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紫外光を受けて緑から赤に変化する新しい蛍光タンパク質

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紫外光を受けて緑から赤に変化する新しい蛍光タンパク質
報道発表資料
2002 年 9 月 24 日
独立行政法人 理化学研究所
紫外光を受けて緑から赤に変化する新しい蛍光タンパク質
- 光で細胞をマーキングできる強力な研究基盤ツールを開発 理化学研究所(小林俊一理事長)は、紫外光照射によって緑から赤に色が変わる新
しい蛍光タンパク質の遺伝子を「ヒユサンゴ」※1 からクローニングし、光を使って細
胞をマーキングする技術を世界に先がけて開発することに成功しました。理研脳科学
総合研究センター(伊藤正男所長)細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリ
ーダー、安藤亮子テクニカルスタッフ、および株式会社医学生物学研究所(西田克彦
社長)との共同研究によって得られた成果です。
オワンクラゲ由来の GFP などの蛍光タンパク質を発現させて、細胞をラベルする
技術は、生物学において広く普及しています。しかしながら、蛍光タンパク質を用い
て、任意の時期に任意の細胞を特異的にマーキングする技術はありませんでした。研
究チームでは、ヒユサンゴから新たにクローニングした蛍光タンパク質が、紫外(UV)
光によって色が緑から赤に変換する特性(photoconversion)を有することを発見し、
細胞のマーキング技術に使用できると考えました。この新しいタイプの蛍光タンパク
質は「カエデ(kaede)」と名付けられ、高密度で存在する神経細胞一個一個を、突起
に至るまで簡単にマーキングできることを確認しました。これにより、複雑な神経回
路における神経細胞同士の絡み合いがどうなっているかをひも解くことが可能にな
ります。さらに、多細胞生物の発生における細胞の系譜を解析する上で、強力なツー
ルとして絶大な威力を発揮することも期待されます。
本研究成果は、米国の科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy
of Sciences of the United States of America : PNAS 』 の ウ ェ ブ サ イ ト
(http://www.pnas.org、9 月 23 日号)で発表されます。
1.背
景
細胞生物学の研究分野では、生きた細胞を標識するのに、たとえばオワンクラゲ
由来の GFP(Green Fluorescent Protein)のような蛍光タンパク質が用いられてい
ます。蛍光タンパク質は、自ら発色団※1 を形成することができるために、遺伝子を
導入するだけで細胞を光らせることができます。しかし、複雑な細胞集団の中で、
任意の時期に任意の細胞を標識することはできません。
自己複製および多分化機能を有する幹細胞に由来する細胞は、分裂を経て、さら
に回りの環境の影響を受けながら分化、移動し、さまざまな機能を発揮できるよう
になります。その過程を詳細に解析するためには、ある特定の時期に特定の細胞を
マークして追跡する必要があります。しかしながら、現在用いられている技術の一
つであるウイルスベクターを用いた GFP 導入などは、確率的な要素が強く、マー
キングの時間的空間的な精度は十分のものではありません。また、脳神経系の組織
の中で、神経細胞同士は長い突起(軸索と樹状突起)を伸ばして連結し、神経回路
網を形成しています。このような回路網の仕組みを解析するには、特定の神経細胞
の輪郭をトレースすることが必要です。ところが突起が非常に複雑に絡みあってい
るために、通常の光学的観察ではまず不可能です。従来は、注目する神経細胞にガ
ラス電極を刺して蛍光色素を注入することで、その細胞の全体像をつかんでいまし
たが、より簡単で非侵襲的な技術が求められてきています。
2. 新たに得られた蛍光タンパク質「カエデ」
研究チームは、新たな特性を持つ蛍光タンパク質の遺伝子をクローニングするた
め、蛍光を発する刺胞動物を、沖縄諸島のサンゴ礁から東京下町のサンゴショップ
にいたるまで捜し求めました。ヒユサンゴは、彩り豊かなイシサンゴの一種で、な
かでも緑、黄、赤の蛍光を発する個体に注目しました。このサンゴからクローニン
グした蛍光タンパク質は、当初は、明るい緑色の蛍光を発していました(励起極大
508nm・蛍光極大 518nm)。ところがある日、たまたま蛍光タンパク質のサンプル
を窓の近くの実験台に放置したところ、翌日真っ赤に色が変わっていたのが観察さ
れ(励起極大 572nm・蛍光極大 582nm)、紫外(UV)光によって波長が変換する
特性(photoconversion)を有することを発見しました。この蛍光タンパク質は、緑か
ら赤に変わることから、「カエデ(kaede)」と命名されました。カエデは、一次構造
上、既知の蛍光タンパク質とある程度の相同性を示しますが、発色団形成に関わる
アミノ酸 Tyr-Gly の N 末端側に His 残基※2 を有する点が特徴的です。赤色化した
カエデは、元の緑の状態と同様に明るく安定です。また、この photoconversion は、
簡単かつ特異的に達成できます。すなわち、通常のキセノンランプから取り出した
UV 光を短時間照射するだけで十分であり、緑や赤の蛍光を観察するための励起光
では決して photoconversion は起きないことが証明されました。これらのことから
カエデの photoconversion が、光によるマーキング技術として威力を発揮すること
が予想されました。
3. 「カエデ」による研究成果
HeLa 細胞※3 に発現させて顕微鏡下で UV 光を照射して緑と赤の蛍光量を順次計
測したところ、赤/緑の強度比が照射前の 2,000 倍まで増大することが分かりまし
た。また、カエデを発現する HeLa 細胞の細胞質の一部に UV パルスを与えたとこ
ろ、赤色化したカエデが速やかに細胞全体に拡散する(拡散係数は 29um2/sec)様
子が観察され、細胞マーキングの有効性が示唆されました。すなわち、注目する細
胞のほんの一部に、ほんの短時間 UV を照射するだけで、その細胞全体の色を赤色
に変えることが可能になったわけです。軸索や樹状突起が互いに絡み合う高密度神
経培養の系において、まず全体の神経細胞にカエデを発現させて緑色にラベルしま
した。次にピンポイントの UV 光パルスで、ある特定の神経細胞の細胞体を照射し
たところ、突起先端まで赤くマーキングされるのが観察されました。その細胞に絡
みついていた隣の神経細胞は緑のままで、両神経細胞間での接着部位を明瞭に可視
化することができました。
4. 今後への期待
今回の、光による細胞のマーキング技術は、三次元的に複雑に絡み合ったり変化
したりする細胞集団の中で、“個々の細胞がどのように突起を伸ばしたり移動した
りするか”を解析する上で威力を発揮します。さらに、カエデを体全体に発現する
ような形質転換動物の作製と、レーザーを始めとした最新の光照明技術を組み合わ
せれば、より生理的な状況で詳細に解析できるはずです。これまでの蛍光タンパク
質を用いたライブイメージングの幅大きく広げるとともに、発生過程、脳機能の解
明や疾病などのメカニズムの解明にも大きな手がかりを与えることが期待されま
す。また、このマーキングを行うためには、高価で専門的知識を要する機器は全く
必要なく、通常の光学顕微鏡システムで十分であるため、この技術は広く普及する
ことが予想されます。現在、カエデを材料として、photoconversion の分子機構を
調べており、その知見を基に、photoconversion 技術が大きく発展すると期待され
ます。
(問い合わせ先)
独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター
チームリーダー
細胞機能探索技術開発チーム
宮脇 敦史
Fax : 048-467-5924
脳科学総合研究センター
脳科学研究推進部
宮本
寛
Tel : 048-467-9596 / Fax : 048-462-4914
(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室
嶋田 庸嗣
Tel : 048-467-9271 / Fax : 048-462-4715
<補足説明>
※1 ヒユサンゴ
刺胞動物、花虫類、六方サンゴ類に属するイシサンゴ。色彩は、黄(褐色)、緑、
赤やそれが混じる場合が多い。日本近海を含め、インド洋、太平洋に分布する。
※2 His 残基
アミノ酸の一種。複素環式アミノ酸で、窒素原子を含む五員環を持ち、これが発色
団の photoconversion に関係があると推測される。
※3 HeLa 細胞
子宮頚ガン由来の上皮様細胞株で、ヒト由来細胞株として最初のものである。
図1
ヒユサンゴの写真。ここから「カエデ」の遺伝子が単離された。
図 2 「カエデ」タンパク質の、photconversion(紫外線照射)前(左)と後(右)
の励起スペクトル(波線)と蛍光スペクトル(実線)
図 3 「カエデ」を発現する HeLa 細胞の細胞質の一部分に紫外線を 1 秒間照射した
ところ、赤色に変換した「カエデ」タンパク質が細胞質全体に速やかに広がる
のが観察された。
図 4 「カエデ」を発現する海馬神経細胞の培養(図 4 左、すべての細胞が緑色)に
おいて、一つの神経細胞の細胞体の一部分に紫外線のパルスを与えたところ、
その細胞全体が赤くなった(図 4 右、隣同士の神経細胞を色で区別できる)。
図5
図 4 右の拡大図。神経細胞が複雑に絡み合っている様子が分かる。
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