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アメリカ留学記 - 徳島大学大学院 消化器・移植外科学
アメリカ留学記~ダラスから Baylor Institute for Immunology Research,Baylor Health Care System 池本哲也(平成 10 年卒) 私は 2007 年末にカナダ・エドモントンのアルバータ大学からアメリカ・テキサス州のダ ラスにあるベイラー医科大学へ異動致しました。当科の島田光生教授のご教導と、以前当 科にもお越し頂いたベイラー医科大学の松本慎一教授のご尽力によりアメリカ・テキサス 州のダラスにて、膵島移植の研究、臨床研修をさせて頂いております。 テキサス州は 1800 年台にメキシコから独立したという、中南米の色を濃く残す、人口約 2250 万人のアメリカ西部最大の州です。中でもダラスは American Air や Seven Eleven の本社、また半導体関係の大企業が集中する、Huston、Austin 等に並ぶ商業都市でもあり ます。 気候はステップ∼亜熱帯気候で、夏季は 40 度を越え、非常に暑い地域です。6‐8 月は 10 時くらいから 15 時くらいまではあまりに暑すぎて外を歩く人や遊ぶ子供をあまり見か けません。また、年間の竜巻発生件数は全米で 1 位です。 ダラスは公共の交通機関が発達していないために、完全な車社会です。夜間は特にたと え徒歩 3 分の距離でも車で移動します(治安上の問題も大きいようです) 。エコやガソリン 高騰はどこへ行った?という感じですが大型のピックアップトラックや SUV が多く、それ らがみな非常に早い速度でハイウウェイを飛ばしています。 一般的なテキサス州の人々の気質としては南部の敬虔なキリスト教徒で、 「テキサスなま りの」、割り合いのんびりした雰囲気です。しかしメキシコ人、黒人も多く、居住区、人種 構成によっては街の雰囲気もがらりと変わります。 ベイラー医科大学病院群。 所属先の Baylor Institute for Immunology Research。 Islet Lab のメンバーと。右から2人目が松本教授。 留学先のベイラー医科大学はそんなダラスの中心部に在し、心臓血管外科で有名な DeBecky ら を 輩 出 す る 名 門 医 科 大 学 で す 。 移 植 は Dr.Klintmaln が department of transplantation を立ち上げ、現在では肝移植年間 180 例、実質臓器移植通算 8000 例に達 する活発なメディカルセンターであり、アメリカの選ぶ Top100 hospital の上位へ常にラン クインする質の高い医療を誇っています。 アメリカではカナダと異なり、膵島移植は治験として行われています。ただしドナーの 数が日本と比べ格段に多く、またシステム的にもほぼ完成されていますので、臨床ベース と考えて差し支えないかと思います。治験とはいえ、多いときで週に2回の臓器摘出、膵 島分離(isolation)、移植を経験させて頂き(一連の仕事はトータルで12時間くらいは掛 かります)、時には目が回るほどの充実した忙しさです。 エル・パソへ2時間のフライト。 膵の purocurement。 臓器摘出は各々の臓器、すなわち肝、膵臓、腎、心臓血管および肺のチームのセッショ ンで行われます。とは言え、慣習的に腹部チームが執刀しますので、我々も最初から参加 することが殆どで、手術時間がコーディネーターから伝わると、手術のある病院へ自分の 車で、時にはチャータージェットで飛び、臓器摘出を行います。臓器摘出は Local donor(テ キサス州内)であれば意外と小さな病院で行われることも多く、器械出しナースやコーデ ィネーターも顔見知りで和気藹々という雰囲気のことも多いですが、時間的にも体力的に も大変な臓器摘出(procurement)は、肝・膵移植外科医にとってレシピエント執刀の前段階 としての登龍門的な意味合いもあり(という風に同僚のフェローから聞きました) 、件数が 込んでくるとなかなか大変です。 膵は十二指腸、脾ごと摘出したのち、冷却しつつバックテーブルで前処置を施し、2層 法(oxygenated perfluorocarbon and University of Wisconsin solution)で保存しつつ自 分らの手によって Islet Lab まで搬送し、そこで消化、および COBE2991 による純化を行 っています。新鮮膵島が奨励されているために、休むことなくすぐに分離作業を始めます。 ま た 、 臨 床 に 用 い ら れ る 膵 島 の た め に 、 非 常 に 細 か く SOP ( Standard Operating Procedures)が定められています。とにかく FDA(連邦食品衛生局)の医療分野に関する 力は絶大で、SOP として許可された手順以外のいかなる逸脱も許されません(抜き打ち検 査があり、少しでも逸脱しているようだと、膵島分離・移植の許可を取り消されるばかり か罰則規定すらあるそうです) 。非常に厳格な regulation の下、良い緊張感を保ちながら膵 島の preparation を行っています。 バックテーブルにて同僚とトリミング中。 膵島回収中。 臨床研究は膵島の長距離シッピングの実現性について、またブタ膵島・ヒト膵島の効果 的冷保存・免疫学的変化についてのプロジェクトなどを主導して進めています。 研究は、私のトピックスの1つである T 細胞系の免疫寛容誘導に興味を持って頂き、調 節性 T 細胞と移植免疫(rodent model)の研究を世界各国の研究者が集う Baylor Institute for Immunology Research で行っています。当施設は Baylor Research Institute の一部で、 一流のジャーナル執筆経験をもつ各分野の免疫学研究者が、日夜主として樹状細胞(DC) や T 細胞を用いた研究(HI V,HCV 等の感染防御、腫瘍免疫、免疫モニタリング)を行って います。私の研究している調節性 T 細胞は免疫学における非常に大きなインパクトの 1 つ であり、T 細胞中のこの Population の制御は、移植免疫を理解し、ドナー特異的免疫寛容 誘導 を果 た す上 で大 き な足 が かり とな る こと が 期待 され て いま す。 JDRF (Juvenile Diabetes Research Foundation international)も免疫寛容誘導の研究を重点項目の 1 つの 柱として打ち出しているため、また他移植においてもその重要性がクローズアップされて いるため、非常に設備の整った環境で、資金も潤沢に与えられ、プロジェクトを主導させ て頂いています。ただし当然ながらその分結果を求められますので、まさに Bench to Bed の意気込みで、夜間の isolation の後など半分ヘロヘロになりながらも精力的に実験を進め ています。 Animal Facility にて。 移植後のねずみのチェック。 ベイラー医科大学の手術室横には医師待機のラウンジがあり、患者搬入までぼんやり待 っている時、本棚に英語の本が並べてあり、何の気なしに見ていくと、消化器外科アトラ スが置いてありました。最初は全く違和感がなかったのですが、よく考えると日本の本が なぜここに置いてあるのだ?と奇妙に思い、手に取って見ると、 「池上」との印が 。2007 年度に当科に居られた池上先生のものでした。ベイラーに来られていたということは伺っ ていましたが、こんなところで繋がっているのだ、と妙に感激すると共に、医局の先生方 に強い旅愁を抱いた瞬間でした。 池上先生の本発見! Fellow のためのこういうソファーはアメリカの医局にもある 週末は一応休みですが、移植が入ることが多く(一説によれば、やはりオペ場に配慮し て、夜間および休日に行われることが多いそうです)、また分離した膵島のメディウムチェ ンジや実験のデータ整理・ねずみの血糖測定などがあったりして、ダラス市内で半分待機 状態といったところです。ダラス自体は商業都市で、観光スポットはあまり多くありませ ん。ケネディ大統領暗殺といった不名誉な見所(?)くらいしかなく、近くで大きなイベ ントがないときは、買い出しへ出かけたり、Downtown に行ってみたり、アパート近辺を 家族とうろうろしたりしています。それでも、文化の違いを発見し、アメリカ人の余暇の 楽しみ方を盗み見しつつ、また変に美味しい Junk food(タコス、ハンバーガー、フライド チキン、ピザなど)があったりして、皆週末を楽しみにしています。 アパートのプールにて、娘と。 ダラス科学博物館でアルマジロ(剥製)を見る。 ギャラリア・モールにて。 夏休みは有給休暇(Paid Time Off)を使ってアメリカ南西部を家族で長距離ドライブす ることにしました。ドライブと言っても、ダラスからグランドキャニオン、ラスベガス、 セコイア国立公園(巨大な原生林)、ロサンジェルス、ホワイトサンズ国定公園、カールス バッド国立公園(世界最大の鍾乳洞)を巡る壮大な予定で、総走行距離 6400Km、12 日間 の過酷な旅行になりました。カナダの大自然を見て北米のすごさは何となく知っていまし たが、アメリカのそれはまた一味も二味も異なり、壮大かつ雄大でした。西部の地平線ま でサボテン以外何もない道や、自由の女神より巨大な原生林、また映画に出てきそうなカ ルフォルニア・ビーチなど、驚かされてばかりでした。また、各国立公園のキャンプ場は 山の中にありますが、程よく管理されつつ大自然が保存されていますので、旅先でのキャ ンプも非常に楽しい経験になりました。 アリゾナ州大隕石あとにて。 セコイア国立公園の巨木群。 グランドキャニオン国立公園。 国立公園でのキャンプ。 ホワイトサンズ国定公園。一面真っ白な砂。 サンタモニカ・ビーチ。 膵島移植は現段階では本邦でも試験的医療の域を出ておらず、また前所属先であった University of Alberta から発表された世界的標準の Edmonoton Protocol(Shapiro AM et al. N Engl J Med 2000; 343(4):230–238.)の膵島移植後の結果で 1 つの限界点が示され (Ryan EA et al. Diabetes 2005;54(7):2060–2069.膵島移植 5 年後のインスリン完全離脱率 は 10%内外である)、大きなブレイクスルーが待たれる分野ではあります。インスリンがあ るためになかなか他のドナーソースを用いたブリッジユースの研究は進んでいませんが、 他の移植と同様に新たなドナーソースを使用しての移植も視野に入れ、異系の、次の標的 としては種のバリアーをまたいだ免疫制御は、そのブレイクスルーになる可能性がありま す。膵島移植は細胞移植である分、細胞修飾、免疫学的修飾等の可能性を秘めており、研 究による refine で更なる飛躍を遂げる治療法かと思います。こちらでは Senior Fellow の 身分ばかりか、国際学会(The XXII International Congress of The Transplantation Society, Aug 2008, Sydney, Australia)での発表の機会も与えて頂き、いずれも島田教授 をはじめ医局の先生方の取り組まれている仕事が国内外で広く評価されている証左である と感じています。これからは、アメリカの移植医療を貪欲に吸収しつつ、更に臨床研究お よび免疫学的実験に励んでゆく所存であります。 XXI TTS in Sydney (Australia). 松本教授と。 XXI TTS in Sydney (Australia) 各国の Prof と。 最後になりましたが、このような北米での貴重な研究の機会を与えて頂き、ご教導頂いて おります当科の島田光生教授、また私の如き者の留学をご理解頂いた臓器病態外科を支え ておられるスタッフの先生方に厚く御礼申し上げます。さらに、病棟、研究で粉骨砕身さ れている先生方、医療スタッフの皆様にも御礼申し上げると共に、今後の私が、少しでも 臓器病態外科の発展の一助となるよう、微力ながら精進して行こうと愚念しております。