレクトに刺激する匂いが潮風に乗って流れていく。
336
﹁うまいかー﹂
﹁きゅーうー﹂
ぽいっと投げてぱくりもぐもぐ。うれしそうな鳴き声。
トロステーキが焼けるまで、タケは残っていた大トロを生のまま
シィの口に放り込む。基本的に調理されたものよりも、素の状態で
の食材を従魔のような動物は好むのだ。
﹁いいよいいよー、いい感じで焼けてるよー﹂
楽しそうに魚を焼き、味付けしていくメグ。風に乗った魚の焼い
た匂いが実に食欲をそそる。
ミィー! ミー!
﹁きゅぅ﹂
遠くから聞こえた鳴き声に気が付いたシィがタケに何か来たこと
を呼びかけ、視線を空に向ける。
ミー! ミーィ!
﹁ふむ、飯泥棒としてやってきたか﹂
テレビなのでも良く聞く、特徴的な鳴き声。蒼穹を飛び、地に十
字の影を描く鳥のモンスター。
﹁タケ君、こっち料理してて手が離せないからお願いっ。ついでに
鶏肉も確保っ﹂
ここで醤油だぁっ、そして事前に作っていた照り焼きタレを塗り
たくるっ、などと必殺技を叫ぶがごとく嬉々として料理のテンショ
ンを上げていくメグを尻目に︱︱﹁残りはあれを処理してからな﹂
﹁きゅい﹂と、臨戦態勢に入るタケとシィ。
337
ミィ! ミィミー!
猫のような鳴き声を上空に響かせ、12羽の鳥が晴天の空をゆる
やかに旋回し、タケたちに鋭いくちばしと爪での攻撃目標として狙
いを定めていた。頭から尾までが白く、翼開張2メートルで黒い翼
に三本の赤線の模様がある、ウミネコを模した﹁赤線ウミネコ﹂と
呼ばれる鳥系モンスターだ。
重力の鎖スキルを保有するシィは空を浮いてはいるものの、鳥の
ようにすばやく、そして高く空を飛ぶことはできない。よってタケ
は赤線ウミネコが滑空して攻撃してくるタイミングで反撃すること
にした。
﹁シィ、水や氷を出すのはいいが、メグのほうに射線がいかないよ
うにしとけよ﹂
﹁きゅいっ﹂
以心伝心するほど連携を積み重ねてきたわけではないシィに、タ
ケは簡単な指示を出すだけで基本的に自由に戦わせることにしてい
る。何しろスペックだけで見ればシィはボスクラスに匹敵するのだ。
持っているスキルを完全に把握していないタケの下手な命令は返っ
て逆効果である。
12匹の赤線ウミネコは、四方八方から風を切り裂き急速落下。
2匹がタケに、残りの10匹がシィに襲い掛かる。だが︱︱﹁甘い
選択としか言いようが無いな﹂と赤い鎧の鬼はにやりと笑う。
くちばしの一撃に自信があるのだろうが、そんなものは無意味だ
といわんばかりに﹁きゅ﹂と短く鳴いたシィは空間潜水スキルによ
って砂浜に沈み込む。急に地面に消えてしまった攻撃目標に驚いた
赤線ウミネコは、慌てて砂に激突自爆しないよう翼を羽ばたかせて
338
体勢を整え︱︱たところで、タケの丸盾によるカウンターで骨を砕
かれふっ飛ばされてきた2匹の同族に巻き込まれ、地に落ちる。
ヘビィマイナス
﹁わかりやすい正面攻撃はカモとしか言いようがないな﹂
ヘビィプラス
リフレクトインパクト
重量減少で全身を軽くして盾を振るう速度を早くし、カウンター
を決める直前で重量増加と衝撃反射を同時に発動。見た目以上に重
い衝撃が、下降突撃をしてきた赤線ウミネコの攻撃を完全に相殺し
た上で逆にダメージを与え、バットを当てた野球のボールのように
あっさりと弾き飛ばしたのだ。見るものが見れば、取得しているス
キルを効果的に運用した高いプレイヤースキルに舌を巻いたことだ
ろう。
丸盾は迷宮に入る前にマサカズによって改造されており、MPを
通すことで盾の縁が開き、薄い魔力のバリアを展開するギミックが
施されている。開閉して敵を挟み潰すギミックのメイスと同様、鬼
は精神の値が低いため、MP節約を考えるタケのおかげで日の目を
浴びることはなかったが、防御力は十全の数値を誇っていた。
体を地面に打ちつけた赤線ウミネコに混乱を立て直す余裕は与え
られない。
地面からの強襲。隙を逃さない海のギャングの一撃。潜っていた
シィのシャチとしての大きな顎、そして敵を引き千切る牙が赤線ウ
ミネコの白い毛の胴体を容赦なく噛み砕いた。タケとシィにやられ
た三羽の赤線ウミネコは足や胸の鶏肉と、矢などの素材に用いられ
る羽を数点残して光と消える。
一度の交戦で力の差を理解するには十分だったのだろう。
ミーミィ! ミー!
339
﹁む、逃げたか﹂
﹁きゅーぅ﹂
自分たちでは勝ち目はないと悟ったのか、無事だった9匹の赤線
ウミネコは上空に飛び上がり、一目散に遁走していく。羽ばたく翼
から羽根が何枚か落ちていくあたり、必死で生き残ろうとしている
潔い撤退だ。どちらにせよ空に飛ばれては有効な攻撃方法は限られ
ているし、鶏肉もいくつか手に入れたのでタケに追撃する気はなか
った。
しかし、後ろで見ていたプレイヤーにとっては話は別である。
﹁︱︱見逃すのなら、ワタシが狙ってもいいデスよね!﹂
少しイントネーションがずれた日本語が耳に届いたと同時、浜の
ホーミング
遠くに見える崖に向かって逃げていく赤線ウミネコ9羽全部に、青
い軌跡を残しながら不規則に誘導して高速で飛来する細い物体が突
き刺さった。おそらく何らかのスキルによるアーツ。青い魔力光を
乗せた矢が翼を打ち抜き、赤線ウミネコは空中で消滅︱︱ドロップ
品を波打つ浜にぼとぼと落とした。
背後から矢を射ったプレイヤーに驚いてタケは振り返る。位置が
よかったのか、メグは確殺の命中率の矢を放った人物の存在に気が
付いていた。シィは敵意を感じなかったことから、件のプレイヤー
については注意を払っていなかった。
﹁⋮⋮あー﹂
β時代と変わらない容姿に、特徴的な拙い日本語の喋り方。たぶ
んそうだよなぁ、と料理しながらも状況を見ていたメグはこめかみ
に手を当てた。
340
肩までの金髪碧眼。日本人離れしたスタイルで、紅と白が映える、
身にまとう装備はどこからどう見ても神職の巫女服。胸当てに手袋。
その手には先ほどの矢を放ったであろう、サイトにスコープやスタ
コンパウンドボウ
ビライザーを取り付けた、弓の端に滑車がついたアーチェリーで見
られる複合弓。
﹁いつかは遭遇すると思ってたけど⋮⋮﹂
﹁ヤッホー! タケ! メグゥ! お久しぶりデス!﹂
ぶんぶんと手を振って駆け寄る外見が二十代の金髪女性は、β時
代﹁戦巫女﹂の異名を持った屈指の弓使いで︱︱その外見と使う武
器が和弓ではないこと、タケと共に面倒なイベントに巻き込まれた
ことから、メグが呆れてなんちゃって巫女と呼んでいた人物である。
341
26. 浜辺の街道で︵後書き︶
というわけで、ちょっと前にさらっと出した港町に向かう道での話。
そしてなんちゃって巫女が登場。
今後、βで有名だった設定のキャラと徐々に遭遇していくことにな
る、予定。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
342
27. 離れ小島の小さな村で 前編
﹁⋮⋮つまりミココは、魔皇水晶の塊を王都スターティアと港町ウ
ェーブの間にあるミナモ村っていう村に届けるクエストの最中で﹂
﹁魚の焼けた良いにおいがしたから、つられて来たら俺たちを見つ
けたと﹂
王都で購入した塩でシンプルに味付けした、マグロっぽいステー
キをもぐもぐ食べながら問うメグとタケの質問に、﹁そうデース﹂
とにこやかな笑顔で、少しつたない日本語で答える巫女スタイルの
女性。
ミココ。
アーチェリーで慣らした弓の技術と、薙刀を笑顔で振り回してモ
ンスターを虐殺した姿から戦巫女と呼ばれたβテスト時代のトップ
プレイヤーの一人。過去にタケたちと一緒に何度かクエストをこな
した仲で、日本の神道︱︱神秘性を持って他者と接する巫女に、具
体的には動画サイトに掲載されていた巫女の姿に強い興味を抱いた
米国出身の女性である。実際、今では留学して神学の勉強をしてい
るらしい。
過去、βテスト時代では︱︱ある意味では間違いないのだが神楽
舞と盆踊りを同一視していたり、祝詞と般若心経をごっちゃにして
いたり、知識のズレからなんちゃって巫女とメグが呆れて溜息をつ
くことが多かった。天然な性格から、意図せず面倒なクエストに巻
き込み苦労を運んできたことも要因のひとつだろう。普通に仮想世
界を楽しんでいたところを、いきなりドラゴンを引き連れて泣きつ
いてきたことは、忘れるにはあまりにも印象深い。
343
悪い子ではないから憎めないのがまた困ってしまうが︱︱また何
か巻き込むつもりじゃないでしょうね、とメグは胸中で溜息をつい
てしまう。しかし同時に、面白いことなら手を貸しちゃうんだろう
なあ、とも笑いながら考えている自分がいることも否定できない。
﹁転移クリスタルの復旧イベントは大よそ完了したみたいデスけど、
予想以上に魔水晶が手に入ったから強化イベント入ったじゃないデ
スか。そのクエストの一環みたいデスよー﹂
口元に魚のかすをくっつけて、邪気のない笑顔で語る表情は十代
後半の女性とは思えない無垢な幼さが見える。メグは﹁強化イベン
トねぇ﹂とさして興味なさげに返答した。タケはきゅいーとごはん
にありつくシィを眺めて目を細めて地味な空気となりかけている。
プレイヤー、NPC問わず、迷宮から見つかる魔水晶の数は、あ
っさりと破壊された転移クリスタル柱の復旧を可能の水準まで到達
させた。これはボス討伐報酬のひとつであった魔皇水晶の存在が何
よりも大きいと言える。魔水晶の1000倍の効果を持つのが高純
度魔水晶であり、その更に1000倍の密度を誇る魔皇水晶ひとつ
で、ほぼ一本分の転移クリスタル柱の修復が見込めたからである。
とはいえ、あくまでも出来るのは修復だけで、そこからプレイヤ
ーが問題なく転移したり、NPCたちの生活を支えていくだけの魔
力、エネルギーを貯蓄していくにはまだまだ数多くの魔水晶を必要
とした。
魔水晶は魔力が結晶化したもので、いくらあっても困るものでは
ない。現実でいうところの石油やガソリンのようなものである。冒
険をするプレイヤーやNPCにとっては大事なMP回復ポーション
の原料にもなるし、属性付与の特殊加工をすることで、各種属性を
内包したタケやメグの装備品に組み込まれてもいる属性魔石に精製
344
できることからも有用性は言うまでもない。
復旧の目途が立てば、今度は同様の災害での破壊されないよう、
問題点を洗い出して転移クリスタル柱を強化していく方針が新たな
イベントとして発生した。細かな劣化部分の修復と合わせ、未だに
魔水晶の需要は衰えてはいなかった。また、転移クリスタル柱をよ
り多く製造する計画も生まれている。
﹁今まで王都と主要な町にしかなかった転移クリスタル柱を、王国
に点在する村にも設置するためのクエストか⋮⋮貴方、よくそんな
重要そうなクエストを受注できたわね﹂
﹁フッフッフ、これも人徳のなせるわざデスね﹂
ドヤ顔のミココ。神職を目指しているにも関わらず威厳のない子
ね、とメグは彼女の胸を張る姿に尻尾をふる子犬を幻視してしまい、
思わず苦笑した。
ミココがどんなプレイをしてきたのかはタケたちにとって知る由
もないが、スターティア王国にとっての国策事業に入るようなクエ
ストをソロで受注する︱︱これだけでも驚くべきことである。βテ
スト時代に一緒に戦い背中を預けたこともあってか、実力は疑いよ
うもない。
﹁というワケで、ここで会ったのも何かの縁デスし、一緒に行きま
ショウ!﹂
﹁⋮⋮どこに?﹂
﹁さっき言いましたよー。あそこっ! ミナモ村デスっ!﹂
本人にとっては決定事項なのか、断られることを一切考えていな
い良いにぱっとした笑顔で、ミココはじと目のメグの質問を受け、
ビシッと波打つ浜の方向に指を指した。
345
砂浜の向こう側、海の沖合いにぽつんと浮かぶ島がそこにあった。
言われてみれば、ちらほらと木造建築物らしき家々が点在してい
る。
見たところ木々も多く生い茂り、緑のある離れ小島といったとこ
ろである。目算した距離にして数キロメートルかそこらだろうとタ
ケは適当な感覚で当たりをつけた。シィもいるので、泳いでいった
としても大きな苦労はないだろう。しかし身に着けた装備の重量や、
ここからでは見えない潮の流れが激しいという悪い状況の発生の可
能性を考えれば、そう簡単に小島に到着するだろうかと思ってしま
う。海からモンスターが襲撃してくることもありえるのだ。
だが戦巫女は物事を深く考えない性格をしていた。
それも憎めない魅力のひとつ、といえばそれまでだが。
﹁さあ、行きまショウ!﹂
言うや否や、ミココはアイテムポーチからどでかい丸太を6本取
り出して無造作に投げた。木の皮をとっていない自然そのままの木
材が砂浜にどしゃりと落ちる。スイカも入らなそうな小さな口のポ
ーチから、どうやってあの大きさのモノが、とは考えてはいけない。
そういう仕様なのだ。
﹁断ったらそれはそれで後に響きそうだし、何よりクエストのイベ
ントが面白そうだから協力はするさ﹂
のんびり旅するのも悪くはないが、こういった予期せず起きる一
期一会な刺激こそが冒険の醍醐味だろうと思っているタケは断るつ
もりはなかった。半ば勢いに押されたこともあるが、ここまできた
らメグも拒否するのも面倒になったようで、﹁もう、しょうがない
か﹂と気持ちを切り替える。
346
﹁で、その丸太は何に使うわけ?﹂
﹁海を渡るためのいかだデス!﹂
端的な即答。
﹁いや待て。村があるのなら、桟橋とか交通の便になるものはない
のか?﹂
﹁ありまセン! あの小島の中心にある村はちょっと特殊なところ
みたいで、村民全員が海の従魔との契約をしているみたいなのデス。
だから桟橋のような船の停留所はなくて、私たちのような目的のあ
る人たちが行き来するには、基本的にそこら辺の浜から船などで進
むしかないようデス﹂
ミココの返答に、タケは﹁インフラ整備とかはまだまだな世界な
んだよなあここは﹂と唸る。
﹁質問がないのなら、とりあえずいかだを作りマス!﹂
アイヴィーフォレスト
パンッとミココが柏手を打つ。すると手の前に緑色の魔方陣が展
開した。そして彼女が習得している樹属性魔法、蔦の森が発動する。
種族エルフのメグが使うような精霊魔法と違い、本来なら数小節
アイヴィーフォレスト
の呪文を唱える必要がある魔法スキルは、行使者のスキルレベルで
もある熟練度によっては詠唱省略ないし破棄が可能だ。蔦の森は樹
属性の魔術スキルの中では中堅のレベルであり、無詠唱で発動させ
ているミココは十分なレベルと長時間の訓練を得ていることが垣間
見える。
アイヴィーフォレスト
蔦の森の魔法を受けた丸太は、至る所から魔力で形成された蔦を
しゅるしゅると伸ばし、巻きつき、絡め取り、6本の丸太を互い互
いに拘束していく。数秒とかからず、6本の丸太は畳二枚ちょっと
程度の広さを持ついかだと変わった。
347
﹁さあ、これで準備はできました!﹂
行きますよーっ、と意気揚揚とミココは砂浜に出来たいかだを海
に流そうとする。しかし筋力値が足りないのか﹁んーっ! んーっ
!﹂と顔を赤くして力を込める彼女を鼻で笑うかのように、いかだ
は前に進まない。
作るなら波打ち際にしとけよ、とタケとメグは同時に心の中でツ
ッコミを入れた。
﹁⋮⋮て、手伝ってくださいぃぃ﹂
くるりとタケたちのほうを向いたミココは半泣きである。
タケとメグは顔を見合わせ、やれやれと言いながら、いかだを押
す作業を手伝いに向かった。きゅーいぃ、とシィまでどこか呆れた
ような鳴き声だったそうな。
348
27. 離れ小島の小さな村で 前編︵後書き︶
というわけで、次は小島にあるミナモ村でのお話。
せっかくシィという海系統の仲間が出来たのだから、
うまく生かせる場所の話にしないとね、という思惑であります。
あと転移クリスタル柱の復旧どうなったん、という感想があったの
で、
ちょこっとだけ捕捉的に説明を入れてみました。
魔皇水晶で一本分てのは正直設定が甘かったと言わざるを得ません。
今更修正するのもあれなので、強化イベントという辻褄合わせの後
付を追加しました。
これで何とかお許し下さい。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
349
28. 離れ小島の小さな村で 後編
﹁きゅうーぃ!﹂
蒼穹の下、潮騒の中でシィの鳴き声は水を得た魚のように元気な
ものだった。
やはり海洋性生物の従魔だからか、海というフィールドではいつ
アイヴィーフォレスト
もよりも水を切るヒレの動きに強い躍動感がある。シィはミココが
蔦の森でいかだを引っ張れるように追加した蔓を噛み千切らないよ
うに口に咥え、絶妙な泳ぎ加減でぐいぐいと海を進んでいく。
﹁なんか悪いデスね。本来ならワタシが水魔法で推進力出すつもり
だったんデスが﹂
﹁まあ気にしなさんな。シィも楽しそうだしな﹂
申し訳なさそうな表情のミココに朗らかに笑って返答するタケ。
シィは自由に泳ぎ回るよりも、安全にいかだを引っ張っていくこ
とにゲーム的な楽しさを見出したようだ。単純に船のエンジンの代
わりをしているだけではなく、ときおり蔦を離して海中に潜る。襲
撃してくる海中のモンスターを噛み砕くためである。
ざぶぅん、とシィが波立つ海に身を沈めた数秒後には、いかだの
周囲の海中、海から襲い掛かるモンスターを撃滅した結果である魔
力光が波間に揺らめいては消えていく。日中なのが惜しまれる。も
し夜中だったのなら、潮水によってゆらゆらと不規則に淡く光る海
面の光景はさぞかし幻想的だったことだろう。
目標地点の浜辺の街道から小さく見えていた小島は、もう既に目
と鼻の先。モンスターに襲われはしたものの、海の敵はシィが余す
350
ことなく殲滅し、空から爪や嘴を向けて攻撃をしかけてきた赤線ウ
ミネコといった敵は、ミココの放つ矢によって穿たれ墜落消滅の末
路を辿る。
アイヴィーフォレスト
そして、さしたる苦労もなく、タケたちを乗せたいかだはミナモ
村付近の砂浜へと到着した。帰りにも使うようで、ミココは蔦の森
の魔法拘束を解除し、裸になった6本の丸太をアイテムポーチにつ
っこみ回収していく。
砂浜は人の足跡ひとつなく綺麗なものだ。遠くで赤線ウミネコの
鳴き声が耳に届いている。周囲にはごつごつとした岩場が目に付く
が、タケの目に映る視覚情報には、自然と共にスキルのアーツ環境
看破によって、それらの岩がモンスターの擬態によるものという情
報が浮かび上がっていた。
ここら辺にあるのは全部そうみたいだな。
変に手を出さなきゃ問題ない、か?
﹁メグ、あれとかそれ。黒っぽい岩、どうやら敵みたいだな。あま
り不用意に近づかないほうが無難だ﹂
タケがそう言って指差す岩へとメグの視線が向いたちょうどその
とき、何やら腰の座りでも悪かったのか、岩がぐぐっと不自然に動
いて持ち上がり、薄いオレンジ色の甲羅に包まれた足と鋏を持った、
ヤドカリのようなモンスターが姿を見せた。
﹁お、おぉ。けっこうおっきいわね﹂
黒真珠のような眼球をきょろきょろ動かし、さくさくと砂浜に刺
さる小さな足跡をつけて横歩きした体調1メートル近くのヤドカリ
は、再び足と鋏を隠してただの岩へと擬態する。敵意というものが
ない、所謂ノンアクティブモンスターである。
351
さざ波の音、晴れた空、白い砂浜。
でかいヤドカリがのそのそと動く場所ではあるが、非常にのどか
な風景だった。
それは村に足を踏み入れても変わらず、穏やかな潮風が肌を撫で
ていく。ほのぼのとした空気。小島に生える木々を利用して造られ
た、色が浅茶色でくすんだからぶき屋根。三角形の家々が建ち並ぶ
村がタケたちを出迎えてくれた。
三日月の扇状に広がって点在している家々の中心は村の広場にな
っており、既に土台基盤の整った、10メートルはある王都のより
も少し小さく、周囲の家よりも高い程度の転移クリスタル柱の設置
が行われている。転移クリスタル柱の周りにはぐるりと囲まれるよ
うに高所作業足場となる骨組みが組み立てられ、厚手のローブに似
た作業服を着こなした魔宝石や魔道具系統の職人たちが、せっせと
魔水晶を転移クリスタル化させて柱へと圧縮して固める精製作業に
勤しんでいた。
やはり工事作業が物珍しいのか、設置中の未完成の転移クリスタ
ル柱の足元には、村人たちと思われる子供をつれた女性や老人たち
が首を上にして野次馬となって集まっていた。
﹁すいませーん﹂
とりあえず声をかけると、浜から歩いてきたタケたちに気がつい
たのか、下で高所作業をしている者たちに指示を出していた中年の
男性が﹁おおっ、ミココさん持ってきたんですね! 待ってました
よ!﹂と晴れやかに破顔一笑して小走りに駆け寄ってきた。
知り合いかしら?
352
たぶんクエスト関係で何かしらの接点があったんだろうさ。
﹁数日前に打ち合わせしてた現場監督の人デスよー﹂
見知らぬ中年の素性に顔を見合わせていたタケとメグの声なき疑
問に、ミココはアイテムポーチから自分の頭よりも大きい魔皇水晶
の塊を取り出しながら返答する。
ちなみにシィは先ほどから空中をふよふよと泳ぎながら、きょろ
きょろと、きゅぃきゅぃと、初めて見る王都とは違った村の風景に
好奇心を隠すことなく視線を右に左にと動かしていた。その大きな
レプンカムイ
体躯に転移クリスタル柱の野次馬の大人たちは﹁ほぅ、こんなとこ
ろで従魔になってる沖の神を見るとは﹂と畏怖と感嘆の声を漏らし、
子供たちは単純に﹁うおおぉぉでっけー!﹂﹁強そー!﹂﹁かわい
いー﹂と興奮の声を上げていた。
それから後のことは取り立てて特筆すべき出来事はない。流れと
しては、ミココが魔皇水晶を中年の現場監督に渡し、村人たちに歓
待され、宵の深まる時間に、村の設置途中の転移クリスタル柱の下
で井桁型に組んだキャンプファイアーの火の粉や星や月明かり、村
の今後を肴にささやかな宴会が開かれた。
begin. わたしぃー、ミココは
始めますよぅ
me
let
それではぁ
﹁Now,
stunts!﹂
一発芸をしマス!
ぁー、do
早々に飲み比べの酒で酔っ払い呂律が回らなくなったミココが、
覚えようと頑張っているために普段から使っている日本語と、故郷
アメリカで生まれたときから使っていた英語の二つの言語が混じっ
た声を上げ、どこからか持ってきたりんごを軽く投げた。なんだな
んだ何をするんだ、と酒や料理を片手に村人たちは放物線を描いて
投げられたりんごに視線が釣られる。
353
当たれ!
﹁ほりゃぁーっぅ! Let
me
win!﹂
すかさず矢を番えて弓を構えたミココは、すばやく弦を引いて放
った。打ち抜く弓矢はウィリアム・テルもどきの一発芸。直後、り
んごは空中を駆けた矢の一撃により砕け散り︱︱﹁おおおぉぉぉー
っ!!﹂と彼女の技量に拍手とどよめきが沸いた。
﹁あ、ドーモドーモ﹂と手を挙げてドヤ顔するミココ。
これにより一気に宴は盛り上がっていく。
タケは漁で慣らした上腕二頭筋を自慢する腕自慢の男集に勝負を
申し込まれ、素手だけの特殊戦闘領域に転移しないその場で戦う簡
易PVP戦闘を繰り広げた。そんなタケを尻目に、メグは村の女性
陣から旦那の胃袋を掴む為の新鮮な魚料理のレシピといった夫婦間
でのアレコレや、子育ての大変さを教えてもらっていた。シィはま
だ子供の部分もあってか、一通り料理を食べつくしてお腹一杯にな
り、村人に用意してもらった宿泊予定だった空き家で、ござを敷い
たひんやりとした床の上でゆっくりと静かに眠りに付いた。
こうして、タケたちが到着した日のミナモ村の夜は笑顔と共に更
けていった。
しかし翌日には緩んでいた空気は一瞬にして崩れ去る。
連休だったこともあってか、タケたちはログアウトして時間を空
けることなく、ミナモ村での朝を︱︱地面を揺らして腹に響く轟音
と共に目覚めることになる。眼前には既に見慣れたウィンドウが展
開されていた。
︻緊急クエスト︼
転移クリスタル柱が倒壊してしまった原因を探れ!
354
355
28. 離れ小島の小さな村で 後編︵後書き︶
というわけで、次回はミナモ村に起きた事件に首をつっこむ話です。
今回はのんびりーな話だったので、描写はささっとあっさり風味で
お送りしました。
お盆休み何それおいしいの? ていうかめっちゃ暑くない?
という状況ではありますが、皆さんも体調にはお気をつけください。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
356
29. 水と氷と毒の海上戦 前編︵前書き︶
︻緊急クエスト︼
NPCとの会話等で受注するクエストとは違い、管理AIが突発的
に提示するもの。
どれもゲーム世界に今後の影響を与えるであろう状況にて発生する。
明確な報酬はないが、クエストの経緯での出会いは得難いものにな
るだろう。
357
29. 水と氷と毒の海上戦 前編
緊急クエストのウィンドウが展開するや否や、状況を即座に把握。
チャットと同様、プレイヤーにある即時装備着脱のシステムを思考
操作し、武器防具を身に着けたタケたちは宿泊していた簡素な空き
家から飛び出した。慌てることなく、無駄口も叩くことなく、速や
かに行動に移すのはβテスト時代からの経験の賜物ともいえる。
﹁⋮⋮うーわぁ﹂
メグの口から思わず漏れた溜息。まだ倒壊してから間もないのか、
所々がひび割れ、柱の残骸に成り果てた転移クリスタル柱の周囲に
は土煙がもうもうと立ち上っていた。タケはきょろきょろと首を動
かしてその場で見回してみたが、倒れた場所に家屋はなかったよう
だ。しかし昨夜の宴会の片づけをしていたらしき人がちらほらいた
ようで、怪我人がいないとも限らない。
﹁理由はわからないが、もし外的要因だった場合、敵がいるかもし
れない。シィと一緒にそこらを見てくる﹂
﹁わかったわ。私は倒れたアレをちょっと調べてみる﹂
﹁ワタシは聞き込みでもしてマスね﹂
﹁きゅい﹂
タケを見送った後、メグは風の精霊を呼び出して、人が住んでい
る家々の方とは反対側に流れる風を作り、土煙を排除して視界を確
保しながら転移クリスタル柱の元に向かった。
思った以上に頑丈に固められて柱にしているのか、倒れた転移ク
リスタル柱の細かい破片などは地面に一つも落ちておらず、あって
358
も拳大の大きなものばかりだった。ただひとつ言えることは、薄青
い魔水晶の光は完全に消え去り、無色半透明になったことから貯蓄
されていた魔力が霧散したということである。
柱を支える根幹、土台部分にはこれといった異常は見当たらなか
った。木製で出来た所がクリスタルの重量で押しつぶされているく
らいしか判断がとれない。やはり専門家に聞いたほうが早かったか
な、とメグが黙考していると﹁あ、メグさん。昨夜はどうもでした﹂
と後ろから声をかけられる。
中年の男性。
昨夜、少しだけ挨拶を交わした、転移クリスタル柱設置の現場監
督、その人である。
﹁ああ、ペルゲンさん。これ、せっかく設置が終わりそうだったて
のに、残念でしたね﹂
﹁いやはや、まったくもって困りましたよホント。国の援助金だっ
て無限なわけじゃないのにねぇ⋮⋮うちの魔導技師工房の査定に響
かなきゃいいんだけど⋮⋮無理ですよねぇ﹂
とほほ、と苦笑いで頭をかくペルゲンは、言葉とは裏腹にそこま
でがっかりと肩を落としているようには見えなかった。視線は倒れ
た転移クリスタル柱に向けられ、表情からは何を考えているのかは
読み取れない。悔しさや怒りと言った感情がぐちゃぐちゃに入り混
じると、かえって無表情になるものだ。きっと気持ちの整理をして
いるのだろう、とメグは心中を察した。
メグが現場監督のペルゲンと会話しているころ︱︱ミココは安全
を確認して家から出てきたミナモ村の顔役たち、村長や従魔と漁に
出て魚を捕ってくる男衆に聞き込みをしていた。
359
﹁⋮⋮つまり、誰も設置に否定的な人はいない、ということデスね
?﹂
﹁そりゃあ勿論ですよ。確かに俺たちはこんな離れた島に暮らして
るから閉鎖的な部分はありますがね、よほどのことがない限りは国
が決めたことに文句は言いませんって﹂
タケよりも身長が高く、日焼けして浅黒い肌をした精悍な男は腕
を組んで﹁なあ、そうだろ?﹂と周りにいる同じような体格と肌の
男たちに声をかける。全員が﹁そーだな、それにクリスタルの魔力
都市的
Ad
はあっても困るこたぁねぇし﹂﹁俺たちゃあ、そこまで狭量じゃね
ぇよ﹂と誰もが犯人になりえない供述をしていた。
シナリオ
﹁うぅ、これは困りマシタ⋮⋮こういった頭を使うCity
ventureは苦手デス。敵が出てきてくれたほうがまだマシデ
スよ﹂
一気に解決できないものデスか⋮⋮︱︱あ!
がやがやと今後を話し合う男たちに囲まれ頭を抱えて唸るミココ
だったが、ふと自分のスキルで有用だと思われる魔法があったこと
に気がつく。ビックリマークや光る電球が頭上で出て閃くような漫
画的な描写をするのなら、ティン、ときた。
﹁そーデス! これがありマシタ!﹂
雲が晴れたかのように笑顔になったミココは、手のひらをかざし、
ひとつの蒼い魔法陣を展開させる。
特殊水魔法、セイントウォーター。
ミココが保有する二つのスキル、巫女の浄化と水属性魔法を組み
合わせたアーツであり、触れた存在の悪意に反応してダメージを与
360
える特殊魔法のひとつである。
﹁この魔法水は基本的には無害デスが、もし悪いことを︱︱具体的
痛み
には殺人とかそういった水準の悪いことを考えているヒトがいたの
なら、それなりのpainを与えるのデース!﹂
かざした手のひらの上、ふよふよと浮かぶ魔力で形成された無色
透明の水球に周囲の男たちの視線が向く。
﹁え、やべえ浮気とかそんなのもダメなのか?﹂
﹁おい俺は昨日かーちゃんのへそくりちょろまかしたのバレたばっ
かりだぞ﹂
﹁はぁはぁ、巫女さんの聖水⋮⋮﹂
喧騒が広がっていく中で、ミココは意に介さずに、﹁ていやあっ﹂
と魔力の拡散スキルも利用してセイントウォーターを範囲拡大して
発動させた。
ミココは手を横凪に振るう。魔力光を含んだ一抱えもある大きさ
の水球はビー玉ほどの小ささで拡散し、大粒の雨と化して周辺に清
浄なる魔法水を撒き散らす。﹁おわっ﹂﹁冷たっ﹂と慌て驚く男た
ちだったが、﹁ぐうあぁっ!!﹂と激烈に身を焦がす痛みに耐えら
れずに上がった一人の男の叫び声にかき消される。
﹁んなっ! おい大丈夫か!?﹂
﹁︱︱近寄ってはいけまセン!﹂
鮮烈に響くミココの警告が安否を気遣った男の足を止める。悪意
に反応して強酸のごとく変化した魔法水が当たった個所から煙を上
げる男は、苦しみに歯を食いしばり、弓矢をつがえて戦闘態勢を取
るミココを睨みつけた。
﹁う、ぐぐ⋮⋮キサマァ、やって、くれたナァ﹂
361
どろり、と黒ずんだ泥水のように全身が溶け出していく男は、自
分に向けられた魔力光を放つ矢と、ミココの紅白の巫女装束を憎々
しげに、ヒトが発することができない怨嗟の声でもって威嚇する。
﹁モ、モンスターだったのか﹂とざわめく他の男たちは後ずさった。
﹁王子の言っていた懸念とは、これだったのデスね。⋮⋮殺した人
の姿を模倣するモンスター、無貌のドッペルゲンガー。なるほど、
クリスタルの魔力を奪って転覆を狙うにはうってつけの敵デスね﹂
わかったからには容赦しまセンよ︱︱。
ィィン、と弓の弦が揺れる。
静かに蒼い光の軌跡を残す矢が放たれた。
ミココの水属性魔法スキルのレベルは既に50を超えており、上
位水属性魔法スキルに進化した影響から、さしてダメージを期待で
きないセイントウォーターの魔法でも十二分な効果を発揮していた。
﹁︱︱さよならデス﹂
赤い両眼を光らせた漆黒の影人間、ドッペルゲンガーのHPはま
だまだ残ってはいるものの、触れている水分が継続して凶悪な痛み
を与え俊敏な動作を不可能にしていた。故に、10メートルも離れ
スーパークリティカル
ていないこの場で咄嗟の回避は絶望的であり、魔力光に淡く輝く矢
は必中にして確殺の一撃となる。
﹁アガァッ!!﹂
蒼い光矢が突き刺さる。
寸分たがわず眉間を撃ち抜いていた。
最初に力が抜けるのは膝から。がくりと地に崩れ落ちるドッペル
362
ゲンガーは呻き声を漏らして、しかし決して敵対したミココに赤黒
く禍々しく光る視線を外すことはなかった︱︱だからこそ、気がつ
いた。
﹁︱︱ッ!?﹂
にたぁり、とドッペルゲンガーの口は細い三日月のように嗤って
いた。
﹁一発で終わりなんてなぁ、見事だよオンナァ⋮⋮だが、たぁだで
は死なんよぉ、オレはなぁ﹂
地に伏したドッペルゲンガーはその言葉を残し、黒いタール状の
液体となり︱︱意思を持ったかのように蠢き、数秒で黒い魔方陣を
形成、黒い光を放射して突風が吹き荒れた。
︱︱死に際だからできる、アクマ召喚。オマエラもミチズレダァ
⋮⋮。
ルサンチマン
風に乗って運ばれた最期の怨念が虚空に溶け込み、霞のように黒
の魔方陣が消え去った瞬間︱︱ミナモ村の南側、タケたちが小島に
降り立った浜の方角で、魚雷が爆発したかのような腹に響く盛大な
水しぶきが上がった。
﹁︱︱キシャアアアアァァァァッッ!!﹂
絹を裂くような耳をつんざく甲高い敵意の産声。
﹁⋮⋮おいおい、何だよこれは﹂
﹁きゅいい﹂
見回りで砂浜方面にいたタケの正面。四つの赤い瞳と、紫色の毒
々しい鱗、それぞれが別箇の思考を持つ五本の首をうねらせる大海
363
蛇、ヒュドラーが海面から姿を現していた。
364
29. 水と氷と毒の海上戦 前編︵後書き︶
というわけで、前座はさくっと退場してもらい、次回の海上戦に続
く!
シィ無双、はっじっまっるっよー!
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
365
30. 水と氷と毒の海上戦 中編︵前書き︶
浜のほうでド迫力な水飛沫の爆発音。
﹁︱︱なに、今のは﹂
﹁わ、わかりません。何でヒュドラーが召喚されたのか⋮⋮﹂
そう、そんなのが出てきたのね⋮⋮︱︱ん?
このNPC、今なんて言った?
366
30. 水と氷と毒の海上戦 中編
甲高い威嚇に、砂浜にいた岩を背負ったヤドカリが、見かけによ
らない俊敏さで一斉に逃げていく。あれだけあった黒いごつごつし
た岩が砂浜から目に見えて減少した状況を見て、タケは眼前に相対
する敵がボスクラスの相手だと判断する。
﹁多頭を持つ蛇の魔物、ヒュドラー、ね﹂
自然と共にスキルのアーツ環境看破の視点から、モンスターの簡
易な名称だけなら判明できた。
持ち上がった電信柱のごとく太く長い首は一階建て家屋よりは低
く、砂浜から海中に没している尾の部分を考えれば、ヒュドラーの
全長は頭の大きさから見て目算で8∼10メートルくらいだろう。
前に戦った巨大スキンクよりは小さく、シィよりは大きいといった
ところか。
﹁⋮⋮こいつは骨が折れそうだ。気張れよ、シィ﹂
﹁きゅーうー!﹂
現実でもゲームや神話などで有名なヒュドラーだ。蛇の外見、そ
してつるりとした鱗の紫にタケは猛毒という単語を連想する。背に
ある中型円形の盾を左手に、鱗の硬さを考えて緑の樹属性結晶の涙
滴型ハンマーを右手に構え、隣の砂浜から頭を覗かせるシィに発破
をかけた。
﹁︱︱キシャアアアアアッ!!﹂
戦闘態勢に移行した一人と一匹を待っていたのかどうか。それを
合図に、ヒュドラーは二対四つの血に濡れたような赤い眼球、五つ
367
の内、鎌首をもたげた三つの頭がタケを睥睨して大口を空けた。
開いた口の前に魔方陣が展開する。
自身の鱗と同色の紫。
なにかくるっ!?
﹁︱︱っ、射線から離れろシィッ!!﹂
言うや否や、タケは横に駆け、切迫の指示を貰ったシィは反対方
向に飛び跳ねた︱︱直後、紫に光る三つの口元の魔方陣から、黒に
近い紫色の毒々しい水弾が放たれた。
砂浜を抉り取って着弾、爆ぜる水はまさしく色の通り猛毒。煙を
上げて細かな白い砂を溶解する様は、背筋を粟立てるのに充分な威
力を想像させた。しかし慌てることはタブーだ。どんなときも冷静
に、そして隙は逃さない。最近になってメグの大胆不敵が伝染して
きたのか、タケの口には薄っすらと笑みが浮かんでいた。
ずるりと海水に濡れた身を砂浜に乗り上げ、腹や鱗に砂をつけた
ヒュドラーは毒ブレスを走り避けた二つの存在を標的と見なす。連
続で毒ブレスは出せないのか、出さないのか、ヒュドラーの次の攻
撃は繰り出される大顎。蛇といえば獲物を丸呑みすることで知られ
る。ヒュドラーも例外ではなく、口腔の奥の暗闇が、ひとつの頭が
鈍重な動きとは無縁の速度でタケを襲う。
﹁きゅいーっ!!﹂
だが砂浜の下から飛び出したシィが守る。氷の鎧を纏った砲弾の
ごとき体当たり。紫の鱗を容易く圧し折り弾け飛ばす。盾を構え、
方向を逸らして防ごうとしていたタケは胸中で相棒の従魔に賞賛を
送った。
368
即座に追撃に移る。
息を吐いて瞬発力を、魔力を右手のハンマーに込めた。
回路を辿って通された魔力が武器に仕込まれた機能の効果を十全
ドリル
に発揮させる。機械的なうねり、回転音。打撃部分の反対、円錐型
の尖った削岩機構の穿孔の一撃。ハンマーはヒュドラーの赤い眼球
に直撃した。
抉り取った部分から魔力光の粒子が溢れる。
クリティカル
眼は有機的な生物にとって最も解かり易い弱点のひとつ。必殺と
まではいかないが、確実に会心の一撃となって肉体的にも精神的に
も大きなダメージを与える。
﹁︱︱ァァアアアッッ!?﹂
痛覚が繋がっているのか、攻撃した頭だけではなく、五つある頭
の全てが苦痛の叫び声を上げた。
﹁よしっ、まだまだいく︱︱っ!?﹂
手応えはあった。しかし溢れる魔力光が収まったとき、潰したは
ずのヒュドラーの赤い眼は、先ほどのダメージが無かったかのよう
に元に戻っていた。思わず舌打ちする。
なるほど、再生持ちか。
一度手痛い一撃を貰った為か、自らよりも小さい存在に文字通り
窮鼠猫を噛むをされたと感じたか︱︱ヒュドラーは先程よりも激し
く首を振るい、シィには牙と付きたてようと、タケには丸呑みしよ
うと地を這うように大口を開けて暴れまわる。
﹁キシャアアアアアァァァッッ!!﹂
369
砂が飛び散り、振動で尾が沈む海水が飛沫を上げる。
﹁さて、どうしたものかね﹂
と言いながらも、頭の中ではいくつか対策が考えられている。伊
達に長いことゲーマーをやっていたわけではない。この手の攻略手
段など二つ三つは即座に過去の経験から引用できて当然だ。
波打つ砂浜を縦横無尽に泳ぎながら、体当たりや氷礫を飛ばす攻
撃しているシィをちらりと見やる。とりあえずやってみるか、とタ
ケは小さく呟きながらヒュドラーの猛攻を盾で捌きつつ、反撃の機
会を探すため﹁ふう﹂と一息、再び気合を入れなおした。
︱︱時間は少し遡る。
ミココが眉間を貫き無貌のドッペルゲンガーの最後の足掻きをさ
せ、タケが悪魔召喚されたヒュドラーと遭遇したとき。倒壊して魔
力の抜けた元転移クリスタル柱のところにいたメグは、目の前にい
るペンゲンという現場監督に疑惑の眼差しを向けていた。
このNPC、今なんて言った?
浜のほうでド迫力な水飛沫の爆発があったとき、﹁︱︱なに、今
のは﹂と驚き慌てて首をそっちに向けたメグにペルゲンは、同じよ
うにびっくりと目を丸くして慌て﹁わ、わかりません。何でヒュド
ラーが召喚されたのか⋮⋮﹂と言った。
言葉としては特に間違いはない。
しかし、今メグとペルゲン、そして破損具合を確認するために集
370
まってきた作業員たちがいるこの場所から︱︱音のあった方向は倒
れた転移クリスタル柱の被害に遭わなかった家屋や、防風林代わり
になっている背の高い樹木が多く生えている。
﹁なんかの爆発か?﹂
﹁いや、そんなもんないだろあそこには﹂
﹁いてもイワヤドカリだったはずだが﹂
﹁⋮⋮というか、なんかヤバイもんの鳴き声が聞こえたんだが﹂
がやがやと喧騒から漏れる作業員たちの会話から察するとおり、
何かがあったと判断は出来ても、何かが出現した︱︱ましてやそれ
が海から出てきたのではなく、召喚されたヒュドラーだと判断でき
るわけがないのだ。
確かにモンスターらしき威嚇声は聞こえた、木々や家屋の隙間か
ら紫色の何かが見えはする。しかし前述したとおり、乏しい声や色
の情報だけでヒュドラーとピンポイントで特定した名称が口から出
ることは、おかしい。召喚された、ヒュドラー、この二点の単語を
結びつける結論がどうしてペルゲンの頭から生まれたのだろうか。
千里眼や透視のようなスキル?
一介の職人系NPCがそんな大層なスキルを保有しているものな
の?
﹁ペルゲンさん、貴方はいま﹁よかったぁ、無事だったデスか!﹂
なんで︱︱ってミココ?﹂
もやもやとした疑問をスッキリ解消するため、手っ取り早く問い
かけようとしたメグの言葉を遮り、ミココが弓を手に持ったまま駆
け寄ってきた。
371
キシャアアアァァァ︱︱ッッ!
そこで聞こえるヒュドラーの叫び。
どばぁん、と口から発射された毒水が浜に浅いクレーターを形成
する攻撃音。
﹁あら、もう事情聴取は大丈夫なの? ⋮⋮というか今の声のヤツ
は何だか心当たりある? なんか爆撃みたいなのが起きてるけど﹂
﹁ワタシも全部はわからないですが、モンスターが村人に化けてい
たんデスよ!﹂
端的な説明に﹁へぇ﹂と視線を鋭くするメグ。周囲の作業員たち
も﹁まじかよ﹂﹁化けるやつがここに?﹂﹁んなこと言ってないで
避難したほうがいいんじゃないか﹂と、身振り手振りでいささかオ
ーバー気味なリアクションで話すミココを見て緊張を深めていく。
﹁貴方、どうやって化けた村人が敵だとわかったの? 何かのスキ
ル?﹂
﹁それは違いマス。魔法を使って見破りマシタ。これデスよ。﹂
言って、ミココはセイントウォーターを発動させ、水球を空中に
作り出した。
﹁効果は?﹂
﹁普通ならタダのHP回復効果のある水デスが⋮⋮、悪意を持った
対象にはダメージを与えマス﹂
ふむ。
メグは端整な顎に手を当て、一考。
疑わしきは罰せよってのは、あんまりよくないんだけどね。
﹁ミココ、それをペルゲンさんに飲ませてみて。⋮⋮別に化けた敵
が一体とは限らないでしょう?﹂
372
その言葉にぎょっと目を見開いたペルゲンは、どもりながら﹁な、
なにを根拠にそんなっ、いわれの無い冤罪はやめて下さいっ﹂と口
角泡を飛ばして必死の表情だ。
﹁別にちょっと魔法で作った、問題なければ無害の水を飲んで、っ
て言ってるだけですよ。そんなに慌てることはないじゃないですか﹂
﹁い、いやしかし⋮⋮﹂
︱︱ていっ。
びしゃあっ、と水が跳ねた。
状況を察したのか、挙動不審のペルゲンにミココは躊躇なくセイ
ントウォーターを投げた。
﹁︱︱ァゥガあぁッッ!?﹂
上手く言葉にならない悲鳴。聖水によって引き起こされた激痛が
ペルゲンの全身を強制的に痙攣させる。先程倒してきたドッペルゲ
ンガーとは違い、拡散された小さな飛沫のダメージとは比べ物にな
らない。
味方には優しく、敵には冷酷に。
やると決めたら容赦はするな。
βテスト上位陣のプレイヤー全員が持っている共通点である。
プレイヤーキラー
量子演算機器の新型AIのテストもかねていた︱︱製品版では規
制されたPK行為が普通に可能とされた、ある意味で厳しく現実的
だったβテスト時代ならではの考え方だ。
﹁いやー、自分の勘を信じてよかったわ﹂
﹁キ、きさ、まぁっ!﹂
どうやら水は口の中にも入ったようだ。軽い口調のメグとは反対
373
に、呂律の回らない、ほとんど全身からぶすぶすと強酸で溶かした
ような煙を上がるペルゲンの身体が、黒い泥の︱︱無貌のドッペル
ゲンガーのモノへと変じていく。
﹁ほんじゃま、さくっと﹂
フルメタル
現場監督に化けた敵の間合いを一瞬で詰めると同時、鋼の肉体ス
シェイプオペレート
キルのアーツ鋼鉄化で握り拳の腕を鋼に、魔力の鎧スキルのアーツ
形態操作で手に纏う魔力を戦鎚の形に変化。
︱︱仕留めるわよ。
デュアルエレメント
レベルの上がった精霊の囁きスキルが呼ぶのは上位属性の二種。
精霊の衣スキル、アーツ二重憑依を思考発動。あらゆる正の純粋エ
ネルギーである星天属性と、時間と空間を司る時空属性が拳に灰色
の光を宿らせた。
一欠けらの慈悲もなく、衝撃音は鈍器をブチ当てたが如く。
腰を落として振り抜いた、渾身の正拳付き。
メグの放った必殺コンボは、全身凶器スキルの恩恵をプラスして
炸裂。属性の威力も加算され、ドッペルゲンガーの胴体はくの字の
形で吹っ飛び、転移クリスタル柱の残骸の大きな塊に頭からぶつか
って一回転。地面にどしゃりと黒い四肢を投げた。
ドッペルゲンガー自体はそこまで強いモンスターではない。むし
ろ弱いといっていいだろう。真価はあくまでも潜入と隠密による暗
殺なのだ。一撃で正面切ってからの殴り合いをメグが圧倒するのは
自明の理である。
﹁︱︱また変な事させても問題デスから、ねっ!﹂
374
口から泡を出して地面に倒れたドッペルゲンガーは完全に気絶し
ていたが、消滅しないことから僅かにHPが残っていると判断して、
ミココは追撃の一矢を放ち︱︱ドッペルゲンガーは抵抗することな
く光と消えた。
もし相手がその気だったら、背中を向けたときにブスリとやられ
てたかもね。
あらかじめ来るとわかっていなければ、暗殺は予防するのが極め
て難しい。一撃で上半身を千切りかねない威力は、メグの押し殺し
た恐怖の現れでもあった。
︱︱ァァアアアッッ!?
再び聞こえたのは痛みを伴う何かの鳴き声。
﹁どうやらタケ君とシィちゃんが殺り合ってるみたいね。⋮⋮くく
く、さっきの雑魚じゃ消化不良気味だし、ちょうどいいわ。行くわ
よミココ! ⋮⋮って、貴方なんて顔してるのよ﹂
男らしく意気込み駆け出そうとするメグは、矢を放ったまま、や
っちまったーっ、という顔をしているミココに訝しげな視線を向け
た。
﹁⋮⋮情報、吐き出させるのをすっかり忘れてマシタ﹂
転移クリスタル柱を狙った事件が見えない所で起きていると、ミ
ココはスターティアの王族から話を受け、ゲームシステム的には特
別クエストとして受注していた。
何故、転移クリスタル柱が狙われているのか。
次のバージョンアップの布石なのか、と不確かな憶測が掲示板の
一角に書かれている。今回は犯人らしきモンスターも確認したとい
うのに、情報を少しでも引き出すべきだったが︱︱ミココは己の不
375
手際に心の中で涙した。
この一手は後々に響いてくことになるのだが︱︱。
﹁ほら何落ち込んでんのよ! さっさと走る! 強敵が待ってるわ
よミココ!﹂
メグはミココの手を引いて、縦横無尽スキルの恩恵を最大限に発
揮して走り出す。
まだ彼女らはそのことを知らない。
376
30. 水と氷と毒の海上戦 中編︵後書き︶
長くなりそうだったので中編として区切りました。
シィ無双は次回に持ち越しになりそうです。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
377
31. 水と氷と毒の海上戦 後編1︵前書き︶
少し長くなりそうなので、後編は分割しました。
378
31. 水と氷と毒の海上戦 後編1
﹁なあ、ここは俺たちの村だよな﹂
﹁そりゃそうだろ、何言ってんだよお前は﹂
﹁いやさ、冒険者とはいえ客人たちに危険なこと⋮⋮あの蛇みてぇ
なのを任せていいのかって話だよ﹂
﹁⋮⋮﹂
誰もが返事をしない︱︱否、返事をする必要はなかった。
100人も満たない小さな村に住む皆は全員が家族のようなもの。
その性格も、気質も、わざわざ確認する必要もなく理解していた。
最初に日焼けした逞しい腕でサムズアップしたのは村で腕利きの
猟師の男だった。
筋骨隆々とした体格で、にやりと白い歯を見せる姿が周囲の笑い
を誘う。 ﹁⋮⋮ハッ﹂
﹁くっくっく⋮⋮﹂
小さく笑い、無言で首肯し合う漁師たちの表情は、さしずめ獲物
を補足した肉食獣の様。
彼らは村の、各々の家で共に過ごす相棒、海の従魔たちを呼びに
家に戻っていく。
︱︱漁の始まりだった。
甲高い声の威嚇。蛇のくせにステルス性を端から捨てているヒュ
379
ドラーに向けてタケは舌打ちする。浅い負傷ならほぼ一瞬で再生さ
せる紫鱗のヒュドラーに大きなダメージを与える方法は、シィの氷
属性攻撃で凍結させてから身体を砕くことと判断した。
思惑通りなんだが、あそこじゃ手が出せんな。
シィはタケの指示を疑うことなく忠実に実行した。水流集結スキ
ルを応用して放出した、触れれば即座に凍りつく水弾を飛ばしてヒ
ュドラーの鱗を冷凍処理していく。その後は氷を纏った4メートル
の巨体を生かした体当たりや、尾びれを叩きつける打撃で効果的な
ダメージを蓄積させていく。
たまらずヒュドラーは沖合いのほうに下がっていった。
どうするか、と思案するタケが困っていたのは、戦場が海上に移
行したことだ。波打ち際の砂浜と違い足場がない。重装備の彼にと
って泳いで戦うという選択肢は存在せず、ただただ泳ぎ飛び跳ねる
躍動感に満ちたシィの奮闘を見ているだけになっていた。
﹁︱︱タケ君、待たせたわね!﹂
メグと、手を引かれひいこら言っているミココと合流できたのは
丁度そのときのことだ。背後から砂浜に足跡を残して駆け寄る二人
にタケは状況を説明する。
﹁⋮⋮なるほど、ワタシに良い考えがありマス﹂
言うや否や、ミココはパンッと拍手をひとつ、青色の水属性魔方
陣を自身の足元に展開させた。これは? と首を傾げるメグとタケ
の足元にも、同様の魔方陣が淡い光を放っている。
ちなみに魔法を行使する際に拍手を打つ必要性はない。そこはミ
380
ココの気分の問題である。しかしテンションの上下がアーツなどの
マインドフルダイブ
威力や精度に影響を与える可能性が有る、と掲示板では検証の議論
ヴァーチャルリアリティ
が繰り広げられており、脳波で思考を汲み取る最新鋭のMHD型の
VRで根性論を説かれることはこの時代にしばしば見られることで
あった。
﹁水属性魔法、アクアウォーク。これで水の上を歩けるようになり
マス!﹂
ミココの展開した魔方陣は青い光を三人の両足に残して消える。
ふむ、とメグはさっそく波打つ海に向かって走る。
﹁お、おお。⋮⋮こんな魔法もあるのね﹂
精霊魔法で似たようなことは出来るのかしら、とメグは呟きなが
ら、ゴムのような適度な固さで足場となった海面を踏みしめて感触
を確かめる。
﹁⋮⋮ふむ﹂
ダンッ、と強く思いっきり力を込めてタケは海面を踏み抜く。ぐ
わん、と波紋を広げるもすぐに海面は凪ぎの状態に戻った。波で揺
れるために緩やかで不安定な凸凹したベルトコンベアーを上を立っ
ているような感覚で、地面ほど安定した重心を保つのに違和感を覚
えるだろうが、充分に足場として戦うことが可能だろう。
﹁よし、これならシィの援護もできるな﹂
相手は大物。先程までは盾とハンマーだったが、タケはドでかい
ダメージを期待できる長柄のメイスを背中から取り出して両手に持
タイマン
ち、﹁いくぞ﹂と小さく自分を鼓舞して、沖合いの海上でヒュドラ
ーと一対一で殺り合っているシィの所まで駆け出した。
シャチと多頭の巨大蛇の戦いは、まさしく生存競争ともいうべき
381
必死さと凄惨さが同居していた。武器を用いて戦う人間とは根本的
に異なる攻撃の押収である。容赦なく出血を促す牙が、筋肉の塊で
見た目とは裏腹に相当の衝撃をもたらす尾が、水飛沫と共に嵐のご
とく吹き荒れる。加えて海の水を利用した水圧と冷気の霧、見るか
らに生物に忌避感を覚えさせる紫の毒液が二体を中心に飛び交って
いた。
﹁援護しマス!﹂
しばし怪獣大決戦もかくやという戦いに見入っていた三人のうち、
一番最初に役目を思い出したのはミココである。声を張り上げ、手
にした弓弦を強く引き、矢を放つ。当然アーツを行使して青い光を
纏う矢の威力は底上げされている。
だが、一直線に放たれた矢はヒュドラーの紫鱗にあっさりと弾か
こんちきしょう!
れた。
shit! と英語スラングで悪態つくミココの横をタケとメグ
は駆け抜ける。
﹁ミココはそのまま牽制をお願い!﹂
フルメタル
シェイプオペレート デュアルエレメント
波紋が足跡として残る海面。メグは間合いに入る前に、お馴染み
の鋼鉄化、形態操作、二重憑依のアーツコンボで強化補助をかける。
両腕に付与された二種類の属性がエフェクト光の粒子を棚引かせ、
軌跡の残像を虚空に刻む。
ミココの遠距離射撃は鱗の強度により弾かれ無傷だったとはいえ、
ヒュドラーは自分に矢が飛んできた方向に視線を向けないわけがな
い。五つの内の一つ、頭を三人の方に向けたヒュドラーは大口を開
け、邪魔者を排除しようと紫の魔方陣を展開、毒水の弾丸を連続で
発射した。
382
﹁当たるものかあぁっ!!﹂
間合いを詰めるメグは一気呵成。縦横無尽のスキルが遺憾なく発
揮される。
立ち止まることなくメグは海面に水柱を上げて爆散する攻撃を掻
い潜った。触れれば即座に凶悪な猛毒の状態異常になることは必至。
気合と根性と集中力で右に左に進路を変えながらも、進む足を止め
ることはなかった。
この世界の状態異常:毒はHPが徐々に減っていくような生易し
いものではない。モノによっては即死、部位破壊と同等の壊死など
が起りうる。軽度であっても、発熱、思考低下といった地味に行動
を妨げてくるのだ。道端のキノコを何となく腹に収めたプレイヤー
が死に戻りした事件だってある。古来より人間を容易く殺してきた
毒を侮ってはいけない。
接敵。
メグの水と風属性が付与された拳がヒュドラーの横っ腹に突き刺
さる。相応の衝撃に手応えありと言いたくなるが、相手の大きさか
ら微々たるダメージにしかならないことは理解していた。
﹁しからば追撃ッ!﹂
最初の一打を皮切りに、第三者の視点から見れば﹁オラオラオラ
オラオラオラ︱︱!!﹂と効果音にも聞こえてきそうな怒涛の連撃
を止め処なく繰り出す。
﹁︱︱こいつも貰っておけ!﹂
メグの連続攻撃は彼女の容姿もあってか華のある練武となるが、
タケのメイスの一振りは地味の一言につきる。しかしどかんと一発、
383
一撃の威力は倍以上。浸透して巨体に芯まで届かせる強打撃は確実
にヒュドラーの思考を寸断した。
例外もあるが、基本的に小細工のない大きな身体は攻撃力や防御
力に優れる。固体によっては敏捷性も高いだろう。しかし対処する
存在が小さいモノで、至近距離まで接近されて懐に入られた場合、
小回りの利かない巨体はただの的だ。
﹁きゅーいー!﹂
自分に近い大きさのシィの対応もあった。柔軟性のある蛇の身体
でも、海を泳ぎながら懐の小さな人間を攻撃するにはそれなりに首
を曲げなくてはならない。その動きは攻撃を許す隙となってしまう。
腹を殴りまくるメグだけに意識を向けることはヒュドラーには出来
なかった。加えて、ミココの矢、タケのメイスの衝撃が考える暇を
与えなかった。
キシャアアアアアァァァァッ!
再生能力が高いとはいえ、シィがヒュドラーのヘイトを常に稼ぎ、
タケたち三人でダメージを確実に蓄積していけば倒せる︱︱そう思
っていた矢先。
ヒュドラーの五つの頭は、紫の毒霧を吐き出した。
先程までの毒水の弾丸ではない、周囲を死の恐怖に満たす原色の
紫。
不幸なことに海面の風はそれほど強くはなかった。あたり一面に
毒々しい色の濃霧が発生したことで、タケたちは攻撃を中断を余儀
なくされる。メグは風の精霊魔法で視界を遮る紫を吹き飛ばそうと
するが、ヒュドラーの口から間断なく漏れていく毒霧の量は精霊が
384
巻き起こす突風を上回っていた。
いけない、体が痺れてきた。
視界の端に映るHP表示の横には紫色の泡と雷を模した絵文字。
つまり毒、麻痺の文字が記されていた。確認した瞬間に息を止めた
が、どうやら少しだけ毒霧を吸ってしまっていたようだ。僅か数秒
の出来事。かざした手のひらが見える程度まで視界を奪われたこの
状況は極めて危険で︱︱。
︱︱ドンッ、と。
全身を叩きつける衝撃。
タケは以前に巨大スキンクの尾で吹き飛ばされた記憶を幻視する。
言葉にならない、肺の空気が全て強制的に口から吐き出される間隔
の後、左肩に鈍い痛み。視界は滅茶苦茶に回転し、自分の状況が一
切不明の数秒間︱︱タケはヒュドラーの何らかの攻撃、おそらく振
り回した首か尾の攻撃によってホームランされたことを把握した。
なんとか毒霧から脱出したメグの視点には、いきなり毒霧のドー
ムをぶち抜いて海面に叩きつけられ転がりまわるタケが見えた。昔
見たテレビでトラックに轢かれた人形があんな感じだったなー、と
いう感想を抱く事一瞬、はっとして﹁やりやがったわねあの蛇野郎
⋮⋮﹂と歯軋りしつつタケの元に向かった。
385
31. 水と氷と毒の海上戦 後編1︵後書き︶
というわけで、後編2︵たぶんヒュドラー討伐終了︶に続きます。
仕事で出張が長期化というリアル事情の言い訳をしつつorz
次回は早めに、とは言い切れないのが情けない。
ですが、時間を見てちまちまと執筆はしております。
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
386
32. 水と氷と毒の海上戦 後編2
﹁あーもうっ、これじゃ迂闊に近寄れないじゃないのよ!﹂
メグの悪態は、まさしく現状の全員の気持ちを代弁していた。
超高水準な蛇としての赤外線感知器官で温度を可視化できるヒュ
ドラーは、毒霧に身を隠しながらも正確にタケたちを狙って毒水の
弾丸ブレスを吐き出していた。まさしく固定砲台である。
大砲のように、どぱぁんっ、と大きな音を立て、人間一人を容易
く飲み込む紫色の水弾が数十秒おきに毒霧の壁を突き破って飛来し、
海の色を変色させていく。誰が見ても深刻な海洋汚染であるが、ヒ
ュドラーと戦っている三人と一匹はそんなことを気にする余裕はな
い。
離れていても問題なく戦局の相談できるようチャットを利用する
のが通例だが、メグの﹁うがーっ﹂とフラストレーションの溜まり
具合がよくわかる言葉にならない愚痴がタケとミココの頭に響いて
いた。
﹁遠距離攻撃の乏しい俺たちには難易度の高い状況になってしまっ
たな。シィとミココだけに任せるわけにもいけないが⋮⋮どうする
か﹂
叩き飛ばされたときは重大なダメージを覚悟したが、思ったより
もHPの減少は軽微だった。運よく身代わりになってくれた頑丈な
メイスのお陰だろう。赤い武者鎧に破損が見られなかったタケの背
中には、くの字にひしゃげたメイスが吊るされていた。武器がひと
つ使い物にならなくなったのは痛いが、HPが消し飛ぶよりはマシ
387
である。
ミココは矢を放ち、シィが冷凍ビームや海水を使って攻撃を仕掛
けるが、深く濃い毒霧と、絶えず間断なく飛んでくる毒水の弾丸ブ
レスのせいで的確なダメージを期待できない。
スタミナやMP切れを狙うか⋮⋮いや、蛇の生命力は高いことで
有名。なら消耗戦よりも短期決戦がベストか?
風の精霊魔法で毒霧を吹き飛ばそうとして悪戦苦闘するメグを見
やり、タケは海上を走りながら勝利の道筋を模索する︱︱が、びし
ゃり、と後頭部にかかった感触から大粒の水滴が当たったと判断、
不思議に思い、ちらりと背後を見て思考が一瞬、停止した。
津波。
局所的な、二階建て家屋に相当するヒュドラーを軽く飲み込むく
らいの高さの圧倒的な水の壁。
﹁ッ!? タケ君逃げっ︱︱﹂
メグの警告のチャットが届くが悠長に最後まで聞いている余裕は
スラスター
なく、気が付けばタケは﹁ぬおおおおおおっっ!!﹂と叫び、鎧に
ある推進装置にMP限界まで魔力を通して点火。なかば水平飛行す
るように津波の影響下にない位置まで一目散に遁走する。
発生した津波が高さはあっても横幅がなく、位置的にタケは端っ
このほうにいたのが幸いした。
この場合は津波というよりは、もの凄く太い水柱というほうが正
確かもしれない。
フルフェイスの兜に隠されて見えないが、状況の急展開にタケが
388
口を空けて呆けていると、﹁がっはっは、すまんすまん﹂と笑い声。
ちゃぽん、と静かに海面から出てくるのは軽自動車ほどの大きさの
大亀の甲羅に胡坐で座る、昨夜にタケと酒を酌み交わした漁師のお
っさんだった。
﹁どでかい一発お見舞いしようとしたとき、射線にアンタが入って
きたときはさすがにやっちまったと思ったぜ。すまなかったな許し
てくれや⋮⋮そんでもってよ、さすがに俺たちの漁場を荒らすヤツ
をお前さんたちばかりに任すわけにはいかねぇからな。助太刀に来
たぜ! ︱︱無論、ミナモ村の漁師全員でな!﹂
オオオォォォーーッ!!
勇ましい雄叫び。
ヒュドラーとの戦闘に集中していたタケたちが振り返れば、島か
らこちらに向かってくる大漁旗の小船の船団。そして舟を先導する
ように、護衛するように海の従魔たちが悠々と泳いでいる。不意打
ち上等の先制攻撃をしたおっさんの大亀を筆頭に、海蛇、大王烏賊、
大蛸、サメ、イルカといった身体の大きなものから飛び魚やカジキ
マグロのような大小様々な魚類が、心強い味方として進軍してきた。
﹁うっしゃあーっ! お前ら海の男の力を見せるぜええええっっ!
!﹂
先程の津波によりヒュドラーの周囲を漂っていた毒霧は軒並み洗
い流されており、目標は丸裸。海の男というよりは荒くれ者の蛮族
といった風体で、一気呵成にミナモ村の漁師たちは自分の従魔に指
示を出し、鋼の銛を片手に攻撃を開始する。
﹁くたばれやああぁっ!﹂
﹁ぐはははっ!﹂
389
﹁血湧き肉踊るぜええ!﹂
荒々しい口調とは裏腹に魔法のような細やかな技巧で投網をヒュ
ドラーの頭に絡ませて動きを封じ、海の従魔を推進力として小回り
のきいた舟で接近して銛を執拗に死角から突き刺すえげつない作業
が行われた。20名以上の漁師たちの連携は凄まじく、タケやメグ
も流れに乗り遅れないよう嬉々として斧を、拳を叩き込み、ミココ
は﹁大盤振る舞いデス!﹂と魔法を込めた矢を雨霰と飛ばしていく。
﹁きゅいきゅーい♪﹂
﹁きゅきゅきゅ!﹂
﹁きしゃーっ!﹂
シィは自身と同じく海に属する従魔たちとの共闘が嬉しいのか、
水色の鮮やかなイルカや、全身真っ黒のサメと一緒に海中を泳ぎま
わり、飛び跳ねる︱︱その先はヒュドラーの腹。愛らしい鳴き声に
似合わない、氷の魔法を駆使した真白い冷気が漏れ出る牙が紫の鱗
を剥ぎ取り凄惨で凶悪な噛み痕を刻み付けていった。
ヒュドラーとて無抵抗でむざむざHPを削られているわけではな
い。自己再生スキルもあるために想像以上のタフネスを誇る体躯を
暴れさせ、毒のブレスや毒水の弾丸を吐き出して抵抗する。しかし
漁師たちは攻撃役と防御役をきっちりと分けているのか、ブレスの
大半は海から立ち上る水の防御壁に遮られてしまっていた。
そこで﹁いい加減に沈みなさいよっ!!﹂と、ヒュドラーの背を
エアダ
縦横無尽スキルの補助を得て駆け上ったメグが頭のひとつ︱︱赤い
ッシュ
眼球に氷と風の属性付与をした鋼の拳を抉り込むように穿つ。空中
疾走を応用することで空中での踏ん張りを利かせた渾身の右ストレ
ートが炸裂音を響かせた。
390
ヒュドラーはもはや満身創痍。全身の軟らかい要所要所にミココ
の放った矢が突き刺さっており、漁師たちの銛で傷つけられた部分
は流血代わりの魔力の光が溢れ流れている。自己再生スキルが追い
つかなくなってきた証拠だった。
︱︱キシャアアアアアアアッッ!!
天へと叫ぶ断末魔。
気が付けば30分以上の時間が経過しており、海に頭を倒して沈
みかけたヒュドラーはようやく魔力光の屑となり、波間に討伐部位
である鱗や牙といった数々の素材を残して召喚されたその身を消滅
させた。
タケたちも無傷ではない。何人かの漁師は手足を骨折した者もい
るし、鎧の一部が剥げたタケの武装もヒュドラーの体当たりなどで
弾き飛ばされ海の底に沈んでいる。その手に残っているのは翡翠の
ハンマーひとつである。海水を被って全身がびしょびしょに濡れた
メグも、髪留めの簪がどこかに吹き飛ばされ髪の毛を風に揺らして
いた。
王都から買い溜めしていた回復アイテムも軒並み使い切っている。
手に入れた素材分や跳ね上がったスキルレベルを差し引いても金銭
的に赤字で、ヒュドラーはどう考えても今のタケとメグに見合うレ
ベルの敵ではなかったことの証明でもあった。
だが低レベルで強敵のボスを倒したことは大きな達成感として胸
ヴァーチャルリアリティ
に残る。ディスプレイでコントローラーのボタンをぽちぽち押して
遊ぶゲームとは違い、その身体で直に感じることが出来るVRゲー
ムならではと言えるだろう。
391
現実で味わうことのできない高揚感に、タケとメグは自然とハイ
タッチをして、笑い合うのだった。
392
32. 水と氷と毒の海上戦 後編2︵後書き︶
お、遅くなりました⋮⋮。
やっと繁忙期おわったー!
これで普通の週休でのんびりできるぜーひゃっほーい!
では次の更新までまた。
ありがとうございました。
393
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n5693bv/
VRMMO エルフと鬼が旅する仮想世界
2016年8月18日14時01分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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