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芝刈り機MC CULLOCH

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芝刈り機MC CULLOCH
● 特集
脳虚血基礎研究 Up to Date
1.脳循環代謝研究の変遷と今後への期待
∼まだ見ぬ若い花のような人たちへの手紙∼
阿部
康二
(脳循環代謝
18:62∼72,2006)
のと思われます.片山編集委員長の意図として私自身
1)はじめに∼拝啓∼
の役割も末席を汚しながら恐らく同様であるものと考
え本稿の執筆を承諾した経緯がありますので,若い
この手紙が届くのは抜けるような青空のもと爽やか
方々に対しては総説による解説よりは手紙で語りかけ
な秋風を楽しんでいる頃かと思いますが,お変わりな
るほうが良いだろうと考えました.そこで本稿では私
く日々の仕事や生活を積み重ねていらっしゃるでしょ
にとっては誠に気恥ずかしい大それたテーマではあり
うか.
ますが橋渡し世代の一人として,これから将来を担う
さて本日は以下に少し長い手紙を書いてしまいまし
べき若い世代の方々へ向けて脳循環代謝研究の変遷と
たが,貴方が日常行っている仕事や興味を持って打ち
今後への期待について語ってみることにしたいと存じ
込んでいることに関連した一つの物語だと思って読ん
ます.
で頂ければ幸いです.本誌編集委員長である日本医科
しかしこの手紙は過去 20 数年間この分野に深く関
大学の片山泰朗教授から本稿の執筆を依頼されたと
与し(過ぎ?)てきた筆者が書くということで,どこ
き,このタイトルで執筆するのに相応しいのは巧成り
まで中立的で全方向性に配慮した記述になるかはなは
名を遂げられた大御所の先生であるというのが私の率
だ自信がありませんので,あくまでも私自身が身を置
直な印象でしたし,それは現在でもそのように感じて
いてきた一つの立場からのメッセージと理解していた
います.しかしその他の項目の執筆者の方々の顔ぶれ
だければ幸いであり,もし配慮に欠ける記述があると
を拝見して初めて片山委員長の編集意図が理解できま
すれば私の未熟さに免じてご容赦いただければ幸いと
した.
思っています.またこの手紙に登場する人物は殆どご
すなわち本特集の(私以外の)
執筆者 6 人の方々は,
高名で偉大な先達ばかりであり,本来敬称をもってお
我が国における斯界の伝統教室における気鋭の研究者
呼びしなければならないところですが,登場人物が多
です.今まさに歴史的転換点にある脳循環代謝研究の
いことと紙数の制限などによりこの手紙では敬称を省
現状を up to date な review とし将来展望を特集する
略してお呼びすることを予めお赦しいただければなお
にあたって,片山編集委員長は誠にふさわしい執筆陣
有難いと存じます.
を選定されたと思われました.脳循環代謝学の研究
2)脳循環代謝研究の第一世代のスター達
は,初期のキラ星のような偉大な研究者の活躍された
時代から新しい発展の時代を迎えており,本特集の執
筆陣の方々は私が命名するところの所謂第三世代に属
表 1 に私が独断と偏見で分類した脳循環代謝研究の
し次の新しい世代への橋渡しの役割も果たしているも
系譜を示しています.表中の世代内にあっては名前を
順不同で並べてありますが,およそこの表に準じてこ
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科
神経病態内科学(神経内科)
〒700―8558 岡山市鹿田町 2―5―1
TEL : 086―235―7362(direct in),FAX : 086―235―7368,
e-mail : [email protected]
の第 2 項と次の第 3 項を述べてみたいと思います.
人類の歴史上,人間自身の脳の循環を初めて定量的
に測定したのは,フィラデルフィア大学出身で後に米
国 NIH に移籍した Seymour Solomon Kety です(図
― 62 ―
1.脳循環代謝研究の変遷と今後への期待∼まだ見ぬ若い花のような人たちへの手紙∼
表1. 脳循環代謝研究の系譜(順不同・敬称略)
世代
第 1世代
第 2世代
名前
主な業績
所属
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N2Oを用いた脳循環測定創始
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アイソトープ(85Kr
,
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)を用いた脳循環測定創始
脳ブトウ糖代謝の測定理論確立
脳循環代謝の臨床的解析
ルンド大学
米国 NI
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コーネル大学
後藤文男
脳循環研究を日本で創始,dualc
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慶応大学
鈴木二郎
脳保護薬仙台カクテル開発
東北大学
尾前照雄
脳卒中と高血圧の関連研究
九州大学
BoK.
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実験的脳虚血における生化学的解析創始者
ルンド大学
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脳脂質障害の第一人者
ルイジアナ州立大学
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小暮久也
コーネル大学 /テネシー大学
マイアミ大学 /東北大学
藤島正敏
前脳虚血モデルを確立
脳虚血研究の生化学的解析を日本に移入,
Theme
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高血圧ラットを用いた脳循環代謝研究
上村和夫
赫 彰郎
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浅野孝雄
田村 晃
桐野高明
日本における PETでの脳循環代謝解析
脳虚血病態解明
脳浮腫とフリーラジカル研究の第一人者
脳浮腫メカニズム解明
局所脳虚血モデル確立
遅発性神経細胞死現象発見
秋田脳研
日本医大
UCSF/スタンフォード大学
東京大学
東京大学
東京大学
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遺伝子改変モデルを用いた分子病態解析
脳浮腫メカニズム解明,脳血流と神経細胞死
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ハーバード大学
マックスプランク研究所(ケルン)
マックスプランク研究所(ケルン)
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低体温による脳保護効果,虚血耐性
脳虚血薬理学の第一人者,Mar
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e主催
マイアミ大学
マールブルグ大学
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石井昌三
平井俊策
小坂二度見
冨田 稔
興奮性神経細胞死,白質障害
脳切片の組織染色分野に貢献
脳虚血麻酔学の第一人者,J
CBFM 編集長
脳虚血障害における炎症反応の重要性指摘
脳浮腫の発生機構解明
慢性脳循環不全症の概念確立
脳虚血麻酔学のリーダー
脳浮腫の発生機構解明
グラスゴー大学 /エジンバラ大学
ペンシルバニア大学
ジョンスホプキンス大学 /オレゴン大学
米国 NI
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順天堂大学
群馬大学
岡山大学
慶応大学
早川 徹
篠原幸人
神経細胞死メカニズム解明
脳循環,再生治療
大阪大学
東海大学
吉本高志
完全脳虚血犬モデル開発
東北大学
九州大学
1a)
.1915 年生まれの Kety は,初め小児科医である奥
刺入して温度変化による血流測定や頚動静脈の酸素含
さんの影響で 1940 年当時米国で問題になっていた小
量差による血流推定法などが試みられていました.前
児の鉛中毒に関心を持ち,1942 年に奨学金を得てボス
者は頚静脈の血流は分かるが脳実質での血流測定法で
トンのハーバード大学 MGH の Joseph Aub 教授の研
はないし,後者は脳酸素消費量(CMRO2)が一定なら
究室に入りましたが,そこでは第二次世界大戦に突入
ばという条件付であって,脳血流と脳酸素代謝を区別
した米国内の大学として既に外傷と出血性ショックに
して測定することにはなっていなかったのです.
研究の主軸を移行しつつあったのです.そこで Kety
当時このような脳血流と脳酸素代謝を区別して測定
は心血管系ショックの際に脳循環は重要臓器として比
できるのは,Schmidt の開発したバブルフロー法のみ
較的保たれることに関心を持ち,1943 年に母校フィラ
でしたが,この方法の問題点は相当な外科処置を必要
デルフィア大学に戻るに際して,当時バブルフロー法
とし,そのために麻酔を用いなければならないという
による脳循環代謝測定法を麻酔下のサルで行っていた
点であり,非麻酔下の人間での定量的測定法の開発が
Carl F. Schmidt(薬理学)の門を叩いたのでした1).翌
求められていたのです.このような状況にあって Kety
1944 年には当時同大学の学生であった Louis Sokoloff
は当時心拍出量測定に用いられていた Fick の原理を
が Kety と初めて会っています.当時は脳循環代謝測
脳循環に応用しようと考え,不活性ガスである N2O
定法として,thermoelectric flow recorder を頚静脈に
の吸入法という脳循環測定法を思いついたわけです.
― 63 ―
脳循環代謝
第 18 巻
第2号
めとした精神疾患の脳循環代謝研究に没頭して行きま
した.この間,コペンハーゲン大学出身の Niels
A.
Lassen(図 1b)は Kety の研究室に留学し,1959 年に
脳 循 環 に 関 す る 有 名 な 論 文 を 発 表 し て い ま す3).
Lassen はデンマークに帰国後にスェーデン国ルンド
大学の David H. Ingvar(図 1c)と共に,Kety の方法
を発展させて放射性同位元素である85Krypton や133Xenon を頚動脈に注入し体外から非侵襲的に脳血流を測
定する方法を開発して行きましたが4),この方法は脳血
流を非侵襲的に測定し画像化もできるという画期的な
ものだったので,後に世界中に普及し臨床現場へのイ
ンパクトは絶大なものがありました5).ちなみに 1963
年から隔年開催で始まった国際脳循環代謝学会総会の
図 1. 脳循環代謝研究の第一世代スター達.
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)後藤文男教授.
概要を表 2 に示してありますが,Ingvar と Lassen は
この学会の創設メンバーでそれぞれが第一回と第二回
を 主 催 し て い ま す.Kety の 研 究 室 に 入 っ て い た
Sokoloff(図 1d)が 1977 年に局所脳ブトウ糖代謝の測
定理論を確立したことで6),これら先人達の功績により
この検査では定量的な脳循環測定と同時に酸素やブド
漸く脳の循環と代謝の局所的定量的測定法が確立でき
ウ糖,乳酸濃度測定によって様々な脳代謝の生理と病
たわけです.
態も測定できるようになり,相互に密接に関連してい
コーネル大学の Fred Plum(図 1e,
左)は臨床医必読
る脳の循環と代謝を同時に測定できるという点で画期
の名著 The Diagnosis of Stupor and Coma(図 2a)の
的でした.第二次世界大戦終了後の 1948 年に J. Clini-
著者として有名ですが,基礎的医学者の多かったこの
cal Investigation 誌に発表されたこの方法に関する論
業界において,著名な臨床医(神経内科)として常に
文は,Kety-Schmidt の脳循環代謝測定法としてその後
これらの研究の方向性をサポートし続けて来た温厚な
2)
バイブル的な論文となりました .その頃,米陸軍で精
紳士です.Plum の研究室にいた William Pulsinelli は
神科医をしていた件の Sokoloff(図 1d)はこの論文を
有名なラットの 4 動脈結紮モデル(Pulsinelli-Brierley
見て,正常と精神病患者の脳循環と代謝に興味を持
モデル)を開発して一躍勇名を轟かせ7),世界中の研究
ち,
退役後の 1949 年にポスドクとしてフィラデルフィ
者がこの動物実験モデルを用いて研究を行いました.
ア大学の Kety の門下に入ったのです.Sokoloff は始め
余談ですが,イタリア系米国人の Pulsinelli が Tennes-
甲状腺機能亢進症患者の脳ブドウ糖代謝を測定しまし
see 大学神経内科の Chairman として転出した後に,
たが,身体のブドウ糖代謝が亢進しているにも拘らず
同じイタリア系の Iadecola が同研究室を継いで脳虚
脳のブドウ糖代謝は亢進していないことを発見しまし
血における COX2 を始めとした炎症反応の関与につ
た.
いて精力的に活動しているのは,研究面における人脈
1951 年に Kety は新しく NIH に創設される NIMH
という意味でも興味深いものがあります.私事で恐縮
と NINDB(今日の NINCDS)の scientific director と
ですが,1980 年代に仙台を何度も訪問した Plum に私
してスカウトされ移籍しましたが,この時 Kety の選
自身も温かい声をかけていただき,また 2002 年の
任した研究室チーフの中から後年ノーベル賞受賞者一
Marburg Conference にご夫妻で出席されて久しぶり
人(Julius Axelrod)
,ラスカー賞 3 人,全米科学アカ
にお会いしたときには,Plum を「grandpa」と呼んで
デミー会員 12 人以上が輩出したのは実に驚くべきス
も良いという許可を頂き感激したことを覚えていま
カウト手腕と言えるでしょう.Kety は一方では米国内
す.
やヨーロッパの生化学者との共同研究を推進し,1954
スェーデン国ルンド大学の Bo K. Siesjö はこの業界
年から始まった隔年開催の学会は 1956 年から J. Neu-
だけに止まらない世界的な巨星の一人ですが(図 1e,
rochemistry 誌の発刊に始まり,1960 年の国際脳研究
右)
,彼の功績は脳循環代謝研究の分野に本格的な生化
機構(IBRO, International Brain Research Organiza-
学を持ち込んだことです.1970 年代にスェーデンで隆
tion)
設立を促しつつ,今日知られる国際神経化学会に
盛を迎えた生化学研究の成果を基礎的研究分野に最大
発展してきています.Kety はその後,統合失調症を始
限取り入れ,その成果を単著で 1978 年に出版した
― 64 ―
1.脳循環代謝研究の変遷と今後への期待∼まだ見ぬ若い花のような人たちへの手紙∼
表 2. 国際脳循環代謝学会 開催年度と開催地
回
開催年
開催国
開催都市
会長
1
1963
スウェーデン
ルンド
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慶応大学 /後藤文男教授
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1999
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東北大学 /小暮久也教授
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岡山大学 /阿部康二
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図 2. 脳循環代謝研究者のバイブル書.(a
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(d)浅野孝雄教授著の脳虚血の病態学(2
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,中外医
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学社).4書は実際の大きさに比例して並べてある.
「Brain Energy Metabolism」
(図 2b)はその後の脳循環
の留学生も多く,この手紙の読者の中にもルンド大学
代謝研究者のバイブルとなり,私も東北大学の大学院
のあの Wallenberg 研究室で Siesjö 自身から直接薫陶
生のときに研究グループで輪読した経験があります.
を受けた方も多いものと思います.Siesjö の日本人好
しかし大学院に入ったばかりの当時はこの本が難しす
きは有名ですが,単にスウェーデン人一般の日本贔屓
ぎてさっぱり判らなかった記憶があります(笑)
.
以上のものがあるように感じています.私自身も 1986
Siesjö は本学会以外でも多くの脳関連学会に招かれ,
年にプラハで開催されたヨーロッパ神経化学会に単独
Science 誌の citation super star というランキングに
行した頃から随分可愛がっていただき,彼がルンド大
も登場した多産家であり,どの学会でも厳しい中にも
学を退官して 1997 年ハワイ大学(Queen’
s Medical
温かみのある建設的なコメントを出して多くの若手研
Center)で新しく研究室を立ち上げる際に協力しまし
究者の尊敬を集めています.彼の研究室には日本から
たが,ご夫人の病気により本国スェーデンに帰国を余
― 65 ―
脳循環代謝
第 18 巻
第2号
儀なくされたのは残念でした.図 1e の写真は 2003 年
循環代謝学会が 1997 年から始めた Life Time Award
の第 21 回国際脳循環代謝学会(カルガリー)での老雄
(生涯功労賞)
を授与されています(5 回,8 人)(表 4)
.
ツーショットであり,長年の畏友同士の微笑ましい
3)脳循環代謝研究の第二世代のスター達
ショットとなっていますね.
一方,我が国では後藤文男慶応義塾大学名誉教授(図
1f)
が脳循環代謝研究を日本で創始され,その後の日本
脳循環代謝測定が中心であった第一世代のスター達
脳循環代謝学会の設立・興隆に多大な貢献をされてき
に続いて,Siesjö が開いた生化学の扉は第二世代の登
ているのはご存知でしょう.後藤先生の功績は数多い
場を促がすことになりました(表 1 下段)
.そういう意
のですが,特に脳循環調節における「dual control the-
味では Siesjö の功績は第一世代から第二世代への橋
8)
ory」を提唱確立したことは特筆に価するものです .
渡し的役割にもあったと言えるでしょう.慈恵医科大
脳循環の調節は太い動脈から細動脈にかけては自律神
学出身の小暮久也教授はマイアミ大学在籍当時から既
経性のいわゆる神経性調節が主体ですが,それより細
に世界的に有名でしたが,東北大学脳神経外科の鈴木
い細小血管から毛細血管における循環調節は局所で発
二郎教授に請われて東北大学脳神経内科の教授として
生した CO2 によるいわゆる化学的調節が主体である
1980 年にマイアミ大学から赴任しました.小暮教授の
とする学説であり,これは今日脳の循環調節を考える
功績は,人での脳循環代謝測定が主体であった当時の
上での基本となっています.後藤先生は日本脳循環代
日本の脳循環代謝研究に新しく実験的・生化学的方法
謝学会や日本脳卒中学会の理事長として長く日本の脳
論を持ち込み,同時に前述の世界的な研究者を頻繁に
循環代謝研究や脳卒中研究に指導的役割を果たされて
日本国内に招致して国内研究者へ多大な知的刺激を与
来ただけでなく,国際的にも日本の代表者として長く
えたことにあると思われます.学術的にも今日でもし
活躍されて来られ,1979 年には第 9 回国際脳循環代謝
ばしば引 用 さ れ る ATP の 組 織 染 色 法 の 開 発9)や フ
学会総会を日本(東京)で初めて主催されました(表
リーラジカル障害仮説の展開10),細胞障害における膜
2)
.また国際脳循環代謝学会の機関誌 J. CBF&M は
障害の重要性を指摘したいわゆる「膜説」の提唱11)など
1981 年に創刊以来,世界中の素晴らしい研究成果を掲
膨大な業績が挙げられます.
また小暮先生は 1993 年に
載してきましたが,これは表 3 に掲示してある歴代編
は日本で 14 年ぶり 2 回目となる第 16 回国際脳循環代
集長と投稿者の方々の努力の賜物と考えられ,現在の
謝学会総会を仙台で主催されました(表 2)
.小暮先生
impact factor は約 5.8 で神経関係の学術誌としては常
の熱心なフリーラジカル障害仮説に刺激されて日本で
に最上位にランクされています.ちなみに上述した偉
は多くのフリーラジカルスカベンジャー開発が手掛け
大なスターの先生方は,その長年の功績により国際脳
られ,その中でエダラボンや AVS,エブセレンなどが
臨床現場に治療薬として世界に先駆けて使用されるよ
うになったのも小暮先生の功績と言えましょう.鈴木
表 3. J
.
CBF&M 歴代編集長
年代
編集長名
二 郎 教 授 の 開 発 し た 脳 保 護 薬「仙 台 カ ク テ ル」に
所属国
都市名
phenytoin が追加添加されることになったのは,当時
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鈴木門下の大学院生であった木内博之先生(現山梨大
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学脳神経外科教授)が,「Kogure の膜説」を実証した
結果を受けてのことでした12).ちなみに私は 1995 年に
虚血性神経細胞死における「ミトコンドリア仮説」を
表 4. 国際脳循環代謝学会の表彰
受賞年
学会開催地
生涯功労賞
所属
ニルス・ラッセン賞
所属
1
9
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ボルチモア
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コペンハーゲン大学・
ルンド大学
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コペンハーゲン
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フィラデルフィア大学・
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慶応大学
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カルガリー
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コーネル大学・
ルンド大学
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イエール大学
(放射線科)
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アムステルダム
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ペンシルベニア大学
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コペンハーゲン大学
(生理学)
― 66 ―
Syl
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MGH・フンボルト大学
(実験神経学)
ジョンスホプキンス大学
(麻酔科)
1.脳循環代謝研究の変遷と今後への期待∼まだ見ぬ若い花のような人たちへの手紙∼
Stroke 誌上で提唱させて頂きましたので13),機会があ
ischemia」で砂ねずみ(Mongolian gerbil)の 5 分間と
りましたらご一読いただければ幸いに存じます.
いう極めて短時間の一過性両側総頚動脈結紮により,
マ イ ア ミ 大 学 で 小 暮 教 授 の 後 を 襲 っ た Myron
その後数日間を掛けて海馬 CA1 錐体細胞がゆっくり
Ginsberg は,1989 年に低体温療法の脳保護効果につ
死んでゆく現象を明快な形で示して世界的な反響を呼
14)
いて報告し世界的な注目を集めましたが ,この研究
びました22).それ以後およそ 10 年間に渡って,世界中
は今日では日本医科大学の神谷らによって脳保護療法
の研究者が熱病のようにこの現象のメカニズムや治療
15)
との併用として飛躍的な進展を遂げています .また
法について研究を行い,この細胞死現象は DND と略
この頃より,予め軽い脳虚血(ischemic precondition-
語でも国際的に直ちに通じるまで有名になりました.
ing)を負荷しておくと次の重度の脳虚血障害に脳細胞
この発見で桐野教授は国際的なスターとなりました
が耐えることができるという所謂虚血耐性現象
が,この現象は今日でもまだ十分メカニズムが解明さ
(ischemic tolerance)
の研究が始まりました16∼19).その
れておらず継続して世界中の研究者の関心を集め続け
後世界中で行われている膨大な研究成果により,脳細
ています.このように東京大学脳神経外科の浅野・田
胞の耐性獲得因子あるいは虚血抵抗性因子についての
村・桐野 3 先生は日本を代表する斯界のリーダーとし
メカニズムは大分解明されてきましたので,今後は実
て国際的にも大活躍されてきています.
際の治療薬の開発が待たれているところです.Janet
その他にも国内外で第二世代として活躍された先生
V. Passonneau と Frank A. Welsh らは脳代謝と脳機
方は沢山いらっしゃるのですが,今回は紙数制限のた
能の関連について研究を重ね,多くの著者と共に脳循
め個別に論じることができないのを誠に残念に思って
環代謝研究初学者のための座右の解説書「Cerebral
います.しかし概略は表 1 にまとめてありますので是
Metabolism and Neural Function」を 1980 年に出版し
非参考にしていただければ幸いに存じますとともに,
斯界の発展と若い人たちへの教育に貢献しました(図
表 1 下段に掲示し切れなかった多くの先生方がいらっ
2c)
.
しゃることをここに記しておきたいと存じます.また
浅野孝雄教授(東京大学,現埼玉医療センター)
は,
表 1 をご覧いただけば分かるように,この分野での日
脳浮腫発生機構の解明や脳血管スパズム機序の解明に
本人研究者の世界的貢献は自負に足る偉大なものがあ
より脳循環代謝研究の世界的リーダーの一人であり,
りますし,第二世代の先生方のお弟子さんたちが今日
脳浮腫発生機構に関する独マックスプランク研究所
では第三世代として表を作ることさえ出来ないぐらい
(ケルン)の Hossmann 教授との熱い論争は今日でも
の多くの方々が活躍しているはご存知のことと思いま
語り継がれています.
浅野教授が 2004 年に日本語で出
す.初期の研究が脳循環主体であったために,脳循環
版された「脳虚血の病態学」(図 2d)は斯界にあって
代謝の研究者は自分たちのことをしばしば「cerebral
Siesjö 以来の名著と考えられ,多くの学兄も感動を
blood flowers」と呼んで来ました.私は自身を「花」と
持ってお読みになったことでしょう.願わくば日本発
呼ぶのは気恥ずかしさを覚えますが,この手紙を読む
のこのような素晴らしい著書を英語版でも出版してい
若い人たちはまさに「花」のような方々だと想像しま
ただき海外の若い研究者にもぜひ呼んでいただきたい
すので,第三世代に続いて新しい美しい花々を咲かせ
と切望しているのは私一人だけでしょうか.ラットの
て頂きたいと願っています.
4 動脈結紮モデルを開発した Pulsinelli と並んで,もう
4)脳循環代謝研究の変遷
少し実際の臨床例に近いラット局所脳虚血モデルを開
発して20,21),世界中に名前を知られたのが現在日本脳循
環代謝学会の理事長をされている田村晃教授(東京大
さて前述したような脳循環代謝研究のスター達を第
学,現富士脳研究所)であることはご存知ですね.こ
一世代・第二世代と辿ることで自然にこの分野の研究
の研究は留学中の Glasgo で行われましたが,ボスの
の主たる流れが明らかになってきたと思います.すな
James McCulloch もまた英国を代表する研究者であ
わち当初,脳循環の測定に始まった研究は,次第に脳
り,2003 年まで 5 年間に渡って国際脳循環代謝学会誌
代謝測定から生化学的研究の時代へ,そして第三世代
の Chief editor をして本誌の impact factor を大いに
の研究者達による遺伝子研究の時代を経て,今日の再
向上させた功績は国際的に高く評価されています(表
生医療研究の時代へ入り,次の世代の研究へ発展を重
1,3)
.
ねてきています(図 3)
.このような研究の流れは,そ
桐野高明教授(東京大学,現国際医療センター研究
所長)は,1982 年に出した論文「Delayed
れを支えるべき生化学や分子生物学・発生生物学と
neuronal
いった基礎生命科学と,CT や SPECT・PET・MRI・
death(DND)in the gerbil hippocampus following
MEG・光トポグラフィといった画像診断技術の発展
― 67 ―
脳循環代謝
第 18 巻
第2号
図 3. 脳循環代謝研究の時代変遷(左)と対応する基礎科学・脳画像科学の進歩(右)
.
に裏付けられており,逆に言えば基礎科学の発展に基
づいてその時代時代の脳循環代謝研究が進展してきた
わけでもありますね(図 3).従って今後の,脳循環代
謝研究の方向性や発展性もまた基礎生命科学や脳画像
科学の発展と密接に関連していくことは間違いないで
しょう.脳の循環と代謝および脳機能の関連につい
て,通常は脳血流から脳血液関門を介して,酸素代謝
やブドウ糖代謝,蛋白・脂質代謝などの脳代謝,そし
てそれらに支えられた脳機能というふうに考えます
が,実はそれらは相互に密接に関連(coupling)して
いますので,図 4 に示すようにそれぞれ Neurovascular coupling や Neurometabolic coupling,Neurobarrier coupling と呼ばれてこの 4 者の相互関連について
図 4. 脳の循環と脳血液関門・脳代謝・脳機能の相互関連
(c
o
upl
i
ng).それぞれの状態は PETや SPECT,MRI
,
MEG,光トポグラフィなどで検出される.
の研究も精力的に進められています.
いずれにしてもこのような研究方法論によれば,図
5 に示すようにさまざまな臨床的観察や臨床研究に
よって着想された病態メカニズムをモデル動物を有効
に用いることによって実験的に解明し,明らかにされ
中にあって日本で開発された幾つかの薬剤が患者への
た病態メカニズムに基づいてモデル動物を用いて治療
臨床的有効性を証明して認可発売され実際の臨床現場
法の開発を進めることが可能となります.このような
へ還元されたことは日本の製薬メーカーの実力と日本
研究開発によって有効性が示唆された治療薬剤は,臨
人研究者の功績として世界的に誇って良いことだと思
床開発を通じて実際の患者へ投与されることで基礎研
われます.その中でも特にフリーラジカルスカベン
究の成果が臨床現場へ還元されていくことになるわけ
ジャーを用いた脳保護薬の開発は世界的にも日本の研
です(所謂 translational research)
.しかし,これまで
究者の貢献が大きいものがあります.酸化ストレスや
世界中で行われた脳循環代謝研究によって有望視され
フリーラジカル反応は脳梗塞急性期以外でも様々な神
た薬剤は,グルタミン酸拮抗薬やカルシウム拮抗薬,
経変性疾患や炎症性疾患,動脈硬化症などの病態にお
ICAM-1 抗体をはじめとして多くは患者への臨床的有
いて極めて重要な役割を演じていることで注目されて
23)
効性を証明できず姿を消していきました .そういう
いますが,この制御は特に脳梗塞急性期治療において
― 68 ―
1.脳循環代謝研究の変遷と今後への期待∼まだ見ぬ若い花のような人たちへの手紙∼
始まった「脳保護療法」の成功は世界的広がりを見せ
て始めていますが,前述の NXY-059 の臨床的成果の
基礎にも日本人による脳循環代謝研究の貢献があった
ことを忘れずに誇りとしたいものです29).
5)脳循環代謝研究の今後への期待
脳循環代謝研究の最終目的が人間の脳機能の解明に
あることは論を待たないでありましょう.実際に国際
脳循環代謝学会の隔年総会(表 2)は,今日では「国際
脳循環代謝脳機能シンポジウム(International Symposium on Cerebral Blood Flow,Metabolism & Function)
」となっています.一方,図 3 に示したこれまで
図 5. 臨床観察・臨床研究と病態解明,治療法開発の関連.
臨床を基本として基礎病態研究を経て治療法が開発され,
確立した治療法が臨床現場へ還元されていく(t
r
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na
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e
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a
r
c
h).
の研究の変遷を振り返り,治療方法や治療薬の開発と
いう観点から研究活動の臨床現場への還元を総括して
みると図 6 左に示すような流れになるでしょう.すな
わち発見された天然物質からヒントを得て,理論的に
薬剤デザインを進め,化学合成や遺伝子工学を応用し
て得られた薬剤について,基礎的な薬理効果や毒性評
価をした上で,基礎病態の解明研究や臨床効果の予備
重要課題とされていますね.
前述の仙台カクテルは 1986 年に東北大学脳神経外
的検討を経て,大規模臨床試験でエビデンスを臨床的
科の吉本高志教授(現東北大学総長)らが初めて患者
に確立した上で認可発売となり初めて研究成果が臨床
24)
に投与した成績を発表して以来 ,今日でも多くの脳
現場へ還元されたことになりますね.このようなヒッ
卒中現場で使用されており,その後ニゾフェノンやニ
ト例は日本では前述した脳保護薬エダラボン(商品名
カラベン,エブセレンなどの抗酸化作用を有する薬剤
ラジカット)や認知症治療薬ドネペジル(アリセプ
が続々と開発されてきました.中でもエダラボンは世
ト)
,高脂血症治療薬プラバスタチン(メバロチン)
・
界で初めて「脳保護薬」として臨床現場に登場し,実
ピタバスタチン(リバロ)
,降圧薬カンデサルタン(ブ
際の脳梗塞患者に使用され大きな社会的貢献をしてい
ロプレス)などが挙げられるでしょう.
25)
ます .当時の東北大学脳神経内科に持ち込まれたこ
一方,ご存知のように今や世界的にも大規模臨床試
の薬剤について,偶々その日に小暮教授とトイレです
験の全盛時代であります.カルシウム拮抗薬(Syst-
れ違ったというだけで,当時大学院生であった私がこ
Eur)や ACE 阻害薬(PROGRESS)
,ARB(SCOPE)
26)
の薬剤の開発に初期から関わることができたのは ,
による高血圧治療によって予想外の認知症予防効果が
不思議なご縁としか言いようのないものであり,
「トイ
見出されたり,スタチン系高脂血症治療薬によってコ
レのご縁(?)
」も大切なものだと漸く最近になり判る
レステロール低下作用による予想以上の脳卒中発症抑
ようになりました(笑)
.またエダラボンを虚血中に脳
制効果が見出さ れ る(HPS,ALLHAT,ASCOT な
保護薬として使用することで,血行再開後の細胞内フ
ど)など従来の新薬開発方法では予想しなかった新し
リーラジカル障害(蛋白,脂質,DNA)を抑制し,出
い薬理作用が次々と明らかにされて世界中でホットな
血合併症の危険を増大することなく tPA(組織プラス
話題となっているのもご存知ですね.図 6 右に示した
ミノゲン活性化薬)による血行再開療法の適応有効時
このような新しい臨床 oriented な研究によって,薬剤
間枠(TTW)の延長を図ることができたとされ注目さ
が潜在的に持っていた主作用以外の薬理作用が明らか
れているのは皆さんも良くご存知ですね27).2006 年に
にされ,ここを基点として新しい観点からの薬剤デザ
なりグラスゴーのグループを中心として欧米・オース
インや病態解明・臨床開発が試みられ始めています.
トラリアの共同チームから発表されたフリーラジカル
これまで臨床解析→蛋白解析→遺伝子解析と進むと考
トラップ薬 NXY-059 により発症 6 時間以内の脳梗塞
えられて来た研究方法論に対して,1980 年代に遺伝子
患者 1,722 人の大規模臨床試験で 90 日後の mRS の改
解析が興隆した時代に臨床を全く知らずとも遺伝子解
善効果が示された28)ことで,上述の日本の先進的研究
析のみから遺伝子解明→蛋白機能解析→臨床再解析と
が改めて注目され始めています.このように日本から
いう方法論が reverse genetics と呼ばれたのをアナロ
― 69 ―
脳循環代謝
第 18 巻
第2号
図 6. 従来の新薬開発方法(左)と最近の臨床 o
r
i
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nt
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dな研究(右).右→左への研究の流れを筆
者は「r
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ve
r
s
edr
ugdi
s
c
o
ve
r
y」と呼んでいる.
図 7. 脳循環代謝研究の対象と方法論.脳循環代謝研究の最終目的は人間の脳機能の解明にある
ので,様々な病態や正常脳の機能を様々なアプローチで自由に研究することが出来る.
ジーとして,図 6 右に示した新しい研究潮流を私は
ています.しかしこの方法論による基礎研究では,大
「reverse drug discovery」と呼ぶことを提唱していま
規模臨床試験によって思いがけず明らかにされること
す.従来の基礎研究→臨床研究という流れの方法論に
になった新しい薬理作用について単に基礎研究レベル
対して,臨床研究→基礎研究というこの新しい方法論
で支持を与えるだけのことに堕してしまう恐れも秘め
からは新しい薬剤のデザインや基礎薬理効果の研究を
ています.臨床研究を超えられない基礎研究はつまら
通して新しい薬剤の開発につながる可能性が期待され
ないですから,この点には注意して行きたいものです
― 70 ―
1.脳循環代謝研究の変遷と今後への期待∼まだ見ぬ若い花のような人たちへの手紙∼
血薬を加えるという治療が主体でしたが,あれから約
25 年が過ぎた今日,アルガトロバンやオザグレル,エ
ダラボン,tPA など臨床現場に有効な治療薬がこれほ
ど活用されていることは隔世の感があります.医学生
の頃に初めて見た CT スキャンの衝撃は今でも忘れる
ことができませんが,もしあの頃 CT スキャンという
ものに出会わなかったら,自分自身,内科研修の後に
脳神経内科を志望したかどうか分かりませんし,今日
脳神経外科や神経放射線科,基礎脳科学者として活躍
されている多くの先生方も同様に「脳の面白さ」に魅
力を感じたのではないでしょうか.
以上,少し長い手紙になりましたが,この 25 年間の
飛躍的な脳科学の発展と共に歩んできた脳循環代謝研
究と脳機能研究の面白さが,今日の若い人たちへ少し
でも伝われば幸いだと思っています.人と人との出会
いや偶然のご縁も大切にして生かしながら貴方の仕事
が楽しく発展していくことを願っています.丁度来年
図 8. 第 2
3回国際脳循環代謝学会のポスター.2
0
0
7年 5
月2
0~ 2
4日に日本(大阪)で 1
4年ぶり 3回目として開
催される予定.www.
br
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n0
7
.
c
o
m/
(2007 年)5 月 20∼24 日に日本で 3 回目となる第 23
回国際脳循環代謝学会総会を私が日本の窓口として大
阪で開催することになっていますので,その時に大阪
でお会いできれば嬉しいですね(図 8)
.不思議なこと
ね.
いずれにしても脳循環代謝研究の対象が単に脳血管
で す が,こ の 学 会 は 第 9 回(1979 年,東 京)
,第 16
障害だけに留まるものでないということは,上述した
回(1993 年,仙台)
,今 23 回(2007 年,大阪)と 7 回
最終目的に鑑みても明らかだと思います.図 7 に示し
14 年ごとに日本に巡って来ています.これも何かのご
たように,私たちはこれまでも認知症や神経変性疾
縁かもしれませんね.最後に私が研修医時代に読んで
患,脳外傷や脳腫瘍,頭痛やてんかん,発達期脳障害
感激した脳循環代謝に関する総説の最後に書かれてい
や精神疾患など多くの臨床病態的テーマや正常脳機能
た次の言葉を,まだ見ぬ若い花のような人たちへの
の解析に際して,方法論としての脳生理学や生化学,
メッセージとして以下に伝え記しておきたいと思いま
脳薬理学,脳放射線医学,脳画像科学,分子生物学,
す.その総説の筆者が誰であるかは,知る人は知って
プロテオミクス,細胞生物学,発生生物学などその時
います.
「我々は遠くから来たのだ,そして遠くまで行くの
代の基礎科学の発展を最大限取り入れて自由な研究を
して来ました.図 3 左と図 5 を並べて眺めると,今後
だ」
の大きな潮流として「病態解明から治療法開発の時代
へ」という道筋が見えて来ているように思われます.
この中では遺伝子治療や再生医療,あるいはその融合
療法なども期待されていますね.脳の循環と代謝・機
能の側面から脳機能を総合的に解明するのが目的なの
ですから,今後貴方が企図する研究は,どの研究テー
マについても胸が躍るような進歩が期待されるものば
かりのように思えます.
6)おわりに∼敬具∼
私が初期研修医として岩手県立胆沢病院(水沢市)
で
内科臨床に明け暮れていた頃,脳卒中患者は殆ど毎晩
のように救急車で担ぎこまれてきました.当時は脳卒
中といえばシチコリンとグリセオール,脳出血には止
― 71 ―
文
献
1)Sokoloff L : In memorial for Seymour S. Kety. J Cereb
Blood Flow Metabol 20 : 1271―1275, 2000
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in man : Theory, procedure, and normal values. J Clin
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4)Lassen NA, Ingvar DH : Radioisotopic assessment of
regional CBF. Prog Nucl Med 1 : 376―409, 1972
5)Olaf B Paulson : In memorial for Niels A. Lassen,
JCBF&M 17 : 1005―1006, 1997
6)Sokoloff L, Reivich M, Kennedy C, Des Rosiers MH,
Patlak CS, Pettigrew KD, Sakurada O, Shinohara M :
The [14C]deoxyglucose method for the measurement
of local cerebral glucose utilization : theory, procedure, and normal values in the conscious and anesthe-
脳循環代謝
第 18 巻
tized albino rat. J Neurochem 5 : 897―916, 1977
7)Pulsinelli WA, Brierley JB, Plum F : Temporal profile
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Neuroprotection in Acute Ischaemic Stroke : The
SAINT Clinical Trial Programme. Cerebrovascular
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ischemic and postischemic brain edema by a novel
free radical scavenger. Stroke 19 : 480―485, 1988
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therapeutic time window by a free radical scavenger,
Edaravone, reperfused with tPA in rat brain. Neurol
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28)Lees KR, Zivin JA, Ashwood T, Davalos A, Davis SM,
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for acute ischemic stroke. N Engl J Med 354 : 588―
600, 2006
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the rat. J Cereb Blood Flow Metab 19 : 778―787, 1999
― 72 ―
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