Comments
Description
Transcript
第 35 回総会ポスター賞受賞記念論文
Jpn. J. Clin. Immunol., 31 (1) 1~8 (2008) 2008 The Japan Society for Clinical Immunology 1 第 35 回総会ポスター賞受賞記念論文 総 説(推薦論文) 推薦者日本臨床免疫学会理事,第 35 回総会長 吉崎和幸 ミクリッツ病と全身性 IgG4 関連疾患 ―当科における systemic IgG4-related plasmacytic syndrome (SIPS) 40 例の臨床的検討から― 山 本 元 久1,高 橋 裕 樹1,苗 代 康 可1,2,一 色 裕 之1,小原美琴子1,鈴木知佐子1 山 本 博 幸1,小 海 康 夫2,氷 見 徹 夫3,今 井 浩 三4,篠 村 恭 久1 Mikulicz's disease and systemic IgG4-related plasmacytic syndrome (SIPS) Motohisa YAMAMOTO1, Hiroki TAKAHASHI1, Yasuyoshi NAISHIRO1,2, Hiroyuki ISSHIKI1, Mikiko OHARA1, Chisako SUZUKI1, Hiroyuki YAMAMOTO1, Yasuo KOKAI2, Tetsuo HIMI3, Kohzoh IMAI4 and Yasuhisa SHINOMURA1 1First Department of Internal Medicine, Sapporo Medical University School of Medicine 2Biomedical Research Center Department of Biomedical Engineering, Sapporo Medical University School of Medicine 3Department of Otolaryngology, Sapporo Medical University School of Medicine, 4Sapporo Medical University (Received January 8, 2008) summary Mikulicz's disease represents persistent enlargement of the lacrimal and salivary glands, and autoimmune pancreatitis is shown with diŠuse pancreatic swelling. Both diseases are characterized with elevated IgG4 concentrations in the serum and prominent inˆltration by plasmacytes expressing IgG4 in the glands. Clinical analyses were performed in 40 patients with systemic IgG4-related plasmacytic syndrome (SIPS) who consulted the doctors in Sapporo Medical University Hospital. Our patients were mainly middle-aged or elderly females. The average age was 58.9 years. The diagnosis was following ; 33 cases with Mikulicz's disease, 3 cases with K äuttner's tumor, and 4 cases with IgG4-related dacryoadenitis. Slight dysfunction of lacrimal and salivary gland was observed in about 60 of them. Antinuclear antibodies were detected in only 15 of the cases with SIPS. Almost all, except one case, did not have anti SS A or anti SSB antibodies. Interestingly, hypocomplementemia was revealed in 30 of them. The complications of SIPS include autoimmune pancreatitis, tubulointerstitial nephritis, retroperitoneal ˆbrosis, prostatitis, and so on. SIPS is mainly treated by the administration of steroids. We started to prescribe much quantity of prednisolone to the patients with organ failure. The recurrence was admitted in the 3 patients for the followed 16 years. We present here the problems and prospects in SIPS. Key words―Autoimmune pancreatitis; Glucocorticoid; Immune complex; Mikulicz's disease; Systemic IgG4-related plasmacytic syndrome (SIPS) 抄 録 ミクリッツ病は涙腺・唾液腺腫脹を,自己免疫性膵炎は膵のびまん性腫脹を呈し,ともに腺組織中への IgG4 陽 性形質細胞浸潤を特徴とする疾患である.私たちは,当科における全身性 IgG4 関連疾患(systemic IgG4-related plasmacytic syndrome ; SIPS)40 例の臨床的特徴(腺分泌機能,血清学的評価,合併症,治療および予後)を解析 した.男性は 11 例,女性は 29 例で,診断時の平均年齢は 58.9 歳であった.疾患の内訳は,ミクリッツ病 33 例, キュッツナー腫瘍 3 例,IgG4 関連涙腺炎 4 例であった.涙腺・唾液腺分泌低下は,約 6 割の症例にみられたが, 軽度であった.抗核抗体陽性率は 15 ,抗 SS A 抗体陽性は 1 例のみ,低補体血症は 30 に認められた.また自 己免疫性膵炎,間質性腎炎,後腹膜線維症,前立腺炎などの合併を認めた.治療は,臓器障害を有する症例で治療 開始時のステロイド量が多く,観察期間は最長 16 年のうち,臓器障害の有無に関わらず 3 例で再燃を認めた.ミ クリッツ病をはじめとする SIPS の現時点における問題点と今後の展望について述べてみたい. 1札幌医科大学医学部 2札幌医科大学医学部 3札幌医科大学医学部 4札幌医科大学 内科学第一講座 教育研究機器センター 耳鼻咽喉科学講座 分子機能解析部門 2 日本臨床免疫学会会誌 (Vol. 31 No. 1) I. はじめに マチ性疾患として位置づけられる可能性が高い9,10) が, IgG4 と病態の関連性を含め不明な点も多い. 私たちは従来,シェーグレン症候群と診断されて そこで今回,ミクリッツ病をはじめとした全身性 いた症例のなかに,涙腺・唾液腺の持続性腫脹を呈 IgG4 関連疾患の臨床的特徴を再検討することによ する一群を見出し,これらの症例は,ステロイド治 り,現在の問題点を整理し,今後の展望の可能性に 療により,腺腫脹が速やかに消退するのみならず, ついて触れてみたい. 腺分泌能の改善が認められるという特徴を有してい ることがわかった1).この一群は,1880 年代に初め II. 当科における 40 例の臨床的検討 て報告された,ミクリッツ病(図 1)2)に類似してい 1997 年 4 月から 2007 年 9 月までに,札幌医科大 ると思われたが,ミクリッツ病は,その後,当時の 学附属病院第 1 内科(リウマチ・膠原病内科外来) 病理組織学的解析により,シェーグレン症候群と同 を受診し,高 IgG4 血症( 135 mg / dl 以上)および 一疾患である3)という結論に至っている.しかし, 涙腺または唾液腺組織中に IgG4 陽性形質細胞浸潤 私たちは,持続的に涙腺・唾液腺腫脹を呈する症例 を確認し得た 40 例を対象とした.各症例の血清学 (以下,ミクリッツ病と呼称する)の血清学的解析 的評価,腺分泌機能,合併症,治療反応性および予 を,シェーグレン症候群と対比しながら行った結 後について,臨床的検討を行なった.診断は, 果,ミクリッツ病では,著明な高 IgG4 血症を呈す IgG4 に関する血清学的,組織学的な上記条件を必 るという免疫学的特徴を見出した.これは,シェー 須とし,ミクリッツ病は両側性,対称性に涙腺およ グレン症候群や他のリウマチ性疾患では観察されな び唾液腺腫脹を認めるもの,キュッツナー腫瘍(慢 い極めて特異的な所見であった4) .この特徴は, 性硬化性顎下腺炎)は片側または両側性に顎下腺腫 2001 年 に報 告 され た 自己 免 疫性 膵炎 に も認 め ら 脹のみを認めるもの, IgG4 関連涙腺炎は同様に涙 れ5) ,両者の合併例も存在する6) .近年,間質性腎 腺腫脹のみを呈するものとした.それぞれリンパ腫 炎7) ,後腹膜線維症8) などの臓器障害を合併する症 やサルコイドーシスは除外した. 例も報告され,ミクリッツ病は高 IgG4 血症を特徴 患者背景は,診断時の平均年齢は, 58.88 歳( 25 とした,全身性,慢性炎症性疾患の様相を呈しつつ ~ 88 歳)で 50 ~ 60 歳代に多く,男性が 11 例,女 あることを,以前本誌にて解説した9) .ミクリッツ 性が 29 例であり,女性に多い傾向を示した.疾患 病がシェーグレン症候群と異なった新たな新規リウ の内訳は,ミクリッツ病が 33 例と最も多く,キュ ッツナー腫瘍 3 例, IgG4 関連涙腺炎は 4 例であっ た.罹 病期間は 平均 2.6 年で, 最長は 13 年 だっ た.当科受診の経緯は,唾液腺腫脹を主訴に耳鼻科 を経由してくる症例が 12 例,涙腺腫脹により眼科 から紹介される症例が 10 例だった.その他,高ガ ンマグロブリン血症などの精査依頼で他院内科より 紹介されたのが 9 例であった. 血清学的評価に関して, 40 例中,抗核抗体陽性 例は 6 例,シェーグレン症候群に特異的な抗 SSA 抗体陽性例は 1 例のみだった. 40 例の血清 IgG の 平均は 2,774.5±1785.6(±SD) mg/dl で,高 IgG 血 症を呈したのは 26 例であった.血清 IgG サブクラ ス量をネフェロメトリー法(免疫比朧法)で測定す 図1 Johann von Mikulicz-Radecki が初めて報告した,ミク リッツ病症例 42 歳男性.7 か月前より両側性涙腺の腫脹(矢印)が出現, 続いて両顎下腺・耳下腺の腫脹(矢印)が出現.涙腺の 3 分 の 2 を摘出するも,2 か月後,再度腫脹が出現.残存の涙腺 と両側顎下腺を摘出し改善するが,耳下腺の腫脹は残存.数 か月後に,腹膜炎で死亡した.病変部である唾液腺では,細 胞の浸潤によって唾液腺が障害を受けていることを報告して いる. る と , IgG1 は 1,166.8 ± 590.0 mg / dl , IgG4 は 897.8 ± 812.2 mg / dl であり,総 IgG 量に対する各 サブクラスが占める割合は,IgG1 は 42.10±8.32, IgG4 は 25.53 ± 11.38であった(図 2 ).健常人の 血清 IgG4 が 135 mg / dl 未満( 4 未満)である11) ことを考慮すると,これら全身性 IgG4 関連疾患で 山本・ミクリッツ病と全身性 IgG4 関連疾患 3 図 2 全身性 IgG4 関連疾患(systemic IgG4-related plasmacytic syndrome ; SIPS)における各 IgG サブクラスの占有率 健常人の各 IgG サブクラスは IgG1 がおよそ 65,IgG2 が 25,IgG3 は 6,IgG4 は 4前後とされている.これを考慮す ると,これらの病態では著明な高 IgG4 血症が認められる. 図3 全身性 IgG4 関連疾患(SIPS )における,血清補体価 と血中免疫複合体濃度(mRF 法)の関係 SIPS において,血清補体価と血中免疫複合体濃度は負の 相関(R=-0.673)を示した. は,やはり際立って高いことが再認識させられた. また興味深いことに,低補体血症(30 U/ml 未満) を呈する症例が 40 例中 12 例,血中免疫複合体が高 値(モノクローナル RF 法にて, 4.2 mg / ml 以上) を示した症例が 19 例存在した.そこで,血清補体 価と血中免疫複合体濃度との関連性に着目し,解析 したところ,全身性 IgG4 関連疾患においては,両 検査値は負の相関(R=-0.673)を示した(図 3). 次に,ステロイド治療前の腺分泌能に関しては, 涙腺分泌能低下は 24 例,唾液腺分泌能低下は 27 例 で認められた.シルマーテストは 5.42 ± 7.36 (± 図4 合併症とその組織における抗 IgG4 モノクローナル抗 体染色 A. 自己免疫性膵炎造影 CT では,膵のびまん性腫 大とともに膵実質が濃染し,膵辺縁部に低吸収域の縁 取り(capsule-like rim)が認められる. B. その組織像(抗 IgG4 モノクローナル抗体染色, 膵管周囲に IgG4 陽性形質細胞浸潤を認める. 200 倍) C. 間質性腎炎造影 CT にて,腎実質内に腫瘤形成 性に造影不良域を認める. D. その組織像(抗 IgG4 モノクローナル抗体染色, 腎間質に IgG4 陽性形質細胞浸潤を認める. 200 倍) E. 前立腺炎前立腺の腫大を認める. F. その組織像(抗 IgG4 モノクローナル抗体染色, 腺周囲に IgG4 陽性形質細胞浸潤を認める. 200 倍) SD ) mm / 5 分,サクソンテストは 2.57 ± 2.01 g / 2 分であった.このほか,自己免疫性膵炎合併例で は , 尿 中 C ペ プ チ ド や PFD 試 験 に お け る 尿 中 合併症については,自己免疫性膵炎(図 4A , PABA 排泄率の低下が,間質性腎炎合併例では, B),間質性腎炎(図 4C , D )のほか,下垂体炎, 尿中 NAG の上昇が認められる症例が認められた. 甲状腺炎,間質性肺炎,後腹膜線維症,前立腺炎 4 日本臨床免疫学会会誌 (Vol. 31 No. 1) 図 5 ステロイド治療前後におけるシルマーテストとサクソンテスト 涙腺分泌能を反映するシルマーテスト,および唾液腺分泌能を評価するサクソンテストにおいて,治療開始 1~2 か月後,有意 をもって腺分泌能の改善を認めた. 図 6 全身性 IgG4 関連疾患(systemic IgG4-related plasmacytic syndrome ; SIPS)の概念 ミクリッツ病やキュッツナー腫瘍以外に,下垂体炎,間質性肺炎,自己免疫性膵炎,後腹膜線維症,間質性腎炎・糸球体腎 炎,前立腺炎などが,SIPS に包括されると考えられる. (図 4E, F )を認めた.これらの罹患臓器において も,IgG4 陽性形質細胞浸潤を確認し得た. 治療は,当科ではミクリッツ病,キュッツナー腫 瘍や IgG4 関連涙腺炎のように,腺腫脹のみの場合 は,プレドニゾロン 20 ~ 30 mg /日,自己免疫性膵 炎や間質性腎炎など臓器病変を合併している場合に 後の観 察期間は 平均 2.7 年で, 最長 16 年で あっ た.治療中,再燃を認めた症例は 3 例あったが,診 断後の経過中にリンパ腫をはじめとした悪性腫瘍の 発生は認めなかった. III. 問題点と今後の展望 は,プレドニゾロン 40 ~ 50 mg /日より開始する方 今回の解析結果を要約すると,ミクリッツ病,キ 針をとっている 1 ).しかし,ステロイド治療の承 ュッツナー腫瘍,IgG4 関連涙腺炎は,IgG4 陽性形 諾が得られない場合には慎重に経過観察を行なって 質細胞浸潤を主体とする慢性炎症性疾患であり,涙 いるのが現状である.治療を開始した場合には,腺 腺や唾液腺12,13)のみならず,図 6 に示すとおり,下 の腫脹は 1~ 2 週で速やかに改善が認められ, 1~ 2 垂 体14) , 甲 状 腺9,15) , 肺16) , 膵5,17) , 後 腹 膜8,18) , か月後には腺機能の回復も得られる症例が多く存在 腎7,19) ,前立腺20) など,多臓器障害を伴う可能性の した(図 5). ある全身性疾患と位置づけられる.私たちは,この 最後に予後についてであるが,当科における診断 全 身 性 IgG4 関 連 疾 患 の 概 念 を , systemic IgG4- 山本・ミクリッツ病と全身性 IgG4 関連疾患 5 related plasmacytic syndrome(SIPS)として提唱し 続いて,第二の問題点として,これだけ罹患臓器 ている21).近年,この症候群の報告が,各分野から に強い炎症細胞浸潤を認めるにも関わらず,腺分泌 なされるようになり,認知度は上がりつつある.し 能が温存される機序についてである.例えば,シ かしこの病態の本質について触れられている文献は ェーグレン症候群は,涙腺や唾液腺などの外分泌腺 少ない. にリンパ球などが浸潤し,腺組織の破壊と機能障害 私たちは,臨床免疫の立場から,この症候群が をもたらす自己免疫疾患である.病理組織学的に 『自己免疫疾患』である可能性を追究している.常 も,腺組織の腺房および導管細胞のアポトーシスが に対比されるシェーグレン症候群については, a 確認される.よって一般に,罹病期間の長いシェー フォドリンが,その自己抗原のひとつとして知られ グレン症候群にステロイド治療を施しても,腺分泌 SIPS にお 機能の回復は期待できない.しかし一方,ミクリッ いても,自己抗原が存在する可能性は否定できない. ツ病をはじめとする SIPS においては,罹病期間に 今回の解析から, SIPS では約 3 割に低補体血症 関わらず,治療前より涙腺,唾液腺機能がほとんど がみられ,約半数の症例が血中免疫複合体高値を呈 低下していないか,していてもステロイド治療によ した.これらは負の相関を示したことから,この り改善することがわかった.いわゆる腺分泌能の可 SIPS において,何らかの抗原抗体反応が惹起され 逆性,腺分泌能の回復が期待できる.これは,膵の ていることは間違いない.補体活性化には,古典的 内外分泌能6) や下垂体ホルモン分泌能14) についても 経路,第二経路(副経路)およびマンノース結合レ 当てはまる.Tsubota らは,ミクリッツ病の涙腺で クチン( MBL )経路の 3 種の機序が存在する.川 は,腺細胞のアポトーシスの頻度が,シェーグレン らは,同じ SIPS の一つである自己免疫性膵炎の活 症候群に比較し有意に低いことを報告した29).私た 動期では C3 および C4 の低下を認め23) ,また同じ ちは唾液腺細胞においても同様の減少を確認してい グループの Muraki らは,自己免疫性膵炎では血清 る30).最近,これは Fas ligand 遺伝子プロモーター MBL の低下は認めなかったと報告している24) . 領域の変異による Fas ligand の発現低下のためで SIPS で上昇がみられる IgG4 は C1q との補体結合 あると報告された31,32) .この事実が,今後 SIPS に 性を有さない25)ため,今回,私たちは血中の免疫複 おける有効な治療法の発見に繋がるか,さらに詳細 合体をモノクローナル RF 法で検討を行なったが, な検討が必要である. ている22).ミクリッツ病をはじめとした このうち追試した 5 例全例で, C1q 法でも高値を また IgG4 自身の病因論に関しても,興味深い知 呈していたことより, IgG4 のみでは説明できず, 見が得られている.尋常性天疱瘡や類天疱瘡は,自 SIPS でみられる低補体血症は,主に同時に増えて 己免疫性皮膚疾患であるが,その自己抗体の主体は, いる血清 IgG1 により古典的経路を経て,惹起され IgG4 で あ る こ と が 知 ら れ て い る33,34) . Mihai ら ている可能性が考慮される. は,類天疱瘡における検討において, IgG4 は, Fc 一方,病理学の立場から, Deshpande らは,自 受容体を介した組織破壊能力は IgG1 よりは低く, 己免疫性膵炎は免疫複合体病であり26),病変膵や腎 むしろ白血球を介した組織破壊に関与しているので の基底膜に IgG4 型の免疫複合体が沈着していると はないか,と IgG4 の病因抗体として意義を述べて 報告している26,27).今回私たちは,ミクリッツ病に いる35).一方で,van der Neut Kolfschoten らの論 合併した糸球体腎炎を 1 例経験した.現在,詳細は 文から,腺組織中に浸潤している IgG4 陽性細胞浸 検討中であるが,病理組織学的にはメサンギウム増 潤は病態の結果を反映している可能性も推察できる. 殖性糸球体腎炎と診断され,蛍光抗体法では補体 IgG は 2 つの重鎖の pair から成り,重鎖間のジス ( C1q, C3 )および免疫グロブリン( IgM, IgG )沈 ルフィド結合している. IgG4 はその重鎖内のジス 着を糸球体基底膜,尿細管上皮に認めた.文献的に ルフィド結合が弱いため, IgG4 抗体の半分は容易 も類似した糸球体腎炎の報告を認める19,28).これら に解離し,別の IgG4 抗体の半分と再結合,それぞ の免疫複合体を構成する IgG サブクラスおよび抗 れ別々の抗原を捉えようとする.しかし実際にはど 原は何か,同定を急ぐ必要がある.ただ現時点にお ちらかの抗原しか,捕捉することができない. いては, SIPS の組織に沈着する免疫複合体は主に IgG1~3 は目的とするある一つの抗原に対して,抗 IgG1 および IgG4 により構成されていることが推 原結合部位が 2 か所あるのに対し, IgG4 は,機能 定される. 的には 1 か所しかなく,さらに別の抗原結合部位を 6 日本臨床免疫学会会誌 (Vol. 31 No. 1) 図 7 IgG4 の『functional monovalency』 IgG4 はその重鎖内のジスルフィド結合が弱いため,IgG4 抗体の半分は容易に解離し,別の IgG4 抗体の半分と再結合,それぞ れ別々の抗原を捉えようとする.しかし実際にはどちらかの抗原しか捉えることはできない.よって IgG4 は,機能的には 1 か 所しかないことになる.(文献 36 掲載の図を一部改変) 有す るた め ,競 合し 合 うこ とに なる ( functional ればならないと考えられる. monovalency bispeciˆc )(図 7 ).このため IgG4 は IV. 抗炎症的に作用する抗体とも考えられている36) . IgG4 そのものにおける機能についての解析も同時 に行なう必要がある. ま と め 今回,私たちは当科で経験した全身性 IgG4 関連 疾患(systemic IgG4-related plasamcytic syndrome ; 最後に,この SIPS からの,リンパ腫をはじめと SIPS) 40 例の検討を行なった.これらは組織中へ する悪性腫瘍の発生の可能性についてである.ミク の IgG4 陽性形質細胞浸潤を特徴とする共通する病 リッツ病や自己免疫性膵炎を含め,これらの病態の 態基盤を有する全身性慢性炎症性疾患であるため, 長期的な予後は未だ不明である.今回の検討では, 診断した際には,他の臓器障害の合併を念頭に,積 最長 16 年の観察期間では,診断後の治療経過にお 極的な全身検索を行なう必要があるものと考えられ いて,癌,リンパ腫の発生は認めなかった.しかし た.これらの疾患では,腺腫脹のみならず,腺分泌 近年,自己免疫性膵炎と膵癌の合併が相次いで報告 能の改善が期待されるため,現段階では,積極的に されている37,38).神澤らは,同報告の中で自己免疫 ステロイド治療を行なうのが望ましいと考えられ 性膵炎において,炎症が持続した結果,膵癌が発生 た.また同時に,この病態の解明,さらに適切な治 したと推測している37).また,シェーグレン症候群 療法の開発など, SIPS に関わる課題を引き続き検 の腺組織に浸潤するリンパ球では oligoclonal もし 討していく必要があるものと思われる. くは monoclonal な増殖がみられることがあり39) , 文 Jordan らは口唇腺組織に 浸潤する B リンパ球を PCR 法で検討した結果, 17 という高頻度で免疫 1) グロブリン重鎖遺伝子再構成を認めたと報告してい る40).これら慢性的な炎症状態が悪性腫瘍発生の母 地になることが推測され,また臨床的には,ステロ 2) イド減量困難な症例も存在することから,ミクリッ ツ病や自己免疫性膵炎など SIPS においても,こう したリンパ球の異常な活性化が,長期的にはリンパ 腫や癌などの発生に繋がる可能性も念頭に置かなけ 3) 献 Yamamoto M, et al. : Beneˆcial eŠects of steroid therapy for Mikulicz's disease. Rheumatology (Oxford) 44 : 13221323, 2005. Mikulicz J : Uber Ä eine eigenartige symmetrishe Erkrankung der Tranen und Mundspeicheldrusen. Beitr. Z. Chir. Fesrschr. F. Theodor Billroth. Stuttgart. 1892. pp610630. Morgan WS, Castleman B : A clinicopathologic study of ``Mikulicz's disease.'' Amer J Pathol. 山本・ミクリッツ病と全身性 IgG4 関連疾患 4) 5) 6) 7) 8) 9) 10) 11) 12) 13) 14) 15) 16) 17) 18) 29 : 471503, 1953. Yamamoto M, et al. : Elevated IgG4 concentrations in serum of patients with Mikulicz's disease. Scand J Rheum. 33 : 432433, 2004. Hamano H, et al. : High serum IgG4 concentrations in patients with sclerosing pancreatitis. N Engl J Med. 344 : 732738, 2001. 山本元久,他ステロイド療法により耐糖能 障害の改善を認めた自己免疫性膵炎合併 Mikulicz 病 の 1 例 . 日 臨 免 誌 28 : 349 356, 2005. Saeki T, et al. : Renal lesions in IgG4-related systemic disease. Intern Med. 46 : 13651371, 2007. Hamano H, et al. : Hydronephrosis associated with retroperitoneal ˆbrosis and sclerosing pancreatitis. Lancet 359 : 14031404, 2002. 山本元久,他ミクリッツ病における疾患独 立性の意義―Revival of interests in Mikulicz's disease―.日臨免誌 29 : 17, 2006. Yamamoto M, et al. : Clinical and pathological characteristics of Mikulicz's disease (IgG4related plasmacytic exocrinopathy). Autoimmunity Rev. 4 : 195200, 2005. 崎山幸雄 IgG サブクラス欠乏症. Medical Immunology 17 : 105110, 1989. Yamamoto M, et al. : Clinical and pathological diŠerences between Mikulicz's disease and Sj äogren's syndrome. Rheumatology (Oxford) 44 : 227234, 2005. Takahira M, et al. : IgG4-related chronic sclerosing dacryoadenitis. Arch Ophthalmol. 125 : 15751578, 2007. Yamamoto M, et al. : A case of Mikulicz's disease (IgG4-related plasmacytic disease) complicated by autoimmune hypophysitis. Scand J Rheumatol. 35 : 410411, 2006. Hamed G, et al. : In‰ammatory lesions of the lung, submandibular gland, bile duct and prostate in a patient with IgG4-associated multifocal systemic ˆbrosclerosis. Respirology 12 : 455457, 2007. Kitano Y, et al. : An autopsy case of autoimmune pancreatitis. JOP 8 : 621627, 2007. Kamisawa T, et al. : Close relationship between autoimmune pancreatitis and multifocal ˆbrosclerosis. Gut 52 : 683687, 2003. Zen Y, et al. : A case of retroperitoneal and mediastinal ˆbrosis exhibiting elevated levels of IgG4 in the absence of sclerosing pancreatitis (autoimmune pancreatitis). Hum Pathol. 37 : 19) 20) 21) 22) 23) 24) 25) 26) 27) 28) 29) 30) 31) 32) 7 239243, 2006. Watson SJ, et al. : Nephropathy in IgG4-related systemic disease. Am J Surg Pathol. 30 : 14721477, 2006. Nishimori I, et al. : IgG4-related autoimmune prostatitis : two cases with or without autoimmune pancreatitis. Intern Med. 46 : 19831989, 2007. Yamamoto M, et al. : A new conceptualization for Mikulicz's disease as a Systemic IgG4-related Plasmacytic Syndrome (SIPS). Scand J Rheumatol Suppl. 123 : 38, 2008. Haneji N, et al. : Identiˆcation of alpha-fodrin as a candidate autoantigen in primary Sj äogren's syndrome. Science 276 : 604607, 1997. 川 茂幸,他自己免疫性膵炎における IgG4 と 補 体 系 の 役 割 . 最 新 医 学 62 : 1919 1924, 2007. Muraki T, et al. : Autoimmune pancreatitis and complement activation system. Pancreas 32 : 1621, 2006. Spiegelberg HL. : Biological activities of immunoglobulins of diŠerent classes and subclasses. Adv Immunol. 19 : 259294, 1974. Deshpande V, et al. : Autoimmune pancreatitis : a syetemic immune complex mediated disease. Am J Surg Pathol. 30 : 15371545, 2006. Cornell LD, et al. : Pseudotumors due to IgG4 immune-complex tubulointerstitial nephritis associated with autoimmune pancreatocentric disease. Am J Surg Pathol. 31 : 15861597, 2007. Katano K, et al. : Endocapillary proliferative glomerulonephritis with crescent formation and concurrent tubulointerstitial nephritis complicating retroperitoneal ˆbrosis with a high serum level of IgG4. Clin Nephrol. 68 : 308314, 2007. Tsubota K, et al. : Mikulicz's disease and Sj äogren's syndrome. Invest Ophthalmol Vis Sci. 41 : 16661673, 2000. 山本元久,他 Mikulicz 病の臨床像および小 唾液腺組織におけるアポトーシスの解析.日 臨免誌 25 : 416, 2002. Tsuzaka K, et al. : Down-regulation of Fasligand mRNA in Sj äogren's syndrome patients with enlarged exocrine glands. Autoimmunity 40 : 497502, 2007. Tsubota K, et al. : Abnormal expression and function of Fas ligand of lacrimal glands and peripheral blood in Sj äogren's syndrome patients with enlarged exocrine glands. Clin Exp Im- 8 33) 34) 35) 36) 日本臨床免疫学会会誌 (Vol. 31 No. 1) munol. 129 : 177182, 2002. Rock B, et al. : The pathogenic eŠect of IgG4 autoantibodies in endermic pemphigus foliaceus (fogo selvagem). N Engl J Med. 320 : 14631469, 1989. Shirakata Y, et al. : Subckasses characteristics of IgG autoantibodies in bollous pemphigoid and pemphigus. J Dermatol. 17 : 661666, 1990. Mihai S, et al. : IgG4 autoantibodies induce dermal-epidermal separation. J Cell Mol Med. 11 : 11171128, 2007. van der Neut Kolfschoten M, et al. : Anti-in‰ammatory activity of human IgG4 antibodies by dynamic Fab arm exchange. Science 317 : 37) 38) 39) 40) 15541557, 2007. Kamisawa T, et al. : Pancreatic cancer with a high serum IgG4 concentration. World J Gstroenterol. 14 : 62256228, 2006. Inoue H, et al. : A case of pancreas cancer with autoimmune pancreatitis. Pancreas 33 : 208 209, 2006. Pablos JL, et al. : Clonally expanded lymphocytes in the minor salivary glands of Sj äogren's syndrome patients without lymphoproliferative disease. Arthritis Rheum. 37 : 14411444, 1994. Jordan RC, et al. : High prevalence of B-cell monoclonality in labial gland biopsies of Japanese Sj äogren's syndrome patients. Int J Hematol. 64 : 4752, 1996.